ウマ娘 ひび割れた祝杯 (Cross Alcanna)
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Episode1 夢持つイカロス、翼を焼かれ
期待に塗れ、道を行く


どうも、Cross Alcannaです。

新作の執筆を開始しました。アプリをやっているうちに、自身の脳内でストーリーが出来上がっていたので、それをここに載せようかと思います。

この小説では、お気に入り登録者と評価者は紹介しません。誰を紹介したのかしてないのかの確認に時間を喰う事が懸念されますので、ご了承ください。

では、どうぞ。



──フジキセキだッ!この弥生賞を制したのは、9番フジキセキだッ!!

 

 

その実況に、その走りに、多くの者が奮い立った。一着予想を違えた者の悲鳴とも取れる声もあったが、それを埋め殺す程に溢れたのは、歓声。そして、()()を称賛する声だった。

 

 

──クラシック三冠も、夢じゃないかもしれないな

 

 

そんな声すら、歓声から漏れ出す程の走り。

 

クラシック三冠。皐月賞、日本ダービー、菊花賞を一着でゴールしたウマに与えられる、ウマにとってはこれ以上に無い程の名誉。桜花賞、オークス、秋華賞を制したウマに贈られるトリプルティアラ、シニア期の大阪杯、天皇賞(春)、宝塚記念を制したウマに贈られる春シニア三冠、同じくシニア期の天皇賞(秋)、ジャパンカップ、有馬記念を制したウマに贈られる秋シニア三冠と同等の価値を持つソレが、目に見える所までになった事を、誰が興奮せずにいられようか。

 

今回彼女が制した弥生賞は、あくまでもソレらの踏み台。そこがゴールではない。ウマとしても、本能のまま走り、最上級の名誉を得られるのだ、これを目指したいとも思うだろう。それを観客らは知っている。だからこそ、彼女が何処までのし上がるのか、ソコに期待を抱いているのだろう。この歓声は、その応援の意を込められているとも言えるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──ウマ娘。

 

馬の存在しないこの世界における、馬と人間のハーフのような存在であり、走りたいという本能が非常に強い。それに応えるように、身体のつくりも人間以上に走る事に特化した構造になっている。ただ、見てくれだけでは違いを判断する事は大変に困難であり、今でも盛んに研究が行われているそうな。

 

ウマ()と言うだけあって、今現在では牡個体のウマ娘は確認されていない。この原因は不明ではあるが、その分野においても、数多くの研究機関が研究を重ねているが、今日に至るまでにこれと言った結論は出ずじまいである。

 

かくして、ウマ娘という生き物は、人間らしくも違う、謎の多い生き物であるのだ。ただ、今日に至るまでに、日本……いや、世界では、ウマ娘の走りたいという本能に目を付け、レースという形でウマ娘に走る事を合法的に認めている。如何せん、ウマ娘の走行速度は車程であり、その辺りの公道を走られては、どうしても危険極まりないのだ。ウマ娘の本能と、人間の娯楽を求める心を同時に満たす、画期的な案として今日まで浸透している。

 

浸透するのみならず、ここまでの発展を遂げた。ウマ娘のレースは、ただの一石二鳥な案から、多くのウマ娘と人間にとって欠かせないモノとなったのだった。

 

それでは、ウマ娘はレースに出る為にどのようにして鍛錬を重ねているのか。少数派ではあるが、個人で鍛錬を積むという解答が返ってくるだろう。しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()()。彼女達がレースに出る為に欠かせない存在、それが、トレーナーである。

 

レースの体制が確立するまでに、ウマ娘のレース出場条件をどうするかについて、非常に多くの時間の議論があったと言う。ウマ娘には、非常に多くの危険が伴う。先程の危険もあれば、ウマ娘本人の怪我についても、考えなければならない。ウマ娘にとって命の次に大切とされる足の骨折や脱臼等、大小含めて怪我への懸念についてが、特に議論対象になった。そんな中で提案されたのが、ウマ娘の管理者の存在、所謂トレーナーという者だった。

 

今ではトレーナーという職業は、ウマ娘のトレーニングやスケジュールの管理をはじめ、ウマ娘のケアをもこなす、かなりの優秀者でないとなる事が出来ない職業という認識が浸透している。議論の際に出たトレーナーの定義も、これに似たものだったと言う。

 

今では、トレーナーとウマ娘を同時に育成するトレーニングセンター学園(略称:トレセン)という機関が存在する。ここでは、トレーナーを育成しながら、同時に学園に在籍するウマ娘の能力向上を行っている。因みに、中央と地方、両方にトレセンが存在しており、当然ながら中央の方が指導の質が高い。そこから分かると思うが、中央のトレセンからは多くの名バが誕生している。今回弥生賞を制したフジキセキも例外ではない。

 

そんな彼女にも、例外なくトレーナーが存在しており、彼もまた中央トレセン在籍であり、トレーナーの中でもかなり優秀な人間だった。

 

「トレーナーさん、どうだったかな?私の走り、トレーナーさんのお気に召したかな?」

 

「うん。と言うより、想像以上にずっと良い走りだったよ。全く……トレーナー要らずな実力だね」

 

「そんな事ないさ。私の今の実力も、ひとえに貴方の指導の賜物さ。私個人のお陰ではないよ」

 

優秀な者同士、皆の予想と同じく優秀な成績を収めており、且つ絶対の信頼関係を築いている。これが、トレーナーとウマ娘の理想の形とも言えるだろう。…しかし、彼の担当はフジキセキ1人ではない。

 

「…相変わらず、嫉妬する程良い走りだな、フジキセキ」

 

「ふふっ、そう言ってもらえるなんてね。嬉しい限りさ」

 

そう言い、フジキセキの所に寄るウマ娘こそ、彼のもう1人の担当ウマ娘である、ナリタブライアンである。彼女は、前年に皐月賞と日本ダービー、そして菊花賞を制覇し、かの有名な皇帝ことシンボリルドルフ以来の三冠ウマ娘となった。そんな怪物の異名を持つ彼女の言葉に、偽りの意は見られない。

 

このような今現役で活躍を見せている2人のウマ娘を担当している彼の名は、角田(つのだ) 越也(えつや)。彼もまた、中央トレセンに入籍する際、首席だったとの事。ここだけの話、彼に教えを乞おうと考えているウマ娘も、チラホラといるのだとか。

 

「…取り敢えず、帰ろうか。まだこれからの事も考えていかないといけないからね」

 

「そうだね。私も、三冠を目指してみたいからね。正直、これからの事を考えるとワクワクするよ」

 

「フジキセキの三冠を目指すのも良いが、私の渇きも満たしてくれるのだろう?トレーナー」

 

 

勿論だとも、と、少し顔を綻ばせながら角田は言う。それに満足した彼女達は、彼の背中について行った。未だに止まない歓声は、彼女達のこれからを応援するようにも聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[中央トレセン 理事長室]

 

 

「見事ッ!弥生賞制覇、素晴らしかったぞ!」

 

「フジの頑張りがあったからこそです。それに、ここで止まるつもりはありません」

 

中央トレセンに戻った彼等がまず顔を出したのは、この学園の理事長がいる理事長室だった。学園であるので、取り纏める頭的存在も勿論の事いる。それが、秋川(あきかわ) やよいだ。理事長という肩書きに似つかわしくない彼女は、実際そこまでの歳を重ねていないのだとか何とか。

 

発言の度に二字熟語を発したり、二字熟語が書かれている扇子を持っていたり、帽子の上にネコが乗っていたりと、何とも個性的な要素が詰め込まれている人物ではあるが、頭として君臨するだけあって、肩書きに相応しいだけの能力は人以上。ウマ娘やトレーナーの事を第一に考えている彼女は、正しく理想の頭と言って差し支えないだろう。

 

「そんな事無いさ。何度も言うけど、貴方がいなかったら、ここまで登り詰める事は出来なかったさ」

 

「そうですよ、角田さん。ウマ娘の才能を開花させ、それを伸ばす事も、トレーナーの才能が深く関わっていますから!」

 

フジキセキの言葉に強く同意を示した彼女は、駿川(はやかわ) たづな。緑一色の服装で、どこかバスガイドを連想しなくもないが、れっきとした理事長秘書である。それも、かなりの優秀な。

 

理事長の多少の無茶振りにも対応し、上手くトレーナー側に伝え、円滑に事を進める事が出来る秘書の鑑である。理事長は勿論、トレーナーはかなりの頻度でお世話になる事がある。特に新しいトレーナーが入る時期となると、かなり忙しなく動き回っている姿が目撃される。恐らく、この学園で一二を争う程に忙しい人物であろうか。

 

「相変わらず、自己評価が低いな。私が知るトレーナーの中では、アンタが1番優秀だと思うけどな」

 

「そんな事無いと思うけどな…」

 

角田は、周りからよく自己評価が極端に低いと言われる。自身の功績を自慢気に話す事は無いが、自身に向けられる高評価の悉くを、相手の手柄だと言うのだ。それも、1度や2度ではなく、毎回だ。謙虚も過ぎれば嫌味、とはよく言ったものだが、彼のソレはそれすら超えて、そういうモノ扱いである。

 

「休止ッ!無事にレースも終えたのだ、明日はしっかりと身体を休めるように!」

 

「分かりました」

 

弥生賞は重賞であるG2レースである為、出走したウマ娘はおろか、トレーナーも気付かぬうちに疲れている事もしばしば。それを知っているからこその、この理事長の気遣い。ウマ娘とトレーナーがどれ程大切に扱われているかが分かる。

 

良くある不祥事や傷害事件等は、中トレでは未だ起きておらず、そういった面でも世間からの評価は高く、安心してここへの入学を目指せるのだ。今の時代、ここまで潔白な組織も珍しい。

 

先程の理事長の一言に軽く返事をし、角田一同は理事長室を後にした。彼等が部屋を後にした後、理事長はこう述べた。

 

「驚愕ッ!相変わらず、彼等は優秀過ぎる!かの皇帝やシンザンを超えるやもしれない勢いを感じる!」

 

「ですね。私も、彼等がどこまでの高みに辿り着くのか、今から楽しみです」

 

彼女達もまた、彼等の道行きを見守り、そして期待する声を上げた。ただ、それは彼等に届く事は無かった。




はい、いかがだったでしょうか。

ウマ娘のファンは、史実の再現に関してに厳しいイメージがありましたので、今でも不安が残っていますが、個人的には悪くない出来だと思っております。

次回以降は、日常的な場面を書ければと思っております。

では、ご精読、ありがとうございました。


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狂気と狂気

どうも、Cross Alcannaです。

シリアス寄りの小説となっておりますが、今回のような日常回も挟みながらやっていきます。そのうち、アンケートで登場キャラを決めてもいいかもしれませんね。
私が小説を書くと、どうしても堅くなってしまうのが少々悩みどころです。もう少し柔らかい雰囲気の小説も、書いてみたいのですが。

では、どうぞ。



[トレーナー室]

 

 

「……ふぅ、これで一区切りかな」

 

今日はフジ達の練習も無く、自由に過ごすよう指示している。フジはどうやらヒシアマゾンとの約束があるみたいで、ちゃんと休暇を謳歌しているようだ。

 

ブライアンはと言うと、姉であるビワハヤヒデとの買い物があるとの事。ブライアンはあの性格故に、自身を着飾ったりする事に無頓着。彼女自体、容姿はそこらのモデルより遥かに整っている為に、より一層勿体なく感じる。今回は、それに見かねた姉が買い物に連れて行く、という訳だ。

 

ここに来るまでにブライアン達とすれ違った時にチラッと見てみたのだが、ビワハヤヒデの表情が幾分か柔らかくなっていた。ブライアンの性格だと、一緒に行動しようと言われた時の反応が思春期の男子のような反応になるのだろう。そんなブライアンと一緒に出掛けられるのは、姉として嬉しいのだろう。

 

「さて、時間は……っと、もう14時を回ったのか。昼食は……摂らなくても良いか」

 

色々と思考を巡らせているうちに、気付けば時計は2を指していた。こんな事になっているのも、()()()()()()()()()()()。と言うより、()()()()()()()()

 

……一度だけ、彼女達の練習時に倒れた事があった。そのタイミングが、丁度彼女達がこっちを見ていたタイミングだった為、僕が怪我をする事は無く、目立った外傷なく済んだ。

 

ただ、保健室にて目を覚ましてからが凄かった。ブライアンは兎も角、滅多に怒る事が無い(ましてや、怒った姿を見た事がなかった)フジが、今までに浴びた事の無い怒気を放ちながら、僕に数時間に渡る説教をしてきたのだ。後半は、泣きながら僕に抱き着いて「良かった……」と言っていたけれど、あんな経験は二度としたくは無い。

 

「でもまぁ、まだ区切りが良くないからなぁ…夜食べれば良いかな」

 

「良い訳無いだろう?私も食事の手を抜く事はするが、君の食の優先度の低さは異常だぞ?」

 

食事は夜に摂る事にしたのだが、それをとある声が制止する。…ん?鍵を開けっぱなしにしていたか……?

 

「何度もノックしたが応答が無かったのでね、鍵も開いていたからお邪魔させてもらったよ。研究について話したい事があったから来たんだが……フジキセキに告げ口した方が良いかな?」

 

「止めてくれ。あんな怒気を浴びるのは、しょうがいを通してあれっきりで十分だ」

 

おっと…思考が過ぎていたか。悪癖とも言えるね、ここまで来ると。

 

それはさて置き、いつの間にかトレーナー室にいたのは、超高速の粒子と言う異名を持つアグネスタキオン。たった4戦で伝説を創り上げた名バだ。ただ、彼女は元より身体が弱いらしく、皐月賞後に屈腱炎を発症し、引退。その後は渋々と彼女のトレーナーとの契約は解除、現在は中トレの何処かで研究三昧だとか。…何処で研究してるんだか。

 

そうは言うが、僕と彼女には接点がある。先程の彼女の発言から分かる通り、研究仲間だ。厳密に言うとまた少し複雑なのだが、研究仲間と言ってもあながち間違いではないので、ここでは割愛。

 

彼女の研究内容は、主にウマ娘の限界の先についてとの事。何でも、レースから引退せざるを得なくなった際、今まで以上に研究心に火がついたのだとか。

 

彼女の元トレーナーとは仲も良かった為、彼女の話をよく聞いていた。やれ身体が発光する薬を飲まされるだの、やれ練習をサボって研究に明け暮れるだの……聞いた内容については、あまりよろしいものでは無かった事の方が多かったのを、今でも鮮明に覚えている。

 

そんな彼女だが、現役の時から、食事に無頓着であると言われていた。栄養さえ摂れれば良いと考える為に、様々な食材をミキサーに突っ込み、混ぜた物を摂取していたのだとか。初めて聞いた時は、僕も戦慄した。そんな罰ゲーム紛いの事を、食事として行っていると思うと、当時は身が震えた。

 

そんな彼女にこう言われるのも、実を言えば初めてでは無く、回数は50を超えてからは数えるのを止めている。フジに告げ口をすると言っている彼女も、案外似た価値観を持っている僕に真っ向から否定しきれないのか、告げ口された事は無い。

 

「君、お昼を抜いたのは今日で何日目だい?」

 

「ん〜……十日位?」

 

「そのうち、一日中食事を摂らなかった日は?」

 

「……三日、かな?」

 

「バ鹿かい?君は。少なくとも栄養は摂り給えよ」

 

()()()()()()()、どうでも良いだろう?」

 

「……君は、私以上に狂っているな」

 

どうやら僕は、彼女以上にヤバいらしい。少し不服だと感じるのは、お門違いなのだろうか。今度、誰かに聞いてみようかな。

 

「とは言うけど、君も前のような食生活をしているんじゃあないか?君、食に関してはズバ抜けてズボラだろう」

 

「もう少しマシな言い方をしてくれないかな?まぁ、否定こそしないが」

 

彼女はこう言うが、実際は完全に戻った訳では無い。彼女の元トレーナーは、現在マンハッタンカフェというウマ娘の担当をしている。そのマンハッタンカフェが、どうやらタキオンと(マンハッタンカフェはそういう仲ではないと言っているが)友達であるそうな。

 

何だかんだ心配なのだろう、マンハッタンカフェの頼みで、タキオンのもとには時折元トレーナーが食事を渡している。そのお陰か、彼女もあのゲテモノを毎日飲む事は避けられている。

 

余談ではあるが、彼女が元トレーナーの食事を残したり、断ったりする事は無い。タキオン曰く、「折角緻密なバランスの栄養があるのに、それを効率的に摂取しないのは非効率だ」らしい。合理的に聞こえなくもないが、聞いている側からすると、照れ隠しそのものにしか聞こえない。タキオンも乙女だなぁ。

 

「話が脱線し過ぎた。そろそろ研究について聞こうかな」

 

「やっとかい。じゃあ、まずこの資料を見て欲しい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……と、こんなところだ。何かあったらまた聞かせてくれ」

 

「分かった。近いうちに深く読んで纏めておくよ」

 

「そうしてくれ。君を急かすようで申し訳ないが、君の意見は非常に参考になるからね」

 

結構な時間が経ち、時計の針はそろそろ6の位置を指そうとしていた。これには流石に驚いた。今まで以上に濃い内容だったからか、時間が経つのが早い。これでは、幾ら時間があっても足りそうにない。

 

「もう良い時間だし、そろそろ帰った方が良いんじゃないか?」

 

「それには同意するよ。……ただ、一つだけ頼み事があるのさ」

 

「内容によるけど、聞くだけ聞くよ」

 

「いや何、無理難題では無いとも。君にご飯を作って貰いたくてね」

 

「……ご飯?時間的に…夕食をって事かい?」

 

その通りだよ、と言うタキオンに、少しばかりたじろぐ。料理か……ここ最近してない気がするなぁ。

 

一度だけ、フジとブライアンに頼まれて手料理を振る舞った記憶があるけど、確かあの時、『もう料理は振る舞わない方が良い!』と、綺麗に声を揃えて言われた気がする。あの時は少し心にキたっけ。

 

トレーナーになる前、僕は暇を埋める為に料理を齧り始めて、次第にハマった挙句にかなりの腕に上達した。()()()()()()()()()()()()()()()()()、結構な自信があった。それが否定されてショックだった事を、今思い出した。

 

「…口に合わないかもしれないけど、それでも良いかい?」

 

「作ってもらう立場だ。相当なもの…それこそダークマター紛いのモノが出てこない限りは文句を言うつもりは無いとも」

 

「……分かった、そこに座って待ってて」

 

幸い、自炊しようと思っていた為、食料には困らない。理事長にも許可を貰い、キッチンを実費で付けたし、料理できる環境は整っている。今度から隙間時間の合間に自炊出来るよう、ここで感覚を戻していこうかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、お待たせ。君達は人参が好きだろうから、人参の卵とじとほうれん草のおひたし、味噌汁に白米。ゆっくり食べな」

 

「ほう……想像よりずっと良いじゃないか。尻込みしていた者から出てくる料理とは、とても思えないねぇ」

 

完成したは良いものの、主菜が無い事に途中で気付かなかった。気付いた頃にはもう完成していた。幸いながら、濃い味で作った為、ご飯のおかずにならないという事態にはならない……はず。

 

「それじゃあ……いただこうか」

 

その一言が、僕にとっては凄く重々しい言葉に感じた。死刑囚の気持ちを、触りだが感じたような気がした。「不味い」とは言われたくないなぁ。

 

「……これは…表立って振る舞わなくて正解だ」

 

料理を一口したところで、手を止めて何かを呟くタキオン。何を言っているのだろうか。ウマ娘の聴覚は人間より遥かに優れている為、もし僕がウマ娘だったなら、彼女の言葉を聞き取れるだろうに。

 

「…一言だけ言うなら、美味い。それ以外の言葉を語るのは、あまりに失礼に感じる程には、だ」

 

僕の方に振り向き、開口一番そう言う彼女に、僕はホッと胸を撫で下ろす。それも束の間、彼女は続けてこう言ってきた。

 

「…強いて言うなら。彼女達の言葉通り、気前良くこんな腕前の料理を振る舞う事がなかったのは、良かった事だ。ハッキリ言って、こんな物を口にしてしまったら、他所の食べ物を食べたく無くなるだろうね」

 

「……冗談だろう?少し自信はあったけど、そこまででは無いと思うんだけど……」

 

「冗談だと思うなら、学園の食堂で働く者にでも食べさせてみると良い。きっと、敗北感を感じるだろうね、彼等は」

 

…内心、「普通だ。可もなく不可もなく、という言葉がお似合いだ」とかいう言葉を予想していた。その為に、僕の脳内の情報処理能力が正常に機能していない。難しい言葉で婉曲気味に言っているのは分かるし、それが僕の料理を大変に褒めている事も、理解出来た。

 

…後でもう一度何か作って、食べてみよう。もしかしたら、料理をしていないのに上達しているとかいう謎の現象のせいかもしれない。それか、フジ達に振舞ってみるのもアリだろうか。兎も角、今の僕はそれしか頭になかった。

 

「……ふぅ、美味しかったよ。想像以上過ぎた程にはね。…これから研究についてここに来る時、毎回頼もうか悩むね」

 

それは、僕がもちそうにない。…とは言えないか。今回の場合、尚更だろう。材料はある程度良質な物を揃えたけど、結構感覚を頼りに作ったから、シェフみたいにこだわり云々はなかった。あれくらいの労力なら別に構わないだろうか。

 

僕が、タキオンにそう言おうとした瞬間だった。ふと、ドアの方から二つほどの怒気が。それを放つ者達は、僕達が大変見知った者達だった。

 

「……振る舞ったんだね?トレーナーさん?」

 

「……流石にトレーナーでも、許せないぞ…?」

 

そんな事は有り得ないはずなのに、怒気を放つ二人、フジとブライアンの後ろからゴゴゴゴゴ……とかいう擬音が浮かんでいるように見えた。流石にあの時よりは怒っていない……と思いたい。

 

「…トレーナーさん、後で話がしたいな。その前に彼女を寮まで送るから、少し待っていてくれるかな?」

 

「あ、あぁ」

 

怒気を隠そうともせずにそう告げるフジと、何も言わずこちらをジッと見つめるブライアン。ふとタキオンの方を見ると、「助けてくれ!」とでも言いたげな目でこちらを見ている。この状態のフジ達はどうしようも無いので、首を横に振った。

 

そんなこんなで結局、タキオンは二人に連れられてしまった。そして、トレーナー室には僕一人。……彼女達が戻るまで、トレーニングスケジュールでも作ろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

因みに、あの後二人に説教された後、軽いデザートを作るよう頼まれたので、小さめのホットケーキを作った。……二人の尊厳の為、どんな顔をしていたのかについては、ノーコメントを貫く事にしよう。

 




はい、いかがだったでしょうか。

今回は、ウマ娘の狂バ枠ことアグネスタキオンと、何処か感覚が狂気的にズレているトレーナーのお話でした。サバサバしているように見えて、そこそこ良い距離感。自分で書いた小説ながら、少々羨ましいです。
余談ですが、タキオンの研究場所は学園側が特例で与えた一室です。寮内でヤバい研究をしてるのか等と疑問に感じる方もいるかと思ったので、ここで明言しておきます。

では、ご精読、ありがとうございました。


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問. 突然お兄様と呼ばれた時の彼の気持ちを答えよ

どうも、Cross Alcannaです。

さて、一体誰が登場するのか……等と言う間もなく、最早ネタバレもいいとこですね。大方、予想通りだと思いますので、このまま本編に行きます。

では、どうぞ。



[中トレ 廊下]

 

「あっ、お兄様!」

 

「……?」

 

某日某所。いや、正しくは某日トレセンの廊下にて。ウマ娘の講義の講師をしていた僕は、講義が終わったので、トレーナー室に向かおうと歩を進めていた。……筈なのだが。

 

「お兄様、元気?」

 

「元気ではあるけど……お兄様て何?と言うか君、自分のトレーナーにも似た呼び方してたよね?」

 

……どうやら、廊下で突然お兄様と呼ばれるご時世になったようで。…いやいや、あってたまるかそんなご時世が。

 

それはさて置き、彼女はライスシャワー。少し臆病な性格のウマ娘で、今現在ではあるトレーナーの下でレースに出走している。最近のレースでは、軒並み1着をもぎ取っているのだとか。

 

そんな彼女だが、自身のトレーナーを()()()と呼んでいる。彼女のトレーナーは女性の為、兄ではなく姉なのだとか。いや、この際それは別に良い。問題は、何で僕がそう呼ばれるに至ったかだ。

 

「この前の事、とっても感謝してるんだよ?だから……」

 

「お兄様呼び、と?」

 

「うん!」

 

うん!じゃないのよ、ライスシャワーさんや。何処をどうすっ飛ばしたらそうなるのかね?君、実はライスシャワーの皮を被ったゴールドシップとかじゃ無いだろうね?

 

…等と脳内で苦言を呈してみるが、彼女の言うこの前の事には、心当たりがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[中トレ レース場]

 

──明日の仕事は……うわぁ、いつも以上に時間掛かるやつばっかり。残業したくないなぁ…

 

確か、ある日の夕方だった。他のトレーナーより少し時間がかかり、トレーナーの中でも僕が一番遅く学園の建物を出た日。その日はたまたま、レース場の近くを通って帰っていた。

 

さっきみたいな愚痴を、誰にも聞こえない程度の声量で言いながら帰っていると、何やら声が聞こえてきた。声色から察するに、只事では無いのだけは明らか。

 

不安に思った僕は、少し駆け足でそっちに向かった。すると、声がした場所には、ライスシャワーとミホノブルボン、トウカイテイオーがいた。…何でセグウェイ置いてあるの?とは思ったけど。

 

聞こえてくる会話を整理するに、ライスシャワーが天皇賞を走らない、それに対してミホノブルボンとトウカイテイオーが説得を試みている、という状況。

 

ライスシャワーが天皇賞を走らない理由に、僕は心当たりがあった。最近のレースで、ライスシャワーはミホノブルボンとメジロマックイーンの記録に歯止めをかけた。

 

僕自体は、そのレースはとても見応えのある、素晴らしいレースだと思っていたのだが、観客らはそう思わなかった(と言うより、別の気持ちが先行していた)模様で、ライスシャワーの勝利は歓迎されず、一部からはブーイングの声。挙句の果てに、ウィニングライブでは、ミホノブルボン達に声援を送るとかいう、人間性を疑う事まで起こった。

 

ファンの気持ちが、一切分からない訳では無い。ファンが推しの子に勝って欲しいと思うのは当然で、他の子が水を差すのを目の当たりにすると、その子を嫌うのも分かる。

 

ただ、推しを思うが為に他人を踏み躙るのは違うだろうに。推しの子当人が努力して、その子を倒すならまだしも、ガヤがそれを代行紛いなようにしてしまうのは、筋が通らないし、人としてどうかと思う。

 

──四の五の言わずに走りなさい!

 

ミホノブルボンの一声。…あの子があんなに感情的になってるのは、初めて見たかもしれない。それ程に、彼女に入れ込んでいるのだろうか。……いや、恐らく彼女は、()()()()()()()()()()()()()()()()、あそこまでするんだろうな。サイボーグだか何だか言われている彼女だが、やっぱりウマ娘らしい感情もあるのだろう。表に出すのが苦手なだけで。

 

──ライスが走っても誰も喜ばない!勝ってもガッカリするだけ!それなのに何で!?

 

──自惚れるな、ライスシャワー

 

気が付けば、そう言っていた。彼女達は、突然だった事と、()()()()()()()()()()その声に、驚きを隠せない様子だった。…内心、僕だって驚いたさ。ここまで突き刺すようなセリフを、まさか自分が放つなんて。

 

──良いか?夢を追うのは誰でも出来る。見るのもタダだ。()()()、それと夢を叶える、目標を叶える事は違ぇ

 

──それが…それが何だって言うんですかッ!?

 

──今のお前が!夢や何やを叶える事は出来ねぇって事だ!少なくとも!()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!

 

今思えば、随分と荒れていたね。自分の考えている夢についてと彼女の態度が、あまりにも見ていられなかったからだ。あのままでは、永遠に脱出出来ない負の連鎖に陥る。そう思ったからこそ、あの時の本気の喝だった。

 

──自分の夢が……他人の夢を…………?

 

──そうだ。特にお前達のように、順位を決めたり、勝者の数が限られている世界では尚の事。勝者の数以上に、敗者の数は多い。ファンも含め、負けたヤツらは夢を壊される。それを自覚して、覚悟出来る奴が、夢を叶える。

 

──…結局、どーゆう事さぁ!?わっかんないんだけど!?

