どうやら俺はたくさんの世界に転生するらしい【完結】 (夜紫希)
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どうやら俺の物語はここから始まるらしい
プロローグ


気軽に読んでください


「ほ、本当か!?」

 

 

「あぁ、さっき伝言を頼まれてね」

 

 

「よっしゃあああァァ!ちょっと行ってくる!」

 

 

「ごゆっくり~」

 

 

ふははは!!俺の時代が来たぞー!

 

今日で【彼女居ない暦=年齢】の称号を捨てる時が!

 

俺は廊下を走り抜ける。途中で先生が何か叫んでいたが俺は無視した。

 

無理だ。今の俺には何も聞こえない。それほど、俺は興奮していた。

 

 

「うおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 

テンションはMAX。明日は筋肉痛になるだろうなぁ、こんなに走ったら。

 

そんなことを気にしながら、階段を一気にかけ降り、自分のくつ箱に向かう。

 

上履きからスニーカーに履き替えた後、体育館の裏へと走っていった。

 

 

(もうすぐだ!)

 

 

高鳴る胸の鼓動を抑えながら走る。

 

俺は友人に教えてもらった待ち合わせ場所の体育館の裏にある体育倉庫に向かった。

 

 

 

 

そして、そこで俺の身に危険が迫っているのも知らずに……。

 

________________________________________________________

 

 

 

「誰も来ないな……」

 

 

俺は体育倉庫に無事到着することができた。

 

しかし、10分、30分、1時間待っても誰も来なかった。

 

 

「何故だ」

 

 

俺は友人に電話をしようとスマホを取り出す。

 

電源を入れるとメールが一通届いていることに気付いた。

 

すぐにメールを開き、中を確認する。内容は【今日は何日?】と書かれt…………………あ。

 

 

 

 

 

「エイプリルフールかあああああァァァァ!!!!」

 

 

 

 

 

今日は4月1日でした。

 

 

「ちくしょう、俺を弄びやがって……。」

 

 

ははは、目から汗が出てくるぜこの野郎。あいつは後で泣かす。ボコボコにして絶対泣かす。というかよく1時間も待ったな俺。

 

俺は友人を殴r……話をするために倉庫を出ようとする。が、

 

 

「いてッ」

 

 

ドサッ

 

 

跳び箱の角が足にあたってその場でこけてしまう。スニーカーを履いてても地味に痛い。

 

 

「あー、ついてない……」

 

 

愚痴りながら俺は近くにあった棚に掴まり、体を起こそうとする。

 

 

バキッ!!

 

 

その時、古くなってしまった木材で出来ていたためか、少し体重を掛けただけで棚は簡単に壊れてしまった。

 

 

ガララッ!!

 

 

「ぐはッ!?」

 

 

本日二度目の転倒をする。次は顔から転倒した。さっきより10倍は痛い。

 

 

 

そして、俺は気付かなかった。棚が何であんなに簡単に壊れたのか。

 

 

 

木材で出来ていたからだけではない。

 

 

 

じゃあ、なぜ?

 

 

 

答えは単純だ。

 

 

 

既に重い物が棚にあったからだ。

 

 

 

ラグビー部が体を鍛えるために時々使っている、

 

 

 

鉄アレイが何十個も入っている箱が置いてあったからだ。

 

 

 

鉄アレイは一つで5kg~20kgまでのがよくあるが、ここに置いてあるのは全て15kg。

 

 

 

そんなに鉄アレイあるのにも関わらず、俺はそこに力を加えてしまった。当然棚は壊れる。

 

 

 

だが、棚が壊れるだけの事故では済まなかった。

 

 

 

そして、今から最大の不幸が彼を襲う。

 

 

 

「!?」

 

 

 

気付いたときには遅かった。

 

 

 

すでに俺の目の前に、

 

 

 

何十個もの鉄アレイが降ってきていた。

 

 

 

俺は避けることもできず、

 

 

 

………俺の意識は暗闇に吸い込まれていった。

 

 

 

________________________________________________________

 

 

 

「というわけじゃ」

 

 

「………」

 

 

俺は神にどうして自分が死んでしまったかを聞いた。

 

ん? 誤字はない。言葉の通りだ。どうやら俺は死んでしまったらしい。

 

でも、どうやって死んだかわからなかった。

 

記憶が曖昧になっていて思い出せなかった。

 

だから、目の前にいるおっさn「神じゃ」……神に聞いてみた。………人の思考に勝手に入ってくんなよ。

 

 

「お前さんの死因をまとめると、友人に『お前に告白したい女子が体育倉庫で待っている』と騙され、帰ろうとしたときに転んでしまい、起き上がろうとすると棚が壊れ、棚にあった物が頭を強打し、死んでしまったのじゃ」

 

 

不幸のフルコースじゃねーか。今日の占い運勢絶対最下位だわ。

 

 

「それにしても……」

 

 

ん?

 

 

 

 

 

「死因:鉄アレイ(笑)」

 

 

 

 

 

いやあああああああァァァァァ!!!!!やめてええええええェェェェェ!!!!!!

 

まじでショック受けてんだから止めろよ!本当になんだよ鉄アレイって!そんなもので死にたくなかったよ!ラグビー部、許さねぇ……!

 

 

「男の汗と涙の結晶がついた鉄アレイ(笑)」

 

 

おい!?気持ち悪いこと言うなよ!ラグビー部に謝れッ!てか俺はラグビー部の敵なのか?味方なのか?

 

 

 

 

________________________________________________________

 

 

 

「すまん、言い過ぎた」

 

 

「……分かってくれて嬉しいよ」

 

 

おっさん(神)に弄られ、心が折れかけてもう死にたいと思ったが俺、死んでだっけ今。

 

 

「その通りじゃ、お前さんは死んでいる。それでは本題を話そう」

 

 

「天国か地獄って話でもするのか?」(ナチュナルに心を読んだことはスルーしよう)

 

 

「本来ならそのはずじゃが、今回は違う」

 

 

今回は違う?……………………………………まさか!?

 

 

「私が神か」

 

 

「……………」

 

 

めっちゃ睨まれた。軽蔑と『こいつ馬鹿なのか?』の二つを含んだ視線だ。なんだよ神に転職じゃねーのかよ。

 

 

「お前さん、実は馬鹿なのか?」

 

 

「本題を話してくれ」

 

 

俺は話を逸らそうとした。ば、馬鹿じゃないもん、点数で人を決めつける人が馬鹿なんだよ!

 

 

「そんなこと考える人が一番馬鹿なのじゃ」

 

 

「……………」

 

 

「本題行こうか」

 

 

「そこで話を逸らすのは余計に傷つくんだが?」

 

 

「お前さんには転生してもらう」

 

 

無視かよ……………………って、

 

 

「ゑ?」

 

 

転生?俺はまた生きていけるの?

 

転生ってアレだよなラノベやSSでよくある展開のアレだよな?もう一回人生やり直して『俺って最強だろ!』みたいな無双をするアレだよな?

 

 

「そうじゃ、しかし普通の転生じゃない」

 

 

「普通じゃない?」(もうお前と会っている時点で普通じゃねぇ)

 

 

「お前さんには何度も転生してもらう」(一回一回失礼な事を考える奴じゃな……)

 

 

は?ドユコト?

 

 

「例えばお前さんに【A】の世界に転生させる」

 

 

ふむふむ。

 

 

「お前さんはそこで自由に暮らしてもらってけっこうじゃが、ある程度の期間がたったら次に【B】の世界に行ってもらう」

 

 

「それに何の意味がある?」

 

 

「お前さんをいろんなところに転生させても意味も問題もないのじゃが…」

 

 

「?」

 

 

 

 

 

「お前さんは【A】の世界の人を一人、【B】の世界に一緒に連れて行くのじゃ。」

 

 

 

 

「!?」

 

 

これってつまり、ドラ〇もんをサ〇エさんの世界に連れていくようなことができるということだよな!?おい、の〇太はどうなる。ぼっちじゃねーか。ジャイ〇ン助けてやってよ。映画のジャ〇アンって心が綺麗だよな?

 

 

「そこは少し訂正しておこう。一緒に転生してもAの世界とBの世界、両方に存在することができる」

 

 

「よくわからないけど、一緒に転生しても元の世界は問題ないという認識で大丈夫か?」

 

 

「あぁ、問題ない」

 

 

「これをどのくらい繰り返すつもりだ?」

 

 

「さぁ?」

 

 

疑問を疑問で返された。これ本当に神なの?

 

 

「違う世界に連れていって何の意味があるんだよ?」

 

 

「ちょっとしたデータ収集じゃ」

 

 

データ?女の子のスリーサイズとか?変態じゃねぇか。いや、コイツは変態の神なのかもしれん!?

 

 

「しばくぞ」

 

 

マジ切れ乙です。あと怖い。

 

まぁこのことはあまり気にしなくて大丈夫みたいだな。

 

 

「ようするに、最初に俺は【A】の世界に行き、【A】の世界の人と一緒に【B】の世界に行く。次に【B】の世界の人を一人決めて、【A】と【B】の二人を連れてまた新しい世界、【C】の世界に行く。これを繰り返して行くかんじで?」

 

 

「あぁ、どんどん人数が増えてくから原作ブレイクしまくりじゃが、気にしなくていいぞ」

 

 

自由すぎるだろ。それでいいのか神様。……俺は大賛成だ。

 

 

「良いのじゃ」

 

 

「あっそ。ところで……」

 

 

「転生特典じゃな」

 

 

「おう!話が分かっているじゃないか!」

 

 

「二つだけなら良いぞ」

 

 

「完全記憶能力と身体強化」

 

「普通じゃのお」

 

 

「うるせぇ」

 

 

王道こそ正義。安全第一だ。

 

ちなみに3つも良かったら『主人公補正』を希望した。

 

 

「やらぬぞ」

 

 

「くれよ」

 

 

主人公だぞ、俺は。

 

 

_________________________

 

 

 

「それじゃ、最初は【とある魔術と禁書目録】&【とある科学の超電磁砲】の世界じゃ」

 

 

「おぉ、悪くないな」

 

 

「向こうでも死んだらOUTだから気をつけるのじゃぞ」

 

 

「もう死にたくねぇよ、あとひとつ聞いていいか?」

 

 

「なんじゃ?」

 

 

 

 

 

「ハーレム作るのはあr「勝手にせい」……よし!」

 

 

 

 

 

「それじゃ、行ってくるがよい

 

 

 

 

 

 

 

 

楢原(ならはら) 大樹(だいき)よ」

 

 

 

「おう、行ってくる」

 

 

 

次の瞬間、俺の意識がまた暗闇に吸い込まれていった。

 




楢原 大樹 (ならはら だいき)

年齢17

学年はもう少しで3年生だったが、死んでしまった。

容姿 黒髪のオールバック。

身長 175~180くらい。




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禁書目録編
そして物語は始まる


転生条件が分かりにくい人のために例を使って簡単に補足します。

とある魔術の禁書目録に転生する。

主人公が活躍する。

その世界の住人の上条当麻を連れて新しい世界へ行くことになる。

進撃の巨人の世界に主人公と上条が転生する。

主人公と上条が活躍。

進撃の巨人の世界の住人のエレンを連れて転生することになる。

主人公と上条とエレンの三人で新しい世界に転生する。

これを繰り返す。

分かりにくてすいません。

続きです。


学園都市

 

 

 

 

 

東京西部に位置する【完全独立教育研究機関】のことを指しており、総面積は東京都の3分の1を占めるほどの広さを持っている。

 

人口は約230万人で、その八割は学生である。

 

さらに学園都市は 最先端の科学技術が運用され文明レベルが外部より20~30年進んでおり、科学の街とも呼ばれている。

 

 

そして、学園都市はその最先端技術を使い超能力開発の実用化をしている。

 

 

手を使わずに物体を動かすことができる

念動力(テレキネシス)

 

相手の心を読んだりすることができる

読心能力(サイコメトリー)

 

他にも、多くの超能力が開発されている。

 

そして、学園都市では能力者を、能力の強さを段階に分ける格付けがされている。

 

無能力者(レベル0)

学園の生徒の六割はこれに当てはまり、全く【無い】という訳ではないが、能力的にはおちこぼれと呼ばれる。

 

低能力者(レベル1)

多くの生徒が属し、スプーンを曲げる程度の力を持っている。

 

異能力者(レベル2)

レベル1と同じく日常ではあまり役には立たない。

 

強能力者(レベル3)

日常では便利だと感じる程度の力を持ち、能力的にはエリート扱いされ始める。

 

大能力者(レベル4)

軍隊において戦術的価値を得られる程の力。

 

そして、学園都市で七人しか存在しない能力者

 

 

 

 

 

超能力者(レベル5)

 

 

 

 

 

一人で軍隊と対等に戦える程の力を持っている。

 

 

 

 

 

超能力者たちが住む街……それが学園都市。

 

 

 

 

 

 

 

その学園都市に一人の転生者がやって来た。

 

 

_________________________

 

 

俺は学園都市に転生することに成功した。

 

最初は赤ん坊からスタートするかと思ったが、あの日死んでしまった体と同じ、17歳の体と同じだった。

 

 

(神にはいろいろと世話になってるな……)

 

 

死んでしまった自分に新しい人生をくれた。

 

たくさんの世界に転生させてもらえる。

 

転生特典をもらい、自分を変える機会をくれた。

 

ハーレムをつk………なんでもない。

 

 

(感謝してもしきれないなぁ……)

 

 

いつか恩返しをしたい。素直にそう思った。

 

そして、

 

 

ありがとう、神様。

 

俺はそう呟いた。

 

 

_________________________

 

 

 

 

 

「前言撤回!!!!!!」

 

 

大声で俺は叫んだ。

 

 

俺は神に感謝したことを後悔した。

 

 

俺は学園都市に転生した。

 

そこでさっそく問題が発生した。

 

 

 

なぜなら俺の転生場所は学園都市の………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………上空3000メートルだからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嘘だろおおおおおおォォォォォ!!!!!」

 

 

凄い速さで落ちてくよ、凄い速さで。大事なことなので二回言いました。まーる。

 

こんなこと考えてる場合じゃないんだけど……とにかく落下が速い。風圧が強過ぎてまともに目が開けられない。

 

 

「本気でヤバくなってきたぞ……!?」

 

 

街全体が見える。うん、なかなかの絶景だ。

 

 

「どうにかしないとこれが最後に見る景色になるぞ俺!?」

 

 

やべぇ、ちょっとおかしくなってしまったわ。

 

 

「ど、どうせあれだろ。ほら、衝突する寸前に体がフワッてな感じで浮くんだろ!?」

 

 

き、きっとそうだ。間違いない。アニメみたいな展開になるはず……なるはず!さっきから二回も言い過ぎだろ俺。

 

俺は助かる。俺は助かる。俺は…………。

 

 

目の前に川が迫ってきた。

 

 

俺はあそこにおちr………フワッと浮くだろう。……ちょっと自分でも死期を悟っているな。

 

 

「仮に落ちたとしても、川なんかじゃ浅すぎだろ……」

 

 

そして、俺は最後に、

 

 

「あぁ、これ……死んだかも」

 

 

 

 

 

そして、

 

 

 

 

 

川に大きな音を出して落ちた。

 

 

________________________

 

 

 

結論。生きてたよ俺。やったね。出落ちで死とか洒落にならん。

 

 

「全然痛くねぇ」

 

 

まさか、転生特典の身体強化がここまで強いとは思わなかった。

 

川に落ちた時、体にサッカーボールが当たったくらいの痛さだった。え、サッカーボールでも痛い?俺は学校の授業でボール当たった(悪意によって)けど、全然痛くなかったよ?………変なこと思い出させんなよ。泣くぞゴラ?

 

 

「それよりも問題は……」

 

 

俺は自分の服を見る。もちろん、びしょびしょだ。

 

制服は防水だが、中のカッターシャツやパンツや靴下はビショビショ。

 

 

「ここから行く宛もないし、どうしよう」

 

 

今の俺は身分証明できるものがない。さらにこの世界では俺に関するデータもない。そして、空からの不法侵入。

 

うん。俺めっちゃ怪しい奴じゃん。これ、警備員(アンチスキル)風紀委員(ジャッチメント)に見つかったら終わりじゃん。逮捕されちゃうよ。

 

警備員(アンチスキル)は警察組織のひとつだが、次世代兵器で武装した教員で構成されている。こわっ。

 

学校外での事件を担当している。逆に学校内での事件を担当するのが風紀委員(ジャッチメント)。こちらは能力を持った生徒で構成せれている。こっちもこえー。

 

 

(とりあえず、服を乾かしに……いや、新しいのを買ったほうがいいかな……金がねぇだろ俺)

 

 

とりあえず歩き回りながら考えよう。そんなことを考えたとき、

 

 

「おい!大丈夫か!」

 

 

「!?」

 

 

一人の青年が俺に向かって走ってきた。坊主頭をしており、いかにも運動ができそうな顔をしている。

 

しかし、俺が驚いたのは男の腕についているモノだった。

 

 

(風紀委員の腕章をつけてる!?)

 

 

さっそく見つかったよ。はえーよ。風紀委員は俺の目の前にまで走ってきた。

 

 

(俺が空から落ちたとこは……見てないよな?)

 

 

俺の服が濡れているから心配してるんだよな?

 

顔を真っ青にした俺に青年は急いで近づいて来る。

 

 

「お前!空から落ちてきてるのに大丈夫なのか!?」

 

 

見てたのかよ!視力いいなオイ!

 

 

「あ、あぁ。大丈夫だ……」

 

 

「空から落ちてきたのに!?」

 

 

確かに、普通は大丈夫じゃないな。俺氏、普通じゃないデュフ。

 

 

「まぁ、とにかく大丈夫だ」

 

 

「いや、でも!?」

 

 

「大丈夫、骨を折るどころか、かすり傷ひとつない」

 

 

「それはそれでやばくね!?」

 

 

風紀委員めっちゃびっくりしてる。大丈夫、当の本人が一番びっくりしてるから。……何で無傷だんだろう……。

 

 

「とにかく、大丈夫だから気にすんな」

 

 

「いや、だから!」

 

 

「それよりも………寒っ」

 

 

「……びしょ濡れじゃねーか」

 

 

ガクガクと体を震わせ、歯をガチガチと鳴らす。寒い。夏なのに寒いよ……。

 

 

「とりあえず俺の寮がこの近くにある。そこで着替えを貸すからついてこい」

 

 

「ありがてぇ」

 

 

よかった。服を買おうにも財布持ってなかったから。

 

さすが風紀委員。優しいなぁ。

 

 

「着替えたあとに話を聞くからな」

 

 

さすが風紀委員。厳しいなぁ。

 

俺は風紀委員にどう言い訳するか考えながら一緒に寮に向かった。

 

 

 

_________________________

 

 

 

寮に着いた俺は白いラインが入った赤のジャージを貸してもらった。これで俺もヤ〇クミだ!

 

このジャージはあの坊主頭の風紀委員が通っている学校のジャージらしい。

 

そして、俺は今、風紀委員の部屋で待たせてもらっている。

 

 

「ほい、お茶」

 

 

「……迷惑ばっか掛けて悪いな」

 

 

「気にするな、そんなこと」

 

 

風紀委員、かっこいい。

 

 

「さて、自己紹介がまだやっていなかったな。俺は石華(いしか)工業高校に通っていて風紀委員をやっている原田という。よろしくな」

 

 

「よろしく。俺は楢原 大樹だ。空から落ちてきた神だ」

 

 

「えッ!?」

 

 

「すまん、冗談だ」

 

 

「……ちょっと本気で信じかけたぞ」

 

 

助けてもらったので本当のことを言いたいんだが……

 

 

(実は俺、転生しましたとか言ったら駄目だろうな)

 

 

俺はここの寮に着くまで言い訳を考えていたが騙すようなことはしたくないと思った。

 

 

だから俺は、

 

 

「実は俺は学園都市の生徒じゃない」

 

 

「……なんだと?」

 

 

原田は俺を睨む。警戒する目だ。

 

 

「事情があってここに空から不法侵入した」

 

 

「はいストップ待って、そこおかしいから」

 

 

「?」

 

 

「いや、何が?って顔をされても困るから」

 

 

「空から不法侵入の何がおかしい?」

 

 

「あれ、俺がおかしいのこれ?」

 

 

「続きいいか?」

 

 

「あぁ、うん、もういいよ、続けてくれ……」

 

 

悪いな、本当はおかしいよ、空から不法侵入なんて。馬鹿を越えた馬鹿だ。

 

 

「それで原田にお願いがある」

 

 

「……学生証が欲しいということか?」

 

 

やっぱり警戒しているな。

 

 

「できれば学校に通いたい」

 

 

「悪さをするためか?」

 

 

「違う。青春を謳歌するためだ」

 

 

「え?」

 

 

「え?」

 

 

「それだけ?」

 

 

「それ以外に何がある?」

 

 

嘘はついてないぞ。本当にそう思ってたし。

 

 

「まじかよ……青春謳歌するために空からパラシュート無しのスカイダイビングしたのかよお前…」

 

 

…………うん、アホだな俺。

 

 

「いや、俺もまさかスカイダイビングするとは思わなかったよ…」

 

 

「だよな」

 

 

あぶねぇ、あやうく変態になるところだった。

 

 

「もう一度言うが、学生証どうにかなるか?」

 

 

「……本当に悪さをしないか?」

 

 

「あぁ、絶対にしない。神に誓って」

 

 

「………」

 

 

原田はしばらく黙っていたが

 

 

「俺には無理だが、どうにか出来る人を知っている。」

 

 

「誰だ?」

 

 

月詠(つくよみ)先生だ」

 

 

ん?

 

 

「あの先生なら大樹を助けてくれるだろう」

 

 

「……ひとつ聞いていいか?」

 

 

「なんだ?」

 

 

「月詠先生のフルネームを言ってくれ」

 

 

「月詠 小萌(こもえ)だが、どうしてそんなことを聞くんだ?」

 

 

Oh……あなたでしたか、小萌先生……。

 

俺はこの人物をよく知っている。有名な人だ。知らない人は少ないと思う。

 

 

「今から会いに行ってこいよ、案内してやる」

 

 

「ありがとう、この仮は必ず返すぜ」

 

 

「おう、今度飯おごってくれ」

 

 

俺達は小萌先生に会うために寮を出た。

 

(さて、これから俺はどうなるんだ?)

 

 

ちゃんと学校に通えるか心配になってきたぞ。

 

俺はそんな気持ちで小萌先生がいる学校に向かった。

 




感想や評価をくれると嬉しいです。


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偽りのレベル

通算UAが100越えました。

ありがとうございます。

続きです。


「ここだ」

 

 

原田に連れてこられた場所は小萌先生の住んでいるボロいアパートだった。小萌先生はどうやら現在、学校では無く、アパートに帰宅しているらしい。

 

(ここ住めるの?)

 

 

ここまでボロいとさすがに住人に同情するぞ……。

 

小萌先生が住んでいる部屋の前に行き、原田がインターホンを押すと中から「はーい」と返事が返ってきた。

 

がちゃりとドアが開いて、身長140センチ……は無いな、135センチくらいの小さな子供が出てきた。

 

 

「あ、原田ちゃんじゃないですか!」

 

 

「こんにちは、小萌先生」

 

 

そう、この小さな子供こそが先生である。いやいや、嘘ついてないよ俺。

 

小萌先生は俺の方を見て、

 

 

「あれ?この子は?」

 

 

「初めまして、楢原 大樹です」

 

 

「小萌先生、今日は大樹について相談したいことがあるんです」

 

 

原田は「ちょっとここで待ってろ」と言って 、原田と子萌先生は部屋のなかに入っていった。

 

俺は一階と二階を繋ぐ階段に座っていた。

 

 

(大丈夫かな?)

 

 

30分くらいたったが、まだ部屋からは誰もでなかった。

 

 

「やっぱり、無理だったのかもな」

 

 

その時、子萌先生の部屋のドアが開いた。

 

出てきたのは原田だった。

 

 

「どうだった?」

 

 

「安心しろ、今から学生証明書を作りにいくぞ」

 

 

よかった。失敗したらどうなってることやら。

 

 

「あなたが楢原ちゃんですね」

 

 

「はい!助けていただいてありがとうございます!」

 

 

「はい、今日からよろしくおねがいしますねー」

 

 

 

 

 

ん?

 

 

 

 

 

「すいません、何がおねg「すいません!ちょっと大樹と話すことがあるので!」……っておい!放せ!」

 

 

原田に小萌先生に聞こえない場所に引っ張られた。

 

 

「原田、何がお願いしますだ?」

 

 

「…お前の学生証明書を作るために子萌先生の生徒になってもらったんだ」

 

 

なんだ、そんなことか。

 

 

「そんなもん気にしなくていいよ。むしろ感謝してる」

 

 

「………」

 

 

あれ、なぜまだ黙る。

 

 

「…大樹、今お金はどのくらいある?」

 

 

「あー、1円も無いな」

 

 

「大樹、それじゃ寮は借りれないぞ」

 

 

うわぁ、まさか野宿ということか。

 

 

「小萌先生は生徒に野宿なんて駄目ですって言ってたから…」

 

 

「ど、どうしたんだ?」

 

 

 

 

 

「……冗談で先生のところに泊めてよって聞いたら……おーけーですよって………言われた」

 

 

 

 

 

最後の最後であなたは何やってるの?

 

 

「しかも、雑用させる人ができてよろこんでた」

 

 

あの部屋を俺が掃除?ハハハッ、まじかよ☆

 

とてつもなく汚かったぞ。まじで。

 

 

「話相手もできるですよーとかさっき言ってた」

 

 

悲しいなおい。断るに断れねーじゃん。

 

 

「はぁ、まぁいいよ。学園都市に追い出されるより何倍もいいし」

 

 

「悪い……」

 

 

「気にするな、それより学生証明書を作りに行くぞ」

 

 

まぁ、野宿よりましだろ。

 

俺達は待たせている小萌先生のところに行った。

 

 

_________________________

 

 

俺は恐ろしいものを見ている。

 

 

「原田、俺は幽霊でも見てるのか」

 

 

「バカが、幽霊なんて科学的にありえねーよ」

 

 

俺達は小萌先生のところに行こうとしたらアパートの前に一台の車が来た。

 

車が来るのはよかったんだ。でも、

 

 

 

 

 

「じゃあ、何で運転手乗ってないだよ…」

 

 

 

 

 

俺と原田は足が震えていた。

おい、科学的にありえないって言ったくせにびびるなよ。

 

 

「き、きっと能力で自分の姿を消してるんだ」

 

 

声………震えてますよ。

 

 

その時車の中から、

 

 

「原田ちゃーん、楢原ちゃーん、早くのってくださーい」

 

 

「「は?」」

 

 

俺達は同じタイミングで声を上げた。

もしかして……

 

 

「…小萌先生?」

 

 

「そうですよー、どうしましたー?」

 

 

「「OK、理解した」」

 

 

なるほど、そりゃ見えねーな。低すぎて。これ心臓に悪いから止めて欲しいのだが?そのうち都市伝説になるぞ。

 

俺達は小萌先生の車乗り、これから俺が通う学校に向かった。

 

_________________________

 

 

身体検査(システムスキャン)?」

 

 

「あぁ、簡単に言えば超能力があるかどうかの検査だ」

 

 

俺達は学校に到着し、職員室で書類を書き終わったところだ。

 

書類の枚数がまさか50枚越えるとは思わなかったよ……一体何十回自分の名前を書いたか……。

 

そしてやることがあと一つ、身体検査(システムスキャン)らしい。

 

 

「俺の予想だがレベル3か4はあるな」

 

 

「あるわけねーだろ」

 

 

「……空から落ちても無傷なのに?」

 

 

「………」

 

 

い、言えねー!俺が無傷なのは身体能力が物凄いからでーす☆とか言えねー!

 

 

「楢原ちゃーん、身体検査はじめますよー」

 

 

「は、はい!」

 

 

「レベル4に1000円」

 

 

おい!?何賭け事やってるんだ!?

 

 

「お前はどれに賭ける?」

 

 

「いや、俺はやr「どれに賭ける?」…レベル0で」

 

 

どんだけ真剣になってんだよ。

 

 

_________________________

 

 

「レベル0ですね」

 

 

「ば、バカな!?」

 

 

はい、1000円ゲットー\(^o^)/

 

検査ではスプーンなんか物理的に曲げてやったよ!………小萌先生に怒られたけど。

 

 

100メートル走とかあったけど、

 

 

 

 

 

100分の1の力で走ってもこの学校の男子の平均タイムだった。まじか…。

 

 

 

 

本気で走ったらどうなるか……。

 

 

「原田?」

 

 

「だ、大樹!残念だったな!無能力者でもまだ諦めたら駄目だ!もしかしたらレベルが上がるかもしれないぞ!だから、「1000円」…ちくしょう」

 

 

誤魔化しても無駄だ。

 

 

「あと楢原ちゃんは【真】の無能力者ですよー」

 

 

なるほど、どんなに頑張っても意味ないのか。能力使えないことが決定しました!拍手!……はぁ……能力使いたかったな……。

 

 

「楢原ちゃん、これが学生証明書ですよ」

 

「ありがとうございます」

 

 

「それとこれを」

 

 

1000円札を三枚渡される。まさか、おこづかい!?

 

 

「スーパーで今日の夕飯と朝食の材料を買ってきてくださいね。あ、ビールも忘れずにお願いしますね」

 

 

ですよねー。さっそくパシリですか。

 

 

「大樹、俺からはこれを」

 

 

原田から小さな携帯電話を渡される……って

 

 

「え!?いいのかよ、こんな高価なもん貰って!?」

 

 

「別にいいよ、それ俺の前の携帯電話だから」

 

 

ありがとう!1000円返さないけどね!

 

「ソーラーパネルを太陽光にあてるだけで充電が可能になるようにしてるからな」

 

 

さすが学園都市。そんなことができるのか。

 

 

「じゃあ、俺は風紀委員の仕事があるからもう行くから何かあったらその携帯電話で連絡してくれ」

 

 

「原田、本当に今日はありがとな!」

 

 

原田はこちらに手を振りながら部屋を出ていった。

 

 

「じゃあ、先生は先に帰りますけど、7時には帰ってきてくださいね」

 

 

そう言って小萌先生も部屋から出た。

 

 

さて、俺も買い物に行きますか。

 

 

_________________________

 

 

俺は買い物を終えて子萌先生のアパートに帰ってきた。途中帰り道で本屋に寄り、料理本を買った。それを参考にしてオムライスを作ってみせた。

 

 

「すっごく美味しいのですよー!」

 

 

と絶賛された。

 

完全記憶で本の内容は全部覚えた。この本は先生にあげよう。独り身だから……ね。

 

 

ピンポン、ピンポーン

 

 

インターホンが二回鳴った。

 

 

「はーい、今出ますですよ」

 

 

ガチャッ

 

 

「どちら様ですー?」

 

 

「こんばんは、小萌先生」

 

 

「上条ちゃん!?」

 

 

「ぶふっ!?」

 

 

俺は訪問者を見てお茶を吹き出した。

 

 

(一日目から展開早いだろ!)

 

 

そこには血まみれのシスターをおんぶしている

 

 

この世界の主人公、上条 当麻がいた。

 

 




感想や評価をくれると嬉しいです。


なるべく早く投稿していきます。


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永遠の約束

通算UAが400越えた!
読んでくれた方々
本当にありがとうございます!

続きをどうぞ


今、俺の目の前には血塗れの少女を背負っている少年が玄関から入ってきた。だから少年に

 

 

「シスターを誘拐とか随分マニアックだな」

 

 

「違うッ!!」

 

「あれ?違うのか?」

 

 

「当たり前だ!……俺が今背中に抱えてるシスターをよく見て同じギャグが言えるかどうか試してみろよ」

 

 

上条は後ろを向き少女の血が見えるようにする。

 

 

「ぎゃああ!?」

 

 

小萌先生が驚く。俺は

 

 

「なるほど、ロリコンか貴様」

 

 

「言えた……だと……!?」

 

 

めっちゃびっくりしてる。だってシスターが何で血塗れなのか知ってるんだもん!

 

 

「……ってあんた誰だよ!?」

 

 

今ごろ?

 

 

「人に名前を聞くときはまず自分の名前から言うのが常識だろ?」

 

 

「えっ、いや、あんたのほうが常識「はよ言え」上条 当麻です……はい」

 

「俺は楢原 大樹だ。事情があって小萌先生と一緒に住まわせてもらっている。ちなみに小萌先生が担当しているクラスに今度転入する予定だ。同じクラスだから仲良くしてくれよな」

 

 

「そうだったのか。こちらこそよろしくな!」

 

 

そう言って上条は俺に笑顔を向ける。だが、

 

 

「てか和んでる場合じゃねぇよおおおおォォォ!!」

 

 

だから気づくの遅いって。

 

 

「人の命が危ないんだぞ!」

 

 

「!」

 

 

俺の顔は驚愕に染まる。そして

 

 

ピッ、ピッ、ポッ、prururururuガチャッ

 

 

『はい、風紀委員の原田ですが』

 

 

「おまわりさん、こいつです」

 

 

「やめろおおおおおおおおォォォォォ!!!!!」

 

 

バシッ!!!! と携帯電話を蹴られる。あ、原田から貰った携帯電話が。

 

 

「すいませんもう時間が本当に無いので勘弁してくださいお願いします」

 

 

と腰を90°曲げて俺にお願いする上条がいた。まぁそろそろ止めておくか。

 

 

小萌先生は終始開いた口がふさがなかった状態だった。

 

_________________________

 

 

上条とインデックスは部屋に上がった。インデックスは床に横たわっている。

 

 

「なぁ、インデックス。なんか俺にやれる事ってないのか?」

 

 

上条はインデックスにそっと話しかける。

 

しかし

 

 

「ありえません。この場における最良の選択肢は、あなたがここから立ち去る事です」

 

 

と無慈悲に告げられた。インデックスの声はまるで機械。感情の無い声だった。

 

 

「……じゃ、先生。俺、ちょっとそこの公衆電話まで走ってきます」

 

 

「て、………え?上条ちゃん、電話ならそこに……」

 

 

と上条はその言葉を無視して、部屋を出ていく。

 

 

「上条!」

 

 

俺も部屋を出る。あ、俺も子萌先生に言い訳を。

 

 

「……小萌先生。俺はコンビニでエロ本を購入するためにちょっとそこまで走ってきます」

 

 

「えぇ!?この状況で何言ってるんですか!?」

 

 

「いざ楽園へ!!」

 

 

「駄目ですよ!!未成年は!!」

 

 

いや、買わないから。…………買わないから。

 

 

_________________________

 

【上条視点】

 

 

 

上条は走っていた。

 

 

何も考えたくなかった。

 

 

ひたすら走り続けた。

 

 

速く、速く、速く走った。

 

 

(俺は何も出来なかった…)

 

 

上条はインデックスを助けることはできない。

むしろ、居るだけで迷惑な存在になっていた。

 

 

(ちくしょう……!)

 

 

上条は右手を握りしめる。

神様の奇跡でも打ち消せるのに、女の子一人を守れなかった。

 

 

(俺があの時、インデックスを引き止めておけば…!)

 

 

今さら後悔しても遅い。この人生(ゲーム)にはセーブやロードは出来ない。もう後戻りは……出来ない。

 

 

(もっと、もっと強かったら…!!)

 

 

魔術師と戦ったあとからずっと考えてた。

 

もしあの時、紙のインクが消えないよう細工されていたら敗北していただろう。

 

 

あの時は運がよかっただけ、本当は負けていた。

 

 

そんな言葉が頭の中から離れない。

 

その時俺は泣きそうな顔になっていた。

 

 

 

 

 

「いつまで暗い顔してるんだ」

 

 

 

 

 

「!?」

 

 

いつの間にか、さっきの少年が横を走っていた。

 

驚いたが、顔に出ないように仮面をかぶる。

 

 

「……なんでついてきた」

 

 

素っ気ない態度をとってしまった。

 

 

「何でそんなに落ち込んでるか聞くために」

 

 

俺を慰めるのか?ふざけんじゃね。

 

しかし俺は

 

 

「インデックスを助けてやれなかったからだ…」

 

 

自然と声に出ていた。

 

 

「何があったんだ?」

 

 

何故か俺は今日あったことを話した。本当は話してはいけないのにと思うも口から言葉があふれるでる。

 

あの時は、インデックスを引き止めておけばよかったこと。

 

インデックスを守れず傷だらけになってしまって後悔したこと。

 

インデックスの回復魔術に俺が回復魔術をするのに邪魔なことが悔しかったこと。

 

 

全部言った。肩で息するほど疲れてしまった。

 

言い過ぎた。

 

そう思った。

 

彼に謝ろうとすると

 

 

 

 

 

「よかったな」

 

 

 

 

 

あり得ない言葉が返ってきた。

よかった?何が?

 

 

「お前話聞いていたのかよ!?」

 

 

「聞いたよ。命懸けで魔術師と闘って彼女を守ったこと。傷を治すために彼女を背負って、子萌先生のアパートまで走ってきたこと。彼女の回復魔術を成功するために出来るだけ遠くに行こうと走ってきたこと……凄いことじゃんか」

 

 

「!?」

 

 

驚いた。こんな評価されるとは思わなかった。

 

その言葉を聞いたとき心が軽くなった。

 

 

「もっと誇ってもいいんじゃないか?」

 

 

駄目だ。俺はそれでも………

 

 

「もうお前にはどうするか分かってるだろ」

 

 

「………」

 

 

「罪悪感なんか抱いてたら、彼女は悲しむぞ」

 

 

わかってる!!

 

でも、俺じゃ……

 

 

 

 

 

「俺じゃ駄目だとか思ってるのか?」

 

 

 

 

 

「!?」

 

 

 

 

 

「今のインデックスには」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前しか頼れる味方がいないんだぞ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………そうか。

 

 

「いいのか?」

 

 

「当たり前だ。今の彼女にとって」

 

 

彼は言った。

 

 

 

 

 

 

「お前しかいないんだ」

 

 

 

 

 

「でも俺はレベル5でも無い。最弱のレベル0だ。」

 

 

「知ってる」

 

 

「不良に喧嘩売られても、自分が不利ならば逃げる」

 

 

「弱いな」

 

 

「そうだな、でも」

 

 

俺は宣言する。

 

 

 

 

 

「インデックスは絶対に助ける」

 

 

 

 

 

言い切った。

 

 

「そうか」

 

 

彼は後ろを向き

 

 

 

 

 

「お前ならできる」

 

 

 

 

 

彼もまた言い切った。

 

 

「回復魔術終わったみたいだ。子萌先生から連絡があった」

 

 

「!」

 

 

「はやく会ってこいよ」

 

 

 

俺はまた走り出した。

 

 

 

 

 

 

さっきより、はやく走れた。

 

 

_________________________

 

【大樹視点】

 

 

 

 

「すげぇな」

 

 

大樹は心の底から感心した。上条に 。

 

幻想殺しがあっても、俺は魔術師と闘えない。

 

きっと怖くて放棄してしまうだろう。

 

 

(励ます必要無かったな)

 

 

彼はきっとドン底に落とされても、絶対に這い上がってくる。守るモノを守るために。

 

上条 当麻は記憶があっても無くても強い人間だった。

 

 

「俺もいつかはあいつみたいになりたいなぁ」

 

 

でも、なることはできない。

 

 

なぜなら

 

 

俺は上条 当麻じゃない、

 

 

楢原 大樹だから。

 

 

俺は俺のやり方を貫く。

 

 

あいつが脇役?いいや、上条は主役だ。

 

 

脇役は俺が…………いや、

 

 

 

 

 

 

 

 

二人で主役するか。

 

 

 

_________________________

 

 

「青春だなぁ」

 

翌日、俺はアパートの部屋の前にいた。スーパーで買い物をして帰ってきたとき、上条の怒鳴り声が聞こえた。

 

何事かと思い盗み聞きしてると……大丈夫みたいだな。

 

上条はインデックスを守る約束をしていた。

 

上条とインデックスを留守番させて正解だったな。

 

 

(俺も覚悟を決めなきゃな…)

 

 

俺は二人のために戦うときがある。

 

その時に俺は悪役になってもいい。

 

 

 

 

 

 

ハッピーエンドを迎える。

 

 

 

 

 

そんなこと決意した。

 

 

「ぎゃああああああァァァァ!!!!!!」

 

 

噛みつかれたか…。上条の叫び声が聞こえた。

 

 

「そろそろ行くか」

 

 

俺はドアノブを回した。

 

 

_________________________

 

 

「おっふろ♪おっふろ♪」

 

 

インデックスはスキップをするほど上機嫌だった。

 

 

(やべぇ、超かわいい)

 

 

なんだあの小動物。お持ち帰りOKですか?

 

上条はインデックスに話しかける。

 

 

「何だよそんなに気にしてたのか?正直、匂いなんてそんな気になんねーぞ?」

 

 

「汗かいてるのが好きな人?」

 

 

「そういう意味じゃねぇッ!!」

 

 

「もしもし、警察でs」

 

 

「やめろッ!!!」

 

 

バシッ!!

 

 

あ、原田から(以下略)

 

 

あれから3日経ち、俺達三人は戦闘に向かっていた。

 

 

あ、戦闘になることは俺しか知らないか、テヘペロ☆

あー、あー、訂正訂正。俺達は銭湯に向かっていった。

 

 

実は子萌先生のアパートは風呂が無いのだ。

だからこの様に銭湯に行くしかないのだ。

 

 

道中でインデックスの話を聞いた。

 

彼女には一年前にあるものを無くした。それは

 

 

記憶だ。

 

 

「くそったれが………」

 

 

上条が呟いてるのが聞こえた。無意識で呟いてるのだろう。

 

こんな小さな少女が魔術師にわけもわからず追い回されていることを考えると俺でも怒りを覚える。

 

 

だけど今は我慢しろ、上条 当麻。

 

 

_________________________

 

 

「あれ?」

 

 

上条が周囲を見渡す。

 

 

「…誰もいない」

 

 

不気味なくらい静かだった。

 

 

「…たぶん、これは」

 

 

「僕が人払いの刻印(ルーン)を刻んだ」

 

 

インデックスが何かを答えようとしたとき、男の声がした。

 

漆黒の修道服を着た2メートル近い身長の人が現れた。髪が赤色に染め上げられ、顔の下にバーコードみたいなタトゥーがある。

 

 

(ステイル=マグヌス……)

 

 

俺は心の中で呟く。敵だ。

 

 

「この一帯にいる人に【何故かここには近づこうと思わない】ように集中を逸らしているだけです。多くの人は建物の中でしょう。ご心配はなさらずに」

 

 

「………」

 

 

次は女性の声が聞こえた。インデックスが上条の後ろに隠れる。

 

ステイルの後ろから女性が歩いてきた。女はTシャツに片足を切ったジーパンを履いていた。腰には2メートルは越えるであろう刀が鞘に収まっていた。

 

 

(……神裂 火織か)

 

 

「魔術師……!」

 

 

上条が敵を睨み付ける。

 

 

(原作通りじゃないな……?)

 

 

原作ならばインデックスとはぐれ、神裂(かんざき)と上条が戦うはずだった。だが、

 

 

(二人同時で来たか…!)

 

 

「インデックス、子萌先生のところに帰るんだ」

 

 

上条がインデックスに引き返すように言う。

 

 

「でも!!」

 

 

「大丈夫だ、約束しただろ」

 

 

「………」

 

 

上条は優しく微笑む。

 

 

「……絶対、絶対に帰ってくるんだよ!」

 

 

「当たり前だ。帰ってくるときはコンビニでお前の好きなアイス買ってきてやる」

 

 

インデックスは泣きそうな顔になるが我慢し、来た道を走って引き返した。

 

 

「いいのかい?あの子を一人にして?僕らの仲間がすぐに追いかけに行くよ?」

 

 

「それはあり得ないな」

 

 

「……なぜそう思うのですか?」

 

 

ステイルの嘘を大樹は見抜いた。神裂は俺に理由を聞く。理由?簡単だろ。

 

 

「俺はお前らを知っているからだ」

 

 

「……理解出来ないですね」

 

 

「する必要なんかねーよ。なぁ上条?」

 

 

「あぁ、そうだな」

 

 

俺達は二人の魔術師を挑発する。

 

 

 

 

「「どうせここでお前らとここで決着をつけるからな」」

 

 

 

 

俺達二人は拳を握り締めた。

 

 

 




次回はバトルパートです。

頑張って書きます。


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最弱は最強に

転生条件の例を使って簡単に復習をします。

主人公、大樹が転生する。

転生先で一緒に転生する人を選ぶ。

一緒に転生。

新しい世界で大樹と前の世界の人と過ごす。

そして新しい世界で同じように一緒に転生する人を選ぶ。

三人で新しい世界に転生。

繰り返す。

分かりにくてすいません。

続きです。今回はバトルパートです。


俺達二人は魔術師と睨みあっていた。

 

沈黙が続くなか、神裂が沈黙を破る。

 

 

「自己紹介はまだでしたね。神裂 火織(かんざき かおり)と申します。……できれば、もう一つの名は語りたくないのですが」

 

 

「救われぬ者に救いの手を(Salvere000)」

 

 

 

「「!?」」

 

 

神裂の魔法名を言う前に、俺が言った。

 

神裂とステイルの顔に驚きが走る 。

 

 

「な、なぜ知っているのですか!?」

 

 

「俺は指をくわえて見てるのは嫌なんでね。ずっとお前らのこと調べてたんだよ」

 

 

嘘です。本当はこの世界に来る前から知っていた。

 

 

「……無能力者がそこまでできるとはな」

 

 

ステイルが問う。

 

 

「弱者には弱者の戦いかたがあるんだよ。レベルで相手の強さを判断すると痛い目見るぞ」

 

俺は中指を立てて、魔術師の二人に言ってやった。

 

 

 

 

 

「レベル0を甘く見るんじゃねぇ」

 

 

 

 

 

「「………」」

 

 

二人の目付きが変わった。

 

そろそろ始める時だ。

 

 

ダッ!!

 

 

上条が先手を取るためにステイルに向かって走る。

 

だが、

 

 

「【魔女狩りの王(イノケンテイウス)】!」

 

 

ステイルの目の前に炎の巨神が現れた。

 

炎の巨神は上条に殴ろうとする。上条は臆することなく右手で迎えた。

 

 

バシュンッ!!

 

 

しかし、炎の巨神は消えなかった。実際は幻想殺しは発動しているが、消されていると同時に新しい炎が生み出さしている。おかげで炎の巨神は存在を保っている。

 

 

(上条が足止めしている今がチャンス…!)

 

 

ステイルに向かって走ろうとした時、

 

 

「七閃」

 

 

「!?」

 

 

俺は慌てて横に飛び回避する。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

その瞬間、元居た場所のアスファルトの地面が抉り取られた。神裂はその光景に驚いていた。

 

「初見であれを回避しますか…」

 

 

「あんなモノ、見えれば簡単だろ」

 

 

「…見えるのですか」

 

 

「あぁ、ワイヤーだろ」

 

 

大事なことだからもう一回言うけど、前から知ってる。

 

 

「本当にあなたはレベル0ですか?」

 

 

「おう、【真】のレベル0だッ!!」

 

 

俺は神裂に向かって走る。

 

 

「七閃」

 

 

神裂が迎え撃つが、

 

 

「遅い!」

 

 

「!?」

 

 

大樹は神裂の後ろを取った。身体強化で音速を越える速さで神裂の後ろを取ったのだ。

 

 

(この私が後ろを取られるなんて…!?)

 

 

神裂は刀を盾にして、防御をする構えをする。

 

が、大樹には無意味だった。

 

 

「邪魔だッ!!!」

 

 

回し蹴りを刀にぶち当てる。

 

 

ミシッ!!

 

 

「!?」

 

 

刀からいやな音が聞こえた。

 

 

「ッ!」

 

 

折れるのを防ぐために力を受け流す。

 

 

「七閃!」

 

 

力を受け流しながらカウンターをくりだす。

 

大樹は七閃が来る前に後ろに飛んで回避する。

 

 

(また避けられた…!?)

 

 

自分の攻撃が一度も当たらないことに驚愕する神裂。

 

 

「灰は灰に 、塵は塵に、吸血殺しの紅十字!!」

 

 

「!?」

 

 

ステイルの手に炎が渦巻き、上条に向かって炎を飛ばした。上条は右手だけでは無理と分かり、急いで横に飛んで回避する。

 

が、

 

 

「七閃」

 

 

大樹から距離を取った神裂は大樹が次の攻撃を仕掛ける前に上条に攻撃する。

 

 

「ッ!?」

 

 

何かに引き裂かれるような痛みが上条の体を襲う。そして、上条は後ろにふっ飛ばされる。

 

 

「上条!」

 

 

大樹が上条の名前を呼ぶ。上条はすぐに立ち上がり、大丈夫なことを見せつける。

 

 

「……何でだよ?」

 

 

上条が呟く。

 

 

「何でインデックスを傷つけるんだよ」

 

 

「「………」」

 

 

二人の魔術師は沈黙する。

 

 

「知ってんのかよ。アイツ、テメェらのせいで一年ぐらい前から記憶がなくなっちまったんだぞ?一体全体、どこまで追い詰めりゃそこまでひどくなっちまうんだよ」

 

 

返事はない。

 

 

「黙ってたら何も分からないだろ?」

 

 

しばらく黙っていたが

 

 

「僕だって、できればこんなことしたくなかったんだ」

 

 

ステイルが口を開く。

 

 

「けどこうしないと生きていけないんです。」

 

 

神裂も口を開く。

 

二人の表情は悲しい顔をしていた。

 

 

「…死んで、しまうんですよ」

 

 

「ッ!?」

 

 

上条は驚きで声も出ない。

 

 

「完全記憶能力、という言葉は知っていますか?」

 

 

「ああ、一度見たモノを残さず覚える能力だろ。」

 

 

神裂の問いに上条は答える。

 

神裂はうなずき、代わりにステイルが続ける。

 

 

「彼女の性能は凡人。僕たちとほぼ変わらないんだ。」

 

 

「………?」

 

 

「彼女の脳は85%以上が禁書目録。10万3000冊に埋め尽くされているんだ。残り%15をかろうじて動かしている状態でさえ、僕達とほぼ変わらない凡人なのさ」

 

 

「何が言いたい?」

 

 

ステイルの言葉に苛つきを感じている上条。

 

 

「僕達は消したんだよ」

 

 

「だから何が言いたい!?」

 

 

上条は大声を上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「記憶を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その言葉を聞いた瞬間、上条の顔が青くなってた。

 

ステイルは上条に構わず続ける。

 

 

「さっき僕は彼女脳の85%が禁書目録だと言ったね。彼女は常人の15%しか脳が使えない。並の人間と同じように記憶していけば、脳がパンクする。つまり」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「死んでしまうんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上条の呼吸が、死んだ。

 

それほどの驚きだった。

 

ステイルは悲しそうな顔を横にそむけた。

 

上条はもう考えることを放棄しかけたが、【否定】を探すことで脳を働かせる。

 

 

「だって……だって……おかしい。お前……だって、残る15%でも、俺達と同じだって……」

 

 

「はい。確かに言いました。」

 

 

上条の質問に神裂が答える。

 

 

「ですが、彼女に私達と違うモノがあります。」

 

 

「なるほど、ここで完全記憶能力が問題になるのか」

 

 

神裂の代わりに俺が答える。

 

神裂はうなずき、俺の答えを肯定する。

 

俺は言葉を続ける。

 

 

「インデックスは完全記憶能力のせいで、15%をすぐに埋めてしまいパンクしてしまう。それを防ぐためにお前らは一年前、インデックスの記憶を消したんだな」

 

 

「その通りです」

 

 

神裂は認めた。

 

 

「今のが正しいのなら、お前らとインデックスは仲間なのか?」

 

 

「はい。彼女は私の同僚にして……………………大切な……………親友です」

 

 

血を吐くように、神裂は言った。つらい表情だ。

 

 

「それをインデックスは覚えていない。だからインデックスはお前らを悪人だと思ったのか」

 

 

「………」

 

 

俺の言葉に返事は返ってこなかった。

 

 

「何だよ。そりゃ」

 

 

上条は激怒した。

 

 

「なんだよそりゃ、ふざけんな!!アイツが覚えてるか覚えてないかなんて関係あるか!!」

 

 

上条の怒号は止まらない。

 

 

「いいか、分っかんねぇようなら一つだけ教えてやる。」

 

 

上条は二人に人差し指を指す。

 

 

「俺はインデックスの仲間なんだ、今までもこれからもアイツの味方であり続けるって決めたんだ!!」

 

 

インデックスが傷つけられたあの日。上条は決意した。

 

 

「テメェらのお得意の聖書にかかれてなくたって、これだけは絶対なんだよ!!」

 

 

「「………」」

 

 

神裂とステイルは黙る。

 

 

「なんか変だと思ったぜ、単にアイツが【忘れてる】だけなら、全部説明して誤解を解きゃ良いだけの話だろ?」

 

 

上条は続ける。

 

 

「何で誤解したままにしてんだよ、何で敵として追い回してんだよ!!テメェら、なに勝手に見限ってんだよ!!アイツの気持ちを何だと

 

 

その先は聞こえなかった。

 

 

 

 

 

「うるっせえんだよ、ド素人が!!!」

「黙れ、能力者が!!!」

 

 

 

 

 

なぜなら二人が大声を上げて上条を怒鳴りつけたからだ。

 

神裂は怒鳴り続ける。

 

 

「知ったような口を利くな!!私達が今までどんな気持ちであの子の記憶を奪っていたと思ってるんですか!?分かるんですか、あなたなんかに一体何が!!」

 

 

火に油を注いだようにさらに叫ぶ。

 

 

「私達がどれほどの決意の下に敵を名乗っているのか!!大切な仲間のために泥を被り続ける私やステイルの気持ちが、あなたなんかにわかるんですか!!!」

 

 

「っ!?」

 

 

神裂の豹変ぶりに驚く上条。

 

次にステイルが叫ぶ。

 

 

「僕達だって足掻いて、足掻き続けたんだ!!思い出を作ったりして忘れないようにたった一つの約束をして日記や写真を胸に抱かせて!!」

 

 

神裂同様、ステイルも叫ぶ。

 

 

「日記を見ても、写真を見ても………彼女は謝るんだ。ゴメンなさいっと。それでも諦めないで何とか記憶を残そうとした。何度も繰り返した。何度も、何度も、何度も!!」

 

 

そしてステイルは静かに告げる。

 

 

「それでも、家族も、親友も、恋人も、全部………無に還るんだ」

 

 

ステイルは俯く。

 

神裂が言葉を続ける。

 

 

「私達は………もう耐えれません。これ以上、彼女の笑顔を見続けるなんて、不可能です」

 

 

神裂も俯いてしまった。

 

 

 

 

 

「「ふざけんな!!!」」

 

 

 

 

大樹と上条は叫ぶ。

 

上条は右手を握りしめる。自分の爪が皮膚に食い込んで今にも血が出てしまいそうになるくらい。

 

 

「んなモノは、テメェらの勝手な理屈だろうが」

 

 

大樹は二人を睨めつけながら言う。

 

 

「インデックスの事なんざ一瞬も考えてねぇじゃねぇか!!」

 

 

上条は足に力を入れながら怒鳴る。

 

 

「ハッ、笑わせんじゃねぇ」

 

 

鼻で笑い大樹は二人を馬鹿にする。

 

 

そして、上条が

 

 

 

 

 

「テメェらの臆病のツケをインデックスに押し付けてんじゃねぇ!!!」

 

 

 

 

 

叫ぶと同時に走る。

 

ステイルは炎の巨神で上条の進路を妨害する。

 

上条は再び炎の巨神を右手で殴る。がさっきと同じように消えなかった。

 

 

「無駄だ、君には倒せない!」

 

 

「ああ、俺だけでは倒せないな」

 

 

上条は大樹を見ながら言った。

 

大樹は神裂にから七閃の攻撃を避け続けていた。

 

 

(まだか…!?)

 

 

大樹は心のなかでは焦っている。

 

大樹は上条を見ていた。いや、炎の巨神を見ていた。

 

 

(まだ消えないのかよ!)

 

 

大樹は七閃を避けながら走り続ける。そして、

 

 

(これでどうだ!)

 

 

次の瞬間、炎の巨神は消えた。

 

 

「馬鹿な!?なぜ消えた!」

 

 

ステイルは辺りを見渡すと、あるモノが目に入った。

 

 

 

 

 

大樹がばらまかれているはずのルーンを何十枚も手に持っていたからだ。

 

 

 

 

 

大樹は笑みを浮かべて「どうだ?」と言わんばかりの顔をしていた。

 

 

「い、いつの間に…!?」

 

 

ステイルは声に出して驚いていたが、神裂のほうが驚いていた。

 

 

(私の攻撃を避けながらルーンを回収していた!?)

 

 

上条はステイルに向かって走り続ける。

 

 

「しまった!?」

 

 

「ステイル!」

 

 

神裂はステイルを呼ぶ。助けようと七閃を

 

 

「どこ見てんだよ」

 

 

「!?」

 

 

神裂はミスを犯してしまった。大樹から目をはなしてしまったことを。

 

すぐ目の前に大樹が構えていた。

 

 

 

 

 

「「うおおおおおおおおォォォ!!!!」」

 

 

 

 

 

上条はステイルの顔に右ストレート。

 

大樹は神裂に回し蹴りを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギリギリのところで当てなかった。

 

 

「「………」」

 

 

魔術師は驚いて放心していた。そして、負けたことを悟った。

 

 

「「俺達の勝ちだ、この野郎!!」」

 

 

勝敗が決した。

 




感想や評価をくれると嬉しいです。

通算UA800越えました。

とても嬉しいです。ありがとうございます。


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あの子の笑顔を見るために

禁書目録編最後です。

いつもより長くなっております。


「ほら、俺が大好きな缶コーヒーだ。味は保証する」

 

「ありがとう」

 

 

「ありがとうございます」

 

 

ステイル、神裂の順で二人に缶コーヒーを渡す。

この缶コーヒー、ここの自動販売機だけしか売ってないんだよ。うめぇー。

 

 

「何でお前ら和んでるんだよ!!!」

 

 

上条は大声でツッコミをする。

 

俺達は戦いのあと、俺のお気に入りの場所の公園のベンチで休憩していた。

 

上条がうるさいので弄ることにしよう。

 

 

「うるさいぞ、ロリコン」

 

 

「誰がロリコンだ!?」

 

 

神裂が俺の言葉に驚き、

 

 

「彼女に手を出させません…!」

 

 

「するか!!」

 

 

「ロリコンでもいいんじゃないか?」

 

 

「「「お前は何を言っている、ステイル!?」」」

 

 

ステイル………お前………。

 

 

「でも、上条よりは大丈夫だな」

 

 

「俺はそこまで信用ないのか……」

 

 

「「「だって【歩く教会】壊して裸にしたじゃん」」」

 

 

「はいちょっと待って、何で知っているの皆さん?神裂とステイルが知っているのは分かる。でも裸にしたことまで何で知ってるの?そして大樹は一番知らないはずだぞ?場合によってはお前警察呼ぶよ?」

 

 

「……呼ばれて困るのはあなたじゃないですか?」

 

 

「………」

 

 

神裂の冷静な答えに上条は黙ってしまう。哀れ、上条。

 

 

「話を戻すぞー、俺達が仲良くやってるのは目的が同じ。つまり、インデックスを救うことだ。共闘しても損はないだろうが」

 

 

話が進みそうになかったので、俺が話を戻す。

 

 

「だから俺は神裂に止めを刺さなかった、上条もな」

 

 

上条は俺の言葉にうなずいて肯定する。

 

 

「さて、ここから真面目な話をするぞ」

 

 

こうして、インデックスを助けるための作戦会議が始まった。

 

 

_________________________

 

 

「単刀直入に言う。インデックスを助ける方法を」

 

 

「「「はえーよ!!!」」」

 

 

開始二秒で解決策が出ました。だって知ってるもん☆

 

 

「……今から話すことはステイルと神裂は覚悟して聞いてくれ。」

 

 

俺は声のトーンを落とす。

 

二人は迷う事なくうなずいた。目は真剣だった。

 

 

「分かった。話すぞ」

 

 

俺は話始める。

 

 

「まず、インデックスの脳の状況を言えるか上条?」

 

 

「……85%が10万3000冊の本が記憶されている。そして残りの15%あるけど、完全記憶能力のせいで一年間で埋め尽くされてしまい、脳がパンクして……死んでしまう」

 

 

「ああ、合ってるか二人とも?」

 

 

上条の声は小さくなっていたが、俺達にはちゃんと聞こえた。ステイルと神裂は俺の言葉にうなずく。

 

 

「そうインデックスの脳の85%は本で埋め尽くされているんだ」

 

 

大樹は三人に問う。

 

 

「なぁ、おかしいと思わねーか?」

 

 

もっともおかしな点について。

 

 

「85%って?」

 

 

魔術師の二人は未だに意図が分からず戸惑っている。

 

が、上条は顔を真っ青になっていた。あることに気がついたから。

 

 

 

 

 

「どうやって、どうやって85%という数字が分かったんだ…!?」

 

 

 

 

 

「「!?」」

 

 

魔術師の二人も気付いたみたいだ。

 

 

「そうだ、科学ですらそんなこと分からないのに何故魔術側の人間が分かるのか」

 

 

俺は静かに言う。

 

 

 

 

 

「答えは単純。俺達は魔術師に騙されていたんだ」

 

 

 

 

 

三人を絶句させるには十分だった。

 

 

「「「………」」」

 

 

大樹は三人を気にせず続ける。

 

 

「それと、脳がパンクして死ぬって言ったけど」

 

 

俺は言う。

 

 

 

 

 

「ありえねぇから」

 

 

 

 

 

完全記憶能力なんかじゃ死なないことを。

 

 

「し、しかし!」

 

 

神裂は反論する。

 

 

「彼女は10万3000冊もの本を覚えているのですよ!!だから」

 

 

 

 

 

「例えどれだけの図書館の本を覚えても脳がパンクされるなんて脳医学上ありえない話なんだ」

 

 

 

 

 

「……………」

 

 

科学的に無理。そう否定することで神裂を黙らせた。

 

 

「……僕達は、僕達は何をしていたんだ」

 

 

ステイルは拳を握り締める。

 

 

「僕達は彼女を傷つけていただけじゃないか!!!」

 

 

ステイルは唇を噛み締める。

 

神裂は俯いたが、

 

 

「………彼女は一年が経つ3日前に予兆が起きます」

 

 

「予兆?」

 

 

上条が聞く。

 

 

「はい、記憶がパンクする予兆です」

 

 

「でも、それはさっき……」

 

 

「分かっています。ですが、予兆で強烈な頭痛に襲われるんです。ですから」

 

 

信じきれないんだな俺の話を。

 

でも、予兆の原因ぐらいなら分かる。

 

 

「馬鹿が。俺達は魔術側の人間に騙されていたんだ。だったら魔術師がインデックスに細工を施したって考えるのが当たり前だろ。一年周期前に頭痛が起きるように」

 

 

「………」

 

 

神裂は俺の言葉に何も言うことは無くなった。

 

次に上条が声を出す。

 

 

「なら、インデックスにかけられた魔術」

 

 

真剣な目で俺を見る。

 

 

 

 

 

「それを解けばインデックスは助かるのか?」

 

 

 

 

 

「「!?」」

 

 

魔術師の二人は顔を上げる。

 

 

「その通りだ」

 

 

俺は答える。まだ希望はあるということ。

 

 

「俺達はインデックスに細工されている魔術を解除するんだ」

 

 

「……ってやるよ」

 

 

俺の言葉に上条が賛同する。

 

「10万3000冊の本を守るためだけにインデックスを傷つけないといけないというなら

 

 

 

 

まずは、その幻想をぶち殺すッ!!!」

 

 

 

 

上条は右手を握り締めながら言った。

 

 

「僕達も協力させてくれ」

 

 

ステイルが言う。

 

 

「彼女を救いたいのは私達も同じです」

 

 

神裂がステイルに続けて話す。

 

これで役者は揃った。

 

 

「それじゃ、助けるか」

 

 

俺の言葉にうなずく三人。

 

 

「インデックスを」

 

 

_________________________

 

 

 

作戦会議(インデックスを助けるとか大雑把に決めただけ)が終わった直前、電話が掛かってきた。小萌先生からだ。

 

 

俺は席を立ち、その場から少し離れ電話をとる。

 

 

「もしもし?」

 

 

『な、楢原ちゃん!大変です!シスターちゃんが!』

 

 

「!?」

 

 

俺は小萌先生から知らせを聞き、すぐに三人のところに戻る。

 

 

「おい!!インデックスが!!」

 

 

 

 

 

倒れた事を伝えた。

 

 

 

 

 

俺達は魔術師を連れて、子萌先生のアパートに戻った。

 

_________________________

 

 

「ではお願いしますねー」

 

 

子萌先生はそう言って部屋から出ていく。

 

あの後、俺達は子萌先生のアパートの部屋まで走って(俺と神裂は超人的スピードで上条とステイルを置いてきた)戻ってきた。

 

そして子萌先生は銭湯に行き、俺と神裂で布団で横になっているインデックスの看病をしている。

 

 

10分後……

 

 

「た、ただいま……」

 

 

汗だくになった上条&ステイル帰宅 。おい、いつからお前らの家になった。

 

 

「い、インデックスは大丈夫か!?」

 

 

「た、倒れてる奴に言われたくないと思うよ僕は……」

 

 

「いいからはやく来いお前ら」

 

 

玄関で倒れてる上条とステイルに来るように言う。

 

 

「インデックスは何で倒れたか分かるか?」

 

 

俺が二人に質問する。

 

 

「さきほど話した予兆です」

 

 

「強烈な頭痛のことか」

 

 

神裂の答えに上条が答える。神裂はうなずき肯定する。

 

 

「僕達は脳がパンクする予兆だと聞かされた」

 

 

ステイルが続ける。

 

 

「でも、記憶を消さなくてもいいと分かった。なら予兆での頭痛の原因を取り除かなければならない」

 

 

「どんな魔術が掛けられているか分かるか?」

 

 

俺の質問に二人は首を横に振る。

 

上条は自分の右手をインデックスの頭にのせる。

 

 

「駄目だ、何も起きない」

 

 

「………前から思っていたのだがその右手は一体どんな能力が?」

 

 

ステイルは上条の右手を見て、疑問を口にする。

 

 

「俺の右手は異能の力ならなんでも消すことができるんだ」

 

 

「……それで頭に魔術が掛かっているなら打ち消せると思ったわけか」

 

 

ステイルは右手の謎に納得したようだ。

 

 

「……まだインデックスに触れてないところを」

 

 

「「変なところ触ったら殺す」」

 

 

「触るか!!」

 

 

ステイルの手には数枚のルーン。神裂はいつでも七閃ができる体制。おい落ち着けお前ら。

 

 

「………!」

 

 

上条が何か思い付いたようだ。

 

上条はインデックスの口を開き中を見る。そして右手を彼女の口に入れる。ステイルと神裂は上条の真剣さを見て静かに見ていた。

 

そして、

 

 

 

 

 

バギンッ!!

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

上条の右手が勢い良く後ろに飛ばされた。

 

 

「避けろッ!!!!」

 

 

「「「!?」」」

 

 

ステイルが大声を出す。その瞬間、何かが爆発し、飛ばされた。

 

玄関まで飛ばされ、ドアが壊れ、部屋の廊下にドアと一緒に飛ばせれる。ステイルと上条は本棚にぶつかり、神裂は玄関で膝をついていた。

 

……一応全員意識があるみたいだ。

 

しかしそんなことを気にしている場合じゃなかった。

 

インデックスは部屋の奥で立っており、

 

 

 

 

 

目には真っ赤な魔方陣が光っていた。

 

 

 

 

 

「警告、第三章第二節。Index-Librorum-Prohibitorum」

 

 

インデックスは機械のように何かを言っている。

 

 

「禁書目録の【首輪】、第一から第三まで全結界の貫通を確認。再生準備………失敗。【首輪】の自己再生は不可能、現状、10万3000冊の【書庫】の保護のため、侵入者を迎撃を優先します」

 

 

とインデックスは壊れた本棚のそばにいる上条を見る。

 

 

「【書庫】内の10万3000冊により、防壁に傷をつけた魔術の術式を逆算………失敗。該当する魔術は発見できず。術式の構成を暴き、対侵入者用の特定魔術(ローカルウェポン)を組み上げます」

 

 

インデックスは

 

 

 

 

 

「侵入者個人に対して最も有効な魔術の組み込みに成功しました。これより特定の魔術【(セント)ジョージの聖域】を発動、侵入者を破壊します」

 

 

 

 

 

魔術を発動した。

 

 

 

 

 

バギンッ!!

 

 

 

 

 

インデックスの目にあった2つの魔方陣が大きくなる。直径が2メートルを越える2つの魔方陣が重なるようにし、左右の目の中心に固定された。

 

 

「          」

 

 

インデックスは何かを歌う。内容は理解できない。人の言葉ではないからだ。

 

そして魔方陣は輝き、空間を引き裂くように真っ黒な亀裂が四方八方に走り抜け、1つの防壁みたいなモノをつくりだした。

 

 

刹那、

 

 

 

 

 

ゴッ!!!

 

 

 

 

 

亀裂の奥から光の柱が上条に襲いかかった。

 

 

「!?」

 

 

上条はとっさに右手を出し打ち消す。が、消えない。

 

 

(【魔女狩りの王(イノケンテイウス)】と同じような効果か!?)

 

 

上条はステイルと戦った時を思い出す。

 

 

「ど、【竜王の殺息(ドラゴン・ブレス)】!?」

 

 

「そもそも何であの子が魔術を…!?」

 

 

ステイルと神裂は驚く。

 

 

「そんなことは後回しだ!!上条を援護しろ!!」

 

 

俺は上条を助けるように言う。

 

 

「上条の右手がインデックスに触れれば助けれる!!」

 

 

ステイルと神裂の目が見開く。

 

 

 

 

 

「お前らがずっと望んできたことだろッ!!!」

 

 

 

 

 

ステイルと神裂の心に火をつけるのは簡単だった。

 

 

「Fortis931」

 

 

ステイルの服の内側から何万枚というカードが飛び出した。壁や床、天井を隙間なく埋まった。

 

 

「命を助けることができるなら僕はそのためなら誰でも殺す。いくらでも壊す!そう決めたんだ、ずっと前に」

 

 

ステイルはルーン一枚右手に持ちながら言う。

 

 

そのとき上条の腕が弾き飛ばされた。

 

上条に光の柱が襲いかかる。が

 

 

「Salvare000!!!」

 

 

神裂は魔法名を叫ぶ。

 

神裂は畳に七閃をあてた。インデックスは足場を失い後ろに倒れ込む。光の柱は上を向く。そのときに壁と天井が一気に引き裂かれた。光の柱は雲まで引き裂く。

 

破壊された部分が光の羽となり、はらはらと舞い散る。

 

 

「それは【竜王の吐息(ドラゴン・ブレス)】。伝説にある(セント)ジョージのドラゴンの一撃と同義です!!右手の力があるとはいえ、人の身でまともに取り合おうと考えないでください!!」

 

 

神裂は上条に叫んでいた。

 

上条はそれを分かった上でインデックスに向かって走りだす。

 

だが、インデックスが上条に再び光の柱を当てるため、狙いを定めようとする。

 

 

「【魔女狩りの王(イノケンテイウス)】!!!」

 

 

上条の前に炎の巨神が現れ、上条の盾となる。

 

 

「行け、上条 当麻!!」

 

 

ステイルは初めて上条を名前で呼ぶ。

 

上条はぶつかりあう炎と光を迂回してインデックスのもとに走る。

 

 

「警告、第六章第十三節。新たな敵兵を確認。戦場の検索を開始………完了。現状、最も難易度の高い敵兵【上条 当麻】の破壊を優先します」

 

 

光の柱がもう一度上条に向く。が炎の巨神が上条をまた守る。

 

あと1メートル。そこまでインデックスに迫っていた。

 

 

「ダメです!!!上!!!」

 

 

神裂が大声を上げる。

 

上条の頭上に光の羽が舞い降りてきた。羽に触るとダメージが与えられる仕組みになっているのだろう。

 

「警告、二十二章第一節。炎の魔術の術式の逆算に成功しました。曲解した十字教の教義(モチーフ)をルーンにより記述したものと判明。対十字教の術式を組み込み中………第一式、第二式、第三式。命名、【神よ、何故私を見捨てたのですか(エリ・エリ・レマ・サバクタニ)】完全発動まで十二秒」

 

 

光の柱が赤く染まった。

 

光の柱が炎の巨神を押している。炎の巨神が消えるのも時間の問題だろう。

 

上条は、

 

 

 

 

 

光の羽を無視してインデックスに向かって右手を出した。

 

 

 

 

 

上条は光の羽が自分に当たることよりインデックスを助けることを優先した。

 

 

上条は心のなかで叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この物語(せかい)が、神様(あんた)の作った奇跡(システム)の通りに動いてるってんなら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まずは、その幻想をぶち殺す!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バギンッ!

 

 

上条の右手がインデックスの頭に触れた瞬間、展開していた魔方陣が壊れた。

 

 

「警、こく。最終……」

 

 

もう何を言っているのか分からなくなっている。

 

 

「再生、不可………消」

 

 

ブツンッ

 

 

インデックスの口からはもう何も聞こえない。目を閉じ、その場に崩れ落ちた。

 

上条はインデックスが転ばないように優しく抱き寄せる。

 

 

 

 

 

その時、上条の頭に光の羽が舞い降りきていた。

 

 

 

 

 

が、

 

 

 

 

「正義を語る矢よ!!」

 

 

 

 

 

大樹が叫ぶ。

 

 

 

 

 

「一刻の時、一矢に悪を貫く光をやどしたまえ!!」

 

 

 

 

 

弓を引く。

 

 

 

 

 

「【アストライアーの聖矢】!!!」

 

 

 

 

 

矢の先から100を越える光の矢が放たれる。

 

光の矢は光の羽を全て消した。

 

 

 

 

 

「もっと自分の体、大切にしろバカ野郎」

 

 

 

 

 

そこには弓を構えた楢原 大樹がいた。

 

 

_________________________

 

 

「朝ごはんできたぞー、集まれー」

 

 

「やったー!!」

 

 

インデックスが一番にちゃぶ台の前に席につく。そのあとインデックスに続いてどんどん席につく。上条が最後についた。そして

 

 

「「「「「「いただきます」」」」」」

 

 

「楢原ちゃーん、醤油とってくださいー」

 

 

「はいよー」

 

 

「おかわりなんだよ!」

 

 

「はいはーい、ってはえーよ!!」

 

 

平和な朝食だった。だが上条は違った。

 

 

 

 

 

「なんでお前らも居るんだよ!」

 

 

 

 

 

ステイルと神裂に上条は言った。

 

 

「うるさいぞ、ご飯くらい静かに食べるんだ」

 

 

ステイルに怒られる上条。

 

 

「え?この状況をおかしいと思っているの俺だけなの?」

 

 

「火織、お茶のおかわりなんだよ!」

 

 

「はい、どうぞ」

 

 

「……………」

 

 

ここで何かを言えば異端者扱いされると思ったのだろう。上条、まじ哀れ。

 

 

俺が弓を射った後、インデックスと上条は救われた。

 

俺はインデックスにステイルと神裂の誤解を解いてやったが、インデックスが怒っていた。しかし、最後には仲直りをした。神裂は号泣してずっとインデックスに抱きついており、ステイルはインデックスを背に向けて、プルプル肩を震わせていた。

 

え、俺と上条?ああ、帰ってきた小萌先生に部屋が壊れているのを見られ、廊下に正座させられてました。トホホ。

 

そのあとは部屋を直しました。俺と上条で。

 

 

俺があの時に射った矢はインデックスに手伝って貰って台所の下に隠していたんだ。俺が材料を集めインデックスがお祈りをしてくれたモノだ。比率で表すと1:9で俺が左でインデックスが右だ。俺何もしてねーじゃん。役立たずジャン?

 

そして、あの時に射った。

 

ちなみにあの後ステイルと神裂に壊された。これがあると、ある国が戦争を始めるらしい。こわっ!

 

アストライアー。

 

ローマ神話の正義の神の名前だ。ゼウスとテミスのあいだの娘。

 

昨日はこの神に世話になった。サンキュー。

 

いやいや本当に感謝してるよ。だって上条に降っている光の羽を打ち落とすだけだったのに全部打ち消すからびっくりしたよ。

 

それに、

 

 

(こうしてご飯を一緒に食べれるのだから)

 

 

俺は神に祈りを捧げた。

 

 

_________________________

 

 

「真ん中がいいんだよ!」

 

 

「私も真ん中がいいですー!」

 

 

「何喧嘩してんだよ、二人一緒に真ん中居ればいいだろ?」

 

 

「僕はここでいいよ」

 

 

「ステイル、そこは写りませんよ」

 

 

「よーし、撮るぞー」

 

 

インデックス、子萌先生、上条、ステイル、神裂は部屋で並んでいた。

 

俺はカメラにタイマーをセットしていた。

 

ご飯を食べたあと俺は風紀委員の原田が貸してくれたカメラをインデックスが見てみんなで撮りたいと言い出した。ステイルは嫌がっていたがインデックスの一言で撃沈した。おいインデックスに甘過ぎるだろお前。

 

そして、部屋の中で撮影している。

 

 

「ごー、よーん」

 

 

秒数を数えながら五人のところに行く。

 

 

「さーん、にー、いち!!!」

 

 

パシャッ

 

 

 

 

 

その写真には

 

 

敵としてインデックスを追い回したステイルと神裂。

 

 

敵から一年近く必死に逃げてきたインデックス。

 

 

それを助けるために右手を握り締め戦った上条。

 

 

インデックスを魔術を使い助けてくれた子萌先生。

 

 

そして俺。

 

 

そんな彼らはたくさんの事があった。敵対したり、傷つけあったり、泣いたり。

 

 

みんなが幸せに解決できる方法。そんなモノはないと思っていた。

 

 

一生交わることはない、平行線だと。

 

 

 

じゃあ何故彼らは写真を撮っているのか?

 

 

簡単だ。

 

 

俺達は目的が同じだったからだ。

 

インデックスを救うという目標が。

 

誤解と魔術側の人間が嘘を吐いたのが原因だ。

 

そのせいで、命懸けで戦ったりした。

 

でも

 

 

それを解くことができた。

 

 

そして最後には一緒に戦った。

 

 

助けたい人を助けれた。

 

 

そして、今……。

 

 

 

 

 

この写真には、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全員が笑顔で写っていた。

 

 

 




通算UAが1200越えました。

感謝の気持ちでいっぱいです。

次回は超電磁砲編に入っていきます。



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超電磁砲編
科学実験


ここからは超電磁砲編です。





 

「「あちー」」

 

 

俺と原田は声に出して夏の暑さについて感想を言った。

 

俺と原田は炎天下の大通りを歩いていた。

 

 

あの事件の後、しばらくはステイルと神裂は一緒に子萌先生の部屋に住んでいたが、次の仕事があるそうなので、イギリスに帰るらしい。

 

 

「もう帰るのか?」

 

 

「次の仕事があるからね」

 

 

俺の質問答えるステイル。

 

 

「それより」

 

 

その時、ステイルはR指定が入るほどの怖い顔になり、

 

 

「僕らを騙したあいつらを灰にしてやらないとね……」

 

 

やべぇ、目がマジだ。神裂に止めてもらうように言わないと。

 

 

「ステイル」

 

 

神裂が買い物から帰ってきた。

 

 

「釘とハサミと金づち、それにチェーンソーを買ってきました」

 

 

「ありがとう、助かるよ」

 

 

さらば魔術師。安らかに眠れ。俺にはあいつらを止めれない。

 

 

 

そして二人を見送って帰る途中、原田と会ったというわけだ。

 

原田はこれからデパートで買い物をするらしい。だったら俺も夕飯の材料を買うから同行させてくれ。というわけだ。

 

 

「ま、まだか?」

 

 

「も、もう少しだ……」

 

 

俺は8回目になるであろう質問をする。それに8回答える原田。

俺達はバス賃を節約するため歩いてデパートに向かうことにしたが、遠いです。ものすごく。

 

俺達はフラフラと歩いていった。

 

 

_________________________

 

 

「着いた…」

 

 

原田が呟く。おい死ぬな、ここまで来て。

 

デパートに入ると

 

 

「「Oh…,It’s cool!!」」

 

 

あまりの涼しさに英語になっちまったぜ☆

 

 

「よーし、行くぞ!」

 

 

スーパーハイテンションになった原田と一緒に歩く。お前誰だ。

 

 

「原田は何を買いに?」

 

 

「〇〇〇〇〇!」※卑猥の言葉なので伏せています。

 

 

「帰れ」

 

 

なんて言葉を公共の場で発言してんだよ!

 

 

「冗談だよ冗談」

 

 

冗談で済まされる言葉じゃねーよ。

 

 

「本当は新刊の本を買いに来たんだ」

 

 

「近くの本屋じゃだめなのかよ?」

 

 

「ここの本屋のほうが1日早く出るんだ」

 

 

なるほど。

 

 

「タイトル名は?」

 

 

「俺の〇〇〇〇が〇〇〇

※卑猥の言葉なので伏せています

 

 

「お前いい加減にしないとぶっ飛ばすぞ」

 

 

原田が全部を言い終わるまえに声を被せる。こいつまじぶっ飛ばそうかな?

 

 

「いや、ほんt」

 

 

ゴッ!

 

 

「ヘブンッ!?」

 

 

原田に右フックを入れる。いや本当なら、なお悪いわ。

 

 

「目的違うし別行動なー」

 

 

床に倒れた原田を無視して夕飯の材料を買いに行った。

 

 

「い、いってら………しゃい……」

 

 

よく言えたなおい。

 

 

_________________________

 

 

ピンポンパンポーーーーーーーーーーーーーーーン

 

 

『今から一階の休憩大ホールで伊瀬(いせ)医科高校の生徒、三年、宮川 慶吾(みやがわ けいご)の研究ショーが始まりす。ふるってご参加してください』

 

 

最後音なげーよ。どうしたら出るんだよ。

 

放送案内が流される。

 

 

ピンポンパピ、ピンポ、ピンポンパンポーン

 

 

やり直しばっかしてんじゃね。失敗しすぎだ。

 

俺は放送を流した人を少し心配する。クビにされそうで怖いわ。

 

 

(まだ時間あるし見に行くか、暇潰しに)

 

 

俺は一階の休憩大ホールに向かった。

 

 

_________________________

 

 

「こんにちは、宮川 慶吾です」

 

 

俺が着いた時に丁度始まった。

 

休憩大ホールの真ん中に円形状のステージの上に白衣を着た少年、宮川がいる。そして回りには人がそ囲み、用意された椅子に座っている。客は100を越えるほどいた。そのせいで椅子には座れなかったので、後ろのほうで立って観ることにした。

 

 

「私が長年研究してきたモノが遂に完成しました」

 

 

宮川は手を広げ、言う。

 

 

「それをここで発表したいと思います!どうぞ!」

 

 

客は入り口からやって来た、赤い布が掛かった大きな四角形が運ばれてきたモノに拍手する。

 

 

「これが僕が開発したものです!」

 

 

赤い布を宮川は取る。

 

箱の中には水が入っていた。そう水だけしか入ってなかった。

 

観客がざわざわと騒ぐ。

 

 

「これは僕が作った特殊な水です」

 

 

おおお、と観客は歓喜の声を上げる。

 

 

「この水はどんなモノでも吸収する水なんです」

 

 

観客の頭の上に?がたくさんでる。

 

 

「論より証拠。そして、これを見てください」

 

 

そういって宮川は薄い茶色の球体を取り出す。

 

そして、

 

 

 

 

 

「核爆弾です!」

 

 

 

 

 

「「「「「なにいいいいィィィ!!!」」」」」

 

 

何てモノを取り出すんだ!?

 

観客は騒ぎ出した。

 

 

「お、落ち着いてください!これは本物ではありません!」

 

 

そ、そりゃそうか。本物持ってくるわけないよな。持ってきたらそいつは相当頭がいってるな。

 

観客は静かになる。

 

そして、

 

 

 

 

 

「レプリカです。半径1500メートルしか爆発しません!!」

 

 

 

 

 

「「「「「わああああああァァァァ!!!」」」」」

 

 

こいつは頭がいってるな。

 

 

「これを今ここで爆発させます!」

 

 

「「「「「やめろおおおおォォォォ!!!」」」」」

 

 

あ、スイッチみたいなの押しやがった。

 

 

「これで15秒後には爆発します!!」

 

 

「「「「「おいいいいィィィ!!!」」」」」

 

 

自由すぎるだろアイツ!?

 

宮川は核を水の中に入れた。

 

 

「皆さん、観ていてください!核が爆発を吸収される瞬間を!!」

 

 

観客たちは静かになり、水槽を観る。

 

なるほど。これが実験か。

 

 

「大丈夫です!!爆発しません!!」

 

 

観客は笑顔に

 

 

「ぶっつけ本番ですが問題ありません!成功します!」

 

 

「「「「「おおありじゃあああァァァァ!!」」」」」

 

 

ならなかった。むしろ泣いている人やお祈り捧げる人まで出た。世紀末かここは。

 

そして、

 

 

 

 

 

バフンッ!

 

 

 

 

 

間抜けな音を出して爆発した。

 

水槽は割れていない。

 

 

「せ、成功したあああああァァァァ!!!」

 

 

「「「「「よかったあああァァァァ!!!」」」」」

 

 

超巨大隕石は地球を避けました!と同じ位喜んでるな。

 

宮川も喜んでいた。

 

 

「よかった。作ってよかった」

 

 

泣いてるし。が

 

 

「核の使用許可が出ないから2年かけて作ってよかった…!」

 

 

とんでもないことを言い出した。

 

 

「み、水を長年かけて作ったんじゃないのか…?」

 

 

観客の一人が聞く。

 

 

「え?いや、水は7日で出来たよ?」

 

 

もうなんなのこいつ?

 

 

「僕は核を作りたかったんだ」

 

 

何か語りだしたぞ。

 

 

「でも製作の許可が取れなかった…」

 

 

当たり前じゃ、ボケ。

 

 

「でも僕は諦めなかった!そして僕は2年かけて作り出した!核を!!」

 

 

違法だからな?それ。

 

 

「そして核を爆発させたかった」

 

 

殺人鬼になりたいの、お前?

 

 

「被害が出ないようにはどうすればいいか考えた」

 

 

爆発させないという考え方はないのか。

 

 

「だから俺はこの水を一週間で作り上げた!」

 

 

もうついていけねー。

 

 

「そして僕は今日爆発させれたんだ!!」

 

 

そうですかー。よかったですねー。あ。

 

 

「僕はこれからも核を「確保ー」……… Ha?」

 

 

ガシャンッ!

 

 

宮川の腕には手錠をかけられる。

 

 

「ちょっと署で話をしようか」

 

 

「(^q^)」

 

 

違法なのは知ってたんだな、あいつ。

 

 

「君の罪は重い。だが」

 

 

ん?

 

 

「そこの水を爆弾処理班に提供して罪を償わないか?」

 

 

「!?」

 

 

おお、これは良い展開に

 

 

「核以外を爆発させるだと!?この外道が!!」

 

 

核を爆発させるお前のほうがよっぽどの外道だ。

 

 

「………とりあえず行こうか」

 

 

ポリスが諦めやがった。ちょっとは何か言えよ。

 

こうして、研究ショーは終わった。客は全員口を開けていた。

 

_________________________

 

 

「ネギ安かったなー」

 

 

ネギが一本20円で売っていた。10本買っても200えーん。

 

野菜が安かったので沢山買ってきました。今夜は野菜パーティーだ!!

 

原田からメールを受け取り、集合場所のベンチで休憩していた。

 

 

(肉抜き野菜炒め、金平ゴボウ、ほうれん草のお浸し他には………)

 

 

俺は今晩のメニューを考えていた。肉……肉も食いたいなぁ。今から買ってくるか?

 

 

その時、

 

 

 

 

 

ドゴオオオオォォォォ!!!!!

 

 

 

 

 

「!?」

 

鼓膜が破けるような音がした。

 

 

(爆発!?)

 

 

デパートの客は逃げる。そして

 

 

『この建物は我々が貰った。死にたくなければすぐにこの建物から立ち去れ』

 

 

放送が流れた。

 

 

ガガガガガッ!!!

 

 

同時に、銃声が鳴り響いた。

 




少し執筆状況を話します。

転生する世界は3つ目まで考えてあります。(1つ目はとあるです)
もし4つ目はこの世界にいってほしいという意見も受付てありますのでよろしくお願いいたします。

執筆状況はストックは全くない状態です。完成したらすぐに出すようにしています。
次はこの時間までには書くのでよろしくお願いいたします。



感想や評価をくれると嬉しいです。


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永遠反射 (エターナルリフレクト)

オリジナル能力がでてきます。


続きをどうぞ。


【原田視点】

 

 

大樹に殴られた後、俺は本屋に向かっていた。もちろん、発売される本を買いに。え?卑猥な本を?違う違う。R-18だから安心しろ。

 

本を買ったあと、大樹を合流しようと思ったが

 

 

「お、白井じゃん」

 

 

ツインテールの少女は振り返る。

 

 

「原田先輩!」

 

 

白井(しらい)がこちらに走ってきた。

 

白井 黒子(くろこ)は俺の後輩だ。まだ中学生なのにレベル4。俺なんか高3でやっとレベル4だぞ!

 

 

「先輩はどうしてこちらに?」

 

 

「俺は本を買いに来たんだ、白井は?」

 

 

「わたくしはご友人と待ち合わせをしておりますの」

 

 

「あー、引き止めて悪かったな」

 

 

「いえ、約束まで時間はまだありますので」

 

 

白井は声のトーンを落とし、

 

 

「それよりも先輩に聞いてほしいことが」

 

 

「………場所を移そう」

 

 

白井の真剣さ理解し、喫茶店へ入っていく。

 

適当に注文し、白井が口を開く。

 

 

「単刀直入に聞きます」

 

 

「何だ?」

 

 

「【知的能力の低下(キャパシティダウン)】をご存知でしょうか?」

 

 

「あれか」

 

 

知的能力の低下。

 

能力者の演算能力を大幅に阻害する音響兵器。

 

レベル4である白井は全く使えなくなり、レベル5でもかろうじてしか使えない。能力者に最悪な状況を巻き起こす代物だ。

 

 

「聞いたことはあるが見たことはないな」

 

 

「その装置の強化版が作られていることは?」

 

 

「!?」

 

 

それは初めて聞いた。もしそんな物を作られたら……!

 

白井の言うことに驚愕する。

 

 

「先日、取り締まった者たちがそんなことを話していました」

 

 

「信憑性は?」

 

 

「高い方だと思われます」

 

 

これを悪用されたらとんでもないことが起きる。

 

 

「具体的な強化内容は分かるか?」

 

 

「……………」

 

 

白井は黙っていたが重い口を開いた。

 

 

「レベル5の能力を完全使わなくさせるほど」

 

 

「………」

 

 

ここまでは予想どうりだ。だが

 

 

 

 

 

「距離は半径1キロメートルまで可能になったらしいです」

 

 

 

 

 

「!?」

 

 

俺は目を見開く。ありえないモノでも見るのような顔になる。

 

 

 

 

 

「しかも小音量でも500メートルは効果があるそうです」

 

 

 

 

 

俺は呼吸をするのを忘れていた。

 

白井は続ける。

 

 

「なので発見が困難になるそうです」

 

 

「まじかよ……」

 

 

俺は上を見てそう呟いた。

 

その時、注文の品が来た。

 

俺はブラックコーヒーを、白井は紅茶を飲む。

 

 

「わかった。今日の定例会で話しておこう」

 

 

「ありがとうございます」

 

 

「お礼を言うのはこっちのほうだ」

 

 

定例会でこれを言えば被害を出さずに済むかもしれない。

 

 

「ではわたくしはこれで」

 

 

「おう」

 

 

と白井が席を立つと、

 

 

 

 

 

ドゴオオオオォォォォ!!!!

 

 

 

 

 

「「!?」」

 

 

爆発音がした。

 

 

「な、なんですの!?」

 

 

白井が驚く。そのとき

 

 

『この建物は我々が貰った。死にたくなければすぐにこの建物から立ち去れ』

 

 

ガガガガガッ!!!

 

 

アサルトライフルの銃声が鳴った。悲鳴も聞こえる。

 

 

「お姉様!!」

 

 

「待て!!白井!!」

 

 

引き止めたが遅かった。すでにもういない。能力で移動したのだ。

 

白井の能力【空間移動(テレポート)

 

名前の通り空間を瞬間移動する能力だ。おそらく既に放送の犯人のところに行ったのだろう。

 

俺も喫茶店を出ようと立ち上がるが、

 

 

頭が締め付けられるような痛みが襲ってきた。

 

 

「ぐッ!?」

 

 

俺はその場に倒れた。立ち上がろうとするが全く動けない。

 

 

(せ、せめて応援を…!)

 

 

俺は携帯電話を取りだし、緊急のボタンを押した。

 

 

 

 

 

「緊急事態発生!!場所は電話から逆探知しろ!!」

 

 

 

 

 

今一番大事な事を言うんだ。

 

 

 

 

 

「【知的能力の低下】だ!無能力者でのチームを作り上げ、迅速に対処しろ!!」

 

 

 

 

 

俺はもう喋ることが出来ないような痛みに襲われ、携帯電話を手から放した。

 

 

_________________________

 

 

【第三者視点】

 

 

「人質は?」

 

 

「8人です」

 

 

「……ひとり増えてないか?」

 

 

「風紀委員が人質の救助をしようとしたため装置を起動して無力化しました」

 

 

黒の覆面を被った二人が話す。

 

人質は手を縄で縛られて一ヶ所に集められている。

 

4人は女子中学生、残りの4人は男子高校生だ。

 

そのうちの6人はぐったりと横になっている。意識はかろうじてある。

 

その周りを四人の覆面が囲む。

 

見張り役として入り口と出口に2人待機させている。黒の覆面は合計で10人だ。

 

 

「よし、爆弾はあるか?」

 

 

「はい、ここに」

 

 

覆面の一人が爆弾を取り出す。

 

 

「いつでも起動出来るようにしろ」

 

 

覆面の男は爆弾に細工をする。

 

 

「どうしてこんなことをするの?」

 

 

その時、一人の女子中学生が声を出した。

 

 

「ああ?」

 

 

覆面は苛立ちを隠さず、彼女に近づく。

 

 

「金だよ!金!」

 

 

覆面は笑いながら続ける。

 

 

「ここにある金は全部とった!あとはお前らと助けにくるやつらをこの爆弾で殺すのさ!」

 

 

「ど、どうして殺す必要が…!」

 

 

少女は怖くなるが、勇気を出して質問する。

 

 

「んなもん、証拠隠滅に決まってんだろ。わずかな証拠でも消す。当たり前だろ?」

 

 

覆面はナイフを取りだし、

 

 

「そうだ、俺に歯向かった記念にお前から殺すか?」

 

 

「!?」

 

 

少女の顔が真っ青になる。

 

 

「や、やめなさい…!」

 

 

倒れている少女が止めるように促す。だが、

 

 

「誰が止めるかよ、ばーか」

 

 

覆面は嘲笑い、ナイフを少女の首に当てた。

 

 

「ほら、その気になったらいつでも死ねるぞ?」

 

 

少女は動けなくなり、一言も声を出せなくなった。

 

 

「さっきの威勢はどうした?」

 

 

覆面は声を上げて笑う。

 

 

そして、

 

 

 

 

 

「じゃあな、お嬢ちゃん」

 

 

 

 

 

 

ゴスッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

刹那、ナイフを持った覆面が消えた。

 

 

否、覆面は20メートル先にある壁まで転がっていた。

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

残った5人の覆面が驚く。

 

ナイフをもった覆面がいた場所に一人の少年が立っているからだ。

 

 

「だ、誰だ!?」

 

 

「どうやってここまで!?」

 

 

「見張りはどうした!?」

 

 

入り口には二人の覆面が倒れていた。体から力が抜けてピクリとも動かない。

 

それを見た五人は銃を少年のほうに構えた。

 

 

「撃て!!!」

 

 

覆面の誰かが言うと、一斉に射撃しようとした。

 

が、

 

 

 

 

 

既にその場所には少年がいなかった。

 

 

 

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

そして、

 

 

「ガハッ!?」

 

 

一人の覆面が倒れる。

 

後ろには、

 

 

 

 

 

さきほどの少年がいた。

 

 

 

 

 

「い、いつの間に!?」

 

 

「能力者!?」

 

 

「ば、馬鹿な!?装置を発動してるんだぞ!?」

 

 

「か、構わん!!撃て!!!」

 

 

ガガガガガッ!!!

 

 

「危ないッ!!」

 

 

誰かが声を上げるが

 

 

少年は前に向かって走りだした。

 

 

 

 

 

弾を避けながら

 

 

 

 

 

そして、一人を右の拳でぶん殴った。

 

覆面は後ろに飛んでいき壁に衝突する。覆面はあまりの衝撃の強さに気絶した。

 

「う、嘘だろ!?」

 

 

弾を避けられたことに驚愕する三人。

 

 

「何事だ!?」

 

 

出口を見張っていた二人の覆面が走ってきた。

 

 

「く、来るな!!」

 

 

誰かが声をあげたが、遅かった。

 

少年は片方ずつの手を使って応援に来た二人の顔を掴み、地面に叩きつけた。

 

 

「ガッ!?」

 

 

「ッ!?」

 

 

突然の出来事に一人は声すらあげれなかった。

 

 

「クソッ!!」

 

 

一人は30センチメートルのナイフを取りだし、少年に突っ込む。

 

 

ガシッ!!

 

 

 

 

 

そして、少年はナイフの刃を掴んだ。

 

 

 

 

 

ピチャッ

 

 

少年の手から血がしたたる。地面には小さな血の水たまりができる。

 

 

「ヒッ!?」

 

 

覆面は恐怖に顔を歪ませる。そして

 

 

バギンッ!!

 

 

 

 

 

少年は手に力を入れてナイフを折った。

 

 

 

 

 

少年は足に力を入れて、

 

 

ドゴッ!!

 

 

「グフッ!!」

 

 

回し蹴りを覆面の横腹に当てた。

 

覆面は10メートルほど吹っ飛び、白目を剥いて動かなくなった。

 

 

「う、うごくな……」

 

 

声がしたほうには銃口を女の子に向ける二人の少女がいた。

 

 

「う、うごいたら撃つぞ!?」

 

 

少年は覆面を睨んだまま動かない。

 

そして、

 

 

「おい、今なら殺せるぞ!?」

 

 

「俺が撃つのか!?」

 

 

「いいから撃て!!!」

 

 

もうひとりはこちらに銃を向ける。

 

そして、

 

 

少年はハイスピードで銃を少女に向けた覆面との距離をゼロにした。

 

 

ドゴッ!!

 

 

覆面が蹴り飛ばされる。

 

 

「アガッ!!」

 

 

「!?」

 

 

もうひとりの覆面が急いで銃を少年に向ける。

 

 

「ば、化け物…!」

 

 

だが、覆面は撃つことはできなかった。

 

 

 

 

 

恐怖に支配されたせいで。

 

 

 

 

 

少年は最後の一人に近づく。

 

 

「………化け物か」

 

 

少年は初めて口を開く。

 

 

「俺はお前らの方が化け物に見えるぜ」

 

 

少年は血が出ている右手を握り締める。

 

 

「無差別に人質を捕まえ……」

 

 

少年は覆面を睨み付ける。

 

 

「女の子に恐怖を与え、殺そうとしたやつに」

 

 

少年は覆面に向かって走り、

 

 

 

 

 

「人間様を語ってるんじゃねぇッ!!!!!」

 

 

 

 

 

覆面の顔をぶん殴った。

 

 

_________________________

 

 

【大樹視点】

 

 

現在進行形で俺は今ぶちキレてる。

 

 

覆面の奴らをボコボコにした。

 

 

俺は植木ばちに隠してある機械に目を向け

 

 

(うるせぇ音だな)

 

 

ガシャンッ!

 

 

蹴っ飛ばした。耳障りだ。

 

その瞬間、

 

 

バチバチッ!!

 

 

倒れていた女子中学生が青い火花を散らして縄をほどいていた。電気で縄を切ったのか。

 

 

シュンッ!

 

 

もう一人の少女は瞬間移動して脱出していた。

 

 

って、

 

 

 

 

 

「ありがとう、助かったわ」

 

 

「わたくしからもお礼を言いますわ。どうしようもできない状況でしたので」

 

 

 

 

 

御坂(みさか) 美琴(みこと)と白井 黒子がいた。

 

 

 

 

 

(はあああああああァァァァ!!!!!???)

 

 

びっくりした。 超びっくりした。さらに、

 

 

「助けていただいてありがとうございます!」

 

 

「友人を救って頂きありがとうございます!」

 

 

 

 

 

佐天(さてん) 涙子(るいこ)初春(ういはる) 飾利(かざり)もいた。

 

 

 

 

 

俺、原作キャラクター四人を一気に助けた。まじで?

 

テンションが上がってきた俺に、

 

 

「「「「ありがとうございます!!」」」」

 

 

男子高校生がお礼を言う。あ、こいつらは知らねぇや。

 

 

「大樹!!」

 

 

女の子たちと会話しようとしたら声がかけられた。誰だ!?俺のイチャイチャを邪魔しようとするやつは!?

 

声がするほうを見ると原田が走ってきていた。

 

 

「大丈夫か!?」

 

 

「おう、テロリストを10人ボコボコにしてぐちゃぐちゃにしただけだ」

 

 

「そうか、なら………ってよくねーよ!!!」

 

 

ノリツッコミか。

 

 

「しかも最後グロい!?本当に大丈夫なのかよ(テロリスト)!?」

 

 

「ああ、俺はこれが終わったら結婚するって決めてたからな。死ぬわけにはいかねーよ(テロリスト?死んだ)」

 

 

「死亡フラグをたてんじゃねー!(……安らかに眠れ!)」

 

 

ぎゃーぎゃーうるさいな。あとアイコンタクトで会話するなよ俺たち。

 

 

「あの……」

 

 

男子高校生の一人が話しかけてきた。

 

 

「なんだ?」

 

 

俺が答える。

 

 

「さっきからこれ減っているですけど?」

 

 

「減ってる?」

 

 

それを見てみると

 

 

 

 

 

爆弾についている液晶の画面が59、58、57と減っていた。

 

 

 

 

 

「おい、これって……」

 

 

「お前のせいだぞ大樹。フラグをたてるから」

 

 

 

 

 

 

「「「「「ああ、こいつはやばい」」」」」

 

 

 

 

 

 

声を揃えてみんなで言う。

 

 

「おい、やべぇ!!これ核爆弾のレプリカだ!!」

 

 

「な、なんで分かるんだ!?」

 

 

「あの馬鹿が!!ちゃんと処理しろよ!!」

 

 

「俺の質問に答えろ!!」

 

 

「うるせぇ!!」

 

 

「逆ギレ!?」

 

 

「こいつは半径1500メートルを吹っ飛ばすほどの威力だ!!」

 

 

「「「「「はああああああァァァァ!!??」」」」」

 

 

40秒

 

 

「ど、どうすんだよ!大樹何とかしろ!」

 

 

「風紀委員の貴様が何とかしろ!」

 

 

「わ、私が電気で操作できます!」

 

 

「「!?」」

 

 

俺と原田の言い争いに提案をする御坂。

 

 

だが

 

 

「で、でもそれはONのボタンだけで構成された爆弾です!一方通行になっていてOFFにすることはできません!」

 

 

初春が無理だと言う。

 

 

25秒

 

 

「み、水だ!!」

 

 

「な、何言ってんだ!?」

 

 

「一階の休憩大ホールに水槽がある!その中で爆発させれば助かる!」

 

 

「駄目だ!!走っても間に合わねぇ!!」

 

 

ここは二階の一番奥の場所でかなり距離がある。

 

 

15秒

 

 

「そこでお前の能力だ!!」

 

 

「はぁッ!?」

 

 

「いいから爆弾に能力発動しろおおおォォ!!」

 

 

「わ、分かった!!」

 

 

10秒

 

 

「できたぞ!!」

 

 

俺は爆弾を掴み、

 

 

 

 

 

「いっけえええええェェェ!!!!!!」

 

 

 

 

 

豪速球で投げた。

 

 

「「「「「はぁッ!!??」」」」」

 

 

全員が声を上げる。

 

 

「何しとんじゃボケ!!」

 

 

「いっけえええええェェェ!!!!」

 

 

「うるさいわ!!!!」

 

 

3秒

 

 

「全員伏せろおおおォォォ!!!」

 

 

爆弾は、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

爆発しなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「た、助かったのか?」

 

 

原田が声をあげる。

 

 

「ま、まじでか……」

 

 

大樹が驚いていた。

 

 

「いや、お前がどうにかしたんだろ?」

 

 

原田がたずねる。

 

 

「だ、だって成功するわけないと思ってたから」

 

 

「そもそも何をしたんですか?」

 

 

佐天が質問する。

 

 

「ついてきたら分かると思う」

 

 

大樹はそう言って歩きだした。

 

他の人も大樹について行った。

 

 

_________________________

 

 

「ここだ」

 

一階の大ホールだった。円形状のステージに上に四角形の水槽がある。てか男子高校生も居るし。

 

 

 

 

 

その中にさきほどの爆弾の残骸があった。

 

 

 

 

 

原田と白井は驚愕した。他の者は首を傾げて?を頭に浮かべる。

 

 

「おい………嘘だろ…!?」

 

 

原田が声をだす。

 

 

「ど、どうしたのよ黒子?」

 

 

御坂が聞く。

 

 

「…原田先輩はレベル4ですの」

 

 

説明を始める。

 

 

「能力は【永遠反射(エターナルリフレクト)】」

 

 

「どんな能力なんですか?」

 

 

次に佐天が聞く。

 

 

「物体に反射能力を与える能力だ」

 

 

今度は原田が説明する。

 

 

「ビー玉に反射能力を与えて、壁に飛ばすと1分は部屋の中を反射し続けることができる」

 

 

「そんなのでレベル4なんですか?」

 

 

初春、少しはオブラートに包めよ。

 

 

「初春、反射した物体は加速していくのですよ?」

 

 

「「「?」」」

 

 

みんな理解してないのか……。

 

 

「加速した物体をぶつけられたら?」

 

 

「あー、なるほどそれは痛いですね」

 

 

みんな理解したみたいだな

 

 

「人の肌にぶつかっても物体は反射します。それを利用して」

 

 

白井は苦虫を潰したような顔をして

 

 

「犯人が立て籠った部屋に大量のビー玉を投げ込んで全身アザだらけにさせた事件もありました」

 

 

「「「うわぁ…」」」

 

 

犯人に同情する三人。俺も聞いたとき同情した。

 

 

「最後は泣きながら部屋から出て来ました……」

 

 

白井も同情してるな。

 

 

そこで御坂は理解した。

 

 

 

 

 

「まさか、あそこから投げ、反射を利用してここに入れたの…!?」

 

 

 

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

 

 

 

「反射も計算に入れてな」

 

 

「しかも丁度水の中で爆発させないと水槽の底で跳ね返ってしまいますの」

 

 

絶句された、俺を見て。やべぇ何か言わないと。

 

 

「………俺、人間だけど?」

 

 

「「「「「それはない」」」」」

 

 

「……………」

 

 

 

規格外おめでとう、俺。




永遠反射 (エターナルリフレクト)

物体をスーパーボールのように反射できるようになる能力。

跳ね返れば跳ね返るほどスピードは上がり、物体の威力は上がる。
止めようと思えば、能力を消すこともできる。

ビー玉を一分間反射できると言っていたが、実はビー玉に反射能力をしたところ、一分しか耐えれず、壊れてしまったからである。

デメリットは大きな物体や人体には使えない。風や水、電気といった形が無いものには使えないこと。

レベル4なのは物体がある程度反射しないと威力が強くならないからである。


長い能力説明、申し訳ありません。

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強さの象徴

続きです。


「「「「レベル0!?」」」」

 

 

「お、おう」

 

 

び、びっくりした~。危うく心臓が破裂するところだったぜ。何で飛び出さないんだよ、グロい。

 

 

俺達はあの事件の次の日、助けてくれたお礼がしたいと言われた。断ろうとしたが原田に「無理矢理でも連れて来る!」と俺の服などに能力を使われ、ファミレスに連れてこられた。原田?ああ、俺をバスケットボールみたいに扱ってくれたから、お礼として原田にはサッカーボールになってもらい、お星様の刑に処した。

 

 

(生きてるかな?)

 

 

まぁ、反射能力をうまく使って生きてるだろ。どうやってかは知らないけど。

 

で、今俺達はコの字のテーブルにいるが、左上から初春、佐天、俺、御坂、白井の順で座っている。

 

 

「【知的能力の低下(キャパシティダウン)】が効かなかったのはそういうことだったのですね」

 

 

白井が納得した様子でうなずくが、

 

 

「ではあの時は身体能力だけで犯人を!?」

 

 

初春が声を驚きの声をあげる。だから声がでかい!

 

 

「えっと、初春?もう少し静かにしないと…」

 

 

「はっ」

 

 

店員さんがこちらを睨んでいる。

 

 

ニコッ(^-^)

 

 

睨んでいる店員さんに最高のスマイルを送ってやった。

 

 

ハァ(´Д`)

 

 

なんか呆れられた……。

 

 

「な、なんかすいません…」

 

 

「言うな、何も言うな」

 

 

俺の笑顔ってあれなのか?あれなのか?

 

俺はレベルの話をする前に自己紹介をした。その時に呼び方はどうするか?ということになったが、俺は皆の苗字を【さん】や【ちゃん】を付けずに呼ぶことで決定だが、一人だけ例外がいる。

 

次に俺の呼び方をどうするかになったが、初春と佐天は大樹先輩、白井は楢原先輩と呼ぶことになった。

 

ただ、

 

 

「なにやってんのよ、あんたは」

 

 

「いや、笑顔は世界を救えるからこのファミレスも救ってやろうと」

 

 

「何救うのよ?」

 

 

「短パンお嬢様」

 

 

「だ~い~き~?」

 

 

「まじすんませんでした」

 

 

俺は地面に頭をしっかりとつけて土下座する。中学生に頭を下げる俺。マジカッコ悪い。

 

御坂は俺のことを大樹と呼ぶ。そして

 

 

「美琴こえー」

 

 

「何か言った?」

 

 

バチバチッ!!

 

 

「夕飯は親子丼にしようって言いました、サー!!」

 

 

美琴の電撃を見て俺は自衛隊に負けない綺麗な敬礼をする。

 

そう、俺は御坂のことを美琴と呼ぶことになった。

 

なんで呼ぶのかって?それはファミレス集合時間の15分前の出来事だった。

 

 

 

 

 

「大丈夫かなあいつ?」

 

 

俺は原田を蹴り飛ばした後、一人でファミレスの前で待っていた。

 

 

「あ」

 

 

常盤台中学の制服を着た御坂が来た。

 

 

「こんにちは」

 

 

「ああ、こんにちは」

 

 

向こうから挨拶をしてきた。もちろん俺も返す。

 

 

「あの時はありがとうございました」

 

 

「いやいや、当然のことをしただけだから」

 

 

お互いに微笑みを交わす。

 

その時、タイミング悪く、携帯電話が鳴った。

 

 

「ごめん、ちょっと話してくる」

 

 

「気にしないでください」

 

 

ええ子やの~。誰だ!幸せの一時を邪魔するのは!

 

 

『もしもし?俺だけど』

 

 

「くたばれ」

 

 

『……俺何かしたか?』

 

 

電話をしてきたのは上条だった。

 

 

「要件を8文字以内に言え」

 

 

『………右手がもげた』

 

 

「……Really?」

 

 

『まじだ』

 

 

もしかして?

 

 

「魔術師?」

 

 

『よくわかったな』

 

 

「魔術師と戦って右手が厄介だから斬られたと」

 

 

『凄いな、そこまで分かるのか!!』

 

 

「俺がお前と戦ったら同じことする」

 

 

『やめてくれ』

 

 

「右手が無くなったから介護して欲しいから電話してきたのか?」

 

 

『いや、右手はあるよ』

 

 

「そうか。用件はなんだヒトデ野郎」

 

 

『ひどっ!!』

 

 

「悪い悪い、どうせお前のことだから何があっても死なないと思ってたから」

 

 

『俺は人間だ』

 

 

「用件なに~?」

 

 

『無視かよ。まぁいいや。用件はインデックスの』

 

 

「お大事に」

 

 

『ま、待ってくれ!殺される!助けて!』

 

 

「すまないな、俺はこれから常盤台の人と食事するから」

 

 

『まってえええェェェ!!!』

 

 

インデックスの食欲はやばい。3日分はあったはずの食料が半日で無くなったことがある。きっとお腹の中にブラックホールがあるに違いない。

 

 

『って常盤台?何でそんなお嬢様達と飯なんか食うんだ?』

 

 

「助けてくれた礼がしたいってさ」

 

 

『何やったんだお前?』

 

 

「テロリストをボコボコにして核爆弾をどうにかした」

 

 

『お前人間か?』

 

 

ブチッ、ツー、ツー

 

 

prururururu,、ピッ

 

 

『切るなよ!!』

 

 

だって~、俺のこと~、馬鹿にしたも~ん。

 

 

『てか常盤台ってビリビリがいたな』

 

 

御坂のことか。

 

 

超電磁砲(レールガン)のこと?」

 

 

『そう、そのビリビリ』

 

 

「実はそのビリビリと食事するんだが」

 

 

『……………………………………………………………まじ?』

 

 

「まじ」

 

 

沈黙長すぎだろ。

 

 

「今からそっちにビリビリを送るから」

 

 

『やめて!もう体がもたない!』

 

 

「選べ!①インデックスを世話してもらえるがビリビリがお前に超電磁砲を撃つ②ビリビリは来ないがインデックスがお前に噛みつく」

 

 

『いやだ!どっちもいやだあああァァァ!!!』

 

 

「③お金で解決」

 

 

『汚なッ!!貧乏な人から金を取るなんて!!』

 

 

「④俺、Mだから①と②、どっちも受ける!」

 

 

『誰がMだッ!!違うわッ!!』

 

 

「⑤爆死」

 

 

『何で死ぬんだよ!?』

 

 

「⑥ロリコンになる。あ、もうロリコンかw」

 

 

『やかましいわッ!!!!』

 

 

「否定は………しないのか」

 

 

『違う!俺は「⑦次は左手がもげる」……聞けよ!!』

 

 

上条弄るの楽し~。そろそろ終わるか。

 

 

「⑧インデックスの世話をしてやる。借りは返せ」

 

 

『⑧ッ!!!』

 

 

元気ありすぎだろ。本当に病人?

 

 

『それじゃ頼んだぜ!』

 

 

「おう、まかせろ」

 

 

そして、電話を切った。

 

さて、戻るか。

 

 

 

 

 

ここで俺は失敗した。

 

 

あの時、上条の電話なんかに出るんじゃなかったことを。

 

 

御坂がファミレスの前の看板を見ている。俺はそんな素敵な女の子に声をかける。

 

 

 

 

 

「ごめん!待たせたな、ビリビリ」

 

 

 

 

 

無意識って怖いわー。

 

 

「………」

 

 

「あ」

 

 

御坂が固まってる。い、言い訳しないと!

 

 

「え、えっとその、これには」

 

 

「何で私が嫌いなあだ名を知っているんですか?」

 

 

顔は笑顔だが、目がやばい。超怒ってるわ。

 

 

「お、俺の友達だ!俺の友達が言っていたんだ!」

 

 

俺は上条を売る。

 

 

「もしかして?あの能力を何でも消しちゃうあいつですか?」

 

 

コクコクッ!

 

 

うなずいて肯定する。友達って時には犠牲になってもらってもいいよね?

 

 

「へぇー、あいつの仲間かー」

 

 

何か駄目な方向に進んでる気がする……。

 

 

「あいつと同じようにあたしをビリビリって呼ぶの?」

 

 

ついに敬語の「け」の字も無くなった。

 

 

「いや、それは無い!見下してない!」

 

 

やばい!機嫌を直さないと!

 

 

「ほら!俺は能力を消せないし!弱いし!」

 

 

「テロリストをボコボコにするようなやつが?」

 

 

「弱くないですね、はい」

 

 

万事休すか… …。

 

 

バチバチッ!

 

 

青白い火花が弾け飛ぶ。ヒッ!!

 

 

「お、俺はお前を見下さない!」

 

 

怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!何か言わないと!(脳フル稼働中)

 

 

「こんなに可愛いお嬢様を見下す?そんなことはしない!」

 

 

「か、かわっ!?」

 

 

御坂の顔が赤くなる。やばい怒ってる!

 

 

「お前とは対等な存在になってほしい!」

 

 

「ふぇっ!?」

 

 

さらに顔が赤くなる御坂。

 

対等な存在になるには?対等な存在ってどうすれば?そもそも俺は誰だ?(脳がオーバーヒートしました)

 

 

「俺のことは大樹と呼べ!」

 

 

「どういうこと!?」

 

 

「対等な存在には名前で呼ぶことだろ!!」

 

 

「いや、そういう「君の名前は!!」み、御坂 美琴!」

 

 

「美琴!!」

 

 

「は、はい!」

 

 

「俺の名前は楢原 大樹だ!!」

 

 

「な、なら「大樹だ!!」…大樹……先輩」

 

 

「先輩なんかいらない!俺たちは対等な存在だろ?」

 

 

俺はここで最高のスマイルを見せる(もうなにこれ)

 

 

ボンッ!

 

 

美琴の顔がリンゴよりも赤くなった。

 

 

「………だ、大樹」

 

 

ぐはっ!!上目遣いとか威力たかっ!!

 

 

「お、おう!よろしくにゃ!」

 

 

「っ!?」

 

 

美琴は口をおさえながら笑う。

 

か、噛んだ!!!

 

落ち着け、冷静さを保つんだ。俺はCOOLなキャラだ。って「おう」とか熱血キャラじゃね?「ああ、よろしく」とかの方がクールじゃん!!失敗した……。

 

 

「………はぁ、なんか馬鹿らしくなったわ」

 

 

笑い終わった後は俺の相手をするのに疲れたように言った。

 

ごめんなさい。さっきは頭がおかしくなったの。(まえから) ←おい、喧嘩売ってんのか?

 

 

「分かったわ、大樹と私は対等な存在ね」

 

 

「分かってくれたか!」

 

 

「ええ、仲良くしましょ大樹」

 

 

良かった。上条みたいに戦うところだった。セーフ。

 

 

「いつか戦って、あたしが強いってところ見せてやるんだから」

 

 

アウトッ!!!

 

 

「………お手柔らかにお願いします」

 

 

諦めたよ俺。もっと頑張れよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

以上。ファミレス集合時間前の出来事でした。

 

まぁ、いいと思うよ。敬語を使わない後輩。なるほど、俺には先輩としての威厳がないのか。やかましいわ。

 

 

「……あの」

 

 

佐天が俺の右手を見ながら聞いてくる。右手には包帯が巻いてある。

 

 

「それ、大丈夫ですか?」

 

 

「ああ、気にするなこのくらいかすり傷だ」

 

 

「……全治一週はかすり傷ではありませんよ」

 

 

白井め!心配させないようにしたのに!

 

 

「えっと、まぁ皆が無事だったから、これくらい何ともない」

 

 

「……強いんですね」

 

 

佐天は俺を見る。

 

 

「私、能力が無いと弱いと思っていました」

 

 

佐天は言葉を続ける。

 

 

「でも、能力が無くても強い人はいるんですね!」

 

 

「違うよ」

 

 

「え?」

 

 

佐天の言葉を否定する。

 

 

「俺にとって強い人はみんな優しいんだ」

 

 

俺は上条達を思い浮かべる。

 

 

「誰かのために命を賭けて、守る奴は」

 

 

これは確かなことだ。

 

 

 

 

 

「負けることは無い」

 

 

 

 

 

「「「「……………」」」」

 

 

「ほら、俺はお前を守るために負けなかった」

 

 

俺はこう思う。

 

 

「守れるモノがある人がこの世で強い人だと思う」

 

 

素直にそう思った。

 

 

「かっこいい……」

 

 

え、誰?誰が言ったの?聞いてなかったよ……。

 

 

_________________________

 

 

俺はパフェをおごってもらった。

 

 

ってなるかと思ったが、

 

 

「大樹!よくも蹴り飛ばしてくれたな!!」

 

 

チッ

 

 

「誰だ!!舌打ちしたやつは!!」

 

 

俺だよ。言わねーけど。

 

ファミレスに原田が入場して来た。

 

 

「あのあと自分の服を反射させて何とか生き残ったよ!!痛かったし!!」

 

 

あっそ。どうでもいい。あ。

 

 

「原田、これ」

 

 

「ああ!?なんだこれ?」

 

 

 

 

 

伝票渡して俺達は走り出した。

 

 

 

 

 

「おいいィィ!!シャレになんねーぞ!?」

 

 

聞かなかったことにした。

 

 

_________________________

 

 

「ふぅ、やっと帰ってきたぜ」

 

 

あの後はすぐに解散した。また会いたいと言われたのでメールアドレスなどは交換しておいた。

 

そして、インデックスに電話をして先に子萌先生のところに置いておいた。

 

そして、帰宅である。

 

 

「ただいま~」

 

 

「あ、楢原ちゃん遅いですよー」

 

 

「待ちくたびれたんだよ!」

 

 

「おかえり」

 

 

「はい、違和感全く無かったけどあなた誰?」

 

 

子萌先生、インデックスの次に巫女の服着た人がいた。

 

 

姫神(ひめがみ)秋沙(あいさ)、よろしく」

 

 

「今日から一緒に住むことになったんですよー」

 

 

「そうなのか」

 

 

姫神の能力は吸血殺し(ディープブラッド)だったな。

 

吸血鬼が姫神の血を吸うと灰になって死んでしまうらしい。

 

魔術師のアウレオルスから上条が助けた人だったな。

 

 

「俺も子萌先生の同居人、楢原 大樹だ、よろしくな」

 

 

「それよりもご飯なんだよ!」

 

 

インデックスはもう待てないみたいだな。

 

 

「はいはい、親子丼作るから待ってろ」

 

 

~料理感想~

 

インデックスに食べられて、白飯しか食べられませんでした。

 

 

~追記~

 

姫神が居間で寝ると、狭いので玄関で寝た。女の子の横で寝たらアカン。……首痛ぇ。

 




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もう答えは決まっている

続きです。


「またか…」

 

 

テーブルに置かれたコーヒーを飲みながら呟く。片手には最新機種のタブレット(バイトして買った)をもってニュースを眺める。内容は立て続けに研究所が襲われる事件だ。

しかし、この事件は普通では公開されていない。

 

 

(襲われている研究所は…)

 

 

絶対能力進化(レベル6シフト)計画

 

 

名前の通り超能力者(レベル5)絶対能力者(レベル6)へ進化させる実験。

 

しかし、この実験で成功する可能性があるのは学園都市で7人の超能力者の内、ひとりだけしかいない。

 

その人物は、

 

 

学園都市第一位 一方通行(アクセラレータ)

 

 

実験内容は特定の戦場を用意し、シナリオ通りに戦闘を進める事で成長の方向性を操作する。

 

予測演算の結果、128種類の戦場を用意し、

 

 

 

 

 

超電磁砲(レールガン)】御坂 美琴を128回殺害する事で絶対能力者になると結果が出た。

 

 

 

 

 

【超電磁砲】を複数確保するのは不可能だ。

 

 

しかし【量産型能力者(レディオノイズ)計画】の【妹達(シスターズ)】を利用することで可能にできる。

 

 

【妹達】とは御坂 美琴を素体にしたクローンである。

 

しかし、性能は素体である御坂の1%にも満たない劣化版しか作れなかった。

 

 

だが、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方通行は武装させた()()()の【妹達】を殺害することで絶対能力者への進化を達成することが判明した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、あと少しで一万人目が殺害されるところまで順調に進んでいる。

 

 

(襲撃された研究所の全てがこれに関わっているな)

 

 

コーヒーをもう一度飲む。さっきと味が違って不味くなっていた。

 

 

(本来なら上条が止めるんだが…)

 

 

10032次実験で上条は一方通行を倒すことになっている。

 

しかし、

 

 

上条は魔術師と戦いにイギリスに行った。

 

 

(最初が違うとここまで違くなるのか…!?)

 

 

原作ブレイク。上条はステイル達とよく悪の魔術師を倒すために共闘することが多々ある。

 

記憶喪失ならこんなことにならなかっただろう。

 

 

「……………」

 

 

俺はタブレットを見つめながら事件の解決法を思考しる。コーヒーはもう冷えきっていていた。

 

 

 

_________________________

 

 

「クソッ!!」

 

 

ダンッ!!

 

 

俺は目の前にあるテーブルを叩く。客からの迷惑そうな視線も無視する。俺はまたいつもの喫茶店にいた。

 

あれから数日後、研究所が残り二つだけとなった時、美琴が片方を潰している間、俺はもう片方の研究所を潰した。

 

パソコンはひとつ残らず壊した。

 

情報はハッキングして消した。が、

 

 

「引き継ぎ施設は78…!」

 

 

奥歯を噛み締めながらタブレットに写っている文字を小さな声で読んだ。

 

当初の128もの施設を引き継ぎをしようとしたが、俺が研究所を破壊したため、数が減った。が、

 

 

(それでも多すぎる!)

 

 

さらに研究所が破壊された場合、新しい施設を用意すると書かれている。

 

 

(どうする?このままじゃ…)

 

 

いつか美琴は一方通行に超電磁砲を撃ち、返り討ちにされることを望む。

 

美琴は自分がとても弱い存在だったと研究者に見せつければこの実験が終わると考えるだろう。

 

この実験は美琴は強いという前提で計画されているから、最初の原点である美琴は弱かったという認識をさせることで実験を凍結させようと研究者は思うだろう。

 

 

(………解決案はある)

 

 

美琴とは逆の発想。一方通行が実は弱かったことにする。これは上条が本来ならばやることだ。

 

無能力者(レベル0)が一方通行を倒すことで実験を終わらせる方法。

 

だが、

 

 

 

 

 

大樹には幻想殺しが無い。

 

 

 

 

 

倒せない。どう頑張っても無理だった。

 

一方通行の能力は運動量・熱量・光量・電気量など、体表面に触れたあらゆる力の向き(ベクトル)を自由に操ることができる。

 

今の俺には倒せない。

 

 

(ちくしょう…!)

 

 

右手を血が出てしまうくらい強く握った。

 

 

そのとき、窓の外に、

 

 

 

 

 

横断歩道を歩いている美琴がいた。

 

 

 

 

 

しかし、額にゴーグルが着けている。

 

 

(妹達!?)

 

 

俺はすぐに外に出て彼女を追いかけた。

 

 

「御坂!」

 

 

呼び掛けると振り替えってくれた。

 

 

「ミサカのことでしょうか、とミサカは確認をとります。」

 

 

「ああ、間違いない」

 

 

やっぱり妹達だ。

 

 

「単刀直入に聞く。シリアルナンバーは?」

 

 

「ミサカのことを知っているのですか、とミサカは警戒します」

 

 

「大丈夫だ、実験を邪魔しようとは思ってないからな」

 

 

妹達はしばらく黙っていたが、

 

 

「ミサカは10032号です、とミサカは自分のシリアルナンバーを明かします」

 

 

「………そうか」

 

 

シリアルナンバーを言ってくれた。しかも

 

 

上条が助ける時の妹達だった。

 

 

(もう…時間がない…)

 

 

おそらく、明日の夜には実験が行われるだろう。

 

 

「あなたは自分のクローンが現れたらどう思いますか、とミサカは尋ねます」

 

 

「は?」

 

 

突然の質問に驚くが、ちゃんと答える。

 

 

「びっくりはするのじゃないか?」

 

 

「びっくりですか、とミサカは確認をとります」

 

 

「人それぞれだと思うぞ。もしかしたら気持ち悪がられるかもしれないし」

 

 

俺の発言を聞いた後、ミサカは顔を後ろを向けた。

 

 

 

 

 

「お姉様はわたしのことを気持ち悪いと思ったのでしょうか」

 

 

 

 

 

「………何か言われたのか?」

 

 

俺は理由を聞き出す。

 

 

「はい、もう私を見たくないと言いました」

 

 

「………」

 

 

大樹は下を向き、黙った。

 

 

 

 

 

「あの時ミサカは胸が痛くなりました、とミサカはお姉様に言われた時のことを話します」

 

 

 

 

 

「!?」

俺はその言葉を聞いて目を見開いた。

 

 

俺は愚かだった。

 

 

今の彼女はクローンだ。けど

 

 

人間だ。

 

 

感情を持った立派な人間だ。

 

 

モノじゃない。人形じゃない。

 

 

……楢原大樹。何故ここで立ち止まっている。

 

 

「その痛み、取りたいか?」

 

 

「治せるのですか、とミサカは医者でも治せなかった痛みを取れると言われて驚愕します」

 

 

何やってんだ俺は。もう答えは出てるじゃないか。

 

 

「ああ、待ってろよ」

 

 

「どこへ行くのですか、とミサカはあなたの行く先を聞きます」

 

 

人に、上条に、頼ってんじゃねーよ俺。

 

 

「ちょっとお嬢様を救ってくるだけだ」

 

 

 

 

 

俺が 一方通行を倒してやる。

 

 

妹の存在価値を否定させないために。

 

 

 

_________________________

 

 

【第三者視点】

 

 

ドゴオオオォォ!!!

 

 

「ひあああっ!」

 

 

突如、爆発が起こり、研究員はふっとばされる。

 

 

「何だ……?」

 

 

「爆発……?」

 

 

研究員は状況が理解できていない。が

 

 

「………いえ、あれは」

 

 

一人の研究員が気付く。

 

 

バチバチッ!

 

 

「ひっ!?」

 

 

煙の中には御坂 美琴がいた。

 

 

「うわあああっ!!」

 

 

研究員達は恐怖のあまりに慌てて逃げ出した。

 

 

美琴は気にせず、装置を壊し続けた。

 

 

_________________________

 

 

【美琴視点】

 

 

 

(そうよ、まだ終わった訳じゃない)

 

 

美琴は電撃の槍を飛ばし、装置を壊していく。

 

 

(諦めちゃダメだ)

 

 

四方八方に電撃を飛ばし壊す。

 

 

(ぜんぶ潰してしまえばいい)

 

 

データの欠片も残らないように壊す。

 

 

(いまあるもの、これから引き継ぐものもぜんぶ)

 

 

壊す。

 

 

(機材も)

 

 

壊す。

 

 

(資金も)

 

 

壊す。

 

 

(欲も野心も底を割って跡形も無くなるまで!!)

 

 

「アハッ、アハハハハハハ!!」

 

 

(そうすればいつか!)

 

 

 

 

 

『いつか?』

 

 

 

 

 

もう一人の【私】が心の中で問う。

 

 

 

 

 

『そんな都合のいい日が訪れるとしてその時までにあと何人【妹達】が死ぬの?』

 

 

 

 

 

美琴は歯を噛み締める。

 

 

「うるさいっ!!!」

 

 

電撃が飛ぶ。四方八方に飛ばしながら床や壁を抉りとる。

 

 

「ならどうすればいいってのよ!?」

 

 

美琴は叫ぶ。

 

 

「計画を!今!すぐに!中止に追い込む!」

 

 

部屋のほとんどが瓦礫や機材の破片だけになった。

 

 

「どんな方法があるっていうのよッ!!」

 

 

美琴は肩で息をする。

 

 

ふと、目にあるものが映った。

 

 

壁にモニターがあった。かろうじて電撃から逃れた機材。

 

モニターの右上には【LIVE】という文字がある。

 

しかし、画面に映っている二人の人物を見て驚愕した。

 

 

「なんで…」

 

 

暗い路地裏の一本道の場所で、

 

 

「どうして…」

 

 

学園都市第一位の一方通行が不気味に微笑んでる。

 

その一方通行の目の前には、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんであんたが戦っているのよ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

右腕から血を流し、その腕を抑えて痛みに耐えている少年。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大樹!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

楢原 大樹がいた。

 

 




次はバトルパートとなります。

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救いの手を

バトルパートです。
続きをどうぞ。




「あァ?何だァお前?」

 

 

一方通行はだるそうな声で言う。

 

俺は一発殴った。が能力で反射された。

 

右腕はあり得ない方向に折れ曲がり、血も出ていた。

 

 

「いってぇ……」

 

 

「バカなのかお前は?」

 

 

「はは、バカで上等だ」

 

 

俺は痛みに耐えながら言う。乾いた笑い声しか出せない。

 

 

「自己紹介まだだったな、俺は楢原 大樹だ」

 

 

「……マジで何言ってンだお前」

 

 

俺の言葉を気に入らなかったのか、一方通行は不機嫌な顔になる。

 

だが、俺は無視して告げる。

 

 

「今からお前をぶん殴る」

 

 

俺は笑みをこぼしながら言った。

 

 

「俺を殴るだァ?面白ェ、やってみろよ」

 

 

俺は拳を作って構える。血が流れるが気にしない。

 

 

「お前、レベルはなンだァ?」

 

 

「0だけど?」

 

 

「こりゃ傑作だァ!レベル0が俺に勝るとでもォ

 

 

「思ってる」

 

 

一方通行の言葉に被せる。

 

 

「調子に乗るンじゃねェ!!」

 

 

ダンッ!!

 

 

一方通行は右足で地面を踏みつける。

 

 

「ッ!?」

 

 

地面のコンクリートの破片が俺に襲いかかる。

 

後ろに飛び回避する。だが、

 

 

ベゴッ!

 

 

第二の攻撃。次は道の脇に置いてあったゴミ箱が勢いよく飛んで来た。

 

 

「ちっ」

 

 

舌打ちをして左手で殴ってゴミ箱の軌道を変える。ゴミ箱は俺の横を通り過ぎていった。

 

 

「へェ、レベル0の癖にやるじゃねェか」

 

 

「……何故だ」

 

 

「あァ?」

 

 

「何故絶対能力者(レベル6)になりたいんだ」

 

 

俺は睨み付けて一方通行に尋ねる。

 

 

「何だ知ってンのかお前」

 

 

一方通行は頭をかきながらめんどくさそうに言う。

 

 

「何度も言うけどよォ、俺は絶対的な力が欲しいンだ」

 

 

一方通行は手を広げながら言う。

 

 

「誰も挑むことが許されない存在になァ」

 

 

一方通行は大樹の顔を見る。どんな顔をするか見たかったから。

 

 

だが、

 

 

 

 

 

大樹は笑っていた。

 

 

 

 

 

「よかったぜ、大丈夫みたいだな」

 

 

一方通行は声が出ない。

 

 

「なるほど、誰も挑まなくなったら」

 

 

大樹は言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「誰も傷付けずにすむからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何、言ってンだ、お前?」

 

 

「苦しかったろ、妹達殺して」

 

 

「!?」

 

 

一方通行は一歩後ろにさがってしまった。

 

 

「俺が助けてやるよ、お前を倒してな」

 

 

「………倒すだとォ?」

 

 

一方通行は俺を睨む。

 

 

「つまンねェこと言ってンじゃねェよ」

 

 

呆れたような声で言う。

 

 

「お前の右手で俺を殴れたかァ?無理だったろ?それなのにお前は戦うのかよ」

 

 

「ああ、一回目はこんな結果になったけど」

 

 

大樹はボロボロになった右手を握りしめる。痛みを気にすることなく。

 

 

 

 

 

「次は手加減無しな」

 

 

 

 

 

「そうかよォ」

 

 

一方通行は右手を路地裏の壁を軽く叩く。それだけで、

 

 

ドゴッ!

 

 

「ッ!?」

 

 

横の壁から鈍器で殴られたような衝撃に襲われた。

 

一方通行は力のベクトルを床から壁へ。壁から俺の頭へと衝撃を与えた。

 

 

「ぐッ」

 

 

それでも大樹は倒れなかった。

 

 

(身体強化していてもこんなに痛いのか……!?)

 

 

さきほどの衝撃は殺傷力のある威力だった。鈍器で殴られたような感覚だったのは身体強化のおかげだ。本来の威力を考えると鳥肌が立つ。

 

 

(一方通行を倒す方法は……)

 

 

音速のスピードで一方通行に迫る。

 

 

「ッ!?」

 

 

一方通行は大樹のスピードに驚愕する。そして

 

 

ガッ!

 

 

もう一度一方通行を殴った。しかし、左手がまた痛む。

 

 

「……………へッ」

 

 

俺は笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方通行が倒れたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は一方通行を殴ることに成功した理由。それは一方通行の能力を発動するまえ。反射されるまえに手を引いたのだ。

 

これはのちに木原(きはら)数多(あまた)が一方通行を倒すときの技だ。最初の一回目は失敗したが二回目は自分にもダメージをくらったが成功した。

 

 

「あ、は?い、いたい。はは、何だよそりゃあ?」

 

 

倒れている体をゆらゆらと起こす。

 

 

「何をしやがったあああああァァァァ!!!」

 

 

一方通行は能力を使い、高速で大樹の目の前に迫る。

 

右手を大樹の体に近づける。が

 

 

「!?」

 

 

驚いたのは一方通行だった。なぜなら

 

 

 

 

 

目の前にいた大樹が消えていたから。

 

 

 

 

 

「もうお前は俺に勝てねぇよ」

 

 

「なッ!?」

 

 

大樹は一方通行の後ろにいた。

 

 

ドガッ!

 

 

「がッ!?」

 

 

大樹は血塗れの右手で振り向いた一方通行の顔を殴る。

 

一方通行は吹っ飛び、また倒れる。

 

 

「お前の能力は無敵なんかじゃない」

 

 

「ッ!!」

 

 

ゴッ!

 

 

一方通行はうずくまりながら右手を地面に叩きつける。

 

危険を察した大樹は後ろに飛ぶ。

 

 

ドゴッ!!

 

 

さきほど大樹がいた場所の地面のアスファルトがひび割れ、宙に舞った。あのままそこにいたら体を吹っ飛ばされていただろう。

 

 

「調子にのってンじゃねェよ、三下あああァァ!!」

 

 

一方通行は能力を使って高く飛ぶ。そして宙に舞っている無数のアスファルトの破片に触れる。

 

 

ヒュンッ!!

 

 

それだけで空気を切るような音をだしながらマシンガンのように大樹に飛んでいく。

 

 

「ハッ、三下はお前だあああァァ!!」

 

 

大樹は鼻で笑い、前に走るだけで全てをかわす。

 

そして、一方通行の真下まで行き、一方通行に向かって跳躍する。

 

 

「落ちろおおおォォ!!」

 

 

大樹は回し蹴りを一方通行の腹にいれる。

 

 

ドカッ!

 

 

「があッ!?」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

一方通行は吹っ飛び、路地裏の壁に叩きつけられる。一方通行の能力で壁を突き抜けて中に入ってしまう。

 

 

(大丈夫か?)

 

 

大樹は一方通行を気絶させるだけでいいと考えていた。死んだらヤダよ?

 

突き抜けた壁から中に入る。

 

 

(上か?)

 

 

この建物は全く使われていないらしい。歩くだけでホコリの足跡がついた。上にいく階段に足跡がある。

 

大樹は階段をのぼる。足跡を追って。

 

 

_________________________

 

 

(屋上?)

 

 

足跡は階段が終わっているところまで続いた。そして足跡は1つしかない扉に続いている。

 

 

(この先にあいつが…)

 

 

ドアノブをひねり、ドアを開ける。

 

 

 

 

 

「よォ、待ちくたびれたぜェ」

 

 

 

 

 

一方通行が待ち構えていた。

 

鼻からは血を流し、頬が真っ赤になっている。

 

 

「随分逃げたじゃねぇか?」

 

 

「………黙れよ三下ァ」

 

 

プライド高いやつだなこいつは。

 

 

「俺の能力を破った理由はわかンねェが」

 

 

一方通行は右手の人差し指で上を指す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここでご退場だァ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大樹の頭上には無数の鉄骨が落下して来ていた。

 

 

「んなッ!?」

 

 

慌てて避けようとするが立っていた床が抜けた。

 

 

(やべぇッ!!)

 

 

一方通行が右手を床に叩きつけて足場を破壊したのだ。

 

 

ドゴンッ!!!!

 

 

無慈悲に鉄骨が大樹に向かって降り注ぐ。鉄骨は相当高く飛ばされていたため、床を簡単に貫通する。

 

 

ドゴオオンッ!!!!!

 

 

爆発したような音をたてながら建物は崩壊した。

 

 

_________________________

 

 

【美琴視点】

 

 

美琴は走っていた。

 

 

(お願い!生きてて!)

 

 

あの時、助けてもらった少年のところに向かっていた。

 

 

(大樹!!)

 

 

心の中でずっと呼び続ける。だが、

 

 

 

 

 

「え?」

 

 

 

 

 

美琴は自分の目を疑った。

 

なぜなら目的地の路地裏が無くなっていたからだ。正確にはコンクリートの瓦礫の山が出来て路地裏が無くなっていた。

 

瓦礫の山の頂きに白髪の人が大声で笑っていた。

 

 

「はァ……久々に笑っちまったよォ。笑い過ぎて疲れたぞォ」

 

 

美琴は声が出ない。

 

 

(だ、大樹は……?)

 

 

美琴は瓦礫の山に近づく。少年の姿はどこにも見当たらない。

 

 

「あァ?」

 

 

一方通行は美琴の存在に気付く。

 

 

「よォ、またァ会ったなァオリジナル」

 

 

「……つ…………こ……」

 

 

「はァ?」

 

 

「あいつはどこよ!!」

 

 

バチバチッ!!

 

 

美琴は怒鳴り上げる。と同時に電撃を一方通行に向けて放つ。

 

が、一方通行には効かない。一方通行は悪魔のような笑みを作る。

 

 

 

 

 

「アハッ、もしかしてェさっき殺した奴のことォ言ってンのか?」

 

 

 

 

 

美琴はその言葉に凍り付く。

 

 

 

 

 

「あンなやつはァ初めてだったぜェ。なンせ俺の能力を破りやがったンだからなァ」

 

 

 

 

 

美琴の耳には殺したというのは嘘だとしか思えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今はこの瓦礫の中に埋まってるぜェ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嘘よ……」

 

 

美琴は首を振る。

 

 

「そんなの……」

 

 

 

 

 

「嘘じゃねェよ」

 

 

 

 

 

一方通行は笑みを浮かべたまま言った。

 

 

「……………」

 

 

「………なンの真似だ三下ァ?」

 

 

美琴は無言で右手にコインを乗せ、一方通行に向ける。

 

 

(私の責任だ)

 

 

バチバチッ

 

 

美琴の回りに青い電気が走る。

 

 

(私がこの実験を早く終わらせないから)

 

 

美琴は一方通行を睨み付ける。

 

 

(でも、今ここで……)

 

 

コインを弾く。

 

 

 

 

 

(終わらせるッ!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドガアアアンッ!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「!?」」

 

 

一方通行と美琴は爆発音のような音に驚愕する。

 

 

チンッ

 

 

コインは超電磁砲にならなかった。コインはそのまま地面に落ちた。

 

 

音の正体は瓦礫の山の中から何かが弾け飛んだからだ。

 

 

一方通行の喉が乾上がる。

 

 

二人は瓦礫の山に穴が空いた場所を見続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぇ……口の中が砂やホコリだらけだチクショウ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ………あ……」

 

 

美琴は大樹を見て声を上げようとしたが出なかった。

 

 

大樹の姿はボロボロだった。右腕は血塗れになり、左手は赤くなっている。おそらく両腕とも骨は折れているだろう。

 

 

でも、

 

 

生きている。それだけのことが分かっただけで、いつの間にか涙を流していた。

 

 

_________________________

 

 

【大樹視点】

 

 

全く痛く無い。と言ったら嘘になるが、不思議と本当にあまり痛くないのだ。

 

 

(一方通行の能力を直接食らった方が強力だったてことか)

 

 

瓦礫を軽く吹っ飛ばしてみたが余裕でまだまだ体は動く。右手は結構痛いけど。

 

 

(いつの間にか美琴がいるし、カッコ悪いとこ見せれないな)

 

 

大樹は一方通行を見る。それだけで一方通行は一歩後ろに下がった。

 

 

「そんじゃ、第二ラウンド行こうか」

 

 

大樹は目付きを鋭くする。

 

 

 

 

 

「一方通行あああああァァァ!!!」

 

 

 

_________________________

 

 

一方通行は焦っていた。

 

 

(バカな……!)

 

 

絶対に死んだと確信していた。

 

 

(今までどンだけの数殺ってきたと思ってンだ)

 

 

あの建物は屋上まで30メートルほど地面との距離があった。そこから落とした。

 

 

(どうすりゃ人間が壊れるかなンてイヤってほど知り尽くしてる)

 

 

さらに鉄骨を何本もぶち当てた。なのに、

 

 

 

 

 

(あれで立ち上がれるはずがない!!)

 

 

 

 

 

「……………」

 

 

無言で一方通行を睨み付ける大樹。目は虚ろに……なっていない。

 

鋭い眼光。弱者を圧倒する強い眼だった。

 

 

「………面白ェよお前」

 

 

「……………」

 

 

「最っ高に面白ェぞ!!」

 

 

未だに無言を貫く大樹に一方通行は足元にある大きな塊の瓦礫を蹴り飛ばした。

 

 

(これで終わりだァ!)

 

 

瓦礫は砲丸のように飛んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「面白ェ?本当にそう思ってんのかよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガンッ!

 

 

「!?」

 

 

大樹は左手を横に払うだけの仕草で砲丸のように飛んできた瓦礫を粉々に破壊する。

 

その出来事に目を張る一方通行。

 

 

(本当にレベル0かよォ!?こいつは……!?)

 

 

無能力者が。ただの無能力者が。

 

 

(指先が触れるだけでとどめはさせる……)

 

 

そんな奴に、

 

 

「負ける訳がねェだろうがあああァァァ!!」

 

 

一方通行は大樹に向かって突進する。

 

両手を前に突き出しながら。

 

 

「いや、お前には負けてもらう」

 

 

大樹は横に体をそらすだけで避ける。

 

 

 

 

 

「さぁ、最強の引退だ」

 

 

 

 

 

大樹は血塗れの右手を握り締める。

 

 

_________________________

 

 

この能力はいつか世界そのものを敵に回し、

 

 

本当に全てを滅ぼしてしまうかもしれない。

 

 

「だが」

 

 

白衣をまとった中年の男は言う。

 

 

「【最強】の先へと進化すれば何かが変わるかも」

 

 

中年の男は続ける。

 

 

「その為には計画に従い実験の遂行を」

 

 

 

 

 

チカラが争いを生むなら

 

 

 

戦う気も起きなくなる程の

 

 

 

絶対的な存在になればいい。

 

 

 

そうすれば、

 

 

 

いつかまた…………

 

 

 

 

 

そうすればもう、誰も傷つけなくて………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………ホント

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何やってンだ、俺………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴスッ!!!

 

 

 

 

 

大樹の右手は一方通行の顔を殴った。

 

 

 

 

 

一方通行の意識はそこで消えた。

 

 

 

 

________________________

 

 

 

目が覚めると白い天井がまず目に入った。ベッドの上で寝ていたようだ。

 

 

「おはようさん」

 

 

「!?」

 

 

隣にあいつがいた。

 

 

「そう敵対するんじゃねぇよ」

 

 

「………なンのつもりだァこれは」

 

 

一方通行は大樹に問いかける。

 

 

「はぁ?最初に言っただろ俺はお前を助けるって」

 

 

「ッ!?」

 

 

耳を疑った。

 

 

「……無理に決まってンだろ。俺はもう闇でしか生きれねェ」

 

 

クローンでも人を殺した。そのことは変わらない。

 

 

「……あの後、実験が中止になったのは知ってるか?」

 

 

「は?」

 

 

中止?何故そうなった。

 

 

「研究員たちはお前が最強ではないと判断したからさ」

 

 

「…………」

 

 

そうだ、負けた。俺はこいつに。

 

 

「これでお前はもう誰も殺さなくていいな」

 

 

「………そォだなァ」

 

 

しかし、絶対に。必ず暗部の人間が俺のところにくる。

そしたらまた、実験が。

 

 

「なぁ」

 

 

「なンだよォ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな闇、壊してやろうか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!?」

 

 

「俺が壊してやるよ、一方通行」

 

 

何をいっているんだ?

 

 

「無理だ。俺はもう

 

 

「無理じゃねって言ってんだろ」

 

 

「……………」

 

 

一方通行の言葉に大樹は被せる。

 

 

「お前がやったことは許さない」

 

 

「……………」

 

一方通行は黙って聞く。

 

 

「だから、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【罪滅ぼし】やろうか」

 

 

________________________

 

 

 

「ほい、出来たぞお前らー」

 

 

「待ってたんだよ!」

 

 

「わーい!ってミサカはミサカは子供のようにはしゃいでみたり」

 

 

二人の子供がちゃぶ台の回りにくる。

 

 

そして次々に座っていき、俺が最後に座る。

 

 

「「「「「「「いただきます」」」」」」」

 

 

約二名言わなかったな。まぁいいか。

 

 

「楢原ちゃん、醤油をとってくださーい」

 

 

「はいはーい。どうぞ」

 

 

「おかわりなんだよ!」

 

 

「だから早いよ!」

 

 

朝ごはんを皆で食べている。ちゃぶ台小さいな。あと狭い。

 

 

 

 

 

「一体これは……?」

 

 

 

 

 

おお、さっきの言わなかったな奴の一名がしゃべったああああ!!

 

 

「大人数で食べると美味しくなるだろ?」

 

 

「呼びすぎだ!!」

 

 

上条が大声をだす。

 

俺、上条、子萌先生、インデックス、ステイル、神裂、姫神、一方通行、打ち止め(ラストオーダー)がちゃぶ台の回りに座っている。

 

なんだこの混沌とした光景は。

 

 

「上条ちゃん、ご飯の時は静かにしてくださーい」

 

 

「当麻!食べないなら貰うよ!」

 

 

「全く、毎回君は注意されないと学習しないのかい?」

 

 

「インデックス、私の目玉焼きいりますか?」

 

 

「子萌、私にも醤油」

 

 

「……………」無言で食事

 

 

「マナーは守らなきゃ駄目だよってミサカはミサカは注意してみたり」

 

 

「あっれー、俺が悪いのか?」

 

 

異端者上条、まじ哀れ。

 

 

 

 

打ち止め(ラストオーダー)

 

病院で一方通行が退院したあと、二人で実験をまだやろうとしているバカどもの駆除にいった。一方通行さん……関係無い建物はあまり破壊しないでよ。

 

壊しているうちに打ち止めと出会った。

 

俺は一方通行に打ち止めを守るようにいいつけた。一方通行は嫌がると思っていたが、案外素直に受けてくれた。

 

天井(あまい)?知らない子ですね?※既に大樹がぶっ飛ばしました

 

 

ギャー、ギャー、ギャー

 

 

賑やかな食卓ですね。ごめんなさい嘘です。超うるさいです。

 

 

でも

 

 

平和でなによりだ。

 

 




これで超電磁砲編は終わりです。

次でこの世界での物語は最終回です。

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終幕。そして開幕

この世界での物語はこれで最後です。





「………ここは?」

 

 

俺はベッドで寝ていたはずだが。

 

 

「久しぶりじゃの」

 

 

「!?」

 

 

お、お前は!?

 

 

「えっと、どちら様?」

 

 

「神じゃ」

 

 

「ああ、そうだった」

 

 

わざとだけど。

 

 

「喧嘩を売っているのか?」

 

 

「滅相もございません」

 

 

勝てるわけねーだろ。

 

 

「今はそうじゃの」

 

 

「………今?」

 

 

俺はその言葉が気になった。だが心当たりがあった。

 

 

「転生特典の身体強化か」

 

 

「やはり気づいておったか」

 

 

そう、俺は一方通行と戦った時を思い出す。

 

一方通行と戦った時、反射ではないダメージを一度くらった。あの時は鈍器で殴られたような痛みだった。なのに

 

鉄骨を何本も落とされたあげく、30メートル近い場所から落とされて痛くなかったのだ。

 

矛盾している。

 

 

「その身体強化は特別なやつでな」

 

 

特別なのは大体予想できていた。

 

 

「進化していく身体強化なのじゃ」

 

 

「進化?」

 

 

「戦えば戦うほど強くなるのじゃ」

 

 

「チートにチート足して大丈夫かよ」

 

 

もう化け物じゃねーか。

 

 

「強くなればいつか神を越えられる、そういうことか」

 

 

「その通りじゃ」

 

 

……………まぁいい。

 

 

「用件はそれだけじゃないんだろ?」

 

 

「おお、忘れるところじゃった」

 

 

大丈夫かよこの神。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「明日、違う世界に転生じゃ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと待てや駄神」

 

 

「ひどいのう」

 

 

「ひどいのはお前の頭だ!」

 

 

はえーよ!明日!?誰一人行ってくれそうな人いねーよ!

 

 

「まだ連れていく人決めてねーよ!」

 

 

「それじゃ、また会おう」

 

 

「話をきけええええェェェ!!!」

 

 

 

________________________

 

 

「お前の人生、俺にくれ!」

 

 

「ちょっ、何言ってるのあんた!?」

 

 

ざわざわ……

 

 

ファミレスの中が一気に騒がしくなる。

 

 

「すまん、順を追ってはなそうか」

 

 

俺はファミレスにいる。

 

 

「あんたはホントに何言ってるのよ」

 

 

美琴と一緒に。

 

美琴は注文した紅茶を飲む。

 

 

「あー、どこから話そうか…」

 

 

そうだなぁ……まずは、

 

 

 

 

 

「俺はこの世界の人間じゃない」

 

 

 

 

 

「………うん、ごめん。何言ってるのか分かんない」

 

 

ですよねー。

 

 

「ようするに俺は異世界から来たんだ」

 

 

「えっ」

 

 

美琴は驚く。

 

 

「俺のいた世界には学園都市とか無かったんだよ」

 

 

「ほ、ホントに異世界から……!?」

 

 

俺はうなずいて肯定する。

 

 

「大樹みたいな奴がたくさんいる世界……!?」

 

 

「いや違うから。俺は特別だから」

 

 

俺みたいに強い奴がたくさんいる世界。やべぇな。キモイの一言に尽きる。……自虐乙。

 

 

「………もしかして、その世界に帰るの?」

 

 

「いや、違うだなそれが」

 

 

「え?じゃあどうするの?」

 

 

何て説明するかな……。

 

 

「俺は新しい違う異世界に行かなきゃならないんだ」

 

 

「ど、どうして?」

 

 

「ならないんだ」

 

 

「……………」

 

 

俺は一度死んだんだよ。それで神から転生していくことを言い渡された。

 

うん、ちょっと言えない。

 

 

「そういう………運命?なんだよ」

 

 

「今思い付いたよね?」

 

 

バレたか……。

 

 

「とにかく行かなきゃならないんだ!」

 

 

「随分強引ね……」

 

 

すいません、必死なんです。

 

 

「なるほどね、話が見えてきたわ」

 

 

分かったんだ。すげぇ。

 

「ようは一緒に行く人を捜してるのね」

 

 

「おお、その通りだ」

 

 

「いくつか質問があるわ」

 

 

だろうな。これは断られそうだな。

 

 

「この世界には帰ってこれるの?」

 

 

「……………」

 

 

やっぱり聞くか。それを。

 

 

「無理だな」

 

 

「………そう」

 

 

美琴は目を伏せて言う。

 

 

「二つ目、次はどんな世界に行くの?」

 

 

「行ってみないとわからない」

 

 

厳しい質問ばかりだな。

 

でも普通だ。異世界に一緒に行こうだなんて聞かれても普通は行かない。ましてやもう戻れないなんて言われたら行く人なんていない。この世界が嫌にならない限り。

 

 

「………三つ目の質問よ」

 

 

まだあるのか。

 

 

 

 

 

「なんで私なの?」

 

 

 

 

 

「……………」

 

 

思ったことをそのまま口にする。

 

 

「……………から……」

 

 

「え?」

 

 

 

 

 

「可愛い…から…」

 

 

 

 

 

ボンッと美琴の顔が赤くなる。

 

 

「あ、いや!それだけじゃない!一緒にいたら楽しくなりそうとか!話しやすいとか!」

 

 

俺は慌てて言う。

 

 

「もしかして……これ告白…!?」

 

 

「え、何て?」

 

 

「な、なんでもないわよ、馬鹿!」

 

 

お、怒られたよ。ぐすん。

 

 

「と、とにかく事情は分かったわ」

 

 

「そ、そうか」

 

 

「でもすぐには決めれないわ。一週間待っ

 

 

「ごめん、明日には異世界行くんだ」

 

 

あーあ、一週間あったら来てもらえたかもしれないのに。

 

「………あんた馬鹿なの?」

 

 

俺に言うなよ……神に言えよ……

 

 

「一日で別れとか済ましきれないわよ!」

 

 

「あー、それは必要無いんだよ……」

 

 

「え?」

 

 

どう説明すればいいんだ?

 

 

「……もしかして、最初から居なくなったことに?」

 

 

美琴は恐る恐る聞く。

 

 

「それは俺だけだな」

 

 

「……ちょっと良く分からないわ」

 

「簡単に言うと俺がこの世界に来なくなった状態になるんだよ」

 

 

美琴は黙ってそれを聞く。

 

 

「この世界の本来あるべき姿に戻るんだ」

 

 

「じゃあ、実験がまだ行われている世界に……」

 

 

「……………」

 

 

俺はその事については何も言えない。

 

 

「「……………」」

 

 

沈黙が続く。が

 

 

「今日の夜、ここの近くの公園で待ってる」

 

 

そう言って立ち上がる。

 

 

「来たくなかったら来なくていい」

 

 

俺はテーブルに置いてある伝票を掴む。

 

 

「ごめん、こんな言い方して」

 

 

美琴はこちらに顔を向ける。しかし俺は顔をそらす。

 

 

「でも俺は来てほしくないと思っている自分がいるんだ」

 

 

「……………」

 

 

美琴は静かに聞く。

 

 

「俺について来るなんて、人生を俺にくれるようなものじゃないか」

 

「ッ!?」

 

 

美琴は息を飲む。

 

 

「よく考えて欲しい。じゃあな」

 

 

俺は店を早足で出た。

 

 

________________________

 

 

「うおおおおおおォォォォ!!!」

 

 

ゴンッ!ゴンッ!ゴンッ!ゴンッ!ゴンッ!

 

 

俺は公園のベンチに頭をぶつけていた。人の目?ああ、何か頭いってると思われているが気にしない。

 

 

「何言ってんだよ俺はああああァァァ!!」

 

 

ゴンッ!ゴンッ!ゴンッ!ゴンッ!ゴンッ!

 

 

何が「人生を俺にくれるようなものじゃないか」だよ!別に異世界で勝手に何かしててもいいじゃねぇか!

 

 

ゴンッ!ゴンッ!ゴン

俺は頭をぶつけるのをやめた。

 

 

「……あーあ、馬鹿だな俺は」

 

 

「そォだなァ」

 

 

「美琴と一緒に行きたいなぁ……」

 

 

「誘えばいいじゃねェかァ」

 

 

「誘ったよ!でもいい返事が………っていつからいた!?」

 

 

一方通行(アクセラレータ)が隣に立っていた。

 

 

「お前が頭をぶつけ始めるところからだァ」

 

 

「全部かよ!」

 

 

見てたら止めろよ!

 

 

「頭ン中壊れたかと思ったぞ」

 

 

「正常だ!」

 

 

「………さっきやってたこと思い出してみろよォ」

 

 

「……………」

 

 

うん、頭のネジが数本取れてる。病院行かなきゃ!

 

 

「そういえば打ち止め(ラストオーダー)は?」

 

 

「………今探してンだよ」

 

 

「うん、どんまい」

 

 

また迷子か。一方通行さんお疲れ様です。

 

 

「はやく見つけてあげな、母ちゃん」

 

 

ダンッ!

 

 

「あぶねっ!?」

 

 

一方通行は足下にあった石を弾丸のように飛ばす。

 

 

「誰が母ちゃンだ三下ァ」

 

 

「おま…………いえ、何でもありません」

 

 

今あいつ、ベンチを飛ばそうとしたぞ!公共のモノは大切にしてください。

 

 

「ってあれ打ち止めじゃね?」

 

 

遠くの方にいる打ち止めを見つける。

 

しかも何か怖い奴らに囲まれてる!!

 

 

「お、おい一方通行!」

 

 

一方通行に声をかけるがいない。あれ?

 

 

 

ぐあああああァァァァ!!!

 

 

「………oh」

 

 

もう打ち止めのところにいる。そして怖い奴らは5メートルくらいの高さまで宙を舞った。仕事はえー。

 

 

「わーん!怖かったよお母さん!ってミサカはミサカは母性溢れるあなたに抱きついてみたり」

 

 

「やっぱ母ちゃんじゃん、一方通行」

 

 

ギロッ!

 

 

やべぇ!聞かれた!てかここから聞こえるのかよ!?

 

俺は音速のスピードで逃げ出した。

 

________________________

 

 

「………やっぱ来ねぇか」

 

 

もうすぐで深夜1時を過ぎる。

 

夜7時から待っているが美琴は来なかった。

 

 

「でもそれが現実か………」

 

 

RPGのように簡単に仲間になったりはしない。現実とはそういうものだ。この世界にはセーブポイントもない。死んだらそこで永遠のゲームオーバー。何一ついいことない。

 

そんな世の中だ。命くらい大事にしたい。危険を犯して異世界に行くなんて

 

 

馬鹿げてる。

 

 

「一時になっても来る気配は無いか…」

 

 

タッタッタッタッ

 

 

「?」

 

 

足音が聞こえる。走ってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめん!遅くなった!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「美琴ッ!?」

 

 

美琴がこちらに走ってきた。

 

 

「何で来たんだ!」

 

 

「何でって一緒に行くからよ。自分から誘っておいてその態度なの?」

 

 

「でも一緒に行くってことは

 

 

「知ってる。だから来たの」

 

 

俺の言葉に美琴はかぶせる。

 

 

「別れは言ってないわ。どうせ意味無いんでしょ」

 

 

「それでも!何で俺なんかに……」

 

 

美琴は俺の言葉にため息をつく。

 

 

「な、なんだよ」

 

 

「あんた、馬鹿ね」

 

 

昼間にも同じようなこと言われたな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんたとの思い出なんかを大切にしたい、そう思ったからよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!?」

 

 

俺は目を見開き、美琴を見る。

 

 

「だから行ってあげるわ、異世界へ」

 

 

真っ直ぐな瞳で俺を見て

 

 

 

 

 

「ちゃんと楽しませてよね」

 

 

 

 

 

美琴は右手をこちらにだす。

 

俺は驚いて動けなかったが、

 

 

「エスコートさせてもらうよ、お嬢様」

 

 

笑顔でその右手を優しく握った。

 

 

________________________

 

 

「準備はいいか?」

 

 

「ええ、いつでもいいわよ」

 

 

俺は美琴の手を握ったまま空を見る。

 

 

(ほら、さっさと転生させろよ駄神)

 

 

『あいかわらず酷いのう』

 

 

(うっせぇ、こっちは大変だったんだ。転生するなら一週間前に言えよ)

 

 

『努力する』

 

 

(おい)

 

 

『次はお前さんが転生する世界は【緋弾のアリア】じゃ』

 

 

(次の世界も楽しめそうだな。いや

 

 

 

 

楽しんできてやるよ!!)

 

 

 

 

 

 

そして二人はこの世界から消えた。

 

 

 




次は緋弾のアリア編です。


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緋弾のアリア編
転生者は報われない


ついに緋弾のアリア編です。


どうぞお楽しみ下さい。




武偵(ぶてい)

 

 

武装探偵の略であり、凶悪化する犯罪に対抗して作られた国際資格である。

 

武装を許可され、逮捕権を有す。

 

報酬に応じ【武偵法】の許される範囲においてあらゆりる仕事を請け負う者たちのことを指す。

 

いわゆる【何でも屋】と呼ばれている。

 

そして、その武偵を育成するための教育機関が東京湾岸部に南北約2キロ、東西500メートルの人工浮島(メガフロート)の上に存在する。

 

 

 

東京武偵高校

 

 

通称【学園島】

 

 

東京武偵高校は一般科目に加えて武偵の活動に関わる専門科目を履修できる。

 

 

強襲科(アサルト)

 

狙撃科(スナイプ)

 

諜報科(レザド)

 

尋問科(ダキュラ)

 

探偵科(インケスタ)

 

鑑識科(レピア)

 

装備科(アムド)

 

車輌科(ロジ)

 

通信科(コネクト)

 

情報化(インフォルマ)

 

衛生科(メディカ)

 

救護科(アンビュラス)

 

超能力捜査研究科(SSR)

 

特殊捜査研究科(CVR)

 

 

このように専門科目は数多く存在する。

 

 

そして、武偵の生徒は一定期間の訓練期間の後、民間から有償の依頼(クエスト)を受けることができる。

 

それらの実績と各種訓練の成績に基づいて

 

 

生徒には【ランク】がつけられる。

 

 

E、D、C、B、Aの順にランクは高くなる。

 

 

そして、Aの上には特別なランクがある。

 

 

【 S 】

 

極限られた人物にだけそのランクが与えられている。

 

差し支えない実力のAランクが束になっても敵わない実力差である。

 

 

そんな人達が集まる学校。東京武偵高校。

 

 

この世界に2人の転生者がやってくる。

 

 

 

 

________________________

 

 

「どうも、楢原(ならはら) 大樹(だいき)です」

 

 

初心に帰って自己紹介する。やっぱり大事だよな、自己紹介。

 

 

「えー、無事に転生することができました」

 

 

隊長!転生前の出来事のことを簡単に報告します!

 

 

「俺は前の世界で御坂(みさか) 美琴(みこと)と一緒に転生することになりました」

 

 

やったぜ!幸せすぎて、今なら空でも飛べそうだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まぁ……飛んでるけどね………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再び上空3000メートルからの落下しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「またかよおおおおおォォォォォ!!!!!!」

 

 

もう!何で俺だけこんな扱いなの!ぷんぷん!

 

美琴の姿は見えない。違うところから落ちてるのかな?……落ちないで欲しいけど。

 

 

「ちくしょおおおォォォ!!駄神がああァァ!!!」

 

 

駄目だあいつ。早く何とかしないと。

 

 

「あ、学園島が見えた!!まじで海の上にある!!」

 

 

あれが今回の舞台か。楽しみだなぁ~。

 

 

「違う!!それより今だ!これをどうにかしないと!」

 

 

もう濡れるのイヤー!!いや、もっと気にしないといけないことがあるだろうがっ!(ノリツッコミ)

 

そして、だんだんと海面に近づいていく。

 

 

「ふっ」

 

 

俺は笑い、最後にこう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう………いやぁ………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

心が折れた。弱音吐いちまったよ。

 

 

さらば、人生よ。まぁどうせ生きてると思うよ。

 

 

ドボンッ!!

 

 

そして、大樹は海に落ちた。

 

 

________________________

 

 

「ぶはッ!つ、疲れた…」

 

 

どれだけ泳いだのだろう。海岸近くに落ちてくれればいいのによ。泳ぐのあまり得意じゃないんだよ。

 

 

「……………」

 

 

びしょ濡れになった自分を見て、落ち込む。このまま引きこもりになれるレベルで病んでるわ俺。

 

 

「川の次は海か……」

 

 

もう止めてくれ。普通に転生してくれ。ほら気がついたらベッドで寝てましたという展開プリーズ。

 

 

「あ、いた!!」

 

 

天使のような声がするほうに振りかえると、

 

 

「み、美琴!?」

 

 

常盤台中学の制服ではなく、武偵高校の制服を着た御坂 美琴がいた。

 

 

「………何でびしょ濡れになってんのよ」

 

 

「いや、この世界に今来たからだよ………」

 

 

美琴は頭に?を浮かべる。

 

 

「だーかーら、この世界に来るとき空から落とされただろ?」

 

 

俺は美琴に説明する。

 

 

 

 

 

「え?あたし、気がついたらベッドに寝てたけど?」

 

 

 

 

 

はい、神に嫌われました。男女差別反対ッ!!!

 

 

「……………………………………………ひぐっ」

 

 

「ちょっとあんた!?何泣いてるのよ!!」

 

 

違う!汗だ!目から汗が止まらないだけなんだ!

 

 

~10分後~

 

 

「はぁ、そういうことだったのね」

 

 

「理不尽だろ……」

 

 

俺は前の世界でも同じことがあったことを話した。そう、川に落ちたことを。

 

 

「そういえば美琴はいつこの世界に来たんだ?」

 

 

「昨日の夜来たばっかりよ」

 

 

「そうか」

 

 

そして、俺は一番気になっていることを聞く。

 

 

「なんで高校生の服なの?」

 

 

俺の記憶が正しければ美琴は中3だったような……。

 

 

「これよ」

 

 

美琴は一枚の紙を取り出す。

 

 

「あたしのポケットに入ってあったの。この制服に着替えて、今日の午前から始まる編入試験を受けろって書かれてるの」

 

 

美琴が簡単に説明する。

 

 

ん?

 

 

「ちょっと待て。俺は?試験は?」

 

 

「大樹は特別編入で試験受けなくていいみたいよ」

 

 

おお、よかった。これで学校行けなかったら何しにこの世界に来たんだよって話になるわ。

 

 

「確かランクは……E」

 

 

おい。最低ランクじゃねーか。

 

 

「何でいつも最低なんだよ……」

 

 

レベル0、Eランク。2つとも一番下だよこの野郎。

 

 

「はぁ、とりあえずどうするかなぁ……」

 

 

家に帰りたい。でも無いんだよね。

 

 

「とりあえず家に帰る?」

 

 

「いや、俺は家無いよ」

 

 

「え?」

 

 

美琴はキョトンと驚く。

 

 

「家、無いの?」

 

 

「おい待てや。まさか……」

 

 

いやだ。もう聞きたくない。

 

 

「あたしはマンションの部屋の一室貰ったよ」

 

 

もう俺のライフは0ですよ?美琴さん。神は俺を見捨てたのか……。まぁ俺を空から落すぐらいの扱いだもんな。うん、酷い。

 

 

「ぷっ」

 

 

俺の絶望する姿を見て、笑う美琴。ドSの素質があると見た。

 

 

「ごめんごめん。あんたの部屋もあるわよ」

 

 

「よっしゃああああァァ!!」

 

 

神は俺を救った。ありがとう。でも落とした恨みは忘れない。

 

 

「あんたとあたしで一緒に住むらしいよ」

 

 

え?それって、

 

 

「同棲……」

 

 

「なっ!?」

 

 

俺の言葉に美琴は顔を赤くした。

 

 

バチバチッ!!

 

 

「ぎゃッ!!」

 

 

俺の体に電気が走り、痛みが襲い掛かった。体は痺れ、膝から崩れ落ちた。

 

 

「な、何言ってるのよ、あんたは!!」

 

 

どうやら美琴の能力で出された電撃みたいだ。

 

 

「ほら!さっさと行くわよ!」

 

 

すいません。痺れて動けません。

 

 

________________________

 

 

「ここよ」

 

 

美琴に案内してもらい、今日から住むマンションの前にいた。

 

薄い黒色のマンションで、10階立てだった。外装が綺麗なので新築なのだろう。

 

 

「学校から近くはないが、遠くもない」

 

 

なかなかいいな。遅刻しそうでも走れば間に合うし。おっと、本気を出せばすぐに着けるんだった。てへっ。

 

中に入るとエレベーターに乗り10と書かれたボタンを押す。

 

 

「最上階か」

 

 

「そうよ。しかも1部屋しか無いんだから」

 

 

oh………凄くね?

 

 

「家賃はどのくらいだろう」

 

 

「月々15万よ」

 

 

「高っ!!」

 

 

ひゃー!前いた世界でのバイト3ヶ月分の給料じゃん!ひゃー!俺全然稼げてないじゃん!

 

 

「でも大丈夫でしょ」

 

 

「何で?」

 

 

「え?通帳よ、通帳」

 

 

ちょっと待てや。いや待ってください。

 

 

「ポケットに入ってるでしょ」

 

 

大樹はポケットを確認する。4回も。

 

 

「………もしかしてまた無いの?」

 

 

コクッとうなずく。

 

 

「つ、通帳を見せてくれるか?」

 

 

「え、ええ。いいわよ」

 

 

御坂 美琴と書かれた通帳。中を開けると、

 

 

 

 

 

残額 300,000,000と書かれていた。

 

 

 

 

 

「3億………」

 

 

俺の通帳を誰か知りませんか?3億と書かれた通帳を。

 

 

「………暗証番号教えるから一緒に使いましょ?」

 

 

「………うん」

 

 

そう言って、美琴は優しく俺の頭を撫でた。

 

 

________________________

 

 

 

「この部屋よ」

 

 

「わー、広いなー、綺麗だなー」(棒読み)

 

 

「………何かもう見てられないわ」

 

 

ごめん。俺の扱いがここまで酷いなんて思わなかったから。

 

部屋の中は一式そろっていた。装飾品がないだけで、テーブル、テレビ、ベッド、冷蔵庫、洗濯機などの生活に必要な必需品はそろっていた。

 

 

「そういえば誰がこんなの用意したんだろう?」

 

 

「気にしたら負けだ」

 

 

神です。犯人は神様ですよ。

 

俺たちは椅子に座る。

 

 

「美琴は試験受けたんだよな?」

 

 

「そうよ。しかも今日ね」

 

 

「………ランクは?」

 

 

「もちろんSよ」

 

 

ですよねー。もう分かってましたよ。……何か美琴の言葉だけを聞くとSMみたいですよね。じゃあ俺はドMかよ。違うよ。

 

 

「専門科目は?」

 

 

強襲科(アサルト)よ」

 

 

「へー、以外だな。超能力捜査研究科に入ると思ってた」

 

 

レベル5だしな。

 

 

「何であんたそんなに詳しいの?」

 

 

ギクッ!

 

 

「さっき海で武偵高校特集を拾って、泳ぎながら見ていたんだよ」

 

 

「本はくちゃくちゃじゃないの?」

 

 

やべぇ!何か無いのか!?

 

俺はポケットに手を入れて閃く。

 

 

「ほ、本に武偵高校のURLが書いてあって、携帯電話で調べたんだよ!」

 

 

よかったぁ!!防水で!!原田には感謝だな。

 

 

「なるほどね、理解したわ」

 

 

ホッ、こんな嘘に騙されるなんて、美琴は将来詐欺に会いそう。まぁそんな詐欺師は俺が潰すけどな。

 

 

「あ、俺の専門科目は?」

 

 

強襲科(アサルト)にしておいたわ」

 

 

「美琴が決めたのかよ……」

 

 

「何よ、文句ある?」

 

 

「いや、美琴と一緒だから文句はねぇよ」

 

 

「………そ、そう」

 

 

美琴は俺から顔をそらす。

 

 

「そ、そういえばあんた!」

 

 

何かを思い出し、席を立つ。

 

 

「専門科目の先生から明日、試験をするらしいから覚悟しておいてだって」

 

 

あれ?用意じゃなくて覚悟ですか?危ない予感しかしない。

 

 

「そ、そうか」

 

 

「あと夕食はどうする?」

 

 

「そうだな………買い物しに行くか」

 

 

「料理出来るの?」

 

 

「ふふふ、このシェフにお任せあれ」

 

 

「そう、なら期待するわよ?」

 

 

「おう!んじゃ買い物行きますか」

 

 

「ええ」

 

 

俺たちは近くのスーパーに出掛けた。

 

 

________________________

 

 

 

「そろそろ寝るか、明日も早いし」

 

 

「そうね」

 

 

俺たちは高校の教科書を広げて予習をしていた。まぁ俺は完全記憶能力があるからほとんど覚えたぜ。え?数学?何それおいしいの?

 

 

「………美琴」

 

 

「うん?」

 

 

俺は真剣な目で美琴を見る。

 

 

 

 

 

「後悔してないか?」

 

 

 

 

 

「……………」

 

 

美琴はしばらく黙ったあと。

 

 

「半分かな」

 

 

「半分?」

 

 

「ええ、もといた世界でまだやりたいこともあったわ」

 

 

「……………」

 

 

俺は黙って聞く。

 

 

「黒子や佐天さんに初春さんに会いたいと思ってる」

 

 

美琴は大樹を見る。

 

 

 

 

 

「でもね、もう半分は来てよかったと思ってる」

 

 

 

 

 

「え」

 

 

俺は驚愕して、つい声が出てしまう。

 

 

「今日大樹と一緒に居てすっごく楽しかった」

 

 

美琴は続ける。

 

 

「料理ができる大樹を見て少し悔しかったけど…」

 

 

「え?」

 

 

「でもね」

 

 

美琴は笑顔でこちらを向く。

 

 

 

 

 

「いつか100%、来てよかったって思わせてよね」

 

 

 

 

 

美琴の言葉に涙がでそうになった。

 

俺は上を向いて涙をこらえる。

 

 

「……分かった。約束する」

 

 

美琴の目をしっかりと見て、俺は右手の小指を前に出した。

 

 

「うん。約束」

 

 

俺たちは右手の小指どうしを絡ませる。

 

 

「それじゃおやすみ」

 

 

「ああ、おやすみ」

 

 

二人はそれぞれ自分の部屋に戻った。

 

 




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武装しない武偵

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続きをどうぞ。


俺と美琴は朝御飯を食べていた。そして美琴の話を聞いて一言。

 

 

「ず、ずるいな……」

 

 

「別に問題ないでしょ」

 

 

美琴は拳銃で撃った弾を能力を使って、銃弾の軌道を自在に操れるということだ。射撃テストではどんなに下手な撃ち方でも真ん中に当たる。チートか。

 

 

「あれ、俺の銃は無いのか?」

 

 

「あ……」

 

 

「おい、まさか」

 

 

「注文するの忘れてた。てへ☆」

 

 

「可愛いから許す」

 

 

「か、可愛い!?」

 

 

舌をチロッと出した美琴は超可愛かった。あぶねぇ、鼻血を出すところだったぜ。

 

 

「じゃあナイフもか?」

 

 

「……………うん」

 

 

「武装しない武偵ってどうよ?」

 

 

もう探偵じゃん。どうしよワトソン。

 

 

「か、かっこいい?」

 

 

「今日から武装しない」

 

 

「え!?う、嘘よ!嘘!」

 

 

嘘だったのか。かっこいいって言われて探偵になろうとしたのに。ごめんワトソン、新しい相棒を見つけてくれ。

 

 

「そろそろでないと遅刻するんじゃね?」

 

 

「あ、ホントだ」

 

 

俺たちは急いで支度した。俺は防弾制服だけ武装した。

 

 

________________________

 

 

 

「そういや今日試験だったな……」

 

 

覚悟しとけと言われた試験。ふえぇ……怖いよぉ。

 

 

「死にはしないでしょ」

 

 

なるほど、大怪我はするのですか。おいやめろ。変なことを考えるな。

 

 

「てか武装してない状態で試験とか受けていいのかよ」

 

 

「………盲点だったわ」

 

 

いやいや、そんな馬鹿な。

 

 

「射撃とCQC(ナイフ術)は0点確定だな」

 

 

「ふふっ」

 

 

いや、笑うなよ。絶対俺怒られるよ。

 

 

「だ、大丈夫よ」

 

 

「なにがだよ」

 

 

「テロリストや学園都市第一位を素手で倒す実力があるから」

 

 

おっと、そいつは人間か?

 

そんな他愛もない会話をしてながら学校に向かっていると、とっさに美琴は振り返った。

 

 

「どうした?」

 

 

「……………」

 

 

真剣な顔で後ろを見続ける。

 

 

 

 

 

「爆弾、あの自転車に爆弾が仕掛けてある」

 

 

 

 

 

「!?」

 

 

俺は目を凝らして美琴の指差す方を見る。

 

自転車を必死に漕ぐ少年。その隣には銃を固定しているセグウェイが走行している。おそらく銃は9mm短機関銃(UZI)だ。

 

 

「爆弾の解除はできるか?」

 

 

「あのセグウェイから出てる音波がジャミングしてるせいで、上手くできない」

 

 

「ならあのセグウェイは任せろ。美琴は爆弾を」

 

 

「分かったわ」

 

 

俺はセグウェイに向かって走り出す。

 

 

「お、おい!?こっちに来ちゃ駄目だ!」

 

 

少年は俺に向かって叫ぶ。

 

 

ガガガガガガガッ!!

 

 

セグウェイに固定してある銃が俺に向かって射撃する。が

 

 

「ハッ、下手くそだなおい」

 

 

俺は音速を越えるスピードで銃弾を避けながら進んだ。そして、

 

 

「オラアアアァァ!!!!」

 

 

バコンッ!!!

 

 

セグウェイを蹴り飛ばす。セグウェイは空中で粉々になりながら飛んでいく。

 

 

バチンッ!

 

 

「爆弾解除したわよ!」

 

 

美琴は少年に呼び掛けるが

 

 

「まだだ!この自転車に爆弾が仕掛けてあるんだぞ!!」

 

 

おい、聞こえてねぇぞ美琴の声。もう解除したよ馬鹿野郎。

 

少年はそのまま全速力で漕ぎ、どんどん俺たちとの距離を広げていく。

 

 

「「あ」」

 

 

ピンク色の髪のツインテールの女の子がパラシュートを使ってビルから落ちてきた。

 

 

「まさか」

 

 

俺はその光景に見覚えがあった。そのまま少年にぶつかり救出。いやもう仕事終わってますけどね。

 

 

「だ、大樹!」

 

 

「ふぇ?」

 

 

美琴に呼ばれ俺は情けない声を出す。あれ?なんかこっちに近づいて来てない?

 

少年を抱えた女の子がこちらに迫ってきた。

 

 

「ちょっ!?」

 

 

ドゴッ!!

 

 

そして、ぶつかった。

 

 

「ぐぇッ!!」

 

 

少年の体当たりがクリティカルヒット!さらに女の子の膝が顔面にかいしんの一撃!

 

大樹は倒れた。少年と女の子は24の経験値を貰った!

 

 

「生きてる?」

 

 

………グッ!

 

 

美琴に心配されたが、俺は右手の親指を立て、大丈夫なことをアピールする。はやく降りてくれ二人とも。

 

 

「ば、爆弾は!?」

 

 

少年が辺りをキョロキョロと見ながら叫ぶ。

 

 

「あたしがもう解除したわよ」

 

 

「「え」」

 

 

あ、女の子も起きた。

 

 

「い、いつの間にそんなことを……?」

 

 

「解除したこと伝えたけど聞こえなかったの?」

 

 

「………あの時か!」

 

 

少年は思い出したように言う。

 

 

「………あなた何者?」

 

 

女の子が美琴に聞く。が

 

 

「いや、そんなことより」

 

 

美琴は指を指す。

 

 

 

 

 

「あれ、どうするの?」

 

 

 

 

 

「「!?」」

 

 

いつの間にかセグウェイに前と後ろを囲まれていた。俺は気付いてたけどね。てかはやくどいて。

 

 

「まだいたのねっ!?」

 

 

女の子はスカートの中から銃を取り出し、銃口をセグウェイに向ける。

 

 

「いたって何が!?」

 

 

「【武偵殺し】のオモチャよ!」

 

 

少年の質問に答える女の子。立ち上がろうとするが、

 

 

「ぐえッ!?」

 

 

「きゃッ!?」

 

 

女の子は俺の腹を踏みつけてしまった。痛いよ……ぐすんっ。

 

そして、女の子はバランスを崩して、

 

 

「ッ!?」

 

 

少年の顔に女の子のお尻が乗っかった。

 

 

「ひゃッ!?」

 

 

女の子は短い悲鳴を上げてすぐに立ち上がる。

 

 

「うぐッ!?」

 

 

そして、また俺の腹を踏みつけられる。トホホ。

 

 

「こ、この変態!!」

 

 

女の子は少年をビンタしようするが、

 

 

スカッ

 

 

かわされた。

 

 

「ごめんね、でも不可抗力だったんだ」

 

 

「「「へ?」」」

 

 

「可愛い女の子に失礼なことをした。その罪は十分重いのは分かっている」

 

 

「「「……へ?」」」

 

 

少年の性格が豹変した。

 

美琴の目が点になる。女の子もポカンとしてる。

 

 

「あとで罪は償うよ。でも今はあのオモチャ(セグウェイ)をどうにかしないとね」

 

 

少年はなぜか俺に手を伸ばす。

 

 

「さっきの君を見て思った。君は相当の実力者だ」

 

 

少年はセグウェイを見ながら言う。

 

 

「半分、頼めるか?」

 

 

「………あ、ああ」

 

 

おっと、俺までポカンとしてた。

 

 

「ひ、ひとりで立てるよ」

 

 

俺はひとりで立ち上がる。なんか握りたくなかった。

 

 

「君の名前は?」

 

 

「人に名前を聞くときはまず自分の名前から言うのが常識だろ?」

 

 

俺は主人公に毎回これ言ってないか?

 

 

「はは、そうだね。遠山(とおやま) 金次(キンジ)だ」

 

 

「楢原 大樹だ。よろしくな遠山」

 

 

「ああ、こちらこそよろしく大樹」

 

 

その少年は、この世界の主人公だった。

 

________________________

 

 

キンジは拳銃を右手に持つ。

 

 

「じゃあ後ろのセグウェイを頼むよ、大樹」

 

 

「あ、ああ」

 

 

俺は遠山に返事する。その時、美琴がこっちを見ていたようなので、そっちを見てみると。

 

 

チラッ

 

プイッ

 

 

顔をそらされた。やべぇ、また目から汗が……。

 

この状況。実は一瞬で終わらせる裏技があります!

 

 

(美琴が能力使ったら一瞬だったのに……)

 

 

キンジと俺がこの状況をどうにかするような雰囲気になってしまった。あー、働きたくないでござる。

 

 

「……………」

 

 

女の子は俺を………いや、全く見てないな。キンジをずっと見ている。

 

キンジは前方のセグウェイに向かって歩き出す。

 

そして、

 

 

ガガガガガガガッ!!!

 

 

7機のセグウェイに固定された銃は一斉に射撃された。

 

だが、

 

 

 

 

 

キンジには一発も当たらなかった。

 

 

 

 

 

「「!?」」

 

 

美琴と女の子は驚愕する。当然だ。右や左に少し動く程度で全ての銃弾をかわしているのだから。

 

キンジは銃から7発の銃弾を撃つ。そして、全ての銃弾は、

 

 

 

 

セグウェイに固定された銃の銃口に入っていった。

 

 

 

 

 

(あいつも人間卒業だな♪)

 

 

俺は同類を見つけて心の中で喜ぶ。

 

セグウェイに固定された銃は粉々になった。

 

そして、折り重なるように次々とセグウェイは倒れていった。

 

キンジはこちらに歩いてくる。

 

 

「さぁ、次は君の番だよ」

 

 

超爽やかな笑顔で俺に微笑む。うわー、イケメンがおる。リア充爆発しろ。って

 

 

 

 

 

「はぁ?もう終わったぞ?」

 

 

 

 

 

「「「え」」」

 

 

三人は同時に声を出す。

 

前方には粉々になったセグウェイや銃が転がっていた。

 

 

「いや、だって相手が待つわけないじゃん」

 

 

「「「……………」」」

 

 

三人はそれはそうだな、と納得するが納得できない顔をする。

 

 

「でも大樹とセグウェイの銃声は聞こえなかったが?」

 

 

キンジは疑問を俺に聞く。

 

 

 

 

 

「いや、俺は銃持ってねぇからな」

 

 

 

 

 

「「え」」

 

 

「……………」

 

 

キンジと女の子は驚愕………違う。俺を馬鹿を見るような目で見ている。

 

美琴は顔をそらした。いやいや、原因は美琴だろ?

 

 

「セグウェイの銃声がならなかったのは」

 

 

俺はとりあえず気にせず続ける。

 

 

 

 

 

「撃たれる前にセグウェイを無力化させたからな」

 

 

 

 

 

「「!?」」

 

 

二人は驚愕する。

 

 

「大樹………あんた本当に

 

 

「言うな。何も言うな」

 

 

きっと続きは人間?と聞かれるのだろう。立派な人間だ俺は!

 

 

「お、恩になんか着ないわよ。あんなオモチャぐらい、あたし1人でも何とかできた。これは本当よ。本当に本当」

 

 

お、おう。そんな強気に言われたら「はい」か「YES」しか答えれねぇよ。

 

 

「そ、それに、さっきの件をうやむやにしようったって、そうはいかないから!あれは強制猥褻!レッキとした犯罪よ!」

 

 

女の子はキンジに指を指す。えー、不可抗力だろ。じゃあ俺も二人に傷害罪出していい?出さないけど。うわ、俺って優しい!この調子だと世界も救えそうだ!

 

 

「………それは悲しい誤解だよ」

 

 

え?悲しいの?あんなラッキースケベが?オイコラ俺と交代しろや。

 

 

ギャー!ギャー!

 

 

女の子は一方的にキンジに怒鳴り付ける。キンジはそれを冷静になだめていた。

 

 

「学校………行かない?」

 

 

おふう、美琴様はこの状況に呆れなさったご様子で。

 

 

「そうだな、てかこれ遅刻してんじゃん」

 

 

俺は携帯電話を取り出し時刻を確認した。OK、もうすぐで遅刻するなコレ。

 

 

「あんたいったい!何して!くれて!んのよ!」

 

 

何か凄い地団駄してるな。流行らせようかな?

 

 

「よし、冷静に考えよう」

 

 

未だに冷静を保つお前はある意味やべぇぞ。

 

 

「俺は高校生。それも今日から二年生だ」

 

 

そういえば、美琴も高校二年生だって。朝聞いてビックリしたわ。中学通わないのか。

 

 

 

 

 

「中学生を脱がしたりするわけがないだろう?歳が離れすぎだ。だから安心してほしい」

 

 

 

 

 

火に油注ぎやがったよ。

 

 

「あたしは中学生じゃない!!」

 

 

女の子は涙目になりながらも、キンジを睨み続けている。

 

 

「お、おい遠山」

 

 

この次の言葉は………あかん。

 

俺はキンジに声をかけるが、遅かった。

 

 

 

 

 

「………悪かったよ。インターンで入ってきた小学生だったんだな。助けられたときから、そうかもなとは思っていたんだ。しかし凄いよ、君は」

 

 

 

 

 

やりやがったよこいつ!!俺の言葉を無視して!!

 

 

「こんなヤツ………こんなヤツ………助けるんじゃ、なかった」

 

 

うん?助けたっけ?

 

 

ガッガキュンッ!!

 

 

「うおッ!?」

 

 

女の子は二発の銃弾をキンジの足元に撃つ。

 

 

 

 

 

「あたしは高2だ!!」

 

 

 

 

 

「え」

 

 

美琴は驚く。ああ、お前もキンジと同じこと考えてたのか。まぁ普通の反応っちゃ反応ですが。

 

 

「ま、待てッ!!」

 

 

キンジは女の子に近づき女の子の銃を構えた細い両腕を両脇に抱え込んで後ろに突きださせた。

 

 

(何か第2ラウンド始まったな)

 

 

俺と美琴は見学する。レディ……ファイトッ!!カァンッ!!

 

 

「んっ」

 

 

女の子は体をひねり、

 

 

「やぁッ!」

 

 

女の子を掴んでいたキンジを投げ飛ばした。

 

 

「「おお……」」

 

 

俺と美琴はその技に思わず声がでる。体格差があんなにあるのにすごいな。

 

 

「うおッ!?」

 

 

キンジは転がり受け身をとった。

 

 

「覚悟しなさい!って、あ、あれ?」

 

 

女の子はわしゃわしゃとスカートの内側を両手でまさぐった。

 

 

「ごめんよ」

 

 

キンジの手には弾倉(マガジン)を持っていた。女の子は銃に再装填する弾。弾倉(マガジン)を探していたのだ。

 

 

「あッ!」

 

女の子はキンジの持った弾倉(マガジン)を見て、驚愕の声をあげる。

 

 

ポイッ

 

 

キンジは弾倉を空高く飛ばして信号機の上に載せる。うわ、いやな嫌がらせ。

 

暇なので俺は信号機によじ登り、弾倉(マガジン)を取りに行った。不法投棄はだめですよ~。

 

 

「もう!許さない!ひざまずいて泣いて謝っても、許さない!」

 

 

女の子は銃をスカートの中にしまうと、背中に隠してあった刀を二刀流で抜いた。

 

女の子はキンジに飛びかかる。

 

「強猥男は神妙に

 

 

次の言葉は続かなかった。

 

 

「っわぉきゃッ!?」

 

 

女の子は後ろに倒れた。いや転けた。

 

女の子の足元にはさきほど破壊したUZIの弾丸がいくつも転がっていた。

 

 

(あそこだけ異常に弾が集まってる?ってまさか)

 

 

仕組んであった。最初から。

 

 

(まじかよ……誘導ってレベルじゃねぇぞ)

 

 

俺は無事に弾倉(マガジン)をゲットする。そして、信号機から飛び降りる。

 

 

「こ、このッ………みゃおきゃッ!?」

 

 

そして、女の子がまた転んだ。

 

キンジは女の子の姿を見て、一目散に逃げていった。

 

 

「この卑怯者!でっかい風穴あけてやるんだからぁ!!」

 

 

女の子は涙目で大声をあげた。

 

 

________________________

 

 

 

俺が元の場所に帰ってくると美琴の姿が見えなかった。しかし、一枚の紙切れが落ちていた。

 

 

『もう事件は解決したので先に学校に行きます。遅すぎると怒られるので。』

 

 

「俺も連れて行ってよ……」

 

 

『後始末よろしく』

 

 

「逃げやがったな!!」

 

 

うわっ!?これって後でたくさんの書類を書かないと帰してもらえないパターンだ!よくある展開だよコレッ!?

 

 

「まぁ、それより」

 

 

俺は女の子に近づき、女の子の足元に転がっている弾を蹴り飛ばした。

 

 

「大丈夫か?あとこれ」

 

 

「あ、ありがとう」

 

 

俺は回収してきた弾倉を女の子に渡した。

 

女の子の顔が少し赤い。そりゃそうだ、あんなに転けたところ見られたら恥ずかしい。お嫁には十分行けると思うけど。

 

 

「これって後で書類書かなきゃダメなのか?」

 

 

「ええ、書くでしょうね確実に」

 

 

「はぁ………」

 

 

天気は晴れているのに俺の心はくもりだよ……。

 

俺はいつまでも座っている女の子に右手を差し出す。いつまでも地面に座っているのはよくないからな。

 

 

「自己紹介まだだったわね」

 

 

女の子は俺の右手を握り、その場から立ち上がる。

 

 

 

 

 

神崎(かんざき)(えいち)・アリア よ。よろしく」

 

 

 

 

 

「ああ、こちらこそ」

 

 

知ってるけどな。

 

 

「神崎はこの後、どうするんだ?」

 

 

「アリアでいいわよ。私も大樹って呼ぶから」

 

 

アリアは腕を組み思考させる。

 

 

「とりあえず学校に連絡してみるわ」

 

 

その後は書類書かされて尋問されるんですね。はい、未来が見えるんです僕。

 

俺の嫌そうな顔を見たアリアは笑みをうかべながら言う。

 

 

「大丈夫よ、なるべく早く解放されるようにしてあげるわ」

 

 

「あ、ありがとぅ」

 

 

うぅ、よかった。優しい子だよアリアは……!

 

俺はアリアの優しさに感動した。

 

 




執筆状況を少し書きます。

話のストックは全くありません。ですが毎日更新できるように頑張って書いています。

これからもよろしくお願いいたします。


感想や評価をくれると嬉しいです。


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悪魔が笑う最恐試験

続きです。




「失礼しました」

 

 

俺はドアを開けて部屋を出る。さきほどまで書類を書かされたが二枚ほど書いただけですんだ。

 

 

(アリアのおかげで助かったぜ)

 

 

事件についてはアリアがほとんど話してくれた。俺は確認するだけの簡単な質問をされるだけだった。

 

 

「あ、終わったのね」

 

 

廊下の壁に背を預けている美琴がいた。

 

 

「……………よくも裏切ってくれたな」

 

 

「今日お弁当作ったんだけど」

 

 

「許す」

 

 

「…………あいかわらず私に甘いわね、あんた」

 

 

やったぁ!!女の子の手作り弁当だぁ!!

 

 

「はやく行くわよ、先生が呼んでる」

 

 

ふふふ、弁当!弁当!手作り!

 

俺の頭のなかは弁当しか考えていなかった。

 

 

________________________

 

 

 

「はーい皆さん。二年生最初のHRをはじめますよー」

 

 

教室全体に教師の声が響く。先生の声で席をたっていた人は全員席につく。

 

 

「去年の3学期に転入してきた子と今日から編入してきた二人の子たちに自己紹介してもらっちゃいますよ」

 

 

先生の後ろには二人の少女と一人の少年がいた。

 

 

ざわざわっ

 

 

教室は一気にざわつく。

 

 

三人は黒板の前まで歩く。その瞬間、

 

 

 

 

 

誰も喋らなくなった。

 

 

 

 

 

「強襲科の神崎・H・アリアです」

 

 

アリアが自己紹介するが、誰1人見ていない。

 

 

「同じく、強襲科の御坂 美琴です。よろしくお願いします」

 

 

美琴も見られてない。

 

 

 

 

 

「強襲科のア◯パンマンです。みんなよろしく」

 

 

 

 

 

アンパンマ◯の顔をかぶっている少年。全員はその少年を見ていた。

 

服はこの高校の男子生徒の制服を着用していた。

 

 

「それじゃ新しい子に質問がある人は手をあげてくださーい」

 

 

バッ!!

 

 

キンジ以外の全員が手をあげた。

 

 

「そ、それじゃあ武藤(むとう)君」

 

 

「先生!なんでアンパ◯マンがいるんですか!?」

 

 

「「ぷッ」」

 

 

その質問に美琴とアリアは笑いだす。

 

 

「あぁ?それくらい自分で考えろよ」

 

 

「◯ンパンマン性格悪ッ!?」

 

 

「ったく仕方ない、説明してやるよ」

 

 

「あ、ありがとうございます?」

 

 

武藤はアンパンマ◯にお礼を言う。なぜ?

 

 

「俺はこの教室にくる前、美琴とアリアと一緒に職員室で待っていたんだ」

 

 

生徒は黙って話を聞く。

 

 

「職員室の後ろには例のアレがあった」

 

 

ゴクリッ

 

 

生徒は唾を飲む。

 

 

 

 

「そう……アン◯ンマンの顔が」

 

 

 

 

 

ズゴッ!!

 

 

教室にいた全員が転けた。

 

 

「そしたら美琴とアリアが俺にかぶせやがって」

 

 

アンパ◯マンは両手を広げる。

 

 

 

 

 

「取れなくなったのぉ………ぐすッ」

 

 

 

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

クラスの皆は可哀想な目で見ていた。

 

 

しかし、美琴とアリアは笑っていた。

 

 

 

________________________

 

 

スポンッ!

 

 

「や、やっと抜けたぁ……」

 

 

あー、苦しかった。

 

 

「改めてまして、強襲科の楢原 大樹です。助けてくれてありがとう」

 

 

クラスの皆に手伝ってもらい脱出に成功した。

 

 

「そ、それじゃあ席なんだけど」

 

 

「先生」

 

 

アリアは先生に声をかける。

 

 

「大樹とあいつの近くに座りたい」

 

 

おお、出ました!キンジが狙われ…………え?

 

 

「俺も!?」

 

 

ざわざわッ

 

 

「よかったなキンジ!何か知らんがお前にも春が来たみたいぞ!!」

 

 

俺は?俺には来ないの?遠山に負けるの?

 

 

「先生!俺、転入生さんと席代わりますよ!」

 

 

「あ、俺も代わるよ!」

 

 

キンジの横の2つの席が空く。

 

 

「それじゃあ遠山君の隣に神崎さん、その隣に楢原君が座る形でいいかな?」

 

 

「ダメだ!!」

 

 

俺の反論にクラスの皆が俺に視線を移す。

 

 

「俺の隣に美琴が座るならいいだろう!」

 

 

「なッ!?」

 

 

美琴の顔が赤くなる。

 

 

ざわざわっ!!

 

 

「なら私が代わります!」

 

 

俺の席の隣の女の子は言う。

 

 

「よしっ!!」

 

 

ガッツポーズで喜ぶ。よっしゃあッ!!

 

 

「な、なに考えてんのよあんたは!?」

 

 

ふふふ、両手に花だぜ。キラーン。

 

 

「分かった!理子(りこ)わかっちゃった!」

 

 

キンジの逆隣に座っている女の子は席を立ち大声で言う。

 

その理子と名乗った少女の制服はヒラヒラなフリルだらけの制服に改造してあり、金髪で……何か……こう、何?……二次元に出て来そうな女の子みたいな子だった。

 

 

「これはもう修羅場だよ!修羅場!」

 

 

キンジはもう疲れたような目で理子を見ている。

 

 

「ツインテールさんはキンジとアンパ◯マンに二股の恋をしているの!」

 

 

おーい、俺は大樹だよー?

 

 

「でもア◯パンマンは美琴ちゃんに恋をしている!まさに修羅場!」

 

 

ア◯パンマン、表に出ろ。美琴には指一本触れさせん!ていうか、今の修羅場だったか?まぁいいか。

 

 

ざわざわっ!!!

 

 

理子の発言で一気に騒がしくなる教室。

 

 

ズキュンッズキュンッ!!

 

 

銃声が二発なった。

 

教室が静まり返る。撃った犯人はアリアだった。その証拠に銃を二つ取り出し、銃口を上に向けてる。天井には二つの穴ができている。

 

 

「れ、恋愛だなんてくっだらない!!」

 

 

アリアは少し顔を赤くし叫ぶ。

 

 

「全員覚えておきなさい!そういう馬鹿なことを言うやつには」

 

 

銃口を前に向けて、

 

 

「風穴、あけるわよ!!!」

 

 

キーン、コーン、カーン、コーン

 

 

HR終了のチャイムが鳴り響いた。

 

 

________________________

 

 

 

「お前は死にたいのか?」

 

 

身長が二メートル近くあるがごつい男の先生は言う。

 

 

「滅相もございません」

 

 

俺は目を逸らしながら否定する。額からは汗がダクダクと流れている。

 

 

 

 

 

「なら何で武器を持っていないんだ?」

 

 

 

 

 

「……………」

 

 

「今日は試験をさせると伝えていたが?」

 

 

「き、聞きました」

 

 

「なら何で武装していない?」

 

 

「すいません……」

 

 

クスクスッ

 

 

くそっ、恥ずかしい!

 

職員室で怒られています。

 

俺は今強襲科の試験を受けるはずが受けれない。理由は簡単。武装していないから。

 

 

「舐めているのか?」

 

 

ブンブンッ!

 

 

顔を勢いよく横に振る。

 

 

「まぁこのことは許してやろう」

 

 

あざーす。

 

 

「だが少しくらい訓練はするよな?」

 

 

「もちろんです!全力で取り組みます!」

 

 

「そうかそうか。ならお前は今からここに向かってくれ」

 

 

男の先生は一枚のプリントを俺に渡す。

 

 

「そこで訓練をしてこい。モニターで生徒は全員見てるからカッコ悪いとこ見せるんじゃねぇよ?」

 

 

「了解です!」

 

 

俺は訓練が行われる場所に向かった。

 

 

________________________

 

 

「ここか」

 

 

走って一分で着いた。いやいや本気で走ってないよ?

 

 

「訓練に参加する人はこの名簿に名前を書いてくださーい」

 

 

「あ、書きます書きます!」

 

 

急いで受付場所に行き、名前を記入する。

 

 

「ではこの建物の四階で待機してください。詳しいことはアナウンスが流れますので」

 

 

「はーい」

 

 

俺は建物の中に入り、階段をのぼった。

 

 

(随分ボロボロだな)

 

 

壁はたくさんの穴が空き、床は汚れたコンクリートだ。

 

 

(何が始まるんだ?)

 

 

そして四階に着くと、真ん中で待機した。周りに人は誰もいない。

 

 

(下にはあんなに人が居たのに何故だ?)

 

 

軽く30人はいた。

 

 

(そして名簿に書いてあったのが俺を除いて4人)

 

 

この建物は6階立て。ひとつの階に1人の人間を置くならあと一人は参加するはず。

 

 

(なるほど、見学か)

 

 

30人近い人たちは全員見学だったのかもしれない。先生も言っていたしな。

 

 

(………ごちゃごちゃ考えても仕方ない)

 

 

俺はアナウンスを待つことにした。

 

 

『今から訓練を始めます』

 

 

アナウンスはすぐに鳴った。女の子の声が建物全体に響く。

 

 

『ルールはバトルロワイヤル方式です。参加人数は6人。範囲はこの建物の中のみです。窓から出たりした場合は失格です』

 

 

おぉ、なかなか本格的だな。

 

 

『武器は違法で無ければ許可します。グレネード等も使っても構いません。ナイフ、近接格闘は当然ありです』

 

 

ん?武器?グレネード?持ってないぞ?

 

 

『勝利方法は相手を無力化、もしくはナイフを首に当てるなどの相手に勝利し、最後の一人になった者のみが勝ちです』

 

 

ガチ訓練キター!!!って俺は武器持ってねぇよ!?

 

 

『なお参加者一名は教官、残りはAランク武偵の参加となっております』

 

 

はぁ!?俺はEランクだぞ!?

 

 

ビーッ!!

 

 

無慈悲にも開始の合図を知らせるブザーが鳴り響いた。

 

 

 

________________________

 

 

 

訓練が始まった。いや訓練にしては本格的すぎる。そう……これは訓練じゃない。殺し合いだ……大袈裟だな。訓練で良いよ。

 

教師から貰ったプリントをもう一度見る。

 

 

(参加者は全員Aランク。なのにプリントにはここで訓練を受けると書かれている)

 

 

間違い通達。いや、嫌がらせだ。名簿に書く作業もあった。

 

 

(………ん?)

 

 

足音が後ろからした。

 

 

(集中して聞かないと聞き逃すくらい音が小さいな)

 

 

さすがAランク。だが、

 

 

(俺なら十分に聞こえる!)

 

 

柱の後ろに隠れて息を潜める。待ち伏せだ。

 

そして、

 

 

ゴッ

 

 

「うッ!?」

 

 

歩いて来た敵に気付かれないように近づき、手を刀のようにして、相手の首の後ろを叩く。

 

 

バタッ

 

 

少年は気を失い、倒れた。

 

 

(一度こういうのやってみたかったんだよね)

 

 

俺は少年を部屋の隅に移動させる。戦闘に巻き込まれたら大変だ。

 

 

(この少年は下から来たのか)

 

 

ここは四階。一つのフロアに一人居るなら、下にはあと二人いるな。

 

 

(下から攻略していきますか!)

 

 

俺は足音を殺しながら、階段を降りていった。

 

 

________________________

 

 

こちらジャック。A地点まで到着した。

 

…………簡単にいうと二階まで来た。

 

 

(二階には居ない…………一階か?)

 

 

一階に二人居ることになる。

 

 

(銃声は聞こえないから闘ってないはず……いや)

 

 

俺みたいに敵を倒すなら別か。

 

音を殺しながら俺は階段を降りていく。一階に辿り着き、部屋を恐る恐る見る。

 

しかし、一階にも誰も居なかった。

 

 

(……………よし)

 

 

俺はわざと足音をたてて、部屋の中央に行く。

 

 

その時、

 

 

「「もらった!!」」

 

 

前と後ろから人が出てきた。

 

彼らは協力していたのだ。例えば最後の二人になるまで協力しよう。とか言って組んだのだろう。

 

だが、

 

 

「「!?」」

 

 

 

 

 

さきほどまで居た場所に大樹は居なかった。

 

 

 

 

 

「後ろだ」

 

 

ゴッ!

 

 

「がはッ!?」

 

 

前にいた少年の横腹を回し蹴りぶっ飛ばす。

 

少年は壁にぶつかり、動かなくなった。気を失わせただけだ。

 

 

「このッ!!」

 

 

ガガガガガガガッ!!

 

 

後ろにいた少年が銃を撃つ。

 

俺はその銃弾を見切り、

 

 

 

 

 

イナバウアーで避けた。

 

 

 

 

 

「はあああああァァァァ!?」

 

 

少年は避け方に驚愕する。

 

 

クルンッ

 

 

俺はイナバウアーの状態から横に回転し、体制を整える。と同時に音速のスピードで相手に迫る。

 

 

「フィギュアパーンチ!!」

 

 

「ガッ!?」

 

 

要するに腹パン。少年は前から崩れ落ち、床に倒れた。

 

そして一言。

 

 

「フィギュアスケート、明日夜8時から放送されるぞ」

 

 

スケートの宣伝をした。頑張れ!浅田〇央ッ!

 

 

________________________

 

 

(あと二人か)

 

 

再び四階まで戻ってきた大樹。

 

残るは教官と生徒1人。さすがに協力は無いだろう。

 

 

(五階にも人はいない……)

 

 

残るは六階だけ。

 

 

(きっと生徒はやられてるだろ)

 

 

となると残りは教官だけとなる。

 

俺は息を潜めながら階段をゆっくりとのぼる。

 

 

ガギュンッ!!

 

 

「ガッ!?」

 

 

大樹があげた声ではない。上から聞こえた声だ。

 

 

「もう終わりか?弱いなおい」

 

 

大樹は身を隠しながら様子をうかがう。

 

教官と少年が戦っていた。

 

 

ゴスッ!

 

 

「グッ!?」

 

 

教官と思わしき人物が少年の顔を蹴り飛ばす。少年は鼻や口から血を流していた。

 

力の差は歴然。教官が一方的に生徒をボコボコにしていた。

 

 

「!?」

 

 

その教官には見覚えがあった。

 

 

「おい」

 

 

大樹は隠れるのを止めて、二人に近づく。

 

 

「なんだお前、生き残っていたのか」

 

 

 

 

 

俺にプリントを渡した男だった。

 

 

 

 

 

「もうそいつは無力化されている。もう止めろ」

 

 

俺は身長が二メートル近くある男を睨み付ける。

 

 

「何言ってるんだお前?」

 

 

男はニヤリッと笑い、

 

 

「瀕死になるまでしなきゃ無力化とはいえないだろ?」

 

 

「………ッ!!」

 

 

……この糞野郎!!

 

 

「ほらよ」

 

 

男は倒れている少年をゴミを投げるような仕草で、こちら側に投げるた

 

 

「くッ」

 

 

俺は前に走って少年を受け止める。その時、

 

 

「隙だらけだ」

 

 

ガギュンッ!!

 

 

銃声が鳴った。

 

 

ドスッ

 

 

「グッ!?」

 

 

銃弾は俺の左腕に当たる。しかも銃弾は訓練用じゃない。実弾だ。

 

 

「この野郎ッ!!」

 

 

「動くな、もう囲まれている」

 

 

「!?」

 

 

建物の柱の後ろから、何台ものセグウェイが出てきた。

 

セグウェイには銃が固定されていた。

 

 

「前に武偵殺しの事件で使われたモノを真似してみたんだ」

 

 

前に2台。右と左に3台ずつ。そして後ろに2台の計10台。

 

 

(囲まれた!?)

 

 

俺ならこの状況は簡単に突破できる。だが今は怪我をした少年がいる。

 

「おっと、余計なことはするな。動くとセンサーが反応して射撃してしまうぜ?」

 

 

「くっ」

 

 

どうする?階段までの距離は遠い。

 

考えろ。助かる方法を。

 

この状況を打破する策を!!

 

 

「いいのかよ?これ、みんなに見られてんだろ?」

 

 

話をして時間稼ぎをする。今はそれしかなかった。

 

 

「この階だけは映らねぇんだよ、残念だったな」

 

 

「………このことがバレたら牢屋行きだな?」

 

 

「そうならないように今からボコボコにするんだろ」

 

 

前、右、左、後ろ。くそっ!突破口は無いのか!?

 

 

「俺はこれを続けて半年、全くバレねぇんだよ」

 

 

「……………」

 

 

「お前ら以外にこうなったやつはあと3人ほどいるぜ?」

 

 

「ッ!!」

 

 

俺は唇を強く噛む。口の中には鉄の味がした。

 

 

「そろそろお喋りも終わりにしようか」

 

 

「ッ!」

 

 

無い。俺だけでも逃げれるが、下手したら少年の命が危ない。

 

 

(ちくしょう……!!)

 

 

今の俺には何もできない。そんな自分に絶望する。

 

首が重くなり、下を向く。

 

 

「なんだよ?諦めたのか?」

 

 

下を向いたまま右手に力を入れる。撃たれた左腕から血が床に落ちた。

 

 

 

 

 

床?

 

 

 

 

 

「それじゃあ、フルボッコタイムの始まりだ」

 

 

あった。この状況を打破する方法。

 

俺は笑みを浮かべる。その顔を見た男の表情が曇る。

 

 

「何だ?頭でもおかしくなったのか?」

 

 

「そうだな、全く」

 

 

俺は右手に力を。ありったけの力を入れる。

 

 

 

 

 

「こんな方法、頭のおかしい奴しか考えないだろ」

 

 

 

 

 

俺は床に右手を降り下ろす。

 

 

「砕けろおおおおおおォォォォォ!!!!!」

 

 

ドゴオオオオォォォォ!!!!

 

 

爆発でもしたような音が鳴り響く。

 

 

「なっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大樹は六階の部屋全体の床を破壊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガガガガガガガッ!!

 

 

セグウェイに固定された銃は発泡するが、バランスを崩して狙いを外す。

 

六階に居た三人とセグウェイ10台は五階に落ちる。

 

 

「ッ!」

 

 

大樹は少年を抱えたまま綺麗に着地する。そして階段まで急いで走っていく。

 

 

(とりあえず安全な場所へ!)

 

 

俺は一気に四階まで降りる。そして、一番最初に倒した人をおんぶする。

 

 

(男をお姫様だっこ。もう1人はおんぶ。最悪だなおい)

 

 

再び走り出した。

 

一階まで来たところで二人を降ろす。

 

 

(一階には四人の生徒。これで全員か)

 

 

四人の安否を確認したあと俺は階段を再びのぼる。

 

 

あの野郎だけは許さない。

 

 

________________________

 

 

「クソッ!」

 

 

大樹は再び五階に戻ってきたが、男は瓦礫をどけてやっと脱出できたみたいだ。

 

 

「よぉ、随分まぬけだな」

 

 

大樹は馬鹿にしながら挑発する。

 

 

「このガキッ!!」

 

 

ズキュンッ!

 

 

男は発泡する。が大樹は頭を傾けるだけで回避する。

 

 

「ちっ!」

 

 

男は舌打ちする。そして服の中から手榴弾を取り出す。

 

 

「くたばれッ!!」

 

 

チンッ

 

 

ピンを抜いて俺に投げる。

 

 

ドゴオオオオォォォォ!!!!

 

 

大樹の目の前で爆発した。

 

 

 

 

 

「どこに投げてんだ?」

 

 

 

 

 

「!?」

 

 

後ろから声がした。男の顔は真っ青になり、恐る恐る振り返る。

 

そこには無傷の大樹がいた。

 

 

「ば、バカなッ!?」

 

 

大樹は殺意が籠った瞳で男を睨み付ける。

 

 

「ひッ!?」

 

 

それだけで男は悲鳴をあげる。

 

 

「今の俺は最高にぶちギレてる」

 

 

男に向かって歩く。

 

 

「く、来るな!!」

 

 

ズキュンッ!

 

 

男はまた発泡する。

 

 

「邪魔だ」

 

 

ガキンッ!

 

 

「!?」

 

 

大樹はさきほど拾った瓦礫の破片を持っていた。それを投げて銃弾を相殺する。

 

 

「ッ!!」

 

 

ガチンッ!!

 

 

「ガッ!?」

 

 

まだ撃とうとする男。大樹は瓦礫の破片をもう一度投げて、男の拳銃にぶち当てる。

 

 

「歯を食いしばれよ」

 

 

「や、やめろ……」

 

 

男の声は小さかった。

 

 

「お前みたいな悪党は大嫌いだ、だから」

 

 

「やめろおおおォォ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺が、全部潰すッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドゴンッ!!!!

 

 

ありったけの力を入れた右手で、男の顔を殴る。

 

 

ガゴンッ!!

 

 

建物を支える柱にぶつかるが、そのまま柱を破壊して後ろに吹っ飛ぶ。

 

 

ドンッ!!!

 

 

一番後ろの壁まで飛んで行き、やっと止まる。

 

男はぐったりとしており、もう動かない。残念ながら気を失っただけだ。

 

 

この訓練。いや、この戦闘は楢原 大樹の勝利で幕を閉じた。

 

 




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一言だけでいい

続きです。





「……という訳なんです、はい」

 

 

「「「……………」」」

 

 

絶句する三人の教師。俺は事件について正直に話した。

 

 

六階の床を破壊したことも。

 

 

最初は爆弾で破壊したと嘘をついたがすぐにバレた。男の犯罪者(教師?そんな名で呼ぶわけねぇだろ)が俺のことを全部ばらしたらしい。あいつもう一回ぶん殴ろうかな?

 

あの後はいろいろな人が来て、あいつは逮捕された。あと脅されていた三人は無事だった。もちろん、あの時助けた少年も。

 

 

「お前、人間か?」

 

 

女の教師はそんなことを聞く。聞き飽きたわー、その言葉。

 

 

「当たり前です。酸素を吸って二酸化炭素を吐くところとか人間と同じです」

 

 

「……それ以外は人間と同じじゃないということか」

 

 

「そんなわけあるか」

 

 

女の教師の隣にいる男の教師は予想を斜め上いく解釈をしやがった。

 

 

「まぁこの話題は後程たっぷりと尋問しようか」

 

 

ひッ!?何この女の人、こわッ!!

 

 

「私はもうひとつ確認したいことがあるのだよ」

 

 

「な、なんでしょう?」

 

 

もう早く帰りたい。

 

 

 

 

「お前、武器を持っていないって本当か?」

 

 

 

 

 

うわー、今一番聞かれたくない質問NO.1聞かれたよ。

 

 

「はい、持っていません……」

 

 

俺は少し小さい声で言う。教師たちは目を見開き驚いていた。

 

 

「………化け物か」

 

 

「生徒を化け物扱いすんじゃねぇよ」

 

 

さっきから全く喋らなかったもう一人の男の教師がとんでもないこと言い出したぞ。

 

 

「これは面白い奴がきたなぁ……」

 

 

も、もう怖いよッ!!おかあさーん!!

 

 

「今日はとりあえずもう帰っていいぞー」

 

 

今日は?ふむ、明日は絶対危ない。休もう。

 

 

「休むなんてバカなこと考えるなよ?」

 

 

「明日、がっこー、たのしみだなー」

 

 

この学校、ろくな教師がいねぇな。

 

 

________________________

 

 

 

「なるほどねぇ……」

 

 

家に帰宅した俺は今日あった事件を美琴に話した。

 

 

「あんた本当に

 

 

「もうそのくだりやめて」

 

 

もうわかりましたよ。はいはい、俺は人間卒業しましたー。

 

 

「モニターで見ていたけど六階ではそんなことがあったんだ」

 

 

「なんだよ、見てたのか」

 

 

「まぁ大樹ならAランクなんか余裕だと思ってたから放っておいたわ」

 

 

「いや、助けにこいよ」

 

 

酷くね?この世界に来てから俺の扱いなんなの?みんないじめはダメなんだよ?

 

 

「そうね、助けに行ったら撃たれなかったもんね」

 

 

美琴は包帯で巻かれている俺の左腕を申し訳なさそうな目で見る。

 

 

「……別にお前のせいではないだろ?それに俺があの訓練に入っていないとあいつをぶっ飛ばせなかったんだから」

 

 

俺は笑顔で言う。

 

 

「それに俺のこと信じてくれたんだろ?」

 

 

「え?」

 

 

「俺が勝つって」

 

 

「ッ!」

 

 

頬を赤くした美琴は大樹を見る。

 

 

「ありがとうな」

 

「う、うん……」

 

 

美琴はさらに頬を赤く染めた。

 

 

ピンッポーンッ

 

 

その時、うちのドアのチャイムが鳴った。

 

 

「はーい、今出るよー」

 

 

俺は席を立ち、玄関に向かう。

 

 

ガチャッ

 

 

鍵を開けて扉を開く。

 

 

「ほら見なさいキンジ。大樹は5秒以内にドアを開けたわよ」

 

 

そこには腕を組んだアリアがいた。

 

 

「たまたま玄関の近くに居ただけだろ」

 

 

その後ろには死んだ魚の目をしたキンジがいる。

 

 

「………まぁこの際なんで俺の家を知っているかは聞かないでおこう。で、何のようだ?」

 

 

あとをつけられてたのか?いやん、ストーカーされた!

 

 

「美琴にも話があるわ」

 

 

「そうか、んじゃあ中で話すか」

 

 

俺はドアを全開に開けて二人を招き入れた。

 

 

________________________

 

 

 

「大樹、あんた私のパートナーになりなさい!」

 

 

「おい、何で俺は奴隷で、大樹はパートナーなんだよ」

 

 

「いやいや、話が見えないのだが?」

 

 

何がどうなってるの?美琴さん、睨まないで。我、何も悪いことしてないぞよ?

 

 

「あたしのパーティーに入ってほしいの」

 

 

「何で俺?」

 

 

「今日、大樹の戦いを見せてもらったわ」

 

 

モニターですね!アリアも見てたのかよ……。

 

 

「遠山じゃダメなのか?」

 

 

「キンジは奴隷よ?」

 

 

その返しは予想外だわ。

 

 

「美琴もあたしのパーティーに入ってもらうわ」

 

 

「えぇッ!?」

 

 

「え、もう決定してるの!?」

 

 

アリアさん強引すぎ。美琴も俺も驚くしかないよ。でも、何かカッコいいな。

 

 

「おい!俺は入らないぞ!」

 

 

キンジは反論する。どうしても入りたくないようだな。

 

 

「あたしもパスだわ」

 

 

え?美琴も?

 

 

「何でだ?」

 

 

大樹は美琴に尋ねる。

 

 

「そのパーティーに入ってもメリットが無いからよ」

 

 

そういえばシャンプー切れてたな(嘘)。明日買いに行こ。そのメリットじゃねぇよ。

 

 

「そうね、武偵は金で動くものだったわね」

 

 

アリアは右手を胸に当て、部屋全体に響く声で言う。

 

 

 

 

 

「あたしのパーティーに入ったら一千万前後の報酬をあげるわ!」

 

 

 

 

 

「い、一千万!?」

 

 

キンジはアリアの言葉に驚く。だが、

 

 

 

 

 

「「何だ、一千万か」」

 

 

 

 

 

俺達は少しがっかりした声で言った。

 

 

「こ、この金額で不満なの!?」

 

 

逆にアリアが驚き、俺達に向かって怒鳴りつける。

 

 

「いや…………だって………ね?」

 

 

俺は歯切れの悪い答え方をする。

 

口で話すより見せる方が話が早いと判断した美琴は通帳をアリアに見せた。

 

 

 

 

 

残額299,995,000を。

 

 

 

 

 

アリアとキンジは絶句する。

 

 

「ど、どうやったらこんなに金を貯めれるんだ……」

 

 

「ま、まぁ俺達は金に困ってないから金以外でのメリットを美琴に提示してあげてくれ」

 

 

俺は未だに通帳を見続けるアリアに言う。

 

 

「てか大樹はどんなメリットがいいんだ?」

 

 

キンジは大樹に質問する。は?

 

 

 

 

 

「いや、俺は別にいらないぞ?」

 

 

 

 

 

「「「え」」」

 

 

三人の声が重なる。

 

 

「だーかーら、別にメリットとか関係無しに組んでやるって言ってるんだよ」

 

 

「ま、まじで言ってるのか大樹!?」

 

 

キンジの言葉に何度も頷く。まじまじ。超本気。

 

 

「い、いいの?」

 

 

「いや、誘った本人が何でそんなこと聞くんだよ」

 

 

アリアの言葉に呆れたような声で返す。

 

 

「ほ、本気なの!?」

 

 

美琴が俺に大声で聞く。

 

 

「な、何でそんなにみんなして大声出すんだ?」

 

 

「だって何も良いことが無いじゃない!」

 

 

美琴はメリットのことを気にしているのか。

 

 

 

 

 

「人を救うのにメリットやデメリットなんかいらねぇよ」

 

 

 

 

 

「「え?」」

 

 

「ッ!?」

 

 

美琴とキンジは俺の言っていることが理解できていない。だがアリアは分かったようだ。

 

 

「大樹……知ってるの?」

 

 

アリアは小さな声で尋ねる。

 

 

 

 

 

「あぁ、アリアの母さんを助けるためだろ?」

 

 

 

 

 

「「!?」」

 

 

美琴とキンジはその言葉に驚いた。

 

 

「……そうよ、あたしには時間が無いの。ママの冤罪の無実を証明しないといけないの」

 

 

アリアは悲しそうな声で言う。さっきまで元気だったのが嘘だと思うくらい声が小さかった。

 

 

「あたしはママに会いたい時には会えない。会えたとしてもアクリルの壁越しでほんの少しの時間しか話せない……」

 

 

自分の母親の現状について改めて話す。それだけでアリアの声は震えていてとても小さくなる。

 

 

「あたしはママを早く助けたい!」

 

 

小さな手を強く握る。

 

 

「お金なら後でいくらでも出すわ!だからお願いあたしを助けて!」

 

 

アリアは三人に助けを求める。だが、

 

 

 

 

 

「ふざけるな」

 

 

 

 

 

「ッ!」

 

 

無慈悲に放たれる言葉に泣きそうな顔になるアリア。

 

言ったのは大樹。助けると言った本人だった。

 

 

「ふざけてんか、お前?」

 

 

「お、おい大樹」

 

 

「金ならいくらでも出すから協力しろ?ハッ、いい加減にしろよ」

 

 

キンジが呼び掛けても大樹は言葉を続ける。

 

 

「な、何で?さっき組んでくれるって」

 

 

アリアは消えそうな声で尋ねる。

 

 

「言ったよ。確かにそう言った。でもなぁ……」

 

 

大樹は真剣な顔で告げる。

 

 

 

 

 

「金を払わないと協力しないような奴とか思ったのか、俺の事を?」

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

アリアはその言葉に驚愕した。

 

 

「いいかアリア。俺はそこまで腐った人間じゃないぞ」

 

 

大樹は口元に笑みを浮かべて優しい声で言う。

 

 

「そんな強引なやり方はもうしなくていい」

 

 

そして、大樹はアリアに右手を差し出した。

 

 

 

 

 

「一言。それだけでいい。アリアがしてほしいこと言ってみろよ。俺はその言葉に答えて見せる。絶対に」

 

 

 

 

 

「だ、大樹ぃ………」

 

 

アリアの綺麗な赤紫(カメリア)色の瞳から水が流れる。

 

アリアは大樹の右手を握る。

 

強く。

 

強く握った。

 

 

「あたしを………ママを………………!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「助けて……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「任せろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大樹はアリアの頭を優しく撫でた。

 

 

「アリアの母さんにきせられた罪は指で数えられるほど少なくは無い」

 

 

大樹は美琴とキンジに大事なことを告げる。

 

 

 

 

 

「アリアの母さんは今懲役864年を言い渡されている」

 

 

 

 

 

「「なッ!?」」

 

 

美琴とキンジはその数字に驚愕する。

 

 

「お前らはどうする?」

 

 

二人はしばらく沈黙する。

 

最初に沈黙を破ったのは、

 

 

 

 

 

「やるわ。あたしもパーティーに入れて」

 

 

 

 

 

美琴。美琴は協力してくれるそうだ。

 

残るはキンジ。

 

 

「………俺は無理だ」

 

 

キンジは大樹たちから目をそらした。

 

 

「今の俺にはお前らの力になれない。でも……」

 

 

キンジは真剣な目で再び大樹たちを見る。

 

 

 

 

 

「こんな俺でいいなら、入れてほしい」

 

 

 

 

 

「なんだよ、てっきり断るかと思ったぜ」

 

 

「俺もそこまで腐ってねぇよ」

 

 

これで全員がパーティーに参加した。

 

 

「どうだアリア?お前の本心の一言で皆集まったぞ」

 

 

大樹は笑みをうかべて言う。

 

 

「ありがとぅ………みんなぁ……!」

 

 

あーあ、せっかくの可愛い顔がぐしゃぐしゃになっちゃって。

 

 

「ちょっと泣かさないでよ、大樹」

 

 

「大樹が泣かしたな」

 

 

「俺ッ!?俺なのッ!?俺が悪いのッ!?」

 

 

二人に責められ、大樹は慌ててアリアを慰める。

 

 

「んっ、もう大丈夫よ……」

 

 

アリアの目は赤くなっているが、涙は出ていない。何かを決意した瞳だった。

 

 

 

 

 

「みんな、あたしを助けて」

 

 

 

 

 

改めてアリアは真剣な顔でみんなに尋ねる。だけど、三人の答えは決まっていた。

 

 

 

 

 

「「「まかせろ」」」

 

 

 




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強襲科最強の4人

続きです。


ざわざわっ

 

 

「「はぁ…」」

 

 

大樹とキンジはもう何度目になるか分からないため息を同時に吐く。

 

強襲科でたくさんの人から見られたり、ひそひそと話されたりされているからだ。

 

理由は簡単。

 

大樹はAランク武偵を倒し、悪徳教官までボコボコにした少年。しかも武器無しで。

 

キンジは入試でSランクを取った人物。最強の一年として有名になった人物だ。

 

強襲科の全員がそんな有名人たちを放っておくわけがない。

 

 

「居心地悪すぎるだろ、ここ」

 

 

「全くだ。はやく帰りたい」

 

 

大樹とキンジは愚痴る。多分、今の俺たちは目が腐っていると思う。

 

 

「………帰ってきたみたいだぞ」

 

 

大樹は後ろを見て言う。

 

そこには美琴とアリアがいた。

 

 

「本当にやるのか?」

 

 

キンジは面倒くさそうな声で言う。

 

 

「当たり前よ。一度決めたことはやるの」

 

 

アリアの返答にキンジは嫌そうな顔をした。

 

そう今から特訓をするのだ。

 

 

「それじゃあ始めるか」

 

 

俺は低い声で告げる。

 

 

「覚悟は………いいよな?」

 

 

コクッ

 

 

美琴とアリアはうなずく。キンジはあまり乗るきではなさそうが、一応うなずいた。

 

 

ざわざわっ

 

 

強襲科の人が騒ぎだす。一体何が始まるのか緊張感が伝わる。

 

俺は手元に持ってる缶コーヒーを飲み切る。

 

 

「これで準備は整った」

 

 

大樹の目は真剣だった。

 

 

「ルールは無用だ。とにかく倒せ。倒して、倒して、倒しまくるんだ!」

 

 

その言葉を聞いた強襲科たちはざわつきだす。

 

 

「おい、これって不味いんじゃないのか?」

 

「模擬戦闘でもこれはやばいだろ」

 

「誰か先生呼んでこいよ」

 

 

ざわざわッ

 

 

「うるせぇ、外野は黙ってろ」

 

 

大樹の一言で周りは静かになる。

 

 

「これは真剣勝負なんだよ、邪魔するんじゃねぇ」

 

 

そして、大樹は缶コーヒーは床に置く。

 

 

「さぁ!始めようぜ!」

 

 

大樹は笑みをうかべて言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「缶蹴りをッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「は?」」」」」

 

 

「いくぞッ!!最初はグー!ジャンケン」

 

 

大樹たちは右手を振りかぶって、

 

 

「「「「ポンッ!!」」」」

 

 

大樹 チョキ

 

美琴 チョキ

 

キンジ パー

 

アリア チョキ

 

 

「げッ!?」

 

 

キンジは嫌そうな顔をする。綺麗に一発で決まったな。

 

 

「時間は一時間!!罰ゲーム内容は缶を多く蹴った人が決めることができる!」

 

 

大樹がルール説明をする。

 

 

「範囲は半径700メートルだ!それじゃあ」

 

 

大樹は右足を大きく振りかぶり、

 

 

「ゲームスタートだああああァァァ!!!」

 

 

カァアアアアアアンッ!!!

 

 

缶を蹴り飛ばす。缶はもの凄いスピードで飛んでいく。

 

それと同時に美琴とアリア、そして俺は逃げ出す。

 

 

「なッ!?」

 

 

キンジは大樹が蹴った缶が予想外な距離まで飛ばされたことに驚く。

 

しかし、キンジは急いで走って缶を回収しに行った。意外と勝負ごとにマジで取り組む子かもな。

 

こうして地獄の缶蹴りゲームが始まった。

 

 

「「「「「…………」」」」」

 

 

強襲科の人たちは開いた口が塞がらなかった。

 

 

________________________

 

 

 

「タイムアップッ!!!」

 

 

「「やったぁ!!」」

 

 

「ふぅ、負けたよ」

 

 

勝負はキンジが負けた。いや正直危なかった。

 

キンジは試合の前半はもうボッコボコにやられていたが、

 

 

「あ、キーくんだ!!」

 

 

理子が来て、

 

 

「おわッ!?」

 

 

理子が転けた。何かわざとらしいような気がしたが……まぁいい。

 

そして………もうお分かり頂けただろう。

 

 

「ッ!?」

 

 

理子の胸がキンジの顔に直撃した。うらやましい。

 

そこからキンジは強かった。

 

そういえばまだキンジの能力説明していなかったな。

 

    

ヒステリア(Histeria)サヴァン(Savant)シンドローム(Syndrome)

 

 

通称HSS。

 

遠山は【ヒステリアモード】と呼んでいる。

 

まぁ理論説明は長いから簡単に言うと、

 

 

 

 

 

性的に興奮するとスーパーモードになるんだ。

 

 

 

 

 

悪いな遠山。説明するのが難しかった。ヒステリアモードになると論理的思考力、判断力、反射神経などが飛躍的に向上する。

 

あと、ヒステリアモードになったら不思議な心理状態になるらしい。

 

ひとつは女の子を何がなんでも守りたくなってしまうこと。女の子から「助けて!」って助けてを求められたら求められるままに戦ってやりたくなってしまうとか。なんだこの紳士。絶対モテるな。

 

そしてもうひとつは、

 

 

「大丈夫かい二人のお嬢さん?」

 

 

「え、えぇ…」

 

 

「も、問題ないわ」

 

 

キンジの言葉に驚く美琴とアリア。

 

 

そう、もうひとつは女子に対してキザな言動を取ってしまうこと。誰だお前。

 

 

ヒステリアモードの時の遠山は女子に優しく接するわ、誉めるわ、慰めるわ、あげくの果てにさりげなく触るらしい。ちょっと最後は聞き逃せない。ちょっと署まで来てもらおうか。

 

ヒステリアモードがどれだけ凄いかというと、

 

美琴のチート技である電撃で缶を飛ばす攻撃なんか缶に当たる前に遠山が缶を踏んでいた時はびびった。

 

俺が音速のスピードで缶を蹴ろうとしたら遠山は銃で缶を撃ち、俺からの蹴りを回避させたりされた。

 

 

もう人間離れしているのだ。ざまぁwww。俺と同類オメデトウ。ヨロシクネ。

 

 

「そ、それじゃあ、罰ゲーム行こうかぁ」

 

 

肩で息をする俺。一時間ずっと集中してたし、ずっと走っていた。もう俺のライフ0。

 

 

「強襲科の奴ら全員に喧嘩売ってこい」

 

 

「おいそれはヤバいだろ」

 

 

あ、戻ってる。よう、通常モードのキンジ。

 

 

「じゃあ二学年全員に喧嘩売ってこい」

 

 

「悪化したぞッ!?」

 

 

「ったく、文句ばっか言いやがって」

 

 

「今の俺が悪いのか?……もっと別のことにしてくれ」

 

 

「スカートめくり30連続行ってみようか」

 

 

「ぶっ飛ばすぞ」

 

 

怒るなよ、冗談だよ。

 

 

「嘘だ、10連続だ」

 

 

「本当に勘弁してくれ」

 

 

頭下げられちゃったよ……。仕方ない。

 

 

「じゃあ強襲科の担当の先生に好きですって言う」

 

 

「死ねと?」

 

 

「……………」

 

 

「え?嘘だよな?嘘だと言ってくれよ?」

 

 

キンジは大樹の胸ぐらを掴む。焦り過ぎだ。服が伸びるだろ。

 

 

「じゃあもうこれにするか」

 

 

「?」

 

 

俺は長い白のハチマキみたいなものを取り出す。

 

 

 

 

 

「ゴムパッチン」

 

 

 

 

 

「「「「「うわぁ……」」」」」

 

 

美琴とアリアどころか強襲科全員が声を上げた。

 

ゴムパッチン。それはお笑い芸人がよくやるやつだ。片方のゴムを口で加えて反対から引っ張り、放すあれだ。

 

 

「おいッ!?長すぎるだろ、それ!!」

 

 

3メートルはある。だがもう遅い。

 

 

「確保ッ!!」

 

 

バッ!

 

 

強襲科の人たちがキンジを抑える。

 

 

「あばよ、遠山」

 

 

大樹はキンジの口に無理やりゴムを噛ませる。

 

 

そして伸ばす。伸ばす、伸ばす。

 

 

「ッ!!」

 

 

あまりの長さに、何人もの人たちが目をそらす。

 

 

 

 

「また来世で会おう」

 

 

 

 

 

俺はゴムを放した。

 

 

________________________

 

 

 

「いてぇ…」

 

 

真っ赤になった顔をしているキンジは呟く。

 

 

「超楽しかった」

 

 

「超痛かった」

 

 

それぞれ違う感想を述べる大樹とキンジ。

 

俺達4人は家に帰宅していた。

 

 

「今日の飯は何にしようかな」

 

 

俺は今日の夕飯について思考する。

 

 

「大樹、料理できるの?」

 

 

「人並みには」

 

 

「あの味で人並みなの……!」

 

 

アリアの質問に答える俺。美琴は何か言っていたが聞こえなかった。

 

 

「キンジとは大違いね」

 

 

「悪かったな、料理できなくて」

 

 

キンジは全く罪悪感の無い謝罪をする。

 

 

「ふむ、今日はあれが届くな」

 

 

昨日注文しておいたんだよねー。

 

 

「何が?」

 

 

そういえば美琴にも言ってなかったな。

 

 

 

 

 

「超高級なカニとももまん」

 

 

 

 

 

「「「………ごくりッ」」」

 

 

どんだけ食べたいんだよ……。ちなみにももまんは前から興味があったので注文しておいたんだ。カニは俺が好きだからだ。金はこういう時に使うんだ。

 

 

「あー、アリアと遠山も食べに来るか?」

 

 

「「行く」」

 

 

即答かよ。

 

俺たちはカニの話をしながら帰っていた。どう調理するかの話だけど。

 

その時、アリアが急に立ち止まった。

 

 

「どうかしたか?」

 

 

キンジがアリアに声をかける。

 

 

「ここって何?」

 

 

「ゲームセンターだろ、そんなことも知らないのか?」

 

 

「帰国子女なんだからしょうがないじゃない」

 

 

そんな会話をする二人に美琴が提案する。

 

 

「まだ時間もあるし入ってみない?」

 

 

「そうだな」

 

 

俺はその提案に賛成する。

 

 

「二人も入るよな?」

 

 

アリアとキンジは大樹の言葉にうなずいた。

 

 

「んじゃあ、遊ぼうか」

 

 

俺たちはゲームセンターの中に入った。

 

 

________________________

 

 

 

中に入ると耳が痛くなるような音がドワッと襲ってきた。

 

 

「うるさい場所ね」

 

 

アリアが店に入って言った感想の一言でございます。イメージアップしなくては……!

 

 

「ねぇ、何これ」

 

 

アリアは近くにあった機会に指をさす。

 

 

「UFOキャッチャーだ」

 

 

「UFOキャッチ?」

 

 

キンジが名前を教えるが、アリアにはよく分かっていないみたいだ。

 

 

「なんかコドモっぽい名前ね」

 

 

僕の名前はU・FO・キャッチャーだよ!あ、子供の名前じゃない、子供っぽい名前ですね。間違えました。

 

アリアは箱の中にある縫いぐるみを見る。

 

 

「ッ!?」

 

 

アリアの視線が釘付けになる。

 

 

「ど、どうしたの?」

 

 

美琴が心配して話かける。

 

 

 

 

 

「……かわいー……」

 

 

 

 

 

ズコッ

 

 

美琴とキンジは転けた。

 

アリアは箱の窓に張り付いて縫いぐるみをずっと見ている。ってアリアの顔、頬がめっちゃ緩んでいますよ。あと可愛い。

 

 

「ほしいの?」

 

 

コクコクッ

 

 

美琴の言葉に上下にうなずくアリア。

 

 

「ならこの美琴様にまかせなさいッ」

 

 

っと言って美琴は百円を入れると、箱から音楽が流れ出した。

 

美琴はボタンを押して、アームを右に移動。次に奥に移動させて

 

 

「ここよッ!」

 

 

アームが縫いぐるみに向かって落ちていき、耳を掴む。

 

そして引っ張りあげる。

 

ここで縫いぐるみの説明をしよう。縫いぐるみの名前はレオポンという猫みたいな小さな縫いぐるみだ。

 

美琴がとっているのは携帯などに付けれるチェーンがついたストラップ型の縫いぐるみだ。

 

チェーンの穴の大きさはあまり大きくない。アームでこの穴を狙うのは難しいだろう。だから美琴は耳を狙ったのだ。

 

だがこのチェーンが奇跡を起こすきっかけとなる。

 

 

一匹のレオポンがどんどん上に上がっていく。

 

 

「「「おお」」」

 

 

美琴を除く三人が声をあげた。

 

取れそう。そう思った。

 

 

「あ」

 

 

アリアが声をあげる。

 

なんとレオポンについてるチェーンがもう一匹のレオポンの足に引っ掛かって二匹同時に上に上がっているのだ。

 

 

「おお、すごいな」

 

 

キンジは感心した。だが

 

 

「まだよ」

 

 

美琴の顔は真剣だった。

 

 

「「「!?」」」

 

 

三人は声を失った。

 

 

 

 

 

もう一匹のレオポンのチェーンに二匹のレオポンの足が絡まってた。

 

 

 

 

 

そしてそのままアームは帰ってきて、

 

 

ストンッ

 

 

四匹が穴に落ちた。

 

美琴は四匹の景品をもって一言。

 

 

 

 

 

「あたし、これ得意なんだ♪」

 

 

 

 

 

「得意ってレベルじゃねぇよ!?」

 

 

神業だった。神の領域に踏み込んでいた。

 

美琴の言葉にツッコミを入れる大樹であった。

 

 

その後、レオポンは一人一個ずつ渡され、みんな携帯電話につけた。

 

アリアは今日一番の笑顔で喜んでいた。

 

 

 

________________________

 

 

 

UFOキャッチャーのあとはキンジと格闘ゲームで対戦した。もちろん、罰ゲームつきで。

 

そして俺が勝った。ノーダメージで。ゲームは俺の十八番だ。舐めんな。

 

 

「んじゃあ二回目のゴムパッチン行こうか」

 

 

ゲームセンターで遊んでいた他の学生たちに協力してもらい、キンジに二回目のゴムパッチンをした。

 

 

「もう顔の感覚が無い」

 

 

再び真っ赤になった顔のキンジの感想だった。

 

 

「三回目をしたら治るかも?」

 

 

「頼むからもう止めてくれ」

 

 

えー、ゴムパッチンやりたいやりたーい。

 

 

「ねぇねぇ、あれは」

 

 

上機嫌のアリアはプリクラ機を指をさす。

 

 

「プリクラね」

 

 

「プリクラ?」

 

 

「あの中で写真を撮って、その写真に落書きできる機械よ」

 

 

美琴がアリアに説明する。

 

 

「なら四人で撮りましょ!」

 

 

アリアの提案に誰も異議を唱えない。

 

俺達はプリクラ機の中に入る。

 

プリクラ機にお金を入れるといろいろと指示が出された。俺達はそれに従うが、

 

 

「ど、どこにいればいいんだ?」

 

 

へいへい、遠山びびってるー。大丈夫、俺も少しびびってる。へ、変な顔にならないように気を付けないと……。

 

 

「大樹、笑顔がひきつってるよ…」

 

 

美琴に指摘される。すんません。

 

プリクラ機から「はい、チーズ」の合図が出され写真を撮る。

 

 

「それじゃあ、次は落書きね」

 

 

美琴が画面を操作する。

 

 

「なんでも書いていいの?」

 

 

「ええ、何でもいいわよ」

 

 

アリアの質問に答える美琴。アリアは画面に文字を書いていく。

 

 

「何でそれを書いた」

 

 

「いいじゃない、別になんでもいいんでしょ?」

 

 

「そうだが……」

 

 

アリアの書いた文字にキンジは微妙な顔をするが、

 

 

「まぁアリアがいいって言うならいいか」

 

 

納得した。頬が緩んでますよー。

 

プリクラは四等分に綺麗に分けられた。俺は携帯電話の裏に貼った。なんか今日だけで携帯電話がすごくなったな。

 

 

「そろそろ帰ろうぜ、帰りにスーパー寄っていかないと材料が無い」

 

 

カニとももまんだけでは健康に悪い。野菜を買いたい。

 

 

「そうね、帰りましょうか」

 

 

アリアが俺の言葉に賛成してくれた。

 

俺たちは再び帰り道を歩く。その時、俺は何度もプリクラを見ていた。

 

プリクラには何度も取り直しをしてやっと皆が笑顔で撮れたプリクラ。そこにはアリアらしい文がこう書かれていた。

 

 

 

 

 

仲間を信じ、仲間を助けよ。

 

 

 

 

 

俺はその文字を見てこう呟いた。

 

 

 

 

絶対にお前らを守ってやるよっと。

 

 




通算UAが10000越えました。

作品をたくさんの人が見てくれて本当に嬉しいです。


次回はとても長い話となっています。



感想や評価をくれると嬉しいです。


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彼は必ず現れる

明日の投稿。5月13日の投稿はお休みします。


理由は後書きで書きます。


続きをどうぞ。


【キンジ視点】

 

 

 

「やべぇ!乗り遅れる!」

 

 

俺は大雨の中、急いでバス停まで走る。

 

バスに乗る理由は自転車を修理に出しているからだ。チャリジャックにあったときは何とか無事だったが、何故か昨日の朝には前輪と後輪がパンクされていた。

 

一体誰の嫌がらせだろうか。一応被害届けは出しておいた。犯人に一矢報いたい。

 

「げッ!?」

 

 

バス停には既にバスが来ていた。

 

 

「やった!乗れた!やったやった!おうキンジおはよう!」

 

 

俺の悪友である武藤がバンザイしている。

 

 

「乗せてくれ、武藤!」

 

 

「そうしたいとこだが無理だ!満員!お前チャリで来いよっ」

 

 

バスの中は生徒でギチギチになっており、もう誰一人乗ることが出来ない状態だ。

 

 

「というわけで二時間目に会おう!」

 

 

キラーンっと笑顔で言う武藤。おい、それは遅刻しろと言っているのか!?

 

そんなやりとりをしているうちに時間は過ぎ、バスのドアが閉まる。

 

遅刻が確定した瞬間だった。

 

 

 

 

 

仕方なく俺は大雨の中を傘を差して歩いていた。

 

走っても一時間目は途中参加になるくらいなら二時間目から参加したほうがいいという結論にたどり着いた。

 

 

「前の俺なら受けたいって思ってたな」

 

 

一時間目は一般校区での国語。なぜ受ける必要があるか。

 

それは俺が普通の高校に転校したいからである。

 

 

(もうそんなことやめるけどな)

 

 

俺の家系は代々【正義の味方】をやってきた。

 

時代によって職業は違っていたがヒステリアモードの力を使い、力弱き人のため何百年も戦ってきた。

 

俺の父さんは武装検事として活躍していたし、武偵だった兄さんは俺の目標となる人だった。

 

中学では酷い目に遭わされたヒステリアモードだっていずれ父さんや兄さんみたいに使いこなせるようになるだろう。

 

当時の俺は前向きに物事を考えられた。だが

 

 

 

 

 

俺の目標だった人、兄さんは死んだ。

 

 

 

 

 

浦賀沖海難事故。

 

日本船籍のクルージング船、アンベリール号が沈没し、乗客一名が行方不明となった。

 

行方不明になったのは船に乗り合わせていた武偵

 

 

それが、兄さんだった。

 

 

警察の話によれば乗員乗客を船から避難させ、そのせいで自分が逃げ遅れたそうだ。

 

俺はその話を聞いて、改めて兄さんを誇りに思った。

 

 

 

 

 

だが、周りの人間は兄さんを非難した。

 

 

 

 

 

乗客たちからの訴訟を恐れたクルージングイベント会社、そしてそれに焚きつけられた一部の乗客は事故の後、兄さんを強く非難した。

 

ネットで、

 

週刊誌で、

 

遺族の俺に向かって吐かれた罵詈雑言の数々。

 

 

最悪だった。

 

 

今にでも夢を見てうなされる日がある。

 

 

どうしてこうなった。

 

 

なんであんなことに。

 

 

俺は悩みに悩んだ。もう苦しかった。

 

 

そしてひとつの答えにたどり着いた。

 

 

 

 

 

ああ、そうだ。ヒステリアモードのせいだ。

 

 

 

 

 

こんな遺伝子のせいで兄さんは。

 

 

 

 

 

武偵をやっていたからだ!

 

 

 

 

 

武偵なんて。

 

 

 

 

 

正義の味方なんて。

 

 

 

 

 

戦って、戦って。傷ついた挙げ句、石を投げられる。

 

 

 

 

 

ろくでもない損な役割じゃないか…!

 

 

 

 

 

いらない。正義の味方なんて称号。

 

 

 

 

 

捨てたい。武偵なんて肩書き!

 

 

 

 

 

俺はもう武偵をやめたかった。

 

 

 

 

でもあの日、パーティーを結成した日は違った。

 

 

 

 

 

アリアを見て思った。

 

 

純粋に助けを求めていた。

 

 

あの偽りの無い言葉。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺はこの女の子を助けたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

心の底から思った。

 

 

母親のために今までたった一人で命を賭けてきた女の子。

 

 

アリアの母親は兄さんと同じだ。

 

 

懲役864年分の冤罪を着せられている。

 

 

 

 

 

ふざけるな。

 

 

 

 

 

なんで罪の無い人間をここまで傷つける。

 

 

なぜ誰も助けてあげない。

 

 

俺はもう兄さんみたいに傷つけられている人を見たくない。増やしたくない。

 

 

 

 

 

戦ってやるよ。

 

 

 

 

 

そんなふざけた野郎ども、

 

 

 

 

一人残らず、俺が叩きのめしてやるッ!!

 

 

 

 

 

俺はあの日から変わることができた。

 

 

________________________

 

 

大雨の中、傘を指して歩いていると携帯電話がなった。

 

 

「もしもし」

 

 

レオポンのついた携帯電話を耳に当てる。

 

 

『キンジ。今どこ』

 

 

アリアだった。

 

時刻は8時20分。授業中のはずだ。なのに電話してくるとは、どういうことだ?

 

 

「んー、強襲科のそばにいる」

 

 

俺は辺りを見回して、場所を確認してアリアに伝える。

 

 

『ちょうどいいわ。そこでC備に武装して女子寮の屋上に来て。今すぐ』

 

 

「……何があったんだ?」

 

 

嫌な予感がした。

 

 

『事件よ。武偵殺しが現れたわ』

 

 

「ッ!?」

 

 

嫌な予感が的中し、俺は驚愕する。

 

 

「わかった!すぐ向かう!」

 

 

俺は傘を折り畳み、走り出した。

 

 

________________________

 

 

【大樹視点】

 

 

 

俺と美琴は傘をさして登校していた。残念ながら相合い傘じゃない。クッ、不覚。

 

 

「すごい大雨ね」

 

 

「傘さしても服が濡れるぞ、ちくしょう」

 

 

大樹の制服はびしょびしょになっていた。もちろん美琴も。

 

ちなみにまだ冬服の制服なので、服が透けてブラがッ!?っていう展開は無いのでご安心を。……何を安心すればいいんだ。

 

 

「風邪ひいたら覚えとけよ学校」

 

 

「……あんたなら学校の1つや2つ簡単に潰せそうね」

 

 

超電磁砲飛ばせる人に言われたくないな。学校の3つや4つは貫通できそうね。

 

 

「ん?」

 

 

ポケットに入ってる携帯電話が振動する。昨日授業をうけたときのマナーモードを切るのを忘れてたみたいだ。

 

 

「もしもし?」

 

 

『大樹。今どこにいるの?』

 

 

電話してきたのはアリアだった。

 

 

「すまん、もう少しで学校につくから」

 

 

まだ学校に来ていない俺たちを心配して掛けてきたのだろと推理して、アリアの質問に答える。

 

 

『いえ、学校に行かなくていいわ』

 

 

「なんでだ?」

 

 

『事件よ。バスジャックが起きたわ』

 

 

「ッ!?」

 

 

俺は驚くが、すぐに返事をかえす。

 

 

「わかった。すぐ向かう」

 

 

だが、その時。

 

 

 

「………嘘ッ」

 

 

美琴は目を見開いて後ずさりした。

 

 

「………すまんアリア。先に行ってくれ。後から追いかける」

 

 

『ど、どうしたの?』

 

 

ガガガガガガガッ!!

 

 

「ッ!」

 

 

俺たちに向かってものすごい数の銃弾が飛んでくる。

 

美琴が能力を使って全ての弾を電撃で撃ち落とす。そのおかげで一発も被弾しなかった。

 

 

『大樹、大丈夫なの!?』

 

 

「悪い、武偵殺しのオモチャに囲まれた」

 

 

銃をつけたセグウェイに大樹と美琴は囲まれた。

 

 

「こっちを片付けたらすぐそっちに向かう。アリアはバスジャックの解決を急げ」

 

 

『でも…!?』

 

 

「武偵憲章1条」

 

 

『あ……』

 

 

アリアなら分かってくれるだろ?

 

 

 

 

 

『「仲間を信じ、仲間を助けよ」』

 

 

 

 

 

声が重なった。

 

 

「これが終わったら、すぐに助けに行くから」

 

 

『それはこっちの台詞よ、大樹』

 

 

「それじゃあ、また後でな」

 

 

俺は携帯電話の電源を切り、ポケットに直す。

 

 

「美琴、バスジャック事件だそうだ」

 

 

「そう、なら早く片付けましょ」

 

 

「だな。美琴は後ろを頼む」

 

 

「………私なら一瞬で終わるけど?」

 

 

「一瞬は難しいと思うぜ」

 

 

「え?」

 

 

俺は上を見上げる。

 

 

ババババババッ!!!

 

 

「ヘリコプターまでオモチャになってるとはな………武偵殺しって俺たちを警戒しすぎだろ」

 

 

 

 

 

上空に一機のヘリコプターが現れた。

 

 

 

 

 

 

ヘリコプターの下部にはガトリングガンらしき機関銃が取り付けてある。

 

 

「………電撃、届くかしら」

 

 

「ヘリコプターなら俺にまかせろ。美琴はセグウェイを頼む」

 

 

「分かったわ」

 

 

早く終わらせて、アリアを助けに行くぞ。

 

 

 

________________________

 

 

 

【キンジ視点】

 

 

C装備に着替えた俺は屋上についた。

 

 

「なッ!?」

 

 

そして、大樹たちが襲われていることを聞いた。

 

 

「今は大樹たちを信じましょ。それよりも作戦をヘリの中で行うわ」

 

 

俺の頭上には一機のヘリコプターが飛んできていた。

 

 

 

 

 

「バスジャックよ」

 

 

「バス?」

 

 

ヘリコプターの中でアリアから事件の詳細を聞いていた。

 

 

 

 

 

「武偵高校の通学バス。キンジのマンションの前にも7時58分に停留したハズのやつ」

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

何だって!?あの中には武藤がいる。それにあのバスはギュウギュウでたくさんの生徒が入っているんだぞ!?

 

 

「………犯人は車内にいるのか?」

 

 

「たぶんそれは無いわ。バスには爆弾が仕掛けられてるから」

 

 

爆弾。

 

俺はチャリジャックを思い出す。

 

 

「俺のチャリジャックの犯人と今回のバスジャックの犯人は同一人物ってとこか」

 

 

「キンジのくせによく分かってるじゃない」

 

 

「くせには余計だ」

 

 

何となく予想はできた。

 

 

「アリアが前に言っていた武偵殺しは真犯人じゃないって言っていたこと、何となく分かってきたぞ」

 

 

武偵殺しが捕まっているならチャリジャックやバスジャックは起きない。簡単なことだ。

 

 

 

 

 

武偵殺しは、まだいる。

 

 

 

 

 

「もう武偵殺しの好きにはさせないわ」

 

 

アリアは手に力をこめる。

 

 

「作戦を言うわ。あたしとキンジがバスに乗り込み人質の救助と爆弾の解除よ」

 

 

アリアは俺の隣の人物に目を向ける。

 

 

「レキはあたしたちの援護をお願い」

 

 

コクッ

 

 

とレキはうなずく。

 

 

(アリアが呼んだのか)

 

 

レキ

 

 

青いショートカットの髪に大きなヘッドフォンをしており、小柄な女の子。入試で俺と同じSランクに格付けされ、今も狙撃科でSランクの天才少女だ。

 

苗字は知らない。実は本人も知らないそうだ。

 

レキは狙撃銃であるドラグノフに弾を籠めていた。

 

アリアも銃に弾を籠めていた。

 

 

「見えました」

 

 

弾を籠め終わったレキは窓の外を見て言う。

 

 

「何も見えないぞレキ」

 

 

「ホテル日航の前を右折しているバスです。窓に武偵高の生徒が見えています」

 

 

「よ、よく分かるわね。あんた視力いくつよ」

 

 

「左右ともに6,0です」

 

 

レキはサラッと言う。アリアはその数字に驚いていた。

 

 

「す、すごいなレキ」

 

 

俺は思ったことを言う。

 

 

「いいえ。そんなことありません」

 

 

「いや、すごいだろ。こんなにいい視力を持っている人はいないだろ」

 

 

 

 

 

「ですが、大樹さんは8,0です」

 

 

 

 

 

「「……………」」

 

 

大樹は本当に何者なんだよ。

 

 

「レキは大樹のこと知っているのか?」

 

 

「はい。モニターで特別に見学していました」

 

 

モニターを見てないの俺だけじゃないか。

 

 

「キンジ!無駄口叩かないで準備しなさい!」

 

 

ヘリコプターはもうバスの近くまで来ていた。

 

 

________________________

 

 

 

俺とアリアは強襲用のパラシュートを使ってバスの屋根に降りる。

 

 

「うおッ!?」

 

 

俺は着地する寸前にバランスを崩すが、アリアが腕を掴んでくれたおかげで助かった。

 

 

「あんた大丈夫?」

 

 

「悪い。これでも本気でやってるんだ」

 

 

「いざとなったらあたしがあんたを守ってあげるわ」

 

 

「そうならないことを願うよ」

 

 

俺は車内をこっそり確認する。犯人が中にいる可能性があるからだ。

 

犯人と思われる人はいなかった。

 

俺は窓を叩いて、窓を開けてもらう。

 

 

「キンジ!」

 

 

俺は声がする方へ顔を向けると、俺を見捨てた武藤がいた。

 

 

「武藤。二時限目はまだだが、会っちまったな」

 

 

「あ、ああ。ちくしょう………!なんで俺はこんなバスに乗っちまったんだ?」

 

 

見捨てたバチが当たったな。

 

 

「それよりもキンジ。あれだ」

 

 

武藤は背後にいた女子生徒。いや、女子生徒の持っている携帯電話を指でさした。

 

 

「それは?」

 

 

「女の子が持っていた携帯電話がすり替えられていたんだ」

 

 

『速度を落とすと爆発しやがります』

 

 

すり替えられた携帯電話から機械染みた声が聞こえる。

 

俺は耳についた無線のインカムに手を当てる。

 

 

「アリアの言った通りだ。バスの爆弾は遠隔操作されてる。そっちはどうだ?」

 

 

『爆弾らしいモノがあるわ!』

 

 

「どこだ!?」

 

 

『バスの下よ!』

 

 

くそッ、厄介な場所にあるな。

 

 

『カジンスキーβ型のComposition4(プラスチック爆弾)。見えてるだけでも炸薬の容積は3500立法センチはあるわ!』

 

 

「なッ!?」

 

 

過剰すぎる炸薬量じゃないか!?電車でも吹っ飛ぶぞ!!

 

『潜り込んで解体を』

 

 

言葉は続かなかった。 キンジが外の様子の異変に気づいた。

 

 

「伏せろおおおォォォ!!!」

 

 

ガガガガガガガッ!!!

 

 

真っ赤な車が横に回り込んで、無人の座席から銃を載せた銃座がこちらを狙い射撃した。

 

 

バリンッ!!バリンッ!!バリンッ!!

 

 

バスの窓が後ろから前まで全て割れる。

 

 

「ぐッ!?」

 

 

俺は一発胸にあたった。防弾ベストのおかげで怪我はないが、強い衝撃が襲い掛かってきた。

 

 

ぐらっ

 

 

バスが妙な動きをしていた。運転手を見ると

 

 

「ッ!」

 

 

負傷していた。右腕からは血が流れている。

 

 

(被弾している……!)

 

 

『有明コロシアムの角を右折しやがれです』

 

 

携帯電話から新たな指示が出される。

 

 

「武藤!運転を変われ!減速させるな!」

 

 

俺は防弾ヘルメットを武藤に投げ渡す。

 

 

「い、いいけどよ!オレこの間改造車がバレてあと一点しか違反できないんだぞ!」

 

 

「そもそもこのバスは通行帯違反だ。良かったな武藤。晴れて免停だぞ」

 

 

「落ちやがれ!轢いてやる!」

 

 

俺は窓から身を乗りだし前の様子を見る。

 

 

「こんな爆発物を都心に入らせる気かよ……!」

 

 

バスはレインボーブリッジに入っていく。

 

入り口の近くの急カーブに近づく。

 

 

「カーブするぞ!みんな左に寄れ!!」

 

 

武藤が言うとバスに乗っている生徒は左に急いで寄る。

 

ギャギャギャギャッ!!

 

 

タイヤの滑る音が大きく聞こえる。数名、生徒たちの悲鳴も聞こえた。

 

 

(生徒たちを左側に集めて重心を保ったのか)

 

 

さすが車輌科の優等生なだけはある。

 

武藤はこう見えて車輌科ではAランクなのだ。

 

俺はバスの窓から体を出し、屋根に上がった。そして、ちょうど俺と同じように屋根に上がろうとしたアリアのところへ行く。

 

 

「おい!アリア!大丈夫か!」

 

 

「キンジ!」

 

 

「アリア、ヘルメットはどうした!」

 

 

「さっきの車に追突されたときにぶち割られたのよ!それよりもあんたこそどうしたの!」

 

 

「運転手が負傷した!今武藤にヘルメットを貸して運転させてる!」

 

 

「危ないわ!そんな無防備じゃ!」

 

 

アリアもバスの屋根に上がる。

 

 

「すぐに車内に隠れ……!?」

 

 

キンジの背後を見て、アリアの目が見開いた。

 

 

 

 

 

「後ろッ!伏せなさいッ!!」

 

 

 

 

 

「え?」

 

 

 

 

 

キンジの後ろ。バスの前にはさっき射撃した真っ赤な車が走行していた。そして

 

 

 

 

 

銃座がこちらに向き、銃がキンジを狙っていた。

 

 

ガガガガガガガッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アリアが急いでキンジに駆け寄る。

 

 

 

 

 

駄目だ、二人とも………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

死んだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガッガッガチンッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え」

 

 

前方で銃弾をはじくような音がした。

 

 

俺の体には傷一つなかった。

 

 

こちらに駆け寄ったアリアも無傷だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪い、遅くなった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の目の前にはあいつがいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だ、大樹!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アリアが名前を呼ぶ。

 

 

俺の目の前にはライオットシールドを構えている大樹がいた。

 

 

________________________

 

 

【大樹視点】

 

 

何とか間に合った。

 

 

「お返しだッ!!」

 

 

俺は車にライオットシールドを投げつける。

 

 

ガシャンッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

投げつけた勢いが強すぎて、車が宙を舞った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「は?」」」」」

 

 

アリアとキンジだけでなく、バスの中にいる生徒まで声がでた。

 

 

車はバスの上を通りすぎ

 

 

ガシャアアアンッ!!

 

 

後ろで粉々になった。

 

 

アリアとキンジは大樹の滅茶苦茶さに絶句する。

 

 

「おい、いつまで座ってる」

 

 

大樹の声でハッとなる。

 

 

「第二ラウンドだ。……いや俺は3か?」

 

 

大樹の声で後ろを見ると、

 

 

「「!?」」

 

 

先程と同じ車種の五台の車が迫ってきた。

 

 

「まだいるのかよッ!」

 

 

キンジは銃を構える。

 

 

「いや、応戦の必要は無い」

 

 

俺は遠山の銃をおさえる。

 

 

「運転手!死にたくなかったらアクセル全開ッ!!」

 

 

「え!?大樹!?」

 

 

「死にたい?」

 

 

「アクセル全開行きます!!」

 

 

ギュルルルルッ!!

 

 

バスのスピードが上がる。

 

 

 

 

 

「美琴ッ!!今だ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドシャアアアアアアンッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひゃうッ!?」

 

 

バスがさっきいた場所に巨大な落雷が落ちる。あ、アリアは雷苦手だったな。ごめん。

 

迫ってきた車が吹っ飛んだ。あるいは消し炭になった。

 

 

 

 

 

「ふぅ、終わったわよ」

 

 

 

 

 

上から美琴が落ちてきた。

 

 

「「え」」

 

 

「お疲れ様。あとやり過ぎだ」

 

 

何故美琴が上から落ちてきたか説明すると。

 

俺と美琴は無事に武偵殺しのオモチャを全て破壊した。

 

その後、俺は美琴を担いで(お姫様だっこ)で急いでレインボーブリッジに先回りしていた。

 

でもバスはすぐ来たので正直ギリギリだった。

 

俺は遠山が撃たれそうになったので、美琴をレインボーブリッジの橋の上で降ろして、急いで助けにいった。

 

ライオットシールドはセグウェイがつけていた。邪魔臭かったので引き剥がして俺の装備品として役立てていた。役に立ってよかった。

 

 

「遠山、インカム貸してくれ」

 

 

「あ、ああ」

 

 

俺は遠山からインカムをもらう。

 

 

「レキ、聞こえるか?」

 

 

『はい、聞こえてます』

 

 

「よし、爆弾の解除は美琴がやるからレキは俺の援護を頼む」

 

 

『わかりました』

 

 

俺はインカムを遠山に返す。

 

 

「おい、援護って何だよ?」

 

 

「前見ろ、前」

 

 

俺は前を指をさす。

 

 

 

 

 

二台の車。そしてヘリコプターが迫っていた。

 

 

 

 

 

「「!?」」

 

 

「さっきから多いなぁ………どんだけあるんだよ」

 

 

アリアと遠山は驚愕し、俺は嫌な顔をする。

 

 

「やるしかないか……」

 

 

俺は深呼吸をして、

 

 

「美琴は爆弾の解除を頼む」

 

 

「分かったわ」

 

 

美琴はうなずく。

 

 

「遠山とアリアは二台の車を任せる。間違ってもバスなんかに当てるなよ」

 

 

アリアと遠山は肯定しない。いやできない。

 

 

「大丈夫だ。お前らならできる」

 

 

俺は二人の肩を軽く叩く。

 

 

 

 

 

「いや、俺達ならできる」

 

 

 

 

 

二人は驚くが、

 

 

「そうね、やってみせるわ」

 

 

「ああ、絶対に成功してやる」

 

 

自信満々に言い切り、銃を構えた。

 

 

「俺とレキがヘリコプターをどうにかする」

 

 

 

「「できる?」」

 

 

こいつら……仕返しかよ。

 

 

俺は笑みを浮かべて返答する。

 

 

 

 

 

「まかせろ、絶対に成功させる」

 

 

 

 

 

俺も自信満々で言ってやった。

 

 

バチバチッ

 

 

美琴は俺の言葉を聞いたあとすぐに爆弾の解除に取り掛かる。

 

 

遠山とアリアは車に向かって射撃する。

 

 

ズキュンッ!ズキュン!ガヒュンッ!!

 

 

遠山は一発、アリアは両手に持った銃からそれぞれ一発ずつ撃つ。

 

 

アリアの撃った弾は左側の車の二つの前輪を破壊する。

 

 

ギュルルルルッ!!!

 

 

車はスリップする。

 

 

遠山が撃った弾は右側の車の前輪の右のタイヤを破壊させる。

 

 

ギュルルルルッ!!!

 

車は左側にスリップする。

 

 

 

 

 

そして衝突した。

 

 

 

 

 

ガシャアアンッ!!!

 

 

 

 

 

「うおッ!?」

 

 

運転している武藤が声をあげる。

 

互いにぶつかった勢いで左側の車は左に衝突。右側の車は右に衝突した。

 

 

 

 

 

そして、真ん中に道が空いた。

 

 

 

 

 

(ヒステリアモードのキンジじゃなくても十分すごいな)

 

 

遠山はやはり強い。改めて実感した。

 

バスは二台の車の間をすり抜ける。

 

 

 

 

 

「「大樹!」」

 

 

 

 

 

遠山とアリアは俺の名前を呼ぶ。

 

次は俺の番だ。

 

ヘリコプターは約30メートルも上にいる。

 

そんな場所からヘリコプターは機体の下についた多銃身機関銃(ガトリングガン)で一斉に射撃しようとした。

 

その瞬間、

 

 

 

 

 

「私は一発の銃弾。銃弾は人の心を持たない。故に何も考えない。

 

 

 

 

 

ただ目的に向かって飛ぶだけ」

 

 

 

 

 

ガシャンッ!!!

 

 

多銃身機関銃が爆発し、破壊された。

 

レキの撃った弾は多銃身機関銃の一つの銃口に入り、中から破壊したのだ。

 

 

「あとはまかせろッ!!」

 

 

俺はバスから飛び降りる。

 

レインボーブリッジの橋のアスファルトに着地する。

 

そして、足に力を入れて、勢いを殺す。

 

 

ズシャアアアッ

 

 

着地成功。

 

俺は上空にあるヘリコプターを見上げる。

 

 

(余裕だな)

 

 

笑みを浮かべた後、俺は足に力を入れる。そして、

 

 

ダンッ!!

 

 

飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヘリコプターの目の前まで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「はああああァァァ!?」」」」」

 

 

美琴以外の全員が驚きの声をあげている。あり得ない光景に。

 

俺が元いた場所には大きなクレーターができていた。飛ぶ勢いが強過ぎたせいだ。

 

 

「落ちろッ!超スピードでッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺はヘリコプターを両足で踏みつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガシャアアアンッ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は反動を利用してヘリコプターだけ落として、俺は空中で後ろに回転する形になった。

 

ヘリコプターはものすごいスピードで海に落ち、

 

 

 

ザバアアアンッ!!!

 

 

 

レインボーブリッジと同じくらいの高さの水しぶきをあげた。

 

大樹は無事に橋のアスファルトに着地した。

 

 

 

 

 

「解除したわ」

 

 

 

 

 

ちょうど美琴の作業が終わった。

 

 

「二回目よ、それ見るの」

 

 

美琴は呆れた顔をする。

 

だが距離が遠くて大樹には聞こえない。ちなみに最初のヘリコプターは右手で叩きつけた。

 

 

 

 

 

「ミッションコンプリィィィトッ!!」

 

 

 

 

 

俺は右手を空に向かって突きだし、笑顔で言った。

 

 

「……滅茶苦茶だなあいつ」

 

 

「え、ええ」

 

 

キンジとアリアは大樹の強さにド肝抜かれた。

 

 

バスは止まり、遠山たちが降りて来る。そして、俺のところに走って来た。

 

 

「ほら、俺達ならできただろ?」

 

 

笑顔で聞いてくる大樹。

 

美琴、キンジ、アリアは声を揃えて言った。

 

 

「「「当たり前だ、バカ」」」

 

 

 




明日の投稿はお休みです。

本当にすいません。理由は





深刻なネタ切れです。






全く続きが書けません。

ですが明後日の18:00までには投稿してみせます。

本当に申し訳ありません。



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空と地上の決戦 ~決戦前の舞台編~

お待たせいたしました。 空っぽの頭をひねって、やっと続きを書くことができました。


それでは続きどうぞ。




新宿警察署の前には4人の人影があった。

 

 

「ここか……」

 

 

建物を見上げた大樹が呟く。

 

 

「ええ、行きましょ」

 

 

アリアがそう言って中に入る。俺と美琴と遠山はその後を追いかける。

 

俺たちはあのバスジャック事件の後、警察が到着した。武偵殺しの犯人が証拠を残していないか探偵科と鑑定科が調べたが何も出なかった。

 

 

 

 

 

俺は正体を知っているがまだ言わない。まだその時ではないから。

 

 

 

 

そのあとはキンジの家でご飯を食べていた(例のごとく俺が作った)時にアリアが、

 

 

「明後日、あたしのママに会ってみない?」

 

 

俺たちはびっくりした。だが、みんな行きたかったので4人で行くことにした。

 

 

神崎かなえ

 

 

アリアの母親で俺達が助け出す人だ。懲役864年の冤罪を着せられている人物。

 

俺達はその人に今から会う。

 

俺達四人は留置人面会室で待っていた。

 

アクリルの板越しに出てきた美人にアリア以外の三人は驚いた。

 

母親というより、年の離れたお姉さんの感じが強かった。

 

 

「まぁ………この方たちがアリアのお友達ね」

 

 

「ち、違うわよ、ママ」

 

 

「初めまして、アリアのとても仲の良い友達をやっています。御坂 美琴です!」

 

 

「ちょっと!?」

 

 

そんな事を言われたアリアは顔を赤くし、恥ずかしがる。ははは、ナイスだ美琴。

 

 

「同じく、アリアと超仲の良い友達の遠山 キンジです」

 

 

「や、やめなさい!」

 

 

よし、ここは俺も言わなくては。

 

 

 

 

 

「アリアの彼氏をしています。楢原 大樹です」

 

 

 

 

 

ガンッ!ゴンッ!

 

 

「ぐふッ!?」

 

 

アリアに蹴りをいれられ、美琴に殴られた。なんでッ!?

 

 

「な、ななな何言ってるのよ!バカ!!風穴開けるわよ!?」

 

 

おかしい。遠山と反応が全然違う。

 

 

「ふんッ」

 

 

美琴は何で不機嫌なの?もうわからないよ、しくしく。

 

 

「みなさん、初めまして。わたし、アリアの母で神崎かなえと申します。娘がお世話になってるみたいですね」

 

 

「あ、いえ……」

 

 

遠山は緊張しすぎだろ。ああいうタイプが弱いのか?

 

 

「ママ。面会の時間が少ないから手短に話すね。キンジは武偵殺しの三人目の被害者なの。武偵高で自転車に爆弾を仕掛けられたの」

 

 

アリアは早口で言っていく。かなえさんの表情が固くなる。

 

 

「さらにもう一件、一昨日はバスジャック事件が起きてる。奴の活動は急激に活発になってきているのよ。てことはもうすぐ尻尾を出すはずだわ。だからあたし、狙い通りまずは武偵殺しを捕まえる」

 

 

アリアは席を立ち上がる。

 

 

「奴の件だけでも無実を証明すればママの懲役864年が一気に742年まで減刑されるわ」

 

 

一人捕まえても、あと700年以上もあるのか。

 

 

「最高裁までの間に、他も絶対、全部なんとかするから」

 

 

アリアは手に力を込める。

 

 

「そして、ママをスケープゴートにしたイ・ウーの連中を全員ここにぶち込んでやるわ」

 

 

アリアの顔には怒りが現れていた。

 

 

「アリア。気持ちは嬉しいけどイ・ウーに挑むのは早いわ。それよりもパートナーは見つかったの?」

 

 

「そ、それは……」

 

 

アリアは俺の顔を見る。ん?俺?

 

 

「………いるわ。ここに」

 

 

「へ?」

 

 

アリアは俺に向かって指をさす。俺は予想外すぎてアホみたな声を出した。

 

 

「大樹ならあたしを助けてくれるわ。どんなときでも」

 

 

すっごい期待されちゃったよ。

 

 

「まぁ助けてやる約束したしな」

 

 

俺はこの三人は絶対に守る。

 

 

「大樹さん」

 

 

かなえさんが真剣な表情で俺の名前を呼ぶ。

 

 

「あなたはどれだけアリアを知っていますか?」

 

 

……………。

 

 

「さぁ?知りません」

 

 

「ッ!?」

 

 

アリアは俺の顔を見る。

 

 

「初めて会ってからそこまで日にちは経っていませんし」

 

 

「だ、大樹」

 

 

美琴が俺の名前を呼んで止めようとする。だけど、俺は続ける。

 

 

「遊んだのも数回ですし、パートナーとは言えません」

 

 

アリアが落ち込んでいるのが横目で見て分かる。

 

遠山は俺を睨んでいる。

 

 

「ですが」

 

 

俺はかなえさんを見て言う。

 

 

 

 

 

「俺にとって大切な人たちの中の一人です」

 

 

 

 

 

「ッ!」

 

 

アリアが俺の顔を見ている。

 

 

「アリアを全く知らないわけではありません。知っていることとすれば」

 

 

俺は笑顔で言う。

 

 

 

 

 

「アリアは母親が大好きな優しくて強い女の子です」

 

 

 

 

 

「大樹……」

 

 

頬を赤くしたアリアが俺の名前を呟いた。

 

 

「美琴と遠山だってアリアのことをそう思っていますよ」

 

 

美琴と遠山の方を見ると、二人も笑みを浮かべていた。

 

 

「そう………」

 

 

かなえさんも優しい笑みを見せた。

 

 

「アリア。とてもいい人達に恵まれたわね」

 

 

「ありがとう、ママ」

 

 

かなえさんは俺の方を向く。

 

 

「アリアをよろしくお願いします」

 

 

「はい、必ず守ります」

 

 

美琴と遠山もうなずく。

 

 

「時間だ神崎!」

 

 

「あ……!」

 

 

後ろにいた二人の管理官が羽交い締めにするような形で引っ張る。

 

 

「やめろッ!ママに乱暴するな!」

 

 

アリアの呼び掛けに応じない管理官。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ピシッ!

 

 

「「「「「「!?」」」」」」」

 

 

その場にいた大樹以外の人が驚愕した。大樹は手をアクリルの上に置いてあるだけでヒビが入った。

 

 

「その人にこれ以上乱暴に扱ってみろ」

 

 

俺は低い声で言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「次は許さねぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「ひッ!?」」

 

 

俺は管理官に殺意を向ける。

 

管理官はかなえさんを急いで放す。

 

 

「ありがとう、大樹さん」

 

 

「………いえ」

 

 

かなえさんは乱暴にされず部屋を退室した。

 

 

………お礼を言われた。

 

 

てっきり怖がらせたと思ったのに違った。

 

 

「大樹」

 

 

アリアは俺の名前を呼び、

 

 

 

 

 

「ありがとう」

 

 

 

 

 

アリアにもお礼を言われた。

 

 

「お前ら………俺、怖くなかったか?」

 

 

「そんなわけないだろ」

 

 

遠山は俺の言葉を否定する。

 

 

「ああでもしてくれないと能力使ってたわ。よくやったわね」

 

 

美琴は上から目線で俺を誉める。

 

 

「…………そうか」

 

 

アリアだけじゃなく、俺も大切な人に恵まれてるな。

 

 

________________________

 

 

 

 

「嫌な天気だな」

 

 

俺は空を見上げ呟いた。

 

あれから数日の時がすぎた。

 

 

(そういえば今日、アリア休みだったな)

 

 

今日の俺の隣は空席だった。

 

 

(何でだろう………嫌な予感がする)

 

 

俺は学校のベンチから立ち上がる。と同時にポケットに入れた携帯電話が鳴った。

 

 

「もしもし」

 

 

『大樹、大変だ』

 

 

電話の相手は遠山だった。

 

 

「どうした?」

 

 

『アリアが危ない』

 

 

「ッ!?」

 

 

その言葉に全てを察した。しまった!今日だったか!

 

 

「場所はッ!?」

 

 

『羽田空港だ』

 

 

「分かった、すぐ行く。お前も早くアリアと合流しろ!」

 

 

『わかった』

 

 

俺は電源を切り、音速のスピードで走りだした。

 

 

________________________

 

 

 

「な、なんだよこれ……」

 

 

俺は羽田空港に着いた。だが、

 

 

 

 

 

「何で凍ってるんだよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空港の中は氷で覆われていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前が楢原 大樹か」

 

 

「!?」

 

 

奥から声が聞こえて振り返る。

 

 

 

 

 

魔剣(デュランダル)……!?」

 

 

 

 

 

ジャンヌ・ダルクがいた。

 

 

 

 

 

 

銀髪を2本の三つ編みにし、つむじの辺りで結ったストレートロングヘアの髪形。綺麗な蒼色。サファイアのような瞳。

 

西洋な甲冑を身に纏い、剣を握っていた。

 

 

「ほう、私を知っているのか」

 

 

おかしい。ジャンヌの出番は早すぎる。

 

 

「何でここに居る」

 

 

「足止めだ」

 

 

「………まさか!?」

 

 

俺の質問に答えるジャンヌ。その答えに少し思考して結論を出す。

 

 

 

 

 

「確実にアリアを殺す気か…!!」

 

 

 

 

 

「お前はかなりの実力者と聞いた。彼女ではかなわない敵らしいからな」

 

 

彼女。それは武偵殺しのことだ。

 

 

ひゅッ

 

 

「ッ!」

 

 

ジャンヌは俺の足元に向かってナイフを飛ばすが、俺は後ろに飛んで避ける。だが

 

 

「なッ!?」

 

 

ナイフの刃から床が凍りだす。そして、俺の着地する場所まで凍った。

 

 

(ヤバいッ!)

 

 

凍りついてる床に触れた瞬間に体を凍らせられる。そう思った瞬間。

 

 

 

 

 

「大樹!!」

 

 

 

 

 

バチバチッ!!

 

 

「美琴!?」

 

 

美琴は電撃を床に飛ばし、氷を砕いた。

 

 

「何でここに!?」

 

 

「俺が呼んだ」

 

 

ガキュンッ!

 

 

遠山の声が聞こえたかと思うと、遠山は拳銃を持ってジャンヌに向かって撃つ。

 

 

「くッ」

 

 

ジャンヌは剣を盾にして銃弾を防ぎ、弾いた。

 

 

「大樹、アリアを助けに行ってくれ」

 

 

「だ、だけど」

 

 

「大丈夫よ、ここは私たちが何とかする」

 

 

美琴は俺を見て言う。

 

 

「武偵憲章第1条」

 

 

「ッ!」

 

 

ったく。ズルいなお前らは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「仲間を信じ、仲間を助けよ」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三人の声が重なった。

 

 

「頼んだ!!」

 

 

俺は走りだした。

 

 

「逃がすか!」

 

 

ジャンヌは俺に向かって剣を振るおうと飛び出すが、

 

 

「させないッ」

 

 

バチバチッ!

 

 

美琴は電撃を飛ばし、ジャンヌの進行方向を妨げる。

 

ジャンヌは急いで後ろに飛んで回避する。その隙に俺は空港の中へと走って行った。

 

 

「君の相手は俺たちだ」

 

 

遠山は銃を構える。美琴も電撃を身に纏わせて構える。

 

 

 

 

 

「「ここから先は行かせない」」

 




明日から再びしっかりと毎日投稿しますのでよろしくお願いします。


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空と地上の決戦 ~絶対零度編~

続きです。


【キンジ視点】

 

 

「遠山キンジ、御坂 美琴か」

 

 

ジャンヌは二人の名前を言う。

 

 

「あんた、一体何者?」

 

 

美琴はジャンヌに問う。

 

 

「ジャンヌ・ダルク」

 

 

ジャンヌはサファイアの瞳を細めて誇らしく言う。

 

 

 

 

 

「ジャンヌ・ダルク30世だ」

 

 

 

 

 

「「……………」」

 

 

「し、知らないのか!?」

 

 

美琴とキンジは顔を合わせる。

 

 

「知ってる?」

 

 

「いや、知らないな…」

 

 

「ぐッ!」

 

 

ジャンヌは不機嫌になる。

 

 

「ふんッ、まぁいい。どうせお前たちはここで終わりだ」

 

 

ジャンヌは手に持った剣を構える。

 

 

「この聖剣デュランダルに切れないモノは無いッ!」

 

 

ジャンヌは二人に飛びかかる。

 

 

ズキュンッ! !

 

 

キンジはジャンヌに向かって撃つ。しかし、

 

 

ガキンッ!!

 

 

「なッ!?」

 

 

ジャンヌは剣を盾にしながら突き進み、弾を弾いた。

 

 

「くッ!」

 

 

キンジは剣が降り下ろされる前に後ろにさがろうとするが、

 

 

「逃がさん!」

 

 

「ッ!?」

 

 

足元が凍っていて動けなかった。

 

 

(しまった!?)

 

 

キンジに剣が降り下ろされる。

 

 

「させないわよッ!!」

 

 

バチバチッ!!

 

 

「ッ!!」

 

 

美琴は電撃を出して当てようとするが、ジャンヌは後ろに飛んで避ける。

 

 

「ッ!」

 

 

そのすきにキンジはナイフを取りだし、凍っていてる足元を砕く。

 

 

「貴様は超偵だったか」

 

 

超偵

 

武偵とは違い、超偵は超能力が使える者を言う。

 

先日、俺は美琴から能力者だと聞いた。

 

 

「ええ、そうよ」

 

 

美琴はジャンヌの言葉に肯定する。

 

 

私に続け(フォロー・ミー)、御坂 美琴。イ・ウーで役に立たせてやる」

 

 

「お断りよ、そんな組織」

 

 

美琴はジャンヌの誘いをバッサリっと断る。

 

 

「後悔するなよッ!!」

 

 

ジャンヌは美琴に剣を突き刺そうとする。

 

美琴は電撃を飛ばそうとする。だが、

 

 

 

 

 

「【オルレアンの氷花(Fleur de la glace d'Orleans)】」

 

 

 

 

 

「避けろッ!!」

 

 

ジャンヌの持っている剣から吹雪が吹き荒れる。キンジは危険を察知し、叫ぶ。

 

 

「くッ!!」

 

 

美琴は能力を使い大きく横に飛び逃げる。

 

 

カッ!!

 

 

剣の先から閃光弾を使ったような光が弾けた。

 

 

「「!?」」

 

 

二人は驚愕した。

 

 

 

 

 

さきほど、美琴の居た場所には大きな薔薇の氷が出来ていた。

 

 

 

 

 

「避けられたか」

 

 

ジャンヌは剣を構え直す。

 

 

(厄介な相手だ……)

 

 

キンジは心の中で思考させる。真正面から戦ってもダメだ。

 

 

(恐らく相手はまだ余裕だろう)

 

 

2対1。不利な状況をもろともしない。

 

 

「弱いな」

 

 

ジャンヌは俺たちに言う。

 

 

「私の目的は本来なら一人の超偵を拐ってくることだったのだが、こんな無駄な時間を過ごすくらいなら誘拐方法でも考えているほうが有意義だ」

 

 

拐う?

 

 

「一体誰を拐うつもりだ」

 

 

「特別に教えてやろう」

 

 

ジャンヌは笑みを浮かべて言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

星伽(ほとぎ) 白雪(しらゆき)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なッ!?」

 

 

俺は耳を疑った。

 

 

「な、なんで白雪が!?」

 

 

星伽 白雪

 

彼女とは俺の幼なじみだ。しばらく会っていなかったが学校の入試の日に不良に襲われているのを助けた時に再会した。

 

今でも弁当や朝ごはんを作ってくれる。

 

そして彼女は星伽の巫女だ。だが普通の巫女では無い。

 

 

武装巫女だ。

 

 

星伽神社はその武装巫女が守っているのだ。

 

白雪は鬼道術という超能力があることは聞かされていた。

 

 

その白雪がなぜ狙われている。

 

 

「お前は彼女の素晴らしさを分かっていない」

 

 

ジャンヌは笑う。

 

 

「彼女は原石だ。あれを磨けば磨くほどより強力な超能力者(ステルス)になる」

 

 

「な、何を言っている」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「彼女をイ・ウーの騎士にする」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふざけるなッ!!」

 

 

俺は右手に持っている拳銃をジャンヌに撃つ。

 

 

ズキュンッ!!

 

 

「?」

 

 

ジャンヌは不思議そうな顔をした。

 

 

「ッ!?」

 

 

俺は驚いていた。

 

 

 

 

 

外したことに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、ヒステリアモードが切れたことに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そ、そんな……!?」

 

 

こんな大事な時に……。

 

拳銃を握った手が震える。

 

 

「これが終わったら私は彼女を誘拐する」

 

 

俺は……白雪を守れない……。

 

 

「さらばだ、遠山 キンジ」

 

 

ジャンヌは俺に剣を降り下ろした。

 

キンジはその攻撃を避けれない。

 

 

 

 

 

ガキュンッ!!

 

 

 

 

 

キンッ!!

 

 

「くッ」

 

 

ジャンヌは剣を降り下ろすのをやめて、飛んで来た弾を弾く。

 

 

「!?」

 

 

ジャンヌは驚愕する。

 

 

 

 

 

銃弾が飛んできた方向には誰も居なかった。

 

 

 

 

 

ガキュンッ!!

 

 

「なッ!?」

 

 

キンッ!!

 

 

次は後ろから飛んできた。ジャンヌはギリギリ剣で防ぐ。

 

 

「な、何が起きている!?」

 

 

ジャンヌは不可解な現象に焦る。また銃弾の飛んで来た方向に誰もいなかったからだ。

 

 

 

 

 

「諦めちゃダメよ」

 

 

 

 

 

俺の後ろには美琴がいた。

 

 

「キンジが諦めたら星伽さんはどうするの?」

 

 

「ッ!」

 

 

そうだ。ヒステリアモードが切れたくらいで何諦めてる。

 

 

バスジャックの時は無くても大丈夫だったじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……行くぞ、遠山 キンジ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「美琴、まずはあの剣を破壊するぞ」

 

 

「どうやって?」

 

 

「俺が剣の動きを止める。美琴は電撃で剣を破壊してくれ」

 

 

「できるの?」

 

 

美琴は心配して聞く。

 

 

 

 

 

「やれるだけやってみる」

 

 

 

 

 

俺は拳銃を防弾制服の上着になおす。そして、上着を脱いだ。

 

上着の中に着ていたカッターシャツになった俺は美琴を見る

 

 

「!」

 

 

美琴が何かに気付いた。どうやら作戦が伝わったみたいだな。

 

俺は右手に上着だけ持ち、左手にナイフを持つ。

 

 

「何をしようと無駄だ」

 

 

ジャンヌは剣を再び構える。

 

 

「その自信を今から捻り潰してやる」

 

 

チャンスは一回だ。

 

 

ヒュンッ

 

 

俺はナイフを投げる。だが

 

 

「遅い」

 

 

避けられた。

 

 

俺はナイフを投げると同時にジャンヌに向かって走っていた。

 

 

バッ!

 

 

「ッ!?」

 

 

右手に持っていた上着をジャンヌの目の前に投げつけた。

 

 

「その程度で目眩ましになると思っているのか!」

 

 

ジャンヌは両手で持っていた剣のうち左手を放し、横になぎ払う。

 

上着は床に落ち、視界が見えるようになる。

 

 

「終わりだ!!」

 

 

ジャンヌは右手にもっている剣を降り下ろす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「むぐッ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジャンヌの顔に床に落ちたはずの上着が襲ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「美琴ッ!!」

 

 

俺はジャンヌが怯んでいるうちに剣を奪い取り、上に投げた。

 

 

「任せなさい!!」

 

 

チンッ

 

 

美琴は右手にあるコインを弾く。

 

 

ズキュウウウンッ!!!!

 

 

空気が悲鳴をあげたかのような音が響く。

 

 

 

 

 

美琴の右手から、超電磁砲が出た。

 

 

 

 

 

超電磁砲はキンジが投げた剣を砕き、そのまま空港の屋根を貫通する。

 

 

ガラランッ!!

 

 

刃が折れた剣が落ちてきた。

 

 

「私の………聖剣が………!?」

 

 

ジャンヌは目を疑うような光景を目の当たりにする。

 

 

「ッ!!」

 

 

ジャンヌは逃亡しようと後ろを向いて逃げようとする。

 

 

「なッ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジャンヌの目の前にさっき投げられたキンジのナイフが空中で浮いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒュンッ

 

 

「くッ!!」

 

 

空中に浮いたナイフは一瞬でジャンヌの首筋に当てられる。

 

 

「動かないで」

 

 

美琴は拳銃を構える。

 

 

「「ジャンヌ・ダルク、お前(あなた)を逮捕する(わ)」」

 

 

俺はジャンヌに手錠をかけた。

 

 

________________________

 

 

「何をした」

 

 

「え?」

 

 

大人しくなったジャンヌが美琴に話しかける。

 

 

「貴様の超能力が全く分からなかった」

 

 

ジャンヌは分からなかったことについて挙げていく。

 

 

弾がどこからもなく現れたこと。

 

床に落ちたはずの上着が顔に襲ってきたこと。

 

空中に浮いたナイフ。

 

 

「簡単なことよ」

 

 

美琴は自分の拳銃を床に落とすが、落ちなかった。

 

 

空中で止まっている。

 

 

「磁力を操作することで意のままに動せるの」

 

 

拳銃は美琴の回りをぐるぐる回る。

 

「ナイフのトリックは分かった。だが上着は鉄などついてないぞ」

 

 

俺はトリックを教えるために上着を手に取る。

 

 

「それは俺が細工したんだ」

 

 

俺は上着から、

 

 

 

 

 

拳銃を取り出す。

 

 

 

 

 

「ッ!!」

 

 

ジャンヌが思い出したような顔をする。

 

美琴は上着に入った拳銃を操ることで上着を浮かしたりすることができたというわけだ。

 

 

「なるほど、私はまんまと騙されたというわけか」

 

 

ジャンヌの顔には笑みがあった。

 

 

「最後のトリックも教えてくれ」

 

 

銃弾がどこからもなく現れるトリック。

 

 

「あたしが撃った弾を能力でただ操っただけよ」

 

 

美琴は拳銃を構えて発砲する。

 

 

ズキュンッ!!

 

 

だが

 

 

パキンッ!!

 

 

「ッ!?」

 

 

美琴の後ろの壁に弾が当たる。

 

 

「こんな感じでねッ」

 

 

美琴は拳銃をくるくる回す。

 

 

ジャンヌはため息を吐く。

 

 

「私はとんでもない奴と戦っていたのか」

 

 

「俺から見たら二人ともとんでもないぞ」

 

 

俺は思った通りのことを言う。

 

 

「これでも(グレード)は高い方なんだがな、貴様のGは何だ」

 

 

ジャンヌの問いに美琴は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「G27よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なッ!?」

 

 

ジャンヌの顔が青くなる。

 

 

「まぁGなんてどうでもいいわ」

 

 

美琴は自分が開けた穴を見る。

 

 

 

 

 

「大樹は大丈夫、よね」

 

 

 

 

 

小さな声で、そう呟いた。

 

 

 




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空と地上の決戦  ~天空編~

今回は長いです。

続きです。




(アリアが乗っているのはAMA600便!)

 

 

大樹は空港の中を走っていた。

 

 

(さっき会ったのはジャンヌだった)

 

 

ジャンヌは原作では白雪を誘拐するときに登場する人物。

 

 

(なのにあいつは現れた……!)

 

 

先程から嫌な予感がする。

 

俺はふっと窓を見ると一台の飛行機が動いていた。

 

 

「ッ!?」

 

 

俺は飛行機の窓からあいつが見えた。

 

 

 

 

 

「アリアッ!!」

 

 

 

 

 

おもわず名前を呼ぶ。しかし、彼女にはその声は届かない。

 

ヤバい。もう離陸しようとしている。

 

 

パリンッ!!

 

 

俺は空港の窓を突き破り、飛行機を追いかける。

 

 

だが、飛行機の車輪は地面を離れ、飛んだ。

 

 

________________________

 

 

アリアは窓の外を見る。外は大雨で遠くが見えなくなるほど暗かった。

 

 

(なんにも通達無しで急に帰ってこいだなんて)

 

 

ロンドンの武偵局部から帰還命令が出された。だが、日帰りで帰ろうと思っている。長くはならないので、みんなにはこのことを報告していない。

 

 

(最近いろいろあって疲れたわ……)

 

 

キンジのチャリジャック、バスジャック。目まぐるしい日々だった。

 

アリアは椅子にもたれかかって目を瞑った。

 

 

(少しだけ……)

 

 

アリアは静かに眠った。

 

 

________________________

 

 

 

 

「さ、ささささ寒いいいいィィィ!!!」

 

 

俺は寒さに震える。

 

 

俺はあの後音速のスピードで走って追いかけて

 

 

 

 

 

車輪に掴まった。

 

 

 

 

 

「おわッ!?」

 

 

そしてそのまま車輪と一緒に機体の中に一緒に収納された。侵入に成功したが中はどんどん温度が低くなり、今にいたる。

 

 

「ああ、疲れたな」

 

 

俺は目を瞑った。

 

 

「少しだけ……」

 

 

俺は静かに眠った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だめだあああああァァァ!!!!」

 

 

あぶねぇ!!やめろパトラッシュ!!俺はもう死にたくない!!

 

 

「くそッ、どうやってここから出ようか…」

 

 

まさか出口が無いなんて。

 

 

「………ちょっと乱暴だが仕方ない」

 

 

俺は天井に向かって思いっ切り殴った。

 

 

 

________________________

 

 

パンッ!パンッ!

 

 

「ッ!?」

 

 

アリアは飛び起きる。

 

 

(銃声!?)

 

 

まだボーッとする頭を叩き起こして廊下に出る。

 

廊下に出ると二人の男性が倒れていた。

 

倒れている男の後ろには拳銃をもったアテンダントがいた。

 

 

「動かないでッ!」

 

 

アリアはスカートから銃を取りだし、構える。

 

 

Attention Please(お気を付けください)、でやがります」

 

 

そう言ってアテンダントは手に持ったガス缶を投げる。

 

 

プシューッ

 

 

「みんな部屋に戻ってドアを閉めて!!早く!!」

 

 

アリアは乗客に避難を呼び掛ける。

 

機内が一気にパニックに陥った。

 

 

「くッ」

 

 

アリアも部屋に戻り、煙から逃げる。

 

 

(なんとか大丈夫みたいね)

 

 

自分の体がしっかり動くことを確認する。

 

 

(今のは武偵殺し……!?)

 

 

アリアは歯を食いしばる。こんな場所で出会うなんて予想外だった。

 

 

(ちょうどいいわ、ここで捕まえてママの冤罪を晴らしてやる!!)

 

 

ポポーン、ポポポン、ポポーン…………

 

 

機内に謎のアナウンスが流される。

 

 

(和文モールス……)

 

 

 

オイデ オイデ イ・ウー ハ テンゴク ダヨ

 

オイデ オイデ ワタシ ハ イッカイノ

 

バー ニ イルヨ

 

 

 

「上等よ」

 

 

アリアはスカートから二丁目の銃を取り出し、

 

 

 

 

 

「風穴あけてやるわ」

 

 

 

 

 

ドアを開けて、バーに向かった。

 

 

________________________

 

 

 

バーに行くと武偵高校の制服を着た女性が座っていた。

 

顔をよく見ると、さっきのアテンダントだと分かった。

 

 

「今回もキレイに引っ掛かってくれやがりましたねぇ」

 

 

女性はベリベリッと薄いマスクのようなものを剥がした。

 

 

 

 

 

「あんた……(みね)…理子ね」

 

 

 

 

 

キンジの隣の席の女子生徒だった。

 

 

Bon Soir(こんばんは)

 

 

こいつが……武偵殺し!

 

 

「この日を待っていたよ、オルメス」

 

 

「ッ!?」

 

 

何でその名前を知ってるの!?

 

 

「あんた……一体何者……?」

 

 

アリア質問に理子は笑みを浮かべて答える。

 

 

 

 

 

「理子・峰・リュパン4世。それが理子の本当の名前」

 

 

 

 

 

「リュパン!?」

 

 

この子、アルセーヌ・リュパンの曾孫なの!?

 

 

「でも家の人間はみんな理子を【理子】とは呼んでくれなかった」

 

 

理子は椅子からおりる。

 

 

「お母さまがつけてくれたこのかっわいい名前を」

 

 

頭を横に振り、呆れたように振る舞う。

 

 

「4世、4世、4世4世さまぁー」

 

 

理子はふらふらと近づいてくる。

 

 

「どいつもこいつも使用人まで……理子をそう呼んでたんだよ、ひっどいよねぇ」

 

 

「そ、それがどうしたっていうのよ。4世の何が悪いっていうのよ……」

 

 

理子は歩くのをやめて立ち止まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪いに決まってんだろ!!あたしは数字か!?あたしはただのDNAかよ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!?」

 

 

突如、理子はキレて怒鳴り散らした。

 

 

「あたしは理子だ!!数字じゃない!!どいつもこいつもよォ!!」

 

 

怒り狂った理子は一気に言いたいことを言う。あるいは叫ぶ。

 

 

「曾お爺さまを越えなければあたしは一生あたしじゃない。【リョパンの曾孫】として扱われる!!」

 

 

理子は自分の手を強く握り締める。

 

 

「だからイ・ウーに入って力を得た!この力であたしはもぎ取るんだ!あたしをォ!!」

 

 

理子はアリアを見る。その瞳には殺意が籠っている。

 

 

「100年前、曾お爺さま同士の対決は引き分けだった。つまりオルメス4世を倒せば、あたしは曾お爺さまを越えたことを証明できる」

 

 

理子は続ける。

 

 

「チャリジャックとバスジャックではイレギュラーなことが起きた。邪魔されなかったらもっとはやく戦えたのねぇ」

 

 

理子は右手に持った銃の銃口をこちらに向けた。

 

 

「今日がお前の命日だ、オルメス!!!」

 

ガキュンッ!!

 

 

「ッ!?」

 

 

アリアは理子が撃った弾をとっさに横に避ける。そして、理子に向かって飛びかかる。

 

だが、

 

 

「アリア、二丁拳銃が自分だけだと思っちゃダメだよ?」

 

 

「ッ!」

 

 

理子はスカートから二丁目の拳銃を左手に持つ。

 

 

ガチンッ!!

 

 

理子はアリアの腕を自分の腕で上手く払い、アリアの銃口の先から逃れる。

 

アリアは睨み、理子は笑みを浮かべていた。

 

互いの距離がゼロになった。ここからは近距離の戦闘だ。

 

 

ガッガキュンッ!!

 

 

理子は二発の銃弾撃つ。

 

アリアはそれをしゃがんで避ける。

 

 

ガッガキュンッ!!

 

 

アリアも下から二発の銃弾を撃つ。

 

だが理子は上半身を後ろに傾けるだけで回避する。

 

 

ドゴッ!!

 

 

理子はしゃがんでいるアリアに一発。二発と銃弾を撃たず、手で殴った。

 

 

「ぐッ!!」

 

 

アリアは小さくうめく。

 

 

「は、はは、あははははッ!!」

 

 

理子は気が狂ったように笑う。

 

 

「このッ!!」

 

 

アリアは理子の腕を掴む。

 

 

「なッ!?」

 

 

理子は驚愕する。

 

 

 

 

 

アリアは理子を一瞬にして床に押さえつけたのだ。

 

 

 

 

 

「そこまでよ!!」

 

 

アリアは理子の頭の眉間に銃を突き付ける。

 

 

「ふふふ、アリアは甘いなぁ」

 

 

理子は不気味に笑う。

 

 

「な、何よ!」

 

 

追い詰められているはずの理子が笑いだし、アリアは理子を警戒する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「武偵殺しが一人だと思わないことね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

突然後ろから声がかけられた瞬間、首に何かを刺された。そして、アリアは強烈な目眩に襲われ、横に倒れた。

 

アリアは倒れていながらも、必死に意識が落ちないようにする。

 

 

「…………あ、あんたは……………!?」

 

 

 

 

 

イ・ウーのメンバー、夾竹桃(きょうちくとう)がいた。

 

 

 

 

 

「な、なんであんたが……!?」

 

 

夾竹桃はあたしの戦妹(アミカ)である間宮(まみや) あかりが今追っているはずの人物。

 

 

「全くなにやられているの」

 

 

「ごめんね~、キョーちゃん。理子は悪い子だから」

 

 

「理由になってないわよ。私はわざわざ間宮の秘毒をお預けしてまで来たのだからちゃんと勝ちなさい」

 

 

………やられた。

 

甘かった。相手が一人だと決めつけるなんて。

 

 

「くふふふ、これで理子の勝ちだね」

 

 

理子は右手に持った銃をアリアに押し付ける。

 

 

「じゃあね、アリア」

 

 

アリアは目を瞑った。

 

 

(あたしはまだ死ぬわけにはいかない!)

 

 

アリアは体に力を入れようとするが入らない。

 

 

(まだママを助けるまでには!)

 

 

アリアは心の中で叫ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(誰か助けてッ!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガキュンッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「!?」」

 

 

理子と夾竹桃は驚愕した。なぜなら、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アリアが消えたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待たせたな、アリア」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

理子と夾竹桃の後ろから声がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこにはアリアをお姫様抱っこをしている大樹がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大樹……!」

 

 

アリアは名前を呼んで、意識を失った。

 

 

「な、なんでお前がいるッ!?機内の入り口で見張っていて、来ていないことを確認したはずなのにッ!?」

 

 

理子が大声を出す。

 

 

「俺はそんなところから入っていないぞ」

 

 

大樹は顔に笑みを浮かべて、

 

 

 

 

 

「車輪と一緒に来たからな」

 

 

 

 

 

「「は?」」

 

 

「ひとまず退散だ」

 

 

大樹は後ろを向き、走り去る。

 

 

「逃がすかッ!!」

 

 

理子は銃を大樹に向けて発砲する。

 

 

ガキュンッ!!

 

 

「させるか!!」

 

 

大樹は横にある客室ドアを開けて、盾を作る。

 

 

ガチャッ、ガチャッ、ガチャッ、ガチャッ、ガチャッ、ガチャッ、ガチャッ、ガチャッ、ガチャッ、ガチャッ

 

 

「「なッ!?」」

 

 

一瞬にして合計10枚の壁を作った。少しは時間稼ぎができるだろう。

 

 

(アリアを安全な場所に……!!)

 

 

大樹はアリアを抱えて逃げ出した。

 

 

________________________

 

 

大樹はアリアをベットに寝かせる。

 

ここは飛行機の一番奥の客室だ。

 

 

(さっき居たのは夾竹桃……!)

 

 

状況から察するに、アリアは毒にやられたのだろう。

 

 

(何で夾竹桃がいるんだよ……!)

 

 

夾竹桃は毒に関してはエキスパートだ。下手をするとアリアはもう……。

 

 

(一刻もはやく病院に行かないと…!)

 

 

アリアには一体どんな毒を射たれたのか分からない。対処法も分からない。

 

 

「………解毒剤」

 

 

もしかしたら夾竹桃が持っている可能性がある。

 

……なら俺の目的は明確だ。

 

 

「どんな理由があるにしろ、あいつら絶対に捕まえる。」

 

 

俺はアリアに顔を向ける。

 

 

「すまん、こんなことになって」

 

 

約束したはずなのに。

 

 

「守るって言ったのに」

 

 

だけど。

 

 

「もうこれで終わりだ」

 

 

 

 

 

アリアを傷つけるのは。

 

 

 

 

 

「もう絶対にさせねぇ」

 

 

 

 

 

俺は部屋を出た。

 

 

________________________

 

 

 

「バッドエンドの時間ですよー」

 

 

理子と夾竹桃が奥から現れる。

 

 

「夾竹桃」

 

 

「なにかしら」

 

 

「アリアにどんな毒を射ちやがった」

 

 

夾竹桃は笑みを浮かべて教えてくれた。

 

 

弛緩毒(しかんどく)よ」

 

 

………………。

 

 

「説明してください」

 

 

「もう少し勉強したらどう?」

 

 

うるせいやい。

 

 

「解毒剤はあるのか」

 

 

「持っているわよ」

 

 

夾竹桃は手に取り出す。

 

 

「いくらだ」

 

 

「よこせとは言わないのね」

 

 

犯罪行為はしませn………なるべくさけます。

 

 

「欲しければ取ってみなさい」

 

 

「ハッ、なめるなよ!」

 

 

俺は音速のスピードで夾竹桃に近づこうとするが、

 

 

「ッ!?」

 

 

やめて後ろにさがる。

 

 

「あら、見えていたのね」

 

 

 

 

 

夾竹桃のまわりにはワイヤーが張り巡らされていた。

 

 

 

 

 

T  N  K(ツインテッドナノケブラー)ワイヤー」

 

 

夾竹桃はワイヤーの説明を始める。

 

 

「その防弾制服にも織り込まれている極細繊維よ」

 

 

「チッ」

 

 

俺は舌打ちをする。ワイヤーは見えるが問題は張り巡らせた形だ。体がすり抜ける場所が見つからない。

 

 

ズキュンッ!!

 

 

「ッ!」

 

 

大樹は体を横にそらして銃弾を避ける。

 

 

「はやくどけよ、イレギュラー」

 

 

理子が撃ったようだ。

 

 

「イレギュラーだと?」

 

 

「理子の計画では一番お前が邪魔だったんだよ」

 

 

「ごめんなさい、とでも謝ればいいのか?」

 

 

「ッ!!このッ!!」

 

 

ズッズキュンッ!

 

 

理子は二発銃弾を俺に向かって放つ。

 

 

「ッ!?」

 

 

俺は驚愕した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

銃弾が空中で止まっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(何だコレ!?)

 

 

否、銃弾は少しずつこっちに向かって来ている。

 

銃弾が超スローモーションで見えているのだ。

 

 

(もしかしたら、いける!!)

 

 

俺は二発の銃弾に右手を向ける。そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人差し指と中指、中指と薬指に銃弾をはさんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クルンッ

 

 

銃弾の勢いを殺さないように素早く体を回転させる。

 

 

(これでどうだ!)

 

 

銃弾がはさまった指を放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガシャンッ!!ガシャンッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いたッ!?」

 

 

理子の両手に痛みを感じた。そして、理子の顔は驚きに変わる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

理子の銃が両方共壊れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

銃弾は見事に両方の拳銃の銃口の中に入った。

 

 

「せ、成功した………」

 

 

銃弾返し(カタパルト)

 

 

遠山が使う技の一つだ。物語ではまだ使えないが。

 

 

(俺の場合は2つ………)

 

 

もう人間ちゃう。化け物や。

 

 

「あ、ありえない……」

 

 

理子は後ろにさがる。顔が真っ青になっている。

 

 

「チェックメイトだ」

 

 

俺は二人に告げる。

 

 

カチャッ

 

 

俺は右手と左手に服の内側から出した銃を持ち、二人に狙いを定める。

 

この銃はアリアから借りたモノだ。

 

 

「あら、わたしはまだよ」

 

 

夾竹桃の後ろからトランクが現れる。隠していたか。

 

 

ガシャンッ

 

 

 

 

 

夾竹桃は多銃身機関銃(ガトリングガン)を取り出した。

 

勝利を確信した夾竹桃は笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やらせるかああああァァァ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は地面に落ちてある理子の拳銃の残骸を蹴り飛ばした。

 

 

ガシャンッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

残骸が音速のスピードで当たり、多銃身機関銃を破壊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!?」

 

 

「もう一度言う。動くな」

 

 

俺は再び二人に向かって銃を構える。

 

 

「あーあ、あと少しで理子がアリアを殺せたのに」

 

 

「そんな物騒な考え……やめろ」

 

 

俺は理子を睨む。

 

 

「大樹は何で理子の体に銃弾を当てなかったの?」

 

 

「女の子にそんなことしねぇよ」

 

 

「大樹って優しいね。でも」

 

 

理子はニヤリッと笑った。

 

 

 

 

 

「それが仇になるよ?」

 

 

 

 

 

理子の髪が不自然に動く。

 

 

ぐらりッ

 

 

その時、飛行機が大きく揺れた。

 

 

(しまった!?)

 

 

俺は体制を崩す。

 

 

「ッ!?」

 

 

夾竹桃もバランスを崩した。夾竹桃は知らなかったみたいだ。このことに。

 

だが、俺が見たのは最悪の光景だった。

 

 

 

 

 

夾竹桃がワイヤーに向かって倒れようとしていた。

 

 

 

 

 

(あのバカッ!!)

 

 

俺は音速のスピードで夾竹桃のところに向かって走る。

 

 

(あのワイヤーは簡単には切れない)

 

 

防弾制服の極細繊維だ。とてもじゃないが素手で切るのは不可能。

 

 

(それでも!!)

 

 

俺はワイヤーを掴み手に力を込める。そして、

 

 

 

 

 

一気にワイヤーを引き伸ばした。

 

 

 

 

 

ブチッ

 

 

 

 

 

一本を切った。だが十分だ。

 

自分の体がはいれる空間が出来ていた。

 

俺はその穴に飛び込み夾竹桃を抱き止める。

 

 

「ぐッ」

 

 

俺の左手から大量の血が流れ出した。右手は何とか無事だった。

 

だが、指などが切れなかったことは不幸中の幸いなのだろう。

 

 

「ばいばいきーん」

 

 

理子はその場から逃げ出した。

 

 

「まちやがれッ!!」

 

 

ガシャンッ

 

 

俺は手錠を夾竹桃と廊下の手すりにつける。そして、俺は理子を追いかけた。

 

理子はバーの片隅にいた。壁には丸い円のように爆薬が貼り付けてあった。

 

 

「ホントにイレギュラーな存在だねぇ……」

 

 

理子は不機嫌そうな声で言う。

 

 

「理子の計画無茶苦茶だよ」

 

 

「うるせぇ、早く捕まれ。アリアが待ってる」

 

 

「アリア、アリアアリアアリア」

 

 

理子は俺を睨みつける。

 

 

 

 

 

「何であいつばっか味方するんだよォ!!」

 

 

 

 

 

怒鳴った。

 

 

「何で理子には……いないんだよ……」

 

 

だが、その元気はすぐに無くなり、下を向いた。

 

 

「ッ!?」

 

 

俺はあることに気づいた。

 

 

 

 

 

「理子………ペンダントはどうした?」

 

 

 

 

 

俺は学校でペンダントを着けているのをみたことがある。だが理子のペンダントがなかった。ペンダントが取られるのはこの事件のあとのはず。

 

 

「な、何で知っているの………!?」

 

 

「いいから答えろ」

 

 

「………取られたの」

 

 

「………ブラドにか」

 

 

「……何でも知っているんだね」

 

 

理子は小さな声で言う。

 

 

「バスジャックの時にあれほどの大掛かりなことをしたにも関わらずアリアを倒すことが出来なかったから」

 

 

 

 

 

理子は涙を流す。

 

 

 

 

 

「取られ………ちゃった……!!」

 

 

 

 

 

「……………」

 

 

俺は銃をポケットに直す。

 

 

「理子」

 

 

彼女の名前を呼ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺がブラドから取り返してやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!?」

 

 

理子は驚き、俺の顔を見た。

 

 

「む、無理だよ。ブラドは

 

 

「大丈夫だ」

 

 

理子の言葉に声を重ねる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺がぶっ潰してやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!」

 

 

俺は理子の手を掴みこちらに引っ張る。血だらけになった左手で触るのは流石にヤバイので右手で理子の手を引く。

 

 

「もう逃げるな。俺が助けてる」

 

 

優しい声音で理子に言う。理子は目を見開いて驚いていた。

 

 

「ほ、ホント?」

 

 

「ああ、俺はいつだって女の子の味方だ」

 

 

理子の言葉に俺は肯定する。

 

 

「当然、理子の味方でもあるからよ」

 

 

「大樹……」

 

 

 

 

 

ドゴオオオオォォォ!!!

 

 

 

 

 

「うおッ!?」

 

 

突然の出来事に俺は後ろに理子と倒れる。

 

 

「ミサイルだよ!!」

 

 

わ、忘れてた!!

 

 

「理子!」

 

 

俺は理子の顔を見て言う。

 

 

「とりあえず、この状況を何とかするぞ!」

 

 

理子は笑って答える。

 

 

 

 

 

「まかせて、だいちゃん!」

 

 

 

 

 

「その呼び方はやめてくれ」

 

 

母親を思い出します。母ちゃん、俺は元気でやっています。一回死んだけど。

 

 

________________________

 

 

 

「夾竹桃!!」

 

 

俺は廊下にいる夾竹桃に駆け寄り、話しかける。

 

 

「アリアの解毒剤をくれ!!」

 

 

「これよ」

 

 

「出さないってならちかr…………ってはやっ!!」

 

 

即答したうえに、もう俺の手には解毒剤らしきモノが!?

 

 

「お、おう。と、とりあえずこの状況をどうにかしたいからてつd「わかったわ」………そうか」

 

 

はえー。まじはえー。夾竹桃先輩かっくいー。

 

俺は夾竹桃の手錠を外した。

 

 

「二人は先に操縦室に行ってくれ!」

 

 

俺はアリアのいる部屋に急いで行く。

 

 

「アリア!!」

 

 

ドアを勢い良く開けて、俺はアリアの寝ているベッドまで駆けつける。

 

 

「解毒剤だ!」

 

 

解毒剤はドリンクみたいに飲むみたいだ。俺はアリアに飲ませる。

 

効果はすぐに現れた。

 

 

「……大……樹?」

 

 

「おう、俺だ」

 

 

「大樹!!」

 

 

「おごッ!?」

 

 

ガンッ!!

 

 

「うぐッ!?」

 

 

アリアに飛びつかれたのは死ぬほど嬉しい。だが、アリアの頭は見事に腹に強打。そして後ろの壁に頭を激突して死ぬほど痛い。

 

 

「大樹!ありがとう!」

 

 

「う、嬉しいのは俺もだが今は……」

 

 

ピンポンパンポーン

 

 

 

 

 

『この飛行機は現在墜落中よ』

 

 

 

 

 

夾竹桃がアナウンスでとんでもないことを言い出した。

 

機内が一気に騒がしくなる。

 

 

「あ、あいつ!!」

 

 

「だ、大丈夫だアリア!!今は仲間だ!!」

 

 

「な、仲間!?あんた向こう側についたの!?」

 

 

「違げぇよ!!」

 

 

『早く帰って来てだいちゃん!!』

 

 

「その名前で呼ぶな!」

 

 

『じゃあア〇パンマンで』

 

 

「どこだ!盗聴器はどこだ!!」

 

 

何で俺の言葉に返せた!

 

 

『違う違う。あーそこそこ。もう!椅子の下だよ!』

 

 

「キリがねええェェ!!」

 

 

盗撮までしてたよ!

 

 

________________________

 

 

「というわけだ。こいつら仲間。OK?」

 

 

「なるほどね」

 

 

アリアに二人の説明をした。俺たちは操縦室にいる。

 

 

「でも逃がさないわよ」

 

 

「俺もそのつもりだから大丈夫だ」

 

 

アリアは操縦席に座っている二人に言う。

 

 

「ええ、好きにするといいわ」

 

 

「チッ、何でオルメスなんかに……」

 

 

二人は抵抗しないみたいだ。

 

 

「ねぇ」

 

 

夾竹桃は俺たちを呼ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「着地するときの車輪が壊れているのだけど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「なッ!?」」

 

 

「………………」

 

 

アリアと理子は驚愕する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やべぇ、心当たりがありすぎる…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんたたちがやったのでしょ!!」

 

 

「そんなことしてねぇよ!!」

 

 

アリアと理子が喧嘩し始めた。あー、やめてぇ。

 

 

「あ、あのな」

 

 

俺は……俺は……!

 

 

 

 

 

「さっきのミサイルで壊れたっぽいぞ!」

 

 

 

 

 

嘘を言った。

 

 

「「「ダウト」」」

 

 

ソッコーでばれた。今の一秒掛かったか?

 

 

「窓から飛行機の下の状況を見るのは不可能よ」

 

 

夾竹桃に論破された。

 

 

「ふッ」

 

 

俺は笑い、

 

 

 

 

 

「すんません多分俺が壊しましたごめんなさい」

 

 

 

 

 

俺のお仕置きが決定した。

 

 

________________________

 

 

 

「ぐすん」

 

 

俺は今正座をしている。

 

 

「なるほどね、だからだいちゃんを発見できなかったのか」

 

 

「だからだいちゃnなんでもありません」

 

 

銃をこっちに向けたアリアが………怖いです。

 

 

「ねぇだいちゃん」

 

 

「はいなんでございますか」

 

 

もうこれ以上は体が持たないッス。

 

 

「武藤君に連絡取れる?」

 

 

「ああ、ちょっと待ってろ」

 

 

俺は武藤に電話する。

 

 

『もーしーもーしー?』

 

 

 

 

 

美琴の声が聞こえた。

 

 

 

 

 

「…………すいませんまじで間違えました」

 

 

み、美琴!?何で!?

 

 

『あんた、あたしには掛けてこないで……』

 

 

「そ、それには深いわけが!?」

 

 

『………心配、した…んだからぁ…』

 

 

美琴が泣き出した。

 

 

「ちょッ!?ご、ごめん!まじでごめん!!」

 

 

ガンッ!ガンッ!ガンッ!ガンッ!

 

 

俺は床に向かって何度も土下座をする。

 

 

「こ、この埋め合わせは絶対する!!何でもする!!」

 

 

『……何でも?』

 

 

「何でも!!だから許してくれ!!」

 

 

『………分かった。代わるね』

 

 

ホッ

 

 

『もしもし、武藤だ』

 

 

「轢いてやる」

 

 

『ええ!?』

 

 

おっと、やつあたりしちゃったぜ☆

 

 

『ってそんなことより神崎さんが大変だぞ!!』

 

 

「アリアなら隣にいる」

 

 

『そうか…………はぁ!?』

 

 

「実はかくかくしかじかなんだ」

 

 

『分かるか!!』

 

 

便利じゃない世の中だな。

 

 

「飛行機、ハイジャック、なんとか操縦権利ゲット、だけどミサイル飛んできた、ヘルプミー。OK?」

 

 

『何でだろう………大体分かった』

 

 

まじかよ……。

 

 

『ミサイルはどこを破壊した?』

 

 

「翼についてる内側のエンジンを二基をやられた」

 

 

『良い報告をしよう。その飛行機は最新モデルだ。内側のエンジンが破壊されても問題なく飛べる』

 

 

「じゃあ俺から悪い報告だ。こいつ、燃料漏れしてるぞ」

 

 

『なッ!?』

 

 

「そして車輪も壊れた」

 

「壊したのはあんただけどね」

 

 

心の底からごめんなさい。

 

 

『最悪な状況だな。とりあえず、羽田空港に緊急着陸してくれ。俺は羽田空港に連絡をする』

 

 

「いや、そいつは無理だ。羽田空港に緊急着陸はできない」

 

 

『……なんだと?』

 

 

「防衛なんちゃら大臣からの許可がおりないようになってる」

 

 

『チッ』

 

 

武藤は舌打ちをして、違う電話機で電話をし始めた。無駄なのに。

 

 

『大樹?』

 

 

「おお、遠山か」

 

 

武藤の代わりで遠山が電話に出た。

 

 

『大丈夫なのか?』

 

 

「正直わからん。主に俺のせいで」

 

 

『……………』

 

 

車輪を壊したのは駄目だったな。いやわざとじゃないよ?

 

「………神崎・H・アリア」

 

 

夾竹桃がアリアを呼ぶ。

 

 

「私、操縦とかできないのだけれど」

 

 

「「なぜ座った!!」」

 

 

あれ?でも車輪の壊れているかどうか分かるから……あれ?

 

 

「それじゃあ、お願いね」

 

 

夾竹桃とアリアが席を代わる。

 

 

「大樹」

 

 

「ん?」

 

 

夾竹桃が俺に何かを差し出した。

 

 

「これ使って」

 

 

「何これ?」

 

 

「毒よ」

 

 

「おい!」

 

 

「消毒液」

 

 

「あ、なるほど」

 

 

左手の怪我に塗るのか。

 

 

「サンキュー、助かるぜ」

 

 

俺はビンに入った茶色い液体を左手につける。

 

 

「ッ!!」

 

 

いっっっっっったい!!

 

 

「大丈夫?」

 

 

「あ、ああ何とか………!?」

 

 

俺は驚愕した。なんと左手の怪我が

 

 

「治ってる!!」

 

 

傷痕も無く、治っていた。元通りと言っても過言ではない。

 

 

「これも毒なのか?」

 

 

「そうよ、特殊な毒よ」

 

 

これを毒と言って良いのだろうか。いや言っていいわけがない。これ反語な。テストに出るぞー。

 

 

「……………ねぇ」

 

 

「うん?」

 

 

「何であの時助けたの?」

 

 

夾竹桃が俺に質問する。

 

 

「人助けが俺の仕事だからだ」

 

 

「………へぇ」

 

 

な、なんだその目は。や、やるのかコラァ!!

 

 

「面白いわね、あなた」

 

 

「よく言われる」

 

 

顔とか、顔とか、顔の事とか。くそッ、イケメンになりたかった。

 

 

『………大樹、忘れていないか?』

 

 

遠山の声が下に置いている携帯電話から聞こえる。うん。忘れてた。

 

 

『大樹の言うとおり羽田空港は使えなかった』

 

 

「そうだな」

 

 

『でも今、自衛隊が安全な場所に案内してくれるらしい』

 

 

俺は窓の外を見る。窓の外には戦闘機が一機が並んで飛んでいる。

 

 

「理子、アリア。誘導を無視しろ」

 

 

『おい、大樹!!』

 

 

「撃ち落とされるぞ」

 

 

『「「「なッ!?」」」』

 

 

アリア、理子、夾竹桃。そして、電話越しの人たちも驚くのが分かった。

 

 

『どういうことだ!?』

 

 

遠山が大声をあげる。

 

 

「簡単なことだ。政府は俺たちを見捨てたのさ」

 

 

『!?』

 

 

俺は隣に並んで飛んでいるジェット機を睨む。

 

 

「どこの世界に行っても政府はクズだな」

 

 

『おいッ!?もう時間が無いぞ!!どうやって着陸する!!』

 

 

俺は目を瞑り、思考する。

 

 

(車輪がでない状態での着陸は駄目だ)

 

 

機体がバラバラになる。

 

 

(コンクリートじゃない場所………)

 

 

いや、無理だ。あったとしてもほとんど使えない。

 

 

(大きな浜辺は無い)

 

 

いや、その前に着陸する時の距離が足りない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(距離が…………足りない…………)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これしかない」

 

 

俺は皆に向かって言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「水面着陸」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『な、何考えているんだ!?』

 

 

携帯電話から武藤の声がする。

 

 

「車輪が出ない状況でコンクリートに着陸するのは危険だ。だが水面なら問題ない」

 

 

『おおありに決まってるだろ!!』

 

 

武藤は叫ぶ。

 

 

『水面着陸の成功確率は低いんだぞ!?経験が全くない初心者ができるわけがない!?』

 

 

「だったら今からできるようになる」

 

 

『は?』

 

 

「理子、できるだけ多くの空港と通信を取ってくれ」

 

 

「まかせてー」

 

 

『な、何する気だ』

 

 

「繋いだよ、だいちゃん」

 

 

「よし、そいつらに水面着陸方法を一度に言わせろ」

 

 

『一度に!?お前、聖徳太子じゃないんだぞ!!』

 

 

「できる。10人…………いや」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「50でも構わない。言わせろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『「「「はああああァァァ!?」」」』

 

 

「やかましいぞ」

 

 

『50ってお前ッ!?本気で言っているのか!?』

 

 

「余裕」

 

 

完全記憶能力を使えばな。どうも、(スーパー)聖徳太子です。何この名前。全然かっこよくない……。

 

 

「よし、それじゃあ通信を繋げ」

 

 

俺はヘッドフォンを着け、聞こえてくる声を聞いた。

 

 

________________________

 

 

 

「………………ふぅ」

 

 

俺はヘッドフォンを外す。

 

終わった。前半の方はほとんどが「水面着陸とかバカじゃねぇの?」みたいなことを言われた。うるせぇよ……。

 

だが後半はしっかりと熱烈に教えてくれた。

 

 

「理子、バトンタッチだ」

 

 

俺は理子と席を代わる。

 

 

「武藤、お願いがある」

 

 

『何だ』

 

 

「着陸したときにすぐに救助できるように手配してくれ」

 

 

『……あーもう分かったよ!絶対にしくじるなよ!!』

 

 

通話が切られる。

 

 

「あー、あー、お客様。今から当機は緊急着陸をする。激しい揺れが襲いかかるのでご注意ください」

 

 

俺は機内全体にアナウンスを流す。

 

 

「それじゃあ………やるぞ」

 

 

俺の言葉にアリア、理子、夾竹桃の三人はうなずいた。

 

 

________________________

 

 

 

着陸地点である海が見えてきた。

 

 

「水面着陸する……!!」

 

 

俺は全神経を集中させる。

 

飛行機は徐々に水面に近づく。

 

 

(海は着地地点じゃない)

 

 

ザバアアアアァァァ!!

 

 

水面に機体が接触した。

 

 

(海は機体のスピードを落とすための過程に過ぎない)

 

 

飛行機の飛行スピードが徐々に落ちていく。

 

水面に着地しても沈んだら終わり。なら水面に着地したあとどこで止まるかが重要だ。

 

 

(機体を止める役割は………)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前方に海辺の砂浜が見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(砂浜だ!! )

 

 

ガタガタガンッ!!!

 

 

「きゃッ!?」

 

 

アリアが小さな悲鳴をあげる。

 

機体が大きく揺れた。今壊れても全くおかしくない揺れだ。

 

 

ドシャアアァァァ!!!

 

 

機体はそのまま浜辺に、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突っ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「止まりやがれえええええェェェ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機体は砂浜の上にのり、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やがて、止まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………は、はは」

 

 

止まった。本当に止まった。機体はしっかりと海の上ではなく、砂浜に着陸した。

 

 

「やったぜ………」

 

 

俺以外の三人は気を失っている。怪我は無いみたいだ。

 

 

「帰ってきたか………日本に」

 

 

俺は力なく笑う。変な形で帰って来たぞ日本。笑えよ。

 

外では騒がしい声がする。きっと武藤たちだ。助けに来てくれたのだろう。

 

俺は力一杯叫ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺たちはここにいる!!全員無事だ!!」

 

 




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地下倉庫で企てる者

「前回は長かったから今日は休み」そんなことはありません。


続きをどうぞ。




事件は解決した。

 

あの後はイ・ウーのメンバーである理子、夾竹桃、ジャンヌは逮捕された。

 

だが、三人は司法取引をおこない釈放された。まぁそこまで悪い奴らじゃないからいいけどな。

 

しかし、三人はアリアの母親である神崎かなえさんの冤罪を証言してくれることになった。

 

そしてかなえさんは最高裁まで年単位で延ばすことに成功した。

 

 

 

 

 

「一体何なんだ、これは?」

 

 

 

 

 

そして、何故か俺の家でパーティーが行われていた。

 

 

 

 

 

俺、美琴、アリア、遠山が居るのはまだいい。

 

武藤、白雪、レキは……まぁ良しとしよう。だが、

 

 

 

 

 

理子、夾竹桃、ジャンヌは解せぬ。

 

 

 

 

 

「てか人多い!」

 

 

俺は大声で文句を言う。

 

 

「一体何のパーティーだよ!何でこんなに人が多いんだよ!何でイ・ウーのメンバーがいるんだよおおおおォォォォ!!!」

 

 

「お、落ち着きなさいよ」

 

 

苦笑いをした美琴が俺をなだめる。

 

 

「飛行機が無事に着陸できた祝いよ」

 

 

アリアが説明する。それだけの説明じゃ納得いかんぞ!

 

 

「だから理子たちも来たの!」

 

 

「あ、もういいです結構ですー」

 

 

原因作ったのお前だろ!

 

 

「てか飯は誰が作るんだよ」

 

 

俺の発言にみんながこちらを向く。って、

 

 

「多いわ!一人で出来るか!」

 

 

「大樹」

 

 

美琴が俺を呼ぶ。

 

 

 

 

 

「何でも言うこと聞くって言ったわよね?」

 

 

 

 

 

「一生懸命やらせていただきます!!」

 

 

バッ!

 

 

俺は自衛隊のように敬礼した。

 

________________________

 

 

 

「え?アドシアードには出ないのか?」

 

 

アドシアード

 

年に一度行われる武偵高の国際競技大会のことだ。

 

 

「ああ」

 

 

「何でだよ?」

 

 

俺と遠山は俺の作った飯を食いながら話をしていた。

 

 

「いやお前ら体育の時間の俺を見ただろ?」

 

 

「「ああ、あれか……」」

 

 

遠山と武藤は遠い目をする。お、死んだ魚の目だ。

 

 

「何をやったのだ?」

 

 

ジャンヌが尋ねる。

 

 

「ちょっと暴れただけだ」

 

 

~体育の授業~

 

野球

時速300kmを越える球を投げる投手。

 

バスケットボール

ボールを貰った一秒後にはダンクシュート。

 

アメリカンフットボール

はいはい、俺と言う名の特急列車が通りまーす。

 

テニス

避けろ!死人が出るぞ!

 

バレーボール

アタックしたらボールは破裂した。

 

100m走

測定不能を叩き出した俺を越えてみせろッ!

 

サッカー

イナ◯マイレブンの必殺技を約30%以上が再現可能。

 

 

うわぁ……こいつ人間か?あ、俺だった。

 

 

「と、とにかく出ねぇよ」

 

 

そして、もう一つ理由があるからな。

 

 

「私は見たかったわね」

 

 

夾竹桃が俺を見ながら言った。

 

 

「俺が戦うところか?」

 

 

「ええ、特に近接格闘とか」

 

 

「「やめろおおおォォ!!」」

 

 

うおッ!?いきなり声を出すなよ。

 

 

「あれは人間同士の戦いじゃない………!」

 

 

「戦闘機があっても無理だ………!」

 

 

二人は震えだす。おい、戦闘機は俺でも………無理かな?

 

 

「そういえば大樹ってまだ武器持ってないの?」

 

 

アリアが俺に質問する。

 

 

「まぁな」

 

 

「いい加減持てよ……」

 

 

遠山は呆れた顔をした。

 

 

「大樹は拳銃を持っても持たなくても変わらないわよ」

 

 

美琴様、言わないで!!

 

 

 

 

 

「だって射撃テストでEランクだったもの」

 

 

 

 

 

言いやがったよ……。

 

 

「「「「「え」」」」」

 

 

その場に居る全員が驚愕した。あ、レキは全く無反応です。

 

 

「あの時、銃を構えたのは脅しだったの?」

 

 

そうです、さすが夾竹桃姉さん。よくぞ見破った。

 

 

「えー、だいちゃんかっこ悪い」

 

 

ちょっと黙ろうか、理子。

 

 

「すごいのは身体能力だけか……。筋肉バカ?」

 

 

お前も黙ろうか、遠山。

 

 

「キンちゃんは私の中では全部すごいからね」

 

 

白雪は頬を赤く染めて言う。どう殺してやろうか、リア充の遠山よ。

 

 

「ちくしょう、轢いてやる……」

 

 

武藤は遠山達を見て呟く。あ、武藤と共犯しよう。そして、全ての罪を武藤に着せよう。

 

 

「銃を持つ気は?」

 

 

「あっても無くても変わらないから要らねぇ」

 

 

アリアの質問に首を横に振って答える。

 

 

「じゃあ刀とかは持たないのか?」

 

 

遠山は提案する。

 

 

 

 

 

「…………剣はもう持たない」

 

 

 

 

 

「え?」

 

 

「それより俺は狙撃する方がいいな」

 

 

俺はレキの方を振り向く。

 

 

「レキ、今度教えてくれないか?」

 

 

コクッとレキはうなずく。

 

 

「せっかくの身体能力がもったいないわね」

 

 

夾竹桃はバカを見るような目で見てくる。

 

 

「別にいいだろ。俺がどんな武器を使っても」

 

 

「困るわよ」

 

 

アリアが言う。

 

 

「あんたはあたしのパートナー。一緒に最前線で戦いなさい」

 

 

「お断りします」

 

 

「風穴」

 

 

「やらせてください」

 

 

アリア、銃を下げて。脅迫駄目だよ。

 

 

「言っておくが俺には銃なんか必要ない」

 

 

俺は銃を人差し指でクルクル回す。

 

 

「銃弾よりはやく走れるから」

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

おい、そんな目で俺を見るな。

 

 

「もうこのことには触れないでおきましょ」

 

 

美琴の発言にみんながうなずいた。

 

 

「みんな嫌いだちくしょう!!」

 

 

俺は手元の近くにあったジュースをイッキ飲みした。ゲホッゲホッ!

 

 

________________________

 

 

「せいッ!やぁッ!たぁッ!!」

 

 

春が始まったばかりの3月下旬。綺麗な桜の木の下で一人の男の子が竹刀を持って素振りをしていた。

 

だが、普通の素振りではない。男の子は両手に二本の竹刀を持っていた。

 

彼は二刀流の練習をしていた。

 

 

「ふぅ、やっぱ疲れるな……」

 

 

少年は素振りをやめて息を整える。

 

 

「まだまだ先は長いなぁ……」

 

 

「何が長いの?」

 

 

「うわッ!?」

 

 

後ろから急に声をかけられ、びっくりする。

 

 

「ご、ごめんね!?」

 

 

「い、いや別に……!?」

 

 

男の子は驚愕した。

 

男の子に声を掛けてきたのは女の子だった。

 

しかし、女の子の友達は一杯いた。だから驚くことはあり得なかった。

 

でも、その女の子は違った。

 

 

女の子はとても綺麗だった。

 

 

可愛いと表現は正しいかもしれないが、可愛いよりも美しい方が似合う女の子だった。

黒髪のロングヘアーが風に揺られる。それだけで男の子は女の子に釘付けになる。

 

 

「え、えっと」

 

 

男の子は緊張していて上手く喋れない。

 

 

「ご、ごめんね。急に話しかけて」

 

 

「い、いや大丈夫だよ!そ、それでどうしたの?」

 

 

男の子は女の子を直視出来ない。

 

 

「えっとね、何が長いのか聞きたいの」

 

 

「え?ああ、そのことね」

 

 

男の子は両手に持った竹刀を見る。

 

 

「剣道を習っているんだ」

 

 

「え?」

 

 

女の子は竹刀を不思議そうに見る。

 

 

「剣道の試合って一本だけじゃないの?」

 

 

「うん、一本しか使えないよ」

 

 

「どうして二本も持っているの?」

 

 

男の子は二本の竹刀を持って構えを見せる。

 

 

「大人になったら二本使ってもいいんだよ」

 

 

女の子はハッとなる。

 

 

「だから長いのね、大人になるまで」

 

 

「そういうこと」

 

 

男の子は笑顔で肯定する。

 

 

「君はどうしてここに居るの?」

 

 

「私はこの近くの学校に通うことになったの」

 

 

「転入生?」

 

 

「うん」

 

 

「もしかして、多々羅(たたら)小学校?」

 

 

「え?知っているの?」

 

 

「知ってる。俺もそこに通っているから」

 

 

「ホントッ!?」

 

 

女の子は男の子の両手を握る。

 

 

「ッ!?」

 

 

男の子の顔が赤く染まる。

 

 

「何年生!?何組!?」

 

 

女の子は凄い勢いで聞いてくる。

 

 

「さ、三年一組だよ」

 

 

「同じよ!!」

 

 

「ぐぇッ!?」

 

 

今度は強く抱き締められた。

 

 

「ご、ごめんなさい!!」

 

 

「い、いや別にいいよ」

 

 

女の子は男の子から離れる。

 

 

「それじゃあよろしくな。………えっと名前は?」

 

「私は      」

 

 

「俺の名前は楢原 大樹。よろしくな     」

 

 

_________________________

 

 

 

「……………」

 

 

大樹は目を覚ました。時計は3:06。まだ夜中だ。

 

パーティーが終わり、美琴以外のみんなは帰った。

 

 

「……………何でこんな夢を」

 

 

絶対記憶能力が思い出させたのかもしれない。余計なお世話だ。

 

 

「………チッ」

 

 

大樹は舌打ちをして、再び二度寝をしようと横になる。

 

だが、結局朝まで眠ることは出来なかった。

 

 

________________________

 

 

 

アドシアード当日はあっという間に来た。パーティーが終わったあと何事も無く、平和だった。

 

そして、アドシアード当日だというのに大樹はまだ自分の部屋にいた。

 

 

「よし」

 

 

俺は拳銃に弾を入れる。

 

この銃はコルト・パイソン。回転式銃だ。

 

弾は6発しかなく、撃ったあとはリボルバーを自分で回さないと撃てないようになっている。

 

 

(でも俺が使うと最高に使える)

 

 

俺なら身体強化ですぐにリボルバーを回すことができる。そして装備科の連中に改造してもらい、とんでもない速さで撃つことができるようになった。

 

名付けるなら、ダイキフォルム!!うわッ気持ち悪そう!!………………自分で言うか普通?

 

 

ピピピピッ

 

 

「ッ!」

 

 

タブレットから何かを知らせるような音が流れる。

 

 

(やっぱり動きやがったが)

 

 

俺は拳銃を服の内側になおし、急いで部屋を出ていった。

 

 

________________________

 

 

 

東京武偵高には【3大危険地域】がある。

 

 

専門科目で一番危険な強襲科。

 

 

危険な教師の詰め所の教務科(マスターズ)

 

 

そして、地下倉庫(ジャンクシヨン)だ。

 

地下倉庫は本来の名前を柔らかく表現したもの。

 

 

 

 

 

地下倉庫とは【火薬庫】なのだ。

 

 

 

 

 

そんな場所に一人の男が訪れた。

 

男は奥に進んでいく。そして、火薬の置いてある棚の前まで行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何をしているのですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

声をかけられ男は驚愕する。声をかけた人物は

 

 

「…………楢原君ですか」

 

 

「ええ、そうですよ小夜鳴(さよなき)先生」

 

 

大樹だった。そして、男の正体は小夜鳴先生だった。

 

ブランドのスーツとネクタイを着込み、スラッとした細身で長髪の美青年。メガネのブリッジ部分を指で上にあげる。

 

 

「ここは立ち入り禁止ですよ?」

 

 

「すいません、その立ち入り禁止に怪しい人が入ったのかと思って、後をつけたんですよ」

 

 

「そうだったんですか。申し訳ない、誤解させてしまって」

 

 

「いえ、先生だと分かってよかったです」

 

 

大樹は棚を見る。

 

 

「先生は何をしていたんですか?こんな場所で」

 

 

「研究で少し火薬が必要でしたので取りに来たのです」

 

 

「そうだったんですか」

 

 

大樹は服の内側から、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで一体どこを爆発させる気だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カチャッ

 

 

大樹は拳銃コルト・パイソンを取り出した。拳銃の銃口を小夜鳴に向ける。

 

 

「な、何のことですか!?銃を下ろしなさい!!」

 

 

「とぼけんじゃねよ、小夜鳴。いや」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ブラド」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

小夜鳴は目を見開き、驚愕した。

 

 

「芝居はもうやめろ。全部バレてる」

 

 

「……………」

 

 

小夜鳴はしばらく黙っていた。だが、

 

 

「なるほど、さすがですね」

 

 

小夜鳴は参ったかのように両手を広げる。

 

 

「リュパン4世を倒しただけのことはあります」

 

 

「……………」

 

 

大樹は黙って小夜鳴の言葉を聞く。

 

 

「君の遺伝子が欲しくなりましたよ」

 

 

「ハッ、気持ち悪いこと言ってんじゃねぇよ」

 

 

大樹は鼻で笑い、睨み付ける。

 

 

「遺伝子がそんなに大切かよ、遺伝子中毒者が」

 

 

「大切に決まっているじゃないですか。有能な遺伝子を持てば持つほど優れた人材になるのですから」

 

 

小夜鳴は大樹の言葉に即答する。

 

 

「無能な遺伝子が集まったらその人間は無能になります。そう、リュパン4世のようにね」

 

 

ギリッ

 

 

大樹は歯に力を入れる。気に食わない。

 

 

「それ以上理子を悪く言うなよクソ野郎」

 

 

大樹は拳銃を小夜鳴の顔に標準を定める。

 

 

「今のお前は吸血鬼になれない。諦めろ」

 

 

「おや?何か勘違いしてませんか?」

 

 

「勘違いだと?」

 

 

大樹は小夜鳴の余裕の表情を見てイラつく。

 

 

「楢原君は御坂さんを知っていますかね?」

 

 

「ッ!?」

 

 

何故ここで美琴の名前が出るのか大樹には分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「彼女のDNAはとても素晴らしかったですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、何言ってるんだ……」

 

 

大樹の手が震える。嫌なビジョンが頭をよぎっている。

 

小夜鳴はポケットから赤い液体の入った注射器をだした。

 

 

「この液体は彼をすぐに呼ぶことができるとても優れたものです。私が改良して開発しました」

 

 

小夜鳴は悪魔のような笑みをうかべて、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この液体は彼女の血が入っています」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なッ!?」

 

 

「彼女のおかげで私はいつでも彼を呼ぶことが可能になったんですよ」

 

 

小夜鳴は不気味に笑う。

 

 

(……………最悪だ)

 

 

大樹は【妹達】を思い出す。

 

 

(また………美琴は……………DNAを……………)

 

 

大樹は銃を持っていない左手を強く握る。

 

 

(こんなことに使われたのかよ………!!)

 

 

「彼女には感謝していますよ。健康診断とか嘘を言ってみたら、簡単に血をくれましたよ」

 

 

小夜鳴は首に注射器を打つ。

 

 

「さぁ彼の登場だ」

 

 

ビリビリッ

 

 

小夜鳴の着ていたスーツは破けていき、獣のような黒い毛が出てきた。みるみると体は大きくなっていき、

 

 

 

 

 

バケモノが現れた。

 

 

 

 

 

 

「よお、お前が楢原か」

 

 

身長は二、三メートルのある獣。ブラドは大樹を見る。上半身には3つの目玉模様がある。

 

「俺がブラドだ」

 

 

ブラドは後ろについた翼を広げる。

 

 

「お前のことは小夜鳴から聞いてる。なんでも4世を倒したそうじゃねぇか」

 

 

大樹は何も答えない。

 

 

「まぁあの欠陥品は使えないからな。だけどお前の遺伝子は使えそうだな?」

 

 

ブラドは持っていた注射器を横に投げ捨てる。

 

 

「お前の遺伝子を俺によこせ、楢原」

 

 

大樹は拳銃を服の内側になおす。

 

 

「なんだ?もしかして遺伝子をくれるのか?」

 

 

「ゆるさねぇ…………」

 

 

大樹は小さく呟く。

 

 

「あぁ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前は絶対に殺すッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大樹は音速のスピードでブラドに飛びかかった。

 

 

 




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強者を喰らう者

続きです。


ドガッ!!!

 

 

「がッ!?」

 

 

二メートルは越えている巨体が背後にあった棚を倒しながら吹っ飛ぶ。

 

大樹は怒りにまかせてブラドを殴っていた。

 

 

「図に乗るなッ!!」

 

ブラドはすぐに立ち上がり、大樹に向かって右手で殴る。

 

 

ドゴッ!!!

 

 

「!?」

 

 

ブラドは驚愕する。

 

大樹は右手を前に出すだけでブラドの攻撃を受け止めた。

 

 

「クソッ!!」

 

 

次にブラドは反対の手。左手で大樹を殴る。だが、

 

 

バキッ!!

 

 

「ガッ!?」

 

 

左手は上に90°に曲がって折れた。

 

大樹は左足で蹴りあげた。ただそれだけでブラドの腕を折った。

 

 

バキバキッ!!

 

 

だが、ブラドの腕は嫌な音を立てながら元に戻る。

 

 

「おい」

 

 

大樹はブラドを呼ぶ。

 

 

「今から実験でもしようぜ?」

 

 

「じ、実験だと?」

 

 

ブラドは恐れていた。この男を。

 

 

 

 

 

「ああ、今からお前をどんなにぐちゃぐちゃにしても再生できるかどうかの実験だ」

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

ブラドは後ろに下がる。 大樹から溢れるどす黒い殺意がブラドを襲う。

 

黒い瞳は全てを飲み込んでしまうようなドス黒い色をしていた。

 

 

(なんなんだよ、こいつは!?)

 

 

ブラドには再生能力がある。銃弾を何発当てられても一秒後には回復し、元通りになる。

 

だが弱点がある。それは目玉模様が描かれた場所にある4つの魔臓を同時に破壊すること。

 

そうでもしない限り、ブラドは無敵だ。だが

 

ブラドは大樹には勝てない。ブラドの体がそう訴えている。 脳が伝えている。

 

 

「覚悟しろよ、駄犬がああああァァァ!!!!」

 

 

大樹は音速のスピードでブラドに近づく。

 

 

ドゴッ!!

 

 

「グハッ!?」

 

 

ブラドの腹部に強い衝撃が襲いかかった。あまりの衝撃の強さに体内の空気が一気に吐き出される。

 

 

ドンッ!!

 

 

そして、背後の壁に激突する。

 

ブラドは前から倒れる。

 

「立てよ」

 

 

大樹はブラドの目の前まで来る。

 

 

「早く立てよ」

 

 

大樹はブラドの頭を掴み、持ち上げる。

 

 

「グッ!!」

 

 

「何で美琴の血がお前なんかに流れるんだ」

 

 

ブラドは答えない。

 

 

「何で美琴のDNAを悪用するんだ」

 

 

大樹は叫ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何でお前らみたいなクソ野郎に美琴の血を悪用されなきゃならねぇんだよッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドゴオオオオオォォォンッ!!!!

 

 

大樹はブラドを地面に叩きつけた。大きな音が響き渡り、地面にはクレーターが出来た。

 

 

「ッ!?」

 

 

ブラドの顔に痛みが走る。ブラドの無限回復は痛覚までは消すことは出来ていなかった。

 

 

「ッ!!」

 

 

ドゴッ!!

 

 

地面に倒れているブラドを蹴り飛ばした。

 

 

「まだ終わらねぇよ」

 

 

大樹はブラドをゴミでもみるような目で見下す。

 

 

 

 

 

「お前は殺す」

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

ブラドは急いでその場から立ち上がり、後ろに下がる。

 

 

「グオオオオオォォォォ!!!!」

 

 

ブラドは凄まじい雄叫びをあげる。

 

 

「この程度で倒せると思うなあああァァ!!!」

 

 

バチバチッ!!

 

 

「ッ!?」

 

 

大樹はブラドの電気に驚愕した。そしてブラドの体から青い電撃が大樹に向かって飛ばされる。

 

 

「ッ!?」

 

 

ブラドはそこで気付いた。大樹を倒すことだけを考えていたせいで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここは火薬庫であることを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、もう遅かった。

 

 

火薬庫は大爆発した。

 

 

 

 

________________________

 

 

 

 

「ガハッ!」

 

 

ブラドはそれでも生きていた。体の上に乗った瓦礫をどける。

 

地下倉庫は完全に大破した。地下から這い上がり、ブラドの体は太陽に照らされる。だが太陽に当たっても克服しているので全く痛くも痒くもなかった。

 

 

「ッ」

 

 

大樹の姿は見えない。

 

 

「………ゲゥゥウアバババハハハハ!!」

 

 

ブラドは大声で笑った。

 

 

「人間はやっぱりもろいものだな!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うるせぇよ駄犬」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

ブラドの後ろから聞き覚えのある声が掛けられた。ブラドは恐る恐る振り返る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこには全くの無傷の大樹がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

________________________

 

 

 

「なッ!?」

 

 

ブラドは俺の姿を見て驚く。

 

俺が無傷なのは単純。

 

 

 

 

 

入り口まで音速のスピードで逃げた。ただそれだけ。

 

 

 

 

 

ブラドと戦う前に、俺は一度ここに訪れた。そしてこの地下倉庫を全てを把握しておいた。絶対記憶能力を使って。

 

そして、爆発と同時に入り口まで音速のスピードで逃げた。ただそれだけだ。

 

 

「あの爆発でもよくお互いに生きていたな、ブラド」

 

 

だが、俺は爆発の中でも無傷だったという演出をしている。

 

ブラドは動けない。まるで金縛りにあったかのように。

 

 

「それよりも俺は気になることがあるんだが……」

 

 

大樹はブラドに向かって歩きだす。

 

 

「お前、何で美琴の能力使えるんだよ」

 

 

ブラドは大樹が近づくたびに後ろに下がる。

 

彼から溢れ出る恐怖のオーラ。それが怖くて仕方なかった。

 

 

「俺たちを舐めているのか?本当にバカな奴だな」

 

 

大樹は服の内側から銃を取り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いい加減にしやがれええええェェェ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガッガッガッガキュンッ!!!!

 

 

「うぐッ!?」

 

大樹は撃った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目玉模様がある右肩、左肩、右脇腹。そして口の中にある舌を撃ち抜いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何故射撃テストでEランクなのに銃弾が弱点の目玉模様に当たったのか。

 

 

大樹はデリンジャーを使ったのだ。

 

 

デリンジャーとは狙って撃つのではなく、対象物に押しつけて撃つ技だ。

 

この技ならどんなに下手でも当てることができる。

 

 

 

 

 

大樹は音速のスピードでこれを一秒間で四回行った。

 

 

 

 

 

「う、うぐゥ…………」

 

 

弱点を撃たれたブラドは倒れた。太陽の光がブラドの体を焼く。

 

 

ドゴッ!!

 

 

「ぐふッ!?」

 

 

ブラドは大樹に蹴り飛ばされた。

 

 

「まだ終わらねぇって言ってるだろ」

 

 

大樹は銃をブラドの頭に押しつける。

 

 

「…………………ッ」

 

 

ブラドは何も喋れない。死がそこまで迫っている恐怖で。

 

 

「言っただろ」

 

 

大樹はトリガーに手をかける。

 

 

「絶対に殺すって」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『やめて!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガキュンッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

銃弾はブラドを外した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

大樹の頭の中で、あの女の子の声が響いた。

 

それに驚いて銃口をずらしてしまった。

 

 

「……………」

 

 

大樹は自分の拳銃を見る。

 

 

「お、俺は………!!」

 

 

冷静になった瞬間、状況が分かり、体が震えだした。

 

 

殺そうとした。命を奪おうとしていた。

 

 

そのことに今さら気付いた。

 

 

「ッ!」

 

 

大樹は拳銃を強く握り締め、再びブラドに銃口を向ける。

 

 

「……………どこだ」

 

 

大樹はブラドを睨み付けたまま言う。

 

 

「理子のペンダントはどこだ」

 

 

「……………」

 

 

ブラドは答えない。

 

 

「死にたいなら死なせてやるぞ」

 

 

「……………」

 

 

ブラドはズボンのポケットから青く輝いた十字架をゆっくりと取り出した。

 

大樹はそれを取り上げる。だが、

 

 

 

 

 

「ガアアアアアァァァ!!!!」

 

 

 

 

 

バチバチッ!!!

 

 

ブラドは最後の力を振り絞って、電気を大樹に流した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで満足か?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!?」

 

 

大樹には全く効いていなかった。

 

ブラドをゴミのように見下した大樹の瞳がブラドを映す。真っ黒い瞳が。

 

 

ゴスッ!!

 

 

「ガッ!?」

 

 

大樹はブラドの頭を蹴りあげた。そのまま後ろに倒れ、動かなくなった。ブラドはもう戦えない。

 

 

「……………クソが」

 

 

大樹は吐き捨てる。

 

 

 

 

 

「もう忘れたいんだよ…!」

 

 

 

 

 

大樹の脳裏には、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

頭から血を流した女の子を思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちくしょう………!!」

 

 

大樹はその場で膝をついて、震える腕を憎らしげに見つめた。

 

 

________________________

 

 

 

爆発事故。

 

俺とブラドの戦いは俺のミスで引き起こった事故として扱われた。そしてその後は教務科が駆けつけて来た。ブラドのことを話すと、教務科は事件について一切の他言無用をするように言った。

 

 

だが、美琴たちにはすぐにバレるだろう。

 

 

俺は事件のことを尋問科にいろいろと聞かれた後、帰宅していた。現在の時刻は午後8:00だ。

 

 

「はぁ………」

 

 

俺は正直今日は帰りたくなかった。ブラドの戦いのあとはテンションがどうしてもあげれなかった。

 

俺は部屋の前まで行く。

 

 

(いつも通り、いつも通り)

 

 

そう言い聞かせ、ドアを開けた。

 

 

「ただいまー」

 

 

 

 

 

ガッガキュンッ!!ダンッ!!ガキュン!!

ガガガガッ!!ドゴンッ!!

 

 

 

 

 

「ぎゃああああァァァッ!?」

 

 

ドアを開けた瞬間、一斉に射撃された。

 

「何すんだこの野郎!!」

 

 

「「「大樹!!」」」

 

 

「うぐッ!?」

 

 

美琴とアリアと理子に突進された。いや抱きつかれた?

 

 

「ど、どうしたんだよ!?」

 

 

「大樹のバカ………」

 

 

美琴の震えた声が聞こえる。

 

 

「あんた、何で一人で戦ったのよ……」

 

 

「……………」

 

 

俺はその質問に答えれない。

 

 

「ママの冤罪が証明されたことは感謝するわ」

 

 

アリアは俺の服を強く掴む。

 

 

「でも一人で戦わないで!!」

 

 

アリアが大声をあげる。

 

 

「悪い……」

 

 

もう知っていたのか。

 

 

「もう次からはしないよ」

 

 

俺は美琴とアリアに約束した。

 

 

「だいちゃんは理子に約束してくれたね」

 

 

理子は涙を流しながら言う。

 

 

「ありが、とう……!」

 

 

「理子……」

 

 

俺はポケットからペンダントを取り出す。

 

 

「ほら、もう泣くな」

 

 

「ッ!?」

 

 

俺は理子の首にペンダントをつけてあげる。

 

 

「だいちゃん!!」

 

 

ゴッ!!

 

 

「うぐッ!?」

 

 

理子が再び抱きつき、押し倒された。そして、地面に後頭部を強打。

 

 

「ちくしょう………裏切り者……」

 

 

玄関から武藤の声が聞こえた。玄関では武藤、遠山、白雪、レキ、夾竹桃、ジャンヌの昨日のメンバーがいた。

 

 

「見てたのかよ……」

 

 

てかお前ら、さっき撃ったな?手に銃を持っているし。

 

 

「何で抱きつかれてるか知らねぇけど後で轢いてやる」

 

 

あ、武藤だけブラドのことを知らないんだ。やーい仲間外れざまぁ。

 

 

「轢いてみろよ。返り討ちにしてやる」

 

 

「ごめんなさい」

 

 

武藤はすぐに謝った。おい、それは俺が本当に返り討ち出来ると思ってるのか?………できるけど。

 

 

「……………」

 

 

「ん?」

 

 

夾竹桃がこちらに近づき

 

 

「足元がすべったわ」

 

 

そんなことを言って、俺に向かって転けた。いや抱きついてきた!?

 

 

「ちょッ!?」

 

 

これで合計四人が俺に抱きついているハーレム状態が完成。

 

 

「ちょっとあんたたち離れなさいよ!」

 

 

「あたしのパートナーに何すんのよ!」

 

 

「だいちゃんは理子のモノだもんねー」

 

 

「あなたにそういう権利は無いわ」

 

 

修羅場が降臨。

 

遠山とジャンヌは苦笑い。レキは無表情。白雪は遠山を見て、抱きつこうか悩んでいる。武藤は……あれだ。

 

俺は四人に向かって、

 

 

「お前ら!!少しは落ち着けえええェェェ!!」

 

 

俺の声がマンションに響いた。

 

そして、俺のどんよりしていた心はいつの間にか消えていた。

 

 




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危険な緊急任務

続きです。


通学路に二つの人影があった。

 

 

「おはよう、大樹」

 

 

「おはよう、   」

 

 

俺と   は一緒に登校していた。

 

 

「今日の放課後も部活するの?」

 

 

「まぁな。もうすぐ三年生最後の大会だからな」

 

 

「大丈夫なの?」

 

 

   は心配そうな顔をする。

 

 

「ほっとけばいいんだよ、あんな奴ら」

 

 

きっと部活で俺をいじめる奴らのことを言っているんだろう。

 

 

「きっと俺の二刀流に嫉妬してるんだよ」

 

 

「えー」

 

 

「えー、その返しは無いわー」

 

 

そう言って二人は一緒に笑った。

 

 

「それに俺はもう二刀流に関しては師範代と同等とに戦えるしな」

 

 

「それだけはすごいんだよね」

 

 

「それだけってどういう意味だよ」

 

 

「私がいないと勉強できないとか」

 

 

「うッ」

 

 

俺は目をそらす。

 

 

「別に私は大樹といられるから良いけどね」

 

 

「は?何か言ったか?」

 

 

「内緒よ」

 

 

   は上機嫌になった。

 

 

「応援してるからね」

 

 

「ん?」

 

 

「剣道の大会」

 

 

「ああ、優勝してきてやるよ」

 

 

俺は   と約束をした。

 

 

 

________________________

 

 

 

「………………ッ!!」

 

 

最悪の夢から目が覚めた。

 

 

「はぁ…、はぁ…、はぁ…」

 

 

背中には汗をビッショリかいており、息が苦しい。

 

頭が何度も殴られたような痛みが襲い掛かって来る。

 

 

「もうやめろよ………!」

 

 

俺は頭を抱え込み、夢を見ないように朝まで起き続けることにした。

 

しかし、この苦しみは全くなくならなかった。

 

 

 

________________________

 

 

 

「んなッ!!」

 

 

キンジは掲示板に貼られた紙を見て、驚きの声をあげる。

 

 

2年A組 遠山 金次 

 

専門科目(探偵科) 1,9単位不足

 

 

「アッハハハ!!来年は俺の後輩だな!!」

 

 

隣では大樹が手を叩いて大笑いしている。

 

 

「あんたもよ」

 

 

「HA?」

 

 

美琴はそう言って遠山の字が書かれてる下を指差す。

 

 

2年A組 楢原 大樹

 

専門科目(強襲科) 1,7単位不足

 

 

「なんだとッ!?」

 

 

ば、バカな!?俺が留年だと!

 

 

「本当にバカね、あんたたち」

 

 

アリアは俺たちを見て、ため息をつく。

 

 

「ハッ、緊急任務(クエスト・ブースト)があった!!」

 

 

キンジは急いで隣にある掲示板に移動する。

 

 

「………これだ!!」

 

 

 

カジノ「ピラミディオン台場」

 

私服警備

 

必要生徒数 4~6名(女子を推奨)

 

被服の支給有り

 

1,9単位

 

 

 

「大樹!」

 

 

「断る」

 

 

「まだ何も言ってないぞ!?」

 

 

どうせ『一緒にやろうぜ!』って言うんだろ。

 

 

「俺はこれを受けるからな」

 

 

俺は受ける緊急任務を指差す。

 

 

 

ホスト店「きらら」

 

接客をする

 

必要生徒数 1名のみ(男子生徒のみ)

 

1,7単位

 

 

 

「労働時間は三時間。女と話をするだけの簡単な仕事だ。いいだろ?」

 

 

ドヤァと俺はみんなに見せつける。

 

 

「それは止めておいたいいぞ、大樹」

 

 

「は?なんでだよ」

 

 

あれ?遠山、何でそんなに嫌な顔をするんだ。

 

 

 

 

 

「そこの店、男しか出入りしない店だぞ」

 

 

 

 

 

「一緒にカジノの警備やらせてください」

 

 

何でこんなもの緊急任務にあるんだよ!!

 

 

________________________

 

 

 

「このチョコカツカレーパンください」

 

 

「はいよ」

 

 

俺は強襲科の授業をさぼって購買に来ていた。てか何だこのパン。超不味そう。

 

 

「み、見た目が悪いだけだよな」

 

 

そして一口食べる。

 

 

「ノーデリシャス」

 

 

不味い!!絶対にチョコ要らねぇ!!

 

 

『大樹、メールが来たわよ』

 

 

携帯電話から美琴の声がメールを知らせる。ふははは、いいだろ?美琴の着信ボイスだ!土下座して頼んだかいがあったぜ!

 

 

「美琴からか」

 

 

俺はメールを開く。

 

 

 

 

 

『アリアが決闘をしている』

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

俺は不味いパンを急いで全部食べて、強襲科に向かった。

 

 

________________________

 

 

 

 

「それじゃあ、始めましょう」

 

 

「……………」

 

 

女の子は銃も持たず構える。そして、アリアは銃を両手に持ち構える。

 

十分前に目の前にいる女の子に札幌武偵高(サツコウ)の女子生徒にアリアは決闘を申し込まれた。

 

断る理由も無かったため、受けることにした。

 

美琴はアリアを心配していたが、大丈夫だと伝えて納得させた。

 

 

ざわざわッ

 

 

強襲科の生徒がギャラリーとして見学している。もちろん美琴も見ている。

 

 

「始めッ!!」

 

 

強襲科の蘭豹(らんびょう)先生が合図する。

 

 

ガッガキュンッ!!

 

 

と同時にアリアは二発の銃弾を撃つ。だが

 

 

パッパンッ!!

 

 

ガッガキンッ!!

 

 

「ッ!?」

 

 

銃弾は何かに当たり、軌道をそらされた。

 

 

(まさか今の一瞬で銃を撃ったというの!?)

 

 

アリアは女の子の早撃ちに驚愕する。しかし驚きは顔には出さないようにする。

 

 

「………【ピースメーカー】ね」

 

 

「よく分かったわね。私の銃はコルトS A A(シングルアクションアーミー)。通称は平和の作り手(ピースメーカー)

 

 

アリアは銃をなおし、背中から二本の刀をとる。

 

 

「でもどうして分かったの?」

 

 

「あたしには銃声とマズルフラッシュで分かるわ」

 

 

女の子は目を細めて小さな声で言う。

 

 

「そう。さすがはホームズ卿の曾孫ね」

 

 

「ッ!」

 

 

アリアは女の子に向かって跳びかかり、刀を振るう。

 

 

「遅いわ」

 

 

パンッ!!

 

 

「うあッ!?」

 

 

アリアの体に痛みがはしった。被弾した。

 

 

「アリアッ!!」

 

 

美琴が名前を呼ぶのが聞こえる。

 

 

(銃が見えない!?)

 

 

どんなに目をこらしていても見えなかった。見えたのはマズルフラッシュだけ。

 

 

ざわざわッ

 

 

ギャラリーが今の戦いを見てざわつく。

 

 

「どうなってんだこれ!?」

 

 

「弾が見えなかったぞ!」

 

 

「札幌武偵高にあんなすげぇ女子が居たのか!」

 

 

アリアは撃たれたと同時に隅っこに飛んでいった刀を見る。

 

取りに行くのは駄目だと判断し、アリアは2つの銃を再び両手に持つ。

 

 

「神崎・H・アリア」

 

 

女の子はアリアの名前を呼ぶ。

 

 

「もうちょっとあなたを見せてごらん」

 

 

パンッ!!

 

 

右前方が光り、銃声がなった。

 

 

ガキンッ!!