 

あの時は、トウカイテイオーの理解力に少し溜め息が出そうになったなぁ。察しました、みたいな顔をしたのは、結局ミホノブルボンだけだったっけ。

 

──いいか、ライスシャワー。お前に夢があるなら、叶えたい事があるなら、()()()()()()()()()()()()()()()。何がなんでも叶えたいと思うなら、その覚悟は必要だ。

 

──他者の夢を……

 

──勿論、決断には時間がかかるだろう。葛藤もあるだろう。だが、悩め。どちらにせよ、その時間はお前にとって無価値ではない。

 

結局、僕はそう言い放った後、何も言わず聞かずに帰ったんだっけ。この後、あそこで何が話されたのかは分からずじまい。

 

ただ、後日ライスシャワーが天皇賞に出走し、見事メジロマックイーンをおさえてレコードを叩き出し一着。観客は沸かなかったものの、共に走ったウマ娘達は賛美の拍手。彼女のトレーナーも、思わずライスシャワーのところに行って抱き着いて褒め殺したのだとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれ以来、何だかんだ忙しかったのもあって様子を聞く事はめっきり減った。特に何も聞かないので、しっかりやってるのかと思っていた。

 

…いや、今はそんな事を気にしてる場合じゃない。恐らく、その件で僕がかけた言葉によって、今の自分があるという感謝の意を込めて呼称をそうした、と言ったところか。

 

「……にしても、もっと他に無かったの?」

 

「お姉様にも聞いたの。そしたら、『これなら喜ぶと思うわよ?』って…」

 

「……そうかい」

 

今度、あの人にはデコピンをお見舞いする必要がありそうだ。あの人なら言いかねない。悪い意味で、信用出来る。

 

ライスシャワーのトレーナーは、僕と同期でありながら、優秀の部類に入るトレーナー。首席に近い実績でここへ入った等とよく聞くし、本人も否定はしていない。苦笑いはするが。

 

周りの評価がコロッと変わるのも、最早時間の問題だろう。最初はどうしたら良いのか測りかねた為に不調だったが、これからはライスシャワーが我々の宿敵になる事だって十分有り得る。その為、僕はフジやブライアンには、ライスシャワーに注意するように言ってある。

 

「普通に接してくれると助かるよ。その呼び方には…慣れるのに時間がかかるだろうし」

 

「角田さんがそう言うなら……」

 

この通り、ライスシャワーは(言い方はアレだが)かなり従順な性格と言うか……そう、素直。或いは、純粋な性格のウマ娘なので、トレーナーの指示にちゃんと従ってくれるので、殆どの者が、扱い方が分からないと匙を投げるゴルシことゴールドシップとは大違い。……っと、本人に察知されたら厄介だな、この考えは封印しておこう。

 

「…っと、ライスシャワー。そろそろ次の講義の時間じゃないか?」

 

「え?……あぁっ!本当だ!ありがとうございます、角田さん!」

 

僕の指摘で気が付いたのか、彼女は廊下にかけてある時計を見やり、講義までの時間が残り僅かなのに気付く。マズいと思ったのか、彼女はどこかへ駆け足で去っていった。……エアグルーヴあたりに「廊下を走るな!」等と言われない事を祈ろう。

 

……さて、お灸を据えに行こうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[職員室]

 

「全く……担当に変な入れ知恵するんじゃあないよ」

 

「てへ☆」

 

「拳骨もういっちょ行っとく?」

 

「ゴメンナサイ」

 

所変わって職員室。あれから少し時間は経っており、僕と彼女を含めても、この部屋には殆どの人がいない。もうすぐ終業時間という事もあり、恐らく他の人ももう帰るところなのだろう。かく言う僕も彼女も、そうなんだけどね。

 

「ライスのアレ、正直グッときたでしょ〜?私は最初言われた時、思わず悶絶しちゃったからなぁ〜」

 

「そんな事思っちゃダメだろうに。全く君は……優秀なのにねぇ……」

 

いくら優秀とは言え、性格がなぁ。同期に沖野さんや東条さんがいるけど、もう少し二人くらい大人しくなってくれないかなぁ(沖野さんも少しアレだけど)。

 

そんな事をふと考えると、いつの間にか少し真剣な表情になった彼女から、こう言われた。

 

「でもね、あの子も私も凄く感謝してるのよ?貴方のお陰であの子は勿論、私の精神も少し落ち着いたから。今では胸を張ってレースに出れるしね」

 

「それはどうも」

 

…彼女からこうも真剣にお礼を言われると、少しむず痒い。いつもふざけているからこそ、こういう時の反応に困る。

 

「あ〜、貴方顔が紅いわよ〜?照れてるのかしら?」

 

「…うるさい。単に褒められ慣れてないだけだ」

 

「本当かなぁ?」

 

……もう一発だけ、拳骨をしたい気持ちに駆られたが、それをどうにか抑え、僕達は職員室を後にした。

 

紅くなった顔は、真っ赤な夕日にあてられた事にしよう、うん。

 




はい、いかがだったでしょうか。

今回登場したのは、ライスシャワーでした。アニメのSeason2のアレは、この段階で既に終わっております。時系列が多少ごちゃ混ぜになるやもしれませんが、どうぞよしなに。

では、ご精読、ありがとうございました。


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あの背中を目指して

どうも、Cross Alcannaです。

さて、Episode1も順調(?)に進んでいますが、今回もとあるウマ娘の回です。キャラ選については、「何となくこのキャラが良さそう?」という考えに沿ったものですので、深く考えず、「あ、推しウマ出てきた。どんな風になるんかな?」みたいな感じで読んでもらえればと。

では、どうぞ。



[中山レース場]

 

「久々だね、トレーナーとレースの観戦をするのは」

 

「だね。僕の場合、君達に観てもらいたいレース以外は基本一人で観るからね」

 

「相変わらず水くさいな、トレーナー。そんなに私達と一緒に観戦したくないのか?」

 

「そんな訳。ただ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろうからね」

 

相変わらず容赦がないなと、少し引き気味に言うのは、両腕を組んで仁王立ちしているブライアン。それを見て苦笑するのは、フジ。

 

…まぁ、今日は練習を無くし、代わりにレースの観戦に時間を充てる事にした。二人が観なくても僕の分析が出来たり、二人が直接観ても成長のカギに繋がりにくいレースはこうして三人で観戦はしない。

 

つまるところ、今日の目玉レースである()()()は、二人を大いに成長させてくれると、僕は確信した。だからこそ、こうして三人でいる。他にも、チラホラと中トレ所属のウマ娘やトレーナーが。恐らく、出バするウマ娘の応援や情報収集がメインだろう。

 

……何故か観客席のあちらこちらを周って焼きそばを売っているゴールドシップは、見なかった事にしておこう。そして、何故横にメジロマックイーンまでいるのだ。君は止める側だろうに。……あぁ、止められなかった上、ゴールドシップに巻き込まれたのか。ご愁傷様。

 

それはそうとして、辺りを少し見渡してみると、何とまぁ中トレの生徒会長兼皇帝の異名持ちのシンボリルドルフに、生徒会副会長兼女帝の異名持ちのエアグルーヴまでいるではないか。あの二人が足を運ぶとは……注目のウマ娘でもいるのだろうか。……()()()()()()()()()()()()()()()

 

──テイオーさんだよ!

 

──メジロマックイーンさんに決まってます!

 

……時たまいる、子供の言い争いだろうか。大方、どのウマ娘が一番かとかだろうか。メジロマックイーンは出バしていないので、一番凄いウマ娘は誰か、とかそんな具合だろうか。まぁ、あれしきの事で荒立つ事も無いだろうし、放置が吉かな。

 

っとと、そろそろゲートインの時間かな。G1レースなだけあって、様々な有名バがいるね。これに勝てば、三冠バの第一歩だし、それもそうか。

 

注目株は様々だが、とあるウマ娘が一番気になる。そのウマ娘の走りを分析、そして知ってもらう事こそ、今回二人を連れてきた最大の理由。正直、()()()()()()()()()()()()()。……と、少しキツい言い方だったね。それくらい、()()()()()()()()の走りが二人の成長に繋がると思っていると、僕は言いたい。

 

「良いかいフジ、ブライアン。トウカイテイオーの走り()()を観るんだ。余裕があるなら他の子の走りを観ても良いけど、観なくても良い」

 

「……随分と容赦のない言い方だな。らしくない」

 

「僕もそう思う。でも、それすらどうでも良く思えるくらい、このレースは大事だ」

 

「……心得た」

 

僕がそう言い放つと、ブライアンはコクリと頷いた。フジの方を見ると、苦笑いを浮かべながら小さく頷くのが確認出来た。仕方ないなぁ、と言いたいのだろう。

 

そうしているうちに、ウマ娘のゲートインが完了していた。先程までにこやかだったウマ娘も、緊張していたであろうウマ娘も、打って変わって真剣な眼差しに変貌し、開始の合図を待っていた。

 

 

 

そして、クラシック三冠の第一歩、皐月賞が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「第四コーナーに差し掛かるまで観たが、差し寄りの先行だね。シンボリルドルフの走り方に寄せてるのかな?それとも無意識かな、或いは不調……ふぅむ」

 

…いけない、僕の方が分析してしまうとは。ここまで来ると、かえって悪癖だ。不安に思い二人を見るが、それは杞憂に終わった。僕の言葉に耳を傾ける事は無く、無言のまま思考に暮れていた。この観客の歓声の中でここまで集中出来る二人に、僕は驚かされた。

 

「……第四コーナーだ。さて……どう出る?トウカイテイオー」

 

僕が静かにそう言い放った時だった。僕は次の瞬間には、先程以上に驚いたのを、ここに示しておこう。

 

「…ここでスパートをかける!?しかも追込レベルのスピードか!……やっぱり、観に来て正解だった!!」

 

大声になってしまった僕は、悪くないと思う。だって、仕方ないだろう?()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ウマ娘が、いただろうか?僕がトレーナーになる前のウマ娘は分からないが、僕がトレーナーになって以来、そんな事をしてのけたウマ娘は知らない。それを、トウカイテイオーはしてのけたのだ。興奮せずにはいられない。

 

その走りに、観客やフジとブライアンはおろか、シンボリルドルフとエアグルーヴの方を見やると、彼女達も驚いた表情をしていた。

 

そうだろう、そうだろう。自分の担当では無い以上、過度に肩入れしたくはないのだが、あれは僕が見てきた中で一番才能に満ちている。

 

それを強く実感し、僕は嬉しく、そして羨ましく思った。あんなウマ娘がいるのか。あんなに魅力的に夢を魅せつけるウマ娘がいるのか、と。

 

成る程、この言葉はこの時の為にあったのか。

 

 

──天才はいる、悔しいが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[インタビュー会場]

 

──今回の一着で、クラシック三冠が見えてきたと思いますが、いかがでしょうか?

 

「勿論!ボクは無敗で三冠を目指すよ!何せ、ボクはカイチョーを超えるウマ娘になるんだからね!」

 

レース後、そしてウィニングライブ後。重賞になると毎回ある、インタビューの時間。数々の記者らが、今回の勝者であるトウカイテイオーの下で、様々な質問を投げつける。トウカイテイオーもトウカイテイオーで、それらに上機嫌ながらに答える。

 

一応、このインタビューは(遠巻きではあるものの)、一般の者も見聞き出来る。名の知れない新星のインタビューの時も人はそこそこ来るのだが、トウカイテイオーのような一目も二目も置かれている彼女のインタビューを見にくる者は数知れずだ。

 

僕はここに来る前に「インタビューで何か情報が得られる事もあるから、しっかり聞いておくんだよ」と言ってあるので、二人はインタビューを一言一句聞き取ろうとせんばかりの気迫である。……そこまでしなくても良いんだけどね。

 

そんなこんなでインタビューも本格的になってきたかな、といった所で、声が一つ。

 

「ほらっ!今回のレースでテイオーさんが凄い事が分かったでしょ!?」

 

「確かにそうかもしれないけど……マックイーンさんも凄いんです!」

 

僕以外のインタビューを聞いている人は集中しているらしく、彼女らに見向きもしない。…が、離れているとは言え少々喧しい程である。僕は構わないけども、周りを気にする事を忘れているのは、少しいただけない。

 

そう思った僕は二人の方へと静かに歩み、注意をすべくインタビュー会場を背にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[廊下]

 

「君達、少々目に余るよ。ここは公共の場なんだ、周りの事を忘れてはいけないよ」

 

私達が言い合いをしていると、優しげな、でも少し真剣な声色でそう言われた。その声を聞いた私達はハッとし、恥ずかしさで顔を紅くしつつも、冷静さを取り戻す事に成功した。

 

そうして私達は、同時にその声の主の方へ振り向く。すると、そこにいたのは襟にトレーナーバッチを付けた人。つまるところ、トレーナーさんだった。しかも、そのトレーナーさんは、新人トレーナーだったり無名トレーナーではなく、最近で名を聞かない日は無い程有名なトレーナーだった。

 

『つ、角田トレーナーさん!?』

 

思わず私は叫んでしまったが、今回ばかりは私は悪くない。それと、どうやらダイヤちゃんもそれに気付いたみたい。私と同じタイミングかつ同じ声量で叫んだ。だよね、そうなるよね。

 

「ど、どうしてここに……?」

 

「フジ達とレースを観に、ね。君達は……いや、聞かなくても大方分かりそうだ。そっちの子が、トウカイテイオーのレースを観たいって言ったんだろう?」

 

「…へ?」

 

突然そう言われて、思わずそんな素っ頓狂な声を上げてしまった……のもそうだけど、私はここに来た動機をドンピシャで当てられた事の方に驚いた。……あっ、もしかして…

 

「…もしかして、聞こえてましたか?」

 

「観客席でね。他の人は喧騒で聞き取れてないようだったけどね」

 

「……はぅ」

 

己の観客席での振る舞いを思い返し、再び頬が紅潮するのが分かった。……すっごく恥ずかしい。

 

自分でも、テイオーさんが関わると少し暴走するのは分かっている。…それでも、抑えられない。だって、あの人は……

 

 

 

──自分に、夢を与えてくれた人だから

 

 

 

「はい。……え?」

 

「ん?何となくそう言うのかなって思ったから、つい言っちゃったんだけど……図星?」

 

……きっと、この人はエスパーか何かなんだろう。トレーナーが副業等とは言いたくないけど、あまりに人の心を確実に読んでくるソレは、最早トレーナーの域から逸脱しているとしか思えなかった。

 

「…君の夢は、トウカイテイオーかな?」

 

「……はい!テイオーさんのようなウマ娘になるのが、私の夢です!」

 

そのやり取りの後すぐ、角田さんはダイヤちゃんにも同じような質問を投げた。そして、ダイヤちゃんから返ってきた答えは、私と殆ど同じような言葉だった。

 

それを聞いた角田さんは、少し真剣な表情に。その顔から、私は少々の迷いを感じ取った。…そして、それは正解だった事を、次の言葉で思い知る事に。

 

「…出会って早々、そして、君達のトレーナーでもない状況でこう言うのもはばかられるんだけど……()()()()()()()()()()()()かな。悲しいけど、断言出来る」

 

どうやら角田さん曰く、私達の夢は叶わないらしい。私達は、その言葉に思わず悔しさとやるせなさを感じざるを得なかった。

 

何故そう断言出来るのかという思いと、あのレースを観て自分の実力の未熟具合の痛感を、心の中で長い時間混ぜ込んだような気持ち。

 

「ど、どうしてそんな事言えるのですか!」

 

似たような心境らしいダイヤちゃんが、ダイヤちゃんらしからぬ様子になり、声を荒らげながらそう投げかけた。その質問に角田さんは、少し考え込むようにし、こう言った。

 

「中トレに入ってないからっていうのもあるんだけど……まぁ、他にも理由はあるよ。()()()()()()()()()()()のと、()()()()()()()()()()()()()から、だね」

 

その言葉を言われ、私達は固まる事しか出来なかった。後者二つの理由について、何も思いつく事がなかったし、真意を理解する事が出来なかった。きっと、それを理解する事で、夢の実現が目に見えてくるんだろう。

 

「…いつか、答えを出します。その時は……答え合わせをしてくれますか?」

 

どんな感情からか分からないものの、気付いた時には私はそう告げていた。「これから夢を叶える為に尽力する。だから、その時まで待っていて欲しい」という、私の覚悟を乗せた言葉でもある。

 

「うん、待ってる。君なりの答えを、君の夢の完成形を、待ってるよ」

 

それが、静かに一つ、そんな約束が生まれた瞬間、そして、私が夢を叶える第一歩を歩み始めた瞬間だった。

 




はい、いかがだったでしょうか。

ふと、書きながら思ったのですが、キタサンブラックはまだ未実装なので、適正云々が分からないな、と思いました。史実を漁ってみますが、色々チグハグになる事も考えられますが、目を瞑って頂けると嬉しいです。

では、ご精読ありがとうございました。


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真の王は、底を知る

どうも、Cross Alcannaです。

ふと、こうして執筆をしながら思うのですが、ウマ娘のカテゴリーは、シリアスより日常を求める人が多いのでしょうか?私も他作品をよく見ているのですが、シリアスものは伸びづらく、日常ものはよく伸びている気がします。……思い違いですかね?

では、どうぞ。



[中トレ ベンチ]

 

「当たり前だけど、皆しっかり練習してるね〜」

 

ある日の休憩時間、ふとグラウンドを見ると、無意識にそう呟いていた。この時期は、様々なレースが開催されるが故に、熱が入りやすく、皆重賞制覇を目論み始める。

 

その中でも特に栄誉なものとなると、クラシック三冠やトリプルティアラが挙げられるだろうか。シニアの時期になると春秋の三冠もあるが、目前のものは前者の二つ。

 

当たり前ではあるが、ウマ娘である以上、それらに固執する子も出てくる。カイチョーことシンボリルドルフに憧れを抱くトウカイテイオーだったり、トリプルティアラを目指すダイワスカーレットだったり(動機は知らないけど)。

 

…それはともかく、この時期は練習している子をよく見かける。トレーナーのいない子は、教官がついてトレーニングをする。役割は概ねトレーナーと同じなのだが、一つ大きく違うのは、()()()()()()()()()()だ。

 

少し補足すると、公式のレースに出られないのだ。裏を返せば、模擬レース等には出る事が叶うのだ。それでも、折角トレセンに入学してレースに出る事無く卒業してしまう、なんて子もいるのだ。

 

……悲しい事に、言ってしまえば()()()である。この中トレは他トレセンよりも、深刻なトレーナー不足に陥っている。敷居が高い以上、仕方ないと言えば仕方ないのだが、トレセン側の事情でウマ娘の人生を棒に振ってしまうのは、何処かいただけない。

 

「……キングヘイロー、か」

 

そんな陳腐な事を考えていると、練習中のとあるウマ娘が目に入る。

 

キングヘイローだ。親がかなりの活躍を見せたウマ娘であり、彼女が中トレに入学する時も、結構話題になった。メディアは勿論、彼女の親を知る者はほぼ皆、非常に高い期待をしていた。選抜レースでどんな走りを見せるのか、どこまで重賞を制覇するのか、等々。

 

…と、()()()()()()。今でこそ、彼女に期待の念を込める者は、いないに等しい程にまでになってしまった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。残酷に見えるソレは、ウマ娘のレースがブラッドスポーツである以上、避けては通れない課題だ。本人の走りが見れないデビュー前にそのウマ娘の良し悪しを語る事が出来るのは、親である。親が無銘か、有名か。悲しい事に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

人間社会において、昨今ではそのようなブラッドスポーツ染みた風潮を見る事はあまり見られないように思える事もあり、人間社会より遥かに、ウマ娘のレース世界の方が残酷であると断言出来よう。レースの性質上、そうならざるを得ないのを咎める事が叶わない事を加味すると、誰が悪いのかという議論は、きっと平行線で終わる事だろう。仕方ないで済まさざるを得ない事が、より歯痒さを増させてくる。

 

「…僕ら以上に残酷な世界を闊歩している彼女達は、ずっと僕らより強く見えるねぇ」

 

彼女達が挫折したり怪我を負ったりし、引退する事はよくある事。その度に耳にする言葉がある。「可哀想」「どうして」といった言葉。後者についてはこの際良い。僕は前者の言葉を投げかける人を見る度に、思ってしまう。

 

 

 

──そう思う君達の方が、よっぽど可哀想だ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…はぁ……まだ、もう1セット…」

 

今日も練習をしていた私は、事を急くようにそんな言葉を口にする。期待という呪いの言葉が、私に走れと、その血統を証明しろと駆り立てる。教官に止められた事もあった。それでも止めない私を幾度も見てから、いつの間にか私を制止する声はなくなっていた。それを、嬉しく()()()()()()自分がいる。……ソレを、悲しく思う、自分がいる。

 

いつからだろうか。期待に応えたいという想いが、期待が煩わしいというオモイに変わっていったのは。後者のように感じてから、私は練習する事に何らかの価値を見出せずにいた。走る意味は?走って、得られるモノは?

 

 

 

──誰が、私の走りを望んでいるのか?

 

 

 

「今の君みたいに、憑りつかれたように取り組んで得られる事なんて、得なくて良かったと思う事ばかりだよ」

 

刹那、私の後ろから、そのような声が一つ。私へ向けられた声を()()()()()()()()()()のは、何時ぶりだろう。そう思いながらも、私は声の主の方向へ首を回す。…ただ、その人物を見ずとも、その人が誰なのかなど、私は分かっていた。

 

「よっ。今日も練習三昧かな?」

 

角田トレーナーだった。フジキセキ先輩とナリタブライアン先輩を担当に持ち、同僚である東条トレーナーと沖野トレーナー以上のトレーナーとも言われている人。【理想の指揮者】【勝利の先を見るトレーナー】とかいう異名を、同級生や他トレーナーの口から、何度も聞いた事がある。事実、彼はナリタブライアン先輩とクラシック三冠を達成していたり、フジキセキ先輩にも弥生賞優勝をもたらしている。恐らく、クラシック三冠を見据えているのだろう。

 

…正直、彼が羨ましくて仕方ない。昔も、今も。……きっと、これからも。他の子も当然そう思うのだろう。けれど、私には彼の才能が()()()()()()()()羨ましかった。指揮をとれば勝利、助言を呈せば才能開花、他に挙げれば、キリがない。それでいて、謙虚。その態度が、私には皮肉にしか見えなかった。そうではないのは分かっている。それでも、私の感情のフィルターを通してしまうと、瞬く間に羨望と、少しの嫉妬と憎しみに早変わり。

 

幸い、態度にまで出す事は抑えられているものの、いつ目に見える形となってしまうのかなど、正しく時間の問題だろう。それに、私のソレを彼にぶつけるのは、お門違いにも程がある。だから、我慢する。耐える。……耐えねば。

 

「えぇ。……これ以上、失態は晒せませんわ」

 

「失態、ねぇ」

 

ポッと、本当に不意に本音が出てしまう。私の口は、いつからここまで緩くなってしまったのかしら。ただ、それよりも不可解なのが、失態というワードに引っ掛かりを覚える彼。

 

「…一つ、聞きたいんだけど。君は負ける事について、どう考えてる?」

 

その後に尋ねられたのは、そんな事だった。…即座に「はい?」と言わず、その言葉を喉の奥に呑み込んだ私は、間違っていないと思う。負けは負け、ではなくて?

 

「……別に、私は負けが恥とは考えませんわ。……()()()()()()()()()()()()、ソレが最も恥ずべき敗北だと、私は思ってますわ」

 

「……へぇ、成る程」

 

私は考えた結果、そう口にした。それを聞き取った彼は、不敵な笑みを浮かべ始め、終いには小さな声を出しながら笑い出す始末。…その時の彼は不気味で仕方なかったと、言っておきましょう。

 

「くくっ……君のその姿勢、好きだよ。負けは負けと、その原因が他にあると言わない現実主義思想。…僕に余裕があったら、君をスカウトしていたのにね」

 

話に聞いていた紳士的な性格は何処へやら、目の前の彼は、まるでアグネスタキオンのような狂気を醸していた。これが彼の本性なのか、それとも……。いえ、この際もうどうでもいいわ。どうやら彼は、私と似通った考えを持っている事が分かった。…何故だろう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……もし、もしも。私が今、ここで逆指名したとしたら…貴方は、それを受けるというのかしら」

 

気付けば、私は何時もの口調も忘れ、そう尋ねていた。彼がトレーナーになれば、何か掴めるのではないか。ちょっとばかりではなく、大きな確信めいた思い。彼は、何かを持っている。きっと、()()()()()()()()()()()()()()()()というものは。

 

「今ここで、という条件でなら、僕は首を縦には振れないね。今の君は、迷いが過ぎる。もう少し、ほんの少し()()()()()()()、僕は首を縦に振れそうだ」

 

……どうやら、彼から見て私は()()()()()()()()()らしい。その言葉の真意を、悔しくも私は理解出来なかった。…彼には、何が見えているのか、何を視ているのか。いつか、理解出来るのだろうか。

 

「……そうだね。二つ、君に助言をしようか」

 

突然、彼はそう言う。真剣な雰囲気を纏う訳でもなく、ただ淡々と、私に告げる。

 

「走る意味が分からないなら、走ろうと決めた時の事を思い出してみると良い。進むだけじゃあなく、時には立ち止まってみる事も大事だ。特に、今の君みたいな子には、ね」

 

…立ち止まる。今の焦り一色の私に、一番必要な事だったのかもしれない。焦って動いては、結局空回りする事になる。何処かで聞いた事のある言葉を、私は忘れていたのかもしれない。……明日以降は、少し休んでみようかしら。

 

「それともう一つ。夢を叶えるという事は、他人の夢を幾つも……いや、幾万もをへし折る事になる。君と同じ夢、少し違う夢、その他。その覚悟が無いと、夢を叶える事は無理だ」

 

()()()()()()()()。彼は、そのような旨の事を私に告げた。一つか二つか。いずれにしろ、夢は必ず衝突する。その時に、いかに残忍でいられるか。きっと彼は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言いたいのだろう。……これからは、より強く自覚しなければ。キングに相応しく……なる為に。

 

「でもまぁ……」

 

……これから放たれる言葉は、彼の言葉の中でもかなり陳腐な言葉だっただろう。……それでも、私が最も欲しがっていた言葉だったのだろう。

 

 

 

──決して首を下げない、決して折れない君は、王者に相応しいだろうね

 




はい、いかがだったでしょうか。

今回はキングヘイローでした。プライドと、幾度もの敗北に葛藤しながら走り続ける彼女に、かなり好感を持ち、感動したトレーナーも多いのではないでしょうか。私も、不屈の精神は尊敬しますし、見習いたいと思います。……何気に、私が好きなウマ娘の一人だったりします。

では、ご精読ありがとうございました。


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集う三者

どうも、Cross Alcannaです。

節目節目の間に、ちょっとした日常パートを入れても面白そうかなと考えています。後、色々なウマ娘の登場も検討していますが、どうなるかは未定です。もしかしたら、アンケートを作るかもしれません。その都度連絡致します。

では、どうぞ。



[トレーナー室]

 

「……飲みに行く?今日の夜に?」

 

「あぁ。おハナさんと行こうと思ったんだが、ツノと飲む事なんて少なかったって思ってな。話し合った結果、ツノも誘おうって事になった訳だ」

 

「それは嬉しいんだけど……如何せん急なんだよね、いつも」

 

とある日、トレーナー室に二人の人影。一人は角田であるが、もう一人は珍しい人物であった。

 

沖野トレーナー。彼の言うおハナさんこと東条 ハナトレーナーと角田、そして角田は同期なのだ。同期という事もあり、角田のトレーナー間での関係の中ではかなり親しい方。

 

親しいと同時に、この三者はトレーナーの腕前としてはかなり上位に位置していると言われている。

 

東条トレーナーはかの有名なシンボリルドルフ、マルゼンスキーをはじめとした猛者を率いたチーム【リギル】のトレーナー。沖野トレーナーはウマ娘のトモ(太もも)を触るだけで、ウマ娘についてを粗方理解することが出来る。角田は言わずもがな、ナリタブライアンの三冠達成、フジキセキの弥生賞制覇(三冠目標に?)。

 

スペシャルウィーク、グラスワンダー達をはじめとしたウマ娘は、世間では【黄金世代】と呼ばれているらしいが、それに準えているのか、この三者は【トレーナーの黄金世代】とも言われているのだとか。

 

「急なのは謝る。何せ、さっき決めてばっかりでな」

 

「そうなんだ。……まぁ、沖野達と飲む事もメッキリ減ったからね。願ったり叶ったりだよ」

 

「そうか、分かった。おハナさんにもツノが来る事を伝えとくぞ」

 

「任せた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[とある居酒屋]

 

「ゴメン、少し遅れた」

 

「遅かったな、残業か?」

 

「ん〜、まぁそんな所」

 

やるべき事を切り上げ、なるたけ早く来たけど、結局遅刻してしまった。ここまで時間がかかるとも思っていなかったのもあり、やや申し訳なく思う。

 

「久しぶりね、角田君」

 

「久しぶり。皆忙しかったみたいだね」

 

僕含めてこの三人は、中トレ在籍のトレーナーの中でもトップだと言われている(僕に対する評価は、やや過大な気もするけども)。そんな僕達には他のトレーナー以上に外からの仕事が舞い込んできたりする。案件やインタビュー、外からではないがURAのCMにも出たりした。

 

そんな僕達は当然、こうしてしっかりした時間を確保して会う、なんて事も叶う機会が少ない。今回こうして集まれたのは、結構なキセキだろう。

 

「にしてもだ。二人なら兎も角、俺まで外からの仕事が舞い込んでくるとは思わなかった……」

 

「……貴方のトモを触るソレは兎も角、トレーナーとしての腕は確かよ。この間、理事長とたづなさんもそう言っていたわ」

 

…沖野のトモを触るソレは、最早悪癖と呼べるまでにまでなっている。そのせいで、スペシャルウィークらが入学する前に、スペシャルウィークのトモをレース場の観客席で触るという、最悪セクハラで訴えられてもおかしくない事をやってしまった前科持ちだ。

 

彼女が許したから良かったものの、トレーナー生活が終わっていてもおかしくなかった。表沙汰になっていないだけで、他にも似た事がある為に、僕達同期や理事長ら上層部は気が気でないのだ。

 

…それはさて置き、たった今、酒と肴がテーブルに置かれる。取り敢えず、久しぶりの飲み会を始めよう。

 

 

 

──尊敬、そして感謝している僕の同期に、乾杯

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……程良く酒もまわってきたな」

 

「そうね」

 

そこそこ飲み進め、ふとそんな事を言う二人。かく言う僕はと言うと、まだまわっている訳では無い。僕は二人よりも酒に強いので、こんな状況はいつもの事だ。

 

「そう言えば、最近フジキセキが弥生賞を取ったらしいわね。あの走りには多くの事を学ばされたわ」

 

「そうだな。俺達スピカもあのレースを見ていたが、あの走りは見事の一言に尽きる」

 

先程まで話していた話題と少し話は別物に移り、話のタネは僕の担当バについてになっていた。

 

「その言葉は是非ともフジキセキに言ってもらいたいなぁ。彼女が言われるならまだしも、僕がそう言われる謂れは無いよ」

 

これは僕の本心そのもの。トレーナーの教えはウマ娘の走りに影響を及ぼすとはよく言うが、生憎僕は弥生賞にあたって、特段これと言った指導はしていない。

 

……これだけでは誤解を生みそうなので訂正しておくと、特別変わった指導はしていない、という事だ。弥生賞に向けた練習メニューとか、そういう事はしていない。まぁ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()からなんだけど。

 

今のフジキセキのレベルともなると、G()2()()()()()()()()()()と踏んでいたのもあるんだけどね。結果はと言うと、ほぼ想定通りだった。数名名の知れたウマ娘がいたが、走りがまだ定着していない、そして不安定な子が多かった。クラシック期は、ウマ娘もトレーナーも若干の油断が生まれがちな時期だ。G1レース出場が始まるという点では緊張するのだろう。しかし、()()()()()()()()G()2()()()()()()()()()()。今回の弥生賞は、その油断をついた僕の作戦勝ちでもあった。

 

「…相変わらずの謙虚具合だな。もう少し…いいや、もっと誇らしげにしても誰も文句言わねぇだろうに」

 

「私もそう思うわ。謙虚も過ぎれば卑屈にだって、皮肉にもなるわよ?」

 

本心から言っているのに、僕の言葉を聞いた知り合い等には、毎回こう返される。一度のみならず、耳に胼胝ができる程に聞いた言葉。「君の謙虚は度が過ぎる」「担当も、君が誇らしげにしているのを望んでいると思う」等、トレーナーになってから聞いた数は、数える事もバ鹿らしく思える程だろうか。

 

僕は別に、ソレを誇張したり言いひけらかしたりしようとは思えないし、ソレは僕の中でトレーナーとして違うのではないかと思っている。レースで勝てたり、良い成績を残せるのは、トレーナーのおかげでもウマ娘のおかげでもない。…いや、少し語弊があるか。良い結果を残せるのは、ひとえに()()()()()()()()()()()だろう。どちらの方が、等は無い。確かにウマ娘の能力が優秀だから結果が良かったのも要因の一つだろうし、トレーナーの指導が良かったのも要因になり得るだろう。

 

…しかし、それ単体では限界がある上、単体では生まれないモノがある。それが、()()()()()()()。どれ程個が優秀であろうとも、ウマが合わないのならばG1での優勝や三冠獲得は無し得ない、出来てもかなりの苦難になるだろう。相性も良ければ、想定された結果以上の結果が望めるだろう。それが、僕や目の前にいる二人だったのだろう。

 

…ただ、極端に言ってしまえば、()()()()()。誰が良い成績を挙げるか、そもそも数多いるウマ娘とトレーナーの中で、相性が合う組み合わせが出来る事なんて稀も良い所。これだけトレーナーについてだの何だのを述べてはいるものの、結局は運に左右されてしまう事が、これだけトレーナーとしてやってきて未だに納得がいかないし、()()()()と思う。

 

「まだまだ油断ならないからね。隙を見せたらすぐ喰われかねない場所にいるからこそ、慢心は出来ないのさ」

 

「…私が言えた義理は無いのでしょうけど、相変わらず生真面目ね。……貴方も彼を見習ったらどう?」

 

「うっ……痛いトコ突いてくるなぁおハナさんは」

 

…あんな風に言われてる沖野も、真剣になるとこれまた凄まじい能力を発揮する。事実、それのお陰で、彼の担当バがG1制覇を何度も成し遂げている。本人に言うと調子に乗って碌でもない事態になる事がある実体験がある以上、本人には絶対に言いはしないが。

 

東条さんは言わずもがな、シンボリルドルフやマルゼンスキーをはじめとした名バを次々に育て上げている。今年も、選抜レースでかなりの好成績を収めていたグラスワンダーとエルコンドルパサーをチームに入れたのだとか。…改めて考えてみると、結構な大所帯になってる気もする。それに、何故だろう。どことなく僕の考えた最強のチーム感が否めない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[角田宅]

 

あれから酔いが回った二人を僕が送り届け、自宅についてから、僕は担当の二人のこれからについて考えてみる。最初は右も左も分からずに仲間意識が大半を占めていた僕達同期の関係だったが、ある程度期間も過ぎた今日において、その関係はライバル関係へと変容しつつある。僕としては歓迎なのだが、それに伴って二人のより大幅な強化が必要になる。これからは様々な名バが障壁となって立ち塞がる事だろう。自身の担当バには絶対の自信を持ちたいのだが、現実はそういかない。

 

いくらシャドーロールの怪物とは言え、皇帝と相まみえた時に、僕はシャドーロールの怪物が勝つ、と確信を持って言う事は叶わない。それ程までに、ライバルは強力な面々なのだ。同期の二人と久々に会って、それを再度強く自覚させられた。

 

…油断は出来ない。慢心など以ての外。ここからは、()()()()()()()()()()()()()()。実力や作戦、勝負の結末全てが。…何時ぞやに耳にした「勝負に絶対は無い」という言葉の意味が、嫌が応にも理解出来てしまう。…僕の指導一つで、敗北は隣にやって来る。そう考えただけでも、気が狂いそうだ。

 

 

 

観客からの視線が、怖い。今ここにいる筈も無いのに。

 

担当を敗北させるかもしれない自分が、怖い。自分の言葉が、担当を終焉に導くかもしれないと。

 

ウマ娘の夢をへし折る事が、怖い。言葉では言い聞かせているものの、未だに怖い。

 

 

 

…でも、それでも。やらねばならない。そういう世界に足を踏み入れたのは、自分だから。担当を持ったのだから。

 

 

……()()()()()()()()

 

 

 

「ふぅ。…っと、もうこんな時間か。明日も練習がある事だし、そろそろ寝ようかな」

 

思考を幾度重ねたのか忘れる程、思考に明け暮れていた事に気付く。明日の事も思い出し、急ぎ目に床へ着く。…明日はどんなトレーニングをしようか。明日からは、より一層気を引き締めないといけなさそうだ。他チームの練習を見てみるのも良さそうだ。模擬レースをしてみるのもアリか。眠りに着こうとしているのに、脳は考える事を止めない。寧ろ、覚醒しているまである。…悲しい事に、明日の為にも脳を無理矢理鎮めないといけないのだけども。

 

「…頑張ろう」

 

小さく、虚空に向かって、そう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──されど、世界は非情であった。

 




さて、いかがだったでしょうか。

投稿が少々遅れた事、お詫び申し上げます。中々執筆が進まない事、学業面で忙しい事、執筆途中で内容を全て変更した事が重なり、こうなってしまいました。最後の事柄については、二度目が無いよう努めますので、何卒ご容赦ください。

では、ご精読ありがとうございました。


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片翼を焼かれて

どうも、Cross Alcannaです。

最近Pixivの小説を見るようになってきています。そっちにも投稿してみてもいいかもしれませんね。投稿するとしても、内容は同じものになりますが。今は学業や免許、アルバイトなりで忙しいので、厳しいとは思いますが。

では、どうぞ。



──そのニュースは、日本を跨いで世界へと広がっていった。

 

「…嘘、だろ?」

 

「シャドーロールの怪物が、こんなにアッサリと?」

 

その報道を聞いた道行く者は、凡そそのような言葉を言ったという。その報道を見聞きしない者へは、ほぼ瞬きの時を経て知られる事になった。海外でもこのニュースは大々的に報道された。デビューしようと奮起している、或いはレースで走る、或いは既に引退して一線を引いているウマ娘に、このニュースを知らない者はいなくなった。

 

その一報は、ただの悲報か。或いは、とあるイカロスの羽を焼き焦がす太陽になるのか。

 

 

 

──ナリタブライアン、股関節炎を患い引退か

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[トレーナー室]

 

「……はぁ」

 

…いつものように担当に練習メニューを言い渡して練習してもらっている。ただ、今日からはトレーナー室に一人増える事になってしまった。

 

「今ので5回目だぞ。アンタは悪くないって、何度言えば分かるんだ」

 

「そう言われたところで、世間の目は変わらないんだよ」

 

「……それはそうだが」

 

これからが本番だ、と言わんばかりの勢いの中で、まさかのブライアンがほぼ引退(確定ではない)となった。その辺はしっかりと話し合った結果なので、今更四の五の言うつもりは無い。

 

…しかし、担当バの疾患、ましてや有名バ(或いは期待の高いウマ娘)である事が、世間を騒がせるには十分過ぎる程に世間を駆り立てる。悲しい事に、人間という種族は、結局人の不幸に過敏に反応するのだ。

 

ブライアンの言う通り、完全にトレーナーが悪い訳では無いケースの方が大半(例外はある)なのだが、だからと言ってトレーナー側が責任を感じないかとは、また別問題なのだ。現にこうして今も尚、僕は責任に押し潰されてしまいそうな感覚に陥っている。

 

「こういう時に限って、記者達が変にやる気になるから、余計にクるんだよ……」

 

「…まぁ、分からなくもない。そこまで叩く必要の無い事柄も弄って叩かれるような内容にするのも見た事があるからな」

 

僕は時々週刊誌等を読んでいたりしているのだが、少し前からブライアンが、僕が読み終わった週刊誌を読むという習慣があった。そのお陰か、ブライアンは時事に結構通じているのだ。さっきの発言も、それから来ているのだろう。

 

それはさて置き、相変わらず納得のいかない顔をしているブライアン。その表情を浮かべる真意は、僕が彼女の言葉を否定したからか、はたまた股関節炎を患って走る事が出来ないからか。それは、彼女のみぞ知る事だ。

 

「さて、フジの練習を見に行こうか。ブライアンもフジにアドバイスとかしてあげたら?フジは勿論、君のためにもなるからね」

 

「そうだな。生徒会の仕事も無い上に練習もないと来たら、暇で仕方なくなりそうだからな」

 

……責任を感じるとは言え、それを理由にフジの練習に支障をきたす事はダメだ。フジまでダメにする訳にはいかない。こうなった今、フジには勝利を与えてやらないと。そう思い、頬を軽く叩いて、練習しているフジの下へと駆けていく事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[グラウンド]

 

「はっ…はっ……」

 

「フジ〜!アップは終わったか〜?」

 

フジキセキしかいないレース場に、駆け足で駆け寄るトレーナーとその後ろに付いて歩くナリタブライアン。走る事にドクターストップがかかっており、ナリタブライアン当人も股関節炎を治そうとしている意思が見て取れる。

 

「はぁ…ふぅ。うん、丁度今終わったよ。それで、今日はどうするのかな」

 

「そうだな……今日はイメージトレーニング兼実践をしてみようか」

 

彼の口から放たれる練習内容は、これまた難解なモノだった。一度聞いて理解に及ぶモノでは無く、理解したところで、かなりぶっ飛んだモノとなっている。

 

「……?と言うと?」

 

フジキセキのこの疑問は正当であり、ご最もな意見。イメージトレーニングはイメージだからこそ、実践とは言い難い。それがセットになる道理が分からないのは、ある種当然の懐疑だろう。

 

「フジにはこれから何本か本番のレースと同じくらいの距離を走ってもらう。出す力は……模擬レースくらいが良いかな」

 

「…それだけじゃあ無いんだろう?トレーナー」

 

「勿論」

 

ナリタブライアンの問いに、即答するトレーナー。そう、このままではイメージトレーニングの部分が皆無。それは誰もが思う事。トレーナーもそう察したのか、即答したのだ。そうして、彼は続ける。

 

「フジ、君には()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……トレーナー、あんた、正気か?」

 

「…どうだろうね。自分では正気だと思ってるけど、やっぱりどこかおかしいのかな?僕は」

 

ケラケラと、嘲笑するが如く笑う彼の顔に、二人はどこか悲しみを感じている。()()()()()()()()()()()()()()()、そんな事を思いながら。

 

そんな事を考える二人を置いて、説明は続く。

 

「…さて、続きだ。ウマ娘を思い浮かべるとは言ったけど、ただ想像するだけじゃ意味は無い。大事なのは、()()()()()()()()()()()()()()()事だ」

 

サラッと言ってのける彼だが、()()()()()()()()()()()()()()()()事を見逃してはいけない。

 

よく考えてみてほしい。仮想の相手を想像しながら走れと言われて、それが出来る者は果たしてこの地球上にどれ程いると思うか。よく、二つの事を並行して行う事は大変である、といったような言葉があるように、出来る人こそいるが、至難である事に変わりない。

 

それに人であるかやウマ娘であるかなどが関係する事も、残念ながら無いわけで、どちらであれ困難なのだ。特に走る事においては。

 

「…随分、高い要求だね」

 

「正直、このトレーニングはするかしまいか悩んでいてね。どうせなら一度試してみようかと思ったのさ。それに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

彼の言葉の裏に秘められたソレは、過信や慢心といった類のソレでは無く、純粋な推察から来たものだった。彼の何食わぬ顔が、それを物語っていると言えよう。

 

事実、先日の弥生賞の走りから読み取れるように、G2レースは敵無しだった。G2よりも上となると、残りはG1レースのみ。そんな格式高いレース(G2レース等が格式高くないという訳では無い)に出走するウマ娘は、どの者も激戦を制した猛者達。今までの練習で通用しない場合も増えてくる。

 

G2までのレースでは勝てていたのだが、G1に挑むようになってから事を急いてしまい、かつての戦績を収める事も叶わなくなるというケースが存在する程、G1というステージは常識だけで太刀打ちしようがない場所なのだ。

 

「一応言っておくと、別に僕が焦って無闇に練習させようとか考えている訳では無いよ。単純に、練習を一つレベルアップしてみようかと思ってね。それに見合う実力になったからね」

 

勿論、僕の焦りで彼女まで壊す訳にはいかない。……世間が…何しろ、僕が許さない。彼女は……フジキセキは、僕に許された最後の猶予。だからこそ、事を急く事は許されない。慎重に事を運ばないといけないのだ。

 

仮に、フジキセキが走れない身体になったとしたら、僕は責任感に潰されて、トレーナーを辞退していると思う。ウマ娘の走りに魅せられた者として、それは避けたい。

 

「…あまり気に病むなよ、トレーナー。アンタは一人で背負って、一人で潰れる性格の人間だ。アンタのソレは、もう悪癖の領域まで来ている事を、少しは自覚してくれ」

 

「ブライアンの言う通りだよ、トレーナーさん。」

 

「……タハハ、心当たりがあるから強く否定出来ないのがなぁ。肝に銘じておくよ」

 

さぁ、練習を始めようか。僕のその一言を機に、フジは練習を始める。ブライアンは、練習しているフジを見ている。トレーニング出来ないなら眼で見て技術を盗もうって魂胆かな。熱心なのは結構結構。

 

……そういえば、今日は少し冷えてるなぁ。肌寒いや。そう思って宙を見てみる。…うん、灰を被った空模様だ。ちょっと縁起が悪い気もするから、気を付けておこうかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[自宅]

 

「ふぅ、やっぱり風呂は気持ちいいねぇ」

 

あれからフジの練習も無事に終わり、得るものが多かった。やっぱりフジは天才型に近いのかもしれない。かなり高い要求だったと自分でも思うアレを、今日でコツまで掴むとは思わなんだ。

 

ブライアンの方も、何か掴めたのか、どこか満足そうな表情だった気がする。暫くこのトレーニングでやっていこうかな?

 

……とは言え、脳と脚を同時に使うトレーニングは、脚への注意が通常より散漫になる。言ってしまえば、脚を壊しやすい諸刃の剣。フジのレベルが高いから出来た練習だが、日を空けて行った方が良いかもしれない。追々考えるとしよう。

 

「……やっぱり、そう言われるよねぇ」

 

先程までの思考を頭の隅に追いやり、パソコンの画面を見る。UmatterというSNSのサイトを開いているのだが、時々こうしてウマ娘についての呟き等を確認している。

 

今日見ている内容は、ブライアンの引退についてだ。ハッシュタグまで付く程、この話題の衝撃が凄まじかったという事を実感する。

 

中にはブライアンの引退は残念だった、というような惜しみの声があったのだが、そのような声は少数。多数を占めている意見は、要約すると()()()()()だった。

 

「『股関節炎を患う事を事前に気付けていないのはどうなのか?』『トレーニング内容が負荷過多なのかも?』『あのトレーナー無能説』ねぇ……匿名である分、こうした意見が平気で出でくるのは分かるんだけど……」

 

ふと、溜め息が溢れる。中には事実な事もある為に強く文句を垂れる事はしないが、投稿主のネットリテラシーが心配になる。中には、Umatter運営からBANが来そうなコメントや投稿まで見かける。精神面で少しだけタフな僕だからまだ良いものの(良くは無いけど)、他の人がこれを受けて平気かどうかを考えると、やるせなくなる。

 

「……次、フジが円満じゃない引退になったら、どうなるんだろう。…刺されたりして。……流石に無いか」

 

気分がナイーブなせいか、悪い考えばかり思い浮かぶ。らしくもない。僕もフジも、勿論ブライアンも、やれる事はやっている。最善かどうかは未来の結果が見えない以上、分からないのだが、見えるヒントの中で最善は尽くしている。

 

……切り替えよう。このままの気持ちでいくと、今度はフジも、なんて事になりかねない。フジだけでも無事にと誓った手前、今出来る最善はフジが無事に引退出来るよう手引きする事。ここで止まる事では無い。

 

「……よし、トレーニング内容でも考えようかな」

 

悪い考えをかき消す為に、僕はトレーニングについて考えを詰める事にした。

 

……今日の夜は、いつもより永く感じた。

 




さて、いかがだったでしょうか。

「…あれ?なんかタイトルと章題変わってない?」と思う方もいると思いますが、正解です。こちらの方が良いかと思いましたので、変えたまでです。特に何かあるとかでは無いので、その辺りはご心配無く。そして、また投稿が遅くなり、申し訳ありません。現在多忙の身ですので、これからしばらくこのような頻度になるかと思います。

では、ご精読ありがとうございました。


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翼失い、堕ちる夢

どうも、Cross Alcannaです。

相変わらず、Pixivでの小説活動を考えています。Pixivとの並行か完全移行か、悩みどころです。バンドリはこっちで投稿するつもりですが。
ところで、今のところ日常回が殆ど無いこの小説ですが、日常回もあった方が良いでしょうかね?アンケートを貼っておきますので、宜しければ意見を。

では、どうぞ。



──まさか、まさかの悲報だった。

 

「は?おいおい、これは流石に嘘だろ?」

 

「いよいよ、あのトレーナーの指導の質を疑うぞ」

 

「立て続けに二度も……不運にも程があるわ」

 

──誰もが、夢だと思いたかった。

 

「ナリタブライアン先輩だけでなく、フジキセキ先輩まで?」

 

「……本当に過度なトレーニングを課していたんじゃない?」

 

「そんな事言うべきじゃない、って言いたいけど……この状況だとそうも言えないね」

 

──ある者は憐れみを、ある者は憤怒を抱いた。また、ある者は失望した。

 

「トレセンは、そのトレーナーをどうするんだ?」

 

「さぁ?解雇が普通だと思うけど、トレセンは人手不足って噂もあるし、優秀な戦績を収めているから残留、って結論になるかもね」

 

「流石に解雇だろ、でなきゃ示しがつかないだろ」

 

──哀しくも、世間に彼の味方はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──フジキセキ、屈腱炎を患う

 

 

 

[中トレ トレーナー室]

 

「……トレーナーさん、来ないね」

 

「…あぁ。久々にニュースを見てみたが、酷い言われようだった。詳細を知らない上、第三者目線というのもあるが、それを加味しても聞くに耐えない罵詈雑言が大半だ」

 

私が屈腱炎を患った事がニュースを介して世間に知れ渡って以降、トレーナーさんの姿を見る事は未だ叶っていない。学園側には精神的な理由で休暇を貰う事を伝えられているらしく、私達はたづなさんに聞き出して、ソレを初めて知った。

 

それまでは、トレーナーさんに聞こうとメッセージを何度も送った。でも、既読は付くものの、返事はついぞ返ってこなかった。

 

…トレーナーさんが学園に来なくなって、4日が経つ。日にちが経つにつれ、私の不安は比例するように増していく。言葉にしないだけで、ブライアンもそうなのだろう。ここ最近、生きた心地がしないと言いたげな表情ばかり浮かべている。

 

「…ブライアン、怪我は治りそうかい?」

 

「…分からん。リハビリはしているが、完治は難しいとは聞いている。後遺症が残る可能性が高いとか何とか言われたな」

 

「…ブライアンもなんだ」

 

私達がウマ娘である以上、命の次に大事なモノは脚。()()()()()()()()()()()()事に対し、ウマ娘は本能的によく思わない。その原因が病気であれ、不慮の事故であれ。トレーナーと絆を深めたウマ娘であっても、何が一番大事かと問われれば、半数(もしくはそれ以上)が即答出来ない程に、ウマ娘にとっての脚は大切なモノ。私だって、そう問われたら即答で答えられる自信がない。…勿論、トレーナーさんの事は慕っているけどね?

 

「私としては、トレーナーさんの方を診察して貰いたい気持ちなんだけどね……」

 

「全く同感だ。アイツは元々引き籠りがちな性格じゃない。寧ろ、興味があるような事や仕事なら、進んで取り組むようなヤツだ。そんなアイツが、外に出ようとしないどころか連絡すら絶っている。精神的にヤられているのを判断するのには、寧ろそれだけで事足りる」

 

ブライアンの言う通り、トレーナーさんは掴みどころが無いけれど、自分が興味を持った事は進んで知ろうとし、時には突拍子の無い行動までする。それに仕事熱心でもあって、夜遅くまで仕事をしていて同僚やたづなさんに止められていた、なんて事もしばしば。仕事で籠りこそすれど、外へ出なかったり連絡を絶ったりはしない性格の人だった。連絡の面からしても、ブライアンが「そこまで細かく連絡しなくても良い。自分で確認する癖が取れそうだ」なんて言ってしまう程だったと、記憶している。

 

そんなトレーナーさんが連絡も返さずに外を出ようとしないのは、私達からしたら非常事態とも呼べる状態。私達も中々に重症状態ではあるけれど、それよりもトレーナーさんがどんな状態なのかの方が、気になって仕方ない。

 

「…トレーナーさんの家、行ってみる?」

 

「そもそも、知ってるのか?トレーナーの家」

 

「たづなさんなら知ってるんじゃないかな。今回は非常事態のようなものだし、説得出来れば教えてくれるかもしれないだろう?」

 

私の無策っぷりに、呆れるように溜め息をつくブライアン。普段なら無策で動く事はしない私だけど、トレーナーさんの事を想像すると…そうとばかり言ってられない。自分でも己の無策具合には呆れるが、今回は目を瞑ろう。

 

そう決めた私は、トレーナーさんの様子を見に行く為にたづなさんのもとへ向かった。

 

「……大丈夫だよね、トレーナーさん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[トレーナー宅]

 

「……二人に、合わせる顔がないや」

 

自宅で独り、僕の呟きが寂しく響く。その呟きを、僕以外の誰かが聞く事はないだろう。

 

ブライアンが股関節炎を患ったと発覚したその少し後、フジの様子がおかしい日が増えてきた。それに気付いて病院で検査してもらったのだが、その時には既に遅かったと言うに相応しく、フジは屈腱炎を患っていた。その時はフジ達がいる手前、出来るだけ平常心を取り繕っていたが、やはりあの練習は止めておくべきだったのか、もう少し早く気付いていれば等といった事ばかりを考えてしまう日々。

 

そんな自分が知り合いに見られるのが怖くなり、トレセンには(少し弄った)事情を話し、こうして休暇を得ているに至る。連絡を絶っているのは、連絡をし合う気になれないからだ。特段、深い理由がある訳でもない。…いや、担当や同僚を心配させて家にまで来られる可能性を少しでも下げようとしているのかもしれない。

 

…兎に角、今は誰とも会いたくない。会ってしまって、何を言われるのか怖いから。会ってしまって、僕の心が持つ自信がないから。

 

「……夜ご飯…食べないと。食材……きれてないかな」

 

鉛のような身体を無理矢理起こし、リビングまで移動する。私室からリビングまで大した距離でない筈なのに、その道のりは実際の長さより遥かに遠く感じた。疲労感も凄まじい。

 

そんな事を感じながら、冷蔵庫を開ける。その中身はたいへん寂しい光景だった。野菜室や冷凍庫も同じ様子。あるのは調味料と、僅かな飲み物くらいだろうか。

 

……何故だが、冷蔵庫が自分の心の中と似ているなんて思ってしまう辺り、ほぼ末期に近いのだろう。

 

「…深めのフードを被って、行かないと」

 

今の自分は、(気持ち的には)指名手配犯並の扱い。見つかれば批判やら何やらを言われかねない……いや、きっと言われるだろう。悲しくも、そんな自信がある。

 

今の自分が、批判の嵐や視線を受け止めきれる程の精神を持ち合わせていないのは明白。だから、外に出る時には深めのフードが必需品。今では、これが無いと外に出られる気がしない。

 

服装を整え、買い足す物を紙にメモする。エコバッグをカバンに入れ、財布などがあるかを確認する。…近場のスーパーに行こう。車は……いや、歩いていこう。昨今はネット民が車のナンバーとかでも個人の特定をするようなレベルだ。暫くは車を使わないでおこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[トレーナー宅付近 帰路]

 

「……少し、買い過ぎたかもしれない。…重い」

 

また暫く外に出ないつもりだったために、かなりの量買い込んでしまった。いつもみたいに車で来ている訳でもないのに、こんなに買い込んでしまう辺り、自分は少し抜けている所があるようだ。……男のお茶目など、需要無さそうだ。

 

そんな軽い自虐を自分に言いながら、もう少しで着くであろう家まで、重い荷物を運ぶ。…もう少し筋力でもつければ良かったと、こういった時に思うものだ。

 

……そんな時だった。

 

「……?駆け足の音?こんな夜中に、しかもこんな道で……?」

 

不思議だった。ここが広めの道路だったり公園だったりしたら、「成程、トレーニングかジョギングをしてるのか」程度で終わるのだが、生憎、ここでそのような事をする人は見かけた事は無かった。

 

それに、ここは人目が少ないので、暗い夜となると、怪我の発見などが遅れる事がある為、看板で注意がなされている。それ程、ここはそのような事に向かないのだ。

 

……その予感は、的中していた。

 

「…お前が……お前がァァァァ!!」

 

ソレを視認して間もなく、腹部が熱くなる。……成程、人は理解が遅れると、反応も薄くなるのか。よく考えてみたら、その方が合理的か。狭い道、夜の時間帯、そして……人目の少なさ。

 

……あぁ、そうだ。

 

 

 

──()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…こんな夜遅くになったけど、トレーナーさん起きてるかな」

 

「…どうだろうな。……というかこの辺、何だか薄気味悪い。道幅も狭ければ、人目も少ないように見える。街灯も少ないせいか、他の道より灯りが乏しい」

 

あれから私達は、たづなさんと理事長に許可をもらい、今はトレーナーさんの家まで行く途中。一応、何かあった時は学園に電話を寄越す為に、電話番号を入れる事、危険があれば直ぐに連絡を入れる事を条件とし、今日だけ許可が下りた。

 

そうして来てみたは言いものの、ブライアンの言う通りで薄気味悪さが目立つ。先程交番のお巡りさんに言われたのだが、今通っているここは、年々事件がそこそこの頻度で発生しているらしい。情報が情報なだけあって、大変怖い。

 