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

その場にいた全員が驚いた。

 

 

アリアと女の子の間には、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

右手に銃を持った大樹がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………」

 

 

大樹は無言で女の子を睨み付けた。

 

 

________________________

 

 

【大樹視点】

 

 

「あなた………楢原 大樹ね」

 

 

「ああ」

 

 

俺は女の子の質問を肯定する。こいつは、

 

 

 

 

 

カナだ。

 

 

 

 

 

俺もよくわからないがカナは遠山の兄貴、遠山 金一(きんいち)でもあるらしい。

 

 

「あなた………今銃弾を叩き落としたわね」

 

 

そう、大樹はカナが撃った銃弾を自分の拳銃に当てて叩き落とした。

 

 

「楢原ァ!!てめぇ授業サボった癖に授業妨害してるんじゃねぇ!!」

 

 

蘭豹は大樹に叫ぶ。

 

 

「うるせぇなッ!!!ちょっと黙ってろッ!!!」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

大樹のキレた叫び声に蘭豹だけでなく、ギャラリーの生徒も恐怖を感じた。

 

 

「おい」

 

 

俺はカナに銃を向ける。

 

 

「一秒であの世にご案内させてもいいが?」

 

 

大樹はカナを脅す。

 

 

「……………」

 

 

カナはしばらく黙っていたが、

 

 

「分かったわ、ここは一旦引くわ」

 

 

そう言ってカナは後ろを向き、この場から立ち去った。

 

「大丈夫か、アリア」

 

 

俺はカナが立ち去ったのを確認して、アリアのもとに駆けつける。

 

 

「大樹………あんた」

 

 

「分かってる。決闘の邪魔をして悪かったと思ってる。」

 

 

俺はアリアが怪我をしていないか確かめる。防弾服を着ていても強い衝撃がくる。

 

 

「アリア!!」

 

 

美琴がこちらに駆け寄ってきた。

 

 

「美琴も聞いてほしい」

 

 

俺は美琴とアリアに言う。

 

 

「俺は大切な人が傷つくのは見たくない」

 

 

俺はアリアと美琴の手を握る。

 

 

「二人を傷つけるモノは俺が全部潰す。そして、一生守ってやるからな」

 

 

「「い、一生!?」」

 

 

ボッとアリアと美琴の顔が赤くなる。

 

 

「そ、そそそうね、頼りにしてるわ!」

 

 

「ちゃ、ちゃちゃちゃんと守りなさいよ!」

 

 

「おう、任せろ」

 

 

俺は笑顔で二人にそう言った。

 

 

________________________

 

 

 

【キンジ視点】

 

 

「カナ!!」

 

 

俺は強襲科から出てきた兄さん。いや、カナを呼ぶ。

 

 

「キンジ?」

 

 

カナは俺のいる方を振り向く。

 

 

「昨日は大丈夫だった?」

 

 

「あ、ああ」

 

 

やっぱり夢じゃなかったんだ。

 

昨日の夕方、空き地島で俺はカナに言われた。

 

 

 

 

 

「これから一緒にアリアを殺しましょう」

 

 

 

 

 

もちろん断った。そんなこと出来るわけがない。

 

俺はカナを止めようと戦った。だが負けた。

 

カナの攻撃で空き地島の風力発電のプロペラから落とされ、気を失った。

 

 

「あの後、私のワイヤーで釣り上げて、気絶しているあなたを部屋まで運んだのよ」

 

 

「……………そうかよ」

 

 

「ほんと昔っから手が掛かる子」

 

 

カナは俺に微笑む。

 

 

(やっぱりカナの中では俺はいつまでたっても子供なんだな)

 

 

俺は口をへの字に曲げた。

 

 

「私これからホテルに帰るわね」

 

 

「………その後はアリアを殺すのか」

 

 

「殺さないわ」

 

 

「え?」

 

 

「楢原 大樹………面白い子ね」

 

 

カナが何を言っているのか分からなかった。

 

 

「キンジ、もうアリア達に関わるのはやめなさい」

 

 

カナは歩いていく。しかし俺は追いかけない。

 

 

「あなたを危険にさらしたくない」

 

 

そう言ってカナは帰っていった。

 

 

「……なんだよそれ」

 

 

痛くなるほど手に力を入れる。

 

 

「半年も失踪しておいて……いきなり何だよ…!!」

 

 

俺の震えた声は、誰の耳にも届かなかった。

 

 

________________________

 

 

 

【大樹視点】

 

 

「ここは……?」

 

 

いや、見たことあるな。

 

 

「ワシじゃよ」

 

 

「シャアアアアアァァァ!!!」

 

 

ゴスッ!!

 

 

「危ないやつじゃの」

 

 

「いってえええェェェ!!!」

 

 

神に飛びかかったら返り討ちにされた。頭が割れる!!

 

 

「よくも……よくもだましたなああああァァァ!!」

 

 

「何がじゃ」

 

 

「決まってるだろ!俺を二回も空から落としやがって!美琴と俺の扱いが違いすぎるんだよ!!」

 

 

「まぁそんなどうでもいいことは置いといて」

 

 

「どうでもいい!?置くの!?」

 

 

うわッ!神って残酷!

 

 

「一週間後に転生じゃ」

 

 

「分かった。その時にお前を倒すわ」

 

 

「めんどくさいのう……」

 

 

はは、絶対潰す。

 

 

「ところでクソ駄神」

 

 

「もっと悪くなったのう」

 

 

「転生特典の返却は可能か?」

 

 

「………一度渡したものは無理じゃのう」

 

 

「………そうか。じゃあ一週間後な」

 

 

そこで俺は目を覚ました。

 

 

________________________

 

 

 

 

「ストレートフラッシュ」

 

 

「ぐッ」

 

 

ざわざわッ

 

 

対戦相手はどっかの金持ちのオッサンは顔を歪める。まわりの客たちは俺のカードを見てざわめいていた。

 

俺は公営カジノの警備をやっている。遊びながら。

 

 

「なにやってるんだ、大樹」

 

 

遠山がこちらの様子を見に来たようだ。

 

 

「社長狩り」

 

 

「やめろ。今すぐやめろ」

 

 

チッ、あと一人で5人目だったのに。

 

俺と遠山はその場から立ち去る。

 

 

「大樹はトランプ得意なのか?」

 

 

「まぁな」

 

 

真剣衰弱とか絶対に負ける気がしない。

 

俺は遠山からジュースを貰い一緒に飲む。

 

 

「この金どうしよう」

 

 

「いくらあるんだ?」

 

 

「1億」

 

 

「ぶふッ!!」

 

 

「うわッ!?汚なッ!?」

 

 

キンジは大樹に向かってジュースを吹き出した。

 

 

「何やってるんだよ!!返してこい!!」

 

 

「よし、ゴミ箱にシュート」

 

 

「おい!?」

 

 

返すのがめんどくさいです。

 

 

「まじでやったよこいつ……」

 

 

「あ、美琴たちじゃん」

 

 

俺の前から4人の女の子がこちらに来た。

 

4人の内、3人はバニーガールだが、レキは金ボタンのチョッキを着ていた。

 

 

「くッ、俺はカメラを持ってこなかったことを一生後悔するだろう」

 

 

楢原、一生の不覚……!

 

 

「何やってんのよ、あんた」

 

 

四つん這いで悲しんでる俺に美琴が話しかける。

 

 

「キンジ、大樹はどうしたの」

 

 

「え、いやー、その」

 

 

アリアに聞かれたキンジは答えようにも答えられなかった。

 

 

「はッ!?」

 

 

俺は気付く。

 

 

「携帯電話があった!!」

 

 

俺は携帯電話を開けて

 

 

「二人とも写真をとらせ

 

 

グサッ

 

グサッ

 

 

「バルスッ!?」

 

美琴とアリアの頭についているウサ耳の先端で俺の両目が潰された。

 

 

「き、キンちゃん、この衣装どうかな……」

 

 

「ど、どうって言われても…」

 

 

「美琴、そのウサ耳を少し貸してくれ」

 

 

俺は美琴のウサ耳を手に持ち、

 

 

グサッ

 

 

「うぐおッ!?」

 

 

「キンちゃん!?」

 

 

遠山の目を突いた。リア充よ、滅べ。

 

 

「キンちゃんをいじめちゃだめ!!」

 

 

グサッ

 

 

「ぐあああああァァァ!!!」

 

 

白雪にもやられた。しかもさっきより威力が強い。もう失明しそう。

 

 

「みなさん」

 

 

レキが皆に呼び掛ける。

 

 

「よくない風が吹き込んでいます」

 

 

レキはバーのカウンターに走り、中に飛び込む。

 

 

「レキ?」

 

 

キンジはレキが飛び込んだバーのカウンターに行くと。

 

 

ガシャンッ!!

 

 

ドラグノフ狙撃銃を構えた。

 

 

「「「「!?」」」」

 

 

「え、何?何が起きてるの?」

 

 

美琴、アリア、遠山、白雪の4人はレキの様子を見て、事件が起きたと察した。大樹は未だに涙が止まらないせいで状況が把握できない。

 

 

ガキュンッ!!

 

 

ドゴンッ!!

 

 

フードを被った人間の頭に当たった。

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

だがそいつは人間じゃなかった。

 

全身が真っ黒の体をしており、腰に茶色い布を巻きつけているだけの姿。

 

 

そして頭が犬だった。

 

 

犬男がいた。

 

 

「みんな逃げろッ!!」

 

 

遠山は客に向かって叫ぶ 。

 

 

カジノは一瞬でパニックになった。

 

 

 

 

 

「え!?マジで何が起きてるんだよ!?」

 

 

 

 

 

大樹の目はまだ回復していない。

 




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イカサマされた盤上

続きです。


「な、なんだこれ……」

 

 

あ…ありのまま今起こった事を話すぜ! 俺は美琴とアリアと白雪の頭についてるウサ耳の先端で俺の目に突き刺さし、しばらく目を開けれなかったんだ。だが次に目を開けた瞬間、

 

 

 

 

 

人間と真っ黒な犬男の戦いが繰り広げられていたんだぜ!

 

 

 

 

 

マジです。いや何あの黒いの。あ、パ◯ドラで見たことあるわ。アヌビス?だっけ。

 

 

「気をつけろ!!10コンボすると攻撃力が10倍になるぞ!!」

 

 

「何言ってるんだお前!?」

 

 

遠山は驚愕する。あ、パ◯ドラ関係ないか。

 

 

「大樹さん、頭を借ります」

 

 

「はぁ!?肩をつか

 

 

ガキュンッ!!

 

 

「えぐッ!?」

 

 

頭に強い衝撃が襲いかかり、舌を噛む。レキさん……ひどい……。

 

俺の頭を使って狙撃した銃弾は犬男の額に当たり、後ろに倒れる。

 

 

「今よ!!」

 

 

ガッガキュンッ!!ガキュンッ!!

 

バチバチッ!!

 

 

アリアの合図でアリアと遠山は射撃。美琴は電撃を飛ばした。

 

そして、犬男に命中する。

 

 

 

 

 

だが、サァッと犬男は黒い砂になった。

 

 

 

 

 

「ど、どういう事だよッ………!」

 

 

遠山は不可解な現象にイラつく。アリアと美琴の表情も険しかった。

 

 

「あれは?」

 

 

俺は砂になった犬男を見る。

 

 

カサッ

 

 

砂の中から黒いコガネムシが出てきた。

 

 

「皆、あの虫に触れちゃダメ!!呪われちゃう!!」

 

 

白雪が叫んで呼び掛ける。

 

 

「はぁ?ただの虫じゃないか」

 

 

「いいから無視しようぜ。虫だけに」

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

そんな目で見ないでぇ!!

 

俺がアホな発言をしている間に、虫は逃げるように窓から外へ逃げて行った。

 

 

「終わりか?」

 

 

「まだです」

 

 

遠山の答えをレキは否定する。レキは天井に向かって銃を構える。

 

 

「………!?」

 

 

遠山は天井を見て驚愕する。

 

 

 

 

 

天井には先程と同じような犬男がウジャウジャと何十人も張り付いていた。

 

 

 

 

 

「き、気持ち悪ッ……!!」

 

 

俺は思ったことをそのまま口にする。やべぇ………あれとは戦いたくない。

 

 

「もう、何なのよ……」

 

 

美琴があまりの気持ち悪さに少し泣きそうになっていた。……………ブチッ。

 

 

 

 

 

「てめぇら全員血祭りじゃあああああァァァ!!!」

 

 

 

 

 

ドガッ!!

 

 

ガシャアアアンッ!!

 

 

俺は近くにあったテーブル状のルーレット台を蹴り飛ばして、天井に張り付いていた黒いスパイダーマン。もとい犬男にぶち当てた。

 

約半分は砂になり、中から虫が飛び出した。

 

 

「「「「「ッ!」」」」」

 

 

残りの奴らは降りてきて、武器を構える。斧、槍、剣などいろいろ持っている。

 

 

「6匹………いや、6人か」

 

 

ちょうどだな。

 

 

 

 

 

「It's show time 」

 

 

 

 

 

ガッガッガッガッガッガキュンッ!!

 

 

音速で犬男に近づき、ブラド戦で使ったデリンジャーを使った。一瞬で6人の頭の額を銃弾で撃ち抜いた。

 

 

そして、6人は砂になる。

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

五人は大樹を見て、驚愕する。

 

 

「人間じゃねぇ」

 

 

「知ってる」

 

 

遠山の言葉にもう肯定し始めた俺。うん、もう開き直ろう。

 

 

「大樹!!」

 

 

アリアが俺の名前を叫ぶ。

 

 

「上!!」

 

 

「ッ!?」

 

 

上にまだ一人いた。犬男は刀のような長い剣を持っており、 俺に向かって切りかかった。

 

俺は後ろに飛んで避ける。

 

 

(え?)

 

 

 

 

 

しかし、俺の体は動かなかった。

 

 

 

 

 

スローモーションで犬男が俺に切りかかってくるのが分かる。だが体が動かない。

 

 

 

 

 

「大樹!!」

 

 

ガキュンッ!!

 

 

「ッ!」

 

 

アリアの射撃で犬男が吹っ飛ぶ。

 

 

「あ……」

 

 

俺の金縛りのようなモノが解け、動けるようになった。

 

 

「大丈夫か!?」

 

 

「あ、ああ……」

 

 

遠山が駆け寄ってくる。

 

 

「どうしたんだよ、お前」

 

 

「悪い、迷惑かけた。ありがとう、アリア」

 

 

「別にいいわ。それより」

 

 

アリアは犬男を見る。砂にはまだなっていない。

 

 

「オオォォォォォォン!!」

 

 

犬男は遠吠えをし、武器を放り捨てて逃げ出した。

 

 

「追うわよ!」

 

 

「ま、まてアリア!!」

 

 

アリアの後を遠山は追いかける。

 

 

「……………」

 

 

何故さっき体が動かなかった。

 

 

「大樹」

 

 

俺は一体どうしたんだ……

 

 

「大樹!!」

 

 

バチバチッ!!

 

 

「うぐッ!?」

 

 

俺の体に電気が流れた。ピリピリとした痛みが全身に回った。

 

 

「さっきから呼んでるでしょ!」

 

 

「ご、ごめん」

 

 

美琴がさっきから俺を呼んでいたそうだ。完全にぼーっとしていた。

 

 

「白雪と美琴の二人で水上バイクでアリアたちを追いかけてくれ」

 

 

俺は二人に指示を出す。

 

 

「待って、この中には黒いのはもう居ないの?」

 

 

「…………うん、大丈夫だよ。蟲人形(むしひとがた)はもう居ないみたい」

 

 

美琴の質問に白雪が建物の中に居るかどうか超能力で調べ、居ないと分かった。

 

 

「レキは俺と一緒に来い」

 

 

コクッとレキはうなずく。

 

美琴と白雪は水上バイクに乗りに向かう。

 

 

「レキ、いつでも狙撃できる準備をしろ」

 

 

「わかりました」

 

 

そう言ってレキは二秒ほどで準備を済ませる。

 

 

「こっちだ」

 

 

俺はレキと外に出る。海にはさっきの犬男が四つん這いになって、なんと海の上を走っていた。

 

レキは狙撃しようとするが、

 

 

「まだだ」

 

 

俺は手を横に出してそれを止める。

 

 

ブオオオオォォォ!!

 

 

右の方からアリアと遠山が乗った水上バイクが現れた。

 

 

ガキュンッ!!

 

 

遠山は犬男のかかとに命中させる。犬男はこけて、海に沈んでいった。

 

 

「レキ、構えろ」

 

 

俺はレキに言う。

 

 

「あの船が見えるか?」

 

 

「…………!」

 

 

さすがのレキも眉が少し動いた。

 

あれは現代では見ないような船だ。

 

 

「あの船に狙撃銃を持っている奴は?」

 

 

「一人います」

 

 

「よし、アリアたちが撃たれるまえに仕留めろ」

 

 

「はい」

 

 

レキは集中する。そして

 

 

ガキュンッ!!

 

 

撃った。

 

 

ガッ

 

 

銃弾は狙撃銃を持っていた女の額に当たった。

 

女は犬男と同じように砂になる。

 

 

「よし、さすがだな」

 

 

「大樹さん」

 

 

「ん?」

 

 

「何故船が待ち伏せすると分かったのですか?」

 

 

原作を知ってるから。………言えねぇ。

 

 

「遠吠えだ。あれで仲間に知らせたと考えたんだ」

 

 

うん。適当に言っておいた。二秒で考えた言い訳。

 

 

「さすがですね」

 

 

「お、おう」

 

 

ほ、誉められたよ。

 

 

「レキはここじゃない場所で狙撃して援護してくれ」

 

 

「大樹さんは?」

 

 

「俺はあの船をぶっ壊してくる」

 

 

あ、一ついい忘れてた。

 

 

「レキ、十分以内にはこの建物、ピラミッドから離れろよ」

 

 

俺はレキに注意しておいた。

 

 

________________________

 

 

【遠山視点】

 

 

「な、なんだ!?」

 

 

俺は犬男を倒した後、目の前に船が現れた。金や銀で飾られた船体。現代の船ではないことは一目瞭然。

 

 

「キンジ!」

 

 

アリアが俺の名前を呼ぶ。

 

 

「さっきの奴らよ!」

 

 

船にはさっきの犬男が何人もいた。

 

 

カチャッ

 

 

「くッ」

 

 

犬男は銃口をこちらに向けてきた。

 

 

 

 

 

「させないわよ!」

 

 

 

 

 

バチバチッ!!

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

後ろから電撃が飛んで来て、犬男たちに直撃した。

 

 

「キンちゃん!」

 

 

美琴と白雪が応援に駆けつけてくれた。

 

 

「うおおおおおォォォォ!!!!」

 

 

その時、大樹の声が聞こえた。

 

 

 

 

 

大樹は上から飛んで来た。誤字はない。

 

 

 

 

 

ザシャアッ!!!

 

 

そのまま海に沈み、

 

 

「ぷはッ!」

 

 

あがってきた。

 

 

「あんた一体どこから来てるのよ!?」

 

 

美琴が驚きながら大声をあげる。

 

 

「飛んできた、以上。それより船に乗り込むぞ」

 

 

もうめちゃくちゃだな。

 

俺たち5人は船に乗り込む。

 

 

「派手にやってくれたのう。小僧」

 

 

船の奥からおかっぱ頭の女性がいた。エジプトの女王。そんな雰囲気をかもしだしていた。

 

 

「ッ!?」

 

 

俺が驚いたのは女性ではない。その後ろにいる人物。

 

 

 

 

 

漆黒のコートを着ている兄さんがいた。

 

 

 

 

 

「兄さん……!」

 

 

兄さんは何も喋らない。

 

 

「妾の計画をよくも邪魔をしてくれたのう」

 

 

「ああ、もしかしてこの幼稚園児レベルの作戦のことか?」

 

 

大樹はニヤリと笑みを浮かべながら女性を挑発する。

 

 

「なんぢゃ………妾を愚弄するのか」

 

 

「落ち着け、パトラ」

 

 

兄さんはここにきてやっと口を開く。

 

 

「1,9タンイだったか?それに釣られたくせにそのような生意気なことを言えるのう」

 

 

「ふっ……」

 

 

大樹は笑っていた。

 

 

「だからお前は幼稚園児レベルなんだよ、パトラ」

 

 

「………なんぢゃと?」

 

 

「お前は俺たちに向かって餌をぶら下げていたけどよぉ」

 

 

大樹は笑みを浮かべて言う。

 

 

 

 

 

「サメを釣るとかバカなんじゃないの?」

 

 

 

 

 

ザシャンッ!!!

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

船の横から魚雷のようなモノが3つ浮かんできた。

 

 

「それは……!」

 

 

兄さんが驚く。

 

 

海水気化魚雷(スーパーキャビテーション)だ。お前らイ・ウーなら当然知ってるだろ?」

 

 

パカッ

 

 

魚雷の上に付いてる蓋が開く。

 

 

「やっほー、りこりんだよー!」

 

 

フリフリのフリルだらけの制服を着た理子が出てきた。

 

 

「ちょうどいい時間だな」

 

 

その隣は銀色の甲冑を着たジャンヌ。

 

 

「これが【太陽の船】ね……」

 

 

そして最後に武偵高校の女子生徒の制服を着た夾竹桃が出てきた。

 

 

「ちなみにあそこからはレキが狙撃準備してるから」

 

 

そう言って大樹はカジノの方を指差す。

 

 

「9:2だ。降参するなら今のうちだぜ?」

 

 

大樹は悪魔のように笑みを浮かべる。悪だ。悪者がいる。

 

 

「ナラハラダイキ。哀れじゃのう……」

 

 

「はぁ?」

 

 

大樹は「なに言ってるんだ、こいつ」みたいな顔をする。

 

 

「妾はあの神殿型の建造物が有る限り、妾の力は無限大ぢゃ」

 

 

「………まさか!?」

 

 

パトラはピラミッド型のカジノを指差す。大樹は驚く。

 

 

 

 

 

「永遠に超能力を使えるというのか!?」

 

 

 

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

大樹の発言にみんなが驚く。

 

 

 

 

 

「まぁ知ってるけど」

 

 

 

 

 

「「「「「はぁ!?」」」」」

 

 

さらに驚く。お前、マジで何者だ。

 

 

「対策くらいしてるさ」

 

 

大樹は咳払いをする。

 

 

「こちらスネ◯ク。起動してくれ、理子大佐」

 

 

「りょーかいッ☆」

 

 

理子は携帯電話を取りだし、画面を操作する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドゴオオオオオォォォォ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ピラミッドの上の角が爆発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「んなッ!!??」」」」」

 

 

「なんぢゃと!?」

 

 

「……………!?」

 

 

全員驚いていた。あの兄さんでさえも目を見開いて驚いていた。理子と大樹は敬礼していた。

 

ピラミッドはピラミッドでは無くなった。

 

 

(全部分かっていたのか!?)

 

 

パトラと兄さんが襲撃しに来ることも。

 

 

(本当に何者なんだ……大樹は……!?)

 

 

大樹は笑みを浮かべている。

 

 

「これで無限大の力では無くなったな」

 

 

大樹は両手を広げる。

 

 

 

 

 

「さぁ!!正々堂々戦おうぜ?」

 

 

 

 

 

悪じゃない、ゲスがいた。

 

 

 

 

 




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海に響く戦闘の旋律

続きです。


「鬼だ……」

 

 

「悪魔だ…」

 

 

「ゲスだ…」

 

「だまらっしゃーい」

 

 

仲間にそこまで言われるとへこむぞ!?

 

 

「遠山」

 

 

俺は遠山を呼ぶ。

 

 

「お前は兄貴と決着をつけてこい。一人で」

 

 

「ッ!?」

 

 

遠山は目を白黒させて驚いていた。

 

 

「む、無理だ!今の俺は

 

 

「あ、そうだった」

 

 

ゴスッ!!

 

 

俺は遠山を軽く蹴飛ばし

 

 

「きゃッ!?ききききキンちゃん!?」

 

 

「むぐッ!?」

 

 

白雪の胸にダイブさせた。羨ましい……。

 

 

「バニーガールは良かったか、遠山?」

 

 

「ホントにやってくれたね、大樹」

 

 

簡単にヒステリアモードになったな。

 

 

「ごめんよ、白雪」

 

 

「う、うん……」

 

 

白雪の顔は真っ赤に染まっている。

 

 

「それじゃあ、俺らは8人でパトラをやっつけるか」

 

 

「女性をいじめるのは感心しないな」

 

 

「敵の心配より自分の心配しろよ」

 

 

そう言って俺らは笑う。

 

「んじゃ逝ってこい」

 

 

「大樹、字が違う」

 

 

おい、それは言ったらアカン。

 

 

________________________

 

 

【キンジ視点】

 

 

「兄さん」

 

 

俺は兄さんと対立する。

 

 

「キンジ、俺と戦うのか?」

 

 

兄さんは俺に向かって殺気を放つ。

 

 

「ああ、兄さんがアリアを殺そうと企んでるなら」

 

 

「お前はたった一人の兄に逆らうのか?」

 

 

「違う」

 

 

俺は右手に拳銃を持つ。

 

 

「俺の憧れの存在だった兄さんはもう死んだ。人殺しをするような奴と俺の兄さんを一緒にするな!」

 

 

俺は銃口を兄さんに。いや、

 

 

 

 

 

「元・武偵庁特命武偵、遠山金一!殺人未遂罪の容疑で逮捕する!!」

 

 

 

 

 

金一に銃口を向けた。

 

 

「いいだろう。かかってこい」

 

 

だが金一は銃を持たない。構えもしない。

 

いや、あれが構えなのだ。

 

 

【不可視の銃弾(インヴイジビレ)】

 

 

金一が使う技だ。

 

目に見えないスピードで繰り出される早撃ち。

 

アリアでも見えなかった恐ろしい技だ。

 

 

(それでも勝つんだ!!)

 

 

パンッ!!

 

 

金一の正面が一瞬だけ光った。

 

 

ドスッ

 

 

俺は避けなかった。

 

 

「何故避けなかった?」

 

 

俺の腕から血が流れる。だが、俺は笑みを浮かべる。

 

 

 

 

 

「………視えたぞ、【不可視の銃弾】!!」

 

 

 

 

 

わざと喰らった。そして突破口が見えた。金一は驚きで目を見開く。

 

 

「……さすが俺の弟だな。だが見抜いたところで状況は変わらん」

 

 

「いや、変わるさ」

 

 

俺は自信を持って答える。

 

 

 

 

 

「変えて見せる」

 

 

 

 

 

「……………」

 

 

金一は嫌な顔で見ていた。

 

 

「アリアを殺さなくてはイ・ウーは壊滅できないんだ」

 

 

イ・ウーの壊滅だと!?

 

 

「方法は2つ。【第一の可能性】はイ・ウーのリーダーの死と同時にアリアを抹殺し、イ・ウーが新たなリーダーを見つけるまでの空白期間を作ることだ」

 

 

「それが何になる」

 

 

「束ねる奴らが居なくなれば彼らは、生徒たちは【同士討ち(フォーリング・アウト)】を始める」

 

 

【同士討ち】

 

武偵が強大な犯罪組織と戦う時に、その組織を内部分裂させて敵同士を互いに戦わせて弱体化させる手法。

 

 

「そして、【第二の可能性】は現リーダーの暗殺」

 

 

「ッ!?」

 

 

俺は暗殺という言葉に驚く。

 

 

「だが、俺やお前らには【第二の可能性】は無理だ」

 

 

「だからアリアを殺すのかよ…!」

 

 

俺は金一を睨み付ける。

 

 

「そうだ」

 

 

金一は素っ気なく答えた。

 

 

 

 

 

「ふざけるなッ!!」

 

 

 

 

 

「ッ!」

 

 

俺の叫びに金一は眉を寄せる。

 

 

「何でそういう解決方法しか出せねぇんだよ!」

 

 

俺は銃を持っていない左手に力を入れる。痛くても強く握り続ける。

 

 

「俺がバカなあんたに教えてやるよ」

 

 

「………なんだと?」

 

 

金一から怒りを感じさせた。

 

 

「俺たちをしっかり見ていろよ。俺たちは」

 

 

左手に兄さんの形見であるバタフライ・ナイフを持ち

 

 

 

 

 

「絶対に負けない」

 

 

 

 

 

右手に持った拳銃の銃口を金一に向けた。

 

 

「………そうか、残念だ」

 

 

金一はため息をつき、落胆する。

 

 

「眠れ、キンジ。兄より優れた弟などいない」

 

 

俺は金一に向かって走り出した。

 

 

「浅はかだ」

 

 

パンッ

 

 

(見えるッ!!)

 

 

金一が腕を動かすのが!

 

 

俺は左手に持ったナイフを、

 

 

 

 

 

飛んできている銃弾に投げた。

 

 

 

 

 

ガチンッ!!

 

 

 

 

 

ナイフと銃弾は当たり、銃弾は横に逸れて、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナイフは金一に向かって回転しながら飛んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガシャンッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

金一は驚愕した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナイフは見事に金一の持っている拳銃。ピースメイカーの銃口に刺さり、壊れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガチャッ

 

 

「動くな」

 

 

俺は右手に持った銃の銃口を金一に向ける。既に距離は詰めていた。

 

 

 

 

 

「兄さん、俺たちは弱くない」

 

 

 

 

 

兄さんは驚く。そして、

 

 

「強くなったな、キンジ」

 

 

兄さんは目を瞑り、両手を上げた。

 

 

________________________

 

 

【大樹視点】

 

 

ここで一言。

 

 

 

 

 

パトラさん、マジぱねぇわ。

 

 

 

 

 

「78ッ!!」

 

 

犬男を永遠と倒していた。

 

 

「おかしいッ!無限大の力は封じたのにッ!」

 

 

「大樹!まだ海から出てくるわよッ!」

 

 

美琴が電撃を振り撒きながら言う。

 

 

「パトラの強さはイ・ウーでは元・NO.2だッ」

 

 

剣を降り下ろしながらジャンヌは説明する。

 

 

「簡単に言うと大樹の倒したブラドより強いということよ」

 

 

夾竹桃はTNKワイヤーを使って犬男を縛り上げ、引き裂く。

 

 

「イ・ウーでは元・NO.2ってどういう意味よッ」

 

 

ガッガキュンッ!!

 

 

アリアは二発の銃弾を撃ち、2人の犬男の頭の額に当てる。

 

 

「パトラは退学されたんだよッ」

 

 

ガッガキュンッ!!

 

 

理子もアリアと同じように両手に拳銃を持って犬男の胸に当てる。

 

 

「あまりにも素行が乱暴すぎて退学になったの!いわゆる大樹みたいな問題児ッ!」

 

 

理子は髪の毛を操ってナイフを二本持ち、犬男を切りつける。

 

ていうか俺って問題児なの?いや、超ウルトラ心当たりある。しかもつい最近、授業サボって購買行ってたわ。反省反省。

 

 

「それじゃあ、ブラドは元々NO.3だったのねッ」

 

 

バチバチッ

 

 

美琴は電撃を飛ばして犬男に当てる。

 

 

「なるほど。パトラはピラミッド無しでも結構強い奴だったのかっよッ!82ッ!!」

 

 

犬男はトゲがついた鉄球を投げてきたが、殴って鉄球を破壊したあと、犬男に近づき、蹴り飛ばした。

 

 

「パトラの力は私と桁が違う。ここまで強いなんてッ」

 

 

ズバッ!!

 

 

白雪は銘刀イロカネアヤメで犬男を斬る。

 

 

「いや、強くねぇよ。でも数が多いッ!89ッ!!」

 

 

音速のスピードで犬男に近づき、右ストレートを喰らわせた。

 

 

ガキュンッ……!

 

 

「ッ!」

 

 

遠くから狙撃音が聞こえてきた。銃弾は見事に犬男の額に当てる。

 

さすがレキだ。狙撃率100%じゃねぇか。

 

 

「そのパトラはどこいったのよッ」

 

 

美琴はキョロキョロと辺りを見渡し、パトラを探す。

 

船にパトラの姿は見えない。

 

 

「あそこにいるわ」

 

 

夾竹桃が海に向かって指をさす。

 

 

 

 

パトラは海の上に立っていた。

 

 

 

 

 

「うわッ!?あいつズルい!!92ッ!!」

 

 

いや、俺も人のこと言えたもんじゃないけど。

 

 

「このッ!!」

 

 

ガキュンッ!!

 

 

アリアはパトラに向かって一発だけ撃つ。

 

 

ボスッ

 

 

「!?」

 

 

パトラの目の前に砂の盾が現れた。銃弾は全く貫通せず、砂にめり込んでいた。

 

 

「妾にそのような攻撃は通用せんわい」

 

 

「だったらこれならどうだッ!!95ッ!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

犬男をパトラに向かって蹴り飛ばした。

 

 

ゴスッ!

 

 

だが盾に当たった瞬間に犬男は砂に変わる。

 

 

「無駄じゃ」

 

 

パトラは余裕の表情を浮かべる。

 

 

「96ッ!97ッ!98ッ!99ッ!100ッ!!」

 

 

連続でパトラに向かって蹴り飛ばす。もしくは掴んで投げ飛ばす。

 

だがやはり盾に当たった瞬間に犬男は砂となる。

 

大量の砂がパトラの回りを撒き散らす。

 

 

「懲りぬのう」

 

 

パトラはあきれる。

 

 

だが俺はこう思う。

 

 

 

 

 

作戦成功。

 

 

 

 

 

パトラの回りの砂が目眩ましになっているということにパトラは気づいていない。

 

 

ピンッ

 

 

コインを弾く音が聞こえる。

 

 

「お前の負けだ、パトラ」

 

 

 

 

 

ズキュウウウウンッ!!!!

 

 

 

 

 

空気を引き裂くような音が響く。

 

美琴はパトラに向かって超電磁砲を撃ちだした。

 

 

「ッ!?」

 

 

盾は簡単に貫通した。

 

パトラにはギリギリ当たらなかった。いや、美琴はわざと当てなかったのだろう。

 

 

サァッ………

 

 

船にいた犬男が全員、砂となった。パトラの驚きが犬男を操作する集中力が切れて、砂となったのだろう。

 

 

「ッ!?」

 

 

ジャポンッ

 

 

その時、浮遊していたパトラが海に落ちた。………………え。

 

 

「パトラ!!」

 

 

遠山と金一の戦いが終わって、俺たちの戦いを見ていた2人。金一がパトラを見て、助るために海に飛び込んだ。

 

 

「兄さんッ!」

 

 

遠山は金一の名前を呼ぶ。

 

 

「ぷはッ!」

 

 

10秒も経たずにパトラと金一が水面から顔をだしてきた。

 

 

「何をするのぢゃ!妾は泳げるぞッ」

 

 

「そうだな。でも恐怖のせいで体が動かなかったら溺れてしまうよ?」

 

 

「なッ!?」

 

 

遠山の兄貴すげぇな。そんなことまで分かったのかよ。

 

金一に助けられたパトラの顔は真っ赤だった。

 

 

________________________

 

 

 

「これで一件落着か」

 

 

キンジは大きく息を吐き、そう呟いた。

 

 

「キンちゃん、終わったよ」

 

 

白雪はキンジの治療が終わった。しかし、応急措置なのではやく病院へ行くことを勧める。

 

 

「あ、ああ」

 

 

遠山は白雪から目を逸らす。今あいつ、白雪の胸見た後目を逸らしやがった。

 

 

「ねぇ」

 

 

美琴が俺を呼ぶ。

 

 

 

 

 

「何かが来るわ……!」

 

 

 

 

 

「!?」

 

 

遠山の兄貴、金一が立ち上がり、

 

 

 

 

 

「みんな!逃げるんだッ!」

 

 

 

 

 

「…………!」

 

 

金一は叫ぶ。

 

俺は海を見続けた。いや、睨み続けた。

 

 

(やっぱり来たか…!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ザアアアアアアアッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その場に居る全員が驚愕した。

 

海が持ち上がっているのだ。

 

否、何かが浮上してきた。

 

 

「黒幕の登場だ………!」

 

 

俺は浮上してきたモノを睨み付ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海の中から潜水艦が姿を現した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その巨体の装甲には【伊U】の文字が描かれていた。

 




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越えられない絶望と死の壁

緋弾のアリアでのラストバトル突入です。


続きをどうぞ。




「ボストーク号…!?」

 

 

アリアが潜水艦を見て驚く。他のみんなも同じように驚いていた。

 

史上最大の原子力潜水艦。

 

 

「見て、しまったか……」

 

 

金一の声は小さかった。

 

 

「かつてボストーク号と呼ばれていた戦略ミサイル搭載型・原子力潜水艦だ」

 

 

金一は説明する。

 

 

「ボストーク号は沈んだのでは無い」

 

 

一呼吸置き、金一は潜水艦を睨み付けながら告げる。

 

 

 

 

 

「史上最高の頭脳を持つ【教授(プロフェシオン)】に盗まれたんだ……!」

 

 

 

 

 

「「「「!?」」」」

 

 

「……………」

 

 

美琴、アリア、遠山、白雪は驚く。俺はまだ潜水艦を睨み続ける。

 

 

「!?」

 

 

俺は驚愕した。

 

 

艦橋に男が立っていた。その男は、

 

 

 

 

 

【不可視の銃弾】を狙撃銃でやるのが見えた。

 

 

 

 

 

「あぶねぇ!!」

 

 

ビシュンッ!!

 

 

ガキンッ!!

 

 

銃弾は金一の方に飛んできた。

 

俺は飛んできた銃弾をもう銃弾が入っていない拳銃で叩き落とした。

 

 

「チッ、いきなり殺しにかかりに来やがったか」

 

 

黒いコートを着ており、右手にはパイプ、左手にはステッキを持っている。

 

教科書に載っている有名な人物。そいつは歳が20代くらいに若く見える。

 

 

「!?」

 

 

アリアが一番驚いたであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「曾……おじいさま……!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アリアの祖父、シャーロック・ホームズ1世がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そ、そんな……」

 

 

遠山も驚愕している。

 

 

パチンッ!!

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

俺たちは目を疑った。

 

 

 

 

 

海が一瞬にして凍りついたのだ。

 

 

 

 

 

(ジャンヌの技か…!)

 

 

シャーロック・ホームズ。こいつはイ・ウーの生徒全員の能力を兼ね備えた完成形の存在。

 

足が震えた。

 

こいつは俺以上の化け物だ。

 

 

 

 

 

「もう逢える頃と、推理していたよ」

 

 

 

 

 

最強の名探偵は凍りついた海に降り立つ。

 

 

 

 

 

「初めまして。僕は、シャーロック・ホームズだ」

 

 

 

 

 

彼はそう名乗った。

 

 

「アリア君」

 

 

呆然としていたアリアはビクッと体を伸ばした。

 

 

「時代は移ろってゆくけれど、君はいつまでも同じだ。ホームズ家の淑女に伝わる髪型を君は守ってくれているんだね」

 

 

シャーロックは飛んで、俺たちが乗っている船に乗り込む。

 

俺とアリア以外の全員が銃をシャーロックに向ける。もしくは刀やワイヤーを構える。

 

 

「鋭い刃物を弄んでいると、いつかはその手に怪我をすることになるものだからね」

 

 

その言葉だけで皆の手は金縛りあったかのように動かなくなった

 

 

「アリア君。君は美しい。そして強い。ホームズ一族で最も優れた才能を秘めた天与を一族に認められない日々はさぞかし辛いものだったろうね」

 

 

シャーロックはアリアに近づく。

 

 

「だが僕は君の名誉を回復させることができる。僕は君を、僕の後継者として迎えに来たんだ」

 

 

「………ぁ………」

 

 

アリアが小さく声を上げた。

 

 

「おいでアリア君。君の都合さえ良ければ、おいで。悪くてもおいで。」

 

 

シャーロックはアリアに手を差し出す。

 

 

「そうすれば、君の母親は助かる」

 

 

「ッ!?」

 

 

アリアの目が見開いた。

 

そしてシャーロックはアリアの手を掴もうと、

 

 

 

 

 

「アリアに触るんじゃねぇ!!!」

 

 

 

 

 

大樹は音速のスピードでシャーロックに近づく。だが、

 

 

 

 

 

「邪魔をしないでくれ」

 

 

 

 

 

ドゴッ!!

 

 

「ガッ!?」

 

 

シャーロックの蹴りが腹にめりこんだ。

 

 

バキバキッ

 

 

腹から嫌な音が聞こえた。何かが砕けるような音が体に響き渡る。

 

そのまま俺は凍りついた海に吹っ飛び、硬い氷の床に叩きつけられる。

 

 

「大樹ッ!!」

 

 

美琴の叫ぶ声が聞こえる。

 

 

バキッバキッバキンッ!

 

 

凍りついた海にヒビが入り、溶け始めた。

 

 

「くそッ……」

 

 

俺は必死に体を動かそうとするが

 

 

バキンッ!!

 

 

冷たい海に落ちてしまった。

 

 

________________________

 

 

 

「さぁアリア君」

 

 

「あ……」

 

 

シャーロックはアリアをお姫様抱っこをして潜水艦の艦橋に向かって飛ぶ。

 

 

「行こう。君のイ・ウーに」

 

 

「アリアッ!!」

 

 

キンジが叫ぶ。

 

 

「このッ!!」

 

 

美琴は怒りに任せて電撃をシャーロックに向けて放つ。

 

 

ボスッ!!

 

 

「嘘ッ!?」

 

 

美琴は驚きの声をあげる。

 

 

 

 

 

シャーロックの目の前には砂の盾が出現した。

 

 

 

 

 

「あれは妾の!?」

 

 

パトラが叫ぶ。

 

 

サァ………

 

 

砂の盾の後ろには既にシャーロックとアリアの姿は居なかった。

 

 

________________________

 

 

 

「ぶはッ!!」

 

 

俺は海面から顔をだす。

 

 

「大樹ッ!!」

 

 

美琴が俺の名前を呼ぶ。少し涙目だった。

 

 

「悪い、心配かけたな。それよりアリアは」

 

 

「潜水艦の中よ」

 

 

夾竹桃は俺に手を伸ばしながら答える。

 

 

「分かった。行ってくる」

 

 

「おい!一人で行くのかよ!!」

 

 

遠山は俺に向かって叫ぶ。

 

 

「あいつを倒せるのは俺だけだ」

 

 

「でもあんたさっき負けたじゃない!!」

 

 

そうだ。俺は音速のスピードで飛びかかったのにあいつは反応できた。

 

 

「でも、俺はアリアを助けないといけない!だから

 

 

 

 

 

パチンッ!!

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

頬に鋭い痛みを感じた。

 

 

 

 

 

「だからって一人で行かないでよッ!!」

 

 

 

 

 

美琴は涙を流しながら叫んでいた。

 

 

「あんたにはあたしが見えないの!?」

 

 

美琴は俺の服を乱暴に掴む。

 

 

「あんた……言ったわよね。あたしが傷つくのは見たくないって」

 

 

美琴は俺の目を真剣に見る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あたしだってあんたの傷つくのは見たくないわよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「美琴……」

 

 

俺は痛感した。

 

 

 

 

 

バカだな、俺は。

 

 

 

 

 

美琴を傷つけたのは俺じゃねぇか。体じゃなく、心を。

 

 

「最低だな………俺」

 

 

俺は呟く。

 

 

「美琴」

 

 

俺は泣いている彼女の名前を呼ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一緒に行こう。これからも」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………うんッ!」

 

 

美琴は笑顔で答えてくれた。

 

 

「みんな、俺たち二人でアリアを助けに行ってくる」

 

 

「………できるのか?」

 

 

遠山は少し笑顔で聞いてきた。

 

 

「愚問だな。なぁ美琴」

 

 

「そうね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺たちなら」「できるッ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺と美琴はハイタッチを交わした。

 

 

________________________

 

 

 

「ここが……!?」

 

 

俺と美琴は防弾制服に着替えたあと、潜水艦の中に侵入した。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

………どうやら潜水艦は沈み始めたみたいだ。もう後戻りはできない。

 

 

「何よここ……」

 

 

そこはまるで博物館か美術館だった。高い天井から巨大なシャンデリアが照らし、床には恐竜の全身骨格標本がそびえ、周囲には動物の剥製が並べられていた。

 

生きたシーラカンスや熱帯魚を入れた水槽が並べられた暗い部屋を抜け、孔雀や歩き極彩色の鳥が飛び交う植物園を駆け抜け、鉱石を陳列した標本庫を突っ切る。

 

 

(どこだよッ!アリア!)

 

 

多彩な部屋の数々を走って突っ切るが、全くアリアが見つからなかった。

 

 

「くそッ!」

 

 

たくさんの肖像画がある部屋で、俺はイラつきシャーロックの肖像画を叩く。

 

 

「……………」

 

 

美琴はその肖像画を真剣に見ていた。

 

 

「ッ」

 

 

美琴は肖像画を能力を使って、軽く攻撃した。

 

 

バチバチッ

 

 

「美琴?」

 

 

「この先………空洞だわ」

 

 

肖像画を手で破ると、奥には通路があった。

 

 

「この先にシャーロックが……!」

 

 

俺たちは再び走り出した。

 

 

通路を抜けると教会があった。奥ではステンドグラスが綺麗に光っていた。

 

 

「アリアッ!!」

 

 

俺はステンドグラスの下で祈りを捧げているピンク色のツインテールをした少女を呼ぶ。

 

 

「大樹………美琴………」

 

 

アリアは振り返る。アリアも防弾制服を着ていた。

 

俺たちはアリアのもとまで駆け寄る。だが、

 

 

 

 

 

「帰って」

 

 

 

 

 

「え……?」

 

 

冷徹な一言。アリアの言葉に耳を疑う美琴。

 

 

「あたしはここで、曾お爺さまと暮らすの」

 

 

「何、言ってるのよ……」

 

 

「……………」

 

 

美琴は首を横に振っていた。信じたくないんだろう、そのことを。

 

俺は黙って話を聞く。

 

 

「一族は果たすべき役割を正しく果たすことが求められるものなの。そうじゃないと、存在することが許されない………」

 

 

アリアは自分の一族について、悲しげに言う。

 

 

「あたしは欠陥品と呼ばれ、バカにされて、ママ以外には無視された」

 

 

アリアは手に力を入れる。

 

 

「あたしはッ、ホームズ家にはいないものとして扱われたのよッ!!ずっと昔からッ!!」

 

 

アリアは叫ぶ。その叫びは怒りや悲しみなどの、負の感情が詰まったものだった。

 

 

「あたしがここまで来れたのは曾お爺さまを心の支えにしてきたからよ。彼は武偵の始祖でもあるの。だからあたしは武偵になったの」

 

 

アリアは後ろに下がる。俺たちと距離をとった。

 

 

「あたしにとって曾お爺さまは神様のようなものなの。その彼があたしの目の前に現れて、あたしを認めてくれたの!欠陥品と呼ばれたあたしを後継者と呼んでくれた!」

 

 

アリアはシャーロックに対する気持ちを俺たちに向かって言った。

 

 

「でもそのシャーロックが、かなえさんに罪を着せたのよ!」

 

 

「そんなのもう解決できるわ。曾お爺さまはあたしにイ・ウーを下さると言った。だからこの事件は……」

 

 

「は、犯罪者の一員になるの……!?」

 

 

「そうじゃないとイ・ウーに勝つことは不可能よ!」

 

 

アリアは叫んだ。だが、

 

 

「あなたたちじゃ………曾お爺さまには……勝てない……」

 

 

すぐに声は小さくなった。

 

 

「……………」

 

 

黙って聞いていた俺は

 

 

「それでも俺はシャーロックを潰すぞ」

 

 

「ッ!?」

 

 

アリアの目が見開いた。

 

 

「あいつは俺の大切な人たちを傷つけた。あいつは許せない」

 

 

「大樹はあたしを傷つけるの……?」

 

 

そうきたか……。

 

 

「曾お爺さまを傷つけて、あたしを傷つけるの?」

 

 

「………なら撃てよ」

 

 

「え……?」

 

 

 

 

 

「曾お爺さまを守りたきゃ俺を撃て」

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

俺は両手を広げる。

 

 

「簡単な質問だ。俺たちとシャーロック。どちらが大切か」

 

 

最低な質問だと自分でも思う。それで何が解決できるだろうか。

 

 

「そ、そんなの……!」

 

 

「……………」

 

 

アリアは唇を強く噛み、スカートの中から銃を取り出した。銃口は俺に向いている。

 

 

「曾お爺さま、よ……」

 

 

アリアの答えの言葉は小さく、震えていた。手も震えている。

 

 

「だから帰って!!」

 

 

「なら撃てよ」

 

 

「い、いやよ……!」

 

 

「俺はシャーロックを倒すぞ。何がなんでも」

 

 

ガキュンッ!!

 

 

アリアは俺の足元に発砲する。

 

 

「お願いッ……帰ってよッ……」

 

 

「大樹!」

 

 

美琴が俺を呼んでいる。でも俺はアリアに近づく。

 

 

「こ、来ないで……」

 

 

「……………」

 

 

俺はアリアにどんどん近づく。

 

 

ガキュンッ!!

 

 

ビッ

 

 

「ッ!」

 

 

アリアはまた発砲する。銃弾は右耳をかすった。右耳から血が流れる。

 

だが、歩くのはやめない。

 

そして、アリアの目の前まで来た。

 

 

「アリア」

 

 

俺はアリアの震えている拳銃を持った手を優しく包み込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戻ってこい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ぁ……」

 

 

アリアの目から涙が流れ出した。

 

 

「俺たちはアリアが必要なんだ。誰でもない、アリアが必要なんだ」

 

 

俺の後ろから美琴も駆け寄り、一緒に優しく握った。

 

 

「あたしもアリアといつまでも親友でいたいわ」

 

 

「み、美琴……」

 

 

アリアは美琴を見る。

 

 

「チャンスをくれないか?」

 

 

「チャ、ンス…?」

 

 

俺はアリアに提案する。

 

 

 

 

 

「シャーロックは俺と美琴で戦わせてほしい」

 

 

 

 

 

「!?」

 

 

アリアは驚愕する。

 

 

「俺たちが勝ったら戻って来てくれるか、アリア」

 

 

「だ、大樹……」

 

 

アリアが俺を悲しげ見る。

 

 

「アリアは何もしなくていい。アリアはシャーロックを撃てないのは分かっている」

 

 

俺は真剣にアリアの綺麗な瞳を見つめる。

 

 

「俺はアリアが大切な人だ。だからもうこの方法で解決するしかない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺たちが勝ったら戻って来てくれ、アリア」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アリアは驚いて、何も喋れなかったが、

 

 

「………うんッ」

 

 

アリアは小さくうなずいてくれた。

 

 

________________________

 

 

 

俺は美琴とアリアと一緒に奥に進んでいく。

 

この先にシャーロックはいるらしい。

 

今までに一番広大なホールにでた。奥には巨大な柱が並んでいた。いや

 

 

「ICBM……!?」

 

 

美琴が驚く。柱の正体は大陸間弾道ミサイルだ。

 

弾頭の性質次第ではどんな大国でも1日とかからず壊滅するだろう。

 

 

「なんでなの……!」

 

 

アリアが周りを見渡す。

 

 

 

 

 

「あたし、この部屋を見たことがある……!」

 

 

 

 

 

「……………」

 

 

俺は理由を知っている。

 

 

「本当なの?」

 

 

美琴がアリアに尋ねる。

 

 

「ええ、あるわ。そしてここで2人を見たことがある」

 

 

ブツンッ

 

 

美琴が何か言おうとしたとき、音楽が流れてきた。

 

曲はモーツァルトの【魔笛】だ。

 

 

 

 

 

「音楽の世界には和やかな調和と甘美な陶酔がある」

 

 

 

 

 

シャーロックがICBMの裏から現れた。杖をカツカツッと響かせながら近づいて来る。

 

 

「それは僕らの繰り広げられる戦いという混沌と美しい対象を描くものだよ」

 

 

シャーロックは立ち止まり、笑みを浮かべる。

 

 

「このレコードが終わる頃には、戦いのほうも終わるだろうね」

 

 

「曾お爺さま……」

 

 

アリアは一歩前に出る。

 

 

「あ、あたしはあなたを尊敬しています。だから銃を向けることはできません」

 

 

アリアの声は小さいが、はっきりと聞こえる。

 

 

「彼らは私がやっと見つけた大切な人たちです。だから…」

 

 

「いいんだよ、アリア君」

 

 

シャーロックは笑顔だった。

 

 

「僕より彼らが大事な存在になったことはとてもいいことだ。君たちはさきほどより強く結びついたのだろう」

 

 

シャーロックの言い方に苛立ちを感じる。

 

 

「ここまで推理通りかよ、名探偵」

 

 

「こんなの推理の初歩だよ」

 

 

シャーロックは俺たちを弄ぶかのように笑う。

 

 

「なぁシャーロック」

 

 

「なんだい」

 

 

「俺たちはお前をマジで倒す」

 

 

俺はシャーロックを睨み付ける。

 

 

「賭けをしようぜ、クソ名探偵」

 

 

「口が悪い少年だ。それで、何を賭ける?」

 

 

「俺たちが負けたら俺たちをお前の好きにしろ」

 

 

俺はいつでも戦えるように構える。

 

 

「俺たちが勝ったらアリアの母、かなえさんを釈放できるようにしろ」

 

 

「いいだろう」

 

 

シャーロックは即答した。

 

 

「君たちが勝てばの話だがね」

 

 

「ハッ、その安いプライド、捻り潰してやるよッ!!」

 

音速のスピードでシャーロックに飛びかかる。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「なッ!?」

 

 

回し蹴りを喰らわせようとしたが、受け止められた。いや、受け流されたのだ。

 

 

「ッ!」

 

 

俺は後ろに飛んで後退する。そして、

 

 

バチバチッ!!

 

 

その隙に美琴がシャーロックに向かって電撃を飛ばした。

 

 

パキンッ!!

 

 

「「「ッ!?」」」

 

 

俺たちは驚愕した。

 

 

シャーロックの目の前には大きな氷の壁ができていた。

 

 

「美琴ッ!!」

 

 

俺は上に飛び、美琴を呼び掛ける。

 

 

「大樹ッ!!」

 

 

バチバチッ!!

 

 

美琴は電撃の槍を作り、大樹に向かって投げた。

 

 

 

 

 

「貫けッ!!」

 

 

 

 

 

俺はその槍をオーバーヘッドキックで蹴返す。

 

美琴との連携技だ。

 

 

ドゴンッ!!!

 

 

電撃の槍を蹴った瞬間、爆発的に威力が上がり、氷の壁を貫いた。

 

電撃の槍はそのままシャーロックに向かっていく。

 

 

「推理通りだよ」

 

 

シャーロックの目の前に第2の盾。砂の盾が現れた。

 

砂の盾はひとつではない。10枚はある。

 

 

ズバンッ!!

 

 

9枚は貫いたが、10枚目が貫けなかった。

 

 

「う、嘘でしょ…!?」

 

 

美琴は驚愕する。

 

 

「まだだッ!!」

 

 

俺はシャーロックに向かって落下していき、

 

 

ドゴンッ!!

 

 

最後の砂の盾を蹴り飛ばした。

 

盾は崩れ、シャーロックが見える。

 

 

「ッ!?」

 

 

俺は盾を破壊したことを後悔した。

 

 

 

 

 

砂の盾の中から爆弾が現れた。

 

 

 

 

(やべぇッ!)

 

 

ドゴオオオオオンッ!!!

 

 

「ッ!?」

 

 

あまりの衝撃強さに声が出なかった。

 

 

「「大樹ッ!!」」

 

 

美琴とアリアは俺の名前を叫ぶ。

 

俺は美琴たちのところまで吹っ飛んだ。

 

 

「ぐッ」

 

 

口の中は鉄の味がした。

 

 

「大樹君、戦いの真っ最中だが、今から【緋色の研究】を講義しないといけない」

 

 

「緋色……だと……?」

 

 

まさか……

 

 

シャーロックは静かに目を閉じた。

 

 

「「「!?」」」

 

俺たちは目を疑った。

 

 

 

 

 

シャーロックの体が緋色に光だした。

 

 

 

 

 

「僕がイ・ウーを統一出来たのはこの力があったからだ」

 

 

シャーロックはポケットから一発の銃弾を取り出す。

 

「これが緋弾だ」

 

 

弾頭は薔薇のような、炎のような、血のような、緋色をしていた。

 

 

「至大なる超常の力を人間に与える物質。【超常世界の核物質】なのだ」

 

 

「それがイロカネか……」

 

 

倒れていながらも、シャーロックの言葉を返す。

 

 

「知っているのかい?君はもしかして博学なのかな?」

 

 

「ハッ、学校では問題児だけどなッ。日本では緋々色金(ヒヒイロカネ)って名で呼ばれてる金属だろッ」

 

 

「素晴らしい。そこまで知っているのかい」

 

 

シャーロックは本当に感心していた。

 

 

「アリア君」

 

 

シャーロックは右手の人差し指をアリアに向ける。

 

その瞬間、

 

 

 

 

 

アリアの右手の人差し指が光だした。

 

 

 

 

 

「な、なによ……,これ……」

 

 

美琴もアリアも驚愕していた。

 

 

「それは【共鳴現象(コンソナ)】だ。質量の多いイロカネ同士は、片方が覚醒すると共鳴する音叉のように、もう片方も目を覚ます性質がある」

 

 

シャーロックは目を細めた。

 

 

「………僕が推理していた光の強さじゃないね」

 

 

シャーロックは左に銃を持ち。

 

 

「大樹君、悪いが」

 

 

銃口をこちらに向けて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「死んでほしい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガキュンッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シャーロックが撃った銃弾は大樹の額を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「ッ!?」」

 

 

美琴とアリアが目を疑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は二度目の死を迎えた。

 

 






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どうやら俺は大切な人達のために戦うらしい

続きです。





「……………」

 

 

俺は箱の中で寝ている少女を見つめる。周りでは声をだして泣いている人や、下を向いて、床を見続ける人がたくさんいた。

 

 

「    」

 

 

俺は箱の中で寝ている少女の名前を呼ぶ。

 

 

「何で………何で………」

 

 

俺は涙を流す。

 

 

 

 

 

こんなことになったんだよ………

 

 

 

 

 

俺はその場で泣き崩れた。

 

________________________

 

 

彼女が死んだのは今から二年と半年前のことだ。

 

 

俺はいつも通りの生活を送っていた。

 

 

そして、放課後。

 

 

母親から「死んだ」と泣きながら伝えられた。

 

 

自分の耳を疑った。疑って耳をおもいっきり引っ張り、ちぎろうとした。

 

 

彼女が死んだのは自室。遺書や手紙は無かった。

 

 

意味が分からない。いつも放課後に一緒に帰った人が死んだなんて。

 

 

その日から俺の日常は灰色になった。

 

 

味のないご飯。面白くない大好きな番組。いつも以上につまらない授業。

 

 

剣道ことなんかその時はどうでもよかった。

 

 

大会なんてどうでもよかった。

 

 

あの時の俺が最後に笑ったのはいつだろうか?

 

 

もうそんなことは覚えていない。

 

 

________________________

 

 

俺は虐められていた。

 

 

剣道部の連中に。

 

 

この頃の俺は二刀流を特別に使っていいのは俺だけだった。

 

 

師範代に気に入られ、熱心に教えられた。

 

 

だが、周りは俺のことを気に入らなかった。

 

 

竹刀の紛失。バッグを隠され、泥だらけにされたことは多々あった。

 

 

でも気にしなかった。

 

 

嫉妬している奴らが醜いことをしている。そう考えていた。

 

 

だから、放っておいた。

 

 

でも、ある日。

 

あのクズ共は許されないことをした。

 

 

俺をいじめるのではなく、    をいじめだした。

 

 

彼女の泣き顔を見た瞬間。

 

 

俺の中でなにかが生まれた。

 

 

きっと今ならそれが何かが分かる。

 

 

 

 

 

殺意だ。

 

 

 

 

 

その日の放課後。あいつらを竹刀で殴った。

 

 

何度も。何度も何度も。

 

 

やめてくれと懇願してきた。やめない。

 

 

血が出てきた。だから何だ?

 

 

気を失ったやつがいた。邪魔だ。

 

 

気を失っていない奴が最後の一人となった。

 

 

そいつは震えていた。

 

 

俺は両手に竹刀を持って

 

 

殺そうと、剣を降り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やめて!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バキッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ぁ…………」

 

 

俺は    を竹刀で殴った。

 

 

彼女は急に俺の目の前に飛び出してきた。

 

 

彼女は倒れる。

 

 

頭から大量の血が流れる。

 

 

「    !!」

 

 

彼女に駆け寄った。

 

 

「    !!    !!」

 

 

何度も名前を呼んだ。

 

 

「……………………」

 

 

彼女は小さな声で言った。

 

 

 

 

 

ごめんね

 

 

 

 

 

理解できなかった。

 

 

彼女は何も悪くないのに。

 

 

 

 

________________________

 

 

 

その後彼女は救急車に運ばれ、入院となった。

 

 

俺は停学となった。

 

 

だが、いじめていた奴らは停学すらならなかった。

 

 

ふざけるな。

 

 

何で俺が罰をくらい、あいつらには罰がないんだよ。

 

 

彼女はすぐに退院したが、俺はまだ停学中だった。

 

 

学校に行っているあいつのことが心配だった。

 

 

そして、停学が終わった。

 

 

久しぶりに登校してみたが、彼女は欠席だった。

 

 

周りの視線は痛かった。

 

 

きっといじめていた奴らが俺の悪い噂でも流したのだろう。

 

 

我慢だ。

 

 

明日になれば彼女に会える。

 

 

彼女に謝って、仲直りしたい。

 

 

早く彼女に会いたい。

 

 

だから今は我慢だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、無情にも彼女はその日に自殺した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1ヶ月が経った。

 

 

久しぶりに部室にいった。

 

 

置いている荷物を回収するためだ。

 

 

「なんだよ、また来たのかよお前」

 

 

いじめていた奴らだ。

 

 

7人はいる。

 

 

「それにしても残念だったなぁ、彼女さんが死んで」

 

 

そんな挑発に乗らない。

 

 

「まさか本当に死ぬとはなぁ」

 

 

いじめていた奴らは笑う。

 

 

こいつらは何か知っているのか?

 

 

「あいつ、愛するお前のために死んだんだぜ?」

 

 

は?

 

 

「俺たち、あいつにこう言ったんだよ」

 

 

そいつは笑いながら言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前が死んだら楢原をもういじめないってな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、何言ってんだ………お前……」

 

 

俺の顔が真っ青になったのが自分でも分かる。

 

 

「おっと、殴りかかるなよ?俺のじいちゃんはここの校長。父さんは教育委員会だ」

 

 

そいつは笑う。

 

 

「この前みたいにお前だけ停学なっちまうぞ?」

 

 

……………ああ、そうか。

 

 

「まぁ、約束は破るけどな。とりあえず今日からお前を俺たちのサンドバッグにするけどいいよな?」

 

 

こいつらが…………

 

 

「おい、何さっきから黙ってんだよ」

 

 

彼女を殺したのか。

 

 

俺は自分の荷物から2本の竹刀を取り出す。

 

 

今日で………剣を持つのはやめよう…………

 

 

その後は全て忘れよう。

 

 

今はこいつらを………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うあああああああああァァァァァ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部室の壁や床は真っ赤に染まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

________________________

 

 

 

「………………」

 

 

思い出した。何もかも、完璧に。

 

 

「お前さんはその後、捕まった。じゃが、警察の調べで、いじめていた奴らが彼女を脅していたことなどが分かり、お前さんは転校するだけで済んだ」

 

 

神が俺の隣にいた。

 

 

「お前さんはそのことを必死に忘れようとした。そして忘れた」

 

 

「……………」

 

 

「高校での学校生活が残り一年となったころにはもう覚えてすらいなかった」

 

 

神はどこかの探偵のように答え合わせをする。

 

 

「そして、体育倉庫でお前さんは死んだ」

 

 

「……………」

 

 

「そのあとは転生してもらえるようになった」

 

 

「……………」

 

 

「じゃがお前さんはワシがあげた転生特典」

 

 

神は言う。

 

 

「完全記憶能力で思い出してしまった」

 

 

神は続ける。

 

 

「犬男と戦っている時、刀を見ると体が動かなかった理由はトラウマがよびがえり、体が硬直してしまったのが原因じゃな」

 

 

「……………」

 

 

「聞いておるのか?」

 

 

「……………ああ」

 

「残念じゃが死んでしまったのう」

 

 

「……………」

 

 

「お前さんの身体強化は進化をやめていたからのう」

 

 

「………どういうことだ」

 

 

「包丁で指を切ることはできるかのう?」

 

 

「当たり前だろ、そんなの」

 

 

「なぜじゃ?」

 

 

「皮膚はそこまで強くない。すこし当たっただけでも血は出る」

 

 

「お前さんも?」

 

 

「そうだ。身体強化を持っても変わらない」

 

 

「じゃが、お前さんは床をぶち抜いても手には傷ひとつつかなかった」

 

 

「ッ!?」

 

 

矛盾している……?

 

 

「どういうことだ?」

 

 

「身体強化はお前さんは思いが力の源なんじゃ」

 

 

「思い?」

 

 

「お前さんの身体強化の強さはお前さんが決めたんじゃ」

 

 

「俺が?」

 

 

「ナイフは切れるっという常識。床をぶち抜くことくらいできるという考え方」

 

 

「…………」

 

 

「お前さんの身体強化は進化すると嘘を言われても、信じた。そして、強くなったと勘違いして、お前さんは強くなった」

 

 

「なッ!?」

 

 

それが身体強化………いや。

 

 

「俺にどんな特典を渡した」

 

 

「それは秘密じゃ」

 

 

「………………」

 

 

「お前さんはまだまだ強くなれる」

 

 

「もう………終わったけどな………」

 

 

俺は死んだ。

 

 

「お前さん、死んだ彼女の名前はわかるか?」

 

 

「……………」

 

 

思い出せない。

 

 

「彼女はお前さんのことをどう思っていたのじゃろうか」

 

 

知らない。

 

 

「ワシは愛していたと思うぞ」

 

 

「ッ」

 

 

その言葉に罪悪感を感じた。

 

 

「命を捨ててまで守りたかった人じゃぞ」

 

 

「うるせぇよ……」

 

 

「お前さんは彼女が守ってくれた命を、ここで終わってよいのか?」

 

 

「うるせぇって言ってるだろッ!」

 

 

「あの二人はどうなる?」

 

 

「ッ!」

 

 

俺は美琴とアリアを思い浮かべる。

 

 

俺は………

 

 

「また彼女のように二人も同じ運命を辿るのか?」

 

 

「違うッ!!!」

 

 

「ならもう答えは出ておろう」

 

 

俺は………もう弱くない。

 

これは彼女がくれた人生だ。

 

 

「なぁ」

 

 

無駄にしない。

 

 

「何じゃ」

 

 

彼女の分まで生きる。

 

 

「考え方や思いが俺に最高の力をくれるって解釈でいいか?」

 

 

俺は……

 

 

「そうじゃ」

 

 

「なら」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は死なない!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

________________________

 

 

「大樹ッ!大樹ッ!」

 

 

「………ぁ………ぁぁ…」

 

 

美琴は必死に頭から血を流す大樹の体を揺らす。しかし、ぴくりとも動かない。アリアはその光景にショックを受け、何も喋れなかった。

 

 

「いや、いやぁ………」

 

 

アリアは後ろに下がり、

 

 

 

 

 

「いやああああああああァァァァァ!!!!!」

 

 

 

 

 

アリアの体全体が緋色に光った。

 

 

「さぁ、来るんだアリア君」

 

 

アリアは右手の人差し指をシャーロックに向けて光を放つ。

 

シャーロックも同じように光を放った。

 

 

パァッ…………

 

 

光はぶつかり、融合した。

 

 

「僕には死期が推理できた。どんなに引き伸ばしても、今日この日までしかもたないと」

 

 

二つの光は互いを消すように収まってく。

 

 

「僕はその日までに緋弾を子孫の誰かに【継承】する必要があった」

 

 

美琴は大樹を抱きながら聞く。

 

 

「だが緋弾の継承には条件があった。ひとつは性格だ。情熱的でプライドが高く、どこか、子供っぽい性格をしていなくてはならない」

 

 

シャーロックは続ける。

 

 

「2つ目はアリア君が女性として心理的に成長する必要があったこと」

 

 

緋色だった光球が透明になる。

 

 

「3つ目、継承者は能力が覚醒されるまで、最低でも3年のあいだ緋弾と共にあり続ける必要があった」

 

 

融合していく2つの光は、レンズのような形に変わっていく。

 

 

「これを成立させるために、僕は今日までこの緋弾を持ち続けて、さらに3年前の君に渡されなければならなかった」

 

 

レンズになにかが映りだした。

 

 

「うそ………」

 

 

アリアはレンズを見て驚愕する。

 

 

「これが、日本の古文書にある【暦鏡(こよみかがみ)】。時空のレンズだ」

 

 

レンズの中にいるのは

 

 

 

 

 

金糸のような亜麻色のツインテールを煌めかせているアリアだった。

 

 

 

 

 

目の色も赤紫色ではなく、サファイアのような紺碧の瞳をしている。

 

 

「アリア君。君は13歳の時、母親の誕生日パーティーで狙撃されたことがあるね」

 

 

「……………はい」

 

 

「撃ったのは僕だ」

 

 

「!?」

 

 

アリアの目が見開いた。

 

 

「いや、これから撃つのだ。これはどちらの表現も正しい」

 

 

カチャッ

 

 

シャーロックは左手に拳銃を持ち、構える。

 

 

「緋弾の力をもってすれば、過去への扉を開くことさえもできる。」

 

 

シャーロックは銃口をレンズに映ったアリアに向ける。

 

 

 

 

 

「僕は3年前の君に今から緋弾を継承する」

 

 

 

 

 

「よけてッ!!」

 

 

美琴はレンズに向かって叫ぶ。

 

レンズの中のアリアはこちらを向き、背中がシャーロックのほうに向けられ

 

 

 

 

 

パァンッ!!

 

 

 

 

 

銃弾はアリアの背中を貫いた。

 

 

 

 

 

そして、レンズになった光球は消えた。

 

 

「…………ッ!!」

 

 

アリアは何も喋れない。

 

 

「緋弾には2つの副作用がある。緋弾には延命の作用があり、共にある者の肉体的な成長を遅らせる。体格があまり変わらなくなったのはそれが原因だ」

 

 

シャーロックは続ける。

 

 

「もうひとつは体の色が変わることだ。髪や瞳などが綺麗な緋色に近づいていく。今の君のようにね」

 

 

シャーロックは緋弾を失ったせいか、いきなり何歳か歳を取ったように見える。

 

 

「これで講義は終了だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか。話が長すぎてもう一回死ぬところだったぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「!?」」」

 

 

シャーロックもこのときは驚いただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

頭から血を流している大樹がシャーロックの目の前にまで接近していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドゴンッ!!

 

 

 

 

 

「ぐッ!」

 

 

大樹は右手でシャーロックの腹部を殴った。

 

シャーロックが初めて顔を歪める。

 

 

「【無刀の構え】」

 

 

大樹はそのまま右手に力を入れて

 

 

 

 

 

「【黄泉送り】!!」

 

 

 

 

 

ズドンッ!!

 

 

シャーロックの腹に重い衝撃が襲う。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

そのまま後ろに勢いよく吹っ飛び、ICBMにぶつかる。

 

だが

 

 

「なかなかやるね。その技はなんだね?」

 

 

シャーロックは何事もなかったかのように振る舞う。

 

 

「俺の先祖はかなり変わった奴だよ」

 

 

俺は説明する。

 

 

「ただ技だけを磨き続ける人だった。戦なんてモノは興味はなく、争いを好まない奴だったんだ」

 

 

大樹はアリアと美琴のところに行く。

 

 

「現代風に言うとサーカスみたいなことをして稼いでいたらしい」

 

 

大樹はアリアと美琴の手を握り、微笑む。俺は大丈夫だと。

 

 

「そして、その技を昔からずっと引き継いできた」

 

 

大樹はアリアから2本の刀を借りさせてもらう。

 

 

「あの日、俺は技を捨て、もう使いたくないと思っていたが………」

 

 

俺は2本の刀を持ち、構える。

 

 

「でも、もうそんなこと言ってられないな」

 

 

俺は右手の刀をシャーロックに向ける。

 

 

 

 

 

「役に立つときが来たぞ、先祖」

 

 

 

 

 

シャーロックはこちらに歩いてきた。

 

 

「ならばその力を見せてくれたまえ」

 

 

 

 

 

ガガガガガガガガガガガガキュンッ!!

 

 

 

 

 

「「!?」」

 

 

シャーロックの高速の12連撃の【不可視の銃弾】が大樹に向かって飛んだ。

 

 

あまりの早さにアリアと美琴は驚愕する。

 

 

「二刀流式、【阿修羅の構え】」

 

 

ジャキンッ!!

 

 

「!」

 

 

 

 

 

「【六刀鉄壁(ろっとうてっぺき)】!!」

 

 

 

 

 

シャーロックはまた驚く。

 

 

大樹は2つの刀を高速で振り回し、銃弾を全て弾いた。

 

 

先祖の技には【構え】と【技】がある。

 

【構え】はその場に応じた戦闘スタイルを瞬時に変えたりすることができる。攻撃に徹するか、防御に徹するか。状況に応じて変えれる。そして【技】は【構え】の中に入っている技術だ。

 

先程の【阿修羅の構え】は防御に優れた戦闘スタイルだ。そして、【六刀鉄壁】は四方八方からの全ての攻撃を叩き落とす技術だ。

 

「シャーロック、次で終わらせてやるよ」

 

 

髪がもう白髪になったシャーロックに言う。

 

 

「いいだろう、来たまえ」

 

 

俺が使える最強の技で決める。

 

 

 

 

 

「二刀流式、【紅葉(こうよう)鬼桜(おにざくら)の構え】」

 

 

 

 

 

 

俺は刀を十字にする。

 

 

次に出す技の名前は、彼女の名前が入っている。

 

 

俺は彼女の名前を思い出した。

 

 

彼女と一緒に考えた技。

 

 

その技で、決める。

 

 

 

 

 

俺はもう弱くないことを証明するために。

 

 

 

 

 

俺は創造する。

 

 

音速を越えたスピードで走ることを。

 

 

「ッ!」

 

 

 

 

 

光速のスピードでシャーロックの目の前まで走る。

 

 

 

 

 

俺は創造する。

 

 

シャーロックを倒すことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「【双葉(そうよう)雪月花(せつげつか)】!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

斬った瞬間は音はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シャーロックは無傷だ。

 

 

 

だが

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズドオオオオオオオオオンッ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シャーロックの後ろにあるICBMや壁や床が十字を描くように、全てを吹き飛ばし、破壊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天井には星が………いや夜の空が見えた。

 

潜水艦はいつの間にか浮上していた。もし海の中だったら沈没していただろう。

 

シャーロックは言葉が出ないほど驚いていた。

 

 

ビッ

 

 

シャーロックの頬が斬れた。傷口から赤い鮮血が流れる。

 

 

「俺の勝ち、………だッ」

 

 

バタッ

 

 

大樹は前から倒れた。

 

 

「「大樹ッ!!」」

 

 

美琴とアリアは大樹に駆け寄る。

 

「大樹ッ!しっかりして!」

 

 

「やべぇ………この技使わなきゃよかった………」

 

 

人殺しは流石に駄目だろ…。

 

美琴の呼び掛けにしっかりと答える大樹。

 

 

「ひぐッ、だいきぃ……!」

 

 

アリアはもう泣いてしまった。

 

 

「泣くなよ、ちょっと疲れただけだ」

 

 

俺は寝ながらアリアの頭を撫でる。

 

 

「実に見事だった」

 

 

シャーロックは手を叩き、拍手する。

 

 

「あれは確かに僕の敗けだ。約束は守るよ」

 

 

シャーロックはICBMに乗り込んだ。

 

 

「それと君を殺してしまってすまなかった。あとでどうにか生き返らせようとしたんだが、必要なかったね」

 

 

「ゾンビなんぞお断りだ、老いぼれ名探偵が」

 

 

「はは、本当に口の悪い少年だ。僕の推理をここまで狂わせたのは君が初めてだ。歳には勝てないものだね」

 

 

「それで、今から死ぬつもりか?」

 

 

「【老兵は死なず。ただ、消え去るのみ】と。さぁ卒業式の時間だ。花火で彩ろう……」

 

 

シャーロックは笑い、ICBMのドアを閉めた。

 

 

「曾お爺さまッ!!」

 

 

アリアは俺が持っていた2本の刀を奪い取り、逆手に持ち、右左と交互に突き刺しながら、アリアはロッククライミングのようにICBMをよじ登る。

 

 

「待って!アリアッ!!」

 

 

美琴は能力を使い、アリアの後を追いかける。

 

 

「アリア君、短い間だったが楽しかったよ。何か形見をあげたいところだが、申し訳ない。僕はもう君にあげるものを持っていないんだ 」

 

 

シャーロックの声が中から聞こえる。

 

 

「だから名前をあげよう。僕は【緋弾のシャーロック】という2つの名を持っている。その名を君にあげよう」

 

 

シャーロックは最後の言葉を言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さようなら、【緋弾のアリア】」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の瞬間、ICBMがゆっくりと持ち上がっていく。

 

 

「アリ、ア………み、こと………」

 

 

俺はボロボロになった体を無理矢理動かし、ICBMに向かって飛翔する。

 

 

ガシッ!!

 

 

僅かな窪みに捕まり、一緒に持ち上がっていく。

 

 

「アリアッ!!もう放さないと!!」

 

 

「いやよ!曾お爺さまがどこかに行っちゃう……」

 

 

2人の声が上から聞こえてくる。

 

 

そして

 

 

 

 

 

ミサイルはもの凄い速さで上昇した。

 

 

 

 

 

「ぐッ!!」

 

 

尋常じゃない風圧が襲い、呼吸が出来なくなる。

 

美琴とアリアも耐えることに精一杯だ。

 

 

ボンッ!!

 

 

ミサイルは雲を突き抜けた。

 

地平線が丸く弧を描いて見え始める。

 

あまりの気温の低さに体が凍りついてきた。

 

 

「ッ!!」

 

 

美琴とアリアが手を離したのが見えた。

 

 

 

 

 

(アリアッ!!美琴ッ!!)

 

 

 

 

 

俺も手を離して、落下する。

 

 

俺は体を真っ直ぐに伸ばして落下速度を加速させる。

 

 

俺の下を先に落下しているアリアと美琴の手が届きそうで届かない。

 

 

 

 

 

「美琴おおおォォ!!!アリアあああァァ!!!」

 

 

 

 

 

2人の名前を叫ぶ、そして

 

 

 

 

 

「届けええええええェェェ!!!!」

 

 

 

 

 

バシッ

 

 

右手で美琴の手を掴み、左手でアリアの手を掴んだ。

 

 

そのまま俺は2人を抱き寄せる。

 

 

「ごめんね……」

 

 

アリアが謝った。

 

 

「こんなことになって………」

 

 

「「許す」」

 

 

「え?」

 

 

俺と美琴は笑顔で言う。

 

 

「許すって言ったんだよ」

 

 

「だからもう気にしないでいいわよ」

 

 

俺と美琴はアリアに言う。

 

 

「ありがとう。ありがとう、あたしのパートナーと親友。あたしはあんたたちを誇りに思う」

 

 

アリアは強く俺たちを抱く。

 

 

「だからあたしはそんなあんたたちを助けたい!!これからも!!」

 

 

ゴッ!!

 

 

海面が見えてきた。暗くてよくわからないが、もうすぐで衝突することぐらいは分かる。

 

 

「あたしの大切な人を失わせはしない!!」

 

 

アリアは目を閉じ、集中する。

 

 

「曾お爺さまはきっと、この瞬間が来ることも推理してたんだわ。だからホームズ家の女に代々この髪型にさせた……!」

 

 

俺と美琴は目を疑った。

 

 

アリアのツインテールが大きく、大きく、

 

 

 

 

 

翼のように広がった。

 

 

 

 

 

ばさッ

 

 

落下速度がみるみるうちに落ちていく。

 

 

俺はその翼にみとれていた。

 

 

「あ、あんまり見ないで。………すごく、恥ずかしい………!」

 

 

「綺麗………」

 

 

「うぅ……」

 

 

美琴に誉められ、顔を赤くするアリア。

 

 

「本当に綺麗だな……」

 

 

「もうッ……!」

 

 

アリアは拗ねて、下を向いて喋らなくなった。

 

暗い海に、一つの光が見える。

 

船だ。

 

 

船には遠山、白雪、理子、レキ、ジャンヌ、夾竹桃、遠山の兄貴である金一、そしてパトラがいた。

 

みんな驚いた表情でこちらを見ていた。

 

 

「ね、ねぇ」

 

 

アリアは震えた声で言う。

 

 

「ぶ、武偵憲章1条!!」

 

 

「仲間を信じ、仲間を助けよ…………あ」

 

 

俺は言っては気づいた。

 

 

「それがどうしたの?」

 

 

美琴は分かっていないようだ。

 

 

「何でも言ってみろよ、アリア」

 

 

俺はアリアに言う。

 

 

「と、とりあえず浮き輪になりなさいッ!!」

 

 

アリアは泳げないんだ。

 

美琴は笑いをこらえている。

 

 

「おう、まかせろ」

 

 

次の瞬間、再び落下した。

 

アリアのツインテールは翼をやめたのだ。

 

 

ザバンッ!!

 

 

「ぷはッ」

 

 

アリアと美琴を抱き寄せたまま、海面から顔をだす。

 

 

「ははッ」

 

 

自然と笑いが込み上げてきた。

 

 

(俺の人生は面白いぞ)

 

 

俺は彼女の名前を呼ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとな、双葉(ふたば)」

 

 

 




技とキャラと転生特典の説明と感想を書かせていただきます。


無刀(むとう)の構え】

文字通り、刀を持っていない状態の構えです。


【黄泉送り(よみおくり)】

相手の腹に拳をぶつけ、衝撃を与えます。名前が物騒ですね。


【阿修羅(あしゅら)の構え】

四方八方に攻撃をしたり、防御ができるようになる構え。防御の方が攻撃より優秀である。

【六刀鉄壁(ろっとうてっぺき)】

刀を高速で動かし、防御する技。阿修羅→腕が六本→六刀鉄壁。五秒で完成しました。


【紅葉鬼桜(こうようおにざくら)の構え】

技の威力を規格外並みに上げる技。デメリットとして体に負担がかかる。紅葉(もみじ)とは読みません。


【双葉(そうよう)・雪月花(せつげつか)】

二刀流専用で刀を十字にして、敵を十字に切る技。十字で突っ込みません。斬ります。そして双葉(ふたば)とは読みません。雪月花って文字はかっこいいですね。


双葉(ふたば)

大樹の親友で黒髪のロングヘア。中学三年あたりで自殺。苗字は考えてなゲフンゲフン、不明。


【身体強化】→【?】

自分の死を拒否させてしまうほどの力。思いや考え方によって強さが変動。チートを越えたと思います。


感想や評価をくれると嬉しいですが、技や大樹の過去については批判しないでほしいです。


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再び終幕。再び開幕。


緋弾のアリアはこれで最後です。

続きをどうぞ。


「ママッ!!」

 

「アリアッ!!」

 

 

アリアはアリアの母である、かなえさんに抱きついた。

 

松葉杖を両手に持っている俺、遠山、美琴の3人はその光景を眺めていた。

 

そう、かなえさんは今日、釈放されたのだ。

 

 

 

 

シャーロックと戦って、次の日です。

 

 

 

 

 

仕事早すぎんだろ、シャーロックさん。

 

 

「よがっだ、ね……!!」

 

 

美琴、アリア親子と同じくらい号泣してる……

 

 

あの後は遠山たちに救助され、病院に連れられた。診断結果は足とあばら骨が折れてました。シャーロックまじで覚えてろよ……。

 

それと、遠山の兄貴とパトラは姿を消しやがった。愛の逃避行ってやつか?爆発しろ。

 

そして、かなえさんは釈放された。いや、まじで。

 

裁判なんて無かった…。俺もこの状況に追いつけない。

 

 

「あとは親子水入らず、俺たちは帰るか」

 

 

そう言って、俺は松葉杖をつきながら帰っていった。

 

 

________________________

 

 

「ほ、箒」

 

 

「うん」

 

 

通信科の中空知(なかそらち)は赤い糸であやとりを披露する。

 

 

「は、橋」

 

 

「おー」

 

 

「ご、ごじゅうのとう」

 

 

「いきなりレベル上がりすぎだろ!?」

 

 

マジで五重塔だ!!

 

 

「か、かめ」

 

 

「おぉ」

 

 

「う、うちゅう」

 

 

「宇宙だあああああァァァ!!」

 

 

な、何だこれは!?どうなっているんだ!?

 

 

「お、恐ろしいものを見てしまった………」

 

 

「何やってんだ、大樹」

 

 

遠山は俺に声をかける。

 

 

「授業サボってあやとり見てた」

 

 

「何やってんだよ……」

 

 

中空知は何回か一緒に任務をやったことがある。通信機を使うと滑舌がプロのアナウンサー並みに上手なのに、普段はおどおどしている。

 

 

「おおおおおおはようござ#あ%せ$ふ¥じ£こ@???」

 

 

「「落ち着けや」」

 

 

大丈夫かよ……。

 

 

「まぁ本当は別の理由があったからな」

 

 

「別の理由?」

 

 

「単位不足」

 

 

「………あぁ」

 

 

遠山は遠い目をする。

 

そう、俺たちは単位不足なのだ。理由は【警備任務を円滑に継続させるにはいたらなかったから】だそうだ。シャーロック、もう絶対に許さん。

 

 

「俺は怪我人だし、体を動かすことができないしな。簡単な仕事を探して貰っていたんだ」

 

 

「俺にもそれ、やらせてくれないか?」

 

 

「何やるか知ってるのか?」

 

 

「いや、知らねぇけど」

 

 

「一年の奴らの教育だ。先輩としていろいろ教えてやるのが目的だ、分かったかコミュ障」

 

 

「誰がコミュ障だ」

 

 

え、お前だけど?

 

 

「早く決めろ。YesかNoか半分か」

 

 

「半分ってなんだよ。やるよ」

 

 

「ちなみに強襲科の一年な」

 

 

「げッ!?」

 

 

はい、聞かなかったお前が悪いー。

 

 

________________________

 

 

「よーし、それじゃあ射撃してみろー」

 

 

俺の合図で一年生は一斉に射撃する。

 

 

「Eランクが教えていいのかよ……」

 

 

「うるせぇよ」

 

 

「お手本見せてくれよ、先生?」

 

 

遠山は笑いながら聞いてくる。コイツ…!!

 

 

「あ、俺も見たいです!」

 

 

「あたしもー!」

 

 

「ぐッ!!」

 

 

一年生は俺に射撃をしてほしいそうな目で見る。

 

 

「い、いいだろう!」

 

 

遠山は笑っている。ふふふ、今に見てろよ。

 

俺は的の目の前に行き、

 

 

ガキュンッ!!

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【不可視の銃弾】をやってみせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

的はギリギリ端に当たった。

 

 

「はい、しゅーりょー」

 

 

「大樹!お前何やった!?」

 

 

「お前の兄貴の技をパクった」

 

 

完全記憶能力でやり方を見ていたからな。

 

 

ざわざわっ

 

 

一年生は騒ぎだす。好評だったみたいだな。

 

 

「あれが楢原先輩の実力…!」

 

 

「Sランクが束になっても勝てないと言われる人じゃない!?」

 

 

「上の方では2つ名が検討されているらしいぞ」

 

 

「ば、化け物だ…!!」

 

 

訂正。恐れられている。

 

 

「一年、グランド10周」

 

 

「「「「「えぇ!?」」」」」

 

 

「八つ当たりすんなよ…」

 

 

ここでは私が王だ。

 

 

________________________

 

 

「あ、あの!」

 

 

「ん?」

 

 

一年生の女の子が話かけてきた。

 

 

「あの時はありがとうございました!」

 

 

「いや、順番に話さないと分からないんだが……」

 

 

あれ?この子って…

 

 

「間宮か?」

 

 

「え!知ってるんですか!」

 

 

「ああ、アリアの戦妹だろ」

 

 

間宮あかり。アリアの戦妹だ。

 

 

「夾竹桃から解毒を貰い、妹を無事に助けることができました!」

 

 

「ああ、別に気にすんな」

 

 

「それと先輩」

 

 

間宮は少し寂しそうな目をする。

 

 

「アリア先輩を知りませんか?」

 

 

「アリアなら旅行中だ」

 

 

「へ?」

 

 

「聞いてないのか?母親と旅行してること」

 

 

「そ、そうなんですか」

 

 

教えてなかったのか…

 

 

「その内帰ってくるから安心しろ」

 

 

「………はい!」

 

 

間宮は笑顔で答えた。

 

 

「見つけたぞ!!あそこだ!!」

 

 

「今は負傷中だ!!」

 

 

「上勝ちするなら今だ!!」

 

 

あーあ、見つかったよちくしょう。

 

実は先程から追いかけられている。上勝ち。上級生に死闘で勝つことで大手柄を狙ってくる奴が増えた。

 

 

「じゃあな、間宮!」

 

 

俺は片足に力を入れて校舎の二階に飛びうつる。

 

 

 

 

 

が、できなかった。

 

 

 

 

 

「あ、あれ?」

 

 

『聞こえるかのう』

 

 

「うおッ!?」

 

 

頭の中に神の声が聞こえた。

 

 

『お前さん、今、力をだせるかのう?』

 

 

「いや、それが出せないんだ!たった今!」

 

 

『ふむ……………充電切れでは無いのう』

 

 

「ちょっと待てや」

 

 

え?俺の転生特典って充電式なの?

 

 

『ほい』

 

 

ゴッ!!

 

 

「痛ぇ!?」

 

 

頭に衝撃が走った。

 

 

『直らないのう』

 

 

「俺は昔のテレビか!!」

 

 

『すまないが、その転生特典は少し返して貰うぞ』

 

 

「は?」

 

 

『しばらくは完全記憶能力だけで頑張ってくれ』

 

 

「ここがどんな世界か分かるか?」

 

 

銃弾が飛び交う世界なんだぜ?

 

 

『次の転生場所も変えておこうかのう』

 

 

「安全な場所だよ………な……?」

 

 

『それは言わないほうがいいと思うのう』

 

 

や、やめろ………。平和が一番だ……。

 

 

『それじゃあ5日後にまた会おう』

 

 

「ああ」

 

 

………………って

 

 

「ッ!!」

 

 

今転生しないと危ないだが!?

 

俺は後ろを見て、一年生を見る。

 

 

ざわざわっ

 

 

「あの人、ちょっとヤバくないか?」

 

 

「独り言にしては酷いよな…」

 

 

「お、おい。もうやめようぜ」

 

 

また恐れられている。うん、ずっと独り言をいっていたみたいに見えるよな。

 

 

________________________

 

 

「ただいまー」

 

 

帰宅なう。

 

 

「おかえり、大樹」

 

 

うはー。帰ったら嫁がいた。

 

 

「ねぇ」

 

 

「ん?」

 

 

「この前言っていたことなんだけど」

 

 

「異世界か?」

 

 

「うん」

 

 

美琴にはもう次の異世界に行くことを伝えてある。

 

 

「連れていく人、あたしが決めてもいい?」

 

 

このことも教えた。

 

 

「ああ、別にいいよー」

 

 

美琴が居れば俺は幸せだからな!

 

 

 

 

 

うん?

 

 

 

 

 

連れて行く人→友達?親友?→男→彼氏→大切な人→結婚

 

 

 

 

 

「美琴は誰にも渡さんッ!!!」

 

 

「んなッ!?」

 

 

バチバチッ!!

 

 

「ぎゃッ!?」

 

 

俺の体に電撃が流れた。

 

 

「なななな何言ってるのよ!?」

 

 

「うぅ………美琴………行かないでぇ……」

 

 

「ど、どうしたのよ……」

 

 

目から汗がぁ……

 

 

「男を連れて行くのか?」

 

 

「え、違うけど」

 

 

「……………」

 

 

俺はどうやら勘違いしていたようだ。テヘペロ☆

 

 

「で、誰なんだ?」

 

 

「それは秘密よ」

 

 

美琴はそう言って、右手の人差し指を口に当てる。おふう、可愛い。

 

 

________________________

 

 

はい、5日が経ちました。

 

え?5日間は何かあったかって?大人しく家でモ◯スターハンターをやってましたが?

 

 

「よし」

 

 

俺は背中に2本の刀を装備する。これに黒のコートを着たら黒の剣士になっちゃう。

 

 

「腰につけるか……」

 

 

俺は左右に1本ずつ腰に装着した。

 

この刀は装備科の連中に作ってもらった。お金は有り余っているからな。

 

 

「一応これも持っていくか」

 

 

拳銃のコルト・パイソンを服の内側のポケットに入れる。うわッ、もう完全武装だわ。

 

 

「美琴ー、準備できたかー?」

 

 

「ええ、もうできてるわよ」

 

 

そう言って美琴はコインを弾く。

 

 

「なんだ?そのコイン」

 

 

ゲームセンターにあるようなメダルではない。

 

 

「超合金で作られたコインよ」

 

 

「………超電磁砲か」

 

 

「威力が上がって、5倍も遠く飛ばせるのようになったの!」

 

 

「5倍ッ!?」

 

 

やべぇ、ここにもチートがいたわ。

 

 

「ま、まぁとりあえずこの話題は置いといて」

 

 

俺はずっと気になっていたことを聞く。

 

 

「連れていくひ

 

 

ピンポーン

 

 

「はーい」

 

 

「……………」

 

 

タイミング悪くね?

 

 

「大樹!連れてきたよ!」

 

 

「え?」

 

 

そこにいたのは

 

 

 

 

 

「待たせたわね、大樹」

 

 

 

 

 

「アリアッ!?」

 

 

アリアが部屋の中に入ってきた。

 

 

「旅行はどうしたんだよ!?」

 

 

「さっき終わったわよ」

 

 

アリアは俺の目の前まで来て

 

 

 

 

 

「あたしも異世界に連れていきなさい!」

 

 

 

 

 

「えぇ!?」

 

 

「何よ。文句あるの?」

 

 

「やっとかなえさんが戻ってきたのにいいのかよ!?」

 

 

「ママともちゃんと話してきたわ」

 

 

アリアは真剣な目をして言う。

 

 

「確かにママと別れるのはつらいわ。でも」

 

 

アリアは俺の手を握る。

 

 

 

 

 

「ママはこう言ったわ。私より大切な友達のところに行きなさいって」

 

 

 

 

 

「……………」

 

 

アリアは涙目になっていた。

 

アリアは母親と会えないのはかなりつらいことだろう。

 

でも、俺たちと一緒に行くことを選んでくれた。

 

 

「大樹…」

 

 

美琴は心配そうな目で見てくる。

 

 

「アリア」

 

 

俺は名前を呼ぶ。

 

 

 

 

 

「一緒に来い。俺は。いや、俺と美琴はアリアが必要だ。これからもずっと」

 

 

 

 

 

俺はアリアの手を強く握る。

 

 

「うんッ」

 

 

アリアは笑顔を俺に向けてくれた。

 

 

________________________

 

 

 

俺と美琴とアリアは輪を作って手を繋ぐ。

 

 

(おーい、神様ー)

 

 

『………頭でもぶつけたのか?』

 

 

「バカにしてるのかッ!?」

 

 

「「!?」」

 

 

美琴とアリアがびっくりする。

 

 

「わ、悪い。なんでもない」

 

 

『バカじゃのう』

 

 

(あの時のカッコいい神はどこいった)

 

 

『次の世界なんじゃが』

 

 

(はいはい、無視ですか)

 

 

尊敬して様づけしたことを後悔した。

 

 

 

 

 

『【バカとテストと召喚獣】じゃ』

 

 

 

 

 

「よっしゃあああああァァァ!!!」

 

 

「「!?」」

 

 

「ご、ごめん。そんな目で見ないで」

 

 

『そんなによかったかのう?』

 

 

(平和な世界がやっときたぜ)

 

 

『苦労してるのう』

 

 

(やかましい)

 

 

『それじゃ始めるぞ』

 

 

 

 

 

そして3人はこの世界から消えた。

 





緋弾のアリアはとても長かったですね。

次はあまり長すぎないようにしたいです。10~13話くらい。

感想や評価をくれると嬉しいです。


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バカとテストと召喚獣編
転生者と理不尽と格差社会


バカとテストと召喚獣編です。


続きです。


文月学園高等部

 

 

革新的な学力低下対策された進学校である。

 

 

この学校の生徒は成績が優秀であればあるほど、設備が充実した高級ホテルのような教室で勉強することができ、バカであればあるほど汚くボロい教室で勉強しなければならない格差社会な学校だ。

 

 

A、B、C、D、E、Fの6つのクラスがあり、振り分け試験によって、生徒はクラスを分けられる。Aに近ければ近いほど、成績優秀者が集まっていく。

 

しかし、遠ければ遠いほど、成績が低い者たちが集まっていくのである。

 

 

 

そして、この学校は【試験召喚システム】が導入された進学校だ。

 

 

【試験召喚システム】とは科学とオカルトと偶然によって完成したシステム。テストの点数に応じた強さをもつ【召喚獣】を喚び出して戦うことができて、教師の立ち会いの下で行使が可能となる。

 

そのテストは他の学校とは違う点がある。

 

 

それはテストの点数に上限がないということだ。

 

 

1時間という制限時間のなかで無制限に用意されたテストを解き続け、採点する。

 

 

テストの点数が高ければ高いほど召喚獣は強くなり、逆に低ければ低いほど召喚獣は弱くなる。

 

そして、召喚獣を用いたクラス単位の戦争。別名

 

 

 

 

 

【試験召喚戦争】

 

 

 

 

 

 

試召戦争とも呼ぶ。

 

総合科目の点数に比例した武器・防具を装備し(攻撃力は勝負科目に比例する)、召喚獣による【設備の異なる教室状況】を改善するためのクラス間抗争。

 

教室状況の改善といっても、教室を交代するだけである。

 

下位クラスは良い環境の上位クラスの教室を手に入れるために、試験召喚戦争で勝たなければならない。

 

 

そんな世界に3人の転生者がやってきた。

 

 

_________________________

 

 

【化学の問題】

 

有機物をできるだけ多く書きなさい。(1個につき1点が加算されます)

 

 

 

御坂 美琴の答え

 

砂糖、でんぷん、エタノール、たんぱく質

 

 

先生のコメント

 

正解です。

 

 

 

楢原 大樹の答え

 

メタン、ブタン、エタン、プロパン、エチレン、メタノール、タンパク質、ブドウ糖、果糖、ポリエチレン、ポリプロピレン、PET樹脂、サラダ油、植物油脂、酢酸、グルタミン酸、ビニール、ナイロン……………裏まで続く。

 

 

先生のコメント

 

採点がとても大変でした。それだけでBクラスレベルの点数です。

 

 

 

吉井 明久の答え

 

有機物、有機物、有機物、有機物、有機物、有機物、有機物、有機物、有機物、有機物、有機物、有機物、有機物、有機物、有機物、有機物、有機物、有機物、有機物、有機物、有機物…………裏まで続く。

 

 

先生のコメント

 

そういう意味ではありません。

 

 

________________________

 

 

ジャポンッ

 

 

「あつッ!?」

 

 

転生に成功した楢原 大樹。

 

 

「ふ、風呂!?」

 

 

なんと空からではなく、風呂に転生されてしまった。たぶんネタ切れなんじゃない?いや、身体強化が無いから空から落ちたら我、死ぬじゃん。

 

 

「でも結局濡れるのか…」

 

 

俺はびしょびしょになった服を見て、溜め息をつく。

 

 

「ここってどこ?」

 

 

骨折などの怪我は治っていた。ありがたやー。

 

 

ガチャッ

 

 

「!?」

 

 

扉が開いた。そこには

 

 

 

 

 

「「「あ」」」

 

 

 

 

 

美琴とアリアがいた。

 

もちろん裸です。

 

 

「「「……………」」」

 

 

沈黙が続く。

 

 

「えーと、一緒に風呂に入るなんて仲がいいですね!」

 

 

「「……………」」

 

 

二人は喋らない。

 

 

「ゆ、湯気で何も見えないよー!」

 

 

実はちゃんと見ました。

 

 

「「……………」」

 

 

それでも二人は喋らない。

 

 

「不可抗力だ。転生したらここだったんだって待って!!超電磁砲はアカンッ!!アリアあああァァァ!!拳銃はマジで死ぬうううううゥゥゥ!!!」

 

 

________________________

 

 

「……………ハッ!!」

 

 

死んだ。そう思ったが生きていた。俺って結構タフだった。

 

 

「ごめん、ちょっとやり過ぎたわ」

 

 

「あたしも少しは反省してるわ」

 

 

美琴とアリアは謝る。

 

 

「いや、あいつが一番悪い」

 

 

「あいつ?」

 

 

美琴が首をかしげる。神よ、お前…………よくやった。

 

 

「うおおおおおォォォ!!!」

 

 

ガンッ!ガンッ!ガンッ!ガンッ!

 

 

「「!?」」

 

 

俺は床に頭を打ちつける。

 

 

「ちょッ!?何してるのよ!?」

 

 

ごめん、美琴!!こんな煩悩だらけの俺で!

 

 

「アリア、俺を銃で撃ってくれ!」

 

 

「す、少しは落ち着きなさい!」

 

 

ごめんなさああああい!!!

 

 

________________________

 

 

「嘘………だろ……?」

 

 

俺はその言葉に耳を疑った。

 

 

 

 

 

「本当よ、今日はFクラスがDクラスに勝ったのよ」

 

 

 

 

 

振り分け試験、昨日で終わってた☆

 

 

「はぁ………俺はどうせFクラスだろ?」

 

 

「ええ、そうよ」

 

 

もう!うっかり自殺しちゃうだろ!

 

 

「んで、君達はAクラスだと」

 

 

「当たり前じゃない」

 

 

アリアは胸を張って誇らしげに言う。

 

 

「そういえばアリア、銀行通帳はあるか?」

 

 

「ええ、あるわよ」

 

 

「……………」

 

 

「大樹……」

 

 

心配するな美琴。俺は強い子だ。

 

 

「ここはマンションか?」

 

 

「ええ、前より狭いわね」

 

 

美琴、さらにその前はもっとひどかったんだよ?

 

 

「はぁ……勉強しよう……」

 

 

「そうね、頑張って上のクラスを目指しなさい」

 

 

 

ありがとう、アリア。では

 

 

 

 

 

遠慮無く、Aクラスを頂くとしようか!!

 

 

 

 

 

俺はゲスの笑みを浮かべた。

 

 

((気持ち悪いわね…))

 

 

2人に顔を見られていた大樹であった。

 

 

________________________

 

 

「というわけで昨日欠席していた楢原 大樹だ」

 

 

自己紹介を済ませた。

 

 

「点数は0だからすぐには戦力にはなれないが、絶対に力になることを約束しよう」

 

 

俺は両手を広げ

 

 

 

 

 

「リア充がいる上位クラスは全員ぶっ潰すぞおおおおォォォ!!」

 

 

 

 

 

「「「「「おおおおォォォ!!!」」」」」

 

 

クラスの士気を上げておいた。

 

 

「こんな感じでいいか?」

 

 

「ああ、助かる」

 

 

クラス代表である坂本 雄二(さかもと ゆうじ)は俺にお礼を言う。

 

 

「にしても、予想外に酷いクラスだな……」

 

 

机はちゃぶ台。椅子は座布団。床は畳。

 

 

「Aクラスとは大違いなのじゃ」

 

 

美少女はそう答える。いや、男だったわ。

 

 

「秀吉……何故男なんだ…」

 

 

「まだ言うのかのう…」

 

 

木下 秀吉(きのした ひでよし)は溜め息をつく。

 

 

「大樹、他の奴らも紹介したいから昼休みに屋上に来てくれ」

 

 

「あいあいさー」

 

 

________________________

 

 

「………土屋 康太(つちや こうた)」

 

 

「よろしくな、ムッツリーニ」

 

 

「………断じて違う」

 

 

「今日だけで何回パンツを見た?」

 

 

「3回」

 

 

もの凄い速さで答えたよ……

 

 

「島田 美波(しまだ みなみ)よ」

 

 

「おう、よろしくな」

 

 

「趣味は吉井を殴ることです」

 

 

「ちょっと島田さん!?」

 

 

怖い。超怖い。

 

 

「姫路 瑞希(ひめじ みずき)です」

 

 

「よろしくな」

 

 

「あ、お弁当を持ってきたんですけど食べます?」

 

 

「だだだだだだ大丈夫。自分のがあるから」

 

 

あぁ、みんなはまだ知らないのか……

 

 

「吉井 明久(よしい あきひさ)です。気軽に下の名前で呼んでね」

 

 

「おう。よろしくな、バカ」

 

 

「初対面で侮辱された!?」

 

 

「バカじゃないのか?」

 

 

「失敬な!」

 

 

「化学の問題。Heとは何?」

 

 

「彼!」

 

 

化学っていたよね?ヘリウムなんだけど。

 

 

「まぁバカは放っておいて」

 

 

「え?正解だよね?」

 

 

さすが雄二。いい判断。そうだ、無視しよう。

 

 

「大樹は点数の回復を優先してくれ」

 

 

「分かった。でも今日だけじゃ11教科は終わらないぞ」

 

 

※現代国語、古典、数学、物理、化学、生物、地理、日本史、世界史、英語、保健体育の11教科に設定します。

 

 

「ああ、別に構わない。今日で決着をつけるわけではないから」

 

 

「ねぇ雄二。本当にBクラスに勝てるの?」

 

 

明久は雄二に聞く。

 

 

「ああ、勝算はある」

 

 

雄二は笑みを浮かべていた。

 

 

「んじゃあ作戦会議はこれくらいにして飯でも食うか」

 

 

「あ、俺はちょっと用事があるから」

 

 

俺は姫路の殺人料理から逃げるのであった。

 

 

________________________

 

 

「おーい、楢原!」

 

 

「うん?」

 

 

教室に戻ってきた瞬間、同じクラスの須川(すがわ)に声をかけられた。

 

 

「今から回復試験を受けにいかないか?」

 

 

「ああ、いいぜ」

 

 

「よし、もう一人いるんだ呼んでいいよな?」

 

 

「ああ、問題ない」

 

 

 

 

 

「原田!行くぞ!」

 

 

 

 

 

「ああ、今行く」

 

 

「原田!?」

 

 

 

 

 

なんと坊主頭をした、いかにもスポーツが何でも出来そうな青年がいた。

 

 

 

 

 

最初の世界にいた奴とそっくりだ。

 

 

「あ、ああ。俺が原田だが、確か……楢原だったな」

 

 

覚えていない?いや、別人か?

 

 

「初めまして、楢原 大樹だ。大樹と呼んでくれ」

 

 

「ああ、原田 亮良(あきら)だ。」

 

 

やっぱり。あの世界での原田とは別人。

 

 

(あまり深く考えな方がいいか)

 

 

「よろしくな、原田」

 

 

俺達は回復試験を受けに行った。

 

 

________________________

 

 

 

試験召喚戦争が始まった。

 

Fクラス 対Bクラスの戦いが。

 

 

「よし、逝ってこい野郎共ッ!!」

 

 

「「「「「おおおォォ!!!」」」」」

 

 

あれ、雄二さん。誤字がありますよ。

 

Fクラスはそんなことも気にせずにBクラスに突撃しに行った。

 

 

「いたぞ!Fクラスだ!」

 

 

「生てかして帰すなッ!!」

 

 

「「「「「試獣召喚(サモン)!」」」」」

 

 

 

総合科目

 

Bクラス 

 

モブA 1943点

 

モブB 1956点

 

モブC 1909点

 

 VS

 

Fクラス

 

モブA 764点

 

モブB 742点

 

モブC 751点

 

桁が違った。

 

 

「総員撤退ッ!!」

 

 

明久が指示をだす。

 

 

「吉井隊長、坂本代表より伝令です」

 

 

須川が一枚の紙を広げる。

 

 

「こ、これは!!よし、皆!!聞いてほしいことがあるんだ!」

 

 

明久は皆に向かって言う。

 

 

「Bクラス代表の根本 恭二(ねもと きょうじ)はCクラス代表の小山 友香(こやま ゆうか)さんと付き合っているみたいだ!!」

 

 

「「「「「なんだって!?」」」」」

 

 

「しかも毎日、手作り弁当を作って貰っているんだ!!」

 

 

「「「「「なあああにいいいィィ!!」」」」」

 

 

Fクラスのほとんどの連中は恐ろしい黒いローブを着る。

 

 

「モテる奴は敵じゃあああァァ!!」

 

 

「殺してやるぅ…」

 

 

「◯◯◯◯◯!!」

 

 

「あひゃひゃひゃひゃ!!」

 

 

廊下は地獄と化していた。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

総合科目

 

Bクラス

 

モブC 0点

 

 VS

 

Fクラス

 

モブA 0点

 

 

「なッ!?」

 

 

自分が死んで相手も殺す。道連れを開始。

 

 

「「「「「Let’s Party!!」」」」」

 

 

_______________________

 

 

 

俺は一つだけ教科を受けて、教室に戻ってきていた。教室には俺と化学の布施(ふせ)先生と一緒にいた。

 

 

「楢原君、本当に来るのですか?」

 

 

「はい、そろそろだと……」

 

 

ガラッ

 

 

「なッ!?」

 

 

「Fクラスの奴がいるぞ!」

 

 

「相手は一人だ!倒せ!」

 

 

5人のBクラスの連中が教室に入ってきた。

 

 

「布施先生!召喚許可を!」

 

 

「承認します!」

 

 

俺の声を聞き、布施は召喚フィールドを展開させた。

 

 

「「「「「試獣召喚(サモン)!」」」」」

 

 

化学

 

Bクラス

 

モブ×5 平均150点

 

 VS

 

Fクラス

 

楢原 大樹 377点

 

 

「「「「「んなッ!?」」」」」

 

 

俺の点数を見て驚愕するBクラス。

 

俺の召喚獣は江戸時代の頃でも着られているような和服を着ていた。

 

 

 

 

 

そして、手には大きなマッチ棒を持っていた。

 

 

 

 

 

「おい………まさか……」

 

 

俺は嫌な予感がした。

 

俺は召喚獣を操作して、一気に攻撃した。

 

 

ドゴッ!!

 

 

化学

 

Bクラス

 

モブ×5 0点

 

 VS

 

Fクラス

 

楢原 大樹 377点

 

 

マッチ棒を使って。

 

 

「だっさぁ……」

 

 

どうやら俺の武器はマッチ棒らしい。

 

 

「戦死者は補習ッ!!」

 

 

Bクラスの連中は西村(にしむら)先生。もとい鉄人に連れていかれた。

 

________________________

 

 

「大樹、何があったんだ?」

 

 

教室に帰ってきた雄二は俺に質問する。

 

 

「Bクラスの連中の悪巧みを潰した」

 

 

「一人でか?」

 

 

「まぁな」

 

 

雄二は俺を見ていた。コイツ、使える!みたいな目で。

 

 

「坂本」

 

 

原田も教室に帰って来た。

 

 

「戦況はFのほとんどが戦死したが、Bクラスも道連れにしたぞ」

 

 

何だよ道連れって。こえーよ。

 

 

「よし、引き続き明久の指示に従ってBクラスを誘導させろ。手薄になったら姫路を突撃させるんだ」

 

 

「分かった」

 

 

そう言って、原田は教室を出た。

 

 

 

シュバッ!

 

 

「………Cクラスの連中が怪しい」

 

 

ムッツリーニ、お前の格好が怪しい。あとどこから出てきた。

 

「試召戦争の準備だな。おそらく漁夫の利を狙っているつもりか……」

 

 

「雄二、Bクラスと協定を結んだだろ」

 

 

俺は雄二に聞く。

 

 

「ああ、4時までに決着がつかなかったら戦況はそのままにしておいて続きは明日午前9時に持ち越しするって」

 

 

「あとは?」

 

 

「その間は試召戦争に関わることは一切の行為を禁ずるだ」

 

 

「………Cクラスと協定が結べない」

 

 

ムッツリーニが答える。

 

 

「それならDクラスを使って攻めこませるぞって脅せばいいだろ」

 

 

雄二は答える。

 

 

「いや、放置してて問題ない」

 

 

「何?」

 

 

俺の言葉に雄二は疑問を持つ。

 

 

「作戦がある。Cクラスが攻めてきても返り討ちにできる作戦が」

 

 

俺の頭の中には勝利のビジョンが見えていた。

 

 




異世界と連れて行く人について話します。

前に次の世界についていろいろと意見をいただきました。

多かった意見では「問題児たちが異世界から来るそうですよ?」がありました。

自分の中ではいいと思いましたが、私の中で他の候補が

・ブラッグ・ブレット(自分の中ではブーム)

・デート・ア・ライブ(あえて力を封じない)

・魔法科高校の劣等生(魔法なんていらなかった)

・IS(専用機っているの?)


といった合計5個の候補があります。

その五個から4つ目を決めたいのですが、問題児以外原作本を持っていません。アニメを見ていいなと思いました。

なので問題児以外を選ぶと少し投稿に時間がかかります。

というわけで、アンケートに協力お願いします。


次にヒロインについてですが


実は明久かムッツリーニって考えてました。


明久かムッツリーニだと次の世界に行ったときに書きやすいのが理由でしたが、


ハーレム崩れちゃうんです。はい。


本気で悩んでいます。

なので、連れて行く人のいい案をくれると嬉しいです。

※霧島、姫路、島田は難しいので無しの方向でお願いします。


感想や評価、アンケートに答えてくれると嬉しいです。



追記

活動報告書きました。


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BクラスとCクラスとEクラス


活動報告を書きました。アンケートはこちらに書いてください。

※感想で既に書いてくださった方は書かなくて大丈夫です。しっかりとカウントしています。


続きです。



【数学の問題】

 

 

√2と√3の近似値を少数第3位を四捨五入をして値を書きなさい。

 

 

神崎・H・アリアの答え

 

√2=1,41

 

√3=1,73

 

 

先生のコメント

 

正解です。

 

 

楢原 大樹の答え

 

四捨五入なんて差別はやめて!

 

 

先生のコメント

 

答えを書いてください。

 

 

 

________________________

 

 

次の日

 

 

「「試獣召喚(サモン)!」」

 

 

数学

 

Bクラス

 

根本 恭二 175点

 

 VS

 

Fクラス

 

姫路 瑞希 449点

 

 

戦死者(明久&須川&原田)の犠牲によって、姫路がBクラスに簡単に侵入できた。

 

 

「えいッ!」

 

 

姫路の召喚獣は根本の召喚獣を斬った。

 

 

数学

 

Bクラス

 

根本 恭二 0点

 

 VS

 

Fクラス

 

姫路 瑞希 449点

 

 

こうしてBクラス戦はあっけなく終結した。

 

 

________________________

 

 

 

「ドカーンッ!!」

 

 

ガシャンッ!!

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

俺はCクラスの扉を蹴り破った。

 

 

「ちょっと!?何のつもりよ!!」

 

 

Cクラス代表の小山が俺に怒鳴る。

 

 

「いや、FクラスとBクラスの戦いが終わったこと教えに来たんだよ。もちろん、Fクラスの勝ちだ」

 

 

俺は笑みを浮かべながら言う。

 

 

「あら、わざわざありがとう。それじゃ」

 

 

小山は右手の人差し指を俺にさして言う。

 

 

「では、試召戦争を申し込みます!!」

 

 

「おっけー」

 

 

「え?」

 

 

俺の予想外の答えに小山は驚く。

 

 

「何か勘違いしてるみたいだけど」

 

 

俺は最っ高の笑顔でいう。

 

 

 

 

 

「教室は交換してないよ?」

 

 

 

 

 

「「「「「は?」」」」」

 

 

Cクラスが一斉にアホみたいに声をあげる。

 

 

「だーかーら、教室は交換してないっていってんだろ」

 

 

「え、じゃあ……」

 

 

俺はバカなCクラスに説明する。

 

 

「お前ら、ボロボロの設備のFクラスに挑んでもメリットないと思うよ?」

 

 

「!?」

 

 

ここに来てやっと小山は状況を理解したみたいだ。

 

 

「な、なら取り消しよ!」

 

 

「それはできない」

 

 

教室のドア(無いけど)から入ってきた人物は否定した。

 

 

「に、西村先生!?」

 

 

「小山、お前の宣戦布告はもう有効になってしまった。諦めろ」

 

 

「だ、騙しやがったな!!」

 

 

Cクラスの男子が俺に飛びかかって来る。

 

 

「おいおい、ボコボコにするのは下位クラスが上位クラスに挑んだらの話じゃないのか?」

 

 

「うるせぇ!」

 

 

だが無視して殴りかかってくる。

 

 

「【無刀の構え】【黄泉送り】」

 

 

「ぐはッ!?」

 

 

Cクラスの男子は吹っ飛んだ。今は身体強化が無いため、威力はかなり弱めだ。

 

 

「正当防衛って知ってるか?」

 

 

俺は男子生徒を睨めつける。それだけで男子生徒は殴りに来なくなった。

 

 

「楢原」

 

 

ガシッ!!

 

 

「!?」

 

 

鉄人が俺の頭を掴んだ。

 

 

「ドアを蹴り破った件で話がある」

 

 

Oh……

 

 

________________________

 

 

「た、ただいま」

 

 

俺は鉄人の説教を受けた後、教室に帰ってきていた。

 

 

「無傷(鉄人を除く)で帰ってきたぜ」

 

 

「僕なんかDクラスとBクラスに2回連続ボコボコにされたのに…」

 

 

明久は教室の隅で膝を抱えてぶつぶつ文句を言っている。

 

 

「それより明日は大丈夫なのか?」

 

 

「あぁ、問題ない」

 

 

雄二は俺の質問に自信を持って答える。

 

 

「まぁ1人でも何とかなるだろう」

 

 

俺はそう呟いた。

 

 

________________________

 

 

「ということがあったんだよ」

 

 

俺は帰宅して、美琴とアリアと一緒にご飯を食べていた。

 

 

「じゃあ、大樹はあたしたちAクラスに挑むのね」

 

 

アリアは俺が作った特製ももまんを食べながら言う。

 

 

「勝算はあるの?」

 

 

俺と同じ、ナポリタンを食べながら美琴は聞く。

 

 

「ある」

 

 

俺は即答する。

 

 

「本当に勝ちそうだから怖いわね」

 

 

アリアは俺を睨む。

 

 

「あ、アリア」

 

 

「何?」

 

 

「お前に言わなきゃならないことがあるんだ」

 

 

俺は席を立ち、アリアの座っているところまで行く。

 

 

「な、何よ?」

 

 

「これだけは絶対に言わないと駄目だと思っていたんだ」

 

 

俺はアリアを真剣な目で見つめる。アリアの顔がだんだん赤くなっていくのが分かる。

 

 

「ちょっと!?何やってるのよ!?」

 

 

美琴が俺に向かって怒る。

 

 

「邪魔をしないで。これは大切なことなんだ」

 

 

ボッとアリアはついに顔を真っ赤にさせた。

 

 

「アリア」

 

 

俺は名前を呼ぶ。

 

 

「………な、なに?」

 

 

 

 

 

「拳銃を学校に持っていくのはやめような」

 

 

 

 

 

空気が凍りついた。

 

 

「いや、今日たまたま廊下で見たときにスカートの中に拳銃があったの見てびっくりしたぜ」

 

 

「……………」

 

 

「ここは武偵高校じゃないんだから気をつけろよ?」

 

「大樹……それだけ?」

 

 

アリアが聞いてくる。下を向いているので表情は分からない。

 

 

「ああ、そうだが?」

 

 

俺はそう答える。横では美琴が小さくガッツポーズをしていた。

 

 

「………か」

 

 

「か?」

 

 

カチャッ

 

 

「風穴まつり」

 

 

殺されかけた。

 

 

________________________

 

 

「Fクラス諸君!!」

 

 

黒板の前には雄二が腕を組んで立っていた。

 

 

「Cクラスは弱っている俺たちに試召戦争を申し込んできやがった!」

 

 

ダンッ!!

 

 

教卓を叩き熱烈に言う。

 

 

「そんな卑怯者に負けていいのか!?否、負けて言い分けが無い!!」

 

 

「「「「「おおおォォ!!」」」」」

 

 

クラスの士気は最高潮に達した。

 

 

「そんなお前らに作戦の指示を出す!」

 

 

だが、その作戦は俺が考えたモノだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全員、回復試験を受けに行け」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クラス全員が耳を疑った瞬間であった。

 

________________________

 

 

「今更だが後悔している」

 

 

「あっそ」

 

 

俺は雄二が何か言うが気にしない。

 

教室には俺と雄二しかいない。

 

 

「Aクラスをせっかく倒したのにCクラスやEクラスに漁夫の利されたら最悪だ」

 

 

「だからって今から全員を受けさせるか、普通!?」

 

 

「俺は元々普通じゃない」

 

 

「屁理屈言うじゃねぇ!!」

 

 

めんご、めんご。

 

 

ガラッ

 

 

「あ、こっちです西m……鉄人先生」

 

 

「ほほう、補習が必要か?」

 

 

「滅相もございません」

 

 

俺は鉄人に土下座する。

 

 

「はぁ……坂本。お前、勝つ気はあるのか?」

 

 

「俺も今こいつを信じて後悔してます」

 

 

信用されてねー、世知辛い世の中だぜ。

 

 

ガラッ

 

 

「居たぞ!!」

 

 

「護衛が一人しかいない!?」

 

 

「伏兵の可能性はッ!?」

 

 

「構わん!全軍突撃ッ!!」

 

 

おっふ。なんだこの数は。Cクラスは一気に攻めてきた。

 

 

「多いなぁ…………まぁ」

 

 

余裕だ。

 

 

「西村先生、世界史をお願いします」

 

 

「承認する!」

 

 

鉄人は召喚フィールドを展開する。

 

 

「「「「「試獣召喚(サモン)!」」」」」

 

 

世界史

 

Cクラス

 

モブ×32 平均102点

 

 

32www多すぎwwww

 

でも、

 

 

「桁が違うな、俺と」

 

 

俺の召喚獣の頭の上には

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Fクラス

 

楢原 大樹 1048点

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「はあああァァ!?」」」」」

 

 

「嘘だろッ!?」

 

 

Cクラスの連中は驚愕。雄二も目を疑った。

 

 

「よし、腕輪を試してみるか!」

 

 

1つの教科で400点以上を取れば、特殊能力が使えるようになる。

 

 

ピカッ!!

 

 

俺の召喚獣のマッチ棒が光り、

 

 

 

 

 

2本に増え、二刀流になった。

 

 

 

 

 

「ちくしょおおおォォ!!!」

 

 

超スピードでCクラスの召喚獣に突撃した。そして、

 

 

ズバンッ!!

 

 

世界史

 

Cクラス

 

モブ×32 0点

 

 VS

 

Fクラス

 

楢原 大樹 1048点

 

 

一瞬で終わった。

 

 

「戦死者は補習~ッ」

 

 

Cクラスの連中は鉄人に連れてかれた。

 

 

________________________

 

 

「「試獣召喚(サモン)!」」

 

 

現代国語

 

Cクラス

 

小山 友香 147点

 

 VS

 

Fクラス

 

姫路 瑞希 398点

 

 

超圧勝だった。

 

回復試験がみんな終わった瞬間、弱っているCクラスに全員で突撃した。

 

そして、この状況。

 

 

「やあッ!」

 

 

姫路の召喚獣は小山の召喚獣を横から真っ2つにした。

 

 

現代国語

 

Cクラス

 

小山 友香 0点

 

 VS

 

Fクラス

 

姫路 瑞希 398点

 

 

3連勝を果たした。

 

 

________________________

 

 

ドガンッ!!

 

 

「スットコドッコイッ!!」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

Eクラスのドアを蹴り破った。Eクラスの奴らは全員驚愕する。何で蹴り飛ばすのかって?八つ当たりだ。

 

 

「ちょっと!?何やってんのよ!?」

 

 

「気にするな」

 

 

Eクラス代表である…………誰だっけ?えーと、中山?まぁいいや。

 

 

「報告しに来たんだよ。俺達はBクラスだけではなく、Cクラスにも勝ったということを」

 

 

「だから何よ?」

 

 

「漁夫の利されては困るから潰しておこうかなーと思っている次第です、はい」

 

 

「安心していいわよ。私達は試召戦争はやらないわよ。上位クラスになったあなた達なんか挑まないわ」

 

 

「あっそう。でも俺達はEクラスに宣戦布告をする」

 

 

「え?」

 

 

彼女は驚く。

 

 

「俺達はAクラスを倒す。そのためにはお前らを利用する必要があるんだよ」

 

 

俺は笑みを浮かべる。

 

 

「俺達が勝ったら、Eクラスには俺達の手駒になってもらう」

 

 

「なるほどね。本当にAクラスに勝つつもりなんだ」

 

 

彼女は大きな声で言う。

 

 

「Eクラス代表、中林 広美(なかばやし ひろみ)は受けてたつわ!」

 

 

________________________

 

 

「という感じでEクラスは俺たちが上位クラスだと勘違いして、無傷で帰ってこれました」

 

 

「そ、そうか」

 

 

雄二は大樹が2回も無事で帰ってきて驚いていた。

 

 

「ねぇ大樹。Eクラスに勝ったらどんなことさせるの?」

 

 

「いや、何もさせねぇよ」

 

 

「へ?」

 

 

聞いてきた明久はキョトンとなる。

 

 

「Aクラスに勝った後に攻められても面倒だから」

 

 

「そ、それだけ?」

 

 

「あとAクラスと戦うための士気を高めておく」

 

 

「なんか坂本よりリーダーっぽいよね」

 

 

「ぐはッ!?」

 

 

島田の一言が雄二が傷ついた。

 

 

ガラッ

 

 

「あ、皆さんここに居たんですね」

 

 

姫路が教室に入ってきた。

 

 

「あ、俺ちょっと用z

 

 

ガシッ

 

 

明久、雄二、秀吉、ムッツリーニが俺の腕を掴んだ。

 

 

「どこに行くの?」

 

 

「そう急かすなよ」

 

 

「ゆっくりしていくのじゃ」

 

 

「………お茶もある」

 

 

くそッ、捕まった。

 

姫路の手にはバスケットがあった。

 

 

「実は今日ワッフルを4つ

 

 

「第一回記憶力王者決定戦!!」

 

 

「「「「イェーッ!!」」」」

 

 

俺の掛け声に4人は合いの手を入れる。かかった。

 

 

「ルールは簡単!真剣衰弱で多くカードを取ったものが勝ちだ!」

 

 

まさに俺が勝つための勝負だった。

 

 

「いいだろう!受けてたつ!」

 

 

雄二もやる気満々だ。

 

 

そして俺たちの本当の戦いが始まった。

 

 

________________________

 

 

「ふふふふッ」

 

 

「くそッ!」

 

 

雄二は悔しがる。場のカードは残り半分となってきた。

 

 

明久 0枚

 

雄二 2枚

 

ムッツリーニ 0枚

 

大樹 24枚

 

秀吉 0枚

 

 

俺の圧勝だ。

 

 

「………しまった!」

 

 

ムッツリーニはめっくたカードで残りのペアがどこにあるか分かった。

 

 

(もらった!)

 

 

そしてペアを揃えた。

 

 

「半分以上が俺の手札になったから無条件で俺の勝ちだ」

 

 

ちなみに雄二がとったペアは明久がバカだったからだ。

 

 

「雄二……覚悟を決めよう」

 

 

「思えば短い人生だったな……」

 

 

「………無念」

 

 

どんだけヤバいんだよ……

 

 

「うぅ……怖いのじゃ」

 

 

「!?」

 

 

俺はいいのか………

 

殺人化学兵器(姫路の料理)を女の子(秀吉)に食べさせて良いのか?

 

 

 

 

「いただきますッあががががががががががががが!?」

 

 

俺は秀吉のワッフルに飛び付いた。口がワッフルに触れた瞬間……………

 

 

「大樹ッ!?」

 

 

明久が驚愕する。

 

 

「しっかりするのじゃ!」

 

 

この日、俺は3度目の死を迎えた。

 

 

________________________

 

 

次の日

 

 

「!ぞつ勝に対絶、負勝のこ」

 

 

「逆になっておるぞ………」

 

 

姫路の料理でああなってしまった雄二。

 

 

「※あ%せ@く$ふ¥」(全く、しっかりしてほしいよ)

 

 

「お主もじゃぞ」

 

 

明久も別の症状が……

 

 

「………◯◯◯◯」

 

 

ムッツリーニも重症。

 

 

「だらしないな、お前らは」

 

 

「大樹は大丈夫じゃったか!」

 

 

「当たり前だ。俺には魔王の血が流れているんだぞ?この程度のことで俺が屈服するわけないだろうが」

 

 

「だ、大樹?」

 

 

「もうすぐ戦争が始まる……。人類の未来をかけた聖杯戦争が!この勝負に勝たなければ俺の野望が打ち砕かれ、この世界は混沌に満ちるだろう!」

 

 

「お主もしっかりするのじゃ!」

 

 

結論、みんなやばい。

 

 

_______________________

 

 

 

「というわけで大樹と姫路が攻めればすぐ勝てる」

 

 

という訳で試召戦争が始まった。

 

 

「行くぞ、姫路」

 

 

「はい!」

 

 

俺と姫路でEクラスに向かう。

 

 

「いたぞ!」

 

 

「先生!数学をお願いします!」

 

 

「承認します!」

 

 

Eクラスは数学のフィールドを展開させた。って数学!?

 

 

「やべぇ!?」

 

 

俺は逃げようとするが

 

 

「Eクラス、5人はFクラスの2人に勝負を申し込みます」

 

 

遅かった。

 

 

「くそッ!やってやる!」

 

 

俺は仕方なく召喚獣を出す。

 

 

「「「「「試獣召喚(サモン)!」」」」」

 

 

数学

 

 

Eクラス

 

モブA 78点

モブB 67点

 

モブC 80点

 

モブD 69点

 

モブE 71点

 

 VS

Fクラス

 

姫路 瑞希 452点

 

楢原 大樹  14点

 

 

「「「「「え」」」」」

 

 

見るな。俺の点数を見るな。

 

 

「楢原君?」

 

 

「悪い姫路。俺は計算だけは超苦手なんだ…」

 

 

この14点は多分、公式を書く問題だったと思う。

 

 

「だ、大丈夫です!私だけでも何とかなります!」

 

 

ありがとう。めっちゃええ子やん。

 

 

_______________________

 

 

「「試獣召喚(サモン)!」」

 

 

数学

 

Eクラス

 

中林 広美 106点

 

 VS

 

Fクラス

 

姫路 瑞希 439点

 

 

もうやめて!!姫路の点数は全く減っていないよ!

 

 

「えい」

 

 

キュポッ

 

 

姫路の召喚獣の腕輪から熱線が発射され、中林の召喚獣は一瞬にして消えた。

 

 

数学

Eクラス

 

中林 広美 0点

 

 VS

 

Fクラス

 

姫路 瑞希 439点

 

 

Aクラス以外の代表を全て倒した姫路。すごいな…。

 

 

こうして、残るはAクラスだけとなった。





現在アンケートは


優子と工藤の人気が凄いです。


自由に誰にでも票を入れて下さって構いません。何とかします。………何とかします。


葉月ちゃん、清水、鉄人と書かれていたときは驚愕しました。才能を感じました。


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FクラスとAクラスと試召戦争

続きです。


【現代国語の問題】

 

一度や二度の失敗は許しても、何度も繰り返せば許すわけには行かなくなる意味を持つ【ことわざ】を答えなさい。

 

 

姫路 瑞希の答え

 

仏の顔も三度まで

 

 

先生のコメント

 

正解です。

 

 

 

楢原 大樹の答え

 

ドアを蹴り破るのは三度まで

 

 

先生のコメント

 

廊下で正座をしていた理由はそれでしたか。

 

 

 

原田 亮良の答え

 

三度目は……命は無い。

 

 

先生のコメント

 

脅さないでください。

 

 

_______________________

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「突撃!隣の晩ごはんッ!」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

俺はAクラスの扉を蹴り破った。そしてAクラスは驚愕した。おお、今度はいい感じにドアが吹っ飛んだ。

 

 

「ちょっと!?いきなり何なの!?」

 

 

「「なんでスカートを履いているんだ、秀吉!!」」

 

 

「違うわよ!!」

 

 

俺と明久の声が重なった。

 

 

「まぁ俺は知ってるけど………その場のノリ?」

 

 

「喧嘩を売っているのかしら?」

 

 

「ごめんなさい」

 

 

素直に謝った。うん、怖い。

 

 

「木下 優子(ゆうこ)。秀吉の姉よ」

 

 

「Fクラスのリーダー、楢原 大樹だ」

 

 

「おい!俺がリーダーだ!!」

 

 

おっと、雄二が居たんだった。

 

 

「ったく、余計なことしやがって……」

 

 

雄二はAクラスに向かって

 

 

「俺たちFクラスはAクラスに代表同士の1対1の試召戦争を申し込む!」

 

 

宣戦布告をした。

 

 

ざわざわっ

 

 

Aクラスがざわめきだす。

 

 

「却下よ」

 

 

優子は拒否した。ですよねー、帰るか。いや、粘れよ、俺。

 

 

「ならばB~EクラスをAクラスに攻め込ませた後、宣戦布告をする」

 

 

雄二が脅す。

 

 

「そ、それでも受けられないわ」

 

 

優子はそれでも負けることを警戒していた。でも俺たちも1対1なんか望んでいない。

 

 

「なら5対5でどうだ。先に3勝したほうが勝ちのルールで」

 

 

「受けてあげる」

 

 

答えたのは優子ではない。優子の後ろから出てきた美少女が答えた。

 

 

「その勝負、受けてあげてもいい」

 

 

学年主席であり、Aクラス代表の霧島 翔子(きりしま しょうこ)だ。

 

 

「ただし、勝った方は負けた方に何でも1つ命令できる条件付きで」

 

 

「いいだろう。対戦科目はこちらで選ぶがいいか?」

 

 

コクッ

 

 

雄二の答えにうなずく霧島。いや、まだだ。

 

 

この対戦では駄目だ。

 

 

「その勝負、受けては駄目よ!」

 

 

声がする方を振り向くと

 

 

「7対7にしなさい!」

 

 

アリアと美琴がいた。

 

 

「どうしてなの、神崎さん」

 

 

優子がアリアに聞く。

 

 

「最初から大樹はわざと5対5にするつもりだったのよ」

 

 

アリアの後ろから美琴が出てきて、優子の質問に答える。

 

 

「………ばれたか」

 

 

俺は顔を歪める。

 

 

「じゃあ、7対7で」

 

 

「チッ、分かった」

 

 

霧島の訂正に雄二は嫌な顔をする。

 

 

「大樹」

 

 

アリアに呼び止められる。

 

 

「賭けをしないかしら」

 

 

「ほう………何を賭ける?」

 

 

「そうね………じゃあ」

 

 

アリアは俺に指を差し

 

 

 

 

 

「あたしたちが勝ったら、あたしと美琴の1日奴隷をやってもらうわ!」

 

 

 

 

 

「カッターを降ろせ、我が同志よ」

 

 

Fクラスの皆の手にはカッターが握られていた。

 

 

「じゃあ俺たちが勝ったら二人は大樹の1日奴隷になるのか?」

 

 

余計なこと言うんじゃね、雄二!

 

 

「いいわよ、それで」

 

 

ヒュヒュヒュヒュッ

 

 

美琴がそう言った瞬間、カッター無数のカッターが飛んできた。

 

 

「やめろって言ってんだろうが!」

 

 

俺は横に飛び込んで回避した。

 

 

「いや!俺たちが勝ったら」

 

 

ここでFクラスを俺の仲間に着かせる!

 

 

 

 

 

「Aクラスの全員はFクラスの1日メイド。もしくは執事をやってもらう!!」

 

 

 

 

 

「「「「「な、なんだって!?」」」」」

 

 

「「「「「えぇ!?」」」」」

 

 

全員が驚愕した。

 

 

「受けるわ」

 

 

「「「「「え」」」」」

 

 

霧島が即答した。さすが、分かってるじゃないか。

 

 

「負けた方は勝ったほうに、1日奉仕することを追加で」

 

 

「乗った」

 

 

俺と霧島は握手をして交渉成立。

 

 

 

「そ、それじゃあ30分後に始めましょう」

 

 

優子はそう言って、俺たちは一度教室に帰ることにした。

 

 

________________________

 

 

「はい、作戦成功」

 

 

「「「「「さすがです、リーダー」」」」」

 

 

「だから俺がリーダーって言ってるだろうが!」

 

 

俺の言葉にFクラスは俺を称える。俺の作戦に引っ掛かりやがった。

 

 

7対7を最初から望んでいたんだよ。

 

 

俺は既に勝つように手を打ってある。対戦科目の決定権を全部こちらにくれたことによって。

 

うまくいけば、

 

 

 

 

 

全勝でFクラスの勝ちだ。

 

 

 

 

 

「楢原って本当に凄いわね」

 

 

「そうそう、どこかのバカな代表とは違って」

 

 

島田は俺を誉めて、それに明久が雄二をバカにする。

 

 

ヒョンッ

 

 

明久の耳にシャーペンが飛んできて、ギリギリ外れた。

 

 

「明久、次は目だ」

 

 

雄二の手にはシャーペンが。お巡りさん、犯人はあいつです。

 

 

「本当に勝てるのか?」

 

 

原田が俺を疑う。

 

 

「そもそもお前が勝利の鍵なんだよ」

 

 

「…………あれか」

 

 

原田は思い出したように呟く。そう、秘密兵器その1だ、お前は。

 

 

「ねぇねぇ、僕は?」

 

 

「なんだ戦力外」

 

 

「戦力すらならないッ!?」

 

 

明久はダメだろ………。

 

 

「ワシも出ていよいのか?」

 

 

「ああ、期待してる」

 

 

秘密兵器その2だ。可愛いなおい。

 

 

「俺も大樹のおかげで恥をかかなくて済むぜ」

 

 

雄二も秘密兵器その3だ。こいつも調きょ……改造済みだ。

 

 

「この勝負に勝って、メイドさんに奉仕してもらうぞおおおォォ!!」

 

 

「「「「「おおォッ!!」」」」」

 

 

「僕も霧島さんのメイド姿を見てm

 

 

何か隅っこで明久が姫路と島田に説教されてた。

 

 

________________________

 

 

「それではAクラス対Fクラスの7本勝負を始めます」

 

 

学年主任の高橋(たかはし)先生が立会人だ。

 

 

「それでは一人目の方、どうぞ」

 

 

「アタシから行くよ」

 

 

Aクラスは優子が登場。

 

 

「では行ってくるのじゃ」

 

 

Fクラスは秀吉を出した。

 

 

「対戦科目は?」

 

 

「古典じゃ」

 

 

「秀吉、あんたじゃアタシには勝てないわよ」

 

 

優子は秀吉に忠告する。ふっふっふ。

 

 

「姉上よ。大樹は凄い奴じゃよ」

 

 

秀吉は笑みを浮かべる。

 

 

「この時を予測していたのじゃからな!」

 

 

「「試獣召喚(サモン)!」」

 

 

古典

 

Aクラス

 

木下 優子 387点

 

 VS

 

Fクラス

 

木下 秀吉 231点

 

 

Bクラス戦からずっと古典だけ勉強させていたかいがあったぜ!

 

 

ざわざわッ

 

 

Aクラスが騒ぎだす。

 

 

「FクラスなのにBクラスの上位レベルはあるぞ!?」

 

 

「ヤバイんじゃないのか!?」

 

 

「結婚してくれー!」

 

 

とりあえず、最後の奴は後で殺る。

 

 

「参る!」

 

 

ガキンッ!!

 

 

「くッ」

 

 

秀吉の召喚獣が持っている薙刀が優子の召喚獣に当たった。

 

 

「このッ!」

 

 

優子は秀吉に攻撃するが、当たらない。

 

 

「こっちは毎日戦争三昧だ。操作技術なら俺たちが上だ」

 

 

だが、

 

 

ガキンッ!!

 

 

古典

 

Aクラス

 

木下 優子 142点

 

 VS

 

Fクラス

 

木下 秀吉   0点

 

 

負けてしまった。

 

 

「勝者、Aクラス」

 

 

高橋先生が判定結果を告げる。

 

 

「すまんのじゃ」

 

 

秀吉が残念そうに帰ってきた。

 

 

「見よ!Fクラスの仲間よ!」

 

 

俺は大声でFクラスに向かって言う。

 

 

「Fクラスである秀吉はAクラスにあそこまで戦って見せた!」

 

 

俺は優子の召喚獣の点数に指を差し

 

 

「FクラスでもAクラス相手にあそこまで減らせるのだ!」

 

 

俺は手を広げて叫ぶ。

 

 

「俺たちFクラスは、Aクラスに勝てる!!」

 

 

ざわざわッ

 

 

Fクラスは騒ぎ出す。

 

 

「そうだ!俺たちならできる!」

 

 

「この勝負!勝てるぞ!」

 

 

「秀吉!結婚しt

 

 

須川、確保。

 

 

これでFクラスの士気は上がった。そして

 

 

ざわざわっ

 

 

Aクラスも騒いでいる。そう、不安を煽ったのだ。俺たちが後少しで勝つところを見てしまえば当然不安になる。これで相手の士気を落とす。

 

 

「大樹よ、ありがとうなのじゃ」

 

 

「お、おう」

 

 

秀吉に超可愛い笑顔でお礼を言われた。秀吉は男。男男男男男男男男男………

 

 

「二人目の方、お願いします」

 

 

「あたしが行くわ」

 

 

Aクラスからは………アリアだ。

 

 

「ふっ、明久。行ってこい」

 

 

「任せて」

 

 

Fクラスからは明久をだす。既に明久には指示を出している。

 

 

「先生、対戦科目はそのままでお願いします」

 

 

「ッ!」

 

 

明久の言葉にアリアは驚愕した。そう、俺は知っているぞ、アリア。

 

 

「始めてください」

 

 

「「試獣召喚(サモン)!」」

 

 

古典

 

Aクラス

 

神崎・H・アリア 50点

 

 VS

 

Fクラス

 

吉井 明久      7点

 

 

 

武偵高校でいつも古典の授業の時にいつも寝ていることを知っているのだ………か………ら……

 

 

「ぎゃふんッ!」

 

 

アリアの召喚獣は武偵高校の制服に似た制服を着ており、その上に鎧が少しついた召喚獣だった。アリアの召喚獣は2本の剣で明久の召喚獣を斬った。

 

 

「勝者、Aクラス」

 

 

明久は吹っ飛び、高橋先生が判定結果を告げる。

 

 

「……………原田」

 

 

「なんだ?」

 

 

「奴を縛り上げろ」

 

 

________________________

 

 

「……………」

 

 

明久は死んだ。さぁ次行こうか。

 

 

「三人目の方、前へどうぞ」

 

 

「じゃあ、僕が行こうかな」

 

 

「………俺が行く」

 

 

こっちからはムッツリーニが。Aクラスの奴は………!?

 

 

「工藤 愛子(くどう あいこ)です。よろしくね」

 

 

危険な奴が来たぞ……!

 

 

「教科は何にしますか?」

 

 

「………保健体育」

 

 

ムッツリーニの得意科目だ。

 

 

「土屋君だっけ?随分と保健体育が得意みたいだね?」

 

 

工藤はムッツリーニに話しかける。

 

 

「でもボクだってかなり得意なんだよ?………君とは違って」

 

 

や、ヤバい!

 

 

 

 

 

「実技で、ね♪」

 

 

 

 

 

ゴバッ!!

 

 

「「ムッツリーニ!!」」

 

 

ムッツリーニは大量の鼻血を吹き出した。俺と明久はムッツリーニに駆けつける。って明久はいつの間に復活した!?

 

 

「そっちのキミ、吉井君だっけ?勉強苦手そうだし、保健体育で良かったら教えてあげようか?」

 

 

あ、明久!危ないッ!!

 

 

 

 

 

「もちろん実技で」

 

 

 

 

 

ゴバッ!!

 

 

明久も鼻血を吹き出した。

 

 

「吉井には永遠にそんな機会なんて来ないから、保健体育の勉強なんて要らないのよ!」

 

 

「そうです!永遠に必要ありません!」

 

 

「どうしてそんな悲しいこと言うの2人とも……」

 

 

島田と姫路の言葉に涙を流す明久。哀れだな、おい。

 

 

「キミも教えようか?」

 

 

「俺?」

 

 

やっべ、標的にされた。

 

 

「実技でいいなら、ね」

 

 

「お願いします」

 

 

ゴッ!!

 

 

ドガッ!!

 

 

「ぐふッ!?」

 

 

美琴に殴られ、アリアに蹴り飛ばされた。

 

 

「いい加減始めてください」

 

 

高橋先生に怒られた。

 

 

________________________

 

 

「実践派か理論派のどちらが強いか見せてあげるよ」

 

 

工藤は笑みを浮かべて言う。

 

 

「ムッツリーニ……」

 

 

明久は名前を呼ぶ。鼻から血が大量に出てるけど。

 

 

「………心配するな、必ず勝つ」

 

 

ムッツリーニは俺たちに親指を立てる。顔全体が血塗れで、鼻血が止まっていない。

 

 

「「試獣召喚(サモン)!」」

 

 

保健体育

 

Aクラス

 

工藤 愛子 446点

 

 VS

 

Fクラス

 

土屋 康太 572点

 

 

 

「………加速」

 

 

シュバッ!!

 

 

「………加速、終了」

 

 

戦いは一瞬で終わった。

 

 

保健体育

 

Aクラス

 

工藤 愛子   0点

 

 VS

 

Fクラス

 

土屋 康太 572点

 

 

 

「そ、そんな……!この、ボクが……」

 

 

工藤は床に膝をつく。

 

 

「勝者、Fクラス」

 

 

「「「「「おおォ!!」」」」」

 

 

さすがムッツリーニ。保健体育は強い。

 

 

「次の方、準備をしてください」

 

 

「私が行きますッ」

 

 

こちらからは姫路。

 

 

「それじゃあ私が行くわ」

 

 

向こうは久b………は?

 

 

 

 

 

「美琴……だと……!?」

 

 

 

 

 

予想が外れた。

 

 

「科目はどうしますか?」

 

 

「総合でお願いします!」

 

 

姫路は総合科目を選んだ。

 

 

「振り分け試験では失敗したけど、もう大丈夫よ」

 

 

美琴は自信を持って言う。嫌な予感がした。

 

 

「「試獣召喚(サモン)!」」

 

 

総合科目

 

Aクラス

 

御坂 美琴 5449点

 

 VS

 

Fクラス

 

姫路 瑞希 4409点 

 

 

 

マジかよ中学生……。常盤台ってどんだけ凄いんだよ。

 

 

美琴の召喚獣は細長いレイピアの様な武器を持ち、超強そうな鎧を着ていた。

 

 

________________________

 

 

「これで終わりよッ」

 

 

ズバンッ!!

 

 

美琴の召喚獣の攻撃が姫路の召喚獣に当たった。

 

 

総合科目

 

Aクラス

 

御坂 美琴 2235点

 

 VS

 

Fクラス

 

姫路 瑞希    0点

 

 

 

「勝者、Aクラス」

 

 

これで1勝3敗。全勝はどこ行きやがった。

 

 

「あと一勝よ、大樹」

 

 

美琴は余裕の表情で笑っていた。

 

 

「………………………やっべ」

 

 

ピンチだ。そうピンチだ。そしてピンチ。

 

 

 

 

 

勝てるのかな………これ。

 

 




ヒロインは優子か工藤で決まりそうですね。


異世界は問題児か魔法科高校のどちらかですね。


アンケートに協力してくださった方々、ありがとうございます。


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勝利と敗北と俺達の戦いはこれからだ


続きです。



【化学の問題】

 

圧力の単位を表す記号:【Pa】の読み方を答えなさい。

 

 

楢原 大樹の答え

 

パスカル

 

 

先生のコメント

 

正解です。

 

 

 

原田 亮良の答え

 

Paンツ(笑)

 

 

先生のコメント

 

あとで職員室に来るように。

 

 

 

吉井 明久の答え

 

Parfect air

~完全を追い求めた空気~

 

 

先生のコメント

かっこよく書いてもダメです。それとPerfectが正しい英語です。

 

 

________________________

 

 

前回のあらすじ!

 

秀吉可愛い、ペロペロ。明久?何それおいしいの?ムッツリーニは最強だった。姫路は可愛いので許す。

 

やべぇ……全くわからん。

 

 

「………3対1でAクラスがあと1勝で勝ち」

 

 

「ここからは無敗で行くぞ」

 

 

ムッツリーニの言葉を聞き、真剣になる俺。

 

 

「5回戦を始めます」

 

 

「佐藤 美恵 (さとう みほ)です」

 

 

「原田 亮良だ」

 

 

Aクラスからは眼鏡をかけた女の子が。こちらからは秘密兵器(原田)を。

 

自己紹介を互いにして、前に出る。

 

 

「教科は?」

 

 

「数学で」

 

 

原田は数学を選んだ。

 

 

「ねぇ楢原」

 

 

島田に名前を呼ばれた。

 

 

「原田って」

 

 

「ああ、全ての教科が30点以下の原田だ」

 

 

「え」

 

 

「まぁ心配するな」

 

 

俺は島田に大丈夫だと伝える。

 

 

「始めてください」

 

 

「「試獣召喚(サモン)!」」

 

 

数学

 

Aクラス

 

佐藤 美恵 378点

 

 VS

 

Fクラス

 

原田 亮良 891点

 

 

 

まぁこれだけは例外だから。

 

 

「「「「「んなッ!?」」」」」

 

 

「嘘ッ!?」

 

 

全員が驚愕していた。数学が得意な島田よりも高い点数だからな。

 

 

亮良の召喚獣は防弾ベストを着ており、SATのような装備だった。

 

 

「おりゃッ」

 

 

腕輪を発動させる原田の召喚獣。原田の召喚獣の手には

 

 

 

 

 

「ロケットバズーカ、発射」

 

 

 

 

 

ドゴオオオオオオッ!!!

 

 

佐藤の召喚獣が巨大な爆発に包まれた。

 

 

「「「「「うわぁ……」」」」」

 

 

生きてるわけがない。あの威力で。

 

 

数学

 

Aクラス

 

佐藤 美恵   0点

 

 VS

 

Fクラス

 

原田 亮良 891点

 

 

「勝者、Fクラス」

 

 

「よっし」

 

 

原田は小さくガッツポーズをした。

 

Eクラスの試召戦争でその点数を見たときはびっくりしたぜ。

 

 

「これで2勝じゃな」

 

 

「ああ、あと2回勝てば俺たちの勝ちだ」

 

 

秀吉と雄二はそんな会話をしていた。

 

 

「6回戦目を始めます」

 

 

「僕が行こう」

 

 

やっと出てきやがった。久保 利光(くぼ としみつ)。学年次席だ。

 

 

「そろそろ俺の出番だな」

 

 

「頑張って、大樹」

 

 

明久から応援をされる。

 

 

「君が負けると全てが水の泡になるよ」

 

 

プレッシャーをかけやがった。

 

 

「余裕で勝ってくるから待ってろ」

 

 

俺は前に歩く。

 

 

「対戦科目は」

 

 

「楢原君、総合科目で戦わないか?」

 

 

「なんだと?」

 

 

俺の言葉をさえぎり、久保は総合科目を提案する。

 

 

「君はFクラスのリーダー的存在だ。そんな人と全力で戦いたいのだよ」

 

 

「……………」

 

 

雄二のライフは0となった。

 

 

「いいぜ。その安い挑発に乗ってやるよ」

 

 

俺の本気を見せてやるよ。

 

 

「高橋先生、総合科目を」

 

 

「わかりました」

 

 

「試獣召喚(サモン)!」

 

 

総合科目

 

Aクラス

 

久保 利光 4118点

 

 

先に久保が召喚獣を出した。あれ?少し点数が高い。

 

 

「試獣召喚(サモン)!」

 

「「「「「……ぷ」」」」」

 

 

アッハッハッハッ!!!!

 

 

俺の召喚獣が出た瞬間にみんなが笑いだした。

 

 

「ま、マッチ棒って……!」

 

 

美琴、やめて。

 

 

「しか、も……大きいの、一本だけ……!」

 

 

アリア、笑わないで。

 

 

「どんだけ低い点数とったんだよ!」

 

 

あとで原田は処刑だ。

 

 

「まぁ今の内に笑うだけ笑っておけ」

 

 

俺は俺の召喚獣の上に出てきている点数を見る。

 

 

「もう笑えなくなるからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

総合科目

 

Fクラス

 

楢原 大樹 6298点

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「はあああァァ!?」」」」」

 

 

「ば、馬鹿な!?」

 

 

全員の驚きの声が教室全体に響く。久保も目を疑っている。

 

 

「腕輪、発動!」

 

 

マッチ棒は2本となり、二刀流となる。

 

 

「チェックメイトだ、久保」

 

 

ズバンッ!!

 

 

総合科目

 

Aクラス

 

久保 利光    0点

 

 VS

 

Fクラス

 

楢原 大樹 6298点

 

 

一撃必殺。

 

 

「勝者、Fクラス」

 

 

「「「「「わあああッ!!」」」」」

 

 

歓声が俺を称える。

 

 

「あと1勝だ!野郎共!!」

 

 

「「「「「おおォ!!」」」」」

 

 

これで3対3だ。

 

 

「すごいです!楢原君!」

 

 

「まぁな」

 

 

姫路が喜ぶ。俺は雄二の方へ向かい

 

 

バチンッ

 

 

「決めてこい、雄二」

 

 

「まかせろ」

 

 

ハイタッチをした。

 

 

________________________

 

 

「それでは最後の方、前にどうぞ」

 

 

高橋先生に言われ雄二と対戦相手の霧島が前に出てきた。

 

 

「大樹よ」

 

 

「ん?」

 

 

可愛い秀吉に名前を呼ばれる。

 

 

「雄二は霧島に勝つことは出来るのか?」

 

 

「無理」

 

 

「だよねー。そうじゃなきゃ雄二は霧島さんと戦わないよねってえええェェ!?」

 

 

明久、気付くの遅い。

 

 

「ただし、正面から戦ったらの話だがな」

 

 

俺はそう言ってニヤリっと笑う。

 

 

「対戦科目は?」

 

 

 

 

 

「教科は日本史、内容は小学生レベルで方式は百点満点の上限有りだ!」

 

 

 

 

 

ざわざわッ

 

 

Aクラス、Fクラスもざわつく。

 

 

「上限ありだと!?」

 

 

「当然満点じゃないか」

 

 

「秀吉!俺とけっk

 

 

やっと、つーかーまーえーたー。

 

 

「吊るせ」

 

 

「御意」

 

 

Fクラスにそいつのお仕置きを任せておいた。

 

 

「分かりました。2人は教室を移動してください」

 

 

雄二と霧島は教室を出ていった。

 

 

「坂本君は何でこの勝負を?」

 

 

「霧島の弱点を突くためだ」

 

 

姫路の疑問に俺は答える。

 

 

「霧島は一度覚えたことは忘れないらしい」

 

 

「えぇ!?それじゃあ雄二に勝ち目は」

 

 

「あるんだよ、それが」

 

 

明久の言葉を否定する。

 

 

「明久、大化の改新は何年に起きた?」

 

 

「鳴くよウグイス、大化の改新だから794年

 

 

「秀吉、大化の改新は何年に起きた?」

 

 

「ろ、645年じゃ……」

 

 

「……………」

 

 

明久、強く育てよ。

 

 

「だけど霧島は625年で覚えてしまっているらしい」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

「?」

 

 

もう!明久君しっかりして!!

 

 

「だから、大化の改新の年号の問題が出たら霧島は間違えて、雄二の勝ちってことだ!」

 

 

「あ、そっか!」

 

 

「皆、モニターが映ったぞ」

 

 

原田に言われ、皆はモニターを見る。画面にはテストを受けている雄二と霧島が映っていた。

 

 

「ちなみに雄二は一度、このテストを受けさせたことがある」

 

 

俺はモニターを見ながら言う。

 

 

「そして雄二は53点だった」

 

 

「「「「「え」」」」」

 

 

「大丈夫だ。その後は勉強させたから」

 

 

これで準備は整った。

 

 

「あ!大化の改新、年号の問題が出たわ!」

 

 

島田は指を差し、皆に知らせる。

 

 

「Fクラス諸君よ!我々の時代の幕開けだ!!」

 

 

「「「「「うおおおォォ!!」」」」」

 

 

これでAクラスは手に入る!

 

 

________________________

 

 

 

「それでは点数を発表します」

 

 

高橋先生の手には採点済みテストを持っている。

 

 

「まずはFクラスから」

 

 

頼むぜぇ……

 

 

 

 

 

「100点」

 

 

 

 

 

「「「「「うおおおォォォ!!!」」」」」

 

 

「よっしゃああァ!!」

 

 

計算通り。調教してよかったぜ。………あ、改造してよかったぜ。

 

 

「Aクラスの点数」

 

 

Aクラスが発表された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「100点」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっしゃあああええええェェェ!?!??!」

 

 

「何だって!?」

 

 

霧島が100点!?これには俺と雄二は驚愕していた。

 

 

「雄二」

 

 

霧島が雄二の名前を呼ぶ。

 

 

 

 

 

「645年、美琴に教えて貰った」

 

 

 

 

 

しまったあああああァァァ!!!!

 

 

「残念だったわね、大樹」

 

 

美琴は腰に手を当て、自慢気に言う。

 

 

「たまたま昨日、翔子が歴史の問題で間違いがあったから教えてあげたわ」

 

 

その問題が、よりによって大化の改新……

 

 

「引き分けの場合はどうなるのじゃ?」

 

 

「………保険で高橋先生に俺はこう言ったはずだ」

 

 

秀吉の質問に答える。

 

 

 

 

 

「小細工無し、試召戦争をやることを」

 

 

 

 

 

「そ、そんな!?」

 

 

明久は焦る。真っ正面からAクラスと試召戦争なんて勝てるはずがない。いや、

 

 

「俺達なら勝てる。そうだろ、皆!!」

 

 

「「「「「おォッ!!」」」」」

 

 

既に俺がFクラスの士気をさっきから上げていたかいがあったぜ。

 

 

「正々堂々、真っ正面から叩きのめしてやるぞおおおおォォォ!!!」

 

 

「「「「「おおおォォ!!」」」」」

 

 

「あの、楢原君」

 

 

「あ、はい?」

 

 

高橋先生に呼ばれて振り返る。

 

 

「明日は試召戦争はできませんよ」

 

 

「な、なんで!?」

 

 

「土曜日ですから」

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

あ、士気が下がっていく。

 

 

「ど、土日は得意科目を勉強してこい野郎共!!」

 

 

「「「「「お、おおォ!!」」」」」

 

 

最後は微妙な空気で終わった。

 

 

________________________

 

 

「正直勝てる気がしない」

 

 

「「「「「え」」」」」

 

 

放課後、俺と明久、雄二、秀吉、姫路、島田、原田、ムッツリーニの8人で作戦会議をしていたが、俺は衝撃の一言を言った。

 

 

「やっぱ卑怯な手を使って行こうか」

 

 

「返して!さっきまで大樹がかっこいいと思っていた僕の純粋な気持ちを返して!!」

 

 

勝負に負けた明久が怒っていやがる。解せぬ。お前が勝っていればこんな事にならなかったのに。

 

 

「まぁ雄二には策があるんだろ?」

 

 

「まぁな」

 

 

俺と雄二は笑みをうかべる。

 

 

「その作戦は当日に言う。今まで試召戦争の連戦でみんな疲れているから土日はゆっくりしてくれ」

 

 

「そうだね。それがいいy

 

 

「明久。勿論勉強するよな?」

 

 

「……………」

 

 

雄二の質問に沈黙する明久。いや、お前は本気でヤバいぞ。

 

 

「あ、その前に皆さん。私、クッキーを焼いt

 

 

「原田、お前が全部食っていいよ」

 

 

姫路は箱を取り出したのを俺は見逃さなかった。すかさず俺は原田を犠牲者として出す。

 

 

「え、いいのか!?それじゃあ遠慮無く」

 

 

「おい!?今じゃなくt

 

 

パクッ

 

 

バタンッ

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

「どうしたの原田?」

 

 

島田は原田に呼び掛ける。返事がない。ただの屍のようだ。

 

 

「も、もう原田君ったら。美味しすぎるからって寝ちゃダメだよ」

 

 

明久、そのフォローはダメなんじゃ……

 

 

「美味しすぎだなんて、そんな……」

 

 

姫路は恥ずかしそうに頬を赤くする。通じたよ…。

 

 

「俺達………生きてるかな…………」

 

 

無事に明日を迎えれるかどうかの戦いが始まった。

 





現在、ヒロイン候補の票は優子が多いですね。

アンケートは2日後に締め切ります。


異世界は『問題児』が少し『魔法科高校』より多いです。

同様にこのアンケートも2日後に締め切ります。


協力お願いします。


感想や評価、アンケートをして下さると嬉しいです。



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休日と勉強と猫の女の子

気が早いですがアンケートで一位の優子フラグを立てます。


続きです。


【現代国語の問題】

 

『』のひらがなを漢字で書きなさい。

 

彼女の『むね』は『ひんにゅう』だ。

 

 

楢原 大樹&吉井 明久の答え

 

胸、貧乳

 

 

先生のコメント

 

正解です。さすがに不正解の人は居ないでしょう。

 

 

 

島田 美波&木下 優子&御坂 美琴&神崎・H・アリアの答え

 

 

喧嘩売ってのか!!!

 

 

先生のコメント

 

!?

 

 

 

________________________

 

 

「暇だ」

 

 

俺はリビングのソファに寝転がる。今日は日曜日だが暇で暇で仕方ない。土曜日はどうやって過ごしたんだって?姫路の料理が美味しすぎて土曜日はずっと夢の中だったぜ。

 

 

「ひーまーだー」

 

 

美琴とアリアは居ない。起きたら居なかった。どこかへ遊びに行ったのだろう。

 

 

「暇だな」

 

 

美琴とアリアがくれたお金でどこかに行ってもいいが、これといって行きたい場所がない。なんだ今の発言。ヒモだ、ヒモじゃねぇか。女の子からお金を貰うなんて。

 

 

「……………寝る」

 

 

することはこれしかなかった。

 

 

________________________

 

 

「「大樹」」

 

 

美琴とアリアは俺の名前を呼ぶ。なぜか2人はウェディングドレスを着ていた。

 

 

「「私たち、結婚するの!」」

 

 

「!?」

 

 

俺は驚愕した。美琴とアリアの隣には別々の男性が手をつないでいた。

 

 

「「じゃあね、大樹」」

 

 

「ま、待ってくれ」

 

 

知らない男と手を繋いで、2人は走って行き、どんどん遠ざかっていった。

 

 

________________________

 

 

 

「行かないでええええェェェ!!!美琴おおおおォォォ!!!アリアあああァァァ!!!」

 

 

「「うるさいッ!!」」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「あべしッ!?」

 

 

腹部に強烈な痛みが走った。

 

 

「あ、あれ?」

 

 

俺の目の前には私服を着た美琴とアリアがいた。

 

 

「ウェディングドレスはどうした!?」

 

 

「はぁ………少し落ち着きなさい」

 

 

アリアは溜め息を吐き、俺は状況を整理する。

 

 

「あの男は誰だ!!」

 

 

「落ち着きなさいって言ってるでしょ!!」

 

 

ゴンッ

 

 

「いてッ!?」

 

 

アリアに頭を殴られる。あ。

 

 

「夢だったのか…」

 

 

「どんな夢見てるのよ、あんた」

 

 

美琴は呆れていた。

 

 

「ん?」

 

 

俺は2人の後ろに誰かが居るのが見えた。

 

 

「………………秀y、優子じゃないか」

 

 

「分かって貰えてよかったわ」

 

 

ごめんなさい。お願い、首を締めないで。

 

 

「そ、それに工藤と霧島も来ていたか」

 

 

「やぁ楢原君、お邪魔しているよ」

 

 

「こんにちは」

 

 

工藤と霧島もいた。

 

 

「ねぇ楢原君」

 

 

優子が俺に質問する。

 

 

「どうしてアタシだけ下の名前で呼ぶのかしら?」

 

 

「ん?秀吉がいるんだから優子だろ?」

 

 

「説明になってないわよ」

 

 

「木下が二人居るから?」

 

 

「疑問で返さないでちょうだい」

 

 

何かさっきから怒られてばっかだな。

 

 

「俺は俺。優子は優子。OK?」

 

 

「全く分からないわ……」

 

 

日本語って難しい。

 

 

「優子って呼ばれるのは嫌か?」

 

 

「べ、別にそう言うわけではないけど…」

 

 

「そういえばどうして家に?」

 

 

俺は疑問に思っていたことを聞く。

 

 

「勉強会よ」

 

 

美琴が答える。

 

 

「何で?」

 

 

「試召戦争で負けないためよ」

 

 

なるほど。ここは妨害するべきかな。

 

 

「邪魔したら風穴」

 

 

「やだなぁ、そんなことするわけないじゃないか」

 

 

あっぶねー!!アリア怖いわー。

 

 

「じゃあ俺はスーパーで夕飯の食材買ってくるわ」

 

 

「悪いわね」

 

 

「別にいいよ。ゆっくり勉強しな」

 

 

アリアに大丈夫なことを伝えて、俺は買い物に行くことにした。

 

 

________________________

 

 

「「「……………」」」

 

 

明久&姫路に遭遇した。さて

 

 

「何か言い残すことは?」

 

 

「待つんだ大樹。僕らはデートをしていたわけじゃない」

 

 

「吉井ー」

 

 

島田が走ってこちらにやって来た。ほう

 

 

「両手に花か…」

 

 

「待つんだ!その携帯電話を下ろして!!」

 

 

FFF団を呼ぼうとしていた。が

 

 

「メールを送っておいた」

 

 

「さらばッ!!」

 

 

ガシッ

 

 

「どこに行くんですか、吉井君」

 

 

「そうよ。クレープおごってくれる約束でしょ」

 

 

「僕の命はお金じゃかえないよおおおォォォ!!!」

 

 

いや、メールなんか送ってねぇよ。ただ、今日のデートはいつ殺されるか分からないようなドキドキな状態でデートしてください。

 

 

「島田、姫路」

 

 

俺は2人を呼ぶ。

 

 

「この先にゲームセンターがある。そこで賭け事をやって下の名前で呼び合えるように勝負してみたら?」

 

 

「「!!」」

 

 

2人は明久の腕を掴み

 

 

「吉井!ゲームセンターに行くわよ!」

 

 

「えぇ!?」

 

 

「吉井君!早く行きましょう!」

 

 

「クレープは!?」

 

 

「「そんなことどうでもいいわよ(です)!!」」

 

 

「はいいいい!?」

 

 

ゲームセンターのある方角の道を明久は引きずられていった。

 

 

________________________

 

 

「ただいまー」

 

 

「あ、おかえり」

 

 

リビングに入ると、テーブルに勉強道具が広げられて、その回りを囲むように皆座って勉強をしていた。

 

美琴がおかえりと言う。

 

 

「今日はどうするの?」

 

 

アリアに夕飯の内容を聞かれる。

 

 

「ハンバーグにしようかな」

 

 

「ももまんは!?」

 

 

「デザート用に作っておく」

 

 

どんだけももまん好きなんだよ。

 

「楢原君が料理するのかい?」

 

 

「そうだが?」

 

 

工藤の質問に答える。

 

 

「僕も食べてみたいなぁ」

 

 

「材料なら余るほどあるから作ろうか?」

 

 

「じゃあお願いするね」

 

 

「了解ー。優子と霧島は?」

 

 

「愛子が食べるならアタシも食べてみたいかな」

 

 

「私も食べてみたい」

 

 

「あいよー」

 

 

俺はキッチンに行き、調理を開始した。

 

 

「えーと、肉に醤油、玉ねぎ、ワイン、リンゴ、ハチミツ、バター、うなぎ、バニラエッセンス

 

 

「「ちょっと待って」」

 

 

優子と工藤に止められる。

 

 

「どうした?」

 

 

「今、何を作っているのかしら?」

 

 

「え?ハンバーグだけど?」

 

 

俺は優子に不思議な質問をされた。

 

 

「気にしないほうがいいわよ、優子、愛子」

 

 

アリアが2人に何か言っている。俺は水で食材を洗っていて、水の音で2人の会話は聞こえない。

 

 

「あれでも味は保証するわ………」

 

 

「認めたくないけどね……」

 

 

アリアと美琴が嫌な顔をしていた。はて、なぜだ?

 

 

________________________

 

 

 

「「何これ!?」」

 

 

夕飯が出来上がり、みんなで食べていたら優子と工藤が声をあげた。

 

 

「何であんな無茶苦茶な食材を選んだのにこんなに美味しいのよ!?」

 

 

優子は悔しそうな顔をする。食べながら。

 

 

「しかもハンバーグが白いという常識はずれなのに!」

 

 

優子の箸はスピードを上げる。

 

 

「お、落ち着いて食べろよ?」

 

 

「美味しいわよ!バカ!!」

 

 

えぇー……。

 

 

「楢原君は一体何者なの……」

 

 

工藤には引かれていた。

 

「楢原」

 

 

霧島に呼ばれる。

 

 

「料理を教えてほしい」

 

 

雄二のためか。愛されてるな~。羨ましいくてあいつを殺しちゃいそう☆

 

 

「おう、いいぜ」

 

 

何故だ。俺は二つ返事で承諾してしまった。

 

 

「うぅ………」

 

 

おや?優子の様子が?いや、進化じゃねーよ。ポ◯モンか。

 

 

「あぁ!?」

 

 

美琴が何かに気付いた。

 

 

「大樹に後で飲ませようと思っていたお酒が!?」

 

 

「はい今大変なこと聞きましたよ俺」

 

 

何考えてたんだよ!

 

 

「もういやッ!!」

 

 

優子が声をあげる。

 

 

「アタシも楽して生きた~い~!!」

 

 

「「「「えぇ!?」」」」」

 

 

「優子?」

 

 

優子が壊れた!?

 

 

「ゆ、優子?」

 

 

「大樹!!」

 

 

「は、ひゃい!!」

 

 

優子に大声で名前を呼ばれてびっくりする。って大樹?楢原はどうした?

 

 

「アタシ、初めて異性のひ、とに名前、で呼ばれたわ」

 

 

「は、はぁ………そうですか」

 

 

「もうッ!!バカぁ!!」

 

 

「……………」

 

 

どないせいっちゅうねん。

 

 

「だ、誰か助けて」

 

 

俺は助けを求める。

 

 

「ほら、しっかりして優子」

 

 

工藤が助けに入る。

 

 

「………………」

 

 

「ね、寝ちゃったみたい」

 

 

「………俺って嫌われてんのか?」

 

 

ソファで気持ち良さそうに優子は寝ていた。

 

 

________________________

 

 

「ただいまー」

 

 

霧島と工藤を家まで送った。そして

 

 

「まだ起きていないわ」

 

 

美琴は苦笑いしながら言う。優子はまだ寝ていた。

 

 

「明日は大丈夫かよ……」

 

 

「敵なら普通は喜ぶと思うけど?」

 

 

既にパジャマに着替えたアリアが聞く。てかピンクのチェック超可愛いんだが。

 

 

「俺はAクラスとは正々堂々真っ正m

 

 

「「嘘ね」」

 

 

ポーカーフェイスとか俺には無理だった。

 

 

「心配くらいするよ。俺だって人だ」

 

 

「体の構造上はね」

 

 

アリアは俺を何だと思っているのだろうか。

 

 

「大樹が人間かどうかは置いといて」

 

 

いや、置くなよ美琴。

 

 

「どうするの?」

 

 

「俺がおんぶして送るよ。秀吉に電話してあるから問題ない」

 

 

俺は優子をおんぶした。その時

 

 

ギュッ

 

 

「うぐッ!?」

 

 

首をとんでもない力で締められた。

 

 

「し、死んじゃうッ……」

 

 

「ちょッ!?い、一旦下ろしなさい!」

 

 

アリアに言われた通りに、俺はソファに優子を再び寝させる。

 

 

「ぶはッ!!し、死ぬかと思った!!」

 

 

「こ、これは厄介ね……」

 

 

死因がおんぶになるところだったぜ。

 

 

「それじゃあ、お姫様だっ………銃を下ろしてほしいのですが?」

 

 

美琴とアリアは拳銃を俺の眉間に押し付けてきた。怖いよ。

 

 

「もう打つ手無しになるぞ?」

 

 

「………今日だけよ」

 

 

美琴はそう言って銃を下ろす。

 

 

「そうね。今日だけよ」

 

 

アリアも銃を下ろす。なんだよ今日だけって。今日は見逃して、明日は殺すってことなの?

 

 

「よっと」

 

 

俺は優子をお姫様だっこする。優子は羽のように軽かった。

 

 

「すぐ帰る」

 

 

「「1分で帰ってきなさい」」

 

 

「行ってきまーす」

 

 

聞かなかったことにした。だって無理だろ?

 

 

________________________

 

 

 

「「……………」」

 

 

俺と秀吉は沈黙し続ける。

 

 

「秀吉」

 

 

「無理じゃ」

 

 

事件発生。優子が俺に抱きついて離れない事件。別に自慢じゃねぇよ。

 

 

「と、とりあえず姉上を部屋まで連れて行ってくれぬかのう」

 

 

「了解」

 

 

秀吉の家にお邪魔して、優子の部屋に入る。

 

そして、優子をベッドに寝かせる。

 

優子は手を離してくれた。

 

 

「やっとか」

 

 

「姉上が迷惑かけたのう」

 

 

「いや、優子は何も悪くない」

 

 

俺に酒を飲ませようとした美琴と首謀者のアリアが悪い。何で飲ませようとしたんだ、あいつら。

 

 

「楽して生きたい……か」

 

 

優子が言っていた言葉を思い出す。

 

 

「姉上が言っておったのか?」

 

 

「ああ」

 

 

「姉上は学校では猫かぶっておるからのう」

 

 

優等生を演じる。秀吉とは全く違う演技。

 

 

「やめるつもりは?」

 

 

「皆から期待されておるせいでそんなことはできないのじゃろう」

 

 

期待。

 

周りの奴等は成績優秀やスポーツ万能な人をすぐに頼る。だが、それは信頼されているからという美しく甘いモノではない。

 

奴等は自分のために他人を利用するのだ。

 

俺は知っている。自分のテストの点数を上げるために成績優秀者の時間を割いて、勉強を教えてもらうことを。

 

俺は知っている。体育会で自分が最下位になりたくないからスポーツができる者に走らせることを。

 

やりたくないならやめればいい?ああ、そうだな。やめれば解決だ。

 

 

ふざけんじゃねぇよ。

 

 

世の中はそんなに簡単な仕組みで動く世界じゃない。

 

勉強を教えることを断れば批判されるに決まっているだろうが。

 

体育会でも同じだ。「あーあ、あいつが走っていたら優勝できたのに」と責任転嫁される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

期待は人を傷つける拷問道具だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「明日の試召戦争は絶対に勝つぞ」

 

 

「大樹………」

 

 

「姉ちゃん救うぞ」

 

 

「!」

 

 

秀吉は目を見開いて驚く。

 

 

「じゃあまた明日な、秀吉」

 

 

そう言って俺は家を出る。外は街灯がないと、何も見えばいほど暗い。

 

 

【道徳の問題】

 

みんなから期待されている優等生を救う、解決方法は?

 

 

楢原 大樹の答え

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Aクラスを一人残らず全員を叩きのめす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は強く右手を握り締めた。




もし工藤が優子の票を越した場合はちゃんと工藤にフラグを立てます。

感想や評価をくれると嬉しいです。


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バカと天才と取り戻す正義

続きです。


【道徳の問題】

 

今日の試召戦争の意気込みを書いてください。

 

 

楢原 大樹の答え

 

最弱を舐めんじゃねぇッ!!

 

 

先生のコメント

 

この一週間、あなた達Fクラスを見て、評価を改めようと思いました。

 

 

 

吉井 明久の答え

 

大画面でゲームをしたいです。

 

 

 

先生のコメント

 

あなたの評価は改めません。

 

 

________________________

 

 

ー月曜日ー

 

 

Fクラス VS Aクラス

 

 

試召戦争当日

 

 

【Aクラス作戦会議の様子】

 

 

「今からFクラスの要注意人物を挙げていきます」

 

 

優子はモニターを指差ししながら説明する。

 

 

「学年主席レベルの姫路さん」

 

 

モニターに姫路の顔が映し出される。

 

 

「保健体育、学年一位の土屋君」

 

 

次にムッツリーニの顔が映し出される。

 

 

「数学だけが以上に高い、原田君」

 

 

原田の顔(以下略)

 

 

「そして最も注意すべき人物が」

 

 

大樹の顔が大きく映しだされる。

 

 

「大k………楢原君です」

 

 

(((((今、下の名前で呼ぼうとしたな……)))))

 

 

Aクラス全員がそんなことを思った。

 

 

「彼の点数は教師より高い点数を持ち、学年主任を越えている可能性があります」

 

 

ざわざわッ

 

 

「ですが、彼らを注意すれば必ず勝てます」

 

 

優子はモニターを新しい画像に変える。

 

 

「それでは細かい作戦内容を説明します」

 

 

優子は試召戦争の作戦をAクラスのみんなに説明するのであった。

 

 

________________________

 

 

【Fクラス作戦会議の様子】

 

 

「よーし、じゃあAクラスを手に入れたら1番最初に『ア◯と雪の女王』を大きなモニターで見ることに決定だ」

 

 

「「「「「異議なーし」」」」」

 

 

俺の言葉にみんなは賛同した。

 

 

「おい!?作戦会議をするって言っているだろ!?」

 

 

雄二が怒鳴り声を上げる。

 

 

「雄二はトラ◯スフォーマーを見たかったのか?」

 

 

「違うわッ!!」

 

 

「ねぇみんな。マリ◯パーティーをやるのはどうかな?」

 

 

「「「「「それだ」」」」」

 

 

「うぜえええェェ!!」

 

 

明久の素晴らしい提案にFクラスは全員賛成した。雄二は頭を抱えて叫ぶ。

 

 

「悪いが俺の作戦はもう決めているんだ」

 

 

「俺が決めるんじゃなかったのか?」

 

 

雄二は不機嫌な声を出す。

 

 

「あー、違う違う。最後だけ俺とお前らとは別に行動するんだ」

 

 

俺は否定する。

 

 

「4人だけ。指名した人物を俺に指示させてくれ」

 

 

「はぁ?」

 

 

俺は雄二に向かって言う。

 

 

 

 

 

「Aクラスは今日から俺達だ」

 

 

 

 

 

そして、俺は笑顔で告げるのであった。

 

 

________________________

 

 

こうして試召戦争は始まった。

 

 

 

「Aクラスの突撃部隊は作戦通りお願いします!」

 

 

優子の指示でAクラスの人は動きだす。

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

だがAクラスは驚愕した。

 

 

 

 

 

「散開いいいィィィ!!!」

 

 

「「「「「うおおおォォ!!」」」」」

 

 

 

 

 

Fクラスの連中は代表である雄二の掛け声とともに、窓から飛び降りた。

 

 

 

 

 

「「「「「はぁいッ!?」」」」」

 

 

Fクラスの常識を逸した行動にAクラスは驚愕する。

 

 

「お、おい!!あれを見ろ!!」

 

 

Aクラスの一人が気付く。

 

窓からロープが伸びていることを。Fクラスはロープを使って逃げたのだ。

 

 

「追いかけろ!!」

 

 

Aクラスの1人がそう言って、突撃部隊は階段を降りる。

 

 

「!」

 

 

モニターを見ていたアリアが何かに気付く。

 

 

 

 

 

「罠よ!!逃げなさい!!」

 

 

 

 

 

「遅いぜ」

 

 

大樹は階段を降りた先からAクラスに向かって言う。

 

 

「Fクラス、楢原 大樹」

 

 

「同じくFクラスの木下 秀吉は」

 

 

「「Aクラス10人に勝負を申し込む!!」」

 

 

上からは秀吉が降りてくる。Aクラスを挟み撃ちにした。

 

 

「Fクラスが2人だけでAクラスに勝てると思うなよ!」

 

 

「竹中先生!召喚許可を!」

 

 

Aクラスの呼び掛けに近くにいた国語科の先生である竹中先生が古典のフィールドを展開させる。

 

俺たちが待機させて置いた教師だ。

 

 

「「「「「試獣召喚(サモン)!」」」」」

 

 

古典

 

Aクラス

 

モブ×10 平均261点

 

 VS

 

Fクラス

 

楢原 大樹 455点

 

木下 秀吉 349点

 

 

 

「「「「「んなッ!?」」」」」

 

 

本当なら400なんて越えれねぇけど、今日のテストは調子がよかったぜ。それより秀吉が土日でここまで上げるのがびっくりした。

 

 

「行くぞ!!」

 

 

俺の召喚獣は腕輪を使ってマッチ棒を2本にする。

 

 

「二刀流式、【阿修羅の構え】」

 

 

召喚獣に俺の技をさせる。

 

 

「【六刀暴刃(ろっとうぼうは)】!」

 

 

シュシュンッ!!

 

 

本来ならカマイタチがでるのだが、召喚獣じゃ出来ないので高速の速さで6体の召喚獣をマッチ棒でぶん殴った。

 

6体の召喚獣は一瞬で0点になった。

 

 

「くそッ!ならこっちに逃げ

 

 

「通さぬのじゃ!」

 

 

バシュンッ!!

 

 

秀吉の召喚獣の攻撃が相手の召喚獣に当たる。相手は俺の方に飛ばされる。

 

 

「ほい」

 

 

ドゴッ!!

 

 

そして、空中に舞っている相手の召喚獣をマッチ棒で叩きつけて0点にする。

 

 

「一気に決めるのじゃ!!」

 

 

ズバンッ!!

 

 

秀吉の召喚獣は残りの3体をまとめてなぎ払う。一体は0点になったが、まだ2体が空中で点数を残して飛んでいる。

 

 

「ラストッ!」

 

 

ドゴッ!ドゴンッ!!

 

 

 

俺はそれを逃さず、マッチ棒で空中にいる2体を吹っ飛ばす。

 

 

古典

 

Aクラス

 

モブ×10   0点

 

 VS

 

Fクラス

 

楢原 大樹 455点

 

木下 秀吉 349点

 

 

無傷でまとめて倒した。

 

 

「そ、そんな……」

 

 

Aクラスは信じられないモノを見たかのように顔を青くしていた。

 

 

「戦死者は補習ッ!!」

 

 

そして、Aクラスの連中は鉄人に連れていかれた。

 

 

「Aクラスが来る前に逃げるぞ」 

 

 

「わかったのじゃ!」

 

 

そう言って俺は窓から外に逃げ、秀吉は廊下を駆けていった。

 

 

「何よ………これ……」

 

 

優子は階段で起きたことをモニターで見ていた。

 

 

「Aクラスの突撃部隊がFクラスの2人だけにやられたの!?」

 

 

声をあげて起こったことを言う。信じられなかった。

 

あの突撃部隊は文系が平均的に高い人達だった。なのに大樹と弟である秀吉のたった2人にやられた。

 

それだけではない。

 

 

「誰1人も団体を作らず、拡散して逃げている…」

 

 

Fクラス全員は1人で行動しているのだ。代表までもが。成績が低くて、単独行動が危険だというのに。

 

 

「大変だッ!!」

 

 

Aクラスの情報伝達をしている男子が慌てて教室に入ってきた。

 

 

「伏兵が全部やられた!!」

 

 

「なんですって!?」

 

 

使われていない教室などに待機させて置いた生徒が全員やられたらしい。7人もやられたことになる。

 

 

「Fクラスが5、6人の集団で襲いかかって来た!俺はその光景を見たんだ!」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

相手はバラバラで単独行動をしている。それなのに集団で攻撃してきたという。

 

 

「そ、それでも僕達の成績では簡単にはやられないはずだよ!」

 

 

工藤が無理だと言う。2桁の点数で300点近い者に勝てるわけが

 

 

 

 

 

「それがあいつらは全員100点は越えていたんだ!!」

 

 

 

 

 

「「「「「はぁッ!?」」」」」

 

 

FクラスがDクラス並の点数を取っていることを耳を疑った。

 

 

「………分かったわ」

 

 

美琴が呟く。

 

 

バチッ!!

 

 

一瞬だけ電気が弾けるような音が響いた。

 

 

「これで大丈夫よ」

 

 

「え?」

 

 

美琴の言葉に理解できない優子。

 

 

「あいつらは無線を使っていたわ」

 

 

「「「「「!」」」」」

 

 

「やってくれるじゃない」

 

 

美琴とアリアはこの状況に焦りを感じていた。

 

 

_______________________

 

 

【元リーダー視点】

 

 

坂本 雄二は屋上にいた。ていうか喧嘩売ってんのか?現リーダーだぞコラ。

 

 

「ちッ、無線を破壊されたか」

 

 

大樹とムッツリーニの持ってきた無線を使ってFクラスを指示していたのだ。

 

バラバラになったら、相手は集団で攻めてくるという概念を捨てる。それを利用した。

 

 

「だが、これで全部の伏兵を潰したな」

 

 

俺はムッツリーニに調べてもらったAクラスの生徒の得意科目と不得意科目が簡単に記された紙を開く。

 

Fクラスは土日で得意科目を勉強させたのは100点以上を取らせるため。

 

そして、Aクラスの不得意科目をFクラスの得意科目である奴らを戦わせたのだ。

 

伏兵は散開させているFクラスを使い、見つけるのは簡単だった。

 

結果は成功。

 

 

「ここが安全だと大樹は言ってたな」

 

 

警戒して、代表には近づかない。そう言っていた。

 

 

「………誰も来ない」

 

 

偵察に行っていたムッツリーニが帰ってきた。

 

 

「ムッツリーニ。グランドにあれを投げてくれ」

 

 

コクッ

 

 

ムッツリーニはうなずき、黒くて丸い物体を取り出す。そして、火をつけて、グランドに投げる。

 

 

プシュウウウウゥゥゥ!!

 

 

グランドに投げた黒い物体から白い煙があがった。

 

 

________________________

 

 

【Aクラス】

 

 

「ぐ、グランドに何かが投げられたぞ!!」

 

 

「何かの合図ね」

 

 

Aクラスの男子が声をあげる。アリアはその煙が何かの合図だと分かった。

 

 

「何か仕掛けてくる前に決着をつけたほうがいいんじゃないかな」

 

 

久保は提案する。Fクラスの代表は屋上にいることは分かっていた。

 

 

「あまり下手に動かないほうがいいと思うわ」

 

 

優子は冷静に言う。だが

 

 

「俺達ならすぐに倒せる!」

 

 

Aクラスの男子生徒は大声を出す。

 

 

「ダメ。優子の指示に従って」

 

 

霧島が拒否する。

 

 

「いやです、俺達は行きますよ!おい、行くぞ!」

 

 

だが、無視して教室を出ていった。女の子も合わせて5人が出ていった。

 

 

「調子に乗っているFクラスなんかすぐに倒してきますよ」

 

 

5人が廊下に出た。

 

 

 

 

 

「「「「「いらっしゃ~い」」」」」

 

 

 

 

 

「「「「「ひッ!?」」」」」

 

 

ピシャッ!!

 

 

「「「「「なッ!?」」」」」

 

 

Aクラスは驚愕した。Aクラスの教室の前には大人数のFクラスが潜んでいた。そして、ドアは閉められてしまった。

 

 

「は、はやく助けるわよ!」

 

 

アリアが急いでドアを開けようとする。だが

 

 

「押さえつけられてる!?」

 

 

全く動かなかった。

 

 

「アリア!!」

 

 

美琴が後ろから呼ばれる。アリアは一瞬で理解した。

 

 

「「やあッ!!」」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

美琴とアリアは息を揃えて同時にドアに蹴りをかました。ドアは見事に蹴り破れた。

 

 

「………遅かったわね」

 

 

アリアは顔を歪めた。

 

 

数学

 

Aクラス

 

モブ×5   0点

 

 

 

既に遅かったことを。

 

 

「戦死者は補習ッ」

 

 

西村先生はAクラスの5人を運んでいた。

 

Fクラスはもうどこにも居なかった。

 

 

________________________

 

 

【Fクラス】

 

 

「残り28人か」

 

 

「まだまだ多いよ」

 

 

雄二と明久はそんな会話をする。

 

 

「こちらにはまだ戦死者は出ていません」

 

 

姫路はFクラスの人数を確認し、戻ってくる。

 

 

「すごいわね。Aクラスとここまで戦えるなんて」

 

 

島田は素直に感心する。現在Fクラス全員は屋上に集合している。

 

 

「だが失うモノもある………」

 

 

「………今は我慢」

 

 

大樹とムッツリーニは落ち込んでいた。大樹が無線機を買い、ムッツリーニが改造した。それを一瞬で美琴に破壊された。

 

 

「大丈夫かのう……」

 

 

「あとでガ◯ガリ君をおごってやればいいだろ」

 

 

秀吉は心配していたが、雄二は冷たかった。アイスだけに。…………ごめんなさい。

 

 

「それよりここに集まって大丈夫なの?」

 

 

明久は不安になりながら聞く。

 

さっきの煙はAクラスから警戒している奴らを教室の入り口で袋叩きする合図だ。えげつねぇ……。

 

その後は屋上に集合するまでが作戦だった。

 

「Aクラスは警戒しているから不用意に攻めてこないだろう」

 

 

雄二は大丈夫だと明久に伝える。

 

 

「それじゃあ次の作戦を伝えるぞ」

 

 

「あ、雄二。そろそろ準備をしたい」

 

 

雄二の言葉をさえぎって大樹は大樹の作戦の用意をしたいと目で訴える。

 

 

「そうだったな。じゃあ予定通りあの4人を連れていけ」

 

 

俺の作戦をさっき聞いた雄二は楽しそうに笑みをうかべるのであった。

 

 

________________________

 

 

【Aクラス】

 

 

「Fクラスが自分の教室に移動したことを確認しました」

 

 

偵察部隊が帰ってきた。

 

 

「人数は?」

 

 

「全員かと思われます」

 

 

また訳の分からない行動を取り出した。Aクラスのみんながそう思っていた。

 

だが、それは戦争前ならそう考えるだろう。

 

今のAクラスはFクラスの行動の1つ1つが恐怖に変わりつつあった。

 

 

「要注意人物は?」

 

 

「姫路さん、土屋君、楢原君の3人は確認できました」

 

 

あの3人は動かなかった。だが原田は居なかった。しかし、数学フィールドはFクラスに展開され、Aクラスには保健体育。廊下は日本史が展開しているので大丈夫なはず。Fクラスは守りを固めたのかもしれない。

 

 

「久保君、愛子をリーダーにして、合計18人で攻めてください」

 

 

これはAクラス代表の霧島と美琴とアリア。そして優子が考えた作戦だ。

 

 

「楢原君が出てきた場合は久保君ができるだけ引き付けてくれます。その間に他の人はFクラス代表を討ち取ってください」

 

 

「土屋君が出た場合は?」

 

 

Aクラスの人から質問が上がる。

 

 

「僕が戦うよ」

 

 

工藤が質問に答える。

 

 

「僕なら足止めはできるからね」

 

 

足止め。Fクラス相手に足止めしかできない状況になっている。そのことにAクラスは嫌な顔を何人もしていた。

 

「それではお願いします」

 

 

優子の合図でAクラスはドアの前に敵が居ないか確認して、Fクラスに向かった。

 

 

「Aクラスが来たぞ!!」

 

 

Fクラスは教室に立てこもっていた。

 

 

「ドアを上手く使って敵の侵入を防ぐんだ!」

 

 

明久の声が響く。

 

教室の入り口で試召戦争が始まった。

 

 

「しまった!?」

 

 

Fクラスはどんどんやられていく。

 

 

「後ろから一気に攻めるんだ!」

 

 

久保の指示により、Aクラスは後ろのドアを一気に攻撃した。

 

 

「ゆ、雄二!突破された!!」

 

 

明久は突破された瞬間、後ろに下がり、Aクラスの一斉攻撃を避けた。

 

雄二の目の前には明久、楢原、姫路、秀吉、土屋、の5人の護衛がいた。

 

 

「ここは数学のフィールド。僕達の勝ちだ」

 

 

理由は分からないが、幸運なことに原田が居なかった。たとえ、Aクラスに向かったとしても、保健体育の先生がいる。土屋がここにいるなら関係ない。楢原は数学が大の苦手。そう久保は考えていた。

 

 

「こっちには姫路がいるんだぞ?」

 

 

「Aクラス17人に勝てるとでも?」

 

 

あんなに守ったのにAクラスは1人しか倒せなかった。

 

 

「なら明久がいる」

 

 

「待って今僕の名前を出す理由が分からない」

 

 

「行け!明久!お前なら余裕だろ!!」

 

 

「無理に決まってるだろうが、バカ雄二!!」

 

 

「チェックメイトだよ」

 

 

「いや」

 

 

久保の言葉に雄二は笑って否定する。

 

 

 

 

 

「チェックメイトはお前らのようだな」

 

 

 

 

 

________________________

 

 

「Aクラスに島田と原田が接近しています!」

 

 

見張りをしていた女子生徒は言う。

 

 

「残念だけど数学はこっちに無いわよ。社会科の福原先生に召喚許可を貰って撃退してください」

 

 

優子の指示で6人は2人を撃退しに行く。

 

 

「福原先生!召喚許可を!!」

 

 

「承認します」

 

 

日本史のフィールドが展開する。

 

 

 

 

 

ニヤリッ

 

 

 

 

原田と島田は笑っていた。

 

 

「「「「「試獣召喚(サモン)!」」」」」

 

 

「嘘………」

 

 

優子の背筋が凍った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本史

 

Aクラス

 

モブ×6 平均310点

 

 VS

 

Fクラス

 

島田 美波? 1679点

 

原田 亮良?   32点

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ど、どういうことだよ……!?」

 

 

Aクラスの6人の内、1人が声を出す。声は震えていた。

 

 

「ばーかッ」

 

 

島田がそう言った瞬間

 

 

ドゴンッ!!

 

 

日本史

 

Aクラス

 

モブ×6    0点

 

 VS

 

Fクラス

 

島田 美波? 1679点

 

原田 亮良?   32点

 

 

 

一瞬にしてAクラスはやられた。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「「「「!?」」」」

 

 

島田がAクラスのドアを蹴り破った。

 

 

「やっほー、作戦失敗したな」

 

 

島田の声ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大樹……!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

優子は声を出した。

 

 

「正解」

 

 

「う、嘘よ……!?」

 

 

優子は信じられなかった。

 

 

ベリベリッ!!

 

 

 

 

 

島田と原田は顔の皮膚を剥いだ。

 

 

 

 

 

「変装!?」

 

 

アリアが驚愕した。

 

 

島田の正体は大樹。原田の正体は

 

 

「………やられたわ」

 

 

美琴はため息を吐く。

 

 

 

 

 

前の世界で理子に教えてもらった変装術。

 

 

 

 

 

原田の正体は保健体育最強のムッツリーニだった。

 

 

________________________

 

 

「そんな……」

 

 

久保は膝をついた。

 

 

「やられちゃったね…」

 

 

工藤は平気そうな声で言うが、内心では最悪な気分だった。

 

 

数学

 

Aクラス

 

久保 利光     0点

工藤 愛子     0点

 

モブ15      0点

 

 VS

 

土屋 康太? 1098点

 

姫路 瑞希   426点

 

吉井 明久    71点

 

楢原 大樹?  281点

 

木下 秀吉    49点

 

坂本 雄二   305点

 

 

 

ベリベリッ

 

 

ムッツリーニと大樹は正体を証す。

 

 

「変わり身の術ってとこか?」

 

 

雄二は笑顔でAクラスに言ってやった。

 

 

 

 

 

大樹は島田で、ムッツリーニは原田だった。

 

 

 

 

 

________________________

 

 

 

「「「「「試獣召喚(サモン)!」」」」」

 

 

保健体育

 

Aクラス

 

霧島 翔子      344点

 

木下 優子      306点

 

御坂 美琴      479点

 

神崎・H・アリア   461点

 

 VS

 

土屋 康太      996点

 

楢原 大樹      895点

 

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

Aクラスの4人は驚愕した。ついでに俺も。

 

ムッツリーニの点数がおかしい。完全記憶能力を持った俺を越えている。やべぇ、土日に何があった。

 

 

「そんな……」

 

 

優子の顔が暗くなっていくのが分かった。優子は下を向き、顔をあげなかった。

 

 

「………大樹」

 

 

ムッツリーニが俺を呼ぶ。

 

 

「いいか?」

 

 

コクッ

 

 

ムッツリーニはうなずく。あらかじめムッツリーニに伝えていた作戦を決行していいと許可がでた。

 

 

「なぁ霧島」

 

 

俺はAクラス代表を呼ぶ。

 

 

「俺達と取引しねぇか?」

 

 

 

________________________

 

 

戦争は終結した。

 

 

結果

 

 

Aクラスの降参により、Fクラスが勝利した。

 

クラスは当然変えられた。

 

 

「ふざけるなッ!!」

 

 

FクラスとなったAクラスの連中が怒鳴り声をあげる。周りも批判していた。

 

 

 

 

 

Aクラス代表の霧島と作戦指揮の優子に向かって。

 

 

 

 

 

Fクラスの条件を飲み込むことで戦争を終結させた。

 

 

・クラスの設備を交換すること。

 

 

・3ヶ月間はFクラスであるAクラスに宣戦布告をしないこと。

 

 

メリットは他のクラスなら試召戦争を申し込んでいいという試召戦争許可をもらった。

 

 

「あのまま負けていたら3ヶ月間このクラスにいることになるわ」

 

 

「この後Bクラスに攻めれば設備も良くなる。ずっとこのままのクラスになるよりはマシよ」

 

 

美琴とアリアは訳を説明する。

 

 

「お前達が負けなきゃいいだけだろ!」

 

 

「学年上位のクセに!」

 

 

「今すぐ断れ!」

 

 

無慈悲な言葉が2人に向かって飛ぶ。

 

 

「君達!もうやめないか!」

 

 

「そうだよ、もうこんなこと」

 

 

久保と工藤が仲裁に入る。

 

 

「何で私達が最低設備なのよ!」

 

 

「学年次席もたいしたことないくせに」

 

 

「保健体育以外に関しては俺以下だろがッ!」

 

 

暴言が一方的に飛び交っていた。

 

優子はその光景を見て泣きそうになった。

 

 

(もう………いや……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「黙れッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

ドアを蹴り破られた。

 

 

「いい加減にしとけよクソ野郎」

 

 

 

 

 

大樹が立っていた。

 

 

 

 

 

「何しに来やがった!」

 

 

「黙れというのが聞こえないのか?」

 

 

「ッ!?」

 

 

大声をあげる奴を殺気で黙らせる。

 

 

「そもそも悪いのはお前らだろうが?」

 

 

俺は教室の前の教壇に立つ。

 

 

「階段で要注意人物にあったら逃げろと言われていたのに戦った奴らは誰だ?」

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

こいつら……!!

 

 

「代表の言葉を無視して教室から出てやられた奴らは誰だ?」

 

 

それでも誰も喋らない。

 

 

「なんだよ。劣勢になったら誰も喋らないのか?沈黙し続けるのか?」

 

 

「!?」

 

 

俺は1番暴言を吐いていた奴の胸ぐらを掴んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前らが悪いに決まってるだろうがッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

胸ぐらを掴んだ奴を元の位地に投げ飛ばして、俺は叫ぶ。

 

 

「作戦内容を細かく説明したのは誰だッ!適切な指示を出したのは誰だッ!お前らのために頑張った奴は誰だッ!!」

 

 

一度言ったら、次々と言葉が出てくる。

 

 

「舐めてるのかお前らはッ!成績の良い奴を勝手に頼りにして、勝手に期待してッ!最後は勝手に捨てるッ!勝手に批判するッ!人として恥ずかしくないのかッ!!」

 

 

もうぶちギレていた。

 

 

「敗因はお前らだろうがッ!誰がどう見てもお前らだッ!責任転嫁してんじゃねぇぞッ!!」

 

 

俺はAクラスを睨み付ける。

 

 

「他人に罪を擦り付けんじゃねぇッ!それは立派な犯罪だろうがッ!」

 

 

右手が痛い。強く握りすぎて。

 

 

「学年主席や次席の点数はお前らは取れるのかッ!取れねぇくせに何がその程度だッ!お前らはそれ以下だろがッ!!」

 

 

霧島と久保をバカにしやがって。

 

 

「工藤に保健体育で勝てるやつはいるのか?保健体育でFクラスの最強とまともに戦える唯一の存在だろうがッ!!」

 

 

工藤を使えない扱いしやがってッ!!

 

 

「美琴とアリアに散々暴言吐きやがって、何もできないお前らが批判する権利なんざねぇんだよッ!!」

 

 

美琴とアリアをバカにされた時は腹が立った。

 

 

「優子はお前らに作戦をしっかりと教えていたッ!成功したら勝っていたッ!それをお前ら自身が棒に振ったくせに、ふざけるのもいい加減にしろッ!!」

 

 

優子を責めて責めて責めて傷つけやがって……!!

 

 

 

 

 

「これ以上俺の大切な人を批判してみろ。その時は全員ぶっ潰してやるッ!!!」

 

 

 

 

 

俺は叫んだ。

 

 

「だ…ぃ…………き………!!」

 

 

優子は泣いていた。俺は優子を見て、クールダウンする。

 

 

「今ここで反省できる善意のある奴らは土下座して謝って許してもらえ。そしてBクラスでも戦って勝ってこい」

 

 

俺は教室を出ようとする。

 

 

「もう少し自分で何とかしろ。人を頼ってプレッシャーをかけて苦しませんじゃねぇ」

 

 

そう言って教室を出た。

 

後ろからは大きな声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

謝罪の言葉が。

 

 

 

 

 

 




アンケート結果を活動報告に書きました。

感想や評価をくれると嬉しいです。


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清涼祭と血祭りとメイド祭り

現在のクラス状況

Aクラス教室→Fクラス

Bクラス教室→Aクラス

C 変化なし

D 変化なし

E 変化なし

Fクラス教室→Bクラス


Bクラスェ………


続きです。



【清涼祭アンケート】

 

あなたがやりたいことを自由に書いてください。

 

 

姫路 瑞希の答え

 

クラスメイトと楽しい思い出を作りたいです。

 

 

先生のコメント

 

素晴らしいですね。あなたが楽しい思い出を作れることを祈っています。

 

 

 

楢原 大樹の答え

 

学園長を血祭りにあげる。

 

 

先生のコメント

 

一体あなたと学園長の間に何があったのですか。

 

 

 

原田 亮良の答え

 

学園長の暗殺阻止。

 

 

先生のコメント

 

本当に何があったのですか。

 

 

 

土屋 康太の答え

 

もう悔いは無い。

 

 

先生のコメント

 

紙が大量の血で汚れていて怖いです。

 

 

________________________

 

 

『ありの~、ままの~』

 

 

画面にはENDの文字が映る。

 

 

「うぅ……感動したわ…」

 

 

「心が、温まる話でし、たね…」

 

 

島田と姫路は涙を流しながら感想を言う。俺達元Fクラスは昼休みにAクラスの大画面モニターで映画を見ていた。

 

島田と姫路だけでなく、何人も感動して涙を流す人がいた。

 

 

「借りてきて正解だったな」

 

 

「………面白かった」

 

 

俺とムッツリーニは残り少ないジュースを飲み干した。

 

 

「あ、ジュースおかわり」

 

 

俺はそんなことを言うと

 

 

 

 

 

「「「「「了解です、ボス!」」」」」

 

 

「「「「「はい、ご主人様!」」」」」

 

 

 

 

 

「いや、そんなにいらねぇよ」

 

 

俺の目の前に大量のジュースがテーブルに置かれる。

 

Aクラスとの賭けに勝ったので、Aクラスの人達はメイド服と執事服を着て、俺達を奉仕していた。

 

 

「ボス!メロンソーダーを!」

 

 

「ボス!オレンジジュースを!」

 

 

「ご主人様!赤まむしを!」

 

 

「最後はおかしいッ!!」

 

 

このようにほとんどの連中が俺の奉仕をしている。約1名してないけど。

 

 

「あ、メロンソーダーをくださーい」

 

 

「そこに置いてありますので勝ってに取ってください」

 

 

「……………」

 

 

明久は無表情でメロンソーダーを自分で取りに行く。可哀想に。

 

Aクラスは説教した後からずっとこの調子である。

 

 

「ボス!次は何しましょう!」

 

 

「いや、なにm

 

 

「赤まむしですか!?分かりました!」

 

 

「お前どんだけ赤まむし好きなんだよ!?」

 

 

何この子!?怖い!!

 

 

「………女の子に囲まれて嬉しそうね」

 

 

「え?これが?赤まむし飲まされそうになっているこの状況が?」

 

 

女の子に無理矢理飲まされそうになっています。美琴の発言に正気を疑った。って

 

 

「ムッツリーニ!!」

 

 

「もう撮っている」

 

 

さすがムッツリーニ!仕事が速い!そして鼻血が出ているぞ!

 

美琴はメイド服を着ていた。短いスカートとニーソの絶対領域がエロく、スカートや袖のフリフリが可愛い!一生俺の専属メイドになってほしい。

 

 

「鼻の下を伸ばしすぎよ」

 

 

美琴の後ろからアリアが俺に声をかける。

 

 

「ムッツリーニ!!!」

 

 

「終わった」

 

 

さすがだ!もう撮り終わったのか!さっきより鼻血の勢いが強いぞ!

 

アリアもメイド服を着ていた。この子も私の専属メイドにしてくれ。

 

 

「ムッツリーニ、いくらだ?」

 

 

「………最高級のカメラをくれた大樹からお金は取らない」

 

 

「我が友よ!!」

 

 

ムッツリーニは美琴とアリアが写った写真をくれた。一生宝物にする。

 

 

「うへへへ(^q^) 」

 

 

「おい、ヨダレが垂れてるぞ」

 

 

おっと。雄二の注意を聞き、俺はヨダレを拭う。

 

 

「雄二様」

 

 

メイド服を着た霧島は雄二のところへ行く。

 

 

「何なりとお申し付けください」

 

 

「じゃあコーラをもr

 

 

「ズボンを脱ぐのですね。かしこまりました」

 

 

「なぜだッ!?」

 

 

「……………ポッ」

 

 

「変えろ!メイドを変えてくれ!」

 

 

霧島は頬を赤く染め、雄二は叫んでいる。うるせぇ……。

 

 

「そういえば何でも1つ言うことを聞くはどうなったんだ?」

 

 

ポップコーンを食べながら原田は疑問を口にする。

 

 

「清涼祭で合同AクラスとBクラスで出し物をすることにした」

 

 

「ほう、勝手に決めたのか?」

 

 

俺の一言に雄二は気に入らなかったみたいだ。手にはバットを持っている。おい、どこから取り出した。

 

 

「雄二が霧島に卑猥なことお願いしようとしていたから俺が健全なモノに変えたー」

 

 

ダッ(雄二が逃げ出す)

 

 

ダッ(FFF団が雄二を追いかける)

 

 

……………………ギャアアアァァ!!

 

 

死んだか。

 

 

「さすがボス!俺達のために合同でしてくれるなんて」

 

 

「ご主人様、かっこいいです!」

 

 

「赤まむs

 

 

「しつこいッ!!」

 

 

もうやだ嫌いこの子。

 

 

「はーい、楢原君注目ー」

 

 

「ん?どうした……!?」

 

 

工藤の声がしたので振り返る。そこには

 

 

 

 

 

「あ、あんまりジロジロ見ないで……」

 

 

 

 

 

ゴバッ!!

 

 

俺の鼻から鼻血が出た。もの凄い勢いで。

 

優子はメイド服を着ていた。それだけではない。

 

 

 

 

 

優子は猫耳と尻尾をつけていた。

 

 

 

 

 

「む、ムッツリーニ……」

 

 

「………まだ撮影中……!!」

 

 

あのムッツリーニがまだ撮影中だと!?しかも口から血が流れている!?どれだけ可愛いんだ優子!!

 

 

「「その手があったか……!」」

 

 

美琴とアリアは教室を出ていった。何か忘れモノでもしたのか?

 

 

「だ、大樹君」

 

 

優子が倒れている俺に話しかける。

 

 

「ど、どう……かな?」

 

 

「結婚してくれ」

 

 

「ッ!?」

 

 

バチンッ!!

 

 

「あふんッ!?」

 

 

「もうッ!バカッ!!」

 

 

優子は顔を真っ赤にさせて俺をビンタした。そして罵倒。我々の業界ではご褒美です。

 

 

「「だ、大樹」」

 

 

美琴とアリアの声がした方に顔を向ける。もう帰って来たのか。

 

 

「がはッ!?」

 

 

吐血した。

 

 

 

 

 

なんと犬耳と尻尾をつけた美琴とウサ耳と尻尾をつけたアリアがいた。そう、2人………2匹のエロ可愛い天使がいた。

 

 

 

 

 

「似合ってるかな、大樹?」

 

 

「嫁に来てくれ」

 

 

「ッ!!」

 

 

ドゴンッ!

 

 

「うぐッ!?」

 

 

「嬉しいけど……バカッ!!」

 

 

顔が真っ赤になった美琴に腹を殴られた。わ、我々の業界ではご褒美です。

 

 

「ねぇねぇ、あたしは?」

 

 

「超可愛い」

 

 

「違うッ!!」

 

 

ギュッ!!

 

 

「ぐぇッ!?」

 

 

アリアは怒っていた。首を締められている。わ、我々の業界では…………拷問………です。

 

 

「なんであたしだけ可愛いのよ!?」

 

 

どゆこと!?アリアの言葉が理解できない。

 

 

「ま、毎朝俺の味噌汁を作ってくれ」

 

 

「あんたのほうが美味しいわよッ!!」

 

 

「俺の愛人になってくれ」

 

 

「風穴あああァァ!!」

 

 

天使に殺されかけた。

 

 

「可愛いは………エロは…………正義ッ」

 

 

ムッツリーニも殺された。

 

 

 

________________________

 

 

 

「俺がガン◯ムだ!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「何事だい!?」

 

 

俺は学園長室のドアを蹴り破った。

 

 

「楢原 大樹、呼ばれたので来ました」

 

 

「もっと丁寧に入れんのかね!!」

 

 

「お・こ・と・わ・り♪」

 

 

「「キモい………」」

 

 

「……………」

 

 

俺の言葉がキモかったらしい。学園長と原田は息があった。

 

 

「それで、俺達を呼んだ理由は何ですか、ババァ長。いや、ババァ長」

 

 

「喧嘩売ってんのかい!!」

 

 

ババァ長。藤堂(とうどう)カヲル学園長だ。

 

 

「俺の召喚獣の武器がマッチ棒にした恨みは忘れない……!!」

 

 

「ああ、あれさね」

 

 

なんだよ心当たりがあるのか?

 

 

「武器を考えるのが面倒でねぇ」

 

 

「血祭りだ」

 

 

「待つんだ大樹!カッターは危ない!!」

 

 

原田に止められた。

 

 

「が、学園長!はやく本題をッ!!」

 

 

俺を抑えながら原田は言う。

 

 

「もうすぐ清涼祭が始まるのは知ってるかい?」

 

 

「ああ。学園長を血まみれにする祭だろ?」

 

 

「落ち着けッ!!」

 

 

あひゃ!!コイツハコロス!

 

学園長は溜め息をつく。

 

 

「少しは落ち着いたらどうだい。その試験召喚大会で優勝してほしいさね」

 

 

「はぁ?大会?」

 

 

ババァの言葉を聞き、取り敢えず落ち着く。原田も放してくれた。

 

 

「優勝賞品に大変なものでもあるもか?」

 

 

「なんだい。少しは頭がさえているじゃないかい」

 

 

原田の発言に学園長は少し感心する。

 

 

「何で俺達だ」

 

 

「1番優勝確率が高いからさね。Aクラス相手に勝てたあんたらならね」

 

 

「なるほど。体は腐っても目はいいのか」

 

 

「あんたはホントに口が悪いガキねッ!!」

 

 

シャーロックにも言われたよ、それ。

 

 

「あ、そうだ」

 

 

そして俺は閃いた。

 

 

「じゃあ優勝する代わりにこっちの要望を聞いてほしい」

 

 

「なんだい?」

 

 

「召喚獣の武器のマッチ棒をやめてほしい。カッコ悪くて恥ずかしいんだ」

 

 

「「……………」」

 

 

俺の真剣な目を見て黙る2人。

 

 

「えっとなんだい。少し悪かったさね」

 

 

「分かってくれたらそれでいいです」

 

 

ババァに同情された……。本当にあれは恥ずかしい。

 

 

「じゃあ優勝賞品を渡すということでいいか?」

 

 

「優勝商品の内容は聞かないのかい?」

 

 

「あ、興味無いです」

 

 

「そ、そうかい」

 

 

チケットと腕輪ですよね、知ってます。

 

 

「それじゃあ楢原の召喚獣の武器とかは変えておくさね」

 

 

「あざーすッ」

 

 

これでマッチ棒とはおさらばだ。ひゃっふー。

 

 

________________________

 

 

「はい、20コイン払って、5個目のスターをゲット」

 

 

「また大樹!?」

 

 

「明久!まずは大樹のキ◯ピオを潰すぞ!」

 

 

「スター5個目って追い付けるのか!?」

 

 

俺の最強キノ◯オに勝てるわけがない。俺は明久、雄二、原田とゲームをしていた。

 

もちろん、Aクラスで。

 

 

「何やってんのよ、あんたたちは」

 

 

「あ、美琴。出し物は決まったか?」

 

 

美琴は呆れて溜め息をつく。

 

 

「Aクラスでメイド喫茶をして、Bクラスで執事喫茶をやることになったわ」

 

 

「………準備は完璧」

 

 

ムッツリーニはもうカメラを用意していた。

 

 

「大樹は試験召喚大会に出るの?」

 

 

アリアもこちらに来た。

 

 

「ああ、原田と一緒に出るよ。美琴とアリアは?」

 

 

「もちろん出るわよ」

 

 

「美琴と組んだらあたしたちが1位よ」

 

 

美琴とアリアはハイタッチを交わす。

 

 

「大樹君」

 

 

優子がこちらに来て、俺の名前を呼ぶ。

 

 

「Aクラスの人達が大樹君を執事長にしてほしいそうよ」

 

 

「どんだけ俺のこと好きなんだよ、あいつら。まぁ少しくらいは働かないといけないし、やってもいいぜ」

 

 

いろんなことを経験しておいて損はない。

 

 

「売上金はどうするのじゃ?」

 

 

「焼き肉にでもすればいいんじゃね?」

 

 

「適当じゃのう……」

 

 

俺の言葉に秀吉は苦笑いをする。

 

 

「ていうか喫茶店するのはいいけど厨房は誰がやるんだ?」

 

 

「あ、私がやりますよ」

 

 

姫路が立候補してくれた。…………ん?

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

しまった!?◯リオパーティーに夢中で忘れてた!!

 

 

「み、瑞希ちゃんは可愛いから客の呼び込みをお願いしたいなぁー!!」

 

 

ナイス明久!ってその呼び方は何だ。ゲームの賭けでそう呼ばせたのか姫路は。

 

 

「あ、明久君がそう言うなら……」

 

 

よし、あとでラーメンでも奢ってやろう。

 

 

「アキ、うちも厨房しようかな」

 

 

「うん、美波様は厨房がいいよ」

 

 

「何でうちだけそんなことを言うのよ!!」

 

 

「ぐあッ!?な、何で!?」

 

 

明久の足があり得ない方向に曲がっている。絶対痛いよ、あれ。ていうか様付けって何があった。

 

たぶん、明久は島田が料理ができると思って厨房を勧めたんだろうが、「島田は可愛くないから厨房」っと言われたと勘違いしたのだろう。

 

 

トントンッ

 

 

「ん?」

 

 

誰かに肩を突っつかれた。

 

 

 

「赤まむしです☆」

 

 

「帰れ☆」

 

 

可愛い顔して誘惑すんな。飲まねぇよ。

 

 

________________________

 

 

【清涼祭当日】

 

 

「お帰りなさいませ、お嬢様」

 

 

俺は入店してきたお客様にお辞儀をしながら言う。

 

 

「席の方を案内させていただきます」

 

 

黒いタキシードに似た服を綺麗になびかせながら移動する。

 

 

「ご注文がお決まりましたらお呼びください」

 

 

一礼してその場を立ち去る。急いで厨房に戻る。いや逃げる。

 

 

「ぷはぁ!きっついなおい!!」

 

 

「すごいじゃないか。本当に執事かと思ったぞ」

 

 

料理を作りながら原田は俺を誉める。

 

 

「俺の不細工な顔見て何がいいんだよ。誰得だよ」

 

 

「人気ナンバーワンが何言ってんだよ」

 

 

「え?」

 

 

バカなんじゃないの?

 

 

「お前、後輩から人気なんだぞ」

 

 

「訳が分からん………」

 

 

センス無さすぎだろ。ナッシングセンス。

 

 

「教師どころか学年主任を越える2学年最強がいるからな。みんなお前を気にしているんだよ」

 

 

「あっそ」

 

 

イケメンだからという理由ではないらしい。チッ。

 

 

「俺らのクラスは試験召喚大会って何ペア出るんだ?」

 

 

「俺らだけだけど?」

 

 

「おふう」

 

 

やる気無さすぎだろ。

 

 

「姫路も島田もか?」

 

 

「さっき明久が引きずられてるの見た」

 

 

羨ましい。2人で両手に花だな。

 

 

「大樹、原田。そろそろ大会の時間だぞ」

 

 

雄二が知らせに来てくれた。

 

 

「雄二も出ねぇのかよ」

 

 

「特に目的はないからな」

 

 

「チケットが優勝賞品だぞ?霧島と行かねぇのか?」

 

 

俺は雄二をおちょくる。

 

 

「翔子が取ってきてくれるから問題無い」

 

 

「……………」

 

 

こいつ。開き直りやがったな。

 

 

「チッ、ヒモが」

 

 

「俺は将来ちゃんと働く。そして家庭を支える大黒柱になる予定だ。妻は

 

 

「「爆発しろ!!」」

 

 

俺と原田は捨て台詞を吐き捨て、大会の会場に走って逃げた。

 

雄二が羨ましいと思った瞬間だった。




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試験召喚大会と3年生と相棒


続きです。


【地理の問題】

 

奈良県と京都府、大阪府の3府県にまたがる丘陵に建設が進められている総合都市は?

 

 

楢原 大樹の答え

 

関西文化学術研究都市

 

 

先生のコメント

 

お見事、大正解です。正解者はあなたと3年生の先輩の2人だけでした。

 

 

 

土屋 康太の答え

 

奈京大都市

 

 

先生のコメント

 

そういう考えはもう捨ててください。

 

 

 

吉井 明久の答え

 

超天才頭脳開発研究都市

 

 

先生のコメント

 

それはあなたの願望です。

 

 

_________________________________________________________

 

 

『それでは試験召喚大会を開催します』

 

 

高橋先生はマイクを使って開催宣言をした。

 

 

『それではAブロックの1回戦の第1試合を始めます』

 

 

「大樹、いきなり俺たちだぜ」

 

 

高橋先生の言葉を聞いていた原田は俺に試合が始まることを伝える。

 

 

「対戦相手は?」

 

 

「モニターに出るぞ」

 

 

俺の質問に原田はモニターを見ながら答える。

 

 

Aクラス 楢原 大樹

 

Aクラス 原田 亮良

 

 VS

 

Fクラス 岩下 律子(いわした りつこ)

 

Fクラス 菊入 真由美(きくいり まゆみ)

 

 

あ、元Bクラスだ。

 

 

「元Fクラスなんかに負けないわよ、律子」

 

 

「ええ、ボッコボコにするわ」

 

 

目が本気だぞ、あれ。やつあたりか?

 

 

「それでは始めてください」

 

 

高橋先生がそう言うと、モニターに対戦科目が表示された。

 

 

【生物】

 

 

「あ、得意科目」

 

 

「「「「試獣召喚(サモン)!」」」」

 

 

生物

 

Aクラス 

 

楢原 大樹  831点

 

原田 亮良   27点

 

 VS

 

Fクラス

 

岩下 律子  175点

 

菊入 真由美 169点

 

 

 

「「「「「えぇッ!?」」」」」

 

 

対戦相手だけではなく、観客も驚く。ふはははは。貧弱貧弱~。

 

でも俺の点数の凄さは置いといて。

 

 

「原田」

 

 

「何も言うな」

 

 

「相変わらず低いな」

 

 

「言うなよ!!」

 

まぁうちのクラスの奴らは得意科目以外はそんな感じだからあんまり気にしなくていいけど。

 

俺は召喚獣を動かそうとする。

 

 

「大樹の召喚獣が変わっている!?」

 

 

原田が驚きの声をあげる。俺の召喚獣の装備や武器は変わっていた。

 

武器は銀色に輝いた剣を二刀流で両手に持っており、黒い短ランを着ており、中には白いTシャツを着ていた。

 

 

「おお!なかなかカッコいいじゃないか!」

 

 

「……………大樹」

 

 

「何も言うな」

 

 

「あのTシャツに書かれている文字は何?」

 

 

「言うなよ!!」

 

 

召喚獣の短ランの中に着ているTシャツに文字が書かれていた。

 

 

 

 

 

『紳士』と

 

 

 

 

 

「あれが無ければカッコいいのに……!!」

 

 

俺は唇を強く噛みながら言う。なんだよ紳士って。イギリスでも行ってろ。謎解きでもしてろ。

 

どうやら俺の通う学校の学園長は俺の事が嫌いのようだ。

 

 

「「「「「「ぷッ」」」」」

 

 

対戦相手どころか観客の生徒まで笑いだした。

 

 

『楢原君。学園長から伝言を預かってます』

 

 

何だよ。謝罪か?しても許さねぇけど。

 

 

『腕輪の能力はまだつけてないということです』

 

 

「それだけ?」

 

 

『はい』

 

 

「よくも騙したなあああァァ!!」

 

 

俺は膝を地面につき、自分の手を床に叩きつけて悔しがる。装備はあれで決定みたいだ。

 

 

「何だかよく分からないけどチャンスよ、律子!」

 

 

「ええ!行くわよ!!」

 

 

元Bクラスの2人の召喚獣が俺たちの召喚獣に突っ込んで来る。

 

 

「一刀流式、【風雷神(ふうらいじん)の構え】」

 

 

俺は急いで立ち上がり、召喚獣を操る。

 

俺の召喚獣が左手に持っている剣を腰の鞘に直し、右手に持っている剣を両手に持つ。

 

 

「【覇道華宵(はどうかしょう)】」

 

 

ズバンッ!!

 

 

相手に風のように素早く間合いを詰め、雷のように力強く1本の剣で相手の2体の召喚獣を一刀両断にした。

 

 

生物

 

Aクラス

 

楢原 大樹  831点

 

原田 亮良    0点

 

 VS

Bクラス

 

岩下 律子    0点

 

菊入 真由美   0点

 

 

 

ついでに原田も斬っておいた。

 

 

「おい!?何で俺まで倒した!?」

 

 

「またつまらぬものを斬ってしまった」

 

 

「殴られたいか!!」

 

 

遠慮します。

 

 

『勝者、楢原 大樹』

 

 

「俺は!?」

 

 

高橋先生までボケを始めたか。末期だな、この学園。

 

 

________________________

 

 

「いらっしゃいませ!ご主人様!」

 

 

俺と原田は執事の仕事が今は無いので2回戦が始まるまでAクラスのメイド喫茶で休憩していた。

 

 

「ご注文はどうなさいますか?」

 

 

「じゃあ君の愛情が詰まったオムr

 

 

俺の意識はそこで消えた。

 

 

________________________

 

 

【原田視点】

 

 

あ、大樹が気絶したことによって視点が俺になっちゃたよ。

 

俺の目の前に座っている大樹は注文を聞きに来たメイドさんに口説き始めやがった。まぁ本人は冗談のつもりだったのだろうが

 

 

「アリア。これどうしようか」

 

 

「そうね。捨てましょうか」

 

 

「ええ、アタシはそれに賛成だわ」

 

 

「……………」

 

 

この方たちには冗談には聞こえかったらしい。

 

御坂と神崎と木下姉が大樹を◯◯◯◯で◯◯◯にしやがった。

 

※グロテスクすぎる表現なため、伏せ字にします。

 

注文を聞いた女の子は大樹がやられた瞬間、恐怖で逃げ出した。ごめんね、メイドちゃん。

 

 

「というわけで原田君。これ、借りてくね」

 

 

「あ、はい。どうぞ」

 

 

木下姉に大樹を連れて行っていい許可を出す。さっきから大樹をモノみたいに言われているけど大丈夫かな?

 

3人は大樹を引きずって奥へ消えて行った。

 

 

「あ、注文頼んでねぇや」

 

 

俺はケーキを頼もうと周りを見て、スタッフを探す。

 

 

「はッ、何だここは?Fクラスがこんな場所を使ってんじゃねぇよ」

 

 

教室の入り口の方でそんな声が聞こえた。

 

 

「喧嘩か?」

 

 

俺は入り口まで歩き、様子を伺う。

 

 

「失礼ですがお客様、何かご不満でも?」

 

 

「Fクラスがこんな場所にいるんじゃねぇって言ってんだよ」

 

 

坂本の質問に嫌味を込めて答える男。あの男は2年生では見たこと無い。たぶん3年生だ。

 

 

「喧嘩売ってるのならかってやるぞ」

 

 

坂本の礼儀正しい態度は消え、男を睨み付ける。

 

 

「すぐに暴力に頼るところはさすがバカというところだな」

 

 

「てめぇッ!」

 

 

「ま、待て坂本!」

 

 

殴りかかろうとする坂本を止める

 

 

「ここで問題起こしたらやばいだろうが!」

 

 

「チッ」

 

 

坂本は舌打ちをして、後ろに下がる。

 

 

「悪いがあんたは出入り禁止だ。もう来るんじゃねぇ」

 

 

「Fクラスの分際で調子に乗るなよ2年」

 

 

俺の言葉に男はさらに不機嫌になる

 

 

「バカはバカらしく豚小屋にでもいろよ」

 

 

「何が気に食わない?」

 

 

今の発言に苛立った。

 

 

「頭の悪い奴がこんな豪華なクラスなんかにいるのが間違っていると言ってんだよ」

 

 

「俺たちはAクラスに勝った。それが十分証明しているだろ」

 

 

「それは2年生のAクラスもバカだってことだろ。あいつらも豚小屋に行けばいいのにな」

 

 

「いい加減そのクソみたいにベラベラ喋る口を塞げよ…!」

 

 

もう殴ってしまいたい。バカにしやがって!

 

 

「そろそろ始まるぞ」

 

 

「ああ、今行く」

 

 

男の後ろから声がかかる。その男の知り合いみたいだ。

 

 

「最初はCクラスとの奴らと戦うらしいぞ」

 

 

「!?」

 

 

俺は驚愕した。男たちの会話がおかしかった。

 

 

「なんで対戦相手を知ってんだよ!」

 

 

「あ、こいつ1回戦で出てたやつだ。ほら、お前が気にしている奴。あいつのペアだ」

 

 

俺の質問を無視して、男の後ろにいるやつが俺を見て言う。

 

対戦相手は戦うそのときにならないと分からないはずだ。

 

 

「こいつがあいつと出てんのかよ。ちょうどいいな」

 

 

男は俺を見て笑う。

 

 

「お前の相方に言え。必ず潰すと」

 

 

「!?」

 

 

俺はそいつの言葉にぞっとした。その言葉が重く聞こえた。

 

 

「誰だよ、お前ら」

 

 

俺はそれでも名前だけでも知っておきたかった。

 

 

「3年Aクラス、宮川 慶吾」

 

 

男はそう名乗った。

 

 

「同じく3年Aクラスの長谷川 智紀(はせがわ ともき)だ。慶吾とペアを組んでる」

 

 

Aクラス。さっきから言うだけのことはあるな。

 

 

「じゃあな、ゴミ共」

 

 

悪口を吐きながらそいつは出ていった。

 

 

________________________

 

 

 

【大樹視点】

 

 

「マジで言ってんのか?」

 

 

「だからさっきからそう言っているだろ!もう10回は言っているぞ!」

 

 

俺は美琴たちに説教を受けた後、原田から俺がいない間のことを聞いた。

 

 

「いや、だって………」

 

 

俺は信じられなかった。

 

 

 

 

 

宮川 慶吾は最初の世界にいたあの核爆弾を作った奴だ。

 

 

 

 

 

しかも超がつくほどのアホで、天才科学者学生だ。そんな奴があんな悪キャラなのが想像できなかった。

 

 

「俺も見たぞ。むかつく野郎だったぜ」

 

 

雄二は手に力を入れて、嫌な顔をした。

 

 

「でも何で俺がターゲットにされてんだ?」

 

 

心当たりがなかった。3年生なんて声すら掛けられたことすら無い。

 

 

「そいつらとは何回戦であたるんだ?」

 

 

「ブロックが全然違うから当たるには決勝戦しか無い」

 

 

俺の質問に原田はトーナメント表を見ながら言う。

 

 

「とにかく、負けなきゃいいんだろ」

 

 

「そうだな」

 

 

「よし、それならもう2回戦に行こうぜ」

 

 

「えッ!?その恰好でか!?」

 

 

忘れてた。俺は今、服を着ていない。

 

 

 

 

 

ふ◯っしーの着ぐるみを着ている。

 

 

 

 

 

「ふ、ふな◯しーだよ、ハハッ!」

 

 

「いやふなっ◯ーそんなこと言わねぇよ」

 

 

黒いネズミと被っちまったぜ。

 

 

________________________

 

 

『そ、それでは第2回戦を始めます』

 

 

「始めるなっしーッ!!」

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

俺のモノマネに全員がドン引きする。少しは盛り上がれよ。

 

 

「さ、さすが大樹、ね…!」

 

 

「ほんと、うにやってくれ、るなんて…!」

 

 

元凶の2人がいた。

 

 

Aクラス 楢原 大樹

 

Aクラス 原田 亮良

 

 VS

 

Bクラス 御坂 美琴

 

Bクラス 神崎・H・アリア

 

 

 

対戦相手はこの2人だ。

 

 

「よくも俺をこんな姿になっしー…!」

 

 

「まだ続けんの!?」

 

 

癖がついちゃったよ。

 

 

『それでは始めてください』

 

 

高橋先生は開始の合図をする。

 

 

【世界史】

 

 

よし、また得意科目だ。これなら

 

 

バチンッ!!

 

 

「へ?」

 

 

電気がはじける様な音がした。そしてモニターに変化が起きた。

 

 

【物理】

 

 

「美琴おおおおォォォ!!」

 

 

教科が変わってしまったのだ!これをやってのける人物は1人しかいない!

 

 

 

 

 

能力を使っている美琴。

 

 

 

 

 

「これで大丈夫」

 

 

「俺が良くないよ!?」

 

 

美琴せこい!最近の女の子はここまでずるいのか!

 

 

「「試獣召喚(サモン)!」」

 

 

美琴とアリアは俺たちより先に召喚する。

 

 

物理

 

Bクラス

 

御坂 美琴     541点

 

神崎・H・アリア  681点

 

 

「なっしー!?」

 

 

強すぎんだろ!?なんだよお前ら!!

 

 

「さ、試獣召喚(サモン)!」

 

 

物理

 

Aクラス

 

楢原 大樹 21点

 

 

 

「「「「「Oh………」」」」」

 

 

全員がそんな声をあげた。

 

 

「ま、負けたなっしー」

 

 

「まだ俺の召喚獣を出していないんだが?」

 

 

「……………ふッ、死んだか」

 

 

「ははッ、覚えとけよ大樹」

 

 

原田は両手を広げ、大げさなポーズをとる。

 

 

「試獣召喚(サモン)!!」

 

 

 

 

 

物理

 

Aクラス

 

原田 亮良 937点

 

 

 

 

 

「「「「「はぁッ!?」」」」」

 

 

「さぁ勝負はここからだなっしー」 

 

 

俺は立ち上がり胸を張って堂々とする。原田の点数を見て、美琴もアリアも観客が驚いた。

 

 

「速攻で態度変えてんじゃねぇよ」

 

 

お、俺は知っていたんだからね!本当なんだからね!

 

 

「俺にまかせろなっしー!」

 

 

「そのしゃべり方やめろ!」

 

 

俺は2本の刀を鞘に戻し、召喚獣を突っ込ませる。

 

 

「大丈夫!今の大樹は雑魚よ!」

 

 

美琴は叫ぶ。ひどい。

 

美琴の召喚獣は持っているレイピアを凄い速さで俺の召喚獣に向かって刺してくる。

 

 

「よッ」

 

 

ギリギリで攻撃を避け、そのまま美琴の召喚獣に突っ込む。

 

 

「美琴ッ!」

 

 

アリアの召喚獣が応援に駆け付けて、2本の剣で俺の召喚獣を斬ろうとする。

 

 

ニヤリッ

 

 

俺は笑みを浮かべた。

 

 

「よし、そのままやっちまえ!!」

 

 

「了解!」

 

 

俺は原田に向かって合図を出す。

 

 

「「!?」」

 

 

美琴とアリアも気が付いたみたいだ。だが遅い。

 

すでに原田の召喚獣は巨大なロケットバズーカを構えていた。

 

 

「行けッ!!」

 

 

ドゴオオオオォォォ!!!

 

 

巨大な炎柱が立ち上がった。

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

あまりの威力に観客は目を見開いた。

 

 

物理

 

Aクラス

 

楢原 大樹     0点

 

原田 亮良   937点

 

 VS

 

Bクラス

 

御坂 美琴     0点

 

神崎・H・アリア  0点

 

 

たぶんこの大会では仲良く2人で生き残ることはできないらしい。

 

 

『勝者、Aクラスの楢原君と原田君です』

 

 

「俺だけの勝ちじゃないのかよ!?」

 

 

これが普通なんだけどな。

 

 

「大樹」

 

 

アリアに名前を呼ばれる。

 

 

「あんた、誰と行くの?」

 

 

「何のことだ?」

 

 

「チケット」

 

 

ああ、あれか。

 

 

「俺は行かない」

 

 

「え?行かないの?」

 

 

「ああ、行かない」

 

 

如月ハイランドのプレオープンプレミアムペアチケット。簡単に言うと、このチケットを使うと企業が無理やりそのペアを結婚させるらしい。まだ学生である俺たちには不必要なもの。そして、そんな危ないチケットは消毒消毒。

 

 

「他の遊園地でいいならいつか連れて行ってやる。だから今回は諦めてくれ」

 

 

「「本当!?」」

 

 

「ああ、約束する」

 

 

むしろさせてください。両手に花を持たせてください。

 

ふなっし〇を着ている俺は美琴とアリアは小指同士で繋げないが、約束はする。

 

 

 

 

 

「勝ったの俺だよな?」

 

 

 

 

 

原田の目は死んでいた。

 

 





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試験召喚大会と恐怖の味とたくさんの約束

続きです。


【英語の問題】

 

次の英文を和訳しなさい。

 

The black cat crossed the I front.

 

 

姫路 瑞希の答え

 

黒い猫は私の前を横切った。

 

 

先生のコメント

 

正解です。crossには「横断する」という意味がありますが、この場合は「横切る」を使った方が正しいですね。

 

 

 

吉井 明久の答え

 

ヤ〇トは私の前でクロスした。

 

 

先生のコメント

 

黒い猫は運送会社のヤマ〇ではありません。それとクロスしたとはどういうことですか?

 

 

 

土屋 康太の答え

 

ジ◯は私の前でクロスした。

 

 

先生のコメント

 

魔女の宅〇便の黒猫の〇ジではありません。運送系から放れてください。

 

 

 

原田 亮良

 

黒い猫は私の目の前で殺した。

 

 

先生のコメント

 

「cross」は「殺す」という意味ではありません。

 

 

________________________

 

 

『3回戦を始めます』

 

 

高橋先生の言葉を聞き、俺と原田は前に歩き出す。

 

モニターに対戦表が映しだされる。

 

 

Aクラス 楢原 大樹

 

Aクラス 原田 亮良

 

 VS

 

Bクラス 霧島 翔子

 

Aクラス 坂本 雄二

 

 

 

「「大会出てるじゃん!?」」

 

 

俺と原田は驚愕する。雄二は大会に出場していた。

 

 

「何で嘘つきやがった!」

 

 

「相手に情報を与えるなんてバカなことはしねぇよ」

 

 

原田の質問に雄二はそう答える。

 

 

「本当の理由は?」

 

 

「FFF団に見つからないようにするためだ」

 

 

俺がもう一度尋ねると雄二は本音をぶちまけた。あいつら本気で殺しに来るからな。

 

 

「まぁ雄二、取りあえず………」

 

 

俺と原田は雄二を睨み付ける。

 

 

「「爆発しろ!!」」

 

 

「お前ら泣きながらよく言えたな」

 

 

羨ましい!!こいつ超羨ましいよ!!

 

 

「俺と原田が勝ったらこのことをFクラス奴らに報告する」

 

 

「翔子!本気で行くぞ!!」

 

 

「私は知られても問題無い」

 

 

「俺にはあるんだよ!」

 

 

「じゃあ交換条件を飲んでくれたら頑張る」

 

 

「おう!何だ言ってみろ!」

 

 

「結婚してほしい」

 

 

「重いッ!はやいッ!無理だッ!!」

 

 

何こいつら。夫婦漫才なら他所でやれ。……嫉妬なんかしてねぇよ。

 

 

「じゃあキスして」

 

 

「「あいつマジ殺す」」

 

 

「相手の闘志を燃やさせてどうする!!」

 

 

目の前でイチャイチャしやがって…!

 

 

 

【保健体育】

 

 

 

『それでは始めてください』

 

 

モニターに科目が表示され、高橋先生が試合開始の合図を送る。

 

 

「「試獣召喚(サモン)!」」

 

 

「「坂本殺害(サモン)!!」」

 

 

「おいッ!字が違うだろッ!!」

 

 

保健体育

 

Aクラス

 

楢原 大樹 811点

 

原田 亮良  31点

 

 VS

 

Bクラス&Aクラス

 

霧島 翔子 387点

 

坂本 雄二 301点

 

 

 

「「くたばれえええェェ!!」」

 

 

俺と原田の召喚獣は霧島の召喚獣を無視して雄二の召喚獣に斬りかかる。

 

 

「雄二は死なせない…!」

 

 

SF映画のヒロインを守る主人公のセリフを言う霧島。かっこいいな、おい。

 

 

バシュッ!!

 

 

霧島の召喚獣は原田を斬った。もちろん0点になった。

 

 

「「よっわwww」」

 

 

「うわああああァァァ!!」

 

 

俺と雄二は声に出して笑った。原田はどこかに走って逃げた。あーあ、せっかく30点越えていたのに。

 

 

「さて、本気でいくぜ」

 

 

俺の召喚獣は両手に剣を持ち、構える。

 

 

「気を付けろ翔子。あいつはかなり強いぞ」

 

 

「夫を守るのは妻の役目」

 

 

「よし、もうお前ら手加減なしだ」

 

 

はやく爆発してください。そして爆発しろ。

 

 

「翔子!挟み撃ちだ!」

 

 

雄二と霧島の召喚獣は左右に移動して俺の召喚獣を挟み込む。そして、息の合ったタイミングで同時に攻撃する。

 

 

「二刀流式、【阿修羅の構え】」

 

 

右手の剣を逆手持ちにする。

 

 

「【六刀鉄壁】!」

 

 

ガキンッ!!

 

 

雄二の召喚獣が持っているメリケンサックは逆手持ちにした剣で受け止め、霧島の召喚獣が持っている刀は弾いた。

 

 

「【六刀暴刃】!」

 

 

【阿修羅の構え】の応用技を使い、受け止めていた雄二の召喚獣を前に飛ばし、剣で斬りつけた。

 

 

「雄二ッ!」

 

 

「次は霧島だ!」

 

 

俺は召喚獣を操作して、霧島の召喚獣の後ろをとる。

 

 

「負けない……!」

 

 

ガキンッ!!

 

 

霧島の召喚獣は後ろを向いた状態で俺の召喚獣の剣を刀で受け止めた。

 

 

ズバンッ!!

 

 

そして俺の召喚獣に刀で一撃を食らわせられた。

 

 

「まだだ!!」

 

 

俺は一度後ろに下がり、両手に持っている剣を投げた。

 

 

「くッ」

 

 

霧島は辛うじて刀で2本の剣を弾いた。

 

 

「そこだッ!!」

 

 

「!?」

 

 

俺の召喚獣は霧島の召喚獣の懐に潜りこんでいた。

 

 

「吹っ飛べッ!!」

 

 

ドゴッ!!

 

 

右足で回し蹴りを霧島の召喚獣にぶち当てた。霧島の召喚獣は空中に投げ出される。

 

 

「とどめだッ!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

追撃のかかと落とし。霧島の召喚獣はそのまま地面に叩きつけられた。

 

 

保健体育

 

Aクラス

 

楢原 大樹 743点

 

原田 亮良   逃走

 

 VS

 

Bクラス&Aクラス

 

霧島 翔子   0点

 

坂本 雄二   0点

 

 

 

逃走って何だよ。そんなこと書くなよ。可哀想だろうが。もっと書け。

 

 

「雄二」

 

 

俺は雄二に微笑みかける。

 

 

「FFF団、今呼んだから」

 

 

こうして雄二は黒いローブを着た奴らに連れていかれた。

 

 

 

________________________

 

 

「何が起きたんだ……!?」

 

 

大会から帰ってくると、Bクラスで執事をしていた奴らのほとんどが倒れていた。

 

 

「明久!何があったんだ!!」

 

 

近くに明久が倒れていた。俺は明久の体を揺らして起こす。

 

 

「だ、だい……き……」

 

 

「おい!こっちにも倒れているぞ!」

 

 

原田は厨房でもさらに倒れている人を発見する。

 

 

「にげるん、だ……」

 

 

明久は必死に何かを俺に伝えようとしている。

 

 

「来る……ひ、ひ……!」

 

 

パタッ

 

 

「明久?おい、起きろよ明久。起きろって言ってんだろ!!」

 

 

「やめろ大樹!明久はもう……!!」

 

 

その時、後ろのドアが開いた。

 

 

 

 

 

「みなさん、また焼いてきましたよ!」

 

 

 

 

 

おk、理解した。

 

 

「や、やぁ姫路」

 

 

メイド服を着た姫路が降臨した。原田の声も、足も震えていた。

 

 

「あれ、みなさん床に寝そべってどうしたのですか?」

 

 

あなたがこの地獄絵図を作りだしたんですよ。とてもじゃないが言えない。

 

 

「み、みんな疲れたから休んでるんだよ」

 

 

俺は姫路に嘘をつく。

 

 

「そうだったんですか!でもこの殺人兵器(クッキー)はどうしましょうか……」

 

 

あれ?クッキーの字が違う気がする。幻覚を見始めたようだ。

 

 

「あ!他のクラスに配ってきますね!」

 

 

被害者をこれ以上増やさないでッ!!

 

 

「ひ、姫路!俺たちはまだ食べてないよ?」

 

 

原田の足の震えが最高潮に達した。ざ、残像が見えるぞ!?

 

 

「ももももももらってもいいかな?」

 

 

俺の声は震えていた、ものすごく。原田以上に俺がビビっていた。

 

 

「はい!いいですよ!」

 

 

もう逃げることはできない。

 

 

「こ、これで全部なのか?」

 

 

「はい。もう材料が切れてしまって……」

 

 

よし。もう被害者は俺たちだけでいい。

 

 

「では私は店番に戻らないといけないので戻りますね」

 

 

そう言って姫路は教室を出て行った。

 

 

「秀吉、ムッツリーニいるんだろ」

 

 

テーブルの下から2人が現れる。

 

 

「俺たちは今から死ぬ。だからここの店番を頼んだぞ」

 

 

「承知……した……!!」

 

 

「………命に代えても守る」

 

 

秀吉とムッツリーニは悲しそうな顔をした。

 

 

「原田」

 

 

「ああ、逝こう」

 

 

俺たちはクッキーを食べた。

 

 

________________________

 

 

『それでは4回戦を始めま……楢原君』

 

 

「……何でしょうか?」

 

 

高橋先生は俺を見て、首を傾げて質問する。

 

 

『もう1人のペアの方は?』

 

 

死にました。

 

 

「体調不良で保健室に行っています」

 

 

あいつは姫路の料理に耐えられなかった。

 

 

「やべぇ……ホントは俺も休みたいのに」

 

 

頭がくらくらとし、気分が悪い。あの料理ってどうやったここまで酷くなるんだよ。

 

 

『あなたも大丈夫ですか?』

 

 

「はい、昆布ですから」

 

 

『……本当に大丈夫ですか?』

 

 

「はい、頑張ってください」

 

 

『……………』

 

 

何か聞かれたけど適当に答えておいた。あー、帰りたい。

 

 

Aクラス 楢原 大樹

 

VS

 

Bクラス 木下 優子

 

Bクラス 工藤 愛子

 

 

 

モニターに対戦表が映された。

 

 

「だ、大丈夫なの?」

 

 

優子が心配して聞く。

 

 

「ああ、問題ある」

 

 

「そう………ってあるの!?」

 

 

優子が驚きの声をあげる。

 

 

「はは、本当に危そうだね」

 

 

「笑いごとじゃないわよ!」

 

 

「あははははははははは」

 

 

「「……………」」

 

 

俺が笑った瞬間、2人の顔が凍った。あれ?笑うところじゃないのか?

 

 

【英語】

 

 

対戦科目がモニターに表示される。

 

 

「「試獣召喚(サモン)!」」

 

 

「はぁ、試獣召喚(サモン)」

 

 

俺は溜息をつき、召喚獣を召喚する。

 

 

英語

 

Aクラス

 

楢原大樹 510点

 

 VS

 

Bクラス

 

木下優子 387点

 

工藤愛子 367点

 

 

 

「やぁッ!」

 

 

優子の召喚獣はランスを持って、俺の召喚獣に向かって突っ込んで来る。

 

 

ズシャンッ!!

 

 

「は?」

 

 

だが俺はそのことに理解できず、攻撃をくらってしまった。

 

 

(クソッ、反応できねぇ!!)

 

 

脳の処理が追いつかない。俺は立っているだけで精一杯だ。姫路の料理はここまでヤバいとは……。

 

 

「僕も行くよ!」

 

 

ザンッ!!

 

 

工藤の召喚獣が持っている大きな斧が召喚獣に振り下ろされた。そして直撃した。

 

 

(こうなったら……!!)

 

 

俺は目を閉じる。

 

 

「とどめよ!」

 

 

優子の掛け声で、2人の召喚獣は俺の召喚獣に向かってきた。

 

 

「【紅葉鬼桜の構え】」

 

 

 

 

 

召喚獣ではなく、自分にかける。

 

 

 

 

 

(よし!見える!)

 

 

召喚獣は十字に剣を構える。

 

 

「【双葉・雪月花】!!」

 

 

ズバンッ!!

 

 

英語

 

Aクラス

 

楢原 大樹 97点

 

 VS

 

Bクラス

 

木下 優子  0点

 

工藤 愛子  0点

 

 

2人の召喚獣をまとめて斬った。

 

 

「うはッ」

 

 

俺は体に負担がかかり、鼻血を出して、その場に倒れた。

 

 

________________________

 

 

 

「知らない天井だ」

 

 

一度は言ってみたベスト10に入るセリフを言ってみた。

 

俺はあの後気を失ったみたいだ。ここは保健室。隣では顔面蒼白の原田が寝ている。

 

 

「あ、起きたわね」

 

 

俺の寝ているベッドの隣に、椅子に腰を掛けて座っている優子がいた。

 

 

「あの後倒れてびっくりしたんだからね」

 

 

「悪い、迷惑かけたな」

 

 

どうしても勝ちたかったから本気だしたんだよ。

 

 

「今度何かお礼をするよ」

 

 

「じゃあどこかに連れて行ってほしいな」

 

 

「今度美琴とアリアで遊園地に行くから一緒に来るか?」

 

 

「それじゃダメよ」

 

 

優子は手でバツのマークを作る。なんで?

 

 

「2人だけで行きたいわ」

 

 

「そ、そうか」

 

 

それってデートですか?嬉しすぎて爆発しそう。

 

 

「どこか綺麗な景色で食事したいわ」

 

 

「わかった。探しておくよ」

 

 

こんなに女の子と遊ぶ約束したのは初めてだな。こんな状況になったのは姫路の料理せいだが、まぁ少し感謝するわ。ホントにちょっとだけ。

 

 

「絶対に驚くほどの綺麗な景色見せてやるよ」

 

 

俺は自信を持って、笑顔で言った。

 

体はいつの間にか痛みなどがすべて消えて、体調が回復した。

 

 




次で清涼祭が終了です。


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正義の馬鹿と悪の秀才と廻る戦争

投稿が遅れてすみません。

思ったより時間が掛かりました。

続きをどうぞ。



【道徳の問題】

 

あなたの信条を教えて下さい。

 

 

 

宮川 慶吾の答え

 

勝者に花束、敗者には石を。

 

 

 

楢原 大樹の答え

 

正義を貫くこと。

 

 

 

吉井明久の答え

 

憲法

 

 

先生のコメント

 

信条は国が定めている法のことではありませんよ。

 

 

________________________

 

「「「「試獣召喚(サモン)!」」」」

 

 

世界史

 

Aクラス

 

楢原 大樹           1102点

 

原田 亮良             18点

 

 VS

 

Aクラス

 

常村 勇作(つねむら ゆうさく)  204点

 

夏川 俊平(なつかわ しゅんぺい) 201点

 

 

 

「「「「「えええェェ!?」」」」」

 

 

「「はあああァァァ!?」」

 

 

観客と3年の先輩、常夏コンビは俺の点数を見て、驚きの声をあげる。

 

 

「ッ!!」

 

 

ズバンッ!!

 

 

俺の召喚獣が持っている剣で常村の召喚獣を斬り飛ばす。先輩が操っていた召喚獣の点数はたった一撃で0点になった。

 

 

「元Fクラスの分際で調子に乗るなよッ!!」

 

 

夏川の召喚獣が俺の召喚獣に向かって突っ込んで来た。

 

 

「させるか!」

 

 

ドガッ!!

 

 

原田の召喚獣は突っ込んで来た召喚獣にスライディングをして転ばせる。

 

 

「しまったッ!?」

 

 

「終わりだあああァァ!!」

 

 

ズシャッ!!

 

 

隙を見て、俺の召喚獣は地面に倒れている夏川の召喚獣に2本の剣を突き刺した。

 

 

世界史

 

Aクラス

 

楢原 大樹 1102点

 

原田 亮良   18点

 

 VS

 

Aクラス

 

常村 勇作    0点

 

夏川 俊平    0点

 

 

 

初めて2人一緒に残ることができた準決勝。やっとかよ。

 

これで残すは明日の決勝戦だ。

 

 

「あんな点数取れるわけがない!」

 

 

「イカサマをしたんだ!」

 

 

常夏コンビは不平だと言い張り始めた。

 

 

「鉄z……西村先生の前で出来るわけないですよ、常夏先輩」

 

 

「「まとめて言うな!!」」

 

 

「見苦しいですよ、とk………常夏先輩」

 

 

「いや変わってねぇだろ!?」

 

 

「もうはやく帰れよ常夏」

 

 

「おい!敬語、敬語!!」

 

 

あー、もう面倒臭い。

 

 

「常夏!出口は後ろだ!回れ右ッ!」

 

 

「「お前先輩舐めすぎだろ!?」」

 

 

「何を言っているですか。俺はちゃんと先輩を敬っていますよ」

 

 

「ほ、本当かよ………」

 

 

「はい。ゴキブリ先輩、はやく退場しろ」

 

 

「「やっぱりしていない!?」」

 

 

そして、俺たちも退場しないといけないことを5分後に気づいた。 無駄な時間を過ごしたよ、てへッ。

 

 

________________________

 

 

 

ガタンッ

 

 

「忍びでござ~る」

 

 

天井から学園長室に侵入した。

 

 

「あんた普通に入れないのかい!?」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「ぐふッ!?」

 

 

天井から落ちて、着地に失敗した。トホホ(;´д`)

 

 

「あんた、実は筋金入りのバカなんじゃないのかい」

 

 

「それは明久で間に合ってます」

 

 

俺はそこまでバカじゃないやい。

 

 

「ところで何の用ですか、◯◯ババァ学園長」

 

 

「あんた本当に退学にしてあげようかい!?」

 

 

「俺の召喚獣の装備をあんなことにしやがって!!よくも……よくも騙したなあああァァ!!」

 

 

俺は召喚獣が来ていたTシャツを思い出す。紳士と書かれたTシャツを。

 

 

「それはあたしがやったんじゃないよクソジャリ」

 

 

「………どういうことだ?」

 

 

「外部からのハッキングでTシャツの文字を変えられたんだよ」

 

 

「最初はどんな文字しようとした」

 

 

「何も書いていない無地のTシャツだよ」

 

 

「そ、そうか」

 

 

てっきり『バカ』を書いた、とでも言うかと思ったわ。

 

 

「外部をハッキングした犯人は?」

 

 

「まだ捕まってないようだね」

 

 

学園長は首をふる。

 

 

「それよりもあんたに言いたいことがあるんだよ」

 

 

学園長は机に置いているパソコンを俺に見えるように、パソコンを回した。

 

 

「………『試験召喚大会の特別決勝戦のご案内』?」

 

 

パソコンの記事は文月学園の清涼祭の公式ページだった。

 

内容は………!?

 

 

「『決勝戦は学校内を使って模擬試召戦争を行うだと』!?」

 

 

俺はそこに書かれた文を読んで驚く。

 

 

「何だよこれ!?」

 

 

「落ち着きな。今から事情を話すから」

 

 

俺は学園長に言われ、冷静になる。

 

 

「学校のホームページにハッキングされたんださね」

 

 

学園長はパソコンを操作して、新しいページを開く。

 

 

「決勝戦は学校全体を使って戦う。そんなことをハッキングで書かれてしまったんだよ」

 

 

「そういことだったのか。なら決勝戦は普通に

 

 

「それは出来ない話だね」

 

 

「は?」

 

 

俺は学園長の言葉の意味が分からなかった。

 

 

「理由は何だよ」

 

 

「この祭は上のお偉いさんたちがたくさん見に来るのさね」

 

 

学園長の言葉で決勝戦を中止にできない理由が分かった。

 

 

「なるほど。ハッキングされたことがバレたくない事、特別決勝戦を見たい偉い奴が居る事。この2つのせいで決勝戦を中止にできないんだな」

 

 

「そうさね。さすが2学年最強と謳われるほどの頭の回転のはやさはあるみたいだね」

 

 

「そりゃどうも」

 

 

この学園での不祥事は他の学校より、かなり問題にされる可能性がある。

 

何故大げさにとらえられるかというと、この学校は多くのスポンサーが付いているため生徒の学費は極めて安く抑えているので毎年多くの受験者がいる。そのため近くの他の高校の受験者は減っている。

 

つまり、この学校は他の学校から見ると邪魔な存在なのである。

 

不祥事が起きたら出来るだけ大げさにしようとされるのだ。

 

 

「決勝戦はここに書かれているので構わない」

 

 

「でもあんたにはこの戦い方は不利じゃないかい?」

 

 

ここに書かれているルールでは対戦科目が学校の場所によって違うことである。もし、数学や物理で戦うことになると最悪だ。

 

なら日本史などの得意科目の場所にいたらいいじゃないか。

 

 

だが

 

 

「でもそれを封じられる」

 

 

俺はパソコンに書かれている文を睨み付ける。

 

 

・対戦科目は3分ごとに変わります。

 

 

「同じ場所にいても科目は変えられる。これはオールマイティに点数が高い奴が有利だな」

 

 

原田は2科目は最強だが、他は最弱だ。

 

 

「対戦相手は?」

 

 

「3年の宮川と長谷川。両方Aクラスさね」

 

 

やっぱり来たか。

 

 

「成績は?」

 

 

「それが妙なことにAクラスでは下のほうなんだよ」

 

 

「妙だと?」

 

 

「Aクラスの底辺なのに、ここまでよく勝ち上がってこれたと思わないかい?」

 

 

「別に思わねぇよ。たまたま相手が弱かっただけだろ。それにAクラスならここまで行けると思うが?」

 

 

「そう思ったけさね。だけど違うんだよクソジャリ。妙なのそれだけじゃ無いんだよ」

 

 

学園長は1枚の紙を俺に渡す。トーナメント表だ。

 

 

「これはおかしいな」

 

 

すぐに異変が分かった。

 

 

 

 

 

「こいつら、Cクラス以上と戦ってねぇ」

 

 

 

 

 

F、F、D、E、Dクラスの順番で戦っている。C、B、Aクラスとは一度も戦っていないのだ。妙なことはそれだけでは無い。

 

 

「他の場所ではBクラスがAクラスに勝つのは分かるがDクラスがAクラスに勝っているのは不自然だ」

 

 

「だけど会場は納得しているみたいさね」

 

 

「Aクラスはたまたま不得意科目で、Dクラスはたまたま得意科目だった。多分これだけで会場は納得するだろうな」

 

 

一般人の客も初めて見る人が多い。少しの不自然も感じることは無い。

 

 

「Dクラスの召喚獣を操る技術がうまかったと言えばこの学校の生徒も不自然を感じない」

 

 

「……………」

 

 

学園長は黙って俺の話を聞いて少し間を置いた後

 

 

「勝てるかね」

 

 

「勝ってこいと言って来れば勝ちますけど?」

 

 

俺は軽口を叩いて返す。

 

 

「そんじゃ勝ってきな、クソジャリ」

 

 

「了解、ババァ長」

 

 

そう言って俺は学園長室を出る。

 

 

「よいしょっと」

 

 

天井から。

 

 

「……………」

 

 

学園長は頭を抱えて何も言わなかった。

 

 

________________________

 

 

「いよいよ明日が決勝戦ね」

 

 

初日の清涼祭が終わり、放課後の帰り道に美琴が話しかける。

 

 

「そう、だなッ」

 

 

「明日応援しに行くんだから勝ちなさいよ」

 

 

アリアは俺に勝つよう命令した。なんて強引なんだ。

 

 

「勝つに、決まって、いる、だろッ」

 

 

俺は息切れしながら答える。え?何で息切れしてるかって?

 

 

「大樹、スピード落ちてきたわよ」

 

 

「もっと早く漕ぎなさい」

 

 

美琴とアリアに文句を言われる。

 

 

 

 

 

「自転車で3人乗りはきついいいィィ!!」

 

 

 

 

 

ちなみに毎朝やっています。初日は筋肉痛になったわ。

 

俺の後ろに美琴が座る。これで2人乗りだが、膝にアリアが座って3人乗りに進化した。よって俺は座ったままの状態で自転車をはやく漕がなければならない。

 

 

「あ、あとすこ、し……」

 

 

「「がんばれー」」

 

 

棒読みの応援ってムカつくけど、この2人に言われたら嬉しいな。

 

 

「行くぞおらあああァァ!!」

 

 

~2分後~

 

 

「ひゅー、ひゅー」

 

 

三途の川を見た。

 

 

「はやく帰ってきなさいよー」

 

 

「あたしももまんね」

 

 

倒れている俺を無視してマンションの中に入っていった。

 

 

「で、どうしたんだ優子」

 

 

ビクッ!!

 

 

マンションの近くにある木の後ろに隠れている少女が姿を現す。

 

 

「バレてたの?」

 

 

「余裕で見つけた」

 

 

俺は倒れたまま笑顔で優子の顔を見た。

 

 

「………何かあったの?」

 

 

「へ?」

 

 

急にそんなことを聞かれ、俺はキョトンとする。

 

 

「学園長室に行ったくるって言った後から元気が無いわ」

 

 

「そんなことも分かるのかよ」

 

 

優子の考えは正しかった。そう、俺は悩んでいる。

 

 

「明日の決勝戦。勝てるのが厳しいんだ」

 

 

俺は倒れたまま黒く染まりつつある空を眺めながら言う。

 

 

「みんなの期待を裏切らないように

 

 

 

 

 

「そんなんじゃダメッ!!」

 

 

 

 

 

優子が大声をあげる。

 

 

「大樹君が教えてくれたじゃない!」

 

 

優子は俺の手を握る。

 

 

「アタシは負けてもいいと思うよ。そんなに重く考えないで」

 

 

優子は真っ直ぐな瞳で俺を見つめる。

 

 

 

 

 

「アタシは絶対に大樹君の味方だから」

 

 

 

 

 

 

「……………」

 

 

俺はやっぱりバカだと実感した。

 

 

「自分であんなこと言っておいて、まさか今度は自分が励まされるなんてな」

 

 

「助け合いは大切よ」

 

 

「ああ、そうだな」

 

 

俺は立ち上がる。

 

 

「なら明日の大会、応援してくれ」

 

 

「言われなくてもするわよ」

 

 

俺たちは笑顔になり、微笑んだ。

 

 

「ここまで来たんだ。夕飯食べていけよ」

 

 

「それじゃあ、お言葉に甘えて」

 

 

優子と一緒にマンションに入って行った。

 

 

(明日の大会は明日から可能になる腕輪の使い方しだいだ)

 

 

俺は歩きながら頭を思考させる。

 

 

(優子には無理するなって言われたけど)

 

 

明日は勝たなきゃダメだ。

 

 

(俺たちをバカにしたことを後悔させてやるッ!!)

 

 

________________________

 

 

【試験召喚大会の会場】

 

 

「あ、大樹よ!」

 

 

「え?どこどこ?」

 

 

「ほら、右の方よ」

 

 

アリアはモニターに映った大樹を見つけ出す。明久はまだ見つけていなかったので美琴が教える。

 

 

「原田もいるのじゃ」

 

 

「………足が震えてる」

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

秀吉が原田を発見したが、ムッツリーニの発言でみんなのテンションが下がった。

 

 

「すごく緊張してるね」

 

 

「大樹君を見習ったほうがいいわ」

 

 

工藤は原田を見て笑い、優子は原田を残念そうな目で見ていた。

 

 

「そういえば坂本君が居ませんね」

 

 

「ここに居るぞ」

 

 

姫路の疑問に雄二は後ろから声を掛ける。

 

雄二の体はボロボロだった。

 

 

「「「「「 何があった 」」」」」

 

 

「翔子にやられた」

 

 

「だ、大丈夫なの?」

 

 

島田が心配する。

 

 

「雄二は吉井と浮気した。許さない」

 

 

「「してない!!」」

 

 

「少し向こうでお話しましょ、明久君」

 

 

「アキ、こっちに来なさい」

 

 

「2人とも目が笑ってないよ!?」

 

 

明久は姫路と島田に両腕を捕まれる。

 

 

「姫路に島田よ、もうすぐ始まるから後にしたらどうじゃ」

 

 

秀吉に言われて姫路と島田は仕方なく座る。

 

 

「助かったよ秀吉。さすが僕のお嫁さんだね」

 

 

「明久よ、後から後悔せぬようにな」

 

 

地雷を次々と踏んでいく明久を秀吉は哀れみの目で見ていた。

 

 

『それでは特別決勝戦のルールを説明します』

 

 

高橋先生がマイクを使って話した瞬間、みんな口を閉じ、静かにする。

 

 

『決勝戦は2対2の模擬試召戦闘を行います。本来の試召戦争とほぼ同じです』

 

 

 

たくさんあるモニターの一つにルールが書かれた画像が映しだされる。

 

 

『召喚フィールドは学校全体に展開しており、対戦科目が変わっても、召喚獣は消えません。そして戦いから逃げても敵前逃亡にならず、引き続き戦争の続行が可能です。なお、対戦科目は場所によって変わり、3分ごとに科目が変更されます』

 

 

「得意科目の場所にずっといれないじゃないか!」

 

 

「お前は得意科目でも低いから意味がないだろ」

 

 

明久の言葉に雄二はバカにして返す。

 

 

『勝利方法は2人のペアをどちらかが先に倒すと勝ちです。もし、召喚フィールドを故意で出た場合は失格となります』

 

 

2年Aクラス 楢原 大樹

 

2年Aクラス 原田 亮良

 

 VS

 

3年Aクラス 宮川 慶吾

 

3年Aクラス 長谷川 智紀

 

 

対戦表がモニターに表示された。

 

 

『それでは試召戦争を始めますッ』

 

 

学校全体に召喚フィールドが展開した。

 

 

「いよいよ始まったね」

 

 

明久はモニターを見ながら言う。観客も騒いでおり、みんな熱狂して応援などをしている。

 

 

「大樹が宮川先輩と遭遇したわ!」

 

 

「えぇ!?もう!?」

 

 

美琴の声を聞き、明久は驚愕する。

 

 

『『試獣召喚(サモン)!』』

 

 

世界史

 

Aクラス

 

楢原 大樹 119点

 

 VS

 

Aクラス

 

宮川 慶吾 856点

 

 

 

「「「「「え」」」」」

 

 

大樹の友達、クラスのみんなは驚いた。

 

 

「なんで大樹の点数が低いのよ……!」

 

 

優子の声は震えていた。

 

 

________________________

 

 

【学校内 2階廊下】

 

 

世界史

 

Aクラス

 

楢原 大樹 1197点

 

 VS

 

Aクラス

 

宮川 慶吾 8561点

 

 

 

「………全て合点がついたぜ、クソ先輩」

 

 

俺はあり得ない点数を前にして、驚愕した。だが全てが分かった。

 

 

「ハッキングをしていたのはお前らだな」

 

 

「正確には長谷川だ」

 

 

宮川は不気味に笑う。

 

この学校のホームページもこの点数もハッキングして作り出されたものだ。

 

 

「今、会場のモニターには1桁減らした点数が映してある。誰も変には思わないさ」

 

 

「バカだろ。それでもお前の点数は800点以上。疑問に思われるに決まっている」

 

 

「そんな疑問を解消したのはお前だろ」

 

 

宮川の言ってることが理解できなかった。

 

 

「お前が4桁の点数を出してくれたおかげで、観客は微塵も疑わない」

 

 

そうきたか。俺は内心で舌打ちをする。

 

 

「仮にバレたとしても、学園長は止めないだろうな」

 

 

問題を起こしたくない。学園長が言っていた。

 

 

「そろそろ始めようぜ」

 

 

宮川の召喚獣は両手に銃を持ち、構える。

 

 

「俺の武器は普通のとは比べんモノにならないくらい強えんだよ」

 

 

召喚獣は黒いコートを羽織っており、黒のシルクハット被っていた。手には黒く光る拳銃。

 

 

「ドミネ〇ターだ」

 

 

「サイ〇パスかよ」

 

 

いきなり何言ってんだよこいつ。

 

 

「こいつは犯罪係数があがr

 

 

「おい待てバカ」

 

 

何でサ〇コパスなんだよ。ドミネー〇ーかっこいいけどよぉ。

 

 

「音声は邪魔だし、犯罪指数でのロックとかは無いけどな」

 

 

「それただのチートの拳銃」

 

 

俺は召喚獣を構えさせる。

 

 

「くたばれチート野郎ッ!!」

 

 

俺の召喚獣は宮川の召喚獣に突っ込ませる。

 

 

ドキュンッ!!!

 

 

「なッ!?」

 

 

廊下の縦と横の大きさを半分にしたぐらいの巨大な光の球が宮川の拳銃から発射された。

 

 

 

 

 

 

 

世界史

 

Aクラス

 

楢原 大樹 36点

 

 

 

 

 

 

 

「があッ!?」

 

 

体に痛みが襲ってきた。

 

 

「普通の1発でこの強さか」

 

 

「な、何を……した……!?」

 

 

体全体が焼けるように熱く、痛い。

 

 

「お前らの召喚獣を【観察処分者】にしたんだよ」

 

 

観察処分者

 

 

成績不良、学習意欲が欠ける生徒に与えられるもの。現在は明久だけが持っている称号だ。

 

その者の召喚獣は特別で召喚フィールド内であれば、モノに触れることができるというメリットがある。だが、それを利用して教師の手伝いをさせられるのが観察処分者だ。

 

そして、デメリットがある。

 

それは召喚獣が受けた痛み。痛みをフィードバックをで何割か共有されてしまうことだ。

 

 

「くッ!」

 

 

そして現在その痛みを受けている。

 

 

「さきに言っておくけど召喚獣を使って俺を殴ろうとしても無駄だからな。そんなシステムは削除した」

 

 

「ゲスが……!!」

 

 

「代わりに召喚獣のフィードバックを上げておいたからさぞかし痛いだろうな」

 

 

今の俺ならこいつをボコボコにできる。だが学園長に迷惑はかけたくない。あんなババァでもいい奴だ。

 

 

(今は逃げる!!)

 

 

俺は後ろを向き、召喚獣と一緒に走り出した。

 

 

「無駄だって言ってんだろ!」

 

 

ガッガキュンッ!!

 

 

また巨大な光の球が2発射撃される。

 

 

「ッ!!」

 

 

階段がある曲がり角を曲がり、避ける。そして階段を駆け上がり、3階を目指す。

 

 

(原田と合流しないと!!)

 

 

原田は2教科以外点数が低い。1人でいるのは危険だ。

 

 

「いた!!」

 

 

Aクラスの前に原田がいた。

 

 

数学

 

Aクラス

 

原田 亮良  1222点

 

 VS

 

Aクラス

 

長谷川 智紀 8968点

 

 

だが既に戦っている状態だった。

 

 

「逃げろ!原田!!」

 

 

俺は叫び、原田を呼ぶ。

 

 

ドガッ!!

 

 

長谷川の召喚獣が持っている大きなハンマーで殴りつける。

 

 

数学

 

Aクラス

 

原田 亮良 17点

 

 

 

「嘘だろッ!?」

 

 

原田は驚愕した。そして

 

 

「ッ!?」

 

 

原田の体に痛みが走る。声すらあげれないほどの。

 

 

「とどめだッ!」

 

 

長谷川の召喚獣が突っ込んで来る。

 

 

「させるかッ!!」

 

 

ガキンッ!!

 

 

俺は召喚獣を突っ込ませ、長谷川の召喚獣の武器の軌道をずらした。

 

 

数学

 

Aクラス

 

楢原 大樹 14点

 

 

「なッ!?」

 

 

こんなに低い点数に攻撃を妨げられたことに驚愕する長谷川。

 

 

「大丈夫か!?」

 

 

「ぐッ、何とかなッ」

 

 

俺の声に一応返すことはできるみたいだ。

 

 

「走れるか?」

 

 

「どこに逃げる?」

 

 

「分からん。とりあえず走るぞ」

 

 

俺と原田は走ってその場を逃げ出した。

 

 

「待ちやがれッ!」

 

 

長谷川は見逃すわけもなく、召喚獣を突撃させる。

 

 

「この野郎ッ!!」

 

 

ガコンッ!!

 

 

俺は廊下の端に置いてある消火器を蹴り飛ばした。

 

 

バシュンッ!!

 

 

「くそッ!」

 

 

消火器は見事に軽い爆発を起こし、煙を巻き上げる。

 

 

(このくらい見逃してくれよババァ!!)

 

 

そうじゃないと俺たちは下手したら大怪我だ。

 

俺たちは階段を降りるのであった。

 

________________________

 

 

「敵は来ていないみたいだな」

 

 

俺と原田は職員室の机の下に隠れていた。もう臆病者と言われてもいいよ。

 

 

「これからどうする?」

 

 

「多分全部あの点数だろうな」

 

 

総合科目の召喚フィールドがあると思うとぞっとする。

 

 

「でもモニターでバレるだろ?」

 

 

「残念だがもう細工してある。向うでは点数が1桁少なく見えるらしい」

 

 

「でも中止にできれば」

 

 

「残念だが学園長はそうならないように解決したいと願っているから却下」

 

 

「俺たちどんだけ残念なんだよ!!」

 

 

「静かにしろ。バレる」

 

 

勝ち目が全くないよ。助けてドラ〇もん。

 

 

『わしじゃ』

 

 

「おふうッ!?」

 

 

「!?」

 

 

急に頭に声が響いてびっくりした。そんな俺を見て原田は驚愕する。

 

 

『特典の修理が終わったぞ』

 

 

(だから機械みたいにいうなよ)

 

 

なんかダサいじゃん。

 

 

『今送ったぞ』

 

 

(はやいなおい)

 

 

嘘だろ?何も変わったように思えないんだが。

 

 

『それじゃまたのう』

 

 

帰るのもはやかった。神ってなんであんなに大雑把なんだろう。

 

 

「静かにしろ」

 

 

「え?」

 

 

俺は原田の口を抑える。

 

 

「近いぞ」

 

 

ガラッ

 

 

職員室のドアが開けられた。

 

 

「ちッ、ここにもいねぇか」

 

 

声からして宮川だ。

 

 

「やっぱクズは逃げることが得意な弱虫だな」

 

 

殴りたい気持ちをぐッと抑える。

 

 

ガラッ

 

 

ドアは閉められ、宮川はどこかに行った。

 

 

(聴覚が以上に発達したな)

 

 

耳を研ぎ澄ませば、階段を上る音まで聞ける。

 

 

「はは」

 

 

俺は乾いた声で笑う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見つけたぞ、突破口を……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほ、本当か!?」

 

 

「だけど原田の力が必要だ」

 

 

この作戦は原田が重要だ。

 

 

「とりあえず1時間、死ぬなよ」

 

 

「へ?」

 

 

さぁ、チート野郎どもに最ッッ高に面白いモノを見せてやろうぜ!

 

________________________

 

 

【試験召喚大会の会場】

 

 

「大樹からメールが来たわ」

 

 

美琴が携帯電話をみんなに見せる。

 

 

【件名:今日の夕飯何がいい?】

 

 

『俺たちなら問題ない。今から凄いの見せてやるから待っていろ

 

 

 PS:夕飯は打ち上げで焼肉にするのもいいかと思います』

 

 

 

 

「だ、大丈夫なのかしら、これって」

 

 

優子がなんとも言えない顔をして、みんなにどう思うか聞く。

 

 

「………大丈夫と思う」

 

 

「僕もそう思うよ」

 

 

ムッツリーニと工藤は自信を持って言う。

 

 

 

 

 

『うわあああァァァ!!死にたくないいいィィィ!!』

 

 

 

 

 

モニターには原田が映し出されていた。

 

原田は宮川と長谷川に追いかけられていた。

 

 

「「「「「やっぱダメじゃね?」」」」」

 

 

「あ!メールがまた来たわ!」

 

 

美琴に新たなメールが来て、着信音が鳴る。

 

 

【件名:できれば明日の朝ごはんもよろしく】

 

 

『1時間後に美琴はモニターに細工されたやつ破壊してくれ。

 

 

 PS:今から焼肉予約するから打ち上げの参加人数を確認しておいて』

 

 

 

「ぶっ飛ばしてくる」

 

 

「待つんだ神崎さん!!大樹はちゃんと指示を出してくれているじゃないか!!」

 

 

アリアは学校に行こうとしたところを明久が止める。

 

 

「また来たわ」

 

 

美琴の携帯電話が再び震えだす。

 

 

【件名:あ、2次会ってどこでする?】

 

 

『焼肉屋でドリンクバーの飲み放題追加で1人3000円いるっていうことみんなに伝えておいて

 

 

 PS:あ、今日の夜は見たいアニメがあるので録画しておいて』

 

 

 

「アタシも行くわ」

 

 

「待つんだ姉上!そんなバットでたたいたら大樹は死んじゃうのじゃ!!」

 

 

会場は盛り上がっています(笑)

 

________________________

 

 

「そろそろ1時間です」

 

 

姫路がみんなに知らせる。モニターに映っている原田はいまだに走り続けていた。宮川と長谷川は挟み撃ちにしようと企んでいる。

 

観客はそんな様子を見て、つまらなさそうにしていた。

 

 

「御坂、どうやって細工を外すんだ?」

 

 

バチンッ!!

 

 

「今やったわよ」

 

 

「「「「「え?」」」」」

 

 

雄二の質問に美琴は終わったことを告げる。

 

 

ざわざわッ

 

 

観客は一気に騒がしくなった。

 

 

古文

 

Aクラス

 

原田 亮良    22点

 

 VS

 

Aクラス

 

宮川 慶吾  8291点

 

長谷川 智紀 8832点

 

 

 

「嘘でしょ!?」

 

 

「あの先輩はずるをしていたみたいね」

 

 

島田が驚きの声をあげる。だが驚いているのは島田だけではない。美琴は細工されていたことを話す。

 

 

「モニターに1の位の点数が見えなくなるように細工されていたわ」

 

 

「卑怯者……!」

 

 

霧島は静かに言うが、怒っていることは伝わる。

 

 

「今すぐやめさせないと!」

 

 

「それはダメよ」

 

 

工藤の言葉を優子が否定する。

 

 

「大樹君は大丈夫って言ったわよ」

 

 

「でも!」

 

 

「工藤。やめておくんだ」

 

 

雄二も工藤を止める。

 

 

「大樹なら今から凄いモノ見せてくれるはずだ」

 

 

雄二は心配など微塵もしていなかった。

 

 

「大樹が来たわ!!」

 

 

美琴がモニターに指を差し、みんなに伝える。

 

大樹は宮川と長谷川に挟み撃ちをされている原田のところに向かっていた。

 

 

「試獣召喚(サモン)!!」

 

 

大樹は叫び、召喚獣を召喚する。

 

 

英語

 

Aクラス

 

楢原 大樹   509点

 

原田 亮良    11点

 

 VS

 

宮川 慶吾  8911点

 

長谷川 智紀 8655点

 

 

 

「何も変わっていない……?」

 

 

美琴は期待を裏切られたような感覚になった。

 

大樹はごく普通に戦っていた。

 

 

「このままじゃ負けるよ!」

 

 

明久がみんなに向かって言うが、誰も何も言わない。

 

 

「大樹……」

 

 

アリアは名前を呼ぶ。手に力を込める。

 

 

「武偵憲章1条!『仲間を信じ、仲間をたすけよ』!あたしは大樹を信じる!!」

 

 

アリアはみんなに聞こえるように叫ぶ。

 

 

「そうよ!まだ何かあるわ!」

 

 

美琴も便乗する。

 

 

「アタシも大樹君を信じているわ!」

 

 

優子も大声を出す。

 

 

「僕も大樹を信じるよ」

 

 

「ワシもじゃ」

 

 

「ああ、そうだな」

 

 

「………大樹は勝つ」

 

 

明久、秀吉、雄二、ムッツリーニもうなずく。

 

 

「私も信じます!」

 

 

「そうね。あいつは強いわ」

 

 

「僕たちは応援しないと」

 

 

「頑張って、楢原」

 

 

姫路、島田、工藤、霧島は応援を始める。

 

 

「「「「「頑張れ!」」」」」

 

 

 

 

 

ニヤリッ

 

 

 

 

 

モニターに映っている大樹が笑った。

 

 

【日本史】

 

 

3分が経過して、召喚フィールドの科目が変わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本史

 

Aクラス

 

楢原 大樹 28291点

 

原田 亮良    21点

 

 VS

 

Aクラス

 

宮川 慶吾  8971点

 

長谷川 智紀 8470点

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「はあああァァ!?」」」」」

 

 

「「「「「ええええェェェ!?」」」」」

 

 

「「「「「嘘おおおおォォォ!?」」」」」

 

 

会場にいる全員が驚愕。いや大驚愕した。

 

 

________________________

 

 

「な、なんだよその点数は!?」

 

 

「これが俺の実力だが?」

 

 

宮川の顔が青くなるのが分かる。ふははははは。

 

なぜこんなに点数が高いかって?

 

 

今さっき回復試験受けてきた。

 

 

試召戦争ならこの戦法は使うだろ?

 

ちなみに超スピードで問題を解いた。鉄人の口がふさがらなかった顔といったら傑作だった。

 

 

「お前もハッキングか!」

 

 

長谷川が突っ込んで来る。

 

 

「二刀流式、【阿修羅の構え】」

 

 

長谷川の召喚獣が持っているハンマーが振り下ろされる。

 

 

「【六刀暴刃】!!」

 

 

ズギャアアアアン!!!

 

 

長谷川の召喚獣が一瞬で消えた。

 

 

「は?」

 

 

否、点数が0になったのだ。

 

 

「残りはお前だけだ」

 

 

俺は宮川を睨む。

 

 

「ありえない。ありえないぞこんな事!!」

 

 

宮川は腕輪を発動する。

 

 

「くたばれえええェェェ!!!」

 

 

2つの黒い拳銃の武器が変形し、1つの大きな拳銃になる。

 

 

ズオオオオッ!!!

 

 

どす黒く光る巨大な球が発射された。

 

 

「腕輪、発動」

 

 

「遅えぇ!!」

 

 

黒い球体が大樹の召喚獣を飲み込み

 

 

ドゴンッ!!!

 

 

爆発した。

 

 

「大樹ッ!!」

 

 

原田は叫んで無事を確認する。

 

 

「はは、無理だ。これで終わりだ」

 

 

 

 

 

「やっぱ雑魚だな、お前」

 

 

 

 

 

「!?」

 

 

黒い爆風の煙が晴れていく。

 

 

「な、なんだよあれは」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちゃぶ台が降臨していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちゃぶ台!?」

 

 

原田はその物体を見て、驚く。

 

 

「「「「「無茶苦茶だ!!」」」」」

 

 

会場から声が聞こえたような気がした。

 

 

「奥義(大樹自作)!!!」

 

 

エビ反りをしてくるくると回転し、地面に弧を描く。

 

 

スパンッ!!

 

 

「なッ!?」

 

 

俺の召喚獣は遠心力で勢いをつけて、超スピードで宮川の召喚獣の足払いをする。

 

そして、こけた召喚獣の背中を支えて

 

 

「吹っ飛べ」

 

 

ちゃぶ台返しの要領で宮川の召喚獣を吹っ飛ばした。

 

 

「そして吹っ飛べ!!」

 

 

ドゴンッ!!!

 

 

ついでにちゃぶ台も返して、宮川の召喚獣に当てて、さらに高く吹っ飛ばした。

 

 

「まだまだ!!追撃だ!!」

 

 

空中を舞っているちゃぶ台の4本のうち、2本を掴む。

 

 

ドゴッ!!!

 

 

さらに舞っている宮川の召喚獣を叩き落とした。

 

 

「そ、そんな………」

 

 

宮川は召喚獣を動かそうとしても、できなかった。

 

 

「俺たちをバカにしたことを後悔するんだな」

 

 

地面に叩きつけられた宮川の召喚獣に向かって

 

 

 

 

 

「俺たちを舐めんじゃねぇ、この大馬鹿野郎」

 

 

 

 

 

ドゴオオオオオオンッ!!!

 

 

 

 

 

とどめの一撃、ちゃぶ台を召喚獣に叩きつけた。

 

 

 

日本史

 

Aクラス

 

楢原 樹 28291点

 

原田 良    21点

 

 VS

 

Aクラス

 

宮川 慶吾    0点

 

長谷川 智紀   0点

 

 

 

その瞬間、優勝者が決まった。

 




重ね重ね何度も言いますが遅れてすみませんでした。

もしかしたらこれから更新が遅れることがあります。


感想や評価をくれると嬉しいです。


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下剋上と決断と幕だけが閉じる

続きです。


【数学の基礎問題】

 

Aクラスの平均点は298,5点。

 

Bクラスの平均点は218,1点。

 

Cクラスの平均点は172,7点。

 

3つのクラスの平均点の合計点を求め、少数第1位を四捨五入しなさい。

 

 

 

吉井 明久の答え

 

689点

 

 

先生のコメント

 

正解です。さすがのあなたも正解できますね。少数第1位は3なので切り捨てますね。

 

 

 

楢原 大樹のコメント

 

どうしてそんな四捨五入という悲しいことをいうのですか!?1も2も3も4も救ってあげてくださいよ!今の俺たちにはそういう心がないからいじめなどの犯罪行為が多発しt

 

 

先生のコメント

 

いいから答えを書きなさい!!

 

 

________________________

 

 

「それではかんぱーいッ!!」

 

 

「「「「「乾杯ッ!!」」」」」

 

 

俺が乾杯の合図を送ると、打ち上げに来てくれた人、全員が乾杯と返してくれた。

 

 

「よっしテメェら、肉を食うぞおおおォォ!!」

 

 

「「「「「おぉッ!!」」」」」

 

 

清涼祭が終わり、AクラスとBクラスの合同で、打ち上げをしていた。

 

 

「やった!本当に奢ってくれるの!?」

 

 

「おう、どんどん食え」

 

 

明久はお金が厳しいと言っていたので俺が奢ることにした。

 

 

「僕の2ヶ月分の食料だぁ!!」

 

 

「「「「「え!?」」」」」

 

 

その場にいる全員が驚愕した。

 

 

「3000円でどうやって過ごすんだよ……」

 

 

ここにも人間をやめている奴発見。

 

 

「雄二、あーん」

 

 

「やめるんだ翔子。みんなが箸からナイフに持ち出した」

 

 

おっと、俺の手にもナイフが!?うっかりうっかり。

 

 

「あ、明久君。あーん」

 

 

「アキ、あーん」

 

 

「待つんだみんな。ナイフを投げようとしないで、危ないから」

 

 

おっと俺も投げようとしてたよ。うっかりうっかり。

 

 

「大樹!あーん!」

 

 

「あたしが先よ!あーん!」

 

 

「大樹君!あーん!」

 

 

ヒュヒュヒュヒュッ!!

 

 

「あぶねぇ!?」

 

 

俺は戻ってきた身体強化(仮)を使って避ける。もしくは受け止めた。

 

 

「焼肉パーティーは終わりだ」

 

 

「今からブラッドパーティーの時間だ」

 

 

怖いなこいつら。

 

 

「そういえば執事の接客中にある女の子が後日、会いたい人がAクラスにいるみたいだぞ」

 

 

「「「「「俺か!?」」」」」

 

 

食いついた。すごく。

 

 

「誰が会いたいのって聞いたら、力が強そうで頼れる人って」

 

 

「お前ら表に出ろ」

 

 

「「「「「OK、かかってこい」」」」」

 

 

須川の声でAクラスのほとんどが外に行った。喧嘩して1位でも決める気だろ。

 

 

「本当はなんなのじゃ?」

 

 

「女子プロボクサー選手の人間サンドバッグへのお誘い」

 

 

秀吉の質問に遠い目をして答える。みんなは苦笑いだ。

 

 

「ねぇ、大樹君」

 

 

「ん?」

 

 

優子が背中をつついて俺を呼ぶ。

 

 

「体は大丈夫なの?」

 

 

「余裕」

 

 

召喚獣の痛みがフィードバックしたときはかなり痛かったが、時間が経てば何ともない。

 

 

「それより今回は原田のおかげだな」

 

 

「もがもがッ(俺のおかげ)?」

 

 

「お前が先輩を惹きつけて、生き残っておかないと、俺の回復試験がダメになっちまうからな」

 

 

ぶっちゃけ1万点で止めても良かったが、せっかくなので行けるところまでやった。

 

 

「凄いよね、あの点数」

 

 

「………真似できない」

 

 

工藤とムッツリーニは俺を尊敬するような眼差しで見てくる。

 

 

「ある意味化け物だな」

 

 

「表に出ろ、雄二」

 

 

雄二に化け物扱いされた。

 

 

「もう危険なことをしないでよね」

 

 

「いや、それは……」

 

 

「約束しないと風穴」

 

 

「はい頑張ります」

 

 

美琴の言葉に同意できなかったが、アリアが俺の腹に銃口が向けられた。おい、どっからだしたその銃。

 

 

「心配したんだから」

 

 

「……すいません」

 

 

アリアの正直な気持ちを聞いて、反省する。

 

 

「アタシもできればやめてほしいわ」

 

 

「ああ、心配かけて悪かった」

 

 

清涼祭の後、宮川たちは停学処分となり、俺たちは保健室に行かされた。体は大丈夫だったがみんなに心配かけたみたいでさっきから大丈夫と聞かれっぱなしだ。

 

 

「とにかく俺は大丈夫だから今は楽しもうぜ」

 

 

「そうだな、売上金額も余裕でノルマを越えたし、パーッと行くか!」

 

 

「「「「「いぇーい!!」」」」」

 

 

俺たちは焼き肉を楽しむことにした。

 

あ、外での乱闘だけど、須川が1位が決まったみたいだぜ。その後警察の方々にお世話になったみたい。

 

 

_______________________

 

 

「マジ◯ガー………ゼエエエエット!!」

 

 

「「「「「い、いぇーい!」」」」」

 

 

俺の歌で盛り上がる。俺たちは2次会でカラオケに来ていた。

 

 

「意外だな、こういう曲が好きなのか?」

 

 

「ああ、ロボットは熱くて男のロマンだ!」

 

 

マク◯スとかめっちゃ好きだ。愛してる。

 

 

「それにしても優子はドリンクを注ぎに行ってから結構時間が経ったが遅くないか?」

 

 

「あ、あああ姉上はきっと悩んでいるのじゃ!!」

 

 

俺の言葉に何故か焦る秀吉。

 

 

「何に悩むんだよ」

 

 

「ど、ドリンクとかじゃ」

 

 

「はい?」

 

 

ドリンク悩むのに30分もかかるのか?病気じゃねぇか。

 

 

「……姉上は歌が下手だからのう……」

 

 

「……………」

 

 

聞こえてしまった。そういえばそうだった。

 

 

「あー、ちょっと俺トイレ行ってくるわ」

 

 

そんな嘘をついて、優子を探しに行くことにした。

 

 

________________________

 

 

【優子視点】

 

 

「はぁ……どうしよう」

 

 

自慢では無いが、アタシは歌が下手だ。

 

 

「みんなにバレたくない」

 

 

かれこれ30分。ドリンクバーの近くをうろうろしている。

 

 

「大樹君にバレるのだけは絶対にイヤ」

 

 

彼に失望されたくなかった。アタシは歌が下手だなんて優等生にあってはならないこと。

 

 

「……………」

 

 

でも、大樹君ならそんなアタシを受け入れてくれると思う。でも怖かった。残念なことに今までそんな経験がないから、こんなことを言う勇気は無かった。

 

 

「秀吉に相談してみようかしら」

 

 

あの弟なら解決方法を見つけてくれるかもしれない。

 

アタシはみんながいる所に戻ろうと歩く。

 

 

「ねぇ、そこの君。今1人かな?」

 

 

後ろから金髪染めた髪の男性が声をかけてきた。

 

 

「いえ、友達が待っているので」

 

 

「そんなこと言わずにさぁ」

 

 

「俺たちと遊ばねぇ?」

 

 

男の仲間と思われる人が後ろに4人もいた。

 

 

「そこで部屋取ってあるんだ」

 

 

「奢ってあげるから来なよ」

 

 

「…………!?」

 

 

アタシは囲まれてしまった。逃げようにも逃げれず、怖くて声が出ない。

 

 

「ね、ほら行こうぜ」

 

 

「は、放して……!」

 

 

「何にもしないから大丈夫だよ」

 

 

手を掴まれてしまった。優子の力では男の腕力に敵わない。

 

男たちはニヤニヤして、優子が困るのを楽しんでいる。

 

 

「だ、大樹君ッ!!」

 

 

思わず彼の名前を叫んでしまった。

 

 

 

 

 

「その手を放しやがれえええェェ!!」

 

 

 

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

  

 

 

 

刹那、アタシの目の前で男たち全員が吹っ飛んだ。

 

 

 

 

 

「があッ!?」

 

 

「がはッ!?」

 

 

壁に叩きつけられた者、天井まで吹っ飛ばされた者たちは床でうずくまり、もがく。大樹の攻撃はこの世のモノとは思えないほどデタラメさだった。

 

 

「大丈夫か優子?」

 

 

腰が抜け、床に座り込んでいるアタシに大樹は手を伸ばす。

 

 

「こいつッ!!」

 

 

金髪の男が懐からナイフを取り出し、大樹に向かって突っ込む。

 

 

「危ないッ!!」

 

 

大樹は後ろを向いたままだ。

 

 

だが

 

 

 

 

 

パシュ

 

 

 

 

 

大樹はナイフを見ないまま、右手の人差し指と中指の間に挟んで止めた。

 

 

 

 

 

 

 

「………ッ!?」

 

 

ナイフを持った男の顔が真っ青になる。

 

 

「おい」

 

 

大樹の顔は怒っていた。

 

 

「「「「「ひッ!?」」」」」

 

 

男たちは顔を見て、悲鳴を上げる。

 

 

「5秒で立ち去れ。じゃなきゃ」

 

 

パキンッ!!

 

 

大樹はナイフを刃を折った。

 

 

「ば、化け物だッ!!」

 

 

男たちはそんな言葉を吐き捨て、逃げて行った。

 

アタシはその光景が信じられなかった。

 

 

 

 

 

アタシは大樹が何者なのか分からなくなった。

 

 

 

 

 

「優子」

 

 

大樹はアタシの名前を呼ぶ。

 

 

「ちょっと外で話さないか?」

 

 

顔は笑っていた。でも、楽しいや嬉しいという感情はその顔には無い。

 

 

_______________________

 

 

【大樹視点】

 

 

俺は優子を連れて近くの公園のベンチに座っていた。周りに人影は見えない。

 

 

「単刀直入に話すよ」

 

 

俺は重くなった口を開く。

 

 

「俺はこの世界の人間じゃない」

 

 

隣に座っている優子の目が見開いた。

 

 

「ついでに言うと美琴もアリアもこの世界の人ではない」

 

 

俺は優子が驚いているのを無視して話を続ける。

 

 

「俺は理由があっていろんな世界をまわっているんだ」

 

 

美琴がいた世界は学園都市という超能力を開発している巨大な学校があること。アリアのいた世界は犯罪組織などに立ち向かうために作られた国際資格である武偵があることを伝えた。

 

俺は学園都市第1位と命がけの戦いをした。シャーロックには一度殺された。そんな危険なことがあったことを全部はなした。

 

 

「俺はみんなと旅みたいなモノをしているんだ」

 

 

優子は下を向いて聞いている。表情は分からない。

 

 

「これからも誰かと一緒に行きたいと思っている」

 

 

「いつ、帰るの?」

 

 

小さい声だが聞こえた。

 

 

「あと3日もないらしい」

 

 

「!?」

 

 

そう、これは前もって言われていたことだ。神が身体強化(仮)を返して3日後、転生する。これはこの世界に転生すると決められていたことだ。

 

 

「別に心配しなくていい。俺たちが転生したら忘れられるんだ」

 

 

優子の顔が悲しみ歪むのが分かった。

 

 

「アタシも」

 

 

優子が俺の手を掴む。

 

 

「アタシも連れて行って!!」

 

 

優子の目には涙がたまっていた。

 

 

「美琴とアリアがいいならアタシも連れて行って!!アタシもあなたとの過ごした時間を忘れたくない」

 

 

「優子……」

 

 

俺は優子の手を掴み

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダメだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その手を引きはがした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?」

 

 

優子はその言葉に耳を疑った。

 

 

「これから行く世界が危険な場所だったらどうするんだ」

 

 

俺は決めていた。

 

 

 

 

 

この世界では誰も連れて行かないことを。

 

 

 

 

 

優子みたいな一般人が関われるモノではない。美琴やアリアみたいに強くなくてはいけない。

 

 

「ごめんな。俺は優子が大切だ」

 

 

だからこそ

 

 

「君を連れていけない」

 

 

「……………」

 

 

そして、優子の目から大量の涙があふれた。

 

俺は彼女に何もできない。してはいけない。

 

唇を噛み、優子を慰めたい気持ちを抑える。

 

 

(最低だ)

 

 

口の中は鉄の味としょっぱい味がした。

 

 



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新たな決意と新たな世界と新たな幕があがる

続きです。


一体俺は何をやっているのだろう。

 

俺は自室にあるベッドに寝ている。カラオケにいる奴らにはメールをして、帰ることを伝えてきた。

 

あの後、優子は1人で帰って行ってしまった。

 

俺は彼女を追いかけることはできなかった。そもそも追いかける資格なんざ俺には無い。

 

 

「最低だな……」

 

 

優子を連れていく気がないくせに俺は全部話してしまった。

 

話さなければいいだろって?そうだ、それは正論だ。

 

 

 

 

 

でも、俺は優子に嘘をつきたくなかったんだよ。

 

 

 

 

 

あんなに信頼されているんだ。俺が嘘を言ってどうする。

 

 

「……………」

 

 

俺は天井を見続ける。

 

 

「ホントに俺は」

 

 

最低なバカだな。

 

 

________________________

 

 

「……………」

 

 

「楢原君?聞いていますか?」

 

 

「大樹!当てられてるよ!」

 

 

「………おう」

 

 

高橋先生の声に気付かず、明久の声を聞いて、俺は力なく返事をする。

 

 

「この問題が分かりますか?」

 

 

「………2x-9」

 

 

「「「「「楢原が数学の問題を正解した!?」」」」」

 

 

クラスが一気にざわめく。

 

 

「はぁ……」

 

 

俺はさっきから溜息ばかりを吐いていた。

 

 

________________________

 

 

「大樹!PS3やろうぜ!」

 

 

「……パス」

 

 

原田の顔が驚愕に染まる。

 

 

「………新作入荷」

 

 

「………今度な」

 

 

ムッツリーニの顔が驚愕に染まり、膝をついて倒れた。

 

 

「楢原君、クッキーを焼いたんですけど」

 

 

「……さんきゅー」

 

 

姫路の作ったクッキーをバリバリッと、どんどん食べる。クラスの男子は驚愕の顔に染まってしまった。大樹は倒れない。

 

 

「あいつ、どうしたんだ?」

 

 

雄二は大樹を心配していた。

 

 

「授業ではずっと上の空じゃ」

 

 

「溜め息ばっか吐いてるしな」

 

 

秀吉と原田も大樹を見ていた。

 

 

「アキ、何かあったのか分かる?」

 

 

「それが僕にも分からないんだ」

 

 

島田が明久に尋ねるが、明久は首を横に降って答える。

 

 

「何度も聞いたんだ。でも曖昧にしか答えてくれないんだ」

 

 

明久は大樹の方を見ながら言う。

 

 

「あとでBクラスの奴らに聞きに行こう」

 

 

雄二の提案にみんなはうなずいた。

 

 

________________________

 

 

「それが朝からずっとあんな感じなのよ。ボーっとして魂でも抜けたみたいだったわ」

 

 

美琴は朝あったことを話す。

 

 

「一度殴ったら治るかしら?」

 

 

「神崎さん、多分今の大樹には効かないよ」

 

 

アリアの言葉に明久は姫路のクッキーを無傷で完食した大樹を思い出し、否定する。

 

 

「あれ?そういえば木下さんは?」

 

 

「優子は欠席している」

 

 

明久は優子がBクラスにいないことに気付く。霧島は明久の疑問に答える。

 

 

「どうしちゃったんだろうね?」

 

 

「昨日のカラオケもすぐに帰りましたし、病気でしょうか?」

 

 

工藤と姫路は心配する。

 

 

「姉上は朝からずっと、部屋から出てこないのじゃ」

 

 

秀吉は自分の姉のことを言う。島田は

 

 

「何度呼びかけても返事は返ってこなくてのう」

 

 

「大体話が見えてきたぞ」

 

 

秀吉の話を聞き、雄二は推理して言う。

 

 

「おそらく大樹と木下姉に何かあったことは確かだ」

 

 

「どうしてそう思うの?」

 

 

島田は雄二に尋ねる。

 

 

「昨日のカラオケであいつら2人は一緒の時間に帰っている。大樹と木下姉は喧嘩か何かがあって、そのまま帰ったんだろう」

 

 

「……アリア」

 

 

「分かってるわ」

 

 

雄二の話を聞き、美琴とアリアは心当たりがあった。

 

 

「大樹なら大丈夫ね」

 

 

「みんな、ほっといても構わないわ」

 

 

「えぇ!?」

 

 

美琴とアリアは大樹が大丈夫なことをみんなに言う。明久はそれを聞き、驚く。

 

 

「だって今日の大樹は数学の問題に正解したんだよ!?

 

 

「「やっぱ心配になってきた」」」

 

 

「楢原君ってそんなに数学が苦手なの!?」

 

 

明久の言葉を聞いた瞬間、美琴とアリアがすぐに考えを改める。工藤は大樹がそこまで数学が苦手なことに驚愕した。

 

 

「でも大丈夫よ。だってあたしのパートナーなんだもの」

 

 

アリアはそれでも胸を張って言い切った。

 

 

________________________

 

【大樹視点】

 

 

『悩んでいるようじゃな』

 

 

神が急に脳内に話しかける。

 

 

(俺を殺してくれ)

 

 

『重症!?』

 

 

神が初めて驚いたような気がした。

 

 

(もういっそのこと楽になろう)

 

 

『待つのじゃ!ロープを結ぶのではない!!』

 

 

俺は教室の天井に首を吊るためのロープを作ったが、クラスメイトに止められた。

 

 

(……頭から落ちれば)

 

 

『飛び降りるのもOUT!!』

 

 

窓を開け、身を乗り出した瞬間、クラスメイトに止められた。FFF団って実はやさしいな。

 

 

(じゃあお前が死んでくれよ!!)

 

 

『逆ギレ!?しかも死ねじゃと!?』

 

 

「はぁ………」

 

 

俺はそんなことしてもどうにもならない現実を見た。

 

 

『今日はお前さんに渡すモノがあるのじゃ』

 

 

(なんだよ)

 

 

『最強のプレゼント

 

 

「よこせハゲ」

 

 

『まだ言ってないゆえ、ひどいのう』

 

 

つい声が出てしまった。

 

 

「お、俺は禿げてないよ」

 

 

ちょっと黙ってろ須川。

 

 

(プレゼントってなんだよ)

 

 

『これじゃ』

 

 

俺の手の中に青いひし形。クリスタルみたいなペンダントがあった。

 

 

(いや、マジでなにこれ)

 

 

『絶対防御装置』

 

 

「チート臭がプンプンするのは俺だけだろうか」

 

 

もうこの神何でもありだな。いや、須川。服なんか嗅いでどうした。臭いのは今に始まったことじゃないだろ?

 

 

『またの名をチートクリスタル』

 

 

「開きなおってんじゃねぇよクソ野郎」

 

 

この神そろそろ引退してもいいと思う。誰か神の座、変われよ。

 

 

『そうじゃのう』

 

 

(は?)

 

 

『いや、このクリスタルじゃが………』

 

 

神が何か言ったような気がした。だが無視して話を続ける。

 

俺はこのペンダントの説明を受けた。実に凄いチート?だった。いや、でも微妙なチートだな。チートということにしておこう。

 

 

「……………」

 

 

『このクリスタルがあれば彼女を連れていけるんじゃないかのう』

 

 

(ダメに決まってんだろ)

 

 

『じゃがお前さんのその本当の気持ちはなんじゃ?』

 

 

(…………知るかよ)

 

 

『そうか。じゃがお前さんの出した答えはいつも正しいことばかりじゃ。自信を持て』

 

 

そう言って神の声は脳内にもう聞こえなくなった。

 

 

(俺の正直な気持ち……)

 

 

俺は弱い。ゆえに最低。

 

そんな俺が正しいのか?こんな俺は凄いのか?

 

俺は頭の中で自問自答を繰り返す。が、

 

 

「いつまでバカみたいな顔をしてるのよ」

 

 

後ろから声がしたので振り返る。

 

 

「アリアかよ」

 

 

「何よ、その反応は」

 

 

アリアが腰に手を当てて立っていた。

 

 

「優子のことでしょ」

 

 

「…………ああ」

 

 

今さら隠すことはしなかった。どうせバレてる。

 

 

「いいと思うよ」

 

 

「………………は?」

 

 

「連れて行ってもいいと思うって言ってるのよ」

 

 

アリアの言葉を聞き、耳を疑った。

 

 

「あたしと美琴は仲良しだからいいのよ?」

 

 

「そんな理由で決めていいことじゃないだろ!」

 

 

気がつけば怒鳴っていた。

 

 

「大丈夫よ」

 

 

「なにがだよ!?大丈夫、大丈夫って!優子は2人とは違って弱いんだぞ!!」

 

 

「弱くない」

 

 

「ッ!?」

 

 

アリアの鋭い目で見られ、言葉に詰まった。

 

 

「優子を舐めないで。優子はあたしよりずっと強い心を持っているわ」

 

 

「だから何だよ!」

 

 

「だから大樹と一緒に行っても大丈夫って言ってるのよ」

 

 

訳が分からない。何が言いたいか分からない。

 

 

「それに大樹はアタシに言ってくれたじゃない」

 

 

アリアは俺の手を握る。

 

 

 

 

 

「『絶対、命を賭けても守るから』」

 

 

 

 

 

「ぁ………」

 

 

俺はあの時を思い出した。

 

この世界に来て、夜に2人でアリアと話したことを。

 

 

「あたしは美琴みたいに強くは無いわ」

 

 

「関係ないだろ」

 

 

「だから、もしあたしが危険なことになっても無茶をしないで。見捨てて構わないわ」

 

 

「ふざけるな!!」

 

 

「ッ!」

 

 

「そんなこと絶対させない!たとえ危ない状況になっても助け出してやる!何回でも、何十回でも、何百回でも!!」

 

 

「大樹………」

 

 

 

 

 

「絶対、命を賭けても守るから」

 

 

 

 

 

あの後、アリアは涙を流して「ありがとう」と言ってくれた。

 

 

「あたしは嬉しかったよ。あたしのことを大切にしてくれてることが分かって」

 

 

アリアは俺の頭を後ろから優しく撫でる。

 

 

「あんなことママしか言ってくれないわ」

 

 

「………そんなこと」

 

 

「あたしは欠陥品って言われてたのよ?」

 

 

「シャーロックは違うって言っただろ」

 

 

「あたしは曾お爺さまより大樹に言われた方が何倍も嬉しかったわ」

 

 

「……………」

 

 

自分の顔が真っ赤になっているのが分かる。

 

 

「ありがとうな。おかげで元気が出た」

 

 

俺は教室の窓に足を乗せる。

 

 

「愛してるぜ、アリア!!」

 

 

「なッ!?」

 

 

アリアの顔が真っ赤に染まる。さっきのお返しだ。

 

 

「じゃあ今日は早退しまーす」

 

 

 

 

 

俺は3階の窓から後ろ向きに飛び降りた。

 

 

 

 

 

「「「「「はぁいッ!?」」」」」

 

 

教室にいた、アリア以外の人が驚いた。

 

空から落ちたことのある俺にとっちゃこんな高さなんか全く怖くない。

 

 

ドンッ!!

 

 

豪快な音を出し、着地する。

 

 

俺は優子のところに向かった。………ん?

 

 

「って優子は今日学校に来てるの?」

 

 

「先に聞きなさいよ、バカ。来てないわよ、バカ」

 

 

アリアは窓から顔を出し、伝える。2回もバカ言うなよ。

 

 

________________________

 

 

ガラッ

 

 

「優子!!」

 

 

「きゃあああああ!?」

 

 

優子の家に着いた俺は窓から侵入した。

 

 

ゴスッ!!

 

 

「ぐふッ!?」

 

 

辞書みたいに分厚い本の角が額に直撃した。地味に痛い。

 

 

「どっから入ってるのよ!?」

 

 

全くその通りである。

 

 

「もしかしたら着替え中に入ってちょっとしたエロい展開になるかと思って」

 

 

「バカああああァァァ!!」

 

 

この後、優子を落ち着かせるのに30分かかった。

 

 

________________________

 

 

「マジすいませんでした」

 

 

「ふんッ」

 

 

俺は赤くなった額を地面に擦りつけて土下座する。優子は落ち着いてくれたが、ご機嫌は斜め。

 

 

「……何しに来たのよ」

 

 

優子はそっぽを向いたまま尋ねる。

 

 

「たくさんあるけどまずは1つ目、これをあげようと思って」

 

 

俺はポケットから青色に光ったペンダントを取り出す。

 

 

「これは?」

 

 

「お守りだ」

 

 

絶対防御装置なんてダサい名前は言わない。いや、言えない。

 

 

「優子」

 

 

俺は真剣な目で優子の瞳を見る。

 

 

「俺と一緒に来てくれ」

 

 

「!?」

 

 

優子は目を見開き、俺を見る。

 

 

「今更何言ってんだと思うかもしれない。でも優子は俺と一緒に行きたいと言ってくれた」

 

 

昨日の夜の俺はおかしかった。あの時の自分を殴りたい。

 

 

「その気持ちを踏みにじりたくない」

 

 

「……でも危険なんでしょッ!?アタシが行っても迷惑かけるだけよ!!」

 

 

優子は大声を出す。その声は震えてるようだった。

 

 

「だったらこれを着けろ」

 

 

俺はペンダントを優子に見せる。

 

 

「もし危なくなったらこれを使え」

 

 

「これは?」

 

 

「説明は外に行ってからする」

 

 

俺は優子をお姫様抱っこをする。

 

 

「ッ!?」

 

 

「それじゃあ行こうか」

 

 

優子が顔を真っ赤に染めて、口をパクパクさせる。俺はそんなことを気にせずに窓に足を乗せる。

 

 

「きゃあああああ!?」

 

 

とりあえず上に高く飛んだ。

 

 

「ちょっと山の方に行くぞ」

 

 

優子の悲鳴を聞きながら、俺は山の方に飛んで向かった。

 

 

________________________

 

 

「バカバカバカバカバカッ!!!」

 

 

「申し訳ない気持ちで一杯です」

 

 

俺はまた土下座していた。

 

俺と優子は山の中の広い平地に来ていた。

 

 

「もうあんなことしないでよねッ!」

 

 

「はい、心得ました」

 

 

「靴も履かずに来ちゃった……」

 

 

優子は自分の足元を見て溜め息をつく。

 

 

「靴ならここに」

 

 

「なんで持ってんのよ!?」

 

 

俺は懐から優子の靴を取り出す。

 

 

「温めておきました」

 

 

「しなくていいわよ!!バカッ!!」

 

 

今日で何回バカと言われたのでしょう。

 

優子は涙目になりながらも靴を履く。

 

 

「話をしても?」

 

 

「………バカ」

 

 

「すいません……」

 

 

優子様はご立腹のご様子で。

 

 

「えっと、ペンダントなんだけど」

 

 

とりあえず話を始めることにした。

 

 

「ペンダントを握って祈ってくれ」

 

 

「祈るって……何を?」

 

 

優子は祈ると聞いて俺に質問する。

 

 

「何でもいいけど……」

 

 

「じゃあ大樹のバカって祈る」

 

 

優子はペンダントを握り、目をつぶる。マジでどうやって優子の機嫌を直そうか。

 

 

シュピン!!

 

 

ペンダントは輝き、優子を中心に、正方形の四角いガラスの箱のようなモノが大きく膨らんでいった。バキバキッと木の枝を折りながらガラスの箱は大きくなる。そして箱の大きさは縦と横、ともに5mくらいの大きさだ。箱の中には一緒に俺も入ることができた。

 

 

「な、なにこれ!?」

 

 

優子は驚愕の声をあげる。

 

 

「この中にいたらどんなものでも防ぐことができるんだ。たとえ核爆弾でもな」

 

 

たとえ隕石がぶつかってもビクともしないと神は言っていた。

 

このガラスの箱の四角形はペンダントのクリスタルを中心にして大きくなるので、その時に壁か天井などに当たっても無視して大きくなる。よって壁や天井は壊れてしまう。だから外に連れてきたのだ。

 

 

「これがあれば、優子を守ることができる」

 

 

優子はその言葉を聞き、理解した。これがあれば大樹と一緒に行けることを。

 

 

「でも欠点があるんだ」

 

 

俺はガラスのような壁を叩く。

 

 

「中からは絶対に出れないこと。そして」

 

 

パキンッ!!

 

 

ガラスの壁が割れるような音を立てて、突如壊れた。

 

 

「発動時間が1分しか持たないこと」

 

 

これが最大の欠点。時間制限だ。

 

 

「そして、24時間。一日経たないと再びペンダントの能力を使えない」

 

 

さらに、連続して使うことができない。チートとしてはどうかと思う。

 

 

「そ、それじゃあ……」

 

 

優子は下を向き、表情が暗くなる。連れていくのが困難なことが分かってしまったからだ。

 

 

(やっぱ無理だったんだ……)

 

 

優子の目に涙が溜まる。

 

 

 

 

 

「だから俺が1分以内に助けに行く」

 

 

 

 

 

「え?」

 

 

俺の言葉を聞き、優子は顔を上げる。

 

 

「そのペンダントが発動した瞬間、このブレスレットが光るんだ」

 

 

俺は左手についた銀色のブレスレットを優子に見えるように腕を伸ばす。このブレスレットがあるおかげであの結界に入ることができるのだ。

 

 

「ブレスレットが光った瞬間、俺が1分経つ前に助けに行く。だから」

 

 

俺は優子に手を伸ばす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺が絶対に守ってやる。だから来てくれ、優子」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺が優子を守ればいいだけの話だ。美琴もアリアも守ればいいのだ。

 

優子は俺の手を握る。

 

優子の答えは決まっていた。

 

 

 

 

 

「うん………!」

 

 

 

 

 

優子の目から大粒の涙が流れた。それは昨日のような決して悲しいものではない。

 

 

________________________

 

 

「よし、準備完了」

 

 

俺は前の世界で作ってもらった2本の刀を左右の腰に1本ずつ身に着ける。

 

服は動きやすい長袖のTシャツで、どこでも売ってそうな黒いズボンをはいていた。え?それに刀とか合わなくないかだって?うん、合わねぇよ。

 

ズボンのポケットの中に拳銃のコルト・パイソンを入れる。ホルスターは使わない。邪魔だから。

 

俺は大きな鏡の前に立ち、自分の姿を確認する。うん、めっちゃ目立つしいらねぇな、刀。

 

 

「大樹ー、準備できたの?って何そのTシャツ」

 

 

準備ができた美琴が俺の部屋に入ってきて、俺のTシャツを見て、少し笑った。

 

 

 

 

 

 

Tシャツの後ろには『一般人』と縦書きで描かれていた。

 

 

 

 

 

「嘘つき」

 

 

「言うと思った」

 

 

俺と美琴は一緒に笑う。

 

 

「優子は?」

 

 

「もう来てるわよ」

 

 

「よし、行くか!」

 

 

俺は気合を入れてリビングに向かった。

 

 

________________________

 

 

俺、美琴、アリア。そして優子はリビングで手を繋いぎ、円を作っていた。

 

 

「それじゃ行くぞ?」

 

 

「準備はバッチリよ」

 

 

「いつでもいいわよ」

 

 

「ちょっと怖いわね」

 

 

俺の言葉に美琴とアリアは大丈夫だと伝える。優子は不安な気持ちになっていた。

 

 

「大丈夫だ。みんながいる」

 

 

俺は優子の手を少し強く握る。

 

 

「……うん、大丈夫」

 

 

優子は俺に微笑んだ。

 

 

(それじゃあ神。行こうか)

 

 

『えー』

 

 

「その返しは予想できなかった!!」

 

 

「「「え?」」」

 

 

「何でもないよお嬢様方」

 

 

もう!つい声が出ちゃうじゃないか!!

 

 

『それじゃ次の世界は』

 

 

結局するんかいッ。

 

 

 

 

 

『【問題児たちが異世界から来るそうですよ?】じゃ』

 

 

 

 

 

「………………………………え?」

 

 

 

 

 

原作知らない。いや、アニメも見てない。

 

 

 

 

 

『それじゃ行くのじゃ』

 

 

「待っt

 

 

俺たち4人はこの世界から消えた。

 

ついでに俺の静止の声も。

 

 

 

________________________

 

 

【道徳の問題】

 

あなたは何になりたいですか?自由に書きなさい。

 

 

楢原 大樹の答え

 

大切な人を守れる強くて正義感のある人に俺はなりたい。

 

 

先生のコメント

 

どんな困難にでも立ち向かってください。そして諦めないでください。あなたはとても強い人です。テストや勉強、お疲れ様でした。

 

 

 




【絶対防御装置(ぜったいぼうぎょそうち)】

別名チートクリスタル(神はそう呼んだ)。祈りを込めることで絶対防御のガラスの箱を作りだす。制限時間は1分とかなり短い。



優子はこのような感じで守ることができるようにしました。(1分間だけ)

問題児の世界に転生についてはギフトゲームの内容を知らないようにしておきました。分かっていたらすぐにクリアしてしまうと思ったからです。

感想や評価をくれると嬉しいです。


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問題児たちが異世界から来るそうですよ?編
修羅神仏が集まる箱庭




今回から【問題児たちが異世界から来るそうですよ?編】が始まります。

続きです。


【?】

 

 

 

 

 

NO DATE

 

 

 

 

 

________________________

 

 

1枚の手紙の中にはこんな内容が書かれていた。

 

 

 

 

 

『悩み多し異才を持つ少年少女に告げる。

 その才能(ギフト)を試すことを望むならば、

 己の家族を、友人を、財産を、世界の全てを捨て、

 我らの【箱庭】に来られたし』

 

 

 

 

 

そして、4人は異世界に転生する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この世界が4人にとって『終わり』であり、『最悪』の始まりとなる世界となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、彼らは知らない。

 

 

 

 

 

________________________

 

 

ちぃーす、楢原 大樹でーすッ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

絶賛空から落下中でーすッ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、美琴たちにメールでもするか」

 

 

俺は空から落下しながら携帯電話を扱う。さすがに何回もこんな体験をすると慣れてしまうものだ。慣れって怖いな。

 

 

「「「きゃあああああ!?」」」

 

 

俺の隣では美琴とアリア。そして優子が落下していた。

 

美琴は薄いピンク色のパーカーを着ており、下は濃いピンク色のフリフリのスカートをはいていた。もちろん短パン装備です。だが美琴らしい服装でとても似合っていた。

 

アリアは武偵高校の防弾制服を着ていた。だが赤色の冬服では無く、青色の夏服を着ている。そんな服でもアリアには雰囲気があっており、とても新鮮な感じがした。

 

優子は長袖の白い服を着て、上から赤色のミニスカートぐらいまでのある長さのキャミソールを着ていた。優子には赤色の服が一番似合って、可愛かった。

 

結論。みんな可愛い。結婚してくれ。

 

 

「って、ちょっと待て」

 

 

3人の服を観察してニヤニヤしている場合ではなかった。

 

 

「一緒に落ちてるのか!?」

 

 

「「「気づくの遅い!!」」」

 

 

「よっしゃああああァァァ!!仲間が増えたぜ!!」

 

 

「何喜んでんのよ!?」

 

 

優子は喜ぶ俺に向かって叫ぶ。

 

 

「ど、何処だここ!?」

 

 

「きゃッ!?」

 

 

「わッ」

 

 

俺の隣に急に現れ、俺たちと一緒に落ちていく3人。と1匹。

 

1人は学ランを着た金髪の少年。もう1人は頭に赤いリボンをし、一昔前の女性服を着て、腰まで伸ばした長い髪の少女。最後の1人は……何だろう。半袖の白いコートのようなものを着ており、オレンジ色の短パンをはいて、こちらはショートカットに切った髪型の少女だった。現代では見ない服装だ。あと猫がいる。

 

 

「美琴!優子!」

 

 

アリアは美琴と優子の手を掴む。

 

そして、アリアのツインテールが大きな翼のようになり、はばたく。アリアたちは落下速度がどんどん減速していく。

 

 

「うん俺を見捨てやがったな」

 

 

まぁ俺は助かるからいいけどな。べ、別に泣いてねぇよ。

 

俺と残りの3人とともに一緒に落下地点の湖に落ちていく。

 

だが、落ちるまで10メートルぐらいというところで、体がクッションにダイブしたような感覚が伝わり、落下スピードが激減した。そして、ポチャンっと音を立てて湖に落ちた。

 

 

 

 

 

大樹を除いて。

 

 

 

 

大樹はそのままの落下速度で湖に向かって落下する。

 

 

(はぁ……人生って厳しい)

 

 

ドシャアアアアアン!!!

 

 

他の3人とは比べものにならない水しぶきをあげた。

 

 

________________________

 

 

 

「し、信じられないわ!まさか問答無用で引き摺り込んだ挙句、空に放り出すなんて!」

 

 

「右に同じだクソッタレ。場合によってはその場でゲームオーバーだぜコレ」

 

 

学ランを着た少年とロングヘアの少女が湖からあがる。

 

 

「………大丈夫?」

 

 

『じ、じぬがぼおぼた………!』

 

 

ショートカットの少女は三毛猫に話かけ、無事を確認する。この少女は猫の言葉を理解しているみたいだ。

 

 

「ていうか助けてくれてもよかったんじゃないか?」

 

 

金髪の少年は上を見上げる。空から3人の女の子がゆっくりと降りてきた。

 

 

「ごめんなさい。定員オーバーだったの」

 

 

ツインテールを翼にして降りてきたアリアは謝罪する。

 

 

「そう、まぁ助かったから許してあげるわ」

 

 

「何で上から目線なのかしら……」

 

 

ロングヘアの少女の言葉に優子は顔を歪める。

 

 

「………まだ1人上がって来てない」

 

 

「「「「「あ」」」」」

 

 

大樹はまだ湖から上がっていないのだ。

 

 

「死んだな」

 

 

「ええ、死んだわね」

 

 

「助からない」

 

 

「「「勝手に殺さないで!」」」

 

 

見知らぬ3人は湖を見ながら呟く。美琴とアリア。そして優子は反論し、否定する。

 

 

「でも長すぎるわね……」

 

 

美琴は湖を見ながら呟く。が、

 

 

「ぶはッ!」

 

 

やっと大樹が湖の底からあがって来た。

 

 

「大樹!何でそんなに上がってくるのが遅いのよ!」

 

 

アリアは腰に手を当て怒る。いや、泳げない人にそんなこと言われたくないんですけど。

 

 

「いや、落下スピードが速すぎて湖の底まで行ってしまったんだよ」

 

 

「それでも遅すぎない?」

 

 

大樹の言い分に美琴は首をかしげる。

 

 

「ああ、旨そうな魚が泳いでいたから獲ってた」

 

 

「「「「「何やってんの」」」」」

 

 

俺は湖から巨大な魚を掲げ、みんなに見せる。魚は軽く見積もっても10人分はある。

 

 

「さて、焼こう」

 

 

「私も食べたい」

 

 

ショートカットの少女が近づいてきた。

 

 

「おう、いいぜ。ほら、みんなで食べようぜ」

 

 

湖から上がり、近くにあった枯れ木を集め、火をおこす。魚を大胆に火あぶりにする。

 

 

「じゃあ焼きあがるまでに自己紹介しようぜ。ついでに火の近くにいれば服も乾くだろ」

 

 

俺は魚のセッティングが完了し、みんなに向かって言う。そして俺たちは火を囲むようにして座る。

 

 

「私は久遠 飛鳥(くどう あすか)よ。あなたは?」

 

 

「悪い。自分から自己紹介を提案しておいて俺が言わないのはダメだな。俺は楢原 大樹だ」

 

 

「よろしくね、一般人さん」

 

 

「いや、せっかく自己紹介したんだから名前で呼べよ。てかそれ名前じゃないから」

 

 

「それもそうね。大樹、私のことは飛鳥でいいわ。よろしくね」

 

 

「ああ、こちらこそよろしくな、飛鳥」

 

 

飛鳥と俺は自己紹介をする。いや、明らかに2人だけの会話になってるけどな。

 

 

「大樹、まだ?」

 

 

「はやいだろ。まだ焼けてねぇよ。それより名前は?」

 

 

魚をずっとガン見している少女に名前を尋ねる。

 

 

「春日部 耀(かすかべ よう)。私も名前でいい」

 

 

「よろしくな、耀」

 

 

耀は魚を見続けたままうなずく。どんだけ好きなんだよ、魚。

 

 

「御坂 美琴よ。よろしくね飛鳥さんに耀さん」

 

 

「あら?呼び捨てでいいのよ。私も美琴と呼ぶから」

 

 

飛鳥は首を振って、美琴に呼び捨てするよう言う。耀はうなずいて、自分も呼び捨てでいいと伝える。

 

 

「分かったわ。よろしくね飛鳥、耀」

 

 

「じゃあ次はあたしね。神崎・H・アリアよ」

 

 

美琴の自己紹介が終わり、次にアリアが言う。

 

 

「「「小学生?」」」

 

 

「落ち着けアリア!!」

 

 

俺は拳銃を取り出したアリアを抑える。

 

 

「そこの3人!アリアは立派な高2だ!」

 

 

「「「え」」」

 

 

事情を知らない3人に俺はアリアが高2だと伝えると、3人は驚いた。

 

 

「そう………ごめんなさいアリア」

 

 

「わ、分かってくれたならいいわ」

 

 

飛鳥の謝罪にアリアは落ち着く。

 

 

「木下 優子よ。アタシも優子でいいわ」

 

 

「よろしくね、優子。私も名前で呼んで頂戴」

 

 

「よろしく。以下同文」

 

 

以下同文って何だよ。めんどくさがりすぎだろ、耀。

 

 

「最後は俺だな。逆廻 十六夜(さかまき いざよい)だ。一応確認するが全員手紙をもらったのか?」

 

 

金髪の少年は十六夜という名前らしい。

 

 

「ええ、貰ったわよ」

 

 

飛鳥は十六夜の言葉を肯定し、耀はうなずき肯定を示す。

 

 

「え?もらってないわよ」

 

 

「そうなの?もしかして他の3人も?」

 

 

美琴は手紙を貰ったことを否定する。飛鳥は他の3人に質問する。

 

 

「ああ。俺、美琴、アリア、優子はそんな手紙は貰ってないな」

 

 

「じゃあお前らどうやってここに?」

 

 

俺の言葉に十六夜は質問する。

 

 

「さぁ?」

 

 

「さぁって、あなたね……」

 

 

飛鳥に溜め息をつかれ、呆れられる。

 

 

「それより魚が焼けたし食おうぜ」

 

 

話を中断して、みんなで魚を食べることにした。

 

 

________________________

 

 

 

(うわぁ……なんか問題児ばっかりみたいですねぇ……)

 

 

物陰から大樹たちを見ている人がいた。

 

 

(しかも召喚したのは3人のはずですのに、どうして7人に増えてるのですか!?)

 

 

どうやら一般人と書かれた服を着ている少年。ピンクの服を着たショートカットの少女。ツインテールの小さな女の子。そして赤いキャミソールを着た唯一真面目そうな少女。

 

以上4人には手紙が来てないようだった。

 

 

(しかも魚を食べて、とても仲が良さそうですよ!!)

 

 

7人は笑い合い、すでに友達と言っていいくらいに仲が良さそうだった。

 

 

________________________

 

 

 

「ていうか俺たちはともかく、招待された3人は案内人とかいないとおかしくね?」

 

 

(ここにいるのですよ)

 

 

魚を食っている大樹の言葉に隠れている人は心の中で返答する。

 

 

「じゃあそこに隠れている奴にでも聞くか?」

 

 

十六夜は物陰に隠れている人のいる場所に視線を向ける。物陰に隠れている人はビクッと驚く。

 

 

「あら、気づいてたの?」

 

 

飛鳥も気づいていた。いや、

 

 

「優子以外みんな気づいてたな」

 

 

「え?だ、誰かいるの?」

 

 

優子を除く全員が気づいていた。優子はそんな言葉を聞いて戸惑う。

 

 

「でも、魚を食ってからにしようぜ」

 

 

「「「「「賛成」」」」」

 

 

「放置しないでください!!」

 

 

大樹の言葉に全員(優子を除く)が魚を再び食べ始めた。隠れていた人はツッコミを入れながら出てきた。

 

 

「うわッ、妖怪だ」

 

 

「妖怪!?そんなこと初めて言われましたよ!?」

 

 

俺はとりあえず出てきた奴をバカにしてみた。

 

物陰から出てきたのは、バニーガールだった。服はカジノで着ていそうな黒い服を着ており、赤色のミニスカートでガーターベルトをしていた。髪は青色でウサ耳をしていた。いや、本物だな。それと胸でかい。

 

取り敢えず、

 

 

「説明はよ」

 

 

「切り替え早くないですか!?」

 

 

ウサギは驚愕する。だがウサギは咳払いをして両手を広げる。いよいよ説明するみたいだな。にしても胸でかいな。

 

 

「それではいいですか?定例分で言いますよ?言いますよ?さぁ、言います!!」

 

 

「チッ」

 

 

「今舌打ちしましたね!?」

 

 

長い。前フリ超長い。あと胸大きい。

 

 

「はぁ……では言いますよ」

 

 

はよ言えや。

 

 

「ようこそ、【箱庭の世界】へ!ギフトを与えられた者達だけが参加できる【ギフトゲーム】への参加資格をプレゼンさせていただこうかと召喚いたしました!」

 

 

「ギフトゲームだと?」

 

 

俺はウサギの言った言葉に疑問をいだく。

 

 

「そうです!既に気づいていらっしゃるでしょうが、皆様は普通の人間ではございません!」

 

 

みんなの視線が痛い。いや、俺は一般人だよ(嘘)

 

 

「その特異の力は様々な修羅神仏から、悪魔から、精霊から、星から与えられた恩恵でございます」

 

 

十六夜と飛鳥と耀はそんな力を持っているのか。こいつら俺より強いのか?

 

俺はこの世界を知らない。原作を読んでないから主人公、ヒロイン、世界観、敵など全く知らない。この3人の強さも、このウサギもな。

 

 

「【ギフトゲーム】はその【恩恵】を用いて競い合う為のゲーム。そして箱庭の世界は強大な力を持つギフト保持者がオモシロオカシク生活できる為に造られたステージなのでございますよ」

 

 

「質問だ」

 

 

俺は手を挙げる。

 

 

「どうぞどうぞ♪」

 

 

「お前、誰?」

 

 

「「「「「あ」」」」」

 

 

みんなが声を出す。ウサギも。いや、コイツ自己紹介しないからずっと気になっていたんだよ。

 

 

「す、すみません!黒ウサギと申します!!」

 

 

なんだよ。ウサギに黒がついただけかよ。てかお前の場合は青ウサギじゃね?上半身の服しか黒くねぇよ。

 

 

「それでは気を取り直して話を続けさせてもらいます」

 

 

「嫌だね」

 

 

「続けます!異世界から呼び出されたギフト保持者は箱庭に生活されるにあたって、数多とある【コミュニティ】に属していただきますよ♪」

 

 

「もっと嫌だね」

 

 

「属していただきます!!さっきから何なのですか!!」

 

 

十六夜はことあるごとに拒否していく。黒ウサギは怒っている。

 

 

「【ギフトゲーム】の勝者はゲームの【主催者(ホスト)】が提示した賞品をゲットできるというとってもシンプルな構造となっております」

 

 

「……【主催者】って誰?」

 

 

耀が質問をする。魚を食べながら。

 

 

「様々ですね。暇を持て余した修羅神仏が人を試すための試練と称して開催されるゲームもあります」

 

 

おい、仕事しろよ神。

 

 

「コミュニティの力を誇示するために独自開催するグループもございます。特徴として前者が多いのですが【主催者】が修羅神仏なだけであって凶悪かつ難解なものが多く」

 

 

黒ウサギは一度言葉を区切り、

 

 

 

 

 

「命の危険もあるでしょう」

 

 

 

 

 

真剣な声音で言った。

 

命の危険。俺はその言葉を聞いた瞬間、驚愕した。

 

美琴たちに危険な目にあってしまったらどうしよう。そんなことを考えただけで怖くなった。

 

 

「しかし、見返りは大きいです。【主催者】次第ですが、新たな【恩恵】を手にするも夢ではありません」

 

 

どうやら恩恵というものはそこまで凄いモノらしい。

 

 

「後者は参加するためのチップを用意する必要があります。参加者が敗退すればそれらはすべて【主催者】のコミュニティに寄贈されるシステムです」

 

 

カジノみたいだな。金がないとゲームができないし、負ければ一文無し。

 

 

「チップは何を賭けるのかしら?」

 

 

優子が黒ウサギに質問する。

 

 

「それも様々です。金品、土地、利権、名誉、人間………そしてギフトを賭けあうことも可能です」

 

 

「待ちなさい。それって命も賭けれるって言うこと?」

 

 

アリアは黒ウサギの話を中断させ質問する。

 

 

「はい、可能でございます」

 

 

「……………そう」

 

 

アリアは口を閉じた。

 

【ギフトゲーム】。確かに面白いシステムだと思う。だが人の命まで賭けれるとなると、一歩間違えばそれは命賭けの戦いになる。

 

アリアは正義感が強い。これから先、命を賭けるゲームにはできるだけ。いや、関わらないようにしたいと俺は思った。アリアに無茶をさせれない。

 

 

「ねぇ、【ギフトゲーム】はこの世界の法律みたいなモノなの?」

 

 

次に美琴が質問する。

 

 

「ふふん?中々鋭いですね。しかしそれは8割正解の2割間違いです」

 

 

「じゃあやっぱり犯罪はダメだと?」

 

 

俺は黒ウサギの間違いを当ててみる。

 

 

「YES!箱庭でも強盗や窃盗は禁止です。ギフトを用いた犯罪などもってのほか!そんな不逞な輩はことごとく処罰します」

 

 

何か問答無用で死刑にされそうな勢いだなおい。

 

 

「ですが【ギフトゲーム】は本質が全く逆!一方の勝者だけが全てを手にするシステムです。【主催者】が提示したゲームをクリアすればタダで賞品を手にすることが可能だということですね」

 

 

何だこの世界。実はかなり物騒なんじゃないか?

 

 

「そう、なかなか野蛮ね」

 

 

俺と同じことを考えていた飛鳥は言う。

 

 

「ごもっとも。ですが【主催者】は自己責任でゲームを開催しています。奪われるのが嫌な腰抜けは最初からゲームに参加しなければいいだけでございますよ」

 

 

黒ウサギは俺たちを挑発していた。だがそれはやれるものならやってみろという挑戦でもあった。

 

 

「1つ聞いていいか?」

 

 

今までずっと傍観者であった十六夜がようやくここにきて口を開く。

 

 

「どういった質問です?ルールですか?それともゲームそのものですか?」

 

 

「そんなことはどうでもいい」

 

 

いや、よくねぇだろ。

 

 

「俺が聞きたいのはたった1つ」

 

 

十六夜は真剣な目で告げる。

 

 

 

 

 

「この世界は………面白いか?」

 

 

 

 

 

(コイツとは気があいそうだな)

 

 

素直にそう思った。

 

 

「YES。【ギフトゲーム】は人を超えた者たちだけが参加できる神魔の遊戯」

 

 

黒ウサギは笑顔で返答する。

 

 

「箱庭の世界は外界より格段に面白いと、黒ウサギは保障いたします♪」

 

 

十六夜は黒ウサギの言葉を聞き、笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

その瞬間、誰かの視線を感じた。

 

 

 

 

 

「誰だ!?」

 

 

俺は後ろを振り向き、正体を探る。

 

 

「ど、どうしたのですか!?」

 

 

黒ウサギが俺の声に驚く。他のみんなも驚いていた。

 

 

(あれ?)

 

 

振り向いた瞬間、視線が消えた。

 

 

「どうしたのよ大樹?」

 

 

優子が心配して声をかける。

 

 

「いや、そこに誰かがいたような気がしたんだ」

 

 

「それは無いですよ。黒ウサギの耳はこの一帯のことを全て把握しています。この近くに人は絶対にいません」

 

 

絶対とまで言われたら信じるしかない。

 

 

(俺の気のせい?)

 

 

俺は心はモヤモヤした気持ちになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『影』は。いや『最悪』は近づいていた。

 

 

 





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悪党に裁きの鉄槌を

続きです。


「ジン坊ちゃーン!新しい方を連れてきましたよー!」

 

 

黒ウサギは一人の門の前に立っている少年に向かって呼ぶ。少年は10歳くらいの小学生みたいに小さい。

 

 

「お帰り、黒ウサギ。そちらの女性5人が?」

 

 

「はいな、こちらの御7人………様……が?」

 

 

少年は黒ウサギの後ろにいる女性を見て、言う。黒ウサギの表情が固まった。

 

確かに女性が5人しかいない。

 

 

「え、あれ?ちょっと目つきが悪くて、かなり口が悪くて、全身から『俺問題児』ってオーラを放っている殿方と『一般人』というTシャツを着たこちらも口が悪い殿方がいませんでしたか?」

 

 

「2人ならどこかに行ったわよ」

 

 

美琴が黒ウサギの質問に答える。

 

 

~10分前~

 

 

『なぁ大樹』

 

 

『ん?』

 

 

『世界の果てを見に行かないか?』

 

 

『何言ってんだよ。今黒ウサギは俺たちを案内してくれてるんだぞ?それなのに今から世界の果てを見に行こうだなんて真似なんかできてもいい気がしてきたよし行こう』

 

 

という会話があった。2人はそのままどこかへ消えてしまった。

 

 

「な、なんで止めてくれなかったのですか!?」

 

 

「「「「「『止めてくれるなよ』って言われたから」」」」」

 

 

「ならどうして黒ウサギに教えてくれなかったのですか!?」

 

 

「「「「「『黒ウサギには言うなよ』って言われたから」」」」」

 

 

「嘘です、絶対嘘です!実は面倒くさかっただけでしょう!!」

 

 

黒ウサギの言葉に代表して優子が答える。

 

 

「あの2人、止めようとしたけど……もう居なかったのよね」

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

黒ウサギもそれを言われたら何も答えれなかった。

 

沈黙が続く。

 

 

「た、大変です!世界の果てにはギフトゲームのために野放しされた幻獣が!!」

 

 

少年が沈黙を破った。だが少年の顔は真っ青になり、焦っていた。

 

 

「幻獣って何かしら?」

 

 

アリアが黒ウサギに尋ねる。

 

 

「ギフトを持った獣を指す言葉です。世界の果て付近には強力なギフトを持ったものがいます。出くわせば最後、とても人間では太刀打ち出来ません!」

 

 

「「「なら大丈夫ね」」」

 

 

「「へ?」」

 

 

黒ウサギの説明に美琴とアリア。そして優子は安心?した。黒ウサギと少年は目を点にして驚く。

 

 

「大樹は人間をやめているから」

 

 

「大樹はそんなに強いの?」

 

 

アリアはサラッ答える。耀はそれを聞き質問する。

 

 

「ええ、だから幻獣なんか大丈夫よ」

 

 

「それは外界での話です!ここの世界では通用しませんよ!」

 

 

アリアの言葉を否定する黒ウサギ。黒ウサギの髪がピンク色に染まる。

 

 

「ジン坊ちゃん。申し訳ありませんが後のことをまかせてもよろしいでしょうか?」

 

 

「分かった」

 

 

「それでは問題児方を捕まえに参ります。一刻程で戻ります。皆さんはゆっくりと箱庭ライフを御堪能ございませ!!」

 

 

シュパンッ!!

 

 

黒ウサギは弾丸のようなスピードで飛び去り、視界からすぐに消えた。

 

 

「嘘………」

 

 

「優子。いちいちあんなので驚いてたら体が持たないわよ」

 

 

驚愕する優子に美琴は肩を叩き、アドバイスする。全くアドバイスになってはいないが。

 

 

「ウサギ達は箱庭の創始者の眷属。力もそうですが、様々なギフトの他に特殊な権限を持ち合わせてた貴種です」

 

 

「ここのウサギってすごいのね」

 

 

少年の説明に飛鳥は黒ウサギが飛んでいった方角を見ながら言う。

 

 

「黒ウサギも堪能くださいと言っていたし、御言葉に甘えて先に箱庭に入るとしましょ。エスコートは貴方がしてくれるのかしら?」

 

 

飛鳥は振り返り、少年の方へ向く。

 

 

「はい。コミュニティのリーダーをしているジン=ラッセルです。齢11になったばかりの若輩ですがよろしくお願いします」

 

 

「え?」

 

 

優子は驚いた。リーダーがこんなに小さく、幼いことに。黒ウサギというとても強そうな人がいるにも関わらず、この男の子がリーダーなことに。

 

だが違うことも考えていた。もしかしたら黒ウサギより強いかもしれないということ。

 

 

「久遠 飛鳥よ」

 

 

「春日部 耀」

 

 

「御坂 美琴よ」

 

 

「神崎・H・アリア。よろしくね、ジン」

 

 

それぞれみんなが自己紹介していく。

 

 

「優子?」

 

 

「え?あ、木下 優子よ」

 

 

考え事をしていた優子に耀が呼びかける。思考を中断し、優子はすぐに自分の名前を明かす。

 

 

「それじゃあ箱庭の中に入りましょう。案内させていただきます」

 

 

美琴たちは門をくぐって箱庭の中に入って行った。

 

門の中は石造りの通路だった。その通路を通って箱庭の幕下に出る。

 

 

「え?」

 

 

優子の声が漏れる。

 

パァッと上から光が降り注いだのだ。

 

遠くに聳える巨大な建造物と空覆う天幕。

 

 

「外から天幕に入ったのに………」

 

 

優子は天幕を眺めて言う。

 

上空には太陽が見えた。

 

 

「外から見たときは箱庭の内側なんて見えなかったのに」

 

 

耀も驚いていた。

 

都市を覆う天幕を上空から見たときは箱庭の街並みは見えなかった。だが都市の空には太陽が見える。

 

 

「マジックミラーみたいなものかしら?」

 

 

「近いですね。箱庭を覆う天幕は内側に入ると不可視になるんですよ。あの巨大な天幕は太陽の光を直接受けられない種族のために設置されていますから」

 

 

美琴の発言にジンは訂正を加えつつ説明する。

 

 

「あら、吸血鬼でも住んでいるのかしら?」

 

 

「え、居ますけど」

 

 

「………そう」

 

 

飛鳥は冗談を言ったつもりだが、本当にいるとジンは言った。飛鳥は複雑そうな顔をする。

 

 

「あたしの世界にもいたわね」

 

 

「「え」」

 

 

飛鳥と耀はアリアの言葉に驚く。

 

 

「実際には見たこと無いけど不死の力を持っていたわ」

 

 

「それって無敵じゃないの?」

 

 

アリアの発言に飛鳥は眉をひそめて聞く。

 

 

「でも大樹は倒したわ」

 

 

「「………………」」

 

 

飛鳥と耀の2人はこう思う。Tシャツ脱げっと。

 

 

「その……大樹さんという方はそこまで凄い方なんですか?」

 

 

まだ会ったことのないジンは質問する。

 

 

「そうね………1度死んだけど生き返ったこともあるわね」

 

 

「「えぇッ!?」」

 

 

「それって人間?」

 

 

美琴の言葉にジンと飛鳥は驚愕する。耀は無表情のまま言う。

 

 

「あたしの世界では学園都市の230万人の頂点にいる最強の1位を素手で倒していたわ」

 

 

「「「……………」」」

 

 

ドン引きだった。きっとこの場に大樹がいたら泣いていただろう。

 

 

『でもあの兄ちゃん魚をくれるし優しかったわ!』

 

 

「そうだね。いい人だと思うよ」

 

 

「え?もしかして猫と話してるのですか?」

 

 

「ちょ、ちょっと待って。あなた動物と会話できるの?」

 

 

耀は猫に話しかけていたの見ていたジンと飛鳥が尋ねる。

 

 

「うん。生きているなら誰とでも話はできる」

 

 

「すごいわね、耀」

 

 

アリアは耀の動物との意思疎通ができることについて感心する。

 

 

「全ての種と会話が可能なら心強いギフトですね。箱庭において幻獣との言語の壁というのは大きいですから」

 

 

ジンは歩きながら言う。

 

 

「そう………素敵な素敵な力を持っているのね」

 

 

「……飛鳥はどんな力を?」

 

 

飛鳥は耀の力を聞いて羨ましいと思った。

 

優子は飛鳥に力について聞く。だが

 

 

「おんやぁ?誰かと思えば東区画の最底辺コミュ【名無しの権兵衛】のリーダー、ジン君じゃないですか。今日はオモリ役の黒ウサギは一緒じゃないんですか?」

 

 

歩いていると道の角から2mを越える巨体のピチピチのスーツを着た男が出てきたと思ったら、こちら話しかけてきた。

 

 

「私の力は酷いモノよ」

 

 

「そうなの?」

 

 

「ええ、だって」

 

 

「無視すんなゴラァ!!」

 

 

無視して通り過ぎようとしたら追いかけてきた。

 

 

「僕らのコミュニティは【ノーネーム】です。【フォレス・ガロ】のガルド=ガスパー」

 

 

「黙れ名無しが。コミュニティの誇りである名と旗印を奪われてよくも未練がましくコミュニティを存続させることなどできたものだな」

 

 

ガルド。この男はガルドというらしい。

 

 

「誰なの、あなたは」

 

 

飛鳥が男に向かって尋ねる。

 

 

「おっと失礼。私は箱庭上層に陣取るコミュニティ【六百六十六の獣】の傘下である

 

 

「烏合の衆」

 

 

のリーダーをしているって待てやゴラァ!!誰が烏合の衆だ小僧!!」

 

 

ガルドは横槍を入れたジンに怒鳴る。

 

 

「口を慎めや小僧……紳士で通っている俺にも聞き逃せねぇ言葉があるんだぜ……?」

 

 

「「「「「紳士(笑)」」」」」

 

 

「ぶっ飛ばすぞ!?」

 

 

ガルドはさらに激怒する。

 

 

「はぁ、それで何の用なの?」

 

 

飛鳥は溜め息交じりに聞く。

 

 

「え?あ、はい。実は私のコミュニティに入らないかと勧誘しに来ました」

 

 

「なッ!?」

 

 

急に真面目な質問をされ、ガルドは慌てたがすぐに本題に入る。ジンはそのことを聞いて驚愕した。

 

 

「お嬢様方は【ノーネーム】の置かれている状況をご存知なのですか?」

 

 

「ッ!」

 

 

ガルドの言葉にジンは何も言えなくなった。

 

 

「どういうこと?」

 

 

アリアが尋ねる。

 

 

「おやぁ?知らないのですか?」

 

 

ガルドはわざとらしく言う。ジンへの嫌がらせに聞こえた。

 

 

 

 

 

「ジン=ラッセル率いるコミュニティは名も旗印も奪われた正真正銘最底辺コミュニティです」

 

 

 

 

 

「くッ」

 

 

ジンは悔しそうな顔をする。だがジンはガルドを睨み付ける。

 

 

「何だよその目は?俺はお前らのコミュニティを紹介してやっただけだが?」

 

 

「名と旗印が奪われたってどういうことなの?」

 

 

優子がガルドに尋ねる。

 

 

「名と旗印の説明は?」

 

 

「してくださるかしら?」

 

 

「承りました。コミュニティには【名】と【旗印】が必要不可欠です」

 

 

ガルドは知っているかどうか確認をとり、飛鳥はそれに答える。そしてガルドは丁寧に説明を始める。

 

 

「旗印はコミュニティの縄張りを主張する大事な物です」

 

 

「あれのことかしら?」

 

 

アリアは道の横にある店頭に掲げられた旗を指す。

 

 

「はい。ここの一帯は私のコミュニティの縄張りであることを示しています。そこに元々あった旗印は両者合意での【ギフトゲーム】をして、勝ち取りました。そうやって私のコミュニティを大きくしていったのです」

 

 

自慢げにガルドは話す。ガルドの胸には店頭に掲げてある旗印と同じ模様があった。

 

 

「旗が無いと縄張り主張ができないのね。名も同じことかしら?」

 

 

「はい。名が無いと名前の無いその他大勢、【ノーネーム】と呼ばれるのです」

 

 

飛鳥の質問にガルドは答える。

 

 

「では、なぜそのようなことになったのか。今から説明します」

 

 

ガルドは続ける。

 

 

「彼らは数年前まで東区画最大手のコミュニティでした。とはいえリーダーは別人でしたが」

 

 

ガルドは勘違いされないようすぐに訂正をいれる。ジンは下を向いたまま何もしゃべらない。

 

 

「だが、彼らは敵に回してはいけないモノに目をつけられたのです。そしてたった一夜で滅ぼされた」

 

 

「一夜ですって!?」

 

 

優子が驚愕する。

 

 

「そうです。この箱庭の世界、最悪の天災によって滅ぼされたのです」

 

 

「天災?」

 

 

耀が聞き返す。

 

 

「はい。彼らは箱庭で唯一最大にして最悪の天災」

 

 

ガルドは一度言葉を区切り、言う。

 

 

 

 

 

「【魔王】です」

 

 

 

 

 

「「「「「魔王?」」」」」

 

 

みんながその言葉を言った。ジンの顔が強張った。

 

 

「彼らは【主催者権限(ホストマスター)】を持っており、ギフトゲームを挑まれたら断ることができないのです。」

 

 

「そして負けて名と旗印を奪われたと」

 

 

「はい」

 

 

飛鳥の言葉をガルドは肯定した。

 

 

「名も旗印も、主力陣も全てを失い、残ったのは膨大な居住区画の土地だけ。もしもすぐにコミュニティを新たに結成していたら、まだ有終の美を飾っていたでしょうがね」

 

 

「それはダメだ!!」

 

 

ジンが大声をあげる。

 

 

「改名はコミュニティの完全解散を意味する!それはダメなんだ……僕達は仲間達の帰る場所を守りたい……!」

 

 

ジンは手を強く握る。

 

 

「だから僕らはあなた方を呼んだのです」

 

 

ジンは美琴たちを見る。

 

 

「僕達のコミュニティを救っていただくために」

 

 

「はッ、今更何を言っているんだ。隠していたクセに、この寄生虫が」

 

 

ガルドはジンの言葉を聞き、鼻で笑い、馬鹿にする。

 

 

「黒ウサギが居なければ何もできない奴がでしゃばるな。毎日毎日クソガキのオモリをして身を粉にして走り回り、わずかな路金でやりくりさせやがって。本来ならウサギは破格の待遇で愛でられるはずなんだぞ」

 

 

「………………」

 

 

ジンは黙る。

 

 

「そう、事情は分かったわ。用は崖っぷちなのね」

 

 

飛鳥は【ノーネーム】の状況を把握する。

 

 

「はい。ですから私たちのコミュニティに

 

 

「結構よ」

 

 

飛鳥はガルドの誘いを断る。

 

 

「私たちはジン君のコミュニティで間に合ってるわ」

 

 

ガルドはその言葉に呆気を取られる。

 

 

「そうね、みんなもそうでしょ?」

 

 

美琴はみんなに聞く。アリア、優子、耀はうなずいた。

 

 

「私は友達と一緒のコミュニティがいい」

 

 

「あら、じゃあ大樹も十六夜君もあとで入れましょ」

 

 

耀は理由を言い、飛鳥はもう入る気満々だ。

 

 

「ど、どうしてd

 

 

「『黙りなさい』」

 

 

ガチンッ!!

 

 

ガルドは理由を聞こうとしたが、飛鳥の声を聞いた瞬間、ガルドは無理矢理口を閉ざされた。

 

 

「『地面にひれ伏し、私の質問に答え続けなさい』」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

ガルドはすごい勢いで地面にひれ伏した。

 

 

「あなたには聞きたいことが山程あるわ。あなたはこの地域のコミュニティに『両者合意』で勝負を挑み、そして勝利したと言ったわね。ねぇジン君、コミュニティそのものを賭けてゲームをすることはそうそうあるのかしら?」

 

 

「や、やむを得ない状況なら稀に。しかしコミュニティ存続をかけたゲームとなるとかなりレアケースです」

 

 

飛鳥はジンの言葉を聞く。そして質問する。

 

 

「そうよね。私でもそのくらい推測できたわ。では、どうしてそんなに簡単にコミュニティの存続を賭けたゲームができたのか、『教えてくださる?』」

 

 

ガルドは必死に抵抗するが、

 

 

「強制させる方法は様々だ。一番簡単なのは相手のコミュニティの女子供をさらって脅迫することだ」

 

 

逆らえなかった。そう、飛鳥の命令には逆らえないのだ。

 

ガルドは続ける。

 

 

「徐々に他のコミュニティを取り込んだ後、ゲームに乗らざるを得ない状況に圧迫していった」

 

 

「まぁ、そんなところでしょう。でも吸収した組織はあなたの下で従順に働いてくれるのかしら?」

 

 

「各コミュニティから人質を数人取ってある」

 

 

「………何ですって?」

 

 

アリアが一番に反応した。他の者も不愉快に感じただろう。

 

 

ガチャッ

 

 

「人質はどこにいるの」

 

 

アリアは地面にひれ伏したガルドに拳銃を突きつける。

 

 

「……………」

 

 

「『アリアの質問に答えなさい』」

 

 

 

 

 

「もう殺した」

 

 

 

 

 

「「「なッ!?」」」

 

 

「嘘でしょ……!?」

 

 

美琴、アリア、ジンは驚愕した。優子は口を手で抑えている。

 

 

「素晴らしいくらいに外道ね。ねぇジン君。この外道を裁くことはできるかしら?」

 

 

「厳しいです。吸収したコミュニティから人質をとったり、身内の仲間を殺すのは勿論違法ですが、裁かれるまでに彼が箱庭の外に逃げ出してしまえば、そこまでです」

 

 

「ダメよ。こいつは逃がしたくない」

 

 

ジンは裁くのは厳しいと説明するが、アリアはどうしても逃がしたくないことを主張する。

 

 

「こ、小娘がああああァァァ!!!」

 

 

「!?」

 

 

ガルドは雄叫びをあげ、タキシードを破り、狼男のような姿になった。

 

 

「調子に乗るなあああァァァ!!」

 

 

ガルドはアリアに襲いかかる。

 

 

(お願い!アリアを守って!!)

 

 

優子はとっさにペンダントを持ち、祈る。

 

 

シュピンッ!!

 

 

「がッ!?」

 

 

優子を中心にして、ガラスの箱が大きくなり、ガルド以外の人間を包み込んだ。

 

ガルドはガラスの箱に弾かれた。

 

 

(あれ?もしかして大樹君以外もガラスの中に入れるの?)

 

 

大樹が身に付けているブレスレットが無いと入れないと言われていたので優子は疑問に思った。

 

 

(でもアタシからしたらこれは好都合だわ)

 

 

ガルドから攻撃されない。だがそれは1分間だけの話だ。

 

 

「クソッ!一体何だこr

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「ッ!?」

 

 

ガルドの言葉が止まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいテメェ、俺の大切な人に何してんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大樹がガルドを踏み潰した。

 

 

 

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

「はやいわよッ!?」

 

 

全員は急に現れた大樹を見て驚愕した。優子は大樹が助けに来るとは言っていたが早すぎた。

 

 

________________________

 

 

俺と十六夜は競争していた。とんでもない速度で。

 

 

「はは、やるじゃねぇか大樹」

 

 

「お前もな十六夜」

 

 

俺たちは森の中を飛び回り、世界の果てを目指していた。

 

 

「なぁ十六夜。マ◯オカートはやったことあるか?」

 

 

「マリ◯カート?まぁ一応あるぜ」

 

 

「それは良かった。はい、緑コウラ」

 

 

バシュンッ!!

 

 

俺は近くにあった石を投げた。

 

 

「おい!?」

 

 

十六夜は上半身を後ろにひねり、避けた。チッ、外したか。

 

 

「なるほど。じゃあスターで」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「うおッ!?」

 

 

十六夜が突っ込んできた。そのまま滝に近くの崖に落ちる。

 

 

「よーし喧嘩だこの野郎」

 

 

「おk、その喧嘩買ったわ」

 

 

俺の言葉を十六夜は買った。崖の上で睨みあう二人。

 

 

ドシャアアアン!!

 

 

 

 

 

滝の中から巨大な白い蛇が現れた。

 

 

 

 

 

「ふッ」

 

 

俺は笑う。

 

もうこの程度ではビビらねぇよ。

 

 

『挑戦者か、人間よ?』

 

 

「はい?」

 

 

『では試練を選べ』

 

 

白い蛇は訳のわからないことを話だし、俺は聞き返したつもりだが、蛇は肯定したと勘違いした。

 

 

「大樹」

 

 

「あー、俺も多分同じこと考えてる」

 

 

2人は蛇を睨む。

 

 

「「吹っ飛べ」」

 

 

ドゴンッ!!!

 

 

 

 

 

 

大樹は右手で殴り、十六夜は右足で蹴り飛ばした。

 

 

 

 

 

ドシャアアアン!!!

 

 

蛇は湖に大きな音を出して、沈んだ。

 

 

「「よし、続きをしようぜ」」

 

 

「見つけましたよ!大樹さん!十六夜さん!」

 

 

髪の色がピンクになった黒ウサギが来た。

 

 

「大樹。こいつもぶっ飛ばしていいか?」

 

 

「何言っているんですか!?」

 

 

「許可しよう」

 

 

「しないでください!!」

 

 

バシンッ!!

 

 

黒ウサギはハリセンで俺たちの頭を叩いた。そのハリセンはどこから取り出したんだ?

 

 

「ともかく御二人が無事で良かったデス。水神のゲームを挑んだとユニコーンに聞いて肝を冷やしましたよ」

 

 

ユニコーンってあれか?馬に1本の角が生えた奴か?見てみたいな。

 

 

でも、

 

 

「す、水神………か…………」

 

 

俺は汗だくになる。

 

 

「水神?ああ、あれのことか」

 

 

「え?」

 

 

黒ウサギは十六夜の言葉を聞き、硬直した。

 

 

ズバアアアアン!!!

 

 

『よくもやってくれたな、小僧どもおおおおォォォ!!!』

 

 

「蛇神………!ってどうやったらこんなにおこらせれるんですかあああァァァ!?」

 

 

殴ったり、蹴ったりすれば、かな?

 

 

「とりあえず俺たちが喧嘩しようとしたら邪魔してきたから蹴り飛ばした」

 

 

「このおバカ!!!」

 

 

『付け上がるな人間が!!我がこの程度の事で倒れるか!!』

 

 

水神様は丈夫なようです。

 

 

『この一撃を凌げば貴様らの勝利を認めてやる』

 

 

水神様は上から目線で偉そうにしてムカつく。

 

 

「寝言は寝て言え。決闘は勝者が決まって終わるんじゃない。敗者を決めて終わるんだよ」

 

 

十六夜さん、かっけー。

 

 

『フン!その戯言が貴様の最期だ!!』

 

 

ズバアアアアン!!!

 

 

湖から巨大な水の竜巻が舞い上がった。さすが神。

 

 

「【無刀の構え】」

 

 

久しぶりに本気を出そうか。

 

 

「【鳳凰炎脚(ほうおうえんきゃく)】!」

 

 

ズドオオオオオン!!!

 

 

竜巻を両足で凄い勢いで蹴り飛ばした。竜巻は消える。

 

 

「えッ!?」

 

 

『馬鹿な!?』

 

 

ちなみに足に炎は纏いません。いや、ちょっとそれは無理だろ。

 

だが威力は申し分ない。

 

 

「十六夜!」

 

 

「まかせろ!」

 

 

俺は名前を呼び、十六夜が水神に止めをさしに飛翔する。

 

 

「オラあああァァァ!!」

 

 

ドゴオオオン!!!

 

 

水神をぶん殴った。そう、ぶん殴っただけ。それだけで水神は倒れた。

 

 

「うわー………」

 

 

十六夜も俺と同じくらい滅茶苦茶だな。

 

 

「これがあれば………」

 

 

黒ウサギは俺たちを見て、呟いた。

 

 

シュピンッ!!

 

 

「!?」

 

 

俺の身に付けてるブレスレットが光だした。

 

 

(優子!!)

 

 

「大樹さん?どうしt

 

 

その瞬間、大樹が消えた。

 

 

否、光速の速さで走り去ったのだ。

 

 

ズバアアアアアン!!!!

 

 

「「!?」」

 

 

音は遅れて聞こえた。木々が薙ぎ倒れ、あるいは吹っ飛んだ。

 

 

「え?ちょっと大樹さん!?どこ行くのですかあああァァァ!?」

 

 

黒ウサギの声は大樹には届かなかった。

 

 

大樹はブレスレットがあれば優子の位置は分かっていた。

 

 

よって、現在。

 

 

「おい駄犬。喧嘩売ってんのか?」

 

 

「ヒィッ!?」

 

 

俺はガルドの胸ぐらを掴み、殺気を出しながら言う。ガルドは悲鳴を漏らす。

 

 

「あれが大樹さん………」

 

 

ジンはこの男が相当強いことを確信した。

 

 

「あら、大樹じゃない」

 

 

「おう飛鳥。今からこの犬をボコボコにした後、吊し上げてサンドバッグにして、一儲けしようと思うんだがいいか?」

 

 

「「「「「やっておしまい」」」」」

 

 

「あらほらさっさー」

 

 

「ま、待ってください!それでは大樹さんが捕まってしまいます!」

 

 

美琴たちの許可を得たが、少年に拒まれた。

 

 

「誰だお前?ってもしかして黒ウサギが言っていたジンか?」

 

 

「はい!ジン=ラッセルです!」

 

 

「ところでジン。こいつを斬り刻んだ後、ミキサーにかけてジュースにしたいんだが……どうして止める?」

 

 

「グロッ!?……じゃなくてあなたが捕まるからです!」

 

 

ああ、そういうことね。

 

 

「大樹君、提案があるのだけど?」

 

 

ガラスの中に入った飛鳥が尋ねる。ってそういえば何でガラスに入れるんだよお前ら。

 

 

「何だ?」

 

 

「そこのガルドと『ギフトゲーム』をしたらどうかしら?勿論私も入れてね」

 

 

「お前天才か」

 

 

俺と飛鳥は笑みを浮かべる。

 

 

「ガルド。私達と『ギフトゲーム』をしましょう。あなたの【フォレスト・ガロ】存続と【ノーネーム】の誇りと魂を賭けて、ね」

 

 

「勿論、受けるな?」

 

 

俺と飛鳥はガルドに向かって喧嘩を吹っ掛けた。一方的な喧嘩を。

 

 

________________________

 

 

「なるほどな、取り敢えず」

 

 

俺はジンの肩を叩き、

 

 

「一発殴らせろ☆」

 

 

「ごごごごごめんなさい!!」

 

 

俺たちを騙そうとしたジンは謝る。

 

 

「助けて欲しいならそう言えよな」

 

 

「え?」

 

 

大樹の予想もしない言葉を聞き、ジンは驚く。

 

 

「ジン、俺を【ノーネーム】に入れてくれるか?」

 

 

俺は右手をジンに差し出す。

 

 

「はい!よろしくお願いします!!」

 

 

その手をジンは両手で掴んだ。

 

 

「あぁ!!見つけましたよ、大樹さん!!」

 

 

あ、黒ウサギだ。あと十六夜も。

 

 

「黒ウサギ、実は………」

 

 

ジンは先程の出来事を話した。ガルドとギフトゲームをする事になったことを。

 

 

「な、なんであの短時間に、【フォレスト・ガロ】のリーダーと接触してしかも喧嘩を売る状況になったのですか!?」「しかもゲームの日取りは明日!?」「それも敵のテリトリー内で戦うなんて!」「準備している時間もお金もありません!」「一体どういう心算があってのことです!」「聞いているのですか!!」

 

 

「「はいはい、反省してるから」」

 

 

「してないでしょ!?」

 

 

バチンッ!!

 

 

俺と飛鳥は黒ウサギにハリセンで叩かれた。いや、だからどこから出した。

 

 

「でも大樹さんと十六夜さんが出れば楽勝でしょう」

 

 

「何言ってんだよ。俺は参加しねぇよ?」

 

 

「え!?」

 

 

黒ウサギは十六夜の言葉を聞き慌てる。

 

 

「この喧嘩はコイツらが売った。そして奴らが買った。なのに俺が手を出すのは無粋だ」

 

 

「あら、分かってるじゃない」

 

 

飛鳥は腰手を当てながら言う。

 

 

「勿論俺はするけどな」

 

 

「だ、大樹さんなら大丈夫ですね」

 

 

黒ウサギは俺の言葉を聞き、安心していた。

 

 

「「「「……………」」」」

 

 

完全に美琴、アリア、優子、耀は空気だった。

 

 




感想や評価をくれると嬉しいです。


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最悪のゲームが始まる

投稿が最近毎日できなくて申し訳ありません。

これからも毎日投稿できない場合があると思います。ですが、完成したらすぐに更新します。

頑張って書きますので、どうぞよろしくお願いします。

続きをどうぞ。


「なるほど。多分、祈り方だと思う」

 

 

「祈り方?」

 

 

俺は優子からペンダントのことを聞いた。ブレスレットを持っている俺だけではなく、アリアやみんながガラスの箱に入れたことを。

 

 

「優子がアリアを守りたいって祈ったからアリアもガラスの箱に入れたんだ」

 

 

「でも他の人も入れたのよ?」

 

 

「そこなんだよなぁ……」

 

 

アリアがガラスの箱に入れたのは合点が付く。だが、優子はアリアだけを守ってと祈った。だがアリアだけでなく、他の人も入れた理由が分からない。

 

 

「でもアタシはあの時、みんなを守れたから別にどうでもいいわ」

 

 

「まぁそうだけど………」

 

 

俺は優子にそう言われ思考を中断する。

 

 

「………………」

 

 

俺は空を見上げる。

 

 

(なぁ、神。一体お前は俺たちに何をさせたいんだ?)