そんな事を思っていると、かなり近い所から救急車の音が鳴っている。…まさか、近くで事件でも起こったのだろうか。……もし、犯人がいるケースの事件なら、まだ犯人は捕まっていない筈。……帰った方が良さそうだ。

 

「ブライアン、帰ろう。あの救急車の音が近いのから察するに、近くで事件が起こった可能性が高い。もし殺人事件とかだとしたら、その近くにいる私達が危険だと思う」

 

「……だな。不思議と、胸騒ぎもする。ここで引き返した方が安全だろうな」

 

満場一致となった私達は、自分達の学園へと踵を返す。

 

 

 

……一抹の不安を、抱きながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[中トレ 理事長室]

 

「陳謝ッ!朝早くから呼び出してすまない!」

 

「いえ。今日は大した予定も無いので、大丈夫です」

 

翌日の早朝。登校して早々、校内放送で呼び出された。理事長室に来て気付いたのだが、呼び出されたのは私だけではなかったようだった。

 

「…私まで呼ばれたとなると、アイツ関連か?」

 

「……その通りです、ブライアンさん」

 

自分だけでなく私まで呼ばれた事から、ブライアンはその結論に至った。それを肯定するのは、たづなさん。……気のせいだろうか、いつもと比べてどこか苦しそうな表情をしている。たづなさんらしくない。

 

「…それで、何かあったんですか?」

 

「…………肯定ッ」

 

私の問い掛けに答えた理事長は、いつものような活気を帯びてはおらず、握っている拳は過剰に力が入っているのか、プルプルと震えている。

 

そして、次の言葉が、私達の思考を全て吹き飛ばす事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──彼が、殺傷事件に、巻き込まれた。

 




さて、いかがだったでしょうか。

角田トレーナーは、果たしてどうなるのでしょうか?精神ももうズタボロでしょうし、大変な事になりそうですね。それは次回のお楽しみです。

お知らせです。この度、私の執筆活動をPixivと並行する事にしました。と言っても、こちらで書いた物をPixivにのっけるという方針で行こうかと思っています。ハーメルンを辞める訳では、(今のところ)無いので、悪しからず。

では、ご精読ありがとうございました。


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Epsode2 崩れる祝杯、残る歪み
虚無たる杯


どうも、Cross Alcannaです。

今回から、第二章に突入します。前話から、果たしてどう物語が動いていくのか、お楽しみにして読んでいただければと思います。アンケートは、近日アップロードする予定です。

では、どうぞ。



[とある病院 隔離病室]

 

「…………」

 

「…ここに搬送されてから数日経つが、ここまで魂が抜けきった様子の患者は初めてだ」

 

数日前、この病院にとある患者が運び込まれてきた。その人物が何者かについて、散々ニュースで話題に挙がっていたために、その人が誰かなど、すぐさま分かった。

 

この病院にはウマ娘科も存在するので、ニュースの前からチラチラと噂話などは耳にしていた。何でも、フジキセキとナリタブライアンという名バを担当していて、重賞制覇をも果たしていたとの事。

 

この前二人共が、同時でないにしろ、この病院に診察をしに来た。そうして、最近ニュースに挙がるような症状を患っていた……というに至る。……トレーナーまでこの病院に来るとは、何かの皮肉なのだろうか。

 

…それはともかくとして、ここ数日、彼は目を覚ます時間が少ない。命に別状はないのだが、目を覚ます事が、通常の人間より遥かに減った。……現実逃避の本能が働いているのだろうか。

 

…それに加え、目を覚ましていても()()()()()()()()()()。目を覚ましたと思えば、何処か虚空を見つめる。そして時間が経てば、また眠る。そして起きて……の繰り返し。さながら、同じ動きしかしない旧型の機械のようだ。

 

更に心配なのが、一番始めに目を覚ましてから現在に至るまで、()()()()()()()()()()()()()()事だ。普通、こんな状況であれば、何かしらのリアクションがある筈なのだ。命が助かったという事実への安堵なり、犯人は捕まったのかという不安なり。

 

中トレに連絡を入れてから、あちら側から何度も面会したいとの旨の訴えが来ているのだが、私は断っている。正直言って、面会させた方が良いのではないかとは思う。ただ、()()()()()()()のだ。彼の内側が。もしかしたら暴走の前触れなのかもしれないし、急に快調になるかもしれない。

 

確かに面会させたい気持ちはある。しかし、()()()()()()()()()()()()()()()。その点が、医師としてセーブしているのだろう、きっと。この状態から急に暴れ出すなど、正直考えられないのはあるのだが。

 

「角田さん、調子はどうかな?」

 

「…………」

 

相も変わらず、言葉は放たれない。ただ、虚空を見つめるに留まっている。その姿は、まるでセミの抜け殻を見ているようだ。ほぼ微動だにしないのも、そう見せている一つの要因なのだろうか。

 

返事が無い彼を見て、私は彼のカルテに記入する。……果たして、これで異常無し……とは言えないのは明白だが、何と書き記したものか。こんな症例が無いために、医療経験が豊富だと自負している私でも四苦八苦。

 

……と、そんな時だった。

 

「…………分からない」

 

「……!」

 

彼が、言葉を発した。が、意図が読めない。一体、何が分からないと言うのか。自身の調子についてなのか、はたまた別の何かについてか。理解する為に、私はここぞとばかりに問う。

 

「何が分からないんですか?」

 

「…………何故……ここに立っているのか……」

 

彼は言葉を放つも、私に目線を向ける事はしない。思考している事がポロッと出たモノなのだろうか。

 

それは置いておくとして、()()()()()()()()()()?……疑問が尽きない。今、彼は立ってはいない。なんなら、寝そべっている、という表現の方が正しい。彼の状況判断能力が低下していると言われればそれまでだが、そんな症状は見られなかった。という事は、あの表現は何か意図的なモノの筈。

 

……分からない。何となく、担当バの二人が関わっているのは推測出来るが、それ以上の域を脱する事は無い。…犯人の動機が何なのか、そこが分かれば何かが掴めるのかも知れないが、警察でもないので、知る事が出来るのはニュースで、になるだろう。

 

…でも、今日は彼が言葉を発した。今までよりは良い傾向に進んでる……と思いたいが。これから、ゆっくりでも快調に進んでいけばと思う、今日この頃。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

今日も、担当医が僕に話しかける。調子はどうか、何があったのか、喋らなくて辛くないか、等々。僕は、ソレに一貫して黙秘を繰り返している。

 

…誤解を生みかねない表現なので、一応言っておくと、言葉が煩わしかったり、何らかの負の感情を抱いている訳では無い。寧ろ、医師としてやるべき事だから仕方ないだろうし、無言を貫いていても尚話しかけるこの人には、申し訳無さと尊敬の念を抱いている。

 

……ただ、()()()()()。誰かと関わる事に、恐怖を感じて止まない。…僕が意識を手放す直前、僕を刺した男が言っていた言葉。アレが、僕の例の二件について怨みを持っていると結論づけるのに、大した思考過程を要する事はなかった。

 

きっと、犯罪になるからといった理性のセーブが掛かっているだけで、そう思っている、そうしたい程憎んでいる者は大勢いることだろう。彼女達は、皆に愛されるウマ娘だったし、ファンも多い。だからこそ、こうなった時が怖いのだが。

 

「…………分からない」

 

…今までも、そしてこれからも黙り続けようと思っていたのだが、ソレも限界だったのだろう。無意識の中で、そんな一言が零れた。先程まで無音に近かったその空間に、僕の一言がこだまするように感じられる。

 

「何が分からないんですか?」

 

「…………何故……ここに立っているのか……」

 

また、言葉が零れ落ちる。他者が怖くて零さないようにしていたソレらは、器が限界を迎えつつあるために、無意識下で零れていく。

 

……僕の人生は、一言で纏めれば〖夢〗だ。幾度も夢を見てきたし、夢に折れた人も沢山見てきた。極端に言ってしまえば、僕の今までは夢が土台になっている。

 

僕がトレーナーであるのも、子供の頃にウマ娘のレースを見て、そこに夢を見出したからだ。…あわよくば、僕が彼女達の夢を叶えてやりたいと。そんな淡い夢を持って。

 

夢を見るとは何か、それに必要な事は何か、その他諸々、僕の教えられる事を教え尽くす事を目標に、僕はトレーナーとして立っている。それはこれからも、きっと変わる事は無いだろう。

 

……ただ、今回の二件を省みて、僕の在り方が正しかったのか、最善であったのか等を、どうしても考えてしまう。更に、世間からの目と意見が、ソレを助長する。在り方は自分で決めるモノであって、周りから決められたり自分の意思無しで決めるものでは無いのも、分かっているのに。

 

「……じゃあ角田さん、今日の問診はこれで終わりますね」

 

ごゆっくり、と付け足した医師は、静かに扉を閉じて病室を後にした。…我ながら、あの人も大変だろうなと思う。ここ最近毎日だ。最近では介護関連で、魔が差して老人を殺害してしまったという事件もある世の中だ。そんな中でああして面倒くささを顔に出さず、真摯に相手してくれてる事に、感謝せねばならない。そのおかげで、沢山思考を巡られられるのだから。

 

……そんな貴重な時間でさえ、幻聴や世間の声が邪魔をする。お前が二人の夢を壊した。もっと優秀なトレーナーであれば。そんな声が、まるで僕に直接語りかけるかのように。

 

……夢が残酷である事は、知っていた。…折れていった人らは、こんな心持ちだったのだろうか。形容し難い虚無感、多方面に向く罪悪感と責任感、そして、自身の未熟さ。今まで出てくる事の無い程激しく、ソレらが沸々とこみ上げる。

 

……嗚呼、もう…僕が僕でなくなりそうだ。考えても頭がおかしくなりそうで、考えなければ負の感情に駆られる。……何処で、間違えたのだろう。

 

 

 

──そっか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──夢を見る事が、間違いだったんだ。

 




はい、いかがだったでしょうか。

少し短い気がしますが、区切りが良かったので、この文量になりました。ここから曇り具合が加速すると思います。果たして彼は、彼の周りは、どうなっていくのか。是非、お楽しみに。

では、ご精読ありがとうございました。


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暗雲立ち込める中で

どうも、Cross Alcannaです。

今回は、彼の周りの人達のその後です。知り合い(?)が事件に巻き込まれたという事で、並々ならぬ不安が皆を襲っている事でしょう。それに便乗して、更に悪い事でも起こらないと良いのですがね。

では、どうぞ。



[中トレ 廊下]

 

「ねぇ、最近フジキセキ先輩とナリタブライアン先輩元気ないよね」

 

「まぁ、あんな事があったからね~。あんな怪我ばっかさせるトレーナーだったって事に気付いてショックだったんじゃない?それまでは先輩達も信頼してたみたいだし…」

 

……またか。これで何回目だ。あの一件から、私達の事を心配する……と思いきや、ソレを口実にアイツを悪く言う輩が増えた。気がするとかいった推測ではなく、最早確信の域にまで達する程には。フジの方も、私のような輩を見かけるようになったと言っていた。…話題のタネになるのは少しばかり気恥ずかしいものだが、今回ばかりは苛立ちが増すばかりだ。

 

「おい」

 

「ヒッ!ブ、ブライアン先輩……」

 

「それ以上アイツについて何か言ってみろ。…ただで済ませる気は無いぞ」

 

「は、はいぃ!!」

 

そんな輩を見かけては、こうして圧をかけていく。こんな事を何回も繰り返すうちに、段々と疲労が溜まっていく。最近はそんな事ばかりだ。走っての練習が出来ないため、私達は座学に注力している。その合間にリハビリをして、休憩して座学と、その繰り返し。周りのヤツに分かる程、私達は溜め息が増えているのだそう。…噂によると、人は疲労が溜まったりすると、髪が白くなったりするそうだが、私もフジもそうなってしまいそうになる。生徒会の仕事をしている時や食堂で食事を摂っている時に知り合いに、「疲れているのか」「悩みでもあるのか」等と言われた時は、私も内心驚いた。周りが気付く程、自分が気疲れしているのだと、強く思い知らされた気がした。

 

フジ曰く、理事長にこの噂をどうにか鎮められないかと要請したらしく、(完全には不可能だが)ある程度は収められるよう手を打つとの事。ありがたいのはそうなのだが、トレセン内のみに留まっていない事を考えると、焼け石に水なのだろう。

 

「……またかい?気の毒だね。…それに、何もしてやれない自分が、今まで以上に不甲斐ないばかりだよ」

 

「…会長か」

 

そんな私に話しかけてくる声の主こと、シンボリルドルフ。私がいつか完膚なきまでに叩きのめすと決めている相手の一人。そんなトレセンの生徒会長が、私の前で悔しそうな顔をしている。…握り拳も、かなり強く握りしめているようで、それは、もう少し力を加えてしまえば出血しかねないくらい程だ。

 

それを見かね、私は気にするなと宥める。……私が他人を宥める日が来るとはな。今の会長の驚いた顔を見て察するに、恐らく会長も私と似た事を思っているのだろう。

 

「……まさか、慰める立場の私がそんな事を言われるなんてね。…つくづく、情けなさを感じるばかりだよ」

 

「…そんな事を思ってるくらいなら、フジの方を気にかけてやってくれ。アイツの方がよっぽど心にキているはずだ」

 

…今のフジは、また何かあれば心が持ちそうにない程まできているだろう。同じチームにいた事もあって、アイツのポーカーフェイスを見破る事が出来るようになったが、まさしく「はい、無理をしてます」とでも訴えかけている心を閉じ込めている。悪く言えば、問題ナシだよと取り繕っている。

 

本来…誰かに頼ろうとしていたのなら、フジのプライドの為に黙っていようと思っていたが、もう我慢ならん。私からしたら、今のアイツは腑抜けだ。…別に、悲しむなとは言わない。が、私達……いや、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだ。私達の困難の一つが、トレーナーの現状だろう。ならば、私達がそれを超えて、アイツの帰りを待たないといけない。……アイツの事だ、きっと何食わぬ顔で「そんなに気にしなくてもいいのに」なんて言ってくるに違いない。

 

 

 

──だから、私は待つ。ここまで私を心配させたアイツに、一発入れてやらないと、気が済まないからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[レース場]

 

「…よし、今日はこれで終わるぞ!柔軟をして、各自で解散!」

 

『はいっ!!』

 

自分の担当バにそう告げ、トレーニングを終える。さて、俺も帰る準備をしないとな……。等と考えていると、担当の一人であるサイレンススズカが俺にこう尋ねる。

 

「…トレーナーさん?何か悩みでもあるんですか?」

 

「…………」

 

──図星だった。…まさか、スズカに気付かれるとは思わなんだ。気付かれるんなら、マックイーンだとばかり……。…いや、そもそもだ。俺、そこまで分かり易く表情に出していたのか?過去の自分を振り返ってみるが、以前からさほど変わっていない筈。

 

……だが、発覚してしまえば、気付く気付かないどころの話ではなくなる。こうなってしまうと……

 

「珍しいね~!何で悩んでるのさ~!このテイオー様に言ってみなよ!」

 

「えぇ!?トレーナーさん、悩み事があったんですか!?そういう事は隠さないで下さいよ!」

 

…こうなるのが目に見えていたから、俺は言いたくなかったんだ。テイオーと……スぺがこうして食い気味に聞いてくるだろうからと思っていたのだが、予想は的中。…マックイーンやスズカまで少し食い気味なのが、ちょっと予想外だったが。

 

「……いや、言えない。あまりに個人的な問題だからな」

 

「えぇ〜?そんなに重要な事なの?いつもなら何だかんだ教えてくれるのに〜」

 

「……あまり詮索するのは好きじゃないですが、抱え過ぎると、身体にも心にも毒ですよ」

 

分かっている。普段そんな事をしない俺だから、そして、周りにそういう奴が多かったからこそ分かる。俺みたいな奴が悩みを抱え続けたところで、負荷に耐え切れないのがオチだろう。

 

……だが、担当バに打ち明けたところで、どうにかなる問題ではないし、問題の規模が些か大き過ぎる。きっと心持ちが悪くなるだろうし、もう少しは打ち明けないでいるのが正解だろう。

 

「……あぁ。落ち着いたら、教えてやるよ」

 

だから、今だけ嘘をつかせて欲しい。あわよくば、墓まで持っていきたいところだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[別のレース場]

 

「……よし、今日の練習はここまで。各自で解散して問題無い。」

 

『はい!』

 

…今日も、練習が終わる。そして、一日が終わる。……ただ、今の私達の日常には、彼の姿は無い。職員室で必ず見かける彼、どこか気さくに話しかけてくる彼、担当バの練習を見ている彼。そのどれもが、トレセン学園から姿を消していた。

 

少し前、トレセン学園の職員一同に向けた一つの通達がなされた。内容が書かれている紙を見て、私はすぐさま理解する事が出来なかった。……いえ、理解したくなかった、の方が正解かしら。

 

その時、ふと周りの皆の反応が気になり、皆の表情を疑ったが、殆どの職員が暗い表情を浮かべていた。パラパラと喜びの表情を浮かべた者も見受けられたが、恐らく、彼に嫉妬していた小心者だろう。……腹立たしい。

 

「……トレーナーさん?何かあったのですか?」

 

顔に出ていたのか、最近リギルに加入した新入生のうち一人のグラスワンダーが、私の顔色を伺うように尋ねてくる。

 

「何となく事情は掴めます。例のトレーナーの事ですよね?トレーナーさんと、沖野トレーナーはあのトレーナーの同期と聞いてます。それに、スペちゃんのトレーナーもトレーナーさんと同じようだとも聞いてます」

 

いや、そんな事は無い。そう言おうとした私の口は、ソレより早く放たれた彼女の言葉を聞いて、その言葉を発するのを止めた。私と彼が同期だとは言った事が無かったのは、この際目を瞑ろう。私と彼が話をしていたところを見られたのだろう。それで納得(というか理解)出来る。

 

だが、悩んでいる時の表情一つでそこまで見破れるものではないだろう。彼女は他の者より人の心を読み取る事に長けているのはどことなく察していた。仮に、今回もソレが要因なのだとするならば、この子が少し、恐ろしい。ポーカーフェイスでも浮かべないといけなくなるかもしれない。

 

「……そうだ。本当はこの事について誰にも言うつもりはなかった。私が悩んでいると分かってしまえば、貴女達の士気が下がると思ったのよ。それに…この問題は、貴女達に話すには重い内容だとも思ったのよ」

 

そんな彼女に観念した私は、本音でありながらも、核となる部分には触れないようにそう言い放った。彼女も、私の言った内容に納得した模様。……そういえば、スぺちゃんのトレーナーが云々と言っていたわね。…彼も、担当にバレたのかしら。彼は隠す事においては人より一枚上手だったはず。…ウマ娘の賢さを、少々過小評価していたのかもしれないわね。

 

「……つかぬ事をお聞きしますが、そのトレーナーさんは無事なんですか?」

 

「……一応ね。ただ、思っていた状態とはかなり違った状態である事と、状況がどう変化するのかが予想できない事が分かっているわ。他の詳しい事はサッパリね」

 

彼女がここまで私について事細かに聞いてくる事も中々なかったために、私は少々困惑しながら言葉を発する状態になった。同級生であるスペシャルウィークやエルコンドルパサーについて事細かに聞くのなら納得がいくのだが。

 

彼女と話ながら、今でも私は彼の安否が気になって仕方ない。私は周りから出来る人、冷徹等といったレッテルが貼られているらしく、私は孤立していた時期があった。そんな時に私に絡んできていたのは、あの同期二人だった。時には担当についての話、時には飲みに行ったり、時には闘志を燃やして競い合ったり……二人に直接言ってはいないが、彼らにはとても感謝している。

 

その中でも角田は、世話焼きな性格であった。沖野が何かして私が怒る時、彼は必ずと言って差し支えない程仲裁役を買って出たし、三人で会う時には必ず何か差し入れを持ってくる。それに、私や沖野の担当の指導やアドバイスまで(彼曰く自発的に)していた。それに加えて自分の担当の指導と業務。更に追加で、彼は悩みを人に話したりはしなかった。私達が本気で説得して初めて話す程には。

 

そんな彼は、自分の中で問題を解決する人間で、ソレをよく知る周りの者は心配でならなかった。いつか潰れてしまうのではないか、学園側に対応を要請せず、何か大事に至るのではないか、と。今回の場合、まさにそうなってしまったといっても過言ではないだろう。しかも、最悪な形で。

 

「……無事に戻ってきなさいよ…………」

 

私が放った誰に向けてでもない一言を、私以外の唯一人、グラスワンダーが不安そうな表情で聞いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「緊急!角田さんの容態が急変しました!!至急応援を!!」

 

──暗雲立ち込める今日の空は、コレを予言していたのだろうか。

 




はい、いかがだったでしょうか。

最後に不穏な描写がありましたが、無事に済むのでしょうか。次回もお楽しみに。
話題は変わりますが、作者は現在(恐らく今までで一番)多忙の身です。もう少しで大学も始まるので、そうなれば益々投稿頻度が遅くなります。どうか、気長にお待ち下さい。

では、ご精読ありがとうございました。


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セカイが創り上げたケモノ

どうも、Cross Alcannaです。

前回に引き続き、今回もかなりシリアスな内容となっています。最近、新シリーズを書こうか検討中です。今のところ、ほのぼのとした日常系を考えています。その辺りは、決まり次第追ってお知らせします。

では、どうぞ。



[中トレ 食堂]

 

「やぁ、ブライアン」

 

「…フジか。どうした、藪から棒に」

 

「いや、見かけたから声をかけようと思っただけだよ。特に深い理由はないよ」

 

翌日、私を見かけたからと声をかけてきたのは、フジだった。……特に理由もないのか。少し気が抜けるな。…まぁ、私同様、知り合いが忙しいから私に声をかけてきた、といったところだろうか。そうでなかったら……知らん。

 

「…いいや、理由が無い、と言えば若干嘘になるかもね」

 

「……フジらしくないな」

 

…結局、何やら理由はあるとの事。少しズッコけそうになるが、それ以上にフジの顔付きがいつもと違っている事が、そうした雰囲気から私を追い出した。…本当にらしくない表情だ。眼の下には軽い隈が出来ていて、雰囲気も段々暗くなっている。他者の前では決してそうした面を見せようとしないフジが、ここまで憔悴しきっているのを見て、割と大変な精神状態だという事を読み解くには、私でも……いや、サクラバクシンオーでも容易く出来そうだな。

 

今のフジが見るに堪えなかったために何があったのか聞いてみると、予想外の返答が返ってきた。

 

「……夢を見たのさ。トレーナーさんが凶暴になっていく夢を」

 

……確かに、今その夢を見るのは、些か縁起が悪いな。きっと、今おみくじでも引いてみようものなら、きっと凶以上は出るだろうな。

 

…だが、私がそんな事を考えていると、フジが続けてこう言った。

 

「……それも、妙にリアルでね。最初はたづなさん伝手で聞いた症状だったんだ。それから少し経って、急に様子がおかしくなって。……こう言うのもトレーナーさんに失礼だけど、()()()()()()()()()()みたいだった」

 

ケモノ、か。ヒトの事をよく理解しているフジがそう言うのなら、夢でのアイツは最早人間とはかけ離れた存在みたいになっていた、という事か。

 

「……私はね、怖いんだ。妙にリアルだった事もあって、アレが正夢になってしまわないかって。今のトレーナーさんの心理状況がどうなのかは細かく分からないけれど、恐らくトレーナーさんも私達の思ってる以上に憔悴しきっていると思うから」

 

…確かに、アイツは私達以上に…いや、私達の数倍はダメージを負っているだろう。自分のやり方が間違っていたと、世間から言われたようなものだ。アイツを刺した犯人の動機も、私達を引退まで追い込んだ事が起因しているとの事。……今思い返しても甚だ憤りを覚える話だが、世間がそう思っているのも、また事実。私達がどうこう言ったところで、大して聞く耳を持たれないのがオチだろう。アイツに感化されて新聞を読むようになって、そういう達観した考えを持つようになった。…だから私は、今もこうして冷静でいられるんだろうな。……全く、皮肉も良いところだ。

 

──フジキセキさんとナリタブライアンさん、至急理事長室に来て下さい。繰り返します──

 

 

 

……この時の私達は、この放送が絶望を告げる時間の幕開けになる事を、露も知り得なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[理事長室]

 

「フジキセキとナリタブライアン、到着しました」

 

「了解ッ!入ってきてくれ!」

 

理事長室の扉を3回ノックしたフジの声に返答するのは、理事長だった。…気のせいであって欲しいが、どこか取り繕っているような声の張り具合な気がした。

 

それはさておき、理事長の言葉を聞き、私達は理事長室に入る。入ってすぐに分かった事は、また秘密裏的な内容の話であろう事。そして……私達にとって、とても悪い話である事。重い空気と理事長とたづなさんの表情が、言葉を介さずともそう訴えているようだった。

 

ふと、横を見る。…どうやら、フジも少しではあるが感づいているように見えた。互いに話を切り出さずに数刻、このままでは埒があきそうにないと思い、私が啖呵を切る事にした。

 

「…話とは、何ですか?」

 

「……陳謝ッ、私もすぐに話そうと思っていたのだ……が、私も未だに夢であれと願ってしまっている」

 

「………それ程に、酷い内容なんですね?」

 

「…………肯定」

 

フジの核心を突く問いかけに返ってきたのは、酷く弱った肯定の意。余程話す内容に強い抵抗があるのか、声を出すのもタジタジになっている。いつもの理事長の勢いは、鎮火されたキャンプファイヤーみたく影を潜めていた。たづなさんが「大丈夫ですよ、理事長。…それに、目の前の二人は私達よりもずっと覚悟しているんですから」等と言い、柔らかく励ます。その励ましに感化されたのか、理事長の調子が少し戻った気がした。

 

「…陳謝ッ!少し醜態を晒してしまった!本題に移ろう!!」

 

……そして、告げられる。

 

 

 

「彼の──角田トレーナーの容態が、急変した」

 

……何となく、そんな方向性の内容なのだろうとは理解していた。…が、それを受け入れきれるとは限らない。現に私は、それを聞いて夢だろう等という縋りつくかのような醜い願望を持っている。いや、持たねば身体が、心が保たない。まだどんな容態かも聞かされていないでコレなのだから、どんな容態かを聞かされれば、私達は正気を保てるだろうか。

 

……ふと、横を見る。余程現実が受け入れられないのか、フジの身体は震え、今にも腰が抜けて膝から崩れ落ちてしまいそうだ。表情も、どこか正気を失いそうだ。先程までアイツについて話をしていた事も重なって、嫌な予感がフジの中で沸々と浮かんでいるのか否か、私には理解できないのだが。

 

…正夢。ふと、フジのその言葉が私の脳を過る。この世界、そんなに世の中物語のように()()()()()()()()()()()()、あってはならない。私達の人生が、キセキが、道が。誰も分からない奴に決められて、たまるモノか。……こんな小説家染みた逃避をする辺り、私も少し精神的に参っているのだろう。

 

何もかもが重い中、私は意を決して理事長に訊ねる。アイツの容態が、気になって仕方ない。

 

「……アイツの容態は?」

 

「……気性が激しくなった、と聞いた。具体的には聞いていないが、病室を一部損傷させた事、その後に鎮圧に成功した事は聞いた」

 

ソレを聞いて、私は、理不尽という言葉が思い浮かんだ。アイツが、ではなく、世界が、という意味で。

 

勿論、世界は一個人の為に動く訳ではない。私達のような、世界の中の要素は一個人を動機として行動する事はある。しかし、世界というスケールで見てみれば、()()()()()()()()()()だ。誰が幸福で、誰が不幸かなんて、無作為に世界が選んでいるようなもの。私達ウマ娘の例でも、ソレは言い表せられるだろう。血統というレッテルや才能、勝敗。挙げれば、キリは無い。会長や私の三冠達成が祝われているのに対し、ライスシャワーというレコードキーパーは罵詈雑言を浴びせられる。

 

ソレらがどうする事も出来ない事に、私はかつての渇き以上にやるせない気持になる。私は才能や戦績を見るに、かなり恵まれた部類に入っているのだろう。それでも、それでもだ。()()()()()()()()()調()()()()()()()()()()。そも、形のない相手に勝つ事自体が無理難題だ。

 

……ここまで、己を情けなく思った事は無い。トレーナーの今をどうする事も叶わない、足も心も怯え切っている、今の私が置かされている状況を、これ程恨めしく思う事が、これまでこれからあるだろうか。己の境遇の良さをここまで実感する事も、ソレを悔しく思う事も、この先の生涯には無い事だろう。

 

…横の気配が、一つ増える。目を向けずとも分かる。たづなさんが、フジを宥めているのだろう。

 

フジは思うよりも心が強くない。取り繕い用の仮面がアレな分、内側は酷く脆い。フジの一件があってアイツがバッシングを本格的に受けるようになってから、ソレは顕著に現れた。元々、こんな事態に打ち勝てる程の精神力が、私達の歳に備わっている訳が無いのだ。そういうモノは、経験の数で養われていく。対した経験もなくこうなると、耐え切れずに壊れる。脆いままに。

 

フジの事を気にかけながら、理事長は続ける。…言うのを一度でも止めると、言うと決めた覚悟が揺らいでしまうと思っていそうな表情をしながら。

 

「…面会は、またしばらく出来ないとの事だ。それと、退院が何時まで伸びるかの検討がつかないそうだ。長くて……半年だそうだ」

 

…半年。そんな永い期間、私達はアンタを待たないといけないのか。……クソッ。つくづく、世界は平等が過ぎる。

 

「…その間、私達はどうしたら良い?トレーナーが長期間不在になった以上、無所属扱いになりそうだが」

 

「杞憂ッ!彼からは、自分に何かあったらリギルに入れるようにと、前々から言われていたからな!東条トレーナーには話を通してある!」

 

「…ナリタブライアンさんとフジキセキさんには受け入れ難いと思います。…ですが、貴女達の為でもあるんです。彼が無事に戻ってきた時、貴女達としっかり再会できるように、この手段を取った事を、分かって下さい」

 

「…そこは、問題無い。理屈は分かる。……納得は、したくは無いが」

 

…心の底では納得出来ていなくとも、納得するしかない。アイツが戻ってきた時に、私達が万全じゃなければ、アイツに何を言われるか分かったもんじゃないからな。

 

「…じゃあ、フジを連れて出る」

 

いつの間にか気を失ったフジを背負い、理事長室を出る。…アイツがいないだけで、私含めてここまで変わってしまうものなのか。トレーナーという存在が、ウマ娘にとってどのようなモノなのか、今一度痛感した。……これ以上に無く、嫌という程に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[とある病院 隔離病室]

 

「ハぁ………ハァ…」

 

まタ、暴れタ。鎮圧さレたが。

 

…動いテイないト、いけない気がシた。そうでナいト、何カに駆らレてしまイそうデ。

 

……妙に、リアルな夢ヲ見る。周りノ奴ラが、俺を責メる。「トレーナーの恥晒しめ」「トレーナー失格だ」。夥しイ数の罵詈雑言が、ソイツらノ、冷めキった眼が。

 

「……ッアァァァァ!!」

 

我慢出来ナイ。我慢シテイタラ、モットオカシクナリソウデ。

 

 

 

……視界が、狭イ気がすル。……イヤ、モウドウデモイイカ。

 

──アァ……暴レ、ナイト

 




はい、いかがだったでしょうか。

この世界の病院は、所によっては患者であるウマ娘の鎮圧目的で、鎮圧部隊の配置が許可されています。ウマ娘の力で暴れられたりしたら、ヒトではどうしようもないので。また雲行きが怪しくなりましたね。ここから、どうなっていくのでしょうか。フジキセキが心配ですね。

では、ご精読ありがとうございました。


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盛者必衰

どうも、Cross Alcannaです。

事情と多忙が重なり、少々投稿が遅れました。申し訳ないです。大学も始まり、勉強とバイト、運転免許の三点両立をしなければならない状況ですので、これからもこのような事が起こると思いますが、目を瞑っていただけると、幸いです。

では、どうぞ。



[グラウンド]

 

「エルコンドルパサー!フォームが崩れているぞ!!」

 

「…………」

 

リギルに一時移籍になって、はや二ヶ月。私達はリハビリ以外のトレーニング時間を、リギルのウマ娘の観察に時間を割く事に決めていた。「物質を盗む事は犯罪だが、物質でない物を盗むのは犯罪にならない」と、前々から言われていて、私達はレースを観戦しては他のウマ娘の技術を盗み得ていた。それを、ここでも続けようと決めたのは、私達がレース観戦に時間を割けない事が決定打となった。それに、リギルのウマ娘は、周囲から見ても強豪と言えるウマ娘ばかりが揃っている。そのウマ娘の技術を、レースに行かずにトレセン内で見れるのだ。これを活かさない手は無い。

 

「グラスワンダー!いつもの末脚はどうした!!」

 

「…………」

 

隣にいるブライアンも、リギルのウマ娘をじっと観察している。ブライアンとしては、自身と互角に渡り合えるウマ娘を探しているようにも見える。トレーナーさんの下でレースをするようになってから、ブライアンは渇きを満たし続けた。けど、未だ満たされきっていないらしく、股関節炎を患う前まで、様々なレースに出走していた。

 

勿論、他のウマ娘も強敵と走りたいとは思っているのだろう。ただ、ブライアンは少し訳が違った。ブライアンは、元の身体能力が高くて、努力家だった。メイクデビューに至るまでに多くの努力を積んできた彼女に、デビューを果たしていない段階でブライアンと渡り合えるウマ娘が、いなかった。それは、デビュー後も例外ではなかった。会長とのレースで敗北するまで、ブライアンに敗北は無かった事が、彼女の強さを物語るには事足りるだろう。

 

それ故に、彼女はトレーナーを転々と変えていった。匙を投げられてはトレーナーを変えてレースに出て、また匙を投げられては……。そんな中で彼女に目を付けたのが、私のトレーナーさんだった。トレーナーさんは前々からブライアンの事をチェックしていた。そんなブライアンに対して彼は、「勿体無い」の一言だった。今となっては明確に分かった事だけど、彼女の才能を他のトレーナーが活かしきれていない事を言っていたらしい。

 

そこからスカウトに至って、紆余曲折合って……今に至る。思えば、ホントに色々あった。今回みたいな挫折もあれば、名誉あるG1優勝のような嬉しい事も沢山あった。トレーナーさんはプライベートでも付き合いが良かった。…そのせいで、他の子とお出掛けした事を知って私達が嫉妬した、なんて事もしばしばあったっけ。……私達は悪くない。トレーナーさんが担当じゃない子とお出掛けなんてするから。

 

…兎に角、私達はトレーナーさんから、色々と教わった。きっとこの時の為ではないにしろ、その教えが今、こうして実践以外での実力向上に役立っている。……もしトレーナーさんがこういう時の為に教えた、なんて縁起のない事を言ったら、デコピンでもしたいものだ。「縁起でもない事を言わないで」ってね。

 

「…よし、今日はこれで終了とする。各自で柔軟を終わらせた後、質問や相談が無い者は解散して構わない」

 

…昔話に、一人で花を咲かせているうちに、リギルのトレーニングが終わっていた事を、東条トレーナーの言葉を以て知る。リギルのポニーちゃん達が各々行動している。東条トレーナーに相談へ向かう者、自主練をしようとする者、同級生と話をする者、寮へと歩を進めんとする者。一つのチームの中でも、見れる行動は十人十色。移籍したての私は、リギルの話を噂で耳にしていたチームイメージをひっくり返されたようで、かなり驚いていた。

 

それはさて置いて。そろそろ寮に戻ろうとしていた私達のもとへ、小走りで駆けてくる人影が一つ。…たづなさんだった。私の中で、たづなさんが私達の所へ急いで駆けてくる時は、凡そ良くない事がある時だというジンクスが生まれつつある。実際、ついこの間は割と悲報が多かった事が、何も悪くないたづなさんに、悪い偏見を追加してしまう。……虫の知らせならぬ、たづなさんの知らせ。……やめよう、こんな事を考えていたら、良くない気がする。

 

「フジキセキさん、ナリタブライアンさん。お知らせしたい事が……」

 

「……」

 

…ブライアン、せめて「用件は?」ぐらいは言ってあげようよ。肩で息してるたづなさんを無言で(若干冷たい視線と共に)見るのは、あまりにも酷いと思うんだ、私は。…確かに、たづなさんが切り出す話が最近良くない話が多いから、多少身構えるのは分かるよ?ただ、たづなさんは悪くないんだし、冷たい目で見るのはどうかと思うよ。……それを声に出して言えない私も、大概か。

 

ただ、たづなさんから切り出された言葉は、私達の予想を超えるものだった。

 

「…角田トレーナーとの面会の、許可が下りました!」

 

「…………何だと?」

 

「本当ですか!?」

 

「……ッ」

 

まさかまさかの内容。それは、トレーナーさんとの面会許可が下りたとの内容だった。あの一件から、一向に面会謝絶が続いていた。最初の入院から面会をしていない為、二ヶ月よりも永く面会が出来ていない状況だった。

 

チラリと見えた東条トレーナーの表情は、「驚きを隠そうとしてはいるが、隠そうとする意思とは裏腹に隠し切れない」を体現しているようなソレだった。トレーナーさんとは同期だったと聞いているから、トレーナーさんへの思い入れが他人とは少し違ったモノなのだろうか。……動揺しているからか、視線が空を泳いでいる。こんな東条トレーナーは初めて見た。…それ位、大事なのかな。

 

東条トレーナーから一度離れて、トレーナーさんについてに戻る。トレーナーさんが狂暴化した件から、病院からは面会謝絶の一言ばかりだった。たづなさん伝手で伝えられたけれど、面会謝絶と言われてから今日までずっと、理事長が数日おきに面会の交渉をしていたらしい。しかし、返ってくる返事は、拒否の意と、トレーナーさんの現状について。トレーナーさんについて話が合った時は、私達にも内容を伝えてくれた。ここ最近になって、漸く狂暴化が落ち着いてきたようだが、安全面で問題が無いかどうかは正直厳しい、そう返事が来ていた。

 

そんな状況で、面会が解禁された。ソレが、私達を戸惑わせるのには充分過ぎた。勿論、ソレは私達が望んでいたモノ。でも、あまりにも急過ぎた。まだ厳しいかもしれないという通知からの許諾。ただでさえ、今の心理状態でトレーナーさんと会うのには心の準備がいるというのに、これでは、心の準備が万全でなくなる。ソレが、私達の心を、更にかき混ぜる。

 

「明日から面会が出来ると言ってまs『行きます』……分かりました。時間はこの時間でお願いします。授業の欠席等については、私の方から連絡しておきますね」

 

明日から行ける?なら、行くしかない。心の準備が出来ていないのは確か。でも、ソレを理由に面会に行かないかと言われれば、違う。例え心の準備が出来ていなくても、私は一刻も早くトレーナーさんと顔を合わせたい。この数ヶ月、私(と、恐らくブライアン)は、ずっと心に穴が開いたような心持ちだった。生活するのに、支障が出始める程には。ソレを埋める為にトレーナーさんの事を考える事なんてしょっちゅうの事だった。トレーナーさんがいると思い込んで、そこにいる筈のないトレーナーさんに話しかける事もあった。……その様子を見た周りの皆から、何度心配された事か。……30くらいから、数えるのを止めた事は覚えているけれども。

 

「……おい、フジ。寮に戻らなくて良いのか」

 

「……え?…あっ」

 

ブライアンの一言が、私を現実世界に引き戻す。半ば呆れ気味のその声に考えが向き、辺りを見てみるが、そこにいたのは私とブライアンだけだった。……私が思考の世界に立ち尽くしていたうちに、話が終わりを迎えたのだろうか。…そこまで永く思考の沼に浸かっていたつもりが無い辺り、私もまだ重症なのだろうか。

 

「……じゃあ、また明日だね」

 

「……今日は、早めに寝る事を勧めるぞ」

 

あらら、ブライアンにそう言われちゃうなんてね。……内心、自分の心身状態が心配だから、その忠告には従っておこうかな。……明日が楽しみだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[とある病院 面会室]

 

「それでは、角田さんを呼んできますので、少々お待ち下さい」

 

その一言を最後に、トレーナーさんの担当医さん(と思われる人)は面会室を出た。……昨日はああして大言したものの、いざその瞬間が近づいてくると、かつてない程緊張が止まない。G1レースでさえ、ここまで緊張しなかったというのに。…それに、緊張しているのは私だけではなかった。

 

「……ブライアンも、緊張してるんだね。少し、意外だよ」

 

「私を精神最強か何かと勘違いしてないか?……私だって、緊張するさ。…滅多にない事、ではあるが」

 

横の椅子に座っているブライアンを見て分かるのが、身体の所々を小刻みに震わせている程に緊張している事。普段武者震いをした場面さえ見た事の無いブライアンが、私の横で身体を震わせていた。プルプルと、怯え、緊張、警戒……どんな感情が彼女の中で渦巻いているのか、ソレから読み取る事は叶わない。

 

……一体、トレーナーさんはどんな状態になっているのだろうか。たづなさんから大まかには聞いていたけれど、それでも少し濁して伝えていたような気がしていた。私達の事を考えてそうしていたのかもしれなかったと納得する反面、真実を知りたかったと思う反面が、今日この日まで交わってならなかった。

 

…私の夢が現実になったと知って、当初の私は精神が崩壊した。その後に精神が回復するまで、私は精神が異常だった頃の記憶が抜けている。ソレを見、知ったたづなさんと理事長が、ウマ娘の精神の脆弱さを新たに研究するよう別機関に申請したり、トレセンのウマ娘への心的配慮を見直すという事態にまで発展したらしい。きっとたづなさんは、当時の私の姿を間近で見たから、配慮には十二分に気を配るようにしたのだろう。その結果、私達に伝える内容を添削したのだろう。理屈は分かるけれど…………どうしても、吞み込みきれない自分がいる。

 

……私達は、様々なレースにおいて【猛者】等といった部類に入るウマ娘の一人だった。世間からの目が変わるまで、トレーナーさんも最優秀なトレーナーの一角だった。そんな私達が、ここまで底に叩きつけられる。…いつかの授業で盛者必衰なんて言葉を聞いた事がある。どれだけの盛者であっても、いつかは必ず衰退していく。そんな意味合いを持つ言葉。…今の私達に、一番当てはまる言葉だろうか。……身を以てそれをより一層知る、とはよく言うけれど、コレは身を以ては知りたくなかったものだ。

 

どれ位の思考を重ねた事か。絶え間ない思考の隙間に、面会室の扉が開く音がした。私の脳は、その音を機に思考を放り投げる。担当医さんが入ってきた。それに続く、もう一つの足音。十中八九、トレーナーさんだ。私達が待ち望んだ瞬間が、ようやく訪れる。

 

……そんな考えは、すぐにかき消される事になった。

 

「……金属音?」

 

「……金属?病院で?」

 

不意に聞こえてくる、不規則な金属の音。恐らく、病院内で発せられている音だろう。……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

……そして、その答え合わせの機会は、すぐさま訪れる事になった。

 

「……トレーナーさん!?」

 

「なっ……!!おい!これはどういう事だッ!!」

 

 

 

──トレーナーさんに嵌められた沢山の鎖が、奇妙な金属音の正体だった。

 




はい、いかがだったでしょうか。

盛者必衰、小中学校で一度は聞いた事がある言葉ですね。こうした競合の世界では、何時、誰がこうなるかも分かりません。最悪なタイミングで、そうなるべきでない人物がそういった状況に陥る事も、勿論ある訳です。現実世界だろうが、創作された世界だろうが。

では、ご精読ありがとうございました。


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鎖は周りを護る為に

どうも、Cross Alcannaです。

中々、読者の皆さんに気付いてもらえるような小ネタを、分かり易く散りばめるのも大変なもので。私自身、かなり堅い性格の人間ですので、文章がこうして堅くなってしまうものです。相変わらず、ウマ娘というジャンルに対するこの文章の堅さとシリアスさ。何だか違和感の塊と、感じてしまう限りです。

では、どうぞ。



「…そのような反応をされるのは、分かります。ですが、一度私の話を聴いてもらえないでしょうか」

 

そんな事、出来る訳があるだろうか。ようやく待ち望んだトレーナーさんとの再会。それが、こんなにも予想を外した展開になって、挙句の果てにそのトレーナーさんは手足を手枷足枷を付けて拘束。こんな場でなかったら、私はどんな行動に出ていただろうか。

 

「…………らしく、ないな」

 

「ッ!?と、トレーナーさん!?」

 

私の腹の内が煮えくり返りそうになってきた時、その場の空気を破ったのは、まさかまさかのトレーナーさんだった。……久々にトレーナーさんの声を聞いたけれど、その声は以前のような優しさを帯びたものではなく、ガサガサとしたやさぐれたような声だった。…声だけ聞いたら、私はトレーナーさんとは思わなかったと思う。最早、別人の領域のソレだった。

 

ふと気になり、ブライアンの方を見てみる。……そこには、口をほんの少し開け、目を丸めている彼女の姿があった。ここまで、ブライアンが狼狽えている姿を晒しているのは初めてだ。……やはりブライアンも、私のように、彼の変化に理解が追い付いていないのだろう。恐らく。

 

「……コレは、()が頼んだ」

 

……あぁ、やっぱり。トレーナーさんは変わってしまった。前のトレーナーさんの面影は、すっかりドコカに身を潜めている。口調もさることながら、()()()()()()()()。トレーナーさんは、少し内気な性格だった。その性格も相まって、僕という一人称を使っていたトレーナーさんは、今では俺という一人称に変化していた。一人称が変わった経緯は分からないけれど、きっと。私達には分からないナニカが、トレーナーさんの中であったのだろう。……周りの要因が、ここまで人を変えてしまうなんて。

 

気が付けば、担当医さんの姿は無く、その気配は、向かいの扉の奥にあった。有事にすぐ対応できるようにとった判断だろうか。……さっきの言葉と照らし合わせるに、本当にあの人が独断で手枷足枷を付けた訳では無いのだろう。…心の中で、私はゴメンなさいと呟く。

 

「……例の件が、お前達に伝わった事は…知っている。…だから……俺は、自身を縛り付ける事にした」

 

哀愁漂うトレーナーさんの一言一言と雰囲気に、先程まであんなに焦り散らかしていた私達は、トレーナーさんの言葉に聴き入っていた。

 

「…………俺は、トレーナーを…辞める事にした」

 

「…………え?」

 

「…………何だと?」

 

突如、予想だにしなかった言葉が、トレーナーさんの口から告げられる。…トレーナーを?辞める?……冗談か何かで、あって欲しかった。そんな思いは、トレーナーさんの表情を見とその瞬間から消え去っていった。……あんな悲しい表情を見てしまったら、その言葉が冗談ではない事が、嫌でも分かってしまうから。

 

「……ふざけるなよ?今のアンタは、逃げているようにしか見えない。私やフジは、ここまで立ち直った。前を向こうとしている。そんな一方で、アンタはトレーナーを降りる?……いい加減にしろッ!!」

 

ブライアンは、激昂した。……トレーナーさんがどんな心境でその結論に至ったのか、私達には真意までは分かりかねるところではある。…きっと、沢山考えて、沢山悩んでの結論なのだろう。……でも、私達から見たら、ソレはただの逃げにしか思えない。前を向こうとはしたのか、別の方法は無かったのか。聞きたい事は、山ほどある。

 

私は、一言。こう尋ねた。

 

「……夢、諦めるの?」

 

夢。トレーナーさんが、一番と言って良い程に口にしていた単語。きっと、トレーナーさんの人生は、夢で彩られていたのだろう。トレーナーを志すのにも、普通は夢を掲げるだろうけれど、トレーナーさんの夢に対する態度は、尋常ではなかった。きっと、夢に憧れて、夢に魅せられた人生だったのかもしれない。夢について語るトレーナーさんは、他の時よりも活き活きとしていたのを、覚えている。

 

夢の淘汰、夢を持つ事への覚悟、夢が齎す力……夢について教わった事は、下手をすればレースについての事よりも多く教えてもらったかもしれない。そんなトレーナーさんが、トレーナーを辞める。ソレは、トレーナーさんの中の夢が、異常をきたした事に他ならない……と、思う。

 

「……普通なら、どうにかして立ち上がれただろうさ。…だが、()()()()()()()()()()

 

自身の夢が、人に希望を与え、或いは、絶望を齎す。そんな都合のいい物語は、よく聞くだろう。けれどしかし、現実はそうではない。私達がレースに勝利した背景に、沢山の敗者がいる事が、私達にその事実を突き付ける。私は、勝ち続ける事が出来た。時に、小さな敗北はあったけれど。大きな舞台では、勝利を重ね続けた。トレーナーさんの場合、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

勝ち続ける事で、自身へのプレッシャーは肥え、精神は追い込まれる。ソレは、勝利を重ねる度に増していく。「次も勝ってくれるだろう」「これなら無敗のまま突き進めるのではないのか?」等といった、ヒトが求める欲は、肥大を続ける。……敗北するまでは。

 

肥え切ったソレは、たった一つの心の下に崩れ落ちてくる。大きければ大きい程、耐える事はままならない。私が勝ち続けた事、周りが注目している時に限り、マイナス評価になるような事を殆ど為さなかった事。そして……トレーナーさんの、夢への執着心。コレらが揃ってしまい、こんな惨劇にまで至った、という事だと思う。今思えば、こうなるのは必然だったのかもしれない。……悲しい事ではあるけれど。

 

ただ、トレセンの辞職の仕組みは、他の場所とは少し異なっていた。それが、辞職するタイミングが限られている事。デビュー前に辞職といった場合よりも、デビューして本格的にレースに注力するといった場合が、辞職とウマ娘のレースとの釣り合いが悪い。今までそのトレーナーの指導の下で鍛錬を積んだウマ娘が、指令の中枢だったトレーナーを失う事は、心身共に影響が深い。新しいトレーナーについて、トレーニングについて、メンタルケアについて……例を挙げれば、キリがない。

 

「……今年の有馬で、俺はトレーナーを降りる」

 

「…………ッ」

 

声にならない声が、隣から聞こえる。…きっと、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべているに違いない。…彼女の表情を見なくても、ソレは分かる。何だかんだ、私以上にトレーナーさんに依存していた彼女からして、急に彼がいなくなる事を、心の底から受け入れられていないのだろう。

 

「…私は、アンタ以外を私のトレーナーとは認めない。……その有馬、私も出る」

 

「…………何?」

 

()()()()()。この言葉の意味を、重みを、知らないURA関係者はいないだろう。有馬はG1レースではあるが、他のレースとは一線を画している。

 

レースに出走可能な条件が他のレースよりも遥かに厳しく、その上出走する相手は、誰もが猛者。その年の最高峰が集うレースとも言われている。私も今年の有馬に出るつもりだ。……つまり、同じトレーナーのウマが闘う事になる。

 

…きっと、トレーナーさんが驚いている理由は、そこにはないのだろう。……彼女の表情だろうか。あの、最後の闘いに赴くような表情。有馬に出る、という言葉には、恐らくもう一つの意味がある。それは、トレーナーさんも、薄々勘付いている事だろう。

 

 

 

──アンタを、目覚めさせてやる。アンタのトレーナー人生を創り上げた、有馬のレースで。

 

 

 

その言葉は、確かに強い意志を、帯びていた。誰の言葉よりも、ずっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[隔離病室]

 

「………アイツらは、立ち直った…のか」

 

…柄にもなく、緊張した。ただ、アイツらと顔を合わせるだけだというのに。……いや、緊張じゃあないんだろう。コレは、()()だ。本能が、理性が、心が。アイツらに……全ての生命に、警戒しきっている。その根底には、恐怖があった。

 

例の件で、俺の心は廃れきった。それこそ、こうして長期間のリハビリを行わなければならないまでに。…結局、俺の精神はほぼ変わらなかった。今までの自分では見えなかった景色が、広がっている。前から見ていた鮮やかな色のついた世界ではなく、どうしようもなく、穢れきった色をした世界が。生物の目は血のように紅く、ヒトが俺に対して伸ばす手は暗闇のように暗く、彩られていた景色は、白黒のモノトーンの世界に。眼の障がいが見つからなかったという担当医の話から推測するに、()()()()()()()()()()だろう。

 

……そう、分かっているのに。結局、俺は()()()()()()()()()()()()()()()。…本能レベルで。僕の人生は、夢が土台を築いていた。人間では辿り着けない速さが、必ず勝たんとばかりの表情をするウマ娘が、俺が憧れていた、父が。……その全てが、僕を築いてきた。そんな僕は、あの一刺しで簡単に崩れきった。

 

「…散々、他人に色々説いてきておいて……」

 

今の俺は、夢を捨てた。僕から夢を取り除いた時、果たして何が残っていると言えるのだろうか。……答えは単純、()()。今の俺は、夢を失った死体。ゲームに出てくるリビングデッドと同一に近しい存在。ただ、歩くのみの、怪物。

 

あれだけ夢を追いかけて大きくなった青年は、もういない。その成れの果ては、生きる理由も分からず、ただ彷徨うだけの屍。そんなヤツが、何かを教え説く?出来たもんじゃない。……そもそも、世間が存在を許さないだろう。

 

…夢は簡単に崩れるとは、よく言われる話だ。……こうして、自身がここまでの仕打ちを受け、身を以て知る事になる事を、誰が予想できようか。…何が、信じる者は救われる、だ。信じて、信じて。その結末が、見捨てられるだなんて。それなら、夢なんて、初めから見なかったとも。

 

「…………有馬、か」

 

……俺の、元バが言っていた事を、思い出す。……有馬記念。俺のトレーナーとしての始まりでもあり、俺の夢の始発点。まさか、夢の終着点が、夢の始発点になろうとは。数奇な運命も、あるものだ。

 

──夢を抱かせたあの舞台を思うだけで、ここまで胸が窮屈になる日が、来るなんてな。

 




はい、いかがだったでしょうか。

こうした心境に陥る人は、そう少なくないでしょう。私も、(時々ではありますが)このような心理状態になる事もあります。夢を掴む者もいれば、夢に叩きのめされる者もいるのです、この世界は。ワイワイとした日常のどこか遠くでは、このように苦しんでいる人も、今も尚いるのでしょうね。

では、ご精読ありがとうございました。


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死ニ物狂い

どうも、Cross Alcannaです。

忙しい状態が続いているので、執筆がままならない毎日です。今でこそこの投稿頻度ですが、これからもっと遅くなる可能性も無いわけではありません。そうならないよう、頑張ります。……程々に。

では、どうぞ。



[中トレ グラウンド]

 

「はっ……はっ…………ッ!」

 

走る。奔る。疾る。今日の、たった一回の練習を、無駄にしないよう、模索を延々と続けながら。アイツに啖呵を切ってから、私は本気で病気の緩和に全力を注いだ。医師の指示には全て従い、今まで食べる気も起きなかった野菜も摂るようにし、そして、極力足に負担をかけないような生活を志した。

 

ウマ娘は走らないと、最高の仕上がりと言える程の成長は見込めない。有馬への出馬、ソレの為にはまず、練習が出来る身体にまでならないといけなかった。だから今日まで、そしてこれからも、それを続けるつもりでいる。

 

……あの時、有馬に出ると宣言した事を、私は後悔していなかった。病状の緩和は早いに越した事は無いし、ウマ娘として、走れる可能性があるのなら、ソレ目掛けて進むだろう。例え、私でなくても。…それ以上に、私はアイツが弱気でいる事に、とてつもない苛立ちを覚えた。いつも誰かの夢の後押しをしていて、ソレが叶うと、本人と同様に大喜びをする、アイツ。そんなトレーナーが、弱気だった事が、許せなかった。

 

…この感情が、的外れなのは分かっている。アイツは私達には考えようもない事態に遭った。周りからの罵倒、名のあるウマ娘のトレーナーであるというプレッシャー、そして……。

 

…でも、ダメだった。理屈では、どうしようもなかった。…私は、アイツに、夢を持っていて欲しかったのだろう。他人の夢を手助けするという、アイツの夢。ソレを持ってトレーナーとしてここにいるアイツが、私にはとても輝かしく見えていた。

 

私は、夢を持っていなかった。精々、強い奴と闘いたい、という夢かも分からない漠然としたゴールが、関の山だろう。そんな私は、アイツと出会って変わった。

 

「…くっ!どうした、私ッ!!怪物の走りは……こんなものじゃあないだろう!!」

 

頂点になる。ソレが、私の夢になった。私がアイツに話しかけられた時、アイツは私に模擬レースをするよう言った。当初の私は「勝てるにきまっている」と、舐めかかっていた。……結果は、大差での惨敗。デビューしたてのウマ娘と、シニア期のウマ娘のレースのように、私は成す術もなく負けた。

 

……あの時地面に着いた両膝の感覚を、私は生涯忘れる事は無い。あれ程、自身が惨めに思えた事等、忘れられるものか。

 

そんな自分が嫌になった時、アイツはこう聞いてきた。

 

──どう?夢、見つかりそうかい?

 

そうして、今までに至る。…紆余曲折、あったが。私は、アイツに恩があった。あのまま井の中の蛙大海を知らずな私を、ここまでの実力の持ち主にまで導いた、アイツに。ソレが、今の私の原動力だ。

 

だからこそ、全盛期の走りが出来ない自分に対して、檄を飛ばす。アイツに恩返しするのにこの程度の走りで良いのか、アイツに夢を魅せる走りではないだろう、と。

 

「ッ!はぁ……はぁ…」

 

いつの間にか、私はゴールよりも先にいた。それにようやく気付き、歩を止める。…が、私に現実を突き付ける声が、一つ。

 

「ブライアン、全盛期からかなり落ちている。病気を持ちながら走っているのは、重々承知だが、これでは君は満足出来ていないのではないか?」

 

「……あぁ、勿論だ。だが、事を急くつもりもない。自分のペースで、着実に強くなる」

 

「……そう。…タイム、前回よりも縮んでいたわよ」

 

その一言だけ告げ、東条トレーナーは私に背を向ける。その一言に喜びたい気持ちはある。しかし、私が求めている走りは、コレではない。こんな魅力のない走りでは、アイツがもう一度夢を抱く事は無いだろう。

 

……他の奴の走りを見ておこう。数日に一度しか走れない以上、それ以外で補えるものは補わないと……他の猛者には勝てないだろう。…若干、自分がアグネスタキオンみたくなっていると思ったのは、ここだけの話にしておくか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[隔離病室]

 

──ナリタブライアン、有馬記念に出馬予定!?股関節炎を乗り越えるか!?