 

 

ペンダントにはまだまだ秘密が隠されているような気がした。

 

だが、その心の声に返答はなかった。

 

 

________________________

 

 

 

「なるほど、水神がねぇ………」

 

 

俺と十六夜がぶっ飛ばした水神から大きな水樹の苗を貰ったらしい。あざーすッ。

 

 

「はい!これで水を買う必要も無くなるし、水路を復活させることができますよ♪」

 

 

黒ウサギは両手を挙げて、喜ぶ。

 

 

「それでこれからどうするの?」

 

 

美琴が尋ねる。

 

 

「黒ウサギ、今日はコミュニティへ帰る?」

 

 

「いえ、ジン坊っちゃんは先にお帰りください。ギフトゲームが明日なら【サウザンドアイズ】に皆さんのギフト鑑定をお願いしないと。この水樹もありますし」

 

 

黒ウサギはジンにまだ帰らない理由を説明する。

 

 

「【サウザンドアイズ】ってコミュニティの名前なの?」

 

 

アリアが黒ウサギに質問する。

 

 

「YES。【サウザンドアイズ】は特殊な【瞳】を持つ者達の群体コミュニティ。箱庭の東西南北・上層下層の全てに精通する超巨大商業コミュニティです」

 

 

「ギフト鑑定は?」

 

 

黒ウサギは説明する。次に優子が質問する。

 

 

「そのままの意味で皆さんが持っているギフトの秘めた力や起源などを鑑定することデス。自分の力の正しい形を把握していた方が、引き出せる力はより大きくなります。皆さんも自分の力の出処は気になるでしょう?」

 

 

俺の力の出処は神です。んなこと言えるかハゲ。よし、帰ろう。

 

 

「あいたたたたー、おなかがいたいよー。かえりたいよー(棒読み)」

 

 

「何やってんのよ。はやく行くわよ」

 

 

「………………」

 

 

俺の迫真の演技(笑)が美琴には通じなかった。っておい、誰だ(笑)なんか付けやがった奴。

 

ジンは先にコミュニティに帰り、俺たちは【サウザンドアイズ】を目指した。

 

 

________________________

 

 

 

「お、あれが【サウザンドアイズ】か?」

 

 

しばらく歩くと青い生地にお互いが向かい合う2人の女神像が記されてある旗が見えた。その旗を十六夜が指を差す。

 

 

「YES!その通りで………す!?」

 

 

だが店の前にいた女性店員に看板を下げられそうになる。が、黒ウサギが滑り込みで止める。

 

 

「まっ

 

 

「待った無しです御客様。うちは時間外営業はやっていません」

 

 

訂正。止められなかった。黒ウサギェ………。

 

 

「なんて商気っ気の無い店なのかしら」

 

 

「全くです!閉店時間の5分前に客を締め出すなんて!」

 

 

飛鳥は愚痴り、黒ウサギが怒る。てか時間ギリギリすぎんだろ。

 

 

「文句があるなら他所へどうぞ。あなた方は今後一切の出入りを禁じます。出禁です」

 

 

女性定員も性質が悪かった。

 

 

「出禁!?これだけで出禁とか御客様舐めすぎでございますよ!?」

 

 

黒ウサギは耳をピンっと伸ばし激怒する。よし、ここは…。

 

 

「なぁ黒ウサギ、もう帰r

 

 

「少し黙っていてください!!」

 

 

「………………」

 

 

どさくさに紛れて帰ろう作戦、失敗。

 

 

「なるほど、【箱庭の貴族】であるウサギを無下にするのは失礼ですね。中で入店許可を伺いますので、コミュニティの名前をよろしいですか?」

 

 

「ッ!」

 

 

黒ウサギは言葉を詰まらせる。コイツ、わざとやってるな。相当性質が悪いぞ。

 

 

「いや、結構だ。こんなゴミみたいなコミュニティに用は無いから帰るわ」

 

 

俺は黒ウサギの腕を引っ張り、こちらに引き寄せる。

 

 

「……その言葉は聞き捨てなりません。謝罪してください」

 

 

女性店員は俺を睨む。

 

 

「悪かったな、クソ野郎の集まるコミュニティさんよぉ」

 

 

「「!?」」

 

 

黒ウサギと女性店員は驚愕した。

 

 

俺は今、巨大コミュニティに喧嘩を売ったのだからな。

 

 

「大樹さん!!」

 

 

「無理。仲間が馬鹿にされるのは見たくねぇ」

 

 

俺は宣戦布告をする。

 

 

「あまり舐めるなよ、クソ野郎」

 

 

超巨大商業コミュニティに。

 

 

 

 

 

「いぃぃやほおぉぉぉぉぉ!!久ぶりだ黒ウサギィィィ!!」

 

 

 

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「きゃあああああ!?」

 

 

なんか髪が白い少女が物凄いスピードで黒ウサギに突進した。そして、黒ウサギはそのまま街道の向うにある水路に着物を着た白い髪の少女と一緒に落ちた。

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

みんな開いた口が塞がらなかった。なんだよ、あれ。なんかいろいろと台無しだよ。

 

 

________________________

 

 

「私がこの【サウザンドアイズ】の幹部様で白夜叉(しろやしゃ)だ」

 

 

「白夜叉様、いい加減はなれてくれませんか?」

 

 

白い髪の少女は白夜叉と言うそうだ。白夜叉は黒ウサギに抱き付いたままはなれない。

 

 

「断る!」

 

 

「はなれてください!!」

 

 

黒ウサギは白夜叉を引き剥がし、頭を掴んで投げつける。

 

 

「てい」

 

 

「ゴバッ!?」

 

 

十六夜が飛んできた白夜叉を蹴り上げて、

 

 

「やあ」

 

 

「ぐふッ!?」

 

 

耀は飛んで、白夜叉を踵落としで叩き落とした。

 

 

「は?」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

俺は一瞬、状況を理解できなかった。

 

白夜叉は俺に向かって降って来た。そして直撃。

 

 

「お、おんしらは飛んできた美少女を蹴り上げた挙句、叩き落とすとは何様だ!?」

 

 

「十六夜様だぜ、以後よろしく和装ロリ」

 

 

「耀様。以下同文」

 

 

ぶん殴りたい。こいつらを。

 

 

「おんしも大丈夫か?」

 

 

「ノープロブレム……」

 

 

「………鼻血が出ておるではないか」

 

 

逆に鼻血だけで済んでいるとかやべぇだと。今の威力は相当だぞ。

 

 

「いや、それよりも俺は大事なことが

 

 

「コミュニティを馬鹿にしたことについては私のコミュニティが悪かった。すまない」

 

 

俺が言う前に白夜叉は先回りして謝罪する。

 

 

「詫びに店でもてなそう。だから許してくれ」

 

 

「………まぁ謝ってくれるなら別にいいよ。俺も悪かったな」

 

 

俺も謝って白夜叉と握手をする。

 

 

「生憎店は閉めてしまったのでな。私の私室で勘弁してくれ」

 

 

そう言って白夜叉は中へ俺たちを案内した。

 

 

「先程は申し訳ありません」

 

 

「いや、俺も悪かったな」

 

 

途中店員が頭を下げたので俺も謝った。

 

 

「まぁ仲良くしような」

 

 

「そうですね、お断りです」

 

 

「いや、しようよ仲良く」

 

 

この店員、やっぱ性質悪い。

 

 

________________________

 

 

「もう一度自己紹介をしよう。私は四桁の門、三三四五外門に本拠を構えている【サウザンドアイズ】幹部の白夜叉だ」

 

 

やや広い和室の上座に腰を下ろした白夜叉は自己紹介する。その正面に俺たちは座布団の上に座っている。

 

 

「外門って何?」

 

 

耀が質問する。

 

 

「箱庭の階層を示す外壁にある門ですよ。数字が若いほど都市の中心部に近く、同時に強大な力を持つ者達が住んでいるのです」

 

 

黒ウサギは指で空中に図を描く。それを見て

 

 

「………超巨大タマネギ?」by耀

 

 

「いえ、超巨大バームクーヘンではないかしら?」by飛鳥

 

 

「そうだな。どちらかといえばバームクーヘンだ」by十六夜

 

 

「いや、キャベツを切った時の断面図も捨てがたいだろ」by大樹

 

 

「「「「「いや、それはない」」」」」byみんな

 

 

「……………」

 

 

いや、泣いてねぇよ。俺、強いもん。

 

 

「なぁ、お前は四桁だと言ったな」

 

 

十六夜は白夜叉に確認をとる。

 

 

「もしかして強いのか?」

 

 

「ふふん、当然だ。私は【階層支配者(フロアマスター)】だぞ。この東側の四桁以下のコミュニティでは並ぶ者がいない、最強の主催者なのだから」

 

 

十六夜の質問に白夜叉が胸を張って答える。

 

って最強と聞いた瞬間、十六夜と飛鳥と耀の目が輝いたんですが……まさか!?

 

 

「そう、ではあなたに勝てば私達のコミュニティが東側で最強のコミュニティになるのかしら?」

 

 

やっぱり!?コイツら戦う気満々だ!!

 

 

「そりゃ景気のいい話だ。探す手間が省けた」

 

 

十六夜も!?ってああッ!耀も立ち上がって構えてるよ!!

 

 

「え?ちょ、ちょっと御三人様!?」

 

 

黒ウサギも3人を見て焦りだす。

 

 

「よし、俺たちはUNOでもしようぜ」

 

 

「そんなこと言ってないで止めたら?」

 

 

俺がポケットからUNOを取り出すと美琴がUNOを取り上げた。

 

 

「いや、あいつら人間ちゃうもん」

 

 

「あんたもでしょ」

 

 

ひどいよアリア!僕は立派な人間なのに!!

 

 

「ふふふ、そうか。しかし、ゲームの前に1つ確認しておきく事がある」

 

 

白夜叉も立ち上がり、着物の裾から【サウザンドアイズ】の旗印の紋章が入ったカードを取り出し、笑みを浮かべる。

 

 

 

 

 

「おんしらが望むのは【挑戦】か、もしくは【決闘】か?」

 

 

 

 

 

その瞬間、俺たちの目の前が一瞬にして変わった。

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

俺もみんなも驚愕した。

 

 

 

 

 

一瞬にして白い雪原と凍る湖畔、そして水平に太陽が廻る世界だった。

 

 

 

 

 

「マジかよ……」

 

 

俺は水神なんかと比べものにならないくらい驚いた。

 

 

(何だよこの世界………でたらめすぎんだろ……!)

 

 

この世界は今までの世界とは違う。格が違う。

 

 

「今一度名乗り直し、問おうかのう。私は【白き夜の魔王】。太陽と白夜の星霊・白夜叉。おんしらが望むのは、試練への【挑戦】か?それとも対等な【決闘】か?」

 

 

【星霊】とは惑星級以上の星に存在する主精霊を指す。妖精や鬼・悪魔などの概念の最上級種であり、同時にギフトを【与える側】の存在でもある。

 

 

(これで四桁……!白夜叉より強い奴がいるのか……!)

 

 

俺はいつの間にか右手を強く握っていた。

 

 

「水平に廻る太陽と………そうか、白夜と夜叉。あの水平に廻る太陽やこの土地は、お前を表現してるってことか」

 

 

十六夜は推理して白夜叉に向かって言う。それを聞いて白夜叉は笑みを浮かべる。

 

 

「如何にも。この白夜叉の湖畔と雪原。永遠に世界を薄明に照らす太陽こそ、私がもつゲーム盤の1つだ」

 

 

待て待て待て。まだ他にゲーム盤があるのかよ!?滅茶苦茶だなおい。

 

 

「白夜って太陽が沈まない現象よね?」

 

 

「ああ、特定の経緯に位置する北欧諸国で見られるやつだ」

 

 

美琴の質問に俺が答える。そして俺は続ける。

 

 

「【夜叉】はインド神話に登場する鬼神だ。森林に棲む神霊でもあり、人を食らう鬼神でもあるな」

 

 

「なかなかの博学ではないか」

 

 

「まぁーな」

 

 

俺は白夜叉に褒められる。完全記憶能力って超便利ー。

 

 

「して、おんしらの返答は?」

 

 

「「「……………」」」

 

 

十六夜、飛鳥、耀は答えられない。だが

 

 

「参った。やられたよ。降参だ、白夜叉」

 

 

十六夜は両手を挙げ、笑う。

 

 

「ふむ?それは決闘ではなく、試練を受けるということかの?」

 

 

「ああ。これだけのゲーム盤を用意出来るんだからな。あんたには資格がある。いいぜ。今回は黙って試されてやるよ、魔王様」

 

 

白夜叉の問いに十六夜は悪魔でも上から目線を忘れず答える。でも、なんか一周回ってかっこ悪いな……。

 

 

「そこの4人はどうする?」

 

 

白夜叉は俺、美琴、アリア。そして優子を見る。

 

 

「いや、俺たちはここでUNOを」

 

 

「「「「「参加しろよ」」」」」

 

 

「あ、はい」

 

 

強制参加されちゃったよ。

 

 

「じゃあ参加してもいいけど危険なことをするのは無しな」

 

 

「心配しすぎじゃない?」

 

 

俺の言葉にアリアが聞く。

 

 

「何度も言うけど、俺はお前らが大切なんだよ。お前たちが怪我なんかしたら号泣して切腹できる自信はあるね」

 

 

「……………そ、そう」

 

 

あれ?アリアさん、ツッコミは?顔を赤くしてどうした。いや、美琴も優子もどうした。

 

 

「大樹ってジゴロ?」

 

 

「ぶん殴るぞ」

 

 

失礼過ぎんだろ、耀。

 

 

「では【挑戦】というわけだな?」

 

 

「ああ、それにしてくれ」

 

 

「おんし1人だけが【決闘】でも良いのだが?」

 

 

白夜叉は笑みを浮かべて問う。

 

 

「死にたくないわボケ」

 

 

いやいや、勝てねぇだろこれ。

 

 

「では全員が【挑戦】だな」

 

 

白夜叉は確認を取り、みんなはうなずく。それを見た黒ウサギはホッ息を付く。

 

 

「もう!お互いにもう少し相手を選んでください!【階層支配者】に喧嘩を売る新人と、新人に売られた喧嘩を買う【階層支配者】なんて冗談にしては寒すぎます!」

 

 

黒ウサギは十六夜、飛鳥、耀に向かって怒る。あ、でもあの3人絶対反省してないぞ。顔が少し笑ってる。

 

 

「それに白夜叉様が魔王だったのは、もう何千年前も前の話じゃないですか!」

 

 

おい白夜叉。お前超ババァだったのかよ。ロリな姿してんじゃねぞ。

 

 

「何?じゃあ元・魔王様ってことか?」

 

 

「はてさて、どうだったかな?」

 

 

十六夜の問いに白夜叉ははぐらかす。

 

 

「ふむ………あやつか。おんしらを試すには打って付けかもしれんの」

 

 

白夜叉は遠くの空を見る。白夜叉は手招きをする。

 

 

「何か近づいてきてるわ……」

 

 

優子は俺の後ろに隠れてながら様子を見る。

 

やってきたのは体長5mはあろうかという巨大なグリフォンだった。もう一度言う。グリフォンだ。鷲の翼と獅子の下半身を持つ獣だ。

 

 

「嘘、本物!?」

 

 

耀は驚愕した。でもその驚きには喜びの感情があった。

 

 

「あやつこそ鳥の王にして獣の王。【力】、【知恵】、【勇気】のいずれかを比べ合い、背に跨って湖畔を舞う事が出来ればクリア、ということにしようか」

 

 

白夜叉がゲームの説明をする。

 

白夜叉が再びカードを取り出す。すると輝く羊皮紙が現れた。【主催者権限】にのみ許されるものだ。

 

羊皮紙にはこう書かれていた。

 

 

 

『ギフトゲーム名 【鷲獅子の手綱】

 

・プレイヤー一覧

 

逆廻 十六夜

 

久遠 飛鳥

 

春日部 耀

 

楢原 大樹

 

御坂 美琴

 

神崎・H・アリア

 

木下 優子

 

 

・クリア条件 グリフォンの背に跨り、湖畔を舞う。

 

・クリア方法 【力】、【知恵】、【勇気】の何れかでグリフォンに認められる。

 

・敗北条件 降参か、プレイヤーが上記の勝利条件を満たせなくなった場合。

 

 

宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名のもと、ギフトゲームを開催します。

 

【サウザンドアイズ】印』

 

 

 

「これがギフトゲーム……」

 

 

俺は読み終わり、呟いた。

 

 

「私がやる」

 

 

次に読み終わった耀は手を挙げて、立候補した。

 

 

「ふむ。自信があるようだが、これは結構な難物だぞ?失敗すれば大怪我では済まんが」

 

 

「大丈夫、問題ない」

 

 

あれ?何か死亡フラグ立ちませんでした?

 

 

「春日部………死ぬなよ……!」

 

 

「大丈夫。帰ってきたら私は」

 

 

「おい待て馬鹿やめろ」

 

 

俺は慌てて止める。十六夜がわざと死亡フラグを立てようとしやがった。いや、乗ってくる耀も問題がある。

 

 

「行ってもいい?」

 

 

「まぁいいんじゃねぇの?」

 

 

耀はみんなに向かって言い、十六夜がみんなに確認をとる。みんなはうなずく。

 

耀はグリフォンに駆け寄る。

 

 

「え、えーと。初めまして、春日部 耀です」

 

 

『!?』

 

 

グリフォンがびっくりしたのが分かった。

 

 

「ほう………あの娘、グリフォンと言葉を交わすか」

 

 

白夜叉が称賛する。

 

 

「私をあなたの背に乗せ………誇りを賭けて勝負をしませんか?」

 

 

『何……!?』

 

 

耀はグリフォンに挑発をした。耀は続ける。

 

 

「あなたが飛んできたあの山脈。あそこを白夜の地平から時計回りに大きく迂回し、この湖畔を終着点と定めます」

 

 

耀は遠くに見える山を指さす。

 

 

「湖畔までに私を振るい落せば勝ち。私が乗っていられたら私の勝ち。………どうかな?」

 

 

『娘よ。お前は私に【誇りを賭けろ】と持ちかけた。お前の述べるとおり、娘1人振るい落せないならば、私の名誉は失墜するだろう』

 

 

俺たちはグリフォンの言葉は分からない。交渉成立したのかどうかも分からない。

 

 

『だがな娘。誇りの対価にお前は何を賭す?』

 

 

 

 

 

「命を賭けます」

 

 

 

 

 

「「「「「なッ!?」」」」」

 

 

いきなり耀が恐ろしい事を言い出した。驚いていないのは白夜叉と十六夜くらいだ。

 

 

「だ、ダメです!!」

 

 

「耀!やめて!!」

 

 

黒ウサギとアリアが叫ぶ。だが、

 

 

「あなたは誇りを賭ける。私は命を賭ける。もし転落して生きていても、私はあなたの晩御飯になります。………それじゃダメ?」

 

 

耀は無視して続けた。

 

 

「下がらんかおんしら。これはあの娘が切り出した試練だぞ」

 

 

白夜叉は黒ウサギたちを止める。

 

 

「大丈夫なのか、耀」

 

 

俺は真剣な目で見つめる。

 

 

「うん」

 

 

耀はうなずいた。耀の瞳には敗北の2文字など初めから無い。あれは勝ってみせる自信に満ち溢れていた。

 

 

「なら行って来い」

 

 

「大樹さん!!」

 

 

「黒ウサギ、耀なら大丈夫だ」

 

 

黒ウサギは俺に怒っていたが、俺は冷静な声で言う。

 

 

「もっと仲間を信じろ。そして応援しろ」

 

 

「……………はい、そうですね」

 

 

黒ウサギは俺の言葉を聞き、驚いていたがすぐに顔を笑顔にする。

 

 

「耀さん!!頑張ってください!!」

 

 

「まかせて」

 

 

黒ウサギの応援に耀は右手の親指を立て、黒ウサギに見せる。

 

 

『乗るがいい、若き勇者よ。鷲獅子の疾走に耐えれるか、その身で試してみよ』

 

 

耀はグリフォンの言葉を聞き、グリフォンの背中に跨る。

 

 

「始める前に一言だけ」

 

 

耀はグリフォンだけに聞こえる声で呟く。

 

 

「私、あなたの背中に跨るのが夢の1つだったんだ」

 

 

『………そうか』

 

 

グリフォンはその言葉を聞き、走り出した。

 

翼を羽ばたかせ、大地を踏みぬくようにして空に飛び出した。

 

 

「凄い………!あなたは、空を踏みしめて走っている……!!」

 

 

耀はその光景を見て歓喜に打ち震えた。

 

鷲獅子は旋風を操るギフトで空を疾走しているのだ。

 

 

「ねぇ大樹」

 

 

耀を見ながら美琴が俺に声をかけてきた。

 

 

「もうあんな無茶しちゃダメよ」

 

 

「……………ああ」

 

 

美琴の声に俺は小さな声で返答する。

 

美琴はあの時のことを言っているのだろう。サウザンドアイズに喧嘩を売ったことを。

 

 

(ただでさえコミュニティが崖っぷちなのにこれ以上は迷惑かけれないな……)

 

 

自分勝手な行動は慎もう。

 

 

「悪いな、心配させて」

 

 

「別にいいわよ。貸し1つね」

 

 

「へいへい。今度何か奢るよ」

 

 

俺と美琴は笑い合う。

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

 

 

 

寒気を感じた。

 

 

(この感じは……!?)

 

 

落ちてきた湖で感じた視線だ。

 

俺は周りを見渡すが、怪しい人はいない。

 

だが、絶対にいる。

 

 

「はッ!?耀はどこだ!?」

 

 

俺は見失っていた耀とグリフォンを探す。

 

 

「あぁ?もうすぐ山脈の後ろから出てくるぜ」

 

 

十六夜は指を差し教える。

 

そして、山脈の後ろからグリフォンに跨った耀が現れる。

 

 

「ッ!?」

 

 

直感で分かった。

 

 

 

 

 

耀たちの頭上に見えない何かがいるのを。

 

 

 

 

 

「クソがッ!!」

 

 

俺は光速の速さで耀のいるところに一瞬で向かう。

 

 

 

 

 

シュパンッ!!!!

 

 

 

 

 

その瞬間、何千本もの輝く光の槍が出現した。

 

 

 

 

 

「え?」

 

 

耀は何が起こったのか分からなかった。

 

 

(ヤバい!?数が異常に多すぎる!!)

 

 

俺は両手に2本の刀を持つ。

 

 

「グリフォン、耀!!逃げろッ!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

『!?』

 

 

俺はグリフォンを右足で蹴っ飛ばした。そのままグリフォンと耀は遠くに飛んでいき、光の槍の攻撃範囲から逃れる。

 

 

ズバアアアン!!!!

 

 

次の瞬間、俺に向かって何千本もの光の槍が襲ってきた。

 

 

「二刀流式、【阿修羅の構え】!」

 

 

この数は全てを撃ち落せない。致命傷になりそうなものだけを確実に落とすことに集中する。

 

 

「【六刀鉄壁】!!」

 

 

だが、うまくはいかなかった。

 

 

 

 

 

光の槍は刀をすり抜け、俺の体に刺さった。

 

 

 

 

 

「があッ!?」

 

 

「大樹!?」

 

 

全身に痛みが走る。とっさに避けても百本近いくらい光の槍が体に当たった。これでまだ生きているのは奇跡に近いのだろう。耀は遠くから俺の名を叫ぶ。グリフォンは耀と一緒に白夜叉のところへ走って行った。

 

 

ドシャンッ!!

 

 

そのまま地面に落下する。光の槍の痛みが強すぎて感じない。体からは大量の血が流れ出す。

 

 

 

 

 

「さすが最強の神の【保持者】ですね」

 

 

 

 

 

倒れている俺の横から声がした。

 

 

「誰………だ……!!」

 

 

「申し遅れました。私はリュナと言います」

 

 

俺は倒れた状態から見る。

 

俺と同い年くらいの女の子がいた。服は白い衣のようなモノを着ていて神々しかった。まるで天使とでもいうのだろうか。

 

だが右手には大きな黒い弓を持っていて天使とは思えない。天使が悪魔になったとでもいえるようだった。

 

 

「嘘………だろ……!?」

 

 

そんなことはどうでもよかった。

 

彼女の髪は綺麗な黒いロングヘアーで、顔は整った美人だった。

 

俺は知っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「双葉………!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の目の前にはあの時死んだ彼女がいた。

 

 

「それは誰ですか?私の名前はリュナですよ」

 

 

「違うッ!!お前は双葉だ!!」

 

 

俺は痛みを我慢して立ち上がる。いや、双葉だと分かった瞬間、痛みなんて分からなかった。

 

 

「何度も言いますが……いえ、そろそろあなたの仲間が来てやっかいになりそうですね」

 

 

双葉………リュナは後ろを振り向く。

 

 

「誰だおんしは。どうやってここへ入った」

 

 

白夜叉は尋ねる。だが声は低く、怒っているのが分かった。

 

 

「答える必要はないです。それよりも」

 

 

リュナは俺の方を向く。

 

 

「今日はご挨拶で来ただけですのでご安心ください」

 

 

リュナはそう言って、背中に2つの白い翼を広げる。

 

 

「それと伝言を頂いています」

 

 

リュナは誰の伝言かも言わずに続ける。

 

 

「『ゲームはもう始まっている』だそうです」

 

 

「何だと……!?」

 

 

意識が朦朧としてきたが、しっかりと聞く。

 

 

「では、また会いましょう」

 

 

「待たんか!!」

 

 

シュンッ!!

 

 

白夜叉が止めようとしたが、白い翼がリュナで包み込んだ瞬間、その場から消えた。残ったのは空中を舞う、数枚の羽根だけだ。

 

 

「双葉………」

 

 

俺は消えた虚空に手を伸ばす。

 

 

「どう……し…て……?」

 

 

そこで俺の意識は刈り取られ、倒れた。

 

 

そして、【最悪】は動き出した。

 

 




というわけで、いよいよ本格的なオリジナルストーリーに入って行きます。まだまだ続きますので、どうぞよろしくお願いします。

感想や評価をくれると嬉しいです。


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Loved Ones And No Gift

投稿が大幅に遅れました。申し訳ありません。

続きです。


気が付くと、俺はベッドの上で寝ていた。

 

 

「……………ここは?」

 

 

天井は古く、汚れていた。だがベッドの毛布などは綺麗で、いい香りがしていた。体は締め付けられるような感覚。身体中にはたくさんの包帯が巻いてあった。

 

 

「大樹!!」

 

 

ベッドの横に座っていた美琴が俺の名前を呼ぶ。

 

 

「美琴……俺は」

 

 

「今は言わないでいいわ。あとでみんなで話しましょう」

 

 

そう言って美琴は部屋を出てみんなを呼びに行った。

 

 

「俺は………こんなとこで何してんだ?」

 

 

1人になった俺は呟く。そして、俺の手が震える。

 

 

(何でここに双葉がいるんだよ……)

 

 

だが彼女はリュナと名乗った。そして、俺を殺そうと……いや、あいつはわざと見逃した。本当なら殺されていてもおかしくはない。

 

俺はあいつが言っていた言葉を思い出す。

 

 

(『ゲームはもう始まっている』だと?……もう何が起きてるのか分かんねぇよ……!)

 

 

俺は唇を噛み締め、震える手を睨み続けた。

 

 

________________________

 

 

「「「「「大樹(君)(さん)!」」」」」

 

 

みんなが俺の名前を呼ぶ。

 

部屋を出て、みんなのいる大きな部屋に美琴と一緒に向かった。本当はみんなが部屋に来るつもりだったが、俺の怪我は歩けなくなるほどの大怪我にはならなかった。

 

 

「もうよいのか?」

 

 

「ああ、白夜叉のおかげでな」

 

 

ソファに座った白夜叉に、俺は大丈夫だと答える。

 

訂正。俺は大怪我をしたが白夜叉のコミュニティが怪我を治してくれたと美琴から聞いた。白夜叉には感謝している。

 

 

「大樹さんが無事でよかったですよ!!」

 

 

「分かったから抱きつくのをやめろ」

 

 

黒ウサギは泣きながら抱きついてきた。くそ、黒ウサギ柔けぇ………はッ!?

 

 

「「「大樹(君)?」」」

 

 

「勘弁してください」

 

 

美琴とアリア。それに優子まで俺を睨んでいた。俺はすぐに頭を下げる。

 

 

「まぁいいわ。それよりも聞きたいこと」

 

 

アリアは溜め息を吐き、俺に質問する。

 

 

「あれは………誰?」

 

 

「……………」

 

 

声音を変えたアリアの単刀直入な質問に俺はすぐには答えれなかった。

 

 

「あいつはリュナって名乗っていた」

 

 

「リュナ?」

 

 

俺の言葉に十六夜が確認をとる。

 

 

「ああ、自分でそう言っていた」

 

 

「でもおんしは違う名前で呼んでいなかったか?」

 

 

白夜叉は気づいているようだ。

 

 

「あいつは………」

 

 

俺はここで言っていいのだろうか?このままあいつの話をしたらきっと自分の過去が知られてしまう。

 

 

大切な人を守れず、いじめた奴らに大怪我を負わせるような最低な俺を。

 

 

このまま過去を打ち明けたところで怖がられるだけじゃないか?恐れられるだけじゃないか?

 

 

(美琴たちに聞かれたくない………!)

 

 

昔の俺は人を傷つけるような奴だった。知られたくない。

 

 

「……………」

 

 

俺は下を向く。表情は今にも泣きそうな顔になっていると思う。

 

 

「大樹君?」

 

 

優子が心配して俺に近づいてきた。

 

 

(ああ、情けないな俺は……)

 

 

こんなに女の子に支えられて何もできない自分が恥ずかしい。そして悔しい。

 

 

「俺は………最低だ」

 

 

「え?」

 

 

本音が口から出てしまった。優子は俺の言葉に耳を傾ける。ダメだ、訂正するんだ。

 

 

「みんなはきっと俺の過去を知ったら俺を嫌いになる……!」

 

 

何をやってんだ俺は。違う。こんなことを言いたいわけじゃない!

 

 

「本当の俺は最低な人間なんだよ!!だからッ!!」

 

 

叫び声は震えた。

 

 

俺は多分泣いていた。いや、泣いてる。

 

 

みんなに嫌われてしまう。そんなことを考えただけで涙が止まらなくなった。

 

 

「本当はみんなと一緒にいる資格なんて

 

 

「大樹君!!」

 

 

優子に前から抱き付かれた。力はとても強くて、腕は震えていた。

 

 

「アタシは絶対に嫌いにならない!アタシは大樹君から貰った優しさを知っている、覚えている!」

 

 

「無理だ……」

 

 

俺は首を横に振る。俺の過去を知ったらみんな離れていく。

 

 

「それはあたしの嫌いな言葉よ」

 

 

アリアが俺の横に来る。そしてアリアは横から優子と一緒に抱き付いた。

 

 

「そんな事言わないで、いつもの大樹に戻って。あたしの好きな大樹に」

 

 

「……ぁ」

 

 

好き。そんな言葉を聞き、俺の心は温かくなった。

 

 

「ねぇ大樹」

 

 

アリアの反対から美琴が俺を呼ぶ。

 

 

「ここにいるのは大樹のことが好きだから来たのよ。嫌いになるくらいなら連いて来てないわ」

 

 

アリアと同じように俺に抱き付く。

 

 

 

 

 

「だから話しても話さなくてもいいよ。みんな、大樹のことが大好きなのは変わらないから」

 

 

 

 

 

「……う、うぅ」

 

 

嗚咽が走り、顔は涙でくしゃくしゃになっているだろう。

 

 

「俺は……」

 

 

こんなにも好かれているのに。愛されているのに。俺はみんなに過去を隠すのか?

 

 

 

 

 

 

違げぇだろ。

 

 

 

 

 

「俺は嫌われたくない……でも!」

 

 

もう逃げない。隠れない。堂々と話す。例えそれで嫌われても文句は言わない。

 

嘘は終わりだ。

 

 

 

 

「話を聞いて……ほしい……!」

 

 

 

 

 

振り絞った声で俺は言う。

 

俺は自分の昔のことを全て話した。

 

 

________________________

 

 

ほぼ全てを話終えた。途中何度もみんなは目を見開いて驚き、俺を見ていた。そんな顔を見るたんびに逃げ出したいと思った。でも、最後まで言わなくちゃダメだ。

 

 

「リュナは2年半前に死んだ、阿佐雪(あさゆき) 双葉と同一人物だと思う」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

今日一番の驚愕をするみんなを見つつ、続ける。

 

 

「顔と身長は少し成長していて、違っていたが間違いない。双葉だった。何であんなことになったのか分からないが敵であることは確かだ」

 

 

これで説明が終わる。

 

 

(ああ、これで嫌われたも当然か)

 

 

俺の過去の全てを話した。人を傷つけたことも言った。もう誰も俺に好意を持つことは無いだろう。

 

 

 

 

 

「………ごめんね」

 

 

 

 

 

耳を疑った。そして、

 

 

「今まで気づかなくてごめんね……!」

 

 

美琴は座っている俺の前まで来て、頭を優しく抱いた。

 

 

「美琴?」

 

 

「こんな辛い話をさせてごめん。でも、」

 

 

俺はこの時を一生忘れないだろう。

 

 

 

 

 

「もう1人じゃないから。あたしたちがいるから」

 

 

 

 

 

その一言が俺を救ってくれた。

 

 

「1人じゃない……?」

 

 

俺は復唱する。

 

俺を分かってくれるのは双葉だけしかいなかった。でも、

 

 

「いつでもあたしたちがいるから」

 

 

アリアは優しい声で言う。

 

 

「だから1人で抱え込まないで」

 

 

優子も優しい声音だった。

 

ああ、そうだ。

 

俺はもう1人じゃねぇよ。

 

 

「なあ、俺の一生分の願いを聞いてくれるか?」

 

 

3人は驚いた顔をしたが、

 

 

「「「うん」」」

 

 

うなずいてくれた。

 

俺の願い。それは、みんなと離ればなれにならないこと。一緒に仲良く、楽しく過ごしたい。守りたい大切な人。友達以上の存在だ。だから、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺と一生、そばに居てくれないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「ふぇッ!?」」」

 

 

「大胆だな、あいつ」

 

 

3人の顔は赤く染まり、十六夜は口笛を吹きながら言う。

 

 

「ななななに言ってんのよ!?」

 

 

「え?いや、そばに居てくれるなら一生がいいかと」

 

 

美琴は俺の胸ぐらをつかみながら言う。

 

 

「本気なの!?」

 

 

「あ、ああ……銃を下ろしてくれ」

 

 

アリアは俺の眉間に銃口を向けながら尋ねる。

 

 

「だ、誰なの!?誰を選ぶの!?」

 

 

優子は必死に聞く。いや、誰って……

 

 

 

 

 

「美琴、アリア、優子の3人だけど?」

 

 

 

 

 

その瞬間、部屋が氷河期を迎えた。

 

 

「え?ひ、1人じゃないんですか?」

 

 

「逆に何で1人なんだ?」

 

 

ジンの質問に俺は首を傾げる。その瞬間、部屋の温度は絶対零度の寒さになった。

 

 

「え?あ、あの……今のは告白ではないんですか?」

 

 

「…………………………え?」

 

 

黒ウサギの質問に耳を疑った。いや、別に結婚してくれとはいってないんだが……………………あ。

 

 

「……俺って今………告白みたいなことしてた?」

 

 

「「「「「うん」」」」」

 

 

無意識だった。やべぇ、ただ純粋に仲良くしたかっただけなのに。

 

俺は恐る恐る、美琴、アリア、優子の3人を見る。

 

 

 

 

 

「え、えっと。これからも………な、仲良くしてね☆」

 

 

 

 

 

なぁ知ってるか?

 

女の子の乙女心を馬鹿にすると一瞬で死ぬことを。

 

 

________________________

 

 

俺は十六夜に話を聞いていた。

 

 

「ガストの部下が奇襲してきた!?」

 

 

「どこのレストランだおい」

 

 

俺の言葉に十六夜はツッコム。

 

俺は全身ボロボロにされた体を支えながら、俺が寝ている間の出来事を聞いた。

 

ガルドの部下が奇襲しに来たが、十六夜が小石を1つ投げて追い払ったらしい。ば、化け物……。

 

 

「ああ、そして今日から俺たちはジン=ラッセル率いる打倒魔王を掲げるコミュニティだ」

 

 

奇襲してきた部下はガルドに脅された連中だった。十六夜はその連中に「ガルドを倒してやるから名を広めろ」と言ったらしい。待て、お前出ねぇだろうが。

 

十六夜はこのコミュニティを打倒魔王を掲げたコミュニティにして、名を広めるつもりらしい。

 

 

「た、確かに『名』を名乗ることを許されない俺たちにとってはとても良い方法だ」

 

 

俺は素直に感心するが、

 

 

「だからって魔王はねぇよ!!」

 

 

また俺たち滅ぼされちゃうよ!

 

 

「もう危険すぎるわ!デンジャラスだわ!でもそれ採用!」

 

 

「「大樹さん!?」」

 

 

俺の言葉を隣で聞いていたジンと黒ウサギが耳を疑った。

 

 

「今の俺なら魔王なんて右手で行けそうな気がする」

 

 

「「「「「ちょッ!?」」」」」

 

 

全員が驚愕した。だが、

 

 

「そういえばおんし、あの瞬間移動はなんじゃ?」

 

 

白夜叉は驚かず、俺に尋ねる。

 

 

「確かに、あのワープは凄かったな」

 

 

十六夜も驚かず、俺の顔を見る。え?

 

 

「いや、ワープなんかしてねぇよ。普通に走っただけだが?」

 

 

「「「「「………………」」」」」

 

 

ちょっと!?その顔はなんですか!?

 

 

「あれって走ったのかしら?」

 

 

「音速ってレベルじゃなかった」

 

 

飛鳥と耀はいつの間にか俺と距離をとっていた。酷い…。

 

 

「まぁ光の速さで動けるようになったからな」

 

 

「…………おんし人間か?」

 

 

「YES!もちろんデスよ!」

 

 

「真似しないでください!」

 

 

白夜叉の質問に黒ウサギの真似して答えたらハリセンで叩かれた。

 

 

「でもいろいろ欠点はあるんだぜ?」

 

 

「………嫌な予感がするけど一応聞くわ」

 

 

アリアに尋ねられた。

 

 

「まず速すぎて息ができないこと」

 

 

「いや、一瞬で移動できるから我慢できるだろ」

 

 

十六夜に呆れられた。

 

 

「途中、行先変えようとしても既に最初に決めた移動場所にいる」

 

 

「思考を上回った速度……」

 

 

耀がさらに俺から距離をとる。今日は枕を濡らしてしまいそうだな。

 

 

「あと連続して出せないからあまり遠くに行けない」

 

 

「遠くに行けない?」

 

 

優子が俺の言葉に疑問をもつ。

 

 

「俺は一瞬だけしか光速のスピードはでないんだ。しかも距離は短い」

 

 

「でもあの時は消えたじゃない」

 

 

あの時とは耀を助けたときのことを言ってるのだろう。

 

 

「あれは音速のスピードである程度の距離を詰めて、あとの距離は光速のスピードで詰めた」

 

 

「もう無茶苦茶ね……」

 

 

優子は溜め息を吐き、これ以上質問するのをやめた。

 

 

「要するにこう言いたいんだろ。1秒間に地球7周半できるスピードを持っているが、距離は地球7周半できない、だろ?」

 

 

「正解。正確には半径150mくらい距離しかだな」

 

 

十六夜が推理して当てる。俺はそれに訂正を加えて言う。

 

 

「そして連続して光の速度を出すことができないから遠くまで行けない」

 

 

「何で連続して出せないの?」

 

 

美琴が聞く。

 

 

「連続で出したら俺の体、分解されちゃう」

 

 

「最初で分解するわよ!」

 

 

「いや、一瞬だけなら大丈夫だ」

 

 

一瞬だけ体がありえないくらい強化されるから。え?「光の速度に耐えれる体って化け物じゃね?」って?知ってるよ。

 

 

「もう聞かないほうがいいわよ、美琴」

 

 

「うん、私も今思ったわ」

 

 

アリアと美琴は共感する。もう何かどうでもいいや。

 

 

「そういえば今思い出したけど白夜叉とのギフトゲームはどうした?」

 

 

耀を助けた時のことを思い出し、ギフトゲームのことを思い出した。

 

 

「勝った」

 

 

「い、いつだよ」

 

 

耀は右手をVサインし、勝利したことをアピールする。

 

 

「グリーが白夜叉のところに助けを呼びに言った瞬間」

 

 

「グリー?」

 

 

「YES。グリフォンの名前です」

 

 

耀の聞きなれない言葉を聞いて、俺は聞き返す。それに黒ウサギが答えてくれた。

 

 

「え?あの時逃げたのがたまたまゴール地点だったのか?」

 

 

「うん」

 

 

グリーさんドンマイ。

 

 

「まぁ勝ちは勝ちだからのう。だからホレ」

 

 

パンッ

 

 

白夜叉が手を叩いた瞬間、みんなの目の前にカードが出てきた。

 

 

「【恩恵(ギフト)】をやろう」

 

 

「ぎ、ギフトカード!」

 

 

白夜叉は笑みを浮かべながら言う。一方黒ウサギは驚愕した。俺の目の前には黄色いカードが出現した。

 

 

「お中元?」by十六夜

 

 

「お歳暮?」by飛鳥

 

 

「お年玉?」by耀

 

 

「俺、何か反則した………!?」by大樹

 

 

「ち、違います!というか大樹さんのはただ色がみなさんと違うだけです!」

 

 

黒ウサギから説明を受ける。ああ、なるほど。

 

 

「これは顕現しているギフトを収納できる超高価なカードですよ!」

 

 

「つまり素敵アイテムってことでオッケー?」

 

 

「あーもうそうです、超素敵アイテムですよ!」

 

 

十六夜の発言に黒ウサギは拗ねた。

 

 

「じゃあさっき貯水池に置いた水樹も収納した状態で水を出せるのか?」

 

 

「出せるとも」

 

 

十六夜の言葉に白夜叉は肯定する。

 

 

「そして、そのギフトカードは正式名称を【ラプラスの紙片】、すなわち全知の一端だ。そこに刻まれるギフトネームとはおんしらと魂の繋がった【恩恵】の名称。これで鑑定もできるということだ」

 

 

 

ワインレッドのカードに久遠 飛鳥

 

【威光(いこう)】

 

 

 

パールエメラルドのカードに春日部 耀

 

【生命の目録(ゲノム・ツリー)】

 

【ノーフォーマー】

 

 

ターコイズブルーのカードに御坂 美琴

 

【発電能力(エレクトロマスター)】

 

 

 

ローズピンクのカードに神崎・H・アリア

 

【緋緋色金(ヒヒイロカネ)】

 

 

 

スノーホワイトのカードに木下 優子

 

【絶対防御装置】

 

 

 

「なぁ、俺のはレアじゃないのか?」

 

 

コバルトブルーのカードを持った十六夜は笑いながら白夜叉に見せる。

 

 

【正体不明(コード・アンノウン)】

 

 

やっぱチートかコイツ。

 

 

「……いや、そんな馬鹿な」

 

 

白夜叉は十六夜の持っているカードを見て、目を疑った。

 

 

「全知である【ラプラスの紙片】がエラーを起こすはずなど」

 

 

「何にせよ、鑑定出来なかったんだろ。俺的にはこっちのほうがありがたいさ。それよりも」

 

 

十六夜は満足そうな顔をして俺を見る。

 

 

「大樹のが一番気になるな」

 

 

十六夜の言葉に、全員がこっちを向いた。クロムイエローのカードを持っている俺を。

 

 

「残念だが」

 

 

俺はみんなに見えるように見せる。

 

 

 

 

 

『No Gift』

 

 

 

 

 

「無いみたい」

 

 

「「「「「え」」」」」

 

 

どうやら俺は恩恵など持って無いらしい。

 

 

 

________________________

 

 

 

「ここが図書室です」

 

 

「さんきゅー。あとは自分で出来るから寝てていいよ」

 

 

「はい。ではおやすみなさい」

 

 

「おやすみ」

 

 

夜中、俺はジンに書庫に連れて来てもらった。

 

ます、俺はこの世界について、たくさん情報が欲しかった。

 

 

(原作を知らない世界は何があるか分からないからな)

 

 

俺は一冊の本に手を伸ばし、立ったままの状態で読む。

 

 

パラパラパラパラパラパラッ、バタン。

 

 

はい、読み終わったよ。パチパチ。

 

これぞ完全記憶能力の応用だ。俺はどんどん本を読んでいく。

 

それと同時に俺は自分の力について考えてた。

 

 

(この力があっても、双葉には勝てない)

 

 

あの光の槍は光の速度とはいかないが、相当速かった。

 

 

(あの力は一体……)

 

 

不可解なことが多すぎる。でも、

 

 

「俺はみんなを守って見せる」

 

 

美琴。アリア。優子。ノーネームのみんな。

 

 

「え?」

 

 

俺は読んでいた本をあるページで止めた。

 

 

 

 

 

『楢原 姫羅(ひめら)』

 

 

 

 

 

「…………何でも有りだな、箱庭」

 

 

見覚えのある名前を見つけた。

 

 




これからも更新が遅れると思います。本当に申し訳ありません。

感想や評価をくれると嬉しいです。


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転生者は野獣を狩る

続きです。


【『フォレス・ガロ』の居住区画】

 

 

「…………なぁ、道を間違えたんじゃねぇの?」

 

 

「い、いえ、ここで間違いありません」

 

 

未だに包帯を巻いた俺の言葉を聞いた黒ウサギは首を振って否定する。

 

俺たちは敵の本拠地【フォレス・ガロ】がある居住区画のある門の前に来ていたが、

 

 

「いや、あいつら野生動物みたいに暮らしてんの?」

 

 

俺はその光景に率直な感想を述べる。

 

居住区画は森のように木で生い茂っていた。門はツタで絡みついており、不気味だ。

 

 

「トラの住むコミュニティだしおかしくないだろ」

 

 

「いや、おかしいです。【フォレス・ガロ】のコミュニティの本拠地は普通の居住区だったはず……」

 

 

十六夜の言葉にジンは異常であることを伝える。

 

 

「イメチェン?」

 

 

「大規模過ぎんだろ」

 

 

耀の言葉に俺はツッコム。

 

 

「ねぇ、あれって【契約書類(ギアスロール)】?」

 

 

アリアは門の横に貼ってある羊皮紙を指さす。

 

 

 

『ギフトゲーム 【ハンティング】

 

・プレイヤー一覧

 

久遠飛鳥

 

春日部耀

 

ジン=ラッセル

 

御坂美琴

 

神崎・H・アリア

 

 

・クリア条件 ホストに本拠内に潜むガルド=ガスパーの討伐。

 

・クリア方法 ゲーム内で配置された指定武具でのみ討伐可能。

 

指定武具以外で傷つけることは【契約(ギアス)】により不可能。

 

・敗北条件 降参かプレイヤーが上記の勝利条件を満たせなくなった場合。

 

 

宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名のもと、【ノーネーム】はギフトゲームに参加します。

 

【フォレス・ガロ】印』

 

 

 

「あれ?怪我をしている大樹さんが出ないのは分かりますが、優子さんも出ないのですか?」

 

 

羊皮紙に書いてあった内容を読み終えた黒ウサギは質問する。

 

 

「優子に危険なことは絶っっっ体させません」

 

 

「この通り、大樹君が言っているからアタシはパスするわ」

 

 

当たり前だ!優子はみんなと違って普通の女の子だぞ!

 

 

「なんで優子は止めて、あたしたちは止めないのかしら?」

 

 

美琴はバチバチッと電気を出しながら聞く。俺は美琴の耳に口を近づけ小さい声で言う。

 

 

「本当は止めたいけど飛鳥たちだけじゃ危険だ。俺はこの通り怪我をしていてゲームに参加できない。あいつらを守るのは美琴とアリアだけが頼りなんだ」

 

 

「そ、そういうことなら仕方ないわね」

 

 

美琴は顔を赤くして、俺から急いで距離をとった。あれ?俺嫌われてるのか?

 

 

「というか指定武具って何だ?」

 

 

十六夜は羊皮紙を見ながら言う。

 

 

「こ、これはまずいですよ!?」

 

 

黒ウサギは大声をあげる。

 

 

「何でかしら?」

 

 

「これだと飛鳥さんのギフトで彼を操ることも、耀さんのギフトで傷つけることも、攻撃が指定武具以外全て封じられました」

 

 

「最悪だな……」

 

 

アリアの質問にジンが答える。俺はそれを聞き、苦虫を噛み潰したように呟く。

 

 

「自分の命をクリア条件にして五分に持ち込んだってわけか」

 

 

十六夜の表情も険しかった。

 

 

「だ、大丈夫です!【契約書】には『指定』武具としっかり書いてあります!つまり最低でも何らかのヒントがなければなりません。もし、ヒントが提示されなければ、ルール違反で【フォレス・ガロ】の敗北は決定!」

 

 

「だけど、もうヒントは出ているんじゃなか?」

 

 

「え?」

 

 

黒ウサギは手を胸に当て堂々と言うが、俺の声を聞き、言葉と動きを止める。

 

 

「昨日の夜、たくさん本を読んでおいてよかった」

 

 

俺は木々に触れてみんなに向かって言う。

 

 

「これ、【鬼化】していると思う」

 

 

「「「「「鬼化?」」」」」

 

 

「「!?」」

 

 

俺の言葉に美琴、アリア、優子、十六夜、飛鳥、耀は首を傾げる。黒ウサギとジンは驚いたような顔をした。

 

 

「正確には鬼種のギフトが宿っているって言い方が正しいかもな」

 

 

「や、やっぱり……!」

 

 

「ああ、このゲームは第三者が絡んでいる」

 

 

ジンは少し分かっていたみたいだな。

 

 

「そして、第三者の正体は吸血鬼、だろ?」

 

 

「……はい。僕もそう考えていました」

 

 

ジンはうなずき肯定する。

 

 

「この舞台を作り上げたのは吸血鬼のはずです。ですからこのゲームには吸血鬼に関することが絡んでいるかと」

 

 

「そうなると指定武具って………十字架?」

 

 

「もしくは白銀かニンニクだな」

 

 

ジンは説明を付け加える。美琴は推測して、俺はそれに付け加える。

 

 

「なぁ御チビ、もしかして吸血鬼ってのは」

 

 

「はい、恐らく十六夜さんの考えている通りだと思います」

 

 

ジンと十六夜は心当たりがあるみたいだ。

 

 

「ねぇ、私たちにも説明してくれるかしら」

 

 

「吸血鬼の正体は僕らの昔の仲間だと思います」

 

 

飛鳥の言葉にジンは答える。

 

 

「えッ!?まさかレティシア様が!?」

 

 

どうやら黒ウサギは吸血鬼の仕業だと分かっていてもそのレティシアの仕業だと思っていなかったみたいだな。

 

 

「うん、多分だけど……」

 

 

「でもレティシア様は【サウザンドアイズ】のギフトゲームの出品されて……!」

 

 

「ちょっと待って、ギフトゲームで【吸血鬼】を景品にしているの?」

 

 

ジンの頼りない声に黒ウサギは否定した。優子はギフトゲームで疑問を持つ。

 

 

「はい……ギフトゲームでは可能なので……」

 

 

「本当に何でも賭けていいんだな、ギフトゲームは」

 

 

俺は黒ウサギの言葉を聞いて、イラついた。黒ウサギに対してではなく、そういうギフトゲームをすることにだ。

 

 

「とにかく話をまとめましょう」

 

 

アリアは少し大きめな声でみんなに言う。

 

 

「このゲームは吸血鬼に関係があるから注意する。よって指定武具は吸血鬼の弱点に関するものだと考える。こんな感じかしら?」

 

 

「それでいいのかよ……」

 

 

アリアはものすごく簡単にまとめた。俺は溜め息を吐く。今までの話は何だったんだ。あと昔の仲間はどうした。

 

 

「今仲間について考えるよりゲームの攻略の行動が優先よ。はやく行きましょ。それと大樹」

 

 

アリアは門の前に立ち、首だけ後ろを向き、俺を見る。

 

 

「次のギフトゲームはちゃんと出るのよ」

 

 

「ああ、それまでに治すよ。………あ」

 

 

俺はふっと思いだし、懐からアレを取り出す。

 

 

「ほい」

 

 

俺はギフトゲームに参加するメンバーに向かってそれを投げる。耀がキャッチした。

 

 

「………ミキサー機?」

 

 

「これでガルドをジュースに……」

 

 

「「「「「本気!?」」」」」

 

 

本気だ。ジュースにしてこい。

 

 

________________________

 

 

ゲームの参加メンバーは門をくぐり抜け、ゲームがスタートした。

 

そして5分後。

 

 

「暇だなぁ」

 

 

「はい、終わりよ」

 

 

包帯を優子に巻き直してもらった。

 

 

「ありがとう」

 

 

俺は優子にお礼を言う。

 

 

「別に良いわよ。このくらいなら、いくらでもしてあげる」

 

 

「じゃあ今すぐもう一回してくれ」

 

 

「何でよ……」

 

 

出来れば次はナース服を着て、お願いします。

 

 

「なぁ黒ウサギ。ゲームの乱入は

 

 

「駄目です!何を言っているのですか十六夜さんは!」

 

 

十六夜の言葉に黒ウサギは即座に反応する。

 

 

「美琴とアリア………大丈夫かな……」

 

 

「大樹さん!!10回目ですよ!?」

 

 

数えていたのか黒ウサギ。お前も暇人だな。

 

 

 

 

 

ドゴッ!

 

 

 

 

 

「「「「?」」」」

 

 

俺達は地面がどこかで盛り上がったような音が聞こえたような気がした。でも、状況が理解出来ない。

 

 

「モグラ?」

 

 

優子呟いた。

 

 

「!?」

 

 

「逃げろッ!!」

 

 

十六夜はすぐに異変に気づいた。俺も気付き、叫ぶ。俺は優子を抱き抱えてその場から離れる。十六夜も黒ウサギも飛んで回避する。

 

 

ドゴッ!ドゴッ!!

 

 

先程いた場所に土で出来た鋭い角が地面から次々と突き出てきた。そして、その土は、

 

 

「ウァ………」

 

 

「オォ………」

 

 

「オァ………」

 

 

すぐに形を変え、人の形になった。だが、人の形と言っても右手が異常に大きかったり、足のバランスが左右対称ではなく、形が違ったりしている。統一など全く無い。

 

土人形は小さくうめき声をあげながらゆっくりと近づいてくる。

 

 

「何だこの土人形は……」

 

 

十六夜は不気味な光景に顔を歪める。

 

 

「吸血鬼……の仕業じゃねぇな。優子、俺の後ろにいろ」

 

 

「う、うん」

 

 

俺は優子を後ろに下がらせる。

 

 

パラッ

 

 

上から黒い紙片が降ってきた。

 

 

「そ、それは……!?」

 

 

黒ウサギの顔は真っ青に染まる。

 

俺は降ってきた黒い紙片を乱暴に掴む。

 

 

『ギフトゲーム 【BAD END】

 

・プレイヤー一覧

 

楢原 大樹

 

木下 優子

 

坂廻 十六夜

 

 

・勝利条件 参加プレイヤーは一定時間、生き残る。

 

・勝利方法 現在行われているギフトゲーム【ハンティング】の終了時にギフトゲーム【BAD END】の参加プレイヤーが死亡していないこと。

 

・敗北条件 プレイヤーが上記の勝利条件を満たせなくなった場合。(プレイヤーの誰かの死亡。1人でも死亡した場合でも敗北となる)

 

 

宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマス ターの名のもと、ギフトゲームを開催します。

 

【  】印』

 

 

 

「印が無い……?」

 

 

俺は黒い紙片に書かれた内容を読み、一番不可解な点について呟く。

 

 

(ていうかこの黒い羊皮紙は……!?)

 

 

書物庫で記憶した本の内容を思い出す。これは、

 

 

 

 

 

「魔王の【契約書類(ギアスロール)】……!?」

 

 

 

 

 

黒ウサギは震えた声で言った。

 

 

「え?魔王って……!」

 

 

「ああ、間違いない。あの魔王だ」

 

 

俺は優子に向かって説明する。

 

 

「主催者がプレイヤーを強制参加させ、大暴れするアレだ。まさに魔王の仕業だな」

 

 

「どうする大樹。戦えるか?」

 

 

十六夜は俺を見て尋ねる。

 

 

「黒ウサギ、【審判権限(ジャッジマスター)】は使えるか?」

 

 

俺は十六夜に答えを出す前に黒ウサギに質問する。

 

審判権限(ジャッジマスター)

 

箱庭における特権階級の一つ。これを持つ者が審判を務めた場合、参加者はルールを破れなくなる。黒ウサギはゲームに参加していない。なら、彼女は審判を務めているはず。

 

この契約書類にはコミュニティの印が無い。もしかしたら不正が働いている可能性があるのでゲームの中断ができる。

 

だが、

 

 

「そ、そんな!?」

 

 

黒ウサギは手を耳に当てて、箱庭の中枢からの連絡を聞いたのだろう。

 

 

 

 

 

「箱庭の中枢の回答は………ギフトゲーム【BAD END】は確認されていないようです……!」

 

 

 

 

 

「チッ、どうなっていやがる……」

 

 

俺は舌打ちをした。

 

ゲームの不正どころの話では無かった。そもそもゲームが始まっていない状態だ。

 

 

「黒ウサギ、お前は白夜叉のとこ

 

 

「サセ、ナイ……」

 

 

土人形の一つが言葉を発した。そして、

 

 

ヒュンッ!!

 

 

土人形は一瞬で俺との距離を縮めた。

 

 

(速い!?)

 

 

ドゴッ!!

 

 

土人形の右ストレートが俺の腹に撃ち込まれた。

 

 

「でも、遅いな」

 

 

だが、決まらなかった。俺は包帯を巻いている右手で受け止めた。

 

 

ズバッ!!

 

 

俺は左手で刀を一本抜き、土人形の上半身と下半身に斬り分けた。斬られた土人形は地面に落ち、形を崩して地面に還る。

 

 

「クソッ、怪我人に無茶させんじゃねぇよ」

 

 

「だったら俺が代わるぜ?」

 

 

ドゴオオオオッ!!!

 

 

その瞬間、十六夜はたくさんの土人形をぶっ飛ばした。土人形は空中で粉々になる。

 

 

「十六夜、人間やめたか?」

 

 

「そっくりそのまま返すぜ」

 

 

俺と十六夜は笑い合う。

 

 

「あ、あり得ないですよ……!」

 

 

黒ウサギはそんな二人を見て驚愕した。

 

大樹は怪我をしているのにも関わらず、土人形を圧倒できる力を持っていること。十六夜はまだ本気を出していないのに土人形を一気にぶっ飛ばしたことに。

 

 

(この問題児様方は規格外過ぎですよ!?)

 

 

「だ、大樹君……」

 

 

優子は俺の服の袖を掴む。

 

 

「おい黒ウサギ。俺と一緒に優子を守ってくれ」

 

 

「あ、はい!」

 

 

黒ウサギは大樹に呼ばれ、目の前のことに集中する。そして、一つの提案をする。

 

 

「大樹さん!ここは作戦を決め

 

 

「優子を死守。以上」

 

 

「終わり!?」

 

 

「このゲームを勝利するには【ハンティング】が終了すること。誰も死なないことだ。なら、優子を死守していればいつか勝てるだろ」

 

 

黒ウサギはそれを聞いて納得する。大樹の言ってることは正しかった。

 

 

「ウァ………」

 

 

地面から新たな土人形が何体も現れる。

 

 

「無制限に出てくんのかよあいつら」

 

 

俺は刀を持った左手を強く握った。怪我をしているため本気を出せない。だが、

 

 

(優子に指一本触れさせねぇ…!)

 

 

絶対に守ってみせる。

 

________________________

 

 

「見つけた、この先の館にいる」

 

 

耀は木に登ってガルドを見つけ出した。

 

 

「それじゃあ、はやく行きましょう」

 

 

美琴が先頭を歩いて先導する。

 

 

「ねぇ美琴」

 

 

アリアは美琴の隣まで来て、話かける。

 

 

「敵は?」

 

 

「………居ない」

 

 

「おかしいわね…」

 

 

アリアは美琴の言葉に疑問を持つ。

 

 

「わざわざ敵のテリトリーに招き入れておいて罠一つも用意していないなんて」

 

 

アリア達は敵どころか罠一つに遭遇していない。

 

 

「でも館までに行く途中はさすがに一つくらいあるわよ」

 

 

美琴は警戒して進んだ。

 

 

 

 

 

結果。変化無し。館についた。

 

 

 

 

 

「美琴」

 

 

「何も言わないで」

 

 

美琴は肩を落として落ち込む。アリアは美琴の肩を叩いて慰める。

 

 

「ねぇジン君。指定武具はどうするのかしら?」

 

 

「もしかしたらガルドが持っている可能性があると思います」

 

 

飛鳥の質問にジンは答える。

 

 

「そうね、道中で見つからなかったわ」

 

 

「草むらの中にも無かった」

 

 

アリアと耀は注意して探したが見つからなかったことを言う。

 

 

「では静かにガルドの居る部屋を

 

 

ドゴッ!ドゴッ!

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

美琴の後ろ。地面から何かが突き出てきた。

 

 

「ウァ………」

 

 

「アァ………」

 

 

「グァ………」

 

 

それは歪な人の形となった。

 

 

「な、なに!?」

 

 

飛鳥はその気味悪い人形に驚く。

 

 

ヒュンッ!!

 

 

土人形は一気に飛鳥の前まで距離を

 

 

バチバチッ!!

 

 

美琴が電撃を飛ばして土人形を吹き飛ばす。距離は縮められなかった。土人形はボロボロになり、砂と化す。

 

 

「ッ!」

 

 

ドゴッ!!

 

 

耀は一体の土人形の顔面に蹴りを叩き込んだ。土人形の頭は砕け、体は倒れる。そして、ドロドロと土に戻る。

 

 

「ここはあたしたちが戦うわ!3人はガルドを倒して!!」

 

 

「分かったわ!行くわよ2人とも!」

 

 

アリア、飛鳥、ジンは館の中に入っていった。

 

 

「ガルドは二階にいるわよ」

 

 

アリアは走りながら言う。耀から聞いたことだった。階段をかけ上がり、奥の部屋を目指す。

 

 

「待って」

 

 

アリアが手を横に出し、2人を静止させる。

 

 

「ジン君は指定武具がガルドのいる部屋に無かったとき、私達が逃げれるように逃走ルートを確保しておいて」

 

 

アリアの言葉にジンはうなずく。

 

「飛鳥は指定武具を見つけて。あたしがガルドを引き付けるわ」

 

 

「だ、大丈夫なの?」

 

 

飛鳥はアリアを心配する。

 

 

「大丈夫よ、武偵憲章1条『仲間を信じ、仲間を助けよ』」

 

 

「え……?」

 

 

飛鳥とジンは目を点にする。でも、

 

 

「し、信じるわ」

 

 

「僕も信じます」

 

 

意味はわかった。

 

 

「じゃあ行くわよ」

 

 

アリアはドアの前に立ち、

 

 

バキャッ!!

 

 

蹴り飛ばした。木で出来たドアは簡単に壊れた。

 

 

「「!?」」

 

 

アリアと飛鳥は部屋に入って驚愕した。

 

 

「ガルル……!」

 

 

部屋の中にはガルドではなく、虎の怪物がいた。いや、鬼のギフトを与えられたガルドだ。

 

 

「ッ!」

 

 

アリアと飛鳥は虎の後ろにある物に気づいた。

 

虎の後ろに白銀の十字剣があるのを。

 

 

「指定武具!」

 

 

そう言って飛鳥は身構える。

 

 

「ッ!」

 

 

アリアが囮として虎の怪物に向かって走りだす。

 

虎もアリアに向かって突進し、大きな右手でアリアを引き裂こうとする。

 

 

「そこッ!!」

 

 

アリアはスライディングをして、虎の下を抜けていく。

 

 

ガキュン!ガキュン!!

 

 

途中、アリアは虎の腹に2発の弾丸を撃ち込む。

 

 

「グル……?」

 

 

だが効いていなかった。

 

虎はもう一度アリアに飛びかかる。

 

 

「クッ!」

 

 

アリアは横に飛び込み避ける。

 

だが、虎はすかさず、またアリアに向かって飛び込む。アリアはまだ空中にいて、避けれない。

 

 

(避けれない!?)

 

 

アリアは目を瞑り、痛みに耐えようとした。

 

 

 

 

 

『避けなさい!』

 

 

 

 

 

飛鳥の一喝が部屋に響き渡る。

 

 

「!?」

 

 

アリアは驚愕した。

 

体が勝手に動き出したのだ。

 

アリアは右手を地面につき、片手で倒立したような状態になる。そして体を捻らせる。

 

 

ヒュンッ

 

 

虎の攻撃をギリギリ避ける。

 

 

(嘘ッ!?)

 

 

アリアはこのような芸当は普通できない。だが、飛鳥のギフトで出来るようになった。

 

 

「アリア!!」

 

 

飛鳥は白銀の十字剣を引き抜き、アリアに向かって投げる。

 

 

「ッ!」

 

 

ガキュンッ!!

 

 

ガチンッ!!

 

 

アリアはその剣の柄を撃ち込み、勢いよく回転させ、飛んでいく向きを変える。

 

 

ズバッ!!

 

 

回転させた剣は虎に向かって飛んで、真っ二つに切り裂いた。

 

虎はその場に倒れ、

 

 

灰になった。

 

 

________________________

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

俺達はゲーム終了後、本拠地に帰ってきた。そして、部屋に集まり反省会だ。

 

だが、部屋に沈黙が支配する。

 

 

「結局、あの土人形の正体は分からねぇままか」

 

 

大樹が沈黙を破る。

 

あの後、俺と十六夜と優子と黒ウサギは無傷で済んだ。ゲームクリア。だが、賞品なんてものは無く、あっけなく終わった。

 

 

「美琴たちのところにも現れて、一体何なんだ」

 

 

箱庭の中枢もわからないと答える。手詰まりだ。

 

 

「その件は白夜叉様に頼んでいるので大丈夫ですよ」

 

 

黒ウサギは先程白夜叉のコミュニティ行ってきてこのことを報告してきたのだ。白夜叉が調べてくれるらしい。

 

 

「なら今日はもう寝るか?」

 

 

十六夜は大きなあくびをする。

 

 

「そうね、話し合うにも情報が少ないわ。明日調べてみましょ」

 

 

アリアも十六夜に賛同した。

 

 

「あ、俺はこれから行く場所あるから」

 

 

俺は用事を思い出す。

 

 

「あら?私も行くわよ?」

 

 

「音速出すけど?」

 

 

「遠慮するわ」

 

 

飛鳥のお誘いを脅して断る。すまん。

 

 

「でも何処に行くの?」

 

 

優子が尋ねる。

 

 

「ひ・み・つ☆」

 

 

「「「「「キモい」」」」」

 

 

「ちょっとふざけただけじゃねぇか!!うわーん!!」

 

 

大樹は泣きながら窓から外に飛び出した。そして音速で走り去る。怪我?まだ治ってねーよ!!

 

 

 

 

 

「仲間を泣かせるのは感心しないな」

 

 

 

 

 

大樹と入れ違いに誰かが入ってきた。

 

 

「れ、レティシア様!?」

 

 

黒ウサギが声をあげて驚く。

 

【箱庭の騎士】と呼ばれた吸血鬼。金髪の少女がそこにいた。

 




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ペルセウス 舞台準備

続きです。


「こんな場所からの入室で済まない。ジンには見つからずに黒ウサギに会いたかったんだ」

 

 

金髪の少女はそう言いながら窓から部屋の中に入る。

 

彼女の名はレティシア=ドラクレア。元・魔王で、【箱庭の騎士】と呼ばれる純血の吸血鬼。元ノーネームに所属していた人物である。

 

 

「へぇ、前評判通りだ。目の保養になる」

 

 

十六夜はニヤリと笑みを浮かべながらレティシアに告げる。

 

 

「ふふ、鑑賞するなら黒ウサギも負けてはいないと思うのだが」

 

 

「あれは愛玩動物なんだから弄ってナンボだろ」

 

 

「ふむ、否定はしない」

 

 

「否定してください!!」

 

 

黒ウサギは意気投合した2人に涙目で抗議した。

 

 

「そ、それでどのような要件でここに……?レティシア様は囚われの身のはずでは……」

 

 

「もしかして【サウザンドアイズ】のギフトゲームかしら?」

 

 

黒ウサギの言葉を聞き、優子は思い出し確認をとる。

 

 

「はい、正確にはコミュニティ【ペルセウス】です」

 

 

「え、どういうことかしら?【サウザンドアイズ】ではないの?」

 

 

優子は黒ウサギに質問する。

 

 

「コミュニティ【ペルセウス】は【サウザンドアイズ】の傘下のコミュニティです」

 

 

「私のことはどうでもいい。私がここにきた理由は新生コミュニティがどの程度の力を持っているのか見に来たんだ」

 

 

レティシアは黒ウサギの説明をやめさせ、目的を話す。

 

 

 

 

 

「ガルドに鬼種を与えたのは純血の吸血鬼たるこの私だ」

 

 

 

 

 

「「「「「うん、知ってる」」」」」

 

 

 

 

 

「理由はガルドに鬼種を与え………………………え?」

 

 

レティシアが固まった。黒ウサギは苦笑いだ。

 

 

「それなら大樹から聞いたわよ。空に金髪の美少女が飛んでいたのを見たってね。あなたのことでしょう?」

 

 

「そんなバカな!?黒ウサギからも気づかないほど気配は消したはずだぞ!?」

 

 

飛鳥は大樹が会議で言っていたことを思い出し言う。レティシアは驚愕した。

 

 

「大樹は普通じゃない」

 

 

「ああ、俺より強いぞあいつ。人間じゃねぇ」

 

 

耀と十六夜は大樹を称賛?する。

 

 

「……大樹は

 

 

「あまり深く考えないほうがいいわよ」

 

 

「知るのもやめときなさい」

 

 

美琴とアリアはレティシアに質問をさせない。

 

 

「何者なんだ……大樹は……!?」

 

 

レティシアは自分より強いということが分かり、震えた。

 

だが、みんなは大樹の言葉をもう一度思い出す。

 

 

 

 

 

『空に金髪の美少女が飛んでいたのを見たんだ!あれはきっと俺のファンだ!かっこいい俺の姿を見に来t(以下略)』

 

 

 

 

 

(((((ああ見えて結構アホっぽいところあるとか言えないなぁ……)))))

 

 

 

 

 

大樹のイメージを崩すかどうか悩んでいた。

 

 

________________________

 

 

【アホ(笑)視点】

 

 

「ヘックシュン!!」

 

 

くしゃみが出た。おい大樹視点って書けよそこ。誤字だ。

 

 

「誰か俺の噂でもしてんのか?」

 

 

だったらノーネームだな。あそこが俺を馬鹿にしている。うん、確定。

 

俺は両手にお茶が入ったコップを飲む。

 

 

「うめぇ……」

 

 

「おんし、本当に何しにきたのだ……」

 

 

俺の目の前に座っているのは【サウザンドアイズ】の幹部である白夜叉が座っている。

 

 

「白夜叉先生……!ギフトゲームがしたいです………」

 

 

「嘘泣きはいいから理由を言わんか」

 

 

えー、せっかくボケたのに。

 

 

「俺たち【ノーネーム】は貧乏だ」

 

 

「そうじゃのう」

 

 

「人材が少ない」

 

 

「そうじゃのう」

 

 

「俺イケメン」

 

 

「そうじゃ………のう?」

 

 

はい、余計なことは言わないべきだと学習しました。傷つくわー。

 

 

「だからこう………一気に稼ぎたいんだよ」

 

 

「それでギフトゲームを開催しろと?」

 

 

「もしくはどこかのコミュニティが開催するギフトゲームを紹介してくれ」

 

 

俺の発言に白夜叉は目を細めた。

 

 

「それならとっておきがあるぞ」

 

 

「さすが。どんなギフトゲームだ?」

 

 

俺は白夜叉からコミュニティ、ギフトゲームの話を聞いた。そして、

 

 

「へぇ、そんなこともできるのか」

 

 

俺はお茶を飲みほし、立ち上がる。

 

 

「じゃあ行ってくる。ありがとうな、白夜叉」

 

 

「いや、私も一緒に行こう。目的の場所の案内はあったほうがいいだろう」

 

 

「サンキュー」

 

 

俺と白夜叉は和室の部屋を出て、目的地に向かった。

 

 

________________________

 

 

「土の怪物については私には分からん」

 

 

「そう………」

 

 

レティシアの言葉を聞いた美琴は小さい声で返事する。

 

 

「私も見ていて助けようと思ったが契約(ギアス)が邪魔して入れなかったんだ」

 

 

「ゲームの参加者に書かれてなかったからな」

 

 

十六夜は土人形が出てきた時に上から降って来た黒い契約書類(ギアスロール)を思い出す。

 

 

「って私はコミュニティがどの程度の力を持っているか知りたいんだが!?」

 

 

いつの間にかテーブルの上にはジュースやお菓子が広がっており、みんな座ってくつろぎモードだった。

 

 

「なら簡単な方法があるぜ」

 

 

十六夜はテーブルに置いてあるクッキーを食べながら言う。

 

 

「あんたがその力で試してみればいい。ここじゃ狭い。表へ出ようぜ、元・魔王様」

 

 

十六夜は挑発するかのように窓の外に指をさす。

 

 

「な、何を言い出すのですか十六夜さん!?」

 

 

「ふふ、なるほどな。下手な策を弄さず初めからそうしていればよかったな」

 

 

黒ウサギは十六夜の言葉を聞き、驚く。そして、レティシアは笑い、

 

 

ダンッ!!

 

 

その瞬間、2人の姿が消えた。いや、2人は窓の外から出て広い場所に移動したのだ。

 

 

「ちょ、ちょっとお二人様!?」

 

 

黒ウサギも窓から出て、二人の後を追いかける。

 

 

「私たちも行きましょ!」

 

 

アリアの言葉に残っていた美琴、優子、飛鳥、耀はうなずいた。

 

 

________________________

 

 

玄関の前にはジンがいた。

 

 

「あ、みなさん。そんなに慌てt

 

 

「『そこで阿波踊りしていなさい!』」

 

 

「はいッ!?」

 

 

レティシアはジンとはできれば会いたくないと言っていたことを思い出し、飛鳥はギフトを使ってジンの動きを止める。

 

 

「………恐ろしいわね」

 

 

「いいから行きましょ」

 

 

美琴は苦笑いで言う。飛鳥は後ろを振り向かず、外に出る。

 

 

「だ、誰かッ!助けてくださーいッ!!」

 

 

ジンの声が後ろから聞こえた。

 

 

「「「「「………………」」」」」」

 

 

少女たちが振り向くことはなかった。

 

 

「いたわ!」

 

 

アリアが指をさし、みんなに伝える。アリアが指をさす方向には背中から黒い翼を広げたレティシアがいた。そして、下には十六夜が対立していた。

 

 

「制空権を支配されるのは不満か?」

 

 

「はッ、鳥に猿が不平を漏らしたところで飛べない猿が悪いだけの話だ。それがギフトの競い合いだろ」

 

 

レティシアの言葉に十六夜は鼻で笑う。

 

 

「ふふ、白夜叉の言う話通り歯に衣着せぬ男だな」

 

 

レティシアは懐からギフトカードを取り出す。

 

 

シュンッ!!

 

 

カードは光り、光の粒子が飛び散る。そして、収束する。レティシアの手には巨大なランスが握られていた。

 

 

「双方が共に一撃ずつ撃ち合い、それを受けて最後に立っていた者の勝利!」

 

 

レティシアは自分の身長の同じくらいあるランスを回しながらゲームの説明をする。

 

 

「悪いが先手は貰うぞ」

 

 

「好きにしな」

 

 

「なるほど、気構えは十分。あとは実力が伴うか否か……」

 

 

ゴオォッ!!

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

ランスは赤黒い光を身に纏う。その光景に十六夜以外の者が驚愕する。

 

 

「見せてみよッ!!」

 

 

ドゴオオオオォォォ!!

 

 

そして、ランスが勢い良く投擲された。

 

十六夜は右手を握り、

 

 

「しゃらくせえええェェッ!!!」

 

 

ドゴオオオオォォォ!!

 

 

ランスに真正面からぶん殴った。

 

 

バキンッ!!

 

 

ランスは折れ、その残骸が凶器と化し、レティシアに飛んでいく。

 

 

「なッ!?」

 

 

レティシアは驚愕する。

 

 

(これほどか………!この才能ならば………あるいは………!)

 

 

レティシアは避けようとしなかった。

 

 

「レティシア様!!」

 

 

黒ウサギがレティシアに飛び掛かり、凶器となった残骸をレティシアと一緒に避ける。

 

 

「く、黒ウサギ!何を!」

 

 

黒ウサギはレティシアが持っているギフトカードを取り上げた。黒ウサギは助けることと同時に気になることがあった。

 

 

「【純血の吸血姫(ロード・オブ・ヴァンパイア)】。やはり、かつてと名前が変わっています。鬼種が残っているものの神格が残っていません!」

 

 

「……………」

 

 

黒ウサギの言葉にレティシアは下を向き、黙る。

 

 

「鬼種の純血と神格を両方備えていたからこそ【魔王】と呼ばれていたのに……」

 

 

「道理で歯ごたえがないわけだ」

 

 

黒ウサギの声に十六夜は溜め息をつく。

 

 

「もしかして【ペルセウス】に奪われたの?」

 

 

優子がレティシアに聞く。だが、レティシアは答えない。

 

 

「いいえ、ギフトとは魂の一部。隷属させた相手でも合意なしにギフトを奪う事はできません……。どうしてこんなことに……」

 

 

「……………」

 

 

下を向き沈黙を貫くレティシア。黒ウサギの言葉に答えない。

 

 

 

 

 

カッ!!

 

 

 

 

 

黒ウサギの後ろ。上空が赤く光った。

 

 

「えっ?」

 

 

ドガッ!!

 

 

黒ウサギが後ろを振り向こうとする前に、レティシアが黒ウサギに向かって体当たりした。

 

 

「すまない……」

 

 

黒ウサギが元居た場所にレティシアがいた。そして、

 

 

パキパキッ!!

 

 

赤い閃光に飲まれ、

 

 

レティシアの体は石に変わった。

 

 

「嘘……!?」

 

 

美琴はその光景に目を疑った。他のみんなも。

 

 

「吸血鬼は石化させた。すぐに捕獲しろ」

 

 

「【ノーネーム】の連中もいるようだが、どうする?」

 

 

「構わん。邪魔するなら切り捨てろとの命令だ」

 

 

赤い光が閃光した上空には約10人程度の人数が居た。そのうちの一人が持っている旗には、

 

 

「ゴーゴンの首を掲げた旗印……!?まさか【ペルセウス】!?」

 

 

黒ウサギは石になったレティシアを抱えながら大声を出す。

 

 

ドゴッ!!

 

 

「キャッ!?」

 

 

その時、黒ウサギが後ろに倒れた。まるで蹴り飛ばされたかのように。

 

 

「大丈夫!?黒ウサギ!?」

 

 

「は、はい」

 

 

すぐにアリアが駆け寄って来た。

 

黒ウサギから離れたレティシアはふっと上に向かって浮き始めた。いや、

 

 

「………不可視のギフトか」

 

 

十六夜はすぐに見抜いた。

 

レティシアは浮いたのではなく、【ペルセウス】の手下が不可視のギフトを使い、レティシアを回収したのだ。黒ウサギが後ろに飛ばされたのも、手下が蹴ったからだ。

 

宙に浮いている手下の中にリーダーらしき人物の右手には………

 

 

「ゴーゴンの首か。それに足には翼の生えた靴。まさに伝説通りだな」

 

 

十六夜は【ペルセウス】の連中を見て言う。

 

 

騎士ペルセウスがゴーゴンという化け物を倒したかの有名なゴーゴン退治の伝説。アテナの楯、ヘルメスの翼のあるサンダル、ハデスの隠れ兜などを身につけて、ゴーゴンの首を切り落としたといわれている。

 

まさに、目の前にそんな姿をした人達がいた。

 

 

「よし、回収したならすぐに撤収するぞ」

 

 

「黒ウサギを蹴っ飛ばして何様よ、あなたたち!?」

 

 

「【名無し】風情などに謝るなど我らの旗に傷がつく。今すぐ失せろ」

 

 

優子の怒りの言葉に【ペルセウス】の手下は侮蔑の言葉を吐く。

 

 

「ありえない………ありえないですよ………!」

 

 

黒ウサギはユラユラと立ち上がる。

 

 

「本拠への不当な侵入、武器を抜く暴挙、侮辱の言葉の数々………」

 

 

黒ウサギの懐から白黒のギフトカードを取り出す。

 

 

 

 

 

「もう絶対に許しませんよッ!!」

 

 

 

 

 

ドゴオオオオォォォッ!!

 

 

 

 

 

「うにゃあッ!?」

 

 

黒ウサギのギフトカードから槍が出現し、大きな雷が落ち、槍に纏った。アリアはその音に驚き、耳を塞いでうずくまった。

 

 

「ば、馬鹿な!?インドラの武具だと!?」

 

 

「お覚悟をッ!!」

 

 

黒ウサギは【ペルセウス】に向かって槍をふr

 

 

 

 

 

「てい」

 

 

「にぎゃあッ!?」

 

 

 

 

 

ドゴオオオオォォォッ!!

 

 

十六夜が黒ウサギのウサ耳を引っ張り、軌道をずらした。槍は全く違う方向に投げられ、空気を揺るがすほどの威力をもって、飛んでいった。

 

 

「「「「「………………!」」」」」

 

 

その威力に【ペルセウス】だけでなく、美琴たちも驚いた。

 

 

「何するんですか、十六夜さん!?」

 

 

「お・ち・つ・け・よ」

 

 

黒ウサギは涙目で十六夜に向かって言う。十六夜は黒ウサギの耳元に口を近づける。

 

 

「ここで【ペルセウス】……いや、【サウザンドアイズ】と揉め事を起こしていいのか?」

 

 

「そ、それは………」

 

 

十六夜の言葉を聞き黒ウサギは冷静になる。

 

レティシアは【ペルセウス】の所有物。ここで問題を起こせば困るのは自分たちだろう。

 

 

「つか俺が我慢してやってるのにひとりでお楽しみとはどういう了見だオイ」

 

 

「ってそれが本音ですかッ!?にぎゃああああァァァ!?」

 

 

十六夜はさらに強くウサ耳を握る。黒ウサギは悲鳴をあげる。

 

 

「で、ですが!あの無礼者どもの対処を

 

 

「もうみんな帰ったぞ」

 

 

そこにペルセウスの姿はいなかった。石になったレティシアも。

 

 

「逃げ足はやッ!?」

 

 

黒ウサギはあたりを見渡すが【ペルセウス】は見当たらない。だが、

 

 

「まさか………不可視のギフト!」

 

 

黒ウサギは耳を澄ませるとまだ近くに声や足音が聞こえた。

 

 

「正真正銘の【ペルセウス】のコミュニティならそうだろうな」

 

 

十六夜は空飛ぶ靴に透明になる兜が実在するのを目の当たりにして、感心していた。

 

 

「追いかけないと!」

 

 

「やめとけ」

 

 

十六夜は黒ウサギの肩を掴んで静止させる。

 

 

「詳しい事情を聞きたいなら順序を踏むんだ。事情に詳しい奴が他にもいるだろ」

 

 

「白夜叉ね」

 

 

十六夜の言葉に美琴がいちはやく反応した。

 

 

「大樹は………居ても問題起こしそうだし、ジンに留守番させておくか」

 

 

「じゃあみんなで行くの?」

 

 

十六夜は大樹をどうするか考えたが思考を放棄した。耀は確認をとる。

 

 

「はやく行きましょ。【ペルセウス】の奴らには風穴開けないと気が済まないわ」

 

 

アリアは雷鳴を聞いてから機嫌が最高に悪くなった。

 

 

(((((八つ当たりだな……)))))

 

 

その気持ちは口に出さない。口は災いを呼ぶから。

 

 

(そういえば何か忘れているような気がするわ……)

 

 

飛鳥はそんなことを考えていた。

 

 

________________________

 

 

 

 

 

「ジン君、何してるの?」

 

 

「だ、誰かッ………止め、て………くだ、さ………いッ!」

 

 

 

 

________________________

 

 

 

「わざわざ用事がある中、はやく帰って来たやったのだ。【ペルセウス】を継ぐお坊ちゃんが私に何の用だ」

 

 

白夜叉は目の前にいる人物を睨み付ける。

 

 

「姑息で陰湿などこかの誰かの嫌がらせでうちの大事な商品が逃げ出しちまってですね………何か知りませんかねぇ?」

 

 

白夜叉と同じく、【サウザンドアイズ】の幹部に当たる人物。亜麻色の髪に蛇皮の上着を着た若い男。

 

 

コミュニティ【ペルセウス】のリーダー、ルイオス。

 

 

「……レティシアを逃がしたことなら隠す気はない。先に【双女神の旗】に泥を塗ったのは貴様らだ」

 

 

「ゲームを取り下げたことへの報復ですか。よほどあのゲームを開催させたかったとみえる」

 

 

白夜叉の睨みに、ルイオスは全く動じない。冷静だ。

 

 

「……そんなにあの吸血鬼を古巣へ返したいのかい?」

 

 

「貴様、そこまで気づいて……」

 

 

ルイオスはニヤリッと笑う。白夜叉は苦虫を噛み潰したような顔をする。

 

 

「脱走の原因は古巣への執着だろ?ちょうど今頃僕の部下が乗り込んで【名無し】連中を潰している頃さ」

 

 

「誰がなんですって?」

 

 

その時、部屋のふすまが開く音がしたと同時に声がした。

 

 

「………うわぉ」

 

 

ルイオスは入って来た者達に驚いた。

 

 

「【ペルセウス】のリーダー、ルイオス様ですね。あなたの部下が振るった無礼をきっちり抗議しに参りました」

 

 

黒ウサギを初めとする総勢7名の【ノーネーム】がいた。黒ウサギはルイオスの真正面に立つ。

 

 

「部下の無礼?なんのことかな……?」

 

 

「【ペルセウス】が所有するヴァンパイアとその追手が身勝手にも【ノーネーム】の敷地内で行った暴挙の数々のことです!」

 

 

とぼけるルイオスに大きな声で黒ウサギは言う。

 

 

「この屈辱は両コミュニティに決闘をもって、決着をつけるしかありません!」

 

 

「いやだ」

 

 

だがルイオスは拒否した。

 

 

「それ証拠あるの?っていうかさぁ……実はお前たちが盗んだんんだろ?元お仲間さん」

 

 

「そんなッ」

 

 

黒ウサギは反論しようとしたができない。

 

 

「言いがかりをつけて直接対決に持ち込む作戦なら無駄。第三者の目がなかったのは両方でしょ?」

 

 

ルイオスは白夜叉を見る。

 

 

「事実を明らかにしたいなら吸血鬼が逃げ出した経緯を調査してもいいけど………その場合、困るのはまったく別の人だろうね」

 

 

「小僧………!」

 

 

白夜叉もルイオスの言葉に何も言えない。

 

 

「それにしても知ってる?あの吸血鬼の買い手は箱庭の外のコミュニティなんだ」

 

 

「「なッ!?」」

 

 

白夜叉と黒ウサギは驚愕する。

 

 

「ねぇ、吸血鬼って……」

 

 

「ああ、吸血鬼は不可視の天蓋で覆われた箱庭でしか生きられない」

 

 

「最低ッ………!」

 

 

優子の質問に十六夜は答える。飛鳥はルイオスを睨み付ける。

 

 

「あいつは太陽の下っていう天然の牢獄の中で永遠に玩具にされるんだ………エロくねぇ?」

 

 

「ッ!」

 

 

「やめろ春日部」

 

 

ルイオスに飛び掛かりそうになる耀。十六夜が止める。

 

 

「己のギフトを魔王に譲り渡してまで手に入れた仮初の自由を使って古巣に駆け込んだってのに」

 

 

「ギフトを魔王に譲り渡した?」

 

 

「ッ!?」

 

 

ルイオスの言葉に疑問を持った美琴は口に出す。黒ウサギはハッなる。

 

 

「レティシア様のギフトのランクが暴落していたのは私達のところに駆け付けるための代償だった……!」

 

 

黒ウサギの顔が真っ青になるのが分かる。

 

 

「でも、君たち【名無し】と取引してもいいよ」

 

 

ルイオスは黒ウサギに指をさす。

 

 

 

 

 

「吸血鬼を返してやるから君は生涯、僕に隷属するんだ」

 

 

 

 

 

黒ウサギはルイオスの言葉を聞き、一歩後ろに下がった。

 

 

「うちに来いよ。三食首輪付きで毎晩かわいがるぜ?」

 

 

「……………」

 

 

黒ウサギは下を向いたまま震える。

 

 

「ほらほら、君は【月の兎】なんだろ?自己犠牲を帝釈天に売り込んで箱庭に招かせたんだろ?」

 

 

「ダメよ黒ウサギ!」

 

 

アリアは黒ウサギに向かって呼ぶ。

 

 

「ホラ、本能に従って炎に飛び込めy

 

 

ガラッ

 

 

 

「お、オーナーッ!」

 

 

「チッ」

 

 

タイミング悪く、【ノーネーム】の後ろのふすまが開き、店の前で意地悪した女性店員が入って来た。

 

 

「彼がッ!」

 

 

「…………ほう」

 

 

白夜叉はその言葉を聞き、笑った。

 

 

「残念だったなルイオス。【ペルセウス】と【ノーネーム】はギフトゲームをしなければならなくなったのう」

 

 

「はぁ?だからやらねぇって言っt

 

 

 

 

 

「あれ?何でお前ら居るの?」

 

 

 

 

 

「……………」

 

 

ルイオスの言葉がまた遮られた。遮ったのは、

 

 

「「「「「大樹!?」」」」」

 

 

「お、おう」

 

 

そこには大樹が居た。そして、

 

 

「「「「「………臭い」」」」」

 

 

「生臭いって言って欲しいな………」

 

 

「変わらんじゃろ」

 

 

大樹はずぶ濡れになっており、生臭かった。

 

 

「大樹。こやつが【ペルセウス】のリーダーだ」

 

 

「お、じゃあ早速使うか」

 

 

大樹は懐から黄色いギフトカードを取り出す。

 

 

ドゴドゴッ

 

 

「「「「「?」」」」」

 

 

中からふたつの球体が出てきた。だが、誰もその物体が分からない。だが、

 

 

「ば、馬鹿な!?」

 

 

ルイオスの顔が青ざめていた。

 

 

「【海魔】と【グライアイ】を打倒した証だと!?」

 

 

「嘘ッ!?」

 

 

黒ウサギがやっと理解した。

 

 

「黒ウサギ、これは?」

 

 

「簡単に言いますと………これで【ペルセウス】との旗印を賭けてのギフトゲームができます!」

 

 

「「「「「なッ!?」」」」」

 

 

美琴の質問に黒ウサギは答える。

 

 

「さぁ【ペルセウス】のリーダーさんよ」

 

 

大樹はルイオスに向かって言う。

 

 

 

 

 

「金髪の美少女………俺のファンを返してもらうぜ!!」

 

 

 

 

 

「「「「「……………は?」」」」」

 

 

全員が間抜けな声を出した。

 

 





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ペルセウスの闇

続きです。


「………というわけなんです」

 

 

「………………」

 

 

黒ウサギから俺が居なくなってから、今まであった話を全て聞いた。

 

 

「だ、大樹さん?」

 

 

「俺にファンは居なかったのか……」

 

 

(((((普通いないだろ………)))))

 

 

俺はショックを受けた。あの黒い翼の生えた金髪の美少女。レティシアは元【ノーネーム】の仲間だったらしい。

 

 

「それにしてもおんし。【海魔】と【グライアイ】を倒すのは早過ぎではないか?」

 

 

白夜叉は俺に質問する。

 

 

「一発KOだった」

 

 

「ちょっと待て!相手は二体以上いるのだが!?」

 

 

それを一発KOしたんだろ?何がおかしい?

 

 

「白夜叉。考えるのは諦めた方がいいわよ」

 

 

「美琴。軽く俺を人外にしないでよ」

 

 

美琴は白夜叉の肩に手を置く。そして、白夜叉は思考を放棄した。いや、しないでよ。

 

 

「ねぇ黒ウサギ。何でこの二つの球あれば【ペルセウス】とギフトゲームができるの?」

 

 

耀は黒ウサギに質問する。

 

 

「ペルセウスの名が冠する伝説、【ゴーゴン退治】あります。ここに来る途中、十六夜さんが教えてくれましたね?」

 

 

「ええ、教えてもらったわ」

 

 

黒ウサギの言葉にアリアはうなずく。

 

 

「伝説のあるコミュニティはその偉業の誇示と他のコミュニティへの挑戦の意味を込め、【伝説を再現したギフトゲーム】を用意することがあります」

 

 

「なるほどな。それで【海魔】と【グライアイ】か」

 

 

黒ウサギの言葉を聞き、十六夜には分かったようだ。

 

 

「YES。伝説に乗っ取って、これらの化け物を討伐することによって【ペルセウス】に挑むことができるようになったのです。さすが大樹さんです!!」

 

 

「よくも騙したな白夜叉」

 

 

「はて?私はギフトゲームを提供してやったが?」

 

 

「えぇー………」

 

 

どうやら俺はこの和風ロリの白夜叉に騙されたようだ。黒ウサギは喜んでいたが、俺が騙されてるのを知って、微妙な反応になってしまった。

 

 

「おい!【名無し】風情がいつまで僕を無視している!」

 

 

完全に空気となっていたルイオスがついに口を開く。

 

 

「本気なのかこれは!?そんなにゲームをやりたいのかお前らは!」

 

 

「だからこれ持って来たんだろ?」

 

 

ルイオスの大声に淡々と大樹は言う。

 

 

「ほら、旗印賭けたギフトゲームしようぜ」

 

 

「ぐッ、いいだろう………二度と逆らう気がなくなるぐらい徹底的に潰してやる……!」

 

 

ルイオスはもの凄い目力で俺を睨む。対して俺は笑みを浮かべてルイオスを見る。

 

 

「明日、僕の本拠地にてギフトゲームを開催する。逃げるなよ、【名無し】」

 

 

________________________

 

 

 

『ギフトゲーム 【FAIRYTALE IN PERSEUS】

 

・プレイヤー一覧

 

楢原 大樹

 

御坂 美琴

 

神崎・H・アリア

 

木下 優子

 

逆廻 十六夜

 

久遠 飛鳥

 

春日部 耀

 

【ノーネーム】ゲームマスター ジン=ラッセル

 

【ペルセウス】ゲームマスター ルイオス=ペルセウス

 

・クリア条件 ホスト側のゲームマスターを打倒。

 

・敗北条件 プレイヤー側のゲームマスターによる降伏。

 

プレイヤー側のゲームマスターの失格。

 

プレイヤー側が上記の勝利条件を満たせなくなった場合。

 

舞台詳細、ルール

 

・ホスト側のゲームマスターは本拠・白亜の宮殿の最奥から出てはならない。

 

・ホスト側の参加者は最奥に入ってはいけない。

 

・プレイヤー達はホスト側(ゲームマスターを除く)の人間に姿を見られてはいけない。

 

・姿を見られたプレイヤー達は失格となり、ゲームマスターへの挑戦権を失う。

 

・失格となったプレイヤーは挑戦権を失うだけでゲームは続行する事はできる。

 

 

宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗の下、【ノーネーム】はギフトゲームに参加します。

 

【ペルセウス】印』

 

 

 

「ここが【ペルセウス】のギフトゲームの舞台ね」

 

 

美琴は目の前にある巨大な宮殿を見て呟く。

 

俺の怪我も身体強化?ですぐに治ったし、ここは一発。

 

 

「壊しt

 

 

「やめなさい」

 

 

アリアに止められた。俺、まだ2文字しか言ってないよ?

 

 

「姿を見られれば失格、か。つまりゲス(ペルセウス)を暗殺しろってことか?」

 

 

「伝説通りならあのゲス(ルイオス)は眠っているな」

 

 

「でもあのゲス(ルイオス)はそこまで甘くないでしょうね」

 

 

「ならあのゲス(以下略)を倒す前に迷宮をどう攻略するか考えましょう」

 

 

「あ、あははは………」

 

 

十六夜、大樹、優子、アリアの順にここに居ないルイオスを罵倒しまくる。黒ウサギは苦笑い。

 

 

「ま、まずは宮殿の攻略するにあたって作戦をかんg

 

 

「もう決めたぞ」

 

 

「え」

 

 

ジンの発言を十六夜が被せる。

 

 

「大樹、準備は?」

 

 

「完璧」

 

 

十六夜は俺に確認をとる。俺は親指を立てて答える。

 

 

「な、何ですかそれは?」

 

 

黒ウサギは俺の持っている緑色、黄色、赤色のチューブを見ながら質問する。

 

 

「今からこれで【ペルセウス】を地獄に落とすんだよ。へっへっへっ…………」

 

 

「き、気持ち悪いわ………」

 

 

「右に同じ」

 

 

「ねぇ仲間でしょ?ひどくない?」

 

 

飛鳥と耀にドン引きされた。

 

 

________________________

 

 

 

「【名無し】が侵入して来たぞ!」

 

 

「東西の階段を封鎖しろ!」

 

 

「相手は7人だけだ!捨て駒は限られてる!冷静に対処すれば抜かれることはない!」

 

 

「誰だ!冷蔵庫の奥に隠していた俺のプリンを食った奴は!」

 

 

「我らの旗印が掛かった戦いだ!負けられんぞ!」

 

 

号令と共に一糸乱れぬ動きを見せる【ペルセウス】の騎士達(1名除く)。敵の数は圧倒的に【ペルセウス】が有利であった。

 

 

だが、

 

 

 

 

 

ぶすッ

 

 

 

 

 

「ふがッ!?」

 

 

一人の騎士の鼻に何かが刺さった。その瞬間、

 

 

「あああああァァァ!!」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

その騎士は床に倒れ、のたうち回った。そして、気絶した。

 

 

「ど、どうした!?」

 

 

「こ、これは!?」

 

 

騎士の鼻には緑色のチューブが刺さっていた。

 

 

「まさか………わs」

 

 

ぶすッ

 

 

「びぎゃあああああァァァ!!」

 

 

「「「「「ひッ!?」」」」」

 

 

また一人、床に倒れ、のたうち回った。そして、気絶した。騎士の鼻には黄色のチューブが刺さっていた。

 

 

「誰だ!?」

 

 

「全員武器を構えろ!」

 

 

「敵は不可視のギフトを持っているぞ!」

 

 

騎士達は武器を構え、周りを警戒する。

 

 

 

 

 

「バァーカ」

 

 

 

 

 

ぶすぶすぶすぶすぶすぶすぶすぶすぶすッ

 

 

「「「「「ぎゃあああああァァァ!!」」」」」

 

 

そして全員床に倒れ、のたうち回った。そして、全員気絶した。

 

 

「「「「「うわぁ………」」」」」

 

 

隠れていた美琴、アリア、優子、飛鳥、耀、ジンが出てくる。

 

 

「それにしてもこれは………」

 

 

「敵だけど同情するわ」

 

 

ジンは両手を合わせ合掌。飛鳥は気絶している騎士達に同情する。

 

 

「あの二人は?」

 

 

「今頃違う騎士を襲っているわ」

 

 

「………地獄絵図」

 

 

美琴の質問にアリアが答える。耀は目をつぶり合掌。

 

 

ぎゃああああああァァァ…………!!

 

 

遠くから騎士の叫びが聞こえる。

 

 

「もう手に負えないわね………」

 

 

優子は溜め息を吐く。

 

史上最強の問題児の二人。止める者はいなかった。

 

 

________________________

 

 

「あああああァァァ!!」

 

 

次々と騎士の鼻にチューブが刺さっていく。だが、刺した者の正体が分からない。

 

 

「どうも。わさび担当の大樹です」

 

 

「からし担当の十六夜様だ」

 

 

「ど、どこだ!?姿をあらわs

 

 

ぶすッ

 

 

「せあああああァァァ!!」

 

 

騎士は(以下略)。

 

 

そう。俺たち二人は【ペルセウス】の騎士の鼻にわさび、からしをぶっ刺しているのだ。威力はご覧のとおり。トラウマ間違いなし。

 

光の速度で相手の後ろに回り込み、わさびを鼻にぶっ刺さす。もしくは投げてぶっ刺す。

 

 

「ッ!」

 

 

俺は後ろを振り向く。

 

 

「そこだあああァァ!!」

 

 

俺はわさびを二本、誰もいない虚空に投げる。

 

 

ぶすッ

 

 

「ぴゃあああああァァァ!!」

 

 

否。誰かいた。

 

悲鳴が響き渡る。見事に鼻の二つの穴に入ったようだ。神業だろこれ。

 

 

「………不可視か。よくわかったな」

 

 

「不可視のギフトは音や気配までは消せてないみたいだな。耳を澄ませれば聞こえた」

 

 

俺は見えない騎士の頭にかぶっている兜を取る。すると、敵の姿が見えるようになった。

 

そして、俺が被る。

 

 

「どうだ?」

 

 

「ああ。バッチリ見えてないぜ」

 

 

あーあ。この俺が不可視ギフトなんて手に入れさせたら………。

 

 

「無双してくる」

 

 

「我慢しろ。さっき言っただろ」

 

 

「チッ、命拾いしたな【ペルセウス】」

 

 

不可視ギフトを手に入れたら真っ先に我らのリーダーことジンにあげる作戦だ。仕方ない。

 

 

「じゃあジン達と合流するか」

 

 

「その前に一つ質問。その赤いチューブはいつ使うんだ?」

 

 

「ああこれ?ルイオスに」

 

 

「中身は何だ?とうがらし?」

 

 

「ハバネロ」

 

 

「死ぬなあいつ」

 

 

白夜叉からいただきました。ルイオスざまぁw。

 

 

________________________

 

 

ここは白亜の宮殿の最奥。闘技場のような造りになっており、上には空が見える。大きさはとても広い。

 

 

「……………」

 

 

黒ウサギは闘技場の一つの門を見つめる。この門から誰にも見つからず大樹達が入ってくるればルイオスと勝負ができる。黒ウサギはみんなが無事に来ることを願っていた。

 

 

「無駄だよ」

 

 

後ろからルイオスに声がかけられる。

 

 

「今までにこのゲームで僕に辿り着いた者は………ゼロだ」

 

 

「果たしてそうでしょうか。私たちのコミュニティは弱くありませんよ」

 

 

「どうせ辿り着いても僕には勝てない。僕の力知っているだろ?」

 

 

ルイオスは首についたペンダントを見せつける。

 

 

 

 

 

「英雄ペルセウスの偉業の証………隷属させた元・魔王」

 

 

 

 

 

「へぇ?そいつは俺たちに勝てるのか?」

 

 

 

 

 

 

 

「「!?」」

 

 

近くから声が聞こえた。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

門が勢いよく吹っ飛ぶ。吹っ飛ばした人物は。

 

 

「俺の方が飛距離長い」

 

 

「ふっ飛び方は俺の方が綺麗だろ」

 

 

十六夜と大樹がいた。

 

 

「どうして手で開けないのかしら………」

 

 

「男の子だから?」

 

 

「みなさん僕を見ないでください」

 

 

飛鳥の疑問に耀が答えるとみんなの視線がジン集まる。

 

 

「もう何も言わないわよ、あたし」

 

 

「あれは頭に風穴あけないと駄目ね」

 

 

「それでも死なないんでしょ、大樹君は」

 

 

美琴、アリア、優子は呆れていた。

 

 

「みなさん!」

 

 

「失格者が居ないだと!?部下は一体何しているんだ!!」

 

 

黒ウサギは喜ぶ。ルイオスは【ノーネーム】に失格者が0人なことに驚愕した。

 

 

「それは違うわよ。あたしとアリアは失格したわ」

 

 

美琴はルイオスに誤解を解く。

 

 

「まさか本物の【ハデスの兜】があるなんてね。油断したわ」

 

 

美琴は右手に持った兜を持って溜息を吐く。

 

 

「!?」

 

 

ルイオスは目を疑った。

 

 

(あれは完全に気配を消すほどの恩恵を持った【ハデスの兜】だぞ!?)

 

 

レプリカとは比べものにならない。その兜を見破られたことに驚愕した。

 

 

「でもあれはやりすぎだろ。俺みたいだな」

 

 

「あたしをあんたと一緒にしないで!」

 

 

「いや、相手が避けれないほどの電撃を振りまいて部屋を半壊させるとか俺じゃん」

 

 

「……………」

 

 

大樹と美琴の会話を聞いたルイオスの目が死んだ。

 

美琴は見破ったわけでなく、適当に電撃を振りいて当てただけでした。

 

 

「あの騎士、白目向いてたぞ」

 

 

「十六夜君も言わないであげて」

 

 

十六夜の言葉を優子が止める。

 

 

「さて、そろそろ戦おうぜ。あ、優子は後ろに居てくれ」

 

 

「分かったわ」

 

 

大樹は優子を後ろに下がらせ、安全地帯に移動させる。

 

 

「全員無事に帰れると思うなよ………!」

 

 

ルイオスは【ヘルメスの靴】を使って空高く飛ぶ。

 

 

「目覚めろ……」

 

 

ルイオスは首についたペンダントを引き千切る。

 

 

 

 

 

 

 

「【アルゴールの魔王】!!」

 

 

 

 

 

ルイオスは地面にペンダントを落とす。

 

 

ごおおおおおォォォ!!

 

 

ペンダントから黒い光が溢れ出す。その光の中から、

 

 

 

 

 

「ぎゃあああああァァァ!!!」

 

 

 

 

 

頭を狂わせてしまいそうな絶叫と共に悪魔が降臨した。体中に拘束具と束縛具用のベルトを巻いて、灰色の髪をなびかせる。

 

 

ギュインッ!!

 

 

アルゴールの口からどす黒いレーザー光線が上空に発射された。

 

 

「やべぇ!?」

 

 

「チッ!」

 

 

大樹は急いで美琴とアリアの手を引き、優子と黒ウサギの所に走る。十六夜は飛鳥と耀の手を引き、ジンの所に向かって走る。

 

 

「飛べない人間って不便だよね」

 

 

ルイオスは笑う。大樹と十六夜は構える。

 

 

 

 

 

「落ちてくる雲も避けられないんだから」

 

 

 

 

 

その瞬間、レーザー光線に当たった雲が石となって降って来た。

 

 

「二刀流式、【阿修羅の構え】!」

 

 

「おらあああァァ!!」

 

 

大樹は腰から二本の刀を両手に持つ。十六夜は飛翔する。

 

 

「【六刀鉄壁】!!」

 

 

ズズズズズバンッ!!

 

 

音速の速さで石となった雲を斬っていき、みんなを守る。空高くから落下して来た石はとても重かったが、大樹にとっては余裕だ。

 

 

ドゴッ!!

 

 

十六夜は降って来た石の雲を粉々に砕き、落下地点に石が降らないようにした。

 

 

「大樹さん!?」

 

 

黒ウサギが俺の名前を呼ぶ。

 

 

「大丈、夫だ……!」

 

 

「でも!ひ、左手が!」

 

 

俺の左手は肩の部分まで石化していた。刀も石になり、折れた。黒ウサギの顔が真っ青になっている。いや、まわりのみんなもだ。

 

 

「十六夜は大丈夫か?」

 

 

「ああ、何ともない」

 

 

十六夜は俺に無事だと言う。俺だけかよチクショウ。

 

 

「あいつは【アルゴルの悪魔】か」

 

 

「ああ、間違いねぇ」

 

 

十六夜の言葉に俺は肯定する。

 

 

「【アルゴルの悪魔】って?」

 

 

優子は俺を心配しながら聞く。俺は説明を始める。

 

 

「星座でペルセウス座は知ってるだろ?その星座には【アルゴル】と呼ばれる恒星があるんだ」

 

 

「そ、それがどうしたのよ?」

 

 

「まだ話は終わってないぞ、美琴。ルイオスが首にペンダントをつけていただろ。それが重要なんだ」

 

 

俺は一度言葉を区切る。

 

 

「恒星の【アルゴル】はペルセウス座の【メデューサの首】と呼ばれている場所にあるんだ」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

みんな分かったみたいだな。

 

 

「【アルゴル】は悪鬼。もしくは【アルゴール】と呼ばれている」

 

 

十六夜が俺の説明に付け足す。

 

 

 

 

 

「ルイオスは【アルゴールの魔王】を隷属させているんだ。そして【メデューサ】の力である、石化を持っている」

 

 

 

 

 

「それが…………あの化け物の正体……!」

 

 

優子はアルゴールを睨む。だが、優子の手は震えていた。

 

 

「ご明察とでも言っておこうか」

 

 

ルイオスは宙に浮いたまま話す。

 

 

「星ひとつの力を背負う大悪魔。箱庭最強種の一角、【精霊】が僕の切り札だ!」

 

 

ルイオスはニヤリッと笑う。優子はルイオスから目を逸らす。

 

 

「大丈夫だ。心配するな」

 

 

俺は優子の頭を右手で優しくポンッと撫でる。

 

 

「でも大樹君の左手が!」

 

 

 

 

 

「治ったよ」

 

 

 

 

 

「「「「「え!?」」」」」

 

 

石になった大樹の左手は元通りになっていた。まるで石化なんてなかったようなぐらいに綺麗だった。

 

 

(神の力となるとここまですごいのか)

 

 

致命傷となる傷や怪我に対して異常な回復力を見せるこの力。チートすぎる。

 

 

「大樹さんのギフトは無いはずじゃ……!?」

 

 

黒ウサギは俺の左手を見て目を疑った。

 

 

「んなことは後で話す。それよりも」

 

 

俺は立ち上がり、前に出る。そしてルイオスとアルゴールを見る。

 

 

「レティシアを返して貰うぞ、クソ野郎共」

 

 

「この………【名無し】風情があああああァァァ!!」

 

 

俺の言葉にキレたルイオスはアルゴールを俺に向かって突進させる。

 

 

「一刀流式、【風雷神の構え】」

 

 

左手に持っていた剣は使えないので、右手に持っている残り一本の剣を両手で握り絞める。

 

 

「【覇道華宵】!!」

 

 

光の速さで間合いを詰め、一撃必殺の威力を秘めた剣で斬る。

 

 

ズバンッ!!

 

 

アルゴールの腹部を斬る。重い音が響く。

 

 

「ぎゃッ!?」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

アルゴールは一瞬で後ろの壁にまで吹っ飛んだ。

 

 

「馬鹿な!?」

 

 

「余所見してんじゃねぇ!」

 

 

ルイオスが呆気に取られていると、十六夜は第三宇宙速度の速さで宙に浮いたルイオスに近づく。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

十六夜の蹴りがルイオスに当たった。とんでもないスピードで地面に落下し、激突する。

 

 

「ぐはッ!?」

 

 

ルイオスの口から血が流れる。

 

 

「き、貴様……人間か!?」

 

 

「ああ、大樹よりは人間だぜ」

 

 

「くそッ!アルゴール!!」

 

 

ルイオスの言葉に十六夜は笑みを浮かべて返答する。ルイオスは自分の隷属した魔王を呼ぶ。だが、

 

 

「あ、アルゴール……?」

 

 

返事は無い。

 

アルゴールが飛んでいった場所。巻き上がった砂埃が晴れる。

 

 

「嘘だろ………!?」

 

 

アルゴールはいた。だが、ピクリッとも動かない。

 

 

「勝負ありだ、ルイオス」

 

 

大樹は刀を鞘に直し、告げる。

 

 

「ふざけるなッ!!」

 

 

ルイオスはギフトカードから炎の弓を取り出す。

 

 

ガキュンッ!!

 

 

「ぐッ!?」

 

 

一発の銃声が鳴り響く。

 

ルイオスは手に痛みを感じ、弓を放した。弓は地面に落ちる。

 

 

ガキュンッ!!

 

 

また一発の銃声が鳴り響いた。

 

銃弾は弓に当たり、遠くに飛んでいった。

 

 

「お前……何をした……!?」

 

 

ルイオスは俺を見る。ルイオスの顔は真っ青だった。

 

 

【不可視の銃弾】

 

 

目に見えない速さで早撃ちをしたのだ。まぁ、パクッた技だけどな。

 

 

「お前……本当に面白いな」

 

 

十六夜がその光景を見て笑う。

 

 

「ルイオス。お前の負けだ」

 

 

「……くそッ」

 

 

ルイオスは悔しそうな顔をする。

 

 

「僕の負k

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃァァァ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

そこにいた全員が驚いた。

 

アルゴールは気味の悪い声で叫んでいた。

 

 

「ぎゃあああああァァァ!!」

 

 

「そうだ……それでいいアルゴール!ハハ、まだ終わってないぞ!!」

 

 

アルゴールはどす黒いオーラを放出しながら立ち上がった。ルイオスは笑いながらアルゴールに近づく。

 

 

「行け!アルゴール!!【名無し】を叩き潰せ!」

 

 

「待てルイオス!!」

 

 

俺はルイオスに向かって走る。なぜなら、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アルゴールはルイオスに向かって拳を振り上げていたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?」

 

 

「ぎゃあああああァァァ!!」

 

 

ドゴッ!!

 

 

間一髪の所で俺はルイオスに突進して、一緒にかわした。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

アルゴールの叩きつけた拳は地面に振り下ろされた。地面は割れていき、辺り一帯を揺らす。

 

 

「何であんなに元気になってんのよ!?」

 

 

「危ない優子!」

 

 

優子はアルゴールの豹変振りを見て、驚愕した。耀は運動神経がない優子を地震から守る。

 

 

「十六夜!全員ここから脱出させろ!」

 

 

俺はルイオスを十六夜に向かって投げる。

 

 

「んなッ!?」

 

 

「お前はどうするつもりだ大樹!」

 

 

ルイオスは投げられて、驚愕する。十六夜はルイオスの服の襟を掴み、キャッチする。

 

 

「俺の一番強い技でアルゴールをぶっ飛ばす」

 

 

「………いいぜ。その役くれてやる」

 

 

「サンキュー」

 

 

十六夜はみんなと一緒に脱出する準備を始めた。

 

 

「ぎゃあああああァァァ!!」

 

 

「ったくうるせぇ奴だ…………ん?」

 

 

俺はアルゴールを見て異変に気付いた。

 

 

 

 

 

アルゴールの体中に拘束具と束縛具用のベルトを巻いてたモノが全て消えていたのだ。

 

 

 

 

 

(待て。一体誰がこんなことを……?)

 

 

ルイオスにそんな暇はなかった。俺の攻撃で外れた?いや、そんな馬鹿な。

 

 

「第三者がやった………」

 

 

それしか考えられなかった。

 

 

「ぎゃあああああァァァ!!」

 

 

「………今はそれどころじゃないか」

 

 

俺は一本の刀を両手で握る。

 

 

「一刀流式、【紅葉鬼桜の構え】」

 

 

全ての力を一本の刀に集中させる。

 

 

「ぎゃあああああァァァ!!」

 

 

ギュインッ!!!!

 

 

アルゴールは口から赤いレーザー光線を出す。さきほどのレーザー光線とは格が違う。

 

 

だが、それがどうした。

 

 

そんなモノ、貫いてやる。

 

 

 

 

 

「【一葉(いちよう)・風鈴閃(ふうりんせん)】!!」

 

 

 

 

 

刀を前に突き出し、光の速度で駆け抜ける。

 

刀の先端にレーザー光線が当たる。

 

 

パキンッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レーザー光線が砕けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおおおおおおォォォ!!」

 

 

そのままレーザー光線を破壊しながらアルゴールに向かって突進する。

 

 

ドスッ!!

 

 

「ぎゃあッ!?」

 

 

刀がアルゴールに突き刺さる。

 

そして、そのまま光の速度で走り抜ける。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

アルゴールと共に後ろの壁にぶち当たった。闘技場が崩壊していく。そして、

 

 

 

「ぎゃ……ぁ……」

 

 

 

「はぁ、はぁ……」

 

 

 

俺は肩を上下させ、呼吸を整える。アルゴールは地面に倒れ、刀を引き抜く。

 

 

 

アルゴールは黒い光の粒子となり、消えた。

 

 

 

________________________

 

 

 

「…………ぅん?」

 

 

「だ、大樹さん!?」

 

 

目が覚めると俺の目の前には黒ウサギの顔があった。

 

 

「…………我は誰だ?」

 

 

「一人称が変わってる!?」

 

 

「冗談だ。何で俺はここで寝てんだ?」

 

 

アルゴール倒して…………あれ?その先の記憶が全く思い出せない。

 

 

「大樹さんは白亜の宮殿を壊して生き埋めになっていたんですよ!」

 

 

「はぁいいいい!?」

 

 

嘘だろ!?何があった俺!?

 

 

「何日寝ていたんだ俺は!?」

 

 

「えっと、まだ12時間は経ってないと思いますが……」

 

 

「…………え?」

 

 

「ゲームが終了して12時間は経ってないと言っています……」

 

 

「 (´・ω・`)? 」

 

 

「本当です。黒ウサギは嘘を吐きません」

 

 

吐いてほしかった。

 

 

「まぁいいか。慣れたわ」

 

 

「それとですね……」

 

 

黒ウサギは俺に向かってお辞儀をした。

 

 

「助けてくれt

 

 

ペチンッ

 

 

「ふぎゃッ!?」

 

 

俺は黒ウサギに凸ピンをかました。

 

 

「何するのですか!?せっかく黒ウサギがちゃんとお礼を!」

 

 

「いらねぇよ」

 

 

「え?」

 

 

俺は笑って答える。

 

 

「コミュニティの仲間を助けるぐらい当たり前だ。当たり前なことをしただけ。礼なんかいらねぇよ」

 

 

「大樹さん……」

 

 

黒ウサギも笑う。

 

 

「俺はこのコミュニティが大好きだ。守りたい。幸せに導きたい」

 

 

俺は告げる。

 

 

 

 

 

「そんな場所に居たいから、これからもよろしくな」

 

 

 

 

 

「YES!黒ウサギは大樹さんを歓迎します!」

 

 

 

 

 

黒ウサギは元気に答えてくれた。

 

 

 

________________________

 

 

 

【ペルセウス】とのギフトゲームが終わって3日後。

 

 

 

「ほい、ハンバーグ」

 

 

「「「「「わぁ!!」」」」」

 

 

俺は久しぶりにキッチンで料理をしていた。俺の料理を見て子供たちは目を輝かせる。

 

 

「どうして肉を使っていないのに肉の味がするのだ……」

 

 

「おいレティシア。つまみ食いするな」

 

 

レティシアは俺が作った白いハンバーグを食べていた。

 

 

「メイドがそんなことするなよ」

 

 

「私としては大樹がメイドになってほしい」

 

 

「そんなフリフリな服は俺には似合わん」

 

 

レティシアは純白のメイド服を着ていた。

 

何故レティシアがメイドになったかというと……

 

 

「十六夜、飛鳥、そして耀。ものすごいこと言い出したなあいつら」

 

 

「私は今回の件で恩義を感じている。家政婦をしろというなら喜んでやるよ」

 

 

あの問題児三人衆がレティシアに向かって「今日からよろしく、メイドさん」と言いやがった。それをレティシアは受け入れた。よってこの状況。

 

元・魔王で【箱庭の騎士】と呼ばれた方がこんなことでいいのか?

 

 

「メイド服も悪くないな」

 

 

レティシアは笑顔でその場を一回転。いや、良いわ。守りたい、この笑顔。

 

 

「はい、チャーハン」

 

 

「待て!?白ごはんどころか小麦粉もないのにどうやって作った!?」

 

 

俺の料理を見て、レティシアは驚愕した。

 

 

________________________

 

 

 

「ふがふふがふふはんが?」(何で外なんだ?)

 

 

「食べながらしゃべるな」

 

 

美琴にチョップされた。地味に痛い。

 

 

「何で外で食事するんだ?」

 

 

歓迎会は星空がよく見える夜の水樹の貯水池付近で行われていた。わざわざ外に出る理由が分からなかった。

 

 

「黒ウサギが外に来てって」

 

 

「それにしても寒いわ」

 

 

耀が理由を説明する。どうやら発案者は黒ウサギみたいだ。飛鳥は手に息を吹きかけて手を温める。

 

 

「俺のパーカー着るか?」

 

 

「いいのかしら?」

 

 

「ああ、俺は大丈夫だ」

 

 

俺はTシャツの上に着ていた黄色いパーカーを飛鳥に着させる。

 

 

「ありがとう大樹。でもそのTシャツは脱いでほしいわ」

 

 

「断る」

 

 

俺は『一般人』と書かれたTシャツを着ていた。

 

 

「何枚あるのよ……」

 

 

「毎日作ってます」

 

 

「はぁ………」

 

 

「大樹は裁縫もできるのか」

 

 

美琴が呆れていた。だが、俺は衝撃の事実を伝えた。その瞬間、美琴は溜め息をついた。レティシアは俺を尊敬の眼差しで見ていた。いやいや、照れますなぁ。

 

 

「それでは新たな同志を迎えた歓迎会を始めます!」

 

 

黒ウサギはみんなに聞こえるように大きな声で言う。歓迎会は今始まったみたいだ。ごめん。もう食ってた。

 

 

「ねぇ黒ウサギ。何で外で歓迎会するの?」

 

 

俺たちが一番疑問に思っていたことをアリアが代表して尋ねる。

 

 

「先日打倒した【ペルセウス】のコミュニティですが、一連の騒動の責任から」

 

 

黒ウサギは一度言葉を区切る。

 

 

 

 

 

「あの空から旗を下ろすことになりました」

 

 

 

 

 

「「「「「「ん?」」」」」

 

 

黒ウサギは星が輝く空に指をさす。

 

 

「……おい黒ウサギ。まさか……」

 

 

十六夜はその意味を理解したようだ。俺も分かった気がする。

 

 

「みなさん!箱庭の天幕にご注目ください!」

 

 

 

 

 

夜の空に流星群が現れた。

 

 

 

 

 

ペルセウス座を消して。

 

 

 

 

 

「綺麗……」

 

 

優子はその光景に目を奪われた。いや、優子だけでない。みんなだ。

 

 

「ハハ、やっぱ箱庭はすげぇな」

 

 

十六夜は笑う。

 

 

「なぁ、大樹」

 

 

「賛成」

 

 

「やっぱ分かってたか」

 

 

十六夜は俺に質問しようとするが、俺には分かっていた。いやー、考えてることは同じだな。

 

 

 

 

 

「あそこに俺たちの旗を飾る」

 

 

 

 

 

「正解」

 

 

「「「「「!」」」」」

 

 

俺の答えに十六夜は拍手する。みんな呆気を取られた。

 

 

「じゃあ目標は………」

 

 

俺は右手を高く上げる。

 

 

 

 

 

「俺たちの旗をあの星空に飾ることだ!!」

 

 

 

 

 

「「「「「おぉッ!!」」」」」

 

 

 

みんなも右手を挙げる。

 

 

みんなの心が一つになったような気がした。

 

 

________________________

 

 

 

「まさか覚醒した【アルゴルの悪魔】を倒すとは………」

 

 

一人の青年がコミュニティ【ノーネーム】を見ながら静かに呟く。

 

 

「最強の神の【保持者】、か………果たしてそうかな?」

 

 

青年は笑う。

 

 

 

 

 

「その力が冥府の神の【保持者】に勝てるのか?」

 

 

 

 

 

そして、青年は姿を消す。

 

 

 




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甦る先祖

後書きに今後の話について書きます。


「おはよう、みんな」

 

 

「おはよう飛鳥」

 

 

食堂にはみんな揃っており、飛鳥が最後だった。耀は一番はやく返す。

 

 

「おはよう。遅かったわね。どうしたの?」

 

 

アリアが飛鳥に質問する。

 

 

「私、二度寝をしてみたかったのよ」

 

 

「感想は?」

 

 

「首が痛いわ」

 

 

飛鳥は十六夜に向かって首を横に振る。だが、途中で痛みが走り、首を擦る。

 

 

「そういえば大樹と黒ウサギは?ここには居ないみたいけど?」

 

 

「二人ならしばらく帰ってきませんよ」

 

 

飛鳥の疑問にジンが答える。

 

 

「どういうことだ?」

 

 

「これです」

 

 

ジンは十六夜に一枚の紙を渡す。

 

 

『コミュニティのみんなへ

 

一週間くらい修業してきます。お土産も買ってくるから。

 

大樹より』

 

 

「アタシたちは知っていたわ」

 

 

優子がみんなに向かっていう。アタシたちは美琴、アリア、優子のことをさす。

 

 

「『俺はまだ弱いから修業してくる』って昨日の夜話したわ」

 

 

美琴が大樹が修業することを知っていた。

 

 

「じゃあ何で黒ウサギも居ないの?」

 

 

耀の一言で美琴、アリア、優子の動きが止まった。

 

 

「黒ウサギは大樹さんの修業を手伝いたいから休みが欲しいっと言っていました」

 

 

「あ、当たり前よ。それ以外に何があるのよ」

 

 

ジンの言葉を聞き、アリアは動き出す。他の二人もうなずく。

 

 

 

 

 

「二人っきりってデートでもしに行くのか、あいつら?」

 

 

 

 

 

爆弾が投下された。もちろん、十六夜はわざと言った。

 

 

バチバチッ

 

 

「……アリア、優子」

 

 

ガチンッ

 

 

「分かってるわ」

 

 

パキパキッ

 

 

「帰ったら話を聞きましょう」

 

 

美琴の回りに青い電気が走る。アリアは拳銃の整備を始めた。優子は手の準備体操。

 

 

「十六夜、これは…」

 

 

「何も言うな春日部。やり過ぎたと俺ですら思ってる」

 

 

一週間後、彼は生きているのだろうか。

 

 

「あら、このパン美味しいわね」

 

 

「大樹にパンの作り方を教えてもらったのだよ」

 

 

飛鳥はレティシアの作った朝食を食べていた。レティシアは褒められ、ドヤ顔をした。

 

 

________________________

 

 

 

「ッ!?」

 

 

「ど、どうしました?」

 

 

「いや………何か嫌な予感がした………」

 

 

全身に鳥肌が立つ。あれ、何か一週間後にヤバいことが起きそうな気がする。

 

 

「それにしても……」

 

 

俺は目の前にある山を見上げる。

 

 

「雲、突き抜けてるな」

 

 

「大樹さん。これ、登るのですか………?」

 

 

俺は黙ってうなずく。黒ウサギは肩を落とし、落ち込む。

 

 

「一体いつになったら着くのですか!?」

 

 

「俺が聞きたいわ!」

 

 

「もうどれだけ歩いたと思っているのですか!?」

 

 

「………20km?」

 

 

「28kmです!」

 

 

細かッ。

 

 

「一体その方はどこに居るのですか……」

 

 

「知らん。とにかく、この山登るぞ」

 

 

「登る?この山を?」

 

 

「ああ、登る」

 

 

「この山越えても何も無いぞ」

 

 

「何でそこまで知っているんだよ黒ウs」

 

 

俺は言葉に詰まった。

 

黒ウサギは俺の目の前にいて、何もしゃべっていない。それにしゃべり方も違う。

 

俺はゆっくり後ろを振り向く。

 

 

「…………誰?」

 

 

「ん?アタイかい?」

 

 

俺の後ろに赤い着物を着た女性がいた。年は二十代前半。いや、もっと若いか?

 

髪は赤く、腰まで長く伸びたポニーテールをしていた。

 

俺は驚愕した。

 

 

 

 

 

俺に気付かれずに近づくなんて。

 

 

 

 

 

「あ、あなたは?」

 

 

黒ウサギも驚いていた。自慢のウサ耳にも気付くことが出来なかったことに。

 

そして、女性は俺たちをさらに驚かせる言葉を言う。

 

 

 

 

 

「アタイはこの近くに住んでいる、楢原 姫羅だ」

 

 

 

 

 

「「!?」」

 

 

俺と黒ウサギは目を見開いた。やっと見つけた。

 

 

「そういうアンタらの名前は?」

 

 

両手を組んで、俺たちを見る。

 

 

「黒ウサギといいます」

 

 

「初めまして先祖様。楢原 大樹だ」

 

 

「……………」

 

 

黒ウサギは礼儀正しいお辞儀をする。俺も一応頭を下げた。仮にも先祖だしな。俺の言葉を聞き、姫羅は静かに驚く。

 

 

「なるほど!アタイの孫か!」

 

 

「正確には曾が40個以上は付くぞ」

 

 

そう、この女性が楢原家の先祖。俺の技の原点である人物だ。小さい頃、先祖の事を聞いて、男性ではないことは知っていた。

 

【ノーネーム】の書庫で見つけた姫羅について書かれた本が見つかった。

 

姫羅は昔、俺のいた世界からこの箱庭に招待された人物だったのだ。

 

 

(まさか本当に居るとは思わなかったな)

 

 

そして、姫羅に本題を話す。

 

 

「俺はあんたに鍛えてもらいに来たんだ」

 

 

「ヤダ☆」

 

 

「おい」

 

 

「嘘だよ。とりあえず近くにアタイの家があるから」

 

 

だが、近くに建物は見えない。

 

 

「………どこだよ」

 

 

「案内してやるから、ちゃんとついて来な!」

 

 

そういって姫羅は、

 

 

 

 

 

音速を越えたスピードで飛翔した。

 

 

 

 

 

「「なッ!?」」

 

 

俺と黒ウサギは驚愕する。姫羅はとんでもないスピードで山を登っていく。

 

 

「やべぇ!?」

 

 

このままでは姫羅を見失ってしまう。

 

 

「きゃッ!?」

 

 

「しゃべるな!舌噛むぞ!」

 

 

俺は黒ウサギをお姫様抱っこして、音速のスピードで追いかける。

 

 

「だ、大樹さん!」

 

 

「何だ!?」

 

 

「このくらいのスピードなら黒ウサギも出せます!」

 

 

「分かった!じゃあ今からスピードを上げる!!」

 

 

「へ?」

 

 

黒ウサギは下ろしてほしかったが、大樹はさらにスピードを上げた。

 

 

「ッ!?」

 

 

黒ウサギはそのスピードに驚愕する。

 

そして、姫羅の隣に並んだ。

 

 

「おお!やるじゃないか、孫!」

 

 

「うるせぇ!このアホ先祖!」

 

 

速すぎて黒ウサギが今にも泣きそうじゃねぇか!

 

________________________

 

 

「もう帰りたいです………」

 

 

「いやマジで悪かった」

 

 

俺は黒ウサギに頭を下げる。黒ウサギは両手を組んで俺に説教し始めた。

 

俺たちは山の頂上より少し下にある屋敷の前にいた。

 

 

「なかなかやるじゃないか。さすがアタイの孫だね」

 

 

「その孫って呼び方やめろ。大樹って呼べ」

 

 

姫羅は説教中の俺に話しかける。人にはちゃんと名前があるんだぞ。

 

 

「じゃあ大樹と黒ウサギ。アタイの家で話を聞くよ」

 

 

ガチャッ

 

 

そう言って姫羅は屋敷の扉を開ける。俺と黒ウサギは中に入る。

 

 

「「…………汚なッ」」

 

 

「この家はアタイには大きすぎるんだよ」

 

 

扉を開けるとまず埃まみれになった部屋があった。いや、玄関か。でかいな。

 

 

「アタイの部屋はこっちだよ」

 

 

「いつから掃除していない、これ」

 

 

「10年」

 

 

「これは酷すぎですよ………」

 

 

俺の質問にとんでもない返答が返ってきた。黒ウサギはドン引き。

 

 

ガチャッ

 

 

長い廊下を歩いたその先に扉があった。姫羅はその扉を開ける。

 

 

「ようこそ、アタイの家に」

 

 

「それ玄関で言え」

 

 

今まで見た汚い部屋や廊下はなかったことにしたいらしい。

 

扉を開けたその先の部屋は和室になっていた。この部屋だけはかなり綺麗にしてあった。靴を脱ぎ、あがる。

 

 

「さて、改めて自己紹介をしよう。コミュニティ【神影(みかげ)】の長、楢原 姫羅だ」

 

 

「【神影】ですか?」

 

 

黒ウサギは姫羅の言葉を聞き、呟く。

 

 

「有名なのか?」

 

 

「いえ、聞いたことのないコミュニティだと思いまして……」

 

 

「有名じゃなくて悪かったね」

 

 

姫羅は黒ウサギの言葉を聞き、拗ねる。

 

 

「何でここに住んでるんだ?わざわざ高い山の上に」

 

 

「………負けたからだよ」

 

 

俺の質問に姫羅は答える。

 

 

「アタイらは負けたからここにいるんだよ」

 

 

「負けた?誰に」

 

 

俺は姫羅に質問する。姫羅は目を伏せて言う。

 

 

「魔王だ」

 

 

「「ッ!」」

 

 

俺と黒ウサギは息を飲む。

 

 

「3年前、アタイらのコミュニティは魔王に襲われた。仲間もほとんど死んでしまった」

 

 

姫羅は告げる。

 

 

「弱いアタイのせいで」

 

 

その声は怒りの感情は無かった。ただ、悲しみに満ち、絶望した声だった。

 

 

「それに、魔王のゲームはまだ終わっていないんだ」

 

 

「何だと!?」

 

 

俺は姫羅の言葉に驚愕した。まだ終わっていないだと!?

 

 

「これを見な」

 

 

姫羅は一枚の黒い契約書類(ギアスロール)を着物の袖から取り出す。

 

 

 

『ギフトネーム 存在証明

 

クリア条件 正体を暴くこと。

 

クリア方法 謎を解き、正体を暴く。

 

敗北条件 ホスト側に参加プレイヤー全てが殺害されること。ホスト側が全ての参加プレイヤーを殺害すると敗北となる。

 

 

宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名のもと、ギフトゲームに参加します。

 

【神影】印』

 

 

 

「まさか……これだけ……!?」

 

 

俺は小さな声で尋ねる。姫羅はうなずいた。

 

 

(明らかに情報不足だ……!)

 

 

分かるのは謎を解くということ。それだけだ。

 

 

「黒ウサギが箱庭の中枢に!」

 

 

「ダメだ。余計なことはしないほうがいい」

 

 

俺は黒ウサギがウサ耳に手を伸ばそうするので、やめさせた。

 

 

「姫羅は多分この状況を維持したいんだろ。余計なことをすれば姫羅はまた魔王に襲われる」

 

 

「……………」

 

 

姫羅は黙っていた。

 

 

「で、ではどうすれば!」

 

 

「何もしなくていいんだよ。アタイは今の生活で満足してるから」

 

 

そう言っては微笑む。

 

 

「大樹。こんなアタイの技を習得したいのかい?」

 

 

姫羅の目は真剣だった。

 

 

「俺は強くなりたい。あんたの……先祖の技を教えてくれ」

 

 

俺も真剣な目で返す。

 

 

「さすがアタイの子孫だ」

 

 

こうして、俺の修業が始まった。

 

 

________________________

 

 

 

次の日

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

「うおッ!?」

 

 

「まだ終わっていないよ!」

 

 

俺と姫羅は戦っていた。姫羅の攻撃はマシンガンのように次々と繰り出される。

 

そして、姫羅は音速を越えたスピードで俺の背後を取る。

 

 

「【無刀の構え】!」

 

 

姫羅は右手の拳が俺の背中に向けられる。

 

 

「【黄泉送り】!!」

 

 

ドゴッ!!

 

 

「ッ!?」

 

 

背中に強い衝撃が襲い掛かる。俺は息をすることもできず吹っ飛ばされる。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

目の前にあった山に激突した。

 

 

「いってぇ……」

 

 

「アタイの勝ちかい?」

 

 

「ハッ、まだだッ!!」

 

 

俺は鼻で笑い、姫羅に向かって突進する。

 

 

「二刀流式、【阿修羅の構え】!」

 

 

俺は腰にぶら下げた二本の刀を両手に持つ。もう一本の刀は折れてしまったので、姫羅からの借り物だ。

 

 

「二刀流式、【阿修羅の構え】」

 

 

「何ッ!?」

 

 

姫羅は山吹色のギフトカードから二本の刀を取り出し、両手に持つ。そして、同じ【構え】をする。

 

 

「【六刀暴刃】!!」

 

 

「【六刀鉄壁】!」

 

 

ガキンッ!!

 

 

俺は刀から六つのカマイタチを姫羅に向かって撃ち出す。だが、姫羅は全てのカマイタチを防ぐ。

 

 

「ッ!」

 

 

ガキュンッ!!

 

 

右手に持った刀を鞘に直し、服の内側に入れてある銃。コルト・パイソンで【不可視の銃弾】を繰り出す。

 

 

「遅いぞ」

 

 

ガチンッ!!

 

 

姫羅は刀を少しずらして銃弾を弾いた。

 

 

「二刀流式、【紅葉鬼桜の構え】」

 

 

「……………」

 

 

俺は刀を十字に重ねる。姫羅は俺の構えを見て、静かに驚く。

 

 

「【双葉・雪月花】!!」

 

 

そして、光の速度で姫羅を斬りかかった。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

姫羅の後ろにある山を十字形に一気に抉り取り、粉砕する。山の頂上が無くなった。山の標高が低くなった。

 

 

(うわッ!?やりすぎた!!)

 

 

俺は急いで辺りを見回す。だが、居ない。

 

 

「……………ッ!」

 

 

ガキンッ!!

 

 

「ほう、やっとアタイの気配を悟ったか」

 

 

後ろから姫羅が斬りかかって来た。俺は手を背中に回して受け止める。

 

 

「気配を消すギフトだな」

 

 

「さぁどうかな?」

 

 

俺は音で分かった。微かに聞こえたんだ。

 

 

 

 

 

姫羅の着ている着物が擦れる音を。

 

 

 

 

 

「何で気配が無いんだよ!」

 

 

「全てを研ぎ澄ますんだ!」

 

 

「研ぎ澄まし過ぎて3km先でコインが落ちても聞こえるわ!」

 

 

「…………化け物?」

 

 

「よーし、ぶっ飛ばす!俺の言われたくない言葉ランキング5に入る言葉を言いやがったテメェを!」

 

 

俺は構える。問答無用。本気。超本気。ウルトラスーパーデラックス超本気。

 

 

「この貧乳が!お前のせいで俺の姉は貧乳だぞこの野郎!」

 

 

「あっは!久々にキレたぞアタイの子孫よ!」

 

 

姫羅は両手に刀を持って構える。そして、同時に動き出す。

 

 

「「くたばれえええええェェェ!!」」

 

 

 

 

 

「大樹さん!姫羅さん!おにぎりとお茶を持ってきましたよ!」

 

 

 

 

 

「「わーい!」」

 

 

そう言って俺は刀を鞘に収め、姫羅は刀をギフトカードに直す。そして、黒ウサギのところへ直行。

 

黒ウサギが昼飯持ってきたので喧嘩終了。休憩タイム。

 

俺たちはビニールシートを引き、靴を脱いで座る。

 

 

「大樹さん、調子はどうですか?」

 

 

「打倒先祖」

 

 

黒ウサギからお茶を貰い、豪快に飲む。

 

 

「大樹。さっきの技は何だ?アタイの知らない技があったんだが?」

 

 

「自作……共作?とにかく俺の大切な人と考えた技だよ」

 

 

ここでの大切な人とは双葉のことだ。

 

 

「あの技は素晴らしいと思う。だが」

 

 

姫羅は俺の腕を軽く叩いた。

 

 

「ッ!」

 

 

それだけで俺は持っていたおにぎりを落とした。

 

 

「あの【構え】は諸刃だ。使いすぎたら体を壊すぞ。最悪の場合……死ぬぞ?」

 

 

姫羅は声を低くして言う。黒ウサギは姫羅の言葉を聞き、息を飲む。

 

 

「分かってる。あれは切り札にしておく」

 

 

「何も分かっていないな。その切り札が相手に破られたら死ぬって言っているんだ」

 

 

「……………」

 

 

何も返せなかった。

 

 

「今日はここまでにしておこう。アタイは部屋に戻るよ」

 

 

そう言って姫羅は屋敷に帰って行った。

 

 

「大樹さん」

 

 

姫羅が居なくなった後、黒ウサギが俺の手を握った。

 

 

「大樹さんは私たちが大切だと言ってくれました」

 

 

黒ウサギの綺麗な瞳が俺の目を見る。

 

 

「ですから、大樹さんに大切なことを言っておきます」

 

 

黒ウサギは告げる。

 

 

 

 

 

「私も大樹さんが大切な人です!だから、自分を傷つけるようなことはしないでください!」

 

 

 

 

 

「ッ!」

 

 

黒ウサギの大声に驚く。

 

 

「黒ウサギと約束してください」

 

 

「な、何を?」

 

 

「この技を使わないことを」

 

 

「それは………」

 

 

はいっとすぐに答えれなかった。この技は俺の使える技で最強の技。それを禁止されるのは痛い。

 

 

「なるべく使わないようにするよ」

 

 

「ダメです!使わないでください!」

 

 

どうやら黒ウサギは考えを捻じ曲げる気は無いらしい。

 

 

「………俺にメリットが無いだろ?だから無効」

 

 

「じゃあ黒ウサギが何でもしてあげます!」

 

 

「ぶふッ!?」

 

 

俺はお茶を噴き出した。な、何でもだとおおおおおォォォ!?

 

 

「な、何でも……!」

 

 

「ッ!?いやらしいことはダメです!」

 

 

「何ッ!?」

 

 

黒ウサギは顔を赤くして拒否する。この好機を逃してたまるか!

 

 

「なら無効な」

 

 

「なッ!?」

 

 

黒ウサギはやられた!みたいな顔をする。

 

 

「で、では手を繋ぎましょう!」

 

 

「断りたくないけど断る!」

 

 

「じゃあ断らないでください!」

 

 

「せめて………せめて………!」

 

 

そうだ!行くんだ俺!ここでエロいことをするんだ!

 

 

「…………膝枕だ!」

 

 

「…………へ?」

 

 

ぎゃあああ!!言えなかった!俺には無理だったあああ!!

 

 

「わ、分かりました。少しだけですよ……」

 

 

「お、おう」

 

 

俺は黒ウサギの膝に頭を乗せる。

 

 

「どうでしょうか………?」

 

 

「やわr

 

 

バシンッ!!

 

 

「言わないでください!」

 

 

顔を真っ赤にさせた黒ウサギに頭を叩かれる。えぇ………理不尽すぎるだろ………。

 

 

「………寝ても?」

 

 

「………いいですよ」

 

 

黒ウサギに許可を取り、俺は目を瞑る。

 

 

「………分かったよ」

 

 

「え?」

 

 

俺は右手の小指を立てる。

 

 

「約束する。違う技で頑張るよ」

 

 

「大樹さん……!」

 

 

黒ウサギも右手の小指を立てて、俺の小指と絡めた。

 

 

「約束です」

 

 

「おう。約束な」

 

 

俺と黒ウサギは笑い合い、俺は眠りについた。

 

________________________

 

 

 

【大樹の修業日記】

 

 

『修業二日目』

 

屋敷を綺麗に掃除した。玄関などの埃を隅々ふき取った。時々、〇〇や〇〇〇〇などがあったが適切な処理をした。ヤバかった。

 

もちろん、午後にはしっかり修業をした。『アタイが居なくなった後にいちゃいちゃしやがって!』と言っていたが、無視した。

 

 

 

『修行三日目』

 

山の中に温水を見つけた。

 

姫羅と戦っていると、山がどんどん削れていく。その時に、洞穴を見つけ、奥には温水があったのだ。天然だ。もちろん、入ることにした。だが、『大樹さんは出て行ってください!』黒ウサギと姫羅に拒否された。まぁ当たり前だが。

 

だがしかし!ここで諦めるわけがない!

 

俺は気配を消し、忍び込む。そして、俺は見た。

 

黒ウサギn…………………※赤い液体が染み込んで文が読めない。

 

姫羅も居たが、相変わらず貧n…………※ページが破られている。

 

 

 

『修行四日目』

 

姫羅がギフトカードから刀だけでなく、槍、銃、大剣、弓、斧などを取り出し、攻撃して来やがった。

 

姫羅は多くの武器を使いこなすことで力を発揮するらしい。自分で言ってた。俺は苦戦を強いられることになった。さすが先祖だと思った。

 

修業終わり、満身創痍になった。体中包帯で巻かれている。最近包帯に巻かれている自分が怖い。その日、温泉は地獄だった。

 

明日の修業で倍返しだ。

 

 

『修行五日目』

 

 

 

 

 

 

………魔王のゲーム。謎を解いてしまった。

 

 

 

 

 

とても後悔した。

 

 

 

『修行六日目』

 

修業に身が入らず、今日は早く修業をやめた。

 

何故。どうして。

 

昨日のことが頭でいっぱいになり、パンクしそうだ。

 

 

夜。眠れない。そんな時、俺は台所に行って水を飲もうと部屋を出た。

 

一つの部屋に明かりがまだついている部屋があった。

 

俺はその部屋をそっと覗く。

 

 

俺は目を疑った。

 

 

その光景を見て、しばらく動けなかった。だが、力を入れて自室に戻る。

 

俺は決意した。

 

 

明日で最後の修業だ。そして、

 

 

 

 

 

これでお別れだ。

 

 

 

 

 

ここで日記は終わっていた。

 

 

________________________

 

 

俺と姫羅は向かい合っていた。近くには黒ウサギが見学している。

 

 

「もういいのか?今度こそ集中できる?」

 

 

「ああ。できる」

 

 

「そう。じゃあ始めるぞ」

 

 

姫羅は山吹色のギフトカードから刀を取り出す。

 

 

「なぁ姫羅」

 

 

俺は真剣な目で言う。

 

 

 

 

 

「魔王の謎。解いたぞ」

 

 

 

 

 

「え?」

 

 

「ッ!?」

 

黒ウサギは驚く。だが、姫羅の顔色が一瞬にして変わった。

 

 

「姫羅。あの契約書類………」

 

 

姫羅の顔色なんか気にせず、構わず続ける。

 

 

「誰の何だ?」

 

 

「な、何を言っている。魔王だろ」

 

 

「違うな」

 

 

俺は姫羅の言葉を否定する。

 

 

「あれを書いた人物は………」

 

 

俺は告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前だ、楢原 姫羅」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

 

「嘘ッ!?」

 

 

姫羅の顔が真っ青になった。黒ウサギは口を抑える。

 

 

「もう一度確認してみよう。ギフトゲームを」

 

 

俺は姫羅を見る。姫羅は静かに着物の裾から黒い羊皮紙の契約書類を出す。

 

 

 

『ギフトネーム 存在証明

 

クリア条件 正体を暴くこと。

 

クリア方法 謎を解き、正体を暴く。

 

敗北条件 ホスト側に参加プレイヤー全てが殺害されること。ホスト側が全ての参加プレイヤーを殺害すると敗北となる。

 

 

宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名のもと、ギフトゲームに参加します。

 

【神影】印』

 

 

「まずおかしい点から説明するぞ」

 

 

俺は契約書類に指さす。

 

 

「まずこれには参加プレイヤーが誰なのか。ホスト側のプレイヤーが誰なのか記されていないんだ」

 

 

「でもそれは謎解きに関係あるんじゃないでしょうか?」

 

 

「そうだな。でもまだあるんだ」

 

 

黒ウサギが言っていることには一理ある。

 

 

「ホスト側の勝利条件。それは何だ?」

 

 

「え?参加プレイヤーを殺害…………あッ!」

 

 

黒ウサギは驚愕した。

 

 

「書かれていません!」

 

 

「正解だ」

 

 

この紙には書かれていないのだ。

 

 

「じゃあ何故?という話になるがまだおかしな点がある」

 

 

「………………」

 

 

姫羅は一言も喋らない。

 

 

「最後の印だ」

 

 

「そ、それがですか?」

 

 

「ここには普通、魔王のコミュニティの名前が入るんだよ。ここの屋敷に魔王とのギフトゲームに関する資料があった」

 

 

俺は右手に分厚い紙の束を持つ。これは掃除している時に見つけたモノだ。

 

 

「では………この契約書類は!」

 

 

「コミュニティ【神影】が作ったんだ」

 

 

俺と黒ウサギは姫羅を見る。

 

 

「それがどうしたんだい?アタイにはわかr

 

 

「じゃあ教えてやるよ」

 

 

俺は姫羅の発言を被せる。

 

 

「『謎を解き、正体を暴く』と書かれている『謎』とはコミュニティ【神影】。『正体』とは姫羅を指しているんだよ」

 

 

俺は説明を始める。

 

 

「神影とは『御影』を変えた言葉だ。『御影』は神や貴人の霊魂という意味があるが………」

 

 

俺は顔を真っ青にした姫羅に向かって告げる。

 

 

 

 

 

「死んだ人の姿………そう意味もあるんだ」

 

 

 

 

 

「そんな………!?」

 

 

黒ウサギの目には涙があった。それでも俺は続ける。

 

 

「これが『謎』を解くということだ。そして、楢原 姫羅」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前の『正体』は………【死んだ亡霊】だ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………嘘、ですよね?」

 

 

黒ウサギが姫羅の手を掴む。涙を流しながら。

 

 

「嘘だと言ってください!」

 

 

「………大樹」

 

 

姫羅が口を開く。

 

 

 

 

 

「正解だ」

 

 

 

 

 

姫羅はそう言って、微笑む。

 

 

「アタイは三年前に死んだ」

 

 

姫羅は小さな声で言う。

 

 

「アタイは復讐をしたかったかもしれない。技を伝えて、ね」

 

 

姫羅は右手に刀を持つ。

 

 

「でもいいの。そんなことに使うために技を伝えるのはダメなのよ」

 

 

そして、ギフトカードから銃を取り出す。長さは70cmはある大きな銃だ。

 

 

「だから、違う目的のために伝える」

 

 

左手に銃を持つ。

 

 

 

 

 

「大樹!アタイの技で大切な人を救いな!アタイの全部を!何もかも教えてやるから!」

 

 

 

 

 

姫羅は俺に刀と銃を向ける。

 

 

「ああ!言われなくてもそのつもりだ!」

 

 

俺は両手で一本の刀を持つ。

 

 

「右刀左銃(うとうさじゅう)式、【雅(みやび)の構え】!」

 

 

姫羅は右手の刀を逆手に持ち、一回転する。

 

 

「【竜巻ガンライズ】!!」

 

 

ズバンッ!!

 

 

ガキュンッ!ガキュンッ!ガキュンッ!

 

 

姫羅は小さな竜巻を起こし、竜巻の中に銃弾を撃ち込んだ。竜巻は俺に向かって突き進む。

 

 

「ッ!」

 

 

俺は横に避け、姫羅に突進する。

 

 

ドスッ!!

 

 

「がッ!?」

 

 

肩に痛みが走った。

 

俺は急いで横に飛ぶ。

 

 

ドスッ!ドスッ!!

 

 

地面に2発の銃弾が刺さった。

 

 

「まさか……!?」

 

 

俺は竜巻を見る。

 

 

 

銃弾を竜巻に乗せて、威力を上げた!?

 

 

 

「余所見してんじゃないよ!」

 

 

姫羅は俺に銃を向ける。

 

 

「クソッ!」

 

 

俺も姫羅に銃を向ける。

 

 

ガキュンッ!ガキュンッ!

 

 

同時に銃弾が撃たれた。

 

 

ガチンッ!

 

 

お互いにぶつかり、弾いた。

 

 

ドスッ!!

 

 

「がはッ!?」

 

 

「大樹さんッ!!」

 

 

弾いた瞬間、刀が既に俺の目の前にあった。

 

避けることも出来ず、床に膝をつく。

 

 

「どうした大樹!本気を見せてみろ!」

 

 

姫羅は声を荒げる。

 

 

「右刀左銃式、【零(ぜろ)の構え】!!」

 

 

姫羅は刀と銃を前に突き出す。これが姫羅の最強技だろう。

 

 

「【紅葉……】!」

 

 

俺は黒ウサギとの約束を思い出した。

 

 

(使うのダメだったな)

 

 

なら、どうする。

 

 

「もうこれしかない……!」

 

 

俺は左手を刀から離し、

 

 

 

 

 

左手に拳銃のコルト・パイソンを握った。

 

 

 

 

 

「「!?」」

 

 

二人は驚愕する。

 

 

「右刀左銃式、【零の構え】」

 

 

「………さすがだ。さすがだよ、大樹」

 

 

姫羅は笑う。

 

 

「次で決めるよ」

 

 

「ああ。かかって来い」

 

 

音速を越えたスピードで俺に向かってくる。

 

 

「【インフェルノ・零】!!!」

 

 

ガガガガガガキュンッ!!

 

 

姫羅は六発の銃弾を撃ち、一直線に並べる。

 

 

ガチンッ!!

 

 

その銃弾の最後尾から刀で突き刺し、銃弾同士、次々と当てていき、威力を上げる。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

その威力は今までのとは桁違いだ。それでも、

 

 

「【白龍閃(びゃくりゅうせん)・零】!!!」

 

 

一発の銃弾を撃つ。右手の刀で上から地面に向かって叩きつける。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

銃弾は勢いをつけ、都市をも破壊する兵器となり、姫羅に向かって飛んでいく。

 

 

二つの攻撃がぶつかった。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

「きゃあッ!?」

 

 

黒ウサギが悲鳴をあげる。

 

攻撃は姫羅の方が押していた。

 

 

 

 

 

「まだだッ!!」

 

 

 

 

 

「「!?」」

 

 

大樹は右手の刀を両手で持ち、光の速度で自分の撃ち出した銃弾を横から斬りかかる。

 

 

「貫けえええええェェェ!!!」

 

 

 

 

 

ガキンッ!!

 

 

 

 

 

その瞬間、刀が折れるような音が聞こえた。

 

 

 

 

 

「アタイの負けだよ」

 

 

 

 

姫羅の刀が折れた。

 

 

「今日まで教えてきた技、大切にしてほしい」

 

 

「……………昨日、見たんだ」

 

 

俺は思い出す。あの光景を。

 

 

 

 

 

「泣いているお前を」

 

 

 

 

 

「見っとも無いな、アタイは」

 

 

姫羅は溜め息を吐く。

 

 

「俺は……姫羅を救えたか?」

 

 

「大丈夫だよ」

 

 

姫羅は俺に近づく。

 

 

「アタイは大樹のおかげ救われたよ」

 

 

姫羅は俺に抱き付いた。

 

 

「ありがとう」

 

 

姫羅の体が黄色く光る。

 

 

「黒ウサギもありがとうな」

 

 

次に姫羅は黒ウサギを抱きしめる。

 

 

「どうか安らかにお眠りください」

 

 

黒ウサギは涙を流しながら抱きしめ返す。

 

 

「そうするよ」

 

 

姫羅は最後の言葉を言う。

 

 

 

 

 

「ずっと……見守ってるよ、大樹。黒ウサギ」

 

 

 

 

 

そして、姫羅の体は消えた。

 

 

1本の刀と一丁の銃を残して。

 

 

刀の鞘にはこう刻まれていた。

 

 

 

 

 

『愛する人を守る者に』

 

 

 

 

 

姫羅が大樹に送る最初で最後のメッセージだった。

 

 

 




次回話から本格的に大樹の秘密などに触れていきたいと思います。

何故大樹はこのような力を手に入れたのか?

どうしてヒロインを他の世界につれていくのか?

黒幕はいったい誰なのか?

問題児第二巻のハーメルン戦で明らかにしていきたいと思っています。


感想や評価をくれると嬉しいです。


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火龍誕生祭 お祭り編


続きです。


【大樹視点】

 

 

「ただいm

 

 

「た、大変ーッ!!」

 

 

ドゴッ!!

 

 

「ぐふッ!?」

 

 

【ノーネーム】の本拠地に帰って来た俺と黒ウサギ。玄関の扉を開けた瞬間、割烹着とキツネ耳が特徴的な少女、リリが俺の腹に向かって頭突きしてきた。俺の最初の一言が邪魔された………。

 

 

「ご、ごめんなさいッ!」

 

 

リリは謝り、急いで俺から離れる。

 

 

「大丈夫だ……ど、どうしt

 

 

「大変なんだよ黒ウサギのお姉ちゃん!!」

 

 

あれ?最後まで喋れない。てか喋らせて貰えない。どんだけ大変なんだよ。

 

 

「どうしたのですリリ。大樹さんのお腹よりも大変なこととは一体……?」

 

 

「黙っておくように言われてた招待状が見つかっちゃって……!」

 

 

リリの言葉を聞いた瞬間、黒ウサギが固まった。え?何?その招待状って、何かヤバイの?

 

 

「それで、これを渡されて………」

 

 

「ん?手紙?」

 

 

全く動く気配の無い黒ウサギに変わって俺が手紙を代わりに読む。

 

 

 

『黒ウサギへ

 

 近日行われる箱庭の北と東の【階層支配者】による

 共同祭典【火龍誕生祭】に参加してきます。

 

 あなたと大樹も必ずくること。あとレティシアもね。

 

 私たちにこの祭りを秘密にしていたことと大樹と勝手に

 デートした罰として、

 今日中に私たち6人を捕まえられなかった時、

 

 

 6人ともコミュニティから脱退します

 

 

 死ぬ気で探してね☆

 

 ジン君は道案内に連れていきます。

 

 

 追記 大樹は美琴、アリア、優子を今日中に捕まえなかったら

    絶交らしいわよ。相当機嫌を損ねているから頑張ってね♪』

 

 

 

その瞬間、大樹は地面に倒れたそうだ。黒ウサギは激怒したそうだ。

 

 

________________________

 

 

【火龍誕生祭に行きたい組視点】

 

 

「良いぞ。路銀は私が支払ってやる」

 

 

コミュニティ【サウザンドアイズ】の幹部、白夜叉は許可を出した。

 

 

「あら、あっさり」

 

 

「拍子抜け」

 

 

飛鳥と耀は白夜叉の以外な対応に少し驚く。

 

現在(大樹と黒ウサギが手紙を読んでいる頃)、十六夜、飛鳥、耀、美琴、アリア、優子、ジンの七人は白夜叉の部屋に居た。

 

理由は【火龍誕生祭】が行われる北に行くため、白夜叉と交渉をしていた。

 

何故交渉する必要があるのか?

 

 

それは、北まで980000kmもの距離があるからだ。

 

 

ちなみに地球一周は約49000kmである。

 

ここに居る問題児たちは最初は歩いて行こうとしたが、ジンにその事実を言われたので招待人である白夜叉にどうにかしてもらおうと来たわけだった、

 

 

「怪しいわね。何かあるんじゃないの?」

 

 

「鋭いの」

 

 

アリアの指摘に白夜叉はうなずく。

 

 

「実は北のフロアマスターの一角が世代交代したのは知っておるかのう?」

 

 

「い、いえ……」

 

 

白夜叉の質問にジンは首を振る。

 

 

「おんしらに誘いかけた【火龍誕生祭】とは、その新たなフロアマスターのお披露目を兼ねた大祭でな」

 

 

白夜叉は一度言葉を区切る。

 

 

「【サラマンドラ】が此度の主催であるコミュニティだ」

 

 

ジンはコミュニティの名を聞き、ハッとなる。

 

 

「【サラマンドラ】とはかつて親交がありました。それでどなたが頭首に?長女のサラ様か次男のマンドラ様でしょうか?」

 

 

「いや、おんしと同い年のサンドラだ」

 

 

「さ、サンドラが!?彼女はまだ11歳ですよ!?」

 

 

ジンが飛び上がるほど驚愕した。

 

 

「ジン君も11歳でアタシたちのリーダーじゃない」

 

 

「なんだ御チビの恋人か?」

 

 

「そうですけど……って違います!違いますから!」

 

 

優子の言葉にジンはうなずこうとするが、十六夜が横槍を入れてきた。ジンは手をブンブン降り、否定する。

 

 

「そのサンドラがどうしたのかしら?」

 

 

「東のフロアマスターである私に共同の主催者を依頼してきたのだ。此度の大会で」

 

 

美琴は話を戻そうとして、白夜叉に尋ねる。

 

 

「それは筋が通りませんよ」

 

 

ジンは白夜叉の言葉に、耳を疑うような発言を聞いた。

 

 

「どうしてなの?」

 

 

「【階層支配者】とは箱庭の秩序を守り、コミュニティの成長を促す役職なのですが、北側では複数のマスターが存在するんです。だから、新たなフロアマスターの誕生祭なら同じ北のマスターたちと共同主催すると思います」

 

 

ジンは美琴の質問に丁寧に答える。

 

 

「幼い権力者を良く思わない奴らが居る。そんなところだろ?」

 

 

十六夜は推理して言う。白夜叉は苦笑いで十六夜の言葉を肯定する。

 

 

「箱庭の長たちでも思考回路は人間並みなのね」

 

 

飛鳥は溜め息を吐き、呆れる。

 

 

「これには事情があってだな……」

 

 

「ちょっと待った」

 

 

白夜叉が話を進めようとしたとき、十六夜が止める。

 

 

「それ、長くなるか?」

 

 

「「「「「あッ!」」」」」

 

 

十六夜の言葉に白夜叉以外の者が声を出し、気づいた。

 

 

「白夜叉様!どうかこのまm

 

 

「『黙りなさい!』」

 

 

「ッ!?」

 

 

飛鳥はギフトを使って、ジンの口を封じる。

 

 

「大樹は多分すぐに見つけるぞ!」

 

 

「人間じゃないから?」

 

 

「「「「「うん」」」」」

 

 

十六夜の言葉に耀は理由を当ててみる。そして、みんなはうなずいた。

 

 

「白夜叉!あたしたちを北に送って!今すぐに!」

 

 

「それは構わんが私の頼みごとを

 

 

「「「「「大樹が受ける!」」」」」

 

 

「よし分かった」

 

 

アリアは白夜叉にはやく送るように言う。白夜叉は頼みごとの内容を話したかったが、大樹が売られたことによって成立。

 

 

パンッ

 

 

白夜叉は手を合わせてるように、叩いた。

 

 

 

 

 

「着いたぞ」

 

 

 

 

 

「「「「「……………え?」」」」」

 

 

その場にいる全員が状況を把握できなかった。

 

 

________________________

 

 

 

白夜叉に連れ出され、町を見渡すことができる高台に来ていた。

 

 

「これが北の町……!」

 

 

優子は目の前にある光景に驚く。

 

目の前には東と北を区切る、天を衝くかのような巨大な赤壁。境界壁だ。

 

それだけでは無い。

 

 

「あれって……ガラスの街……!?」

 

 

「綺麗……」

 

 

町は遠くから見ても分かるくらい色鮮やかなカットガラスで飾られた歩廊に美琴は指をさす。アリアはその美しさに目を奪われた。

 

 

「へぇ……980000kmも離れてるだけであって、東とは随分と文化様式が違うんだな」

 

 

「キャンドルが歩いてる……」

 

 

至る所に足が生えた可愛らしいキャンドルが歩き回っている。十六夜は興味深そうにし、耀はキャンドルを見て、驚いた。

 

 

「ねぇ!あそこのガラスの歩廊に行ってみたいわ!」

 

 

「構わんよ。話の続きは夜にでもしよう」

 

 

飛鳥は目を輝かせながら指をさす。白夜叉はうなずき、許可する。

 

 

「……………さすがに早くねぇか?」

 

 

十六夜は後ろを振り向き、驚愕した。

 

 

「え?どうしたの、十六y

 

 

「逃げるぞ!」

 

 

「きゃッ!?」

 

 

飛鳥は十六夜にどうしたか聞こうとしたが、十六夜は飛鳥をお姫様抱っこし、町に向かって飛翔した。

 

 

「ようぉぉぉやく見つけたのですよ………問題児様方……」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

 

 

 

後ろに黒ウサギが降臨していた。

 

 

 

 

 

「えッ、わッ!?」

 

 

ガシッ

 

 

耀は逃げようとしたが、肩を掴まれた。もの凄いスピードで。

 

 

「耀さん……後デタップリオ説教タイムナノデスヨ」

 

 

「りょ、了解……」

 

 

黒ウサギの気迫に押され、耀はうなずくことしか出来なかった。

 

 

「あたしたちも逃げましょう!」

 

 

「「……………」」

 

 

「ど、どうしたの…?」

 

 

美琴は逃げようとするが、アリアと優子が苦笑いしていた。

 

 

「……………あ」

 

 

アリアと優子の視線の先には、

 

 

 

 

 

『一般人』のTシャツを着た少年が土下座をしていた。

 

 

 

 

 

「大樹………」

 

 

美琴が名前を呼ぶ。

 

 

「ホント申し訳ありませんでした」

 

 

「えっと、大樹君」

 

 

謝罪する大樹に優子は言葉をかける。

 

 

「どうやってここまで来たの?」

 

 

「【境界門(アストラルゲート)】を使いました」

 

 

優子の質問に丁寧に返す大樹。まだ土下座している。

 

 

「待って。あれってかなりのお金が必要なはずよ」

 

 

【境界門】は外門と外門を繋ぐ、言わばワープすることができる門だ。本来ここに来るときはその門を使って来るのだが、料金が半端なく高いのだ。

 

 

「貰いました」

 

 

「ど、どうやって?」

 

 

その言葉に耳を疑った。恐る恐るアリアは聞く。

 

 

「ルイオスに」

 

 

「「「あぁ、納得だわ」」」

 

 

三人は納得した。

 

コミュニティ【ペルセウス】のギフトゲームの後、大樹はルイオスとその部下を配下?にした。最初は鼻に赤いチューブをぶっ刺し、説教して、心を入れ替えた。

 

ルイオスは

 

 

「僕は一からやり直すよ。そしてまた五桁まで這い上がって見せる…!」

 

 

っと目標を掲げ、大樹に忠誠を誓った。一方部下の方は

 

 

「ルイオス様に我々はついていく!」

 

 

っと、【ペルセウス】は長は大樹と言っても過言ではなくなった。

 

この前は大樹と【ペルセウス】全軍が真正面から戦って、鍛錬をしていた。※大樹が圧勝しました。

 

最近は【ノーネーム】の復興のために、手伝いに来ている。

 

 

「あいつも丸くなったわね」

 

 

アリアは溜め息を吐く。

 

 

「ねぇ大樹」

 

 

美琴が名前を呼ぶ。

 

 

「はい何でしょうか」

 

 

「く、黒ウサギとは何かあったの?」

 

 

「…………………………………え?」

 

 

大樹が頭で理解するのに5秒ほどかかった。大樹は顔をやっとあげた。大樹の額は赤くなっていた。

 

 

「だ、だから!黒ウサギとは何かあったのか聞いているの!」

 

 

「何も無い……と思うが?」

 

 

「そ、そう。それならいいわ」

 

 

美琴の大きな声に大樹は驚く。大樹は否定し、美琴は納得する。

 

 

「ほ・ん・と・う・に!何もないのね!?」

 

 

「何もありませんので銃を下ろしてください!!」

 

 

アリアは拳銃を取り出し、大樹の眉間に銃口を向ける。

 

 

「修業を許可したのはアタシたちだけど、黒ウサギも行くなんて油断していたわ」

 

 

優子は大樹に聞こえない声で呟いた。

 

 

「もうあたしたちも町を見に行きましょ」

 

 

「そうね。ほら、はやく立ちなさい」

 

 

アリアの言葉に美琴は肯定する。美琴は正座している大樹を立ち上がらせる。

 

 

「ゆ、許してくれるのか?」

 

 

「そ、そうね。許すわ」

 

 

美琴は目を逸らして答える。大樹はホッ息を付いた。

 

 

(あたしたちが黒ウサギへの嫉妬から始まったんだけどなぁ……)

 

 

今更そんなこと言えなかった。

 

 

 

________________________

 

 

【大樹視点】

 

 

どうも、大樹です。許してもらいました。一週間一度も連絡入れなかったことを反省しています。

 

 

「このクレープ、学園都市より美味しいわ!」

 

 

「ふ、太らないかしら…?」

 

 

俺は美琴たちにクレープを買ってあげた。もちろん、ルイオスの金でな。美琴は美味しそうに食べ、優子は食べるのをためらっていた。

 

 

「優子は細いんだから大丈夫だろ」

 

 

「細くて悪かったわね!」

 

 

怒られた。

 

 

「黒ウサギってなんであそこまで大きいのよ……」

 

 

優子はがっかりしていた。クレープの味が嫌だったのか?

 

 

「俺の食べるか?」

 

 

「…………えッ!?」

 

 

優子は俺の食べかけのクレープを見て驚いた。

 

 

「ほら、あーん」

 

 

「え、ちょっと…!」

 

 

「いらないのか?」

 

 

「………ッ!」

 

 

パクッ

 

 

優子は急いで俺のクレープを食べた。そして後ろを向く。

 

 

「うまいか?」

 

 

「お、美味しいわ。ありがとう」

 

 

それならよかったよかった。俺も食べよう…………ハッ!?

 

 

(これってまさか……間接キス!?)

 

 

な、なんてこった!?俺は自然とそんなことをしていたのか!俺、成長したなおい!

 

 

ガキュンッ!!

 

 

「あぶねぇ!?」

 

 

俺に向かって一発の銃弾が飛んで来た。

 

 

「ニヤニヤしてんじゃないわよ!この変態!」

 

 

「すいませんでした!」

 

 

俺は無心で食べることにした。いや、無心で食べないと俺の額に突き付けられた拳銃が火を噴くから。

 

 

________________________

 

 

「ももまんクレープって作れるかしら?」

 

 

「余裕だな」

 

 

「あんた何でも作れるわね……」

 

 

女の子の要望に応えれる俺って素敵!アリアに向かって親指を立てる。美琴はそんな俺を見て少し引いていた。何故だ。

 

 

「さぁ残り制限時間は少しだけしかないよ!誰か挑戦する人はいますか!?」

 

 

大通りを抜けた先に大きな広場があった。真ん中では人だかりが集まっていた。

 

俺たちは気になり、様子を見に行く。

 

人だかりの中心にはボクシングリングのような檀上があった。黒いタキシードを着た司会者がマイクを使って叫んでいた。

 

 

「何やってんだ?」

 

 

「おおっと挑戦者が現れたぞ!!」

 

 

「は?」

 

 

俺は司会者に何があっているのか尋ねたら、司会者に腕を引っ張られリングに上がらされる。

 

 

「おい!何だよこれは!」

 

 

「ルール説明ですね!ルールは簡単です!」

 

 

おい。話聞け司会者。

 

 

「相手を倒すだけです!」

 

 

「超大雑把!?」

 

 

簡単すぎて驚愕した。

 

 

「お前が対戦相手か」

 

 

リングの端には赤いマントを羽織った男が居た。男の頭には角みたいなモノが生えており、右手には大きな大剣を握っていた。

 

 

「おい司会者。こんな弱そうなヒョロヒョロ君だしてんじゃねぇよ」

 

 

男の言葉に周りの人間が一斉に笑い出す。って司会者も笑うなよ。

 

 

「武器とかありかよ」

 

 

「あぁ?司会者は武器なしなんて言ってねぇぞ」

 

 

男は構える。

 

 

カンッ!!

 

 

コングが鳴った。え?はやくね?俺何も準備しt

 

 

「くたばれ小僧!!」

 

 

ガキンッ!!

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

その場にいる俺以外の全員が驚いた。

 

 

 

 

 

男の持っていた大剣が俺の頭にぶつかった瞬間、折れたのだ。

 

 

 

 

 

「修業じゃなくて人間やめに行ったのかしら?」

 

 

美琴は苦笑い。違います修業です。

 

 

「ば、馬鹿な!?」

 

 

「はいドーン」

 

 

ドゴッ!!

 

 

「ッ!?」

 

 

俺は男の目の前まで歩き、蹴っ飛ばした。

 

 

 

 

 

空高くまで。

 

 

 

 

 

「「「「「はああああァァァ!?」」」」」

 

 

観客全員が声を上げた。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

そして、リングのど真ん中に落ちてきた。

 

 

「しょ、勝者は挑戦者d」

 

 

「そこまでだ!!」

 

 

リングの周りには炎の龍紋を掲げ、トカゲの鱗を肌に持つ集団が集まっていた。

 

集団は司会者や男を捕まえていき、

 

 

「お前もだ」

 

 

「え」

 

 

俺は両腕を掴まれた。

 

 

「大樹!」

 

 

美琴が俺の名前を呼ぶ。

 

 

「貴様ら、この男の関係者か?」

 

 

「そうよ!はやく大樹を放しなさい!」

 

 

集団の中の一人が質問にアリアが怒りながら言う。

 

 

「貴様らも来い!」

 

 

「放してッ!」

 

 

アリアたちが乱暴に抑えられる。

 

 

「大人しくしろ!」

 

 

「きゃッ!?」

 

 

美琴が地面に抑えつけられた。

 

 

「いい加減にしろ!」

 

 

「ぐはッ!!」

 

 

俺を抑えつけていた奴をぶん殴る。

 

 

「美琴たちから離れろ!!」

 

 

ドゴッ!!

 

 

「がはッ!?」

 

 

俺は音速のスピードで集団どもを吹っ飛ばしていく。

 

 

「奴を取り押さえろ!」

 

 

「やれるもんならやってみろクソ野郎が!!」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

俺は集団に突っ込み一気にぶっ飛ばす。

 

 

「「「「「ぐあああああァァァ!?」」」」」

 

 

美琴たちを傷つけたお前らは絶対に許さん!!

 

 

________________________

 

 

 

「「すいませんでした」」

 

 

俺と黒ウサギは土下座をしていた。俺の隣には十六夜、美琴、アリア、優子が正座していたが、土下座はしない。

 

ここは運営本陣の謁見の間。俺たちは連れてこられたのだ。悪いことをしてな!(ドヤッ!)

 

飛鳥と耀、それにレティシアの姿は見えない。

 

 

「【ノーネーム】の分際で騒ぎを持ち込むとはな。相応の厳罰は覚悟しているか!」

 

 

「あぁ?」

 

 

「大樹さん!そこは睨んじゃダメですよ」

 

 

大きな声で俺たちに怒鳴る男。こいつはマンドラというらしい。ぺッ。

 

俺は睨んだが、黒ウサギが止める。

 

 

「これマンドラ。それを決めるのはおんしらの頭首、サンドラであろう」

 

 

白夜叉はそう言って謁見の間の上座にある玉座に座っている幼い少女を見る。

 

この少女の名はサンドラ。北の【階層支配者】だ。

 

 

「今回の件ではそちらのお二人が壊した建造物ですが、白夜叉様がご厚意で修繕してくださいました。負傷者は奇跡的にいなかったようなのでこの件に関して私から不問とさせていただきます」

 

 

十六夜と黒ウサギに何があった。何故追いかけるだけで建造物が壊れる。解せぬ。

 

 

「そして広場であった騒ぎですがそれはこちらに非があります。戦闘や乱闘系のギフトゲームは許可を取らない限り、禁止していたのにも関わらず開催した者達がいたので、捕えるつもりでした。ですが、何も知らない参加者に乱暴なことをしてしまいました」

 

 

「そうそう。全く迷惑したぜ」

 

 

「貴様ッ………!」

 

 

サンドラの言葉に俺はうなずく。マンドラは俺の言葉にいらだちを隠しきれない。

 

 

「ですが、兵たちを

 

 

「ボコボコにしたことについてはすいませんでした!」

 

 

俺はサンドラに頭を下げる。

 

 

「えっと、こ、このように本人も謝っているので、不問にしましょう」

 

 

「ありがとうございます!」

 

 

「チッ」

 

 

サンドラにお礼を言う。マンドラは舌打ちをした。嫌な奴だな。

 

 

「さて、昼の話の続きをしようかのう。特に大樹には頑張ってもらわんと」

 

 

「え?何がだよ?」

 

 

白夜叉は事情を知らない俺に説明し始めた。

 

 

________________________

 

 

「お前ら喧嘩売ってんのか!?」

 

 

俺の声が謁見の間に響く。

 

 

「俺に頼み事を押し付けんなよ!お前らがやれよ!」

 

 

「いや、やるが?」

 

 

「やるのかよ!」

 

 

どっちだよ!十六夜の言葉を聞き、混乱する俺。

 

 

「ジン!久しぶり!」

 

 

「わッ!」

 

 

サンドラが玉座から降り、ジンに向かって抱き付いた。羨ましい。

 

 

「コミュニティが襲われたって聞いて心配した……。本当はすぐに会いに行きたかったんだ……けどいろいろあって……」

 

 

「仕方ないよ。まさかサンドラがフロアマスターになっていたなんて……」

 

 

サンドラはジンの両手を握る。ジンの顔が赤い。

 

 

「こいつが御チビの恋人か」

 

 

「ち、違いますって」

 

 

「爆発しろ」

 

 

「大樹さん!?」

 

 

十六夜はジンをからかい、俺はジンに舌打ちしながら言った。

 

 

ガチンッ!!

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

その瞬間、マンドラがジンに斬りかかった。俺は右の腰にある刀で受け止める。

 

 

「どういうつもりだ」

 

 

「馴れ馴れしいのだ【名無し】風情が!サンドラはもう北のマスター、我らがコミュニティ【サラマンドラ】の威厳を貶める気か!」

 

 

「この野郎ッ……!」

 

 

俺の質問にマンドラは荒々しく答える。俺はその言葉にキレる。だが、

 

 

「ま、マンドラ兄様!彼らはかつての盟友!そのような態度は……!」

 

 

サンドラが止める。

 

 

「礼節よりも誇りだ!そのようなことを口にするから周囲から見下されるのだと言っているのだ!」

 

 

「やめんかマンドラ」

 

 

白夜叉の一言でマンドラは口を閉じる。

 

 

「ふんッ、【サウザンドアイズ】も余計なことをしてくれたものだ」

 

 

いや、閉じなかった。こいつマジでぶん殴ろうか。

 

 

「此度の噂も東が北を妬んで仕組んだことではないのか?」

 

 

「噂?」

 

 

美琴はその言葉に首を傾げる。

 

 

「白夜叉が俺たちに依頼したことと関係あるのか?」

 

 

「うむ。此度【ノーネーム】を呼び出したのはな、【サウザンドアイズ】の幹部の一人が予知した未来故だ」

 

 

十六夜の質問に白夜叉は着物の裾から一通の手紙を取り出し答える。

 

 

「未来予知か。そんなこともできる奴がいるのか」

 

 

いつのまにか怒りが冷めた俺は感心する。

 

 

「その者は未来の情報をギフトとして与えておってな、この封書はそやつから誕生祭のプレゼントとして送られたのだ」

 

 

白夜叉は説明する。へぇ、プレゼントが予知した未来だなんて豪華だな。

 

 

「見てもいいか?」

 

 

十六夜は白夜叉に聞き、白夜叉はうなずく。手紙を受け取り、開封した。

 

その瞬間、十六夜の目つきが変わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『火龍誕生祭にて【魔王襲来】の兆しあり』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

内容は最悪の未来予知だった。

 

 





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火龍誕生祭 創造主達の決闘編


前回の投稿で50話を越えました。

そして今回で50話を切らせていただきたいと思います。

続きです。


「ここ最近、温泉ばっかり入ってるなぁ」

 

 

俺はサウザンドアイズ旧支店の温泉につかっていた。極楽極楽♪

 

露天風呂には俺以外誰もいない。というか十六夜とジンはもう先に上がった。残ったのは俺だけだ。

 

 

「魔王か………」

 

 

俺は謁見の間であった出来事を思い出す。

 

 

________________________

 

 

「『火龍誕生祭にて【魔王襲来】の兆しあり』」

 

 

「「「「「なッ!?」」」」」

 

 

十六夜の口から出た言葉に全員は驚愕した。

 

 

「これは絶対なのか?」

 

 

「犯人も犯行の動機も分かっておる。だが、未然に防ぐことができない。これはそういう類の予言だ」

 

 

十六夜の言葉に白夜叉は苦虫を噛み潰したような顔をしながらうなずく。

 

絶対。くつがえすことのできない予言。

 

 

「ふざけるな!すべて把握しておきながら、なぜ魔王の襲来しか教えない!」

 

 

マンドラは白夜叉に怒鳴る。俺も癪だがそう思った。なぜ教えない?いや、

 

 

「教えれない……のか?」

 

 

「………なるほど。この魔王襲来を仕組んだ犯人。その人物は口に出すことのできない立場ってことか」

 

 

俺の言葉に十六夜は推理する。

 

 

「まさか……他のフロアマスターが魔王と結託して……!?」

 

 

ジンの言葉に俺は納得した。

 

北にはたくさんのマスターがいる。誕生祭が東のマスターである白夜叉に回ってくれば、北のマスターどもが【魔王襲来】を計画していると考えてもおかしくない。

 

 

「これってヤバくないか?」

 

 

「最悪ですよ!下位のコミュニティを守るはずの【階層支配者】が箱庭の天災である魔王と結託するなんて!」

 

 

俺の言葉にジンは大声をあげる。

 

 

「この真実が広く伝われば箱庭の秩序に波紋を呼ぶ。つまり今回の一件は魔王を退ければ良いというわけではない」

 

 

白夜叉は俺たち、【ノーネーム】のメンバーを見る。

 

 

「もちろん主犯には制裁を加えるつもりだ。今は一時の秘匿が必要なのだ」

 

 

「それで目先の問題である魔王ってことか」

 

 

白夜叉の意図を汲み取って十六夜は言う。

 

 

「分かりました」

 

 

ジンは右手を胸に当て告げる。

 

 

「【魔王襲来】に備え、【ノーネーム】は両コミュニティに協力します」

 

 

「そして、魔王を」

 

 

「倒します」

 

 

「大樹さん!?十六夜さん!?」

 

 

ジンの言葉に俺、十六夜が続いた。

 

 

「俺たちは【打倒魔王】のコミュニティだ。問題なんか無いだろ?」

 

 

「よかろう。隙あらば魔王の首を狙え」

 

 

十六夜は笑う。白夜叉も笑って容易する。

 

 

「大丈夫なの?」

 

 

優子が俺のTシャツの端を引っ張りながら聞く。

 

 

「あぁまかせろ。何かあったときは守ってやる」

 

 

俺は優子に左手についた銀色のブレスレットを見せつける。

 

 

「そうね。なら安心ね」

 

 

「おう、まかせろ」

 

 

俺と優子は笑い合う。

 

 

「無茶だけはダメよ?」

 

 

今度はアリアが俺に言う。

 

 

「大丈夫。十分修業で力をつけてきたから」

 

 

 

 

 

それに、俺のギフトカードに切り札が入ってるしな。

 

 

 

 

 

「あたしとアリアは戦うわよ」

 

 

「いや、それはちょっと待て」

 

 

俺は優子とアリアの耳に近づける。

 

 

「俺はもちろん、ちゃんと優子を守るけど、もしものときは」

 

 

「加勢するのね」

 

 

「分かったわ」

 

 

俺が言う前にアリアと美琴は理解する。

 

 

「それでは話もまとまったことですし、私たちは宿に向かいましょうか」

 

 

黒ウサギがそういって俺たちは宿に向かうことにした。

 

 

________________________

 

 

以上、謁見の間であった出来事でした。

 

 

「魔王ってどの位強いんだ……?」

 

 

白夜叉並みと考えると骨が折れそうだな。

 

 

「はぁ、上がるか…」

 

 

俺は立ち上がり、風呂場を後にした。

 

 

ガラッ

 

 

「「………………」」

 

 

何故だ。

 

 

「「………………」」

 

 

何故俺の目の前に、

 

 

「「………………!?」」

 

 

 

 

 

バスタオルを巻いた黒ウサギが居るんだよ!?

 

 

 

 

 

「きゃあああああァァァ!!」

 

 

ヒュンッ!!

 

 

ゴスッ!!

 

 

「ぶッ!?」

 

 

黒ウサギは近くにあった桶を俺の顔面にぶつけた。一般人なら首が折れるほどの威力。

 

 

「大樹さんの変態ッ!!」

 

 

「落ち着け!ここは男湯だ!」

 

 

「のれんには『女』と書いてありました!」

 

 

十六夜!!貴様あああああァァァ!!

 

 

「十六夜だ!十六夜の仕業だ!」

 

 

「え?……あッ」

 

 

ゴチンッ!!

 

 

「ぐへッ!?」

 

 

桶が再び俺の顔面にクリーンヒットした。

 

 

________________________

 

 

「ひどい目にあった……」

 

 

「ご、ごめんなさい。黒ウサギは…」

 

 

「いや、十六夜が一番悪い」

 

 

あいつには俺の最強右ストレートをやろう。

 

俺と黒ウサギは温泉の端と端に座り、俺は後ろを向いていた。え、振り向けって?死ぬぞ?我、死ぬぞ?

 

 

「そういえば黒ウサギと十六夜はどうやって建造物を壊したんだ?」

 

 

「実は十六夜さんとギフトゲームすることになったのですよ」

 

 

「へー、それで?」

 

 

「内容は手のひらで相手を捕まえるという単純なゲームです」

 

 

「どんな賭けをしたんだ?」

 

 

「命令権(くびわ)です。何でもできる命令権ですよ」

 

 

なんだって!?そんなッ!黒ウサギにあんなことやこんなこと……!!

 

 

「続けたまえ」

 

 

「は、はい。それで私が逃げていると優位な状況になりました」

 

 

へぇ、十六夜追い詰められたのか。

 

 

「そしたら建造物が壊れてしまったのですよ」

 

 

「ごめん、めっちゃ意味わからない」

 

 

何が起きた。

 

 

「十六夜さんが時計塔を壊して、黒ウサギの上に瓦礫を落としてきて」

 

 

十六夜さん、馬鹿なの?

 

 

「結果は黒ウサギと引き分けになりました」

 

 

「ん?命令権は?」

 

 

「お互い出来るようになりました」

 

 

あとで十六夜に貰おう。うん、貰おう。いや、奪おう。

 

 

「まぁなんだ……お疲れ様」

 

 

「ありがとうございます、大樹さん」

 

 

俺と黒ウサギは笑い合う。

 

 

「ッ!?」

 

 

バシャンッ!!

 

 

俺は急いで水中に身を潜めた。

 

 

「だ、大樹さん?」

 

 

ガラッ

 

 

「ひゃっほー!!黒ウサギ!!」

 

 

白夜叉が入って来た。もちろん、バスタオルを巻いて。

 

 

「きゃあああああァァァ!!」

 

 

そのまま黒ウサギに飛び込んだ。

 

 

(好機!!今のうちに逃げねば!!)

 

 

俺は水面から顔を出す。

 

 

「温泉なんて久しぶり」

 

 

「【ノーネーム】のお風呂も大きかったけどここのも大きいわね」

 

 

耀と美琴が入って来た。俺は静かにまた沈む。

 

 

「もうみんな入ってるの?」

 

 

「ここって浅いわよね?」

 

 

優子とアリアも入ってきました。俺氏、絶体絶命。

 

 

「み、みなさん……」

 

 

黒ウサギの顔に動揺が走る。

 

 

「どうしたの黒ウサギ?」

 

 

「へ!?い、いえ、なんでもございません!」

 

 

優子の質問に黒ウサギは首を振る。頼む!言わないでくれぇ!!

 

 

「何か隠しておるのか?」

 

 

「白夜叉様はもう近づかないでください!」

 

 

黒ウサギはどんどん後ろに下がる。俺の方に。え?

 

 

「ごぼッ!?」

 

 

「ッ!?し、静かにしてください……!!」

 

 

俺はびっくりして息を少し吐き出してしまった。黒ウサギは俺の脱出計画に協力してくれるようだ。

 

だが、

 

 

(近い近い近い近い近い地下一階!?)

 

 

目の前には黒ウサギの体があああああァァァ!!!近い地下一階って何だよ!?

 

 

ゴボボボッ

 

 

(い、息が!?)

 

 

動揺でほとんど息を吐いてしまった。本来ならもっと潜れるが。

 

 

「黒ウサギの背中なら見えません……」

 

 

黒ウサギは小声で言う。よし、息継ぎを慎重に慎重に。

 

俺は静かに水面から顔を出す。

 

 

「ええい!死を覚悟して私は行くぞおおおおおォォォ!!」

 

 

その瞬間、白夜叉が黒ウサギに突っ込んだ。っておい!!

 

 

「きゃあ!?」

 

 

「ッ!?」

 

 

俺の上に黒ウサギが乗っかる。

 

 

(や、や、やわ、やわ、柔らか……!!)

 

 

俺は黒ウサギを抱き留めるような形になる。俺の体に黒ウサギの柔らかいアレがあああああァァァ!?

 

 

「ん?何だそこにあるのは?」

 

 

(秘儀!目潰し!!)

 

 

グサッ

 

 

「ッ!?」

 

 

白夜叉が気づきそうになったので俺は右手をピースし、目に当てた。スマン。これは黒ウサギを襲った報いだと思ってくれ。

 

 

「ど、どうしたの白夜叉!?」

 

 

悶絶する白夜叉を見て声をあげるアリア。みんなの視線が白夜叉に行った。

 

 

(今だ!!)

 

 

光の速度で風呂場の出口に立つ。これで俺の勝ちだ!

 

 

ガラッ

 

 

「「……………」」

 

 

「ん?大樹ではないか」

 

 

おい。

 

 

「「……………」」

 

 

「ここは女湯のはずだが?」

 

 

マジかよ。

 

 

「「……………!?」」

 

 

「大樹?」

 

 

 

 

 

飛鳥とレティシアがバスタオルを巻いて、俺の目の前に居た。

 

 

 

 

 

「いやああああああァァァ!!」

 

 

ゴスッ!!

 

 

「ぐふッ………」

 

 

俺は飛鳥に平手では無く、グーで殴られた。

 

 

________________________

 

 

「ずみばぜんでじた」

 

 

俺は泣きながら謝罪。俺はロープでぐるぐる巻きにされて吊るされていた。ボコボコにされてな。

 

 

「作戦会議をしましょう」

 

 

アリアはそんな俺を無視してみんなに言う。トホホ。

 

 

「ん?」

 

 

十六夜がこっちを見て、

 

 

親指を立てた。

 

 

よし、あいつは後で殺す☆

 

 

「明日から始まる決勝戦の審判を黒ウサギに依頼したいのだよ」

 

 

「あや、それはまた唐突でございますね」

 

 

白夜叉の言葉に黒ウサギは少し驚く。

 

 

「そもそも原因はおんしらにあるのだぞ?昼間の騒ぎで【月の兎】が来ていると知れ渡ってしまっての。めったに見られないおんしを明日のギフトゲームで見られるのではないかと期待が高まっておる」

 

 

「そういうことでしたらゲームの審判はこの黒ウサギが承ります」

 

 

「感謝する」

 

 

白夜叉の言葉を聞き、黒ウサギは承諾する。

 

 

「そういえば私が戦うコミュニティってどんなコミュニティ?」

 

 

耀は三毛猫を撫でながら白夜叉に質問する。

 

耀はギフトゲーム【創造主達の決闘】に参加しているのだ。見事に勝ち続け、現在、決勝枠をゲットしたところだ。

 

 

「それは教えられんな。フェアではなかろう。【主催者】が教えられるのはコミュニティの名前だけだ」

 

 

白夜叉は羊皮紙を取り出す。

 

 

 

『ギフトゲーム 【創造主たちの決闘】

 

・参加コミュニティ

 

 ゲームマスター【サラマンドラ】

 

 プレイヤー【ウィル・オ・ウィスプ】

 

 プレイヤー【ラッテンフェンガー】

 

 プレイヤー【ノーネーム】

 

・決勝ゲームルール

 

 ・お互いのコミュニティが創造したギフトを比べ合う。

 

 ・ひとりまで補佐が許される。

 

 ・総当たり戦を行い、勝ち星の多いコミュニティが優勝。

 

 ・優勝者はゲームマスターと対峙。

 

・授与される恩恵(ギフト)に関して

 

 ・【階層支配者】にプレイヤーが希望する恩恵(ギフト)を進言できる。

 

 

宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗の下、両コミュニティはギフトゲームに参加します。

 

【サラマンドラ】印

 

【サウザンドアイズ】印』

 

 

 

「ッ!?」

 

 

羊皮紙を見た飛鳥の表情が変わったのを俺は見逃さなかった。

 

 

「あすかー?」

 

 

飛鳥の肩に乗った小人が飛鳥の名前を呼ぶ。って

 

 

(なに……アレ?)

 

 

とんがり帽子が特徴的な黄色い小人。身長は手のひらサイズしかない。

 

 

(妖精か何かの類か?)

 

 

何故飛鳥はその子を連れているんだ?…………まぁいいか。それよりも、

 

 

「ネズミ捕りの道化(ラッテンフェンガー)ってことはハーメルンの笛吹き道化が対戦相手かもな」

 

 

「待て。どういうことだ小僧」

 

 

吊るされた俺の言葉に白夜叉の慌てた。

 

 

「どういうことって『ラッテンフェンガー』はドイツ語でネズミ捕りの男って意味があるんだ。こいつは民間伝承である『ハーメルンの笛吹き』を表している」

 

 

吊るされながら俺はとりあえず真剣に説明して見る。マジな顔をし、吊るされ、哀れな俺が完成。

 

 

「ハーメルンはドイツの町の名前だ。その町で事件があったんだけど………うん、知らない奴が多いから説明する」

 

 

半分以上、みんなの顔が「え?何それ?美味しいの?」って顔してるから教えることにした。

 

 

「Anno 1284 am dage Johannis et Pauli

war der 26. junii

Dorch einen piper mit allerlei farve bekledet

gewesen CXXX kinder verledet binnen Hamelen gebo[re]n

to calvarie bi den koppen verloren」

 

 

「「「「「ごめん、分かるように言ってください」」」」」

 

 

えー、ドイツ語くらい出来るようにしとけよな。

 

 

「1284年、聖ヨハネとパウロの記念日6月の26日

 色とりどりの衣装で着飾った笛吹き男に

 130人のハーメルン生まれの子供らが誘い出され

 コッペンの近くの処刑の場所でいなくなった」

 

 

「一気に分かりやすくなったわね」

 

 

優子に感心してもらった。あざーす。

 

 

「話……続けるぞ。この文は「事件は実在した」っと教える碑文だ。その文はステンドグラスと一緒に説明文として添えられて飾られている。この物語が作者であるグリム兄弟が編集したグリム童話の一遍、『ハーメルンの笛吹き』ってことだ」

 

 

「ふーむ……では、そのネズミ捕りの男が何故『ハーメルンの笛吹き』だと分かったのだ?」

 

 

白夜叉は聞く。頭に血が上るー。はやく下ろして欲しいです。

 

 

「童話に出てくる男はネズミを操れるんだよ。男はハーメルンの町にいるネズミを駆除するために笛の音で川に誘導して、溺死させたんだ。だから『ハーメルンの笛吹き』は『ネズミ捕りの男』と同じだと分かったんだ」

 

 

俺の長い長い説明が終わりました。拍手!

 

 

「それが本当なら厄介なことになったぞ」

 

 

白夜叉は告げる。

 

 

 

 

 

「『ハーメルンの笛吹き』とは、とある魔王の下部コミュニティだったものの名だ」

 

 

 

 

 

その場の空気が凍った。

 

 

「「「「「……ッ!」」」」」

 

 

その真実に誰も言葉を発せれない。いや、

 

 

「それくらい知ってる。コミュニティ名は【幻想魔導書群(グリムグリモワール)】。全200篇以上の魔書から悪魔を呼び出し、脅威の召喚士の統べたコミュニティだろ?」

 

 

大樹は平気な顔で言う。それを見た白夜叉の顔が驚愕に染まる。

 

 

「おんし………一体どこまで知っているのだ……?」

 

 

「遠い屋敷の書庫で見たんだよ」

 

 

白夜叉は俺を見て驚いていた。姫羅の屋敷の書庫は凄かったな。まぁ見なければ良かったって本がいっぱいあるが…。

 

 

「てか、十六夜とジン。お前ら知っていただろ」

 

 

「ああ、めんどくさい説明ご苦労様だ」

 

 

俺は十六夜を殴りたいという気持ちを抑えて十六夜を笑顔で微笑んだ(ただし目は笑っていない)

 

 

「大樹が書庫の整理をしていたおかげで見やすかったぜ」

 

 

「整理整頓。小学校で習っただろうが」

 

 

「話がずれてるわよ」

 

 

俺と十六夜の会話はアリアによって中断された。

 

 

「対策とかは無いのかしら?」

 

 

「あるぞ。これに記してある」

 

 

優子の質問に白夜叉は一枚の紙を取り出した。

 

 

 

『火龍誕生祭

 

一、一般参加は祭典内でコミュニティ間のギフトゲームを禁ず。

 

二、【主催者権限(ホストマスター)】を所有する参加者は祭典のホストに許可無く入ることを禁ず。

 

三、祭典区域で参加者の【主催者権限】の使用を禁ず。

 

四、祭典区域に参加者以外の侵入を禁ず。

 

【サウザンドアイズ】【サラマンドラ】』

 

 

 

「大樹。こんなルールで大丈夫か?」

 

 

「大丈夫だ。問題ない」

 

 

「「「「「………?」」」」」

 

 

「ダメだ十六夜。このネタは俺たちにしか通じない」

 

 

「ああ、俺としたことが失敗した」

 

 

俺と十六夜は悔しがった。くそ、もっと分かりやすいネタにするべきだった…!

 

 

「え、えっと確かにこのルールなら魔王が襲ってきても【主催者権限】を使ってギフトゲームを強要することは不可能ですね!」

 

 

「【ラッテンフェンガー】が魔王だとしても参加者だから無意味になったわね」

 

 

黒ウサギはルールを読み、安心したように言う。美琴もホッしていた。

 

 

……………何故だろう。納得がいかない。

 

 

俺にはどうにも引っかかってしまう。魔王は予言通り必ず現れる。なら、このルールを知った上で現れるはずだ。魔王は必ず対策を立てる……はず。

 

 

「これは最低限の対策だ。万が一のときはおんしらの出番だ。頼むぞ」

 

 

白夜叉の言葉に全員がうなずいた。だが、ルールの違和感を考えていたせいで、俺の耳には届かなかった。

 

 

「それではもう今日は寝るとするか」

 

 

十六夜の言葉に次々と席を立ち、部屋を出て行った。

 

 

「はぁ……考えても仕方ないか。あ、そうだみんなに……って誰も居ねぇ!?」

 

 

まだ吊るされてるよ!?もしもーし!!

 

 

________________________

 

 

舞台区画の舞台の中央には黒ウサギが居た。

 

黒ウサギはマイクを持ち、笑顔で言う。

 

 

『長らくお待たせしました!火龍誕生祭のメインゲーム【創造主達の決闘】決勝戦を始めたいと思います!進行および審判は【サウザンドアイズ】専属ジャッジでお馴染み、黒ウサギがお務めさせていただきます♪』

 

 

「「「「「うおおおおおォォォ!!」」」」」

 

 

その瞬間、会場のボルテージが最高潮になった。

 

 

「月の兎が本当にきたあああああァァァ!!」

 

 

「黒ウサギいいいいいィィィ!!」

 

 

「今日こそスカートの中を見てみせるぞおおおおおォォォ!!」

 

 

その歓声に黒ウサギは怯ませた。

 

 

「ず、随分人気者ね…」

 

 

飛鳥はその光景、観客に対してドン引きだった。

 

飛鳥たちが居るのは運営本陣の特別席にみんな座っていた。後ろにはサンドラとマンドラが居る。

 

 

「ねぇ白夜叉。【ウィル・オ・ウィスプ】ってそんなに強いの?」

 

 

美琴が白夜叉に尋ねる。

 

 

「一筋縄ではいかんだろうな」

 

 

「耀に勝ち目はあるのかしら?」

 

 

「ない」

 

 

アリアの言葉をバッサリ切り捨てた。

 

 

「相手のコミュニティには【アレ】が居る。勝つのは不可能だろう」

 

 

「そんなに強いのか。出とけばよかったぜ」

 

 

白夜叉は首を横に振る。十六夜は興味深そうに舞台を見続ける。

 

 

『そ、それでは入場していただきましょう!』

 

 

黒ウサギの進行が進む。

 

 

『第一のゲームプレイヤー【ノーネーム】の春日部 耀と』

 

 

耀が紹介と共に舞台に上がって来た。その瞬間、

 

 

ゴオォッ!!

 

 

「ッ!?」

 

 

耀の目の前に火の玉が通りかかった。耀は後ろに尻もちをついた。

 

 

「見て見て見たぁ?ジャック?【ノーネーム】の女が無様に尻もちついてる!」

 

 

舞台にはゴシックロリータの派手なフリルを着たツインテールの少女が居た。その隣には、

 

 

「やっふうううううゥゥゥ!!」

 

 

ランタンを持ったかぼちゃのお化けが笑いながらいた。

 

 

「【ウィル・オ・ウィスプ】のアーシャ=イグニファトゥス様とジャック・オー・ランタンだ!素敵に不敵にオモシロオカシク笑ってやるよ!」

 

 

「自己紹介どうも。じゃあ次はこっちの番か?」

 

 

耀が入って来た入り口から声が聞こえた。

 

 

「………そういえば耀の補佐って誰かしら?」

 

 

「いや、もうあいつだろこれ」

 

 

優子の質問に十六夜は苦笑いで答える。

 

 

「白夜叉。勝率は上がったんじゃないの?」

 

 

何故かアリアはドヤ顔で言う。白夜叉は手で頭を抑えた。

 

 

「その方はお強いのですか?」

 

 

「強いっていうレベルじゃないぞアレは」

 

 

何も知らないサンドラに十六夜が答えた。

 

舞台には一本の刀を持った少年が上がって来た。少年はTシャツを着ており、後ろには『一般人』と書かれた文字が目立っていた。

 

 

「オマエ、補佐役か?」

 

 

「ああ、コミュニティ【ノーネーム】の」

 

 

少年は耀の手を引っ張り、耀を立ち上がらせる。

 

 

「春日部 耀」

 

 

「その補佐、楢原 大樹だ」

 

 

最強の問題児、大樹が登場した。

 

 

________________________

 

 

【大樹視点】

 

 

「大丈夫か、耀」

 

 

「うん、平気」

 

 

俺は耀の服についた埃を払う。

 

昨日の夜、血が頭に上って、ぐったりしていた俺は耀に助けられた。助けたお礼に決勝戦で一緒に出るように頼まれたのだ。特に断る理由は無かったので承諾した。

 

 

「私の晴れ舞台の相手を【ノーネーム】ができるんだ。泣いて感謝しろよ?この名無し」

 

 

「美琴!アリア!優子!俺、頑張るから見ててくれよー!」

 

 

「飛鳥。十六夜。見てて」

 

 

「無視してんじゃねぇ!!」

 

 

対戦相手が何か言っていたが、優先順位は美琴たちが上なので無視した。

 

 

『さ、さっそくゲームを開始させていただきます!白夜叉様、どうぞ!』

 

 

黒ウサギは慌てて進行させる。黒ウサギに言われた白夜叉は立ち上がり、ギフトカードを取り出す。

 

 

「うむ。それでは主催者としてゲームの舞台を展開させていただこう」

 

 

そして、白夜叉のギフトカードが光り、

 

 

 

 

景色が変わった。

 

 

 

 

 

「うおッ!?」

 

 

「ッ!?」

 

 

俺と耀は驚く。相手のアーシャも驚愕していた。

 

上を見ても木。下を見ても木。左も。右も。上下左右全てが木で覆われていた。森や林の中ではない。

 

 

「此処、樹の根に囲まれた場所?」

 

 

ここは巨大な樹の根に囲まれた大空洞。耀はすぐに分かった。

 

 

「あらあらそりゃあどうも教えてくれてありがとうよ。そっか、ここは根の中なのねー」

 

 

アーシャは馬鹿にしながら独り言のように言う。ほう、仕返しが必要だなこれは。

 

 

「っとアーシャは騙されたことに気付かなかった」

 

 

「騙されてるの!?」

 

 

「っとアーシャは騙されたことに気付かなかった」

 

 

「舐めてんのか!?」

 

 

わかった。こいつアホの子だ。

 

 

「ッ!?」

 

 

俺はアーシャの後ろにあるモノを見て驚愕する。

 

 

「な、なんだよ!?」

 

 

「いや、別に?え、なに?何かあると思った?残念なにもありませんでしたwwww」

 

 

驚愕したフリをした。大人げないぞ、俺。

 

アーシャからブチリっという何かが切れたような音が聞こえてきた。

 

 

「こ、この『ゲームの舞台は箱庭の南側にある【アンダーウッド】の樹木の大空洞になりました!』

 

 

アーシャが怒鳴ろうとしたとき、黒ウサギの声が聞こえ、アーシャの声を掻き消した。アーシャは涙目だ。ドンマイ。

 

 

『それではゲームルールの説明です!』

 

 

 

『ギフトゲーム名 【アンダーウッドの迷路】

 

・勝利条件

 

 ・プレイヤーが樹木の根の迷路より野外に出る。

 

 ・対戦相手のギフトの破壊。

 

 ・対戦プレイヤーが勝利条件を満たせなくなった場合(降参を含む)

 

・敗北条件

 

 ・対戦プレイヤーが勝利条件を一つ満たした場合。

 

 ・上記の勝利条件を満たせなくなった場合』

 

 

 

『以上【審判権限(ジャッジマスター)】の名において、ここにゲームの開始を宣言します!』

 

 

そして、ゲームが始まった。

 

 

「アーシャって【ウィル・オ・ウィスプ】のリーダーなのか?」

 

 

俺はゲームが始まったのにも関わらず、アーシャに質問する。

 

 

「え?あ、そう見えちゃう?嬉しいなぁ♪」

 

 

アーシャは機嫌を直し、照れる。

 

 

「違うのか?」

 

 

「残念なことにこのアーシャ様はリーダーじゃない」

 

 

「まぁ知ってるけど」

 

 

「オマエ本当にムカつく!!」

 

 

こんなアホっぽい子がリーダーとかもうダメだろ。いろいろと。

 

 

「よし、いいことを教えてやろう」

 

 

「もう聞くかよそんなこと!」

 

 

「え?聞かなくていいの?本当に?マジで?損するよ?」

 

 

「もう嫌だコイツ!!」

 

 

精神的にやられ始めたアーシャ。もうノックアウト寸前。

 

 

 

 

 

「耀ならもう行ったぜ」

 

 

 

 

 

「………………あッ!」

 

 

俺が気を逸らしているうちに耀は消えていた。

 

 

「お、追いかけるぞジャック!」

 

 

アーシャはかぼちゃのお化け。ジャックの頭に乗り、耀を急いで追いかける。

 

 

「隙あり」

 

 

「「!?」」

 

 

 

 

 

その瞬間、上から耀が降って来た。

 

 

 

 

 

ゴスッ!!

 

 

耀の蹴りがジャックの頭であるかぼちゃに当たった。アーシャとジャックは一緒に後ろに吹っ飛ぶ。

 

さすがに耀がどこかに行けばそこのかぼちゃ頭のジャックに気付かれる。なら、どこかに隠れて気配を消し、あたかもゴールを目指したかのようにして、不意打ちを狙った方がいいと考えた。俺はアーシャとジャックの気を逸らしている間に耀は隠れることができた。

 

 

「よし、今のうちに行くぞ」

 

 

「うん」

 

 

俺と耀は一緒に走り出した。俺は耀の走るペースに合わせる。なぜなら、

 

 

「俺、出口分からないんだけど?」

 

 

「大丈夫。私は分かる」

 

 

さすがだと思った。

 

耀のギフトは生き物の特性を手に入れる類のギフトだ。

 

例えば、犬ならば自分にも犬と同じくらいの嗅覚が使えたりすることができる。象ならば体重を象の重さに変えたりと万能なギフトなのだ。

 

今の耀は五感は外からの気流で正しい道を把握するという人間離れした能力を使っている。

 

 

「待ちやがれ!」

 

 

後ろからジャックに乗ったアーシャが追いかけてくる。

 

 

ゴオォッ!!

 

 

アーシャは火の玉を俺たちに向かって放った。だが、

 

 

ドゴオォ!!

 

 

後ろを振り向かず、俺と耀は簡単に避けた。

 

 

「なッ!?」

 

 

その光景を見たアーシャは驚愕する。

 

 

ゴオォッ!!ゴオォッ!!ゴオォッ!!

 

 

アーシャはさらに多くの火の玉を放つ。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

それでも俺と耀は簡単に避けた。

 

 

「くそったれ……!」

 

 

アーシャの顔に焦りが生じる。

 

 

【ウィル・オ・ウィスプ】

 

生前罪を犯した為に昇天しきれず現世を彷徨う魂、洗礼を受けずに死んだ子供の魂、拠りどころを求めて彷徨っている死者の魂といったいくつかの意味がある。

 

彷徨っている死者の魂が幽鬼となるのは、悪魔が炎を与えたからだ。そして、それが【ジャック・オー・ランタン】だ。

 

そして、あの火の玉の正体は湖沼や地中から噴き出すリン化合物やメタンガスなどに引火したもの。つまり、自然発火現象。ジャックの持っているランタンの炎とアーシャの出す発火させるためのガス。それを引火させて爆発を引き起こしているのだ。

 

これを見極めれば何も怖くない。

 

 

「悔しいがあとはアンタにまかせるよ。本気でやっちゃって、ジャックさん」

 

 

「わかりました」

 

 

アーシャとジャック。その会話を聞き、俺と耀は驚愕した。

 

 

((ジャック………さん?))

 

 

「失礼、お嬢さん」

 

 

 

 

 

一瞬にして、俺たちの目の前に、ジャックが現れた。

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

耀は驚愕した。

 

 

ドゴッ!!

 

 

ジャックの拳が耀に向かって放たれた。だが、俺はその前に耀の前に立ち、俺の腹に撃ち込まれた。

 

 

「ぐッ!?」

 

 

俺は後ろに勢いよく吹っ飛び、樹木の中に叩きつけられた。

 

 

「大樹!」

 

 

耀が大樹の名前を呼ぶ。だが、砂埃が視界を邪魔して状況が分からない。

 

 

「早く行きなさいアーシャ。この二人は私が足止めします」

 

 

「……悪いねジャックさん。本当は私の力で優勝したかったんだけど……」

 

 

「原因は貴女の怠慢と油断です。猛省しなさい」

 

 

アーシャはゴールに向かって走り出す。

 

 

「待っ」

 

 

「待ちません」

 

 

耀の言葉をジャックが被せる。

 

 

「貴女はここでゲームオーバーです」

 

 

ゴオオオオオォォォ!!

 

 

 

 

 

ジャックの後ろに巨大な炎柱が巻き上がった。

 

 

 

 

 

「私は【生と死の境界に顕現せし大悪魔】、ウィラ=ザ=イグニファトゥス製作の大傑作ギフト。ジャック・オー・ランタンでございます♪」

 

 

(【ウィル・オ・ウィスプ】のリーダーが作ったギフト…!?)

 

 

ジャックの言葉に耳を疑った。

 

 

「アーシャの炎は悪魔の炎で間違いありませんよ」

 

 

「え?」

 

 

「外界では人間たちにも理解できるようにわざと化学現象としてガスを放出しているのです」

 

 

「な、なぜそんなことを…?」

 

 

「死体がそこに埋まっていることを人間に知らせるためですよ」

 

 

ジャックは説明する。

 

 

「我々に纏わる逸話をご存じなのでしょう?我々の蒼き炎は報われぬ死者の魂を導く篝火。遺棄された哀れな魂を救うメッセージなのです」

 

 

「………もしかしてアーシャは」

 

 

「地災で亡くなり、彷徨っていたところをウィラが引き取り地精となった魂です」

 

 

ジャックは続ける。

 

 

「炎にガスを使用していたのは大地の精霊として立派に力をつけはじめた証拠。だからこそ」

 

 

ジャックの雰囲気が変わった。

 

 

「あの炎をただの化学現象だと誤解されることは侮辱に等しいのでございます」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

ジャックの後ろの炎柱がさらに強く舞い上がる。

 

 

「いざ来たれ己が系統樹をもつ少女よ。聖人ペテロに烙印を押されし不死の怪物、ジャック・オー・ランタンがお相手しましょう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前の相手は俺だ、かぼちゃ頭」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドゴンッ!!

 

 

ジャックの頭に踵落としが振り下ろされた。

 

 

「ッ!?」

 

 

ジャックの頭は木にめり込み、貫通して下に落下した。

 

 

「大樹…!」

 

 

「アーシャを追え!はやく!」

 

 

「分かった!」

 

 

耀は急いでアーシャを追いかけるために走り出した。

 

 

「逃がしませんよ!」

 

 

「邪魔すんじゃねぇ!!」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

ジャックの拳と大樹の拳がぶつかり合った。

 

衝撃が強すぎて周りの木々が揺れる。

 

 

「【無刀の構え】!」

 

 

ジャックの腕を弾く。がら空きになったジャックの腹に、

 

 

「【黄泉送り】!!」

 

 

ドゴッ!!

 

 

「ぐッ!?」

 

 

ジャックの腹に俺の拳が見事に決まった。ジャックは後ろにある木に勢いよくぶつかる。

 

 

「何が侮辱に等しいだ。先に侮辱してきたのはそっちだろうが」

 

 

「それは彼方も同じじゃないですか?」

 

 

ジャックはゆっくりと体制を整える。

 

 

「そうだな。じゃあ……」

 

 

俺は左手に持った刀を、

 

 

 

 

 

「戦争だ、クソ野郎」

 

 

 

 

 

右手で抜いた。

 

 

________________________

 

 

舞台上にはギフトゲームが中継されていた。

 

観客は盛り上がっておらず、静かにゲームを見ていた。いや、絶句していた。

 

 

大樹とジャックの戦いに。

 

 

両者の姿は到底目で追い切れないほど速い動き。一発一発の攻撃が大地を砕くほどの力を持った攻撃。まるで雲間に轟く雷鳴の如く。

 

両者は常軌を遥かに逸していた。

 

 

「彼は一体何者なんですか……!」

 

 

サンドラは驚愕しながら呟く。隣にいるマンドラの表情も驚愕に染まっていた。

 

 

「あのジャックっていう奴もなかなかやるわね」

 

 

「大樹と互角に戦っているわ……!」

 

 

「いや、違うな」

 

 

アリアと美琴の言葉を十六夜は否定する。

 

 

「圧倒的に大樹が強い」

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

全員が驚愕した。

 

 

「ちゃんと一度は大樹と戦って見てぇな」

 

 

「呑気なこと言ってないでどういうことか説明してくれないかしら?」

 

 

状況が分からない飛鳥が十六夜に尋ねる。

 

 

「見てれば分かるぜ。ほら」

 

 

その言葉にみんなが中継された映像を見る。

 

 

『これで終わりです!!』

 

 

ジャックの目の前に巨大な炎の玉が現れる。大空洞の天井から床までギリギリの大きさの炎の玉が大樹に向かって放たれた。避けることは不可能。

 

 

「大樹君!!」

 

 

優子は悲鳴に近い声で大樹の名前を呼ぶ。誰もが勝敗を決したと思った。

 

 

『一刀流式、【風雷神の構え】』

 

 

大樹は鞘を投げ捨て、両手で刀を持つ。

 

 

「【覇道華宵】!!」

 

 

一撃必殺の威力を秘めた斬撃で、

 

 

 

 

 

炎の玉を真っ二つにした。

 

 

 

 

 

「「「「「はあああああァァァ!?」」」」」

 

 

『なんとッ!?』

 

 

観客の口が一斉に開いた瞬間であった。ジャックは動揺を隠しきれない。

 

 

「……大樹って恩恵が無いのにどうしてあそこまで強いのかしら?」

 

 

「何度も言うけど考えちゃダメよ」

 

 

飛鳥の質問に美琴は首を振る。その会話を聞いたサンドラとマンドラは顔を真っ青にした。

 

 

「恩恵が……無いだと……!?」

 

 

「あやつは正真正銘【ラプラスの紙片】に反応が無かった唯一の人物だ」

 

 

マンドラの言葉に白夜叉は戦いを見ながら答える。

 

 

『うおおおおおォォォ!!』

 

 

大樹は右手に刀を持ち、投槍の要領でジャックに向かって音速のスピードで投擲した。

 

 

『ッ!』

 

 

ジャックは何とか横に避けてかわす。

 

 

 

 

 

それが失敗だった。

 

 

 

 

 

『チェックメイトだ』

 

 

『!?』

 

 

ジャックの目の前に大樹がいた。

 

 

(投げた剣はブラフだったのですか!?)

 

 

ジャックは急いで腕を交差させ、衝撃に備えるが、

 

 

『【無刀の構え】』

 

 

それも失敗に終わる。

 

 

『【鳳凰炎脚】!!』

 

 

大樹は両足をジャックに叩きつけた。

 

 

ドゴッ!!

 

 

重く鈍い音が響く。ジャックは一瞬にして後方に飛ばされ、再び木に叩きつけられた。

 

 

『ッ!?』

 

 

『とどめだ!!』

 

 

すでに大樹は目の前まで距離を詰めており、大樹の右ストレートがジャックの顔面に、

 

 

 

 

 

『勝者、【ノーネーム】!!』

 

 

 

 

 

 

『『え?』』

 

 

「「「「「え?」」」」」

 

 

黒ウサギの声が空洞全体と舞台に響き渡り、大樹とジャックが舞台の上へと戻って来た。観客もプレイヤーも状況が理解できない。

 

 

「大樹!」

 

 

「よ、耀?…………まさか」

 

 

 

 

 

「うん、出られた」

 

 

 

 

 

ここにいる全員が納得した。

 

 

________________________

 

 

【大樹視点】

 

 

ゲームは終了した。でも、

 

 

「とどめだあああああァァァ!!」

 

 

「ダメに決まっているでしょこのお馬鹿様!!」

 

 

バシンッ!!

 

 

黒ウサギにハリセンでぶっ叩かれて出来なかった。ちくしょう。

 

 

「【ノーネーム】の御二人方」

 

 

ジャックが俺たちに声をかける。

 

 

「アーシャの無礼と【ノーネーム】の実力を甘く見ていたことに対して深くお詫び申し上げます」

 

 

隣にはアーシャもいた。二人は謝って来た。

 

 

「いや、俺たちもからかって悪かったな」

 

 

「ごめんなさい」

 

 

俺と耀は素直に謝る。

 

 

「まぁこれから仲良くしようぜ、アーシャにジャック」

 

 

「ヤホホホ!こちらこそよろしくお願いします。今度はぜひ私たちのコミュニティに遊びに来てください」

 

 

俺とジャックは笑い合う。

 

 

「次は絶対私が勝つからな!覚えとけよ!」

 

 

「次も私が勝つ」

 

 

だが残りの二人は火花を散らしていた。仲良くしろよお前ら。

 

 

「あ、俺の刀………」

 

 

「あそこに落ちてますよ」

 

 

俺は刀が無いことに気付いた。ジャックは舞台の隅に落ちていることを教えてくれた。

 

刀と鞘を拾い上げ、右手に持つ。

 

 

「さてと…」

 

 

俺は空を見上げる。

 

 

 

 

 

「やっぱり来やがったか」

 

 

 

 

 

空からはたくさんの黒い羊皮紙が降ってきた。

 

 

ゴオォッ!!

 

 

「ッ!?」

 

 

黒いオーラが白夜叉を包み込んだ。

 

 

「白夜叉!?」

 

 

「チッ!」

 

 

アリアは驚き、十六夜は白夜叉を包み込んだ黒いオーラを殴る。だが、ビクともしなかった。

 

 

「俺の力でも破れそうに無い……なんだこれは」

 

 

「みんな!あれを見て!!」

 

 

十六夜はその黒いオーラを睨み付ける。飛鳥は空を指さす。

 

 

上空には四つの影があった。

 

 

露出の多い白装束を纏う白髪の二十代半ば程の女性。黒い軍事服を着た短髪黒髪の男。白黒の斑模様のワンピースを着た少女。その後ろには全長15mはあろう全身に風穴が空いた巨大な怪物。

 

 

そう、彼らが……

 

 

 

『ギフトゲーム名 The PIED PIPER of HAMELN

 

・プレイヤー一覧

 

 現時点で三九九九九九九外門・四〇〇〇〇〇〇外門・境界壁の舞台区画に存在する参加者・主催者の全コミュニティ。

 

・プレイヤー側 ホスト指定ゲームマスター

 

 太陽の運行者・星霊 白夜叉

 

・ホストマスター側 勝利条件

 

 全プレイヤーの屈服・及び殺害。

 

・プレイヤー側 勝利条件

 

一、ゲームマスターを打倒。

 

二、偽りの伝承を砕き、真実の伝承を掲げよ。

 

 

宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。

 

【グリムグリモワール・ハーメルン】印 』

 

 

 

「魔王だ………魔王が現れたぞおおおおおォォォ!!」

 

 

観客席の一人が叫び声を上げた。

 

 

災厄の魔王が現れた。

 

 

 





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火龍誕生祭 サヨナラ編

バッドエンドは嫌いです。


バッドエンドは嫌いです。


大事なことなので二回書きました。


続きです。




魔王の襲来を聞いた観客は皆一斉に逃げ始めた。

 

 

「どうして!?魔王はルールで封じたはずじゃないの!?」

 

 

「だったら奴らはルールに則った上で現れたんだ」

 

 

優子の疑問の声に十六夜は答える。

 

 

「十六夜とレティシアは魔王の撃退に迎え!残りの者は一般人の避難をさせるんだ!今の白夜叉は動けない。【サラマンドラ】と協力してまずは守りを固めろ!」

 

 

「「「「「了解!」」」」」

 

 

「チッ、【名無し】が………お前たち!【ノーネーム】の指示を聞きつつ住民の避難を優先しろ!」

 

 

俺の指示に従って皆が動き出す。マンドラも仕方なく俺の指示に従ってくれた。

 

 

「飛鳥と耀。それにジンは白夜叉の所に行け!あいつが出られない理由が少しでも分かるかもしれない!」

 

 

「だ、大樹さんは!?」

 

 

ジンが俺に質問する。

 

 

 

 

 

「俺はあいつらの相手だ」

 

 

 

 

 

「え?」

 

 

「へぇ気付いてたんだ」

 

 

俺は空を睨む。いや、透明化して隠れている奴らを睨む。

 

 

ヒュンッ

 

 

俺の睨む先の空間が光る。現れたのは二人の男女。宙に浮いた二人はこちらを見ている。

 

 

「僕とは初対面だな。初めまして」

 

 

「私は二度目です」

 

 

女には見覚えがあった。忘れたくても忘れられなかった人。

 

 

「双葉……!」

 

 

「違いますよ。私はリュナです」

 

 

白い衣を着て、黒い弓を持った少女。リュナがいた。

 

 

「あれ?リュナちゃん、名前間違われてるよ?」

 

 

リュナの隣には黒いコートを着た二十代後半くらいの男がいた。男の着ているコートは踵まで長く伸ばし、髪は金髪のショートカットをしており、コートの中にはタキシードのような礼儀正しそうな服を着ていた。執事に近い格好だ。

 

 

「はやく仕事をしてください、バトラー」

 

 

「あー、リュナちゃんダメだよ。僕はまだ彼に名前を名乗ってないのに……」

 

 

「あなたは前回失敗したのですよ?真面目にやってください」

 

 

男の名はバトラーというらしい。

 

 

「はぁ……せっかく最強神の保持者なんだから自己紹介くらいさせて欲しかったのに…」

 

 

男はため息を吐く。

 

 

「楢原君だね。僕は【デメテル】の保持者、バトラー。以後、お見知り置きを」

 

 

「ジン。はやく行け」

 

 

俺はジンを白夜叉のところに行かせる。こいつらは……今までの奴らと格が違う。

 

 

「……【デメテル】の保持者ってどういう意味だ」

 

 

「ん?あ、そうかそうか。まだ知らないんだったね楢原君は」

 

 

俺の質問にバトラーは手を叩いて笑う。

 

 

 

 

 

「君は神から力を貰っているでしょ?」

 

 

 

 

 

「なッ!?」

 

 

何で知っているんだ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕もリュナちゃんも同じなんだよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだと……!?」

 

 

聞き間違いかと思った。違う。

 

 

「ここにいる三人。僕たちはそれぞれ違う神から力を貰っているんだよ」

 

 

「……………」

 

 

俺は黙って聞くしか無かった。

 

 

「僕はオリンポスの十二神、【デメテル】から力を貰っているんだ。リュナちゃんは」

 

 

「もう無駄口を叩かないで下さい。もう始めますよ」

 

 

「えー、もうそんな時間なの?仕方ないな…」

 

 

リュナがバトラーの会話を止めた。渋々バトラーは話すのをやめる。

 

 

「じゃあ話の続きは仕事が終わってからだ」

 

 

「仕事…?」

 

 

バトラーは満面の笑みを浮かべながら言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう!君が連れてきた女の子をこの世界から消すんだよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なッ!?」

 

 

愕然とした。

 

 

「な、何を言っているんだ……お前……!?」

 

 

「だーかーら、この世界からバイバイするんだよ?」

 

 

「ふざけるな!何で美琴たちを殺す必要があるんだよ!」

 

 

「あるからするんだろ?」

 

 

冷静な。いや、冷徹な声にゾッとした。バトラーは本気だ。

 

 

「やらせねぇ……絶対にやらせねぇ!!」

 

 

「意気込みはバッチリって?じゃあ始めようか」

 

 

パチンッ

 

 

バトラーは右手で指をならす。

 

 

ドゴッ、ドゴッ、ドゴッ

 

 

「ぁ………ぅ……」

 

 

「………ぁ…………」

 

 

「あぁ…………」

 

 

土の人形が地面から出てきた。

 

 

(こいつらはあの時の…!?)

 

 

ガルドとのギフトゲームの時に現れた土人形と全く同じ系統だ。

 

 

「それじゃあリュナちゃん。僕は楢原君を足止めするからよろしくね」

 

 

「はい」

 

 

そう言ってリュナは背中から白い翼を出し、消えた。違う、透明化したのだろう。

 

 

「待て!!」

 

 

「ダメだよ。僕の相手だって………言ってるでしょ!!」

 

 

三体の土人形が一瞬にして大樹との距離を詰めた。

 

 

 

 

 

だが、そこに大樹はいない。

 

 

 

 

 

「なッ!?」

 

 

バトラーは驚愕した。一瞬にして消えたのだ。

 

 

「違う………後ろか!!」

 

 

バトラーは後ろにいる気配に気づく。後ろを振り向くと遠くに大樹が逃げているのを確認できた。リュナを追いかけているのだろう。

 

 

「逃がさないよ…!」

 

 

バトラーは笑みをこぼした。悪魔のような笑みを。

 

 

________________________

 

 

(いたッ!)

 

 

俺は音速のスピードで街を駆け巡り、美琴たちを見つけた。

 

避難が終わり、三人とも魔王の撃退に向かっているところみたいだった。

 

 

「みんな!」

 

 

「大樹!どうしたの!?」

 

 

俺はリュナよりはやく美琴たちに追い付くことができた。美琴が俺の側まで寄ってくる。

 

 

「みんな今すぐ逃げてくれ!」

 

 

「な、何を言っているのよ!魔王が来ているのに逃げるだなんて…」

 

 

「そんなことどうでもいいんだよ!いいから逃げろ!!」

 

 

「だ、大樹君?」

 

 

俺の言葉にアリアは反論するが、俺は強く言う。優子は俺の異常な態度に驚く。

 

 

「時間が無い!今すぐここから…!」

 

 

「見つけました」

 

 

背筋が凍った。

 

振り返ると、リュナが黒い弓を構えていた。

 

 

「クソッ!!」

 

 

俺は無理矢理アリアと優子の手を握る。

 

 

「逃げるぞ!美琴もついて来い!」

 

 

「そこまでだよ、楢原君」

 

 

ガシッ!!

 

 

俺の足に地面の土が強く纏わりついた。

 

 

(しまった!?)

 

 

俺の足は全く動かない。どんなに力を入れても。

 

 

「一人」

 

 

リュナが美琴に向かって弓を構える。

 

 

「逃げろ美琴!!」

 

 

「出来ないわよ!!あんたを置いてなんか!」

 

 

美琴はポケットから超合金で出来たコインを取り出す。

 

 

チンッ

 

 

「大樹を……放しなさい!!」

 

 

美琴はコインを弾き、

 

 

ズキュウウウウンッ!!!!

 

 

空気を切り裂くような音が響いた。全てを破壊する超電磁砲はバトラーに向かって放たれた。

 

 

「無駄だよ」

 

 

バトラーの目の前に、三体の土人形が飛び込んできた。

 

土人形は形を変え、丸い盾となった。

 

 

ドスンッ!!

 

 

鈍い音が鳴り、

 

 

 

 

 

超電磁砲が弾け、消滅した。

 

 

 

 

 

「そ、そんな………!?」

 

 

美琴は驚愕する。そして、

 

 

「避けろ!!美琴おおおおおォォォ!!」

 

 

「え?」

 

 

リュナが美琴に向かって矢が放たれた。

 

俺の声が街全体に響き渡る。だが、

 

 

 

 

 

ドスッ!!

 

 

 

 

 

遅かった。

 

 

「………ぁ…!」

 

 

美琴が小さく呻く。

 

 

 

 

 

美琴の背中から一本の黒い矢が貫通した。

 

 

 

 

 

シュパンッ

 

 

その瞬間、美琴の体が光り、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ぁ………あぁ……!」

 

 

俺の声は言葉にならなかった。

 

目の前の現実が信じられなかった。

 

 

「嘘………でしょ………?」

 

 

「い、いやぁ………!」

 

 

アリアと優子は目を疑った。目の前で。人が。友が。親友が。

 

 

「二人目」

 

 

「!?」

 

 

リュナは絶望をしている俺たちに弓を構える。俺たちに休みなんてモノは与えない。

 

俺はその言葉を聞き、顔が青くなるのが自分でも分かった。

 

ふざけるな。

 

まだ殺すというのか。

 

 

「逃げろ!アリア!優子!」

 

 

動けない俺は二人から手を放す。アリアと優子は走り出す。

 

 

「逃がさないよ」

 

 

だが、バトラーがアリアと優子の目の前に立ち塞がる。

 

 

「ッ!!」

 

 

優子は首からかけたペンダントを握る。

 

 

シュピンッ!!

 

 

ガラスの箱が優子とアリアを包み込んだ。

 

 

「一分間の時間稼ぎか……」

 

 

バトラーは呆れたように溜め息を吐いた。バトラーはこの能力を知っているようだ。

 

 

一分間。

 

 

(一分間で………こいつらを………)

 

 

俺の中ですでに何かが壊れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(殺すッ!!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギフトカードから一本の刀を取り出す。先祖から受け継いだ最強の刀を。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

俺は両足に纏わりついた土を斬り落とした。

 

 

「ッ!!」

 

 

光の速度でバトラーの目の前まで一瞬で詰める。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

全身全霊を込めた一撃。殺意を込めた一撃。俺はバトラーに死の一撃をぶつけた。

 

バトラーは一番遠くにある壁。境界門まで吹っ飛んだ。境界門の上から下まで亀裂が走る。

 

 

「ああああああああァァァ!!」

 

 

次に俺は光の速度で刀を振るった。かつて幼馴染である双葉。いや、

 

 

 

 

 

人殺しのリュナに向かって!!

 

 

 

 

 

 

「くッ!?」

 

 

リュナに向かって巨大なカマイタチが襲いかかり、

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

飛んでいったバトラーは反対の方向にある境界門まで飛んだ。境界門には横に長い斬撃の跡が刻まれた。

 

 

「はぁ……はぁ……!」

 

 

俺は地面に着地し、息を整える。

 

 

パリンッ!!

 

 

優子とアリアを包んでいたガラスの箱が粉々に砕けた。

 

 

「大樹君……?」

 

 

優子が声をかける。

 

 

最低だ。

 

 

俺は。

 

 

 

 

 

美琴を殺したようなものだ。

 

 

 

 

 

「最低だ……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやいや、君は十分強くて立派だと思うよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の心臓が止まった。

 

 

「…ぁ………」

 

 

俺の後ろにいるのは……

 

 

「いやいや、あの攻撃は僕の左腕を持ってかれたよ」

 

 

 

 

 

背中から白い翼が生えたバトラーが飛んでいた。

 

 

 

 

 

バトラーの左腕は土で出来た義手を作っていた。生身の左腕は無くなったのだろう。バトラーは涼しそうな顔をしていた。

 

 

「リュナちゃんは無傷だなんて僕より化け物だね…」

 

 

「あの程度なら避けれます」

 

 

リュナも翼を広げ、飛んでいた。

 

彼女に至っては無傷。当たってすらいなかった。

 

 

「に、逃げろ……逃げろ!!」

 

 

俺は優子とアリアに向かって叫ぶ。顔を青くさせながら二人は逃げる。

 

 

「ッ!!」

 

 

俺はバトラーに向かって刀を振りかざす。

 

 

「遅いよ」

 

 

ドスッ!!

 

 

「がッ!?」

 

 

バトラーの腕から土で固めた槍が飛んで来た。槍は俺の左肩を貫通する。

 

 

「大樹!!」

 

 

アリアが戻って来てしまった。

 

 

「来るな!!」

 

 

俺は出血の止まらない左肩を抑えながら叫ぶ。アリアは俺の言葉を無視して突き進む。

 

 

ガキュンガキュン!!

 

 

アリアは両手に銃を持ち射撃する。銃弾はバトラーに向う。

 

 

ボスボスッ

 

 

だが、土で出来た槍を盾に変え、防いだ。銃弾が盾にめり込み、軽快な音が響く。

 

 

「二人目」

 

 

リュナが黒い弓を構える。

 

 

「やめろおおおおおォォォ!!!」

 

 

 

 

 

ドスッ

 

 

 

 

 

「うッ…………!」

 

 

 

 

 

黒い矢がアリアの胸に突き刺さった。

 

 

 

 

 

「大、樹……!」

 

 

 

 

 

アリアの小さな声が俺の耳に届く。

 

 

 

 

 

 

シュパンッ

 

 

アリアの体が光り、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また、消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アリアッ!!!」

 

 

優子の叫び声が響く。

 

 

「やめろ!もうやめてくれ!!」

 

 

俺は優子の目の前に立つ。

 

 

「諦めるんだ。楢原君、君の負けだ」

 

 

「ふざけるな!勝ち負けなんかどうでもいいんだよ!!」

 

 

バトラーの言葉に俺は怒鳴る。

 

 

「もうやめてくれ!!頼む!!俺はお前ら言う事なら何でも聞くから!!」

 

 

「バトラー、彼を排除してください」

 

 

リュナの無慈悲な声がバトラーを動かす。

 

 

「少し動かないでくれ、楢原君」

 

 

ドゴッ!!

 

 

「ッ!?」

 

 

地面の土が再び俺の足に纏わりつく。

 

 

「大樹君!!」

 

 

「最後です」

 

 

「やめろおおおおおおおおおおォォォ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドスッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

優子の胸に三本目の黒い矢が突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大、樹……君……!」

 

 

優子は倒れる。

 

 

「優子!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

俺に纏わりついた土が勝手に崩れた。俺は優子に駆け寄り、優子の体を支える。

 

 

「ごめんね……」

 

 

「何で謝るんだよ!」

 

 

どうして!?どうしていつもお前らは謝るんだ!?

 

あの時、双葉が謝ったことを思い出した。

 

 

「アタシ………アタシたち、ね……」

 

 

優子は力を振り絞って声を出す。

 

 

「美琴も…アリアも…………アタシもね……!」

 

 

優子の体が光る。

 

やめろ……やめてくれ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大樹のこと、大好きだから……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シュパンッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

優子が消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで全員です。私は帰りますので……」

 

 

「あとは僕がやるんだろ?分かった分かった」

 

 

リュナの背中の白い翼が光り、姿を消した。

 

 

「……ぁ………!」

 

 

消えた。

 

 

「…あぁ………ああぁ…!」

 

 

何もかも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああァァァァァァァァ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最低。最低だ。

 

俺は膝から崩れ落ちた。

 

何が守るだ。何がずっとそばにいるだ。

 

 

「ふざけるなよッ!!」

 

 

何もできなかった!何も守れなかった!!

 

 

「クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!!クソッ!クソッ!クソッタレが!!!」

 

 

何度も何度も地面に向かって叫ぶ。

 

結局俺はただのクズじゃねぇか!!

 

 

「大丈夫?」

 

 

バトラーが様子を伺いながら俺に話しかける。

 

 

「クソッ!クソッ!………クソッ………………うぅ…!!」

 

 

俺の目から涙がこぼれはじめた。泣いて何かが変わるわけでもないのに。

 

 

俺は無力だった。

 

 

最強だ?どこがだよ。今このありさまを見て、まだ言えるのか、俺は?

 

 

「仕方ない、終わりするよ。いろいろ話したかったけど…」

 

 

バトラーは悲しそうな顔をして、土の槍を大樹に突き付ける。

 

 

「サヨナラだ、楢原君」

 

 

これで終わりだ。二回目の俺の人生。

 

 

こんな人生を迎えるなら一回目で死にたかった。

 

 

美琴と……アリアと……優子と……約束したこと……まだいっぱいあるのに。

 

 

やりたいことも。一緒に行きたい場所も。一緒に見たい景色があった。そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の方から好きという言葉を……言いたかった……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガキンッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なにッ!?」

 

 

バトラーの目の前に透明なガラスの結界のようなモノが大樹を包み込んだ。

 

土の槍は跳ね返される。

 

 

 

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

 

 

 

街の中心にある高い建物に大きな雷が落ちる。

 

 

 

 

 

「全員、ギフトゲームを中断してください」

 

 

 

 

 

雷を落とした人物。

 

 

 

 

 

「【審判権限】が受理されました!これより審議決議を行います!速やかに交渉へと移行してください!!」

 

 

 

 

 

黒ウサギの声が街中に響き渡った。

 

 

「なるほど。楢原君はゲームの参加者。これは契約(ギアス)で守られているのか…」

 

 

バトラー後ろを向く。

 

 

「……一度手を引くよ。また会いましょう、楢原君」

 

 

バトラーは歩き出し、姿を消した。

 

 

「うぅ………ッ!」

 

 

俺は泣くことしか出来なかった。

 

 

自分の無力さを思い知った。

 

________________________

 

 

「そ、そんな………!」

 

 

ジンは膝をついた。

 

 

「本当だ…。俺の目の前で消えた」

 

 

大樹は下を向きながら言う。

 

ここには避難者のほとんどが避難している建物だ。

 

十六夜、ジン、黒ウサギ、大樹。現在この4人だけが動ける者だ。

 

耀、レティシアは魔王にやられ、ベッドに寝ている。飛鳥は行方不明だ。そして、

 

 

「嘘で……ございますよね……?」

 

 

「………………」

 

 

大樹は黒ウサギに回答できない。いや、沈黙は肯定だ。

 

 

「大樹。どうするんだ」

 

 

「何がだ……」

 

 

「ギフトゲームの審議決議に決まってるだろ」

 

 

十六夜の言葉に大樹は

 

 

「ハハッ、今更どうすんだよ」

 

 

笑った。

 

 

「もう俺は………降参だ」

 

 

全員が耳を疑った。あの大樹がこんなことを言うなんて。

 

 

「俺はゲームが始まり次第、俺は絶対に殺される。俺はもう疲れた。休ませてくれ」

 

 

「そんな!?魔王からみんなを守るのではなかったのですか!?」

 

 

ジンが大樹の服を乱暴に掴む。

 

 

「知らん。俺には関係ない…」

 

 

 

 

 

「歯喰い縛れ」

 

 

 

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

その場に居た全員が驚愕した。

 

十六夜の本気の拳が大樹の顔面をぶん殴った。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

大樹は後ろの壁まで吹っ飛び、壁を貫通させた。周りの人たちはざわめく。

 

 

「………気は済んだか?」

 

 

「済むわけねぇだろ」

 

 

大樹は立ち上がる。十六夜は大樹に近づく。

 

 

「俺は【ノーネーム】を脱退する。もう関わらないでくれ」

 

 

「テメェ……!」

 

 

「やめてください!ここで争ったところで何も変わりません!!」

 

 

十六夜が再び殴りかかろうとするが、黒ウサギが止める。

 

 

「大樹さんもしっかりしてください!」

 

 

「ふざけんなよ……」

 

 

大樹の口が開く。

 

 

「ふざけんなよ!何がしっかりだ!俺が今どんな状況に立たされているかも知らないであれこれ言ってんじゃねぇ!!」

 

 

大樹の怒鳴り声が響く。

 

 

大樹の目からは涙がまた流れていた。

 

 

「俺は何度大切な人を奪われるんだよ…!?」

 

 

これ以上は……限界だ。

 

 

「もうたくさんなんだよ……!」

 

 

嗚咽が何度も大樹を襲う。大樹は必死に声を抑える。

 

 

「放っておいてくれ………」

 

 

 

 

 

「いいえ、放っておきません」

 

 

 

 

 

黒ウサギが強く否定した。

 

 

「こんな状態の大樹さんを放っておけません」

 

 

「……うるせぇよ」

 

 

「黒ウサギはずっとそばに居ます…!だから…」

 

 

「黙れ!もう黙ってくれ!!」

 

 

「黙りません!!!」

 

 

「ッ!」

 

 

黒ウサギの未だかつてない大きな声が大樹に向かって放たれた。

 

 

「黒ウサギは心配で心配で心配でたまりませんッ!!何故だか分かりますか!?」

 

 

黒ウサギは俺を抱きしめた。

 

 

「美琴さんやアリアさん。そして優子さんと同じだからです!!」

 

 

黒ウサギは告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「黒ウサギも大樹さんが大好きだからです!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

大樹は耳を疑った。

 

 

「だから黒ウサギは大樹さんを放ってはおけません!黒ウサギは……!」

 

 

黒ウサギも目から涙が溢れ出した。

 

 

「黒ウサギも…!美琴さんが…!アリアさんが…!優子さんが……!」

 

 

黒ウサギは泣きながら叫ぶ。

 

 

「大好きなのですよッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シュピンッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大樹の左手につけてる銀色のブレスレットが光り出した。

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

光は今まで以上に強かった。

 

 

「な、何だよこれ…!」

 

 

大樹が驚く。

 

 

だが、光はすぐに収まった。

 

 

 

 

 

「大樹」

 

 

 

 

 

後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。

 

 

その声は何度も俺をいろんな場所で助けてくれた。

 

 

俺は振り返る。

 

 

 

 

 

「………原田」

 

 

 

 

 

不思議と驚きはあまりなかった。

 

坊主頭をした少年。白いコートを着た原田 亮良が歩いて来た。

 

 

「宮川もいるぜ」

 

 

原田は後ろを指さす。後ろには原田と同じ白いコートを着た宮川 慶吾がいた。宮川の髪は黒髪から白髪に変色しており、全身が真っ白に統一されていた。宮川は何もしゃべらない。

 

 

「何で……俺を知っているんだ……」

 

 

原田たちは俺を知らないはずだ。前の世界でもそうだったはずだ。世界が違うのだから。

 

そもそも何でこいつらがいるんだ。

 

 

「今は記憶が戻ってんだよ」

 

 

「何を言っているんだよ!」

 

 

話が全く噛み合わない大樹と原田。

 

 

「大樹と黒ウサギは俺から話がある」

 

 

原田は真剣な目で言う。

 

 

 

 

 

「まだ希望はある」

 

 

 

 

 

________________________

 

 

【大樹視点】

 

 

俺と黒ウサギは原田に連れられ、人気のない部屋にいた。

 

 

「さて、まず大事なことを言おう」

 

 

宮川は部屋の入り口で見張りをしている。原田は俺の顔を見て言う。

 

 

「御坂 美琴、神崎・H・アリア。そして木下 優子の三名は」

 

 

「聞きたくない。そんな報告…」

 

 

俺はドアに手を掛ける。

 

 

「自分が一番分かっているんだ。もう……分かっているんだ」

 

 

「大樹さん……」

 

 

黒ウサギが小さな声で呼ぶ。だが、俺は振り返らない。

 

 

「最後まで聞け、大樹」

 

 

原田が俺を止める。

 

 

「お前は聞かなきゃいけない。これからの戦いに備えて」

 

 

「………バトラーか」

 

 

俺はあいつに負けた。俺の必殺の一撃をくらってなお生きている。

 

 

「ああ、あの執事だ」

 

 

「俺はあいつに勝てない。どうにかしてほしいなんてことは頼むなよ」

 

 

「いや、お前はあいつを倒すよ」

 

 

「ハッ、何を根拠に…」

 

 

「あいつを倒すために……いや、あいつを救うために、今からでも強くなれ」

 

 

原田の言葉が理解出来なかった。

 

 

「救う……だと…?」

 

 

「ああ、そうだ」

 

 

「ふざけるな!!あいつは美琴たちを…!!」

 

 

「そこだ」

 

 

「……は?」

 

 

「お前は勘違いしている」

 

 

原田は告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの三人はまだ生きている可能性がある」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

俺は原田に掴みかかる。

 

 

「適当なこと言ってんじゃねぇ!!」

 

 

「本当だ!!」

 

 

「黙れ!!俺はこの目で見た!!目の前で消されたんだ!!」

 

 

「ああ、そうだ!!」

 

 

原田は俺の腕を払いのけ、俺の胸ぐらを掴む。

 

 

 

 

 

「消されたんだ!!死んだのではなく、消されたんだ!!」

 

 

 

 

 

「「ッ!?」」

 

 

俺と黒ウサギは驚愕した。

 

 

「ど、どういことだよ……」

 

 

「あの光はお前も見たことがあるだろ!」

 

 

光。俺は記憶を辿る。

 

 

 

 

 

「まさか………転生したのかッ……!?」

 

 

 

 

 

「転生……?」

 

 

俺の言葉に原田はうなずく。黒ウサギは俺の言葉に疑問に思っていた。

 

 

「生きて……るのかッ…?美琴たちは!?」

 

 

「ああ、可能性はある」

 

 

生きてる。みんな。

 

 

「……った……!」

 

 

俺は両手を顔に当てる。

 

 

「…よかった…!」

 

 

もう出ないと思っていた涙がまた流れた。

 

 

「よかった……みんなが……無事でッ……!!」

 

 

今はただ、可能性があるだけで嬉しかった。

 

 

「大樹さん……」

 

 

黒ウサギが俺を抱き絞める。

 

 

「助けにいきましょう。皆さんを」

 

 

「ぁあッ……!………ああッ!!」

 

 

俺はただ、ただうなずいた。

 

 

________________________

 

 

「もう、大丈夫だ…」

 

 

俺の目は赤く腫れて、目は乾いた。

 

これから転生について話をするはずだ。

 

 

「黒ウサギ、少し外で……」

 

 

「必要ない。むしろ聞くべきだ」

 

 

「……なんでだ」

 

 

「もう隠すのはやめるんだ。ここまで巻き込んだ以上、真実を話すんだ」

 

 

原田の目は真剣だった。

 

 

「美琴たちにも言っていないんだぞ」

 

 

「助けた後、言うんだ」

 

 

「…………分かった」

 

 

俺は決心する。

 

 

「黒ウサギ。話がある」

 

 

「………はい」

 

 

俺の低い声音に黒ウサギは少し驚くが、しっかりと返事をした。

 

 

俺は全てを話した。一度死んだこと。神に力を貰ったこと。いろんな世界に行ったこと。

 

転生というもの全てを話した。

 

黒ウサギは顔を真っ青にして聞いた。当たり前だ。こんなこと普通は信じられない。

 

 

「……そして、俺は今ここにいるんだ」

 

 

全てを話し終えた。

 

 

「俺はバトラーを倒す。美琴を、アリアを、優子を救うために…」

 

 

ハッキリと告げる。

 

 

「俺は違う世界に行く……いや、転生するんだ」

 

 

黒ウサギの目が見開いた。

 

 

「事情は分かりました」

 

 

黒ウサギは俺の名前を呼ぶ。

 

 

「では、黒ウサギも連れていってください」

 

 

「…………それでいいのか?」

 

 

「え?」

 

 

「コミュニティはどうするんだ」

 

 

「そ、それは……」

 

 

黒ウサギは目を逸らした。

 

 

 

 

 

「行けよ、黒ウサギ」

 

 

 

 

 

ガチャッ

 

 

「い、十六夜……!」

 

 

「十六夜さん!?」

 

 

十六夜が入って来た。

 

 

「おい、宮川はどうした!?」

 

 

「あいつならどっかに行ったぞ」

 

 

「はぁ!?」

 

 

原田の大声に十六夜が返す。原田は手で頭を抑えた。

 

 

「何やってんだよ、あいつは……」

 

 

原田は呆れる。

 

十六夜は服の内側から一枚の羊皮紙を取り出す。

 

 

「俺は黒ウサギに命令権を使う。大樹と一緒に行って来い」

 

 

「なッ!?」

 

 

十六夜の持っている羊皮紙が光り、消えた。黒ウサギは驚く。

 

 

「十六夜さん……」

 

 

「コミュニティ再建ならまかせろ。まぁときどきでいいから帰って来い」

 

 

元の世界に帰る。それはできないことだ。

 

 

「……十六夜、それは」

 

 

「できるぞ、大樹」

 

 

十六夜の言葉を否定しようとした時、原田が止める。

 

 

「戻ってくること」

 

 

「は?神はできないって……」

 

 

「嘘を吐いたんだ」

 

 

原田は語る。

 

 

「嘘だと?じゃあ転生した世界が元通りのなるのは……?」

 

 

「嘘だ。今も現在、女の子がいない状態で物語が進んでいる」

 

 

「なッ!?」

 

 

俺の言葉を原田は目を伏せ、申し訳なさそうに否定した。俺はその真実に驚いた。

 

美琴が居ない世界。

 

アリアが居ない世界。

 

優子が居ない世界。

 

どこの世界もパニックになっているはずだ。

 

 

「だが、対策は俺が立てていたから安心しろ。事情があって遠くにいるっとそれぞれの世界に細工をしておいた」

 

 

「でも、あれからどれだけ時間が経っていると思ってんだ!」

 

 

俺は原田の肩を乱暴に掴む。

 

 

「御坂 美琴のいた世界は転生してから10日しか経っていない」

 

 

原田は冷静に答えた。

 

 

「10日!?」

 

 

「神崎・H・アリアのいた世界は2週間。優子のいた世界は2日しか経っていない」

 

 

全く日にちが経っていなかった。

 

 

「な、何でそれだけしか経っていないんだ……」

 

 

「ほとんどの世界はそんなもんだ」

 

 

俺は落ち着き、原田から離れる。

 

 

「でも、俺は神の力が無いと転生できない。そもそも神は今どうしているんだ」

 

 

一度も連絡してこない。俺は心配だった。

 

 

「…………神は大丈夫だ。それよりも、俺の力があればすぐに転生できる」

 

 

「本当か!!」

 

 

原田は目を逸らして答えるが、すぐに俺の方へ顔を向ける。

 

 

「今すぐ美琴たちを……!!」

 

 

「そのためには今ある問題を解決しないといけない」

 

 

原田は急かす俺をなだめる。

 

 

「もうすぐ審議決議が始まる。黒ウサギ、大樹。参加してくれるか?」

 

 

十六夜は俺と黒ウサギを見る。

 

 

「ああ、まかせろ」

 

 

「YES!任せてください!」

 

 

俺と黒ウサギは承諾した。

 

 

「大樹、俺も戦う」

 

 

原田は俺に向かって言う。

 

 

「でも、参加できないはずだろ」

 

 

「だから交渉してくれって言ってんだ」

 

 

「なるほど、分かった」

 

 

俺と原田は笑う。だが、

 

 

「それと、お前に今言わないといけないことが山ほどあるが……とりあえず、これだけは知ってほしい」

 

 

真面目な顔。真剣な目で俺を見る。

 

 

 

 

 

「お前に力を与えている神の正体を…」

 

 

 

 

 

それは、とんでもない真実だった。

 

 

________________________

 

 

「それでは、ギフトゲーム【The PIED PIPER of HAMELN】。その審議決議および交渉を始めます」

 

 

 

『ギフトゲーム名 The PIED PIPER of HAMELN

 

・プレイヤー一覧

 

 現時点で三九九九九九九外門・四〇〇〇〇〇〇外門・境界壁の舞台区画に存在する参加者・主催者の全コミュニティ。

 

・プレイヤー側 ホスト指定ゲームマスター

 

 太陽の運行者・星霊 白夜叉

 

・ホストマスター側 勝利条件

 

 全プレイヤーの屈服・及び殺害。

 

・プレイヤー側 勝利条件

 

一、ゲームマスターを打倒。

 

二、偽りの伝承を砕き、真実の伝承を掲げよ。

 

 

宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。

 

【グリムグリモワール・ハーメルン】印 』

 

 

 

黒ウサギの声が部屋に響き渡る。

 

この部屋には真ん中に横長いテーブルが置かれ、一方には【ノーネーム】と【サラマンドラ】の二つのコミュニティ。反対には魔王のコミュニティ【グリムグリモワール・ハーメルン】が対峙するように座っていた。

 

【ノーネーム】からはジン、大樹、十六夜、黒ウサギ。【サラマンドラ】からはサンドラとマンドラ。計6人が座っている。

 

対する【グリムグリモワール・ハーメルン】は三人。大きな怪物はいなかった。さすがにあの大きさはこの部屋に入れない。

 

 

「まず【主催者】側に問います。此度のゲームですが」

 

 

「不備はないわ」

 

 

黒ウサギの質問に魔王側のコミュニティの一人が答える。

 

 

「白夜叉の封印もゲームクリアの条件もすべて整えた上でのゲーム。審議を問われる謂れはないわ」

 

 

答えたのは白黒の斑模様のワンピースを着た少女だ。

 

 

「……黒ウサギの耳は箱庭の中枢と繋がっております。嘘を吐いてもすぐに分かってしまいますよ?」

 

 

「それを踏まえた上で提言しておくけど、私たちは無実の疑いでゲームを中断させられているわ」

 

 

黒ウサギの言葉に動じない少女。少女は続ける。

 

 

「つまり貴女たちは神聖なゲームに横槍を入れている……ということになる。言っていること分かるわよね?」

 

 

「不正がなかった場合、主催者側に有利な条件でゲームを再開しろ……と?」

 

 

少女の意図をサンドラが汲み取る。

 

 

「……いいでしょう。黒ウサギ、箱庭の中枢へルール確認をお願いする」

 

 

「しなくていい」

 

 

大樹はサンドラの言葉を否定する。

 

 

「勝手なことを言うな!おい、審議を…!!」

 

 

マンドラが無理矢理審議を取らせようとする。

 

 

「したら死ぬぞ、全員」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

容赦のない声が部屋全体に響いた。

 

 

________________________

 

 

俺の冷たい言葉に全員が驚愕した。魔王側の方も少し驚いている。

 

 

「あいつらは有利な条件を手に入れたら何に使うと思う?」

 

 

俺の質問に誰も答えれない。

 

 

「俺の予想ならゲームを再開する時間を決める権利を要求するはずだ」

 

 

「どういうことだ」

 

 

魔王側の少女の目が鋭くなった。マンドラは尋ねる。

 

 

「簡単なことだ。このゲームは長く続けば続くほど俺たちの不利になる」

 

 

「ええい!さっさと言え!!」

 

 

マンドラはいつまでも言わない俺に腹を立てる。

 

 

「落ち着け。なぁ魔王さん」

 

 

俺は前にいる三人組に話しかける。

 

 

「いや、男の方はヴェーザー。女の方はラッテンって名前って言ったな」

 

 

「ああ、合ってる」

 

 

「あなたは誰かしら?」

 

 

「楢原 大樹だ」

 

 

ヴェーザーはうなずき、ラッテンは俺の名前を聞いた。俺は名前を言う。

 

 

「あなた、私の駒にならない?」

 

 

「なるわけないだろ」

 

 

「話がずれてるわよ。はやくいいなさい」

 

 

俺とラッテンの会話を少女が中断させる。

 

 

 

 

 

「ああ、悪かったな。ペスト」

 

 

 

 

 

「「「「「なッ!?」」」」」

 

 

俺の言葉に全員が驚愕した。

 

 

「ど、どういうことですか!?」

 

 

サンドラが焦り、俺に尋ねる。

 

 

【ペスト】

 

高い致死性を持っていたことや罹患すると皮膚が黒くなることから黒死病とも呼ばれる。14世紀のヨーロッパではペストの大流行により、全人口の三割が命を落とした史上最悪の伝染病だ。

 

元々はげっ歯類に流行しやすい病気で、ネズミなどの間に流行が見られることが特に多い。

 

 

「ジン。どうしてか説明できるか?」

 

 

「は、はい。【ハーメルンの笛吹き】に現れる道化が【斑模様】であること。ペストが大流行した原因である【ネズミ】を操る道化であったこと。この二つから貴女は【130人の子供たちはペストである】という考察から生まれた霊格ですね」

 

 

 

『1284年、聖ヨハネとパウロの記念日6月の26日

色とりどりの衣装で着飾った笛吹き男に

130人のハーメルン生まれの子供らが誘い出され

コッペンの近くの処刑の場所でいなくなった』

 

 

 

「正解よ、私の名前は黒死病(ペスト)。私のギフトネームは【黒死病の魔王(ブラックバーチャー)】」

 

 

ペストは正体がバレて、不利になったにも関わらず、笑う。

 

 

「おいおい、そんな余裕丸出しで大丈夫か?」

 

 

「……どういう意味かしら」

 

 

「俺の推測だと…」

 

 

俺は告げる。

 

 

 

 

 

「お前、この町に黒死病(ペスト)を撒いてるだろ?」

 

 

 

 

 

 

全員が絶句した。相手側も。

 

 

「気づいてないと思ったか?」

 

 

「待て!それは本当なのか!?」

 

 

マンドラが大声を出す。

 

 

「ああ、俺たちは最初から嵌められたんだよ。ゲームの再開を遅らせることによって死人を増やす……そうだろ?」

 

 

「……ええ、その通りよ」

 

 

大樹の問いにペストは動揺を隠して答える。

 

 

「ジャッジマスターに提言します!彼らは意図的にゲームの説明を隠していた疑いがあります」

 

 

「やめとけ」

 

 

サンドラの発言をまた大樹が止める。

 

 

「そうだろ、黒ウサギ」

 

 

「はい。ゲーム中断前に病原菌を潜伏させたとしても、その説明を主催者側が負うことはありません」

 

 

「そんなッ……」

 

 

黒ウサギの説明にサンドラは手を強く握る。

 

 

「ねぇ、ジャッジマスターに問うわ。ゲームの再開の日取りは最長でどのくらいかしら」

 

 

「現段階で二週間は可能です。審議は結局取っていないので本来の一ヶ月は無理かと……」

 

 

「なら二週間でいいわ。ゲームの再開は…」

 

 

「待ちな」

 

 

ペストは黒ウサギに質問する。黒ウサギの答えに話を進めようとしたペストを十六夜が止める。

 

 

「交渉をしようぜ」

 

 

「交渉………?」

 

 

十六夜の発言にペストは怪しむ。

 

 

「ああ、お前らは俺たちという人材は欲しくないか?」

 

 

「どういうことかしら?」

 

 

「俺たちが負けたらお前らの傘下になるって言ってんだよ」

 

 

十六夜は笑いながら言う。

 

 

「『主催者側が勝利したら相手のコミュニティを傘下にする』ってルールをつける。再開は3日後にしろ」

 

 

「ダメよ。10日後に再開するわ」

 

 

十六夜の提案に少しは聞き入れるペスト。

 

 

(俺には時間が無いんだ……!)

 

 

大樹は思う。バトラーとの戦い。魔王とのギフトゲームを早く終わらせて美琴たちに会いに行く。そのためには日取りを早くするんだ。

 

 

「なら期限をつけるのはどうだ?」

 

 

十六夜は交渉を続ける。

 

 

「ゲームが再開して24時間以内にゲームを一つクリアしないと無条件で主催者側の勝ちってのは?」

 

 

「………一週間よ」

 

 

まだだ。

 

 

「では、新たな人材を勝負に入れるのはどうでしょうか」

 

 

次にジンが交渉する。

 

 

「新たに原田 亮良さんをゲームに加えます。もちろん、そちらが勝ったら人材はあなたたちのモノです」

 

 

「強いのかしら?」

 

 

「はい。保障します」

 

 

「では6日後よ」

 

 

事前に俺はジンに話をしておいた。だがほんの少しだけしか短縮しなかった。

 

 

「まだだ」

 

 

大樹は交渉を始めた。

 

 

「まだあるのかしら?」

 

 

「ああ、ゲームの再開を明日にしろ」

 

 

俺の発言に全員が耳を疑った。

 

 

「だめです、大樹さん!」

 

 

「ジン。少し静かにしてろ」

 

 

俺はジンを黙らせる。ジンが大声を出したのは明日を避けたいから。理由は謎をまだ解いていないからだろう。

 

 

「『ゲームマスターの打倒』を『主催者側のプレイヤー全員の打倒』にする。それと……」

 

 

ペストは黙って聞く。

 

 

「二つの勝利条件。両方をクリアしないと俺たちの負けで構わない」

 

 

俺の言葉に十六夜以外の者達が驚愕する。

 

 

「………いいけど気に入らないわね」

 

 

少女は俺を怪しむように、警戒するように睨む。

 

 

「あなたはこの状況で勝つつもりかしら?」

 

 

「あぁ、そうだ」

 

 

俺は自信満々に言い切った。

 

 

「…………いいわ。ゲームの再開は明日にしなさい」

 

 

交渉が成立した。

 

 

 

『ギフトゲーム名 The PIED PIPER of HAMELN

 

・プレイヤー一覧

 

 現時点で三九九九九九九外門・四〇〇〇〇〇〇外門・境界壁の舞台区画に存在する参加者・主催者の全コミュニティ。

 

 

・プレイヤー側 ホスト指定ゲームマスター

 

 太陽の運行者・星霊 白夜叉

 

 

・ホストマスター側 勝利条件

 

 全プレイヤーの屈服・及び殺害。

 

 ゲーム再開から24時間後を迎える。

 

 

・プレイヤー側 勝利条件

 

プレイヤーは下記の条件をすべて満たす。

 

一、主催者側の全プレイヤーを打倒。

 

二、偽りの伝承を砕き、真実の伝承を掲げよ。

 

 

・プレイヤー側の禁則事項

 

休止期間中にゲームテリトリーからの脱出。

 

休止期間の自由行動範囲は大祭本陣営より500M四方に限る。

 

・休止期間

 

明日までの期間を相互不可侵の時間として設ける。

 

 

宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。

 

【グリムグリモワール・ハーメルン】印 』

 

 

 

「宣言するわ、貴方は私が倒してあげる」

 

 

ペストは俺に向かって言う。

 

 

「あ、俺は基本参加しないから。特に当日は」

 

 

「「「「「は?」」」」」

 

 

全員の口が開いた。

 

 

「俺にはやることがあるから。このゲームには参加するけど、多分戦わない」

 

 

「貴様……!!」

 

 

「だが!」

 

 

マンドラが俺に掴みかかろうとしたが、俺の強い睨みでマンドラを止める。

 

 

 

 

 

「謎は解いた」

 

 

 

 

 

また全員が驚いた。

 

 

「お前も聞く?ペスト」

 

 

「……ありえないわ。こんな短時間で」

 

 

「130」

 

 

ペストに言い分に、俺は三桁の数字を答える。

 

 

 

 

 

「ステンドグラスは67枚割ればいいのか?」

 

 

 

 

 

 

「「「なッ!?」」」

 

 

俺はニヤリっと笑いながら言う。ペスト、ヴェーザー、ラッテンは驚愕した。

 

 

「どういう意味だ?」

 

 

「俺が『ハーメルンの笛吹き』を話したのは覚えているだろう?」

 

 

俺は説明を始める。

 

 

「勝利条件『偽りの伝承を砕き、真実を掲げよ』。伝承とは『ハーメルンの笛吹き』のことを表している。【ネズミ(ラッテン)】、【地災や河の氾濫(ヴェーザー)】、【黒死病(ペスト)】。お前らは『ハーメルンの笛吹き』を表す霊格なんだろ?」

 

 

俺の言葉に俺の正面にいる三人は答えない。

 

 

「そして、『偽りの伝承』を砕く。じゃあ偽りの伝承とは何か?」

 

 

俺は告げる。

 

 

「思い出せ、碑文を」

 

 

 

『1284年、聖ヨハネとパウロの記念日6月の26日

色とりどりの衣装で着飾った笛吹き男に

130人のハーメルン生まれの子供らが誘い出され

コッペンの近くの処刑の場所でいなくなった』

 

 

 

「……まさかッ!?」

 

 

十六夜は気づいたみたいだ。

 

 

「そう……この碑文には【ネズミを操る道化】が登場していないんだ」

 

 

文には『色とりどりの衣装で着飾った笛吹き男』としか書かれていない。俺は続ける。

 

 

「笛吹き男は【ネズミ捕りの道化】とは書かれていない。つまり…」

 

 

俺は告げる。

 

 

 

 

 

「ネズミを操ることができる【ネズミ捕りの道化(ラッテンフェンガー)】。ネズミを操る道化がもたらした伝染病の【黒死病(ペスト)】。お前ら二人が偽物ということになる」

 

 

 

 

 

「じゃあ!二人を倒せば……!」

 

 

「いや、ダメだな」

 

 

ジンの言葉を否定する。

 

 

「それだと一個目の勝利条件と被る」

 

 

「元々はゲームマスターだけだった。ラッテンを倒せば二つをクリアすることができるというゲームだったのではないのか?」

 

 

「それはありえない」

 

 

マンドラの言葉をしっかりと否定する。

 

 

「さぁここで問題!実は私、楢原 大樹は相手に罠を仕掛け、見事に引っかかりました!それは何でしょうか!」

 

 

「罠だと?」

 

 

俺の言葉にヴェーザーは反応する。

 

そして、十六夜が静かに手を挙げた。

 

 

「はい!十六夜君、お答えください!」

 

 

「大樹が交渉で出した『主催者側の全プレイヤーを打倒』を飲み込んだから」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

全員気づいたみたいだ。

 

 

「正解だ。この条件を飲んでもゲームには全く支障がない。では、何故飲み込んだのか?考えられることは一つ。『偽りの伝承を砕く』方法が他にあるからだ」

 

 

「それがステンドグラスってことか」

 

 

俺の言葉に十六夜が続いた。

 

 

「この街の『偽りの伝承』が描かれたステンドグラスを割り、『真実の伝承』が描かれたステンドガラスを掲げる。これが二つ目の勝利条件ってことか」

 

 

「本物はヴェーザー?そいつを表す碑文なんて……」

 

 

十六夜の説明を聞いてマンドラは一つの疑問をあげる。

 

 

「『130人のハーメルン生まれの子供らが誘い出され、コッペンの近くの処刑の場所でいなくなった』。ヴェーザーは子供たちの死因を表すんだ。地災や河の氾濫による死因をな」

 

 

「……………」

 

 

俺の言葉にペストはノーリアクション。無言だ。

 

 

「大丈夫か?まだ話は終わっていないけど?眠いなら寝るか?」

 

 

「まだあるの!?」

 

 

ラッテンは驚愕し、大声を出す。

 

 

「ああ、ペストが偽物だと分かったのはまだある。それは年代だ」

 

 

俺はまた説明を始める。

 

 

「ステンドグラスに書かれていた碑文には1284年の6月26日だ。だが、俺はさっきこう言っただろ。【黒死病】は14世紀のヨーロッパではペストが大流行ってな」

 

 

「年代が合わない……!?」

 

 

黒ウサギは声に出し、驚く。他の者も驚愕している。

 

 

「そして、このことから白夜叉を封印することができたわけも説明できるんだよ」

 

 

「ッ!?」

 

 

ここにきてペストはやっと苦虫を噛み潰したような顔をして、明らかな動揺をした。

 

 

「白夜叉は箱庭の【太陽】の主権を持っているんだ。太陽の運行を司る使命がある」

 

 

「そ、それはゲームと関係があるんですか?」

 

 

サンドラは尋ねる。

 

 

「ある。黒死病が流行した寒冷の原因は【太陽】が氷河期に入り、世界が寒冷に見舞われたからなんだ」

 

 

「………もしかしてッ!?」

 

 

サンドラはハッなる。

 

 

「そう、ペストが現れることによって、白夜叉を封印することができたというわけだ」

 

 

「だから白夜叉様は封印されたのですね」

 

 

黒ウサギは納得したみたいだ。

 

 

「どうだ?100点満点の解答じゃないか?」

 

 

「あなた……何者なの……!?」

 

 

ペストは恐る恐る聞く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺はオリンポスの十二神の中で最高位の神、【ゼウス】から力を貰った楢原 大樹だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大樹の発言は全員の言葉を奪うには十分すぎるモノだった。

 

 

 





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火龍誕生祭 天星炎編


続きです。


「具合はどうだ?」

 

 

「大丈夫だ。思ったより傷が浅いみたいだ」

 

 

「うん、大丈夫」

 

 

俺はベッドの上で横になったレティシアと耀を看病していた。

 

 

「レティシアが負けるなんてペストはそんなに強かったの?」

 

 

「あいつは私の攻撃を受けてかすり傷すらつかなかった」

 

 

耀の質問にレティシアは申し訳なさそうに答える。

 

 

「ペストは桁外れに強いと思うぞ。なんせあいつは神霊の類だからな」

 

 

「何ッ!?」

 

 

俺の言葉にレティシアは驚く。

 

 

「あぁ、そういえば謎を解いたことを言ってなかったな」

 

 

「もう解いたの……!?」

 

 

次は耀は驚愕した。

 

 

~説明中~

 

 

「……というわけだ」

 

 

「私には大樹が人間ではない気がしてきたよ……」

 

 

「それ地味に傷つからね、レティシア」

 

 

レティシアの言葉にグサリッと心に刺さった。

 

 

「それでペストが神霊だということが分かるのはどんな功績があるかが問題なんだ」

 

 

「『130人の子どもたちの死』じゃないの?」

 

 

耀は俺に確認を取る。

 

 

「違うな。あいつは14世紀に大流行した黒死病……」

 

 

俺は一度言葉を区切る。

 

 

 

 

 

「つまり全人口の三割……約8000万人を殺した死の功績だ」

 

 

 

 

 

「「!?」」

 

 

俺の言葉に二人は驚く。

 

 

「あってるかどうかは分からないけどな。黒ウサギに聞いたらその可能性はあるって言われた」

 

 

「た、倒せるの?」

 

 

耀が心配して聞く。

 

 

「ああ、大丈夫だから心配するな。二人はゆっくり休んでくれ」

 

 

俺は持ってきた果物をナイフで皮を剥く。

 

 

「………ねぇ大樹」

 

 

「何だ?」

 

 

「飛鳥は?」

 

 

「聞くと思ったよ」

 

 

耀は小さい声で聞いてきた。

 

 

「まだ見つからないのか?」

 

 

「全員血眼で探しても見つからなかったよ。相手に捕まってるかもしれない」

 

 

レティシアは俺に尋ねる。俺は首を横に振って否定した。

 

飛鳥は耀を守るためにラッテンと一人で戦ったらしい。その後、行方不明になった。ラッテンに捕まったと考えるのが妥当だろう。

 

 

「飛鳥のことなら心配するな。絶対見つけてやる」

 

 

「………大樹」

 

 

俺は耀励ます。だが、耀は俺の名前を呼び、

 

 

「美琴たちは……?」

 

 

「ッ」

 

 

俺は動揺で顔が歪んだ。自分でも分かる。

 

 

「……何かあったのだな」

 

 

「……………実は…」

 

 

俺はあったことを話した。美琴たちが消されたことを。

 

神について。バトラーについて。

 

二人は顔を真っ青にして聞いていた。

 

 

「でも、希望はある」

 

 

俺は剥き終り、丁寧に切った果物を皿に置く。俺は手に力を入れる。

 

 

「次は必ず勝つ。絶対に……」

 

 

「……勝算はあるのか」

 

 

レティシアが真剣な表情で聞く。

 

 

「ああ、そのために力を貸してほしいんだ」

 

 

俺はレティシアを見る。

 

 

「私に?」

 

 

「ああ、お願いだ」

 

 

俺はレティシアに頼みの内容を話した。

 

 

「それは…!」

 

 

「危険なのは分かってる。でもな…」

 

 

俺は覚悟を決める。

 

 

 

 

 

「こんなところで負けられない。危険を冒してもやらなきゃいけないんだ」

 

 

 

 

 

それは危険な賭けだった。

 

 

________________________

 

 

「よう」

 

 

「悪い、またせたな」

 

 

俺は街の外にある広場にいた。待ち合わせていたのは原田。宮川の姿は見えない。

 

空は真っ暗になり街頭だけが唯一の明かりだ。

 

 

「………大樹、その目は」

 

 

「気にするな」

 

 

原田は俺の目を見て驚いている。

 

 

 

 

 

俺の右目は黒から赤くなっていた。

 

 

 

 

 

それは充血した目とは違う。ルビーのような紅い目だった。

 

 

「……そうか、なら本題に入ろうか」

 

 

原田はそのことに触れようとしなかった。原田と俺は近くにあったベンチに座る。

 

 

「まずは簡単に俺の正体を明かそう」

 

 

原田は咳払いをする。

 

 

「俺はオリンポスの十二神の使者だ。いわゆる天使というものだ」

 

 

「そんなごっつい天使いらねぇよ」

 

 

「真面目な話だ。俺はゼウスからの指示でお前をサポートしていたんだ」

 

 

原田は茶化す俺に溜息を吐いた。

 

 

「だが世界に転生する際に記憶。つまり天使であるという記憶を消されてしまうんだ」

 

 

「だから俺を思い出すのは無理で助けることができなかったと?」

 

 

「いや、頭の隅でお前を助けないといけないって思わされるんだ」

 

 

「なにそれ怖い」

 

 

洗脳じゃん。

 

 

「でも全く違和感ないぞ……ってそんな話はどうでもいいんんだ。宮川は最初の世界で助けただろ?」

 

 

「………核を爆発させても衝撃を吸収する水か?」

 

 

原田はうなずく。

 

 

「俺たちはちゃんと助けていたんだよ」

 

 

さりげなく自分もカウントする原田。

 

 

「宮川も天使なのか?」

 

 

「ああ、そうらしい」

 

 

「らしいって何だよ」

 

 

「元々俺一人で大樹を助ける予定だったが……」

 

 

「役に立たないから宮川が来たってこと?」

 

 

「そうらしいんだ……」

 

 

原田は落ち込む。メンタルよわっ。

 

 

「その割には前の世界で俺はボコボコにされているんだが?」

 

 

俺は清涼祭での試験召喚戦争を思い出す。

 

 

「あれは宮川の本性だろ?」

 

 

「いや知らんがな。いや、説明になってないから」

 

 

「そんなことはどうでもいいんだよ。さっきからどうでもいいところに食いつきやがって」

 

 

お前が喋りだしたんだろうが。

 

 

「でもお前、アリアの世界ではいなかったじゃねぇか」

 

 

「休憩してた。いや、サボった」

 

 

「おい」

 

 

「冗談だ。上の者から呼び出されてな、行けなかったんだよ」

 

 

原田は不思議そうな顔をする。

 

 

「でも、結局手違いがあって意味なかったんだよな……」

 

 

「話戻そうぜ、役立たず」

 

 

「仕返しのつもりか貴様」

 

 

俺はどうでもいいことなので聞き流した。

 

 

「お前らが助けてくれるのは分かった」

 

 

俺にとって最も聞きたかったことを尋ねる。

 

 

 

 

 

「敵は誰なんだ」

 

 

 

 

 

「ああ、俺もそれを言いたかった」

 

 

原田の雰囲気が変わった。

 

 

「相手のことはどこまで知っている?」

 

 

「バトラーとリュナの二人。バトラーはデメテルの力を貰ってると言っていたな」

 

 

「正確にはデメテルの【保持者】って言うんだ」

 

 

原田は俺の言葉を訂正する。

 

 

「お前らは神から力を貰っている。バトラーはデメテル。大樹は全知全能の神、ゼウスから」

 

 

「未だに信じられない話だな」

 

 

俺は審議決議に行く前に原田に告げられた。

 

ゼウスの保持者。

 

力をくれたのはゼウスだったのだ。あのじーさんはゼウスらしい。

 

 

「リュナも神から力を貰っているんだよ」

 

 

「待て」

 

 

俺はあることに気付く。

 

 

「デメテルとゼウスの両方はオリンポスの十二神だ。そんな奴らの保持者が何故争うんだ?」

 

 

「……保持者は全員で12人いるんだ」

 

 

原田は下を向き説明を始める。

 

 

「オリンポスの十二神の12人は一人ずつ、一人の人間を保持者を選んでいるんだ。理由は様々だが仕事をさせるが多いな」

 

 

「俺の場合は遊んでいるようだが?いや、データ収集って言ってたか」

 

 

俺は神に最初に言われたことを思い出した。

 

 

「違う。それも嘘だ」

 

 

だが、原田は否定した。

 

 

「何だよ。随分神は嘘を吐くんだな」

 

 

「それほど神は焦っていたんだよ」

 

 

「焦っていた?」

 

 

俺は疑問を抱く。

 

 

「俺たちは最大の危機に面している」

 

 

原田はゆっくりと告げる。

 

 

 

 

 

「保持者が神を殺そうとしているんだ」

 

 

 

 

 

「なッ!?」

 

 

驚愕した。

 

 

「保持者は裏切り始めたんだよ。力を貰ったのに恩を仇で返しやがるんだ」

 

 

原田の表情には怒りがあった。

 

 

「………今どんな状況だ」

 

 

状況。裏切り者の数などが知りたかった。

 

 

「相手の数は分からない。分かることは……」

 

 

原田は歯を食いしばり言う。

 

 

 

 

 

「裏切り者ではない保持者の遺体がすでに5人見つかっている」

 

 

 

 

 

「……嘘だろ?」

 

 

死んだ。その事実に体が震えた。

 

 

「保持者同士の殺し合いだ。敵の数は未知数だが、絶対に主犯格がいるはずだ。そいつを叩けば少しは状況が良くなるはず…」

 

 

「何で保持者を殺す必要がある」

 

 

俺は原田に質問する。

 

 

「違う。殺すは必要ないんだ。死んだ保持者はお前を守るために戦って殺されたんだ」

 

 

「ッ!?」

 

 

「敵の目的は大樹。お前が死ぬと全てがゲームオーバーなんだ」

 

 

原田は説明する。

 

 

「さっき敵は神を殺す計画を立てているって言ったよな。なら、どうやったら殺せると思う?」

 

 

俺はその問いに答えれない。

 

 

「ゼウスの保持者を殺すことだ」

 

 

「俺を……?」

 

 

「そうすればオリンポスの十二神は守るモノが無くなってしまうんだ」

 

 

「守るモノって?」

 

 

「ゼウスが作り上げた最強の結界だ」

 

 

俺は原田の話を聞く。

 

 

「神は保持者がいることによって能力を上げることができるんだ。今のゼウスは大樹がいることによって力が増大している。その力を使って裏切り者の保持者から身を守っているんだ」

 

 

「もし俺が……殺されたら?」

 

 

「ゼウスの力は弱まり、裏切り者の保持者たちは結界を破壊し、一斉に神を殺しに行くだろうな」

 

 

バトラーとリュナの目的が分かった。

 

 

「そもそも、大樹は見つかるわけは無いんだ。ゼウスの力があれば敵の目から欺くことは簡単。なのに何で見つかったんだ……!?」

 

 

原田は独り言のように呟く。

 

 

「見つかることが無いはずなのに……何で……?」

 

 

「考えてるところ悪いが、神は何で美琴たちを巻き込むんだ。それが分からない」

 

 

思考する原田に俺は質問する。

 

逃げるなら俺だけでいいじゃないか。

 

 

「この問題をいつまでも放っておくのか?」

 

 

「そ、それは……いろいろと問題になるな」

 

 

「だろ?だからゼウスは賭けに出た」

 

 

原田は俺に向かって指をさす。

 

 

「裏切り者の保持者を大樹と女の子たちで一緒に倒すことを」

 

 

その言葉は聞き捨てならなかった。

 

 

「………ふざけるなよ」

 

 

俺は手を強く握り絞める。

 

 

「そんなことなら美琴たちを巻き込む必要が……!」

 

 

「ゼウスは話してるよ」

 

 

原田は首を横に振り、

 

 

 

 

 

「ゼウスは女の子全員にこのことを話しているよ。全部な」

 

 

 

 

 

「……は?」

 

 

俺は言葉の意味を理解できなかった。

 

 

「知っている……だと?」

 

 

「ゼウスは転生するまえにこの事実を言っている。それを踏まえた上でお前についていったんだ」

 

 

「ッ!?」

 

 

嘘だろ?

 

 

「じゃ、じゃあ……そんなことも俺は知らないで……!?」

 

 

美琴を。アリアを。優子を。

 

 

 

 

 

危険に晒した。

 

 

 

 

 

「この世界に来て薄々気づいていただろうな。相手が仕掛けてきたのを」

 

 

「最低だ……最低じゃないか!!」

 

 

「落ち着け!お前は悪くなんて…!」

 

 

「ふざけるな!俺は何も知らないで気を遣わされて接せられていただけじゃないか!美琴たちは俺のために死のうとしてるのと同じだ!」

 

 

楽しい世界に連れて行ってやる?ふざけるな!!

 

 

「何をやっているんだ俺は!?」

 

 

「お前は知らなかったからだ!だから……!」

 

 

「じゃあ教えろよ!!隠さずに教えろよ!!」

 

 

もう子どものように言いたいことだけを言い放った。

 

 

「美琴たちを助けたら本当のことを話す?知っているのに話すのか!?俺のせいで死にかけたのに、それでなお巻き込むのか!?」

 

 

「大樹……」

 

 

「もうやめだ!!美琴たちを元の世界に」

 

 

「ふざけてるのはお前もだ!!」

 

 

「ッ!?」

 

 

原田が怒鳴り声を上げる。

 

 

「三人とも危険だと分かっていたからついてきたんだぞ!?」

 

 

「だからそれが……!」

 

 

 

 

 

「お前が心配だから!!」

 

 

 

 

 

「ッ……!」

 

 

俺は冷静になる。

 

 

「お前が心配だからついていったんだ!お前と一緒にいたいから危険を冒しても守りたかったんだ!その気持ちを踏みにじってんじゃねぇ!!」

 

 

「……………」

 

 

「非があるのは100パーセント俺たち神の責任だ。お前たちは誰一人悪くないんだ」

 

 

俺の落ち着きを見た原田も冷静になる。

 

 

「……謝りたい」

 

 

俺の口からそんな言葉が漏れた。

 

 

「美琴に。アリアに。そして優子に……謝りたい」

 

 

「………そうだな」

 

 

原田は俺の言葉に同意してくれた。

 

 

「もう一つ質問がある。何で敵は殺さなかったんだ?わざわざ転生させるなんて」

 

 

「それについては調査中だ。だが、相手は殺さなかったんじゃない。殺せなかったんだよ」

 

 

「殺せなかった?」

 

 

俺の質問に原田は答えるが、俺は理解できなかった。

 

 

「確信は無い。俺の勘だ」

 

 

「信用度0だな」

 

 

「ほっとけ」

 

 

「だけど、相手が殺す可能性が無くなったわけじゃないんだろ?」

 

 

「ああ、一刻も早く助けに行かないといけない」

 

 

タイムリミットは刻々と迫っている。

 

不安ばかりが俺に募っていた。

 

 

(無事でいてくれ)

 

 

そうじゃないと………俺は……。

 

 

「これで話は終わりだ」

 

 

原田は立ち上がる。俺は帰ろうとする原田に向かって言う。

 

 

「明日のゲームは頼んだぞ」

 

 

「あぁ、任せてくれ」

 

 

俺の言葉に原田は返事してくれた。

 

 

(もう俺は負けない……!)

 

 

敵なんかに屈服なんてしない。

 

 

神の力を持った敵にも。

 

 

________________________

 

 

【飛鳥視点】

 

 

「あすかッ!あすかッ……!」

 

 

私の耳に幼い声が必死に私の名前を呼ぶのが聞こえた。

 

冷たい小さな雫が私の頬に当たる。体が小さな力で揺さぶられる。

 

 

「……大丈夫よ。だから泣かないで」

 

 

冷え切った体を起こす。私の名前を呼んでいたのは黄色い帽子を被った小さな精霊だった。

 

 

「私は確か……ッ!」

 

 

私は白い装束服の女に負けたのだ。私のギフトで相手の動きを封じたが、数秒も掛からず破られてしまった。

 

 

(あの女の方が私より……)

 

 

上。格上だった。腹の底から負けてしまった怒りと悔しさが込み上げてくる。

 

 

「あすか…?」

 

 

暗い顔をした私を見た精霊が心配する。

 

 

「なんでもないわ。出口を探しましょう」

 

 

私は精霊を優しく掴み、肩に乗せた。

 

今私がいる場所は洞窟のような場所だった。所々に松明が備えられ、人工的にできたものかもしれない。そして、通路は一本道でどちらが出口に繋がっているか分からなかった。

 

 

「こっち…!」

 

 

「え?」

 

 

精霊が飛鳥が進む方向とは真逆の方に飛んでいった。

 

当然私は追いかける。こんなところに置いてはいけない。

 

しばらく歩くと洞窟に変化が見られた。

 

 

「こんな場所に門?」

 

 

天井まである大きな門が見えてきた。

 

門の真ん中には一枚の紙が貼られていた。

 

 

「もしかして……【契約書類(ギアスロール)】?」

 

 

飛鳥は門に貼られた羊皮紙を見る。

 

 

 

『ギフトゲーム名 【奇跡の担い手】

 

・プレイヤー一覧

 

久遠 飛鳥

 

・クリア条件

 

神珍鉄製 自動人形(オートマター)【ディーン】の服従。

 

・敗北条件

 

プレイヤー側が上記のクリア条件を満たせなくなった場合。

 

 

宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗の下【   】はギフトゲームに参加します。

 

【ラッテンフェンガー】印』

 

 

 

「私の名前……それに【ラッテンフェンガー】……!?」

 

 

私は驚愕した。ギフトゲームに参加させられたのだ。

 

 

「あすか」

 

 

私の肩に乗っていた精霊は飛び、私の目の前に来て私を見る。

 

 

「わたしから貴女におくりもの。どうかうけとってほしい」

 

 

声は四方八方から聞こえた。

 

 

「偽りの童話、【ラッテンフェンガー】に終止符を……」

 

 

たくさんの小さな光が飛鳥の周りを囲むように飛ぶ。

 

 

「これは……あなたの仲間……?」

 

 

「私たちは【精霊群体】。ハーメルンで命を落とした130人の御霊。ある願いのため幾星霜も待っていました」

 

 

人の身から精霊に。転生という新たな生を経て、霊格と功績を手にした精霊群を【精霊群体】と呼ぶ。

 

ここにいるのは【ハーメルンの笛吹き】で死んでしまった御霊が精霊群になったのだ。

 

 

「もはや叶わぬ願いと思っていました。しかし、131人目の同士が貴女を連れて来てくれた」

 

 

ドゴオオ……!!

 

 

門が腹に響くような音を出しながら開く。

 

 

「【奇跡の担い手】と成り得る貴女を」

 

 

門の奥には見覚えのある赤い巨体があった。

 

 

「語りましょう。1284年6月26日にあった真実を」

 

 

それは展覧会で見たもの。

 

 

「捧げましょう。星海竜王より授かりし鉱石で鍛え上げた最後の贈り物を」

 

 

 

 

 

赤い鋼の巨人【ディーン】がいた。

 

 

 

 

 

「貴女の【威光】で鋼の魂に灯火を」

 

 

飛鳥は手に力を入れる。

 

この巨人を使えば魔王に勝てる。

 

 

「分かったわ。このゲーム、受けさせて貰うわ」

 

 

飛鳥は門をくぐる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いい心構えだな。吐き気がするぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

後ろから声が掛けられた。

 

飛鳥は急いで振り向く。

 

 

「本当なら放っておいてもいいが、あいつは厄介だからな」

 

 

そこには一人の男がいた。

 

 

「……ッ!」

 

 

飛鳥は恐怖で男に聞けなかった。誰なのかを。

 

 

「あすか!逃げて!」

 

 

精霊が一瞬にして男を包み込んだ。

 

 

だが、

 

 

 

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

 

 

 

「きゃッ!?」

 

 

飛鳥は短い悲鳴をあげる。

 

男から黒い光が弾ける様に飛んだ。精霊が一瞬にして消される。

 

 

「チッ、逃げ足の速い奴らだ…」

 

 

男は舌打ちをする。

 

 

「『そこを動くな!』」

 

 

飛鳥は好機だと思い、ギフトを発動する。

 

 

 

 

 

男はこちらに歩いて来た。

 

 

 

 

 

「嘘ッ…!?」

 

 

この男も格上。全く聞いていなかった。

 

 

「何だその貧弱な力は?まぁいいか」

 

 

男は飛鳥に向ける。

 

 

 

 

 

「俺が分けてやるよ、力を」

 

 

 

 

 

銃を。

 

 

 

 

 

ドゴンッ!!

 

 

 

 

 

 

________________________

 

 

【大樹視点】

 

 

街の広場には多くの人が集まっていた。集まっているのは男の人ばかりだ。女や子供は避難所にいる。

 

 

「ここに書いてある通りに動けば短時間ですべてのステンドグラスを破壊。もしくは保護することができる」

 

 

俺たちは作戦会議を行っていた。このギフトゲームをクリアするには多くの者たちの力が必要だった。マンドラは大きな紙を広げながら作戦について説明する。

 

 

「そして、もし黒死病に発病したものはすぐに近くの建物で休め。このギフトゲームで死者は0にしたい」

 

 

俺もマンドラと一緒に説明する。

 

 

「出しゃばるな名無しが」

 

 

「そんなに怖い顔すると妹に嫌われるぞシスコン」

 

 

「斬られたいのか、人外?」

 

 

「ぶっ飛ばされたいのか、シスコン?」

 

 

だが、仲良くは出来なかった。

 

黒ウサギが俺の頭をハリセンで叩き、マンドラはサンドラに怒られ、二人は退場した。

 

 

「も、もう間もなくゲームの再開です。魔王との戦闘は私と【ノーネーム】が戦います」

 

 

サンドラが代わりに司会者を務める。

 

 

「このゲームに私たちの命運が掛かっています」

 

 

サンドラは大きな声で言う。

 

 

「私たちは負けません!このゲーム、必ず勝ちましょう!」

 

 

「「「「「おおおおォォ!!」」」」」

 

 

参加者全員に火がついた。

 

 

「……………」

 

 

マンドラとふざけた(マンドラはマジで怒ってた)後、俺は人気のない場所にいた。

 

 

「そこにいるのは分かってる」

 

 

俺はつぶやく。

 

 

「もう駄目だ。全力で隠れたのに……」

 

 

俺の後ろからバトラーが現れた。バトラーは姿を消してずっと隠れていた。俺は振り向かず言う。

 

 

「街の東側で戦おう。誰も巻き込みたくない」

 

 

「僕が聞くとでも?」

 

 

「聞く。お前はそういう奴だ」

 

 

「………何を根拠に言っているか分からいけどいいよ。乗ってあげる」

 

 

そう言ってバトラーは姿を消した。

 

俺は振り返り、みんなの居るところへ戻る。

 

 

「何で攻撃しなかった」

 

 

俺の目の前に宮川が立っていた。

 

 

「………さぁな」

 

 

「バトラーが攻撃できない今がチャンスじゃないのか?」

 

 

宮川は道を開けようとしない。

 

 

「そんなことしなくても俺は倒せる」

 

 

「そんな甘い考えが敵に通じるとも?」

 

 

「俺はお前が思っているほど甘くないぞ」

 

 

俺は宮川を睨む。

 

 

「美琴たちを巻き込んだ奴らは全員許さない」

 

 

「………敵の保持者は6人もいる。せいぜい間抜けな死に方はするなよ」

 

 

宮川は俺に道を譲る。

 

 

「お前は参加しないのか」

 

 

「生憎俺は忙しいんだ。代わりに原田がいるだろ」

 

 

「……そうか」

 

 

俺は宮川の横を通る。

 

 

(よくわからん奴だな)

 

 

ふっと振り返ってみると、そこにはもう宮川の姿はいなかった。

 

 

 

________________________

 

 

 

ギフトゲームが再開された。

 

 

 

ゴオオオオオォォォ!!

 

 

その瞬間、地面が大きく揺れ始めた、みんなパニックに陥った。

 

 

「こ、これはッ!?」

 

 

ジンの目が見開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

街が造り変わったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こ、これはハーメルンの街!?」

 

 

黒ウサギが顔を真っ青にしながら言う。

 

 

「敵もそう簡単に勝たせてはくれないか」

 

 

「どうする大樹?」

 

 

俺はその光景に内心で舌打ちをした。十六夜は俺にどうするか聞く。街が造り変わったせいでステンドグラスの場所が分からない。参加者は騒ぎだし、何もできないでいた。

 

 

「ここは地道に探すしか…」

 

 

「きょ、教会です!」

 

 

ジンが大声で言う。

 

 

「まずは教会を探してください!ハーメルンの街を舞台にしたゲーム盤なら縁のある場所にステンドグラスが隠されているはずです!」

 

 

「なるほどな。よし、それで行こう」

 

 

俺はジンの提案に賛成する。

 

さすがジンだ。俺たちのコミュニティのリーダー。ジンにはリーダーシップの素質が秘められてる。

 

 

「ジン。ここの指示は任せたぞ」

 

 

「はい!」

 

 

ジンは参加者を連れて、ステンドグラスの破壊と保護を始めた。

 

 

「十六夜」

 

 

「ああ、あいつは俺にやらせろ」

 

 

十六夜は第三宇宙速度で飛翔して、目的地に向かった。

 

目的地にはヴェーザーがいるだろう。

 

 

(十六夜なら勝てる)

 

 

自信はあった。あいつは俺と同じ規格外なんだからな。

 

 

「黒ウサギとサンドラは西に行け。原田は北だ」

 

 

「大樹さんは……?」

 

 

「俺はやることがある」

 

 

黒ウサギが心配して声をかける。黒ウサギは俺がバトラーと戦うことが分かっているだろう。

 

 

「黒ウサギはゲームに参加できない。連絡網としてみんなに情報を伝えてくれ」

 

 

「………必ず」

 

 

黒ウサギは俺に向かって言う。

 

 

「必ず帰ってきてください」

 

 

「当たり前だ」

 

 

俺は笑顔で返してやった。

 

 

 

こうして、魔王とのゲームが始まった。

 

 

 

________________________

 

 

【原田視点】

 

 

俺には翼が無い。天使だからあるって時代は終わった。俺の中で。

 

飛ぶよりも走るほうが速い。だから、要らない。単純なことだった。

 

 

「見つけた!」

 

 

俺は飛翔し、民家の屋根に着地する。

 

 

「見ない顔ね。誰?」

 

 

俺の目の前には魔王がいた。

 

 

「原田 亮良だ」

 

 

「交渉で参加した人ね」

 

 

少女は不気味に笑う。

 

 

「あなたは強いのかしら?」

 

 

 

 

 

ペストは黒い霧を出しながら俺に向かって言う。

 

 

 

 

 

「悪いがお前と俺では相手にならん」

 

 

ペストは眉を寄せる。

 

 

「それじゃあ交渉は嘘になるのかしら?」

 

 

「あー、違う違う」

 

 

俺は足に力を入れる。

 

 

 

 

 

「俺が桁違いに強いということだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マッハ500。音速の500倍のスピード。時速612000kmの速度でペストに迫った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

そのスピードを利用して、俺の右ストレートがペストに炸裂した。ペストが一瞬にして吹っ飛ぶ。

 

 

「くッ!?」

 

 

ペストは途中で黒い霧をクッションにして、空中で止まる。

 

 

「さすが魔王。なかなかやるな」

 

 

「あなた何者なのッ!?」

 

 

ペストは顔を歪ませて聞く。

 

 

「そんなことはどうでもいいんだよ」

 

 

俺は構える。

 

 

「はやく終わらせて大樹の所に行くんだよ!」

 

 

マッハ500でペストに再び迫る。

 

 

「俺の能力は極悪非道だぜ?」

 

 

シュピンッ

 

 

俺はペストに触れ、能力を発動した。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

そして、右回し蹴りをお見舞いした。

 

 

「ッ!?」

 

 

ペストは落下し、そのまま地面に叩きつけ……

 

 

ドゴッ!!

 

 

「なッ!?」

 

 

ペストは驚愕する。

 

 

 

 

 

ペストの体が地面に当たった瞬間、速度を上げて跳ね返った。

 

 

 

 

 

まるで体がスーパーボールになったみたいに。

 

ペストが跳ね返ったその先は民家があった。ペストは民家に……

 

 

ドゴンッ!!

 

 

叩きつけられ、また跳ね返った。

 

 

ドゴッ!!ドゴッ!!ドゴッ!!ドゴッ!!

 

 

「ッ!?」

 

 

ペストの体は止まることなく民家同士の家を永遠と跳ね返り続ける。速度はドンドン加速し、その分威力も上がっていた。

 

 

(ど、どうして止まらないの!?)

 

 

地面に足をつけたら足を軸にして上に向かって跳ね返る。上には原田がいて、蹴り飛ばされる。そして、また民家の間を跳ね返る地獄が襲う。どうしようもない状況だった。

 

 

俺の能力である【永遠反射】 (エターナルリフレクト)

 

物体をスーパーボールのように反射できるようになる能力。

 

 

だが、欠点として人には使えない点がある。だが、今の俺には関係ない。

 

 

 

 

 

今の俺なら恒星の一つぐらいに能力が使える。

 

 

 

 

 

使ったらその星の命運は保障できないが……。

 

 

「止めるにはお前が死ぬしかないぞ」

 

 

「ッ!ふざけないで!!」

 

 

ゴオオォ!!

 

 

ペストは腕から黒い霧を出し、自分を包み込んだ。

 

 

「衝撃を吸収し続けて、自分を守ったか。だが…」

 

 

俺は服の中から1本の短剣を取り出す。刃は長さは30cmしかない。

 

 

「そんな武器で私を倒せると思っているのかしら?」

 

 

黒い霧に包まれながらペストは言う。

 

 

「ああ、こいつはお前みたいな奴に効果抜群だがな」

 

 

俺は短剣に力を込める。すると短剣が光り始めた。

 

 

「全ての悪を浄化せよ……【天照大神の剣(アマテラスオオミカミのけん)】!」

 

 

太陽を神格化した神から授かった恩恵の短剣。日本神話に登場する神。

 

その神に力を貰った俺の唯一の武器であり、最強の武器だ。

 

 

「白夜叉と同じ!?」

 

 

「それは違うな」

 

 

あいつは太陽の運行を司る。だが、こっちは太陽を神格化した武器だ。太陽が関連しているだけで中身は全く違う。

 

 

「太陽は……苦手だろ?」

 

 

「くッ!」

 

 

明らかに相性が悪いと思ったペストは顔を歪ませる。

 

 

「撃ち抜けッ!!」

 

 

俺は虚空に短剣を振るう。

 

 

ザンッ!!

 

 

 

 

 

短剣で振るった空間が裂けた。

 

 

 

 

 

いや、空中に黒い亀裂ができたと言った方が分かりやすいだろう。

 

 

「!?」

 

 

ペストは異常すぎる現象に驚愕する。

 

 

「【天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)】

 

 

俺は神職が神前にて名を唱える時の言葉を呟く。

 

 

「【天輝(あまてる)】」

 

 

その瞬間、亀裂の中から赤い光が輝いた。

 

 

 

 

 

ズキュウウウウンッ!!!!

 

 

 

 

 

全てを浄化させる真紅の光線がペストに向かって放たれた。

 

 

「なッ!?」

 

 

ペストは急いで前方に黒い霧の結界を展開させる。

 

 

パリンッ!!

 

 

だが、一瞬で貫通した。

 

 

ドスッ!!

 

 

「ッ!!」

 

 

光線はペストの肩を擦る程度で済んだ。だが、擦る程度でも肩を抉られたような激痛が襲う。

 

 

「終わりだ」

 

 

「ッ!?」

 

 

ペストは驚愕した。

 

 

 

 

 

すでに原田の近くには無数の亀裂ができていた。

 

 

 

 

 

(あんなのまともに食らったら……!)

 

 

ただでは済まない。子供でも分かる理屈だった。

 

 

「お前と俺では格が違う」

 

 

ペストは何も答えない。

 

 

「悪いが手加減無しだ」

 

 

数十個以上ある亀裂が輝く。赤く。紅く。真紅に。

 

 

「私は……!まだ……!」

 

 

「悪く思うなよ」

 

 

 

 

 

ズキュウウウウンッ!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「黒死病の死者【8000万人の悪霊群】よ、安らかに眠れ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

圧倒的強さで原田の勝利が決まった。

 

 

 

________________________

 

 

【十六夜VSヴェーザー】

 

 

「ッ!?」

 

 

「あぁ?どうした」

 

 

十六夜とヴェーザーは戦っていた。

 

ヴェーザーはペストから神格を貰い、十六夜との戦いでは互角に戦っていた。神格を得ても十六夜とは互角。そんなことに驚愕していたヴェーザーはさらに驚愕したことが起こった。

 

 

「マスターがやられた……!?」

 

 

「……へぇ、原田って奴、強いのか」

 

 

ヴェーザーは酷く驚いた。マスターを倒すほどの化け物がまだいるということを。

 

 

「もういい小僧。遊びは終わりだ」

 

 

ヴェーザーは自分の身長と同じくらいの大きな笛を持って構える。

 

 

「いいぜ、俺も急いで助けに行かねぇと、無理して死んでしまうバカが心配だ」

 

 

「誰だそいつは?」

 

 

「大樹。俺より強いんだぜ、あいつ」

 

 

ヴェーザーは眉を寄せる。

 

 

「謎を解いたのはあいつか……!」

 

 

「ご名答。人間とは思えないほどの力を持っている自称人間だ」

 

 

「お前ら【ノーネーム】には化け物が勢ぞろいだな」

 

 

「ああ、そうだな」

 

 

十六夜は拳を握る。

 

 

「だけど、あいつの心はそこいらの人間より腐ってはいない」

 

 

「何が言いたい?」

 

 

「あいつは今、大切な人を守るために死ぬ気で戦ってんだよ」

 

 

ヴェーザーは戦っている敵が自分たちでないことが分かった。

 

 

「あいつは最後に神に喧嘩でも売るかもしれないな」

 

 

「………イカレてやがる」

 

 

「いいや、大切な人を守るために戦うことは間違ってないと俺は思うぜ」

 

 

「……そうか、なら」

 

 

ヴェーザーが持っている笛が輝く。

 

 

「俺も負けられないんだよ、糞ガキ」

 

 

ゴオオォ!!

 

 

ヴェーザーを中心に大気が渦巻く。

 

 

「いいぜ……これで最後の一撃だ……!!」

 

 

十六夜はヴェーザーに向かって走り出す。

 

 

「消し……飛べえええええェェェ!!」

 

 

「ッ!!!」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

 

 

 

拳と笛がぶつかりあった。

 

 

街を。地を揺るがす衝撃がこの一帯を襲う。

 

 

星の地殻に匹敵する力を持ったヴェーザーに拳ひとつで十六夜は挑んだ。

 

 

 

 

________________________

 

 

「おい小僧」

 

 

必殺の一撃がぶつかりあった場所には大きなクレータが出来ていた。その中心にはヴェーザーと十六夜がいた。

 

 

だが、

 

 

十六夜は仰向けに倒れている。

 

ヴェーザーは笑う。

 

 

 

 

 

「お前、本当に人間か?」

 

 

 

 

 

「……さてな」

 

 

 

 

 

十六夜は立ち上がった。

 

 

 

 

 

あれだけのことがあって十六夜の怪我は右腕を一本だけで済んだのだ。

 

 

ヴェーザーの笛が砕ける。

 

 

「召喚の触媒がこうなりゃもうダメだな」

 

 

「………消えるのか?」

 

 

「ああ」

 

 

ヴェーザーは愚痴る。

 

 

「チッ、自業自得だな。焦っても意味なかったぜ」

 

 

「そんなこと言うなよ。俺と真正面から戦える奴なんて今までいなかったからな」

 

 

「全く……お前みたいな人間はもうこりごりだ」

 

 

ヴェーザーは十六夜に背を向ける。

 

 

「ま、達者でな…」

 

 

「ああ」

 

 

十六夜も後ろを振り向き、右手を上げた。

 

 

後ろでヴェーザーの気配が消えた。

 

 

________________________

 

 

【黒ウサギ&サンドラVSラッテン】

 

 

 

「ッ!?」

 

 

ラッテンの顔が真っ青になる。

 

 

(ヴェーザーまで……!?)

 

 

敗北した。その事実に目を背けたかった。

 

マスターが敗北して、さらに神格を与えてあったヴェーザーまでもやられた。負けるのも時間の問題かと思われた。

 

 

「いいえ、まだよ!」

 

 

ラッテンはフルートに口をつける。

 

街にフルートが奏でる演奏が響く。

 

 

「うッ……」

 

 

「………ッ」

 

 

街でステンドグラスを探している参加者が次々と倒れていく。

 

 

(時間稼ぎでタイムアップを狙えば……!)

 

 

強い奴とまともにやり合っては勝機はない。ならば、タイムアップを狙えばいい。

 

 

「そこまでです!」

 

 

「ッ!?」

 

 

ラッテンの後ろから声が掛けられた。

 

 

「【箱庭の貴族】!?」

 

 

黒ウサギがいた。

 

 

「はぁッ!!」

 

 

「ッ!?」

 

 

黒ウサギがいる方向とは真逆から、サンドラは火の玉をラッテンに向かって放つ。

 

 

「くッ!?」

 

 

ラッテンはギリギリ横に避け、攻撃をかわす。

 

 

「シュトロム!!」

 

 

ラッテンの呼びかけに上から白い巨大な怪物が出現した。

 

 

「無駄よ!」

 

 

ゴオオォ!!

 

 

サンドラは標的をシュトロムに変え、火の玉を放った。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

火の玉は直撃し、シュトロムは粉々になる。

 

 

「あなたの負けです、ラッテン」

 

 

「ッ!?」

 

 

黒ウサギの声にラッテンは驚愕する。シュトロムとの戦いに夢中で気づかなかった。

 

黒ウサギはラッテンの後ろを取り、ギフトカードを持って構える。

 

 

「これで終わりです!」

 

 

黒ウサギのギフトカードから雷が轟く。

 

三又の金剛杵・【疑似神格(ヴァジュラ)・金剛杵(レプリカ)】

 

 

(神格級のギフト!?)

 

 

ラッテンは驚愕した。

 

 

だが、もう遅かった。

 

 

黒ウサギの攻撃はラッテンの後ろにある壁に直撃した。

 

 

「え?」

 

 

ラッテンはそのことにまた驚く。

 

 

「ど、どうして………ハッ!?」

 

 

「勘違いしないでください。この方法が確実にあなたを倒せると思ったからです」

 

 

黒ウサギはゲームに参加できない。そんな初歩的なことを忘れてしまっていた。

 

黒ウサギは囮。サンドラの攻撃が確実に決めるための囮だ。

 

 

「はああァッ!!」

 

 

ゴオオォ!!

 

 

サンドラは上からラッテンを狙い、火の玉を放った。

 

 

「ぐッ!?」

 

 

ラッテンに直撃した。

 

勢いよく火の玉と共に後ろにある民家の壁に激突した。民家は崩壊する。

 

 

「もう終わりです」

 

 

黒ウサギが告げる。

 

 

「ステンドグラスの破壊と保護が終わるのは時間の問題でしょう」

 

 

「………そう、私たちの負けね」

 

 

ラッテンは諦め静かに目を伏せた。

 

 

パキンッ

 

 

ラッテンの持っているフルートが壊れる音が鳴った。

 

 

 

 

 

「マスター……」

 

 

 

 

 

ラッテンは小さな声と共に、光の粒子となって消えた。

 

 

 

 

 

「これであとはステンドグラスだけ……」

 

 

サンドラは安堵の息を吐く。だが、

 

 

「大樹さん……!!」

 

 

黒ウサギは急いで東側にいる大樹のところへ向かおうとする。

 

 

「黒ウサギ!?」

 

 

「サンドラ様はジン坊ちゃまっと合流してください!」

 

 

そう言って黒ウサギは走り出した。

 

 

(どうか……どうかご無事で……!!)

 

 

無事であることを願った。

 

 





次で火龍誕生祭編が終わる予定です。

感想や評価をくれると嬉しいです。


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火龍誕生祭 救済と真実の記憶編


バトラーとの最終決戦です。

続きです。


街の東側に二人の男がいた。

 

 

「来たね」

 

 

「あぁ。はやく始めようぜ、バトラー」

 

 

一人は真っ黒の執事服を着て、頭髪は金髪にした男、バトラー。対峙するのは『一般人』と書かれたTシャツを着た、黒髪のオールバックをした少年、大樹。

 

 

「ッ!?」

 

 

バトラーは大樹を見て驚愕する。

 

 

「その目は………まさかッ!?」

 

 

大樹の右目は紅くなっていた。

 

 

「鬼種のギフト……!?」

 

 

「あぁ、そうだ」

 

 

バトラーの言葉を大樹は肯定する。

 

 

「お前を倒すために手に入れた力だ」

 

 

レティシアに協力して貰った力。支配するのに体や脳に激痛が襲い、死にそうになったが、何とか乗り越えた。黒ウサギにはちゃんと理解してもらった。最初は猛反対されたけどな。

 

 

「………狂ってる」

 

 

「ハッ、狂ってるのはお前だ」

 

 

俺は鼻で笑う。

 

 

「神を殺すなんてくだらないことやめろ、エセ執事」

 

 

「……………」

 

 

バトラーの顔から感情というものが消えた。神を殺す。バトラーはそこに反応したわけではない。

 

 

「執事?何のことだ」

 

 

「とぼけるな。全部知っているんだよ」

 

 

今日の朝、原田に教えてもらったことを思い出す。

 

 

「本名は遠藤 滝幸(えんどう たきゆき)」

 

 

「なッ!?」

 

 

無表情だったバトラーの顔に驚きが走る。

 

 

「死んだのはお前が25歳の時だな」

 

 

「何故それを……!?」

 

 

「お前は大手企業である社長の娘。龍ヶ崎(りゅうがざき) ユウナの執事をしていた」

 

 

バトラーは絶句していた。俺は構わず続ける。

 

 

「プライベートまでは分からないが、お前がこの子の執事をしていたのは確かだ」

 

 

「……………」

 

 

「お前の死因は毒物による自殺。何でお前は」

 

 

「違うッ!!!」

 

 

バトラーは叫んで否定した。バトラーの顔には怒り、憎しみ、そして悲しみがあった。

 

 

「僕は殺されたんだ!あの日、クソ野郎に誘われたお茶でな!」

 

 

「クソ野郎?」

 

 

「社長だよ……龍ヶ崎社長」

 

 

土で出来たバトラーの右腕の義手が生きてるかのように蠢く。

 

 

「僕は復讐するんだ!じゃないと……あいつは……あいつは………!!」

 

 

ドゴッ!!

 

 

バトラーの周りの地面から人形が生まれる。1、5、10、50。数は100を越えていた。俺の周りを土人形で埋め尽くす。

 

 

「そのためにはお前が死なないといけねぇんだよおおおおおォォォ!!」

 

 

ドンッ!!

 

 

一斉に俺に向かって全ての土人形が襲ってきた。

 

土人形は音速を越えていた。一瞬で俺との距離を詰める。

 

 

「遅い」

 

 

だが、今の俺には遅すぎるスピードだ。

 

 

光の速度で土人形を無視してバトラーとの距離を零にした。

 

 

「ッ!!」

 

 

俺はギフトカードから一本の刀を取り出し、

 

 

ザンッ!!

 

 

 

 

 

バトラーの首を斬った。

 

 

 

 

 

「チッ」

 

 

俺は舌打ちをする。

 

 

手応えが無かった。

 

 

サァ……

 

 

頭を無くしたバトラーは砂となって消えた。

 

 

「甘いよ、楢原君」

 

 

100以上いる内の一体の土人形からバトラーの声がする。

 

 

「君の速度に追いつけない。なら、こうやって避けるしか無いんだよ」

 

 

あの中のどれかにバトラーがいるのだろうか?

 

 

「全部叩き斬ってやるよ」

 

 

「できるかな?」

 

 

ドゴッ!!

 

 

地面から新たな土人形が出てきた。

 

 

「さぁ、どちらが優勢かな?」

 

 

バトラーの言葉を合図とした土人形は俺に襲いかかる。

 

 

「姫羅。俺に力を貸してくれ」

 

 

俺の持っている刀に力を込める。

 

 

「一刀流式、【風雷神の構え】」

 

 

刀に一撃必殺の力を与える。

 

 

「【無限蒼乱(むげんそうらん)】」

 

 

大樹は音速を越えた超スピードで静かに土人形との距離を埋め、斬った。ただそれを繰り返した。そして、

 

 

キンッ

 

 

俺は元の位置に戻り、刀を鞘にしまう。その瞬間、

 

 

ズバンッ!!!

 

 

 

 

 

全ての土人形が粉々になった。

 

 

 

 

 

「なんだと!?」

 

 

バトラーは驚愕した。

 

 

 

 

 

何故なら大樹が技名を呟いてから1秒。いや、コンマ1秒も掛かっていないからだ。

 

 

 

 

 

「光の速度で斬ったんだが……反応は出来たか?」

 

 

「嘘だ!?そんなスピードで体が耐えれるはずが!?」

 

 

下から、地面の下から声がする。チッ、そこにいやがったか。

 

 

「俺なら出来る」

 

 

「ッ!?」

 

 

バトラーは絶句した。無茶苦茶すぎる理屈に。いや、

 

 

(これが最高位の神の力……!)

 

 

バトラーは身震いした。

 

 

ゾンッ

 

 

バトラーは俺の目の前に一瞬にして姿を現せる。

 

 

「それでも……僕は……!」

 

 

「鬼種のギフトの力を舐めるなよ」

 

 

俺はギフトカードから長さ70cmはある銃を取り出す。右手に刀を持ち、左手に銃を持つ。

 

 

「右刀左銃式、【雅の構え】」

 

 

「ッ!!」

 

 

バトラーは俺が何かをする前に音速のスピードで俺との距離を詰める。バトラーの右手の義手は形を変え、大きな鎌になり、俺の首を削ぎ落とそうとする。

 

 

「【剣翔蓮獄(けんしょうれんごく)】!」

 

 

バトラーの鎌を紙一重で避け、右手に持った刀を逆手に持ち、

 

 

ドゴッ!!

 

 

「がッ!?」

 

 

バトラーの腹に柄を突いた。バトラーの肺から酸素が全て吐き出される。

 

まだ終わりではない。

 

 

「吹っ飛べ!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

鬼種の力を銃弾に込めた。それをバトラーに向かって撃つ。銃弾は紅い色のオーラを纏い、バトラーに直撃し、吹っ飛ばした。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

一瞬にして民家を突き破り、境界門の壁に体が突き刺さる。境界門の壁には大きなクレーターができ、街に瓦礫の破片が降り注ぐ。

 

 

「がはッ!!」

 

 

バトラーはまだ生きていた。右腕の義手は無くなり、口からは大量の血を吐き出す。服は血で赤く染まっていた。

 

 

「はぁ……!はぁ……!!」

 

 

バトラーは肩で息をする。

 

 

「僕はまだ……!」

 

 

バトラーの背中に光の粒子が集まる。

 

 

「逃がさねぇよ!!」

 

 

翼を展開させる前に俺はバトラーに向かって飛翔する。

 

一瞬にしてバトラーの目の前まで来て、とどめの一撃である刀を振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『武器を捨てなさい!』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?」

 

 

俺は刀と銃を空に向かって投げていた。

 

 

誰もいない、空へ。

 

 

「『そのまま落ちて地に伏せなさい!』」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「なッ!?」

 

 

俺は地面に落下し、倒れてしまう。

 

立ち上がろうにも立ち上がれなかった。どんなに力を入れても。

 

 

「は、はは……ははははッ」

 

 

バトラーは笑いだす。

 

 

「そうか……助けてくれたのか、お嬢さん」

 

 

バトラーは立ち上がる。バトラーの目線の先を俺は追いかける。

 

 

「な、なんで……」

 

 

目を疑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「飛鳥が……!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒いドレスを身に纏った飛鳥がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「形成逆転だ、楢原君!」

 

 

「ふざ…けんッ……なよ!」

 

 

必死に体に力を入れるがビクともしない。

 

 

「お嬢さんの名前は久遠 飛鳥と言ったね」

 

 

「何する気だ……!」

 

 

「久遠さん、この街全体に命令してください」

 

 

「なッ!?」

 

 

そんなことをしたら魔王のギフトゲームまで影響が出る。

 

飛鳥は一歩前に出る。

 

 

「『全員その場を動くな!』」

 

 

飛鳥の一喝が街全体に聞こえる。

 

 

「な、何だ!?」

 

 

「体が動かない!?」

 

 

「助けてくれ!!」

 

 

すぐに街は混乱に満ちていく。

 

 

「僕はまだ負けていない……そうだ、僕はまだ……負けていないんだ」

 

 

バトラーは静かに笑う。手を顔に抑えながら笑う。

 

俺はただその光景を見ることしか出来なかった。

 

 

「僕は復讐する!!あの世界にッ!!」

 

 

バトラーは血まみれになっているのにも関わらず、力を解放した。

 

 

 

 

 

ゴオオオオオォォォ!!!!

 

 

 

 

 

街に大きな地震が襲う。

 

 

「甦れ!!!!」

 

 

バトラーの背中に白い……いや、黒い翼が生える。

 

 

 

 

 

「【ガイア】あああああァァァ!!!」

 

 

 

 

 

温厚な言葉遣いなどもう無かった。あるのは必死に復讐を企む人間の姿。

 

東の街の中心に大きな穴が開く。

 

 

ゴオオオオオォォォ!!

 

 

その穴から大量の土。砂や石や岩などの土が街の上空に集まる。土は球体の形になる。

 

 

「なんだよ……あれは………!?」

 

 

俺は驚愕した。

 

 

 

 

 

空が土で埋められた。

 

 

 

 

 

否。空には街よりも何十倍も大きな球が出来た。まるで隕石が。いや、もう一つの地球が落ちて来ているようだった。

 

 

(まさか落とす気か…!!)

 

 

あんなモノがこの街に落ちたら誰一人助かることはない。

 

 

「やめろバトラー!!そんなモノ落としたら…!!」

 

 

「まだだ!!まだ大きくなれ!!」

 

 

バトラーは空にある土の球体に夢中でこちらに気付かない。黒い翼が大きくなっていく。

 

 

(どうすれば……!?)

 

 

頭をフル回転させて策を巡らせる。

 

 

(一瞬……一瞬隙があれば……)

 

 

飛鳥を倒せる。だが、そんなことはしたくない。

 

 

(クソッ、俺には神の力が……!)

 

 

バトラーやリュナのように翼が無い。それは神の力を使いこなしていない証拠だった。

 

 

(動けよッ……!!)

 

 

とにかく自分の体に力を入れた。

 

 

「大樹!!」

 

 

「ッ!?」

 

 

俺の名前が後ろから呼ばれる。

 

 

「その声……十六夜!?」

 

 

「あの空に浮かんだモノは何だ!?」

 

 

「あれはバトラーが作り出したモノだ!もうじきここに落とされる!」

 

 

十六夜の顔が驚愕に染まった。

 

 

「それよりもお前は大丈夫なのかよ!?」

 

 

「何のことだ?」

 

 

どうやら十六夜には効いていないらしい。

 

 

「十六夜!飛鳥を止めてくれ!!」

 

 

「どういうことだ」

 

 

「俺にも分からない。だけど、飛鳥は操られている!」

 

 

十六夜は俺の視線の先を追いかける。

 

 

「おいおい、どうしたんだ。居なくなったと思ったら2Pカラーになって戻って来たのかよ」

 

 

「『地に伏せなさい!』」

 

 

十六夜はふざけながら喋る。飛鳥は一拍置くことなくギフトを発動させる。

 

 

「しゃらくせえェ!!」

 

 

パリンッ!!

 

 

十六夜は両手で振り払ってギフトを破壊した。

 

 

「ッ!?」

 

 

飛鳥の顔に動揺が走る。だが、飛鳥はすぐに次の行動に移す。飛鳥はギフトカードを取り出した。

 

 

「来なさい!【ディーン】!!」

 

 

ドゴオオオンッ!!

 

 

目の前に鋼の赤い巨人が出現した。

 

 

「いつの間にそんなギフトを…!?」

 

 

俺は飛鳥の新しいギフトに驚愕する。

 

 

「チッ、時間が無い」

 

 

十六夜は空に浮いた隕石を見て舌打ちをする。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

赤い巨人のディーンは十六夜に向かって拳を放つ。地面はひび割れ、数十軒もの民家を一気に破壊した。

 

 

「うおッ!?」

 

 

身動きの取れない俺はその威力に圧倒される。

 

 

「なぁ大樹」

 

 

十六夜は俺の横に着地する。

 

 

「俺のギフトって何だ?」

 

 

十六夜の真剣な目で俺に質問した。

 

 

「……難しいな。お前のギフトは矛盾しているんだ。ギフトを破壊する能力があるのにも関わらず、お前には身体能力の強化ギフトがある。両立することはあり得ないのにお前は出来ている。まさに正体不明だな」

 

 

「長い。俺にはギフトを破壊する力があるんだな?」

 

 

「多分な」

 

 

「じゃあお嬢様が操られているのは?」

 

 

「分からないが恐らくギフトの可能性が高い……ってお前まさか!?」

 

 

「そういうことだ!」

 

 

十六夜は第三宇宙速度でディーンに向かって飛翔する。

 

 

(まさか殴るわけではないだろうな!?)

 

 

俺は飛鳥に触れるだけで洗脳が解くことを祈る。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

十六夜の右ストレートがディーンの頭部に当たる。ディーンはバランスを崩し、その場に後ろに倒れる。

 

 

「ッ!?」

 

 

飛鳥は驚愕する。

 

一瞬にして飛鳥の目の前に十六夜が現れたからだ。

 

 

ポンッ

 

 

十六夜は飛鳥の肩に置く。だが、

 

 

「ッ!?」

 

 

飛鳥は十六夜の手を振り払った。洗脳は解けていない。

 

 

「仕方ねぇ……悪い!」

 

 

十六夜は飛鳥の目の前までまた距離を縮める。

 

 

(殴る……!?)

 

 

出来ればやりたくなかった方法に俺は目を瞑りそうになる。

 

 

「え?」

 

 

俺は十六夜の行動に目を疑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

十六夜の唇と飛鳥の唇が重なっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれは……………………キスというやつですか………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………キスねぇ………kissか………………って

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあああああああああァァァァ!!??」

 

 

何やってんのおおおおおおおォォォ!?

 

 

飛鳥の唇から十六夜の唇が離れる。キスした時間、わずか2秒の出来事でした。

 

 

「テメェ何やってんだ!?」

 

 

「接吻だ」

 

 

「キスって意味ね!!知っとるわボケェ!!」

 

 

緊急事態に何やってんだ貴様!?

 

 

「あ、あれ……十六夜君?」

 

 

「おう、もう大丈夫か」

 

 

飛鳥はハッなり状況を確認する。洗脳解けてる!?

 

 

「私……何をしていたのかしら?」

 

 

記憶が……ない……だと……!?

 

いや、もしかしてキスという衝撃的な出来事で洗脳が解けたのか?

 

 

「それよりも大変だ。お嬢様は今すぐ『みんな自由になれ』って叫んでくれ」

 

 

「わ、分かったわ」

 

 

十六夜の焦っている顔に押され、飛鳥は素直に従う。

 

 

「『全員自由になりなさい!!』」

 

 

飛鳥のギフトが発動した。

 

 

「よし、動ける!」

 

 

俺の体は自由を取り戻す。きっと街で倒れている参加者も大丈夫だ。あとは……

 

 

「ッ!!」

 

 

近くに落ちてある俺の銃を拾い上げる。

 

 

ガキュンッ!!

 

 

そして、俺は弾丸に鬼種のギフトを使い、銃弾の威力を上げる。

 

銃弾は空にある隕石に向かって飛んでいく。

 

 

ボッ………。

 

 

だが、全く効いていなかった。

 

 

「さぁ!これで終わりだあああああァァァ!!」

 

 

バトラーは隕石に向かって羽ばたき、隕石の中央に来る。

 

 

 

 

 

「【アース・ゼロ】!!」

 

 

 

 

 

ついに隕石が落ちてきた。

 

 

 

 

 

「どうする大樹!!」

 

 

十六夜が焦る。

 

 

「大樹!!」

 

 

飛鳥も状況がヤバイことを理解し、大樹に助けを求める。

 

 

(やるしかねぇ!!)

 

 

俺は光の速さで刀を回収する。

 

 

「右刀左銃式、【零の構え】」

 

 

俺は右手に刀を持ち、左手に銃を持って構える。

 

 

 

 

 

「【インフェルノ・零】!!!」

 

 

 

 

 

ガガガガガガガガガガガガッ!!!

 

 

高速早撃ちで12発の弾丸を一直線に並べ、

 

 

ガチンッ!!

 

 

一番後ろの銃弾に向かって刀を突き刺す。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!!

 

 

光の速度で隕石に向かって12発の銃弾と刀と共に突っ込む。バトラーはこちらに気付いていない。

 

 

「うおおおおおおォォォ!!!」

 

 

叫び声を上げながら隕石に衝突した。

 

 

(おもッ………!?)

 

 

バキンッ!!

 

 

隕石のあまりの重さに一瞬にして両腕の骨が折れた。それでも突き進むことはやめない。

 

 

「ッ!!!」

 

 

声はもう出せないほど力がなくなった。

 

 

ドゴンッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は隕石に負け、吹っ飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

俺はそのまま超スピードで地面に落下した。

 

 

「ッ……!」

 

 

胃の底から大量の血が吹き出だした。たまらず俺はその場に吐く。

 

 

「げほッ!げほッ!!」

 

 

両腕は全く動かず、無様に地をのたうち回る。

 

 

(チクショウ……!!)

 

 

一歩も動けなかった。俺は仰向けに倒れる。

 

 

隕石はすぐ目の前まで迫ってきている。

 

 

耳を澄ませば大勢の人たちの悲鳴が聞こえる。

 

 

遠くにはディーンが街の中心で構えていた。ディーンの肩には十六夜と飛鳥が乗っているのが見えた。

 

 

二人は諦めていない。

 

 

(ふざけるな)

 

 

俺は自分に言い聞かせる。

 

 

(ここで負けたら美琴やアリアや優子はどうなる)

 

 

体の仕組みを無視した動きで俺はゆっくりと立ち上がる。

 

 

(………負けられない)

 

 

俺の周りは大量の血だまりが出来ていた。今生きているのが不思議だった。

 

 

(神……力を貸してくれ………いや)

 

 

もうそんな甘いことは考えない。

 

 

(………抗え)

 

 

貰うな。自分で掴みとれ。

 

 

(立ち上がれ……!!)

 

 

そして、全てを守れ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「負けるかあああああァァァ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギュイイイイイイイイン!!!

 

 

 

鼓膜をぶち破るぐらいの音が街に響き渡る。

 

 

 

俺の体が優しい黄金色に輝く。

 

 

 

否。正確には、輝いているのは俺の翼だ。

 

 

 

俺の翼は大きく広がる。

 

 

 

街を包み込めるような大きさまで広がった。

 

 

 

「創造する」

 

 

 

俺は創造する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「消えろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

隕石を消すことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の黄金色の翼は隕石を飲み込んだ。

 

 

 

ゴオオオオオォォォ!!!!

 

 

 

隕石は優しい黄金色に光り、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴオォッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やがて、役目を終えた黄金色の翼は小さくなり、横に広げて10mほどまで小さくなった。

 

 

「はぁ……!はぁ……!」

 

 

街の中心の上空で俺は肩で息をする。

 

 

「馬鹿な………」

 

 

その光景を見ていたバトラーは力なく呟く。バトラーとの距離はそれほど遠くはなかった。

 

 

「ゼウスの力がこれほどなのか……」

 

 

バトラーの黒い翼からどす黒いオーラが出る。

 

 

「いい加減にしろ……」

 

 

バトラーは右腕の義手を悪魔の手のような形に作り上げる。

 

 

 

 

 

「僕の邪魔をするなあああああァァァ!!」

 

 

 

 

 

鬼の形相で俺に向かって音速の領域を超えたスピードで俺に迫る。

 

バトラーの右腕の義手は俺の顔を狙っていた。

 

 

ガシッ!!

 

 

「!?」

 

 

バトラーは驚愕した。

 

 

バトラーの右腕は簡単に片手で捕まえられた。

 

 

「もう誰にも負けねぇよ」

 

 

俺は静かに言う。

 

 

「お前にも……リュナにも……裏切り者のお前らにも!!」

 

 

俺はバトラーの右腕を払う。

 

 

「【無刀の構え】」

 

 

光の速度で技を繰り出す。

 

 

「【神殺天衝(しんさつてんしょう)】」

 

 

神すら殺す必殺の一撃。バトラーの胸に右ストレートをブチ当てた。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!!

 

 

一瞬で地面に落ち、巨大なクレーターが出来る。

 

 

だが、

 

 

「ああああああァァァ!!」

 

 

まだバトラーは生きていた。

 

黒い翼を大きく羽ばたかせ俺に向かって突撃する。

 

 

「僕が死ぬ!?ふざけるな!!僕は絶対に死なない!!あの世界に復讐するまで!!」

 

 

バトラーは悪魔のような右腕を変形させる。

 

 

「終わりだああああァァァ!!!」

 

 

右腕は大きな土の槍に変える。槍には黒いオーラを纏っており、触れただけで死を招くほどの邪気を帯びていた。

 

 

 

 

 

「天候、【氷河期】」

 

 

 

 

 

ガチンッ!!!

 

 

「ッ!?」

 

 

バトラーは動けなくなった。

 

 

 

 

 

一瞬にしてバトラーは凍らされたからだ。

 

 

 

 

 

(何が……何が起きた……!?)

 

 

バトラーの体温を奪っていく。

 

 

ゼウスの称号は全知全能の神だけではない。全宇宙や雲、雨、雪、雷などの気象を支配していた神でもある。

 

 

(ッ!?)

 

 

バトラーさらに驚愕する。

 

 

氷河期。それは街全体に起こっていると思われた。

 

 

否。氷河期はバトラーを中心とした100mしか起こっていなかった。

 

 

(座標の決定もできるのか……!?)

 

 

無茶苦茶すぎる。バトラーの体が震えた。

 

 

「黒ウサギ!!」

 

 

俺は近くに黒ウサギがいることを把握していた。

 

 

「大樹さん!!」

 

 

黒ウサギは俺の横まで飛翔する。

 

 

「話は後だ。【インドラの槍】を撃て」

 

 

「はい!!!」

 

 

黒ウサギはギフトカードから【インドラの槍】を取り出す。

 

 

「はあああああァァァ!!!」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

黒ウサギはバトラーに向かって【インドラの槍】を投擲した。雷鳴がここら一帯に響く。

 

 

「まだだあああああァァァ!!!」

 

 

バキンッ!!

 

 

バトラーは最後の力を振り絞って脱出する。

 

 

「ッ!!」

 

 

そして、間一髪の所で横にかわす。

 

 

「そんなッ!?」

 

 

黒ウサギは予想に反して、避けられるとは思わなかった。

 

 

「まだ僕は……俺は終わってない!!」

 

 

バトラーの一人称が変わる。これが本来のバトラーなのであろう。

 

 

 

 

 

「いや、俺たちの勝ちだ」

 

 

 

 

 

「……ぁ……?」

 

 

バトラーはもう驚く事すらできなくなった。

 

 

恐怖に支配された。脳で理解することを拒んだからだ。

 

 

後ろから大樹の声がした。

 

 

「創造する」

 

 

大樹は後ろに回り込み、【インドラの槍】を

 

 

 

 

 

掴んだ。

 

 

 

 

 

ガシャアアンッ!!!

 

 

雷が俺の手に落ちる。痛みは全くない。

 

 

「刀となれ」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

先程とは比べものにはならない雷が俺の両手の中で弾け飛ぶ。

 

 

「「!?」」

 

 

黒ウサギとバトラーは驚愕する。

 

 

 

 

 

【インドラの槍】は雷を帯びた二本の刀に変化していた。

 

 

 

 

 

雷で形成された二本の刀を両手に一本ずつ持つ。

 

 

 

「二刀流式、【黄葉(こうよう)鬼桜の構え】」

 

 

 

紅葉鬼桜の進化版。黄葉鬼桜。俺のために姫羅が残してくれた技。

 

 

俺は右手の刀を逆手に持ち、十字に構える。右腕と左腕をクロスさせ、逆手にもった右手を横の字。左手を縦の字で構える。

 

 

「……僕は」

 

 

バトラーは体から力を抜く。

 

 

「まだ……」

 

 

大樹は背中の黄金色の翼を大きく広げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「【双葉・天神焔(てんしんえん)】」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光の速さで斬撃された最強の二連撃がバトラーの体に刻まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

________________________

 

 

 

「今日から君が担当して貰うよ」

 

 

60代くらいの白髪の男は俺に向かって言う。彼は俺の執事長だ。ここでは一番偉い存在だ。

 

 

「僕が……ですか?」

 

 

俺の一人称は執事という仕事をし始めてから変えた。この方が執事らしいと自分でしっくりきたからだ。

 

 

「あぁ、頑張るんだよ」

 

 

執事長は優しい笑みを浮かべながら俺に言う。

 

彼は俺が新人だった5年前からずっと手とり足とり教えてもらった。彼には恩を感じている。

 

 

「はい!」

 

 

俺は元気よく返事をした。

 

 

今日から雇われた龍ヶ崎社長の娘であるユウナお嬢様の専属執事となった。

 

 

________________________

 

 

コンコンッ

 

 

「誰?」

 

 

「今日からお嬢様の執事をすることになった遠藤でございます」

 

 

「入っていいわよ」

 

 

お嬢様に許可を頂き、扉を開ける。

 

 

「失礼します」

 

 

部屋の中は広く、いかにも貴族だと分かる雰囲気が漂っていた。どの家具も売ったら何千万もする高級感が一つ一つ家具から感じられる。

 

 

「あなたが遠藤?」

 

 

俺の名前を呼んだのは奥の椅子に座っている女の子。髪は社長のお母様が外国人でもあるため、綺麗な金髪を受け継いでおり、服は派手すぎない優しい青色のドレスを着ていた。お嬢様は15歳の少女だった。

 

 

「はい、先程も申し上げましたがお嬢様の

 

 

「聞いたわ。それよりも……」

 

 

俺の言葉を被せユウナお嬢様は告げる。

 

 

「あなた、下の名前は?」

 

 

「え、えっと……滝幸です」

 

 

急に下の名前を聞かれ、戸惑う。

 

 

「じゃあ滝幸。外に連れて行ってくれるかしら?」

 

 

出た。

 

 

俺はこの言葉が来るのを予想していた。

 

 

このお嬢様は外に脱走しまくる問題児。問題お嬢様なのだ。

 

 

「それはできません」

 

 

「私の言うことを聞かないの?」

 

 

「そういうことではありません。執事長からお嬢様を勝手に外に出すなと言いつけられておりますので」

 

 

俺は用意しておいた定例分を読み上げる。

 

 

「じゃあ叫ぶわよ」

 

 

「…………………………はい?」

 

 

全く予想できなかった言葉が返って来た。

 

 

「私が叫んだらすぐに誰かが来るわ」

 

 

「は、はぁ……」

 

 

一応まだ頭で理解できた。

 

 

「そして、ここに来た人に『滝幸に〇〇〇されて〇〇な〇〇〇〇されたの!!』って言うわ」

 

 

「ゲスいなオイ!?」

 

 

ハッ!つい普段の言葉が!

 

 

「滝幸ってもしかして新人?」

 

 

「は、はいそうです」

 

 

急いで敬語に戻す。

 

 

「じゃあクビになりたくなかったら私を外に連れ出して!」

 

 

「もうやだこのひと」

 

 

退路を断たれた瞬間であった。

 

 

________________________

 

 

「ユウナお嬢様、音は絶対に出さないでくださいね」

 

 

俺は人差し指を口に当てて、ユウナお嬢様に静かにするように合図する。ユウナお嬢様は縦に二回うなずいた。

 

俺たちは屋敷からの脱出を試みていた。この作戦には俺のクビが掛かっている。

 

 

「今です」

 

 

俺の合図で屋敷の窓から脱出する。ここは四階だが俺は構わず飛ぶ。

 

 

シュタッ

 

 

静かに、綺麗に着地する。

 

 

「さぁユウナお嬢様。ロープを使って降りてきt」

 

 

「とぉ!!」

 

 

 

 

 

ユウナお嬢様が飛び降りた。

 

 

 

 

 

「ちょッ!?」

 

 

俺は慌ててユウナお嬢様の落下地点に飛び込む。

 

 

ボスッ

 

 

なんとか受け止めることに成功した。

 

 

「何やってるんですか!!」

 

 

「しーッ、バレるでしょ」

 

 

俺にストレスがだんだん溜まってきている。

 

 

「はやく行きましょ」

 

 

「はぁ……はい」

 

 

もう後戻りは出来なかった。

 

 

________________________

 

 

それから毎日のように隙を見計らってユウナお嬢様を外に連れ出した。

 

 

「滝幸!あれは何!?」

 

 

「東京タワーもご存知ではないのですか?」

 

 

「名前しか知らなかったわ!」

 

 

ユウナお嬢様は超がつくほどの箱入り娘だった。

 

屋敷の外に出られたのは俺が最初に連れ出した時が初めてらしい。

 

 

「大きいわね!」

 

 

「あそこの展望まで昇ることもできますよ」

 

 

「行きたいわ!」

 

 

俺はそんな箱入り娘のユウナお嬢様に世界の広さを知ってもらいたかった。

 

 

「た、たたた高いわね」

 

 

「大丈夫ですよ」

 

 

ユウナお嬢様は高所恐怖症らしい。四階から飛び降りたくせに。

 

 

「ねぇ滝幸」

 

 

「はい、何でしょう?」

 

 

「あなたはどうして執事になったの?」

 

 

「秘密です」

 

 

「それ昨日も一昨日も言ってたわよ」

 

 

「明日も明後日も言う予定です」

 

 

「……………………叫ぶわよ?」

 

 

「ごめんなさい」

 

 

ここは人が多すぎる。叫ばれたら10秒で捕まるだろう。

 

 

「僕は脳に障害があります」

 

 

「え?」

 

 

ユウナお嬢様は驚く。

 

 

「記憶障害で勉学や記憶に関しての知識を覚えるのが一般の人より遅いのです。とても」

 

 

俺は続ける。

 

 

「そのせいで僕には知能という言うべきものが全くありません。敬語や作法はやっと覚えることができたのです。いえ、覚えやすかったと言ったほうが適切でしょう」

 

 

「……ごめんなさい」

 

 

「ユウナお嬢様が謝ることはありません。むしろ感謝しています」

 

 

ユウナお嬢様に向かって微笑む。

 

 

「こうしていられるのも、僕の脳に障害があってこそです」

 

 

「……………ばか」

 

 

ユウナお嬢様は顔を赤く染めた。

 

 

________________________

 

 

「どうよ滝幸!学年1位よ!」

 

 

「さすがです、お嬢様」

 

 

あれから半年以上もの月日がたった。

 

ユウナお嬢様はもうすぐ高校受験だ。受ける高校は超有名な高校に合格することを目標としている。

 

 

「それじゃあ、約束通り今度は温泉に行きましょう!」

 

 

「あぁ、俺の金が吹っ飛んでいく……」

 

 

いつもと変わらない日常。楽しかった。

 

 

コンコンッ

 

 

「入っていいわよ」

 

 

「失礼します」

 

 

ノックをして入って来たのは執事長だった。

 

 

「滝幸君。ちょっと話がある」

 

 

「わかりました。お嬢様、少しお待ちください」

 

 

「はやく帰って来てね」

 

 

「はい」

 

 

俺とユウナお嬢様は笑顔で別れた。

 

 

 

 

 

これがお嬢様と顔を合わせるのが最後となった。

 

 

 

 

 

 

________________________

 

 

「龍ヶ崎社長が?」

 

 

「君に話があるそうだ。三階の社長室に行きなさい」

 

 

「わ、分かりました」

 

 

執事長の話によると、俺は龍ヶ崎社長に呼び出しされた。

 

理由は執事長に聞いても、聞かれてないから分からないっと答えられた。

 

俺は言われるがまま、社長室へと向かった。

 

 

 

 

 

この時の俺は警戒心など全くなかった。

 

 

 

 

 

________________________

 

 

コンコンッ

 

 

「入りたまえ」

 

 

「失礼します」

 

 

俺はノックをし、入室の許可を頂く。

 

 

「やぁ待っていたよ」

 

 

俺を呼んだのは椅子に腰を掛けた龍ヶ崎社長だった。

 

 

「とりあえず座りたまえ」

 

 

「は、はい」

 

 

そう言われ俺は龍ヶ崎社長が座っている前の席に座る。

 

 

「紅茶は嫌いかね?」

 

 

「いえ、大好きです」

 

 

「それはよかった」

 

 

龍ヶ崎社長は自分でティーカップを用意して紅茶を作り始めた。

 

 

「どうぞ」

 

 

「あ、ありがとうございます」

 

 

龍ヶ崎社長自ら淹れるなんて予想外だった。俺は冷めないうちに紅茶を飲む。

 

 

「遠藤君、いつも娘が世話になっているね」

 

 

「い、いえ!そんなことはありません!」

 

 

「ユウナの専属執事はすぐに辞めてしまうから困っていたんだよ。君には感謝しているよ」

 

 

龍ヶ崎社長に褒められ、俺は悪い気分ではなかった。

 

 

「娘の進路についてはどうなっているかね?」

 

 

「問題ありません。どこの高校でも入ることは可能でしょう」

 

 

「そうかい。それはよかった」

 

 

龍ヶ崎社長は安心したように息を吐き、

 

 

 

 

 

「ならどの高校に行っても問題ないか」

 

 

 

 

 

「え?」

 

 

耳を疑った。

 

 

「娘にはやってもらわないといけないことがあるからね」

 

 

龍ヶ崎社長は席を立つ。

 

 

「近々、大手の企業会社との交流があって、儲かるチャンスが到来したんだよ」

 

 

嫌な予感がした。

 

 

「その大手企業の社長の息子さんがユウナと同い年なんだ」

 

 

「まさか……!?」

 

 

 

 

 

「あぁ、結婚させようと思うんだ」

 

 

 

 

 

「ふざけるな!」

 

 

俺は敬語なんか取っ払い、龍ヶ崎社長に怒鳴りつける。

 

 

「そんなこと本人が……!」

 

 

「望むわけがないだろ」

 

 

「だったら……!」

 

 

「だから、君をここに呼んだんだよ」

 

 

「な、何を言っているんだ」

 

 

ビチャッ

 

 

液体か何かが落ちるような音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の口から血が流れ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?」

 

 

痛みは無い。ただ、口から血が溢れ出した。

 

 

「やっと効いたか」

 

 

「な、何だよこれ……ッ!?」

 

 

その瞬間、喉が裂けるような痛みが襲い掛かって来た。たまらず俺は床に倒れる。

 

 

「がはッ……!?」

 

 

「君には大変感謝しているよ」

 

 

俺を見下しながら龍ヶ崎は言う。

 

 

「ユウナと君はとてもいい信頼関係があった」

 

 

「……ぁ……が……ッ!!」

 

 

喉が完全にぶっ壊れていた。声が出ない。

 

 

「もし、君が自殺したとしよう」

 

 

龍ヶ崎は語る。

 

 

「それも遺書を残して自殺するんだ。内容は……」

 

 

龍ヶ崎は悪魔のような笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

「『お嬢様の相手をするのに疲れた』ってね」

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

「そうすればユウナは反省するだろう。これからはちゃんと言うことを聞こうってな」

 

 

俺の心臓が悲鳴をあげ始めた。

 

 

「じゃあ私はユウナにこう言おう。『社長の息子と結婚しろ』と」

 

 

「……ク、ソッが……!!」

 

 

俺は力を振り絞って立ち上がろうとするが、できない。

 

 

「でも、あそこの社長の息子って悪い噂しか聞かないからな」

 

 

わざとらしく俺に向かって告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あそこの息子さんの彼女になった人は殺されるらしいんだよ。証拠を消されて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「がああああああァァァ!!」

 

 

必死に力を振り絞って立ち上がろうとする。

 

 

ドゴッ!!

 

 

龍ヶ崎は右足で俺の顔面を蹴り飛ばした。俺は後ろに倒れる。

 

 

「全く、あそこの息子には関わりたくないね。金だけ貰って、すぐに縁を切ろう」

 

 

体は………もう動かない。

 

 

「説明は終わりだ。今日までありがとう」

 

 

憎い。憎い。この男が憎い。殺してやりたい。でも、その前に……。

 

 

お嬢様………どうか………どうか………。

 

 

「ぉ………に、げッ……くだ……さい……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の呼吸が止まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

________________________

 

 

 

「………………」

 

 

バトラーは死んだあの時と同じ体制で地面に倒れていた。

 

 

「とどめは刺さないなのか?」

 

 

「刺されたいのかよ、お前は」

 

 

バトラーと同じくらい血だらけになった大樹が歩み寄る。

 

 

「俺は復讐する。それまでは死にたくないんだ」

 

 

「じゃあお前は一生死ねないな」

 

 

「……どういうことだ」

 

 

バトラーは大樹の言葉に疑問を抱く。

 

 

「大手企業の社長である龍ヶ崎は死んだよ」

 

 

「何ッ!?」

 

 

「死因は毒物による死だ」

 

 

「自殺したのか!?」

 

 

「いや、殺されたんだよ」

 

 

大樹はその場に座り込んだ。もう立つことすら無理になったのだろう。

 

 

「仕事に嫌気がさした秘書が殺したんだよ。まぁあんな外道は大抵身内から殺されるパターンが多いからな」

 

 

「お嬢様は……ユウナお嬢様はどうされたんですか!?」

 

 

いつの間にか敬語に戻すバトラー。必死に問いかける。

 

 

「当時、執事長とメイド長は老夫婦だったことは知っているだろう?あの二人が親代わりとなってユウナちゃんを育てているよ」

 

 

「……………」

 

 

「二人は今まで貯めてきた莫大な資産が残っている。貧困な暮らしは絶対にしていないよ」

 

 

「本当か……本当なのですか?」

 

 

「天使がそう言っているが……信じるか?」

 

 

大樹は笑い、横に倒れた。

 

 

「あー、もうきつかった。この真実話すのにお前は暴れすぎなんだよ」

 

 

「………とぅ……ぃますぅ……!」

 

 

バトラーの震えた小さな声が聞こえた。

 

 

 

 

 

「ありがとう……ございますぅ……!!」

 

 

 

 

 

バトラーは泣きながら感謝の言葉を述べる。

 

 

「どういたしまして」

 

 

大樹は笑みを浮かべる。

 

 

(救う……ってこのことか……)

 

 

哀れな執事。バトラーは声を上げて泣いていた。

 

 

「それに復讐なんてつまらないものだぞ?」

 

 

俺は仰向けになりながら言う。

 

 

「……俺は人を殺めようとしたことがある」

 

 

「……………」

 

 

バトラーは涙を流しながら聞く。

 

 

「人を殺めようとして、俺はどんな気持ちになったと思う?」

 

 

俺はあの時の気持ちを忘れていた。だが、今は思い出している。

 

 

「快感?達成感?優越感?……全部違う」

 

 

俺は。あの時の俺は。

 

 

「恐怖と後悔だ」

 

 

今でも思い出せば手が震える。

 

 

「お前は人を殺したことはあるのか?」

 

 

「…………ないです」

 

 

「よかったな。それが正しいんだよ」

 

 

この質問は同時に殺された裏切っていない保持者を殺したかどうかについての質問でもあった。

 

 

「ユウナちゃんもそれを望んでいるよ」

 

 

「……………あなたは……もう大丈夫なんですか?」

 

 

「半分だな」

 

 

正直な感想だった。

 

 

「美琴やアリア。優子に黒ウサギ達に出会って俺は成長し、立ち直ることができた。でも、その出来事を忘れるわけにはいかない」

 

 

一度忘れた記憶。そんなのは……。

 

 

「忘れることは……とても悲しいから」

 

 

俺は双葉を思い出す。あの時の彼女は今、敵となって俺に立ち塞がっている。でも、

 

 

(今度は俺がお前の記憶を思い出させてやるよ……)

 

 

シュピンッ!!

 

 

黒ずんだ空に光が溢れ出した。赤や青、緑、黄色などカラフルな色が街を照らし出す。

 

 

「ゲームクリアか……」

 

 

それはステンドグラスが生み出した光。幻想的だった。

 

これで、魔王とバトラーの戦いに終止符が打たれた。

 

 

「お嬢様……ユウナお嬢様……!」

 

 

バトラーは嗚咽をこらえながら言う。

 

 

「私は……僕は……俺は……!」

 

 

バトラーの体が輝きだす。俺にはその光が何なのか理解できていた。

 

 

「あなたが………将来ッ……!」

 

 

バトラーは最後の言葉を泣きながら微笑んで告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「幸せであることをずっと願います……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

________________________

 

 

 

コンコンッ

 

 

 

「入っていいわよ」

 

 

 

「失礼しますお嬢様」

 

 

 

「どうしたの?」

 

 

 

「今日は高校の入学式ですよ」

 

 

 

「……まだ早くないかしら?」

 

 

 

「ユウナお嬢様は学年主席ですよ!そんなお方が初日で遅刻なんて!」

 

 

 

「はぁ……分かったわ」

 

 

 

「執事長が車で待っておられます」

 

 

 

「ええ、すぐに………先に行っててくれるかしら」

 

 

 

「分かりました。すぐに来てくださいね」

 

 

 

少女はテーブルの上に置いてある、一枚の写真を手に取る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行ってくるわね、滝幸」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少女は微笑み、部屋を出た。

 

 



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転生者は愛する人のために


ついに終わります。

『問題児が異世界から来るそうですよ?』編が今回で最後です。


続きをどうぞ。


「「……………」」

 

 

部屋にはベッドが二つあった。どちらも患者が寝る白いベッドである。ベッドの上には包帯でグルグル巻きにされた二人の少年が寝ていた。

 

 

「…………なぁ原田」

 

 

「……何だ?」

 

 

「……お前、負けたの?」

 

 

「………………」

 

 

「俺、勝ったんだけど?」

 

 

「…………リュナは桁違いに強すぎだ」

 

 

原田は溜め息を吐く。

 

 

「ペストを倒したことに関してはよくやったと思う」

 

 

「どうも」

 

 

「…………リュナについて何か分かったことは?」

 

 

「悪い」

 

 

原田は申し訳なさそうに言う。手掛かりはないようだ。

 

原田はペストを倒した後、リュナに遭遇してボコボコにされた。ペストを一人で倒すことができるのにリュナには敵わなかった。当たり前だ。相手は神の力を持っているのだから。

 

 

「まぁいいさ。無事で良かったよ」

 

 

俺は素直にそう思った。

 

 

「「……………」」

 

 

再び沈黙が部屋を支配する。

 

 

((……暇すぎる))

 

 

二人はそんなことを考えていた。

 

俺は話題を頑張って作る。

 

 

「原田はどこを怪我をしたんだ?」

 

 

「両足の骨、あばら骨、左腕の骨を粉砕された」

 

 

「折れたって言わないところが怖い」

 

 

粉砕って治るのか?どんだけリュナにボコボコにされたんだよ。

 

 

「大樹は?」

 

 

「両腕と右足が折れて、あばらの骨は2本以外折れてた。頭蓋骨にもヒビが入ってるし、臓器は60パーセントが損傷していて、それから

 

 

「もういい。聞きたくない。お前が怪物なのは分かった」

 

 

何を言っている。俺は神になったんだぞ。

 

 

「「……どっちも怪物だな」」

 

 

ハハハっと笑い合い、

 

 

「「………はぁ」」

 

 

二人にとって自虐ネタは上級者向けだった。

 

 

「そういえば、ついに俺にも翼を出すこと出来るようになったぜ」

 

 

「おそい」

 

 

「えぇ……」

 

 

お褒めの言葉を頂くどころかいちゃもんつけられた。

 

 

「他の保持者はその日に出してたぞ」

 

 

「俺以上の人外!?」

 

 

俺を越える奴はまだいた!むしろ今まで俺が一番人間に近かったんじゃねぇのか?

 

 

「………バトラーはどうだった?」

 

 

原田が尋ねる。この場合の返し方は、

 

 

「救えたと思う」

 

 

「そうか」

 

 

バトラーは優しい人なのに、憎しみで人はあんなにも変わってしまった。俺は哀れな彼を救い出したかった。原田から事前に聞いた情報には間違いがあった。いや、真実が隠蔽工作がされていたんだ。殺人を自殺に。

 

 

「バトラーは俺が死んだら復讐できると言ってたがどういう意味だと思う?」

 

 

「……バトラーが言っていたのか?」

 

 

原田は俺の言葉を確認する。俺はうなずいて肯定する。

 

 

「………………分からない」

 

 

「は?」

 

 

「分からないんだよ」

 

 

「分からないって、俺が死んだら社長に復讐できるってことだろ?なら、俺が死んだら………あれ?」

 

 

自分で言っておいて理解できなくなった。

 

 

「俺が死んでも神が危機に晒されるだけじゃねぇか」

 

 

「そうだ。それだけなんだ」

 

 

原田は考える。

 

 

「そもそもバトラー達はどうやってこの世界に来た?」

 

 

「え?簡単にできるもんじゃねぇのか?」

 

 

「やるにはゼウスの力が必要なんだ。他の保持者も他の世界に行くときはゼウスの力を使っているんだ」

 

 

「……………まさか!?」

 

 

俺は最悪の結末に辿り着いた。

 

 

 

 

 

「ゼウスが……主犯者……!?」

 

 

 

 

 

「それは無い!!」

 

 

原田が強く否定する。

 

 

「味方である神がそんなこと……!」

 

 

「……悪い」

 

 

「いや、俺も怒鳴ってスマン……」

 

 

俺と原田はお互いに謝る。

 

 

「だけど、その線は簡単に捨てられない。原田、調べてくれ」

 

 

「………分かった」

 

 

原田にとって嫌な選択かもしれない。自分側の者が敵に付くことなど思いたくもない。だが、原田は受けてくれた。

 

 

(………分からないよ、神)

 

 

いつになったら、この戦いは終わるのだろうか。

 

誰が敵なんだ。

 

お前はどっちの味方なんだ。

 

 

その答えは誰も教えてはくれない。

 

 

________________________

 

 

 

『ギフトゲーム名 【アスベストスの疾走者】

 

・プレイヤー一覧

 

コミュニティ【サラマンドラ】

 

サンドラ=ドルトレイク

 

マンドラ=ドルトレイク

 

 

コミュニティ【ノーネーム】

 

春日部 耀

 

楢原 大樹

 

 

・勝利条件

 

制限時間以内に指定されたゲーム舞台に散乱した【サラマンダーの皮】を相手プレイヤーより多く集める。

 

 

・敗北条件

 

対戦プレイヤーが指定されたアイテムを自分より多く持っていた場合。

 

 

・禁止事項

 

ギフトを使った相手への攻撃。(故意にやった場合のみとする)

 

上記を破った場合、プレイヤーは一分間その場を動くことはできない。

 

 

宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗の下、両コミュニティはギフトゲームに参加します。

 

【ノーネーム】印

【サラマンドラ】印』

 

 

 

________________________

 

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

「うおッ!?」

 

 

俺に向かって建物が次々と倒れてくる。

 

 

ここはゲームの舞台である【廃墟になった都市】というゲーム盤。たくさんの高層ビルが建ち並んでいるが、全てボロボロとなり、木々などが生い茂っていた。

 

 

「はああぁ!!」

 

 

サンドラは近くにある建物に向かって火の玉を放つ。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

建物は崩れ、瓦礫が俺に向かって落下する。

 

 

「ッ!!」

 

 

包帯でグルグル巻きにされていて少し動きずらいが、問題なく避ける。

 

 

「オイ待てやゴラァ!!禁則事項破っているだろう!?」

 

 

「いいえ!私は建物を破壊しているだけです!」

 

 

「絶対に悪意があるだろこの子!!」

 

 

故意にやった場合は体の自由が奪われるはず。なのにサンドラはピンピンしていた。

 

 

「マンドラ兄様が【サラマンダーの皮】を持ってきていただければ……!」

 

 

「………………」

 

 

俺はサンドラに見えぬように笑っていた。

 

 

________________________

 

 

「ええい!一体どこにあるというのだ!?」

 

 

マンドラは走りながら辺りを見まわす。

 

 

(【サラマンダーの皮】というほどならば……)

 

 

生き物。マンドラはずっと探しているが、

 

 

(生き物が一匹も見つからないということはどういうことだ!?)

 

 

マンドラは焦る。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

「ッ!?」

 

 

マンドラは後ろで爆発する音が聞こえて振り向く。

 

 

「のあッ!?」

 

 

飛んで来たのは大樹だった。

 

 

「マンドラ兄様!!」

 

 

上から妹であるサンドラが降りてくる。

 

 

「見つかりましたか?」

 

 

「ダメだ。全く見つからない」

 

 

マンドラは首を振った。

 

 

「この街には生き物一匹もいない」

 

 

「ふふふふ……」

 

 

マンドラの言葉に大樹は不気味に笑う。

 

 

「何がおかしい!?」

 

 

「いやいや、だってさぁ……」

 

 

大樹は告げる。

 

 

 

 

 

「【サラマンダーの皮】を生き物から取れると思っているからなぁ」

 

 

 

 

 

「「!?」」

 

 

そのことに二人は驚愕する。

 

 

「マルコ・ポーロって人物は知っているか?」

 

 

ヴェネツィア共和国の商人であり、ヨーロッパへ中央アジアや中国を紹介した【東方見聞録】が有名だ。

 

 

俺は二人にそのことを説明し、

 

 

「その【東方見聞録】が重要なんだよ」

 

 

「……それがどうした」

 

 

マンドラは恐る恐る聞く。

 

 

「そいつに記されてんだよ、【サラマンダーの皮】について……」

 

 

俺は告げる。

 

 

 

 

 

「【サラマンダーの皮】とは鉱物のことを示しているんだ」

 

 

 

 

 

「「!?」」

 

 

鉱物。生き物の皮でないことに驚く二人。

 

 

「そして、他にも鉱物だと決めつける決定的な証拠がちゃんと記されているんだ……契約書類(ギアスロール)に」

 

 

「なんだと……!?」

 

 

マンドラの額から汗が噴き出る。

 

 

 

 

 

「『アスベストス』は言いかえると【石綿】という意味になるんだぜ?」

 

 

 

 

 

「「なッ!?」」

 

 

そう、このゲームは最初から鉱石種類が決まっていた。ギフトゲーム名で。

 

【石綿】とは蛇紋石や角閃石が繊維状に変形した天然の鉱石で無機繊維状鉱物の総称のことをさす。

 

 

「大樹」

 

 

耀が後ろから走ってくる。

 

俺はすぐに謎を解き、耀に探させたのだ。

 

 

「どうだ、見つけたか?」

 

 

「うん、見つけたけど………」

 

 

耀の歯切れの悪い言葉に俺は嫌な予感がした。

 

 

「大樹に言われた通りにモグラさんの力を借りて地面を掘ったよ」

 

 

「お、おう。それで?」

 

 

「それっぽい鉱石見つけた」

 

 

「………………それから?」

 

 

「あれが鉱石」

 

 

耀は振り向き指をさした。

 

 

 

 

 

「ガアアアアアアアアァァァ!!!」

 

 

 

 

 

縦に約15m。横に200m以上はあるトカゲの怪物に遭遇した☆

 

 

 

 

 

「「「嘘…………」」」

 

 

「あの背中にある」

 

 

耀の指さす方向。トカゲの怪物の背中に大きな鉱石が引っ付いていた。

 

 

「ちくしょう………多分あれだ」

 

 

「「………………」」

 

 

きっと俺の目は死んでいるだろう。サンドラとマンドラも。

 

 

「誰だよあんなの用意した奴は白夜叉ですね分かります」

 

 

犯人特定したった。

 

鉱石が化け物についてるのは予想外だった。さすが箱庭。ドン引きだわ。

 

 

「倒せそう?」

 

 

「頑張る」

 

 

「無理って言わないんだ……」

 

 

あれ?耀に引かれた。

 

 

「ぶっ飛ばすから離れてろ」

 

 

「うん」

 

 

そう言って耀は俺から距離を取る。さりげなくサンドラとマンドラも距離を取った。

 

俺はギフトカードから刀と銃を取り出す。

 

 

「右刀左銃式、【零の構え】」

 

 

鬼種のギフトを纏わせた銃弾を放つ。

 

 

「【白龍閃・零】!!」

 

 

そして、刀を振り下ろす。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

銃弾は勢い良く飛んでいき。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

 

 

 

トカゲの怪物を空高く飛ばした。

 

 

 

 

 

「「「えぇ……………」」」

 

 

有り得ない光景にもう驚く事すらできなくなった。

 

 

ドゴオオオン!!!

 

 

そして、落下して来た。

 

 

「よし、回収するぞー」

 

 

大樹は刀を使ってトカゲの怪物の剥ぎ取りをし始めた。

 

 

「よし、一個ゲット」

 

 

まだまだ数はたくさんある。これを全て回収するのは骨が折れる。そんなことを思っていたら、

 

 

ビーーー!!

 

 

試合終了の合図が鳴った。

 

 

________________________

 

 

『勝者、【ノーネーム】!!』

 

 

黒ウサギの声で観客は大きな歓声上げる。

 

 

「お疲れ、大樹」

 

 

「ああ、耀もな」

 

 

俺と耀はハイタッチを交わす。

 

 

『それでは、【階層支配者】から【ノーネーム】に恩恵を授与して頂きます!』

 

 

「行って来い」

 

 

「うん」

 

 

俺はサポート。恩恵は耀が貰うべきだ。

 

耀に壇上に上がらせ、俺は速やかに退場する。

 

 

「よぉ、シスコン」

 

 

「チッ、何の用だ」

 

 

出口にはマンドラがいた。

 

 

「別に用はねぇよ。ただお前をからかってるだけだ」

 

 

「フン、名無しが」

 

 

マンドラは鼻で笑い、怒らなかった。

 

 

「…………十六夜にバレただろ?」

 

 

「…………知っていたか」

 

 

「当たり前だ、俺は審議決議の前から気づいてんだよ」

 

 

俺はマンドラに向かって言う。

 

 

 

 

 

「二度と魔王なんか招き入れるんじゃないぞ」

 

 

 

 

 

「………………」

 

 

マンドラは何も喋らない。

 

魔王が指定した勝利条件のゲーム内容に130枚のステンドグラスがあった。130枚のステンドグラスが無名での登録出展なら、普通に考えて怪しいはずだ。なのに主催者側の奴らは何もしなかった。いや、そうしたかったんだと推理できるんだ。

 

そして、サンドラへの信頼度を上げる根端だったわけだ。

 

 

(もう十六夜が制裁下してるし何もしなくていいか)

 

 

俺はマンドラの頬が赤くなっていたことを見落とさなかった。

 

仲間思いのあいつがキレないわけがない。仲間が実際に居なくなっているんだ。

 

 

だが、本気でキレていたら、その程度ではすまないだろう。

 

 

「じゃあな、次は平和な祭りを招待してくれよ」

 

 

俺はそう言って、その場を後にした。

 

 

________________________

 

 

「は?俺に?」

 

 

「うん」

 

 

俺は温泉に浸かり、白夜叉の店でくつろいでいた。そこに、刀を持った耀が俺の所に来て、刀をあげると言いだした。

 

 

「ど、どうして」

 

 

「大樹にしかできないから」

 

 

耀は真剣な目で俺を見る。

 

 

「美琴たちを助けるのは」

 

 

「ッ!」

 

 

俺は耀の言葉に驚く。

 

耀は美琴たちのことを心配している。助けに行きたいと思っている。でも、それは無理なことだ。

 

 

「私にはこんなことしかできないけど……」

 

 

「………いや、十分だ」

 

 

俺は耀の持っている刀を貰う。

 

 

俺は耀の期待に応えたい。

 

 

「約束する。必ず助けて、また会いに来る」

 

 

「………うん」

 

 

俺と耀は右手の小指同士を絡め、約束した。

 

 

(もう約束を破るのは終わりだ)

 

 

今度こそ、美琴を。アリアを。そして、優子を守ってやる。

 

 

________________________

 

 

次の日。

 

俺たちは街の復興を手伝っていた。昨日は魔王を倒した晩餐会だったが、今日はみんなで街の修繕に取り掛かっていた。

 

 

「大樹!」

 

 

後ろから男の声が俺を呼ぶ。

 

 

「ルイオス、そっちはどうだ?」

 

 

「完璧だ。次はどこの修繕をやる?」

 

 

ルイオスは俺の指示を待つ。

 

 

「じゃあ次は東側を頼む。あそこが一番被害が大きいから【サラマンドラ】と協力してきてくれ」

 

 

「分かった。おい、行くぞ!」

 

 

「「「「「はッ!」」」」」

 

 

ルイオスは部下を連れて新たな修繕する場所へと向かった。

 

コミュニティ【ペルセウス】は俺たちを心配して駆けつけてくれた。魔王とのゲームが終わった後、一番に助けに来てくれたコミュニティでもある。

 

 

「おかげさまで早く元通りになりそうだな」

 

 

感謝感謝。ルイオスには【ノーネーム】の生活費にも助かってる。

 

 

「大樹さん!」

 

 

「おう、黒ウサギ」

 

 

ルイオスに感謝していると、黒ウサギが走って来た。

 

 

「大樹さんが言った通り、予算は十分足りるみたいです」

 

 

「だろ?俺の知識があれば予算の節約なんて……」

 

 

「ですが、この紙に書いてある金額の足し算、引き算が無茶苦茶ですよ……せっかく足りているのに、赤字になっているじゃないですか……」

 

 

「………………」

 

 

数学。未だに克服できず。

 

 

「ごめんなさい……」

 

 

「だ、大丈夫です!黒ウサギがちゃんと修正しておきましたから!」

 

 

わーい、黒ウサギ大好きー!

 

 

「悪いな、迷惑かけて」

 

 

「いいんですよ。これからもかけても」

 

 

「……あぁ、そうだな」

 

 

俺と黒ウサギは笑い合う。

 

俺は黒ウサギと一緒にみんなを探しに行く。黒ウサギが俺のことを………ッ!?。

 

 

「うおおおおォォォ!!!」

 

 

ドゴンッ!ドゴンッ!ドゴンッ!

 

 

俺は壁に頭を打ち付ける。

 

 

「大樹さん!?」

 

 

恥ずかしい!今思い出せば恥ずかしい!

 

黒ウサギに真正面からの告白をされた俺は思い出し、恥ずかしくなった。それに、黒ウサギに弱音吐くとこを見られっぱなしじゃねぇか!

 

 

「イケメンに生まれたかった……」

 

 

「えぇ!?」

 

 

俺は膝を抱え落ち込んだ。

 

 

「だ、大樹さんは今のままでも十分カッコいいですよ」

 

 

「……………お、おう」

 

 

「「………………ッ!?」」

 

 

俺と黒ウサギは顔を真っ赤に染めた。何やってんだ俺たち。

 

 

「何サボってんだ二人とも」

 

 

「「!?」」

 

 

後ろから十六夜に声をかけられ、驚く二人。

 

 

「な、なな何でもないですよ!!」

 

 

「そ、そそそそそそそそそそそうだ!次は何すればいい!?」

 

 

「とりあえず落ち着け」

 

 

というわけで深呼吸して、落ち着いた。

 

 

「ルイオスが東側やってるから後は細かい作業だけだな」

 

 

「そうか、じゃあもう帰っていいか?」

 

 

俺の報告を聞き、十六夜は背伸びしながら問いかける。

 

 

「いいぜ。途中飛鳥と耀にも声かけておいてくれ」

 

 

「あいよ」

 

 

十六夜はそう言って帰って行った。

 

 

「じゃあ俺はまだ作業が少し残ってるから先に帰ってていいよ」

 

 

「いえ、黒ウサギも手伝いますよ」

 

 

「あー、じゃあ……お願いしようかな」

 

 

「はい!」

 

 

俺は黒ウサギの好意に甘えることにした。

 

 

________________________

 

 

「それじゃあ………行ってくる」

 

 

俺はみんなに向かって別れを告げる。

 

【ノーネーム】の本拠地に帰って来てから数日後。俺と黒ウサギが転生する日がやって来た。

 

 

「ああ、向うでも暴れろよ」

 

 

「ダメです!」

 

 

「まかせろ」

 

 

「ダメですからね!!」

 

 

俺は十六夜と約束を黒ウサギが邪魔する。

 

次に飛鳥が前に出て来て、

 

 

「必ず…………暴れてきなさい」

 

 

「ッ!…………ああ、まかせろ!」

 

 

「いい感じに言ってもダメです!!」

 

 

飛鳥との約束も邪魔された。

 

次は耀が前に出て来る。

 

 

「…………………」

 

 

「耀?」

 

 

耀は俯いたままだ。

 

 

「……私……わた、しッ……!!」

 

 

耀は勇気を出して叫ぶ。

 

 

「お土産は食べ物がいい!!」

 

 

「時間を返してください!!」

 

 

「分かった…………牛肉35トンを持ってくる!!」

 

 

「多ッ!?」

 

 

「今日から何も食べない!」

 

 

「食べてください!絶対食べてくださいよ、耀さん!」

 

 

この問題児たちはまともに別れの挨拶ができないようですね(笑)

 

 

「あなたたちはまともに別れの挨拶ができないんですか!?」

 

 

黒ウサギも俺と同じことを考えていたようだ。見事に被った。

 

 

「大樹さん。黒ウサギ。体調には気を付けて」

 

 

「はい!ジン坊ちゃんもお気を付けてください」

 

 

「………………」

 

 

ジンの言葉に黒ウサギは喜ぶが、俺は無言を貫く。

 

 

「えっと、大樹さん?」

 

 

「………………」

 

 

「……僕は……やりませんよ……」

 

 

「………………」

 

 

「………………やりません」

 

 

「………………」

 

 

「くッ……!」

 

 

ジンは諦めた。

 

 

「僕のお土産はエロ本でお願いします!!」

 

 

「ジン坊ちゃん!?」

 

 

「分かった。飛びっきりエロい本を……」

 

 

「未成年になんてモノをあげようとしてんですか!!」

 

 

スパンッ!!

 

 

黒ウサギにハリセンで叩かれる。ちょっと待て。今ギフトカードから出したなそのハリセン。一体どんな恩恵があるんだよ。

 

 

「この流れからして私もかね?」

 

 

「レティシア様は絶対にしないでください!」

 

 

「というフリだ」

 

 

「違います!!」

 

 

スパンッ!!