 

「…………アイツ、本気なのか」

 

看護師の人に頼んだ購買の新聞の見出しを見て、そう一言呟いた。あの発言を聞いて、「本気で言っているのか?」とは思ったが、それ以上に「股関節炎の事は考えているのか?」と思っていた。後遺症が残りやすい病気でもあり、罹患者は全力で走る事は大変に難しい。かつては実力を兼ね備えていたウマ娘も、股関節炎を患った後に一度は復帰したが、最終的に戦績もままならずに引退した、なんてケースもチラホラ。

 

フジの屈腱炎同様、完治する治療法は確立されていない。精々、症状を緩和するに留まる。現に、ウマ娘の屈腱炎や股関節炎が完治した例は、今日に至るまで見られていない。現在進行形で議論が為されている程、治療が難航する病気でもあるのだ。それを抱えての有馬と来たら……まぁ、マスコミも世間もこう反応するわな。

 

「……克服するか、競技人生の閉幕か………」

 

ふと、無意識にそんな言葉を口にする。最近、このような弱気な発言が多くなった。自分で自覚出来るまでになったと思うと、相当な重症と感じざるを得ない。色んな人の教えや自身への奮起の言葉、夢があったあの時は、何とか自分を激励して弱気にならないようにしていたというのに。ソレが無くなった自分がここまで弱気な人間になる事に、かつてない程の驚きを覚える。

 

……本当に、情けない。ブライアンは勿論、フジや学園の人達は前を向いて進んでいるというのに、対して自分は、抉られた傷ばかりを見て、前を向く事をしない。前を向く事が、出来ない。…今でも、あの時に刺された場所が、痛む事がある。傷は治ってきているとの担当医の言葉から察するに、精神から来る幻肢痛に似た病状なのだろう。

 

…今の自分は、何を見ているのだろう。何が、見たいのだろうか。もう一度、夢が見たいのか。フジやブライアンがG1優勝する姿が見たいのか。明るい人生が見たいのか。……これだけの具体案を挙げたのにも関わらず、漠然とした答えさえも出ない。

 

……あぁ、そうだ。そういえば。

 

 

 

──外が、見たいな。

 

 

 

永い間、この窓越し以外で外を見ていない。外にも、出ていなかった。視界から色が失せてから、外の事を考えた事は無かった気がする。大分前から、「もう鎖はしなくても大丈夫ですよ?寧ろ、外に出て新鮮な空気を吸わないと、角田さんも身体の調子が良くないと思いますよ」って言われていたような。自分が変わってから、一層強くなった理性が自身を外に晒す事への抵抗感も強くなった。そのせいで、この病室に来てからずっと、外に出ていなかった。

 

…あれ程外に出てた生活を送っていたのにも関わらず、今更になって外に出たいと思うのも、大層可笑しな話ではある。外の世界は、刻々と変化を繰り返す。その点から考えても、身体は刺激が足りないと思いそうではあると思うのだが。……いや、そもそも神経が正常じゃなかったっていう可能性もあっただろうし、視界がモノクロになった事が、外に対して刺激を求める、という考えが排斥されたと考えれば妥当ではある。そんな中で外に出たいと思えるようになった事は、精神が少しでも良くなっていると捉えるべきなのか、まだ精神状態が不安定だから外に出るべきでないという点から、良くないと捉えるべきなのか。

 

……外のナニカを見れば、色が戻るのだろうか。ウマ娘の走りを見れば、前の自分に近づけるのか。そんなもしもの連鎖が、脳内で起こり続ける。そのもしもは、どれも自身を良い方向に傾けてくれないか、という欲に塗れたもの。このように外的要因に縋り、過去に悔いる事ばかりを繰り返す辺り、かつての自分とは別人になってしまった。

 

「……俺は、もう。()()()()()()()()()()()()

 

今の自分は、過去の自分とは違う。それこそ、ヒトが違うと言って差し支えない程には。弱気な口調をしていて芯が強い僕と、強気な口調をしていてボロボロな精神の俺。内に鬼を秘めた小さき者と虎の威を借る狐の如く、自身が創り上げた強者の皮を被った臆病者。どちらが強いかと聞かれて、後者を答えるような者はいないと分かり切っている程、自身は弱く成り果てた。自身が気付いてしまう程、弱い。

 

……でも、それでも。前を向く事くらいは、赦されないのだろうか。もう一度やり直す事は、赦されないのだろうか。……夢を見る事は、赦されないのだろうか。こんな自分になっても、あの時の衝撃は今でも鮮明に覚えている。普通に生きていたし、これからも普通に生き続けるだろうと思っていたあの時に、俺は衝撃を打たれた。色の無い世界を見るような俺でも、あの時の光景だけは思い出せる。

 

…きっと俺は、心の奥で望んでいるのだろう。あの時のように、また夢を見る事を。俺は詩人では無いのだが、もし可能であるならば、時を戻してやり直したい。……ただ、ここは現実世界。不可能なのだ、時間にソレを乞う事は。

 

「……面会、したいな」

 

…二人も頑張ってるんだ。少しくらい、一歩を踏み出さないと。かつての自分、とまではいかずとも。かつて自分が言ってきた言葉を思い出すんだ。こうなる事は、予想できた筈だ。……()()()()()()()()()()()()()

 

フジやブライアン、たづなさん、理事長……。沢山迷惑をかけたんだ、そろそろ立ち上がらないと。その思いを胸に、俺は病室を後にした。

 

 

 

──一歩、前に進む為に。

 




はい、いかがだったでしょうか。

角田トレーナーに、心境の変化が見られたように思えますね。その要素は、他の箇所にも表れている訳ですが。……他に書く事が見当たらないので、これで終わります。

では、ご精読ありがとうございました。


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Episode3 失った憧憬、廻る言葉
鎮まる狂気、星との再会


どうも、Cross Alcannaです。

今回からは、所謂面会回です。角田トレーナーの過去が、時折チラつくかもしれませんね。夢を失った彼の、夢の始まり。ソレが齎す未来は、果たして明るいモノなのでしょうか?

では、どうぞ。



[面会室]

 

「安堵ッ!症状が落ち着いたようで何よりだ!」

 

「…私も、安心しました。面会が出来なかったので……元気そうで何よりです」

 

「……迷惑を、かけました」

 

二人の前で、軽く頭を下げる。二人は所謂社長ポジションに近しい人間であり、中トレ自体がトレーナー不足の最中にいる。そんな中でのこの事態。自分に近しい人以上に、この二人には沢山迷惑をかけた。……このまま辞める事も、少し申し訳ないと思う。その事については既に話しているのだが、思いの外肯定的だった。……ただ、その時が近くなるまで保留にする、とは言われたが。曰く、気が変わるかもしれないから、との事。

 

「質問ッ!あの時の答えは、まだ変わっていないのか?」

 

「……えぇ。トレーナーを続けるつもりは、無いです」

 

その一言に、二人は表情を曇らせる。トレーナー個人に思い入れがあるのか、トレーナー不足に対する焦燥なのかを読み取るのは、俺には分かるモノではない。……前者で、あって欲しいものだが。

 

「……そうだ、アイツらは?アイツらは……どうしていますか?」

 

「頑張っていますよ、とても。ナリタブライアンさんはそうですが、フジキセキさんもブライアンさんに負けず劣らず努力なさってますし。皆さん、しっかりと前を向いています」

 

…良かった。取り敢えず、俺みたくはなってないって解釈で良いんだな。安心した。話を聞くと、ブライアンの脚は少しずつ回復してきているようで、調子が優れる時には、一日に一度きりではあるが走っているのだとか。……アイツ、ホントに立派になったな。かつてはただ飢えているだけの怪物の蕾だったブライアンが、病気と真摯に向き合って、しかも挑戦者の立場で挑もうとしている。その頃のブライアンを知っている身としては、何だか感慨深い。

 

……というより、随分と俺は感性豊かなんだな。色を失って、夢までも見失った人間とは、とても思えない。……今まで、ただ俺が塞ぎ込んでいただけ、だったのかもしれない。夢が所半ばで折れて、今まで味わった事の無い底を見て、恐怖したのかもしれない。希望は無いと、諦観したのかもしれない。……いや、したのだろう。実際、あの時は、どうにかなりそうだった。何のせいかまでは分からずじまいではあるが、色んな負の意識があった。恐怖、絶望、諦観……数える事が、馬鹿々々しく感じる程に、渦巻いていたのを、昨日の事のように思い出せる辺り、そういう事なのだろう。

 

「…最近、暇があれば。俺は、ずっと考えていました」

 

意識とは裏腹に、自分のものではないように動き出す口。そこから、溢れ出る、誰にも言って来なかった、本音。言わなくても良いじゃないかと思っているのに、当の口は、止まる事を知らない。何故だか、心の中の別の自分から、「少しぐらい、吐き出してしまえ。抱える事を咎めはしないが、限度が過ぎる」とでも言われてる気分になる。

 

「…心を、閉ざし過ぎたのかなと。自分だけ、ずっと後ろを向き過ぎたのかな、と」

 

まだ、口が閉じる気配はない。…こんな戯言を、二人は熱心に聴き入ってくれている。戯言と思っているのに、静かに聴き入ってくれている事を、嬉しく思う自分がいた。

 

「担当が頑張っているのに、自分は足踏みを繰り返して。……日を重ねるうちに、そんな自分で良いのかと、思うようになって。挙句の果てに、そんな自分が、言葉では表せられない程に情けなく感じて」

 

次の言葉を言い放つのに、本能からの抵抗があるのか、口は中々動かない。先程まで言わなくていいと思っていた自分は、いつの間にか、早く言ってしまえ、と思っていた。

 

「……でも、怖かった。あれだけの罵詈雑言を浴びて尚、立ち上がってまた夢に関わる事が、これまでの人生の中で、一番に感じる程に怖かった…………」

 

……一体、俺の身体は誰に主導権を奪われたのか。そう思いたくなる程に、無意識のうちに頬を伝う何筋もの涙。やがてソレは、俺が言葉を発せなくなるくらいまでに増えていく。殺風景な白い部屋に、一人の男の嗚咽が、木霊する。

 

「……その一歩が、重かった。……海に沈んだ、鉛のように」

 

その言葉を最後に、俺の口は開く事は無かった。対する二人も、口を開く事は無く、ただじっと。俺を、見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ライスシャワーか」

 

「…お兄様、大丈夫?」

 

開口一番に俺の事を聞く辺り、出来た子だ。…元々、ライスシャワーは他人を優先しがちな性格である。ソレを思い出した今は、彼女の事を心配するばかり。……目が赤くなっている事には、触れないで置いた方が良さそうだ。

 

「……大丈夫…とは言えないな。自分でも分かる位に、俺は変わっちまった。挙句に残ったのは、滑稽な屍さ」

 

「……お兄様…」

 

そう言って、自分を嘲笑う。あれから、笑う事が苦手になったとばかり思っていたのだが、案外笑えるじゃあないか。……自分を嗤う、嘲笑ではあるが。逆に、それ以外の純粋な笑いは出てこない。出てくるのは、己を嗤うソレのみ。…つくづく、自分がどうしようもなく思える。

 

「…ゴメンなさい。ライス、何も出来なくて……」

 

…驚いた。何故、お前が謝る必要がある?元々、他人に等しい関係だろうに。コイツが気に病む要素は、何一つとして存在しない。……まさか。

 

「…自分が不幸を齎した、なんて考えてるんじゃないだろうな」

 

少し、声を低くして聞いてみる。……少し怯えながら首を縦に振るライスシャワーを見て、予感が的中した事を認知する。…最近になって観客から評価されるようになったとはいえ、その根底から根付いた性格まで治すのには、まだ時間がかかるのだろうか。

 

「…あのなぁ。そもそも、俺とお前はこの件での関わりは無いに等しいだろう。アレは、愚かな人間の、なるべくして起きた、どうしようもない喜劇だったんだ」

 

「……ぅ」

 

他人を慰める為に、また、自分を落とす。この数ヶ月で、ソレだけは上手くなった自身がある程には、ソレばかりをしてきた。まぁ、言ってること自体は、紛れもない事実なんだが。

 

「あんな大きな夢、持つにはあまりに大き過ぎた、って事だ。今になって、強くそう思うもんd

 

──違うッ!!

 

…あまりにも、予想外。その大声を上げたのは、ライスシャワーに他ならなかった。そんなに大きな声を出せるのかとも思ったが…それ以上に、コイツがここまで何かを強く主張する事を、俺は見た事がなかったし、驚きを隠せない。その顔を見る。はたまた驚いた。その表情は、件の菊花賞並みの表情だった。相当の気持ちだと、一目見るだけでも分かった。

 

「お兄様は、愚かなんかじゃない!!夢を見る権利は、誰にでもあるって!お兄様が教えてくれたんだよ!?」

 

「……ッ」

 

その一言に、俺は何も言い返せなかった。確かに俺は、「夢を追うのも、夢を見るのもタダだ」と言った。…言った奴にソレを言われると、余程クる。ライスシャワーの、鬼気迫る表情と口調が、ソレを加速させているようにも感ぜられた。

 

「お兄様の夢は、確かに叶わなかったかもしれない!なら!」

 

──また、見つければ良いでしょッ!!

 

「────」

 

その一言を言い終えたライスシャワーは、肩で息をする。ゼェハァと、荒い息を漏らす。そんな状況下、俺は動く事が出来なかった。……いや。頭を強く、金槌か何かで叩かれたようだった。いつも通りの思考を取り戻すのに、どれ程の時間を要したのか。

 

どうにか冷静になった時、俺はある事を思い出していた。

 

 

 

 

 

──父さんとの、あの日の記憶。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[十数年前 中山競バ場]

 

「わぁ…………凄いや!」

 

「だろ?いつかお前をここに連れて来たいと思ってたんだ」

 

全てが、初めてだった。競バ場に行ったのも。ウマ娘のレースを見るのも。……夢を見たのも。あの頃の俺は、周りの事を気にする事もなくはしゃいでいた。元々俺は、周りへの関心が薄かった。その結果、両親は俺の事を常に心配し、その予想は的中。学校では孤立し、教師からも腫れ物扱いだった。あくまで疎遠にされてただけであって、イジメ等はされなかった。その辺りは良識があって、助かったものだ。

 

ソレに見かねた両親は、父さんの提案で、俺をウマ娘のレースに連れていく事を決めた。その当時の父さんはトレーナーで、レース場に着いてから暫く、俺の質問した事に対して、分かり易く説明してくれた。

 

その説明が終わり、俺達はレースに見入る。その時の俺は、目を輝かせてレースを見ていた、らしい。…小っ恥ずかしいので、俺も思い出したくない場面だが、そうだったような記憶がある。

 

レースも終わり、俺も周りの人も興奮冷め止まぬ、といった場面だった。不意に、父さんが俺に言った一言がある。

 

──越也、夢を見ろ。そして、ソレを追いかけろ。今俺達が見たウマ娘達も、何度も夢を見て、追いかけて。そして、漸くあの場に立ったんだ。何処かに辿り着くには、まず夢を見ないと、始まらないんだ。

 

その言葉が、俺の人生に夢を齎したモノだった。かつて大きな夢を抱えて、誰かの夢の後押しを続けた者の、始まり。原点が、ソコにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

父さんと母さんは、俺に「夢を見ると、見える景色が変わるんだ(のよ)、良くも悪くもな(ね)」と、よく言っていた。今でもその言葉を言った目的を知りたいが、未だに分からない。俺が夢を追いかけている姿を見たかったのか、はたまた俺を案じての言葉だったのか。結論は、今日まで出ずじまい。ただ、あの時の事があったから、俺はこうして生きているのだろう。もしあのままであったら、人生に飽きて、途方に暮れていたかもしれない。

 

……でも、でもだ。()()。どうしようもなく、怖くてたまらない。あの時の虚無感と絶望感を、味わいたくない。自分を、蔑みたくない。周りに、失望されたくない。…あの時の俺に、顔向け出来ないから。……いや…

 

──父さんと母さんに、合わせる顔が無い、から。

 

「……お兄様…」

 

…悲しそうに俺を見つめるライスシャワーに対して、俺は何も言えなかった。

 




はい、いかがだったでしょうか。

理事長・たづなさん、そしてライスシャワーとの面会の様子が綴られました。…恐らく、勘の良い人はもう誰と面会するのか、粗方見当がつくのではないでしょうか。

──貴方の夢は、誰か。私の夢は──

では、ご精読ありがとうございました。


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栄光目指したトモ、狂気的なオモイ

どうも、Cross Alcannaです。

ここずっと、投稿頻度が上がっていないですが、相も変わらず私生活が忙しいままです。そのせいで、やりたいなと思っている事も十分に出来ていない現状です。少なくとも、免許を取り終えるまではこの投稿頻度になるかと思います。引き続き、ご了承下さい。

では、どうぞ。


[とある病院 中庭]

 

「角田さん、久しぶりの外ですけど、調子はどうですか?」

 

「…少しだけ、リラックスしますね。外の空気を吸うだけで、ここまで変わるとは。最近はずっと、驚いてばかりですよ」

 

某日、病院の中庭にて。あれから担当医に「定期的に外に出たい」と言ってみたら、即承認。担当医曰く、「ようやくですか、待ち侘びましたよ」らしい。…苦笑付きで。まぁ、自分でも塞ぎ込み過ぎだったと気付くんだから、第三者から見たら相当なモノだったのだろうか。承認をもらって、看護師さんにその旨を伝えた時、「一歩前進、ですね」と言われた。…やはり、立ち止まり過ぎていたのだろうか。

 

こうして外に出るようになって、少し心に余裕が出てきたのか、口調や性格も(少しだけではあるが)落ち着きを取り戻しつつある。ただ、気を抜いたら口調が乱れてしまうので、まだまだ油断ならない。それに、これはあくまで赤の他人に対して、の話。ソレがウマ娘や中トレに関する人だったりすると、心の奥で警戒心が働く為、未だ落ち着いた口調で話す事は叶っていない。…精神科にでも通院して、カウンセリングするべきだろうか。

 

「もう冬ですよ、角田さん。ついこの前まで紅葉していたあそこの樹も、今はもう葉が落ちていますよ」

 

「……ですね。紅葉したかどうかが分からないのが、少し悔まれますが」

 

「…あっ、ゴメンなさい。私ったらつい……」

 

「お気になさらず。変に気を遣われるよりは良いですし」

 

…ただ、さっきも少し言及したように、精神的な回復はあまり進んでいない。肉体的な傷よりも、精神的なソレの方が治癒に時間がかかるのは当然。(自覚してはいるが)どうやら、俺の精神的症状は酷いようで、心因性原因により、色々な症状が表出している。視界から色が消えるのも然り、過度な精神不安定然り、性格の歪みも、また然り。何時ぞやの診察の時に、治癒に着いて聞いてみたが、「どれも治癒に時間がかかる、或いは完治が難しいものばかりです」と言われている。

 

…困ったものだ。性格や口調に関してはまだしも、色の識別に支障があるのは大きな問題だ。普通に日常生活に支障をきたす。…つか、不便なんだわ、普通に。食べ物も美味しそうに見えないし、信号の色も分かんねぇから、碌に外にも出られねぇ。部屋に花や何やらを飾ったところで、寂しさは変わらない。

 

……何より、アイツらの色が見えねぇのが、少し、寂しい。ウマ娘は、勝負服や髪色、瞳の色含めて、様々な色を持っている。コレは俺の担当バに限った話じゃあない。フジやブライアン、アグネスタキオン、ライスシャワー、キタサンブラック、キングヘイロー……ウマ娘の数だけ、色がある。ソレが、見えない。その事実が、どれだけ自身に退屈を齎すのか。恐らく、想像に難くないだろう。

 

「そう言えば…角田さん、今日も面談ですよね」

 

「…はい。知人が多いと、面会の日が多くて……あはは」

 

そう言って、無意識に微笑む自分。…少し前までは、自分がこんな風に笑っているとは、思えていなかったというのに。最初の方は、看護師さんも驚きを隠せていなかった気がする。

 

「…最近、よく笑うようになりましたね。面会してくる人達の事となると、より一層」

 

…何だかんだ、少しは賑やかな方が楽しいのも、また事実。ここ最近までは、ずっと病室に籠りっきりで面会も謝絶していた事も重なって、刺激が与えられている為、身体も心も喜んでいるのだろう、きっと。今日は確か……アイツとアグネスタキオン、だったかな。アイツはともかくとして、あのアグネスタキオンが面会に来るとは。…何か、実験中に変なモンでも被ったのだろうか。嬉しい事には、変わりないが。

 

「…そろそろ、戻りましょうか」

 

 

 

──今日の景色は、時代遅れのテレビのようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[面会室]

 

「…っと。元気か?」

 

「一応は、な」

 

「……そうか、それは良かった」

 

……らしくねぇな。コイツが落ち込んでるのが、ここまで似合わねぇとは。確かに、いつも何かをやらかしてるお調子者だとは思っているが、ここまで元気がない表情が似合わない奴だったとは。ここ数年トモにいて、初めての発見かもしれないな。

 

「らしくねぇじゃねぇか、沖野。アンタにはそんなしょげた顔、似合わねぇぞ」

 

「……そうか」

 

…おいおい、コイツは重症じゃあねぇか。俺の一番酷かった時まではいかなくとも、被害者でも何でもねぇヤツだとしたら、どうしてそこまでしょげるって言いたい程、酷い。

 

「…アンタ、自分を責めてんのか?」

 

「……ッ」

 

おいおい、図星かよ。二回目のライスシャワーと対峙してるみてぇだな、コレ。…ったく、だらしねぇな。

 

「アンタ、そこまで腑抜けだったとはな。いやぁ~、こうなって知る事も、多いもんだな」

 

「…………」

 

沖野は、何も言わない。…いや、何も言えない、が正解なのか?俺は沖野じゃねぇから分からんが。……ッあぁ、調子狂うな。

 

「いい加減、しょぼくれるのも止めたらどうだ。アンタらしくねぇのはそうだが、アンタに従って動く奴にまでそんな空気を伝染させるのは、御法度だろうに」

 

「……分かってる」

 

「アァ!?何も分かってねぇだろうが!!俺はお前に!自分を責めろとでも言ったか!?第一!テメェは自分を責める必要があんのか!?」

 

「あるんだッ!!……俺が、お前にもっと寄り添っていれば、違う結果になったかもしれない。…口調だって、変わり果ててるくらい、酷いんだろ?」

 

…相ッ変わらず、人情深いな。世間を責めたい気持ちも眠ってるだろうに。ソレを理性で抑え込んで、何も出来なかった自分へ矛を向けるなんてな。大人だ。……が、いけすかねぇな。

 

「たらればなんて語っても、しょうがねぇだろ。ソレ言ったら、俺の行動全部がたらればって言えるじゃねぇか。んな事やってたら、キリがねぇ」

 

「……でも」

 

「でもじゃねぇ。俺が言ってんだから、いつまでもウジウジすんな。お前は今の俺と違って、チーム率いてんだ。お前には、ウジウジして足踏みする余裕なんかねぇだろ」

 

コイツは、スピカっていうチームを持っている。スピカのメンバーも、トウカイテイオーやメジロマックイーンをはじめとした、名バだらけ。この間も、スピカのスペシャルウィークが海外の名立たるウマ娘達を退け、日本総大将と言われるようになった。

 

ソレに関しては同僚として俺も喜ばしいが、裏を返せば、それだけのチームをこれからも引っ張らないといけない。そんなコイツが、こんな所で留まって良い筈がない。……つーか、俺が許さねぇ。

 

「……はぁ。シャキッとしてくれ。アンタとはやりたい事が、まだ残ってんだ。こんな所でへこたれてたら、困るぜ」

 

俺がそう言った所で、面会は終了した。アイツが立ち去る時に、アイツの表情が見えた。…覚悟、決めたんだな?なら、進み続けろ。お前なら、栄光を掴める。そう信じてるぜ。

 

……あぁ、さっきの怒鳴り声について、説明しないといけねぇ。……最後にダルい置き土産すんなよ、沖野。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やあやあ。思いの外元気そうじゃあないか」

 

「俺も予想外だ。ここまで回復が早いのも、お前が面会に来る事も、な」

 

「酷いなぁ、キミは。これでも、キミを心配してきたんだよ?」

 

「胡散くせぇ事この上ないな。明日はラグナロクでも起こるのか?」

 

時間が進み、面会室で俺と話をしているのは、アグネスタキオン。普段から周りの人間(主に元自分のトレーナー)を粗末に扱う畜生だと、俺は思っている。…そうでもねぇと、人を何十万色に光らせたり、効能も知らねぇ怪しさ満点の薬を飲ませたりはしねぇ。最早、マッドサイエンティストと言って差し支えないだろう。…ぜってぇ来る施設を間違えたろ、コイツ。そう思わざるを得ない奴だった。

 

「…兎も角、だ。私は生憎、キミに聞く事があってココに来たんだ」

 

「……聞く事だぁ?」

 

馴れ合いの会話をぶった切り、アグネスタキオンは雰囲気を一新し、真剣そのものの表情でこちらを見る。…コイツがここまで真剣になってる所なんて、初めて見たかもしれないな。何かと、掴みどころが無い奴でもある為、どこかゴールドシップ味を感じるが。

 

「…キミ、トレーナーを辞めると噂で聞いたんだが、事実かい?」

 

…あぁ、その事か。つーか、どっから噂になるまでに漏れたんだか。たづなさんや理事長は口が堅い方だし……マスコミのでっち上げか?いずれにしろ、出所は気になるな。後で、新聞なり読んでみるか。

 

「あぁ。そのつもりだ」

 

「……ッ」

 

俺が淡々とそう言うと、アグネスタキオンは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。……何だ?そんな事が、どうしてお前がそんな顔をする事に繋がる?……ダメだ、幾ら考えてもそれと言った答えが出てこねぇ。

 

「…世間の反応かい?キミを…そうさせたのは」

 

「…分からん。ソレもあるんだろうが…もっと多いだろうな、辞める決断をした原因は」

 

「……キミは、変わってしまったね」

 

「そらそうだろうよ。あんな事になったんだ、変わらねぇヤツがいるのかって話だ」

 

「……ッ!!」

 

まただ。また、皮肉が零れる。いい加減、皮肉を言わないように脳から信号を出してくれねぇもんかね。…それとも、俺自身が心の何処かで自分を蔑んでるんだろうか。

 

…と、思考に明け暮れそうになった時だった。ドンッ!!と、大きな音が鳴る。向かいの対面室からだった。その音の正体を探るべく、そちらに目をやる。……おいおい。お前かよ、マッドサイエンティストさんよぉ。

 

「…お前、物に当たんなよ。病院の物壊したら、弁償せにゃならんだr『ふざけるなッ!』」

 

「キミは…そんな人間ではないッ!自身を低く見る人間ではあれど、夢を嘲笑うような人間ではないッ!!」

 

「…お前の力説なんて、初めて聞くな」

 

「キミが悪いんだろう!!それに!キミがそこまで飄々としていられるのも、理解できない!何故!誰かを憎んだりしないッ!!」

 

 

 

──…何故、自分で全て解決してしまうんだ……ッ!