 

 

痛い。

 

 

「では私はこけしにしようかな」

 

 

「「「「「何故こけし!?」」」」」

 

 

全員が驚愕した。分からない。何でこけしをチョイスした!?

 

 

「大樹お兄ちゃん!ちゃんと帰って来てね!」

 

 

「おう!いい子にしてろよお前ら!」

 

 

「「「「「はーい!」」」」」

 

 

子供たちの元気な声に耳が痛くなるが、それが心地よかった。

 

 

「大樹、準備ができたぞ」

 

 

後ろから白いチョークで書いた文字の円。魔方陣を書き終えた原田が俺に声をかける。

 

 

「結構時間かかったな」

 

 

「当たり前だ。元々俺みたいなやつがゼウスと同じことなんかできるわけないんだ」

 

 

「だけど、できるんだろ?」

 

 

「お前の力を使ってな」

 

 

原田は魔方陣の真ん中に白く光る石を投げ込む。

 

 

シュピンッ!!

 

 

そして、魔方陣の白い文字が青く光る。

 

 

俺の左手につけたブレスレットも。

 

 

「ッ!?」

 

 

俺はその光に驚く。周りにいるみんなも。

 

 

「大樹、ゼウスはこのことを予期していたのかもしれない」

 

 

原田は冷静に言う。

 

 

「そのブレスレットがあれば、木下優子の居場所が分かる」

 

 

「ほ、本当かッ!?」

 

 

俺は驚くと同時に喜びが込み上げた。

 

優子は三人の中で一番心配だった。能力も武器も持っていない彼女が。

 

決して美琴とアリアが心配ではないというわけではない。二人の彼女たちが強くても、俺は胸が張り切れそうなくらい心配している。全てを投げ出してもいい。はやく優子を助けて、美琴とアリアも助け出す。

 

 

「美琴とアリアの居場所は!?」

 

 

「それは木下優子が持っているペンダントについているクリスタルが必要だ」

 

 

優子が首から下げているペンダント。それに付いているクリスタルは【絶対防御装置】が必要と言われ、俺は美琴とアリアがどう関係するか理解できなかった。

 

 

「どういう意味なんだ?」

 

 

「ゼウスがそのクリスタルに細工したんだ。みんなの居場所が分かるように、な」

 

 

「じゃ、じゃあ!?」

 

 

「ああ。あれがあればみんなの居場所が分かる」

 

 

絶望で満ちていた暗い道が希望で照らされる。

 

 

(まだ……終わっていない)

 

 

俺は覚悟を決める。

 

 

「黒ウサギ」

 

 

「はい」

 

 

俺はもう一度聞く。

 

 

「俺を助けてくれるか?」

 

 

黒ウサギに手を伸ばす。

 

 

「YES!黒ウサギはずっと大樹さんの味方です!」

 

 

黒ウサギは俺の手を両手で掴む。しっかりと強く握る。

 

黒ウサギの手を引いて魔方陣の中央に立つ。

 

 

「大樹。着いたら俺に連絡してくれ」

 

 

原田は魔方陣の上には乗らなかった。

 

 

「一度上の者に報告してからすぐに行く」

 

 

「分かった」

 

 

「当然だが裏切り者の保持者には気をつけろ。もしかしたらいるかもしれない」

 

 

敵はバトラーとリュナだけではない。まだいるんだ。

 

 

「目立つ行動は避けろ。それが奴らに見つからない策だ」

 

 

「大丈夫だ。俺はもう負けないからな」

 

 

「はぁ………会話のキャッチボールできてねぇよ……」

 

 

俺の返答に原田は溜め息を吐く。

 

 

「次の世界はどんな場所か全く分からない。何度も言うが気を付けろ」

 

 

「ああ。分かったよ、母ちゃん」

 

 

俺の言葉に黒ウサギが笑う。原田は呆れるように笑う。

 

 

「じゃあ行くぞ」

 

 

俺は黒ウサギの手を強く握り返す。

 

 

 

 

 

「今、助けに行くぞ」

 

 

 

 

 

ブレスレットが強い光を放つ。

 

 

俺と黒ウサギ。

 

 

二人が新しい世界へと転生した。

 

 

________________________

 

 

「しまったッ!?」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

レティシアが顔を青くして叫ぶ。

 

 

「私としたことが……大樹に注意するのを忘れていた……!」

 

 

「な、何をかしら?」

 

 

飛鳥が恐る恐る聞く。

 

 

「私は大樹に鬼種のギフトを与えている。もしこのまま太陽の光を浴びれば……!!」

 

 

「吸血鬼って太陽の光を浴びると生きられないんだよね?」

 

 

耀の言葉に今度は全員の顔が青くなった。

 

 

「おい!?大樹が死ぬって、マジで言ってんのか!?」

 

 

何も知らない原田がレティシアに言い寄る。

 

 

「い、いや死にはしない!大樹は4分の1が吸血鬼になっただけだ!ハーフ&ハーフ吸血鬼だ!」

 

 

「そんなことはどうでもいい!大樹はどうなるんだ!?」

 

 

死ぬのは洒落にならない。

 

 

「わ、私が分かるかああああああァァァ!!」

 

 

「「「「「ええええええェェェ!?」」」」」

 

 

涙目で叫ばれた。みんなが驚愕する。

 

 

「太陽の光なんか当たったことないから、私には分からん!」

 

 

「……………大樹……生きててくれ……」

 

 

レティシアは腕を組んで拗ねる。原田は膝をついた。

 

 

 

 





今回の後書きは長いです。興味の無い方はこのままブラウザバックして頂いて構いません。物語に支障はないので。


次の世界はアンケートで多かった『魔法科高校の劣等生』ですね。ですが、問題があります。


そういえば、アニメまだ終わってない。


テロリストとあんなことやこんなこと(卑猥なことじゃありません)。九校戦で〇〇や〇〇〇をしたいんです(絶対に卑猥じゃない)。

物語はアニメを土台として、書きたいです。ですので、現在書くにはアニメが終わって九校戦編を書く予定です。入学編は書けそうなので頑張って書いてみます。


次に物語の新たな展開についてですが、


神の力を持った敵ですか……。


やり過ぎた感があります。ですが、後悔はしません。書き終えて見せます。

これからオリジナルの敵が一人か二人、物語の編ごとに出てくる予定です。多すぎないようにしたいと思っています。


次に大樹についてですが。


やっちゃった。


強すぎる。

現在の大樹のステータスを一覧にまとめて見ましょう。

・神の力(ゼウスの保持者)

・鬼種のギフト

・先祖の形見の刀&銃、耀に貰った刀、コルトパイソン(対人間用拳銃)

・完全記憶能力=天才(数学除く)

・楢原家に伝わる技&【不可視の銃弾】など

・料理スキルMAX(三ツ星シェフが裸足で逃げ出すレベル)


誰だ貴様。


『魔法科高校の劣等生』で登場する全ての敵を瞬殺できるじゃないかごめんなさい反省してます。


次に小説の内容についてですが………友達にこんなことを言われました。


「最近ネタが面白くないけど、もしかしてネタ切れww?」


友達をDISってじゃねーよ。


確かに自分でも読み返して思っていました。今後の目標はネタのレベルアップと考えております。できなかったら申し訳ありません。


最後に『魔法科高校の劣等生』について報告があります。

物語で【CAD(シーエーディー)】というモノがあります。それは、

※読まなくて大丈夫です。↓


術式補助演算機(Casting Assistant Device)の略称。デバイス、アシスタンスとも略される他、ホウキ(法機)という異称もある。サイオン信号と電気信号を相互変換可能な合成物質である「感応石」を内蔵した、魔法の発動を補助する機械。魔法の行使自体にCADは不要だが、CAD抜きでは発動スピードが極端に低下してしまうため、実質的には魔法師にとって必要不可欠なツールである。なお、魔法科高校での実技試験もCADを使用した結果を評価対象としている。現代魔法の優位性を象徴する魔法発動補助具ではあるが、使用者のサイオン波特性に合わせたチューニングを始めとして、精密機械であるが故のこまめなメンテナンスを必要とする点で、古式魔法の伝統的な補助具に劣っている。そのためハード・ソフトの両面で使用者や使用用途に合わせてカスタマイズできるエンジニアの需要が高い。CADの形状は携帯端末型、腕輪型、指輪型、拳銃型など多様であるが、大別して汎用型と特化型に分けられる。汎用型CADは多くの起動式(魔法系統を問わず、最大99種類)をインストール可能であり、特化型CADは同一系統の魔法のみを最大9種類インストール可能で魔法の発動速度に優れる。特化型CADが拳銃形態の場合、銃身にあたる部分には魔法式の照準補助システムが組み込まれており、長い銃身であるほど機能が充実している。特化型はその性質上、攻撃的な魔法がインストールされているものが多い。

wiki参照。


すごく………長いです……!


嘘だろって思いました。


他にもあるんですが、長いんです。説明どうしようか悩みます。

小説では自己流で簡単に説明する。これで大丈夫なのか心配なことです。問題児でもそのような表現をして大丈夫か心配だったので不安です。

アドバイスをくれると大変助かります。些細なことでも、よろしくお願いします。


以上が今回の後書きで書きたかったことです。最後まで読んでくださりありがとうございます。お疲れ様でした。

こんな未熟な自分がみなさんの期待に応えれるよう頑張っていきますのでよろしくお願いします。


感想や評価をくれると大変とても嬉しいです。



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魔法科高校の劣等生編
まだ始まりに過ぎない転生


ここからは『魔法科高校の劣等生』です。

続きをどうぞ。


━ 魔法 ━

 

 

 

 

 

それが伝説や御伽噺の産物でなく、現実の技術となってからもうすぐ一世紀。世界中の国々が【魔法師】の育成に邁進している世界。

 

 

 

 

 

そして現在、西暦2095年

 

 

 

 

 

この世界に二人の男女がやって来る。

 

 

 

 

________________________

 

 

「………………ここは?」

 

 

黒ウサギは呟く。

 

気が付くと目の前には住宅街が広がっていた。

 

地面は所々濡れており、ぽつぽつと水たまりが出来ていた。空は優しい光を出す太陽が黒ウサギを照らす。雲一つ無い綺麗な蒼い空だった。さっきまで雨でも降っていたみたいだ。

 

 

「ここが異世界……!」

 

 

事前に大樹から聞いたが、行く世界が全く分からないので、どんな場所かと不安だった。だが、綺麗な色で塗られた家。そして、それらが建ち並ぶ街を見て安心する。

 

 

「でも、大樹さんはどこでしょうか?」

 

 

周りを見渡してもいない。

 

 

「ブクブクッ……」

 

 

「?」

 

 

水の中から空気が出て行くような音が聞こえる。しかも、下から。

 

 

 

 

 

そこには水たまりに顔を突っ込んだ大樹がいた。

 

 

 

 

 

「だ、大樹さん!?」

 

 

黒ウサギは急いで引き上げる。大樹の顔が真っ青だ。

 

 

「大丈夫ですか!?」

 

 

「た……よ……!」

 

 

「え?」

 

 

大樹の口に耳を近づけ、小さな声を聞き取る。

 

 

「たいよう……!」

 

 

「太陽……ですか?」

 

 

黒ウサギは少し考えて、ある答えに辿り着く。

 

 

(鬼種のギフト!)

 

 

本来、吸血鬼は太陽の光を浴びることは許されない種族。その力を借りている大樹には死にはしないが大ダメージなはずだ。

 

 

「ど、どうしましょう!?」

 

 

「さ…らば……人生……」

 

 

「縁起でもないこと言うのはやめてください!」

 

 

「そのまま!」

 

 

「!?」

 

 

突然、大樹は覚醒したかのように素早い動きで黒ウサギを静止させる。

 

 

「そのまま日陰を作っていてくれ!」

 

 

「げ、元気になったんですか!?」

 

 

「あ、ちょ、おまッ、動くな!!」

 

 

「は、はい!!」

 

 

いきなり二人は困った事態に陥った。

 

________________________

 

 

【大樹視点】

 

 

「よ、よし」

 

 

俺は黒ウサギが作った影にうまく隠れる。

 

そして、俺は力を解き放つ。神の力を。

 

 

「天候、【曇り】」

 

 

……………………………現在、空は快晴です。

 

 

「うん、神の力が使えない」

 

 

「え」

 

 

俺は笑顔で黒ウサギに告げる。そして、黒ウサギは嫌な顔をする。俺の笑顔って一体……。

 

どうやら神の力は超本気にならないと発動できないみたいだ。いや、あの時は無我夢中でやったから感覚が分からなくなってしまった。いや、違う。多分太陽に当たり過ぎて体力がほとんど無くなったみたいだ。

 

 

「このまま路上でじっとしていてもなぁ…」

 

 

「服は持ってきていないんですか?」

 

 

「いや、多分黒ウサギが大金持っているだろ?」

 

 

ここは例の如く、チート通帳を頼る。

 

 

「黒ウサギ、ポケットの中を見てくれ」

 

 

俺の言葉を聞いた黒ウサギはポケットに手を突っ込み一言。

 

 

「何も無いですよ?」

 

 

「ああ、そうだろうな」

 

 

この通帳を使って、金を引き出す。そして、

 

 

「ごめん、もう一回言ってくんない?」

 

 

「ですから、何も入っていないですよ」

 

 

オー、ノー(;´Д`)

 

え、いきなり一文無し?

 

 

「最悪だ……」

 

 

どうする。ここから…………まぁとりあえず。

 

 

「今日は野宿な」(イケメンスマイル)

 

 

「!?」

 

 

俺の言葉に黒ウサギは驚愕する。笑顔で誤魔化すことはできないみたいだ。

 

 

「ほ、他にお金を稼ぐ方法は……!?」

 

 

「働いたら負けだ」

 

 

「負けないでください!!」

 

 

とは言ってもな……。

 

 

「とりあえず、黒ウサギは何か持ってきたか?」

 

 

「ギフトカードと服を持ってきました」

 

 

「よし、俺に服を貸してくれ」

 

 

「変態!?」

 

 

「違ぇよ!!タオルでもいいよ!とにかく光があたるのがヤバイんだよ!」

 

 

ちょっとそんな目で見るなよ。信用してくれよ。

 

俺は黒ウサギから横に長いタオルを頭に巻く。

 

 

「帽子はあるか?」

 

 

「確か、鳩をどこからでも出せる恩恵がついたシルクハットが……」

 

 

「何だその恩恵!?」

 

 

鳩を量産できるのかよ!怖ッ!

 

仕方なく俺はタオルを巻いた頭の上からシルクハットを被る。よし。

 

ファッションマスター大樹の服装チェック!

 

白い字で『一般人』と書かれた黒いTシャツ。そこらへんに売ってそうな黒ズボン。頭にはシルクハットを被り、タオルで耳などを隠す。

 

 

評価 変態

 

 

「もうこれでいいや」

 

 

「えー……」

 

 

黒ウサギはドン引きだった。お前から貰ったシルクハットが一番酷いよ。

 

どうやら太陽の光が肌に当たらないように気をつければ問題ないみたいだ。当たったらキツイよ。インフルエンザにかかった時並みにキツイよ。

 

 

「まずはハローワークに行って仕事を探そう」

 

 

「そうですね」

 

 

黒ウサギは同意する。もう何か俺、ニートみたいだな。

 

俺は辺りを見回す。

 

 

「まぁ歩き回ればいつか見つかるだろ」

 

 

俺たちは適当に歩くことにした。

 

 

30分後。

 

 

「ねぇ君。ちょっと署まで話を聞いていいかい?」

 

 

私服を着た二人の警察に捕まった。いや、まだ逮捕はされてないよ。まだ。

 

原因は俺のコスプレ?と黒ウサギのウサ耳だ。黒ウサギの耳は盲点だった。

 

 

「黒ウサギ」

 

 

俺は誰にも聞こえないくらい小さな声で言う。

 

 

「何でしょう?」

 

 

「一気に逃げるぞ」

 

 

「はい」

 

 

だが、黒ウサギの耳なら聞こえる。そして、

 

 

シュンッ!!

 

 

音速の速さで警官の間を駆け抜けた。

 

 

「え?」

 

 

警官は何が起こったか理解していない。一瞬で俺たちは姿を消したせいだ。

 

 

「まともな服が欲しい!店に行くぞ!」

 

 

「はい!」

 

 

俺たちは音速のスピードで街を駆け巡った。

 

 

途中民家の屋根に上ったりもした。ごめんなさい。

 

 

________________________

 

 

「あぁ、それならしばらく貸してあげるよ」

 

 

「本当ですか!」

 

 

俺は70代くらいのお爺さんの言葉に感激する。

 

なんと店を貸してくれると言うのだ!

 

 

「金額はいくらですか?」

 

 

「無理はすんな、払える時に払ったらいい」

 

 

「おじいさん……!」

 

 

こんな僕(変態)にここまでしてくれるなんて……!

 

 

「じゃあ明日までにしておくから明日来なさい」

 

 

「ありがとうございます!」

 

 

店の内装を綺麗にするため、準備は明日になりそうだ。

 

俺が店を借りた理由。それは金を稼ぐために他ならない。現在、所持金額0円という最悪な状況だからだ。

 

 

「大樹さん」

 

 

「おう、黒ウサギ。こっちは完璧だ」

 

 

「黒ウサギも見つけましたよ」

 

 

黒ウサギには寺か神社を探して貰っていた。その目的は、今日の寝床である。店は今日まで使えない。明日になれば店に住むこともできる。

 

そして、お爺さんはなんと服を買ってくれたのだ!お爺さん、俺の服装を見た瞬間、顔を真っ青にしたもんな。どんだけ俺の服装はヤバイんだよ。

 

 

「黒ウサギの耳で分かったんですが、寺にはかなりの人数がいました」

 

 

赤いパーカを着て、フードを深く被る黒ウサギ。俺もTシャツの上からパーカーを着てフードを被る。これで俺は太陽の光を遮断でき、黒ウサギはウサ耳を隠せる。

 

 

「よし、交渉しに行こう。お坊さんなら絶対泊めてくれる」

 

 

俺たちはその寺がある小高い丘を目指した。優しいお坊さんを期待して。

 

もう空は赤くなってきていた。

 

 

________________________

 

 

階段を上ると、大きな寺があった。

 

 

あと、そこに隠れている人が俺を見ていた。

 

 

「大樹さん」

 

 

「知ってる。おい、バレてるぞ」

 

 

「……………何者かね」

 

 

俺たちは茂みに隠れた人の気配に気づく。

 

茂みの中から髪を剃り上げた男が姿を現す。黒い衣を着た男はただ者ではない雰囲気を漂わせる。

 

 

「実は今日だけ俺たちは宿無しの貧乏人なんだ。寝床がないから貸してくれないか?掃除や手伝いはなんでもする」

 

 

「僕はそんなことを聞きたいわけじゃないがねぇ……」

 

 

男は溜め息を吐く。

 

 

「怪しくない」

 

 

「フードを深く被って顔が見えないようにしている人を信じろってかい?」

 

 

俺は空を見て確認する。そして、頭に被っていたフードを取る。黒ウサギは取らない。俺が取らせないように黒ウサギの頭を上から手で押さえる。

 

 

「事情があるんだ。俺だけで勘弁してくれ」

 

 

「君のその目は……?」

 

 

「生まれつきだ」

 

 

男は俺の右目を見て驚く。俺は嘘を吐く。鬼種のギフトを持っているなんて言えなかった。

 

 

「君たち二人は相当の実力者だね。僕の気配に気づくなんて、魔法を使ったのかい?」

 

 

(魔法?)

 

 

男は冗談のように言っているわけでない。まるで俺が本当に魔法を使えるかのように言っている。

 

 

「企業秘密だ」

 

 

俺は否定と肯定のどちらもしなかった。

 

 

「なぁ泊めてくれないか?もう疲れ切ってんだ」

 

 

主に太陽のせいで。

 

 

「そうだねぇ………明日の早朝に僕たちと付き合ってくれないかな?」

 

 

「……ああ、別にいいぜ。ただし、俺だけな」

 

 

男が言っているのは修業や修練といったモノだろう。まぁ力加減すれば大丈夫だろう。は?本気で戦えよって?世界が滅びるぞ?

 

 

「まだ自己紹介していなかったね。僕は九重八雲(ここのえ やくも)」

 

 

「俺は楢原大樹。こっちは…………えっと」

 

 

どうしよう。黒ウサギの苗字なんて知らない。

 

 

「黒 兎(くろ うさぎ)だ」

 

 

「か、変わった名前だね」

 

 

「大樹さん」

 

 

「あとで土下座ならいくらでもする」

 

 

申し訳ない気持ちで一杯です。さすがに無いと俺も思うよ。

 

 

「じゃあ奥の部屋を貸してあげるよ。布団は後で持っていかせるよ」

 

 

「どうも」

 

 

九重は俺たちの警戒心を解き、俺たちを部屋まで案内してくれるそうだ。俺は再びフードを被り、黒ウサギと一緒に中に入る。

 

太陽はすでに空から消え、見えるのは綺麗に光る満月と星だけだった。

 

 

________________________

 

 

 

「ふぅ………やっとゆっくりできる……」

 

 

俺は九重の弟子から貰った布団を広げ、横になる。黒ウサギは九重から風呂を借りて入浴中だ。俺は黒ウサギが帰ってくるまでボーっとしていた。

 

 

ピピピッ、ピピピッ

 

 

ポケットに入れていた携帯電話が鳴りだした。

 

 

「はい、こちら原田暗殺委員会の受付です」

 

 

『物騒な会作ってんじゃねぇよ』

 

 

相手は原田だった。

 

 

『こっちも転生できたぞ』

 

 

「早いな。もっと時間が掛かると思ってた」

 

 

『俺も予想外だったよ。それよりもこの世界はどんな世界か分かったか?』

 

 

「全くわからん」

 

 

『だと思っていたぜ。俺が調べ上げて分かっていることを話そうか』

 

 

「だから早いだろお前。どうやって調べたんだよ」

 

 

『この世界は今西暦2095年だ』

 

 

「人の話聞けよ。絶対悪さしただろお前。あと、それなら知ってる」

 

 

商店街のお爺さんが言っていたの聞いた。このくらいならあまり驚かない。

 

 

『じゃあ【魔法】があるのは知っているか?』

 

 

「……やっぱりそういう世界か」

 

 

九重と話していて、ある程度気づいていたが、まさか本当に魔法があったなんて。

 

 

「呪文を唱えたりすんの?」

 

 

『は?俺がそんなこと知っているわけないだろ』

 

 

「調べるって意味を辞書で確認しろ」

 

 

こいつは喧嘩でも売っているのだろうか?

 

 

『まだよく調べてないんだよ。ただお前の近くにこんな建物がある』

 

 

「待て。何で俺の場所を知っているかのように言うんだ」

 

 

まさかこの携帯電話に発信機がついているのか?

 

 

『【国立魔法大学附属第一高校】。通称、魔法科高校』

 

 

「マジかよ」

 

 

そんなに当たり前のように魔法を使う世界だったのか。

 

 

『もうすぐ入学式が始まるんだが、入学者にある人物が居た』

 

 

原田は告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『木下優子が』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

俺は喜ぶべきだと思ったが喜べない。

 

何故、その高校に入学しているのか理解できなかった。

 

 

『今、お前と黒ウサギの裏入学の手続きをしている』

 

 

「おい待て!何で優子が学校なんかに……!?」

 

 

『俺は一度あいつに会った。そして、』

 

 

俺は耳を疑った。

 

 

『      』

 

 

そして、後悔した。

 

 

「嘘……だろ……?」

 

 

『嘘じゃない』

 

 

原田の声は真剣だった。

 

 

『どうする?』

 

 

「………………」

 

 

俺は………ッ!

 

 

「今すぐ入学させろ」

 

 

『諦めないんだな?』

 

 

「当たり前だ」

 

 

『分かった。一週間後、入学式がある。黒ウサギと一緒に参加しろ』

 

 

「魔法が使えないけどいいのか?」

 

 

『大丈夫だ』

 

 

原田は笑って言う。

 

 

『お前は最強の劣等生だ』

 

 

矛盾した言葉を。

 

 

________________________

 

 

ドゴッ!!

 

 

「ぐふッ!?」

 

 

俺は九重の弟子の腹に蹴りを入れる。弟子は吹っ飛び、地面に倒れる。

 

 

「ほら、全員で掛かって来な!」

 

 

俺は挑発する。

 

 

その瞬間、約20人の弟子たちが俺に襲い掛かって来た。

 

 

「オラァッ!!」

 

 

俺は真正面から突進し、

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

半分以上の弟子を宙にぶっ飛ばした。体当たりで。

 

 

「ッ!」

 

 

殺気を感じ、俺は後ろを振り向く。

 

 

ガッ!!

 

 

九重の回し蹴りを右腕で受け止める。

 

 

「本当に君は何者かね?」

 

 

「さぁ……なッ!」

 

 

俺は回し蹴りをした右足を払い、九重に近づく。

 

 

「ッ!!」

 

 

右ストレートを九重の腹に当てようとする。

 

だが、九重は腕をクロスさせ、防御する。

 

 

二ヤッ

 

 

俺は笑う。

 

 

「ッ!?」

 

 

九重は驚愕した。

 

俺は右ストレートを寸止めして、クロスさせた九重の腕を掴む。そして、

 

 

「ファイヤあああああァァァ!!」

 

 

っと適当な言葉を叫ぶ。

 

 

 

 

 

俺は九重を背負い投げした。

 

 

 

 

 

ドゴッ!!

 

 

「がはッ!?」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

九重の体内にある空気が一気に吐き出される。

 

弟子たちは自分たちの師匠である人がやられて、驚愕した。

 

 

「さて……とどめと行こうか!」

 

 

「「「「「ひッ!?」」」」」

 

 

「やり過ぎですよ、大樹さん!」

 

 

バシッ!!

 

 

黒ウサギにハリセンで叩かれる。

 

 

「いや、こう……なんか……ごめん」

 

 

「みなさんボロボロじゃないですか!」

 

 

「いや、いいんだよ」

 

 

おおっと!ここで九重選手が立ち上がった!

 

 

「僕らにはいい修練になったよ」

 

 

「だろ?」

 

 

「調子に乗らないでください!」

 

 

黒ウサギに叱られっぱなしだな。

 

 

「それより、時間は大丈夫かい?」

 

 

「あ、そろそろだな」

 

 

俺は商店街にある店に見に行かないと行けない。しかも、今日から営業を開始したい。

 

 

「そういえば大樹さん。どんな店を経営するんですか?」

 

 

「僕も聞きたいね」

 

 

黒ウサギと九重は俺を見て尋ねる。

 

 

「ケーキ屋だ」

 

 

「「え」」

 

 

「俺の腕なら野菜や魚。そして、もやしからケーキを作り出せる。生活費や生産費を抑えることができるしな」

 

 

「詐欺じゃないですか!?っていうかもやし!?そんなものからどうやって作るんですか!?」

 

 

「大丈夫だ。商品名には『ホワイトフォレスト(もやし)ケーキ』って書く」

 

 

これで詐欺じゃない。はい、解決。はい、そんな目で見ないで。

 

 

「何でお菓子を作るのかね?」

 

 

九重が俺に質問する。

 

 

「商店街にケーキ屋が無いって言うのが理由だ」

 

 

「全く計画性が無いね……」

 

 

俺の理由に九重は苦笑い。

 

 

「よし、店に行くぞ」

 

 

黒ウサギと九重。そして弟子たちの視線にそろそろ耐えれない。何でそんな可哀想な奴を見るみたいな目で見るんだ。

 

 

________________________

 

 

俺は商店街の人たちからたくさんの食材をお裾分けしてもらった。

 

これで材料は揃った。

 

店の設備も整えた。

 

…………ついでに借金も。誰か連帯保証人になりませんか?

 

 

「大樹の3分クッキング!」

 

 

「今すぐやめてほしいのは黒ウサギだけでしょうか?」

 

 

店の奥にある最新設備を整えたキッチンで俺と黒ウサギは商品作りをしていた。

 

 

「まずは『グリーンケーキ』を作ります」

 

 

「もしかして右手に持っているきゅうりが材料ですか?」

 

 

「あとコイツも使います」

 

 

「それはレタスですね」

 

 

「まずこの二つを斬り刻みます」

 

 

シャキンッ!!

 

 

俺は刀できゅうりとレタスを斬る。

 

 

「包丁で切り刻んでください!刀を使わないでください!」

 

 

「だが断る。次にボウルに入れて混ぜて飾って……はい完成」

 

 

「…………え?」

 

 

一瞬にしてケーキを完成させる。黒ウサギは目を疑った。

 

目の前に美味しそうな緑色のケーキが現れた。

 

 

「厨房は俺がやるから黒ウサギは接客を頼む」

 

 

「美琴さんたちが困っている理由が分かった気がします……」

 

 

「え?ドユコト?」

 

 

何で俺の料理の腕が上手いと困るんだよ。解せぬ。

 

 

「よし、早く着替えよう。さっそく開店だ!」

 

 

「はい!」

 

 

借金と生活費をかけた戦いが、今始まる!

 

 

________________________

 

 

 

「いらっしゃいませ!」

 

 

黒ウサギは元気よく挨拶し、最初の御客様である二人の女性客を案内する。

 

 

「ご注文は?」

 

 

「この『レッドケーキ』ください」

 

 

ああ、トマトとパプリカを混ぜったケーキか。

 

 

「私は『ピンクケーキ』で」

 

 

了解。かまぼこ、にんじん、しょうがを混ぜまーす。これでも真面目に作ってるよ。

 

 

「へい、お待ち」

 

 

「「!?」」

 

 

俺が持ってきたケーキに女性客は驚く。何故なら、5秒もかからず持ってきてやったからだ。

 

そして、お客さんはあることに気付く。

 

 

「紅茶?」

 

 

「頼んでないわよ?」

 

 

テーブルに紅茶があるからだ。

 

 

「サービスです。当店最初の御客様なので」

 

 

サービス精神も忘れない。まさに営業マン鏡だな俺。

 

女性客は微笑み、ケーキを食べる。

 

 

「お、美味しいわ!」

 

 

「こんなの今まで食べたこと無いわ!」

 

 

定例文過ぎるコメントと思うけどありがとう!

 

 

「しかも値段………150円!?」

 

 

「安すぎるわ!」

 

 

定例文なコメントありがとう!

 

 

「いらっしゃいませ!」

 

 

新たな客が来店する。どうやら商店街の常連者が来てくれるみたいだ。

 

 

「黒ウサギ!頑張って稼ぐぞ!」

 

 

「はい!」

 

 

俺と黒ウサギは気合を入れた。

 

 

________________________

 

 

「「……………」」

 

 

店の二階には六畳間の小さなリビングとキッチン。トイレと風呂も設備されている。いちゃもんの付け所なんて無い。完璧だ。

 

俺と黒ウサギはリビングで倒れt……寝ていた。

 

 

「客……予想以上に多いな……」

 

 

「大樹さんの料理が美味しいからです……」

 

 

「黒ウサギのウェイトレス姿が可愛いからだろ……」

 

 

俺の言葉を聞いた黒ウサギは頬を赤く染める。

 

男どもの視線を独占してたな。全くこれだから男って奴は……。あ、今度カメラ買っておこうかな。

 

 

「あ、学校の制服が明日の朝届くらしい」

 

 

「制服ですか!?」

 

 

「うお!?」

 

 

黒ウサギが勢いよく聞いてくる。

 

 

「どんなのですか!?」

 

 

「い、いや。まだ分からない」

 

 

「学校ってどんな場所ですか!?」

 

 

「魔法について勉強したり、使ったりするらしい」

 

 

「魔法!?凄いじゃないですか!!」

 

 

ウッキャー♪っと黒ウサギはテンションMAX。

 

 

「そんなに楽しみなのかよ」

 

 

「YES!早く行きたいですよ!」

 

 

俺はそんな喜ぶ黒ウサギを見て笑う。

 

 

「だけど、学校から帰ってきたらすぐに店で働くからきついぞ?」

 

 

「が、頑張ります」

 

 

黒ウサギは顔を嫌な顔をするが、すぐに笑顔になる。

 

 

「同じクラスですといいですね」

 

 

「え?同じクラスだが?」

 

 

「え!?何で知ってんですか!?」

 

 

「原田に同じクラスにするように手配してあるんだ」

 

 

「原田さんって何者ですか……!」

 

 

天使。ごっつい天使。坊主天使。

 

 

「原田はいい奴。以上。それより、今日の売り上げ金額は……!?」

 

 

「ど、どうしたんですか!?」

 

 

「あんまり稼げてない……」

 

 

「大樹さんが安く売っているからですよ……」

 

 

「だって50円あれば作れるようなケーキだぜ?300円で出すとか外道だろ」

 

 

「野菜や魚で作り出す方が外道なのでは……?」

 

 

「そういえば、デリバリーをしないのかって聞かれたな」

 

 

「話を変えましたね……。他のほとんどの人はデリバリーしているみたいですね」

 

 

「クソッ、ニートがッ」

 

 

「それはひどくないですか!?」

 

 

「足を店まで運びやがれ!俺の店に」

 

 

「結局自分の所にお客が欲しいだけですよね……」

 

 

「うん」

 

 

「正直ですね」

 

 

「寝よう」

 

 

「だから、さっきから唐突すぎませんか?」

 

 

「あれ?布団が一つしかない」

 

 

「え」

 

 

お爺さんが置いていってくれたのだろう。だが、一つ足りないぞ?

 

 

「仕方ない。俺はそこで寝るから、黒ウサギは布団を使って…」

 

 

「そ、そんなことできません!」

 

 

「いやいや、男は黙って床に寝るよ」

 

 

「で、では……」

 

 

黒ウサギは告げる。

 

 

「い、いい一緒に寝ましょう!」

 

 

「………………………………ん?」

 

 

今凄い事聞いた気がする。

 

 

 

「待て待て、明日は昨日だぞ?」

 

 

「何言っているんですか!?」

 

 

「じゃあ、一緒に寝るって言ったのか?」

 

 

「そうですよ!」

 

 

「「……………」」

 

 

~そして、結局~

 

 

「「……………」」

 

 

俺と黒ウサギは一緒に寝ていた。だが、背合わせで寝ていた。どうも、ビビりです。

 

 

「………大樹さん」

 

 

「は、はい」

 

 

もう!緊張しすぎだろ、俺。

 

 

「優子さんは……やっぱりこの世界にいるんですか?」

 

 

「……………聞いていたか」

 

 

「……………それと……あのことは……本当なんですか?」

 

 

黒ウサギは恐る恐る聞く。

 

 

「本当だ」

 

 

「そんなッ……!」

 

 

黒ウサギが俺のTシャツを掴む。

 

 

「ここまで来て……そんなッ……!」

 

 

「でも、俺は諦めない!」

 

 

「ッ!」

 

 

俺は大きな声で強く言う。

 

 

「諦めたら何もかも終わりだ。俺は絶対に負けない」

 

 

大切な人は手を伸ばせば届くんだ。ただ、目の前に大きな壁があるだけだ。そう、ただ壁がある……だけ。

 

 

「………クソがッ……!」

 

 

何でその壁が……高いんだよ……!

 

 

「……羨ましいです」

 

 

「……え?」

 

 

俺は意外な言葉を言われ、驚く。

 

 

「優子さんやアリアさん。そして、美琴さんのことを本当に大事に思っているなんて」

 

 

「……俺は黒ウサギのことも大切だ」

 

 

「ッ!」

 

 

「お前が美琴たちと同じことになったら、心配する。そして、絶対に助けに行く」

 

 

「大樹さん……」

 

 

俺はTシャツを掴んでいる黒ウサギの手を握る。

 

 

「俺はみんな助け出す。だから……俺を……みんなを助けてくれないか?」

 

 

「………はい!」

 

 

黒ウサギは元気よく返事をして、後ろから俺に抱き付く。

 

 

「ちょッ!?」

 

 

「今日だけ!今日だけでいいです!」

 

 

ぐああああああァァァ!!背中に柔らかいあの感触がああああァァ!!??

 

 

「オーケー、キョウダケナ」

 

 

「は、はい……!」

 

 

よし、俺は無心になるんだ。いや、俺が無心だ。無心は誰だ?(混乱中)

 

 

どうやら今日は寝れそうにないようだ。

 




次回は学校に行きます。

そして、あの兄様と妹様の登場です。

感想や評価をくれると嬉しいです。


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怪しい二人組

続きです。


「黒ウサギ!入学式はいつ始まる!?」

 

 

「あと15分です!」

 

 

ここから普通に走って学校に到着するのは一時間後。

 

 

「よし!遅刻したな、コレ!」

 

 

音速で走っているところを一般人に見られるのは好ましくない。

 

俺たちの家から学校までは20分も掛からない。では何故このような状況になっているのか。それは、情報収集のために図書館に行っていたからだ。結果、情報はかなり頭に叩き込んだ。こういう時に完全記憶能力は役立つ。

 

だが、そのまま学校に行こうとしたら時間が全くない状況になってしまった。俺が情報を叩きこむのに没頭しすぎて。

 

 

「もうチート使うぞ!」

 

 

「何ですかチートって!?」

 

 

「民家をこわs…!」

 

 

「もう大体予想できましたので却下です!」

 

 

「ハハハッ!じゃあどうすんだよおおおおおォォォ!?」

 

 

このままだと入学式に間に合わないぞ!ここ一帯の道は無駄な道が多く、学校までの距離を長くしている。直線距離ならばもっと短時間で………あッ!。

 

 

俺は思いつく。

 

 

「空だ」

 

 

「へ?」

 

 

少し危険な方法。いや、超危険な方法を実行することにした。

 

 

________________________

 

 

「おい、あれってなんだ?」

 

 

「あん?何だよ?遅刻するぞ」

 

 

「でも、ほら」

 

 

二人の学生が話す。一人の学生が空に向かって指をさす。

 

 

空には二つの影があった。

 

 

「何だあれ?」

 

 

「もしかして……人?」

 

 

「ぶはッ!バカじゃねぇのお前!」

 

 

「いや、だって………おい、こっちに来てないか?」

 

 

「はへ?」

 

 

影はどんどん大きくなり、

 

 

こちらに向かって降って来た。

 

 

ドゴンッ!!!!

 

 

「「ひッ!?」」

 

 

 

 

 

自分たちと同じ制服を着た二人の男女が。

 

 

 

 

 

「あ、悪い。大丈夫か?」

 

 

落下して来た人は地面に尻もちをついた二人の男に手を伸ばす。服装は自分たちと同じ、ブレザーにスラックスだが、相手の服装はブレザーの中に黒いパーカを着て、フード深くを被っていた。性別は制服と声からして男だと推測できる。

 

 

「大樹さん!時間が!」

 

 

もう一人はブレザーとスカート。だが、こちらもブレザーの中に赤いパーカを着て、フードを被っていた。こっちは女性だ。

 

 

「あ、やっべ。じゃあな」

 

 

女の子の言葉に男は焦り、講堂へと向かった。

 

 

「な、何だったんだ……」

 

 

「あいつら……俺たちと同じ生徒だったな」

 

 

男たちは呆けていた。

 

 

「「あ、入学式」」

 

 

大事な行事を忘れるほど。

 

 

 

________________________

 

 

 

【??視点】

 

 

俺は後ろの中央に近い空き席を適当に座る。

 

入学式が始まるまで20分も時間が残っていた。俺は椅子に深く座り直して、そのまま寝てしまおうと目を閉じた。

 

 

「あの、お隣は空いてますか?」

 

 

だが、声をかけられた。

 

目を開けると眼鏡を掛けた女子生徒がこちらを見ていた。

 

 

「どうぞ」

 

 

俺は愛想よくうなずいた。

 

俺の左隣に眼鏡を掛けた少女は座ると、さらにその隣に次々と女性が座っていく。どうやら四人一続きで座れる場所を探していたみたいだ。

 

 

「あの……」

 

 

眼鏡を掛けた少女がまた話しかける。

 

 

「私、柴田 美月(しばた みづき)っていいます。よろしくお願いします」

 

 

女子生徒は自己紹介してきた。多分、無理をして言っているのだろう。緊張して言っていることが分かる。

 

 

「司波 達也(しば たつや)です。こちらこそよろしく」

 

 

俺は相手の緊張を解くために、柔らかな態度で自己紹介を返す。

 

 

「あたしは千葉(ちば) エリカ。よろしくね、司波くん」

 

 

次に美月の隣に座っている女の子が自己紹介する。

 

 

「こちらこそ」

 

 

名前は聞いていたらしいので簡単に返す。

 

 

「でも、面白い偶然っと言ってもいいのかな?」

 

 

「何が?」

 

 

「だってさ、シバにシバタにチバでしょ?何だか語呂合わせみたいじゃない。ちょっと違うけどさ」

 

 

「……なるほど」

 

 

確かに少し違うが言いたいことは分かる。

 

そんな何気ない会話をしていると、

 

 

「あ、そこ空いてるじゃん」

 

 

俺の右隣りに人が席に座った。俺の隣と言っても通路を挟んで席があるため、美月みたいに俺に許可を取る必要が無い。元々、席の許可なんて必要無いが。

 

 

「何とか間に合いましたね……」

 

 

「空を飛ぶことによって時間短縮。直線距離だと10分もかからないからな。さすが俺だな」

 

 

「もうあんなことはダメですよ!」

 

 

「へいへい、講堂では静かにー」

 

 

空を飛ぶ?飛行機を使って遠く来た生徒だろうか。というか、

 

 

(何だあの服装は?)

 

 

一人は男子制服を着ており、俺と同じブレザーにスラックスだ。だが、ブレザーの中にはフード付きパーカを着ており、フードを深く被っていた。その隣に座っている女子の制服を着た人も同じだ。ブレザーにスカートまでは他の生徒と同じだが、ブレザーの中に赤いパーカを着て彼女もフードを深く被っていた。

 

そして、怪しかった。

 

 

「何か怖いですね……」

 

 

美月もその二人組の男女を見て言う。

 

 

「服装違反じゃないの?」

 

 

「あとで風紀委員にでも怒られるだろう」

 

 

風紀委員が大激怒する光景が簡単に浮かんだ。

 

 

「よし、さっきの続きを読もう」

 

 

「ここで端末を広げてもいいんですか?」

 

 

「俺が許す」

 

 

「黒ウサギはもう知りません……」

 

 

男は端末を広げる。女は呆れて溜息を吐く。

 

 

「……………」

 

 

俺は黙ってその光景を見ていた。彼がここで端末を広げるのはマナー違反だが、そんなことはどうでもよかった。彼の端末に映し出された映像。それが少し気になった。

 

 

「どうしたの司波くん?」

 

 

「いや、何でも無い」

 

 

エリカが俺に尋ねる。俺はすぐにエリカの方を向き、平然を繕う。

 

 

「あの人たちが気になるの?」

 

 

「ちょっとな」

 

 

「ふーん」

 

 

エリカの質問に答えるが、エリカは俺の返しがあまり面白くなさそうだ。

 

 

「黒ウサギ。俺が持っていた学校の見取り図あるか?」

 

 

「YES、ここにありますよ」

 

 

(見取り図だと?)

 

 

俺はまた彼らの方を見る。二人の会話が理解できなかった。どうして見取り図なんか見る必要があるのか。

 

男はさらに新しい端末を広げる。

 

 

一瞬だけ。

 

 

「よし、次は……」

 

 

俺は驚く。今の一瞬で見取り図を覚えたのかもしれないことに。

 

 

(まさか……彼らは)

 

 

この学校に何かする気では……!?

 

 

「食堂のメニュー一覧だ」

 

 

ド肝を抜かれた。

 

 

「俺が設定した30円以下の学食は?」

 

 

「やっぱりありませんよ……」

 

 

「よし、ここの食堂はダメだな」

 

 

唐突に変な会話を始める二人に俺は脱力する。

 

 

「だ、大丈夫?」

 

 

「ああ、何とか……」

 

 

俺のがっかりした姿を見て、美月が心配する。

 

 

「ん?」

 

 

男は最初に開いていた端末を見て、驚く。

 

 

「おい、何で俺は200位なんだ」

 

 

「え?あ、試験の総合結果ですね」

 

 

「黒ウサギは199位…………解せぬ」

 

 

「何がですか?」

 

 

「俺が黒ウサギよりバカだと……!?」

 

 

「失礼過ぎじゃないですか!?」

 

 

「俺の称号は無能力者で始まり、最弱のEランク武偵、バカのFクラス、問題児。そして今日……劣等生の称号がついた!」

 

 

「称号ではなく汚名ですよ!?」

 

 

「彼女いない歴=年齢で悪かったなちくしょう!」

 

 

「聞いてませんよ!?」

 

 

男は意味の分からないことを叫んでいる。周りの生徒は迷惑そうだ。

 

 

「そういえば俺たち二科生のことを『雑草(ウィード)』。一科生を『花冠(ブルーム)』って言われてるらしい」

 

 

「……それはひどくないですか?」

 

 

「でも、隠語だから表向きでは使っちゃいけないらしい。でも、一科生は二科生を蔑んでいるから絡まれないようにしろよ。ていうか、俺は雑草の方が好きだけどな」

 

 

「どうしてですか?花の方が綺麗じゃないですか」

 

 

「だけど枯れたら終わりだ」

 

 

俺は男の言葉に興味を持った。

 

 

「雑草は踏まれても何事もなく生きていける」

 

 

男は手で操作している端末を切る。

 

 

「俺はどんなに惨めでも、這いつくばって頑張る方が綺麗な花だと思う」

 

 

「大樹さん……」

 

 

男はこんなことを考えていた。

 

 

(みんなでピクニック行きたいなぁ……綺麗な草原でお弁当広げて……それから……)

 

 

男は何かに気付き、前を向く。

 

 

「あ、そろそろ始まるぞ」

 

 

「……黒ウサギは大樹さんと同じ二科生で良かったです」

 

 

「それは俺もだ」

 

 

俺は二人の会話が終わったので俺も前を向く。

 

 

「あの二人って恋人かな?」

 

 

「聞いていたのか?」

 

 

「ここに居る人たちのほとんどが聞いていると思うよ」

 

 

エリカはそう言って、俺は辺りを見回すと、

 

 

「良く言った新入生……!」

 

 

「確かに雑草っていいよな」

 

 

「僕は今日から草を食べ続ける!」

 

 

最後は止めた方がいいかもしれないが無視する。この近くにいるのは全員二科生だ。みんな男の言葉に感動していたみたいだ。

 

 

「何だか顔が気になってきたわね」

 

 

「私も見てみたい」

 

 

エリカと美月は男を見るが、フードを深く被っているため見えない。

 

俺も男の顔は気になっていた。

 

どんな奴かを。

 

 

________________________

 

 

【達也視点】

 

 

『続きまして、新入生答辞…』

 

 

入学式は円滑に進んでいた。次は俺の妹の出番だ。

 

 

『新入生代表、司波 深雪(しば みゆき)』

 

 

深雪は壇上に上がる。

 

 

『この晴れの日に歓迎のお言葉を頂きまして感謝致します。わたしは……』

 

 

俺の妹はとんでもないことを言い出した。

 

 

『新入生を代表し、第一高校の一員としての誇りを持ち、皆等しく!勉学に励み、魔法以外でも!共に学び、この学び舎で成長することを誓います』

 

 

(深雪!なんて際どいフレーズを!)

 

 

俺は急いで前線にいる一科生の様子を見る。

 

 

「司波深雪さんか……」

 

 

「可憐だわ……」

 

 

「まさしく大和撫子だな……」

 

 

……………杞憂だったか。

 

 

「あの人が学年主席ってことですか?」

 

 

「ああ、総合成績が一位だったってことだ。すごいな」

 

 

フードを被った男が褒めている。自分の妹がそう言われると自分も嬉しかった。

 

 

「総合って何があるんですか?」

 

 

(は?)

 

 

この人は何を言っているのだろう?

 

 

入試で受けたじゃないか。

 

 

「ペーパーテストと実技試験だ。彼女はどちらも点数が高いってことだ。というか……」

 

 

男は俺に聞こえないくらい小さな声で言う。。

 

 

「間違っても『テストは受けてない』とか言うなよ。俺たちは不正入学者。バレたら終わりだ」

 

 

「す、すみません」

 

 

俺は二人の会話が全く聞こえなかった。

 

 

『続きまして、新入生への花束を授与して頂きます』

 

 

アナウンスが流れて一人の女性が出て来る。

 

 

「あの花って貰った後はどうするのかな?」

 

 

「職員室とかに飾られるじゃないかな?」

 

 

エリカと美月がそんなことを話す。だが、反対側の席の人は、

 

 

「「ッ!?」」

 

 

二人は勢いよく立ち上がる。

 

 

 

 

 

『学年次席、木下 優子』

 

 

 

 

 

フードを被った二人組がアナウンスで呼ばれた女子生徒を見ていた。

 

 

「優子……!」

 

 

男は小さい声で檀上に出た女子生徒の名前を呼ぶ。

 

 

「ど、どうしたんでしょうか」

 

 

美月がそんな二人を見て心配する。

 

 

「………座るぞ、黒ウサギ」

 

 

「でも……!」

 

 

「ここで目立つのは得策ではない」

 

 

「……はい」

 

 

二人組は静かに座る。何だったのだろうか?

 

 

「「……………ひぐッ」」

 

 

なんと、今度は突然二人組が泣き出した。

 

 

「「「!?」」」

 

 

俺と美月とエリカはその光景に驚愕する。

 

 

「会えでよがっだ……!」

 

 

「はい……黒ウサギも……!」

 

 

号泣だった。

 

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

 

美月が心配して男の人にハンカチを渡す。

 

 

「あ、あぁ……ありがとう……!」

 

 

男はフードを取り、ハンカチで涙を拭く。

 

男の髪型はオールバックの黒髪。だが、

 

 

(目の色が違う……?)

 

 

右の瞳の色が紅い色をしていた。

 

 

「心配かけたな」

 

 

「いえ、大丈夫ですよ」

 

 

男と美月は微笑み合い、美月はハンカチを返して貰う。

 

 

「私、柴田 美月って言います」

 

 

「えっと……俺は……………ハ〇ー・ポッターだ」

 

 

「よろしくお願いします、ハリ〇さん」

 

 

「ネタが通じないだと……!?」

 

 

〇リーは驚愕していた。

 

 

「ハッ!ここは西暦2095年……あの名作は語られていないのか……!」

 

 

「どうかしたんですか、ハ〇ーさん?」

 

 

「ごめん、俺の名前は楢原 大樹なんだ……」

 

 

〇リーは申し訳なさそうに自分の名前を明かす。何故嘘を吐いたんだろう?

 

 

「こっちは……」

 

 

「初めまして、楢原 黒ウサギって言います☆」

 

 

「んなッ!?」

 

 

大樹は驚愕した。それにしても黒ウサギが名前だなんて、変わった名前だな。

 

だが、苗字が楢原ということは……。

 

 

「もしかして兄妹?」

 

 

「いえ、恋b

 

 

「そうなんだよ!黒ウサギは俺の妹なんだよ!アッハッハッハ!!」

 

 

黒ウサギの言葉を大樹は大きな声で被せる。黒ウサギは少しがっかりしているようだ。

 

 

「何でフードなんか被っているんだ?」

 

 

俺は大樹に尋ねる。

 

 

「俺、太陽が苦手なんだ……」

 

 

「太陽が苦手って、吸血鬼みたいね」

 

 

「うえッ!?そそそそそうだな!」

 

 

大樹の顔に動揺が走る。だが、俺には何に動揺したのか分からなかった。

 

 

「それよりも!俺は二人の名前が知りたいな!」

 

 

「あ、そうだったね。あたし千葉エリカ」

 

 

「俺は司波達也だ」

 

 

「よろしくな。千葉。司波」

 

 

「あたしのことはエリカでいいわよ」

 

 

「俺も達也で構わない」

 

 

「そうか。じゃあ改めてよろしくな。エリカ、達也」

 

 

「……黒ウサギのこと忘れてませんか?」

 

 

「忘れてないわよ、黒ウサギ?って呼べばいいのかしら?」

 

 

「YES!黒ウサギのことは黒ウサギと呼んでください!」

 

 

黒ウサギはエリカの手を取り握手する。

 

 

「そろそろ入学式も終わるみたいだな」

 

 

大樹はそう言って立ち上がる。

 

 

「黒ウサギ、会いに行くぞ」

 

 

「……はい」

 

 

二人の顔はあまり良くない。険しい顔だ。

 

 

「悪い。今から人に会いにいかないといけないんだ」

 

 

「また会いましょう。美月さん、エリカさん、達也さん」

 

 

「うん、またね!」

 

 

二人は席を立ち、エリカは手を振って別れを告げる。

 

 

「私たちはクラスがどこか見に行きましょう」

 

 

「同じクラスだといいわね」

 

 

「そうだな」

 

 

美月の提案で俺たちも席を立つ。

 

 

(大樹に黒ウサギか……)

 

 

俺は二人の険しい顔が忘れられなかった。

 

 

________________________

 

 

【大樹視点】

 

 

達也たちと別れた後、俺たちは講堂の裏舞台の裏の裏口にいた。ややこしいな。

 

 

「ッ!」

 

 

俺は裏口から次々と人が出る中、ある人物を見つける。

 

 

「いたぞ」

 

 

「優子さん……」

 

 

黒ウサギが呟く。

 

優子は俺たち二科生と違って一科生のワッペンを付けている。誰とも一緒に帰らず、一人で教室に、向かている。

 

 

「俺が行くから待ってろ」

 

 

「……大丈夫なんですか?」

 

 

「泣いたときは慰めてくれ」

 

 

俺は優子を追いかける。

 

 

「すいませーん!」

 

 

優子に手を振り、優子は振り向く。

 

 

 

 

 

「俺のこと、覚えてますか?」

 

 

 

 

 

そう尋ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい。記憶にないわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

残酷な返事が返って来た。

 

 

『木下優子は記憶喪失だ』

 

 

原田に言われたあの言葉が頭で過ぎっていた。

 

 

 

 

________________________

 

 

【達也視点】

 

 

「……さて、帰ろうか」

 

 

妹の深雪と合流し、美月とエリカとも打ち解け、一緒に下校していた。

 

 

「すみません、お兄様。私の所為でお兄様の心証を……」

 

 

「お前が謝ることじゃないさ」

 

 

先程、生徒会の役員が妹をスカウトしようとしていた。だが、深雪が俺のところに来たせいで話が曖昧になった。だが、生徒会長が引いてくれたおかげで何とか明日に持ち越した。しかし、他の役員の一科生生徒に不興を買ってしまった。

 

 

「せっかくですからお茶でも飲んでいきませんか?」

 

 

「いいね、賛成!あたし最近できた話題のケーキ屋知っているんだ!」

 

 

深雪の提案にエリカが乗っかる。

 

だが、美月の顔が後ろを向いていた。

 

 

「どうしたの、美月?」

 

 

深雪が美月に声をかける。

 

 

「あれって大樹君だよね」

 

 

校庭に植えられた木の下に人影が二つ。

 

 

 

 

 

負のオーラを放って膝を抱え込んだ大樹と必死に励ましている黒ウサギがいた。

 

 

 

 

 

「お、お兄様の知り合いですか?」

 

 

「あ、ああ」

 

 

あの短時間で何があったんだ。

 

 

「しっかりしてください!大樹さん!」

 

 

「無理……」

 

 

「諦めたら終わりじゃないんですか!」

 

 

「……………無理だお」

 

 

「……分かりました。黒ウサギは大樹さんのために鬼になります」

 

 

黒ウサギは懐から何かを取り出す。

 

 

(カード?)

 

 

白黒のカードを取り出した。その瞬間、

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!!

 

 

 

 

 

上空から雷が落ちてきた。

 

 

 

 

 

大樹に。

 

 

 

 

 

「ごばあああああァァァッ!?」

 

 

「「「「!?」」」」

 

 

大樹の悲鳴が此処一帯に響き渡る。俺たちはその光景に目を疑った。

 

雲一つ無い空から雷が降ることに。大樹に命中することに。

 

そして、大樹は

 

 

「痛えええええェェェ!?殺す気か!?」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

生きていた。

 

 

「目が覚めましたか!」

 

 

「一週間分は目が覚めたわ!!」

 

 

「……いつもそのくらい元気でいてください」

 

 

「あ…………そうか、悪い」

 

 

大樹は黒ウサギの頭に手を乗せ、

 

 

「やり方はアレだけど……元気出た。ありがとう」

 

 

「……どういたしまして」

 

 

兄妹とも思えないような恋人雰囲気が漂い始めた。

 

 

「さっきの雷は何?」

 

 

「魔法?」

 

 

エリカの質問に半信半疑で美月が答える。だが、

 

 

(魔法は発動されていなかった)

 

 

俺は確信する。俺の目で見た限り、あのカードはCADではなさそうだった。

 

それよりも俺が気になることは。

 

 

(大樹が全く無傷なのはどうしてだ?)

 

 

俺はそれが不可解だった。

 

あの威力だと死んでもおかしくない。魔法で防いだ痕跡もなかった。

 

 

「あ、達也たちじゃねぇか!」

 

 

そんな無傷の大樹が俺たちの存在に気付く。黒ウサギも俺たちを見る。

 

二人は俺たちの前まで歩いて来る。

 

 

「ねぇ、さっきの雷は何?」

 

 

「「……………何が?」」

 

 

二人は笑顔で首を傾げる。どうやら忘れてほしいようだ。目が笑っていない。

 

 

「ま、まぁそんなことより逃げるぞ」

 

 

大樹は後ろを指さす。後ろにはたくさんの人が集まっていた。先程の雷を見に来た野次馬が集まっていた。

 

 

「生徒会とか事情聴取とか厄介だからな」

 

 

「じゃあ大樹君もケーキ屋来る?」

 

 

「ほう……敵の情報を知るいい機会だな……」

 

 

エリカは大樹を誘うが、大樹は不気味に笑っていた。一体大樹は何と戦っているんだろうか。

 

 

「俺と黒ウサギも一緒に行っていいか?」

 

 

「もちろん、いいわよ」

 

 

エリカは承諾し、美月もうなずく。俺もうなずくが、やらないといけないことがある。

 

 

「俺も問題ない。でもまず自己紹介しないとな」

 

 

俺は深雪に目を向ける。

 

 

「妹の深雪だ」

 

 

「司波深雪です。お兄様同様よろしくお願いします」

 

 

「楢原 大樹だ。こちらこそよろしく」

 

 

「楢原 黒ウサギです。大樹さんの恋b

 

 

「兄妹なんだよ!!」

 

 

また大樹が大きな声で被せる。また黒ウサギの言葉が聞こえなかった。

 

 

「黒ウサギさん。ちょっといいかい?」

 

 

大樹は黒ウサギを連れて俺たちと距離を取る。

 

 

「お前そんな奴だったのか!?」

 

 

「先手必勝です!」

 

 

「何が!?」

 

 

大樹が困った顔をしていた。

 

二人の会話が一通り終わり、戻って来る。

 

 

「じゃあ気を取り直してケーキ屋に行くか」

 

 

大樹は何事もなかったかのように振舞う。一方、黒ウサギの方は、

 

 

「大樹さんはお馬鹿様です……」

 

 

黒ウサギは頬を膨らませて少し怒っているようだった。何があったんだろうか?

 

 

「本当に兄妹なのでしょうか?」

 

 

「苗字が同じだしそうじゃないかな?」

 

 

深雪の疑うが、美月は全く疑っていなかった。

 

 

「ケーキ屋ってどこにあるんだ?」

 

 

「商店街の一番奥にある店だよ」

 

 

「「え?」」

 

 

エリカの答えに大樹と黒ウサギは驚く。

 

 

「そこ、俺たちが経営してる店だな」

 

 

「「「「え?」」」」

 

 

今度は俺たちが驚く番だった。

 

 

________________________

 

 

【大樹視点】

 

 

「というわけで、いらっしゃいませ」

 

 

俺と黒ウサギは達也、深雪、美月、エリカの四人を店内に招き入れる。

 

 

「今日は店を休みにしたからお前らの貸切だぜ」

 

 

「飲み物を持ってきましたよ」

 

 

俺はドヤ顔で親指を立てる。ふッ、決まったぜ。

 

俺特製の紅茶を黒ウサギが持ってきて、テーブルに並べる。

 

 

「ケーキは好きなだけ頼め。お代は全部タダにしてやる」

 

 

「そんなことしていいのか?」

 

 

「友達に優しくするのは当たり前だろ」

 

 

達也は心配そうに聞いて来るが、俺は微笑んで大丈夫なことを伝える。

 

 

「それじゃお言葉に甘えて、大樹くんのオススメケーキ四人分で!」

 

 

「オススメか……よし」

 

 

大樹は奥の部屋に入って行き、30秒で戻って来た。

 

 

ケーキを持って。

 

 

「出来たぞ」

 

 

「「「「えッ!?」」」

 

 

俺たちは四人同時にそろって驚く。大樹はあり得ないスピードでケーキを作り上げた。

 

 

「今度新作で出す『七色の旋律ケーキ』だ」

 

 

「クリームが虹色なんだけど……!?」

 

 

エリカが驚きながら言う。みんな、このケーキがこの世のモノとは思えないらしい。

 

深雪が俺を見て尋ねる。

 

 

「た、食べれるのですか……?」

 

 

「酷いなぁ……食べれるに決まってるだろぉ……」

 

 

確かに虹色に光るケーキとか怖いよな。見た目はアレだが味には自信がある。

 

 

「さぁ……召し上がれ!」

 

 

「「「「「いやだ(です)」」」」」

 

 

「なんでだよ!?って黒ウサギ!?お前もかよ!」

 

 

チクショウ!身内にも裏切られたぞ!?

 

俺はフォークを右手に持つ。そして、ケーキに刺し、一口サイズに切り、

 

 

達也の口にシュートした。(無理矢理)

 

 

「うぐッ!?」

 

 

「お兄様ッ!?」

 

 

「死んじゃ駄目だよ!」

 

 

言っておくぞ!俺は人を殺しているわけではない!

 

そして、達也は一言。

 

 

「う、うまい……」

 

 

「「「「……………だよね(ですよね)」」」」

 

 

「嘘つけおいコラ。表に出ろおいコラ」

 

 

やっぱ金取ろうかな?

 

達也の言葉を聞き、みんなも食べ始める。あ、黒ウサギさんケーキ食べてないで仕事してください。

 

 

「何これ美味しい!」

 

 

「口の中でいろんな味がする……!」

 

 

「こんなに美味しいケーキ、初めて食べましたわ!」

 

 

エリカ、美月、深雪の順にそれぞれ感想を述べていく。やっぱ褒められると清々しい気持ちになるなぁ……。

 

 

そんな気持ちの良い気分でみんなを眺めていると、

 

 

ガチャッ

 

 

店のドアが開いた。

 

 

「大樹はいるか?」

 

 

「いらっしゃいませ。出口は後ろです」

 

 

「帰れって言ってんのか!?」

 

 

魔法科高校の制服を着た原田が来客してきた。こいつも入学していたのかよ。

 

 

「オススメは『原田・最後のレクイエム・ケーキ』です」

 

 

「レクイエムって葬送曲という意味だったな……」

 

 

「一名様、(あの世に)ご案内~!」

 

 

ヒュンッ!!

 

 

「危なッ!?フォークを投げるな!」

 

 

「じゃあナイフか?」

 

 

ヒュンッ!!

 

 

「ダメに決まってんだろ!!」

 

 

俺の投げたフォークとナイフをギリギリ避ける原田。俺は電話で話した内容について根に持ってんだよ。

 

 

「ったく………ほら、お前の頼んでいた物を持ってきてやったのに……」

 

 

「おお!助かる……ぜッ!!」

 

 

ヒュンッ!!

 

 

「だからナイフ投げんなあああああァァァ!!」

 

 

仕方ない。これくらいで許してやろう。よかったな。お前が一科生だったら死んでいたぜ?

 

原田のエンブレムは二科生を示すモノだった。

 

達也たちはそんな俺たちを見て絶句していた。なんかごめんね。

 

 

「じゃあ二階で待ってておいてくれ。暇なら寝るなり俺の持ってきた情報を閲覧するなり勝手にしろ」

 

 

「はいよ」

 

 

「あと、そこのケーキ。余ったから持っていきな」

 

 

「お!ちょうど小腹が空いてたんだよな」

 

 

原田はチョコケーキを手に取り、二階へと上がって行った。

 

 

「だ、大樹さん………アレって……!?」

 

 

「ああ、俺の作った試作品『ファイア・オブ・デッド・チョコケーキ』だ」

 

 

黒ウサギは顔を真っ青にさせる。そして、俺は告げる。

 

 

 

 

 

「世界一辛い食べ物。ジョロキアを入れt

 

 

 

 

 

あがあああああああァァァ………………………!!

 

 

 

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

オレハ、ナニモ、キコエ、ナカッタ。

 

 

その後、俺たちは何事も無かったかのように、再び楽しく会話し始めた。

 

 

________________________

 

 

「それでは、この世界についてまとめようではないか」

 

 

達也たちが帰った後、俺と原田と黒ウサギは二階の六畳間のリビングに座っていた。

 

 

「その前に俺はそこにいるゲスケーキ職人を殺したいんだが?」

 

 

「あぁ?やんのか?」

 

 

「もう!喧嘩しないでください!」

 

 

「「ちッ!」」

 

 

「本当に仲が良いのか悪いのか黒ウサギには分からなくなってきましたよ……」

 

 

「冗談は置いといて、原田。CADを出してくれ」

 

 

「あいよ」

 

 

「冗談!?冗談だったんですか!?」

 

 

「それじゃあまず、魔法の基礎知識について話そうか」

 

 

「黒ウサギの言葉は無視ですか!?」

 

 

「黒ウサギ。今は大樹の話を聞こうな」

 

 

「原田さんも裏切るのですか!?ああもう分かりました!御二人方のことなんか嫌いです!」

 

 

「えぐッ……!!」

 

 

「黒ウサギ……大樹がガチ泣きだぞ……」

 

 

「ごごごめんなさい!!好きです!大好きですよ!だから泣き止んでくだs

 

 

「知ってる。じゃあまず『魔法』から説明するぞ」

 

 

「……………」

 

 

「今日の大樹はゲスだな」

 

 

「魔法とは全ての事象に付随している『情報体(エイドス)』を書き換えて、その本体の事象を一時的に改変する技術のことだ」

 

 

(………さっぱり分からん………でも、馬鹿にされないために納得したフリでもしておかないと)

 

 

「その『情報体』を構築するのが『サイオン(想子)』と呼ばれている」

 

 

(これ……何の説明しているんだっけ?)

 

 

「現代魔法ではこの『サイオン』が重要視されてんだ」

 

 

「そこまでなら黒ウサギも分かりました。でも、現代魔法って何ですか?」

 

 

((黒ウサギが分かっているだと!?))

 

 

「今とても失礼なことを言われた気がします」

 

 

「き、気のせいだろ。現代魔法は魔法を技術体系化にしたものだ。原田に持ってきてもらったモノを使って説明した方が分かりやすだろう。このテーブルに置いてあるのは何だ?」

 

 

「Casting Assistant Device」ドヤッ

 

 

「キモイぞ原田。術式補助演算機。略してCADのことだ。サイオン信号と電気信号を相互変換可能な合成物質である『感応石』を内蔵した、魔法の発動を補助する機械だ。って言っても難しいか?」

 

 

「ハ〇ー・ポッターの魔法の杖が科学によって進化した感じか?」

 

 

「大体合ってて否定できないところがムカつく」

 

 

「このCADはどういった用途があるんですか?」

 

 

「コイツに『サイオン』を送り込んで『起動式』を出力させ、『魔法式』を組み上げることができるんだ」

 

 

「……………つまり?」

 

 

「魔法の発動を速く発動させることが可能なんだよ。元々CADは魔法の発動スピードを上げるっていう理由があるんだ。そもそも魔法の行使自体にCADは必要ないが、魔法の発動スピードが極端に下がってしまうんだ」

 

 

「発動スピードを上げるために出来たモノってことか」

 

 

「簡単に魔法が出せるっていう理由もあるな。『起動式』をCADにインストールして、お手軽に魔法を出すことができるんだ」

 

 

「まぁ!なんて便利なのかしら!……でも、値段は高くつくんじゃない?」

 

 

「それが奥さん、違うんですよ。このCADにキャベツをつけてお値段なんと……!!」

 

 

「誰に向かって宣伝しているんですか!?それと、話がずれてますよ!?」

 

 

「いや、大体説明したしあとは実践あるのみだと思ってな」

 

 

「ということは、魔法を使うのか?」

 

 

「ああ、ちょうど3つ用意してあるしな」

 

 

「魔法式はインストールされてないぞ?何も入れていない初期段階状態だからな」

 

 

「俺たちが魔法を使うにはCAD調整装置が必要だ。だから……」

 

 

「「い、嫌な予感が……」」

 

 

「学校に潜入するぞ」

 

 

「待て待て!許可を取れば貸してくれるだろ!?」

 

 

「ほう、魔法を一度も使ったことのない人にか?」

 

 

「うぐッ」

 

 

「住民登録もしていない俺たちに?」

 

 

「ぐはッ」

 

 

「ブサイクなお前に?」

 

 

「ほげぇッ……って最後は関係ないだろ!?」

 

 

「武偵高校で習ったハッキングがここで役立つ日が来たな」

 

 

「原田さん……諦めましょう?」

 

 

「一番の常識人がすでに諦めてるだと……!?」

 

 

こうして、魔法会議(仮)が終わった。

 

________________________

 

 

「次に……優子について話す……」

 

 

俺の声は自然と小さくなっていた。

 

あの時言われた言葉を思い出すと心が苦しい。

 

 

「やっぱ原田の言った通り記憶が無かった」

 

 

「俺の顔も覚えてなかったからな」

 

 

原田は目を伏せて言う。黒ウサギは下向き、暗い表情をしていた。

 

 

「記憶を消されたなら打つ手無しだな」

 

 

原田の容赦ない一言。

 

でも、俺は……。

 

 

「……………変わらねぇよ」

 

 

「え?」

 

 

黒ウサギが顔を上げる。

 

 

「それでも、俺は優子を助け出す。この決意は変わらねぇよ」

 

 

記憶が無い?知るかよ。だったらまた新しい思い出を作るだけだ。

 

どんなに嫌われても。俺には仮がある。約束がある。そして、

 

 

 

 

 

優子が好きだから。

 

 

 

 

 

「大樹さん……」

 

 

黒ウサギは手を強く握る。

 

 

「黒ウサギも諦めません」

 

 

「……まぁお前らはそう言うと思ったよ」

 

 

原田は握った右手を俺の前に出す。

 

 

「俺も協力する。敵の情報は俺が探っておく。お前ら二人は木下優子の救出だ」

 

 

「ああ、まかせろ」

 

 

俺は握った左手で原田の手にぶつける。原田はいつも本当に頼りになる奴だ。そんな原田の期待に応えたい。

 

 

(優子……!)

 

 

俺はお前を救ってみせる。

 

 

必ず。

 

 




感想や評価をくれると嬉しいです。


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正義見参と退場


続きが完成しました。

新しい小説を書き始めました。

詳しくは後書きに書きます。

続きをどうぞ。


今日も素晴らしいくらい良い天気。

 

快晴です。

 

でも俺の心は生憎曇りです。だって、またフード被らなきゃいけないじゃないか。まぁ黒ウサギは年中だから俺より何倍もいいか。ウサ耳取り外し可能だったらいいのに。

 

 

「よぉ達也、美月、エリカ」

 

 

「おはようございます」

 

 

俺と黒ウサギは席に座っている三人に挨拶する。今日もフードを被って登校。もう誰か太陽を吹っ飛ばしてくれませんか?もう風紀委員に追いかけられるのイヤなんだけど?

 

原田とはクラスが別だ。何で一緒にならなかったって?原田が手続きミスったらしい。あいつ所々抜けてるところがあるからなぁ。

 

俺が原田のことを心の中で笑っていると、達也はIDカードを端末にセットした。目の前に画面が現れる。それを見ていたエリカが尋ねる。

 

 

「何するの?」

 

 

「選択科目の履修登録。さっさとやってしまおうと思って」

 

 

達也はキーボードで次々と打ち込んでいく。

 

 

ピピピピピピピピピピピピピッ

 

 

とんでもない速さで。

 

 

「き、キーボードで手打ち登録……」

 

 

「しかもすごい速さ……」

 

 

エリカと美月は驚く。

 

俺はそんな達也を見て、達也の後ろの席に着き、IDカードを端末にセット。画面が展開する。

 

 

「大樹さん?」

 

 

ピピピピピピピピピピピピピッ

 

 

俺もキーボードで打ち込んでいく。

 

 

「対抗してるし……」

 

 

エリカは苦笑い。周りの人たちもそんな俺を見て笑っている。ていうかクラス全員俺を見て笑っていた。

 

対抗?なんのことだろう。ただ俺は、

 

 

「よし、学校のサーバーにハッキングした」

 

 

「「「「「ちょッ!?」」」」」

 

 

クラス全員が驚いた。達也もキーボード操作を放棄してこちらを振り向く。

 

俺は最近買った携帯を取り出し、ある人物に電話する。

 

 

「原田。そっちに情報を送っておいた。確認しておいてくれ」

 

 

『了解』

 

 

そう言って俺は通話を切る。

 

 

「まぁ冗談だけどな」

 

 

「「「「「うざッ!?」」」」」

 

 

さっそくクラス全員に嫌われたよ。

 

 

「何だよ……俺も履修登録してただけなのに……」

 

 

「大樹君だとやりそうだよね」

 

 

「俺ってそんな悪そうな人に見える?」

 

 

天才でイケメンと呼ばれたこの僕を?あ、すいません調子に乗りました。

 

 

「すげー」

 

 

そんな会話をしているとさっきから俺たちを見ていた男が感想を漏らした。

 

 

「キーボードオンリーの入力なんて初めてでさ」

 

 

「慣れればこっちのほうが早いんだ」

 

 

(え?キーボード以外に何にかあるのか?)

 

 

達也と男の会話に疑問を抱く。世間知らずな俺に教えてちょんまげ。あ、すいません調子に乗りました。さっきから謝ってばっかだな。

 

 

「あ、自己紹介してなかったな。西城(さいじょう)レオンハルトだ」

 

 

「趣味はスカートめくり」

 

 

「違げぇよ!ねつ造するな!」

 

 

俺はレオンハルトの自己紹介を邪魔する。

 

 

「彼女は男性も可」

 

 

「嫌だよ!?女の子がいいに決まってんだろ!」

 

 

「ただし、10歳以下のみ限る」

 

 

「ロリコンじゃねぇよ!?」

 

 

「好きな食べ物は女の子のパンt

 

 

「やめろ!!クラスの視線が痛いだろうが!!」

 

 

このままだと『お断り5』にランクインしそうですね。でも、やめない。

 

 

「レオンハルトって名前長いからポニーって呼んでもいいよな?」

 

 

「良くねぇよ!?何でポニーなんだよ!?」

 

 

「マイケルがいい?」

 

 

「レオでいいよ!!」

 

 

「オーケー、レオ。もう少し静かにしようぜッ☆」

 

 

「誰のせいだ誰の!?」

 

 

オレ~オレオレオレ~♪……ハッ!?

 

 

「レオって10回言ってみて」

 

 

「は?」

 

 

「早く早く」

 

 

「……レオレオレオレオレオレオレオレオレオレオ!」

 

 

「『レオ』が『オレ』って聞こえるね」

 

 

「しょうもなッ!?」

 

 

「俺とお前は仲良くできそうだな」

 

 

「どこ見てそう思った!?」

 

 

キーン、コーン、カーン、コーン

 

 

俺とレオが楽しくおしゃべりをしていると予鈴が鳴った。

 

レオは顔をしかめ、俺に向かって一言。

 

 

「クソッ、フードマンめ」

 

 

「オイ待てや。流行ったらどうすんだよ」

 

 

だが、俺の言葉を聞く前にレオは席についた。黒ウサギの場合はどうなるんだよ。フードウーマン?ドラ〇エに出てきそうだな。

 

 

しばらく待つと教室のドアが開き、一人の女性が入って来た。その瞬間、周りがざわつき始めた。

 

 

「どうしたんでしょうか?」

 

 

「二科生が直接指導することは稀なんだよ。だから、みんな驚いてんだろ」

 

 

隣の席に座った楢原さんは聞いてくる。俺の妹っていう設定もあったな、黒ウサギ。

 

 

「皆さん、入学おめでとう。この学校の総合カウンセラー、小野 遥(おの はるか)です」

 

 

スーツを着た女性が教卓の前に立ち、教室全体に聞こえるように話す。

 

 

「皆さんが充実した学生生活を送れるようにサポートしていきますので、よろしくお願いしますね」

 

 

女性はニコリッと微笑み、後ろのディスプレイを操作して画像を映し出す。

 

 

「これから本校のカリキュラムに関するガイダンスの後、選択科目の履修登録を行います。もしも履修登録が完了している人がいるなら退室しても構いません」

 

 

「じゃあ行こうぜ、黒ウサギ」

 

 

「へ?」

 

 

俺は立ち上がり、黒ウサギを呼ぶ。

 

 

「まだ何もしていませんよ?」

 

 

「俺が代わりにしておいたよ」

 

 

「何を選択したんですか?」

 

 

「……………俺と同じやつにした」

 

 

「今の間は何ですか!?」

 

 

「ガーターベルトってエロいよなぁ……」

 

 

「話を逸らさないでください!って何言ってんですか!?」

 

 

そんな会話をしながら二人は教室を出て行く。

 

 

((出づらくなった……))

 

 

とっくに履修登録を済ませた達也と一人の青年はそう思った。

 

 

________________________

 

 

教室を出た後、俺と黒ウサギは学校の構造を調べて時間を潰した。

 

理由はCAD調整装置をこっそり使うためだ。

 

午後の授業もサボり、作戦が決まった。

 

 

「よし、明日になったら原田を呼んで作戦決行だ」

 

 

「何で授業をサボってまで校内を見回ったんですか?」

 

 

「いや、だって」

 

 

黒ウサギの質問に俺は答える。

 

 

「魔法を使う授業に魔法を使えない俺たちが出たらヤバイだろ」

 

 

「そうでしたね……」

 

 

そんなにテンション落とすなよ。いずれ使えるようになるから。多分。

 

授業も全て終わり、放課後になった。

 

俺と黒ウサギはいざ帰ろうとすると、校門で見覚えのある人物がいた。

 

 

「お、達也たちじゃん」

 

 

「……何か揉め事を起こしてるみたいですよ」

 

 

黒ウサギはフード越しから耳を澄ませて話を聞く。

 

対立しているのは1-Eと1-Aだな。

 

 

達也、深雪、美月、エリカ、レオ

 

VS

 

1-A 8人くらい

 

 

おい、戦わせるなよ俺。

 

止めに行かないと。

 

 

「同じ新入生なのに今の時点でどれだけ優れてるっていうんですか!?」

 

 

美月の声がここまで聞こえる。

 

 

「知りたければ教えてやるさ!」

 

 

「おもしれぇ!だったら教えてもらおうじゃねぇか!」

 

 

A組の生徒の挑発にレオが答える。やべぇ、死亡フラグだ。

 

 

「これが……才能の差だ!!」

 

 

ベルトについてある特化型CADをレオに向かって構える。CADは拳銃のような形をしており、銃口を中心にして魔方陣が展開する。

 

 

だが、

 

 

「そい」

 

 

俺は手を叩き、拳銃を落とさせた。

 

 

バチンッ

 

 

「なッ!?」

 

 

CADを構えていた男は驚愕する。

 

俺は魔法を発動すると予想し、発動させる前に急いで男に近づいたのだ。

 

 

「おいおい、何の騒ぎだ」

 

 

「大樹!?」

 

 

レオが驚きながら俺の名前を呼ぶ。

 

 

「大丈夫か、レオ」

 

 

「お前……俺のこと助けt

 

 

「一体誰に痴漢行為したんだ?」

 

 

「……こんな状況でボケれるお前に尊敬するわ」

 

 

この程度の状況で焦らねぇよ。

 

俺は叩き落としたCADを拾い上げ、指でくるくる回す。

 

 

「で、もう一回聞くけど何があった?」

 

 

「お前!僕のCADを返せ!!」

 

 

俺がレオに尋ねていると、後ろからCADを構えていた男が怒鳴ってきた。仕方ない、返してやろう。

 

 

「ほらよ」

 

 

俺はCADを時速180kmのスピードで投げつけた。

 

 

ドゴッ!!

 

 

「がはッ!?」

 

 

「「「「「なッ!?」」」」」

 

 

男は後ろに吹っ飛び、倒れる。その場にいた全員が驚いた。これでもかなり手加減したほうだけどな。

 

俺は溜め息を吐き、A組に向かって言う。

 

 

「このくらいで許しておいてやるよ」

 

 

「ふざけるな!!何が許してやるだ!!」

 

 

当然のように反論が返って来る。

 

 

「ウィードがいい気になってんじゃねぇぞ!!」

 

 

「校則を無視して魔法を使っている連中にアレコレ言われたくないのだが?」

 

 

A組の一人の発言に俺は冷静に返す。そう、これこそ大人の対応。今、よく考えてみれば俺って高校3年生なんだよね。何で1年生なんだろ。

 

 

「大した力も無いくせに威張りやがって……」

 

 

俺は再び溜め息を吐く。俺の態度を見たA組の一人の男が怒鳴る。

 

 

「だったら見せてみろよ!俺たちにウィードがブルームに優れているところを!」

 

 

そういう問題じゃねぇよ。馬鹿なの?死ぬの?

 

だが、いいだろう。

 

 

「黒ウサギ」

 

 

「……何でしょうか」

 

 

ずっと後ろで他人のフリをしていた黒ウサギを呼ぶ。

 

 

「昨日のやつ出来るか?」

 

 

「大樹さんがやってくださいよ」

 

 

「やだよ。俺の物理系しかないもん。雷とかだせないもん」

 

 

「では、空高くジャンプするのは?」

 

 

「友達減っちゃうぞ?」

 

 

「おい!いつまでしゃべってるんだ!!」

 

 

痺れを切らした男は腕輪型のCADをこちらに向ける。

 

 

「こっちから行くぞ……!」

 

 

そして、発動した。

 

 

「これが……才能の差だ!!」

 

 

被ってる被ってる。倒れたやつとセリフ被ってる。

 

 

バチバチッ!!

 

 

俺の周りに放電現象が起きる。

 

 

「鬱陶しいんだよ!!!」

 

 

俺は電撃に向かって拳をぶつけて、

 

 

バチンッ!!

 

 

消した。

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

再び不可解な現象をみた人たちが驚く。俺を痺れさせたきゃ超電磁砲持ってこい。

 

 

「どうした?ネタ切れか?」

 

 

「くッ!!」

 

 

俺のおちょくりに顔をしかめるA組。だが、A組の一人だけ様子が違った。

 

 

「こんなはずじゃない……私はただ司波さんと……!」

 

 

A組の女の子の左手からサイオン光が溢れ出す。魔法を起動したのだ。

 

だが、

 

 

パリンッ!!

 

 

突如、何者かが放ったサイオン弾がA組の女の子の起動式に当たり、魔法をキャンセルした。サイオン弾を撃った人物は、

 

 

「止めなさい!自衛目的以外の魔法による対人攻撃は校則違反以前に犯罪行為ですよ!」

 

 

フワフワに巻いたロングヘアの美少女こと、この学校の生徒会長でもある人物。七草 真由美(さえぐさ まゆみ)だ。

 

そして、隣にはもう一人の人物がいた。そして、俺は知っている。

 

 

「風紀委員長の渡辺 摩利(わたなべ まり)だ。君たちは1-AとEの生徒だな」

 

 

よくも朝は追いかけてくれたなこの野郎。あんたの部下から逃げるのにどれだけ面倒だったか。

 

 

「事情を聞きます。起動式は展開済みです。抵抗すれば即座に魔法を発動します」

 

 

そう言って摩利は右手を前に向ける。それを見たA組は全員顔を青くして下を向いた。

 

 

(ここで黒ウサギが捕まるのはヤバイ……)

 

 

ウサ耳を見られたら終わりだ。てか、さっきから会長様と風紀委員長様がこっちをずっと見てる気がする。怖いわー。

 

 

(ふッ、みんなが助かる方法は一つ)

 

 

俺は前に歩み出り、二人の先輩の前に立つ。摩利はそんな俺を見て微笑む。

 

 

「やっと捕まえたぞ、フードマン」

 

 

「やめろ。今すぐその呼び方をやめろ」

 

 

手遅れだったか。レオめ。覚えておけ。

 

 

「先程、生徒会長は言ったな。自衛目的以外で魔法を使ってはいけないと」

 

 

「え、ええ。言ったわ」

 

 

何で今一歩後ろに下がったんだ会長。傷付くじゃないか。

 

 

「だったら彼らは校則違反じゃない」

 

 

「どういう意味だ」

 

 

俺は後ろにいるA組に指をさす。

 

 

「あいつらは自分のクラスメイトを守るために俺に向かって魔法を発動したんです」

 

 

後ろではA組全員が「何言ってんだコイツ」みたいな目で俺を見る。

 

 

「自分のクラスメイトが襲われていたら助けるのが当然だろ?」

 

 

「……お前はA組に何をしたんだ?」

 

 

その質問を待っていました!!

 

 

「俺はA組の女子に向かってこう言いました」

 

 

俺は両手を変な動きをさせながら言う。

 

 

 

 

 

「お前らの下着の着脱シーンを見てみたいぜグヘヘヘッ!!さらに、お風呂に入っていないお前らの体をk

 

 

 

 

 

その後、俺が大変な目にあったことは言うまでもない。

 

 

________________________

 

 

「やっと終わった……!」

 

 

俺は土下座を繰り返し続けて3時間。ようやく解放された。みんな目が怖かったなぁ。やっぱ俺が二科生だから?いや、変態だからだと思う。

 

達也たちはそのまま捕まることはなく、帰宅してもいいと言われた。俺を除いたみんなは今頃家にいるだろう。

 

あとフード付きパーカーは没収された。もし今の時間に太陽が出てたら死んでいたな。

 

 

「大樹は高校デビューじゃなくて変態デビューを成功させるのであった」

 

 

ごめんよ、母さん。こんな子に育っちゃって。何で今自分で言ったし。

 

俺が校門を抜けようとした時、一人の女子生徒が立っているのが見えた。

 

 

「優子……」

 

 

俺は優子に聞こえないように呟く。

 

優子は記憶喪失だ。だがそれは意図的に記憶が消されたものだ。その場合、俺やみんなを思い出すのは不可能に近い。

 

それだけではない。一番性質の悪い事に優子にはニセモノの記憶をインプットされていることだ。「私はこの街で生まれ、この街で育った」そんな事を。

 

ネガティブなことをずっと考えていると、優子が俺の存在に気付いた。

 

 

「……フードマン」

 

 

「勘弁してくれませんか?」

 

 

優子に言われると他の人より何千倍も心が痛むよ。

 

 

「説教は終わったの?」

 

 

「ああ、もう足が痺れてもげそうだ」

 

 

俺は動揺を隠しながら返事をする。

 

 

「何で嘘を吐いたの?」

 

 

「は?」

 

 

「最初に手を出したのは私のクラスメイトでしょ?」

 

 

あー、見てたのか。

 

 

「まぁそのことは内緒にしておいてくれ」

 

 

「何で二科生が私たちを庇うの?あなたたちにメリットは無いはずよ」

 

 

「メリットならある。俺の友達とA組が怒られずに済んだ」

 

 

「……変わった人ね。二科生ってみんなこうなのかしら」

 

 

「二科生じゃなくて俺が特有なだけだよ」

 

 

俺は自虐しながら笑う。

 

 

(……久しぶりにこんなに話したな)

 

 

1分も話していないのに、時の流れが長く感じた。

 

 

「あ、あのさ!」

 

 

俺は緊張しながら尋ねる。

 

 

「この後、俺の店に

 

 

「遅れてすまない、木下さん」

 

 

誰だ!俺のお誘いをジャマした奴は!?

 

俺は振り向くと、一科生の生徒会副会長、えっと名前が長い人だったな。服部刑部少丞範蔵(はっとりぎょうぶしょうじょうはんぞう)だったな。長ぇ。

 

 

「い、いえ!それよりも仕事の方は?」

 

 

「フードマンの件についてなら会長と風紀委員長が解決したから問題ないよ」

 

 

あぁ、明日からフード禁止ってやつか。本当にやってくれたなオイコラ。

 

服部は俺の存在に最初から気付いている。だからこそ俺に聞こえるように言い、睨み付ける。だが、ここで俺が睨み返して問題を起こすのはNG。俺は目を閉じて、

 

 

「……ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」

 

 

俺は深く一礼をする。

 

 

「……家まで送るよ、木下さん。もう今日は暗いし」

 

 

「え、でも……」

 

 

服部は俺を無視して歩いて行く。優子は俺を見ていたが、数秒後には目を逸らし、服部について行った。

 

校門には俺しか居なくなった。

 

 

________________________

 

 

「……………」

 

 

夜が明け、また今日も学校に登校する日が来た。そう、登校する時間は朝。つまり、

 

 

俺は路上で倒れていた。

 

 

商店街を出た所までしか歩けなかったよ。昨日フード禁止にされたし……無念。

 

通り行く他の生徒は俺を見るが全員無視する。これが変態への対応か。ちなみに太陽にあたると「熱いよおおお!焼き死んでしまうううう!」っとかではなく、体から力が抜けるっと言った方が正しい。

 

黒ウサギには先に登校させた。フードを被っておくには校門で立っている風紀委員に見つからないこと。風紀委員より早く学校に行かせたのだ。

 

俺は目を開けるのも怠くなってしまい、目を閉じる。その時、

 

 

「ねぇ、大丈夫なの?」

 

 

天使の声が聞こえた。

 

 

「優子……?」

 

 

「そ、そうよ。大丈夫かしら?」

 

 

優子は俺の声を聞き、少し驚く。

 

 

「どうしたの?」

 

 

「……いや、問題ない」

 

 

「プルプル震えてながら道で倒れている人が問題ないわけないでしょ……」

 

 

むしろ大問題だな。

 

 

「頼みが……ある」

 

 

俺は商店街の入り口にある長いロープを指さす。

 

 

「俺を縛って引きずってくれ」

 

 

「アタシの力じゃできないわよ。それに何で引きずらないといけないのよ……」

 

 

それ以外方法が無いからだよ。諦めようとした時、

 

 

「あれ、大樹じゃねぇか」

 

 

「ぽ、ポニー?」

 

 

「レオだ!」

 

 

俺の耳にレオの声が聞こえた。目を閉じているから確認できない。

 

 

「……何やってんだ?」

 

 

「……レオ、頼みがある」

 

 

俺は力がありそうな男。西城レオンハルトにお願いをした。

 

 

________________________

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

学校の生徒全員の目線が俺たちに注がれる。

 

 

「やっぱ受けなきゃよかった……」

 

 

「いいから引きずってくれ……」

 

 

俺は服を汚しながらレオに引きずられていた。優子は一緒にいるのは恥ずかしいといわけで先に行った。

 

 

ちなみに登校できたのはもうお昼を過ぎようとしていた。大遅刻である。

 

 

「何で警察なんかに捕まるんだよ」

 

 

「この状態を見たら誰でも不審に思うわ!」

 

 

警察にまた捕まったせいで俺たちは早く登校出来なかった。この世界の警察は本当に嫌いです。

 

そして、俺たちはやっと教室に着いた。教室に辿り着くまでいろいろと大変だった。特に階段は痛かった。

 

 

「大樹さん!?」

 

 

黒ウサギが急いで俺のもとに駆け付ける。

 

 

「お、お、お、おっはぁ……」

 

 

「全然『おっはー』っじゃありませんよ!?もう『こんにちは』ですよ!?」

 

 

もうまじぃむりぃ。

 

 

「今日は作戦決行日だ……休むわけにはいかぬ!」

 

 

「うつ伏せの状態で言われても説得力がありませんよ……」

 

 

「………こんな状態だが変な事言っていいか?」

 

 

「はい、何でしょう?」

 

 

「………ここはどこだ」

 

 

レオに連れてこられた場所は教室では無かった。

 

みんな端末に手を置いて魔法を発動しているし、前のモニターにはこう書かれている。

 

 

『実技課題』

 

 

「えっと、CADの基本操作をテストする授業ですね」

 

 

「嘘やん……」

 

 

魔法使えんちゃ言うてるやん。

 

俺たちがやるのは台車を魔法でレールの端から端まで3往復させるものだった。

 

 

「エリカさんと美月さんに捕まってしまって……」

 

 

「ほら!大樹くん、黒ウサギ!二人の番だよ!」

 

 

エリカが俺たちに手を振って呼ぶ。

 

 

「どうしましょう……」

 

 

「……仕方ない。行くぞ」

 

 

俺は黒ウサギの手を引っ張り、端末の前に立つ。そのまま手を繋いだ黒ウサギの手を端末にかざさせ、俺は右手を黒ウサギの手に重ねる。それを見たレオが首を傾げる。

 

 

「何で二人で端末に触るんだ?」

 

 

「……面白そうだから止めないでおこう」

 

 

珍しく達也が俺たちに興味を持ったみたいだ。

 

 

「黒ウサギ……俺の演技に合わせろ」

 

 

「え?」

 

 

そう言って俺は左手をポケットの中に入れて、携帯型端末器を操作する。その瞬間、

 

 

この部屋の電気が消えた。

 

 

「な、なんだ!?」

 

 

レオが驚く声が聞こえる。他のクラスメイトも騒ぎ出していた。

 

だが、10秒も経たずに電気が普及してついた。

 

 

『クリアです』

 

 

「「「え」」」

 

 

俺と黒ウサギの端末からクリアを知らせる声が発せられた。エリカと美月とレオの三人は声に出して驚く。

 

 

「あっれー?停電しただけでクリアになっちゃったー」(棒読み)

 

 

俺は演劇部顔負けの素晴らしい演技を披露する。黒ウサギもハッとなり、

 

 

「そ、そそそそうですね!」

 

 

下手くそか。

 

 

「「「………何した?」」」

 

 

バレた……だと……!?

 

 

「大樹ならとんでもないことをしそうだからな。昨日みたいに」

 

 

「あッ!?」

 

 

達也にそんなことを言われて気付く。

 

A組に向かって剛速球(CAD)を投げたり、魔法を消したりしてたの見られてたわ。

 

 

「ねぇねぇ!何したの?」

 

 

「目をキラキラしながら聞かないでくれ……」

 

 

エリカは目を輝かせながら俺に迫る。

 

 

「魔法を使ったようには見えませんでしたよ?」

 

 

「……あ、ああ。使ってないからな」

 

 

美月の言葉に疑問を持った。何であの暗らい部屋の中で魔法が使ったかどうか分かるんだ?超能力者なの?レベル5なの?

 

 

「俺は停電している間に台車を物理的に3往復させただけだよ」

 

 

「停電させたの間違いだろ?」

 

 

レオ君?余計な事言わないでよ。

 

 

「昨日は迷惑をかけたな」

 

 

「別にいいよ。これから妹さんと正々堂々帰れるじゃないか」

 

 

達也は昨日のことを思い出し、俺に謝る。俺は微笑みながら許す。許すも何も達也たちは最初から何も悪い事はしていないんだがな。

 

 

「ていうか、何で魔法を使わな

 

 

「新作のケーキ作って来たんだ!みんなで食べようぜ!」

 

 

エリカの言葉を掻き消すような声で俺はみんなに呼びかける。エリカの質問にここで答えます。魔法が使えないからです。

 

 

「すまない。今日の放課後、生徒会に行かないといけないんだ」

 

 

「ご愁傷様です」

 

 

「何でですか!?」

 

 

俺は両手を合わせて達也を哀れな目で言う。そんな俺を見た黒ウサギは驚愕する。

 

 

「生徒会に呼ばれるとか絶対嫌なことが起きるな」

 

 

「既に起きてるんだが」

 

 

達也は溜め息を吐く。え、もう?可哀想に。

 

 

「まぁ何かあったら俺に言え。テロくらいは起こしてやる」

 

 

「冗談ですよね?大樹さん、冗談ですよね?」

 

 

さぁ?わかんにゃい☆

 

 

________________________

 

 

【達也視点】

 

 

俺は生徒会室前の扉に妹の深雪と共に立っていた。

 

生徒会に来る理由。それは風紀委員になることを丁重にお断りすることだった。

 

 

(やはり俺にはふさわしくない。丁重に断ろう)

 

 

俺が風紀委員に入るなんて一科生の反感を買ってしまうだけだ。深雪には悪いがここは断らせてもらう。

 

俺はドアに手をかけ、開く。

 

 

「失礼します。司波達也です」

 

 

「司波深雪です」

 

 

俺と深雪は生徒会室に入る。最初に目に入ったのは、

 

 

「司波?」

 

 

始業式で会った生徒会副会長だ。険しい顔をする副会長に俺は何故ここに来たか説明する。

 

 

「妹の深雪の生徒会入りと自分の風紀委員入りの件で伺いました」

 

 

「風紀委員……」

 

 

副会長の目は俺の左胸に向けられた。

 

きっと一科生かどうか確認しているのだろう。

 

 

「よっ。来たな。二人ともご苦労様」

 

 

副会長の後ろにいる風紀委員長の渡辺摩利が俺たちに気付く。そして、副会長は俺の横を通り過ぎ、

 

 

「司波深雪さん。生徒会へようこそ。副会長の服部刑部です」

 

 

俺を無視して、深雪に挨拶した。深雪は顔をしかめるのが分かった。そのまま何も気にするなよ、深雪。

 

 

「それじゃあ達也くん。妹さんは生徒会に任せて我々は風紀委員の本部に移動しようか」

 

 

摩利は俺を案内させようとする。しかし、

 

 

「渡辺先輩、待ってください」

 

 

服部が止めた。

 

 

「その一年生の風紀委員入り、私は反対します」

 

 

服部は冷静に言い放った。

 

 

「過去、二科生(ウィード)が風紀委員に任命された例はありません」

 

 

「それは禁止用語だぞ、服部副会長。風紀委員会による摘発対象だ。委員長である私の前で堂々と使用するとは、いい度胸だな」

 

 

「取り繕っても仕方がないでしょう。それとも、全校生徒の三分の一以上を摘発するつもりですか?」

 

 

摩利の警告に服部は全く動じなかった。むしろ反論までしてきた。

 

 

一科生(ブルーム)二科生(ウィード)の実力差は明白。二科生(ウィード)が風紀委員として一科生(ブルーム)を取り締まることは不可能です」

 

 

「実力にも色々ある。彼の入試成績を知っているか?」

 

 

「成績?」

 

 

摩利の質問に服部は理解できなかった。

 

 

「七教科平均96点の断トツのトップの成績を持ち合わせている」

 

 

「ッ!」

 

 

服部の顔にわずかに驚きが走った。

 

今回、風紀委員に入るきっかけとなったのはこの成績が一つの要因だと言える。もう一つは、

 

 

「妹さんも推薦してくれている。デスクワークなどの作業がすぐに終わること間違いないそうだ」

 

 

あまり嬉しくないことを言われた。

 

 

「それに一科生のみで構成されている風紀委員が二科生も取り締まる。これは一科生と二科生の溝を深める原因になっている。解消するにはいい機会になるかもしれん」

 

 

「たとえそうだとしても、魔法に乏しい二科生に風紀委員は無理です!」

 

 

「待ってください!」

 

 

服部の言葉に今度は深雪が止めた。

 

 

(しまった!)

 

 

俺は慌てて振り返る。

 

 

「僭越ですが副会長、兄は確かに魔法実技の成績が芳しくありませんが、それは実技テストの評価方法に兄の力が適正しないだけのことです。実践ならば、兄は誰にも負けません」

 

 

遂に深雪は俺のことを言われ続け、耐えられなくなってしまったのだ。

 

対して服部は首を横に振る。

 

 

「司波さん。僕たちはいずれ魔法師となる一科生……常に冷静を心掛けなさい」

 

 

服部は淡々と言葉を並べていく。

 

 

「身贔屓に目を曇らせてはいけませんよ」

 

 

その瞬間、深雪の堪忍袋の緒が切れた。

 

 

「お言葉ですが副会長!お兄様は……!」

 

 

「深雪」

 

 

俺は深雪の前に立ち塞がり、首を横に振った。深雪はハッとなり、下を向いて俯く。ここで俺の秘密を言われたくない。

 

 

「……ここ最近の二科生(ウィード)は問題を起こし過ぎてます。フードマンの件に関しても、一科生に手を出したそうじゃありませんか」

 

 

「そ、それは……!」

 

 

服部の発言に深雪は再び食いつこうとするが、やめる。ここで本当のことを言ったら大樹が庇った意味が無くなってしまうと分かったからだ。

 

 

「フードマンに至っては停学すらしていないそうじゃないですか」

 

 

「彼は土下座までして私たちに謝ったわ。その後、学校の奉仕活動として今日から放課後、学校全体を掃除する約束を自分からしたわ。これ以上罰を与えることはまず人として最低よ」

 

 

先程から俺たちの会話を見ていた生徒会長の真由美は真剣な瞳で服部を見る。深雪は口に手を当てて驚いていた。

 

 

(……何故そこまでして一科生を助けたんだ)

 

 

俺も深雪と同様に驚いていた。

 

 

「ですが、フードマンは一科生の中でもトップの方に手を出している()()()()なんですよ!今すぐ退学にするべきです!」

 

 

「「ッ!」」

 

 

俺と深雪は同時に言葉を放った。

 

 

 

 

 

「「その言葉、訂正してください」」

 

 

 

 

 

その場にいる全員の目が見開いた。

 

 

「大樹さんは決して()()()()なんかではありません」

 

 

「な、何を言っているんだ。フードマンがやったことは……!」

 

 

「俺たちは知っています。彼が優しい人間であることを」

 

 

自分でも不思議に感じた。まだ知り合ってから一週間。いや、3日しか経っていない人をここまで庇っている自分に。

 

彼は本当に最低な人間だろうか?

 

最低な人間が俺たちにケーキを御馳走するだろうか?

 

最低な人間が問題を起こした俺たちを助けるだろうか?

 

最低な人間が他人の罪を自分から貰いに行くだろうか?

 

 

否。

 

 

「服部副会長。俺と模擬戦をしてください」

 

 

「ッ!?」

 

 

俺の言葉に服部は怒鳴り声を上げる。

 

 

「思い上がるなよ!補欠の分際で!」

 

 

「ふッ」

 

 

俺は服部が大声をあげる姿を見て小さく笑った。

 

 

「何がおかしい!」

 

 

「先程自分でおっしゃったじゃないですか。『魔法師は冷静を心掛けるべき』でしょう?」

 

 

服部は何も反論できなかった。ただ俺を睨むことしか出来なかった。

 

 

「妹の目が曇っているかどうか……そして、大樹が()()()()なのかどうか……」

 

 

俺は告げる。

 

 

 

 

 

「証明して見せます」

 

 

 

 

早くも化けの皮が剥がれてしまった瞬間だった。

 

 





この小説を書いている時にどうしても止まってしまうことが多々あります。そんな時、他の作品を書いて気分転換していました。

それが『中二病は魔王様』です。

オリジナル作品となっています。もしよかったら読んでみてください。

そちらの小説はこの小説が進まない時の暇つぶしで書いているので更新はかなり遅いです。一話仕上げるのに1ヶ月かかっています。

読んでくれると大変うれしいです。アドバイスをくれるとさらにうれしいので、気軽によろしくお願いします。

感想や評価をくれると嬉しいです。


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不可解な二科生

続きです。



【達也視点】

 

 

模擬戦は第3演習室で行われることになった。俺と副会長の服部は距離を取って向かい合う。

 

見学者は会長を始めとする生徒会の風紀委員長、会計、書記。妹の深雪がいた。

 

先程、生徒会室にいなかった会計と書記の紹介を今ここでしておこう。

 

会計の市原(いちはら)鈴音(すずね)。通称リンちゃん(会長が勝手に言っている)。背が高く、手足のも長い美人だ。

 

美人の鈴音とは真逆の印象を持つ書記の中条(なかじょう)あずさ。通称あーちゃん(こちらも勝手に会長が言っている)。容姿は小柄で幼い。……市原先輩のあだ名は全く合っていないが、こちらのあだ名は合っていると俺は思う。

 

二人とも生徒会に入っている時点で実力者なのは間違いない。特に意外な人物は中条あずさだ。彼女は新入生総代を務めたことがあるのだ。

 

 

「ルールを説明する」

 

 

風紀委員長の摩利は立会い人として俺と副会長に模擬戦でのルールや注意点、禁止事項を説明する。

 

・相手を死に至らしめる術式、回復不能な障碍を負わせる術式は禁止。

・直接攻撃は相手に捻挫以上の負傷を与えない範囲であること。

・武器禁止。ただし、素手は許可する。

・勝敗はどちらかが負けを認めるか、審判が続行不可能と判断した場合。

 

 

「それと、ルール違反は私が力ずくで処理するから覚悟しろ」

 

 

摩利は微笑みながら締めくくった。俺と服部はうなずく。

 

俺は拳銃形態の特化型CADを右手に握り、床に向ける。服部は左腕のCADに右手を添える。そして、場が静寂に包まれた。俺たちは摩利の合図を待った。

 

そして、

 

 

「始めッ!」

 

 

ガゴンッ!!

 

 

 

 

 

天井の通気口から人が落ちてきた。

 

 

 

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「ぐふッ!?」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

その場にいた全員が驚愕した。しかも、落ちてきたのは俺たちと同じ学校の制服を着ている生徒だった。

 

 

『だ、大樹さん!原田さんが落ちましたよ!』

 

 

『知らん。目的は達成したから放置しとけ』

 

 

『でも!』

 

 

『はぁ……あのな黒ウサギ。そもそも原田が落ちたのは俺がそう落ちるように仕組んだからだぜ?』

 

 

『何やってんですかお馬鹿様!?』

 

 

……聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

 

「全く……原田ー。はやく上がっt………あ」

 

 

通気口から男が顔を出した。そして、その人物に見覚えがあった。というか、

 

 

大樹だった。

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

再び場が静まり返った。大樹はフードを被っていないので、顔が青くなっていくのが遠くから見ても分かる。

 

 

「どうしたんですか大樹さん?はやく原田s………あ」

 

 

今度は黒ウサギが通気口から顔を出し、こちらはフードを被っていたが顔を青くしたのがすぐに分かった。

 

 

「いってぇ……何であそこだけ通気口が抜けんだよ…………あ」

 

 

もうお分かりであるが、一応説明しておこう。原田が起きて、顔を青くした。

 

 

「「「…………撤退!!!」」」

 

 

「「逃がすか!!」」

 

 

三人は一斉に逃げ始めた。大樹、黒ウサギは通気口に再び戻り、原田は出入り口のドアに向かって走った。みんな呆気を取られていたがだが、摩利と服部はそうはいかない。摩利は即座に魔法を展開し、原田と黒ウサギに向かって発動した。

 

 

「ヤバイ!出るぞ、黒ウサギ!」

 

 

いち早く危険を察知した大樹は黒ウサギの腕を無理矢理引っ張り、通気口から脱出して、俺の隣に着地した。

 

着地した瞬間、通気口から大きな音が聞こえた。何かがへこむような音……おそらく魔法を使って通気口をへこませ、塞いだのだろう。

 

一方、服部は原田に向かって基礎単一系移動魔法を発動し、原田を壁に吹っ飛ばした。だが、

 

 

「うおッ」

 

 

原田は少し驚いただけで、冷静に体制を変えて壁に着地した。並みならない反射神経と運動神経の持ち主だとすぐに分かる。

 

 

「クソッ、原田なんかにイタズラしなきゃよかった」

 

 

「犯人テメェかよ!?」

 

 

原田はそのまま壁を蹴り大樹に向かって突っ込んでいった。だが、大樹は体を逸らしかわした。原田は地面に大きな音を出しながら着地。原田は舌打ちをして、諦める。

 

 

「覚えてろよ」

 

 

「今日までならな」

 

 

大樹は原田が攻撃するのをやめたことを確認し、生徒会メンバーに視線を移す。

 

 

「いい機会だ。ここで魔法を使って戦ってみよう!」

 

 

「「退学なるわ(なりますよ)!!」」

 

 

「まずは原田!」

 

 

「「無視!?」」

 

 

原田と黒ウサギの言葉を無視して大樹は続ける。だが、俺は大樹の肩に叩き、声をかけて止める。

 

 

「何をしているんだ?」

 

 

「あ、達也じゃないか。こんな所で何してんの?」

 

 

こちらが質問しているのに何故か質問された。

 

 

「俺と副会長の模擬戦をしていたんだ」

 

 

「それで、俺たちが邪魔した……感じか……」

 

 

理解してくれるのに時間はかからなかった。俺は溜め息を吐き、質問する。

 

 

「大樹は何をやっていたんだ?」

 

 

「……………また今度話すよ」

 

 

どうやら悪い事したらしい(確信)。

 

 

「大人しくしろ、フードマン!」

 

 

「これ以上問題を起こすな、フードマン!」

 

 

「血祭りだテメェらあああああ!!!」

 

 

摩利と服部の警告に大樹がキレた。相当フードマンと呼ばれるのが嫌みたいだ。

 

 

________________________

 

 

【大樹視点】

 

 

おこだよ。(#^ω^)

 

生徒会長に見つかった?知らん。これより、攻撃を行う。停学、退学上等。掃除で鍛えた力を見せてやる!っと思ったが

 

 

「原田……俺の作った魔法式を発動しろ……」

 

 

「……アレか」

 

 

俺は小さな声で原田に言う。原田は腕輪型CADにサイオンを………ん?原田の動きが止まった。

 

 

「どうした?」

 

 

「………サイオンってどうやって出すの?」

 

 

「気合」

 

 

「無理に決まってんだろ!」

 

 

そういやサイオンってどうやって出すんだろ?全く知らない。

 

 

「少年誌の漫画にいる主人公みたいに『俺に力をおおおおお!』みたいなことをしてみれば?」

 

 

「……一理あるから馬鹿に出来ないな」

 

 

原田は腕を前に出し、叫ぶ。

 

 

「俺に力をくれえええええ!!」

 

 

本当に叫んだよコイツ。ワロタ。

 

俺が心の中で馬鹿にしていると、

 

 

魔法陣が原田の足元に現れた。

 

 

「出来た!」

 

 

「ふぁッ!?」

 

 

何でだよ!?ここは出来ないのがオチだろ!?

 

 

「な、何だ!?」

 

 

「え、あ、えっと……ふっふっふっ、教えてやろう」

 

 

俺はキャラを急いで変えて、服部の驚きのリアクションに答える。

 

 

「これは俺の今までの知識で作り上げた魔法の一つ……『瞬間移動(テレポート)』だ!」

 

 

「「「「「はぁッ!?」」」」」

 

 

フハハハハッ!!どうだ!凄いだろ!

 

 

「ふ、不可能です!そんな魔法作れるはずがありませんッ!?」

 

 

「そうよ!あーちゃんの言う通りよ!」

 

 

「会長!あーちゃんはやめてください!」

 

 

あーちゃん?は俺の言葉を否定する。生徒会長も便乗して否定して来た。

 

 

「論より証拠だ。原田!」

 

 

「まかせろ!」

 

 

原田の体にサイオンの光が集まり、原田を包み込んだ。

 

 

そして、

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

 

 

 

何も起こらなかった。

 

 

 

 

 

「……………………え?瞬間移動って……まさか……え?何で?」

 

 

原田の体が震えていた。

 

 

「失敗……ですか?」

 

 

「何を言っている助手。成功だ」

 

 

「いつから黒ウサギは大樹さんの助手になったんですか……」

 

 

「あれを見ろ」

 

 

俺は部屋の隅に向かって指を差す。そこには、

 

 

 

 

 

黒色のボクサーパンツがあった。

 

 

 

 

「俺のパンツううううう!!??」

 

 

「「「「「えええええッ!?」」」」」

 

 

原田が音速を越えたスピードで回収する。

 

 

「この『瞬間移動(テレポート)』は衣類みたいに軽いモノしかできない失敗作の魔法なんだ」

 

 

「使わせるなよ!?ってか、何でよりによって俺のパンツなんだよおおおおお!?」

 

 

「嫌がらせ」

 

 

「テメェは一度本気で戦わないといけないらしいな!」

 

 

どうやら近々コイツと戦う日が来るっぽい。負ける気がしねぇ。

 

 

「あ、言い忘れていた。ノーパン原田」

 

 

「あぁ?」

 

 

完全に機嫌損ねてるな。いや、怒っている。

 

 

「パンツ何だが……多分」

 

 

その瞬間、原田の持っているパンツが

 

 

塵となった。

 

 

「魔法の負荷に耐えられないかr…………粉々になったか」

 

 

「……………」

 

 

原田は無言で腕輪型CADを操作して、発動した。

 

 

俺に向かって。

 

 

「ちょッ!?」

 

 

その瞬間、俺のパンツが空中に舞う。ぎゃあああああ!

 

だがそれで終わりではなかった。原田は懐から短剣【天照大神の剣(アマテラスオオミカミのけん)】を取り出し、

 

 

ジュピンッ!!!

 

 

一瞬で、俺のパンツを塵にした。俺のパンツがオーバーキルされたよ。放っておいても塵になるのに。

 

 

「「………………」」

 

 

俺と原田の視線が交差する。

 

 

「「よぉ、ノーパン」」

 

 

この瞬間、決まった。

 

 

「「今度、殺し合おうか」」

 

 

「絶対にやめてくださいよ!?」

 

 

「「大丈夫。死なない程度で戦うから」」

 

 

「ダメです!」

 

 

黒ウサギに止められ、俺たちは睨むのをやめる。

 

 

「あ、もう一つ言い忘れたことがある」

 

 

「まだあんのか……よ……?」

 

 

原田が倒れた。

 

 

「原田さん!?」

 

 

黒ウサギが原田に駆け寄る。

 

 

「体力の消耗が激しい魔法である瞬間移動(テレポート)を二回も使ったら……死ぬほど疲れるぞ?」

 

 

俺は不適に素敵に笑ってやった。

 

 

「「「「「ゲスだ……」」」」」

 

 

イエス。アイアム、ゲス。

 

________________________

 

 

「魔法は展開している。大人しくしろ」

 

 

摩利は俺に向かって右手を向ける。ちなみに部屋の隅ではノーパンの原田が倒れている。クソッ、生徒会にやられたか……!(今までのことはカットして、他人のせいにしておく)

 

対してノーパンの俺は、

 

 

「魔法を発動したところで俺は倒せないぞ?」

 

 

「……それは脅しのつもりか?」

 

 

俺の言葉を聞いた摩利が眼を鋭くさせる。

 

 

「脅しって……俺は本当のことを言っているんだが?」

 

 

「図に乗るなよ二科生(ウィード)。渡辺先輩と対等に戦えるのは会長と会頭だけだ」

 

 

全く俺の言葉に聞く耳を持たず、服部は左手を俺に向ける。

 

 

「じゃあ証明しようか?」

 

 

「証明だと……?」

 

 

服部が眉を寄せる。俺は一つ提案する。

 

 

「ああ、俺とお前ら二人で1対2の模擬戦しねぇか?」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

全員が俺の提案に驚く。

 

 

「ふざけるな!お前ら二科生(ウィード)なんかに……!」

 

 

「落ち着け服部」

 

 

服部の怒号に摩利は落ち着いてなだめる。

 

 

「……その勝負、受けてやろう。ただし、条件がある」

 

 

「何だ?」

 

 

「服部は生意気なお前に腹を立てている」

 

 

現在進行形でな。

 

 

「もしフー……楢原が私たちに負けた場合……」

 

 

今フードマンって言おうとしたな

 

 

「今日のことを報告して、お前を停学にする」

 

 

「ああ、いいぜ」

 

 

俺はすぐに承諾した。

 

 

「じゃあ俺が勝ったら今日を含めて『今までのことを不問にする』でいいか?」

 

 

「いいだろう。服部、今は抑えろ。模擬戦で本気を出せ」

 

 

「……はい」

 

 

俺たちの賭けは成立した。黒ウサギを試合の邪魔にならない場所まで移動させて、見学させる。達也は溜め息を吐きながらも、妹の隣まで移動した。

 

そして、俺は摩利と服部の二人の正面に立つ。互いの距離は約5m。

 

 

「……以上がルールだ。開始の合図は生徒会長の真由美がする」

 

 

武器使用禁止か……。

 

摩利と服部は自分のCADに手をかざす。俺は両手を制服の内側に手を突っ込み、

 

 

二つの拳銃型CADを両手に持った。

 

 

「……無理だ。サイオン波同士の干渉で使えるわけがない」

 

 

「敵の心配なんて余裕だな」

 

 

俺は服部を挑発した。服部は舌打ちをして、俺を睨み付ける。

 

そして、その会話が最後となる。

 

場が静寂に包まれた。

 

 

「始め!」

 

 

真由美の声が部屋全体に響く。

 

 

ガギンッ!!ガギンッ!!

 

 

その瞬間、二つの破壊音が轟いた。

 

 

「「……………ッ!?」」

 

 

摩利と服部は気付くのに時間が掛かった。

 

 

摩利と服部のCADが壊れていたことに。

 

 

「何だこれは!?」

 

 

服部は粉々になった自分のCADを見て驚愕する。隣にいた摩利も同じように驚愕していた。

 

 

________________________

 

 

【見学側視点】

 

 

達也には何が起こったか分かっていた。

 

 

「CADを投げたのか……」

 

 

「え?どういうことですか?」

 

 

達也のつぶやきに深雪が尋ねる。

 

 

「大樹の両手を見てみろ」

 

 

「……CADが無いです!?」

 

 

大樹の両手には先程持っていた拳銃型CADが二丁とも無くなっていた。

 

 

「ど、どこにいったんでしょうか!?」

 

 

「服部副会長のたち足元だ」

 

 

深雪の疑問に達也は指を差して教える。

 

服部と摩利の足元には二人のCADの残骸が落ちていた。

 

 

大樹の持っていた拳銃型CADの残骸もある。

 

 

「まさか…!?」

 

 

「そのまさかだ。大樹はCADを投げつけて二人のCADを破壊したんだ」

 

 

「む、無茶苦茶すぎますよ!?」

 

 

達也と深雪の話を聞いていたあずさが驚愕する。立ち会いをしている真由美も同時に驚いていた。それを聞いた鈴音はタブレットを操作して、驚いた。

 

 

「……タブレットのカメラでスロー再生してみました」

 

 

鈴音は達也たちに見せる。そこにはスロー映像で大樹が二丁の拳銃型CADを投げ、二人のCADを破壊するのが分かった。そして、

 

 

「彼は時速200km以上の速度で投げています」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

その言葉に耳を疑った。ありえない数字がタブレットに表示されていた。

 

 

『時速276km』

 

 

________________________

 

 

【大樹視点】

 

 

「魔法を使うことが得意な魔法使いから杖を取り上げるのは基本だろ」

 

 

俺は勝ったことを確信した。所詮CADが無ければここの生徒は他の学校の生徒と変わらない一般人。

 

 

「それとも続ける?」

 

 

「くッ」

 

 

俺の質問に服部は苦虫を噛み潰したような顔になる。だが、摩利は違った。

 

 

「私はまだやるぞ?」

 

 

「……あれ?」

 

 

何で気合入ってんですか?

 

 

「……フードマン。逃げるなら今の内だぞ」

 

 

「服部。テメェは後で死に晒してやる。遺言は何だ?」

 

 

服部の言葉にキレる俺。だが、遺言を聞いてあげる俺はまさに天使。

 

 

「渡辺先輩は対人戦のエキスパートだ。たとえ10人、20人がよって集っても勝てない」

 

 

「……そうかよ」

 

 

俺は何も構えず、摩利を見る。

 

 

「来いよ、風紀委員長」

 

 

「……どうなっても知らないぞッ!!」

 

 

摩利が俺に向かって走って来る。

 

 

 

 

 

そして、摩利は床に倒れていた。

 

 

 

 

 

「え……?」

 

 

「「「「「!?」」」」」」

 

 

声を上げたのは摩利だった。

 

大樹が摩利の腕を掴み、抑え込んでいた。

 

 

「遅すぎる」

 

 

「…………ッ!?」

 

 

俺の言葉に摩利の体が氷のように凍った。そして同時に分かった。

 

 

実力が違うっと。

 

 

「おい……判定は?」

 

 

「あ……」

 

 

驚いている会長に声をかける。

 

 

「しょ、勝者、楢原 大樹」

 

 

________________________

 

 

模擬戦は俺の完全勝利で幕を閉じた。

 

 

「何をしたんだ……」

 

 

「は?」

 

 

「どうやって私を抑え込んだ」

 

 

模擬戦が終わり、帰るために俺は倒れている原田を起こそうとする。そこで、摩利が俺に話しかけてきた。

 

 

「簡単な話だ。修羅場をくぐって来た数が俺とお前じゃ次元が違う」

 

 

「……そうか」

 

 

摩利はそれ以上追及してこなかった。

 

 

「でも、お前は強い。だけど、俺の方がもっと強い。それだけだから気にするな」

 

 

「……さっきから言おうと思っていたんだが、後輩が先輩をお前呼ばわりするのはどういうことだ」

 

 

「歳の数だと俺とお前は同じだぞ」

 

 

「え?」

 

 

「俺は18歳で、前いた高校(一番最初死ぬ前)では3年生だ」

 

 

「そ、そうか……」

 

 

摩利は納得する。筋は間違えてないだろ。

 

 

「ダメだコレ。全然起きねぇ」

 

 

俺は原田を突っつくのをやめる。

 

 

「そういやお前らのCAD壊して悪かった」

 

 

「気にするな。さっきのは両方とも学校側の支給品だ」

 

 

余計に気にするわ。学校側から弁償しろとか言われたら泣くぞ?

 

 

「それより、不問にする件についてだが……」

 

 

「そのことに私から報告があります」

 

 

摩利が喋ろうとした時、後ろから背の高い女の子が話しかけてきた。

 

 

「初めまして楢原君。私は生徒会の書記の市原 鈴音です」

 

 

「ああ、よろしく」

 

 

鈴音は俺に自己紹介を終えた後、話し出す。

 

 

「先程、1-Aの生徒から連絡がありました」

 

 

「内容は?」

 

 

摩利が尋ねる。

 

 

「1-Eと1-Aの乱闘騒ぎです」

 

 

「俺がセクハラしたやつか」

 

 

「それは違うのではありませんか?」

 

 

「……………本当だにょ」

 

 

「嘘は得意ではないようですね」

 

 

「リンちゃん、どういうことなの?」

 

 

生徒会長は鈴音に尋ねる。リンちゃんってあだ名合ってなさすぎだろ。

 

 

「1-Aの女子生徒が全て教えてくれました。楢原君は1-Aと1-Eの乱闘騒ぎを庇ったそうです」

 

 

「被害者の1-Aの生徒は二科生(ウィード)にやられたと証言していた。それは嘘だ」

 

 

鈴音の言葉を服部は否定する。だが、

 

 

「いいえ。それは嘘ではありません」

 

 

達也が口をはさんだ。

 

 

「あの時、大樹が庇ったのは事実です」

 

 

二科生(ウィード)の証言なんかを信じるとでも?」

 

 

「では、私の言葉なら信じてもらえますか?」

 

 

達也の隣に深雪が立つ。

 

 

「事の発端は私たちA組に責任があります。もしお咎めるなるのなら私たちのクラスを……」

 

 

「はいはい!そこまで!」

 

 

俺は両手を横に伸ばして会話を止める。

 

 

「黒ウサギ。原田を連れて早く帰るぞ」

 

 

「よ、よろしいのですか?」

 

 

「俺は賭けに勝ったから問題ない。それ以上は何もいらないだろ」

 

 

「でも……」

 

 

「俺の名誉は落ちてて結構。ちゃんと分かってくれている人がいるから十分だ」

 

 

俺は原田を担ぎ上げ、俯いた黒ウサギと一緒に部屋を出ようとする。

 

 

「俺らは帰らせてもらうぞ。その事件は深く追及しないでくれ。じゃあな」

 

 

「待って」

 

 

真由美が俺の前に立ち塞がった。

 

 

「生徒会長の七草 真由美です。よろしくね」

 

 

「お、おう……」

 

 

真由美は自己紹介した。俺は突然の出来事で少し驚いた。

 

 

「大樹君、さっきの魔法はあなたが作ったのかしら?」

 

 

「まぁな。思いっきり失敗したけど」

 

 

「そう……」

 

 

あ、ヤバイこれ。俺の第六感が警告アラーム鳴らしてる。

 

 

「なr

 

 

「断る」

 

 

「まだ何も言ってないわよ!?」

 

 

言わせねぇよ!?

 

 

「おい二科生(ウィード)。会長の話を聞け」

 

 

「服部。先輩には敬語を使えよ?」

 

 

「歳での話だろそれは。学年は俺の方が上だ。そっちが敬語を使え」

 

 

「服部先輩(笑)」

 

 

「俺を怒らせたいのか?」

 

 

俺と服部は睨みあう。こいつ、投げ飛ばしたい。

 

 

「はんぞーくん!話がずれちゃってるわよ!」

 

 

「す、すすすみません!」

 

 

会長が怒る。まぁなんと可愛い怒り顔でしょう。はんぞーくん、顔真っ赤っか。

 

 

「……迅速に要件を言って欲しいことを願う」

 

 

「そ、そうね。では、気を取り直して……」

 

 

俺が嫌味気味に言うと、真由美は軽く咳払いをして整える。

 

 

「あなたを風紀委員に推薦しま「結構です」……す」

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

俺は軽くお辞儀をして、部屋から出r

 

 

「待って!少し待って!」

 

 

「何だよ!?もういいだろ!?」

 

 

真由美は俺の腕を掴む。やめろ!原田が落ちるだろ!

 

 

「今年は風紀委員がかなり少ないの!」

 

 

「知らん!どっかのテレポートできるツインテールにやらせとけ!」

 

 

「あなたみたいな人材が必要なの!」

 

 

「達也でいいじゃねぇか!」

 

 

「俺は断りに来たんだが」

 

 

「達也君はもう風紀委員に入ってるわ!」

 

 

「……………」

 

 

達也の顔が死んでるぞ。断らせてやれよ。

 

 

「私からもお願いする。今年は4人も必要なんだ。その内3人は決まっているが、あと一人決まっていないのだよ」

 

 

「だから、やらねぇって言ってr

 

 

 

 

 

「1-Aの森崎(もりさき)駿(しゅん)()()()()。1-Eからは司波達也。君も入ったら二科生で、しかも同じクラスからとなれば二人出ることになる」

 

 

 

 

 

「やらせてください」

 

 

土下座した。

 

 

「「「「「何でッ!?」」」」」

 

 

「掃除洗濯料理何でもします。靴も舐めますからやらせてください」

 

 

「君にはプライドは無いのか!?そもそも、そんなことしなくていい!」

 

 

摩利が急いで俺の頭を上げさせようとする。だが、俺は土下座をやめない。

 

 

「俺を風紀委員にしてくれえええええ!」

 

 

「分かったから落ち着け!!風紀委員にするから!」

 

 

こうして、俺は生徒会の風紀委員になった。

 

 

 

________________________

 

 

俺と黒ウサギは帰宅して、すぐに店を開いた。夜間の11時まで開いてます!開店は夕方ですけどね!

 

 

「いらっしゃいませー、達也様」

 

 

「様を付けるのはやめてくれ、大樹」

 

 

「いらっしゃいませー、深雪お嬢様」

 

 

「大樹さん、普通に言ってください」

 

 

どうやら様付けは不評のようだ。

 

 

「いらっしゃい。美月、エリカ」

 

 

「あたしたちは様付けしないんだ?」

 

 

「え、エリカ……顔が怖いよ……」

 

 

もうどうやって客を出迎えればいいんだよ。あ、

 

 

「帰れ」

 

 

「何で俺だけ冷たいんだよ!?」

 

 

達也、深雪、エリカ、美月、ポn……レオの順に俺は挨拶する。レオは俺の挨拶に驚愕した。

 

 

「……なぁ達也」

 

 

「すまない」

 

 

「何で謝るんだよ」

 

 

「……すまない」

 

 

達也が謝る理由。それは、

 

 

「ここが大樹君が経営しているお店ね」

 

 

「随分と綺麗にしてあるな」

 

 

生徒会長と風紀委員長がいるからだ。

 

 

「何で来てんだよ。七草、渡辺」

 

 

「私のことは真由美でいいのよ?」

 

 

「そうだぞ。同じ歳なんだろ?」

 

 

「閉店してぇ……」

 

 

残念ながら他のお客様もいるので無理だ。

 

 

「ったく……そうだ、摩利。風紀委員についてお願いがある」

 

 

「何だ?」

 

 

「黒ウサギを俺の助手として入れろ」

 

 

「助手?君の妹をか?」

 

 

「実力は俺並み」

 

 

「承諾する」

 

 

はやっ。

 

 

「だが条件が一つある」

 

 

「何だよ」

 

 

「フードを脱げ」

 

 

「やっぱり無かったことにしてくれ」

 

 

「じゃあ後日注意しに行く」

 

 

はい、詰んだ。

 

 

「勘弁してくれねぇか?」

 

 

「ダメだ。風紀委員として逃がすわけにはいかない。……というか、何故フードを被る」

 

 

「そ、それは……」

 

 

俺が眼を逸らした時、

 

 

「ありがとうございました!」

 

 

黒ウサギが他の客の見送りをしていた。これで達也たちを除く客は全員帰った。

 

 

「……黒ウサギ。閉店してくれ」

 

 

「え?まだ開店してから1時間も経っていませんよ?」

 

 

「今日はみんなに大事な話がある。カーテンを全部閉めて、原田を起こしてきてくれ」

 

 

黒ウサギは俺の指示に従って動き出す。

 

 

「よし、全員集まってくれ」

 

 

俺はみんなに集まるように言う。丸いテーブルを俺、達也、深雪、美月、エリカ、レオ、摩利、真由美の順で座った。

 

 

「原田さんを起こしましたよ」

 

 

「何だよ大樹……俺は最高に気分がいいんだ……うぇッぷ……!」

 

 

「最悪に気分が悪いの間違いだろ。寝ながらでもいいから話を聞いとけ」

 

 

原田は椅子を並べて作ったベッドで横になる。黒ウサギは俺と達也の間に座る。

 

 

「ねぇ大樹君。何をするの?」

 

 

真由美が俺に質問する。それは俺を除いたこの場にいる全員が持っている疑問だ。

 

 

「俺と黒ウサギがフードを被っている理由だ」

 

 

「……いいんですか?」

 

 

黒ウサギが心配する。

 

 

「大丈夫。俺に任せろ」

 

 

俺は微笑んで黒ウサギの心配する顔を見る。黒ウサギは顔を赤くして俺から目をそらす。……何で?

 

 

「俺がフード被っている理由は太陽があるからなんだ」

 

 

「太陽?太陽って空にあるアレか?」

 

 

「そうだ」

 

 

レオの確認に俺はうなずく。

 

 

「俺は太陽に当たると死にはしないけど、死にそうなくらいキツイんだ」

 

 

「もしかして吸血鬼ですって言いたいの?」

 

 

エリカは笑いながら俺に問いかける。俺の答えは、

 

 

「まぁそうだな。間違ってはいない」

 

 

「え……」

 

 

冗談で言ったつもりだったエリカは固まった。続けて俺は言う。

 

 

「俺は吸血鬼の力を持っている」

 

 

「「「「「えええええ!?」」」」」

 

 

次の瞬間には黒ウサギと原田を除いた全員が驚愕していた。

 

驚いた後の第一声は美月だった。

 

 

「本当に吸血鬼なんですか!?」

 

 

「ああ」

 

 

次に深雪が質問する。

 

 

「吸血鬼ってあのかの有名な吸血鬼ですか!?」

 

 

「多分それだ」

 

 

その次は摩利。

 

 

「血を吸いたくなるのか?」

 

 

「いや、それはない」

 

 

でも、最近トマトジュースがやたらと美味しいのは気のせいか?

 

最後に真由美が質問してきた。

 

 

「もしかして……私を拐いに来たのね!?」

 

 

「拐わねぇよ。てか、何で真由美を拐うんだよ」

 

 

優子を拐うのはアリだが。

 

 

「だから今日の朝、倒れていたのか……」

 

 

レオの推理は合っていた。正解です。

 

 

「もしかして黒ウサギも吸血鬼なのか?」

 

 

達也は俺から黒ウサギに視線を移す。

 

 

「は?黒ウサギが吸血鬼なわけねぇだろ」

 

 

「いやいや!普通に考えたらそうなるだろ!?兄妹なんだろお前ら!?」

 

 

レオが慌ててツッコム。

 

 

「……この話は絶対に外部に漏らすな。俺はお前たちを信用するから話すぞ」

 

 

俺はレオを7回くらいチラ見する。

 

 

「何度も俺を見てんじゃねぇよ……」

 

 

レオは溜め息を吐いて、肩を落とした。とりあえずレオのいじりはこれまでにしておこう。

 

 

「私たちは信用されているのかしら?」

 

 

真由美が俺の顔を覗きながら聞く。

 

 

「とりあえずな。生徒会長を味方につけていたらいろいろと助かるからな」

 

 

「うわぁ……今日も大樹くんは黒いね……」

 

 

ふッ、そう褒めるなよエリカ。照れるじゃないか。真由美は頬を膨らませて怒っていたが、フッと何かを思いついたみたいだ。

 

 

「明日、特別にフードの着用を許可してもいいように先生に言っておこうと思っているのだけど…?」

 

 

「真由美、俺とお前は親友だ」

 

 

「真由美!?それは私の風紀委員長の仕事だろ!?」

 

 

真由美の言葉に摩利は驚愕した。そういえば生徒会長と風紀委員長は同格の権限を持っていたな。うん、どうでもいい話だったな。

 

 

「大樹、話がずれているぞ」

 

 

「あ……スマン達也」

 

 

俺は達也に言われ気を取り直す。

 

 

「黒ウサギのフードを今から取るけど……ビビるなよ?」

 

 

「もしかしてウサ耳が生えてるっていうオチか何かじゃないのか?名前が黒ウサギって言うんだし」

 

 

レオ……。

 

 

「レオさん……………」

 

 

黒ウサギがレオの名前を呟く。きっと俺と黒ウサギは同じことを思っているだろうな。

 

 

「え?何この空気?……え、まさか!?」

 

 

「そのまさかだ」

 

 

黒ウサギのパーカーについているフード……ではなく今はケーキを作っていたためコック服を着て、コック帽をかぶっている。俺は黒ウサギの頭に乗った長さが高いコック帽を取った。ちなみにコック帽が高いのは頭が蒸れないようにするためらしいよ。

 

 

黒ウサギの頭の上にウサ耳があらわになった。

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

黒ウサギの耳を見たみんなは驚愕する。黒ウサギはみんなの視線に顔を赤くする。

 

 

「ほ、本物なの!?」

 

 

エリカは立ち上がり、黒ウサギの背後まで走る。

 

 

「ねぇ触っていい!?触っていい!?」

 

 

「それは後でしてくれエリカ。あとで触るなり、もふもふしたり、引き千切ってもいいから今は俺の話を聞け」

 

 

「引き千切る!?絶対にやめてくださいよ!?」

 

 

それはエリカしだい。俺には関係ないから。

 

 

「俺たちはそれぞれ大事なモノを守るためにフードを被っていたんだ」

 

 

「な、何を守るんですか?」

 

 

美月が尋ねる。

 

 

「何って……黒ウサギは社会的地位。俺は命だろ?」

 

 

「お、重いな……」

 

 

摩利が苦笑い……いや、ドン引きしていた。

 

 

「重いも何も本当のことだろ」

 

 

「本当だから余計に性質が悪いのじゃないかしら……」

 

 

真由美の方は苦笑いだった。真由美は困ったように言う。

 

 

「そういうわけだ。真由美と摩利は俺たちを助けてくれないか?特にフードを被る許可がほしい。特にフードを被る許可がほしい」

 

 

「わ、分かった分かった!分かったからそんなに顔を近づけるな!」

 

 

俺は摩利に顔を近づけて言う。大事なことなので二回言いました。

 

 

「許可は取ることはできないが、見逃すことならできる。私以外の風紀委員に見つからないようにしてくれ」

 

 

「そこは『私たち風紀委員は君を見逃す』って言わない?」

 

 

何で風紀委員長だけ俺を見逃すんだよ。

 

そんな俺の言葉に真由美は急に真面目な顔をする。

 

 

「大樹君……この学校では格差があるのは知っているでしょう?」

 

 

俺は真由美の一言で全てを理解した。

 

一科生(ブルーム)二科生(ウィード)。格差というより差別と言った方が正しいと思う。一科生は二科生を蔑み、二科生は一科生を敵視する。同じ学年なのに、同じ学校に通っているのに彼らは互いに争う。

 

あの時もそうだ。達也たちが深雪のことで揉めていたときも。一方的に一科生が悪いはずなのに二科生という理由で俺たちが悪いようにあいつらは言う。

 

 

「知ってる。この学校は俺が知っている中で二番目に酷い学校だ」

 

 

「二番目?」

 

 

達也が俺に聞こうとする。一番酷い学校は俺が忘れていた中学校だ。だが、俺はそのことを言わない。

 

 

「そのことについては気にするな。それよりあの差別は異常じゃないか?魔法を使ってまで俺に攻撃するなんて危なすぎるだろ」

 

 

まぁ俺は全然問題なかったけどね。

 

 

「私はこの学校の一科生と二科生の壁を取り除きたいの。だけど…」

 

 

「生徒会長でも無理なことはいくつかある……だから、協力してほしいってことか」

 

 

真由美の意図を汲み取り、俺は先に言う。真由美はうなずく。

 

 

「だから交換条件でフードの件を受理する代わりに、私たちに協力してくれないかしら?」

 

 

「馬鹿じゃねぇの?」

 

 

「え?」

 

 

俺は溜め息を吐き答える。

 

 

「別に交換条件なんか無くても、そういうことなら俺は無償で真由美たちを助けるよ」

 

 

「……大樹君って優しいのね」

 

 

真由美は笑い、俺は顔を逸らした。そんなことを真正面から言われると恥ずかしい。

 

 

「今度、クラブ活動新入部員勧誘期間があるの」

 

 

「それがどうした?」

 

 

俺は真由美から説明を受ける。

 

簡単に言うと、新入部員を勧誘する際に、クラブ同士のトラブルが多発するらしい。殴り合い、魔法での戦闘。期間中は戦争になってしまう。

 

 

「酷い期間だなオイ。死人は出ないと思うけど、怪我人は出るだろ」

 

 

「そうなの。怪我人は毎年出ているわ」

 

 

真由美は真剣な顔で俺に向かって言う。

 

 

「だから、その争いを止めて欲しいの。風紀委員はその権利があるからお願いできるかしら?」

 

 

「分かった、全力でやろう。黒ウサギと原田も協力させる。いいよな?」

 

 

「YES!黒ウサギは大丈夫なのですよ!」

 

 

黒ウサギは元気よく承諾してくれた。

 

 

「お、俺も……だ……」

 

 

「原田。お前は寝てろ」

 

 

もう目がアレだよ?ヤバイよ?

 

 

「ありがとう、大樹君」

 

 

「どういたしまして」

 

 

俺と生徒会長の真由美は笑う。

 

 

「お兄様もしますよね?」

 

 

「……妹の頼みならやるしかないよな」

 

 

達也は嫌な顔をせず、快く引き受けてくれた。

 

 

「だけど、その前に気になることがある」

 

 

「ん?」

 

 

達也は俺の方を見た。

 

 

 

 

 

「大樹は……この世界の人間なのか?」

 

 

 

 

 

この瞬間、達也がただ者じゃないことが分かった。

 

 

 




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残酷に染まる自分

頑張りました。以上です。

続きをどうぞ。


「な、何でお前らがここにいる!?」

 

 

風紀委員会本部に森崎の大声が響き渡る。森崎は俺と達也を交互に指をさしながら驚いていた。

 

 

「森崎……いくらなんでもそれは非常識だろう」

 

 

達也は端末を閉じながら溜め息を吐く。

 

俺も同じように溜め息を吐きながら言う。

 

 

「全くだ……風紀委員として自覚を持て」

 

 

「テーブルにトランプを広げて遊んでいるお前に言われたくない!!」

 

 

何だよ。黒ウサギとトランプで遊んで何が悪いんだよ。

 

 

「それに風紀委員としての自覚を持つならお前らの服装をどうにかしろよ!」

 

 

俺と黒ウサギはいつも通りフード付きパーカを着ていた。先程から周りの先輩方の視線が痛い。

 

 

「これは生徒会からちゃんと認めてもらった服装だ。意義があるなら真由美に言ってくれ」

 

 

「嘘をつくな!お前らが風紀委員だなんて……!」

 

 

スパンッ!!

 

 

森崎の後頭部に軽い衝撃が襲い掛かった。

 

 

「いッ!?」

 

 

「やかましいぞ新入り」

 

 

叩いたのは摩利だった。

 

 

「風紀委員の会議に風紀委員以外いるわけがないだろう?その程度のことぐらい分かっておけ」

 

 

「申し訳ありません!」

 

 

森崎はすぐに腰を90°に曲げて謝る。

 

 

「だがトランプをする非常識は裁かないといけないな?」

 

 

「ドンマイ、達也」

 

 

「大樹。人の所為にするのはよくないぞ」

 

 

「その通りだ。君はこの会議が終わるまで空気椅子だ」

 

 

ダメージが俺だけデカくない!?

 

 

「あ、あのう……黒ウサギは?」

 

 

「大樹君が代わりにやってくれるさ」

 

 

というわけで、俺は空気椅子をした状態で両手に水が入ったバケツを持たされる。つ、つらすぎる!!

 

 

「だ、だが俺なら……た、耐えられる!」

 

 

「「「「「おおぉ……!」」」」」

 

 

風紀委員の先輩方は俺を見て驚く。いや、いいから会議はよ。

 

その時、部屋のドアが勢いよく開いた。

 

 

「すいません!遅れてしまいました!」

 

 

「遅いぞ木下!罰として大樹の罰を追加する!」

 

 

「何でだよ!?」

 

 

優子が入室して来たと同時に俺の頭の上と両膝の上に一つずつ水入りバケツが追加された。ああああああァァァ!!!

 

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 

優子は俺の隣に座り、小声で謝った。

 

 

「いいさ。優子のためなら例え地獄の業火の中。深海の底にだって助けに行くさ」キリッ

 

 

「大樹君が木下を口説いたため、肩に二つ追加だ」

 

 

「ちくしょおおおおおおォォォ!!」

 

 

両肩の上に水入りバケツ追加!これで合計6個のバケツを持ったことになる。し、死ねる……。

 

 

「早くッ……会議を……!」

 

 

「まずは新しく入った新入りを紹介

 

 

「1-E!楢原大樹!特技は料理!仲良くしてくれ!以上!」

 

 

「わ、私が紹介するつもりだったんだが……」

 

 

摩利が紹介するよりも早く、俺は自己紹介を済ませた。

 

 

「1-E!な、楢原黒ウサギです!大樹さんの助手をやっております!」

 

 

「い、いやだから」

 

 

「1-E。司波達也です」

 

 

「1-Aの木下優子です。教職員推薦枠で今日から入ることになりました。よろしくお願いします」

 

 

「………最後、自己紹介しろ」

 

 

み、みんな……!俺が早く解放されるために、すばやく自己紹介してくれた。か、感激だぁ……。

 

 

「1-Aの森崎駿です!木下さんと同じ教職員推薦枠で今日から風紀委員として活動させていただきます!まだ入学したてなので分からないことが多々あります。なので、先輩方の厳しいご指導よろしくお願いします!」

 

 

長い長い長いぞ!森崎!!!だが、いい挨拶だ!

 

だが、自己紹介をしたというのに拍手ひとつ無かった。理由は、

 

 

「委員長、戦力になるんですか?」

 

 

一人の風紀委員が手を挙げ摩利に質問した。手を挙げた風紀委員は俺と黒ウサギ。そして、達也を見ていた。

 

 

「はぁ………そこにいる三人の実力は確かだ。特に楢原大樹は私と服部を同時に相手をして、勝利している」

 

 

「「「「「なッ!?」」」」」

 

 

ドヤッ(`・ω・´)

 

 

「不満がある奴は戦って見ればいい」

 

 

「一瞬で楽にしてやるぜ?」

 

 

「「「「「やめておきます!」」」」」

 

 

俺は笑み(ゲスな顔)を浮かべてやった。すると風紀委員の先輩方は首を高速で横に振った。

 

 

「他に質問はないか?」

 

 

………………誰も手を挙げなかった。まぁ俺は挙げたくても挙げれないけどなッ!

 

 

「ないなら新入り以外はただちに出動!!」

 

 

「「「「「はいッ!!」」」」」

 

 

先輩方は立ち上がり、右手を握り絞め、左胸に強く叩いた。先輩方はすぐに部屋から走って立ち去った。

 

 

「4人にはまずこれを渡しておこう。大樹君はもうやめていいぞ」

 

 

「だぁッ!!……やっと解放された……!」

 

 

俺は急いでバケツを降ろし、床に座り込む。そして、摩利から腕章と一つの機械を手渡される。優子、達也、森崎も貰っていた。だが、黒ウサギは貰えなった。助手だからな。そんな寂しそうな顔するなよ。

 

 

「これは何だ?」

 

 

「ビデオレコーダーだ。違反行為を見つけたらすぐにスイッチを入れろ」

 

 

俺の質問に摩利はお手本をスイッチの場所を教えながら説明する。なるほど、これで証拠に使えるな。

 

 

「質問があります」

 

 

「許可する」

 

 

達也の質問に摩利はうなずく。

 

 

「CADは委員会の備品を使用してもいいでしょうか?」

 

 

ああ、模擬戦が終わった後に俺と黒ウサギと達也で風紀委員本部を綺麗に掃除したときに出てきたCADのことか。

 

 

「構わないが、理由は?」

 

 

「あれは旧式ですがエキスパート仕様の高級品ですよ」

 

 

マジかよ。

 

 

「そ、そうなのか!?」

 

 

摩利も知らなかったのかよ。何やっての風紀委員長。

 

 

「では、この二機をお借りしますね」

 

 

「二機?」

 

 

「ん?投げ用?投げ用か?投げ用だろ?」

 

 

「それは大樹君だけだ……」

 

 

摩利の疑問に俺が答えてみたが、嫌な顔された。

 

 

「そういえば大樹さん。新しいCADは新調したんですか?」

 

 

黒ウサギが尋ねる。投げて壊したCADのことを言っているのだろう。

 

 

「そんな金なんかねぇよ。あの後、拾って直したよ」

 

 

俺は懐からボロボロになったCADを見せる。

 

 

「「「「「えぇ……」」」」」

 

 

ドン引きであった。優子と森崎も俺のCADを見てドン引きだった。

 

 

________________________

 

 

摩利がどこかへ行った後、達也と森崎はすぐに巡回に言った。残ったのは

 

 

「優子、一緒に巡回しようぜ」

 

 

「……………」

 

 

「ん?どうした?」

 

 

俺は優子が無反応だったため、どうしたのか聞いてみる。

 

 

「楢原君。前もアタシのことを名前で呼んでいたわね」

 

 

「ああ、そうだが……嫌だったか?」

 

 

「そういうことではないけれど……何で名前で呼ぶのかしら?」

 

 

「そ、それは……」

 

 

俺は言葉を濁す。

 

いきなり「俺と優子は婚約者なんだ」(願望)とか言えねぇよ。………ごめん。見栄を張ったわ。

 

 

「前世では優子は姫で俺は村人だったんだ」

 

 

「……接点はあったのかしら?」

 

 

「俺の罪が重すぎて処刑されるときに3秒だけ目が合った」

 

 

「犯罪者だったの!?最悪の印象じゃない!?」

 

 

「まぁ姫のパンツを盗んだらそうなるわな」

 

 

「変質者!?死んで当然じゃない!!」

 

 

日本の憲法ならパンツを盗んだぐらいじゃ死刑にはされねぇ!

 

 

「大樹さん!あまり変なこと言わないでください!」

 

 

「ごめんなさい」

 

 

俺は素直に謝り、黒ウサギにまかせる。

 

 

「妹の黒ウサギさんだったわね」

 

 

「YES!黒ウサギとお呼びください!」

 

 

元気よく黒ウサギは返事をした。よし、最初の掴みはOKだ。

 

 

「大樹さんは変な人で奇行なことをたくさんしていますが、根はいい人なのですよ!」

 

 

よし、俺の印象はK.O.された。

 

 

「それは分かっているわ。うちのクラスを助けてくれたのでしょ?」

 

 

よかった……まだ生きてるよ、俺。

 

 

「よければ黒ウサギたちと行動しませんか?もっと仲良くなりたいのですが……」

 

 

「そうね。特に巡回する時の人数は決まっていないからいいわよ」

 

 

よっしゃああああああァァァ!!!

 

俺は優子に見えないようにガッツポーズをした。

 

 

________________________

 

 

「メーン!」

 

 

「ドーウ!」

 

 

第二小体育館では剣道部が新入生に稽古を見せていた。会場の真ん中では剣道部員が竹刀を上から下へ振っていた。

 

 

「剣道部か……」

 

 

俺たちは室内の巡回をしていた。俺は剣道部を見て目を細めた。懐かしむという気持ちはなかった。出てくるのは嫌な思い出だけだった。

 

 

「楢原君?」

 

 

気が付けば俺の顔の前に優子が顔があった。

 

 

「ど、どうした?」

 

 

俺は驚きの動揺を隠しつつ、尋ねる。

 

 

「どうしたって、アタシがずっと話しかけているのに楢原君がずっと遠い目をしているから心配しているのよ?」

 

 

「わ、悪い……」

 

 

「……まぁいいわ。それで、剣道部が気になるの?」

 

 

優子は俺の横に立ち、一緒に剣道部員を見る。

 

 

「昔、剣道部に入っていたんだ。今はやめたけどな」

 

 

「懐かしいのかしら?」

 

 

「それはないかな」

 

 

俺は後ろを振り向き、端末を取り出した。端末には学校の見取り図が映し出される。

 

 

「ここは問題なさそうだし、違う場所に…………なぁ、黒ウサギはどこだ?」

 

 

俺の近くにいるのは優子だけだ。

 

 

「あそこよ」

 

 

優子は剣道部員たちを見る。視線の先には、

 

 

「こ、こうですか?」

 

 

「ええ、合ってるわ」

 

 

黒ウサギは竹刀を握り、黒髪のポニーテールの女の子に剣道を教えてもらっていた。

 

 

「仕事サボってんじゃねぇよ……」

 

 

「あの子、自分から体験しに行ったわよ」

 

 

「……まぁいいけどよぉ」

 

 

でも、何でそんなことしたんだ?

 

 

「まぁいい、とりあえず迎えに行くか」

 

 

俺は黒ウサギのいる会場まで歩いて行く。

 

が、その時、

 

 

「うわッ!?」

 

 

剣道の防具を着た人が勢いよく吹っ飛ばされていた。

 

 

「優子」

 

 

「分かってるわ」

 

 

俺の声よりも早く、優子はすぐにビデオレコーダーにスイッチを入れた。

 

どうやらトラブル発生のようだ。

 

 

「オイオイ、演武に協力してやっただけだぜ?」

 

 

「そんなこと頼んでいないわ!」

 

 

中央で男と先程の黒髪のポニーテールが揉めていた。

 

 

「剣術部の時間まで待ちなさい、桐原(きりはら)くん」

 

 

「そうだぞ桐原。ちゃんと待つんだ」

 

 

「考えて見ろよ、壬生(みぶ)。俺たちが無償で協力してやるんだから……って誰だお前!?」

 

 

ナチュナルに会話に入って来た俺に桐原は驚愕する。壬生と呼ばれた黒髪ポニテの女の子も驚いていた。

 

 

「どうも、風紀委員だ」

 

 

「「ッ!」」

 

 

俺はフードを取り、肩に付けた腕章を見せつける。桐原は嫌な顔をして、壬生は安堵の息を吐いた。

 

 

「ここで連行されるか連行されろ」

 

 

「選択肢がない!?ってお前、二科生(ウィード)じゃねぇか!」

 

 

よくここで堂々と言えたな。摩利がいたらお前殺されたぞ。

 

 

「はいはい、剣術部は下がった下がった。ついでに新入生からの好感度も下がった下がった」

 

 

「んだとぉ!?二科生(ウィード)が調子に乗ってんじゃねぇッ!!」

 

 

桐原の後ろに控えていた剣術部の部員。そう、モブの一人が大声を上げ、モブたちが俺を囲みだした。トラブルが起きる前に解決……できそうにないな。

 

 

二科生(ウィード)一科生(ブルーム)に……」

 

 

「喧嘩を売ったらどうなるか……」

 

 

「教えてやるッ!」

 

 

お前らセリフでも決めてたの?気持ち悪いんだけど。

 

俺が呆れていると、桐原以外の剣術部員たちが竹刀を持って俺に向かって来た。

 

 

「オラッ!」

 

 

スカッ

 

 

「このッ!」

 

 

スカッ

 

 

「フンッ!」

 

 

スカッ

 

 

「今日の夕飯何しようかなぁ?」

 

 

俺は次々と来る竹刀の攻撃を簡単にかわしていく。夕飯のメニューを考えられるほど余裕。

 

 

「おい!何やってんだお前ら!」

 

 

桐原が俺とモブの戦いを見て怒鳴る。

 

 

「いい加減退場してくれないか?迷惑だぞ?」

 

 

「ふざけるなよ……こんな惨めな様を見られて下がれるか!」

 

 

桐原は左腕についたCADを操作する。

 

 

その瞬間、魔法が発動した。

 

 

ギイイイイイイイィィィッ!!!

 

 

「「「「「うッ!?」」」」」

 

 

ガラスを引っ掻き回したような不愉快な音が会場全体に襲い掛かった。周りにいた生徒が耳を抑えてながら苦しむ。

 

音源は桐原の持っている竹刀からだ。

 

 

(振動系・近接戦闘用魔法の【高周波ブレード】……)

 

 

完全記憶能力で覚えた知識を脳から引き出す。あれは殺傷ランクBの魔法だ。

 

 

「……………」

 

 

俺は無言で竹刀を見る。

 

 

普通の竹刀でも人を殺せる。

 

 

それに殺傷能力が高い魔法を加えるなんて……。

 

 

 

 

 

ふざけてんじゃねぇよ。

 

 

 

 

 

「お前は人殺しがしたいのか?」

 

 

「は?何言って……」

 

 

その瞬間、俺は桐原との距離を一瞬で詰めた。そして、

 

 

ガシッ!!!

 

 

大樹は桐原の持っている竹刀を素手で掴んだ。

 

 

魔法が発動しているのにも関わらず。

 

 

バキンッ!!!

 

 

「なッ!?」

 

 

そのまま掴んだ右手で竹刀を潰す。

 

同時に魔法が暴発して竹刀がバラバラになった。桐原はその光景に驚愕する。

 

 

ザシュッ!!

 

 

暴発の衝撃で竹刀の破片が飛び散り、大樹の頬に当たった。

 

赤い血が流れ出す。竹刀を持った手からも血が流れていた。

 

 

「……………」

 

 

「ッ!?」

 

 

俺の顔を見た桐原は顔が青ざめ、後ろに下がる。

 

……一体俺はどんな表情をしているだろうか。怖い顔だろうか。いや、多分違うだろう。

 

悲しい顔……醜い顔をしているはずだ。

 

 

「クソがッ……」

 

 

小さく吐き捨てる。これはただのやつあたりだ。桐原が魔法を発動したぐらいで俺がここまで怒り狂う必要性が全くないはずだ。

 

まだ、自分は過去を引きずっている。

 

つくづく最低だな、俺は。

 

 

「はぁ……」

 

 

「大樹さん!!」

 

 

俺が血で濡れた右手を見ていると、黒ウサギが駆け寄って来た。

 

 

「怪我してるじゃないですか!?」

 

 

「大丈夫だ、このくらい」

 

 

「そんなわけないですよ!」

 

 

黒ウサギは白黒のギフトカードを取り出し、優しい光がカードから溢れ出す。光は太陽の日差しのように暖かった。

 

 

「大樹さんは剣道をやっていたんですよね」

 

 

「……覚えてたのか」

 

 

「黒ウサギはあの日、聞いた話したことは忘れませんよ」

 

 

あの日とは俺が全てを話した日。同時に大事な人が三人、消えてしまった日でもある。

 

 

「大樹さんは今でも剣道は嫌いですか?」

 

 

「……もう好きにはなれないな」

 

 

優しい光に当たった傷口。俺の頬にあった傷口が閉じていく。手の傷も治ってる。

 

 

「そうですか……剣道をすれば大樹さんの気持ちが少しでも分かると思ったんですが、無駄でしたね」

 

 

「ッ……」

 

 

黒ウサギは無理に笑みを作る。その顔を見た俺は心がひどく痛くなった。

 

俺のために剣道をしてくれたのか。

 

 

「……そのギフトは治癒か何かの類か?」

 

 

「白夜叉様に貰った恩恵です。軽い怪我ならすぐに治せる凄いギフトですよ」

 

 

優しい光は消え、黒ウサギはギフトカードを直す。俺の傷は傷痕などは残らず、綺麗に元通りになっていた。

 

 

「今度の休日……どこか遊びに行こうか」

 

 

「えッ!?」

 

 

黒ウサギは動きを止め、目を見開く。

 

 

「い、いいのですか?」

 

 

「ああ」

 

 

「ちゃんとビデオレコーダーに声を取りましたからね!」

 

 

「信用度0かよ……」

 

 

黒ウサギは預けておいたビデオレコーダーを取り出す。いつからスイッチ入れてた。

 

 

「楢原君!大丈夫!?」

 

 

「すまない大樹。人混みが多くて遅れてしまった」

 

 

優子が連れてきたのは達也だった。後ろにはエリカもいる。

 

 

「大樹君!救急箱持ってきたわよ……ってアレ?手の怪我は?」

 

 

「もう問題ないぞ」

 

 

エリカは救急箱を持っていた。だが、俺の右手を見て首を傾げていた。あまり余計なことは言わないでおこう。

 

 

「桐原先輩。魔法の不適正使用のため風紀委員会本部までご同行お願いします」

 

 

「……ああ」

 

 

桐原は抵抗せずに達也についていく。周りの剣術部員は誰一人騒ぎ立てなかった。

 

 

________________________

 

 

「本当にびっくりしたわよ大樹君!」

 

 

「はいはい、ごめんなさいね、本当に」

 

 

何回も同じことを言っているエリカにちょっと呆れてきた。俺は早く達也が帰ってくるように願っている。

 

 

「もう、いきなり魔法を掴むとかありえないんだから!」

 

 

「そうか?」

 

 

普段から銃弾や刃物を掴んできたから実感ねぇわ。ヤバい、人間から遠ざかっている気がする。はい、そこ手遅れとか言わない。

 

隣では優子もうなずいて肯定していた。

 

 

「それについては同感ね。あの場にいた生徒全員が楢原君の行動に引いていたわよ」

 

 

「何かこの学校に来て好感度下がってばっかだなオイ」

 

 

恋愛ゲームなら告白した瞬間殺されるレベルである。詰んでんじゃん。

 

 

「でも、無事で良かったわ。アタシの得意魔法はあんな場所では使えないから困っていたのよ」

 

 

「「えッ!?魔法使えるの(ですか)!?」」

 

 

「待って。私、一応学年次席なんだけど?」

 

 

俺と黒ウサギは驚愕する。

 

優子は能力は全く使えない一般人はずだ。なのに、

 

 

(この世界に来て魔法が使えるようになったのか?原田も使えるようになったし、筋は通る。だけど……)

 

 

相手の目的が全く分からなくなった。

 

原田は、美琴たちを殺したくても殺せない。だから、転生させたと考えた。

 

今、優子の様子を見て俺は新たな仮説を立てる。美琴、アリア、優子を他の世界に飛ばし、記憶を消すことで俺たちの戦力を確実に削る。だと思った。

 

だが現在優子は魔法が使える。しかも、学年次席の実力をつけてしまった。これでは俺の方が有利だ。

 

 

「優子、もしかして首からペンダントをかけていないか?」

 

 

「え?な、何で知っているの?」

 

 

俺の質問に優子は瞬きを何度もして驚く。

 

 

(神の道具を取り上げてすらいない……)

 

 

敵は俺がバトラーに負けると思ったからか?いや、それでも一つや二つ小細工はするのが普通だ。俺はゼウスから力を貰った男。必ず最悪なケースを考えるはずだ。

 

だが、記憶を消す。それだけの細工しかしていない。

 

 

(俺の考えすぎか?)

 

 

現在、それ以外の最悪な状況にはなっていない。優子に危害を加えようとする者もいない。

 

念のため、俺は優子に確認を取る。

 

 

「そのペンダント、見せてくれないか?」

 

 

「い、いいけど……何で知っているのか教えなさいよ」

 

 

さて、どんな嘘を言おうか?……じゃあ、

 

 

「さっき前かがみになった時に服の中が見えt

 

 

この後、無茶苦茶酷い目にあった。

 

________________________

 

 

優子は顔を真っ赤にさせながら服の内側からペンダントを取り出す。俺は真っ赤に腫れた顔を近づけて確認する。

 

 

(間違いない。神に貰ったペンダントだ)

 

 

ひし形のクリスタル。完全に一致する。

 

 

「昔から持ってるけど、どこで貰ったのか拾ったのか記憶にないのよね」

 

 

「そうか……ってちょっと待て」

 

 

俺は優子の言葉に疑問を持つ。

 

 

「昔からって、そんなに前から持っていたのか?」

 

 

「そうだけど?」

 

 

俺は右手を顎に当てて思考する。

 

昔の記憶。それはねつ造された記憶でまず間違いないだろう。

 

 

(記憶の消去とねつ造……)

 

 

まさか、優子を元からこの世界で生まれたことにしたいのか?

 

 

「楢原君?」

 

 

相手の考えが分からず、険しい顔をしていた俺に優子が様子を伺う。エリカも黒ウサギも心配している。

 

 

「わ、悪い……ごめんな、変なことを聞いて」

 

 

「別にいいけど……あ、戻って来たみたいよ」

 

 

優子は俺の後ろを見て言う。振り返ると達也が歩いて帰って来た。

 

 

「報告してきたか?」

 

 

「……それなんだが」

 

 

俺の言葉に達也は難しそうな顔をして、

 

 

「大樹と黒ウサギは本部から呼び出しが掛かった」

 

 

俺と黒ウサギは互いに顔を見て、首を傾げた。

 

 

________________________

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

ここは第一高校部活連本部。そこで俺と黒ウサギは、

 

 

正座していた。

 

 

正面には【三巨頭】と称される三人。摩利と真由美。そして、十文字(じゅうもんじ)克人(かつと)がいた。

 

十文字は全クラブ活動の統括組織『部活連』の会頭だ。

 

 

ピッ

 

 

摩利はビデオレコーダーの音声にスイッチを入れる。

 

 

『今度の休日……どこか遊びに行こうか』

 

『えッ!?い、いいのですか?』

 

『ああ』

 

 

「「……………」」

 

 

俺と黒ウサギは顔を真っ赤にする。

 

 

「大樹君、君は仕事中だというのにデートに誘うのか?」

 

 

「マジですいませんでしたあああああァァァ!!!」

 

 

頭を勢いよく床につけて謝罪。ここまで綺麗な土下座を見たことがあるだろうか?

 

 

「それに君は魔法を素手で掴むなど非常識にも程があるぞ。魔法師になるなら魔法師らしく魔法で対処したまえ」

 

 

「それができたら苦労しねぇよ!」

 

 

「「え?」」

 

 

しまった!?

 

 

「クローン竹刀って出来ると思います!?」

 

 

「「どういうこと!?」」

 

 

「……どうやら事情があるようだな」

 

 

おお!十文字会頭は鋭いなちくしょう。

 

 

「大樹君……もう楽になっていいのよ?」

 

 

「まるで俺が犯罪を犯したみたいな雰囲気になってませんか?」

 

 

真由美が優しく言う。やめろよ。

 

 

「大樹君が常軌を逸していることはちゃんと分かっている。楽になれ」

 

 

「分かるなよ。あと楽にならねぇよ」

 

 

摩利も優しく言う。もう本当にやめて。

 

 

「大樹さん、もうお伝えした方が……」

 

 

「……………約束しろ。俺の言ったことは誰にも言わないと」

 

 

俺の約束に十文字が口を開く。

 

 

「内容による」

 

 

……………。

 

 

「……十文字がこう言っているので言いません」

 

 

「十文字!そこは『分かった』と適当に言っておいていいのだぞ!」

 

 

「摩利!お前には絶対に言わないからな!」

 

 

俺は三人を野生動物のように睨み付ける。もういっそのこと食ってやろうか?

 

 

「ガルルルルルッ!!」

 

 

「大樹さん、味方は多いほうがいいですよ?」

 

 

「シャアアアアアッ!!」(あいつらは信用できねぇ!)

 

 

「大丈夫ですよ。みなさん、優しいお方たちですよ」

 

 

「ワンワンッ!!」(でも!)

 

 

「黒ウサギも一緒に居ますから」

 

 

「……チュー」(……そこまで言うなら)

 

 

俺はしぶしぶ三人に視線を戻す。

 

 

「ねぇ摩利……今の会話って」

 

 

「よせ、きっと次元が違うんだ」

 

 

真由美と摩利はヒソヒソと内緒話をしていた。やめろよ、ちょっと遊んだけだろ。

 

 

 

 

 

「はぁ……実は俺、魔法が使えないんだよ」

 

 

 

 

 

「「「……………」」」

 

 

無言はやめろよ。怖いだろ。

 

 

「「ええッ!?」」

 

 

真由美と摩利が遅れて驚く。

 

 

「魔法が使えないって達也君

 

 

「達也以上に魔法が使えない」

 

 

真由美の質問にいち早く俺が絶望的なことを伝える。

 

 

「大樹君……ここがどんな高校か知っているか?」

 

 

「あ、魔法科高校でしたね。うっかりうっかり」

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

もう沈黙がつらいよ。

 

 

「……………アディオス!!」

 

 

「あ!大樹君!?」

 

 

俺は黒ウサギを抱きかかえ、別れの言葉を告げて逃走。真由美が止めるが無視した。

 

 

「……本当に変わった人ね」

 

 

真由美はビデオレコーダーの映像を見る。

 

 

映像には大樹が桐原の竹刀を掴む映像が流れていた。

 

 

「……………」

 

 

真由美は暗い顔になる。摩利も横から見て目を細める

 

 

大樹の表情は怖い顔だが、

 

 

 

 

 

口元は……一瞬だけニヤリと笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

________________________

 

 

「フン~~♪フフン~~~♪」

 

 

授業が終わり生徒は帰宅、もしくは部活をする。

 

帰宅部の俺は特に用事が無いのでとっとと帰ることにする。黒ウサギは美月とエリカの三人で女子だけの買い物に行った。達也と深雪は生徒会と風紀委員の仕事があるみたいだし、結果一人になった。

 

ちなみにレオは分からない。どこに行ったんだろうアイツ。

 

ん?「お前も風紀委員だろ」って?うん、サボってんだよ。

 

夕日が差し込み、オレンジ色の光が廊下を照らす。そんな道を鼻歌を歌いながら歩く。ご機嫌な理由は、

 

 

(フッフッフ、あれから優子とも携帯端末の番号も交換することもできたし、順調順調)

 

 

今度デートでも誘ってみようかな?ぐへへへッ。

 

 

「楢原くん」

 

 

「ん?」

 

 

俺の後ろから声が掛けられる。

 

振り向くと黒髪のポニーテールの女の子。剣道部員の壬生がいた。黒ウサギに剣道を教えてくれた子だ。

 

 

「初めましてっかな?」

 

 

「まぁそうだな。妹が世話になったな」

 

 

「黒ウサギさんのことね。大丈夫よ。あのくらい」

 

 

壬生はにっこり微笑み返す。このよく見たらかなりの美人だな。

 

 

「壬生紗耶香(さやか)です。楢原君と同じE組よ」

 

 

E組ということは俺と同じ二科生か。壬生には一科生のエンブレムが無い。

 

 

「この前は助けてくれてありがとう。お礼も言わずに黙って帰ってごめんなさい」

 

 

「気にするな。風紀委員の仕事だからな」

 

 

「でも、お礼はしたいわ。今から少し付き合ってもらえるかしら?話したいことがあるし」

 

 

昔の俺なら「もしかして俺のこと……好きなんじゃ!?」とか勘違いしていただろう。だが、こんな俺でも学習はする。これは友情を深める誘いだ。大樹、お前に青春は来ない。

 

 

「わ、分かった。じゃあ近くのカフェに行こうか」

 

 

動揺してるわー、俺。

 

 

________________________

 

 

「単刀直入に言います。剣道部に入りませんか?」

 

 

「うん……大体予想出来ていた……」

 

 

クラブ活動新入部員勧誘期間だしな。ぐすんッ。

 

 

「悪いけど風紀委員の仕事とか店があるから」

 

 

「入ってくれるだけでいいの!お願い!」

 

 

「は、入るだけ?」

 

 

俺は壬生の言葉を理解できなかった。

 

 

「……魔法科高校では成績で優劣が決まるわ」

 

 

壬生は静かに語る。俺は黙ってそれを聞く。

 

 

「授業で差別されるのは仕方ないと思う。でも、全て差別されるのは間違っていると思う」

 

 

「……………もしかして、部活のことか?」

 

 

壬生は静かにうなずいた。

 

 

「クラブ活動まで魔法の腕が優先なんて間違っている。魔法が上手く使えないからって……あたしの全てを否定させはしないわ」

 

 

「……………」

 

 

俺はまだこの学校に来たばかりだ。だが、魔法を使う部活と魔法を使わない部活。どちらが優遇されているかぐらいは分かる。

 

魔法を使う部活だ。

 

特に魔法競技系は一番予算を使っていることぐらいは分かる。

 

 

「だから、私たちは非魔法競技系クラブで部活連とは違う組織を作ろうとしているの。そして、あたしたちの考えを学校に伝えるつもりよ」

 

 

「組織って……!」

 

 

学校に反抗して、テロリストみたいじゃないか。

 

 

「あなたは二科生でありながら風紀委員になった。あなたが私たちの組織に入れば大きな戦力になる!学校側もきっと……!」

 

 

「差別の撤廃を受け入れるかもしれないってか」

 

 

俺の言葉に壬生はまたうなずく。

 

 

「多分無理だな」

 

 

「え?」

 

 

俺は首を振って壬生の意見を否定した。

 

 

「学校側は何も動かない」

 

 

「そんなのやって……!」

 

 

「みなくても分かる」

 

 

「ッ!」

 

 

俺は残り少ないコーヒーを一気に飲み干す。

 

 

「俺たちの待遇改善を要求したところで何も変わらない」

 

 

「……どうしてそう言い切れるの?」

 

 

「生徒会がどう頑張っても実現できなかったからだ」

 

 

「えッ!?」

 

 

壬生は俺の言葉に驚愕する。

 

 

「生徒会長は差別撤廃を目指して

 

 

 

 

 

刹那。俺は体が凍り付くように固まった。

 

 

 

 

 

それは、恐怖で、だ。

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

それでも俺は無理矢理立ち上がり、後ろを振り向く。

 

 

「ど、どうしたの?」

 

 

「………話はまた今度だ。じゃあな!」

 

 

「ちょ、ちょっとッ!?」

 

 

俺は一方的に壬生に別れを告げ店を出て行く。会計は壬生に奢ってもらうつもりだったが、テーブルにはしっかりとお金を置いていった。

 

 

(今の気配……!!)

 

 

俺は音速のスピードで上に向かって飛ぶ。

 

 

ドンッ!!!

 

 

飛んだ衝撃で道にはクレーターが出来る。

 

 

(間違いない……バトラーとリュナのような神の力の気配……)

 

 

奴らはこの世界に来ている。

 

 

太陽は沈み、街は暗闇に包まれる。フードを取ると、街の全貌を見やすくなった。

 

敵は見つからない。

 

俺は一度ビルの屋上に着地し、携帯端末を取り出す。そして、一瞬で決められたナンバーを打つ。電話の相手は、

 

 

『はい、もしもし?』

 

 

「原田!あいつらはもうこの世界に来てるかもしれない!」

 

 

『ッ!』

 

 

俺の短い言葉に原田はすぐに事態を察した。

 

 

「作戦通り、原田と黒ウサギは優子を見張り、守ってくれ!俺は奴らをッ!」

 

 

だが、続きの言葉は言えなかった。いや、言う必要がなかった。

 

 

「……………よぉ」

 

 

俺は静かに携帯端末を閉じる。

 

 

「堂々とを羽根を広げて、誰かに見られてもいいのかよ?」

 

 

携帯端末をポケットにしまう。そして、

 

 

「裏切り者がッ」

 

 

ギフトカードから二本の刀を取り出した。

 

俺の目の前には白い翼を広げた女の子がいた。もちろん、白い羽を散らしながら飛んでいる。

 

女の子は小柄だった。身長はアリアとあまり変わらないだろう。髪は若紫色をしており、髪型はショートカットだ。

 

服装は暗い茶色の大きなコートを着ている。小柄な少女は無理に着ているためブカブカだ。袖から手が出ていない。

 

 

ガチンッ!!!

 

 

女の子は一瞬にして俺との間合いを詰め、袖の中から槍が出てきた。槍が暗殺武器だと思わせるほどだった。その証拠に狙いは俺の喉。俺は両手に持った刀をクロスさせ、受け流した。

 

女の子はそのまま俺の横をすり抜け、槍を袖の中に隠す。

 

 

「随分物騒な槍を持ってんな」

 

 

俺は距離を取りながら女の子を睨む。

 

槍の大きさは女の子の身長の2倍はあると推測する。そして、

 

 

重い一撃だった。

 

 

それは明確な殺意を表す。

 

 

女の子は未だに何も喋らない。

 

 

「どうやら俺は平和に解決することは無理なようだ」

 

 

俺は苦笑いで言った。

 

 

________________________

 

 

【達也視点】

 

 

俺は風紀委員会本部にいた。風紀委員長の摩利から仕事を押し付けられ仕事をしていた。

 

 

「……………」

 

 

俺は昨日の話し合いを思い出す。

 

 

『大樹は……この世界の人間なのか?』

 

 

俺は大樹にそう尋ねた。だが、

 

 

大樹は何も答えなかった。

 

 

結局、その言葉が最後の話し合いの言葉となった。

 

それから、俺たちはすぐに解散した。誰一人その話題に触れない。触れられなかった。

 

 

大樹の無言。それは肯定を表していたからだ。

 

 

俺はキーボードを操作してモニターを出す。

 

 

(住民票、戸籍、出身中学校など大樹に関する情報は一切無かった)

 

 

俺は仕事をすぐに終えて、学校のプログラムにハッキングしていた。もちろん、大樹について調べている。

 

 

(あるのは名前、年齢、住所)

 

 

情報がもう無い。あきらかに手詰まりだ。

 

 

「これはッ」

 

 

俺はある情報に目を光らせる。項目はCAD調整装置の使用履歴だった。

 

 

(これがあの瞬間移動(テレポート)の魔法式か)

 

 

俺は残っていた情報を端末に移す。家に帰って分析してみようと思ったからだ。

 

 

(それにしてもこの魔法式……)

 

 

構造がすごかった。いや、おかしいと言った方が合っているだろう。

 

現代の魔法式とは全く逆の発想で作られており、誰も思いつかないような方式が埋め込まれていた。

 

 

(適当に作られているに見えるが全然違う。緻密に計算され、繊細に作られている)

 

 

天才……いや、鬼才の魔法師を越えている実力だ。だが、

 

 

(何で計算式がこんなにバラバラなんだッ!?)

 

 

俺は頭を抑える。特にこの部分は小学生でも間違えない数式。何故間違えた。

 

 

ピピピッ

 

 

机の上に置いていた携帯端末が着信音を鳴らす。

 

 

「はい」

 

 

『あ、達也さん。お仕事中にすいません』

 

 

相手は大樹の妹?黒ウサギだった。

 

 

「大丈夫だ。どうした?」

 

 

『大樹さんはそちらにいませんか?』

 

 

「大樹?いや、いないが……どうした?」

 

 

俺の質問に黒ウサギはすぐに答えなかった。

 

 

『……大樹さんの場所が全く分からないんです』

 

 

「……どういう意味だ?」

 

 

俺は再度問う。だが、

 

 

『い、いえ。なんでもありません。お仕事中、すいませんでした!』

 

 

そう言って通話が切れてしまった。

 

 

『大樹君と連絡がつかないのか?』

 

 

「渡辺先輩ッ!?」

 

 

いつの間にかモニターには摩利の顔が映し出されていた。後ろには生徒会長も見える。通信は生徒会室からのようだ。

 

 

『頼んでおいた仕事は終わったか?』

 

 

「はい。すぐにそちらに送ります」

 

 

俺はキーボードを操作して、生徒会室にある端末にデータを送る。

 

 

「それよりも、どこから聞いていたんですか?」

 

 

『大樹君の名前を君が口に出した時からだ』

 

 

「……盗み聞きは性質が悪いですよ」

 

 

『それより、今日はもう解散だ。終わっていいぞ。それと大樹を見つけたら報告しろ』

 

 

摩利はそう言い残し、一方的に通信を切った。

 

 

「木下、今日は終わりだそうだ」

 

 

「分かったわ」

 

 

俺は後ろで作業していた木下に声をかける。木下は端末を閉じ、返事を返す。

 

 

「お疲れ様、司波君」

 

 

「ああ、お疲れ様」

 

 

そう言って木下は立ち上がり、部屋を出ようとs

 

 

ドゴンッ!!!

 

 

「木下あああああァァァ!!!!」

 

 

「きゃあッ!?」

 

 

「ッ!?」

 

 

いきなり扉が勢いよく開き、誰かが入って来た。

 

 

「よ、よかった……無事か」

 

 

「た、確か原田だったよな?」

 

 

俺は息を荒げた原田に確認を取る。

 

 

「ああ、そうだ」

 

 

「な、何!?この人!?」

 

 

原田は肯定する。木下は尻もちをつき、驚いていた。

 

 

「クソッ、こっちが無事となると大樹の方かッ!」

 

 

「な、楢原君?楢原君がどうしたの?」

 

 

原田は壁に拳を強く当てて悔しがる。木下は苛立っている原田に尋ねる。

 

 

「……何でも無い。司波、木下を家まで送ってもらえるか?」

 

 

「構わないが深雪も一緒でも

 

 

「何でもいい。木下を安全に家に帰してくれ」

 

 

俺の言葉を聞く前に原田は了承する。

 

原田は携帯端末を開き、ナンバーを押す。

 

 

「……………なぁ司波」

 

 

「何だ?」

 

 

原田は携帯端末を耳に当てながら低い声で俺に尋ねる。

 

 

「黒ウサギがどこにいるか知らないか?」

 

 

「いや、分からないが……さっき俺に電話してきたぞ」

 

 

その瞬間、原田の表情が変わった。

 

 

「いつだ!?いつ電話してきた!?」

 

 

「2、3分前ぐらいだったはずだ」

 

 

原田の顔に汗がダラダラと流れる。顔は青ざめ、今にも倒れそうだ。

 

 

「……じゃあ何で」

 

 

原田は静かに言葉を言う。

 

 

「何で出ねぇんだよ……電話にッ……!」

 

 

「ッ!?」

 

 

俺はただ事じゃないことを察する。

 

 

 

 

 

「やられたッ……!もしかしたら敵の狙いは黒ウサギかもしれねぇッ!」

 

 




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敗北の炭は闘志を燃やす

【黒ウサギ視点】

 

大樹さんが見つからない。

 

黒ウサギの頭の上にあるウサ耳を使えば学校一帯の構造や人を大方把握することできる。今回も、大樹を簡単に探し出せると思っていたが、

 

 

(大樹さん、学校にはもういないのでしょうか?)

 

 

美月とエリカの二人と別れた後、大樹を探していた。正確には大樹の居場所が知りたいが正しい。しかし、大樹は電話やメールには一度も出らず、友達の達也にも連絡してもダメだった。

 

黒ウサギは右手に持った買い物袋を見る。中には美月とエリカが一緒に選んでくれた服が入っている。購入した理由は、休日に着ていくためだ。

 

 

(と、途中で大樹さんに見つかりたくないですよ……)

 

 

大樹を探している最大の理由は一つ。買った服を見られたくないからだ。

 

エリカ曰く、男の人とデートする時はいつもと雰囲気が違う服を着ることが大切らしい。男はいつも違う………かかかかか彼女にドキドキするそうだ。

 

………そ、そんなことより!

 

 

(だ、大樹さんはもう家に帰ったんでしょうか?)

 

 

空は暗くなり、電灯が光り出す。ここまで見つからないとすると、大樹はもう家に帰っているのかもしれない。

 

自分の中で結論を出した黒ウサギは帰宅する時に、二階から侵入してクローゼットの奥に服を隠すことに決めた。

 

 

しかし、それはできなくなった。

 

 

「ッ!?」

 

 

黒ウサギの行動は早かった。横に大きく跳躍し、懐からギフトカードを取り出す。

 

その瞬間、

 

 

ドゴンッ!!!

 

 

黒ウサギがいた場所に巨大なハンマーが振り下ろされた。

 

アスファルトは砕け、黒ウサギにアスファルトの破片が襲い掛かる。手を覆って顔を隠すが、腕と脚に当たり、痛みが走る。

 

右手に持っていた買い物袋がアスファルトの破片と一緒に後ろに飛んでいく。

 

 

「ッ!…………誰です!?」

 

 

苦悶の顔を浮かべながら黒ウサギは襲撃者を見据える。

 

襲撃者はなんと女の子だった。

 

身長は小柄。

 

 

髪はショ()()()()()()()()をしていた。

 

 

そして、一番驚いたことは……黒ウサギと同じ、魔法科高校の制服を着ていることだ。

 

 

(まさかッ!?黒ウサギたちをずっと見張っていたのですか!?)

 

 

黒ウサギの額に嫌な汗が流れる。

 

女の子は自分の身長より何倍も大きいハンマーを手のひらサイズまで小さくした。

 

 

(大きさを自在変える武器ですか………しかし!)

 

 

黒ウサギはフードを脱ぎ、髪の色を緋色に変える。

 

 

ダンッ!!

 

 

刹那、第三宇宙速度に劣らない速さで女の子の後ろをとった。

 

 

(例え相手が反応できたとしても、ハンマーを大きくするまでにタイムラグが生じる!)

 

 

ドゴンッ!!!

 

 

そして、黒ウサギの綺麗な回し蹴りが女の子の頭にクリティカルヒットした。

 

 

________________________

 

 

【大樹視点】

 

 

ガチンッ!!

 

 

「ッ!」

 

 

俺は背中に突き刺さろうとする槍を体を捻って回避し、刀をぶつけた。

 

ぶつかった勢いを利用して、襲って来た女の子と俺は同時に距離を取る。相手と十分に距離を取ったことを確認してから二本の刀をギフトカードに戻す。

 

 

そして、俺は音速のスピードで逃げ出した。

 

 

先程からこれの繰り返しだった。攻撃されては防御。そして、逃げる。ひたすら繰り返した。べ、別にビビっているわけではないぞ!

 

街のビルの屋上を行き渡って、下の通行人に気付かれないように。

 

 

(ああクソッ!!いつになったら着くんだよ!)

 

 

俺は頭の中で愚痴る。逃走する理由は二つ。

 

まず一つ目はここの街の人々の安全を守るためだ。ここは大通りって言うほどじゃないが1、2人は必ず通る。巻き込まれたらただじゃ済まないだろう。

 

二つ目は街の被害を減らすためだ。自慢ではないが俺たちが本気で戦うと、ここ一帯の家宅が木端微塵に吹っ飛ぶ。もう俺たち大迷惑クズ野郎どもだな。よって、人がいない場所まで移動中だ。

 

 

「ッ!?」

 

 

ドゴッ!!

 

 

俺は思考を中断して後ろに下がる。その瞬間、目の前に女の子が槍を突き刺しながら上から襲い掛かって来た。屋上でも構わずドンパチやりやがって。俺の気遣いを無駄にしてんじゃねぇよ。

 

槍は屋上の床に突き刺さり、地面が砕ける。

 

 

(クソッ、気配が全く分からねぇッ!)

 

 

女の子に虚をつかれてばかりで焦る。相手の気配がここまで分からないなんて………どんなトリックを使ってんだ。

 

しかし、女の子の攻撃はそこで終わりじゃない。すぐに槍を袖の中に戻し、後ろに下がった俺に向かって突進する。追撃の一撃が俺に襲い掛かる。

 

 

「【無刀の構え】!」

 

 

相手の動きに合わせて俺は拳を構える。

 

 

「【黄泉(よみ)(おく)り】!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

時には反撃も必要だ。やられっぱなしは性に合わない。俺の右ストレートが女の子の腹部に当たる。

 

 

(と、思ったけど……)

 

 

女の子の反対の手。袖から槍を出してガードしていた。

 

右手の袖から出た槍と全く同じだった。おい、俺の手が一般人なら千切れているぞ。

 

 

(女の子に追い詰められすぎだろ、俺)

 

 

俺はそのまま腕に力を入れ後ろに再び下がる。

 

 

(あの服の中……どうなってんだ?)

 

 

いっそのこと、ひん剥いてやろうかと犯罪者の一歩手前まで考えたがやめる。そろそろ冗談じゃ済まされないほど追い詰められてきたからだ。

 

女の子は未だに一言も喋らない。その代わり、

 

 

最高速度での槍の突きがプレゼントされる。

 

 

「くッ!」

 

 

俺は音速で上に飛翔して攻撃をかわす。

 

追撃が来ると予想した俺はギフトカードから長銃を取り出す。

 

 

神影姫(みかげひめ)

 

 

それは銃のギフトネームだ。ギフトカードにそう書いてあるので間違いないと思う。

 

 

ガガガガガガガガガガガガキュンッ!!!

 

 

鬼種のギフトの力を込めた12発の全弾丸を一瞬にして放った。女の子は槍を二本同時に出し、クロスさせガードする準備をしている。

 

俺は相手がどうなったかを確認せず、そのまま建物の狭い路地に着陸する。どうせあの程度では倒せないことぐらい分かっていたからだ。

 

 

(未だにこの銃の恩恵がどんなのか分からねぇな)

 

 

使いやすさと威力は抜群。文句の付け所は無いが、何かもう一つ能力が欲しいという願望がある。

 

俺は銃を直しながら路地を駆け抜る。そして、ある場所についに行き着く。

 

 

(どうも、東京湾………!!)

 

 

少し荒らしますが許してください。

 

俺の完全記憶能力で覚えた情報が正しければこの時間帯に人はいないはずだ。住宅も近くに無い。あるのは寝静まった工場だけ。

 

ここでならやりたい放題にできる。

 

 

「さぁ………反撃開始だ!」

 

 

俺は右足に力を入れてブレーキの役割を果たさせる。ブレーキをかけながら後ろを振り向くと、女の子がちょうど翼を広げ、空を飛んでいた。

 

 

「オラァッ!!」

 

 

ドゴッ!!

 

 

俺は近くにあった1~2トンもするコンテナを蹴り飛ばす。コンテナはへこみ、恐ろしい速度で女の子に向かって飛んでいった。

 

 

「!?」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

女の子は驚くも、袖の中から槍を出して、コンテナを粉々に粉砕する。だが、女の子の驚きはこれで終わらない。

 

 

女の子の目の前にはすでに俺の投げた刀の刃先が迫っていた。

 

 

「ッ!」

 

 

唐突な追撃攻撃に女の子は目を見開くが、翼を使って横に回避する。クソッ、翼があるせいで空中でも回避できるのか………まぁ、

 

 

そうやって回避するだろうと思ったぜ。

 

 

「これで終わりだ」

 

 

「ッ!?」

 

 

女の子は顔を青くする。俺はコンテナと刀を囮に使った。俺は女の子が回避した刀を右手で掴む。そして、

 

 

ザンッ!!

 

 

そのまま女の子の首を容赦なく斬った。

 

 

「ってはぁ!?」

 

 

俺は声に出して驚愕する。確かに女の子の首を斬った。だが、

 

 

 

 

 

斬ったのにも関わらず、女の子はまだ生きていた。

 

 

 

 

 

斬った切り口から血では無く、青い透明の液体が飛び出していた。水に近い液体だ。

 

液体は首と頭を繋ぎ、離れないように繋がっている。

 

 

そして、俺から頭と一緒に距離を取った後、元通りにくっつけた。

 

 

(何だよアレ!?水人間か!?)

 

 

アニメや漫画で出てきそうな怪物だった。斬っても斬っても復活するスライムのような。

 

 

(これがコイツの神の力!)

 

 

ザバアアアアアンッ!!!

 

 

相手の正体について整理していると、港の海から巨大な水柱が竜巻のように巻き上がる。竜巻は空まで続いていた。

 

 

「……………で」

 

 

でけえええええェェェ!!??

 

何これ!?もう街の安全とかちょっと保障できないんだけど!?

 

 

ゴオオオオオッ!!

 

 

「くッ!!」

 

 

水柱から何十本もの水の槍が発射される。俺は音速のスピードで避けていく。だが、

 

 

「ッ!?」

 

 

水柱から噴出された槍は地面に突き刺さった後も分裂して俺を追いかけてきた。俺は急いで刀を二本取り出し、受け止める。

 

 

(ヤバッ!?)

 

 

しかし、受け止めるのは間違いだった。水の槍は当たった瞬間、左右に別れて俺の体に水が纏わりついた。俺は急いで呼吸を止める。

 

次々と水の槍は俺の周りに刺さっていき、やがて俺を中心とした水球の牢屋が出来上がる。

 

 

(くッ、上手く泳げねぇ!)

 

 

相手の力のせいだろうか。下向かって下降しても、上に向かって上昇しても、全く位置が変わっていない。

 

 

……タイムリミットは20分くらいって言ったところか?

 

 

いくら神の力を持ったとしても、人間の肺に酸素をため込んでおくのは限界がある。エラ呼吸ができれば話は別だが。

 

女の子は両手に2つの水球を作り上げる。そして、水球は形を変える。

 

水球は馬の形に変化した。その形を見て俺は確証する。

 

 

(やっぱり………あいつの神の正体は……!)

 

 

だが、思考は続けれなかった。

 

 

ドゴッ!!!

 

 

(うッ!!)

 

 

二匹の馬は超スピードで俺がいる水球の中へと突進し、攻撃して来た。

 

刀で応戦しようとするも、水のせいで威力は絶望的に下がり、スピードは素人が避けれるほど退化していた。

 

 

(まさか、海におびき寄せるのが仇となるとは思わなかった……!)

 

 

自分の行動の甘さに後悔する。だが、後悔したところで戦況は変わらない。

 

俺はとにかく防御に専念する。

 

 

ガチンッ!!

 

 

俺は水の馬の攻撃を受け流し続ける。これならば大きな動きをする必要はなく、問題なくかわせる。

 

 

(問題はここからどうするか………が、問題だ)

 

 

俺の中で、余裕は消えた。

 

 

________________________

 

 

【黒ウサギ視点】

 

 

「なッ!?」

 

 

黒ウサギは目を疑った。

 

 

女の子の頭に確実に蹴った。そう、確実にだ。

 

 

 

 

 

だが、黒ウサギの蹴りはすり抜けた。

 

 

 

 

 

まるで最初からそこには何も無かったかのように。

 

 

(幻覚!?)

 

 

いや、それは違うと黒ウサギは頭の中で否定する。すでにウサ耳でそこに敵がいるのは分かっている。

 

 

(では、何故当たらないのですか!?)

 

 

全く分からなかった。いるのにいない……存在が。

 

 

「【ソード】」

 

 

「ッ!?」

 

 

女の子が初めて口を開く。短い言葉を言った瞬間、いつの間にか女の子の手には銀色に輝く剣が握られていた。

 

女の子は剣をそのまま黒ウサギへ上から振り下ろした。

 

黒ウサギも負けてはいなかった。あらかじめ握っていたギフトカードから雷を女の子に向かって撃ち出す。

 

 

バチンッ!!

 

 

雷は女の子が持っていた剣にぶち当たる。剣は見事に女の子の手から離れ、上空に飛ばされる。

 

 

だが、それは無意味だった。

 

 

「【ソード・ダブル】」

 

 

「ッ!?」

 

 

黒ウサギは驚愕する。

 

 

女の子の両手には先程と同じ剣が二本握られていた。

 

 

(そんなッ!?)

 

 

黒ウサギが驚愕したのは女の子が出現させた速さだ。

 

剣が飛んでいってから1秒。いや、1秒すら経っていなかった。

 

とてつもない速さで剣を再び作り上げたのだ。

 

 

(このままじゃッ!?)

 

 

黒ウサギは避けきれない。

 

攻撃を受ける覚悟をした。

 

 

「【天輝(あまてる)】!!」

 

 

「「ッ!?」」

 

 

黒ウサギと女の子の間に、一筋の赤い光線が通り過ぎる。

 

女の子は後ろに大きく下がり避ける。

 

 

「大丈夫か!?黒ウサギ!?」

 

 

「原田さん!」

 

 

助けてくれたのは原田だった。原田は短剣を右手に持ち、黒ウサギの横に立つ。

 

 

「はい!問題ありm

 

 

「ぜぇ……!はぁ……!ぜぇ……!はぁ……!!」

 

 

(どちらかという原田さんが大丈夫でしょうか!?)

 

 

原田はここに辿り着くまでマッハ300kmで黒ウサギを探し回っていた。

 

 

「ふぅ………で、そいつが敵か」

 

 

息を整え(顔色は未だにもの凄く悪い)原田は相手を睨む。

 

 

「誰だ」

 

 

原田は簡単な質問を女の子に投げる。

 

 

「………セネス」

 

 

「本名は?」

 

 

「………そこまで言うわけないじゃん。馬鹿なの?」

 

 

「あぁん!?」

 

 

セネスの言葉に原田が半ギレになる。く、口の悪い女の子ですね。

 

 

「テメェ、何処の神の保持者だ」

 

 

「それも言うわけないじゃん。アホなの?」

 

 

「はいキレたッ!もう謝っても許さん!」

 

 

原田はセネスと距離を一瞬で詰め、短剣を腹に突き刺した。

 

だが、黒ウサギと同様、短剣は体をすり抜けてしまった。

 

 

「………それで隠れたつもりか」

 

 

原田はその場で小さく飛び、

 

 

虚空に向かって。セネスの左隣の空間を回し蹴りした。

 

 

ドゴッ!!

 

 

「くッ!?」

 

 

「え?」

 

 

セネスの呻き声が聞こえた。黒ウサギはその声を聞き、何が起こったのか分からなかった。

 

 

だが、次の瞬間、分かった。

 

 

「ッ!?」

 

 

黒ウサギは驚愕する。

 

 

原田が蹴った虚空にはセネスが現れた。

 

 

セネスは原田の蹴りを見事に食らっていた。セネスは後ろに吹っ飛び地面に叩きつけられる。

 

一方、短剣を刺したセネスは霧のように散布した。

 

 

「な、何で!?」

 

 

「別に驚く事ではないだろ。馬鹿か?」

 

 

「くッ!」

 

 

地面から立ち上がるセネスに此処とぞばかりに原田は憎たらしげに馬鹿にする。正直大人げない。

 

 

「この………ハゲッ!!」

 

 

「ああああああッ!!!もうお前は絶対に許ねぇッッ!!」

 

 

ついにハゲ(原田)の臨界点が突破した。

 

 

「………で、突撃してきたところを串刺しでもするのか?」

 

 

「ッ!?」

 

 

原田は地面に倒れた時にしかけた罠を見切っていた。セネスはあまりの衝撃に後ろに一歩下がる。

 

 

「【天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)】」

 

 

ザンッ!!

 

 

原田は短剣で空中に亀裂を作る。

 

 

「ッ!……【ソード・トリプル】!」

 

 

ガシュンッ!!

 

 

セネスはさらに後ろに下がり、空中に三本の剣を作り出した。

 

三本の剣は地面に突き刺さり、三角形を描くように地面を切り裂いた。

 

 

ドゴッ

 

 

アスファルトは見事に抜け落ち、セネスは切り抜いたアスファルトと一緒に三角形の穴に落ちた。

 

 

「逃がしません!」

 

 

黒ウサギは急いでセネスを追いかけようとするが、

 

 

「よせ!」

 

 

原田が黒ウサギの腕を引っ張り、静止させる。

 

 

その瞬間、

 

 

無数の剣が穴から飛び出してきた。

 

セネスは黒ウサギたちが追いかけてくると予想し、攻撃して来たのだ。

 

 

「【天輝(あまてる)】!」

 

 

原田は飛び出してきた剣の集合体に向かって赤い閃光を放つ。

 

 

ズキュウウウウンッ!!!!

 

 

全ての剣は見事に塵一つ残らず、消えた。

 

 

「………逃げられたか」

 

 

原田は穴を覗いて舌打ちをする。

 

まさか下水道に逃げるとは思わなかった。ウサ耳で追跡しようとするが、すでに遠くに行ってしまったようだ。

 

 

「す、すみません。黒ウサギのせいで」

 

 

「いや、気にするな。それより大樹が心配だ。探しに行くぞ」

 

 

「は、はい!」

 

 

黒ウサギは落としていた買った袋を手に取る。

 

袋はボロボロになっていた。

 

 

 

 

 

黒ウサギは目に涙を浮かべ、そのまま袋は地面に置いた。

 

 

 

 

 

大樹を探すために。

 

 

________________________

 

 

【大樹視点】

 

 

「………ッ!」

 

 

あれからどのくらいの時間がたったのだろうか?

 

無限に作り出される槍。永久的に走り続ける馬の攻撃を耐えながら考えるが、意識がもうろうとしてきている。

 

 

(ちくしょう……まだ20分も経ってないのに……もう息がッ……!)

 

 

攻撃に耐え続けて約15分。限界が近づいてきていた。誰だよ。タイムリミットは20分とか言ってる奴は。

 

ついに俺の手から二本の刀が離れる。

 

 

(ここまで……か……?)

 

 

……………いや、諦めらめるかよ。

 

 

優子を……アリアを……美琴を……助けるまで!

 

 

「ッ!!」(死ねるかあああああッ!!)

 

 

心の中で叫ぶ。諦めようとした自分を消すために。

 

俺はCADを取り出す。ただし、ボロボロになった拳銃型CADでは無い。

 

 

 

 

 

俺の最高傑作。【爆弾型CAD】だ。

 

 

 

 

 

何言ってんだコイツ?っと思うところ悪いが、説明は後でする。

 

俺は野球ボールくらいの大きさをした爆弾型CADについたボタンを押す。

 

 

(3……2……1……!)

 

 

その瞬間、爆弾型CADが光り出した。

 

 

(振動減速系広域魔法………)

 

 

俺は全ての息を吐き出し、水を出す。

 

こんな所で死ぬなよ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(【ニブルヘイム】!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガチンッ!!

 

 

爆弾型CADは破裂し、魔法陣が展開する。

 

 

魔法が発動した。

 

 

そして、俺に纏わりついていた水が凍結した。

 

 

 

 

 

「!?」

 

 

不可解なことに女の子は混乱する。

 

俺を閉じ込めていた水球は一瞬にして氷の球に変化した。そして、

 

 

バリンッ!!!

 

 

「うおおおおおォォォ!!!【無刀の構え】!!」

 

 

氷の球を中から粉々に粉砕した。そして、女の子と距離を光の速度で詰める。

 

 

「【神殺天衝(しんさつてんしょう)】!!」

 

 

もうろうとする意識を無理矢理起こし、右手に力を入れる。

 

 

ドゴオオオオォォォッ!!!

 

 

最強の一撃は腹部に当たり、女の子は地面に叩きつけられる。土煙が勢いよく舞い上がり、コンテナが吹っ飛ぶ。

 

無事では済まないはずだ。

 

 

「ゲホッ!ゴホッ!!………はぁ!……!はぁ……!」

 

 

地面に着地して膝をつく。凍った水の塊を強引に口から吐き出し、盛大にむせる。体が凍り付いて震える。だが、この程度なら慣れたものだ。血が凍らなくてよかった。

 

霞む視界の中で女の子を見つける。

 

 

 

 

 

無傷の女の子を。

 

 

 

 

 

「……………」

 

 

無言でこちらを見つめる。目を凝らしてよく見ると、服にも傷が一つもなかった。

 

 

「お前の正体……水の中で確信した」

 

 

俺はゆっくりと立ち上がる。

 

 

「お前は海洋の王と呼ばれる神……【ポセイドンの保持者】だろ?」

 

 

「!?」

 

 

「何をそんなに驚いてんだよ?」

 

 

女の子は俺の言葉に驚愕する。やっぱりな。

 

 

「ヒントはお前が何個も出していだろ」

 

 

「……………どこでわかったんですか?」

 

 

「やっと喋りやがったか」

 

 

まさかこのまま喋らないじゃね?とか思っていた。

 

 

「まずお前の武器だ。それは【三又の(ほこ)】だろ」

 

 

俺は右手にポケットを突っ込みながら説明する。

 

 

「【三又の矛】は海王ポセイドンが持っている武器だ。一突きで巨大な岩を砕き、大地を震えがせるほど威力を持つと伝えられている。そして、同時に水を支配する力が秘めている」

 

 

「……………」

 

 

「そして、二つ目。お前が攻撃に使った水の馬だ。ポセイドンは馬との関わりはかなり深い。競馬の守護神として称えられるほどな」

 

 

「………さすが最高位の神から力を授かった者ですね」

 

 

女の子は無表情のまま、静かに称賛する。

 

 

「じゃあこちらから二つ質問してもいいですか?」

 

 

女の子は両手の袖の中から槍を。いや、二本の矛を出す。

 

 

「どうして本気を出さないのですか?」

 

 

それは翼のことを言っているのだろう。

 

 

「本気になるまでもないと判断したからだ」

 

 

本当は使えない。が正しい答えだがな。

 

 

「では一番気になる質問をします。どうやって【ニブルヘイム】を発動させたのですか?」

 

 

「さぁ?俺と同じように自分で考えな。これ、宿題な」

 

 

ポケットに突っ込んでいた右手を勢いよく前に出す。右手には拳銃のコルト・パイソンが握られていた。

 

 

「そのような銃で……」

 

 

「お前を倒せないことぐらい分かってる。だから……」

 

 

銃口を空に向けた。

 

 

「今日はもう終わりだ」

 

 

パンッ!!

 

 

俺はコルト・パイソンの銃口を空に向け、引き金を引いた。銃口から一つの銃弾が空に向かって進む。

 

 

パアンッ!!!

 

 

「ッ!?」

 

 

銃弾は空で破裂し、大きな赤い光が炸裂した。女の子はその光に驚愕する。

 

撃ったのは閃光弾の一種だ。

 

 

「……仲間を呼ぶつもりですね」

 

 

「ああ、そうだよ。……ったく

 

 

 

 

 

いつ、水の中に毒なんか仕組んだんだよ……」

 

 

 

 

 

俺の口から赤色の液体が流れ落ちる。視界は悪く、左目は完全に見えない。かろうじて右目は鬼種の力が宿っているため、何とか見えているが最悪な状況のは変わらない。

 

 

「あなたを痛めつけている時に盛らせていただきました。ただの毒ではありませんよ?」

 

 

「チッ、そうかよ。………お前の名前、いい加減聞いてもいいか?」

 

 

「エレシスです」

 

 

「エレシス。最後に質問がある」

 

 

俺はエレシスを睨み付ける。

 

 

「お前らの目的は何だ」

 

 

「……………」

 

 

エレシスは口を開かない。そう易々と言わないか。

 

 

「言わないならそれでいい。だけどな」

 

 

俺は喉を潰す勢いで声を荒げて言う。

 

 

「お前らは俺の大切な人を傷つけたッ!絶対に許さねぇッ!!!覚悟しろッ!!!」

 

 

「ッ!?………毒はもう全身に回ったはずです。あなたは絶対に死にます」

 

 

俺の声にエレシスは恐怖するも、すぐに無表情になって喋る。

 

 

「じゃあやってみろよ……!俺は絶対に……死なねぇ……!」

 

 

体に力が入らなくなり、その場に崩れ落ちる。

 

だけど、俺はエレシスを睨み続ける。

 

 

「………あまりこういう事は嫌いなのですが……仕方ありません」

 

 

エレシスは飛翔して両手から矛を発射する。矛は空中に浮き、海の水を纏う。

 

 

「【双水龍(そうすいりゅう)】!!」

 

 

次の瞬間、水を纏った二本の矛が俺の倒れている地面に突き刺さる。一突きで巨岩を砕き大地を震撼させる威力。

 

 

ドゴオオオオォォォ!!!

 

 

港を崩壊させるには、十分な威力だった。

 

 

________________________

 

 

「……………ッ!」

 

 

目を開くと、眩しい光が俺の視界を妨げる。

 

起き上がる……ことはできなかった。体に力が入らない。

 

 

「ここは……?」

 

 

「大樹さん!」

 

 

俺が口を開くと、すぐに黒ウサギの声が聞こえてきた。

 

すぐに俺の視界には涙目の黒ウサギが入ってくる。

 

 

「どこだ、ここは?」

 

 

「病院です。それよりも体の傷は大丈夫なんですか!?」

 

 

「病院だと………?」

 

 

俺は思い出す。エレシスに負けたことを。

 

自分の体を見てみるとほとんど包帯でグルグル巻きにされていた。腕にも。足にも。腹にも。頭にも。

 

 

「い、生きていたのか……俺」

 

 

「ああ、医者は奇跡だと騒いでいたぞ」

 

 

黒ウサギの後ろから原田の声が聞こえてきた。俺はゆっくりと起き上がる。

 

 

「うッ……」

 

 

「まだ無理をしてはいけません!はやく横になって……!」

 

 

「大丈夫だ。このくらい」

 

 

黒ウサギは止めようとするが、俺の言葉を聞いてやめる。痛みに耐えながら、上体だけ起こす。

 

 

「……一応聞いておくが、俺はどのくらいヤバかった?」

 

 

「心臓をぶちまけてたって言ったら信じるか?」

 

 

「もういい。何も聞きたくない」

 

 

「冗談だ」

 

 

「だよな!さすがにそんな体になったら助かる見込みなんて……」

 

 

「「……………」」

 

 

「おい何で目を逸らした!ねぇ嘘だよね?ねぇ!?」

 

 

もうここまで来るとゾンビだろ。俺はTウ〇ルスでも注射されたの?

 

 

「毒もあったらしいが、どうやって解毒した?」

 

 

「黒ウサギがギフトを使って消したんだ。お前、内臓のほとんどダメになって

 

 

「原田。死にたくなるからそれ以上喋るな。」

 

 

覚えてろよ、エレシス。

 

 

________________________

 

 

俺たちは敵について話し合っていた。

 

港は崩壊は警察などが全力で捜査しているらしい。ニュースでも大きく取り上げられていた。ついでに竜巻のことも。

 

もしかしたら逮捕されるんじゃないかとビビっていたが、原田が証拠を揉み消してくれたおかげで捕まることはないらしい。

 

そして、俺が襲われている時に黒ウサギも襲われていたことを話し合っていた。だが、その話し合いではありえない事態が起こっていた。

 

 

「で、ではもう一度確認しますね。相手の性別は?」

 

 

「「女!」」

 

 

「髪型は?」

 

 

「「ショート!!」」

 

 

「髪の色は?」

 

 

「「紫!!!」」

 

 

「「「全部一致!?」」」

 

 

俺たちは驚愕する。武器と能力以外、特徴が一致しているのだ。

 

 

「え!?マジでどういうこと!?」

 

 

「大樹!お前、嘘吐いてるだろ!」

 

 

「吐いてねぇよ!?何で疑った!?」

 

 

「俺と黒ウサギ。2対1でお前が嘘を吐いている!分かったか!?」

 

 

「はぁい!?分かってたまるか!相手が分身したって線とか考えろよ!」

 

 

「「あ、なるほど」」

 

 

二人とも俺が嘘ついてるとしか思っていなかったのですね。……………今日から少しだけいい子になろう。

 

 

「でも、どうやって分身したんだ?」

 

 

「さっき俺が話したエレシスなら出来るんじゃないのか?水で」

 

 

「なるほど。馬を作れるなら人間もできるな。確かに筋は通る」

 

 

でも、何か見落としているような気がする。………何を見落としてる?

 

 

(敵……神……能力……水……武器……)

 

 

引っかかる。何かに引っかかる。

 

 

「そもそも何で黒ウサギが狙われた?俺が狙われるのは分かるけどよ」

 

 

「戦力を削りに来たんじゃないのか?」

 

 

原田の答えに俺は首を横に振る。

 

 

「俺も最初はそう思った。でも、あの時俺は追い詰められた。分身であるセネスがこっちに来ていたら俺は確実に殺せたはずだ」

 

 

セネスの実力は分からないが、黒ウサギを追い詰めるほどなら強いはずだ。

 

 

「では、何故黒ウサギに攻撃したのでしょうか?」

 

 

「……………黒ウサギが可愛すぎて嫉妬したというのは?」

 

 

「ねぇよ。惚気てんじゃねぇよ」

 

 

俺の答えを原田は否定する。黒ウサギの顔が赤いのは照れてるからだろうか?違うな。俺が真面目に考えないから怒っているのだろう。

 

 

「というか学校に行かなくていいのか?」

 

 

俺は日めくりカレンダーを見て別の話を持ち出した。

 

 

「………大樹、今日は休みだぞ」

 

 

「は?木曜日が休みだなんて

 

 

「今日は土曜日だ」

 

 

「……………あれぇ~、もしかしてぇ?」

 

 

「そのまさかだ、大樹」

 

 

俺、2日も寝てたのかよ。あと日めくりカレンダー、仕事しろ。

 

 

「逆に心臓ぶちまけておいて、すぐに起きるのがおかしいんだよ」

 

 

「だから言うな!ってそれ嘘じゃなかったの!?」

 

 

うぅ……泣きそうだよ……。

 

 

「大樹」

 

 

原田は改めて俺を見る。

 

 

「俺は今から敵の……」

 

 

「分かってる。どのくらいで帰って来る?」

 

 

原田は声音を低くして言う。俺は原田がこれから何をするか知っていたので別の質問をする。

 

 

「分からん。早く帰って来るかもしれないし、遅いかもしれない。世界の時間はバラバラだからな」

 

 

「そうか」

 

 

「大丈夫か?」

 

 

原田の確認する。それはエレシスが俺を襲ってきた時に倒せるかどうか。そう聞いている。

 

 

「大丈夫だ。次はミンチにする」

 

 

「こえーよ」

 

 

俺は自信を持って返してやった。

 

これ以上、黒ウサギと原田に心配かけられない。迷惑もかけたくない。

 

 

「そうだ。忘れないうちに、ほら」

 

 

原田は俺にあるものを軽く投げる。

 

投げたモノ。それは爆弾型CADだった。

 

 

「もうこれで最後にしてくれ………もうしんどい……」

 

 

「悪かったな。今度は違う奴に頼むわ」

 

 

「それにしても………本当に俺たちはとんでもないモノを作ったな」

 

 

「ああ。お前の計算式がここまで凄いなんて……」

 

 

「そういうお前の魔法式の組み方とか気持ち悪いだろ。装置とか吐き気がする」

 

 

「おい、何で罵倒した。何で褒めねぇんだよ」

 

 

【爆弾型CAD】

 

 

俺の知能で作り上げた魔法式。学園都市の科学を利用した装置。そして、原田の頭脳で割り出された計算式。この3つを組み合わせたCAD。それが【爆弾型CAD】だ。

 

簡単に仕組みを説明すると、

 

 

 

 

 

魔法が使えない俺。つまり、()()()使()()()()()でも()()()使()()()()()()()()()()だ。

 

 

 

 

まぁ一度だけだがな。

 

手順としてまずCADの中に俺の作った特別装置にサイオンを補給しておく。これがもの凄く難しすぎて失敗ばかりだったぜ。今までに何十回も【ニブルヘイム】を原田と一緒に喰らったよ。その内一回は死にかけた。ガチで。

 

【ニブルヘイム】を発動させるには原田がサイオンを半日かけて入れる必要がある。ちなみにこの段階が一番失敗した。これのせいで毎日毎日【ニブルヘイム】三昧だった……。嬉しくない。

 

そして、ボタン一つでアラ!不思議!

 

信号を読み取って魔法式が展開。特別装置が起動しサイオンが送られる。

 

 

「そして、あらかじめ入れておいた魔法式が発動する仕組みになっているのだ!本当はもっと複雑な構造になっているけどな!」

 

 

「お前、誰と喋ってんの?」

 

 

はい、原田の発言は無視しまーす。

 

ちなみに爆発して、使い捨てなのはちゃんと理由がある。それh

 

 

「それで……また作ったんですか……?」

 

 

「「ッ!?」」

 

 

俺と原田は殺気を感じて震える。ヤバい……黒ウサギにまたバレてしまった!

 

 

「あれ一つでどれほどのお金を使いました?」

 

 

「え、えっと……大樹!知ってるよな!?」

 

 

そこで俺に振る!?えっと……あ!

 

 

「……テレビ一台分?」

 

 

「3台分ですよね……?」

 

 

「「すいませんでしたあああああァァァ」」

 

 

一度、【ニブルヘイム】が誤作動を起こして、家を氷漬けにしたことがある。さらに、貯金を使いすぎて……それ以来、黒ウサギは……ああ!思い出すだけで足の震えが止まらん!

 

 

「もう作らないと約束しますか?」

 

 

「するする!な、大樹!」

 

 

「あと1個だk

 

 

「諦めろ!死にたいのか!?」

 

 

ハッ!?

 

 

「もう作りません!」(今後も作っていく予定です!)

 

 

「……何故でしょうか。騙されてる気がします」

 

 

「そ、そうだ!まだ午前中だし、遊びに行こうぜ!約束していただろ!?」

 

 

俺は逃げ道を探した結果、これに辿り着いた。

 

その時、黒ウサギは悲しそうな顔をした。俺は様子が変なことに気付く。

 

 

「どうした?」

 

 

「い、いえ!あの……」

 

 

黒ウサギは言い淀む。

 

 

「黒ウサギ」

 

 

「え?」

 

 

原田は持っていた紙袋を黒ウサギに渡す。そして、黒ウサギは中身を見て驚いた。

 

 

「こ、これって!?」

 

 

「もちろん、落としたやつは捨てた。ただ、同じ物をもう一個買ってきただけだ。楽しんで来い」

 

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 

何の話をしているか分からない。だけど、原田がイケメンに見える……!?

 

 

「あ……でも、大樹さんの怪我が……」

 

 

「ん?それなら治ったよ、今」

 

 

俺はベッドから降りてズボンを穿く。先程の弱々しい俺はもういない。

 

 

「「……………」」

 

 

「おい、何で後ろに下がる。何だよその顔は」

 

 

二人は無言で一歩、二歩と後ろに下がった。ひどい。

 

俺は落ち込みながら包帯の上から服を着る。久しぶりのお気に入りTシャツですよ!ほら!『一般人』Tシャツ!いいだろ?

 

 

「やっぱりフードは被るのか?」

 

 

「当たり前だ」

 

 

「フードマンの名に恥じない行動だな」

 

 

「【ニブルヘイム】発動ッ!!」

 

 

「やめろッ!本気で死ぬ!!」

 

 

しぶしぶ爆弾型CADを置いて、俺はTシャツの上からフード付きパーカーを着る。こんな快晴(炎天下)のなかパーカー無しで外に出るとか無理。引きこもりたい。そしてニートになりたい。

 

 

「というわけで行こうぜ、黒ウサギ」

 

 

「はい!」

 

 

俺と黒ウサギは病室を出て行った。部屋に残された原田は背伸びをして、気持ちを入れ替える。

 

 

「さぁて……じゃあ俺は」

 

 

原田は懐から白いチョークを取り出す。

 

 

「帰るか………」

 

 

原田は小さく呟く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺が死んだ世界に」

 

 

 




感想や評価をくれると嬉しいです。


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一握りの希望を胸に

お気に入り500点…

この作品を見てくださって本当にありがとうございます。


『犯人は………隣の家に住んでいた夫婦の息子さんの友達の妹さんの結婚相手の父上なんだ!』

 

 

「「な、何だって!?」」

 

 

俺と黒ウサギは映画を見ていた。ていうか、この探偵凄すぎんだろ。そんなキャラクターは一度も登場してないぞ?

 

 

『死ぬな!阿部ブラウン!』

 

 

『あとは……まかせ……たぁ……!』

 

 

「「ぐすッ……阿部ェ……!」」

 

 

俺と黒ウサギは涙を流して大泣きする。でも、阿部って27回も主人公を裏切ったよな。

 

 

『お前を……祝ってやるうううううゥゥゥ!!!』

 

 

「「きゃあああああァァァ!!」」

 

 

俺と黒ウサギは抱き合って怖がる。何で祝うんだよおおおおおォォォ!!ガクガクブルブル!

 

 

『お前が好きだ!』

 

 

『うん!私もよ!』

 

 

「「……………」」

 

 

俺と黒ウサギは頬を赤く染める。き、気まずい!キスシーンはアカン!

 

そして、2時間のサスペンス&感動&ホラー&ラブエピソード映画が終わった。物凄い物語だったな。

 

 

「……以外に面白かったな」

 

 

「YES。どうして黒ウサギたちしか見てないのでしょう?」

 

 

今、この空間には俺と黒ウサギしかいなかった。映画の序盤がクズ過ぎて、みんな帰ったからだよ。

 

 

「それじゃあ次は飯食べに行くか」

 

 

「はい!」

 

 

________________________

 

 

 

「ねぇ姉ちゃん。俺たちと遊ぼうよ」

 

 

「そうそう。そんなアホ面した奴といないでさぁ」

 

 

うぃーす。大樹でーす。

 

絶賛食事中にヤンキー?たちに囲まれてまーす。誰がアホ面だこの野郎。

 

まぁ……そりゃ……ねぇ……。ヤンキーが黒ウサギをナンパするのは分かるよ。うん。

 

 

今日の黒ウサギは……超可愛い。いや、いつも可愛いけどな。特に服装には驚いた。

 

 

白いキャミソールドレスを着ているからだ。

 

 

スカートの方は膝までの長さで三段フリルが付いている。………うん。超いい。

 

何か……ほら、いつも派手な服を着ていてエロいじゃないか。特にガーターベルトとか。

 

しかし、今日はつけていない。靴下は履かず、サンダルを履いている。ちなみにウサ耳を隠す役割をしているのは大きなツバがある真っ白な帽子だ。

 

 

総合評価。

 

嫁にしたいです!一体俺はどれだけ嫁を作ろうとしてんだよ。

 

 

(いつも真逆の服装……そう!清楚な服装!)

 

 

最高です!

 

 

だがしかしッ!

 

 

(キャミソールが胸を強調して結局エロいです、将軍!!)

 

 

でも、生きててよかった!ありがとう!目の保養になります!

 

 

「だからお前らの気持ちは分かる。でもなぁ……」

 

 

俺は食器ナイフを持ち出し、

 

 

パキンッ!

 

 

俺は刃がある方を手のひらに向けて、潰した。ナイフは刺さらず、粉々になる。スマン店長。

 

 

「「「「「ひッ!?」」」」」

 

 

ヤンキーたちはその光景を見て怯える。そして、とどめの一言。

 

 

「次はお前らの………頭でいくか?」

 

 

「「「「「ひッ!?」」」」」

 

 

「おおおおおおおいッ!行くぞ!!」

 

 

「「「「う、うわああああ!!」」」」

 

 

「ば、化け物!!」

 

 

「ひゃっはあああああ、最後の奴は許さん!」

 

 

「だ、大樹さん!もう放っておきましょう?」

 

 

黒ウサギに腕を掴まれ止められた。俺はしぶしぶヤンキーをこr……しばきに行くのをやめる。

 

 

「うッ!?」

 

 

その時、黒ウサギの服装をじっくり見て、気恥ずかしくなる。やっぱりエロかわいいな!ちくしょう!

 

 

「どうしたんですか?」

 

 

「な、何でもない!もう食べ終わったし、次行こう!」

 

 

顔を真っ赤にした俺は黒ウサギの手を握り、恥ずかしさを隠す。

 

 

「あ……」

 

 

黒ウサギは急に手を繋がれて驚く。しかし、

 

 

その行動に黒ウサギも頬を赤めた。

 

 

________________________

 

 

「「……………」」

 

 

俺と黒ウサギは何も喋らない。おかしいな?さっきまでバンバン喋れたのに。頭がパニック状態だお。

 

俺たちがいるのはショッピングモールにいた。手を繋いで仲良く歩いていた。

 

 

え?

 

 

手を……繋いで……いるの?俺たち?

 

 

「すすすすすすスマン!」

 

 

俺は急いで黒ウサギから手を放す………放せない。え?

 

 

「く、黒ウサギ?」

 

 

「……………」

 

 

頬を真っ赤にした黒ウサギは下を向いて無言を貫く。

 

 

「……………えっと」

 

 

ここで正しい選択をしろよ!?俺!

 

 

1.このまま手を繋いでデート続行!

 

2.手を繋いだまま、ショッピング!

 

3.むしろ腕を組めよ。

 

 

(結局手を繋げってことかよおおおおおォォォ!!)

 

 

3に至っては最高じゃないですか!

 

 

(いや、ここは素直に1で行こう。2でもいいけど)

 

 

俺は決断する。

 

 

「そ、それじゃあ……い、行くか……」

 

 

「は、はい……」

 

 

俺と黒ウサギはさっきより強く手を握る。

 

幸せすぎて死にそうです。

 

 

_______________________

 

 

俺たちは店を回った。たくさん回った。回った回った。すごく回った。

 

 

しかし、黒ウサギと手を繋いでいたせいで、どんな店を回ったのか頭に入ってこなかった。

 

 

「「……………」」

 

 

頬を赤めた二人。その二人を見たショッピングモールの客は、

 

 

(((((何だあのカップル!?爆発しろ!)))))

 

 

誰もが羨むほどだった。特に黒ウサギはショッピングモールを通り行く全ての男性の目を引き付けていた。

 

店も半分以上見回ったし、そろそろ何かをしないといけないな。

 

 

(さぁどうする!?来い!選択肢!)

 

 

1.デザートを食べる。

 

 

(おお!本当に来てくれた!いいぞ!いいアイデアだ!)

 

 

2.服を見に行く。

 

 

(いや!今のままがいいからパスで!その調子で違う選択肢を……!)

 

 

3.そこに休憩ベンチあるから膝枕でもしてもらったら?

 

 

「レベル高ッ!!」

 

 

「ど、どうしました!?」

 

 

「い、いや!何でもない」

 

 

斜めすぎる選択肢に驚いて、つい声を出してツッコミを入れてしまった。

 

 

4.え?膝枕以上のことを聞くぅ?

 

 

「いや!聞かない!!」

 

 

「さ、さっきからどうしたんですか?」

 

 

「え、えっと………パフェでも食べるか!」

 

 

結局、最初に戻る。これが一番妥当だろ。

 

俺たちはパフェ(俺はチョコバナナで、黒ウサギはいちご)を頼み、ベンチに座って食べていた。

 

 

「これ美味しいな!」

 

 

「こっちも美味しいですよ!」

 

 

俺と黒ウサギは微笑み合う。よし、ここから会話の発展を……。

 

 

5.「あーんッ☆」をして貰う。

 

 

(選択肢!?俺の思考中に入ってくんじゃねぇよ!)

 

 

6.はやく。

 

 

(うぜえええええェェェ!!)

 

 

「あ、あの……大樹さん」

 

 

選択肢と会話してると、黒ウサギが話しかけてきた。

 

 

「……あ」

 

 

「あ?」

 

 

黒ウサギはいちごが乗ったスプーンをこちらに向けて、

 

 

 

 

 

「……あーんッ」

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

あーんッ☆をしただと!?

 

 

7.あーんッ☆をしただと!?

 

 

お前と同じリアクションは腹立つな!それと、その選択肢の使い方やめろ!

 

 

「あ、あっ…………あーん……!」

 

 

俺は震える口を静かに開ける。

 

 

パクッ

 

 

「……………うまい」

 

 

「そ、それはよかったです……!」

 

 

そう言って黒ウサギは笑顔になる。

 

 

7.か、可愛い……。

 

 

もういい加減帰れよ。あと、同じ番号二回も使ってんじゃねぇ。

 

 

「あ、大樹さん!」

 

 

「ど、どうした?」

 

 

黒ウサギは俺の顔を見て驚愕する。

 

 

「鼻……!」

 

 

「鼻?……………あ」

 

 

俺は鼻を手で拭う。そして、手を見ると、赤い液体が付着していた。

 

どうやら興奮しすぎて鼻血を出してしまった。

 

 

8.目の前にある通路を右に曲がるとトイレがあるよ。

 

 

優しいな。お前。

 

 

_______________________

 

 

洗面所で顔を洗い、血を落としてきた。ああ、真紅に染まった血よ。俺の罪も洗い流してくれ。………何言ってんだ俺。

 

 

「悪いな、待たせて」

 

 

「大丈夫ですよ。それよりも体調は……?」

 

 

「俺なら問題ない」

 

 

俺は黒ウサギの横に立つ。

 

 

「それじゃあ、行くか」

 

 

「はい!」

 

 

黒ウサギと一緒に歩きながら話をする。最初と比べて俺と黒ウサギの会話は多くなった。黒ウサギは楽しそうに話してくれている。

 

俺はその笑顔を見て安心する。最初はどうなるかと思っていたが、楽しんでもらってよかった。

 

 

「あ、そうだ」

 

 

俺はある案を思いつく。

 

 

「ちょっとここで待っててくれ!」

 

 

「は、はい」

 

 

俺はあるお店に向かって走り出す。

 

少し走ったところにお目当ての店があった。

 

 

「えーと…………これかな?」

 

 

店員さんに金を出して支払って商品を貰う。

 

 

「う、うーん………勢いで買ってしまったが……黒ウサギ、喜んでくれるかな?」

 

 

ちょっと心配になってきたぞ。

 

 

「いや!大丈夫だ!イケメンの俺なら

 

 

 

 

 

 

「きゃあああああァァァ!!!」

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

突如、女性の悲鳴がショッピングモールに響き渡った。せっかくボケようとしたのに……。

 

俺は急いで悲鳴が聞こえてきた方向に駆け付ける。

 

 

(まさか……エレシスとセネスッ!?)

 

 

そうだと最悪な状況だ。あいつらは桁違いに強い。ここで暴れられたら……。

 

 

「全員動くな!」

 

 

「おい!はやく金を詰めろ!」

 

 

駆け付けた場所は銀行だった。

 

中には覆面が4人。全員銃を持っている。

 

 

 

 

 

()()()銀行強盗……か……。

 

 

 

 

 

「だ、誰か……助けて!」

 

 

人質が一人。女性客が捕まっている。女性客は腰を抜かして立ち上がれない。

 

 

「おい!立て!じゃなきゃ…!」

 

 

「撃つのか?」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

銀行にいた人は全員驚愕する。

 

俺は一瞬にして女性客の前に立ち、覆面を睨み付ける。

 

 

「う、撃て!」

 

 

ガキュンッ!!

 

 

パシッ

 

 

さて、二番目の音は何でしょうか?もうみんな分かるよね?

 

 

「おい、これが何かわかるか?」

 

 

俺は覆面に見えるように見せる。

 

 

「「「「なッ!?」」」」

 

 

覆面たちの表情が覆面の外からでも分かる。顔を青くして、怯えている。さて、答え合わせをしようか。

 

正解は………銃弾を掴む音でした。俺の手には銃弾が握られていた。もう驚かねぇよな、こんなんじゃ。

 

 

「さて………俺は最高にキレてんだよ」

 

 

今日の俺は……。

 

 

「よくも……よくも……!」

 

 

ぶちギレたぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「デートの邪魔しやがってえええええェェェ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「ええええええェェェ!?」」」」」

 

 

俺は泣きながら大声を上げる。覆面たちが驚きの声を上げ、女性客も驚いていた。

 

 

「う、撃t

 

 

「くたばれ」

 

 

ドゴッ!!!

 

 

覆面の一人が指示を出す前に黙らせる。覆面の首に手刀をやった。

 

 

「うッ!?」

 

 

「「「なッ!?」」」

 

 

一瞬で後ろに移動した俺を見て、覆面たちは驚愕する。

 

 

「オラッ!!!」

 

 

ドゴッ!!!

 

 

再び一瞬で覆面との距離を詰める。そして、空中回し蹴りを一人の覆面に放つ。

 

覆面は吹っ飛び、後ろにいたもう一人の覆面に当たる。

 

 

「ガハッ!?」

 

 

「オボッ!?」

 

 

二人の覆面は折り重なって気を失う。

 

 

「この野郎ッ!!」

 

 

覆面の右腕には腕輪型CADがついていた。すでに魔法式は発動している。

 

俺の足元に魔法陣が映される。

 

 

「ハッ、この程度で……」

 

 

俺は右手を強く握り、

 

 

「俺がやられるかあああああァァァ!!!」

 

 

ドゴオオオオォォォ!!!

 

 

地面に向かって正拳突きを放つ。

 

 

パリンッ!!

 

 

 

 

 

そして、魔法陣を破壊した。

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

覆面は後ろに下がり、尻もちをつく。

 

 

「ま、魔法を……破壊した……!?」

 

 

「だったらどうする?」

 

 

「あ、ありえねぇ……!」

 

 

「あっそ。じゃあ……」

 

 

俺は覆面の襟首を掴み、ニヤリと笑う。

 

 

 

 

 

「一回、死んで来い☆」

 

 

 

 

 

最後の覆面は地面に埋めてやった。銀行の床に埋めてやった。本当に埋めてやった。どんな風に埋めたかは想像に任せる。

 

 

 

 

 

_______________________

 

 

【黒ウサギ視点】

 

 

黒ウサギは顔を真っ赤になっていた。

 

 

大樹が銀行強盗と戦ったことは知っていた。その場から動かず、ウサ耳を通して状況を理解して見守っていた。が……。

 

 

 

 

 

デートの邪魔しやがってえええええェェェ!!!

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

大樹の言葉を思い出し、黒ウサギの顔がさらに真っ赤になる。

 

 

『え?事情聴取?』

 

 

大樹の会話がウサ耳に聞こえているが、それどころではない。

 

 

『いや、俺、待たせている人が……』

 

 

(大樹さんは……私のことを……!)

 

 

『あ!見て見てUFO!っと見せかけてダッシュッ!!!』

 

 

(か、かかかか彼女だと……!)

 

 

「黒ウサギいいいいいィィィ!!」

 

 

「は、はい!?」

 

 

思考を中断し、後ろを振り返ると大樹が走って来た。

 

黒ウサギは大樹を見た瞬間、笑顔に!

 

 

「スマン!警察に捕まりそう!」

 

 

ちょっと笑顔にはなれなかった。

 

 

_______________________

 

 

「ふぅ……ここまで来れば追いつかれないだろう」

 

 

「な、何かあったんですか?」

 

 

俺と黒ウサギはある程度走った後、公園のベンチに座っていた。

 

 

「ああ、人助けしたら警察に捕まりそうになった」

 

 

「大変ですね~」

 

 

「だね~っじゃねぇよ!大事だっつうの!何で俺が捕まるんだよ!」

 

 

大樹は怒ったように言うが、実際は全く怒っていない。むしろ、

 

 

「ったく……今日は楽しい1日だな」

 

 

不幸な事件も含めて、楽しんでいた。

 

黒ウサギも大樹の顔を見て頬を緩める。

 

 

「そういや美琴と出会った時も、あんな感じだったな」

 

 

「大樹さんって……実は不幸を呼び寄せる体質ですか?」

 

 

「どこの上条だよ」

 

 

それから黒ウサギと大樹は話をした。

 

昔のこと。この世界のこと。友達のこと。

 

たくさん話した。

 

 

「あ、そうだ!忘れるところだった!」

 

 

大樹はポケットに手を入れて小さな袋を出す。

 

 

「はい、プレゼント」

 

 

「え?」

 

 

突然のことに黒ウサギは驚く。

 

 

「ど、どうしてですか?」

 

 

「ど、どうして……って言われてもなぁ……」

 

 

大樹は腕を組んで悩んだ。

 

 

「んー、俺が()()であげてるからなぁ……」

 

 

「す、好き!?」

 

 

「待て待て待て!?何で【インドラの槍】を出した!?」

 

 

しまった!?動揺してつい!

 

黒ウサギは急いでギフトカードに戻す。

 

 

「あ、開けても……?」

 

 

「別にいいよ」

 

 

黒ウサギは丁寧に小さな袋を開ける。

 

中には綺麗な銀色のハート型のロケットペンダントだった。

 

 

「写真は入ってないから、好きなモノを入れていいよ。ほら、友達の写真とかさ」

 

 

「……………」

 

 

「……い、嫌だったか?」

 

 

「え!?ち、違います!嬉しいですよ!ありがとうございます!」

 

 

「そ、そうか……」

 

 

大樹はホッと安堵の息を吐く。

 

 

(大樹さんからのプレゼント……)

 

 

初めてのプレゼントだった。大樹から貰うのは。

 

 

「中には何でも入れていいんですよね?」

 

 

「黒ウサギのモノだしな」

 

 

「……では」

 

 

黒ウサギはニッコリと大樹に微笑んだ。

 

 

「好きな写真、入れさせていただきます!」

 

 

ペンダントの中身はもう決まっていた。

 

 

 

_______________________

 

 

【大樹視点】

 

 

「ご注文は何になされます?」

 

 

黒ウサギとデート(だったらいいなぁ)から翌日の日曜日。いつものように店を開店していた。お昼時で客はなかなか多い。

 

俺はお客さんに注文を聞く。

 

 

「この日曜日限定定食を貰おうかな」

 

 

「私も」

 

 

「お待たせ致しました」

 

 

「「はやッ!?」」

 

 

俺は注文の確認をする前に持ってくる。常連客でもやっぱり驚く。ふッ、実は君たちがこの店に入った瞬間に作っていたのさ!

 

客は俺の作ったハヤシオムライスを食べて一言。

 

 

「「うめぇ!?」」

 

 

「ご老夫婦方。寿命が縮むぞ」

 

 

ここ、老人立ち入り禁止にしようかな?

 

実は最近、ケーキ以外の品物も販売している。これが出来るようになったのは理由がある。

 

 

「大樹さん」

 

 

コック服を着た黒ウサギがこちらに近づいて来た。

 

 

「あの……あちらの客が」

 

 

「またクレーマーか……」

 

 

黒ウサギは気まずそうな顔で伝える。

 

ここ最近、俺の料理に嫉妬して文句をいう奴がいるのだ。

 

 

「プランC、入りまーす」

 

 

俺は店内に聞こえるような声で言う。ちなみにプランCは屠るというわけではないからな?

 

CはクレーマーのCのことだ。

 

 

(ここは俺の店だぞ?馬鹿だな)

 

 

俺はクレーマーのいる席の前まで行く。

 

 

「すいません。どうかなさいましたか?」

 

 

「どうかなさいました?っじゃねぇーよ!この日曜日限定のハヤシオムライスが不味いんだよ!」

 

 

「兄貴の言う通りだ!」

 

 

あぁん?お前の舌、腐ってんじゃねぇの?っと言いになるが我慢した。

 

 

「すいません、新しいのを持ってきます」

 

 

「新しいのを持ってきますっじゃねぇよ!美味いモノ持って来いって言ってんだよ!」

 

 

「兄貴の言う通りだ!」

 

 

うぜぇ……。

 

 

「で、では新しくて違うモノを持ってきますね」

 

 

「新しくて違うモノを持ってきますねっじゃねぇよ!全部お前の料理は不味いって言ってんだよ!金返せ!」

 

 

「兄貴の言う通りだ!」

 

 

埋めたい!!コイツら埋めたい!!!

 

 

(さっきから俺の言葉を復唱してんじゃねぇよ!)

 

 

この金髪が!あとお前同じことばっか言ってんじゃねぇよチビ!!

 

……………さて、そろそろか。

 

 

「大樹さん!」

 

 

ハイ、キタコレ。

 

 

「全員商店街の方たちでしたのですぐにできました」

 

 

「今度あいつらには50%引きだなちくしょう」

 

 

「今度50%引きだなちくしょうっじゃねぇよ!舐めてんのか!?」

 

 

「兄貴の言う通りだ!」

 

 

カチャッ

 

 

俺は笑顔でポケットから果物ナイフを取り出した。

 

 

「「え?」」

 

 

クレーマーの二人が凍り付いた。

 

 

「こうなったら思い知らせないとなぁ~」

 

 

俺は右手でナイフを回転させながらキッチンに戻る。

 

 

「はい、うどん」

 

 

俺はすぐに料理をして、うどんを持って戻って来た。

 

 

「「……え?」」

 

 

「食え」

 

 

「「…………え?」」

 

 

「食えって言ってんだよ」

 

 

俺は笑顔でクレーマーに言う。

 

 

「食えって言ってんだよっじゃ

 

 

「食え」

 

 

「兄貴の言う通

 

 

「食え」

 

 

俺は腕を組んで告げる。

 

 

 

 

 

「食わなきゃ……………殺す」

 

 

 

 

 

果物ナイフを右手に持ちながら殺気を放って言ってやった。

 

 

「「ひッ!?」」

 

 

クレーマーの顔が青ざめる。これでも殺気は抑えた方だが……やり過ぎたか?

 

 

「オーダー入りました。黒ウサギ、確認してくれ」

 

 

「はい!うどん、そば、ラーメンの麺のフルコースの後はご飯のフルコースである……」

 

 

「待ってくれ!そんなに食べ切れない!」

 

 

「あ、兄貴の言う通りだ!」

 

 

俺の言葉に黒ウサギはオーダーを確認する。しかし、途中で止められた。

 

 

「アッハッハ……………食え」

 

 

「「……………」」

 

 

「食わなきゃ殺す」

 

 

「「は、はい」」

 

 

地獄巡りが始まった。俺の料理で。

 

_______________________

 

 

「「すいませんでした!!」」

 

 

店の前で俺と黒ウサギに腰を折って謝るクレーマー。周りの人たちは拍手をしている。やめろ、照れるじゃないか。

 

 

「まぁ許してやるよ。あ、コレ胃薬な。死ぬなよ」

 

 

よく俺のフルコース地獄を完食したな。黒ウサギもすごいって言ってたな。

 

 

「遠慮せずまた来い。デザートくらいサービスしてやる」

 

 

「また来てくださいね!」

 

 

「「はい!また来ます!黒ウサギさん!」」

 

 

「ん?俺は?」

 

 

何故だ。何故俺じゃないのか。

 

 

「よう坊主!半額ありがとな!」

 

 

「待て魚屋のおっちゃん。アンタはさっき店にいなかったはずだ」

 

 

「大ちゃん、アタシは天ぷら定食ね」

 

 

「八百屋の姉ちゃん。前のツケ払えよ」

 

 

「よーす、今日も可愛いね黒ウサギちゃん」

 

 

「次セクハラしようとしてみろ。お前の肉屋潰してやる」

 

 

俺は次々と問答無用で店に入って来る奴らに挨拶?していく。もういいや。最近こいつらのおかげで儲かっているし。

 

俺たちがケーキ以外のモノを作れるようになったのは商店街の人たちから食材を貰うからだ。

 

そのお返しに俺たちその食材を料理して安く提供する。お互いに利益のある関係を築いている。

 

 

「いや~、楢原君が来てからうちの商店街は賑やかになったのう」

 

 

「あ、お爺さん」

 

 

店を貸してくれたお爺さんが話しかけてきた。

 

 

「これからも頑張ってくれ」

 

 

「まかせろ!ってどさくさ紛れて店に入ってんじゃねぇよ!」

 

 

「今日くらいはいいじゃないですか?入院でずっとお店は閉めていたんですから」

 

 

黒ウサギがそう言うなら……まぁいいか。仕方ない。

 

 

「な、楢原君?」

 

 

「ッ!?」

 

 

げ、幻聴が聞こえたような気がする。だが、後ろを振り返ると幻聴でないことが分かった。

 

 

「優子ッ!?」

 

 

「もう大丈夫なの!?怪我!?」

 

 

優子は俺の腕に巻かれた包帯を見て驚く。

 

 

「い、いや……もう大丈夫だ」

 

 

「でも、黒ウサギさんと原田君から聞いた話だと心臓を

 

 

「黒ウサギッ!そこにならえッ!」

 

 

俺は黒ウサギに説教を……ってもういねぇ!?

 

黒ウサギはすでに店の中で働いていた。逃げたな。

 

 

「今日はどうしたんだ?商店街に何か用か?」

 

 

「うん。友達と一緒にお昼ご飯を食べに来たの。この近くに人気の店があるから」

 

 

ライバル店登場か。後で視察に行こう。

 

そう言って優子は後ろにいる二人の人物を見る。ん?どこかで見たことある………あ。

 

 

「こ、こんにちは」

 

 

「こんにちは」

 

 

二人が俺に挨拶をする。思い出した。学校の校門で揉め事を起こしたA組の人たちだ。

 

 

「あ、あの!」

 

 

「は、はい!?」

 

 

突然一人の女の子に迫られ驚く。何?俺、告白されてフラれるの?いや、何で告白して来たのにフラれるんだよ、俺。

 

 

「あの時はありがとうございました!」

 

 

「お、おう……別にいいよ」

 

 

「1-A!光井(みつい)ほのかです!」

 

 

「な、楢原大樹です。E組です」

 

 

「「……………」」

 

 

何だこれ。

 

耳が隠れないように左右に分けて、首の位置からヘアゴムでふたつにした長髪の女の子。光井ほのかと気まずい空気になる。

 

 

「私もあの時は助かりました。ほのかと優子と同じ、1-Aの北山(きたやま)(しずく)です」

 

 

「そりゃよかった」

 

 

こっちは真逆の性格だな。落ち着いた感じのする子だ。てか、二人とも可愛いな。美少女の部類に余裕で入るわ。何?A組ってそういうクラスなの?すごく入りたいんだけど。

 

 

「ほのかと雫が生徒会に楢原君の誤解を話してくれたのよ」

 

 

「そうだったのか。ありがとうな」

 

 

優子に教えられて、俺は素直に二人にお礼を言う。光井の方は頬を赤くして、北山はうなずいた。

 

 

「そういえば昼飯はいいのか?」

 

 

「大丈夫よ。ここだから」

 

 

俺の質問に優子は指を差す。

 

 

俺の店を。

 

 

「……………ようこそ、うちの店へ」

 

 

「え?」

 

 

首を傾げる優子に笑顔で出迎えた。

 

 

_______________________

 

 

「今日はタダでいいよ。好きなモノ、何でも頼め」

 

 

俺は優子と光井と北山に注文を取る。だが、優子は申し訳なさそうな顔をしている。

 

 

「で、でも……迷惑じゃ?」

 

 

「かけまくってくれ。むしろかけろ。罵ってください」

 

 

「大樹さん。優子さんを怖がらせないでください」

 

 

優子に優しく言ってやったが黒ウサギに注意された。

 

 

「お兄さんのお店が赤字になったりしないんですか?随分安い価格ですけど?」

 

 

「本当だ!ケーキが100円で売ってる!」

 

 

北山の言葉を聞いた光井はすぐにメニューを見て驚く。

 

 

「今は黒字どころか真っ黒字だ。というか、お兄さんって何だ?」

 

 

俺は北山の兄にはなった覚えなんか無いんだが……。あと光井。それ、もやしで出来てるケーキだからな。

 

 

「黒ウサギさんが妹なので」

 

 

「ま、まぁそうだけど……そこは」

 

 

お兄さんは嫌なので、俺が呼び名を変えようとする。だが、

 

 

「ガッハッハ!!お嬢ちゃん!黒ウサギちゃんは坊主の妹なんかじゃないぞ!」

 

 

魚屋のおっちゃんが酔っぱらいながら言ってきた。チッ、酒を持参していやがったか。ここは酒の持ち込み禁止だっつうのに。

 

 

「せいッ!!」

 

 

ゴスッ

 

 

「ぐふッ!?」

 

 

とりあえずおっちゃんを黙らせる。奥さん、後は頼みました。

 

 

「えッ!?じゃあ……もしかして妻!?」

 

 

すげぇ。日本記録を更新する勢いで話が跳躍した。

 

 

「そうなのですよ!黒ウサギと大樹さんは……!」

 

 

「違うだろ!?そういう関係じゃ

 

 

ガゴンッ!!

 

 

その時、顔に衝撃が走った。

 

 

「ないんッ!?」

 

 

黒ウサギが銀のトレーで俺の顔を思いっきり強打した。俺はそのまま勢いに任せて後ろに倒れる。

 

 

「大樹さんの鬼悪魔外道朴念仁ッ!!」

 

 

「そこまで言う!?」

 

 

めっちゃ傷ついた!

 

 

「黒ウサギは厨房に行きます!大樹さんは床を舐めて掃除してください!」

 

 

「変態じゃねぇか!?」

 

 

「女湯に入って来る人を変態と呼ばず、何と呼ぶんですか!?」

 

 

「今その話を蒸し返す!?っておい!そこの三人!帰るな!!」

 

 

とりあえず三人の誤解を解く。だが、冷ややかな目線が送られるのは変わらない。

 

すると、北山が気を遣ってくれて話を変えてくれた。

 

 

「話を戻しますと変態と呼ぶ理由は明らかです」

 

 

「戻ってない。何一つ戻ってない」

 

 

俺の尊厳も戻ってこないよ。いや、もう消滅したかも。

 

 

「頼む。変態は止めてくれ。あ、お兄さんも禁止。同じ学年なんだから普通に名前で呼んでくれ」

 

 

「達也さんと同じことを言いますね。そんなにお兄さんが嫌ですか?」

 

 

逆に呼ばれたいと思う奴はいるのかよ。……多分どっかにいるな、そんな奴。

 

 

「俺は嫌だ。というか、達也を知っているのか」

 

 

「はい。深雪に紹介してもらったんです」

 

 

「なるほど」

 

 

俺は話しながら空いている席。優子の隣に座る。優子は嫌な顔一つせず許容してくれた。

 

 

「まぁ北山と光井も俺のことは名前でいいよ。敬語も無しで」

 

 

「雫。私のことも名前でいい」

 

 

「分かった。光井もほのかでいいか?」

 

 

「は、はい!お願いします!」

 

 

お、おう。ほのかは何でさっきから顔が真っ赤なんだ?俺、何か怒らせた?

 

 

「やったよ、雫!」

 

 

「よかった。それより名前で呼んでいいか聞いてみたら?」

 

 

何かこそこそ会話してるけど聞こえてるよ?内容理解できないけど。べ、別に頭が悪いわけでは無いんだからね!

 

 

「あ、あの……大樹さん……って呼んでいいですか?」

 

 

「ああ、別にいいけど」

 

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 

俺が承認した瞬間、ほのかは満面の笑みでお礼を言った。守りたい、この笑顔。

 

 

「……楢原君。ニヤニヤしてるわよ」

 

 

「えッ……いや、そんなこと……にゃいよ?」

 

 

「動揺し過ぎよ」

 

 

優子に睨まれ、不覚にも噛んでしまった。

 

 

「大樹さん!」

 

 

俺と優子が気まずい空気になっていると、黒ウサギが店の玄関から俺を呼んだ。

 

 

「どうした?」

 

 

俺が店のドアを開けると、そこには黒ウサギと

 

 

「あ、こんにちは!大樹君!」

 

 

「久しぶりだな。君は風紀委員だと自覚しているのか?」

 

 

生徒会長と風紀委員長がいたので、

 

 

バタンッ

 

 

黒ウサギを店に入れてドアを閉めた。めでたしめでたし。

 

 

「……………黒ウサギ。そういえば新入部員勧誘期間はどうなった?」

 

 

「ま、まだ続いているかと……昨日も実はあったんですよね」

 

 

「あれ?休みじゃなかったのか?」

 

 

「一般生徒は休みです。ですが、風紀委員が……」

 

 

「ま、まじか……」

 

 

「「……………」」

 

 

ここで取る行動はただ一つ。

 

 

「逃げる!……ってうぎゅッ!?」

 

 

逃げようとしたが、床に倒れてしまった。いや、体が重くなって立てなくなってしまった。

 

 

(か、加重系の魔法か!?)

 

 

店内でなんてことをしてくれてんだ。

 

 

「今度は逃がさないぞ、大樹君」

 

 

「摩利か……怪我人になんてことをしてんだよ……」

 

 

魔法を使ったのは摩利だった。摩利と真由美は店の中に入って来る。

 

 

「頼む、殺さないでくれ。事情があったんだ。命だけは……」

 

 

「お前は私を何だと思っている。私は殺人鬼か」

 

 

「え?違うの?」

 

 

「大樹君?」

 

 

「ごめんなさい」

 

 

ヤバい。摩利のプレッシャーヤヴァい。

 

 

「摩利、魔法解いてあげたら?大樹君は本当に怪我をしているんだから」

 

 

「そ、そうだった……スマン、今すぐ解こう」

 

 

「それなら必要ない」

 

 

真由美と摩利の会話に首を振る。

 

 

「何故なら……この程度なら余裕で立ち上がれるからだよ~ん!」

 

 

俺は何倍にも跳ね上げられた重力にも関わらず、軽々と立ち上がった。

 

 

「う、嘘……」

 

 

ほのかが静かに声を漏らす。

 

 

「鍛えてますから」

 

 

「何でそんなにドヤ顔で言うんですか……」

 

 

俺の行動に驚くみんな。だが、黒ウサギだけは呆れていた。何故だ。

 

 

「大樹さんが鍛えるって時々じゃないですか」

 

 

「失礼な。たまにだ」

 

 

「変わってません!」

 

 

知ってる。

 

 

「大樹君……それ以上鍛えたら化け物になるわよ?」

 

 

「真由美。心配してるのか?蔑んでるのか?」

 

 

「だって!大樹君、心臓をぶちまけ

 

 

「今度は逃がさん!」

 

 

「にぎゃッ!?」

 

 

真由美の言葉を聞いた瞬間、すぐに俺は黒ウサギを捕まえた。絶対に逃げないように帽子を取って、ウサ耳を掴んでやった。

 

 

「黒ウサギ……」

 

 

「違います!原田さんです!」

 

 

「あの野郎……帰ってきたら上半身と下半身を分断してやる」

 

 

原田をどう分解するか考えていると、

 

 

「え?ウサギ?」

 

 

優子が目を見開いて驚いていた。

 

 

「大樹君!手!右手!」

 

 

「はい?」

 

 

真由美の必死の声に俺は首を傾げながら右手を見る。

 

右手には黒ウサギのウサ耳。はて、これがどうしたのだろうか?

 

 

「あ」

 

 

その瞬間、ドッと冷や汗が滝のように流れた。

 

 

「し、雫!あれって!?」

 

 

「うん。多分本物」

 

 

「ええッ!?」

 

 

しまったあああああァァァ!!

 

あの三人は知らないだった!てか客!客もいるし!

 

 

「は、ハッハッハ!こ、これは……作り物だぞ?」

 

 

「い、YES!作り物ですよ!?」

 

 

俺と黒ウサギは引きつった笑顔でみんなを誤魔化す。その言葉に摩利と真由美は何度もうなずく。

 

その時、奥さんに膝枕をされていたおっちゃんが起きた。

 

 

「イテテッ……あれ?黒ウサギちゃん、どうしたんだそのウサm

 

 

「作り物、だッ!!」

 

 

ゴスッ

 

 

「ミンッ!?」

 

 

再び黙らせる。奥さん、後でこのお酒をおっちゃんにあげてください。

 

 

「作り物……だから……ね?」

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

俺の言葉で店内がお通夜状態になってしまう。え、怖い?ちょっと意味分からないですね。

 

 

________________________

 

 

あれから約1時間後。店の客はいなくなり、店内には俺、優子、ほのか、雫、摩利、真由美、黒ウサギの順で丸いテーブルを囲むように座っている。

 

 

「悪いな、俺と黒ウサギ時間を合わせてもらって」

 

 

俺はみんなに謝る。

 

理由は俺と黒ウサギの仕事が一段落するまでみんなは食事を待ってくれていたからだ。

 

 

「気にするな。こちらはタダで食べれるのだから、当然待つに決まっている」

 

 

「摩利……」

 

 

俺は摩利の言葉を聞いて、

 

 

「一銭も払う気が無いの間違いじゃないのか?」

 

 

「……明日、生徒会に大量の書類が届く。大樹君にはそれをプレゼントしよう」

 

 

「やめろ!」

 

 

明日休もうかな?

 

 

「ねぇ……もう食べない?」

 

 

そして、優子の言葉でやっと食事が始まった。

 

 

「うん!やっぱり美味しいわね、大樹君の料理!」

 

 

「当然だ。だって俺だもん」

 

 

真由美の素直な感想に俺は嬉しくなる。こんな風に喜ばれると今度は何に挑戦するか考えるのも楽しいな。

 

 

「でも、白いハンバーグって不気味ですよね……」

 

 

「ほのか、見た目より味だ。これ大事」

 

 

「でも、白はないだろ……」

 

 

摩利は皿にのった白いハンバーグをフォーク切るだけで食べていない。

 

 

「じゃあ赤にする?」

 

 

「それは焼けてないの間違いではないのか?」

 

 

「あとは……緑だ」

 

 

「だから何故そんな変な色になるんだ!?」

 

 

「決まってるだろ…………俺だからだ!」ドヤッ!

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

「あれ?ここで笑いが……おりょ?」

 

 

目から汗が……止まらないよ……。

 

 

「……………」

 

 

「優子さん?どうかしましたか?」

 

 

優子は白いハンバーグを見ていたが、いつまでも食べないでいた。心配になって黒ウサギが声をかける。

 

 

「……ねぇ、食べていいのよね?」

 

 

「食べていいに決まってるだろ。遠慮するな」

 

 

優子は俺の言葉を聞き、フォークでハンバーグを切る。そして、一口サイズに切ったハンバーグを口にする。

 

 

「……………」

 

 

「お、美味しいか?」

 

 

俺は無言で食べる優子が怖くなって聞く。不味いって言われたら……首吊ろう。

 

 

「アタシ……これ食べたことあるかも」

 

 

「ッ!?」

 

 

優子の俺は目を見開いた。

 

 

「1回や2回じゃない……何回も!」

 

 

「優子さん!もしかして……!」

 

 

「黒ウサギ」

 

 

「あッ……」

 

 

俺は名前を呼んで止める。今、人が多い。ここでいろいろとバレるのは良くない。

 

 

「なぁ優子。もし良かったらさ……毎日店に来てくれないか?」

 

 

「え?」

 

 

「学校がある日でも来ても構わないから」

 

 

「そ、そんな迷惑……!」

 

 

「迷惑じゃねぇよ。俺と黒ウサギは優子と一緒にご飯を食べたいんだ」

 

 

俺はそう言って優子に向かって微笑む。

 

優子は少し思考した後、

 

 

「た、たまに……行くわ」

 

 

「ああ、楽しみにしてる」

 

 

優子は頬を赤く染めて俯いた。俺は嬉しさが表情に出ないようにコーヒーを飲んで顔を隠す。

 

 

「もしかして今の……プロポーズ!?」

 

 

「ぶふッ!?」

 

 

真由美の一言にコーヒーを噴き出す。

 

 

「何言ってんだ!?」

 

 

「だって木下さんに『毎朝、俺の味噌汁を作ってくれ』ってことでしょ?」

 

 

「違う!しかも、作るのは俺だ!」

 

 

何でそうなった!?

 

 

「楢原君。もちろん、私たちも毎日行っていいよな?」

 

 

「はぁ?俺は優子を

 

 

「書類」

 

 

「毎日来てくれ」

 

 

雑務には勝てなかった。

 

________________________

 

 

みんなが帰り、俺と黒ウサギはキッチンで食器を洗っていた。秘技、高速皿洗い!

 

 

「大樹さん」

 

 

「ん?」

 

 

俺は皿を洗うのを一度止めて黒ウサギに耳を傾ける。

 

 

「優子さん……覚えてましたね」

 

 

「覚えてるのは記憶じゃなくて感覚ってやつだけどな」

 

 

「それでも……嬉しかったです」

 

 

「まぁ……俺も嬉しいけど」

 

 

正直、あの時はパーティを開きたいくらい嬉しかった。

 

でも、あそこで無理に思い出させても優子が困るだけ。関係を悪化させたくなかった。

 

 

「優子さんを呼ぶのも少しずつ思い出して貰うためですよね」

 

 

「ああ、そう簡単には行かないと思うが」

 

 

「大丈夫ですよ」

 

 

黒ウサギはこちらを向いて満面の笑みを俺に見せる。

 

 

「絶対に思い出します!」

 

 

「アホ」

 

 

「え!?何でこのタイミングで馬鹿にするんですか!?」

 

 

黒ウサギは驚き、怒っていた。

 

 

「『思い出す』じゃなくて『思い出させる』んだ」

 

 

「……大樹さん」

 

 

俺はそう言って再び皿洗いをする。

 

必ず、絶対に思い出させてみせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大樹さん、そのお皿さっき洗いましたよ」

 

 

「……二回洗うことによって菌を確実に殺すんだ。シェフの鏡だな。ハッハッハ!」

 

 

「あっちのお皿。洗っていませんよね?」

 

 

「……スマン」

 

 




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革命をもたらす者

「うっす」

 

 

「おはようございます」

 

 

教室の扉を開け、短い挨拶をする。その後、黒ウサギが丁寧に挨拶をした。

 

その瞬間、教室に変化が起きた。

 

 

ざわざわッ

 

 

いつもだったらクラスメイトは俺に挨拶を返すはずだが、クラスメイトはコソコソと俺を見ながら内緒話をし始めた。

 

こう見えて俺はクラスメイトとは軽い世間話が出来る仲だ。しかし、今の状態は俺と話すのを遠慮しているようだった。

 

おかしい。パーカーもいつもと同じ色なのに。いや、関係ないか。

 

 

「だ、大樹!?もう大丈夫なのか!?」

 

 

自分の席に行こうとすると、レオが話しかけてきた。

 

 

「何が?」

 

 

「心臓をぶちm

 

 

「黒ウサギ」

 

 

「原田さんです」

 

 

もうあいつ処刑。打ち首。

 

 

「はぁ……それは嘘だ。安心しろ」

 

 

「そ、そうか……でもお前に言いたいことはまだあるんだ」

 

 

そう言ってレオは俺に指を差す。

 

 

「何で私服だよ!?」

 

 

「悪いのか!?」

 

 

「自覚ないのかよ!?」

 

 

あるわ。さすがにある。

 

今日、俺の恰好は白パーカーと黒ズボン。あ、もちろんパーカーの後ろには『一般人』って書かれてるから。

 

 

「ちゃんと新しい制服を買ってある」

 

 

「何で新品なんだ?」

 

 

「……制服がボロボロになったからだ」

 

 

エレシスの攻撃を受けた制服は見事に使い物にならない。見事にボロボロになって、真っ赤に染まっていた。超グロいぜ!

 

 

「あまり気にしないでくれ。今日の夕方には届くからよ」

 

 

「……まだツッコミたいことがあるがいいか?」

 

 

「まだあるのかよ」

 

 

レオの言葉を聞いて後ろに一歩下がる。いっそこのまま逃げるのも……

 

 

「逃がさないわよ」

 

 

「お、おはよう……エリカ。それに美月も」

 

 

しかし、後ろではエリカ。その横では美月が待機していた。

 

 

「朝の登校……アレは一体何?」

 

 

エリカが不機嫌な顔をして聞いてきた。な、何でそんな怒ってんだ?生徒会かA組に嫌な人でもいるのか?

 

 

「俺……モテるから」

 

 

「絶対嘘でしょ?」

 

 

俺はエリカに嘘を見破られ、気まずそうな顔をする。

 

先程、俺と黒ウサギは二人で登校していない。朝ご飯を食べに来た優子、ほのか、雫、摩利、真由美。合計7人で一緒に登校した。

 

おかげさまで注目されまくり。俺は美少女をたぶらかす変態だと思われている。解せぬ。

 

 

「あのメンバーは全員俺の朝ごはんを食べて来たからだ。ついでに一緒に登校したにすぎない」

 

 

「そうだったんですか?」

 

 

「おう、信じてくれ」

 

 

美月の確認に俺は肯定した。

 

その時、後ろから新たな人物の気配を感じて振り向くと、

 

 

「大樹。最後の質問いいか?」

 

 

「おうッ!?いつの間に来たんだ、達也」

 

 

「……最初からいたが」

 

 

「そりゃ悪かった。お詫びに最後の質問答えてやるよ」

 

 

「そうか。ならこれを見てくれ」

 

 

達也は自分のポケットから端末を取り出しディスプレイを広げる。それを俺に見せる。

 

 

「ん?内容は………『謎の少年が強盗犯を逮捕』?」

 

 

これがどうしたんだ?

 

 

「写真もあるぞ」

 

 

「どれどれ?」

 

 

達也はディスプレイに指を差して俺に教える。

 

そして、写真を見た瞬間。俺の体から汗が滝のように流れた。

 

 

「こ、これって……」

 

 

「事件は強盗犯が女性を人質に取り、銀行内に立てこもっていた。警察も簡単に手を出せず、手詰まりだった」

 

 

俺はビクビクしながら達也に詳細を聞く。達也は冷静に事件を語っていく。

 

 

「その時、一人の青年が銀行に侵入し、強盗犯を一瞬にして抑え込んだ。警察はすぐに事情を聞こうと青年に接触するが、青年はすぐに立ち去り、逃げて行った。これが一昨日あった事件だ」

 

 

「す、すごいな!一体誰なんだろうな、その人!?」

 

 

「「「「「お前だろ」」」」」

 

 

クラスメイト全員がツッコんだ瞬間であった。

 

 

_______________________

 

 

午前の授業が終わり、昼休みになった。もう授業中は最悪だった。みんな俺を見てるもん。恥ずかしかったぜ!

 

 

「大樹、みんなで食堂に行くって……まだやってるのか?」

 

 

「ああ」

 

 

あ!大樹分かっちゃったよ!何でみんなに注目されたのか!

 

授業中に爆弾型CADを改造してたからだ。失敬失敬。

 

 

「大樹と達也は本当に目立ってるよな。目立ちたがり屋なのか?」

 

 

「んなわけあるか……って達也?あいつも目立ってるのか?」

 

 

まぁ生徒会副会長に喧嘩売ってたしな。当然か?

 

 

「達也は有名人だぜ。新入部員勧誘期間中に問題を起こした魔法競技者(レギュラー)を魔法を一切使わずねじ伏せた謎の一年生ってな」

 

 

「いや達也って分かるのに『謎の』ってなんだよ」

 

 

「大樹は……まぁ相変わらず『フードマン』だな」

 

 

「俺も『謎の』がよかった……」

 

 

ダサい。果てしなくダサいよ、俺。

 

それにしても達也はやはり強かったか。魔法を使わず倒すって……実は二科生って潜在能力を秘めた生徒の宝物庫じゃね?

 

 

「っとはやく行こうぜ。みんな廊下で待ってる」

 

 

「そうだな」

 

 

レオの言葉を聞いて、俺は急いで昼飯の仕度をした。

 

 

_______________________

 

 

ざわざわッ

 

 

食堂はいつも以上に賑わって……いや、騒がしかった。

 

 

「……………」

 

 

俺は静かに食事をする。周りがうるさい?気にするな、錯覚だ。

 

 

「皆さん、大樹さんを見てますね」

 

 

「言うな、黒ウサギ。照れるを通り越して発狂してしまう」

 

 

1年生、2年生、3年生。食堂にいる全員が俺を見てコソコソと話していた。

 

レオは周りに聞こえないように、俺たちが聞ける声量で話す。

 

 

「ここまで来るとすごいよな。生徒会長並みに知れ渡ってるんじゃないか?」

 

 

「嬉しくない」

 

 

俺は正直な感想を言う。本当に嬉しくない。

 

 

「お兄様。相席してもよろしいですか?」

 

 

「ああ、構わないよ」

 

 

学食を手にした深雪が兄である達也に相席を申し込む。達也は返事をして許した。

 

隣……というか俺たちのテーブルを中心とした他のテーブルは全て空いていた。いじめじゃないよ。避けられてるんだよ。……変わんねぇな。

 

隣のテーブルと合体させ、一つの大きなテーブルにする。そして、深雪は新しくくっ付けたテーブルに座る。

 

 

「すごい人気ですね、大樹さん」

 

 

「深雪、それは皮肉か?」

 

 

絶世の美少女である深雪は俺の言葉を聞いて笑う。ドSの素質があるのか?

 

 

「そんなものあるわけないだろ」

 

 

「だよな……ってナチュナルに人の思考読んでんじゃねぇよ!」

 

 

達也に思考を読まれ、俺はツッコムと同時にびっくりする。こいつ、シスコンだな。妹はブラコンみたいだが。

 

少し遅れて雫とほのかが俺たちのテーブルまでやってくる。

 

 

「私たちもいいですか?」

 

 

「おう、いいに決まってるだろ」

 

 

ほのかの言葉に俺が返答する。

 

深雪の隣にほのかが座り、深雪の対面に雫が座った。

 

 

「……た、食べづらいですね」

 

 

ほのかが苦笑いで今の現状に感想を漏らす。

 

それもそうだ。二科生と一科生が相席してるわ、噂の俺がいるわでもうハリウッドスター並みの注目だ。

 

 

「悪いな、俺は別の場所で食べるよ」

 

 

「気にすることないわよ。放っておけばいいのよ」

 

 

俺が立ち上がるとエリカがそれを止める。

 

 

「でもよ……」

 

 

「何だよ。大樹らしくないな。いつもみたいにとんでもないことやってくれよ」

 

 

「レオ。あとで集合」

 

 

みんなに止められた俺は渋々席を座り、再び弁当のおかずを食べ始める。

 

だけど、原因を作ったのは俺。

 

俺は殺気を飛ばして見ている連中を睨み付けた。

 

 

「「「「「ッ!」」」」」

 

 

瞬く間に連中は目を逸らして、自分のご飯に集中し始めた。まだ、見ている奴らはいるがさっきよりは断然良い。

 

 

「大樹さん、みんな怖がってますよ」

 

 

「怖がらせてんだよ、黒ウサギ」

 

 

「そうではなく……」

 

 

黒ウサギが気まずそうに俺に言う。黒ウサギの思考を読み取った時、俺はしまったと思った。

 

怖がっているのは俺と同じテーブルに座っている黒ウサギたちもだった。

 

 

「わ、悪い!そんなつもりじゃなかたんだ……」

 

 

「い、いえ!楢原君が優しいのは知っていますし、大丈夫ですよ!」

 

 

美月がすかさずフォローする。みんなもうなずいて賛同していた。

 

 

「むしろ、よくやったって話だな」

 

 

「そうですよ!ね、雫!」

 

 

「うん」

 

 

レオ、ほのか、雫は俺に笑って安心させる。

 

 

「……いい友達持ったなぁ、俺」

 

 

「あれ?もしかして泣いてるの?」

 

 

俺が涙を拭いてるとエリカが茶化してきた。

 

 

「ああ、俺は感動した。みんな結婚してくれ」

 

 

「……男の俺と達也からしたら困るんだが」

 

 

レオと達也は苦笑い。深雪を除く他の女性陣は顔を赤くして怒っていた?うん、怒ってんじゃね?冗談でも結婚は駄目か。

 

 

「残念ですが私にはお兄様がいるので」

 

 

「俺にも深雪がいるから断らせてもらう」

 

 

「そ、そうか……」

 

 

「「「「「「……………」」」」」

 

 

司波兄妹を除いた俺たちは下を向いて俯いた。無理だ。『何兄妹で愛し合ってんだよw』っとか誰もツッコめない。マジっぽすぎて否定できない。

 

 

_______________________

 

 

あれから数日が経った。というわけで例の言葉を言いたいと思います。

 

 

「キング・クリ〇ゾンッ!!」

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

「あ、ごめん」

 

 

クラスメイト全員が驚いて俺を見る。授業中に叫ぶのはアカンな。

 

 

キーン、コーンー、カーン、コーン

 

 

ちょど最後の授業のチャイムが鳴り、授業が終わった。

 

 

「大樹さん……この後病院に」

 

 

「行かない」

 

 

黒ウサギに本気で心配されてしまった。

 

 

ザーッ

 

 

その時、俺は小さなノイズの音に気が付いた。音源は教室に取り付けられた放送スピーカー。どうやら放送が入るみたいだ。

 

 

『全校生徒の皆さん!!』

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

突然の放送でクラスメイトは嫌な顔をする。当然だ。唐突に大声で放送されたらうるさいだけだ。マイクテストってやっぱり大事だな。

 

 

『僕たちは学内の差別撤廃を目指す有志同盟です』

 

 

最初の一声の失敗を考慮して、次の言葉は静かだったが、内容が深刻なモノだった。

 

 

『僕たちは生徒会と部活連に対し対等な立場における交渉を要求します』

 

 

(また厄介なことになってるな……)

 

 

俺はこの前言っていた壬生の言葉を思い出す。

 

壬生の言っていた組織が動き出したか。

 

 

「はぁ……」

 

 

俺は一つため息をついて、

 

 

机に突っ伏して寝る。

 

 

正直、俺は止める気にならない。いや、呆れてしまった。

 

組織はおそらく二科生で構成されている。そんなやつらが問題を起こせば一科生はさらに二科生を差別的に見るのがオチ。ここまで騒ぎを大きくしたらもう二科生と一科生の仲は悪化するしかないだろう。

 

俺は一科生と二科生の関係を良い方向に持っていくのは不可能。俺はそう考えてる。

 

俺も一度はどうにかしようと思ったが、この学校の差別意識は半端じゃない。実際、この数日間一科生に何度も絡まれた。全員返り討ちにしたけど。

 

犬猿の仲。いや、それ以上だ。

 

 

(お手上げってことだ)

 

 

そして、目を閉じた。

 

 

「大樹、風紀委員から呼び出しが来てるぞ」

 

 

「……………」

 

 

達也の呼びかけを全力で無視する。寝る。もう寝る。何が何でも寝る。起こせるものなら起こしてみろ。

 

 

「来なかったら『追加の書類』だそうだ」

 

 

「もういい!アレはやりたくない!」

 

 

俺は勢い良く立ち上がり、教室を出るのであった。

 

 

_______________________

 

 

「遅い!」

 

 

急いで放送室に向かうと、放送室のドアの前には人だかりが出来ていた。

 

中心にいた摩利が俺に叱責する。摩利の隣には生徒会メンバーもそろっていた。

 

 

「うるせぇ!書類で脅すのはもうやめろよ!?」

 

 

俺は摩利に向かって大声を上げる。

 

この数日間、風紀委員の仕事である勧誘期間の警備が終わり、書類の仕事をしていたが、量が半端なかった。先輩方が『お前、休んでいたから』と理不尽な理由で10000枚分は端末で文字を打ち続けた。マジで。

 

 

「さすがの私も大樹君にはもうさせようと思わない」

 

 

「そ、そう思ってるならいいが……」

 

 

「次は手書きでさせる」

 

 

「変わってねぇよ!むしろそっちのほうがイヤだわ!」

 

 

正気の沙汰か、風紀委員長様。

 

 

「大樹さん!」

 

 

後ろから黒ウサギが声をかける。達也も一緒にいる。あ、置いて行ってしまってた。

 

 

「黒ウサギを置いて行かないでください!」

 

 

「わ、悪い……書類が怖くて」

 

 

っと素直に謝ると黒ウサギは少し涙ぐんだ。同情するなら金……いや、同情でいいや。

 

 

「摩利、状況は?」

 

 

「ああ、今から説明する」

 

 

俺の質問に摩利はみんなに聞こえるように説明し始めた。

 

 

「犯人はマスターキーを盗み出し、扉を封鎖。中に立てこもっており、こちらからは開けられない」

 

 

「そうか。ドアをぶち破るしかないな」

 

 

摩利の報告を聞いた俺はわざとふざけた解答をする。

 

 

「私もそうしたいんだが……」

 

 

「したいのかよ!」

 

 

予想外の返しに驚愕した。

 

摩利は隣にいる人物をチラッと視線を送る。

 

 

「彼らを暴発させないように慎重に対応すべきだと思います」

 

 

生徒会の会計。鈴音が摩利と逆の意見を言う。どんな方針で対処するのか分かれているのか。

 

 

「十文字会頭はどうお考えなのですか?」

 

 

俺の隣にいた達也が十文字に質問をする。なるほど、第三の意見か。

 

 

「俺は彼らの要求する交渉に応じて良いと思っている」

 

 

十文字の意外な意見に少し驚いた。まさか、応じても良いと来たか……。

 

 

「では、このまま待機しておくと?」

 

 

「それについては決断しかねている。不法行為は放置しておけんが、性急な解決を要する程でもない」

 

 

達也の言葉に十文字は難しい顔をする。

 

 

(これは手詰まりじゃねぇか。どうする、達也?)

 

 

俺は達也が十文字に質問した瞬間、確信した。何か策がある、と。

 

 

「……だそうだ。どうする、大樹」

 

 

「そこで俺に振るのかよ!?」

 

 

驚愕の真実。まさかの俺。

 

 

「大樹にも常識外れな提案があるんだろ?」

 

 

「何で常識外れなんだよ。やめろよ、俺が常識が無い人間だと思うの」

 

 

「あるのか?」

 

 

「喧嘩売ってのか!?」

 

 

今日は達也がドSのようだ。全く、兄弟そろってドS属性とか……。

 

 

「「お兄様(深雪)にそんな属性はありません(ない)」」

 

 

「仲良いな、お前ら!?」

 

 

二人揃って俺の思考を読まれてしまった。深雪、いつの間に達也の隣に来た?さっき後ろにいただろ?

 

 

「で、どうなんだ?」

 

 

「摩利……」

 

 

摩利は俺に意見を聞く。少し目が輝いているのは気のせいですか?

 

 

「はぁ……要求は飲むかどうかはお偉いさん方に任せて、要するに『ドアをぶち壊さずに生徒を制圧する』ってことだろ?」

 

 

「……出来るのか?」

 

 

摩利の確認に俺は意気揚々と笑顔で告げる。

 

 

「やりたくない!」

 

 

「「「「「そっち!?」」」」」

 

 

出来るかどうかでは無く『やりたくない』。これが俺の答えだ!

 

 

「……木下はいるか?」

 

 

「こ、ここにいます」

 

 

摩利は後ろにいた優子を呼び出して……内緒話をし始めた。ちなみに内容は聞かないよ。何故かって?女の子同士の会話をこっそり聞いたら『インドラの槍』がプレゼントされるんだよ!?知ってた!?

 

 

「大樹君」

 

 

「な、何だ」

 

 

内緒話が終わり、摩利が俺の名前を呼んだ。優子の頬が少し赤いのは何故だ?

 

 

「い、言っておくが俺は絶対にやらないぞ。例え地球が滅びても

 

 

「成功したら木下と休日に一度だけデートができるかもしれないと言ったら?」

 

 

「俺にやらせてくださいッ!」

 

 

(((((地球が滅ぶより優先したな……)))))

 

 

俺は摩利に土下座して懇願する。最初にそれを言え!

 

 

「では頼んだ」

 

 

「って言っても……やることは簡単だぞ?」

 

 

俺は摩利に歯切れの悪い返事をした。懐から細長い銀の針を取り出す。

 

 

「ピッキングだからな」

 

 

カチャッ

 

 

それを鍵穴に刺して、一瞬でロックを解除した。前にCAD調整装置を使うために全てのドアのロックは解除出来るように練習をしていたのが役に立った。

 

 

「黒ウサギ、残った奴を拘束してくれ」

 

 

「はい!」

 

 

そして、俺はドアを勢いよく開けた。

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

部屋の中にいた5人の生徒は突然の出来事に驚く。男子生徒3人。女子生徒2人。女子生徒は黒ウサギに任せることにしよう。

 

手始めに俺は入り口の近くにいた男子生徒の胸ぐらを右手で掴み、次に空いた左手でもう一人また胸ぐらを掴む。

 

そして、そのまま前に向かって手を突きだし、最後の一人となった男子生徒に二人をぶつけてやった。

 

 

「「「ぐあッ!?」」」

 

 

男子生徒は壁にぶつかり、そのまま固まって床に倒れる。すかさず俺は方足でまとめて3人を抑える。

 

 

「きゃッ!」

 

 

一方、黒ウサギは既に2人の女子生徒の手を掴み、抑えていた。ミッションコンプリイイィィーット!

 

 

「このッ!」

 

 

足元で諦めの悪い一人の男子生徒が携帯端末型CADを取り出した。魔法を発動しようとしている。

 

だが、

 

 

男子生徒の魔法はキャンセルされた。

 

 

雑な説明かもしれないが本当に魔法がキャンセルされたのだ。魔法式が展開したのをしっかりと見たのだから。

 

しかし、魔法が発動することはなかった。

 

俺は魔法式が崩れて行くのをこの目でハッキリと見ていた。

 

 

「うぅ……何だ……コレ……」

 

 

「き、気持ち悪い……」

 

 

足元にいる男子生徒が一斉に顔を青くした。女子生徒も顔色がよくない。座り込んでいる。

 

 

「な、何が起きたんだ?」

 

 

「だ、大樹さんは平気なんですが?」

 

 

「だから何がだよ……」

 

 

「この揺れ……です。気分が悪くならないのですか?」

 

 

黒ウサギも顔をしかめ少しきつそうだ。

 

俺は何が起こったのか探るべく、辺りを見渡すと、

 

 

「ッ!」

 

 

大体理解することが出来た。俺の視線の先には達也がいた。

 

腕輪型CADを両腕に付けている達也が。

 

隣では深雪が笑みを向けている。ほう、お兄様が何かしたな。

 

 

「楢原君……」

 

 

黒ウサギが抑えている一人の女子生徒が俺の名前を呼んだ。俺はその子を知っている。

 

 

「やっぱりいたか……壬生」

 

 

俺は駆け付けた他の風紀委員に男子生徒を任せ、壬生のもとへ行く。

 

 

「どうして……どうして邪魔するの!?」

 

 

「風紀委員だからって答えじゃダメか?」

 

 

「楢原君は二科生(ウィード)と呼ばれ続けても……!」

 

 

「俺は構わない」

 

 

「ッ!」

 

 

俺は壬生が質問するより早く答えを出した。俺の強い視線に壬生は息を飲む。

 

 

「確かに一科生に馬鹿にされるのは腹が立つ。頭は俺より悪い癖に、運動神経も俺以下の癖に……魔法が出来るだけで俺に突っかかって来るし、偉そうにしやがって……!埋めてやろうか、あいつら……!!」

 

 

(((((絶対に関わらないでおこう……)))))

 

 

俺は段々と突っかかって来た連中を思い出した苛立つ。大樹を見た周りの生徒は心の中でむやみに関わらないように決意した。もうあいつには歯向かわないっと。

 

 

「でもな……差別しない奴らもいる」

 

 

優子、深雪、雫、ほのか。彼女たちは違う。他の奴らとは違う。

 

 

「さすが成績優秀な人たちだ。二科生のお手本になる。それに比べて他の優秀な連中は……小学生かよ」

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

俺は風紀委員たちに向かって言っていた。実際、風紀委員にもまだ差別するような奴がいたからだ。他の風紀委員は全員俺から視線をそらす。

 

 

「確かに壬生の言う通りだ。改善しなきゃクズの集まりになる」

 

 

「それならッ!」

 

 

「それでも駄目に決まってるだろうがッ!」

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

俺の怒鳴り声に壬生と風紀委員は驚いた。

 

さすがにこれ以上怒鳴るのは……と思い、声量を下げる。

 

 

「差別撤廃?笑わせるな。お前らが魔法をうまく使えないから二科生(ウィード)なんだろ。魔法がうまいから一科生(ブルーム)なんだろ。実力が無いのを他人に押し付けてんじゃねぇ」

 

 

「……………」

 

 

壬生は何も喋らない。

 

 

「お前らはそれを承知でこの学校に入ったんだろ?お前らが怒ってんのは二科生(ウィード)に対する一科生(ブルーム)の差別態度だろ?」

 

 

俺は壬生の両肩を掴んで、俺と顔を合わせるようにする。

 

 

「お前らの行動で一部の二科生は良い思いになっただろうな。差別が無くなるって」

 

 

だけど、っと俺はそう付け足して言葉を続けた。

 

 

「お前らの行動は一科生に不快感を与え、迷惑をかけた。こんなこと永遠とやってたらお互いに一生仲良くできねぇんだよ!何でお前らは自分のことしか考えてねぇんだ!」

 

 

「……ッ!」

 

 

壬生は俺の再度の怒鳴り声で涙を一滴流した。

 

 

「……差別をせず、仲良く接してくれた一科生の人に……迷惑かけてんじゃねぇよ。こんなやり方、間違っている」

 

 

俺は壬生の両肩から手を放し、放送室から出て行こうとする。

 

 

「……お前ら一科生がそんなことしなければ起きなかった事件だったな」

 

 

風紀委員の横を通り過ぎる時、俺はそうつぶやいた。過去にやったことのある奴らは俺から目をそらしていた。

 

 

「どこへ行く?」

 

 

放送室を出た所を摩利に止められる。

 

 

「そうだなぁ……本当なら二科生を馬鹿にした連中をぶん殴りに行くところだが……この調子だと二科生も何かしてそうだし……どうしようか?」

 

 

「お前の正義感は良いが、やり過ぎるなよ」

 

 

「やらねぇよ……俺は」

 

 

俺の言葉に摩利は疑問に思う。だが、俺の視線の先にいる人物に気が付き、摩利は理解した。

 

 

「生徒会長に全部なげるのか?」

 

 

「人聞きが悪いな。任せるんだよ」

 

 

廊下を歩いて来た真由美は俺の前に立つ。

 

 

「よぉ、遅かったな。問題の解決をしに来たのか?」

 

 

「ええ、大樹君のおかげでやりやすくなったわ」

 

 

「……どういうことだ?」

 

 

真由美は俺の質問に答えず、俺にウィンクして放送室に入って行った。俺と摩利は放送室を外から眺める。

 

 

「電源はちゃんと切らないと、ね」

 

 

真由美は放送室のマイクの下にあるボタンをOFFにした。……え?

 

 

「で、電気は落としたはずじゃ……」

 

 

「さて問題。いつから電気は入れていたのでしょうか?」

 

 

「……大樹、おうちに帰る」

 

 

俺はこれから起ころうとすることを見届けず、本気で帰ることにした。

 

 

「ま、待ってください!大樹さん!」

 

 

黒ウサギが追いかけてきたが、俺は恥ずかしさのあまり逃げてしまった。

 

 

_______________________

 

 

「だ、大樹さん?大丈夫ですか?」

 

 

「……死にたい」

 

 

「えっと……今日は何が食べたいですか」

 

 

「ドクツルタケ」

 

 

(それって『殺しの天使』って異名を持つほどの毒キノコじゃ……)

 

 

大樹と黒ウサギは家に帰って来ていた。

 

二階の畳に布団を敷き、大樹が寝ていた。『明日から学校には行きたくない』っと大樹は言っている。

 

 

「お店は開かないのですか?」

 

 

「余りものを出しとけ」

 

 

「それは駄目だと思います」

 

 

大樹は布団を体で覆った状態のまま立ち上がる。

 

 

「じゃあ料理だけする」

 

 

「布団に引火したら大変ですから、布団は置いて行ってください」

 

 

「……俺、布団を脱いだら死んじゃうんだ」

 

 

「脱いでください」

 

 

「……………え?」

 

 

「脱いでください!」

 

 

「……俺の貞操の危機!?」

 

 

「何をおっしゃっているんですか!?いいから脱いでください!」

 

 

「ちょッ!?」

 

 

黒ウサギは無理矢理布団を引き剥がした。

 

だが、引き剥がし方が乱暴すぎて大樹はバランスを崩し、黒ウサギに向かって倒れた。

 

 

「きゃッ!?」

 

 

「うおッ!?」

 

 

黒ウサギの上に大樹が折り重なり、畳の上に倒れた。よって、大樹が黒ウサギを押し倒したような体制になる。

 

 

「だ、だだだ大樹さん!あ、あの……!」

 

 

ピロリンッ!

 

 

大樹の携帯端末から着信の知らせが届いた。

 

 

_______________________

 

 

「ん?メールか」

 

 

俺は黒ウサギの上からどき、再び布団へ転がる。

 

 

「……し、知っていますよ黒ウサギは……いつもこんなふうに邪魔が入るのは……」

 

 

黒ウサギが何かぶつぶつと言っていたがスルーした。だって怖いもん。

 

メールを送って来たのは真由美だった。

 

 

『明後日、生徒会と有志同盟の公開討論会が決まったわ。あとで風紀委員から連絡が来るはずよ。ありがとうね』

 

 

「何が『ありがとう』だよ」

 

 

俺は返信を返す。

 

 

『最後のありがとうって何だよ?嫌みか?』

 

 

返信をしてしばらく待つ。

 

 

「~♪」

 

 

いつの間にか俺の隣では黒ウサギが隣で寝そべっていた。どうやら一緒に俺のメールを見ていたらしい。機嫌が良さそうなので放っておこう。

 

 

ピロリンッ!

 

 

『本当に感謝してるのよ?大樹君の公開放送のおかげで討論会がやり易くなったわ』

 

 

返信文を書く。

 

 

『公開放送というより公開処刑だろうが!』

 

 

返信した。

 

 

「~~♪」

 

 

黒ウサギは俺の髪を撫で始めた。超機嫌が良さそうなので放っておく。……ど、ドキドキなんてしてないからね!勘違いしないでよね!

 

 

ピロリンッ!

 

 

『そうね。今度お詫びにデートでもしましょうか?』

 

 

ブチッ←俺の髪の毛が数本抜ける音。

 

 

「痛い痛い痛い痛い痛い痛い!痛いよッ!抜けるッ!禿げるッ!?」

 

 

「貸してください!」

 

 

髪撫でるから引き千切るになってしまった黒ウサギは俺の携帯端末を取り上げる。

 

 

『俺の嫁は黒ウサギだけだですよ!』

 

 

「それバレるだろ……」

 

 

黒ウサギは俺の言葉を聞かずに返信した。最近、黒ウサギがマジ怖いです。

 

 

ピロリンッ!

 

 

……着信音がここまで怖いと思ったのは初めてだ。

 

 

 

 

 

『そう……じゃあ()()大樹君が誘ってくるのを待ってるわ』

 

 

 

 

 

ブチッ←黒ウサギの堪忍袋を千切れる音。

 

 

俺……そんなことしてへんよ?デートとか誘ってないよ。

 

 

「大樹サン……スコシO☆HA☆NA☆SHIガアルノデスヨ……」

 

 

出たよ。『お話し』ではなく『O☆HA☆NA☆SHI』。これ死亡フラグが立ったんじゃ……。

 

 

「み……み……ッ!」

 

 

俺はお願いする。

 

 

「MI☆NO☆GA☆SHI☆TE?」

 

 

「ダメですよ☆」

 

 

死んだわ、コレ☆

 

 



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あの子を護る為の武器

前回のあらすじ

 

 

 

 

 

あと一歩でハゲになってた。

 

 

 

 

 

どうも、毎度お馴染み楢原大樹です。現在家から一番近い公園に来てます。

 

 

「………………………」

 

 

何故俺が黙っているかというと、洗面器に水を入れてそこに頭を突っ込んでいるからだ。拷問じゃないよ。自分でやってるんだよ。だからってMってわけじゃないよ。全然気持ち良くない。

 

修行をしている。対エレシス用にな。

 

まだまだ息を止めていられるので、ここで少し俺のことを話そう。

 

絶賛彼女募集中だ。あ、どうでもいい?そうか……。

 

………俺の武器は姫羅の形見である長銃の【神影姫(みかげひめ)】。それと姫羅のもう一つの形見の刀【(まも)(ひめ)】だ。

 

未だに恩恵は分からず、知っていることは名前だけ。

 

刀はもう一本ある。それは火龍誕生祭の優勝賞品で耀から貰った【名刀・斑鳩(いかるが)】だ。

 

恩恵は知っているが……絶対に使いたくないと思っている。理由はあばばばばッ!

 

 

「ッ!」

 

 

俺はついに息が続かなくなり、思考をやめて水面から顔を出した。

 

 

「はぁ…!はぁ…!た、タイムは…!?」

 

 

「い、一時間二分です……」

 

 

「……………あ、ごめん。最近、耳が悪いみたいだ。もう一回言ってくれ」

 

 

「一時間二分です……」

 

 

「……………あ、ごめん。最近、耳が悪いみたいだ。もう一回言って

 

 

「一時間二分です!」

 

 

延びすぎ。笑えないよバカ。

 

そりゃ毎日息を止め続けて練習したよ。ある時は、もしかして息を止めた時間を合計したら半日は息してねぇんじゃねか?とか思うくらい練習した。

 

結果。酸素を大切にするエコな男が誕生した。

 

 

「つ、次だ!次の鍛練だ!」

 

 

俺はすぐに目を閉じて集中する。

 

この修行は神の力をいつでも発動出来るように練習している。

 

 

「むッ!!」

 

 

カッ!と瞳を見開いた。

 

俺は少しずつ感覚を取り戻してきていた。羽は出せないが、新しいことができるようになった。

 

それが………これだ!

 

 

「明日は晴れる!」

 

 

「……今じゃないんですか?」

 

 

「明日」

 

 

「……………」

 

 

天候なら明日だけ変えれるようになった。しかも晴れか雨だけ。ショボい。

 

 

「か、刀だ!刀なら自信がある!」

 

 

「そ、そうですよ!」

 

 

俺はギフトカードから二本の刀を取り出した。

 

そして、鞘から刀を引き抜く。

 

 

ギギギッ

 

ギイイイイイィィィッ

 

 

「「さ、錆びてる……」」

 

 

刀から嫌な音が鳴る。海水に浴びてから手入れするの忘れてた……。

 

残念な姿になった刀を見た俺はその場で崩れ落ちる。

 

 

「だ、大丈夫です!そんな時は……」

 

 

黒ウサギはポケットから携帯端末型CADを取り出した。

 

そして瞬時に起動式を出力し、魔法式を展開させた。

 

 

(魔法……黒ウサギも使えたのか……)

 

 

心の中にいた俺が泣き崩れた。俺だけ省くの止めてくれない?爆弾型CADじゃなくて、普通のCADが使いたい。

 

黒ウサギが使っているのは現代魔法だ。

 

現代魔法には『加速・加重』『収束・発散』『移動・振動』『吸収・放出』の四系統からなる八種類に分類してある。

 

四系統に属されていない例外が3つあるが、今はどうでもいい。

 

 

「ちょっと黒ウサギさん?もしかして【ラストメーカー】を発動していませんか?」

 

 

ちなみに魔法式を読み取ることは簡単だ。全部記憶してるからな!…………怖くないよ?優しいお兄さんだよ?だからドン引きしないで。

 

 

「YES。そうですが?」

 

 

「ちょッ!?今すぐやめ……!」

 

 

 

 

 

バキンッ!!

 

 

 

 

 

耀がくれた刀と姫羅の形見の刀が折れた。

 

 

 

 

 

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」

 

 

\(^o^)/

 

 

「えッ!?な、何でッ!?」

 

 

黒ウサギが刀を見て目を疑った。

 

 

「【ラストメーカー】は金属を()()()()()んだよッ!!間違って覚えてただろッ!?」

 

 

「そ、そんな……!」

 

 

黒ウサギの顔が真っ青になるのがよく分かる。

 

 

「どうする……これ……」

 

 

「す、すいまs

 

 

「まぁいっか」

 

 

「えぇッ!?」

 

 

俺は刃を無くした柄だけになった刀を手に取り笑う。

 

正直、泣きたいくらい悲しいが……黒ウサギに心配をかけるわけにはいかない。だってもう泣きそうだもん。怒れないよ。

 

一応、魔法で金属の錆びを取ろうと思えば取れるが、かなり高度な魔法技術が必要だ。黒ウサギには無理だろう。

 

 

「別に刀が無くても俺は十分に戦えるよ」

 

 

そう言って俺は黒ウサギを励ます。俺はなんとなく柄だけになった刀【(まも)(ひめ)】を大きく縦に振った。

 

 

ゴオッ!

 

 

「「?」」

 

 

今の音は?

 

何かが燃え上がるような音が聞こえた。しかも音源は、

 

 

「柄から何か聞こえなかったか?」

 

 

「黒ウサギも聞こえましたが……でも、何も起きてません……」

 

 

刀は先程と変わらず柄だけだ。

 

 

「だ、だよなぁ……」

 

 

確認のため、俺はもう一度刀を振ってみた。

 

 

「……………」

 

 

何も起きない。もう一度振ってみる。

 

 

「……………」

 

 

何も起きない。もう一度振ってみる。

 

 

ゴオッ!!

 

 

剣が燃えた。もう一度振ってみる。

 

 

「……………」

 

 

剣は燃えている。もう一度振ってええええええええええええ!?

 

 

 

 

 

姫羅から貰った刀【(まも)(ひめ)】の柄から蒼い炎が舞い上がっていた。

 

 

 

 

 

「な、なんじゃこりゃあああああァァァッ!?」

 

 

公園に俺の咆哮が轟いた。

 

 

________________________

 

 

公園で叫び終わった後、俺と黒ウサギは疲れ切った状態で登校した。もちろん、遅刻だ。ちなみに昼休みだ。

 

とりあえず、刀だが……まぁ何とかなりそうだ。

 

むしろ良くなったんじゃねの?よく分からんけど……それより。

 

 

ざわざわッ

 

 

(昨日より視線が凄いんだが……)

 

 

もうね、みんなガン見なのよ。そんなに見つめられたら……俺……恥ずかしくて死んじゃう!嘘だけど。

 

視線の数は昨日より倍以上だった。これで校内で俺を知らない人は消えてしまった。もうここまで来たらハ〇ヒみたいに『美少女にしか興味はありません!』って言ってしまおうかな?

 

 

「真由美はいるか?」

 

 

俺はノックをせず、生徒会室の扉を開けて入る。

 

最初に目に入ったのは溜め息を吐く摩利の姿だった。

 

 

「大樹君……ノックぐらいしたまえ」

 

 

「真由美が俺に本気で謝ったらする」

 

 

俺は敵意を剥きだして、生徒会長の真由美を野生の獣の如く睨んだ。

 

 

「そうよ、大樹君に言うことがまだあったのよ!ちょうどいいわ!」

 

 

「え?スルー?ここでスルーしちゃいます?」

 

 

そんな俺の睨みをスルーして、真由美はハッとなり、一枚の紙を取り出す。俺は受け取り、紙に視線を移す。

 

 

「これは?」

 

 

「公開討論会の警備の振り分けだ。もちろん、黒ウサギにも参加してもらう」

 

 

俺の質問に摩利が答えた。黒ウサギは了解ですっと返事をした。

 

 

「警備ねぇ……また問題が起きるのか?」

 

 

「達也君はそう睨んでいるらしい」

 

 

「……詳しく聞かせろ」

 

 

摩利の言葉を聞いた俺は詳細を尋ねる。しかし、摩利は首を横に振った。

 

 

「残念だが言えない。情報規制されている……だが、有志同盟の背後にこの学校の脅威になる組織がいる」

 

 

「……そうか、警備なら俺と黒ウサギは自由に警備できるようにしてくれ」

 

 

「理由は?」

 

 

「聞かなくても分かるだろ?」

 

 

俺は笑みを浮かべて返す。黒ウサギ、摩利、真由美の三人は苦笑いだった。

 

 

「そんな奴ら……一人残らず俺が潰してやる」

 

 

そう言って、俺は右手を強く握り絞めた。

 

 

________________________

 

 

【公開討論会 当日】

 

 

講堂には既に全校生徒の半数以上が集まっていた。暇なので数えていたら全校生徒の3分の2も来ていることが発覚した。

 

 

「15人……多いな」

 

 

「15人?」

 

 

俺の言葉に討論会の準備を終えた優子が疑問を抱く。

 

 

「事前に聞いただろ?同盟メンバーが何かするかもしれないって」

 

 

「ええ」

 

 

「俺が見た限り、同盟メンバーは15人いた」

 

 

「……ちょっと待って。楢原君、さっきここに来たばかりだよね?」

 

 

優子は恐る恐る俺に尋ねる。確かにここに来たのは2分前だ。

 

 

「ああ、2分前に来た」

 

 

「……それでもう数え終わったの?」

 

 

「まぁな」

 

 

優子は返答にドン引きだった。我ながら超人なことをやってると自分でも思う。こんな反応されるのも慣れたわ。

 

話の話題を変えようと考えていると、

 

 

「優子、俺とのデートはいつするんだ?」

 

 

「ふぇッ!?」

 

 

優子は顔を真っ赤にして、

 

 

「し、しないわよ!」

 

 

「えぇ!?放送室で言ってたのと違うじゃん!?」

 

 

「先輩は『かもしれない』って言ったわ」

 

 

「あんまりだ……!」

 

 

俺はその場で顔を両手で覆った。

 

 

「……どうしても駄目か?」

 

 

「……考えておく」

 

 

「よっしゃあああああァァァ!!!」

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

「馬鹿!大きな声出さないでよ!」

 

 

講堂にいた生徒たちが一斉に驚く。俺は優子に口を抑えられる。

 

 

(な、なんでそんなに嬉しそうなのよッ!?)

 

 

優子は顔を赤くさせていた。大樹の嬉しそうな顔を見て。

 

 

「はふい、ついうへひくへ」(悪い、つい嬉しくて)

 

 

「もういいわよッ」

 

 

「なんへほんはひおほっへるの?」(何でそんなに怒ってるの?)

 

 

「だ・ま・り・な・さ・いッ!」

 

 

優子は俺の口を抑えていた手を頬に持ってき、力一杯引っ張った。

 

 

「……いはい」(……痛い)

 

 

「何でそんなに冷静でいられるのよ……」

 

 

「うひろ」(後ろ)

 

 

「え?」

 

 

俺は優子の後ろに視線を移す。優子が振り向くと、

 

 

「「「「「あ」」」」」

 

 

「ッ!?」

 

 

生徒会メンバーと風紀委員の皆様が覗いていた。

 

 

「構わずイチャイチャしてくれ」

 

 

「い、イチャイチャなんかしてません!」

 

 

摩利は顔をニヤニヤしながら言う。優子は顔を真っ赤にして否定した。

 

 

「え……イチャイチャしてないの!?」

 

 

「何で楢原君が驚くの!?」

 

 

「イチャイチャしたいからさ!」

 

 

「意味が分からないわよ!」

 

 

「イチャイチャだぞ!あのイチャイチャ!カップルがいつもイチャついているイチャイチャで、イチャイチャだぞ!?俺もイチャイチャして優子もイチャイチャ

 

 

「さっきからイチャイチャうるさいわよ!」

 

 

「付き合ってください!」

 

 

「急に何言ってんのよ!?」

 

 

「じゃあ結婚してください!!」

 

 

「もうやめて!!」

 

 

優子は俺のボケに対応できなくなり、無理矢理中断させる。もう最後とか告白だったな。

 

 

「あなたが相当の馬鹿なのは分かったわ……」

 

 

「いや、これでも俺の成績

 

 

「喋らないで」

 

 

「……………」

 

 

嫌われた……。

 

 

「ほら木下さん。大樹君、本気で落ち込んでるわよ」

 

 

「何でアタシの時だけそんなに落ち込むんですか……」

 

 

すかさず真由美がフォローする。優子は溜め息を吐いて、

 

 

「……しゃ、喋っていいわよ」

 

 

「I love you」

 

 

「やっぱり喋らないで」

 

 

________________________

 

 

「何でそんなに不機嫌なんだ……?」

 

 

「知りませんッ」

 

 

優子と仲直りした後、俺は黒ウサギと一緒に行動していた。だが、隣にいる黒ウサギは頬を膨らませて拗ねていた。うん、全然怖くない。ただ可愛いだけだからね、それ。

 

俺たちがいるのは講堂の一番後ろ。入り口の横にいた。

 

俺たちの役目は怪しい奴を逃がさないこと。怪しい奴を講堂に入れないこと。他の怪しい奴を見つけることっと言った感じに役目はたくさんある。

 

 

『非魔法競技系よりも予算が明らかに多い!一科生優遇が部活動にも影響している証です!不平等予算はすぐに是正すべきです!』

 

 

『それは各部活動の実績を反映した部分が大きいからです。非魔法競技系クラブでも優秀な成績の部には見劣り無い予算が割り当てられております』

 

 

二科生の同盟メンバーは生徒会長の真由美によって論破される。苗〇君みたいに『それは違うよ!』って最初に言って欲しいな。

 

俺は真由美を心の底から凄いと思った。

 

彼女は魔法の強さだけで生徒会長になったわけでは無い。あのカリスマ性や物事をすぐに対処する冷静さがあってこそ、この学校の長としてやっていけるのだろう。

 

 

「大樹さんには絶対に勤まらない役職ですよね」

 

 

「だから何で俺の心を読めるんだよ?黒ウサギも司波兄妹も。マジお前ら学園都市行けよ」

 

 

俺は黒ウサギのフードを強く前に引っ張り、顔が隠れるようにイタズラする。「あうッ」っと黒ウサギは短い悲鳴を漏らして、黙った。

 

 

「言っておくが、俺はこの学校を規律よく正しい生活を送れるようにできるカリスマ性はある」

 

 

「ど、どうやってですか?」

 

 

「力でねじ伏せる」

 

 

「さ、最低な人ですね。カリスマ性関係ないじゃないですか」

 

 

「金でねじ伏せる」

 

 

「いえ、やっぱり最低な人ですよ?」

 

 

「愛でねじ伏せる」

 

 

「だから最t……良い人ですね!」

 

 

やーい、今『最低』って言おうとしたー!

 

壇上では全員論破し終えた〇木君……じゃなかった。真由美がみんなに語り掛ける。

 

 

一科生(ブルーム)二科生(ウィード)……残念ながら多くの生徒がこの言葉を使用しています』

 

 

真由美は言うことを禁止された言葉を口にする。あえて。

 

 

『生徒の間に同盟の皆さんが指摘したような差別意識が存在するのは否定しません』

 

 

しかしっと真由美は強く言う。

 

 

『それだけが問題ではありません。二科生の間にも自らを蔑み、諦めと共に受け入れる。そんな悲しむべき風潮が確かに存在します』

 

 

真由美の声は講堂の後ろまで行き渡っていた。俺と黒ウサギも真剣に聞いていた。

 

 

『その意識の壁こそが、問題なのです!』

 

 

「そんなの誤魔化しだ!!」

 

 

真由美の言葉に席に座っていた一人の男がヤジを飛ばす。それに便乗して何人かの生徒もヤジを飛ばし始めた。ヤジを飛ばしているのは全員同盟メンバーだ。

 

 

「うるさいぞ同盟!」

 

 

それに対抗する声も上がり始めた。

 

しかし、講堂に静けさを取り戻すのは時間はかからなかった。声を荒げていた人たちはだんだんといなくなり、講堂が再び平穏が訪れる。

 

静かになるのを待ち続けた真由美はついに話をまた始める。

 

 

『学校の制度としての区別はあります。しかし、それ以外では差別はありません。その証拠に第一科と第二科のカリキュラムは全く同じで、講義や実習は同じものが採用されています』

 

 

真由美の声に誰もヤジを飛ばさない。いや、飛ばせないのだ。それは正論だったから。

 

 

『私は当校の生徒会長として現状に決して満足していません。ですが二科生を差別するからといって今度は二科生を差別する。そんな逆差別をしても解決にはなりません』

 

 

真由美は自分の右手を胸に手を当てて言う。

 

 

『一科生も二科生も、一人一人が当校の生徒であり、生徒たちにとって唯一無二の三年間ですから』

 

 

その言葉にパラパラッっと控えめな拍手が響き渡る。まだ納得していない者がいるからだろう。

 

 

『制度上の差別を無くすこと。逆差別をしないこと。私たちに許されるのはこの二つだと思います。……しかし』

 

 

真由美は右手の人差指を立てる。

 

 

『実を言うと、生徒会には一科生と二科生を差別する制度が一つ残っています。それは生徒会長以外の役員の指名に関する制限です』

 

 

生徒会役員は一科生のみから指名する決まりがあることを俺は思い出す。真由美もみんなにそのことを説明していた。

 

 

『そして、この規則は生徒会長改選時の生徒総会においてのみ、改定可能です』

 

 

(まさか……?)

 

 

そして、俺の予想は当たった。

 

 

『私はこの規定を』

 

 

真由美は大きな声で宣言する。

 

 

 

 

 

『退任時の総会で撤廃することで生徒会長としての最後の仕事にするつもりです!』

 

 

 

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

この宣言に講堂がまた騒がしくなった。ヤジを飛ばした時以上に。

 

 

『……私の任期はまだ半分ありますので少々気の早い公約になってしまいますが、人の心を力ずくで変えることはできないし、してはならない以上、それ以外のことで、できる限りの改善策に取り組んでいくつもりです』

 

 

真由美は深く一礼して、講演を終えた。

 

 

その瞬間、大歓声が起きた。

 

 

立ち上がって拍手をする者も少なくはない。むしろ、座っている人より多い。

 

隣では黒ウサギも笑顔で拍手をしていた。

 

 

そして、黒ウサギは異変に気付いた。

 

 

「大樹さん!学校の外で

 

 

そこから黒ウサギの声は聞こえなくなった。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

外から大きな爆発音が講堂の中まで響き渡った。講堂にいた生徒たちは驚愕していたが、しだいに驚きは恐怖へと変化した。

 

 

「じ、実技棟がッ!」

 

 

生徒の一人が窓の方を見て悲鳴をあげた。窓から見えたのは実技棟から煙が上がっている光景だ。

 

それを合図にしていたのか、同時に同盟メンバーが一斉に動き出した。

 

しかし、風紀委員を舐めては困る。

 

 

「拘束しろ!」

 

 

摩利の合図で俺と黒ウサギ以外の風紀委員は素早い動きを見せつける。あらかじめマークしていたため同盟メンバーを迅速に捕まえることができた。

 

 

「黒ウサギ、頼みがある」

 

 

黒ウサギに頼み事を言う。黒ウサギはうなずいて快く承諾して、すぐに講堂の外に出た。

 

俺は真由美のもとに駆けつける。同盟の狙いは真由美だと睨んだからだ。だが、

 

 

「いけない!みんな窓から離れて!」

 

 

「ッ!」

 

 

真由美は講堂の窓を指を差した。俺はハッとなり窓を見る。

 

 

パリンッ!!

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

窓ガラスが割れ、何かが入って来た。だから、

 

 

「このクソッタレがッ!」

 

 

音速のスピードで飛翔し、窓の外から入って来た物体を掴みとった。

 

そして、そのまま再び外に返してやった。倍のスピードで。

 

 

「ひッ!?」

 

 

「な、何でッ!?」

 

 

「逃げろッ!!」

 

 

外にいた連中は煙を吸い込み、次々と倒れてった……このことは大樹は知らない。もちろん、生徒たちも。

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

俺のまさかの行動(投げ返す)を見た生徒は驚愕し、黙ってしまう。

 

 

ドゴッ!!

 

 

その時、入り口の扉が勢いよく開かれた。

 

入って来たのはガスマスク(おそらく先程放り込まれたのはガス弾だと思う。その対策で着けてきたのだろう)をつけた武装集団。手には銃を持っている。

 

テロリスト。そう呼ばれてもおかしくない恰好だった。

 

 

「【無刀の構え】」

 

 

もう一度音速のスピードを出し、武装集団の目の前まで迫る。銃のトリガーは引かせない。

 

 

「【黄泉(よみ)送り】!」

 

 

ドゴッ!!

 

 

一番先頭にいた武装したテロリストを右手の拳一つで外まで吹っ飛ばす。テロリストは衝撃が強すぎて声を上げることもできなかった。

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

他のテロリストは事態を察して、急いで俺に銃口を向ける。だが、

 

 

「素人が」

 

 

懐に手を突っ込み、コルト・パイソンを取り出す。そして、

 

 

ガッガッガッガッガッガキュンッ!!

 

 

今じゃ簡単に使えるようになった【不可視の銃弾(インビィジビレ)】でテロリストの銃の銃口に銃弾を撃ちこむ。

 

誰も捉えることも出来ない早撃ちだった。

 

 

ガシャンッ!!

 

 

一瞬にしてテロリストの武器を破壊した。

 

 

「な、何が起きた!?」

 

 

「武器が壊れた……!?」

 

 

「余所見してんじゃねぇよ」

 

 

コルト・パイソンを持ったまま、混乱したテロリストたちに向かって回し蹴りをする。こいつらは武器を持った一般人。一応、死なない程度には力加減する。

 

 

ドゴッ!!

 

 

そして、たった一蹴りで残りを薙ぎ払った。

 

テロリストは外まで吹っ飛び、地面を転がり意識を失う。

 

 

「大樹さん!」

 

 

ちょうど黒ウサギが帰って来た。

 

 

「敵の数は約300人でした……!」

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

「チッ、少し多いな……」

 

 

黒ウサギの言葉に講堂にいた全生徒が驚いた。俺は舌打ちをして、考える。

 

黒ウサギに頼んでいたのは敵の数を見て来てもらうことだった。それと、

 

 

「それと、あの二人は見えませんでした。ですが」

 

 

「分かってる。もしかしたらどこかで見てるかもしれないな」

 

 

あの二人……エレシスとセネスのことだ。隙を突かれてあいつらに後ろから刺されるってオチだけは避けたい。

 

 

「敵の勢力が一番大きいところはどこだ?」

 

 

「正門です」

 

 

「よし、摩利!」

 

 

俺は真由美の横で護衛している摩利に呼びかける。

 

 

「正門にいる奴らは俺が叩く!あとの奴らは先生たちが対処するよう伝えてくれ!」

 

 

「無茶だ!一人で行くなんて」

 

 

「いえ!黒ウサギもいます!」

 

 

摩利の声を黒ウサギが遮る。摩利は「そういう問題じゃないんだが……」っと頭を抑えていた。

 

 

「む、無理だ……二科生(ウィード)にできるわけが……」

 

 

その時、一人の男子生徒が声が聞こえた。俺はそいつに向かって話す。

 

 

「そうか。じゃあお前が行けよ、一科生(ブルーム)

 

 

「ふざけるなッ!あんなところに行ったら死んでしまうだろ!」

 

 

「じゃあ誰がこの事態を収拾するんだ?」

 

 

「そんなの先生に…!」

 

 

「先生に300人倒させるのか?」

 

 

「あッ……」

 

 

男子生徒は言葉を詰まらせる。何も言えなくなった。

 

 

「今動くべきなのは俺たちだろうが。そもそも成績優秀のお前ら一科生が動くべきだろ。魔法が劣った二科生を守るのは優秀なお前らじゃないのか?今、その時じゃないのか?」

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

「動きたくなければそれでいい。下手をすれば大怪我……最悪、死んでしまう」

 

 

誰もが目を逸らしたい現実だった。

 

死。

 

それはこの世の中で一番関わりたくないモノだから。

 

 

「それでも、俺は行くぞ」

 

 

理由はただ一つ。

 

 

「お前らを守るために。俺の大切な人を守るために」

 

 

「「「「「ッ!」」」」」

 

 

「誰も傷付けさせない」

 

 

静まり返ったせいで講堂に俺の声が行き渡った。この場にいる全員が聞いただろう。

 

ここで俺はあることを思いついた。

 

上手くいけば大儲け。失敗すれば大暴落。最高に危ない賭けを。

 

 

「……だが、俺一人では限界がある。さっき言っていたが俺がやれるのは正門にいる奴らだけだ」

 

 

俺は猿芝居を始める。全く限界じゃないよ。余裕だよ、300人くらい。

 

大半の生徒がもう気付いているだろうが、大きな声で告げる。

 

 

「誰か他のテロリストを倒してくれる奴らはいないか?」

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

『待って!生徒はここで待機させて……!』

 

 

「いいのかお前ら!?あんなに俺たちのことを考えてくれた超絶美人生徒会長に危害が加わっても!?」

 

 

『ちょっと!?』

 

 

マイク越しでも真由美が動揺しているのが分かる。だが、俺はそれでも続ける。

 

 

「否!そんなこと許されるわけがない!テロリストにそんなことを許すなッ!」

 

 

「そうです!テロリストを許してはいけません!」

 

 

黒ウサギも便乗して大声で言う。

 

 

「成績優秀な一科生よ!今こそ、お前らの力で学校を!生徒!そして、生徒会長を守ってくれないか!?」

 

 

俺は一科生を煽る。これで一人でも来てくれれば……

 

 

「……いいぜ、やってやるよ!オイ、行くぞお前ら!」

 

 

「本気ですか部長!?」

 

 

「当たり前だ!今こそ俺たちの部の力を見せる時だ!」

 

 

一部の生徒が声を上げて立ち上がった。どうやら部活動の部長みたいだ。それに続いて部員も立ち上がっている。

 

 

「私たちもやるわ!」

 

 

「僕たちも力を貸すよ!」

 

 

それに続いて一科生が所属する他の部活も、生徒も立ち上がる。これで一科生のほとんどが立ち上がった。

 

しかし、俺はまだ終わらない!

 

 

「さすが一科生だ!いいのか、二科生!?お前らは立ち上がらなくてッ!?このまま無能でいるのかッ!?」

 

 

俺は二科生も煽る。うぇいうぇい!煽っていくぜ!

 

 

「今こそ一科生に無能ではないことを!俺たちは二科生(ウィード)でないことを二科生だと示すときだッ!!」

 

 

俺は拳を天井に向かって突きあげる。ちょっと調子に乗って来たよ、俺。

 

 

「そうだ……あいつも俺も同じ二科生じゃないか」

 

 

「やってやる!二科生の意地を見せてやる!」

 

 

そして、二科生も立ち上がった。

 

 

これで講堂にいるほぼ全生徒が立ち上がった。

 

 

「今こそ一致団結の時だッ!」

 

 

「「「「「おおッ!!」」」」」

 

 

「俺たちに喧嘩を売ったらどうなるか思い知らせてやれ!」

 

 

「「「「「おおッ!!」」」」」

 

 

「生徒会長は!?」

 

 

「「「「「可愛いッ!」」」」」

 

 

「テロリストが手を出していいのか!?」

 

 

「「「「「させるかああああああァァァ!!」」」」」

 

 

「なら行くぞお前らッ!!」

 

 

「「「「「おおおおおォォォ!!」」」」」

 

 

大樹率いる生徒会長大好き軍は外へと走り出した。

 

講堂に残ったのは同盟メンバーを取り押さえた風紀委員。生徒会メンバー。そして、立ち上がらなかった生徒数名だけだった。

 

全員、あの光景に呆気を取られていた。

 

最初に達也が言葉を発する。

 

 

「俺も行ってきます」

 

 

「あなたも私のことが好きなの!?」

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

真由美が一番混乱していた。

 

 

________________________

 

 

【とある生徒の視点】

 

 

僕はフードマンと呼ばれた男、

 

 

最強の二科生と呼ばれた楢原 大樹についていった。

 

 

彼の噂の数は多い。

 

空から登校したり、生徒会に喧嘩を売ったり、魔法を素手で破壊したり、心臓をぶちまけても死ななかったり、銀行強盗を武器なしで制圧したり、美少女をたぶらかしたり、校内放送で実は良い奴だったりなどなど。

 

多すぎる。

 

 

「隊長!前方に敵が5人です!」

 

 

もう隊長とか言われてるよ。あの人ってどこかの部長だったよね?凄すぎるよ、楢原君。

 

ちなみに彼と僕と同級生だ。僕はAクラスです。

 

 

「よし、俺が武器を破壊するから魔法を使わず大人数でタコ殴りにしろ」

 

 

最低な人だなと思った。

 

 

「撃て!」

 

 

テロリストが僕たちに銃を向ける。だが、

 

 

「ッ!」

 

 

楢原君は既にテロリストの懐にいた。

 

 

ドゴッ!!

 

 

「「「「「ぐはッ!?」」」」」

 

 

一瞬にして全員をボコボコに殴った。あれ?僕たちがタコ殴りにするんじゃなかったけ?

 

 

「隊長……ナイスタコ!」

 

 

それは楢原君を馬鹿にしているのだろうか?

 

 

「おう、ナイスタコ」

 

 

訳が分からなくなった。

 

 

「A隊は右にいる奴らを殲滅してこい!B隊は左!C隊とE隊は俺について来い!」

 

 

「「「「「了解!」」」」」

 

 

ちょっと待って。いつそんな隊作ったの?何でみんなそんなに綺麗に動けるの?あと、D隊はどこに行ったの?

 

一番言いたいことはさっきまであんなに一科生と二科生は仲が悪かったのに、今はなんでそんなに意気投合してるの?実は仲良かったの?

 

ツッコミだらけで混乱した僕は、とりあえず楢原君についていった。

 

 

そして、僕と楢原君だけになった。

 

 

「ええッ!?」

 

 

「ん?何でお前ついて来た?」

 

 

逆に何でみんないなくなったの?

 

 

「……実は自分の隊がわからなくて」

 

 

「はぁ?みんな分かるわけないだろ。ノリで分かれたんだから」

 

 

嘘でしょ?あんなにプライドが高い人たちがノリノリだなんて。

 

 

「まぁ、右に行こうが左に行こうが大丈夫だ」

 

 

楢原君はそう言って前を向く。僕はA隊が行った右を見てみると、

 

一科生がテロリストに向かって容赦なく魔法を使っていた。魔法でやられて倒れたテロリストにも追撃の魔法が発動していた。オーバーキル。

 

後始末は二科生。縄でテロリストを縛っていた。

 

 

「大丈夫かな……」

 

 

楢原君は右を見て心配していた。

 

 

「テロリスト」

 

 

テロリストを。僕もだけど。

 

次に左に行ったC隊を見てみると、

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

「なッ!?」

 

 

鼓膜が破れてしまうくらいな音と共に巨大な雷が降り注いだ。その轟音に僕は驚愕する。

 

空には雲一つない。

 

あれも魔法なのだろうか?見たことのない魔法だ。

 

魔法発動したのはフードを被った女子生徒。楢原君と一緒にいる人だ。

 

 

「死んだな、テロリスト」

 

 

楢原君曰く、テロリストは助からないらしい。

 

 

「撃てッ!!」

 

 

「えッ」

 

 

周りを見てなくて、僕は気付かなかった。既に目の前には何十人ものテロリストが銃を構えていることに。

 

 

「……………」

 

 

楢原君は動かない。フードの所為で表情は見えない。

 

 

(死ぬ……!?)

 

 

僕は顔を両手で覆った。

 

 

ガキュンッ!!

 

ガガガガガガッ!!!

 

 

一斉に敵の銃が火を噴いた。

 

 

……………あれ?

 

 

痛みを感じない。即死だったのかな?

 

その時、異変に気付いた。

 

 

「え?」

 

 

 

 

 

足が地面についていないことに。

 

 

 

 

 

僕は楢原君に抱かれて高く飛んでいた。

 

 

その高さなんと約20mだ。

 

 

「えええええェェェッ!?」

 

 

「「「「「はあああああァァァ!?」」」」」

 

 

「うるさいぞ、耳元で大きな声だすな」

 

 

テロリストたちの目が見開いた。魔法も使わず、空を飛んだのだから。

 

そして、重力に身を任せて落下していく。楢原君はテロリストのいた後ろに着地し、お姫様抱っこしていた僕をすばやく降ろす。

 

 

「オラッ!!」

 

 

僕を降ろした後、目にも止まらぬ速さでテロリストを殴ったり蹴っ飛ばしていった。

 

一瞬にして何十人もいたテロリストを制圧する。

 

 

「す、すごい……」

 

 

「余裕だこのくらい」

 

 

つい声に出して言ってしまった。楢原君はテロリストが持っていた銃を拾いながら返答した。一体その銃は何に使うんだろ?

 

 

「ところで、あれは何だ?」

 

 

「あれ?」

 

 

楢原君は正門の方を見ていた。僕も見てみると、そこには、

 

 

「せ、戦車ッ!?」

 

 

見間違えなんかじゃない。あれは軍が使っている戦車だ!あんなものどこから!?

 

 

「に、逃げなきゃ……!?」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

だが、無情にも戦車は僕たちに向かって砲撃した。

 

避けれない。防げれない。僕の魔法では。

 

生身の人間が耐えれるわけがない。

 

終わった。

 

僕は足から力が抜けて、地面に座り込む。

 

 

「ほい」

 

 

ドゴッ!!

 

 

楢原君は向かってくる砲弾を、

 

 

 

 

 

両手でつかんだ。

 

 

 

 

 

「ええッ!?」

 

 

「「「「「はあああああああァァァ!?」」」」」

 

 

砲弾は爆発せず、原型をとどめている。

 

 

「あ、返品していいですか?」

 

 

「「「「「む、無理ッ!」」」」」

 

 

楢原君の言葉にテロリストは目にも止まらぬ速さで首を横に振る。一度()った者は返すことができないらしい。僕も絶対にいらない。

 

 

「残念、クーリングオフだから無理だッ!!」

 

 

本当に残念だと思う。楢原君は法律を武器にして砲弾を投げ返した。

 

 

プロ野球選手よりも、速いスピードで。

 

 

「「「「「うわあああああァァァ!?」」」」」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

急いで戦車から逃げ出すテロリスト。そして、砲弾は戦車を貫き、爆発した。……死人は出ていなさそうだ。

 

 

(む、無茶苦茶だ……)

 

 

既に人間ができる領域では無い。魔法を使わずここまで強いなんて。

 

僕は燃えあがる戦車を見て茫然と眺めていた。

 

 

「さてと、まだまだいるみたいだな」

 

 

正門には武器を持ったテロリストが百人以上もいる。戦車だってまだ3台もある。おそらく、あそこが敵の本陣だと思われる。

 

 

「ここは危ないからA隊かB隊のところに行け」

 

 

「え?」

 

 

楢原君は僕の手を掴んで立たせる。

 

 

「じゃあな」

 

 

楢原君は笑顔で僕に告げて、正門に走って行った。

 

 

「……………」

 

 

僕は楢原君がかっこいいと思った。

 

講堂での人の心を動かし、永遠に仲良くなることのない一科生と二科生。彼のおかげで今は協力してテロリストと戦っている。

 

彼は言った『お前らを守るために。俺の大切な人を守るために』

 

 

『誰も傷付けさせない』

 

 

僕は立ち上がり、()()()()についた汚れをはたく。

 

 

(楢原君……)

 

 

僕は彼に…………いや、それよりも今はみんなの場所に行くのが先。

 

僕はみんなのところに走って行った。

 

僕にもできることがあるはずだ。

 

________________________

 

 

 

【大樹視点】

 

 

「ッ!?」

 

 

何かフラグを立てたような……いや、気のせいか。

 

さっきの女の子は何だったのだろうか?随分俺を見ていたが……惚れたのか!?いや、絶対それはねーよ(笑)

 

 

「まぁいいか」

 

 

今はやることがあるし、

 

目の前にいるテロリストたちを睨む。数は100を超えている。

 

戦車の後ろに隠れたり、ライオットシールドで守ったり、厳戒態勢だった。

 

 

「【(まも)(ひめ)】」

 

 

俺は【(まも)(ひめ)】をギフトカードから取り出す。もちろん、柄しかない。

 

 

「……………」

 

 

精神を研ぎ澄まし、集中する。

 

 

「ッ!」

 

 

柄から蒼い炎が舞い上がる。

 

蒼い炎は形を変えていく。長い刀のように。

 

 

ゴオッ!!

 

 

そして、蒼い炎が消える。

 

 

炎の中から現れたのは蒼く光った刃。

 

 

刃は長く、2mは越えていた。

 

これがこの刀の恩恵……新しい力。刀を自分にあった形に錬成することができる恩恵。

 

どんなに刀が折れようとも、姫を護り続けるために新しく生まれ変わり続ける刀。それが【(まも)(ひめ)

 

まぁこれは自己解釈だけどな。でも、うちの先祖ならそんなこと考えていそうだと思った。

 

 

「一刀流式、【風雷神(ふうらいじん)の構え】」

 

 

音速でテロリスト……3台の戦車に突っ込み、

 

 

「【無限蒼乱(むげんそうらん)】」

 

 

刹那、3台の戦車は縦に真っ二つ。そして、

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

大爆発を引き起こした。

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

テロリストたちは驚愕する。中には腰が砕け、立てなくなる者もいた。

 

大樹の足元には三人のテロリストが転がっていた。三人は戦車の中に入っていた人たちだ。

 

一度刀をギフトカードに直し、

 

 

ガチンッ!!

 

 

俺は先程拾ったマシンガンを二つ、右と左に持つ。

 

 

ガガガガガガガッ!!

 

ガガガガガガガッ!!

 

 

そして、容赦なくテロリストに向かって撃った。

 

 

「ぐあッ!?」

 

 

「うッ!?」

 

 

「に、逃げろ!!」

 

 

勝てないと分かったテロリストたちは逃げ始めた。正門からどんどん人が出て行く。ふははは、逃げろ逃げろ!遅れたら死んじゃうぞ!?………殺してないけど。

 

銃弾はすべて急所を外していた。というか、みんな防弾服を着ているので衝撃が来るだけで死なないから。むしろ、衝撃だけでよく気絶するな、お前ら。やっぱり、ただの貧弱素人だったか。

 

正門からかなりの人数を逃がしてしまった。逃がすかっと思い、追いかけようとすると、

 

 

「ば、化け物がッ!!」

 

 

ガガガガガッ!!

 

 

10人以上ものテロリストが一斉射撃した。まだ、戦う気らしい。

 

その時、俺の時間が止まった。

 

正確には超スーパースローモーションの世界に切り替わった。銃弾は亀のようにゆっくりとこちらに向かってくる。

 

 

ガチンッ!ガチンッ!ガチンッ!

 

 

「「「「「なッ!?」」」」」

 

 

そんな遅い銃弾は刀で全部叩き落とした。

 

俺はすぐにマシンガンを捨てて、ギフトカードから再び【(まも)(ひめ)】を取り出したのだ。

 

 

「【覇道華宵(はどうかしょう)】!!」

 

 

ズバンッ!!

 

 

音速でテロリストたちを斬り、気絶させる。

 

一つ言っておくが斬ったのは武器だけであって、テロリストには空いた左手で殴ったり、蹴ったりしただけだから。そこ、勘違いしないように。大樹検定4級で絶対に出るからな。

 

最後に一言。

 

 

「安心しろ、みねうちだ」ドヤッ

 

 

………誰も聞いていないのはさびしいです。

 

っと思ったが、正門から人の気配が……いや、こいつは!?

 

 

バシャッ

 

 

水をはねるような音が正門からたくさん聞こえてくる。音の正体を見て俺の喉が一気に干上がった。

 

 

水で出来た馬。エレシスが作り上げた馬と全く同じだったからだ。

 

 

馬に乗っているのは武装した男たちだ。先程のテロリストとは服装……防具の性能の良さが違う。もちろん、馬に乗っている男たちの方が防具の性能がいい。あれは銃弾なんかでは絶対に貫通しないプロテクターだ。

 

馬と人の数は同じ20。一匹に一人乗っている。

 

 

「ふざけやがって……」

 

 

大樹はキレていた。鬼の形相でテロリストに向かって歩いて行く。

 

 

「止まれッ!」

 

 

先頭を走らせていた男が右手を横に広げて、後ろにいるテロリストを止める。さっきの奴らと格が違う。

 

 

「貴様……楢原大樹だな?」

 

 

髭を生やしたいかにもテロリストの長みたいな奴が言う。

 

 

「だったらどうする?」

 

 

「貴様を殺す」

 

 

そう言って髭を生やしたテロリストは俺に銃……違う。あれは拳銃型CADだ。魔法を使えるのか。

 

後ろにいたテロリストはCADではない銃をこちらに向けた。

 

 

「ハッ、端的な説明ありがとよ。死ぬ前に理由を聞いても?」

 

 

俺はさりげなく相手の情報を貰うことにする。

 

 

「暗殺対象っとだけ言っておこう」

 

 

「誰に依頼された?」

 

 

「それは言えんな」

 

 

ダメもとで聞いたが予想通りの返しだった。だが、質問は続ける。

 

 

「随分メルヘンチックな生き物に乗ってるじゃねぇか。滑稽だぜ?」

 

 

「これは依頼人が提供してくれたモノだ。コイツの凄さにはガキには分からんか」

 

 

やはり、エレシスか。

 

ムカつくがここで怒るわけにはいけない。まだ情報を聞き出すんだ。

 

 

「暗殺対象って俺を殺すために20人も必要なのかよ」

 

 

「少し勘違いをしてるな」

 

 

「何?」

 

 

髭を生やしたテロリストの長は笑いながら告げる。

 

 

「貴様はサブターゲットだ。本命ではない」

 

 

「へぇ、俺より殺さなきゃいけないやつがいるのかよ」

 

 

「貴様は本命を殺した後、殺すように言われている。殺せなかったら殺さなくていいっと言っていたが……まぁいいだろう」

 

 

「で、本命は誰?生徒会長?」

 

 

俺の予想は外れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本命暗殺対象は一年A組所属の木下優子。彼女だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………そうか」

 

 

俺は【(まも)(ひめ)】を強く握る。

 

 

そして、刀が蒼く燃え上がった。

 

 

 

 

 

「そんなふざけたことを考えているのかよ、全員。いいぜ、灰も残らないように燃やしてやるよクソ野郎ッ!!」

 

 

 

 

 

もう何も奪わせない。これ以上。

 

 

今、この刀は優子を守るために振るう。

 

 

 



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あなたの隣で護り続ける

すいません。

本当にすいません。

書きすぎました。今回は2万文字になってしまいました。

続きです。



国立魔法大学付属第一高校の正門には大樹と20人の完全武装したテロリストがいた。

 

大樹は蒼く燃え上がった刀を握り絞め、相手を睨む。対してテロリストは水で出来た馬に乗っており、余裕の表情を浮かべていた。特に先頭にいる髭を生やした男が。

 

 

「ッ!」

 

 

髭を生やした男は魔法を発動する。発動スピードは一科生に負けない速さだった。特化型CADだからという理由だけじゃない。

 

この男は魔法師としての才能がある。

 

発動した魔法を大樹は瞬時に読み取り、記憶の中から同じ魔法を探し出す。

 

 

(硬化魔法だと……!?)

 

 

男は硬化魔法を発動していた。

 

大樹は嫌な予感がし、距離を取ろうとする。そして、嫌な予感が当たってしまった。

 

 

「ッ!?」

 

 

硬化魔法を使った理由が分かった。

 

大樹の足は地面とぴったりとくっついていたからだ。足は全く動かない。

 

 

(俺の足と地面を固定させたのか!)

 

 

「撃てッ!」

 

 

「ッ!」

 

 

髭を生やした男の合図と共に後ろにいた男たちが銃を乱射させる。

 

 

「くッ!」

 

 

苦悶の表情を浮かべながら大樹は蒼く燃え上がる炎で長さ10mを越える刀を錬成させる。

 

 

ズバンッ!!

 

 

大樹は相手の馬の足に向かって横から一刀両断に斬った。前足、後ろ足。両方全てだ。

 

しかし、無意味だった。

 

馬の足は貫通しただけであって、バランスを崩すことなく、原型を保っていた。

 

 

ガガガガガガッ!!

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

そして、ついに銃の引き金が引かれた。

 

足も動けない状態の大樹に向かって銃やグレネード。手榴弾を使う者もいた。

 

火の煙が立ち込み、大樹の姿が完全に見えなくなる。

 

 

「よし、行くぞ」

 

 

死体を見るまでも無い。木端微塵のはず。

 

だが、その予想は外れる。

 

 

「待てよクソ野郎」

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

黒い煙から声が聞こえてきた。その声は、木端微塵になったはずだった人物。

 

 

「生きているだと……!?」

 

 

「手加減はもう無しだ」

 

 

持っていた10m以上の長さの刀は燃え上がり、形を変える。今度は2m弱の長さになった。

 

大樹は新しく錬成させた刀を地面に刺す。

 

 

「一刀流式、【風雷神(ふうらいじん)の構え】」

 

 

ドゴッ!!

 

 

その瞬間、地面から蒼い炎柱が周りから噴き出す。大樹に掛かってた硬化魔法が破壊される。

 

 

「【覇道華宵(はどうかしょう)】!!」

 

 

ズバンッ!!

 

 

刀を地面から引き抜くと同時に音速のスピードを出す。

 

狙いは後方にいた5人が標的。

 

テロリストが乗っている5匹の水の馬の胴体をもう一度斬った。無駄な攻撃だと誰もがそう思うだろう……だが、

 

 

ジュッ!!

 

 

水の馬は消えた。

 

 

「「「「「なッ!?」」」」」

 

 

男たちは落馬し、地面に叩きつけられる。水の馬を消されてテロリストは驚く。

 

大樹は水の馬を燃え上がる蒼い炎の刀で蒸発させたのだ。水の温度は沸点を越えて、液体から気体へと無理矢理状態変化を引き起こした。

 

大樹の攻撃は終わらない。

 

落馬した際にテロリストが落としたマシンガンを空いた左手で拾い上げ、落馬したテロリストを撃つ。

 

 

ガガガガガガッ!!

 

 

「ぐあッ!?」

 

 

防弾服を着ているおかげで構わず撃つことが出来た。銃弾で強い衝撃を与えて気を失わせる。

 

 

「固まって動くな!距離を取れ!」

 

 

髭を生やした男は指示を出す。

 

水の馬は宙に浮き、空を走り出す。

 

 

(ッ!……以外と速いな)

 

 

音速……とまでは行かないが、十分速い。バイクや一般自動車の最高速度を超えている。

 

目まぐるしく動き回るテロリスト。大樹に狙いを定めることは不可能だ。

 

しかし、読みは外れる。

 

 

ガガガガガガッ!!

 

 

「マジかよッ」

 

 

大樹は刀でこちらに向かって来た銃弾を弾き飛ばし、または避ける。

 

 

(何で当てれた!?)

 

 

大樹は思考を何十倍にも働かせる。あの速度だと普通の人間じゃ当てることは不可能なはず。偶然か?

 

 

(いや、また魔法か!)

 

 

銃弾はデタラメな所に撃たれている。だが、魔法によって軌道修正されていた。

 

 

(あのクソ髭ッ!)

 

 

犯人はもちろん髭を生やした男だ。

 

移動魔法を使って銃弾の軌道を大樹に変えていた。

 

 

(しかも、加速魔法も使ってやがる!)

 

 

【マルチキャスト】

 

一つの魔法を発動中にもう一つの魔法を発動させる魔法技術。

 

銃弾の軌道を変え、さらに加速させていた。

 

最悪の組み合わせだ。

 

 

「どうした?攻撃してこないのか?」

 

 

髭を生やした男は魔法を発動し続けながら笑みを浮かべる。

 

銃弾の嵐を刀一つで防ぐ大樹は反撃をしない。

 

 

「……一つここで残念なお前に教えておこう」

 

 

「何だと?」

 

 

大樹は銃弾を弾くのをやめて避けはじめる。

 

 

「お前らは俺に勝てない。何故だと思う?」

 

 

「……………言ってみろ」

 

 

「簡単なことだ」

 

 

その時、大樹は姿を消した。

 

 

「俺が最強だからだ」

 

 

「ッ!?」

 

 

大樹の声は髭を生やした男の背後から聞こえた。

 

大樹は光の速度で飛翔して髭を生やした男の後ろをとった。

 

 

「オラッ!!」

 

 

ドゴッ!!

 

 

刀の柄で勢い良く男の後頭部を叩きつけた。

 

 

「ぐうッ!?」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

男は落馬し、地面に落ちる。突然の出来事に周りのテロリストは驚き、動きを止める。

 

 

「こいつッ!」

 

 

ガガガガガガッ!!

 

 

だが、立ち直るのは早かった。テロリストはすぐに大樹に向かって射撃する。

 

 

「一刀流式、【受け流しの構え】」

 

 

空中で回避不可能の状態。大樹は刀を逆手に持ち、

 

 

「【鏡乱風蝶(きょうらんふうちょう)】!!」

 

 

カキンッ!!

 

 

そのまま体を一回転させ、風を巻き起こした。

 

弾丸は風に流され、方向を変える。

 

 

ガシャンッ!!

 

 

テロリストの持っている銃の銃口へと返した。

 

一瞬にして武器が修理不可能なぐらいに粉々になる。

 

 

「嘘だろ……!?」

 

 

「現実だ」

 

 

大樹は懐から4つの爆弾型CADを取り出し、大樹の周りを囲んだテロリストに東西南北の方向に投げる。

 

 

バチバチッ!!

 

 

「「「「「ぐあッ!?」」」」」

 

 

CADは光り出し、破裂する。そして、魔法陣が展開し、魔法が発動した。

 

発動したのは空中放電を引き起こす放出魔法【スパーク】。

 

テロリストの体は痺れ、落馬する。残ったのは水の馬だけだ。

 

大樹は地面に着地して、刀の蒼い炎を燃え上がらせる。

 

 

「ッ!!」

 

 

歯を食い縛って馬に音速で突撃する。

 

 

ジュッ!!

 

 

抵抗しない馬を蒸発させて消す。これで水の馬は全ていなくなった。

 

 

「な、何故こんなことに……!」

 

 

「敗因は簡単だ」

 

 

大樹はまだ気絶していない髭を生やした男に近づく。男は膝を震え上がらせ、尻餅をつく。

 

 

「優子に手を出そうとしたからだッ!!」

 

 

ドゴッ!!

 

 

大樹の右ストレートが男の顔面にクリティカルヒットする。

 

男は正門を突き破り、路上へと転がった。男は痙攣し、意識を失った。

 

 

「門の弁償はしないからな、この野郎」

 

 

大樹は勝利したが、胸糞悪い気分だった。

 

大きく深呼吸をして、空気を入れ替える。同時に気持ちも入れ替えてみる。

 

 

「よし、残りを片付けに行くか!」

 

 

蒼い炎を消し、刀を柄だけにする。【(まも)(ひめ)】をギフトカードに直し、残党狩りを開始し始めた。

 

 

________________________

 

 

 

「随分と無様にやられてんなオイ」

 

 

一人の男は白目を剥いた髭を生やした男に近づき不気味にゲラゲラと笑った。

 

 

「あーあ、どいつもこいつも臆病者ばっかだな。はやく殺せよ」

 

 

男は右手に持った銃を髭を生やした男の眉間に狙いを定めた。

 

銃からはドス黒い光が溢れ出す。

 

 

久遠(くどう)飛鳥(あすか)は失敗したが……次は行けるだろ?」

 

 

男は笑う。笑う。笑う。

 

口元をニヤリッとつり上げる。

 

 

 

 

 

「次はあいつじゃない。女を殺せ」

 

 

 

 

 

ドゴンツ!!

 

 

男は引き金を引いた。

 

 

________________________

 

 

【大樹視点】

 

 

「突撃いいいいいィィィ!!」

 

 

「「「「「うおおおおおォォォ!!」」」」」

 

 

俺の合図で走り出す一科生と二科生。向かっていくのは銃を俺に壊され、無力化されたテロリスト。数はたったの3人。

 

対してこちらは約100人。数の暴力だ。

 

 

「「「ひッ!?」」」

 

 

ドゴッ!バキッ!メシッ!ゴキッ!

 

 

そして、生徒たちはテロリストをタコ殴りし始める。悲鳴が聞こえるが容赦はしない。そっちは銃をこちらに向けたんだ。遠慮しない。

 

 

「隊長!テロリスト3人捕えました!」

 

 

「ナイスタコだ。よし、先生は南の方を制圧している。このまま東と西を制圧するぞ!」

 

 

「「「「「おおおおおォォォ!!」」」」」

 

 

テロリストの数も少なくなり、後は俺が何もしなくても終わる。

 

俺は一度講堂に戻ることにする。

 

 

「楢原君!」

 

 

その時、前から優子が走って来た。優子の後ろには達也、深雪、エリカ、レオもいた。

 

 

「黒ウサギ!一度こっちに来い!」

 

 

「はい!」

 

 

黒ウサギはテロリストを取り押さえるのを中断して、こちらに来る。

 

 

「大樹、敵の目的が分かった」

 

 

「何だ?」

 

 

「図書館だ。特別閲覧室にある学校の資料だ」

 

 

「なるほど」

 

 

分からん。何でそんなのが必要なんだ?高く売れるから?それなら宝石店か銀行を襲えばいいし……まぁいいか。

 

 

「よし、潰しに行っくぞぉ~♪」

 

 

「遠足に行くような気分で言うなよ……」

 

 

俺はスキップ図書館へ向かう。それを見たレオは頭を抑えて呆れる。

 

 

「大樹、壬生先輩も図書館にいるらしい」

 

 

「……………」

 

 

大樹はスキップをやめ、立ち止まる。

 

壬生がテロリストについたか……。

 

 

「それは本当か?」

 

 

「うん、小野先生が言ってたわ」

 

 

俺の確認にエリカが答える。

 

一番最初のホームルームに来た先生だ。カウンセラーをしてると言っていたな。でも、何でそんなこと知ってんだ?

 

……分からないことだらけだな。

 

 

「今は急いで図書館に行きませんか?資料が盗み出されたら……」

 

 

「深雪の言う通りだ。行こう」

 

 

深雪の言葉を達也は肯定し、俺たちは図書館へと走り出した。

 

 

________________________

 

 

【壬生視点】

 

 

「さすがにセキュリティが厳重だな……」

 

 

「そう簡単にデータにはたどり着けないか」

 

 

「だが、これを盗み出すことができれば……!」

 

 

あたしの目の前では三人の男が情報端末にハッキングをしていた。

 

本来この学校の生徒なら絶対に止めていただろう。だけど、あたしはこの人たちの仲間だった。

 

 

あたしはただ二科生の差別を無くしたかっただけなのに。こんな犯罪みたいなことをしていいのかしら……

 

 

半年以上前に剣道部の部長である(つかさ)(きのえ)主将の仲介である人物に引き合わされた。

 

 

それが、司主将の義理の兄。反魔法活動団体【ブランシュ】

 

日本支部リーダー。

 

(はじめ)だった。

 

 

『壬生くん、第一高校から魔法研究の重要文献を持ち出す手伝いをしてくれないか?』

 

 

耳を疑った。

 

 

『我々にはどうしても必要な物なんだ、頼むよ』

 

 

断ろうとした。でも、何故か出来なかった。

 

 

『魔法研究の成果を広く世に公開することは差別撤廃に第一歩につながるんだよ』

 

 

あたしは逆らえなかった。この人に。

 

 

『やってくれるね』

 

 

気が付けばあたしは首を縦に振っていた。

 

 

「よし、開いた!」

 

 

テロリストがハッキングに成功した。

 

テロリストは懐から記録用キューブを取り出す。データを移す気だ。

 

 

本当にこれでいいのだろうか?

 

 

これで差別が無くなるのだろうか?

 

 

(あたしは……あたしは……!)

 

 

『何でお前らは自分のことしか考えてねぇんだ!』

 

 

「ッ!」

 

 

頭の中で彼の声が思い出させられる。

 

 

『こんなやり方、間違っている』

 

 

分かっている!でも……でもッ!!

 

 

バキンッ!!

 

 

テロリストは目を見開いて驚いた。

 

 

「あッ」

 

 

 

 

 

気が付けばあたしは記録用キューブを投げて壊していた。

 

 

 

 

 

「壬生ッ!貴様ッ!!」

 

 

ドゴッ!!

 

 

「キャッ!?」

 

 

一人のテロリストが怒り、力任せに押し倒した。そして、首を絞められる。

 

 

「ふざけんなよ……何の真似だ……!」

 

 

あたしは振り絞って声を出す。

 

 

「こ、こん……なッ……こと……かはッ」

 

 

意識がもうろうとする。息ができない。それでも、

 

 

言わないといけない!

 

 

 

 

 

「間違ってるッ!!」

 

 

 

 

 

「クソッ!このまま殺してやる!」

 

 

「あッ……」

 

 

首を絞めつける力が強くなる。

 

 

肺に酸素がもうない。

 

 

頭に血が巡らない。

 

 

徐々に体から力が抜けていく。

 

 

(楢原君…………)

 

 

霞んでく視界。最後の言葉を口にする。

 

 

 

 

 

「だ、……大樹君………たすけ、てッ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「任せろおおおおおォォォッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

「「「ッ!?」」」

 

 

何重にもなった複合装甲の扉が吹っ飛ぶ。

 

 

「壬生ッ!!」

 

 

(ああ、この声……)

 

 

「助けに来たぜッ!」

 

 

あたしは安心して涙を流した。

 

 

そして、気を失った。

 

 

________________________

 

 

【大樹視点】

 

 

「ば、馬鹿な……扉が破られるなんて……」

 

 

テロリストは怯えていた。

 

刀一つで扉を切り裂いたことに。

 

 

「覚悟はいいか?」

 

 

俺はテロリストを睨み付ける。

 

壬生の勇姿は分かっていた。何重にも防音された扉越しでも聞こえた。いや、聞かなければならなかった。

 

彼女は最後の最後で反抗した。テロリストに。

 

 

「吐け。お前らのリーダーの場所を」

 

 

「し、知らな

 

 

ズバンッ!!

 

 

「がはッ!?」

 

 

知らないっと言おうとした男の胸ぐらを掴み、壁に叩きつけた。

 

 

「いいか。知らないは論外だ。教えろ」

 

 

「た、頼む!本当に知ら

 

 

ドゴッ!!

 

 

「がッ!?」

 

 

もう一度、壁に叩きつける。

 

 

「言え」

 

 

「ひッ!?」

 

 

男はそのまま恐怖で気絶した。

 

俺は男から手を放し、後ろを向き、残りの二人を見る。

 

 

「た、助けてくれ……」

 

 

「じゃあ言え。お前らのリーダーの居場所を」

 

 

「た、頼む……俺たちは本当に知らない!後で合流地点を聞かされる予定だったんだ!」

 

 

「………そうか」

 

 

俺は足に力を入れる。

 

 

「じゃあ牢獄にでも行ってろッ!!」

 

 

ドゴッ!!

 

 

「「ッ!?」」

 

 

右回し蹴りを二人に当て、壁にぶつける。壁はへこみ、男たちは気を失う。

 

俺は壬生の近くまで歩いて行き、お姫様抱っこをした。

 

 

「さすがだな、壬生先輩」

 

 

俺はそのまま保健室へと向かった。

 

________________________

 

 

「大樹は図書館前にいる敵を薙ぎ払いながら中に入り、壬生先輩を助けました」←達也

 

 

「特別閲覧室の扉を一瞬で破壊しました」←深雪

 

 

「そういえば銃弾を掴んで投げ返していたわね」←エリカ

 

 

「戦車の砲弾を掴んで投げ返したらしいな」←レオ

 

 

「楢原君はテロリストの半分……150人以上は制圧したことになるわね」←優子

 

 

「大樹さんがナンパしていました」←黒ウサギ

 

 

「「「「「とにかく大樹でした」」」」」←全員

 

 

「おい」←大樹

 

 

偏見だ。これはきっと何かの陰謀だ。俺は騙されたんだ。きっと妖怪の仕業なんだ。

 

保健室でみんなは集まって報告をしていた。俺の。

 

 

「大樹君は……カッコよかったです……」←壬生

 

 

ベッドでは壬生が頬を赤めて俺を褒めていた。壬生が天使に見えるよ。

 

 

「まとめると……大樹君は風紀委員にして正解だったな」

 

 

「耳鼻科行って来い」

 

 

摩利がとんでもないこと言い出した。ブルー〇ス、お前もか。

 

 

「じゃあ大樹君は退学ね」

 

 

「真由美さん本当にごめんなさい許してください」

 

 

そういえば真由美を使って生徒を動かしたんだった。俺は床に額を擦りつけて土下座。

 

 

「私のことを可愛い可愛いって……冗談はやめて欲しいわ」

 

 

真由美は頬を膨らませご立腹。どうしようか?

 

 

「いや、冗談というか本当に可愛いだろ……」

 

 

「え?」

 

 

「ん?」

 

 

あれ、声に出てたか?出てないよな?

 

 

「た、退学!」

 

 

「やめて!」

 

 

真由美は顔を真っ赤にさせ怒った。はぁ……何で俺こんなに謝ってんだろ?公開放送の仕返しなのに。

 

________________________

 

 

俺は学校の外にいた。

 

空は赤い夕焼けに染まり、夜が近い。

 

そんな綺麗な空を学校のベンチに座って眺めながら、俺は保健室であったことを思い出す。

 

 

 

 

 

壬生は昔、剣術部の騒動の時に摩利の見事な魔法剣技を見て手合わせをお願いしたことがあるらしい。

 

だが、摩利は手合わせのお願いをすげなく断られた。

 

二科生だから相手にされない。それで壬生はショックを受けていた。

 

 

だが、それは違った。

 

 

あの時、摩利は『すまないがあたしの腕では到底お前の相手には務まらない。お前の腕に見合う相手と稽古してくれ』っと言ったらしいのだ。

 

決して摩利は壬生のことを馬鹿にしていなかった。

 

誤解。

 

彼女は後悔していた。一年間も逆恨みをして、無駄に過ごしてきたと。

 

 

『それは違うと思います』

 

 

だが、達也はそれを否定した。

 

 

『先輩は恨み、嘆きに負けず己の剣を高め続けた一年だったはずです。無駄だったはずがありません』

 

 

そして、壬生は涙を流した。自分のやってきたことが無駄じゃないことが分かって。

 

壬生は俺の胸を借りてしばらく泣き続けた。

 

 

 

 

 

「あー、ちくしょう」

 

 

俺は立ち上がり、自動販売機を探しに行く。とにかく甘い飲み物を飲みたい。いや、苦い飲み物。いや、炭酸。そう、甘くて苦くて炭酸飲料が飲みたい。どんな飲み物だよ……。

 

俺は自動販売機にお金を入れてボタンを押す。自動販売機は何も反応しない。

 

 

「おい、ふざけんなよ」

 

 

飲み込みやがったぞコイツ。返せ、俺の五百円玉。

 

 

「はぁ……」

 

 

俺は諦めて隣の自動販売機に千円札を入れる。そして、ボタンを押してさすがに次は飲み込まれなかった。

 

おでん缶を手に取り、プルタブを開ける。

 

 

「って熱ッ!?」

 

 

なんでや!なんでイチゴオレじゃないんや!この自販機ども俺に喧嘩売ってるな!いいぜ、買ってやるよ!

 

俺はベンチに座ってまた保健室であったことを思い出す。

 

 

 

 

 

壬生が泣き終り、これからのことを話すことにした。

 

 

「それで、どうする大樹?」

 

 

達也は俺に問いかける。俺は壬生の頭をなでながら言う。

 

このままだと、壬生は強盗未遂で家裁送りだ。

 

 

「方針は二つある。一つは警察をぶっ飛ばす」

 

 

「「「「「アウト」」」」」

 

 

全員意気投合した。だよねー。壬生が震えて俺を見ていた。いや、冗談だよ?

 

 

「じゃあもう一つの方だな」

 

 

俺は壬生から撫でるのをやめて拳を強く握った。

 

 

「テロリスト共をぶっ潰す」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

俺の言葉に全員が驚愕……いや、達也は驚いていなかった。

 

 

「黒ウサギ、場所は分かるか?」

 

 

「YES!逃げている人を追跡して場所を特定しました」

 

 

「よし、後は核爆弾を落として……あー、しまった。造るのに材料足りね」

 

 

「大樹さん……冗談ですよね?」

 

 

アッハッハ、ジョウダンダヨ?

 

 

「待て楢原」

 

 

俺を止めたのは十文字だった。

 

 

「確かに警察の介入は好ましくない。だが、当校の生徒に我々は命を懸けろとは言えん」

 

 

「何言ってんだ?俺と黒ウサギだけで行くに決まってるだろ」

 

 

「ッ!……二人だけで行くつもりか?」

 

 

「危険すぎるわ!無理よ!」

 

 

十文字は少し驚いていたが、真由美はもっと驚いていた。

 

 

「………あのな、二人で()()()。いいか、二人で()()()。はい、先生は今大事なことなので二回言いました」

 

 

「ッ……そ、それでも!」

 

 

「真由美。俺は何がなんでも行くぞ」

 

 

真由美の静止を声を首を振って断る。

 

壬生は俺の服の袖口を掴んだ。

 

 

「楢原君、あたしのためだったらやめて。あたしは平気よ。罰を受けるだけのことをしたんだから」

 

 

「俺は平気じゃねぇよ」

 

 

「ッ!」

 

 

「せっかく自分の間違いに気付いたのにこの仕打ちは無いだろ。おかしいだろ。納得できねぇよ」

 

 

このまま壬生が捕まる?ふざけるなよ、テロリスト。

 

 

「壬生、言ってくれよ。本当にやめて欲しいのか?助けなくていいのか?」

 

 

俺は壬生の綺麗な瞳を見る。壬生は俯いていたが、

 

 

「お願い……助けてッ」

 

 

「ああ、任せろ」

 

 

言いたくても言えない言葉を壬生は振り絞って言い切った。

 

俺は笑顔でそれを承諾した。断る理由なんて微塵もなかった。

 

 

「大樹、俺も行くぞ」

 

 

「達也……ああ、頼むぜ」

 

 

達也が俺の隣に来る。さて、謎の一年生の力を見せてもらおうか。

 

 

「お兄様、お供します」

 

 

深雪が達也の横に来る。学年主席様が来るとか頼もしいな。

 

 

「あたしも行くわ」

 

 

「俺もだ」

 

 

エリカとレオ。二人も来てくれるみたいだ。

 

 

「よし、場所は………どこだ黒ウサギ?」

 

 

「ここです」

 

 

黒ウサギは携帯端末を開き、地図を出す。地図にはバツ印がついていた。

 

 

「ここは……バイオ燃料の廃工場か」

 

 

達也が場所の名所を言う。

 

 

「車での移動が速いだろう。俺が車を用意しよう」

 

 

「えッ?十文字君も行くの!?」

 

 

十文字の言葉に真由美が驚く。え?来るの?十文字君、来るの?えー、別にいいけど。

 

 

「下級生ばかり任せておくわけにはいかん」

 

 

「じゃあ私も……」

 

 

「七草、お前は駄目だ」

 

 

ついて来ようとする真由美を十文字は止める。真由美は頬を膨らませて不機嫌だ。

 

 

「真由美、この状況で生徒会長が不在になるのはまずい。我慢してくれ」

 

 

「……了解よ」

 

 

摩利がすかさずなだめる。ナイスタコ……じゃなかった。ナイスフォロー。

 

 

「でもそれだったら摩利もダメよ。残党が校内に隠れてるかもしれないもの」

 

 

おっと、摩利が道連れにされました。あの人めっちゃ行きたそうな顔してたんだが。

 

 

「アタシも行くわ、楢原君」

 

 

優子は俺の前に立つ。答えは決まっていた。

 

 

「ダメだ」

 

 

「「「「「ッ!」」」」」

 

 

「な、何で!?」

 

 

俺の言葉に周りが驚く。優子は理由を尋ねる。

 

 

「優子を連れて行くのは危険すぎる。ここにいろ」

 

 

「ど、どうしてアタシだけ……」

 

 

「大樹さん……もしかして」

 

 

「ああ、今回の事件……あいつらが絡んでる」

 

 

俺の言葉を聞いた黒ウサギは顔を真っ青にした。これから行く場所……俺たちは殺し合いをするのと差ほど変わらない。

 

戦う。

 

優子を守る為に。

 

 

「納得できないわ!アタシは学年次席、実力は申し分ないはずよ!たかがテロリストで……!」

 

 

「それでも、俺は絶対に認めない」

 

 

「ッ!」

 

 

バンッ!!

 

 

唇を噛んで、怒るのをこらえた。優子はそのまま扉を勢いよく開けて部屋を出て行った。

 

 

「30分後に外で集合だ。以上」

 

 

「大樹さんッ!」

 

 

「以上だッ!」

 

 

俺は声を張り上げた。何も聞きたくなかった。

 

黒ウサギの静止を無視して部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

と、以上のことから気まずいのであります。

 

誰にも会えないよ。コミュニケーションってつらいね。

 

 

「お願いします!俺も連れて行ってください!」

 

 

「ん?」

 

 

正門に止めてある車の近くで誰かが大声を出していた。あれは……桐原じゃねぇか。

 

え?桐原って誰だよって?ほら、壬生にちょっかい出してた剣術部の部長だ。

 

会話相手は十文字か。

 

 

「なぜだ?」

 

 

「一高生としてこんなこと見過ごせません!」

 

 

「そんな理由では連れていけん。命を懸けるには軽すぎる。……もう一度聞く。なぜだ?」

 

 

「……壬生がテロリストの手先になったのを聞いて……」

 

 

「ッ……」

 

 

俺は気配を消して隠れる。そして、二人の会話を盗み聞きする。

 

 

「俺は中学時代の壬生の剣が好きでした。人を斬るための剣では無く、純粋に技を競い合う壬生の剣は綺麗だった」

 

 

純粋で綺麗な剣……か。

 

いつからだったからだろうか。剣道をすることが苦になったのは。

 

あの時の俺は、幼馴染の期待に応えるために、喜ばせるために剣道をやって来た。

 

そして、汚した。

 

赤く汚した。黒く汚した。絶対に消えない汚れをつけた。

 

今の俺は竹刀を握る資格なんてない。

 

あるのは壬生のような人……だけだ。

 

 

「でも、あいつの剣は人を斬る剣に変わってしまった」

 

 

「ッ!」

 

 

まるで自分を見ているようだった。

 

壬生と同じように俺も今は人を斬る剣に……刀になった。

 

 

「うッ」

 

 

嗚咽が走る。醜い自分に気分を害する。

 

汚い。気持ち悪い。俺は悪魔じゃないか。

 

 

「剣道部にアイツを変えちまった奴がいるはずだ!そして、それを背後で壬生を利用していた奴が許せない!」

 

 

桐原はもう一度十文字に頭を下げる。

 

 

「十文字会頭、お願いします!!」

 

 

「何だよ……これ」

 

 

俺は壬生に嫉妬した。

 

こんなに自分のことを考えてもらえたらどれだけ幸せだっただろうか?

 

 

「はぁ……」

 

 

本当なら喜べる出来事だ。

 

でも、何でこんな気持ちになるんだ。

 

 

(何でお前は敵なんだ……双葉)

 

 

今でも思う。何でこうなったんだと。

 

飲みかけのおでん缶をその場に放置して、その場を後にしようとした。

 

 

「大樹さんッ!!」

 

 

だが、黒ウサギが俺に向かって走って来た。

 

 

「何だよ?一人にしていて欲しいんだが?」

 

 

「優子さんがどこにもいません!」

 

 

「なッ!?」

 

 

頭の中が真っ白になった。

 

 

________________________

 

 

 

「何でこんなことに……!」

 

 

俺は頭を抑えて苛立ちをあらわにする。隠す余裕なんて無かった。

 

 

「何でだよッ」

 

 

俺は手を強く握った。何でこんなことに……!

 

 

「木下はバイオ燃料の廃工場にいるはずだ。追えば間に合う」

 

 

「30分近く経ってる……もう優子はついてるかもしれない」

 

 

摩利の言葉に俺は首を横に振った。

 

嫌な汗が溢れ出る。どうする?どうすればいい?

 

 

「考えろ……考えろ……考えろ……!」

 

 

頭を何十倍も働かせる。だが何も策は浮かばない。こんな時に限って役立たずの頭だ。

 

 

「大樹さん……」

 

 

「待て、今考えてる。後にしろ」

 

 

「でも……!」

 

 

「だから、後にしろってッ!」

 

 

バチンッ!!

 

 

その時、俺の頬に痛みが走った。

 

何が起こったのか分からなかった。誰だ?叩いたのは?

 

 

「しっかりしなさい、大樹君!」

 

 

ビンタしたのは真由美だった。

 

俺は意外な行動に呆気を取られる。周りにいた人も目を見開いて驚愕していた。

 

真由美がビンタしたと脳が分かっていても俺は何一つ行動できない。

 

 

「大樹君と木下さんに何があるのは知らないわ。でも、今の大樹君……私は嫌いよ」

 

 

「……………」

 

 

熱くなった頭が冷えていくのが分かる。衝撃的な出来事のおかげで。

 

真由美は真剣な表情から笑みを浮かべる。

 

 

「いつもの大樹君に戻りなさい。生徒会長命令よ」

 

 

「……悪い」

 

 

俺は胸に手を当てて落ち着く。

 

さっきから何焦ってんだ俺は。今やることぐらい分かっているだろうが。

 

よし。

 

 

「ごめん、黒ウサギ。やつあたりして」

 

 

「いえ、大樹さんがいつも通りに戻ってよかったです」

 

 

黒ウサギは首を横に振って笑顔で許した。

 

 

「今から作戦を説明する」

 

 

汚い俺が提案する作戦。それは、

 

 

「正面突破だ!以上!」

 

 

汚い作戦なんていらなかった。

 

 

________________________

 

 

【優子視点】

 

 

アタシはバイオ燃料の廃工場。敵のアジトに足を踏み入れていた。

 

アタシが連れて行かれないことが悔しかった。足でまといになることが許せなかった。

 

 

(証明してみせる!アタシが無能でないことを!)

 

 

優等生としての立場を守る為に。

 

手入れが全くされていない汚れた廊下を進み、大きな部屋にたどり着いた。そこには大人数のテロリストが待ち構えていた。一人を除いて、全員銃を持っている。

 

 

「おや、一人で来たのかい?」

 

 

一番最初に声をかけてきたのは眼鏡を掛けた男だった。年齢は若い。

 

 

「ええ、悪いかしら?」

 

 

「いや、問題ないよ。初めまして。僕はブランシュの日本支部リーダー、司一だ」

 

 

アタシは腕輪型CADを装着した右手を前に突き出す。魔法式は展開済みだ。

 

 

「大人しく降伏しない。さもないと……」

 

 

「残念だがそれは出来ないよ。何故なら、」

 

 

司は眼鏡を外して天井に向かって投げた。アタシは警戒するが眼鏡は何も反応しない。

 

再び司に視線を移るが、

 

 

「我が同士になるがいい!」

 

 

その瞬間、アタシは意識を失った。

 

 

________________________

 

 

 

【大樹視点】

 

 

「見えた!あそこだな!」

 

 

俺は遠くに見える廃工場を見つける。壁にはツタが伸びている。どれだけ放置されていたか予想できる。

 

建物の近くには何台もの車があった。おそらくテロリストのモノとみて間違いないだろう。

 

 

「大樹さん!落ちますよ!?」

 

 

「大丈夫だ!問題ない!」

 

 

黒ウサギに警告されるが俺は親指を立てて大丈夫なことを伝える。ついでに装備も問題ないぞ。

 

俺は今、車の()()乗っていた。

 

車の中はもう乗れないので俺は上に乗ることにした。べ、別に桐原が乗ったせいで俺の座る場所が無くなったとかそういうわけではないんだからねッ!……………桐原め、覚えてろ。

 

しばらくすると工場の門が見えてきた。

 

 

「よし、俺が壊す!」

 

 

俺はギフトカードから【神影姫(みかげひめ)】を取り出し、狙いを定める。

 

 

ガキュンッ!ガキュンッ!

 

バゴンッ!!

 

 

狙った場所は門の付け根の部分。門は壊れ、後ろに倒れた。

 

車は門を踏み潰しなが進み、中に入る。

 

 

「よし、俺、黒ウサギ、達也、深雪で正面から突破して行く。エリカとレオはここで逃げたやつを叩け。桐原と十文字は後ろから突入だ!」

 

 

最初の作戦通り、俺の指示でみんなは動き出す。

 

正面の扉を蹴り破りる。薄暗い廊下を走り抜け、大きな部屋に辿り着いた。

 

 

「ようこそ、魔法科高校の生徒たち」

 

 

俺たちを待ち伏せしていたのは何十人ものテロリスト。そして、

 

 

「僕はブランシュの日本支部リーダー、司一だ。二回目の自己紹介は変な気分だね」

 

 

「二回目だと?」

 

 

司の言葉に俺は疑問を持つ。

 

 

「ッ!?」

 

 

その瞬間、俺の体に何十キロの布団を被せられたように重くなった。

 

気が付けば地面に魔方陣が描かれている。しかも、かなりの大規模で展開している。近くにあった木箱は壊れ、パイプはネジ曲がっていた。

 

 

「加重魔法……【プレス】……!」

 

 

達也は膝を突きながら魔法を当てる。

 

深雪が一番苦しそうにしていた。

 

 

「さすが学年次席だね、木下くん」

 

 

「嘘だろッ?」

 

 

魔法を発動したのは司の横にいる優子だった。

 

 

「テメェッ……優子に何したッ!?」

 

 

「おっと近づかないでくれ」

 

 

カチャッ

 

 

立ち上がろうとした時、後ろにいたテロリストが優子の頭に向かって銃口を向ける。

 

 

「抵抗しないでくれ、絶対に。じゃないと彼女が大変なことになる」

 

 

「下種ども……!」

 

 

司の言葉に深雪が怒る。

 

どうする?黒ウサギに雷を出してもらうか?いや、優子に当ってしまう。

 

 

「大樹」

 

 

達也が俺に声をかける。

 

 

「俺の力なら武器を一瞬で破壊できる。だから」

 

 

「魔法をどうにかしろ……ってか。分かった」

 

 

俺は集中する。右の拳を握り、力を溜める。

 

 

「【無刀の構え】」

 

 

力を地面に向かって解き放った。

 

 

「【神殺天衝(しんさつてんしょう)】!!」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

地面は大きく割れ、亀裂が走る。そして、【プレス】の魔法を強制的に破壊した。

 

すぐに達也は拳銃型CADを取り出し、テロリストたちに向ける。

 

魔法が発動して、テロリストの持ってる武器がバラバラに部品へと変わった。

 

 

「ぶ、武器がッ!?」

 

 

「何が起きた!?」

 

 

突然の出来事に戸惑うテロリスト。次に動いたのは黒ウサギと深雪だった。

 

 

「「ッ!」」

 

 

二人は同じ携帯端末型CADを取り出し、魔法を同時に発動する。発動速度はわずかに深雪が速いが、黒ウサギはわずかのスピードまで深雪に追いついている。この光景を見たら、黒ウサギは一科生になっても、誰一人文句を言うことはできないだろう。

 

二人が発動したのは移動魔法の【ランチャー】だ。

 

司と優子を除いたテロリストが横や後ろに飛んで行く。テロリストは壁に激突し、気を失った。

 

 

「優子の洗脳を解け」

 

 

「くッ!」

 

 

俺の言葉に司は苦悶の表情を浮かべる。後の手が残っていないみたいだ。

 

その時、黒ウサギの顔が驚愕に染まった。

 

 

「大樹さん!外からもの凄い速さで何者かが近づいて来ます!」

 

 

「「「「!?」」」」

 

 

このことに司も驚いていた。仲間じゃないのか?

 

 

「方角は?」

 

 

「東です……あ、危ないッ!」

 

 

その瞬間、俺の横の壁が崩れて何者かがこちらに突進して来た。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

「がはッ!?」

 

 

想定外の出来事でかわすことができなかった。

 

壁を突き破った奴はそのまま俺に突進して背後の壁にぶつける。体の中の空気が一気に吐き出された。

 

壁に亀裂が走り、そのまま俺ごと壁を突き破って行った。

 

 

(なんだこの力はッ!?)

 

 

普通の人間が出せる力ではなかった。

 

最後の西の壁をぶち破り、木々が生い茂った外に出る。俺は黒いコートを着た人の腕を払い、拘束から逃げる。

 

 

「誰だ!」

 

 

俺は【(まも)(ひめ)】を取り出し構える。フードを被っていても分かる。体格からして男のはずだ。黒いコートを着た男は何も答えない。

 

 

「ッ!」

 

 

男は俺に急接近し、殴って来る。だが、簡単にはやられない。

 

体を紙一重で横にずらして回避する。右手に持った刀でカウンターを決める。

 

その時、フードの中が見えた。

 

 

(こいつッ!?)

 

 

俺はそのまま容赦無く、首を斬り落とすことに変更。蒼い炎が燃え上がり、刀を錬成させた。

 

音速のスピードで刀が首を狙う。

 

 

カキンッ!!

 

 

「は?」

 

 

(まも)(ひめ)】の刃は首を斬ることができなかった。

 

刀は男の首で止まった。

 

首……いや、フードすら斬ることが出来なかった。

 

 

「硬化魔法……!?」

 

 

俺は声に出して目を疑った。

 

硬化魔法で俺の刀が止められた。その事実に驚いた。

 

男は微動だにしない。全く動かない。むしろ、反動が俺に来た。

 

 

「くッ!」

 

 

俺は急いで後ろに飛んで下がる。それよりもっと驚いたことがある。

 

 

「テメェ……捕まっていなかったのか」

 

 

フードの男の正体。それは学校の正門で戦ったテロリストの頭。髭を生やした男だった。

 

こいつ……あの時とは全然違う。

 

本気で行かないとこちらがやられる。俺はギフトカードから長銃の【神影姫(みかげひめ)】を取り出す。

 

 

右刀左銃(うとうさじゅう)式、【(みやび)の構え】」

 

 

音速のスピードで男との距離を一瞬で詰める。逆手で刀を持った右手で男の胸に狙いをつける。

 

 

「【剣翔蓮獄(けんしょうれんごく)】!!」

 

 

ドゴッ!!

 

 

刀の柄が男の胸に衝撃を与えた。そして、左手の銃に鬼種の力を送り込む。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

鬼種の力を宿した紅い銃弾が男の体に向かって飛んで行く。

 

 

カキンッ!!

 

 

だが、これでも男は微動だにせず、動かなかった。

 

刀の柄のダメージも、銃弾のダメージも、与えられなかった。

 

 

「ッ!」

 

 

男の持っている拳銃型CADが光っている。魔法はやはり硬化魔法……いや、違う!

 

 

(硬化魔法を二個発動している……!)

 

 

相手が微動だに動かなかった仕組みが判明した。男は自分に攻撃が与えられないように服に硬化魔法をかけた。そして、同時に地面と自分を固定させる硬化魔法もかけていたのだ。

 

これで、無敵要塞の絶対防御が完成していた。

 

 

(仕組みが分かれば俺の勝ちだ……!)

 

 

頭の中でいくつかの策を練る。よし。

 

 

「右刀左銃……ッ!」

 

 

俺は構えを取ることが出来なかった。

 

足元に魔方陣が展開して、発動していた。

 

 

「かはッ……!?」

 

 

呼吸が止まる。咄嗟のことに酸素を吸い込んで息を止めることも出来なかった。

 

周りを見ると、俺を中心とした丸い半球体が俺を閉じ込めていた。半径は……ざっと300mはあるだろうか。

 

息ができない。これは……。

 

 

(【(エム)(アイ)(ディ)フィールド】!?)

 

 

空間を窒素で満たし、相手の呼吸を妨げる魔法。だが、俺は周りを見て驚いた。違う……そんな茶々な魔法なんかじゃない。

 

 

 

 

 

木の葉は重力落下をやめて浮いていた。それを見て今何が起こったかのか把握した。

 

 

 

 

 

(空間を宇宙と同様に無重力にする魔法……聞いたことねぇぞ!?)

 

 

だが、その魔法ならこの空間の説明が出来る。魔方陣を見ても読み取れない。記憶にそんな魔法が無いからだ。

 

 

「……………」

 

 

この魔法を発動した魔法師が髭を生やした男の後ろから現れる。

 

 

(優子……!)

 

 

学年次席……木下優子だった。どうやら洗脳がまだ解けていないようだ。

 

 

(2対1はキツイぞおい……)

 

 

俺は浮きそうになる足を必死に地面につけながら唇を噛む。

 

 

「暗殺対象……発見」

 

 

「ッ!」

 

 

今まで何も喋らなかった男は始めて言う。優子を見た瞬間、持っていた拳銃型CADを優子に、向けた。

 

 

(まさか………あいつの本来の目的は!?)

 

 

優子の暗殺。まだ企んでいたのか!

 

優子に向かって標準が定まる。

 

 

(クソッ!)

 

 

刀を振るうが、無重力の所為で勢いが足りない。この調子だと銃も使いものにならない。

 

その時、変化が起きた。

 

 

パリンッ!!

 

 

無重力空間の魔法がガラスが割れるのように破壊された。

 

辺りには誰もいない。だが、これで優子を守れる。

 

光の速度で優子の前に現れ、抱き寄せて横に飛んだ。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

優子のいた場所に魔方陣が展開し、発動した。地面に落ちていた落ち葉や小石が勢いよく飛んでいく。

 

魔法は移動魔法の【ランチャー】だった。髭を生やした男は優子を吹っ飛ばして倒すつもりだったのだろう。

 

 

ドスッ

 

 

「大丈夫か……ゆう…こ……?」

 

 

俺の腹部に軽い衝撃が走った。手で触ってみて見ると、ドロリッとした感触がした。

 

腹部を見てみると新しく買った制服は赤くなっており、小さなナイフがささっていた。

 

 

刺したのは……優子だった。

 

 

「くッ……ッ!」

 

 

俺は軽く優子の首の後ろの衝撃を与える。優子は目を見開いて、静かに気を失った。

 

 

「うあッ……ああッ!!」

 

 

ナイフはテロリストが使っていたモノと同じだった。きっと敵に持たされていたのだろう。

 

俺は刺さったナイフを引き抜き、心を落ち着かせ集中する。

 

 

「【神の加護(ディバイン・プロテクション)】」

 

 

気が付いた時には傷口は無かった。まるで何事も無かったかのように。しかし、服についた赤い液体や破れた箇所はそのままだ。

 

これは傷を瞬時に完治させる能力。以前、無意識で何度かやっていたが、ここ最近、自分の意志で出来るようになった。

 

だが、デメリットはある。それは一時間後には倍の痛みが襲い掛かってくることだ。無意識の時はそんなこと無かったが、この能力だけは別だった。

 

膝を捻った時に一度使ったことがある。あの時は足首が取れたのではないか?と錯覚してしまうほどの激痛だった。

 

だが、痛みなんて我慢すればいいだけの話。今はこの一時間でこいつと決着をつけることだけを考える。

 

 

「暗殺……対象……!」

 

 

「やらせねぇよ……絶対に」

 

 

硬化魔法の攻略法。実に簡単なことだった。

 

俺は懐から三つの爆弾型CADを取り出す。実に勿体ないが仕方ない。

 

優子を守る為ならいくらでもくれてやる。

 

 

「黒ウサギ!」

 

 

「はい!」

 

 

「ッ!?」

 

 

俺の声に応じた黒ウサギが髭を生やした男の後ろに現れる。緋色に染まった髪をなびかせた黒ウサギは男に向かってはしる。黒ウサギが残党を片付けて、こちらに向かっていたのは気配で分かっていた。

 

髭を生やした男は驚き、振り向く。

 

俺はすかさず3つの爆弾型CADにスイッチを入れて、同時に髭を生やした男の近くで発動する。

 

 

「黒ウサギ!何でもいい!魔法を発動しろ!」

 

 

黒ウサギは急いで携帯端末型CADを取り出して魔法式を出力させる。そして、展開して発動させた。

 

やっぱり速い。一科生に全く劣らない速さだ。

 

髭を生やした男も魔法を発動して抗戦する。移動魔法を使って爆弾型CADを遠ざける気だ。こちらも魔法速度は速い。だが、

 

 

これで、俺の罠にかかった。

 

 

「「ッ!?」」

 

 

髭を生やした男と黒ウサギは驚いた。

 

 

 

 

 

何一つ、魔法が発動しないからだ。

 

 

 

 

 

爆弾型CADの魔法も、黒ウサギの魔法も、髭を生やした男の魔法も。

 

何故、このような状況になったのか。それはあることを発生させたからだ。

 

 

【キャスト・ジャミング】

 

 

これは魔法式がエイドスに働きかけるのを妨害する魔法。無意味なサイオン波を大量に散布することで魔法式がエイドスに働きかけるプロセスを阻害する技術だ。

 

前に魔法には四系統に属されていない例外が3つあると言ったが、その例外の一つがこの無系統魔法だ。

 

発動するには本来『アンティナイト』と呼ばれる特別な鉱石が必要だが、俺はそれを持っていない。

 

では『アンティナイト』もないこの状況でどうやって【キャスト・ジャミング】の現象を引き起こせたのか。

 

それはバラバラに、そして無秩序に魔法を発動したおかげだ。魔法を重ね掛けし過ぎたせいで【キャスト・ジャミング】と同様の効果を持った現象が発動したのだ。

 

 

(補足を加えると、これは正式な【キャスト・ジャミング】では無い。『【キャスト・ジャミング】に近い現象を引き起こした』が合っている)

 

 

さて、講義は終了。決着の時だ。

 

 

「右刀左銃式、【(ゼロ)の構え】」

 

 

神影姫(みかげひめ)】に鬼種の力を与える。同時に、俺の右目も赤く光る。

 

 

「【白龍閃(びゃくりゅうせん)(ゼロ)】!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

重い銃声がなり、最強の弾丸が銃口から放たれる。

 

すかさず俺は【(まも)(ひめ)】を上から地面に向かって勢いよく叩きつける。

 

 

そして、その衝撃で銃弾の威力とスピードが何倍にも跳ね上がった。

 

 

「ッ!?」

 

 

髭を生やした男の胸に弾丸が突き刺さり、木々を倒しながら後ろに吹っ飛ばされる。100m以上も飛んだ。胸には貫通した傷痕が付き、血が流れる。

 

髭を生やした男はもう動かない。

 

 

「黒ウサギ、すぐに森を出て救急車を呼べ。急所は外したから助かるはずだ」

 

 

「分かりました!」

 

 

黒ウサギは髪の色を元に戻して、走って電波が入りやすいところへと向かった。

 

 

「……………」

 

 

俺は遠くで木に背を預けて意識を失っている男を見る。

 

一体誰の仕業だ。強化人間のようにした奴は。

 

魔法だけであれほどの力が出せるはずが無い。壁を突き破るなんて……硬化魔法を使っていても不可能だ。

 

力を与えることができるのは……あいつらしかいない。水の馬をあげたような奴にしか。

 

 

「はぁ……俺、死なないよな?」

 

 

約一時間後、激痛が襲い掛かって来る。怖いよー、めっちゃ怖いよー。フリーホラーゲームの〇鬼くらい怖いよー。

 

俺は足を恐怖で震え上がらせながら優しく優子をお姫様抱っこする。

 

 

「……後で土下座しよ」

 

 

洗脳を解くためとは言え、殴ってしまった。俺が最低なのは今に始まったことではないが、ゴミクズ人間にはなりたくない。ちゃんと謝罪して、警察に行って、牢屋に入れてもらおう。……………アレ?許してもらえないの、俺?

 

________________________

 

 

俺がいない間、廃工場でとんでもないこになっていた。

 

まず結論を言うとテロリストは死んだ。いや、死んでないけど死んだ。

 

フルボッコだドン!っと言われてもおかしくないくらいテロリストはボコボコにされてた。凍らされたり、足とか腕とか魔法で撃ち抜かれたり、刀で斬られたりヤバかったぜ!

 

あ、桐原が司の腕を落としたらしい。南無三。まぁ桐原超キレていたしな。「左腕も斬らせろ!」とか追加注文してたしな。もちろん、却下された。

 

後分かったことは、壬生は司に操られていたんだ。

 

壬生の記憶違いは司の仕業だった。確かにあれほどの不自然な違い、冷静になれば分かることだ。洗脳して記憶を改竄していたのだろう。

 

よって、腕を桐原に斬られても仕方ない。十文字はやり過ぎって言っていたが、俺なら司を〇〇〇(ピー)したあとに〇〇〇〇(ちょめちょめ)して、東京湾に沈めるわ。あ、東京湾は半壊したんだっけ?めんごwめんごw。

 

あとは『アンティナイト』の指輪を何個か盗ん……ゲットした。モンスターとの戦闘後の戦利品って大事と思う。

 

 

こうして事件は終わった。

 

そして、現在。帰りの車では、

 

 

「痛い!痛い!もう無理!お家に帰りたいッ!」

 

 

「大樹さん!落ちますよ!」

 

 

「もういっそのことここで楽になってやる!」

 

 

「ダメです!」

 

 

「二人とも、落ち着いたらどうだ?落ちてしまうぞ?」

 

 

俺と黒ウサギは車の上に乗っていた。うん、優子が車内にいるからね。

 

達也に注意されるが俺は構わずのたうち回る。

 

 

「ヤバい!腹から……腹から何か生まれる!」

 

 

「冗談はやめてください。何で傷も無いのにそんなに痛がって……でも、どうして血がついて

 

 

「かはッ」

 

 

俺は体の中に残っていた血だまりを吐き出した。洒落にならない。

 

俺は車の上で気を失った。

 

 

「え?……だ、大樹さん!?」

 

 

「ちょっと!?窓の上から血が流れてるんだけど!?」

 

 

黒ウサギは大樹を揺さぶる。返事が無い。ただの屍のようだ。

 

エリカは車窓の血を見て驚愕の声を出す。他の人も驚いていた。

 

一方、運転手の十文字と助手席に座った桐原は、

 

 

「……賑やかですね」

 

 

「そうだな」

 

 

「……………血が流れてますよ」

 

 

前方には大樹の血が流れていた。

 

カチッと十文字はワイパーのスイッチを入れた。

 

 

「……グロイですね」

 

 

「そうだな」

 

 

(何でこんなに冷静なんだ!?)

 

 

桐原は十文字の偉大さを改めて思い知った。

 

 

________________________

 

 

 

「壬生と桐原がイチャイチャしていました」

 

 

「してねーよ!」

 

 

俺の隣に座った桐原が怒鳴る。

 

俺たちがいるのは学校の敷地内のベンチ。以前、おでん缶を買わされた悪魔の自動販売機の近くだ。

 

 

「平和だな……」

 

 

「お前……本当にそう思ってんのか?」

 

 

「思えねぇよ、壬生…………じゃなかったか。桐原」

 

 

「オイッ!今のわざとだろ!」

 

 

「結婚したら壬生の苗字は桐原だもんな」

 

 

「やめろ!」

 

 

「末永くお幸せに……爆発しろ!」

 

 

「オイッ!」

 

 

「間違えた。くたばれ!」

 

 

「何も変わってねぇよ!?」

 

 

「お父さん!僕に壬生をください!」

 

 

「あげるか!」

 

 

「お?」

 

 

「あ」

 

 

「へ~、あげないってか。壬生はすでにお前のモノかぁ~」ニヤニヤッ

 

 

「な、何だよ、その顔は!」

 

 

「桐原……壬生のこと頼んだぞ」

 

 

「ッ……………ああ」

 

 

急にマジメになるなよ……っと桐原は難しい顔をしていた。

 

今回のこと、壬生に話してやった。桐原が壬生のために戦ってきたことを。

 

そしたらね、壬生が桐原に惚れたの!おかしいよね!俺も頑張ったのに!

 

 

「それにしても凄いよな……楢原は」

 

 

「何がだよ?」

 

 

「聞いてないのか?一科生と二科生のいざこざが急激に無くなったの」

 

 

「まだ起きてるぞ、あの事件から約一ヶ月……3件くらいは起きたぞ」

 

 

「馬鹿が、今までなら一ヶ月に二タ桁は当たり前だったんだぞ?」

 

 

確かに成長したな、それは。

 

あの日を境にかなり仲良く……はなっていないが、一科生が二科生を蔑んだりすることはほぼ無くなった。ごく一部はまだ差別をやっている奴がいるみたいだが。

 

 

「俺は完璧に差別が無くなる学校にしたい」

 

 

「お?次の次の生徒会長は大樹か?」

 

 

「マジで勘弁してくれ。あと、生徒会長は二科生は無理だろ」

 

 

「そうか?次の代がなんとかしてくれんじゃねぇか?」

 

 

「やめろ。フラグを立てるな」

 

 

生徒会長とか絶対にめんどくさいよな。働きたくないでござる。あ、でも生〇会の一存みたいな生徒会だった余裕で入る。そして、杉〇の代わりに俺がハーレム作る。

 

 

「それにしても……この時期におでんは無いな……」

 

 

「だろ?何で自販機に売ってんだろ?」

 

 

桐原は自分のおでん缶を見て溜息を吐く。ちなみに俺のおごり。あと嫌がらせ。

 

 

「まぁ俺こんにゃく好きだしいいや」

 

 

「俺は大根だな」

 

 

こんにゃくって素晴らしいと思う。あのツルツルの美味しい感触。たまらぬ。

 

ふとっ視線を校舎の方に向けて見ると、ある人物がこちらに来ていた。

 

 

「ん?桐原、お前の奥さんが来たぞ」

 

 

「ごぼッ!?」

 

 

うわッ!?汚ッ!?

 

壬生は咳き込む桐原に駆け寄る。

 

 

「だ、大丈夫?桐原君」

 

 

「ああ、大丈夫だ、ちょっと『壬生の裸エプロンを想像した』だけだからって楢原ああああああァァァ!!」

 

 

なんだよ、せっかく俺が代弁してやったのに。

 

もちろんその後は逃げたさ。音速でな!

 

 

「クソッ……楢原め……………ッ!?」

 

 

「どうしたの?」

 

 

「大根盗まれたッ……!」

 

 

「……………え?」

 

 

________________________

 

 

「ボンジュール」※フランス語の挨拶言葉。

 

 

俺はそう言って生徒会室の扉を開ける。中には誰もいない。さ、寂しいな。

 

 

「はぁ……風紀委員会に行くか」

 

 

人のぬくもりを感じたくて風紀委員会本部に向かう。生徒会室と風紀委員会本部は繋がっているため、近道が可能だ。

 

俺は風紀委員会本部の扉を開ける。

 

 

「ジャンボ!」※スワヒリ語のあいさつ言葉。

 

 

誰もいなかった。これがツッコみ不在という奴か……。

 

 

「そうかよ……寝るよ、もう」

 

 

俺は自分の席の椅子に座り込んで寝る。

 

考えて見れば、授業中にここに誰もいないのは当たり前だ。そもそも何故授業を抜け出したのかって?

 

ヒントは魔法&実技。もう分かったね?

 

俺は魔法が使えないから抜け出してきた。黒ウサギは使えるから授業を受けてるよ。もう成績優秀だよ、すごいね。

 

 

「先生……魔法が使いたいです……!」

 

 

そう願いを言って、目を閉じた。

 

 

ガチャッ

 

 

(ん?誰か入って来た)

 

 

風紀委員会本部の扉が開き、誰かが入って来た。とりあえず、俺は寝たふりを続行する。先生だったら詰んだな、コレ。

 

 

「楢原君、起きてる?」

 

 

(優子だあああああァァァ!!)

 

 

優子が来たと分かった瞬間、心拍数が5、6倍速くなった。どうする?起き上がって抱き付いて警察に行くか!?いや、ダメだろ。

 

 

「……………」

 

 

(え、あ、ちょ、やめッ!)

 

 

優子はいきなり俺のお腹を触りだした。や、やめて!寝ている俺をそんな!……………気持ち悪いこと言ってすいませんでした。

 

 

「何で無いのよ……」

 

 

(え?)

 

 

 

 

 

「何で……傷が無いのよ……!」

 

 

 

 

 

(ッ!)

 

 

耳を澄ませると、優子が震えているのが分かった。

 

あの時のこと……覚えていた。

 

最近、優子が素っ気ないのはそれが原因か。

 

 

「アタシ……あなたを刺したはずなのに……!」

 

 

俺は迷っていた。ここで真実を告げるか。嘘を貫くか。

 

優子にとって一番いい選択は何だ?

 

俺にとって一番いい選択は何だ?

 

 

「はぁ……泣くなよ、優子」

 

 

「ッ!?……お、起きてたのッ?」

 

 

「今さっき起きた。で、何で泣いてる」

 

 

俺は嘘を吐いた。起きたというか、ずっと起きていた。

 

 

「……アタシを助けてくれてありがとう」

 

 

「どういたしまして」

 

 

「楢原君に反対された理由が分かったわ。アタシには……力が無かった」

 

 

「……………」

 

 

優子は俯き、俺の隣の席を座った。

 

 

「楢原君が授業を抜け出したのを見たの。それで、追って謝ろうと思った」

 

 

「別に謝ることなんて」

 

 

「アタシは……楢原君を刺した」

 

 

「……違う」

 

 

「違くないわ!アタシには記憶があった!意識があった!」

 

 

優子は机を叩き、怒鳴りあげる。目は赤くなっており、涙が溜まっていた。

 

 

「あんなに反対してくれたのに……アタシはみんなに迷惑をかけてッ」

 

 

「もういいだろ。あの事件は終わった」

 

 

「それでもアタシはあなたを殺そうとしたッ!」

 

 

優子の目から涙があふれ出た。我慢の限界だった。

 

 

「それなのに……それなのに……楢原君はアタシを助けてくれてッ……どうして助けたのよッ!?」

 

 

「……約束したから」

 

 

「約束……?」

 

 

俺は思い出す。

 

『俺が絶対に守ってやる。だから来てくれ、優子』

 

これが、俺が言った優子に言ったセリフ。

 

 

「俺は優子を絶対に守るって誓ってんだよ」

 

 

「……どうして?どうしてアタシ……楢原君のこと何もッ」

 

 

「俺が知ってる」

 

 

「ッ!」

 

 

俺は優子に笑顔を向ける。

 

 

「俺が優子のことを知っている。それだけで俺は十分だ」

 

 

「……意味……分からないわよッ」

 

 

「自分を責めるな優子」

 

 

「アタシはッ……」

 

 

「大丈夫だ」

 

 

俺は優子の右手を両手で包み込んだ。

 

 

 

 

 

「俺が全部……つらいことを背負ってやる。だから、安心しろ」

 

 

 

 

 

「……ズルいわ」

 

 

「怖かっただろ?あの時、何もやってあげられなくて悪かった」

 

 

「別に……怖、く……なんてッ」

 

 

「俺がいるから……もう泣かないでくれ」

 

 

「……楢原君ッ」

 

 

優子は俺に抱き付いて泣いた。

 

みんなに迷惑をかけた罪悪感。俺を刺した罪悪感。一番傷ついて、つらかったのは優子だ。

 

優子は怖かったはずだ。

 

優子は普通の女の子だ。優等生だからと言って猫被って、少し意地っ張りで、プライド高くて、みんなの期待を裏切らないように努力する女の子だ。

 

人を刺して平気だなんてありえない。

 

俺は優子の頭をなでる。

 

今まで遠かった存在がここまで近くに感じ取れたことに嬉しく思えた。

 

記憶が無くとも、優子は優子だ。

 

 

「これからも俺を頼ってくれ。助けてやるから」

 

 

「……うんッ」

 

 

優子は俺の服に顔をうずめながら返答した。

 

優子が落ち着くまで俺は頭をただなで続けた。

 

 

 





これで入学編は終わりです。

九校戦は全く考えていないので次の投稿は遅れます。すいません。


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平穏を求めて

六月。

 

テロリストが学校を襲ってから約2ヶ月が経とうとしていた。

 

もう学校には平穏が戻り、大半の生徒は勉学に励み、部活で汗を流す。そんな青春を謳歌する者たちが増えてくる六月。

 

一年生も学校に馴染むようになってくる六月。

 

素晴らしいね六月。万能だね六月。惚れちまいそうだぜ六月。

 

だが、俺はこの六月をこう思う。

 

 

「もう六月かよ……くたばれ、六月。もう一ヶ月もやっているんだぞ」

 

 

六月を亡き者にしたかった。

 

 

「確かに、このままだと二ヶ月になる」

 

 

パソコンのキーボードを打つのをやめて仰向けに倒れる。達也は画面に視線を向けたまま俺に言う。

 

俺は達也の家にお邪魔していた。いや、別に本当に邪魔しているわけではないよ?

 

理由は新しい魔法を生み出すことと、爆弾型CADの強化版を製作のするためだ。

 

実は一ヶ月前に達也に爆弾型CADの存在を教えた。達也は興味深そうに見ていたので、俺と何か魔法かCADでも作らないか?と提案したら達也はOKしてくれた。

 

達也の魔法技術は凄かった。そこらにいる魔法技師じゃ比べものにならないくらい凄かった。さすが、入試でペーパーテスト一位だな。

 

俺の家には魔法を作る機材が無い。だが、達也の家にはあった。普通一般家庭にそんなモノは置いてないはずだが、どうやらわけありらしい。本人が言うには内緒にしてほしいと言った。当然、このことは内緒にしている。

 

 

ビーッ

 

 

「うぅ……1万7千回目の警告ブザー……泣ける」

 

 

「数えていたのか?」

 

 

「覚えてた」

 

 

「……そうか」

 

 

「あと少しなんだ……あと少し……!」

 

 

「その最後の調整が難しいんだ。焦らず一つ一つやっていってくれ」

 

 

パソコンとひたすら睨めっこをする俺。そろそろ解放してくれ。

 

 

ピコンッ!

 

 

「あ」

 

 

「どうした?」

 

 

「できた……」

 

 

「ッ!」

 

 

「出来たあああああァァァ!!」

 

 

俺は大声で喜びガッツポーズ。急いで達也に画面を見せる。

 

 

「後は頼んだ!」

 

 

「ああ、任せてくれ」

 

 

達也はそれを見て笑みを浮かべた。俺は床に転がって、

 

 

「お…や……zzz」

 

 

(まだ二文字残ってるぞ)

 

 

おやすみっと言い終わる前に、大樹は床に寝そべり、眠った。

 

達也と大樹は土曜日と日曜日。そして、休日の月曜日の3日間を寝ないでいた。達也は深雪に心配され、途中一度睡眠を取っている。だが、大樹は寝ないで作業をし続けていた。

 

達也は今までの遅れを取り戻すためにパソコンのキーボードに指を走らせる。

 

そして、

 

 

「凄いな……」

 

 

達也は大樹が組み込んだプログラムを見て、ポツリッと声を漏らした。

 

それは達也がずっと研究してきた魔法。

 

大樹の常識から外れた新しい魔法式があったおかげで早く完成することが出来た。

 

 

「ありがとう、大樹」

 

 

達也はそう言って笑みをこぼして、またキーボードに指を走らせた。

 

 

________________________

 

 

「フッフッフ、遅刻したぜ!」

 

 

「そ、そうか……」

 

 

昨日、俺は達也の家からフラフラになりながら何とか帰ることができた。だが、明日の学校の登校時間には間に合わなかった。原因はさっきまで爆睡していたからだ。

 

レオは大樹の堂々さに引いていた。何で遅刻してるのにこんなに偉そうな態度を取っているんだ?っと。

 

 

「それより授業はどうした?消滅した?」

 

 

「してねぇよ。転校生が来るらしいぜ」

 

 

「転校生?」

 

 

レオの言葉に俺は疑問を抱く。

 

 

「確か……第四高校から来るらしい」

 

 

「ふーん、どうでもいいや」

 

 

「おい!せっかく説明したのに何だよ!」

 

 

「だって!レオがボケてくれないから!」

 

 

「俺のせい!?」

 

 

「え、やだ。俺の性とか……エロいわ」

 

 

「何でだよ!?」

 

 

「俺が変態でエロいからだ!」

 

 

「お前絶対脳みそ腐ってるだろ!」

 

 

「ぷー、クスクス。脳みそ腐ってるとかwお前と一緒にすwるwなwよw」

 

 

「喧嘩売ってんのか!?」

 

 

「ウェーイwww」

 

 

「表に出やがれぇ!」

 

 

「だからエロいって言ってるだろ」

 

 

「だから何でだああああああァァァ!!」

 

 

これ以上いじるのはやめておこう。レオが発狂してしまう。

 

 

「大樹さん……皆さんが見てますよ?」

 

 

「それは興奮するね♪」

 

 

「……………え?」

 

 

黒ウサギは俺を心配していたが、やめた。なんと黒ウサギは俺から距離を取り始めた。おい、嘘に決まっているだろうが。

 

 

ガラッ

 

 

「皆さん、一度席についてください」

 

 

教室の扉を開けて入ってきたのはカウンセラーの小野遥

だった。クラスメイトは指示に従って自分の席に座る。

 

 

「今日このクラスに急遽入ることになった第四高校の転校生がいます。入ってきて」

 

 

小野先生は入ってきた教室のドアに視線を移す。入ってきたのは女の子だった。

 

 

「「ッ!?」」

 

 

俺と黒ウサギは同時に凍りついた。血の気が引いていくのが自分でも分かる。

 

 

「じゃあ自己紹介いいかしら?」

 

 

「はい」

 

 

女の子は黒板の代わりになっている画面ディスプレイの前に立つ。

 

 

「第四高校から転校して来ました。新城(しんじょう) (ひかり)です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺たちと同じ学校の制服を着た紫色の髪……小柄な女の子。エレシスがいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エレシス!」

「セネス!」

 

 

 

 

 

「「………え?」」

 

 

俺と黒ウサギは別々の名前を言った。おかしい。ここからシリアスな雰囲気になるはずなのに。

 

 

「いや、エレシスだろ?」

 

 

「セネスですよね?」

 

 

「「………え?」」

 

 

「エレシス」

 

 

「セネスです」

 

 

「エレシス!」

 

 

「セネスです!」

 

 

「「どっちだよ(ですか)!?」」

 

 

(((((うるせぇ………)))))

 

 

大樹と黒ウサギの討論にクラスメイトは迷惑そうな顔をした。

 

 

「まぁいい。よし、まず俺が動きを止めるから黒ウサギはインドラの槍で俺ごと貫け」

 

 

「はい!………え?」

 

 

「いくぞ!」

 

 

俺は一瞬でエレシスの後ろに回り込み、抱っこした。

 

 

「来い!」

 

 

「いやいやいやいや、ちょっと待ってください!大樹さんも貫くのですか!?」

 

 

「来い!」

 

 

「無理です!!」

 

 

何故だ!?理解できない!

 

 

「あのー、楢原君?新城さんを降ろして貰ってもいいかな?」

 

 

「……そうだな。いきなり転校生を羽交い絞めにするなんてダメだよな」

 

 

小野先生の言うことに俺は目を閉じて言う。

 

 

「そうね、だったら……」

 

 

「だが断る!」

 

 

「何で!?」

 

 

小野先生は俺の言葉に驚愕した。

 

 

「さぁ遺言くらい聞いてやるぞ、エレシス」

 

 

「……………いいのですか?」

 

 

エレシスは小声で俺に向かって話す。

 

 

「此処で私が暴れたらどれだけの犠牲者が出ると予想できますか?」

 

 

「テメェ……!」

 

 

「落ち着いてください。あなたとは今、敵対しません」

 

 

「無理だ。俺はお前を敵対している」

 

 

俺はポケットの中にあるギフトカードを取り出そうとする。

 

 

「では、私に勝てますか?」

 

 

「……お前を倒す方法は考えてある」

 

 

「その勝算は100%ですか?犠牲者はどのくらいでますか?」

 

 

「くッ」

 

 

俺は苦虫を噛み潰したような顔をする。一方、エレシスは無表情。眉一つ動かさない。

 

 

「後で話しましょう、楢原さん」

 

 

「……………」

 

 

俺はエレシスから手を放す。

 

周りのクラスメイトは口を開けて驚いていたが、俺は無視して席に着く。黒ウサギも席に座る。

 

 

(何を考えているんだ……エレシス)

 

 

相手の考え、作戦、戦術。何も分からない。

 

俺はギフトカードが入ったポケットにずっと手を突っ込み、昼休みまで警戒し続けた。

 

 

________________________

 

 

「それじゃあ話して貰おうか」

 

 

俺とエレシスは誰もいない校舎の屋上にいた。黒ウサギはこの場にいない。

 

黒ウサギには達也たちの相手をさせた。とりあえず、適当にごまかせっと言っておいた。

 

 

「何のつもりだ」

 

 

「楢原さん。先程も言いましたが敵対するつもりはありません」

 

 

「知らねぇよ。どんな理由があっても俺はお前を倒す」

 

 

「では、私をここで殺してもかまいません」

 

 

「そうか。じゃあ……」

 

 

俺はギフトカードから【(まも)(ひめ)】を取り出s

 

 

 

 

 

「ですが、私が死んだ瞬間、木下優子の記憶を取り戻すことは永遠に不可能になります」

 

 

 

 

 

「なッ!?」

 

 

目を見開き驚いた。

 

優子の記憶に細工をしたのはやっぱりエレシスだった。

 

 

「どうしますか?」

 

 

「……お前の力が無くても、優子の記憶を……」

 

 

「では、私の力が無いと取り戻せないっと言ったら?」

 

 

「……………」

 

 

反論の余地が無くなった。

 

 

「どうすれば優子の記憶を返してくれる?」

 

 

「分かってくれたのですね」

 

 

「勘違いするな。俺とお前は何があっても敵同士だ。今は停戦だ」

 

 

「停戦……いえ、十分です」

 

 

エレシスはうなずいた。

 

俺はギフトカードをポケットにしまい、腕を組む。しかし、警戒は解かない。

 

 

「私の願いは一つ。それは……」

 

 

俺は静かにそれを聞く。きっととんでもないことを言い出すに決まっている。

 

汗が止まらない。足が震えそうになるが無理矢理止める。

 

 

 

 

 

「青春をすることです」

 

 

 

 

 

「……………」

 

 

……………。

 

 

「青春をすることです」

 

 

「いや、別に聞こえなかったわけじゃないよ」

 

 

「学校生活を満喫することです」

 

 

「人はそれを青春と呼ぶ……………じゃねぇよ!」

 

 

何を言い出すんだコイツは!?

 

 

「馬鹿なの死ぬの!?死んでくれ!」

 

 

「無理です」

 

 

もうやだこの子。

 

 

「何がしたいんだよぉ……ここは普通『この街を粉々に吹き飛ばします』とか『全員皆殺しにします』とかだろ!?」

 

 

「興味無いですね」

 

 

「お前、今すぐ悪役やめろよ!?」

 

 

「私は楢原さんを殺したいです」

 

 

「物騒なこといってんじゃねぇ!」

 

 

「私は楢原さんを殺したいです。きゃるーん」

 

 

「殺してやろうか!?」

 

 

俺の心臓ぶちまけておいて何だこの態度は!?

 

 

「真面目な話をします」

 

 

「最初からしろ!」

 

 

「私と学校生活で仲良くしてください」

 

 

どこが真面目だ!?

 

っと言いたかったが、エレシスの目が本気だった。

 

俺は咳払いをしてから言う。

 

 

「断る。俺や他の人を巻き込むな」

 

 

「安心してください。楢原さんを含めて誰にも手を出しません」

 

 

「信用できねぇ」

 

 

「では、代わりに情報を提供します」

 

 

「情報だと?」

 

 

「はい」

 

 

エレシスは右手を前に出す。

 

 

 

 

 

「優子さんの記憶の戻し方。それと、私たち反逆者たちについて」

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

俺はまた驚愕する。だが、さっきの驚きと比べたら何倍もこちらの方が驚きだ。

 

自分たちの情報を晒す。それは仲間を裏切る行為だ。

 

 

「どうしますか?」

 

 

「……敵の情報はどの程度ある」

 

 

「教えることはできません」

 

 

「……交渉はできない」

 

 

「違います」

 

 

エレシスは目を細めた。

 

 

「これは脅迫です。あなたは私の手を握らないと、この学校の生徒が」

 

 

エレシスから殺気が溢れ出した。

 

 

「全員死にます」

 

 

「……………」

 

 

本気だ。

 

エレシスの目を見て足が震えそうになる。だが、ここで怖気づいてしまうわけにはいかない。俺は全身に力を入れて、震えを止める。

 

選択の退路は断たれた。だったらどうする?

 

 

「条件がある」

 

 

新たな道を作ることだ。

 

 

「何ですか?」

 

 

「どうせ交渉に応じてもすぐには教えないつもりなんだろ?」

 

 

「……ある程度は教えます」

 

 

「いーや、教えないな。だからこうしよう」

 

 

俺は左手を前に出す。

 

 

「期限をつける。その期限を過ぎたら()()話せ。いいか、()()だ」

 

 

「………いいでしょう」

 

 

エレシスは前に出した右手で、俺の左手を握った。

 

 

「二か月後、ちゃんと話します」

 

 

「8月11日か……少し長いがいいだろう。どうせ、これ以上縮める気なんて無いだろ?」

 

 

俺は手を振りほどいて屋上のドアに向かって歩き出す。

 

 

「じゃあな、良い青春を」

 

 

「どこに行くのですか?」

 

 

エレシスは俺の手を握り、止めた。

 

 

「何だよ?俺はお前とは関わらないぞ」

 

 

「何故ですか?私は青春を謳歌するのですよ?」

 

 

「……質問を質問で返すなよ。何が言いたい?」

 

 

「青春とはスポーツをすることです」

 

 

「あ、ああ」

 

 

「青春は勉学に励むことです」

 

 

「まぁ一応そうだな……」

 

 

「青春とは恋は絶対です」

 

 

「当たり前だ。恋愛こそ青春だ」

 

 

「そうです。だから」

 

 

エレシスは無表情な顔のまま、首を横に傾げた。

 

 

 

 

 

「付き合ってください」

 

 

 

 

 

「……………」

 

 

……………。

 

 

「付き合ってください」

 

 

「いや、聞こえてる」

 

 

「彼氏になってください」

 

 

「変わってねぇよ」

 

 

「ならどうして私から距離を取るのですか?」

 

 

嫌だからだよ。

 

俺は必死に早歩きで後ろに下がる。が、フェンスにぶつかって逃げ場が無くなった。

 

 

「付き合ってください」

 

 

「きょ、拒否権は?」

 

 

「発動する場合、生徒の命が掛かっていますよ?」

 

 

「ぜひ僕の彼女になってください」

 

 

もうヤケクソだった。

 

 

________________________

 

 

ざわざわッ!!

 

 

食堂は騒がしかった。何故騒がしいかと言うと……これ言う必要あるの?

 

仕方ない。説明しよう。

 

 

エレシスが俺の腕を組んでいるからだ。

 

 

カウンター席で学食を食べていたが、エレシスが一向に俺から腕を放そうとしない。食べづらい。

 

 

「お前、食べないのか?」

 

 

「あーん」

 

 

「死んでくれ」

 

 

無表情で口を開けるエレシスを俺は無視することにした。うん、カレー美味い。

 

エレシスはボソッと俺にしか聞こえない声で何か言っていた。

 

 

「……生徒の命」

 

 

「ほら、あーんッ!!!」

 

 

急いでカレーとご飯をスプーンですくってエレシスの顔の前まで持っていく。カレーとご飯の割合は3:7の最高の割合だ。

 

 

「はむ」

 

 

「美味しいだろ!?」

 

 

「……………あーん」

 

 

「勘弁してくれ!」

 

 

周りの生徒の視線が痛すぎる!これならタンスの角に小指をぶつけて死んだほうがマシだ!

 

 

「それよりお前、どうやってこの学校に入れた?転校とか言っていたけど嘘だろ?」

 

 

(ひかり)です」

 

 

「は?」

 

 

「陽と呼んでください」

 

 

「断る」

 

 

「生徒の命」

 

 

「教えてくれ、陽」

 

 

仕方ないよね。俺、みんなのことが大好きだから。

 

 

「適当に書類を作りました」

 

 

「よし、今すぐそのことを職員に報告して退学にしてやる」

 

 

「命は?」

 

 

「大事にしたいです」

 

 

詰んでる。マイン〇ラフトで溶岩の中に落ちた時並みに。いや、あれでもまだ助かる方法はある。水を流すとか。

 

だったらこの状況からでも勝機はあるはず!

 

 

「大樹さん?何をしているのですか?」

 

 

はい詰んだ!完璧に詰んだ!勝機なんて微塵も無かったよちくしょう!

 

後ろには黒いオーラを出した笑顔(目が笑ってない)黒ウサギがいた。後ろにはEクラスの達也たちとAクラスの深雪、ほのか、雫がいた。ふぇ~、増えてるよぉ……。

 

 

「話って結婚式をいつ上げるかということだったんですか?」

 

 

「違うわ!どんだけ話が飛躍してんだよ!?」

 

 

「ではお付き合いですか?」

 

 

「……………」

 

 

「え?大樹さん?」

 

 

「いや、違うんだ。これは」

 

 

俺は誤解?を解こうとするがエレシスがこちらをじっと見ている。言うなって言いたいのか!

 

 

「マジかよ大樹!」

 

 

「え?もう手を出したの?」

 

 

レオとエリカが俺をいじってくる。うぉい!?今はやめろ!

 

 

「この方は誰ですか?」

 

 

「今日転校してきた人かも」

 

 

深雪と雫が普通に会話する。それはそれで困る!あと、ほのか!さっきから動かないがどうした!?

 

 

「大樹、さすがに公共の場でイチャつくのは控えた方がいいぞ」

 

 

「い、イチャつく……!」

 

 

達也の言葉に美月が頬を赤くした。待って、本当に待って。

 

 

「……………」

 

 

うん、黒ウサギの沈黙が怖い。一般人なら失神レベル。

 

 

「く、黒ウサギ!これはそのッ!」

 

 

「大樹さんの女たらし!!」

 

 

バチコオオオオオオンッ!!!

 

 

「ぶふッ!?」

 

 

黒ウサギはいつもより三倍の大きさはある超巨大ハリセンで俺の顔面をぶっ叩いた。俺はそのまま食堂の後ろの壁までノーバウンドで叩きつけられた。壁には若干ヒビが入る。

 

黒ウサギはそのまま走り、食堂を出ていった。

 

 

「た、大変だ!黒ウサギが!?」

 

 

「血だらけのお前も結構大変だぞ……」

 

 

頭から血を流した俺を見て、レオは引いていた。そんなことはどうでもいいんだよ!

 

 

「急いで追いかけ……いや、メールを送ろ……がはッ!!」

 

 

「吐血した!?」

 

 

口の中から大量の血が吐き出される。レオが完全に引いた。

 

床や携帯端末は血まみれになり、画面が見えない。クソッこんな時に限って……!

 

 

「あのハリセン……どんだけ威力が高かったのよ……」

 

 

「すごい音がしましたからね……」

 

 

エリカと美月がティッシュペーパーで俺の頭や口元を吹いてくれた。優しいな。

 

俺はティッシュを分けてもらい、携帯端末を拭く。よし、これで……!

 

 

「生徒のライフが0になりますよ?」

 

 

「ちくしょおおおおおおォォォ!!」

 

 

エレシスの声を聞いた瞬間、俺は携帯端末を宙に放り投げていた。

 

 

________________________

 

 

「く、黒ウサギ……帰って来てくれ」

 

 

「……かなりの重症だ、これは」

 

 

「ちょっと楽しんでる、達也君?」

 

 

達也は地面に倒れた血まみれの大樹の首の脈を図り、一言。エリカは困った顔になる。

 

 

「それで、何をしたんだ新城?」

 

 

達也はエレシスに振り向き質問する。

 

 

「私と楢原さんは恋人同士です」

 

 

「それは嘘だ」

 

 

「……何故ですか?」

 

 

「簡単だ」

 

 

達也はエレシスに言う。

 

 

「大樹には他の好きな人がいるからだ」

 

 

「「「「「えぇ!?」」」」」

 

 

ざわざわッ!!

 

 

レオたちだけでなく、食堂にいた全生徒が驚いた。

 

 

「達也君、今ここで言うのは不味いんじゃない?」

 

 

エリカが達也に耳打ちをする。

 

大樹はあの事件以来、かなり注目される人物になった。

 

主に女子生徒からの人気がすごい。本人は知らないが現在かなりモテている。

 

 

「新城、お前は大樹に何をした?」

 

 

「……………」

 

 

エレシスは答えれない。

 

 

「はい、終了」

 

 

その時、大樹が起き上がり、手を叩いた。

 

 

「行くぞ、陽」

 

 

「え?」

 

 

「何だよ、置いて行かれたいのか?」

 

 

大樹は食堂を出て行こうとする。エレシスは大樹の後ろについていった。

 

だが、それを達也が止める。

 

 

「いいのか?」

 

 

「何が?」

 

 

「それでいいのか?」

 

 

「……また今度な」

 

 

大樹は手を振ってエレシスと共に食堂を出て行った。

 

 

「どうします、お兄様?」

 

 

「そうだな、あの人たちに会いに行こう」

 

 

深雪の答えに達也はあることを思いついた。

 

 

 

 

 

「ハッ!雫、あれどういうことなの!?」

 

 

「ほのか……ドンマイ」

 

 

「そ、そんな!?」

 

 

________________________

 

 

達也と深雪は生徒会室に行った。

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

生徒会室には真由美、摩利、鈴音、あずさ、服部の5人がいた。そして、事情を説明したところ、絶句された。

 

 

「えっと、大樹君は脅されているってことでいいのか?」

 

 

最初に口を開いたのは摩利だった。

 

 

「おそらくですが」

 

 

「そうとは限らないぞ司波」

 

 

達也の言葉を否定したのは以外にも服部だった。

 

 

「楢原は女子生徒から人気があるのは知っているだろう?もしかすると、新城という人は楢原のことが本当に好きなのかもしれない」

 

 

「えー、はんぞー君。それはないわよ」

 

 

しかし、真由美がそれを否定した。

 

 

「ですが、会長も楢原が何度か告白されているのを

 

 

「無いわよね?」

 

 

「いや、えっと……ありm

 

 

「無・い・わ・よ・ね?」

 

 

「あ、ハイ……」

 

 

服部が諦める。真由美の目が笑っていない。他の生徒会役員は真由美から目を逸らしていた。

 

 

「それで、どうしますか?」

 

 

達也がすぐに助け舟を出す。服部は少し落ち込んでいた。

 

 

「先程、新城さんについて調べてみました」

 

 

鈴音が手に持ったタブレットを操作しながら言う。

 

 

「それでどうだった?」

 

 

「はい、全く何も()()()()()()でした」

 

 

摩利の質問に鈴音は首を横に振った。

 

何も分からない。それは同時に危険であることを示していた。

 

 

「警戒する必要がありますね」

 

 

深雪の言葉にみんながうなずいた。

 

 

「で、でも何で楢原君が狙われているのでしょうか?」

 

 

だが、あずさは。

 

 

「大樹には十分狙われる理由が多くあります」

 

 

あずさの疑問に答えたのは達也だった。

 

 

「まず、大樹はああ見えて天才です」

 

 

「「「「「えッ!?」」」」」

 

 

「本当です」

 

 

みんなは目を見開いて驚いている。無理もない。あんなに馬鹿やってる人が天才だなんて。

 

 

「それに強いです」

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

「……………」

 

 

この反応にはさすがの達也も黙ってしまった。

 

 

「ですから、どこの組織に狙われてもおかしくありません」

 

 

「そ、そうなんですか……」

 

 

あずさが困った顔をする。大樹の以外なことを知って。

 

 

「何も起こらないと思うが……まぁ用心しておこう」

 

 

摩利は溜め息を吐いて言った。

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

「ん?どうした?」

 

 

みんなが摩利の顔を見ていた。摩利は首を傾げて聞くが、

 

 

「い、いえ……何でもありません」

 

 

服部がそう言って、みんな顔を背ける。

 

 

(((((今のはフラグじゃ……?)))))

 

 

『まぁ4月くらいは平和に過ごせるだろ。あるとしたら6月だな。うん、六月』

 

 

以前、大樹が生徒会室でこう言っていたことを思い出す。この発言の後、テロリストが襲ってきた。

 

あの時のように、これから絶対に何か起こる。摩利を除いたみんなはそう思った。

 

 

________________________

 

 

「ぐすんッ……」

 

 

「泣かないでください、楢原さん」

 

 

「誰のせいだ!誰の!」

 

 

俺は屋上でうつ伏せになって泣いていた。黒ウサギのことで。

 

 

「嫌われたらどうするつもりだ!?」

 

 

「彼氏から夫になります」

 

 

「もう頼むから死んでくれ!」

 

 

「無理です」

 

 

俺は床に向かってガンガンッ拳で殴る。もう駄目だ!

 

 

「頼む、黒ウサギだけでも事情を!」

 

 

「却下です」

 

 

「……どうしてもか?」

 

 

「……………」

 

 

俺の言葉にエレシスは黙り、目を逸らした。

 

 

「黒ウサギは大切な人なんだ。だから……」

 

 

「大丈夫です。あの彼女はあなたのことを分かっています」

 

 

「え?」

 

 

 

 

 

「武偵憲章1条『仲間を信じ、仲間を助けよ』」

 

 

 

 

 

ドゴンッ!!

 

 

その瞬間、俺はエレシスの胸ぐらを掴んで床に抑え込んでいた。

 

 

 

 

 

「二度とその言葉を使うな。次は殺すぞクソガキ」

 

 

 

 

 

「ッ……………ごめんなさい」

 

 

エレシスが素直に謝ったせいで、俺は罪悪感を感じてしまった。

 

今の彼女はまるで親に怒られた子供のようだった。純粋に悪い事をした、と。

 

 

「もういい」

 

 

俺は手を放し、扉を開けて出て行く。

 

 

「……ごめんなさい」

 

 

「ついて来るな」

 

 

「……………」

 

 

「あぁもう!分かったよ!俺が悪かったから!」

 

 

「ごめんなさい……」

 

 

「……………もう許してやるから謝るな」

 

 

扉を閉めて、出て行くのをやめる。

 

俺は屋上のフェンスのあるところまで歩き、背中を預けた。それを見たエレシスは俺の隣に来て座る。

 

 

「どうしてここまで俺に執着する?」

 

 

「……………」

 

 

「怒ってないから言えよ」

 

 

「言えません」

 

 

「チッ、そうかよ」

 

 

俺は舌打ちをして空を見上げる。空は曇り、雨が降りそうだった。

 

 

「私は14歳です」

 

 

「……は?」

 

 

「成績優秀、八方美人、完璧でないといけません」

 

 

14歳って中学生じゃねぇか!?どうりで背が他の子より小さいと思った。

 

というか、でないといけないってどういうことだ?誰かに命令されているのか?

 

 

「その為には楢原さんの力が必要です」

 

 

「……あっそ」

 

 

俺は素っ気ない返事をした。

 

それからずっと沈黙が続いた。

 

気が付けば放課後。授業をまたサボってしまった。

 

 

「俺は今から帰るけど、いいよな?」

 

 

「はい、また明日」

 

 

エレシスはそう言って俺に一礼した。

 

俺はこれから黒ウサギに何と言おうか考えながら扉を開けた。

 

 

「彼女に言ってください」

 

 

「……何をだ?」

 

 

「私たちの関係を」

 

 

「いいのかよ?」

 

 

「彼女にだけなら……」

 

 

「分かった。ありがとよ、陽」

 

 

「ッ!」

 

 

俺は振り向かず、階段を下りて行った。

 

 

(何がしたいんだよ、エレシス)

 

 

だが、警戒はまだ解かない。目的が分かるまで。

 

________________________

 

 

「本当にごめんなさい!」

 

 

「いや、これは俺が悪い。すまん」

 

 

帰って来て30分くらい黒ウサギにボコボコにされたところでやっと話を聞いて貰った。鼻血が止まらぬ。

 

 

「黒ウサギが一番悪いです!何かお詫びに……!」

 

 

「いらないよ、別に」

 

 

「何でもしますから言ってください!」

 

 

「何でも……だと……!」

 

え?今何でもって言った?言ったよね?ねぇ?ねぇねぇ!?

 

鼻血の勢いが上がった。やべぇ、頭がくらくらする。今日だけでどれだけ血を流したか。よく死なないな、俺。

 

 

「本当はエロいことに使いたいが我慢しよう。頼みがある」

 

 

「えぇ!?って使わないんですか?」

 

 

何でちょっと残念そうなの?美琴とかアリアとか優子とかだったら俺、2秒で殺されてるよ?

 

 

「ああ、明日行きたい場所がある」

 

 

________________________

 

 

【6月12日】

 

 

「大樹さんと黒ウサギさんがまた休みなんですか?」

 

 

「ああ、欠席だ」

 

 

ほのかの言葉を達也が肯定する。

 

学食にいるのは達也、レオ、美月、エリカ、深雪、ほのか、雫の7人だった。皆それぞれ自分の弁当、または学食をテーブルの上に置いて食事をしている。

 

 

「また問題でも起こしているんじゃねぇか?」

 

 

「確かに……十分ありえるわ」

 

 

レオとエリカの言葉で周りが笑いに包まれる。

 

 

「でも、新城さんも休みなのは気になる」

 

 

「確かにそうだな」

 

 

雫の言葉に達也が指を顎に当てて考える。

 

しかし、美月が話の方向を変える。

 

 

「そういえば木下さんは一緒じゃないんですか?」

 

 

美月がA組の三人に尋ねる。

 

優子は昨日は風紀委員の仕事があっていなかったが、いつもなら一緒に食べるほど仲良しだ。

 

すでに女子メンバーで買い物に行ったこともある。かなり仲が良かった。

 

 

「今日まで風紀委員の仕事があるみたいよ」

 

 

深雪が質問に答える。

 

 

「大樹がサボっているせいで仕事が溜まる一方だ」

 

 

「そして、その仕事は全部達也君に回って来ると?」

 

 

達也は溜め息を吐く。エリカの質問には何度も縦に首を振った。

 

 

「お兄様が一番頼りにされているからです」

 

 

深雪がすかさずフォローする。「さすがブラコン妹」っとみんなは思った。

 

平和な食事。それは続かなくなった。

 

 

「た、達也君!」

 

 

食堂に走って入って来たのは生徒会長の真由美と風紀委員長の摩利だった。真由美は達也の名前を呼びながら手を振る。

 

 

「どうしたんですか?」

 

 

「これ見て!」

 

 

真由美は持っていた小型ディスプレイをみんなに見せる。

 

映っていたのはTV中継。音量はMAXにしてあったせいで、部屋に響き渡った。

 

 

『えー、犯人は脱獄者を含めて4人です!現在、街を逃走中です!』

 

 

その瞬間、見ていた達也たちは目を疑った。

 

 

『脱獄者は(つかさ)(はじめ)。国立魔法大学附属第一高校でテロを起こした首謀者です』

 

 

確かに驚いた。だが、これよりも驚いたことがある。

 

 

『逃亡を協力した犯人の詳細がたった今、分かりました!』

 

 

アナウンサーは続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『犯人は国立魔法大学附属第一高校の二科生の生徒です!名前は楢原 大樹。その妹、楢原 黒ウサギ。そして、新城 陽です!三人とも一年生のようです!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

達也「」

 

 

深雪「」

 

 

レオ「」

 

 

美月「」

 

 

エリカ「」

 

 

ほのか「」

 

 

雫「」

 

 

たまたま食堂にいた桐原「」

 

 

桐原と一緒にいた壬生「」

 

 

クラスの人と一緒に食べていた服部「」

 

 

食堂にいた全生徒「「「「「」」」」」

 

 

 

 

 

食堂にいた全生徒が絶句し、食器を地面に落とした。

 

 

 

 



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逃亡者は語る

これは楢原大樹が犯罪に手を染める二時間前のことである。

 

 

「おいコラちょっと待て。今すぐ訂正しろ」

 

 

えー。

 

 

「まさか……地の文に舐められるとは……」

 

 

ざまぁ(笑)

 

 

「あぁ?」鬼の形相

 

 

こ、これは事件が発生する二時間前のことである。

 

 

 

 

 

 

 

俺と黒ウサギは最近買ったバイクに乗ろうとしていた。バイクの横にはサイドカーがついている。もちろん、黒ウサギが乗る場所だ。

 

免許?もちろん、無いよ!

 

というのは嘘だ。実は武偵高校で一応免許はある。だが、この世界で通じるかどうか分からん。あと、免許は教室にある机の引き出しに重宝してる。……ダメじゃん。

 

いざ出発しようとエンジンをかけたとき、

 

 

「私も連れて行ってください」

 

 

「え、エレシス!?」

 

 

「陽です」

 

 

「な、何で来た、陽!?」

 

 

突如、背後にエレシスが出現した。バカヤロウ!黒ウサギの戦闘力が上がってるじゃないか!?9万……10万……バ、バカな……まさか……ま、まだ上昇している………!?

 

 

「コレハドウイウコトデスカ?」

 

 

「待ってくれ!俺は何も知らない!」

 

 

俺はエレシスに視線を送り、説明させる。

 

 

「私が楢原さんの彼女だからです」

 

 

「そろそろいい加減にしないとマジでぶっ飛ばすぞテメェ!?」

 

 

「本当は言えません。邪魔しないので連れて行ってください」

 

 

「……………ついてくんなって言っても来るんだろ?」

 

 

俺の質問にエレシスはうなずいた。

 

 

「はぁ……分かった。サイドカーに乗れ」

 

 

俺はサイドカーに指を差す。エレシスは乗り込み、サイドカーにあったヘルメットを被る。

 

 

「いいのですか、大樹さん?」

 

 

「今は停戦中だ。もし何かあっても守ってやる」

 

 

「大樹さん……」

 

 

俺はバイクにまたがって乗る。後ろには黒ウサギが乗って、俺の腰に手を回す。

 

 

「ちょッ、黒ウサギ……」

 

 

胸が当たってるっと注意しようとしたら、

 

 

「むー」

 

 

「……………」

 

 

黒ウサギとエレシスが睨み合っていた。何だこの修羅場。俺の偽彼女と同居人のウサギが修羅場過ぎる。第一巻は発売されません。

 

もうなんかどうでもよくなったので、バイクを走らせた。

 

________________________

 

 

俺たちが向かった場所は東京にある府中刑務所だ。別に俺は悪いことはしてないよ。

 

5mぐらいのコンクリート製の壁が施設を囲み、逃げるのは不可能だと錯覚させられる。まぁ俺は殴って脱出☆で終わりそうだな。

 

門の近くにいた警備員と話し、敷地の中に入れてもらう。

 

中に入ると学校のような3階建ての建物がたくさんあった。おそらく、囚人はあの中にいる。

 

施設の真ん中にある建物の中で受付をすませ、ある人物との面接が許された。

 

 

「誰に会うのですか?」

 

 

「黒ウサギも知っている人物だ」

 

 

しばらく待っていたら、警備服を身に纏った男が俺たちを案内してくれた。

 

いくつも並ぶ部屋の廊下を抜けて、一番奥の部屋を目指す。そこの部屋が面会室だ。

 

 

「どうぞ、時間は通常なら30分ですが……」

 

 

「ああ、代理人だから半分で良い」

 

 

「わかりました」

 

 

警備の男は一礼して、ドアを開けた。

 

 

「ッ!?」

 

 

黒ウサギは中にいた人物を見て驚く。

 

 

「な、何故貴様らが!?」

 

 

ブランシュの日本支部リーダー(つかさ)(はじめ)だったからだ。

 

アクリルガラスの奥に座った司は全身青色の囚人服を着ている。

 

 

「よう、腕は大丈夫か?」

 

 

「……馬鹿にしに来たのか?」

 

 

司の右腕。肘から下が無くなり、包帯が巻かれてある。司の腕を斬ったのは桐原だ。

 

 

「いや、用があってきたんだ。手短に話そう。お前、まだ催眠術が使えるか?」

 

 

「何だと?」

 

 

司は眉を額に寄せる。

 

 

「どうなんだ?」

 

 

「……CADがあれば使える。それがどうした?」

 

 

「ある人物に催眠術をかけてほしい」

 

 

俺は内容を告げる。

 

 

「『忘れた記憶を思い出せ』ってな」

 

 

「ッ!」

 

 

黒ウサギは理解したようだ。

 

 

「クックック、そうか……なら条件がある」

 

 

「何だ?」

 

 

「まず質問がある」

 

 

黒ウサギは身構えた。一体どんなことを聞いてくるのか。

 

 

(きのえ)はどうしている?」

 

 

「……意外だな。てっきり『今日のパンツは何色だ?』とか聞いてくるかと」

 

 

「聞くか!」

 

 

「フッ、俺は黒のボクサーだ」

 

 

「だから聞いてないって言っているだろ!?」

 

 

「く、黒ウサギは言えません!」

 

 

「言わなくていいよ!?」

 

 

「私は白」

 

 

「だから言わなくていいって言ってるだろうが!はやく甲のことを教えろ!」

 

 

司は声を荒げながら怒る。甲とは司一の義理の弟。剣道部の主将をしていた人物だ。それにしても白か……いいと思うよ?

 

っと話が脱線しかけた。危ない危ない。

 

 

「結果から言うと、あの人は自主退学した」

 

 

「……………」

 

 

司は自然と頭が下を向いていた。自分のせいでこうなったからな。

 

 

「『勘違いしないでくれ、今はやりたいことがある。だから退学するんだ。はやく帰って来てくれ、兄さん』だってさ」

 

 

「ッ!」

 

 

司は顔を上げて驚いた。

 

俺がこいつと面接できた理由がこれだ。家族からのメッセージを伝えることで面接が許されたのだ。

 

 

「そうか……」

 

 

「それで、催眠術は?」

 

 

「いいだろう。やってあげるよ」

 

 

司は笑み……いや、何かゲスい笑みを浮かべていた。本人には自覚が無いかもしれないが怖いわ、その笑顔。黒ウサギも怯えてるよ。

 

 

「話は終わりかい?」

 

 

「いや、あと一つ聞きたいことがあるんだが……」

 

 

 

 

 

ジリリリリリリリリッ!!!

 

 

 

 

 

その時、部屋に警報が鳴り響いた。

 

 

「お前がブランシュにいた頃、」

 

 

「「質問続行!?」」

 

 

司と黒ウサギが驚いていた。

 

 

「あぁ?面接時間15分しかないんだぞ!?」

 

 

「それどころじゃないだろ!」

 

 

司がツッコみを入れる。ふむ、こいつ中々いいセンスを持っていやがる。

 

 

「さてと、侵入してきた奴は……」

 

 

俺は目を閉じて神経を研ぎ澄ませる。そして、集中して音を聞く。

 

……廊下に誰かが歩いている。

 

 

「こっちに来るぞ」

 

 

「ッ!」

 

 

黒ウサギはギフトカードを取り出す。俺も懐から取り出したコルト・パイソンを右手に持つ。

 

 

ガチャッ

 

 

ドアがゆっくりと開く。

 

 

「………誰もいない?」

 

 

司が呟く。扉の向こうには誰もいなかった。

 

 

「……そこだ!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

俺は壁に向かって左手で勢い良くぶん殴った。

 

壁は崩れ、隣の部屋が見えるようになる。部屋の中には一人の微笑んだ女性がいた。瓦礫は女性に当たっていなかった。いや、魔法によって当たらないようにしていた。

 

手には拳銃型CAD。しかも、特化型CADだ。

 

赤い服を着た女性は銃口を司に向けている。

 

 

「逃げろ司ッ!」

 

 

「え?」

 

 

標的は司だった。司の足元に魔方陣が展開する。

 

俺はコルト・パイソンで女性に向かって一発だけ弾丸を撃つ。と同時に左手でアクリルガラスをぶち壊した。

 

 

バリンッ!!

 

 

ガラスは飛び散り、穴が開く。

 

ドレスのような赤い服を着た女性は黒くて長い髪をなびかせながら、CADを構えたまま横に動いて避ける。慣れた動きだ。まだ余裕の笑みを浮かべてやがる。

 

魔法が発動する前に俺は空けた穴から司の胸ぐらを掴んで後ろに放り投げる。

 

 

「うぐッ!?」

 

 

司は廊下まで転がった。そして、

 

 

ゴオッ!!

 

 

司のいた場所が赤い炎が巻き上がった。俺は腕で顔を隠す。まともに見ていられないほどの熱さだ。目が痛い。

 

 

(この魔法師も相当強いようだな……)

 

 

だが、

 

 

「逃げるぞ!」

 

 

「ッ!?」

 

 

赤い服を着た女性は俺の発言に驚く。逃げるとは思わなかったからだろう。

 

ここで抗戦したところで女性の思うツボ。なら、逃げるが勝ちだ。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

俺は飛び蹴りで壁に大穴を開ける。刑務所の従業員さん、看守さん、ごめんなさい。

 

そこから、黒ウサギ、エレシスが逃げて行く。

 

 

「お前も行くぞ」

 

 

「え、いや、僕はこれ以上罪を……」

 

 

「じゃあここであいつに殺される?」

 

 

「……………」

 

 

俺は無抵抗になった司を担いで穴から脱出した。

 

 

「ッ!」

 

 

女性は俺たちにもう一度魔法を発動しようとする。

 

 

「させません!」

 

 

黒ウサギは右手の中指にはめていた指輪を起動させる。その瞬間、女性が発動していた魔法が消える。

 

 

「『アンティナイト』……!?」

 

 

司が驚きながら口にする。そう、これはお前たちから戦利品として貰った品物だ。決してお前らから盗んだわけではない。いいか、盗んでないぞ?

 

門の前まで逃げてきた俺たちは止めてあるバイクに乗る。

 

 

「よし、バイクに早く乗れ!出すぞ!」

 

 

俺は司をサイドカーに乗せ、隣にエレシスを座らせた。というかエレシスがさっきからずっと無表情なんだが?冷静すぎるだろ。

 

バイクには俺が乗り、後ろから黒ウサギが抱き付く。やっふー!

 

 

ギュルルルルッ!!

 

 

アクセル全開で踏み込んだ。タイヤはもの凄い音を出し、バイクとサイドカーは勢いよく刑務所を飛び出した。

 

 

 

________________________

 

 

 

「で、現在にいたる」

 

 

「僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くない」

 

 

「……………」

 

 

 

「大樹さん!どうするんですか!?」

 

 

カオスだなオイ。

 

後ろには3台ものパトカーが追いかけて来ている。上空にはヘリコプター。窓からカメラがこちらを向いているのが見えるけど、まさかテレビとかには映ってないよな?

 

ちなみに高速道路なのでずっと走り続けれる。赤信号とかで止まったら逃げれそうにないからな。

 

 

「大丈夫だ。ここは日本だぞ?アメリカみたいに銃をバンバン撃ったり

 

 

ガキュンッ!!

 

 

サイドカーに銃弾が当たった。司の震えていた体が止まった。時が止まったかのように……生きてますかー?

 

 

「……撃ったな」

 

 

「撃ちましたね」

 

 

「「……………」」

 

 

とりあえずアクセル全開にした。

 

 

「『アンティナイト』は発動していろよ!」

 

 

「はい!」

 

 

黒ウサギは俺の言葉に大きな声で返答する。魔法を使われたら厄介だ。まだ銃弾の方がかわせる。

 

 

ガキュンッ!ガキュンッ!

 

 

後ろから何発も銃弾が撃たれるが当たらない。やーい、お前らの射撃ランク武偵高校ならEランクだな!

 

 

「おおおおおおい楢原!どこに逃げるんだ!このままだと撃たれるぞ!?」

 

 

「落ち着け、それは俺じゃない。陽だ」

 

 

司は陽を強く揺さぶりながら半泣きだった。エレシスはそれでも無表情。

 

 

「それと、安心しろよ。大丈夫だから。陽、発信機はどうだ?」

 

 

エレシスは俺が渡した携帯端末を見る。

 

 

「標的は移動中です。場所を予測すると住宅街の中にある廃病院」

 

 

「……予測ってすごいな。まぁいい。そこに行くぞ」

 

 

「発信機だと?まさかあの時につけたのか!?」

 

 

俺はエレシスに素直に感心していた。予測とか普通できないぞ。

 

司はエレシス隣で驚きの声を上げていた。

 

 

「逃げる時に発信機を投げて服に付けたんだ。ほら、ひっつき虫みたいな作りになってんだ」

 

 

ひっつき虫の発信機。名づけて『ひっつき発信機』!ダサいってだから。何でこんなに俺はネーミングセンスが無いの?

 

俺はそれを司の青い囚人服にくっつける。

 

 

「た、確かにひっつk……お、おい!取れないぞ!?」

 

 

司が必死に左手で発信機を取ろうとするが、全く取れる気配が無い。

 

 

「うん、もう取れない。そういう作り」

 

 

「おい!?」

 

 

「これでもう俺から逃げられないな」

 

 

「た、助けてくれえええええェェェ!!」

 

 

司は後ろのパトカーに向かって手を伸ばす。はいはい、危ないから大人しくしておいてくれよ。

 

 

「ひいッ!?」

 

 

「ん?どうした?漏らした?」

 

 

「違う!後ろだ!」

 

 

司が後ろに向かって指を差す。

 

振り向くとパトカーの後ろから巨大な何かがもの凄いスピードで追いかけてきた。

 

 

ギュルルルルルッ!!!

 

 

大きな音を響き渡らせながら近づいてくる。それは、

 

 

 

 

 

ガ〇ダムだった。

 

 

 

 

 

いや、ふざけてない。マジだ。ガン〇ムがこっちに向かって来てる。

 

では、詳しく説明しよう。

 

大きさは縦に約3~4m。横は2~3mだ。人型のロボットに近い。黒い装甲に身を包んでいる。

 

右手には……チェーンソーだな。何かギュルギュル回ってる。左手は多分パイルハンマーっていう武器だ。

 

肩には物騒な機関銃がついてる。

 

うん、マジで〇ンダムじゃん。

 

 

「ちょ、直立戦車……!?」

 

 

「知ってるのか、司?」

 

 

以外にも司はそのガンダ〇……直立戦車を知っていた。

 

 

「逃げろ!アレには普通の銃弾は効かん!絶対に勝てない!」

 

 

「いや、俺なら余裕だと思うが?」

 

 

「やめろ、巻き込まれたら僕たちが死ぬ!」

 

 

「……そうか」

 

 

なんかゴメン。

 

 

「ッ!」

 

 

俺は直立戦車を見て驚愕する。

 

直立戦車は右手のチェーンソーをパトカーに向かって振り下ろそうとしていた。

 

 

「う、うわあああああ!?」

 

 

パトカーを運転している一人の警察官が悲鳴を上げる。警察の仲間じゃないのか!?

 

 

「クソッ!!」

 

 

俺は右手のコルト・パイソンでチェーンソーを狙う。

 

 

ガキュンッ!!

 

 

カチンッ!!

 

 

だが、全く効いていない。銃弾は簡単に弾かれた。

 

 

「ッ!」

 

 

ギュルルルルルッ!!

 

 

急いでブレーキを入れて、バイクの方向を後ろ向きにする。

 

 

「きゃああああああ!!」

 

 

「うわああああああ!!」

 

 

「……………」

 

 

黒ウサギは涙目。司は失神寸前。エレシスは無表情。やっぱカオスだなと思う。

 

バイクは直立戦車の足元に向かって走る。

 

俺は高速でコルト・パイソンをなおし、代わりにギフトカードを取り出した。そして、【(まも)(ひめ)】を右手に握る。

 

直立戦車の足元まで来た。

 

そして、

 

 

「一刀流式、【風雷神(ふうらいじん)の構え】」

 

 

蒼い炎が燃え上がり、刀が錬成される。

 

 

「【覇道華宵(はどうかしょう)】!!」

 

 

ズバンッ!!

 

 

直立戦車の右足は切断される。直立戦車はバランスを崩した。

 

大きな音を響かせながら倒れる。だが、直立戦車の腕はまだ動いている。

 

もう一度、バイクにブレーキを入れて、進行方向を再び前に変える。片手運転だがこれが意外と上手く操縦できる。

 

 

ギュルルルルルッ!!

 

 

「いやああああああ!!」

 

 

「う、うあぁ……」

 

 

「……………」

 

 

ただし、雑な運転になるから注意だッ!

 

黒ウサギの目から涙が出る。司は目が死んでいる。エレシスは無表情。ワロス。

 

そして、もう一度直立戦車に向かってバイクを走らせる。

 

 

「ハァッ!!」

 

 

ズバンッ!!

 

 

一瞬にして両肩の機関銃、左手のパイルハンマーを真っ二つに切断した。これで攻撃方法は無くなった。

 

敵の沈黙を確認した後、俺は再びアクセルを入れる。

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

パトカーは停車しており、中にいた警官が外に出て茫然とその光景を見ていた。

 

俺は気にせずパトカーの間を抜けて前に進む。

 

 

「よし、このまま目的地に一直線だ……って」

 

 

「「「……………」」」

 

 

「……何かホントごめん」

 

 

気が付けば黒ウサギは俺の背中に顔をうずめていた。司は口から司の魂みたいなのが出てる。おーい、死ぬな。

 

エレシスはやっぱり無表情。悟りでも開いてるのかよお前は。

 

高速道路から下り、住宅街へと向かった。敵のいる廃病院に向かうために。

 

 

________________________

 

 

「ここか」

 

 

俺はバイクを廃病院の前に止める。

 

エレシスの予想通り、発信機は廃病院で点滅して反応していた。

 

空はもう暗く、星や月が見える。何故こんなに時間が掛かったかと言うと、あの後、めっちゃ警察にまた追いかけられた。もうしつこいったらありゃしない。

 

とりあえず何度か空を飛んだりしたら追跡を逃れることができた。

 

そして、ついに俺たちは病院の門の前まで来ていた。司はまだ震えている。そして、エレシスは無表情。

 

何だこのパーティー。縛りプレイでもしてるのか、俺は?

 

 

「どうします、敵は3人みたいです」

 

 

「少ないな……もっといると思っていたが」

 

 

黒ウサギはフードの中がうごめく。ほらほら、ウサ耳を動かさないで。司の顔が青くなってるだろ?

 

 

「よし、真正面から突入して侵入しよう」

 

 

「侵入というより突撃ですね……」

 

 

黒ウサギは少し困った顔になるが俺は気にしない。漢ならドカンッと構えろ!

 

俺はフードを取り、門を開く。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「ッ!」

 

 

一発の銃弾が大樹の頭に向かって飛んで来た。

 

銃弾は大樹の額に直撃し、

 

 

 

 

 

後ろに倒れた。

 

 

 

 

 

「だ、大樹さん……?」

 

 

「あ、あぁ……」

 

 

「……………」

 

 

黒ウサギと司は目を疑った。エレシスもさすがにこの時は驚いていた。だが、表情には出さない。

 

 

 

 

 

大樹が撃たれたことに。

 

 

 

 

 

大樹はピクリッとも動かない。

 

黒ウサギは急いで大樹のそばまで駆け付ける。そして、大樹の体を必死に揺さぶった。

 

 

「大樹さん!?起きてください!大樹さん!!」

 

 

 

 

 

「何だ?」

 

 

 

 

 

「いやあああああ!!!」

 

 

ボゴッ!!

 

 

「エバラッ!?」

 

 

焼肉のタレ♪じゃないよ。

 

黒ウサギは急に返答した大樹を思いっきりぶん殴った。司は口を開けて驚いている。

 

 

「ど、どうして生きてるんですか!?」

 

 

「生きてたらダメなのかよ……」

 

 

「だって弾が……………ッ!」

 

 

黒ウサギはあることに気付いた。

 

 

「傷が無い……!」

 

 

「当たり前だ」

 

 

大樹は額を抑えながら立ち上がる。

 

 

 

 

 

「もう普通の銃弾程度じゃやられないだろ?」

 

 

 

 

 

「「「……………」」」

 

 

黒ウサギと司は絶句していた。エレシスは先程から変わらず、何も言わない。

 

 

「ば、化け物じゃn

 

 

「言葉に気を付けろよ?司君?」

 

 

「い、イエッサー……」

 

 

司の顔色が先程からすぐれない。今にも倒れそうだ。どうしたのだろうか?

 

 

「さてと、撃った奴は……もういないか」

 

 

逃げやがったか。

 

大樹は自分の右手の掌を見る。

 

 

(戻ってきたな……)

 

 

大樹は口元を緩めて笑みを浮かべる。自分の強さを改めて確認して。

 

前に大剣を頭に当てて折ったことがあるが、ついに鋭い銃弾さえも跳ね返すことができるようなった。

 

転生してから神の力が弱まっていたが、今は元に戻ってきている。これで翼が出せるようになれば最高だが。

 

目を閉じて集中する。気配を追ってみると、4階の一番奥に人がいることが分かった。

 

 

「よし、行くぞ」

 

 

「待ってくれ、僕は行きたく」

 

 

「よし、行くぞ」

 

 

「放せえええええェェェ!!!」

 

 

俺は司の襟首を持って引きずった。問答無用だコラ。

 

________________________

 

 

「そいッ」

 

 

バキッ!!

 

 

俺は壁に備え付けてあったトラップをぶん殴って壊す。

 

廃病院の中は真っ暗でボロボロだった。酷い場所は虫がわんさかいる。さっき黒ウサギがそれを見て泣きそうになった。

 

壁は血で汚れ……てはいない。さすがにホラーゲームみたいなゾンビがわんさか出てくることはないみたいだ。

 

だが、雰囲気は中々怖いものだ。今度肝試し大会でも開こうかな?

 

 

「ば、爆発したらどうすつもりだ!?」

 

 

「いや、しないだろ」

 

 

司の悲鳴に俺は溜め息を吐きながら答える。

 

 

「こんな場所で爆発させたらこの建物、一発で崩壊するぞ?」

 

 

「それがどうし………そうか。そういうことか」

 

 

司は気付いたみたいだ。

 

こんな場所で爆発させたら建物は崩壊する=四階にいる敵も南無三。簡単なことだ。

 

 

「だからここにあるトラップは全部毒針系のトラップだ。刺さったら即死」

 

 

「ひいッ!!」

 

 

「あ、危ない!司!」

 

 

「うわああああああァァァ!!!」

 

 

「嘘だけどな」

 

 

「もう帰してくれ!ずっと刑務所でいいから!」

 

 

マジかよ。そんなに嫌なのか。

 

 

「楢原さん、つきました」

 

 

いつの間にか目的地の部屋に来ていた。エレシスが俺に教えてくれる。

 

 

「じゃあ行くぞ」

 

 

黒ウサギはギフトカードを構える。エレシスは何も構えない。司はエレシスの後ろに隠れる。な、情けないなぁ……。

 

俺はドアを開ける。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

蹴っ飛ばして。

 

 

「「「ッ!?」」」

 

 

予想外の出来事に三人は驚く。部屋の中にいた三人は急いで横に避けて飛んで来たドアを回避する。

 

 

「よお、そこのお姉さんはさっきぶりだな?」

 

 

俺はゆっくりと歩き、中に入る。

 

 

「ふふふ、礼儀がなっていないわね。ちゃんとノックをしたらどうかしら?」

 

 

「ノックなんて必要ねぇよ。お前らも俺が来ること分かっていたんだろ?」

 

 

ドレスのような赤いドレスの服を着た女は黒い髪をなびかせ笑みを浮かべる。

 

 

「何だよ、ただのガキじゃねぇか。こんな奴に失敗したのかよ」

 

 

男の声は部屋の右から聞こえた。

 

男は黒いタキシードに身を包み、サングラスをかけていた。頬には大きな傷跡がある。

 

 

「ぷー、姉貴。腕落ちた?」

 

 

今度は左から笑い声が聞こえた。

 

左にいた人物も男だった。男は太っており、タキシードがはちきれそうだ。

 

 

「うるさいわよ、愚弟たち。油断しないで」

 

 

兄妹なのか?全然似てないぞ。

 

女は右手に携帯端末型のCADを持って構える。

 

 

「へいへい、あー怠いな」

 

 

「早く帰りたいよ、僕も」

 

 

サングラスをかけた男は肩に下げていた狙撃銃を俺に向かって構える。こいつが門で俺を撃ったやつか。

 

太った男の両手には刀。二刀流だ。

 

 

「こいつら……思い出したぞ!」

 

 

エレシスの後ろに隠れていた司がハッとなる。

 

 

「楢原、そいつらは【無 頭 龍(NO HEAD DRAGON)】の配下……暗殺部隊不龍(ふりゅう)三姉弟!」

 

 

「くぎゅう?」

 

 

「不龍だ!」

 

 

知ってる。ちょっとボケただけだ。

 

というか最近、暗殺者に会いすぎだろ。どんだけ~。

 

 

「あら、やっぱり知っていたのね。殺しましょうか」

 

 

「ひいッ!!」

 

 

なるほど、狙いは司だったのか。

 

見えてきたぞ。

 

 

「お前らは司と接触して殺したかった。だが、できなかった。そこで俺たちを囮に使ってどさくさに紛れて司を殺そうとした。どうだ?雑な説明だけど合ってるだろう?」

 

 

「ほう、さすが俺の弾丸を食らっておいて生きている奴だ。そこらにいる雑魚と格が一つ違う」

 

 

俺の言葉にサングラスの男は素直に感心する。

 

 

「接触できなかった理由は僕たちが暗殺者っていう理由だね」

 

 

太った男が補足する。

 

 

「どうする?あなた今指名手配中でしょ?私たちの仲間にならない?」

 

 

「断る。俺は人を殺すのことだけは絶対に嫌だからな」

 

 

「あら……じゃあ」

 

 

赤い服を着た女性はCADに起動式を出力させる。

 

 

「死になさい!」

 

 

ダンッ!!

 

 

二人の男も動き出した。

 

サングラスかけた男は俺に向かって狙撃する。本来、狙撃銃は遠距離の相手にしか有利ではない。だが、

 

 

ドゴンッ!!

 

 

近距離で当たれば威力は絶大だ。狙撃銃は遠くの標的に当てるため、威力が普通の銃と全く違う。

 

絶大の威力を誇った銃弾は俺の額に向かって飛んで行く。

 

 

キンッ!!

 

 

同時に反対方向から二刀流の太った男が突撃してくる。しかも速い。

 

さすが暗殺者。秘められた身体能力を発揮している。

 

さらに、前にいる赤い服の女性は魔法を発動する。

 

魔法は空気を圧縮させて相手に飛ばす魔法。

 

 

三方向同時攻撃が俺に向かって来た。

 

 

(これが回避不可能と呼ばれたコンビネーション……!)

 

 

司は心の中で言う。

 

腕の良い魔法師も簡単に暗殺してしまう暗殺部隊。裏の仕事をやっているときに、ふと耳にはさんだことがあった。

 

彼はあの姉弟に勝つことはできない。

 

 

(一人で勝てるわけが……!)

 

 

圧倒的力を持った司波ならどうにかできるかもしれないが、二科生の彼に何もできるはずがない。

 

 

ドゴンッ!!

 

ガチンッ!!

 

ドンッ!!

 

 

そして、大樹の体に3つの攻撃が叩きこまれた。

 

 

「「「なッ!?」」」

 

 

三姉弟は目を疑った。

 

 

「嘘……だろ……!?」

 

 

司も驚いた。

 

三姉弟は知らない。彼がどんな人物なのかを。

 

司は知らない。彼がどれだけ最強なのかを。

 

 

 

大樹の額に当たった銃弾は弾かれた。

 

 

 

体を斬ろうとした二本の刀は折れた。

 

 

 

風圧の魔法は右手を前に出すだけで受け止めていた。

 

 

 

「「「「なッ!?」」」」

 

 

「ハッ、その程度で俺を倒す?……笑わせるな」

 

 

バシュンッ!!

 

 

俺は右手で受け止めた風圧の魔法を握りつぶす。

 

 

「ッ!!」

 

 

ダンッ!!

 

 

一瞬にして太った男との距離をゼロにする。

 

 

「二刀流、舐めてんじゃねぇぞ」

 

 

ドゴッ!!

 

 

右ストレートが太った男の顔面にクリーンヒット。歯が砕け、鼻からは血が飛び出す。

 

 

「がはッ……!」

 

 

太った男は大きな音を出して壁に叩きつけられた。巨体はゆっくりと地面に倒れる。男は白目を剥き、気絶していた。

 

 

「くそッ!この野郎!!」

 

 

サングラスをかけた男はスナイパーライフルを放り棄て、腰からサブマシンガンを……

 

 

バチンッ!!

 

 

「ぐあッ!?」

 

 

男の体に電撃が全身に走った。あまりの痛さにサブマシンを落とし、

 

 

ドタッ

 

 

そのまま気絶して、崩れ落ちた。前に勢い良く倒れる。

 

 

「大樹さんには手を出させません!」

 

 

電撃を出したのは黒ウサギだった。手には白黒のギフトカードを握っていた。

 

 

「どうする、後はアンタだけだ」

 

 

「くッ……」

 

 

赤い服を着た女性は苦悶の表情を浮かべ、後ろに下がる。後ろには壊れた窓が道を塞いでいた。

 

ここは四階。飛び降りて逃げたとしても、すぐに捕まえることができる。

 

逃げ場はもう、無い。

 

 

「……ふふッ」

 

 

だが、女性は突然、笑い始めた。

 

 

「ねぇ……あなたはこの建物の地下を見たかしら?」

 

 

「地下だと?」

 

 

「ええ」

 

 

女性の右手には何かが握られていた。

 

 

 

 

 

「そこには大量の爆弾が置いてあるの」

 

 

 

 

 

「「「ッ!?」」」

 

 

「じゃあね、皆さん、愚弟」

 

 

カチッ

 

 

俺たちは何か行動する前に女性は起爆スイッチのボタンを押した。

 

その瞬間、地面が光り……。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

廃病院は瓦礫の山と化した。

 

 

________________________

 

 

 

「うふふ……」

 

 

瓦礫の山になった廃病院を遠くから見た女性は静かに笑う。

 

病院からの窓から飛び降り、移動魔法を発動することによって、崩壊に巻き込まれることはなかった。

 

だが、自分の弟を犠牲にしてしまった。

 

 

「でも、仕方のないことよね」

 

 

不出来な者は殺される。負けてしまった弟が悪い。

 

 

「安心なさい。仇は取ってあげたから」

 

 

女性は振り向き、その場を立ち去った。

 

 

________________________

 

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

瓦礫に山……廃病院から大量の水が空に向かって噴き出す。

 

 

「あー、ちくしょう。やってくれたな」

 

 

水の中から大樹が姿を現す。右手にはサングラスをかけた男。左手には太った男がいた。

 

 

「しかも臭い!」

 

 

「げ、下水道ですからね……あと、薬品……ですかね。変な液体も混ざっています」

 

 

後ろから黒ウサギも出てきた。

 

水の色は黒緑をしており、異臭を放っていた。

 

 

「お、おえッ!」

 

 

「司とか吐いてるよ……」

 

 

司は水の中から出てきた瞬間、膝をついてリバース。

 

 

「この方法しかありませんでした」

 

 

水を操った主。エレシスが最後に現れる。

 

今回はエレシスに助けてもらった。水で崩壊から守ってもらい、無傷で済むことが出来た。

 

でも、綺麗な水は無かった。

 

エレシスは建物にあった、ありとあらゆる水を全て混ぜて俺たちを守った。どんな水を使ったのか考えたくもない。……薬品、トイrおええええェェェ!!

 

すいません、この話題はやめましょう。

 

水の噴水(汚物だらけ)はやがて消え、場に静寂が訪れる。

 

 

「風呂……風呂に入りたいな」

 

 

「そうですね。では、行きましょうか」

 

 

「ああ、司を刑務所に戻してからな」

 

 

「待ちたまえ!僕も風呂に入れてくれ!」

 

 

「やだよ。臭いし」

 

 

「お前もだろ!?」

 

 

司は怒鳴り声を上げ、泣いていた。馬鹿野郎、冗談だから無くなよ。

 

 

「それにしても……あの女は逃がしたな」

 

 

「また来るでしょうか?」

 

 

「多分、な」

 

 

俺は気配を研ぎ澄ますが、もう近くにいない。

 

トボトボとバイクのある場所まで歩く。本当に臭い。おえッ。

 

 

「さてと……お迎えが来たみたいだ」

 

 

俺は病院の入り口の門を見ながら言う。

 

門の近くには何十台も並んだ車。何十人もの武装警備隊が待ち構えていた。

 

 

「この二人をあっちに引き渡せば終わりだな」

 

 

「一件落着ですね」

 

 

黒ウサギは安堵の息を吐く。

 

 

「ついでに司もな」

 

 

「これでやっと安心できるよ……」

 

 

司は警察を見て感動していた。どんだけ俺のこと嫌いなんだよ。

 

俺たちは警察のいる所まで行った。警察は皆銃口をこちらに向けている。

 

 

「動くなッ!」

 

 

「……まぁとりあえず言うこと聞くか」

 

 

俺たちは両手を上げる。下手に刺激するのもダメだよな。

 

 

「武器を捨てろ!」

 

 

「ねぇよ」

 

 

「ならそのまま床に伏せろ!」

 

 

「えぇ……マジかよ」

 

 

ゆっくりと俺たちは床に伏せる。何でここまでしなくちゃいけないんだよ。ヒーローだろ?

 

 

「確保!」

 

 

俺たちは警察に抑えられ、

 

 

カチャンッ

 

 

「え?」

 

 

カチャンッ?え、どういうことだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の手には手錠がはめられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

周りを見れば黒ウサギも。司も。そして、エレシスも。

 

 

 

 

 

手錠がついていた。

 

 

 

 

 

「来い!」

 

 

俺たちは乱暴に車の中に連れ込まれ、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

逮捕された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

楢原 大樹 懲役8年

 

楢原 黒ウサギ 同じく懲役8年

 

新城 陽 同じく懲役8年

 

司 一 懲役18年から懲役36年に

 

 

上記の者を刑務所【ギルティシャット】に牢獄する。

 

 

刑務所の食事は結構不味いです。

 

 

六月。それは俺が逮捕される月。

 

 

 

 

 

……………助けて。

 

 

 




















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難攻不落の要塞から脱獄せよ

「正直脱獄は無理だ」

 

 

「初っ端からタイトル否定するなんて非常識にも程があるだろ」

 

 

俺の隣に座っている司が力無くツッコム。

 

 

逮捕されてから3日後。

 

 

 

 

 

未だに俺たちは刑務所の牢屋から出られていない。

 

 

 

 

 

ついに俺も犯罪者か。いつかなるのかなぁ……って思っていたけど、なったな。

 

 

「夢が……叶ったんだ」

 

 

「君、頭のネジ飛んでるだろ?」

 

 

司は床に寝そべりながらツッコム。灰色の囚人服が汚れることを気にせずに。

 

 

「何でそんなに元気が無いんだ?」

 

 

「馬鹿なのか君は!?」

 

 

「うおッ!?」

 

 

司は突然飛び上がって俺の胸ぐらを乱暴に掴んだ。

 

 

「ここはどこだッ!?言ってみろッ!」

 

 

「け、刑務所です」

 

 

「どんな刑務所だッ!?」

 

 

こ、怖ッ!?司が怖いよ!

 

 

 

 

 

「だ、脱出不可能。難攻不落の要塞【ギルティシャット】です!」

 

 

 

 

 

「そうだ!では何故、脱出が不可能なのか説明しろ!」

 

 

「い、イエッサー!」

 

 

では、説明します!

 

まず刑務所の位置ですが、

 

 

 

 

 

太平洋のど真ん中に浮いている船です。

 

 

 

 

 

そう、船が刑務所なんです。マジです。

 

脱出できたとしても、海の上。ノロノロと泳いでいたらすぐに捕まってします。じゃあ仲間の船を呼ぼう!……残念、そんな船が近づいて来たら砲撃されるのがオチです。

 

だから、過去に脱出した人がいないんだよねぇ……。

 

さらに、ここに牢獄されている人物は大罪を犯した者ばかりで、厳重な警備&最強の警備隊がほどこされています。

 

ここに監獄されたら最後。刑期を終えるまで絶望を噛み締め続けると言われている。

 

 

「っと言った感じです」

 

 

「そのくらい知っている!!」

 

 

ドゴッ!!

 

 

「ぶへッ!?司さんッ!?」

 

 

いきなり俺の顔面に左ストレートを決めやがった。痛くないからいいけど。

 

 

「どうして僕は36年もここに居ないといけないんだよ……!」

 

 

「いやなんか本当にごめんなさい」

 

 

司を見てると心が痛くなるよ。

 

 

「それにしても……このベッド硬いなぁ」

 

 

「呑気にくつろいでる場合か貴様ッ!」

 

 

ボゴッ!!

 

 

「おぼッ!?」

 

 

司が俺の腹に向かって空手チョップ。日頃のストレスが爆発したようだ。

 

 

「げほッごほッ!お、落ち着け司!」

 

 

「誰のせいだあああああァァァ!」

 

 

「ちょッ!?目潰しは洒落にならんぞ!?」

 

 

俺は音速のスピードで司の攻撃をかわし続ける。コイツ、顔がマジだ!

 

 

「おい!うるせぇぞゴラァ!」

 

 

「「あ、すいません」」

 

 

隣の部屋に牢獄されている人に怒鳴られて静かにする。俺と司はそれぞれ自分のベッドに横たわり、

 

 

寝た。

 

 

________________________

 

 

次の日。

 

 

「黒ウサギと(ひかり)は最下層に入れられているみたいだな」

 

 

「それにしても君の妹……可哀想だな」

 

 

黒ウサギはウサ耳を見られてしまった。

 

咄嗟に思いついた言い訳は、

 

 

「黒ウサギは昔、悪の組織に改造されたんだ」

 

 

「「「「「えぇッ!?」」」」」

 

 

あの時は黒ウサギを含めて、全員が驚愕した。我ながら酷い嘘だと思う。

 

だが、奇跡的に信じてもらった。黒ウサギは滅茶苦茶怒っていたけど。

 

 

「司……変だと思わないか?」

 

 

「何が?」

 

 

俺は看守が近くにいないことを確認して、話を始める。

 

 

「まず俺たちがどうしてここに放り込まれた?」

 

 

「罪を犯したから……としか言えない」

 

 

「そうだ」

 

 

俺は声音を低くする。

 

 

「罪を犯して、そのまま牢獄に入れられたんだ」

 

 

「……………何が言いたい?」

 

 

司は俺の含みのある言葉に疑問を抱く。

 

 

「分からないか?俺たちはあることを行わずに懲役を言い渡されて牢獄に放り込まれたんだぞ?」

 

 

「ッ!」

 

 

司は気付いたみたいだ。

 

 

「裁判……いや、事情聴取すら行われずにここに放り込まれたんだった」

 

 

そう。実は言うと、俺たちは手錠を掛けられたあの日。そのままこの難攻不落の要塞に閉じ込められた。どこも寄り道をせずに。

 

 

「さらにおかしい点は刑務所そのものだ。司はともかく、何故俺や黒ウサギたちが【ギルティシャット】に牢獄されたのか……」

 

 

「……おかしい点は無いはずだが?」

 

 

「ある」

 

 

俺は確信を持って言えた。

 

 

「俺たちは学生だぞ?」

 

 

「……………?」

 

 

「普通なら少年院にぶちこまれるはずだぞ?」

 

 

「ッ!」

 

 

そう、本来なら少年院に入れられるはずだ。俺たちは殺人や大罪を犯したわけではない。こんな場所に牢獄されること自体がおかしい点だ。

 

 

「そもそも俺たちは司を助け、暗殺者を捕まえたんだぞ?何で捕まるんだよ」

 

 

「お前はこの事件をどう考える?」

 

 

「答えは一つしかねぇよ」

 

 

俺は告げる。

 

 

「警察側に敵がいる。しかも、かなり強い権力の持ち主だ」

 

 

「……………」

 

 

司は唇を噛む。俺も同じような気持ちだった。

 

 

やってくれたな。

 

 

敵の顔を一発ぶん殴ってやりたい。

 

 

「脱獄するのか?」

 

 

司は俺の顔を見て尋ねる。

 

 

「いや、敵が分かるまで下手な手出しはしたくない。というか、できないが正しいな」

 

 

余計なことをして敵が逃げるのは困るし、かと言って誰をボコせばいいのか分からない。………待てよ?

 

 

「全員埋めればいいのか……!?」

 

 

「怖ッ!?何を考えているんだ!」

 

 

「いや、船に乗っている奴らを全員叩きのめせばいいのかなぁ?って」

 

 

「関係の無い人を巻き込んだら本末転倒だろ!バカなのか!」

 

 

「……すいませんでした」

 

 

何も言い返せなかった。いや、正論過ぎて何も言えないわ。

 

 

「それで、全員埋める以外でこれからどうするつもりだ?」

 

 

「……分からねぇよ。考え中」

 

 

俺は立ち上がり、部屋に取り付けられた洗面所の蛇口を捻る。

 

 

「まぁ打開策は埋める以外でもいくらでもある……おい、そこにいるんだろ?」

 

 

俺は蛇口に呼びかける。

 

 

バシャンッ!!

 

 

その時、蛇口から大量の水が噴き出す。水は宙に大きな人型を作り出す。そして、それは本物の人となった。

 

 

「お久しぶりです、楢原さん」

 

 

「う、うわあムグッ!?」

 

 

「静かにしろよ?」

 

 

エレシスの挨拶に大声を上げようとする司。俺はすかさず司の口を抑えた。ここで大声出されて看守に見つかるのは絶対に避けたい。

 

俺たちの着ている灰色の囚人服とは違い、オレンジ色の囚人服を着たエレシスが現れた。

 

 

「この刑務所から脱出したい。協力してくれ、陽」

 

 

「分かりました」

 

 

エレシスは小さく頷き、承諾してくれた。

 

 

「まずこの上の階に管理人室がある。そこの205番金庫から俺たちの服と武器を手に入れてくれ。時間はどれだけかかってもいいから絶対に見つかるな」

 

 

「待て楢原。金庫の鍵を開けるには暗証番号が必要だぞ?」

 

 

俺の説明に司が口を出す。エレシスは司の言葉に頷いた。

 

 

「右に34、左に33、右に24、左に5、右に一回転で開くはずだ。黒ウサギと陽の金庫は右に12、左に26、右に33、左に2、右に一回転だ。」

 

 

「な、何で知っている!?」

 

 

俺の言葉に司は目を見開いて驚愕する。

 

 

「ずっとここで聞いていたからな」

 

 

「……ありえない。聞こえるはずがない……!」

 

 

「俺には聞こえる」

 

 

俺は笑みを浮かべる。

 

 

「不可能なんて言葉は……俺には無い!」

 

 

こうして、難攻不落の要塞【ギルティシャット】攻略が始まった。

 

 

________________________

 

 

「おい、一日経ったぞ?」

 

 

「金庫は二十四時間、常に警備されているからな。陽が隙をつくのは難しいだろう」

 

 

「そうか……それにしても」

 

 

「ああ」

 

 

「「飯が不味い」」

 

 

俺たちは皿の上に載っているよく分からない料理(不味い)を睨む。しかし、そんなことをしても料理は美味くならない。

 

ゲロ不味い。

 

 

________________________

 

 

「二日が経ったな」

 

 

「うぐッ」

 

 

司の一言に俺はギクッとなる。

 

 

「そ、そろそろ来てもいいんだが………まぁ気長に待とうぜ!」

 

 

「……あいつはどこにいる?」

 

 

「……牢屋だな」

 

 

「ちゃんとあいつは金庫を開けるのか?」

 

 

「た、多分……」

 

 

「おい!」

 

 

「だ、大丈夫だって!明日こそ来るさ!」

 

 

________________________

 

 

 

「風呂に入りたいな……」

 

 

俺は床に寝そべりながら言う。

 

 

「そうだな……」

 

 

座って壁に背を預けた司は面倒臭そうに言う。

 

 

「まだあの病院での匂いが取れないんだが……」

 

 

初日、必死に洗面所の水で体を洗った。だが、それでも少し匂う。

 

 

「あと、陽……来ないな」

 

 

「僕は少し諦めてきたよ」

 

 

「……飯も不味いしな」

 

 

「そうだな……」

 

 

「「……………」」

 

________________________

 

 

 

「そしたらな!後ろから殴って来やがったからそのまま背負い投げして、川に落としてやったんだ!」

 

 

「ハッハッハ!本当かい!?」

 

 

「ああ、『ちくしょー!覚えてろよ!』って王道な捨て台詞を言いやがって、爆笑しちまったぜ!」

 

 

「や、やめてくれ……お腹が痛い……!」

 

 

「おいッ!まだ続きがあるんだぞ!その後黒ウサギが来てな!」

 

 

「も、もう笑わせないでくれよ……!」

 

 

「断る!まだまだ続けるぜッ!?」

 

 

 

________________________

 

 

 

「……で、やっとの思いでブランシュのメンバーを集めることができたんだ」

 

 

「ふーん、最初はどのくらい居たの?」

 

 

「驚くなよ?……片手で数える人数」

 

 

「えッ!?そこから300人まで増やしたのかッ!?」

 

 

「まぁね。本当は100人くらいだったけど、最後の最後に人員が増えたんだ」

 

 

「ん?どうやって?」

 

 

「ブランシュと同じような組織から人員を貰ってね。『目的が同じだから力を貸す』って」

 

 

「だからあんなに多かったのか……片付けるの大変だったぞ」

 

 

「プッ……どのくらい倒した?」

 

 

「150だっぺ」

 

 

「ブハッ!アッハッハ!人間じゃないぞ、それ!?」

 

 

「うるせぇよ!大変だったんぞ!?」

 

 

「いやぁ、悪い悪い。それで、その時は部下が銀行強盗に失敗して金が無かったから助かったんだ」

 

 

「ん?銀行強盗?どこでやった?」

 

 

「たしか……ショッピングモールの銀行だったはずだ」

 

 

「あ、邪魔したの俺ですw」

 

 

「また楢原かw」

 

 

「いやぁ、デートの邪魔だったw」

 

 

「君の都合で僕の部下をいじめないでくれw」

 

 

「スマンw」

 

 

「「ハハハハッ!!」」

 

 

________________________

 

 

 

「『不可能なんて言葉は……俺には無い!』と言ってから一体どのくらい経ったでしょうか?ねぇ司さん」

 

 

「僕が知るか。それで進展はあったのか?」

 

 

「ない!」

 

 

「……そうか」

 

 

司は天井を見上げ絶望した。それはもう某超高校級の絶望さんばりに目がもう絶望していた。

 

 

「何か本当に申し訳ない」

 

 

「いや気にするな……というか」

 

 

司は俺の方を見る。

 

 

「そもそも本当に敵はここにいるのか?」

 

 

「じゃあ敵になったと仮定して敵の気持ちを考えてみよう」

 

 

俺はゴホンッと喉の調子を整える。

 

 

「初めまして。僕はこの刑務所のリーダー、司一だ」

 

 

「違うだろ!それと僕の真似をするな!」

 

 

「趣味はスカートめくり」

 

 

「ねつ造するな!」

 

 

「ふむ、楢原大樹様と司一(笑)を一緒の牢獄に閉じ込めたぞ」

 

 

「喧嘩を売っているのか君は!?」

 

 

「一緒の牢屋に閉じ込めて監視がしやすくなったな」

 

 

「ッ!」

 

 

司の顔が強張った。

 

 

「ついでに楢原大樹様の嫁の黒ウサギと陽も一緒の牢屋に入れてある。こちらも監視やエロいことがしやすいな」

 

 

「なるほど。言いたいことは多々あるが、確かに一緒の牢獄に入れるのは都合がいい。それに、不自然だな」

 

 

隣の牢屋の人数は一人。その隣も一人。

 

全員、一人しか入れていないのだ。

 

 

「看守たちから盗み聞きした話をまとめると、ある人物が怪しいと分かった」

 

 

「誰だ?」

 

 

「ここの刑務所の看守長だ」

 

 

「まさか……あの若い男のことか?」

 

 

俺たちは一度、そいつに会ったことがある。いや、見たことがあると言ったほうが正しいか。

 

拳銃やギフトカード……壊れたCADと爆弾型CADを取られている時に、反抗や逃げたりしないか監視していた人物。年齢は20~25くらいの若い男性だった。服装は他の看守と違っていたので、すぐに看守長だと分かった。

 

 

「司、あの男は誰か知っているか?」

 

 

「いや、知らない。楢原は?」

 

 

「名前だけなら知っている」

 

 

俺は看守から盗み聞きした名を言う。

 

 

柴智錬(しちれん)っていう変な苗字の奴だ」

 

 

「なッ!?」

 

 

その時、司は目を見開いて驚愕した。

 

 

「よりによって最悪の数字落ち(エクストラ・ナンバーズ)じゃないか……!?」

 

 

「な、何だその中二病全開の名称は……」

 

 

か、カッコいい!

 

 

「知らないのか?楢原の学校の生徒会長は数字付き(ナンバーズ)だろ」

 

 

「エクシーズ召喚?遊〇王?」

 

 

「……何だそれは?」

 

 

「え、知らないの!?〇戯王知らないの?」

 

 

「……多分、関係無いな。話を続けるぞ。数字付き(ナンバーズ)は苗字に数字が含まれているんだ」

 

 

七草(さえぐさ)……七?」

 

 

「そうだ。他にもいるんじゃないか?」

 

 

「十文字……十?」

 

 

「ああ、そいつも十師族だ」

 

 

「また知らない用語が……何だそれは?」

 

 

「本気で知らないのか?……まぁいい。十師族は日本で最強の魔法師集団だ。一~十の10個の名家で成り立っている」

 

 

真由美ってそんなに凄い人だったのか。凄いのは分かっていたが。

 

 

「あ、そういえば……」

 

 

エリカの苗字は千葉だったな。

 

 

「千葉は千って字が入ってるけど、十師族じゃないのか?」

 

 

「千葉家か……いや、彼らは十師族ではないが、十師族と同等の力を持っているな」

 

 

「マジかよ……」

 

 

俺の周りには大物が勢ぞろいだな。

 

 

「簡単に説明すると数字落ち(エクストラ・ナンバーズ)は数字を剥奪された魔法師に捺された烙印みたいなものだ。柴智錬家は……七草家の補佐家だった」

 

 

「……だった、か」

 

 

「ああ、元の名は七蓮(ななれん)。現在は裏で【無 頭 龍(NO HEAD DRAGON)】などの犯罪組織に手を貸していると噂されている」

 

 

「また【無 頭 龍(NO HEAD DRAGON)】関連かよ」

 

 

よく出てくるな、その組織。

 

 

「七蓮が柴智錬に数字落ち(エクストラ・ナンバーズ)になった理由は七草家を裏切ったからだ」

 

 

「裏切った?」

 

 

「ああ」

 

 

司は静かに告げる。

 

 

「七草家を全員暗殺しようと……な」

 

 

「ッ……………!」

 

 

俺は静かに驚く。司は気にせず話を続ける。

 

 

「もちろん、失敗した。だが、厄介なことに七草家を暗殺しようとした証拠が一つも見つからなかったんだ。人も道具も。」

 

 

「……それでどうするか考えた結果、数字落ち(エクストラ・ナンバーズ)にしたってとこか?」

 

 

司は俺の言葉に頷いた。

 

 

「柴智錬家の次期当主の姿がこんな場所にいるとは……最悪だ」

 

 

「……ヤバいのか?」

 

 

「ああ、そいつが七草家暗殺を企てた主犯者だ」

 

 

「政府もそんな奴をここの看守長にするなんて……頭おかしいじゃないのか?」

 

 

「証拠が無いから疑うにも疑えないんだろう。それに七草家の直属の補佐だったんだ。無下に扱うことはできないんだろう」

 

 

「……もしかしたら殺されるかもな!」

 

 

「そうだな!」

 

 

「「ハッハッハ!!」」

 

 

そして、俺たちは鉄格子を掴む。

 

 

「「それはヤバいぞ!?」」

 

 

俺たちは焦り始めた。部屋の中を駆け巡る。

 

 

「うわあああああァァァ!!助けてくれッ!!」

 

 

「クソッ!陽は何をしているんだッ!?時間かかり過ぎだろ!?」

 

 

「どうする楢原!?今気付いたが、今日の朝ごはんと昼ご飯が来ていないぞ!?」

 

 

「さっそく殺されかけてるうううううゥゥゥ!?」

 

 

餓死狙い!?なんてこった!

 

 

「陽!まだかッ!?」

 

 

「ここにいます」

 

 

「「うわっほい!?」」

 

 

俺と司は同時に床に転がる。いつの間にか鉄格子の扉が開き、エレシスがいた。

 

 

「武器と服を持ってきました」

 

 

「ああ、ありがとう。よし、急いで着替えるぞ」

 

 

「それともう一つ」

 

 

「ん?」

 

 

「黒ウサギさんが看守長に連れて行かれました「着替えてる場合じゃねぇ!!行くぞオラァ!!」……はい」

 

 

「ま、待ちたぐえッ!?」

 

 

俺は司の襟を掴み走り出す。囚人服のまま俺たちは脱走を開始した。

 

 

________________________

 

 

 

ジリリリリリッー!!

 

 

警報が船全体に聞こえるように鳴り響く。どうやら監視カメラを破壊したせいでバレたみたいだ。余計なことをしたな。

 

俺たちは揺れる廊下を走り抜けていた。廊下の壁はたくさんのパイプが並び、薄暗い。

 

 

「看守長の部屋は最上階だったな。急ぐぞ」

 

 

「楢原ッ!」

 

 

司が俺の名前を呼ぶ。前から足音がする。数にして10人。

 

 

「止まれ!」

 

 

看守だ。防弾チョッキを着ており、CADをこちらに向ける。

 

 

「ハッ、止めて見ろよ!」

 

 

俺はその光景を鼻で笑い飛ばす。

 

音速のスピードで武装した看守たちに近づき、

 

 

「この下手くそ(料理が)共がッ!!」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

「「「「「ぐあああああァァァ!!」」」」」

 

 

蹴散らした。

 

武装した看守たちは一瞬で無力化され、床や壁に叩きつけられて気を失った。

 

 

「行くぞオラァ!」

 

 

「相変わらず無茶苦茶だ……」

 

 

司はその光景にため息を吐いた。

 

 

「脱獄者だ!」

 

「捕まえろ!」

 

 

「クソッ、挟まれたか!」

 

 

通路の部屋から看守たちが飛び出す。前方と後方、それぞれ三人ずつ。

 

 

「司!後ろは任せた!」

 

 

「無理に決まってるだろ!」

 

 

「「チッ」」

 

 

「おい!?って二人!?」

 

 

エレシス……。

 

 

「後ろは私に任せてください」

 

 

エレシスは後ろにいる看守に向かって右手を出す。

 

 

バゴンッ!!

 

 

その瞬間、通路の横に並んでいたパイプの一つが破裂した。

 

 

「【水問(すいもん)】」

 

 

バシャンッ

 

 

「ごぼッ!?」

 

 

パイプから溢れ出した水は生き物のようにうねうねと動き、看守たちに襲い掛かった。水は看守の頭を包み込み、息をすることができなくなる。

 

看守たちは必死に体を動かし、抵抗するが……

 

 

バタンッ

 

 

やがて泡を大量に吐き、気絶して倒れた。倒れた瞬間、頭を包み込んでいた水は弾け飛び、辺りに散布した。他の二人も同じように倒れ、呼吸ができなくて気絶している。

 

 

「い、一体どんな魔法を……?」

 

 

「魔法じゃねぇよ。気にする……なッ!」

 

 

ドゴッ!

 

 

「ぐはッ!?」

 

 

前にいた最後の看守をぶん殴る。割と強めで。

 

俺の足元には前にいた三人の看守が倒れている。

 

 

「い、いつの間に……」

 

 

「相手は待ってくれそうになかったからな。サクッと倒したほうがいいだろう?」

 

 

看守たちが出てきた扉の奥に進むと階段があった。階段を駆け上がり、上を目指す。

 

 

「いt

 

 

「うるせぇ!!」

 

 

ドゴッ!!

 

 

「たがぁッ!?」

 

 

何かを言う前に看守の顔面にパンチをお見舞いさせた。喋らせないぞ?

 

 

バンッ!!

 

 

俺たちは一番上まで階段をのぼり終わり、扉を蹴り破る。

 

扉を蹴り破ると船の上甲板に出た。空はラッキーなことに曇り空。晴れてたら死んでた。

 

 

「って多いなッ!?」

 

 

目の前には武装した看守が何十人も待ち構えていた。まるでここに来ることが分かっていたようだ。

 

 

「やれッ!」

 

 

看守の一人がそう言うと、看守たちが持っていた銃やCADで俺たちに向かって攻撃を開始した。

 

 

「うおおおおおォォォ!!」

 

 

そんなことを全く気にせず、俺は武装看守集団に向かって突撃する。

 

 

ガガガガガッ!!

 

 

看守が放った銃弾は俺の体に当たり、

 

 

ガチンッ!!

 

 

銃弾は別の方向へと跳ね返った。

 

 

「「「「「はぁッ!?」」」」」

 

 

「効くかあああああァァァ!!」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

俺は集団に向かって蹴りを放つ。看守たちは宙を舞い、吹っ飛ばされる。

 

 

「ま、魔法を使え!」

 

 

3人の看守が一斉に魔法を発動する。俺の足元に放出魔法【スパーク】の魔法陣が三つ出現する。

 

 

「無駄だッ!!」

 

 

バキンッ!!

 

 

俺は地面を踏みつけて魔法を破壊した。魔方陣はバラバラに崩れ、消滅する。

 

 

「「「なッ!?」」」

 

 

「どおりゃあああああァァァ!!」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

俺の鉄拳が三人の看守たちにヒットする。看守たちは吹っ飛ばされ、床に倒れる。

 

 

「あー、面倒臭くなってきた。いっそのこと、船ごとぶっ壊してやろうか?」

 

 

「やめろよ!?」

 

 

嘘だよ。黒ウサギを救出してから壊すよ。……壊すのかよ。

 

 

「そこまでだ!」

 

 

「「ッ!」」

 

 

俺と司は声がした方を振り向く。

 

そこには眼鏡を掛けた若い男性。看守長の柴智錬がいた。

 

柴智錬の隣にはオレンジ色の囚人服を着た黒ウサギがいる。手には手錠がかけられている。

 

 

「この女を死なせたくなかったら、大人しくしろ」

 

 

柴智錬は拳銃の銃口を黒ウサギの眉間に当てる。

 

 

「………チッ」

 

 

俺は両手を挙げる。司も俺を見て、両手を挙げた。

 

 

「そこの女もだ」

 

 

「陽、手を挙げてくれ」

 

 

陽は俺の言葉を聞いて、手を挙げた。

 

 

「フンッ、余計な真似をしおって……大人しく餓死していれば。まぁいい……」

 

 

柴智錬は拳銃を持っていない反対の手をこちらに向ける。手には腕輪型CADがある。

 

 

「殺さないといけないのは変わりないからな」

 

 

「ッ!」

 

 

俺の体に魔方陣が出現した。

 

 

「死ね」

 

 

ドゴッ!!

 

 

その瞬間、俺の体から大量の血が溢れ出した。

 

 

 

 

 

腹部が膨らませた風船を破裂させたかのように弾け飛んだ。

 

 

 

 

 

「があッ………あああああァァァ!?」

 

 

「だ、大樹さん!!」

 

 

俺はお腹を抑え、前から倒れる。黒ウサギは悲鳴に近い声で俺の名前を呼ぶ。

 

 

「だ、大丈夫だッ……」

 

 

口から血を流しながら笑みを浮かべる。だが、その表情は硬い。

 

足元には大きな血の水たまり。普通の人間なら大量出血で死んでいる。

 

 

「内臓を破裂させたのに生きているか……フン、しぶとい奴め」

 

 

「まさかッ!?」

 

 

柴智錬の言葉を聞いた司が驚愕した。

 

 

「それは一条(いちじょう)家にしか使えない魔法のはずじゃ……!?」

 

 

司は記憶倉庫の中からその魔法を思い出す。

 

 

【爆裂】

 

殺傷性ランクA。発散系の系統魔法。

対象内部の液体を瞬時に気化させる魔法で、生物ならば体液が気化して爆発、内燃機関動力の機械ならば、燃料が気化して爆散、破壊させることができる一条家の最強の魔法だ。

 

 

「さすが【ブランシュ】のリーダーか……知識は豊富か?」

 

 

「何故お前が使える!」

 

 

「使えてはいない。これはあの魔法の劣化させたものだ」

 

 

「劣化……?」

 

 

「俺にはあの魔法は使えない。だから……」

 

 

柴智錬は笑う。

 

 

「七草の権力を使って、俺にも使える複製版の魔法を作り出したのさ」

 

 

「馬鹿なッ!?あの魔法を複製など……!」

 

 

「普通ならできない。そう、普通ならな」

 

 

柴智錬は笑みを浮かべる。

 

 

「一つ聞こう。ここはどんな奴が牢獄されている?」

 

 

「……大罪を犯した最恐の犯罪者?」

 

 

「そうだ」

 

 

柴智錬は告げる。

 

 

「その中には魔法師に劣らない魔法力を持った犯罪者もいる!」

 

 

「ッ!?」

 

 

司は気付いた。

 

 

「貴様……まさかッ!?」

 

 

「そうだ、実験するには持ってこいの場所なんだよ……【ギルティシャット】はッ!!」

 

 

大声で高笑いをする柴智錬。司と黒ウサギの顔色は青くなった。

 

 

「政府に監視されることもない!書類には自殺と書けば終わる!まさに都合のいい実験施設!実験体だよ!フハハハッ!!」

 

 

「ハハッ、本当に笑えるな」

 

 

「「「ッ!?」」」

 

 

大樹が立ち上がった。

 

足元にある血の水たまりは先程の倍は大きくなっている。

 

顔は真っ青で呼吸が荒い。

 

 

「ここまで酷い悪がいるなんてな……尊敬しちまいそうだぜ」

 

 

「……動くなよ化け物。この女が……」

 

 

「動かねぇよ。いや、動くまでも無い」

 

 

大樹は手を大きく広げる。

 

 

 

 

 

「天候、【嵐】!!」

 

 

 

 

 

ゴオオオオオォォォ!!!

 

 

 

 

 

その時、海に巨大な竜巻が現れた。

 

 

 

 

 

「な、何だこれはッ!?」

 

 

海は大荒れ。船を大きく揺れ動かす。柴智錬は焦る。そのせいで柴智錬の持っていた拳銃の銃口が黒ウサギの額から離れた。

 

黒ウサギはそれを見逃さなかった。

 

 

「はあッ!!」

 

 

黒ウサギは隙をついて、回し蹴りを柴智錬の腹に当てる。

 

 

「ぐッ!?」

 

 

柴智錬は後ろに吹っ飛ばされ、床に転ぶ。

 

 

「ッ!………このアマッ!」

 

 

柴智錬は倒れた状態で【爆裂】の劣化版の魔法を黒ウサギに向かって放つ。

 

 

「黒ウサギ!」

 

 

その前に大樹が『アンティナイト』の指輪を黒ウサギに向かって投げる。

 

黒ウサギはそれを両手でキャッチし、すぐに発動させた。

 

 

バリンッ

 

 

魔法は打ち消され、発動しなくなった。

 

 

「魔法がッ!?」

 

 

柴智錬は魔法が発動しないことに気付き、焦り出した。

 

魔法の発動が無理だと判断した柴智錬は立ち上がり、拳銃を構える。

 

 

「ゲームオーバーだ、柴智錬」

 

 

「ッ!?」

 

 

だが、気が付けば柴智錬の目の前には血まみれの大樹がいた。

 

 

「何故だ!あの魔法をまともに受けておいて動けるはずがッ!?」

 

 

「残念だったな」

 

 

大樹は笑みを浮かべて右手を強く握る。

 

 

「まず、俺がまともじゃないんだよッ!」

 

 

ドゴッ!!

 

 

大樹の右アッパーが柴智錬の顎に命中。柴智錬は空高く舞い上がり、

 

 

ドゴンッ!!

 

 

船の上甲板に叩きつけられた。

 

柴智錬は動かず、白目を剥き、涎を流して気絶していた。

 

 

「よし、一件落着だな」

 

 

「どこがだあああああァァァ!?」

 

 

司は船の手すりにしがみつきながらツッコム。

 

 

ゴオオオオオォォォ!!

 

 

船は大きく揺れ動き、今にも壊れてしまいそうだ。

 

 

「この大嵐の中でこれからどうするつもりだッ!?」

 

 

「あぁ……そうだったな……」

 

 

未だに海には竜巻が出現している。消える気配は……無い。

 

 

「大樹さん!早く消してください」

 

 

「えっと……」

 

 

大樹は両手を合わせ、片目をつぶる。

 

 

「無理☆」

 

 

「「「……………」」」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

船が壊れるのも、時間の問題だった。

 

 

________________________

 

 

『今の所、情報を提示できるのはこれくらいだ』

 

 

「いえ、ありがとうございます。風間(かざま)少佐」

 

 

達也は大画面に映った人物にお礼を言う。

 

 

『それにしても柴智錬家か……少し厄介ではあるが、君なら大丈夫だろう』

 

 

「はい、明日には救出に行きます」

 

 

達也は大樹たちが不正に逮捕され、刑務所に入れられたことをすぐに分かり、助けに行こうと準備をしていた。

 

 

『ああ、気を付けt……ん?』

 

 

「どうかしましたか?」

 

 

風間の顔色が変わった。

 

 

『大変だ。刑務所【ギルティシャット】の近くに原因不明の竜巻が発生した』

 

 

「ッ!」

 

 

達也は目を見開いて驚愕した。

 

 

「すいません、今から助けに行きます」

 

 

『待て達也!』

 

 

風間がそれを止める。

 

 

『これを見てくれ!』

 

 

画面には日本地図。太平洋の海には赤く点滅している点が東京に向かって接近していた。

 

 

「これは……!」

 

 

赤い点は【ギルティシャット】の現在地だ。

 

それがありえない速度で日本に近づいていた。

 

 

『ッ!?』

 

 

そして、いち早く情報を見た風間。

 

顔は青ざめていた。

 

 

『達也……落ち着いて聞いてくれ』

 

 

「ッ!」

 

 

風間が声音を変えて言う。真剣だった。

 

 

『【ギルティシャット】は現在……』

 

 

風間の声に思わず息を飲む。

 

そして、風間は告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『上空1200mを飛行している』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「風間少佐、お疲れ様でした」

 

 

『待ってくれ達也!本当なんだ!』

 

 

風間は急いで端末を操作する。達也の画面には新しい映像が映し出された。

 

そこには【ギルティシャット】が映っていた。

 

 

 

 

 

竜巻に中にある【ギルティシャット】。竜巻の中に……。

 

 

 

 

 

「……………」

 

 

『た、達也?』

 

 

「……一体何が起こっているのですか?」

 

 

『……見ての通り、竜巻の中に【ギルティシャット】が入って浮いているんだ。もしかしたら【ギルティシャット】は竜巻を乗り回しているのかもしr』

 

 

「少佐」

 

 

『何だね?』

 

 

「すいません」

 

 

『……まさか、君が前に話していた彼のことかね?』

 

 

「はい、おそらく……いえ」

 

 

達也は断言できた。

 

 

「楢原大樹です」

 

 

『……大人しく捕まっている気は無いみたいだな、彼には』

 

 

「大樹なら牢屋を無理矢理こじ開けたり、看守全員を埋めたりするでしょう。竜巻も大樹の仕業かと」

 

 

『達也……随分変な友達を……いや、すまない』

 

 

「お気遣い感謝します」

 

 

『と、とにかく楢原大樹。その妹、楢原黒ウサギは私の方で釈放できるようにしておくよ』

 

 

「ありがとうございます」

 

 

『それと我々も対処するが、【ギルティシャット】は引き続き君に任せる。頼んだぞ』

 

 

「了解しました」

 

 

ブチッ

 

 

風間の映っていたモニターが暗転する。通信が切れたようだ。

 

 

バンッ!!

 

 

その時、リビングの扉が勢い良く開けられた。

 

 

「お、お兄様!」

 

 

「どうした深雪?」

 

 

突然、深雪が急いで部屋の中に入って来た。

 

 

「て、テレビを……!」

 

 

「テレビ?」

 

 

深雪はテレビをつける。

 

テレビにはニュースが流れていた。右上には速報の文字がある。

 

 

『……ながら、この東京湾に着陸しました!』

 

 

「ん?」

 

 

達也は首を傾げた。何のニュースか分からない。

 

 

『見てください!』

 

 

画面に映ったのは……。

 

 

 

 

 

『刑務所【ギルティシャット】です!』

 

 

 

 

 

倉庫に突っ込んだ船。【ギルティシャット】が映っていた。

 

 

 

 

 

「……………少し疲れているようだ。おやすm

 

 

「お、お兄様!?しっかりしてください!」

 

 

達也は部屋を出ようとするが、深雪に腕を掴まれ止められた。

 

 

『空を飛んで来た刑務所、前代未聞の大事件です!この事件に警察は総動員で対処……み、見てください!今、主犯者が警察に連れて行かれています』

 

 

「「あ」」

 

 

達也と深雪はその人物を見て、声に出した。

 

 

 

 

 

映像には涙を流す大樹。手には手錠がかけられていた。

 

 

 

 

 

『またです!また彼がやりました!』

 

 

右上には『速報!あの大事件を起こした人物が再び…!』に変わった。

 

 

「……深雪、少し出かけてくる」

 

 

「は、はい……お気を付けて」

 

 

達也はこう思いながら出掛けた。

 

 

何やってんだっと。

 

 

________________________

 

 

 

「久しぶりだな、達也」

 

 

「ああ。それで……」

 

 

達也は状況を確認する。

 

 

「どうして吊るされているんだ?」

 

 

ここは取調室。大樹はロープで縛られ天井に吊るされていた。

 

 

「いやー、黒ウサギと真由美に怒られてな」

 

 

「怒られるのに吊るされたり縛られたりボコボコにされたりするのか……?」

 

 

大樹の顔は腫れて、鼻から血が流れている。先程、怒りながら出て行った黒ウサギと真由美にあったのか予想できた。

 

 

「でも、真由美のおかげで釈放されるしな。感謝感謝」

 

 

「そ、そうか……」

 

 

「それよりどうした?達也も俺を殺しに?」

 

 

「いや、違うが……」

 

 

達也は溜め息を吐き、パイプ椅子に座る。

 

 

「どうやって脱獄した?」

 

 

「……気合で」

 

 

「嘘を吐くな。気合で船が空を飛ぶわけないだろ」

 

 

「はぁ……じゃあ説明するかちょっと待ってろ」

 

 

「ん?何を待つんだ?」

 

 

「こうするのさ!」

 

 

________________________

 

 

【大樹視点】

 

 

「よし、出来たぞ」

 

 

「?」

 

 

「じゃあ説明します」

 

 

実はあの後、竜巻を操ることに成功したんだ。それで、爆弾型CADで船に硬化魔法をかけた。壊れるのを防ぐために。え?何で壊れるのを防ぐんだって?

 

船を竜巻に乗せるためだよ。あ、知ってた?

 

馬鹿じゃないのか君って?うん、俺は非常識な馬鹿野郎だもん☆

 

それで、そのまま日本を目指したんだ。もちろん、竜巻に乗ってな!いやー、すごかったよ。どこかの麦わら海賊団も腰を抜かせてしまうほど凄かったぜ。

 

それで着いた先がまさかの東京湾。もうなんか半壊してるし、このまま壊してもいいかな?って思って、

 

 

そのまま倉庫にダイブした。

 

 

……………東京湾に一体何の恨みがあるんだよ。

 

 

「以上、事件の真相だ」

 

 

達也には俺が竜巻を発生させたことは言わなかった。というか、言えない。

 

 

「そうか。さよなら、楢原」

 

 

「待って!俺の唯一の頼もしい大親友よおおおおおォォォ!」

 

 

俺はロープを引き千切り脱出。扉を開けて出て行く達也の腰に抱き付いた。

 

 

「絶交しないでくれよ!」

 

 

「常識を身につけたら、な?」

 

 

「何だそれ!?あとその笑顔は何だ!?やめろよ!!」

 

 

達也が笑みを浮かべて俺の頭をなでた。ヤバい、このままだと本当に友達やめられる。

 

 

「会長と黒ウサギにこのことは?」

 

 

「い、言ったが……?」

 

 

「……………」

 

 

「ちょっと達也さん?どうして俺をロープで縛るの?ねぇ?」

 

 

「……………」

 

 

「達也!?達也あああああァァァ!!」

 

 

そして、俺はまた天井に吊るされた。

 

 

「また今度、学校で会おう」

 

 

「達也さん!?帰らないでえええええェェェ!!」

 

 

俺の声は達也の耳に届くことは無かった。

 

 

________________________

 

 

「反省はしたかしら?」

 

 

「は、はい……」

 

 

達也が帰った後、真由美が部屋に入って来た。今度は正座させられている。

 

真由美は学校の制服を着ている。そういえば今日は学校だったな。牢屋に入れられたせいで学校の存在を忘れていたぜ。

 

 

「本当に心配したのよ!分かってる!?」

 

 

「だから!本当に悪かった……って……ッ!?」

 

 

真由美の頬には涙が流れていた。

 

 

「ごめんなさい……私たちの問題なのに……本当にごめんなさい……!」

 

 

「……柴智錬家のことか」

 

 

真由美は涙を拭きながら頷く。

 

あの後、柴智錬は逮捕された。その他にも柴智錬に雇われていた何人か偽看守も捕まった。柴智錬一人では悪さはできない。グルがいても当然か。

 

船の中からは違法の薬、書類、実験道具がわんさか見つかった。ついでに七草暗殺を企てた証拠品もな。

 

これが決め手となり、柴智錬家に家宅捜索が現在行われている。これで暗殺の計画は絶対にされないだろう。

 

 

「巻き込んで……本当にごめn

 

 

「フハハハハッ!!」

 

 

「ッ!?」

 

 

唐突に俺は高笑いをする。

 

 

「どうだ!これが俺の力だ!思い知ったか!」

 

 

「あなたね……一歩間違えば……!」

 

 

「一歩間違えば殺されたんだろ、お前」

 

 

「ッ!」

 

 

俺は溜め息を吐く。

 

 

「ったく、この時くらい『助けてくれてありがとう!』って言って抱き付いてきてもいいんじゃないのか?」

 

 

「……大樹君、それセクハラよ」

 

 

「はーいはい、すいませんでしたー」

 

 

俺は後ろを向いて拗ねる。

 

 

「でも……」

 

 

その時、肩が重くなった。

 

 

「本当にありがとう……」

 

 

真由美が後ろから抱き付いてたからだ。

 

 

「おう、もっと感謝しろ」

 

 

「馬鹿ね……普通自分からそんなこと言わないわよ……」

 

 

「俺は普通じゃないからな」

 

 

「そうだったわね……」

 

 

真由美は俺の背中に顔をうずめる。

 

 

「ねぇ……大樹君」

 

 

「何だ?」

 

 

「あ、あのね……へ、変なこと聞くけどいいかしら……?」

 

 

「変なこと?」

 

 

「だ、大樹君って好きな人はいるのかしら?」

 

 

「……どこが変なのか分からないが好きな人か……」

 

 

俺は天井を見上げる。

 

 

「いる」

 

 

「ッ!……そう……よね……」

 

 

「4人」

 

 

「えぇッ!?」

 

 

美琴、アリア、優子、黒ウサギ。うん、四人だな。

 

 

「みんな大切な人だ」

 

 

「……大樹君って……最低な人だったのね」

 

 

「悪かったな。優柔不断な男で」

 

 

「……まだチャンスはあるのね」

 

 

「はぁ?何が?」

 

 

「大樹君」

 

 

その時、頬に柔らかい感触がした。

 

 

「私、諦めないから」

 

 

 

 

 

真由美が俺の頬にキスしたと気付くまで、時間が掛かった。

 

 

 

 

 

「おおおおおお、おまッ!?」

 

 

「大樹君ッ!」

 

 

ガバッ

 

 

真由美は俺の名前を呼んで、抱き付いて来た。

 

 

「ありがとう!本当にありがとう!」

 

 

「わ、分かったから抱き付くな!」

 

 

俺は真由美の体を押しのけ離れさせる。嬉しいけど……らめぇ!!

 

 

「もしかして大樹君……嫌だったかしら?」

 

 

「ッ!?」

 

 

真由美の上目遣いに俺は顔を背けた。か、可愛い……いやいや、待て!落ち着くんだ!

 

 

「い、嫌っていうか……ほら、こういうのは駄目だろ?」

 

 

「大樹君は嫌なの?」

 

 

「ッ!?!?」

 

 

今度は涙目の上目遣い!?可愛すぎる!

 

 

「お、俺は……嫌じゃないが……」

 

 

「なら問題無いわね!」

 

 

「だから抱き付くなあああああァァァ!!」

 

 

クソッ!何か柔らかい感触がするのはあれですか!?グハッ!!

 

 

 

 

 

「ダイキサン?」

 

 

 

 

 

「うん……デジャブっていうのかなぁコレ」

 

 

振り向くまでも無い。後ろに黒ウサギがいる。

 

 

「あら、黒ウサギさん。少し大樹君を借りさせてもらってるわ」

 

 

「なッ!?」

 

 

真由美は黒ウサギの前だと言うのに堂々と俺に抱き付いた。黒ウサギはその光景を見て体を震わせて怒る。

 

 

「大樹さんは渡しません!」

 

 

「ッ!?」

 

 

黒ウサギも俺に抱き付いて来た!?幸せだよ……じゃなくて!

 

俺の右腕には黒ウサギの豊かな胸の弾力のある感触……左腕には黒ウサギより少し小さい真由美の胸の柔らかい感触が……!

 

 

「私……結構しつこい女なのよ?」

 

 

「黒ウサギだってしつこい女です!」

 

 

「何の話だ、何の!?」

 

 

修羅場!?何故だ!?一体誰のせいだ!?

 

というか、お前ら!そんなに抱き付くな!って……あ。

 

 

 

 

 

興奮しすぎて傷口が開いた。

 

 

 

 

 

「やべぇ……!」

 

 

「大樹君!?」

 

「大樹さん!?」

 

 

俺はその場で真紅の液体を腹や口から出し、倒れた。船で戦った時の傷は完治していなかったようだ。まぁ当然か……内臓破裂させられたし。それに病院行ってないし。自然回復に頼っただけだし。

 

あと、鼻からも血が出た。

 

ちょっと無理し過ぎたかもな。あー、頭がボーッとする。これは血が足りない証拠だな。

 

……完全に意識が無くなる前に一言だけ言わせてほしい。

 

 

 

 

 

とても柔らかかったです。

 

 

 

 

 

……ガクッ。

 





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静かな平和は訪れない

釈放されて数日が経過した。

 

ここは店の二階の自宅。

 

 

「いち……じゅう……ひゃく……!」

 

 

俺はそこに書かれている数字を一桁ずつ読み上げて行く。隣では黒ウサギが震えながら見守っている。

 

 

「せん……まん……十万……百万……!」

 

 

手の震えが止まらない。

 

 

「一千万……一億……!!」

 

 

残高180,000,000円

 

 

「一億八千万だとおおおおおォォォ!?」

 

 

ゴンッ!ゴンッ!ゴンッ!

 

 

「だ、大樹さん!?」

 

 

俺は壁に頭を打ち付ける。

 

銀行の預金残高が大変なことになっております隊長!

 

 

「じゃうgはどhごああdvがいkじゃdvh!」

 

 

「落ち着いてください!!」

 

 

グハッ!?暴れすぎて腹の傷が痛い!うひょー!!

 

……そろそろこの状況を説明します。

 

俺たちは不正逮捕された。もちろん、あの後はちゃんと釈放された。警察にも事情を分かってもらったし、補償金も貰った。でもッ!

 

 

「多すぎる!」

 

 

「そ、それは大樹さんが……」

 

 

「うん、偶然って怖いわ」

 

 

本来ならここまで多くない。何故多いかと言うと、謝礼金が追加されたからだ。

 

柴智錬(しちれん)家の野望を打ち砕き、さらに【ギルティシャット】の隠された悪事の秘密を見破った。

 

 

「まさか……不正逮捕されたのが俺たちだけじゃないとは……」

 

 

「皆さん、大樹さんに感謝してましたよ」

 

 

そう、【ギルティシャット】には俺たち以外にも不正逮捕されて、閉じ込められた人達がいた。

 

別に助けたわけではないが……助けたことになった。だから、

 

 

『最強の学生!?全ての悪を断罪し、囚われた人々を救出した犯罪少年の全貌が明らかに!』

 

 

っと言った感じで、俺について書かれた記事がネットやテレビに出された。いや、別に断罪してねぇよ?ただボコボコにしただけだもん。あと、犯罪少年ってやめてくれ。俺、犯罪なんか犯してないから。多分。

 

内容は俺が学校でテロリスト共をフルボッコにしたこと。刑務所で暗殺されそうになった囚人を助け、逃走劇を繰り広げたこと。ついでに直立戦車をぶっ壊して警察を助けたこと。廃病院をぶっ壊すも、暗殺者を二人捕まえたこと。そして、悪の組織によって牢獄に放り込まれたこと。しかし、脱獄して悪を断罪し、他に不正逮捕された人を見事に助け出したこと。そして、空を飛んで東京湾に無事着地したこと。

 

……ん?今、一個くらいねつ造されていなかった?気のせいか?

 

 

「はぁ……」

 

 

俺は深くため息をつく。

 

釈放直後はインタビューなど記者に追われる日が続いた。釈放されてからは学校に行けず、家に引き籠っている。おかげで店も開けないよ。

 

ふとテレビを見てみると、俺の顔が映っている。わーお、目立ってるじゃん。

 

ふと携帯端末でニュースを見てみると、俺の顔が映っている。わーお、有名人じゃん。

 

ふと窓の外を見てみると、何人もの記者たちが待ち構えている。わーお、警察に通報しようかな?

 

 

「はぁ……」

 

 

「大樹さん、元気出してください」

 

 

「平和が恋しいよ……」

 

 

俺は学校の制服を見て涙を流した。みんなに会いたいよぉ……。

 

騒ぎが小さくなるまで、俺たちは引き籠ることにした。

 

 

_______________________

 

 

1-Eの教室。

 

 

「うぃーす!」

 

 

俺は()()()教室に入った。

 

 

「「「「「うおおおおおォォォ!!」」」」」

 

 

「「「「「きゃあああああァァァ!!」」」」」

 

 

「うおッ!?」

 

 

クラスメイトは俺を見た瞬間、歓喜の声を上げた。驚かそうとしたのに逆に驚かされてしまった。

 

 

「すげぇよ!楢原!」

 

「やっぱり俺たちの希望の星だ!」

 

「楢原君!サイン頂戴!」

 

 

「俺に休憩の場所をくれえええええェェェ!!」

 

 

俺は再び窓から脱出した。スマン、達也、エリカ、美月、黒ウサギ。また後でな。あ、レオ。久しぶり、後でいじり倒すわ。

 

 

「おい!あれって楢原大樹じゃないか!?」

 

「嘘!?ついに学校に来たの!?」

 

 

今度は上級生に見つかった。

 

 

「うわッ!?本物だ!」

 

「握手してください!」

 

 

どんどん増えて行く。

 

 

そして、十分後。

 

 

「「「「「きゃあああああァァァ!!」」」」」

 

 

「「「「「楢原あああああァァァ!!」」」」」

 

 

「うるせえええええェェェ!!」

 

 

生徒に追いかけられていた。たくさん。

 

 

「ッ!!」

 

 

俺は光の速度でその場から一瞬で消える。

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

「消えた!?」

 

「どこだ!?」

 

 

足音が小さくなって行き、遠ざかる。

 

俺は光の速度で一番近くの部屋に入ったのだ。足音が聞こえなくなるのを確認して安堵する。

 

それと入った場所は生徒会室だ。

 

 

「……………よう」

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

中には真由美、摩利、服部、鈴音(リンちゃん)あずさ(あーちゃん)の五人がいた。疲れ切った表情の大樹を見て、みんなは苦笑いだった。リンちゃんを除いて。

 

 

「お久しぶりですね、楢原君」

 

 

「ありがとう、リンちゃん。まともに話ができて嬉しいぜ」

 

 

「今すぐそのあだ名をやめてください。学校の生徒に楢原君の居場所を言いますよ?」

 

 

本気(マジ)でごめんなさい」

 

 

鈴音に怒られ反省。本気と書いてマジと読む。思い出と書いてトラウマと読む。大樹と書いて人外と読む……オイ。

 

 

「大樹君」

 

 

「何だ、風紀委員長?」

 

 

「書類が溜まってるぞ」

 

 

「その言葉、『死ね』と同義語だからな?」

 

 

摩利は親指をビシッと立て、笑顔で言った。悪魔か貴様。

 

その時、ハァっとため息が横から聞こえてきた。服部だ。

 

 

「何だ、まだ生きていたのか」

 

 

え?酷くね。開口一番にそれは酷くね?

 

 

「おう、でも腹から血をぶちまけたけどな」

 

 

「……………すまん」

 

 

「いや、謝んなよ。その反応は一番傷付く」

 

 

そして、窓を見るな。何だその顔。「やっぱり楢原は人間じゃないか……」みたいな全てを悟った顔はやめろ。

 

 

「な、楢原君!人間卒業おめでとうございます!」

 

 

「ぐふッ!?……あーちゃん、ひどいよ!」

 

 

「すいません!会長からどうしてもと……!」

 

 

「真由美か……!」

 

 

くそッ!純粋無垢な少女の悪口の威力は半端じゃない……!何てことをするんだ、大魔王!

 

 

「おかえりなさい、大樹君」

 

 

「俺の顔を見て言えや」

 

 

窓に真由美が笑った顔が写っている。この会長、摩利よりブラックだぞ。眠気も一発で覚めそうなくらいブラックなんだけど。真由美はガムかよ。

 

真由美がサタン的存在なのは置いといて、俺は一つみんなに質問する。

 

 

「というか、今は授業中じゃないのか?」

 

 

「誰のせいで俺たちがここにいると思っている?」

 

 

「……心の底からごめんなさい」

 

 

もう謝ってばかりだよ。

 

 

「まぁ服部。そう大樹君をいじめるな」

 

 

「ま、摩利……!」

 

 

「大樹君はしばらくここにいてくれ。私たちは生徒たちに呼びかけて、騒ぎを起きないようにしよう」

 

 

いつも俺をいじめる摩利の言葉に感動した。な、泣きそう……!

 

 

「大樹君、風紀委員の仕事の書類はいつもの場所に置いてあるから」

 

 

「だと思ったぜ。涙返せ」

 

 

やはり裏があった。しろってか?書類しろってか?

 

 

「それじゃあ、私たちは少し席を外す」

 

 

摩利はそう言って風紀委員会本部に続く扉を開けた。摩利と服部は部屋を出て行った。

 

 

「私たちも行きましょう」

 

 

リンちゃn……今、鈴音がこっちを見たような気がした。あなたも心が読めるのですか?

 

……ごほんッ!鈴音は立ち上がり、部屋を出て行く。あーちゃんもその後を追いかけて、出て行った。これでいい、鈴音さん?

 

 

「私たちだけになったわね」

 

 

「そーだなー」

 

 

何か嬉しそうですね、真由美さん。宝くじでも当たった?俺は宝くじ並みの金は貰ったけど。

 

 

「大樹君。今、カル〇スがあるけど飲むかしら」

 

 

「ああ、頼む」

 

 

あれ?何で〇がついてんだろう?まぁいいか。

 

俺はフードを脱ぎ、椅子に座ってジュースを待つ。

 

 

「甘い方がいいかしら?」

 

 

「うん?まぁ確かに甘いほうがいいな」

 

 

甘い方?どういうことだ?〇ルピスに甘いも苦いも無いだろ。

 

真由美は生徒会室の小型冷蔵庫からビンに入った原液カルピ〇をコップに注ぎ、ミネラルウオーターと混ぜた。

 

ちなみにあの冷蔵庫は俺と原田が造った。

 

何故作ったかと言うと、特に理由は無いのだ。爆弾型CADを作れるんだったら電化製品も作れるんじゃねぇ?っと思って作ってみた。

 

結果。小型冷蔵庫が完成した。

 

以外にも俺と原田はできる子だった。やったね。……しかし、問題が起きた。

 

 

俺の店にも冷蔵庫ある。しかもたくさん。

 

 

食材の倉庫。野菜室。肉や魚やキノコなどなど。専用の冷蔵庫まであるじゃん。いらないよ、小型冷蔵庫。

 

原田もさすがに二台もいらないっと言ってどう処分するか困っていた時、

 

 

『じゃあ生徒会室につけたらどうだ?』

 

 

摩利のこのことを教えたところ、そう言われたので生徒会にあげた。

 

そして、現在もなお使われている模様。よかったな、小型冷蔵庫。もう少し遅かったら粗大ゴミ行きだったぜ。

 

 

「はい、どうぞ」

 

 

真由美は俺の目の前にコップを置く。

 

 

「サンキュー。いやぁ走った後はやっぱり甘いジュースだろ!」

 

 

俺はカ〇ピスをグイッと一気に飲み干す。

 

 

 

 

 

「ほら、ちゃんと甘いでしょ?原液と水は99対1で割ってあるから」

 

 

 

 

 

「ぶふッ!!」

 

 

胃に入ったカル〇スは再び口に戻り、噴き出した。

 

 

「げほッごほッ!!何考えてんだお前!?」

 

 

「え?ま、不味かったかしら?」

 

 

「不味いとかの問題じゃねぇよ!?何だよ、原液99%って!?そこは半分か、4対6で割れよ!?」

 

 

「大樹君は甘いほうが良いって言ったじゃない!」

 

 

「甘くなる=原液99%は違うからな!?味が濃くなってヤバいだけだよ!」

 

 

天然!?真由美がボケてる!?

 

俺たちは一度落ち着き、床を掃除する。うわぁ……今、口の中が凄いことになってるぜ。見る?

 

 

「ねぇ大樹君?」

 

 

「うん?何だ?」

 

 

「水を99にするのは?」

 

 

「味しねぇよ!」

 

 

________________________

 

 

キーン、コーンー、カーン、コーン

 

 

「やっと一日が終わったか……」

 

 

授業に出れないので俺は爆弾型CADに読み込ませる魔法式を作っていた。勉強はしないぞ。魔法が使えないのに何で魔法の勉強をしないといけないんだ。俺そろそろ本気で泣くぞ。

 

昼休みは黒ウサギが弁当を持って来てくれたおかげで俺は生徒会室から出らずに済んだ。あのまま食堂に行ってもロクな目に合わない……。

 

 

「これであと一週間ね」

 

 

俺の隣で端末を使って勉強していた真由美は背伸びをしながら言う。ていうかこんなに広い部屋なのに何故俺の隣なんだ……。

 

 

「ん?何があと一週間なんだ?摩利が俺をいじめない日が来るのにあと一週間だったら耐え忍んでやるけど」

 

 

「そ、そんなに書類が大変なの……?」

 

 

ああ、やべぇよ。あの書類は……。

 

俺は首を振って遠い目をした。それだけで真由美には大変さは伝わった。

 

 

「残念だけど違うわ。期末テストよ」

 

 

「あー、そう」

 

 

「大樹君は点数大丈夫かしら?」

 

 

真由美は俺を馬鹿にするような素振りで聞いてくる。

 

 

「一つ言っておこう。俺は天才だ」

 

 

「知ってるわよ。でも」

 

 

真由美は手の人差し指を立てて、

 

 

「一つ賭け事をしてみないかしら?」

 

 

「金か?」

 

 

「違うわよ!」

 

 

「じゃあ何を賭けるんだよ?」

 

 

「そうね……命令権とかどうかしら?」

 

 

「それで俺に向かって『奴隷になりなさい!』と言って一生こき使われるのか……」

 

 

「しないわよ!」

 

 

待て待て。考えるな俺。考えたらヤバいぞ。『何でも……つまりエロいことも手…!?』………あ。

 

 

サッ

 

 

「……どうして顔を背けるの?」

 

 

「何でも無い。気にするな」

 

 

ちょっと赤い鼻水が垂れてきてな。夏風邪かな?それにしても最近よく鼻血が出る。病院行こうかな?そう言えば最近、血を増やすために鉄分を取ってるよ。レバーとか一杯食べています。……あ、特にオチはないです、ハイ。

 

俺は近くにあったティッシュ箱からティッシュを3、4枚とり、鼻から出てきた液体を拭く。真由美にバレないように。

 

 

「よし、いいぜ。総合点数での勝負でいいか?」

 

 

「ダメよ。勝負方法は別のことで決めるわ」

 

 

予想外なことに単純な点数勝負では無いらしい。

 

 

「順位で決めるわ」

 

 

「順位?」

 

 

「ええ、一学年の順位ベスト10の中に二科生の生徒が半分以上。つまり6人入れば大樹君の勝ちよ」

 

 

「……ようするに俺が二科生の生徒に勉強を教えて、ベスト10にランクインさせればいいのか?」

 

 

「その通r「無理だろ!?」

 

 

真由美が肯定する前に、俺は椅子から立ち上がって否定する。

 

 

「どうやって魔法が苦手な二科生を魔法が得意とする一科生に勝たせればいいんだよ!?」

 

 

「だ、大丈夫よ。別に総合点数で競うわけじゃないわ」

 

 

真由美はコホンッと喉の調子を整える。

 

 

「大樹君。期末テストは実技と記述試験なのは知っているでしょ」

 

 

「ああ、それくらい知っている……ッ」

 

 

俺はハッとなり真由美の言いたいことに気付いた。

 

 

「なるほど、記述試験だけか」

 

 

「正解よ」

 

 

試験の総合最高得点は1700点だ。実技の最高得点は1200点、記述で500点。……俺、留年なりそうだな。記述も実技と同じ点数にしろよ。

 

 

「よし、いいだろう。俺の手で6人以上を二科生をベスト10ランクインさせてやる!」

 

 

さぁ!調ky……特訓開始だ!

 

 

________________________

 

 

 

「というわけで今から君たちには天才になってもらう」

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

俺の言葉にみんなは呆れた顔をした。

 

ここは俺の店。今はカーテンなどで閉めきって閉店中。店のテーブルをいくつも並べてそれではメンバー紹介をしよう。

 

 

「まずは入試でペーパーテスト一位の達也!期待してるぜッ!」

 

 

「そ、そうか……」

 

 

「次にお前もだ!吉田(よしだ)幹比古(みきひこ)!」

 

 

「……何で僕が連れてこられたのか分かったけど……普通ここまでしないよ?」

 

 

紹介しよう。今日、無理矢理連れてきた吉田君だ。〇の爪団には入っていないぞ。

 

神経質そうな外見で、体格は細身の中背だ。達也と同じくらいの髪の長さで、左目の横に小さなほくろがある。

 

 

「学校のセキュリティにアクセスして、入試で高い点数を取っていたこと。すでに調べてあるぞ」

 

 

「それ犯罪だよね!?」

 

 

「勝つためなら何でもする男。それが俺だ!」

 

 

「えぇ!?」

 

 

吉田は俺の発言に驚いていた。俺は気にせず次のメンバーを紹介する。

 

 

「さらに!ベスト10には入っていなかったが、吉田の次に二科生で高い点数を取っていた美月!」

 

 

「わ、私ですか!?」

 

 

「ああ、頼んだぞ!!」

 

 

「が、頑張ります!」

 

 

美月はオロオロとするが、最後は手をグーにして頑張る決意を見せてくれた。うむ、こういう反応が一番良いよな。

 

 

「そしてエリカ!……今までバカだと思ってた。スマン」

 

 

「ちょっとッ!?どういう意味よッ!」

 

 

実は美月の次に成績が良かった二科生はエリカなのだ。びっくりだね。

 

 

ゴッ!!

 

 

エリカは立ち上がり、俺の足を蹴った。

 

 

「いてぇッ!?ごめんなさい!お願いだから脛はやめて!?」

 

 

何度もエリカに謝って許して貰った。だが、俺の左足は死んだ。主に脛が。

 

 

「ぐッ……気を取り直して続けるぞ」

 

 

俺は最後のメンバーを見る。

 

 

「よし、勉強するか」

 

 

「ちょっとお待ちを!?」

 

「待てよ!?」

 

 

「はぁ……何だよ?」

 

 

黒ウサギとレオが俺の腕を掴んできた。

 

 

「どうして黒ウサギは期待されていないのですか!?」

 

 

「黒ウサギは高得点なんて余裕で取れるって信じているからな」

 

 

「し、信じて……!」

 

 

「ど、どうした?」

 

 

黒ウサギは俺から顔を背けて、椅子に座った。な、何が起きたんだ?

 

 

(((((あぁ……落ちてるな……)))))

 

 

大樹と黒ウサギを除いたメンバーはそう思った。

 

 

「ただしポニー。テメェは駄目だ」

 

 

「何でだ!?あとポニーじゃねぇ!」

 

 

「レオは点数低そうだもん。というか低いよな?」

 

 

「うッ」

 

 

「高得点取れるのかぁ?」

 

 

「くッ」

 

 

「あとモテるのかぁ?」

 

 

「余計なお世話だ!」

 

 

まぁいいか。戦力としては考えていないけど。レオは保険ということで。

 

 

「そして、最強の補佐。深雪に来て頂きました」

 

 

「一気に勉強会が凄くなったわね……」

 

 

エリカの一言にみんながうなずいた。俺も思う。

 

 

「分からないことがあったら聞いてください。お兄様のように完璧に答えられないかもしれませんが」

 

 

(((((さすがブラコン……)))))

 

 

さり気なく兄を敬愛する。ブラコン妹の鏡だ。

 

 

「よし、勉強会を始めるか」

 

 

「待て大樹。吉田の自己紹介はした方がいいんじゃないのか?」

 

 

「あ、そうだった」

 

 

さっきから口をポカーンッと開けた吉田がハッとなる。

 

俺は幹比古の自己紹介をする。

 

 

「吉田幹比古。頭が良い。以上」

 

 

「「「「「終わり!?」」」」」

 

 

吉田も驚いていた。

 

 

「だって……今日初めて話したから……」

 

 

「それでミキを連れてきたの……」

 

 

俺の言葉にエリカが呆れる。ん?

 

 

「「「「「ミキ?」」」」」

 

 

「ハハッ!僕、m

 

 

「大樹さん!」

 

 

「ごめんなさい!」

 

 

黒ウサギに叱られ俺はすぐに頭を下げる。ちょっと黒いネズミを連想してしまっただけなんです!

 

 

「エリカ!そんな女みたいな名前で呼ぶな!」

 

 

「ミキヒコって噛みそうだし……あ、じゃあヒコは?」

 

 

「何でそうなる!?」

 

 

噛みそうって……噛まないだろ。

 

試しに俺は名前を呼んでみる。

 

 

「ミキひきょ」

 

 

「噛んだ!?」

 

 

「なぁ吉田」

 

 

驚愕する吉田に肩を叩いたのはレオだった。

 

 

「ポニーはどうだ?」

 

 

「それは君のあだ名だろ!?」

 

 

「違ぇよ!」

 

 

何やってんだ、レオ。それはお前の大事な名前だろ?

 

 

「苗字じゃダメなのか?」

 

 

達也が吉田に尋ねる。吉田は達也の質問に首を横に振った。

 

 

「苗字で呼ばれるのは好きじゃないんだ」

 

 

「そうか、俺は司波達也だ。俺のことも名前で呼んでくれ、幹比古」

 

 

「ああ、よろしく達也」

 

 

っとすぐに吉田と仲良くなった達也。すごいなお兄様。

 

 

「幹比古、俺のことはレオって呼んでくれ」

 

 

「分かったよ、ポニー」

 

 

「幹比古!?」

 

 

「冗談だよ、レオ」

 

 

このコンビ。将来、金稼げそう。

 

 

「なぁ幹比古。エリカとは知り合いだったのか?あ、俺のことは大樹様でいいよ」

 

 

「どうして様付け……?」

 

 

「冗談だ」

 

 

「そ、そうだよね」

 

 

幹比古、何だその目は?『絶対に言わせようとしてたよね』って感じの目は?言わせようとしたけど、文句あるかぁ!?

 

 

「まぁ幼馴染みってやつかな?」

 

 

幹比古の代わりにエリカが答えた。

 

 

「幼馴染み……か……」

 

 

「どうしたの?」

 

 

「いや、何でもない」

 

 

ヤベッ、顔に出ちまった。

 

 

「それより、勉強会しようぜ。幹比古のことは分かっただろ。面白い奴だと」

 

 

「面白い!?僕が!?」

 

 

「しかり」

 

 

「しかりじゃないよ!みんなも否定してよ!」

 

 

幹比古は周りに助けを求める。救済に入ったのは、達也だった。

 

 

「安心しろ幹比古。大樹は幹比古のことが気に入っているだけなんだ」

 

 

「しかり」

 

 

「それだけで済まさないでよ!」

 

 

「しかり」

 

 

「何のしかり!?」

 

 

俺はやれやれっと椅子に座る。そして、一言。

 

 

「みんな、幹比古は面白いよな?」

 

 

「「「「「しかり」」」」」

 

 

「しかりじゃないよ!あとしかり流行ってるの!?」

 

 

「「「「「しかり」」」」」

 

 

「もうやめてくれ!」

 

 

「「「「「しかり」」」」」

 

 

「本当にやめて!!」

 

 

________________________

 

 

幹比古いじりが終わり、真面目に勉強をする。

 

途中、幹比古に『何でフード被ってるの?』と黒ウサギと俺に聞かれたが、『ここから先はR-18だ』と言って誤魔化した。色々な意味で刺激が強からな。ウサ耳とかウサ耳とかウサ耳とか。

 

俺はホワイトボードに問題の解き方を書いて、みんなに教えていた。ちなみにホワイトボードは買った。金は有り余ってるし、ちょっとした無駄遣いくらいいいよね?

 

 

「……となるから、そこの空欄には選択肢の記号Aが入る。分かったか?」

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

「ん?どうしたみんな?」

 

 

俺の解説にみんなが驚いていた。どこか間違えていたか?

 

最初に口を開いたのは幹比古だった。

 

 

「ほ、本当に頭良いんだね」

 

 

「フッ、まぁな」

 

 

幹比古に褒められ、俺はドヤ顔をする。

 

 

「だ、大樹さん?」

 

 

「ん?今度は何だ?」

 

 

黒ウサギが信じられないモノでも見たかのように震えていた。

 

 

「数字の計算が……合ってますよ!?」

 

 

「うん、合ってちゃダメなのか?」

 

 

「熱でもあるんですか!?」

 

 

「ねぇよ」

 

 

「誰ですか!?」

 

 

「偽物でもねぇよ!」

 

 

何で計算が合っていただけでここまで言われるんだよ!?

 

 

「じゃあ……どうして……!?」

 

 

「……俺はあることに気付いたんだ。それは春の出来事だった」

 

 

(((((急に語り始めたよ、この人……)))))

 

 

「俺は計算が今でも苦手だ。九九は言えるのに、三桁の足し算はできない。XやYを使った計算なんて論外だ」

 

 

(((((小学生以下!?)))))

 

 

「じゃあどうすれば解けるんだ。俺は考えた。考えに考え抜いた」

 

 

俺は懐から電卓を取り出した。

 

 

「だからこうした」

 

 

「「「「「?」」」」」

 

 

ピピピピピピピピピピッ

 

 

「8953329166」

 

 

ピッ

 

 

「足す」

 

 

ピピピピピピピピピピッ

 

 

「4761520081」

 

 

俺は『(イコール)』のボタンを押す前に笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

「13714849247」

 

 

 

 

 

ピッ

 

 

そして、ボタンを押した。

 

 

 

 

 

『13714849247』

 

 

 

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

全員が驚愕した。

 

 

「大樹さん……まさか!?」

 

 

「ああ、その通りだ」

 

 

俺は手を広げて告げる。

 

 

 

 

 

「十桁と十桁の足し算、引き算、掛け算、割り算……全部覚えてやったわあああああァァァ!!」

 

 

 

 

 

「「「「「えええええェェェ!?」」」」」

 

 

「しかも割り算は小数点第10位までだ!」

 

 

「何て無駄なことをッ!?」

 

 

「無駄言うな!」

 

 

黒ウサギの指摘に俺は怒る。危うく一ヶ月が無駄になるところだった。

 

 

「何て無駄な真似を……」

 

 

「そこ!達也も言うな!」

 

 

「無駄ですね……」

 

 

「深雪もだ!」

 

 

「無駄ね」

 

 

「エリカ!」

 

 

「大樹君……可哀想……」

 

 

「美月の一言が一番傷ついた!」

 

 

「無駄だね」

 

 

「ああ、無駄だな」

 

 

「幹比古とレオはどうでもいいや。存在が無駄だし」

 

 

「「えぇッ!?」」

 

 

クソッ!みんな俺のことを馬鹿にしやがって……。

 

 

「大樹」

 

 

達也はホワイトボードに三角形の問題を書いた。

 

 

「解けるか?」

 

 

「ハッ、楽勝!」

 

 

問題は三角形の面積を求める簡単なモノだった。底辺の長さが15.85で高さが3.5だ。

 

公式を使えば底辺×高さ÷2……。

 

 

「フッ、小数点にしたところで惑わされんぞ。15.85は1585……3.5は35と考えればいい」

 

 

1585×35÷2=277375

 

これを小数点を付けて戻すと……

 

 

「2億7737万5000!」

 

 

「「「「「えぇ!?」」」」」

 

 

※答えは27.7375です。

 

 

「まぁ俺の神のような数学を置いといて、ちゃんと勉強しようぜ」

 

 

(((((いろんな意味で神だよ……)))))

 

 

みんなの表情が曇ったが気にしない。俺の数学が凄すぎてみんな嫉妬でもしてるのだろう。俺が新たな問題をホワイトボードに書いていると、

 

 

ピンポーンッ

 

 

店の裏口のインターホンが鳴った。

 

 

「黒ウサギ、記者ならそこに置いてある傘でぶっ刺せ」

 

 

「刺しません!」

 

 

「じゃあぶん殴れ」

 

 

「……記者の方が何かをしてきたら殴ります」

 

 

(最近黒ウサギがバイオレンス化してきてるんだけど……)

 

 

もう怖くて夜中トイレに行けないよ。

 

黒ウサギはそう言って席を外した。

 

 

「ほら、他の人は勉強だ。例え何があっても勉強は放棄してはならないからな」

 

 

「大樹さん、優子さn

 

 

「勉強なんてしてる場合じゃない!!」

 

 

「「「「「えぇ……」」」」

 

 

俺は急いで一つのテーブルを布巾で綺麗にし、ジュースとお菓子をセット。

 

 

「久しぶりね、楢原君。忙しかったかしら?」

 

 

「いや、全然大丈夫だ」キリッ

 

 

「そ、そう……」

 

 

「さぁ、そこに座ってくれ。歩き疲れただろ」キリッ!

 

 

「う、うん……」

 

 

「何か他に欲しいモノはあるか?何でも出すぜ!」キリッ!!

 

 

「……今日の楢原君、気持ち悪いわ」

 

 

「がはッ!?」

 

 

大樹は2億7737万5000のダメージを受けた!大樹は倒れた!というか死んだ!

 

 

「死んだのか?」

 

 

「死んだね」

 

 

レオと幹比古の会話が聞こえる。だが、俺はツッコミはできない。

 

 

「……逮捕されたと聞いた時は心配したけど、杞憂だったみたいね」

 

 

優子はため息をつき、呆れる。

 

 

「それより、黒ウサギから聞いたけど勉強会を開いているんでしょ?そっちを優先したら?」

 

 

「何を言うか!テストだろうが受験だろうがレオが死にかけたとしても、俺は絶対に優子を優先する!」

 

 

「おい!?さすがに助けろよ!?」

 

 

優子>>>>>超えることのできない壁>>>>>レオの命

 

 

「う、嬉しいけど普通通りに接してちょうだい。アタシが困るわ……」

 

 

「そうか。じゃあいつも通り普通に接するよ」

 

 

というわけでいつも通りに接します。

 

 

「よし、今からデートに行こう!」

 

 

「どこが普通よ!?」

 

 

「踏んでください!」

 

 

「やめなさい!」

 

 

俺は正座をさせられ、優子に説教された。

 

 

~10分後~

 

 

「分かった?」

 

 

「はい、すいませんでした」

 

 

優子に頭を下げる。久々に優子に説教されたわ。

 

 

「ねぇ楢原君。アタシも勉強会に……」

 

 

「参加してください!」

 

 

「土下座!?」

 

 

俺は綺麗な土下座を繰り出した。優子と勉強できるなんて……幸せ!

 

 

「大樹さんはレオさんと幹比古さんをお願いしますね?」

 

 

「待て黒ウサギ。俺は優子と……」

 

 

「お願いしますね?」

 

 

「了解です」

 

 

何故か勝てそうに無かった。俺は諦めてレオと幹比古のところに行く。

 

 

「……今から問題を解き続けろ。死ぬまで」

 

 

「「鬼!?」」

 

 

やつあたりだ。この野郎。

 

 

ピンポーンッ

 

 

……またインターホンが鳴った。

 

 

「今度は俺が出るよ」

 

 

俺は裏口のドアへ向かう。……記者だったらこの傘でぶっ飛ばす。

 

 

ガチャッ

 

 

「来ちゃった」

 

 

無表情で両手を胸に当てたエレシスがいた。首を少し横に傾けて可愛い。っとでも言うと思ったか?違うぞ。

 

 

「帰れえええええェェェ!!」

 

 

バキッ!!

 

 

定価980円の傘でエレシスをぶん殴る。だがエレシスの体は水のようにすり抜け、そのまま隣の壁に当たってしまった。当然、傘は壊れる。チッ!もう傘が無い!ちくしょう!黒ウサギと相合い傘をするためにあえて一本しか買わなかったのが仇になったか……!

 

 

「痛いです」

 

 

「痛そうに言え!」

 

 

「痛いです?」

 

 

「何で疑問形になった!?」

 

 

「勉強会、私も混ぜてください」

 

 

「唐突だな!?」

 

 

「私は優秀でなければいけません」

 

 

「はぁ?」

 

 

またそれか。何か使命感が感じられるがどうでもいい。俺には関係ない事だ。

 

俺はハァッとため息をつく。とても長いため息だ。

 

 

「断る。何でこんな時までお前と居ないといけないんだ。学校ではちゃんと話しているだろ」

 

 

「……そうですか」

 

 

あれ?いつもみたいに脅迫してこないのか?

 

 

「すいません、時間を取らせてしまって」

 

 

「ひ、陽……?」

 

 

エレシスは俺に一礼した後、振り返って帰っていく。

 

 

「ッ!」

 

 

その時、エレシスの顔が僅かに変わったのを見逃さなかった。

 

 

悲しそうな表情に。

 

 

……あいつは敵だぞ?入れていいのか、俺?

 

 

「………あああァァ!!」

 

 

何考えてんだ、俺は!

 

 

「陽!……少しだけならいいぞ」

 

 

「ッ!」

 

 

俺の言葉を聞いたエレシスが勢い良く振り向いた。

 

 

「いいのですか?」

 

 

「か、勘違いするなよ!これは賭けごとに勝つために戦力を増加させているんだ!分かったか!?」

 

 

「……ありがとうございます」

 

 

「……ほら、入れよ」

 

 

俺はドアを大きく開けて、エレシスを入れた。

 

……何故だ。何故敵にここまで優しくする。お前には時間が無いだろうが、楢原大樹。

 

優子の記憶は戻らない。例え()()()を使っても。

 

脱獄したあの日。エレシスに真正面からそう言われてしまった。

 

嘘だと疑った。でも、それはできなかった。

 

 

エレシスが嘘を言っているように見えなかったから。

 

 

(本当に馬鹿だな、俺は……)

 

 

何をやっているんだか……。敵を信じるなんて……。

 

 

(美琴……アリア……)

 

 

俺は二人のことも当然心配だ。あれから三ヶ月が経とうとしている。二人のことが心配で堪らない。

 

 

(ああ、俺って奴は……)

 

 

「楢原さん?」

 

 

「ッ!」

 

 

「どうかしましたか?」

 

 

「いや、何でもない」

 

 

俺は扉を閉めてエレシスと一緒にみんなのところに行った。

 

 

________________________

 

 

 

「陽……お前……!」

 

 

「?」

 

 

俺は陽に勉強を教えていた。分からないっと陽から教えてほしいと頼まれた。さすがの陽も神の力を持っていたとしても頭は馬鹿なのかっと思っていた違った。

 

こやつ、一度教えたことをすぐに理解しやがる。

 

普通の人なら1~10を言ったら1~5くらいは理解してくれる。だが、エレシスの場合だと1を言うと1~10まで理解しやがる。天才ですね。……よし。

 

 

「陽、今度の期末テストで高得点を取れ」

 

 

「分かりました」

 

 

フッフッフ、これで勝率が増えるぜ……!

 

 

ピピピッ

 

 

「あ、悪い。電話だ」

 

 

俺は席を立ち、人がいないキッチンに向かった。

 

 

「はい、もしもし」

 

 

『僕だ』

 

 

「あ、はじっちゃん?」

 

 

『はじっちゃん言うな!』

 

 

 

 

 

電話の相手は司(はじめ)だった。

 

 

 

 

 

何故彼が電話することができるかと言うと、彼は刑務所に居ないからだ。

 

今回、警察の不始末で俺たちは被害にあった。刑務所脱獄事件でのニュースや記事などでは司、黒ウサギ、エレシスの三人は特に書かれていない。書かれているのは俺が三人を助けたことだけだ。だから記者に追いかけられるのは俺だけだった。

 

そして、司は俺の部下になっている。というか部下にした。

 

本当は今でも刑務所にいることになっているが、真由美や十文字の十師族の権力を借りて、司をこっそりと釈放させた。

 

現在、善を重ねて罪滅ぼしをしている。というかさせている。

 

 

 

 

 

『やはり楢原の言った通り、柴智錬(しちれん)は逃走した』

 

 

 

 

「チッ、やっぱりか……」

 

 

司の報告に俺は舌打ちをする。

 

ニュースや周りのみんなは事件解決とか言っていたが違う。

 

俺たちはまだ事件を解決なんかしていない。

 

まず病院での女。あいつも未だに捕まっていない。そして、柴智錬も逃走した。事件は収まるどころか大きくなっている。

 

 

『柴智錬の方は十師族が追っているから僕は【無 頭 龍(NO HEAD DRAGON)】について調べるよ』

 

 

「そうか」

 

 

司がこうやって調査できるのは彼が裏の人間だったからだ。司はかなりの悪行をしてきた。その分、相手の犯罪組織の行動が読めたりできるのだろう。

 

 

『それともう一つ、極秘情報がある』

 

 

「何だ?」

 

 

『九校戦は知っているだろ?』

 

 

「ああ、もちろん。優子が選ばれるらしいから絶対に見に行く予定だ。絶対に」

 

 

『別にその日に何かさせようと言うわけじゃない。警戒してほしいんだ』

 

 

司は低い声で説明し始める。

 

 

『九校戦は毎年必ず僕達みたいな犯罪組織が関与する。特に国外が。理由は分かるだろ?』

 

 

「……最強の魔法師の卵のような存在が一度に集まるから」

 

 

『そうだ。もしそんな場所に大型の爆弾を仕掛けて爆発させてみろ。この国は大損害を受ける』

 

 

「……またテロリストか」

 

 

俺は思わず頭を抑える。この世界は本当にテロリストのような奴が多い。平和に過ごせる兆しが全く見えない。

 

 

「分かった。黒ウサギと一緒に警戒しておく。情報集めはしてほしいけど、命は大事にしろよ」

 

 

『僕は君のせいで命の危機に晒されたことが多いよ』

 

 

「うるせぇ。弟のために頑張れよ、ブラコン」

 

 

『なッ!楢原!きs』

 

 

ピッ

 

 

何かを言われる前に俺は電源を切った。

 

司は弟に会いたい。その為に善行を行い、懲役を減らしている。

 

あと何年になるか分からないが、あの調子で善行を重ねれば16年も待つことはないだろう。

 

 

『僕が恐れる世界なんて殺してやる』

 

 

司は本気で世界を変えようとしていた。

 

【ブランシュ】は金儲けのために極悪非道なことをする組織だ。魔法が使えない者のための世界を作る偽善者だ。

 

だが、【ブランシュ】の下部組織。司の組織は違った。

 

金儲けのためではない。司は自分の理想世界を目標としていた。ただし、やり方は褒められるものじゃない。

 

 

(果たして、それは誰のためにやろうと思ったのか……)

 

 

家族か?友人か?それとも自分のためか?

 

 

(まさか魔法が使えない弟のため……?)

 

 

いや、それは無いか?

 

真相は分からないが、今の司は仲間だ。

 

 

「頑張れよ、はじっちゃん」

 

 

信頼できる者にあだ名は必要だよな?

 

 

________________________

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

大樹がキッチンに行った後、みんなは気まずい空気になっていた。

 

 

『みんな知っていると思うが新城(しんじょう)陽だ。一緒に勉強してやってくれ』

 

 

そう大樹に言われたが、皆快く受け入れられなかった。

 

陽は大樹の彼女……となっているからだ。

 

修羅場が起きる……!そう言ってみんなは黒ウサギを警戒していたが、

 

 

「むッ……これはギフトゲームで出された問題に似ていますね」

 

 

黒ウサギは別に気にせず、問題を解いていた。あとギフトゲームって何だろうっとみんなは思った。

 

みんなはホッと安堵をつく。危険なことは怒らないみたいだ。

 

 

「ねぇ、新城さん」

 

 

「はい?」

 

 

「楢原君とはド・ウ・イ・ウ関係なのかしら?」

 

 

優子の笑顔が怖かった。

 

 

(((((修羅場になった!!)))))

 

 

思わぬ伏兵に全員の顔が真っ青になる。何をやっているんだ大樹は!?

 

エレシスは表情を変えずに一言。

 

 

「楢原さんの彼女です」

 

 

ピキッ

 

 

「へ、へぇ~」

 

 

(((((額に怒りマークが見える!?)))))

 

 

見えてはならないはずのマークが見えてしまった。アレはアニメなどでよく見る怒りマークだ。

 

 

カーンッ!!

 

 

コングは鳴った。

 

 

「でも、それって嘘だよね?どうせ楢原君を脅迫したんでしょ?」

 

 

優子のジャブ攻撃!

 

 

「いえ、楢原さんから承諾済みです」

 

 

「うッ!?」

 

 

(((((カウンター!)))))

 

 

「あと恋人同士でする食べさせ合いのアーンッもしてくれました」

 

 

「え……」

 

 

(((((追撃!?)))))

 

 

「楢原さん……刑務所の中では私を頼ってくれました。楢原さんは私のことを信頼してくれていると思います」

 

 

「……………」

 

 

(((((レフリー!止めてあげて!)))))

 

 

みんなは急いで優子に投げるタオルを探す。このままでは優子が危ない。

 

 

「ん?何してんだ?」

 

 

(((((乱入者!)))))

 

 

大樹が帰って来た。タイミングが良いのか悪いのか分からない。

 

 

「ね、ねぇ楢原君。新城さんと付き合っているの?」

 

 

「……………チラッ」

 

 

(((((助けを求めんな!)))))

 

 

優子の笑顔を見た大樹。大樹は後ろを向き、みんなを見る。顔が泣きそうになっていた。

 

 

「えっと、まぁ……付き合っていますね」

 

 

「ッ!じゃ、じゃあ!アーンッをしたのも!?」

 

 

「アーン?あー、食べさせるやつか……………ッ!」

 

 

大樹はハッとなる。何か思いついたようだ。急いでキッチンへ向かった。

 

少し時間が経った後、手にパフェを持って来て帰って来た。いちごが乗って赤いシロップがかけてある。いちごパフェみたいだ。

 

いちごパフェをスプーンを一口分すくいあげ、優子の前に出す。

 

 

「はい、あーんッ☆」

 

 

「えぇ!?」

 

 

(((((何で!?)))))

 

 

全員ド肝を抜いた。エレシスを除いて。

 

 

「え、違うのか?」

 

 

「違うわよ!……して欲しいとはちょっと思ったけど」

 

 

「……………」

 

 

優子の小さな声は大樹に聞こえてしまったようだ。大樹の顔が真っ赤だ。

 

 

「ほ、ほら!これ最新作なんだ!食べてくれ!」

 

 

大樹は恥ずかしさを隠すために、優子にパフェが乗ったスプーンを向ける。優子はそれに驚くが、ゆっくりとスプーンに顔を近づけた。そして、

 

 

「はむッ」

 

 

横からエレシスが横取りした。

 

 

(((((あ、これはヤバい)))))

 

 

みんなは後ろに後退して避難した。

 

優子の目が笑っていない。大樹の体が震える。エレシスはもぐもぐっと口を動かす。

 

 

「楢原さん。浮気は駄目です」

 

 

「マジでいい加減にしろよ?俺、この後死ぬかもしr

 

 

「ねぇ楢原君?ちょっとお話があるんだけど?」

 

 

「ハイ。時間大丈夫です」

 

 

「大樹さん。黒ウサギからもお話があります」

 

 

「ハイ。静聴させていただきます」

 

 

この後、魔法科高校の最強の劣等生が女に土下座する瞬間をみんなは見届けた。

 

 

(変な人達に関わったなぁ……)

 

 

幹比古は遠い目をしながらそう思った。

 

その時、ポンッと幹比古の肩に誰かが手を置いた。

 

 

「ねっ?楽しいでしょ?」

 

 

「エリカ……………君もおかしくなったんだね」

 

 

「ッ!?」

 

 

ゴッ!!

 

 

「痛ッ!?」

 

 

「ミキの馬鹿!変態!幹比古!」

 

 

「幹比古は悪口じゃないよ!?」

 

 

こっちでは幹比古とエリカが言い合いしていた。

 

 

ちなみに大樹の説教後と幹比古とエリカの口論後はちゃんとみんなで勉強した。

 

 

 




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迷いを断ち切る

ざわざわッ!!

 

 

一年生の教室は騒がしかった。

 

 

一学期定期試験が終わり、今日は学内ネットで成績優秀者が発表された。

 

 

一科生も二科生も。全員、発表された成績順位に驚愕していた。

 

 

 

総合成績優秀者

 

1位 1-A 司波 深雪 1630点

 

2位 1-A 木下 優子 1592点

 

3位 1-E 楢原 黒ウサギ 1557点

 

4位 1-A 光井 ほのか 1262点

 

5位 1-A 北 山雫  1258点

 

 

 

実技試験成績優秀者

 

1位 1-A 司波 深雪 1135点

 

2位 1-A 木下優子 1098点

 

3位 1-E 楢原 黒ウサギ 1067点

 

4位 1-A 北山 雫  855点

 

5位 1-A 森崎 駿 847点

 

 

 

 

 

記述試験成績優秀者

 

1位 1-E 楢原大樹 500点

 

1位 1-E 司波達也 500点

 

1位 1-E 新城陽  500点

 

4位 1-A 司波深雪 495点

 

5位 1-A 木下 優子 493点

 

6位 1-E 吉田幹比古 491点

 

7位 1-E 楢原黒ウサギ 490点

 

8位 1-E 柴田 美月 479点 

 

9位 1-E 千葉 エリカ 461点

 

10位 1-A 光井 ほのか 419点

 

 

 

 

 

________________________

 

 

 

「す、すごいですね……」

 

 

「うん、普通じゃない」

 

 

「し、雫……褒めてあげようよ……」

 

 

ほのかと雫の会話を聞いて、みんな苦笑いになる。普通はじゃないは褒め言葉ではない。

 

食堂に集まってみんなで食事をしていた。メンバーは達也、深雪、美月、エリカ、レオ、幹比古、ほのか、雫、黒ウサギ、優子、エレシス。

 

この場に、大樹はいない。

 

 

「大樹さん、まだ帰って来ませんね」

 

 

「俺は実技の点数が赤点ギリギリだったからすぐに解放された。だが、大樹は違うだろう」

 

 

黒ウサギの言葉に達也が言う。

 

達也は成績は驚愕的なものだった。というかここにいるE組のメンバーは一度全員職員に訊問された。実技で手を抜いていたのではないかと。

 

 

「そうね。楢原君の点数はさすがに……ねぇ?」

 

 

優子の言葉にみんなが苦笑いをした。

 

 

大樹の総合成績は500点。

 

 

つまり、

 

 

 

 

 

実技試験 0点

 

 

 

 

 

「魔法が使えない人がこの学校にいるのは不味いですよね……」

 

 

美月の言葉に全員がうなずいた。

 

大樹は何一つ魔法が使えなかった。

 

『オラァ!』

『秘技・二刀流CAD!』

『ごめんなさい。今日調子悪いみたいです』

 

最終的には腰を90°に曲げて、職員に頭を下げていた。

 

 

「でも、一番凄いのは黒ウサギよね!」

 

 

「え、エリカさん!もういいじゃないですか!」

 

 

「何言ってるのよ!前代未聞なのよ!」

 

 

エリカの褒め言葉に黒ウサギは恥ずかしがる。

 

黒ウサギの魔法力は想像以上のものだった。隠れた才能。来年は一科生。期待の新星などいろいろとよばれている。

 

総合成績3位。全職員並びに全生徒が一番驚愕した。

 

 

「で、ですが記述試験だって凄いじゃないですか!」

 

 

「あー、アレね」

 

 

E組メンバーが全員遠い目をした。

 

黒ウサギの成績と同じく、記述試験の順位も驚かされた。だがベスト10に二科生の生徒が七人もいるせいで先生方に訊問された。しかし、

 

 

大樹『テストなんて簡単だろ。テスト範囲を教えてもらってるし』

 

先生『今回のテストは範囲が広かったはずだ!それだけで満点など……!』

 

大樹『……テストでどんな問題が出されるか分かっているから取れたんでしょ?』

 

先生『……………え?』

 

大樹『1つ言っておくが、お前らが出したテストの問題くらい予想できたぞ?』

 

先生『』

 

 

大樹の発言に俺たちはすぐに解放されたが、

 

 

先生『なら実技も予想できたよな?何だ、この点数は?』

 

大樹『』

 

 

という出来事があった。

 

成績を見ていた幹比古があることを思い出す。

 

 

「……そういえばレオは何位だったの?」

 

 

「うぐッ!」

 

 

ただ一人、この男だけどこにも名前が書かれていなかった。

 

 

「記述は……13位だ……」

 

 

「「「「「ドンマイ」」」」」

 

 

「やめろよ!そんな目で見るなよ!」

 

 

みんなの笑顔が眩しかった。そして、レオにとってはそれは辛かった。

 

 

「大樹さん、ずっと笑っていましたね」

 

 

「でも、レオが実技の点数を言うと泣きだしたね……」

 

 

深雪と幹比古の言葉を聞いてみんなは思う。情緒不安定か。

 

 

ざわざわッ!!

 

 

その時、食堂が騒がしくなった。みんなにはその理由が分かっていた。

 

 

「楢原さんが帰って来ました」

 

 

「おう。ただいま」

 

 

エレシスの言葉通り、フードを深く被った大樹が帰って来た。

 

 

「いやぁー、危なかったぜ。先生を脅迫できなかったら今頃退学もんだよ。ハッハッハ!」

 

 

「「「「「えぇッ!?」」」」」

 

 

大樹は笑いながら黒ウサギの隣に座った。みんなの顔は引きつっている。

 

 

「さて、今から『実技の再試験。どうやったら乗り越えられるか大作戦』を始める」

 

 

「やっぱり再テストになったのね……って脅迫って何したのよ!?」

 

 

大樹の言葉に優子が苦笑い……と思ったら次は怒った。

 

 

「脅迫?おいおい、俺は学校の予算を読み上げただけだぜ?」

 

 

「怖ッ!?予算に何が書いてあったんだよ!?」

 

 

大樹の笑みは黒かった。あまりの黒さにレオがドン引きだった。

 

 

「おや?どうした、13位?」

 

 

「あぁ?何のことだ、0点?」

 

 

「「……………ぐすんッ」」

 

 

「お互い傷つくんだからやめなさいよ……」

 

 

大樹とレオの不毛な戦いを見て、エリカは呆れた。

 

 

「そういえば黒ウサギ。九校戦メンバー選定会議に呼ばれたんだろ?」

 

 

「YES。でも、黒ウサギが行っていいのか……少し考えています」

 

 

なんと黒ウサギは九校戦に出る可能性があるらしい。それは今日ある選定会議で決まる。

 

 

「安心しろ黒ウサギ。こういう時のために手を打っておいた」

 

 

「?」

 

 

大樹の言葉に黒ウサギやみんなが首を傾げた。

 

 

「前に言っただろ?真由美と賭け事をしたって」

 

 

「……まさかッ!?」

 

 

「おう!既に生徒会に根回ししてある!」

 

 

「えぇ!?」

 

 

「ついでに優子とほのかと雫もな!」

 

 

「「えぇッ!?」」

 

 

「私……も?」

 

 

優子とほのかは同時に驚きの声を上げた。雫は静かに目を見開き、驚愕していた。

 

 

「深雪は確実に出そうだから根回しはしてないぞ」

 

 

「そ、そうですか……」

 

 

深雪はどういう顔をすればいいか困っていた。そんな時はお兄様に頼ってね!

 

 

「前に九校戦に出れたらいいなってほのかと雫言ってたじゃん。特に雫は出たがっていただろ?」

 

 

「覚えていたんだ……」

 

 

「まぁな」

 

 

大樹の言葉に雫は笑顔になった。

 

 

「あ、ありがとうございます!大樹さん!」

 

 

「おう。もっと感謝しろ」

 

 

ほのかのお礼を聞いた大樹はドヤ顔をした。

 

 

「えっと、楢原君?どうして私も?」

 

 

「優子の晴れ舞台をこのカメラに収めるためだ!」

 

 

「絶対にやめて!」

 

 

大樹が取り出した高性能ビデオカメラを見た優子の行動は早かった。

 

その瞬間、魔法が発動した。

 

 

バキッ!!

 

 

高性能ビデオカメラが壁にぶつかり、壊れた。

 

 

「いやあああああァァァッ!!!!黒ウサギも写そうとしたのにッ!!」

 

 

「優子さん、ナイスです!」

 

 

大樹は壊れた高性能ビデオカメラを見て膝をついて落ち込む。黒ウサギと優子は握手を交わしていた。

 

 

________________________

 

 

生徒たちが自由を手にすることができる放課後。いや、大袈裟だな。

 

俺は実技で赤点(というか0点)を取ってしまったため、居残り補習授業を受けていた。補習授業の内容は実技に関する問題やCADの使い方など基本的なことを学ぶ授業だった。それくらい俺でも分かってるわ。馬鹿にしてんのか。

 

監督の先生はいないので机の上でボーッと外を鑑賞してサボっていた。あと1時間もここから出ることができない。他の生徒たちは自由を手に入れたのに……俺はまだゲットできないのか!?だから大袈裟だって。落ち着け俺。

 

 

「ん?」

 

 

窓の外で手を振っている女の子が目に入った。俺に向かって手を振っているみたいだ。

 

 

………優子だった。

 

 

「楢原君!何してるの!?」

 

 

大きな声で俺を呼んでいる。

 

俺は急いで窓を開けて返事をする。

 

 

()()()()()()()()()!少し待っててくれ!」

 

 

俺は急いで教室を出て、優子のいる場所へと向かった。え?補習?何それ美味しいの?

 

階段を全段飛ばしで降りて廊下を走り抜ける。

 

 

「おまたせ!」

 

 

「え!?早くないかしら!?」

 

 

「気にするな。それより家まで送っていくぜ」

 

 

優子は少し難しい顔をしていたが「そうね、楢原君だもんね」と納得した。もうそれでいいや。

 

俺と優子は並んで歩き帰り始めた。

 

 

________________________

 

 

「ここか……」

 

 

楽しい一時が終わってしまい血の涙を流す3秒前だったが、優子の家を見た瞬間、涙は出なくなった。

 

優子は一軒家に住んでいると聞いていたが、見たことは無かった。

 

家は白く、屋根は灰色。周りの住宅と同じだった。違う所と言えば二階は無く、平家だった。まぁ探せば平家の一つや二つはあると思うけど。

 

っとあまり人の家をジロジロと見るのは良くないな。

 

 

「じゃあ俺はここで。また明日な」

 

 

「ま、待って!」

 

 

「うおッ!?」

 

 

突然優子に腕を引っ張られ呼び止められる。

 

 

「お、お茶でもどうかしら?この前の勉強会のお礼がしたいわ」

 

 

「いや、別に礼を……」

 

 

待てよ……うん。訂正する。

 

『いや、別に礼を言われるようなことじゃない。気にするな』

 

から

 

『じゃあお言葉に甘えて!』

 

に変更。

 

 

「じゃあお言葉に甘えて……貰おうかな?」

 

 

俺の答えに優子は笑顔になる。俺の選択は間違っていなかった。もしここに高性能ビデオがまだ生きていたらすぐに撮ってた。よし、また買おう。

 

家の玄関で靴を脱ぎ、部屋に案内さr

 

 

「ちょっと待って!」

 

 

……されなかった。

 

優子は何故か俺を外の玄関の入り口に正座させた。え?どゆこと?

 

苦笑いをしながら優子は玄関の扉を勢い良く閉めた。え?マジでどゆこと?放り出されたの俺は?

 

耳を澄ませると家の中から物凄い音が聞こえる。まるで急いで何かを片付けているような……何が起こってんだ。

 

 

「お、おまたせ……」

 

 

しばらくすると疲れ切った優子が玄関のドアを開けた。

 

 

「お、おう……大丈夫か?」

 

 

「え、えぇ……入っていいわよ」

 

 

あれ?俺って今から優子の家に行くんだよな?さっきまで胸がときめきで満ちていてドキドキしていたのに、今は足が震えてゾクゾクなんだけど……!?

 

俺の第六感が言っている。

 

『お前は恐らく死ぬ。いや、死ね』

 

なんてこった。死の宣告どころか堂々と死ねと言われちゃったよ。俺の第六感ヤバすぎだろ。

 

俺は恐る恐る玄関の扉を開ける。さっきと変わらず綺麗な廊下と玄関が目に入る。靴を脱いでリビングに入ると、女の子特有の良い香りが俺の心拍数をはやくさせた。

 

テーブルも綺麗に拭かれており、ソファのクッションもきちんと並べて配置してある。

 

 

「そこのソファに座ってて。紅茶を出すから」

 

 

「お、おう」

 

 

俺はフカフカのソファに腰を下ろす。優子は紅茶を用意しに、キッチンへと向かった。

 

 

(それにしても一人暮らしか……)

 

 

記憶をねつ造された優子には謎が多すぎる。

 

この世界で優子の家族構成はどうなっているのか。どんな風に育ってきたのか。どうやって俺より立派な家を手に入れたのか。いや、別に文句はないぞ。むしろいい暮らしをしていてお父さん、安心したよ。

 

俺は優子のことを知るいい機会だと思った。ついでに好感度を上げるとか全然考えてないんだからね!

 

 

「ふぅ……ん?」

 

 

ソファに深く座り、リラックスする。だがクッションの下に何かあることが気が付いた。

 

俺はそれを右手で掴む。布?ハンカチ?みたいな生地をした物体を広げてみると、

 

 

 

 

 

緑と白のストライプのパンツ。そう(しま)パンだ。

 

 

 

 

 

……あ、縞パンって分かるよな?よくアニメの女の子が王道ではいているしましまのパンツ。俺も下着の種類だったら好きだぜ、縞パン。

 

 

(ってえええええェェェ!!??)

 

 

何でパンツ!?え、誰の!?……ってあ!?

 

俺はあることを思い出した。

 

優子はああ見えてずぼたらな生活をしているって妹……じゃなかった。弟の秀吉(ひでよし)から聞いたことがある……!学校では猫被り、家ではアレという……まぁ俺はいいと思うよ。可愛いし。

 

って冷静に思い出している場合じゃないよ!?早くこのパンツをどうにかしないと……!

 

 

「楢原君。お菓子はチョコでいいかしら?」

 

 

その時、優子が帰って来た。

 

 

 

 

 

そして、俺は無意識の内にパンツを右ポケットに入れてしまっていた。

 

 

 

 

 

「ごめんなさい……」

 

 

「え?どうしたの?」

 

 

優子がキョトンとした顔で首を傾げる。可愛いが今はそれどころではない。

 

これ、犯罪だよね?

 

あー、ヤバい。猛烈に逃げたい。今すぐ【ギルティシャット】に牢獄されたい。

 

俺はこのパターンを知っている。アニメで何度も見たことがある。この後主人公はドジを踏んでしまい、裁きを受けることを。

 

 

(落ち着け!主人公たちみたいなドジをしなければバレないはずだ!)

 

 

最低だって?ああ、もうそれでいいからこの状況を救う手段をくれ。

 

 

「どうしたの?震えてるけど……?」

 

 

「い、いや!寒い季節になったよな最近!?」

 

 

「……7月なんだけど?」

 

 

超寒い。膝が笑ってらぁ。

 

 

「あ、楢原君」

 

 

「はい?何でしょうか?」

 

 

「何で敬語なの……?まぁいいわ。実はアタシのパソコンの調子が悪いの。見てくれないかしら?」

 

 

「おう、別にいいぜ」

 

 

「じゃあアタシの部屋に行きましょ」

 

 

え?

 

俺はゆっくりと優子に尋ねる。

 

 

「ぱ、パソコンって自分の部屋にあるの?」

 

 

「そ、そうだけど……普通そうじゃない?」

 

 

(チャンスッッ!!)

 

 

俺は心の中でガッツポーズ。

 

どさくさに紛れてタンスの中にこの爆弾(パンツ)を放り込んでやる!

 

俺と優子はリビングを出る。廊下を歩き、優子の部屋についた。

 

 

「入って」

 

 

優子は扉を開ける。俺は警戒態勢レベル99の状態で部屋に入る。

 

部屋は薄いピンク色の家具が多く、女の子らしい部屋だった。先程より良い香りがする。心臓の鼓動がはやくなってしまった。

 

リビング同様、しっかりと綺麗にしてある。……何かさっき綺麗にしたような感じがあるのは気のせいか?

 

俺は机に置かれた優子のパソコンを調べ始める。同時に部屋の内装を理解する。

 

俺の後ろにはクローゼット。その隣には本棚。その横にはタンスがある。あとはベッドと小さなテーブルがある。

 

よし、隙をついてタンスの中にコイツを入れれば……俺の勝ちだ!

 

 

「なぁ優子。多分これが原因だと思うよ」

 

 

「どれかしら?」

 

 

俺は優子に全く関係ない資料を画面に映し出す。すまん、もう直った。

 

優子はパソコンに全く関係ない説明書を黙読し始める。俺は静かに距離を取る。

 

音を完全にぶち殺し、タンスに近づく。そして、タンスの上から二番目を静かに開ける。もちろん、音を出さないように開ける。

 

 

「!?」

 

 

俺は驚愕した。

 

 

 

 

 

これは……緑と白のストライプのブラジャー!縞ブラ!

 

 

 

 

 

縞ブラって何だよ。しま〇らかよ。スマ〇ラかよ。

 

とりあえず直せ俺。今はこのパンツをここに入れれば終わりだろうが。

 

 

「ねぇ楢原君!どういうことか分からないんだけど!?」

 

 

 

 

 

俺はすぐにタンスを閉めて、ブラジャーを左ポケットに入れた。

 

 

 

 

 

俺もどういうことか分からないんだけど。一式揃ったんだけど。

 

 

 

 

 

「ごめんな……もう解決したから。ほら、直っているだろ……?」

 

 

「え?……………あ、本当だ!ありがとう!」

 

 

うぅ……!笑顔が眩しすぎるよ……!

 

……こうなったら最終手段だ。

 

 

「あれ?もしかしてあれって有名なBL本じゃないのか?」

 

 

「え?」

 

 

おふう。優子の笑顔が一瞬で凍り付いたんだけど。

 

優子は俺の指さした方向を見る。

 

その瞬間、俺は指さした反対方向にあるベッドの布団の下に下着一式を投げ入れた。本気でごめん。俺は上条みたいに噛まれたくないし、遠山みたいに風穴を開けられたくないから。

 

 

「あ、違った。ただの参考書だった」

 

 

「そそそそうよね!この家にそんな本は無いわよ!」

 

 

あるだろ。その反応は絶対あるだろ。

 

ため息をつき優子の部屋を見渡してみる。その時、ふっと俺はあることに気が付いた。

 

 

「……なぁ優子。これって卒業アルバムか?」

 

 

本棚の端に置いてあったのは卒業アルバム。俺はそれに目が入った。

 

優子は俺の言葉に頬を赤くしながら頷いた。

 

 

「お、怒ったような顔で写っているから見ないで……」

 

 

「分かった」

 

 

俺はアルバムを開けた。

 

 

「って何で開けてるのよ!?」

 

 

「大丈夫。優子はいつでも可愛いから」

 

 

「ッ!?」

 

 

優子は口をパクパクさせ、混乱してしまった。

 

俺は優子が写っているページを探す。

 

 

(あった!)

 

 

俺は集合写真を見つけた。優子は一番左に立っている。確かに笑っていないな。不機嫌な顔をしている。

 

……ちゃんと中学時代の優子みたいだな。身長が少し低い。

 

敵はどうやって用意したかはこの際どうでもいい。

 

 

「優子以外に第一高校に入学した人はいるか?」

 

 

「いえ、アタシだけよ」

 

 

「じゃあこの中で今でも会っている人はいるか?」

 

 

俺の質問に優子は苦笑いで答えた。

 

 

「アタシ、中学時代はあまりクラスの人とは関わってないのよ。だから友達はいないわ」

 

 

チッ、そう来たか。

 

記憶のねつ造に抜かりは無いか……。この調子だと親や家のことを聞いても無駄だろう。

 

 

「もう一つ聞いてもいいか?」

 

 

「何かしら?」

 

 

俺は優子から一番知りたかったことを聞いた。

 

 

 

 

 

「優子の魔法が知りたい」

 

 

 

 

 

________________________

 

 

【大樹視点】

 

 

「それでは、九校戦メンバー選定会議を始めます」

 

 

真由美の一言で会議が始まった。

 

部活連本部で開かれた会議。既に選手とエンジニアの内定通知を受けている2、3年のメンバーと実施競技各部部長、生徒会役員、新人戦に出場する一年生、部活連執行部を出席者とする大人数の会議が始まった。

 

 

「待て真由美」

 

 

止めたのは俺だった。

 

 

「何で俺と達也が九校戦に出ることになってんだ!」

 

 

俺たちは風紀委員の警備とかではなく、選手と同じ場所に座らせているからだ。

 

 

「大樹君。落ち着いて聞いて」

 

 

「ッ!」

 

 

真由美の真剣な声に俺は思わず黙る。

 

 

「人手が足りないの!」

 

 

「知るかぁッ!!」

 

 

俺は渡された資料を地面に叩きつけた。

 

 

「俺は魔法が使えないんだよ!達也がなるのは分かるが、俺は意味が分からん!」

 

 

「大樹。さりげなく俺を売らないでくれ」

 

 

「大樹君」

 

 

真由美は笑みを浮かべながら言う。

 

 

「あなたの魔法技術は……どうかしら?」

 

 

「ぐッ……まさかお前ッ!?」

 

 

「そうよ!私はあなたをエンジニアに推薦します!」

 

 

「クソッ!やられた……!」

 

 

(((((何だこの茶番……)))))

 

 

俺は膝をついて諦めた。みんなは困った顔をしている。

 

 

「達也君は妹さんから聞いたわ。大樹君以上に腕の良いエンジニアってね」

 

 

「……………」

 

 

達也の目が死んだように見えた。だが、達也はすぐに立ち直り、意見を言う。

 

 

「一年生のエンジニアが加わるのは過去に例が無いのでは?」

 

 

達也の問いに真由美は、

 

 

「なんでも最初は初めてよ!」

 

 

達也の問いに摩利は、

 

 

「前例は覆すためにあるんだ!!」

 

 

摩利さん、かっけえええええェェェ!!!ってと、危うくこのまま自分の世界に入るところだったぜ。

 

 

「フッフッフ、真由美。俺をエンジニアにするなら条件がある」

 

 

「何かしら?」

 

 

大樹はユラユラっと立ち上がる。

 

 

「俺を優子と黒ウサギ専用のエンジニアにしろ!」

 

 

「「えぇッ!?」」

 

 

優子と黒ウサギが顔を赤くして驚愕する。

 

 

「ダメよ!」

「ダメです!」

 

 

「何でだ!?ってほのかも!?」

 

 

否定したのは真由美とほのかだった。

 

 

「私もしなさい!」

 

 

「わ、私もお願いします!」

 

 

「は、はい……」

 

 

断れそうになかった。俺は何度も縦に首を振った。

 

 

「私のCADも頼んだぞ」

 

 

「摩利もか……」

 

 

俺の肩を叩いたのは摩利だった。アンタもか。

 

 

「私もしてほしい!」

 

「うちの部もお願いします!」

 

「楢原君を推薦します!」

 

「楢原……やらないか?」

 

 

「最後どこだ!?殺してやる!!」

 

 

最後は貞操の危機を感じさせるものだった。大変だ。この九校戦メンバーにテロリストより危ない奴が潜んでいる。

 

 

「では、楢原と司波のエンジニア入りに賛成の者は手を挙げてくれ」

 

 

バッ!!

 

 

全員、手を挙げた。

 

 

「全員かよ!?」

 

 

決定早ッ!?どんだけ俺と達也のことが好きなんだよ!?

 

 

「では競技種目で楢原君に担当して貰いたい人は挙手してください」

 

 

鈴音の一言で、

 

 

バッ!!

 

 

全員が手を挙げた。

 

 

「だから全員かよ!?そんなに担当できるか!」

 

 

「では、試しに全員のエンジニアになった場合のスケジュールを出してみますね」

 

 

「た、試しなら……」

 

 

まぁ……見てもいいか。

 

鈴音は計算して出てきた数字を言う。

 

 

「平均すると一日25時間労働です」

 

 

「一時間、次元を超えたああああああァァァ!!!」

 

 

どうやって仕事すればいいんだ!?分からないよ!?

 

 

「ってか俺が一人で担当したら他のエンジニアの意味が無いだろ!あ、達也は絶対に深雪にしとけよ」

 

 

「大樹さん……!」

 

 

深雪の表情がパァッと明るくなり、輝いた。ついでに周りにいた男たちもパァッと笑顔になった。

 

 

「ではどうします?」

 

 

鈴音は俺に尋ねる。決まっているだろ。

 

 

「俺は優子と黒ウサギの担当がしたい。いや、するぞ。させないなら舌を……消す」

 

 

「消す!?噛み千切るじゃなくてか!?」

 

 

摩利が驚愕してツッコム。

 

 

「もしくは舌を斬る。桐原の舌を」

 

 

「何で俺だ!?」

 

 

「じゃあ下を」

 

 

「最低だなお前!?」

 

 

急いで桐原は席を後ろに移動する。顔色はあまりよろしくない。

 

 

「はぁ……はぁ……俺の下ならいつでもOKだぜ?」

 

 

「出て来やがれ!!頼む!殺させろ!!」

 

 

もうやだこの空間。相当ヤバい変態がいる。

 

というか変態の居場所が分からない。マジでどこだよ、あいつ!?

 

 

「……話が進まないのでくじ引きにしませんか?」

 

 

「「「「「くじ!?」」」」」

 

 

あの鈴音が放棄しやがった!仕事を放り出しやがったよ!

 

九校戦って学校行事で一大イベントですよね?それを中学校の2年生で全員リレーする時に適当にくじで決めるような感じで良いんですか!?

 

 

「おそらく最終的に大樹さんが担当した方は必ず勝つと思いますから。そうですよね、会長」

 

 

「しかり」

 

 

「うわッ、ここでもブームか!?」

 

 

っと思ったら鈴音はちゃんと考えていた。……いや、考えていた……のか?

 

真由美は鈴音の耳元に近づけて、

 

 

「リンちゃん、私が当たりくじを引くようにお願いね」

 

 

「会長は最後に引いてください」

 

 

「ちょっと!?」

 

 

ズルっていけないと思う。俺も聞いていたから。

 

それからくじで俺の担当者は決まり、無事に揉め事も無く終わった。

 

 

「よーし。この後はみんなで焼肉行こうぜ!!」

 

 

「「「「「いぇーい!!」」」」」

 

 

「全部……………俺様の奢りだッ!!」

 

 

「「「「「きゃあああああァァァ!!」」」」」

 

 

「「「「「うおおおおおォォォ!!」」」」」

 

 

「さすが俺の楢原!婿としての……!」

 

 

「「「「「捕まえろおおおおおォォォ!!」」」」」

 

 

その瞬間、達也や深雪。黒ウサギ、優子、真由美、摩利、ほのか、雫、鈴音、あずさ、服部、桐原、十文字の常識人を除いた九校戦メンバーが一斉に飛び掛かった。

 

 

「クソッ!!逃げられたか!!」

 

 

「どうする楢原?」

 

 

「……………焼肉行こうぜッ!!」

 

 

「「「「「いぇーいッ!!」」」」」

 

 

(((((……この学校はこんなに仲が良く、自由な学校だっただろうか?)))))

 

 

常識あるメンバーたちは長いため息をついた。

 

 

________________________

 

 

「う、うぅ……二日酔い……」

 

 

「ジュースしか飲んでいませんよね……?」

 

 

深雪が困った顔で大樹に言う。

 

 

「あ、深雪の膝枕をし『カチャッ』……CADを下ろしてくれミスター・タツヤ。本気の冗談だ」

 

 

命の危機!?達也は俺の土下座を見て、CADを懐に直した。

 

俺と達也と深雪の三人で俺たちはある場所に向かっていた。妙に達也と深雪との距離が空いているが気にしない。気にしたらやられる。俺のメンタルが。

 

 

「ここか……」

 

 

「ああ」

 

 

俺の言葉に達也は短く肯定した。

 

F.L.T(フォア・リープス・テクノロジー)、CAD開発センター。

 

 

「何で俺をここに?」

 

 

「大樹には世話になったからな」

 

 

「ん?」

 

 

どういう意味か分からず、首を傾げる。達也は答えてくれそうに無かった。仕方なく俺は黙って達也と深雪の後ろをついていくことにした。

 

黒ウサギは優子たちと買い物に行った。女子だけの仲良しショッピングだ。俺が入ることは許されない。ぐすんッ。

 

中に入ると受付はせず、そのままドンドン奥に入って行く。……ちょっと怖くなってきた。もしかしたら俺は改造されるかもしれない。

 

中にいるのは皆白衣を着ているからだ。全員こっちを見て驚いた顔をしている。

 

 

「こっちだ」

 

 

達也が目的の部屋を教える。自動ドアを開くと、

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

中で白衣を着て仕事をしていた人たちの動きが止まった。そして、

 

 

「「「「「御曹司!」」」」」

 

 

「御曹司ッ!?」

 

 

達也にわらわらッと白衣を着た人たちが一斉に集まった。

 

 

「た、達也って何者だよ……」

 

 

「すまない。あまり深くは言えないんだ」

 

 

「……そうか。別にいいよ、俺は気にしねぇから」

 

 

俺は達也の顔を見て笑顔で返した。きっと友人にも知られたくないことがあるんだろ。なら関わらないのが正解。

 

 

「俺は絶対に達也と深雪のことは嫌いにならないから安心しろ」

 

 

「……ありがとう、大樹」

 

 

「ありがとうございます」

 

 

「別にお礼を言われる程じゃねぇよ。友達として当たり前のことをしたんだ」

 

 

達也は口元を緩ませ、深雪は笑顔になった。俺は満足して辺りを見回した。

 

 

「それで、何しにきたんだ?」

 

 

「少し待っていてくれ」

 

 

達也はある人物を探しに行った。

 

 

牛山(うしやま)主任はどちらに?」

 

 

「あちらです」

 

 

達也は奥の方へと案内された。

 

 

「なぁ……あの人って」

 

「あぁ、間違いない……」

 

 

今度の標的は俺にされた。白衣を着た人たちが俺を見てコソコソと話し始めた。

 

 

「大樹さんはどこでも有名ですね」

 

 

「あまり嬉しくないよ」

 

 

深雪は笑いながら言う。俺は少し不機嫌になる。はやく帰ってこないかな、達也。

 

 

「バカ野郎!何で補充しとかねぇんだッ!!」

 

 

「ん?」

 

 

奥から怒鳴り声が聞こえてきた。アフロの髪型をした男が周りに大声で指示を出している。

 

 

「分かってんのか!?飛行術式だぞ!?」

 

 

飛行術式?もしかして……。

 

 

「現代魔法の歴史が変わるんだ!!」

 

 

 

 

 

俺が手伝った魔法じゃね?

 

 

 

 

 

________________________

 

 

CAD屋内試験場。

 

体育館より大きい部屋の中で飛行術式の実験が始められた。

 

天井から通信ケーブルが吊り下げられ、実験者の着ているベストに繋がれていた。このケーブルは命綱の役目もある。

 

俺たちはモニター監視室から見学だ。

 

 

「そう言えば飛行魔法って加重系魔法の三大難問とか言われていたな」

 

 

「大樹はそれを簡単に解いたんだ」

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

白衣を着た人達。研究者たちが俺たちの会話を聞いて驚愕した。

 

 

「たまたまだろ。達也がヒントを何個も出すから」

 

 

「さすが【瞬間移動(テレポート)】の魔法式を生み出した天才だな」

 

 

「「「「「ッ!?!?」」」」」

 

 

「お、御曹司!どういうことですか!?」

 

 

アフロ頭の牛山が驚きながら尋ねる。

 

 

「彼は前に話した【強制無効(フォース・エラー)】です」

 

 

「俺、楢原大樹って名前があるんだけど?」

 

 

「か、彼がッ!?」

 

 

「この話は後でしましょう。今は飛行魔法を」

 

 

「スルーできねぇんだけど?」

 

 

達也と牛山は俺の言葉を無視して画面に目を向ける。おいこら。

 

実験者であるテスターが飛行魔法のCADにスイッチを入れる。

 

 

『離床を確認。上昇加速度の誤差は許容範囲内』

 

 

テスターの体がゆっくりと上に向かって浮く。

 

 

『加速度減少ゼロ……等速。加速度マイナスにシフト……停止』

 

 

「CADの動作は安定しています」

 

 

「ここまでは浮遊術式でも可能な範囲だ」

 

 

研究者の言葉に牛山は答える。俺はボーッその光景を見ていた。

 

 

『水平方向への加速。加速停止。毎秒1メートルで水平飛行中』

 

 

テスターはゆっくりと飛んでいた。テスターの体が震えている。

 

 

『テスターより観測室へ……飛んでる……自由だ……!』

 

 

「「「「「うおおおおおォォォ!!」」」」」

 

 

その瞬間、管理室が歓喜の声に包まれた。

 

俺は管理室のモニターのマイクに向かって一言。

 

 

「だが残念。お前はまだ社会の家畜だ。自由じゃない」

 

 

『テンション下げないでください!!』

 

 

________________________

 

 

その後はたくさんのテスターが飛び回り、鬼ごっこをし始めた。楽しそうで何よりです。

 

達也と牛山が話が終わり、今度は俺の話に移る。

 

 

「大樹。実験室に行ってくれ」

 

 

「ん?大人が楽しそうに鬼ごっこをしているところの部屋か?」

 

 

「超勤手当は出さないので勘弁してください……」

 

 

牛山さん。それは彼らが泣きますよ。

 

 

「それとこれを持って行ってくれ」

 

 

達也が取り出したのは、

 

 

「刀ッ!?」

 

 

それは綺麗な白色の鞘。刀を抜くと、刃は普通の刀と同じだが鋭くはない。これだとリンゴすら綺麗に切れない。しかし、刃は美しい銀色、立派な刀だった。

 

 

「何だこれ?」

 

 

「武装一体型CADだ。……大樹、手を放してくれ」

 

 

「嫌がらせか?嫌がらせなのか?嫌がらせならこのまま太平洋まで投げ飛ばす」

 

 

「……まだ引きずっているのか」

 

 

「……うん」

 

 

「大丈夫だ。大樹も魔法が使えるかもしれn

 

 

「よし!今すぐ実験やろう!」

 

 

俺は音速の速度で実験室へ向かった。

 

 

「……騒がしい人ですね」

 

 

『騒がしくて悪かったな!』

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

モニターから大樹の声が聞こえてきた。

 

 

「早過ぎるだろ……!」

 

「これが【強制無効(フォース・エラー)】……!?」

 

 

『で、どうするんだ?』

 

 

「す、少し待ってください。今、鬼ごっこをしているバカどもを……」

 

 

『よし、俺も鬼ごっこしよう』

 

 

「「「「「は?」」」」」

 

 

大樹は走り出す。壁に向かって。

 

ぶつかる!っと思った瞬間、

 

 

『うおおおおおォォォ!!』

 

 

そのまま壁を走り出した。

 

 

「「「「「なッ!?」」」」」

 

 

『『『『『はッ!?』』』』』

 

 

研究者とテスターたちは目を見開いて驚愕した。

 

大樹は壁を蹴り、テスターに飛び掛かる。

 

 

『くたばれッ!!』

 

 

『いやあああああァァァ!!』

 

 

この後、10分くらい遊んだ。

 

 

________________________

 

 

テスターたちが遊び疲れて帰った後、俺は部屋で一人待機していた。

 

 

「待たせたな、大樹」

 

 

「達也?」

 

 

部屋に入って来たのはテスターと同じ格好をした達也だった。手には特化型のCAD。拳銃型CADを持っている。

 

 

「大樹。俺と模擬戦をしないか?」

 

 

「ほう……俺に勝てると?」

 

 

「手加減はしてくれ」

 

 

「いいぜ。ルールはどうする?」

 

 

「基本的に何でもありだが、大きな怪我はしないようしてくれ」

 

 

「分かった」

 

 

俺は右手に持った鞘から刀を抜く。って。

 

 

「その前にこれは何だ?」

 

 

「すまない。説明していなかったな」

 

 

達也は俺の刀を持って説明する。

 

 

「これは大樹が提案した瞬間硬化魔法を応用した武装デバイス【(おに)(ごろ)し】だ」

 

 

「マジかッ!?」

 

 

俺は達也の言葉に驚愕した。【鬼殺し】完成できたの!?

 

 

「ど、どうやって……!?」

 

 

「牛山主任が手伝ってくれたんだ」

 

 

すげぇ……ここの研究者。ただ者じゃないな。

 

 

「使い方は鞘に備え付けてある小さなモニターで設定してくれ」

 

 

達也がモニターの場所を指差す。確かに柄の少し下に小さなモニターがある。

 

俺は達也から刀を返して貰い、設定する。

 

 

「1秒でいいか」

 

 

「……そんなに短くていいのか?」

 

 

「一秒だと30回くらいは使えるんだろ?十分だ」

 

 

「大樹がそれでいいなら構わないが……」

 

 

「よし、出来た」

 

 

その瞬間、刀から少量のサイオンの光が溢れ出した。

 

 

「やるか」

 

 

「ああ。牛山主任、合図お願いします」

 

 

俺と達也は距離を取る。5メートルくらいの距離だ。

 

俺は鞘を納めた状態の【鬼殺し】の柄を握る。達也の右手と左手には同じ拳銃型CAD。

 

牛山はタイミングを見計らい、ブザー音を鳴らした。

 

 

ブーッ!!

 

 

ダンッ!!

 

 

両者は同時に動き出した。

 

 

________________________

 

 

「オラッ!!」

 

 

「ッ!」

 

 

大樹は【鬼殺し】の鞘から抜く。刀は左から斬っている。達也の右腕を狙っていた。

 

達也はそれを瞬時に見切り、身体を後ろに反らして避ける。

 

大樹は達也が避けたことを確認して、後ろに飛んで後退した。

 

 

「一秒で十分だったろ?」

 

 

「ああ、さすがだな」

 

 

瞬間硬化魔法を応用した武装デバイス【鬼殺し】はその名の通り、ある一定の瞬間だけ刀に硬化魔法をかけることができる武装デバイスだ。

 

大樹が爆弾型CADで作ったサイオンを補給することを可能にした特別装置を刀に応用させたのだ。この特別装置は達也と牛山しか知らない。研究者たちには極秘にしている。

 

特別装置を使って刀と鞘には硬化魔法の術式が組み込んであり、刀を鞘に入れると、刀はサイオンを補給し、硬化魔法を刀に掛けることができる。

 

ただ問題なのは刀に硬化魔法が掛かっている時間だ。

 

特別装置にサイオンを補給させておくのにも上限がある。最高で30秒は硬化魔法をかけることができる。だがそうすると、鞘の特別装置のサイオンが空になってしまう。

 

大樹が一秒に設定したのは30回だけ刀に硬化魔法を一秒だけ使えるからという理由だ。

 

 

「あと29回も使えるのか……最高だな」

 

 

硬化魔法の強度はかなりの強固だ。普通の刀よりずば抜けて硬い。

 

そもそも硬化魔法は物質を構成する『分子』の相対位置を固定する魔法だ。分子の相対位置が動かなければ物質の形状に変化が起きない。つまり壊れることはないのだ。

 

 

「もう一度行くぜ!」

 

 

「ッ!?」

 

 

大樹は刀を鞘に収め、サイオンを補給すると同時に達也の目の前まで距離を詰めてきた。達也はあまりの速さに驚愕する。気付いた時には刀は既に抜かれている。

 

 

(まだ半分も補給していないはずだが……!?)

 

 

達也は疑問に思うがすぐに分かった。

 

一秒もいらない。相手に攻撃を当てるのに。

 

 

(さすが大樹だ)

 

 

だが、達也には効かなかった。

 

 

バリンッ!!

 

 

「は?」

 

 

大樹の斬撃が止まった。刀は達也の身体の横で当たらずに静止している。硬化魔法が解けてことで、刀の動きを止めてしまったのだ。

 

 

「ま、魔法が掛けられていない……!?」

 

 

大樹は急いで後ろに後退する。何が起きたのか理解できていなかった。

 

 

「大樹には話したことは無かったな。俺は『特定魔法のジャミング』が使えるんだ」

 

 

「はぁッ!?」

 

 

達也の言葉に大樹は大きな声を上げて驚愕した。

 

 

「大樹も知っているだろ。たくさんの魔法や二つのCADを同時に使うとサイオン波の干渉で魔法が発動しないことは」

 

 

「そ、それくらいなら知っている。実際に使ったこともある」

 

 

「俺はその干渉を利用したんだ。一方のCADで妨害したい魔法の起動式。もう一方でその逆方向の起動式を展開させる。その際に発生するサイオンの干渉波を相手にぶつけるんだ」

 

 

「……それで俺の魔法は妨害され、発動できなくなったってわけか」

 

 

大樹の言葉に達也は頷いた。大樹はフッと短く息を吐く。と同時にあることを一つ思い出した。

 

 

「もしかして……テロリストの時に優子の魔法を解いたのは達也か?」

 

 

「ああ、そうだ」

 

 

さすがお兄様。あの時はホント助かったわ。

 

 

「あの時はありがとうな、達也。……これは簡単に勝てないな」

 

 

「どうする?諦めるか?」

 

 

「冗談キツいぜッ!」

 

 

大樹は刀を鞘に戻し、達也に向かって突撃する。

 

達也は大樹の足元に移動魔法を発動させる。威力は弱く。簡単に発動できるものだ。

 

 

「無駄だッ!!」

 

 

バキンッ!!

 

 

大樹は魔法陣を踏みつけて、破壊した。

 

 

「ッ!」

 

 

達也はその光景に驚くが、笑みを浮かべていた。

 

見学していた研究者たちは騒ぎ出す。大樹の光景が信じられないからだ。

 

達也は二つのCADを起動させる。硬化魔法を解く準備はできている。

 

 

「甘いぜ、達也」

 

 

「ッ!?」

 

 

 

 

 

大樹は硬化魔法を掛けた刀を投げた。

 

 

 

 

 

「くッ!」

 

 

達也の反応速度は常人を越えているが、それでも出遅れた。ギリギリのところで横に避けてかわす。刀のスピードが尋常じゃなく速かった。プロ野球の投げる球より速い。

 

 

「ッ!?」

 

 

達也の驚愕は終わらない。視線を前に戻してみると、大樹はすでにそこにはいなかった。

 

 

(いや、違う!)

 

 

達也は上を向く。

 

 

「貰ったあああああァァァ!!」

 

 

大樹は飛翔し、上から達也を狙っていた。

 

だが、達也は冷静に魔法を発動し対処する。達也の目の前に加速魔法を展開させる。ちょうど大樹の落下地点だ。

 

達也は横に大きく飛び、避ける。大樹が魔法に当たる瞬間、

 

 

「ハッ!ヤバいッ!?」

 

 

大樹は理想はこうだった。

 

達也が前や後ろ。横に避けたとしても、すぐに地面に着地して、追撃してやろうと思っていた。

 

 

だが、現実は厳しかった。

 

 

空中にいたせいで魔法を避けることはできず、そのまま魔法に当たる。そして、

 

 

ドゴンッ!!

 

 

加速魔法が発動し、落下速度が増加した。当然、大樹は体を床に思いっきりぶつかった。

 

 

「おごッ!?」

 

 

にぶい音が部屋全体に響き渡る。研究者たちが思わず目を背けた。

 

 

「……なんてなッ!」

 

 

「ッ!」

 

 

だが、大樹はそれでも体制を立て直した。地面を転がり、すぐに達也に向かって走る。

 

達也はCADを大樹に向けて、硬化魔法を妨害した。

 

 

「チッ、バレていたか」

 

 

大樹は背中の後ろに隠していた鞘を放り投げる。

 

大樹はとっさの判断でサイオンを全て使って鞘に硬化魔法を掛けていたのだ。

 

 

「だが、拳があるぜ!」

 

 

「それは俺もだ」

 

 

大樹が右ストレートが達也に当たろうとする。達也はCADを持ったまま、左手首で腕を払い受け流す。

 

達也は反対の右手のCADを強く握り、大樹の顔を狙う。だが、

 

 

「まだまだッ!」

 

 

バシンッ

 

 

大樹はその場で小さく飛び、空中で回転した。

 

達也の拳が大樹の身体に当たるが、回転で拳の威力を受け流した。

 

 

「「ッ!」」

 

 

同時に宙に浮いた大樹の拳と迎え撃った達也の拳が交差した。

 

 

シュッ!!

 

 

そして、同時に拳が両者の顔の目の前で止まった。

 

 

「引き分けか」

 

 

達也の一言で、大樹と達也は拳を降ろす。

 

 

「まぁお互い本気を出したら違う結果になってただろ」

 

 

「そうだな」

 

 

大樹には分かっていた。達也が脅威に成りえる魔法を隠していることを。

 

 

達也は知っていた。彼が本気を出せば負けていたかもしれないことを。

 

 

「サンキュー達也。【鬼殺し】は大切にするぜ」

 

 

「それはあそこに転がっている刀のことか?」

 

 

「こ、硬化魔法が掛かっているから無傷だろ」

 

 

「だったら大切に扱って欲しいな。刀を投げずに。鞘のサイオンを空にせずに」

 

 

「すいませんでした!」

 

 

どうやら口では達也の方が上手らしい。

 

 

________________________

 

 

【大樹視点】

 

 

「魔法を破壊するのが異常?」

 

 

「ああ、そうだ」

 

 

俺と達也は再びモニター室に戻り、一段落していた。俺と達也の手には深雪が用意してくれた冷たいジュース。とても美味しい。

 

現在、俺の二つ名?の【強制無効(フォース・エラー)】について聞いていた。

 

 

「大樹は魔法が一切使えない」

 

 

なのにっと達也は付け加える。

 

 

「サイオンの光と魔法の術式は見えるっということだ」

 

 

「はい?ドユコト?」

 

 

俺には何が言いたいのか一切理解できなかった。みんな普通は見えるんじゃないのか?

 

 

「ずっと前から気になっていたんだ。どうやって大樹が魔法を消しているのか」

 

 

「そうだな……こうバリンッ!って感じだな」

 

 

「感覚を言われても困るんだが……」

 

 

「普通はできないのか?」

 

 

「ありえないです。絶対に」

 

 

俺の言葉を返したのは牛山だった。

 

 

「本来魔法とは情報体を改変することです。それを無理矢理壊すなど不可能です。あなたがやっているのは起ころうとする自然災害を物理的に止めていることと一緒です」

 

 

「えぇ……………あ」

 

 

牛山の言葉に俺は顔が引きつった。その時、あることを思い出した。

 

 

「強制的に無効にしている……それで【強制無効(フォース・エラー)】か」

 

 

「これは人類の進化ですよ!ぜひ解剖させてください!」

 

 

「お断りだッ!!」

 

 

俺は牛山に怒鳴った。何てことを考えているんだ。

 

 

「この【鬼殺し】で斬ってやろうか……」

 

 

「じょ、冗談です!冗談ですよ!」

 

 

俺は刀を持って構える。牛山を斬る準備はいつでも整っています。

 

 

「そ、そうだ!おい、アレを持って来い!」

 

 

牛山は研究者に指示を出す。研究者たちが持ってきたのは赤いヒモだった。

 

 

「これで持ち運びできますね!」

 

 

ヒモは鞘に通し、俺の右肩から左脇へと結んだ。刀は俺の背中に来るようになる。

 

俺はモニターに映った自分の姿を見て一言。

 

 

「……桃太郎みたいだな」

 

 

「きびだんごも要りますか?」

 

 

「ぶん殴るぞ?」

 

 

俺はいつも通り腰につけることにした。やっぱこれだねぇ~。安定してるわ。

 

だが、そんなのんきな会話をしている場合ではなかった。

 

 

「……………達也。優子の魔法が分かった」

 

 

「ッ!」

 

 

俺の唐突な言葉に達也が反応した。

 

 

「アレは普通じゃない。それでも聞くか?」

 

 

「頼む」

 

 

「……分かった」

 

 

俺は優子の家で一番知りたかった魔法を聞いた。

 

 

 

 

 

「はっきり言っておこう。アレは十師族を越える魔法だった」

 

 

 

 

 

俺の言葉をきかっけに、部屋に居た人たちが誰一人喋らなくなった。

 

俺は構わずゆっくりと説明する。

 

 

「優子の魔法。ある一定の空間を宇宙のように無重力かつ呼吸ができなくなるようになってしまうあの魔法。達也はどのくらい分かった?」

 

 

「マルチキャストが使われていることは確実だ。牛山さんもそう考えている」

 

 

「まぁ合ってる。だけど何種類マルチキャストされていると思う?」

 

 

「……まさかッ!?」

 

 

俺の言葉に牛山が驚愕して声に出す。周りの研究員もざわつく。

 

 

「優子は更に高度の魔法技術が必要とされる【パラレル・キャスト】が使えるんだ」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

俺の言葉に誰も声をあげることができない。

 

別に【パラレル・キャスト】は驚くことではない。最強の魔法師なら使える技術だ。

 

 

 

 

 

だが、一般生徒の優子が使えるとなると、話は別だ。

 

 

 

 

 

深雪でも使うことができない技術。それを優子が使えるんだ。驚かないわけがない。

 

 

「驚くのはまだ早い。優子は連続で4種類の系統魔法を使って疑似宇宙空間を造りだし、二種類の魔法。つまりマルチキャストで空間を持続させているんだ。……残念だが魔法の構造は全く理解できなかった」

 

 

「不可能です!物理的に、化学的に、理論的に無理です!例えできたとしても、それは十師族を……!」

 

 

「言っただろ?越えているって」

 

 

「なッ!?」

 

 

俺の言葉に牛山の顔が青くなった。他の人たちもだ。深雪も口に手を当てて驚いている。

 

 

「もちろん簡単に使えるわけじゃない。サイオンなんてすぐに枯渇する。発動できたとしても3秒だ」

 

 

「……何が言いたい」

 

 

達也の強い視線を浴びる。俺の含みある言葉に嫌な感じがしたのだろう。

 

俺は目を閉じ告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「優子にはサイオンを枯渇させない【サイオン永久機関】がある」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何を……言っているんですか?」

 

 

牛山が震えながら俺に尋ねる。

 

 

「永久機関。サイオンを永遠に、永久的に補給と生成ができるって

 

 

「大樹」

 

 

達也が俺に向かって言う。

 

 

「もうやめろ」

 

 

「……そうだな」

 

 

俺は立ち上がり、部屋のドアの前に立つ。

 

正しい判断だ。これ以上、ここに迷惑をかけるわけにはいかない。

 

 

「すまん。そろそろ帰りたい」

 

 

俺はドアを潜り抜けながら言った。

 

 

絶対防御装置(ぜったいぼうぎょそうち)

 

 

優子が首からかけているペンダント。優子を守る為に大切なモノだ。しかし、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それが【サイオン永久機関】の正体だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

優子が学年次席なのは入試で手加減をしたからだ。中学時代のように周りから怖がられる存在にならないために。

 

 

『黙っていてごめんなさい。嫌われたくなくて……』

 

 

無理をして作った優子の笑顔。頭の中から離れない。

 

俺のせいじゃないのか?責任は俺にあるのでは?

 

でも、優子が強いことは良い事じゃないのか?俺が守ってやる必要なもうないのではないか?

 

 

違う。全然良い事なんかじゃない。

 

 

優子の打ち明けてくれた秘密の魔法。俺はどうにか解決したかった。

 

一人ではできない。なら、誰かに……だが、その可能性は捨てたほうが良い。

 

下手をすると優子の力は世界を大きく左右させるかもしれない。達也はそれをすぐに察した。だからあの場で止めたのだ。

 

 

(……優子)

 

 

俺は彼女を救えるのか?この脅威は取り除くべきなのか?記憶は思い出すのか?

 

頭の中でたくさんの『分からない』という解が暴れ回る。頭痛がしてきた。

 

……分かれよ。

 

迷っている場合じゃない。今ここで答えを出すんだ。

 

 

【必ず救う】これが俺の解。

 

 

必ず優子を救う。必ず魔法を最善で最高の手段で解決して救う。

 

 

記憶は絶対に思い出させる。優子は絶対にそれを願っている。俺でも分かる。

 

 

『大樹のこと、大好きだから……!』

 

 

記憶を失う前、優子が言った最後の言葉。

 

あの時の優子は俺のことを『大樹』と呼んだ。君付けでは無く、名前を呼んだのだ。

 

優子は涙を流しながら打ち明けてくれた。俺はその思いに応えないといけない。

 

 

(アリア、美琴……)

 

 

2人にも言いたいことがある。俺の中にあるこの感情を優子に、アリアに、美琴にぶつけたい。

 

3人が俺に与えてくれた優しさ、温もり、思い出。そして、生きる希望を。

 

俺という人間に笑顔を向けてくれた3人を救いたい。いや、救わなければならない!

 

 

「大樹」

 

 

後ろから声をかけられた。達也だ。隣には深雪もいる。

 

 

「達也、深雪。……優子を守ってくれ」

 

 

「……理由を聞こうか」

 

 

「人外最強の俺でも、どうにもならない時がある。その時は黒ウサギや原田が手伝ってくれる。でも」

 

 

俺は振り向く。

 

 

「それでも、俺たちは弱いんだ」

 

 

「……………」

 

 

「失敗や挫折。何度も壁にぶち当たってしまう。だから、俺が……俺たちが弱くなった時は……代わりに優子を助けてくれ」

 

 

「馬鹿を言うな」

 

 

「ッ!」

 

 

達也の声に俺は言葉を止める。

 

 

「お前は俺と深雪を信頼してくれている。なら、それに応えるのは当たり前のことだ」

 

 

「優子だけでなく、大樹さんも助けます」

 

 

「……そうだな」

 

 

俺は笑みを浮かべた。

 

 

「達也、深雪。二人がピンチになったら俺が助けてやる」

 

 

「フッ、さっきは助けてくれと言っていなかったか?」

 

 

「この世界には共存という素晴らしい言葉がある。助け合っていこうぜ、お兄ちゃん?」

 

 

「弟にしたつもりはないぞ」

 

 

「ふふッ、大樹さんらしいですね。ですが、私のお兄様は一人だけなのでダメです」

 

 

「うーん、おしい」

 

 

「全然おしくもないと思うが……?」

 

 

二人は俺の横まで歩き、並んだ。

 

そんな居心地の良さに、俺の心に掛かっていた負荷が軽くなったような気がした。頭痛はもうしない。

 

解は出た。この先、どんな問題があっても……

 

 

もう迷わない。

 

 

________________________

 

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

気まずい空気で帰る途中、研究所通路でスーツを着た男と執事に出会った。二人の顔を見た瞬間、達也と深雪の表情が険しくなった。

 

 

「俺は先に外に出てるぞ」

 

 

大樹はスーツを着た男性と執事の横を通り過ぎ、外へと向かった。

 

 

「ご無沙汰しております、深雪お嬢様」

 

 

執事服を着た男が頭を下げる。

 

 

「お久しぶりです、青木(あおき)さん。挨拶は私にだけですか?」

 

 

「……恐れながらお嬢様は四葉(よつば)家次期当主の座を皆より望まれているお方。そこの護衛とは立場が異なります」

 

 

「ッ!?」

 

 

深雪が何かを怒鳴ろうとした時、達也は手を深雪の前に出して止めた。

 

 

「口を挟んで失礼……青木さん」

 

 

「……構わん」

 

 

「『皆より望まれている』とは……他の候補者の方々に対してあまり不穏当では?それとも叔母上はもう深雪をご指名に?」

 

 

達也の言葉に青木は歯を食い縛った。

 

 

「………真夜(まや)様はまだ何も……!しかし、近くに仕えていれば心は通じるもの……!お前如きにわかりはしないだろうながな!」

 

 

青木は大きな声で怒鳴る。

 

 

 

 

 

「心を持たぬ似非魔法師がッ!!」

 

 

 

 

 

「やめろ大樹。深雪もだ」

 

 

ズバンッ!!

 

 

「……ッ!?」

 

 

その瞬間、青木の横に何かが掠った。

 

 

 

 

 

青木の顔の横にはサイオンを無くした【鬼殺し】の刀があった。

 

 

 

 

 

「深雪も落ち着いてくれ」

 

 

深雪は暴発しようとしていた魔法を止める。深雪は達也に体を近づけ、達也は優しく片手で肩を抱き寄せた。

 

 

「き、貴様……!?何の真似

 

 

「よく喋るゴミだな、オイ」

 

 

「ッ!?」

 

 

大樹の声はいつもより低く。黒かった。

 

大樹は【鬼殺し】を鞘に収める。

 

 

「わ、私が誰だと分かって……!?」

 

 

「一つ言っておく」

 

 

大樹はこれまでに見たことのない殺気を出した。

 

 

 

 

 

「例え十師族だろうが関係ない。俺の親友を貶す奴は全員……潰す」

 

 

 

 

 

大樹の紅い眼がどす黒く光っていた。

 

 

「ひッ!?」

 

 

「大樹!」

 

 

「達也。最初もさっきも言ったが、もう一度言う」

 

 

大樹は顔をこちらに向けずに言う。

 

 

「お前が心を持たないとしても、俺はずっと親友だ。嫌いになることは絶対にない。危ないときは助けてやる」

 

 

だからっと大樹は付け加える。

 

 

「貶す奴は俺が全部潰す。襲い掛かって来る奴は必ず守る。……深雪も同じことを思っているはずだ」

 

 

「お兄様……!」

 

 

深雪の目から涙が溢れ出した。

 

 

 

 

 

「お前の気持ちはちゃんと俺たちに伝わっている」

 

 

 

 

 

大樹は最後にそう告げ、出口へと向かった。

 

 

「そこのゴミ。次は無いからな」

 

 

「ッ…………!」

 

 

大樹は青木の耳元でそう呟いた。青木の体が震えあがる。

 

 

「達也……」

 

 

スーツを着た男性が名前を呼ぶ。

 

 

()()。今は時間が無いんだ。友達……いや、親友を追いかけないといけない」

 

 

「……そうか」

 

 

達也は深雪を抱き寄せながら父の横を通った。

 

 

達也は魔法の能力と引き換えに感情を失った。

 

 

怒りに我を忘れることはがない。

 

悲嘆に暮れることがない。

 

嫉妬に胸を焦がすことがない。

 

恨みを持たず憎しみを持たない。

 

異性に心を奪われることがない。

 

食欲はあれど暴食の欲求は生じない。性欲はあれど淫楽の欲求は生じない。睡眠欲はあれど惰眠の欲求は生じない。

 

 

強い欲求は母親によって奪われてしまった。

 

 

その母親すら恨むことすらできない。

 

 

(俺ができることは……)

 

 

達也は静かに泣く深雪を見る。

 

 

彼に残されたとある感情。

 

 

それだけしかなかった。

 

 

 

『それでも、俺たちは弱いんんだ』

 

 

大樹が弱音を吐いた。

 

あの時はただ助けるべきだと判断したから。感情は無い。だが、

 

 

『お前の気持ちはちゃんと伝わっている』

 

 

大樹の言葉が頭の中で何度も再生される。

 

感情が無いのに、どうやって伝わったんだ。どうして分かるんだ。……いや、本当に伝わっているかもしれない。

 

達也は深雪の頭を優しく撫でた。

 

達也には分からない。だけど、深雪は達也の代わりに悲しみ、泣いてくれた。大樹は達也の代わりに怒り、怒ってくれた。

 

大樹の言葉は矛盾している。自分が分からないのに、大樹や深雪が分かっているなんて。

 

 

だが、達也は不思議な感じがした。悪くない感覚。温かいモノだった。

 

 

……いつの日か、理解できる日が来るだろうか?

 

 

達也は外で待っているか分からない大樹を深雪と一緒に探しに行った。

 

 




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再び動き出す影

シングルなう~♪シングルなう~♪

シングルぼっちマス~♪


どうも、独り身の人々の味方の作者です。


クリスマスにケーキを食べたら負けだと自分は思っています。(謎の使命感)




発足式は講堂で行われた。

 

九校戦に出場する選手メンバーたちはユニフォームを着用し、壇上に上がっている。もちろん、大樹も技術スタッフとして壇上に上がっている。選手と技術スタッフはそれぞれ別のユニフォームがあるため、大樹はブルゾンを着ている。

 

生徒会長の真由美がメンバーの名前を呼び、深雪が競技エリアに入るためのIDチップが埋め込まれた徽章を選手の襟元に付けてもらえる。ほとんどの男たちは深雪が近づくと背をビシッ!と伸ばして顔をキリッ!とさせるが、最後はみんなにやける。それほど深雪は美少女だった。

 

 

「………ぐぅー」

 

 

「な、楢原君。起きて……!」

 

 

大樹は寝ていた。立った状態で。

 

昨日、大樹は技術スタッフとしての必要知識を必死に頭に叩き込んだ。そのせいで今日は寝不足。立って寝られるほど疲れがたまっていた。

 

隣にいる技術スタッフの先輩である五十里(いそり) (けい)が必死に大樹を起こす。

 

五十里は魔法理論の分野では常に学年トップ。中性的な美少年でスカートでも履かせたら女の子と間違われるような青年だ。

 

 

「うぅ……超電磁砲は撃たないでくれ……」

 

 

「どういう状況!?」

 

 

大樹の寝言に五十里は困惑する。

 

 

「うん?メリークリスマス?」

 

 

「まだ先だよね!?」

 

 

「うるせぇリア充!爆発しろ!」

 

 

「えぇ!?」

 

 

大樹はとりあえず起きてくれた。目から水を流しているが。

 

そして、大樹の番が訪れた。

 

 

『技術スタッフ 1-E 楢原 大樹』

 

 

「メリークリスマスッ」

 

 

「「「「「メリークリスマスッ!?」」」」」

 

 

「……あ、違った。はい」

 

 

大樹はすぐに意識を取り戻し、前に一歩踏み出す。

 

深雪は大樹の襟元に徽章を付ける。

 

徽章が付け終わり、元居た場所に帰る。

 

 

『技術スタッフ 1-E 司波達也』

 

 

「はい」

 

 

達也は前に一歩前進。目の前には深雪が笑みを浮かべながら待っていた。

 

深雪は頬を赤く染めながら達也の襟元に徽章を付ける。

 

 

「良くお似合いです、お兄様……」

 

 

深雪はニッコリと微笑み、達也を称賛した。

 

 

(この二人、本当に兄妹なの?実は恋人でしたってオチは無いよな?)

 

 

大樹はその光景を見て、二人を兄妹としての認識ができなくなってきていた。

 

 

________________________

 

 

【大樹視点】

 

 

ようやく発足式が最後の項目を迎える。確か最後は選手の代表者一名が決意表明的なモノを言うプログラムだ。まぁ生徒会長の真由美がすると思うよ。

 

速く終わることを願いながら俺はあくびをする。また眠たいよ……。

 

 

『最後に九校戦の決意表明です。代表は楢原大樹。前に出てください』

 

 

「審判。タイムお願いします」

 

 

俺は急いでTの文字を作って司会者に見せる。だが、司会者は首を横に振った。なんでや。

 

衝撃的な告白を受けて、目を覚ました。というか覚醒した。

 

 

「すまない大樹」

 

 

「達也、何か知っているのか!?」

 

 

「上には逆らえないんだ」

 

 

「よし、二人に絞れたぞ」

 

 

真由美か摩利。さぁどっちを説教すればいい!?

 

 

「大樹」

 

 

「何だ?」

 

 

「諦めてくれ」

 

 

「断る」

 

 

「……そう言えば木下が楽しみに

 

 

「行ってくる」

 

 

(予想通り会長の策にかかったな……)

 

 

『優子さんの名前を出せば必ずやってくれるわ』と真由美が言った言葉を達也は思い出す。

 

達也の言葉を聞く前に俺は壇上の前に立つ。前にはマイクがある。

 

視線を横にずらしてみると、真由美と摩利が口パクで『頑張って!』『言ってやれ!』っと言っていた。OK、多分犯人は共犯者がいる。俺の予想なら真由美が犯人で摩利が共犯者だちくしょう。

 

 

「変わった人だね」

 

 

「それは違いますよ、先輩。彼はおかしい人です」

 

 

後ろから五十里と達也の会話を聞いた。フォローしろよ、達也。

 

……さて、勢いで前に出てきたけど……………何を言えばいいんだ?

 

こういう場合は最初は何か外の風景を言うんだよな?卒業式なら桜について語ってみたりするよな。よし、その感じで行こう。

 

 

『今日、この発足式を祝福するかのように空は晴れやかに輝き、清々しい日ですね』

 

 

 

 

 

ザーッ!!

 

 

※今月の最高降水量を記録するほどの大雨。

 

 

 

 

 

『……………』

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

 

 

……祝福してないな。空が大泣きだよ。……あ。

 

 

『でも空は泣いているようだ……』

 

 

「「「「「……………!?」」」」」

 

 

生徒がざわつき始めた。どういうことだよ。泣いているってどういうことだよ。

 

落ち着け俺。このままだと痛い奴だと思われるぞ。

 

 

『俺は、雨が好きだ』

 

 

(((((………だから何!?)))))

 

 

何を言っているんだ俺は!ヤバい、どうしよう。

 

場が気まずいよ……!みんな口が開いてるよ……!もっと場を和ませる一言を!

 

 

『う〇こ!』

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

俺は小学生かあああああァァァ!?!?

 

 

『失礼。あ、失礼と失恋って似ていますよね?』

 

 

(((((どうでもいいよ!)))))

 

 

『だったらポニーとレオも似ていると思うんですよ』

 

 

「何でだよ!?」

 

 

(((((あれがポニーか……)))))

 

 

おおう、レオがツッコんできた。まさかの最前列じゃないですか。

 

……これは異常だぞ。決意表明だ。決意表明を言えばいいんだ。

 

 

『宣言。私はこの九校戦で……………えっと……』

 

 

やばっ、考えていなかった。何かあったかな?九校戦……魔法……ハッ!

 

 

『魔法を使えるようになりたいです』

 

 

(((((………え!?使えないの!?)))))

 

 

しまった!学校で知られてはいけないベスト10の第3位を言ってしまった!?

 

 

『嘘だよーん!俺は魔法が使える!もう超余裕だから!魔法とか一度に何十個も出せるから!』

 

 

(((((絶対に嘘だ……!)))))

 

 

『別にいいもん!魔法使えないから何!?別に生きていけるし!?』

 

 

(((((開き直った!?)))))

 

 

『俺、魔法無くても最強だし!?超強いし!?』

 

 

(((((それについては否定しない)))))

 

 

何かみんなの目が死んでいるが気にしない。いや、気にしろよ俺。今、決意表明をやってるんじゃないのか?

 

 

『えーっと、そろそろ真面目に決意表明するか』

 

 

俺は咳払いをして喉の調子を整える。

 

 

『俺と達也。そして黒ウサギ……二科生が九校戦に選ばれた。お前たちはどう思う?』

 

 

ざわついていた生徒たちは全員静かになった。俺の言葉をよく聞くために。

 

 

『二科生の生徒は喜ばしいことじゃないか?二科生でも九校戦に出場できる……自分たちにもできるって思っただろ?』

 

 

俺は笑顔でその言葉を、

 

 

『その通りだ。お前たちも努力すれば来年にでも出れる可能性がある』

 

 

肯定した。

 

 

『魔法が劣っていてもいい。下手くそでもいい。俺みたいに魔法が使えなくてもいい。だから……二科生でも諦めるじゃねぇ。お前らは負け犬なんかじゃない。いつか一科生みたいに魔法が使えるはずだから』

 

 

俺の決意表明?はまだ終わらない。

 

 

『逆に一科生はどう思った?すごいって思ってくれた人は少ないんじゃないのか?』

 

 

次は一科生に向けて言う。

 

 

『いい気になりやがってっとか、調子に乗るなっとか思ったんじゃないのか?』

 

 

一科生と二科生は完全に仲良くなったわけじゃない。まだ……二科生を敵として見る人がいる。

 

 

『そんな奴に一言だけ言いたい』

 

 

俺は一歩後ろに下がる。そして、

 

 

『頼む。一度だけ俺にチャンスをください』

 

 

頭を下げた。

 

 

ざわざわッ

 

 

俺の行動に当然生徒たちはざわつき始めた。俺は頭を下げながらマイクに向かって言う。

 

 

『俺はこの九校戦で選手たちを全面的にカバーする。もし俺が役に立って九校戦に勝つことができたのなら……』

 

 

これが俺の願いだ。

 

 

 

 

 

『俺たち二科生を敵視するのはやめてくれ』

 

 

 

 

 

全員が静まり返った。その言葉に驚愕したからだ。

 

 

『いい加減うんざりなんだ。同じ学校の生徒なのに二科生と一科生が争うのがよ』

 

 

俺は顔を上げる。

 

 

『テロリストたちを倒した時みたいに協力して、仲良くできるはずなんだ。だから……』

 

 

俺はマイクに向かって言わず、講堂に向かって、生徒が座っている席に向かって、大声で言う。

 

 

 

 

 

『仲良くしようぜえええええェェェ!!』

 

 

 

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

大声に生徒たちは驚く。耳を塞ぐ者もいた。

 

 

『ふぅ……あ、決意表明だけど優勝するからテレビのチャンネル合わせとけよ』

 

 

「「「「「短ッ!?」」」」」

 

 

『優勝できるのに頑張りますとか言ってたらおかしいだろ?優勝してくるから待ってろよ。決意表明は以上だ』

 

 

俺は壇上から降りるために歩き始める。その時、

 

 

わあああああァァァ!!!

 

 

講堂に歓声と拍手が響き渡った。

 

 

「うおッ!?」

 

 

まさか拍手されるとは思わず、俺は驚いてしまった。

 

俺はダッシュで講堂の裏舞台へと帰って行った。舞台裏からでも歓声が聞こえる。拍手も聞こえる。

 

 

「大樹君!」

 

 

最初に俺に声をかけてきたのは真由美だった。真由美が俺の方に向かってきたので、

 

 

「せい」

 

 

「ふえッ!?」

 

 

真由美のほっぺを両手で引っ張った。

 

 

「よくもやってくれたな。おかげで黒歴史に新たなページを刻んじまったぜ?」

 

 

「ふへへふへッ!」

 

 

「すまん。聞こえないから続ける」

 

 

「ふにッ!!」

 

 

最後は多分『鬼ッ!!』って言ったと思う。そっくりそのまま返すわ。

 

それにしても頬っぺた柔らかいな。ちょっと癖になりそうだ。

 

 

「大樹さん」

 

 

「おう、どうした黒ウ…サ……ギ?」

 

 

振り返るとそこには黒いオーラをユラユラと出している黒ウサギがいた。な、何か……怖いんだけど……。あとその黒いオーラは何だ。

 

黒ウサギの顔は笑っている。でも、目が笑っていない。あの、何ていうか……目が……いや、これは……うん、ヤバい。

 

目からハイライトが無くなってうつろ目になってる。

 

 

「大樹さんは最近女の子と仲良くし過ぎですよ♪」

 

 

ハハッ、『♪』が狂気にしか感じられない。

 

俺の手は震えはじめ、真由美の顔も揺れる。いや、真由美も震えているような。

 

周りに助けを求めようとするが……ちくしょう。みんな逃げてやがる。

 

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 

「どうして謝るのですか?」

 

 

だって、手にギフトカードが握ってあるから。

 

 

「あ、楢原君!」

 

 

その時、運悪く俺に話しかけてきたのは優子だった。

 

どうやら状況を把握していないらしい。優子は黒ウサギの後ろにいるため黒ウサギの表情を見れない。

 

 

「さっきの演説、カッコよかったわよ」

 

 

「あ、ありがとう……」

 

 

「そ、それでね!」

 

 

優子は下を向いて頬を赤く染めた。

 

 

「も、もしよかったら……この後……お茶でも飲みにいかないかしら?」

 

 

足の震えが最高潮に到達した。携帯電話のマナーモードを越える振動数だ。

 

 

「べ、別に嫌ならいいわよ!?わ、私一人でもいいけど……楢原君がいてくれると……嬉しいわ」

 

 

大樹は逃げ出した!▼

 

 

しかし、回り込まれてしまった!▼

 

 

黒ウサギの攻撃!▼

 

 

『インドラの槍』だ!▼

 

 

急所に当たった!▼

 

 

効果はばつぐんだ!▼

 

 

大樹は吹っ飛んだ。▼

 

 

黒ウサギに13の経験値が手に入った!▼

 

 

黒ウサギは大樹との勝負に勝った!▼

 

 

大樹「黒ウサギがヤンデレ化してる。誰かたすk」▼

 

 

 

________________________

 

 

「摩利先生!おやつはいくらまでですか?」

 

 

「10円だ」

 

 

「うま〇棒買って来ていいですか?」

 

 

「ついでにたけ〇この里を買って来てくれ」

 

 

「値段高いし、俺はき〇この山派だから却下」

 

 

たけのこ〇里派の人達よ……戦争をしようか……。

 

 

「というか今日が出発日だぞ?今から店なんかに行くな」

 

 

「大丈夫だ。俺はここから動かない」

 

 

「……そこからか?」

 

 

「うん」

 

 

摩利は俺の姿を見て引いた。

 

今日は九校戦出発日。俺たちはバスで移動するのだが、真由美が遅刻しているため、バスが出せないのだ。

 

あ、もちろん俺は外で待ってるよ。点呼係だから。でも、

 

 

バスの下に潜り込んでいるけどな。

 

 

こんな日当たりの良い場所なんて死ねる。

 

 

「暑い……眩しい……」

 

 

「だからってそこで待つのか、普通?」

 

 

「うるせぇよ。俺は普通じゃないからよ」

 

 

俺はバスの下から出ようとしない。むしろフードを被ってさらに完全防備。やったね。

 

ちなみに今日は自由に服を着ていいのでフード付きコートを羽織っている。黒のコートで光を完全遮断!無敵だぜ!

 

 

「渡辺委員長、点呼が終わりました。………大樹はどこですか?」

 

 

選手たちの点呼を終えた達也がバスから降りてきた。

 

 

「ここだ」

 

 

「……何をしている?」

 

 

「太陽と名を偽っている俺n

 

 

「大樹君は太陽の光を浴びたくないらしい」

 

 

「おい摩利。俺のボケを聞けよ」

 

 

俺の代わりに摩利に答えてしまった。中二病ギャグが台無しだよ。

 

 

「馬鹿ですね」

 

 

「ああ、馬鹿だな」

 

 

「……何か最近、俺の味方が減った気がする」

 

 

友達が……欲しいな……。

 

 

「ごめんなさーいッ!」

 

 

カッカッとサンダルのヒールを鳴らしながら走って来たのは真由美だった。

 

俺は携帯端末を開いて時間を確認する。ほう、1時間30分の遅刻か。今時のの〇太君でもここまで遅刻しないぞ。

 

まぁ家の事情だから仕方ないよな。

 

 

「これで全員ですね」

 

 

達也は手に持っていた点呼表にチェックを入れる。俺はもぞもぞとバスの下から出てくる。

 

 

「きゃッ!?変態!?」

 

 

真由美は俺を見て驚く。俺はもぞもぞとバスの下へと帰る。しくしく。

 

 

「あ、大樹君!?ご、ごめんなさい!」

 

 

「いいよ、どうせ俺は馬鹿で変態で優柔不断で最低で卑怯でブツブツ……」

 

 

「だ、大丈夫よ!大樹君はカッコいいから!」

 

 

「そういう優しさって……時に人を傷つける時があるんだぜ?」

 

 

「うッ」

 

 

俺の言葉に真由美は言葉が詰まる。達也はため息をついて、

 

 

「運転手さん、アクセル踏んでください」

 

 

「あぶねぇ!?」

 

 

俺は急いで転がってバスの下から脱出する。このままだと轢かれていた。

 

 

「達也君……最近、大樹君に酷いじゃないのか?」

 

 

「いえ、渡辺委員長には負けません」

 

 

いや、お互いに酷いと思うよ?少しは自重してくれ。

 

達也と摩利は点呼表を見ながら何かを話し始めた。おそらくこの後の予定だろう。

 

 

「ねぇ大樹君」

 

 

「ん?」

 

 

俺は真由美に名前を呼ばれて振り向く。

 

 

「これ、どうかな」

 

 

真由美はその場でクルリッと回る。同時に真由美の着ているサマードレスがヒラリッと舞う。

 

肩まで露出した花柄のサマードレス。スカート丈も膝上まで。素足にヒールの高いサンダル。黄色いリボンがついた白の帽子。

 

とても綺麗で、可愛かった。

 

だがこの程度で俺は動揺しない。ここは冷静に返すんだ、楢原大樹18歳童貞。おい、最後は余計だ。

 

 

「に、似合ってるってばよ」

 

 

俺はどこの忍者だってばよ。未だに動揺を隠しきれていないな、俺。

 

 

「そう……?」

 

 

俺は頷く。余計なことは言わない。ドジ踏んじゃうから。テヘッ☆

 

 

「ありがとう」

 

 

「おう……外は暑いからもうバスの中に入れよ」

 

 

「え?大樹君は入らないの?」

 

 

「技術スタッフは作業者に乗らないといけないらしい。というわけでこれにてドロン」

 

 

俺よ。結構気に入っているのじゃないか、忍者。

 

 

「大樹君」

 

 

俺のドロンを邪魔したのは摩利だったでござる。いい加減、自分でも鬱陶しいので忍者を引退させていただきます。ニンニン。

 

 

「君だけでもバスの中に乗っても……」

 

 

「いや、やめておくよ。一科生や先輩だって作業車に乗っているんだ。俺だけバスに乗るのは良くないだろ?」

 

 

「そうか……」

 

 

摩利の誘いに俺は笑みを浮かべて断った。摩利も言葉を口元を緩めた。

 

 

________________________

 

 

走り出したバスの中は賑やかだった。

 

九校戦について話す者。ついたら何をするか予定を決める者。みんな笑ったりしていた。

 

 

「「「「「はぁ……」」」」」

 

 

5人を除いて。

 

 

「せっかく大樹君を隣の席に誘おうと思ったのに……」

 

 

真由美はすねていた。隣に座っていた鈴音が答える。

 

 

「的確な判断です」

 

 

「え?リンちゃん、今なんて言ったのかな?」

 

 

にこやかに笑みを作る真由美。しかし、目が笑っていない。

 

 

「会長の美貌の魔力に耐えられる生徒はほとんどいないでしょうから。もっとも、楢原君はかなり女の子に慣れているようですが」

 

 

「え?どうして?」

 

 

真由美は鈴音の意外な言葉に疑問を持つ。

 

 

「前に楢原君が持っていた写真を見せて頂いたことがあったんです。写っていたのは女の子ばかりでした」

 

 

「え!?」

 

 

「見たことのない制服を着ていましたね。どこの学校か特定できませんでした」

 

 

「……私、一度も見せてもらったことないのだけど」

 

 

鈴音の言葉に真由美はさらにすねてしまう。

 

鈴音はこれからどうやって機嫌を直してもらうか考えるのだった。

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 

一方、摩利の隣に座っていた千代田(ちよだ) 花音(かのん)は流れる外の風景を見ながらため息をついた。摩利はそんな花音を見て言葉をかけた。

 

 

「花音……許嫁の五十里と離れ離れが残念なのは分かる。だが、2時間くらい待てないのか?」

 

 

「あ!それ酷いです!あたしだってそれくらい待てますよ!」

 

 

花音は右手を強く握る。

 

 

「でも今年は啓も技術スタッフに選ばれて楽しみにしてたんですッ!今日はバスの中でもずっと一緒だと思っていたのに……!」

 

 

(毎回毎回、五十里が絡むと別人だな……)

 

 

摩利は本気で悔しがる花音を見て、少し距離を取った。理由は、

 

 

「なのになんで……技術スタッフは作業車なんですか!!納得いかーんッ!!」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

花音の大声に生徒たちは驚く。摩利は耳が痛くなり、困った顔になった。

 

 

 

 

 

「……………」

 

 

深雪は下を向いていた。

 

 

「ええと……お茶でもどう?」

 

 

隣にいたほのかがお茶を深雪に差しだす。雫も席を立ち、ほのかの横で見守っている。

 

 

「ありがとう。でも、ごめんなさい。あまり喉は乾いていないの」

 

 

次の瞬間、バスの室内温度が下がった。

 

 

「私は()()()のようにこの()()()にわざわざ外で立たされていたわけじゃないから」

 

 

「「……………」」

 

 

氷点下を越える勢いだった。話を聞いていた他の生徒たちも寒そうにしている。

 

 

「お兄さんのことを思い出させてどうする」

 

 

「不可抗力よッ」

 

 

ヒソヒソッとほのかと雫は会話する。ほのかは既に涙目だった。

 

 

「……まったく誰が遅れて来るのか分かっているんだから外で待つ必要なんてないのに……何故お兄様がそんなお辛い思いを……しかも機材で狭くなった作業車で移動だなんて……せめて移動の間くらいゆっくりとお休みになっていただきたかったのに……」

 

 

(((((怖ェ……!!)))))

 

 

ほのかの体が震える。他の生徒たちも震えだした。

 

だが、雫は違った。

 

 

「深雪。でもそこがお兄さんの立派なところだと思うよ」

 

 

「え?」

 

 

「バスの中で待っていても誰も文句は言わないのに『選手の乗車を確認する』という仕事を誠実に果たしたんだよ。つまらない仕事でも手を抜かず当たり前のようにやり遂げるなんてなかなかできないよ」

 

 

(こういうセリフを赤面しないで言えるって雫のキャラよねぇ……)

 

 

雫の言葉にほのかは顔を赤くした。

 

深雪は雫の言葉を聞いてほのかと同じように顔を赤くした。

 

 

「そ、そうね。本当にお兄様って変なところでお人好しなんだから……」

 

 

深雪がデレた瞬間、周りにいた生徒全員がガッツポーズをした。

 

 

________________________

 

 

【技術スタッフの2年の先輩】

 

 

作業車の中。

 

俺は楢原にトランプをしないかと誘われた。五十里もするらしいので俺も参加することにした。

 

三人ではバランスが合わないので楢原と同じ一年の司波も参加した。

 

無難にポーカーをすることになったのだが……

 

 

俺「2ペアだ!」

 

 

五十里「4カード」

 

 

司波「俺も4カードです」

 

 

楢原「よし、ストレートフラッシュで俺の勝ちだな」

 

 

こいつら超つえええええェェェ!!!

 

何で二人も4カードいるんだよ!?ってかストレートフラッシュを一発目から!?おかしいだろ!?

 

 

楢原「よし、もし次に先輩が負けたらバスの中で『ぞうさん』を熱唱してもらうから」

 

 

めっちゃ嫌だ!?

 

だが、俺の止める暇も無くトランプが配布される。

 

手札は……!

 

 

(2が三枚……(ジャック)が一枚……(クイーン)が一枚!!)

 

 

既に3カード!4カードが狙える!!

 

俺はJとQを捨てる。

 

 

五十里「じゃあ僕は3枚で」

 

 

司波「俺は4枚」

 

 

楢原「ぐぬぬぬ……一枚だ!一枚に賭ける!」

 

 

デッキはシャッフルされ、俺、五十里、司波、楢原の順でカードを引く。

 

 

(来た!!)

 

5のカードが二枚!クローバーとハートだ。

 

俺はカードを広げる。

 

 

俺「フルハウスだ!!」

 

 

五十里「4カード」

 

 

司波「ストレートフラッシュ」

 

 

大樹「よっしゃあッ!!ロイヤルストレートフラッシュッ!!」

 

 

罰ゲームが決定した俺「何でだああああああァァァ!?」

 

 

俺は決意した。こいつらと二度とトランプなんてしない。

 

 

________________________

 

 

 

「「はぁ……」」

 

 

バスの中でため息をつく二人。黒ウサギと優子だった。

 

一番後ろから二番目の席。そこに二人は座っていた。

 

 

「楢原君と一緒の席に座りたかったわ」

 

 

「YES。黒ウサギもです」

 

 

「「はぁ……」」

 

 

再びため息をついた。

 

 

「ねぇ、黒ウサギ。何でフードを被っているの?」

 

 

「そうですね……今日の夜に話します。今晩、優子さんの部屋に行っていいですか?」

 

 

黒ウサギは笑顔で聞いた。優子は少し驚いたが、

 

 

「ええ、いいわよ」

 

 

笑顔で許可した。

 

二人で話す機会はなかなか無かった。黒ウサギはこれを機に優子との距離を縮めようとしていた。

 

 

『俺じゃダメかもしれない』

 

 

大樹がどんなに優子との距離を詰めても思い出さない。なら黒ウサギが距離を詰めるしかない。大樹はそう言った。

 

笑顔で言っているのに、目は悲しそうにしている。あの顔は忘れられなかった。

 

 

「優子さん。大樹さんが作って来たお菓子食べませんか?」

 

 

「ありがとう。楢原君の作るお菓子は美味しいから嬉しいわ」

 

 

優子は黒ウサギが持っているクッキーの袋詰めを貰おうとすると、

 

 

ギュルルルッ!!

 

 

「きゃッ!?」

 

 

バスが急停止した。

 

慣性の法則にしたがって、バスに乗っていた生徒たちは全員、前に傾く。

 

 

「ど、どうしたんですか?」

 

 

優子は席を立ち、慌てて運転手に近づく。

 

運転手は前を見ならがら言う。

 

 

「あなたが木下優子さんですか?」

 

 

「え……そ、そうですけど」

 

 

優子は運転手の質問を聞いて、後ろに一歩下がった。

 

嫌な感じがした。

 

 

「そうですか。では」

 

 

運転手は立ち上がり、

 

 

「対象を確認」

 

 

 

 

 

手にはバタフライナイフが握られていた。

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

優子はナイフを見て恐怖に陥った。後ろから倒れ、尻もちをつく。CADを取り出そうとするが、焦りと恐怖でうまくポケットから出せない。

 

 

「下がれ木下!!」

 

 

摩利が急いで助けに行こうとするが、間に合わない。このままだと運転手の持っているナイフの方が先に優子に刺さる。

 

魔法を発動しようにも時間が足りない。

 

 

「いやッ!!」

 

 

優子は腕で顔を覆い隠す。目からは涙が出ていた。

 

 

「優子さん!!」

 

 

黒ウサギの速さでも間に合わない。バスの狭い空間の中では動きづらく、最悪な。

 

 

「死ねえええええェェェ!!」

 

 

運転手の持ったナイフが振り下ろされた。

 

 

パリンッ!!

 

 

 

 

 

「【黄泉(よみ)送り】ッ!!」

 

 

 

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「があッ!?」

 

 

 

 

 

突如、バスの窓をぶち破って入って来たのは黒いコートを着た大樹だった。

 

 

 

 

 

大樹の技が運転手の身体にぶち当たる。運転手は吹っ飛び、大樹が入って来た反対の窓へと飛び出した。

 

 

パリンッ!!

 

 

ここは高速道路。運転手は道のわきにある高いガードレールにぶつかり、アスファルトに倒れる。運転手は動かず、気を失った。

 

 

「優子!大丈夫か!?」

 

 

大樹は急いで優子に駆け寄る。

 

そして、優子は大樹に抱き付いた。

 

 

「怖かった……怖かった……!!」

 

 

「……ああ、もう大丈夫だ。俺が来たからには安心しろ」

 

 

大樹は優子を強く抱きしめ返した。恐怖から解放された優子の目から涙が溢れ出す。優子の頭を撫で、落ち着かせる。体が小刻みに震え、大樹にも恐怖が伝わった。

 

 

「十文字。運転を頼めるか?」

 

 

「待て。現場の処理を……」

 

 

「そんなことしている時間は無い。急いでここから離れろ」

 

 

大樹は優子を立ち上がらせ、バスの後方の席。黒ウサギのところまで優子をゆっくりと一緒に移動する。

 

 

「黒ウサギ。優子を頼む」

 

 

「………分かりました。ですが」

 

 

「一人で大丈夫だ。今は優子をお願いしたい。これ以上危険に晒すのは絶対に避けたい」

 

 

「……お気をつけて」

 

 

黒ウサギは優子を席に座らせる。大樹はそれを確認した後、バスから降りる。

 

大樹は倒れて気絶している運転手の所まで警戒をしながら歩く。その時、作業車から降りた達也が急いで駆け寄って来た。

 

 

「大樹」

 

 

「悪い達也。状況は言えない。だけど」

 

 

大樹は真剣な表情で告げた。

 

 

「すぐにここから逃げたい」

 

 

「……分かった」

 

 

達也は急いで作業車へと戻り、スタッフたちに指示を出した。理由を聞かずに動いてくれたことを心の中で感謝する。

 

バスは十文字が運転し、走らせる。その後を作業車が追いかけた。

 

 

ダンッ!!

 

 

大樹は助走をつけて飛翔し、バスの上に乗った。作業車を運転していたスタッフが俺を見て驚くが気にしない。

 

フードを深く被り、風に飛ばされないようにする。涼しさを通り越した冷たい風がコートをなびかせる。

 

 

ピピピピピッ

 

 

()()()携帯端末が鳴りだす。それを予期していた大樹はすぐに電話に出ることができた。

 

 

『あ、繋がった』

 

 

「誰だ」

 

 

『あ、やっぱり失敗した』

 

 

声がエレシス……陽にそっくりだ。だが、口調が違う。だからある程度予想がついた。

 

 

 

 

 

「セネスだな」

 

 

 

 

 

________________________

 

 

【大樹視点】

 

 

 

『……………』

 

 

無言。何も喋らない。

 

 

「どこから見ている」

 

 

『言うわけないじゃん。馬鹿なの』

 

 

「あぁ?」

 

 

俺は生意気な口調に苛立った。原田と黒ウサギの言っていたことは本当だったみたいだ。腹立つわ。

 

エレシスの分身。セネス。

 

今ここにエレシスがいるのかは分からない。もしかしたらいないのかもしれない。

 

 

「チッ、エレシスはどこだ」

 

 

『え、お姉ちゃん?』

 

 

「は?」

 

 

 

 

 

お姉ちゃん?シスター?

 

 

 

 

 

「お前ら姉妹だったのか!?」

 

 

『あ、言っちゃった』

 

 

なるほど。多分、こいつ馬鹿だな。うん、馬鹿。

 

 

「おい馬鹿」

 

 

『死ね童貞』

 

 

「……………」

 

 

俺のライフが一瞬にして0になった。こいつ、許さねぇ……!

 

それよりも姉妹だと?姉妹揃って神の力を……?いや、それは後で考えよう。

 

 

「セネス……何が目的だ」

 

 

『目的?そうね……』

 

 

セネスは少し考えた後、告げた。

 

 

 

 

 

『復讐かな』

 

 

 

 

 

予想通りの答えが返って来た。

 

 

「エレシスは停戦を持ちかけているんだが?」

 

 

『え?お姉ちゃんが?』

 

 

「あぁ?知らないのか?」

 

 

『……そう』

 

 

セネスの声は低くなっていた。

 

 

『そうよね。お姉ちゃんだもん。私は認めているんもん。誰が……見なくても私が見ている』

 

 

「セネス?」

 

 

セネスの声は小さくなっていく。ノイズが入って聞こえにくい。

 

 

『私は私のやり方でフォローする』

 

 

セネスはそう言った後、

 

 

 

 

 

『あなたを殺す』

 

 

 

 

 

低い声でそう言った。

 

 

「ああ、かかって来い」

 

 

俺はそれに答えた。

 

優子に手を出したことを後悔させてやる。

 

 

ブチッ

 

 

数秒後、俺の声を聞いたセネスは満足したのか、携帯端末の電源を切った。端末からはもう声は聞こえない。

 

俺はギフトカードから【神影姫(みかげひめ)】を取り出し弾丸を入れ、左手に持つ。右手には【(まも)(ひめ)】を握った。

 

 

ギュルルルッ!!

 

 

後ろから物凄い勢いで走って来る物体。直立戦車だ。

 

数は1……2……3……4……いや、10はいる。

 

むッ、まだいるな。11……12……13……14……15。チッ、20か……多すぎる……!

 

………馬鹿な!?まだいるだと!?28……!29……!30……!31……!32……!33……!34……!って

 

 

 

 

 

「多いいいいいィィィ!?」

 

 

 

 

 

34ッ!?多過ぎだろ!?よく用意できたなおい!?予算とか超赤字だろ!

 

しかもあいつら綺麗に二列に並んで前進してきやがる。なんかムカつく。

 

俺は飛翔して最後尾の作業車の上に乗り移る。少し揺れたが問題なく作業車は進む。

 

 

「うわぁ……これ1UPキ〇コが無いと厳しいぞ?」

 

 

俺はマ〇オみたいに何度も生き返れないからな?……いや、二回くらい生き返ったような気がする。……残機二個くらいあったのか俺は?今何個だろう?

 

コートをなびかせ、迫りくる直立戦車を見る。敵はいつ俺が攻撃をするか(うかが)っている。

 

鬼種の力を宿した右目が紅く光る。同時に左手に持った【神影姫】も赤く光った。

 

 

ガキュンッ!ガキュンッ!

 

 

引き金を引き、【神影姫】で発砲する。【不可視の銃弾(インヴイジビレ)】で銃を。銃弾を捕捉させない。直立戦車は避けることもできず、

 

 

ドゴンッ!ドゴンッ!

 

 

先頭にいた二台の直立戦車が胴体から真っ二つになる。鬼種の力を与えた銃弾の威力は見ての通り最強だった。

 

後ろで控えていた直立戦車たちはやられた直立戦車の残骸を避けて行く。なるほど、動揺はしない……ということは……。

 

俺は精神を集中させる。……思った通りだ。直立戦車の中に人はいない。遠隔操作されて動いているんだ。

 

こちらからしたら好都合。遠慮なくやれる。

 

 

ガガガガガッ!!

 

ドゴンッ!!

 

 

次々とマシンガンやロケットランチャーなど直立戦車は遠距離攻撃を仕掛けてくる。直立戦車は一台一台、違う種類の武器を持っているようだ。

 

 

「ッ!」

 

 

ガチンッ!ガチンッ!

 

ガキュン!ガキュン!

 

 

【護り姫】から蒼い炎が燃え上がり、刀が錬成される。俺は【護り姫】を巧みに扱い、作業車やバスに当たりそうになる銃弾を的確に斬っていく。ロケットランチャーのミサイルは【神影姫】で撃ち落した。

 

だが、限界はある。

 

 

シュッ!!

 

 

「くッ!」

 

 

俺のコートに敵の銃弾が掠る。数が多すぎる。

 

コートの中から爆弾型CADを取り出し、スイッチを入れる。それを道路に落とした。

 

爆弾型CADは転がり、ちょうど直立戦車の真下に来た瞬間、

 

 

ガチンッ!!

 

 

加速魔法が発動した。

 

 

ギュルルルッ!!

 

 

突然のことに何台も直立戦車は対処できず、足元が滑りバランスを崩す。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

やがて転んだ直立戦車は後ろに控えていた他の直立戦車にぶつかったりし、地面に倒れた。

 

数は結構減った気がするがまだまだ多い。俺は【神影姫】を高速リロードをする。

 

 

ガキュンッ!ガキュンッ!

 

 

すぐに狙いを定めて【不可視の銃弾(インヴイジビレ)】を繰り出す。先程と同様、直立戦車は銃弾を捉えることはできない。

 

 

ドゴンッ!ドゴンッ!

 

 

今度は二台の右足を狙って転倒させる。

 

タイミングが良かったのか、運良く後ろで待機していた直立戦車にも当たった。一石二鳥だ。

 

 

ギュルルルッ!!

 

 

遠距離攻撃は通じないと思ったのか、直立戦車はスピードを加速させて俺の乗っている作業車の後ろまで来た。

 

右手に備えられたチェーンソーを俺に向かって振り下ろす。

 

 

「無駄だ!」

 

 

俺は【護り姫】でチェーンソーを受け止め、

 

 

バキンッ!!

 

 

チェーンソーがついた右手ごと粉々に破壊した。

 

 

「吹っ飛べッ!!」

 

 

ドゴッ!!

 

 

追撃の一撃。俺は右手を失った直立戦車の腹部に向かってローキック。直立戦車はくの字に曲がり、後ろに向かって吹っ飛ばされた。

 

後ろに控えていた一台の直立戦車も巻き込まれ、一緒に転がる。

 

……残りの数は20台。やっぱり多いだろ。

 

 

「穿て!【インドラの槍】!」

 

 

その時、後ろから稲妻が飛んで来た。

 

いや、飛んで来たのは稲妻では無く、黒ウサギが使っている【インドラの槍】だ。雷を身に纏い、直立戦車に向かって飛んで行った。

 

 

バチバチッ!!

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

槍は直立戦車を次々と貫き爆発した。すげぇ、半分近くまで減った。でも後処理大変そうだなぁ……何て言い訳しようか?

 

黒ウサギの槍以外にも援護された。直立戦車の装甲が爆発したり、直立戦車が凍ったりした。後者は多分、深雪が発動した魔法だと思う。

 

バスに乗った生徒たちが助けてくれた。そのことに思わず俺は笑みをこぼす。

 

 

ガゴンッ!!

 

 

唐突に直立戦車のパーツが崩れてバラバラになった。あれは達也の魔法だな。テロリストの持っていた銃をバラバラにした魔法と同じだ。

 

支援を受けて直立戦車数は残り2体までとなった。

 

 

ガキュンッ!ガキュンッ!

 

 

直立戦車も残りわずか。一気にケリを付ける。

 

不可視の銃弾(インヴイジビレ)】で直立戦車の胴体を吹っ飛ばした。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

そして、最後の直立戦車は壊れ、

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

爆発した。

 

やっと終わった。そう思っていたが、

 

 

ピピピピピッ

 

 

再び奪った携帯端末が鳴った。俺は周りを見渡し警戒しながら電話に出る。

 

 

「何の用だ」

 

 

『最低ッ!アンタが捕まっている間に貯めた金が全部無駄になった!』

 

 

「知るかよ」

 

 

いきなり八つ当たりかよ……。こいつ本当に腹立つな。

 

 

『でも本命はここから』

 

 

「本命だと?」

 

 

『あの人の作った最強の兵器』

 

 

あの人だと?背後に誰かいるのか?

 

嫌な汗が一気に溢れ出た。心臓の鼓動が速くなる。

 

 

ゴオオオオオォォォ!!

 

 

その時、上から飛行機でも通ったかのような音が腹の底まで響き渡った。

 

俺は恐る恐る顔を上げる。

 

 

『直立戦車タイプ(シグマ)

 

 

さっきの直立戦車(おもちゃ)とは比べものにはならないほどの大きさ。2倍……3倍……5倍以上はある大きさ。

 

 

 

 

 

そいつは空を飛んでいた。

 

 

 

 

 

右手には全てを薙ぎ払う大きな大剣。左手には貫くことを許さない絶対の盾。他の直立戦車と格が違うことを思い知らされる大きさだ。

 

普通の人が見れば空に小さな点にしか見えず、大きさはわからないが俺には分かる。本当に大きい兵器だと。

 

赤と白でコーティングされた飛行型直立戦車は腹部や腕に隠してあるミサイルを俺たちに向かって落としてきた。空がミサイルで埋め尽くされる。

 

 

「おい!スピードを出せッ!!」

 

 

俺は大声で作業車とバスに指示を飛ばす。

 

直立戦車が一斉に攻撃してきた時より数が多い。このままだと完璧に防ぐことができない。

 

 

ガガガガガガガガガガガガキュンッ!!

 

 

リロードしておいた【神影姫】を空から落ちてくるミサイルにフルオートで連射する。

 

銃弾に当たったミサイルは空中で爆発した。

 

 

だが、全部のミサイルを落としきれなかった。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

道路や高いガードレールに何十発のミサイルが降り注ぐ。当たるかもしれないという恐怖がみんなを襲う。バスでは泣きだす女の子。叫び出す男の子がいる。

 

 

「クソッ、【神影姫】じゃ届かない!」

 

 

標的は上空1000m以上もある。銃弾では届きそうにない。跳躍で距離を稼いだとしても、十分な威力が期待できない。

 

少しでも数を減らすために俺は跳躍し、刀でミサイルを斬る。銃弾をミサイルにぶつけて軌道をずらす。あるいはミサイル同士をぶつけた。

 

ミサイルの攻撃範囲が広過ぎるせいで作業車やバスの上を飛び回り、乗り移りながら対処しないといけなかった。

 

 

(数が多すぎるッ!)

 

 

ガチンッ、ガチンッ

 

 

「なッ!?」

 

 

ついに【神影姫】に込める弾丸が底を尽きた。家に置いてある全ての銃弾を持ってきたのに……!

 

ミサイルは残り少ない。あと少しなのに……!

 

 

「大樹さん!」

 

 

バスの窓から黒ウサギが顔を出し、俺の名前を呼んだ。

 

黒ウサギは俺に向かって刀を投げた。俺は【神影姫】をギフトカードに直し、左手で受けとる。

 

 

「【鬼殺し】……!」

 

 

刀は武装デバイスの【鬼殺し】だった。バスに乗せていた俺の荷物から取ってくれたのか。

 

俺はすぐに刀の鞘を腰につける。そして、サイオンを補給し【鬼殺し】に硬化魔法を掛ける。

 

 

「二刀流式、【阿修羅(あしゅら)の構え】!」

 

 

足に力を入れて飛翔する。と同時に【鬼殺し】を腰につけた鞘から抜いた。

 

 

「【六刀鉄壁(ろっとうてっぺき)】!!」

 

 

ザンッ!!

 

 

落ちてくる無数のミサイルを次々と斬り落とす。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

ミサイルは地面に落ちる前に空中で爆発した。

 

 

「くッ!」

 

 

爆風に背中を押されながらバスの上に着地し、膝をつく。衝撃を少しくらってしまったようだ。コートが少し焦げている。バスの中にいた生徒が驚くが構っていられない。

 

飛行している直立戦車はまだ上空。降りてくる気配はない。

 

 

(どうする?このまま待っていると次のミサイルが降って来るぞ……!)

 

 

焦りで体中から嫌な汗が溢れ出る。

 

サイオンを半分以上失った【鬼殺し】を鞘に戻す。

 

 

「……やるしかないか」

 

 

集中。神経を研ぎ澄ます。

 

バスから飛び降り、道路に上手く着地する。靴底は削れて熱くなる。

 

 

「……………」

 

 

敵に狙いを定め、足に力を入れる。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

鬼種の力を使い、標的に向かって音速で跳躍した。飛んだ衝撃で道路に大きなクレーターができる。

 

風のように空に向かって突き進む。

 

俺は敵の倒し方を再度頭の中で再現する。ある程度敵に近づいたところで【鬼殺し】を抜き、二刀流式、【六刀暴刃(ろっとうぼうは)】のカマイタチで直立戦車を切り裂く。届くかどうかは分からない。賭けだ。

 

敵との距離はあと200m。

 

 

ゴオッ!!

 

 

「ッ!?」

 

 

だが、敵も甘くはなかった。

 

俺が近づいて来ていることに気付いた直立戦車タイプ∑は飛行ウイングから炎を出し、俺に向かって突進して来た。

 

 

ガチンッ!!

 

 

俺の刀と相手の大剣がぶつかり合う。腕が簡単に折れてしまいそうな重い一撃。だが今の俺の方が力は上だ。

 

 

「このッ!!」

 

 

バキンッ!!

 

 

直立戦車タイプ∑の大剣を弾き飛ばし、怯ませる。その隙を俺は逃さない。

 

【護り姫】から蒼い炎が再び燃え上がり、新たに刀を錬成させる。刃は先程の10倍以上の長さに伸びる。

 

長い刀で敵を横から一刀両断する。

 

 

ガキンッ!!

 

 

敵が持っていた盾で俺の攻撃を防ぐが、

 

 

「うおおおおおォォォ!!」

 

 

ザンッ!!

 

 

盾を強引に斬り、そのまま胴体を真っ二つにした。

 

直立戦車タイプ∑から電撃が溢れ出て、嫌な機械音を響かせる。外装から太いコードが飛び出してしまっている。もうこれ以上の戦闘は不可能だ。

 

俺はこの星の法則。重力に従って落下し始める。

 

 

「!?」

 

 

俺はバラバラになって落下している直立戦車タイプ∑を見て驚愕した。

 

 

「何だよ……これ……!?」

 

 

 

 

 

直立戦車タイプ∑は生きていた。

 

 

 

 

 

いや、生きているように見えた。外装から飛び出したコードがウネウネと動き、真っ二つになった胴体と絡め合い、元通りにくっつけている。

 

砕け散った大剣は歪な形をしているが、元通りに近い形で復元していた。もちろん、粉々になった盾も。

 

 

(機械に再生能力だと……!?)

 

 

有り得ない光景に茫然としてしまった。

 

 

ドドドドドッ!!

 

 

「ッ!?」

 

 

直立戦車タイプ∑の装甲が開き、銃弾やミサイルが乱射される。俺は射撃音にハッとなり、刀を構える。

 

 

「二刀流式、【受け流しの構え】!」

 

 

俺は空中で音速の一回転をする。

 

 

鏡乱風蝶(きょうらんふうちょう)!!」

 

 

ゴオッ!

 

 

長い刀で風を断ち切る。斬った瞬間、刀に風が纏い、敵の銃弾やミサイルに暴風が吹き荒れる。

 

全ての銃弾とミサイルは相手の元へと帰って行った。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

鼓膜を破ってしまいそうな爆発音が耳を襲う。衝撃はバスや作業車まで届いていた。

 

 

「……………」

 

 

俺は落下しながら爆発した敵を見ていた。煙のせいで敵の姿は見えないが……俺には分かる。

 

 

ガチンッ!!

 

 

金属同士をぶつけた音が耳に届く。煙の中から何かが飛び出してきた。

 

 

「クソッ!」

 

 

ボロボロになった直立戦車タイプ∑が追いかけてくる。手には盾と大剣を組み合わせて造った剣が握られている。

 

ジェット機の速さに負けないスピードで迫って来る。

 

 

(弱点は無いのか……!?………いやッ!)

 

 

俺は【護り姫】をギフトカードに直す。

 

相手の弱点はあるはずだ。再生能力を引き起こすコア。そいつが絶対にあるはずだ。

 

俺は迫りくる敵の外装を見る。腕、足、胸……どれも違う。

 

 

「ッ!」

 

 

俺はあることに気が付いた。

 

直立戦車タイプ∑の頭部。そこだけが歪な形をしておらず、綺麗だった。

 

爆発を直撃して頭部だけ傷が一つも無いのはおかしい。怪しすぎる。

 

恐らく、頭部を頑丈にしなければならない理由がある。

 

例えば、自己再生をするためのコアがある、とかな。

 

 

「………抜刀式、【刹那(せつな)の構え】」

 

 

目を閉じて、神経を研ぎ澄まし集中する。最強の一撃を敵に当てるために。

 

何も見えない。真っ暗な暗闇が支配される。

 

何も聞こえない。心臓の音だけだけが聞こえる。

 

感情を殺せ。闘争心を封じろ。心を無にしろ。

 

俺は静かに鞘に入った【鬼殺し】に手を伸ばす。全てのサイオンを刀に注ぐ。

 

 

ゴオッ!!

 

 

直立戦車タイプ∑のスピードが加速した。俺に向かって剣を振り下ろす。

 

 

 

 

 

「【横一文字(よこいちもんじ)(ぜつ)】」

 

 

 

 

 

空間すら断ち切る絶対の一撃。

 

 

ザンッ

 

 

俺の動きは誰にも見えることはできない。

 

 

刀を引き抜いた瞬間。斬った瞬間。そして、刀を鞘に納める瞬間も。

 

 

直立戦車タイプ∑は俺の横をそのまま通り過ぎて落下する。剣は振られないまま。

 

俺は目を静かに開く。その瞬間、

 

 

バキンッ!!

 

 

俺に近づく前に直立戦車タイプ∑の頭部は綺麗に真っ二つになった。

 

文字通り、横一文字に。

 

頭の中にあった小さな核も一刀両断にした。再生する様子も見られない。再生機能を失った直立戦車タイプ∑は崩れていき、落ちて行く。

 

触れることすら許されない最強の居合い斬り【横一文字・絶】。居合いを極めた者だけが成せる技。エレシスに敗北してからずっと磨き続けた剣技だった。

 

落下スピードは加速する。地面に着地する時、少し痛そうだが、我慢するしかない。

 

 

「ッ……!」

 

 

覚悟を決めようとした瞬間、俺の体は落下途中で止まった。空中で止まった。

 

下を見てみると、バスと作業車が見えた。みんな外に出て、俺を見ていた。

 

俺の体にはいつの間にか浮遊魔法が掛かっており、落下するスピードが落ちていた。

 

 

「うわぁ……もう言い訳できないなこれ」

 

 

俺の人外っぷりを見られた。どうやっても誤魔化せそうになかった。

 

後で助けたお礼に話せとかめっちゃ言われそう。

 

 

「……………」

 

 

俺はポケットに入れておいた携帯端末を握る。もちろん、これは奪った携帯端末だ。

 

右手に力を入れ、粉々に壊す。

 

この九校戦。セネスは必ずもう一度仕掛けてくるはずだ。最悪、エレシスと一緒に。

 

 

(来るならかかってこい……)

 

 

返り討ちにしてやる。

 

 

俺は携帯端末の残骸を投げ捨てた。

 

 




今年最後の投稿です。

今まで見てくれた方々には感謝の気持ちでいっぱいです。

来年も頑張って書かせていただきます。

皆さん、よいお年を。


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九校戦 Zero Stage

あけましておめでとうございます。

【緋弾のアリア】の最新刊に登場するアリアの妹、メヌエットが可愛いくて仕方がない作者です。

今年もぶっ飛ばして行きます。

暖かい目で見守ってください。



大量直立戦車からの襲撃後、バスと作業車は無事にホテルに辿り着いた。

 

 

「あー、帰りたい」

 

 

俺を除いて。

 

先輩方に肩を貸してもらいホテルに入る。すいませんねー、こんなヨボヨボの俺なんかのために。

 

ミサイルの爆風や直立戦車タイプ(シグマ)との戦闘。結構効いていた。ちょっと力が出せない。

 

 

「あ、大樹君!……え、どうしたの!?」

 

 

私服を着たエリカが俺に向かって手を振るが、俺の顔色の悪さを見て驚愕した。ちょっと性質の悪い直立戦車に襲われたんだ。全く……数の暴力とかいじめかよ。何?お前ら中学時代のいじめっ子なの?ついに兵器を使うまで発展したの?性質が悪いってレベルじゃないぞ、それ。

 

 

「お、応援に来てくれたのか……?」

 

 

エリカに震え声で質問する。(震え声)

 

いつまでも先輩方に迷惑をかけるわけにはいかないのでロビーのソファに座らせてもらった。

 

 

「うん。美月もミキ。あとポニーも来てるわよ」

 

 

「そ、そうか……ポニーもか……懐かしいのう……」

 

 

「……ホントに何があったの?」

 

 

「じゃあ俺は家に帰る。お疲れ」

 

 

「えぇ!?九校戦は!?」

 

 

もう俺の役目はアレで終わりでいいだろ?金メダルはよ。粉々に噛み砕いてやるから。

 

帰るためにその場に立ち上がろうとする。が、

 

 

「ぐふッ」

 

 

立てなかった。俺は地面に倒れ、脱力する。ふぇ~、歩けないよぅ~。

 

どうやら抜刀剣術の【横一文字(よこいちもんじ)(ぜつ)】に集中力を使い過ぎて疲れが溜まったみたいだ。まぁ今までの怪我とかに比べればこんなの擦りむいた程度の怪我だな。

 

 

「大樹君!?」

 

 

エリカが俺のそばまで駆け寄って来る。俺は最後の力を振り絞って言う。

 

 

「え、エリカ……立派な魔法師になれよ……ガクッ」

 

 

「ガクッじゃないわよ!しっかりしなさい!」

 

 

「縞パン……ガクッ」

 

 

「どういうこと!?」

 

 

「下着……ガクッ」

 

 

「最低な最後の言葉ね!?ていうかさっきから語尾にガクッって言わないで!」

 

 

「えー、ガックシ」

 

 

「怒るわよ!?」

 

 

ちょ、エリカさん。俺を転がすのはやめて。気持ち悪くなるから。

 

 

「エリカちゃん!お部屋のキー……きゃあ!?」

 

 

フロントで受付を済まし、鍵を貰った美月が帰って来た。そして、俺を見てドン引き。

 

 

「あ、美月。美月も蹴る?」

 

 

「怪我人にその対応は酷くね!?」

 

 

「えッ!?そ、そんなこと……いいですか?」

 

 

「美月いいいいいィィィ!?」

 

 

駄目だコイツら。早く何とかしないと。

 

 

「おいエリカ!自分の荷物くらい自分で持て!」

 

 

「柴田さん。荷物持ってきたよ」

 

 

今度はポニーと幹比古が荷物を両手に持ってやってきた。一応言っておくけどポニーはレオだからな?

 

 

「っておわッ!?何やってんだ!?」

 

 

「え!?これって大樹!?」

 

 

レオと幹比古は俺を見て驚いていた。あと幹比古。俺をこれ扱いにするんじゃねぇよ。

 

 

「よぉ……お前ら二人は俺を踏んだら殺す」

 

 

「「怖ッ!?」」

 

 

じゃあ女の子に踏まれるのはありですか?……美少女なrやっぱり何でもない。

 

 

「大樹さん!」

 

 

今度は黒ウサギが俺の元に駆け付ける。

 

 

「ってエリカさん!?何をしているのですか!?」

 

 

「え?大樹君が踏んでほしいって」

 

 

「言ってねぇよ!」

 

 

「大樹さん……じゃあ黒ウサギも踏みますね?」

 

 

「もう少し俺に優しく接してしてくれない!?もう一回言うけど俺、怪我人!」

 

 

何でみんなして俺を踏もうとするの!?後いい加減にエリカは足をどけろ!

 

黒ウサギはハッとなり俺の体調の様子を伺う。

 

 

「そ、そうでした!大丈夫なんですか!?」

 

 

「……まぁ今日ゆっくり休めば明日には回復してるだろ」

 

 

「じゃあ……踏んでも!?」

 

 

「良くねぇよ!!」

 

 

 

________________________

 

 

結局エリカと美月と黒ウサギに踏まれた後(もしあの後30分以上続けられていたら何かに目覚めていた。目覚めさせねぇけど)、俺は夕方に行われるパーティの準備をしていた。

 

九校戦に参加する選手たちが全員出席し、仲を深める懇親会だ。

 

正直出たくないが、優子が誘って来たので行くことにした。むしろ金払ってでも行きたい。

 

俺を誘って来た時の優子はすでに落ち着きを取り戻し、笑顔まで見せてくれた。そして、その笑顔は俺の脳内で永久保存された。やったぜ。

 

自分の高校の制服を着て来いと摩利に言われ、俺は現在着用している。本当なら一科生のエンブレムが刺繍された制服を着なければならないが、俺は着ない。エンブレムの無い二科生の制服をあえて着た。

 

 

「二科生の意地を見せつけてやるよ」

 

 

俺はそう言って制服の中に着たフード付きパーカーのフードを深く被りホテルの自室を後にした。ちなみにフードを被った理由は太陽避けでは無い。だってパーティーは夜だぜ?

 

エレベーターを使って懇親会のある階で降りる。懇親会のある部屋の前の控室には既にかなりの人数が揃っていた。

 

 

「大樹君、こっちよ!」

 

 

ロビーの奥で第一高校生が集まっていた。輪の中心にいた真由美がこちらに向かって手を振っている。

 

 

「もう怪我は大丈夫なの?」

 

 

「まぁな。一応立てるようにはなった」

 

 

「そう……無理はしなくていいのよ?部屋で休んでも……」

 

 

「心配すんなって。もう元気だから」

 

 

真由美が心配するが俺は大丈夫だと自分の胸を強く叩いて示す。

 

 

「そうよね……だから踏んでもらったのよね」

 

 

「おかしい。会話のキャッチボールはさっきまでできていたはずなのに」

 

 

いきなり剛速球の変化球で返して来やがった。キャッチできないお。

 

 

「大樹君って……Mなの?」

 

 

「いや、今Sに目覚めたわ」

 

 

「ふえッ!?」

 

 

俺は真由美の頬を両手で引っ張る。真由美は腕を振って抵抗するが無意味。

 

逃れようにも逃れられない。必死に抵抗する美少女。何この可愛い生き物。もっといじめたいんだが。

 

 

「楢原君?」

 

 

後ろから優子の声がした。いつもタイミングが悪いのですが……誰か仕組んでるの?自然の摂理なの?解せぬ。

 

 

「……お、俺は無実だ!冤罪だ!」

 

 

「犯人はみんなそう言うのよ……」

 

 

真由美にツッコまれた。ちくしょう。あのコ〇ン君でも推理するまでも無いな。

 

 

「ゆ、優子……も、もしかして頬っぺたを引っ張られたいのか?」

 

 

何を言い出すんだ俺。馬鹿だろ。

 

 

「正座しなさい」

 

 

どうやら違ったみたいだ。ですよねー。

 

 

「え……えぇ……」

 

 

他の高校生とかみんな見てるんだけど……?羞恥プレイはちょっと……ねぇ……?

 

 

「正座」

 

 

「アッハイ」

 

 

怖い!怖いよ!

 

みんなの視線がつらい。思わず自害してしまいそうだ。

 

優子は俺が正座をしたことを確認して、説教を始めた。

 

 

「そもそも大樹君は女の子に対して……!」

 

 

「すいません……」

 

 

説教は懇親会が始まるまで続いた。以上、怒った優子も可愛いっと思った大樹でした。

 

 

「聞いてるの!?」

 

 

「すいませんでした!」

 

 

________________________

 

 

懇親会は立食パーティー。……椅子に座りたかった。

 

俺と優子と黒ウサギは一緒に行動していた。あ、優子のジュースが無くなった。すぐに取ってこないと!

 

 

「お飲み物はいかがですか?」

 

 

「あ、ちょうどいい。一つ……ってエリカ!?」

 

 

俺に声をかけたのはメイド服を着たエリカだった。手にはジュースを乗せたトレイを片手に持っている。

 

 

「アルバイトよ。どう?似合う?」

 

 

「ジュースを一つ。あとメイドも貰おうかな?」

 

 

「楢原君?」

「大樹さん?」

 

 

「やっぱジュースだけください」

 

 

や、やましいことなんて考えてないよ!

 

俺は頬を赤くしたエリカからジュースを貰う。それを不機嫌になっている優子に渡した。

 

 

「もしかして美月たちもやっているのか?」

 

 

「美月とレオは裏方。ミキとアタシはこっちで仕事よ」

 

 

エリカはそう言って指をさした。指をさした方向には幹比古がいた。頑張って皿を運んでいる。

 

 

「どうしてエリカさんたちはアルバイトを?」

 

 

「黒ウサギ、そこは察してやれよ。そんなのメイド服を着たかったからに

 

 

「踏むわよ?」

 

 

「自分、今8万円しか持ち合わせておりません」

 

 

俺はすぐにエリカに向かって財布を差し出した。もうやめてくれ。

 

 

「冗談よ。はやく直して」

 

 

「あ、ああ……すまない」

 

 

「よし、じゃあ横になりなさい!」

 

 

「すまん。自分の日本語が危ういみたいだから勉強してくるわ」

 

 

許してないのかよ。今の会話は許した後の会話だろ?違うの?俺勉強不足なの?

 

 

「メイドに踏まれるってどう?」

 

 

「踏まれるより膝枕をしてもらいつつ、耳かきで掃除をしてほしい」

 

 

「そう?してあげてよっか?」

 

 

「全力でお願いします!」

 

 

「「ッ!」」

 

 

ダンッ!!ダンッ!!

 

 

その瞬間、黒ウサギと優子に片足ずつ思いっきり踏まれた。下手したら足の骨が折れるレベルの強さで。

 

 

「うおおおおおォォォ!?痛いッ!?」

 

 

「やっぱり馬鹿だね……大樹君……」

 

 

エリカめ!はめやがったな!!

 

 

「じゃあアタシはまだ仕事があるからまたね!」

 

 

「おい!?」

 

 

こんだけ場を荒らしておいて逃げるなよ!

 

 

「楢原君。そんなにメイド服がすきなのかしら?」

 

 

「ゆ、優子のメイド服の方が……………ッ!」

 

 

俺は思い出した。文月学園での清涼祭でのことを。

 

あの時、優子はメイド服を着ていたこと。……猫耳と尻尾もあったな。

 

 

「……優子はメイド服を着たことがあるか?」

 

 

「何言ってるの!?そんなの無いわよ!!」

 

 

「……そうか」

 

 

「な、楢原君?」

 

 

俺は手に持ったジュースを飲み干す。リンゴの甘い味が口一杯に広がる。

 

……俺も甘いな。そんな記憶、残っているわけないだろうが。

 

 

『ご静粛に。これより来賓のあいさつに移ります』

 

 

その時、会場にアナウンスが流れた。話をしていた生徒たちが一斉に黙る。

 

会場の一番奥の壇上に偉そうなおじさんが立ち、マイクに向かって話を始めた。

 

つまらない挨拶を右から左へと聞き流す。時間の無駄だ。

 

時折、優子がこちらをチラチラ見ていたので、笑顔で返してやった。だが、優子は顔を赤くして俺の顔を見ようとしなくなった。残念。

 

 

『続きまして、かつて世界最強と目され20年前に第一線を退かれた後も、九校戦をご支援くださっております』

 

 

ん?世界最強って俺のことか?嘘です。全く九校戦を支援してません。

 

 

九島(くどう)(れつ)閣下よりお言葉を頂戴します』

 

 

壇上に出てきたのはドレスを着た若い女性だった。

 

 

「九島って一体何歳だよ。20年前っていうから……40くらいは越えていると思ったんだが?あと後ろのおじいちゃん誰だよ」

 

 

ストーカー?変態なの?あのおじいちゃん。

 

 

「違うわ。あの人は九島閣下じゃないわ。後ろに隠れているのが九島閣下本人よ」

 

 

優子は自分の言葉を言った後、驚いた。

 

 

「楢原君……もしかして魔法を見破っているの?」

 

 

「それを言うなら優子もだろ。黒ウサギだって見破っているんだ」

 

 

「YES。黒ウサギの耳は誤魔化せませんよ」

 

 

精神干渉魔法が会場全体に掛けられている。俺たちの意識を女性に向けるようにしている。まぁ俺は余裕で効かないけど。

 

しばらくした後、女性が何も言わず壇上を降りて行った。

 

後ろで待機していた九島が前に出る。同時に魔法が解かれた。

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

生徒たちは一斉に驚いた。それもそうだ。急に人が現れたように見えたのだから。実際は違うけど。

 

俺は携帯端末を使ってインターネットに接続する。検索したい枠の中に『九島 烈』と入れる。

 

 

『まずは悪ふざけに付き合わせたことを謝罪する』

 

 

マイク越しに発せられる声は若々しかった。

 

俺は携帯端末の検索結果で出た九島の情報を見る。

 

 

(……なるほど)

 

 

魔法に関しては最強。『最高』にして『最巧』と謳われ、【トリック・スター】と言われるほどの実力がある。……あと年齢は90近いらしい。すげぇ。

 

 

『今のは魔法というより手品の類だが、この手品のタネに気付いた者は見たところ8人だけだった。つまり』

 

 

九島は口元をニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

『もし私がテロリストだったとして、私を阻むくべく行動を起こせたのは8人だけだったということだ』

 

 

その言葉に生徒たちがゾッする。確かに、こんな最強のテロリストとは相手にしたくはない。

 

 

『どう思うかね?そこの顔を隠した楢原大樹君』

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

「おいふざけんな。何で今俺の名前を出す必要があった。フード被って来た意味が無くなっただろうが」

 

 

会場の人たちの視線が全部俺に注がれる。俺も有名になったものだな。

 

俺は溜め息を大きくわざとらしくつき、迷惑そうな顔をする。九島は困るかと思ったが、

 

 

『君はここに来る途中、とても活躍したそうじゃないか』

 

 

全然気にしてないな。思わず舌打ちをしてしまうところだったぜ。

 

俺は苛立ちを抑えながら聞く。

 

 

『さて、話を戻そう。私は「もし私がテロリストだったとして、私を阻むくべく行動を起こせたのは8人だけだった」と言った。君はこのことにどう思う?』

 

 

「どうって……別にいいんじゃないか?」

 

 

俺は思ったことを口にする。

 

 

「アンタ一人くらい、俺は止められる。それで十分だろ」

 

 

大樹の言葉に会場にいた生徒たちが口を開けて驚いた。

 

楢原 大樹は九島 烈より格上だと言ったのだから。

 

 

『……やはり君は興味深い。いつか話を聞かせてもらいたいものだ』

 

 

「尋問されそうだから遠慮する」

 

 

ついでにヤバい事件に巻き込まれそうだから遠慮する。

 

 

『それは残念。ところで君はどの競技に参加する?』

 

 

何かもう俺と九島の対談になってんだけど?大丈夫か、この懇親会。さすがのイー〇ックでも戸惑うぞ?『だ、大丈夫だ。問題ない!』って。……絶対問題あるなこれ。

 

 

「出ねぇよ。俺は技術スタッフ。あと作戦スタッフの補佐だ」

 

 

『それはまた残念なことだ。君の魔法を見たかったのだが……まぁ仕方ない』

 

 

それについては同感だ。仕方ないよね。魔法が使えないことは。

 

 

『申し訳ない諸君。彼との雑談に付き合わせてしまって』

 

 

「だったら話しかけんなよ……」

 

 

「大樹さん!失礼ですよ!」

 

 

小声で言った愚痴に黒ウサギから注意される。へいへい。すいませんね。

 

 

『彼は自信を持って私より強いと言った。だが諸君らは彼と同じことを言えるだろうか?』

 

 

言えるわけねぇだろ。

 

 

『私は嘘でも言うべきだと思っている。どんなに魔法が強くても、使い方が悪ければ弱くなる。しかし、逆のことも言えるのだ。低ランクの魔法を上手く使えば勝利の一手に繋がるということ』

 

 

……なかなか良い事言うな、おじいちゃん。

 

 

『つまりだ……嘘を巧みに使えば本物になる。本物を騙せば嘘になる。九校戦は魔法の使い方を競う場だ。諸君らはどうやって嘘を。本物を使う?』

 

 

九島は最後の言葉を告げる。

 

 

『諸君らの嘘が本物になること……そして、工夫を楽しみにしている』

 

 

全員が手を叩き、拍手が会場に響き渡った。

 

なるほど、これが『老師』と呼ばれる存在か。

 

 

「さてと」

 

 

俺は誰かが声をかける前に、会場から姿を消すことにした。だって九島が喋っているっていうのに、こっちをずっとチラチラ見る奴らが多いんだもん。逃げるだろ、普通。

 

 

________________________

 

 

ここは俺の自室。

 

現在、大事な作戦会議が行われていた。

 

 

「じゃあ今から【夏だよ!合宿だよ!チキチキ夜のお風呂を覗こう大作戦(ツー)!】!!」

 

 

ドンドン!!パフパフ!!

 

 

俺はイエーイと喜び、自作のラッパを鳴らし、ドンドンは床を踏みつけて鳴らした。

 

 

「「「「もしもし、警察ですか?」」」」

 

 

「うっは!いきなり全員に通報された!」

 

 

だが俺は通報を許さない。

 

飲み終わったコップの中に残ってある氷を親指で弾き飛ばし、通報しようとした人たちの手にぶつける。衝撃で全員の手から携帯端末が床に落ちる。

 

 

「おい!レオ!幹比古!桐原!服部!ふざけてんのか!?」

 

 

「それはこっちのセリフだ!」

 

 

反論して来たのは服部だった。クソッ、反逆者め!

 

 

「お前はそれでも男か!?女の子の裸を見たくないのか!?」

 

 

「それは犯罪だ!断じて俺は……!」

 

 

「真由美の裸を見たくないのか!?」

 

 

「ッ!?」

 

 

「見たくないのか……?」

 

 

「………みt

 

 

「服部!?惑わされるなよ!?」

 

 

邪魔をしたのは桐原だった。服部はハッとなり、赤面した。クソッ、壬生大好き人間め!

 

 

「どうせ壬生が今度見に来てくれるんだろ?夜這いして来い。以上」

 

 

「短ッ!?ってかそんなことするか!!」

 

 

「え?何?ここに居るってことは今から覗きをして浮気でもするの?」

 

 

「するわけねぇだろ!」

 

 

「何故だ!?何故浮気をしない!?まさか壬生が大好きだからか!?」

 

 

「い、いや!そういうわけでは……!」

 

 

「え?違う……のか……?」

 

 

「だ、だから……」

 

 

「愛してるよな?」

 

 

「あ、愛!?」

 

 

「言えよ。ここは俺たちしか居ないだから……この時くらい言っちゃいなよ」

 

 

俺は桐原の肩に手を置き、うなずいた。桐原は震えながら言う。

 

 

「……………て……る」

 

 

「聞こえない!ハッキリと言えよ!」

 

 

「あ、愛してるッ!!」

 

 

ピッ

 

 

「よし、この録音音声は壬生に送るわ」

 

 

「やめろおおおおおォォォ!!」

 

 

桐原は傍に置いてあったグラスのコップを俺に向かって放り投げるが、俺は綺麗にキャッチしてみせた。そして、

 

 

ピロリーン!

 

 

携帯端末の画面には『送信完了!テヘッ☆』と映し出されている。テヘッ☆

 

桐原は顔を両手で隠し絶望した。多分……いや、100%の確率で壬生は喜んでいると思うよ。

 

 

「お、鬼だ……鬼がいる……!」

 

 

「いや……あれは悪魔だよ……!」

 

 

顔を青くしたレオと幹比古。俺から距離を取ろうとしている。

 

 

「お前たち二人は覗くよな?」

 

 

「ぐぅッ……と、というかここに温泉なんかあったか!?」

 

 

レオの質問に俺はドヤ顔で説明する。

 

 

「先程、黒ウサギとメールしている時に偶然知った」

 

 

「お前本当に最低だな」

 

 

「フッ、褒めるなよ」

 

 

「褒めてねぇよ」

 

 

「ど、どうしてそこまで覗こうとするの?」

 

 

今度は幹比古の質問。俺はガッカリし、溜め息をついた。

 

 

「お前……女子風呂だぞ?女の子がタオル一枚で風呂に浸かっているんだぞ!?見るしかないだろ!?」

 

 

「は?何を言っているんだお前は?」

 

 

何故か服部が呆れたように言った。な、何だよ……その反応は?あ、そうか。風呂の中に入るときはタオルを外さないといけないか。マナーを忘れていたぜ。

 

 

「ここの地下の温泉施設は療養施設の一種だぞ?水着か湯着を着ているはずだ」

 

 

「……タオル一枚?」

 

 

「違う」

 

 

「……水着?」

 

 

「ああ」

 

 

【悲報】素晴らしい日本の温泉文化、死亡。

 

 

「じゃあいいや」

 

 

「「「「諦めるの早ッ!?」」」」

 

 

「水着なんて……いや、水着でも覗く価値はあるんじゃないのか?」

 

 

「「「「諦めてなかった!?」」」」

 

 

俺は策を練りながらブツブツと呟く。チッ、いつか透明マントを作ってやる。

 

 

「ッ!」

 

 

その時、俺は気配を感じた。外からだ。

 

窓から外の景色を眺める。敷地内は木々が多く、真っ暗だ。だが、俺の目を欺くことはできない。

 

鬼種の力を使い、暗闇に潜む悪。隠密行動をしている3人のテロリストが走っているのを捉えた。

 

黒い服に黒いマスク。手には拳銃を持っている。

 

 

「おい……テロリストだ」

 

 

「「「「ッ!?」」」」

 

 

俺の言葉に4人に緊張が走る。

 

 

「どこだ?」

 

 

「森の中だ」

 

 

一番最初に口を開いたのは服部。俺は質問に視線を森に向けて答える。

 

 

「今すぐ本部に連絡した方がいい」

 

 

「だったら僕がします」

 

 

服部の提案に幹比古が返事をする。幹比古は携帯端末を持って部屋の外へと出て行った。

 

 

「ここから仕留めたいなぁ……でも銃は使いたくないし……」

 

 

「何でだ?」

 

 

俺の言葉に疑問を持った桐原が尋ねる。

 

 

「あまり騒ぎを起こしたくないんだよ。テロリストに狙われているって分かったら、九校戦が延長したり、最悪中止になるかもしれん」

 

 

銃弾の音で選手に恐怖を与えたり、九校戦を見に来る観客に不安を与えたするのは最悪だ。今回のテロリスト、超迷惑野郎だな。

 

 

「何かいいものは……?」

 

 

俺は部屋を隅々と見渡す。

 

ふっと目についたのは自作ラッパだった。

 

 

「よし」

 

 

俺は窓を開けて、ラッパを持った右手に力を入れる。狙いはしっかりと定まっている。

 

 

「オラァッ!!」

 

 

次の瞬間、ラッパが時速200kmを越えた速度でテロリストたちに向かって飛んで行った。

 

 

ドゴッ

 

 

遠くからではあまり良く聞こえないが、鈍い音がした。

 

ラッパは一人のテロリストの頭に当たり、そのまま倒れた。仲間が必死に狙撃手()を探すが見つからない。

 

 

「おい、何かよこせ」

 

 

俺は敵の様子を伺いながら手を後ろに出す。そして、手に何かを持たされた。誰かが俺の手に置いてくれたのだろう。

 

 

「このッ!!」

 

 

投げる物を確認せず、そのまま投擲した。

 

 

バリンッ

 

 

 

 

 

テロリストの頭にガラスのコップが命中した。

 

 

 

 

 

 

「テロリストおおおおおォォォ!?」

 

 

死ぬ!アレは死ぬぞ!?頭から血を流して倒れてるし!残りの一人が震えているじゃないか!

 

 

「おい!?致命傷にならないモノをよこせよ!」

 

 

俺は失敗した。この大声で残り一人となったテロリストがこちらの存在に気付いてしまったこと。拳銃をこちらに向けている。

 

 

「不味い!はやく何かよこせ!」

 

 

そして、何かが俺の手に乗せられる。時間が無かったので確認はできなかった。

 

俺はプロ野球のように大きく振りかぶって投げた。

 

 

ドゴッ

 

 

 

 

 

テロリストの頭にタウ〇ページの角が直撃した。

 

 

 

 

 

「テロリストおおおおおォォォ!!!」

 

 

だから致命傷じゃねぇか!!ガチで死ぬぞ!?

 

 

「誰だ!タ〇ンページを俺の手に乗せたのは!?」

 

 

「何だ?文句があるのか?」

 

 

「服部かよ!?」

 

 

意味分からん!お前、そういうキャラだったか!?

 

俺と服部が口論していると、

 

 

「大樹、連絡したよ。本部がすぐに対処してくれるよ」

 

 

「サンキュー幹比古。でももう一つ頼みがある」

 

 

俺は振り返る。

 

 

「テロリスト達に救急車も頼む」

 

 

「どういうこと!?」

 

 

幹比古が戸惑っていた。確かに情報不足だな。

 

 

「いや、テロリストが死にそうなんだ」

 

 

「僕が居ない間に何があったの!?」

 

 

「ラッパとコップとタウ〇ページを投げた」

 

 

「意味が分からないよ!?」

 

 

この後、テロリストは一応死ななかったが、捕まった。

 

 

________________________

 

 

「気持ち良い~」

 

 

ほのかは温泉に浸かり、うっとりする。

 

先程大樹たちが話していた通り、このホテルの地下には温泉がある。あと湯着を着ている。タオルではない。

 

 

「わぁ……ほのかスタイルいい……」

 

 

ほのかを見て感想を述べたのは紅い髪の色をした一年生の明智(あけち)英美(えいみ)。彼女が温泉を誘った人だった。

 

英美はほのかにゆっくりと近づき、

 

 

「むいてもいい?」

 

 

「はい!?」

 

 

「いいよね?ほのか胸大きいんだから」

 

 

「いいわけないでしょ!雫助けて!」

 

 

「いいんじゃない?ほのか胸大きいし」

 

 

「雫!?」

 

 

バシャバシャとほのかは温水を英美にかけて抵抗する。英美はそれでも近づこうとする。

 

 

ガラッ

 

 

その時、2人の女の子が入って来た。

 

 

「温泉なんて久しぶりだわ」

 

 

「YES!黒ウサギも久しぶりです」

 

 

優子と黒ウサギだった。二人はシャワーを浴び終わったところだった。黒ウサギはタオルを頭に巻きつけてウサ耳を隠している。

 

 

「「「「じー」」」」

 

 

「ど、どうしたのですか皆様方……目が怖いですよ?」

 

 

温泉に浸かっていた女の子たちは黒ウサギを見ていた。

 

正確には胸だ。

 

沈黙が続く中、最初に声を出したのは美少年と見紛うばかりの外見の少女、里見(さとみ)スバルだった。

 

 

「あっちが上かもね」

 

 

英美はハッとなり、

 

 

「というわけで黒ウサギ。むいてもいい?」

 

 

「どういう意味か分かりませんが黒ウサギの身に危険が感じられるので却下です!」

 

 

黒ウサギは急いで温泉へと逃げた。

 

 

「……………」

 

 

優子は黒ウサギを見て自分の胸に手を置いた。そして、静かに落ち込んだ。雫はその様子を見て、優子の肩に手を置いた。

 

 

「大丈夫。女の子の価値はそこで決まらない」

 

 

「べ、別に気にしてないわよ!!」

 

 

優子が少し涙目だったのを雫は黙っておくことにした。

 

 

ガラッ

 

 

またシャワー室の扉が開いた。出て来たのは深雪だった。

 

 

「「「「「あ……」」」」」

 

 

みんなは深雪に見惚れてしまっていた。変な表現だと思うが、本当にみんなは見惚れてたのだ。

 

それほど深雪は美しかった。

 

 

「な、何……?」

 

 

深雪は集められた視線に疑問を持つ。

 

 

「ゴメンゴメン、つい見惚れてしまったよ」

 

 

「ちょ、ちょっと女の子同士で何を言っているの」

 

 

「んーまぁそれはそうだけど……あ」

 

 

スバルの返しに深雪が焦る。スバルは急いで話を変えることにした。

 

 

「パーティーはどうだった?」

 

 

「どう……って言われても……」

 

 

「三高に十師族の跡取りがいたよね?」

 

 

「あ、見た見た!」

 

 

スバルの質問に答えたのは深雪ではなく、英美だった。

 

 

一条(いちじょう)将暉(まさき)君!結構良い男だったね」

 

 

英美は深雪の方を向いて笑いながら言った。

 

 

「そういえば彼、深雪のこと熱い眼差しでみていたよね」

 

 

「そう……?全然気が付かなかったけど」

 

 

「お兄さんにぞっこんなのは有名だけど、やっぱりお兄さんみたいな人が好みなのかい?」

 

 

深雪の言葉を聞いてスバルは質問した。深雪は困った顔をしながら言う。

 

 

「私とお兄様は実の兄妹よ?それに、お兄様みたいな人が他にいるとは思わないわ」

 

 

(((((やっぱりブラコンだ……)))))

 

 

みんなはその答えを聞いて逆に安心してしまった。

 

 

「じゃあ楢原君は?」

 

 

「大樹さん?大樹さんは……」

 

 

英美の質問に深雪は視線を横にずらす。

 

 

「「ッ!」」

 

 

視線の先には黒ウサギと優子がいた。

 

 

「3人に聞いた方が面白いと思うわ」

 

 

「「「ッ!?」」」

 

 

深雪の言葉に3人は顔を真っ赤にした。

 

 

「え!?どうなの!?好きなの!?」

 

 

「ま、待ってください!そんな恥ずかしい事言えないですよ!」

 

 

英美が目をキラキラと輝かせながら黒ウサギに近づく。黒ウサギは手をブンブン振って嫌がる。

 

 

「ということは好きなのね」

 

 

「うッ!!」

 

 

雫の指摘に黒ウサギは言葉を詰まらせてしまう。だが、黒ウサギはそれでも話そうとしない。

 

 

「でも楢原君カッコいいよね。好きになってもおかしくないと思う」

 

 

「「「ッ!」」」

 

 

英美の一言に黒ウサギ、優子、ほのかが驚いた。

 

 

「特に今日の楢原君はカッコよかった!敵をやっつけている姿とか凄かったもん!あんなの見たら誰だって惚れちゃうよ?」

 

 

「先輩もカッコいいって言ってたね」

 

 

「「「ッ!?!?」」」

 

 

英美の言葉にスバルはうなずいた。大樹の人気の高さに三人はまた驚く。

 

その時、雫は思い出す。あの時の言葉を。

 

 

「『もう大丈夫だ。俺が来たからには安心しろ』」

 

 

「なッ!?」

 

 

優子が大樹に抱き付いた瞬間のセリフだった。優子の顔が赤くなる。

 

英美はニヤニヤとしながら優子に言う。

 

 

「カッコいいよね?優子?」

 

 

「し、知らないわ!」

 

 

優子は顔を赤くして視線をそらす。「えー、つまんないー」と英美は駄々をこねている。

 

 

「ねぇ楢原君はどういう性格なの?凄いってイメージしかないから分からない」

 

 

「ど、どうして黒ウサギを見るのですか……」

 

 

「一緒に住んでるんでしょ!?進展とかあるでしょ!?」

 

 

「……………無いです」

 

 

「「「「「え」」」」」

 

 

「大樹さん……口ではあんなこと言っているのに全く行動しないんですよ」

 

 

「具体的に……話してくれる?」

 

 

いろいろとツッコミたいことがあるが今はスルー。深雪が黒ウサギに聞く。

 

 

「黒ウサギがお風呂に入りだすと大樹さんはすぐ外に出かけるんです……」

 

 

逆に出て行って欲しくないの?っというツッコミは誰もしなかった。いやできなかった。

 

 

「テレビを一緒に見る時も隣に座るっても無反応ですし、肩に頭を置いても表情を変えないんですよ!」

 

 

(((((凄い。黒ウサギの大胆な行動も凄いけど……)))))

 

 

動揺しない大樹の精神が一番凄い。

 

 

「布団を二つ並べて寝ている時もです!黒ウサギが大樹さんの布団に入ってもピクリとも動かないんです!後ろから抱きしめてもですよ!?」

 

 

「「「「「ストップ。それはストップ」」」」」

 

 

「え?何でしょうか?」

 

 

「黒ウサギって……楢原君に抱き付いて寝たの?」

 

 

質問を優子が代表して聞く。

 

 

「そうですよ?」

 

 

「……何回くらい?」

 

 

「7回くらいです」

 

 

(((((意外と多い!?)))))

 

 

よく大樹の理性が保っていられたとみんなは思った。特に優子とほのかが驚愕していた。

 

 

「凄いわね楢原君……」

 

 

「はい……凄いですね」

 

 

「YES。だから怖いんです」

 

 

黒ウサギはお風呂の水面に写る自分の顔をみつめながら語る。

 

 

「大樹さんは賢くて、強くて、仲間思いな人」

 

 

周りのみんなは黒ウサギの言葉を静かに聞いた。

 

 

「でも人を助けるためなら自分の命を簡単に捨てようする危ない人でもあります」

 

 

「……………そうね。楢原君はそういう人だったわね」

 

 

優子は司に操られていた時を思い出す。命懸けで戦い、自分を守ってくれたことを。

 

 

「だからこそ、大樹さんは弱いんです」

 

 

黒ウサギの言葉にみんなが驚いた。

 

 

「最初に大樹さんと出会った時、自分の強さ……最強に自信を持っていました。ですが、時間が経つにつれてその勢いが無くなって……最後は崩れました」

 

 

黒ウサギの声がだんだんと小さくなるが誰一人、聞き逃さない。

 

 

「あの時は本当に信じられなかったですよ。あの大樹さんが……?って」

 

 

「ど、どのくらいヤバかったの?」

 

 

英美が恐る恐る尋ねる。

 

 

「全てを諦めていました。人を助けることも、戦うことも。そして、生きることも」

 

 

ですがっと黒ウサギは付け加える。

 

 

「大樹さんは立ち直りました」

 

 

黒ウサギは笑顔で言う。

 

 

「大切な人を守る為に強くなったのですよ」

 

 

「弱いんじゃないの?」

 

 

黒ウサギの言葉に疑問を持った雫が言う。

 

 

「YES!大樹さんは弱いですよ?」

 

 

「話が噛みあってないわよ……」

 

 

「優子さん。大樹さんって実は『泣き虫』なのは知っていますか?」

 

 

「「「「「えッ!?」」」」」

 

 

黒ウサギの言葉にみんなが食いついた。

 

 

「優子さんたちが傷つくと、すぐに泣いちゃうのですよ?」

 

 

「う、嘘……!?」

 

 

「本当です」

 

 

黒ウサギは笑みを浮かべながら言った。優子は固まって動かない。

 

 

「大樹さんは強くて弱いんです。だから優子さん」

 

 

黒ウサギは優子の目を真剣な眼差しで見て言う。

 

 

「大樹さんが泣いた時は慰めてくださいね?」

 

 

「……ええ、任せてちょうだい」

 

 

優子はしっかり聞こえるように返事をした。

 

 

「ねぇねぇ、優子さん()()って、まだ誰かいるの?」

 

 

「ッ!?」

 

 

黒ウサギの顔が「しまったッ!?」と言わんばかりの顔になってしまった。

 

 

「く、黒ウサギです!優子さんと黒ウサギですよ!?」

 

 

「そう……じゃあ黒ウサギ」

 

 

優子は満面の笑みで告げた。

 

 

「後で聞くわね?」

 

 

(大樹さん……黒ウサギは頑張ったと思います……)

 

 

大樹の苦労を少し知った黒ウサギだった。

 

 

 

________________________

 

 

【大樹視点】

 

 

「へっくしゅんッ!」

 

 

「何だ?風邪か?」

 

 

「いや、どっかの美少女さんたちが俺のことを話しているだけだ」

 

 

「一体どこからその自信が出てくる……」

 

 

服部はドン引きだった。いや、本当にそんな気がするんだよ。

 

そう言えば今日はゆっくり寝られるな。最近、寝ている時に黒ウサギに後ろから抱き付かれて困ってたんだよ。おかげでずっと動くこともできねぇし、朝まで待たないといけないし、胸当たってるし大変。最後は嬉しいけど。

 

 

「これは……不吉な予感がする」

 

 

コンコンッ

 

 

その時、ドアがノックされた。

 

 

「俺だ」

 

 

「ッ!?」

 

 

俺はその声を聞いた瞬間、一目散にドアへと向かった。

 

 

ガチャッ

 

 

「原田!」

 

 

「ああ、今帰って来たぜ」

 

 

声の正体は原田だった。

 

 

「原田ッ!!」

 

 

俺は原田に飛びつく。感動の再会。

 

 

「死ねえええええェェェ!!」

 

 

ドゴッ!!!

 

 

「ぐはッ!?」

 

 

「「「「ッ!?」」」」

 

 

あ、違う。最悪の再会だったわ。

 

俺は原田の顔面を手加減無しで右ストレートでぶん殴った。

 

原田の体は反対側にある部屋のドアをぶち破り、転がっていく。

 

 

「な、何だッ!?」

 

 

反対側の部屋の主である森崎とそのクラスメイトが慌てて出てくる。

 

 

「悪い森永。俺は明治のチョコレートが好きだから」

 

 

「僕は森崎だ!」

 

 

「いきなり何しやがるお前ッ!?」

 

 

テーブルの下敷きなった原田は、テーブルをひっくり返しながら怒鳴る。

 

 

「お前のせいで俺は人外に認定されたんだよ!心臓ぶちまけたとか言いふらしたせいでな!」

 

 

「違う!誤解だ!」

 

 

今更弁明の余地を与えたくなかったが聞く事にした。

 

 

「お前は正真正銘……人の道を踏み外した最低野郎だ!」

 

 

「ぶっ殺すッ!!」

 

 

俺は音速で原田に近づき距離を詰める。そして、左回し蹴りを繰り出す。

 

 

「遅い!」

 

 

ドゴッ!!

 

 

原田は俺の速度についてこれた。技を見切り、両腕をクロスさせてガードする。

 

左足の攻撃が空中で止まった瞬間、その場で地面についた右足を軸にして小さく飛ぶ。そして音速を越えるスピードで体を回転させる。

 

 

ドゴッ!!

 

 

二撃目。右回し蹴りが原田の顔にぶちあたった。

 

 

「おい!?洒落にならんぞ!」

 

 

だが、原田は口に咥えた短剣。【天照大神(アマテラスオオミカミ)の剣】が俺の蹴りをガードしていた。原田は口に咥えたまま叫ぶ。卑怯だぞ!武器使いやがって!

 

 

「チッ、今日はこのくらいにしてやる。……今日は」

 

 

「怖ぇよ!明日はどうする気だよ!?」

 

 

「消す」

 

 

「殺すより怖い!?」

 

 

俺は渋々と部屋に帰ることにした。後ろからは原田がため息をつきながらついてくる。

 

 

「「……………え?」」

 

 

森崎とそのクラスメイトはその場に残された。ぐちゃぐちゃに荒らされた部屋に。

 

 

________________________

 

 

服部は「被害に遭わないうちに帰る」と言って、自分の部屋へと帰って行った。他の3人も「み、壬生と電話しないとな!」とか「幹比古、俺たちも被害に遭わないうちに逃げよう」「うん。僕も言おうと思っていた」とか言い出してみんな帰った。……泣いてないよ?

 

 

「はぁ……何で俺が直すんだよ……」

 

 

「お疲れ。そのまま永眠していいよ」

 

 

「さりげなく『死ね』って言うなよ」

 

 

森崎たちの部屋の修繕を終えた原田が帰って来た。俺は何をしていたかって?別に何もしてないよ。コーヒー美味い。

 

 

「ほら。コーヒーやるよ」

 

 

「……何か入れたか?」

 

 

「いや、何も。そろそろ真面目な話をしようか」

 

 

「……サンキュー」

 

 

原田は淹れ立てのコーヒーを飲む。その間に俺は原田に携帯端末の画面を大きくして、見えるようにする。

 

 

「これは何だ?」

 

 

「九校戦で使われる会場、試合場所の見取り図だ」

 

 

俺は原田に細かく説明する。

 

 

「さっきも言ったが俺たちはここに来る途中、セネスに襲われた。まぁ本人は出てこなかったが」

 

 

「……なるほど。また仕掛けてくるかもしれないからか」

 

 

「話がはやくて助かる」

 

 

そう、見取り図を用意したのは第二の襲撃に備えるためだ。

 

相手は直立戦車などを使ってきた。だったら今度は爆弾を設置したりすることも十分に考えられる。

 

襲われた時、全ての直立戦車は遠隔操作されていた。仲間はいない……と考えていたが、

 

 

『あの人の作った最強の兵器』

 

 

これが気掛かりで仕方がない。今日は寝れないまでもある。

 

 

「馬鹿みたいに強かったからな、(シグマ)

 

 

「軍の記録にも書かれていない兵器……どういうことだ?」

 

 

「あいつらが作った……いや、無理だな」

 

 

エレシスは頭は良いが、知識不足だ。セネスに至ってはアレだ。アホだから。

 

 

「背後に誰かがいる……聞いてみるか」

 

 

「誰にだ?」

 

 

「はじっちゃん」

 

 

「……誰?」

 

 

俺は原田を無視して携帯端末を使って電話する。

 

コールが二回程鳴った後、

 

 

『何だ?』

 

 

「あ、はじっちゃん?聞きたいことがあるんだけど?」

 

 

『いい加減その呼び方をやめろ!』

 

 

「いいじゃん。で、どうだ?」

 

 

はじっちゃん((つかさ)(はじめ))はコホンッと喉の調子を整え、話始める。

 

 

『今日、襲われただろ?あれは【無 頭 龍(NO HEAD DRAGON)】が出した兵器で間違いない』

 

 

「やっぱりか……」

 

 

『でも一つだけ例外がある』

 

 

「直立戦車タイプ∑のことか?」

 

 

『……そんな名前なのかアレは?』

 

 

「いや、敵がそう言っていたから」

 

 

『そうか……結論から言うとその兵器は()()()()()兵器だ』

 

 

「どういう意味だ?」

 

 

『不可能なんだよ。造ることが』

 

 

「……すまん、言ってることがさっぱり分からん」

 

 

『君は地球を一瞬で消すことができる装置を造れるか?』

 

 

「いや、無理だろ」

 

 

『直立戦車タイプ∑はそれと同じだ。無理なんだよ。どんな大企業でも』

 

 

「ッ!?」

 

 

その言葉はこう示していた。

 

 

()()()()の兵器では無い。

 

 

……最悪のシナリオが頭の隅で出来上がった。

 

 

 

 

 

エレシス、セネスに続き、3人目の裏切り者がこの世界に来ていること。

 

 

 

 

 

『魔法無しで自己再生……機械単独での自己再生なんてどこの科学者も誰一人信じないだろう』

 

 

「……天才が今まで姿を隠していたという可能性は?」

 

 

『ゼロだ。まず自己再生自体が異常なことだ。……日本政府もこの映像を見たら焦るだろう。というより、もう焦っている』

 

 

「……俺のことも政府に見られていたか?」

 

 

『ああ、バッチリと写っている』

 

 

チッ、周りはかなり警戒していたはずなのに……

 

 

『人工衛生カメラに』

 

 

無理。それは逃れられない。お手上げだわ。

 

 

『でも安心しろ。お前は僕たちを撃退した功績。それと【ギルティシャット】の件がある。不審には思われないだろう』

 

 

「待て」

 

 

会話を中断させたのは原田だった。

 

 

「えっと……はじっちゃん?」

 

 

『僕の名前は司一だ』

 

 

「すまない。なぁ司さん、ここ最近……というか入学してから大樹が起こしたことを全部教えてくれないか?」

 

 

あ、やっべ。

 

俺が止めようとするが遅かった。原田の携帯端末に何かが送られてきた。恐らく……いや、間違いなく俺の情報だ。用意良すぎるだろ、はじっちゃん。

 

 

「……大樹」

 

 

「俺は悪くない」

 

 

「あれ程目立った真似は避けろって言ったよな?」

 

 

「社会が悪いんだ。働いたら負け」

 

 

「ネットの記事に書かれるまで目立つか普通!?」

 

 

「俺は普通じゃないだろ。片腹痛いわ!」

 

 

「開き直んな!片腹痛いわ!」

 

 

「あー駄目だな。それ盲腸だわ。救急車呼ぶ?」

 

 

「違う!意味違うから!」

 

 

「うぜぇー。救急車に乗ったついでに整形してこいよ」

 

 

「最低だなお前!何でそんなこと言うんだよ!?」

 

 

「自分、不器用ですから」

 

 

「悪質過ぎるだろ!」

 

 

「そうだ。だから俺は悪くないんだ。Q.E.D.」

 

 

「何も証明されてねぇよ!?納得しないよ!?」

 

 

「そもそもテロリストが俺たちに攻撃するのが悪いんだ。O.H.D.」

 

 

「O.H.D.?」

 

 

「お前、はやく、黙れ。Q.E.D.」

 

 

「喧嘩売ってんのか!?あと証明できてないって言ってるだろ!?」

 

 

「だって最初のテロリスト、はじっちゃんが命を狙ってきたもん!!」

 

 

『お前も責任があるだろ!』

 

 

ギャーギャーッとしばらく口論し続けた。

 

 

~10分後~

 

 

「もうやめよう……次の話するから……」

 

 

「そ、そうだな……」

 

 

『ぼ、僕はもう切るよ……仕事が残っている……』

 

 

不毛な戦いの果てに手に入れたのは疲労だった。

 

原田は一息つき、俺の目の前に束になった紙と手帳を置いた。

 

 

「これがセネスの情報だ」

 

 

「!?」

 

 

俺は急いで手に取る。

 

束になった紙に書かれている内容を黙読する。

 

 

「う、嘘だろ……?」

 

 

紙に書かれた内容を見て驚愕した。俺は原田に尋ねる。

 

 

「他にないのか……?」

 

 

「すまない……これで全部なんだ。エレシスの情報は見つからなかったけど、別にいいよな。アレはどちらか片方が分身ってことで纏まった……大樹?」

 

 

「……………」

 

 

頭の中で情報が整理されていく。一つ一つのヒントが繋ぎ合っていく。

 

 

(分からない……何で書かれていないんだ!?)

 

 

焦りで汗が止まらない。おかしい。答えはすぐそこにあるはずなのに。

 

 

「……ッ」

 

 

その時、ふと目に止まったモノがあった。

 

 

表紙と裏表紙がボロボロになった手のひらサイズの手帳。

 

 

ゆっくりとそれに手を伸ばし手に取る。

 

 

「……俺にはさっぱり意味が分からなかった。どういうことか分かったか?」

 

 

「……………」

 

 

ああ、そういうことか。

 

静かに手帳を閉じる。

 

 

「……もう寝るか。原田もこの部屋で寝て行けよ」

 

 

「いいのか?」

 

 

「ああ、どうせバレないだろうし。隣のベッドを使ってくれ」

 

 

「サンキュー」

 

 

俺はベッドに倒れて楽な体勢を取る。そして、手帳を開いて再度黙読する。

 

 

(……8月11日)

 

 

エレシスと約束した日。敵が来るならこの日。きっとこの日に来るはずだ。

 

 

『私は14歳です』

 

『……は?』

 

『成績優秀、八方美人、完璧でないといけません』

 

 

屋上で話したあの言葉が頭によぎる。

 

 

『私は優秀でなければいけません』

 

 

勉強会で言ったあいつの使命感。それが心の底からやっと伝わって来た。

 

 

そして、エレシスの悲しい顔が頭から離れない。

 

 

(クソがッ……)

 

 

歯を強く食い縛る。口の中で鉄の味が全体に広がった。

 

 

『そうよね。お姉ちゃんだもん。私は認めているんもん。誰が……見なくても私が見ている』

 

『私は私のやり方でフォローする』

 

 

エレシスの言葉だけじゃない。セネスの言葉も思い出させられる。

 

思い出してみればあの時の声はどこか弱々しかった。悲しげだった。寂しげだった。

 

 

(今あいつらに必要なのは何だ……?)

 

 

俺はベッドに寝そべったまま、天井を睨み続けた。

 

 

その日、睡眠時間を全て削ってまで考え続けた。

 

 

答えは結局、出てこなかった。




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九校戦 First Stage





8月3日 九校戦開幕式

 

開会式は出れない。というか出られなかった。

 

開会式は外で行われ、きちんとした恰好。つまり制服を着て参加する。よってフードは着用禁止。

 

フード無しで炎天下の開会式に行くのは死を意味する。黒ウサギと一緒にフードを被って観客席から見学だ。

 

 

「優子に話したのか?」

 

 

「YES!秘密にしてくれるので心配ありません」

 

 

「そうか……」

 

 

隣に座った黒ウサギは笑顔で答える。

 

黒ウサギは夜に優子の部屋を訪ねて、自分のウサ耳のことを話したらしい。優子は「やっぱり本物だったんだ」と言い、分かっていたそうだ。そういえば店で見られたな。

 

 

「優子のこと、頼んだぞ」

 

 

「はい。黒ウサギに任せてください」

 

 

黒ウサギは返事をして、俺の手を握った。

 

 

「って何で俺の手を握るんだよ」

 

 

「元気が無いからですッ」

 

 

「……悪い。戦いで頭が一杯でな……迷惑かけた」

 

 

「無茶だけはしないでくださいね」

 

 

「ああ」

 

 

俺は握る手を少しだけ力を入れた。

 

 

(((((何でイチャイチャしてんだよ!)))))

 

 

……とりあえず周りの観客の視線が痛いなぁ。

 

 

_______________________

 

 

九校戦は10日間。20種目の魔法競技が行われる。

 

本戦・新人戦に男女10名ずつ。合計40人が出場する。(ただしエンジニア等の技術スタッフは除く)

 

魔法競技の種類は6種類。その内4つは男女共通。1つは男子限定。残りの一つは女子限定の競技だ。

 

各高校から一つの競技に出場できるは3人まで。そして1人が出場できるのは2つまでとなっている。よって、男女各5人は2種目出場しなければならない。

 

一日目に行われる競技は本戦の『スピード・シューティング』『バトル・ボード』だ。

 

スピード・シューティングは真由美。バトル・ボードは摩利が出場する。

 

最初はスピード・シューティングがあるので、俺はさっそく真由美が使うデバイスを調整していた。が、

 

 

「ねぇねぇ!手打ちで整備するの?」

 

 

「あ、ああ……こっちの方がやりやすいからな」

 

 

「凄い!キーボードを手打ちでやる人なんて初めて見たよ!」

 

 

「どうも……」

 

 

「本当に何でもできるんだね、楢原君」

 

 

「ま、まぁな。俺だからな」

 

 

最後はちょっとドヤ顔した。

 

 

キャーッ!!

 

 

女の子達の黄色い声が響き渡る。先輩と同級生に囲まれてモテモテなう。もしかしてかの有名なモテ期が来たのだろうか?でもあれは都市伝説って聞いたけど?

 

……というか集まり過ぎだろ。観客席に行って応援しろよ。

 

 

(はやくここから立ち去らなければ……!)

 

 

女の子達のボディタッチが多過ぎる!腕と背中に柔らかい感触がしてヤバい。真由美のCADをとっとと調整してしまおう。そして去ろう。

 

 

ピコーンッ

 

 

「ッ!」

 

 

調整終了の音が鳴った。よし、終わった!

 

 

「楢原君!次は私の!」

 

「待って!私が先よ!」

 

「ずるい!私もする!」

 

 

「待て待て!ちゃんと専用のエンジニアさんがいるだろ!?」

 

 

「楢原君がいいもん!」

 

「あたしも!」

 

「みんなもそうだよねー♪」

 

 

「「「「「ねー♪」」」」」

 

 

ねー♪っじゃねぇよ!可愛いなオイ!

 

 

「……この後は摩利の調整も残っている。専用のエンジニアにしてもらえ」

 

 

「「「「「えーッ!!」」」」」

 

 

「……チッ、じゃあ作戦くらいなら少し考えてやる。我慢しろ」

 

 

キャーッ!!

 

 

また黄色い声が部屋に響いた。何これ。リア充なの俺?爆発した方がいいかな?

 

俺は真由美のデバイスを持ってその場を後にした。

 

 

_______________________

 

 

控え室で待機している真由美の所に行った。しかし、

 

 

「あのー、真由美さん?どうしてそんなに不機嫌なのですか?」

 

 

「……………」

 

 

真由美は競技用のユニフォームに着替えており、俺と顔を合わせようとしなかった。

 

俺がデバイスを真由美に向かって差し出すと無言でかっさらっていった。……怒っているのか?

 

女の子の機嫌の取り方なんざ学校で習っていないので無理。アニメとゲームの知識を借りるとしよう。

 

 

(まず謝ることが大切だよな)

 

 

「真由美、俺が悪かった。すまん」

 

 

「……何が悪いか言ってみなさい」

 

 

「…………………………わかんなーいッ☆」

 

 

バシュンッ!!

 

 

その時、俺の頬に何かが掠った。

 

 

「次は当てるわ」

 

 

「すいませんでした」

 

 

ドライアイスだ。ドライアイスを作って亜音速で飛ばして来やがった。魔法怖い。

 

 

(ここは無難に恰好を褒めるか……)

 

 

真由美は耳を保護するヘッドセット。目を保養する透明のゴーグルをかけていた。

 

ウエストを絞った詰め襟ジャケット。(遠くから見るとスパッツとミニワンピースを着ているように見えるのは俺だけか?)

 

まるでSF映画にでも出てきそうなヒロインだ。

 

 

「……その恰好、可愛いと思うぞ?」

 

 

「ッ…………!」

 

 

真由美はさらに顔を横にそらした。頬が赤い。怒らせたみたいだ。やっぱりダメか。

 

 

(次は……いや、もうないな……)

 

 

というかネタ切れ。どうしよう。

 

……よし、まず何故真由美が怒っているのか考えよう。

 

デバイスの調整はちゃんとやった。

 

開会式に出ないことはちゃんと報告した。むしろ真由美に言った。

 

 

(おかしい。どこで怒らせたのか全く分からない)

 

 

『ウォー〇ーを探せ』でウォー〇ーが載っていない時くらいに難しい。それクリアできないから。

 

 

「真由美。ごめん、さっぱり分からん。俺、何か悪い事をしたか?したなら謝りたい」

 

 

「え、えぇ!?」

 

 

「今何で驚いた」

 

 

「だ、だって………ッ!」

 

 

真由美は理由を言おうとしたがやめた。

 

 

(観客席で黒ウサギさんと手を繋いだこととか、女の子に囲まれてイチャイチャして嫉妬したとか言えないわよ……)

 

 

「真由美?真由美さーん?」

 

 

「きゃッ!?」

 

 

その時、大樹が真由美の顔を覗いた。真由美は大樹の顔とのあまりの近さに驚いた。

 

 

「へ、変態!」

 

 

「何でだよ!?」

 

 

「大樹君が悪いのよ!黒ウサギさんと手を繋ぐから!」

 

 

(見てたのかよ!?)

 

 

「それにさっき女の子達とイチャイチャしていたじゃない!」

 

 

「してねぇよ!」

 

 

何でアレがイチャイチャになるんだよ。

 

 

(というか真由美……もしかして)

 

 

嫉妬?と頭に思い浮かんだ。……いや、待て待て。俺だぞ?あり得n……。

 

 

その時、【ギルティシャット】から脱出した後、真由美との出来事を思い出した。

 

 

頬にキスをされたことを。

 

 

ガンッ!!

 

 

俺は壁に向かって頭突きした。

 

 

「大樹君!?」

 

 

「大丈夫だ!雑念を払っているだけだから!」

 

 

ガンッ!!

 

 

「払い方が命懸けなんだけど!?」

 

 

はぁ……はぁ……!このままだと死ぬ。物理的では無く精神的に死ぬ。こんなに強く頭を壁に打ち付けても血が一滴もでないってどういうことだよ。

 

 

「……………」

 

 

「だ、大樹君?」

 

 

「真由美」

 

 

俺は両手で真由美の両手を握った。

 

 

「ふぇッ!?」

 

 

「けど、その、この……アレだ。これでいいか?」

 

 

「え、えぇ……ゆ、許すわ」

 

 

真由美は下を向いて俯く。うッ、恥ずかしさがこっちまで伝わるぞ……。

 

沈黙が続く。真由美は放そうとしないし……俺から放すのもアレだし……。

 

 

「……そ、そろそろ時間だわ」

 

 

「そ、そうか」

 

 

「い、行ってくるわね」

 

 

「い、いってらっしゃい」

 

 

「「……………」」

 

 

何だこの会話。

 

 

_______________________

 

 

【スピード・シューティング】

 

通称「早撃ち」と呼ばれている。

 

30メートル先の空中に投射されるクレーを魔法で破壊する競技だ。クレーは5分間の制限時間にランダムに射出されるため、素早さと正確さが求められる。

 

予選は破壊したクレーの数を競うスコア型。上位8名による決勝トーナメントは自分の色のクレーを撃ち分ける対戦型になる。

 

 

(普通の拳銃でも参加OKなら出れたのに……)

 

 

出れないことに残念と思う。

 

 

わあああああァァァ!!

 

 

観客は真由美の姿を見た瞬間、大歓声が巻き起こった。真由美は『エルフィン・スナイパー』と呼ばれるほど知名度が高く、人気者だ。

 

真由美は競技用の高台にあがり、俺が調整した小銃形態デバイスを構える。と同時に会場が静かになる。まぁマナーは守るべきだよな。

 

 

ピーッ!!

 

 

そして、開始の合図が鳴った。

 

 

パシュッ!パシュッ!

 

 

合図と同時に3つクレーが射出された。

 

クレーを撃ち落す時は有効エリア内で撃ち落さなければならない。30メートル先にある有効エリアは15メートルの正立方体の中で撃ち落さなければならない。そうしないと得点が入らならない。

 

 

(日頃拳銃をぶっ放している武偵の生徒でも30メートル先を当てるのは難しい。しかも3つ同時出てくるととなると、早撃ちできないとパーフェクトは無理だ。Aランクの武偵でも80越えが限界だな)

 

 

俺はパーフェクトできると思うけど。

 

さて、真由美は一体いくつ落とすのか?

 

 

「ッ!」

 

 

真由美が構えた銃先に白い煙が収束し、3つのドライアイスの球体ができる。

 

 

シュッ!!

 

 

ドライアイスはクレーに向かって飛んで行き、

 

 

カカカッ!!

 

 

 

 

 

有効エリアに入った瞬間、3つのクレーを撃ち落とした。

 

 

 

 

 

凄い。入った瞬間を狙うなんて中々真似できないぞ。

 

 

カカカッ!!

 

 

またクレーが有効エリアに入った瞬間、撃ち落とした。

 

 

カカッ!!

 

 

また。

 

 

カカッ!!

 

 

……まただ。

 

 

カカカッ!!

 

 

……………。

 

 

カカカカッ!!

 

 

 

 

 

あ、これ勝負あったわ。

 

 

 

 

 

そして、5分間はあっという間に経ち、スコアが出された。

 

 

『100』

 

 

はいパーフェクト。命中率100%って武偵ならSランク相当だわ。強襲科(アサルト)に来ないかい?

 

真由美はヘッドセットとゴーグルを外し、帰って来た。俺は手を叩いて拍手する。

 

 

「断トツじゃねぇか。これトップだろ。決勝戦の結果が目に見えているんだが?」

 

 

「そうかしら?大樹君が出場したら分からないわよ?」

 

 

「そうだな。俺なら石ころ投げれば全部落とせるしな」

 

 

「……………」

 

 

「冗談だから引くな。おい!逃げるなよ!?」

 

 

まぁ冗談じゃないが。やろうと思えばできる……かな?

 

 

「次は摩利の番でしょ?行かなくていいの?」

 

 

「もう終わらせた」

 

 

「え?」

 

 

「もう調整したデータを送っておいたから大丈夫だ」

 

 

「い、いつの間に……」

 

 

「真由美が競技に出ている間に」

 

 

「5分しかないわよ!?」

 

 

「いや、5分で終わるだろ。俺なら」

 

 

「……………」

 

 

「だから逃げるなあああああァァァ!!」

 

 

歩くスピードはやッ!?早歩きはやいよ!?そもそも摩利が使用する魔法はそこまで複雑じゃなかったんだよ!

 

 

「じゃあ大樹君はこの後どうするの?」

 

 

「どうするって?」

 

 

「摩利の応援には行かないの?」

 

 

「行くぞ?真由美も行くだろ?」

 

 

「え?私は決勝戦の……」

 

 

「準備なら俺が観客席である程度やってやるよ。ほら、行くぞ」

 

 

「あ、ちょっと!?」

 

 

俺は真由美の手を引いて、バトル・ボードが行われる競技場へと向かった。

 

 

_______________________

 

 

【バトル・ボード】

 

通称「波乗り」と呼ばれる。

 

動力の無いボードに乗り、魔法を使って全長3キロの人口水路を3周して勝者を競う。

 

水面の魔法行使は認められているが、他の選手の身体やボードへの攻撃は禁止である。

 

 

「あのー、黒ウサギさん?ほのかさん?優子さん?何で俺は正座させられているのですかね?」

 

 

「「知りませんッ」」

「知らないわよッ」

 

 

「……そうですか」

 

 

客の視線が痛い。ちょっと悲しくなってきたんだけど?今度は黒ウサギとほのかと優子の機嫌が悪いみたいだ。解せぬ。

 

 

「大樹君が悪いわね」

 

 

「真由美。何か知っているなら教えt

 

 

「秘密よ」

 

 

「……そうですか」

 

 

涙拭けよ、俺。ほら、ハンカチだ。

 

 

「大樹。もう少し周りを見た方がいいんじゃないか?」

 

 

俺は達也に言われた通り、周りを見渡した。うーん、

 

 

「客が多いな」

 

 

「……大樹さんには無理ですね」

 

 

深雪の目が冷たい。凍え死んじゃう。誰かカイロをくれ。

 

 

「まぁMだしね」

 

 

「エリカ。レオをぶん殴るぞ?」

 

 

「何で俺だよ!?」

 

 

「あ、違う。ポニーをぶん殴るぞ?」

 

 

「合ってる!最初で合ってるからな!?」

 

 

知ってる。(ゲス顔)

 

 

「仕方ない。おい、幹比古。言わなきゃテロ起こすぞ」

 

 

「ぼ、僕!?って怖いよ!?」

 

 

「レオの家でテロ起こすぞ!?」

 

 

「だから何で俺だよ!?」

 

 

「なら美月。教えてくれ」

 

 

「えぇ!?わ、私ですか……!?」

 

 

「ああ、不甲斐ないレオの代わりに頼む」

 

 

「何で一回一回、俺が罵倒されなきゃならねぇんだよ!?」

 

 

「そうですね……やっぱり周りをよく見ることですね」

 

 

もう一度周りをよく見る。………ハッ!あれはッ!?

 

俺は急いで携帯端末を取り出し、電話を掛ける。

 

 

「こちら本部(HQ)!応答せよ!」

 

 

『こちらパトロール。どうした?』

 

 

電話の声は原田。

 

 

「バトル・ボードの競技場で南の方向に不穏な2人組を発見。至急殺せ」

 

 

「「「「「殺せ!?」」」」」

『殺すのかよ!?』

 

 

「間違えた。葬れ」

 

 

『それ殺せと同じだからな!?』

 

 

「とにかく頼んだぞ」

 

 

『はぁ……了解』

 

 

ピッ

 

 

「ありがとうな美月。これが周りを見ろってことだな!」

 

 

「「「「「絶対違う!」」」」」

 

 

_______________________

 

 

『第一高校三年、渡辺摩利さん』

 

 

キャーッ!!!

 

 

「きゃあーッ!!先輩カッコイイー!!」

「こっち向いてー!!」

「摩利様ー!がんばってー!」

 

 

摩利の紹介がされた瞬間、前列のうちの高校の応援に来た女の子達が黄色い声を響かせた。

 

 

「うるせぇよ……」

 

 

「先輩には熱狂的なファンが多いから」

 

 

隣の雫も少し呆れていた。耳が痛いなぁ。

 

 

「真由美の実力がアレだから、もしかして摩利もアレなのか?」

 

 

「失礼ねッ、私も摩利も一位を狙えるわ!」

 

 

「それをアレと濁して何が悪い……」

 

 

やっぱりか。摩利もアレなのか。

 

摩利は体にピッタリと張り付くウェットスーツを着て、ボードの上で真っ直ぐに立っていた。他の選手は身を低くしているのに。

 

4人がスタートラインに並ぶ。摩利は笑みを作るほどの余裕が顔に表れていた。他の選手は緊張で死にそうな顔になっているのに。

 

……こうして見ると摩利が圧勝しそうな気がしてきたのは俺だけか?

 

 

『用意……スタート!』

 

 

フォンッ!!

 

 

アナウンスが合図を出した瞬間、選手たちのボードに魔法が掛けられた。移動魔法だ。

 

 

ゴォッ!!

 

 

4人が前に進む。先頭は摩利だ。スピードが他の選手と全く違う。

 

 

「追いついてみせる!」

 

 

ザパァッ!!

 

 

その時、一番後ろにいた選手が水に魔法を掛けて、大波を引き起こした。なるほど、大波で相手を邪魔しつつ、自分は波に乗って加速させる気か。

 

 

「「キャッ!?」」

 

 

前にいた二人の女子選手が水に落ちた。

 

 

「おわッ!?しまった制御しきれッ!?」

 

 

あ、出した本人も落ちた。えぇ……ダサいなぁ……。

 

 

「よっ……と」

 

 

摩利は上手く波に乗り、水に落ちなかった。

 

 

「うわぁ……一番残っちゃいけない人が残っちゃったよ」

 

 

「ふふ、これで摩利の勝ちね」

 

 

真由美が微笑む。ご機嫌は良いようですね。

 

摩利が独走。これ決着ついただろ。3周するまでもないぞ?

 

 

「硬化魔法と移動魔法のマルチキャストか……」

 

 

「硬化魔法?どこに使っているんだ?」

 

 

摩利の魔法を見た達也が呟いた。レオが硬化魔法について尋ねる。

 

 

「自分とボードの相対位置を固定するために使っているんだ。さらに自分とボードを一つの『モノ』として移動魔法をかけている」

 

 

しかもっと達也は付け加えて説明する。

 

 

「コースの変化に合わせて持続時間を設定し、細かく段取りしているな」

 

 

「マジかよ……」

 

 

レオは驚く。いや、レオだけではない。他の人たちも驚いていた。

 

その時、俺はあることをひらめいた。

 

 

「なぁ達也。俺いいこと思いt

 

 

「却下だ」

 

 

「待って。頼む聞いて。聞いてくださいよ」

 

 

俺は携帯端末を思いついたことをデータに写し、達也に送った。

 

 

「どうだ?男のロマンが詰まっているだろ?」

 

 

「……これはさっき俺も違うタイプで思いついた。大樹のは効率が悪い」

 

 

「うるせぇ!男の憧れに効率や法律なんていらないだよ!!」

 

 

「法律は守ってくれ」

 

 

何故だ!?何故達也にこのロマンが伝わらない!?

 

 

「まぁいいだろう……考えておく」

 

 

「よし、じゃあ今日から俺の枕の近くに靴下を置いておくからな。できたら入れてくれよ」

 

 

「俺はサンタじゃないぞ……」

 

 

「ほら大樹君。レースを見てみなさい」

 

 

「どうした真由美?」

 

 

「摩利の圧勝よ!」

 

 

「ああ、そうだな」

 

 

半周も差がついているな。

 

 

ピピッー!!

 

 

そして、レースが終わった。

 

 

言うまでもないが摩利が一位だった。

 

 

_______________________

 

 

【スピード・シューティング 準決勝】

 

 

準決勝からは対戦型の試合。空中に次々と撃ち出される紅白それぞれ100個の標的から、自分の色の標的を選び出し、破壊した数を競う。

 

俺は選手の控え席から見ている。ここからだと真由美との距離が一番近く、見やすい。

 

 

ピーッ!!

 

 

開始のシグナルが光った。

 

 

パシュパシュッ!!

パシュパシュッ!!

 

 

右から白のクレーが2つ。反対から赤のクレーが2つ飛んで来た。

 

 

カカッ!!

 

 

真由美はドライアイスを魔法で作り出し、クレーに直撃させ破壊する。

 

 

カァンッ!!

 

 

一方、相手選手は移動魔法を使ってクレー同士をぶつけて破壊していた。

 

 

カカッ!!

 

カァンッ!!

 

 

次々とクレーが破壊される音が続く。互いに得点は同列のまま。

 

 

パシュッ!!

 

 

その時、変化が起きた。

 

飛び出したクレーが重なったのだ。手前に相手が壊す白。奥に真由美が壊す赤のクレー。

 

真由美の射線を塞いでいるうちは絶対に撃てない。

 

 

パシュッ!!

 

 

赤のクレーが粉々になった。訂正、撃てたわ。

 

 

 

 

 

下からクレーに当てた。

 

 

 

 

 

え?どうやって?

 

俺は携帯端末に電話する。相手は魔法に詳しい人。

 

 

『どうかしたか?』

 

 

「達也。真由美が今やった魔法の仕組みを教えてくれ」

 

 

『……さっきもみんなに同じことを話したばかりだぞ』

 

 

「俺にもご教授願う」

 

 

『……会長は【マルチスコープ】を使っているんだ』

 

 

「マジか!?」

 

 

遠隔視系の【マルチスコープ】

 

あらゆるアングルから実体物を捉える非常にレアなスキルだ。

 

 

「何となくわかったぞ……ようは()()()から撃てるんだな?」

 

 

『その通りだ。【魔弾(まだん)射手(しゃしゅ)】。ドライアイスの弾丸を形成し撃ち出す銃座を、遠隔ポイントに作り出す魔法だ』

 

 

うわッ、チート。

 

真由美はドライアイスを作るのは銃先だけでなく、他の場所でも作れるのだ。

 

そして、先程はクレーの真下にドライアイスを作り、当てたのだ。

 

【マルチスコープ】がある限り、外すことは無い。

 

 

『高校生レベルでは勝負すらならないな』

 

 

達也の声を聞き、スコアを見た。

 

 

赤 100

 

白  30

 

 

真由美はパーフェクト。圧倒的の強さだった。

 

大歓声が会場に響き渡った。

 

 

_______________________

 

 

 

時刻は10:00

 

空には星が輝き、月が綺麗だ。

 

 

「どうしたの大樹君?こんな場所に連れて来て?」

 

 

俺は真由美の手を引いてスピード・シューティングの競技場に来た。

 

 

「まぁとりあえず優勝おめでとう」

 

 

「あ、ありがとう?」

 

 

「じゃあやるか」

 

 

「……状況が分からないんだけど?」

 

 

真由美は困った顔になる。

 

俺は真由美にあるものを差し出す。

 

 

「え?」

 

 

真由美が驚く。

 

 

 

 

 

俺が渡したのは小銃形態デバイスだからだ。

 

 

 

 

 

「真由美」

 

 

俺は名前を呼ぶ。

 

 

「俺と勝負しねぇか?」

 

 

_______________________

 

 

【真由美視点】

 

 

大樹君に呼ばれ、私は競技場にいた。

 

高台にのぼり、ヘッドセットをつけてゴーグルをかける。そして、銃を構えた。

 

服は大樹君に言われた通り、控え室でユニフォームに着替えた。準備は万全。

 

 

「俺は魔法が使えないから何でも有りな」

 

 

大樹君はそう言って小型の銃を構える。名前は【コルト・パイソン】と言うらしい。

 

私は気になっていたこと聞く。

 

 

「ねぇ大樹君。どうしてこんなことを?」

 

 

「ん?俺が遊びたいから」

 

 

「え、えぇ……」

 

 

「それもあるけど……本当は真由美がつまらなそうだったからかな」

 

 

「え?」

 

 

私は大樹君の言葉に少し驚く。

 

 

「予選、準決勝、決勝戦。全部パーフェクトでつまらなそうだった。だから俺が楽しませてやろうと思ってな」

 

 

「……………」

 

 

「とりあえずパーフェクトはやらせねぇぞ。絶対に阻止してやるから」

 

 

「……………」

 

 

「……どうした?返事無くて困るんだが?」

 

 

「あッ!ご、ごめんなさい!大丈夫よ!」

 

 

どうしてこう無神経に言えるのよ!?

 

私のためにわざわざ会場を用意したってことでしょ?

 

 

(真由美の顔が赤いのはツッコムべきか……いや、やめておこう。嫌な予感がするし)

 

 

「は、はやく始めましょう!」

 

 

「お、おう」

 

 

そして、開始のシグナルが光った。

 

 

パシュ!パシュ!パシュ!パシュ!

 

 

クレーが発射される。私が狙う色は赤。大樹君は白。

 

私は魔法でドライアイスを2つ作り、赤のクレーに向かって飛ばす。

 

 

バキンッ!!

 

 

ドゴッ!ドゴッ!

 

 

 

 

 

赤のクレーはそのまま破壊されず、落ちて行った。ポイントは入らない。

 

 

 

 

 

「石はOKだよな?」

 

 

「嘘……」

 

 

私は大樹君の左手に持っている石を見て驚いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼は小石を投げて亜音速で発射されるドライアイスを撃ち落した。しかも2つも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さらに拳銃で白のクレーを撃ち抜いている。大樹君に2点が入っている。

 

 

「パーフェクト終わりだぜ?」

 

 

「……………」

 

 

初めてだった。私が当てるのを逃すなんて。

 

 

「本気で来いよ」

 

 

「ッ!」

 

 

大樹君は笑っていた。

 

 

 

 

 

「本気でやれば楽しいぜ?」

 

 

 

 

 

パシュッ!!

 

 

クレーがまた発射された。

 

私はドライアイスを作り出す。

 

 

 

 

 

有効エリアを囲むように何十個も。

 

 

 

 

 

シュンッ!!

 

 

たった一つのクレーに。全方向からドライアイスを当てようとする。

 

 

バキンッバキンッ!!

 

 

そして、またドライアイスはクレーに当たる前に小石が当たり、砕けた。

 

今度は小石を5つ同時に投げた。それだけで何十個もあったドライアイスは一瞬で消えた。

 

また赤のクレーが地面に落ちる。

 

 

ドゴッ!!

 

 

白のクレーが破壊される。得点がまた入った。

 

 

「石はたっぷり持って来ているから安心しろ」

 

 

「……………ぷッ」

 

 

私は大声で笑った。

 

そんなドヤ顔で石を持ってきたことを自慢する人なんているだろうか?

 

面白かった。

 

 

「負けないわ……」

 

 

私はヘッドセットとゴーグルを外す。

 

 

「絶対に負けない!」

 

 

「ああ、俺もだ!」

 

 

クレーが再び飛んでくる。

 

 

フォンッ!!

 

 

私は銃先でドライアイスを2つ作る。

 

ただし、今度は違う。

 

 

大きさはさっきより10倍以上もあるドライアイスだ。

 

 

「マジかよ……!」

 

 

ドゴンッ!!ドゴンッ!!

 

 

ドライアイスがやっとクレーに直撃した。得点が2点入る。

 

途中、小石が飛んで来たが、見えない壁に当たり、弾き返されてしまった。倍の速度で。

 

 

「な、何だこの壁!?」

 

 

大樹君の撃った銃弾も跳ね返す。大樹君に点数が入らない。

 

 

私が使ったのは逆加速魔法【ダブル・バウンド】

 

 

大樹君の有効エリアの手前に発動した魔法だ。

 

運動ベクトルの倍速反転。対象の移動物体の加速を2倍にし、ベクトルの方向を逆転させる魔法。

 

 

「ちょッ!?石が跳ね返って来る!?ぎゃあああああァァァ!!」

 

 

大樹の投げた石と銃で射撃した銃弾はもの凄いスピードで大樹君に向かって跳ね返って行った。当たったら致命傷になりかねない。

 

 

バキンッ!!

 

 

私は大樹君が苦戦しているうちに、有効エリアの後方でドライアイスを作り、赤のクレーに当てて行く。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

その時、白のクレーも壊れた。

 

 

 

 

 

銃弾はなんと上から来た。

 

 

 

 

 

「なるほど、その変な壁は前だけにしかない。上からだと発動しないってか」

 

 

大樹君は一体何をしたのか分からなかった。

 

 

パシュッ!!

 

 

白のクレーが発射される。

 

私はすぐに目の前に【ダブル・バウンド】を発動する。

 

大樹君は笑みを浮かべて、石を空高く投げた。

 

そして、大樹君は石に向かって銃の引き金を引いた。

 

 

ガチンッ!!

 

 

銃弾は石に当たり、銃弾はスピードを付けて違う方向に飛ばされる。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

 

 

 

銃弾は有効エリアの上から侵入し、クレーに当てた。

 

 

 

 

 

人間が成せる業じゃない。

 

 

「………嘘」

 

 

「嘘じゃねぇよ。ほら、得点を見てみろ」

 

 

私は得点が映し出されているディスプレイを見る。

 

 

赤  3

 

白  5

 

 

負けている。私が。

 

 

「……………」

 

 

初めて押されている。負けている。点が入っていない。

 

 

(そう……負けている)

 

 

だから私は焦る。緊張する。

 

 

そして、負けたくない。

 

 

「大樹君!」

 

 

「何だ?」

 

 

「ありがとう!私ッ!絶対に勝つから!」

 

 

「ハッ、勝ってから言え!」

 

 

そして、本気の勝負が始まった。

 

 

_______________________

 

 

 

ブーッ!!

 

 

「「ッ!?」」

 

 

5分間の短い試合は終わった。

 

大樹君は途中で石を切らし、勝てるかと思っていたが違った。

 

今度は地面に落ちている小石を狙って、小石をクレーにぶつけてきた。あの時は目を疑った。

 

私はドライアイスを必死に作っては射出し、クレーを壊していった。

 

おかげでサイオンは枯渇し、地面に座り込んでしまった。

 

頭がボーッとし、座り込んだ状態でスコアを見る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

赤 41

 

白 39

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……!はぁ……!負けた!?」

 

 

「勝ったの……?」

 

 

大樹君は頭を抱えて唸る。

 

得点は半分も行っていない。だけど、勝っていた。

 

 

「やったわ!大樹君に勝ったわッ!!」

 

 

心の底から嬉しかった。勝利したことに。

 

子どものように純粋に飛び上がって喜んだ。隣では大樹君は笑っている。

 

 

「じゃあ次は罰ゲームね!」

 

 

「そうだな。……おい罰ゲームって何だよ。初めて聞いたぞ」

 

 

「だって私が勝ったのよ!?」

 

 

「分かってるよ!……はぁ……元気なり過ぎだろ……………っと」

 

 

「あれ?」

 

 

私の体は大樹君に支えられていた。大樹君の顔が目の前にある。

 

 

「サイオンの使い過ぎで疲れているんだよ。ゆっくりしとけ」

 

 

「あ……」

 

 

大樹君は私をおんぶした。

 

大樹君の体温が自分の身体に伝わる。

 

 

「うぅ……ズルいわ……」

 

 

「はぁ?何が?」

 

 

「罰ゲームもう1個追加よ」

 

 

「理不尽!」

 

 

両腕を大樹君の首に絡ませ、顔を肩に乗せる。

 

 

「楽しかったわ……」

 

 

「ん?」

 

 

「一番、楽しかったわ」

 

 

「そうか……よかったな」

 

 

「うん……」

 

 

その時、大樹君が止まった。

 

 

「やっべッ」

 

 

「え?」

 

 

「おいお前ら!何をやっている!?」

 

 

警備員がこちらに向かってライトを向けていた。

 

 

「顔はバレていない。逃げるぞ」

 

 

「えッ!?許可取っていないの!?」

 

 

「当たり前だ!!(`・ω・´)」ドヤッ

 

 

「大樹君のバカあああああァァァ!!」

 

 

大樹君におんぶされたまま、私たちは逃げた。

 

 

_______________________

 

 

 

「九島閣下に助けてもらわなかったら危なかったわ」

 

 

「反省しなさい」

 

 

「うっす」

 

 

二日目は【クラウド・ボール】と【アイス・ピラーズ・ブレイク】だ。

 

昨日はスピード・シューティングが男女ともに優勝。バトル・ボードは明日で優勝者が決まる。

 

真由美はテニスのユニフォームのような服に着替えており、ご機嫌だった。

 

 

「もう体は大丈夫なのか?」

 

 

「昨日は大樹君に無茶苦茶にされたけど問題ないわ」

 

 

「その言い方は誤解を生むからやめろ」

 

 

黒ウサギとか怖いから!やめてよ!

 

真由美は準備運動で体をほぐす。俺は特にすることがないので空を眺めている。あ、あの雲の形……イリオモテヤマネコに似てる。

 

 

「ねぇ、ちょっと手を貸してくれない?」

 

 

「え?俺の手は取り外し可能じゃないけど?」

 

 

「本当に手を貸すわけじゃないわよ……」

 

 

「冗談だ。ほら」

 

 

真由美は座り込んで、足を広げている。ストレッチの手伝いだろ。

 

俺が真由美の背中を押すと、簡単に胸が地面についた。柔らかいな。

 

一通りストレッチを手伝ってやると、

 

 

「ん」

 

 

「?」

 

 

「んー」

 

 

真由美は俺の方に手を差し出している。立たせろってか?