 

 

 

「…………」

 

その言葉に、俺は何も言い返す事が出来なかった。……仕方ねぇだろ。誰かのせいにして、何になる。実際、どこの誰が悪い。俺の夢が叶わなかった事に対して、誰が悪いなんて、言えないだろ。

 

そりゃぁ、俺だって誰かのせいにして気持ちを緩和したいさ。……だが、ごねて、何になる。お前達学生がごねるならまだしも、いい歳した大人が「夢が叶わなかった!アイツらのせいだ!」なんてごねてみろ。バカじゃねぇか。クズじゃねぇか。

 

 

 

──…どうしたら、良かったんだよ。俺は。

 

 

 

この言葉以外、俺は言葉を発する事が出来なかった。

 




はい、いかがだったでしょうか。

こんな感じで、大体1話毎に1~3人程度と面会していく事になります。暫く、似たような話の展開になりますが、ご了承を。後、毎度の事ながら投稿が遅れています事を、お詫び申し上げます。

では、ご精読ありがとうございました。


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皮被りな乙女、泥塗れの王者

どうも、Cross Alcannaです。

引き続きです。…いよいよ、ここに書き記す事が尽きてきました。どうしましょうか。…因みに、完結までは、まだ折り返しに着いてません(多分)。ですので、まだまだこの小説は続きます。完結した後、このサイトに居続けるか、少し悩んでいます。その話は、追々。

では、どうぞ。



[とある病院 中庭]

 

「角田さん、いよいよ秋も終わりそうですね~。寒くなってきましたし、冬が近くなった証拠ですね」

 

「…そうですね、少し肌寒くなりましたもんね」

 

今日も、中庭に連れてもらっている。…ただ、未だにハッキリと、色は分からない。……気がする。

 

それはさておき、今日も面会の予定が入っている。前回と同じく、二人来るらしい。…予定、大丈夫なのか?中トレに在籍する身として、そこまで休暇が得られるとは思えない。トレセンは中央含め、トレーナーとウマ娘、共に人数不足だ。トレーナーは足りないし、ウマ娘は毎年設けている定数に満たされる事は殆ど無い。中央は、定数までウマ娘を取る体制を取っている訳では無く、実力に満たないウマ娘は落とすという体制を取り入れている。

 

そんな中で、面会を取れる程の時間を確保出来るとは、俺は思えなかった。トレーナーにしろ、ウマ娘にしろ。…中トレ以外の人間が来る事は考えにくい。何せ、中トレ以外の友好関係がない。トレーナーになる前に築いた人間関係は、時間が経つにつれて関係は薄れていった。連絡を取る事も減り、顔を合わせたり、飲みに行く事も無かった。それまでの友好関係だったと言われればそれまでだが、その当時は固く結ばれた絆だと思っていたし、今でもそう思っている節はある。

 

「……冬、か」

 

季節が巡って来る事を認識すると、ふと、ある事を思い出す。

 

──ブライアンの、有馬記念。

 

あの時の情景が、脳裏に浮かぶ。あの時のブライアンの切迫した、顔。鬼気迫るような、言葉の圧力。今でも、アレが冗談だと言ってくるんじゃないかと、思っている。…というより、そう言って欲しいと、思ってしまう。本来ならば、トレーナーとして有馬出走は応援すべきなのだろう。ただ、あの時のブライアンの脚で有馬を制するというビジョンが、今ですら見えてこない。トレーナーである身として、赦されざる事ではないだろうけど。

 

……俺は、後の一度も、大切なヤツが苦しむ姿を、目の当たりにしたくない。その時、自分が正常な人間でいられる自身も無いし、そうでないにしろ、その後にもう一度立ち上がれるビジョンは、ブライアンの有馬制覇以上に見える気配がない。

 

「そろそろ、戻りましょうか」

 

「…はい」

 

 

 

──今日の景色は、どこか哀愁を帯びているように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[面会室]

 

「……久しぶり、ね」

 

「…だな。俺より元気無さそうにしてるのは、予想外だがな」

 

今日の面会相手の一人目は、東条 ハナ。俺の同期で、チームリギルを率いるトレーナー。普段は厳格な印象を周囲に与える程の堅物だが、内面は普通の人と変わらない。

 

そんな彼女だが、ここまで気を落としている姿は中々見ない。…と言うより、見る事自体初めてかもしれない。恐らく誰もいないところで気を落としたり反省したりするタイプだと思うのだが、こうして表立って表れるような事は無かった。

 

「…そんな風に目に見えて気を落とすのも、初めて見るな。アイツ同様、らしくない」

 

詳しく形容化出来ないが、沖野同様に東条らしくない。もっと毅然としていて、カリスマ性溢れる人間。東条 ハナとは、そんな人物なのだ。少なくとも、俺の中では。沖野のように立腹こそしないが、何処かむず痒くなる。

 

「…沖野にも言ったが、アンタらが気にする事でも無いだろうに。当事者であるなら納得いくが、お前らは被害者でも加害者でもなく、第三者だろうに」

 

「……そう言う訳にはいかないわ。私は同期でありながら、貴方の苦しみを把握する事も出来なければ、事件があってから貴方に声をかける事も出来なかったわ」

 

……相変わらず沖野と同じだ事。良い意味でも悪い意味でも、コイツらは揃いも揃って責任感が強い。沖野に関してはソレを日頃から発揮すりゃあ良いだろうと思うし、東条に関してはそう少し肩肘張らずに過ごせないものかと思う。見ているこっちが、気が気でなくなる。

 

「…まぁ良いか。そんな事より、だ。リギルはどうなんだ?ブライアンやフジも気にはなるが、アンタのチームの具合が気になってな」

 

ブライアンやフジの調子が気にならないか、と言われれば気になるが、正直な話、関わりが少ないリギルの方が話を聞く時の新鮮さがある。それに、東条はあまり自身の事(チームの事も含む)を周囲に話す事が無い。その為、こうした機会でもない限り、リギルについての話を聞く機会はない。折角東条が来たんだ、ソレくらいは聞いても罰は当たらないだろう。

 

「……そう、ね。折角ここに来たのだし、貴方も刺激が足りないでしょうし。ソレくらいなら話してあげるわ」

 

…よし、今日は退屈しないで済みそうだ。……話の輪を広げるうちに、東条の気も、少しくらいは晴れると良いんだが。…期待しすぎ、か?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……大分、様変わりしたのね」

 

「まぁな。お前は……相変わらず、か」

 

二人目は、キングヘイロー。特にニュースや新聞で取り上げられているのを見ない辺り、相変わらず結果は付いて来ていない模様。ただ、前回会った時よりも焦りは無いようにも感じる。成長した……と言っても良いのか?この場合は。

 

俺が変わり果てた事には、さほど驚きを示していないのは、少し意外だった。コイツは思ったよりも人の変化には過敏で、表情が良く顔に出るイメージだったのだが。前者のお陰で耐性でもついたのだろうか。…いや、ホントによく見たら、少しだけ憂いを帯びている気がする。…ここに来る奴ら、全員心配性かなんかか?

 

「正直、お前が面会に来るのは予想外だった。どういうこっちゃ?」

 

「……あんまり言葉にするのも恥ずかしいけれど、貴方には感謝しているのよ。あの時の言葉のお陰で、最近の走りに磨きがかかりつつあるわ」

 

「そうかい。ま、アンタが気付いてなかっただけの問題だ。気付いちまえば、走りが良くなるのも時間の問題だろうよ」

 

実際、コイツは才能があった。目に見えて現れるような才能とは少し違う、開花するのに時間と苦労がかかる才能。それに、コイツの得意とする差しと、コイツの泥臭い努力をも厭わない根性は、非常に相性が良い。追い込みは…元々スタミナが少ないコイツとは相性が少しばかり良くない。追い込みは走る距離が長い程、真価を発揮する走法だからな。一応、短距離でも出来なくはないんだろうが、んなマニアックな戦法、ゴルシぐらい頭がぶっ飛んでるヤツくらいしかやらん……と、俺は思うが。

 

恥ずかしい、とは言ったものだが、確かに恥ずかしかったんだろう。コイツの顔、少しばかり紅くなっている。…女性はこういうのに触れられたくないだろうし、触れないでおくが。…何だか新鮮だな、コイツの表情豊かな顔。コイツとあんまり関わっていないからか、ある程度どんな表情でも「コイツこんな表情するのか」と思ってしまう。こういう時も、口に出さん方が良いって、母さんから教わった気がする。……まさか、母さんから(半ば強制的に)教わった女性との接し方が、こんな形で役に立つとはな。

 

「…で?調子は良いのか?走りは良いらしいが、心理状態が伴っているとは限らないからな」

 

「……貴方、ソレを私に言うのかしら?少なくとも、貴方についての知らせも、私の心理状態に影響してるのよ」

 

…まぁ、関わった事のある奴が事故ったって聞いたら、そうなる……のか?俺は実例を知らんから、何ともコメントしづらいんだが。

 

それはさておき、ふと、コイツの顔を見る。……まったく、立派になりやがって。あの時は焦りやら苛立ちやらを帯びていたが、今のコイツはそんなマイナス感情は持ち合わせていないとでも言いたげだ。己への誇り、自身に妥協を許さない強さ、挫けないと言わんばかりの覚悟。そして……自身の境地から踏み出してやる、と訴えているその目。…あ~ぁ、なーんかヤベェ奴を覚醒させちまった気がしてならねぇな。俺がこれからも担当を持つ事になったら、ゼッテェコイツと対決させたくねぇんだけど。本当の正念場になったら、その高貴さをも捨てて勝利に齧り付く。そういう奴が、闘いにおいては一番厄介なんだよなぁ。

 

「これからお前と競う相手が、不憫に感じて仕方ねぇな。こんな厄介者、相手してたら相手の方が滅入るだろうに。…辞める事にしてなきゃあ、お前をスカウトしてただろうなぁ」

 

「…………ちょっと待ちなさい。辞める…?貴方、トレーナーを降りると言うのかしら?」

 

辞める、このワードを耳にしてから、コイツの纏う雰囲気と口調が豹変する。空気がピリつく、って表現が一番当てはまってるだろう。僅かながらに、言葉が怒気を孕んでいる。

 

その後にコイツから放たれた言葉の圧に、俺は驚きを隠せなくなる。

 

「聞いていないわ!?折角ここまで自分を高めて、貴方と共に勝利を重ねようと思っていたのよ!?そんな時に、貴方がトレーナーを降りる?ふざけないでちょうだい!!」

 

…たまげた。ライスシャワーの時にも思った事だが…コイツ、こんな声も出せるのか。…目に涙まで浮かべやがって。何で俺に固執するかね。……あぁ、そういう事か。

 

「…周りの評価がアレだったから、他のトレーナーが信用ならねぇってか?」

 

「確かにそれもあるわ!!でも!根本はそんな生温いものじゃないわ!!」

 

…っと、違ったのか。自分を評価しなかった奴らが、自分が才能を見せ始めたら掌を返した。そんな事になるのが目に見えているし、そんな輩を信用できない。っていう理由だとばかり思っていたのだが。…ん?じゃあ何だ?もしかして……

 

「…お前、あん時の言葉、未だに真に受けてたのか」

 

「当たり前よ!…あの言葉があったからこそ、今の私があるわ。私の現状を見て嗤う事もなく、私を奮い立たせた。そんな貴方の言葉が、私をここまで導いたのよ」

 

…失礼を承知で言うが、意外だった。コイツがこんなに正直に感謝の意を述べる事があるとは、思ってもいなかった。普段の性格も相まって、言えて精々「…ふん!一応…感謝しておくわ」くらいだと思っていたのだが、礼儀にはそれ相応の態度で応えるのか。…コイツの評価を、改める必要がありそうだ。

 

「いつもなら、『私のトレーナーになる権利をあげるわ!』と言う所だけれど。今日は違うわ。…()()()()()()()()()()()()()()

 

いつもの傲慢な姿は遥か彼方へ。そこにいるのは、己の道を歩んでほしいと心の底から願う、一人の少女だった。…頭まで下げている所を見るに、これは本気だ。バカでも分かる。

 

 

 

──ソレが故に、それに応える事が出来ない事が、言葉では表せない程に、歯痒かった。

 

 

 




はい、いかがだったでしょうか。

今話投稿前に、ウマ娘公式サイトのガイドラインが改正されました。私も一読しましたが、私の小説には影響が殆ど無いとの判断です。8話の描写が、ガイドラインに引っかかるかが少し心配ですが。ただ、明確に描写している訳では無く、私の小説は皆さんの思い浮かべる小説描写に極力影響を与えないよう、遠回しな表現を心がけていますので、この程度の描写ならば、恐らく引っかかる事は無いだろうとの判断です。もし引っかかった等ありましたら、改めてお知らせします。

では、ご精読ありがとうございました。


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祭囃子聞ゆる日に、キセキの魔法を

どうも、Cross Alcannaです。

少し前までは、(別サイトの事例ですが)ガイドライン改正についてというお知らせが、ウマ娘小説検索に大量に引っかかっていましたが、今ではある程度落ち着いています。この改正が、新しいウマ娘の登場に繋がっているのでは?等と噂されていますね。私も、その線はあるなと思っています。二次創作でやらかし過ぎたから規制、という面もあるでしょうけど。

では、どうぞ。



[とある病院 中庭]

 

「本格的に寒くなって来ましたね、角田さん」

 

「ですね。そろそろ厚着しないと、風邪を引いてしまいそうなくらいになりましたね……」

 

今日も今日とて、中庭にて外出のリハビリ(?)の真っ最中。そんな日でも、面会がある。今日はまた二人来るらしく、フジが来るのは聞いているのだが。もう一人については、詳しく聞いていない。……誰だ?ブライアンが来るにしろ、アイツは事前に連絡を入れるタイプだしな。

 

……もしかして、理事長か?あの人、トレセンのトップながら、サプライズ性が強いからな。「面会ッ!サプライズだぞ!」とか言ってきそうだ。

 

ウマ娘については、もう心当たりがない。俺自体、トレセンの外に出てしまえば、そこまで交友関係がある訳では無い。人ならば、乙名史記者とかその辺りだろうか。……後は、何故かメジロ家の主治医。

 

…ホント、どうしてメジロ家の一端にまでパイプを持ったんだか。俺が不思議に思うくらいなんだが。俺の交友関係、極端な気がするぞ。

 

「……雪、降るんですかね。この地方は、つい数年前までは雪が降らなかったんですが、近年はよく降ってる印象ですし」

 

「…降らない方が、良いと思いますよ。……有馬が、ありますし」

 

雪を楽しみにしている人には申し訳ないが、今年は降らないで欲しいと、切に願うばかりだ。…例年年末に開催される有馬記念だが…今年の有馬は、例年と意味合いが違う。

 

それに、雪が降ってしまえば、場上が重くなってしまい、ただでさえリハビリの最中にあるブライアンが、実力を発揮出来なくなる可能性も生じる。……ブライアンには、是非とも勝って貰いたいからな。

 

……あれ?

 

「……?どうかしましたか、角田さん」

 

「…あ、いや、大した事じゃないんですが……」

 

 

 

──あの雲の色。これから晴れるんじゃないかな、と思いまして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[面会室]

 

「角田さん!大丈夫なんですか!?」

 

「来て早々、そんな大声を出すもんじゃあないぞ。ましてや、ここは病院なんだからな」

 

「……あっ、すみません…。心配だったので……つい」

 

そうして冷静さを取り戻して向かいの椅子に座るのは、今日の面会者の一人である、キタサンブラック。…どこかで見た事があると思ったら。俺の記憶が正しければ、あん時のトウカイテイオーのレース場で会った二人のうちの一人か。随分と成長したもんだ。これが俗に言う本格化ってヤツか?事例が少ない事もあり、俺も真実についてはお茶を濁さざるを得ない。

 

それはさておき、コイツは来年に中トレに入学する予定らしい。どこから漏れたのか知らんが、コイツともう一人のサトノダイヤモンドの才能が、またずば抜けているのだとか。東条も、来年のスカウトに向けて考えているトレーナーもいる、とか何とか話していた気がする。恐らく、二人をスカウトしよう等と考えているトレーナーがわんさかいる事だろう。…まだ入学出来るかも分からんのに考えるのも、トレーナーとしての職業病と言えるかもしれんな。

 

「…で?そっちは調子良いのか?何でも、来年トレセンに入るんだろう?」

 

「えっ?何で知ってるんですか?」

 

「お前とサトノダイヤモンド、世間じゃあ時の人だぞ。お前らの情報は、割と世間に出回ってる」

 

嘘っ!?等と言いながら慌てる辺り、内面はまだ成熟していないように見える。トレーナーになる際に、当然本格化について知識を付ける事になるのだが、本格化の弊害として主に挙げられるのは、心と体の不一致。簡単に言えば、身体は成熟に近くなっても、心まで成長する訳では無い、という事だ。人間を例に挙げるなら、思春期がソレに近しいだろうか。本格化の際、実は心身共に成長する。が、身体の成長より心の成長の方が、かなり遅い。この事について詳しく判明したのは、つい最近の事。研究機関曰く、未だ未発見な要素もあると踏んでおり、研究の余地は多いらしい。

 

先程の反応が、かつてコイツと初めて会った時の表情を彷彿とさせる。確かあん時、コイツに対して色々と言った気がするな。……思い出して思った事だが、あん時の俺、随分と歯の浮くような言葉ばっかり言ってたな。…少し、恥ずかしくなる。子どもに対してあんなに強く夢を説いてきたのかと考えるだけで、コイツの目の前から逃げてやりたいくらいには。…だが、外には看護師さんや警備員が控えている。俺が急に外に出たもんなら、間違いなく面倒な事になる。…くっそ、公開処刑にも程があるだろ。

 

「…一つ、聞きたいんだが」

 

「……?何ですか?」

 

「お前がトレセンに入ろうって決めた理由、もしかして……俺が要因か?」

 

ふと、気になった事を聞いてみる。先程俺が考えた事も相まって、そんな事が気になって仕方ない。「答え合わせをしよう」的な事を言った記憶がある為に、そんな事まで嫌な予感が過る始末。

 

そして、キタサンブラックから返ってきた答えは、俺の悪い予感の的を射たものとなる。

 

「はい!私の答えを聞いてもらって、私のトレーナーさんになってもらおうと思いました!」

 

「…………」

 

かつての俺を、あの時高らかにあんな事を言ってのけた俺を。心の底からぶん殴ってやりたいと思うのは、これまでの人生で今日が初めてだ。羞恥で死んじまいそうだ。…穴があったら、今ならゼッテェ入るわ。サイレンススズカ並みの速度で。

 

…つか、俺にトレーナーを?……あ、コイツ知らねぇのか。

 

「…なぁ。俺、トレーナー辞めるんだわ」

 

「…えぇぇ!?どうしてですか!!」

 

年相応の返答をどうも。どうしてと言われてもなぁ……まぁ、この人にトレーナーになってもらうって決めたのに、そのトレーナーが入学する年に引退するってなったら、こんな反応になるのか?生憎、そんな状況になる程の人望は持ち合わせてねぇからな。実例なんてあったもんじゃあない。

 

まぁ、別に機密事項とかじゃああるまいし。理由くらいは話してやるか。そう思い、俺は理由を今までの経緯諸共話した。するとどうだろうか、突然机をバン!!と叩いたではないか。

 

「そんな……じゃあトレーナーさんの夢は、どうなっちゃうんですか!?」

 

「どうも何も、はい叶いませんでした、で終わりだろ。事実、社会ってのは案外そんなモンだ。小説みてぇに都合の良いようにいくこったぁ、無いに等しいだろ」

 

「…トレーナーさんもトレーナーさんです!トレーナーさんを必要としている人達はどうするんですか!」

 

…逆に、俺にどうしろと言うんだ。そう言いたい気持ちを抑えに抑え、ギリギリのところで飲み込む。

 

確かにコイツの言う通り、俺がココでトレーナーを降りれば、俺を必要としているヤツの後押しは叶わず、俺の夢とは程遠い現状を産むことになる。……だがな。

 

「…だがな、それが出来る人間じゃあねぇんだ。あんなに打ちひしがれてしまって、それでも尚立ち上がれるような根性を、俺は持ち合わせてねぇ。あれから俺も考えたが、出来るならまた夢を見てぇさ。…でもな。脚が、身体が、心が。ソレにビビるんだよ。『辞めておけ』『もう一度あんな思いはしたくないんだ』って、俺に訴えるようにな」

 

「……トレーナーさん」

 

「……わりぃ。何か変な空気になっちまったな。もうそろそろ良い時間だろ、そろそろ帰る支度でもしな」

 

その言葉を放ち、俺は病室に戻る支度を始める。……が、キタサンブラックの一言が、俺の手を止めた。

 

「トレーナーさん!!私、待ってますから!」

 

 

 

──貴方なら、必ず戻ってくると信じてます!!だから──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…トレーナーさん、大分良くなったんだね」

 

「とか何とか言う割には、お前の方が元気ねぇじゃんかよ」

 

「……見ていられないんだ。目付きも口調も、色々変わってしまったトレーナーさんが」

 

今日二人目の面会者は、フジだった。…つか、人の事を「見ていられない」とか何とか言うとはな。フジにしちゃあ毒が強いこって。さり気なくバ鹿にしてんのか、拳骨お見舞いしたろか。

 

「これでもリハビリしてんだが?つか、見ていられないとまで言われるとはな」

 

「だって!そうだろう!?」

 

そう言って、言葉に怒気を孕ませる。いつものエンターテイナー的雰囲気はすっかり身を潜め、ソコにいるのは、ただ怒りをぶつける少女。普段見る事のないフジの声や表情に、俺ですら驚きを隠しきれない。普段からエンターテイナー的振る舞いをしているからこそ、こうして()()()()()()()()()()事がなかった。他ウマ娘は勿論の事、ブライアンや俺にも見せた事は無かった記憶しかない。

 

「私はさて置いて、ブライアンは死に物狂いでリハビリ兼練習を続けている!キミに夢を魅せるの一点張りで、本当は出来るかも分からない有馬制覇に向けて!そんな中で!キミがッ!前を見ないでどうするのさ!!今夢を手放して、キミは後悔の念は無いと言い切れるのかッ!!」

 

言いたい事を言い切ったのか、肩で息をするフジ。あれだけ強く言ったからか、息継ぎもどこか乱暴だ。…何故だろうか、アグネスタキオンとの面会を思い出すな。確かアイツも、似たような事を言っていた気がする。アイツらしくなかったから、俺の中で割と印象深かった。…俺が夢を失って、か。

 

「……なぁ、フジ」

 

「…………何だい」

 

とある事をフジに訊ねるべく、俺は話を切り出す。が、フジから返ってきたのは、素っ気ない返事。そして……少しだけ、冷ややかな目線。「今の貴方は、私の尊敬するトレーナーさんじゃない」とでも言いたそうにしながら。

 

「……どうしたら、良かったんだろうな」

 

言った。遂に。今まで誰にも見せなかった弱気な考え。何度か零れそうになったこの言葉、その都度飲み込んできた、この言葉。入院して永い間考え続けて、唯一答えが出なかったこの疑問。この問いの答えを探す為に、何回の夜を消耗した事か。何度、答えを出す事を放棄した事か。

 

…俺は、ずっと知りたかった。この問いの答えを。夢を見たあの時から間違っていたのか、はたまた俺のトレーナー人生の中にミスがあったのか。……俺の何が、間違っていたのか。

 

「…………分からないよ」

 

…嗚呼、やっぱりそうか。俺以外に、答えは出せないか。俺が答えを出せないなら、もう詰みなのか。その思いと同時に、やるせなさが心に雪崩れ込んでくる。俺の心は、もう晴れn

 

 

 

──でも。前は向けるでしょ?

 

 

 

フジが放った、何気ない一言。ありきたりなその言葉が、俺には輝いて見えた。呆けている俺を他所に、フジは言葉を続ける。

 

「トレーナーさんがどんな気持ちなのかは分からないし、どこで間違えたかは分からないよ。…でも、前に進まないといけないんだよ、私達は。色々な事があって、時には立ち止まりたくなる事もある。…私もそうだよ」

 

ここまで言って、一息入れるフジ。俺は、未だ固まっている事しか出来ない。

 

「でも、でもね。奔らなきゃいけないんだ。時にはゆっくり歩いて、時には止まって。…でも、進む事を放棄するのはダメ。ソレを教えてくれたのは、トレーナーさんでしょ?夢を叶えるなら、止まる事は考えるな。そう言ってくれたでしょ?」

 

──そうだった。

 

まさか、昔の俺の言葉が、俺の心に響く事になるとはな。でも、言葉にはフジの思いも乗っていた。…心が、晴れていく気がする。まだもどかしさが残るのは事実だが、俺の心にスッと染みていくのが分かる。

 

「……なぁ、フジ」

 

「……何?トレーナーさん」

 

 

 

──また、見つかるかな。俺の、夢。

 

 

 

その時窓に見えた快晴の空に、どこか懐かしさを感じた。

 




はい、いかがだったでしょうか。

今回にて、面会回は一区切りです。次回は、夢の舞台が幕を開けます。レースの細かい描写が書けるかが心配ですが、頑張ります。

皆のオモイを乗せて、彼女達は走る。その走りが、また誰かに夢を魅せる。

では、ご精読ありがとうございました。


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アンタに、夢を魅せる為に

どうも、Cross Alcannaです。

今回が、一番私が懸命に書いた作品になるかと思います(どれも懸命に書いてはいますが)。何分レースの描写が難しいので、それも相まって時間がかかるものでして。かけた時間以上の作品に仕上げたつもりですので、是非見ていって下さい。

では、どうぞ。



[中トレ 理事長室]

 

「…理事長、たづなさん。只今戻りました」

 

「祝福ッ!よく戻ってきてくれた!…相変わらず、トレーナーは続けないのか?」

 

「…どうでしょう。今日の有馬次第…ですかね」

 

あれから月日が少し経ち、俺は無事に退院するまで症状を回復させる事が出来た。担当医曰く、「精神疾患がここまで早く治るとは……中々無い経験をしましたよ」らしい。…気のせいか、あん時の俺を見る目が少しだけ興味に塗れていた気がする。…アグネスタキオンじゃあないだけ、まだ安心する余地はあるが。

 

「…今日の有馬、角田トレーナーは誰が勝利すると思ってますか?」

 

「……さぁ、分かったものじゃあないですね。レースには絶対はありませんし。…本来なら、ブライアンが勝つと言うのが正解なんでしょうがね」

 

不安そうなたづなさんの問いに対し、俺はブライアンのトレーナーらしからぬ返答しか出来なかった。トレーナーを降りる気でいる事を強く実感するし、客観的な目線で判断している事も、ソレを助長するようにも感じる。…酷く、冷めきったモンだ。少し前までの俺なら、「ブライアンが勝ちますよ。僕が信じないで、どうするんだって話ですからね」とか言ってる…ような気がする。そんな予想が的を射ているような感じがし、口角が緩む。

 

「…ただ、本音を言うなら。勝って欲しいですよ、ブライアンには。花を飾るのに、有馬は最高の舞台ですからね」

 

…勝って欲しいと。そんな本音を、どこか虚ろそうに呟いてしまう。……まだ、夢を見る事に期待しているのだろうか。それとも、思い入れのあるウマ娘であるからなのか。

 

……いいや。そんな択、どちらが正解かなんて分かり切っている。ただ、そんな幻想から目を逸らしたがっているだけ。甘い気持ちに、蓋をしているだけ。本当はどう思っているかなんて、とっくの昔に気付いていた。

 

 

 

──夢を、魅せてくれ。ブライアン──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[中山競バ場 控室]

 

「…緊張してるね、ブライアン」

 

「そんな事は無い。……と、いつもなら言うが。今日ばかりは違うみたいだ」

 

もうすぐレースが始まろうとしている中、控室に来たフジと話をしていた。いつもなら「強い奴等と闘いたい」「レースはまだか」等と考えている自分も、今日は緊張が身体を支配していた。今まで、数多くのG1レースを走ってきて、勝利を重ねてきた。しかし、今日のレースは、今までのどのレースとも訳が違う。G1である事以上に、トレーナーの人生を決める、そんな意味合いがあり得るのだ。レースの観客である野次ウマが、私達の走りを見て夢を持つ事はしばしばある。が、今回はそんなレベルの話ではない。トレーナーの……私の、大切なアイツのこれからを決める可能性がある。

 

これがもし、私が大人に近い年頃だったなら。恐らく、今程までには戦々恐々とはしないだろう。ある程度の覚悟は出来る。だが、今の私は学生の身。そしてトレーナーは、親しい上に恩もある間柄だ。私の今日の走りが、アイツの全てを決めるかもしれない。アイツを取り巻く環境を変化させるかもしれない。…そう考えるだけで、今以上に震えが止まらなくなる。そして、心が弱気になっていく。

 

「ブライアン。そんなにガチガチじゃあ、いつも通りの走りは出来ないんじゃないの?」

 

「……分かってる。…だが、考えも、震えも、止まらないんだ」

 

いつもなら何だかんだ誤魔化してやり過ごすが、今日に限ってそんな余裕は何処へやら。誤魔化すどころか、フジに本心を打ち明けていた。……余程、余裕がないのか。

 

 

 

──らしくねぇな、ブライアン。

 

 

 

そんな今までの思考を止めたその一言は、私達がよく聞いたヤツの声だった。…観客席にいるとばかり、思っていた。

 

「いつものお前はどこ行った?シャドーロールの怪物の名が泣くぞ」

 

私の心情なぞ知らん、と言うかのようにそんな言葉を放る。今までのトレーナーからは、想像も出来ない事だった。フジが何か言おうとしているが、それを気にも留めず、トレーナーは続ける。

 

 

 

──俺に夢を魅せるんだろう、他に余計な事考える暇は無い筈だ。

 

 

 

──その言葉を聞いて…私は、肩の力が抜けた。心が、軽くなった。

 

…そうだ、私は色々考えると、レースに支障をきたすんだったな。トレーナーの所で鍛錬を重ねるようになって、最初に言われた事だったと、今ふと思い出す。

 

「名立たる強豪が揃っている。勝つ事は叶わない事だってある。()()、お前が走る目的を考え続けていりゃあ、気付いた時には考える暇も無いだろうよ」

 

ぶっきらぼうに、けれど、どこか優しい声色で。アイツが言った最後の一言。……やはり、トレーナーだ。性格や口調は変われど、絶望に打ちひしがれど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。…私が、私の走りが、フジや私、アイツの全てを変えるだろう。

 

()()()()()。私は勝つ。アイツに、もう一度。私達のトレーナーに戻ってもらう為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[中山競馬場 レース場]

 

「さぁ!待ちに待ったトゥインクルシリーズの大勝負、有馬記念です!名立たる強豪を制し、有馬の冠を戴冠するのは誰か!」

 

実況の声がする。もう、レースが始まる。運命の一戦が、始まる。

 

ふと、周りを見渡す。当然だが、共に走るウマ娘は強豪揃い。ミホノブルボンやメジロマックイーンのレコードを阻止する程の実力者、ライスシャワー。成功すれば誰も背中に届かないとまで言われている、ツインターボ。女傑とまで謳われる好戦者、ヒシアマゾン。様々な激戦で3着に食い込む強者、ナイスネイチャ。

 

……そして、参戦するとの予想もなかった、私のライバル。変幻自在の走りをし、その脚は有限を知らず。

 

 

 

──マヤノトップガン。

 

 

 

この有馬は間違いなく、年末の大勝負と言って差し支えないだろう。きっと、大熱戦になるだろう。その証拠に、見渡すウマ娘全員の眼に、闘志が宿っている。この有馬に、どんな想いを込めているのだろうか。

 

……だが、負けられないのは私も同じだ。…いや、私が一番、負けられない理由を持っている。

 

「ブライアンさん、今日はマヤが勝つからね!」

 

……ふっ、言ってろ。

 

 

 

──今日は、絶対に勝利を譲らん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いよいよ出走の準備が開始されます。各ウマ娘がゲートインに移っています。今日の優勝候補は誰でしょうか?」

 

「全員が実力者ですから、誰が優勝してもおかしくありませんね。観客の熱気にウマ娘達の気迫、まるでドリームトロフィーリーグなのではないかと、錯覚してしまいますね」

 

トゥインクルシリーズのレースでありながら、熱気や気迫はドリームリーグのソレだ。俺も何度か観戦に行った事があるが、ソレに迫るモノを感じる。熱気や気迫に押され、少し身を引いてしまいそうな程には。

 

ブライアンに言った通り、この有馬には多くの名バが出走する。その証拠に、あのライスシャワーやヒシアマゾン、ナイスネイチャ。…予想外ではあったが、ブライアンのライバルでもあるマヤノトップガンまでもが出走している。このメンツを見ただけでは、本当にドリームリーグなのではないかと思えてくる。

 

横にはフジがいるが、フジも会場の雰囲気にたじろいでいる。レース開始を、固唾を飲んで待っている。…出走する訳でもないのに額から汗が流れる程、ウマ娘にとってもイレギュラーな雰囲気なのだ。かく言う俺も、かつての性格であれば、この会場の雰囲気に押され、心臓が高鳴っていただろう。

 

「さぁ、全ウマ娘のゲートインが完了しました!ウマ娘も観客も、スタートの合図を待っています!」

 

実況の声だけが響く。何故だか、この静寂が無限の如く感じた。いつもはすぐに開始されると思っていたが、この時間だけ、永く感じる。…皆、同じように思っているのだろうか。

 

そう、考えていた時だった。

 

 

 

──ガコン!!