 

俺は真由美の手を握り、ゆっくりと立たせた。

 

 

「なーんか新鮮ね」

 

 

「何が?」

 

 

「もし私が大樹君の妹だったらどうする?」

 

 

「そんな美人で完璧な妹がいたら俺の存在が危ういんだが……」

 

 

「び、美人!?」

 

 

ただでさえ姉が多いのにこれ以上女の子が増えたら俺の休める場所が無くなる。出張が多い親父が羨ましい。社会の家畜の親父が。

 

 

「じゃ、じゃあ私がお姉ちゃんだったら?」

 

 

「もうやめてくれ。これ以上、姉は増やさないでくれ」

 

 

「え?大樹君ってお姉さんがいるの?」

 

 

「まぁな三匹くらい」

 

 

「人って言いなさいよ……」

 

 

「一つ言っておこう。綺麗な姉。頭の良い姉。温厚な姉。例えどんな姉を持ったとしても弟は苦労するんだ。覚えておけ」

 

 

「そ、そうなんだ……」

 

 

そういえばどうしてるかな姉貴達。ちゃんと彼氏作っているかな?……作っているな。俺とは全然違う……もうこの話やめようぜ?

 

 

「とにかくだ。彼女になることは有りだが、姉と妹は絶対に俺は無理だ。なるくらいなら断然彼女がいいわ」

 

 

っと真由美の顔を見ると、真っ赤になっていた。

 

……あれ?俺今なにか凄い事言わなかった?勢いに任せて凄い事言わなかった?

 

 

「し、ししし試合が始みゃるわにぇ!」

 

 

「落ち着け。噛みまくりだぞ」

 

 

よし、スルーで行こう。

 

 

_______________________

 

 

【クラウド・ボール】

 

通称「テニス」……じゃなかった。「クラウド」だ。最初のは忘れてくれ。

 

圧縮空気を用いたシューターから射出された低反発のボールを相手コートに打ち込む競技。

 

相手コートに一回バウンドするごとに一点。転がっているボールや止まっているボールは0.5秒ごとに一点が加点されていく。

 

それと、コート内は透明な壁で覆われており、二十秒ごとにボールが追加射出され、合計9個のボールを1セット三分間、休みなく追い続ける。鬼畜。

 

 

「第一試合、開始!」

 

 

審判が開始の合図を出す。

 

 

パシュッ!!

 

 

一球のボールが相手のコートに向かって飛んで行く。

 

相手はボールをバウンドする前に、手に持ったCADで移動魔法を発動し、真由美のコートへと返す。

 

ちなみにラケットでボールを返さなくてもいい。テニスじゃないからね!ここは魔法の世界だ。魔法でOK。

 

真由美は両手に小型CADを両手で丁寧に持って動かない。

 

 

ギャンッ!!

 

 

その時、相手が返したボールは倍のスピードで跳ね返った。

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

「え……!?」

 

 

観客も相手選手が目を疑った。

 

ボールは相手選手のコートにバウンドする。

 

……これは昨日の夜、戦った時に真由美が使った魔法か。逆加速魔法【ダブル・バウンド】。

 

 

(倍のスピードで跳ね返るって……勝てねぇだろ……)

 

 

相手選手が3つ同時にボールを返す。そして、真由美は簡単に倍のスピードで跳ね返す。相手選手はそれを一つも跳ね返せない。

 

相手選手の顔が絶望に染まった。

 

 

(チート……キバ〇ウが怒っても反論できないレベルのチート)

 

 

相手選手が一人で壁打ちをしている状態になってしまっている。見ていられない。同情して泣きそう。ディアベルうううゥゥゥ!!

 

 

(後でケーキ持って行こう)

 

 

優勝者はもう決まったも同然だ。可哀想だから真由美と戦った選手にはケーキをプレゼントしよう。渾身の力作を。

 

 

_______________________

 

 

「全試合無失点ストレート勝ちで優勝って人間やめてると思うんだ」

 

 

「そ、そうね……」(楢原君も負けていないと思う……)

 

 

俺は隣に座っている優子と話している。

 

 

【アイス・ピラーズ・ブレイク】

 

通称は無い。というか知らない。俺が付けるとしたなら……「アイス棒倒し」かな。何かショボくなった気がする。

 

競技フィールドを半分に区切りそれぞれに氷の柱を12本設置。相手陣内の氷柱を先に全て倒した方が勝者となる。

 

俺が担当する人は今回はいない。というか今回は誰も俺を希望する人がいなかったからだ。休みゲット。

 

 

「優子!メンテナンスは新人戦から本気出すから任せろ!」

 

 

「それ絶対に先輩方に言わないでよ!?」

 

 

「大丈夫だ!調整に125時間かけるから!」

 

 

「間に合ってないわよ!?新人戦に間に合ってないわよ!?」

 

 

「じゃあ10秒で終わらせてやる!」

 

 

「今度は手抜きじゃないの!?」

 

 

「一度に魔法を98000個使えるようにするから!」

 

 

「努力の方向性が違うわよ!」

 

 

「じゃあどうすればいい!?」

 

 

「普通に調整して!」

 

 

「だが断る!」

 

 

「何でよ!?」

 

 

「超最強のCADを作るから」

 

 

「作らなくていいわよ!」

 

 

「内容は1つの魔法を展開するだけで同時に98000個種類の魔法を発動することができる」

 

 

「無駄にハイスペック!?」

 

 

「でも干渉して結局発動しないんだよね」

 

 

「無駄!」

 

 

「あ、98000個の魔法を別々に発動すればいんじゃねぇ……!?」

 

 

「大変!楢原君が凄いのを作りそう!」

 

 

「……超戦略級CADデバイス武装(アルティメット)仮想実現演算型BBB(トリプルビー)式魔法展開領域高性能機が作れる……!」

 

 

「長い!名前が長いよ!?」

 

 

「略して……………待って。今考える」

 

 

「略せないならそのままでいいよ!あとそれは絶対に作らないでよ!?」

 

 

何故だ。

 

 

「何やっているんだお前ら……」

 

 

その時、後ろから声をかけられた。

 

 

「お、原田。見張りをサボってるのか?ならその綺麗な顔面をぶっ飛ばすぞ?」

 

 

「拳銃をこっちに向けるな……。司さんがこっちに来てくれた。今は司さんたちと交代制で見張っている」

 

 

「はじっちゃん!?やったぜ!あとで遊ぼうっと!」

 

 

(どんだけ司さんと仲良いんだよこいつ……)

 

 

原田はため息をつく。ちなみに大樹の「遊ぶ」は「いじる」だ。

 

 

「見張りって……もしかして」

 

 

「ああ、最近下着泥棒がうろついているんだ」

 

 

「そう……………え?」

 

 

「大樹。その嘘はどうかと思うぞ」

 

 

「やっぱり嘘なんだ」

 

 

優子に睨まれ、俺は顔が引きつる。

 

 

「じ、実はこれを聞いてしまうと狙撃されるんだ。原田が」

 

 

「とんでもねぇ嘘つきやがったな。しかも何で俺だよ」

 

 

「本当は?」

 

 

「下着泥棒」

 

 

「これが最後よ。……本当は?」

 

 

王手だ。チェックメイトだ。やべぇ。怖いよ。

 

 

「はぁ……テロリストだ。選手を狙うテロリスト」

 

 

「そう……」

 

 

「別に危険じゃないぞ。何度も銃をぶっ放されたが無傷だ」

 

 

「……そうね。心配して損したわ」

 

 

「あーやっべ!心配してくれないと死んじゃう!」

 

 

「かまってちゃんかお前は」

 

 

「膝枕してほしいぜ!」

 

 

「では、黒ウサギがしましょうか?」

 

 

「…………………………」

 

 

「大樹さん?」

 

 

「あの、えっと、いつ……から居たのかな?」

 

 

「ずっとです☆」

 

 

「怖い!笑顔が怖い!怖いよ!あと怖いよ!もう怖い!」

 

 

「大丈夫よ黒ウサギ。アタシが膝枕をするから……」

 

 

「「「ッ!?」」」

 

 

頬を赤く染めた優子が小さな声で言った。何だって!?

 

 

「じゃあお願いしm」

 

 

「いえ!無理しないでください!黒ウサギがしますから!」

 

 

まだ俺が話している途中だぞ?

 

 

「やべぇ……大樹が修羅場を起こしやがった」

 

 

「原田、俺……どうすればいいかな?」

 

 

「知るかよ」

 

 

「本当はやりたくないけどアタシがするわ!」

 

 

「黒ウサギだって本当はやりたくないです!ですが優子さんに迷惑をかけたくないので黒ウサギがします!」

 

 

「何で俺罵倒されてるの?そんなに嫌なの?泣きそうなんだけど?」

 

 

「楢原君。アタシが膝枕してあげるわ」

 

 

「無理だよ!?今の状況でやってもらうのは気が引けるよ!」

 

 

「どうして!?」

 

 

「優子が嫌って言うからだろ!?」

 

 

「では黒ウサギが!」

 

 

「黒ウサギも同じこと言っただろうが!」

 

 

「「え……じゃあ……」」

 

 

「あ?」

 

 

優子と黒ウサギが原田を見た。

 

 

「「そっち?」」

 

 

「「嫌だよ!?」」

 

 

「「息ピッタリ……」」

 

 

「「二人もな!」」

 

 

「そう……楢原君ってそっちだったのね……」

 

 

「違う!ノーマルだよ!女の子大好きだよ!?」

 

 

「大樹さん……酷いです!」

 

 

「今の黒ウサギが俺に対する印象が一番酷いわ!?」

 

 

「大樹。今までありがとうな」

 

 

「お前まで距離を取るなあああああァァァ!!」

 

 

_______________________

 

 

『第一高校二年、千代田(ちよだ) 花音(かのん)さん』

 

 

さぁうちの選手の出番だ。

 

 

ピピピピピッ

 

 

……携帯端末が鳴った。

 

 

「はい、もしもし」

 

 

『楢原君!大変!』

 

 

技術スタッフの先輩から連絡が来た。確かクラウド・ボール

 

 

『桐原君が負けそうなんです!』

 

 

「へー」

 

 

『緊張感が無い!?』

 

 

「得点はどうなっている?」

 

 

『34対50で負けています』

 

 

「じゃあ桐原にこう言え」

 

 

俺は告げる。

 

 

「一点取られるごとにお前の彼女を俺がナンパするって」

 

 

『……マジですか?』

 

 

「マジ」

 

 

ピッ

 

 

俺は電話を切った。

 

 

「さて、黒ウサギと優子は俺の首から手を放そうか。冗談だから」

 

 

二人は俺の首から手を放す。あと少しで死んでた。

 

 

「ったく、女子の方が強いじゃねぇかうちの学校は。悪い、桐原がピンチだから行ってくる」

 

 

俺はダッシュで桐原のところへ向かった。

 

 

_______________________

 

 

「よぉ桐原。勝ってる?」

 

 

「な、なんとか……!」

 

 

桐原は汗だくで疲れ切っていた。

 

二回戦は何とか勝てていた。だが、三回戦でまたピンチになった。

 

 

98対159

 

 

圧倒的に負けているじゃねぇか……。

 

 

「嘘吐くなよ……あと1セットでこれからどうやって勝つんだよ」

 

 

すでに5セット中4セットは終わっていた。

 

 

「とりあえず棄権する?」

 

 

「居酒屋で『とりあえず生でいい?』みたいな感覚で言うなよ!」

 

 

言ってねぇよ……。何だその例え……。だが面白い。70点。

 

 

「俺は負けねぇよ……負けられねぇんだよ!」

 

 

「壬生のことだろ?」

 

 

「ッ!」

 

 

「『男を懸けるには十分な理由だ』」

 

 

「ッ!?」

 

 

「ん?どうした?」

 

 

「い、いや。何でもないッ」

 

 

桐原は大樹がある人物に見えた。

 

 

(十文字会頭と同じことを言ってやがる)

 

 

テロリスト討伐に十文字会頭に連れて行ってもらう時に言われた言葉だった。

 

 

「桐原。これを使え」

 

 

俺は桐原にデバイスを渡す。

 

デバイスは白い竹刀のような形をしていた。

 

 

「剣術部ならその力を見せてみろ。あと壬生にも、な?」

 

 

_______________________

 

 

クラウド・ボール 男子3回戦

 

 

最後のセットが始まろうとしていた。

 

桐原は98点。敵は159点。

 

3分以内に逆転しなければ負けだ。

 

桐原がフィールドに出てきた途端、会場はざわついていた。恐らく桐原のデバイスを見て驚いているんだろう。

 

ラケットでもCADでもない。竹刀で出場したからだ。ちなみにあれは俺と達也の研究員が作った。勝つためなら天才を集結させてもいいよね。

 

相手選手は桐原の姿を見て笑っていた。馬鹿にしているな。

 

 

ブーッ!!

 

 

三回戦、最後試合が始まった。合図が鳴り響く。

 

ボールが相手のフィールドに飛んで行く。

 

 

バシュッ!!

 

 

相手選手はボールをラケットで返す。ラケットに当たった瞬間、加速魔法で跳ね返した。速い。

 

 

だが、桐原は負けない。

 

 

バシッ!!

 

 

桐原は竹刀を振りかざし、ボールに当てた。その瞬間、

 

 

シュッ!!

 

 

 

 

 

相手コートにボールが落ちた。

 

 

 

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

「何だと!?」

 

 

観客と相手選手が驚いた。

 

桐原の持っている竹刀がボールに当たった瞬間、相手が反応しきれない速度で跳ね返ったのだ。

 

 

(加速魔法と移動魔法を少ないサイオンでオート発動可能にしたデバイスだ)

 

 

桐原も驚いているだろう。先程よりサイオンの消費が少ない事に。

 

 

「くそッ!!」

 

 

相手選手がボールを跳ね返す。今度は桐原が手を伸ばしても届かないところを狙っていた。

 

 

(まぁ甘い考えだがな)

 

 

その時、桐原の竹刀に変化が起きた。

 

 

ガキンッ!!

 

 

「は?」

 

 

声を上げたのは相手選手。

 

ボールがまた相手選手のコートに落ちた。

 

 

 

 

 

桐原の持っていた竹刀が倍の長さに伸びていた。

 

 

 

 

 

(伸縮自在の竹刀だからな)

 

 

「うわッ……思った以上に気持ち悪いな」

 

 

「桐原。殺すぞ?」

 

 

「すげぇ!カッコいいぜ!」

 

 

ムカつく。

 

これは魔法とかではない。そういう仕組みなのだ。一回一回魔法で伸縮させてもいいが、そんなことをしていたらサイオンが枯渇してしまうからな。

 

試合は完全に流れが変わっていた。

 

相手選手が返してきたボールを桐原はほぼ完璧にノーバウンドで返していた。

 

どんな変化球のボールも剣術で素早く対応する。足の運び方、最小限で身体を動かし、無駄な動きがない。さすがだ。

 

 

「はぁ……!はぁ……!ぐッ!!」

 

 

桐原の顔が苦しくなっている。限界が来ているようだ。ボールの数も多くなっている。

 

ふぅ……ここは一つ、俺が応援しよう。

 

 

「フレー、フレー。きーりはら」

 

 

(クソッ……『やる気のない応援するな!』ってツッコめない!)

 

 

主に疲れているせいで。

 

 

 

 

 

「負けたら壬生に甘い言葉をか・け・るッ☆」

 

 

 

 

 

「うおおおおおォォォ!!!」

 

 

凄い!桐原の動きが速くなったよ!!……壬生好き過ぎるだろ、桐原。

 

相手が桐原の返すボールに対処できなくなってきている。この調子なら行けるぞ!

 

 

ビーッ!!

 

 

「「ッ!?」」

 

 

そして最後の試合が終わった。

 

 

 

 

 

178対175

 

 

 

 

 

桐原の逆転勝ちだった。

 

 

うおおおおおォォォ!!!

 

 

大歓声が桐原の勝利を祝福した。

 

 

「よぉ、お疲れ」

 

 

「あ、あぁ……はぁ……」

 

 

「疲れているな」

 

 

「ヤバい……足が震える」

 

 

「まぁ俺には関係無いから。よしこのまま準決勝に行こうか!」

 

 

「これ以上はもう無理だッ!」

 

 

この後桐原は決勝戦まで突き進み、優勝した。俺がさっきみたいに脅して無理矢理勝たせたけど。

 

 

……言うまでもないが、桐原はしばらく寝込んだ。恐らく壬生が看病してくれているだろう爆発しろ。

 

 

________________________

 

 

 

その日の夜。ホテルの自室に帰る途中、

 

 

「わーい!はじっちゃんだ!」

 

 

「うわッ!?最悪な奴に会ったッ!」

 

 

「ひどい!俺とお前の仲・だ・ろ☆」

 

 

「やめろ!」

 

 

俺は廊下で(はじっちゃん)を見つけたので、俺は真っ先に駆け付けた。司は嫌 な 顔(嬉しそうな顔)をしている。

 

 

「とりあえず俺の部屋に来いよ。ケーキ余っているから」

 

 

「どうしてケーキが……?」

 

 

「いろいろあるんだよ……」

 

 

相手選手への贈り物とかさ。

 

 

「いや、僕はこの後仕事があるから部屋には行かないよ」

 

 

「えー!」

 

 

「そんなに残念がるならないでくれ……」

 

 

俺の今日一番の楽しみが……!

 

 

「僕は夜の見張りをやらせてもらうよ。坊主頭の人が待っている」

 

 

坊主頭って原田のことか。

 

 

「ありがとう。じゃあ遠慮なく俺は女の子とイチャイチャするよ」

 

 

「クズだな」

 

 

「嘘だ。あ、これ見取り図な」

 

 

俺は司の携帯端末に情報を送る。

 

 

「赤でマークしてあるところは何だ?」

 

 

「女子更衣室」

 

 

「本当にクズだな」

 

 

「これも嘘だ。そこはハッキングされた形跡が見つかった場所だ。後で専門家に頼んでおいてくれないか」

 

 

「初めからそう言え」

 

 

そうですね。だが断る。

 

 

「司」

 

 

「何だ?」

 

 

「……ありがとう」

 

 

「急に礼を言うな。反吐が出る。あとクズだな」

 

 

「それは酷くね?あとクズ言い過ぎ」

 

 

________________________

 

 

 

3日目

 

バトル・ボード

 

 

摩利は準決勝まで勝ち進んだ。この勝負に勝てば決勝戦だ。

 

予選では圧倒的強さを見せた摩利。「CADの調整を完璧にしてくれ」っと言ったので最高の仕上げにしてある。……もしかしたらこの勝負、最下位と一周差をつけてしまうかもしれない。

 

 

ピーッ!!

 

 

レースが始まった。

 

やはり摩利が先頭に躍り出る。あ、俺はフィールドの控え席から見てるからレースの様子が見やすいぜ。フード被っているせいで周りの審判さんから冷たい視線を受けているがな!

 

 

「ッ!」

 

 

だが、七高の選手が摩利にピッタリとついて来ていた。さすが予選を突破した選手。摩利に負けていないようだ。

 

しかし、バトル・ボードの最初の難関コースの鋭角カーブで差が出るだろう。摩利が上手くカーブし、相手と距離を空けるはずだ。

 

 

その時、最悪の事態が起きた。

 

 

 

 

 

七高の選手がオーバースピード。速度が落ちていないのだ。

 

 

 

 

 

この先はカーブなのに。

 

 

 

 

 

(おいおい!?このままだとぶつかるぞ!)

 

 

七高の選手はこのままだとフェンスに激突し、大怪我を負ってしまう。

 

七高の選手が必死にCADを操作するが一向にスピードが落ちる気配が無い。焦りの表情が段々と恐怖へと変わっていく。CADが全く反応してくれないせいで。

 

 

「ッ!」

 

 

事態に気付いた摩利が魔法と体さばきでボードを反転させる。そして、七高の選手のボードに移動魔法をかけて、選手とボードを離れさせる。

 

選手は摩利に向かって飛んでいく。受け止めるつもりのようだ。

 

 

だが、最悪の事態がまた起きる。

 

 

ガクンッ!!

 

 

摩利の体勢が大きく揺れた。バランスを崩し、選手を受け止めれる状態ができなくなった。

 

 

(水面が沈んだ……!?)

 

 

摩利の顔が一気に青ざめた。

 

七高の選手の身体はすぐ目の前。

 

ぶつかる。そう分かった瞬間、目を瞑ってしまった。

 

 

 

 

 

「させるかあああああァァァ!!!」

 

 

 

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

叫び声が聞こえた瞬間、再び目を開けた。

 

 

 

 

 

摩利の目の前に大樹が割り込んで来ていた。

 

 

 

 

 

大樹は七高の選手を受け止め、そのまま拐っていき、摩利との衝突を避けた。

 

大樹は七高の選手を抱えたまま、フェンスの上に乗った。

 

七高の選手は何が起こったのか分からず、困惑していたが、

 

 

「大丈夫か?お姫様?」

 

 

「ッ!?!?」

 

 

七高の選手の顔が真っ赤に染まった。あの有名な楢原大樹にお姫様抱っこされていると分かって。

 

 

「大樹君。女の子とイチャイチャしていて楽しいかね?」

 

 

「せっかく助けに来たのに、その言い方はないだろ……」

 

 

ボードに乗った摩利はニヤニヤしながら大樹に言った。

 

大樹は七高の選手がオーバースピードと判定された瞬間、走り出していた。そして、七高の選手を助け出すことができた。

 

 

「摩利。水面が不自然に沈んだような気がしたが……気のせいか?」

 

 

「……よく分かったな。確かに不自然に沈んだ」

 

 

「……原田たちに調べさせておくか」

 

 

俺は足が震えて立てない七高の選手をお姫様抱っこして、七高の本部まで連れて行った。

 

レースは中断となり、残念ながら七高の選手は危険走行で失格となった。

 

あと、俺を称える歓声はうるさかった。モニターが俺の顔をアップしやがって……あとで運営ぶっ飛ばす。

 

 

________________________

 

 

 

「本当にごめんなさい」

 

 

「だから気にしなくていいと言っているだろう」

 

 

俺は控え室で摩利に土下座していた。

 

 

理由は摩利がバトル・ボードで失格になったからだ。

 

 

主に俺のせいで。

 

 

「俺が乱入したせいで失格だなんて……もう俺は地面から顔を離せない……!」

 

 

「さすがに1時間ずっと土下座されるとこちらが罪悪感を感じるぞ……」

 

 

ここ最近、正座や土下座のオンパレードだな。

 

 

「……切腹する?」

 

 

「絶対にしないでくれ!」

 

 

俺はゆっくりと顔を上げる。

 

 

「……摩利は3年生。これが最後の大会じゃないか」

 

 

「まだミラージュ・バットがある。気にするな」

 

 

「クソッ!やっぱり切腹を……!」

 

 

「だから止めてくれ!」

 

 

うわーん!運営マジでぶっ飛ばす!

 

 

「はぁ……ならミラージュ・バットで使うCADの調整を最高の仕上げにして挽回してくれ」

 

 

「まかせろ!超戦略級CADデバイス武装(アルティメット)仮想実現演算型BBB(トリプルビー)式魔法展開領域高性能機を作ってみせるから!」

 

 

「何だその物騒な名前は!?あと長いぞ!?」

 

 

ふはははッ、俺ならできる。じっちゃんの名にかけて!

 

 

「さてと、まず競技中に何が起きたか話そうか」

 

 

俺の言葉を聞いた摩利は真剣な表情をした。

 

 

「さっき携帯端末から情報が送られた。達也の解析結果、第三者の妨害があった。摩利のいた水面も」

 

 

「……………」

 

 

「七高の選手のCADに細工が施され、水面にも妨害工作があった」

 

 

「運営は何と言っている?」

 

 

「残念だが認められなかった。CADの細工も。妨害工作も」

 

 

「!?」

 

 

摩利は驚愕した。てっきり運営に不正があったと認められるかと思っていたからだ。

 

 

運営(あっち)は俺たちより優れた魔法師が何人も審判や監視をしていたんだ。それに、監視装置も大量に設置してある。第三者の妨害はありえないって言われちまった」

 

 

やっぱり運営ぶっ飛ばすべきだな。ぶっ飛ばした後は埋める。

 

 

「俺は二高から九高までの奴らを仲間につけて議論しようとしたが無理だった」

 

 

「……私が大会に復帰するのが嫌だからか」

 

 

「ああ。優勝候補がせっかく落ちたんだ。誰も加勢なんかしないよな」

 

 

俺はため息をつく。あー、他の高校もぶっ飛ばしたくなった。

 

 

「まぁ七高は味方に付いてくれたけどな」

 

 

「それは大樹君が助けたからだろう?」

 

 

「七高の選手も助かるためじゃねぇの?CADに不正があったし」

 

 

「それも認められなかったのか?」

 

 

「納得いかないがCADの調整ミスってことで終わった。『自己責任だ』とか『ちゃんと管理しろ』とか怒られてた」

 

 

ちょっと手を出しそうになったが、我慢した。偉いわ俺。

 

 

「……大樹君はCADの不正をどう考えている?」

 

 

「決まっている」

 

 

俺は告げる。

 

 

 

 

 

「運営がクロだ」

 

 

 

 

 

「……やっぱりそう考えるか」

 

 

「全員ってわけじゃないけどな」

 

 

もうこれしか考えられなかった。

 

現在、原田と司には運営にも注意を向けるように言ってある。

 

 

「さて、俺の大切な人たちを傷つけたんだ。絶対にぶっ飛ばしてやる」

 

 





感想や評価をくれると嬉しいです。


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九校戦 Second Stage

4日目 スピード・シューティング&バトル・ボード

 

 

この日から一度本戦は休戦。ここから一年生限定の新人戦が始まる。

 

最初は達也が3人も担当するスピード・シューティングがあるが、俺はやることがあるので見ることができない。雫が出場するので超見たかった。誰か録画しておいてくれ。

 

 

(フィールドには……小細工無し。監視装置は正常に起動中っと)

 

 

俺は試合会場の地下にあるシステム室の天井裏に備え付けられた機械装置をいじり、不正工作がされていないか確認していた。

 

やること。それは昨日のバトル・ボードの妨害工作のように細工がされていないか確認するためだ。結果は昨日と同様で、細工されていなかった。

 

 

(やっぱり精霊魔法が関係しているのか……)

 

 

達也曰く、あの水面は特定の条件に従って水面を陥没させる遅延発動魔法らしい。そして、その魔法は精霊魔法を使えば実現可能だそうだ。

 

精霊魔法は古式魔法の一種で、簡単に説明すると、自然現象から発生した精霊をサイオンでコントロールして発動する魔法だ。

 

妨害工作をした犯人は水面に精霊魔法を仕掛けることで、運営や装置に気付かれずに摩利の水面を揺らすことができたというわけだ。くッ、完全犯罪だと……!?……誰も死んでねぇけど。

 

 

「面倒なことになってきたな……」

 

 

俺は今日一番の大きなため息をついた。

 

敵をプチプチと弱いテロリストを俺と原田が処理してくれたが、運営の魔法師が気付かない程の強い魔法師のテロリストを派遣して来たか。全く、歯ごたえがあって不味そうだな。

 

 

(頼むから……)

 

 

最悪の結末だけは避けてくれよ。

 

 

________________________

 

 

新人戦でとんでもないことが起きた。

 

 

 

 

 

スピード・シューティングで我ら第一高校が一位、二位、三位を独占しやがった。

 

 

 

 

 

「もうアレだな。お前何者だよ、達也」

 

 

「俺は何もしていないぞ」

 

 

「そうかー、じゃあ選手が凄いのかー」

 

 

「ああ」

 

 

「……それで俺が納得すると思ったか?」

 

 

「しないのか……!?」

 

 

「何でそこで驚いた!?バカって言いたいのか!?俺がバカだから簡単に騙せるって言いたいのか!?お前がいろいろと手を回したんだろ!?このお世話好きめ!」

 

 

「冗談だ」

 

 

「お前の冗談って一番通じないんだけど……」

 

 

驚いた顔になったっと思ったら急に真顔になりやがって……おちょくってんのかコラ。

 

 

「次は大樹が独占する番だろ」

 

 

「独占は最低条件なんですか?ハードルを高跳びまで上げるのやめてくれない?」

 

 

あまりの高さに秋本〇吾選手びっくりだよ。独占できなかったらどうしてくれるんだ。責められるじゃないか。

 

 

「今日は予選。とりあえず全員準決勝まで通過するとしますか」

 

 

俺の最低条件。ノルマは予選通過だ。上位独占が最低条件なのは達也だけだから。俺は違うからな!

 

 

________________________

 

 

 

「じゃあ今から作戦会議を始めるけど……」

 

 

俺は第一高校の控え室にいた。

 

目の前には三人の美少女……バトル・ボードに出場する選手が座っている。

 

 

「……どうしよう。もしかしたら俺たち……上位独占できるかも」

 

 

「「「!?」」」

 

 

三人の女の子は驚く。だって、

 

 

 

 

 

期末テストで総合優秀者の二位と三位と四位がいるんだぜ?

 

 

 

 

 

優子。黒ウサギ。ほのか。負ける要素がねぇ……!

 

 

「そ、そんなに大会は甘くないと思うけど?」

 

 

俺の言葉を聞いた優子は苦笑いで言う。

 

 

「いや、余裕。特に予選は簡単だ。理由は達也」

 

 

「ど、どうして達也さんが理由なんですか……?」

 

 

「あと答えになっていないのですよ……」

 

 

ほのかが質問する。黒ウサギは俺のアホさに呆れていた。

 

 

「達也が言っていたんだ。水面に魔法を使うのは有りだって。だから……」

 

 

「「「だから……?」」」

 

 

「閃光魔法を発動してもOKだってさ」

 

 

「「「閃光魔法?」」」

 

 

息ピッタリだな。仲が良くて結構結構。

 

 

「レース開始直後に閃光魔法を使って目くらまし!これで他の選手と差をつける」

 

 

三人の美少女は驚き、凄いと思った。だが、

 

 

「でも最初のレースでそれをやったら次のレースは対策とられるわよ」

 

 

「確かに優子の言う通りだ。だからこの作戦はほのかだけだ」

 

 

「私だけ……ですか?」

 

 

「ほのかは予選最後のレースだからな。というか最後だから使えるんだ。まぁあまり気にするな」

 

 

「じゃあアタシたちはどうなるの?」

 

 

「別の作戦があるんですか?」

 

 

「ああ、優子専用と黒ウサギ専用の作戦はちゃんと考えてきてある」

 

 

「「「えッ!?もう!?」」」

 

 

「おう。それじゃあ……発表します」

 

 

俺は優子と黒ウサギの作戦を説明した。細かく、丁寧に。

 

それは俺の素晴らしい頭脳によって編み出された作戦だった。

 

 

「「やりたくない(です)」」

 

 

おかしい。どこで歯車が狂った?何故納得しない。何故褒め称えられない。何故俺に彼女ができない。……最後はよく分からんな。

 

 

「まさかの拒否かよ!?」

 

 

「アタシの作戦、卑怯すぎるわよ……」

 

 

「黒ウサギの作戦、他の高校から嫌がられます」

 

 

「大丈夫。俺は大好きだから」

 

 

「ここでそんなストレートな告白聞きたくなかったわ」

 

 

「黒ウサギたちのことが好きなら考え直してくださいよ」

 

 

「でもこれなら優勝狙えるだろ?」

 

 

「「否定できないのが悔しい」」

 

 

こうして、作戦会議が終わった。とういうか無理矢理終わらせた。俺が。

 

 

「じゃあ俺はCADの確認作業するから競技の準備をしてくれ」

 

 

「ええ、分かったわ」

 

 

俺は三機のCADの最終確認を行う。この後、運営にチェックされないといけない。

 

羅列する数字を一つ一つ丁寧に読み取り、確認する。

 

が、優子たちが困った顔をしているのに気付いた。

 

 

「どうした?」

 

 

「部屋から出て行ってくれないの……?」

 

 

「何で?」

 

 

「……今から着替えるんだけど?」

 

 

「優子。昨日聞いただろ?昨日のレースは妨害工作されていたって」

 

 

「え、えぇ……聞いたわ」

 

 

「もしかしたら競技前に犯人に誘拐されるかもしれないだろ?優子はバスでも狙われていたんだ」

 

 

「そ、そうだけど……」

 

 

「俺は優子を護衛しないといけない。俺に気にせずトイレに行ったり風呂に入ったり生着替えしてくれ」

 

 

「気にするわよ!というか試合会場ではお風呂に入らないわよ!」

 

 

「え?ホテルに帰ってからは入るだろ?」

 

 

「部屋までついて来る気なの!?」

 

 

「おう!」

 

 

「そんな得意げな表情で言わないでよ変態!」

 

 

ここでドMの方なら『ありがとうございます!』って確実に言うな。俺は言わないけど。

 

 

「大樹さん」

 

 

「何だ黒ウサギ?俺は部屋から出ないk

 

 

スチャッ(黒ウサギがギフトカードを構える音)

 

 

「廊下で待ってる」

 

 

一秒で部屋を出た。

 

 

________________________

 

 

バトル・ボード 新人戦予選

 

 

最初のレースは優子が出場する。その次は黒ウサギ。最後はほのかだ。

 

俺はドキドキしながらレースの開始を待っていた。アレだな。父親が娘を見守る気持ちだな、今。……ビデオカメラがあったら撮ってた。結局優子に壊されたカメラ、直らなかった……。

 

優子を含めた4人の選手がボードに乗ってレースの開始ラインで待機している。

 

 

「成功しろ成功しろ成功しろ成功しろ成功しろ成功しろ成功しろ成功しろ成功しろ成功しろ……!」

 

 

念仏のように唱え続ける俺。今回のレースで一番心配なのは優子だ。

 

 

「確か彼って……」

 

 

「見ないほうがいいですよ……」

 

 

周りの教師や運営にドン引かれるが気にしない。今なら隣で美少女が生着替えし始めても気にしない嘘ですごめんなさい思いっ切りガン見しますハイ。……落ち着け俺。

 

 

『用意……』

 

 

選手が一斉に方膝をつく。

 

 

『スタート!』

 

 

フォン!!

 

 

アナウンスが合図を出した瞬間、レースが開始した。選手は魔法を発動する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と同時に優子以外の3人の選手が水中へと吸い込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

「成功来たあああああァァァ!!ッ!!」

 

 

俺だけのセルフ大歓声が巻き起こった。虚しい。

 

 

 

 

 

スタートラインには優子を中心にして水が渦巻いていた。

 

 

 

 

 

選手はバランスを崩し、簡単に吸い込まれていき、水の中へと引きずり込まれた。

 

誰の仕業か……まさか悪の組織が!?フッフッフ、違う。全然違う。俺は知っているぜ。

 

犯人は……………え?『もう分かってる』って?『ちょっと黙ってろって』って?そこは言わせてよ!

 

犯人は……優子です!おめでとう!正解者には10ポイント差し上げます。ちなみに100万ポイント溜まると日帰りハワイ旅行をプレゼントします!いや、日帰りは酷いだろ。

 

優子は右腕つけた腕輪型CADで水中に加重魔法と収束魔法をマルチキャストして、それから……あー、簡単に言うと魔法で水の流れを操作した。

 

『簡単に言うと』とか言っているが、水を渦巻き状に渦巻かせる操作魔法は難しく、魔法式は複雑な構造になっている。ただ水を揺らすことや波を作る程度なら魔法科高校に通う一般生徒は大体できるが、この現象を起こすにはかなりの実力者じゃないと不可能だ。

 

 

ゴッ!!

 

 

優子は選手が水の中に引きずり込まれたのを確認し、ボードに移動魔法をかけた。

 

移動魔法が発動した瞬間、渦潮の水の流れが少しだけ緩やかになった。だが、それでも少し流れが強い。これでかなり時間稼ぎができるはずだ。

 

優子を乗せたボードは一直線に突き進んだ。

 

摩利の様にスピードは速くないが、これで十分だ。他の選手が追い付かなければいいのだから。

 

 

(後は冷静にスピードを調整しつつ、失敗しなければ勝ちだ。っと言っても)

 

 

そんな単純なミス、優子が失敗するわけない。

 

 

ザパァッ!!

 

 

優子は最初のカーブをスピードをあまり落とさないように気を付けながら曲がる。本戦に出場していた選手と同等、綺麗に曲がっている。さすがだな。

 

あ、選手たちはやっとボードに乗れた。すぐに移動魔法をかけてる。だが、

 

 

もう結果は明らかだ。

 

 

ピピッー!!

 

 

優子は他の選手と圧倒的な差をつけてコースを三周し終えた。

 

当然だが一着でゴール。

 

 

わあああああァァァ!!

 

 

優子の勝利を祝福する大歓声が巻き起こった。

 

 

________________________

 

 

バトル・ボード 新人戦

 

 

次は黒ウサギが出場する番……なのだが、

 

 

「……遅いな」

 

 

競技用のウェットスーツに着替えに行った黒ウサギが一向に控室から出て来ない。遅すぎる。

 

 

「黒ウサギー、まだかー?」

 

 

「い、今着ました!」

 

 

ガチャッ

 

 

しばらく開かなかったドアがやっと開き、黒いウェットスーツを着た黒ウサギが出て来た。

 

 

「やっとか。どんだけ時間をかけている……んだ………よ……」

 

 

その瞬間、俺の時間が止まった。

 

 

「お、お待たせしました」

 

 

「お、おおおう!全然問題ないぜ!」

 

 

「サイズが少し小さくて……胸の辺りがきついですよ」

 

 

だったら着るなよ!

 

前から大きいと思っていたけど、ホントに大きいな!って何言ってんだ俺。

 

やべぇ……目線がそっちに行ってしまう。

 

 

「よし、はやく行こう」

 

 

「ど、どうして壁に頭をこすり付けているんですか……」

 

 

煩悩が叩いても死なないから()り殺しているのさ。

 

 

(果たして、スーツのサイズが問題なのだろうか?)

 

 

皆さんにお聞きしたい。本当にスーツが問題であるか。

 

 

「俺は黒ウサギに問題があると思っている」

 

 

「なッ!?」

 

 

スパンッ!!

 

 

「いたぁッ!?」

 

 

ハリセンが俺の頭に振り下ろされた。というかギフトカードからハリセン取り出すの速すぎだろ。

 

 

「黒ウサギは太っていません!」

 

 

「多分考えていること違うと思うぞ!?ウエストとかそういう問題じゃねぇよ!」

 

 

「どういう問題ですか!?」

 

 

「胸に決まっているだろうが!………あ」

 

 

「へ?」

 

 

「「……………」」

 

 

……OK。どんな鋭い攻撃、重い攻撃が来ても……俺は避けない。

 

失言の責任は取ろう。今のはセクハラだ。牢屋にぶち込まれても文句は言わねぇ。

 

だから……だから……だから!

 

 

(【インドラの槍】だけはやめてくれよ……!)

 

 

俺の足が震えて来た。

 

アレはマジヤバい。死ぬのは勘弁。骨折レベルは許容範囲。……俺、本気(マジ)で人間やめてるな。許容範囲デカ過ぎだろ。このままだと全世界の人間に蹴られても笑顔で許せてしまうわ。

 

 

「……だ、大樹さんは」

 

 

「な、何だ……」

 

 

ギフトカードから【インドラの槍】(ヤ ツ)が出る気配はない。行けるか!?

 

 

「やっぱり……(胸が)お、大きい方がいいんですか?」

 

 

「……………え?」

 

 

 

 

 

(お仕置きの()()が大きい方……?)

 

 

 

 

 

「ち、小さい方がいいです!」

 

 

「そ、そんな!?」

 

 

(えッ!?何でそんな人生が終わった見たいな顔するの!?そんなに威力が高い攻撃したかったの!?ドSなの!?)

 

 

「だから美琴さんやアリアさん……優子さんが好きだったんですね……!?」

 

 

(何でその3人が今出てくるのだろうか……まぁいい)

 

 

俺は深呼吸して、覚悟を決める。

 

 

「分かったよ……俺も男だ」

 

 

俺はドンッ!と自分の胸を叩いた。

 

 

「(攻撃力が)大きい方で構わない!我慢する!」

 

 

「まさかの妥協されましたあああああァァァ!!」

 

 

アレ!?何で泣くの!?

 

 

「な、何で泣くんだよ!?」

 

 

「大樹さんが(胸が)小さい方がいいからと言うからですよ!」

 

 

「え!?みんな(攻撃の威力が)小さい方がいいって言うだろ!?」

 

 

「全否定ですか!?(胸が)大きい方は全否定なんですか!?」

 

 

「当たり前だ!誰だって、(攻撃の威力が)小さい方が良いって言うぞ!?」

 

 

「わあああああァァァン!!もう聞きたくないですッ!!」

 

 

「えええええェェェ!?」

 

 

黒ウサギは顔に手を当てて、涙を流した。もう訳が分からないよ。

 

 

「大樹さんのロリコン!ムッツリスケベ!ド変態!根性無し!腰抜け!浮気野郎!おっぱい星人!変態!」

 

 

「待て待て待てッ!!何で俺こんなに罵倒されるんだよ!?あと二回も変態言うな!さらにロリコンとおっぱい星人はどういう意味だ!?」

 

 

浮気野郎とか酷すぎだろ!?あと根性無しと腰抜けって何だよ!?そして俺はムッツリじゃねぇ!

 

 

「大樹さんは胸が小さい女の子が好きなんですよね!ロリコンじゃないですか!?」

 

 

Why(ホワイ)!?何で俺が胸が小さい人が好きって話になってんだよ!?」

 

 

「言ったじゃないですか!?さきほどッ!!」

 

 

「はぁッ!?だからいつだって……………は?」

 

 

俺は一度落ち着き状況を整理する。

 

小さい方?もしかして俺は勘違いしていたのか?

 

 

『やっぱり……お、大きい方がいいんですか?」』

 

 

……まさか。

 

 

(胸の話なのか……)

 

 

……なるほど。

 

 

「エロウサギめ……」

 

 

「なッ!?」

 

 

スパンッ!!スパンッ!!スパンッ!!スパンッ!!スパンッ!!スパンッ!!スパンッ!!スパンッ!!スパンッ!!スパンッ!!スパンッ!!スパンッ!!スパンッ!!スパンッ!!スパンッ!!スパンッ!!スパンッ!!スパンッ!!スパンッ!!スパンッ!!スパンッ!!スパンッ!!スパンッ!!スパンッ!!スパn

 

 

「死ぬ!?死んじゃう!?これ以上は俺死んじゃうから!!」

 

 

やめて!首から頭が落ちる!R-18に規制されるグロさだよ!この話だけR-18指定になっちゃうよ!

 

 

「大樹さんの変態ッ!!」

 

 

「ハッ、エロウサギにそんなこといわれあがッ!?」

 

 

「大樹さん!風穴開けますよ!?」

 

 

アリアの真似かよ。そもそも銃弾じゃ俺の体に風穴なんて……!?

 

 

「やめろ!【インドラの槍】(ソイツ)は洒落にならねぇ!!」

 

 

(スリー)(ツー)(ワン)!!」

 

 

「わあああああァァァ!!俺が悪いです!勘違いしてすいませんでしたッ!!」

 

 

「え……?勘違い、ですか?」

 

 

「俺は胸じゃなくてお仕置きされる威力の大きさを聞かれていると思っていたんだ!」

 

 

「そ、そうなんですか!?」

 

 

「そうなんです!」

 

 

思わず変な返し方をしてしまった。

 

 

「で、では聞きます……お、大きい方がいいんですか……?」

 

 

え、エロウサギめ……。次言ってしまったら怖いので言わない。ハイ、エロウサギ封印。

 

 

「俺は……」

 

 

「……………!」

 

 

黒ウサギが真剣な目で俺の答えを待つ。

 

俺は一度、深呼吸をして告げる。

 

 

 

 

 

「小さい方も……大きい方も……どっちとも大好きだッ!!」

 

 

 

 

 

「このお馬鹿様あああああァァァ!!」

 

 

バチコオオオオオオンッ!!!

 

 

「ぶふッ!?」

 

 

俺の解答に怒った黒ウサギは巨大ハリセンで俺を薙ぎ払った。マジでハリセンに薙ぎ払われた。ハリセン強ぇ。

 

そして、大樹はおっぱい星人であった。

 

 

「ち、違う……」

 

 

……大樹はムッツリスケベだった。

 

 

「違います!大樹さんは変態です!」

 

 

(さっき自分で言わなかったか…………がくッ)

 

 

……………大樹はいろいろと変態……大変だった。

 

 

________________________

 

 

エr……黒ウサギは他の選手たちと同じようにボードに乗り、準備を終えていた。黒ウサギは白いキャップを被り、ウサ耳を隠している。……ちょっと違和感があるが大丈夫だろう。

 

開始の合図はもうすぐ出される。

 

会場の観客の声が消える。聞こえるのは水の音だけ。

 

 

『用意……』

 

 

審判の声が聞こえたと同時に選手が一斉に構える。

 

 

『スタート!』

 

 

フォン!!

 

 

アナウンスが合図を出した瞬間、レースが開始した。選手は魔法を発動する。

 

 

ゴォッ!!

 

 

選手が一斉に移動魔法を発動させ、ボードを進める。

 

先頭に躍り出たのはやはり黒ウサギだった。一番最初に魔法が発動したのも黒ウサギ。ボードが進みだしたのも黒ウサギ。当然の結果だ。

 

()()につけた汎用型の腕輪型CADにサイオンを送り、移動魔法を速攻で発動させた。

 

 

フォン!!

 

 

次に黒ウサギは()()につけた汎用型の腕輪型CADにサイオンを送り、魔法をボードの真下に魔法を発動する。その瞬間、

 

 

ザパアアアァァァッ!!

 

 

大きな波が黒ウサギの乗っているボードの後方に出現した。

 

 

「うおッ!?」

 

 

「きゃあッ!」

 

 

黒ウサギの後ろについていた選手の悲鳴や驚きをあげた。黒ウサギの魔法に巻き込まれた選手が大波に揺られて転落する。この大波は運動神経が良い人が乗っていたとしても、転落するくらい荒れていた。

 

 

(でも、黒ウサギは違う)

 

 

箱庭の貴族と謳われた最強の兎さんだ。

 

 

嵐で荒れた波でも、ボードの上に余裕で乗っていられる。

 

 

ザパァン!!ザパァン!!

 

 

「「「「「ッ!」」」」」

 

 

会場にいる観客、審判、生徒。誰もがその光景に釘付けになった。

 

小さな波、大きな波、高い波、変則に動く波。あらゆる波にも黒ウサギは対応できていた。硬化魔法などを使って身体を固定させていない。発動しているのは移動魔法と波を作り出す魔法。この二つだけだ。

 

乗りこなすだけではない。波の推進力を利用してスピードを上げたり、カーブを曲がるときは、カーブに沿って波を作り出し、その波に乗って勢い良く曲がる。

 

黒ウサギがボードで一回転。波に乗って飛ぶ。行黒ウサギがアクロバティックなモノを見せれば見せるほど、観客たちの大歓声は会場に響く。

 

スタートラインで大きく揺らした波がようやく消え、選手たちが再スタートを切る。しかし黒ウサギは既に半分以上も差をつけている。

 

黒ウサギに追いつこうとしても、波に揺られて転落してしまう。絶対に追い越すことが不可能になっている。

 

 

(確かに、これは嫌われるな)

 

 

でも観客たちは違うみたいだな。

 

 

わあああああァァァ!!

 

 

むしろ好感度が上がっている。そりゃそうだ。普通、あんな芸当できる人なんていない。

 

ボードに乗って、水の上を舞う黒ウサギ。

 

その姿は誰もが見惚れていた。

 

 

「ほう……彼女は二つのCADを同時操作できるのか」

 

 

後ろから声をかけられる。振り返ると、そこには一人の老人。九島閣下がいた。

 

 

「こんなところに来てもいいのかよ」

 

 

「問題ない」

 

 

「……そうかよ」

 

 

だったら隠れて見ている奴らも下げて欲しいな。まぁそんなことは放っておこう。

 

 

「黒ウサギの魔法は完璧だ。余裕で一位を狙える」

 

 

「ふむ……あのCADは君が作ったのかね?」

 

 

「……凡用型のCAD(アレ)か?そんなわけないだろ」

 

 

「言い方が悪かったようだね」

 

 

九島は俺の隣まで歩き、小さな声で呟いた。

 

 

「どのようにして汎用型のCADの性能を引き上げたのかね」

 

 

「……あげてねぇよ」

 

 

「ではどうやって彼女は二つ同時にCADを使えた?」

 

 

「だから黒ウサギの実力……」

 

 

「とぼけても無駄だよ」

 

 

「……チッ、やっぱりアンタみたいな魔法師になるとバレるのか」

 

 

俺は溜め息を吐き、説明する。

 

 

「簡単な話だ。普通に使えばサイオン波の干渉で両方とも使えなくなる。知っているだろう」

 

 

「それは違う。制御することができれば誰でもできることだ」

 

 

確かに。上級の魔法師ならできるだろう。だが、それはほんの一部の者だけだ。

 

もちろんだが、黒ウサギにそんな技術は無い。

 

 

「そうだな。だからCADにそうさせた」

 

 

「……どういうことかね?」

 

 

「自分で言ったじゃないか」

 

 

俺は笑みを浮かべながら、九島に向かって言う。

 

 

 

 

 

「魔法同士が干渉させないようにする。CADにそのプログラムを組み込んだ」

 

 

 

 

 

「……本当かね」

 

 

「道理が分かれば簡単だぞ。黒ウサギは移動魔法と波を発生させる振動魔法。この二つを同時に発動させたいとき、二つの魔法にある工夫をするんだ」

 

 

「どんな工夫かね?」

 

 

「波だ。サイオンの波を絶対にぶつからないようにするんだ」

 

 

俺は右手と左手を前に突き出す。

 

 

「例えば、右の手から魔法を発動する時、奇数の数字『1、3、5、7……』を放つ魔法だとする」

 

 

右手を横にずらし、右の方向に一直線に伸ばす。

 

 

「そして、左の手から魔法を発動する時は偶数の数字『2、4、6、8……』を放つ魔法だとする」

 

 

左手を右手とは反対方向に一直線に伸ばす。

 

 

「そして、同時に発動するとどうなるか……」

 

 

俺は自分の手を合わせるように叩こうとする。だが、

 

 

スカッ

 

 

右手と左手は衝突しなかった。

 

 

「干渉することは絶対に無い」

 

 

偶数と奇数。絶対に交わることのない数字だ。まぁあくまでも例えだが。本当はもっと複雑な数式構造で干渉しないようにしている。

 

俺の例え話を理解したのか、九島は満足していた。

 

 

「なるほど。私たちは無意識の内に魔法を干渉することの無いように魔法を発動していたのか」

 

 

「それをCADと同じようにやった。簡単だろ」

 

 

「果たして、君の簡単は本当に簡単なのだろうか?」

 

 

九島は告げる。

 

 

「魔法式を全て数字で羅列させ、さらに偶数と奇数が重なり合わないように設定する」

 

 

笑みを浮かべて。

 

 

 

 

 

「何千万という数字を術者が使いやすいように最小限に抑え込み、組み直すということ。本当に簡単なのかね?」

 

 

 

 

 

「ハッ」

 

 

俺は鼻で笑って返す。

 

 

 

 

 

「朝飯前だ」

 

 

 

 

 

「……君のさらなる工夫。私に見せてくれたまえ」

 

 

「いいぜ」

 

 

俺は口元だけ笑みを浮かべて言う。

 

 

「心臓に悪くなっても知らねぇからな?」

 

 

「老人をからかうでない」

 

 

九島は会場の控え室の中へと帰って行く。

 

その時、九島が口元に笑みを浮かべたのを見逃さなかった。

 

 

「……………怖いなぁ」

 

 

あの人、本気出したら多分、俺負けるんじゃねぇ?

 

________________________

 

 

「落ち着け。ほのかなら勝てるから」

 

 

「みんな勝ったのに……わ、私だけ……!」

 

 

「大丈夫だ!達也の作戦は俺もイケると思っている。安心しろ」

 

 

先程から俺はほのかを落ち着かせていた。優子と黒ウサギが一位で勝利。そのせいでほのかにプレッシャーを与えてしまった。

 

しかも作戦が前代未聞でヤバ過ぎるとまで言われ、作戦を考えた奴は頭がイカれていると噂されている。酷い。

 

期待が重すぎる。俺のミスだ。

 

 

「悪いな。変なプレッシャーを与えてしまって」

 

 

「ふぇ?」

 

 

俺は無意識でほのかの頭を撫でていた。

 

 

「あ、あの……」

 

 

「す、すまん……どうにか落ち着いてもらいたくて」

 

 

「いえ!そのままお願いします!」

 

 

「お、おう……」

 

 

ほのかに上目遣いで言われ、俺は恥ずかしくなり、目を逸らしながらほのかの頭を撫でた。

 

 

「……なぁほのか」

 

 

「は、はい!?」

 

 

「大丈夫だから安心しろ。勝てるからさ」

 

 

「……………かっこいい」

 

 

「へ?」

 

 

「な、何でもありません!」

 

 

「そうか。まぁ俺が『かっこいい』……か」

 

 

「ッ!?」

 

 

バッチリ聞いていました。

 

 

「大樹さん……意地悪いです」

 

 

「よく言われる」

 

 

「……変態です」

 

 

「マジでよく言われるわ」

 

 

言われ過ぎて泣きそうまでもある。

 

 

「変態に撫でられるほのかは何だ?ド変態か?」

 

 

「ち、違います!からかわないでください!」

 

 

「エロほのか」

 

 

「やめてください!」

 

 

「ハッハッハ、冗談だ。冗談に決まっt……痛い痛い」

 

 

顔の頬が伸びる。引っ張らならないで。

 

 

「それで……緊張は解けたな」

 

 

「あ………ハイ!」

 

 

満面の笑みを浮かべて、ほのかは頷いた。マジで可愛いな。

 

 

「……で、いつまで撫で続ければいいんだ?」

 

 

「あと少しだけ……」

 

 

結局、20分間。試合時間ギリギリまで撫でた。俺の方が緊張して疲れたわ。

 

 

________________________

 

 

本日最後のバトル・ボード。また明後日あるけどな。

 

ほのかはウェットスーツに着替えて、ボードの上に座っていた。

 

ほのかのCADには光学系の起動式を多く入れている。

 

理由は達也がくれた作戦をパクr……アドバイスしてくれた作戦を使うからだ。パクっていないからね。ここ重要。

 

先程から言っているが、水に魔法を干渉させることはOKだ。というわけで、

 

 

『用意……』

 

 

審判の声が聞こえたと同時にほのかを除いた選手が一斉に方膝をつく。ほのかはボードの上に立ち、黒いゴーグルをかけた。あと俺も。多分、観客席にいる達也たちもかけているだろう。

 

 

『スタート!』

 

 

フォン!!

 

 

アナウンスが合図を出した瞬間、レースが開始した。選手は魔法を発動する。

 

 

 

 

 

その瞬間、水が眩く発光した。

 

 

 

 

 

「サングラス越しでも強いなぁ……」

 

 

サングラスをしなかった人たちに敬礼!

 

ほのかは水面に向かって光学系の魔法を発動し、選手たちの目を潰……一時的に視界を悪くしたのだ。潰してないお。

 

選手が混乱している隙に、ほのかは移動魔法でトップに躍り出る。

 

 

ピピピッ

 

 

……今いいところなのに。電話が鳴った。

 

 

「どうした、原田」

 

 

『敵だ!』

 

 

「ッ!?」

 

 

たった一言。最悪な状況だと分かった。

 

俺は辺りを見回す。一人一人観客の顔を見ていく。

 

北……東……西……南……!

 

 

(どこだ!?)

 

 

『馬鹿野郎!お前の後ろだ!』

 

 

ドスッ!!

 

 

鈍い音が聞こえた。

 

 

 

 

 

「知ってる。今気付いた」

 

 

 

 

 

後ろから振り下ろされたナイフ。俺は右腕を後ろに回して、受け止めた。

 

 

「なッ!?」

 

 

「びっくりしたぜ。まさか自分の姿を消す魔法があるなんてな」

 

 

腕に刺さったナイフから赤い血が流れる。

 

 

「いや、実際には違うか。意識を操る精神魔法で自分を俺の視界から消したのか」

 

 

「!?」

 

 

見えない敵が息を飲んだ。見えなくても分かった。

 

 

「だけど」

 

 

俺はナイフを奪い取り、自分の腕から流れ出る血を前に向かって飛ばす。

 

 

ペチャッ

 

 

空中で血が浮いて、止まった。

 

 

「音、気配、殺気。そして、その血を隠せるようになってから出直して来い」

 

 

ドゴッ!!

 

 

「があッ!?」

 

 

割と本気の右ストレートを虚空に向かって放つ。拳の先には変な感触が。

 

それが男の身体と分かったのは声だった。

 

 

ドサッ

 

 

俺の特殊能力【強制無効(フォース・エラー)】が魔法を破壊し、今まで見えなかった姿が現れる。

 

黒い服装。黒い覆面。黒い防弾チョッキ。あの時の夜に見たテロリストと同じだった。

 

 

「【神の加護(ディバイン・プロテクション)】」

 

 

その瞬間、腕から流れる血が止まった。いや、傷口が綺麗に無くなっている。

 

今までの痛みに比べれば全く痛くない。だけど、治しておきたかった。

 

 

ピピッー!!

 

 

ほのかを迎えるのに、血が付いた状態は最悪だからな。

 

俺は血をテロリストの着ていた服で拭き取り、テロリストの処分は後から来た原田に任せた。

 

 

一時間後、『うおおおォォ!!腕があああァァ!!』っと叫び続け、周りから痛い人と見られたのは別の話。

 

 

_______________________

 

 

夕食。学校別によって食事を取るようになっている。この部屋は一時間しか使えないが。

 

 

「勝利おめでとう。かんぱーい」

 

 

「「「「「かんぱーいッ!」」」」」

 

 

俺のやる気の無い声に、女子は大きな声で答えてくれた。なんかすいません。明日は頑張ります。

 

女の子たちは乾杯した後、俺と達也の周りに集まって来た。

 

 

「司波君、雫のあれって【共振破壊】のバリエーションだよね?」

 

 

そう言えば達也はスピード・シューティングで新種魔法を雫に使わせたらしい。しかも開発者名に雫の名前が載るらしいぞ。凄いな。

 

本当なら達也が載るはずだが……どうやら載りたくないみたいなようだな。

 

達也は『自分の名前が開発者として登録された魔法を、実際に使えないなどと言う恥を(さら)したくない』っと言っている。

 

本当は別の理由がありそうだが、聞かないでおこう。

 

 

「正解」

 

 

達也は柔らかい声で答えた。女の子たちは興味を持ち、次々と達也に質問をしていた。

 

俺はとにかく飯を食っていた。美味い美味い怖い。あ、これも食べないと。

 

 

「大樹君は3人にセクハラしたって本当なの?」

 

 

「ちょっと待て。達也みたいに『あの作戦って、大樹君が考えたの?』って質問はどうした?」

 

 

俺は食事をとっとと終わらせてツッコム。内容が斜め過ぎる。

 

 

「じゃあこれは?」

 

 

「ん?」

 

 

女の子が見せたのは携帯端末の動画。そこには俺とほのかが写っていた。

 

 

もちろん、俺がほのかを撫でている場面だ。

 

 

情報が漏れてますよ運営委員会。マジかよ。

 

 

「サラダバー!」

 

 

「あッ!?逃げた!」

 

 

死にたくない!俺は途中でサラダを一皿(さら)って行き、ドアを開けて逃げる。ドアの開けた先には人が立っていた。

 

 

「あ、大樹。さっきの(テロリスト)なんだが……」

 

 

「どけえええええェェェ!!」

 

 

「何度も同じ手にかかるか!」

 

 

俺の拳が虚空を突く。避けられた!?

 

 

「オラッ!!」

 

 

ガッ

 

 

原田はしゃがみ、俺の両足を右足で払う。

 

バランスを崩して倒れそうになるが、

 

 

ダンッ

 

 

俺は右手だけで逆立ちし、回転する。

 

そのまま左回し蹴りを原田にぶちかます。サラダの皿は口に咥えた。

 

 

「ってあぶねぇ!?」

 

 

クソッ!また外した……だが!

 

 

「逃げ道確保!脱出!」

 

 

「脱出……ね……」

 

 

「大樹さん……甘いですよ?」

 

 

「そうね。ホント馬鹿だわ」

 

 

詰んだ。

 

真由美と黒ウサギ。そして優子が廊下に立っていた。また笑顔が怖いぜ。常人なら『マジすいませんでした!』って謝って自害するほど。おい、死ぬのかよ。

 

俺は廊下に正座をしt

 

 

「と見せかけてからのダッシュ!!」

 

 

「「「!?」」」

 

 

いつもの俺だと思うなよ!

 

俺は真由美たちの間をすり抜けた。三人は完全に隙を突かれ、俺を捕まえる行動に移せない。

 

 

「って俺も!?」

 

 

ついでに原田も捕まえて逃げた。

 

俺は走りながら手に持った原田に問いかける。

 

 

「テロリストの情報があるんだろ?聞かせろよ」

 

 

「あ、いや……………また何も、聞けなかった」

 

 

「……………」

 

 

「ゆ、許してね♪」

 

 

……………イラッ

 

 

ポイッ

 

 

ムカついたから窓から捨てた。

 

 

「ちょっとおおおおおォォォ……………!?」

 

 

シャキシャキッ

 

 

「キャベツ美味い」

 

 

部屋に直行して帰った。

 

 

_______________________

 

 

5日目 クラウド・ボール&アイスピラーズ・ブレイク

 

 

 

ガガガガガッ!!

 

 

俺に向かって来る銃弾を紙一重で次々とかわして行きながら敵に近づく。

 

 

「奴は化け物かッ!」

 

 

「おう!その通りだこの野郎ッ!!」

 

 

ダンッ!!

 

 

右足に力を入れて、黒い服を着たテロリストに一瞬で近づく。

 

左手と右手をガッチリと合わせて、そのまま敵の頭に振り下ろす。

 

 

ドゴッ!!

 

 

テロリストは声を上げる暇も無く、頭が地面の中に埋まってしまった。えぐい倒し方だけど死んでないから大丈夫。

 

 

「死ねッ!!」

 

 

ほら、そもそも向うは俺を殺そうとしてるし……多少強く殴っても問題無いじゃん?

 

俺の背後でもう一人のテロリストが魔法を発動する。足元に魔方陣が展開するが、

 

 

「断るッ!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

右足で思いっ切り踏み潰す。地面が揺れ、振動がテロリストまで伝わる。

 

 

バキンッ!!

 

 

強制無効(フォース・エラー)】で魔法を壊した。

 

 

「何だとッ!?」

 

 

「吹っ飛べやゴラァッ!!」

 

 

ドゴンッ!!!

 

 

最強の一撃を誇る右アッパーが敵の顎にクリーンヒットし、そのまま空高く飛んで行った。

 

100mくらい飛んだあと、身体は重力に従って落ちて来る。

 

 

「よっと」

 

 

ガシッ

 

 

落ちて来る寸前、俺はそいつの防弾チョッキの襟首を握って落ちるのを防ぐ。殺すのはさすがに駄目だ。

 

 

「今日だけで7人。ラッキーセブンか」

 

 

「いや、9人だ」

 

 

ドサッ

 

 

後ろから声をかけられた。かけたのは原田。

 

原田は右手と左手に持っていた二人のテロリスト(白目を剥いてる)を地面に寝かせる。

 

 

「何だよ9って。中途半端過ぎるだろ。もう一人捕まえて来なさい」

 

 

「無茶言うなよ」

 

 

「ならこれで10人だな」

 

 

声がした方向を見ると、司が歩いてきていた。隣には虚ろな目をしたテロリストが歩いている。

 

 

「倒れろ」

 

 

「はい……」

 

 

バタッ

 

 

司の命令を聞いたテロリストは自分から倒れる。恐ろしいな、【邪眼(イビル・アイ)】。

 

そういえばはじっちゃんの魔法を説明していなかった。

 

前に壬生の記憶の改竄。優子やテロリストを操った洗脳の正体。それが光波振動系魔法【邪眼(イビル・アイ)

 

催眠効果を持つ光信号を相手の網膜に投射する催眠術だ。怖い。

 

あ、達也は『つまらん手品だ』とか言って、全く効かなかったらしい。達也の方がもっと怖い。

 

 

「さすがはじっちゃん。ファインプレーだ」

 

 

「俺、二人なんだけど……」

 

 

「どうでもいい話だな。それとはじっちゃんはやめろ」

 

 

残念。断るわ。

 

 

「それにしても……こんなに倒しているのに、敵の情報が手に入らないってどういうことだよ」

 

 

原田の愚痴に俺と司は溜め息を吐いた。

 

実は俺たちが今まで捕まえたテロリストたちは全員、記憶を無くしているのだ。

 

魔法で記憶を消された状態で催眠術をかけて、無理矢理この場所に送り込まれているのだ。どうにかして自白させようとしても、記憶が無かったら意味が無い。

 

一番厄介なのは嘘の記憶を練りこまれている場合だ。

 

やっと情報が手に入ったと思ったら、違った。思わず敵をぶん殴ったぜ。……あのテロリストには謝りたい。

 

 

「次はどこを警備する?」

 

 

司は携帯端末で見取り図を開きながら聞く。

 

 

「昨日の夜。俺たちが夕食を食べていたのは知っているだろ?」

 

 

「ああ。昨日俺を落とした時だよな……?」

 

 

落ち着け。笑顔で来るな。短剣を持つな。

 

 

「あの時、夕食に毒が混ざっていた」

 

 

「「ッ!?」」

 

 

二人の顔の表情が変わる。

 

 

「不審な行動は避けたかったから、毒が入っている物は全部俺が食った」

 

 

「うわッ……」

 

 

「あ、だから昨日の夜はいなかったのか……」

 

 

司はドン引き。原田は何かを察した。

 

死んでしまうような毒では無い。だが、下剤でも酷いわ!夜はずっとトイレの便座に座っていたんだぞ(涙目)。

 

料理は美味くて天国。そして地獄のトイレへ落とされた。ぐすんッ。

 

 

「だから、今から復讐しに行く」

 

 

「ということは……」

 

 

司が見取り図の一部をズームアップさせる。

 

 

「調理場か」

 

 

台所が本当の戦場になるまで、時間はかからなかった。

 

 

_______________________

 

 

「全員動くなあああああァァァ!!」

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

ホテルの第三調理場に俺は突撃しに来た。現在縦長の白い帽子を被り、白いコックの服に着替えている。

 

コックに成り済まし、情報を探っていた所、ここが敵の本拠地だと分かった。

 

人数は5人。少し多いな。

 

 

「バレたかッ!」

 

 

「殺せッ!!」

 

 

偽コックは冷蔵庫やキッチンシンクの下から隠していた銃を一斉に取り出す。

 

前から思っていたんだが警備甘くないですか?こんなに銃を持ちこまれて侵入されているんですよ?まさか……警備もクロ!?

 

……もう次から次へとイヤだよ!?休ませろ!重労働反対!!

 

 

ガキュンッ!!

 

 

ハンドガンの弾が一発。俺の眉間に向かって飛んで行く。

 

 

「よっと」

 

 

カァンッ!!

 

 

甲高い音が響いた。

 

 

フライパンで銃弾を弾いた。

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

「滅茶苦茶だな」

 

 

俺の後ろからウエイター姿の原田が現れる。

 

手にはトレー。原田はそれを思いっきり振りかぶって投げた。

 

 

ガゴンッ!!

 

 

「がはッ!?」

 

 

見事に奥にいた偽コックの顔面に直撃した。偽コックはそのまま後ろに倒れ、気を失う。

 

 

「う、撃て!!」

 

 

ガガガガガッ!!

 

 

偽コックは一斉に俺たちに向かって射撃する。

 

だが、俺はそばにあった冷凍庫の扉を開けて、扉の後ろに隠れて、盾代わりにした。原田はしゃがんで回避。

 

冷凍庫のドアは銃弾を一発も貫通させない。原田に弾は当たらない。

 

 

「お、良いモノ発見」

 

 

俺は冷凍庫に入ってあった物を取り出し、

 

 

「ジェットストリームアタック!!」

 

 

ゴオッ!!

 

 

扉を閉めると同時に敵に向かって飛んで行った。

 

 

 

 

 

冷凍マグロが。

 

 

 

 

 

ドスッ!!

 

 

「ぐはあああああァァァ!!」

 

 

「「「!?」」」

 

 

「マグロ!?」

 

 

マグロの頭が偽コックの腹に突き刺さる。偽コックは口から血を吐き、気絶した。死んではいない。

 

偽コックたちはその光景に口を開けて驚愕、原田も驚いていた。

 

 

「よし!後で責任を持って俺たちが食べるからな!」

 

 

「なるほど!俺たちスタッフが美味しく食べないとな!」

 

 

大樹と原田は冷凍庫を開ける。大樹はイカとホタテ貝を取り出し、原田はアジと鯛を持った。

 

 

「「「ひッ!?」」」

 

 

「イカブラストッ!!ホタテブレイクッ!!」

 

 

「アジ斬りッ!!鯛天空ッ!!」

 

 

ドゴッ!!バキッ!!ドスッ!!ゴッ!!

 

 

大樹は冷凍されたイカで突き、ホタテ貝で殴った。原田は冷凍アジで斬り、鯛でアッパーを繰り出した。

 

偽コックたちは倒れ、動かなくなった。

 

 

「大樹!」

 

 

原田はアジと鯛を大樹に向かって投げる。大樹は両方をキャッチし、

 

 

「あとは任せた」

 

 

「フッ、任せろ」

 

 

大樹は調理を開始した。

 

原田はテロリストの後処理を開始した。

 

 

_______________________

 

 

「それで、楢原は海鮮丼を作ったと?」

 

 

「ああ、美味しいだろ?」

 

 

「死ぬほど美味しいから困っているんだ」

 

 

俺と司が会話しながら海鮮丼を食べる。美味い。

 

 

「本当に大樹は料理が上手いよな」

 

 

「原田。醤油取ってくれ」

 

 

「ほい」

 

 

「楢原。わさびは無いのか?」

 

 

「ここにあるぜ」

 

 

そして、俺たちは海鮮丼を食べ終えた。ごちそうさまでした。

 

 

「なぁ、さっき思ったんだが……警備ってどうなってんの?」

 

 

「僕も怪しいと思って調べたんだ。そしたら……」

 

 

司は懐から携帯端末を取り出し、画面を開いて俺たちに見せた。

 

 

「ビンゴだった」

 

 

画面には2人のテロリストが縄で縛られていた。

 

 

「かっけぇ!はじっちゃんかっけぇ!」

 

 

「司先輩!マジリスペクトっす!」

 

 

「うざいぞ、お前ら」

 

 

そんなこと言って、頬が少し緩んでいますよ?

 

 

ピピピッ!!

 

 

ちょうどタイミング良く、俺の携帯端末が鳴った。相手は……雫?

 

 

「よお、どうした?」

 

 

『大樹。お願いがあるの』

 

 

内容は九校戦のアイスピラーズ・ブレイクについてだった。

 

 

_______________________

 

 

6日目 バトル・ボード&アイスピラーズ・ブレイク

 

 

バトル・ボード準決勝は簡単に進んだ。

 

一昨日の試合と同様、優子は渦潮を生み出し、選手を水の中へと誘い、一位だった。

 

黒ウサギも一昨日と同じ作戦。水面を荒らしに荒らして、選手の妨害をしながら突き進み、一位だった。昨日より差をつけてゴールしていた。

 

 

「大丈夫だ。ほのかなら勝てる」

 

 

「は、はい……頑張ります……」

 

 

顔色が悪いのは言うべきなのか。それとも黙っておくべきなのか。どっちだ。

 

またほのかにプレッシャーを与えてしまっていた。俺はまたほのかを落ち着かせるように努力している。

 

一昨日。予選が終わった後、

 

 

『私、いつも本番に弱くて……運動会とか対抗戦とかこういう競技会で勝てたことってほとんど無いんです』

 

 

っと目に涙を溜めながら言われてしまった。達也の作戦なのに……申し訳ない気持ちで一杯です。

 

 

「今回の作戦は普通にすれば勝てる。ほら、CADだ」

 

 

「えッ!?」

 

 

俺はほのかに腕輪型CADを差し出す。ほのかはCADを見て驚いていた。

 

ほのかを担当するエンジニアは中条あずさ(あーちゃん)だが、今回は俺がするように取り合ってみたのだ。まぁ変わる条件として桐原に使わせたデバイスを見せることになったが。ちなみに桐原君、今日やっと復活したらしい。遅いよ。

 

 

「魔法の展開スピード。移動と加速魔法は速度が上がっているから気を付けて使ってくれ」

 

 

「わ、私の為に……?」

 

 

「まぁな」

 

 

ほのかはCADを両手で丁寧に持って、自分の胸に当てた。

 

 

「ありがとうございます!」

 

 

ほのかの笑顔は眩しく、輝いていた。

 

 

_______________________

 

 

バトル・ボード準決勝。

 

 

選手全員がサングラスをしていた。優子や黒ウサギの対策は立てれていなかったが、ほのかは立てられているようだ。

 

全員サングラスをかけているため、少しだけ異様な光景になっている。

 

だが、ここでサングラスをかけるのは達y………俺の罠にかかっていることになる。達也じゃないよ?

 

俺は第一高校専用のベンチに座ってバトル・ボード様子を見守っていた。

 

 

『用意……』

 

 

審判の声が聞こえたと同時に選手が一斉に方膝をつく。

 

 

『スタート!』

 

 

フォン!!

 

 

アナウンスが合図を出した瞬間、レースが開始した。選手は魔法を発動する。

 

 

ゴォッ!!

 

 

スタート時、水面が発光することは無かった。

 

少しほのかが出遅れたが、問題ない。わざとだから。

 

ほのかはしっかりと相手選手の後ろについていっている。

 

 

「あ、楢原君。ここにいたんですか」

 

 

「ん?あーちゃんか」

 

 

「その呼び方はやめてください!」

 

 

あずさ(あーちゃん)はプンスカと可愛らしく怒りながら俺の隣に座る。全然怖くないな。

 

 

「最初のスタートは出遅れましたが、光井さんは勝てるのでしょうか?」

 

 

「余裕」

 

 

「す、すごい自信ですね」

 

 

「ほら見てみろ」

 

 

選手たちは最初のカーブに差し掛かる。

 

 

「え?」

 

 

その時、あずさは疑問に思った。

 

選手は大きく減速し、カーブを大きく曲がったのだ。

 

内側を取らずに、外側に大回りしたのだ。

 

九校戦に出場する選手なら減速を抑えながらアウトギリギリを回るのが普通だ。

 

だが、ほのかは他の選手と同じ真似はしない。

 

ほのかはコースの内側ギリギリをすり抜ける。同時に、一位だった選手を追い越した。

 

 

「い、今のは!?」

 

 

「あーちゃんなら考えたら分かると思うぜ?」

 

 

だからあーちゃんと呼ばないでください!っと怒った後、すぐに頭の中で試行錯誤する。

 

顔の表情は真剣で、ずっとレースを見ていた。また選手たちが第二のカーブに差し掛かる。

 

ほのかはまた内側ギリギリを回り、他の選手は外側を大回りした。

 

 

「……あッ!」

 

 

あずさはその光景を見て、何かに気付いた。

 

 

「光波振動系!まさか前回の試合が!?」

 

 

「正解。はいプレゼント」

 

 

「え、えぇ!?どうしておにぎりですか!?」

 

 

「具は海の新鮮な魚たちだ」

 

 

「は、はぁ……え?」

 

 

あずさは混乱しながらおにぎりを食べた。

 

 

「むぐッ!?何でこんなに美味しいんですか!?」

 

 

おにぎりですよね!?これおにぎりですよね!?っと騒ぎ出していた。落ち着け。

 

 

()()()()()()()()()ひょ()()()ひゅ()()

 

 

「食ってから喋ろ」

 

 

美味しいのは分かったから。

 

 

「………ごちそうさまでした。それで、さきほどの魔法ですが、光波振動系で水路に明暗を作ったことで、相手選手があのような大回りをしたんですね」

 

 

「さすがだな。よくぞ見破った」

 

 

まぁ俺が考えた作戦じゃないけど。

 

明るい面と暗い面の境目で水路が終わっていると錯覚して、相手選手は暗い面に入らないようにする。

 

単純な作戦だが、かなり効果が期待できる手だ。

 

 

「サングラスをかけることによってさらに騙されやすくする………すでに前の試合で布石を置いていたんですね」

 

 

そこであずさはあることを思い出す。

 

 

「ほ、他の選手もです!木下さんと楢原君の妹さんのレースの時もサングラスをかけている人がいました!」

 

 

「まぁそいつらは別にかけてもかけなくても負け決定だから」

 

 

「えぇ……」

 

 

優子と黒ウサギが閃光魔法を使うかもしれないっと警戒してサングラスをかける選手が何人かいた。おかげで選手は思った以上に力が出せていなかった。

 

 

「とりあえずここまで分かったあーちゃんにはもう一つおにぎりをプレゼント」

 

 

ありがとうございます!っとあずさはすぐに美味しそうに食べ始めた。リスみたいな小動物で可愛いな。

 

 

「ちなみにほのかがつけているあのゴーグル。俺が作った特注品なんだ」

 

 

俺はあずさにほのかが付けている同じゴーグルをつけさせる。

 

 

「ッ!?」

 

 

あずさは驚愕した。

 

 

()()()()()()()!?」

 

 

「だから食ってから喋ろ」

 

 

ご飯粒が飛んで来たぞ。

 

俺の作ったサングラスは外側から見ると暗くなるが、内側から見ると明るく見えるのだ。普通の眼鏡をかけているのと変わらない。

 

 

「ど、どうやって作ったんですか……?」

 

 

「企業秘密だ。まぁ秘密にすることほどでもないけど」

 

 

数分後、バトル・ボードの終了のホイッスルが吹かれた。

 

 

もちろん、ほのかの勝ちだ。

 

 

_______________________

 

 

俺は雫に会いに行こうとする途中、廊下で俺を待っている人がいた。

 

凛々しい顔立ちで若武者風の美男子と小柄だがひ弱に見えない少年が俺を見ていた。

 

……厄介ごとが起きないうちに逃げるか。

 

フードをさらに深く被り直して通り抜けようとするが、

 

 

「逃げなくてもいいんじゃないか?」

 

 

声をかけられてしまった。

 

 

「……誰だ?」

 

 

「第三高校一年、一条(いちじょう)(まさき)だ」

 

 

「一条?」

 

 

一条って確か……!

 

 

「俺の腹を(えぐ)った魔法か!」

 

 

「「!?」」

 

 

「あ、いや。こっちの話だ」

 

 

殺傷ランクA。発散系の系統魔法の【爆裂】。アレは痛かった。

 

 

「君には柴智錬の件について礼を言いたかったんだ」

 

 

「あー、そう。逃げたけどな」

 

 

「それでもだよ」

 

 

そう言って一条はふっと笑みを浮かべた。チッ、これがモテる男か。

 

 

「同じく第三高校一年の……」

 

 

吉 祥 寺(きちじょうじ) 真 紅 郎(しんくろう)だろ?知ってる知ってる」

 

 

「えっと……僕のことは知っているんだ……」

 

 

将は知らないのにか……っと吉祥寺は気不味くなった。一条はあまり気にしていない様子だ。

 

 

「逆に知らない奴は少ないだろ。お前の論文、全部見たぜ」

 

 

弱冠13歳で仮説上の存在だった『基本コード』の一つである『加重系統プラスコード』を発見した天才。『基本コード』と自身の名前を捩った『カーディナル・ジョージ』という異名で呼ばれている。

 

 

「将の方が有名なんだけど……」

 

 

「まぁそんなことは置いといて……何の用だ?」

 

 

「置かないでよ!」

 

 

「ジョージ。いろいろと言ってくれるのは嬉しいが本題に入らないと」

 

 

「そ、そうだね……」

 

 

「あ、俺もジョージって呼んでいい?ジョージ?」

 

 

「あ、どうぞ……ってそんなことより!」

 

 

吉祥寺……ジョージはコホンッと咳払いをして、話し始める。

 

 

「僕たちは明日のモノリス・コードに出場します」

 

 

「……………」

 

 

え?それだけ?

 

沈黙が場を支配する。俺は何を言えばいいんだ!?

 

 

「が、頑張れよ!」

 

 

「他校を応援!?」

 

 

「しまった!?」

 

 

何言ってんだ俺!?

 

 

「聞きたいことは何だよ……教えてくれねぇとまた応援しちまうだろうが」

 

 

「それでもしないでください。僕たちが聞きたいのは、君がモノリス・コードに出場するかどうかです」

 

 

「は?するわけないだろ。何でそういうことを聞く?」

 

 

二人は俺の言葉に驚いた顔を見せた。

 

 

「君ともう一人、司波達也は九校戦始まって以来、天才技術者です」

 

 

「そうか?俺はどれも捻くれた作戦だと思うけどな」

 

 

俺は頭を掻いて、照れるのを隠した。天才に褒められちったよ!

 

 

「そろそろいいか?俺、用事があるから」

 

 

「時間を取らせたな。次の機会を楽しみにしている」

 

 

「お、おう……」

 

 

一条はそう言って、俺の横を通り過ぎて行った。ジョージも一条を追って、一緒に通り過ぎた。

 

 

「一条にジョージ……か……」

 

 

ウチの一年男子生徒、大丈夫かな?【爆裂】は大会で使えないけど、死なないよな?一年男子、森崎たちの健闘を祈ろう。

 

 

_______________________

 

 

「悪い、待たせたな」

 

 

「ううん。大丈夫」

 

 

第一高校専用のCAD調整装置がある部屋に来た。部屋の椅子に座った雫が首を振る。

 

 

「第三高校の奴らに会ってしまってな。あの有名な『カーディナル・ジョージ』に会ったぜ」

 

 

「だ、大丈夫だったの?」

 

 

「慌てるな。話をしただけだ。いやー、貴重な体験だったなぁ」

 

 

「そ、そう……」

 

 

「あ、それと一条に一緒だったぞ」

 

 

「ッ!?」

 

 

雫は俺の肩を掴んで揺さぶった。

 

 

「一条の御曹司がオマケ扱いなのはおかしいよ!」

 

 

「はぁ!?何がおかしいうぇぷっ……揺らさないで……!」

 

 

動揺する雫はレアだけど……やめてくれ……。

 

 

「新人戦のモノリス・コードで一番優勝する確率が高いのは一条の御曹司がいる第三高校。モノリス・コードで私たちが負けたら、第三高校が新人戦の総合優勝を取るかもしれないんだよ!」

 

 

「そ、それは初耳だな……」

 

 

「会議の時、大樹はいなかった」

 

 

めっちゃ心当たりある。下剤事件の時だ。

 

 

「そ、そんなことより!」

 

 

俺は大きな声を出して無理矢理話を逸らす。

 

 

「アイスピラーズ・ブレイク。俺も協力する」

 

 

雫の瞳をじっと見つめながら言った。

 

 

「ッ!」

 

 

雫は嬉しそうな表情になったが、

 

 

「勝てるかどうか分からない……負けるかもしれない」

 

 

俺の言葉を聞いて真剣な表情になった。

 

 

「最高の魔法を作ってやる。調整してやる。だから全力で勝ちに行って来い」

 

 

「……うん」

 

 

二回目なんて無い。この戦いは一度しかない。

 

 

アイスピラーズ・ブレイク決勝戦。

 

 

対戦相手は自分の陣地にある氷の柱を一本も破壊させなかった最強。

 

 

本戦でも無敗だろうと呼ばれるほどの実力者。

 

 

天才技術者の妹。

 

 

 

 

 

司波 深雪が対戦相手だ。

 

 

 

 

 

「勝ちに行くぜ!」

 

 

「うん!」

 

 

雫と俺は笑みを浮かべながら言った。

 

 

_______________________

 

 

観客席満席。関係者用の席も満員。

 

大樹は関係者用の席にいた。二人の女の子に挟まれて。

 

 

「はぁ……人が多過ぎて人酔いしそうだ……」

 

 

「大丈夫、楢原君?」

 

 

「おう!優子の顔を見たら全然大丈夫になった!このままフルマラソンを全力で走れるぜ!」

 

 

「そ、そう……」

 

 

右隣りに座った優子は大樹の突然の手のひら返しに引いた。

 

 

「ねぇ大樹君。私もいるのだけれど?」

 

 

「真由美!?いたのか!?」

 

 

「存在すら認識してもらえなかったの!?」

 

 

「冗談だ」

 

 

「……もしかして達也君の真似かしら?」

 

 

あ、バレました?もしかしてされたことあるのか?

 

 

「達也君と深雪さんは敵。あの兄妹に勝てる?」

 

 

天才と天才が組み合わさった敵。新人戦どころか本戦でも敵う者はいないだろう。

 

だが、俺は答える。

 

 

「簡単に負けるつもりもない。追い詰めて、勝ってやる……雫が!」

 

 

「「人任せ!?」」

 

 

「あの二人を泣かしてやる……雫が!」

 

 

「無責任すぎます!」

 

 

パンッ!!

 

 

「痛いッ」

 

 

後頭部に衝撃が与えられた。下手をするとテロリストが撃っている銃弾より痛い。

 

 

「雫さんが負けたら大樹さんのせいですからね!」

 

 

「……まぁそうだろうな」

 

 

俺はふざけずに告げた。

 

 

「負けたら俺のせいだ。俺は達也に勝てなかったことになる」

 

 

「楢原君だけのせいじゃ……」

 

 

「優子の言う通り、俺だけのせいじゃない。雫のせいかもしれない。でもな」

 

 

俺は綺麗な水色の振袖を着ている雫を見ながら言う。

 

 

「あいつが泣かないように、俺がその重みを背負ってやらないといけないんだ」

 

 

深雪と真正面から正々堂々と戦い、勝ってやりたい。雫は誰よりも新人戦を本気で戦って参加している人だ。

 

俺はその気持ちに答えてやらないといけない。

 

もし、裏切ってしまうことがあるなら……その時は俺が全部背負ってやる。

 

 

「それは駄目よ」

 

 

俺の言葉をバッサリと切り捨てたのは、

 

 

「間違っているわよ、大樹君」

 

 

真由美だった。

 

 

「……何がだ」

 

 

「責任は彼女一人で背負わないといけないわ」

 

 

理解ができなかった。

 

真由美の言っていることが分からない。どうして助けてやろうとしないっと思った。

 

 

「負けた時の失敗は来年の九校戦で活かされる。悔しさを原動力に変えなきゃならないの」

 

 

「それじゃあ遅すぎる」

 

 

「遅くないわ。むしろ速すぎるのよ」

 

 

真由美は俺の目をじっと見つめる。

 

 

「勝ちに急ぐより、遠回りをして勝つのよ。深雪さんと実力が違う。負けたらまた特訓して勝てば……」

 

 

「言いたいことは分かる。でも、雫はこの一回しかないかもしれないんだ」

 

 

俺は手を強く握る。

 

 

「負けると分かっていても勝たないといけない時がある。『その時のチャンス』は一度しかない。たとえ同じチャンスが来ても、『その時』のチャンスはもう来ることはないんだ」

 

 

今の深雪は強い。だけど、今度戦う時はさらに強くなっている。勝つことができるのは今しかない。

 

 

「相手が強くても……負けると分かっていても……勝たないと……いけないんだ」

 

 

俺はエレシスに負けたあの時を思い出していた。

 

不利な状況で戦ったせいで負けた。と言い訳していたが、例え俺が優位な場所でも、状況でも、負けていたかもしれないからだ。

 

俺はあいつにダメージになる一撃を与え切れていない。無傷で俺はやられた。

 

あれから力をつけてきたが、勝てるイメージが全く湧かない。教室でエレシスに倒す方法があると嘘を言った自分が醜い。

 

……もう分かっている。エレシスと再戦する日が近いことを。

 

俺は立ち止まってはいけない。走り続けなければいけない。

 

 

 

 

 

だから、負けてはいけない。

 

 

 

 

 

「雫も深雪に負けたくないんだ」

 

 

白の単衣に緋色の女袴。白いリボンで長い髪を首の後ろでまとめている最強(深雪)が姿を現す。

 

 

試合はもう始まる。

 

 

始まりを予告するライトが(とも)った。

 

灯火が色を変え、開戦を告げる。

 

その瞬間、二人は同時に魔法を放った。

 

 

フォン!!

 

 

強烈なサイオンの光が瞬いた。

 

 

その瞬間、フィールドが二つの季節に分けられた。

 

 

深雪の陣地には極寒の冷気。雫の陣地には灼熱の蒸気で覆われた。

 

 

氷炎地獄(インフェルノ)

 

 

対象エリアを二分し一方の振動、運動エネルギーを減速し、その余剰エネルギーをもう一方に逃がすAランク魔法だ。隣接するエリアに灼熱と極寒を同時に発生させることができる。

 

この魔法のおかげで今までの試合で、無敗を築くことができた。破ることは不可能かもしれない。だが、

 

 

フォン!!

 

 

雫は腕に付けた()()()CADで魔法を発動させる。

 

 

()()につけた二機の汎用型CADを。

 

 

「やっぱり二機使うのね……」

 

 

真由美は俺に聞こえるように言った。

 

二機を使うことは本来珍しいこと。だが黒ウサギでも使っていたのであまり驚きは無いみたいだな。

 

雫は両手を前に出して魔法を発動する。右手で【情報強化】、左手で硬化魔法を発動した。

 

 

【情報強化】

 

 

対象物の現在の状態を記録する情報体であるエイドスの一部、もしくは全部を魔法式としてコピーし投射することにより、対象物の持つエイドスの改変性を抑制する対抗魔法だ。

 

 

おかげで雫の陣地の氷柱は【氷炎地獄(インフェルノ)】から耐えていた。

 

左手で12本あるうちの一本を硬化魔法で氷柱を強化した。理由は簡単。

 

 

フォン!!

 

 

雫から見て左側の一番前の氷柱。硬化魔法で強化した氷柱が、目の前にある深雪の陣地にある氷柱に向かって飛んで行った。

 

 

ドゴッ!!

 

 

「ッ!?」

 

 

飛んで行った氷柱は、深雪から見て、右側に立ってある二本のも粉々にし、後ろに立っている氷柱にぶつかり、止まった。三本目は破壊されなかった。

 

 

※氷柱は縦3×横4で立っています。

 

図で表すと↓となります。

 

□ □ □ ■

□ □ □ ■

□ □ □ □

 

黒色の四角は破壊された深雪の氷柱です。

 

 

 

深雪の心に動揺が走る。

 

どんなに凍らせて強固にした氷柱でも、硬化魔法で分子の相対位置を固定させた氷柱の方が硬い。それをぶつけられたのならば、当然凍らした氷柱が砕ける。

 

その証拠に雫が飛ばした氷柱は原型を保ったまま横に倒れている。

 

 

(二つのCADの同時操作!?雫、貴方それを会得したの!?)

 

 

深雪は驚くが、疑問に思うことがあった。

 

 

(移動魔法はどうやって……?)

 

 

マルチキャスト?と深雪は考えていた。

 

その時、会場が騒がしくなったのが分かった。

 

観客の注目となる視線の先は雫。深雪は目で追ってみると、

 

 

「ッ……!」

 

 

言葉を失った。

 

 

「嘘……」

 

 

大樹の隣に座った真由美が驚いていた。隣にいた優子も、後ろにいる黒ウサギも驚愕していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雫は()()に付けたCADだけではなく、()()に拳銃型CADが握られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「三機目……!?」

 

 

黒ウサギが驚きながら言葉を漏らす。会場も騒ぎ出していた。

 

 

前代未聞、三機のCADを同時に操り、魔法を使ったのだから。

 

 

 



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九校戦 Third Stage

皆さん、チョコは何個貰いましたか?私は一個です。


……ありがとう、母さん。

でも、『アンタ、今日何個貰った?』って心を抉る質問するはやめてください。毎年同じ数ですから。




CADを三機同時に使った雫。その光景に達也たちも驚いていた。

 

 

「嘘……三機!?魔法なんて使えるの……!?」

 

 

達也の隣に座ったエリカが呟いた。他のみんなも同じ感想を抱いていた。

 

 

「……達也君?」

 

 

「……………」

 

 

何も喋らない達也を心配した美月が声をかける。達也はじっと雫を見ていたが、

 

 

「なるほど。だから汎用型のCADを使ったのか」

 

 

「何か分かったのか?」

 

 

何かに気付いた達也にレオが尋ねる。

 

 

「汎用型CADは多様性を重視したCADだ。系統の組合せを問わず、一度に最大99種類の起動式をインストールできるほど容量が莫大に多い」

 

 

「逆に特化型はその多様性を犠牲にして、系統が同じ9種類の魔法の発動速度を上げたりできるんだよね」

 

 

幹比古が達也の説明に捕捉を付け加える。達也は頷いて説明を続ける。

 

 

「だが雫が腕につけている汎用型CADには一つしか魔法を発動できないようになっている」

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

達也の言葉にみんなが驚いた。

 

 

「汎用型の莫大な容量を一つの魔法で埋め尽くしている。雫の魔法式を見て分かった」

 

 

「魔法式だけでそこまで分かるのか!?」

 

 

レオが声を上げて驚いていた。

 

 

「雫が魔法を発動するスピードが明らかに遅すぎた。発動が遅れるほど魔法式のデータ量が多いんだ」

 

 

「ど、どうして魔法式のデータ量をわざわざ多くしてあるのですか?」

 

 

ほのかが疑問に思ったことを聞く。

 

 

「わざわざ多くしてあるんじゃない。故意で多くしてあるんだ」

 

 

達也は言葉を訂正し、

 

 

「魔法同士が干渉し合わないようにしたせいでデータ量が多くなったんだ」

 

 

達也の簡潔な答えを出した。その言葉にエリカがハッなる。

 

 

「……もしかして三機同時に魔法を使えるように魔法式を組み立てたの!?」

 

 

「汎用型CADの莫大な量を全て使うほどだ。可能性はある。組み立てた大樹は相当の……」

 

 

そこで、達也は視線を逸らした。

 

 

「「「「「あ、うん……」」」」」

 

 

みんなは察して、変な空気が流れた。

 

沈黙が続く中、エリカが何かに気付いた。

 

 

「ちょっと待って……それを雫は読み取ることはできるの?」

 

 

「雫が読み取りやすいように、普通の魔法と変わらない簡単な魔法式が構築してあった。処理する情報は多いが、処理するのは難しくない」

 

 

「ぜ、全部の要領を使っているのに!?」

 

 

美月は驚きの声を上げる。他の人たちも目を見開いて驚いていた。

 

 

「でも、移動魔法をわざわざ特化型CADで使うってどういうこと?いくら莫大な量を詰め込んだ汎用型でも、移動魔法くらいの魔法式なら入れれると思うけど」

 

 

幹比古が新たな疑問を口にする。

 

 

「本当に汎用型CADに移動魔法を組み入れる容量が無かった、からじゃねぇのか?」

 

 

レオは達也の顔色を(うかが)いながら聞いた。

 

 

「いや、違うな」

 

 

達也は目を細め、雫の特化型CADを睨んだ。

 

 

「特化型CADにわざわざ移動魔法を組み入れた理由が他にあるはずだ」

 

 

________________________

 

 

 

雫が最初の二本の氷柱を破壊した瞬間、深雪の切り替えは速かった。

 

 

フォン!!

 

 

深雪はCADを操作し、振動減速系広域魔法、

 

 

 

 

 

【ニブルヘイム】を発動した。

 

 

 

 

 

「ッ!」

 

 

雫はその光景に面を食らった。液体窒素の霧が雫の陣地に襲い掛かる。

 

深雪の作戦は膨張率を上げることだ。

 

雫の氷柱に、液体窒素の滴をびっしりと付着させ、その根元に『水溜り』を作る。そして、もう一度【氷炎地獄(インフェルノ)】を発動することで、気化熱による冷却効果を上回る急激な加熱によって、液体窒素を一気に気化させる。

 

すると膨張率は700倍まで跳ね上がり、氷柱は崩れる。

 

それだけではない。【ニブルヘイム】を発動すれば、硬化魔法を纏った氷柱を飛ばされる心配は無い。雫の氷柱は地面とガッチリとくっついて固まっており、移動魔法を発動しても、動かすことはできないからだ。さらに自分の氷柱も飛ばされない。完璧な作戦。

 

 

しかし、深雪の作戦は上手く行かない。

 

 

フォン!!

 

 

雫が拳銃型CADで移動魔法を深雪の氷柱に発動させた。しかし、深雪の氷柱は地面とびっしりと凍っているので、移動することはない。

 

だが、

 

 

ドゴンッ!!

 

 

深雪の氷柱は横から真っ二つになった。

 

 

「ッ!」

 

 

深雪は一瞬動揺したが、原理は分かっていた。

 

氷柱の上半分に移動魔法を発動させることで、無理矢理氷柱を真っ二つにしたのだ。氷柱が動かないことを利用して。

 

氷柱を飛ばせないようにした作戦。逆に利用されてしまった。

 

 

ドゴンッ!!ドゴンッ!!

 

 

一本。また一本と、次々と深雪の氷柱は破壊されていく。だが、深雪は冷静に【ニブルヘイム】を発動し続ける。

 

 

深雪の氷柱が半分。残り6本っとなったところで、頭で考えた予定通り、【ニブルヘイム】から【氷炎地獄(インフェルノ)】に切り替えた。

 

 

(これで終わり!)

 

 

フォン!!

 

 

深雪は勝利を確信した。

 

その瞬間、膨張率は700倍になり、

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

大きな音を立て、雫の氷柱が一気に崩れ去った。

 

蒸気爆発の音も交じっており、観客たちも静まり返ってしまった。

 

蒸発した気体でフィールドが見えないが、誰もが深雪の勝ちだと思っていた。

 

氷炎地獄(インフェルノ)】【ニブルヘイム】。上級魔法を使いこなす深雪。結果は始まる前から分かっていた。

 

 

「ッ!?」

 

 

霧が晴れ、フィールドが見えるようになる。そして、深雪は目を疑った。

 

だが、まだ深雪の勝ちでは無い。

 

 

 

 

 

雫の陣地にはたった一本だけ。硬化魔法で守られた氷柱が残っていた。

 

 

 

 

 

その瞬間、観客たちの大歓声で会場は震え上がった。

 

雫は硬化魔法で氷柱を飛ばした後、【ニブルヘイム】の冷気に当たる前に、自分の氷柱を一本だけ硬化魔法をかけたのだ。そうすることで、【ニブルヘイム】の液体窒素の滴が付着して、【氷炎地獄(インフェルノ)】を発動されても、気化されることは無い。

 

蒸気爆発も硬化魔法の前では効かない。倒す方法はただ一つ。

 

 

硬化魔法より強い魔法力で、破壊すること。

 

 

「ッ!」

 

 

フォン!!

 

 

深雪は急いで【氷炎地獄(インフェルノ)】をキャンセルし、移動魔法を残り一本となった雫の氷柱に発動させる。

 

だが、

 

 

魔法は発動しなかった。

 

 

深雪は驚愕する。発動しなかった理由。

 

 

 

 

 

氷柱に3つの別々の魔法が重なり、キャストジャミングと同じような現象が引き起こってしまい、魔法が無効化されてしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

深雪が油断したわけじゃない。雫が狙っていたのだ。

 

 

(お願い……!)

 

 

雫は心の中で強く願う。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

深雪の氷柱が残り4本目になる。

 

移動魔法をわざわざ特化型にした理由がこれだ。

 

二つのCADでキャストジャミングと同じ現象を起こしている間に、深雪の氷柱を破壊出来るように、移動魔法を特化型CADに入れたのだ。

 

特化型CADは移動魔法しか発動できない。これも干渉しないように魔法式を組んだせいだ。

 

 

フォン!!

 

 

すぐに雫は移動魔法で次の氷柱を狙う。

 

しかし、深雪は自分の狙われている氷柱に硬化魔法をかけ、回避しようとするが、

 

 

ドゴンッ!!

 

 

特化型CAD、大樹の組み上げた魔法式。わずかに深雪の反応が遅れたおかげで、深雪の氷柱が真っ二つになった。

 

深雪の氷柱は……残り2本。

 

 

(深雪が焦っている……チャンスは今しかない!)

 

 

初めて追い詰められた状況。深雪の表情は険しかった。

 

 

(お願い……!)

 

 

雫は移動魔法を展開させる。同時に硬化魔法と【情報強化】をいつでも発動できるように準備しておく。もう一度、キャストジャミングと同じ現象を狙っていた。

 

 

(あと少し……お願いだから!)

 

 

フォン!!

 

 

雫と深雪の魔法が同時に発動した。

 

雫は残り2本となった氷柱のうちの一つ。深雪は雫の最後の氷柱に発動した。

 

 

フォン!!

 

 

雫は二機の汎用型CADで深雪が狙った氷柱。自分の最後の氷柱にかけた。

 

さきほどと同じく、両者の魔法は不発で終わる。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

そして、深雪の氷柱が最後の一本となった。

 

 

 

 

 

これで、両者の氷柱は一本だけとなった。

 

 

 

 

 

(あと一本……!)

 

 

雫は急いで最後の氷柱に狙いを定める。

 

 

(お願い……届いて……!)

 

 

再度同じ工程で、汎用型CADと拳銃型CADで魔法を準備する。

 

 

(届いて……!)

 

 

その時、雫が魔法を用意する前に、深雪が動いた。

 

だが、深雪は雫の氷柱に魔法を干渉させることはできない。

 

 

フォン!!

 

 

深雪は地面に倒れた氷柱に硬化魔法を掛けて、

 

 

 

 

 

(届いてよ……)

 

 

 

 

 

 

深雪は移動魔法で硬化魔法を纏わせた半壊の氷柱を雫の氷柱にぶつけた。

 

 

 

 

 

ドゴンッ!!

 

 

そして、雫の最後の氷柱が崩れた。

 

 

ビーッ!!

 

 

勝者と敗者が決まった。

 

 

_______________________

 

 

コンコンッ

 

 

「……誰?」

 

 

「大樹だ。入っても大丈夫か?」

 

 

「うん、いいよ」

 

 

ガチャッ

 

 

「……よう」

 

 

「どうしたの?」

 

 

ドアを開けて、入って来た大樹の表情は暗い。雫はベッドに座っており、窓の方を向いている。大樹からは雫の表情は見えない。

 

 

「……すまねぇ」

 

 

「……どうして謝るの?」

 

 

「俺がもっと強い魔法式を組み上げて入れば……作戦は成功したはずだった」

 

 

大樹たちが立てた作戦は予想通りの展開だった。だが、失敗に終わった。

 

深雪の【氷炎地獄(インフェルノ)】、【ニブルヘイム】。深雪が使うであろう魔法、作戦。

 

 

全て大樹の読み通りだった。

 

 

しかし、両者の氷柱が最後の一本になったあの時、逆転されてしまった。

 

雫の氷柱は魔法が干渉できないようにした。だが深雪はそれを利用した。

 

雫自身も、自分の氷柱に硬化魔法をかけて守ることを封じられていた。移動魔法で深雪の飛ばした氷柱の軌道をずらそうにも、時間は足りない。

 

まさか、雫が最初に氷柱の破壊に使った作戦を深雪に使われるなんて……。

 

 

「違う……違うよ!」

 

 

「ッ!」

 

 

雫は大きな声を上げながら立ち上がって、大樹の方を振り返った。

 

大樹は雫の顔を見て言葉を失った。

 

 

 

 

 

雫の目元は赤く、瞳から涙が流れていた。

 

 

 

 

 

「最初は勝てないって思ってた……でも、大樹のおかげで勝てると思えた!試合だって深雪をあそこまで追い詰めれた!」

 

 

普段は冷静で、感情的になって大声を上げるような女の子ではない。しかし、この時は違った。

 

 

「でも、責任は私にある!もっと魔法の発動スピードを上げていたら勝っていたかもしれないのに……それを壊したのは私!私が悪いから!」

 

 

「いや、発動スピードが上がらなかったのは俺の責任だ!雫は何も悪く……!」

 

 

「そんなことない!そんなことないけど……!」

 

 

「俺が悪い!雫は頑張ったんだ!それを無駄にしたのは……!」

 

 

「違う!」

 

 

雫の言葉が俺の声を遮った。

 

 

「違う!違うの!そういうことを言いたいんじゃないの!」

 

 

「だったら……!だったら何だよ……!」

 

 

大樹の声が弱々しくなった。雫の涙が落ちる速度が速くなったのを見て。

 

 

「私たちは……頑張ったから……!」

 

 

「俺は何もしていない」

 

 

「でも……でも!」

 

 

雫の言葉はハッキリと聞き取れた。

 

 

「こんなのおかしいよ……!」

 

 

「……あぁ、そうか」

 

 

前提がおかしかったんだ。

 

責任を自分が背負うことを考えすぎて、何も分かっていなかった。

 

大樹はゆっくりと雫に近づいて行き、下を向く雫の頭をそっと……優しく撫でた。

 

 

「俺たちは全力を尽くした。でも負けた。だったら」

 

 

雫が顔を上げる。

 

真っ赤になった瞳。頬に涙が伝っている。

 

大樹はそれを優しく指で拭き取った。

 

 

「どっちとも悪くて、どっちとも悪くねぇんだ」

 

 

「え?」

 

 

「お互いに全力を尽くしたんだ。どちらとも悪くねぇだろ?お互いに悪いところはあったんだ。どちらとも悪いだろ?」

 

 

だったらっと大樹は付け加え、

 

 

「俺たち二人、どっちでも構わねぇんだよ」

 

 

大樹は笑みを浮かべた。

 

 

「どっちが責任を負うことなんて無くていいんだよ。どちらかが背負うくらいなら捨てちまって楽になればいい。でも、その責任をどうしても背負いたいなら背負えばいい……でもな」

 

 

大樹は告げる。

 

 

 

 

 

「背負う時は、二人で背負えばそんな重みも……楽になるんじゃねぇの?」

 

 

 

 

 

「ッ!」

 

 

物事の失敗には必ず責任がある。誰かが負わなければならない。負った者は絶対に損をする。

 

しかし、責任を捨てれば、その責任は猛犬のように誰かに噛みつき、苦しめる。

 

誰かが傷つかなければならない。逃げることのできない怪物。

 

でも、そんな怪物を二人なら……三人なら……みんなと一緒に飼うのなら、

 

 

それは優しい子犬のようになり、乗り越えられるのかもしれない。

 

 

だが、これは理想論であり、自分のためにはならないのかもしれない。

 

自分を強化するために、高めるために責任を拘束器具にして、利用する人もいるかもしれない。

 

だけど、その拘束器具が人を殺めるほどの負担が掛かった時、俺たちは助けなくていいのだろうか?

 

否。見て見ぬフリはやめろ。

 

そいつがきつそうなら、苦しそうなら、痛そうなら、もう耐えられなさそうなら、

 

『助けて』と声を出したのならば。

 

俺たちはそいつと一緒に責任を背負って、乗り越えてやればいい。

 

その時の責任は、俺たちを成長させるに違いない。だから、

 

 

「俺たち二人で背負わないか?」

 

 

どちらかが背負う、ではなく。

 

どっちとも、二人で背負うんだ。

 

 

本当の悪なんていないのだから。

 

 

「……じゃあ」

 

 

雫は答える。

 

 

 

 

 

「一緒に、背負う」

 

 

 

 

 

「おう。悪かったな雫。それと」

 

 

大樹は雫の頭をまた優しく撫でた。

 

 

「よく頑張ったな」

 

 

「ありがとう大樹。私も悪かった」

 

 

雫は涙を流しながら微笑んだ。大樹もその笑顔を見て、微笑んだ。

 

 

「やっぱり……悔しい」

 

 

「ああ、俺もだ」

 

 

夕日が沈むころには、雫は笑顔を見せれるようになっていた。

 

 

_______________________

 

 

【大樹視点】

 

 

「……何で俺の部屋にいるんだ、お前ら」

 

 

雫と仲直り?そもそも喧嘩したっけ?よく分からないが仲良くなった。うん、これがいい。雫とイチャイチャした後、部屋に戻って来た。……イチャイチャは盛りました。サーセン。

 

 

「く、黒ウサギはただ大樹さんの様子を見に来ただけです!」

 

 

「あ、アタシは楢原君が心配……じゃなくて!様子を見に来ただけよ!」

 

 

「私も様子を見ただけよ!」

 

 

俺のベッドには黒ウサギ、優子、真由美が座っていた。何故か原田のベッドには座っていない。というか様子見に来すぎだろ。どこの偵察部隊だテメェらは。

 

 

「まぁ別にいいけどよ」

 

 

俺は人気が無い原田のベッドに腰を下ろす。

 

テーブルの上には缶ジュースが置いてあった。黒ウサギはそのうちの一つを俺に差し出した。

 

 

「サンキュー」

 

 

お礼を言って缶を開ける。そして、一気に飲む。炭酸水が喉を刺激し、オレンジの甘い味が口に広がる。

 

 

「あー、真由美。さっきは何か悪かったな」

 

 

「気にしてないわ。どっちとも間違ったことは言ってないのだから」

 

 

「……そうだな。どっちとも悪くねぇ、か」

 

 

「あ、もし気にしているのなら一つ貸しにしていいかしら?」

 

 

「いいぜ」

 

 

「「ッ!?」」

 

 

俺の言葉を聞いた黒ウサギと優子の肩がビクッと震えた。

 

 

「大樹さん!ダメですよ!」

 

 

「そうよ!断りなさい!」

 

 

「いや、貸しの一つくらい別にいいだろ?」

 

 

どうしてそこまで必死になる?

 

黒ウサギは手をワタワタっと振りながら俺に言う。

 

 

「ではもし『太平洋の海水を飲み干しなさい』と言われたらどうするんですか!?」

 

 

「どんな要求だよ!?真由美はそんなこと言わねぇよ!」

 

 

あと物理的に無理だから!

 

今度は優子が必死に俺に言う。

 

 

「だったら『九校戦に出場する女の子にセクハラしなさい』って命令されたら!?」

 

 

「だからどんな要求だよ!?そして真由美はそんなことを言わねぇから!?」

 

 

「じゃあ『大樹君と温泉に入る』はどうかしら?」

 

 

「だーかーら!真由美はそんなこと……そんなこと……アレ?」

 

 

俺はゆっくりと首を動かす。最後、言った人は……。

 

 

ニコニコと笑顔をした真由美だった。

 

 

「「「えぇッ!?」」」

 

 

俺たちは驚き、黒ウサギはギフトカードを握り、優子はCADを持った。ってえぇッ!?何構えてんの!?

 

 

「こ、混浴はこのホテルに無い!」

 

 

「ホテルの部屋があるわ!」

 

 

「狭ッ!?狭いだろ!?ってそんな問題じゃない!」

 

 

俺は立ちあがって抗議する。

 

 

「どうせなら大きなお風呂で混浴をあああああ嘘ですごめんなさい!痛いから勘弁して!」

 

 

蹴らないでぇ!踏まないでぇ!捻らないでぇ!

 

 

「だ、だったら……だったら!」

 

 

黒ウサギは顔を真っ赤にしながら言った。

 

 

「黒ウサギも一緒に入ります!」

 

 

「はあああああァァァ!?」

 

 

どうした黒ウサギ!?どこで頭をぶつけた!?

 

 

「ダメよ!楢原君は男t……お、女の子と一緒に入るなんて危険だわ!」

 

 

「待って!前半部分が聞き逃せないよ!?どういうことを考えてるの!?ねぇ!?」

 

 

男が何だよ!?恐ろしいなおい!

 

 

「だから、アタシが見張ってあげるわ!」

 

 

「はあああああァァァ!!??」

 

 

先程より声量は大きかった。だ、誰か!お医者様はいませんか!?

 

 

「仕方ないわね……………許可するわ」

 

 

「しちゃったよ!本人に相談なしで勝手にしちゃったよ!」

 

 

「では、黒ウサギは着替えを持ってきますね」

 

 

「おいおいおいおいおいおいおい!?本気か!?正気の沙汰か!?」

 

 

ヤバいだろ!?そもそも駄目だろうが!

 

クッ、最後の抵抗だ!

 

 

「風呂に入る時は……!」

 

 

俺は男だ!決めるぞ!

 

 

 

 

 

「水着を着ろ!」

 

 

 

 

 

「「「……………」」」

 

 

うん、我ながら進歩しないな俺。

 

黒ウサギ、優子、真由美は俺の言葉を聞いて一言ずつ言った。

 

 

「チキンですね」

 

 

「チキンね」

 

 

「むしろ腰抜け?」

 

 

「コケコッコおおおおおォォォ!!」

 

 

うるせぇよ!お前らがおかしいんだよ!俺は常識人だ!

 

 

「というか裸で俺と一緒に風呂に入るとか馬鹿なのか?もっと自分の体を大切にしろよ!」

 

 

「鈍感ですね」

 

 

「鈍感ね」

 

 

「むしろ馬鹿ね」

 

 

言いたい放題だな。悪口のバーゲンセールかよ。

 

 

「はぁ……あのな」

 

 

俺は溜め息をつき、話し始める。

 

 

「三人が少なくとも俺に好感を持っていることくらいは分かるぞ?」

 

 

「「ッ!?」」

 

 

黒ウサギは頬を赤くし、視線を逸らした。一方、優子と真由美は驚きながら顔を真っ赤にした。

 

 

「だからこそ……その、何だ……線?まぁ線的なモノは引いておこうぜって話だ」

 

 

「か、かか勘違いしないでよ!アタシは別に違うんだからね!」

 

 

「わ、私もにょ!」

 

 

「もう答え言ってるのと同じだろそれ……」

 

 

「大樹さん」

 

 

落ち着いた声で俺の名前を呼んだのは黒ウサギ。黒ウサギは満面の笑みを浮かべながら言う。

 

 

「黒ウサギ()大好きですよ」

 

 

「……おう」

 

 

俺は手に握った缶ジュースを全部飲み干す。

 

『も』を強調する辺り、黒ウサギは意地悪というか。それとも純粋に言っているのか……。

 

 

(自分でも顔が熱いのが分かるぞ……)

 

 

俺は照れているのか?いや、部屋が暑いだけだ。そうに違いない。

 

 

「ふふっ、もしかして照れていますか?」

 

 

「さぁな」

 

 

黒ウサギは口に手を当てながら悪戯に笑う。顔が熱い。頭は少しくらくらするし……何だこれ?

 

 

「……楢原君ってときどき分からないわ」

 

 

「俺は優子のこと、結構分かっていると思うぜ?」

 

 

「……馬鹿」

 

 

「どうも」

 

 

優子は口を尖らせながら呟き、後ろを向いた。ホントに可愛いな全く。

 

はぁ……何か今なら何でも言ってしまいそうだ。

 

 

「大樹君に踊らされるなんて、複雑ね」

 

 

「いつものお返しだ」

 

 

「いらないわよ、そんなの」

 

 

「そりゃ残念。ついでにこの前のキスも返してやろうか思ったのに」

 

 

「「「ッ!?」」」

 

 

えーとっ……もう一缶、飲んでもいいのかな?

 

 

「だ、大樹さんが酔いましたよ……!」

 

 

「さすがにあれだけアルコール度数が高けりゃね……」

 

 

「どうするつもりなの……?」

 

 

「黒ウサギに任せてください……」

 

 

ふぅ……この缶ジュースうめぇな。もう二缶も飲んじまったぜ。

 

 

「大樹さん……って3缶目!?そんなに飲んだんですか!?」

 

 

「ぁあん?」

 

 

頭が回らないなぁ……黒ウサギは何を言ってんだ?

 

 

「あー、もう寝ていいかぁ?」

 

 

「えッ!?あ、いや……」

 

 

「おやすみー」

 

 

ガクッ

 

 

「お、おやすみなさい……え?」

 

 

大樹は三人が座っているベッドまで歩くが、途中で力尽き、

 

 

黒ウサギの胸に大樹の頭が乗った。

 

 

「だだだ大樹さん!?」

 

 

「楢原君!?」

 

 

「大樹君!?」

 

 

三人は驚愕の声を上げるが、大樹は全く起きる気配が無い。

 

優子と真由美が必死にどかそうとするが、

 

 

ドタッ

 

 

「ひゃッ!?」

 

 

「ちょっと!?」

 

 

「きゃあ!?」

 

 

重くなった大樹の体重は女の子が簡単に動かせるものではない。

 

バランスを崩し、そのまま黒ウサギと一緒に、優子と真由美も巻き込まれてベッドに倒れた。

 

 

「「「……………」」」

 

 

沈黙が続く。聞こえるのは大樹の寝息だけ。

 

その後、誰も喋らなかった。

 

 

_______________________

 

 

 

ピピピッ!!

 

 

「うんッ……?」

 

 

携帯端末に設定したアラームが鳴り響き、俺は目覚めた。

 

枕を目覚ましにぶつけて強制停止させ、大きなあくびをする。

 

黒ウサギが俺の制服を掴んで、小さな寝息を立てていた。黒ウサギの隣では優子が黒ウサギに抱き付いて寝ている。

 

反対側は真由美が俺の腕に抱き付いて寝ていた。柔らかい感触が腕に伝わる。

 

 

「……………まだ夢から覚めてないのか?」

 

 

どうも。みんなのアイドル、楢原大樹だ。

 

突然だが寝起き早々、馬鹿みたいな事言うぜ。

 

 

 

 

 

朝起きたら、美少女が3人もいた。

 

 

 

 

 

……昨日、何があったか思い出せねぇ。

 

 

「……頭痛ぇ」

 

 

グルグルと脳みそが回っているかのような感覚だった。

 

揺れる視界の中で、あるモノを捉えた。

 

それは、昨日飲んだ缶ジュースだった。

 

 

(……何だアレ?)

 

 

『ALCOHOL』っと書かれた文字。

 

 

「まさか……アルコール!?」

 

 

自分の置かれている状況がハッキリと分かった。

 

酒を飲まされた。前もそんなことあったな。あの時は優子が犠牲になったおかげで、俺は被害に遭わなかったが。いや、それでもあったような気がする。

 

 

「う、うん……?」

 

 

「うおッ!?」

 

 

真由美が俺の声を聞いて、唸った。

 

さらに俺の驚いた声のせいで、真由美は目を開けてしまった。

 

 

「……大樹君?」

 

 

「よ、よう……」

 

 

「……昨日は」

 

 

昨日は何だよ……?変な事でも言ったのか、俺は?

 

 

 

 

 

「凄かった、わね……」

 

※大樹は何もしていません。

 

 

 

 

 

「ちょっと待てやあああああァァァ!!!」

 

 

俺の大絶叫が響き渡った。

 

 

「うるさいわよ」

 

 

「俺は一体、何をやらかしたんだ!?クズになったのか俺は!?」

 

 

「うぅん……大樹さん……?」

 

 

「ハッ、黒ウサギ!助けてくれ!」

 

 

次は黒ウサギが起床した。

 

黒ウサギは目を擦りながら首を傾げた。

 

 

「俺は昨日、何をしたんだ!?」

 

 

「昨日ですか?」

 

 

黒ウサギは少し考えた後、頬を赤くして、

 

 

 

 

 

「押し倒され、ました」

 

※もう一度言いますが大樹は何もしていません。

 

 

 

 

 

「うおおおおおォォォァァァあああああええええええェェェ!!??」

 

 

ゴッゴッゴッゴッ!!

 

 

頭を壁にブチ当てまくった。

 

やってしまった……俺は馬鹿な男だ……。

 

欲望のまま、彼女たちを……クソッタレが!!

 

 

「んー……誰?」

 

 

「優子ォ……!!」

 

 

「きゃッ!?」

 

 

優子は額から血を流した大樹を見て、可愛い悲鳴を上げた。

 

 

「優子……昨日の俺ってさ……」

 

 

「き、昨日……?」

 

 

優子はハッとなり、思い出す。

 

 

(アタシたち、結局楢原君をどかせないで……そのまま寝たんだっけ!?)

 

 

優子は慌てて大樹に指を差した。

 

 

 

 

 

「な、楢原君のせいよ!責任、取りなさいよ!」

 

※優子はここで寝たことを言っており、大樹は何もしていません。

 

 

 

 

 

「最低だ俺ええええええェェェ!!!」

 

 

大樹はそのまま部屋の外へと逃げて行った。

 

 

10分後、食堂でロープを吊るして自殺を図ろうとした大樹。先輩方が必死に止めていた。

 

_______________________

 

 

7日目 ミラージュ・バット&モノリス・コード

 

 

「よくよく考えてみれば、服は制服のままだったし……勘違いって普通に気付くか」

 

 

颯爽(さっそう)と自殺しようとした奴の言葉じゃねぇな」

 

 

「そもそも九校戦中に何飲ませてんだよアイツら」

 

 

「今時の科学……じゃなかった。魔法は凄いからな。酔いなんて一回寝ればすぐ醒めただろ?」

 

 

「科学も十分凄いけどな」

 

 

俺の隣に座った原田と話をしていた。

 

現在、俺たちは車に乗っていた。助手席に(はじっちゃん)、運転手は司が雇ったサングラス男。後部座席には俺と原田が座っていた。

 

さきほど富士の樹海の中に敵のテントが発見されたため調査に行ったが、結果はハズレ。仕掛けられた爆弾を食らってしまった。え?『普通死ぬだろ』って?……無傷だったわ。

 

 

「大樹、窓開けろよ。焦げ臭いぞ」

 

 

「原田……テメェが情報に騙されなかったらこんな目に合わなかったからな?」

 

 

(あの爆発の中……生きてる楢原もおかしいが、坊主頭の反応もおかしいだろ……)

 

 

司は遠い目をして、富士を眺めていた。二人の会話に運転手の顔は真っ青である。大樹の服は所々焦げている程度。髪のオールバックが少し崩れただけの損害だった。

 

 

「……なぁ原田」

 

 

「何だ?」

 

 

「嫌な予感がする」

 

 

「……俺がやる」

 

 

「任せた」

 

 

ガチャッ

 

 

原田は短剣を口に咥え、後部座席のドアを開けて飛び出した。

 

 

ゴォッ!!

 

 

原田は地面が足についた瞬間、進行方向とは反対方向へと飛び出した。姿はすぐに見えなくなる。

 

 

「なッ!?」

 

 

司は突然の行動に驚く。運転手も手元が狂いそうになった。

 

 

「運転手、急いで戻るぞ」

 

 

「楢原!アイツはどうするんだ!?」

 

 

「追手を片付けてくるだけだ。心配するな」

 

 

「追手だと……!?」

 

 

「一人だけだし問題ない。例え強くても、原田は負けねぇよ」

 

 

(この二人の信頼関係は何だ……?)

 

 

お互いに信用し合っている。という言葉以上に信頼しているような二人。

 

司は大樹と同様、原田もただ者ではないことを少しずつ感じていた。

 

 

「あと、お前もだよ」

 

 

俺は【神影姫】を取り出し、銃口を運転手の後頭部に当てた。

 

 

「楢原ッ!?」

 

 

司が大樹の正気を疑ったが、すぐに状況が分かった。

 

運転手は片手で運転し、片手をポケットに突っ込んでいた。

 

 

(まさか……武器か!?)

 

 

司は青ざめた。運転手のポケットの外側から薄っすらと浮き出る形。それは小型の拳銃だと分かったからだ。

 

 

「ぐッ!?」

 

 

「俺が気付かねぇと思ったか?火薬(くさ)いぜ、お前」

 

 

「ふ、風呂には3回も入ったんだぞ!?」

 

 

「そういう問題なのか!?」

 

 

運転手の言葉に司はツッコム。

 

 

「ほら、ポケットに入った武器。それと連絡用の携帯端末をこっちに渡せ」

 

 

「……………」

 

 

運転手はゆっくりと手をポケットから出す。その時、

 

 

ギュルルルルルッ!!!

 

 

「うわッ!?」

 

 

車が大きく傾き、司が驚愕の声を上げる。

 

運転手は反対の片手でハンドルを大きく切ったのだ。

 

 

「ぶつかるだろう、がッ!!」

 

 

ドゴッ!!

 

 

俺は【神影姫】で運転手の後頭部を突き、衝撃を与えた。

 

運転手は気を失い、ハンドルに向かって頭突きをした。

 

 

ビイイイイイィィィ!!!

 

 

運転手の頭は見事にハンドルの上に乗り、耳が痛くなるようなクラクションを響き渡らせた。

 

 

「くッ!このッ!」

 

 

司は急いで運転手をハンドルから退かし、ハンドルを操作した。

 

 

ギャルルルルルッ!!

 

 

「おい!さっきより荒れてるぞ!?」

 

 

「仕方ないだろ!片腕しかないんだから!」

 

 

しかも助手席から左手で運転しているため、余計に揺れている。

 

大樹は揺れる車内の中、何とかバランスを取り、足をハンドルまで伸ばした。そのまま揺れを止めるように操作する。

 

 

「あーしーがーつーるーッ!!」

 

 

「我慢しろ!」

 

 

「はやく運転しろ!この体制、キツイんだぞ!?」

 

 

座席で手をつき、無理矢理足を伸ばした体制。キツイよー!バランスを取りながらこの体制はヤバいよ!?

 

 

「事故を起こしてもいいならしてやってやる!」

 

 

「二人で頑張ってやろうじゃないか!」

 

 

目的地に着くまで、大樹と司は一緒に危なっかしい運転をした。

 

最後はアクセルとブレーキを間違えて、木に激突したのは内緒だ。

 

 

_______________________

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「着いたッ!!」

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

第一高校の本部テントの天井から落ちて来たのは、黒いパーカーを着た少年。楢原大樹が落ちて来た。

 

背中には『一般人』の文字。泥だらけで、服は所々焦げている。髪はボサボサで、オールバックじゃなかった。

 

 

「どこから入ってるんですか……」

 

 

「出たな深雪……!ここで会ったが100年目!くたばr

 

 

「深雪に何するつもりだ?」

 

 

「アッ、タツヤサン!チィース!」

 

 

顔が無表情だから余計に怖いよ!

 

 

「それで、何があったんだ?」

 

 

「爆発に巻き込まれて、車で木に突っ込んで、ぶっ飛んで、ここに来た」

 

 

(((((コイツ、本当に人間か!?)))))

 

 

ここにいる全員がそう思った。

 

 

「まだマシな方だな」

 

 

「あぁ、着替えれば済むしな」

 

 

「一番酷いのはやっぱり、脱獄の時ですか?」

 

 

「そうだな。腹、(えぐ)れたしな」

 

 

(((((この三人、何を言っているんだ!?)))))

 

 

ここにいる全員がそう思った。二回目。

 

 

「でも前に心臓が出たことがありましたよね?」

 

 

「言うなよ」

 

 

「あの時、医師たちはほとんど諦めていたらしいぞ」

 

 

「達也の言葉、聞きたくなかった」

 

 

(((((楢原が一番怖ぇ……)))))

 

 

ここにいる全員がそう思った。三回目。

 

 

「さて、そろそろ本題に入るか。俺がいない間、何かあったか?」

 

 

俺は真剣な表情で聞いた。達也の隣にいた深雪が顔を歪めた。やはり何かあったか。

 

 

「モノリス・コードで事故がありました」

 

 

深雪の言葉に俺は驚いた。

 

 

「新人戦に出場するのは……森崎たちか!あいつらはどうした!?」

 

 

「重傷です。市街地フィールドの廃ビルの中で【破城槌(はじょうつい)】を受けて……」

 

 

「瓦礫の下敷きに……!」

 

 

俺は強く歯を食い縛った。

 

【破城槌】は『念爆』と呼ばれるPKの研究から開発された魔法で、対象物の一点に強い加重が掛かった状態に対象物全体のエイドスを書き換える魔法だ。

 

建物の天井に使用されれば……もう分かるだろう。

 

 

「クソッ!!」

 

 

やられた。

 

樹海の偽テントは俺たち見張りを遠ざけるためだったってことかよ!

 

 

「……新人戦。モノリス・コードはどうなる?」

 

 

「それについては、十文字君が大会委員会本部で折衝(せっしょう)中よ」

 

 

後ろから声が聞こえた。俺の質問に答えたのは真由美だった。

 

 

「真由美、その時の対戦相手は四高で合っているか?」

 

 

「ええ、合っているわ」

 

 

「じゃあ決まりだな」

 

 

俺は告げる。何度も言っているが、

 

 

「運営側にクロがいる」

 

 

「……でも、尻尾は全く捕まえていないんでしょ?」

 

 

「策はある。まだ使えないけどな」

 

 

きっとその策は成功できるだろう。だけど、今は使えない。

 

俺は目を瞑って思考を開始する。

 

もうすぐ8月11日になる。

 

アイツと約束した日。全てを話すと約束した日だ。

 

……アイツらが何か仕掛けているのか?いや、一人は違うかもしれない。

 

 

(いや、一人が……正しいのか)

 

 

目を静かに開ける。

 

 

「……もう、これ以上被害は出したくない」

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

俺の声は小さいが、テント全体に響き渡った。全員が黙って俺の言葉を聞いていたからだ。

 

 

「まず3つ。みんなに頼みがある」

 

 

みんなに見えるよう俺は前に指を三本立てた。

 

 

「一つ。一人で行動するのは禁止だ。最低でも二人、連絡をいつでも取れるようにしておいてくれ」

 

 

小さな事かもしれないが、危険を回避する一番のいい方法だ。

 

 

「二つ。不審な人物。些細なことでもいい。何かあったら俺に連絡してくれ」

 

 

宝くじと同じような作戦だな。見つけれる確率は極めて低いが……無いよりはマシだ。

 

 

「三つ。俺たちを邪魔したことを……喧嘩を売ったことを」

 

 

俺は拳を、穴の開いた天井に向かって突きあげた。

 

 

「後悔させてやるぞ!優勝するぞゴラァ!!!」

 

 

みんなは驚いていたが、

 

 

「「「「「おおォッ!!」」」」」

 

 

俺と同じように、拳を上に突き上げた。

 

穴の開いた天井から見える空は快晴。雲一つ無かった。

 

 

_______________________

 

 

テントでの一連の後、俺は試合会場の巡回警備。原田と司は他の場所を警備した。

 

しかし、敵の目立った行動。隠された細工。何一つ無かった。

 

原田は追手を見つけた所、自爆したらしいし、運転手は記憶ねぇし……もう踊らされる感が半端ない。

 

嬉しい事と言えば、ミラージュ・バットでほのかが一位。里見スバルが二位の成績を収めたことだ。後でケーキを持って行ってやろう。

 

現在の時刻は夕方。俺は既に風呂に入り、夕食を済ませている。夜の警備のために。

 

寝巻用のパーカー(もちろん、背中には『一般人』の文字)にダボダボのズボン。あくびをしながら目的地に向かっていた。

 

行く途中、廊下で制服を着た達也を見つけた。

 

 

「よう、達也も呼ばれたのか?」

 

 

「ああ。大樹もか?」

 

 

「まぁな」

 

 

上級生からの呼び出し。俺と達也は第一高校専用の会議室を目指した。年齢は俺と同じか年上なのに……。

 

 

「なぁ達也」

 

 

「何だ?」

 

 

「運営側にいるクロ。任せていいか?」

 

 

「……どうして俺に頼む?」

 

 

「知っているぞ。達也の上司的な人たちがここにいるの」

 

 

「……気付いていたか」

 

 

むしろ、本戦が始まってすぐに来ただろ。

 

達也の上司?はどんな人か分からないが、宿泊歴が偽装されてあったから怪しいとすぐに思った。様子を見た所、達也がいたので怪しくないっと判断した。

 

 

「あ、言いふらしたりしないから安心しろ。ちなみに拒否権はある」

 

 

「……会議が終わってからでいいか?」

 

 

「おう。考えろ考えろ」

 

 

そんな話をしていると、会議室が見えて来た。あ、会議室じゃなくてミーティングルームって言うんですね。ややこしいな。

 

俺がドアを開け、達也と一緒に中に入る。

 

部屋の椅子に真由美、摩利、十文字、鈴音、あーちゃん、服部、五十里。あ、桐原もいる。

 

 

「悪い。待たせたみたいだな」

 

 

「いや、それは構わないが……何だその服は……」

 

 

俺の言葉に摩利が答えるが、表情が微妙だった。

 

 

「お気に入りの寝巻の服だ。この後、仮眠をすぐに取りたいからな」

 

 

「一般人って……嘘じゃない……」

 

 

真由美のツッコミには触れない。俺は常識ある子だからね!

 

 

「それより、本題に入ったらどうだ?大体予想できているけど」

 

 

「今、大会の状況だけど……」

 

 

「私が説明しましょう」

 

 

真由美の代わりに行ったのは鈴音だった。

 

 

「新人戦のモノリス・コードを棄権しても、準優勝は確保できました。現在の二位は第三高校で、新人戦だけで見た点数差は50ポイント」

 

 

確か、モノリス・コードだけはポイントが高かったな。倍くらい違った。

 

 

「モノリス・コードで三高が二位以上なら新人戦は第三高校の優勝。三位以下なら当校が優勝です」

 

 

「いや、俺たちは準優勝だな」

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

周りのみんなの反応は意外と薄かった。なるほど、分かっていたか。

 

 

「第三高校には……『カーディナル・ジョージ』がいるからな」

 

 

「「「「「え、そっち?」」」」」

 

 

「え?逆にどっち?」

 

 

「……『クリムゾン・プリンス』ですね」

 

 

え?誰?

 

達也の言葉に俺は混乱する。記憶に無いぞ!?絶対記憶能力があるから忘れていないと思うけど!?

 

 

「達也君の言う通り、一条の御曹司に勝てる人はいないわ」

 

 

「一条……あ、アイツか」

 

 

(((((ホント緊張感が無いな、この人)))))

 

 

ここにいる全員がそう思った。まさかの4回目。

 

 

「『クリムゾン・プリンス』……俺もそういうあだ名が欲しいな」

 

 

「お前にはとっくの昔からあるだろ」

 

 

俺のつぶやきに答えたのは服部だった。

 

 

「『フードマン』」

 

 

「殺すぞテメェ?」

 

 

今なら音速の拳をプレゼントだ。

 

 

「ほら!話がずれてるわよ、はんぞーくん!」

 

 

「す、すいません……」

 

 

「大樹君も静かに聞いていなさい」

 

 

「努力する」

 

 

真由美は咳払いをした後、話を切り出す。

 

 

「ここまで来たら、新人戦も優勝を目指したいと思うの」

 

 

その時、達也は真由美の言葉を聞いた瞬間、目つきが変わったのを見逃さなかった。

 

 

「だから達也君……森崎君たちの代わりに出場してもらえませんか?」

 

 

「……二つほどお訊きしてもいいですか?」

 

 

真由美は頷いて許可を出す。達也はそれを確認して、話を始めた。

 

 

「予選の残り二試合は、明日に延期された形になっているんですよね?」

 

 

一応、森崎たちは初戦を勝ち抜いている。事故が起きたのは二回戦だ。

 

 

「ええ、その通りよ。事情を(かんが)みて、明日の試合スケジュールを変更してもらえるようになっています」

 

 

「怪我でプレーが続行不可能の場合であっても、選手の交代は認められていないはずですが?」

 

 

何だ今の言い方?まるで出たくないような……?

 

 

「それも、事情を勘案(かんあん)して特例で認めてもらえることになりました」

 

 

「……何故自分に白羽の矢がたったのでしょう?」

 

 

「実技の成績はともかく、実戦の腕なら君は多分、一年男子でナンバーワンだからな」

 

 

真由美の代わりに摩利が答えた。

 

確かに、達也の格闘術は凄い。あの寺で出会った人物。九 重(ここのえ) 八 雲(やくも)は実は言うと、物凄い有名人らしい。達也はその人に教えてもらっているそうだ。

 

 

「モノリス・コードは実戦ではありません。肉体的な攻撃を禁止した『魔法競技』です。こんなことは自分が指摘しなくとも、ご理解されているはずですが」

 

 

やっぱり……達也は恐らく出場したくないんだ。

 

さっきから感じていた違和感。達也はどうしても出たくない理由があるみたいだな。わざわざ上級生にそんな言葉を選ぶなんてな。

 

 

「魔法のみの戦闘力でも、君は十分ずば抜けていると思うんだがね?」

 

 

摩利は達也の言葉を聞いても、沈黙をしない。だが、達也を競技に出したいのなら、まだ足りない。むしろそのカードはアウトだ。

 

 

「しかし、自分は選手ではありません。代役を立てるなら、一競技にしか出場していない選手が何人も残っているはずですが」

 

 

全くその通りである。さすがの摩利も黙るしかなかった。

 

達也の追撃は続く。

 

 

「一科生のプライドはこの際、考慮に入れないとしても、代わりの『選手』がいるのに『スタッフ』から代役を選ぶのは、後々精神的なしこりを残すのではないかと思われますが」

 

 

達也が言った言葉は、真由美たちが一番悩み、言われたくない言葉だっただろう。

 

例え今年優勝できたとしても、来年や再来年に悪影響が出たら本末転倒。二科生として出場するっということは、それほどデメリットがあるということだ。

 

 

 

 

 

「甘えるな、司波」

 

 

 

 

 

十文字の重みがある言葉が部屋に響いた。

 

達也は十文字の言葉に驚愕の表情を隠せなかった。

 

 

「お前は既に、代表チームの一員だ。選手であるとかスタッフであるとかに関わりなく、お前は一年生200名の中から選ばれた21人の内の一人」

 

 

十文字は続ける。

 

 

「そして、今回の非常事態に際し、チームリーダーである七草は、お前を代役として選んだ。チームの一員である以上、その務めを受託した以上、メンバーの義務を果たせ」

 

 

達也は十文字を反論することはできない。

 

 

「しかし……」

 

 

だが、達也はどうしてもやりたくなさそうだった。

 

……助け舟を出しますか。

 

 

「なぁ、ちょっといいか」

 

 

十文字が何か言う前に、俺が話に割り込んだ。

 

 

「恐らく……いや、100%だと思うが、俺は技術スタッフを任命するために呼ばれたんだよな?」

 

 

俺の質問に答えたのは桐原だった。

 

 

「当たり前だろ。お前は魔法を使えないんだから」

 

 

「うるせぇよ」

 

 

もう一回、寝込んどけ。

 

 

 

 

 

「……俺が出場するのは駄目なのか?」

 

 

 

 

 

桐原「無理だろ」

 

 

服部「ダメだな」

 

 

五十里「無理があるんじゃないかな」

 

 

鈴音「無理ですね」

 

 

あずさ「む、無理ですよ」

 

 

十文字「やめておけ」

 

 

摩利「無理だな」

 

 

真由美「無理よ」

 

 

達也「やめておいたほうがいい」

 

 

大樹「全員で全否定かよおおおおおォォォッ!?」

 

 

達也からも否定されちゃったよ!助け船、沈没しちゃったよ!

 

 

「優勝すればいいんだろ?だったら俺が達也の代わりに出場する。異論はあるか?」

 

 

「「「「「ある」」」」」

 

 

「言ってみろ。全員、論破してやんよ」

 

 

今の俺は苗〇君のように『それは違うよ!』って言ってから論破できるぞ。

 

 

「「「「「魔法、使えないじゃん」」」」」

 

 

「それは違ッ……だからどうしたッ!?」

 

 

「「「「「開き直った!?」」」」」

 

 

全員が驚き、何人か呆れていた。

 

 

「達也ぁ……フォローしてくれ……」

 

 

「ッ!」

 

 

俺は達也にアイコンタクトを送った。達也はハッとなり、告げる。

 

 

「大樹の身体能力は化け物クラスです」

 

 

「ねぇフォローって意味分かってる?横文字の意味分かるよね?記述試験成績優秀者さん?」

 

 

「モノリス・コードでは俺が技術スタッフとして参加し、大樹に魔法を使えるようにします」

 

 

「それだよそれ」

 

 

ちゃんとフォローできるじゃないか。

 

 

「優勝は間違ッ……確実です」

 

 

達也(コイツ)、断言しやがったぞ……!」

 

 

あまり嬉しくないのが不思議だ。

 

 

「なるほど……確かに確実だ」

 

 

「十文字まで納得しちゃったよ……!」

 

 

十文字も頷いて納得していた。おい、何だこの流れ。周りを見回したら、他のみんなも頷いてるし……泣きてぇ。

 

 

「よし、楢原。司波の代わりに出場決定だ」

 

 

「決定しちゃったよ!……まぁいいけどよ」

 

 

俺は咳払いをして、話を始める。

 

 

「他のメンバーは誰なんだ?達也以外で頼むぞ」

 

 

一応、達也が選ばれないように退路を塞ぐ。十文字は俺の質問に答える。

 

 

「お前が決めろ」

 

 

「……は?」

 

 

「残り二人の人選はお前に任せる」

 

 

「そ、そうか……あ、じゃあチームメンバー以外からでもいいか?」

 

 

「構わん。どうせ例外に例外を積み重ねているのだ。問題ないだろう」

 

 

「じゃあ……吉田 幹比古と西城 レオンハルト。この二人を頼む」

 

 

「吉田……古式魔法の名門か」

 

 

十文字は何か知っているようだった。

 

 

「西城って人は?」

 

 

服部が聞いたことの無い名前に反応する。

 

 

「えっと……ポニーだ」

 

 

「「「「「あぁ、あの人か」」」」」

 

 

ポニーはみんな知っている名前でした。有名人だね!

 

 

「あの二人なら俺のボケ……行動について来れるからな」

 

 

「いまボケって言ったぞコイツ!」

 

 

桐原にツッコまれる。ぜ~んぜん、そんなこと言ってないよ。

 

 

「あ、説得なら大丈夫だぞ。俺が力でねじ伏せるから」

 

 

「最低だな……」

 

 

摩利の顔は苦笑いだった。周りのみんなはドン引き。

 

 

「さてと、歴史に残る試合にしてやるぜ。ちゃんと録画しておけよ」

 

 

俺は笑顔で告げた。同時に、周りのみんなも笑みを浮かべていた。

 

 

_______________________

 

 

8日目 モノリス・コード

 

 

 

「深雪!こっちこっち!」

 

 

観客席からエリカが深雪の名前を呼んだ。

 

深雪はエリカのいる席まで移動する。

 

エリカの席には美月、雫、ほのかの三人が座っている。

 

 

「それにしても、唐突だったわね」

 

 

「えぇ。でもお兄様は大樹さんに感謝していたわ」

 

 

エリカの言葉に深雪は微笑んで返した。

 

 

「でも、アレは酷いわよ……」

 

 

エリカの言葉にみんなが苦笑いになった。

 

 

 

『お前ら二人にはモノリス・コードに出場してもらう』

 

 

『『はあッ!?』』

 

 

『異論反論抗議質問などは受け付けておりませんので』

 

 

『『ちょッ!?』』

 

 

『優勝目指して頑張ろう!』

 

 

『『ええええええェェェ!?』』

 

 

 

「ご、強引でしたからね……」

 

 

「その後、お兄様が説得したから大丈夫でしたが……」

 

 

美月は引きつった笑顔で言い、深雪は溜め息をついた。

 

 

「あ、大樹さんですよ!」

 

 

ほのかがモニターに映った大樹を指差した。

 

大樹は真っ黒の防 護 服(プロテクション・スーツ)を着ており、ヘルメットを被っている。他の二人、レオと幹比古も同じ格好をしている。

 

違う点と言えば、レオが武装一体型CADである剣を腰に刺していること。

 

 

そして、大樹の右手に、黒い拳の形をしたモノを装備していることだ。

 

 

「……直接攻撃って禁止だったよね?」

 

 

「何か、策があるかも」

 

 

ほのかの言葉に雫が答える。

 

 

【モノリス・コード】

 

 

敵味方三名の選手によりモノリスを巡り、魔法で争う競技だ。

 

勝利条件は二つあるうち、一つの条件を満たせば勝利だ。

 

一つは相手チームを戦闘不能にすること。もう一つは敵陣にあるモノリスを二つに割り、隠されたコードを送信すること。

 

なお魔法攻撃以外の攻撃。直接攻撃や近接格闘は禁止されており、使用した場合は反則負けとなる。

 

 

「見ていれば分かるわよ」

 

 

「そうですね」

 

 

エリカと美月は笑みを浮かべながら言った。二人と深雪は、大樹達の持っている武装一体型CADについて知っている。

 

 

『じゃあ4つの作戦を確認するぞ。まず相手が……』

 

 

モニターから対戦相手である第八高校の選手の声が聞こえた。

 

 

「念入りに作戦を決めていますね」

 

 

「相手は優勝候補。本気で行かないと負けるから当然だと思う」

 

 

ほのかの言葉に雫が答えた。

 

一方、第一高校の選手たちは、

 

 

『各個撃破が妥当だと思う』

 

 

『いや、おびき寄せて一気に叩く方がいいんじゃねぇか?』

 

 

『待て待て。敵はどんな魔法を使うか様子をみるべきじゃないのか?俺には効かないけど』

 

 

幹比古、レオ、大樹が真面目に話し合っていた。(最後除く)

 

 

「め、珍しいわね」

 

 

「え、えぇ。大樹さんなら『全員、俺が倒す』とか言いそうですけどね……」

 

 

エリカと深雪は驚きながらモニターを見ていた。他の人も興味深そうに見ている。

 

会場は満員となっていた。理由は簡単。大樹がモノリス・コードに出場しているからだ。

 

 

「す、すごい数ですね」

 

 

「ファンレターとか来ているらしいですし、ラブレターも凄い数らしいですよ」

 

 

「えぇッ!?」

 

 

美月の発言にほのかは泣きそうな顔になった。

 

 

「大丈夫よ。丁重にお断りしたって言っていたわ」

 

 

「よ、よかったぁ……」

 

 

エリカの言葉を聞いて、ほのかは安堵の息をついた。

 

 

『よし!作戦会議終了!』

 

 

モニターから大樹の声が聞こえた。どうやら作戦が決定したようだ。

 

 

『ガンガン行こうぜ!』

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

適当すぎる作戦に、会場は静まり返った。

 

 

_______________________

 

 

【大樹視点】

 

 

5種類あるステージのうち、今回は森林ステージに決まった。

 

俺は木の幹にもたれかかり、

 

 

「ドヤッ」

 

 

「「……………」」

 

 

決めポーズ。ドヤッ。

 

俺の決めポーズを無表情で見るレオと幹比古。手には自分の拳より一回り大きい拳の形をした武装一体型CADを見せびらかしていた。

 

 

「なぁ、作戦n

 

 

「ガンガン行こうぜ!」

 

 

レオに何も言わせない。

 

 

「く、詳しk

 

 

「ガンガン行こうぜ!」

 

 

幹比古にも何も言わせない。さっさとガンガン行こうぜ!

 

 

「……二人で決めるか」

 

 

「そうだね……」

 

 

「いや、作戦会議はもう無理だと思うぜ」

 

 

「「え?」」

 

 

ビーッ!!

 

 

試合開始の合図が森林ステージに響き渡った。

 

 

「「ええええええェェェ!?」」

 

 

「よし、行くぜ!」

 

 

「待って!」

 

 

幹比古は俺の肩を掴んで動きを止める。

 

 

「止めるな幹比古!」

 

 

「相手は八高だよ!?ここは彼らのホームグラウンドのようなものなんだよ!?」

 

 

確か八高は野外実習に力を入れている高校だったな。森林ステージでは相手が有利ってことか。

 

 

「どうでもいいだろ!斬ってやろうか貴様!?」

 

 

「仲間だよね!?チーム戦だよね!?」

 

 

「たった今、俺の中ではバトルロワイヤルに変更された」

 

 

「酷いッ!?」

 

 

「幹比古!遊んでいる場合じゃないぞ!」

 

 

「レオ!?遊んでないよ、僕!」

 

 

「敵はもうすぐ来るんじゃないのか?」

 

 

「「ッ!?」」

 

 

レオと幹比古は急いで木の後ろに隠れ、俺はモノリスの前で仁王立ちした。

 

 

「「って大樹!?」」

 

 

「俺が囮になる……不意打ちは任せたぜ」

 

 

俺の言葉にレオと幹比古は驚いた顔をしたが、頷いて木の後ろに隠れ続けることにした。

 

 

(さぁ……どこからでもかかって来い……!)

 

 

……1分は待っただろうか?敵の登場は早かった。

 

 

ガサッ

 

 

「そこにいるのは分かってんだよッ!!」

 

 

草を踏む音が俺には聞こえた。その方向に振り向く。

 

 

「ひっさぁぁあああつ!!」

 

 

音声認識でサイオンが拳に送られ、魔法が展開し、魔法が発動された。

 

相手は急いで立ち上がり、手に持った腕輪型CADで魔法を発動しようとする。だがそれよりも早く、俺は高速で相手の目の前まで近づき、

 

 

「ブース〇ノヴァナックルッ!!」

 

 

「なッ!?」

 

 

まさかの近接格闘。大樹の拳が相手の顔に、

 

 

ゴオオオオオォォォッ!!

 

 

「がはッ!?」

 

 

拳が当たる前に、敵は吹っ飛んだ。

 

敵の選手は後ろに吹っ飛び、木にぶつかった。敵はガクッと首が下を向き、動かなくなった。

 

 

「ふぅ……」

 

 

俺は左腕で汗を拭う。汗かいてないけどね。

 

この武装一体型CAD……名前は『ブー〇トノヴァナックル』って俺が名前を付けたかったが、達也が言うには【風拳(ふうけん)】らしい。達也が作ったから名前を付ける権限はある、というわけで必殺技は『ブーストノヴァナッ〇ル』にした。

 

収束魔法で拳の上に空気の壁を作る。それを俺が音速でパンチを繰り出すことによって、空気の壁は鋼鉄のように硬くなり、相手にダメージを与えることができたのだ。

 

普通の人がパンチを繰り出せば、空気は潰れ、相手の顔に拳が当たるだろう。これだと意味が無く、反則負けになる。

 

しかし、俺は音速で敵の顔の前で寸止めすることによって、空気の壁で攻撃することができるのだ!これならモノリス・コードで反則にならないな。だって空気で攻撃しているもん。

 

あ、ちなみ最大使用数は三回だけだから。少ねぇ……サイオン補給装置、もっと頑張れよ。

 

 

「……幹比古、囮って何だ?」

 

 

「……僕にもよく分からないよ」

 

 

木の後ろに隠れていた二人がトボトボと歩いて出て来る。彼らの目は死んでいた。

 

 

「よし、レオはここに待機。幹比古と俺は突撃するぞ」

 

 

「突撃するの!?」

 

 

「攻めあるのみ!守り何て飾りだ!」

 

 

「俺は飾りだったのか!?」

 

 

「飾りになりたくなかったら、俺と一緒に突撃しろ!」

 

 

「「言ってることが滅茶苦茶だあああああァァァ!!」」

 

 

こうして、俺とレオと幹比古は敵陣のモノリスに向かうのであった。

 

 

「はい、着いた!」

 

 

「早いよ!?ここは1カット挟もうよ!?」

 

 

「幹比古。メタ発言はやめるんだ」

 

 

幹比古とレオも中々酷いと俺は思う。一番酷いのは俺だが。……それくらい自覚はあるよ。

 

 

「うおッ!?そこにいるのかッ!?」

 

 

俺たちのボケとツッコミの声のせいで、モノリスを守っていた二人の敵に見つかった。草むらに隠れている意味が全くない。馬鹿だな、俺たち。

 

 

「チッ、やるしかねぇかッ!」

 

 

舌打ちをして、レオが草むらから飛び出した。手には剣の形をした武装一体型CAD【小通連(しょうつうれん)】が握られている。

 

この【小通連】は達也が作ったモノだ。

 

全長70センチ、刃渡り50センチ程度の片手剣【小通連】に刃はついていない。斬るのではなく、ぶつけるが正しい剣だ。

 

 

ガゴンッ

 

 

レオがサイオンを流し込むと、ブレードが半分だけ一直線に空へと離れていき、宙に浮いた状態になった。

 

 

「「なッ!?」」

 

 

レオの未知のCADを見た敵は驚愕する。

 

硬化魔法の定義、相対位置の固定を利用した武装一体型CADだ。分離した刀身と残った刀身の相対位置を硬化魔法で固定し、刀身を飛ばすことができたのだ。

 

まぁ『飛ばす』という言い方より、『伸ばす』の言い方のほうがいいかもしれない。刀身同士の間は中抜けになっているし、刀身の延長線上しか動かせないからな。

 

感覚は長い剣を振り回している感じだな。……俺も魔法が使えれば使っていたのに。

 

 

「ウォオオリャアアァァ!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「がはッ!?」

 

 

レオはそのまま敵へと浮いた刀身を振り下ろした。鈍い音が『小通連』の威力を物語っている。

 

 

「クソッ!」

 

 

残り一人となった敵が魔法式を展開しようとする。

 

魔法陣はレオの足元に出現した。

 

 

「レオ!危ない!」

 

 

幹比古は携帯型CADを取り出し、サイオンを込めて魔法を放った。

 

幹比古の手元に閃光が生じ、それに呼応するように、敵の頭上に電子があつまっていく。

 

 

(駄目だ!間に合わない!)

 

 

わずかに敵の魔法が早く発動する。幹比古は唇を噛み、間に合わないことを悔しく思った。

 

 

「させるかよッ!!」

 

 

バリンッ!!

 

 

「「「ッ!?」」」

 

 

その時、大樹がレオの足元に出現した魔法陣を消した。いや、踏み壊した。

 

その光景に敵。そしてレオと幹比古も驚いていた。

 

 

ビリビリッ!!

 

 

「があッ!?」

 

 

幹比古の精霊魔法が発動し、電撃が敵に向かって落ちた。

 

敵は後ろから倒れ、動かなくなった。

 

 

ビーッ!!

 

 

そして、試合終了のアラームが鳴り響いた。

 

 

_______________________

 

 

 

次の試合は30分後。試合まで体を休めることにした大樹達は控え室で休息をとることにした。

 

 

「ごめん、みんな」

 

 

「え?どうしたんだ、幹比古?」

 

 

その時、幹比古が突然謝りだした。大樹とレオはきょとんとなっている。

 

 

「レオが魔法でやられそうになった時、僕の術は間に合わなかった。大樹が助けてくれなかったら……」

 

 

「そんなことかよ。別に俺は食らっても、二人が倒してくれるから問題無いだろ」

 

 

「そうそう。むしろ食らわせておけばよかったんだよ」

 

 

「いや、助けろよ……」

 

 

「…………して」

 

 

「「?」」

 

 

幹比古は勢い良く立ち上がった。

 

 

「どうして僕を責めないんだ!?」

 

 

「ッ!?」

 

 

「……………」

 

 

幹比古の大きな声にレオは驚き、大樹は黙って幹比古を見ていた。

 

 

「僕の魔法が遅かったせいでレオが怪我をしそうになったんだよ!?僕の魔法が……!」

 

 

「別にいいんじゃねぇの?」

 

 

「……は?」

 

 

大樹の言葉に幹比古は面を食らった。

 

 

「遅くても、あの雷の威力はすごかったじゃねぇか。一発で仕留めるなんて、やるじゃねぇか」

 

 

「……大樹には分からないよ。魔法の発動スピードが遅いと、どれだけ最悪なのか」

 

 

「分かるわけねぇだろ。魔法使えないし、使えたとしても、人の力だし」

 

 

でもなっと大樹は付け加える。

 

 

「その魔法スピードが遅いのをカバーするのが俺たちなんだよ」

 

 

「え……?」

 

 

「幹比古が魔法を発動するまで、俺とレオが時間を稼けばいいって言ってんだよ。チームだぞ、俺たち」

 

 

「……………」

 

 

「幹比古に責任はねぇよ」

 

 

幹比古は下を向いて黙った。

 

 

(大樹に……何が分かると言うんだ)

 

 

大樹は魔法が使えない。それは期末テストで分かっていることだ。

 

理論の点数が満点でも、実技では全くの無能。

 

 

(そんな人に、当たってしまった……)

 

 

幹比古は自分の弱さを痛感。そして、大樹の強さに嫉妬した。

 

 

「……もし、責任を感じているなら」

 

 

大樹はコップに入っている水を持ち、

 

 

バシャッ

 

 

幹比古の顔にかけた。

 

 

「……!」

 

 

「俺にも責任がある」

 

 

バシャッ

 

 

幹比古の持っていたコップを大樹は奪い、自分の頭にかけた。

 

 

「俺もかかっとくか」

 

 

レオも大樹と同じように、コップの水を自分の頭の上から浴びた。

 

 

「どう、して……」

 

 

「そもそも俺が無茶苦茶な作戦で行ったからああなったわけだ。責任は俺にだってある」

 

 

「でもレオは……!」

 

 

「俺はもう少し周りを見てから剣を振るえばよかったと思っている。俺にも責任はあるな」

 

 

幹比古は二人の言葉を聞いて、茫然とするしかなかった。

 

 

「何だよ、みんな悪いのか。じゃあこの話は無しにするか」

 

 

「いや、大樹が一番悪いだろ」

 

 

「何だレオ?次の試合では人間ミサイルになりたいのか?」

 

 

「み、みんな悪いと俺は思うぜ!?」

 

 

「だよなー!レオも分かってくれて嬉しいぜ!」

 

 

「……僕は」

 

 

幹比古の声はかろうじて二人に聞こえた。

 

 

「僕は……どうすれば……」

 

 

「……とりあえず、助けを求めたら?」

 

 

「ッ!?」

 

 

「お前はもう十分、努力を重ねているだろ?」

 

 

大樹は笑みを浮かべながら言った。

 

 

「次は俺たちが頑張る番だ。友達を助けるのは、当たり前のことだろ?」

 

 

「……………」

 

 

幹比古は手を強く握った。

 

吉田家の神童と呼ばれ、期待されていた。あの事故が起こるまでは……。

 

それから勉学に励み、知識を詰め込んだ。

 

それでも、僕の喪失感は埋まらなかった。

 

 

(でも、今は違う)

 

 

この喪失感を埋めてくれそうな……いや、埋めてくれるはずだ。

 

僕が求めていたモノを、探してくれる。

 

 

「大樹、レオ」

 

 

幹比古は告げた。

 

 

「次の試合……いや、優勝しよう」

 

 

「当たり前だ。俺がいるんだからな」

 

 

「おう!頼むぜ、幹比古!」

 

 

大樹はタオルを幹比古に投げ、レオは幹比古と肩を組んだ。

 

 

_______________________

 

 

【大樹視点】

 

 

「それで、何か言うことはあるか?」

 

 

「「「……………」」」

 

 

達也の前で正座する三人の戦士。俺とレオと幹比古だ。

 

 

「何だあの作戦は?」

 

 

「仕方ないんだ。今日のラッキーカラーは『とにかく突撃しないとくたばってしまう病に侵されて寝込んでいる時にいつも迷惑をかけてしまっている母親に看病してもらった恩返しでプレゼントを渡す時のリボンの色』って出たから」

 

 

「死にたいのか?」

 

 

「すいません」

 

 

床に額を擦りつけて謝った。今ここで歯向かったら二秒で燃やされそうな気がした。

 

 

「俺たちって正座される必要あるのか?」

 

 

「……連帯責任とか?」

 

 

「レオと幹比古は大樹の問題行動を止めれなかったからだ」

 

 

「「なるほど」」

 

 

俺達仲間だよね?扱いがちょっと雑じゃない?

 

 

「でも、気配で分かったんだ。二人でモノリスを守っているなって」

 

 

「「「……………」」」

 

 

あ、何か言わなきゃよかった気がする。だって俺たちのモノリスに近づく気配も、隠れている気配も、援護しにくる気配も全くなかったんだ。……無かったんだ。

 

俺は冷ややかな視線から逃れるために、話題を変えてみる。

 

 

「あ、達也。幹比古の魔法……」

 

 

「話をずらすな」

 

 

達也に何も通じないんだけど。弱点のタイプないの?ミカ〇ゲなの?フェアリータイプが弱点ですか?俺は妖精にでもなれば勝てるのか?

 

 

「……まぁいいだろう。次から作戦は俺が考える。それで、幹比古の魔法だったな」

 

 

俺は指揮官クビだそうです。わーい、無職だー。

 

 

「魔法の発動スピードが気になっているんだろう?」

 

 

「わ、分かっていたのかい!?」

 

 

達也の言葉に幹比古は驚愕した。達也は頷いて話を続ける。

 

 

「幹比古の術式には無駄が多いんだ。幹比古自身に問題があるわけじゃない」

 

 

古式魔法全否定ですか。さすが達也さん。容赦ないですね。

 

 

「違うぞ大樹。無駄があるのは術式の正体を隠すために施された偽装なんだ」

 

 

「警察を呼べ!俺の心に不法侵入されたぞ!」

 

 

「何で『シェフを呼べ!』みたいに言ってんだよ……」

 

 

最近レオのツッコミがいい感じになってきた気がする。それにしてもマジで怖いわ。司波って名前が付く人はみんなそうなの?エスパーなの?エスパータイプだったのか!?なら虫タイプで攻撃だ!……そろそろ落ち着け俺。

 

 

「……確かにあるよ、弱点を突かれないために偽装されている。でも、達也はどうしてそれを?」

 

 

幹比古の質問に達也は答える。

 

 

「俺は『視る』だけで魔法の構造が分かる」

 

 

「なッ!?君は何者なんだ……!?」

 

 

「チートお兄様だぜ!」

 

 

「大樹。次の試合の作戦だが、敵の魔法をすべて顔で受け止めてくれ」

 

 

「全身全霊で、全力で、遠慮する」

 

 

アンパン〇ンみたいに顔を交換できるならやってやるけど、俺にはそんな特殊能力ないから無理だな。

 

 

「幹比古の魔法である無駄を削ぎ落とせば、少しは早くなると思う」

 

 

「……ありがとう達也」

 

 

「よーし、話は終わったな!じゃあな!」

 

 

「逃がすとでも思うか?」

 

 

「ですよねー」

 

 

「……と言いたいところだが、もう二試合目が始まる」

 

 

よっし!逃げれるぞ!

 

 

「試合が終わった後、説教だ」

 

 

今日のお兄様、厳しいですわ。

 

 

_______________________

 

 

 

第二試合目、岩場ステージとなった。

 

フィールド一帯が岩だらけ。足場も悪く、(つまず)きやすい。全速力で走れない。

 

対戦相手は第二高校。

 

その敵のモノリス付近では戦闘が繰り広げられていた。

 

 

「ほらほら!ちゃんと狙えよ?」

 

 

「クソッ!」

 

 

「ちゃんと狙いをつけろ!」

 

 

「何で当たらないんだ!?」

 

 

俺に向かって大量の石や岩が飛んでくるが、全く当たらない。小石一つ当たらなかった。

 

音速で移動しているわけではない。普通の速度(高校生が全力で走った時のスピード)で岩を紙一重で避け続けているだけだ。音速だと余裕ですから。まさに舐めプ。

 

敵のモノリスにいち早く近づくと、敵が三人で襲い掛かって来た。まぁそりゃそうなるわな。敵、全然動いてないんだから。

 

移動魔法【ランチャー】で転がっている石や岩を俺にぶつけていたが、俺の身体能力なら余裕でかわせる。今なら『金色の〇ッシュベル』を読みながら泣けるぜ。

 

 

「全員でかかるぞ!」

 

 

フォン!!

 

 

敵は三人同時に移動魔法【ランチャー】を使い、俺に向かって石と岩のマシンガンを放った。

 

 

「いや、効かねぇから」

 

 

ドゴンッ!!ドゴンッ!!ドゴンッ!!

 

 

 

 

 

大樹は左手一本。左ストレートで飛んでくる岩を破壊していた。

 

 

 

 

武装一体型CADを装備していない素手の左手で。

 

 

「「「はあああああァァァ!?」」」

 

 

敵は目を見開いて驚愕していた。会場も同じような反応だ。

 

 

「ひっさぁぁあああつ!!」

 

 

音声認識で【風拳】にサイオンが送られ、魔法が発動される。

 

 

「ブーストノヴァナック〇!!」

 

 

ゴオオオオオォォォ!!

 

 

音速のスピードで相手に迫り、敵の腹に寸止めをする。それだけで強風を引き起こし、敵の身体は簡単に後方に飛んで行き、地面を転がった。

 

 

「「ッ!?」」

 

 

残った敵が驚く。大樹のあり得ない行動、魔法、現象に。

 

敵が再びCADを使って魔法を発動しようとするが、

 

 

「余所見してんじゃねぇぞッ!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「うがッ!?」

 

 

大樹の後ろから半分になった刀身が飛んでくる。刀身はそのまま敵の腹にめり込んだ。

 

役目を終えた【小通連】は元の形に戻って、レオは笑みを浮かべながら残り一人を見る。敵はレオに向かってCADを構えるが、

 

 

「そこ、危ねぇぞ?」

 

 

「……まさか!?」

 

 

レオの忠告に敵は気付いたようだが、もう遅い。

 

 

ビリビリッ!!

 

 

「がああああァァァ!?」

 

 

一瞬で敵の頭上に魔法を展開させ、雷を落とした。敵はもう動かない。

 

 

「タラタラッタッタッタ~!大樹はレベルが上がった!」

 

 

「それ以上レベルが上がったら、誰も倒せねぇだろ……」

 

 

「もう既に魔王クラスだよね……」

 

 

何故かレオと幹比古が疲れ切っていた。MPの使い過ぎ?それとも経験値が少なかったのかな?

 

 

「どうだ幹比古?魔法のほうは」

 

 

「うん、速くなったよ」

 

 

「さすが達也だな」

 

 

俺の質問に幹比古が笑って答えてくれた。レオは達也の凄さに改めて感心していた。

 

 

「そう言えばよぉ、大樹と達也はバトル・ボードを見て、これを思いついたんだよな?」

 

 

レオがふと思い出したこと口にする。

 

 

「ああ、そうだぜ」

 

 

「大樹が考えたのは効率が悪いって言っていたけど、何を考えたんだ?」

 

 

「あー、レオが使っている【小通連】はブレードが一個しか飛び出さないだろ?」

 

 

「……大体予想がついたぞ」

 

 

「予想通りだと思うぜ。俺が考えたのは全長2メートルのブレードが刀身が八つに分かれるタイプだ。八つを一直線に並べて、超遠距離攻撃を可能とし、さらに八つのブレードを多彩な形にして、様々な攻撃ができる武装一体型CADを考えた。名前を付けるなら【小通連・八岐大蛇(ヤマタノオロチ)】ってとこか」

 

 

おお!今回のネーミングセンスは中々じゃないか!?

 

 

「うおッ、物凄いな……」

 

 

「効率が悪いのはすぐにサイオンの枯渇ってとこだよね」

 

 

「ああ、だから不採用だった」

 

 

一科生でもすぐにサイオンが枯渇する。確かに使える奴いねぇわ………あ、十文字とか使えそうじゃねぇ?今度作ってやらせてみるか?

 

 

ビーッ!!

 

 

試合終了のアラームがフィールドに響き渡った。いや、遅すぎるだろ。何でこんなに遅かったんだろ。

 

……まぁどうでもいいか。次は準決勝だ!

 

 

_______________________

 

 

 

準決勝の対戦相手は第九高校。

 

ステージは市街地。双方のモノリスが屋内の中層階。具体的には5階建ビルの3階に設置されている。

 

俺はこのステージが嫌いだ。いや、大っ嫌いだ。

 

 

バシュンッ!!

 

 

「うおッ!?」

 

 

空気を圧縮して撃ち出された空気の弾丸。空気砲ってツッコんだら負けだよ。【エア・ブリット】だから。

 

狭い部屋で【エア・ブリット】を連発する敵。俺が『ブーストノヴァナ〇クル』を撃てないこと良い事に……!

 

ここで『ブ〇ストノヴァナックル』を発動すると、建物が崩壊し、魔法が殺傷ランクAに格上げされてしまうため、使うことができない。使うと反則負けになってしまう。

 

 

(俺、これしか魔法無いんだけど……!?)

 

 

走り続けてとにかく逃げる。物理攻撃が可能なら『衝撃のファー〇トブリット』か『撃滅のセカンドブ〇ット』か『抹殺のラスト〇リット』を顔面に打ち込んでいたわ。最後はやり過ぎか?

 

達也が指示した作戦は俺が五階から攻め、レオが一階から攻めるという作戦だった。幹比古はモノリスの守備についている。

 

 

「そろそろか……」

 

 

レオがモノリスについた頃を見計らって、俺は走り出す。

 

 

「ぴょーん」

 

 

 

 

 

五階の壊れた窓から飛び出した。

 

 

 

 

 

「ちょッ!?」

 

 

敵が俺のあり得ない行動に敵は驚愕する。

 

下はコンクリート。当たったらただじゃ済まない。大怪我だ。

 

今の俺なら無傷で着地できるが、みんなの目の前でちょっとそれは見せれない。素手で岩を壊すのは見せるのはOKなのかよ。

 

あ、途中レオが見えた。『う、嘘だろ……!?』って顔をしていた。面白いな。

 

 

「ひっさぁぁあああつ!!」

 

 

音声認識で【風拳】にサイオンが送り込まれ、魔法が発動される。

 

 

「ブーストノヴァナックル!!」

 

 

ゴオッ!!

 

 

地面にぶつかる瞬間、地面に向かって拳を放つ。

 

強風が巻き起こり、落下スピードが落ち、俺の体が一瞬だけ宙に留まる。

 

 

「よッ」

 

 

タンッ

 

 

落下スピードを完全に殺し、綺麗に両足を真っ直ぐに伸ばして着地した。スコアは満点だろ、審判?

 

 

「さて、俺の役目はもう終わりか」

 

 

モノリスを守っていた敵選手はしっかりと5階まで誘導した。一人の敵は既にレオが倒しているだろう。残り一人は幹比古が要塞化させたビルの中でずっと彷徨い続けているはずだ。……やっぱ幹比古が二科生っておかしくね?十分実力があると思うんだが。強過ぎるだろ。

 

 

「あとはレオがモノリスのコードを打つだけだけど……」

 

 

ビーッ!!

 

 

「終わったか」

 

 

試合終了のアラームが響き渡った。

 

 

_______________________

 

 

決勝戦まで時間が余っている。俺は一度、部屋に帰ることにした。ヘルメットを脱いで、ベッドに座る。

 

 

「決勝戦か……」

 

 

「大樹さん」

 

 

「これで優勝しないと……」

 

 

「大樹さん」

 

 

「俺たちは新人戦に……」

 

 

「……次は無いですよ?」

 

 

「何だ!?愛しのマイハニー黒ウサギ!?」

 

 

「ご、誤魔化してもダメです」

 

 

黒ウサギにジト目で睨まれる。それも可愛い部類に入りますよ、黒ウサギさん?

 

 

「どうして黒ウサギに言わなかったのですか?」

 

 

黒ウサギは頬を膨らませて怒っている。だからそれも可愛いだけだから。何でみんな怒る時そんなに可愛いの?そういう生き物なの?絶対に絶滅させないわ。

 

 

「教えたじゃないか。メールで」

 

 

「『俺、ちょっと本気出すわ』で伝わりませんよ!?」

 

 

「あー、『俺、超本気出す』の方がよかったか」

 

 

「変わりませんよ!?」

 

 

「じゃあ何を送ればいいんだよ!?」

 

 

「恋文です!」

 

 

「今俺がボケてるよ!?ツッコんで!!」

 

 

まさか黒ウサギがボケに回るなんて……!?

 

 

「悪かったな。特に危険は無いから言う必要は無かったんだよ。原田と司の報告を聞いたら敵は一人もいなかったし、大丈夫だと思ったんだ」

 

 

「……………」

 

 

「……………」

 

 

「貸し一つです☆」

 

 

その貸し、俺は無傷で返せるのか?満身創痍な俺が想像できてしまうんだが?

 

 

「大樹さん」

 

 

「何だ?」

 

 

黒ウサギの表情は暗かった。

 

 

「嫌な予感がします……」

 

 

「……奇遇だな。俺も昨日からしている」

 

 

「ッ!」

 

 

黒ウサギが俺の言葉に驚いていた。

 

俺は自分の部屋の机の引き出しを開けて、あるモノを取り出す。

 

 

「預かっておいてくれ」

 

 

それを黒ウサギに渡した。

 

 

「ぎ、ギフトカード!?」

 

 

「試合には持ち込み禁止だ。置いていたんだ」

 

 

ボディチェックが無ければ持って行っていたんだが、結構厳しかったからな。

 

 

「……分かりました。大切に持っています」

 

 

「ああ、頼んだ」

 

 

俺はヘルメットを被り、部屋を出た。

 

この決勝戦、嫌な予感がする。

 

テロリストが一気に姿を見せなくなった。毎日嫌なくらい出て来ていたクセに、昨日から姿を見せていない。

 

唯一見たのは原田が逃がした敵、司を狙った偽運転手の二人だけだ。

 

機材の細工は無く、試合の妨害はモノリスコード、あの時だけ。

 

 

(九校戦は今日を含めてあと3日間)

 

 

決着の時は近い。九校戦が終わるころには()()()の戦いも終わっているだろう。

 

拳を強く握り絞めながら、俺は試合会場へと向かった。

 

 

 




活動報告を書きました。

内容は新しい世界の候補を集めるアンケートです。

気軽に書いてもらって構いません。よろしくお願いします。


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九校戦 Fourth Stage

「なぁ司さん」

 

 

モノリス・コードの決勝戦がもうすぐ始まるころ、原田と司は一緒に行動していた。

 

二人はモノリス・コードの観客席にいるのではなく、その外にいた。もちろん、警備のために。

 

周りには人がおらず、静かだった。

 

 

「何だ?」

 

 

歩きながら隣にいる原田に答える。

 

 

「失礼なこと聞きますけど、その右腕ってどうしたんですか?」

 

 

「斬られたんだよ。第一高校の生徒に」

 

 

「……まさか」

 

 

「原田だったな?お前が思っていることは恐らく違う。楢原じゃない」

 

 

原田の予想を司はバッサリと否定した。

 

 

「じゃあどうして?」

 

 

「僕が悪事を働いたからに決まっているだろ」

 

 

「悪事……?」

 

 

「……第一高校の生徒のクセに何も知らないのか?」

 

 

「俺、しばらく学校を休んでいまして」

 

 

「……僕は学校を襲ったんだよ。最先端資料のデータを盗み出すために」

 

 

「……そうですか」

 

 

原田の反応に司は変に思った。

 

 

「驚かないんだな」

 

 

「いや、大樹の今までの行動に比べれば……」

 

 

「……悪かったな」

 

 

「いえ……」

 

 

二人は同じことを思った。同じ苦労をしている同類がいると。

 

 

「でも、大樹と仲が良いですよね?いつからそんな関係に?」

 

 

「冗談でもやめろ」

 

 

「冗談じゃないですよ。司さん、大樹と居る時、よく話すじゃないですか」

 

 

「……………」

 

 

司は少し黙っていたが、話し出した。

 

 

「原田。お前はこの世界のことをどう思う?」

 

 

「スケールがでかいですね」

 

 

原田は手を顎に置いて考える。

 

 

「……魔法が使えない人に対して、少し厳しい世界ですかね」

 

 

「原田の通う学校はどうだ?」

 

 

「厳しすぎます」

 

 

今度の質問に答えるのは早かった。

 

 

「俺が学食を食べていたら一科生の奴らが『どけ、二科生(ウィード)』って言って来たんですよ。思わずキン肉バ〇ターを食らわせてやろうと思いましたよ」

 

 

(コイツも楢原と同じで、血の気が多いな)

 

 

司は少し引いていた。だが咳払いをして、話を始める。

 

 

「僕だってそうだ。魔法が使えないだけで見下し、蔑み、そして暴力を振るわれた」

 

 

「……………」

 

 

「僕が恐れる世界なんて殺してやるっと思っていた」

 

 

たった一言。原田のその言葉に恐怖を感じた。それほど重い言葉だった。

 

 

「学校を襲った僕の同志たちはみんなそんな境遇に立った人達だ。何人かは既に……」

 

 

「犯罪ですか」

 

 

「ああ、犯罪者だったよ。窃盗、暴力。一番酷いのは殺人だ。魔法を優れていた人を殺したそうだ」

 

 

司は早く歩き、前に出る。原田から表情を読み取れないようにするためだ。

 

原田は追いかけず、同じペースで歩き続ける。

 

 

「でも、おかしいだろ?」

 

 

「何がです?」

 

 

「何って……」

 

 

司は告げた。

 

 

 

 

 

「僕達を散々蹴っ飛ばしておいて、当然の報いだろ?」

 

 

 

 

 

「それは……」

 

 

原田はその言葉をすぐに否定できなかった。

 

 

「尊厳を落とし、汚し、嘲笑った。だったら仕返しをしても文句は言えないはずだ。さすがに殺すのはやり過ぎだと思うが、殺意が芽生えるほど、それだけ傷つけたんだ。殺されるに決まっている」

 

 

「……………」

 

 

「僕には義理の弟がいる」

 

 

司の声は小さかった。

 

 

「剣道が強くて高校では主将になるほど強かった。それなのに」

 

 

司は手を強く握る。

 

 

「何故、魔法を併用する剣術部に蔑まれないといけないんだ」

 

 

司の声は震えていた。

 

怒りか悲しみか。もしくは両方。原田には分からない。

 

 

「入学してから……剣道部に入ってから……主将になってからも差別は終わらない。弟を見ていて思うよ」

 

 

原田はずっと黙って聞いている。何も言えない。

 

 

「いつか大怪我するんじゃないかって」

 

 

「……司さんはあったんですか?」

 

 

「僕は頭がいいからね。逆に嵌めてやったよ」

 

 

「そ、そうですか……」

 

 

司が立ち止って振り返った時、笑顔だった。原田には恐ろしすぎて直視できなかった。

 

 

「でもいつか大怪我をするかもしれない。と言うより既に甲も精神的にきていた。だから、その時僕が所属していた【ブランシュ】を使って革命を起こそうと思ったんだ」

 

 

「革命……ですか」

 

 

「革命の第一歩だ。第一高校は踏み台にしか過ぎない。どっかの正義のヒーローに第一歩をへし折られたがな」

 

 

大樹だろうっと原田は思った。

 

 

「だけど、へし折られてよかったと僕は思うよ」

 

 

司の表情が少しだけ緩んだ気がする。

 

 

「やり方は最悪だった。僕の催眠魔法で人を操って同志たちを危険な目に合わせ過ぎた。弟にも使ってしまった。これだとアイツらと同じだ」

 

 

司はまた歩き始める。

 

 

「楢原と牢獄生活をした時、いろいろと気付けた」

 

 

「アイツらしいですね」

 

 

牢獄生活については何もツッコまないでおく。

 

 

「……ツッコまないのか?」

 

 

「ツッコミ欲しかったんですか……」

 

 

ちょっと面倒臭い人だと原田は思った。

 

 

「アイツとの牢獄生活は最悪だったぞ」

 

 

「でしょうね。予想できます」

 

 

「考えられるか?看守と笑いながら雑談するとか」

 

 

「馬鹿なのかコミュ力が高いイケメンなのか分かりませんね」

 

 

「馬鹿だろ」

 

 

「俺もそう思います」

 

 

否定材料が無かった原田であった。

 

 

「だけど、アイツと話をしていて他の事にも気付いた」

 

 

司は口元に笑みを浮かべながら告げた。

 

 

 

 

 

「そして、世界の変え方も掴んだ気がする」

 

 

 

 

 

「……スケールがまた凄いっすね」

 

 

「変わらないさ。目的が大きくなっただけだ。やることは変わらない」

 

 

司はそう言って前を向いて歩き始めた。

 

 

(お前はそうやって人を変えていくのか……)

 

 

大犯罪者だった人を変える。差別をしていた生徒を変える。

 

そして、アイツはいつか世界……いや、()()()()()を変えていくんだ。

 

人を救い、仲間を守り、助け合っていく。

 

原田はそんな大樹に嫉妬していた。

 

 

 

 

 

(俺にも、お前と同じ力があれば……)

 

 

 

 

 

こんなことになっていないだろうに。

 

 

 

 

 

「どうした原田?」

 

 

「ッ!い、いや!何でもないです!」

 

 

原田はいつの間にか立ち止まっていた足を動かし、司の後を追う。

 

その時、

 

 

ピーッ!ピーッ!

 

 

「「ッ!」」

 

 

司のポケットに入っている携帯端末から警告アラームが鳴った。その音を聞いた原田と司の表情が強張った。

 

 

「敵だ!」

 

 

「そうみたいですね……!」

 

 

司の言葉に原田は嫌な表情をした。

 

 

「ちょっとヤバい……な」

 

 

「何だと?」

 

 

司が敵の情報を見る前に、原田は言った。原田は敵の気配を感じ取り、汗を流した。

 

司が携帯端末を開けて、情報を見てみると、

 

 

「ッ!?」

 

 

目を疑ってしまいそうになる情報が情報端末のディスプレイに映しだされていた。

 

 

________________________

 

 

 

【大樹視点】

 

 

この道を真っ直ぐ行けば試合フィールド。

 

俺たちはまだ会場の中にいた。ここからでも観客たちの騒がしい声が聞こえる。

 

 

「へっくしゅんッ!」

 

 

あー、鼻がムズムズする。誰か俺のことを馬鹿にしなかったか?分かる人、通報お願いします。

 

俺のくしゃみを見ていたレオが俺の心配をする。

 

 

「大丈夫かよ大樹?死ぬなよ?」

 

 

「心配し過ぎだろ。どんな状況で今から死ぬんだよ」

 

 

心臓発作でも起こすのかよ。

 

 

「いや、なんかさぁ……」

 

 

レオは頭を掻く。

 

 

「嫌な予感しかしねぇんだよ。さっきからよぉ」

 

 

「……馬鹿言うな。これからの試合は余裕だ。自分の心配しろ」

 

 

「……あぁ。分かった」

 

 

レオの言葉を冗談として受け入れなかった。それはレオも同じみたいだった。

 

 

「……大樹」

 

 

「ん?」

 

 

レオの次は幹比古か?

 

 

「これ、持っておいて」

 

 

幹比古が俺に渡したのは一枚の御札。呪符か?

 

 

「何だよ?俺を呪うのか?」

 

 

「……お守りだよ」

 

 

俺の冗談を幹比古は真剣な表情をして返した。

 

 

「僕も、嫌な感じがする」

 

 

「俺から、か?」

 

 

「……何か隠していない?」

 

 

「そうだな……実は、俺がk

 

 

「ふざけるのは無しだよ」

 

 

幹比古は俺の退路を塞いだ。

 

 

「じゃあ何もねぇよ」

 

 

「……だったらもうこれ以上は追及しない。でも」

 

 

幹比古は告げる。

 

 

「責任は僕達にもあるんだ」

 

 

「……やっぱり、俺は思うよ」

 

 

「「?」」

 

 

「レオ、幹比古、達也。いい男の親友ができたなって」

 

 

レオと幹比古は少し驚いた後、笑みを浮かべた。

 

 

「何だ、死亡フラグか?」

 

 

「馬鹿野郎。俺には効かねぇよ」

 

 

「そうだね。絶対に死にそうにないね」

 

 

「おう。死なねぇから安心しろ。それと」

 

 

俺は手に持っていたヘルメットを被る。

 

 

「ありがとよ」

 

 

感謝の言葉を伝えた。

 

 

「それなら俺だってサンキューな!」

 

 

「僕の方こそ、ありがとう」

 

 

レオが俺と幹比古の肩を組む。三人で並んだ。

 

俺は後ろを振り返り、

 

 

「ほら、達也も組もうぜ?」

 

 

「……バレていたか」

 

 

後ろから達也が姿を見せる。

 

 

「お前がいないと、始まるモノも始まらないんだよ」

 

 

「そうだぜ達也!」

 

 

「達也もいないとね」

 

 

「……仕方ない」

 

 

達也は口元に笑みを浮かべ、俺たちと肩を組んだ。

 

 

「じゃあ……大声出しますか」

 

 

「鼓膜敗れるぜ?」

 

 

「レオの隣、怖いなぁ」

 

 

「あまり得意ではないんだが……」

 

 

俺は大きく息を吸い込む。

 

 

「絶対に……勝つぞおおおおおォォォ!!!」

 

 

「「「おおおおおォォォ!!」」」

 

 

俺たちは前に向かって走り出した。

 

 

________________________

 

 

モノリス・コード 決勝戦

 

 

対戦相手は第三高校。

 

フィールドは草原ステージ。

 

その名の通り、障害物が何も無く、平面で草しか生えていない。

 

双方のモノリスの距離は600メートルと今までのステージと比べるとやや近い。

 

 

 

会場はざわついていた。

 

大樹と一条が戦うという理由も一つあるが、騒がしい理由は他にある。

 

それは第一高校の選手がローブやマントを羽織っているからだ。

 

幹比古はローブのフードまで被り、レオはマントの襟首を掴んで顔を隠していていた。ちなみにエリカはこの恥ずかしがっているレオを見て、さらに爆笑していた。

 

大樹はフードは被らず、ローブを羽織っていた。そして、決めポーズを決めていた。第一高校の生徒は『あぁ、大樹だな』っと思い、他の人達は黄色い歓声を上げていた。

 

俺は一言だけ感想を述べる。

 

 

「……うるせぇな」

 

 

「お前がポーズを決めなきゃもっと静かだよ!」

 

 

レオのツッコミが炸裂。

 

 

「それにしても……これ着ないと駄目なのか?」

 

 

げんなりとしたレオがマントを見ながら呟いた。

 

レオのマントには特殊な仕掛けが用意されてある。それは後々説明することになるだろう。

 

 

「僕だって着たくないよ」

 

 

幹比古のローブには魔法陣が織り込んであるのだ。着用するだけで魔法が掛かりやすくなる補助効果がつくんだ。簡単に言えば命中率アップだ!

 

え?『何でそんなモノをお前まで着てんだよ』って?……俺のローブってドラ〇エでいうと布のローブなんだ。魔法陣なんて無かった……。

 

 

「ただの日光避け……さ……」

 

 

「どうしたの大樹?」

 

 

ちょっと魔法が恋しくて……。

 

 

「何でもない。お前ら、それは達也が勝つために用意してくれたモノだ。しっかり着とけ」

 

 

「へいへい」

 

 

「大丈夫。活用させてもらうよ」

 

 

その時、会場が静かになった。

 

 

「そろそろか」

 

 

俺は600メートル先、モノリスの近くにいる三人を見る。

 

一人は笑みを浮かべた美少年。一条家の御曹司。

 

もう一人は『カーディナル・ジョージ』の異名を持つ天才。ジョージ。

 

そして、最後の一人は………………………。

 

以上3人がこちらを見ていた。

 

 

「なぁみんな」

 

 

俺は笑みを浮かべながら言った。

 

その時、ちょうど開始のアラームのカウントダウンが始まった。

 

 

「今回、達也の作戦。俺、超好きだぜ」

 

 

「ああ、俺も好きだぜ!今回だけはよぉ!」

 

 

「不思議なことにね」

 

 

そして、開始の火蓋が、

 

 

ビーッ!!

 

 

 

 

 

「「「『ガンガン行こうぜ!』」」」

 

 

 

 

 

切られた。

 

 

ダンッ!!

 

 

その瞬間、俺たちは敵に向かって走り出した。

 

俺が先陣を切る。後ろにレオと幹比古が並んで走っている。

 

 

「さぁて……敵の攻撃が来るぞッ!!」

 

 

「「ッ!」」

 

 

俺の言葉に二人の表情はさらに強張る。

 

 

フォン!!

 

 

空中に魔法陣が浮き出る。

 

 

 

 

 

数は6個。

 

 

 

 

 

「「ッ!?」」

 

 

その数にレオと幹比古は息を飲んだ。

 

発動したのは一条。

 

一条は空気を圧縮させた圧縮空気弾を作り、それを飛ばす魔法を発動したのだ。

 

圧縮空気弾っと言っても威力は高い。一発でも食らえば強固な体を持ったレオでも、気を失う可能性がある。

 

 

「走り続けろ!」

 

 

俺は叫びながらレオと幹比古に言う。

 

 

シュンッ!!

 

 

そして、一斉に魔法が発動した。

 

圧縮空気弾が俺たちに向かって降り注ぐ。

 

 

「二刀流式、【阿修羅の構え】」

 

 

大樹はローブの中から手を出す。

 

 

「【六刀鉄壁(ろっとうてっぺき)】」

 

 

カンッ!!カンッ!!カンッ!!

 

 

何度も甲高い音が響いた。

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

その光景に敵も、味方も、観客も驚愕した。

 

 

 

 

 

大樹の手には二本の刀【鬼殺し】が握られ、その刀で全ての攻撃を防いだからだ。

 

 

 

 

 

(まだ余裕だな)

 

 

俺は心の中でとりあえず安心する。

 

これは達也が急いでもう一本用意したモノだ。届いたのは1時間前だ。さすがだぜ。

 

俺は二本の【鬼殺し】を使って圧縮空気弾を弾き飛ばした。硬化魔法と圧縮空気弾。どちらかが強いかは目に見えている。

 

しかし、時間制限がある。

 

 

(たったの30秒……何これ。俺、今から世界でも救うの?)

 

 

冗談を言いながら俺はサイオンの節約のため、ローブの中にある鞘に【鬼殺し】を戻す。

 

その時、レオと幹比古が驚いた顔でこっちを見ていた。あ、足が止まってる。

 

 

「おい!走り続けろって言っただろ!〇〇〇をされたいのか!?」

 

 

「「怖ッ!?」」

 

 

レオと幹比古が走り出すと同時に、俺も走り出す。

 

さぁどう出る?ジョージ!!

 

 

________________________

 

 

 

「嘘だろ……!」

 

 

三高のディフェンスの一人が呟いた。一条と吉祥寺も大樹の取った行動に驚いていた。

 

大樹は剣のようなモノを取り出し、それに硬化魔法を掛けて、一条の圧縮空気弾を弾き飛ばした。その光景には驚くことしかできない。

 

 

「彼が将輝の魔法を跳ね返して、僕達の所に突撃するみたいだね」

 

 

「……俺が惹きつけておく。ジョージは」

 

 

「残りの二人だね。任せて」

 

 

一条はゆっくりと歩き出した。赤い拳銃型CADを大樹達に向けて。

 

 

「じゃあ行ってくる」

 

 

「おう。後は任せろ」

 

 

吉祥寺は残ったチームメイトに告げて、走り出した。

 

吉祥寺は大きく迂回しながら走る。大樹達の側面を叩くつもりだった。

 

だが、

 

 

「ッ!」

 

 

大樹たちの進行方向が変わった。行先は、

 

 

(狙われてる!?)

 

 

吉祥寺だった。

 

 

フォン!!

 

 

空中に一条の新たな魔法陣が出現する。その数は8個。

 

吉祥寺はその魔法陣が出現した位置に笑みを浮かべた。

 

 

(彼の前方に4つ。後方にも4つ。これなら……!)

 

 

吉祥寺は走るのをやめない。

 

前方の進行方向を叩けば、後方の魔法が後ろの二人に命中する。後ろを守っても前方の魔法にやられる。

 

両方を叩くのは不可能。

 

 

シュンッ!!

 

 

そして、魔法が発動された。

 

進行方向の前方に向かって走っていたせいか、発動した魔法が大樹達に当たるのがわずかに早い。

 

大樹はローブから再び二本の刀を取り出し、

 

 

カンッ!!カンッ!!カンッ!!カンッ!!

 

 

右の刀で一発を叩き斬り、左の刀も同じように上から叩き斬った。

 

そして、最後の二発は同時にそのまま下から上へ斬り上げて、弾き飛ばした。

 

 

 

 

 

そして、斬り上げたと同時に大樹は跳躍し、バク宙をした。

 

 

 

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

その光景に驚かない者はいない。大樹はレオと幹比古の頭上を通り過ぎていく。

 

既に後方から圧縮空気弾が発射されている。レオと幹比古に当たりそうになる圧縮空気弾を、

 

 

カンッ!!カンッ!!カンッ!!カンッ!!

 

 

空中で回転しながら飛んで来た圧縮空気弾を斬った。

 

 

タンッ

 

 

大樹は地面に綺麗に足だけで着地し、再び走り出した。

 

 

(あり得ない……!)

 

 

甘く見ていた。今までの試合で分析して、力量を図ったことが甘かった。

 

まだ彼は本気を出していないことを。

 

徐々に吉祥寺との距離を縮める大樹達。このままでは接触してしまうと思った吉祥寺は【不可視の弾丸】を放った。

 

 

【不可視の弾丸】

 

対象のエイドスを改変無しに直接圧力そのものを書き加える魔法だ。雫が使った情報強化なんかでは防げない。

 

 

対象はもちろん大樹。

 

 

「ッ!」

 

 

魔法はしっかりと発動し、大樹の足元に魔方陣が出現する。

 

だが、

 

 

バリンッ!!

 

 

「なッ!?」

 

 

吉祥寺の目が見開く。

 

大樹は大きく足を上げて、それを一気に下ろして踏み潰して破壊した。

 

 

(やっぱり原理が分からない……!)

 

 

吉祥寺は大樹たちが一番最初に森林で戦った試合を見ていた。特に最後の方で大樹が魔法を破壊する場面を。

 

吉祥寺は魔法に何らかの阻害する魔法を掛けたのではないかと思っており、その対策もしていたが……結果は違った。

 

吉祥寺……いや、みんなは知らない。大樹は魔法が使えないことを。

 

 

フォン!!

 

 

また空中に魔法陣が展開する。今度は一列に並び、同時に発射される。

 

 

12個の圧縮空気弾が。

 

 

レオと幹比古の顔が強張っているのがこちらからでもよく分かる。

 

 

「抜刀式、【刹那(せつな)の構え】」

 

 

大樹は走りながら目を閉じて集中する。

 

その光景に吉祥寺がまた驚愕する。

 

 

(どうして目を閉じる……!?)

 

 

何かトリックがあるのか?高位魔法を放つために集中しているのか?吉祥寺にその真相は分からない。

 

 

シュンッ!!

 

 

そして、同時に12個の圧縮空気弾が放たれた。

 

 

「【横一文字・絶】」

 

 

ザンッ!!

 

 

魔法陣から圧縮空気弾が出された瞬間横に一直線、一閃した。

 

 

 

 

 

一瞬にして12個の圧縮空気弾が斬られ、消滅した。

 

 

 

 

 

「そんな……!?」

 

 

吉祥寺が声に出して驚いた。

 

一条の表情が初めて歪んだ。攻撃が一度も通じないことに。

 

 

(せめて彼以外の人を!)

 

 

吉祥寺は考えを変える。

 

【不可視の弾丸】の標的はレオだった。吉祥寺は魔法を発動する。

 

 

「させるかよッ!」

 

 

ドンッ!!

 

 

「ッ!?」

 

 

標的にしたレオの目の前に、黒い壁ができていた。

 

この黒い壁はレオの羽織っていたマントだ。マントにサイオンを送り込んで発動したのだ。

 

マントは硬くなり、地面に突き刺さった。そのマントを壁とすることで【不可視の弾丸】の発動を防いだのだ。

 

【不可視の弾丸】の弱点。それは視認する必要があることだ。遮蔽物があれば使えない魔法なのだ。

 

大樹と幹比古もその後ろに隠れている。

 

 

「ウオオオォォ!!」

 

 

「ッ!?」

 

 

ゴオォッ!!

 

 

黒い壁の右横から【小通連】のブレードが飛び出して来る。

 

吉祥寺は頭を下げて、間一髪の所でかわす。

 

ブレードはそのまま左横まで行き、黒い壁の後ろに隠れた。

 

 

(これが駄目なら……!)

 

 

吉祥寺は【不可視の弾丸】とは違う魔法を発動しようとする。

 

 

ダンッ!!

 

 

その時、大樹とレオが走り出した。

 

 

モノリスに向かって。

 

 

「えッ!?」

 

 

自分を倒せるチャンスがあるにも関わらず、二人は一人を残して離脱したのだ。しかもレオの手には【小通連】が握られていない。

 

吉祥寺はその行動に少し怒っていた。たった一人で十分だと思われていることに。

 

 

フォン!!

 

 

吉祥寺は移動魔法を発動し、黒い壁の横に回る。そして、幹比古の姿を捉える。

 

すぐに【不可視の弾丸】を発動……!?

 

 

「ぐあッ……!」

 

 

吉祥寺は幹比古に向かって魔法を発動できなかった。視界が歪み、ブレたせいで。

 

 

(幻術……!)

 

 

もう一度言うが、【不可視の弾丸】は視認が必要だある。そのため、幻術で幹比古の姿を増やしたり、歪めさせたりすることでも【不可視の弾丸】を防ぐことができるのだ。

 

さらにローブのおかげで吉祥寺は魔法に掛かりやすくなっている。

 

 

ゴオッ!!

 

 

その時、突風が吹き荒れた。それを起こしたのは幹比古。

 

吉祥寺は移動魔法を使ってよける。風に逆らわずに、風に乗ることで勢いを殺す。ノーダメージだ。

 

 

(厄介な!)

 

 

心の中で舌打ちをするが、異変に気付いた。

 

相手が追撃をしないのだ。

 

敵はただ笑みを浮かべているだけ。

 

 

「……まさか!?」

 

 

気付いた時には遅かった。吉祥寺は一条たちの方を振り返る。

 

 

フォン!!

 

 

空中に魔法陣がまた展開される。

 

 

 

 

 

そして、14個の圧縮空気弾が放たれた。

 

 

 

 

 

「ッ!」

 

 

大樹は二本の刀をローブから出し、

 

 

「二刀流式、【受け流しの構え】」

 

 

大樹は約2メートル、空に向かって高く飛び

 

 

「【鏡乱(きょうらん)風蝶(ふうちょう)】」

 

 

一回転した。

 

 

カンッ!!

 

 

たったそれだけで、

 

 

ドゴォ!!!

 

 

「うわッ!?」

 

 

「ッ!?」

 

 

圧縮空気弾がバラバラの方向へと飛んで行った。

 

土煙が巻き上がり、辺りが見えなくなる。チームメイトは驚きながら腕で顔を隠して煙を防ぐ。一条も驚き、腕で顔を隠していた。

 

 

ゴォッ!!

 

 

土煙の中から二人の男たちが走り出してくる。大樹とレオだ。

 

 

「ッ!?」

 

 

その時、煙のせいで距離感が分からなくなっていたが、吉祥寺は気付いてしまった。

 

 

彼らは既に射程範囲だということ。

 

 

「将輝ッ!!」

 

 

吉祥寺は叫ぶ。駄目だ。彼らの狙いは……!

 

 

「モノリスだッ!!」

 

 

「「ッ!?」」

 

 

一条とチームメイトが気付いた時には遅かった。

 

 

「レオッ!!」

 

 

「任せろ!!」

 

 

フォン!!

 

 

レオが敵のモノリスに向かって手を向ける。その距離は10mも無い。

 

そして、

 

 

ガゴンッ!!

 

 

モノリスはゆっくりと開いた。

 

モノリスの背中に書かれた512文字が現れる。

 

 

「くッ!!」

 

 

一条の顔に動揺が走った。

 

そのせいで、取り返しのつかないことをしてしまった。

 

 

フォンッ!!

 

 

空中に再び16個の魔法陣が出現する。

 

 

(しまったッ!?)

 

 

一条が思った時には遅かった。

 

魔法にサイオンを強く送り過ぎたせいで、一発が最強の威力を秘めた圧縮空気弾になってしまったのだ。

 

その威力は大怪我を負う程。下手をすれば死を招く一撃。

 

 

 

 

 

大樹に向かって16個の死の弾丸が展開された。

 

 

 

 

 

「ッ!」

 

 

大樹には分かっていた。今までとは比べものにはならない威力で弾丸が放たれると。

 

大樹はレオの着ている防 護 服(プロテクション・スーツ)の襟首を掴み、圧縮空気弾の被害が合わない距離まで遠くへと投げた。

 

 

「うおッ!?」

 

 

レオは突然のことに驚く。

 

 

ザシャアアアァァ!!

 

 

「ぐうッ!!」

 

 

地面に勢い良く転がり、何とか膝をつく。

 

 

「な、何を……!?」

 

 

レオの続きの言葉は掻き消された。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

大樹に向かって、16個の圧縮空気弾……いや、それはミサイルだと表現した方が正しいのかもしれない。

 

圧縮空気弾が発動した瞬間、大きな地響きが響き渡った。

 

 

ゴオオオオオォォォ!!

 

 

強風が周りの選手に向かって吹き荒れる。体に力を入れないと、飛ばされてしまうくらいの暴風だった。

 

 

「だ、大樹……?」

 

 

レオが名前を呼ぶ。返事は返ってこない。

 

煙が立ち上がり、中の様子が分からない。分かるのは、

 

 

 

 

 

大樹のいた場所。周りの草が全て消え、大きなクレーターができていた。

 

 

 

 

 

「う、嘘だろ……!?」

 

 

レオが急いで立ち上がり、走って近づく。

 

一条たちは呆然と立ち尽くしているだけだった。大きな歓声も今は聞こえない。

 

 

「大樹!いるだろ!?返事しろよッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「馬鹿なのかポニー?返事したらバレるだろうが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

全員が驚愕した。

 

 

 

 

 

敵のモノリスの後ろに大樹の姿があった。

 

 

 

 

 

大樹は無傷。変わったことは防 護 服(プロテクション・スーツ)は土で少し汚れており、ローブも無くなっている。そして、大樹の腰に刺さっている鞘が二本見えるようになっただけだ。

 

 

「どうやってッ!?」

 

 

「おっと、動くなよ?」

 

 

一条の驚きの言葉に大樹は人差し指を口に当てて黙らせる。

 

 

「もうモノリスのコードは511文字打ってある。分かるよな、この状況?」

 

 

「「「「「なッ!?」」」」」

 

 

その言葉に敵も味方も驚いた。

 

あと一文字、コードを打ち、送信すれば第一高校の勝利となる。

 

 

「何で打たねぇんだよ!?」

 

 

「はやく終わらせてよ!?」

 

 

「うるさいぞッ!ポニー&ミキ!」

 

 

「「その言い方やめろ(やめて)!!」」

 

 

大樹は一条に向かって指を差す。

 

 

「俺は少し怒った。規定違反の威力を出したお前に」

 

 

「ッ……」

 

 

一条は苦虫を噛み潰したような顔になる。

 

 

「そこでだ」

 

 

大樹は告げる。

 

 

「俺と一対一で勝負しろ、一条」

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

俺の言葉に全員がまた驚く。

 

 

「距離は20m。そこから俺とお前の戦いを始める」

 

 

「い、いいのか?」

 

 

「俺がやりたいんだ」

 

 

大樹は説明する。

 

 

「ルールは簡単。お前は全力で俺を潰せばいい。規定違反を余裕で越えるほどの魔法力を使って」

 

 

「何だと!?」

 

 

「そうじゃないと……お前、俺に勝てないぞ?」

 

 

大樹の挑発に一条は険しい顔をするしかない。

 

 

「お前が勝てば試合はそこから再スタート。俺が勝てば残りの一文字を打って、俺たちの勝ちだ」

 

 

「……………分かった」

 

 

「将輝!?」

 

 

一条は何かを決意し、頷いた。吉祥寺は一条のその行動に驚く。

 

 

「ジョージ。彼が提案して来た戦いだ。乗るしかない」

 

 

「……………」

 

 

一条がそう言った後、吉祥寺は何も言わなくなった。

 

 

「よし、じゃあ始めるか」

 

 

大樹は後ろを振り向き、歩き始める。一条はその姿を見て、周りの選手を『離れていろ』っと目で訴えた。レオたちは黙って後ろに下がり距離を取る。

 

大樹が一条と20mを取った時、振り返った。

 

 

「開始の合図はこの石が落ちた時だ」

 

 

手に持った小石を一条に見えるように大樹は見せる。

 

 

「準備はいいな?」

 

 

大樹は笑みを浮かべながら一条に言った。一条は真剣な表情で頷いた。

 

 

パチンッ

 

 

一条が頷いた瞬間、大樹は小石を親指で弾いて、高く飛んで行った。

 

一条は赤い拳銃型CADを大樹に向ける。

 

大樹は目を瞑り、二本の刀、【鬼殺し】に手を置いた。

 

勝負は一瞬で決まる。

 

静かにその勝負を見守っているのは選手たちだけじゃない。会場も静まり返っている。観客は呼吸を忘れるほど見入ってしまっていた。

 

 

タンッ

 

 

そして、小石が地面に落ちた。

 

 

フォン!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空中に死の弾丸。20個の圧縮空気弾を飛ばす魔法陣が描かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一条は本気だった。大樹を殺す勢いで魔法を放ったのだ。

 

だがこの時の一条は本気を出したことを後悔していた。規定違反の出力を出し、反則している。これで大樹を倒したとしても、最低だと思ったからだ。

 

しかし、同時に期待もしていた。

 

この圧倒的な力。不利な状況。この魔法を覆してみせること。

 

最初の規定違反の時、責められると思っていた。だが、大樹は一対一の勝負を持ちかけたのだ。

 

理由は全く分からない。だけど、この勝負が終わった後、分かるかもしれない。

 

一条はそれが知りたかった。

 

 

シュンッ!!

 

 

ついに魔法は放たれた。

 

一斉に20個の圧縮空気弾が大樹に向かって飛んで行く。

 

 

「見せてやるよ」

 

 

大樹は目を開けて告げる。

 

 

「これが、最強だ」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

先程の爆発より大きな轟音。大きな爆風。選手たちの体は爆風にまともに逆らえず、地面に膝をついてしまうほどだった。圧縮空気弾を撃った一条ですら後ずさりをするほどだ。

 

観客席にまで強風が吹き、悲鳴が聞こえる。

 

 

「「大樹ッ!!」」

 

 

レオと幹比古は名前を叫んだ。爆風にかき消され、その声は誰にも聞こえない。

 

……30秒は経っただろうか土煙がようやく少なくなり、大樹のいた場所が映し出される。

 

 

「「「「「ッ!」」」」」

 

 

その光景に、誰もが息を飲んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全くの無傷の大樹が立っていたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

一条はその光景に絶句した。選手も、観客たちも、この一連の出来事を見た者全てが言葉を失っていた。

 

大樹を中心とする大きなクレーター。一条の力の強さが十分に分かる。しかし、大樹は全くの無傷。ダメージを受けていない。

 

 

「足りねぇよ」

 

 

大樹は告げる。

 

 

「俺にダメージを与えたいなら足りねぇよ。数も。速さも。威力も」

 

 

「そ、そんなわけ……!?」

 

 

「まだ全力じゃないはずだろ。数で勝負をするな。あらゆる手段の試行錯誤するな」

 

 

大樹は右の拳を前に向ける。

 

 

「本気の一撃で勝負しろ」

 

 

「ッ…………!」

 

 

大樹の言葉に一条は唇を噛んだ。

 

ここまでプライドをズタズタにして、大樹はまだ自分を挑発することに苛立っていた。

 

 

「熱くはなってもいいが、感情的になるなよ?」

 

 

「ッ!」

 

 

全てを見透かされ、一条は息を飲む。

 

 

「お前が冷静になるために少し俺がお前に説教をしてやろう」

 

 

「説教……?」

 

 

「お前は俺を甘く見過ぎだ」

 

 

「……………」

 

 

大樹の言葉に一条は何も答えない。

 

 

「試合が始まった直後、最初の攻撃。手を抜いただろ。最初から本気を出さなかった。お前は慢心していた」

 

 

大樹の言っていることは正しかった。敵がどのくらい戦えるか小手調べをしてしまっていた。

 

 

「そのせいでお前は窮地に落ちた時、冷静に判断ができなくなり、焦ってしまった」

 

 

大樹の目は真剣だった。

 

 

「そして、人を殺してしまうかもしれない魔法を放った」

 

 

その言葉は一条の心に重く圧し掛かった。

 

 

「あの時、俺の代わりにレオか幹比古だったら死人が出ていたかもしれないぞ?」

 

 

「……………」

 

 

一条は下を向いて何も喋らない。

 

 

「だけど」

 

 

大樹は告げる。

 

 

「もうお前なら大丈夫だろ?」

 

 

「ッ!」

 

 

一条は顔を上げる。

 

 

「もうお前は慢心しない。最初から全力で戦えるはずだ」

 

 

「だ、だけど俺は……!」

 

 

「俺はお前の攻撃を受け止めれる。全力の魔法を、な」

 

 

その言葉に一条が驚く。大樹は拳を作り、自分の胸を叩いた。

 

 

「お前の全力を俺がぶっ飛ばしてやる。上には上がいることを教えてやる」

 

 

大樹の言葉に一条は全て理解した。

 

 

(この勝負は俺のためだったのか……)

 

 

上がいること知らしめることで自分の慢心を無くそうとしてくれた。

 

今まで自分に立ち塞がる強大な敵はいなかった。今回の九校戦でも、簡単に勝てると思っていた。

 

現にもう一つ出場したアイス・ピラーズ・ブレイクは簡単に優勝した。自分に勝てる者などいなかった。

 

 

(俺の全力……)

 

 

この男に本気を出せば自分は強くなれる。一条はそんな不思議な気持ちを感じた。

 

一条は深呼吸して息を整えた後、赤色の拳銃型CADの銃口を大樹に向けた。

 

 

「……いいのか?」

 

 

「いいぜ。お前の本気、捻り潰してやるよ」

 

 

大樹は手を握り、構えた。

 

そんな大樹を見て一条は口元に笑みを浮かべた。

 

 

「……行くぞ」

 

 

一条がそう言った瞬間、既に笑みは消えて、真剣な表情になった。

 

 

フォン!!

 

 

一条の拳銃型CADの銃口の前に巨大な魔法陣が出現する。

 

 

ゴオオオオオォォォ!!!

 

 

風が吹き荒れた。

 

強風は魔法陣の中心、一点へと集まる。

 

 

バチバチッ!!

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

突如、風の中で電撃が走った。その光景に誰もが恐怖を感じた。

 

一点に凝縮することで生まれた電気。

 

 

 

 

 

高電離気体(プラズマ)

 

 

 

 

 

この瞬間審判はすぐにアラームを鳴らし、試合を止めなくてはいけなかった。しかし、アラームは鳴らない。

 

先程から何故アラームを鳴らして止めようとしないのか。

 

それは彼らの本気の戦い。この試合の最後。結末を見たいからだ。

 

誰にも邪魔されない。いや、邪魔をしてはいけない戦い。

 

そして、遂に決着の時が来る。

 

 

フォン!!

 

 

一条の魔法が放たれた。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

耳の鼓膜をぶち破ってしまうような轟音が響き渡る。

 

そして、豪風を纏った高電離気体(プラズマ)が大樹に向かって飛んで行った。

 

 

「【無刀の構え】!!」

 

 

草原の地面を抉りながら向かってくる高電離気体(プラズマ)に、

 

 

「【神殺(しんさつ)天衝(てんしょう)】!!」

 

 

大樹は右手一本だけで挑んだ。

 

そして、最強の一撃を秘めた拳をぶつける。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

暴風が辺り一帯に襲い掛かる。観客席まで強風が来るほどの暴風だ。

 

大樹の右手に鋭い痛みが走った。

 

 

(高電離気体(プラズマ)……か……)

 

 

大樹は歯を食い縛る。

 

高電離気体(プラズマ)に触れば感電死。そんな常識的な考えは大樹の前では無力。

 

 

(そんな電撃……俺に……!!)

 

 

通じないッ!!

 

足に力を入れてさらに前に突き進む。拳も前に進む。

 

 

バチンッ!!

 

 

 

 

 

そして、暴風を纏った高電離気体(プラズマ)が消えた。

 

 

 

 

 

ゴオォッ!!

 

 

高電離気体(プラズマ)が消えた瞬間、風が散布した。

 

一条が有り得ないモノを目にしたかのように、目を見開いて驚いていた。

 

 

 

 

 

「お前の負けだ、一条」

 

 

 

 

 

気が付けば大樹の左手には武装一体型CAD【風拳(ふうけん)】が装備されていた。

 

目にも止まらぬ速さで一条に近づき、

 

 

「ひっさぁぁああつ……!!」

 

 

「ッ!?」

 

 

すぐ目の前には大樹。突然のことに一条は何もできない。

 

 

「ブーストぉぉ……!!」

 

 

 

一条は目を瞑る。

 

 

 

「ノヴァぁぁあああ……!!」

 

 

 

そして、一条は理解した。

 

 

 

 

 

「ナックルうううううゥゥゥッ!!」

 

 

 

 

 

この男には、(かな)わない。

 

 

 

 

 

ゴオオオオオォォォ!!

 

 

重い風の一撃。一条は吹き飛ばされ、後方に飛んで行った。

 

何度も地面に叩きつけられ、転がる。

 

 

一条は横たわったまま、動かなくなった。

 

 

大樹はそれを確認した後、ウェアラブルキーボードに最後のコードを打った。

 

 

ビーッ!!

 

 

モノリス・コード決勝戦。新人戦最後の試合に終止符が打たれた。

 

 

_______________________

 

 

 

「「この馬鹿ッ!!」」

 

 

ゴッ!!

 

 

「痛ッ!?」

 

 

試合終了直後、レオと幹比古に叩かれた。しかもグーで。

 

 

「心配させんじゃねぇぞ!こっちはどれだけ……!」

 

 

「『大樹!いるだろ!?返事しろよッ!!』……お前は俺のヒロインか!?」

 

 

「違ぇよッ!?あと復唱するな!」

 

 

「……悪かったよ」

 

 

俺は小さい声で呟いた。

 

 

「勝負しないといけないなぁって思ってよ。一発ぶん殴らないと気が済まなかった」

 

 

「……大樹らしいね」

 

 

そう言って幹比古は息を吐いた。安心して出た安堵の息か、呆れて出た溜め息か。俺には分からない。

 

 

「楢原大樹」

 

 

「……よぉ、ジョージ」

 

 

俺の名前を呼んだのは吉祥寺。チームメイトと一緒に一条の肩を持っていた。一条は完全にダウンしている。

 

二人は俺を睨んでいる。

 

 

「あなたは……本当に人間ですか?」

 

 

「俺はそう思っている。それと、一条に伝言を頼む」

 

 

「聞きます」

 

 

「お前の本気の魔法、凄かった。今度は突き指以上の怪我をさせろよってな」

 

 

「「「「ッ!?」」」」

 

 

俺は笑いながら言ってやった。お前らの驚く顔、傑作だな。

 

 

「……次は勝ちますっとは言えなくなりました」

 

 

ジョージは残念そうに言った。失礼な。

 

 

「大丈夫、作戦次第では俺に勝てる。……保障はできないけど」

 

 

「最後の言葉、いらなくねぇか?」

 

 

レオの言葉に同感。言わない方が綺麗に済んだ気がする。みんなドン引きだし。

 

 

「そうですね。次はあなたと戦わずに勝利します」

 

 

「おいおい、そんなことしたら俺は味方と戦うぞ?」

 

 

「「最悪だッ!」」

 

 

宣戦布告をして満足した吉祥寺はチームメイトと一緒に一条の肩を組み、帰って行った。

 

その後ろ姿を見送った後、

 

 

「俺たちも帰るか」

 

 

「そうだね」

 

 

レオの言葉に幹比古が同意し、歩き出す。

 

 

わあああああァァァ!!

 

 

大樹たちを迎える大歓声が聞こえる。手を振る者。飛び上がって喜ぶ者。泣いている者もいた。

 

 

「行きづれぇなぁ……」

 

 

「ほとんど大樹の歓声だよね」

 

 

レオと幹比古は苦笑いで歩く。

 

 

「……………」

 

 

その時、大樹が嫌に静かだと二人は気付く。

 

 

「大樹?」

 

 

レオが声をかけるが、大樹はフィールドの方を向いたままだ。

 

 

「………幹比古。そのローブ、俺にくれないか?」

 

 

「ローブ?」

 

 

幹比古は訳が分からなかったが、とりあえずローブを脱いで大樹に渡した。

 

 

「サンキュー。それと」

 

 

大樹はローブを着た後、振り返り、レオと幹比古の腕を掴んだ。

 

 

「そっちは任せたぞ」

 

 

観客に向かって二人を投げた。

 

二人は宙を舞い、高く飛ぶ。

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

突然のことに二人は驚愕する。観客も驚いていた。

 

その時、

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

 

 

 

 

観客席の目の前に巨大な水の壁が吹き上がった。

 

 

 

 

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

次々と観客席の目の前に水が吹き上がり、中の様子が全く見れなくなる。

 

観客たちが悲鳴を上げる。会場はパニック状態に陥っていた。

 

 

「大樹ッ!!」

 

 

「レオッ!行ったら駄目だッ!」

 

 

観客席に投げ込まれた二人。水の壁の向こう側には大樹が一人取り残されている。レオが水の壁に向かって飛びこむことを試みるが、幹比古に邪魔をされる。

 

水の勢いは恐ろしい程強い。手が触れれば一瞬で千切れてしまうかもしれない。

 

 

「放せッ!アイツはまた一人で……!」

 

 

「落ち着けレオ」

 

 

レオたちの後ろから冷静な声がかけられた。

 

 

「達也……」

 

 

「大樹は言ったはずだ。そっちは任せたっと」

 

 

二人は分かっていた。大樹が自分たちを頼り、頼みごとをしたことを。しかし、二人は納得いかなかった。

 

 

「それでも!」

 

 

「こっち側も大変なことになった」

 

 

達也の『大変』という言葉を聞いて、レオが冷静になって聞く。

 

 

「既にこの会場はテロリストに囲まれている状況だ。警備隊が対応しているが、恐らく負けるだろう」

 

 

「「ッ!?」」

 

 

その言葉に二人は耳を疑った。

 

ここにいる警備たちは一流の警察部隊。当然、魔法はエキスパート。最強の部隊と言っても過言ではないはず。

 

そんな彼らがテロリストに負ける。有り得ない話だった。

 

 

「何で負けるんだ!?」

 

 

「これを見ろ」

 

 

レオの言葉に達也は携帯端末を二人に見せた。ディスプレイは真っ暗で、電源すらついていなかった。

 

 

「ここ一帯にある電子機器が全て使えなくなった。応援を呼ぶことも。通信することも封じられた」

 

 

「ど、どうやって!?」

 

 

「分からない。水が吹き上げた瞬間、突然使えなくなったんだ」

 

 

幹比古の問いに達也は首を振った。

 

 

「二人に頼みがある。ここの地下に向かってくれ。既にテロリストが侵入しているはずだ」

 

 

「……ぶっ飛ばせばいいんだな?」

 

 

レオの苛立った声に達也は頷いた。

 

苛立っている理由は半分が大樹。もう半分はテロリストだ。

 

一人で抱え込んだ大樹に苛立ち。助けに行くのを邪魔するテロリストに怒り。

 

幹比古は表情に出ていないが、同じ気持ちだった。

 

 

「達也はどうするの?」

 

 

「俺は別の場所に行く。いいか、油断はするな。遠慮はいらない」

 

 

達也の忠告を聞き、レオと幹比古は走り出した。

 

 

「これが終わったら殴ってやるぞ、幹比古」

 

 

「うん、僕も殴らないと気が済まない」

 

 

早く終わらせて、大樹を救うために、殴るために。

 

二人は全速力で走り出した。

 

 

_______________________

 

 

 

「……久しぶりだな」

 

 

「「……………」」

 

 

大樹の言葉に二人の少女は何も答えない。

 

 

「水だけで空間を造るなんて発想がぶっ飛びすぎて驚いた。まぁ一番驚いたのは……地下水を操ることだ」

 

 

この平原の下にはどうやら地下水があったようだ。そこから水を操り、大樹を閉じ込めたのだ。

 

水の中から外の景色は見えない。向うも同じく中の様子は見えないだろうが。

 

 

「俺と約束、忘れたのか?」

 

 

大樹は悲しそうな表情で名前を呼んだ。

 

 

(ひかり)

 

 

「……私の名前はエレシス。【ポセイドン】の保持者」

 

 

エレシスは冷たく答える。

 

 

「あなたを殺す者です」

 

 

「……そうかよ」

 

 

大樹は隣に立っているもう一人の人物を見る。

 

 

「お前もか?」

 

 

「私はお姉ちゃんについて行く。名前はセネス」

 

 

セネスは何かを決意し、告げる。

 

 

「復讐のために」

 

 

「……分かったよ」

 

 

大樹はローブを被り、二人を睨み付けた。

 

 

「だったら俺も戦う」

 

 

紅くなった目がフードの中でも赤く光るのが分かった。

 

 

「もう、俺の大切なモノは何一つ奪わせないためにッ!」

 

 

その瞬間、二人の姉妹の背中に翼が生える。

 

エレシスの翼は水で生成されており、セネスは鉄のように銀色に輝いた翼だった。

 

二人の服装は同じ。スカートが膝下まであるワンピースを着ている。色はエレシスが薄い水色。セネスは赤色だ。

 

綺麗な紫の色の髪。同じ髪型のショートカット。姉妹というより双子の印象が強い。

 

 

(ギフトカードが無いこの状況。それでも、俺は勝って見せる!)

 

 

大樹は構える。

 

エレシスの両手には大きな二本の槍【三又(みまた)の矛】。セネスの右手には片手剣。左手には真っ赤な盾。

 

 

彼らの最後の戦いが始まった。

 

 

_______________________

 

 

 

「放してくださいッ!!」

 

 

「駄目だ!今の君は冷静じゃない!」

 

 

黒ウサギが顔を真っ青にして叫んだ。摩利の一喝は黒ウサギに全く効かず、怯みの隙すら与えなかった。

 

黒ウサギもレオと同じく水の中に飛び込もうとしていた。優子と真由美。摩利と雫とほのか。5人で抑えてもまだ人手が欲しい状況だった。

 

 

「黒ウサギッ!!」

 

 

「ッ!」

 

 

黒ウサギの名前を呼んだのは原田。黒ウサギは動きを止める。

 

 

「大樹さんがッ!」

 

 

「アイツなら大丈夫だ。次は倒せ……」

 

 

「違います!ギフトカードを持っていないんです!」

 

 

「何だと!?」

 

 

黒ウサギの言葉に原田は目を見開いて驚く。

 

 

「……駄目だ。この水の壁の向こう側にはいけない」

 

 

「ど、どうして!?」

 

 

「水に含まれている力が圧倒的に強過ぎる。下手に手を出せば周りに被害が出る」

 

 

「な、ならどうするれば!?」

 

 

「……任せるしかないだろ」

 

 

原田は唇を強く噛んでいる。何もできない悔しさを必死に堪えていた。

 

その様子を見た黒ウサギは黙るしかなくなった。

 

 

「……他に敵が来ている。俺一人じゃ厳しい。一緒に迎撃してくれ」

 

 

「……ですが!」

 

 

「敵を倒した後、大樹を救う。今は我慢してくれ」

 

 

原田の言葉に黒ウサギはゆっくりと頷いた。

 

 

「現在、司さんとその部下が東側で交戦中。警備隊は南側を守っている。黒ウサギはここの会場内に入ってきたテロリストを撃退してくれ。俺は西側を守る」

 

 

北側は大樹たちが乱戦中の方向。富士の山と樹海がある。今は水の壁があるため、その方向からテロリストが来ることはない。

 

 

「ちょっと待て」

 

 

その時、摩利が二人を止めた。

 

 

「何か私たちにできることは

 

 

「無い」

 

 

摩利が何かを言う前に、原田はバッサリと切り捨てた。

 

 

「相手は俺たちを殺そうとしているんだ。怪我では済まない」

 

 

「このまま何もするなと……!?」

 

 

その言葉に摩利は納得できていない。他のみんなも同じだった。

 

 

「……分かった。じゃあ二つ頼みがある」

 

 

摩利たちの強い意志に、原田は折れる。原田は騒ぎ出している観客たちに指を差した。

 

 

「何かをやりたいなら、まず観客たちを落ち着かせてくれ。このままパニック状態が続けば俺たちが戦いにくくなる」

 

 

運営からここに待機するように指示が出されているが、それでもここから逃げようとする危ない行為を行う人達がたくさんいる。ここに待機してもらわないと、外で交戦している者たちの邪魔になってしまう。

 

 

「二つ目は侵入者の排除。既に何人かこの会場に潜んでいるはずだ。そいつらを叩いてくれ」

 

 

だが無理はするなとっと原田は付け加える。摩利たちもその言葉に納得し、頷いた。

 

原田はみんなが頷いたことを確認して、その場から走って立ち去った。

 

 

「優子さん」

 

 

冷静になった黒ウサギが優子の名前を呼んだ。

 

 

「これを持っていてくれませんか?」

 

 

黒ウサギの手には黄色いカードのようなモノが握られていた。両手で丁寧に持っている。

 

 

「これは?」

 

 

「もし大樹さんが……あの中から出て来た時、渡してください」

 

 

カードを握る力が強くなる。黒ウサギが唇を強く噛んでいるのも分かる。

 

 

「大樹さんはこれが無いといけないんです……だからお願いします。黒ウサギが戻って来るまで持っておいてください」

 

 

「黒ウサギ……」

 

 

優子は両手でカードを受け取る。カードは温かく、黒ウサギがずっと握っていたことがよく分かる。

 

 

「お願いします!」

 

 

黒ウサギはすぐに走り出し、高く跳躍して会場から逃げるように去った。

 

 

「……楢原君」

 

 

優子は黒ウサギが大事に持っていた時と同じように両手で持ち、水の壁を見た。

 

水の壁の先は何も見えない。どんなに目を凝らしても。

 

 

「真由美。選手たちに協力を仰いでくれないか?」

 

 

「ええ、任せてちょうだい」

 

 

真由美と摩利が話し合っている。そこにほのかと雫も加わり、大体の方針が決まった。

 

 

「優子さん。あなたはここにいてちょうだい」

 

 

「えッ!?」

 

 

真由美の言葉に優子は驚いた。

 

 

「あなたは大樹君がここに来た時のためにいてほしいの」

 

 

真由美の真剣な表情、声音に思わず息を飲んだ。

 

 

「……会長はどうするんですか?」

 

 

「私も戦うわ」

 

 

「ッ!」

 

 

「大樹君が必死に戦っている。いえ、私達を守る為にずっと戦って来たわ」

 

 

大樹は九校戦が始まる前から戦っている。あのバスで起こった事件、講堂で討論会をした時にテロリストに襲われた事件。そして、【ギルティシャット】での事件。

 

ずっと戦っている。

 

 

「だから今度は私たちが守る。もう傷つく姿は見たくないわ」

 

 

「……………」

 

 

その言葉に優子は何も言えなくなった。

 

強い。

 

真由美の魔法の力のことではない。心のことだ。

 

その強い意志、大樹の助けになりたいことがこちらまで伝わる。

 

 

「……分かりました。ここにいます」

 

 

優子はそう言って、水の壁をまた見る。

 

優子の言葉を聞いた4人はすぐに走り出し、それぞれの仕事をし始めた。

 

一人残った優子は水の壁を見続ける。それだけしかやることがなかった。

 

 

「楢原君……お願いだからッ……!」

 

 

ただ無事を祈ることしか。

 

 

_______________________

 

 

 

ガガガガガッ!!

 

 

銃声が何度も鳴り響く。銃声が鳴るたびに悲鳴も聞こえてくる。

 

 

「クソッ!!」

 

 

会場の東側エリアはすでに戦場と化していた。その指揮を取る司は苛立ち、近くにあった木箱を蹴り飛ばす。やつあたりだった。

 

司たちは会場の手前に築いたバリケードの後ろに隠れていた。バリケードは会場内や周辺にあったモノで代用している。防御力も低く、所々穴が空いていてバリケードと呼ぶにはあまりふさわしくなかった。だが、無いよりはあるほうがいい。

 

敵の数は100人弱。こちらは20人いたが、現在戦えるのは10人だけだ。残りの半分は10人は怪我をして、会場に避難させていた。

 

司の部下は政府から許された第一高校を襲った元同志たち。銃撃戦ではこちらが有利かと思われたが、数が圧倒的に多すぎて劣勢だ。

 

 

(今敵は僕達の様子を伺っているおかげで撃ってこない。しかし……!)

 

 

もうすぐ銃撃が再開される。その間に対策を捻らないといけない。

 

時間だけがただ過ぎて行く。時間が経つたびに額から出る汗の量が増え、足が震える。

 

 

「司さん!敵がッ……!」

 

 

仲間の声。その言葉に息を飲んだ。銃撃戦がまた始まると。

 

 

「撤退し始めます!」

 

 

「何だと!?」

 

 

司はバリケードから顔を出して、敵を見る。

 

敵は銃をこちらに向けながら後ろへと後退し始めている。

 

 

「一体何が……?」

 

 

「出番!来たぁッ!」

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

突然の大声に全員が驚く。

 

後退していく敵の中から、一人だけこちらに向かって前進してくる人がいた。

 

髪は真っ白。長くボサボサしており、全く健康そうに見えない少女だった。

 

服は黒いコートを着ており、その髪の白さが余計に目立つ。少女はフラフラと手を広げながら近づいてきている。

 

年齢は15歳ぐらいだろうか?かなり幼い。

 

 

「誰だ誰だ?私の餌食になるのは?誰だ誰だ?お前らの指揮官は?」

 

 

歩き方とその喋り方でさらに不気味さが増す。

 

 

「どこだどこだ?お前らの指揮官は?」

 

 

「……………」

 

 

「つ、司さん!?」

 

 

司は立ち上がり、姿を現した。

 

 

「僕が指揮官だ」

 

 

司は賭けに出た。ポケットに左手を突っ込み、CADを操作する。

 

大事なのはタイミング。

 

 

「何の用だ?」

 

 

「お前が私に質問をするな」

 

 

「ひッ!?」

 

 

少女の雰囲気がガラリッと変わった。

 

低い声で司を睨み、殺意を込めて言われた。その声に圧倒され、思わず悲鳴を上げた。司の喉が一気に干上がる。

 

 

「どんなどんな?」

 

 

そして、さっきと同じように不気味な喋り方をする。

 

 

「死に方は?」

 

 

「ッ!?」

 

 

少女の言葉を聞いた瞬間。司は急いでその場から逃げ出したかった。

 

きっと少女は殺すことに躊躇いなどはしない。きっと笑いながら人を殺すだろう。

 

その恐怖が司の体を金縛りにあったかのように硬直させる。だが、

 

 

「お、面白い事を言うな貴様。お前が死ぬのに」

 

 

「……私が私が?」

 

 

そして、少女の目つきが変わった。

 

 

「殺す」

 

 

殺意が籠った目つきで睨まれた。

 

 

フォン!!

 

 

少女の足元に魔方陣が出現する。司はハッとなり、急いで動かなくなった指を無理矢理動かす。

 

 

「『そこを動くな!』」

 

 

大声で命令した。

 

司は【邪眼(イビル・アイ)】が発動した。相手の目をしっかりと見ていた。成功のはずだ。

 

 

フラッ……

 

 

司の視界が揺れた。

 

 

ドゴッ!!

 

 

その直後、少女の重い蹴りが司の腹に叩きこまれた。

 

 

「がはッ……」

 

 

体の中にあった酸素が一気に吐き出される。

 

そのまま勢いよく後ろへと吹っ飛び、転がった。

 

 

(な、何故だ!?)

 

 

司は混乱する。確かに魔法は発動し、催眠術が掛かったはずだった。

 

 

「ヒャハハ……楽しい。何故だ何故だ?」

 

 

少女は不敵に笑い告げる。

 

 

「魔法が効かないから?」

 

 

「なッ……!?」

 

 

少女はコートの袖から腕が見えるように手を出した。

 

 

その手や腕にはいくつもの黒い物体が刺さっていた。

 

 

そして、その黒い物体が『アンティナイト』と気付くまで時間が掛かった。

 

 

(あの女、本当に体を壊していたのか!)

 

 

司は少女の髪が白い理由、不健康そうな体をしていたことを理解した。

 

『アンティナイト』を使われた者は魔法が発動できず、魔法を無力化することができる。

 

しかし、『アンティナイト』を使われた者にはもう一つの現象が襲い掛かる。

 

 

それは頭が割れるような痛みが襲い掛かることだ。

 

 

しかし強い魔法師だとその痛みは全くない。平衡感覚が少し劣り、吐き気がするだけだ。

 

では、その『アンティナイト』を直接魔法師の体に埋め込み、発動させたらどうなるか。

 

魔法が発動できなくなるのはもちろん、頭が割れるように痛みが襲い掛かって来るだろう。

 

 

常人では耐えられない、死にたくなってしまう程の痛みが。

 

 

司はその違法実験が極秘で行われたことを知っている。人の体に『アンティナイト』を埋め込むだけで人を服従できるのか。

 

結果は最悪。被験者は人としての理性を失い、何もかも失った。そして大勢の死者を出した。

 

 

(その生き残りが目の前にいるのか……!)

 

 

成功者はいない。ただ生き残った者は力を手に入れた。

 

自在にキャストジャミングを出すことができ、魔法が一切通用しない改造人間。いや、ゾンビと言ってもおかしくはない。恐らく彼女は既に痛覚を失っている可能性がある。

 

 

(……待て、策はある)

 

 

話は通じていた。上手く誘導して相手にキャストジャミングを使わせろ。その瞬間、チャンスはある。

 

痛みが腹部に襲い掛かるが、足に力を入れて立ち上がる。

 

 

「はぁ……はぁ……!」

 

 

呼吸が荒くなり、意識が吹っ飛びそうになるが、必死に堪えていた。嗚咽を堪え、吐瀉物は出さないようにする。

 

ここで倒れたら仲間がやられる。それだけは避けたかった。

 

 

(話し方に気を付けろ……)

 

 

質問するのは禁句。ならば、

 

 

「僕の名前は司(はじめ)

 

 

少女の動きが一瞬だけ止まる。

 

 

「目的はここを誰も通さないこと」

 

 

「……何で何で?通さない?」

 

 

「そっちの目的と同じだから」

 

 

「どこがどこが?時間稼ぎが?」

 

 

100人のテロリストを下げた理由が分かった。時間を稼ぎ、何かをする気なのか。

 

 

(よし、もう一度……!)

 

 

司は再び【邪眼(イビル・アイ)】を発動させようとする。

 

 

「何故だ何故だ?無駄なのが?」

 

 

「ッ!?」

 

 

少女は『アンティナイト』にサイオンを送り、キャストジャミングを送り、司の魔法を阻害した。

 

司の視界が揺れ、吐き気が襲う。きっと少女はそれ以上の痛みや吐き気が負担しているだろうに、顔色一つ変えない。

 

 

「全員、撃てぇッ!!」

 

 

「「「「「ッ!」」」」」

 

 

司の大声に仲間が一斉に銃を構える。銃口の先には少女。

 

 

ガガガガガッ!!

 

 

そして、一斉に銃弾が少女へと飛んで行った。

 

 

「ヒヒ、どこだどこだ?当たらないのは?」

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

少女は走り出し、銃弾を身軽に華麗に避けていた。一発も当たらないことに驚愕する。

 

少女と司の距離がドンドンと縮まる。だが、司は逃げなかった。

 

何故なら、司の読んだ通りのシナリオだからだ。

 

 

「キャハッ」

 

 

ついに司との距離が3メートルとなった。

 

 

「司さんッ!逃げてください!」

 

 

「……………」

 

 

仲間が大声で逃げるように言うが、司は動かない。

 

少女が拳を作り、司に殴りかかる。

 

その拳に魔法を纏わせて。

 

 

ドゴッ!!

 

 

「がッ!?」

 

 

司の右腹部に痛みが走る。服が破れ、血が流れ出す。

 

 

「いつだいつだ!?お前が死ぬのは!?私が死ぬのは!?」

 

 

「……分かる、ことは……一つだけだ……!」

 

 

司は口元に笑みを浮かべた。

 

 

「僕は魔法師……を倒す、ことなら……誰よりも一流だ……!」

 

 

そして、司は少女の腕を左手で掴んだ。

 

 

「お前なんかに……負けたり、しないッ!」

 

 

ゴオオオオオォォォ!!!

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

その時、大きな爆発音が轟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、司と少女のいた地面が崩れ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

その光景に、敵も味方も驚いた。少女も何が起こっているか理解できていない。

 

 

(とっておきの切り札!お前一人のために使ってやる!)

 

 

司が最後に取っておいたのは地面を爆発させ、敵を落とす作戦だ。本来なら携帯端末を操作して爆破させるつもりだったが、使えなくなったので焦っていた。しかし、一応タイマーをセットしておいたため、タイミングを合わせるのが厳しかったが、成功した。仲間はこのタイミングでこの作戦を使ったことに驚いていたのだ。

 

 

「あ、あ、あぁぁぁあああッ!!」

 

 

少女は突然のことにパニックを起こす。急いで魔法を発動して逃げようとするが、

 

 

「終わりだッ!!」

 

 

司は少女の体に埋め込まれた『アンティナイト』にサイオンを送り込んだ。

 

キャストジャミングを強制的に発動し、少女の魔法が消える。

 

司は見抜いていた。キャストジャミングを使えば自分たちは魔法を使えない。

 

しかし、それは少女も同じことだと。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

ついに地面に大穴が開く。司は少女の腕を放し、後ろに飛んで下がる。

 

司の位置はギリギリ穴が開く場所の範囲外。落ちるのは少女だけだった。

 

 

「何で何で!?」

 

 

少女が最後に叫ぶ。

 

司は思う。さっきの行動は最低だと。

 

彼女が被験者だった頃、司と同じようにサイオンを送られ、無理矢理キャストジャミングを発動させ、痛みで服従されたに違いない。

 

可哀想だと思う。同情してしまう。

 

だが、助けることはできない。

 

彼女を殺さないと自分たちがやられる。

 

 

 

『例え誰だろう俺は救う』

 

 

 

……僕には関係無い。お前のようになれない。

 

頭の中で、アイツの声がまたよぎる。

 

 

『そいつが苦しんでいたら助けてやる。見捨てたりはしない』

 

 

悪人は見捨てるだろ!?お前は殺されそうになった時、そいつを許せるのか!?

 

 

『そいつが変わるなら……救って変われるのなら助けてやる』

 

 

大樹の言葉が頭に響き渡った。

 

 

 

 

 

『だから……俺は、はじっちゃんを助けるんだ』

 

 

 

 

 

「ッ……………!」

 

 

【ギルティシャット】での口論した時を思い出した。司は歯を強く食い縛る。

 

 

「何で何で何で何で何で!?何でぇッ!?」

 

 

少女は必死に魔法を発動しようとする。

 

もう少女の体は落下し、奈落の底に叩きつけられる。

 

 

 

 

 

「もうこんな世界、嫌だぁッ!!」

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

『僕が恐れる世界なんて殺してやる』

 

 

 

 

 

気が付けば、司の身体は宙に浮いていた。いや、落下していた。

 

 

 

 

 

「司さんッ!?」

 

 

仲間の声が聞こえるが、司は少女に向かって左手を伸ばす。

 

 

(お前のお人好しが移っていたようだ……)

 

 

司の左手が少女の右腕を捉える。

 

 

「ッ!?」

 

 

少女が驚いた顔で司の顔を見ていた。司は無視して、少女の体を引き寄せた。

 

 

「ッ!」

 

 

司の表情が強張る。落下の恐怖に耐えるために抱きしめる力が強くなった。

 

 

司と少女は、奈落の底へと落ちて行った。

 

 

_______________________

 

 

 

黒ウサギは会場内で既に交戦していた。

 

敵はやはり既に侵入しており、会場内で拳銃を持ってうろついていた。

 

 

バチバチッ!!

 

 

「ぐあッ!?」

 

 

黒ウサギのギフトカードから電撃が射出され、敵に当たる。敵は白目を剥いて気絶する。

 

 

(大樹さん……!)

 

 

黒ウサギは焦っていた。一刻の猶予がないことに。早く戻らなければっとずっと考えていた。

 

 

ダンッ!!

 

 

黒ウサギは足に力を入れて、テロリストの距離を一瞬で縮める。

 

 

ドゴッ!!

 

 

そして、回し蹴りでテロリストの横腹を蹴り、吹っ飛ばす。

 

テロリストは壁に叩きつけられ、その衝撃で気を失う。

 

 

(終わりました!)

 

 

急いで黒ウサギは会場に戻ろうとするが、

 

 

「ッ!」

 

 

その足は止まった。

 

 

「そこにいるのは分かっています!誰ですか!」

 

 

「チッ、うるせぇ女だ」

 

 

通路の奥から歩み寄って来る一人の男。その姿を見た瞬間、黒ウサギは息を飲んだ。

 

 

柴智錬(しちれん)……!」

 

 

「あの時は世話になったな、クソアマ」

 

 

柴智錬はテロリストと同じ黒い防弾チョッキに黒い服を着ていた。

 

【ギルティシャット】で大樹達を違法で牢獄に閉じ込めた首謀者。魔法を作るために人体実験をやった悪魔。忘れるわけがなかった。

 

 

「あら、あの時の坊やと一緒に居た女の子じゃない」

 

 

「ッ!」

 

 

後ろにもう一人いた。声を聞いてすぐに分かった。

 

 

不龍(ふりゅう)三姉弟の……!」

 

 

「下の名前はカトラよ」

 

 

不龍三姉弟の姉。カトラが姿を現す。姿をくらませた時と同じ服装、赤いドレスのような服を着ていた。

 

 

「この前の借りは返さないとな……」

 

 

「私は弟たちを助けてくれたから見逃してもいいと思うけれど?」

 

 

「甘えるな。俺は殺すぞ」

 

 

柴智錬は拳銃型の特化型CADを取り出す。銃口は黒ウサギに向けられる。

 

カトラは溜め息を吐き、腕輪型のCADをつけた右腕を黒ウサギに向けた。

 

 

「……黒ウサギには時間がありません」

 

 

黒ウサギが握っている白黒のギフトカードが光る。

 

 

「すぐに終わらせます」

 

 

そして、手には【インドラの槍】が握られていた。

 

槍は電撃を纏い、周囲の壁を抉り取る。

 

黒ウサギの髪の色は緋色に変わっている。本気の一撃を放つ一歩手前だ。

 

 

「穿て!【インドラの槍】ッ!!」

 

 

その時、柴智錬が口元に笑みを浮かべた。

 

 

フォン!!

 

 

黒ウサギが【インドラの槍】を放つ前に柴智錬は地面の向かって魔法を放った。

 

 

バキバキッ!!

 

 

床のタイルがめくれ、柴智錬の前に盾として前に現れる。

 

 

(そんなモノでは【インドラの槍】は防げません!)

 

 

黒ウサギの手から【インドラの槍】が放たれた。

 

 

バチバチッ!!

 

 

第三宇宙速度で放たれた最強の一矢。勝利を約束された一撃。

 

柴智錬の操るタイルに向かって飛んで行った。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

タイルに当たった瞬間、【インドラの槍】から巨大な雷が溢れ出し、大爆発を引き起こした。

 

建物の中だろうと関係なかった。今の黒ウサギはそんなことを考えていられる余裕はなかった。

 

 

「チッ、何の真似だ」

 

 

「それだけじゃ足りないでしょ。感謝したらどうかしら?」

 

 

黒ウサギの体が固まる。聞こえてはいけないモノを聞いてしまったせいで。

 

あの二人。柴智錬とカトラの会話が聞こえた。そして、目の前に広がる光景に黒ウサギは目を疑った。

 

 

【インドラの槍】を放った場所には何十枚もタイルを重ねて作り上げた壁が出来ていたのだ。

 

 

柴智錬は一枚しかしていなかったが、カトラが加勢してタイルの数を増やしたのだ。

 

 

「硬化魔法……!」

 

 

黒ウサギは苦虫を噛み潰したような表情で呟いた。

 

どんなに強い衝撃。硬化魔法が掛かったタイルの壁は【インドラの槍】を受け止めれる程、強固だった。

 

 

「ッ!」

 

 

黒ウサギは急いで落ちている【インドラの槍】を回収しようとするが、

 

 

フォン!!

 

 

「なッ!?」

 

 

その時、黒ウサギの足元にいくつもの魔法陣が出現した。

 

相手は黒ウサギのことが見えていないはずなのに、黒ウサギの居場所の座標を正確に当てたのだ。そのことに黒ウサギは驚きを隠せない。

 

 

ダンッ!!

 

 

黒ウサギは跳躍して、後ろに大きく下がる。

 

 

ドゴッ!!

 

 

黒ウサギのいた場所のタイルの床が引き剥がされ、黒ウサギが逃げた方向に向かって飛んで行った。

 

 

(読まれている!?)

 

 

空中で身を翻し、飛んで来るタイルを避けるが、

 

 

バシュッ

 

 

「ッ……!」

 

 

一枚のタイルだけ、黒ウサギの左腕に掠り、傷をつけた。傷口から赤い液体が少しずつ流れ始める。

 

黒ウサギは敵の追撃を避けるために、右手の人差し指にはめた『アンティナイト』の指輪にサイオンを送った。

 

 

ガララッ

 

 

魔法を無力化されたため、魔法で作り上げたタイルの壁が崩れ去る。柴智錬とカトラの姿が見えるようになる。

 

 

「チッ、また厄介なモノを……!」

 

 

「あなたさっきから舌打ちしかしていないわよ。そんなに苛立っているとモテないわよ?」

 

 

「うるせぇぞクソ女。もう喋るな」

 

 

彼らは無駄口を叩きあっていた。同時に、それほどの余裕があることを物語っている。

 

 

「……どうしてここを襲うんですか?」

 

 

黒ウサギは怒りながら二人に問いただした。

 

 

「九校戦の中止。それが目的よ」

 

 

カトラが簡潔にその質問を答えた。

 

 

「【無 頭 龍(NO HEAD DRAGON)】に命令されたのよ。新人戦のモノリス・コードで第一高校が優勝した時点でこの戦いは避けられないの」

 

 

「そ、そんなことで……?」

 

 

黒ウサギの体が震える。怒りで震えていた。

 

九校戦で大樹の優勝がいけない。レオが……幹比古が……大樹が……三人が頑張って勝ち取ったあの試合を。

 

この二人。敵は否定した。

 

 

「【無 頭 龍(NO HEAD DRAGON)】だけじゃないだろ。俺の部下だっているし、あの()()()()()()()()()()()()()()もいるだろ」

 

 

男の言葉は重要だった。二人のガキは恐らくエレシスとセネス。そして、面白みのない男が何者か。

 

だが、黒ウサギのウサ耳には入らない。

 

 

「……ありえない」

 

 

「あぁ?」

 

 

黒ウサギの震えた小さな言葉。その言葉に柴智錬が苛立ちながら睨んだ。

 

 

「九校戦の邪魔をするためだけに……どれだけの人たちを苦しめるのですか……」

 

 

バチバチッ!!

 

 

その電撃は【インドラの槍】から溢れたモノではない。黒ウサギの持っているギフトカードから溢れ出ていた。

 

 

「ありえないですよ……黒ウサギをここまで怒らせるなんてッ!」

 

 

黒ウサギはギフトカードから新たな武器を取り出す。

 

取り出したのは【疑似神格・金剛杵(ヴァジュラ・レプリカ)】。黒ウサギの持っている恩恵ギフトの一つ【叙事詩・マハーバーラタの紙片】から取り出した武器だ。

 

護法十二天の武具。『叙事詩・ラーマーヤナ』と並ぶ二大インド叙事詩として10万の詩節からなる数々の伝承・神話を束ねた大長編叙事詩であり、インドラに縁のある武具を召喚できる。【インドラの槍】もこの恩恵から出しているのだ。

 

形状は中央に柄があり、その上下に槍状の刃がフォークのように三本に分かれた武器。大きさは短剣のように小さい。

 

 

「今の黒ウサギは手加減ができません」

 

 

疑似神格・金剛杵(ヴァジュラ・レプリカ)】に反応した【インドラの槍】が黒ウサギの手元に飛んで戻って来る。

 

左手に【疑似神格・金剛杵(ヴァジュラ・レプリカ)】、右手に【インドラの槍】。

 

 

「命が惜しければ、早急に立ち去ることをオススメします」

 

 

今までの電撃と比べものにはならない雷が、会場全体に轟いた。

 



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九校戦 Fifth Stage

今回は内容が薄くなってしまいました。すいません。


ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

耳の鼓膜を破ってしまいそうな轟音が会場内に響き渡る。まるで雷がその場に落ちたかのような音……いや、実際に落ちていた。

 

 

「おい、ヤバいぞあれは……」

 

 

「えぇ……流石に正面からぶつかれないわね……」

 

 

電撃を纏った槍と金剛杵(こんごうしょ)を持った黒ウサギに柴智錬(しちれん)とカトラは嫌な顔をした。

 

 

「でも、私たちの目的は分かっているでしょ?時間まで粘りましょう」

 

 

「ハッ、俺は殺すつもりで行くぞ」

 

 

助言してくれたカトラの言葉を柴智錬は鼻で笑い飛ばした。

 

溜め息を吐きながらカトラは自分の右腕に付いてある腕輪型CADを黒ウサギに向ける。

 

柴智錬は右手に特化型の拳銃型CADを握っており、左手には散弾銃が握られていた。散弾銃には実弾が入っている。こちらは殺意が籠った瞳で睨んできている。

 

 

「……立ち去らないのですね」

 

 

黒ウサギが最後の確認を取る。二人は構えることで返事を返す。

 

 

「……分かりました。では」

 

 

黒ウサギは告げる。

 

 

「格の違いをお見せします」

 

 

その瞬間、黒ウサギの姿が消えた。

 

 

「「ッ!?」」

 

 

その光景に驚き、急いで黒ウサギの姿を探そうとする。

 

だが、

 

 

「後ろです」

 

 

黒ウサギの一言。たった一言だけで、二人は恐怖のドン底に落とされた。

 

後ろを振り向くことはできない。振り向いたらやられる。脳が危険信号を出していた。

 

 

「黒ウサギはまだ切り札を隠し持っています」

 

 

二人は黙って黒ウサギの話を聞く。

 

 

「それでもあなたがたは、この黒ウサギに刃を向けますか?」

 

 

その低い声音に汗が一気に噴き出した。喉も干上がり、唾が上手く呑み込めない。

 

 

(この女、こんなに強かったのか……!?)

 

 

柴智錬は【ギルティシャット】での出来事を思い出す。あの時はキックされただけで、力はあまり無いと思っていた。

 

しかし、それは違った。

 

あの時の黒ウサギは手加減していた。それは今の状況を見れば明らか。

 

 

「……………くっくっく」

 

 

柴智錬が静かに笑いだした。

 

 

「……何がおかしいのです?」

 

 

「くくっ……馬鹿だよお前は」

 

 

カタンッ

 

 

柴智錬は振り返り、散弾銃を黒ウサギに向けた。

 

 

「殺せるもんなら殺してみろって話だッ!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

柴智錬は引き金を引いた。重い銃声が腹の底まで響く。

 

片手でも使える散弾銃。反動を最小限に改造してあり、柴智錬の運動神経の良さ。その二つのおかげで彼の腕は反動に耐えれた。

 

 

バチンッ!!

 

 

しかし、黒ウサギに向かって飛んで散った100発以上の散弾は【インドラの槍】と【疑似神格・金剛杵(ヴァジュラ・レプリカ)】から出た雷に弾かれる。

 

黒ウサギは【インドラの槍】を上から下へ振り下ろす。

 

 

バチバチッ!!

 

 

その瞬間、柴智錬の頭上から雷が降り注ぎ、直撃した。

 

雷の電圧は最低で200万ボルト、最高は10億ボルトに達する。

 

柴智錬が直撃した雷は手加減をして5000万ボルト。人間が耐えれる電圧の領域を遥かに超えていた。

 

黒ウサギの圧倒的勝利かと思われた。

 

 

 

 

 

「クッハッハッハッ!!」

 

 

 

 

 

 

その高笑いを聞くまでは。

 

黒ウサギの顔は真っ青になった。

 

 

「おい女!【避雷針(ひらいしん)】を使え!それで女の電撃は防げるはずだ!」

 

 

【避雷針】

 

対象の電気抵抗を改変させる魔法。他にも電気を逃がしたり、その逃がした電気を放つことも可能としている。

 

 

「ま、魔法!?」

 

 

柴智錬の言葉に黒ウサギは驚きを隠せなかった。

 

黒ウサギは『アンティナイト』の指輪に常時サイオンを送り続けていた。つまり魔法を発動することはできないはずだった。

 

 

「そんなモノ、持っていないわよ」

 

 

「今は気分がいい。一本くれてやる」

 

 

柴智錬の手には細長い針。先端に小さな丸い物体が取りつけてある。恐らくその丸い物体が電気を何らかの形で無効化しているに違いない。柴智錬はそれをカトラに投げ渡した。

 

 

「な、何故魔法が使えるのですか!?」

 

 

「その顔だ。その顔が見たかった」

 

 

柴智錬は不気味な笑みを浮かべて笑っていた。

 

 

「これでも俺は天才だ。魔法を作るのも改造するのも」

 

 

十師族の魔法をコピーすることができる時点で大体の予想はできていた。

 

 

「前回の反省を踏まえただけ。そう、天才は反省したんだよ。忌まわしき『アンティナイト』があったせいで敗北したことに」

 

 

黒ウサギはここまで言われて、理解してしまった。

 

 

 

 

 

「今の俺は、『アンティナイト』にキャストジャミングされても、魔法を使うことが可能なんだよ」

 

 

 

 

 

「そ、そんな……!?」

 

 

「最高傑作だッ!!このCADが!この魔法理論が!この力があれば軍だろうが怖くねぇ!!」

 

 

柴智錬は大きな声で高笑いをした。黒ウサギは戦慄し、思わず一歩後ろに下がる。

 

 

「まだまだ作品はあるぜ!?【無 頭 龍(NO HEAD DRAGON)】に数え切れない程の実験材料を提供してもらったんだ!今頃、俺の殺戮ピエロ(マッサカァ・クラウン)が血の雨を降らせているはずだ!」

 

 

「殺戮……ピエロ……!?」

 

 

「『アンティナイト』を体に埋め込んで強制的に服従させた化け物だ!俺の奴隷はその生き残り。女のガキって部分は気に食わねぇが、かなり使える(こま)だ。そのくらいは大目に見てやろう」

 

 

そう言って柴智錬はまた笑い始める。

 

恐ろしい笑みを浮かべた柴智錬を見た黒ウサギは開いていた口を閉じる。

 

今の黒ウサギは怒っているのか?……違う。

 

今の黒ウサギは怖がっているのか?………違う。

 

今の黒ウサギは悲しんでいるのか?……………違う。

 

 

「……何だその目は?」

 

 

黒ウサギの顔を見た柴智錬は苛立ちながら聞く。

 

今の黒ウサギは、

 

 

「あなたは、可哀想な人です」

 

 

哀れんでいた。

 

 

「何だと……!?」

 

 

「あなたには大切な人がいなかったのですか?人を傷つけて、心が痛まなかったのですか?」

 

 

「ハハッ、そんなモノ微塵も感じないな」

 

 

「いいえ、嘘です」

 

 

「何?」

 

 

黒ウサギは首を横に振って、柴智錬の言葉を否定した。柴智錬が怪訝な顔をする。

 

 

「最初はあったはずです。こんなことをして、心を痛まれたはずです」

 

 

「……同情か?同情してんのか?」

 

 

柴智錬は鬼の形相で静かに言う。

 

 

「黙れよ、クソ女」

 

 

「……………」

 

 

「いいか、覚えておけ。この世は力が全てだ。どんなに学力が良くても、魔法が使えても、力が無いモノは上に逆らえない。従うしかないんだ」

 

 

上というのは七草家のことを言っていると黒ウサギはすぐに判断できた。

 

 

「俺はずっと頭を下げ続けるのは御免だ。せっかくこの世に生まれたんだ!頂点を目指さなきゃ意味が無いんだよ!」

 

 

「それが、悪名でも構わないんですか?」

 

 

「ああ、最高だな。ったく、俺は一体……」

 

 

柴智錬は目を細めて小さく呟いた。

 

 

「どこで間違えたんだ……?」

 

 

柴智錬の小さな声に黒ウサギは悲しげな表情をするしかなかった。

 

その答えは誰が答えてくれるのだろうか?誰が探してくれるだろうか?

 

 

「罪を、償う気は……?」

 

 

「ねぇよ。もう間違えてしまったモノは仕方がない。だから俺は」

 

 

柴智錬は散弾銃を黒ウサギに向ける。

 

 

「この間違った道を、正しいと思わなきゃならねぇんだよッ!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

再度、散弾銃の引き金が引かれ、重い音が響く。

 

 

バチバチッ!!

 

 

黒ウサギの持った【インドラの槍】と【疑似神格・金剛杵(ヴァジュラ・レプリカ)】の雷が再び暴れ出し、銃弾を弾き飛ばす。

 

 

「おいカトラ!お前も攻撃しろ!」

 

 

「初めて名前を呼んだわね」

 

 

カトラは黒ウサギに向かって走り出す。

 

 

バチバチッ!!

 

 

黒ウサギは電撃の壁を作り出し、カトラの進行を妨害する。

 

 

「いいわ、少しだけ手を貸してあげる」

 

 

バチンッ!!

 

 

その瞬間、電撃の壁が散布した。

 

 

「なッ!?」

 

 

黒ウサギは驚愕する。

 

急いで状況を理解しようと、辺りを目まぐるしく見回す。

 

 

そして、カトラも『アンティナイト』のキャストジャミングが効かないことに気付いた時には遅かった。

 

 

カトラは柴智錬から貰った針を電撃の壁に向かって投げ、【避雷針】を発動した。

 

よく考えれば分かることだった。柴智錬はカトラと協力しているのだから、柴智錬と同じ、キャストジャミングされないCADと魔法を使うはずだということ。

 

 

「終わりだクソッタレッ!!」

 

 

柴智錬の魔法が発動し、黒ウサギの体に魔法陣が出現した。

 

黒ウサギは息を飲んだ。この魔法は、大樹の命を奪おうとした魔法。【爆裂(ばくれつ)】だと予想できたからだ。

 

 

(ダメです……黒ウサギは大樹さんを助けに行くまでは……!)

 

 

死んではいけない。

 

だが、この魔法は最悪なことに、一度食らえば助からない魔法だと黒ウサギは覚えている。

 

対象内部の液体を瞬時に気化させる魔法で、生物ならば体液が気化して爆発。つまり当たれば即死だ。

 

死。その恐怖の一文字が頭で何度も過ぎった。

 

最強の力を持った大樹なら耐えられただろう。しかし、黒ウサギにそんな力は無い。

 

時間があるならば黒ウサギは泣いていただろう。時間があるならば黒ウサギは後悔していただろう。

 

時間があるならば……大樹を助けに行っただろう。

 

無情にも、その時間は無い。

 

 

フォン!!

 

 

柴智錬の劣化魔法【爆裂】が発動した。

 

 

 

 

 

「……ば、馬鹿なッ!?領域干渉だと!?」

 

 

 

 

 

「……え?」

 

 

黒ウサギは恐る恐る目を開いた。

 

目の前には驚いた顔をした柴智錬。カトラも同じように驚愕していた。

 

 

魔法は不発で終わっていた。

 

 

黒ウサギは柴智錬の言っていた言葉を思い出す。

 

領域干渉。

 

一定の空間を事象改変内容を定義せず、干渉力のみを持たせた魔法式で覆うことにより、他者からの魔法による事象改変を防止する対抗魔法。

 

つまり、魔法を無効化させる魔法だ。

 

しかし、これを行えるのは高い干渉力が必要であるため、魔法力が強い魔法師しか使えない。さらに魔法師としても優秀な柴智錬の魔法を領域干渉で阻害するには十師族クラス。もしくはそれ以上の強い魔法師でないと不可能だ。

 

 

「久しぶりですね、和也(かずなり)さん」

 

 

「「「ッ!」」」

 

 

黒ウサギの後ろから声が聞こえた。その声は誰なのか黒ウサギは知っている。

 

第一高校の生徒会長であり、十師族の七草家の英才。

 

 

「真由美さん……!」

 

 

七草 真由美が凛とした表情で立っていた。

 

黒ウサギの声に真由美は唇をほころばせる。

 

 

「遅くなってごめんなさい。あとは任せて」

 

 

真由美はそう言ってすぐに真剣な表情に戻る。

 

腕輪型CADを柴智錬に向けながら黒ウサギの前に出る。領域干渉は今も発動し続けている。

 

カトラも同じように魔法が発動できず、額に汗を流していた。

 

 

「ははッ……久しぶりに名前を呼ばれたぞ」

 

 

柴智錬の乾いた笑いが黒ウサギと真由美に嫌な予感を伝える。

 

 

「七草あああああァァァ!!」

 

 

怒り狂った柴智錬は叫び声と共に走り出す。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

走りながら散弾銃の銃口を真由美に向け、引き金を引いた。100発以上もの弾丸が真由美に向かって亜音速で飛んで行く。

 

 

「真由美さんッ!?」

 

 

黒ウサギが急いで電撃を銃弾にぶつけようとするが、反応が遅れたせいで僅かに間に合わない。

 

 

「残念ね」

 

 

真由美はたった一言だけ告げ、魔法を発動した。

 

 

フォン!!

 

 

その瞬間、柴智錬が射撃したすべての弾丸が、柴智錬に向かって跳ね返って行った。

 

発動した魔法は【ダブル・バウンド】。

 

加速系の系統魔法で対象の移動物体の加速を二倍にし、ベクトルの方向を逆転させる魔法。

 

つまり、倍のスピード。倍の威力で柴智錬の体に散弾銃の弾が返って来た。

 

 

ドゴッ!!

 

 

「がぁッ……!?」

 

 

重い衝撃が襲い掛かり、柴智錬の体は後ろに吹っ跳んだ。

 

地面に倒れ、うめき声を上げる。

 

 

「あがッ……い、痛ぇ……超痛ぇぞ……?」

 

 

弾丸は防弾チョッキを簡単に貫通していた。衣服にはべっとりと赤い液体が染み込んでおり、地面に赤い水溜りができていた。

 

手加減は無し。容赦は一切無かった。

 

 

「これは大樹君を傷つけた仕返しよ。そして」

 

 

真由美は移動魔法【ランチャー】をカトラに向かって発動する。

 

 

「くッ!?」

 

 

カトラは急いでその場から離れようと走り出すが、

 

 

バチンッ!!

 

 

「ッ!?」

 

 

黒ウサギはカトラの足に向かって微量の電気を飛ばし、転ばせた。

 

 

ドンッ!!

 

 

移動魔法が発動し、カトラの体は勢いよく吹っ飛んだ。後方にあった壁に思いっきり叩きつけられ、体内の空気が一気に吐き出される。

 

衝撃の強さにカトラは気を失い、壁にもたれかかって動かなくなった。

 

 

「大樹君に無実の罪を着せたこと。その仕返しよ」

 

 

________________________

 

 

「真由美さん!」

 

 

黒ウサギは真由美に駆け寄り、怪我をしていないか確かめる。

 

 

「大丈夫でしたか!?怪我はしていないですか!?」

 

 

「心配し過ぎよ、黒ウサギさん。むしろあなたが怪我をしていないか……ッ!」

 

 

真由美の言葉は途切れる。黒ウサギが左腕を怪我していることに気付いて。

 

 

「だ、大丈夫ですよ!」

 

 

黒ウサギは白黒のギフトカードを取り出し、優しい光が溢れ出した。

 

優しい光は傷口に降り注ぎ、傷口がみるみると塞がっていく。

 

 

「これは……?」

 

 

「説明は後でします。今は……」

 

 

黒ウサギは視線を柴智錬の方に向ける。

 

柴智錬はもぞもぞと動き、手から離れた散弾銃を必死に掴もうとしている。

 

 

「治療しましょう」

 

 

「……必要ないわ」

 

 

「あります。ここで真由美さんを人殺しにしたくありません」

 

 

「でも……」

 

 

「大樹さんも、そんなことは望んでいません」

 

 

大樹の名前を聞いた瞬間、真由美は黙り込んでしまった。

 

黒ウサギはギフトカードを柴智錬の体に近づける。優しい光が再度溢れ出し、治療を始める。

 

 

「何の、真似だ……」

 

 

「勘違いしないでください。真由美さんを人殺しにしないためです」

 

 

「ハッ、このまま死ん、だ……方がマシだ……」

 

 

柴智錬の傷が次々と塞がって行く。出血量も少なくなっている。

 

 

「七草ぁ……俺を殺、せぇ……」

 

 

「……どうしてそこまで私が憎いの?」

 

 

「憎い、か……」

 

 

柴智錬は血の付いた唇を吊りあげて笑みを浮かべる。

 

 

「最初……俺は、お前の下につくは……構わなかった……」

 

 

「ならどうして……?」

 

 

「周りが俺を、下に見たからだ……」

 

 

柴智錬はゆっくりと話し出す。

 

 

「『お前は七草家の補佐でしかない』……周りから、ずっと……言われ続け……俺を……見下しやがった。それがぁ……お前を暗殺する理由、だ……」

 

 

「そんなの……!」

 

 

「言いたいことは、分かる……」

 

 

柴智錬の言葉に黒ウサギが怒鳴ろうとするが、遮られた。

 

 

「だけどなぁ……一番手っ取り早い、んだよ……俺が見下されなく、なるのは……。それに七草家を、暗殺する理由は……他にある」

 

 

「……十師族選定会議で十師族になること」

 

 

七草の言葉に柴智錬はゆっくり頷く。

 

 

「俺が十師族に、入れば……見下した奴らに、報復できる……」

 

 

「……ごめんなさい」

 

 

真由美は下を向いて目を伏せた。

 

 

「くくッ……殺されそうに、なった奴の言葉が……それかぁ……」

 

 

「こんなことになったのは私たち……いえ、私の責任だわ……」

 

 

「……………ハッ、死ぬ前に……一つ教えてやるよ」

 

 

「あなたを……死なせはしないわ」

 

 

「いや、死ぬ……俺も」

 

 

柴智錬は笑みを浮かべて告げた。

 

 

「お前らも……!」

 

 

その言葉に二人は恐怖を感じた。

 

 

「何故俺たちは……ここに攻めて、こないか……分からないのか?」

 

 

「どういう意味……!?」

 

 

真由美には全く理解できなかった。しかし、黒ウサギは状況を理解できた。

 

 

「……おかしいです……どうしてここに攻めてこないのですか!?」

 

 

「黒ウサギさん、説明してくれない?」

 

 

黒ウサギはウサ耳で把握した情報を真由美に話す。

 

 

「敵の数は圧倒的に多いです。しかし、この建物には指で数えれる程しか侵入していないのです」

 

 

「残りはどこに?」

 

 

「距離を取って遠くで待機しています」

 

 

「くくッ……どうやって……状況を把握したかは分からねぇが……まぁいい」

 

 

柴智錬はズボンのポケットから端末を取り出し、真由美に向かって投げた。

 

 

「時間はもう、ない……逃げても無駄、だッ………!」

 

 

端末に保存されたデータを真由美は慎重に開く。

 

 

「「ッ!?」」

 

 

絶望するしかない情報を見た二人の体に、戦慄が突き抜けた。

 

 

________________________

 

 

会場の外。西側のエリアには戦車や直立戦車が会場に向かって、並んで進行していた。

 

テロリストの数は100を超えている。手にはマシンガンがショットガンを持った者が戦車や直立戦車の後ろに隠れて歩いていた。

 

その中で一際目立つ二人の人物。

 

 

「状況はどうなっている?」

 

 

「予定通り観客たちはパニックになっています。警備隊は南側の制圧に苦戦しているため、こちらまで手が回って来ていません」

 

 

蝶ネクタイのような口髭生やし、顔には大きな傷跡がある男。この男こそ、この西側のテロリスト軍隊のボスである。

 

ボスの質問に隣で控えていた側近が端末のモニターの画面を見ながら伝える。

 

 

「こちらは手薄か……何十人いるか調べろ」

 

 

テロリストのボスは側近に会場の西側を護っている人数を調べさせる。

 

監視役の魔法師、審判をしていた魔法師。それに警備隊の魔法師に観客として見に来た魔法師。戦える者をすべて数えると多くは無いはず。

 

西側の守りについた人数は多くて30人。少なくて15人だろうっと予測は立てれる。

 

 

「……それは本当かッ!?」

 

 

伝達された情報を聞いた側近の顔が驚愕に染まる。

 

 

「どうした?」

 

 

「会場前には一人の男しかいないそうです」

 

 

「……ほう」

 

 

側近の言葉にテロリストのボスは目を細めた。

 

一人で守るとなると、相当の腕利きの魔法師であると推測される。しかし、側近は『男』と言った。『老人』とは言っていない。つまり、

 

 

「『老師』は出て来なかったか……となると『老師』に次ぐ強さを持った魔法師のはずだ。調べろ」

 

 

「そ、それが詳細は分かったのですが……」

 

 

側近の言葉は歯切れ悪かった。

 

 

「第一高校の生徒なんです。しかも二科生です」

 

 

「……何だと?」

 

 

全くの見当違いだった。

 

 

「落ちこぼれが一人……はったりか?」

 

 

「恐らく、その可能性が高いかと」

 

 

テロリストのボスの言葉に側近は頷いた。

 

ボスは手で髭を弄りながらしばらく思考する。そして、

 

 

「戦車と遠距離武器を取りつけた直立戦車で遠くから攻撃を開始しろ。目的は時間稼ぎだ。何の抵抗も無ければ部隊を下げて撤退し始めろ」

 

 

「はッ!」

 

 

テロリストのボスの命令を聞いた側近が短く答え、すぐに他のテロリストへと伝達しに行った。

 

戦車の主砲と直立戦車の腕に取りつけられたガトリングガンが会場に向けられる。後方にはテロリストが銃を持って何か不測な事態に備えている。

 

 

「準備、整いました」

 

 

「よし、撃て」

 

 

ドゴンッ!!

 

ガガガガガッ!!

 

 

テロリストのボスの短い言葉の合図。たったそれだけで戦車の主砲と直立戦車のガトリングガンは火を噴いた。

 

戦車の砲弾重量は約20キログラム。それが毎秒1800メートルもあるスピードで放たれた鉄の塊が建物に当たればどうなるか。

 

直立戦車のガトリングガンは一分間で4000発の弾丸を亜音速で飛ばす機関銃。それを持っている直立戦車の数は10機。つまり一分間に4万発の弾丸が建物に当たり続ければどうなるか。

 

当然、建物は崩壊する。

 

次々と会場に砲弾が当たると炎が燃え盛り、弾丸が当たると土煙を巻き上げた。

 

時間にして一分。一通り撃った後、戦車と直立戦車は動きを止める。

 

炎や土煙が少しずつ消え、会場の様子が見えるようになる。

 

 

「「「「「なッ!?」」」」」

 

 

テロリストたちは目を疑った。

 

破壊しようとした会場は全くの無傷。

 

 

 

 

 

赤い光の壁が砲弾と弾丸を受け止めていた。

 

 

 

 

 

赤い光の壁を境に外側はいくつもクレーターが出来ており、数え切れないほどの弾丸が散らばっていた。破壊できる威力は十分にあったことを教えてくれる。

 

しかし、会場の内側は全くの無傷。弾丸が一つも転がっていなかった。

 

 

「な、何だアレはッ!?」

 

 

その光景を目の当たりにした一人のテロリストが声を上げる。答えれる者は誰もいない。

 

 

「古式魔法の結界かッ!?」

 

 

「わ、分かりません!魔法の類では見たことないモノです!」

 

 

ボスの確認に側近は首を振り、肯定も否定もしなかった。

 

 

 

 

 

次の瞬間、戦車と直立戦車が宙に舞った。

 

 

 

 

 

「は……………?」

 

 

テロリストのボスは目の前の光景に茫然と立ち尽くすしかなかった。

 

まるで風が爆発したかのように舞い上がり、気が付けば宙に浮いていたのだ。人が。戦車が。

 

残ったのはただ一人。ボスだけだ。

 

隣にいた側近も今は空高く舞い上がっている。

 

 

「な、何が……起きた……!?」

 

 

状況が全く理解できない。何が起こったかも1ミリも分からない。

 

 

「お前が親玉っぽい……いや、親玉だな」

 

 

「ッ!?」

 

 

聞きなれない青年の声が後ろから聞こえ、急いで振り向く。

 

第一高校の制服を着ており、頭は坊主。運動が得意そうな青年だった。

 

手には小さな剣。短剣が握られていた。

 

 

「お前には聞きたいことが山ほどある。それ以外は全部飛ばした」

 

 

ドサドサッ!!

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

人が次々と地に落ち、戦車と直立戦車が爆発する。炎が天高く燃え上がる。

 

 

「何を……何をした……!?」

 

 

「何をした、か……」

 

 

青年は簡潔に答える。

 

 

 

 

 

「ただ走り抜けて来ただけ、だ」

 

 

 

 

 

テロリストのボスはまた理解できなかった。

 

果たして、走っただけでこんなことになるだろうか?

 

走っただけで戦車が、直立戦車が、人が吹っ飛ぶだろうか?

 

デタラメな強さを持った男を見て、ただ呆気に取られるしかなかった。

 

 

________________________

 

 

 

(マッハ500でな!って言ったら失神しそうだな……)

 

 

原田は出かかった言葉を飲み込んだ。テロリストの酷い顔を見て。

 

赤い壁の正体。それは原田の【天照大神(アマテラスオオミカミ)の剣】を使った技。

 

 

神壁(しんへき)(くれない)宝城(ほうじょう)

 

 

太陽の力を最大限に引き出し、あらゆる攻撃を通さぬ障壁を作り出す原田の持つ最強の防御技だ。会場を護るのは簡単だった。

 

 

「とにかくお前らの目的を言え。時間が惜しい」

 

 

「……………ッ!?」

 

 

テロリストのボスはしばらく放心状態に陥っていたが、すぐにハッとなった。

 

 

「クソッ!」

 

 

テロリストのボスは急いで銃を懐から取り出し、原田に向けるが、

 

 

「あ?」

 

 

テロリストは驚いて目を白黒させた。

 

持っていた拳銃の銃身が無くなっており、グリップしか残っていなかったからだ。無くなった銃身の切り口は何かに斬られたような痕が見られる。

 

 

「余計な真似はするな」

 

 

原田の低い声にテロリストは恐怖を感じ取ってしまい、背筋がゾッとなった。

 

 

「絶対にお前は俺に勝てない。分かるだろ、この状況を見て」

 

 

二人を囲むように炎が燃え盛り、逃げ道は無い。

 

 

「俺は大樹(アイツ)の方針に従って人殺しはしない。だけど……」

 

 

原田は短剣をテロリストの首に当てる。

 

 

「半殺しはするかもな」

 

 

首から出た一滴の血が下へと流れた。

 

 

「ば、ばば爆弾だッ!爆弾を仕掛けてあるんだッ!」

 

 

恐怖に勝てなかったテロリストのボスは顔を真っ青にし、急いで目的を話した。

 

 

「俺たちは観客を外に出さないことッ!俺たちの目的はそれだけだッ!」

 

 

「どこに爆弾を仕掛けた?」

 

 

「観客席だッ!観客席に仕掛けてあがッ!?」

 

 

テロリストの言葉が途切れた。

 

原田がテロリストの胸ぐらを掴んで上にあげたからだ。

 

 

「嘘をつくな。俺たちが既に調べてある。観客も不審なモノを持ちこんでいないか検査済みだ」

 

 

「ほ、本当だぁ……俺は上からそう聞かされたんだぁ……!」

 

 

テロリストのボスは必死に声を出し、原田に教える。

 

 

「威力はここ一帯が消し飛ぶ程の威力がある……!」

 

 

「だったらなおさら信じられねぇ。そんなモノを持ち込めるわけが……」

 

 

この一帯が消し飛ぶ威力。つまり火薬の量が多くなるとともに、爆弾の大きさもでかくなる。

 

数を多くするなら発見するのも容易。火薬の臭いですぐに分かり早急に対処され……。

 

 

(いや待て……俺は何かを勘違いしているんじゃないのか?)

 

 

ここは魔法の世界。大規模の魔法を使えば会場を吹き飛ばせるか?

 

……いや、それは不可能だと思う。優秀な魔法師が集うこの場所。そんな魔法が発動されるならすぐに気付いて、さらに騒ぎが大きくなるはずだ。

 

 

(……考えろ……もっと周りを見ろ……)

 

 

考え方をゼロから始めてみよう。

 

 

(まずどうやってここを吹き飛ばすのか……)

 

 

火薬を使った爆弾、それは違うのではないか?

 

そもそも爆弾にはたくさんの種類がある。火薬一点に絞るのは愚の骨頂では無いのか?

 

 

(落ち着け……柔軟な思考をしろ……)

 

 

テロリストは何人か会場に侵入しているはず。それは何故か?爆弾が怖くないのか?

 

 

「………違う」

 

 

全部違う。最初から最後、前提から終わりまで全部違う!

 

爆弾の種類とか関係ない。そもそも爆弾がこの会場にあるわけない!それは俺が……司さんが……大樹が……俺たちがしっかりと調べたはずだろ!。

 

 

(なら考え方は大きく……全く違うモノになる……!)

 

 

どこに仕掛ければ……どんなモノを使えば……ここを潰せるか……。

 

ここは森と山に囲まれた場所。会場を潰すには………。

 

 

「ッ!?」

 

 

頭を鈍器のようなモノで思いっ切り殴られたような感覚に陥った。

 

 

「やられた……」

 

 

考えれば誰でも思い付く発想だった。

 

監視の目を欺き、爆弾を仕掛けて会場を吹っ飛ばす難しい方法よりも、

 

 

 

 

 

 

ここ一帯を死の空間にする簡単な方法がある。

 

 

 

 

 

 

大き過ぎて気付かなかった。目の前にあるコイツを使えば簡単に全て解決することを。

 

 

 

 

 

「頭の回転は良いようだな、原田 亮良(あきら)

 

 

 

 

 

後ろから若い男の声が聞こえた。その声に全身に鳥肌が立った。

 

ゆっくりと首を後ろに向けると、白い白衣を着た一人の男が立っていた。

 

 

「……誰だ」

 

 

男は頭は短い黒髪でボサボサしている。歳は自分と同じくらい若い。18~20歳だと予想される。

 

 

「19歳だ」

 

 

「ッ!?」

 

 

「そんなに驚くことか?初対面の人に会った時は、まず最初に特徴を捉えて覚えようとする。お前は俺の歳の数と髪型を見ていた。まぁお前の目を見ていればすぐに分かることだが」

 

 

自分の心を読まれているような感覚は気持ちが悪く、いい気分にはなれない。いや、読まれているような、というより読まれているかもしれない。

 

原田は短剣を構えて、攻撃の準備をする。

 

 

「無駄だ。俺にダメージは与えられない」

 

 

「なら試してみるか?」

 

 

「愚か者。俺に実体があると思っている時点で貴様は負けている」

 

 

「何……?」

 

 

その時、男の体がブレた。まるで、映像にノイズが入ったかのように。

 

 

「ッ!?」

 

 

「立体映像っと言った方が分かりやすいか?」

 

 

男の腕が伸びたと思ったら体が小さくなったりしている。本物じゃない。映像だと分かってしまう。

 

 

「何者だテメェ……!」

 

 

「ふむ、俺が名乗るとするなら……」

 

 

男はニタリっと笑った。

 

 

「ガルペス。『保持者』と言えば分かるか?」

 

 

「ッ!?」

 

 

保持者。それは大樹と同じ神の力を持った者のことを指す。

 

今、目の前に大樹と同等、もしくはそれ以上の力を持った者が立っている。

 

3人目の裏切り者。この世界にいる可能性があることは分かっていたが、まさか自分から姿を見せるとは思わなかった。

 

 

「ハハッ……まさか俺の前に現れるはな……!」

 

 

「足が震えてるぞ、原田」

 

 

当たり前だ。自分は一度、神の保持者に負けている。

 

圧倒的な力に振り回され、手も足も出なかった。そんな同じような力を持った相手に勝てるはずが無い。

 

 

「何で……俺の名前を知っている?」

 

 

「……同じ境遇に遭った者同士、知っていて何がおかしい?」

 

 

「テメェッ……!?」

 

 

原田の動揺が表情に出た。同時に激しい怒りも湧き上がり、鋭い目つきでガルペスを睨んだ。

 

この男は自分の秘密を知っている。それは誰にも知られてはいけないことだった。

 

 

「一番知られたくないことだったか?また顔に出ているぞ」

 

 

溜め息をつき、ガルペスは呆れる。

 

同じことを指摘され、さらに怒りの炎を燃やす。今すぐ怒りに任せて殴り倒したいが、相手は実体がないから不可能だ。

 

 

「ところで……」

 

 

ガルペスは辺りを見回し、

 

 

「派手に食い散らかしてくれたようだな」

 

 

壊滅状態にまで追い込んだテロリストを見たガルペスは面白くなさそうに言った。

 

今さら気付いたが、先程までいたテロリストのボスはいつの間にかいなくなっている。

 

 

「やっぱりお前の仕業か」

 

 

「そうだ。このテロリストの黒幕。エレシスとセネスを動かしたの者。そして、楢原大樹を殺す作戦を考えた者。全て俺だ」

 

 

「お前……!?」

 

 

「ああ、そうだ」

 

 

原田が何かを言う前に、言い切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前たちが呼んでいる裏切り者。そいつらの(おさ)をしている」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようやく顔を見せやがったな……!」

 

 

原田はその言葉に引きつった笑みを浮かべた。

 

この最悪な戦いを終わらせるラスボス。その情報を握れたことは今までで一番大きいモノだった。

 

しかし、喜びより恐怖が強い。できればこんな形で会いたくなかった。

 

 

「……そろそろ時間だ。仕事を始めるぞ」

 

 

ガルペスは右手を横に薙ぎ払うと、空中にいくつものディスプレイが表示された。

 

右手の人差し指でディスプレイを操作していく。原田は身構え、周りを警戒する。

 

 

「この世界にいる人たちは中々賢い。厄介なことになる前に終わらせてもらう」

 

 

ゴオオオオオォォォ!!

 

 

その時、空から音が聞こえた。

 

戦闘機のような何かが通った音に似ていた。

 

しかも、一回だけではない。二回、三回っと何度も聞こえる。

 

 

「楢原 大樹は少し苦戦していたが、力無くしたお前は勝てるか?」

 

 

ドゴンッ!!ドゴンッ!!

 

 

ガルペスの背後に大きな巨体が舞い降りた。

 

全長は約10メートルはある。黒い装甲を身に纏ったロボットのような奴が地面に穴を開ける勢いで降って来た。

 

体中にはいくつもの機関銃が取り付けてあり、右手には巨大な電動ノコギリが嫌な音を立てながら回っている。

 

ロボットは一機だけではない。どんどんと空から降って来る。空にも何機か飛び回って待機している。

 

 

「俺の直立戦車(シグマ)を改造した直立戦車Ω(オメガ)だ。数は10機」

 

 

大樹が戦った直立戦車∑より強い機体。それが10機。

 

原田はその化け物クラスの強さを持った機械に囲まれてしまった。

 

 

(大樹でも無傷じゃ済まなかった奴らの強化版を相手にするのかよ……!)

 

 

できれば逃げたかった。負け戦になることは自分が一番分かっていた。

 

しかし、逃げ出すことは許されない。

 

 

「アイツは俺より不利な状況で戦っているだろうが……!」

 

 

ギフトカードを持たず、自分の拳と蹴りだけ戦っている。神の力を持った二人と。

 

他の人たちだってそうだ。黒ウサギたちだって命懸けで守っているんだ。

 

 

「ここ逃げたら……あの時と同じだ……!」

 

 

二度と、同じ過ちを犯しては駄目だ。

 

原田は短剣【天照大神(アマテラスオオミカミ)の剣】の刃を直立戦車Ωに向ける。

 

 

「ここから先は通さねぇよ、クソ野郎」

 

 

「95%の確率でそう言うと思った。愚か者が。99%でお前の負けは……」

 

 

ガゴンッ!!

 

 

その時、一体の直立戦車Ωがバラバラに崩れた。

 

文字通り、直立戦車Ωが部品ごとに分けられ、辺りにネジや部品が散らばっている。元の原型が分からない程、バラバラにされていた。

 

 

「……面白い奴が来たな」

 

 

苦痛な表情はガルペスには一切無かった。あるのは興味だけ。

 

ガルペスの視線の先にいた人物に原田も視線をずらした。

 

 

 

 

 

そこには右手に拳銃型CADを握った司波 達也がいた。

 

 

 

 

 

 

「これは凄い有名人に会えたな。四葉(よつば)の人形が何の用だ」

 

 

「ッ!?」

 

 

ガルペスの言葉に達也の顔に動揺が走った。

 

 

「何者だ」

 

 

達也の声は低く、表情は険しかった。

 

 

「お前に答える名は持ち合わせていない。立ち去れ」

 

 

「駄目だ!奴と戦ってはッ!」

 

 

ガルペスの素っ気ない態度に達也が魔法を発動しようとするが、原田が大声を出して止めた。

 

 

「何故だ」

 

 

「アレを見れば分かる」

 

 

原田が指を差した先には、先程バラバラになった直立戦車Ωの部品の山だった。

 

 

ガチャンッ

 

 

部品の山が少しずつ揺れだし、

 

 

ガシャンッ!!

 

 

「ッ!?」

 

 

突如、歪な形をしたロボット人形が出来上がった。

 

直立戦車Ωのような原型は残っていないが、人の形になっている。その光景を見た達也は息を飲んだ。

 

 

「99%は変わらない。例え誰が来ようともな」

 

 

ガルペスの言葉に原田は反論できなかった。

 

しかし、

 

 

「……ハッ、お前……臆病者だろ」

 

 

悪口は言えた。

 

 

「……何だと?」

 

 

原田は怪訝な顔をしたガルペスに告げる。

 

 

「100%って言い切れねぇお前は腰抜けだ……!」

 

 

「……今の状況を分かっていて、その言葉を口にするのか?」

 

 

ガルペスの言葉は苛立ちが含まれていた。

 

 

「分かっている。お前らの目的は……」

 

 

原田が指を差した場所は……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「富士の山を噴火させることだッ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

原田の言葉に達也は目を見開いて驚愕した。

 

一番簡単な方法だった。

 

巨大な噴石の直撃などで会場が破壊される危険性があるが、それより恐ろしいことは他にある。

 

 

「お見事。ついでに聞くが、どうやってお前らを殺すか分かっているか?」

 

 

「火山が噴火した際に危険な災害は多くある。噴石の直撃。土石流や泥流による土砂崩れ。マグマが流れ出す溶岩流。そして、積雪期の雪が噴火によって一気に溶け、大量の水が流れ落ちる融雪型火山泥流がある」

 

 

「お前はどれだと思う、原田」

 

 

「全部違う」

 

 

「……なるほど。本当に分かっているのか」

 

 

 

 

 

「お前たちが狙っているのは……火山ガスによる即死だ……!」

 

 

 

 

 

「大正解だ。なおさらお前をここから逃がすことはできないな」

 

 

火山ガスはマグマに溶けている水蒸気や二酸化炭素、二酸化硫黄、硫化水素などの様々な成分が空気中に含まれ、それを吸い込むと、その場で死亡するほどの即死性がある。

 

そんなモノがこの会場まで流下すれば、大量の死者。いや、全員死んでしまう。

 

 

「……ハハッ、逃がす必要はねぇよ」

 

 

「……何?」

 

 

笑みを浮かべた原田は親指を下に向けて、皮肉を交えて最低な返答した。

 

 

「腰抜けの作戦なんて、俺たちに効かねぇよ……出直しやがれ!」

 

 

「……愚か者より愚か者だ」

 

 

ガシャンッ

 

 

直立戦車Ωが一斉に構える。ミサイルや機関銃を乱射する準備は整っている。

 

 

「ここがお前の死に場所だ」

 

 

ガゴンッ!!

 

 

ミサイルや銃が火を噴くその瞬間、一斉に直立戦車Ωが取りつけていた武器が全て地面に落ちた。ミサイルと銃弾、一発も飛ばされていなかった。

 

 

「させると思うか?」

 

 

「無駄だと言っているだろ、司波 達也」

 

 

達也の系統魔法の収束、発散、吸収、放出の複合魔法【分解】。

 

名前の通り、機械などを部品ごとにバラバラにすることができる。

 

しかし、これだけでは無い。

 

 

「お前は学習する奴だと思ったのだが……見込み違いか?」

 

 

ガシャンッ

 

 

地面に落ちた武器が次々と動きだし固まって行く。そして、再び武器の形を作り出す。

 

 

「それなら、これならどうだ?」

 

 

達也は直立戦車Ωに狙いを定め、再度【分解】を発動する。

 

 

ゴォッ!!

 

 

 

 

 

直立戦車Ωが消えた。

 

 

 

 

 

一瞬の出来事だった。

 

巨大な直立戦車Ωは散布し、薄い炎が燃え上がり、全て消えた。

 

塵一つすら残らない。消滅したのだ。

 

 

「何だ……今の……?」

 

 

「……………」

 

 

原田は何も理解できず、ガルペスは黙ってその光景を見ていた。

 

 

【マテリアル・バースト】

 

 

質量をエネルギーに分解する究極の分解魔法。

 

【分解】は部品をバラバラにするだけではない。物質を細かな粉末状に、元素レベルの分子に、原子核を核子に、物質の質量をエネルギーに、全て分解することができるのだ。

 

【マテリアル・バースト】は【分解】の最高グレード。

 

 

 

 

 

それは世界を滅ぼすことすらも可能な、世界最強の威力を誇る戦略級魔法となっている。

 

 

 

 

 

正真正銘、神すら恐れる魔法なのだ。

 

 

「……面白い。中々やるじゃないか司波。だが」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

直立戦車Ωの一体が高速で動き、達也の背後を取った。

 

達也は気配を感じ取り、すぐに後ろを振り向くが遅い。回避することができない。

 

 

「これで、終わりだ」

 

 

直立戦車Ωの重い右拳が振り下ろされた。

 

 

ドゴッ!!

 

 

しかし、その拳は達也に当たらなかった。

 

 

「俺を忘れるなよ……!」

 

 

原田が直立戦車Ωの拳を両手で防いだからだ。

 

 

「クソッタレがぁッ!!」

 

 

ゴンッ!!

 

 

直立戦車Ωの拳をはじき返し、すぐに短剣を振り下ろす。

 

振り下ろした場所に黒い亀裂が生まれる。

 

 

「【天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)】」

 

 

そして、黒い亀裂から赤い光が輝きだす。

 

 

「【天輝(あまてる)】ッ!!」

 

 

ズキュウウウウンッ!!!!

 

 

真紅の光線が一直線に直立戦車Ωに向かって放たれた。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

直立戦車Ωの胴体を貫き、大爆発を引き起こした。

 

機械の残骸が辺りにばら撒かれる。

 

 

「なぁ達也。あまり喋る機会は無かったが、ここは仲良く戦わねぇか?」

 

 

「奇遇だな。俺も同じことを考えていた」

 

 

達也と原田の口元に笑みがこぼれる。

 

 

「俺がアイツら(直立戦車Ω)の動きを止める」

 

 

「その隙に俺が奴 ら(直立戦車Ω)を消す」

 

 

原田は短剣を構え、達也は拳銃型CADを構えた。

 

 

「興味深い組み合わせだな。いいだろう。お前ら二人、まとめて相手をしてやる」

 

 

ガルペスは不気味な笑みを浮かべた。

 

 



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九校戦 Final Stage

ついに大樹たちの最終決戦です。

続きをどうぞ。



私には一人の姉がいた。

 

 

 

成績は優秀、八方美人で男子にモテている完璧な女の子だった。

 

 

 

いつも私に優しく接してくれる姉。

 

 

 

しかし、

 

 

 

「あなたに姉はいないわ」

 

 

 

この女の冷たい一言。そう言われて気付いた。

 

 

 

この女は、私の姉を認めない最低な人だと。

 

 

 

________________________

 

 

 

ガガガガガッ!!

 

 

音速で空を飛行する直立戦車Ω(オメガ)は装甲に取りつけられたガトリングガンを達也と原田に向かって乱射する。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

その時、一機の直立戦車Ωの胴体に大きな穴が空いた。

 

それはマッハ500で飛翔し、原田の蹴りで空けた穴だ。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

機体は爆発し、墜落する。

 

しかし、機械の破片の中にあるコードがウネウネと動き、他の破損した部品と繋がっていく。直立戦車Ωに備わった自己再生だ。

 

 

フォン!!

 

 

だが、次の瞬間には壊れた機械の破片は全て消滅した。

 

達也の分解魔法【マテリアル・バースト】。右手に持った拳銃型CADを直立戦車Ωに向けて発動していた。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

直立戦車Ωの装甲から大きなミサイルが達也に向かって放たれた。

 

爆発すれば高層ビルを簡単に破壊できる威力を秘めたミサイルが達也の目の前まで迫るが、

 

 

フォン!!

 

 

達也は左手に持った拳銃型CADでミサイルを消滅させた。ミサイルの部品の小さなネジ一つ残らなかった。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

その時、直立戦車Ωが恐ろしいスピードで達也の背後に降り立つ。

 

達也の背後を取り、巨大な拳を達也に振り下ろした。

 

 

ガンッ!!

 

 

「ハッ、遅ぇよッ!!」

 

 

しかし、直立戦車Ωの拳はマッハで戻って来た原田の両手で持った短剣で受け止めていた。

 

原田は直立戦車Ωの拳を弾き飛ばし、後ろに突き飛ばす。

 

 

フォン!!

 

 

達也はすかさず魔法を発動し、突き飛ばされた直立戦車Ωを消滅させる。

 

 

「あと8機か……地味にキツイな」

 

 

「俺たちの動きを分析している。はやく終わらせた方がいいな」

 

 

原田と達也は背中を合わせ、会話する。

 

二人は役割を分担したおかげで直立戦車との戦いは困難ではなかった。

 

原田が敵の動きを止め、達也に反応できない攻撃を受け止める。逆に達也は原田が動きを止めた直立戦車Ωを消滅させ、ミサイルなどの大きな被害が出る攻撃を防御していた。

 

 

(これが大樹が認めた男の力か……)

 

 

目で追いつけない速度。人間離れした力。見たこと無い異能。

 

全てが大樹と同じように謎に包まれた男。これが達也から見た印象だった。

 

 

「というか……ガルペスはどこに行きやがった!?」

 

 

「『面白いデータが取れそうだ』って言って消えたぞ」

 

 

「チッ、次は絶対に殺してやる」

 

 

鋭い目つきになった原田は短剣を構える。

 

 

「……大樹は大丈夫と思うか?」

 

 

「どうした達也?アイツのことが心配か?」

 

 

「……前にアイツは自分で俺は弱いって言ったんだ」

 

 

「……達也。実はアイツは木下と黒ウサギだけが大切な人じゃないんだ」

 

 

原田の声は小さかった。達也は拳銃型CADの銃口を空を飛行する直立戦車Ωに向けながら聞く。

 

 

「他にも二人……大切な人がいるんだ」

 

 

「……どうしたんだ?」

 

 

「……正直言って、危険な状態だと思う」

 

 

「ッ……」

 

 

その言葉に達也は唇を噛んだ。原田は続けて話す。

 

 

「アイツは……みんなを救うまで自分を責め続ける。本当に優しい奴だ」

 

 

原田は目を細める。

 

 

「最後の希望を託すのに……相応しい人だ」

 

 

その言葉だけ、達也には理解できなかった。何が言いたかったのか分からなかった。

 

 

「だから……俺はアイツを信頼しているんだ」

 

 

その瞬間、原田は動き出した。

 

マッハ500で飛翔し、次々と直立戦車Ωを短剣で切り裂き、蹴り飛ばす。敵は地面に叩きつけられる。

 

 

ドゴンッ!!ドゴンッ!!

 

 

蹴った力を利用して、同時に次々と他の直立戦車Ωを切り裂き、地面に叩き落とす。

 

空高く舞い上がった原田は紅く光る短剣を振り下ろす。

 

 

「【慈雨(じう)天輝(あまてる)】」

 

 

空に無数の黒い亀裂が出現する。

 

黒い亀裂から赤い光が輝き、地面に向かって紅い閃光が降り注いだ。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

直立戦車Ωが避ける隙間が存在しない。雨のように降り注いだ。地面に落ちた直立戦車Ωが爆発する。

 

 

フォン!!

 

 

達也が居る場所は一つも降り注がれていない。達也は冷静に粉々になった機械部品を消滅させる。

 

 

ダンッ

 

 

原田が綺麗に両足で着地する。達也の方を振り返り、口元に笑みを浮かべて告げる。

 

 

「いつか……アイツの背負っている重い荷物を減らすために、俺は戦う」

 

 

________________________

 

 

 

誰も見てくれない。

 

 

 

あの女だけじゃない。みんな私の自慢の姉を否定する。

 

 

 

それは嫉妬なのか?

 

それは憎しみなのか?

 

それは恐怖なのか?

 

 

 

どうして姉を拒絶するか分からない。何も分からない。

 

 

 

味方がいない。いや、味方なんていらない。

 

 

 

私はお姉ちゃんがいるだけでいい。

 

 

 

それ以外は、私の敵だ。

 

 

 

 

________________________

 

 

 

 

【大樹視点】

 

 

「【ソード・ダブル】」

 

 

銀色の翼を羽ばたかせて宙に浮いたセネスがそう呟いた瞬間、右横に銀色の剣が二つ出現した。

 

そして、剣先は俺に向けられ高速で飛んで来る。

 

 

「チッ!」

 

 

舌打ちをして、俺は横に飛んでかわす。

 

 

ドゴッ!!

 

 

しかし、地面からドリル状になった水が勢い良く吹き出し、俺の右腹を掠めた。

 

 

(痛ぇッ……!)

 

 

それでも俺は右腹を抑えながら走り逃げ続ける。そのせいで赤い液体は止まるどころか余計に出ていが、気にしていられない。

 

 

「【ランス】」

 

 

セネスの一言が耳に聞こえた瞬間、俺は真上に飛んだ。

 

 

ドゴッ!!

 

 

先程、俺のいた場所の地面に巨大なランスが突き刺さり、地面にクレーターができた。

 

 

「隙だらけッ!!」

 

 

「ッ!?」

 

 

いつの間にか空中でセネスに背後を取られた。セネスが右手に持った片手剣が俺の頭に向かって振り下ろされる。

 

しかし、俺は体を捻らせて回避。

 

 

「【無刀の構え】!!」

 

 

そのまま体を捻らせる勢いをさらに強くして、

 

 

「【地獄巡(じごくめぐ)り】!!」

 

 

音速の領域を超えた速さで右回し蹴りを繰り出す。

 

 

ガンッ!!

 

 

だが、俺の蹴りはセネスが左手に持った真っ赤な盾によって邪魔される。

 

 

「【リフレクト】」

 

 

その時、セネスが持った真っ赤な盾が紅い閃光を放つ。その瞬間、

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「がぁッ!?」

 

 

右足に強い衝撃が圧し掛かり、跳ね返された。

 

その勢いで体が反対方向に回転し、とてつもない速さで落下した。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

地面にぶつかり、体に痛みが襲い掛かって来る。

 

 

「かはッ……!?」

 

 

喉に血が詰まり、思わず咳き込む。

 

 

(やっぱりあの盾……俺の力を跳ね返してやがる……!)

 

 

真正面から戦うのは得策じゃない。

 

重い体をゆっくりと動かし、片膝をつく。

 

 

「……もう抵抗しないでよ」

 

 

「あぁ?」

 

 

セネスの小さな声が聞こえた。

 

銀色の翼を羽ばたかせながらゆっくりと俺の前に降りて来る。

 

 

「無理だよ。私とお姉ちゃんに何一つダメージを与えれてないじゃん」

 

 

「うるせぇよ。こっからが……」

 

 

「本番だと言うんですか?」

 

 

俺が言おうとした言葉をエレシスが先に言った。いつの間にか背後を取られている。

 

ゆっくりと振り返り、エレシスに向かって笑みを浮かべる。

 

 

「……分かってるじゃねぇか」

 

 

「分かっていないのはあなたです。無謀な戦いに挑むのは……馬鹿がやることです」

 

 

「馬鹿で上等。アホで結構。いいからその口を閉じろ」

 

 

「……では、最初にあなたの口を閉じさせていただきます」

 

 

地面から水が溢れ出し、エレシスの目の前に集まっていく。そして、巨大な水の球体が出来上がる。

 

巨大な水球は大樹に向かって飛んで行く。

 

 

「当たってたまるかッ!」

 

 

あれに当たると水の中に閉じ込められ、二度と出れなくなってしまう。俺は横に飛んでかわす。

 

 

ゴオォッ!!

 

 

その時、俺の背後で炎が燃え上がる音がした。

 

振り返ると、そこにはエレシスが巨大な赤い炎を目の前に作り出し、巨大な水球に向かって放っていた。

 

巨大な炎と巨大な水球はぶつかる。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

「があッ!?」

 

 

その瞬間、突然爆風が吹き荒れ、全身に重い衝撃が襲い掛かる。

 

何十メートルも吹っ飛び、地面に何度も叩きつけられる。

 

 

「ごほッ……がはッ……!」

 

 

大きく咳をした後、大量の血を吐き捨てた。地面に血だまりができる。

 

 

(気付くのが遅かった……!)

 

 

今のは水蒸気爆発。水が非常に温度の高い物質。つまり炎と接触することにより気化されて発生する爆発現象だ。

 

 

(セネスが炎を使った……これで確信できたが……)

 

 

体が思うように動かない。全身の腕や足がもげていないのが不思議過ぎて恐ろしい。

 

 

「クソッ、今のやられた……さすがだな」

 

 

「……ふざけないでください」

 

 

「……………」

 

 

エレシスの声は震えていた。怒りか悲しみか。どちらかは分からない。

 

 

「楢原さん。あなたは何度骨を折られましたか?あなたは何度肉を抉られましたか?あなたは何度攻撃をくらいましたか?」

 

 

「さぁ?数えてないからわかr

 

 

 

 

 

「数え切れないほどやられているんですよッ!!」

 

 

 

 

 

「ッ!?……お姉ちゃん?」

 

 

「……………」

 

 

エレシスの大声にセネスが驚き、俺は黙った。

 

 

「どうして……どうしてそこまで自分を傷つけれるんですか……!?」

 

 

「好きで傷ついているわけじゃねぇよ。俺だって必死にお前らを攻撃しているだろ」

 

 

「ッ!!」

 

 

ドゴッ!!

 

 

地面からドリル状の水が吹き出し、俺の肩を貫いた。

 

 

「ぐぅッ……不意打ちかよ?」

 

 

「どこが必死ですか!?あなたの攻撃は全部跳ね返されて、何も学習していない!私には何一つ攻撃してこない!」

 

 

エレシスの言う通り、俺の攻撃は何度もセネスの盾にはじかれ、何度もエレシスの水の攻撃を食らった。

 

 

「……お前に攻撃してもダメージ入らねぇだろ。水のくせに」

 

 

「ッ!!」

 

 

ドゴッ!!ドゴッ!!

 

 

再び地面からドリル状の水が二つ吹き出し、俺の右腕と左の太ももを貫いた。

 

 

「ッ……!!」

 

 

あまりの痛さに声が出なかった。右手を地面について荒い呼吸になる。

 

 

「はぁ……はぁ……!!」

 

 

「あなたには吸血鬼の力があるせいで、この天候では明らかに不利です」

 

 

……確かにその通りだ。

 

既にローブもボロボロに破られ、ヘルメットも粉々になった。いつも以上に力を出せていない。いつもならもう倒れてしまってもおかしくないのだ。

 

雲一つ無い晴天。俺にとっては最悪だった。

 

 

「あなたは、私たちを殺せない」

 

 

「……じゃあ、俺からも、言わせて……もらうッ」

 

 

下を向いたまま、俺は問いかける。

 

 

「陽。お前は俺を殺す気がないだろ?」

 

 

「ッ!?」

 

 

エレシスの顔に動揺が走った。息を飲むのも分かった。

 

 

「お前の攻撃は全部、俺の急所を外している。セネスは俺を殺そうとしているのに、お前はしていない」

 

 

「……何を言っているんですか?そんな嘘をついたところで何の意味があるのですか?」

 

 

「その言葉。そっくりそのまま返してやる」

 

 

俺の言葉にエレシスは苦悶の表情になる。それを見たセネスがおそるおそる聞く。

 

 

「……どういうことなの、お姉ちゃん?」

 

 

エレシスは何も答えられなかった。

 

 

「ぐうッ……!!」

 

 

俺は足に力を入れて立ち上がる。頭がクラクラし、全身に痛みが走るが、耐え続ける。

 

 

「お前は……何がしたい?」

 

 

俺の問いにエレシスはしばらく何も喋らなかったが、

 

 

「私は……あなたを殺したくない」

 

 

「!?」

 

 

その言葉にセネスが驚愕した。

 

 

「私は……あなたが何もかも諦めてくれれば……それで……!」

 

 

「駄目だよ、お姉ちゃんッ!!」

 

 

セネスが大声を出した。

 

 

「私はあの世界に復讐したい!あの女を許したくないッ!!」

 

 

「あの女って……母親のことか?」

 

 

「「!?」」

 

 

双子が同時に俺の方を振り向き、目を見開いて驚いていた。

 

 

「お前らの家族構成を調べさせてもらった」

 

 

「……それで、何が書いてあったの?何か分かったの、探偵さん?」

 

 

セネスの冷ややかな視線が送られるが、気にせず話し続ける。

 

 

「ああ、書いてあったよ。重要なことが」

 

 

「……やめて、ください」

 

 

エレシスの震えた声が聞こえてきた。

 

 

「いや、やめない。よく聞けよ、二人とも」

 

 

「やめてえええええェェェッ!!」

 

 

「お姉、ちゃん?」

 

 

エレシスが叫んで俺を止めようとしていた。その様子を見たセネスが目を白黒させた。

 

 

ドゴッ!!

 

 

ドリル状の巨大な水がエレシスの前方に形成され、大樹に向かって放たれる。

 

 

「一刀流式、【風雷神(ふうらいじん)の構え】」

 

 

右の腰に刺した一本の【鬼殺し】を硬化魔法を発動させて握る。

 

 

「【覇道(はどう)華宵(かしょう)】!!」

 

 

ズバンッ!!

 

 

ドリル状の水が横に一刀両断される。

 

水は弾け飛び、地面に落ちる。

 

 

「いやぁ……いやあああああァァァ!!!」

 

 

「セネス。いや、本名は新城(しんじょう) 奈月(なつき)

 

 

エレシスが耳を抑えて叫ぶが、俺はハッキリと告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「奈月。お前に姉はいない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の言葉にセネスは何も喋らなくなった。下を向き、体を震わせていた。

 

 

「三人家族。奈月とその父と母だけだ。(ひかり)なんて名前の子供はいない」

 

 

「……お前も……!!」

 

 

セネスの銀色の翼が大きく開く。

 

 

「同じことをッ!!!」

 

 

怒りの表情で叫び、俺との距離を一瞬で詰めた。

 

 

ザンッ!!

 

 

片手剣が俺の左肩にめり込み、そのまま力を入れる。俺は右手に持った剣。硬化魔法を発動させた【鬼殺し】で何とか受け止めて、これ以上肩に剣が入らないようにしていたが、

 

 

「お前も……あの女と同じッ!!アイツらと同じッ!!」

 

 

「ぐぅ、があああああァァァ!?」

 

 

段々と押されていき、肩に剣がめり込んでしまう。とてつもない痛みが襲い掛かり、叫び声を上げてしまう。

 

 

「【アックス】ッ!!」

 

 

巨大なオノが俺の頭上に出現し、

 

 

ザンッ!!

 

 

右肩に向かって、振り下ろされた。

 

 

ドシュッ!!

 

 

 

 

 

俺の右腕が宙を舞った。

 

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

肩から切断されており、血が噴き出す。痛みより驚きが強過ぎて、痛みを感じなかった。

 

 

ドシュッ!!

 

 

受け止めていた右手の剣が無くなった瞬間、セネスの持った片手剣が俺の左肩を大きく引き裂き、胸まで抉った。

 

骨を折られ、心臓まで斬られた。

 

 

「がはッ……」

 

 

ドサッ

 

 

血を吐き出し、そのまま前に倒れる。

 

力を入れて立とうとしても、力が入らず立てなかった。

 

何も喋ることができない。ただ体の中にある血が流れ出している。

 

 

「お前も……同じッ!」

 

 

「やめて、奈月」

 

 

とどめを刺そうとしたセネスをエレシスが腕を掴んで止める。

 

 

「お姉ちゃんッ!!」

 

 

「私は……この人を死なせたくない」

 

 

「でも!このままだと、あの世界に行けない!!」

 

 

「大丈夫。他の条件もあるから」

 

 

「他の……条件……?」

 

 

セネスは少しだけ冷静になり、剣を振り下ろすのをやめる。

 

エレシスが手を横に振るうと、三人を囲んでいた水の壁が消えた。

 

 

「あとは……お姉ちゃんに任せて」

 

 

「……………うん」

 

 

セネスはエレシスに抱き付き、落ち着きを取り戻した。

 

 

ガシッ

 

 

その時、エレシスの足が掴まれた。赤い液体がべっとりっと付く。

 

 

「な、に……を………する、気だ……ッ!!」

 

 

大樹は力を振り絞って、左手でエレシスの足を掴んでいた。いつ死んでもおかしくない状態なのに、彼はまだ動いていた。

 

 

「もうすぐです。これであなたを殺さずに済む」

 

 

エレシスが手に持った【三又(みまた)(ほこ)】を構える。

 

 

 

 

 

「楢原君ッ!!!」

 

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

今、絶対に聞きたくない声を聞いてしまった。

 

 

(来るな……頼むから……!!)

 

 

「あの人を殺せば……あなたを殺さずに済む」

 

 

「や、めろ……!!」

 

 

エレシスの視線の先。

 

 

 

 

 

優子がこちらに向かって走って来ていた。

 

 

 

 

 

「頼む……もう、やめて……くれ……!!」

 

 

命懸けの懇願はエレシスに届かない。

 

二本の矛が、優子に向かって投げられた。

 

 

________________________

 

 

 

10歳になったころ、私はいじめられていた。

 

 

 

「コイツ、また変なことを言っているぞ!」

 

 

 

一人の男の子がそう言うと、私に向かって石が投げられた。

 

 

 

一つじゃない。たくさんの石が体に当たった。

 

 

 

男の子だけじゃない。他のみんなも一緒に私に向かって石を投げていた。

 

 

 

痛い。

 

 

 

腕は傷だらけになり、足は痛くて立てない。

 

 

 

逃げたい。

 

 

 

でも、逃げれない。

 

 

 

「お姉ちゃん……!」

 

 

 

小さな声で助けを求めた。涙が目にいっぱい溜まる。

 

 

 

自分が弱い事に。

 

 

 

姉を頼らないと、生きていけない自分に。

 

 

 

「奈月ッ!」

 

 

 

「え?」

 

 

 

気が付けばお姉ちゃんが私の両肩を掴んでいた。

 

 

 

「ごめんなさい!遅くなって……本当にごめんなさい!」

 

 

 

「ううん……お姉、ちゃんが……来てくれただけで……私……!」

 

 

 

私は姉に抱き付き、大泣きした。

 

 

 

________________________

 

 

 

【優子視点】

 

 

水の壁が消えた瞬間、アタシは一目散に走り出した。

 

 

 

 

 

 

右腕が無くなった血だらけの楢原君を見たせいで。

 

 

 

 

 

会場が騒ぎ出すが気にしていられない。とにかく楢原君に会いに行かなければならない。その使命感がアタシの足を動かした。

 

 

「楢原君ッ!!!」

 

 

彼の名前を呼ぶが、返事がない。それほど弱っていることが明白である。

 

とにかく走り続けた。

 

手遅れになる前に。後悔する前に。

 

失ってしまう前に。

 

 

「え?」

 

 

その時、アタシの目の前に何かが飛んで来た。

 

 

ドサッ!!

 

 

「きゃッ!?」

 

 

何かとぶつかり、アタシは後ろに倒れてしまう。

 

 

ドスッ

 

 

何の音か分からなかった。ただ、アタシの目の前に誰かが立っていることが分かった。

 

 

「ッ!?」

 

 

目を疑った。

 

 

片腕を失った楢原君がそこに立っていたことに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、一本の槍が楢原君の体を貫通して刺さっていたことに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かはッ……!」

 

 

もう一本は左手で掴んでいるが、もう一本は胸を貫いている。

 

 

「嘘よ……そんな……!」

 

 

楢原君は前から倒れ、アタシは地面に倒れる前に抱き留める。

 

生暖かい大量の血が服や肌に付く。そのせいでパニックに陥ってしまった。

 

 

「ねぇ起きてよ……起きてよッ!?」

 

 

彼の体を起こし、揺さぶるが全く動かない。血が多く流れ出すだけだ。

 

 

「そうだ……持ってきたよ!これ、必要なんでしょ!?」

 

 

ギフトカードを楢原君の体に当てるが、何も反応しない。血がカードに付くだけだ。

 

 

「お願い……あの時みたいに私を護ってよ……!」

 

 

信じたくなかった。

 

 

「動いてよ……ねぇッ!!」

 

 

息をしていないことに。

 

 

「目を覚ましてッ!!」

 

 

 

 

 

そして、心臓の鼓動が止まっていることに。

 

 

 

 

 

「そんな……あの体で……動けるはずが……!?」

 

 

ドサッ

 

 

顔を真っ青にしたエレシスが膝をつく。彼女もこの展開は信じられなかった。

 

 

パサッ

 

 

その時、大樹の胸から一枚の紙がヒラヒラと落ちる。

 

 

「呪符……!?」

 

 

エレシスが呟く。セネスの最後の一撃は呪符によって緩和されていた。

 

その呪符が幹比古がくれたモノ。お守りとして持たせていたモノだった。

 

しかし、エレシスの攻撃で全てが無意味となってしまった。いや、大樹は呪符のおかげで優子を守れてよかったと思っているに違いない。

 

 

「……無いよ……こんなの無いよッ……!」

 

 

優子の綺麗な瞳から涙が溢れ出す。

 

 

「アタシを護るのに……死んでしまうなんて……許さないんだからぁ……!」

 

 

涙が零れ落ち、大樹の顔に落ちるが、彼の目は開かれない。

 

 

「黒ウサギから楢原君のこと……せっかくいろいろと聞いたのに……!」

 

 

自分の手で大樹の顔に付いた血を拭きとる。

 

 

「こんなの……酷いよッ!!」

 

 

ついに優子は泣き崩れ、大樹に抱き付いた。

 

 

「……ゆぅ……こぉ……!」

 

 

「「「ッ!?」」」

 

 

小さな声。耳を澄ませないと聞こえない程の声が聞こえた。

 

優子はハッとなり、すぐに大樹に返事をする。

 

 

「ちゃんといるよ!ここにッ!!」

 

 

「……ぁ……に、げろ……!」

 

 

「どうすればいいの!?どうしたら助かるの!?」

 

 

優子の言葉に大樹は答えない。いや、答えられないのだ。

 

大樹の目は未だに開かないまま。もう死期がそこまで迫っているのだ。

 

 

「……そうよ」

 

 

優子は思いつく。

 

 

 

 

 

「楢原君。アタシの血を飲んで」

 

 

 

 

 

「「なッ!?」」

 

 

その言葉にエレシスとセネスは驚愕した。

 

黒ウサギに聞いたことの内の一つ。それは吸血鬼の力を持っていることだった。

 

楢原君がいつもフードを被っている理由が知りたかった。返って来た言葉は耳を疑ってしまうことだったが、信じれた。

 

血を飲んで回復するなんて保障はどこにもない。しかし、(わら)でもすがりたい状況だ。助けられるなら何でもよかった。

 

 

「ねぇ、回復できるなら……!」

 

 

「ぁあ……ぁ……ダメ、だッ……」

 

 

「何で!?どうして拒むの!?」

 

 

大樹の返答は拒否。その答えに納得がいかなかった。

 

 

「血を飲まれた人間は死んでしまうかもしれないからですよ」

 

 

「ッ!」

 

 

疑問に答えたのはエレシスだった。優子は大樹に抱きついたまま、警戒する。

 

 

「それに楢原さんの力は壮大です。あなたが耐えれるような力は無いし、与えれる力も無い。楢原君は十分な力を得られず、あなたは血と力を吸われ、無駄死にするだけです。諦めてください」

 

 

「……いやよ」

 

 

「え?」

 

 

優子は涙を流しながら大声で言った。

 

 

「嫌よッ!そんなの絶対に嫌ッ!楢原君が死ぬなんて絶対にあり得ないッ!」

 

 

優子は大樹が持っていた槍を奪い取り、槍先を自分の首に当てて、皮膚を切った。

 

 

ツー……

 

 

紅い血が流れ出し、下へと流れて行く。

 

 

「よく聞いて楢原君」

 

 

首をわずかに横にずらして、血を飲むことを拒む大樹に語り掛ける。

 

 

「アタシは……絶対に生きてみせる」

 

 

優子は大樹の手を強く握り、首を大樹の口に近づける。

 

 

「だから……楢原君も生きて、約束を守り果たして」

 

 

優子は告げる。

 

 

 

 

 

「お願いッ!アタシの前からいなくならないでッ!!」

 

 

 

 

 

その叫び声は大樹の耳に届いた。

 

優子の首の傷口が大樹の唇に当たる。

 

 

「ッ!」

 

 

しかし、危険を感じたエレシスが動いた。ドリル状の水が何十本も空中に形成され、大樹と優子に向かって放たれた。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

大量の水が舞い上がり、巨大な水柱が巻き上がる。

 

 

「……お姉ちゃん」

 

 

「……仕方なかった。どちらか生きる選択は……なかった」

 

 

またエレシスの膝が崩れ落ち、尻餅をつく。セネスはそれを見ることしかできなかった。

 

上からの命令はどちらかを殺すこと。そんなの……最初は選べなかった。

 

しかし、エレシスは大樹のことが優子よりも大切だと判断し、優子を殺すことにした。

 

結果は最悪。どちらとも殺してしまった。

 

 

「私を……私たちを救ってくれる人はいなかった……」

 

 

絶望するしかないこの状況。後悔の強さに涙が出そうになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なら俺が、お前らを救ってやるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「ッ!?」」

 

 

聞こえてきた声に二人は驚き、耳を疑った。

 

 

ゴオッ!!

 

 

巨大な水柱は黒く染まり、吹き飛ばされた。

 

 

「お前ら二人を救ってやる」

 

 

 

 

 

そこには優子をお姫様抱っこした大樹が立っていた。

 

 

 

 

 

 

大樹の斬られた右腕は元に戻っており、傷一つ無い。

 

右目だけではなく、左目も紅くなっていた。口元には血が付いており、優子の血を吸ったことを物語っている。

 

 

 

 

 

一番変わったことは、背中からは4枚の黒い光の翼が大きく広がっていた。

 

 

 

 

 

「もう一度言うぞ」

 

 

ゴオォッ!!

 

 

黒い翼を大きく羽ばたかせ、風を巻き起こす。

 

 

「ここからが、本番だ」

 

 

________________________

 

 

 

「お姉ちゃんッ!」

 

 

 

私は燃え盛る火の中を彷徨っていた。

 

 

 

たった一人の姉を探すために。

 

 

 

「奈月……」

 

 

 

「ッ!?」

 

 

 

後ろから私の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 

 

 

振り返ると、そこには母がいた。

 

 

 

「どこよッ!お姉ちゃんをどこにやったの!?」

 

 

 

「まだ……まだ言うのね……」

 

 

 

母は悲しそうな目をしていた。いや、私を哀れんでいた。

 

 

 

 

 

「……あなたの姉は、私が殺したわ」

 

 

 

 

 

「え……?」

 

 

 

「もうこの世にはいないの。だから、どこかに行きなさい」

 

 

 

嘘だ……。

 

 

 

「何で……何で……!?」

 

 

 

あんなに優しかった母が……信じられない。

 

 

 

「さよなら」

 

 

 

ドンッ

 

 

 

「あ……!」

 

 

 

母に突き飛ばされ、私は身を投げ出された。

 

 

 

ここは3階だということを忘れていた。

 

 

 

ガシャンッ!!

 

 

 

「ッ……!?」

 

 

 

重い衝撃が背中に伝わる。口から酸素が一気に吐き出てしまい、その場で咳き込んだ。

 

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

 

「!?」

 

 

 

その時、私が落とされた場所から火がさらに燃え上がり、爆発した。

 

 

 

「お姉ちゃん……お姉ちゃああああああんッ!!!」

 

 

 

この日、私の姉と母を同時に失った。

 

 

 

________________________

 

 

【大樹視点】

 

 

優子の血を吸い、俺は吸血鬼のさらなる力を手に入れれた。

 

太陽の光なんか全く効かない。久々に太陽と真正面から見れた。

 

 

「ありがとう優子。もう休んでいてくれ」

 

 

優子は静かに寝息を立て、眠っていた。その寝顔を見て、安堵の息をつく。

 

絶対に成功しないかと思っていた。しかし、優子は約束通り生きてくれた。

 

俺もその気持ちに答えるために、吸血鬼の力を完全に支配し、力を手に入れてみせた。

 

 

「ここからは、俺が戦う番だ」

 

 

優子から貰ったこの力。絶対に負けられない。

 

 

「……【ソード・サウザンド】」

 

 

空を埋め尽くすほどの銀色の剣が、俺たちを囲んだ。剣先は俺に向けられている。

 

 

「悪いな。とりあえず優子を安全な場所に運ばせてもらうぜ」

 

 

その瞬間、全ての剣が大樹に向かって飛んで行った。

 

 

ドスッ!!ドスッ!!ドスッ!!

 

 

何百と超える剣が大樹と優子に刺さる。しかし、

 

 

バシュンッ

 

 

「「!?」」

 

 

大樹と優子は黒い霧になり、散布した。

 

 

「偽物!?ど、どこに行ったの!?」

 

 

セネスが辺りを見渡し、急いで大樹を探す。

 

 

「……いつの間にッ」

 

 

先にエレシスが大樹の姿を見つけた。

 

大樹は会場に降り立ち、優子を第一高校の生徒に任せていた。観客の目なんか全く気にしていなかった。

 

そして、大樹は翼を使って飛翔し、こちらまで飛んで戻って来る。

 

 

「待たせたな」

 

 

クロムイエローのギフトカードを左手に持ち、光らせる。右手に【(まも)(ひめ)】が姿を見せ、鞘から引き抜いた。

 

蒼い炎が燃え上がり、刃を造り上げる。

 

 

「ッ……!」

 

 

俺は唇を強く噛み、血を流す。

 

左手の親指で血を拭き取り、その血を【護り姫】の刀身にべったりっとつける。

 

 

「燃え上がれ、紅き炎ッ!!」

 

 

ゴオォッ!!!

 

 

蒼い炎では無く、紅い炎が舞い上がった。

 

刃は新しく造られ、蒼色では無く、黒い刀身に生まれ変わった。

 

 

「さぁ……どこからでもかかって来い!」

 

 

俺の挑発に、一番最初に乗って来たのはセネスだった。

 

 

ゴオォッ!!

 

 

銀色の翼を広げ、音速のスピードで突撃してくる。

 

片手剣が俺の頭上から振り下ろされるが、

 

 

バシッ!!

 

 

「なッ!?」

 

 

左手の人差し指と中指に剣を挟み込み、止めた。片手で真剣白刃取り。

 

 

「これで終わりじゃ……ないだろ?」

 

 

「ッ!」

 

 

さらなる大樹の挑発。セネスは盾を俺にぶつけて、距離を取ろうとするが、

 

 

バキンッ!!

 

 

「え?」

 

 

いつの間にか持っていた真っ赤な盾は縦に真っ二つにされていた。

 

 

ガランッ!!

 

 

持っていた盾が地面に落ち、目を疑った。手には何も傷がついておらず、盾のみがダメージを受けていた。

 

【護り姫】によって斬られた斬撃。それは音速を越えたマッハの速さで斬撃された一撃だった。

 

 

「あ、あり得ない……!」

 

 

セネスは後ろに何歩も下がり、首を横に振った。

 

桁違いに強くなっていた。先程の力とは比べモノにならないくらいに。

 

 

「奈月ッ!!」

 

 

「ッ!」

 

 

エレシスに名前を呼ばれ、急いでセネスは後ろに飛び距離を取る。

 

 

「【水問(すいもん)】!!」

 

 

ドゴッ!!

 

 

俺の真下の地面に大穴が空き、大量の地下水が俺を包み込む。

 

水は増水していき、巨大な水柱が出来上がった。

 

 

「【焦熱(しょうねつ)地獄】」

 

 

セネスの頭上に小さな炎の球体が出現する。

 

しかし、その小さな炎の球体は第二の太陽の如く、温度は優に7000°を越える。

 

球体は渦巻く巨大な水の柱に向かって飛んで行った。その瞬間、

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

辺り一帯を吹き飛ばしてしまうような爆風が吹き荒れ、水柱が紅く燃え上がった。

 

 

(爆風が抑えきれていない……!)

 

 

エレシスは必死に水を制御していた。

 

水柱の中では常に水蒸気爆発が発生し続けている。

 

水蒸気爆発を外に出さないように水で防いでいるが、爆風が抑えきれず、辺りに暴風が吹き荒れていた。

 

大樹の生死がどうなったかは聞くまでも無い。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

「「!?」」

 

 

水柱が黒く染まり、破裂した。黒い水が辺りに飛び散り、黒い雨が降る。

 

水柱があった場所には黒い球体が出現していた。

 

 

「決着をつける前に、少し話をしねぇか?」

 

 

黒い球体から声が聞こえる。

 

黒い球体はゆっくりと開かれ、

 

 

バサッ!!

 

 

大きく広がった。

 

黒い球体は黒い光の翼によって包まれたモノだった。

 

 

大樹の背中から生えている、四枚の黒い光の翼によって。

 

 

エレシスとセネスは絶句していた。大樹が生きていたことに。

 

神の力では無く、吸血鬼の力で二人は圧倒されているのだ。

 

 

「まず結論から言うと、セネス」

 

 

大樹は告げる。

 

 

 

 

 

「お前も保持者だな」

 

 

 

 

 

「ッ…………!」

 

 

セネスは驚き、唇を噛んだ。

 

 

「お前は炎と鍛冶の神と呼ばれた【ヘパイストス】の保持者だ。武器の生成、炎を使えるから間違いないはずだ」

 

 

「……だから何よ」

 

 

「そうだな。だから何って言うとな……どっちとも本物ってことだよ」

 

 

「意味……分からない……」

 

 

「最初はお前らのどっちかが分身か何かだと思っていたんだよ。でも、違った」

 

 

黒い翼を羽ばたかせ、エレシスとセネスの前に降り立つ。

 

 

「お前ら二人は、ちゃんと生きているんだって」

 

 

「当たり前だ!お姉ちゃん、今だってちゃんと……!」

 

 

「いや、そこはほんの少しだけ否定させてもらう。昔……つまり前世。死ぬ前のことを否定させてもらう」

 

 

大樹は告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前の姉は、生きていない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やめろおおおおおォォォ!!!」

 

 

セネスは耳を塞ぎながら叫んだ。

 

 

「生きてる!お姉ちゃんは生きてる!生きてる生きてる生きてる生きてる生きてるッ!」

 

 

「奈月…………」

 

 

エレシスは悲しげな表情でセネスの本当の名を呟く。

 

 

「現実を見ろ!本当は分かってんだろ!?いい加減、姉離れしろこのシスコンがッ!」

 

 

「黙れッ!!」

 

 

ガチンッ!!

 

 

エレシスの片手剣が大樹に向かって振り下ろされ、俺はそれを【護り姫】で受け止めた。

 

 

「お姉ちゃんの……お姉ちゃんの何が分かるんだよッ!?」

 

 

「ならお前は分かるのかッ!?」

 

 

ガチンッ!!

 

 

俺は剣を弾き飛ばし、セネスの着ている赤いワンピースの胸ぐらを左手で掴んだ。

 

 

「お前は本当に姉を分かっているのか!?」

 

 

「分かる!私が一番陽お姉ちゃんを理解しているッ!」

 

 

セネスは暴れ回り、パンチや蹴りが俺に叩きこまれる。しかし、ここで俺が逆ギレしても意味が無い。

 

セネス……いや、奈月が反論できないことを言うしかない。

 

 

「なら質問だ!陽の友達の名前を言えるかッ!?」

 

 

「ッ!?」

 

 

その時、セネスの動きが止まった。

 

 

「陽が写った写真はあるか!?陽が楽しく友達と喋っている所を見たことあるのか!?」

 

 

「そ、それは……!」

 

 

「陽が好きだった食べ物は!?陽が好きな本は!?陽が憧れていた人は!?」

 

 

「い、言えるわよ……言え、る……!」

 

 

「……じゃあお前らの食卓で、陽の皿が並べられたことがあるか?」

 

 

「それはあの女が……!」

 

 

「母親をあの女呼ばわりか!?親不孝者めがッ!!」

 

 

「うるさあああああいッ!!」

 

 

セネスの叫び声と共に、周囲に火の玉がいくつも出現し、燃え上がっている。

 

 

「【(ほむら)(つるぎ)】!!」

 

 

小さな炎は剣の形になり、一斉に大樹に向かって飛んで来る。

 

 

「無駄だッ!」

 

 

バシュンッ!!

 

 

大樹の黒い光の翼は伸び、炎の剣をムチのように全て叩き消した。

 

 

「どうして!?」

 

 

セネスは俺の腕を掴み、力を入れた。普通の人なら骨を簡単に折るほどの力で。

 

 

「どう、して……お姉ちゃんを認めて、くれないの……?」

 

 

涙を流しながら、俺の目を見ていた。

 

俺は掴んだ胸ぐらを放し、セネスを地面に下ろす。

 

 

「認めないわけじゃない……お前が現実を見ないと、陽が悲しむんだ」

 

 

「そんなこと……ないッ……!」

 

 

「姉ちゃんのことを分かっているなら……今、アイツがどんな気持ちか当ててみろよ」

 

 

俺はエレシスの方に顔を向ける。セネスも同時にエレシスの方に顔を向けた。

 

 

「お姉ちゃん……」

 

 

セネスの声にエレシスは……。

 

 

「どうしました……奈月」

 

 

無表情のまま、首をかしげた。しかし、陽の瞳はどこか悲しげだった。

 

 

「私……私ッ……!!」

 

 

涙をポタポタと流しながら、エレシスと話す。

 

 

「お姉、ちゃんが……頭が良くて……綺麗で、可愛くて……いつも、いつも……憧れていたッ……!」

 

 

「そうですか」

 

 

「でも……私……お姉ちゃんの、こと……!」

 

 

そこで言葉が途切れ、セネスは顔を手に当てまた泣き出す。

 

俺はセネスに近づき、手を頭に置いて、優しく撫でた。

 

 

「思っていることちゃんと言え。そうでないと、真実をお前に話せない」

 

 

「知ら、なくて……いいッ……!」

 

 

「このまま知らないでいたら、お前の心がもっと苦しむ。そして、陽も苦しいままだ」

 

 

「……ッ!」

 

 

セネスは涙を拭きとり、エレシスの目を見る。

 

セネスの目は赤くなっており、エレシスは無表情だが、目が少し悲しんでいるように見えた。

 

 

「お姉ちゃん……」

 

 

「何でしょうか?」

 

 

「私……私ッ……!」

 

 

また涙が溢れ出すが、それでも言い切った。

 

 

 

 

 

「お姉ちゃんのこと、()()()()()()知らないのッ!!」

 

 

 

 

 

 

「ッ……そう、ですか」

 

 

セネスの言葉に、エレシスは驚いた顔をしたが、すぐに元の無表情に戻った。

 

 

「お姉ちゃんの好きなモノ……お姉ちゃんのこと……何にもわかんないッ……!」

 

 

「……大丈夫です。私にも、分かりませんから」

 

 

「何で……何でよ……お姉ちゃんのこと、何にも分かんないよぉ……!」

 

 

「……そろそろ教えてくれますか、楢原さん」

 

 

エレシスの視線が俺の方に向く。

 

 

「……お前も、聞く覚悟は?」

 

 

「大丈夫です」

 

 

「……分かった。新城 奈月。お前は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(かい)()(せい)(どう)(いつ)(しょう)(がい)……つまり多重人格者だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そ、そんな……!?」

 

 

「……………」

 

 

俺の言葉にセネスは真っ青になり、絶望していた。エレシスは無表情だが、手を強く握っていた。

 

きっとエレシスもどこかで気が付いていたんだ。しかし、信じられずにいた。

 

 

「奈月は『陽という名の人格』を持っていたんだ。持っていた理由は憶測でしかないが、二重人格なのは確実だ」

 

 

俺の言葉にセネスが今にも倒れそうなくらい顔が真っ青になっていた。フラフラになっていたセネスの体をエレシスが肩を持って支える。

 

 

「お前の母が残した日記帳を見た」

 

 

「日記ですか?」

 

 

エレシスの確認に俺は頷く。

 

 

「日記は燃えカスになっていたが、原田が力を使って修復してくれたんだ。日記は大雑把な内容が書いてあったが、大体把握できた」

 

 

俺はセネスにあることを尋ねる。

 

 

「小学5年生の時……というと9歳か10歳の時。奈月はいじめにあっていただろ?」

 

 

「……あった……その時はお姉ちゃんが……!」

 

 

 

 

 

「日記には『陽が10人以上の生徒を重傷にした』って書いてある」

 

 

 

 

 

その言葉に、セネスとエレシスは息を飲み込んだ。

 

 

「『性格が豹変し、生徒に暴行。先生から聞いた話によると、あの子が虐められていたことが分かった。子供がつらい状況に追い込まれていることに気付かなかった自分が死ぬほど恥ずかしい。そして情けない』」

 

 

「ど、どういうことなの……!?」

 

 

耳を疑ったセネスが身体を震わせながら俺に尋ねる。

 

しかし、俺は続きを読む。

 

 

「『あの子はまだ自分に姉がいると言っている。そのせいで世間から冷たい目で見られる日々が続く。でも、あの子がそう言い続けるならばそれでいい。離婚してから夫がいない今、あの子は私しかいないのだから』」

 

 

「「ッ!?」」

 

 

その言葉にはエレシスも驚いていた。

 

 

「お父さんは死んだんじゃ……!?」

 

 

次々と知らなかった事実が読み上げられ、セネスの顔色がどんどん悪くなっている。

 

記憶の中から俺は夫と別れた日の日記を思い出し、読み上げる。

 

 

「……『夫が出て行った。理由は奈月が姉のことを言い出したこと。夫はあの子のことを受け止めて切れなかった。でも、私は見捨てない。ちゃんと教えれば、いつか分かってくれる日が来る。例え私が嫌われてもいい。あの子が幸せになるなら』」

 

 

「……いや……いやッ……!」

 

 

セネスの目からまた涙が溢れ出る。

 

憎んでいた母親がこんなに優しい人だと分かってしまったからだ。

 

姉を否定していたのは周りの人から嫌われないようにするため。悪役を自ら演じていた母。

 

 

「……中学二年生。14歳の時……最後の日記を読んでいいか?」

 

 

「最後……!」

 

 

「……母が死んだ日ですね」

 

 

今の二人には聞きたくない話だった。

 

真実が分かった今、罪悪感で押しつぶされそうになっている。もう彼女たちの心は持ちそうに無かった。しかし、

 

 

「……読ん、でッ……!」

 

 

「お願いします……!」

 

 

二人は手を握り、覚悟を決めた。

 

四本の足は震え、セネスは涙を流し、エレシスは唇を強く噛んでいる。

 

俺は最後の日を読み上げる。

 

 

「『限界が来た。パートは首になり、用意できる食事が無い。通帳の残額も2桁になっている。このままでは二人とも死んでしまう』」

 

 

何故か俺の声も震えていた。いや、震えていておかしくない。

 

 

「『私の両親なら奈月の面倒を見てくれるだろう。事情もちゃんと分かっている。しかし、両親の世話になったとしても、腰が悪くなった父と目が見えない母に全てを任せることはできない』」

 

 

怖いんだ。俺も真実を告げるのが。

 

 

「……『いや、これは一番のチャンスかもしれない。奈月を救う一番の方法がある。私の両親と奈月が一緒に暮らしていける金も稼げて、奈月の姉を消すこともできる方法が』」

 

 

彼女たちには耐えられない重い真実だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『多額の保険金を私に賭け、自分の部屋を放火して、奈月の前で姉を殺したように見せかける』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時、セネスがエレシスに抱き付き、大泣きした。

 

エレシスは悲痛な表情になり、涙をポロポロとこぼした。

 

 

「お母さぁんッ!お母さぁんッ!!」

 

 

何度も母の名前を呼び、泣き叫んでいる。

 

後悔と罪悪感がセネスに一気に圧し掛かり、彼女を壊していた。

 

 

「『陽。あなたの姉を殺します。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……』……雑な字だが最後のページまでずっと書き続けてある。ずっと謝り続けている」

 

 

俺の声は届いてあるだろうが、セネスの涙は溢れ出している。

 

 

「……最後のページの端……最後だけは違う言葉が書かれている」

 

 

俺はゆっくりと読み上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『私の愛する()()の娘。永遠に愛しています』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「ッ!?」」

 

 

その言葉に二人は涙を止めて驚く。

 

 

「お前らの母親は、誰よりも奈月……いや、奈月と陽を信じていたんだ!でも、一番に分かっていたせいで……つらい選択をしなくちゃならなかったッ……!」

 

 

気が付けば大声で俺は叫んでいた。二人を責めているわけでもない。自分は何を言えばいいか正直分かっていない。

 

とにかく大事なことを言わないといけない。そんな使命感が俺の口を動かした。

 

 

「お前らは、一番理解してくれた人を憎んでいたんだッ!!もう分かっただろッ!?復讐する必要なんざねぇんだよッ!!」

 

 

「お母さぁん……お母さんッ……!!」

 

 

「……………ッ!」

 

 

二人はもう戦う気が無い。俺に武器を向けることも、敵意を向けることも。もう戦う理由は一切なくなった。

 

 

(人格に神の力を与えるってどういうことだよ……)

 

 

エレシスは神の力を持っている。それはポセイドンだということは確か。自分でもそう言っていた。

 

二重人格の一人に神の力が宿る。普通なのか異常なのか全く分からねぇ。

 

……とりあえず、二人が落ち着いたら話を聞く事にしよう。

 

 

「はぁ……とりあえず俺の仕事は終わりか……」

 

 

大きなため息が口から出る。少し体を動かせば全身がバキバキと痛みが襲い掛かっている。

 

 

 

 

 

「最悪な結末だな、哀れな双子よ」

 

 

 

 

 

 

「「「ッ!?」」」

 

 

その時、エレシスとセネスの背後に一人の男が現れた。

 

白い白衣を着て、短い黒髪でボサボサになっている。年齢は俺と同じくらい。

 

その時、嫌な予感がした。

 

 

「お前らッ!!ソイツから離れろおおおおおォォォ!!!」

 

 

俺が急いで駆け出すが、反応が遅かった。

 

 

ドスッ

 

 

 

 

 

既に男の両腕が二人の背中から突き刺さり、貫通していた。

 

 

 

 

 

「いッ……かはッ……!」

 

 

「……が、ガる……ペ……すッ……!」

 

 

セネスは何も喋れず、血を吐くことしか出来なかった。エレシスは男の名前だろうか。そう呟いた。

 

二人の腹部から赤い液体が流れる。

 

俺の中でどす黒い怒りが爆発した。

 

 

「貴様ああああああァァァ!!!」

 

 

ドゴッ!!

 

 

光の速さで男に近づき、【護り姫】を男の胸に突き刺した。

 

 

「おおおおおォォォ!!!」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

怒りの一撃。男の腹部を貫通させ、そのまま前に音速で走り抜る。その時、エレシスとセネスを貫通させていた腕が一緒に離れる。

 

 

「ッ!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

ある程度エレシスとセネスと距離を取った後、男を地面に叩きつけた。

 

男の体は原型を保っているが、音速の勢いで足と腕の骨がボロボロになっている。それでも、

 

 

「一刀流式、【紅葉(こうよう)鬼桜(おにざくら)の構え】!!」

 

 

刀をもう一度男の腹部に突き刺した。

 

 

「【一葉(いちよう)風鈴閃(ふうりんせん)】!!!」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

全てを破壊し、無に還す一撃必殺の技をぶつける。

 

地面に大穴が空き、男の体も一瞬で消えてしまった。

 

体は大穴の最下層まで叩きつけられただろうが、恐らく残っていない。既に体はぐちゃぐちゃになり、血が見つかる程度だろう。

 

 

 

 

 

「初見でここまで俺に傷つけるとは……さすがと言ったところか」

 

 

 

 

 

その声は、俺の背後から聞こえた。

 

後ろをゆっくりと振り向くと、そこには男が立っていた。

 

 

 

 

 

体に風穴が空き、腕と足が血まみれになった男が立っていた。

 

 

 

 

 

その男はさきほど大技を食らわせた人物。エレシスとセネスの体を突き刺した人物。

 

冷徹な眼差しで俺を見ている男が立っていた。

 

 

「お前……どうやって……!?」

 

 

「俺に痛覚はない。体の細胞は再生する」

 

 

体に空いた風穴からブクブクと赤い泡が溢れ出す。泡は男の体を飲み込み、巨大な泡の塊が出来上がる。

 

 

バンッ!!

 

 

泡が一瞬で全てを破裂する。赤い液体が一帯にばら撒かれる。

 

 

「ッ!?」

 

 

その光景に絶句した。

 

中から出て来た男。ソイツの着ている衣類。そして、肉体がすべて元通りになっていた。

 

血はどこにも一滴もついていない。

 

 

「こいつは肉体を再生させる細胞を改造したモノだ。正真正銘お前と同じ化け物ってわけだ」

 

 

「お前と……一緒にするんじゃねぇ!」

 

 

「一緒だ。吸血鬼に自分の体を差し出したんだろ。俺は悪魔に肉体を渡した。同じだ」

 

 

笑みをこぼす男に怒りを震わせるが、俺の足は動かなかった。

 

恐怖で動かないのか、技の反動が来ているのか、どちらか分からない。

 

 

(……まさか、こいつ……!?)

 

 

嫌な予感は的中した。

 

 

「自己紹介が遅れたな。俺は神の保持者の一人、ガルペスだ。一応、お前らの言う裏切り者の(おさ)をしている」

 

 

「テメェ……!!」

 

 

【護り姫】をより一層に強く握った。

 

予想通り、神の保持者だった。ガルペスからただならぬ殺気を感じ取り、予想はできていた。しかし、ボスが出て来たことは予想外だ。

 

俺はいつでもガルペスを殺せるように構える。

 

 

「それよりいいのか?二人が手遅れになるぞ?」

 

 

「ッ!?」

 

 

後ろを振り向くと、エレシスとセネスが全く動いていないことに気が付いた。

 

 

「おい!?しっかりしろ!?」

 

 

ガルペスのことを警戒せず、地面に倒れたエレシスとセネスに急いで駆け寄る。

 

二人は大量の血を流し、致命傷の傷を負っているが、今すぐ治療をすれば助かるかもしれない。なのに、

 

 

「何だよ……これ……!?」

 

 

エレシスとセネスの体が輝き始めたのだ。

 

光の粒子が二人の体から出され、宙に舞い出す。

 

この現象は見たことがあった。

 

かつてデメテルの保持者だった。バトラーと名乗った男。遠藤(えんどう) 滝幸(たきゆき)が最後に消えた時と同じ現象だった。

 

 

「何で……まだコイツらは救われていねぇだろ!?」

 

 

「俺が無理矢理抜き取ったからだ」

 

 

ゆっくりと近づくガルペスの右手には青い光の球、左手には赤い光の玉が浮いていた。

 

 

「右がエレシスの神の力。左がセネスの神の力だ。力を無くした体は最後を迎える」

 

 

「奪ったのか……!?」

 

 

「そういう言い方もあっているな」

 

 

「……返せ……返せよッ!!」

 

 

ダンッ!!

 

 

光の速度でガルペスとの距離を詰め、【護り姫】でガルペスの首を斬った。

 

 

バシュンッ!!

 

 

「なッ!?」

 

 

しかし、ガルペスの首は水のように透明になり、刀がすり抜けてしまった。ダメージを与えることはできていない。

 

 

「エレシスの力だ。お前に勝つすべは無い」

 

 

「ならコイツでどうだッ!?」

 

 

後ろに飛んでガルペスと距離を取る。

 

【護り姫】の刀身が紅く燃え上がり、炎がガルペスに飛んで行く。

 

 

ゴオォッ!!

 

 

紅い炎はガルペスを包み込み、巨大な炎柱が天高く燃え上がった。

 

 

「忘れたか?俺はセネスの力もあることを」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

「ッ!?」

 

 

巨大な炎柱が中から爆発し、紅い炎が消えた。

 

白衣のポケットに手を突っ込んだまま、無傷のガルペスが立っている。

 

 

「……そろそろ帰らないとな。コイツは貰っていくぞ」

 

 

ガルペスはそう言って、俺の斬られた右腕を拾い上げた。その不気味な行動に俺の足は震えた。

 

 

「テメェ……何を……!?」

 

 

「じゃあな。生きていたらまた会おう」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

巨大な水柱が地面から吹き出し、ガルペスを一瞬で飲み込んだ。

 

 

「ふざけるなよ……ふざけるなあああああァァァ!!!」

 

 

背中から生えた四枚の黒い光の翼が伸び、水柱を切り裂く。

 

 

バシュンッ!!

 

 

水柱が消え、大量の水が弾け飛んだ。

 

しかし、ガルペスはそこにおらず、気配は完全に消えてしまっていた。

 

何も取り返すこともできないまま、ガルペスは俺から逃げてしまった。

 

 

________________________

 

 

 

ガルペスは神の力を使役し、会場からすでに遠くまで離れていた。

 

手に持った大樹の腕をカプセル容器に詰め、小さく笑った。

 

 

「相変わらずお前は気持ち悪い奴だな。俺なら即捨てる。もしくは燃やす」

 

 

「ッ!?」

 

 

気配が全くなかったのにも関わらず、ガルペスの背後には一人の青年が立っていた。

 

 

「貴様ッ……!!」

 

 

「おー怖い怖い。力を奪われた奴って全員こんな気持ち悪いのか?」

 

 

「無駄口を叩くな。今ここで……」

 

 

「俺を殺せるってか?」

 

 

青年は恐ろしい笑みをうかべる。

 

 

「お前から奪った冥府神の力。そんな力を持った俺に、お前は本当に勝てるのか?」

 

 

「ッ……!!」

 

 

歯を思いっきり噛み、ガルペスは怒りを抑える。

 

 

「今に見てろ……貴様らは全員俺が殺す」

 

 

「……くはっ……ははッ……ハッハッハッハッ!!」

 

 

青年は大声で笑い、ガルペスを馬鹿にする。

 

 

「裏切られた神に復讐か!?根に持つんだな上野(うえの)君よぉ!?」

 

 

「その名前で俺を呼ぶな」

 

 

「じゃあ下の名前か?航平(こうへい)君にするか?ザコと書いて航平と読ませようか?」

 

 

ガシャンッ!!

 

 

大笑いする青年の背後に一気の直立戦車Ωが降り立った。

 

直立戦車Ωの拳が青年に振り下ろされる。

 

 

「ハッ、ゴミが」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

青年はいつの間にか右手に持った黒い拳銃で直立戦車Ωを撃ち抜いた。

 

直立戦車Ωの胴体に穴が空くが、中のコードがうごめき、再生しようとする。

 

 

ゴオオオオオォォォ!!!

 

 

その時、直立戦車Ωの空いた穴から黒い渦が巻き上がり、直立戦車Ωを飲み込んだ。

 

 

「ッ!?」

 

 

ガルペスは目を疑った。

 

黒い渦が消えると同時に直立戦車Ωは消え、何もかも無くなっていた。

 

直立戦車Ωの部品。抉れた地面の土。全て無くなっていた。

 

 

(司波が使った分解の消滅魔法とは違う……どうやってしたのか全く分からない……!?)

 

 

どんな考えや理論を並べても、その現象を説明することはできなかった。

 

 

「これが、実力の違いだ。お前がどんな神の力を持とうとも、俺には勝てない」

 

 

「ッ!」

 

 

青年はガルペスの方に振り向き、告げる。

 

 

「楢原 大樹を殺すのは、俺だ」

 

 

そう言って、青年は笑い、その場を立ち去った。

 

 

________________________

 

 

【大樹視点】

 

 

「ちくしょう……ちくしょうッ……!」

 

 

俺は地面に横になった奈月と陽の手を握り、何もできない自分に怒りを感じていた。

 

ガルペスに手も足も出せず、力を取り戻すこともできなかった。

 

奈月と陽の体がさらに光り輝く。もう長く持たないことが、見ていて分かる。

 

 

「……楢原さん。私は……何だったんでしょうか?」

 

 

陽が俺の目を見ながら尋ねる。

 

 

「私は……生きていたんでしょうか?」

 

 

「生きてるに決まっているだろうがッ!お前は陽と一緒に生きていたッ!それは俺が保障してやるッ!」

 

 

「そうですか……」

 

 

陽は目を細めて、笑みをこぼした。

 

その笑みは俺が今まで見て来た陽の中で、一番の笑顔だった。

 

 

「最初……驚き、ましたよ……生きてないって言われた時、悲しかったです」

 

 

「お前らは認められなかった。でも、母親は信じていたことを……!」

 

 

「分かっています……私たちの、ために……あんなことを言ったんですよね」

 

 

エレシスは空を見る。

 

 

「……もしあなたが……私たちの兄だったら……きっと母と一緒に理解してくれただろうに……」

 

 

「そのくらい……いくらでも俺がなってやる……お前らの兄になってやるから……だからッ」

 

 

「お姉ちゃんと……お兄ちゃん、か……私も嬉しいなぁ……」

 

 

奈月が握る手の力が強くなる。俺も同じように強く握り返す。

 

 

「ごめんなさい……いっぱい……傷つけて……」

 

 

「そんなこと、気にしてんじゃねぇよッ……!」

 

 

奈月の言葉に俺は何度も首を横に振った。

 

 

「私も……酷い事をして……たくさん振り回して……」

 

 

「……じゃあ許さねぇよ……お前らがしっかりと生きて……謝らないと……俺は絶対に許さねぇッ!」

 

 

「……優しいですね」

 

 

陽の手が俺の頬に触れた。

 

 

「私は……あなたの好きな人が羨ましかった……」

 

 

俺の頬を何度も撫でる。変に温かい血が俺の頬にベットリと付くが、気にしていられない。

 

 

「あなたの周りはいつも楽しそうな声と笑顔が溢れていた……そんな人達に……私たちは入りたかった……」

 

 

「頼むよ……俺はこんな結末……望んじゃいねぇ……!」

 

 

「でも、最後にあなたの妹になれて……愛を貰った今……私たちは」

 

 

「聞きたくねぇッ!」

 

 

俺は二人の手を強く握り、全神経を集中する。

 

 

「俺の神の力を分けてやるッ!だから生きてくれッ!」

 

 

「お兄ちゃん……」

 

 

奈月と陽が悲しそうな顔をするが、俺は無視して神の力を発動する。しかし、

 

 

「来い……今、俺の力を出すときだろうがッ……!」

 

 

神の力は発動されない。

 

 

「来いよ……来い来い来いッ!!力をよこせよッ!!」

 

 

「もう、いいですよ……」

 

 

何度も力を出そうとするが、俺の背中から翼が生えることはない。黒い光の翼だけしか現れない。

 

そんな俺を見た陽が首を横に振った。

 

 

「私たちは……大丈夫です」

 

 

「ちくしょう……ちくしょうがッ……!」

 

 

二人の握る力が弱くなるが、絶対に手を放さないように俺が代わりに力を入れる。

 

 

「大樹さんッ!」

 

 

「大樹君ッ!」

 

 

その時、会場の方から二人の女の子が走って来た。

 

 

「黒ウサギ……真由美……」

 

 

「大丈夫ですか!?」

 

 

黒ウサギが俺の怪我を調べようとするが、奈月と陽が倒れていることに気が付き、動きを止めた。

 

 

「新城さん!?どうして……!?」

 

 

「真由美、話は後で話す。それよりも黒ウサギ。お前の治癒の恩恵で二人を救ってくれッ!」

 

 

黒ウサギの肩を掴み、俺は頼み込んだ。

 

俺の必死さが伝わったのか、黒ウサギは何も言わずにギフトカードを取り出す。ギフトカードから優しい光が溢れ出し、二人の体に降り注ぐ。

 

しかし、黒ウサギの表情が暗くなっていた。

 

 

「大樹さん……」

 

 

「いや、続けてくれ」

 

 

「ですが……」

 

 

「お願いだ……」

 

 

その時、ギフトカードから溢れ出る光が止まった。

 

 

「黒ウサギの持っている恩恵では……何もできません……」

 

 

「……………」

 

 

突然頭が鉛のように重くなり、下を向いた。

 

地面を見るが、答えはどこにも書いていない。

 

 

「また……何もできないのか……」

 

 

美琴……アリア……優子……また三人のように助けてあげれないのか。

 

弱い。また弱い自分になるのか。

 

 

「大樹君」

 

 

その時、俺に声をかけたのは真由美だった。

 

 

「この会場に……いえ、みんなの命の危機が迫っているの」

 

 

「……何だ?」

 

 

力の無い声だったが、一応言葉は耳に入ってきている。

 

 

「火山ガスがこの一帯に流下してしまうの」

 

 

「火山ガスだと……?」

 

 

「火山に爆弾が仕掛けてあるの」

 

 

「なッ!?」

 

 

真由美の言葉に息を飲んだ。

 

爆弾で火山を強制的に噴火させ、噴石の落下での破壊。火山ガスでここにいる会場の即死を狙っていることがすぐに理解できた。

 

そのことを聞いた奈月と陽も驚いていた。どうやら知らなかったようだ。

 

 

「いつの間に仕掛けやがったんだ……!?」

 

 

いや、仕掛けている時があった。

 

富士の樹海の中にテント爆破。あれは俺たちを騙すためじゃなく、()()()()()()()()()()()()ための罠だったのだ。

 

既にあの時から作戦が進められていた。

 

 

「何もかも……できていねぇじゃねぇかよ……!」

 

 

見回りをしたこと。選手に怪我をさせないようにしたこと。全てが水の泡になっている。

 

 

「大樹君……」

 

 

「待て。今、考える」

 

 

強力な冷却魔法【ニブルヘイム】を使えばいけるか?……いや、あの大きさじゃ何百人も必要だ。それに今から富士に行っても間に合わないはずだ。

 

なら俺が急いで山に向かい、爆弾を撤去するしかない。

 

 

「爆弾がどこにあるか分かるか?」

 

 

「……ここに載っているわ」

 

 

難しい顔をした真由美は手に持った端末のディスプレイを俺に見せる。

 

そこに書いてあった内容は、

 

 

「爆弾の数……1000だと……!?」

 

 

山の中だけでは無い。山の外壁も、地中深くにも爆弾があることが映っていた。

 

火山ガスが勢いよく流下するように計算された爆弾の配置だった。

 

俺一人じゃ……到底できない……。

 

グルグルと視界が回る。考えたくない状況だった。

 

 

「い、急いで逃げ……」

 

 

「外にはテロリストがいるわ」

 

 

「俺がぶっ飛ばして道を開ければ……」

 

 

「10万人を一気に走らせれば怪我人どころか死人がでるわ」

 

 

「……爆破時間は?」

 

 

最後に、一番聞きたくないことを聞いてしまった。

 

 

「残り……5分を切ったわ」

 

 

「……ハハッ」

 

 

乾いた笑いが俺の口から出て来た。

 

 

「何だこれ……何も守れていねぇじゃん……」

 

 

目も当てられない悲惨な状況だ。救いの言葉なんて、どこにも存在しない。

 

俺は二人の手を放し、立ち上がる。

 

富士の山の方角に歩き、前に出る。

 

 

「……抜刀式、【刹那(せつな)の構え】」

 

 

【護り姫】の刀身を鞘に直し、片足を地面について集中する。

 

鞘の中から紅い光が溢れ出し、刀身を輝かせる。

 

 

「【横一文字・(しょう)】」

 

 

ザンッ!!

 

 

光の速度で放たれた一撃は紅いカマイタチとなり、音速を越えた速度で富士の山へと向かっていく。

 

 

ドゴオオオオオォォォ………!!

 

 

カマイタチは山の外壁に激突し、紅い煙を上げた。

 

 

「無理だ……」

 

 

カランッ

 

 

手から刀を地面に落とし、両膝をついた。

 

 

「何で……俺の力はこんなにちっぽけなんだ……」

 

 

吸血鬼の力を最大に込めた一撃がアレだ。距離が遠くなっていても、あの威力の一撃なら今までの一撃と比べたらかなり強い部類だ。

 

しかし、富士の山を飛ばせるほどの威力までには達しなかった。

 

残された道は富士の山の破壊。それしかない。

 

だが俺にはできなかった。破壊など出来る気がしない。

 

 

(そもそも山を吹っ飛ばす……って方法自体がバカげているよな)

 

 

次から次へと問題が山積みになって行く。俺の頭じゃ対処できなくなっている。

 

もう……駄目なのか……?

 

 

(いや、まだだ……神の力を……出していない……まだ諦めんじゃねぇ……)

 

 

俺は刀を拾い上げ、もう一度鞘に刀身を直す。

 

 

「一刀流式、【刹那の構え】!!」

 

 

紅い光が鞘の中から溢れ出す。

 

 

「【横一文字・翔】!!」

 

 

ザンッ!!

 

 

先程より強い威力を持った紅いカマイタチが富士の山に向かって飛んで行く。

 

 

ドゴオオオオオォォォ………!!!

 

 

そして、山の外壁にぶつかり、紅い煙を巻き上げる。

 

 

「うおおおおおォォォ!!!」

 

 

ザンッ!!

 

 

二撃目。

 

 

ザンッ!!

 

 

三撃目。

 

 

ザンッ!!ザンッ!!

 

 

四撃目。五撃目。

 

 

「あああああァァァ!!」

 

 

ザンッ!!

 

 

六撃目。

 

 

「はぁ……はぁ……!!」

 

 

六撃目を放った後、俺は刀を手から落としてしまい、前から倒れてしまった。

 

 

「大樹さん!!」

 

 

急いで黒ウサギが駆けつけ、俺の体にギフトカードを当てる。優しい光が俺を包み込む。

 

 

(ちくしょう……!)

 

 

俺の斬撃は四撃目から小さくなっていた。五撃目になってから山に届かず、六撃目はカマイタチすら出なくなっていた。

 

 

「まだ……まだだ……!」

 

 

「もう限界です!右腕が……!!」

 

 

右手で刀を持ち、何度も振るっていたせいで俺の右腕の骨は既に粉々になっている。肉が抉れていないのが奇跡に近い。

 

それでも俺は右手で刀を握った。

 

 

「今、諦める時じゃねぇ……!」

 

 

「ですが……!?」

 

 

「今ここで俺が逃げたら……もう俺は……『俺』じゃなくなる!」

 

 

「ッ!」

 

 

「だから黒ウサギも……手伝ってくれッ……!」

 

 

大樹の必死な表情を見た黒ウサギは、ギフトカードから【インドラの槍】を取り出す。

 

 

「では、一緒にぶつけましょう」

 

 

「さすが……頼りにしているぜ……」

 

 

俺はもう一度【護り姫】の刀身を鞘に直す。

 

 

「黒ウサギッ!!投げろッ!!」

 

 

「穿てッ!!【インドラの槍】!!」

 

 

バチバチッ!!

 

 

第三宇宙速度で放たれた最強の槍【インドラの槍】が富士の山へと飛んで行く。

 

 

「これでも食らいやがれえええええェェェ!!!」

 

 

鞘が紅く光り、俺は刀を持つ手を変える。

 

 

「うおおおおおォォォ!!!」

 

 

光の速度で刀を抜き取り、【護り姫】を槍と同じ要領で投げた。

 

 

ゴオオオオオォォォ!!!

 

 

紅い流星が山に向かって突き進む。

 

 

(行けるッ!!)

 

 

【インドラの槍】と俺の攻撃。当たれば……!?

 

 

ガシャンッ!!

 

 

 

 

 

その時、俺の投げた【護り姫】の目の前に、黒い装甲を身に纏った直立戦車が進行を妨げた。

 

 

 

 

 

黒ウサギの【インドラの槍】も、直立戦車が同じように進行を妨げている。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

直立戦車は簡単に貫通し、爆発した。

 

黒ウサギの投げた【インドラの槍】も直立戦車を貫通し、爆発していた。

 

 

ガキンッ!!

 

 

ゆっくりと音が鳴った方に顔を向けると、そこにはあってはならないモノがあった。

 

俺から10メートル離れた先に、【護り姫】が地面に突き刺さった。

 

本来なら山に突き刺さらないといけないはずの刀が。

 

 

「ふざけんなよ……」

 

 

【護り姫】を取りに、俺はゆっくりと歩く。

 

 

「あんなのアリかよ……」

 

 

全てを込めた一撃があんなモノに邪魔されるなんて。

 

もう一度山の方を見れば、何十機も同じような直立戦車が飛び回っていた。

 

 

「……………」

 

 

いつの間にか、俺の足は止まっていた。

 

動けよ。刀を取って攻撃しないと。

 

動けよ。みんな死んじゃうかもしれないんだぞ。

 

動けよ。動けよ。動けよ。

 

 

(何で俺の足はこんなに重いんだ……)

 

 

気が付けば、俺はもう諦めていた。

 

 

ザシュッ

 

 

俺の横を誰かが通り抜け、【護り姫】を地面から引き抜いていた。

 

刀を丁寧に両手で持ち、俺の方に歩み寄って来る。

 

 

「真由美……」

 

 

「……無理なことくらい、分かっているわ」

 

 

真由美の声は小さかったが、俺の耳にはしっかりと聞こえていた。

 

 

「でも、もう大樹君にしか希望は残っていないの」

 

 

そう言って真由美は会場の方に目を向けた。つられて俺も会場の方に目を向ける。

 

会場にいる観客は静かだった。悲鳴や怒号など無い。みんな口を閉じていた。

 

視線は俺たちの方に向けられている。

 

 

「誰かが……多分テロリストだと思うけど、その人が火山の噴火のことを言いふらして、パニックになったけど……みんなが協力して落ち着かせたの。ここに来る途中、生徒会や選手のみんな……他の学校生徒が頑張っていた」

 

 

「……………」

 

 

「私たちはこれだけのことしかできない……でも大樹君は違う。私達にできないことをやり遂げれる、ヒーローなの」

 

 

【護り姫】を前に出して俺に受け取るように目で訴える。

 

 

 

 

 

「お願い……私たちを……みんなを救って」

 

 

 

 

 

「真由美……」

 

 

俺の力は小さい。でも、アイツらはもうこんな(弱者)にしか頼れねぇんだ。

 

力を持った者が最前線で戦わなくちゃならない。弱い者を守らなきゃいけない。

 

 

(いや、弱い奴なんていねぇんだよ)

 

 

真由美がこうして言ってくれなきゃ俺はずっと気付かなかった。

 

諦める選択……そんなモノ、ドブの中に捨てろ。

 

他の人は今でも戦ってんだ。外でテロリストたちと。会場の中にいる敵と。そして恐怖に負けそうになっている自分と……諦めずに戦っているんだ。

 

やってやる。勝利の女神に嫌われても、奇跡を無理矢理でも起こして、みんなを守って見せる。

 

 

「そうだ。俺だけが諦めることは……許されない」

 

 

俺は【護り姫】を受け取る。

 

 

「……ごめんなさい。私が一番何もできていないのに……」

 

 

「真由美」

 

 

俺は首を横に振って否定する。

 

 

「真由美のおかげで俺は最後まで戦える。だから、ちゃんと見ていてくれよ」

 

 

「ッ!」

 

 

俺の言葉を聞いた瞬間、真由美の目から涙が零れ落ちた。

 

 

「ええ……見てる……ちゃんと見ているわッ……!」

 

 

泣いてしまうのも当然だ。真由美にも怖い思いをさせているのに、俺の所まで走って来た。

 

逃げたい気持ちを殺して、俺を心配して来てくれた。

 

 

(今、俺が言える言葉……)

 

 

俺は真由美の涙を指で拭き取る。

 

 

「絶対に、勝って見せる」

 

 

笑顔で言うと、真由美は何度も頷いてくれた。

 

 

 

________________________

 

 

 

前に歩き、富士の山を見る。富士の山がさっきより小さく見えるのは錯覚だろうか?もし錯覚じゃないのならそのままどんどん小さくなってほしい。

 

 

バサッ!!

 

 

背中から黒い光の翼を出現させ、空高く羽ばたく。

 

 

(これで……決めるッ!!)

 

 

ラストチャンスだ。この一撃に全てを賭ける。

 

【護り姫】から紅い炎が渦巻き、刀身を燃え上がらせる。

 

 

(クソッ……)

 

 

認めたくないが、この力で放った斬撃の威力だと全く足りない。

 

 

(神の力……)

 

 

頼む……お願いだ……俺に力を……!!

 

 

トンッ

 

 

その時、誰かが俺の両肩に手を置いた。

 

 

「ッ!?」

 

 

振り返った瞬間、目を見開いて驚愕した。

 

 

「奈月ッ!?陽ッ!?」

 

 

銀色の翼を生やした奈月。水の翼を生やした陽。二人が俺の肩に手を置いていた。

 

 

「私たちの最後の力……受け取ってください」

 

 

「ふざけんなッ!!そんなモノ……!」

 

 

「私たちは救われたッ!!」

 

 

「ッ!?」

 

 

陽の大声に俺は驚く。

 

 

「でも、あなたがここで死んだら……私たちはまた救われなくなる……!」

 

 

「それでも……俺は……!」

 

 

「私たちに……最後の恩返しをさせてください」

 

 

陽は優しい笑みを俺に向けた。

 

 

「馬鹿。私にはやることがあるんだから、さっさと力を貰ってよ」

 

 

「奈月……」

 

 

「情けない声……出さないでよ。お母さんにお兄ちゃんのこと……紹介できないじゃん……」

 

 

奈月は涙を流しながら笑顔を俺に向けた。

 

 

「……すまねぇ。こんな情けない兄貴でよ……」

 

 

「それは違います」

 

 

「ううん、違うよお兄ちゃん」

 

 

二人は声を揃えて、言う。

 

 

「私たちの自慢のお兄さんです」

 

 

「私たちの自慢のお兄ちゃんだよ」

 

 

一緒に二人は笑顔になった。

 

 

「……分かったよ。妹のために、兄ちゃん頑張って来るわ」

 

 

その時、俺の中に力が流れ込んできた。

 

流れて来た力はとても小さかった。しかし、暖かい力だった。

 

 

「【ソード】」

 

 

俺の左手に銀色の剣が出現する。

 

同時に俺の背中に触れていた二人の手が離れた。俺は振り返らず、構える。

 

 

「二刀流式、【紅葉鬼桜の構え】」

 

 

二本の刀身に紅い炎が渦巻く。

 

刀と剣を交差さえ、十字に構える。今出せる全ての力を刀身に込める。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

その時、火山の周りが一気に爆発した。仕掛けてあった爆弾がついに爆発したのだ。

 

 

ゴゴゴゴゴッ!!!

 

 

地面が大きく揺れ、大地を揺るがす。

 

 

「……お兄ちゃん」

 

 

「……お兄さん」

 

 

二人の体が光り出し落下しながら手を握っていた。

 

そして、大樹を見ながら最後の言葉を贈る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「頑張れ、お兄ちゃん」

 

「頑張ってください、お兄さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおおおおおォォォ!!!」

 

 

光の速度で放たれる最強の十字斬撃を富士の山に向かって放つ。吸血鬼の力を最大に出した力だ。

 

 

「【双葉(そうよう)雪月花(せつげつか)】!!」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

紅蓮の炎を纏った十字の斬撃が富士の山に向かって放たれた。

 

……数学は嫌いだが、一つだけ好きことがある。

 

どんな小さい力の数字3や4でも大きな数字に変える方法を知っているか?

 

頭の悪い回答だと思ってもらっても結構。俺は数学は嫌いだし、馬鹿だ。

 

でも、この考え方は好きだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一億という俺の力を掛けてやれば、3億や4億になるんだぜ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この日、富士の山が消滅した。

 

 

同時に、教科書に載るような歴史を動かす日になった。

 

 

 

________________________

 

 

 

 

 

「ねぇ、お姉ちゃん」

 

 

 

「何でしょうか?」

 

 

 

「お母さん……許してくれるかな?」

 

 

 

「……分からないです。ですが……」

 

 

 

「……?」

 

 

 

「私たちも、母を愛していることを伝えましょう」

 

 

 

「……そうだね。あんなに私たちのこと愛してくれたもん。また仲良くなれるよね?」

 

 

 

「えぇ……きっと仲直りもできます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私、お姉ちゃんのこと……大好き」

 

「私も、奈月のことが好きです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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無力な勇者は立ち上がる

「なぁロリっちゃん」

 

 

「貴様殺されたいのか?」

 

 

俺は病院のベッドで横になったはじっちゃんに一言。司はそばに置いてあった果物ナイフを手に取り、俺に向けた。やめて。危ないから。

 

お互いに病院の青い入院服を着ており、俺は三角巾で右腕を吊るしていた。頭には包帯を巻いており、今回はあまり怪我をしていないように見えるが……右腕の骨、粉々だからな?

 

司はベッドで横になって包帯グルグル巻きになっている。重傷らしい。

 

 

「すまん。悪気はないんだ。許してくれロリコン」

 

 

「ここまで心が籠っていない謝罪は初めてだぞ」

 

 

「じゃあ……誰だよその子」

 

 

司のベッドの横には真っ白の髪をした女の子が司にピタッとくっついていた。

 

赤色入院服を着ており、全身が司と同じように包帯が巻かれているが、司よりは元気があるみたいだ。

 

 

「僕が一番聞きたい。誰だコイツ」

 

 

「黒ウサギに聞いた話によると【殺戮ピエロ(マッサカァ・クラウン)】らしい」

 

 

「知ってるじゃないか……」

 

 

「これは名前じゃねぇ、名称みたいなもんだろ。違法実験のことは資料で見たことがあったが、そこまで酷い実験だったとはな」

 

 

「……一般の奴は絶対に知れない実験だと思うが?」

 

 

「さっきハッキングした☆」

 

 

「お前、今度は本当に捕まるぞ」

 

 

牢獄生活は勘弁してほしい。不味い飯は食いたくない。

 

 

「名前は何て言うんだ?」

 

 

「それが番号しか言わないんだ。恐らく名前は覚えていないと思う」

 

 

司の言葉に俺の表情が硬くなる。

 

柴智錬は逮捕された。もう逃げられないように警察の上層部から直々に逮捕し、身柄を捉えた。今は牢屋の中に放り込まれているだろう。不龍三姉弟のカトラと一緒にな。

 

 

 

 

 

一つ言うことを忘れていたが、あの事件が終わった後、既に一週間が経過している。

 

 

 

 

 

……いろいろと言いたことはあるが、順番にゆっくりと整理しよう。

 

テロリストはまず3分の2は捕まえ、残りの3分の1は逃げた。まぁ数が多かったし、通信や機械が何も使えなかった状況でこの成果はむしろ好ましいと思えるが。

 

学校の選手がテロリストに立ち向かえた人数が多かったことで、テロリストは勝つことができなかったのだろう。

 

次に九校戦だが、明日から再開される。明日はミラージュ・バット。明後日はモノリス・コードだ。

 

九校戦を行うことで、テロリストからのダメージは少ない。我々は適切な対応ができたと言うことをアピールしたいのだろう。

 

そして、今回の事件で一番大変なことは……。

 

 

「……お前、富士の山を消したらしいな」

 

 

「もうやめてくれ」

 

 

富士山を消滅させたことだ。

 

……裁判長。待ってください。僕は国民を守る為に富士山を消したんですってえぇ!?死刑!?……正当な判決過ぎて何も言えねぇ。

 

 

「日本の世界遺産を潰すなんて……お前、全日本人を敵に回したな」

 

 

「俺……もうお外歩けない……」

 

 

部屋の隅で俺は体操座りで落ち込んだ。

 

警察には爆弾を刺激して、山を爆破させたことにしているが、俺が山を破壊したことには変わらない。

 

しかし、約10万人以上の命を救ったことで現在は警察からの事情聴取は無くなり、裁判など厄介なことに発展しないよう警察は動いてくれている。

 

……裁判などに発展しない本当の理由は、十師族のおかげです。ごめんなさい、嘘つきました。一条家、七草家、十文字家。ありがとうございます。

 

 

「七草家が一番動いてくれてるな」

 

 

「もう頭が上がらない」

 

 

真由美と会った時は地面に顔を突っ込んで話さないといけないレベル。

 

 

「話がずれたが、その子の名前ははじっちゃんが決めれば」

 

 

「僕が?」

 

 

「決めないなら俺が決めるぞ?」

 

 

「じゃあお前に任せる」

 

 

「カマフィーヌ・アルバレルクリアンセ」

 

 

「僕が考える」

 

 

作戦通り。それが良いよ。『決めないなら俺が決めるぞ』って言った瞬間、女の子の顔が曇ったもん。

 

 

「……番号が15だったな。フィフでいいだろ」

 

 

「……適当そうに見えてちょっと良い名前だよな」

 

 

「違う!適当だ!」

 

 

「フィフ……?」

 

 

フィフは首を傾げて司を見る。

 

 

「はじっちゃんのことをよろしくな、フィフちゃん」

 

 

プイッ

 

 

あ、顔逸らされた。死にたい。

 

 

「おい。もう名前もあげたから帰れ」

 

 

「嫌」

 

 

「帰れ」

 

 

「嫌」

 

 

「帰れ!」

 

 

「嫌」

 

 

「……アイツについていけば幸せになるぞ」

 

 

何で俺を指差すんですか。どうせ返ってくる言葉が、

 

 

「……目が濁ってる」

 

 

うん、そんな返しが来るって思ってた。濁っているのか、俺の目。

 

 

「目は濁っているが優しい奴だ。俺は保証しない」

 

 

「いや、そこはしようぜ?あと俺の目をディスんないで」

 

 

「山……消したんでしょ?」

 

 

「ああ、確かに消した張本人だ」

 

 

「……怖い」

 

 

「俺の印象、超最悪だなッ!!」

 

 

もうフィフちゃんが司の後ろに隠れて髪しか見えないよ!完全に怖がられているよ!

 

……仕方ない。やり返しだ。

 

 

「なぁフィフちゃん」

 

 

「嫌」

 

 

「まだ何も言ってないよね?」

 

 

「……何?」

 

 

「俺はロリコンじゃない……けど、はじっちゃんはロリコンなんだ。もしかしたらこのままアタックし続ければ……分かるよな?」

 

 

あれ?何か凄い威力で返って来るブーメランを投げたような……気のせいか?

 

 

「おい貴様!?」

 

 

「アタック……?」

 

 

ゴッ!!

 

 

「痛ぁッ!?」

 

 

「ちょっとフィフちゃん!?」

 

 

アタック(物理)じゃないよ!?

 

 

「……へへッ、好き?」

 

 

「大っ嫌いだよッ!!」

 

 

めっちゃ可愛い笑顔で好きって聞いたな。逆に司はもの凄い形相で嫌いって言ったけど。

 

 

「まぁ結局はちゃんと面倒を見てくれるから、安心してくれフィフちゃん」

 

 

「お、おい!?」

 

 

「ありがとう。目が濁った人」

 

 

「お、おう……」

 

 

……目薬で濁りって治るかな?

 

 

_______________________

 

 

 

「オラァッ!!」

 

 

ドゴッ!!

 

 

「ぐはッ!?」

 

 

病院の廊下を歩いていると唐突に俺の首の後ろに重い衝撃がh

 

 

「このッ!!」

 

 

ボゴッ!!

 

 

「ぐへッ!?」

 

 

まだ地の文が仕事していましたよ!?

 

今度は腹部に衝撃が走った。

 

 

「な、何の真似だ……!」

 

 

くの字になった俺はプルプルと震えながら相手を見る。

 

俺の首にチョップを繰り出したレオと腹パンをした幹比古が腕を組んで俺の前に立っていた。

 

 

「何の真似だと!?ポニーの逆襲だッ!」

 

 

「ついに自分で言った!?」

 

 

これ本当にレオなのか!?偽物じゃないの!?

 

 

「……本当は分かっているんでしょ。避けなかったのが証拠だよ」

 

 

「……まぁ、な」

 

 

幹比古に痛いところを突かれ、俺は頭を掻き、動揺を誤魔化す。

 

 

「……悪かった。それとありがt」

 

 

ドゴッ!!

 

 

「うぐふッ!?」

 

 

何故このタイミングで俺はまたレオにチョップされるの!?

 

 

「お前に言われた通り、こっちはちゃんと守ったんだ。大樹の料理をフルコースで貰わないと割りに合わねぇぞ」

 

 

「そうだね。ケーキだけじゃ駄目だよね」

 

 

「お前ら……」

 

 

俺は二人の親友に涙を流s

 

 

「甘いよッ!!」

 

 

ボゴッ!!

 

 

「ぐふッ!?」

 

 

ミキに……ミキにまた腹パンされた……。

 

 

「よし、帰るか」

 

 

「そうだね」

 

 

もう分からない。二人の行動が分からない。

 

 

「あ、幹比古」

 

 

俺はあることを思い出し、幹比古を止める。

 

 

「お前のお守り、俺の命を守ってくれた。本当にありがとう」

 

 

お礼を言った。

 

幹比古は驚いた顔をして、レオの様子を伺った。

 

 

「え?……どうしようレオ。もう一回殴るべきかな?」

 

 

「お前らどういう基準で俺を殴っているの!?」

 

 

_______________________

 

 

 

今日はやっと病室から自分の自室に帰れる日だ。自室っと言ってもホテルの部屋だがな。

 

いつものようにお気に入りにパーカーを着ているがフードは被っていない。

 

実は吸血鬼の力が覚醒してから太陽の光を浴びても、平気になったのだ。それが嬉しくて毎朝老人のように散歩をして、モーニングコーヒーを飲んでいたことは看護師さんたちには内緒だ。

 

紅くなっていた右目は元に戻り、両目とも黒色に戻った。片方だけ色が違うという不気味な目はおさらばだ!

 

吸血鬼の力が使えなくなった?と心配していたが、黒い光の翼はいつでも出せるようになっていたので安心できた。

 

 

(太陽最高……フード卒業が来たようだな)

 

 

背中に書かれた一般人の文字は永遠に卒業する気はないがな。

 

ドアを開けて、中に入る。そして、一言。

 

 

「……ここ俺の部屋だよな?」

 

 

「あ、大樹さん!」

 

 

黒ウサギが立ち上がり、俺の前まで迎えに来る。

 

俺の手に持った荷物を持ち、部屋の中に持ち込んでくれた。何か新婚さんみたいなやり取りだな。超嬉しいんだけど。

 

 

「で、この人数は何だ?」

 

 

黒ウサギ以外に真由美と摩利。中条 あずさ(あーちゃん)市原 鈴音(リンちゃん)。そして、ほのかと雫。マジで多いな。

 

みんな私服を着ており、ベッドに座って待機していた。

 

 

「退院おめでとう大樹君。世界遺産を消した感想は?」

 

 

「真由美さん、俺は本当に後悔しているんです」

 

 

すぐに額を地面につけて土下座。反省の意を示した。感想を書くとするなら『やらなきゃよかった』です。

 

 

「冗談よ。大樹君のおかげで私たちは救われたわ。そのお礼を言いに来たのよ」

 

 

「うぅ……真由美……!」

 

 

真由美は俺に手を伸ばす。握っていいよね?俺、ゴールしていいよね?

 

 

「大きな借りとして、大事に取っておくわ」

 

 

「それ俺の一生をあげても足りねぇ気がする」

 

 

黒ウサギの貸しよりずっと重い。

 

 

「悪いが俺の右腕はコレだからな……料理の時間が少し掛かるぞ」

 

 

「片手で料理は出来るのか……」

 

 

摩利が俺を見て嫌な顔をした。他のみんなも何とも言えない表情になっている。何故だ。

 

 

「きょ、今日は黒ウサギたちが料理をしようと思っているんですよ!」

 

 

「え……?」

 

 

「どうして顔が青ざめているんでしょうか……?」

 

 

黒ウサギは俺と一緒に料理をしてから腕は上がっているし、摩利は元々自分で弁当を作っていること知っているから大丈夫。他の女の子もできるような気がする。

 

しかし、俺は知っている。真由美の料理がヤバイことを。

 

あのカル〇ス事件から察するに、アイツはチョコを砂糖無し、カカオだけで作るような女の子ような気がする。

 

 

「大樹さんは座っているだけでいいですからね」

 

 

「あ、うん……」

 

 

やる気を出した少女たちを止める。そんな無粋なことは、俺にはできなかった。

 

 

_______________________

 

 

 

横浜ベイヒルズ北翼タワーの屋上に、暗闇に二人の人物が潜んでいた。

 

 

「なぁ達也。ここが敵の本拠地なのか?」

 

 

「あぁ。グランドホテル最上階に【無 頭 龍(NO HEAD DRAGON)】がいる」

 

 

原田の言葉に達也は頷いて答えた。

 

達也は真っ黒な服装にサングラスをかけている。原田も同じように黒い服を着ていた。

 

 

「それで、アイツらの命は?」

 

 

原田は立ち上がり、グランドホテルの方を見る。

 

 

「……上に取り合ったところ、許可が下りた」

 

 

「そりゃ10万人を救った英雄の名前を出せば余裕か」

 

 

達也は上から【無 頭 龍(NO HEAD DRAGON)】は全員殺すように言い渡されていたが、大樹の名前を出して殺す命令を取り下げてもらった。

 

 

「……もしかして、このやり方に納得できないか?」

 

 

「ああ。アイツらは俺たちを本気で殺そうとしていたんだぞ」

 

 

「そうだな。でも大樹はそれでも殺さないと思うぜ」

 

 

「……亮良(あきら)は同じことを何度も言うが、病気なのか?」

 

 

「違ぇよ」

 

 

「あの時も同じことを言っただろ」

 

 

「あの時?」

 

 

 

 

 

直立戦車Ωを見事に全機消滅させた。息の合った戦い。原田と達也のコンビネーションは恐ろしい程強かった。

 

原田と達也は背中合わせで地面に座って体を休めていた。

 

足から血を流した原田は苦痛な表情しながら痛みに耐えていた。

 

 

『痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。足めっちゃ痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い』

 

 

 

 

 

「そこ!?」

 

 

「その後もだ」

 

 

「後も!?」

 

 

 

 

 

原田は息を大きく吐き、達也と話す。

 

 

『俺さ、大樹が何とかしてくれる気がしてんだ』

 

 

『ああ、俺も同じことを思っている』

 

 

達也と原田は一緒に口元に笑み浮かべた。

 

 

『はぁー、大樹が何とかしてくれるよなぁ』

 

 

『……そうだな』

 

 

『全部大樹に任せて大丈夫だ』

 

 

『……………』

 

 

『ったく、大樹……はやく解決しろよ』

 

 

 

 

 

「……何かゴメン。ウザかったな。あの時の俺。自分でもウザいって感じるわ」

 

 

「いや、気にするな。亮良が大樹を信頼していることは十分に伝わっている」

 

 

「何か……本当にゴメン」

 

 

突撃前だというのに、原田のテンションが落ちていた。痛みをまぎわらすために同じことを言ってしまっていた。

 

ちなみにこの後、地震が起こり、富士の山が消滅した。その時は一緒に言葉を失っていた。

 

 

「さてと、俺たち二人で悪を断罪しますか」

 

 

「セーフラインを聞いていいか?」

 

 

「セーフライン?」

 

 

「どの程度なら相手を殺していいかの質問だ」

 

 

「だから殺すのは禁止だから……腕や足をスッパリ斬るのも禁止。そのかわり骨折とボコボコの半殺しはOKだ」

 

 

(半殺しはセーフなのか……)

 

 

基準がよく分からない達也だったが、とりあえず分かったフリをしておいた。

 

原田は短剣を構え、達也は拳銃型CADを構える。

 

 

「さぁ……全員地獄に落としてやるぞ」

 

 

_______________________

 

 

 

【大樹視点】

 

 

「く、口がバイオ〇ザード……」

 

 

俺は見事みんなの料理を完食することができた。とりあえず真由美の何かの皮入りスープを飲み切ることに成功した。結局何の皮か分からなかった。

 

しかし、味わったことの無い味が俺の口の中全体を感染して行っている。ナニコレ、リョウリナノコレ?

 

既に部屋は俺だけしかいない。原田は帰ってこないし、暇を持て余していた。

 

 

「はぁ……」

 

 

俺は机に座り、溜め息を吐く。

 

 

(やっぱり……頭から離れねぇ……)

 

 

奈月と陽の顔がずっと頭から離れなかった。入院している時からずっと。

 

本当に救えたのか未だに考えている。後悔しようにも後悔できず、曖昧な気持ちのままだった。

 

 

「……あれ?」

 

 

その時、俺の引き出しが不自然な閉まり方をしていた。

 

最後までキッチリ机に収まっておらず、むずがゆい閉まり方をしていた。

 

引き出しを開けて、中を見てみるが、コルトパイソンしか入っていない。ちょっと異常だけど気にするな。

 

 

(外側の方か?)

 

 

引き出しを取り外し、裏底を見てみると、

 

 

「ッ!」

 

 

手紙が張り付いていた。

 

 

バリッ

 

 

引き出しをベッドに放り投げ、急いで手紙を引き剥がした。

 

 

 

 

 

手紙の裏側には『新城 陽』と書かれている。

 

 

 

 

 

「……これって敵の情報のことか?」

 

 

約束は一応守ろうとしていたのか。

 

俺はゆっくりと封を開け、手紙を取り出す。紙は二枚入っていた。

 

しかし、それは俺が予想していたモノではなかった。

 

 

 

 

 

『楢原 大樹へ

 

 

きっとこの手紙を読んでいるころ、私はこの世にいないでしょう。生きていたらすぐにこの手紙を回収していますから。

 

今、あなたはきっと後悔しているはずです。

 

自分を責め続け、その責任を一人でずっと背負い続けるような方だと一緒にいて分かりました。

 

 

でも、私たちが死ぬ時はきっと救われているはずです。

 

 

どんな結末を迎えているか分かりませんが、楢原さんはずっと私たちのことを守ろうとしていたはずです。敵味方関係なく、私たちの為に戦っているはずです。

 

ですから、私はこの戦いで本気は出しません。

 

 

あなたは私たちを救ってくれることを信じているから。

 

 

楢原さんと一緒に過ごした時間は絶対に忘れません。

 

私の人生は、楢原さんのおかげで救われているはずです。だから、自分を責めないでください。

 

楢原さんの悩んでいる顔は、きっとみんなさんは気付いていますよ。

 

あなたの笑顔でみんなを安心させて、元気にしてください。

 

 

あなたが幸せな世界を作ることを、空から見守っています。

 

 

新城 陽より』

 

 

 

 

 

「バカ……野郎がッ……!」

 

 

手紙を大事に握り、胸に当てた。

 

陽は分かっていた。この結末を迎えることを。

 

それを分かった上で俺に手紙を書いたのだ。

 

 

「妹のクセに……もっと兄貴に頼れよッ……!」

 

 

余計に後悔しちまったよ。お前に伝えたい言葉、まだまだあるのに。

 

 

パサッ

 

 

その時、もう一枚手紙が入っていた。

 

 

『敵の情報をこちらに書きます。

 

敵のボス。私たちのリーダー格をしているのはガルペスと名乗る男です。白衣を着ており、襲撃作戦と【無 頭 龍(NO HEAD DRAGON)】と手を組ませたのも、彼の仕業です。

 

他にはリュナと名乗る女の子が一人。あともう一人女性がいるらしいですが、顔どころか名前も知りません。入って来たばかりの新人だとガルペスは言っていました』

 

 

「ガルペス……!」

 

 

その名を聞いた瞬間、俺の心の奥で怒りの炎が静かに燃え上がった。

 

奈月と陽の力を奪い、命まで奪い取った男。絶対に許せない奴だった。

 

それにリュナ。やはりそっち側の人間だと確信できた。

 

 

(女性がもう一人……これで全員か)

 

 

敵はあと3人と見て間違いないだろう。

 

 

『聞きたくない内容かもしれませんが、亡くなられた保持者のことも書いておきます』

 

 

(……五人の名前か)

 

 

原田に聞かされた裏切り者ではない5人の保持者が既に死んでしまっている。

 

死んだ保持者は俺を守る為に戦ってくた人たちだ。前から名前は知りたかった。

 

 

「は?」

 

 

俺はそこに書かれた内容を簡単に信じることはできなかった。

 

 

「何で……何でだよ……!」

 

 

怒りに任せて、敵の情報が書かれた紙を破り棄てた。

 

 

_______________________

 

 

 

九校戦はあっさりと終わりを迎えた。

 

観客は新人戦のモノリス・コードと同じくらいの人数が来場し、盛り上がっていた。

 

新人戦の結果は見事俺たちが優勝。ミラージュ・バットで深雪が優勝していたことが大きかったかもな。決勝戦で達也が作り出した飛行魔法を使ったのが凄かったらしい。まぁ俺の富士山が凄いけどな!……こうでもしないとやってられない。

 

本戦のミラージュ・バットはほとんどの参加者が飛行魔法を使っていた。やはり俺たちだけが使える魔法とはならなかった。不正疑惑を晴らすには術式をリークする。これしかなかったのだ。

 

しかし、摩利はすぐに飛行魔法を使いこなしていて、試合では無双状態だから問題なかった。他の選手がマジで可哀想だったわ。

 

達也もこのことを予期していたんだろう。あ、ちなみに達也の名前で出されていないから。トーラス・シルバーって名前で飛行魔法を出しているから達也のことは内緒だ。

 

そして、摩利は断トツの一位。バトル・ボードでの失態を返してみせた。主に俺のせいだけどな。

 

モノリス・コードは十文字さんが無双状態だった。4系統8種全て含む系統魔法【ファランクス】を使った十文字は最強。

 

4系統8種、全ての系統種類を不規則な順番で切り替えながら絶え間なく紡ぎ出し、防壁を幾重にも作り出す防御魔法だ。これが超強い。

 

戦車の砲弾やミサイルすら防御できる防御力。しかも、それを高速で叩きつけることもできる攻撃方法もあるのだ。

 

もちろん、モノリス・コード(草原フィールドは消滅したため使われなかった)は優勝。この瞬間、俺たち第一高校は本戦でも優勝が決まった。最後は十文字が優勝旗を受け取っていた。

 

これから後夜祭……合同パーティーが始まるのだが……行きたくない。制服を着て出席しないといけないらしい。

 

ほとんどの選手が俺の人外っぷりを見ていたし、富士山を消滅させたのも見られた。うん、絶対目立つ。

 

しかし、俺は黒ウサギと真由美に見つかってしまい、連行された。

 

 

ざわざわ!!

 

 

和やかに行われていたパーティーが突然、騒がしくなってしまった。俺が入場したせいで。

 

 

「もう……帰りたい……」

 

 

壁に頭を擦りつけて落ち込む大樹。そんな大樹を見た黒ウサギは背中を摩りながら励ます。

 

 

「元気出してください大樹さん。皆さん、大樹さんに会いたがっていましたから」

 

 

「そうよ。みんなと挨拶しないといけないわよ」

 

 

真由美の声が後ろから聞こえたので、振り返ってみると、真由美だけじゃなく、達也と深雪もいた。

 

達也は難しい顔をして俺に言う。

 

 

「こういう場合はおめでとうと言えばいいのか?」

 

 

「『ついに富士山を消したね。おめでとう』ってか?本気で言ってんのか?」

 

 

「ついにh

 

 

「言うなよ!?」

 

 

相変わらず達也が俺をいじめてくる。酷い。

 

達也の隣にいた深雪は俺に笑顔を見せる。

 

 

「おめでとうございます、大樹さん」

 

 

「満面の笑みで言われた!?」

 

 

達也の妹の方が切れ味がよかった。ぐふッ。

 

 

「ほら、あまり大樹君をいじめちゃだめよ」

 

 

真由美が止めに入ってくれたおかげで、俺いじりが終わった。

 

俺は左手に持ったオレンジジュースを飲みながら辺りをキョロキョロと見る。

 

 

(いないな……)

 

 

どうやらこのパーティーには来ていないようだ。

 

 

「大樹さん」

 

 

黒ウサギに声をかけられ、辺りを見るのをやめる。

 

 

「どうした?」

 

 

「えっと、一条さんが……」

 

 

黒ウサギの後ろから第三高校の制服を着た一条とジョージが姿を見せた。

 

 

「よぉ、一条とジョージじゃねぇか」

 

 

「怪我の方は?」

 

 

「右腕の骨が粉々になっただけだ。後は頭の皮膚を切っただけ」

 

 

(粉々……)

 

 

ジョージの言葉に俺は左手で親指を立てる。しかし、ジョージの視線は冷たかった。

 

正直頭の包帯はもう外してもいい。しかし、完全に直ってから外すことにしている。

 

 

「……お前の伝言。しっかりと聞いたぞ」

 

 

「そう言えば言っていたな。確か……………紙を43回折れば月に届く厚さになるだったか?」

 

 

「いや、全然違うんだが……」

 

 

「じゃあ……くしゃみは時速320kmだよってことか?」

 

 

「何故そんな無駄な豆知識ばかり言うんだ」

 

 

「では僕からも一つ。キリンの睡眠時間は一日20分ですよ」

 

 

「マジか。今度調べてみよう。俺、動物の豆知識はあまり無いからな」

 

 

「……………」

 

 

「冗談だ一条。突き指のことだろ?」

 

 

俺はニヤリッと笑いながら一条を見る。

 

 

「お前は本当に人間なのか?」

 

 

「そうだな……その質問にはあえて答えないでおこう」

 

 

俺はオレンジジュースを飲み切り、コップをテーブルの上に置く。

 

 

「でも一つだけ言わせてもらう」

 

 

「何だ?」

 

 

「俺はいつでも正義の味方だ」

 

 

「……やっぱり敵わないな」

 

 

俺の言葉に満足した一条は振り返り、その場から立ち去った。

 

 

「一条に礼を言っておいてくれねぇか?富士山の件は本当に世話になったからよ」

 

 

「それに関しては『これで貸し借りは無しだ』って言っていました」

 

 

「……アイツらしいな」

 

 

「僕も将輝の所に行きます」

 

 

「おう。またな、ジョージ」

 

 

ジョージは口元に笑みを浮かべて、一条を追いかけた。

 

 

「もう他校と仲良くなられていたんですね」

 

 

黒ウサギが俺にリンゴジュースが入ったグラスを渡しながら話す。

 

 

「サンキュー。でも二人とも俺をライバル視している。だからアイツらに俺と仲良しなんて言葉、言わない方がいいぞ」

 

 

リンゴジュースを口に流し、喉を潤す。甘くておいしい。

 

ふと黒ウサギを見てみると、黒ウサギは頬を赤くして、何かそわそわしていた。

 

自分が見られていることに気付いた黒ウサギは、俺と目が合うとすぐに逸らした。嫌われた俺?

 

 

「えっと、大樹さん……?」

 

 

黒ウサギは俺から顔を逸らしたまま名前を呼ぶ。

 

 

「何だ?」

 

 

「あの、えっと……良い音楽ですね!」

 

 

「お、おう……そうだな」

 

 

ホールは管弦の心地よい音楽が流れている。

 

最初音楽が流れ始めた瞬間、男子は好意を寄せていた女子を誘い、一緒に踊り始めていた。舞踏会かここは?どうせなら武闘会にしろ。今踊っているリア充は俺が根絶やしにしてやるから。一匹残らず……駆逐してやる……!

 

黒ウサギは真っ赤に染まった顔を俺に向けて、小さな声で俺に尋ねた。

 

 

「その……一緒に、踊りませんか?」

 

 

舞踏会、サイコー。

 

 

「よし行こう。今すぐ行こう」

 

 

俺は黒ウサギの手を握り、踊っている連中のところに進軍した。

 

俺たちが来ると、周りの注目はさらに集められた。フードを被った女の子に富士山を破壊した男。そりゃ注目されるわ。

 

しかし、俺はある重大な欠点に気が付いた。

 

 

「しまった……」

 

 

「ど、どうしたんですか?」

 

 

「俺、踊れないんだった」

 

 

「えー……」

 

 

「それに右腕、粉々のままだった」

 

 

「そ、そうですね……」

 

 

黒ウサギはシュンと表情が暗くなり落ち込む。やべぇ、このままだと不味い……。

 

 

「待て。右手無しでもいいなら踊る……どうだ?」

 

 

「……いいんですか?」

 

 

「あ、ああ!踊れないけどな!」

 

 

何自慢してんだ俺。明らかに馬鹿だろ。

 

 

「別に大丈夫ですよ。黒ウサギが教えますから」

 

 

黒ウサギは俺の左手を握り、右手を俺の背中の右肩に近い場所に手を置いた。

 

黒ウサギにリードしてもらい、ナチュラルターンとアウトサイドチェンジを教えてもらった。これが基本動作らしい。

 

 

「ッ……!」

 

 

「……どうかしましたか?」

 

 

「な、何でもない!」

 

 

俺は急いで目を逸らす。

 

黒ウサギとの距離が近いが、俺が気にしているのは距離じゃない。

 

普通に踊るならなら大丈夫だったかもしれない。しかし、俺の右腕は三角巾で黒ウサギの背中に手が回せない。手を前に置くことになる。普通に踊れない。

 

 

(当たってる当たってる当たってる当たってる当たってる!?)

 

 

黒ウサギの豊かな胸が右腕に当たっているのだ。クソッ、ギプスを外したい!これじゃあ感触が分からねぇだろうが!

 

 

「……大樹さん」

 

 

「な、何だ!?」

 

 

バレたか!?バレたら死で罪を償おう。

 

 

「本当に……お疲れ様でした」

 

 

柔らかい表情で黒ウサギは俺に微笑んだ。

 

 

「ああ、黒ウサギもお疲れさん」

 

 

俺も笑顔で返してやった。

 

曲の演奏が終わると、俺と黒ウサギも踊るのを終えた。これ以上ドキドキしていたら心臓が耐えられない。

 

ジュースを飲みに戻ると、摩利が俺たちの方を見ながら待っていた。

 

 

「二人が一番目立っていたんじゃないか?」

 

 

「当たり前だ。富士山を消した男だぞ。舐めんな」

 

 

「ついに名誉として持ち始めたか……」

 

 

だから何で嫌な顔をするの摩利さん?黒ウサギも引かないで。

 

 

「次も踊ってきたらどうだ?」

 

 

「誰とだよ?」

 

 

「真由美とだよ」

 

 

摩利は視線を横にずらす。俺も視線をずらすと、真由美が他校の生徒と話していた。生徒の偉い方々の集まりか?

 

 

「邪魔していいのかよ?」

 

 

「むしろ真由美はして欲しそうだぞ?」

 

 

全くそう見えないんだが?

 

その時、俺と真由美の視線があった。

 

 

サッ

 

 

「目、逸らされたぞ」

 

 

ショックだよ。

 

 

「と、とにかく行って来たまえ……」

 

 

摩利は苦笑いをしながら、俺の背中を押す。

 

 

「いや、何で?」

 

 

「行かないと富士山が生える」

 

 

「ツッコミどころあり過ぎる返しだな!?というかむしろそっちがいいよ!?」

 

 

「いいから行きたまえ!」

 

 

ドンッ

 

 

背中を叩かれ、俺は前に出される。

 

仕方なく俺は真由美の所まで歩き、ダンスの誘いをしようとするが、

 

 

「どうかしましたか?」

 

 

他校の男子生徒が何人も俺の前に立ち塞がった。

 

 

「ちょっと真由美に用があってな」

 

 

「今、生徒会関連で話をしているから後にしてくれないか?」

 

 

「第一高校について聞きたいことがあるから後にしてくれませんか?」

 

 

「ジュースでも飲んで待っててくれ」

 

 

っと男子たちは道を開ける気はないようだ。

 

……なるほど。ダンスは真由美と親交を深めるいい機会だ。誰でも美少女の真由美の手を取りたい男はたくさんいるだろう。特に俺の前に立った人たちとか。

 

 

(摩利が言いたかったことはコレか)

 

 

ダンスの誘いに困っている真由美の救出。一芝居、やりますか。

 

 

「消すぞゴラ」

 

 

サッ!!

 

 

男子たちは横に避けてすぐに道を開けた。これが富士山パワー。芝居なんていらない。

 

俺は真由美のところまで歩き、後ろから声をかける。

 

 

「真由美」

 

 

「え?大樹君?」

 

 

真由美が驚いた顔で俺を見る。話していた男子の表情が険しくなった。

 

 

「えーっと……とりあえず踊らねぇか?」

 

 

何だその『とりあえずコンビニに行かね?』みたいなノリ。もう少しまともな誘いはなかったのか。

 

 

「そ、そうね!」

 

 

真由美はパァっと笑顔になった。

 

話していた男子たちに一言謝り、俺の隣まで来る。

 

 

「ありがとう、助かったわ」

 

 

「気にするな」

 

 

「えっと、それで……」

 

 

真由美は照れて伏し目になりながら俺に尋ねる。

 

 

「踊るの……かしら?」

 

 

「……まぁせっかくだし、いいんじゃねぇの?あそこから逃げ出した証拠を見せないと厄介だろうし」

 

 

まだ男子たちがこっちを見ている。諦めてないな。

 

 

「嫌なら踊らなくてもいいけど……」

 

 

「ううん、そんなことないわ」

 

 

真由美は俺に向かって左手を差し出す。俺は何も言わず、その手を握った。

 

 

「ダンスなら黒ウサギからしっかりと教えてもらったから安心しろ」

 

 

「知っているわ。……先に越されたから」

 

 

「先って……後じゃダメなのか?」

 

 

「じゃあ大樹君は好きな人のファーストキスが奪われたらどう思う?」

 

 

「奪った奴を富士山と同様に消す」

 

 

「……順番ってどう思う?」

 

 

「超重要ですね、はい」

 

 

二秒で俺の考え変わったな。ってキスとダンスは全然違うだろ。

 

 

「で、でも私は大丈夫よ」

 

 

「何が?」

 

 

真由美は頬を赤くしながら小さな声で言う。

 

 

「ファーストキスは……大樹君にあげたから」

 

 

「ほほほほほほっぺはセーフだろ!?」

 

 

その言葉に大樹も恥ずかしくなり、顔を真っ赤にした。

 

 

「何で今言うんだよ……!」

 

 

「もしかして照れているの?」

 

 

「照れてないりょ!」

 

 

「……大樹君って、動揺した時すぐに噛むわね」

 

 

そうだね!ここまで来ると一つのコンプレックスだよ!

 

 

_______________________

 

 

 

真由美と踊った後は、ほのかと雫が待っていた。せっかくなので二人とも一緒に踊らせてもらった。

 

ここまでは楽しかったが、その後がヤバかった。

 

 

「楢原君!私とも踊って!」

 

「待って!私が先に言ったのよ!?」

 

「楢原君ッ!!」

 

 

(何で俺こんなにモテているんだ!?)

 

 

第一高校の女子生徒だけではなく、他校の女子にもダンスを迫られていた。

 

分からん……一体俺のどこがいいんだ?ちょっと考えてみるか。

 

・富士の山を消すほどの人外

 

・特にカッコいい髪型ではないオールバック

 

・顔は……中の下以上はあったらいいなぁ(願望)

 

 

(あれ?全く分からねぇ……)

 

 

女の子の目が狂っているのか、俺が狂っているのか。どっちなんだよ!?

 

そんな大樹の様子を見ていた桐原と服部は話す。

 

 

「楢原の奴、すごい人気だな」

 

 

「本人はまだ人気の理由が理解できていないみたいだがな」

 

 

「あー、そうみたいだな」

 

 

第一高校のテロリスト襲撃事件では、大樹が無双してテロリストたちをフルボッコ。

 

刑務所【ギルティシャット】での本当の悪を断罪。囚われていた人々を救出。ニュースではヒーローとして報道された。

 

バス襲撃事件では最強っぷりを見せつけた大樹。第一高校の女子生徒の選手のほとんどが大樹のことを見直していた。

 

モノリス・コードは普通じゃ考えられない作戦で決勝戦まで勝ち上がり、拳一つで優勝候補の一角である一条を圧倒。そして、優勝した。

 

そして、10万人の人々を救うために、富士山を消滅させた英雄。

 

 

((この4ヶ月でとんでもねぇ人生を歩んでいる!?))

 

 

二人の持っていたグラスが震えていた。しかし、残念ながら彼がモテる理由はこれだった。

 

 

「やっぱり化け物って呼んでも正解だったな。化け物って呼んでいた奴らは、俺が教師なら通知表はオール5って書いてやるよ」

 

 

「絶対に教師に向いていないぞお前。でも、化け物は確かにそうだな。俺が教師なら他の答えが全部間違っていても、100点をあげてやる」

 

 

「いや、お前も先生に向いてねぇよ」

 

 

結論。どっちとも向いていない。

 

 

「それより桐原。まだここに居ていいのか?」

 

 

「何がだ?」

 

 

「この後は壬生と会うのだろ?」

 

 

「なッ!?どこで知りやがったテメェ!?」

 

 

桐原は顔を真っ赤にして怒る。照れと怒りが表情に分かりやすく出ていた。

 

 

「待たせすぎるなよ」

 

 

「……服部。会長とは踊らないのか?」

 

 

「なッ!?」

 

 

こうして、二人の争いが始まった。

 

服部は桐原の彼女である壬生のことを言い、桐原を照れさせる。逆に桐原は真由美のことを言い、服部の顔を赤くさせる。

 

 

(何かアイツら……仲が良いな)

 

 

二人の様子を見ていた大樹は、微笑ましい光景だと思っていた。

 

 

(っと、アイツらのことよりまず自分の心配をするべきだな)

 

 

腕やら背中やら服やら肩やら、めっちゃ女の子に掴まれているですたい。助けて。

 

ときどき柔らかい感触が伝わって来るんですけど、それはあれですか?……いや、考えるのはやめよう。理性が保っていらねぇ。

 

どうしようか。この状況。もう一回、一芝居やっとく?

 

 

「あ、右手が覚醒して今度は日本を消滅してしまいそう」

 

 

サッ!!!

 

 

「そこまで綺麗避けられるとちょっと傷つくわ」

 

 

女子たちは一気に俺から距離を取り、他の人達も俺から距離を取った。わーい、広いなぁー。

 

 

「じゃ、そういうことなんで」

 

 

俺は手を振りながらホールから退場した。

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

その後、ホール内は約1分間、静かになっていた。

 

 

_______________________

 

 

 

ホールから出た後は、レオと幹比古に頼んでキッチンを貸してもらい、料理を運んでいた。あんな状況で、後夜祭の料理なんかまともに食えない。

 

料理は焼き鳥。紙コップの中に10本くらい入れて持ち運びが楽だな。

 

俺はホテルの3階にあるラウンジに来て、辺りを見渡す。

 

 

(いた……)

 

 

空いた左手でテラスの窓を開ける。

 

 

「よぉ、俺の特製タレで味付けした焼き鳥でも食べないか?」

 

 

「楢原君……」

 

 

ずっと外を見ていた優子が振り返り、俺の名前を呟く。

 

空は綺麗な月と星が暗闇を照らしている。本来なら真正面に富士山と森林があるが、今は巨大なクレーターしか残っていない。うぅ……殺伐とした風景になってるよぉ……!

 

 

「久しぶり。あれからずっと会っていなかったな」

 

 

俺が入院している時からずっと優子は俺に顔を見せなかった。こっちから会おうとしても、優子はずっと避けていた。

 

俺は優子の隣まで歩き、持っていた焼き鳥を手すりに置き、優子に差し出す。

 

 

「何で焼き鳥よ……」

 

 

「美味いぞ?」

 

 

「……一本だけもらう」

 

 

優子は一本の焼き鳥を掴み、食べる。

 

 

「……料理の腕、上がったわね」

 

 

「まぁな」

 

 

俺も焼き鳥を一本掴み、食べる。うん、美味しい。

 

 

「怪我は……大丈夫なの?」

 

 

「優子のおかげで右腕の骨が粉砕されるだけで済んだよ」

 

 

「絶対に助かってないわよね、それ」

 

 

「そもそも俺って、右腕が無くなったんだよな」

 

 

(そう言えばそうだった!?)

 

 

右腕があること自体がおかしいことに優子は今更気付き、驚愕した。

 

 

「全部優子のおかげで、俺は助かってんだよ。ありがとうな」

 

 

「ッ……」

 

 

俺は笑顔でお礼を言うが、優子は目を逸らしてしまった。

 

 

「……そろそろ、ちゃんと向き合って話さないか?」

 

 

まだ優子は俺から顔を逸らしたままだ。

 

 

「俺は、優子に会いたい」

 

 

「ッ……!」

 

 

食べ終わった焼き鳥の棒が地面に落ち、優子の肩が小さく震える。

 

ゆっくりと優子は俺に顔を見せる。優子の目には涙が溜まっており、今にも溢れ出そうだった。

 

俺はそんな優子を笑顔で迎える。

 

 

「おかえり。ずっと会いたかった」

 

 

()()君ッ……!!」

 

 

優子は涙をボロボロとこぼし、俺に抱き付いて来た。俺は優しく優子を抱きしめ返す。

 

 

「優子。お前が全てを思い出した時、本当に苦しかったと思う」

 

 

美琴とアリアがいなくなったこと。俺と黒ウサギが今まで苦しい思いをしてきたこと。いろんなことを思い出し、苦しかったと思う。

 

優子は優しい。だからより一層重い罪悪感に押しつぶされそうになったはずだ。

 

 

「でもな……俺は優子の笑顔を見るために戦ったんだ。だから……また自分を責めないでくれ」

 

 

「アタシは……ずっと大樹君を……みんなのことを、忘れていた……!」

 

 

「前にも言っただろ?俺が知っているって」

 

 

「ごめんなさい……アタシ……!」

 

 

「俺は違う言葉が聞きたい」

 

 

「ッ!」

 

 

優子の抱きしめる力が強くなる。

 

 

「ありが……とうッ……!」

 

 

「ああ、もう大丈夫だ……」

 

 

俺は泣き続ける優子の頭を優しく撫で続けた。

 

今まで遠かった存在がやっとそばに来てくれた。こんなに嬉しい事はいつ以来だろうか。

 

この世界に転生して、ずっと優子を守って来た。その苦労がやっと報われた。

 

美琴とアリア。そして優子がいなくなってから、俺はさらに弱くなってしまった。

 

でも、黒ウサギや他のみんなが支えてくれたおかけで俺はここにいる。優子を抱きしめてあげれている。俺を助けてくれた彼らに一生感謝し続けても足りない。それくらい俺は感謝している。

 

 

「本当は……嬉しかったッ……!大樹君が……本当にアタシを、助けに来てくれてッ……!」

 

 

「……でも、あの時俺は……守れなかった」

 

 

俺は唇を強く噛む。色々な感情が俺の中で渦巻くが、一番強い感情は……恐怖だ。

 

 

「俺はまだ強くなる。強くなり続ける。でも……また失った時が……!」

 

 

大切なモノを失った時の喪失感。俺はもう二度と体験したくない。あれはトラウマを越えた恐ろしいモノだった。

 

 

「大丈夫よ……」

 

 

優子の右手が俺の右頬に当てられる。

 

手は小さいが、とても温かった。

 

 

「アタシを助けてれたじゃない……」

 

 

「でも、俺は……アイツらを守れなかった!」

 

 

「……大樹君」

 

 

「陽を……奈月を……守ってやれなかったッ……!アイツらは何度も大丈夫だと言っているけど……俺は納得いかない!」

 

 

手紙のことも、陽の言葉を真正面から受け取れない。俺は首を横に振り続けることしかできない。

 

 

「……納得しないでいいわよ」

 

 

優子は優しい声音で俺に言う。

 

 

「大樹君が納得したくないなら……納得しないでいいわよ。でも、苦しい気持ちは吐き出しなさい」

 

 

「俺なんかより苦しい人は……!」

 

 

「今、一番苦しいのは大樹君よ。守れなかった人がいるんでしょ?」

 

 

その核心に触れた言葉は、俺は辛かった。

 

 

「全部、話してみなさい……」

 

 

「……聞いてくれるか?」

 

 

「ええ」

 

 

「……奈月は姉のことが大好きで……ずっと一人で戦ってきた女の子なんだ」

 

 

存在しない姉を……一人で守り続けた。いや、母親が影から支えてくれたことは忘れてはいけない。

 

 

「陽は感情をあまり表に出さないけど……妹のことが本当に大好きで……」

 

 

心が折れそうになった奈月をずっと支え続けた。奈月が姉をあそこまで思えたのは陽のおかげだ。

 

 

「どっちとも大好きだったのね」

 

 

「ああ……きっと今は母親のことが大好きで……それで……それでッ」

 

 

その時、俺の視界が歪んだ。

 

 

 

 

 

「俺の、大切な妹たちだッ……!」

 

 

 

 

 

大粒の涙が俺の頬を伝って流れ落ちた。涙が俺の視界を歪ませていた。

 

優子は優しく俺の頬を撫でる。俺の涙が手に濡れるが、気にせず撫で続ける。

 

嗚咽が走り、涙を堪えようとしても、一度溢れ出した涙は止まらない。

 

二人のために流す涙がやっと流れ始めた。

 

俺は泣くことを我慢していた。二人のために流さない方がいいと思っていた。無力な自分を誰にも見せたくなかった。

 

でも、どうやら俺はまた違う選択をしてしまったようだ。

 

彼女たちの為に泣き、前に進まないといけない。

 

納得しない。俺は彼女たちの死を、永遠に後悔し続ける。

 

そして、こんな悲劇を俺は絶対に、二度と、生まれさせない。

 

 

「……悪い」

 

 

しばらく涙を流し続けた後、俺は涙を腕で拭き取る。

 

俺の顔から優子の手は放れ、俺は優子の綺麗な瞳を見る。

 

 

「俺は決めたよ」

 

 

無様な姿を晒しても、ひ弱な力を笑われても、俺は構わない。

 

大切な人を守る為ならどんな惨めな自分になっても、俺は構わない。

 

 

「……聞いていいかしら?」

 

 

俺は握った右手の拳を自分の胸に当てて、決意する。

 

 

 

 

 

「無力な弱者になっても、俺は大切な人を守り続ける強者になる」

 

 

 

 

 

「……大樹君らしいわ」

 

 

優子は笑みをこぼし、笑ってくれた。

 

目を赤くした俺と優子は、眠くなるまで一緒に居続けた。

 

待ち望んだこの瞬間。

 

この日、俺は優子の手を握った時の温かさを忘れない。

 

 

_______________________

 

 

 

ここは俺の店。客はいないが、友達はたくさんいる。

 

今日はみんなに御馳走を食べさせる日。そして、俺の右腕が元に戻った日でもある。治るの早過ぎてみんなからドン引きされたことはいろんな意味で忘れらない。

 

椅子に座って料理を待ち続けている彼らに料理を出す。

 

 

「へい、スペシャルラーメンの【カオス・THE・らーめん】だ」

 

 

テーブルの上にラーメンの器を置いた瞬間、座っていた者たちが息を飲んだ。

 

黄金色に光り輝くスープ。

 

高級の豚肉を使ったチャーシュー。

 

職人が何十年も修行を費やして、ついに完成させた高級海苔。

 

料理職人の大樹が程よい力加減で究極の状態に仕上げてある麺。

 

常識では考えられない育て方をされた最強のネギ。

 

空前絶後のラーメン。いや、これはラーメンと呼んでいいのか分からない。

 

神々の料理と呼んでも相応しいだろう。

 

 

「これが……大樹の最高傑作……!」

 

 

割り箸を何本も無駄に折っているレオが震えながらラーメンを見ていた。おい、勿体ないからやめろ。

 

 

「ラーメンにオーラがあるよ……!?」

 

 

ナイフとフォークを持った幹比古が震えた声で言う。箸を持てよ。

 

 

「……食えるのか?」

 

 

逆の発想に辿り着いた達也は疑問を呟く。食えるわ。

 

 

「大樹さんって本当に不思議な人ですね」

 

 

深雪はラーメンではなく、俺を指摘しやがった。標的に俺を選ぶな。

 

 

「何か……逆に食べたくないわね……」

 

 

ちょっとドン引きし始めているエリカ。酷い。

 

 

「……………お、美味しそうですね!」

 

 

無理に笑みを浮かべた美月。超傷ついた。

 

 

「大丈夫です!大樹さんの作ったモノなら、私はどんな不味いモノでも食べますから!」

 

 

ほのかさん。それは俺が作ったラーメンが不味いモノだと判断しているのかな?許すけど。

 

 

「……………」

 

 

雫の冷たい『にらみつける』が俺に当たる。防御力が下がっちゃうよ!

 

 

「はい、大樹君!あーん!」

 

 

俺で試すな真由美。

 

 

「……私はまだ死にたくないのだが?」

 

 

毒は入ってないですよ、摩利委員長。

 

 

「み、皆さん怖がらないでください。大樹さんの料理はいつも危ないですから……」

 

 

もしかして黒ウサギさん。僕が料理している時、いつもそわそわしていた理由はそれですか?怖かったからですか?

 

 

「……いただきます」

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

最初に動き出したのは優子だった。優子は割り箸を割り、麺を掴み、口に運ぶ。

 

俺たちは味の感想を待つ。不味いって言われたら首を吊ります。多分それでも俺は死なないと思うけど。……怖ッ。

 

 

「うん、美味しいわよ大樹君」

 

 

「優子ッ!!」

 

 

俺は感動の涙を流す。ああ!今日は何て素晴らしい日なんだ!

 

 

「やっぱり優子は俺の心の天使だぜ!」

 

 

「ば、馬鹿なの!一体何を言っているのよ!?」

 

 

「ラブリーマイスイートエンジェル!!」

 

 

「馬鹿!?」

 

 

お前のためなら俺は馬鹿でもバカでも馬鹿野郎になってみせる!

 

 

「……大樹さん、最近ご機嫌がいいですね」

 

 

黒ウサギがジト目で俺を見ていた。

 

 

「ああ、天使が来たからな!」

 

 

ガンッ!ガンッ!ゲシッ!ガンッ!ゲシッ!

 

 

……たった今、テーブルの下で五回も蹴られたり踏まれたぞ。誰だやった奴ら。男子も誰か紛れて蹴ったような気がする。

 

 

「……黒ウサギは堂々と俺の足を踏んだな」

 

 

「もう知りませんッ」

 

 

プイッと黒ウサギは俺から顔を逸らした。よく見たら他の女子も機嫌が悪そうだった。

 

 

「大樹さんって相変わらずですね」

 

 

「くッ、深雪の余裕の笑みがムk

 

 

「深雪の笑顔がどうした?」

 

 

「超絶可愛いなと思いましたよ達也さん!!」

 

 

もう!俺の友人たち、怖い人ばっかだよ!昔お母さんに『怖い人とは関わっちゃダメよ。アンタ、本当に馬鹿だから』って教訓を受けていたのに!……自分の息子に馬鹿って言うなよ。

 

 

「真由美さん。ここは一つ……」

 

 

「そうね。私達には切り札があったわね……」

 

 

いつの間にか黒ウサギと真由美がヒソヒソと話している。アイツら、いつからそんなに仲が良くなったんだ?前に携帯電話メールハゲちゃう事件時はあんなに争ったのに。あの時の俺の髪はヤバかった。

 

 

「ねぇ大樹君」

 

 

「何だよ」

 

 

真由美に話しかけられるが、俺は冷静になるために一杯の水を飲んだ。

 

 

 

 

 

「一緒にお風呂に入る約束はどうなったのかしら?」

 

 

 

 

 

「ぶふうううううゥゥゥ!!??」

 

 

俺は口に含んだ水を壁に向かって噴き出す。あ、虹が。

 

……しかし、ここで動揺しないのが俺。あ、何かフラグっぽい。

 

 

「……俺、パンの耳が大好きなんだ」

 

 

(((((すっごいどうでもいいこと言い出した……)))))

 

 

大樹の言葉を聞いたみんなの目は死んでいた。本当にすごくどうでもよかった。

 

 

「だから……温泉の水ってコーラでも良くね?」

 

 

(((((動揺のレベルを超えた!?)))))

 

 

「だってコーラだよ!?みんな大好きじゃん!?」

 

 

(((((知らないよ!?)))))

 

 

「水着はどこだあああああァァァ!!??」

 

 

(((((完全にパニック起こしてる!?)))))

 

 

 

~大樹が落ち着くまでしばらくお待ちください~

 

 

 

「じゃあみんなで温泉に行くか」

 

 

「「「「「唐突過ぎる!?」」」」」

 

 

俺は携帯端末を取り出し、ディスプレイを操作する。

 

 

ピロリンッ♪

 

 

軽快な音が鳴り、俺は笑顔でみんなに向かって言う。

 

 

「さぁ!そこの銭湯を貸し切ったからみんなで行こう!!」

 

 

「「「「「えええええェェェ!!」」」」」

 

 

俺の金は一億以上あるんだぞ!!舐めるんじゃねぇ!!

 

 

_______________________

 

 

 

「いい湯だのぉ……」

 

 

体の芯まで温かくさせる温水を肩まで浸からせ、安堵の息を吐く。

 

死地を駆け回った体を癒してくれる。ああ、お花畑が見えそう。

 

 

「大樹、言葉がオジサン臭いよ」

 

 

「幹比古。長い説教でもしてやろうか?」

 

 

(ここでそれこそオジサン臭いってツッコミを入れたら負けかな?)

 

 

俺の隣ではタオルを小さく畳んだモノを頭に乗せた幹比古。隣には静かに目を瞑っている達也。さらにその隣には大きく背伸びをしたレオがいる。

 

……誰得描写だこの野郎。

 

 

「そういえば、大樹は女子のお風呂を覗かないの?ホテルではあんなことを言っていたのに」

 

 

「馬鹿野郎」

 

 

俺は幹比古に向かって告げる。

 

 

「女子のメンバーを考えてみろよ」

 

 

「……あ」

 

 

『あ……(察っし)』な感じの反応をありがとう。

 

 

「生徒会長の真由美。風紀委員の摩利。学年主席の深雪。学年次席の優子。一科生のほのかと雫。電撃をぶちかます黒ウサギ。どうだ?覗く気になったか?」

 

 

「……大樹」

 

 

「俺は命を大事にしたいんだ。分かってくれ」

 

 

「柴田さんがいないじゃないか!?」

 

 

「そこなのか!?」

 

 

幹比古の言葉にレオが驚く。

 

 

「美月は……何だろう。そういうことをしてはいけない気がする」

 

 

((あ、何か分かる))

 

 

(……この三人。モノリス・コードに出てからもっと仲良くなっているな)

 

 

幹比古とレオは心の中で大樹の言葉を納得していた。達也はその様子を見て、冷静に分析?していた。

 

 

「それに、こっちには深雪の最強ボディガードがいる」

 

 

「「あ……」」

 

 

「?」

 

 

幹比古とレオは達也を見て、『あ……(納得)』みたいな反応をした。達也は俺たちの話を分からなかったようだ。

 

その時、壁の向こうから女の子たちの会話が聞こえて来た。

 

こちらの部屋が静か過ぎて、向うの部屋の音が聞こえやすくなっていたのだ。

 

 

「……超覗きてぇ」

 

 

(((欲望に忠実だな)))

 

 

逆に尊敬しそうな勢いだった。

 

 

「よし、許可を取ればいけると思う」

 

 

「許可?」

 

 

幹比古が聞き返す。

 

 

「ああ、『覗いてもいいですか?』って聞いて『いいですよ!』って返ってきたら覗く」

 

 

(本当に大樹って学年一位なの?達也と大違いなんだけど)

 

 

筆記試験で一位を取り、魔法実技で0点を取った大樹(バカ)の覗きをご覧下さい。

 

大樹は風呂から上がり、腰にタオルを巻く。女湯の方の壁に向かって叫ぶ。

 

 

「おーい!女子たちー!」

 

 

『え?大樹さんですかッ?』

 

 

「そうだ!みんなに聞きたいことがある!」

 

 

『何でしょうかッ?』

 

 

「お風呂を覗いてもいいですか!?」

 

 

その時、音が全て死んだような気がした。

 

 

『大樹君』

 

 

「あ、優子か。どうした?」

 

 

『別に覗いてもいいわよ』

 

 

「マジで!?」

 

 

「「「ッ!?」」」

 

 

大樹だけでは無く、幹比古たちも驚愕していた。

 

 

 

 

 

 

『でも、覗いたら殺すから☆』

 

 

 

 

 

「邪魔してすいませんッ!ごゆっくりしてください!」

 

 

大樹はすぐに壁に向かって土下座を繰り出した。三人は『だろうな』っと呟き、身体を温めるのであった。

 

 

 

_______________________

 

 

 

「お前たちに言わないといけないことがある」

 

 

もう一度風呂に浸かった俺は三人に大事な話をしていた。

 

 

「大事な話って?」

 

 

レオが聞き返す。俺は目を細めて話す。

 

 

「俺とお前らがしばらく会えないかもって話だ」

 

 

「「「ッ!?」」」

 

 

三人の目が見開き、耳を疑った。

 

 

「正確には俺と黒ウサギ。そして優子がいなくなる……………………………………………………………あと原田も」

 

 

忘れていないよ?覚えているよ?

 

 

「いなくなるって……転校とか……?」

 

 

「違う。もっと規模がでかい。もう会えないかもしれない」

 

 

幹比古の言葉を首を横に振って否定する。

 

 

「……大切な人を救うためか」

 

 

「……達也は何か知っていそうだな」

 

 

達也が呟いた言葉に俺は驚いたが、原田から何かを聞いたなら納得できる。

 

 

「みんなには内緒にしていたが、優子は記憶喪失……いや、記憶を奪われていたんだよ」

 

 

俺は驚く三人に向かって真剣な目を向ける。

 

 

「俺は……他にも大切な人がいるんだ。だから助けに行く。もう、これでサヨナラかもしれねぇ」

 

 

「……違うじゃねぇの、それは」

 

 

レオは口元に笑みを浮かべて俺を見る。

 

 

「またな……じゃダメか?」

 

 

「……そうだな」

 

 

俺はもう一度、別れを言い直す。

 

 

「今度会う時は……俺の大切な人、紹介するからよ。また会おうな、お前ら」

 

 

「そうだね。楽しみに待っているよ」

 

 

幹比古が頷き、レオは笑顔を見せる。

 

 

「女子には言わないのか?」

 

 

しかし、達也は別れについてまだ納得していないようだ。

 

 

「言い辛いから悩んでいる……」

 

 

「……深雪には言ってやってくれ」

 

 

「ああ、深雪には言うよ。エリカと美月も……摩利も大丈夫だ」

 

 

「……ほのかと雫。そして会長か」

 

 

「当たりだ」

 

 

俺は湯気で曇った天井を見上げる。

 

 

「……手紙を残すっていう手があるんだけど」

 

 

「それをしたら僕達は許さないよ」

 

 

「だよなー」

 

 

幹比古の厳しい一言は正しい。それだけは絶対に駄目だ。

 

 

「……夏休み最終日まであと少しかねぇよ」

 

 

結局答えは出せず、俺は最後の一人になるまでお湯に浸かり続けた。

 

 

_______________________

 

 

 

石の階段を上り、大きな寺に辿り着く。最初に出迎えてくれたのは髪を剃り上げた男。九重(ここのえ) 八雲(やぐも)だった。

 

 

「おや?久しぶりだね、大樹君」

 

 

「そうだな。最後ここに来たのは九校戦に行く前だったな」

 

 

俺と九重は結構仲が良い。時には修行の練習に付き合ったり、時には御馳走を弟子たちに振るまったり良好な関係だった。

 

だから、

 

 

「あ、大将!」

 

 

「久しぶりですね大将!」

 

 

「大将!新鮮な野菜が届いてますよ!」

 

 

っと弟子たちにはあだ名で呼ばれている。弟子たちは大樹は将軍のような強さを持った人。だから大将らしい。

 

 

「おう。今日も栄養がある料理作ってやるから待ってろ」

 

 

そう言って俺が右手に持っている買い物袋を見せつけると、弟子たちから歓喜の声が響く。

 

 

「まだ修行中だろ?走って来て腹の中、減らしてこい。どうせなら空っぽにして来い」

 

 

俺の言葉を聞いた瞬間、弟子たちは森の中へと走り出した。元気あるなぁ。

 

 

「いつもすまない」

 

 

「俺もいい食材で料理が食えるんだ。ウィン(win)ウィン(win)の関係って奴だよ」

 

 

「君が納得してくれるなら、これ以上の追及は失礼だね」

 

 

「分かってくれて嬉しいぜ。それで、話の本題に入りたい」

 

 

「富士山のことはどうにもならないよ」

 

 

「知ってたのかよ……っていうか違う」

 

 

やっぱりただ者じゃないな。俺が富士山を消し飛ばした情報を正確に入手しているな、九重め。

 

 

「今回は九重先生として用があるんだ」

 

 

「何かね?こっちは出来る限り協力するよ」

 

 

「……忍術を俺に教えてくれ」

 

 

「……何か理由があるんだね」

 

 

笑みを浮かべて俺に理由を聞く。俺は真剣な目で理由を告げる。

 

 

「今度こそ、大切な人を守るために……強くなるんだ」

 

 

「……君らしい答えだね」

 

 

九重は俺の答えに満足したのか、右手を俺に差し出す。

 

 

「僕の修業は君でも容赦しないよ?」

 

 

「それでいい。頼むぜ、先生」

 

 

俺は九重の手を握り、握手を交わした。

 

 

_______________________

 

 

 

薄暗い森の中、二人の男が戦っていた。

 

 

「ッ!」

 

 

足場の悪いぬかるみのある土を蹴っ飛ばし、後ろに大きく一歩下がる。同時に上半身を後ろに逸らす。

 

 

「甘いッ!」

 

 

ドゴッ!!

 

 

「ぐッ!?」

 

 

腹部に衝撃が襲い掛かり、痛みが走る。九重の拳を避け切れず、俺の腹に当たったようだ。

 

 

「耳じゃない!体の神経を研ぎ澄まして全身で感じるんだ!」

 

 

九重の助言を耳に入るが、俺は難しい顔をする。俺と九重の組手は俺が劣勢だった。

 

普通なら俺が勝つが、今回は違う。今の俺は目隠しをしており、音速で走ることと光の速度を出すことを禁じた状態で戦っている。

 

 

(ちくしょう!全然分からんぞ!?)

 

 

如何に今まで音と目に頼って来たか思い知らされる。感覚で人の居場所が分かっても、人の動きまでは捉えられない。

 

 

「【無刀の構え】!!」

 

 

俺に向かって飛んで来る九重の蹴りを防ぐため、腕をクロスさせる。

 

 

「【木葉(このは)(くず)し】!!」

 

 

ドゴッ!!

 

 

九重の蹴りが俺のクロスした腕に当たった瞬間、蹴りを受け流し、九重の背後を取ろうとする。

 

だが、

 

 

「残念」

 

 

バキッ!!

 

 

「がぁッ!?」

 

 

俺の顔面に拳が容赦なく叩きこまれる。

 

しかし、九重の攻撃は終わらない。

 

 

ドンッ!!

 

 

そのまま九重は拳に力を入れ、俺を地面に叩き落とす。そして、空中で回転して、右足を大きく振り落した。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「かはッ……!?」

 

 

腹部に再び衝撃が走る。踵落としが見事に決まっていた。

 

俺はそのままバッタリっと倒れたまま咳き込む。左手を上げて、ギブアップの意を示す。

 

戦闘の一時中断。九重はそばにあった丸太に座る。

 

 

「今のは忍術と君の体術を合わせた技だったのかい?」

 

 

「……………おう」

 

 

「悪いけど、何をするか見え見えだったよ」

 

 

「……………そうか」

 

 

「だ、大丈夫かい?」

 

 

かなり本気を出した九重は少し後悔していた。目隠しをした人をボコボコにするのはあまり気持ちの良い事では無い。

 

 

「……今日の料理はネギご飯だ」

 

 

「今の大樹君、ものすごく器が小さいよ」

 

 

「冗談だ。ちょっと疲れたから休憩だ」

 

 

「……そうだね。少し休もうか」

 

 

目隠しを取り、やっと休み出した大樹を見た九重は、安堵の息を吐く。同時に大樹の強さを知った。

 

 

(朝から厳しい修行をやり続けて、夕方近くまで休憩の一つも無しでやり続けた……彼は本物の化け物)

 

 

精神的にキツイ修行も心を一切乱さず、最後まで終えた。肉体的に厳しい修行もすぐに終わらせた。

 

富士の山を消滅させるほどの危険な人物なのが改めて分かった。

 

 

「大樹君」

 

 

九重は気になっていたことを聞く。

 

 

「君はどうしてそこまで強くなろうとするんだい?」

 

 

大樹は最強……いや、それ以上の強さを持った存在だ。

 

それなのに、強さを追い求めようとし続ける理由が分からなかった。

 

大切な人を守る為だけじゃない。別に理由があるような気がした。

 

 

「俺は、負けた」

 

 

「君が?」

 

 

「俺はここに来てからずっと負け続けている」

 

 

大樹は拳を強く握る。

 

 

「誰も守れなかった。救えなかった」

 

 

強く、強く、強く握った拳から血が流れる。どれだけ悔しいか九重にもすぐに伝わった。

 

 

「だから、次こそ俺は……守って、救ってみせる」

 

 

(それが……君の強さか……)

 

 

大樹の目は強い決意をしている瞳だった。

 

今まで数々な困難を乗り越え、辛い思いをしてきたはず。

 

 

「……一つだけ忠告しておくよ」

 

 

九重は低い声音で大樹に言う。

 

 

「力を……ただ力を求めては駄目だよ」

 

 

「力……」

 

 

「君は……いつか力に溺れる」

 

 

九重の声は低く、真剣だった。

 

 

「そして、溺死する」

 

 

「……………」

 

 

「でも……そんなことにならないようにするのが、僕の役目だからね」

 

 

九重は立ち上がり、服に付着した木のカスを払い落とす。

 

 

「君が大量の水を飲んでしまっても、吐き出せるようになるくらいは鍛えてあげるよ」

 

 

九重は笑みを大樹に見せた。

 

 

 

_______________________

 

 

 

九重の修業を終え、俺の作った夕食をみんなで食べ、弟子たちと一緒にお風呂に入った。だから今回のお風呂は誰得展開だよ。

 

寝巻に着替え、部屋の窓から入って来る夜風に当たりながら俺は座っていた。

 

手には携帯端末。ディスプレイには女の子の名前。

 

 

「……雫から話すか」

 

 

俺は雫の携帯端末のディスプレイに映った番号を押す。

 

何度かコール音が鳴った後、

 

 

『……もしもし?』

 

 

「あ、雫。俺だ、大樹だ」

 

 

『……どちら様でしょうか?』

 

 

「え?大樹って言ったんだけど?いじめ?いじめが起きているの?」

 

 

『冗談』

 

 

「お、おう……」

 

 

やべぇ、出鼻を挫かれたぞ……。

 

 

「えっと、大事な話があるんだけど……」

 

 

『遠い場所に行くこと?』

 

 

「……知っていたか」

 

 

『黒ウサギがみんなに言っていた』

 

 

「マジかよ……」

 

 

これはすぐにみんなに連絡しないといけないな。

 

 

『……いつになったら帰って来るの?』

 

 

「分からない……でも、絶対に帰って来てみせる」

 

 

『……うん、待ってる』

 

 

「……雫」

 

 

『何?』

 

 

「ありがとう」

 

 

『……私も、ありがとう。絶対に帰って来てね』

 

 

ピッ

 

 

そこで、雫との会話は切れた。

 

雫とぶつかったあの日、俺はいろんなことを学んだ。

 

自分だけが背負い続けても、意味がないことを。痛みを共有すれば、それは傷にならないことを。

 

 

(悪い……)

 

 

急な別れで、こんな俺で、申し訳ない気持ちで一杯だ。

 

最後まで情けない俺だが、雫の『ありがとう』を聞いた瞬間、俺は少しまともな人間になれそうな気がした。

 

 

「……次はほのか、だな」

 

 

正直、キツイぞ。これは……ヤバい。

 

 

(……泣かないでくれよ!)

 

 

俺は携帯端末のディスプレイに番号を打つ。

 

何度かコールが鳴った後、ブチッという音が聞こえた。

 

 

「……?」

 

 

何も聞こえない。もしもしの一言も聞こえない。

 

 

「も、もしもし?」

 

 

『……うぅ、大樹……さぁんッ……!』

 

 

(もう泣いてたあああああァァァ!!)

 

 

俺は額を畳に擦りつける。

 

 

「ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!」

 

 

ほのかは情が厚い子だ。俺や黒ウサギたちがいなくなると知れば、泣いてしまう優しい子だ。

 

 

『大樹、さん……』

 

 

「な、何だ?」

 

 

ほのかの(すす)り泣きながらも、俺の名前を呼ぶ。

 

 

『どこまで……遠くに行くんですかッ』

 

 

「……連絡はずっと取れない。期間も分からない」

 

 

『どうしてッ……どうしていなくなるんですかッ……』

 

 

「……大切な人を救うためだ」

 

 

偽りの無い言葉をほのかに言う。嘘は言いたくなかった。

 

 

「その人は俺を支えてくれた。俺を笑顔にしてくれた。俺を変えてくれた。そして、こんな俺を好きになってくれた人なんだ」

 

 

『……大樹さんッ……私は……私はッ……!』

 

 

ほのかは何度も嗚咽を堪える。

 

 

『帰って来たらッ……私の……大事な話を聞いてください……』

 

 

「大事な話?」

 

 

『そしてッ……抱き締めてくださいッ……』

 

 

「ゑ?」

 

 

え?

 

 

『ダメッ……ですかッ……!?』

 

 

「い、いや!大丈夫だ!」

 

 

何が大丈夫か分からないぞ!?だ、抱き締める!?ふぁ!?

 

 

『じゃあ……許しますッ……』

 

 

「あ、うん……」

 

 

『大樹さん』

 

 

「な、何だ?」

 

 

『好きです』

 

 

「……………えぇッ!?」

 

 

『おやすみなさいッ!』

 

 

ピッ

 

 

「え、ちょっと!?もしもしッ!?もしもーしッ!?」

 

 

携帯端末の通話は既に切れていた。

 

 

「……大事な話ってまさか」

 

 

……ここに帰った時は覚悟しておこう。

 

 

(ホント、優しい子だな)

 

 

俺が校門で起こした事件で、一番最初に生徒会に真実を報告しようとしたのはほのかだ。

 

おっちょこちょい性格だが、人と関わりを大切にする。二科生の俺と何の隔たりもなく仲良くしてくれたのがその証拠だ。

 

 

「……………」

 

 

ただ、最後の好きはどうする。ちょっと悶え死にそうなんだが。

 

あんな可愛い女の子に好きと言われて嬉し過ぎる。また明日から修行を頑張れるぜ!

 

 

「……よし、次に行きましょう」

 

 

今度はエリカに電話を掛ける。

 

コールが何度か鳴った後、

 

 

『はい、もしもし』

 

 

「あ、俺だ。大k

 

 

ピッ、ツー、ツー……

 

 

ディスプレイに『通話時間二秒』と表示される。

 

 

「……………」

 

 

もう一度、エリカに電話を掛ける。

 

 

『もしもし?今富士山が無くなって大変なんだけど?』

 

 

「マジですいませんでしたあああああァァァ!!」

 

 

怒ってる。エリカは怒っている。俺、謝ってばっかだな。この後もまだ謝りそうだよ。

 

 

『それで、反省はしたかしら?』

 

 

「ああ、悪かったよ……言うタイミングを伺い過ぎた」

 

 

『ホントに驚いたんだからね?』

 

 

エリカの溜め息をつく音が聞こえる。呆れられている。

 

 

『それで、大切な人を探しに行くの?』

 

 

「ああ、救いに行ってくる」

 

 

『……そう』

 

 

「……寂しい?」

 

 

『切っていい?』

 

 

「ごめんなさい」

 

 

『もう……大樹君は最後までバカだね』

 

 

「笑っていいぜ?」

 

 

『うん……笑う。笑顔でいるから、大樹君も笑っていてね』

 

 

「……ああ、ありがとう」

 

 

ピッ

 

 

通話が切れ、部屋に静寂が訪れる。

 

笑顔でいろってか。エリカらしくないようで、エリカらしい言葉だな。

 

何気に俺たちのことを信頼してくれていたし、九校戦襲撃事件の時はレオと一緒に共闘したらしいし、俺たちを助けてくれた。

 

俺たちもエリカのことを信頼していたし、気軽に話せる女の子だった。

 

 

「……ちょっと別れが辛くなってきたぞ」

 

 

今まで笑顔で別れを言えたのに、泣きそうな気持になった。

 

……泣かない内に終わらせよう。

 

次は美月に電話する。

 

 

『あ、大樹さん?』

 

 

電話に出るのは早かった。ワンコール鳴った後、すぐに出てくれた。

 

 

「ああ、俺だ」

 

 

『別れの話ですか?』

 

 

「まぁ……そうだな」

 

 

『私は大丈夫ですよ』

 

 

「え?」

 

 

美月の意外な言葉に俺は驚いた。

 

 

『大樹さんは大切な人を救いに行くんですよね?それなら止めませんよ。止めるのは野暮なことです。でも、一つだけ言わせて貰いますッ』

 

 

「な、何だ?」

 

 

『大樹さんはすぐに無茶をするので無茶をし過ぎないでください。自分の体はちゃんと大事にして、大切にしてください。大切な人だって怪我をした大樹さんなんか見たくないですから。もちろん、私もエリカちゃんだって。みんな、大樹さんの苦しむ姿は見たくないんですよ?だから……あれ?』

 

 

「……………」

 

 

『ご、ごめんなさい。私、余計なことを……』

 

 

「うわあああああァァァ!!美月いいいいいィィィ!!!」

 

 

『えッ!?えええええェェェ!?』

 

 

俺は号泣した。涙が滝のように溢れる。

 

 

「俺の心配をそこまで……そこまでッ……うわあああああァァァ!!」

 

 

『お、落ち着いてくださいッ!泣かないでくださいッ!』

 

 

「うん……俺、怪我しないように気を付ける……!」

 

 

『はい!病気にも気を付けて!』

 

 

「うん、気を付ける……!」

 

 

『か、帰ってきたらうがいと手洗いを忘れずに!』

 

 

「うん、する……!」

 

 

(これって大樹さんですよね!?)

 

 

素直に母の言うことを聞く子供のようだった。美月は豹変した大樹に驚いていた。

 

 

『で、では!絶対に帰ってきてくださいね!』

 

 

「……うぅ……行きたくない……」

 

 

(えええええェェェ!?)

 

 

「……でも、頑張って行く……」

 

 

『は、はい!頑張ってください!』

 

 

ピッ

 

 

泣いちゃったよ。これでもかってくらい泣いたよ。

 

アレだな。とても良いお母さんになれる。

 

美月の優しさは癒される。もう安心して涙が出ちゃう。

 

ときどき見せる天然な子とか上級生に人気な理由が納得できる。守ってあげたい系の女の子。分かるわその気持ち。

 

 

(美月を泣かしたらボッコボコにするからな、幹比古くぅん?)

 

 

よし、次行きましょう。あ、さっきの言葉は気にしないでください。

 

 

「次は深雪か……」

 

 

深雪の電話番号を学校の男子に自慢すると本気で憎まれます。ご注意ください。

 

 

(深雪と仲良く話していたら一科生に絡まれたあの時が懐かしいなぁ)

 

 

はじっちゃんが起こした事件後は、絡まれなくなった。むしろ恐れられた。こうして思い出すと泣けるなぁ。どんな涙かはあえて言わないけど。

 

俺は深雪に電話を掛ける。

 

 

『もしもし?大樹さんですよね?』

 

 

「正解。みんなのヒーロー、俺様だ」

 

 

『九重先生の所で修行をしているそうですね』

 

 

「あ、そう言えば達也って弟子だったな」

 

 

情報は九重から達也。そして達也から深雪と考えれた。

 

 

『ええ、お兄様は優秀だと先生は仰ってくれましたよ』

 

 

さすがブラコン。今日もお兄様が大好きだな。

 

 

「っと話が脱線しそうになった。実は大事な話が……」

 

 

『ごめんなさい大樹さん』

 

 

「え?」

 

 

急に謝る深雪に俺は疑問を持つ。

 

 

『私にはお兄様がいるので……お付き合いは……』

 

 

「告白じゃねぇよ!?って達也を理由に断るなよ!?」

 

 

『では何のご用件で?』

 

 

「え?いや、ほら……黒ウサギから何か聞いてないか?」

 

 

『……あ』

 

 

「分かってくれたか。そうだよ、俺がt」

 

 

『大樹さんがついに世界の遺産を潰しに行く旅行に出掛けることですね!』

 

 

「違ぇッ!!全然違ぇッ!!」

 

 

『次は世界を支配することでしたか?』

 

 

「だから違ぇよ!!もっと遠くなったよ!?」

 

 

『月を壊すことですか?』

 

 

「もう規模がすご過ぎてついて行けないよ!?」

 

 

『ふふッ、やっぱり大樹さんは面白いですね』

 

 

ハイ、例の如くからかわれていました。もう可愛いから許すわ。

 

 

『大丈夫です。大樹さんなら帰って来ると信じていますから』

 

 

「そ、そうか……?」

 

 

『はい。あ、それと大樹さん』

 

 

「ん?」

 

 

『大樹さんのこと、お兄様の次に好きな男性ですからね』

 

 

「お、おう……うん?」

 

 

『ふふッ、やっぱり大樹さんはいつも通りが一番いいですよ』

 

 

「……いつも通り、ですか」

 

 

『はい。いつも通りです』

 

 

「じゃあ今度キスしてくれ」

 

 

『はい。では帰って来たらその時に』

 

 

「ハハハ、だよなー。あーあ、またいつもみたいに流され………………………………………………………………………パァドゥン?」

 

 

『では、お休みなさい。体には気を付けてくださいね』

 

 

ピッ

 

 

……モウ、ワケガワカラナイヨ。

 

 

_______________________

 

 

 

「という夢を見たのさ!」

 

 

嘘ですごめんなさい。動揺し過ぎて落ち着くのに時間が掛かっていました。もしキスされたら学校の男子生徒を全員敵に回すことになってしまうからな。危ないってレベルじゃないよ。

 

 

「次か……」

 

 

真由美。

 

……どうしよう。何て言えばいいんだ。

 

この世界に来て一番仲良くした女の子だ。

 

世話にもなった。よく話した。よく笑い合った。

 

 

 

 

ピッ

 

 

「あ」

 

 

気が付けば俺は無意識で真由美の電話番号を押していた。

 

 

「え、えっと……最初は謝ればいいか!?」

 

 

すいません、ごめんなさい。ど、どんな謝り方をすればいいんだ!?

 

 

「で、でもまず挨拶することも大切だよな!?」

 

 

あけましておめでとう!……何を言っているんだ俺!?

 

 

プツッ

 

 

その時、唐突に電話の通話が入った。

 

 

「ええッ!?あ、あのもももおっもももおもももしもし!?」

 

 

 

 

 

『おかけになった電話をお呼びしましたが、お繋ぎできませんでした』

 

 

 

 

 

「……………」

 

 

耳元で留守電がどうのこうの言っているが、俺は構わず電話切った。

 

 

「新しいパターンだなオイ!?」

 

 

大声でツッコミを入れた。

 

この展開は予想外だったよ!いや日常ではよくある展開かもしれないけどよ!

 

もういいよ!今度直接会って言ってやる!ぷんぷん!

 

……その方が……直接会った方がいいような気がする。

 

 

「はぁ……次行こう」

 

 

次は摩利か。風紀委員長……か……。

 

アイツにも世話になったな。風紀委員で取り締まられたり、部下に追われたり、フードマンって呼ばれたり、地獄の書類を書かされたり……………。

 

 

「……………」

 

 

ピピピピピッ

 

 

携帯端末のメール機能を使い、文字を打っていく。

 

 

『遠くに出掛けます。今までありがとう。さよなライオン』

 

 

「よし、送信」

 

 

ピロリンッ♪

 

 

俺は布団を畳の上に敷き、眠ることにした。おやすみ!

 

 

ピピピッ

 

 

「……………」

 

 

携帯端末から電話着信のアラームが鳴る。

 

俺は慎重に、ゆっくりと端末に手を伸ばし、電話に出る。

 

 

「……もしもし?」

 

 

『木下と黒ウサギを人質に取った』

 

 

「ガチ脅迫キタあああああァァァ!?」

 

 

俺の絶叫が部屋の中に響き渡る。

 

摩利は笑いながら俺に要求する。

 

 

『とりあえず一億円を用意してもらおうか』

 

 

「よし!その額なら送れる!どこまで持って行けば……!」

 

 

『本当に払おうとしないでくれ!?』

 

 

今度は摩利が驚く番だった。

 

 

「金が足りない!?じゃあもう一億用意すればいいのか!?」

 

 

『そんなこと言っていないだろ!?』

 

 

「人質をするなら俺にしろ!!」

 

 

『捕まえてられる気がしないんだが!?』

 

 

摩利は大きく溜め息をつき、話し始める。

 

 

『君は一度死なないと、その馬鹿は治らないな……』

 

 

「今までに本当に2回くらい死んでいるけどな」

 

 

『……すまない』

 

 

「謝られているのに心がめっちゃ痛い」

 

 

病気かな?動悸かな?発作かな?全部違うと思う。

 

俺は気になっていたことを摩利に聞く。

 

 

「黒ウサギと優子を人質に取ったってことは、そこにいるのか?」

 

 

『ああ、私の隣にいるよ』

 

 

「お泊り会でもやっているのか?どこにいる?」

 

 

『君の家だよ』

 

 

「家主は俺だぞ」

 

 

『それが?』

 

 

「……何でもない」

 

 

家主に許可とかいらないですね。優子と黒ウサギの許可があれば十分か。

 

 

『生徒会女子メンバーで泊まらせてもらっているよ』

 

 

「そうですか……まぁごゆっくり……ってちょっと待て」

 

 

『どうした?』

 

 

「真由美もいるのか!?」

 

 

『……………いや、いない』

 

 

「何だ今の間は!?」

 

 

明らかに怪しすぎるだろ!?

 

 

『……大樹君。29日の朝、学校に来たまえ』

 

 

「イヤだ」

 

 

『来い』

 

 

「サー、イエッサー」

 

 

女子に逆らえないのはおかしいことではないと思った今日この頃です。

 

 

『大事な話だ。私達にとっても、そして君にとっても』

 

 

「……分かった」

 

 

真剣な声で言う摩利に俺は素直に承諾した。

 

 

「夏休みの宿題は手伝わないからな」

 

 

『しなくていい!……ってあぁ!?』

 

 

摩利がバッサリと断ったが、その後何か思い出したようだ。

 

俺は彼女の願いを聞く前に、端末の電源を落とした。九校戦で忙しかったし、その後もたくさんの事件があったからな。

 

 

「やっぱり夏休みの宿題は、初日に終わらせるのが一番いいだろ」

 

 

既に宿題を全て終えている少年は、目を閉じて眠りについた。

 

 

 

 



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そして無力の勇者は歩き始める

「クソッ……俺はッ……ここで終わるのかッ……!」

 

 

バタッ

 

 

腕から力が抜け、俺は地面に倒れる。ひんやりと冷たい石の床が俺の体温を奪っていく。

 

ああ、これが俺の限界なのか……。

 

 

「腕立て伏せを1万回する人なんて初めて見たよ、僕は」

 

 

「……………死にそう」

 

 

「時間にして3時間。並みの人間なら筋肉が破裂するよ?」

 

 

「……………ふひッ」

 

 

(今すぐ休ませよう……)

 

 

九重は動けない大樹を引きずり、影がある場所まで移動させる。

 

 

「師匠」

 

 

その時、九重に後ろから声がかけられた。

 

 

「達也君か。彼なら今は死んでいるよ」

 

 

そこには動きやすい黒いインナーを着た達也。その隣には私服を着た深雪がいた。

 

 

「この後は乱取りをする予定だよ」

 

 

「では準備しておきます」

 

 

達也は弟子たちと軽い手合わせをしてもらうために、その場から立ち去る。深雪は兄に一言応援の言葉を告げて、倒れた大樹を見る。

 

 

「大樹さんは何を?」

 

 

「朝から腕立て伏せを1万回やったところさ」

 

 

「え?私はてっきり10万はできるかと思っていましたよ」

 

 

(深雪君は1万回やったことを驚かなかった……)

 

 

慣れと言うモノだろうか。少し恐怖を感じた九重だった。

 

 

「……ん?」

 

 

「あ、起きましたか?」

 

 

倒れた大樹のそばに深雪はしゃがみ、顔を見る。

 

 

「深雪……ハッ!?」

 

 

大樹は転がり、深雪から距離を取る。

 

 

「俺のファーストキスは妻にしかあげねぇ!!」

 

 

(何を言っているんだい……)

 

 

「お付き合いは無しで、もう結婚するんですか?」

 

 

(深雪君も何を言っているんだい?)

 

 

完全に置いてかれてしまう九重。もう訳が分からない。

 

 

「け、結婚!?」

 

 

「大樹さんは誰と結婚したいですか?」

 

 

「美琴!アリア!優子!黒ウサギ!」

 

 

(四人!?)

 

 

「わ、私の知らない人が二人も……!?」

 

 

(残りの二人は許容していたのかい!?)

 

 

「ハッハハハ!!俺は最低だからなッ!」

 

 

(堂々と言うことじゃないよ!?)

 

 

「でも結婚は一人しかできませんよ!」

 

 

(そこ!?もっと気にすることがあると思うけど!?)

 

 

「法律を変えるのが総理大臣……いや、俺の仕事だ」

 

 

(君が総理大臣になった瞬間、日本に未来はない気がする……)

 

 

「で、では……兄妹で結婚出来るように……」

 

 

((さすがブラコン。ついに法律を変えたいと言い出したか))

 

 

恥ずかしがって言う深雪はさらに一段と可愛いなっと大樹と九重は思った。

 

 

「さて大樹君。次は乱取りだけど……」

 

 

「もう大丈夫だ。回復した」

 

 

(休憩時間は5分も経っていないけど……)

 

 

大樹は立ち上がり、足をグネグネ捻ったり、手をプラプラさせて準備運動を始める。

 

ポケットから目隠しを取り出し、視界を完全にシャットダウンし、何も見えなくした。

 

 

「よっしゃあッ!誰でもかかって来い!!」

 

 

「なら俺が相手をしようか?」

 

 

「おっと、お兄様の声がしたけど気のせいだよな?」

 

 

「もちろん、魔法は有りだよな?」

 

 

「もちろん、無しですね」

 

 

「………行くぞ」

 

 

「逃げるが勝ちだッ!!」

 

 

俺は達也から逃げ出すために、全力で走った。

 

まるでサバンナのチーターの如く、走り抜けた。

 

 

 

 

 

その後、達也にボコボコにされた。

 

 

 

 

 

________________________

 

 

 

【8月29日】

 

 

まだ日が出たばかりの朝。俺は寺の門の前にいた。

 

九重とその弟子が俺を見送ってくれている。

 

 

「短い間だったが世話になった」

 

 

学校の制服に着替えた俺は九重と弟子たちに別れを告げる。

 

 

「君にはまだ教えたいことはあるが……君なら大丈夫だろう」

 

 

「大将!また来てくだせぇ!」

 

 

「俺たち、美味い野菜を用意して待ってますから!」

 

 

「おう、その時は今以上に美味い飯を食わせてやるよ」

 

 

俺は手を振りながら階段を下りて行った。

 

 

「大樹君」

 

 

階段を中腹まで来ていた時、九重も階段を降りて来て声をかけてきた。

 

 

「僕からの餞別だ」

 

 

「うおっと!」

 

 

九重が投げたモノを両手でキャッチする。九重がくれたモノは深緑色の渋い色をした巻物だった。

 

 

「……古式魔法か?」

 

 

「少し違うね。中には何も書かれていないから」

 

 

「あ、ホントだ」

 

 

しかし、ただの巻物でもなさそうだった。言葉では表しにくいが、何かあると俺の体が伝えてきている。

 

 

「じゃあどうやって使うんだよ」

 

 

「君になら使いこなせるはずだよ」

 

 

「俺にはサイオンが無くて、魔法が使えないことで有名だぜ?」

 

 

「サイオンだけが、魔法だけが、強さの全てじゃない」

 

 

九重は人差し指で俺の胸、心臓部分に近い所を指した。

 

 

「大樹君。君が一番知っているはずだ」

 

 

「……………」

 

 

「君はたくさんの人を救った。学校の差別待遇で救われた生徒。刑務所に閉じ込められた罪の無い人。そして、九校戦襲撃事件の時に命を救われた人。それ以外でも救った人がたくさんいるだろう」

 

 

九重は真剣な表情で俺に言う。

 

 

「ここまでたくさんの人を救ったんだ。だから君は最後まで救い続けろ」

 

 

「救い続ける?」

 

 

「最初の一人から最後の一人まで。人を不幸にするモノを壊せ。君にはその力がある」

 

 

九重は指していた指を戻し、拳を作る。そして、軽く俺の胸を叩いた。

 

 

「大樹君は僕の弟子だ。必ず幸せな世界にできるはずだよ」

 

 

九重は、アイツと同じことを言っている。

 

 

『あなたが幸せな世界を作ることを、空から見守っています。』

 

 

……幸せな世界、か。

 

 

「……弟子にそんな期待をするなよ」

 

 

でもまぁ……確かに俺は九重の弟子だ。そして、奈月と陽の兄だ。

 

 

「先生の顔に、泥を塗るわけにはいかないな。やってやるよ」

 

 

「それでこそ、僕の弟子だよ」

 

 

俺の師匠である九重は笑みを見せ、俺を見送ってくれた。

 

 

 

________________________

 

 

 

突然だが言いたいことがある。まぁいつも突然だけどそこはスルーが吉。

 

さて、気を取り直して……突然だが俺は現在、ヤバそうな部屋の前にいる。何がヤバイってオーラがヤバイ。ふすまから何かとてつもない嫌な予感がするオーラがドロドロと流れているように見える。

 

……よし!いつも通り状況を整理するぞ!

 

朝早く、学校に着くと制服を着た摩利が待っていました。校門には一台の黒い車が止まっていた。

 

俺は挨拶しながら摩利に近づくと、『車に乗りたまえ』と言われたので黒い車に乗った。

 

30分くらいか?車は止まった。

 

外に出てみると、そこにはとても高いビルがありました。その時、ビルの名前は見るのを忘れていたので分からない。

 

エレベーターで上に上がっている時に、摩利に『なぁ俺はどうなるんだ?』と何度もビクビクしながら聞いていた。

 

摩利は『……………健闘を祈る』と言ったので俺はさらにビクビクするはめになった。

 

エレベーターを降りると、和風のような廊下が目に入った。旅館のような廊下の雰囲気が似ている。

 

黙って摩利について行くと『私たちは下の階で待っている。ここからは一人で行くんだ』と言った。『私たち』って、下の階にはあと誰がいるんだ。

 

 

(開けて確かめるしかないよなぁ……)

 

 

帰りたい。帰ってお風呂に入って寝たい。まだ昼だけど。

 

俺はふすまに手をかけ、スライドして開く。

 

部屋に入ると畳の独特な匂いがした。それと料理の美味しそうな香りも混じっていた。

 

畳が敷き詰められた広い部屋。中央には木の長方形テーブル。テーブルには料理が並んでいた。

 

 

「ッ!」

 

 

俺は息を飲んだ。座って待っているメンバーを見て緊張したのだ。

 

テーブルの右側に女の子が二人。左側にはなんと制服を着た真由美が座っていたのだ。

 

そして中央の奥には眼鏡を掛けた一人の男性が座っていた。

 

 

(分かる……すぐに分かった)

 

 

これ、真由美のご家族だわ。

 

 

「お姉ちゃん!この男なの!?」

 

 

いきなり俺に指を差したのは癖のないショートカットの髪型の女の子だった。ボーイッシュなイメージが強い子だ。ショートパンツに黒いTシャツを着ているからだろうか。

 

 

香澄(かすみ)ちゃん。いきなり人に指を差すのは失礼ですよ」

 

 

隣に座った少女。肩に掛かるストレートボブの髪型の女の子が注意する。さっきの子は香澄と言うのか。

 

もう一人の方は綺麗な薄緑色のサマードレスを着ていた。ボーイッシュな香澄とは逆の容姿だった。

 

 

「でも泉美(いずみ)!この人全然強そうじゃないし頼りなさそうな男だよ!?」

 

 

「そうだとしても口に出してはいけません」

 

 

「二人とも、少し落ち着きなさい。そして泉美ちゃん。何気に大樹君を傷つけないであげて」

 

 

既に帰りたくなってしまっていた大樹を見た真由美は急いで止めに入る。

 

その時、真由美の言った『大樹君』に二人は反応したが、それよりも早く奥に座っていた男が話し出した。

 

 

「君が楢原大樹君でいいのかね?」

 

 

「はぁ……そうだが?」

 

 

「「!?」」

 

 

細い身体つきで、威厳より人当たりの良さを感じさせる顔をした男。多分この男が、

 

 

「もしかして真由美のお父さん……で合って……」

 

 

「合っているよ。七草弘一(こういち)だ」

 

 

「どうも。楢原大樹です。さっそくですが帰ってもいいですか?」

 

 

「真由美が怒ると思うがいいのかね?」

 

 

「……やめときます」

 

 

クソッ、親子そろって俺の退路の断ち方を分かっていやがる。

 

 

「お、お姉ちゃん……この人って……」

 

 

「お姉さま……この方はもしや……」

 

 

「そうよ。日本の世界遺産を消した人よ」

 

 

「うわー、俺の紹介の仕方がすごいなぁー」

 

 

こんな紹介ができるのって俺だけじゃねぇの?

 

香澄と泉美は大樹の方を見て、目を見開いて驚いていた。

 

 

「とにかくまずは座りなさい。立っていては話もできないだろう」

 

 

「大樹君。こっちよ」

 

 

弘一に座るよう言われ、真由美は隣の座布団をポンポンと叩く。

 

俺は真由美に指示された通り、隣に座る。

 

 

(超睨まれているんだけど……)

 

 

香澄はハッなり、次は俺を睨みだした。反応が忙しいですね。

 

隣を見ると泉美も俺の方をじっと見ていた。本当に姉妹だな。

 

 

「君のことはよく耳に入るよ。学校で暴れまわったり、逮捕されたり、脱獄したり、モノリス・コードで優勝したり、そして富士の山を消したり」

 

 

「嫌な所をピックアップしないでくれ……」

 

 

それらは黒歴史ナリ。

 

 

「期末テストでは成績が優秀だったとも聞いたね」

 

 

実技は丸が一つですけどね。

 

 

「ふ、不良……?」

 

 

「優等生……?」

 

 

香澄と泉美が混乱していた。恐らく新しいカテゴリを作らないと俺を分類することはできないな。

 

 

「あとは……女の子をはべらせているとか?」

 

 

「喧嘩売ってんのか」

 

 

「大樹君!堪えて!」

 

 

真由美に言われ、俺は右手の拳を収める。次は容赦はしない。

 

 

「この4ヶ月。楢原君の実績は素晴らしいモノばかりだ」

 

 

その素晴らしい実績は最初の方、悪く言ってたような気がしますけど?

 

 

「一度話がしたかったんだ。ぜひ君のことを聞かせて欲しい」

 

 

「話すって言われても……何を?」

 

 

「ではご家族が今どうなさっている?」

 

 

……今は分からねぇよ。

 

 

「オカンは普通に主婦やってるし、オトンはいつも遠くで働いている。帰って来るのはたまにだけ」

 

 

((((オカンとオトン……))))

 

 

変わった呼び方をしているなぁっと思った七草家だった。

 

 

「姉ちゃんは…………………………家族についてはそのくらいか」

 

 

((((すごい気になる……))))

 

 

姉がどうなっているか気になった七草家だった。

 

 

「君の両親は魔法は優秀だったかね」

 

 

「いや、どっちとも使えねぇよ」

 

 

「「「「え」」」」

 

 

あ、しまった。

 

ここが魔法の世界だということを忘れていた。

 

 

「そ、そんなことはどうでもいいんだよ!」

 

 

((((全然良くないけど!?))))

 

 

「俺は何でここに呼ばれたんだ!?」

 

 

「それはうちの娘が一番知っている……………いや真由美の方だ」

 

 

「あ、そっちか」

 

 

俺は真由美の妹を見ていたら、弘一に指摘された。

 

 

「お姉ちゃんがみんなを呼んだんだよ」

 

 

「そろそろお姉さまの話を聞きたいですね」

 

 

香澄と泉美も真由美の方を見る。弘一も真由美を見ていた。

 

 

「……大切な話があるのか?」

 

 

「……ええ。七草家の長女として大事な話があるわ」

 

 

真由美は弘一の方を見る。真由美の目は真剣だった。

 

 

「言わないといけないことがあるの」

 

 

「何だ?」

 

 

真由美は告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大樹君と結婚するわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、音が全て死んだ。

 

 

全てを理解するまでに、五秒ほど時間が掛かった。そして、

 

 

 

 

 

「「「えええええェェェ!!!???」」」

 

 

 

 

 

俺は大絶叫し、香澄と泉美は抱き合って大絶叫をしていた。弘一は口をポカンと開けて驚いている。

 

 

「お姉ちゃん!?結婚の話だったの!?」

 

 

「お姉さま!?冗談はやめてください!?」

 

 

「姉さん!?何を言い出すんだ!?」

 

 

「お、落ち着きなさい二人とも。あと大樹君、あなたは私の弟じゃないわよ」

 

 

混乱してんだよ。真由美の凄い一言にな。

 

 

「……十文字家の克人(かつと)君は駄目だと言いたいのかい?」

 

 

「ええ。大樹君がいいわ」

 

 

「ちょっと待て!!」

 

 

俺は真由美と弘一の会話を大声を出して止める。

 

 

「俺は何も聞いてねぇぞ!?」

 

 

「私ね。十文字君と結婚されそうになっていたの」

 

 

「そこだけじゃねぇよ!?俺とお前の結婚の話だよ!」

 

 

「もう……まだ決まったわけじゃないわ。気が早いんだから」

 

 

「違ぇ!!結婚する前提で話を進める時点で違うからな!?」

 

 

「指輪なら大樹君が選んだモノなら何でもいいわ」

 

 

「だから進めるなよ!?俺は今ッ!ここでッ!初めてッ!お前とッ!結婚のことを聞いたんだぞ!?」

 

 

「大丈夫よ。今初めて話したから」

 

 

「だろうね!何が大丈夫だよ!?」

 

 

「生活費?」

 

 

「それは大丈夫だと思うよ!?俺が月に料理だけでどれくらい稼いでいるかって違う違う!!突然の結婚に納得しない夫がいるんだよ!?」

 

 

「誰かしら?結婚を決めたのに、納得しないウジウジした人は?」

 

 

「俺だよおおおおおォォォ!!!」

 

 

さっきと同じくらい大絶叫だった。

 

 

「本人の了承も無しで結婚話をすすめるんじゃねぇよ!?」

 

 

「結婚は駄目なのかしら?」

 

 

「駄目だッ!!」

 

 

「そんな……!」

 

 

っと真由美はわざとらしく泣く。涙の一つくらいだせよ。

 

 

「「楢原大樹……殺す……!」」

 

 

「真由美さん!?妹さんたちが殺気を出してますよ!?ってうおぃ!?二人一緒に魔法を発動させようとするな!!何だその新しくて凄そうな魔法は!?」

 

 

 

 

 

~しばらくお待ちください~

 

 

 

 

 

「と、とりあえず……話し合おう……」

 

 

俺の言葉に疲れ切った香澄と泉美が頷く。何でこの部屋で鬼ごっこをせにゃならんのだ。

 

 

「真由美……マジで説明してくれ……」

 

 

俺の言葉に真由美は悲しそうな目をした。

 

 

「大樹君が……遠くに行くからよ」

 

 

「……やっぱりそれか。黒ウサギから聞いたのか?」

 

 

「ええ」

 

 

真由美の返事に俺は大きく溜め息をつく。

 

 

「どこまで聞いたか分からないが、やめておけ」

 

 

「そ、それでも私は……!」

 

 

「なら言い方を変えてやる」

 

 

心が痛むが、俺は真由美に厳しい事を言う。言わなければならない。

 

 

「真由美。お前は……」

 

 

その時、九重の言葉を思い出した。

 

救い続ける。

 

俺はこのまま真由美をただ切り離すだけでいいだろうか?

 

言おうと思った言葉を飲み込み、黙り込む。何を言えばいいか分からなくなった。

 

 

「……真由美。楢原君と結婚するということは、七草家を捨てると言うことか?」

 

 

「……………」

 

 

「彼は遠くに行くそうではないか。日本(ここ)から離れると言うことはどういうことか分かっているだろう」

 

 

「お姉ちゃん……」

 

 

「お姉さま……」

 

 

弘一の言葉に真由美は黙って聞いていた。香澄と泉美は心配した様子で真由美を見ている。

 

 

「わ、私は……」

 

 

「やめろ」

 

 

俺は真由美が何かを言い出す前に止めた。

 

 

「突然家族がいなくなるのは……絶対にあってはならないんだよ」

 

 

「でも!」

 

 

「俺は、家族と会えなくなった時、泣くほど後悔した」

 

 

「え……?」

 

 

俺の言葉に真由美が驚く。

 

 

「俺が死んだ人間って言ったら信じるか?」

 

 

「え?でも……」

 

 

「香澄ちゃんだったな。俺は生きていると思う?死んでいると思うか?」

 

 

「い、生きてるに決まっている……」

 

 

「そうだ。俺は生きている。でも、これは二回目の人生だと言ったらどうだ?」

 

 

「「「「!?」」」」

 

 

俺の言葉に七草家は全員、目を見開いて驚いていた。

 

 

「新しい世界に来て、『新しい人生のスタートだ』って最初は言えるけど……家族のことを思い出すと死ぬほどつられぇんだ」

 

 

最初の世界に来た時、それは俺を興奮させ、ワクワクさせてくれた。

 

しかし、何日か経った夜。俺は酷く落ち込んだ。

 

あの時、小萌先生に慰められなかったら今の俺はいないかもしれない。

 

 

「家族は絶対に忘れられないんだよ。捨てられねぇんだよ。この世で一番大切にしたい繋がりなんだよ」

 

 

今まで俺を愛してくれた家族。とてもじゃないが忘れられない。

 

 

「血で繋がっているんじゃない。本当の愛で家族は繋がっているんだ。それを無理矢理捨てようとするなんて……捨てられた人の気持ちを考えてモノを言いやがれ」

 

 

俺の言葉が言い終わり、部屋が静かになる。

 

 

「……じゃあ」

 

 

その時、真由美が俺の手を掴んだ。

 

 

 

 

 

「私との繋がりも、大切にしてよぉッ!!」

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

涙を流した真由美の叫び声に、俺の頭に鈍器で殴られたようなショックが襲い掛かった。

 

何だよこれ……散々言いたいこと言いやがって……俺は馬鹿なのか?

 

 

(真由美の方が一番分かっているじゃねぇか……!)

 

 

家族の繋がりより、俺との繋がりを優先してくれたのに……俺はそれを蹴り飛ばしていた!

 

危ないという理由だけで真由美に別れを告げようとしていた。

 

真由美がこれほど俺と居たいと言ってくれたのに、俺は……!

 

……俺も学習しないな。解決方法なんて分からないけど、やらなきゃいけないことは分かる。

 

 

(優子と同じことじゃねぇか)

 

 

優子も俺との繋がりを大切にしてくれようとしていた。ならやることは一つ。

 

 

「弘一さん」

 

 

俺は真由美の父である弘一に体を向ける。

 

 

「何かね?」

 

 

俺は両手を畳に付けて、頭を下げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「娘さん……真由美を俺にください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

「「えぇッ!?」」

 

 

土下座で弘一に告げる俺を見た真由美が驚き、妹たちは一緒に声を出して驚愕していた。

 

 

「……どういう風の吹き回しかね?」

 

 

「真由美とずっと一緒にいたいと思ったからです」

 

 

「君には他に好きな人がいるのではないか?」

 

 

「います。真由美以外に4人います」

 

 

「ちょっと!?」

 

 

その時、香澄が俺の言葉を止めた。俺は土下座をしたまま聞く。

 

 

「最低でしょ!?そんなのお姉ちゃんに……!」

 

 

「んなこと分かってるんだよッ!!」

 

 

俺は大声で反論していた。

 

 

「最低で、クズで、ゲスで、馬鹿で、アホで、ブサイクで、人間である資格なんてとっくの昔からなくなっていることくらい百も千も万も承知なんだよ!でも、俺は、俺をここまで好きになってくれた人を簡単に切り捨てられねぇ惨めな男なんだよ!」

 

 

「他の女性はそんなあなたを認めているんですか?お姉さまだってそんなあなたを……!」

 

 

次は泉美の厳しい言葉が来るが、反論する。

 

 

「なら認めさせてやる!そのためなら俺は何だってやるし、何度だって謝り、何度だって土下座をする!」

 

 

「か、かっこ悪い……」

 

 

「かっこ悪くて結構だ!こちとら年齢(イコール)彼女いない歴を持ったモテない女々しい男だ!今更イケメンのリア充になるなんて思わないね!」

 

 

俺は香澄の言った悪口をあえて受け入れた。

 

 

「俺はどんなに汚れてもいい!どんなに傷ついてもいい!でもなぁ、俺を好きになってくれた人だけは何があっても汚させないし、傷つけさせない!守り抜いてやる!」

 

 

大きく息を吸い込み、俺は叫ぶ。

 

 

「どんなことがあろうとも、俺は絶対に、俺を好きになってくれた人をッ!!」

 

 

一番最初、神にこんなことを聞いた。ハーレムを作っていいかと。

 

今なら言える。堂々と、ハッキリと、胸を張って言える。

 

ハーレムを作っていいかじゃない。俺の野望欲望的判断でもない。

 

 

 

 

 

「俺は絶対に守り切って、幸せにしてみせる!!」

 

 

 

 

 

喉がはち切れるくらい大声で宣言した。

 

ハーレムなんて関係ない。幸せにする。それが俺の答えだ。

 

再び部屋に静寂が訪れる。

 

 

「……楢原君」

 

 

一番最初に口を開いたのは弘一だった。

 

 

「真由美と結婚したいなら、条件がいくつかある」

 

 

「……何ですか?」

 

 

「苗字を七草に変えなさい」

 

 

「は?」

 

 

思わず俺は顔を上げてしまった。弘一の顔を見てみると、目は真剣だった。

 

 

「七草家が十師族にいるためには真由美は必要不可欠だ。そのことは分かるかね?」

 

 

弘一の確認に俺は頷く。

 

 

「君が七草家の所に婿入りをしたことにするんだ。そうなれば、他の十師族はこちらに関与できなくなり、次の選定会議は確実に選ばれることになるだろう」

 

 

「……つまり俺は七草 大樹になれと?」

 

 

「まだ条件はある」

 

 

弘一は続ける。

 

 

「楢原君の実績は他の十師族に知れ渡っている。しかし、それだけでは足りない。それは何故だと思う?」

 

 

「……自分の目で確かめていないから?」

 

 

「その通りだ」

 

 

俺の答えに弘一は頷いた。

 

 

明日(あす)の夕方、十師族とその補佐家が集まる催しがある。それに君は七草大樹として出席したまえ」

 

 

「催しって……十師族のイメージに合わねぇな」

 

 

「催しやパーティーは建前。本当は裏でどの家を十師族から落とすか密かに結託する場でもある」

 

 

「十師族怖い」

 

 

「元々秘密裏に行われるモノだ。その程度のことならどの家も承知しているはずだ」

 

 

弘一は眼鏡を人差し指指で上げる。

 

 

「君の()()を見せつけてくれ」

 

 

(催しで強さを見せつける?)

 

 

俺はその言葉に疑問を持ったが、弘一が続きを話し始めたので思考を中断する。

 

 

「もし仮に君が全ての条件をクリアした時、君はどこに遠くまで行くんだ?」

 

 

「……この世界の人々が探そうとしても、絶対に見つからない場所」

 

 

「それなら安心した」

 

 

「何が安心なんだ?」

 

 

「私の条件はいなくなる時は、絶対に誰にも見つからないことだったんだ。君がそう言うなら信じよう」

 

 

「いなくなるって……学校とかもあるんだろ?それはどうする……」

 

 

俺は自主退学しようと考えている。居ても迷惑をかけるだけだからだ。

 

 

「こちらで手配しておく。留学か何かで誤魔化しは効く」

 

 

弘一は口元に笑みを浮かべた。しかし、視線をずらして苦笑いになった。

 

 

「最後の条件だが……娘を説得したまえ」

 

 

「え?」

 

 

俺は弘一の視線を辿ると、二人の妹がいた。さっきから静かだったが……おふう。

 

香澄は鬼の形相でこちらを睨んで、泉美は俺を軽蔑の眼差しで見ていた。おふう、このままだと寿命がどんどん削られていくよ。

 

……もしかして、これが一番難題じゃね?

 

 

「えっと……よろしくね?」

 

 

「「……………」」

 

 

これ無理だわ真由美。これだけクリアできそうにないんだけど?

 

俺たちは気まずい雰囲気の中、味が分からない食事をした。

 

 

________________________

 

 

 

食事が終わり、胃がキリキリする部屋を出た。この後、家族会議になるみたいだ。俺はもう帰っていいそうだ。

 

エレベーターに乗り、下の階で降りる。上の階とは大きく違った雰囲気。ホテルのような階だった。

 

すぐ目の前に待合室的なモノがあった。そこには摩利たちが座っていた。

 

 

「黒ウサギ……それに優子も来ていたのか」

 

 

俺の言葉に黒ウサギと優子はビクッと肩を揺らしたが、こちらを向こうとはしなかった。

 

 

「やっと帰って来たか」

 

 

ニヤニヤと笑みを浮かべた摩利が疲れ切った俺を見ながら言う。

 

 

「死にそうなくらい疲れた。あと喉痛い」

 

 

「あんなに叫んでいたらそうなるのも当然だろう」

 

 

「……お前、何で知っているんだ?」

 

 

「ッ!」

 

 

俺の質問に摩利は答えず、口を手でふさいだ。まさか……。

 

 

「盗聴していたな、貴様」

 

 

「くッ、バレてしまっては仕方がない」

 

 

「テメェ……殴るぞ」

 

 

「ほう、なら黒ウサギと木下も殴るのか?」

 

 

「はぁ?そんなことするわけ……ってちょっと待て」

 

 

俺はゆっくりと黒ウサギと優子の方を振り向く。

 

 

「ま……ま……ま、まさか?」

 

 

「その通りだ」

 

 

\(^o^)/ 

 

 

「死のう……」

 

 

「だ、大樹さん?く、黒ウサギは……その……!」

 

 

「だ、大丈夫よ……大樹君は……!」

 

 

二人の励ましが聞こえてきたが、俺はその場に倒れた。

 

 

________________________

 

 

 

「スーツを着ると……イケメンになった気がする」

 

 

「勘違いもほどほどにしておいてね」

 

 

「もう少し自覚を持った方がいいと思います」

 

 

俺の自意識過剰なボケを聞いた香澄と泉美はそれぞれ厳しい言葉を言う。俺のことどんだけ嫌いなんだよ。

 

香澄は泉美は綺麗なドレスを着ており、香澄は赤色の明るい色。泉美は青色の落ち着いた色だ。

 

十師族の関係者がぼちぼち集まるパーティーに来ていた。ぼちぼちしか集まらない理由は強制参加ではないからだ。忙しい家は参加していない。特に十師族の四葉(よつば)家に関しては0人だそうだ。もっと頑張って参加しろよ。やる気出せよ。

 

黒いスーツを着た俺には少し似合わないが、サングラスをするとあら不思議!悪役のボディガードマンのような男になりました!……サングラスはポケットに入れとこう。

 

 

「十師族のパーティーって……一体何をするんだ?」

 

 

(わたくし)たちは初参加なので……聞いた話ですと話や食事を共にして交流を深める場だと聞きました」

 

 

俺の質問に泉美が答えてくれる。その交流は同盟のことですかね?他の十師族を蹴っ飛ばすために手を組む場ですか?

 

 

「ねぇ」

 

 

「ん?何だ?」

 

 

香澄は右手の人差し指を俺の顔に向ける。

 

 

「ボクはお姉ちゃんのこと、絶ッ対に認めないから!」

 

 

まさかのボクっ子ですか。俺からしたらポイント高いですよ。

 

 

「はいはい。早く指をどけろ。噛むぞ」

 

 

「ッ!」

 

 

グサッ

 

 

「痛ぇッ!?」

 

 

香澄の人差し指はそのまま前に進み、俺の右目を刺した。バルスうううううゥゥゥ!!……前にもこんなことがあったような気がする。

 

 

「行こ、泉美」

 

 

怒った香澄はすぐに待合室から出て行く。泉美は溜め息をつき、その後を追いかけて行った。

 

 

「うぐッ……無理ゲーだろこれ……!」

 

 

あの妹たちのシスコンっぷりには達也兄妹と張り合えている。この世界の人たちは家族愛が凄いな。

 

俺は床で転がりながら状況を確認する。

 

これはパーティー。ここに来ている関係者は真由美と父である弘一。そして、二人の妹。

 

俺はボディガードとして来ているわけではない。真由美の夫であると見せつけないといけない。

 

 

(黒ウサギと優子が問い詰めなかったことが未だに気になる……)

 

 

普通、七草家のあの話を聞いたら黒ウサギなら【インドラの槍】をぶちかますはずなのに。優子なら長時間の説教が始まるはずだぞ?何故二人は何も言わなかった。……黒ウサギと優子の差が凄まじいな。

 

……今考えても仕方ないか。とにかく、俺は妹たちに認めさせ、このパーティーを乗り越えてみせる!

 

その時、扉が開いた。

 

 

「大樹君?準備は………何をしているのかしら?」

 

 

「あぁ?死体ごっこだ。はい、真由美は第一発見者の役な」

 

 

「えっと……凶器を隠さないといけないのかしら?」

 

 

「お前が犯人かよ」

 

 

証拠隠滅しようとしてんじゃねぇよ。

 

俺は立ち上がり、真由美の前に立つ。

 

真由美は綺麗な紫のドレスに大きな黒いリボンを付けていた。肩を大胆に露出したドレスだった。

 

 

「感想はないのかしら?」

 

 

じっくり真由美のドレス姿を見ていたせいで、見られていることがバレてしまった。

 

 

「えっと、何だ、その……いつも以上に綺麗だ」

 

 

「ふふッ、ありがとう」

 

 

「……ほら、さっさと行くぞ」

 

 

俺はその場の空気に耐えきれなくなり、後頭部を掻きながら早く部屋から出るように急かす。

 

その時の真由美の笑顔。俺は直視できなかった。

 

 

________________________

 

 

 

ホテルの5階。パーティー会場のホールの扉を開けると、そこは少し薄暗い部屋だった。

 

大人のバーの雰囲気だろうか。九校戦の時のパーティーとは全然違うモノだ。ガヤガヤと騒がしくも無く、心地よいピアノの音楽が鮮明に聞こえるほど静かだった。

 

人数が結構少ないという理由もあるが、一人一人静かに会話していることが大きいだろう。

 

真由美の父である弘一は先生に会いに行くため別行動。先生は誰だろう。

 

香澄と泉美は真由美の両隣に来て楽しく会話をしている。あれ?他の十師族とか関わらなくていいの?っと思ったが、それは俺の役目だと気付いた。

 

 

「お?アレは……」

 

 

俺はスーツを着た二人の男に近づく。後ろからゆっくりと。

 

そして、二人の耳元で小さな声で呟く。

 

 

「どうも、富士山の幽霊です」

 

 

「「ッ!?」」

 

 

二人は勢いよく振り返る。二人の顔は引き()っていた。

 

俺は笑いながら二人に話す。

 

 

「やっほー。一条にジョージ。山びこのように返してくれると嬉しいぜ?」

 

 

「どうしてお前がここに!?」

 

 

「……七草家か十文字家が関わっていますね」

 

 

「鋭いな。七草家だぜ」

 

 

一条は嫌な顔をしながら俺に尋ねる。

 

 

「何の用だ?」

 

 

「用が無いと来ては駄目なのか?」

 

 

「有益な時間を過ごしたいからな。無駄な時間は過ごしたくない」

 

 

「キリンの舌は50センチメートル」

 

 

「……本気で有益だと思っているのか?」

 

 

「ゴリラの血液型はB型だけですよ」

 

 

「ジョージ……お前も乗るのか……」

 

 

「血液型の豆知識か……馬の血液型は3兆通りもあるんだぜ?」

 

 

「……中々やりますね」

 

 

「ジョージもな」

 

 

「……ナナフシの交尾は数週間にも及ぶ」

 

 

「「ッ!?」」

 

 

「いや、聞かなかったことにしてくれ」

 

 

「お、おう……」(ナナフシの交尾……)

 

 

「そ、そうですね……」(ナナフシの交尾……)

 

 

「いいから本題を話せ」

 

 

一条の爆弾発言に呆気を取られたが、俺は気を取り直して話を再開させる。もしかして、一条はこの前のことを気にして豆知識でも調べてたのか?

 

 

「まず自己紹介をしよう」

 

 

「は?何を……」

 

 

「俺の名前は七草 大樹。よろしく頼むぜ」

 

 

「「……………」」

 

 

俺の自己紹介をまだ理解できていない二人。しかし、

 

 

「「ッ!?」」

 

 

数秒後には理解していた。

 

 

「まさか政略結婚ですか!?」

 

 

「ジョージ、一条。少し小さな声で相談しよう」

 

 

俺は二人を部屋の隅まで移動させ、話を再開する。

 

 

「俺は真由美の夫ってことになっている。ここまでは理解できるか?」

 

 

「いえ、できないです……」

 

 

「ジョージ。俺は七草家に婿入りした。これでどうだ?」

 

 

「理由は?」

 

 

「真由美が好きだから」

 

 

「できません」

 

 

何でだYOッ。理解しろYOッ。

 

 

「……十師族選定会議。俺は七草家が選ばれるようにしたいんだよ」

 

 

「できました」

 

 

今日のジョージ、ちょっとムカつくぞ。

 

 

「お前は今日のパーティーでわざわざ結婚するフリをしているのか?」

 

 

「いや、フリじゃねぇよ。結婚は本気だ」

 

 

「できません」

 

 

「ジョージ、殴るぞ?」

 

 

「……お前の考えは大体分かった。一条家と手を組んでほしいってことだな?」

 

 

「代わりに七草家は一条家の十師族入りを支援する。悪い話ではないと思うぞ。七草家の俺が一条家を支援することはかなりの戦力じゃないか?」

 

 

「……確かにそうだが、まだ不安がある」

 

 

「不安?」

 

 

「他の十師族が全員敵にまわることだ。一条家と七草家だけでは少なすぎる」

 

 

「ならもう一つあてがある」

 

 

「……どこだ?」

 

 

「十文字家」

 

 

「……できるのか?」

 

 

「ちょっと呼んでみるか。さっきから見ているし」

 

 

俺は遠くで俺たちのことを気にしていた十文字に向かって手を振る。

 

手を振った俺に気付いた十文字。大きな黒いスーツを着て、グラスを片手に持って歩いて来る。

 

 

「話は聞くよな?」

 

 

「聞こう」

 

 

十文字は頷き、俺の話を聞いてくれた。

 

俺の話に十文字は驚いていたが、すぐに表情は真剣になった。

 

 

「なるほど……話は理解した。七草家の助力があるのはこちらとしても有益な話だ。それに一条家も助力してくれるのなら尚更手放したくない話だ」

 

 

十文字は言わなかったが、大樹が仲間になってくれることが一番大きいことだと思っていた。

 

 

「他の十師族とは手を組むな。俺たちだけで組むんだ。他の戦力は期待できんし、信頼できねぇ」

 

 

「分かった」

 

 

十文字の了承にジョージが安堵の息をついた。一条もホッとした表情になっている。

 

 

「そう言えば……お前ら、七草家の師補(しほ)十八家(じゅうはっけ)は分かるか?」

 

 

師補十八家とは二十八家から十師族選定会議で十師族に選ばれなかった十八の家系のことだ。

 

 

「柴智錬みたいな奴がいるなら今のうちに脅しておかないといけないからな」

 

 

「脅すのですか……」

 

 

俺の言葉にジョージはドン引きだった。

 

 

「自分の身内より、気にすることがある。まずそれを話し合わないといけない」

 

 

「気にすること?」

 

 

一条の表情は硬かった。

 

 

「四葉家だ」

 

 

「……なるほど」

 

 

一条の言葉に十文字は納得していた。ジョージも分かっているようだ。え?分からないの俺だけ?

 

 

「四葉家って七草家と同じくらいの最有力なんだよな?今日来ていたら表面上の同盟を組もうと思っていたんだけど」

 

 

表面上の同盟とは、簡単に説明すると『とりあえずお前信用してないけど、敵同士にはならないでおこうな?な?な?な?』っと言った感じの関係だ。うん、最低ですよ?

 

 

「やめておけ」

 

 

十文字が低い声で止める。

 

 

「あの家系は危険だ。謎も多い」

 

 

十文字は表面上でも関わることは危険だと言った。今日、このパーティーに彼らが参加しない理由も分かったような気がする。

 

 

「まぁいいか。とりあえず家の者たちに報告。その後、ここにもう一度集合にしようか。四葉家はその時で」

 

 

提案した俺の言葉に三人は頷く。

 

俺は真由美の父に報告しに行くため、一度真由美たちと合流することにした。真由美はちょうど他の関係者と喋り終えた所だった。

 

 

「真由美。ちょっといいか?」

 

 

「あ、大樹君。急にいなくなって探していたのよ。今までどこに行っていたのよ?」

 

 

あ、そう言えば何も言わずに行ってしまっていたな。

 

 

「お姉ちゃんのこと、何も考えてない証拠だね」

 

 

(わたくし)たちに一言も言わずにいなくなるなんて、少し考えられないですね」

 

 

俺の後ろから香澄と泉美の声が聞こえた。振り返ると冷たい目をしていた二人が俺を見ていた。

 

 

「どうせ仲良く話している時に、俺が声をかけたら不機嫌な顔をするだろ?むしろ俺は空気を読んだ。俺は悪くない」

 

 

「大樹君?」

 

 

「すいません」

 

 

すぐに俺は折れてしまう。確かに真由美に対しては悪いな。……あれ?コレ、全部俺が悪くね?

 

香澄と泉美は先程よりキツイ眼差しで俺を見ていた。あぁ、俺のクリア条件がどんどん難しくなっている。

 

 

「と、とりあえず一条家と十文字家の協力を仰げそうだからその報告をしたいんだが」

 

 

「あら?もう終わったの?」

 

 

「まぁな。アイツらは俺の話をすぐに信じたし、信頼はあると見て構わない。俺が信用できる人達だ。真由美のオヤジさんに報告して仕事は終わりかな」

 

 

知っている人がいて本当に助かったぜ。一条も満足そうな顔をしていたし、十文字も良い事聞いたって顔をしていたしな。

 

というか十師族。お前ら黒過ぎ。平和に選定会議にしてくれよ。

 

その時、香澄と泉美が妙に静かなのが気になった。

 

 

「どうした?」

 

 

「ッ……な、なんでもない!」

 

 

「いえ、何も」

 

 

泉美はともかく、香澄は何かあるだろ。

 

 

「ふふ、大樹君はやる時はやる人だからね」

 

 

笑みを浮かべた真由美は妹たちに向かって言う。しかし、俺には分からなかった。

 

 

「どういうことだよ?」

 

 

「気にする必要はないわ」

 

 

「気になるわ」

 

 

このまま古典部に入ってしまうほど、わたし、気になります!

 

 

「じゃあ私が報告しておくから待っていてね」

 

 

「お、おう………ってちょっと待て!」

 

 

反応が遅れてしまった俺の静止の声。真由美には聞こえず、父親の所に行ってしまった。

 

 

「「「……………」」」

 

 

残ったのは俺と香澄と泉美。気まずい沈黙が空気を侵食していく。

 

 

(待てよ……これはチャンスじゃないのか?)

 

 

ここで二人の好感度を上げておけば、難易度を下げれる!いや、クリアしろよ俺。

 

 

「よし、俺の面白い話をしようか。何が聞きたい?」

 

 

「「……………」」

 

 

め、めげないぞ!

 

 

「……では、昔の話をしてくれますか?」

 

 

「む、昔か……」

 

 

仕方なく助け船を出した泉美。ありがたいが、昔の話か……。

 

 

「ちなみに……どこからがいい?」

 

 

「無難に小学生でしょうか?」

 

 

黒歴史だな……いや、黒歴史しかない人生だけど。

 

 

「小学生の俺は運動が得意で女の子の友達が多かった」

 

 

勉強はアレだから言わなくていいよな?もちろん、成績優秀。数学に関しては評定にナンバーワンがついているほど優秀だった。

 

 

「自慢?」

 

 

香澄に睨まれながら言われるが、俺は声音を低くした。

 

 

「俺のトラウマ。その1」

 

 

「「え?」」

 

 

「『大樹君って友達以上恋人未満だよねー』っとほぼ全ての女子に言われたことだ」

 

 

「ど、どこがトラウマなのよ」

 

 

「ハッ、分かってねぇな。あの頃の俺は泣きそうだったぞ」

 

 

「だ、だから何が……」

 

 

「友達以上恋人未満。つまり俺は異性。そう、男子として見られなかったんだ……バレンタインデーの日は、チョコを大量に貰うが全て義理チョコ。彼女ができることは絶対に無かった暗黒時代だ」

 

 

((地雷を踏んだ……))

 

 

あぁ、何で女子たちは俺に恋愛の相談を持ちかけるんだ。男子に探りを入れるなんて俺には無理だよぉ。

 

 

「で、では同性の友達は?」

 

 

「トラウマその2。女子と仲良くしていたせいで男子のみんなは俺をいじめていたよ。ハハッ、彼女は絶対にできないはずなのにな。むしろ協力的関係を築けたはずなのに……」

 

 

((さらに踏んだ!?))

 

 

世界は残酷だな。泣きそうだよ。

 

 

「幼馴染がいなきゃ学校をやめているレベル。今考えたらよく登校できていたな」

 

 

「幼馴染?もしかして女の子?」

 

 

しまった。つい言ってしまった。

 

 

「そうだよ。あまりそこには触れんな」

 

 

「何で?」

 

 

「……俺が話したくないからだ」

 

 

「お姉さまの他に好きな人がいると言っていましたが、もしかして」

 

 

「違う」

 

 

俺は首を振って否定した。

 

 

「あの時は確かに俺はアイツのことが好きだったのかもしれない」

 

 

綺麗な黒髪のロングヘアスタイル。いろんな光景が俺の頭の中を過ぎって行く。

 

 

「今は……分からねぇよ」

 

 

「どうして……?」

 

 

「死んだからだ」

 

 

「「ッ!?」」

 

 

二人の顔が驚愕に染まるが、俺は話を続ける。

 

 

「全然分からねぇんだ。どうして死んだか。どうして謝ったか」

 

 

俺は右手で額を抑える。

 

 

「どうして俺を殺そうとしているのか……」

 

 

二人は俺の言葉を理解できなかっただろう。でも俺は説明する気にはなれない。

 

 

「……今更隠す気はないから話す。俺の大切な人たちは、今危険に晒されているんだ」

 

 

「危険、ですか」

 

 

「優子って超絶可愛い天使のような女の子がいるんだ」

 

 

香澄と泉美は嫌な顔をするが気にしない。

 

 

「この前まで、記憶が全部書き換えられていたんだよ。俺のことを何もかも忘れていたんだ」

 

 

「記憶の改竄……?」

 

 

「泉美ちゃんの言っていることは大体合っている。優子は記憶を盗まれて、偽りの記憶を埋め込まれていたんだ」

 

 

俺の訂正した言葉に泉美は驚く。精神操作系の魔法とかそんなモノじゃない。神の力を使った能力なのだ。

 

 

「最初はきつかったなぁ……『ごめんなさい。記憶にないわ』って言われた時は」

 

 

「でも……」

 

 

香澄は何かを言おうとしたが、俺は首を振って続きの言葉を止めた。

 

 

「ああ、俺は頑張ったんだよ」

 

 

俺は二人の方を振り向き、無理矢理笑みを浮かべた。

 

 

「でも、俺は駄目な男だった」

 

 

その言葉に二人は何も言わなかった。

 

 

「泣かしてしまった。俺は笑顔を見るために頑張ったのに。俺はやっぱり最低な男だったよ」

 

 

「命懸けで戦ったのではないのですか?あの事件、ある程度のことは把握しています」

 

 

「この事件での死亡者は0人。どう思う?」

 

 

「……奇跡だと思います」

 

 

「だよな。俺もそう思う」

 

 

俺は拳を強く握った。

 

 

「だから、俺は分からなくなってしまう」

 

 

あの時、二人の少女のことを覚えてくれる人は俺。あの場にいた優子と黒ウサギ。そして黒ウサギしか知らない。

 

存在を消された姉妹は、俺の大切な妹としてずっと記憶に、身体に、心に残り続ける。

 

 

「俺は大切な人を守ることだけは曲げない。これだけは絶対に譲れないんだ」

 

 

二人は俺の言葉を聞いても、何も分からない様子だったが、俺は笑みを浮かべて伝える。

 

 

「だから香澄ちゃんも、泉美ちゃんも。俺が守ってやるよ。少なくとも、ここに居る間は絶対に守ってやる」

 

 

大樹の言葉に香澄と泉美は驚き、顔を赤くした。

 

 

「ちょっといいかね、楢原君」

 

 

その時、後ろから声をかけられ、大樹は嫌な顔をして後ろを振り向いた。

 

 

「九島……」

 

 

「少し話をしたいだけだ。すぐに終わる」

 

 

「うちのおじいちゃん。そう言って何百回も同じこと言ったぞ」

 

 

「私はそこまでボケていない」

 

 

「俺のじいちゃんを馬鹿にするのか!?」

 

 

((最初に馬鹿にしたのって……))

 

 

大樹である。

 

 

「本当は病院で話を聞こうと思っていたが、君が必要以上に逃げるからね」

 

 

「尋問が怖いからだ」

 

 

「私は純粋に君と話をしたいだけだよ」

 

 

「……まぁ少しだけなら」

 

 

俺はしぶしぶ九島と向き合う。九島は口元に笑みを浮かべていた。

 

香澄と泉美は呆気に取られていた。

 

日本の魔法師の間で敬意を以て老師と呼ばれる老人。そんな人が大樹と親しく?話をしていたからだ。

 

 

「で、何が聞きたい?」

 

 

「まず最初に君が今回企んでいることについてだ」

 

 

「……………」

 

 

俺の背中や額からダラダラと嫌な汗が流れる。あれ?夏はもう終わるのにめちゃくちゃ暑いよ。

 

 

「と、とりあえず保留で」

 

 

早速追い込まれている大樹を見て香澄と泉美はこけそうになった。

 

 

「もっと他の質問にしてくれ」

 

 

「では君の右腕が元に戻っていr

 

 

「よし次行こうか」

 

 

香澄と泉美は頭が痛くなった。完全に九島のペースだった。

 

 

「本題は君の力だ。あれは魔法では無いはずだ」

 

 

「そうだな。俺の力だ」

 

 

「君が戦った二人の女の子も……魔法ではない」

 

 

「……そこまで見ていたか」

 

 

「申し訳ないと思っている。世間に偽りの情報を報告してしまったことを」

 

 

「別に……」

 

 

大樹は九島と視線を合わせる。

 

 

「死亡者0になったのは、アンタの仕業でもあるだろ」

 

 

「……何のことかな」

 

 

「戦場で原因不明の幻覚症状だ。東側で起きた現象、アレはお前の仕業としか考えられない」

 

 

司の部下からある程度のことは聞いていた。もう戦える人はおらず、絶対絶命の時だった。

 

突然、相手のテロリストが暴れ出したのだ。

 

まるで何かを恐れるように逃げ出す者。痛みに耐え切れず地面を転がる者。助けを求めるために叫び出した者。

 

一瞬で敵は地獄を見たのだ。

 

 

「理由を聞こうか」

 

 

「戦場は明らかに不利だった。はじっちゃんを失って機能が完全に停止していた少数部隊が勝てた理由。それはお前が魔法を使ったからだ」

 

 

「それだけかね?」

 

 

「ああ、それしかない。他にあるとしたら」

 

 

俺は笑みを浮かべて九島に向かって言う。

 

 

「お前が動かないはずがない」

 

 

「……なるほど。保留にしておこう」

 

 

九島はニヤリと笑みを浮かべて話を切った。

 

 

「そういえば、君は結婚するようだね?」

 

 

「何でもう知ってんだよ……待てよ?」

 

 

確か真由美の父親は先生に会いに行くって言っていたが……まさか先生って九島?

 

 

「……先生?」

 

 

「察しが早い男だ。正解だ」

 

 

「わーお」

 

 

当たっちゃたよ。賞品は出ないのかしらん?

 

 

「なぁ……死亡者0のことだが」

 

 

「二人の女の子が死んだ……ことかね?」

 

 

「「ッ!?」」

 

 

「……そうだよ」

 

 

九島は声を低くして俺より先に言った。香澄と泉美が驚いた顔で俺を見ている。

 

 

「頼む……表に出さなくてもいい。ただ裏ではアイツらの名前を残してほしい」

 

 

俺は振り返り、九島と顔を合わせないようにする。

 

 

「もう……アイツらの存在を……消したくないんだ」

 

 

理由は、

 

 

 

 

 

「俺の、大切な妹たちだから」

 

 

 

 

 

「……私の方で処理しておこう。名前を聞いてもいいかね?」

 

 

「姉の新城 陽。妹は奈月だ」

 

 

九島は携帯端末でメモを取り、頷いた。

 

 

「……私はこれで失礼するよ。また話そう」

 

 

九島は香澄と泉美にも一言告げてからその場から去った。

 

大樹はジュースが入ったグラスが置いてあるテーブルまで移動し、手に持った。

 

 

「悪いな。変な話を聞かせて」

 

 

無理矢理笑みを浮かべた大樹は、そう言ってジュースを一気に飲み干した。

 

 

「他の人には言わないでくれよ」

 

 

「妹って……本当なの?」

 

 

香澄が恐る恐る聞く。

 

 

「ああ。血は繋がっていないし、妹になったのは事件の日だ」

 

 

「どういうこと?」

 

 

「アイツらは俺みたいな兄が欲しいって言ったんだ。俺はどんな形でもいい。アイツらのそばにいてやりたい。だから兄なった。でも……」

 

 

俺は言葉が詰まり、続きの言葉が話せない。しかし、香澄は俺に聞く。

 

 

「……どうして兄に?」

 

 

「……アイツらのことの話をしてやるよ」

 

 

香澄と泉美は真剣に聞いてくれそうだった。俺は陽と奈月の過去のことを話した。

 

これは俺だけしか知らない真実。黒ウサギたちにすら、まだ話していないことだ。

 

俺の話を聞いた二人は驚き、悲しんでいた。

 

 

「そ、そんなの……!」

 

 

「香澄ちゃん。俺だって最悪だと思う。望まれない結果……幸せになれなくて……つらい人生を送って……でも、俺はアイツらを憐れんだりしない。アイツらは立派に生きて来たことを、俺は知っている」

 

 

以前の俺と同じように納得できない香澄。俺は首を横に振って止める。

 

 

「……俺は、陽と奈月のために無様な姿は見せれないんだ」

 

 

俺は告げる。

 

 

「俺は、アイツらの兄貴だから」

 

 

「……少しだけ、あなたを勘違いしていました」

 

 

泉美は俺と目を合わせて、口元に笑みを浮かべる。

 

 

「評価を改めないといけませんね」

 

 

「別に評価はそのままでいいだろ。俺は……最低だ」

 

 

「いえ」

 

 

泉美は俺を真正面に立ち、目を見て言う。

 

 

「改めます」

 

 

「お、おう……そうか」

 

 

えっと、結果オーライなのか?

 

 

「香澄ちゃんもはやく言ったらどうですか?」

 

 

「なッ!?」

 

 

いたずらっぽく笑った泉美が香澄をからかう。香澄は顔を真っ赤にして怒る。

 

 

「ぼ、ボクは絶対に認めないッ!」

 

 

「あ、はい」

 

 

そう言って香澄は俺を指を差す。決意が強そうなのでとりあえず頷いておいた。泉美は隣で溜め息をついていた。

 

 

「すいません、もしかして七草家の者でしょうか?」

 

 

その時、後ろから一人の男が話しかけて来た。

 

髪は金髪に染めてあり、肩まで伸ばしてある。年齢は20代くらいだろうか。優しそうな雰囲気はあるが……なるほど。

 

俺は香澄と泉美の前に立ち、男を二人から遠ざける。

 

 

「何の用だ?」

 

 

「失礼。私は八島(やつしま)家の者です」

 

 

十師族の八代(やつしろ)家の師補十八家の一つか?聞いたことないな。

 

八島はニコニコと笑顔で俺を見ている。正直、こういう奴は苦手だ。

 

 

「ちょっと!?何してるのよ!」

 

 

香澄は俺の体をどけて前に出る。

 

 

「失礼でしょ!すいません、コイツ変態なんで!」

 

 

「い、いえ……構いませんよ」

 

 

変態言うな。八島も顔が引き攣っているだろうが。

 

香澄と八島は俺の存在を忘れ、楽しく会話を始めた。

 

俺は今のうちに携帯端末を取り出し、ディスプレイを操作する。

 

 

「どうしようか……」

 

 

「どうかしましたか?」

 

 

「おおう!?」

 

 

その時、隣に泉美が来て俺に声をかけた。俺は驚き、携帯端末を落としそうになる。

 

 

「い、泉美ちゃんは話さなくていいのか?」

 

 

「香澄ちゃんが話しているので大丈夫です。(わたくし)は……えっと、楢原先輩と呼んでも?」

 

 

「好きに呼んでくれ。俺は何でもいい」

 

 

しかし、フードマンや化け物は嫌だ。

 

 

「では大樹先輩でいいですか?」

 

 

「おう。呼べ呼べ」

 

 

先輩か……いい響きだぜ!

 

 

「それで話の途中でしたが、どうかなさったのですか?」

 

 

泉美は携帯端末を見ていた俺に疑問を持ったようだ。俺は八島を見ながら泉美に言う。

 

 

「いや、ちょっと変な奴だなって思ってな」

 

 

「変?大樹先輩とは大違いですよ?」

 

 

「うん、変態じゃないぞ俺は」

 

 

酷い。

 

嫌な感じを感じ取った俺はホールの全体を見渡し、警戒する。

 

 

『君の()()を見せつけてくれ』

 

 

頭の中で弘一が言った言葉が思い返される。

 

 

(今なら意味が分かる。どうしてここで十師族が集まり、パーティーを開くのか)

 

 

俺はニヤリと笑みを浮かべる。ここにいる十師族の意図が掴めたことに。

 

真由美ですら初参加のパーティー。香澄と泉美も詳しく知らない理由。それも分かった。

 

 

「泉美ちゃん。俺から離れるなよ」

 

 

「えッ!?」

 

 

俺は泉美の手を引いて、自分の方に引き寄せた。泉美は顔を真っ赤にして、驚いていた。

 

しかし、悪魔の手はゆっくりと近づいていた。

 

 

バチンッ!!

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

ホールの照明が全て消えた。突然の停電にホールに居た人たちは驚く。

 

 

ダンッ!!

 

 

ホールの扉が勢いよく開き、大人数が走って入って来た。

 

入って来たのは黒い服を纏った男たち。ガスマスクを付けており、手にはアサルトライフル。

 

 

(何回目だよこの展開。そろそろ飽きたぞ)

 

 

真由美の父。弘一が言っていたのはこのことだ。

 

十師族が集まるパーティー?そんなモノ、この魔法社会を妬んでいるテロリストの奴らにとっては最高の襲撃場所じゃないか。それを狙うのは当然のことだ。

 

しかし、テロリストよ。お前らの行動、読まれているからな。むしろ誘き寄せられているし。

 

特に俺がいる時点でチェックメイトだ。

 

 

「物騒なモノ持って来てんじゃねぇぞッ!!」

 

 

ギフトカードから銃身の長い長銃【神影姫(みかげひめ)】とコルト・パイソンを取り出し、テロリストの持ったアサルトライフルに向かって射撃する。

 

 

ガンッ!!ガンッ!!ガンッ!!

 

 

アサルトライフルは粉々に砕け散り、テロリストは混乱して焦る。しかし、俺は容赦しない。

 

 

ドゴッ!!

 

 

「がはッ!?」

 

 

その間に俺は一番前にいたテロリストとの距離を音速で詰め、腹部を蹴り飛ばす。テロリストは後方に吹っ飛び、壁に激突する。

 

 

ドゴッ!!バキッ!!ドゴンッ!!チーンッ!!

 

 

次々とテロリストをなぎ倒していく。肘打ちで腹部に衝撃を与えたり、長銃の銃身で敵の顎を下からアッパーを繰り出したり、膝蹴りで敵の防弾チョッキを破壊したり、敵の股間に蹴りをぶつけた。最後はすまん。ちょっと動きを最小限に抑えてたらそうなった。

 

 

バチンッ

 

 

その時、予備電源が入り、ホールの灯りが付く。ホールが先程と同じ明るさになる。

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

ホール内にいた人たちが一斉に驚く。床に何人もテロリストが転がっている風景を目にしたせいだ。訳が分からない人からすれば、たった数秒の間に床には人が何人も寝ていたんだぜ?中々の恐怖だな。

 

 

「これで全部か?」

 

 

俺はトリガーの中に指を入れてクルクルと回していた。両手でクルクルと。……何か楽しいなこれ。

 

……人数は5人。思っていた数より少ないな。

 

 

「泉美ちゃん、香澄ちゃん。怪我は無いか?」

 

 

「は、はい。大丈夫です……」

 

 

俺の言葉に泉美は呆気を取られていたが、何とか頷き大丈夫だと伝える。しかし、香澄だけはポカンッと口を開けたまま動かない。

 

 

「香澄ちゃん?おーい?」

 

 

「な、何!?」

 

 

「いや……大丈夫かって聞いているんだけど?」

 

 

「彼女は無事です。私が守っていましたから」

 

 

「は?」

 

 

香澄が答えたのではなく、隣にいた八島が答えた。

 

 

「お前……いい加減香澄ちゃんから離れろよ。ぶっ飛ばすぞ」

 

 

「えぇ!?何考えてるの!?」

 

 

俺の言葉に香澄が驚く。しかし、大樹は八島を睨んだまま銃をクルクルと回す。

 

 

「……おい」

 

 

八島が低い声で合図すると、俺の背後で二人の男が俺に銃を突きつけた。その光景に香澄と泉美は驚くが、状況はすぐに理解できた。

 

八島の手には金色のダサい拳銃が握られており、銃口が香澄の背中にピッタリとくっつけられていた。泉美もすぐに香澄の危機に気付き、口を両手で抑えている。

 

 

「銃を下ろしなさい」

 

 

「……ほらよ」

 

 

八島に言われた通り、俺は銃を床に放り投げる。あーあ、銃を回した回数でギネスを狙っていたのに。

 

 

「香澄ちゃんを今すぐ解放しろ。今なら半殺しで済ませといてやる」

 

 

「……くはッ」

 

 

八島は噴き出し、高笑いし始めた。

 

 

「馬鹿なのですか!?この状況が分からないのですか!?まんまと騙され、命の危機なんですよ!?」

 

 

馬鹿なのですか!?銃弾じゃ僕は死にませんよ!?っと心の中で高笑いしておく。

 

 

「こうも簡単に七草家のお嬢さんを……ボディガード失格ですね」

 

 

「そーですね」

 

 

「……あなたの態度、追い込まれれば追い込まれる程、そのような冷静態度を取る人ですね。手に取るように分かりますよ。心の中では焦っているのに!?」

 

 

いや、知らない。初耳だわ。

 

 

「で、お前が八島のニセモノだということは分かった。遺言はそれだけか?」

 

 

「……やれ」

 

 

ガチンッ

 

 

俺の背後に立った男たちは銃のレバーを下げ、射撃可能にさせる。

 

 

「最後に言っておくぞ」

 

 

俺は笑みを浮かべながら男たちに告げる。しかし、男たちは引き金を引いた。

 

 

 

 

 

「弾丸の代わりに、レモンを詰めておいたから」

 

 

 

 

 

ドピュッ!!

 

 

「「ッ!?」」

 

 

引き金を引いた瞬間、拳銃から大量のレモン汁が弾け飛び、男たちの顔面に盛大に掛かった。レモンはどこから支給したかというと、よくジュースのコップについているあれから拝借した。そう、あれあれ。

 

 

「「ぐあァ!?」」

 

 

あらあら。どうやら目に入ったようですね。ですが、手加減はしません。いつも全力で戦います。

 

 

チーンッ!!チーンッ!!

 

 

「「くぁwせdrftgyふじこlp!?!?」」

 

 

男たちの股間を思いっきり、もうそれは全力で、渾身の一撃を込めた足で、蹴り上げた。息子殺しの犯人は俺です。

 

 

「よーし。次はお前な。ニセ八島」

 

 

「く、来るな!!コイツがどうなってもいいのか!?」

 

 

「やったらお前をブチ殺し確定だゴラァ!!」

 

 

「ヒッ!?」

 

 

八島は香澄に向かって引き金を引くが、

 

 

ガチンッガチンッ

 

 

「ッ!?な、何で……何で出ない!?」

 

 

「弾は入っておじゃるか?」

 

 

「入ってるに決まっt……!?」

 

 

八島の動きが止まった。

 

 

カララランッ

 

 

大樹の手からいくつもの弾丸が落ちたからだ。その弾丸が八島のモノだと気付いた時には、遅かった。

 

 

「お前ら、火薬の臭いが強過ぎ。余裕で分かるわ」

 

 

既に八島の目の前には悪魔のような笑みを浮かべた男が立っていた。

 

 

「香澄ちゃんを殺すとかどうか言ってたけど、まぁ俺の判決を言い渡すからよく聞けよ?」

 

 

ゆっくり八島は顔を上げて、大樹の顔を見る。大樹の顔は悪魔では無く優しい笑顔だった。それは全ての罪を許してくれるかのような、

 

 

「ヒモ無しバンジーの刑に処する」

 

 

そんなわけありません。

 

 

バリンッ!!

 

 

投げられた八島は窓ガラスを割り、空に投げ出されていた。五階だけど誤解しないでくれ。結構生きていける高さだし、下には車が置いてあるから。テロリストのだから問題ない。よし俺に罪は無い。

 

 

「さて、ここにいる人たちに言っておこうか」

 

 

割れた窓ガラスから風が入り、大樹のスーツの上着のフロントを大きく揺らす。

 

 

「どうも、楢原 大樹を改めまして七草 大樹だ。よろしく頼むぜ、十師族の皆さん」

 

 

ニヤリと笑った大樹は正義のヒーローとは言い難い悪人だった。

 

 

________________________

 

 

 

「というわけでいろいろと暴れて来た」

 

 

「そう。正座していいわよ」

 

 

「うっす」

 

 

真由美に言われ俺は素直に正座する。まだみんないるんだけど、ここで歯向かったら駄目だと俺の脳が叫んでいる。

 

ホールの中心で俺は正座させられ、真由美は笑顔……あれ?目が笑っていないよ。

 

 

「どこらへんがダメか聞いても?」

 

 

「全部と言いたいところだけど……最後が一番駄目ね」

 

 

全部……一体どこがダメなんでしょうね?わかんにゃーい。

 

 

「強さじゃなくて恐さを見せつけたわね」

 

 

「あ、なるほど」

 

 

確かに最後は怖い。チッ、ミスっちまった。セーブ&ロードがあったらいいのに。

 

 

「よし、じゃあ帰ろうか?」

 

 

「大樹君も飛ぶかしら?頭からぶつけるかしら?」

 

 

「ごめんなさい」

 

 

今日の真由美さんはバイオレンスですよ。

 

 

「でも……今日は許すわ」

 

 

「ん?」

 

 

真由美は笑みを浮かべて俺の後ろを見た。振り向くと香澄と泉美が立っていた。

 

 

「ま、まさか……妹にお仕置きを任せるとかじゃ……!?」

 

 

「違うわよ!」

 

 

それなら安心だな。……安心なのか?

 

 

「どうした泉美ちゃん?香澄ちゃんは俺に何か文句があるなら聞くけど?」

 

 

(わたくし)はお礼を言いに来たのですよ、大樹先輩」

 

 

「お礼?俺は拳銃を持っている奴らにレモンを詰めたりしただけだぜ?」

 

 

「はい。そうやって話をそらそうとしている優しい先輩にお礼を言いたいのです」

 

 

泉美はニッコリと微笑み、俺にお礼を言う。

 

 

「ありがとうございます」

 

 

「お、おう……」

 

 

「大樹君。惚れてないわよね?」

 

 

誰に?泉美ちゃんに?

 

 

「半b……嘘です」

 

 

半分っと言おうとしたら頬を摘ままれた。痛い痛い。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

あぁ、喋りづらい。

 

 

「というのは嘘です」

 

 

「え?」

 

 

真由美の笑顔が凍り付いた。

 

俺は割った窓ガラスから外を覗いた。

 

 

「ほら、アレアレ」

 

 

外に止まった何台もの車を俺は指を差す。窓からはアサルトライフルの銃口がこんにちは。射撃3秒前です。

 

 

「だ、大樹君!?」

 

 

真由美が俺の腕に抱き付き怯える。ただいま腕の感触を脳内に感覚永久保存中。感覚を保存って俺凄いな。

 

 

ガガガガガッ!!

 

 

そして、数え切れないほどの銃弾が一斉に俺たちのフロアに向かって放たれた。

 

っとそろそろ真面目に戦わないと銃弾を食らっちゃうよ。

 

 

ブチッ

 

 

口の中を歯で噛み切り、少量の血を出す。そして、飲み込む。

 

俺の両目が紅く染まり、力が湧き上がる。

 

手に持ったギフトカードに新たな文字が刻まれる。

 

 

災いの吸血鬼(ディザスタァ・ヴァンパイア)

 

 

俺の足元から伸びている黒い影が大きく広がり、床を真っ黒に染める。

 

 

「そらよッ」

 

 

ゴッ!!

 

 

影は地面からアメーバのように飛び出し、俺の目の前で盾として役割を果たす。影の盾は大きくなり、フロア全体を包み込んだ。そのせいで外は何も見えない。

 

銃弾は影の盾に当たると、速度を急激に落とし、静止した。銃弾は全て影の中にめり込んだ状態になった。

 

 

「お返しだ」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

影は弾け飛び、黒い霧として散布される。同時にめり込んでいた銃弾を敵に返す。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

亜音速で返された銃弾は車やアスファルトにめり込み、車は炎上した。しかし、銃弾を返される前に車中から人は脱出していたので死人は出ていないはずだ。残念だが怪我人は出たと思う。

 

というか、こんなに強くなったのか鬼種の力……。いや、もう吸血鬼の力そのものになっているけど。

 

 

(災い……か……)

 

 

災害の間違いじゃね?ほら富士山を消したし……ごめん。

 

俺は燃え上がる車を見て、やり過ぎたことを反省。ハイ、合掌。

 

 

「あとは警備の人たちに任せるか」

 

 

まだ腕にしがみついた真由美。状況が掴めていないようだ。しかし、俺がやったと教えると掴んでいた腕をつねりた。だから痛いよ。

 

真由美はつねったまま俺に説教を始める。やり過ぎだとかもっと穏便に済ませろとか言っていたが、俺の耳は左から右へと通り過ぎて行くタイプなので絶賛聞き流しである。

 

しかし、ある程度説教した後、真由美は笑顔で俺に言う。

 

 

「ありがとうね、大樹君」

 

 

その惚れてしまいそうな笑顔に、俺は直視することができなかった。照れてしまった顔を真由美から逸らして、見せないようにする。

 

 

「……お、おう」

 

 

まともな返事ができなかったが、照れた大樹を見れた真由美は満足していた。

 

 

「あ、あのさッ!」

 

 

「ん?」

 

 

後ろから香澄が声をかけてきた。俺は振り返り、香澄を見る。

 

 

「どうした?トイレはあっちだぞ?」

 

 

「ち、違う!!」

 

 

「じゃああっちが入り口だ」

 

 

「じゃあって何!?あと違うから!」

 

 

「惚れた?」

 

 

「死ねッ!!」

 

 

(´・ω・`)

 

 

「ほら大樹君。ちゃんと聞いてあげて」

 

 

はぐらかそうとした俺に気付いた真由美は俺の腕を掴んで香澄の前に立たせる。

 

香澄は大樹との距離の近さに顔を赤くするが、勇気を振り絞って話す。

 

 

「ぼ、ボクはまだ認めてない……で、でも……」

 

 

でも?

 

 

「ちょ、ちょっと……ほんの少しだけ!本ッ当に少しだけ……認めてやってもいい……」

 

 

「……………」

 

 

「な、何!?文句あるなら……!」

 

 

「マジで可愛いなぁ!お前ッ!!」

 

 

ヒシッ!!

 

 

「なッ!?」

 

 

俺は香澄を抱き締め、頭を撫でまくる。

 

 

「香澄ちゃん!俺のこと、お兄ちゃんって呼んでもいいんだぜ!?」

 

 

「はぁ!?呼ばないわよ!」

 

 

「そんなこと言わずに呼んでくれよ!」

 

 

「えぇ!?」

 

 

「なぁ頼むよ!?あとでお小遣いあげるからさぁ!?」

 

 

「変態がいる!路上でいきなり小さい子に話しかけるような変態がいる!」

 

 

「かすみんは焦る顔も可愛いなぁ!」

 

 

「かすみん!?」

 

 

「一度だけ!一度だけでいいから呼んでくれ!」

 

 

「だ、だから嫌って言ってる……!」

 

 

「言ってくれたら一億円をあげよう!」

 

 

「高ッ!?ってそんなに持っているわけが……!」

 

 

スッ(通帳を見せる)

 

 

「嘘でしょ!?」

 

 

「何ならこの通帳全部貰ってもいいから頼む!」

 

 

「そこまでする!?」

 

 

「大樹先輩。(わたくし)がお呼びしてもいいですか?」

 

 

「えぇ!?何言ってるの!?」

 

 

「泉美ちゃん………もちろん、バチ来い!!」

 

 

「えぇ!?!?」

 

 

「そうですね……お兄さまでしょうか?」

 

 

「よし最高!じゃあそれを振り返って俺を見た瞬間、超絶可愛い笑顔で言ってくれ!」

 

 

「注文が多い!?」

 

 

「分かりました」

 

 

「やるの!?」

 

 

泉美は後ろを振り向き、準備する。そして、振り返る。

 

 

「お兄さま♪」

 

 

「やっべぇ何その威力もう俺死んでもいいや」

 

 

「そんなに!?ていうかいい加減放して!?」

 

 

「あとはかすみんが言ってくれればなぁ……」

 

 

「うッ」

 

 

「……………」

 

 

無言で撫で続ける大樹。目は『言ってくれ』と語っている。

 

頬を赤くした香澄は大樹から顔を逸らし、ゆっくりと言葉を話す。

 

 

「……お……ん……!」

 

 

「もう一回お願いします」

 

 

「お兄ちゃんッ!!」

 

 

「もう悔いはねぇ……ホントに死んでもいいや」

 

 

「ホントに放して!?いつまで頭を撫でてるのよ!?」

 

 

できれば永遠と。

 

 

「……楢原」

 

 

「あ、十文字か」

 

 

その時、俺に声をかけたのは十文字だった。俺は目をキリッと引き締め、

 

 

「やらんぞ」

 

 

「はぁ!?」

 

 

「それは残念だ」

 

 

「えぇ!?」

 

 

大樹と十文字の会話に香澄は二連続の驚愕だった。

 

 

「で、どうした?」

 

 

「とりあえずこの後、先程の話について話し合いたい。今後のことも含めてな」

 

 

「……一週間待て」

 

 

「一週間も撫で続けるの!?」

 

 

「冗談だ。今放す」

 

 

「……………」

 

 

「……………」

 

 

「はやく放せ!」

 

 

「はぁ……」

 

 

大樹は本当に残念そうに香澄を放した。顔を真っ赤にした香澄はすぐに泉美の後ろへと隠れる。

 

 

「それと、さっきの戦闘についても話し合いたい」

 

 

「それは帰る」

 

 

「起動式は展開しているぞ?」

 

 

ここに来て脅しとは……しかし。

 

 

「お前の魔法が俺に通じるとでも?」

 

 

「……そうだな。やめておこう」

 

 

「分かって貰えて嬉しいぜ。後でコーヒーおごってやる」

 

 

話を分かってくれた十文字に俺は右手の親指を立てた。グッチョブ。

 

 

「よし、じゃあ行くか」

 

 

俺は真由美に右手を差し伸べる。真由美はニッコリと微笑み、俺の右手を握る。

 

これから真由美には危険な目に合うかもしれない。

 

では、どうするか。やっぱりそんなモノは決まっている。

 

この手をしっかりと握り絶対に放さない。危険なモノ、傷つける敵、彼女を不幸にする出来事。俺がまとめて蹴散らすことだ。

 

美琴と同じように、アリアと同じように、優子と同じように、黒ウサギと同じように。俺は守る。

 

何度も立ち上がり、何回も、何十回も、何百何千何万何億何兆回だって彼女たちを守ってみせる。

 

 

 

 

 

そして、彼女たちを幸せにしてみせる。

 

 

 

 

 

 

それが、俺だ。

 

 

 

________________________

 

 

 

「今まで世話になった。本当にありがとう、お爺さん」

 

 

早朝、商店街の責任者であり、店を貸してくれた老人。おじいさんにお礼と店の返却を報告しに来ていた。

 

他の店の人、すぐに酔う魚屋のおっちゃん、その日には絶対に金を払わない八百屋の姉ちゃん、俺の敵である肉屋のチャラ男。既に別れを告げている。最後は笑顔や泣いて見送ってくれる辺り、ホントにいい人たちだと思う。

 

 

「そうか……もう行くのかい」

 

 

「ああ……なぁ聞いてもいいか?」

 

 

ずっと気になっていた。あの日から今日までずっと。

 

 

「どうして素性も分からない俺なんかに、店を貸してくれたんだ?」

 

 

「そうじゃのう……最初、楢原君を見た時はヤバい人だと思ったよ」

 

 

白い字で『一般人』と書かれた黒いTシャツにそこらへんに売ってそうな黒ズボンを穿いて頭にはシルクハットを被り、タオルで耳などを隠した男。怪しすぎて一秒で通報できるレベルのファッションだったな、あの時は。

 

 

「しかし、君の目は光が無かった」

 

 

「光……」

 

 

「大切なモノを取られてしまったような……」

 

 

鋭いな。

 

俺は黙ってお爺さんの話を聞く。

 

 

「だが、希望の目も持っていた」

 

 

自分の祖父と同じように、お爺さんは優しい笑みで俺の手を握る。

 

 

「諦めていない。まだやってみせる覚悟あった。今でも覚えている」

 

 

「お爺さん……」

 

 

「いつでも帰って来なさい。店は大事に取っておくから」

 

 

「……じゃあ俺が帰って来るまで商店街はあり続けないといけないな」

 

 

俺はポケットに入れておいた通帳を取り出し、お爺さんに差し出す。残高は一億以上ある。

 

その残高の額を見たお爺さんは当然驚いた。

 

 

「こ、これは……!?」

 

 

「ほとんどの家庭は取り寄せや通販。今時商店街まで買い物する人は少ない。そのせいで商店街の維持費が無くてピンチなのは考えただけでも分かる」

 

 

ここに来る人は少ない。俺はレストラン系だから客は多い方だが、肉屋や魚屋はほとんど客は少ない。他の店も同じで、来客はない。

 

 

「ここの商店街、俺は好きだ。近所は良い人だし、仲良くさせてもらった。恩返しだと思ってくれ」

 

 

「しかし……」

 

 

「俺が一番恩を返したいのは人はお爺さんだ。こんな俺に住む場所をくれて、感謝している」

 

 

俺は通帳から手を放す。

 

 

「だから受け取ってくれ。俺とみんなの……大切な場所のために」

 

 

「……分かった。必ず、ここは守ってみせよう」

 

 

お爺さんは真剣な表情で受け取り、力強く頷いた。

 

 

________________________

 

 

 

お爺さんとの別れも済ませ、店へ帰る。いつもは荷物は持たないが、今回は用意している。既に準備しているが、二階に置いたままだ。

 

階段を上がり、俺は二階のリビングに行く。

 

 

「よーし、準備できたか?」

 

 

「あ、大樹さん。通帳は渡したんですか?」

 

 

荷物を赤いキャリーバッグに詰めていた黒ウサギが座ったまま俺の方を振り返る。ちなみに俺は黒いリュックだ。手に持つのってあまり好きじゃないんだよな。

 

 

「おう、俺たちにはもう必要ないからな。もしかしたら新しい世界で使えるかもしれないから一応100万円だけ持っておけ」

 

 

俺はポケットから100万の札束を取り出し、黒ウサギに向かって軽く投げる。黒ウサギは両手でキャッチし、溜め息をついた。

 

 

「何故でしょうか……受け取った瞬間、全く驚けませんでした。黒ウサギの金銭感覚は死んでしまったでしょうか?」

 

 

「……何かごめん」

 

 

黒ウサギより俺の金銭感覚の方が死んでいるから。100万円を軽々しく投げたんだぜ?

 

 

「それで、話を戻すが準備は大丈夫か?」

 

 

「YES!必要なモノは全部まとめました。大樹さん方は?」

 

 

「俺は包丁とかフライパンとか料理器具だろ……Tシャツにズボンに下着に着替えだろ……写真と携帯端末だろ……それから巻物に拳銃に日記帳だな」

 

 

「分かりました。最後の3つだけツッコミを入れたいと思います」

 

 

「そうか」

 

 

「ではまず、巻物は?」

 

 

「九重先生に貰った。餞別らしい」

 

 

「……もしかしてツッコミの必要って」

 

 

「多分いらない。これはハズレだな」

 

 

「……次です」

 

 

「おう」

 

 

「拳銃は?」

 

 

「コルト・パイソン」

 

 

「……まさか」

 

 

「うん、これもいらないと思う」

 

 

「……最後は」

 

 

「日記のどこにツッコミを入れるんだ?」

 

 

「誰の日記かどうかをお聞きしたいかと」

 

 

「俺のだけど……あとまだ何も書いていない」

 

 

「……………」

 

 

「……………」

 

 

「大樹さんのお馬鹿様ぁッ!!」

 

 

スパンッ!!

 

 

「理不尽ぐへッ!?」

 

 

黒ウサギのハリセンで頬を平手打ちのように思いっきりぶたれた。頭を叩いてくれ。

 

 

「いいです!まだツッコミどころはありますから!違うところ、ありますから!」

 

 

俺たちって、何をしていたんだっけ。準……何チャラしてなかった?

 

 

「えっと、どこだ?」

 

 

「服装です!」

 

 

俺の服装は黄色いTシャツにジーパンを履いている。靴は黄色いランニングシューズだ。靴は今は脱いでるけど。

 

 

「どこが?」

 

 

「文字です!」

 

 

「いつも通りだろ。きっと読者だって『ああ、またその文字か』って呟いているはずだ」

 

 

「メタ発言はやめてください!というかいつも通りじゃないです!」

 

 

黒ウサギはビシッと俺の背中を指差し、書かれた白色の文字を読む。

 

 

「『一般人だっていいじゃないか』って何ですか!?」

 

 

「いや俺ってもうあの事件以来一般人を名乗れるような人間じゃないからさぁ」

 

 

「遅ッ!?黒ウサギと出会う前から既に大樹さんは人間をやめていらっしゃいますよね!?」

 

 

「そんな……馬鹿な……!?」

 

 

「どうして驚くんですか!?」

 

 

「じゃあこっちを着た方が良いか?『一般人やめました』Tシャツ」

 

 

「ダメですよ!?色と文字が違うだけじゃないですか!?」

 

 

「じゃあ『ぐふッ……一般人になりたかったよぉ……』Tシャツ」

 

 

「願望ですか!?ってどうして白のTシャツに真っ赤な血がついたようなデザインなんですか!?怖すぎますよ!?」

 

 

「『Ordinary Person』Tシャツ」

 

 

「一般人を英語にしただけじゃないですか!?文字から離れてください!」

 

 

「『\(^o^)/』Tシャツ」

 

 

「そう来ると思っていましたよお馬鹿様!」

 

 

「『黒ウサギLOVE』Tシャツ」

 

 

「許可します」

 

 

いいのかよ。

 

 

________________________

 

 

結局俺は『一般人』だけの文字が書かれた黄色いTシャツに着替え直し、リュックを背負って部屋を出た。

 

黒ウサギは久しぶりに前の世界ではずっと着ていたエロッエロなミニスカートを穿き、エロッエロなガーターソックスを履いて、エロッエロな……。

 

 

「大樹さん?」

 

 

「take2入りまーす」

 

 

とりあえず、とてもセンスがいい白夜叉(しろやしゃ)が選んだ審判着を着ていた。

 

店の前では既に優子と真由美が待っていた。

 

優子は水色のミニスカに白のトップスを着ていた。右肩にはボストンバッグを背負っている。

 

真由美は何故か学校の制服を着ていて、青のキャリーバッグを引いていた。どうして制服なのか理由を考えた所、そう言えば今日は学校がある日だった。しかも始業式。

 

そして、最後の人物は……キリッ!

 

 

「おはよう優子、真由美。そしておやすみ原田ッ」

 

 

「何でッ!……俺だけ眠らせようとしてんだよッ」

 

 

凄い。音速で殴ったのに片手で受け止めやがった。

 

 

「相変わらず仲良くしないのね……」

 

 

隣では優子が溜め息をついていた。真由美も苦笑いだ。

 

 

「よぉ原田……永眠はしっかり取れよぉッ」

 

 

「睡眠だろそこはッ」

 

 

「大丈夫ッ……永眠はすぐに楽になれるッ……夢を見る暇も無く、日にちがすぐに経つぜッ」

 

 

「涙拭けよッ」

 

 

泣いてないよ。

 

 

「というかお前らの格好は何だ?大樹はいつも通りだとして、黒ウサギは何でシルクハットを被っている」

 

 

コイツ……俺のTシャツを全否定しやがった!

 

 

「黒ウサギはアレがあるからな。俺が被せた」

 

 

「……耳か」

 

 

「そうだ。あの土に埋まってウネウネしていてモグラのエサ……」

 

 

「大樹さん!?それミミズですよね!?」

 

 

「小麦粉やライ麦粉などに水、酵母、塩などを加えて作った生地を 発酵させた後に焼いた食品の外側にある……」

 

 

「パンの耳ですよ!?耳違いです!」

 

 

(((よく分かったな……)))

 

 

黒ウサギのツッコミに優子と真由美。そして原田が驚いていた。そのツッコミができたことに。

 

 

(ひいらぎ)あ〇いの漫画作品……」

 

 

「いや、さすがに黒ウサギにそれは分からないだろ」

 

 

「え?原田さんは分かるのですか?」

 

 

「ああ、『耳をすま〇ば』だろ?もう何がしたいんだよお前」

 

 

「ちなみに俺の好きなジ〇リ作品は『天空の城ラ〇ュタ』だから」

 

 

「は?『千と〇尋の神隠し』一択だろ」

 

 

「「……………」」

 

 

「「表出ろ貴様」」

 

 

「何でまた喧嘩しようとしてんですか!?」

 

 

黒ウサギは急いで俺と原田の間に入り込み仲裁する。この野郎!テメェの目をバルスしてやる!

 

 

「3分間待ってやる!謝罪の言葉を考えていろ!」

 

 

「ここで働かせてください(笑)」(俺の店を指差して)

 

 

「「野郎、ぶっ殺してやる!」」

 

 

「いい加減にしてください!」

 

 

スパンッ!!

 

スカッ

 

 

「痛ぇ!?」

 

 

「ふッ、残像だ」

 

 

「あ、あれ!?」

 

 

原田の頭はハリセンで叩かれており、涙目になっていた。俺は叩かれた瞬間、黒い霧になってしまい、姿を消した。

 

 

「後ろだ」

 

 

「い、いつの間に……」

 

 

既に黒ウサギの後ろに立っていた大樹。顔はキモイくらいドヤ顔。よく見ると目は紅くなっている。

 

 

「ねぇ……そろそろ行かないかしら?」

 

 

この事態に呆れていた優子が溜め息をついきながら俺たちを止める。

 

 

「クソッ、覚えてろよ……」

 

 

原田は店の前に白いチョークで落書きをし始める。わぁお綺麗な魔法陣。こんなモノを見ていると……。

 

 

「おい!?落書きしようとするんじゃねぇ!?」

 

 

「大丈夫。『大樹参上!』って書くだけだから」

 

 

「いつの時代のヤンキーだよ!?マジでぶっ飛ばすぞ!?」

 

 

残念。

 

 

「そう言えばこんなに荷物を持つのは初めてだよなぁ」

 

 

「そうね。いつも手ぶらだったしね」

 

 

優子との会話で、手ブラというエロイいことを考えた俺は最低だと思う。

 

 

「え?そうだったんですか?」

 

 

「いつもならとんでもない額が振り込まれた通帳が女子たちのポケットに入っているんだ。でも今回、黒ウサギのポケットには入っていなかった」

 

 

「アタシも無かったわよ」

 

 

「そう言えば美琴とアリアだけだったな。通帳」

 

 

「ちょ、ちょっと待って!」

 

 

俺たちの会話を止めたのは真由美だった。

 

 

「話についていけないわ!」

 

 

「いや、置いて行ってるのだが?」

 

 

「いじめ!?」

 

 

「冗談だ。原田が魔法陣を書き終えるまでそれについて話そうか」

 

 

________________________

 

 

 

「はい、以上が修学旅行についてだ。質問はある人はいるか?」

 

 

「露骨な説明省略が腹立ちます」

 

 

「よし、原田の言葉は無視しろよぉ」

 

 

今まで俺たちが歩んできたことを真由美に話したり、写真を見せたりした。決して明るい話ばかりでは無かったが、真由美は優しく俺に微笑んだ。

 

 

「大丈夫よ。私はここにいるから」

 

 

「……ああ、知ってる」

 

 

その優しい笑みに俺は安堵し、圧し掛かっていたプレッシャーが消え、心がスーッと軽くなった。

 

 

「アタシもここにいるわ」

 

 

「黒ウサギもいます」

 

 

「……そうだな」

 

 

みんな、俺の隣に、そばにいてくれようとしてくれている。

 

 

「だから、そんなに焦らなくていいわよ」

 

 

真由美は俺の隣まで歩いてきて、

 

 

「あ・な・た」

 

 

「ふぁ!?」

 

 

「「なッ!?」」

 

 

「あ、修羅場が展開した」

 

 

真由美は俺の腕にしがみつき、俺の顔を見てウインクした。可愛いけど今はダメよ~ダメダメ。

 

確かにこの世界では俺の苗字は七草に変わってしまったけど、違う世界では楢原を名乗るから!

 

 

「ち、違うねん!これはちゃうねん!俺は悪くないアル!」

 

 

「急に言語が変わったな。あと最後どっちだよ。あるかないかハッキリしろ」

 

 

おい原田!この状況を冷静にみているんじゃない!助けろよ!

 

 

「無理」

 

 

心が通じたのに駄目だった!?

 

 

「わ、分かっているわ。大樹君に悪気が無いのは」

 

 

「い、YES!黒ウサギも承知しております」

 

 

え?顔を真っ赤にして、唇が震えているけど本当に大丈夫?

 

 

「だ、大樹君……ァタシたちを……幸せにするって……」

 

 

「……です」

 

 

「えぎゃあああああァァァ!!!!」

 

 

「お?黒歴史を掘り出された中二病の少年みたいな奴がいる」

 

 

恥ずかしい!恥ずかし過ぎて死ねる!!

 

 

「……大樹君。さっそく浮気なのね」

 

 

「ごめん。もうメンタルが……勘弁して」

 

 

「よーし、出来たぞ……っておい」

 

 

原田の書いた魔法陣が完成したが、こちらはカオスの状況。

 

大樹はコンクリートに顔をビタッとつけて寝ており、真由美は楽しそうに微笑んでおり、優子と黒ウサギは顔を真っ赤にして俯いていた。

 

 

「……あれ?」

 

 

大樹が寝た状態で魔法陣を見た時、おかしな点を見つけた。

 

 

「何で二つも書いたんだ」

 

 

地面には同じ魔法陣が二つ書かれていた。

 

 

「それは見た方がはやい」

 

 

原田は二つの魔法陣に白く光る石を投げ込む。

 

 

シュピンッ!!

 

 

その瞬間、白い魔法陣の文字は青く光り出す。

 

 

「きゃッ!?」

 

 

同時に優子の首から下げていたペンダントのクリスタルが光り出し、共鳴反応した。

 

クリスタルから一直線のレーザーのような光が魔法陣の真ん中に向かって放たれる。

 

 

「これで右と左。どちらかに御坂美琴と神崎・H・アリアがいる。残念だが同じ場所の世界じゃなかったな」

 

 

「!?」

 

 

どちらかに一人。その言葉に俺は驚愕し、唇を噛んだ。

 

どちらかという選択が俺の足を止めている。

 

 

「……大樹」

 

 

原田は右の魔法陣の中に入った。

 

 

「俺はこっちの世界で探す。お前はそっちの世界で探せ」

 

 

「……いや、でも」

 

 

「大丈夫だ。そっちの方が効率がいいだろ?」

 

 

「……………」

 

 

原田の提案は確かにいいものだと分かる。

 

 

「そうだな……」

 

 

俺は原田とは反対の魔法陣の中に入る。優子と黒ウサギ。そして、真由美も一緒に魔法陣の中に入る。

 

 

「これ、お前に渡しておく」

 

 

原田は小さな青色のビー玉のような球を俺に向かって投げる。

 

 

「何かあったらそれを砕け。すぐにかけつけるからよ」

 

 

「……おう。ありがとうな」

 

 

「気にするな。俺はお前をサポートするためにやっているんだからな」

 

 

喜ぶ。今の言葉は喜ぶべきだと分かる。

 

 

 

 

 

しかし、その言葉に俺はショックを受けた。

 

 

 

 

 

 

「……気をつけて、行けよ」

 

 

「それは大樹の方だろ」

 

 

原田は笑って、俺たちから姿を消した。先に転生したようだ。

 

 

「……俺たちも行くか」

 

 

無理に笑みを作り、三人に笑顔を見せる。三人は笑ってくれた。

 

そして、俺たちは新しい世界に転生した。

 

 

 

 

 

信頼と言う『ホンモノ』を、見失ったまま。

 

 

 

 

 

________________________

 

 

 

 

聞きたくない内容かもしれませんが、亡くなられた保持者のことも書いておきます。

 

 

 

 

沙汰月(さたつき) 加恵(かえ)

 

 

 

 

朱司馬(あけしば) 遼平(りょうへい)

 

 

 

 

不武瀬(ふぶせ) 利紀(としのり)

 

 

 

 

江野(えの) 凛華(りんか)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

原田 亮良

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

以上の5人が神の保持者だったことが分かっています。ガルペスから聞いたモノなので本当かどうか分かりませんが、確かな情報だと思います。

 

 

どうか、気を付けてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ここからは作者のターン。作者が自由に書いたモノなのでここでブラウザバックして頂いても物語には支障ありません。見るのが嫌だと言う方もブラウザバックで大丈夫です。


ついに終わりました!長かった魔法科高校の劣等生編!ありがとうございました。

魔法科高校の劣等生はとても面白い作品で、自分が作った魔法を出したい!っと思い、勝手に自作した魔法が多々出てきてしまいました。そこに関しては申し訳なく思っています。ですが、あの時はとても楽しい一時でした。

次回は感想で書いたと思うんですが、『ブラック・ブレット』の世界で暴れたいと思います。


次にアンケートについて書かせて頂こうと思います。

まずアンケートに参加してくれた皆様方、本当にありがとうございます。

そして本当にすいません。アンケートの結果はまだかなり先の方になると思います。まず投票的なアンケートを作っていないので、最終決定はまだまだ先です。


次はヒロインについてですが、真由美さんでしたね。これは最初から最後までそのつもりでした。

しかし、深雪とほのかを外す時の判断は辛かったです。みんな可愛い子ばかりでしたので、最初はとても迷っていました。

ブラック・ブレットのヒロインですが、申し訳ありません。

決めてます。

これ一択でした。どうしてもコレでした。この人だけでした。ネタバレはしません。できれば感想で『〇〇じゃね?』って書くのも避けてください。私は嘘がとてつもなく下手なので。


次に『番外編とかは書かないのか?』と友達に聞かれましたが、特に書く予定はありません。バンバン続きを更新して行く予定です。

ですが、無いとは言い切れません。もしかしたらあるかもしれないので。(続きが全く思いつかず番外編で続きの日を伸ばそうとするとかごめんなさい。続きを必死に書きます)


最後にお気に入り数ですが、現在800を超えています。


1000越えたら泣いていいですか?


泣いて喜びます。わんわん泣きます。そのまま裸になって家を駆け巡ります。

……1000を越えたら何かしたほうがいいですかね?やっぱり番外編ですかね?『前の行見ろ』って言われそうですが。

一応、考えておきます。


次回からはブラック・ブレット編です。これからもよろしくお願いいたします。


感想や評価をくれると心が温まり、とても嬉しいです。今まで感想や評価をくれた方々、ありがとうございました。



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ブラック・ブレット編
ここは始まらない過酷な世界


今回からブラック・ブレット編です。

続きをどうぞ。



人類は戦争に敗北した。

 

 

 

 

 

多くの人たちが異形の生物(ガストレア)に殺された。

 

【ガストレア】とは人類の前に突如現れた謎のウイルスのことだ。

 

体内に体液を送り込まれることにより、感染するそのウイルスは、生物のDNA情報を書き換え、異形のモノへと変化させる。

 

異形……それは化け物とも呼べる姿へと変貌する。

 

この世界はそのウイルスの驚異的な感染力で瞬く間に世界を蹂躪し、殺戮を繰り返し、人類を(むさぼ)った。

 

食物連鎖の頂点。今は人では無い。

 

 

この世界の王はガストレアだ。

 

 

しかし、人類はまだ生きている。負けただけで、全ての人類は死んではいない。

 

ガストレアには嫌いなモノがある。それは【バラニウム】だ。

 

バラニウムが発する磁場はガストレアは嫌い、バラニウムを敷き詰めた部屋などにガストレアを放り込むと、衰弱死してしまうほどの強力なモノだ。

 

人類はこのバラニウムで巨大な建物を造った。通称【モノリス】を円状にいくつも立てることにより、自立防御の構えを取った。

 

しかし、世界のほとんどはガストレアに渡してしまい、人類が住む場所など小さいモノだった。

 

 

現在、2031年。そんな世界に、彼らは転生して来た。

 

 

少女を……探すために。

 

 

________________________

 

 

 

「こんなこといいな~♪できたらいいな~♪」

 

 

どうも、あなたの心のオアシスである楢原 大樹です。

 

 

「あんなゆめこんなゆめいっぱいある~けど~♪」

 

 

無事、新しい世界に舞い降りました。

 

 

「みんなみんなみ~んな~叶えてくれる♪」

 

 

え?何で歌ってるかって?まぁ気分かな。

 

 

「不思議な転生で叶えてく~れ~る~♪」

 

 

歌詞が違う?気にするな!

 

 

「空を自由に飛びたいな~♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハイ、絶賛落下中~♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

久しぶりに空から落下しています。凄い!もう速度が半端ない!

 

 

「イヤ、イヤ、イヤ~ン♪とってもだいっきらい、原田野郎~♪」

 

 

二番も歌おうか?残念、もう地面だ。

 

本当なら吸血鬼の力を使いたいところだが、誰がどこで見ているか分からないので自重しておく必要がある。

 

 

「それよりどこだここ?ジャングル?」

 

 

俺の落下地点近くは木々が生い茂っており、ジャングルの様だった。遠くには薄っすらと光が見えるが、もしかしたら村でもあるかもしれないな。

 

一番気になるのは、あの黒い建物だ。

 

表面はのっぺりと巨大なモノリスがいくつも立っているのが見えた。空まで届きそうなくらいの高さ。とても大きい建造物だった。

 

 

「はぁ……もう地面か……」

 

 

俺の体はとんでもない速度で落下していった。

 

 

ドバチャアアアアアン!!!

 

 

 

 

 

泥沼に落ちた。

 

 

 

 

 

ヌチャヌチャッ

 

 

「……最悪だ」

 

 

泥沼から急いで上がったが、手遅れ。

 

一瞬で服は汚れ、リュックも汚れ、中はなんとか無事だった。あ、やっべ。巻物にちょっと泥ついちゃった。てへ。

 

というかもうネタ切れだろ。川、海、お風呂、湖、水溜り、泥沼って……もっと新鮮な水があるだろうがぁ!

 

とりあえず泥を落とせるだけ手で落とし、落下していた時に見えたモノリスの方向を目指すことにした。

 

 

「はぁ……どんな世界だよここ」

 

 

薄暗いわジメジメしているわ俺の服は汚れるわ。過去最高に最悪な転生なんだけど?海にダイブより酷い。ちなみに一番良い転生はお風呂です。もうワンチャンないかな?

 

 

ガサガサッ

 

 

「ッ!」

 

 

俺の背後で草木が揺れる。人か?それとも獣?もしくはポケ〇ンか!?

 

 

「キシャアアアアアアァァァ!!!!」

 

 

「え……」

 

 

 

 

 

深緑色のチャッ〇ーが現れた。

 

 

 

 

 

 

……マジでピク〇ンで登場する〇ャッピーだよ。二足歩行で頭が超デカい。目は飛び出しているし、手が無い。

 

 

「……………えっと」

 

 

「キシャアアアアアアァァァ!!」

 

 

チャッピ〇はこちらに向かって口を大きく開けながら突進して来た。食べようとしているみたいだ。

 

 

「殺しちゃ不味いか!?」

 

 

生き物は大切にするべきだよな!

 

とりあえず真上に飛んで回避。チ〇ッピーはそのまま通り過ぎて、木にぶつかる。

 

木は大きく揺れ、バキバキと音を立てて倒木した。威力は十分に強い。

 

俺は地面に着地して、〇ャッピーの方を振り向く。

 

 

「ッ!?」

 

 

そして、驚愕した。

 

 

 

 

 

 

チ〇ッピーの顔がドロドロになっており、抉れていたのだ。

 

 

 

 

 

 

(勢いをつけすぎて木で削られ自爆したのか……というか!)

 

 

グロッ!?モザイクかけないとアニメにできないよ!?一般人にお見せできないよ!?

 

 

「キシャアアアアアアァァァ!!」

 

 

チャッピ〇は狂暴に頭を動かしながら吠える。

 

そして、もっと驚くことが起きた。

 

 

ジュウウゥ……!!

 

 

チャッピ〇の顔は原型を取り戻すために体液がブクブクと……いやもうこれやめない?治る過程が超グロイ。

 

と、とりあえず……ブクブクと体液が膨らんでいき、元の原型に戻ったのだ。

 

 

「再生能力……キモい」

 

 

「キシャアアアアアアァァァ!!」

 

 

「わぁあ!?ごめんなさい!」

 

 

俺の悪口を理解したのかチャッピーは怒り、また俺に向かって突進しようとしてくる。

 

しかし、俺はしゃがんで簡単に避け、また通り過ぎてしまう。

 

 

「もう逃げる!バイバイ、このブサイク!」

 

 

「キシャアアアアアアァァァ!!」

 

 

「ごめんなさい!」

 

 

あれやっぱ言葉通じるわ。めっちゃ怒っているもん。

 

俺は森の中をひたすら疾走し、〇ャッピーから逃げることに成功した。

 

 

「ここまで来れば大丈夫か……」

 

 

途中、激流の川を飛び越えたから追って来るのは困難。もう来ないはずだ。

 

 

「何だこの世界……バイオハ〇ード?」

 

 

ならゾンビ来てもリッ〇ー来てもおかしくないな。うん、絶対に嫌だこの世界。

 

 

「クゥ~ン……」

 

 

「ん?犬?」

 

 

その時、近くの岩場から犬が鳴きながら出て来た。

 

犬の毛並みは白。土などで汚れているが、普通だ。やはりチャッ〇ーみたいな奴は異常だったんだ。

 

 

「お~よしよし。こっちにこい」

 

 

「クゥ~ン」

 

 

犬はヒョコッと姿を現した。

 

 

「グギャバアアアアアアァァァ!!!」

 

 

尻尾が蛇だけどな!はぁ!?

 

 

「キモッ!?」

 

 

「ヴァン!!」

 

 

「うわぁ!ホントにごめん!」

 

 

犬はグルルと威嚇し始め、俺を獲物だと認識しだした。尻尾の蛇も俺を睨んでいる。ヒィ!?

 

 

「「「「「グルルッ」」」」」

 

 

「やっべ……囲まれた」

 

 

てっきり普通の犬たちがいると思っていたが、全部違った。目玉が飛び出した犬や腸が飛び出した犬が平然と歩いていた。

 

その異形の種族に、吐き気を覚える。

 

 

「ガアアアァァ!!」

 

 

「悪い!」

 

 

ドンッ!!

 

 

コルトパイソンの【不可視の銃弾(インヴジビレ)】でリュックから高速で取り出し、飛びかかって来た犬の心臓を貫く。

 

 

「ガァッ!!」

 

 

「クソッ!!」

 

 

しかし、犬は全く動じず、鳴き声一つすらあげなかった。

 

 

ジュウウゥ……!!

 

 

傷口は塞がり、元通りになる。

 

 

「最悪だな……この世界」

 

 

だから、彼女たちの安否が心配になる。

 

吸血鬼の力を解放させて、一気に倒そうとしたその時。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「キャンッ!!」

 

 

一発の黒い銃弾が犬の頭を貫いた。

 

その光景を見た犬は一斉に散開し、一目散に逃げ出す。知能があるのかアイツら。

 

 

「誰だ?」

 

 

「それはこちらのセリフだよ。ガストレアの巣窟に来ている君は何者だ」

 

 

木の後ろから男が姿を見せる。手には禍々しい拳銃が一丁握られていた。銃口から火薬の臭いが漏れている。

 

男の格好は普通じゃなかった。赤いタキシードにシルクハット。そして笑顔を浮かべた仮面をつけていた。

 

異常。そして不気味だった。

 

 

「もう嫌だ……まともな奴が出て来ない」

 

 

「どうして泣いているのかね」

 

 

「人生が辛くて……」

 

 

チ〇ッピーの次は化け物の犬。犬の次は仮面の男。もうどこのホラーゲームだよ。怖いよ。

 

 

「安心したまえ。今すぐ楽にしてあげる」

 

 

パチンッ

 

 

男が右手で指を鳴らすと、

 

 

ザンッ!!

 

 

その瞬間、背後から剣の斬撃が飛んで来た。

 

斬撃は大樹の首を狙っていた。しかし、

 

 

「アホ」

 

 

ヒョイッ

 

 

大樹はその場にしゃがんで回避。後ろを見ること無く、余裕を持って避けてみせた。

 

斬撃を繰り出した者は諦めずに追撃する。

 

今度は上から剣を振り下ろす。大樹の頭を狙っていたが、

 

 

「だから無理だって」

 

 

ヒョイッ

 

 

今度は首を傾けるだけで斬撃をよける。

 

 

カチッ

 

 

斬撃を繰り出した者の腹部にコルト・パイソンの銃口を当てた。

 

 

「……何だよ、これ」

 

 

大樹は苦痛の表情だった。信じたくない事実に。

 

斬撃を繰り出したのは子どもだったからだ。それもかなり幼い女の子。

 

両手には鋭い刀を。黒いドレスを纏い、ショートカットの可愛い女の子。

 

しかし、両目は紅くなっており、俺を睨んでいた。

 

 

「パパ!こいつムカつく!殺せない!」

 

 

「よしよし。まず私も加勢しよう」

 

 

ドゴンッ!!ドゴンッ!!

 

 

仮面の男が俺に向かって二発の銃弾を放つ。いつの間にかもう片方の手には銃が握られていた。

 

銃弾は俺の頭と左胸。完全に急所を狙ったモノだ。

 

 

「もう諦めろよ」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

不可視の銃弾(インヴジビレ)】で射撃。銃弾は敵の銃弾に向かって飛んで行く。

 

 

ガキンッ!!ガキンッ!!

 

 

「「ッ!?」」

 

 

俺の銃弾は片方に当たった後、互いに跳ね返り、敵の銃弾は森の中へ。俺の方の銃弾は敵の二発目の銃弾に当たり、銃弾の軌道を変えた。

 

そんな人間離れした芸当に二人は驚いていた。

 

 

「で、まだする?」

 

 

ドンッ!!

 

 

俺がどうするか聞こうとしていた時には既に相手は動いていた。

 

少女は一瞬で俺との距離を潰し、刀を俺の体に突き刺そうとする。

 

 

「よっ」

 

 

突き刺そうとする二本の刀を右手と人差し指と中指で一本の刀を受け止め、左手も同じようにもう一本の刀を受け止めていた。双刃・白刃取りって言ったところか?ちょっとカッコいいな。久々にいいネーミングセンスだろこれ。

 

 

「なッ!?」

 

 

「親父のところに帰りな」

 

 

刀を持ったまま、驚愕した少女を持ち上げ、仮面の男に向かって少女と刀を投げ飛ばす。

 

少女の体は投げ出され、呆気に取られていた仮面の男は避けることはできず、少女の体が仮面の男の腹部に直撃する。

 

二人は吹っ飛ばされ、後ろの木にぶつかる。

 

 

「チェックメイト。俺は命までは取らない」

 

 

「ッ!」

 

 

仮面の男が持っていた銃を大樹は持っており、銃を仮面の男に投げ渡していた。

 

銃は仮面の男の手に当たり、男は銃を握る。

 

 

「……この距離は避けれるかね?」

 

 

「試してみるか?」

 

 

大樹の挑発に乗った男は銃口を大樹に向ける。大樹は笑みを浮かべて余裕の表情だった。

 

銃口と大樹の額との距離はわずか40センチから50センチしかない。

 

男は引き金に指を乗せる。

 

その時、

 

 

ザンッ!!

 

 

「うおッ!?」

 

 

少女が大樹の腹部に向かって刀の斬撃を繰り出した。大樹は後ろに下がって避ける。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

しかし、男は引き金を引き、銃弾を大樹に向かって跳ばす。

 

銃弾はちょうど大樹が回避した場所に向かって。

 

 

(俺が避けることを予測して……!?)

 

 

そして、銃弾は大樹の額に当たった。

 

 

________________________

 

 

 

「大樹さん、どこにいるんでしょうか?」

 

 

転生に成功(大樹のように落下していない)した黒ウサギと優子。そして新メンバーの真由美は街をブラブラとうろついていた。

 

黒ウサギはシルクハットの中でウサ耳を使うが、大樹の場所だけは全く分からないのだ。

 

隣にいた優子が辺りを見回し推測する。

 

 

「もしかしたら、この街にはいないのかしら?」

 

 

「その可能性はあるの?」

 

 

優子の推測に真由美が尋ねる。優子は頷き、説明する。

 

 

「美琴とアリアは言っていたわ。大樹君は川に落ちたり、海に落ちたり、お風呂に出現するって」

 

 

「最後が凄く気になるわ」

 

 

「黒ウサギも気になります」

 

 

しかし、こんなことをしている場合ではないと三人は同時に気付く。

 

 

「とにかく大樹さんの教えの紙を使いましょう」

 

 

黒ウサギはポケットから一枚の紙切れを取り出し、音読する。

 

 

「その1。俺がその場にいない時は、どこかで落下しているので、気にしないでくれ」

 

 

「「落下!?」」

 

 

「その2。そのうち帰って来るから安心しろ」

 

 

「猫なの!?大樹君は猫か何かなの!?」

 

 

「と、とりあえず探す必要はないのね……」

 

 

「その3。情報収集が一番最初。人に情報を聞くのはバツ。まず世界を大体把握してからだ」

 

 

「急にまともなモノが来たわね……」

 

 

「冗談ばかり書いても、私たちが困るわ」

 

 

「その4。【インドラの槍】や魔法は禁止。緊急時だけにしてくれ」

 

 

「やっぱりまともだわ!」

 

 

「よく考えたら一応全部まともな内容だったわね……」

 

 

「その5。嫌なことを誰かにされた時はすぐに連絡してください。すぐにソイツを抹殺します」

 

 

「怖ッ!?」

 

 

「多分大樹君、本気だわ」

 

 

「その6。火遊びは駄目です」

 

 

「今完璧にアタシたちを馬鹿にしたわ!子ども扱いしているわよね!?」

 

 

「大樹君の心配がここまで酷いなんて……」

 

 

「その7。しばらくみんなに会えないと、大樹は死にます」

 

 

「今度はウサギ……」

 

 

「本当に死にそうで怖いわ」

 

 

「その8。そろそろネタ切れ」

 

 

「許さないわ。大樹君、許さないわよアタシ……」

 

 

「書かない方が良かったわね……」

 

 

「その9。やっぱり一日一時間だけでいいから探してほしい」

 

 

「えぇ!?」

 

 

「やっぱり探した方がいいみたいね」

 

 

「それでは最後。やっぱり探さなくておk」

 

 

「探すわよ。説教しないと……」

 

 

「そうね。言いたいことが山ほどあるわ……」

 

 

(大樹さん……黒ウサギは30項目あるうちの10項目しか読まなかったことは正しいと思っていますからね)

 

 

真剣に優子と真由美は探し始め、黒ウサギは溜め息をついていた。

 

 

「でも大樹君の言っていた情報は確かに大事だわ。情報を集めれる場所を探しに行きましょ」

 

 

「YES!黒ウサギも賛成です」

 

 

「そうね。それがいいと思うわ」

 

 

三人は頷き、街の道を歩き。

 

街は至って平凡。しかし、前の世界と比べると、文明はかなり遅れたモノだ。薄汚れたアパート。ガムなど汚れたひび割れアスファルト。現在、彼女たちがいる場所は住宅街だ。

 

そして、遠くには巨大な黒いモノリスが見える。

 

 

「アレの正体も……掴まないとね」

 

 

優子の言葉に二人も同じ考えをしていた。

 

この街で、この世界で、何が起こっているのか。

 

 

「……優子さん、真由美さん。下がってください」

 

 

「え?どうしたの、黒ウサギ……?」

 

 

黒ウサギは優子と真由美の前に出て、正面を睨む。その行動に優子が黒ウサギに尋ねるが、答えを求める前に分かってしまった。

 

 

ゴゴゴッ

 

 

10メートル先のマンホールが不自然に揺れ出す。その揺れはだんだんと大きくなり、

 

 

バゴンッ!!

 

 

形を変えたマンホールが勢いよく吹っ飛び、空高く舞う。

 

穴の中からウネウネとした白い触手が何本も出て来る。

 

 

「何……かしら……」

 

 

真由美の顔が青くなっていく。優子も黒ウサギもその不気味な触手に嫌な顔をしていた。

 

ベチャベチャと音を立てながら触手は伸びていき、姿を現す。

 

 

「ヴヴヴヴゥゥゥ……」

 

 

低い呻き声を出しながら姿を現れたのは、縦長い頭身から何本も触手が伸びており、まるで巨大なイカの様だった。

 

しかし、イカの形をしているだけであって外見は全く違う。頭身にはいくつもの目玉がギョロリと彼女たちを見ている。そして口は触手の先についている。口を開け、彼女たちに噛みつこうとしている。

 

頭身が横に裂け、痛々しい鋭い歯が見える。巨大な口が頭身にあったのだ。

 

 

「危険です!黒ウサギが相手をするので隠れていてください!」

 

 

ダンッ!!

 

 

黒ウサギは自慢の脚力で一瞬にして化け物との距離を詰める。

 

 

「ッ!!」

 

 

ドゴンッ!!!

 

 

そして、本気の一撃。飛び蹴りで化け物頭身を蹴り飛ばした。

 

 

「ヴギャッ!?」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

化け物の頭身は折れ曲がり、アスファルトの地面を大きく削りながら後ろに大きく吹っ飛ばされる。

 

電柱や自動販売機は粉々に壊れ、土煙が大きく舞い、黒ウサギは元の位置に着地する。

 

 

「や、やりすぎました……!」

 

 

「「黒ウサギ!?」」

 

 

ずっと格闘戦で本気を出せていなかった黒ウサギ。【インドラの槍】などに頼り続けた結果、力加減を忘れてしまっていた。

 

黒ウサギは額から汗をダラダラと流し焦る。優子と真由美も焦っていた。

 

 

「な、何だ今の音は!?」

 

「きゃあああァァ!!ガストレアよッ!!」

 

「うわあああァァ!!」

 

「に、逃げろッ!?」

 

「何で地面がこんなことに……!?」

 

 

住宅街が一瞬にしてパニック状態になってしまった。

 

たくさんの人が逃げ出し、怒号や泣き声や叫び声があちこちから聞こえる。

 

 

「く、黒ウサギたちも逃げましょう!?」

 

 

「そんな無責任なこと言わないで!大樹君と同じになってしまうわよ!?」

 

 

黒ウサギの提案に驚愕した真由美がツッコむ。

 

 

「黒ウサギは悪くありません!」

 

 

「それも大樹君が言うセリフよ!?」

 

 

今度は優子が驚き、ツッコミを入れる。

 

 

ゴゴゴッ

 

 

その時、吹っ飛んだ化け物の触手がゆっくりと動き出す。その動きを黒ウサギはしっかりと見ていた。

 

 

「まだ生きている……!?」

 

 

黒ウサギは近くのアパートの壁に立てかけてあった薄汚れた消火器を両手で持ち、もう一度化け物との距離を詰める。

 

 

「ヴァアアアァァッ!!」

 

 

シュンッ!!

 

 

化け物に知性か本能か分からないが、危険を察知した化け物は白い触手で黒ウサギを噛みつこうとする。

 

しかし、黒ウサギには一つも当たらない。上に向かって跳び、身を翻して触手の攻撃を綺麗にかわす。敵の攻撃は黒ウサギの服にすらかすりもしない。

 

 

「ハァッ!!」

 

 

黒ウサギは消火器を巨大な口の中に勢いよく放り投げ、無理矢理食わせる。

 

 

バチッ

 

 

ポケットから一瞬だけギフトカードを取り出し、小さな電撃を消火器にぶつける。

 

その瞬間、

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

消火器は破裂し、頭身を吹っ飛ばす。

 

白い煙が頭身から舞い上がり、一帯を白い霧が包む。

 

 

ゴゴゴッ

 

 

「嘘……ですよね……」

 

 

黒ウサギは戦慄した。

 

頭身を無くした化け物の触手はまだゆっくりだが動いていた。触手の口も開けている。

 

 

ジュウウゥ……!!

 

 

頭身がドロドロと化け物の体液が泡のようにはじけだす。それはまるで水中の中で息をしているようだった。

 

 

シュンッ!!

 

 

「くッ!?」

 

 

触手が黒ウサギに向かって噛みつこうとする。しかし、黒ウサギは後ろに飛んで回避することができた。

 

 

「ひぐッ……えっぐッ……!!」

 

 

その時、アパートの建物の中から泣きながら出て来た少女がいた。まだ幼い。小学生の低学年くらいだ。

 

 

「逃げ遅れ……!?」

 

 

黒ウサギはギョッ驚き、子どもに被害が及ばないうちに急いで化け物の気を引こうとするが、

 

 

ギロッ……

 

 

最悪なことに、頭身の一つの目玉が少女の姿を捉えてしまった。

 

触手は勢いよく少女に向かって噛みつこうとする。

 

 

「危ないッ!!」

 

 

第三宇宙速度で少女の所まで駆け付け、抱きかかえて触手の攻撃から回避する。

 

しかし、触手は一本では無い。

 

 

シュンッ!!

 

 

他の触手が一斉に黒ウサギと少女を狙う。

 

黒ウサギは少女の出て来た建物の中へと急いで避難する。

 

 

バリンッ!!

 

 

入り口の窓が割れ触手が侵入する。黒ウサギはひたすら上へ続く階段を少女を抱えたまま上がって行く。少女を抱えた状態での戦闘は不可能だ。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

4階まで上り、5階へと上がろうとした時だった。5階へと続く階段は下から白い触手が突き抜け、階段を崩壊させた。白い触手が黒ウサギの行く手を阻んでいたため、仕方なく黒ウサギはその4階フロアに逃げ込む。

 

フロアの廊下には5つの部屋のドアが見えた。そのうち、一番奥の406号室の部屋のドアが開いていた状態だったので、その部屋に逃げ込んだ。

 

部屋は散乱しており、テーブルには食べかけのカップヌードルが置いてあった。化け物の騒動ですぐに逃げる準備をして、ドアのカギを閉めずに逃げて来たのだろう。

 

 

ドンッ!!

 

 

「ッ!?」

 

 

閉めた入り口のドアが破られる音がリビングまで響く。黒ウサギは少女を抱えたまま窓の方へと向かう。

 

 

バリンッ!!

 

 

しかし、新たな触手が窓を割って侵入して来た。黒ウサギはウサ耳で触手の位置を把握していたので、避けることは容易であった。

 

しかし、前と後ろの触手に挟み撃ちにされてしまった。

 

 

(ここはもう……【インドラの槍】で……!)

 

 

黒ウサギがギフトカードを手に持ったその時、

 

 

 

 

 

「ゼェアアアアアァァァ!!!」

 

 

 

 

 

ザンッ!!

 

ドシュッ!!

 

 

窓側の触手が一刀両断され、体液が噴き出す。斬られた触手はリビングの床に落ち、床を汚す。

 

斬ったのは一般男性より体が一回り二回りも大きい男だった。口は黒いバンダナで隠しており、手には大きな黒い大剣を持っていた。左腕には大きな刺青(イレズミ)がある。

 

 

ガガガガガッ!!

 

バシュンッ!!

 

 

玄関から侵入して来た触手が無数の黒い銃弾で蜂の巣にされた。体液が飛び散り、床や壁を汚す。

 

触手は動かなくなり、床にボトリッと落ちる。

 

 

「チッ、本体を切っても生きているガストレアか」

 

 

ベランダから大剣を持った大男が舌打ちをしながらゆっくりと部屋の中に入って来る。玄関からも人が入って来ていた。

 

 

将監(しょうげん)さん。ガストレアの完全死亡を確認しました」

 

 

出て来たのは長袖のワンピースにスパッツを穿いた女の子。何か冷めたような雰囲気で表情を表にあまり出さない子。それが黒ウサギの第一印象だった。

 

女の子の手には大きなアサルトライフル。銃を撃ったのはこの少女だと黒ウサギはすぐに分かった。

 

そこで黒ウサギはハッと我に帰る。

 

 

「えっと、助けていただきありがt

 

 

「アァ?」

 

 

(ヒィ!やっぱり外見通り怖い方ですよ!)

 

 

男にお礼を言おうとした矢先、男の声にビビってしまい、黒ウサギは続きの言葉を飲み込んでしまった。

 

抱いていた少女は将監と呼ばれた男を見て黒ウサギの首にしがみついて号泣。泣き声が部屋に響き渡る。

 

 

「あぁ!?泣かないでください!」

 

 

「おい!自分の子どものしつけくらいちゃんとしやがれ!」

 

 

「黒ウサギの子ではないのですよ!」

 

 

今度は強気で言えた。

 

 

「アァ!?」

 

 

「黒ウサギの子でしたッ!!」

 

 

やっぱり無理だった。

 

 

「将監さん。吠えないでください」

 

 

「吠えてねぇよ!」

 

 

「今吠えました」

 

 

「チッ!どいつもこいつも……!」

 

 

将監と呼ばれた男はズカズカと苛立ちを見せつけるように歩き出し、部屋を出て行った。

 

 

「すいません。将監さんのことは気にしないでください」

 

 

「えっと……ありがとうございます?」

 

 

何故か疑問形になってしまった。

 

 

「怪我はありませんか?」

 

 

「YES。大丈夫です。子どもも無事ですよ」

 

 

「そうですね」

 

 

少女は目を細める。

 

 

「あんな強い蹴りができるのですから、ね……」

 

 

(見られてた!?)

 

 

黒ウサギは額だけでは無く、背中にも嫌な汗が流れた。平常心であることを見せつけるため、顔の表情は何とかそのまま笑顔である。

 

その時、玄関の方から足音が聞こえて来た。足音の間隔は短く、走っている音だ。

 

 

「黒ウサギ!」

 

 

初めに声を出したのは優子だった。優子の後ろには息を切らした真由美がついてきている。

 

 

「大丈夫なの!?怪我は!?」

 

 

「大丈夫です。怖い方とこちらの方に助けていただいたので……それより真由美さんの方が大丈夫でしょうか……?」

 

 

「ごめん、なさい……ちょっと走っている時に、胸が……苦しくて……!」

 

 

「……………そう」

 

 

何故か優子の目が冷え切っていたことに黒ウサギは疑問に思った。少女も視線が冷たいのは気のせいだろうか?

 

 

「それでは、帰りましょうか!」

 

 

「すいません。この後被害報告のために話を聞くので残ってください。警察が来ますので」

 

 

黒ウサギと優子。そして真由美。

 

この時、彼女たちは同じ考え事をしていた。

 

 

(((身分証明の質問が来たら終わり!?)))

 

 

彼女たちは目を合わせ頷いた。

 

 

「黒ウサギはこの子の親を探しに行きます!」

 

 

「アタシは家族に連絡を入れるわ!」

 

 

「え、えっと……彼氏に連絡するわ!」

 

 

真由美の言い訳にはツッコミを入れたい二人であったが、状況が状況なのでスルーするしかなかった。

 

黒ウサギを先頭に、優子と真由美は次々と部屋から出る。少女は全く気にせず、怪しんでいなかった。

 

 

「すいません!警察の者ですが!?」

 

 

(((早ッ!?)))

 

 

既に警察手帳を見せて彼女たちの退路を塞いでいた。

 

 

「警察……ですか……」

 

 

黒ウサギの引き()った笑みで対応する。警察官は何かに気付き、笑いながら説明する。

 

 

「今日は自分、休日だったんですよ!たまたま近くにいた警官ですから!私服なのは着替える暇が無くて!」

 

 

「そ、そうなのですか……」

 

 

まさかの休日警官。これは前の世界と同じ展開だと黒ウサギは気付き、悲しくなった。

 

しかし、黒ウサギは諦めない。

 

 

「ご、ご苦労様です!中で待っていますよ!はやく行ってあげてください!」

 

 

((子どもを売った……))

 

 

黒ウサギの行動は酷いが、二人はナイスだと思っていた。待っているのは幼い子どもが一人しかいない。

 

 

「あ、大丈夫です。僕の彼女……じゃなかった婦警が外にいますので僕があなたたちの話を聞きますよ!」

 

 

(((彼女ッ……!!)))

 

 

休日デートだと分かった瞬間、グサリッと彼女たちの心に何かが刺さった。同時に逃げ場を失った。

 

 

三ヶ島(みかじま)さん、あそこです」

 

 

私服の警官の後ろから将監とスーツを着た30代半ばくらいの男がこちらに向かって来ていた。将監は黒ウサギに向かって指を差していた。

 

男は頷き、警官に近づく。

 

 

「すまない。三ヶ島ロイヤルガーターの社長をやっている者だ。少し彼女たちと話をさせてもらわないか?」

 

 

男の言葉に警官は急いでビシッと背筋を伸ばし、ペコペコと何度も頭を下げた。警官は入り口の方へと帰って行った。

 

 

「お初にお目にかかる。三ヶ島ロイヤルガーターの社長をやっている」

 

 

三ヶ島はスーツの内側から名刺を取り出し、黒ウサギに渡した。黒ウサギは名刺を見てみるが、どんな仕事を、何をやっているのか全く分からなかった。

 

しかし、ここで何をやっているのか聞いてはいけない。もしこの企業がとても重要で有名だった場合、異世界から来た者だとばれてしまう。実際、異世界から来た者だと信じる人はいないと思うが……。

 

 

「えっと、黒ウサギたちに何か御用が?」

 

 

「立ち話をするには時間が長いですので、私たちと近くのカフェなど話をしませんか?」

 

 

ニッコリと笑顔を見せる三ヶ島。黒ウサギは首を横に振ろうとしたが、

 

 

「荷物も預かっていますのでご安心を」

 

 

(((王手!?)))

 

 

チェスだとチェック。いや、そもそも王手ではない。これはチェックメイトだ。

 

黒ウサギたちは人質にされた荷物を救い出すために、三ヶ島たちについて行くことにした。

 

 

________________________

 

 

黒ウサギは少女を親のところまで連れて行き、再会させた。あの時親がいなかったのは、時間が悪かったからだ。化け物が出て来ていた時、両親は買い物に出かけてしまっており、少女はずっと留守番をしていた。そのタイミングで化け物が現れてしまった。

 

少女の体は震えていて怖がっていたが、両親を見た瞬間、元気に親の元へと帰って行った。両親は黒ウサギに何度も頭を下げ、礼を言っていた。

 

そして現在、黒ウサギたちはオシャレなカフェにいた。

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

沈黙が続き、黒ウサギと優子はドキドキと緊張していた。目の前に出されたコーヒーや紅茶に手を出す余裕すらなかった。

 

この話し合い、下手をすればヤバい。直感や本能では無く、冷静に考えれば分かることだった。

 

 

「まず私たちとお話をする前に、よろしければどんなお仕事をされているか詳しく聞いていいでしょうか?」

 

 

しかし、真由美は冷静だった。

 

真由美の質問に三ヶ島はコーヒーカップを置き、答える。

 

 

「私たちは皆さんがご存知の通り、あの民間警備会社・三ヶ島ロイヤルガーターで間違いありません」

 

 

(((いや、分からないから……)))

 

 

だが『あの』っと自分で言う程有名だと自負しているのだろう。真由美はすぐにその答えを導き出し、新たな質問をする。

 

 

「ごめんなさい。私、民間警備会社のことは大まかなことしか分からないので……」

 

 

「大丈夫です。細かく説明させていただきますよ」

 

 

三ヶ島は説明を始める。

 

 

「まず知っていると思いますが、私たちは【ガストレア】が絡む案件の処理をしています」

 

 

「警察とは別のモノですよね?」

 

 

「はい。ガストレアが絡んだ事件時は私たちが担当。それ以外のモノは警察が担当しています」

 

 

「あの化け物はやっぱりガストレアですね……」

 

 

「はい。ステージⅠです」

 

 

真由美は慎重に言葉を選んでいた。

 

民間警備会社、ガストレア、ステージⅠ。まだ完全に把握したわけでは無い。しかし、ここは分かったフリをしなければならない。

 

 

「先程の方たちはあなたの社員で間違いないですか?」

 

 

「将監たちのことだね。彼らは私の会社に所属しているプロモーターだ」

 

 

「では、あの女の子は……」

 

 

「将監のイニシエーターだ」

 

 

また分からない単語が出てきてしまった。黒ウサギと優子は二人の会話について行けないが、真由美も彼の話について行けてなかった。

 

しかし、真由美の話に三ヶ島は何も疑わなかった。

 

真由美の言っていることはごく普通の一般人と会話しているモノと同じケースだったからだ。

 

これは真由美がそういう風に見られるように自ら演じている。

 

 

(大樹さんの言う通り、真由美さんのカリスマ性や物事をすぐに対処する冷静さ……本当に凄いです)

 

 

黒ウサギたちが何もしなくても情報が入って来てしまっている。真由美の話はそれほど凄い事を物語っていた。

 

 

「……そろそろ本題に入ってもいいでしょうか?」

 

 

「ええ、どうぞ」

 

 

真由美は頷いて許可を出す。三ヶ島は黒ウサギの方を向き、話を進めた。

 

 

「彼女をぜひ我が社の社員にしたいかと思っているんです」

 

 

「社員ということは……プロモーターのことでしょうか?」

 

 

黒ウサギの代わりに真由美が尋ねた。三ヶ島は頷き、再度説明を始める。

 

 

「彼女の蹴りの強さは将監とそのイニシエーターから聞いた。とても強い蹴りだったと」

 

 

「あ、あはは……」

 

 

引き攣った笑みで黒ウサギは対応。優子と真由美はジト目で黒ウサギを見ていた。今回の問題点は黒ウサギだと分かったからだ。

 

 

「もしよろしければ……」

 

 

「ごめんなさい」

 

 

三ヶ島が何かを言う前に真由美が謝罪した。

 

 

「他の企業から誘いを受けているので、まだ考えが纏まっていないの状態ですので……」

 

 

「……そうでしたか。しかし誘いの段階ならばまだこちらにもチャンスがありますよね?」

 

 

「そうですね。お考えさせていただきます」

 

 

真由美はニッコリと笑顔を見せて対応する。三ヶ島もこれ以上勧誘しようとしなかった。

 

 

「すいません。最後に一つお聞きしてもよろしいですか?」

 

 

「何かね?」

 

 

その時、優子が三ヶ島に話しかけた。優子はポケットの中から一枚の写真を取り出す。

 

 

「この人、知りませんか?」

 

 

「……いや、見たこと無いな。君の友達かね?」

 

 

「いえ、ただの馬鹿です」

 

 

((怒ってる……))

 

 

写真に写っていたのは大樹。パーカーとジーパンの姿、私服の大樹がピースをして写っていた。顔はちょっとドヤ顔でムカつく。

 

 

「そ、そうか……では私はこれで失礼するよ。荷物は店の入り口に置いてあるから」

 

 

三ヶ島はそう言い残し、その場去った。

 

帰ろうとした時、カウンターで精算しようとしたら代金は全部三ヶ島のおごりだった。よって黒ウサギたちが払う必要は無かったが、これであの人の勧誘を簡単に断りにくくなった。

 

荷物は確かに店の入り口のソファに丁寧に並べられて置かれていた。荷物の上には一枚の紙がある。

 

 

「地図……ですね」

 

 

もちろん三ヶ島ロイヤルガーターの本部が赤ペンで丸が付けられている。黒ウサギの言葉に優子と真由美が嫌な顔をする。諦めの悪い人だと思った。

 

 

「それにしても真由美さん。いつの間に他の会社から勧誘が来ていたのですか?」

 

 

「黒ウサギ。多分それは嘘よ」

 

 

黒ウサギの疑問に優子は首を振った。真由美はチロッと舌を出し、悪戯が成功したかのように笑っていた。

 

 

「……す、すいません」

 

 

「ど、どうして謝るのかしら!?」

 

 

「アタシも……ごめんなさい」

 

 

「えぇ!?」

 

 

二人は思った。この人を敵に回してはいけないっと。

 

 

________________________

 

 

三人はカフェから出た後、宿泊するホテルを探しだし、この世界に関する資料を揃え、みんなで情報を手に入れていた。

 

部屋には積み重ねられた本の山が2,3個あり、計3万円は使ったが、残り97万はあるし、ホテル代で2万だと考えるとまだまだ残こる計算だ。

 

 

「やっぱり凄かったわ。あんなに本が並んでいるなんて!」

 

 

「学校の図書館はディスプレイだけでしたからね」

 

 

真由美が大きな書店に行くと、目を輝かせて驚いていた。

 

魔法科高校の図書館はディスプレイしか無く、調べたいことはすぐに出て来る時代。

 

しかしこの世界は本と言う概念がまだ大きく残っている時代だ。大量の本を目の前にして驚き、ワクワクとさせたのだ。

 

 

「でも面倒だと思うわ」

 

 

「それを言ったら全てが台無しですよ……」

 

 

バッサリと切り捨てた真由美に、黒ウサギは溜め息を漏らしたのであった。

 

 

「お風呂、空いたわよ」

 

 

風呂場から濡れた髪をバスタオルで拭きながら出て来た優子は、ドレッサーの前に座り、ドライヤーで髪を乾かし始める。

 

 

「じゃあ私が入るわ」

 

 

真由美は立ち上がり、着替えを持って風呂場に入って行った。

 

髪を乾かし始めた優子を見た黒ウサギは、立ち上がり、優子の背後に立つ。

 

 

「お手伝いします」

 

 

「い、いいわよ」

 

 

「大丈夫です。任せてください」

 

 

黒ウサギは優子からドライヤーを奪い取り、髪を乾かし始める。優子は頬を赤くして照れながら鏡を見ていた。

 

 

「……ごめんなさい。黒ウサギにも迷惑かけたでしょ?」

 

 

「黒ウサギは大丈夫ですよ。いつか、絶対に思い出してくれると信じていましたから」

 

 

優しい笑みを浮かべた黒ウサギに、優子は謝罪の言葉を言うのは間違っていることに気付く。

 

 

「ありがとう」

 

 

「はい。どういたしまして」

 

 

二人は笑い合い、笑顔になった。

 

 

『キャアアア!!どうしてお湯が出て来ないの!?』

 

 

「「……………」」

 

 

真由美の悲鳴が聞こえて来た。台無しである。

 

 

「ちょっと!?赤いのを回したのに、どうしてお湯が出て来ないのよ!?」

 

 

バスタオルを体に巻いた真由美がリビングに飛び出して来る。黒ウサギは落ち着いて説明する。

 

 

「えっと、少し時間を置いたら温かくなりますよ?」

 

 

「どうしてすぐに出ないのよ!?」

 

 

「……真由美さんの自宅のシャワーより、性能が良くないので

 

 

「不良品なのね!」

 

 

「違います」

 

 

その後、お湯の熱さに再び悲鳴を上げた真由美。少し手間がかかるお嬢様状態だった。

 

 

 

________________________

 

 

「では、情報をまとめましょう……」

 

 

「そうね……」

 

 

「二人ともどうしたの?疲れているようだけど……?」

 

 

加害者は真由美です。

 

 

「いえ、何でもありません。まず情報を整理すると、この世界は【ガストレア】というウイルスのせいで世界を滅びかけました」

 

 

「ガストレアはあの化け物のこと……」

 

 

黒ウサギの言うことに優子は捕捉を付ける。しかし、核心的部分は触れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのガストレアは、人間かもしれないってことね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、真由美はそこに触れた。

 

 

「ガストレアのウイルスに感染した動物、もしくは人はあの化け物に姿を豹変する」

 

 

「「……………」」

 

 

「これは、受け止めないといけない真実よ」

 

 

真由美のハッキリとした声に優子と黒ウサギは下を俯いていた。

 

ガストレア。それは悪の、最悪の、最低のウイルス。

 

それに感染した動物や人はあのような化け物になってしまう。

 

 

「黒ウサギは……黒ウサギは……!」

 

 

今にも泣きそうになった黒ウサギは、声を出そうとするが、言葉に詰まってしまう。

 

黒ウサギが蹴り飛ばした、爆発させた化け物は、元は人だったかもしれない。その可能性に恐怖に陥ってしまった。

 

 

「あなたは悪くない。ガストレアに感染した人間が元の姿に戻すことはできないの。あのまま暴れて人を殺めていたら、ガストレアになった者が悲しむわ」

 

 

「それでも……黒ウサギは……!」

 

 

「あなたが戦わなければ、子どもが死んでいた。他の多くの者が死んだかもしれない。あの戦闘のことを胸を張りなさいとは言わない。でも、自分を責め過ぎないで」

 

 

真由美の言葉に黒ウサギは何度も頷き、涙を流した。

 

 

「……黒ウサギには悪いけど、話を続けましょう」

 

 

「いえ、黒ウサギは……もう大丈夫です」

 

 

手で涙を拭き、黒ウサギは話に参加する。目袋はまだ赤いが、涙はもう出ていなかった。

 

大丈夫なことを確認した真由美は説明を続ける。

 

 

「……ガストレアの弱点、【バラニウム】という黒い鉱石だということ。これもみんなは知っているわね」

 

 

「あの怖い人も持っていましたね」

 

 

「え?持ってたの?」

 

 

黒ウサギの言葉に優子が尋ねる。優子と真由美はすれ違っただけなのでよく見ていなかったのだろう。

 

 

「YES。背中にあったあの大きな剣です。あれはバラニウムで作られたモノです」

 

 

「あの子ども。イニシエーターが使っていたのは銃弾の先にバラニウムを取りつけてあったわ」

 

 

真由美はテーブルに置いてあった黒い銃弾を手に取る。

 

 

「それは?」

 

 

「落ちていたのを一つ拾ったわ」

 

 

「抜かりないですね……」

 

 

黒ウサギは銃弾を手に取り、銃弾をよく見る。

 

 

「あ、手で触ると手が溶けるわよ!」

 

 

「えぇ!?って嘘ですよね!?」

 

 

「ええ、嘘よ」

 

 

笑顔で嘘を認める真由美。黒ウサギはまたどっと疲れた。

 

 

「どうして騙されているのよ……」

 

 

「だって……これって冷たい水道水で手で洗おうとした時に、『熱ッ!』って横から言われてしまい、条件反射で自分の手を水道水から手を焦って離してしまうのと同じ原理ですよね?」

 

 

「あったわね……昔あったわそんなこと……」

 

 

黒ウサギの例えに優子は何度も頷く。やられた経験があるみたいだった。

 

 

「ガストレアはバラニウム嫌い、自分から近づこうとしない。それを利用してこの街の周りを【モノリス】で囲い、ガストレアの侵入を防ぐことに成功した」

 

 

「何事も無かったかのように真由美さんが説明しだしたのはこの際置いておきましょう。モノリスは全部バラニウムで出来ており、ガストレアを寄せ付けないのです」

 

 

モノリスは横に約1km、高さ約1.6kmもある巨大建造物だ。

 

 

「この街の外。モノリスの外側は……たくさんのガストレアがいるのね」

 

 

優子の言葉に二人は黙る。この街の外はガストレアに感染した人と動物が溢れかえった世界。想像するだけで酷いモノだと分かる。

 

では何故今回、彼女たちの目の前にガストレアが現れたのか。

 

それはごく稀にモノリスを無理矢理無視して街に入り込むガストレアがいるからだ。それがあのガストレアだった。

 

 

「ガストレアについてはまだあるわ」

 

 

「……【呪われた子供たち】のことですね」

 

 

真由美が言う前に黒ウサギが先に言った。その言葉に真由美は頷く。

 

 

「ガストレアウイルスを身に宿してしまった子ども。そのウイルスをコントロールすることで超人的な能力を発揮できる。特徴として目が赤い子がそうよ」

 

 

「あの女の子も……そうなのね」

 

 

真由美の説明に優子は下向き、俯いた。

 

ウイルスにより超人的な治癒力や運動能力など、さまざまな恩恵を受ける。

 

妊婦がガストレアウイルスに接触することにより胎児が化すもので、出生時に目が赤く光っていることにより判明する。

 

ガストレアウイルスは生物の遺伝子に影響を与えるため、【呪われた子供たち】はその全員が女性になる。よってあの少女にも当てはまるのだ。

 

 

「……『民間警備会社』はガストレアと戦う専門職のこと。二人一組で戦うのが基本。将監と呼ばれた男のポジションは【加速因子(プロモーター)】と呼ばれ、女の子のことは【開始因子(イニシエーター)】と呼ばれているわ」

 

 

真由美は続ける。

 

 

「この二人組でガストレアを倒しているの。他にもたくさんの【加速因子(プロモーター)】と【開始因子(イニシエーター)】がいるわ。三ヶ島ロイヤルガーターは大手企業で、他にも中小企業民間警備会社があるの」

 

 

「あの怖い人は伊熊(いくま) 将監という方で、IP序列は1584位の凄腕の実力者でした」

 

 

黒ウサギは一枚の紙を二人に見せる。そこには将監とイニシエーターの女の子。千寿(せんじゅ) 夏世(かよ)と記載されていた。

 

 

「IP序列って全世界のイニシエーターとプロモーターのペアを戦力と戦果でランク付けしたモノだったかしら?」

 

 

「YES。何十万とある中で千番台なのでお強いですよ」

 

 

優子の確認に黒ウサギが答える。

 

 

「……ここまでにしましょうか。まだ調べたいことが多いし、大樹君を探さないといけないのだから」

 

 

「そうですね」

 

 

黒ウサギが携帯端末のディスプレイを表示すると、時刻は既に11時を過ぎていた。それを見た優子は黒ウサギにあること聞く。

 

 

「……それで大樹君と連絡は取れないのかしら?」

 

 

「そう思ったのですが、大樹さんはどうやらまだ登録していないようなのですよ」

 

 

「登録?」

 

 

「この世界の電波に合わせることです。優子さんと真由美さんはまだでしたね。携帯端末をお借りしていいですか?」

 

 

優子と真由美は携帯端末を黒ウサギに渡す。黒ウサギは二人の携帯端末のディスプレイを操作しながら説明する。

 

 

「前の世界とここの世界の電波は全く違います。だから合わせる必要があるのです……………できました。これでこの世界の携帯電話と同様に使えます」

 

 

「凄いわね……いつの間に黒ウサギもそんなことができるようになったの?」

 

 

「えっと、やり方のメモを貰っていたので……」

 

 

「「……………」」

 

 

準備がとてもいい大樹であった。

 

 

「どうして大樹君は設定をしていないのかしら?」

 

 

「恐らく、設定できないのかもしれません」

 

 

真由美の疑問に黒ウサギは予測していた。

 

 

「街の……外にいる、とか……」

 

 

ガタッ

 

 

「ちょっ!?優子さん!?真由美さん!?どこに行く気ですか!?」

 

 

「「コンビニ!」」

 

 

「嘘ですよね!?モノリスの外に行こうとしてますよね!?」

 

 

「だって大樹君が……!?」

 

 

真由美が心配しながら言うが、黒ウサギは冷静に告げる。

 

 

()()大樹さんが負けると思いますか?」

 

 

「「あ……」」

 

 

その言葉に納得する二人。黒ウサギはドヤァ……とドヤ顔していた。二人は少しムカついたが、スルーした。まーる。

 

 

________________________

 

 

 

「『天童民間警備会社』所属、里見(さとみ) 蓮太郎(れんたろう)……聞かない会社だな」

 

 

「売れてねぇからな」

 

 

エラの張ったごつい顔をしている殺人課の主任刑事は民警の許可書(ライセンス)に書かれた会社と名前を声に出して読んだ。

 

 

「ファハハ、ひでぇ不幸面だ。写真写り悪いなお前!」

 

 

バシッ

 

 

読み終わったことを確認した蓮太郎は笑う刑事から民警許可書を取り上げた。

 

刑事は態度の悪い蓮太郎の姿を改めて見る。そして気付いた。

 

 

「その制服……学生だろ」

 

 

「……わりーかよ」

 

 

蓮太郎はスーツにそっくりの真っ黒い制服を着ていた。蓮太郎は嫌な顔をする。

 

 

「拳銃もちゃんと持ってる」

 

 

「そういう問題じゃ……いや、もういい」

 

 

刑事は古びた6階建てのアパートの中へと入る。

 

 

「仕事の話しねぇか?」

 

 

その言葉に、蓮太郎もアパートの中へと入って行った。

 

エレベーターを使い、上の階を目指す。

 

 

事件(ヤマ)はここの二階だ。情報を総合した結果、間違いなくガストレアだと分かった」

 

 

エレベーターの扉が開き、二人は降りようとしたが、

 

 

「そう言えばお前、イニシエーターはどうした?」

 

 

「あ、あいつの手を借りるまでもないと思ってな!」

 

 

蓮太郎は内心でギクリっとしながら答えていた。

 

 

「……まぁいい。行くぞ」

 

 

刑事は何も追及すること無く、再び歩き出した。

 

現場の202号室。ドアの前には警備隊が何人も固まっていた。

 

 

「何か変化は?」

 

 

「す、すいません!たった今、ポイントマンが二人、懸垂(けんすい)降下にて窓から侵入……」

 

 

警備隊の一人の顔が青ざめながら報告していた。

 

 

「連絡が……途絶えました……」

 

 

「「!?」」

 

 

その報告に刑事と蓮太郎は驚愕する。

 

 

ダンッ!!

 

 

刑事は報告した警備隊の胸ぐらを掴んだ。

 

 

「馬鹿野郎!何で民警の到着を待たなかった!?」

 

 

「我が物顔で現場を荒らすアイツらに手柄を横取りされたくなかったんですよ!主任だって気持ち分かるでしょう!?」

 

 

「んなことぁどうでもいい!それより……!」

 

 

「どいてろボケども!」

 

 

蓮太郎の一喝で場が静かになった。蓮太郎はドアの前に立つ。

 

 

「俺が突入する」

 

 

蓮太郎の真剣な目と表情に刑事は呆気に取られるが、すぐに警備隊に指示を出す。

 

警備隊は扉破壊用散弾銃(ドアブリーチャー)蝶番(ヒンジ)に当てる。

 

蓮太郎は拳銃を両手で持ち、準備を整える。

 

 

「……やってくれ」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

その瞬間、散弾銃が火を噴いた。

 

散弾銃はドアのロックを粉々に壊し、蓮太郎は壊れたドアを蹴り破った。

 

蓮太郎は蹴り破ったと同時に部屋の中に入る。

 

 

「!?」

 

 

蓮太郎は部屋の中に入って驚愕した。

 

ガストレアの死体。それが壁にめり込み、絶命していた。

 

 

「何だよ、これ……」

 

 

蓮太郎は警戒しながら近づく。

 

ガストレアは原型を留めておらず、ぐちゃぐちゃになってしまっている。黒い体液が畳や壁にベットリとついている。

 

 

(まだ……新しい)

 

 

体液は畳に完全に染み込んでおらず、ガストレアはやられたばかりだとすぐに分かった。

 

割れた窓ガラスから顔を出し、ベランダの様子を見る。

 

 

「ッ!」

 

 

そして、3人の男が倒れていることに気付いた。

 

 

「おい!大丈夫か!?」

 

 

それはこの部屋の住人と二人の警備隊だった。

 

蓮太郎はすぐに三人の様子を見るために駆け付けるが、

 

 

「うぅん……」

 

 

「は?」

 

 

住人は眠っているだけだった。二人の警備隊も眠っているだけだ。外傷の一つすらない。

 

 

「おい民警!?どうなって……何だこりゃ……!?」

 

 

様子を見に来た刑事がガストレアを見て驚く。

 

 

「お前がやったのか!?」

 

 

「違う。来た時にはもう……それより住人と警備の人は無事だった」

 

 

「本当か!?」

 

 

刑事と一緒に突撃して来た警備隊が安堵の息をつく。

 

 

「どうした?」

 

 

「……いや、何でもない」

 

 

刑事の言葉に蓮太郎は首を横に振った。

 

納得いかない結末に、蓮太郎は死んだガストレアを睨み続けた。

 

 

________________________

 

 

 

その後、住人と警備隊は念のために病院へと送られた。蓮太郎は警察と一緒に部屋を調べていた。

 

ガストレアは専門職の人たちがガストレアを分解したりなどして処理している。

 

 

「何でお前さんまで調べるんだ?」

 

 

「納得いかないからだ」

 

 

刑事の質問に蓮太郎は答える。

 

 

「今回の事件、おかしいと思わないか?」

 

 

「そりゃガストレアが死んでいたこと、住人とうちの警備隊が眠っていたこと。おかしいことだらけだが、何事も無くて良かっただろ」

 

 

刑事の言うことは正しかった。死者を出さず、イニシエーターのいない状態で戦闘にならなかったことに幸運だと思った。

 

 

「じゃあ何でガストレアは死んだと思う?」

 

 

「他の民警が黙って仕事をしたとかじゃねぇのか?」

 

 

「それなら報告するはずだ。IP序列を上げるためにな」

 

 

「じゃあお前はどう考えるってんだよ」

 

 

苛立ちを表しながら刑事は蓮太郎に質問する。

 

 

「ガストレアから何かを奪った」

 

 

「奪った?」

 

 

「このガストレアは体内にある何かを探しているようだった。例え通常ガストレアをバラニウム製の剣でここまで斬らなくても、ガストレアは再生を阻害されてしまい、死んでしまう」

 

 

「念には念を入れただけじゃねぇのか?」

 

 

「ガストレアを殺した奴は相当の実力者だ。そんな奴がここまでするわけがない」

 

 

「……何で実力者だと分かるんだよ」

 

 

「部屋だ」

 

 

「部屋?」

 

 

「部屋が綺麗過ぎるんだ。ここで確かに戦闘があったはず……でも」

 

 

蓮太郎はガストレアの近くにある家具を見る。

 

 

「なのに破壊部分があるのは壁と窓とテーブルから落ちた花瓶だけ。これはガストレアは一撃で仕留められ、壁にめり込められた思う」

 

 

他の家具は荒らされておらず、少し体液が付いた程度だけだった。

 

 

「この大きさのガストレア、動いただけでもこの部屋はボロボロになるはず。なのに壊れたのはそれだけだった」

 

 

「……お前が言いたいことは分かった。でも、何を奪った?」

 

 

「……分からねぇ」

 

 

「まぁ……そうだろうな」

 

 

刑事は懐から煙草を取り出し、火をつけて吸い始める。

 

 

ガストレア(コイツ)をやった奴は何がしたかったんだろうな、本当に」

 

 

「ああ……」

 

 

「まぁ『感染爆発(パンデミック)』が起きる心配もないだろ」

 

 

刑事に部屋から出ろと言われ、蓮太郎はしぶしぶ部屋を出ようとしたその時、

 

 

チーンッ!!

 

 

「ぐッ!?!?」

 

 

股間に衝撃が走った。

 

 

「ぐあああああァァァ!!!」

 

 

「自転車から(わらわ)を放り出すとは何事だ!」

 

 

ツインテールの髪型をし、10歳前後の少女が蹴った蹴りが蓮太郎の股間に炸裂していた。少女は倒れた蓮太郎に説教をする。

 

 

「うおぉ……」

 

 

後ろにいた刑事が股間を抑えて青ざめていた。あれは痛いっと。

 

 

「え、延珠(えんじゅ)か……」

 

 

この少女は蓮太郎のイニシエーター。藍原(あいはら) 延珠だった。

 

少女は裏地にチェック柄が入ったコートにミニスカート。底の厚い編上げの靴を履いていた。

 

 

「『ふぃあんせ』の妾をもっと大切にせぬか!」

 

 

「おい!?何てことを言い出s

 

 

「言いシュミしているな豚野郎」

 

 

刑事の手には手錠が握られていた。蓮太郎は青ざめる。

 

 

「ちょッ!?待て!落ち着け!こいつはただの居候で……!」

 

 

「愛してると言ったではないか!?」

 

 

「言ってねぇよ!?あったとしても『家族愛』だろ!?」

 

 

「妻?」

 

 

「違ぇ!!」

 

 

「ちょっと署まで来い豚野郎」

 

 

「誤解だ!?頼むからやめてくれ!!」

 

 

 

 

 

バリンッ!!

 

 

 

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

その時、アパートの部屋の中から窓ガラスが割れる音が響き渡った。

 

蓮太郎は拳銃を手に持ち、延珠と一緒に急いで部屋の中に入った。

 

 

「おい!?何やってんだお前ら!?」

 

 

部屋の中には警備隊でもガストレアを処理する係員でもない。一人の男が怒鳴り声を上げていた。

 

男は泣いた仮面をつけており、黒いコートを着ていた。

 

 

「だ、誰だ貴様!?」

 

 

「んなことはどうだっていいんだよ!コイツがどんなガストレアか知ってんのか!?」

 

 

係員が男に怒鳴ろうとするが、男は係員の胸ぐらを掴んだ。

 

その時、男が息を飲んだ。

 

 

「馬鹿がッ!ガストレアを分解したのか!?」

 

 

「そ、それがどうした……!?」

 

 

「コイツは単因子プラナリアのガストレアだ!」

 

 

「なッ!?」

 

 

今度は蓮太郎が息を飲んだ。

 

 

「何だその生き物は……」

 

 

ジュウウゥ……!!

 

 

係員が何かを聞こうとした時、変な音が部屋中、そして外から聞こえた。

 

 

「ヴェエエエエ!!!」

 

 

ガストレアは息を吹き返し、再生したのだ。

 

それだけではない。

 

 

「ギャアアアア!!!」

「ヴウウウウウ!!!」

「ジャアアアア!!!」

 

 

バラバラに分解していたガストレアの一つ一つが生き返り始めたのだ。

 

 

「うわあああああァァァ!!!」

 

 

外から男の悲鳴が聞こえた。既に分解したガストレアを外に出してしまっていた。そしてそれが生き返ってしまった。

 

 

多田島(ただしま)警部!外が……外がッ!?」

 

 

「一体何が起きていやがるんだ!?」

 

 

警備隊と係員は逃げ出し、部屋の異常に気付いた刑事が部屋の中にドタドタと急いで入れ違いで入って来る。その時、

 

 

「危ないッ!!」

 

 

蓮太郎が気付いた時には遅かった。

 

 

「ヴャアアアア!!!」

 

 

「!?」

 

 

刑事は背後から来たガストレアに襲われそうになっていることに。

 

 

「そんな話は後だ」

 

 

ザンッ!!

 

バシュンッ!!

 

 

刑事の背後にいたガストレアが細切れになった。体液が刑事に盛大にぶっかかり、ガストレアは床にボトボトと落ちる。

 

泣いた仮面の男の手には黒い刀が握ってあった。彼が助けたらしい。

 

 

バシュウウウウウ!!

 

 

そして、男はスプレー缶を取り出し、黒い煙をガストレアにかけた。

 

 

「お前もこれを使え」

 

 

「うおッ!?」

 

 

仮面の男は同じようなスプレー缶を蓮太郎に投げ、蓮太郎はキャッチする。

 

 

「バラニウムを細切れにしたスプレーだ。プラナリアには効果抜群だ」

 

 

「ッ!……アンタやっぱり」

 

 

「じゃあ俺は外を片付けるから部屋はよろしくな、民警さん」

 

 

仮面の男は窓に向かって走り、飛び降りた。急いで窓の外を見ると、下にはもうあの泣いた仮面の男の姿は見えなかった。

 

 

「蓮太郎!」

 

 

「ッ!」

 

 

延珠に名前を呼ばれガストレアを見る。

 

ガストレアは黒く細長い。頭部には白い二つの目。矢印の様に幅広く、口が大きく見えた。

 

 

「ガストレア・モデル()()()()()()確認!これより交戦に入る!」

 

 

ドゴンッ!!ドゴンッ!!

 

 

蓮太郎の拳銃の銃口から二発の黒い銃弾がガストレアに向かって飛んで行く。

 

 

バシュンッ!!バシュンッ!!

 

 

「ギャヴヴヴヴヴ!!!」

 

 

ガストレアの体に当たり、ガストレアは悲鳴を上げる。

 

敵は一方的にやられることは許さない。反撃でガストレアは尻尾のようなモノで蓮太郎に向かって薙ぎ払おうとする。しかし、

 

 

ドゴンッ!!

 

 

 

 

 

蓮太郎の前に延珠が立ち、尻尾を両手をクロスさせて()()()()()

 

 

 

 

 

「んなぁッ!?」

 

 

その小さな体でガストレアの重い一撃を受け止めた。衝撃的な光景に刑事は目を見開いて驚愕した。

 

そして、刑事は気付いた。

 

延珠の目は赤くなっていたことに。

 

 

「ハァアアアッ!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

受け止めていた尻尾を延珠は下から蹴り上げ、尻尾を無理矢理千切る。それを見た蓮太郎は焦る。

 

 

「駄目だ延珠!ソイツにむやみに攻撃しちゃ……!」

 

 

ジュウウゥ……!!

 

 

千切れた尻尾が動き出し、大きなる。そして、命が吹き込まれる。

 

 

「ヴャアアアア!!!」

 

 

新たなガストレアが耳の鼓膜を破ってしまうかのような咆哮を上げる。

 

 

「増えた!?」

 

 

不可解な現象に刑事は驚愕。蓮太郎は拳銃をガストレアに向けたまま延珠に指示を出す。

 

 

「延珠!コイツらを隣の部屋にぶちこめ!」

 

 

延珠は頷き、ガストレアを蹴り飛ばした。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「グギャ!?」

 

「バギャ!?」

 

 

ガストレアはドアを突き破り、隣の部屋へと吹っ飛ばされる。

 

 

「多田島警部!ライターを貸してくれ!」

 

 

「な、何に使う気だ!?」

 

 

「いいからよこせ!」

 

 

刑事の手に持ったライターを奪い取り、隣の部屋へと向かう。

 

 

「延珠!下がれ!」

 

 

蓮太郎はジッポーライターに火をつけたまま、仮面の男に貰ったスプレー缶と一緒に投げた。

 

延珠はその瞬間、後ろに大きく飛び回避。蓮太郎と刑事の体を掴み、一緒に後ろに飛ぶ。

 

 

「終わりだ」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

延珠に捕まれたまま蓮太郎の銃弾はスプレー缶に当たり、穴が空く。

 

穴から高圧ガスにより圧力を加えた液体とバラニウムを細切れにしたモノが飛び出し、火に引火した。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

その瞬間、大爆発で部屋を吹っ飛ばした。

 

 

________________________

 

 

 

「殺す気かあああああァァァ!!!」

 

 

「生きてるだろうがあああああァァァ!!!」

 

 

真っ黒になった部屋の中に二人の男の叫び声が響き渡っていた。

 

灰やバラニウムで真っ黒になった二人。延珠は嫌な顔をして蓮太郎と刑事を見ていた。

 

 

「公務執行妨害だッ!」

 

 

「あぁいいぜ!やってみろよ!」

 

 

「逃げれると思うなよ……このロリコン!」

 

 

「俺が悪かった!」

 

 

蓮太郎は腰を90度に曲げて謝った。さきほどの話を聞かれていたため。勝てる見込みがなかった。

 

 

「にしても……アイツは何だったんだ?」

 

 

刑事は煙草を吸おうと思ったが、ライターが無い事に気付き、諦める。

 

事件は一応収束した……と言っておこう。

 

実はまだ分からないのだ。蓮太郎が倒したガストレア以外のガストレアは全て泣いた仮面の男が全滅させたらしい。しかし、まだ残っているのかもしれないといことで警察の捜索は続いている。

 

仮面の男は姿をすぐに消し、そちらの捜索も同時進行で行われている。

 

 

「プラナリアって知っているか?」

 

 

「いや、分からん」

 

 

「プラナリアは扁形動物の仲間で再生力が異常に強い生き物なんだ」

 

 

「……ガストレアと同じ特性じゃねぇか」

 

 

「勘違いしている。今までのガストレアは確かに傷をつけられても再生することができた。でも、このガストレアの恐ろしいところは他にあるんだ」

 

 

蓮太郎は声を低くして真剣に説明する。

 

 

「ある実験でプラナリアは有名なんだ」

 

 

「実験?」

 

 

「プラナリアをメスを使って何等分にもバラバラにしても、生きているかの実験だ」

 

 

「なッ!?」

 

 

その言葉に刑事は驚愕する。隣にいた延珠も驚いていた。

 

 

「結果は全ての断片が生きていた。100個になるように切っても、100個全て生きていたっていう話もある」

 

 

「じゃあ……あの時俺たちがもっとはやく、あのガストレアを処理してしまっていたら……!?」

 

 

「大変なことになっていただろうな」

 

 

蓮太郎は続ける。

 

 

「最初に発見した時、俺はガストレアの体内が奪われたとか荒らされていたって話をしたよな?」

 

 

「あぁ……言っていたな」

 

 

「あれは胃袋を探していたんだ」

 

 

「胃袋?」

 

 

「切断実験をする時、1週間前から絶食させておかないと、切断時に自分の体内の消化液で自身の体を溶かしてしまうんだ。これだと実験は失敗する。だからあの仮面の男はそれを確認したんだ。絶食の状態なのかどうかを」

 

 

「……なるほどな」

 

 

「今回のガストレアは単因子プラナリアのガストレア。ガストレア本来の再生力とプラナリアの再生力が合わさった最強のステージⅠだった。あれがステージⅡやステージⅢだとしたら……」

 

 

考えただけでも恐ろしいモノだった。

 

 

「「「……………」」」

 

 

沈黙が続くが、蓮太郎と刑事の目があった瞬間、

 

 

バッ

 

 

「イニシエーターの藍原 延珠とそのプロモーター里見 蓮太郎、ガストレアを排除しました」

 

 

「ご苦労、民警の諸君」

 

 

蓮太郎と延珠。そして警部は同時に敬礼した。蓮太郎と刑事は笑みを浮かべている。

 

 

「蓮太郎、蓮太郎!?」

 

 

「ど、どうした延珠?」

 

 

「タイムセールが!」

 

 

「ッ!?」

 

 

蓮太郎は急いで広告のチラシを取り出し、時間を確認する。

 

 

「終わって……る……」

 

 

ガーンッと蓮太郎と延珠は絶望し、膝をついた。

 

 

「……本当に何だこいつらは……」

 

 

そんな二人を見た刑事は他の仲間にライターを借りに行った。

 

 

________________________

 

 

 

「里見君……モヤシのことはことは諦めなさい。今日の給料は少しだけ上がるのよ」

 

 

「一袋6円だぞ……諦めきれねぇよぉ……」

 

 

椅子に座って落ち込んでいる蓮太郎。延珠は眠いと言って先に帰っている。

 

ここは天童民間警備会社のオフィス。一階はゲイバー、二階はキャバクラ、三階は天童民間警備会社、四階は闇金で構成されたビルに、俺たちの会社はある。これは酷い。

 

社長曰く、『本当にいい会社なら立地なんて関係ないのよ』っと言っている。

 

蓮太郎を励ましているのは黒いさらさらのストレートヘアの美人。黒一式のセーラー服を着ており、胸元に赤いリボンをつけていた。

 

天童(てんどう) 木更(きさら)。天童民間警備会社の社長だ。

 

 

「刑事さん言っていたわ。厄介事はうちに回してくれるそうよ」

 

 

「最悪じゃねぇか」

 

 

()が来ているのにかかわず、こちらは平常運転である。

 

 

「えっと……出直した方がいいですか?」

 

 

「いえ、大丈夫ですよ。これは放っておいてください」

 

 

「おい」

 

 

来客が気まずそうだったが、木更が笑顔で止める。蓮太郎は『これ』扱いされ、ツッコミを入れるがスルーされた。

 

 

「今日はどういったご用件で?」

 

 

「木更さん、その質問二回目」

 

 

「……お馬鹿」

 

 

それはアンタだっとは言い切れなかった。

 

 

「えっと、人探しですけど……」

 

 

青のチェックのミニスカートにガーターベルト。白い長袖のカッターシャツに青髪のロングヘア。木更さんと同じくらいの美人で、木更さんと同じくらい胸が大きい来客は戸惑いながらもう一度依頼内容を言った。

 

 

「帽子は取らないんですか?」

 

 

「ダメです!」

 

 

「そ、そうですか……」

 

 

木更さんの気遣いを客は断固拒否した。散髪で失敗でもしたのだろうか。

 

来客は一人だけではない。あと二人来ている。

 

一人はホットパンツのデニムに花柄のキャミソールを着ている美少女。というか客は三人とも美少女だった。

 

彼女はショートカットで、二人の会話の様子を見守っていた。

 

 

「報酬金はこれくらい出します」

 

 

フワフワに巻いた黒髪のロングヘアの美少女。こちらは薄いピンク色のワンピースを着た女性が報酬額を書いた紙を渡す。

 

蓮太郎と木更はその額に驚愕した。

 

 

「「に、二十万!?」」

 

 

((来る……真由美さんの交渉術が……))

 

 

他の二人の顔に、緊張が現れた。

 

 

「というかいつからうちは何でも屋に……」

 

 

「受けます」

 

 

「木更さん!?」

 

 

「二十万よ!?ビフテキが買えるのよ!?」

 

 

「俺たちの本職は民警だろ!?」

 

 

「じゃあ里見君は帰っていいわよ。報酬はあげないから」

 

 

「やります!」

 

 

ビバ、ビフテキ。

 

しかし、蓮太郎はあることに気付く。

 

 

「でもそういうのは警察に相談した方が早いんじゃないのか?」

 

 

ギクッ

 

 

三人の肩がビクッとなった。

 

 

「『そんなモノは平和ボケした民警にでもやらせておけ』っと警察の方は何も聞いてくれませんでした……」

 

 

((警察を敵に回した!?))

 

 

「チッ、あの野郎共……」

 

 

「確かにいいそうね」

 

 

((納得している!?))

 

 

女の子が二人震えていたが、蓮太郎と木更は気付かなかった。

 

 

「あなた方の名前と探している人の名前を教えてもらってもいいでしょうか?」

 

 

「アタシは木下 優子」

 

 

「黒ウサギです」

 

 

「私は七草 真由美です。今回探してほしいのは……」

 

 

真由美は黒ウサギに視線を送ると、黒ウサギはミニスカートのポケットから写真を取り出す。……黒 兎って変わった名前だなっと蓮太郎と木更は思ったが、話がドンドン進んでいたため、スルーすることにした。

 

写真には一人の男性の寝顔……………はい?

 

 

「間違えました!こっちです!」

 

 

「「待ちなさい、黒ウサギ」」

 

 

優子と真由美は黒ウサギを問い詰めだし、俺と木更さんは新しい写真を見る。

 

髪は黒のオールバック。蓮太郎の許可証(ライセンス)に写った不幸顔とは真逆。幸せそうな笑顔で笑っていた。人に好かれやすいタイプの人間だ。

 

女子たちは話し合いは終わったのか、真由美が咳払いをして話を始める。

 

 

「名前は七草 大樹。私の夫よ」

 

 

「「はいストップ!!」」

 

 

また話が止まった。

 

 

「何か問題でもあるかしら?」

 

 

「大アリよ!先輩だからってアタシは遠慮なんかしないわよ!」

 

 

「そうです!大樹さんの苗字は……!」

 

 

「木下よ!」

 

 

「優子さん!?楢原ですよ!?大樹さんの苗字は楢原ですよ!?」

 

 

どうやら楢原 大樹という人物らしい。

 

しばらく時間が経った後、女子たちは落ち着き、話を再開させる。

 

 

「……というわけで探して貰えないかしら?」

 

 

「その前に一つ聞いてもいいですか?」

 

 

真由美がお願いしようとした時、木更が質問して止めた。真由美は頷き許可する。

 

 

「探す理由を教えてもらっても?」

 

 

「浮気ばかりしている夫だからです」

 

 

「「えぇ……」」

 

 

((確かに嘘は言っていない気がする))

 

 

その返答に蓮太郎と木更は気の抜けた声を出してしまった。優子と黒ウサギは『あーでも、なるほど』という反応をしていた。

 

 

「捕まえてくれるかしら?」

 

 

可愛い笑顔でお願いする真由美。探すから捕まえるにシフトされていることに誰もツッコミを入れない。いや、入れれないのだ。

 

 

「わ、分かりました」

 

 

よく分からない気迫に押された木更はつい頷いてしまった。

 

 

________________________

 

 

「ここか」

 

 

蓮太郎は目の前の扉を睨み付ける。扉の上にあるプレートには『第一会議室』と書いてある。

 

 

「今更だけど延珠は呼ばなくてよかったのか?」

 

 

「戦いになるわけじゃないの。むしろ延珠ちゃんには眠くなるような話よ」

 

 

それもそうかっと蓮太郎は木更の言った言葉を納得した。

 

二人が来ている建物は日本の国防を担う防衛省だ。来ている理由は蓮太郎と木更に召集がかかったからだ。

 

蓮太郎はおそらく昨日の事件について聞かれると予想している。木更も蓮太郎と同じことを考えている。

 

先程木更から昨日の事件の最終報告を聞いた。

 

蓮太郎が戦ったあのガストレアは最強のステージⅠだったと上で認定された話し合いがあったと。

 

もしかしたら序列が上がるかもしれないっと木更に言われ、少し期待の気持ちもある。

 

 

ガチャッ

 

 

蓮太郎は重い木製のドアを開ける。

 

大きな部屋の中の様子を見た瞬間、蓮太郎と木更は息を飲んだ。

 

楕円形のテーブル。その周りを囲むように民間警備会社の社長格のお偉いさん方が何十人も座っていた。

 

壁側の方には蓮太郎と同じプロモーターが何十人も。そしてたくさんのイニシエーターもいた。

 

 

「木更さん……こいつは……」

 

 

「ウチだけじゃないとは思っていたけど、まさかこんなに同業者が……」

 

 

蓮太郎と木更に緊張が走る。しかし木更は堂々と歩き、所定の場所まで移動する。

 

蓮太郎はポケットに手を突っ込み、その後を追う。

 

 

「アァー?おいおい、最近の民警の質はどうなってんだよ」

 

 

その時、蓮太郎と木更の前に黒い大剣を背負った一人の大男が立ち塞がった。

 

 

「お前らみてぇのが民警だと?ガキが。社会見学なら黙って回れ右しろや」

 

 

「……………」

 

 

挑発的な態度に蓮太郎は屈しない。蓮太郎は男の前に立つ。

 

 

「アンタ、どこのプロモーターだ」

 

 

「あぁ?」

 

 

「用があるならまず名乗

 

 

続きの言葉は出なかった。

 

 

ガンッ!!

 

 

男は蓮太郎の額に向かって頭突きをしたからだ。

 

重い音が部屋の隅まで聞こえ、他のプロモーターはその光景を見て笑った。好戦的なプロモーターが多いのだろう。こういうお祭り問題は彼らにとって好きな出来事なのだろう。

 

後ろに倒れそうになる蓮太郎。しかし、

 

 

ダンッ

 

 

蓮太郎は片手で地面に手をついて、後ろに一回転。そして綺麗に着地した。

 

その光景を見た他のプロモーターはまた笑う。これから起こる戦いに、期待していた。

 

 

「ほぉー……テメェ、ムカつく奴だな」

 

 

「アンタほどじゃねぇよ」

 

 

男は背中の大剣に手を掛け、蓮太郎は腰に刺してある拳銃を握る。

 

 

「やめたまえ将監」

 

 

その時、座っていた一人の社長格が止めた。

 

 

「いい加減にしろ。ここで流血沙汰なんか起こされたら困るのは我々だ」

 

 

「おい、そりゃねぇだろ三ヶ島さん!?」

 

 

「雇い主であるこの私に従えないなら……今すぐここから出て行け!」

 

 

三ヶ島の怒鳴り声に将監は黙り、剣から手をどけた。

 

 

「へいへい」

 

 

将監は蓮太郎の前から去り、部屋の壁にもたれかかった。

 

 

「止めてくれてよかったわね」

 

 

「え?」

 

 

木更はチラリと将監の方を盗み見ながら蓮太郎に言う。

 

 

「さっきの男、伊熊 将監よ。IP序列は1584位」

 

 

「千番台……」

 

 

「あーやだやだ。さすが大きい会社はいいの持ってるわよね。里見くん(うち)とは大違いだわ」

 

 

「ぐぅッ……」

 

 

木更は愚痴りながら椅子に座る。蓮太郎のIP序列は12万……何かだと記憶している。細かくは蓮太郎も木更も覚えていない。

 

千番代の力を持ったプロモーターの将監。そのイニシエーターが気になり、将監の隣に立っているイニシエーターを見る。

 

イニシエーターは長袖のワンピースにスパッツを穿いた女の子。何か冷めたような雰囲気を纏っていた。

 

その時、少女と目が合った。

 

 

(ん?)

 

 

何を思ったのか、少女はお腹に手を当て、首を傾けて口パクで何かを言う。訳すと、

 

 

『お腹すきました』

 

 

(あれが将監の……ねぇ……)

 

 

厳つい将監のイニシエーターにしては面白い子だった。

 

 

ガチャッ

 

 

扉が再び開き、三人の人が並んで入って来る。真ん中の禿頭の男性。幕僚(ばくりょう)クラスの自衛官のはずだ。残りの二人は彼のボディガードマンのようだ。

 

禿頭の男性は社長格たちを見て、出席状況を確認する。

 

 

「ふむ、全員出席か」

 

 

禿頭は咳払いを一つした後、後ろで手を組んで話し始める。

 

 

「本日集まったのはほかでもない。諸君ら民警に政府関係者からの依頼がある。ただし……」

 

 

禿頭の男性は声音を低くして忠告する。

 

 

「本件の依頼内容を説明する前に、依頼を辞退する者は速やかに退席してもらいたい。依頼内容を聞いた場合、その依頼を断ることはできないことを先に言っておく」

 

 

(さしずめ御上からの任務ってとこか)

 

 

蓮太郎は心の中で溜め息をついた。強制的にやらせる任務。それは危険であること。外部に漏らしてはいけないほど重要なこと。それらを示していた。

 

周りを見渡すが誰も立ち上がろうとしない。それほど自信があるということか。

 

 

「……よろしい。では辞退はなしということで進行する。続いて依頼の説明だが……」

 

 

禿頭の男性は部屋の奥の壁に取り付けてあるモニターを見た。

 

 

「この方に行ってもらう」

 

 

モニターの画面がつき、映像が映し出された。

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

その場にいた全員が驚愕した。モニターに映っていた人物を見て。

 

 

『ごきげんよう』

 

 

モニターに映ったのは純白の少女。和紙のように薄くて真っ白い生地を幾重にも羽織り、頭にも同様のヴェールを纏っていた。ウェディングドレスに近い格好だ。

 

髪の色も白く、全身が真っ白で統一されているようだった。

 

 

ガタンッ!!

 

 

社長格だけじゃなく、近くにいたプロモーターやイニシエーターまで背筋を伸ばし、立ち上がった。

 

ほとんどの人が額から汗を流し、緊張していた。

 

 

(聖天子(せいてんし)様!?東京エリアのトップ自ら……!?)

 

 

蓮太郎も同じように緊張していた。

 

彼女は東京エリアの統治者。前聖天子の逝去によって新たに聖天子に据えられた3代目。

 

 

「ッ!」

 

 

蓮太郎の隣にいた木更の目つきが鋭くなった。

 

聖天子の隣にいる齢70になる厳つい顔をした白髪の老人。(はかま)姿はその老人を強く見せていた。

 

天童 菊之丞(きくのじょう)。聖天子のサポートをする聖天子付補佐官であり、政治家の最高権力を持っている。

 

天童で気付いているかもしれないが、あのジジィは木更さんの祖父だ。

 

 

『それでは私から説明します』

 

 

聖天子は戸惑う俺たちを無視して説明し始める。

 

 

『今回民警の皆さんに依頼するのはたった1つ』

 

 

モニターの右端に銀色のケースが映る。

 

 

『泣いた仮面からこのケースを取り返してもらうだけです』

 

 

「泣いた仮面……!」

 

 

蓮太郎の頭には一人の人物が頭の中で過ぎった。

 

ガストレア・モデルプラナリアをいち早く正体を見破り、感染爆発(パンデミック)を防いだ人物だ。

 

しかし、彼は未だに見つかっていない。手掛かり一つすら掴めていない。

 

 

「里見君。泣いた仮面って……」

 

 

「ああ……昨日話した奴だ」

 

 

木更の確認に蓮太郎は頷く。木更には昨日しっかりとガストレアの事件詳細を話している。

 

 

『ケースを無傷で回収することができた成功者には報酬を用意しています』

 

 

モニターに報酬額が出される。

 

 

「「「「「なッ!?」」」」」

 

 

その額に全員が驚愕した。ゼロの数が有り得ないくらいついていたのだ。一生遊んで暮らせる額だ。

 

ざわざわと部屋が騒がしくなる。それもそうだ。人からケースを奪うだけであの額だ。たくさんのガストレアを倒して稼ぐよりよっぽど価値のある仕事だ。

 

その時、木更が右手を上げた。

 

 

「そのケースの中身、聞かせていただいてもよろしいですか?」

 

 

その質問にまた騒がしくなる。あの聖天子に向かって質問を投げたのだから当然だ。

 

しかし、箱の中身が気になるのは木更だけではない。この場にいる全員が気になっているはずだ。

 

 

『あなたは……?』

 

 

「天童 木更と申します」

 

 

木更の自己紹介に聖天子は少し驚き、チラリッと横にいる菊之丞を見た。

 

 

『……お噂は聞いております。それにしても妙な質問をなさいますわね天童社長。それは依頼人のプライバシーに当たるのでお答えできm

 

 

「納得できません」

 

 

聖天子がまだ話していると言うのに、木更は重ねて発言した。

 

 

「どうして泣いた仮面からケースを奪うのですか?その人が盗みを働いたからですか?」

 

 

『……そうです』

 

 

「そうでしたか。ガストレア・モデルプラナリアを排除したのは泣いた仮面だとお聞きしていますが、それについてはどういうことでしょうか?」

 

 

社長格たちが一斉に驚愕する。プラナリアについては全員知っているようだが、泣いた仮面については知らないようだ。

 

 

「泣いた仮面はプラナリアによる感染爆発(パンデミック)を防ぎ、住民たちを守ったそうですが」

 

 

『それは誤報です』

 

 

「そうですか。では……」

 

 

木更は蓮太郎の方を向き、ここにいる人たちに聞こえるように質問する。

 

 

「里見君。泣いた仮面はどういう仕事をしていたか教えてくれる?その場にいたあなたなら分かるでしょ?」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

全員が木更から蓮太郎へと視線が送られる。聖天子も驚いていた。

 

蓮太郎は一呼吸置き、説明する。

 

 

「死者を一人も出さずに済んだのは確かに泣いた仮面のおかげだ。ガストレアの生態を見抜き、増殖したガストレアを全滅させたのも、感染爆発(パンデミック)が起きなかったのも、全部アイツのおかげだ」

 

 

蓮太郎の言葉に部屋は静まり返っていた、困惑が彼らを止めているのだ。

 

木更は蓮太郎にお礼を言い、聖天子の方を振り向く。

 

 

「残念ですがウチはこの件から手を引かせてもらいます」

 

 

木更は聖天子を追い詰めるわけでもなく、話を切り上げた。

 

 

『……ここで席を立つとペナルティがありますよ』

 

 

「覚悟の上です。その依頼で善良な者が傷つき、ウチの社員を危険にさらすわけには参りませんので」

 

 

政府絡みの重大な内容を木更は切り捨てた。そのことに蓮太郎は驚いていた。

 

多額の金より自分を選んでくれた社長。そのことにいろいろな感情が自分の中で渦巻く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フッハハハハハハハハ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

その時、不気味な笑いが部屋全体に響き渡った。突然のことにみんなは身構える。

 

 

『誰です』

 

 

「私だ」

 

 

全員の視線が声の元に集まる。

 

いつの間にかテーブルの上には笑顔の仮面を被った男がいた。

 

シルクハットを被り、燕尾(えんび)服の怪人がそこに立っていた。何人かの社長が恐怖で尻餅をついた。

 

 

「お初にお目にかかるね。無能な国家元首殿」

 

 

いきなりの侮辱発言。全員が息を飲んだ。

 

 

「私は蛭子(ひるこ)

 

 

シルクハットを取り、綺麗な礼をする。

 

 

「蛭子 影胤(かげたね)という」

 

 

そして、恐怖の風が吹いた。

 

 

「端的に言うと、キミたちの敵だ」

 

 

ゾッと背筋に嫌な感じが走り、喉が干上がる。蓮太郎は危険だと判断し、影胤に拳銃の銃口を向ける。

 

 

「どっから入りやがった……!」

 

 

「ちゃんと正門からお邪魔したよ。誰かのせいで警備は誰一人いなかったからね」

 

 

「何だと……?」

 

 

影胤は一人の社長を見た。その社長は聖天子様が出て来てもずっと座っていた人物だ。そして、

 

 

「そろそろ明かしていいんじゃないかい?」

 

 

影胤は告げる。

 

 

 

 

 

「泣いた仮面君?」

 

 

 

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

プロモーターは武器を構え、イニシエーターがその社長を取り囲む。どうやら報酬のことは頭に残っていたようだ。

 

影胤の見ていた社長は全く動かない。どこか余裕の表情を浮かべているようだった。

 

社長の顔を見てみると、彼は目を瞑っていて、冷静に……?

 

 

 

 

 

「ZZZzzz………」

 

 

 

 

 

その瞬間、時間が止まった。

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

全員が黙っていた。モニター越しの聖天子も。影胤も。

 

 

「ZZZzzz……」

 

 

また寝息の音が耳に届く。誰も動かない。いや動けない。

 

 

「うぐッ……」

 

 

「「「「「ッ!」」」」」

 

 

「……………zzzZZZ」

 

 

「「「「「また寝るのかよ!?」」」」」

 

 

全員が同時にツッコミを入れてしまった。その大きな声で社長は目を覚ます。

 

 

「な、何だ!?俺のエクスカリバーはどこに行った!?」

 

 

「泣いた仮面」

 

 

「あ、影胤。どうした?」

 

 

「……そろそろ自己紹介をしたまえ」

 

 

「あぁ……バレたのか」

 

 

影胤がバラしたの間違いである。

 

社長は着ていたスーツを脱ぎ捨て、

 

 

バリバリッ

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

顔の皮膚を勢い良く引き剥がした。気持ち悪い光景に全員が一歩下がってしまう。

 

 

「ふぅ……」

 

 

現れたのは泣いた仮面を被った男だった。

 

男の格好は黒いズボンに白い長袖のTシャツを着ていた。Tシャツの背中には『一般人』の黒い文字が書いてある。

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

その姿に呆気を取られてしまう。影胤のように不気味な恰好では無い。むしろ文字通り一般人の格好のような服装だった。仮面を取ればそこら辺を歩いている一般人と同じだ。

 

 

「あー、仮面の裏が蒸れ蒸れするんだけど」

 

 

「「「「「あ」」」」」

 

 

 

 

 

泣いた仮面は、仮面を外した。

 

 

 

 

 

「え、だ、……何をやっているんだい、泣いた仮面」

 

 

「何だよその呼び方。普通に名前で呼べよ。あと普通に名前で呼ぼうとしただろうが」

 

 

「君は……何がしたいんだ?」

 

 

「え?そうだなぁ……とりあえず会いたい人に会いたい」

 

 

「……君は何を求めている?」

 

 

「平和」

 

 

(((((えぇ!?)))))

 

 

悪役の言葉だと思えない発言である。

 

泣いた仮面は黒髪のオールバックで、好青年のような人だった。って!?

 

 

「「あぁ!?」」

 

 

蓮太郎と木更は同時に声を出した。

 

 

 

 

 

「「楢原 大樹!?」」

 

 

 

 

 

「え?ヤダ、ストーカーかしら?」

 

 

「……………」

 

 

こんな状況にも関わらず、ふざける大樹。影胤の笑った仮面が泣いた仮面に見えたような気がした。

 

泣いた仮面の正体。それは賞金20万円の探し人。

 

 

 

 

 

楢原 大樹であった。

 

 

 

 

 

 



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悪人面した正義のヒーロー

影胤(かげたね)。テーブルに乗るなよ。せっかくスーツをビシッて決めてるのに行儀悪いわ」

 

 

「君もテーブルに乗ってるじゃないか」

 

 

オールバックの黒髪の青年。大樹はテーブルの上に上がり、影胤の横に立つ。

 

少年は大きな欠伸を堂々として、緊張感が全くなかった。

 

 

「あ、そうだ」

 

 

何か思い出したように、大樹は蓮太郎の方へ向く。

 

 

「知ってると思うが俺は楢原 大樹。お前の名前を聞いてもいいか?」

 

 

「……里見 蓮太郎」

 

 

「里見か。そっちは天童だったな?」

 

 

「そ、そうだけど……」

 

 

「もしかして三人の女の子に依頼されなかった?」

 

 

「「ッ!」」

 

 

大樹の予想は合っていた。木更は慎重に頷く。

 

木更の肯定を受け取った大樹は、

 

 

「よかったぁ!無事だったか!」

 

 

「……大樹君。はやく仕事をした方が賢明ではないのかね」

 

 

既に泣いた仮面を呼ぶことをやめた影胤。大樹はポンッと握った手を反対の手に乗せて納得する。

 

 

「そうだった。悪い里見。今日の夜、会いに行くって伝言頼んでいいか?」

 

 

「はぁ!?」

 

 

「あと天童。いい演説だったぜ」

 

 

「あ、ありが……とう?」

 

 

大樹の言葉に蓮太郎は驚愕し、木更は首を傾げて困惑していた。

 

 

「よし、仕事の時間だ」

 

 

その大樹の言葉に大樹と影胤を囲んだ周りの人たちが構える。

 

 

「あれ?そう言えば小比奈ちゃんは呼ばないのか?」

 

 

「紹介するタイミングを逃したんだよ。誰かさんのせいでね」

 

 

「誰だよソイツ」

 

 

「……………呼んでいいかね」

 

 

「待て待て。小比奈ちゃんにテーブルの上に立たせるのは教育に良くないだろ」

 

 

「普通気にするところはもっとあると思うが……」

 

 

「もう俺たち普通じゃないだろ」

 

 

「……………呼ぶよ?」

 

 

「おう」

 

 

(((((長い!)))))

 

 

しかし、誰も拳銃の引き金を引こうとはしなかった。不思議である。

 

 

「おいで子比奈」

 

 

「はい、パパ」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

全員が驚愕した。

 

いつからいたのか分からなかった。背後から少女の声が聞こえ、みんな振り返るが誰もいない。

 

 

「うんしょっと」

 

 

そして、視線を戻すといつの間にかテーブルの上に一人の少女が乗ろうとしていた。

 

フリル付きの黒いドレスを纏い、ショートカットの女の子。腰には二本の刀。

 

 

「娘だ。小比奈、自己紹介しなさい」

 

 

「蛭子 小比奈。10歳」

 

 

小比奈はスカートをつまんで、辞儀をする。

 

影胤は小比奈の頭を優しく撫でる。

 

 

「私の娘にして、私のイニシエーターだ。よしよし、よく言えたね」

 

 

「そしてこれが親バカだ」

 

 

「余計なことは言わないでくれ」

 

 

途中、大樹の横槍が入ったせいで緊張感が持てなくなってきた。

 

 

「ねぇパパ。斬っていい?」

 

 

「ハハッ、何で俺を指差すんだ小比奈ちゃん?大樹、混乱しちゃうよ」

 

 

「君が警備隊をトラップで眠らせたりして片付けたからだろう」

 

 

「だってそうしないとお前らすぐ人を殺そうとするじゃん」

 

 

「だから君は甘いと……」

 

 

「パパ。あいつテッポウこっち向けてるよ。斬っていい?」

 

 

「ダメだって小比奈ちゃん。ほら、飴あげるから。うま〇棒もあるぜ?」

 

 

「アメ」

 

 

「よし、オレンジとリンゴ。もしくは大樹スペシャルブレンドの……」

 

 

「リンゴ」

 

 

「ひでぇ」

 

 

「もういいかね?そろそろ進めても」

 

 

影胤が疲れて来ているように見えた。大樹は里見に「とりあえず銃を下げとけ」と注意し、小比奈はビー玉と同じ大きさの飴を口に入れる。ちなみに蓮太郎は銃を下げなかった。

 

 

「私はすでに手に入れている」

 

 

「何だっけ?確か『ナナフシの悲惨(ひさん)』だっけ?」

 

 

「『七星(ななほし)遺産(いさん)』だよ」

 

 

「あーそうそう。蜘蛛のガストレアの中から出て来たんだよな」

 

 

『……………!』

 

 

モニターに映った聖天子が嫌な顔をした。蓮太郎は復唱して影胤に聞く。

 

 

「『七星の悲惨』……だと?」

 

 

「混ざってるよ」

 

 

大樹のせいである。

 

 

「『七星の遺産』は君たちが求めているケースの中身だ。私たちはそれを、持っているのさ」

 

 

「今はボロボロの豪華客船のホールに置いているよな」

 

 

「大樹君。本当に黙っていてはくれないか?」

 

 

「無理無理。どうせ取れる奴なんていないだろ」

 

 

大樹は右手の親指を立てて、自分の方に向ける。

 

 

「まず俺を倒せる人がいない」

 

 

「それについては同意見だが、もしも……」

 

 

ギインッ!!

 

 

その時、重い金属を床に叩きつけた音が響き渡った。

 

音源には将監がいた。背中の黒い大剣を床に叩き、構えている。

 

 

「黙って聞いてりゃあごちゃごちゃと……」

 

 

ダンッ!!

 

 

「うるせぇんだよ!!」

 

 

将監は一瞬で大樹との距離を詰め、大剣を横に薙ぎ払った。その速さは蓮太郎と木更も。その場にいたプロモーターやイニシエーターも。社長格の人たちも驚いた。

 

 

「ぶった斬れろやぁ!!」

 

 

大剣は大樹の体を横から一刀両断……。

 

 

カンッ!!

 

 

「「「「「なッ!?」」」」」

 

 

「遅い」

 

 

できなかった。

 

大樹は右手の人差指と中指で剣を挟み、止めていた。人間離れした大樹の行動に誰もが戦慄した。

 

 

ドスッ!!

 

 

大樹は挟んだ大剣を天井に飛ばし、黒い大剣が天井にぶっ刺さる。

 

大剣を失った将監は一瞬怯んでいたが、

 

 

夏世(かよ)ォッ!!」

 

 

「怒鳴らないでください」

 

 

将監のイニシエーター。夏世は壁を走っていた。目指すは天井に刺さった大剣。

 

壁キックで夏世は刺さった大剣の柄を掴み、大剣を引っこ抜く。そして、引っこ抜いた勢いで空中で一回転する。

 

 

ゴォッ!!

 

 

回転の勢いを利用して、大樹に向かって大剣を飛ばす。豪速の大剣が大樹の額頭部にめがけて飛んで行く。

 

 

「だから無駄って言って……」

 

 

ガシッ!!

 

 

将監は豪速で飛んで来た大剣の勢いを殺さないように掴み、自分の力をさらに加えた。

 

 

ガアアアァァン!!!

 

 

さっきより何倍も重い一撃が大樹の頭に直撃した。重い金属音が部屋に響く。

 

その光景を見ていた蓮太郎は戦慄した。これが千番台の連携。これが千番台の力。

 

 

これが千番台の圧倒的強さ。

 

 

「ヒッ、ヒヒッ、ヒヒヒヒヒッ」

 

 

その時、影胤の悪魔のような笑い声が聞こえた。

 

 

「君は本当に人間かい?その強さはありえないよ」

 

 

「あぁ?何を言っているんだ?」

 

 

「君のことじゃないよ。大樹君のことだよ」

 

 

理解出来なかった将監だが、次の瞬間それが分かった。

 

剣先に大樹はまだ立っていた。その場から一歩も動かずに。

 

 

 

 

 

そして、剣は大樹の()によって止められていた。

 

 

 

 

 

ふぁ()()()()()()

 

 

さきほどと変わらない声。やる気のない声が将監の体を震わせた。

 

どんな人も。あのガストレアですら葬れた一撃を、この男は口で、歯で受け止めていた。

 

 

カランッ

 

 

あまりの衝撃的な出来事に将監の手から大剣が落ちる。同時に大樹の口からも大剣の刃を放した。

 

 

「結構痛い」

 

 

「普通なら死ぬよ?」

 

 

「何度か死んだことのある俺からしたら、この程度では絶対に死なない」

 

 

口の中で不味い味がした大樹は嫌な顔をして、テーブルの上に置いてあったペットボトルの水を飲む。将監はまだ動かずにいた。

 

 

「おーい?えっと将監だったか?意識はありますか?」

 

 

「下がれ将監ッ!」

 

 

「ッ!」

 

 

将監に手を振って意識を確認する大樹。しかし、三ヶ島が叫んだ声で将監は我に返り、後ろに向かって飛ぶ。

 

蓮太郎と木更。他のプロモーターやイニシエーター。社長格の人たちは持っていた拳銃の引き金を一斉に引く。

 

 

ガンッ!!ドゴンッ!!キュンッ!!

 

 

何十、何百も重なり合った銃声は耳の鼓膜を破ってしまうかのような轟音だった。

 

 

「ムダだよ」

 

 

ガゴンッ!!ガゴンッ!!ガゴンッ!!

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

大樹と影胤と小比奈。その三人を中心にドーム状の透明なバリアが展開していた。

 

銃弾は空中。正確にはバリアにめり込み、宙で静止している。

 

目を疑う光景に、場が静まり返った。

 

 

「斥力フィールド。私は『イマジナリー・ギミック』と呼んでいる」

 

 

影胤の声がさっきより良く聞こえる。影胤の言葉に蓮太郎が反応する。

 

 

「お前、本当に人間なのか……!?」

 

 

「親バカは人間に分類さr「人間だとも」おい。鬱陶しいからって被せるの禁止」

 

 

「ただこれを発生させるために内臓のほとんどをバラニウムの機械に詰め替えているがね」

 

 

「無視ですかそうですか」

 

 

大樹が変なことを言っていたが、蓮太郎やその場にいた者たちが驚愕した。

 

『機械』というワード。それに反応したのだ。

 

 

「私は選ばれた人間。人の上を行く人!改めて名乗ろう諸君!」

 

 

影胤は大きな声で告げる。

 

 

「私は元陸上自衛隊東部方面隊第787機械化特殊部隊『新人類創造計画』蛭子影胤だ……!」

 

 

「長ッ」

 

 

大樹はジト目で言う。その時、三ヶ島が顔を真っ青にして尻餅をついた。

 

 

「が、ガストレア戦争が生んだ対ガストレア用特殊部隊……実在するわけがッ……!?」

 

 

「信じる信じないは諸君の勝手。私からはこれをプレゼントをして終わろう」

 

 

キュウイイイィィン!!!

 

 

バリアにめり込んだ銃弾が回転し出し、

 

 

ガキュンッ!!

 

 

社長やプロモーターたちに向かって跳ね返った。

 

 

ドゴンッ!!バリンッ!!ガシャンッ!!

 

 

銃弾は壁や窓ガラス。そして聖天子の映ったモニターを壊す。しかし、

 

 

「……どういうつもりかね」

 

 

「俺の目の前で人は殺させねぇ」

 

 

銃弾は一発も誰にも当たらなかった。

 

大樹の手にはいつの間にか拳銃コルト・パイソンが握られている。

 

 

「銃弾同士を当てて方向をずらす。やっぱり君は最高だ」

 

 

「俺はホモじゃないんでお断りだ。友達で」

 

 

「十分だ、我が友よ」

 

 

影胤と小比奈は跳ね返った銃弾で壊れた窓ガラスの前に立つ。

 

 

「私は一足先に戻るよ。東京エリアは滅びるまで絶望したまえ」

 

 

影胤と小比奈は飛び降り、みんなの前から姿を消した。

 

 

「俺はまだ仕事が残っているから続けるぞ」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

全員が一斉に銃口を大樹に向ける。大樹は気にする素振りも見せず、懐から一枚の紙を取り出す。

 

 

「今回、俺が化けていたのは『安形(あんがた)民間警備会社』の安形社長だ」

 

 

紙には何枚も写真が貼り付けてあった。大樹はその紙を蓮太郎の前に。テーブルの上に置いた。

 

 

「俺はこの社長を……いや、会社を」

 

 

写真には人が写っている。

 

 

 

 

 

「潰した」

 

 

 

 

 

血まみれになった小さな女の子。腕や足に切り傷がある女の子が写っていた。

 

 

 

 

 

「お前……!」

 

 

蓮太郎は怒りで我を失いそうになる。しかし、

 

 

「待って里見君」

 

 

蓮太郎と一緒に見ていた木更が止める。

 

 

「これをやったのは楢原大樹()じゃないわ」

 

 

「え?」

 

 

「やったのは……民間警備会社のプロモーターたちよ」

 

 

「なッ!?」

 

 

「スマン。勘違いさせてしまったな。俺はそんなことやらねぇから」

 

 

木更と大樹の言葉を聞いた蓮太郎は一度落ち着く。

 

大樹はまた話し始める。

 

 

「この会社は最悪だ。『呪われた子供』だからという理由でイニシエーターを何度も使い捨てにしていた」

 

 

「本当なのか……?」

 

 

大樹の言葉が蓮太郎にはにわかに信じられなかった。いや、信じたくない事実だったかもしれない。しかし、木更がそれについて説明する。

 

 

「この会社でのイニシエーターの死亡数が上の報告と全く違うのよ」

 

 

「ど、どういうことだ木更さん?」

 

 

「プロモーターがイニシエーターの子どもたちを暴行で無理矢理従わせ、死なせている。それも一度だけじゃない。何十回もよ。報告では戦死と書いてあったのに、本当はプロモーターが殺していたのよ」

 

 

「数が合わないのは地下には子どもたちの死体が放置されていたからだ。それがその写真だ」

 

 

死んでいる。その言葉に頭の中がおかしくなりそうだった。

 

多分、もう一度その写真を見たら吐いてしまう。蓮太郎はもう見ることはできなかった。

 

 

「一応社長とプロモーターは生きている。命までは奪わない。警察に突き出す程度で済ませている」

 

 

「何がしたいんだ……」

 

 

蓮太郎は大樹に問う。

 

 

「この世界は腐っている。ガストレアウイルスを体内に宿したという理由だけで暴行を加えたり、殺したり、差別する。それが、俺は許せない」

 

 

大樹の目には殺意より恐ろしい感情の炎が燃え上がっていた。蓮太郎は思わず息を飲み込む。

 

 

「俺は呪われた子供……いや、彼女たちを救うためにここに立っているんだ」

 

 

「……目的が……それなのか?」

 

 

「ああ、それ一択だ」

 

 

「そんなの……!」

 

 

「やり方が間違っている……それはどっちだ?」

 

 

「ッ……」

 

 

「俺は知っているぞ。答えは……どっちも、だ」

 

 

その答えの理由を聞くために、蓮太郎は静かにする。他の者たちも静かにしていた。

 

 

「俺のやり方は正しいか分からない。会社を潰すことは悪だ。でもこのまま悪を野放しにするわけにもいかない。だからどっちも間違えている」

 

 

「……お前たちは、何をしようとしている」

 

 

「聖天子が分かっていると思うぞ。そこのじいさんも」

 

 

モニターに写った聖天子と菊之丞(きくのじょう)は大樹を睨む。警戒の眼差しだった。

 

 

「そうだ、聖天子。俺はお前に期待しているからな」

 

 

『え?』

 

 

突然の大樹の発言に聖天子が驚く。大樹は笑顔で聖天子を見ていた。

 

大樹はそれ以上何も言わず、影胤たちが出て行った割れた窓ガラスの前に立つ。

 

 

「影胤はこの東京エリアを本気で壊そうとしている。止めるのは俺じゃない。お前たちだ」

 

 

「どうしてお前は……そんなに優しいのに……」

 

 

「優しくなんかねぇよ。俺はただの最低だ」

 

 

大樹は蓮太郎に向かって指を差す。

 

 

「里見 蓮太郎。お前のイニシエーターは何だ?道具か?奴隷か?」

 

 

「違う!延珠は……!」

 

 

蓮太郎は続きの言葉を言えなかった。笑っている大樹を見たせいで。

 

 

「ちゃんと否定することができたな。その心、忘れるなよ」

 

 

大樹は窓に向かってジャンプし、飛び降りて姿を消した。

 

 

 

________________________

 

 

 

あの会議が終わった後、すぐに空は暗くなった。

 

そして、天童民間警備会社には4人の来客がいた。

 

ソファには三人。楢原 大樹の捜索依頼を申し込んだ優子、黒ウサギ、真由美。

 

もう一人は、

 

 

「お前らよく生きていられるな。この予算だとギリギリモヤシしか買えねぇぞ」

 

 

「余計なお世話よ」

 

 

「そう怒るなよ天童。でも、あの時あんな啖呵を切った人がこんなに貧しいって……ププッ」

 

 

「通報するわよ楢原君?」

 

 

「ごめん」

 

 

ウチの経済報告が書かれた紙を見ている楢原 大樹がいた。

 

大樹は木更が座っている椅子に無断で座っており、木更は必死に大樹の体を引っ張り、降ろそうとしている。

 

蓮太郎は自分の机の椅子に座っている。延珠は蓮太郎に膝に座って大樹と木更の争いを見ていた。

 

 

「いい加減どきなさい!はやく依頼者のもとに行きなさい!」

 

 

「無理だ。めっちゃ怒っているもん。見ろよあの可愛い笑顔。目が笑ってない」

 

 

「大丈夫よ。私達には関係ないから」

 

 

「ですよねー」

 

 

大樹はしぶしぶ社長の椅子から体をどかし、

 

 

「すいませんでしたあああああァァァ!!!」

 

 

コンマ1秒もかからない速さで三人の女の子に向かって土下座をした。額を床にピッタリつけて、今まで見た中の土下座で一番綺麗だった。土下座のベテランの称号を持っていると言われたら信じてしまうくらい綺麗だ。

 

 

「大樹さん、大丈夫ですよ」

 

 

「黒ウサギ……」

 

 

黒ウサギは大樹の肩に手を置いた。

 

 

「全然怒っていないですから」

 

 

ギリギリッ

 

 

「痛いッ、痛い痛い痛い!手に力を入れ過ぎじゃ痛い!」

 

 

怒っている。

 

 

「私も怒っていないわ」

 

 

「真由美……痛い痛い黒ウサギ」

 

 

真由美は大樹の黒ウサギとは反対の方の肩に手を置き、

 

 

ギリギリッ

 

 

「ちょっ、痛い真由美も!?痛い両肩痛いよ!?」

 

 

怒っている。

 

 

「アタシは怒っているわ」

 

 

「ストレートだな痛いッ」

 

 

優子は拳を握り、

 

 

「何ッ!?ビンタじゃないの!?グーで殴るの!?」

 

 

「大丈夫。顔よ」

 

 

「もっとダメだろ!?ちょっ!?肩掴まれて逃げれな痛い!?」

 

 

「歯を食い縛りなさい……!」

 

 

「いやあああああァァァ!!!」

 

 

ゴッ

 

 

________________________

 

 

 

「楢原 大樹は木下優子と黒ウサギ。そして七草 真由美を心から愛することを誓います」

 

 

「蓮太郎?どうして妾の目を手で塞ぐのだ?」

 

 

「見ちゃダメだ……」

 

 

この日、里見 蓮太郎は女の子を怒らせないようにしようと心に刻んだ。

 

ボロボロになった大樹は立ち上がり、社長の椅子に座る。そしてまた大樹と木更の争いが始まった。しかし、大樹は気にする素振りも見せず平然と話し出す。

 

 

「話の本題に入ろうか。この東京エリアの命運を賭けた話を」

 

 

「大樹さん?」

「「大樹君?」」

 

 

「ま、まず三人にもちゃんと説明しよう」

 

 

大樹は今日あったことを三人の女の子に話す。そして、

 

 

「折れる!マジで痛いから!!というか死ぬ!?」

 

 

足4の字固めと腕ひしぎ逆十字固めとスリーパーホールドを同時に喰らう大樹。

 

 

「あ!でもこの足と後頭部に柔らかい感触が!そして腕には微かなふくらみの感触……!」

 

 

「「「なッ!?」」」

 

 

ゴキッ!!

 

 

「大樹さんの変態!」

 

 

「大樹君の変態!」

 

 

「一度死んだ方がいいわ……!」

 

 

「やべぇッ!?一番腕が痛い!折れてる!絶対に折れてるからあああああァァァ!!!」

 

 

大樹の体があり得ない方向に曲がり、嫌な音が聞こえた。蓮太郎と木更はその光景にドン引きである。

 

 

「しくしく……俺の嫁が怖い……」

 

 

やっと解放された瞬間、ガチで泣きだす大樹。大樹の『嫁』という単語を聞いた三人は頬を赤くしていた。なんか怖いこのグループ。

 

 

「それで話の続きだが……その前に影胤と俺がどうやって出会ったか話をしよう」

 

 

________________________

 

 

 

「よし、これでいいか」

 

 

俺は仮面を被った男と黒いドレスを着た女の子をロープで縛った。鞄の中にいろいろと入れておいて良かった。

 

 

「君は……何者だ」

 

 

「俺か?俺は楢原 大樹だ。お前の名前は?」

 

 

「名前を聞いているわけじゃないのだが……まぁいい」

 

 

ロープで縛られた影胤はこれ以上の追及を諦める。

 

 

「私は蛭子(ひるこ) 影胤(かげたね)

 

 

「かげちゃんか」

 

 

「やめたまえ」

 

 

「あ、そう。じゃあさっきからめちゃくちゃ暴れているこの子は?」

 

 

先程からロープを千切ろうと暴れている10歳くらいの女の子。目には俺を殺したいという気持ちが籠った殺意。普通じゃない。

 

 

「私の娘だ」

 

 

「……そうか」

 

 

俺は女の子に近づき、ロープを解いた。

 

 

ダンッ!!

 

 

その瞬間、女の子は俺に掴みかかる。

 

そのまま後ろに押し倒され、背中が地面に激突する。

 

 

「おうおう凄いなこれは。マジで普通じゃないぞ」

 

 

力が並みじゃない。一般人男性より遥かに超えた力だった。

 

 

小比奈(こひな)。やめなさい」

 

 

「パパ!?どうして!?」

 

 

「私たちには勝てないからだよ」

 

 

「えっと小比奈ちゃんだな。とりあえずお前のお父さんのロープを解いてやりな」

 

 

俺の言葉に影胤は驚き、小比奈はその言葉を聞いて急いで影胤を縛ったロープを解いた。

 

 

「何を企んでいる」

 

 

「別に。特に理由は無い」

 

 

俺はバッグから前の世界から持ってきた保存食のカップ麺やお菓子、そして調理器具を取り出す。

 

 

「お前たちも食うだろ?あまり美味しいのは作れないと思うが」

 

 

「毒を……」

 

 

「ねぇよアホ」

 

 

マッチ棒で火をつけようとするが、泥沼の泥のせいで使いモノにならなくなっていた。

 

 

「クソッ、他の箱に入れておけばよかった」

 

 

「……ライターならあるが使うかね?」

 

 

「お!ナイス!」

 

 

大樹は影胤から金色のライターを受け取り、火を(おこ)す。

 

木の棒や丈夫なツタを使って鍋を火の上に固定させる。影胤は近くの石に座り、隣に小比奈が座った。

 

 

「それにしても意外だな。俺は攻撃されるかどこかに行くと思っていたぜ」

 

 

「少し君に興味が湧いただけだ」

 

 

「ふーん。で、小比奈ちゃんはどうする」

 

 

「斬る!」

 

 

「怖ッ」

 

 

「よしよし、もう少し待つんだ」

 

 

「時間が経ったら許可するつもりかよ」

 

 

俺はカップ麺を鍋に入れて、ネギ、う〇い棒、しょうが、玉子にそれから……。

 

 

「待ちたまえ」

 

 

「何だよ」

 

 

「それは食べれるのか?」

 

 

「俺の料理は絶品だと評価されている。安心しろ」

 

 

俺は調味料を加えて、蓋をした。

 

待っている間は暇なので携帯端末を取り出し、ディスプレイを開く。

 

 

「何だねそれは?」

 

 

「ケータイ」

 

 

「……本当かい?」

 

 

「おう。嘘じゃねぇよ。試しに電話してみようか?」

 

 

「いや、遠慮するよ」

 

 

影胤は足を組み、銃に黒い銃弾を入れ、メンテナンスを始めた。それは俺に攻撃用?それとも化け物用?

 

ディスプレイを操作し、近くの電波を受信することができたので、それに合わせる。しかし、電話の電波についてはまだ合わせられない。もう少し近づく必要があるな。

 

すぐにインターネットを開き、気になる情報を調べ始める。

 

 

「君の体はどうなっているのかね?」

 

 

「体?普通だぜ?」

 

 

嘘である。

 

 

「銃弾を額に受けていてなお、血の一滴すら流さないのはおかしいじゃないか?」

 

 

「俺の家系って凄いんだぜ。先祖様は超サ〇ヤ人になったりできるんだ」

 

 

大嘘である。

 

 

「私の『イマジナリー・ギミック』、『マキシマムペイン』、『エンドレススクリーム』を破るのは君が初めてだよ」

 

 

「あの技か。中々強かったな」

 

 

「……もう少し驚いたりしてもいいんじゃないのかい?」

 

 

無理。あれより強いの何十回も見てきたから。というわけで現実を突きつけよう。

 

 

「お前、空が土で覆われた巨大な隕石を消したことはあるか?」

 

 

「……一体何を

 

 

「俺はそれを消した」

 

 

「……………」

 

 

「お前、今にも噴火しそうな富士山みたいな山を目の前で見たらどうする?」

 

 

「………まさか

 

 

「俺は吹っ飛ばして解決した」

 

 

「……………」

 

 

「お前、

 

 

「もういい。十分だよ」

 

 

現実は……残酷だぁ。

 

 

「残酷と言えばそろそろ鍋のコクの旨みが出始めているな」

 

 

「本当に残酷な話だったよ」

 

 

鍋の蓋を開けると、食欲をそそる匂いが俺たちの鼻の中をすり抜けて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごちそうさまでした」

 

 

食べ終わった皿を片付け、割り箸や食べカスを袋に詰めて処理する。影胤と小比奈ちゃんは近くの川で水を汲みに行っている。

 

食べている時に携帯端末からこの世界のある程度の情報を得た。

 

 

「いつか来ると思っていたが……ちくしょう」

 

 

残酷な世界に、俺は手を強く握った。

 

今までの世界は平和だと言える世界だった。しかし、今回の異世界は違う。

 

既に人類の多くが死亡。そして今もガストレアに苦しまれている。

 

 

(ガストレア……元は人間……)

 

 

直す方法はどこにもない。100年先の医療学をかじった俺でも、対処できる方法は無い。

 

生物の遺伝子情報の強制書き換え。信じられない話だが、あの化け物たちを見たら信じるしかない。

 

 

(【呪われた子供たち】がいる時点で、この世界は腐ってやがる)

 

 

ただガストレアのウイルスを体に宿しているという理由だけで迫害、差別、拒絶。許せない行為ばかりだった。

 

 

「大樹君。水を汲んできたよ」

 

 

「……サンキュー」

 

 

水を入れた水筒を受け取り、俺は皿の汚れを水で軽く洗い流す。

 

 

「大樹君、この世界はどう思うかね?」

 

 

いきなり直球な質問をされた。俺は影胤の顔を見る。

 

仮面の目の隙間から見えるあの目。俺はその目を見て確信した。

 

 

「お前はこの世界が不満のようだな」

 

 

「……そうだね。不満だ」

 

 

「何でか聞いてもいいか?」

 

 

「理不尽なんだよ、この世界は」

 

 

影胤の言うことは少しばかり理解できた。

 

 

「東京エリアの在り方は間違っている。そう思わなかね?」

 

 

「確かに、俺も思うよ」

 

 

俺は調理器具を片付けながら話す。

 

 

「東京エリアを守っているのは力を持った彼女たちだ。なのに彼女たちは……貧しい生活を送り、傷つき、蔑まされている」

 

 

「そうだ。彼女たちは既存のホモ・サピエンスを越えた、いわば次世代の人間……!」

 

 

「違う」

 

 

「……何?」

 

 

「人間は……人間だ」

 

 

俺は荷物を全てまとめ、バッグを背負う。そして、影胤と向き合う。

 

 

「ガストレアが恐ろしいのは分かる。それを宿した子どもが怖いのも理解できる。差別している人間に悪気はないはずだ」

 

 

「それは詭弁だ」

 

 

「怖いモノに恐怖するのはおかしいことじゃねぇだろ」

 

 

「……結局、君は何が言いたいのかね?」

 

 

「今の人類に足りないのは、恐怖に勝つことだ」

 

 

「それでどうなる!?人類は救われるのか!?彼女たちの存在が許されただけで、世界は変わるのか!?」

 

 

 

 

 

「なら変えようじゃないか」

 

 

 

 

 

大樹は笑みを浮かべていた。

 

分かっていた。いつものように、いつも通りの行動でいいんだ。

 

 

「俺とお前たちで、世界を変えるんだ」

 

 

「……ヒッ、ヒヒッ、ヒヒヒヒヒッ」

 

 

俺の言葉を聞いた影胤は不気味に笑う。

 

 

「私の目的を……知っていないから君はそんなことを言えるのだよ」

 

 

「なら言ってみろよ」

 

 

影胤は告げる。

 

 

 

 

 

「私の目的はガストレア戦争を再び引き起こすことだよ!」

 

 

 

 

 

「それはお前たちが生きるためじゃないのか?」

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

俺の返しに影胤は驚愕する。

 

 

「生きる理由が欲しいんだろ?ガストレアがいなくなった瞬間、呪われた子供たち……つまり小比奈ちゃんは存在してはいけない存在になってしまう」

 

 

俺は口元に笑みを浮かべる。

 

 

「お前は、平和が怖いんだ」

 

 

「違う!私は恐れてなど……!」

 

 

「だったら証明してみろよ」

 

 

俺は右手を前に出す。

 

 

「この手を握って、俺と世界を変えてみせろ」

 

 

「……私は裏切る。君のような善人は特に」

 

 

「いいぜ。俺を裏切れるモノなら裏切ってみろ」

 

 

笑みを浮かべた大樹と影胤は手を握り、同盟を結んだ。

 

 

 

________________________

 

 

 

 

 

 

「で、さっき影胤に裏切られた」

 

 

「「「「「おい」」」」」

 

 

いい話が台無しになった瞬間である。

 

 

「とりあえず泣いていいか?」

 

 

「泣きたいのか?」

 

 

延珠が大樹の頭を撫でると、大樹はウルウルと涙を流した。

 

 

「酷いよ……俺から簡単に逃げれないからって背後から襲撃して屋上から叩き落とすとか酷いだろ……!」

 

 

(((((そこまでしないと大樹からは逃げれない……!?)))))

 

 

「一応追いかけて基地の場所特定してるけどよぉ……!」

 

 

(((((それでもバレてる!?)))))

 

 

影胤は大樹から逃げれなかった。

 

大樹は涙を拭き終わった後、また社長の椅子に座る。木更はもう諦め、空いたソファに座った。

 

 

「影胤はまだ行動を起こさない。俺という邪魔な分子をどうにかするまで動かないはずだ」

 

 

「……一つ聞きたいことがある」

 

 

蓮太郎が真剣な表情で俺に聞く。

 

 

「何だ?」

 

 

「『七星の遺産』についてだ」

 

 

「聖天子は何て言ってた?」

 

 

俺が去った後、説明があったはずだ。あれだけのことがあれば、聖天子も黙っていはいないだろう。

 

 

「……悪用すればモノリスの一角に穴を開けてしまう。聖天子様はそう言っていたわ」

 

 

「そうだな。確実に開くな」

 

 

大樹は肯定した。その言葉に優子たちは目を見開いて驚いていた。

 

 

「お前はそれを知っていて協力するのか?」

 

 

「それがどうした?」

 

 

ガシッ

 

 

蓮太郎は大樹の胸ぐらを掴んだ。

 

 

「ふざけるな!お前たちのやり方で……!」

 

 

「俺だって考えなしで動いてるわけじゃねぇ」

 

 

大樹は真剣な眼差しで蓮太郎の目を見ていた。その真剣さに蓮太郎は思わず言葉が詰まる。

 

 

「延珠ちゃんは学校に通っているんだろ?【呪われた子供たち】という事実を隠して」

 

 

「ッ……それがどうした」

 

 

「俺は全ての【呪われた子供たち】を学校に通わせみせる。赤い目を隠さずに、堂々とな」

 

 

蓮太郎の握る力が弱くなる。延珠は大樹の言葉を真剣に聞いていた。

 

 

「彼女たちが笑顔で授業を受けて、笑顔で友達と話して、差別一つない世界。俺はそんな現実味のない理想を追い求めている。でもなぁ……」

 

 

大樹の声は低く、怒っているようだった。

 

 

「そんな世界に変えようとしている俺に対して、お前は今、何をしている」

 

 

ガシッ

 

 

今度は大樹が蓮太郎の胸ぐらを掴んだ。蓮太郎は何も言えない。

 

 

「彼女たちに救いの手を差し伸べたか?何か一つ行動を起こそうとしたか?」

 

 

大樹は大きな声で怒鳴った。

 

 

「何一つ変えようとしないお前らに、俺たちを否定する権利なんざねぇんだよ!!」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

ドンッ!!

 

 

大樹は蓮太郎をそのまま背負い投げをして、床に叩きつけた。重い音が部屋に響く。

 

 

「蓮太郎!」

 

 

「里見君!」

 

 

延珠と木更が蓮太郎の元に駆け付ける。

 

 

「大樹さん!落ち着いてください!」

 

 

「現状維持がそんなにいいか!?身内がよければ他はどうだっていいのか!?」

 

 

黒ウサギに体を掴まれるが、大樹は怒鳴り声を上げていた。

 

 

「こんなだったらよっぽど影胤の方が立派だ!アイツは小比奈ちゃんと自分自身のために、【呪われた子供たち】の存在を肯定するために悪の道を進んだ!やり方は絶対に許されることでは無い!でも、この腐った世界で誰よりも生きようとしていたアイツがまだ良い方だ!」

 

 

「……俺だって!」

 

 

ガシッ

 

 

蓮太郎は立ち上がり、大樹の胸ぐらをまた掴んだ。

 

 

「変えてぇよ!変えれるモノなら!延珠が本当に笑って通えるような世界になってほしいんだよ!」

 

 

「じゃあ何で変えようとしない!?」

 

 

「俺にだってできることとできないことがあるんだよ!俺はッ……何もできねぇんだ……ッ」

 

 

蓮太郎は下を向いて俯いた。しかし、

 

 

「馬鹿が。できるに決まってるだろ」

 

 

「ッ!」

 

 

大樹は笑顔で蓮太郎を見ていた。

 

 

「プラナリアのガストレアを倒した時、会議室でしっかりと否定したあの時。里見は十分に力があるやつだ」

 

 

「そんなこと……!」

 

 

「ある。そうだよな、延珠ちゃん?」

 

 

大樹は延珠の方を向く。延珠は腰に手を当てて、堂々と言い切る。

 

 

 

 

 

「蓮太郎は、正義の味方だ!」

 

 

 

 

 

「ッ……」

 

 

「だろうな」

 

 

大樹はその答えが分かっていたかのように笑う。

 

 

「妾はいつも、そう信じている」

 

 

「……………」

 

 

延珠の真っ直ぐな綺麗な瞳に、蓮太郎は頷く。大樹は里見が何かを言う前に言う。

 

 

「里見……俺と一緒に世界を変えるか?」

 

 

「ッ!」

 

 

動きを止めた蓮太郎は目を見開いて驚く。大樹は右手を蓮太郎の方に差し出しているからだ。

 

 

「俺は、お前みたいな奴を信じれる」

 

 

「……俺は信じねぇよ」

 

 

「厳しい一言だな。でも……」

 

 

大樹は笑う。

 

 

「握ったってことはOKってことだな?」

 

 

「影胤を止めるくらいは協力してやる」

 

 

悪そうな笑みを浮かべた二人。その光景に女性陣は安堵の息をついた。

 

 

________________________

 

 

 

 

「最初から『仲間になってください』って言い切れないのかしら?」

 

 

「うぐッ」

 

 

優子の厳しい一言に俺は嫌な顔をする。

 

現在、優子と一緒にスーパーで買い出しに来ている。黒ウサギと真由美には別の仕事を、里見と木更も別の仕事をしている。

 

店のカゴを持ちながら俺は言い訳を考える。

 

 

「や、やっぱり俺の気持ちを一番伝えたいと言うか……ホラ……ねぇ?」

 

 

「……………」

 

 

「ちょっと待ってよ。トマトジュースをカゴから出さないで。俺飲みたい」

 

 

「正直に言ったら買ってあげるわ」

 

 

「文句ばっか言われてしまったのでつい怒ってしまいました」

 

 

「大人げないわね……」

 

 

全くその通りである。

 

 

「だって里見の奴、実力があるのに何もしようとしねぇからよ」

 

 

「里見君だって変えたいに決まってるでしょ。大樹君は有り得ない力があるからいいけど、私たちには無いのよ?」

 

 

なんだよ有り得ない力って。科学では説明できない力なのか?何それかっこいい。

 

 

「帰ったら謝ること。いいわね?」

 

 

「えー」

 

 

「い・い・わ・ね?」

 

 

「はい」

 

 

優子にも有り得ない気迫があると思う。

 

 

「大樹!」

 

 

「ん?延珠ちゃん決めたか?」

 

 

「やっぱりカレーがいいのだ!」

 

 

「任せろ」

 

 

カレーのルーを持ってきた延珠ちゃん。俺はルーを受け取り、

 

 

「はい返却」

 

 

「「えッ!?」」

 

 

「ルーは最初から……そう、(いち)から作らせてもらいます」

 

 

「それは美味しそうだけど……時間かからないかしら?」

 

 

「大丈夫。5分で作る」

 

 

(次元が違うわね……)

 

 

優子はこれ以上の追及を諦めた。

 

 

「大樹は料理できるのか?」

 

 

「おう。料理屋を経営するほど上手いぞ俺は」

 

 

その言葉に延珠は目を輝かせて俺を見ていた。

 

会計を終わらせ、食材をエコバッグに入れていたその時、

 

 

ガシャンッ!!

 

 

「ぐあッ!?」

 

 

店の奥で大きな音と男性の苦痛な声が聞こえた。

 

俺たちは何も言わず、急いで音がした方へと走り出す。

 

 

「おい!大丈夫か!?」

 

 

血塗れになった警備員の男性が倒れていた。近くの商品棚も一緒に倒れている。

 

 

「赤目だ!あの化け物が暴れたんだ!」

 

 

「ッ!」

 

 

現場の一部始終を見ていた男が俺に教える。

 

俺は急いで店の外へ走り出し、犯人を探す。

 

 

「放せぇッ!!」

 

 

すぐに見つけれた。何人もの男性が少女の体を乱暴に抑えていた。

 

近くには食材がばら撒かれ、壊れた買い物カゴがあった。

 

後ろから延珠ちゃんと優子が追いつく。

 

 

「このガキッ!!」

 

 

男性が少女の体を殴ろうとした時、

 

 

「待て」

 

 

俺はその腕を掴んで止めた。

 

 

「殴ったらお前らも不味いだろ?民警にいろいろ言われるぞ。あと何があったか聞かせてくれないか?」

 

 

「このガキが盗みをやらかしたんだよ!不審に思った警備員が声をかけた瞬間、半殺しにしやがったんだ!」

 

 

その言葉に俺は歯を食い縛った。

 

この子は外周区から来た子だ。外周区とはモノリスに近い区域でもっとも東京エリアの中心から離れた場所である。

 

差別を受けた【呪われた子供たち】は、この外周区で暮らしている。ほとんどは下水道や廃墟で暮らしている。というより廃墟しかないので住む場所など限られているのだ。

 

そんな子がここに来て盗みを働いた理由はただ一つ。食べる物がないからだ。

 

 

「ッ……………!」

 

 

捕らわれた女の子が延珠に向かって手を伸ばしていた。助けを求めていたのだ。延珠はそれを掴もうとしている。

 

 

「駄目だ」

 

 

俺は延珠の手を止めた。

 

 

「ッ!?」

 

 

延珠が驚いた表情で俺を見ている。優子も同じだった。

 

 

「貴様ら何をやっている!」

 

 

その時、二人の警察官が来た。警察官は赤い眼の女の子を見た瞬間、

 

 

「ああ、なるほど」

 

 

(こいつ……!)

 

 

何も事情を聞かずに、女の子の手に手錠をかけた。俺はその光景に思わず殴ってしまいそうになるが、抑える。

 

女の子は警官に連れて行かれ、パトカーに乗せられる。

 

 

「泥棒め!二度とこの街に来るんじゃねぇ!」

 

「ざまぁ見ろガストレアめ!」

 

「テメェらが家族を殺したんだ!」

 

 

ふざけたことを抜かしまくる外道共をぶん殴りたい気持ちを無理矢理抑える。手から血が流れるほど握り、唇の痛覚が無くなるほど噛み続けて怒りを抑える。

 

パトカーは発進し、どこへと去った。

 

 

「なぜだ」

 

 

延珠が低い声で大樹に向かって言う。

 

 

「なぜッ!?あの少女を……!」

 

 

「悪い優子。延珠ちゃんと荷物、任せていいか?」

 

 

「……やっぱりね」

 

 

大樹の言葉に延珠はキョトンとしていた。優子はホッと息をついていた。

 

 

「助けに行くのね?」

 

 

「カレーでも食べて貰おうかなって思ってな」

 

 

俺は延珠の頭を撫でる。

 

 

「ちょっと誘いに行ってくるわ」

 

 

ダンッ!!

 

 

そう言って大樹は飛翔し、ビルの壁を走って行った。方向はパトカーが行った方向だ。

 

 

「それじゃあ大樹君に任せて行きましょうか」

 

 

優子は右手で荷物を持ち、反対の手で延珠の手を握り、歩き出す。

 

まだ状況が分からない延珠に優子は説明する。

 

 

「多分ね、大樹君は助けるタイミングを狙っていたのよ」

 

 

「タイミング……?」

 

 

「あそこで延珠ちゃんが助けていたら、延珠ちゃんも、あの女の子も助けれなかったと思うの」

 

 

優子の説明に延珠は下を向いて俯いた。

 

 

「大丈夫よ。大樹君は助けようとした延珠ちゃんを偉いと思っているわ」

 

 

「……蓮太郎も、そう思うのか?」

 

 

「ええ、きっと思うはずよ」

 

 

その言葉に延珠は元気を出し、優子と一緒に笑った。

 

繋いだ手は帰るまでずっと放さなかった。

 

 

________________________

 

 

 

「よし、余裕で見つけれたな」

 

 

廃墟の脇に止めてあったパトカーを見つけた俺は急いで中に入る。廃墟に止めている時点で嫌な予感がしている。

 

壊れたコンクリートの壁の穴から警察官と女の子を見つける。

 

女の子は壁を背にして立たされ、警官は笑いながらそれを見ていた。

 

 

「ッ!」

 

 

怒りの沸点を越えた。

 

 

 

 

 

 

警官の手には拳銃が握られ、銃口が女の子に向けられていたからだ。

 

 

 

 

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

「「「ッ!?」」」

 

 

コンクリートの壁を殴ってぶち破り、警察官と女の子を驚かせる。

 

土煙が部屋に充満するが、俺は構わず警官の前に立つ。

 

 

「誰だお前は!?」

 

 

「とっとと失せろゴミが」

 

 

女の子を殺そうとしたお前らに。

 

 

「二人とも殺されてぇのか」

 

 

手加減はしない。

 

 

「貴様……その化け物を庇うのか!?」

 

 

「黙れ」

 

 

「……ふん、お前らみたいな奴がいるから市民の皆様が安心して暮らせないんだよ」

 

 

それはお前らの勝手だ。彼女たちは外周区まで追い込まれ、不自由な生活をしている。それなのにお前らは追い打ちをかけているんだろうが。

 

 

「撃てるもんなら撃ってみろよ。クソ野郎共」

 

 

「ッ!?」

 

 

その時、俺の挑発が効いたのか二人の警官は拳銃の引き金を引いた。

 

 

ドゴンッ!!ドゴンッ!!

 

 

「……は?」

 

 

警官の足が震える。

 

 

拳銃は粉々に砕け、手が血まみれになっているからだ。

 

 

その血が、自分たちの血だと分かるのに時間が掛かった。

 

 

「「うわああああァァァ!?」」

 

 

「少し手を切ったくらいでうるせぇんだよ」

 

 

コルト・パイソンで【不可視の銃弾(インヴイジビレ)】で銃弾を警官の持っている銃口の中へと跳ね返し、破壊した。その破壊した時に手を切っただけなのに、警官はパニックに陥った。

 

俺は警官の前まで歩き、告げる。

 

 

「次は、死ぬか?」

 

 

銃口を警官に向けると、警官の顔は真っ青になり、一目散に逃げ出した。

 

振り返ると恐怖で腰を抜かした女の子が俺を見ていた。

 

 

「もう大丈夫だ。怖かっただろ?」

 

 

笑顔で女の子に近づくが、

 

 

「来るなッ!!」

 

 

ドゴッ!!

 

 

明確な拒絶。近くにあったコンクリートの破片で頭部を殴られ、重い音が響く。

 

女の子の力は一般人の男性より強く、普通の人なら即死の威力だった。

 

しかし、

 

 

「大丈夫。俺はお前の味方だよ」

 

 

「ッ!?」

 

 

頭から血を流してなお、俺は女の子に笑顔を見せ続けた。ゆっくりと手を女の子の頭に伸ばし、優しく撫でる。

 

 

「本当は警備員から先に乱暴にされたんだよな?」

 

 

「え?」

 

 

「警備員の右手にお前の頭髪が何本かついてたんだよ。だから最初に手を出したのは警備員かなって思ってさ」

 

 

少し不審な点だった。一方的にやられたのなら、警備員が手を出せる暇があるわけがない。じゃあ何故警備員の手に彼女の頭髪が?

 

考えられることは一つ。警備員が先に手を出し、返り討ちにしたが正しい答えだろう。

 

 

「……私、あの男に髪をいきなり引っ張られて……」

 

 

「赤い目だとバレたからだろうな」

 

 

「それで、怖くて……!」

 

 

「でも手を出したのはお前が悪い」

 

 

コツッ……

 

 

俺は優しく女の子の頭をグーで叩き、優しく撫でた。

 

 

「え……?」

 

 

「これで許されるわけではないけど、もう十分痛い目にあったからこれでチャラだな」

 

 

俺は彼女に手を握る。

 

 

「今からカレーを食うけど、一緒にどうだ?美味いぜ?」

 

 

女の子は俺の言葉に理解するのに時間がかかった。

 

しかし、理解した瞬間、安心した女の子は俺に抱き付き、一気に涙を溢れ出し、大泣きした。

 

どこが化け物だろうか。彼女たちのどこが化け物だ。

 

こんなに弱く、こんなにもろい。普通の10歳の女の子と、何一つ変わらない。

 

 

この世界は、『正解』が必要だ。

 

 

何が良いのか、何が悪いのかを見失っている。だから彼女たちを簡単に傷つけ、殺しているんだ。

 

だから『正解』を見せる。これがお前らの幸せな世界だと。

 

しかし、それは俺の理想だ。周りは納得しないかもしれない。でも、

 

 

諦めたら、全てをこの世界は失ってしまうような気がする。

 

 

希望の火がまだ灯っている今、俺はその火を消さないようにしないといけない。

 

『絶望』と言う名の風から守らなければならないのだ。

 

 

 

________________________

 

 

 

 

会社のキッチンでは二人の女の子が会話をしていた。

 

 

「楢原君があんなに料理が上手だなんて……人は見かけによらないわね」

 

 

「そうね。私も最初大樹君を見た時は変態フードマンだと思っていたわ」

 

 

(フードマン?)

 

 

真由美と木更だ。彼女たちは皿を洗い、後片付けをしているのだ。

 

蓮太郎はソファで寝てしまい、黒ウサギと優子は下の階の人たちにカレーをお裾分けしに行っている。

 

 

「久々にあんなに美味しいモノを食べたわ。やっぱりもやしだけじゃ満足できないわ」

 

 

「もやしだけじゃ生きていけないわよ普通……」

 

 

「それに報酬の20万も貰って悪い気がするわ」

 

 

「大樹君がいいって言ってるのだからいいんじゃないかしら?」

 

 

「じゃあ貰うわ」

 

 

木更は目をキラキラと輝かせながら皿を洗っていく。真由美はその洗った皿を布巾で拭いていく。

 

 

「それにしても、驚いたわ」

 

 

「女の子を連れて来たことかしら?」

 

 

木更が溜め息をついて言うが、真由美は笑みを浮かべて聞いていた。

 

 

「そうよ。普通あんなことしないわよ」

 

 

「大樹君に常識は通じない。覚えておくといいわよ」

 

 

真由美の言葉に木更はさらに大きく溜め息をついた。

 

 

「へっくしゅんッ!!」

 

 

その時、蓮太郎のくしゃみが後ろから聞こえた。寒さで蓮太郎は起きてしまった。

 

 

「おはよう甲斐性なし君」

 

 

「誰だよそれは」

 

 

木更が笑いながら言うと、蓮太郎は嫌な顔をしながらツッコミを入れた。

 

 

「延珠は?」

 

 

「楢原君と一緒に外周区に出掛けたわよ」

 

 

「はぁ!?何でだよ!?」

 

 

「聞いてないのって寝ていたから聞いてないわね。どうして起きていないのかしら?」

 

 

「あんなに美味い料理を食った後に寝る。いいと思わねぇか?」

 

 

「クッ、里見君のクセに生意気よ。言ってることが少しだけ分かるわ……!」

 

 

「否定しないのか……」

 

 

木更は蓮太郎が寝た後の起こったことを説明する。

 

 

 

 

 

『は?他の子たちにも食べさせたい?』

 

 

『……ダメ?』

 

 

『大樹!妾からもお願いする!』

 

 

『よぉし任せろ!可愛い幼女二人にここまで言われちゃ無下にはできねぇよ!』

 

 

 

 

 

「……それで外周区に出掛けたと」

 

 

「ええ、またスーパーに寄った後、外周区に行くらしいわ」

 

 

木更の言葉に蓮太郎は重荷をひとつ下ろしたように感じ、安心した。

 

 

「本当に何でも救うんだな」

 

 

殺されそうになった女の子も笑顔でカレーを食べていた。その笑顔を見て思った。

 

この男なら、本当に世界を変えてみせるのではないかと。

 

 

「大樹君はそういう人よ」

 

 

皿を拭き終えた真由美が微笑みながら蓮太郎に言う。

 

 

「不思議よね。苦しんでいる人がいれば助ける。そんな当たり前のことは私たちはできないのよ」

 

 

でもねっと真由美は付けたし話す。

 

 

「大樹君はそれができる。どんなに絶望的な状況でも、大樹君はその人を必ず助ける。全てを覆してね」

 

 

「……信頼しているのね」

 

 

「ええ」

 

 

木更の言葉に真由美は笑顔で答える。

 

 

「私たちの騎士(ナイト)は優しくて強い人よ」

 

 

 

________________________

 

 

 

 

「へっくしゅんッ!!」

 

 

「どうしたの?」

 

 

「いや、何でもねぇ……」

 

 

カレーを外周区の女の子たちと食べているとくしゃみが出た。誰か噂しているのか?まぁあそこまで有名になれば噂されるか。

 

廃墟となった教会の一室を掃除して、持ってきた調理器具でカレーを作り、外周区のみんなを呼んで、みんなで床に座ってカレーを食べていた。

 

カレーはあっという間になくなり、すぐに鍋の底が見えた。

 

延珠ちゃんは蓮太郎が心配すると思うので先に帰した。もちろん、家まで送ったぞ。高速で。……何だよ文句あるのか?延珠ちゃんは喜んでたぞ!

 

そして現在。俺はまた教会に帰って来たが……。

 

 

「せまッ」

 

 

集まった女の子は30人はいるな。多過ぎ。こんなに大きい部屋が狭く感じるのは無理もない。

 

 

「それにしても酷いなぁ……雨降ったら最悪じゃん」

 

 

ここはとてもじゃないが住めるような場所じゃなかった。

 

ステンドガラスは割れ、壁には穴が開き、屋根から夜空が見える。誰がどう見ても、これはボロボロの家ですって堂々と言える段階までボロボロである。

 

 

「その時は下に行けばいいんだよ」

 

 

「下って下水道だろ?汚いだろ」

 

 

「でも温かいよ?ねー」

 

 

「「「「「ねー」」」」」

 

 

「うわぁ……それはアカン」

 

 

頭が痛くなった俺は立ち上がり、装備を整える。

 

 

「もう……帰るの?」

 

 

目の赤い女の子たちが寂しそうに言う。何それ。まるで愛人の男が帰ってしまうかのような言い方。ちょっといいと思うからやめろ。

 

 

「いや、しばらく住むわ」

 

 

「「「「「え?」」」」」

 

 

「ちょっと待ってろよ」

 

 

子どもたちにそう言って、俺は外に出る。

 

10分後、俺はモノリスの外で斬ってきた大木を肩で担ぎ、帰って来た。

 

 

ドンッ!!

 

 

大木を地面に置くと、ここ一帯に大きな音を響かせた。

 

 

「これくらいあればいいか」

 

 

「わぁあ!大きい!」

 

 

「どこから取って来たの?」

 

 

「モノリスの外」

 

 

俺がそう言うと女の子たちは俺から距離を取った。天然の木だぞ?汚くないぞ?

 

 

「が、ガストレアは?」

 

 

「何匹かに見つかったけど余裕で逃げれたわ」

 

 

斬って担いで逃走。簡単なお仕事でした。

 

俺はリュックから工具箱を取り出し、準備する。

 

 

「お兄さんってぷろもーたーなの?」

 

 

「プロモーターじゃねぇよ」

 

 

「じゃあどうして強いの?」

 

 

「俺だから」

 

 

「お腹空いた」

 

 

「後でまた作るから待っとけ」

 

 

俺はトンカチを右手に持ち、左手に刀を持った。

 

 

「よぉし、お前ら離れとけ」

 

 

大木から女の子を離し、俺は左手に持った刀を振るう。

 

 

ズバンッ!!

 

 

大木は綺麗に切れ、いくつかの木材へと変わった。

 

 

「「「「「わぁ!」」」」」

 

 

パチパチッ!!

 

 

後ろで見ていた子どもたちが拍手する。うん、いい気分だな。

 

俺は木材を持って教会の修繕に取りかかった。

 

 

「あ、釘がねぇな……」

 

 

「ハイ!」

 

 

その時、女の子がニコニコしながら俺に汚れた釘を渡した。

 

 

「お!サンキュー!どこから持ってきた?」

 

 

「拾ったの。お金になるかもしれないから」

 

 

「ならないだろ」

 

 

「うん、ならなかった……」

 

 

女の子は悲しそうな声を出す。俺はそんな女の子を見て、

 

 

「大丈夫。ほら」

 

 

ポケットから飴を取り出し、女の子の手に握らせた。

 

 

「俺がお菓子に変えてやるよ」

 

 

「……いいの?」

 

 

「おう。食え食え」

 

 

女の子は包み紙から飴を取り出し、口に入れた。

 

 

「……甘い」

 

 

「そうか」

 

 

「甘いよぉ……!」

 

 

それだけ女の子は泣きだした。俺の背中に抱き付き、涙を拭く。

 

俺は何も言わず、木材に釘を打つ。

 

 

「美味しいか?」

 

 

「ぅん……美味しい……!」

 

 

涙が俺のTシャツを濡らし、温かい水が俺の背中に伝わる。

 

カレーを食べた時の女の子たちの笑顔。何人か泣いているのを目撃した時、俺は酷く痛感した。

 

この子たちがどれだけ救われない現状にいたか。

 

 

「……お前たちも暇なら探して来い。お菓子に変えてやるよ」

 

 

「「「「「ッ!」」」」」

 

 

俺たちの様子を見ていた女の子たちが一斉に散開した。役に立つモノを探しに行ったのだ。

 

 

「……別にタダでやるけどな」

 

 

俺は木材に釘を打ち付けながら呟いた。

 

 

 

________________________

 

 

 

 

「とりあえずこれでいいか」

 

 

「「「「「やったー!!」」」」」

 

 

女の子たちの歓喜の声が一帯に響き渡った。コラコラ、そんなに騒いだら近所迷惑ですよって近所は廃墟だった。テヘッ。……何一つ面白くねぇよ。虚しいだけだよ。

 

穴が空いた場所は全て木材で隠し、隙間風が部屋の中に吹くことはなくなった。

 

 

「あとは……」

 

 

俺は振り返り、女の子たちの姿を見る。

 

服はボロボロ。汚れて臭い。これは酷いな。

 

 

(明日優子たちに頼んで購入して貰うか)

 

 

携帯端末で服のことと教会に泊まることメールに書いてを送信。今日は疲れた。

 

教会の中に入り、みんなで布団を敷き、寝床を作る。

 

基本的に使える部屋はこの部屋しかないので、飯の時も寝る時もこの部屋だけ。よってここで全て済ませる生活だ。布団引いたり、テーブルを置いたり片付けたり面倒である。

 

 

「俺の分の布団はあるか?」

 

 

「あるよ!」

 

 

予想通り。やっぱり汚い。これも明日買おう。お金足りるかな?

 

 

「じゃあお休み……って狭い」

 

 

壁の方で横になって寝ようとしたら、女の子たちがみんな俺の隣や近くで寝ようとしていた。おい、上に乗るな。苦しい。

 

ほとんどの女の子たちは俺の腕や手を握り、あるいはTシャツに掴んでいた。

 

 

「あっちで寝ろよ。広いだろうが」

 

 

しかし、時すでに遅し。彼女たちはもう寝ていたので俺の声は届かなかった。お前らの〇太かよ。早過ぎだろ。

 

確かに美味しい料理食べて、少し運動したらそりゃ眠くなるか。

 

 

「ママぁ……」

 

 

「誰がママだよ。性別間違えんな」

 

 

俺の右手を握っていた女の子が寝言を言っていた。じゃあパパならいいのかよってか。俺のアホ。

 

 

 

 

 

そして、彼女の目から涙が流れていた。

 

 

 

 

 

 

「……………ママじゃなくて悪かったな」

 

 

俺は目を瞑り、彼女から目を逸らした。代わりに彼女の握った手を強く握ってやった。

 

今日だけで何度彼女たちの涙を見ただろうか?回数が多くて心が痛む。

 

彼女たちに親はいない。頼れるのは同じ境遇の女の子たち。そして己自身だ。

 

ずっと一人で居て平気なのか。そんなわけはない。この涙を見ればわかることだ。

 

俺は親の代わりにはなれないかもしれない。でも、

 

 

「明日の朝は、サンドイッチでも作ってやるよ」

 

 

代わりになってやりたい。

 

 

 

 

 

そして、救ってやりたい。

 

 

 

 

 

俺はそう決意して、眠りについた。

 



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もう傷痕は残させない

今回は和服の美少女と狂気のマッドサイエンティストが登場です。後者はどこぞの中二病を拗らせた人じゃありません。鳳凰院とか名乗っていません。タイムリープもしません。

続きをどうぞ。



「………!」

 

 

……何か聞こえる。

 

 

「………ぃ……!……き君!」

 

 

呼んでいるのか?

 

 

「大樹君!」

 

 

「んぁ?」

 

 

突然名前を呼ばれた俺は、だらしない声で返答してしまった。俺の名前を呼んでいたのか。

 

目を開けるとそこに黒髪の美少女がいた。ステンドガラスの光が彼女を神々しくさせ、美しい女神を連想させる。

 

 

「……真由美か」

 

 

「やっと起きたのね」

 

 

女神の正体は天使でした。のろけ話じゃないよ。

 

天使である真由美は頬を膨らませて拗ねる。何だこれ。朝チュンなのか?いやどこがだよ。服着てるじゃん。

 

しかし、まだ眠い。昨日頑張って教会の修繕をした俺にはまだ休息が必要である。よって、

 

 

「お休み」

 

 

「起きないと目覚めのキスをするわよ?」

 

 

「起きたッ!!」

 

 

俺は飛び上がり、布団を高速で畳む。凄い!目が醒めてる!今なら目からビーム行けるか!?

 

 

「そんなに嫌がらなくてもいいじゃない……」

 

 

「嫌とかの問題じゃねぇだろ……」

 

 

むしろ惚れてまうやろぉ!

 

 

「というか何でここにいるんだ?」

 

 

「もう忘れたの?子どもたちに服を届けに来たのよ?」

 

 

「早いな」

 

 

「みんなご飯が食べたいって言ってるわよ」

 

 

「あー、作らないといけないな」

 

 

俺は欠伸をしながら背伸びをする。ポキポキと気持ちの良い音が俺の体に伝わる。

 

 

「ふぅ……今日も頑張りますか」

 

 

「頑張ってね」

 

 

「うぃ」

 

 

教会の扉を開けて、今日も一日頑張る為に半日お世話になる太陽を拝もうとする。

 

 

「眩しッ」

 

 

「あ、お兄さんだ!」

 

 

外で遊んでいた女の子たちが俺に元に集まる。

 

女の子たちは昨日着ていた汚い服では無く、新品の服を着ていた。どうやら外で新しい服の見せ合いっこ。ファッションショーが始められていたようだ。

 

 

「ねぇねぇ!可愛い!?」

 

 

「おう。可愛い可愛い」

 

 

俺に評価を求めるなよ。

 

 

「私は!?」

 

 

「超可愛いぞ」

 

 

もしかして一人一人答えなきゃならないの?

 

 

「どのくらい可愛いの?」

 

 

「とりあえず日本一は目指せそうなレベル」

 

 

嘘はついてない。本当に将来目指せそうだぞ。

 

 

「結婚したい?」

 

 

「俺よりいい人はたくさんいるからその人にしなさい」

 

 

危ねぇ!?つい適当に『したいしたい』とか答えそうになったよ!

 

 

「だ、大樹君!」

 

 

「あれ?優子か?」

 

 

俺と同じくらいの数の女の子に囲まれている優子を発見。優子は困った顔をしており、俺に助けを求めて来た。しかし困った顔も可愛い。朝から目の保養になりますなぁ。

 

 

「凄い人気じゃねぇか」

 

 

「どうしてアタシが……?」

 

 

優子は首を傾げ俺を見るが、俺も首を傾げてしまう。それについては分からん。

 

 

「大樹さん……」

 

 

「曇ってるな、黒ウサギ」

 

 

明らかに表情が暗い黒ウサギ。子どもは一人も寄りついていない。

 

 

「何故か黒ウサギと真由美さんには人気がないのですよ……」

 

 

「私も少しショックだわ……」

 

 

そう言って二人は一緒に溜め息を吐く。黒ウサギに人気が無いのはおかしいな。【ノーネーム】のコミュニティでも子どもたちと仲良くできたのに。

 

 

クイクイッ

 

 

俺は一人の女の子の服を引っ張り、ひっそりと事情聴取することにした。

 

 

「あのお姉ちゃんたちは嫌いなのか?」

 

 

「ううん。好きだよ」

 

 

「じゃあ何であんなに人気がないんだ?」

 

 

「うーん……………大きいから?」

 

 

ちょっと察したわ。

 

 

「なるほど。このことは絶対にあのお姉ちゃんには言わないように。絶対にだぞ?いいか?絶対にだ」

 

 

優子に言わないようにしっかりと釘付け、俺は教会の中へと帰る。

 

教会のキッチンは無いので、祭壇で調理することになる。なんか儀式みたいで嫌だわ。

 

バッグから調理器具を取り出し、優子たちが持ってきた材料とパンでサンドイッチを次々量産していく。

 

 

「そい、そい、そい」

 

 

「「「「「わぁ!」」」」」

 

 

リズム良くサンドイッチを量産していると、外にいた女の子たちが集まり出す。

 

サンドイッチの中にはふんわり風の玉子、海老チーズ、オニオンマカロニ、レタスと人参(にんじん)のミックス、ハム&きゅうりなどなどを挟み、種類が豊富なサンドイッチを作り上げた。

 

 

「はぁ……!はぁ……!へい、お待ち……」

 

 

重労働を強いられた手は完全にダウン。俺はサンドイッチには手を付けず、その場に倒れた。

 

女の子たちは一斉にサンドイッチを手に取り、笑顔で食べる。その笑顔を見て俺は作って良かったと思えた。

 

 

「お疲れ様です」

 

 

黒ウサギにジュースの入ったペットボトルを渡され、俺は飲む。口の中にオレンジの味が広がる。

 

 

「ぷはぁ……美味い~」

 

 

「大樹さん。黒ウサギたちの武器の話ですが、里見さんにアテがあるそうですよ」

 

 

「分かった。今日の昼飯を作ってから行くか」

 

 

「あ、あと大樹さん……非常に言いにくいことですが……」

 

 

黒ウサギは苦笑いで俺に教える。

 

 

「もうお金が底を着きそうです……」

 

 

「……ホント?」

 

 

「あと20万です」

 

 

「……この調子で行くと一週間……いや耐えれないな」

 

 

「バイト……ですかね……?」

 

 

「もしくは銀行強盗」

 

 

「嘘ですよね!?」

 

 

「まぁ考えておくわ」

 

 

金を稼ぐ方法はいくらでもある。そう……いくらでも……な……ニヤッ。

 

 

(大樹さん、もの凄く悪い顔をしていますよ……)

 

 

にやけた大樹を見た黒ウサギはドン引きだった。

 

 

 

________________________

 

 

 

 

「……ここなのか」

 

 

「い、YES……多分」

 

 

「多分言うなよ」

 

 

不安になっちゃうだろ。

 

俺の目の前にある建物は学校。勾田(まがた)高校である。

 

学校の窓から生徒が不思議そうに俺たちを見ている。一つ言っておくが俺の恰好はおかしくない。Tシャツとズボンだから。背中の文字?もちろん『一般人』だ。

 

黒ウサギはスカートに三段フリルのある白いキャミソールドレスに大きなツバがある真っ白な帽子を被っている。これは前に俺と黒ウサギがデートした時の格好だ。やっぱり可愛いな。あとさりげなくデートにしたことはスルーで。

 

 

「お前ら、こっちだこっち」

 

 

学校の入り口には蓮太郎が手招き、隣では木更が……わぁお。

 

 

「何コレ?お前これから戦争でも行くのか?」

 

 

木更の格好は異常だった。

 

スパス12ショットガンを二挺を背中にクロスして背負い、左手に90two(ナイン・トウー)ベレッタ拳銃、右手には……確か殺人刀(せつにんとう)雪影(ゆきかげ)だったな。それを握ってる。

 

さらに革ベルトには破砕(はさい)手榴弾、焼夷(しょうい)手榴弾、催涙(さいるい)弾、特殊閃光音響弾などなど。

 

お前は今からモノリスの外にでも出て、一人でガストレアと戦争でもするのか。

 

 

「もうこれは放っておいてくれ……」

 

 

既に蓮太郎は呆れていた。木更の目には殺意。野生の目をしていた。この状態で睨まれたらほとんどの人は腰を抜かすぞ。

 

来客用のスリッパに履き替え、俺たちは校舎の中に入る。階段を上り、しばらく廊下を歩くと生徒会室の扉の前で蓮太郎は歩みを止めた。

 

 

「……マジでここなのか?」

 

 

「大マジだ」

 

 

俺の質問に蓮太郎は頷く。

 

木更は扉の隣の壁に背中をピッタリとつけて、銃の遊底(スライド)を引く。発砲する気かお前。ここ学校だぞお前。

 

 

「催涙弾を転がした後、ノコノコ出て来た美織(みおり)をみんなで射殺するわよ。胸に二発、頭に一発撃ち込んであの女をこの世からオサラバさせるの」

 

 

「犯罪じゃないですか!?」

 

 

木更は悪魔のような笑みを浮かべながら俺たちに説明する。黒ウサギは顔を真っ青にして驚愕していた。しかし俺は違う。

 

 

「甘いな天童。俺なら手榴弾のピンを抜いた後、扉を蹴破って敵に扉をブチ当ててすかさず手榴弾を敵にぶん投げてドカーンッだ!」

 

 

「大樹さんも何を言っているのですか!?」

 

 

「最高だわ楢原君。それで行きましょう」

 

 

「ダメですよ!?」

 

 

「他にも上の階に爆弾を仕掛けて天井を崩した後、突入して銃を乱射するのもありだぜ」

 

 

「やめてください!」

 

 

「素晴らしいわ楢原君。あなた、美織を殺すことに関しては天才ね」

 

 

「最悪な天才ですよ!?」

 

 

「褒めるなよ」

 

 

「嬉しいんですか!?これ、褒められて嬉しいんですか!?」

 

 

「はぁ……もう木更さん、今日は……」

 

 

蓮太郎が木更を帰らせようとしたその時、

 

 

ガチャッ

 

 

「うおッ!?」

 

 

「里見君!?」

 

 

突如ドアの隙間から伸びてきた手が蓮太郎の腕を掴み、室内へと引っ張り込まれた。

 

 

カチッ

 

 

そして、扉にはすぐ鍵がかけられる。

 

 

「いらっしゃい、里見ちゃん」

 

 

「美織……」

 

 

明るい色の和服を着た女の人が蓮太郎に微笑みかける。蓮太郎は苦笑いするしかなかった。

 

ウェーブのかかった長くつややかな黒髪。お嬢様の様なイメージがあるが、彼女は社長令嬢だ。

 

 

「普通の生徒会室だな。てっきり武器がいっぱいある生徒会室だと思ったんだが」

 

 

「「!?」」

 

 

いつの間にか大樹が入って来ており、生徒会室の椅子に座っていた。二人は驚き、大樹を見る。

 

 

「こ、これが里見ちゃんのお友達?」

 

 

「どうも初めまして楢原 大樹です」

 

 

「会長の椅子に座りながら言うなよ……」

 

 

大樹の自己紹介に蓮太郎は溜め息をついた。

 

一方、生徒会室の外。廊下では木更が騒いでいた。

 

 

『大変だわ!このままでは二人とも美織の毒牙にやられてしまうわ!』

 

 

『毒牙……というと?』

 

 

『死ぬわ!』

 

 

『えぇ!?』

 

 

「外うるせぇな……鍵は開けねぇの?」

 

 

俺はジト目で扉を見続ける。美織と呼ばれた少女はニッコリと微笑む。

 

 

「木更が死んだら開けてやるわ」

 

 

手には拳銃が握られていた。だから怖いよお前ら。鏡見てみろよ。恐ろしいぞ。

 

 

「大体理解できた……仲が悪いんだな」

 

 

「ああ……犬猿ってレベルじゃないぞ。水と油くらい悪い」

 

 

「一生混ざらねぇじゃねぇか」

 

 

どんだけ仲が悪いんだよ。そもそもこの人。

 

 

「というか誰だ?」

 

 

司馬(しば) 美織。ここの生徒会長にして、俺や延珠に装備を提供してくれている巨大兵器会社『司馬重工』の社長令嬢だよ」

 

 

「司波!?」

 

 

「ど、どうした!?」

 

 

「い、いや……な、何でもない。シバ違いだ……」

 

 

(どんな違いだ……)

 

 

今お兄様と妹が笑っている様子が頭の中で過ぎった。そのまま幸せになって末永く爆発してくれ。

 

 

「とりあえず天童を黙らせればいいのか」

 

 

俺は扉の鍵を開ける。と同時に扉が勢いよく開いた。

 

 

「楢原君!美織は……!」

 

 

「黒ウサギ。先に中に入ってろ」

 

 

「え、はい……」

 

 

バタンッ

 

 

黒ウサギだけ生徒会室に入り、大樹と木更が廊下に出て、扉が閉められた。

 

しばらく時間が経った後、扉がまた開き、大樹と木更が部屋に入って来る。しかし、木更の表情は暗い。

 

木更は武器を全てテーブルに置き、一言。

 

 

「ごめんなさい……」

 

 

「「「えええええェェェ!?」」」

 

 

まさかの謝罪に三人は驚くしかなかった。大樹は後ろでうんうんっと頷いていた。

 

 

「じゃあ話を進めるか」

 

 

「進められませんよ!?何をしたんですか大樹さん!?」

 

 

「俺の過去話を語った」

 

 

「「過去話!?」」

 

 

「このお馬鹿様!」

 

 

スパンッ!!

 

 

黒ウサギはハリセンを取り出し、大樹の頭を叩いた。蓮太郎と美織はことの事態が追いつけず、茫然としている。

 

 

「里見君……楢原君には勝てないわ……」

 

 

「ちょっ木更さん!?」

 

 

「美織……ごめんなさい……」

 

 

「木更!?」

 

 

「ああ!?大樹さんのせいで事態がややこしくなりましたぁ!!」

 

 

黒ウサギの悲鳴が、校舎中に響き渡った。

 

大樹の知られざる過去。まだ彼には秘密はあるようだ。

 

 

 

________________________

 

 

 

生徒会室の隣には一室の部屋があった。

 

その部屋の空中には何十枚も浮かぶホロディスプレイ。近代的未来都市の科学部屋の一室のようだった。

 

 

「学校にとんでもないもの作ってるな」

 

 

しかし、こういう部屋はめっちゃ好きだ。普通の学校に見える学校……実は地球防衛軍の秘密基地だった!?とか俺の心を踊らされる。……教会の地下に欲しいなぁ。

 

 

「でも楢原ちゃん、目がキラキラしておるで?」

 

 

「こういうの超好きだ」

 

 

美織にそう言われると、俺は右手の親指を立てて好評だと伝える。というか楢原ちゃんやめろ。

 

 

「じゃあこういうのは?」

 

 

美織は手に銀色の棒を持つ。そして、側面についたスイッチを押すと、

 

 

ヴォンッ

 

 

棒状の赤い光が伸び、ビームサーベルになった。

 

 

「凄ぇ!スター〇ォーズじゃん!生ス〇ーウォーズだよ!?」

 

 

俺のテンションはMAX。美織に貸してもらい俺はビームサーベルを眺める。

 

 

「ヤバい……超欲しい……」

 

 

「今なら10億円や」

 

 

「高ッ!?早く返してあげてください、大樹さん!」

 

 

「月々5000万のローンでどうだ?」

 

 

「購入するつもりですか!?

 

 

「俺は欲しい!」

 

 

「やめてください!!」

 

 

スパンッ!!

 

 

黒ウサギにまたハリセンで叩かれ、俺はしぶしぶ美織にビームサーベルを返す。

 

 

「さて、本題に入ろうか」

 

 

美織は銀色のスーツケースを取り出し、ロックされた鍵を開ける。

 

中には黒い棒が3本。長さは30センチくらいだ。

 

 

「これがバラニウムの槍や」

 

 

「はぁ?どこが槍だぐふぅッ!?」

 

 

「静かにしろ里見。きっと美織はさっきみたいに俺の心をピョンピョンさせてくれるに違いない」

 

 

大樹は蓮太郎の顔をド突いて黙らせる。蓮太郎はヨロヨロと千鳥足になりながら大樹を睨む。

 

美織は黒い棒を持つと、また側面にあるスライド式のスイッチをONにする。

 

 

ガシャンッ!!

 

 

「うおおおおおォォォ!!!」

 

 

黒い棒は一瞬で伸び、2メートル近い棒になった。先端はフォークのように三本の尖った刃が出現した。

 

俺はそのカッコイイフォルムチェンジに歓喜の声を上げた。

 

 

「凄い!さすが美織!男のロマンを分かっている!抱いて!」

 

 

スパンッ!!

 

 

また叩かれた。

 

 

「そんなに喜ばれると照れるで」

 

 

美織は扇子で口を隠し、上品に笑う。黒ウサギも一本手に取って性能を確かめる。

 

 

「軽いですね」

 

 

「え?」

 

 

黒ウサギの一言に美織の表情が凍りついた。大樹は黒ウサギの持った槍を貸してもらい、重さを確かめる。

 

 

「確かに軽いな」

 

 

「これは10キロぐらいでしょうね」

 

 

「うーん、20は欲しいよな?」

 

 

「YES!その位がちょうどいいかと」

 

 

「ちょ、ちょい待ち!」

 

 

俺と黒ウサギの会話に美織が割り込み、話を止める。

 

 

「軽いとか本気で!?」

 

 

「黒ウサギが使っているアレ(インドラの槍)と比べると軽いよな?」

 

 

「アレ(インドラの槍)より軽いですね」

 

 

「『アレ』って何!?」

 

 

ちょっと教えらへんよ。……何か口調がこっちまでうつりそう。

 

 

「そんなことはどうでもええ。とりあえずこれでええがな」

 

 

「大樹さん、うつってます」

 

 

ホンマや……!?

 

美織の言うことは分かる。普通の槍は基本的に4~5キロが一般的だ。バラニウムで作ってあるため重量は重く、使いにくくなっているかもしれないが、俺や黒ウサギには逆に重くないと使えない。

 

重量がある。ということは同時に武器の威力が上がることを指し、さらに頑丈。つまり耐久力も上がることにもなる。

 

ここで大事なのが『頑丈さ』だ。

 

俺たちのような人外的力を持った者は『頑丈』であることが一番大事なことなのだ。もうここまで言えばほとんどの人が理解しているだろう。

 

 

 

 

 

もし、俺たちが全力でコレを振り回したら3秒で壊す自信がある。

 

 

 

 

 

俺じゃなくても黒ウサギがコレを使ったら、すぐに壊す未来が俺には見えてしまう。

 

……そう、俺たちに使える武器が限られている。力が強過ぎるがゆえに。

 

だから、俺たちはこの軽い武器はダメなのだ。

 

ちなみに俺の武器【(まも)(ひめ)】には重量があまり無いが、かなり丈夫である。斬れやすさも抜群。例え折れても炎を出して再生だし、無敵ですね。

 

 

「まぁ無いよりはマシじゃねぇか?」

 

 

「そうですね。では……」

 

 

黒ウサギは3本ある棒のうち、二本を手に取った。

 

 

「二本欲しいです」

 

 

「よし、美織様。いくらでしょうか?」

 

 

いつの間にか大樹は正座をしており、土下座の一歩手前まで来ていた。その行動の速さに蓮太郎と木更はドン引き。黒ウサギは呆れていた。

 

 

「心配せんでええで。今回は全部タダや」

 

 

「え!?本当ですk

 

 

「騙されるな黒ウサギ!きっと裏がある!何か条件があるはずだ!」

 

 

「そんなこと言いながらを額を床に擦らないでください!本当は感謝しているのではないですか!?」

 

 

鋭いな。確かにこれはありがとうございますッ!の意志を込めた土下座だ。

 

 

「里見ちゃんが体で払おうてくれるから安心せえや」

 

 

「おい!?誤解がある言い方するなよ!」

 

 

「うわぁ……里見最低だな」

 

 

「本気にするなよ!?」

 

 

「えっと、あの……ごめんなさい!」

 

 

「だからやめろ!」

 

 

「里見君……退職届は」

 

 

「出さねぇよ!?働かせてくれよ!?」

 

 

俺と黒ウサギと木更は一緒に悲しんだ。彼が……そんな人だったなんて。

 

 

『今回の事件。里見さんについて何か知っていることは?』

 

 

N・D「いやー、いつかはやると思っていました。小さい子と同居しているのでそっちの方に手を出すことは目に見えていましたよ」

 

 

S・R「何でインタビューみたいになってんだよ!?コメントも酷過ぎるだろ!」

 

 

Kウサギ「優しい方だと思っていたのに……残念です」

 

 

S・R「おい!もうやめろよ!」

 

 

S・M「ウチが今回の被害者や」

 

 

S・R「出て来るな!」

 

 

T・K「解雇です」

 

 

S・R「木更さん!?」

 

 

最後、名前を出すな。

 

俺は溜め息をつきながら一言。

 

 

「というか体を提供ってどうせテスターとかCM出演だろ」

 

 

「知ってるならやめろ!!」

 

 

だが断る。

 

里見のような人は世界中にいる。プロモーター&イニシエーターと武器会社が契約することは全く珍しいことではない。

 

武器会社と契約して装備や武器を提供してもらう。その代わりに新製品のテスターやCMに出演してもらう。そのような条件で結んだりするのが基本的だ。

 

しかし、この契約は簡単にできるモノではなかったはずだ。厳しい審査で力の実力やカリスマ性などが無いと受けてもらえない。まず下位のプロモーターにはほぼ無いと考えていいはずだ。

 

 

「どうやって契約を結んだんだ?やっぱり体?」

 

 

「いい加減その発想から離れろ」

 

 

「じゃあどうやって契約したか言ってみろよ」

 

 

「……………」

 

 

「お前……」

 

 

「ち、違う!俺はそんな契約……!」

 

 

「里見ちゃんには新製品のテスター、CM出演の条件のほかにウチと同じ勾田高校で一緒にお勉強しましょってのもあるで」

 

 

「少し私欲が入っていますが普通ですね」

 

 

蓮太郎の代わりに説明した美織の言葉に黒ウサギは逆に驚く。普通だったことに。

 

 

「やっぱり一緒にお勉強ってのは保健t

 

 

「大樹さん?」

 

 

「すいません。出過ぎた真似でした」

 

 

もう何も聞かない。

 

 

「うふふ、里見ちゃんはウチだけのものや」

 

 

そう言って美織は蓮太郎に抱き付く。それを見た木更の額には青筋が浮かぶ。

 

 

「……里見君、今すぐその女から離れなさい」

 

 

木更の据わった目に黒ウサギは怖がり、俺の後ろに隠れる。俺は溜め息をつきながら喧嘩の仲裁に入る。

 

 

「お前ら……もう喧嘩するなよ」

 

 

「それは無理な話や。司馬と天童の一族には因縁も色々あるのやけど、もうウチと木更はそういうレベルちゃうのよ。DNAのレベルで嫌いなの」

 

 

「貧乳」

 

 

ハイ、爆弾が投下されました。もちろん貧乳って言った人物は天童です。しかし、美織も負けていなかった。

 

 

「和服はな、胸が控えめの方が似合うのよ。下品でだらしない大きさの乳はお呼びでないの。わかるかえ、木更?」

 

 

ブチンッ

 

 

やべぇってオイ。今聞こえたぞ。聞こえてはならない音が聞こえたぞ。天童から聞こえたぞ。

 

木更はテーブルに置いてあった雪影を手に取り、話しかける。

 

 

「ねぇ雪影……え?蛇女の血が吸いたい?……仕方ない子ね……ウフフッ」

 

 

怖ええええええええええええええええええええええええええええええええええええェェェ!!!

 

やめろよ!黒ウサギが今にも泣きだしそうになっているだろうが!?

 

 

「美織、あなた瀉血(しゃけつ)って知ってる?病人はね、体の血を少し抜くとラクになるらしいの。私が……………瀉血してあげるわ」

 

 

シャキンッ

 

 

木更は刀を鞘から抜き取り、構える。しかし、言いたいことがある。

 

 

「医学的根拠は無いけどな」

 

 

「え?」

 

 

俺の一言に木更はキョトンした顔でこっちを向く。

 

 

「……………」

 

 

「……………」

 

 

「…………………………」

 

 

「…………………………あ、状況によっては行う例もあるぞ」

 

 

「待っていたわ。その言葉を」

 

 

あぁ!言わなきゃ良かった!

 

 

「瀉血してあげる」

 

 

木更は低い声で告げる。

 

 

「アンタの首から上、いらない」

 

 

それ瀉血ちゃう。

 

 

「天童流だかなんだか知らんけど、たかだか百年ちょっとしか経っていないにわか武道、司馬流の前にひれ伏せさせたる」

 

 

楢原家の剣術もかなり長いよな。よく覚えていないけど。姫羅(ひめら)に聞いておけばよかった。

 

でも40個以上曾が付くところまでは推理できているんだ。だから逆算して……2000年前?……初代が大変なことになっとるぞ。相変わらず計算できなさすぎだろ。

 

 

「うるさいわよ美織。そういうゴタク、あの世で言ってよね」

 

 

聞く気ないだろお前。

 

美織は振り袖に手を入れると、拳銃を取り出した。もう片方の手には鉄扇(てつせん)。本気で殺そうとするなよお前ら。

 

 

「司馬流二天(にてん)(きつ)(ちょう)()(ごく)……」

 

 

「天童式抜刀術一の型二番……」

 

 

「よぉしお前ら。そこまでだ」

 

 

大樹は木更と美織の襟首を掴み、乱暴に持ち上げる。そしてそのまま廊下に連れ出す。

 

5分後、下を向いた木更と美織が生徒会室に戻って来た。木更は刀を。美織は銃をテーブルに置いた。そして、一言。

 

 

「「ごめんなさい……」」

 

 

「だから何を話せばこうなるのですか!?」

 

 

黒ウサギはうんうんと頷く大樹に尋ねる。

 

 

「俺の過去話」

 

 

「またですか!?どんな過去話をすればこうなるのですか!?」

 

 

「……………」

 

 

「そこで切りますか!?すごく気になるのですが!?」

 

 

「里見……お前はいいよな」

 

 

「急に何だよ!?」

 

 

「……………はぁ」

 

 

「本当に何だよ!!」

 

 

「もう大樹さんのせいで話が全く進みまないのですよぉ!!」

 

 

黒ウサギの悲しみの叫びが校舎に響き渡った。

 

 

________________________

 

 

 

「次は刀やな」

 

 

次に美織が取り出したのは黒い刀。もちろんバラニウム製の刀である。

 

俺は手に取り一言。

 

 

「やっぱビームサーベルが使いたい……」

 

 

「諦めてください」

 

 

黒ウサギさん。慈悲はないのか……?ここで『黒ウサギママ買って買ってぇ!!』って駄々をこねたらどうなるだろうか?絶交される気がしたからやらないけど。

 

 

「じゃあコレを12本くれ」

 

 

「そ、そんなに必要なんか?」

 

 

俺の注文数に美織が困り顔で確認する。

 

 

「まぁ必要だな。在庫がないなら諦めるが……」

 

 

「在庫はあるけど、そんなに持ってどうするんかいな?」

 

 

「ちょっと修業で必要でな」

 

 

「修業?」

 

 

俺の修業という単語に黒ウサギがオウム返しで聞いてくる。

 

 

「ああ。ある技を修得するために必要なんだよ」

 

 

「楢原君の技ってどこの技なの?」

 

 

木更の質問に俺は答えを躊躇(ためら)ってしまう。俺の技の原点はこの世界に無いからだ。

 

 

「そのままだ。楢原家の技だよ。全く有名じゃないから知らなくて当然だ」

 

 

有名じゃないという嘘で誤魔化す。

 

そもそも俺の技はいつも思い出してばかりだ。完全記憶能力を使って小さい頃に教えてもらった親父の指導を蘇らせ、技を身につける。唯一【紅葉(こうよう)鬼桜(おにざくら)の構え】、【双葉(そうよう)雪月花(せつげつか)】だけがオリジナル技だ。あとは全部親父と姫羅に教えてもらった技だ。

 

 

「大樹さんの技の数は本当に多いですね」

 

 

「そうだな。俺の先代たちはオリジナル技を作る人が多かったからな」

 

 

黒ウサギの言葉に俺は頷いて答えた。先代の気持ちは分かる。自分だけの技を作ってみたいという気持ちは俺にもあったからだ。

 

 

「変わった家系なんだな」

 

 

蓮太郎の言葉に俺は同意せざるおえなかった。本当にあそこは変態の巣窟だから……お、俺は違うぞ!

 

 

「今回俺が修得したいのは初代が編み出した秘技だ」

 

 

初代という言葉に黒ウサギが反応した。姫羅と面識があるからな。

 

 

「どんな技か聞いてもいいかしら?」

 

 

「【極刀星(きょくとうせい)夜影(やえい)閃刹(せんせつ)の構え】。12本の刀を使った技なんだが、俺にもよく分からん」

 

 

しかも分かるのは名前だけ。名前しか知らない構えなのだ。この後の使える技など不明。

 

この秘技の名前を教えてくれた親父は『剣を極めた強者だけが辿り着ける技だ。12本の刀を使いこなす技で初代しか知らない技だ』と言って、首を横に振っていた。

 

 

「とりあえず頑張って探してみようと思う。初代の技の特徴とか大体分かるからな」

 

 

「す、凄いわね……そんなことができるなんて」

 

 

木更が驚いた様子で俺を見ていた。人外ですから。キリッ。

 

 

「大樹さんのお父様も凄腕の方だったのですか?」

 

 

「オトンも凄いぞ。【無限(むげん)の構え】を作ったからな」

 

 

聞いたことの無い構えに黒ウサギは首を傾げる。

 

 

「【無限の構え】はオトンしか使えない構えだ。相手のあらゆる攻撃を全て弾く究極の技だ」

 

 

「弾くだけなら誰にもできそうな技じゃないか?」

 

 

蓮太郎の言葉に俺は首を振る。俺の言い方が悪かったようだ。

 

 

「里見。お前は亜音速で放たれた銃弾を弾くことはできるか?」

 

 

「……まさか」

 

 

「そうだ。あらゆる攻撃って銃弾とかでも弾くことができるんだよ」

 

 

その言葉にみんなは驚愕するが、俺はまだ続ける。

 

 

「しかも四方八方同時に何丁ものマシンガンが放たれても全て弾くことができるらしい。俺は見たこと無いけどな」

 

 

一度親父がそんなことをボソリと漏らしていた。あの時は『馬鹿じゃねぇの?』って思っていたが、今冷静に考えると有り得てしまうよな。特に己自身を見て。

 

そもそも見る機会なんてあの世界であるか?多分ねぇよ。

 

 

「親父が言っていたが『極めれば斬れぬモノも斬れる』って言っていたが……もしかしたら爆風とか水も弾き飛ばせる構えだと俺は思っている」

 

 

「大樹さんの家庭って……超人揃いですか?」

 

 

失礼な。俺は堂々と黒ウサギに言ってやる。

 

 

「オカンは普通だ……いや、やっぱ分からねぇ」

 

 

「えぇ!?」

 

 

「オトンは普通じゃないことは分かる。じいちゃんが親父の技を見て『こいつマジであり得ぬ』って言ってたから」

 

 

でも母親と姉ちゃんが分からねぇ。普通だと思うんだけど、何故か引っかかる。オトンのせいか?

 

 

「俺が剣道やり始めたのはオトンがやらせたからだし、オカンは何故か永遠の帰宅部を勧めていたな」

 

 

「どうして帰宅部や……」

 

 

美織の言葉に俺は答えれない。分からないよ。高校まで帰宅部だったら教えてあげるって言ってたけど小学校入る前から既に剣道やっていたし。

 

 

「……俺の過去話はいいから早く武器をくれ」

 

 

「せやな。12本と言わずに全部持って行き」

 

 

「ありがたいが12本だけでいいよ」

 

 

俺は美織から無事武器を手に入れることができた。

 

その時、蓮太郎は何かを思い出し、俺に質問する。

 

 

「そう言えばプラナリアを倒していた時に使っていた刀はどうしたんだ?」

 

 

「32匹目でぶっ壊れた」

 

 

その言葉に、みんながドン引きした。ぐすん。

 

 

________________________

 

 

 

俺たちが今度向かった場所は勾田公立大学付属の大学病院だった。黒ウサギと木更は用事があるみたいなのでここでお別れ。蓮太郎と一緒に行動していた。

 

美織は蓮太郎に抱き付いて木更と喧嘩して生徒会室で別れた。あとまた過去話を話したよ。俺の過去話TUEEE!

 

病院の北側を進むと突き当りの廊下に地下へと続く階段があった。

 

薄暗い階段をゆっくりと降りると、俺たちの目の前に大きな扉が立ち塞がった。

 

 

「何だ……これ……」

 

 

扉には地獄の悪魔が描かれていた。何?俺たちは今からどこへ行こうとするの?

 

というか大学病院の地下に何を作ってんだ。流行っているの?学校に何かを作るシリーズなの?

 

俺は蓮太郎の方を振り向き一言。

 

 

「帰っていい?」

 

 

「行くぞ」

 

 

ですよねー。

 

扉を開けて中に入ると、やっぱり薄暗かった。

 

棚には薬品。壁には難しい関係式が書かれた紙が一面に貼られ、テーブルには弁当の食べかけ。どうやらここに人が住んでいるようだ。

 

その証拠に、俺の背後からゆっくりと近づく人物が。

 

 

「誰だ」

 

 

「おや?せっかく驚かそうと思っていたのに残念だ」

 

 

俺の背後から忍び寄って来たのは一人の女性。私服のタイトスカートの上から大きな白衣を着ていた。

 

肌は青白く、髪は目元まで長く伸ばしてあり、目の下には大きなクマ。幽霊の様な人だった。

 

そして驚くことは他にあった。

 

 

「それ、死体だよな?」

 

 

女性が抱き締めている死体だ。男の死体を愛おしそうに抱いていた。

 

 

「彼はチャーリー。私の恋人だ」

 

 

「頼む里見。もう帰りたい」

 

 

まともじゃない。天才学者は頭がイカレているって言うがこれヤバイ。

 

 

「……前はスーザンって女性じゃなかったか?」

 

 

「うわあぁん!!この人たち怖いよぉ!!」

 

 

順応している里見に俺は恐怖するしかなかった。

 

 

「ハッハッハ、奈落(アビス)へようこそ」

 

 

女性は不敵に笑いながら俺に近づく。俺は動けず、額からダラダラと汗を滝のように流す。

 

 

「死体はいいよ、無駄口聞かないし。彼らだけさ、私の気持ちを分かってくれるのは」

 

 

「やめてぇ!!僕にそんな趣味はないから!!」

 

 

絶対絶命である。

 

 

「それで、君は私に何か用があるのだろう」

 

 

「そ、そうだけど……とりあえずチャーリーを俺の体から離して貰えませんか?」

 

 

チャーリーが俺の顔の横にあるのが恐ろしすぎてたまらぬ。

 

この女性は勾田公立大学付属の大学病院。法医学教室室長兼ガストレア研究者、室戸(むろと) (すみれ)

 

蓮太郎に『天才的頭脳を持った医者か学者を紹介してくれ』と頼んだところ、この女性が紹介されたのだ。

 

菫はチャーリーを俺から離すと、壁に立て掛け、椅子に座った。

 

 

「ガストレアに詳しいんだろ?それについて確認したいことがたくさんある」

 

 

「何かね?」

 

 

「『ガストレア』そのモノについて」

 

 

菫は待ってましたと言わんばかりの笑みを俺に見せた後、冷蔵庫をあさり出した。

 

 

「ダニは知っているかね?」

 

 

「逆に知らない奴っているのか?」

 

 

菫は手術で使う銀色の容器にデロデロと色んな液体を注ぐ。色が紫なんだが……。

 

 

「ダニのジャンプ力が人間換算で東京タワーほどもあるというが、そもそもノミの体がそれほど巨大になれば自分の体を支えられないし、皮膚呼吸すら満足にできない」

 

 

マジかよ。全然知らなかったわ。ダニすげぇ。いや弱ぇ?

 

菫は銀色の容器を電子レンジに入れて、温め始めた。

 

 

「だが、ガストレアウイルスは全てを覆す」

 

 

その言葉に俺は目を細めた。菫は続ける。

 

 

「生物がガストレアに変化する際、まず大きさに応じて皮膚の硬度や体機能の向上が起こる。だからガストレアはでかければでかいほど固いし筋力も強靭だ」

 

 

チーンッ

 

 

電子レンジの温めが終わり、容器を取り出す。

 

 

「しかもただ自分のコピーを作り出すのではなく、宿主の遺伝子特性を解析したうえで最適な形状に作り替えていく」

 

 

菫は銀色の容器に入った紫の液体をスプーンで混ぜて具合を確かめる。

 

 

「そして、問題なのはその速度(スピード)だ」

 

 

「浸食スピードだな」

 

 

「そうだ。浸食スピードは地球上のあらゆる生物に比して規格外と言える。そして体内浸食率が50%を越えると人間の姿を保てなくなり……」

 

 

銀色の容器に入った紫のスープを他の容器に移して三等分にした。まさか……!?

 

 

形象(けいしょう)崩壊というプロセスを()て、宿主はガストレアになる」

 

 

二つのスプーンを俺たちに見せ、ニッコリと微笑む。

 

 

「続きは食事の後にしよう」

 

 

「嘘だと言ってくれ。これはさすがに……」

 

 

「聞きたくないのかね?食べないと一言も喋らん」

 

 

「くっ……!」

 

 

「蓮太郎君。君もだ」

 

 

「はぁ!?」

 

 

俺たちは目を合わせ、頷く。ここは逃げ……!

 

 

「扉はロックしておいた」

 

 

「「ちくしょう!!」」

 

 

準備が良すぎる!

 

俺たちは引き攣った顔で椅子に座る。異臭を放つ紫のスープをスプーンですくうと、手が震えた。

 

一緒のタイミングで俺と蓮太郎はそのスープを口に入れた。

 

 

「「喉があああああ!!」」

 

 

「どうだ、美味いか?」

 

 

不味い!死ぬほど不味い!これほどまで不味いという食事を味わったことがない。一体何を入れればこんなモノになるんだ!?