 

 

 

「さぁ、スタート!各ウマ娘、揃って綺麗なスタートです!!」

 

有馬は、始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レース序盤ですが、ツインターボが他ウマ娘を置き去りに!」

 

「ツインターボの大逃げですね。このままスタミナが切れずに行けば良いのですが」

 

疾い、そう思った。いつものように中盤以降に失速しなければ、誰もが追い付けないであろうその走りが、今日はより一層怖く感じる。……いや、考えるな。アイツは失速する。失速しなかったら、()()()()()()()()()()()()、それだけだ。今は、勝てる要素だけを見出せ。

 

「今回のレース展開、気になるのはマヤノトップガンでしょうか?」

 

「普段は前の方に陣取る彼女ですが、今回は後方集団に紛れています。差しの作戦を取っているのでしょうか」

 

…他のヤツらはいつも通りの位置にいる。しかし、不気味なのはマヤノだ。差しの位置にいる。変幻自在なのは事実だが、逃げと先行以外の走りは見ない。……周りに余計な思考をさせる作戦か?正直、ツインターボ以上に不安要素だ。…唯一分かるのは、周りの差しウマよりも早く仕掛けに来るだろう、という事のみ。アイツは元々、先頭でのレース展開が得意だ。だから、後半は先頭に居続ける気だろう。…なら、こっちにも手がある。今はまだ、耐えろ。

 

「さぁ!そろそろ第二コーナーに差し掛かります!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「第二コーナーに入り、先頭は変わっていません!依然ツインターボがリードしています!」

 

……少し、奇妙に見えるレースだ。ブライアンもマヤノトップガンも、正統派な手段で攻める気が無い。マヤノの作戦は概ね分かるが、問題はブライアンだ。マヤノの差しが早く始まれば、いくらブライアンであれど追い付くのに苦労するだろう。ましてや、万全でない脚だ。…もしかして、マヤノはそこを狙ってるのか?あり得るな。

 

文字通り、本気なのだろう。ただ応援するだけの観客には推測しきれない心理戦が、開始した瞬間……いや、レース日以前から始まっていたのだ。つくづく、この世界の泥臭さを知らされる。…まぁ、ソレが印象深く残ったからこそ、ここにいるんだろうが。

 

「……トレーナーさん。ブライアン、勝てるかな」

 

レース展開を見て不安に感じたのか、俺にそう尋ねるフジ。…お前が信じてやらんでどうする、とは言わないでおく。俺が言えるのは、ただ一言だけ。

 

 

 

──俺らに出来る事は、見届ける事だ。

 

 

 

そう言った瞬間、誰もが予想しなかった展開が起こる。

 

 

 

 

 

──おっと!?第二コーナーも通過したところで、ナリタブライアンが上がって来た!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここだ。第二コーナーを通過した瞬間、そう思った。こんな場面では、誰も追い上げる奴はいない。…だが、今回は()()()()()()()。恐らく、周りは少なからず私に対して油断している。だから、こう思うだろう。「今まで程の上がりはしないだろう」「マヤノトップガンの作戦の方に集中しないと」と。このレースが少し経過した事で、私の優先順位が下がった。だからこそ出来る作戦だ。

 

…だが、これは賭けだ。その場で判断した事である以上、失敗に終わる事もあるだろうし、スタミナが切れる可能性だって、ゼロじゃない。()()、そんな要素はどうだっていい。私は、舐められている事に、苛立ちを覚えた。何故お前らだけで盛り上がっているのか、私の走りを、軽くあしらうなと、心が叫んでいる。だから、ここなんだ。一番勝てる可能性が高いし、これがレースだ。私の人生の断片が、ただの典型的な展開のレースでたまるものか。

 

──見ろ。これが、レースの在り方だ。

 

 

 

 

 

「…は?」

 

思わず、そんな声が漏れた。アイツ、正気なのか?いつものブライアンは、後半にスパートを掛けて、先頭に食らいつくというスタイルだ。だが、今俺の眼に……いや、中山の観客全ての眼に映るブライアンの走りは、そんな定石のソレではなかった。その姿は、かの黄金の浮沈艦を彷彿とさせる。…いや、それ以上にスピードを上げている点では、全く別物だろうか。

 

「ブライアン!?そんな走りをしたら……!?」

 

横のフジが、その姿を見て声を荒げる。そりゃそうだ。何せ、あの走りは体調が万全なウマ娘ですら行う事を躊躇う戦法だ。下手をすれば、故障を起こしかねない程に危険極まりないのは、この世界に身を置いている者ならばすぐに分かるだろう。

 

…だが、不思議な事に。俺はその走りを止めろ、とは思えなかったし、声に出そうとも思わなかった。何故か、色鮮やかに見えた。

 

段々と鮮明になる記憶と世界。あの時に見た、有馬のレース。ブライアンとフジと共に走った記憶。…関わった、他のヤツらとの記憶。…俺が、抱いた夢。

 

ソレらを夢想しているうちに、夢の一時は、終わりを迎えようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ!最終コーナーを通過しようとしています!先頭はナリタブライアン!!他のウマ娘が必死に食らいつこうとしていますが、その背中に届くのか!?」

 

後ろの状況が気になって仕方ない程、私は今不安に駆られている。レース中に後ろを確認して状況把握を図る奴はたまにいるが、今ソレは出来そうにない。その一瞬を突かれて追い抜かれる事だけは避けたい。それに、そんな事が出来る程、私の心理状態に余裕はない。賭けのような作戦に出た事もあるが、この走りは一瞬の隙を生む事すら許されない闘いだ。気が狂ってでも、そんな真似はしてたまるか。

 

「最終コーナーを抜けて最後の直線!中山の直線は短いぞ!!」

 

気配で分かる。大差に近いリードだ。ここまでの差が生まれれば、私が気でも緩めない限り覆る事はそうそうない。だが、気を緩める事はしない。勝負に気を抜く事は私のレースに対する姿勢に反するし、気を緩ませる事すら許されない空気の中。嫌でも緊張が高まる。

 

中山の直線は短いが、この直線は、無限に続いているようにも感じた。走っても奔っても、ゴールにたどり着くのか?そんな気さえ、起きてしまう。

 

「ナリタブライアン!セーフティーリードです!!ここから追い抜くのは厳しいか!!」

 

今までのどのレースよりも、楽しい。渇き云々と言っていた自分はそこにおらず、ただレースを楽しみ、勝利を望む一人のウマ娘がいるだけだ。

 

……嗚呼、潤った。私が求めていたレースは、コレだったのか。極限に高まる緊張感、負けられないという状況。そして……勝つに相応しい猛者。アイツと求め続けた潤いは、アイツの夢を蘇らせるレースで潤った。

 

 

 

──せめて歩く事を勧めるよ。止まっていたら、強いウマ娘達とは闘えないだろうからさ。

 

 

 

ふと、アイツの言葉を思い出す。アイツが私の担当になった時の言葉。渇きに翻弄されていた私を、その一言が掬い上げてくれた。その言葉通りに歩を進め続けた結果が、こんな結末だとは。…誰が、予想出来たか。

 

……なぁ、トレーナー。私の走りは、アンタの胸に響いたか?アンタの夢を回帰させるに十分だったか?

 

 

──そうであったなら、私は嬉しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──色が、夢が、広がった。

 

 

 

セーフティーリードが云々と、実況が言っていた気がするが、そんな事はすぐさま頭の中を抜けていった。今までの抽象的な油絵のような景色が、かつての色鮮やかな世界になった。同時に、かつてのレースの情景、抱いた夢が、フッと蘇る。あの時香った芝の匂いが、またした気がした。

 

観客の応援すらも、俺の耳には入らず、さながら俺だけの世界に放り出された感覚になる。その景色を見続けようとばかりに、目を閉じる事もしないままに。

 

……嗚呼、思い出した。俺の、誰かを後押ししたいという、抽象的な夢が。そんな夢を夢想した、あの頃の小さな少年の姿が。

 

…もう一度、やり直してみても良いのだろうか。散々批判を浴び、殺したいと思われるトレーナーであった自分が、また夢を見て、誰かの夢を後押ししても、良いのだろうか。

 

 

 

──妹は大丈夫だ!!一着ナリタブライアン!屈腱炎を乗り越え、今!!有馬を制覇しました!!これが!シャドーロールの怪物だ!!

 

 

 

……嗚呼、思ってしまった。()()()()()()()()()()()()()

 




はい、いかがだったでしょうか。

かなりの期間空いてしまった事、お詫びします。私生活が忙しかったのもありますが、何よりレースの描写に苦戦したのが大きいです。あの名実況を参考にしたり、史実のナリタブライアンの有馬を勉強したりと、大変でした(レース展開は史実通りではないですが)。もう少しで最終回な雰囲気ですが、まだ続きます。

では、ご精読ありがとうございました。


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Re:StarT

どうも、Cross Alcannaです。

急な話ですが、今話をもってこの小説を完結とします。この後も続きはあるのですが、別シリーズの開始を検討しようと考えております故、一旦の区切りとします。新シリーズの投稿はしないとなりました時は、この小説の続きを投稿します。

再度申し上げますが、急な方針転換、誠に申し訳ありません。

では、どうぞ。



「…おい」

 

「……おめでとう、ブライアン」

 

レースが終わって少しの隙間時間。その時間を逃したら、もうコイツと顔を合わせられなくなりそうに感じた。…トレーナーに戻りたくないと言って、このレース場を去る可能性が、怖かった。が、その予想は杞憂に終わり、トレーナーは私の事を待っていた。……()()()()()()()()()()()()()。そんなトレーナーの顔には、偽りのない緩んだ表情が浮かんでいる。私のレースを見て、どう感じたのだろうか。怖いが、気になる。好奇心が勝るとは、まさしくこのような状況なのだろうか。

 

「…アンタの憑き物は、取れたのか?」

 

「……正直、まだ悩んでいる所だ。確かに、お前の走りに、夢を魅せられた。あの頃の心を、少しだけ思い出せた。……ただ、どうしても躊躇していてな。あんな事もあったからか、どうも戻る事に酷い抵抗がある。戻ろうかと考えている時、俺の身体は無意識に震えている。頭も少しばかり痛くなる。…あと一歩が、どうにも踏み出せそうにない」

 

トレーナーの言葉には、形容し難い重さがあった。…死力を尽くして例えるなら、プレッシャーに近いモノ、だろうか。トレーナーも、フジも。…そして、私も。ソレを体験している。トレーナーは知っているか分からないが、私達が怪我を負った時、私達宛てに直接批判の声や手紙などが宛てられた。アレが、私達の心に全くの影響を及ぼさないかと言われれば、首を横に振る他ない。私達は学園の中でも、精神的には成熟しているように見られるかもしれないが、そんな事は無い。人間でいう思春期に相当する時期の学生である私達は、心の不安定さは相当だ。心無い批判の声は、心にクる。

 

…だからこそ、私は何も言えなかった。その痛みを、知っているから。

 

「…アンタは、夢を見れたんだろう?」

 

「…あぁ、それは間違いない。アレから、視界も良好になったしな。世界って、こんなに色があったんだな」

 

目の前の男の表情は、さながら何かを初めて見た少年のようなソレだった。大人相手にこんな事を思うのもどうかと思うが、愛しく感じてしまう。

 

「…私とフジは、もう一度戻ってきて欲しいと思ってる。リギルで過ごして、ソレを強く痛感した」

 

トレーナーが療養すると決まり、私達はトレーナーのツテでリギルに一時的に転属する事になった。確かに、トレーニングの質や実績、その他の点で優れているのは分かった。…が、私はリギルで過ごす毎日に、言いようにない違和感を覚えていた。…要は、そうじゃない、ってヤツだった。

 

……少し前までの私は、友情や心がレースに強い影響を及ぼすとは思っていなかった。だが、トレーナーがいなくなって。リギルで過ごして。ソレが意味あるモノだと知った。アンタが、私達に必要だと知った。……アンタがいないレース人生など、想像も出来ない程には。

 

「…私達には、アンタが必要だ。人の生き方を縛る事には随分悩んだ。…でも、それでもアンタには私達のトレーナーでいて欲しいと思った」

 

「私もブライアンと同じ気持ちだよ、トレーナーさん」

 

「……フジ」

 

トレーナーの奥からやってきて私の意見に便乗したフジ。その眼はいつもの様子とは違い、真剣そのものと言わんばかりのモノだった。

 

「私も、リギルで過ごしているうちに、トレーナーさんがどれだけ私達に影響してたかを知ったよ。…依存されてるって言われようが構わない。私は、アナタがトレーナーであって欲しい」

 

いつになく、真面目なフジ。その雰囲気にのまれそうな程に。…かかっているのか?だとしたら、構えておかないとならないが。

 

 

 

──角田さん!!

 

 

 

突如、誰かの声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「角田さん!やっぱり納得できないです!」

 

息を切らしながらそう俺に訴えるのは、キタサンブラックだった。…ここに来ていたのか。というか、関係者以外立ち入り禁止だった気がするが……まさか、理事長か?たづなさん…ではないか。

 

というより、キタサンブラックも色々なレースを観に来るのか。当たり前と言えばそうなのだが、俺の中ではトウカイテイオーのレースしか観ないようなイメージしかなかったのだが、偏見だったか。本気で俺の担当バになる気なのかと、その姿勢から思い知らされる。眼も真剣だ。……俺を捕らえて離さないような雰囲気も出ているのが、少しばかり怖い所だが。

 

「……一応聞くが、ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ」

 

「やよいさん?に許可してもらいました!」

 

やっぱり来てたのか……そして許可したのか、あの人。後で文句でも言いに行った方が良いだろうか。そんな思考を吹き飛ばさんとする勢いで、目の前の彼女は言葉を乱雑に放つ。

 

「あの時約束したじゃないですか!角田さんに答え合わせをしてもらいたくて!角田さんに私のトレーナーになってもらいたくて!ここまで頑張ってきたんです!それなのに……」

 

気迫ある言葉と表情は、時が経つにつれて消沈していく。あれ程鬼気迫っていた瞳は下を向き、どうしようも無くなった両手は、衣服をギュッと握っている。…皺でも出来んばかりに。

 

 

 

──トレーナーを降りるですって!?そんなの、この私達が許さないわ!

 

 

 

……おいおい、理事長。そろそろ本気で怒るぞ?どうしてまた、俺に関わりのある奴ばかり呼んで……

 

「私だって、君がいないとつまらない。君程論理的な人間を知らない以上、君がいなくなるのは困る」

 

…アグネスタキオンまで。お前が一番、ここに来ないイメージだったんだが。

 

「お、お兄様!ライスも……お兄様がいなくなるのは寂しいよ…」

 

……ライスシャワー。

 

「貴方が足掻く事を教えてくれたのでしょう!そんな貴方が!周りのせいで諦めてどうするの!!」

 

…キングヘイロー。

 

「……トレーナーさん。貴方は、こんなに慕われているんだよ。これだけ多くのウマ娘に。…多くの人に」

 

嫉妬しちゃうけど、と追加するフジ。そう言う彼女の表情は、大層穏やかな面持ちだった。さながら、子を見守る親のソレだったろう。…少しばかり、母さんを思い出してしまった。

 

「…アンタしかいないんだ。アンタが……私の隣にいないレース人生なんて、私はもう考えられない。それは、ここにいる奴等もきっとそうだ」

 

ブライアンの言葉に、全員が力強く頷く。そうだ、と言わんばかりに。

 

「……もう一度、夢を見ても……許されるのか…………?」

 

あの時を、想起する。ネットでは罵詈雑言が飛び交い、非難の電話や手紙が届き、挙句の果てには刺突される始末。そんな自分が夢を見、もう一度ターフの上で夢を見る事等、赦されないのではないかと。何度思った事か。何度葛藤した事か。……何度、ソレを想っていたか。

 

…すっかり臆病に成り果てた俺は、その罵詈雑言に恐怖した。その視線に恐怖した。…自身の非力さに、悲嘆した。己の手の大きさとは裏腹に、頼り甲斐の欠片も感じなかった。こんな青春真っ盛りの大事な命を、その花道を、背負えるだけの覚悟は…あの時に置き去りにしたままだった。……ソレを、今更拾いに行く事が、赦されるのだろうか。

 

「…お兄様」

 

思想の連鎖を断ち切ったのは、ライスシャワーの一言だった。…俺は、その時投げかけられた言葉を、一生涯忘れる事は出来ないだろう。

 

 

 

──夢を見るのは、誰にでも出来る事…だよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──ハッと、頭の中の霧が晴れたようだった。

 

かつての自分がライスシャワーにかけた言葉。ソレは、夢を叶える覚悟について伝える旨のモノだった。何気なく、放っていた言葉だった。そんな言葉に、こうも救われる事になろうとは。…少し、情けないように感じるな。

 

「…トレーナーさん!?」

 

思わず、涙が溢れる。普段なら人前では泣く事などまずもって無いが、今はどうにも抑えられそうに無い。決壊したダムが如く、勝手に流れ出るソレ。そんな俺を見て、慌てふためいている者もいれば、驚いて動けていない者も。

 

……あぁ、こんな筈じゃあなかったのになぁ。もっと、未練なくこの世界の舞台を降りる筈だったのに。URAとの関係を断ち切って、新しい自分として暮らしていこうと思っていたのに。……蓋を開けたら、担当や関わってきたウマ娘に励まされて、ここまで涙を流す程には、未練タラタラだった。

 

…俺は、待っていたんだろうな。誰かがこうして、俺を励ましてくれる事を。俺をもう一度うURAに引き上げてくれる事を。

 

 

 

──俺を赦してくれる、誰かを──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「祝福ッ!チームトレーナー就任、大変喜ばしく思う!」

 

「一時期はどうなるかと思いましたけど、無事に戻ってきて下さって、安心してます」

 

「…その節は、迷惑を掛けました」

 

某日、理事長室にて。あの一悶着から月日は経ち、俺はある報告をしに理事長室に来ていた。

 

…そう、俺はチームを立ち上げる事にした。チームメンバーは、(今の所属は)四名。フジキセキ、ナリタブライアン、アグネスタキオン、キングヘイローである。ライスシャワーはトゥインクルシリーズを走り切ってから、俺のチームに移籍するとの事。キタサンブラックは来年入学する時にチームに入るらしい。

 

一応俺のチームは、俺かチームメンバーの推薦の下で試験をするといった、少々変わった制度を取る事にした。タキオンからの提案だったのだが…何でも、「無暗に入部を受け入れていては、トレーナー君の負担が増えかねないだろう?」らしい。まぁ、いきなり六人を担当として持つのは負担になるだろうし、理にかなっていたので、採用した次第だ。一応、入部条件を緩和するのかしないのか、緩和するにしても、いつのタイミングで緩和するのかについては、未だ議論中。

 

チームトレーナーになって、今報告に来ているのだが、練習自体はもう始めている。キングの適性や課題、トレーニング内容も決めた。タキオンのスケジュールとトレーニングの折り合いも決着がついている。結成当初は、割と個性派揃いの面々だった事もあり、本当に上手く回るのかと懸念していたが、始まってみればその懸念は、自然と杞憂に終わっていた。…嬉しい誤算ではあるのだが、少々驚きを隠せなかったのも、また事実。

 

「慰労ッ!これから忙しくなる時期だ!今日は早めに切り上げると良い!」

 

「是非、沖野さんや東条さんにも伝えてあげて下さいね」

 

「…お気遣い、痛み入ります」

 

報告を終え、俺は理事長室を後にする。向かう先はリギルとスピカが練習してるであろう練習場。そこに向かって歩を進める事にした。

 

 

 

俺がチームを結成した事はまだ公になっておらず、公表ももう少し先になる。…が、理事長に頼み込んで、仲の良い奴に自身から公表しても良いとされた。本当に、あの二人には頭が上がらないものだ。…今度、何かお詫びでも持っていった方が良いだろうか。

 

……それはさておき、アイツらにも多くの迷惑と心配をかけた。沖野も東条も中々個性派だが、俺に関しては当初も今も、クセの強い人間だ。そんな同期を見捨てずにここまで気にかけてくれた事には、感謝しかない。…それと同時に、少し驚いているのだが。

 

チーム結成が公になっていない今では、俺は今まで通りブライアンとフジのトレーナーという扱いになっている。…事情を知らないのもあるが、時折「チームを持てば良いのに」等と先輩後輩関係なしに言われる事が増えてきた。…どうしてだろうか。チームを持てと言われる事に直結する業績なんて収めていないと思うのだが。

 

「あっ…お兄様!」

 

「…ん、ライスか」

 

廊下を歩いていると、ライスとばったり会った。教科書を抱えているところを見る辺り、図書館で勉強をするのだろうか。時間は終業を超えているので、移動教室ではないのは確かだが。

 

あれからライスのレース成績は伸びているらしく、白星を挙げているとの事。そのおかげか、最近では前以上に非難の声もすっかり身を潜めていた。今では非難の声を捜す方が難しい、等と報道される程に落ち着いていた。俺の話題も相乗したのだろうか。…なかなかどうして、皮肉なものだ。

 

ライスとそのトレーナーが移籍について話し合いをした時、アイツはまさかの快諾。(何故か知らんが)その現場に居合わせていた俺とライスは、その当時開いた口が塞がらなかった事を、今でも昨日の事のように覚えている。かなり衝撃的だった。かなり渋るものだとばかり思っていたから。アイツ曰く、「アンタといたいって言うなら、私は何も言わないよ。ライスがそうしたいなら、それで良いのよ」との事。ライスの事を第一に考えていると強く認識したものの、アイツはこれからどうするのか等、心配の種が尽きそうにない。

 

「ライス、この前のレースもちゃんと勝ったよ!」

 

「…あぁ、見ていた。頑張ったな」

 

勝ったと報告するその姿は、まるで学校であった事を一つ一つ報告する小学一年生のようだった。…親の気持ちが、一早く理解できたような気がする。

 

勿論、勝利を重ねた事も嬉しい。…が、俺はそれ以上に()()()()()()()()()()()()()()事に、嬉しく思う。かつては周りの非難の声も相まって、自分が勝利して良かったのかと考えていたらしく、アイツにもよく相談されていた。その度に怒りを覚えていた記憶がある。俺がライスに喝を入れて半年も経つとライスの実力が顕著になり、非難の声は歓喜の声に変わっていた。ソレをアイツから聞いた時、安心したものだ。

 

「まだ気を抜くなよ、URAファイナルも先に控えているんだろう?」

 

「うん!…お兄様も、来てくれる?」

 

「予定がどうなるかが分からんが、余程の事が無い限り行くさ」

 

「……!ライス、頑張るね!!」

 

表情が一層元気さを帯びたところで、俺達は別れる。レース場に向かうべく、歩を進めねば。

 

 

 

「テイオー!今のカーブの曲がり方は無理矢理過ぎる!いくら脚の融通が利きやすいからって、そんなやり方を続けるな!!」

 

今の時間は…スピカの練習時間だったか。リギルはトレーナー室にいるのだろう。レース場では、沖野が直々に檄を入れてコーチングしていた。注意されていたトウカイテイオーを見やる。…確かに、無理な曲がり方だ。トウカイテイオーだからこそ形を大して崩さず曲がり切れているが、あれでは余計な脚への負担が加算されるだろうな。…と言っても、傍から見ればごく僅かな見てくれの違いしかなく、ソレをそつなく見破るアイツは、やはり天性の観察眼と洞察力だ。敵ながら天晴れ、とでも言ったものか。

 

「順調そうじゃあないか」

 

「!角田!」

 

声を張っているので、少し大きめの声量で声をかける。その声に気付いた沖野は、俺と同じく大きくした声で返事を返す。…相ッ変わらずのオーバーリアクションだ事で。

 

「わざわざ俺のところに来るなんて珍しいな?何か急用でもあるのか?」

 

「急用って程じゃあない。…そうだな、報告する事が出来た、ってところだな」

 

「……報告?」

 

…もう、かつての俺はいない。だが、夢を見る俺は、ここにいる。これからの俺の道は、茨の道だろう。数多の罵倒や嫉妬、醜い執念に包囲されるかもしれない。また多くの挫折を味わう事になるだろう。……でも、それでも。()()()()()()()()()()んだ。もう、後には退かねぇ。

 

 

 

──俺のチームに、勝って見せろよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後のURAで語られた話の一つに、こんなものがある。

 

 

 

そのチームは、最凶だった。皆が皆、恐れを知らない。勝利を信じてやまない。ゴールした時のその速さは、文字通りの異次元だった。皇帝でさえ、最速の機能美でさえ、帝王でさえ、敵う事はなかったと言われる。その者らがターフを踏む時、既に勝敗は決しているのだ。

 

そのチームのトレーナーは、努力家だった。天性のナニカを持ち合わせた訳でもなく、特別良い境遇下にいた訳でもない。ただ、努力を続けた。常人であれば血反吐を、弱音を吐くであろう努力を、してみせた。かつての批判を抹消する勢いで、努力と勝利を重ねた。人は彼を、()()()()()()()と呼ぶ。その姿に、かつての弱気な雰囲気は無く、荒波などに打ちひしがれる気配などは微塵もない。

 

「超えてみせろ」と、「譲れないモノがあるならば、立ち上がれ」と、「知れ、現実はお伽話の様に、蜜の様に甘い事は無いと」と、彼は言った。事実、ターフでは一人の勝者と、数多の敗者が生まれる。

 

その事実から目を逸らす者に勝利は無いと、彼は言う。夢を見るならば、それ以上の現実を眼にするのだ。

 

 

 

──そのチームの名は、ゲンマ。かつて欠けた器の名を冠して。彼らは今日も、ターフを支配する。

 




はい、いかがだったでしょうか。

色々と詰め込んだ結果、今まで以上に長くなってしまいました。個人的には、もっと綺麗に収まる予定だったのですが。次回この小説を投稿する際は、新章に突入します。チーム編、とでも言えば良いのでしょうか。絶対的な王者の、成り上がりの物語。お楽しみに。次回の投稿の際、お知らせをする予定はありませんので、悪しからず。

では、ご精読ありがとうございました。


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