 

 

「甘い上に気持ち悪い酸っぱさがあるぜ……なんなんだよこれ?」

 

 

これが間違いだった。聞くべきじゃなかったと今でも思う。蓮太郎の失言に、菫は答える。

 

 

 

 

 

「ああ、溶けかけているドーナツだ。死体の胃袋からでてきたんだよ」

 

 

 

 

 

その瞬間、俺と里見は近くにあったバケツに向かってリバースした。

 

全てを出し終わった後、蓮太郎は叫ぶ。

 

 

「しょ、証拠品だろ!!」

 

 

「いや、もう事件は解決しているのでな。担当刑事に食べていいかと聞いたら二つ返事で快諾してくれたぞ」

 

 

「「嘘だッ!!!」」

 

 

『ひぐ〇し』のレ〇ちゃんと同じ形相で俺たちは怒った。ブチ切れである。

 

 

「話を戻すが、進化の過程でオリジナルの能力を生み出す個体もある。それが突然変異による、進化の跳躍といやつだ」

 

 

「進化の跳躍か……ウェプッ」

 

 

顔を真っ青にした俺は菫に尋ねる。

 

 

「俺は前にクモのガストレアを倒したことがあるが……」

 

 

ソイツの中から『七星の遺産』が出て来たわけだが、気になることはそこじゃない。ガストレアだ。

 

 

「ソイツはクモの巣に使う糸をハンググライダー状に編んで風に乗って空を飛んでいた。これも進化の跳躍か?」

 

 

「何……?」

 

 

菫の目が鋭くなった。蓮太郎もその話に驚いていた。

 

 

「パラシュート状に編んで風に乗るクモはいる。でもハンググライダーってどういうことだ?」

 

 

「そのままの意味だ。ハンググライダーみたいな形にクモの糸が編んであった。それがモノリスの近くにある廃墟地街の近くで飛んでいたんだよ」

 

 

「廃墟地の近くって……まさか!?」

 

 

「入っていたよ。街の中にな」

 

 

その言葉に蓮太郎は驚愕した。ハンググライダーを使ってモノリスを無理矢理通って来たのだろう。

 

菫はスープを食べながら俺の話を肯定した。

 

 

「間違いない。進化の跳躍だと考えていいだろう」

 

 

「そうか……」

 

 

「君はプラナリアの感染爆発(パンデミック)だけでなく、第二の感染爆発(パンデミック)も防いでいたのだな」

 

 

そうだっと菫は何かを思い出し、俺に向かって口に咥えていたスプーンを向ける。

 

 

「君はもっとキレイに倒せないのかね?」

 

 

「……………は?」

 

 

「君のスプレーによるバラニウムの倒し方は再生能力が強力なプラナリアには素晴らしい方法だと私も思う。だが解剖する時、バラニウムが邪魔で邪魔で仕方がないのだよ」

 

 

「ちょッ!?チャーリーは近づけないで!!」

 

 

「蓮太郎君は特に最悪だ。チリしか残っていない」

 

 

「俺もかよ……」

 

 

とりあえず怒っているようなので、俺はこれで許してもらおうと思う。

 

 

「今度ガストレアを生きたままプレゼントしようか?」

 

 

「おい!?それはいろいろとヤバいだろ!」

 

 

「なるほど。買おう」

 

 

「買うな!」

 

 

話が脱線していたため、俺は話を戻す。

 

 

「別に感染爆発(パンデミック)は俺が防がなくても他の奴らが止めていただろ。プロモーターとかイニシエーターとか」

 

 

「『呪われた子供たち』か……」

 

 

菫は椅子に座り、スープをフラスコに入れて加熱し始めた。

 

 

「私は時に気味が悪くて仕方がないよ」

 

 

「……何だと?」

 

 

俺は少し怒っていた。彼女たちが『気味が悪い』と言われたからだ。

 

 

「10年前、世界で初めてガストレアが現れ始めたのと同時にほぼ同期に、まるでそれに対抗するかのようにガストレアウイルス抑制因子を持った胎児が生まれ始めた」

 

 

しかし、菫の真剣な表情を見て俺は怒りを鎮めた。

 

 

「二人も知っているだろ?通常人間がガストレアウイルスに感染して異形化するには血液感染を除いて他にない」

 

 

そう、不思議なことに空気感染(エアロゾル)はおろか、口から入ったり性行しても感染は確認されなかった。

 

 

「だがたまたまウイルスが妊婦の口に入った場合、胎児にその毒性が蓄積されて生まれてくることがある」

 

 

「それがあの子たちってことか……」

 

 

再度彼女たちの状況を確認したが、俺の考えは変わらなかった。

 

 

「でも、俺は気持ち悪いとは思わない」

 

 

「理由は?」

 

 

菫に答える解答は用意してある。

 

 

 

 

 

「俺たちと同じ、人間だからだ」

 

 

 

 

 

その答えに菫は驚いていた。体の動きが止まり、目を見開いていた。

 

しかし、菫は吹き出し、大笑いした。

 

 

「アッハッハッハ!!君は馬鹿なのかね!遠回しに人間であることを否定した私に、わざわざ人間だと肯定するなんて!」

 

 

「おかしいか?」

 

 

「いや、君は蓮太郎君と同じだ」

 

 

菫はニヤニヤと笑みを浮かべながら俺たちを見る。

 

 

「もしかして君たちはデキているんじゃないのか?」

 

 

「「冗談でも洒落にならないから黙れ」」

 

 

この人、手に負えねぇ。

 

 

「さて、君は確認しに来たと言ったが……まだあるのだろう?無いと失望する」

 

 

「あるから失望するな」

 

 

俺はポケットからUSBメモリーを取り出し、菫に渡す。菫はすぐにパソコンに繋ぎ、データを開く。

 

菫は黙ってそれを見続ける。蓮太郎は真剣にデータを見ていた菫を見て驚いていた。

 

 

「何を渡したんだ?あんな先生の顔、そうそう見ねぇぞ」

 

 

「そのうち分かる」

 

 

菫が全てのデータを見たところ見計らい、俺は尋ねる。

 

 

「率直に聞く。可能か不可能か」

 

 

「不可能だ」

 

 

バッサリと切り捨てた菫。声音は低かった。

 

 

「ガストレアを元の生物に戻すことは絶対的に不可能だ」

 

 

「チッ、クソがッ」

 

 

俺はその言葉を聞いて舌打ちする。やっぱりダメか。

 

 

「だが次の項目に書かれた遺伝子の永久凍結はいい発想だと私は思うよ」

 

 

「凍結?」

 

 

状況を理解できない蓮太郎が菫に尋ねる。

 

 

「ガストレアウイルスは遺伝子情報を書き換える。それを防ぐために遺伝子情報を書き変えさせないように、遺伝子を固定する方法を彼は考えたのだよ」

 

 

「遺伝子の固定……それが永久凍結」

 

 

俺が考えたのは遺伝子情報の永久凍結。通称は『永久遺伝子』だ。

 

遺伝子の構造を絶対的に動かさないように固定させ、遺伝子情報を書き換えるガストレアウイルスから身を守る方法だった。

 

 

「これを使えば浸食抑制剤の効果上昇も期待できると思ったが、いけるか?」

 

 

浸食抑制剤とはその名の通り、浸食率を抑える薬だ。これを怠ると浸食率は上昇し、ガストレア化してしまう。

 

しかし、抑えるだけであって止めることは不可。完全には抑えれないのだ。

 

金が底を尽きるスピードが早かったのはコイツのせいでもある。廃墟に住む子どもたちは政府の者から投与されているが、投与する際、問題が必ず起きるため、時々投与されているような形になってしまっている。

 

それを俺たちは利用して格安で薬を買い取り、彼女たちに投与している。今日の朝も優子たちに買ってきてもらい、俺がみんなに投与してやった。

 

 

「その薬も不可能だ。しかし、一番下の項目の欄に書かれた薬は使える。効果は1.2倍は期待できる」

 

 

菫の言葉に俺は溜め息を漏らした。少ねぇ。

 

里見も同じことを思ったのか、菫に尋ねていた。

 

 

「1.2倍って小さ過ぎないか?」

 

 

「……………はぁ~~~~~~~~~」

 

 

蓮太郎の言葉に今度は菫が長い溜め息を漏らした。蓮太郎の顔が引き攣る。

 

 

「何だよ」

 

 

「馬鹿で甲斐性なしの君には分からないか……」

 

 

「木更さんと同じことを言うな」

 

 

「これは凄いことだぞ。政府にこの資料を出せば1億はくだらないだろう」

 

 

「一億!?」

 

 

その桁に蓮太郎は驚愕する。

 

 

「この薬の開発に成功したら今の『呪われた子供たち』の寿命は半年は伸びる。これで凄い事は理解できたかい?」

 

 

「半年……!」

 

 

蓮太郎には、それが長いと感じたのか短いと感じたのか俺には分からない。でも、俺は短いと思っている。

 

 

「なぁ……これを」

 

 

「構わない」

 

 

「え?」

 

 

頼む前に了承を貰ってしまった俺は動きを止める。

 

 

「君の研究は面白い。見たことのない発想や理論ばかりだ。暇つぶしには持って来いだね」

 

 

「……そーですか」

 

 

「君は続けるのかね?」

 

 

何を続けるか、俺には分かっていた。

 

 

「研究は、続けるつもりだ」

 

 

「ならいつでも私の所に来たまえ。歓迎する」

 

 

その時、不気味に笑った菫の顔は、普通の美人さんの顔にしか見えなかった。

 

 

 

________________________

 

 

 

半日の仕事を終えた太陽は帰り、街に暗闇が訪れた。

 

蓮太郎は自分の家に帰り、菫は研究に没頭。俺は一人になったので一度ホテルに帰ろうと思い、優子に帰宅連絡のメールをした。

 

しかし、優子たちはホテルにいるのではなく、なんと教会にいると言い出した。さらに住むとも言い出したので、俺は急いで筒状に丸めた綺麗な布団を20個以上持ち運んでいた。

 

そして、布団を教会に運び終わった時に気付いた。夕食を買ってきていないことに。子どもたちが不安そうな目を見た時は本当に心が痛んだ。

 

音速で街を駆け巡り、夕食の食材をゲット。現在両手に買い物袋をぶら下げて夜道を歩いて帰っている。音速で帰ると食材がアレなことになってしまうので自重している。

 

 

「で、どうした影胤?」

 

 

「……やはり気付いていたか」

 

 

前方にある電柱の後ろからスッ姿を現す。相変わらず気味の悪い仮面にスーツを着ていた。影胤の隣には小比奈もいる。

 

 

「別に裏切りは怒っていないぞ。ただ一回斬られろ」

 

 

「それを怒っていると言うのだよ大樹君」

 

 

じゃあ一発殴らせろ。いやぁ、俺は慈悲深い男だなぁ。

 

 

「それで、何の用だ?」

 

 

「……それは子どもたちのモノかね?」

 

 

「そうだぞ。今日はお肉が安かったからすき焼きでも……」

 

 

ドゴンッ!!ドゴンッ!!

 

ガチンッ!!

 

 

「……どういうつもりだ」

 

 

影胤の銃弾は俺の持っていた買い物袋を狙っていた。しかし、俺は懐に入れた拳銃コルト・パイソンを使い、【不可視の銃弾(インヴイジビレ)】で銃弾同士をぶつけて相殺した。

 

 

「君のやり方はいつか壊れる。政府の者は快く浸食抑制剤をくれるが……」

 

 

「もう毒入りの浸食抑制剤が混ざってたよ」

 

 

俺の返答に影胤は笑う。

 

念のために政府から格安で貰った浸食抑制剤の成分を調べたところ、三本も毒入りの浸食抑制剤が見つかった。その時は本当にキレそうになった。

 

 

「そうだろうね。政府は既に君たちを見捨てているのだから」

 

 

「大丈夫だ。これを政府に突きつけて金をがっぽり奪うから」

 

 

金の収入源ならいくらでもある。自分から墓穴を掘ってくれるような奴がいるかぎりな。中々の悪だな俺も。

 

 

「もう一度聞こう、我が友よ」

 

 

影胤は手を俺に向かって伸ばす。

 

 

「話したと思うが、私には強力な後援者(バック)がいる。私たちなら、この街を、絶望へと落とせる」

 

 

影胤は告げる。

 

 

「私と壊せ!東京エリアを!」

 

 

「残念だが、俺はその期待に答えれそうにないな」

 

 

俺の断りに影胤は驚き、手を伸ばすのをやめた。シルクハットを深く被り直し、俺に背を向ける。

 

 

「くだらん。なら君には無理矢理でも動いて貰う」

 

 

影胤はスーツの懐から無線機を取り出し、スイッチをオンにする。

 

 

 

 

 

「君の大切な人たちには、死んでもらう」

 

 

 

 

 

「……………ハッ」

 

 

俺は鼻で笑ってしまった。その様子を見た影胤は問いただす。

 

 

「何がおかしいのかね?」

 

 

「お前らがどんなに強いかは正直分からねぇよ。でも、お前らじゃ勝てねぇよ」

 

 

舐めるんじゃねぇよ。

 

彼女たちは俺の後ろにいつまでも隠れている人じゃない。俺の隣に立とうと、俺を守る為に前に出ようとする危ない子だ。

 

だから確信できる。

 

 

 

 

 

「俺の嫁は、最強だ」

 

 

 

 

 





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東京エリアの明日

・パン、作って。

・パンツ食って。

これを何気ない日常会話に挿入。


主人公「何食べたい?」

ヒロイン「パンツ食って」

主人公「」


考えた人は天才だと思った。



心配だ。

 

心配で心配で仕方がない。心配過ぎてハゲそう。

 

え?何が心配かって?

 

 

 

 

 

優子たちのことに決まっているだろうが!!!

 

 

 

 

 

……確かに俺の嫁、最強宣言をした。さらっと勢いに任せて嫁宣言もしてしまった。

 

最強宣言に関しては後悔している。だが嫁については後悔していない。

 

もし……もしだ……万が一だ……優子たちに何かあった時は。

 

 

「この世界を滅ぼしてやる……」

 

 

「今私より残酷な目的を持っていないかね?」

 

 

持っていない。今は。今は。大事なことなので二回言いました。何なら100回くらい言ってやってもいい。

 

ちくしょう。早く帰らなければ……こうなったらッ!

 

 

「……これをやるから見逃して」

 

 

「……………」

 

 

どうやら買い物袋での取引はダメなようだ。当たり前だ馬鹿。

 

 

「はぁ……結局また戦うのかぁ……嫌だなぁ……」

 

 

「私も望まぬ戦いだ」

 

 

カチャッ

 

シャキンッ

 

 

影胤は不気味な拳銃を二丁両手に持ち、小比奈は二本の刀を両手に持った。

 

 

「許せ我が友」

 

 

ガガガガガッ!!!

 

 

「ッ!?」

 

 

その時、上空から雨の銃弾が降り注いだ。ビルの屋上から多人数の黒服を着た奴らが俺に銃口を向けて発砲していた。

 

銃弾の数は千を超え、一瞬にして逃げ場を失った。

 

絶望的状況に大樹は、

 

 

「……なんてなッ」

 

 

笑った。

 

 

ゴォッ!!

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

大樹の姿が一瞬にして消え去った。まるで瞬間移動をしたかのように。

 

銃弾は地面のアスファルトを削り、誰にも当たらなかった。

 

 

「【無刀の構え】」

 

 

大樹の声が聞こえるが、姿は見えない。

 

 

「【鳳凰(ほうおう)炎脚(えんきゃく)】!!」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

巨大な爆発音がビルの中から響いた。ビルは大きく揺れ、屋上まで揺れが伝わった。ビキビキと床にひびが入り、

 

 

ドゴンッ!!

 

 

屋上の床が抜けた。

 

マシンガンを持っていた男たちはバランスを崩し、どんどん下へと落ちて行く。

 

ただでさえボロボロのビルは半壊し、体は途中一緒に降って来たコンクリートなどに叩きつけられながら落下していく。

 

 

「なるほど。これが影胤が言っていた後援者(バック)か」

 

 

そして、落下地点には買い物袋を両手に持った一人の男が笑っていた。

 

 

「安心しろ。俺は人を殺さねぇ。救急車も呼んである」

 

 

大樹は買い物袋を一度地面に置き、右手をギュッと握り絞める。

 

 

「というわけで一回死んで来い」

 

 

この男、言っていることが無茶苦茶である。

 

 

 

________________________

 

 

 

「小比奈。合わせなさい」

 

 

「はいパパ」

 

 

廃墟ビルの崩壊を見ていた影胤と小比奈。二人の視界には後援者(バック)を徹底的に、圧倒的に、ボコボコにしている大樹が映っていた。

 

律儀に買い物袋にコンクリの残骸や砂埃が入らないように配慮して戦っている。それは余裕であることを示していた。

 

しかし、目的はそれでよかった。

 

影胤の狙いはただ一つ。時間稼ぎだからだ。

 

 

ダンッ!!

 

 

影胤と小比奈は同時に飛翔し、崩れ出している廃墟ビルからモクモクと出ている土煙の中にと突っ込む。

 

 

「来やがったな……!」

 

 

大樹は二人が突っ込んで来たことをすぐに察知。両手に持っていた買い物袋を大事に持ち、構える。

 

 

「ッ!」

 

 

小比奈は影胤より速く走り出し、大樹に向かって二本の刀を振り下ろす。

 

 

「【曲芸(きょくげい)の構え】」

 

 

大樹もそれに答えるように小比奈に向かって走り出す。

 

 

「【反転(はんてん)転剣(てんけん)】」

 

 

ガチンッ!!

 

 

小比奈の横を大樹は通り過ぎ、小比奈の斬撃を交わす。小比奈はすぐに振り返り、反撃しようとしたが、

 

 

「ッ!?」

 

 

自分の手には刀が握られていないことに気付く。

 

 

「絶対に使えない技かと思ったが、案外いいかもしれないな。先祖の技は元々これが目的だったしな」

 

 

大樹の手には小比奈が持っていた刀を二本握っていた。

 

 

 

 

 

そして、小比奈の手には()()が握られていた。

 

 

 

 

 

大樹は買い物袋からネギを取り出し、小比奈の持っていた刀と交換したのだ。

 

悪戯が成功した大樹は小比奈に向かって笑みを浮かべる。大人げない行為である。ちなみに買い物袋は足元に置いてあった。

 

 

「絶ッッ対斬るッ!!」

 

 

「ぶはッ!!ネギで!?これは大笑いモノだな!!」

 

 

「ッ!!!」

 

 

ゲラゲラと笑いだした大樹を見た小比奈は憤怒した。ネギを地面に叩き捨て、大樹に向かって鬼の形相で飛び掛かる。

 

 

ガキュンッ!!

 

 

「「ッ!」」

 

 

その時、二人の間に一発の銃弾が通り過ぎた。撃ったのは影胤。

 

 

「下がりなさい!」

 

 

影胤は冷静を忘却した小比奈を落ち着かせる。

 

 

ガキュンッ!!ガキュンッ!!ガキュンッ!!

 

 

影胤はもう一丁の拳銃で大樹に向かって連射し、小比奈との距離を開けさせる。

 

 

「二刀流式、【阿修羅(あしゅら)の構え】」

 

 

銃弾が大樹に当たる前に、大樹は小比奈の二本の刀を振り下ろす。

 

 

「【六刀(ろっとう)鉄壁(てっぺき)】!!」

 

 

ガチンッ!!!

 

 

全ての銃弾を一瞬で縦に斬り、真っ二つなった銃弾は大樹を避けて、後方の壁にめり込んだ。

 

 

「小比奈!」

 

 

影胤は大樹が技を繰り出しているうちに、新しい刀を二本渡す。

 

小比奈はすぐに刀を鞘から抜き取り、大樹に向かって走り出す。大樹も小比奈に向かって走り出し、刀を振り下ろす。

 

 

「ッ!?」

 

 

そして、大樹は戦慄した。

 

 

 

 

 

小比奈の構えが『二刀流式、【阿修羅の構え】』だったからだ。

 

 

 

 

 

(嘘だろ!?簡単に真似できる技じゃねぇぞ!?)

 

 

小比奈は二本の刀を高速で振り回す。その瞬間、【六刀鉄壁】が発動した。

 

 

ガチンッ!!ガチンッ!!

 

 

大樹の斬撃は防がれてしまい、小比奈はカウンターで隙を見せた大樹に攻撃する。

 

だが大樹は余裕を持って斬撃を紙一重でそれを避けてしまう。小比奈のスピードが遅いわけではない。大樹が異常な人外的スピードで避けているのだ。

 

 

「そこだッ!!」

 

 

「ッ!?」

 

 

そんな速さで動く大樹を捉えた影胤。ずっと好機を狙っていた。

 

大樹の背後に回り込み、右手に『イマジナリーギミック』で斥力を槍状に展開。

 

 

「『エンドレススクリーム』!!」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

影胤が持つ最強の矛。光の槍が大樹に向かって突き進む。

 

爆発音のような音が耳の鼓膜を震え上がらせ、槍の光は目を潰れてしまいそうなくらいの瞬きだった。

 

 

「【無刀の構え】」

 

 

大樹は刀から手を離した。そして右手と左手。二つの手を合わせて一つの拳を作る。

 

 

「【天落(てんらく)(げき)】ッ!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

拳を振り下ろし、『エンドレススクリーム』を上からぶち当てる。

 

 

バシュンッ!!!

 

 

「「なッ!?」」

 

 

その光景に影胤と小比奈は目を疑った。

 

 

 

 

 

最強の矛が下に向かって折れ曲がったからだ。

 

 

 

 

 

曲がった矛はコンクリートの床を貫き、床を砕く。コンクリの破片が空に向かって飛び散り、廃墟ビルは完全に倒壊し始める。

 

ありえなかった。現象、理論、歴史、光学、物理……どんな理由や言い訳を並べても大樹の前では無力。

 

全ての(ことわり)、全ての常識、全ての方向性。

 

彼の前では、それが否定され、捻じ曲げられ、変えられる。

 

 

「馬鹿な……そんな馬鹿な……!」

 

 

前回彼と戦った時、彼は『エンドレススクリーム』をかわした。刀で受けようともせず、かわしたのだ。

 

それが今回はどうだろうか?生身の拳で叩き落とした。それがあまりにも残酷な形で実力の違いを見せつけられている。

 

崩れ出すビルの中、力の違いを見せつけられた影胤は動けなくなってしまっていた。小比奈が何度も『パパ』と呼んでも影胤は動けなかった。

 

 

「ったく!世話かけんなよ!!」

 

 

「「ッ!?」」

 

 

大樹は影胤と小比奈の前に降り立ち、二人を抱えた。小比奈は抵抗しようとしたが、助けてもらうことを理解したのか、抵抗することをやめた。

 

大樹は二人を抱えたまま降って来るコンクリの破片を避ける。律儀に買い物袋も手で持つところを口で噛み、回収している。

 

 

「んんんんんッ!!」

 

 

大樹は買い物袋を噛んだまま叫ぶ。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

そして、大樹は目の前にある壁を蹴り砕いた。

 

土煙が三人の視界を塞ぐが、すぐに突き抜ける。クリアになった視界、光が三人を照らす。

 

目の前に広がる光景。三人は驚いた。

 

 

 

 

 

「「「「「動くなッ!!警察だッ!!」」」」」

 

 

 

 

 

「「「……………」」」

 

 

サイレンの赤い光と警察が持った懐中電灯が俺たちを照らす。ついでに拳銃の銃口も向けられていた。

 

三人は同時に思った。

 

 

後援者(バック)、マジで覚えとけよっと。

 

 

 

________________________

 

 

 

「ぐあああああ!!」

 

 

夜の暗闇と同じくらいの色で包まれた服を着ていた男が宙を舞う。

 

 

ドサッ!!

 

 

荒れた道路に叩きつけられ、男の意識は刈り取られる。

 

 

「「「「「頑張れお姉ちゃん!!」」」」」

 

 

同時に女の子たちの声援が聞こえた。

 

ここは大樹たちが拠点にしている教会の前。扉の前には二本のバラニウムの槍を持った黒ウサギ。腕輪型CADを右手につけた真由美。携帯端末型のCADを右手で握り絞めた優子。三人の女の子が立っていた。

 

教会の窓からは子どもたちが身を乗り出して彼女たちを応援していた。

 

 

「先程まで怖がっていたのに……もう応援ですか」

 

 

黒ウサギは苦笑いで子どもたちを見る。敵の襲撃時、子どもたちは震えて怖がっていたのに、もう怖がっている女の子はいなかった。

 

 

「大樹君に似たかのかしら?」

 

 

「それ、冗談でもやめたほうがいいわ」

 

 

真由美の言葉に優子はすぐに首を横に振った。

 

 

「立てお前ら!!赤目を殺すんだろうがッ!!」

 

 

一人の男が大声を荒げるが、残りの敵は誰も動こうとしなかった。

 

敵の数は5人……さきほど吹っ飛ばされたので4人である。

 

 

ガキュンッ!ガキュンッ!ガキュンッ!

 

 

男たちは銃の引き金を引き、黒ウサギたちに向かって撃ったが、

 

 

カカカンッ!!

 

 

黒ウサギは槍を前方で円を描くように回転させ、銃弾を全て弾き返した。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「がはッ!?」

 

 

そして、高速で一人の男との距離を一瞬でゼロにして、右手に持った槍を横に薙ぎ払い、吹っ飛ばした。

 

 

バキンッ!!

 

 

男は汚れた看板をぶち破り、意識を失う。その一連を見た男たちの顔色が悪くなる。遠くから見ても顔色が悪い事が分かるほど青ざめていた

 

 

「今すぐ立ち去りなさい。今のは手加減した攻撃です。これ以上攻撃を続行するなら容赦はしません」

 

 

鋭い目をした黒ウサギの警告。黒服の男たちは後ろに下がってしまう。しかし、大声を荒げた男だけは違った。

 

 

「ふざけるなッ!!このアマッ!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

男は発砲。一発の銃弾が黒ウサギに向かって飛んで行くが、

 

 

フォン!!

 

 

黒ウサギの目の前に魔法【ダブル・バウンド】を発動した。

 

銃弾は倍の速度で男の元へと跳ね返る。

 

 

ドスッ!!

 

 

「あがッ!?」

 

 

跳ね返った銃弾は男の右足を貫いた。男は痛みに耐えられなくなり、その場にうずくまる。

 

 

「「うわああああ!!!」」

 

 

残り二人になった敵は恐怖が最高潮に達し、一緒に逃げ出した。子どもたちは逃げ出した男たちを見て拍手。

 

残ったのは吹っ飛ばされて気絶している男。痛みに耐える男。三人が残った。

 

 

「……どうしましょうか?」

 

 

「そう言えば考えていなかったわ……」

 

 

黒ウサギと優子は今の現状に困り顔になった。

 

 

「とりあえず救急車を呼びますか?」

 

 

「縛る方が先じゃないかしら?」

 

 

黒ウサギの提案と真由美の提案に優子は、

 

 

「大樹君を呼びましょう」

 

 

「「あぁ……」」

 

 

二人は気付く。確かにそっちの方が早い気がすると。

 

 

「では縛った後、黒ウサギの恩恵で怪我を治療。その後は大樹さんに引き渡すでいいですか?」

 

 

「何故かしら……大樹君より警察に引き渡した方がこの人たちが救われるような気がする」

 

 

「アタシも同感だわ……」

 

 

黒ウサギの提案に真由美が深刻そうな顔で呟いた。真由美の言葉に優子も深刻そうな顔で頷く。

 

三人はロープで敵を縛った後、黒ウサギは銃弾を受けた男の治療に取りかかった。

 

その時、こちらに向かって走って来る三人の影が目に入った。優子たちは敵が戻って来たと思い、警戒するが、

 

 

「蓮太郎!こっちだッ!」

 

 

「延珠ちゃん!?」

 

 

聞こえてきた声は延珠の声。延珠の後ろには里見と木更が延珠を追いかけていた。

 

 

「ほら見なさい里見君。さっきの奴ら倒して正解だったでしょ?」

 

 

「完全に戦う気力を失なった奴に飛び蹴りして後悔していたクセによく言うぜ」

 

 

「だ、だって拳銃を……!」

 

 

「一番後ろにいた奴は『たす……』って何かを言いかけて……」

 

 

「蓮太郎!妾を差し置いて木更とイチャつくとは何事だ!」

 

 

「お前も飛び膝蹴りしただろうが!」

 

 

「「「……………」」」

 

 

残りの敵は既に天童民間警備会社の女子たちが倒したようだ。三人は遠い目をした。せっかく見逃したのに、なんかすいませんという目をしていた。

 

 

「ただいまー」

 

 

「あ、大樹さん!……………大量ですね」

 

 

「凄いな。もしかして慣れたのか黒ウサギ?少しは驚こうぜ?」

 

 

今度は大樹が来た。しかし、大樹の後ろには黒い服を着た男たちが10人ほど縄で縛られ、トボトボと連行されていた。

 

状況をすぐに把握した黒ウサギは慣れたのかと言われた時は苦笑いで対応するしかなかった。

 

 

「あ、大樹さん。額が汚れていますよ」

 

 

「額?あー、影胤に至近距離から撃たれたからな。熱かった」

 

 

(((えぇ!?)))

 

 

((大樹君らしいなぁ……))

 

 

蓮太郎と延珠と木更は驚愕。優子と真由美は何故か安心してしまった。

 

黒ウサギはポケットからハンカチを取り出し、大樹の額についた汚れを取ろうとする。大樹は黒ウサギが拭いてくれることに気付き、黒ウサギが拭きやすい高さまで膝を曲げる。

 

 

「ん」

 

 

「ちょっとそのままで………終わりましたよ」

 

 

「サンキュー」

 

 

「「……………ハッ!?」」

 

 

大樹と黒ウサギを見ていた優子と真由美は我に帰る。そして二人は急いで話し合う。

 

 

「どうしてあんなに仲がいいのかしら!?恋人みたいだったわよ」

 

 

「お、落ち着いて真由美さん。アタシたちにも希望はあるわ……!」

 

 

「……そう言えば入学式前から二人は一つ屋根の下で暮らして

 

 

「独り身だったアタシのメンタルが耐えれないからやめて」

 

 

「お店ではあうんの呼吸で仲が良かったって商店街の人が……」

 

 

「ホントにやめて!」

 

 

「でも私は正式に認められた妻だから大丈夫だったわ!ごめんなさい!」

 

 

(裏切られた!?)

 

 

突然の裏切り。世界は残酷である。

 

 

「とりあえず里見たちも食べて行くか?食材は無事だから」

 

 

「食材を守りながら戦ったのか……」

 

 

大樹の言葉に蓮太郎はドン引き。頬を引き攣らせていた。

 

 

 

________________________

 

 

 

教会の部屋の中心では何個も鍋がコンロの上に置かれていた。火を使っているので窓を開けて換気している。

 

男たちは壁側の方にお座り。静かにしていた。

 

鍋の周りには子どもたちは座り、笑顔で鍋の肉や野菜を食べて、賑やかな食卓になっていた。

 

鍋の野菜は大きいモノや小さいモノ。サイズがバラバラである。

 

今回の食事は、量が多いため子どもたちに少し手伝ってもらっている。調理実習という名目で彼女たちにもいい教育になるだろうという理由で、大樹が手伝わせたのだ。

 

 

「ほら」

 

 

俺は縛っていた男たちの縄を解き、目の前にコンロと鍋を置く。自由になったにもかかわらず、男たちは俺の行動が理解できず、固まっていた。

 

 

「すき焼きだ。食べてみろよ、美味いぞ?」

 

 

「い、いるかこんなものッ!」

 

 

「何でだよ?」

 

 

「毒でも入れているんだろ!?赤目を庇う人間をどう信じろって……!」

 

 

「そうか。じゃあ……」

 

 

俺は男たちの前に置いた鍋の中に入っていた肉を掴み、自分の皿に入れて、玉子に浸す。そして、肉を口の中に入れる。

 

 

「うん、美味い。これで毒は入っていないだろ?」

 

 

でも俺、毒を飲んでも死なない自信があるんだよなぁ……ほら、そこの三人の美少女の目がちょっと冷たい。きっと『大樹君って毒を飲んでも平気じゃないの?』って思っているよ。

 

 

「……何故だ」

 

 

一人の男が鋭い目つきで俺を睨んでいた。

 

 

「何故コイツらを庇う!?この餓鬼どもは俺の家族を!友人を!人を食ったあのガストレアと同じ化け物だぞ!」

 

 

その大声は賑わっていた子どもたちの声を一瞬で消した。その言葉を聞いて一番最初に怒ったのは里見だった。

 

 

「テメェ……!」

 

 

「待って里見君」

 

 

蓮太郎が男に殴りかかろうとした時、木更が止めた。

 

大樹は持っていた皿と箸を置き、男の前に立つ。

 

 

「それで、言いたいことはそれで終わりか?」

 

 

「なッ!?」

 

 

大樹は溜め息を漏らした。その言葉に男は驚愕した。

 

 

「じゃあここからは俺のターン」

 

 

 

 

 

大樹は敵が持っていた拳銃を右手に持ち、銃口を自分の頭の側頭部にピッタリとつけた。

 

 

 

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

その行動に誰もが息を飲んだ。次に起こる最悪な光景を頭によぎらせた。

 

そして、

 

 

ドゴンッ!!

 

 

みんなの予想通り、大樹は引き金を引いた。銃声が教会の部屋全体に響き渡る。

 

 

カランッ

 

 

空の薬莢が床に落ちる。

 

男の顔は真っ青になり、身体を震わせた。他の男たちも同じ反応だ。

 

 

「化け物なら……俺もだ」

 

 

チリンッ

 

 

銃弾は大樹の頭部を貫かず、そのまま床に落ちた。

 

血の一滴すら、切り傷すら、擦り傷すら負っていない。無傷だ。

 

 

「ガストレアをその身に宿していなくても、俺は化け物。でもコイツらは違うだろ」

 

 

大樹は後ろを振り向き、子どもたちを見る。

 

 

「美味そうに飯を食って、楽しそうに洋服を見せ合って、眩しい笑顔を見せてくれる。それのどこが化け物だよ」

 

 

バキッ!!

 

 

その時、拳銃を片手で粉々に砕いた。大樹は男の胸ぐらを拳銃を粉々にした反対の手で掴んだ。

 

掴んだ手を上に引き寄せ、男を無理矢理立たせる。

 

 

「アイツらは好きでガストレアウイルスを宿したんじゃねぇんだよ……何でそれが分からない!?」

 

 

「分かっていないのは貴様らだ!その餓鬼どもは俺たちの敵だ!この前だって餓鬼どもは俺たちに危害を与えた!泥棒や暴行、殺人だってやった奴がいるんだぞ!?」

 

 

「ふざけるなッ!!」

 

 

大樹の大声は男を黙らせた。

 

 

 

 

 

「お前たちが、救わなかったせいだろうがぁッ!!!」

 

 

 

 

 

その大声に誰もが驚いた。しかし、もっと驚愕したのは、

 

 

 

 

 

大樹の目から涙が流れていたからだ。

 

 

 

 

 

「お前らが食べ物をあげないから子どもたちは生きるために窃盗をするんだ!お前らが受け入れないから子どもたちは暴力を振るってしまったんだ!お前らが殺そうとするから子どもたちは殺人を犯してしまったんだ!」

 

 

涙が頬を伝わり、ポタポタと床に落ちながら大樹は叫ぶ。それを見た男は何も返答できない。ただ聞くことしかできなかった。

 

 

「お前らは考えたことあるのかよ!?もし自分が子どもたちと同じ立場になってしまったことを!?」

 

 

「ッ……!」

 

 

男の表情が歪む。しかし、大樹は気にせず叫ぶ。

 

 

「そんなの嫌に決まっているだろうが!?辛くて、苦しくて、死にたくなる!誰かに助けを求めたくなるんだよ!!」

 

 

なのにッ!!と大樹は続けて叫ぶ。

 

 

「助けを求めれば、返って来るのは理不尽な痛みとお門違いの憎悪だけだった!暴力を振るわれ、最悪殺される!ここはそんなふざけた世界なんだよ!!」

 

 

「こ、こいつら……は……いつかガストレアになるだろッ!!」

 

 

「ガストレアになるから殺すだと!?だったらこの東京エリアを守っているのは誰だ!?力を持った女の子じゃねぇか!?何もできないテメェらはいいご身分で楽しそうな生活を送っているだけだろうが!」

 

 

掴んだ手の力がだんだん強くなる。服が破れそうな握力になっても、大樹は掴むのをやめない。

 

 

「何もできないお前らがどうしてそんな贅沢な生活をする!?どうしてお前らは子どもたちを傷つける!?本当は心のどこかで思ったことがあるだろ!?」

 

 

大樹は告げる。

 

 

 

 

 

「子どもたちは、何も悪くないことにッ!!」

 

 

 

 

 

大樹の最後の言葉に、掴まれた男はしばらく動かなかった。他の男たちも下を向き、何も喋ろうとしなかった。

 

 

「頼むから……もうやめろよ……!」

 

 

大樹の手から力が抜け、男は解放される。男は突然の解放に足元がふらつき、尻もちをつく。

 

だが、大樹も同じように膝をついていた。

 

 

「人から見放された気持ち……お前らに分かるか?」

 

 

小さな声だったが、周りが静かだったのでしっかりと聞き取れた。

 

 

「俺も、見放されたから……痛いくらい分かるんだよ」

 

 

剣道ができるという理由で周りから拒絶され、敵対される。本当の俺の仲間でいてくれたのは幼馴染の双葉(ふたば)だけだった。

 

上っ面の関係じゃない。彼女との関係は俺に取って唯一の『ホンモノ』だった。

 

だけど彼女が死んだ時、完全に俺は見放された存在になった。

 

大事にしていた『ホンモノ』を失い、俺は落ちていた『ニセモノ』を拾った。『ホンモノ』を忘却し、それから学校生活は『ニセモノ』を抱き続けた。

 

そんな人生、今振り返ってみれば酷いモノだ。

 

しかし親に、姉に頼る選択はあった。しかし、このことを話せば親は悲しみ、姉は怒る。

 

それだけは嫌だった。

 

悲しませたくなかった。迷惑を掛けたくなかった。俺が我慢すればいいと、これは仕方ないと自分の中で言い続けた。『ニセモノ』を俺に与え続けた。

 

家畜の豚のように『ニセモノ』を食わせ続けた。いつか『ニセモノ』が『ホンモノ』に成長することを期待して。

 

だが結局、『ニセモノ』は『嘘』になるだけだった。

 

 

「見放された時の俺は……『嘘』にすがるほど弱かった。でも、『嘘』でも助けて欲しいって思ったんだ……!」

 

 

だから、俺はこの男たちに伝えるんだ。

 

お前たちが、俺と同じように『化け物』にならないために。

 

 

「それだけあの時の俺は最低だった……!」

 

 

伝えなければ、何も始まらない。

 

 

「でも、子どもたちは違う……!」

 

 

何も変わらない。

 

 

「子どもたちは強くて、今を生きようとしている……!」

 

 

何も進まない。

 

 

「だから……彼女たちには……!」

 

 

そして、何も救われない。

 

 

 

 

 

「『ホンモノの愛』をあげなきゃならないんだ……!」

 

 

 

 

 

誰に伝わったか分からない。誰に届いたのかも分からない。

 

でも、俺は子どもたちにあげたいと思った。

 

彼女たちは親に愛されなかったはずだ。祖父母にも、兄妹にも、誰にも。

 

知らないはずだ。愛される大切さ、感動、素晴らしさ。それを、俺は教えてあげたい。

 

 

「子どもたちに、絶対に『ニセモノ』で固めた『嘘』はあげちゃいけない。『ホンモノ』だけを、あげ続けるんだ」

 

 

沈黙が続く。聞こえるのは風の音とコンロの火が燃える音だけ。

 

大樹の言葉に誰も答えようとしなかった。しかし、一人の女の子が大樹の隣に来る。

 

女の子は大樹が警察官から助けた子だった。女の子は膝をついた大樹の手を握る。

 

 

「ありがとう」

 

 

「ッ!」

 

 

感謝の言葉に、大樹は目を見開いて驚いた。

 

彼女たちには聞きたくなかったことかもしれない。難しいことだったかもしれない。残酷だったかもしれない。

 

しかし、彼女たちは一つだけしっかりと理解できていた。

 

楢原 大樹という人物が、子どもたちを本気で助けようとしたことを。

 

大樹は黙ってその手を握り返し、反対の手で女の子の頭を優しく撫でる。

 

 

「だから……俺は戦う」

 

 

俺は涙を拭き、立ち上がる。

 

 

「天童、ここに来たということは政府(うえ)から連絡があったんだな?」

 

 

「……ええ、その通りよ」

 

 

木更は真剣な表情で大樹に伝える、

 

 

「聖天子様から蛭子 影胤が動き出した連絡、それと本拠地が分かったわ」

 

 

「影胤の目的とかは聞いた?」

 

 

俺の質問に木更と蓮太郎は苦虫を噛み潰したような顔になった。

 

 

 

 

 

「『ステージ(ファイブ)』が、東京エリアに来るわ」

 

 

 

 

 

その言葉にここにいる大樹以外の人物たちは顔を真っ青にした。

 

ガストレアの完全体『ステージ(フォー)』を凌駕した存在。それが、ガストレア『ステージⅤ』。

 

ガストレア大戦において猛威をふるい、世界を滅ぼしたとされる11体のガストレア。通称『ゾディアック・ガストレア』と呼ばれているほどの最恐を誇る。

 

通常兵器をほぼ無力化させる硬度の皮膚、分子レベルの再生能力。人間には勝つことのできない存在だとまで言われる程だ。

 

そして、一番厄介なことは……。

 

 

「『ステージⅤ』に到達したガストレアはバラニウムの磁場の影響をほぼ……いや、全く受けない。つまりモノリスの影響も受けない」

 

 

大樹の言葉の続き。誰も聞きたくない事実。

 

 

「奴がモノリスを破壊したら、東京エリアは終わりだ」

 

 

「そ、そんな……どうして……!?」

 

 

「影胤が呼び寄せたんだろ。『七星の遺産』は『ステージⅤ』を呼び出すための触媒だ」

 

 

男がどうして『ステージⅤ』が来るのか。その理由を尋ねる前に、大樹が答えた。その言葉に男はさらに顔色を悪くした。

 

木更は現在の状況を伝える。

 

 

「今、東京エリアはパニック状態よ。誰かが……おそらくあなたが言った後援者(バック)が情報を街中にリークしたせいよ。

 

 

「厄介な奴らだな」

 

 

俺は男たちを睨みながら言うと、男たちは視線を逸らした。どうやらガストレアが来ることは知らなかったようだな。

 

 

「現在東京エリアの強力な民警が討伐部隊を組んで蛭子影胤の本拠地に向かおうとしているわ」

 

 

「お前らは行かなくていいのか?」

 

 

「行くに決まっているだろ」

 

 

俺の質問に蓮太郎が答えた。

 

 

「お前がここにいるってことは、何か策があるんだろ」

 

 

「当たり前だ」

 

 

俺は教会の壁に立て掛けてあった12本のバラニウム製の刀を腰に次々と装着する。右の腰に6本、左の腰に6本。

 

 

「恐らくその本拠地はダミー。影胤の後援者(バック)が細工した嘘の場所のはずだ」

 

 

「じゃあそこに行っても……!」

 

 

「無駄足だな。今、聖天子にそういうメールを送った」

 

 

「「「「「メール!?」」」」」

 

 

もちろん、メール(ハッキング)である。

 

 

「本当の居場所は千葉県の房総(ぼうそう)半島の海辺近くに泊めてある豪華客船。今から里見と延珠ちゃんは討伐部隊と合流して豪華客船に向かえ」

 

 

「お前はどうするんだ……」

 

 

「一足先にやることがあるから、そっちを済ませるわ」

 

 

俺は黒いコートを羽織い、教会の扉の前に立つ。

 

 

「大樹さん!黒ウサギも……!」

 

 

「元からそのつもりだ。里見と一緒に黒ウサギは行ってくれ。優子と真由美にもやってもらいたいことがある。もちろん、天童もな」

 

 

「大樹君……」

 

 

優子が俺の名前を呼ぶ。

 

 

「やっとアタシたちに頼るようになったのね……」

 

 

「ああ、やっぱり俺は弱いからな。助けてくれるか?」

 

 

「ええ、もちろんよ」

 

 

優子は大樹に優しい笑みを見せた。大樹も口元が緩んでしまう。

 

 

「詳細は後で携帯端末に送る。そして、最後に……」

 

 

大樹は捕らわれた男たちを見る。

 

 

「子どもたちのこと、守ってくれないか?」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

正気と思えない大樹の言葉。男たちもその言葉に息を飲んだ。

 

 

「もしかしたら影胤は子どもたちを殺そうとするかもしれない。だから守ってくれないか?」

 

 

大樹の言葉に『ハイ』と答える者はいなかった。しかし、

 

 

「報酬は……」

 

 

しかし、一番大樹に文句を言っていた奴が口を開けた。

 

 

「報酬は何だ?」

 

 

「そこに置いてあるすき焼き」

 

 

それからっと大樹は付け足す。

 

 

「東京エリアにいる奴らを全員救って見せる」

 

 

「……もう一つ条件がある」

 

 

「何だ?」

 

 

「この戦いが終われば、俺たちは……」

 

 

「お前らも、誰一人死なせねぇよ」

 

 

男は大樹の強い言葉に驚いた。

 

 

「絶対に死なせないから、頼んでいいか?」

 

 

「……引き受けた」

 

 

男の言葉に、他の男も頷いた。そして男たちは箸を手に取った。

 

それを見届けた後、大樹は教会の扉を勢いよく開ける。

 

 

「朝飯までには、終わらせるぞ」

 

 

明日の朝、子どもたちが起きる前に、腹を空かせる前に、この戦いを終わらせる。

 

 

 

________________________

 

 

 

黒ウサギは装備を整えた後、蓮太郎と延珠の二人と一緒に他の会社の民警たちとヘリに乗った。

 

ヘリの数は10を超え、民警とイニシエーターの数は50を超えた。東京エリアで序列が上位の25組。序列が低いのは蓮太郎ペアぐらいだ。

 

ヘリの中は誰も喋らないせいでプロペラの音がうるさく聞こえてしまう。

 

黒ウサギの隣には蓮太郎。その隣には延珠が座っている。しかし、黒ウサギは気まずい雰囲気だった。

 

黒ウサギの反対には大男が座っていた。大男は黒ウサギを睨んでいた。

 

大男の名前は伊熊(いくま) 将監(しょうげん)。黒ウサギを助けた人物であり、蓮太郎と喧嘩した人物であり、大樹に圧倒的な力を見せつけられた被害者である。

 

 

(見てます見てます!ずっと見ているのですよ!?)

 

 

将監の視線に黒ウサギは額や背中に嫌な汗を流す。黒ウサギの危機に蓮太郎や延珠は気付かない。むしろ蓮太郎が将監を睨んでいた。

 

 

「おい」

 

 

「は、はい……何でございましょうか……?」

 

 

将監に声をかけられ、黒ウサギはビクビクしながら返答する。

 

 

「何で断った」

 

 

「な、何がでしょうか?」

 

 

「ウチの民警にどうして入らなかったって言ってんだよぉ!あぁ!?」

 

 

「す、すいませんでした!!」

 

 

「うるさいです将監さん」

 

 

「あぁ!?」

 

 

将監のイニシエーターである夏世(かよ)が注意する。しかし、将監はさらに声を荒げた。

 

 

「断った理由が他の民警に入るからだぞ!?そもそもお前はどこに入ったんだ!?あと何だその服は!?」

 

 

「多いですよ!?」

 

 

「文句あるのか!?」

 

 

「ございません!!」

 

 

涙目で黒ウサギは謝罪する。黒ウサギの格好は服はカジノで着ていそうな黒い服、赤色のミニスカートでガーターベルト。そしてシルクハットを被っている。

 

他のプロモーターはそんな黒ウサギをニヤニヤしながら見ていた。それを見たイニシエーターは自分のプロモーターの足を踏んでいた。

 

 

(大樹さん……黒ウサギはもう帰りたいですよ……)

 

 

黒ウサギが落ち込んでいたその時、ヘリが降下していることにみんなは気付いた。

 

いよいよ、作戦が開始される。

 

 

________________________

 

 

 

黒ウサギたちが降り立った場所は森の中だった。12時を過ぎた夜の森は視界がとても悪く、いつガストレアに襲われてもおかしくない。そんな恐怖にプロモーターとイニシエーターは足を震わせている者が多かった。

 

この森の先に、目的地の海辺の港がある。そこに停泊した豪華客船の中に蛭子 影胤はいる。

 

そもそも何故このような場所に民警を降ろし、わざわざ港近くで降ろさなかったのか。

 

その理由は、ここはモノリスの外でガストレアが多く生息している。ヘリの音のせいでガストレアが民警の存在に気付いているはずだ。なので見晴らしの良い場所に降ろすと、ガストレアに見つかり、囲まれる可能性がある。そんな最悪な状況を避けるために、民警が隠れやすい森に降ろしたのだ。

 

さらに見つかる確率を下げるために、プロモーターとイニシエーターの二人組で単独行動している。

 

黒ウサギと蓮太郎と延珠。三人で行動しているのは、この組だけである。

 

 

「本当に黒ウサギと一緒に行動してもよろしいのでしょうか?」

 

 

「むしろ一緒に行動した方がいい。アンタも中々の実力者かもしれないが、イニシエーターがいないのは危険だ」

 

 

「むッ、蓮太郎!やはり木更と同じだからか!?」

 

 

「何がだよ」

 

 

「木更と同じくらいおっぱいが大きいからだ!」

 

 

「お前本当に黙れ!」

 

 

「く、黒ウサギはこっちの方を探索するので……」

 

 

「違う!誤解だからやめてくれ!」

 

 

その時、黒ウサギの動きを止めた。シルクハットの中でウサ耳を動かし、敵の位置を探った。

 

 

「里見さん。この先は危険です。迂回しましょう」

 

 

「は?何でだよ」

 

 

「この先にガストレアがいるからです」

 

 

「「!?」」

 

 

黒ウサギの言葉に蓮太郎と延珠は目を見開いて驚愕した。

 

 

「わ、分かるか延珠?」

 

 

蓮太郎の言葉に延珠は首を振った。

 

延珠より先に敵を見つけたことに蓮太郎はさらに驚いた。

 

 

「大きさからしてステージⅢ~Ⅳだと思われます」

 

 

「お、大きさまで分かるのか!?」

 

 

「黒ウサギのみm……直感です!」

 

 

(えッ!?この人、何者なんだッ!?)

 

 

蓮太郎は戦慄。黒ウサギの嘘に驚くしかなかった。

 

 

「と、とにかく別のルートを……」

 

 

黒ウサギが別のルートを勧めようとした時、

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

「「「ッ!?」」」

 

 

爆発音が森全体に響き渡った。その音に三人は驚き、顔が真っ青になった。

 

この森で爆発物を使うこと。

 

 

 

 

 

それは、森を起こしてしまうからだ。

 

 

 

 

 

森に棲むガストレアが全て目を覚まし、動き始める。三人に緊張と恐怖が伝わり、体が硬直する。

 

 

「「「……………!」」」

 

 

ガストレアの足音が聞こえ、吠える声が響き……。

 

 

「「「……………?」」」

 

 

が、ガストレアの足音が聞こえ、吠える声が響き……。

 

 

「「「……………」」」

 

 

……………。

 

 

「「「え?」」」

 

 

ガストレアの足音一つ、鳴き声が一つも聞こえなかった。

 

 

「お、おかしい……ガストレアの一匹すら鳴き声をあげないなんて……!?」

 

 

「あ、あれ!?」

 

 

さらに黒ウサギは驚く。黒ウサギは自分の耳を疑った。

 

 

「さ、さっきのガストレアが……もういません……」

 

 

「は?」

 

 

そして、蓮太郎も耳を疑った。

 

 

「ど、どういうことだよ?」

 

 

「黒ウサギにも分かりませんが、さっきのガストレアはどこかに行ったのかと……」

 

 

さっきの爆発音で移動したなら足音や鳴き声が聞こえてもおかしくないはずだ。だが、何も聞こえなかった。

 

 

「と、とにかく迂回しよう。用心して損はないだろ」

 

 

「そ、そうですね……」

 

 

疑問ばかりが残る三人。モヤモヤとした気持ちのまま、彼らは警戒しながら森の中を歩いた。

 

 

 

________________________

 

 

 

時間にして10分。三人が森を歩いていると、黒ウサギが蓮太郎と延珠を止めた。

 

 

「人です。子どもくらいの身長なのでイニシエーターかと……」

 

 

今度は子どもをウサ耳で見つけた。黒ウサギは蓮太郎と延珠にそのことを報告した。すると蓮太郎は、

 

 

「どっちだ?」

 

 

「あちらです」

 

 

イニシエーターのいる方向を尋ねた。黒ウサギが蓮太郎に方向を教えると、蓮太郎は息を大きく吸い込む。

 

 

「おーい!民警なら返事をしろッ!!」

 

 

ガストレアにギリギリ聞こえないぐらいの声量。加減をした大声で遠くにいる子どもに声をかける。

 

 

「近づいて来ます」

 

 

黒ウサギの言葉通り、カサカサと草をかき分ける音、パキパキと木の枝が折れる音がだんだん大きくなっている。子どもが近づいてきているのだ。

 

そして、子どもの姿が確認できた。

 

 

「「ッ!?」」

 

 

子どもの姿を見た黒ウサギと蓮太郎は驚いた。

 

その子どもを黒ウサギは知っている。この子どもに助けてもらったから。

 

そのイニシエーターを蓮太郎は知っている。頭突きしてきた奴の相棒だったから。

 

 

「ッ……あなたがたは」

 

 

将監のイニシエーター、夏世だった。

 

 

________________________

 

 

 

石造りの建物の中から火の光が溢れていた。

 

枯れ木と落ち葉を集め、マッチで着火させた小さな焚火。それを囲むように黒ウサギと夏世。そして蓮太郎が座っていた。

 

延珠は外で見張りをしている。本当は黒ウサギがやるつもりだったが『妾ならこのおっぱいより先に見つけ出せる!』と涙目で告げられたので、黒ウサギも素直に休憩することにした。しかし、ウサ耳は警戒を怠らないようにしている。

 

何故休憩をするのか?それは夏世が怪我をしていたからだ。

 

ここに来る途中ガストレアに襲われてしまい、戦闘中に将監とははぐれてしまい、さらに怪我を負ってしまうと踏んだり蹴ったりだったのだ。

 

夏世は黒ウサギの不思議な力(ギフト)で治してもらい、傷を治療した。

 

 

「一体どういう仕組m……」

 

 

「『聞かぬが仏』という(ことわざ)はご存知でしょうか?」

 

 

「……………」

 

 

黒ウサギは夏世を豆知識で黙らせた。夏世もこれ以上の追及はキッパリ諦めた。蓮太郎は外の風景を眺めて見て見ぬフリをした。

 

 

「改めて自己紹介させてもらいます。三ヶ島ロイヤルガーター所属プロモーター伊熊 将監のイニシエーターで、千寿(せんじゅ) 夏世と申します」

 

 

「えーと、俺は……天童民間k

 

 

「里見さんのことは知っていますので結構です」

 

 

「……………」

 

 

冷たい一言に蓮太郎は膝を抱えて壁の方を向いた。年下から言われるのは相当キツイようだ。

 

 

「く、黒ウサギのことは……」

 

 

「三ヶ島ロイヤルガーターに入らなかった恩知らず」

 

 

「……………」

 

 

絶対零度のような冷たい一言に黒ウサギは膝を抱えて壁の方を向いた。冷た過ぎた。

 

 

「冗談ですからこっちを向いてください」

 

 

ゆっくりと蓮太郎と黒ウサギは振り返り、夏世の方を向いた。二人ともあまりの恥ずかしさに顔が真っ赤である。

 

蓮太郎は恥ずかしさを誤魔化すために、夏世に話しかける。

 

 

「そ、そういや将監はどうしたんだ!?迷子か!?」

 

 

「………迷子」

 

 

(しまった!幼稚すぎたかッ!!)

 

 

今度は夏世が膝を抱えた。蓮太郎は何かないかと話題を探し、夏世の持っていたショットガンに目をつけた。

 

 

「お前の持っている銃、見てもいいか?」

 

 

「ッ!」

 

 

サッ

 

 

その時、夏世は急いで自分の後ろにショットガンを隠した。

 

その怪しい行動に蓮太郎と黒ウサギは眉を潜めた。

 

 

「………イヤだと言ったら?」

 

 

夏世の低い声に黒ウサギが驚くが、蓮太郎は無言で夏世の瞳を見続けた。

 

しばらく沈黙が続くが、視線に耐えかねた夏世はショットガンを蓮太郎に渡し観念した。

 

蓮太郎はショットガンを細かくチェックする。

 

サイレンサー付きフルオートショットガン。装備拡張用の20ミリレイル。

 

 

「……どうして爆発物を使った?」

 

 

そして、合体装着(アドオン)タイプのグレネードランチャーユニット。その薬室の中に弾が無くなっていた。

 

先程の爆発音の犯人は、夏世だったのだ。

 

 

「……罠に、かかったんですよ」

 

 

「罠?」

 

 

夏世が言うには森に降りて将監と一緒にしばらく進むと奥の方で点滅する青いパターンが見えたそうだ。

 

二人は他の民警だと思った。合流して情報交換しようと考えていた。

 

しかし、それは違った。

 

少し考えれば分かることだった。青いライトなんて誰も使わないことに。

 

結局、二人が遭遇したのは民警ではなくガストレア。青いランプをぶら下げたガストレアだったのだ。

 

 

「情けない話ですが、初めて見るタイプで判断が追いつかず……」

 

 

「引き金を引いてしまった」

 

 

「そこからは里見さんのご想像通りです」

 

 

「……ガストレアに追われた時に将監とはぐれてしまい、将監を探していたら俺たちと出会ったってわけだな」

 

 

蓮太郎の言葉に夏世は頷く。蓮太郎は手を(あご)に当てて思考を巡らせる。

 

 

「そのガストレアって植物みたいな奴だったんだよな?」

 

 

「はい」

 

 

「……何か臭いを放ってなかったか?」

 

 

「臭いですか?」

 

 

夏世は蓮太郎の質問に答えるため、出来事を思い出す。

 

 

「……そういえば辺り一帯に腐ったような臭いが……」

 

 

「間違いない」

 

 

蓮太郎は断言する。

 

 

「そいつはラン科の植物と(ほたる)が混ざった動植混合ガストレアだ」

 

 

「動植混合……!?」

 

 

蓮太郎の答えに黒ウサギは驚いた。ガストレアはステージが上がって行くごとに進化するが、動物と植物が混合したガストレアがいることは初めて聞いたからだ。

 

そして同時に夏世も驚愕していていた。

 

 

「今のでそこまで分かるんですか……?」

 

 

モデルとなった動物か植物を当てるのではなく、動植物と答えた蓮太郎。その思考と判断は並みの人間ができるモノではなかった。

 

 

「ああ、ホタルは花粉や(みつ)をとって生きてるけど、獰猛(どうもう)な肉食性のホタルもいるって知ってか?」

 

 

(肉食の蛍……)

 

 

黒ウサギの中にあった蛍のイメージが一気に覆され、少しショックを受けた。

 

 

「別種の蛍の発行パターンを真似て近寄って来た蛍を捕食すんだよ」

 

 

(あー、あー、黒ウサギには何も聞こえないのですよー)

 

 

「それにラン科の植物ってのも、虫類をおびき寄せる腐臭を放って花粉を運んでもらう種がいるらしいし、今回は人間を誘い込む臭いを合成したんだろう」

 

 

蓮太郎のずば抜けた天才的推理に夏世は唖然していた。

 

そこらにいる動物博士、虫博士にこの話を聞いても予測できる者は少ないはずだ。しかし、蓮太郎は予測ではなく『答え』を導きだした。

 

 

「まぁお前らの不注意だけが原因じゃないってことだな」

 

 

「ッ!」

 

 

笑みを見せながら蓮太郎は夏世に言った。夏世は顔を赤くして下を向いた。

 

 

(里見さんも大樹さんと同じような方ですね……)

 

 

黒ウサギは二人を見て微笑む。

 

夏世は照れを隠すために笑いながら言う。

 

 

「それにしても見てもいないガストレアの種類を言い当てるとか、里見さんって生物オタクなんですね」

 

 

「ぐッ!!……それを言うなよ」

 

 

蓮太郎は反論を考えたが、出てきそうにないので開き直った。

 

 

「仕事に有利な知識だぞ!何が悪い!」

 

 

(開き直るところが大樹さんとそっくりなのですよ)

 

 

兄弟か何かではないかと黒ウサギはつい疑ってしまった。

 

 

「でもいいですね。あなたみたいなプロモーターといると退屈しなさそうです。少しだけ、延珠さんが羨ましいです」

 

 

「……お前は伊熊 将監のようなプロモーターと居て楽しいのかよ?」

 

 

「……イニシエーターは殺すための道具です。是非などありません」

 

 

蓮太郎の質問に夏世は答えなかった。だが、その返って来た言葉に蓮太郎は大声を上げた。

 

 

「違うッ!!お前も、延珠も……道具なんかじゃねぇ!」

 

 

「そうですよ!そんなことありません!」

 

 

蓮太郎に続いて黒ウサギも否定した。しかし、夏世の顔色は暗いまま。

 

 

「里見さんは人を殺したことがありますか?」

 

 

夏世は告げる。

 

 

 

 

 

「私はあります」

 

 

 

 

 

「「!?」」

 

 

その言葉に二人はゾッとした。

 

 

「人を……人を殺したのかッ!?」

 

 

「なぜ怒るのですか?」

 

 

蓮太郎の低い声を聞いた夏世はさっきと同じペースで話す。

 

 

「人間からガストレアになり、私たち民警によって殺される例はいくらでもあります。その時人々の心に浮かぶ言葉は『退治』『駆除』。でも分かっているはずです」

 

 

夏世の言いたいことは二人にも分かっていていた。

 

 

「それは紛れもなく『人殺し』だと」

 

 

「ッ……………!」

 

 

蓮太郎の表情が歪む。

 

人がガストレアになる。なら逆説を使うとガストレアは人だ。

 

ガストレアを殺すということは人を殺すということ。夏世の言っていることは完全に否定できるものではなかった。

 

 

「それでも私たち(イニシエーター)の仕事はガストレアを殺すこと。そして持ち主(プロモーター)の命令は絶対です。それが例え『人』を殺すことであれ、私は道具として従うだけです」

 

 

「……お前はそれで何とも思わないのか?」

 

 

「思って解決するなら」

 

 

パチンッ!!

 

 

「「ッ!?」」

 

 

 

 

 

黒ウサギは夏世の頬をビンタしていた。

 

 

 

 

 

突然の行動に夏世と蓮太郎は驚いていた。

 

黒ウサギは唇噛み締め、苦しそうな顔をしていた。

 

 

「そんなの……間違っています!!」

 

 

黒ウサギの大声は外にいる延珠にも聞こえた。

 

 

「確かにガストレアを殺した黒ウサギたちは『人殺し』かもしれません……ですが、黒ウサギたちはガストレアになった者たちに『人殺し』という汚名を着せないために、苦しみから解放するために……!」

 

 

「それは綺麗ごとです」

 

 

「それくらい知っています!!でもいつかこんな汚い綺麗ごとを言わないために、黒ウサギたちは戦わないといけないのです!」

 

 

黒ウサギは強く手を握る。思っていることを言葉にするのが難しくて、もどかしくて、悔しかった。

 

 

「だって……そうしないと……そうじゃないと……!」

 

 

「……どうして」

 

 

夏世は黒ウサギに尋ねる。

 

 

「どうして私たちを傷つける者たちを助けないといけないのですか?」

 

 

「ッ……………!」

 

 

「私たちには道具という居場所があるのです。それでも私たちの待遇は厳しいまま」

 

 

「だからそれを……!」

 

 

「そもそも本当に変えれると思っているのですか?」

 

 

「……絶対に変えれます」

 

 

最後の言葉だけは黒ウサギは強く肯定できた。

 

 

「黒ウサギ一人ではできません。ですが、大樹さんと一緒なら……優子さんと真由美さんと一緒なら……この世界を変えれます」

 

 

「……………」

 

 

「黒ウサギが三ヶ島ロイヤルガーターに入らなかったのもそれが理由です。金儲けのためではなく、子どもたちのために黒ウサギは違う民警に入ったのです」

 

 

あの日、武器を貰った後、黒ウサギは三ヶ島ロイヤルガーターの勧誘を断った。そして、黒ウサギが所属した民警は天童民間警備会社だ。

 

金の為では無く、人を救うために入った。子どもたちのために入ったと言って過言ではないだろう。

 

 

「世界を変えることはできます。ですが、亡くなった人の命は変えることも戻すこともできません。黒ウサギたちができることは、最悪なケースを避けることしかできないのです」

 

 

ガストレアを殺すことに、黒ウサギは悩んでいた。しかし、大樹にそのことを話すと、

 

 

 

 

 

『無理して殺さなくていい。辛いならやめていいんだ』

 

 

『ですがッ!』

 

 

『逃げることは悪い事じゃない。最悪な現状から変える一手でもある』

 

 

『……大樹さんは、どうするのですか?』

 

 

『ガストレアから人に戻すことができなかったら、殺すよ俺は』

 

 

『……辛くないのですか?』

 

 

『正直辛い。でもアイツらを殺さないと死ぬ人がいる。人間だったガストレアに殺人をさせたくないし……って綺麗事だなこれは』

 

 

『大樹さん……』

 

 

『世界、変えないとな……』

 

 

 

 

 

遠い目をした大樹を思い出し、黒ウサギは強く歯を食い縛る。

 

儚い望みに大樹も絶望しかけている。それでも大樹は戦うことを決意した。『人殺し』の罪を重く受け入れていた。

 

だから、夏世にも伝えなければならない。

 

 

「だからッ……!」

 

 

「信じてみます」

 

 

「ッ!」

 

 

黒ウサギが何かを言う前に、夏世は黒ウサギに優しい笑みを見せた。

 

 

「つらかったのでしょう。ガストレア(ひと)を殺すことは、悪です。正しいはずがありません。正義が悪人を殺してもそれは悪です」

 

 

(大樹さんと……同じことを……)

 

 

『俺は人を傷つけた。正義のヒーローになることは絶対に無い。なるのは……悪の化け物だけだ』

 

 

黒ウサギは泣きそうな声で話す。

 

 

「悪なんて……悪なんていらないのですよ……!」

 

 

「そうです。必要ないのです。民警はいらない存在かもしれない。ガストレアを、人を殺した悪ですから」

 

 

「違いますッ!!あなたがたは……!」

 

 

「だから……」

 

 

夏世は手を黒ウサギの頬に手を置いた。

 

 

 

 

 

「私たち悪人を、救ってください」

 

 

 

 

 

「………救いますよ……絶対に救ってみせるのですよ……!」

 

 

夏世は笑顔で告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたたちは、正しい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その言葉に黒ウサギは涙を流した。

 

 

(大樹さんの泣き虫が移ってしまったのですよ……)

 

 

黒ウサギは涙を拭き、夏世を優しく抱きしめた。

 

その(ぬく)もりの暖かさに、感じたことの無い暖かさに夏世は静かに目を閉じる。

 

 

「信じてみます。その可能性に、その言葉に」

 

 

夏世の言葉に黒ウサギはさらに抱き締める力を強めた。

 

 

「……………」

 

 

その時、二人を見ていた蓮太郎も静かに決意を固めていた。

 

これからの戦いのために必要な決意を。

 

 

「蓮太郎」

 

 

「……なぁ延珠」

 

 

いつの間にか一連を見ていた延珠が蓮太郎に声をかける。蓮太郎は拳を握り絞めたまま延珠に声をかける。

 

 

「絶対に、勝つぞ」

 

 

「妾も、負けない」

 

 

二人は手を握り、強く決意した。

 

みんなで帰るために。

 

 

 

しかし、彼らは気付いていない。

 

 

既に最悪な展開へと駒が進んでいたことを。

 

 

 




活動報告を書きました。内容は、


Twitter始めました。(最強の定例分)


始めた理由は『いつ更新するのか分からない』『小説の現在状況が分からない』という理由です。更新する時はTwitterで報告して、皆様に伝えようと思います。

活動報告に私のTwitterのリンクページがあるので、フォローしてくれると大変うれしい限りです。

他にも感想で書けないことや『作者、ここ字が違う』や『作者、最新話のネタ滑ってる』など書いてくれても構いません。質問などはできる限り返信してお答えしたいと思います。

感想や評価をくれると嬉しいです。Twitterもよろしくお願いします。


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絶望から返り咲く希望の花

今回は場面の切り替えが多いです。ご注意を。



黒ウサギと夏世は落ち着き、四人で夏世が持っていたカフェオレを一緒に飲んで休憩していた。

 

 

『ザザッ……き……ろよ……ザザザッ……オイ!生きてんだったら返事しろよ!』

 

 

「「「「ッ!」」」」

 

 

その時、無線機からノイズと共に将監の声が聞こえた。それに蓮太郎がいち早く反応する。

 

 

「将げぶッ!?」

 

 

「将監さん?音信不通だったので心配していました。ご無事でなによりです」

 

 

蓮太郎が将監の名前を呼ぼうとしたが、夏世はうるさいと思ったのか、蓮太郎の顔を手で抑えて黙らせた。それを見た黒ウサギは苦笑いである。

 

 

『たりめぇだろ!……つってもお前とはぐれたあの後は運良く一匹もガストレアに見つからなかったからな』

 

 

んなことよりっと将監は付けたし話を続ける。

 

 

『夏世、いいニュースがある』

 

 

「ニュース?」

 

 

『ああ、仮面野郎を見つけたぜ』

 

 

「「「「ッ!」」」」

 

 

将監の報告に四人が息を飲んだ。

 

 

 

________________________

 

 

 

将監との通信が終わった後、四人は森の中を歩いた。

 

 

「やっぱり大樹さんの言った通りでしたね」

 

 

「豪華客船の大広間に影胤と思わしき人物発見。既に俺たち以外の民警が港に集合しているなんてな」

 

 

黒ウサギの言葉に蓮太郎が苦笑いで補足を付けたす。休憩所の石垣から出る前、

 

 

『あぁ?来ていないのはお前らだけだぞ?他の民警は全員集まって武器のメンテやってる』

 

 

『『『『……………』』』』

 

 

っと将監の言葉を聞いた瞬間、四人は急いで仕度を整えた。

 

 

「まさか黒ウサギたちだけがいないなんて……」

 

 

黒ウサギは肩を落としながら歩く。まるで遠足の時、自分だけ寝坊してバスに乗り遅れた気分に似ていた。

 

 

「って黒ウサギはそんな失敗しません」

 

 

(((独り言……?)))

 

 

黒ウサギの一人ツッコミ。三人は不安そうな顔で黒ウサギを心配していた。

 

誰かと話している黒ウサギをこちらに戻すために夏世は話の話題を変える。

 

 

「将監さんが言うには他の民警と連携を組んで奇襲をかけるそうです」

 

 

「将監が連携……想像できねぇな」

 

 

蓮太郎のボソリと呟いた言葉を聞いていた黒ウサギも心の中で激しく同意していた。

 

 

「何を言っているのですか里見さん」

 

 

しかし、夏世は将監のことを庇う。

 

 

「将監さんは脳味噌まで筋肉でできているうえ堪え性がないのでそもそもバックアップなんてできません。連携とは名ばかりのただのリンチになるのが関の山でしょう。そして未だに戦闘職のシェアを私たち(イニシエーター)に取られたのをひがんでいたりと考え方が旧態依然としていて困るんですよねあの人は。そもそもにして計画性がないというか連携するなら最初から……」

 

 

((あれ!?誰のイニシエーター!?))

 

 

蓮太郎と黒ウサギは驚愕。夏世は将監を庇うわけなかった。本当に将監のイニシエーターかどうか疑うほどの悪口の量。未だに夏世はトゲトゲしい言葉でまだ将監のことを言い続けている。延珠は既に目が点になって聞いていた。

 

蓮太郎はふと気になっていたことを思い出した。

 

それは夏世がどんな因子を持っているか。

 

延珠は兎型(モデル・ラビット)。ウサギの因子を持つだけあって非常に脚が速く、脚力を加えた蹴りは高い一撃を持っている。

 

では千寿(せんじゅ) 夏世(かよ)のモデルは何か?

 

 

(従来のスタンスと異なり、プロモーターのサポートを務める後衛兼司令塔……か)

 

 

蓮太郎はある程度まで予測していた。

 

 

(性格も謙虚だし頭脳はだろうな。危険回避と状況判断力から見ても草食獣系因子……)

 

 

とくれば導き出される答えはただ一つ!

 

 

(鹿の因子!もしくは猿の因子!)

 

 

「一つではありませんし、草食でもありません!」

 

 

スパンッ!!

 

 

「痛ぇ!?」

 

 

「ハッ!?黒ウサギは何を!?」

 

 

気が付けば黒ウサギの手にはハリセンが握られており、蓮太郎の頭を叩いてツッコミを入れていた。

 

 

ドガッ!!

 

 

「ぐはッ!?」

 

 

蓮太郎は背中を夏世に蹴っ飛ばされた。蓮太郎は前に倒れる。

 

 

「何するんだよ!?」

 

 

「なんか失礼な妄想をしている気がしたのですみません」

 

 

(読まれている!?)

 

 

「何をしてるのだ……それより蓮太郎、着いたぞ」

 

 

ジト目で一連のやり取りを見ていた延珠は前方を指差す。

 

丘の森を越えた先に港が広がっているのが見えた。

 

港の奥に白から茶色へと錆びて変色した装甲の豪華客船が停泊しているのも確認できた。

 

 

「あそこに影胤が……」

 

 

「将監さんたちはもう港に降りたようですね。野営を組んでいた形跡があります」

 

 

蓮太郎は港を見ながら言うと、夏世が地面に転がったゴミを見て報告した。蓮太郎は頷き、前を向く。

 

 

「よし、俺たちも急いで……!」

 

 

パァンッ!!

 

 

「「「「!?」」」」

 

 

その時、港から一発の銃声が聞こえた。

 

そして、その銃声に続くように港からたくさんの銃声が響き渡る。

 

 

「銃声!?もう始まったのか!?」

 

 

「蓮太郎!あそこだ!」

 

 

蓮太郎より延珠がいち早く銃声がなった場所を指差す。そこは港の倉庫がある場所だった。

 

 

「港!?船じゃないのか!?」

 

 

「おそらく敵に気付かれたのかと……!」

 

 

夏世はショットガンを強く握りしめ、苦虫を噛み潰したような顔をした。

 

奇襲失敗。そのことに蓮太郎も顔をしかめた。しかし、ここでじっとしているわけにもいかない。

 

 

「とにかく俺たちも加勢しに行くぞ!」

 

 

蓮太郎たちの言葉を合図に、四人は一斉に走り出した。

 

 

________________________

 

 

 

「な、なんだ……ッ!?」

 

 

蓮太郎たちは港に辿り着いた。しかし、銃声が聞こえた場所まで行くと、目を疑う光景が広がっていた。

 

 

「シャアアアア!!」

 

 

「この化け物がッ!!」

 

 

巨大なヘビのような姿。左右の側面から黄色い脚のような鋭い棘が何十本も飛び出し、胴体は赤黒い鎧に覆われている。

 

頭部からは二本の長い触角のようなツノ。口には鋭い牙が見えた。

 

先に来ていた民警が陣を組んでムカデの前に集まっていた。そして一斉に銃を撃っている。

 

 

「ムカデのガストレアか!」

 

 

蓮太郎はすぐに体の特徴からガストレアのモデルを推測する。

 

その時、

 

 

「遅ぇぞ……夏世ッ……!」

 

 

「無事でしたか将監さ……ん……!?」

 

 

黒い大剣を持った将監が夏世に声をかけるが、夏世は言葉を失った。

 

 

 

 

 

将監はボロボロになっており、血を流していた。

 

 

 

 

 

「お前!?怪我している……!?」

 

 

よく見れば道の脇の方に民警が何人も倒れていた。みな意識はあるようだが、戦闘は続行不可能みたいだ。

 

 

「夏世……行くぞ!」

 

 

「無茶です!今すぐ手当を……!」

 

 

「必要ねぇ!!」

 

 

「ッ!?」

 

 

将監は大声を出して夏世を止める。

 

 

「前で必死に戦っている馬鹿どもが俺を待っているだろうがぁ……俺しか奴を倒せねぇ……!」

 

 

将監はゆっくりと大剣を構え、ガストレアを睨む。それを見た蓮太郎は、

 

 

「……アイツはペルビアンジャイアントオオムカデっていうガストレアだと思う。赤い胴体と節目の関節の色がピンク。そして脚の色が黄色だから間違いないはずだ」

 

 

「……それが、どうした」

 

 

「頭部には近づくな。アイツの毒と牙の強さは危険だ。それにあの赤い鎧はかなり硬いはずだ。狙うなら柔らかい脚の付け根だ」

 

 

「へッ……雑魚でも役に立つんだな」

 

 

蓮太郎の助言に将監は鼻で笑い、前に進む。それを見た夏世も将監の隣を歩いた。

 

 

「一撃で仕留めます。それまで私が誘き寄せるので待ってください」

 

 

「いいぜ……」

 

 

「ッ……………!」

 

 

将監と夏世のやり取りを見た蓮太郎は唇を噛んだ。

 

将監たちが勝てる見込みが全くないからだ。目の前にいるガストレアはおそらくステージⅣ。

 

 

「蓮太郎!」

 

 

延珠に名前を呼ばれ、蓮太郎も銃を持った。

 

 

「……クソッ!俺たちも……!」

 

 

シュンッ!!

 

 

その時、蓮太郎たちの横を何かが突き抜けた。

 

それは風のような速さで突き抜け、気が付けばガストレアの目の前まで突き抜けていた。

 

 

「黒ウサギ……!?」

 

 

蓮太郎が気付いた時には遅かった。既に黒ウサギは真上に飛翔して、ガストレアの上を取った。その高さは10メートルを優に超えていた。

 

 

ガシャンッ!!

 

 

黒ウサギは右手に持った短いバラニウム製の棒を槍へと展開させる。そして投槍のように槍を持ち、ムカデのガストレアに向かって投げた。

 

 

ゴォッ!!

 

 

槍は亜音速でガストレアに向かって突き進む。そして、

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「キシャアアアア!?」

 

 

赤い鎧を簡単に貫き、ガストレアは悲鳴のような鳴き声を上げる。

 

しかし、これだけではガストレアは死ななかった。

 

 

ブンッ!!

 

 

ガストレアは首を持ち上げて落ちて来る黒ウサギに向かって牙を振るう。

 

 

「返り討ちですッ!」

 

 

ガシャンッ!!

 

 

落下している黒ウサギはもう一本のバラニウム製の槍を展開し、牙に向かって槍を薙ぎ払う。

 

 

バキンッ!!

 

 

牙は槍に当たった瞬間、粉々に砕け散った。ガストレアがまた悲鳴を上げる。

 

 

「ハァッ!!」

 

 

ドシュッ!!

 

 

黒ウサギは牙を砕いた直後、すぐに頭部から伸びた触角のようなツノを二本斬り落とす。

 

さらに地面に落下する前に何十本も伸びた脚を付け根から切断した。

 

 

「キシャアアアア!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

散々攻撃を受けたガストレアは前から倒れ、地面を揺らす。

 

 

「「「「「……………!」」」」」

 

 

黒ウサギの猛攻にみんなは呆然と開いた口が塞がらなかった。

 

50人で戦って苦戦していたガストレアをたった10秒足らずで撃破。

 

圧倒する強さを見せられた民警は言葉を失った。

 

 

「まだです!」

 

 

夏世が大声を出した時には遅かった。

 

 

「キシャアアアア!!」

 

 

「ッ!?」

 

 

ムカデのガストレアは突然動き出し、黒ウサギを食らおうと飛びついた。

 

完全に油断していた黒ウサギは驚き、槍で攻撃をガードしようとするが、

 

 

ガチンッ!!

 

 

ガストレアは残った牙で黒ウサギの持ったバラニウム製の槍を弾き飛ばしてしまった。

 

 

(しまった!?)

 

 

ガストレアは無防備になった黒ウサギに向かって口を大きく開けて食らう。

 

 

「うおおおおおォォォ!!!」

 

 

ドシュッ!!

 

 

黒ウサギの後ろから将監が走って来て、ガストレアの頭部を斬り裂いた。

 

ガストレアは怯むが、すぐに牙で将監に向かって攻撃する。

 

 

「左です!」

 

 

ガチンッ!!

 

 

「ぐぅッ!?」

 

 

夏世の言う通り、ガストレアは将監の左から牙を振るった。将監は大剣を盾代わりにして防ぐ。

 

 

「右から来た後は上からです!」

 

 

ガチンッ!!

 

 

今度は牙は右から振るわれ、将監はまた大剣で防ぐ。

 

次にガストレアは牙を将監の真上から振り下ろすが、

 

 

ドゴンッ!!

 

 

将監は後ろにジャンプして回避。アスファルトの地面が砕け、牙がめり込む。

 

将監と入れ違いに夏世がガストレアに向かって走り出した。夏世の手にはショットガン。

 

 

「外が硬いのなら、口の中は柔らかい……」

 

 

夏世はショットガンの引き金を引く。

 

 

「王道です」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

バラニウムが詰まった弾が弾け飛ぶと同時にガストレアの頭部も内側から弾け飛んだ。

 

しかし、ガストレアは頭部を無くしても、首をブンブンと動かしている。

 

 

「クソッ!まだ生きてやがるか!」

 

 

ガストレアは残った脚で胴体を動かし、将監たちに向かって突撃してくる。

 

 

「延珠ッ!!」

 

 

「分かっておるッ!!」

 

 

将監の横から延珠が走り抜け、ガストレアに向かって飛び蹴りを繰り出す。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

ガストレアの腹部に延珠の蹴りが入り、ガストレアは動きを止める。その隙に蓮太郎がガストレアと距離を詰めた。距離をわざわざ詰めた理由は、銃弾が確実にムカデのガストレアの脚の付け根に当てるためだ。

 

 

ガキュンッ!!ガキュンッ!!

 

 

銃弾が脚の付け根に当たると、付け根は千切れ、黄色い脚が地面に落ちた。

 

 

「もう油断はしませんッ」

 

 

体制を整えた黒ウサギは右手と左手に槍を持ち、ガストレアに向かって走り出す。

 

 

バシュンッ!!

 

 

二本の槍はガストレアの尾を斬り落とし、ガストレアは動きをまた止める。

 

 

「ぶった斬れろやぁッ!!」

 

 

ドシュッ!!

 

 

将監のとどめの一撃。胴体を縦から真っ二つに斬り裂いた。

 

ガストレアは体液を一帯に巻き散らし、前から倒れて完全に沈黙した。

 

 

「ぐう……!」

 

 

「将監さんッ!」

 

 

膝をついた将監を見た黒ウサギは急いで駆け付ける。しかし、将監はすぐに立ち上がり、歩き出す。

 

 

「動いては駄目です!」

 

 

「うるせぇ……夏世……俺を仮面野郎のところに連れて行け……!」

 

 

「将監さん……」

 

 

黒ウサギの声に将監は無視した。夏世はフラフラと歩く将監の手を握るか迷っていたが、握った。

 

 

「やっぱり……戦いってのはいいな……」

 

 

大剣を引きづりながら、小さな声で呟きながら将監は歩く。

 

 

「俺……みてぇな腕力しか能のねぇヤツでも唯一、自分の存在を感じれる……」

 

 

将監の後ろを黒ウサギと蓮太郎。そして延珠もその後をついて行く。残った民警も何人か彼の様子を見ていた。

 

 

「おまえも……そうだろ……」

 

 

「え?」

 

 

 

 

 

「夏世」

 

 

 

 

 

「「「「!?」」」」

 

 

将監の言葉に四人は驚愕した。しかし、一番驚いていたのは夏世だ。

 

 

「俺たちは……戦いから……離れれば離れる……ほど……痛ぇ目を見る……」

 

 

将監はポツポツと語る。蓮太郎たちはその言葉に胸が苦しくなった。

 

 

「かないっこねぇ夢を語れば語るほど……(つれ)ぇ思いをするんだ……ッ」

 

 

目は虚ろになり、足の歩幅が短くなってきている。

 

 

「だったら黙って俺に使われろ……」

 

 

残り少ない力で、強く大剣を握る。

 

 

「その間……その時間だけが……おまえの存在を……正当化する……」

 

 

呼吸は小さくなっていく。フラフラとした足取りはついに止まった。

 

 

「俺……たちは……!」

 

 

将監は告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

正しいんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガァンッ!!

 

 

大剣は地面に落ち、金属音が港中に響かせる。

 

将監の体も倒れようとする。夏世がそれを止めようとするが、

 

 

ガシッ

 

 

「そうだ」

 

 

「ッ!」

 

 

夏世が止める前に誰かが止めた。将監の体を両手で支え、倒れないようにしていた。

 

 

「お前らは、間違っていない」

 

 

 

 

 

支えたのは、大樹だった。

 

 

 

 

 

「大樹さん……!」

 

 

「黒ウサギ。ギフトで治療をしてくれ」

 

 

「はい!」

 

 

大樹は将監をゆっくりと地面に寝かせる。黒ウサギはポケットからギフトカードを取り出し、治療を始める。

 

 

「これが、俺の信じた世界……求める世界の先だ」

 

 

大樹は腰に刺してある12本の刀のうち、一本を右手で引き抜く。

 

大樹が見つめる先は豪華客船のデッキ。

 

 

「なぁどう思う?影胤」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

その言葉に民警たちが一斉に銃を構えた。

 

大樹の見つめる先。船のデッキには二つの影があった。

 

一人は蛭子 影胤。もう一人は蛭子 小比奈。

 

 

「里見。延珠ちゃん。アイツを倒してくれないか?」

 

 

「はぁ!?」

 

 

大樹の唐突な頼みごとに蓮太郎は驚いた。

 

 

「俺にはやることがある。でもアイツの目を覚まさせるためにはお前らが倒してほしいんだ」

 

 

「む、無理だ!あんな奴に勝てる……!」

 

 

バババババッ!!

 

 

その時、上空からヘリの音が聞こえた。

 

ヘリの白い装甲には『Doctor Heli』と書かれている。

 

 

「ドクターヘリ!?こんな場所に呼んだら……!?」

 

 

「ガストレアは集まらねぇよ」

 

 

蓮太郎の言葉を聞く前に、大樹が答えた。

 

 

「ここ一帯にいるガストレアは、俺が全部殺したからな」

 

 

「……………は?」

 

 

その言葉をすぐに理解できなかった。ここ一帯?

 

何百という数を一人で殺した?

 

 

「まさかッ」

 

 

蓮太郎は思い出す。

 

夏世が爆発物を使ってもガストレアが動きださなかったこと。

 

将監が言っていたあのことも。

 

 

『たりめぇだろ!……つってもお前とはぐれたあの後は運良く一匹もガストレアに見つからなかったからな』

 

 

このことも合点がつく。

 

大樹をよく見てみると、黒いコートはドロドロの液体が付いており、かなり汚れていた。

 

 

「俺の出番はまだ先だ。それに……」

 

 

大樹は後ろを振り向く。

 

 

「残りの奴らも()らないといけない」

 

 

蓮太郎も振り向くと、そこにはゾロゾロと小型ガストレアが歩いてきていた。

 

 

「全員生きて帰るために、戦ってくれ。里見 蓮太郎」

 

 

「……………分かった」

 

 

「悪い」

 

 

大樹はガストレアに向かって走り出した。

 

延珠は蓮太郎の隣まで来て、敵を見る。

 

 

「すまない……」

 

 

「大丈夫だ。妾は負けん」

 

 

「……そうだな」

 

 

蓮太郎は銃を持ち、構える。

 

 

「行くぞ延珠」

 

 

二人は一緒に走り出した。

 

 

________________________

 

 

 

「準備はいいかい?小比奈」

 

 

「はいパパ」

 

 

豪華客船に向かって走って来る人物は二人。

 

プロモーター、里見 蓮太郎。

 

イニシエーター、藍原 延珠。

 

 

「次の脅威は君なのか……いや」

 

 

影胤は両手に不気味な拳銃を二丁握る。小比奈は二本の刀を鞘から抜いた。

 

 

「私に脅威になる敵など、存在しない!」

 

 

東京エリアの明日を賭けた戦いが始まる。

 

 

________________________

 

 

 

「マキシマムペイン!!」

 

 

キュウイイイィィン!!!

 

 

影胤を中心に斥力フィールドが展開する。斥力フィールドは船のデッキの床を引き剥がしながら広がって行く。

 

蓮太郎と延珠は飲み込まれないように後ろに下がるが、小比奈が追撃しようとして来ていた。

 

 

ザンッ!!

 

 

「「ッ!?」」

 

 

蓮太郎と延珠の間に斬撃が振り下ろされた。二人は距離を取らされ、別々に分けさせられる。

 

蓮太郎の目の前には影胤。延珠の目の前には小比奈が立ち塞がった。

 

 

ガチンッ!!

 

 

小比奈のさらに追撃を重ねてくる斬撃を延珠は蹴りで相殺する。

 

 

「そこのちっちゃいの……何者?」

 

 

「ふん!お主だってちっちゃいだろッ!」

 

 

延珠は大きな声で自己紹介する。

 

 

「妾は延珠。藍原延珠。兎型(モデル・ラビット)のイニシエーターだ!」

 

 

「延珠……延珠……延珠……覚えた」

 

 

小比奈は二本の刀をクロスさせ、延珠を睨む。

 

 

「私は蟷螂型(モデル・マンティス)。蛭子 小比奈」

 

 

ガチンッ!!

 

 

その瞬間、小比奈の斬撃と延珠の蹴りがぶつかった。

 

 

「接近戦では、私は無敵」

 

 

 

________________________

 

 

 

蓮太郎の前に立ち塞がった影胤は不気味に笑いながら言う。

 

 

「ククッ、大樹君が託した希望は君だったのか」

 

 

「希望だと?」

 

 

「私が勝てば東京エリアは滅ぶ絶望。君が勝てば東京エリアは救われる希望」

 

 

カチャッ

 

 

影胤は蓮太郎に銃口を向ける。

 

 

「絶望に潰れたまえ!」

 

 

「……アイツが何を言っていたかは知らねぇ」

 

 

カチャッ

 

 

蓮太郎も影胤に答えるように銃口を影胤に向ける。

 

 

「だが、その絶望だけは絶対に実現させねぇ!」

 

 

ガキュンッ!!ガキュンッ!!

 

 

両者は同時に引き金を引いた。

 

 

________________________

 

 

 

ザンッ!!

 

 

「ギャアッ!?」

 

 

バラニウム製の刀でガストレアの首を()ねる。斬り口から体液が吹き出し、大樹のコートを汚す。

 

大樹はそんなことは気にせず、次々とガストレアに攻撃をし続ける。

 

音速で走り回る彼を捉えれるガストレアはいない。バラニウム製の刀の斬撃を止めれるガストレアはいない。

 

彼を喰らえるガストレアは、存在しない。

 

 

ザンッ!!

 

 

音速で放たれた斬撃のカマイタチはガストレアを横から真っ二つにする。ガストレアの背後にあったコンテナも一緒に横から真っ二つに分かれてしまう。

 

 

「クソッ……!」

 

 

大樹の口から血が流れる。唇を強く噛み過ぎたせいだ。

 

ガストレアを殺せば殺すほど、大樹の唇を噛む力が強くなっていた。

 

元は人間。元は生物。生きていた命。

 

それを潰している。首を飛ばして真っ二つにして潰している。そのことに大樹は吐き気を覚え、苦しんだ。

 

このことを東京エリアの人々に言えばどうなるだろうか?称賛され、英雄にし立て上げられるかもしれない。

 

だがそれは違う。大樹がやっていることは、

 

 

人殺しだ。

 

 

人殺しは東京エリアで言えば警察に捕まり、犯罪者になってしまう。称えられることは決してない。

 

彼はずっとそう思いながらガストレアを斬っていた。何十匹、何百匹も。

 

 

ドシンッ!!

 

 

「グルルルッ……」

 

 

「ッ!」

 

 

彼の背後に巨人のようなデカさを持ったガストレアがゆっくりとこちらに近づいて来ていた。大きな足音を響かせながら、低い鳴き声で唸る。

 

モデルはおそらく熊。爪の長さ、体毛、そして特徴的な耳から推測ができた。

 

 

「一刀流式、【風雷神(ふうらいじん)の構え】」

 

 

「グラァッ!!!」

 

 

鋭く大きな爪。もはや牙と言ってもいいくらいの爪が大樹に振り下ろされる。

 

 

「【覇道(はどう)華宵(かしょう)】」

 

 

ザンッ!!

 

 

爪が振り下ろされる前に、音速の速さで熊のガストレアに向かって跳躍。最強の一撃をガストレアの腹部を斬り裂き、一刀両断する。

 

 

「グラァッ!?」

 

 

熊のガストレアは胴体から横に真っ二つにされ、そのまま上半身は地面に落ち、下半身は前から倒れた。

 

ガストレアは、死んだ。

 

 

「ッ……!」

 

 

そのことに気付いた大樹は口を手で抑える。顔色は病人と同じくらい真っ青だ。

 

 

「……まだいるのか」

 

 

こちらに向かって走り出しているガストレア。空を飛んで来るガストレア。大樹はそれを見て呟いた。

 

ガストレアが映ったその彼の目に、光は無い。

 

ガストレアを殺せば殺すほど彼の目の奥にある光が弱くなっていた。

 

ガストレアを殺すという感覚。慣れないこの感覚に彼は苦しんでいた。

 

慣れれば彼は楽になっただろう。しかし、彼はガストレアを殺す=人殺しの定理を崩さない限り、この感覚に慣れようとしないだろう。

 

慣れたら、いつか人を殺すことにも慣れてしまう。

 

 

だから、彼は喰われていた。

 

 

ガストレアではない。喰っているのは『恐怖』だ。

 

そんな恐怖が彼の善良な心を喰っていた。明るい心を喰っていた。優しい心を喰っていた。

 

喰っていた。

 

喰っていた。

 

喰っていた。

 

 

パリンッ

 

 

ガラスにひびが入ったような音が聞こえた気がした。

 

 

________________________

 

 

 

将監の応急処置を終えた黒ウサギは他に負傷した民警にも治療の手伝いをしていた。

 

ドクターヘリから出て来た医者たちと連携を重ね、効率良く民警の手当をする。

 

夏世は将監の手を握り、必死に助かるように祈っていた。将監の本音の言葉を聞いて見捨てれるわけがない。

 

 

「大樹さん……」

 

 

しかし、黒ウサギは治療に専念できていなかった。黒ウサギが見つめる先にあるのは一人の男。

 

まるでロボットのようにガストレアをこちらと同じように効率良く殺し、一撃で仕留め、無言で邪魔になったガストレアの死体を蹴っ飛ばしていた。

 

あれは誰だろうか?そんなふうに疑ってしまうほど、黒ウサギには彼が大樹に見えなかった。

 

 

「何だよ……あれ……」

 

 

「俺たちより何倍も強ぇ……」

 

 

怪我をした民警が大樹の姿を見て話していた。

 

 

「でも……怖いな……」

 

 

「あぁ……まるで」

 

 

 

 

 

『化け物』だ。

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

黒ウサギはその会話に戦慄した。

 

その言葉を否定できるモノはあるだろうか。今の黒ウサギは否定の言葉ならたくさんあったはずだった。

 

今まで彼と過ごしてきた時の中に、大量に存在した。

 

しかし、黒ウサギは否定できなかった。

 

理由は簡単。

 

 

黒ウサギにも、そう見えてしまったからだ。

 

 

「違いますッ!!」

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

黒ウサギは大声を出して否定する。会話をしていた民警たちだけでなく、他の人たちもその大声に驚いた。

 

 

「大樹さんは『化け物』なんかじゃありません!絶対に違います!」

 

 

しかし、その言葉には根拠がないモノだった。

 

黒ウサギが言ったのは私情の否定だ。『それは違う』『これは正解』っと自分がこうだから答えもこうだと言うこと変わらないモノだった。

 

根拠のない否定は、ただの我が(まま)でしかない。

 

 

ピピピッ

 

 

その時、黒ウサギの携帯端末が電話の着信の音が鳴った。黒ウサギはゆっくりと通話ボタンを押す。

 

 

「……もしもし」

 

 

『黒ウサギ?無事だったのね』

 

 

声は優子だった。

 

 

『大樹君に言われた通り、私たちも着いたわ。そっちはどう?』

 

 

「こちらは……」

 

 

黒ウサギは刀を両手に持った大樹を見る。空を飛んでいるガストレアを一撃で仕留めている姿を。

 

 

「……大丈夫です。黒ウサギが何とかします」

 

 

『何とかってどういうこと?問題が起きたの!?』

 

 

「違います。作戦は続けて問題ありません」

 

 

黒ウサギは通話ボタンをもう一度押して通話を終了させる。

 

彼は言った。自分は『ニセモノ』を抱き続けたと。

 

彼は言った。自分は『化け物』だと。

 

では彼女は何と言う?

 

 

 

 

 

「黒ウサギにとって大樹さんの存在は、『ホンモノ』です」

 

 

 

 

 

ダンッ!!

 

 

第三宇宙速度とほぼ同等の速さで大樹に近づく。黒ウサギと大樹の距離をすぐにゼロにした。

 

 

「ッ!?」

 

 

突然目の前に現れた黒ウサギに大樹は目を見開いて驚く。ガストレアを倒すことに集中し過ぎて黒ウサギに気付かなかった。

 

 

「怪我人の治療はほぼ終わりました」

 

 

「な、なら黒ウサギもヘリに乗って帰れば……」

 

 

「黒ウサギも、一緒に戦います」

 

 

「ッ!」

 

 

その時、大樹の目に光が戻ったような気がした。

 

大樹は口元を緩ませ、ガストレアの方を見る。

 

 

「素直に『俺の隣に居たいです☆』って言ってくれれば俺の好感度上々だったのにな」

 

 

「それは勿体無いことをしました」

 

 

「だが安心しろ。既に上限はMAXだから問題ない」

 

 

「ふふッ、大樹さん。顔が赤いですよ」

 

 

「こんな恥ずかしいこと照れずに言えるかよ」

 

 

でもまぁっと大樹は付けたし、告げる。

 

 

 

 

 

「ありがとう」

 

 

 

 

 

その感謝の言葉に黒ウサギは安心した。

 

大樹は『化け物』じゃない。なら『何』だ?

 

 

 

 

 

大樹は、『大樹』だ。

 

 

 

 

 

これが、正しい解答。

 

 

 

________________________

 

 

 

 

「あ、黒ウサギ!?」

 

 

突然通話が切れてしまったことに、優子は不安になる。

 

隣で様子を見ていた真由美も不安そうな顔をしている。

 

 

「今は、信じるほかないわ」

 

 

木更の一言に、優子と真由美は頷き、携帯端末をしまった。

 

 

「行きましょ」

 

 

木更が先頭を歩き、部屋の扉を開ける。優子と真由美は木更の後を追いかける。

 

部屋に入ってまず目に入ったのは奥の壁についた巨大なディスプレイ。壁の側面は小さなディスプレイがいくつもある。

 

部屋の光源はディスプレイなどの光しかない。よって少し薄暗い。

 

 

「木更ッ……!?」

 

 

聖天子のサポートをする聖天子付補佐官、天童 菊之丞(きくのじょう)が木更を見てギョッと驚いた。他の社長格の男たちも同じ反応だった。

 

 

「この戦いは天童社長の部下にかかっていると言っても過言ではありません。この会議に出席する義務があります」

 

 

菊之丞の隣に座った聖天子が説明する。

 

木更たちは用意された椅子に座る。その時、菊野丞の視線に気付いた木更は笑顔で菊之丞に挨拶する。

 

 

「ご機嫌麗しゅう、天童閣下」

 

 

「ッ……………!」

 

 

その笑顔の挨拶に菊之丞は戦慄した。額から汗を流しながら答える。

 

 

「地獄から舞い戻って来たか、復讐鬼よ」

 

 

「私は枕元で這い回るゴキブリを駆除しに来ただけです。ここに居合わせたのは偶然に過ぎません。気の回しすぎではございませんか?」

 

 

「よくもそのような()れ言を……!」

 

 

その時、木更の瞳が鋭く冷たい瞳に変わった。

 

 

「すべての『天童』は死ななければなりません。天童閣下」

 

 

その冷たい声に他の者達も恐怖を感じた。

 

 

「き、貴様……!」

 

 

「二人ともその辺で」

 

 

天童の言葉で二人の会話は打ち切られる。天童は何事も無かったかのように前を向き、菊之丞は木更を睨み付けた。

 

 

「……では天童社長。まず聞きたいことがあります」

 

 

聖天子は木更に問いかける。

 

 

「まず楢原 大樹という人物です。彼は何者ですか?」

 

 

モニターには大樹が次々とガストレアを倒す姿が映し出された。いや、正確にはブレた画像や映像ばかりだ。彼の姿をコンピューターすら捉えれていなかったのだ。

 

 

「彼は人類の味方だと思って構いません。むしろこの東京エリア……いえ、世界を変える人物の可能性があります」

 

 

「ちょ、ちょっと待って!」

 

 

その時、真由美が声を出して止めた。優子も椅子から立ち上がっていた。

 

 

「過大評価どころじゃないわよ!?評価が高過ぎないかしら!?」

 

 

「仕方ないじゃない!だってあの強さは桁違いじゃないわ!次元が違うわよ!?」

 

 

「「……もう否定できない」」

 

 

(((((もう諦めた!?)))))

 

 

真由美と優子が諦めて座る。他の社長格たちが一斉に驚いた。

 

 

「それに蛭子 影胤のIP序列は知っているかしら?問題行動が多過ぎて剥奪されたけれど、処分時の時の序列は……」

 

 

木更は告げる。

 

 

 

 

 

「134位よ」

 

 

 

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

その言葉にほとんどの者が驚愕していた。聖天子と菊之丞は知っていたのか驚いた表情を見せなかった。

 

 

「それに対して大樹君は両手に買い物袋を持った状態で蛭子 影胤とイニシエーターの蛭子 小比奈と戦闘して勝っている。そして買い物袋は無事だった」

 

 

(((((どういう状況!?)))))

 

 

これは聖天子と菊之丞も驚愕した。木更の言葉を優子が反論する。

 

 

「で、でもネギは無事じゃなかったわ!」

 

 

(((((何でネギ!?)))))

 

 

「でも卵は無事だったじゃない」

 

 

(((((一番駄目にしやすい食材が残っている!?)))))

 

 

戦闘で卵が無事でネギが死ぬ。意味が分からな過ぎて混乱する社長たちだが、一つだけ確信できた。

 

 

楢原 大樹は蛭子 影胤より天と地ぐらいの差があるほど強い。

 

 

「うぅ……どうしよう真由美さん」

 

 

「大丈夫よ。今まで言って来たじゃない」

 

 

真由美は説明する。

 

 

「大樹君が強いとか普通じゃないとかいろいろと言っていたけれど……結局は」

 

 

真由美は告げる。

 

 

 

 

 

 

()()()()()()、仕方ない」

 

 

 

 

 

(((((そんな納得の仕方でいいのか!?)))))

 

 

社長たちがまた驚いていた。社長たちは聖天子の方を向くと、

 

 

「なるほど。なら仕方ありませんね」

 

 

(((((納得した!?)))))

 

 

「一理あるな」

 

 

(((((天童閣下!?)))))

 

 

木更を除く社長たちは一斉に頭を抑えた。

 

 

「では、次の質問です。里見ペアは現在蛭子 影胤に挑んでいますが、勝率は……いかほどと見えますか?」

 

 

その質問に社長たちはざわめく。木更は少し考えた後、答えを言う。

 

 

「30%ほどかと……」

 

 

その低い確率にあちこちからため息が聞こえた。目を閉じる者、頭を掻くもの、上を向く者がいた。

 

 

「……天童社長。そもそも何故、楢原 大樹は蛭子 影胤と戦わないのですか?」

 

 

聖天子が尋ねた質問。その疑問は他の者たちも持っていた。彼が戦わない理由が知りたかった。

 

 

「彼はこの戦いにただ勝つだけでは意味が無い。そう考えています」

 

 

「どういう意味です?」

 

 

「私にはそれを答えすることはできません。ご自分でお考えください」

 

 

「ふざけているのか!?」

 

 

その時、一人の社長が怒鳴り声を出した。

 

 

「今この東京エリアが滅ぶかもしれない危機的状況でふざけたことを……!」

 

 

「本当にふざけているのはどちらでしょうか?」

 

 

「何ッ!?」

 

 

「彼は元々蛭子 影胤と手を組んでいました。もし彼がこちらを味方しなかった場合、私たちに勝利と言う文字は絶対にありませんよ?」

 

 

「ッ!?」

 

 

大声を出した社長が言葉を詰まらせる。

 

 

「こちらの味方になってくれただけもありがたいこととは思いませんか?文句がまだあるのでしたらそんな高価な椅子に座っていないで、戦場に(おもむ)いたらどうでしょうか?」

 

 

「ぐッ……!」

 

 

社長は天童を睨み付けるが、何も言わなくなった。

 

 

「それに、私は信じています」

 

 

木更はディスプレイに映った蓮太郎を見る。

 

 

「彼は必ず、『勝ち』ます」

 

 

その強い言葉に、周りは圧倒される。聖天子は慎重に理由を尋ねる。

 

 

「……理由をお伺いしても?」

 

 

「詳細は省きますが、10年前、里見君が天童の家に引き取られてすぐの頃、私の家に野良ガストレアが侵入しました。ガストレアは私の父と母を食い殺しました」

 

 

木更の過去話に優子と真由美は驚く。周りも驚きながら聞いていた。

 

 

「私はそのときのストレスで持病の糖尿病が悪化。腎臓の機能がほぼ停止しています」

 

 

「そ、それが何の関係がある?」

 

 

話の意図を理解できない社長たち。一人が代表して木更に尋ねる。

 

 

「その時、私を庇った里見くんは……」

 

 

木更は告げる。

 

 

 

 

 

「右手、右脚。そして左目を失ったのです」

 

 

 

 

 

「失った……!?」

 

 

木更のおかしな発言に社長たちはざわめきだす。

 

 

「ど、どういうことかね?彼はどう見ても五体満足にしか……?」

 

 

「瀕死の彼が運び込まれたのがセクション二十二。執刀医(しっとうい)は当代きっての神医と謳われた室戸(むろと) (すみれ)医師」

 

 

「室戸 菫だと!?じゃあ、まさか彼は……!?」

 

 

「ご理解していただけましたか?」

 

 

「ああ……なんということだ……ッ!」

 

 

社長はワナワナと震える。

 

 

「彼もそうなのかッ!?」

 

 

 

________________________

 

 

 

ドゴッ!!

 

 

「かはッ!?」

 

 

豪華客船のホールの床に叩きつけられた蓮太郎。体の中にある空気が全て吐き出された。

 

ホールはかなり汚れており、シャンデリアなどは地面に落ちて壊れていた。

 

 

「期待外れだ。彼の希望はこんなにも小さいとは」

 

 

コツコツと靴を鳴らしながら歩く影胤。汚れた蓮太郎とは違い、彼のタキシードは綺麗だ。

 

影胤は強かった。大樹が簡単に影胤を倒せたのは彼がそれだけ圧倒的な力を持っていた証拠。蓮太郎は大樹が本当に最強であることを再確認した。

 

しかし、再確認したところで状況は変わらない。

 

影胤に蓮太郎は勝てない。自分が言うから間違いない。

 

だが、

 

 

ガキュンッ!!

 

 

里見は影胤の真上の天井に向かって銃を発砲。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

銃弾は天井を貫き、天井の瓦礫が影胤に向かって落ちて来る。

 

 

「『マキシマムペイン』」

 

 

ギュウイイイイィィン!!

 

 

影胤を中心に斥力フィールドが展開する。瓦礫はフィールドに弾き返される。

 

フィールドは床を抉るように広がって行き、蓮太郎に当たる。

 

 

「がぁッ!?」

 

 

斥力フィールドに巻き込まれた蓮太郎は壁に押し付けられる。

 

だんだんと押し付けられる圧力が強くなるが、意識が吹っ飛ばないように歯を食い縛る。

 

 

「お、頑張るね」

 

 

影胤が蓮太郎を馬鹿にするように言う。蓮太郎の体からミシミシと音が聞こえ、身体を痛み付ける。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

その時、斥力フィールドの重圧に耐えれなくなったのか、蓮太郎の背後にあった壁が崩れた。

 

隣の部屋に飛ばされた蓮太郎は急いで立ち上がり、逃げ出す。部屋を出て廊下を駆け抜ける。

 

 

(駄目だ!俺一人じゃ勝てない。延珠と合流して……)

 

 

その時、蓮太郎は嫌な予感を感じ取った。

 

本能がヤバイと告げている。体が逃げろと言っている。

 

蓮太郎は急いで部屋の中に逃げ込むと、

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

廊下に光の槍が突き抜け、廊下の壁や部屋のドアを破壊した。

 

 

「ぐぅッ!?」

 

 

槍の直撃は避けたが、衝撃に蓮太郎はふっ飛ばされ、部屋の壁に叩きつけられる。

 

部屋の窓が割れ、家具が散乱する。散乱した家具の破片が蓮太郎を襲うが、蓮太郎は必死に耐える。

 

しかし、痛みに耐えている暇はない。すぐに蓮太郎は立ち上がり、部屋の窓から脱出する。

 

 

ダンッ!!

 

 

ビルの二階と同じくらいの場所から飛び降りた蓮太郎はすぐにデッキの方へと走り出す。

 

 

ガチンッ!!

 

 

その時、延珠の蹴りと小比奈の斬撃が衝突した音が聞こえた。蓮太郎は急いで延珠の名前を呼ぶ。

 

 

「延……!」

 

 

「どこを見ているのかね?」

 

 

「なッ!?」

 

 

ドゴッ!!

 

 

気付いた時には遅かった。背後から影胤の声が聞こえた瞬間、蓮太郎は宙を舞った。

 

 

「かはッ……」

 

 

腹部に痛みがあった。影胤に蹴り飛ばされたと推測できる。

 

 

「蓮太郎ッ!!」

 

 

延珠が名前を呼ぶが、小比奈が斬撃を繰り出し、助けにはいかせない。

 

 

「死にたまえ」

 

 

影胤が銃口を宙を舞った蓮太郎に向ける。蓮太郎の目にも影胤が銃口をこちらに向けていることは確認できた。

 

自分の死を悟った、その時。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「ッ!?」

 

 

影胤は急いで後ろに飛んで後退する。影胤の元居た場所にはショットガンの銃弾が当たった。

 

 

ドンッ!!

 

 

デッキの地面に落ちた蓮太郎はゆっくりと顔だけ動かし、ショットガンを撃った人物を見る。

 

 

「夏世……!?」

 

 

「はやく立ってください」

 

 

ショットガンを影胤に向けた夏世だった。

 

蓮太郎は急いで立ち上がり、夏世の横に立つ。

 

 

「何で来た……!?」

 

 

「将監さんのためです」

 

 

夏世は銃口を影胤に向けたまま言う。

 

 

「私のせいです。あの時、適切な判断をしていれば、私が最初からあの人についていれば、怪我をしなかった」

 

 

「お前……」

 

 

「あの人は私の手を握ってくれていた……私の存在を一番認めてくれていた……!」

 

 

ショットガンを握る力が強くなる。

 

 

「……だから」

 

 

夏世は告げる。

 

 

 

 

 

「私は将監さんのために、正しい道具になる」

 

 

 

 

 

その強い決意に蓮太郎は驚いていた。同時に自分を愚かだと思った。

 

将監は夏世の存在を正しいと言った。

 

夏世は将監のための道具になると言った。

 

大樹は子どもたちを救うと言った。

 

では、里見 蓮太郎は?

 

 

「俺は……」

 

 

自分の右手を見る。

 

 

「俺は……!」

 

 

そして、握り絞める。

 

 

「ッ!」

 

 

そして、決意する。

 

 

「くだらない。弱い者が増えた所で、私の勝利は揺るがない」

 

 

ガキュンッ!!

 

 

影胤の発砲した銃弾は夏世に向かって飛んで行った。

 

しかし、夏世の前に蓮太郎が前に出る。

 

そして、握り絞めた右手の拳を銃弾に向かって上からぶん殴る。

 

 

ガキンッ!!

 

 

「「!?」」

 

 

銃弾は叩き落とされ、夏世にも蓮太郎にも当たることはなかった。

 

蓮太郎が銃弾を右手で弾き飛ばしたことに驚く影胤と夏世。あり得ない光景だった。

 

 

「蛭子 影胤……テメェに義理は通す気はねぇが……俺も名乗るぞ」

 

 

みしりと音がして右腕と右足に亀裂が走り、可塑(かそ)性エストラマーやシリコンなどの人口皮膚が反り返りながら剥落、足元に溜まっていく。

 

影胤は思わず一歩後ろにさがる。それほど影胤は蓮太郎を恐れていた。

 

 

「元陸上自衛隊東部方面隊第787機械化特殊部隊……」

 

 

全ての人工皮膚が剥がれ落ちた蓮太郎の右手と右足。それは光沢のあるブラッククロームが見えた。

 

それは、バラニウム製の義肢だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『新人類創造計画』里見 蓮太郎!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここに、ガストレア戦争が生んだ兵士が二人揃った。

 

 



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悪夢を斬り裂く黒い刀

東京エリアの運命を賭けた戦いが始まる。




蓮太郎(れんたろう)の右腕と左足はバラニウムの義肢。その姿を見た影胤(かげたね)夏世(かよ)。そして延珠(えんじゅ)小比奈(こひな)は驚いていた。

 

このバラニウムの義肢は普通のバラニウム金属ではない。

 

無重力状態でバラニウムをベースにレアメタルとコモンメタル十数種類を掛け合わせることで、バラニウムを数倍する硬度と融点を持つ次世代合金、超バラニウムを使っているのだ。

 

しかし、影胤は恐れることはなく、ゆっくりと不気味に笑いだした。

 

 

「ヒッ……ヒヒッ……ヒヒヒヒヒッ!!」

 

 

影胤は手を広げ、蓮太郎のバラニウムの義肢を見て興奮する。

 

 

「そうかッ!そうだったのかッ!彼の託した希望が私の機械化兵(同類)だとはッ!」

 

 

蓮太郎は不気味に笑う影胤を睨み続ける。

 

 

「蓮太郎!」

 

 

その時、延珠が名前を呼んだ。そちらの方を向くと、延珠は不安そうな顔で蓮太郎を見ていた。

 

 

「それはもう使わないって……二度と使いたくないって……!」

 

 

「延珠」

 

 

蓮太郎は一言だけ延珠に尋ねる。

 

 

「俺を信じてくれるか?」

 

 

その言葉に延珠は面食らうが、ゆっくりと言葉を出す。

 

 

「あ……当たり前だ……」

 

 

延珠は大きく息を吸い込み、大声で告げる。

 

 

「当たり前だッ!!蓮太郎ッ!!」

 

 

延珠の言葉に蓮太郎は口元に笑みを浮かべた。

 

 

「里見さん、私も一緒に戦います」

 

 

「ああ……頼む」

 

 

夏世はショットガンを構え、蓮太郎の前に立つ。

 

 

「行くぞ影胤」

 

 

蓮太郎は構える。

 

 

「機械化特殊部隊……里見 蓮太郎……これより貴様を」

 

 

その時、蓮太郎の左目が光った。

 

 

「排除する」

 

 

バラニウムの義眼。回転する黒目内部に幾何学的な模様が浮かび上がった。

 

蓮太郎の左目は義眼だ。視神経と直結して視野が広がり、三次元的物体を捉えることができるようになった。先程の銃弾を叩き落とせたのはこの義眼のおかげだ。

 

 

ダンッ!!

 

 

蓮太郎は影胤に向かって走り出す。その速さはさっきの蓮太郎の速さとは全く違う。桁違いに速かった。

 

しかし、影胤は蓮太郎の姿を見失わない。冷静に対処する。

 

 

「『マキシマムペイン』!!」

 

 

ギュウイイイイィィン!!

 

 

影胤を中心に斥力フィールドが展開。デッキの床を削りながらフィールドは広がって行く。

 

 

「!?」

 

 

影胤は驚愕した。

 

しっかりと姿を捉えていた蓮太郎が突然消えたのだ。まるで瞬間移動でもしたかのように。

 

自分の視界から消えた蓮太郎を必死に探すが見つからない。

 

 

「天童式戦闘術一の型三番」

 

 

パァンッ!!

 

 

その時、影胤の真上から炸裂音が響いた。

 

急いで真上に視線を移すと、そこには蓮太郎がいた。

 

蓮太郎は高速で上に飛び、影胤の視界から逃れたのだ。人の目は横の動きには強い。しかし、上下の動きには弱い。それを利用した蓮太郎の戦術は見事なモノだった。

 

蓮太郎の腕部・疑似尺骨(しゃっこつ)神経に沿うように伸びたエキストラクターが黄金色の空薬莢を掴みだし、回転しながら蹴りだされる。

 

蓮太郎のバラニウムの義腕や義足にはカートリッジが仕込んである。カートリッジの推進力を利用して超人的な攻撃力を生み出すこと可能にした義肢なのだ。

 

 

「【轆轤(ろくろ)鹿()()()】!!」

 

 

ドゴッ!!

 

 

カートリッジの推進力により加速された爆速の拳。迫り来る斥力の壁を蓮太郎は上からブチ当てた。

 

 

バリンッ!!

 

 

「なッ!?」

 

 

蓮太郎の拳が斥力フィールドとぶつかった瞬間、影胤の視界が傾いた。

 

気が付けば影胤の斥力フィールドは破壊され、蓮太郎の拳の威力は斥力フィールドを貫通していた。

 

貫通した衝撃は影胤の頭部に当たり、顔を地面に叩き落とされた。

 

歪む視界の中、影胤は必死に立ち上がろうとするが、

 

 

「天童式戦闘術二の型四番」

 

 

「ッ!?」

 

 

蓮太郎の追撃。蓮太郎は影胤に向かって降って来ていた。

 

靴のバラニウムの義足の裏を空に向かって突きだしている。ここから来る技は一つ。

 

 

「【隠禅(いんぜん)上下(しょうか)花迷子(はなめいし)】!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

鉄槌の如く打ち下ろされた一撃。蓮太郎の踵落としが影胤の背中に当たる。

 

影胤の体はデッキの床に思いっきり叩きつけられ、床を破壊して大穴を開けた。

 

穴の先は貨物室に通じており、貨物室の木箱に影胤は叩きこまれて血を吐く。

 

蓮太郎と夏世も空いた穴に飛び込み、敵を追いかける。

 

 

「パパァッ!!」

 

 

小比奈が影胤の所に行こうとする。だが、

 

 

ガチンッ!!

 

 

延珠の蹴りと小比奈の斬撃がぶつかり合う。延珠は小比奈の動きを止めた。

 

 

「どけぇッッ!!」

 

 

「どかぬッ!!」

 

 

ガチンッ!!

 

 

また斬撃と蹴りがぶつかり合い、再び小比奈と延珠の戦いが始まった。

 

 

(まさかこれほどの実力とは……!)

 

 

影胤は急いで起き上がり、貨物室の奥の方に身を隠す。

 

しかし、蓮太郎の実力を甘く見ていた影胤はこんな状況でも楽しんでいた。

 

あなたは戦闘狂ですか?そう聞かれれば彼は恐らく『YES』と答えるかもしれない。だが影胤は戦闘が楽しいというわけでは無い。

 

彼は生きている実感が嬉しかったのだ。

 

 

(痛い……頭が……背中が……!)

 

 

痛みで自分が生きていることが分かると、影胤は息を潜めながら笑った。

 

 

(彼の名前は里見君だったか……)

 

 

自分と同じ『新人類創造計画』の兵士。もう忘れることはない。

 

バラニウムの義腕と義足。そして左目の義眼。

 

この薄暗い貨物室でも、蓮太郎は影胤の居場所を義眼で捉えるだろう。

 

 

(それならば気が付く前に勝負を付けるだけでいい……)

 

 

影胤は全神経を耳に集中させ、音を聞き逃さないようにする。

 

 

コツ……コツ……

 

 

「ッ!」

 

 

足音が聞こえた瞬間、音源の方向を振り向く。振り向いた所には貨物の木箱が山積みにされている。だが、影胤は構わず右手に斥力フィールドを槍状に展開した。

 

 

「『エンドレススクリーム』!!」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

木箱に向かって槍状の斥力フィールドを放出。槍は木箱は粉々に砕きながら突き進む。

 

鉄で出来た床を抉り、天井を揺らした。槍の衝撃は凄まじく、槍に当たっていない木箱も一緒に吹き飛んだ。

 

 

(これで終わりだ……!)

 

 

影胤の放った『エンドレススクリーム』の射線上には蓮太郎がいたはずだ。足音からして間違いない。

 

貨物室の壁に大穴が開き、貨物室がさらにボロボロになった。

 

あちらに気付く前に攻撃を仕掛けた。避けれるはずがない。なのに、

 

 

「天童式戦闘術二の型十六番」

 

 

気が付けば蓮太郎に背後を取られていた。

 

 

「【隠禅・黒天風(こくてんふう)】!!」

 

 

「くッ!?」

 

 

蓮太郎の後ろ回し蹴りをしゃがんで回避。影胤は右手で拳を作り、蓮太郎にアッパーカットをお見舞いしようとする。

 

 

カチャッ

 

 

「しまっ……!?」

 

 

その時、影胤は戦慄した。

 

 

 

 

 

自分の腹部にショットガンの銃口を向けられたからだ。

 

 

 

 

 

「これでとどめです」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

ショットガンの持ち主である夏世は引き金を引き、銃弾が影胤の腹部を貫く。

 

 

ギュウイイイイィィン!!

 

 

しかし、影胤はギリギリの所で斥力フィールドを展開。斥力フィールドに守られ、ショットガンの弾を浴びることはなかった。

 

斥力フィールドはそのまま大きく広がり、蓮太郎と夏世の体を吹き飛ばす。

 

 

「ぐあッ!?」

 

 

「うッ!?」

 

 

貨物の木箱を壊しながら壁に叩きつけられる。その衝撃で体の中の空気が一気に口から吐き出される。

 

 

ガキュンッ!!

 

 

影胤は懐に入れておいた二丁の拳銃を両手に握り、夏世に銃口を向けて発砲した。

 

 

「ッ!」

 

 

しかし、夏世は横に転がり弾丸を回避。だが影胤もそれで終わらない。

 

 

()けよソドミーッ、(うた)えゴスペルッ」

 

 

ガキュンッ!!ガキュンッ!!ガキュンッ!!

 

 

両手に持った二丁の銃が火を噴く。何発も放たれた銃弾は夏世を狙っている。

 

 

「右に一歩、左に二歩、ターンをして――」

 

 

「ッ!?」

 

 

夏世は自らの言葉通りに動く。すると銃弾は夏世を避けるように銃弾は当たらなかった。そのことに影胤は驚愕した。

 

 

「――撃つ」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

いつの間にか影胤と夏世の距離は1メートル弱。ショットガンが火を噴き、影胤は後方に吹き飛ばされる。

 

 

「がはッ……!?」

 

 

仮面の下から流れる赤い液体。腹部から溢れ出す赤い水。影胤は背後にあった貨物の木箱に叩きつけられる。

 

そのままズルズルと背を預けたまま座り込む。

 

 

「お前の負けだ」

 

 

顔を上げて見るとそこには銃口をこちらに向けた蓮太郎と夏世。影胤は荒い呼吸で二人に問う。

 

 

「何故だ……私の攻撃が易々とかわされる……!」

 

 

「考えるんです。そのための『力』ですから」

 

 

夏世の『力』とは、彼女の因子のことを指す。

 

 

「私は『モデル・ドルフィン』。『イルカ』の因子を持つイニシエーター(『呪われた子供たち』)です」

 

 

影胤はその言葉で今までの戦闘を理解した。

 

イルカは高い周波数をもったパルス音を発して、物体に反射した音からその物体の形などの特徴を知る能力を持つ。だから影胤が隠れていたあの時、既に居場所を特定されていたはずだ。

 

っと考えるのが普通だ。この定理は間違っている。

 

理由は彼女がパルス音を発することができるかどうかだ。

 

答えは否。不可能なはずだ。そのようなモノは備わっていないと見た。

 

ではどうやって場所を特定したのか。

 

 

『イマジナリー・ギミック』だ。

 

 

影胤が『エンドレススクリーム』を撃つ前、右手に斥力フィールドを展開させた。恐らく人には聞き取りにくいあの高い音で影胤の居場所を瞬時に夏世は察知したのだ。

 

 

「まさか自分で自分の場所を教えてしまうとは……」

 

 

「……降参しろ」

 

 

蓮太郎の言葉を聞いた影胤は、

 

 

「ヒヒッ……ヒヒヒヒヒッ!!」

 

 

笑った。

 

その不気味な笑い声に蓮太郎と夏世は思わず一歩後ろに下がってしまう。

 

 

「里見君。君は何故生きている?」

 

 

唐突に訳の分からない質問に蓮太郎は答えれなかった。影胤は気にせず続ける。

 

 

「私と君は兄弟なのだよ里見君。人の都合で生死を決められ、誰かの思惑で歩くべき道を作られた『人でない人』に変えられた」

 

 

「……………」

 

 

「君の相棒もそうだ。当然君もだ」

 

 

影胤は延珠と夏世のことを言っていた。

 

 

「自らの意志にかかわらずこの世に生み出され、そして否定された」

 

 

影胤の言っていることは理解できる。そして似ていると思った。

 

大樹と言っていたことと。

 

 

「この世の道理!この世の定理!それら全てを覆すものがこの星に出現し、それらに対抗するべく我々は作られた!そして生み出された!」

 

 

覆すものはガストレア。我々は『人類創造計画』の兵士と『呪われた子供たち』のことだ。

 

影胤の仮面の目から見える目に、闇を見た蓮太郎はゾッとした。

 

 

「ならばそれ(ガストレア)が滅べばどうなる!?この世に平和が訪れた時、我々はどうすればいい!?」

 

 

影胤は告げる。

 

 

 

 

 

「我々は、存在してはならないのか?」

 

 

 

 

 

「「ッ!?」」

 

 

その最後の言葉に蓮太郎と夏世は息を飲んだ。彼の目的、戦いの目的が分かった。

 

 

「私は必ず遂行するよ……今ここでステージ(ファイブ)を呼び寄せ、東京エリアを滅ぼし、世界に、この星に再びガストレア戦争の灯をともす!」

 

 

影胤はゆっくりと立ち上がりながら言う。蓮太郎と夏世は発砲せず、銃口を向けたまま警戒する。

 

 

「そうしてようやく手に入れることができるのだよ!戦争の終らない世界を!闘争が闘争を呼ぶ世界を!そして……!」

 

 

影胤は手を広げながら告げる。

 

 

 

 

 

「我々が存在する理由をッ!!」

 

 

 

 

 

「ふざけんなッ!!」

 

 

影胤に対して蓮太郎が怒鳴り上げる。

 

 

機械化兵(俺たち)と延珠を一緒にするんじゃねぇ!!」

 

 

蓮太郎の銃を握った左手の力が強くなる。

 

 

「あいつは人間だ!ただの10歳のガキなんだ!こいつらの未来は明るくなきゃダメなんだよッ!!」

 

 

「ならば思い出せ!人類が『呪われた子供たち』に対するあの態度は何だ!?」

 

 

影胤は息を荒げながら答える。

 

 

「彼らは口を揃えて言う!『化け物』だと!『ガストレア』だと!『人類の敵』だとッ!!」

 

 

影胤は続ける。

 

 

「この東京エリアにいる人たちは全員恨んでいるのだ!許さないのだよ!我々の存在を!彼女たちの存在を!」

 

 

「だからって東京エリアを滅ぼして……!」

 

 

「違う!私は世界を滅ぼすのだ!世界を変えるのだよ!」

 

 

影胤の仮面がさらに笑ったような気がした。

 

 

「私たちは底辺の人間では無い!選ばれた最強の『ヒト』だとッ!!世界を変えて証明するのだッ!!」

 

 

「必要ねぇッ!!」

 

 

蓮太郎が強く否定する。

 

 

「お前、アイツと一緒に行動していたんだろ!?アイツが明るい世界を必死に変えようとしているの知っているんだろ!?どうしてそっちに加担しないんだよ!?」

 

 

大樹が必死に世界を救うことを影胤は知っているはずだ。

 

 

「君は分かっていない……彼は壊れていることを」

 

 

「は……?」

 

 

唐突に影胤の声が小さくなり、蓮太郎は思わず黙ってしまった。

 

 

「私はね……彼のことを友と思っている。こんな私たちの存在を許してくる……だからだ……」

 

 

影胤は小さな声だったが、聞き取れた。

 

 

「明るい未来で彼が苦しむ姿は、私は望まない」

 

 

「どういう……意味だ……?」

 

 

「彼は優しすぎる。甘すぎる。この世界で一番の善人だ。だから、彼は壊れた……いや、壊れているのだよ」

 

 

「だから何を言って……?」

 

 

「君も聞いたはずだ。安形(あんがた)民間警備会社の闇を」

 

 

安形民間警備会社。裏では『呪われた子供たち』を何度も使い捨てにしたり、暴行で無理矢理従わせたり、死なせている。そんな最悪の会社だった。

 

最後は大樹が潰したと会議室で本人が発表。忘れるわけがない。

 

 

「あの時、大樹君は子どもたちの死体を見た時、彼はどうしたと思う?」

 

 

影胤はシルクハットの帽子のツバで仮面を隠す。

 

 

「謝り続けたのだよ。何度も『ごめんなさい』とな」

 

 

その言葉に二人は理解できなかった。何故謝ったのか。なぜ彼がそんな状態に陥ったのか。

 

 

「頭を抱え、身体を震わせながら何度も謝っていた。地面に額をぶつけて血が出るまで謝っていたのだよ」

 

 

その異常な行動に二人は呆然としていた。影胤は続ける。

 

 

「彼の過去。トラウマに触れたのだろう。嘔吐もしていた」

 

 

「……………」

 

 

「彼は人の痛みを知り過ぎている。共感し過ぎている。このままだと彼は本当に壊れる」

 

 

「お、お前は……どうするつもりだ……」

 

 

「彼より先に、この世界を壊す」

 

 

影胤の仮面の目から見える眼光が鋭く光ったような気がした。

 

 

「そして、いずれは私と大樹君が世界を革命をもたらす。私たちの世界を創り上げるッ!!」

 

 

「そんなモノ……!」

 

 

「言えるのか!?」

 

 

「ッ!?」

 

 

「本当にそのような世界が必要ないと言えるのか!?彼のいない明るい未来か、彼が生きている戦争の未来」

 

 

影胤は手を蓮太郎に向かって伸ばす。

 

 

「どちらがいいか、分かるだろう?」

 

 

「ッ……!」

 

 

蓮太郎は固まった状態で影胤の手を見続けた。

 

影胤は溜め息をつき、手を引っ込める。

 

 

「どちらかを選べないのか君は……ならば」

 

 

影胤は銃を構える。

 

 

「私の前に立つ資格はないッ!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「「ッ!?」」

 

 

その時、天井が崩れ、瓦礫が二人に向かって落ちて来る。

 

蓮太郎と夏世は後ろに飛び、天井の瓦礫から逃れる。

 

土煙が一気に舞い上がり、二人の視界を塞ぐ。

 

 

ゴォッ!!

 

 

その時、土煙を突き抜ける一つの影があった。

 

それが小比奈だと分かった瞬間、蓮太郎は戦慄した。

 

 

「危ねぇ!!」

 

 

ガチンッ!!

 

 

「里見さん!?」

 

 

蓮太郎は夏世の前に出て、小比奈の斬撃から守る。バラニウムの義腕に二本の刀が当たり、高い金属音が貨物室に響き渡る。

 

 

「蓮太郎ッ!!」

 

 

ドゴッ!!

 

 

天井が崩れた穴から延珠が追いかけて来た。延珠の回し蹴りが小比奈の腹部に当たり、影胤の足元に飛ばされる。

 

 

「延珠ッ!!」

 

 

「蓮太郎!!はやく下が……!」

 

 

「避けろおおおおおォォォ!!」

 

 

「え?」

 

 

蓮太郎の叫び声が貨物室に響き渡る。延珠が影胤の方を振り返ると、影胤は右手に斥力フィールドを展開していた。

 

 

ギュウイイイイィィン!!

 

 

斥力フィールドは槍状になり、影胤は構える。

 

 

「私の最強の矛は、無限大だッ!!」

 

 

影胤の『エンドレススクリーム』を撃つ前に、左手に小さな斥力フィールドを展開させた。

 

そして、右手と左手を合わせた瞬間、斥力フィールドは爆発したかのように放出した。

 

 

「『インフィニティパージ』!!」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

斥力フィールドの槍が弾け、ばらけ散った。斥力の槍はガトリングガンの銃弾のように周囲一帯を破壊しながら弾け飛ぶ。

 

蓮太郎は延珠と夏世を抱き締め、背中を影胤に向けて、二人を守る。

 

 

バシュッ!!

 

 

「がぁッ!?」

 

 

背中や腕。足や横腹に斥力の槍が当たるが、必死に痛みに耐える。

 

 

「蓮太郎ォッ!!!」

 

 

「里見さんッ!!!」

 

 

二人の悲鳴じみた声で蓮太郎の名前を呼ぶ。しかし、蓮太郎はそこを退こうとしない。

 

ここを退けば二人が殺される。それだけは絶対にさせない。

 

 

バシュッ!!

 

 

「があああああッ!!!」

 

 

蓮太郎の痛みの叫び声が貨物室に響き渡る。

 

そして斥力の槍は貨物室の天井、床、壁を破壊し貨物室を崩壊させる。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

天井が崩れ落ち、蓮太郎たちに瓦礫が降り注いだ。

 

 

________________________

 

 

 

 

貨物室が崩れ落ち、上を見上げれば夜空が見えた。星は街より多く見え、月明かりが崩れ落ちた貨物室を照らす。

 

 

「はぁ……はぁ……!」

 

 

影胤は小比奈に支えてもらいながら立っていた。ショットガンのダメージが大き過ぎたようだ。

 

足元には瓦礫の山ができており、蓮太郎たちが出て来ることはまずないだろう。

 

 

『インフィニティパージ』

 

 

『エンドレススクリーム』の攻撃を拡散させて広範囲に攻撃を可能にした技だ。影胤は大樹との戦闘から新しい技の開発をしていた。

 

彼に負けないために、影胤も強くなっていた。

 

 

「もうすぐだ……私は辿り着いて見せる」

 

 

ふと視線を横に逸らしてみると、大樹がガストレアを蹂躙している姿が見えた。

 

あのガストレアが無力な存在にしか見えない。彼の強さはそこまで物語っていた。

 

影胤が大樹のことを仲間と思ったのは目を見て分かった。

 

同じだった。彼もまた自分と同じように目は濁り、闇が見えた。

 

 

「もうすぐだ、我が友よ……」

 

 

この東京エリアが、世界が、終わる瞬間まで。

 

 

「さぁ控えるのだ、人類よ!」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

「「ッ!?」」

 

 

その時、瓦礫の山が吹き飛んだ。影胤と小比奈はその音に驚き、急いで構える。

 

瓦礫の山から土煙が溢れ出し、敵の姿は見えない。しかし、影胤は正体は分かっていた。

 

 

「まだ戦うのかね?里見君」

 

 

「はぁ……!はぁ……!」

 

 

荒い呼吸で必死に酸素を体に取り込む。体中は血まみれで、立つことすら困難なはずの体。

 

里見 蓮太郎は蓮太郎は延珠と夏世を抱えたまま、立っていた。

 

二人を床に降ろすと、蓮太郎はその場で膝をついた。

 

 

「蓮太郎ッ!!」

 

 

「里見さんッ!!」

 

 

二人が急いで蓮太郎のそばに寄るが、蓮太郎の目は虚ろだった。

 

 

「死ぬのも時間の問題……諦めたまえ、里見君」

 

 

「いやだッ!しっかりするのだ蓮太郎ッ!!」

 

 

延珠が涙を流しながら蓮太郎に抱き付く。蓮太郎はゆっくりと口を動かす。

 

 

「……だ……!」

 

 

「何?」

 

 

「まだだ……!」

 

 

蓮太郎は制服のポケットから一本の注射器を取り出した。赤い液体が入っており、禍々しい感じがした。

 

 

「俺が……必ず……守ってやる……!」

 

 

ドスッ

 

 

注射器のキャップを取り外し、自分の腹部に針を刺した。

 

 

「ぐぁあああああああッ!!!」

 

 

針を刺し、液体を体の中に流し込んだ瞬間、蓮太郎は叫び声を上げた。

 

蓮太郎の目は赤くなり、腹部から紫色の変色物が血液と一緒に溢れ出す。

 

その異様な光景に影胤も、延珠も、夏世も小比奈も驚愕していた。

 

 

「がはッ!!」

 

 

口から大量の血を吐き出し、蓮太郎の叫び声は止まる。

 

その時、影胤は気付いた。

 

 

蓮太郎の流れ出していた血が、止まっていることに。

 

 

「君は……一体……!?」

 

 

「があああああッ!!!」

 

 

蓮太郎はまた獣のように叫び出し、影胤に向かって走り出した。

 

その速さは影胤が目で追えない程の速さだった。

 

 

ガシッ

 

 

「なッ!?」

 

 

影胤は押し倒され、蓮太郎の顔がよく見えるようになった。

 

そして、息を飲んだ。

 

 

義眼の反対の目。その目が『呪われた子供たち』と同じように赤く染まっていたことに。

 

 

 

________________________

 

 

 

『AGV試験薬?』

 

 

『そうだ。元々私が研究していたガストレアウイルスに対する抗生剤の名だが……』

 

 

蓮太郎の言葉に室戸(むろと) (すみれ)は頷いた。菫の手には赤い液体が入った注射器。それを蓮太郎に見えるように見せる。

 

 

『ガストレア遺伝子を利用した、超人的な回復効果を生み出す薬だ』

 

 

『ちょ、ちょっと待て!ガストレアって……まさか!?』

 

 

『……君の想像通りだ』

 

 

菫は目を伏せ、説明する。

 

 

『これを利用した人間は一時的にガストレアウイルスに感染する』

 

 

『なッ……!?』

 

 

『しかし、ガストレアになるのは20%の確率だ。残りの80%で成功すれば、ほとんどの怪我は完治すると思ってくれて構わない』

 

 

『……それでも俺は、使いたくない』

 

 

『私もそう願うよ。これは諸刃の剣だ。本当に危険な状況に追い込まれた時だけ使ってくれ』

 

 

菫は小さな声で最後にこう告げた。

 

 

 

 

 

『できれば使わないでくれ……』

 

 

 

 

 

蓮太郎はその言葉を聞き逃さなかった。

 

 

________________________

 

 

 

蓮太郎は押し倒した影胤の首を左手で掴み、首を絞めていた。

 

 

「パパァッ!!」

 

 

小比奈が急いで助けに行こうとするが、延珠と夏世が立ち塞がり、行く手を阻む。

 

影胤は小比奈に助けてもらうため、延珠に向かって銃を向ける。そして、引き金を引いた。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「なッ……!?」

 

 

その時、蓮太郎は影胤の持った銃を掴み、銃口を自分の腹部に無理矢理向けた。

 

銃弾は蓮太郎の腹部に当たったが、銃弾は貫通どころか、かすり傷一つ負わなかった。

 

影胤はそんな蓮太郎を見て思った。

 

 

化け物、だと。

 

 

ドゴッ!!

 

 

蓮太郎の右手の拳が影胤の頬に強く当たる。

 

 

ドゴッ!!ドゴッ!!ドゴッ!!

 

 

何度も蓮太郎は影胤を殴る。影胤は蓮太郎の腹部に向かって銃の引き金を引くが、全く聞いていない。

 

 

「フハハハッ!!素晴らしい!ついに君は……!」

 

 

殴られながら影胤は笑いながら告げる。

 

 

「人であることを捨てるのかッ!?」

 

 

ピタッ

 

 

その時、蓮太郎の拳が止まった。それを見た影胤はゆっくりと手を蓮太郎の腹部に当てる。

 

 

「迷ったね?」

 

 

影胤にそう言われた瞬間、蓮太郎の体が震えだした。

 

 

「君は大樹君のような存在になれない。なぜなら君は迷った。彼なら言い切る。自分は『化け物』だと」

 

 

蓮太郎の呼吸は止まり、眼球の黒目が揺れ出す。

 

 

「だから君は、弱い」

 

 

影胤の右手に槍状の斥力フィールドが展開した。

 

 

「『エンドレススクリーム』」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

その瞬間、蓮太郎の体は空高くを舞い上がった。

 

槍状の斥力フィールドは雲を貫き、衝撃は港まで届いた。

 

 

ドサッ!!

 

 

蓮太郎の体が瓦礫の地面に叩きつけられる。

 

 

「蓮太郎……?」

 

 

延珠がゆっくり近づく。そして、見たくないモノを見てしまった。

 

 

 

 

 

蓮太郎の右腹部がごっそり抉り取られた姿を。

 

 

 

 

 

延珠の悲鳴は、蓮太郎の耳に届かなかった。

 

 

 

________________________

 

 

 

「暗い……」

 

 

蓮太郎の視界は暗闇。見えるのは無限に広がる黒だけ。分かるのは自分は横たわっていることだけ。

 

 

『この世界は地獄同然で……』

 

 

「ッ!?」

 

 

その時、声が聞こえた。

 

 

『こんなにつらい目に遭うなら、あの日父さんと母さんと一緒に……』

 

 

この声は……!

 

 

『死ねばよかった』

 

 

蓮太郎の視界に映ったのは、子どもの頃の蓮太郎だった。

 

 

(俺……!?)

 

 

急いで立ち上がろうとするが、

 

 

『あ、気を付けて』

 

 

ガクンッ

 

 

しかし、立ち上がれなかった。

 

右手が地面につけない。右足が動かない。

 

 

『バランス悪いから』

 

 

ゆっくりと右手に視線を動かすと、そこにはバラニウムの義肢は無く、ただ腕だけが無くなっていた。

 

足もだ。左目もだ。無い。あの日と同じ、無くなっていた。

 

 

『いいじゃん。どうせ嫌だったんでしょ?』

 

 

子ども自分が笑いながら言う。

 

 

『だからずっと使わなかった』

 

 

子どもの蓮太郎は告げる。

 

 

『ただの()でいたかったから』

 

 

自分の唇を強く噛む。否定できなかった。

 

 

「俺は……」

 

 

しかし、どうしても知りたいことがあった。

 

 

「俺は、死んだのか……?」

 

 

『そう』

 

 

子どもの蓮太郎は肯定した。

 

 

()は死んだ。そして、()()が俺の見ることのなかった()

 

 

蓮太郎の目の前の床に映像が映し出される。

 

 

()の死んだ翌日の朝。負傷者を含めた生存者358名を残して……』

 

 

映像に映るその光景に、蓮太郎は目を疑った。

 

 

『東京エリアは壊滅した』

 

 

残っているビルは一つもなく、瓦礫の山と化している光景。

 

血まみれの子どもが泣いている光景。

 

ガストレアが東京エリアに侵入している光景。

 

頭がおかしくなりそうな光景だった。

 

 

『その日のうちに政府高官が大阪エリアへ護送され、市民は避難キャンプで身元確認及び傷の治療。その後、空路で大阪へ移送されることになる』

 

 

その時、映像に見知った人物が映った。

 

 

「き……ッ!」

 

 

『木更さんも無事大阪へ脱出できたよ』

 

 

蓮太郎が名前を呼ぶ前に、子どもの蓮太郎が説明した。

 

木更は誰かの手を必死に握ろうとしていた。しかし、握ろうとしていた者は抵抗していた。

 

抵抗していた人物も、自分が一番知っている人だった。

 

 

「延珠……!?」

 

 

どうして延珠が木更さんと喧嘩しているのか分からなかった。

 

 

『かろうじて救出された延珠は木更さんと大阪へ行くはずだった』

 

 

嫌な予感がした。

 

 

『でも延珠はそれを拒み、木更さんもその手を掴めなかった』

 

 

聞きたくない。耳を塞ぎたくなりそうだった。

 

 

『蓮太郎は生きている。死んでなんかいない。そう延珠が言ったから』

 

 

「ッ!?」

 

 

まるで自分を見ているようだった。

 

 

父さんと母さんは死んでいない!俺が見つけなくちゃッ!!

 

 

そんなことを言って天童家から飛び出したこともあった。

 

 

『木更さんはやらなきゃならないことがある。だから……』

 

 

ダンッ!!

 

 

子どもの蓮太郎が何かを言う前に、蓮太郎は左手を映像に向かって叩いた。強く、強く、強く叩いた。

 

 

「ッ馬鹿野郎ォ……!!」

 

 

一番の馬鹿野郎は自分だったからだ。

 

 

『それから延珠は()を探し続けた』

 

 

子どもの蓮太郎は映像を見ながら言う。映像には延珠が何日間も必死に自分を探す姿が映し出されていた。

 

何日から何ヵ月へ。何ヵ月から半年。そして、半年から一年。ずっと延珠は自分を探していた。

 

 

『見つけれるわけ、ないのに』

 

 

手を握る力が強くなる。

 

 

()にはさ、木更さんがいたよな』

 

 

自分の歯が砕けてしまうくらい強く噛み閉める。

 

 

()には先生もいた。天童のジジィだっていた。他にもたくさんの人に支えてもらってきた』

 

 

視界が歪む。

 

 

『でも延珠(アイツ)には……延珠にはさぁ……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『誰がいるんだろうな』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、溜まっていた涙が溢れだした。

 

自分のせいだ。自分が死ななかったら延珠はこんな目にあわないはずだった。

 

 

「本当は……本当は……分かっていたんだ……!」

 

 

涙を流しながら映像に映った延珠を見る。

 

 

「両親はもう死んでて……いくら探したって……いくら泣いたって……もう二度と会えないって……!」

 

 

高校生じゃなくても。中学時代じゃなくても。自分は分かっていた。

 

あの日、俺は分かっていた。

 

 

「でもッ!!」

 

 

映像に映った延珠が泣き出した。それを見た蓮太郎は必死に声に出す。

 

 

「いつか目の前に現れて……頑張ったなって……一緒に帰ろうって……!」

 

 

延珠も自分と同じことを考えてるはずだ。

 

いつか蓮太郎が現れて、頑張ったなって頭をくしゃくしゃに撫でて、一緒に手を繋いで帰ってくれる。

 

延珠も……!!

 

 

「優しく抱きしめてくれるって……!!」

 

 

俺と同じように……!

 

 

 

 

 

「信じたかったんだッ!!」

 

 

 

 

 

泣きだした延珠の所に行きたい。その思いが口に出ていた。

 

 

「延珠ッッ!!!」

 

 

その時、延珠と目が合った。

 

 

「延……珠……?」

 

 

何かを必死に叫んでいる。映像に耳を当てても何も聞こえない。

 

 

「なんだ……?なんて言っている?聞こえないんだ延珠……延珠……!」

 

 

左手を強く握り、映像に向かって拳をぶつけた。

 

 

ドゴッ!!

 

 

「延珠ッ!!」

 

 

ドゴッ!!ドゴッ!!ドゴッ!!

 

 

何度も殴った。自分の拳が痛くなろうとも、殴り続けた。

 

 

「待ってろ!今すぐコイツをぶち割って、そっちに行ってやるッ!!」

 

 

何度も何度も何度も殴った。

 

 

「だから……だから……!」

 

 

しかし、コイツは壊れなかった。

 

 

「もう……泣くなぁ……!」

 

 

手から血を流し、指は折れていた。必死に殴っても、コイツは壊れなかった。

 

 

『生きることはつらい』

 

 

子どもの蓮太郎が自分の右肩に手を置いた。

 

 

『両親は死んだ。自分も人間じゃなくなった。世界は機械化兵士(オレたち)の存在を許してくれない』

 

 

影胤の言う通りだ。俺たちは存在してはいけない。平和になろうとも。

 

 

『他人も自分も騙してきた。この世から消えたいとも思った。でもそれより何よりも』

 

 

子どもの蓮太郎は告げる。

 

 

『こんな(みにく)い世界、無くなってしまえばいいと思った』

 

 

涙が溢れ出し、延珠の姿が霞む。延珠が必死に叫んでいるのに、自分は何もできない。

 

 

「だけどッ……!」

 

『だけど』

 

 

二人の声が重なった。

 

 

『そんな()()()()()はさ……』

 

 

そうだ……そんな些細なこと……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『なんてこと、ないよな』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、蓮太郎の右手にはバラニウムの義腕が作り出された。

 

足にもバラニウムの義足。左目にもバラニウムの義眼が元に戻っていた。

 

後ろを振り向くと、笑顔で笑っている子どもの頃の自分。

 

 

「ああ……なんてことねぇよ……()()()もんッ」

 

 

蓮太郎も口元に笑みを浮かべる。

 

右手を思いっきり振り上げ、喉が張り裂けるほど雄叫びを上げる。そしてコイツに向かって拳を振り下ろした。

 

 

ここでもう一度問おう。

 

 

将監は夏世の存在を正しいと言った。

 

 

夏世は将監のための道具になると言った。

 

 

大樹は子どもたちを救うと言った。

 

 

では、里見 蓮太郎は?

 

 

バリンッ!!

 

 

________________________

 

 

 

腹部が無くなり、血の池を作った蓮太郎は全く動かなかった。

 

延珠が必死に声をかけるが動かない。涙を流しても動かない。

 

 

「うッ!?」

 

 

夏世は小比奈の斬撃に吹き飛ばされ、危うく船から落ちそうになる。

 

 

「延珠斬るッッ!!」

 

 

夏世の守りを突破した小比奈は延珠に向かって刀を振り下ろそうとする。

 

 

「蓮太郎ッ!!」

 

 

しかし、延珠は蓮太郎に声をかけ続けた。小比奈の攻撃に気付いていない。いや、気付いているが無視しているのかもしれない。

 

 

ザンッ!!

 

 

延珠の体は小比奈の斬撃で吹っ飛ばさる。しかし、延珠は何事も無かったかのようにすぐに起き上がり走り出した。

 

小比奈もそれに答えるかのように延珠に向かって走り出す。

 

小比奈の刀の斬撃が延珠に当たろうとするが、延珠はしゃがんで避ける。

 

 

「くッ!」

 

 

小比奈は反撃に備え、刀をクロスさせて防御する。だが、

 

 

「蓮太郎ォッ!!」

 

 

延珠は小比奈を無視して、蓮太郎の元に行き、また名前を呼んだ。

 

 

「お願いだ……目を開けて……!」

 

 

「延珠さん……」

 

 

夏世が立ち上がり、助けに行こうとするが、

 

 

「……小比奈。斬り落とせ」

 

 

「はいパパ」

 

 

「ッ!?」

 

 

小比奈は延珠に向かって走り出す。今の夏世では追いつけない。

 

 

「延珠さん!!逃げてぇ!!」

 

 

「お願いだ……蓮太郎……!」

 

 

延珠はそれでも目を閉じた蓮太郎に声をかけ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「妾をひとりに……しないでぇッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「かはッ!?」

 

 

その時、小比奈の斬撃は止められ、腹部に痛みを感じた。

 

 

「どけよ」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

小比奈の体は吹っ飛び、影胤の足元まで吹っ飛ばされる。

 

 

「蓮太郎……蓮太郎ォ!!」

 

 

蓮太郎が小比奈を殴り飛ばした。そのことにやっと延珠は理解した。

 

蓮太郎はAGV試験薬。残りの5本全てを同時に腹部にぶっ刺した。

 

 

「がああああああッ!!!」

 

 

あまりの痛みに獣の雄叫びような声を上げる。口から大量の血を吐き出し、腹部からあり得ないほどの紫色の何かが溢れ出す。

 

体中の血管が膨れ上がり暴れ出す。心臓の鼓動は破裂してしまうくらい強く振動した。

 

 

(なんてことはねぇ……)

 

 

薄れていく意識を必死に保つ。痛みに耐える。ガストレアウイルスに抗う。

 

 

(こんなもん……なんてことはなねぇんだ……!)

 

 

目に映るのは泣いた少女。

 

 

(おまえが……)

 

 

いつも一緒にいた少女。

 

 

(おまえが……)

 

 

失いたくない。

 

 

(おまえが……)

 

 

離れたくない。

 

 

(おまえが……!!)

 

 

少女を抱き締める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おまえが、いる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

延珠が、いる。蓮太郎はそう言った。

 

 

 

 

 

蓮太郎の無くなっていた腹部はいつの間にか綺麗に、元通りになっていた。

 

 

 

 

 

「馬鹿な……何が君を動かす……」

 

 

「影胤」

 

 

蓮太郎は立ち上がり、延珠を守るように前に立つ。

 

 

「この戦い……」

 

 

バラニウムの義眼を解放。敵を睨み付ける。

 

 

 

 

 

「『俺たち』は敗けない」

 

 

 

 

 

「なぜだ……」

 

 

影胤は大きな声で叫ぶ。

 

 

「なぜだあああァァアぁあああッッ!!」

 

 

影胤には全く理解できなかった。いや、理解したくなかったかもしれない。

 

 

「何故分からない!?今の人間に!世界に!守るべき価値などないということを!!」

 

 

「ある」

 

 

「ッ!?」

 

 

答えを出したのは蓮太郎じゃない。背後から聞こえた。

 

 

「守るべき価値は、十分にある」

 

 

「また君か……!」

 

 

そこには大樹が立っていた。

 

大樹の隣には黒ウサギ。二人の後ろには民警のペアが何組か。民警たちは銃を影胤に向けていた。

 

 

「君も分かっているはずだ!この世界は醜い!汚らわしい!腐敗していると!」

 

 

「……確かに腐った野郎ばかりだ」

 

 

「なら!」

 

 

「でも、ここにいる人たちは腐っちゃいねぇよ」

 

 

「何……!?」

 

 

「ここにいる人たちは、守りたいから戦うんだ」

 

 

大樹の後ろにいる民警たち。彼らをよく見ると、怪我をしている者が多かった。包帯などで手当てをしている者。イニシエーターに支えてもらわないと歩けない者。そんな人たちが多い。

 

しかし、全員変わらないことがある。

 

 

それは、みんな銃を影胤に向けていることだった。

 

 

「自分の命が惜しい奴らはヘリで帰ったよ。イニシエーターを置いてまで帰ろうとした屑もいた」

 

 

でもなっと大樹は付け足す。

 

 

「ここにいる人たちは、守る為にここに自ら立ったんだ。怪我をしても、歩けなくても立とうとしたんだ」

 

 

後ろにいる民警の目は他の奴らとは違う。蓮太郎にも分かった。

 

 

「自分の家族を守る為に!自分の友人を守る為に!東京エリアのために!明日のために!そして!」

 

 

「あッ……!」

 

 

その時、夏世は涙を流した。大樹の右手に握っていたあるモノを見て。

 

 

 

 

 

「自分の大切な人を、正しいと言う為にッ!!」

 

 

 

 

 

握っていたのは黒い大剣。それは伊熊(いくま) 将監(しょうげん)が持っていた武器だ。

 

 

「アイツが一番立派だった!怪我の手当てが終わった瞬間、アイツは歩こうとした!イニシエーターがお前と戦っていると知った瞬間、アイツは血を流しながら走ろうとした!」

 

 

「将監さん……!」

 

 

「まとも立てる体じゃないのに、アイツは戦おうとしたんだ!一人の女の子の存在を正しいと証明するためにッ!!」

 

 

夏世は涙を流し、何度も将監の名前を呼んだ。

 

影胤はゆっくりと首を横に振る。

 

 

「分からない……自己犠牲にもほどがある……どうして君たちは戦える」

 

 

「俺は大切な人がいるからだ」

 

 

大樹は隣にいた黒ウサギの手を握った。黒ウサギは驚いていたが、すぐに笑みを見せてくれた。

 

 

「俺の大切な人はどんなことがあろうとも、俺のそばにいてくれる」

 

 

「そんなこと……!」

 

 

「あります」

 

 

影胤の言葉を黒ウサギが重ねた。

 

 

「黒ウサギたちは大樹さんのそばにいます。何があっても絶対に離れません」

 

 

「俺はそんな大切な人がいるから戦える」

 

 

大樹は告げる。

 

 

「この希望がある限り、俺は立ち上がり続ける」

 

 

「……………」

 

 

影胤はしばらく黙っていたが、

 

 

「私の理想は……終わらない……」

 

 

「パパ……?」

 

 

影胤は小比奈の頭を撫でる。

 

 

「小比奈……そこで待っていなさい」

 

 

小比奈は心配そうな目で影胤を見ていたが、

 

 

「……はいパパ」

 

 

小比奈は頷いた。

 

影胤は蓮太郎たちの方を振り向く。

 

 

「大樹さん!」

 

 

「この戦いは水を差しちゃダメだ」

 

 

「ですが!」

 

 

「大丈夫だ」

 

 

大樹は蓮太郎を見る。

 

 

「アイツは、延珠ちゃんのヒーローだ」

 

 

 

________________________

 

 

 

 

「私は負けない……選ばれた人間だ……」

 

 

影胤の右手に斥力フィールドが展開する。

 

 

「『俺たち』は敗けない……」

 

 

蓮太郎は構える。バラニウムの義肢が光り出す。

 

 

「我々の存在のために!」

 

 

「延珠のために、みんなのために!」

 

 

その瞬間、二人の最強の技が発動した。

 

 

「エンドレスッ……」

 

 

「天童式戦闘術一の型十五番ッ……」

 

 

影胤は右腕を後ろに引き絞り槍の構え。蓮太郎はバラニウムの義腕から空薬莢(やっきょう)が飛び出した。

 

 

「スクリイイイイイィィムッ!!!」

 

 

「【()()()()鯉鮒(りゅう)撃発(バースト)】!!」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

影胤の右手から最強の槍が射出された。蓮太郎は推進力を使った最強の拳を槍にぶつける。

 

二つの技が衝突し、衝撃波が港まで、森まで届く。

 

 

「ガアアアアアッ!!!」

 

 

「ハアアアアアッ!!!」

 

 

影胤。お前の言ったことは間違ってはいない。

 

 

俺とおまえは同じだったんだ。

 

 

同じようにこの世に絶望していた。

 

 

ただ……ただ少しだけ違ったことがあるとすれば……。

 

 

それは……。

 

 

ドゴンッ!!!

 

 

『エンドレススクリーム』跳ね返され、蓮太郎の拳の衝撃が影胤の腹部を襲う。

 

影胤の体は空高く舞う。それを蓮太郎は逃さない。

 

カートリッジの推進力を使い、影胤との距離を詰める。

 

 

「そうか……」

 

 

影胤は追撃をしようとする蓮太郎を見て、何かを理解した。

 

 

「私は……君に……」

 

 

「天童式戦闘術二の型十一番!!」

 

 

全てのカートリッジを使い、威力を最高まで高める。

 

 

「負けた、のか……」

 

 

蓮太郎のオーバーヘッドキックのような蹴りが影胤に振るわれた。

 

 

 

 

 

「【隠禅(いんぜん)哭汀(こくてい)全弾撃発(アンリミテッドバースト)】!!」

 

 

 

 

 

ドゴンッ!!!!

 

 

影胤の腹部にその一撃が叩きこまれた。影胤はくの字に折れ曲がり、海に向かって飛んで行く。

 

 

バシャアアアアアンッ!!

 

 

大きな水しぶきを上げて、影胤は海の底へと沈む。

 

 

「パパ……パパぁ……!」

 

 

小比奈が海に向かって手を伸ばす。小比奈の目には涙があった。

 

蓮太郎が地面に着地し、海を見ながら呟いた。

 

 

「背負っている人たちの、思いの強さだ」

 

 

 

 

________________________

 

 

 

【蓮太郎が目立ちすぎてモブになりかけている大樹視点】

 

 

影胤と蓮太郎の勝負を見ていた大樹。彼が取った行動は、

 

 

「救出うううううゥゥゥ!!」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

俺は海に飛び込み、人魚や半魚人より速い泳ぎで影胤を回収。急いで船に戻った。

 

そして、影胤を床に寝かせて安堵の息を吐く。

 

 

「ふぅ……で、どうする?」

 

 

(((((そこで聞く!?)))))

 

 

「おーい起きろ」

 

 

俺は影胤の頬をペチペチ叩く。というかツッコミ遅れたが上の視点何?喧嘩売ってるの?大安売りだな。バーゲンでもやっとんのか。

 

ペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチ……………スパーンッ!!

 

 

「ぐふッ」

 

 

「あ、起きたか」

 

 

最後は少し本気で叩いた。そして小比奈ちゃんに後ろから殴られた。痛い。

 

 

「目覚めはどうだ?」

 

 

「……最悪な気分だ」

 

 

「そうか」

 

 

そんな影胤の言葉を聞いた周りの人たちは笑った。

 

 

「何故助けた」

 

 

「お前を政府に出したら金が儲かると思って」

 

 

「……………」

 

 

「……本当は理由なんてねぇよ」

 

 

大樹は立ち上がり、海を見る。

 

 

「だげど、この世界を変えたいと思う最強の人材は失いたくないなぁっと思ってな」

 

 

「……私は君たちの敵だ」

 

 

「違う。お前は社畜だ」

 

 

「「「「「え?」」」」」

 

 

その言葉に影胤も声を出して驚いた。

 

 

「蓮太郎に負けたんだ。敗者は勝者の下で働け。天童民間警備会社の下僕だ」

 

 

「……本気かね?」

 

 

「本気だ」

 

 

俺は影胤の方を振り向く。

 

 

「お前の生きる理由くらい、俺が探してやるよ」

 

 

「……………」

 

 

影胤は少し考えた後、小比奈の頭を撫でた。そして、笑った。

 

 

「ヒヒッ……仕方ない。友の願いだ。聞いてやろう」

 

 

「そりゃどうも」

 

 

俺と影胤は顔を合わせて笑った……………影胤の笑い方はちょっと怖いけど。

 

 

「里見もお疲れ様。後は任せろ」

 

 

「後?」

 

 

「知らないのか?」

 

 

俺は携帯端末を持ってみんなに知らせる。

 

 

 

 

 

「東京湾にステージⅤ、来たらしい」

 

 

 

 

 

まるで友達が家に来たかのような言い方に戦慄。みんなの顔が青ざめた。

 

 

 

________________________

 

 

 

一方、木更たちがいる部屋は騒がしくなっていた。

 

理由は簡単。ステージⅤが来たからである。

 

最初、影胤を倒した時はあんなに喜んでいたのに今は絶望している人間がたくさんいる。

 

 

「どういうことだ!?」

 

 

もちろん、怒鳴り散らす人間もいる。

 

 

「『(あま)梯子(はしご)』が使えないだと!?」

 

 

男が言った『天の梯子』とは世界最大レールガンモジュールのことだ。

 

ガストレア大戦末期にステージⅤ撃滅を目的として作られた超電磁砲だったが、終局試運転もできずに終戦を迎えた建物だ。

 

今こそ使う時と思っていたが、問題が発生した。

 

 

「こ、これを見てください……」

 

 

大きなディスプレイに映された映像は最悪なモノだった。

 

そこはガストレアが暴れ回り、建造物を破壊する光景だった。

 

 

「な、何だこれは……!?」

 

 

驚くのも無理はない。人間を狙うのではなく、建造物を狙った攻撃だからだ。

 

建物を破壊するガストレアに、言葉を失った。

 

 

「専門家にお尋ねしても分からないと……」

 

 

「ど、どうすれば……」

 

 

社長格の人たち、研究員たちの顔が暗くなっていく。その時、一人の女の子が手を挙げた。

 

 

「聖天子様、ご提案があります」

 

 

木更が立ち上がり、聖天子に向かって言った。

 

 

「何でしょうか?」

 

 

聖天子が木更に尋ねる。

 

 

 

 

 

「ステージⅤを葬る方法です」

 

 

 

 

 

「「「「「なッ!?」」」」」

 

 

その場にいた全員が驚いた。驚いていないのは木更と優子。そして真由美だけだ。

 

聖天子が目を見開いて驚いていると、木更は自分の携帯電話を取り出し、聖天子に向かって差し出した。

 

 

「通話は繋がっていますので」

 

 

「……誰ですか」

 

 

「お声を聞けば分かるかと」

 

 

「……………」

 

 

聖天子はゆっくりと携帯電話に耳を近づける。他の者たちは静かにそれを見守る。

 

 

「もしもし……」

 

 

『ハロー。どうも、泣いた仮面です』

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

その瞬間、大きなディスプレイの映像が切り変わった。映ったのは泣いた仮面を被った男。

 

音声は携帯電話だけでなく、他のスピーカーからも聞こえた。

 

泣いた仮面。目の下に青い涙のマークが書かれている仮面。影胤とは違う仮面だ。

 

 

『皆さんが知っているようにわた……ヘックシュン!!』

 

 

泣いた仮面がくしゃみをした瞬間、仮面がどこかに飛んだ行った。

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

『クソッ、海に飛び込まなきゃよかった……あ、どうも大樹です』

 

 

無言&無表情の社長と研究員。聖天子も嫌な顔をしていた。しかし、優子は溜め息をつき、笑っていた。

 

 

「平常運転で安心するわね……ねぇ真由美さん」

 

 

その時、真由美が驚いた様子で大樹を見ていたことに気付いた。

 

真由美の驚いた表情を見た優子は心配してしまう。

 

 

「真由美さん?大丈夫?」

 

 

「ッ……えぇ、問題ないわ」

 

 

優子に声をかけられた真由美はハッとなり、すぐに笑みを優子に見せた。

 

 

「あなたがステージⅤを葬る方法を知っているとお聞きしました」

 

 

気を取り直し、聖天子は大樹に尋ねる。

 

 

「その話は本当ですか……?」

 

 

『YES!大樹に任せてください!』

 

 

『真似しないでください!!』

 

 

スパンッ!!

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

無表情で映像を見る社長と研究員。目が死んでいた。

 

 

「くすッ」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

聖天子が手を口に当てて笑いを堪えていた。その姿に全員が驚く。

 

 

『ただし、条件がある』

 

 

大樹の言葉に聖天子はすぐに真剣な表情になる。

 

 

『この条件を飲まない限り、ステージⅤは野放しにする』

 

 

「……条件は、何でしょうか」

 

 

『まず影胤と小比奈ちゃんのこれからの自由を約束しろ』

 

 

その言葉に、天童 菊之丞(きくのじょう)が大声を出した。

 

 

「駄目だ!その犯罪者は絶対に生かして……!」

 

 

「分かりました」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

しかし、聖天子がそれを認めた。

 

 

「聖天子様!?」

 

 

「飲まなければ私たちは死にます。命が惜しくないのですか?」

 

 

「ッ……!」

 

 

菊之丞は聖天子にそう言われ反論しようとするが、周りの視線が気になり、黙った。

 

 

『次の条件だが……』

 

 

「ひ、一つじゃないのか!?」

 

 

一人の男が驚きながら声を荒げる。

 

 

『まぁな。難しいことじゃねぇから安心しろ』

 

 

「そ、そうか……ならいいか……」

 

 

(((((良くねぇよ!?何で納得した!?)))))

 

 

少しおかしい男だった。

 

 

『俺が本当に望むモノは一つ』

 

 

大樹は真剣な表情で告げる。

 

 

『【ガストレア新法】の制定だ』

 

 

「ッ……!」

 

 

聖天子の表情が引き締まり、隣にいた菊之丞の顔は鬼の形相で大樹を睨んだ。

 

ガストレア新法とは『呪われた子供たち』の基本的人権を尊重する法案だ。自由を持つことができ、平等に扱われる。

 

彼女たちが学校に通うことも、許される法案だ。

 

 

『それがいいよな?』

 

 

大樹はニヤニヤしながら菊之丞の顔を見る。

 

 

『天童閣下?』

 

 

「貴様ッ……!」

 

 

『というわけで制定してくれよ。聖天子様』

 

 

「ッ……これは私の判断では」

 

 

『できない……なんて言わないでくれよ』

 

 

「……一つお伺いしたいことがあります」

 

 

『何だ?』

 

 

「どうしてあなたはそこまでして、子どもたちを助けるのですか?」

 

 

『馬鹿か』

 

 

大樹は告げる。

 

 

 

 

 

『苦しんでいる人を助けることは当たり前のことだろうが』

 

 

 

 

 

「……………」

 

 

『先生に言われなかったのか?いじめはいけませんって。優しくしましょうって。誰もが教えられたことじゃないのかよ』

 

 

大樹の表情は暗く、哀しげなものだった。

 

 

『怖いのは分かる。でもそれを乗り越えてどうにかするのが普通じゃないのか?最初から敵だと決めつけて、切り捨てることは間違っている』

 

 

いいかっと大樹は付けたし続ける。

 

 

『どんな理由がそこにあろうとも、皆が笑顔でいる本物の世界を……』

 

 

大樹は続ける。

 

 

 

 

 

『望むのが常識だろうがッ!!』

 

 

 

 

 

 

大樹は思う。これは普通であって普通じゃないことだと。

 

昔からそうだった。あの先生の言葉は、こういう場面に陥った時、何度も思い出す。

 

先生は必死だった。これは駄目だ。これはいいことだ。彼は汗を流しながら俺たちに教えてくれた。

 

だが聞いていたのはごくわずかの人だけ。彼の話を聞く者は少なかった。

 

でも、俺はその先生の話は素晴らしいと思っていた。

 

彼の常識は人を救うこと。彼の普通は優しく人に接すること。

 

彼の異常は、人を傷つける『悪』だと言った。

 

それがカッコイイと思った。生きる姿が。そう俺は、

 

 

彼の『ホンモノの正義』に憧れていた。

 

 

先生が、俺に『正義』をくれた人間なのかもしれない。

 

あの人の言葉を、ここで借りるのならば……。

 

 

『正義を忘れても、人の優しさは忘れるなッ!!』

 

 

大樹の大声が部屋に響く。

 

沈黙がしばらく続いたが、大樹が溜め息をついた。

 

 

『……もういい。ガストレア新法については制定するかどうか任せる。でも最初の一つは飲んでもらうからな』

 

 

「……いいのですか?」

 

 

『ああ』

 

 

「……では東京エリアを」

 

 

『救ってやるよ』

 

 

その言葉を最後に、通信通話が切れた。

 

 

________________________

 

 

 

【大樹視点】

 

 

携帯端末の通話を切る。

 

ここは港の倉庫。次の救助ヘリが来るまで待っていた。

 

影胤は壁に背を預け、隣では小比奈が影胤の腕に抱き付いて静かに寝息を立てていた。

 

他の民警も静かにしていたが、表情は暗い。それもそうだ。ステージⅤがこちらに来ているのだから。

 

黒ウサギは蓮太郎と延珠ちゃん。そして夏世ちゃんの手当てをしている。

 

俺は黒いコートを脱ぎ捨て、両腰に装備した12本の刀を外す。

 

 

「今のは本気かね?」

 

 

影胤は小比奈を起こさないように俺に尋ねる。

 

 

「まぁな。俺ならできる」

 

 

「君のそのパーカーを見て不安になったよ」

 

 

「何故だ」

 

 

この『帰ったら俺……結婚するんだ……』パーカーがッ!?

 

 

「じゃあ脱ぐ」

 

 

「もっと不安になるよ」

 

 

馬鹿な……『一般人』Tシャツが……!?

 

 

「とにかく行ってくるよ。手遅れになったらヤバいから。というかもう遅刻しそう」

 

 

「では最後に君に言っておきたいことがある」

 

 

「何だ……ッ!?」

 

 

その時、影胤の仮面の目か見える黒い瞳にゾッとした。

 

 

「自覚が無いかもしれないが君は本当に壊れている。今の会話も、壊れたモノだったよ」

 

 

「……どこがだよ」

 

 

「人を救うのは常識じゃない。そして普通でもない」

 

 

「考えたが違うだけだろ」

 

 

「違う」

 

 

影胤にバッサリと否定される。

 

 

「君の『救う』は私たちの『救う』とは桁が違う。だから君はおかしい」

 

 

だからっと影胤は付け足す。

 

 

「君は、壊れている」

 

 

「……別に俺はそれでいい」

 

 

「何?」

 

 

俺は手に持った泣いた仮面をつける。

 

 

「大切なモノを守る為なら俺は……………ッ」

 

 

しかし、俺は続きの言葉は言えなかった。

 

 

「……行ってくる」

 

 

そう言って重たい倉庫の扉を開けた。

 

 

 

________________________

 

 

 

倉庫から出た俺は、空を見上げた。空はまだ暗く、星も見えている。

 

寒い。Tシャツの上からパーカーを着ていてもまだ寒い。気温のせいか、これからの戦いのせいか……体が震える。

 

懐からクロムイエローのギフトカードを取り出す。

 

 

災いの吸血鬼(ディザスタァ・ヴァンパイア)

 

 

進化した恩恵の名称がギフトカードに浮かぶ。

 

口の中を歯で噛み切り、少量の血を出す。そして、飲み込む。

 

俺の両目は赤く染まり、背中に黒い光の翼が四枚広がる。

 

 

ダンッ!!

 

 

地面に大きなクレーターを作ってしまう程の脚力。音速で飛翔した。

 

音の壁を突き抜けながら黒い翼を羽ばたかせて飛ぶ。

 

下には黒い海が見え、前方にはチカチカと点滅しているフラッシュも見えた。そのフラッシュはミサイルなどの爆撃だとすぐに分かった。

 

 

(見えた!!)

 

 

やがて巨大な黒い異形物体を確認できた。その周りを戦闘機が何機も飛び回っている。

 

 

「あれが……ステージⅤ……!!」

 

 

そして、息を飲んだ。

 

一体どれだけの遺伝子を取り込んだのだろうか。モデルとなったモノが全く予測すらできない。

 

黒茶けたひび割れたイボイボの肌。右と左の目の大きさは違うし、くちばしのような巨大な鋭い口。

 

二足歩行で歩く400m級の怪物。ステージⅣが可愛く見えてしまう。

 

体から伸びた何十本もの触手が不規則に動く。そのせいで戦闘機は上手く近くづくことができていなかった。

 

 

「ヒュオオオオオオオッッ!!!」

 

 

「ぐぅッ!?」

 

 

鼓膜の耳どころか脳味噌すらぐちゃぐちゃにしてしまうかのような雄叫びを上げるガストレア。咄嗟(とっさ)に耳を塞がなかったら意識が飛んでいた……!

 

戦闘機も不安定な飛行をしており、軌道がおかしかった。このままだと墜落する。

 

 

「あぁクソッ!手間かけさせんなよッ!!」

 

 

ゴォッ!!

 

 

黒い光の翼を羽ばたかせ、超音速で戦闘機に近づく。

 

ギフトカードから【(まも)(ひめ)】を取り出し、鞘から紅い炎が巻き上がる。

 

刀を引き抜くと、バラニウムより黒い刀身の刀が生み出された。

 

 

ザンッ!!

 

 

右手に持った黒い刀で戦闘機を斬り、パイロットを左手で回収。

 

 

「そしてパラシュートをつけて捨てる」

 

 

「!?」

 

 

絶望した顔でパイロットは俺を見ていたがそこに慈悲は無い。そこまで面倒はみたくないんで。

 

しかしパイロットはしっかりとパラシュートを開いて逃げている。

 

 

「さてと」

 

 

俺は刀を両手で持ち、ステージⅤを見る。

 

またの名を『ゾディアックガストレア・スコーピオン』。

 

 

「ふぅ……」

 

 

俺は息を吐いて一言。

 

 

 

 

 

「これ、どうやって倒すんだ」

 

 

 

 

 

背中や額から滝のように汗が流れる。脳をフル回転させるが全く思いつかない。

 

考えてなかった。バラニウムが効かない相手にどないせいっちゅうねん。【護り姫】が鉄くずに見えてしまう……!?

 

だって俺最強だぞ。ステージⅣを瞬殺できるほど俺は強いんだぞ。だったらステージⅤも簡単だと思った。完全無欠の自業自得じゃねぇか。

 

……やれるだけやってみるか。

 

 

ゴォッ!!

 

 

音速でスコーピオンに向かって飛翔する。刀を振りかざし、襲い掛かる触手を細切れにする。

 

しかし、さすがステージⅤ。斬った触手がすぐに元通りに再生した。

 

 

「……うそーん」

 

 

スコーピオンの体液がついた黒い刀を見てみると、ボロボロと茶色く錆びていき、粉になって消えた。どうやら体液は熔解(ようかい)液らしい。

 

俺はもう一度紅い炎を巻き上げ黒い刀を元に戻す。残念、こっちもチートだ。

 

しかし、今度の刀身は長さが違う。先程の10倍の長さ、15メートルの黒い刀身が生み出されていた。

 

 

「一刀流式、【風雷神の構え】」

 

 

黒い光の翼を羽ばたかせ、超音速でスコーピオンに向かって突き進む。

 

 

「【覇道(はどう)華宵(かしょう)】!!」

 

 

ザンッ!!!

 

 

常軌を遥かに逸脱した一撃。雷鳴のような閃光がガストレアから一瞬だけ光った。

 

横に一刀両断。スコーピオンを二つに分けた。

 

 

「ヒュオオオオオオオッッ!!!」

 

 

スコーピオンの咆哮が轟く。同時に斬った箇所から大量の体液が噴き出した。

 

体液は固まり、斬られた箇所を引っ付ける。

 

 

「やっぱり普通じゃだめか……」

 

 

まぁ今の攻撃が普通の威力じゃないのは分かってる。普通の攻撃方法じゃダメだって言いたいから。か、勘違いしないでよね!

 

……とキモイ俺のツンデレは置いといて、黒い光の翼を羽ばたかせ、上へ上へと上昇する。

 

雲を突き抜け酸素が薄い所まで上昇した。地平線が丸く弧を描いて見え始め、体が凍える。

 

 

「前に見たのはICBMだったか……」

 

 

美琴とアリアを追って、ミサイルに乗って見た光景。シャーロックまじ許さん。

 

黒い刀の剣先を下に向ける。また黒ウサギの約束破ってしまうが……土下座しよう。

 

 

「一刀流式、【紅葉(こうよう)鬼桜(おにざくら)の構え】」

 

 

吸血鬼の力が全身に巡り渡る。黒い刀身に紅蓮の炎を纏う。

 

 

ゴオォッ!!!

 

 

黒い光の翼を羽ばたかせ、超音速の壁を越えた。

 

スコーピオンの真上から赤い流星の如く駆け抜ける。

 

 

「【一葉(いちよう)風鈴閃(ふうりんせん)】!!」

 

 

ザンッ!!!

 

 

スコーピオンの体を簡単に突き抜け、時間が止まったかのようにスコーピオンは止まった。

 

 

「悪い……」

 

 

俺は、お前より最強の『化け物』だ。

 

お前が元人間だとしたら、それ以上その醜い姿でいるのは辛いかもしれない。哀しいかもしれない。

 

でも、俺は無力だ。助けることはできない。

 

俺の勝手だが、お前を殺す。

 

その時殺した痛みは絶対に忘れない。

 

その時殺した後悔は絶対に忘れない。

 

その時殺した絶望は絶対に忘れない。

 

だから、

 

 

 

 

 

「許してくれ」

 

 

 

 

 

その瞬間、スコーピオンの中から紅蓮の炎が吹き上がった。

 

全てを燃やし尽くす、灰すら残さない地獄の業火。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

東京エリアにもう一つの太陽が先に昇った。

 

 

 

________________________

 

 

 

 

「今日から教師にもなった楢原 大樹だ。趣味は料理とTシャツ作り。よろしくオッパッピー」

 

 

学園ハ〇サムの〇賀君のような挨拶を子どもたちにする。教会の祭壇を教卓代わりにしている。

 

祭壇の前にはたくさんの子どもたちが座っている。子どもたちは目をキラキラと輝かせながら俺を見ている。

 

 

「質問はあるか?」

 

 

「「「「「ハイハイハイ!!」」」」」

 

 

うわぁ……嫌な予感しかしない……。

 

と、とりあえず一番前に座った女の子を指名する。

 

 

「先生のお嫁さんは三人って本当ですか!?」

 

 

「違う!五人だッ!!」

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

松崎(まつざき)さーん!パスお願いしまーす!」

 

 

生徒のさらに後ろに座っているニコニコした人物に助けを求めた。

 

第39区の呪われた子供たちを保護していた初老の男。呪われた子供たちが迫害を受けていることを憂い、彼女らがいつの日か自由に街中で生活できるよう、学問や赤い目を抑えるための感情コントロールなどを教えている。

 

俺たちが不在(影胤とスコーピオンと戦闘中)の時、やはり教会は襲撃された。しかし、男たちと子どもは既にそこにはいなかった。

 

襲撃される前に、偶然訪ねて来た松崎が避難場所を提供してくれたおかげで戦闘を回避。そして俺は襲撃者をフルボッコすることができた。やっぱりそこに慈悲は無い。

 

松崎が訪ねて来た理由は俺だった。俺が子どもたちを保護している話を聞きつけ、一緒に子どもたちを助けないかという話だった。

 

 

「頑張ってくださーい!楢原先生!」

 

 

うわッ眩しい笑顔だなオイ!

 

もちろん松崎との契約はOKした。俺がいない間は任せられるからな……子どもめっちゃ増えたけど。三十何人かいるぞ……。

 

 

「ほ、他に質問ある人……」

 

 

「ハイ!」

 

 

「何だ?」

 

 

「先生の好きな女性のタイプを教えて!」

 

 

「はば広いのでお答えできませんハイ次の質問!」

 

 

「ハイ!」

 

 

「何だ?」

 

 

「楢原先生と大樹先生、どっちがいいですか!」

 

 

「大樹先生だ!ハイ次!」

 

 

「ハイ!」

 

 

「何だ?」

 

 

「今から何をするの?」

 

 

「いきなりまともな質問来たな……授業だ授業。勉強するんだよ」

 

 

授業と勉強というワードに子どもたちは不思議と期待を込めた視線を俺に向ける。

 

 

「じゃあ今から始める勉強は……」

 

 

「国語だ!」

 

 

「お?何で分かった?」

 

 

(((((Tシャツに『こくご』って書いてあるから)))))

 

 

何故か子どもたちは答えない。何でだよ。エスパーの人材多いな。

 

 

「本来ならこの『 国語 ~文字の心理~ 』を使うが……俺の授業では使わない」

 

 

ポイッと俺は教科書をバッグの中にシュート。代わりに祭壇の下に置いてあった段ボールを出す。そして、たくさんあるうちの一冊を手に取る。

 

 

「漫画を読むぞ」

 

 

「ちゃんと授業をしなさい!」

 

 

俺を怒ったのは優子。いつからそこに!?

 

Aクラスの秀才に授業を任せてもいいが、俺は授業をやってみたい!

 

 

「俺の授業は完璧だ!見ろ!漫画は『神のみぞ知る〇カイ』だ!」

 

 

「何でそれよ!?」

 

 

そう言えば一度優子に内容を教えたことがあったな。俺のイチオシヒロイン教えたら怒ったけど。

 

 

「まず国語の教科書の内容を教えても理解出来ねぇだろ?だったら絵が付いていて、文字があって、分かりやすい内容になっている漫画で授業をするのが得策だろ」

 

 

「うッ……以外にまともな意見で否定しにくい……!」

 

 

でもっと優子は付けたし反論する。

 

 

「その漫画じゃなくてもいいはずよ!」

 

 

「学園モノにした理由は学校がどういう所か知るためだ」

 

 

「他にも学園モノはあるはずよ!」

 

 

「漫画のヒロインはみんな可愛くいい子たちだ。こんな女の子に育ってもらうためにこの漫画を選んだ」

 

 

「二次元と三次元は別よ」

 

 

ドグシュッ!!

 

 

「ぐふうううううッ!!??」

 

 

「少女漫画だったら共感とかできるんじゃないの?」

 

 

ズブシュッ!!

 

 

「ぐはあああああッ!!??」

 

 

やべぇよ!?まさか優子に論破されるなんて!?

 

 

「ま、待て優子!俺の担当科目は国語!優子は数学!黒ウサギは社会!里見は理科!真由美は英語!天童は保健体育!そう決めたじゃないか!?」

 

 

「無能な教師はクビよ」

 

 

厳しいッ。

 

 

「なら二週間後にあるテストの平均点勝負だ!俺が高かったら継続だ!」

 

 

「なるほど……大樹君、もう追い詰められたわね」

 

 

そうです。

 

 

「ってそんな無駄な話をしている場合じゃないわよ!」

 

 

無駄……俺の話が……無駄……ぐすんッ。

 

 

「どうして叙勲(じょくん)式に出ないのよ!?いなくてビックリしたわよ!」

 

 

「ハッ、金にならないモノはいらねぇな。空き缶拾って金にする方があの勲章(くんしょう)より儲かる」

 

 

「屑みたいな発言しない!」

 

 

「それに俺の功績は全部里見にやるように聖天子にメールしてるから安心しろ」

 

 

「何で聖天子様とメル友なのよ!?」

 

 

「今度『神のみぞ知〇セカイ』を貸すことになった」

 

 

「そこまで仲が良いの!?」

 

 

「もう彼女みたいだよな!」

 

 

「それは許さないわ」

 

 

「ごめんなさい」

 

 

CADを下ろしてください。

 

 

「おいビックツリー!できたぞ!」

 

 

「誰が大きな木で大樹(だいき)だコラ!」

 

 

いや俺か!?

 

外から俺のコードネーム(嘘)を呼ぶ低い声が聞こえた。窓を開けて外を見ると、小さな木の小屋が出来上がっていた。

 

周りには汗を流したむさい男たちが木のベンチで休憩している。

 

 

「98点だな。木じゃなくてコンクリートだったら100点だった」

 

 

(((((ならセメント用意しろよ!)))))

 

 

男たちは心の中でツッコミを入れた。

 

この男たちは最後まで残った民警のプロモーターたちだ。イニシエーターは俺の授業を受けている。

 

 

「なぁ楢原。トイレはどこだ?」

 

 

一人の民警が俺に尋ねる。俺は指を差して教える。

 

 

「そこの角を曲がって下に降りる」

 

 

「下に降りる!?下水道なのか!?」

 

 

「そうなんだよ。トイレはついてなくて……………あッ」

 

 

その時、いいことを思いついた。

 

 

________________________

 

 

 

「水道ですか?」

 

 

「ああ」

 

 

俺の目の前には純白の少女。和紙のように薄くて真っ白い生地を幾重にも羽織り、頭にも同様のヴェールを纏っている。

 

目の前にいるのは東京エリアの統治者である聖天子だ。

 

俺と聖天子はラウンジのベンチに座って会話をしていた。隣に座った聖天子は首を傾けて聞く。

 

 

「水道を外周区まで引けばよろしいのですか?」

 

 

「ああ、トイレの水を流すだけだから」

 

 

「え?水道水は……」

 

 

「『呪われた子供たち』を恨む奴らが異物や毒を混ぜるかもしれねぇだろ。怖くて飲めねぇよ」

 

 

俺の発言で聖天子の表情は暗くなる。

 

 

「別に気にすることねぇよ。アンタはガストレア新法を頑張ってくれてんだ」

 

 

制定はしていない。しかし聖天子は制定するよう動力をしていることを俺は知っている。

 

 

「……本当はあなたに」

 

 

「いらねぇよ。プレゼントするならトイレくれ。ト・イ・レ」

 

 

「ですが……あッ」

 

 

「何?どうした?」

 

 

「温水洗浄を取りつけましょう!」

 

 

……………あ、ウォシュレットのことか。あまり欲しいとは思わねぇな。

 

 

「あ、うん」

 

 

承諾しちゃったよ俺……。

 

 

「それはそうと他に何か用があるんだろ?」

 

 

トイレはもういいわ。

 

 

「はい。これです」

 

 

聖天子が取り出したのは一枚のカード。

 

 

「これって民警ライセンスだよな?」

 

 

「はい。楢原さんのIP序列は……」

 

 

俺は民警ライセンスを受け取る。そこには『天童民間警備会社』の『特別任務課』の『楢原 大樹』と書かれていた。

 

 

 

 

 

「【絶対最下位】です」

 

 

 

 

 

「カッコイイけど一番下じゃねぇかッ!!」

 

 

何だよもう!嫌な予感しかしない!

 

 

「残念ですが楢原さんは私を脅迫した理由で、IP序列が永遠に最下位のままになりました……」

 

 

「新入りが入ったら?」

 

 

「楢原さんの一つ上の序列に……」

 

 

なるほど!絶対に最下位ってことか!マジで決めた奴らブチのめすぞ。

 

 

「影胤たちはどうなるんだよ」

 

 

「楢原さんより安全な存在が認められたため序列は10万位だと……」

 

 

「嘘だろ!?」

 

 

本気でぶっ飛ばすぞ役員共!?

 

 

「蛭子 影胤はどうなされていますか?」

 

 

「今は地下水道で見つかったガストレアを討伐中。俺より働いてるよ」

 

 

影胤と小比奈は戦いから離れることはできない。なら戦い続ければいい。

 

影胤にはガストレアの討伐が誰よりも早く回って来るようになっている。これは俺が聖天子と新しく交渉モノだった。

 

何故戦うのか。理由はいくらでも探せる。それが大吉か大凶か。どちらが出るか分からない。でも、

 

 

「俺も探してやるから大丈夫と思う」

 

 

「……そうですか」

 

 

俺がそう言うと聖天子も安堵の息を吐いた。

 

 

「話はまだあるのか?」

 

 

「あと一つだけあります」

 

 

「何だ?」

 

 

「『(あま)梯子(はしご)』が破壊された件です」

 

 

聖天子の言葉に俺は目を細めた。

 

ガストレアが破壊した『天の梯子』は瓦礫の山と化した。使える物は何一つ残っていない。

 

本来なら俺は『天の梯子』を使ってステージⅤを倒そうとした。バラニウムの弾丸も用意してあり、万全な状態だったと言えるだろう。

 

しかし、作戦は失敗。ガストレアは何と人では無く建物を襲った。

 

最初は知能があるガストレアが行ったモノだと思われていたが、真相は分かっていた。

 

 

「あれはあなたがやったのではないですね?」

 

 

「疑うのか?」

 

 

「いえ、あなたがそれを使うことは室戸 菫医師から聞いております」

 

 

バラニウムを用意してくれたのは先生だったな。ばらすなよ。

 

 

「……『天の梯子』から変なモノが見つかった」

 

 

「変なモノ?」

 

 

「花だ」

 

 

ステージⅤを倒した後、現場に行った。ガストレアがいる場所の調査は政府はできそうにないので、代わりに俺が行こうと思ったのだ。

 

俺は懐から分厚い紙の束を取り出す。

 

 

「変な黄色い花の花びらが一帯に散っていた。多分これが原因だと見て間違いない」

 

 

黄色い絨毯(じゅうたん)が敷かれたように、数え切れないほど花びらが散っていた。恐らくガストレアはこの花を食い荒らしてる。

 

 

「これをやった奴は一人しかいない」

 

 

「誰ですか?」

 

 

「……お前らには関係無い話だ」

 

 

一人。ただ一人。心当たりがある。

 

 

 

 

 

ガルペス。

 

 

 

 

 

アイツならやりかねない。あの男なら笑って俺たちの不幸を見ているかもしれない。

 

 

(アリア……美琴……)

 

 

アリアも美琴もまだ見つかっていない。不安だけが積もる一方だが、この世界を放っておくわけにもいかない。

 

 

「とりあえずこれを頼んだ」

 

 

聖天子に俺のまとめた調査書の束を渡す。しかし、聖天子は不安そうな顔をしている。

 

 

「気にするな。俺の敵って話だ」

 

 

「ですが……」

 

 

「はぁ……あぁもう」

 

 

俺は右膝を地面につけしゃがむ。左腕は左膝の上に置き、視線は少し下を向く。

 

 

「この俺、楢原 大樹は聖天子様のために剣となる」

 

 

「ッ!」

 

 

「まぁなんだ……人を救うのが俺の仕事だし……ほら、な?」

 

 

聖天子は驚いて俺を見ていたが、

 

 

「ふふッ」

 

 

「な、何だよ……」

 

 

「楢原さん、信じてもいいですか?」

 

 

「おう。いくらでも信じてくれ」

 

 

俺と聖天子は笑い合い、笑顔を見せ合った。

 

彼女も俺と同じ、東京エリアを……いや、世界を救いたいと思っている。

 

そんな似た者同士、協力することは、悪い事じゃない。

 

むしろ、喜ばしいことだ。

 

 

「あなたに、この世界を救ってほしい」

 

 

「俺も、アンタに世界を変えて欲しい」

 

 

世界を変えれそうな気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、これ『神〇みぞ知るセカイ』全巻な」

 

 

「あ、ありがとうございます」

 

 

あと仲良くできそうな気がした。

 




私は中川か〇んが好きです。まーる。


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東京エリアの危機 再来


「またかよ!!」とツッコミを入れた方は負けです。



1年G組!大樹先生~!!

 

僕は死にませ~ん。過去に二回くらい死にましたが。

 

というわけで私は立派な教師(教員免許無し)なりました。教会も中々綺麗になり、祭壇の教卓も馴染んできた。

 

トイレもある。寝床もある。服もある。飯もある。教科書もある。テレビもある。

 

 

「なんかそこらの学校より充実してね……!?」

 

 

「やっと気付いたのね……」

 

 

隣に座った真由美が溜め息をつく。気付いてましたか真由美さん。

 

外では子どもたちが木更の指導で体育の授業中。優子と黒ウサギもお手伝いで外にいる。教会の部屋には俺と真由美だけだ。

 

 

「いや最初は生活に必要なモノを備えていただけなんだが……」

 

 

「でもここは学校でもあり、お家でしょ?いいじゃないかしら」

 

 

「……まぁそうだな」

 

 

待てよ。ここが家なら……。

 

 

「何か足りない気がする」

 

 

キッチンは祭壇でやってるし、火は【護り姫】から出しているし、電気は魔法使えば簡単だし……やっぱり何か足りない?

 

 

「少し寝るわ……」

 

 

電気配線の整備や水道を引くパイプ運び。疲れる仕事ばかりだった。

 

俺は大きな欠伸をして、教会の長椅子に寝転がる。

 

 

「ん」

 

 

「はん?」

 

 

真由美が自分の太ももをポンポン叩き、俺の顔を見る。何それ?何すればいいの?リズムでも乗ればいいの?HEY!ポンポコポコリンポンポコPON!!……………カオスなリズムだな。

 

 

「枕、欲しいでしょ?」

 

 

「い、いや……待て」

 

 

膝枕!?外には優子と黒ウサギがいるんだぞ!?

 

 

「嫌かしら?」

 

 

「お、お願いしゅましゅ」

 

 

まさか二回も噛むとは……!

 

俺はゆっくりと真由美の太ももに頭を乗せた。

 

 

「ヤバいな……」

 

 

「何がかしら?」

 

 

ここで柔らかいと言えばセクハラになるな。言葉は選ぶ。そう!

 

 

「エロい」

 

 

バチンッ!!

 

 

叩かれた。だよなー。

 

太ももは柔らかいし、真由美から良い匂いがするし、目の前には真由美の胸が当たりそうだし……。

 

 

(アカン……このままだとR-15じゃなくなる……!)

 

 

しかし、動きたくない!これが男の(さが)だろうか。

 

 

(寝れない……)

 

 

心臓がドッドッドと鼓動が早くなる。目を閉じて胸を見ないようにしたら柔らかい太ももと良い匂いが妙に気になってしまう。

 

詰んでるな。リラックスできない。だが一つだけ言えることがある。

 

 

「ちゃんと感想を言ってくれないかしら?」

 

 

「い、言っていいのか?」

 

 

「いいわよ?」

 

 

「……き」

 

 

「き?」

 

 

「気持ち良すぎてエロいです」

 

 

ゴッ!!

 

 

今度はグーだった。アウチッ。

 

 

「もう……馬鹿……!」

 

 

真由美は顔を真っ赤にして怒った。言っていいって言ったじゃん……。

 

 

「ねぇ大樹君」

 

 

「な、殴らないで……」

 

 

「もう叩かないわよ……」

 

 

真由美は溜め息をついた後、真剣な顔になった。

 

 

「ねぇ、あの仮面をどこで手に入れたの?」

 

 

「……仮面?泣いた仮面のことか?」

 

 

「そうよ」

 

 

俺は真由美の真剣な表情を見て、俺は驚いた。

 

 

「ど、どうしたんだよ」

 

 

「お願い。答えて」

 

 

「普通に買った……百円ショップで」

 

 

「そう……」

 

 

相当問題は深刻そうだな。なぜなら百円ショップについて何もツッコミを入れないから。

 

 

「大樹君、よく聞いて。今すぐその仮面を捨てた方がいいわ」

 

 

「え?もう捨てたけど?」

 

 

「……………そう」

 

 

悪い。嘘だ。その仮面に何かあるみたいだからしばらくは取っておくよ。

 

 

「不安そうだな」

 

 

「ええ」

 

 

真由美は暗い表情で俺の顔を見る。

 

 

「怖いわ。いつかあなたが私の目の前から消えそうで……」

 

 

「消えない」

 

 

「え?」

 

 

俺は真由美の頬に手を置く。

 

 

「俺は目の前で大切な人が消えてしまった。その辛さは俺が痛いほど知っている。だからお前にはそんな辛さを与えさせない」

 

 

「大樹君……」

 

 

 

 

 

「それで?いい雰囲気の所悪いけれど何をしているのかしら?」

 

 

 

 

 

あ、優子さん。それに後ろには黒ウサギさんまで。

 

天童は顔を真っ赤にして震えているし、子どもたちはキャーと言いながら口を抑えている。

 

……状況を整理しよう。俺は膝枕をしてもらい、手を真由美の頬に触れている。

 

 

「よし、授業を始めるぞ」

 

 

このあと、めっちゃ怒られた。

 

 

 

________________________

 

 

 

「風呂だッ!!!!!」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

俺の叫び声に子どもたちは驚く。そりゃ授業中に突然叫び出したら驚くわな。

 

 

「この家には風呂が無いんだ!シャワーもねぇじゃん!」

 

 

「え?大樹先生、今気付いたの?」

 

 

「お前らどこで体洗ってんだよ」

 

 

「先生!セクハラ!」

 

 

「うるせぇ!どこで洗ってるか言え!」

 

 

子どもたちに聞いたところ、水がまだ出ている廃墟の建物の水を浴びているらしい。その時に出る水は温かい水では無く、もちろん冷たい水だ。

 

しかし、ここ最近は街の銭湯に優子たちが連れて行ってくれるらしい。だからあんなに金が無くなるのか。

 

俺は頭を抑えて唸る。

 

 

「うぐぐぐ……風呂屋まで距離がありすぎる……」

 

 

往復の電車賃も考えると相当の出費だ。聖天子から貰った謝礼金じゃ足りない。影胤に借金するのは怖いし……うぐぐぐ。

 

 

「そうだ!」

 

 

俺は閃く。

 

俺は思った。俺の発想は素晴らしいと。

 

 

「温泉を掘り当てよう!」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

子どもたちは思った。この人の発想はおかしいっと。

 

 

________________________

 

 

 

「というわけで貴様ら呼んだ。文句あるか?」

 

 

「「「「「大アリだッ!!」」」」」

 

 

教会の外には俺を含めて民警のプロモーターたちが10人。その中に影胤と蓮太郎もいる。

 

俺の言葉に影胤以外の民警は大声を上げて反論。おこです。激おこです。激おこぷんぷん丸です。

 

 

「いいじゃん!温泉掘り当てようぜ!お前らのイニシエーターの授業料を無料にしてやってんだからいいだろ?」

 

 

「聖天子様に頼めば、すぐ済む話じゃねぇか!」

 

 

蓮太郎の反論に俺は冷静に答える。

 

 

「聖天子に頼んだ所で政府の人間が俺たちの為に簡単に働くと思ってんのか」

 

 

「……悪い」

 

 

ド正論だった。

 

 

「それにスケットもいる」

 

 

「スケット?」

 

 

俺は民警たちの後方を指差す。振り返ると大剣を背負った一人の男。

 

 

伊熊(いくま) 将監(しょうげん)だ!」

 

 

「ぶった斬れろやッ!!」

 

 

ガチンッ!!

 

 

高速で飛んで来た将監の斬撃を俺は右手一本で受け止める。

 

 

「お前には借りがあるだろ?誰が治療した?」

 

 

※黒ウサギです。

 

 

「ぐぅッ!」

 

 

将監の顔が歪む。歯を食い縛っているのが、バンダナで隠していても分かる。

 

 

「夏世ちゃんのためだ。頑張れよ将監」

 

 

「チッ!!」

 

 

舌打ちをして苛立ちを見せる将監。しかし、素直について来ようとするあたり、律儀だな。

 

 

「私も手伝うのかね?」

 

 

影胤が俺に尋ねる。

 

 

「ガストレアの依頼が来るまででいいから頼むぜ」

 

 

「何故私がそのようなことを……」

 

 

「天童民間警備会社の社員だから。俺が小比奈ちゃんに剣の稽古を教えているから。お前は俺に勝てないから。さぁ反論はあるか?」

 

 

俺の言葉に影胤は大きな溜め息をつく。

 

 

「……苦労してるな」

 

 

「……今すぐ世界を滅ぼしたいよ」

 

 

蓮太郎が同情し、影胤は物騒な言葉を口にした。仲良いなお前ら。

 

 

「よし!掘るぞッ!!」

 

 

オーッ!!という声は俺だけでした。

 

 

 

________________________

 

 

 

穴を掘り続けて二時間が経過した。

 

穴を掘る係り。土を外へ運ぶ係り。役割を決めて作業をしていた。

 

 

「出ないな」

 

 

「そもそもここは元々町だっただろ。簡単どころか普通に出ないだろ」

 

 

蓮太郎の冷静なツッコミに俺は落ち込む。そりゃそうだ。

 

現在約100メートルは掘り起こすことに成功した。途中パイプやらあったが、機能停止しているためぶち壊した。

 

 

「早く掘り当てられたとしても600メートルは掘らないと無理だろうな。最悪、1000メートル以上は掘らないと」

 

 

「無理だろそれ!?」

 

 

俺の言葉を聞いていたのか、他の民警たちがスコップとツルハシを投げた。あ、仕事放棄だ。

 

 

「了解した。大樹君、仕事が入った。手っ取り早く終わらせよう」

 

 

携帯電話を切り、持っていたスコップを放り投げた影胤は右手に斥力フィールドを展開する。ま、まさか!?

 

 

「『エンドレススクリーム』!!」

 

 

「やりやがったよコイツ!お前ら逃げろッ!!」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

俺は跳躍して脱出。他の者達は穴の壁に垂らしていたロープを使い、急いでよじ登った。ギリギリ穴から脱出し、斥力の槍から逃れる。

 

槍は地面を豪快に抉り取り、槍は突き進む。

 

そして穴はさらに200メートル以上の深さまで進化した。穴が崩れたらどうするつもりだったのだろうか。

 

 

「では私は行くよ大樹君」

 

 

「お、お疲れ様です……」

 

 

影胤は小比奈を呼び、ガストレア退治の仕事へと向かった。

 

 

「ど、どうする?」

 

 

蓮太郎の質問に俺はしばらく黙っていたが、

 

 

「もっと長いロープを垂らそうか」

 

 

「続行かよ……」

 

 

それでも俺たちの温泉掘りは終わらない。

 

 

 

________________________

 

 

 

穴の底は暗い。太陽が真上にくれば明るかったかもしれないが、底は夜のように暗くなっていた。

 

 

「【護り姫】」

 

 

俺はギフトカードから【護り姫】を取り出し、炎を出した状態で壁に突き刺した。赤い炎が暗い穴の底を照らす。

 

 

「しばらくこれでいいか」

 

 

「どういう仕組みだよ……」

 

 

蓮太郎がビビりながら刀を見る。仕組みなんか知るか。というか最近便利グッズと化して来たな【護り姫】。

 

 

「ビッグツリー!!大変だ!!」

 

 

「どうした?」

 

 

後ろから民警が俺を呼んだ。振り返るとそこには大きな横穴ができていた。

 

 

「何で横に掘るんだよ馬鹿か」

 

 

「違う!空洞だ馬鹿!」

 

 

馬鹿言うなよ!バカって言う奴がバカなんだよ!(華麗なるブーメラン)

 

横穴の中を覗くと道が右と左、二つあった。

 

 

「どうする?」

 

 

「塞ごう」

 

 

「……塞ぐのか?」

 

 

「もしガストレアとかいたらどうする気だよ。放置でいいだろ」

 

 

俺の指示を聞いた民警たち穴を埋めようと土を乗せ始める。

 

 

「でもガストレアがいたらそれで不味くないか?」

 

 

しかし、蓮太郎が止めた。

 

 

「ここがモノリスの外と街に通じる穴だったらどうする?」

 

 

「いや、そんな偶然あるわけ―――」

 

 

「キシャアアアアアアッ!!」

 

 

「―――ってあるのかよ!?」

 

 

ザンッ!!

 

 

「キシャッ!?」

 

 

突如横穴から飛び出してきたガストレアを大樹は一瞬で一刀両断。彼の手にはいつの間にか【護り姫】が握られていた。

 

ガストレアは燃え上がり、沈黙する。

 

 

「……今から捜索を開始する」

 

 

「「「「「い、イエッサー……」」」」」

 

 

大樹の足元で、ガストレアが燃え尽きた。

 

 

 

________________________

 

 

 

蟻型(モデル・アント)のガストレアが横穴から出て来たことをきっかけに、俺たちの横穴探索が始まった。温泉は一時中断だ。

 

俺と蓮太郎と将監。そして7人の民警は一度地上に戻り、イニシエーターを呼んだ。

 

そして装備を整えた後、また俺たちは穴の底に戻って来ている。

 

 

「チームは3ペアと7ペアに分ける。俺と将監と里見で三ペア。残りは7ペアの方に行け」

 

 

「どうしてその分け方ですか?」

 

 

民警の一人の男が俺に尋ねた。

 

 

「俺たちは近距離戦闘型だ。お前らは遠距離攻撃型が多いからこういう分け方にした」

 

 

遠距離攻撃が近距離戦闘型の俺たちに当たってしまっては意味がない。というわけこの分け方だ。

 

みんなも俺の考えを理解したようで頷いている。

 

 

「聖天子からバラニウムの弾丸をたくさん貰った。自由に使っていいそうだ」

 

 

俺は木箱に入った弾丸の山を見る。他にも普通の弾丸や手榴弾まである。

 

 

「単独行動は絶対に禁止。道が分かれていた場合は待機。もしくは帰還しろ。無理に危険な所にいかなくていい」

 

 

俺はバラニウムの弾丸を入れたコルト・パイソンを手に持ち、バラニウム製の刀を12本、腰に刺した。

 

 

「……もう勘の良い奴らは気付いているだろうが、この横穴は地下800メートルまで続く大型の(あり)の巣だと分かった」

 

 

これは政府の最新技術を駆使し、蓮太郎の分析から分かったことだ。この横穴は大規模なガストレアの巣の可能性がある。

 

モデル・アントのガストレアがいるなら、最深部には……!

 

 

「とりあえずこれだけは言っておく」

 

 

俺は告げる。

 

 

「また東京エリアがピンチだ」

 

 

(((((またかよ……)))))

 

 

みんなの視線が下を向いた。

 

 

「温泉から東京エリアのピンチってどういうことだよ……」

 

 

「里見。もう何も言うな」

 

 

士気が落ちる。もう落ちてるけど。

 

 

「でも今回は捜索だけでいい。討伐するのはまた後日になるはずだ。影胤と同じくらい大規模になるかもな」

 

 

「またとんでもないことになったな……」

 

 

蓮太郎の言葉に激しく同意。温泉からまた東京エリアの危機に結びつくなんておかしいだろ。呪われてんのかこの街は。

 

 

「この巣の名称は『モンスターラビリンス』と名が付いた。『ガストレアラビリンス』の方が絶対カッコイイよな?」

 

 

(((((どうでもいいよ……)))))

 

 

「俺のボケで笑った方が楽になるかと気を使ったのにその反応はねぇよ……」

 

 

(((((メンタル弱ッ)))))

 

 

俺の言葉に賛同してくれる人間はいなかった。ぐすんっ。

 

 

________________________

 

 

 

支給された懐中電灯を照らしながら前に進む。懐中電灯の光は5つ。大樹と蓮太郎と延珠。そして将監と夏世だ。

 

洞窟はかなり大きく、大型ガストレアが一匹は入れそうなくらい天井は高い。

 

 

「大樹はイニシエーターを雇わないのか?」

 

 

延珠ちゃんに質問された俺は歩きながら答える。

 

 

「雇うというより雇えないが正しい答えだな」

 

 

「どういうことだよ」

 

 

蓮太郎に嫌な顔をされながら尋ねられる。どうせ変な答えが返って来るとでも思っているのだろう。失敬な!まともに返すぞ!

 

 

「まず俺との実力の差がありすぎる。多分ついていけねぇよ。イニシエーターが」

 

 

「……そっちか」

 

 

何を予想していた。

 

 

「あと優子たちが許してくれそうにない」

 

 

「合ってたか」

 

 

合ってたのかよ。

 

 

「楢原さんは優柔不断そうですしね」

 

 

夏世ちゃんが厳しい。

 

 

「それよりウサギはいねぇのか?」

 

 

また質問か。人気者だな俺。今度は将監が俺に聞いた。

 

 

「妾のことか!?」

 

 

「違ぇよ!」

 

 

延珠が反応してしまった。というかウサギ?

 

 

「黒ウサギのことか?」

 

 

「ああ、あの女は来ねぇのかよ?」

 

 

「危険な仕事はさせねぇよ」

 

 

「チッ、少しは見どころがあると思ったが期待ハズレか」

 

 

「んだとゴラァ!?」

 

 

「落ち着げほッ!?」

 

 

蓮太郎に抑えられるが簡単に振りほどく。弱いよ蓮太郎ぉ!

 

俺は将監の前に立つ。

 

 

「どこが期待ハズレだ!あんなに可愛い美少女のどこが期待ハズレか言ってみろよもずく野郎!」

 

 

(((うわぁ……)))

 

 

大樹の惚気(のろけ)話にドン引きする蓮太郎と延珠と夏世。将監は大樹の悪口にキレる。

 

 

「あんなに実力がある奴が留守番なのは何でだ!?あぁ!?」

 

 

「うるせぇ!!お前は知らねぇだろうが、黒ウサギが無理して顔を真っ赤にしながら『お帰りなさい、アナタ』って言った時の威力は半端ないぞ!!だから今日も期待している!!」

 

 

(((本当知らない……)))

 

 

さすがの将監も引いた。これ以上何か言おうとはしなかった。

 

 

「大樹は本当に好きなのだな」

 

 

「当たり前だよ延珠ちゃん!」

 

 

「やっぱりおっぱいか!?蓮太郎と同じなのか!?」

 

 

「マジでやめろ延珠」

 

 

「確かにおっぱいも好きだがもっと好きなところはたくさんあるぞ」

 

 

「お前も答えるなよ!」

 

 

「実は黒ウサギは少し負けず嫌いなところがあってだな。トランプで俺が勝ち続けると涙目で『もう一回です!』って言い続けるのが可愛くて仕方なく負けてしまうんだよなぁ」

 

 

「どうにかしてください里見さん。もうお腹一杯です」

 

 

「俺もだよ……」

 

 

「あと俺と黒ウサギが料理をしている時とか―――」

 

 

「もういいって言ってんだろ!?」

 

 

「じゃあ俺と優子のラブラブの秘話を―――」

 

 

「人を変えろって意味じゃねぇよ!」

 

 

「この前、俺と天童が街で―――」

 

 

「ぶっ飛ばすぞテメェ」

 

 

「目がマジだぞ里見」

 

 

とりあえず銃を下ろせ。

 

そんなアホみたいな話をしながら約10分。洞窟に変化があった。

 

 

「下に向かっているな」

 

 

俺は穴の様子を見ながら呟く。洞窟は真っ直ぐに続かず、螺旋(らせん)階段状の縦穴になっていた。この下に行くかどうか話し合った所、行くことにした。

 

グルグルと壁沿いを歩き、どんどん下へと降りて行く。

 

 

「じゃあここで国語の授業の続きだ。先生が言った言葉の続きを考えてくれ」

 

 

「続き?」

 

 

延珠が首を傾げながら俺に聞く。

 

 

「例えば『吾輩(わがはい)は』って俺が言ったら『猫である』って答えればいいんだよ」

 

 

「なるほど!」

 

 

「全問正解でケーキをプレゼント。問題数は10個だ」

 

 

「私も参加します」

 

 

まさか夏世参戦。それではゲームスタート!

 

 

「第一問。『犬も歩けば』?」

 

 

「「『棒に当たる』」」

 

 

ピンポーン。正解。

 

 

「第二問。『神のみ〇知る』?」

 

 

「「セ〇イ」」

 

 

((何言ってんだこいつら……))

 

 

ピンポーン。正解。

 

 

「第三問。『里見 蓮太郎は』?」

 

 

「『おっぱい星人』!!」

「『生物オタク』」

 

 

「ぶっ飛ばすぞッ!!」

 

 

「ピンポーン。正解」

 

 

「おい!?」

 

 

「第四問。『選ばれたのは』?」

 

 

「「『〇鷹でした』」」

 

 

「怒られるぞお前ら!?」

 

 

「第五問。『涼宮ハ〇ヒの』?」

 

 

「「『憂鬱』」」

 

 

「だから怒られるって言ってるだろうが!」

 

 

「第六問。『海賊王に』?」

 

 

「「『俺はなる!!』」」

 

 

「もうアニメクイズになってるじゃねぇか!」

 

 

ピンポーン。正解。ついでに里見も正解。

 

 

「第七問。『秋の田の 仮庵(かりほ)(いほ)(とま)をあらみ』?」

 

 

「「『わが衣手(ころもで)は 露にぬれつつ』」」

 

 

「お前ら本当に小学生か!?」

 

 

ピンポーン。正解。百人一首の最初の一句だぞ。ほとんどの人が知っている。

 

 

「第八問。『もうそろそろネタ切れ』?」

 

 

「「『作者が悪い』」」

 

 

「もう問題関係ねぇ!」

 

 

「第九問。『里見 蓮太郎は』?」

 

 

「『おっぱい星人』!!」

「『ロリコン』」

 

 

「しつけぇ!!」

 

 

「最後の問題。『この巨大な巣穴に潜む敵の数は』?」

 

 

俺の最後の質問に、みんなの歩いていた足が止まった。

 

 

 

 

 

「答えは『大量』だ」

 

 

 

 

 

目を疑う光景だった。最深部まであと20メートルの所まで到達した俺たちはゆっくりと下を覗くと、大量のガストレアが(うごめ)いていた。耐性の無い人だったらそこで吐いていたかもしれない。

 

数はざっと見て約200匹。全部蟻型(モデル・アント)だった。

 

 

「まず俺が一撃ぶっ飛ばす。散開したガストレアをお前らが叩け」

 

 

「戦うのか!?」

 

 

里見が俺の肩を掴み止める。

 

 

「里見。アイツらはステージⅠだぞ。十分倒せる相手だ。なぁ将監?」

 

 

「俺は構わねぇ」

 

 

「それに仲間も合流したみたいだしな」

 

 

「仲間?」

 

 

蓮太郎が首傾げたその時、背後から複数の足跡が聞こえた。

 

振り返るとそこには銃を持ち、黒い防弾チョッキなど着用した五人の男たちがいた。

 

 

「少ないな。残りはどうした?」

 

 

「残りの部隊は反対方向へ行かせた」

 

 

「お、お前!?」

 

 

大樹は振り返らず男たちに尋ねると、男の一人が答えた。蓮太郎は男たちを見て驚いた。

 

男は教会を襲った連中の一人。しかも一番大樹に対して怒鳴っていた男だった。

 

ステージⅤを倒した後、大樹がどうにかして救ったと言っていたが……。

 

 

「自己紹介がまだだったな。福山(ふくやま)だ」

 

 

「ど、どうしてここにいる!?」

 

 

「あまり大きな声出すな。天童民間警備会社の秘密諜報員だろ」

 

 

「ウチの会社の部下なのかよ!?」

 

 

蓮太郎は初耳だった。

 

 

「楢原が俺たちの組織を潰したから入らせてもらった。給料は少ないが」

 

 

「それは木更さんに言ってくれ」

 

 

「というか福山。ちゃんと苗字だけじゃなくて名前も言えよ」

 

 

「……必要ない」

 

 

「ある」

 

 

「理由は?」

 

 

「面白いから」

 

 

「撃つぞ貴様」

 

 

「効くと思ってんのか?」

 

 

「……………」

 

 

福山はしばらく黙っていたが、

 

 

「……火星だ」

 

 

「かせい?変わった名前だな」

 

 

特に気にする様子を見せない里見。しかし、俺はニヤニヤしていた。

 

 

「火星って漢字はアレだぞ。宇宙惑星のアレだ」

 

 

「楢原!もういいだろ!」

 

 

「ダメだろ。読み方は『かせい』じゃねぇもん」

 

 

「やめろ!言うな!」

 

 

大樹はニヤニヤとしながら告げる。

 

 

「本当の名前は……福山 火星(ジュピター)だもんな」

 

 

「「「「「え?」」」」」

 

 

他の男たちも知らなかったようだ。目が点になっている。

 

 

「楢原……覚えていろよ……!」

 

 

「フハハハ、お前が資料を残すのが悪い。みんな、今日から『ジュピターさん』と呼ぶように」

 

 

「お前は絶対に殺すからな……!」

 

 

もの凄い殺気が背後から溢れ出すが気にしない。ジュピターさんだから。

 

 

ゴォ!!

 

 

【護り姫】から溢れ出す紅い炎が大きく燃え上がった。

 

 

「さっきも言ったが、まず俺が攻撃を仕掛ける。その後、散開したガストレアをお前がやっつけろ」

 

 

俺は目を瞑り、両手で刀を握る。

 

 

「許せ」

 

 

そして、ガストレアの群れに向かって身を投げた。

 

落下する俺に気付いたガストレアが叫び出す。叫び声は他のガストレアにも伝わり、全ガストレアが俺を視界に捉えた。

 

 

「一刀流式、【風雷神の構え】」

 

 

炎が消えると同時に黒い刀を創り上げた。

 

ガストレアが一斉に俺に襲い掛かろうとする。

 

 

「【無限(むげん)蒼乱(そうらん)】」

 

 

ザンッ!!!

 

 

地面に着地する前に、音速を越えたスピードで敵を斬り裂き続けた。

 

その音を聞くことはできない。

 

その斬撃を捉えることはできない。

 

彼を目で追うことは、不可能。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!!

 

 

次の瞬間、斬撃の衝撃でガストレアが一斉に宙を舞った。その光景に蓮太郎たちは目を見開いて驚いていたが、

 

 

ガガガガガッ!!

 

ザンッ!!

 

ドゴンッ!!

 

 

すぐに銃を乱射、剣を振り回し、蹴りを入れた。宙に浮いたガストレアが次々と絶命する。

 

 

「【無刀の構え】」

 

 

大樹は【護り姫】をギフトカードに直し、追撃を始める。

 

足に力を入れ、跳躍する。

 

 

「【地獄(じごく)(めぐ)り】!!」

 

 

ドゴッ!!

 

 

右回し蹴りがガストレアの腹部に炸裂し、胴体が吹っ飛ぶ。体液が体に付着するが気にせず次の攻撃に移す。

 

 

「【黄泉(よみ)(おく)り】!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

左手で次のガストレアの頭部に向かって正拳突き。今度は頭部を破裂させた。

 

 

「キシャアッ!!」

 

 

落ちて来たガストレアが最後の抵抗で俺に噛みつこうとする。俺は腕をクロスさせ、カウンター攻撃を狙う。

 

 

「【木葉(このは)(くず)し】!!」

 

 

ガストレアの牙がクロスした腕に当たった瞬間、大樹は姿を消した。

 

否。大樹は消えたのではない。目で追い切れない速さでガストレアの背後を取ったのだ。

 

 

ドゴッ!!

 

 

大樹のカウンターパンチ。右ストレートがガストレアの背中にヒット。ガストレアは勢いよく地面に叩きつけられる。

 

 

「来い!【神影姫(みかげひめ)】!」

 

 

ギフトカードから長銃の【神影姫】を取り出す。狙いを定めて引き金を引く。

 

 

ガガガガガガガガガガガガキュンッ!!

 

 

フルオートで連射された12発の黒い弾丸。銃弾は吸い込まれるように12匹のガストレアの頭部に命中した。

 

 

「ッと」

 

 

地面に膝をついて着地。再び蓮太郎たちの場所まで戻って来た。

 

 

「おいお前ら。もっと仕事しろ」

 

 

(((((無理だろ!)))))

 

 

既にガストレアは壊滅状態。蓮太郎たちが動く必要性が全くなかった。

 

 

________________________

 

 

 

ガストレアを全滅するのに時間は全くかからなかった。将監と夏世のコンビネーション。影胤との事件からさらに実力を上げた蓮太郎と延珠。そして暗殺の腕があるジュピターさん。

 

敵は見事に全滅。大樹たちはまた横穴を見つけ、さらに深層へと向かっていた。

 

進めば進むほど酸素は薄くなり、俺でも少し苦しい。他のみんなも辛そうだ。

 

 

「同じところを行ったり来たりしていないか?」

 

 

同じような壁ばかりの薄暗い洞窟。蓮太郎がそう思ってしまうのは無理もない。

 

 

「安心しろ。俺が全部覚えているから」

 

 

「本当かよ……」

 

 

「信じてくれよ」

 

 

「無理だろ」

 

 

「おい」

 

 

蓮太郎を見返すために、俺は一枚の紙にこの『モンスターラビリンス』の地図を簡単に書き留める。

 

 

「ほらよ。これが今まで俺たちが通った道だ。今はここな」

 

 

「……マジかよ」

 

 

蓮太郎が頭に手を当てて溜め息をついた。何でだよ。

 

 

「スタートから大体600メートルまで降りたからもうすぐ最下層の800メートルだ」

 

 

「……どうやらここが最下層みたいだな」

 

 

ジュピターさんの言葉に、俺たちも立ち止った。

 

洞窟の道が終わり、巨大な空洞に出る。その大きさは先程戦ったガストレアの空洞の倍はある。

 

そして巨大な黒い怪物が目に入った。

 

 

「俺と里見の予想は当たったか……」

 

 

巨大な黒い怪物。それは蟻型(モデル・アント)だった。

 

今まで戦った奴らと桁が違う大きさ。その大きさは30メートルを越えるであろう巨体。違う所と言えば胴体が異常に膨らんでいる。

 

鋭い牙はもはや巨大な角。高層ビルを一瞬で粉々にしてしまうであろう。

 

ステージⅣ。こんな場所に隠れているとは……!

 

 

女王蟻型(モデル・クイーンアント)……!」

 

 

俺はゆっくりと敵の名前を告げる。その言葉が合図になったのか、

 

 

「囲まれた……!」

 

 

蓮太郎が銃を構えながら汗を流す。周りには働き蟻であろうガストレアがわんさか集まっている。

 

 

「んなことはどうでもいい。俺が斬る」

 

 

「待て将監。援軍が来たみたいだぞ」

 

 

「あぁ?」

 

 

「『マキシマムペイン』」

 

 

ギュウイイイイィィン!!!

 

 

その時、俺たちの背後にいた働き蟻のガストレアが吹っ飛んだ。

 

 

ザンッ!!!

 

 

そして空中に投げ出されたガストレアは一瞬でバラバラに斬られ、地面に落ちる。

 

 

「遅かったな影胤。小比奈ちゃんも」

 

 

振り返るとそこには笑った仮面の影胤。そして黒いドレスを身に纏った小比奈がいた。

 

 

「こんなビックイベントがあるなら私もあのまま温泉を掘っていたよ」

 

 

「ねぇパパ。あのでっかいの斬っていい?」

 

 

「よしよし小比奈。パパが合図したらまず足を斬りなさい」

 

 

影胤が小比奈の頭を撫でながら言うと、小比奈は笑顔になった。うーん、やっぱり恐ろしいな。ジュピターさんとかドン引きだもん。

 

 

「それじゃあ作戦開始としますか」

 

 

俺は腰に刺さった12本のバラニウム製の黒い刀のうち、二本を引き抜く。

 

 

「絶対に帰るぞ」

 

 

ゴォッ!!

 

 

まず大樹は二本の刀を働き蟻のガストレアの頭部に向かって投擲。刀は頭部に刺さり、ガストレアは暴れ出す。

 

 

「延珠ッ!!」

 

 

「夏世ッ!!」

 

 

「分かっておる!!」

 

 

「分かっています」

 

 

ダンッ!!

 

 

蓮太郎と将監が名前を呼ぶと同時に、延珠と夏世は同時に走り出した。

 

 

ドシュッ!!

 

 

延珠と夏世は大樹が投擲した刀。頭部に刺さった刀を掴み、ガストレアの頭部を斬り裂くように引き抜いた。

 

刀を引き抜いた後、すぐに延珠と夏世は同時に次のガストレアに向かって投擲する。

 

 

ザクッ!!

 

 

二人が投擲した二本の刀は働き蟻の頭部に刺さり、暴れる暇も無く絶命する。

 

 

「弾は無駄にするなよ!あと刀も!」

 

 

「なら投げるなよ!」

 

 

蓮太郎が大樹にツッコミを入れながら走り出す。延珠と夏世が次々と出現する働き蟻の相手をしている間に、女王蟻型(モデル・クイーンアント)へと向かっていた。

 

夏世が刀を振り回している間に、将監も大剣を振り回しながら突き進む。

 

 

「危ない将監!!」

 

 

「ッ!?」

 

 

里見が叫んで危険を伝えるが、このままでは間に合わない。女王蟻型(モデル・クイーンアント)の巨大な牙が将監の真上から振り下ろされる。

 

 

「小比奈!!斬り落としなさい!!」

 

 

「はいパパ!!」

 

 

ザンッ!!

 

 

影胤が合図を送った直後、ガストレアの右脚の下に小比奈が潜り込んだ。二刀流の斬撃を繰り出し、二本の右脚を斬り落とした。

 

ガストレアはバランスを崩し、将監に振り下ろした牙の軌道も変わった。牙は将監に当たらず、地面に突き刺さる。

 

女王蟻型(モデル・クイーンアント)がピンチだと気付いた働き蟻。すぐに女王蟻のところへ行こうとするが、

 

 

「逃がすかッ!!」

 

 

ガガガガガッ!!

 

 

ジュピターさんとその部下が銃を乱射して動きを止める。バラニウム製の弾丸を惜しまなく使っている。俺の言葉ガン無視ですか。そうですか。別にいいが。

 

 

「一気に叩くぞ!!」

 

 

大樹の掛け声に四人が応じる。四人が同時に女王蟻型(モデル・クイーンアント)の頭部に向かって跳躍する。

 

 

「二刀流式、【阿修羅(あしゅら)の構え】!!」

 

 

「天童式戦闘術二の型十四番―――」

 

 

「エンドレス―――」

 

 

「いい加減ぶった―――」

 

 

東京エリアの最強四人衆の一撃がまとまる。

 

 

「【六刀(ろっとう)暴刃(ぼうは)】!!」

 

 

「【隠禅・玄明窩(げんめいか)】!!」

 

 

「スクリームッ!!」

 

 

()れろやぁッ!!」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

大樹の斬撃のカマイタチ。蓮太郎の爆速の二発の蹴り。影胤の斥力の最強矛。将監の大剣の超斬撃。

 

同時に繰り出された威力は女王蟻型(モデル・クイーンアント)の頭部どころか巨大な胴体まで消し飛ばしてしまった。

 

威力は地面まで貫通し、コンクリートより硬い地面を簡単に粉々に粉砕。衝撃が他のガストレアまで巻き込み、吹っ飛ばされる。

 

 

「無茶苦茶だあああああァァァ!?」

 

 

「ジュピターさん!!早く逃げましょう!!」

 

 

「その名前で呼ぶなッ!!」

 

 

ジュピターさんたちは急いで逃げ出そうとするが、天井が崩れ、落下した岩が出口を塞ぐ。ジュピターさんたちの顔が真っ青になる。

 

 

ゴゴゴゴゴッ!!

 

 

地面が大きく揺れ出し天井から岩が落下する。延珠と夏世と小比奈も事態に気付き、急いで逃げ始める。

 

 

「撤収!!洒落にならなくなった!!」

 

 

「楢原!!貴様ァ!!」

 

 

「俺だけのせいじゃないよね!?」

 

 

「貴様が合図しただろうがぁ!!」

 

 

「あ、そうだった。許してヒヤシンス☆」

 

 

「殺すぞ!?」

 

 

大樹は出口を塞いだ岩を粉々に斬り裂く。出口が開いた瞬間、大樹たちは一斉に走り出す。

 

左手に長銃の【神影姫】を持ち、右手に【護り姫】を握る。

 

吸血鬼の力を込めた銃弾と紅い炎で創り上げられた黒い刀で邪魔になる岩を次々と砕いて行く。

 

上へ上へと向かって、ついに螺旋階段のところまで到着した時、

 

 

「大変だ!!ジュピターさん、疲れて足が遅くなってる!!」

 

 

「マジかよ!?」

 

 

俺は【護り姫】をギフトカードに直し、ジュピターさんを右肩に乗せ、右手で支えた。

 

銃を乱射しながらまた俺たちは走り出す。

 

 

「あぁ……こんなことなら遺書を書いておけばよかった」

 

 

「まだ死んでねぇだろ!?頑張れよジュピターさん」

 

 

「……実は嫌いじゃないんだよな、その名前」

 

 

「ジュピターさあああああん!?」

 

 

これはヤバい。死期を悟っていやがる。

 

螺旋階段を登り切り、出口の横穴に向かって走り出す。

 

 

「もうすぐだ!しっかりしろジュピターさん!!」

 

 

「……………」

 

 

「「「「「ジュピターさん!?」」」」」

 

 

意識が飛んだ!?はやく医者を呼んでくれ!!

 

 

ゴゴゴゴゴッ!!

 

 

その時、背後から嫌な音が聞こえた。

 

 

「……俺、信じないから」

 

 

「奇遇だな……俺もだ」

 

 

 

俺と蓮太郎の顔は真っ青。延珠も夏世も将監も影胤も真っ青だろう。小比奈……はニコニコしてる。ジュピターさんの部下も真っ青だ。

 

背後から聞こえるこの音。

 

俺たちは思った。

 

 

(((((あぁ神様……)))))

 

 

________________________

 

 

 

「あれ?ビックツリーは帰って来てないのか?」

 

 

7ペアの民警たちとジュピターさんの部下たちは帰って来ていた。道は一本道で奥にガストレアが3匹いただけ。行き止まりを確認したらすぐに戻って来ていた。

 

穴の底で火を焚き、大樹達の帰還を待っていたのだが、時刻が7時を過ぎた。

 

そして7時半頃、差し入れが来た。

 

大樹の彼女?……よく分からないが三人の女の子が作った料理。男と女の子たちはもぐもぐと食べていた。

 

 

「美味い!!最高だな!!」

 

 

「楢原の旦那、羨ましいぜ」

 

 

「ぐふッ……!」

 

 

「おい!?一人倒れたぞ!?」

 

 

賑わった食卓。食事を終えて、片付けに取りかかっていたその時、

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

横穴から巨大な音が響き、地面が大きく揺れた。プロモーターとイニシエーター。そしてジュピターさんの部下は焦りだし、急いで地上へと逃げようとしたが、

 

 

「ビックツリーに何かあたのかもしれない……!」

 

 

「どうする!?助けに行くならはやく……!」

 

 

「待てお前ら」

 

 

しかし、一人の男は冷静に告げる。

 

 

「あの男がいる限り、大丈夫だろ」

 

 

「……そうだな」

 

 

さっきまでの騒ぎが嘘のようだった。民警たちは落ち着き、その場に座る。

 

 

「……しりとりでもするか」

 

 

「お前、冷静過ぎるだろ」

 

 

「なぁ……何か聞こえないか?」

 

 

一人の男がみんなに言う。

 

 

「いや、何も聞こえないが?」

 

 

「ううん。私も聞こえる」

 

 

耳の良いイニシエーターが男の言葉を賛同する。

 

 

「大きくなってる……」

 

 

「ホントだ。俺も聞こえるぞ」

 

 

「僕もだ」

 

 

ゴゴゴゴゴッ……

 

 

「嫌な……予感がする……」

 

 

「わ、私もです……」

 

 

「同じく……」

 

 

ゴゴゴゴゴッ!!!

 

 

「来るぞ!!」

 

 

全員が立ち上がり、武器を構える。横穴から来たのは……!

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

 

 

 

大量の水。

 

 

 

 

 

「「「「「はあああァァッ!?」」」」」

 

 

そして、人と子ども。

 

 

「「「「「ぎゃあああァァ!!」」」」」

 

 

大量の水と共に流されてきたのは反対方向を探索していた別の部隊。大樹たちだった。

 

水の勢いは激しく、一瞬で飲み込まれた。

 

しかも水の温度は熱く、軽いやけどを負ってしまうくらい熱湯だった。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

熱湯は一気に地上まで吹き出し、民警たちを空へと舞い上がらせた。

 

 

「「「嘘……」」」

 

 

その光景を見ていた優子と黒ウサギと真由美。目を疑った。

 

 

「「「「「熱いッッ!!!」」」」」

 

 

この日、当初の目的を果たすことに成功した。

 

 

 

________________________

 

 

 

「極楽極楽……」

 

 

俺はゆっくりとお湯を肩まで浸からせる。大樹、気持ち良すぎて死にそう!

 

温泉を引き当てることに成功した翌日。大急ぎで露天風呂を作った。

 

星が綺麗な夜空の下。一日の疲れが一瞬で吹っ飛んだ。

 

 

「まさかマジで温泉を掘りだすとは……」

 

 

携帯端末を使って真下に水脈があることは分かっていた。だがそれが温泉かどうか分からなかった。

 

しかし、最深部の真下がちょうど俺たちが求めていた温泉だった。結局あのまま下へ掘り続けていたら女王蟻型(モデル・クイーンアント)に出会っていたわけだ。横穴を見つけれたことは良かったというわけか。

 

だが俺たちが衝撃を与えたせいで、温泉の水蒸気が一気に爆発。間欠泉として温泉は地面から吹き上げた。

 

ガストレアが地中約800メートルで止まっていたのは温泉のせいかもしれないな。

 

東京エリアをまた救った。ということらしいので蓮太郎たちはIP序列がまた上がったらしい。俺?聞くなよ……。

 

 

「お金も風呂もゲットで一石二鳥」

 

 

この調子なら東京エリア以外の他のエリアに行って、美琴とアリアを探せるかもな。

 

 

ガララッ

 

 

「あ、先生!」

 

 

「ハイよかった。先生目隠してるから」

 

 

子どもたちが風呂に入って来た。風呂が一つしかないからって、それは無いよ?

 

 

「大樹先生だ!」

 

 

「あー!タオル巻いてる!」

 

 

「マナー悪い!」

 

 

「自分の尊厳を守って何が悪いんだよ」

 

 

あと人が風呂に入っているのに入って来るのはマナー違反じゃないのですかね?

 

 

「お前らなぁ……あとで怒られるの俺なんだぞ?」

 

 

「お姉ちゃんたちはお皿を洗っているから大丈夫だよ」

 

 

「大丈夫じゃねぇよ。脳ミソ腐ってんのか」

 

 

「先生!背中!」

 

 

「自分で洗え」

 

 

俺は頭を抑え、溜め息をつく。また疲れが溜まっちゃうよぉ!

 

 

「えいッ!!」

 

 

バシャンッ!!

 

 

「飛び込むなよ」

 

 

マナーがうんぬんとか言ってなかったか?

 

子どもたいはキャッキャと言いながら温泉に浸かる。その時、

 

 

「ほら!はやく入るわよ」

 

 

「「「「「ハーイ」」」」」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

脱衣所から聞こえる女の子の声。俺たちは驚愕する。

 

 

「お、おい……今の声って優子じゃなかったか?」

 

 

「……先生」

 

 

「な、何だよ」

 

 

「「「「「ドンマイ」」」」」

 

 

「泣くぞ。マジで泣くぞ」

 

 

子どもたちに見捨てられた俺。可哀想な俺。

 

 

ガララッ

 

 

「あ」

 

 

「……………何をしているのかしら大樹君?」

 

 

昨日も聞いたなこれ。ハハッ………やっぱり震えが止まらねぇ。

 

 

「あの、その、これは……目隠しだからセーフ!」

 

 

「チェンジよ」

 

 

まさかのスリーアウト。終わったな。

 

 

「……今回だけよ」

 

 

「え?」

 

 

「今回だけ許すわ」

 

 

カキーンッ!逆転満塁ホームラン!やったぜ!

 

 

「さ、サンキュー……じゃあ」

 

 

「何で出るのよ」

 

 

「へ?」

 

 

「で、出なくていいでしょ」

 

 

「い、いや!これは……」

 

 

「アタシと入るのは……嫌なの?」

 

 

だからそれ反則だって!

 

 

「全然!カモン!」

 

 

ほら!誰だよコイツ!?何がしたいんだよ!?

 

子どもたちがキャーキャー言っているが全部スルー。それどころじゃなくなった。

 

優子が体を洗っている間、心臓がバクバクと暴れる。最近、心臓に悪い出来事ばかりです。

 

 

「入る……わね」

 

 

「……うっす」

 

 

お湯の波が俺の体に伝わり、すぐ横に優子がいるのがすぐ分かる。

 

ここで目隠しを取りたいが、嫌われたくないのでやめる。……そんな度胸がないのが本音だが。

 

 

「「……………」」

 

 

か、会話が続かねぇ……!

 

 

「先生とお姉ちゃん、顔が真っ赤だよ!」

 

 

「お湯が熱いからだ!」

 

 

子どもたちよ!茶化さないでくれ!

 

 

「「……………」」

 

 

それでも続かねぇ……!

 

 

「だ、大樹君」

 

 

「な、なんでしょう」

 

 

「せ、背中……流してあげるわ」

 

 

「ど、どうも」

 

 

「「……………」」

 

 

「上がりなさいよ!」

 

 

「す、すまん」

 

 

俺は急いで風呂から上がり、風呂椅子に座る。もちろん下半身にタオルは巻いています。見せられません。

 

ドキドキしながら待っていると、背中に石鹸(せっけん)の泡とタオルが押し当てられた。

 

ゆっくりとタオルは上下に動き、俺の背中を洗う。

 

 

「ど、どうかしら」

 

 

「き、気持ち良いぞ」

 

 

なんかエロい会話だな。ホント今日の話、R-15で収まってんのか。

 

しばらくゴシゴシと洗ってもらい、動きが止まる。

 

 

「だ、大樹君」

 

 

「ど、どうした」

 

 

優子は小さな声だったが、聞こえた。

 

 

「前は……まだ無理かも……!」

 

 

「あああああッ!!自分で洗うよ!ありがとう!」

 

 

俺は急いで()()()()した石鹸を手に取り、身体を洗う。

 

 

「先生!?それ()()()!!」

 

 

ドグシュッ!!

 

 

「ぎゃあああああ!?」

 

 

「「「「「先生!?」」」」」

 

 

「大樹君!?」

 

 

この後、この事件のせいで黒ウサギと真由美にバレて怒られた。

 

 

 

________________________

 

 

 

教会の灯りが消え、子どもたちが寝静まった12時。日付が変わった。

 

一人一人用意された布団に入った子どもたちは仲良く寝ており、手を繋いでいる子どももいる。

 

 

「どうしよう……トマトジュースが美味すぎる」

 

 

「手を震える程なの?」

 

 

真由美が尋ねる。

 

 

「傷が癒えるくらい美味い」

 

 

「前以上に人間をやめているわね……」

 

 

優子は頭を抑えて溜め息をつく。隣に座った黒ウサギは苦笑いだ。

 

たわしで傷つけた体の傷は完治した。今日から所持しようかな?

 

教会の祭壇をテーブル代わりにして、夜のティータイムを楽しんでいた。

 

 

「黒ウサギはもう大樹さんの人外っぷりには慣れましたよ」

 

 

「おいちょっと待て。人外っぷりなら黒ウサギも負けていないだろ」

 

 

「え?」

 

 

「何で首を傾げた」

 

 

おかしい。俺だけ人外なのはおかしい。

 

 

「……大樹さん」

 

 

黒ウサギが真剣な声音で俺の名前を呼ぶ。あの件か……。

 

 

「黒ウサギは普通です」

 

 

「真顔で何言ってんだお前」

 

 

はよ。要件はよ。

 

 

「すいません大樹さん」

 

 

黒ウサギは悲しそうな表情で俺に謝った。

 

 

「謝らなくていい。進展はやっぱなしだったんだろ?」

 

 

俺の言葉に黒ウサギは微妙な表情になるが、頷いた。

 

やはり美琴とアリアの目撃情報はこの街に一つも無い。俺も聖天子に頼んでいるが、こちらも進展はなし。

 

 

「……他のエリアも探すかもしれないな」

 

 

「最悪、外国まで行く覚悟が必要です」

 

 

黒ウサギの言った言葉に俺は唇を噛む。

 

東京エリアに彼女たちはいない。そうなると他のエリアに行くことになる。

 

 

「ねぇ大樹君。その美琴さんとアリアさんのこと、聞いてもいいかしら?」

 

 

真由美の質問に、俺は首を傾げた。

 

 

「詳しく話して無かったか?」

 

 

「大樹君の惚気(のろけ)話はもういいわ」

 

 

やめて!優子と黒ウサギがジト目で見てるよぉ!

 

 

「でもアタシも聞いたわね。二人の出会いとか」

 

 

ありゃ?知らないのか?まぁいい機会だし教えるか。

 

優子の質問に俺は答える。まず美琴から。

 

 

「強盗がデパートを襲った時、美琴が能力を抑えられてしまって、人質として捕らわれていたんだ。そこを助けたのが、買い物に来ていた俺だ」

 

 

「ふ、普通の出会いじゃないわね……」

 

 

「まぁ待て真由美。まだ終わりじゃない」

 

 

「え?」

 

 

「人質を助けた後、核爆弾を見つけた」

 

 

「「「えぇ!?」」」

 

 

「ちゃんと処理したけどな」

 

 

「どうやってよ!?」

 

 

真由美の質問に俺は真顔で答える。

 

 

「水の中で爆発させた」

 

 

「助からないわよ!?」

 

 

「以上だ」

 

 

「終わらないでよ!?」

 

 

次にアリアとの出会いを話す。

 

 

「アリアはパラシュートで落ちて来て、俺の顔面に膝蹴りをしたところから始まった」

 

 

「もう訳が分からないわ……」

 

 

真由美が頭を抑えた。可哀想に。

 

 

「その後はいろいろあって雲より高いところから俺は美琴とアリアと一緒に落下した」

 

 

「何でよ!?」

 

 

「シャーロック・ホームズに言え!!」

 

 

「どうしてそんな偉人に当たるのよ!?」

 

 

「アリアがシャーロック・ホームズの子孫だからだよ!」

 

 

「えぇ!?」

 

 

あ、優子と黒ウサギは知っているみたいだな。

 

 

「で、でもシャーロック・ホームズが生きて―――」

 

 

「ところがどっこい。生きてました」

 

 

「……もう頭が痛いわ」

 

 

もうやめてあげよう。こうして思い返すと波乱万丈な人生を送ってるな俺。

 

俺の話を聞いた真由美は、震えながら優子を見る。

 

 

「も、もしかして優子さんも……!」

 

 

「優子の付けているペンダント。あれは神が創り上げたモノだ。俺と優子の出会いが多分、凄い……!」

 

 

「嘘言わないでよ!?アタシと大樹君は普通に教室で会ったでしょう!?」

 

 

「あー、そうだった……のか!?」

 

 

「思わせぶりな発言しない!」

 

 

痛い痛い!頬を引っ張らないでぇ!

 

 

「と、とにかく、二人とも俺の大事な人だ」

 

 

俺はトマトジュースを飲み干し、缶を潰す。

 

 

「アーユーオーケー?」

 

 

「英語のセンスが無いわね……でも、大樹君の頼みなら仕方ないわね」

 

 

俺に真由美は笑みを見せる。その可愛さに頬が赤くなってしまった。

 

 

「ふふッ、大樹さん照れていますね」

 

 

「こ、これはトマトジュースのせいだ!」

 

 

「もっとマシないいわけはなかったのでしょうか……」

 

 

黒ウサギに呆れられてしまった。

 

 

「アタシも大樹君に助けて貰ってよかったわ。美琴とアリアも、きっとそれを望んでいるわよ」

 

 

優子の言葉に俺はさらに顔を赤くする。わざとじゃないのが余計に照れる。

 

 

「あー!今日はもう寝るぞ!おやすみ!」

 

 

恥ずかしさのあまり、俺は逃げるようにその場から立ち上がり、敷いてあった布団に潜り込んだ。

 

女の子の笑い声が聞こえてるが、俺は無視して眠った。

 

しかし、こういう時間も悪くないっと思った。

 

________________________

 

 

 

「マスター。東京エリアの外周区まで侵入に成功しました」

 

 

『さすがだ。予定より早く着いたな。しかし、これからの任務は時間通りに行え』

 

 

「はい」

 

 

『よろしい。任務開始時間までに拠点の確保。アイテムの回収を定時報告までに済ませておけ』

 

 

「了解しました」

 

 

『ティナ・スプラウト。お前の任務は何だ?もう一度、私に聞かせておくれ』

 

 

「はい、マスター。私の任務は―――」

 

 

 

 

 

「―――聖天子を暗殺することです」

 

 

 

 

 





ここから先は作者の落書きです。興味の無い方はブラウザバックをして頂いて構いません。


Twitterでのたくさんの応援メッセージ、ありがとうございます。

今回は個人的に送られたメールの返信です。質問や提案メールが来たので紹介します。


「100話到達記念はありますか?」


A.その発想は無かった。

お気に入り1000越えにしか目が無かったので盲点でした。

こちらはお気に入り1000と同様、考えておきます。


「キャラ紹介は作らないんですか?特に主人公」


A.やるなら5000文字以上は覚悟してください。

現在の大樹。まとめると凄いですよ。要望が多かったら作ります。


「ランク500越えです。〇〇〇〇〇〇〇←ID」


A.パズ〇ラ……

強かったです。


「お気に入り1000になった時の番外編はもちろん1000話分ですよね!」


A.死んじゃう。

多くても10話で勘弁してください。


以上、素晴らしいメッセージありがとうございました。また面白いメッセージがあったら紹介します。

これからも、この物語をよろしくお願いします。


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転生者と暗殺者


教会が凄い。僕、住みたいです。



「そりゃッ」

 

 

ザクッ

 

 

硬い土を(くわ)で軽快に耕す。何度も掘り起こすと土は柔らかくなり、作物に優しい土となった。

 

 

「今度は農作業かよ」

 

 

俺の背後から声が聞こえた。

 

 

「よぉ里見。ロリコンしてるか?」

 

 

「ぶっ飛ばすぞ」

 

 

蓮太郎は拳銃を俺に向ける。ハハッ、効くか。

 

そう、温泉の次は農作業だ。自給自足をして金の節約を行っている。水やり作業を子どもたちにさせて、植物が実って行く工程を見せるのはいい教育だという考えもある。

 

現在きゅうりとキャベツとトマトを栽培中。今は白菜を育てる場所を耕している。ちなみにピーマンとニンジンは子どもたちに反対された。二つとも美味しいのに。

 

 

「まだ実すらなってないけど、半年後にはいっぱい獲れるぞ」

 

 

「大変そうだな」

 

 

「待てなくなったら(すみれ)先生と協力してガストレア農薬を……」

 

 

「やめろ」

 

 

俺は土を耕し終え、ポケットに入れておいたトマトジュースを飲む。

 

 

「仕事終わりの一杯は最高だぜ!」

 

 

「あのトマトはお前か」

 

 

バレたか。

 

 

「……俺のIP序列。お前のせいで650位になっちまった」

 

 

「おめでとう」

 

 

「将監は705位で止まっている。そのせいでアイツに目をつけられちまったじゃねぇか」

 

 

「俺は【絶対最下位】だが文句あるか」

 

 

「……すまん」

 

 

「謝るなよ。俺が惨めになるだろうが」

 

 

泣くぞコラ。

 

 

「というか里見。何か用があって来たんじゃないのか?今日は理科の授業は無いし」

 

 

「社長から呼び出しだ。木更さんが待ってる」

 

 

________________________

 

 

 

「来たわね大樹君」

 

 

「はい。牛丼」

 

 

俺はラップで包んだ牛丼をテーブルに置く。しかし、木更の反応は俺が予想したモノとは違った。

 

 

「あれ?私、頼んでいないのだけれど……?」

 

 

「は?俺を呼んだのは金が無いから飯が食いたいからじゃないのか?」

 

 

「違うわよ!最近は蛭子ペアが稼いでいるから儲かっているわ!里見君より!」

 

 

だから里見がいない時に虐めるなよ。じゃあ何で牛丼を手に取るんですか?

 

天童民間警備会社に来た俺は、さっそく社長の椅子に座る。

 

 

「どきなさい」

 

 

「牛丼返せ」

 

 

「……覚えていなさい」

 

 

木更は諦めて里見の席に座る。牛丼強い。

 

 

「というかお前も来ていたのか、影胤」

 

 

「私は連絡待ちだ。連絡が来たらすぐに行くよ」

 

 

ソファに座っているのは影胤。足を組んで不気味な銃のメンテをする。

 

隣では小比奈ちゃんが影胤の腕に抱き付き、ぐっすりと眠っている。

 

 

「さて、あなたを呼んだのは依頼が入ったからよ」

 

 

「影胤じゃダメなのか?」

 

 

「ええ、あなたにやってもらいたいって依頼者が言っているわ」

 

 

「当店は指名制で無いのでお断りです。引き続き木更にゃんがお相手させていただきます」

 

 

「ここはキャバクラじゃないわよ!」

 

 

メイドカフェのつもりだったのだが。

 

 

「依頼主は聖天子様よ」

 

 

「またまた東京エリアの危機ですか?もう嫌なんですが?」

 

 

「そうね……これは東京エリアの危機かもしれないわ」

 

 

確信。呪われているわ東京。ドーマン!セーマン!悪霊退散!

 

 

「詳しくは本人から聞きなさい」

 

 

そう言って木更は割り箸を割って牛丼を食べ始める。『美味しい!』と笑顔で食べていると、声をかけにくい。

 

俺は立ち上がり、部屋を出ようとする。

 

 

「ガストレアを倒す話なら私に教えてくれ」

 

 

「お前は少し寝ろ」

 

 

マジで社畜になってんじゃねぇか影胤。

 

 

「そもそも大樹君、相変わらず君はそのTシャツとズボンだけで行くのかね」

 

 

背中には『一般人』の文字。黒いズボン。もはやラフを越えた何かだ。

 

 

「悪いか?」

 

 

「常識が無い」

 

 

「行ってくる」

 

 

「君がそれでいいなら構わないよ」

 

 

お気に入りですから。文句は言わせない。

 

 

 

________________________

 

 

 

白い壁。白い床。白一色で統一された部屋で聖天子が来るのを待っていた。

 

トマトジュースを飲みながら窓の外をボーっと眺める。

 

 

「ごきげんよう、楢原さん」

 

 

扉が開き、部屋と同じ白で統一された服装を身に纏った聖天子が入って来る。

 

しかし、大樹は反応せず、外を眺めている。

 

 

「……………」

 

 

「楢原さん?」

 

 

「うおッ……悪い。考えごとしてた」

 

 

気を引き締め俺は立ち上がり、聖天子の前に立つ。そして、

 

 

「じゃあまたな」

 

 

「どうして帰ろうとするのですか……」

 

 

やっぱり駄目か。まず帰ろうとするスタイルは大事だと思うんだ。仕事したくない。

 

 

「それで、依頼は何だよ。ウチの社長は牛丼に夢中で投げ出されたよ」

 

 

(ぎゅ、牛丼?)

 

 

聖天子は困惑したが、すぐに説明する。

 

 

「楢原さんには私の護衛をしてもらいたいのです」

 

 

「OK」

 

 

「理由は……………え?」

 

 

大樹が簡単に了承してしまったため、聖天子はキョトンと驚く。

 

 

「り、理由は聞かないのですか?」

 

 

「どうせ政治絡みだろ?俺に話したところで、共感や理解はできないぞ」

 

 

「ですが……」

 

 

俺は聖天子の不安気な顔を見て察した。

 

 

「もしかして、解決してほしいことがあるのか?」

 

 

「……よろしいのですか?」

 

 

「いいぜ。ついでに解決してやる。……………できる範囲でな」

 

 

「何か言いました?」

 

 

「いや何も」

 

 

保険をかけただけだ。はいそこ、屑って言わない。

 

 

「明後日、大阪エリア代表の斉武(さいたけ)大統領が非公式に東京エリアへ訪れます」

 

 

「誰だよそれ」

 

 

あと大統領って何だよ。いつから大阪はアメリカンな県になったんだよ。いや、大阪は府か。

 

 

「もしかして聖天子と同じような人か?」

 

 

「はい。大阪エリアの国家元首です」

 

 

日本は5つのエリアがある。東京、大阪、仙台、札幌、博多。この5つのエリアだけだ。

 

美琴とアリアたちが他のエリアにいる可能性が出て来た今、コンタクトを取ってもいいかもしれないな。

 

 

「ソイツに俺も会わせてくれないか?」

 

 

「何をするつもりですか?」

 

 

さて、何と言い訳しますか。

 

 

「えっと、顔が気に食わなかったらぶん殴るためだ」

 

 

「……捕まりますよ」

 

 

ひぃ!一度入ったことがあるからもう入りたくない!飯マズはイヤだ!

 

 

「いいから早く合わせろ。そのしいたけに」

 

 

斉武(さいたけ)です」

 

 

コンコンッ

 

 

その時、扉をノックする音が聞こえた。俺は手を払って『俺に構わず出て来い』っと伝える。

 

 

「入りなさい」

 

 

「失礼します」

 

 

ガチャッ

 

 

入って来たのは六人の男たち。また白い服装だよ。どんだけ白いんだお前らは。

 

外套(がいとう)(コートみたいなモノ)に制帽、腰に刺した拳銃。自衛隊でもなければ警官でもない服装。まさかと思うが、

 

 

「楢原さん。彼らは私の護衛を担当している方たちです。こちらが隊長の保脇(やすわき)さんです」

 

 

思った通り。護衛官たちか。

 

聖天子の紹介で俺の前に出て来たのは30歳くらいの男性。メガネをかけており、背が高い。

 

 

「ご紹介にあずかりました保脇 卓人(たくと)です。階級は三尉、護衛隊長をやらせていただいております。任務中、もしもの時はよろしくお願いしますよ、楢原さん」

 

 

「天童民間警備会社、特別任務課の楢原 大樹だ。迷惑かけた時は、許してくれよ」

 

 

保脇が右手を差し出したので、俺も右手を出して握手しようとしたが、

 

 

「ッ!」

 

 

その手を止めた。

 

 

「楢原さん?」

 

 

「……いや、何でもない」

 

 

俺は保脇の右手を握り、握手を交わす。

 

 

「時間と護衛の詳細は明後日話します。またここに来てください」

 

 

聖天子はそう言って、保脇たちを率いて部屋を出た。

 

 

________________________

 

 

 

「完全記憶能力が無かった完全に迷っていたな」

 

 

グルグルと聖居(せいきょ)を歩いて五分。ついにこの一帯の構造を把握した。

 

多分出口はあっち。その場で振り返り、歩き出そうとするが、

 

 

「そこにいるのは分かっている。出て来いよ」

 

 

「……いつから気付いていた」

 

 

廊下の角で俺を待ち構えていた男が姿を現す。

 

男は保脇 卓人だった。

 

 

「やっぱり俺の勘は当たっていたか」

 

 

あの手を握ろうとした時に感じた悪寒。俺の本能が危険だと判断していた。

 

俺の後ろからも先程の保脇が率いていた男たちも出て来る。囲まれた。

 

 

「予想だが、俺に護衛任務を断らせようとしてんのか?」

 

 

「そうだ」

 

 

今日の俺、勘が冴え渡ってる~!コ〇ンになれちゃうかも。キャー!

 

 

「目障りなんだよ。何故お前が聖天子様の隣に立つんだ。このテロリストが」

 

 

うわぁ……随分嫌われているなぁ。

 

 

「お前なぁ……そういう文句は」

 

 

「喚くな」

 

 

喋らせてよ。

 

 

「それにな、楢原 大樹。お前が聖天子様の隣にいるのは一番駄目な存在なんだよ」

 

 

「……………」

 

 

「何か言ったらどうだ?」

 

 

いや、喚くなって言ったじゃないですか。あれですか?あなたは『動くな!警察だ!手を挙げろ!』って矛盾したことを言う奴らですか?それで手を挙げたら『動くなって言っただろ!バーン!』とか『手を挙げろって言っているだろ!バーン!』するんだろ?犯人詰んでるなオイ。

 

 

「ダメな理由を聞きてぇな」

 

 

「馬鹿が。言うわけないだろ」

 

 

ぶっ飛ばしたい。

 

 

「しかし、聞きたそうな顔だな。いいだろう。特別に教えてやる」

 

 

マジでぶっ飛ばしたい。

 

 

「聖天子様はお美しく成長され、今年で16歳になられた」

 

 

「マジかよ。初耳だったわ」

 

 

「貴様も、そろそろ東京エリアは次の国家元首としての世継ぎが必要だと思わんかね?」

 

 

「早くね?」

 

 

「黙れ」

 

 

もう何なんだよ。どっちかにしろよホント。

 

だが理解した。

 

 

「お前じゃ釣り合わねぇよ、変態」

 

 

「貴様ッ……!」

 

 

保脇は拳銃を取り出し、俺に銃口を向けるが、

 

 

「は?」

 

 

既に大樹の姿はそこにはなかった。

 

 

「お前じゃあ俺に勝てねぇよ」

 

 

トンッ

 

 

保脇は戦慄した。背後から大樹の声が聞こえたことに。背中に何かが押し当てられたことに。

 

 

「引き金、引いてみるか?」

 

 

「よ、よせ……!」

 

 

「いいぜ」

 

 

大樹は保脇から距離を取り、離れる。

 

手に持ったコルト・パイソンをズボンのポケットにしまい、出口へと歩き出す。

 

 

「見逃す。今回は」

 

 

そう言って、大樹は姿を消した。

 

その場に残された保脇とその部下。

 

 

「覚えていろよぉ……楢原 大樹」

 

 

保脇は聖天子には絶対に見せれない、憎しみの顔をしていた。

 

 

 

________________________

 

 

 

「……………」

 

 

空は緋色に染まり、カラスがカァーカァーと鳴き始めた。

 

俺は聖居近くにある噴水広場の近くにあるベンチに座り、眺めていた。

 

眺めているのは女の子。一つ言っておくが、ストーカーじゃない。ロリコンじゃないよ。

 

先程から自転車に乗って、フラフラと運転している。そしてグルグルと噴水の周りを回っている。

 

……気になるだろ?俺も分からないんだ。携帯端末で調べモノをしていたらコレだよ。もう10分は経つぞ。集中できねぇよ。

 

 

「……………」

 

 

それにしてもあの女の子。外国人か?

 

髪はプラチナブロンド。キラキラと輝き、綺麗だが服装が駄目にしている。

 

何でパジャマだよ。あと寝癖。そしてとどめのスリッパだよ。ツッコミどころが多過ぎるッ。

 

 

「……………あ」

 

 

その時、ヤンキーみたいな少年たちが三人。男たちは女の子に近づいて来た。ヤンキーたちは女の子をチラッと見ているが……まさか。

 

そして、自転車の車輪は一人の男の足にぶつかった。

 

 

「ッてぇなコラァァアアアア!!どこ見てんだよテメェッ!!」

 

 

おおっと。ブーメランが刺さったぞアイツ。まさにお前だよ。わざとだろうが。

 

男は自転車を蹴り飛ばし、乗っていた少女は自転車から投げ出された。男たちは少女の周りを囲む。

 

 

「なに黙ってんだよ?なんとか言えやコラァ。テメェはこの自転車で俺の足を踏んだんだよ。わかるかぁ?」

 

 

「あーあ、これ足の骨折れてるんじゃねぇ?」

 

 

「慰謝料だ、慰謝料」

 

 

……ったく。仕方ない。

 

 

「その辺にしとけよ」

 

 

「あぁ?」

 

 

俺が男たちの背後から声をかけると、今度は男たちは俺を囲んだ。

 

 

「何?お前が払ってくれんの?」

 

 

「え?体で払えって?ちょっと俺はホモじゃないんで勘弁して……」

 

 

「違ぇよ!金を払えって言ってんだよ!誰がお前の体なんかいるか!」

 

 

「おい!やっちまおうぜ!」

 

 

男たちは手をパキパキと鳴らし、ニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべる。

 

 

「ハイハイ。じゃあ一人ずつ俺を殴っていいよ」

 

 

「……マジかよ。頭イカれてるな兄ちゃん」

 

 

「オラァッ!!」

 

 

一人の男が俺の顔面に向かって拳を振るう。

 

 

ドゴッ!!

 

 

「がぁッ!?」

 

 

呻き声を出したのは、俺では無い。

 

 

「痛ッてえええェェ!!!」

 

 

「「!?」」

 

 

殴った男の方だった。

 

俺は顔を1ミリも微動だすることなく、痛みにうずくまった男を見下ろす。

 

 

「骨が折れるっていう感覚はそういうことだ」

 

 

「何しやがったテメェ!?」

 

 

「何も?」

 

 

「ヘラヘラしやがって!!」

 

 

ドゴッ!!

 

 

今度は蹴り。右足での横蹴りが腹部に当たるが、

 

 

「ぐうッ!?」

 

 

男は右足を抑えながら倒れる。俺はTシャツについた汚れを払う。

 

 

「な、何者だよお前……!」

 

 

「さぁな?それでだ」

 

 

俺はパキパキと手を鳴らす。

 

 

「反撃してもいいか?」

 

 

「な、殴っていいって言ったのはお前じゃないか!?」

 

 

「別にやり返さないとは言ってないが?」

 

 

「そ、そんなぁ……!」

 

 

男は震え出し、顔を真っ青にする。俺は一言だけ告げる。

 

 

「とっとと消えろ。そして二度と悪さをするなよ」

 

 

男たちは肩を貸して貰ったりして一斉に仲良く逃げる。やり過ぎたか?ポケットに慰謝料を入れて置いたけど、気付くかな?

 

 

「大丈夫か、お嬢さん」

 

 

俺は子どもの手を引き、立ち上がらせる。黒ウサギにいつも渡されるハンカチをポケットから取り出し、汚れた顔を綺麗に拭き取る。

 

 

「正義の、ヒーロー………生まれて、初めて見ました」

 

 

「そりゃどうも」

 

 

綺麗に拭き終り、蹴飛ばされた自転車を起き上がらせ、少女の前に持ってくる。

 

 

「もう暗いから家に帰れよ」

 

 

俺は手を振りながらその場を後にする。

 

 

「ここ、どこですか?」

 

 

「迷子かーいッ」

 

 

思わずこけてしまった。

 

 

________________________

 

 

「ほら」

 

 

俺は買って来たオレンジジュースを少女に渡す。しかし、少女は下を向いたまま動かない。

 

ゆっくりと彼女の顔を見てみると、目を瞑っていた。

 

 

「寝るなよ。帰って寝ろ」

 

 

ハッと少女は顔を上げると、少女はポケットから英語のラベルが貼られたボトルを取り出した。訳すと……カフェイン?

 

少女は中の錠剤を取り出し、口の中に入れる。うわぁ不味そう。

 

俺はもう一度オレンジジュースを渡すと、今度は受け取ってくれた。

 

 

「夜型なので、こうしていないと、昼は、起きていられないんです」

 

 

「……そうか」

 

 

なるほど、この子……。

 

 

「まぁいいか。とりあえず家分かるか?」

 

 

「さぁ?」

 

 

「……どこらへんに住んでる?」

 

 

「さぁ?」

 

 

「…………何故パジャマ?」

 

 

「さぁ?」

 

 

「喧嘩売ってんのか」

 

 

俺は大きな溜め息をつく。

 

 

「じゃあ名前は?さすがに分かるだろ?」

 

 

その時、少女の目が泳いだ。俺はそれを見逃さなかった。

 

しばらくした後、少女は口を動かした。

 

 

「ティナ……です。ティナ・スプラウト」

 

 

「あー、これは骨が折れそうだな」

 

 

外国人の方でしたか。そうでしたか。大体予想できた。

 

 

「あなたの名前は?」

 

 

「俺か?楢原 大樹だ」

 

 

「……大樹さん?」

 

 

「おう」

 

 

ティナは何度か俺の名前を呼んだあと、目を瞑った。

 

 

「だから寝るな」

 

 

「ハッ」

 

 

ティナはまたカフェインの錠剤を口の中に入れる。そして、オレンジジュースを飲んで口を甘くする。

 

 

「よし、どこから来たか覚えているか?」

 

 

「たしか、今日はアパートで目が覚めて、歯を磨いて、シャワーを浴びて、服を着替えて、颯爽(さっそう)とお出掛けしたところまでは」

 

 

「ハッハッハ。……嘘つけ」

 

 

証拠は寝癖とパジャマとスリッパ。小〇郎のおじさんでも解けるぞ。

 

それにしても……この子……まさかと思うが?

 

 

「どうしたんですか?」

 

 

「……いや、何でもない」

 

 

「そんなに私をジロジロと見ないでください。変態ですか?」

 

 

「警察に突き出すぞ」

 

 

「そ、それはちょっと……」

 

 

「じゃあ大人しく家の場所を思い出せよ」

 

 

「無理です」

 

 

「よし、あっちに交番あるからな。お兄さんが連れて行ってあげる」

 

 

「ごめんなさい」

 

 

会話に疲れた俺はティナの隣に座り、ぬるくなったトマトジュースを飲む。

 

 

「マジで分からないのか?」

 

 

「実は分かったりします」

 

 

「……………」

 

 

もう、泣きたい。辛いよ正義のヒーロー。

 

 

「もしかしたら道を間違えるかもしれません」

 

 

「ついて行けばいいのか?」

 

 

「変態ですか?」

 

 

「泣きてぇ……」

 

 

相手にするの疲れた。もう僕、頑張ったよね?逃げていいよね?

 

 

ピピピッ

 

 

その時、俺の携帯端末のアラームが鳴った。ヤバい!

 

 

「スマン!これからスーパーの特売に里見と行かないといけない!」

 

 

財布からレシートを取り出し、裏側に自分の携帯番号を爪の摩擦で書く。俺はそれをティナに渡し、さらに野口さんを二人渡す。

 

 

「何かあったら俺の携帯に電話しろ!タクシーもこの金で使っていいからな!ちゃんと帰れよ!」

 

 

じゃあな!っと俺はティナに告げて、その場から去る。

 

 

「あと自転車も忘れるなよ!」

 

 

________________________

 

 

 

ピピピッ

 

 

「マスターですか?」

 

 

『定時報告をせよ』

 

 

「東京エリア内部に侵入成功。アパートで拠点を確保。アイテムも確認しました」

 

 

『よろしい。何か異常は?』

 

 

「一度トラブルがありましたが、大事に至ってはいません……親切な人が助けてくれたので」

 

 

『なるべく他人との接触は避けろと言っただろう。あらゆる情報の流出を避け、名前も極力偽名を使うんだぞ』

 

 

「……はい、問題ありません」

 

 

『ティナ・スプラウト。君はザザザザッ……電波が悪いのではないか?』

 

 

「え?あ、すみません。真上で電車が通ったのでそのせいかと」

 

 

『……まぁいい。任務は明後日だ。必ず成功しろ』

 

 

「はい、マスター」

 

 

________________________

 

 

 

聖天子の護衛任務当日。リムジンに揺られながら外の景色を眺める。太陽が眩しい。本日晴天ナリ。

 

会談場所は超高層建築ホテル。金持ちは凄いなぁと思う。

 

今日の服装はスーツ。また着るのは真由美のパーティー以来だ。

 

隣に座った聖天子も俺と同じように反対方向の景色をずっと眺めている。

 

 

「話の主導権を持ってかれそうになったら俺が助けてやる。だから悪い要件は絶対に断れ」

 

 

「……大丈夫です。私なら……」

 

 

「いつもいる菊之丞のじいさんがいねぇこの時、斉武の奴は何か考えているに決まっている」

 

 

そう、聖天子のいつも隣にいるスケットじいさん。天童 菊之丞は現在不在だ。

 

菊之丞が外国に訪問中。斉武はこの時を狙ったに違いない。会話の主導権は完全にあちらが握ろうとしている。

 

 

「話のコツを教えてやる。相手の目と手を見ろ」

 

 

「……目だけではないのですか?」

 

 

「人と言うのは面白い。嘘をつくとき、必ずボロが出る。目が泳いだり、手を動かしたり、嘘をつくと何かアクションを起こすんだ」

 

 

理由は簡単。相手に嘘でないと思わせるため。

 

手の平を見せて『私はこの通り何も見せていません』とか言っている奴は大抵嘘を吐く。手の平を見せている間に細工したり、手の甲にタネが仕掛けてあったり、目がキョロキョロしていたりする。

 

人は誤魔化すために何かアクションを起こすことが多い。特に目を動かす代わりに手の動きが多い。

 

 

「嘘の上手い奴は無意味だけどな」

 

 

「……楢原さんは嘘が下手ですね」

 

 

「おい。アクションを起こしてないぞ」

 

 

何故バレた。

 

 

「起こしましたよ。詳しく嘘の見破り方を言いました。だから嘘が下手じゃないかと思いました」

 

 

「なるほど、一本取られたな」

 

 

「それと―――」

 

 

聖天子は微笑みながら俺に告げる。

 

 

「―――あなたが嘘をつく時は、必ずその人のためなのではないですか?」

 

 

「……さぁな」

 

 

俺は笑いながら誤魔化した。

 

そしてリムジンは止まり、目的地に到着した。

 

 

________________________

 

 

 

ホテル最上階。展望台の応接室に聖天子が座った横に俺が立ち、聖天子の前には一人の男が座っていた。

 

スーツを着て、メガネを掛けた極悪集団のボスのような顔。『コイツが犯人です』と周りに言いふらしたら100人中100人が『そうだな。俺も思う』っていいそうなくらい悪そうな顔をしていた。

 

歳は60代と見て間違いない。

 

この男こそ、大阪エリアの統治者、斉武 宗玄(そうげん)だ。

 

 

「……隣の者は誰でしょうか?」

 

 

「私の護衛です」

 

 

斉武が俺の方を見て聖天子に尋ねると、聖天子が答えた。俺は一歩前に出て自己紹介する。

 

 

「天童民間警備会社、特別任務課の楢原 大樹です」

 

 

敬語を使っている理由は『失礼のない態度でお願いします』っと聖天子に怒られたからだ。というか今まで聖天子に向かって俺、失礼過ぎるだろ。

 

 

「なるほど、あの馬鹿がいる会社か」

 

 

「あぁ?んこ入りパスタライス」

 

 

「「は?」」

 

 

「何でもありません。『馬鹿』について知りたいだけです」

 

 

危ない。『あぁ?ぶっ飛ばすぞテメェ?』って言いそうになった。

 

 

「天童のもらわれっ子だ」

 

 

里見のことか。あぁ殴りたい。

 

 

「蓮太郎の奴、ステージⅤを倒す際、レールガンモジュールを使って、修復不可能なまでに破壊したそうだな」

 

 

あぁそれ嘘ですよ。俺の存在を隠すためのカモフラージュ。愉快愉快。

 

 

「あれがどれほど大事なモノか分かっていない」

 

 

「どのくらい大事なのか聞きたいです」

 

 

「戦争はな、敵の上空を取った者が勝つと兵法から決まっておる」

 

 

そうかぁ?俺にその常識は通じねぇ。キリッ。

 

 

「丘の上から矢を射掛けた方が勝ち、飛行機で爆弾を落とした軍が勝ち、衛星で敵の行動を盗んだ軍が勝ち―――」

 

 

そう言われると正論っぽいな。だが俺には通じねぇ。キリリッ。

 

 

「―――で、次は何だ?」

 

 

「……まさかレールガンモジュールを月面に取りつけたかった……のですか?」

 

 

「ほう……中々冴えておるな小僧」

 

 

「無理だな」

 

 

「は?」

 

 

「な、楢原さんッ」

 

 

斉武はキョトンと驚き、聖天子は慌てた。

 

 

「もう少し宇宙のこと調べて来い。レールガンモジュールがどれだけの電力を必要とするんだよ。まさか電気を衛生などを使って届け続けますとか言うんじゃないだろうな?どんだけ時間かかるってんだよ。じゃあそこにソーラーパネルを取りつけるとか言うんじゃないだろうな?なら今度は太陽系の位置関係について調べて来い。なら地球から補給機を月まで繋げるって言い出したらもう病院行け。あとレールガン出せる電力貯めた所で発射する。で、地球にまず届いたとしてその後に起きる空中で起こる現象と地上での被害を考えて―――」

 

 

ハッとなる俺。時既に遅し。

 

 

「―――とても良い考えだと思います」

 

 

大嘘である。

 

斉武の部下は拳銃を取り出し、俺に銃口を向けている。やっちまったぁ。

 

 

「降ろせ」

 

 

「し、しかし!」

 

 

「いいから降ろせ」

 

 

しかし、斉武は違った。斉武が降ろすように部下に告げると、部下はゆっくりと銃を下げた。

 

斉武はニヤニヤと面白そうな顔をして、俺を見る。

 

 

「小僧。IP序列は何だ?」

 

 

「さ、最下位です」

 

 

「何……?」

 

 

斉武は驚いた表情になった後、

 

 

「ガッハッハッハ!!」

 

 

大笑いした。ぶん殴りてぇパート2。

 

 

「面白い小僧だ。楢原と言ったな?俺の元に来い」

 

 

「は?」

 

 

「東京エリアなど脆弱なエリアはいずれ滅ぶ。お前のような人材は俺の元で働くべきだ。二人で(さかずき)片手に見渡す創世の風景、さぞや見物になるだろう」

 

 

ニヤニヤと笑みを浮かべる斉武に俺は冷静に答える。

 

 

「俺には目的がある」

 

 

俺はズボンのポケットから二枚の写真を取り出す。聖天子はその写真を見て驚いた。

 

 

「右は御坂(みさか) 美琴。左は神崎(かんざき)(エイチ)・アリア」

 

 

二人の顔が写った写真だった。

 

 

「どちらか一人。探し出したらお前の下で犬になってやるよ」

 

 

「ほう……!」

 

 

斉武は写真を取り、部下に渡す。急いで探してくれるようだな。

 

一方、聖天子は嫌な顔をしており、俺を見ていた。

 

 

「その言葉、忘れるんじゃねぇぞ」

 

 

「分かった。それより本題に入ったらどうだ?」

 

 

「クククッ、分かっておる」

 

 

斉武は会談が終わるまで終始ご機嫌。しかし聖天子は終始暗い表情だった。

 

そして、聖天子と斉武の会談は二時間もおよんだ。

 

 

 

________________________

 

 

 

何も進展がない会談だった。斉武の極悪っぷりと聖天子の善良は交わることの無い平行線だった。

 

交渉が成立する日は来ないだろう。

 

リムジンにまた揺られ、外の風景を眺めるのだが……ポツポツと雨が降り出した。さっきまで出ていた太陽が嘘みたいだ。

 

 

「何怒ってんだよ」

 

 

聖天子と俺の距離が行きより倍近く開いていた。

 

 

「……楢原さんが薄情者だったからです」

 

 

「馬鹿、行くわけねぇだろ」

 

 

「え?」

 

 

俺は聖天子の方に体を向ける。

 

 

「二時間も調べる時間はあった。なのにまだ見つけれていない。ということは大阪エリアに二人はいないと見て間違いない」

 

 

説明する俺の言葉を聖天子は黙って聞く。

 

 

「そして、俺はアイツが大っ嫌いだ」

 

 

「……裏切りは?」

 

 

「しねぇよ。アンタの下で犬になった方が優雅に過ごせそうだ」

 

 

「犬ですか……」

 

 

聖天子は手を顎に当てて思考する。そして、

 

 

「お座り」

 

 

「だから喧嘩売ってんのか」

 

 

「お手」

 

 

面倒臭ええええェェ!!

 

 

「……わん」

 

 

はやく終わらせたいので右手を聖天子の手の平に置く。恥ずかしいッ!

 

そして、聖天子は俺の置いた手を握った。

 

 

「ありがとうございます」

 

 

「……裏切らねぇから安心しろ。それにちゃんと守ってやる」

 

 

俺は聖天子を後ろから肩を掴み、抱き寄せる。

 

 

「な、楢原さん!?」

 

 

聖天子は顔を赤くする。俺は一言だけ告げる。

 

 

 

 

 

「運転手、狙撃されてるぞ」

 

 

 

 

 

バリンッ!!

 

 

突如銃弾が窓を割って入って来た。銃弾は聖天子の頭部を狙っている。

 

 

「ッ!!」

 

 

しかし、俺は聖天子に当たる前に銃弾を右手で掴み取る。熱いッ!!

 

 

「って嘘だろ!?」

 

 

握った銃弾は対戦車用の装甲弾。リムジンごと吹っ飛ばす気かよ!?

 

驚くことはまだある。狙撃者が狙撃した場所とここからは約1キロ離れていることが分かった。

 

反動が大きい対戦車狙撃ライフルを使い、1キロ離れた場所、そしてこの悪天候。

 

そんな状況で聖天子を確実に狙うなんて神業。そう呼ばれてもおかしくない。

 

聖天子と運転手は悲鳴を上げる。俺はそれ以上の声量で叫ぶ。

 

 

「運転手!そのままアクセル全開!次のビルの後ろまで隠れろ!」

 

 

「は、はいッ!!」

 

 

ギュルルルッ!!

 

 

車のタイヤが悲鳴を上げながら勢いよく回転する。

 

第二撃が来る!

 

狙撃した方向を見ると、また銃のマズルフラッシュが見えた。今度の狙いは車のタイヤ!?

 

 

ガキュンッ!!

 

 

コルト・パイソンを急いで取り出し、【不可視の銃弾(インヴイジビレ)】で狙撃銃弾の方向をずらす。

 

狙撃銃弾はアスファルトに当たり、タイヤに当たることはなかった。しかし、

 

 

「うわああああァァァ!!」

 

 

車は大きくスリップ。雨のせいかッ!

 

聖天子と運転手の悲鳴がまた車内で響く。俺は聖天子を右手で抱きかかえ、運転手の襟首を左手で掴み、ドアを蹴り破って外に出る。

 

 

ガシャンッ!!!

 

 

無人となった車は道を外れて近くのビルの中に突っ込んだ。どうやら巻き込まれた人はいないようだ。

 

 

ズシャアアアアアァァァ!!

 

 

時速100キロ出ていた車から出たせいで、転がれば即死は免れない。俺は靴底を削りながらアスファルトの地面を滑る。

 

 

「ぐぅ!!この野郎!!」

 

 

転ばないように集中する。それがどれだけ難しいことか。

 

速度はどんどん落ち、やがて止まる。

 

 

「ほら!あのビルまで走れ!」

 

 

運転手と聖天子を降ろすと、運転手は真っ先に走り出す。しかし、

 

 

「な、楢原さん、私、腰が抜けて……!」

 

 

「あぁスマン!!」

 

 

聖天子が16歳のか弱い女の子であることを忘れていた。

 

俺は急いで聖天子をお姫様抱っこして走り出す。だが、

 

 

「危ねぇ!?」

 

 

ガキュンッ!!

 

 

後ろに跳躍して狙撃から逃げる。クソッ、音速で走ったら聖天子が危ない。

 

なるべく早いスピードで駆け抜ける。この調子だとあと一発は来る!

 

ビルの方向を横目で見ながらマズルフラッシュを見逃さない。そして、

 

 

(来たッ!!)

 

 

ビルの屋上が光った。その距離は約一キロ。

 

銃弾は聖天子の胸。心臓だ。

 

 

ガキュンッ!!

 

 

不可視の銃弾(インヴイジビレ)】でもう一度銃弾を当てて方向をずらそうとする。

 

 

ガチンッ!!

 

 

俺の撃った銃弾は見事狙撃した銃弾に当たり、方向を変えて、俺の後方へ飛んで行った。

 

そして安全圏であるビル裏まで聖天子を避難させることに成功。聖天子を地面に降ろすが、

 

 

「な、楢原さん……」

 

 

まだ立てなさそうなのでもう一度お姫様抱っこ。

 

 

「悪い。怖がらせたな」

 

 

「い、いえ……その、ありがとうございます」

 

 

「礼を言われるほど、仕事していないけどな」

 

 

その後、保脇たちが駆け付け、お姫様抱っこされた聖天子を見て激怒していたが、俺にはどうでもよかった。

 

あの狙撃した暗殺者。俺はそのことだけが頭の中でいっぱいだった。

 

 

________________________

 

 

 

 

「すみませんマスター、失敗です。護衛に手練れ……いえ、かなりの手練れの者がいました。『シェンフィールド』回収後、速やかに撤退します」

 

 

『何ッ!?情報に無いぞ!?あのマヌケな聖天子付護衛官だけではないのか!?』

 

 

「一人です。スーツ姿で男性。顔は暗くて確認できませんでした」

 

 

『クソッ!……ソイツの実力は?』

 

 

「し、信じられない話かもしれません」

 

 

『構わん。話せ』

 

 

「私の銃弾を素手で掴み、銃弾を同士を当てて軌道をずらしたりしました。そして、狙撃した銃弾は全てかわされています」

 

 

『何だと!?』

 

 

「彼は、何者なんですか?」

 

 

『……定時報告まで拠点に待機。私の方で調べておく』

 

 

「分かりました」

 

 

 

________________________

 

 

 

「ほらよ」

 

 

「ありがとう、ございます」

 

 

購入して来たたこ焼きをベンチに座ったティナに渡す。相変わらず眠そうだな。

 

俺も隣に座り、トマトジュースを飲む。もはやトマト中毒者。

 

ティナの格好はパジャマでは無く、オレンジ色のフード付き黄色いパーカーに黒いミニスカートだった。

 

しかし、ティナは今日もブレない。

 

いつものように、たこ焼きにカフェインの錠剤をぶっかける。わぁーお、不味そう。

 

そしてたこ焼きを一つを爪楊枝(つまようじ)で刺し、口へと運ぶ。だが、

 

 

「あうあッ」

 

 

落ちた。

 

 

「させるかッ」

 

 

しかし、俺はもう一本あった爪楊枝で空中キャッチ。そのまま高速で元の位置に戻す。

 

 

「あッ」

 

 

「させるかッ」

 

 

「あうッ」

 

 

「させるかッ」

 

 

「……………」

 

 

「させるかッっていい加減にしろよ!?」

 

 

最後はわざとだろ!どうして空高く投げた!?

 

 

「楢原さん、このたこ焼き、私の口から逃げるようなのです」

 

 

「たこ焼きに生命でも宿ってんのか」

 

 

「はい。きっと内部のタコが生きてる可能性が―――」

 

 

「ねぇよ」

 

 

俺は溜め息をつき、ティナからたこ焼きを奪う。

 

二本の爪楊枝を使い、たこ焼きをすくう。そしてティナの口元まで持って行く。

 

 

「ほら。熱いからちゃんと冷ましてから食え」

 

 

「ふー、ふー、ふー……………………………」

 

 

「寝るなよ!」

 

 

ティナはハッなり、口を開ける。仕方なく俺が息をかけて冷ます。そしてティナの口にたこ焼きを入れる。

 

もぐもぐと咀嚼(そしゃく)し始めると、徐々に頬が緩み、幸せそうな顔になった。目が輝いてるなぁ。

 

 

「大樹ひゃん、もっと、くらひゃい」

 

 

「はいはい。食え食え」

 

 

そろそろ何故俺がこのようなことをしているか説明しよう。

 

まずティナと別れてから次の日に電話がかかって来て、呼び出されたらいつの間にかこうなった。凄い!当の本人である俺も状況が分かっていない!馬鹿だな俺。

 

そうそう事件からすでに一週間も経っている。また早いよ馬鹿ッ。

 

事件後はすぐに反省会(デブリーフィング)という名の【大樹は犯人である】会が開かれた。

 

何故そのような名前が?それは保脇は俺が犯人だと言い続けたからだ。

 

もうあれは一種の才能だな。デタラメなことが保脇の手によって、みんなが言いくるめられていた。一方、俺は何も喋らず、寝ていた。どうだ?凄いだろ?……ホント常識を身につけろ俺ッ。

 

結果は予想通り、俺は無罪になった。

 

『楢原さんに依頼したのはわたくしの意思であります。その楢原さんを疑うということは(すなわ)ちわたくしの判断を疑うということ。何より保脇さん、私を守ってくれた方を犯人扱いするということは何事ですか!恥を知りなさいッ!』と聖天子の一喝。保脇はそれっきり黙ってしまった。

 

そしてまた、しいたけ……斉武との非公式会談が行われる。しいたけに失礼だよね。

 

 

「ほれ、これで最後だ」

 

 

「はむッ」

 

 

最後の一個を食べ終わり、ティナは満足そうな顔をする。あ、俺の分がない。

 

 

「ほら、ソースがついてるぞ」

 

 

ポケットティッシュを取り出し、ティナの唇横についたソースを拭き取る。

 

拭き終わると、俺は手に持ったトマトジュース缶を飲み干し、10メートル先にある缶専用のごみ箱にシュートする。

 

 

「どやッ」

 

 

「凄いです」

 

 

「だろ?」

 

 

「はい。私、大樹さんのこと、好きです」

 

 

「ぶふッ!?」

 

 

俺は急いで周囲を警戒!よし、優子たちはいないな!

 

 

「そういう告白は、好きな人に言うんだぞ」

 

 

「はい。だからしました」

 

 

馬鹿だ。俺が。もっと違うことを言えよ。

 

 

「私は、両親が死んでから、あまり楽しくない気分です」

 

 

ティナの声は小さく、しっかり聞いていないと、聞き逃してしまう程。

 

 

「私の人生は『痛い』だけです、だから今、久しぶりに、楽しい気分です」

 

 

「……そうか」

 

 

最初の日は遊園地、水族館、外周区の教会、マクド〇ルド、サイ〇リアなど連れて行ったりした。実はほぼ毎日呼び出しくらっていました。

 

しかし、ティナは最後に決まってこう言う。

 

 

『私と会っていることは誰にも言わないでください』

 

 

だから教会の時は優子たちが子どもたちを連れてどこかに行った時。不在の時を狙った。

 

俺は『分かった』の一言で了承。誰にも話していない。

 

 

ピピピッ

 

 

ティナの携帯電話が鳴りだす。その時、ティナの表情が強張った。

 

 

「出ていいぞ」

 

 

「いえ、私はこれで帰ります」

 

 

ティナは立ち上がり、俺に背を向けて走り出すが、

 

 

「また会ってくれますか?」

 

 

不安そうな表情で振り返った。

 

 

「おう。また来い」

 

 

笑顔でそう答えると、ティナは笑顔になり、また走り出した。

 

 

「『痛い』……ねぇ……」

 

 

大樹は流れる雲を見上げて、そう呟いた。

 

 

________________________

 

 

 

『遅いぞ』

 

 

「すみませんマスター。どうしても電話に出れない状況にありました」

 

 

『意識を、会話ができるまで覚醒させよ』

 

 

「大丈夫です。先程摂取したので問題ありません」

 

 

『そうか。次の聖天子の警護計画書が流れて来た』

 

 

「早いですね」

 

 

『私らに協力して情報を流してくれる聖居の職員に感謝せねばなるまいな』

 

 

「どういう人なのですか?」

 

 

『なに、ガストレアに目の前で子どもを食われた者だ。よくある話にすぎぬよ』

 

 

「……………」

 

 

『我らの依頼主は、東京エリアに逗留(とうりゅう)している間にカタをつけたいとお望みだ』

 

 

「マスター、しかしまたあの男が邪魔をします」

 

 

『奴の正体も分かった』

 

 

「本当ですか?」

 

 

『天童民間警備会社の社員だ。全く、人が少ない癖に課なんて作りおって……』

 

 

「名前は?誰ですか?」

 

 

『ティナ。お前には次の会談までにソイツを暗殺してもらう。名前は―――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――楢原 大樹』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

『殺害方法は問わない。だが確実に殺せ。失敗は許されんぞ』

 

 

「……………」

 

 

『どうした?』

 

 

「い、いえ……了解、しました……」

 

 

『私の期待を裏切るなよ、ティナ・スプラウト』

 

 

 





優子たちが出て来ていないだと!?


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お前が帰る場所

ティナ・スプラウトは涙を流していた。

 

上からの命令は大好きな人を殺すこと。

 

無情なマスター。しかし、遂行しなければ殺される。私の帰る場所は無くなる。

 

彼のことをもう一度調べて見た。彼は『呪われた子供たち』を保護し、世話をしている優しい人だった。

 

人と共存しようとする彼に憎しみをぶつける者もいる。しかし、彼が子どもたちを見捨てることは絶対に無かった。

 

教会でしっかりと焼き付けた光景。教会の壁に貼られていたのは彼の似顔絵があった。引き出しの中には『好き』だとストレートに書かれた手紙や『ありがとう』と感謝の言葉が(つづ)られた手紙もあった。

 

彼は違う。他の人よりずっと優しい人。

 

この人なら、私の傷を、『痛い』を消してくれる。

 

でも、それは叶わない願いとなった。

 

 

「ごめんなさい……!」

 

 

足元に寝転んだ()を見る。血を流し、腕と足の関節がありえない方向に曲がっている。

 

 

 

 

 

「ごめんなさい……大樹さん……!」

 

 

 

 

 

私は、大切な人を殺した。

 

 

 

________________________

 

 

 

暗闇の路地裏。

 

ティナ・スプラウトはまず拳銃で路地裏を歩いている大樹の右腹部を撃った。

 

 

「がぁ!?」

 

 

大樹はその場に倒れ、傷口を抑える。しかし、血がドクドクと流れ、止まる気配はない。

 

 

ゴキッ!!

 

 

抵抗する暇を与えず、涙を流しながら右の腕をティナはへし折った。

 

 

「あああああッ!!!」

 

 

悲鳴を上げる大樹。右腕の肘の関節がありえない方向に曲がる。

 

 

ダンッ!!

 

 

「あがッ!?」

 

 

今度は右足で大樹の左足を踏みつけ、粉々に粉砕した。ティナの力なら小型の車を吹き飛ばすくらいの脚力はある。

 

 

大樹の意識はそこで飛んだのだろう。悲鳴を上げることはもう無かった。

 

血の池は大樹の体より大きい。そこでやっと理解した。

 

 

人を、殺したっと。

 

 

 

 

________________________

 

 

 

ティナはアパートから走って帰って来たと同時に、すぐに洗面台へと向かった。

 

手に着いた彼の血を洗い流す。しかし、流せない。

 

死んだ彼の姿が脳裏から離れない。

 

何度手を洗っても、何度シャワーを浴びても、何度頭を強く洗っても。

 

死んだ彼の姿が目に焼き付いており、洗い流すことができない

 

無意味な行為だとティナは判断し、すぐに布団の中に入る。

 

目を瞑って寝ようとしても、彼の姿が鮮明に映るだけ。

 

 

ピピピッ

 

 

「ッ!?」

 

 

また携帯電話の着信が鳴った。ティナはゆっくりと電話に出る。

 

 

「はいマスター」

 

 

 

 

 

『よくやった。楢原 大樹の死亡を確認した』

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

その言葉にティナは戦慄した。

 

おかしい。自分は急所を外した銃弾を一発、腕と足の骨を折っただけなのに……!?

 

 

『大量出血で死亡。さきほど病院で死んだそうだ』

 

 

その言葉を聞いた瞬間、頭の中が真っ白になった。マスターの言葉が掠れて聞こえる。

 

 

『第二回の警護計画書が流れて来た。今からそちらの端末に送る』

 

 

ピロリンッと軽快な音がティナの後ろから聞こえる。振り返ると計画書がホロディスプレイに写っていた。

 

計画書に目を通す。絶好な狙撃ポイントは二か所ある。

 

 

『不穏分子は取り去った。次は失敗するなよ、ティナ・スプラウト』

 

 

ピッ

 

 

携帯電話の通話が切られ、ティナはついに携帯電話を落とす。

 

 

「大樹さん……!」

 

 

そして、また涙が流れた。

 

計算が甘かった。違う、自分が馬鹿だった。

 

その程度なら死なないと思っていた。瀕死にするだけでよかった。

 

後悔ばかりが募る。しかし、本来なら自分に無くことは許されない。

 

大樹はここ一週間、ずっと自分の隣に居てくれた。

 

遊園地では嫌な顔を一つせず、全部のアトラクションに笑顔で乗ってくれた。観覧車から見える夜景は今で鮮明に思い出せる。

 

水族館では魚の紹介分に載っていないことまで教えてくれた。気が付けば人がたくさん集まり、博士のような存在になっていた。

 

教会では個人授業をしてくれた。漫画を使っての授業はとても面白く、興味深いモノだった。

 

他にもたくさんの場所に連れて行ってくれた。たくさんの食べ物を買ってもらった。

 

楽しかった。嬉しかった。そして、私は彼が大好きだった。

 

だが、その記憶は音を立てて崩れる。

 

彼は、この世にいないから。

 

 

「……………ッ!」

 

 

そう、私は人形。ただ命令に従う人形。

 

この感情は、あってはならない。自分が『痛い』思いをするだけだ。

 

帰る場所がなくなるから。

 

でも、地獄のような場所が、本当の私の帰る場所なのだろうか?

 

 

「嫌だ……もう……!」

 

 

助けを求めたい。しかし、この声を聞いても、救ってくれる者はもういない。

 

なぜなら私は、【呪われた子供たち】だから。

 

 

 

________________________

 

 

 

雲が月明かりを隠し、暗闇が街を覆う。

 

聖天子の会談は延長になった。延長と言っても二日だけだ。

 

聖天子は新たな人を雇うこと無く、車を発進させた。

 

その様子をスコープ越しでティナは捉える。ここはホテルの廃墟ビルの屋上。狙撃ポイントには良い場所だった。

 

対戦車狙撃ライフルに弾丸を入れ、もう一度スコープを覗く。

 

聖天子の表情は暗く、隣の空席を見ていた。その様子にティナは下唇を噛んだ。

 

彼が死んだことに、どれだけの人が涙を流したのだろう。どれだけの人が激怒しただろう。どれだけの人が憎しみを抱いたのだろう。

 

 

「ッ……!」

 

 

引き金を引こうとするが、引けない。

 

ティナは一度スコープから距離を取る。呼吸を整える。

 

チャンスはまだある。落ち着いて射撃すれば殺せる。

 

 

(殺せる……?)

 

 

その時、心臓の鼓動が早くなった。

 

息が苦しくなり、上手く呼吸ができない。

 

そして、死んだ彼の姿がまた思い出される。

 

 

ガシャンッ!!

 

 

ライフルを倒してしまい、息を荒げた。

 

胸を抑えるが、この痛みは治らない気がした。

 

 

「助けて……!」

 

 

しかし、もう誰も助けてくれる人はいない。

 

 

「お願いです……!」

 

 

私は、罪を犯した者。

 

 

 

 

 

「もう『痛い』のは、嫌だ……!」

 

 

 

 

 

私は、人殺し。

 

 

ピピピッ!!

 

 

「ッ!?」

 

 

その時、携帯電話が鳴った。おかしい。定時報告まで時間はかなりある。

 

何かあったのかと、電話に出る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『助けに来たぜ、ティナ』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

携帯電話から聞こえて来た声。同時に背後からそれは聞こえた。

 

優しい声だった。大切な人の声だった。そして、大好きな声だった。

 

ゆっくり振り返ると、同時に涙が流れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

携帯電話を耳に当てた、楢原 大樹がそこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうして……どうしてッ!!」

 

 

涙を流しながら、ティナは叫んだ。

 

 

________________________

 

 

 

【大樹視点】

 

 

「がはッ……少しは手加減しろってチクショウ」

 

 

俺は口の中に溜まった血を吐き出す。衣服は血塗れになり、血の匂いが頭を痛くする。

 

やはりティナに襲われた。そして殺されたフリをしたわけだが、かなり嫌な役だな。

 

右腹部に一発。腕を折られ、足を砕かれ、もう痛い。ある程度の痛みに慣れた俺でも、これはキツイ。

 

 

「【神の加護(ディバイン・プロテクション)】」

 

 

一瞬で傷は完治。曲がっていた骨や砕かれた骨は元通りになった。

 

 

「うッ」

 

 

傷を完治したせいか、一気に血を口から吐き出す。何度やっても気持ち悪い感覚だ。

 

1時間後に倍の痛みが返って来るが、どうでもいい。

 

 

「待ってろよ……」

 

 

ティナ・スプラウトを救うためなら、こんな『痛み』、いくらでも食らってやる。

 

 

________________________

 

 

 

『死んだ、ことにですか?』

 

 

「そうだ。頼めるか?」

 

 

倍の痛みに何とか耐え抜いた俺は、急いで聖天子に電話していた。

 

携帯端末から掛けてあるため、盗聴されたらすぐに分かる。安全性ならバッチリだ。

 

 

『理由を聞かせてもらっても?』

 

 

「狙撃者を倒すから」

 

 

『ッ!?もう正体を掴んだのですか……!?』

 

 

「名前はティナ・スプラウト。これは誰にも言うなよ」

 

 

聖天子はティナの名前を何度か呟いた後、聖天子はハッとなった。

 

 

『私の権限でティナ・スプラウトの名前を、国際イニシエーター監督機構(IISO)に照会してもらいました』

 

 

「何か分かったのか?」

 

 

『はい。彼女のIP序列は―――』

 

 

聖天子は告げる。

 

 

 

 

 

『―――98位です』

 

 

 

 

 

「問題ないな」

 

 

『え?』

 

 

影胤と比べたらあんまり変わらねぇよ。そもそも俺を殺そうとした時に、実力は大体把握した。

 

 

「気にするな。それよりそっちに情報をリークしている奴がいる」

 

 

『ッ……誰でしょうか?』

 

 

「名前は俺が依頼を受ける時に書いた書類を火であぶれ。そこに書いてある」

 

 

『ッ!?』

 

 

古典的な方法。あぶり出しである。

 

俺の言葉に聖天子は驚愕した。

 

 

『受ける前から分かっていたのですか!?』

 

 

「当たり前だ。これでも元武偵(ぶてい)。朝飯前だ」

 

 

『ぶ、武偵?』

 

 

「い、いや何でもない。それよりまだソイツらは放って置いていい」

 

 

『どうしてですか?』

 

 

「ティナを誘き寄せるために、エサになってもらう。用が済んだら煮るなり焼くなりしていいから」

 

 

『……悪い人ですね』

 

 

「まぁな」

 

 

聖天子の言葉に俺は笑いながら返した。

 

 

『分かりました。あなたを病院で死亡したことにします』

 

 

「サンキュー、恩に着るぜ」

 

 

俺は携帯端末の通話を切った。

 

 

 

________________________

 

 

 

「先生はいるか?」

 

 

「おや?こんな時間にどうしたかね?」

 

 

今度は室戸(むろと) (すみれ)の部屋に訪問して来た。相変わらず臭いがキツイ。

 

 

「今日はコイツについて聞きに来た」

 

 

俺は何十枚か写真を取り出し、菫に見せる。

 

写真にはティナ・スプラウト。そして白い球体状の何かが映っていた。

 

 

________________________

 

 

 

「ふざけるな!ふざけるなよ!」

 

 

ガシャンッ!!

 

 

「……聞く相手間違えたか俺?」

 

 

俺の目の前には激怒した菫。フラスコやビーカーを壊しながら力の限り暴れる。

 

菫は俺の写真を眺めた後、事情を説明した。

 

結果がこれだ。先生が壊れた。

 

 

「エイィィン!!そこまで落ちぶれたのかエイン・ランドッ!!」

 

 

「マジで落ち着いてくれ。あと誰だソイツ」

 

 

俺は何とか菫を落ち着かせ、椅子に座らせる。

 

 

「彼女のプロモーターだ。そして、私と共に『四賢人(よんけんじん)』と呼ばれたうちの一人だよ。信じがたいことになッ!!」

 

 

パリーンッ!!

 

 

掃除が増えるなこりゃ。

 

世界最高頭脳を持った偉人か。というかサラッと言ったがこの人もかよ。死体マニアしか見えねぇよ。

 

 

「お願いだミュラン。アイツに死の鉄槌を……!」

 

 

「死体に頼むな」

 

 

チャーリーどうした、チャーリーは?

 

 

「それで、怒っている理由は何だ?」

 

 

「奴は医者としての最低限の誇りすらも悪魔に売り渡したんだよ」

 

 

「……まさか、ティナは改造されたと?」

 

 

「その通りだッ!!」

 

 

パリーンッ!!

 

 

「……俺も投げていいか?」

 

 

「ああ、そこにある奴は投げて良い」

 

 

「エインッ!お前はマジでぶっ飛ばすッ!」

 

 

パリーンッ!!!

 

 

「いい投げっぷりだ」

 

 

「どうも」

 

 

本題に戻そう。

 

 

「私や奴を含む四人は機械化兵士プロジェクトの前にある誓いを立てた」

 

 

機械化兵士プロジェクト。それは里見と影胤が関わった『新人類創造計画』のことだ。

 

 

「『我々は科学者である前に、医者であろう』とな」

 

 

「……里見や影胤を機械化兵士にする前は、確か瀕死状態だったな」

 

 

「そうだ。だから彼らを助けると同時に、機械化兵士にした。もちろん、本人の意志を尊重した上で行うモノだ。蓮太郎君はしっかりと受け入れてくれたよ」

 

 

「命を助けること、つまり医者であることを優先したんだな」

 

 

「そうだ。しかし、ここで思い出してほしい」

 

 

菫は告げる。

 

 

「果たして【呪われた子供たち】は病気にかかるのか?」

 

 

「……いや、風邪一つ引かないはずだと―――」

 

 

そこで俺は全てを察し、理解した。

 

 

「まさかッ!?」

 

 

「そのまさかだ。エインは―――」

 

 

菫は憎しみの表情で告げる。

 

 

 

 

 

「―――あの外道は誓いを破り、健康体の『子供たち』を実験室に送り込んだのだよ」

 

 

 

 

 

その瞬間、大樹の目が紅くなった。そのことに菫は驚く。

 

 

「ふざけるなよ……!」

 

 

歯を食い縛り、血を流していた。それを飲み込んだせいで、大樹は吸血鬼の力を発動してしまっていた。

 

 

『私の人生は【痛い】だけです』

 

 

ティナの言葉が思い出される。実験の『痛い』だったのか……!

 

辛い思いをしたはずだ。苦しかったはずだ。そして、『痛い』はずだ。

 

 

「お、落ち着きたまえ」

 

 

「ッ!」

 

 

慌てて菫は大樹を止める。ハッとなった大樹はすぐに力を抑えるが、目は紅いままだ。

 

菫は大樹の目については触れず、話を進める。

 

 

「君の知りたがっていた敵の狙撃のからくりについて教えよう。まず撮影した写真に写っていたビットだ」

 

 

白い球体。あれがビットか。

 

 

「思考駆動型インターフェイス『シェンフィールド』。これで間違いないよ」

 

 

「『ブレイン・マシン・インターフェイス(BMI)』だな」

 

 

「さすが。大正解だ」

 

 

BMIは手足の麻痺や不自由になった者の脳に電極を貼りつけて、パソコンのカーソルを念じるだけで動かすことができる機能のことだ。

 

 

「というか俺の知ってる『BMI』って肥満度のことなんだが」

 

 

「それは今関係無い話だ」

 

 

あ、はい。

 

 

「このビットは標的の位置座標、温度、湿度、角度、風速を弾き出せる優れモノだ」

 

 

「それがティナの脳に受信されるように改造されたのか……!」

 

 

「彼女は狙撃者ならば手の震えも抑える金属製のバランサーを体内に仕込んでいるはずだ」

 

 

全てのピースが当てはまり、パズルが完成した。

 

あの悪天候での狙撃。あの長距離の狙撃。

 

神業の狙撃の裏が分かった。しかし、その裏は黒かった。

 

大樹は下を向き、俯いていたが、

 

 

「終わらせてやるよ」

 

 

大樹の目にあった紅い光は消えた。代わりにあった光。それは―――。

 

 

 

 

 

「こんなくだらない実験、止めてやる」

 

 

 

 

 

―――怒りの炎が燃えていた。

 

 

________________________

 

 

 

そして現在。上手く情報を操作し、ティナが現れるであろう場所で待ち伏せし、彼女に電話で声をかけた。

 

俺の目の前には、涙を流した少女。ティナ・スプラウトがいる。

 

手に持った携帯端末をポケットに直し、スーツのネクタイを千切った。俺はティナと目を合わせる。

 

 

「ティナ。お前が聖天子を狙っていたのはずっと知っていた。こんな護衛を受ける前から」

 

 

「そ、そんな……嘘です」

 

 

「なら教えてやるよ」

 

 

俺はポケットに入れて置いた音声録音機を再生する。

 

 

『………リア内部に侵入成功。アパートで拠点を確保。アイテムも確認しました』

 

 

『よろしい。何か異常は?』

 

 

その再生された音声に、ティナは驚愕した。

 

 

「嘘……!?」

 

 

それは、ティナとそのマスターの秘密の通話会話だった。

 

 

「お前の会話は全部盗聴しているんだよ」

 

 

「い、いつの間に―――」

 

 

そして、ティナは気付く。

 

 

『ティナ・スプラウト。君はザザザザッ……電波が悪いのではないか?』

 

 

あの時、入ったノイズの雑音。既にあの時より前から盗聴されていた……!

 

 

「ど、どうして私が暗殺者だと!?」

 

 

「匂いだ」

 

 

「匂い……?」

 

 

「敏感なんだよ。火薬の臭いや硝煙の臭いにはな」

 

 

「嘘です!臭いは残らないようにしていたはず……!?」

 

 

「それでも分かるんだよ。ずっと嗅ぎ続けた臭いだから。嫌でも分かってしまうんだ」

 

 

ティナは俺の言葉に一歩後ろに下がった。俺は首を横に振る。

 

 

「ティナ。お前は嘘をつくのが下手だ。目が泳いでいたし、例え眠くても自分の家の特徴くらい言えるもんだろ普通は」

 

 

「……………」

 

 

「それに子どもが夜型っていうはもっとおかしいだろ。だからガストレア因子を持っていると判断した」

 

 

大樹の言葉にティナはただ聞くことしか出来なかった。完璧過ぎるその推理に。

 

 

「確信したのは最初の狙撃。俺はしっかりとお前の顔を見た」

 

 

「!?」

 

 

「今更距離がどうとか言うなよ。俺なら見えるんだよ。あの時、ドレスを着ていたことも知っている」

 

 

また一歩、ティナは後ろに下がる。

 

 

「それに何だよ。『私と会っていることは誰にも言わないでください』だぁ?怪しすぎるだろ」

 

 

大樹の話は止まらない。

 

 

「とどめに俺の暗殺。涙を流すくらいならやめろよなぁ」

 

 

「どうして……」

 

 

ティナは力一杯声を張り上げた。

 

 

「どうして今まで私と一緒に行動したんですか!?分かっていたなら……早く私を殺せば……!」

 

 

答えは決まっている。

 

 

 

 

 

「お前を、救いたかったからだ」

 

 

 

 

 

その一言に、ティナは固まった。

 

 

「お前の帰る場所はそっちじゃねぇ」

 

 

「違います……私は人を殺した……」

 

 

「俺は生きている」

 

 

「でも、殺そうとした!!」

 

 

ティナは涙を流しながら大樹に向かって叫ぶ。

 

 

「私は人殺しです大樹さん!あなたのような優しい方が……!」

 

 

「なら聞くぞ!ティナ・スプラウト!」

 

 

俺は大声で問いかける。

 

 

 

 

 

「何故俺を殺さなかった!?」

 

 

 

 

 

ティナは涙を流しながら首を横に振る。

 

 

「致命傷となる傷は一切なかった!それはどうしてだ!?」

 

 

「知らない!!私のミスです!!」

 

 

「俺が教えてやる!お前は殺せなかったんだ!」

 

 

「違うッ……違うッ……私はッ……!」

 

 

「俺を殺す確実な方法はいくらでもあった!でも、お前は俺を瀕死で止めて置いた!それは―――」

 

 

大樹は叫ぶ。

 

 

 

 

 

「お前が、心を持った人間だからだ!!」

 

 

 

 

 

その言葉はティナの頭に何度も響いた。

 

 

「お前は実験の人形じゃない!ティナ・スプラウトだ!優しい心を持った人間だ!呪われてなんか、いない!」

 

 

呪われた子どもなんて、元々いないんだ。だったらティナ。お前も、呪われていない!

 

 

「俺の手を握れ!!ティナ!!」

 

 

大樹は右手を前に出す。

 

 

 

 

 

「お前の『痛い』を全部、俺が変えてやるッ!!」

 

 

 

 

 

「大樹、さん……!」

 

 

涙を流しながらティナの手がゆっくりと前に伸びる。

 

手が前に伸びると同時に、足も前に進む。

 

 

「私は……私は……やり直せますか……!?」

 

 

「やり直さなくていい。また新しく始めてもいいんだ。お前の人生は、まだ変えれる」

 

 

そして、大樹の手とティナの手が触れそうになる。

 

 

 

 

 

ドゴンッ!!

 

 

 

 

 

その時、一発の銃声が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ティナが撃たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ティナ……?」

 

 

ティナは俺に向かって倒れる。俺はティナが地面に倒れないように体を抱き締める。

 

手には温かい液体。それが赤い液体だと理解した瞬間、頭の中が真っ白になった。

 

 

「ティナあああああァァァ!!!」

 

 

撃たれたのは右腹部。血が溢れ出し、ドレスを赤く染める。

 

俺は急いで手で止めるが、血は止まらない。

 

油断していた。銃声が聞こえたにも関わらず、俺は呆然としてしまっていた。

 

いつもの俺なら、こんな失敗は絶対にしない。

 

 

「殺し屋風情がッ、てこずらせおって!」

 

 

屋上のドアの前に立っていたのは拳銃を構えた保脇(やすわき)だった。

 

後ろにも部下が4人もいる。銃口は俺たちの方を向いていた。

 

 

「何だその目は?安心しろ、聖天子様は無事に送り届けた。あとはその―――」

 

 

保脇はニヤニヤと笑みを浮かべる。

 

 

「―――ゴミをお前の代わりに処分すれば終わりだ」

 

 

「うッ」

 

 

その言葉を聞いた瞬間、俺は嘔吐した。

 

ティナに吐瀉(としゃ)物が当たらないように嘔吐する。しかし、出した液体は赤い。

 

 

「クハハハハッ!!コイツ、ゲロ吐きやがったぞ!!」

 

 

保脇が笑いだすと、部下たちも笑いだした。

 

グラグラと揺れる視界。赤い光景。

 

あの時と同じだ。赤。赤。赤。赤。赤。

 

大切な幼馴染を染め上げる色は赤。

 

部室を染め上げる色は赤。

 

地下室を染め上げるのは赤。

 

ティナを染め上げたのは赤。

 

全部赤。誰のせいだ。

 

 

「俺のせい……?」

 

 

ごめんなさいと謝れば終わるのか?

 

ごめんなさいと謝ればティナは救われるのか?

 

ごめんなさいと謝り続ければ、世界は平和になるのだろうか?

 

 

「ヒャハハハハッ!!お前も死ねッ!!」

 

 

ダンッ!!

 

 

「あッ……」

 

 

銃弾が大樹の額に当たり、血を流す。本来の彼ならこの程度の銃弾、効くわけがない。

 

 

「血……」

 

 

自分の額に手を置くと、手に真っ赤な液体がついた。

 

それは紛れも無く俺の血。血だ。

 

 

「ティナ……も……血……?」

 

 

俺の色とティナの色は同じだった。

 

ああ、そうか。これは血なのか。

 

誰のせいだ?あの男か?いや、もしかして……。

 

 

 

 

 

『そうだ。お前のせいだ』

 

 

 

 

 

頭の中で何者かの声が響く。

 

 

『お前が弱いからだ』

 

 

俺が弱いから……?

 

 

『お前は人間であろうとしたからだ』

 

 

俺は人間じゃないのか……?

 

 

『違う。お前は―――』

 

 

俺は?

 

 

 

 

 

『―――化け物だ』

 

 

 

 

……そうだ。そうだった。

 

 

「俺は『化け物』だ」

 

 

「何?」

 

 

保脇は大樹に銃を向ける。しかし、大樹は無視してユラユラと立ち上がった。

 

 

「力が欲しい」

 

 

『いいだろう。だが、貴様はまだ不完全だ。今回は少しだけ与えよう』

 

 

「よこせ」

 

 

『応じよう。貴様は俺が与える力に―――』

 

 

その瞬間、ギフトカードから全てを塗りつぶす黒い光が溢れ出した。

 

 

 

 

 

『―――死んでいろ』

 

 

 

 

________________________

 

 

 

 

「ぁあ……あああ……!?」

 

 

保脇の体は震えあがり、目の前の光景を疑った。

 

突如瀕死だった大樹の背中から四枚の黒い光の翼が広がったと思ったら、気が付けば屋上が漆黒の闇に覆われていた。

 

部下たちの姿は見えない。いや、今の保脇にそんな余裕は無かった。

 

 

「う、うわああああッ!!」

 

 

急いで逃げようと闇に向かって走るが、

 

 

ジュウッ!!

 

 

右手が闇に触れた瞬間、右手はドロドロと解けた。

 

 

「アギャッ、ギャアアアアァァッ!!」

 

 

あまりの激痛に、保脇は泡を吹いてしまい、その場で気絶した。

 

 

ゴオオオオオォォォ!!!

 

 

「力が欲しい……もう俺は……見たくないッ!!」

 

 

背中から四枚の黒い光の翼ではなく、ドロドロとしたどす黒い闇。

 

目は真っ赤に染まり、額から流れた赤い鮮血はドクドクと体の中へと戻って行く。

 

 

『君は……いつか力に溺れる。そして、溺死する』

 

 

九重(ここのえ) 八雲(やぐも)の言葉通り、彼は溺れた。

 

 

『君は、壊れている』

 

 

影胤の言葉通り、彼は壊れた。

 

 

「欲しい……欲しい……欲しい……!!」

 

 

大樹は求める。力を。

 

 

「もう嫌だ……無理だ……!」

 

 

この世界は変わらない。絶対に。

 

人は傷つく。絶対に。

 

絶対に。絶対に。もう平和なんか訪れない。

 

ならいっそ、俺がこの世界を壊して―――!

 

 

 

 

 

「大樹さんッ!!」

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

その時、ティナが前から俺に抱き付いて来た。

 

同時に漆黒に包まれた闇が消え、背中の翼が消えた。

 

 

「お、俺は……!?」

 

 

状況を理解しようとするが、理解できない。何があったのか理解できるのに、原因が分からない。

 

俺は何を考えていた?最低なことを考えていなかったか?

 

 

「しっかりして、ください……」

 

 

ドサッ

 

 

「ティナ!!」

 

 

地面に倒れたティナを急いで抱き上げる。血はもう出ていないが、もうあれからどれだけの時間が経ったのだろうか。このままでは出血多量で死んでしまう。

 

クソッ、今はこの状況を何とかしないと……!

 

災いの吸血鬼(ディザスタァ・ヴァンパイア)】は発動している。なら飛んで病院へ……!

 

 

バチバチッ!!

 

 

「があああああッ!!!」

 

 

体に電撃が走り、俺は叫び声を上げる。紅く染まった目は黒色に元通りになる。

 

 

「な、何だ今のッ!?」

 

 

急いでギフトカードを取り出し確認する。

 

 

 

災いの吸血鬼(ディザスタァ・ヴァンパイア)】 使用不可

 

神影姫(みかげひめ)】 使用不可

 

(まも)(ひめ)】 使用不可

 

【名刀・斑鳩(いかるが)

 

 

 

「何だよこれ……!?」

 

 

使用不可だと!?

 

使えるのは【名刀・斑鳩】だけ。

 

 

(何が起きている!?)

 

 

不可解なことが多過ぎて頭が痛くなる。

 

 

(最悪だ……武器も使ないとか冗談だろ!?)

 

 

これからの戦い、どうすれば!?

 

 

「違う……今は」

 

 

頭を勢いよく横に振る。今、ギフトカードはどうでもいい。

 

今はティナを助けることに集中しろ。

 

俺はスーツの上着を脱ぎ、地面に敷く。その上にティナを寝かせる。

 

今から走って病院に連れて行っても間に合わない。時間の経過が経ちすぎてしまっている。ならば、

 

 

「ここで治療しかねぇよな……!」

 

 

ぶっつけ本番の手術。知識は豊富でも、圧倒的に経験が無い。

 

無茶なことだと分かっている。でも、さすがのティナでもこの出血量はヤバい。

 

 

「今はやるしかない」

 

 

今この場に役に立ちそうなモノはティナが所持していたナイフぐらいだ。あと役に立ちそうなモノは無い。

 

右腹部の服をナイフで切り取り、傷を見る。ガストレア因子を持っているおかげだろうか。銃弾が見えるところで止まっていた。

 

 

「クソッ、バラニウムかよ……」

 

 

こんな厄介な銃弾、手に入れやがって……だから傷が治らねぇのか。

 

俺はナイフを投げ捨て、シャツのボタンの糸を千切る。

 

 

(一瞬だ……銃弾を抜いたと同時に千切れた大血管だけでも……いや、違う!)

 

 

完全に救え。俺ならできるだろ。

 

ティナの体にはガストレア因子がある。バラニウムの弾丸を取り除き、手当てすることに成功すれば、あとは因子が自然回復してくれるはずだ。

 

 

(なら極細血管も……全ての血管を……合成繊維の糸で繋ぎ止める……!)

 

 

無理じゃない。やらなきゃダメなんだ。

 

 

「……………救う」

 

 

俺は右手で銃弾を掴む。

 

 

「あんな状態になった俺から救ってくれたのはお前だ、ティナ」

 

 

糸を握った左手。指の一本一本に全神経を集中させる。

 

 

「今度は、俺が―――」

 

 

そして、()()()に光った目を見開く。

 

血の流れ、小さな血管の一つ一つが鮮明にハッキリと見える。傷口がどうなっているのか、どれが一番出血の量が多いのか。

 

全て把握できた。

 

まるで時間が止まったような世界。見ようと思えば何でも見れる世界に変わった。

 

分かる。どう銃弾を引き抜けばいいのか。

 

分かる。どう糸を操れば傷口を塞げれるのか。

 

分かる。理解できる。

 

俺がやるべきこと。

 

 

 

 

 

「―――救う」

 

 

 

 

 

その時、ギフトカードに新たな文字が浮かび上がった。

 

 

 

 

 

【神格化・全知全能】

 

 

 

 

 

 

________________________

 

 

 

「ぅうん……?」

 

 

「お、気が付いたか?」

 

 

「……大樹、さん?」

 

 

病院のベッドに寝ていたティナは目を覚ました。

 

白いカーテンと白い天井。窓から太陽の光が差し込んでいる。

 

一定間隔で聞こえてくるのは心電図モニターの音。

 

しかし、大樹の姿が見えない。

 

 

「隣のベッドだ。俺も入院中。ティナはもう大丈夫だから、今日の夕方には退院できる」

 

 

隣から聞こえる声。カーテンで遮られているが、大樹がいることだけは分かる。

 

 

「ど、どうして大樹さんが怪我を?」

 

 

「さぁな」

 

 

「……そちらに行っても―――」

 

 

「今は来るな」

 

 

低い声での拒絶。ティナは唇を噛む。

 

 

「俺のことは気にせず寝てろ。ゆっくり休息を―――」

 

 

そこで大樹の言葉は切れた。

 

ティナがカーテンを開けてしまったからだ。

 

 

「……何で開けるんだよ」

 

 

大樹はティナと同じように青い入院服を着ており、頭に包帯をグルグルと巻いていた。

 

右目には眼帯。頭と同じようにグルグルと左腕と左手は包帯で巻かれていた。大樹は左目だけでティナを見る。

 

 

「どうして……そんなに怪我を……」

 

 

「コラコラ!まだ立ち上がっちゃ駄目だよ!」

 

 

ティナが大樹を問いただそうとした時、白衣を着た男の医者が入って来た。

 

 

「君は退院できるかもしれないが、彼は絶対安静なんだから!」

 

 

「大袈裟な……」

 

 

「全く、君は脳が破裂していたんだぞ!?おまけに右目まで失明している!」

 

 

「まぁ治ったからいいじゃん」

 

 

「良くないだろ!?そもそも何で治ったのだ!?」

 

 

「包帯、取っていい?」

 

 

「取るな!!」

 

 

「ま、待ってください!大樹さん!これは一体どういう―――」

 

 

「深刻に捉えようとするな、ティナ」

 

 

大樹の真剣な声音にティナは面食らう。

 

 

「俺がこうなったのは自己責任だ」

 

 

「そんな嘘……!」

 

 

「嘘じゃない」

 

 

はぁっと大樹は溜め息をつき、

 

 

「だから見せるのが嫌だったんだよ。お前は考え過ぎだ」

 

 

大樹にそう言われ、ティナは下を向く。

 

俯いたティナを見た男の医者は大樹を睨む。

 

 

「心臓にメス入れてやろうか」

 

 

「医者としてアンタ失格だよ」

 

 

大樹は頭を掻く。

 

 

「あー、違う。ホントはこう言いたいんじゃないんだよ」

 

 

ティナはゆっくりと顔を上げると、大樹と目が合う。

 

 

「ありがとう。あの時は本当に助かった」

 

 

「ッ……」

 

 

「ティナ。お前がいなかったら俺は俺じゃなくなっていた。俺を救ってくれて、ありがとう」

 

 

「わ、私は何も……していません……」

 

 

大樹の笑顔を見たティナは頬を赤くし、視線をそらした。

 

 

「君、私の存在を忘れていないかね?」

 

 

「……空気読まない医者だな」

 

 

「注射ケツに刺すぞ」

 

 

男の医者はブツブツと文句を言いながら外に出て行った。

 

 

「ティナ。何から聞きたい?」

 

 

大樹の質問の意図にティナは察していた。

 

 

「……私は、どうなるのですか?」

 

 

「やっぱそこからか」

 

 

大樹はテーブルに置いてあったリンゴと果物ナイフを手に取り、皮を剥く。

 

 

「やっぱり罪は重い。聖天子の暗殺だからな。死刑じゃ済まないだろう」

 

 

「……そうですか」

 

 

「だから俺が聖天子と交渉して無罪にした」

 

 

「……………待ってください」

 

 

「ん?」

 

 

「待ってください。待ってください」

 

 

「何回言ってんだよ……」

 

 

「無罪って……嘘ですよね?」

 

 

ありえないことだった。東京エリアを統治者を暗殺しようとしたのに無罪など、天と地がひっくり返ってもありえないだろう。

 

 

「本当だ。条件付きだけどな」

 

 

ティナは身構える。また『痛い』条件だと考えてしまうと、涙が出そうになった。

 

 

「ティナ。まずIP序列は剥奪さえた」

 

 

「はい……」

 

 

「そして、俺のイニシエーターになった」

 

 

「……はい?」

 

 

「以上だ」

 

 

「待ってください。待ってください。本当に待ってください」

 

 

「だから何回言ってんだよ……待ちすぎて忠犬ハチ公になっちゃうだろ」

 

 

「おかしいです!そんなに軽いことじゃ……!」

 

 

「馬鹿が。覚えておけよティナ」

 

 

大樹は綺麗に一回で剥き終わったリンゴを一口サイズに切り分け、爪楊枝(つまようじ)を一つ刺す。

 

 

「俺にできないことは、ない」

 

 

爪楊枝を刺したリンゴをティナに渡した。

 

ティナの呼吸は止まり、驚いた表情で俺を見ている。

 

 

「食っとけ」

 

 

「んぐッ」

 

 

大樹は無理矢理ティナの口の中にリンゴを入れた。

 

ティナはゆっくりと咀嚼(そしゃく)する。

 

 

「言いたいことはたくさんあるだろう。けど、お前の処遇は俺が何とかしてやった」

 

 

ポンっと大樹はティナの頭に手を乗せ、くしゃくしゃに撫でる。

 

 

「お前の帰る場所はあんな汚い場所じゃない。こっちだ」

 

 

咀嚼しながらティナの目から涙が流れた。

 

 

「俺たちと一緒にいろ。ティナに『痛い』ことはさせない」

 

 

その言葉を、ティナはずっと昔から待っていた。

 

いつか言われる日が来ることを。言ってくれる優しい人が来るということを。

 

待っていた。

 

ティナは、大樹を待っていた。

 

 

「大樹さんッ……!」

 

 

ティナは大樹の首の後ろに腕を回し、抱き付いた。

 

 

 

 

 

「おかえり、ティナ」

 

 

 

 

 

病院の一室。女の子が大きな声で泣いた。

 

女の子が今まで溜めていた涙が一気に溢れ出した。

 

女の子がずっと望んでいた未来。夢が叶った。

 

それはある男が『痛い』人生から救ってくれたからだ。

 

同時に男も、女の子と同じ夢を見ていて、望んでいた。

 

だから、叶った。男と女の子は思う。

 

男は泣き続ける女の子を泣き止むまでずっと抱きしめ返した。

 

 

________________________

 

 

 

「はい、もう退院していいよ。出て行け」

 

 

「最後まで酷い医者だ。まぁ世話になったよ。サンキュー」

 

 

そんな会話をした後、俺はお気に入りのTシャツを着て、黒色の安いズボンを穿く。

 

外に出ると、俺の真上ではギラギラと太陽が元気に笑っていた。

 

ティナと事件から一週間が経過。怪我は完全に治り、医者も顎が外れる程驚いていた。

 

 

(とっとと教会に帰るか……)

 

 

俺は外周区を目指すために、歩き出した。

 

ティナを治療している最中、俺のギフトカードに新たな文字が刻まれた。

 

 

【神格化・全知全能】

 

 

あの時、俺の視界は世界が変わったような感じがした。変わったのは視界だけじゃない。

 

銃弾を素早く取り出した瞬間、音速を越えた速度で血管の切り口を糸で繋ぎ合わせた。

 

手の動きは誰にも捉えることができず、常人どころか超人。いや、それすら越えていた。

 

しかし、ティナの治療が終わった瞬間、俺の目が弾け飛んだ。

 

言葉通り。俺の右目は破裂した。そこで俺の視界は暗くなり、意識が飛んでしまった。

 

そして、次に目が覚めた時は既に病院のベッドの上。優子たちが泣きながら抱き付いた時は混乱した。

 

俺が気絶した後、聖天子が派遣した部隊(保脇たちとは違う部隊)が俺とティナを保護してくれた。ちなみに保脇は俺が事情を話すと即刻クビになった。

 

その時の俺は右目が無くなっており、頭が割れて脳が飛び出していたそうだ。グロいな俺。

 

あの凄腕の医者がどうにかしてくれなかったら俺は死んでいた。

 

今は【神の加護(ディバイン・プロテクション)】で右目を治したのでちゃんと見える。もちろん、脳も大丈夫だ。

 

 

「諸刃の剣ってレベルのギフトじゃねぇよな……」

 

 

俺の右目と脳が弾け飛んだ理由。それは【神格化・全知全能】のせいしかないはずだ。

 

このことを黒ウサギに相談した。

 

 

『その恩恵は大樹さんが貰った力、ゼウスが関係していると思います』

 

 

『そうだろうな。全知全能のゼウスっていうくらいだからな』

 

 

『ですが、解せないことが多過ぎます』

 

 

『何だ?』

 

 

『本来恩恵(ギフト)は神格化した力を使役するモノが多いです。ですが、大樹さんの場合は神格化させる恩恵(ギフト)です』

 

 

『でも俺と同じようなパワーアップ系の恩恵(ギフト)は箱庭では珍しくないんだろ?』

 

 

『いえ、大樹さんのは例外です』

 

 

『例外?』

 

 

『神格化が例外です。箱庭でそのようなことができる者は限られております』

 

 

『……まさか』

 

 

『YES。【神】だけです』

 

 

『……分からねぇな』

 

 

『はい。大樹さんが神になったとして、納得できないことが新たに増えます』

 

 

『仮に自分体を神格化したとしても、何故ダメージを受けたのか』

 

 

『そして、大樹さんがどうして【全知全能】の体になっていないのか』

 

 

『一瞬だけ神格化とか?』

 

 

『……もしかしたら単純な話かもしれません』

 

 

『というと?』

 

 

『大樹さんの体が神の力に耐えれなかった……』

 

 

『……なるほど。それなら話が合う。一瞬だけしか発動できなかったこと。ダメージを受けたこと。二つとも合うな』

 

 

結論。発現したのは不明。しかし、恩恵(ギフト)が一瞬でしか使えなかったのは俺が弱いから。ダメージを受けたのは耐えられなかったから。

 

そうして【神格化・全知全能】の会話が終わった。俺は次に気になったことを聞く。

 

 

『どうして俺のギフトカードが使えなくなったのか分かるか?』

 

 

災いの吸血鬼(ディザスタァ・ヴァンパイア)】 使用不可

 

神影姫(みかげひめ)】 使用不可

 

(まも)(ひめ)】 使用不可

 

【名刀・斑鳩(いかるが)

 

【神格化・全知全能】

 

 

これが俺のギフトカード状況。黒ウサギに使えない理由を聞いてみた。

 

 

『黒ウサギには分からないですが、発動条件か何かだと思います』

 

 

『発動条件?』

 

 

『太陽に関係する恩恵(ギフト)なら、使用する時間帯などに制限が掛かっている時があります』

 

 

『太陽が出ていないと使用できないってことか?』

 

 

『YES』

 

 

『でも俺の恩恵(ギフト)にそんな制限ないはずだ。そもそも一気に3つも使えなくなる条件って……』

 

 

『すいません……黒ウサギにもそれは分からなくて……』

 

 

『……いや、ありがとう。あとは大丈夫だ』

 

 

結局、今も使えないまま。使用できるのは折れた刀と全く使えない神格化だけ。

 

 

「クソッタレ……」

 

 

また弱くなった自分に苛立つ。

 

あの時だ。俺が闇に飲み込まれたせいだ。あれから歯車が狂ってしまった。

 

いや、狂っているのは俺か。あんな馬鹿なことを考えるなんて。

 

 

「ああ、クソッ」

 

 

嫌いだ。本当に嫌い―――

 

 

「……欲しい」

 

 

―――力をまだ求めている自分が。

 

 

________________________

 

 

 

「授業中か」

 

 

教会の扉を開ける前に、窓から様子を見ていると、優子が教会の祭壇の前に立ち、授業をしていた。

 

邪魔しては悪いので、教会の近くに張られた黄色いテントの中に入る。

 

 

「狭いなぁ」

 

 

「うおッ!?もう帰って来たのか」

 

 

テントの中は意外にも綺麗に整頓されており、火薬の臭いが充満していた。テントの中心にはカップラーメンにお湯を入れようとしたジュピターさん。

 

 

「俺にもくれ」

 

 

「チッ、仕方ねぇな」

 

 

ってくれるのか。優しいな。

 

ジュピターさんは二つのカップにお湯を注ぎ、フタをした。三分間だけ待ってやる!

 

 

「それで、どうした?」

 

 

「は?」

 

 

「何か用があるんだろ」

 

 

「いや、特にないが?」

 

 

「嘘つくな。お前―――」

 

 

ジュピターさんは真剣な表情で俺に向かって言う。

 

 

「―――今、酷い顔してるぞ」

 

 

「……や、やだなぁジュピターさん。いきなり俺のブサイクに触れるなんて―――」

 

 

「冗談はいらん。何があったか話してみろ」

 

 

ジュピターさんの言葉に、俺は言葉を詰まらせた。

 

何も話さない俺に痺れを切らしたジュピターさんは俺を睨む。

 

 

「いい加減にしろよ。俺はお前と違って人を簡単に殺すことができるような男だ。今のお前になんか負けねぇぞ。話さなきゃ引き金を引く」

 

 

ジュピターさんの右手には拳銃。しかし、銃口は俺の方を向いていない。

 

口の悪い優しさにほんの少しだけ心が軽くなった。

 

 

「……俺は、不安なんだ」

 

 

「不安だと?呆れた。お前みたいな超人的力を持った奴に不安があるなんて」

 

 

「ジュピターさん。アンタ、目の前で大切な人が消えたことはあるか?」

 

 

その言葉に、ジュピターさんは笑みを消した。

 

 

「妻と息子だ。俺の目の前で食われた」

 

 

「俺もあるんだよ……義理の妹とか……好きな人とか……幼馴染とか……」

 

 

「お前……!」

 

 

「共感できて嬉しいぜ。辛いよなぁ……あの感覚を思い出そうとすると体が震えて―――」

 

 

その時、俺の視界が揺れた。

 

 

ドゴッ!!

 

 

「ぐッ!?」

 

 

右の頬に痛みを感じてやっと分かった。

 

 

 

 

 

ジュピターさんに殴られたと。

 

 

 

 

 

「ふざけるなよ貴様……共感だと?」

 

 

ジュピターさんは俺の胸ぐらを掴む。

 

 

「この世で一番愛した人を失ったこの感情を、共感なんかさせるか!!」

 

 

その怒鳴り声に俺は目を見開いて驚いていた。

 

 

「この感情は俺の人生で一番辛いことだ!俺しか分からないこの感情を知ったような口で喋るな!!」

 

 

「……………悪い」

 

 

「ッ……すまねぇ。俺が話せって言っちまったのに……」

 

 

「……………」

 

 

「共感することは別に悪い事じゃねぇ。ただ、俺は自分の気持ちを誰かに理解されるような口は嫌なだけだ」

 

 

大樹は黙り続けて反省している。

 

 

「お前だって、その感情を簡単に口にされたくないだろ。それが辛いなら尚更だ」

 

 

「……ああ、本当に悪い」

 

 

「うるせぇ。いいから話せよ」

 

 

「……不安っていうのは嘘だ。俺は怖いんだ」

 

 

俺は小さな声で話す。

 

 

「大切な人をまた失ってしまうんじゃないかって。そして、俺はまた失いかけた」

 

 

「……入院した時か」

 

 

「ああ。俺はティナを殺してしまうところだった」

 

 

右手で頭を抑え、苦しそうに語る。

 

 

「ティナが倒れた時、今までの最悪を思い出した……そしたら頭の中が真っ白に……いや真っ赤になって……気が付いたら俺は……!」

 

 

「落ち着け!」

 

 

息を乱れさせた大樹を急いでジュピターさんは止める。大樹に深呼吸を何度も繰り返しさせて、落ち着かせる。

 

 

「悪い……」

 

 

「ゆっくり話せ」

 

 

「……こんなことになったのは自分が弱いから。強くないからいけないと思った」

 

 

大樹は下を向いて俯く。

 

 

「俺は順調に力を手に入れ、強くなってきた。もうこれで誰も失わない。そう思っていた」

 

 

だけどっと大樹は付け足し続ける。

 

 

「でも、今の俺はずっと前より弱くなった……!」

 

 

手に力が入り、歯を食い縛る。悔しい気持ちがジュピターさんにも伝わった。

 

 

「それが怖くて、苦しい……!」

 

 

「……お前が苦しんでいる理由は大体分かった」

 

 

ジュピターさんと目が合う。

 

 

「だが、お前は間違っていない」

 

 

その真剣な声音に大樹は息を飲んだ。

 

 

「お前は俺に大事なことを教えてくれた。罪の無いガキどもに当たり、殺そうとした。こんな汚れ仕事を自分の復讐のために進んでやろうとしていた」

 

 

「……もうやらないだろ」

 

 

「一生やらねぇ。神に誓ってやるよ」

 

 

変わったジュピターさんを見た大樹は口元を緩ませる。

 

今まで極悪人のような大人たちばかり会って来た大樹にとって、こういう優しい人間の優しさを感じると、心の底から安心してしまう。

 

 

「ガキどもにアメをやるとアイツら笑顔で『ありがとう』って言うよな。全く、俺はお前らを殺そうとしたのによぉ」

 

 

「……いい子たちだろ」

 

 

「そうだな」

 

 

ジュピターさんは告げる。

 

 

 

 

 

「お前が救ったおかげだ」

 

 

 

 

 

「ッ!」

 

 

「お前が弱くなろうとも、今まで救ったモノに間違いはない。それは揺るがない事実だ。お前が弱くてこれからの未来、不安で怖くて仕方ねぇって言うなら―――」

 

 

ジュピターさんは大樹の頭を乱暴に撫でた。

 

 

「―――救われた俺たちが、力になってやる」

 

 

大樹がこうして乱暴に撫でられたことは久しぶりだった。

 

まるで自分の兄のような存在。いや、兄貴のような存在。

 

 

「……分かったよ。でも、俺はまだ負けない」

 

 

大樹は決意する。

 

 

「救った人を守るために、俺は戦うよ」

 

 

「ハッ、俺に慰められてんじゃねぇぞクソガキ」

 

 

バシッと最後は頭を叩かれ、ジュピターさんは俺から視線を逸らす。そんな彼を見た大樹はまた口元を緩ませる。

 

この先、最悪なことが起きる。でも……それでも……大樹のやることは変わらない。

 

例え弱くなろうとも。例え苦しくても。例え怖くても。

 

彼は立ち上がり続けて、戦い続ける。

 

だから彼は言い続ける。

 

『大切な人を守る為に、俺は戦う』

 

 

「やっば、カップ麺伸びちまった」

 

 

「マジかよ兄貴……」

 

 

だが二人が口にしたカップ麺の味は、いつも以上に美味しく感じた。

 

 

________________________

 

 

 

教会にもう一度帰ると、全ての授業が終わり、子どもたちは自由に遊んでいた。

 

しかし、俺が教会の扉を開いて中に入ると、子どもたちは一斉に俺に抱き付いて来た。

 

ずっと会わなかったせいだな。子どもたちは『大丈夫なの!?』『怪我は!?』『結婚して!!』と俺のことを心配してくれた。って最後。やめなさい。優子たちが怒るでしょうが。

 

松崎さんにも心配され、民警のプロモーターたちにも心配された。

 

そんな心配されてばかりだったが、俺のことを大切に思ってくれたその気持ちは心が温かくなるものだった。

 

 

「おかえり、大樹君」

 

 

「おかえりなさい、大樹さん」

 

 

「おかえりなさい、大樹君」

 

 

優子と黒ウサギ。そして真由美の『おかえり』の言葉に俺は笑顔で返す。

 

 

「ただいま」

 

 

 

________________________

 

 

 

日が沈み、空には三日月が輝いていた。星もたくさん見えて綺麗な夜空だ。

 

外に出て俺は荒れた地を歩く。

 

言うの忘れていたが聖天子の護衛は終わった。斉武との交渉は不成立。聖天子がキッパリ断っちまった。よくやったと思う。

 

結局、斉武は美琴とアリアを探し出せなかったし、どうでもいい存在になっちまった。

 

今回の暗殺は斉武が仕組んだモノだと思っていたが、俺が重傷を負ったせいで捕まえる機会を逃してしまった。

 

 

『ティナ・スプラウトのIP降格が終わりました。そちらに帰らせています』

 

 

聖天子からそんな連絡があった。しかし、これは昼の出来事。

 

ティナはまだここに来ていない。となると、

 

 

「よぉティナ。夜の散歩か?」

 

 

「ッ!」

 

 

ボロボロのベンチに座ったティナ。俺が声をかけると下を向いていた顔を上げた。

 

オレンジ色のフード付き黄色いパーカーに黒いミニスカートの格好。

 

 

「もう暗いから帰って来たらどうだ?」

 

 

「……遠からず私を始末する追手が来ます。迷惑をかけるって問題じゃないです。命を失うかもしれない」

 

 

「じゃあその追手を俺が返り討ちにしてやる」

 

 

「IP序列は私よりずっと上です。さすがのあなたでも……!」

 

 

「それでも、俺は逃げずに勝ってみせる」

 

 

大樹の強い言葉にティナは目を見開く。

 

 

「そして守ってみせる。だから俺の手を握れ、ティナ」

 

 

右手をティナに向かって出す。大樹は笑顔でもう一度呼ぶ。

 

 

「ティナ」

 

 

そして、告げる。

 

 

「帰ろう」

 

 

その一言に、ティナは今度は涙を流さない。

 

ティナは俺の右手を両手で握る。そして、

 

 

「はい……!」

 

 

今まで見たことのない満面笑み。最高の可愛い笑顔で、ティナは答えてくれた。

 

 



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幸せな苦労生活


今日は心がピョンピョンする話だと私は信じてる。




【午前7時】

 

 

「大樹さん。起きてください」

 

 

黒ウサギは床に敷いた布団に寝てる大樹を起こす。

 

大樹は幸せそうな顔をして寝ていたが、黒ウサギの揺さぶられて目を覚ます。

 

 

「……おやすみ」

 

 

「また寝ようとしないでください」

 

 

「今日は子どもたち(アイツら)がいない。ゆっくり寝れるのは今日だけだ」

 

 

いつも子どもたちに囲まれて寝ている人気者の大樹。しかし、昨日はソーラーパネルを取り付けるのに時間が掛かり、夜中まで作業をしていた。子どもたちは大樹と一緒に寝ることを諦め、別の部屋で眠っていた。

 

 

「だから寝させてくれ」

 

 

「ダメですよ。今日は民警の仕事が入ってるじゃないですか」

 

 

「アレ、モヤシを多く買うための口実だぞ」

 

 

「……本当ですか?」

 

 

「ああ」

 

 

黒ウサギはこのまま大樹を起こすかどうか考えたが、

 

 

「起きてください」

 

 

「何故だ」

 

 

「一緒にコーヒーを飲みましょう」

 

 

「なるほど……そう来たか……!」

 

 

普段の大樹なら速攻で行くだろう。二人っきりでコーヒーを優雅に飲む。『いいね!』と心の中で大樹は鼻血を流していた。

 

しかし、この時は違った。

 

絶対に寝たい。その信念が彼を新たな道を生み出す。

 

 

「このまま一緒に寝るのはどうだ?」

 

 

「ッ!?」

 

 

これぞ、大樹の策である。

 

黒ウサギの好意を知った大樹。それ利用した屑そのものである。

 

 

「……いいのですか?」

 

 

「おう、いいぜ」(だが手は絶対に出さない)

 

 

紳士なのか屑なのかよく分からない男である。

 

 

「で、では……」

 

 

「お、おう……」

 

 

黒ウサギが布団をめくり、入ろうとする。

 

 

「「ん?」」

 

 

その時、モゾモゾと布団が動いた。

 

大樹と黒ウサギの視線が合う。

 

ゆっくりと布団をめくると、

 

 

「ティナ……!?」

 

 

驚愕する大樹と黒ウサギ。

 

現れたのは大樹のお気に入りのブカブカのTシャツを着て、寝ているティナだった。

 

最悪なことにティナはTシャツだけだ。ズボンは穿いていない。

 

パンツは分からない。でも、穿いてないように見えてしまうのが不思議。だから、

 

 

「大樹さん……」

 

 

「待って。お願い。待ってよ。ねぇ話を聞いて。俺、何も知らない。無罪。冤罪。誤解。頼む。そのハリセンを……って何で反対の手に【インドラの槍】を持ってみたの?ちょっと!?それは―――!?」

 

 

こうして、騒がしい朝となった。

 

 

________________________

 

 

 

【午前9時】

 

 

モヤシのバーゲンセール激闘を勝ち抜いて、戻って来た大樹と蓮太郎と木更。

 

三人は教会に戻り、大樹は朝ごはんの用意をする。

 

彼の作ったモヤシ料理は食材をランクアップさせる。

 

テーブルの上に大樹は料理を次々置いて行く。右からモヤシのステーキ、モヤシのスパゲッティ、モヤシのから揚げ、モヤシのグラタンなどなど。

 

普通の家庭料理より上の料理に進化してしまう。

 

 

「「「「「いただきます」」」」」

 

 

みんなで手を合わせ、豪華な朝ごはんを頂く。

 

 

「その怪我どうしたの?」

 

 

「転んだ」

 

 

ボロボロになった大樹を見た優子が尋ねるが、大樹は嘘をつく。当然、それが嘘だとみんなは理解している。しかし、これ以上踏み込まないのは『またやらかしたか』とみんな思っているからだ。

 

その時、大樹の隣に座ったティナが口を開けて待っているのに気付いた。

 

 

「いや、自分で食おうぜ?」

 

 

「そんな……あの時の優しい大樹さんはどこに行ったのですか?」

 

 

「ここにいるけど」

 

 

「あんなこと初めてで……」

 

 

「たこ焼きだよ!みんな勘違いしないでね!?」

 

 

「……もうしてくれないんですか?」

 

 

「分かったから!もう喋るな!」

 

 

大樹はモヤシのステーキをフォークで刺し、ティナに食べさせる。

 

 

「だ、大樹さんの……大きいです……」

 

 

「待ってくれよ優子!ステーキだろ!?ちょっと大きく切ってしまっただけだろ!?何でナイフ持つんだよ!その持ち方はさすがに違うよ!?え?肉を切るから同じでしょって!?い、嫌だ!死にたくな―――!?」

 

 

こうして、騒がしい朝食となった。

 

 

 

________________________

 

 

【午後2時】

 

 

「ねぇ大樹君」

 

 

「んあ?」

 

 

ソファに寝っ転がって寝ていた大樹。目を開けると真由美と目が合った。

 

 

「この服、どうかしら?」

 

 

真由美の来ている服はサマードレス。今回着ているドレスは白では無く、水色のドレスだった。

 

柄などはなし。だがそのシンプルさが良かった。

 

 

「に、似合ってる」

 

 

「ホントかしら?」

 

 

「本当だ。その……可愛い」

 

 

「あ、ありがとう……」

 

 

二人の間に気まずい空気が流れるが、

 

 

「大樹さん。写真、ありがとうございました」

 

 

ティナが写真を持って大樹と真由美に寄って来た。

 

 

「あら?この写真って……」

 

 

「ああ、今まで俺が取って来た記念写真だ。友達がわんさか写ってるぞ」

 

 

大樹の友達がたくさん写っており、みんな笑っていた。もちろん、そこに真由美の姿もある。

 

 

「大樹さんの写真、とっても面白かったです」

 

 

「そりゃよかった」

 

 

「大樹さんはメイド服が大好きなんですね」

 

 

「……………ん?」

 

 

「これです」

 

 

ティナが見せた一枚の写真。そこには美琴とアリア。そして優子と大樹が写った写真だった。

 

女の子はメイド服を着ており、大樹は執事服を着ている。問題なのは、『メイド服こそが最強』と俺の落書きした文字。

 

 

「今度、私のメイド服姿、見て頂けますか?」

 

 

「いや、あの、ちょっと、それは、あの、あの―――」

 

 

「……ご主人様?」

 

 

「―――よし、全部見てやる」

 

 

「だーいーきーくーん?」

 

 

「真由美!?違うんだ!これはコスプレの中で俺が一番好きなのはメイド服だけであって常に着てほしいというわけではないんだ!ってCAD!?その魔法式は【ドライ・ブリザード】じゃねぇ!?絶対痛いからやめ―――!?」

 

 

こうして、騒がしい午後となった。

 

 

________________________

 

 

【午後4時】

 

 

 

「里見と木更。そして延珠ちゃんが学校から帰って来たので授業を始めたいと思います」

 

 

「先生!どうして頭が凍っているのですか?」

 

 

「趣味だ」

 

 

子どもたちがドン引きしたが大樹はスルー。もうどうでもいいやっと大樹は諦めていた。

 

大樹は蓮太郎と木更に先生を交代。大樹は教会の隅にある椅子に座った。

 

蓮太郎と木更は子どもたちにプリントを配る。しかし、

 

 

「俺も?」

 

 

大樹も渡された。

 

 

「いいから持っとけ」

 

 

蓮太郎に無理矢理渡されたプリントは作文用紙だった。

 

 

「今から将来の夢を書いてもらう」

 

 

「何で俺も書くんだよ!?」

 

 

「反省文でもいいらしいぞ」

 

 

大樹は全てを理解した。これを仕組んだのは彼らではないことを。

 

この部屋の後ろでニコニコしている三人の女の子だと。

 

 

「は、反省文書きます」

 

 

「苦労してるな」

 

 

大樹は同情された。

 

10分後、大樹たちは書き上げて発表となった。

 

 

「じゃあまずはお手本を見せましょうか」

 

 

「おい天童。それは俺から発表しろってことなのか」

 

 

「やったほうがいいわよ?」

 

 

『クソッ、覚えとけよッ』と大樹は愚痴る。

 

仕方なく大樹は立ち上がり、読み上げる。

 

 

「俺の将来の夢は―――」

 

 

「反省文じゃねぇのかよ」

 

 

「―――とりあえず幸せな生活を送れたらいいなと思います」

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

「何だよ……その目は……」

 

 

「い、意外にまともなことを言うのね」

 

 

「天童。お前とは一度話し合わないといけないみたいだな」

 

 

大樹がジト目で木更を見るが、木更は目を逸らして合わせようとしなかった。

 

 

「ほら、続きを読めよ」

 

 

蓮太郎にそう言われ、大樹は続ける。

 

 

「いや、特にない」

 

 

「それだけかよ!?」

 

 

「書く事ないもん」

 

 

大樹は紙を放り投げる。そこには本当にそれだけしか書かれていなかった。

 

 

「簡単でいいんだよ。いいかよく聞け。未来のことは誰にも分からないんだよ。中卒の人が将来大手企業会社の社長になったり、東大生がコンビニの店員になったりすることだってある。誰にも分からないんだよ将来は。学校でこんな作文を書くのは何故か?それは自分を見つめ直すためだ。今の自分が本当にそれでいいかってな。この作文がきっかけで夢を実現する人だっている。『俺は宇宙飛行士になりたい!』って一言書いて、そいつが死ぬほど努力し続けて、実現したらそいつの勝ちだ。ダラダラと何枚も文章書いて、ダラダラ過ごして、実現できなかった人は負け。そうやって自分を変えるために作文を書くんだよ。ほら、簡単だろ?」

 

 

「「「「「深いッ!!」」」」」

 

 

「そうかぁ?」

 

 

道徳の成績が高い大樹であった。

 

 

「まぁとりあえず出来た人から俺のところに持って来い」

 

 

「何で俺だけ公開処刑……」

 

 

「出来た!」

 

 

手を挙げたのは延珠。蓮太郎が嫌な顔をした。

 

延珠は蓮太郎の元に行き、紙を渡す。

 

 

『妾の将来の夢は、蓮太郎のお嫁さんになって毎日好きなだけチュッチュすることです』

 

 

「チッ、幸せ者が」

 

 

「おい!見るなよ!」

 

 

大樹が盗み見て舌打ちをした。

 

 

「出来ました」

 

 

今度はティナが立ち上がった。ティナは蓮太郎に紙を渡す。

 

蓮太郎は読み終わった後、ニヤニヤと笑みを浮かべた。その顔を見た大樹は、

 

 

「うわぁきめぇ」

 

 

「うるせぇよ。というか、ほら」

 

 

「は?」

 

 

蓮太郎はティナの作文を大樹に渡す。

 

 

 

 

 

『私の将来の夢は、大樹さんのお嫁さんになって毎日好きなだけチュッチュすることです』

 

 

 

 

 

ティナは恥ずかしそうに頬を赤く染めていた。

 

大樹はティナの頭を優しく撫でた後、ゆっくりと立ち上がり、作文を持って教会の窓から出ようと―――

 

 

「「「はい、ストップ」」」

 

 

「\(^o^)/」

 

 

優子は大樹の右腕を掴み、黒ウサギは大樹の左腕を掴んでいた。

 

真由美は大樹の持った作文を取り上げる。しかし、大樹は告げる。

 

 

「責めるなら、俺を責め―――!」

 

 

こうして、騒がしい授業が終わった。

 

 

________________________

 

 

【午後8時】

 

 

 

「ヤバいよ……今日は死ねる……」

 

 

楢原 大樹は正座していた。

 

目の前には腕を組んだ三人の可愛い女の子。優子、黒ウサギ、真由美だ。

 

今日の出来事に関して物申したいらしい。

 

 

「ねぇ大樹君」

 

 

優子の声に大樹は背筋をさらに伸ばす。

 

 

「ティナちゃんにくっつき過ぎじゃないかしら?」

 

 

「そ、そんなこと―――」

 

 

「かしら?」

 

 

「―――あります。超あります」

 

 

大樹の体が小刻みに震える。

 

次に黒ウサギが説教する。

 

 

「ずっとくっついていますよね。一日中くっついていますよね?」

 

 

「いや、そんな大袈裟な―――」

 

 

「くっついていますよね?」

 

 

「―――ずっとくっついていました」

 

 

大樹の体がさらに大きく震えだす。

 

最後に真由美が説教する。

 

 

「仕方ないわね。じゃあ明日、私とデートしてくれたら許してあげるわ」

 

 

「よしキタ」

 

 

「「タイム!」」

 

 

しかし、真由美の提案を優子と黒ウサギは許さない。

 

 

「真由美さん!?どうして毎回いいところだけ獲ろうとしているのかしら!?」

 

 

「優子さん。私は大樹君の妻なのよ?」

 

 

「あの世界だけでしょ!?」

 

 

「あの世界でしたら黒ウサギは毎日大樹さんと一緒に寝ています」

 

 

「おーい!誤解を生む言い方はやめてくれー!」

 

 

二人の言い争いに入れない優子。優子は涙目で大樹を睨む。

 

 

「大樹君!!」

 

 

「ひゃいッ!!」

 

 

「アタシのこと……嫌いになったの?」

 

 

「愛してるから安心しろ」キリッ

 

 

そこで大樹は気付いた。また同じ失敗をしていると。

 

ゆっくりと黒ウサギと真由美の方を見ると、二人は笑顔。

 

っと言うのは建て前。目が笑ってない。

 

 

「大樹さん」

 

 

「……はい」

 

 

「黒ウサギのことは?」

 

 

「愛してます」

 

 

大樹は思った。『愛している』を言う時は恥ずかしいと思っていたが、まさか恐怖を感じる日が来るとは。

 

 

「大樹君?」

 

 

「…………はい」

 

 

「私のことは、どう思っているのかしら」

 

 

「愛してます」

 

 

大樹は思った。このままでは終わらないこと。

 

 

「大樹さん。黒ウサギはあの日のことをしっかりと聞きました」

 

 

(俺がみんなを幸せにするって言ったあの日か?)

 

 

「『黒ウサギを嫁にする』っと」

 

 

「ちょい待てや」

 

 

大樹が止めようとするが、真由美が続ける。

 

 

「私も言われたわ。『娘さん……真由美を俺にください』って」

 

 

(あぁ……それは言った……)

 

 

真由美の言葉は止めれなかった。それを見ていた優子は、

 

 

「あ、アタシだってあるわよ!」

 

 

「そ、そうか」

 

 

「えっと………!」

 

 

「……………?」

 

 

「……………」

 

 

「……………」

 

 

「…………………………」

 

 

「…………………………」

 

 

すっっっっっごく沈黙が長く続いた。

 

そして、優子は涙目で大樹に訴える。

 

 

「大樹君……!」

 

 

「言うよ!今から言うよ!何回でも言うから泣かないでくれ!!」

 

 

「じゃあ言ってよ!」

 

 

「愛してる!!」

 

 

「その上の言葉がいい!」

 

 

「うえ!?」

 

 

大樹は上の言葉を考える。そして、思いついた。

 

真剣な表情をした大樹は告げる。

 

 

「愛してる!愛してer(ラー)!愛してest(エスト)!」

 

 

まさかの比較級。

 

それを聞いた優子は腰に手を当てて、黒ウサギと真由美に向かって言う。

 

 

「羨ましいでしょ?」

 

 

「「えッ!?」」

 

 

(優子が壊れたあああァァ!!)

 

 

そんな優子の姿を見た大樹は手を顔で隠し、膝をついた。精神がガリガリと削られているのはある意味大樹である。

 

 

「だ、大樹君!他にないの!?」

 

 

「まだ言うの!?」

 

 

「だって全然悔しそうじゃないじゃない!?」

 

 

「悔しがらせたいのかよ!?」

 

 

大樹が必死に言葉を考える。その時、

 

 

ガチャッ

 

 

「ここにいたんですか」

 

 

「「「ッ!?」」」

 

 

ティナが入って来た。

 

 

(やべぇ、カオスの予感)

 

 

大樹はゆっくりと後ろに下がろうとする。

 

 

「大樹さん。この前の話ですが……」

 

 

(このタイミングでその話はらめえええェェ!!)

 

 

「へぇ……アタシも聞きたいわね……」

 

 

「はい……黒ウサギも興味があります……」

 

 

「そうね……私も気になるわ……」

 

 

(Oh……)

 

 

大樹はそのまま正座に移行。その場で綺麗に正座をした。

 

 

「あの、えっとですね……ティナと……」

 

 

「「「ティナと?」」」

 

 

「……服を買いに行く約束をですね」

 

 

しかし、ここでティナが爆弾を投下する。ティナは悲しげな表情で告げる。

 

 

「デートじゃなかったんですか……?」

 

 

「ははッ、結局こうなるって知って―――!」

 

 

こうして、騒がしい夜となった。

 

 

________________________

 

 

 

【大樹視点】

 

 

ドーモ、楢原 大樹です。まぁニンジャ殺さないけど。

 

現在、街のショッピングモールに来てる。目的はもう分からなくなった。

 

俺の右隣りには黒ウサギ。その隣には優子。左隣にはティナ。その隣には真由美。

 

仲良く並んで買い物中だ。四人とも可愛い服装なので、俺も今日はキメて来た。

 

今日のTシャツはなんと無地なのだ!……本当はいつも通り『一般人』で行こうとしましたサーセン。嫁に止められたから仕方ない。

 

黒ズボンで長さは膝下まで。暑いから長ズボンはもう穿かないぜ。

 

 

(さて……ここからどうするか……)

 

 

仕方ない。あの人に頼るか。

 

 

(選択肢先輩!!出番です!!)

 

 

1.呼んだ?

 

 

(キタアアアアアァァァ!!!)

 

 

2.洋服屋に行く。

 

 

(そ、そうですね……ティナの服を買いに来るのが目的でしたし……)

 

 

3.ランジェリーショップに行く。

 

 

(先輩。セクハラを通り越して犯罪ですよ)

 

 

「よし、洋服見に行こう。欲しいモノがあったら言えよ。護衛任務で入った金がたんまりあるから」

 

 

やはり洋服店に行くのが妥当と判断した。最後はNOです。

 

俺の意見を聞いたティナは提案する。

 

 

「でしたら大樹さん。私、行きたいお店があります」

 

 

「あやや、実は黒ウサギも見に行きたい店があるのですよ」

 

 

「アタシもあるわね」

 

 

「私もあのお店に行きたいのよ」

 

 

ティナに続いて黒ウサギ、優子、真由美が続いた。何か見事に店がバラバラなんだが。

 

とりあえず、俺の意見としては……。

 

 

「じゃあ順番に近いところからみんなで回るってことで―――」

 

 

「では、大樹さんを30分ずつレンタルするということでいいですね」

 

 

「「「異議なし」」」

 

 

大アリな人がここにいまーす!

 

何だこれ。仕組まれていたかのような連携。見事すぎる。

 

 

(……どうします先輩?)

 

 

4.ランジェリーショップにGO。

 

 

(よし、洋服屋だな!)

 

 

 

________________________

 

 

 

【大樹&優子】

 

 

 

「最初に言っておく。俺のセンスに期待するな」

 

 

「安心して。最初からしないわ」

 

 

そうですか。

 

俺と優子との30分デート。幕を斬りました。ズバシャン!

 

 

「私が2着服を持ってくるからどっちの色が似合ってるか言ってちょうだい」

 

 

「分かった」

 

 

というわけ正解率50%の問題です。アタックチャーンスッ。

 

 

「じゃあさっそくだけど……どっちがいいかしら」

 

 

優子は白と緑のワンピースを俺に見せる。さて、一応先輩の意見も聞きますか。

 

 

1.試着させてから判断する。

 

 

(お前ッ……………天才かッ!?)

 

 

「優子。あっちに試着室があるから着て見ようぜ」

 

 

「えッ!?」

 

 

しかし、ここで俺の表情はニヤニヤしない。真顔だ。『え?何かおかしいこと言った?』みたいな顔をする。(ゲス顔)

 

 

「……わ、分かったわ」

 

 

(よし!)

 

 

2.よし!

 

 

頬を赤くした優子は試着室の中に入り、カーテンを閉じる。

 

 

3.カーテンを開ける。

 

 

「犯罪ですよ先輩」

 

 

今日の選択肢先輩は犯罪になりそうな選択が多い。

 

1分くらい待った後、カーテンが開かれた。

 

 

「ど、どうかしら……」

 

 

恥ずかしがりながら出て来た優子。白いワンピースを着た姿は可愛く……。

 

 

4.抱きしめたい。

 

 

「そう、抱きしめたいくらい可愛い」

 

 

「ッ!?」

 

 

し、しまった!?つい声に出してしまった!

 

優子は顔を真っ赤にしてカーテンを閉める。

 

 

5.そして開ける。

 

 

「やめい」

 

 

「ねぇ……大樹君」

 

 

カーテンの向こうにいる優子が俺の名前を呼ぶ。

 

 

「もう1着も……見て貰っても、いいかしら?」

 

 

「お願いします」

 

 

気が付けば俺は腰を90°に折り、お願いしていた。

 

また1分くらい待つと、カーテンが開いた。

 

 

「……どう?」

 

 

さっきより顔を赤くした優子。緑のワンピースは白のワンピースとはまた違った味が出ていた。

 

上目遣いで俺に聞くその姿がとても可愛くて、俺も顔を真っ赤にした。

 

 

「あ、あの、その、似合って……可愛いッ」

 

 

6.まだ褒めろ!

 

 

「優子にピッタリな服だ!似合っているッ!」

 

 

7.まだまだ!!

 

 

「えっと、だからとても綺麗で美しいッ!」

 

 

8.とどめだ!

 

 

「嫁にしたいくらいだッ!!」

 

 

ってやりすぎじゃない!?

 

気付いた時には遅かった。店内にいた客が全員こちらを見ていた。女の店員さんなんか口を抑えて顔を真っ赤にして俺たちを見ていた。

 

しかし、一番恥ずかしいのは俺では無い。

 

 

「……ば」

 

 

「ば?」

 

 

「ばかアアアアアァァァ!!!」

 

 

バチンッ!!

 

 

「あふんッ!?」

 

 

顔を真っ赤にした優子に強烈なビンタをくらった。フッ、これは俺が悪いな。

 

 

9.グッドラック。

 

 

(おう、グッドラック)

 

 

後悔はなかった。不思議だね!

 

 

________________________

 

 

【大樹&黒ウサギ】

 

 

 

「とりあえず俺にギフトカードを預けろ」

 

 

「ダメです☆」

 

 

ふえぇ……【インドラの槍】が怖いよぉ。

 

また新しい店に来た俺と黒ウサギ。しかし、そこは服屋ではなかった。

 

 

「服は見なくていいのか?」

 

 

「はい。黒ウサギは問題ないです。大樹さんは嫌でしたか?」

 

 

「いや、俺もちょうど喉が渇いていたから嬉しいけど」

 

 

来た店はオシャレなカフェ店だった。

 

店員にトマトジュースを注文しようとしたが『黒ウサギに任せてください』と言ったので注文を任せた。

 

 

「な、なぁ……何を頼んだんだ?」

 

 

「来てからのお楽しみです」

 

 

あははッ、ドキドキする。悪い意味で。

 

 

「そういえば最近、耳のこと子どもたちに教えたんだな」

 

 

「はい。その日はずっと人気者でした」

 

 

今まで帽子(シルクハット)を被っていたからな。今日は黒ウサギお気に入り、大きなツバがある真っ白な帽子だ。

 

 

「優子と真由美にもウサ耳があるんじゃないかって子どもたちがずっと疑っていたな」

 

 

「そう言えば大樹さんは疑われませんでしたね?」

 

 

「ああ、まぁな」

 

 

「どうしてでしょうか?」

 

 

「さぁ?心当たりがあるとすれば……トマトばっか食っているから?」

 

 

「……まさか吸血鬼のことを?」

 

 

「話してないけど、子どもたちは勘がいいからなぁ……」

 

 

「そうですね。黒ウサギのウサ耳も初日から疑われていましたから」

 

 

(いや、初日は多分シルクハットだと思う)

 

 

「お待たせしました!」

 

 

その時、店員がテーブルに大きなグラスを置いた。グラスの中にハート型のストローが二本入っている。え?二本?

 

 

「ドキドキ!カップルジュースです!」

 

 

「黒ウサギ!?」

 

 

ウチの嫁、ホントに攻めて来るな!?

 

 

1.俺の出番は……!?

 

 

(多分ないですね……)

 

 

「大丈夫です。味はクリームメロンソーダですから」

 

 

「何が大丈夫か全然分からないよ黒ウサギ」

 

 

客の視線が痛い。男たちの口の動き、読唇術で読み取ると『爆発しろ』だもん。恐ろしい。

 

 

「く、黒ウサギから先に飲んで―――」

 

 

「一緒に飲みましょう」

 

 

「―――ですよね」

 

 

しかし、そう言われても俺たちはストローを咥えようとしない。

 

 

(恥ずかしい!これ恥ずかしいぞ!?)

 

 

よくリア充はこんなこと簡単にできるんだよ!?

 

 

2.ここで先に咥えられたら……お前もリア充じゃね?

 

 

(コイツ……………やっぱり天才だッ!!)

 

 

俺はすぐに実行。ストローを咥えた。

 

 

「「!?」」

 

 

しかし、黒ウサギとタイミングが同じになってしまった。

 

目と目が合う。互いの顔は真っ赤だ。

 

 

3、はよ飲め。

 

 

(無理だ。口が動かねぇ……)

 

 

「「……ッ!」」

 

 

バッと俺と黒ウサギは同じタイミングでストローを放した。

 

俺と黒ウサギは顔が真っ赤。黒ウサギは手で顔を抑えながら、

 

 

「やっぱり恥ずかしいです……!」

 

 

(それを先に言うのは反則じゃねぇ!?)

 

 

だったら頼むなよ!

 

俺の顔もさらに赤くなる。ちくしょう!可愛すぎる!

 

 

4.パフェを頼む。ニヤリッ。

 

 

(何だよその選択肢……………あッ!)

 

 

俺はその選択肢の意図に気付いた。クックック、分かっているぜぇ先輩。

 

 

「すいませーん」

 

 

俺は店員さんを呼び、パフェを頼んだ。黒ウサギが不思議そうな顔で俺を見ている。

 

5分後、パフェが到着した。テーブルにイチゴパフェが置かれる。

 

 

5.さぁ行け!

 

 

(任せろ!)

 

 

「はい、あーんッ☆」

 

 

「えッ!?」

 

 

6.お前がするのかよおおおおおォォォ!!

 

 

(しまったあああああァァァ!!)

 

 

手に持ったスプーンが震える。間違えた。黒ウサギにさせるつもりが自分でしてしまった。

 

 

「……あ、あーん」

 

 

黒ウサギはゆっくりと口を開けて、クリームを食べた。

 

 

「……………ど、どうでしょう?」

 

 

俺が感想を尋ねると、黒ウサギは帽子をさらに深く被る。

 

 

「……大樹さんの……バカ」

 

 

可愛いいいいいィィィ!!!

 

何この小動物!?お持ち帰りOKですか!?めちゃくちゃ可愛いんだけど!?

 

 

7.落ち着け。

 

 

ヤバい!写メ撮りたい!いや、脳内に永久保存を完了させて―――!

 

 

8.駄目だコイツ。はやく何とかしないと。

 

 

________________________

 

 

【大樹&真由美】

 

 

「やっぱり服じゃないのか」

 

 

「私はこの前買ったばかりだから大丈夫なのよ」

 

 

そう言えば俺に見せましたね。というか今着ているけど。

 

次に訪れた場所はゲームセンター。真由美がキラキラとした眼差しで店内を見渡す。

 

 

「凄いわ!いろんなモノがあるのね!」

 

 

「まぁあの世界にはこんな場所、無かったからな」

 

 

「失礼ね。遊園地くらいはあるわよ!」

 

 

「こっちにもあるわ」

 

 

しかし、魔法で動くアトラクションは乗ってみたかった。今度は絶対に行こうと思う。

 

 

1.やっぱりここはUFOキャッチャーでいいところ見せよう。

 

 

(今日は凄く仕事しているな)

 

 

過労死しそう、選択肢。

 

 

「ねぇねぇ大樹君。あれにしましょ!」

 

 

真由美は俺の袖を引っ張りながら指を差す。

 

 

「ぷ、プリクラか……!」

 

 

「どうして身構えるのよ……」

 

 

何故だろう……あれは後々大変なことになりそうな気がする。

 

 

「ほら!行きましょ!」

 

 

「あ、ちょッ!?」

 

 

俺は真由美に腕を引っ張られ、プリクラ機の中へと連れ攫われてしまう。

 

お金を入れてニコニコしながら設定する真由美。隣では不安そうな顔をしている俺。なんだこのテンションの違いは。

 

 

2.荒ぶる鷹のポーズ

 

3.コマネチ

 

4.ドーモ、ニンジャ〇レイヤーです

 

 

まともな選択肢ねぇな!

 

 

「大樹君!もう写るわよ!」

 

 

「えぇ!?」

 

 

ポーズ決めてない!?

 

しかし、決める余裕は無くなってしまった。

 

 

「えい!」

 

 

真由美は俺の腕に抱き付いてきたからだ。

 

 

「おまッ!?」

 

 

パシャッ!!

 

 

俺が何かを言う前にカメラのシャッターが切られた。フラッシュが眩しい。

 

真由美の方を見てみるとニコニコしながら俺の顔を見ていた。

 

 

「ほら、まだ撮るわよ」

 

 

「待て待て!腕から放れろよ!?」

 

 

当たってるから!何が当たってるのか言わないけど、当たってるから!

 

 

「えい!」

 

 

「うおッ!?」

 

 

今度は俺の首に手を回して抱き付いて来た。真由美の頬と俺の頬がくっつく。あと真由美のあれがああああああァァァ!!

 

 

パシャッ!!

 

 

そして、またシャッターが切られた。

 

 

(だ、大丈夫だ……あと一回……耐えられれば……!)

 

 

5.これで終わっていいのか!?

 

 

(せ、選択肢先輩……!?)

 

 

6.ここで男を見せる時だろ!真由美に負けるな!

 

 

先輩が何と戦っているのか分からないけど確かに!やられっぱなしは嫌だ!

 

 

7.お姫様抱っこ

 

8.キス

 

 

「よし、七番だな」

 

 

俺は抱き付いていた真由美をお姫様抱っこする。

 

 

「えぇッ!?」

 

 

真由美は顔を真っ赤にするが、俺はカメラに向かってキリッとイケメンスマイル。

 

 

パシャッ!!

 

 

そして、最後のシャッターが切られた。

 

俺はニヤニヤしながら真由美の顔を見ると、真由美は小さな声で文句を言った。

 

 

「大樹君の……馬鹿……」

 

 

本日3回目の『馬鹿』頂きました。ごちそうさまっす。

 

 

9.やったな。パチンッ。

 

 

(おう。やったぜ)

 

 

選択肢先輩とハイタッチ………したような気がした。

 

 

________________________

 

 

【大樹&ティナ】

 

 

 

「やっと服屋だよ」

 

 

俺とティナが来た店は洋服屋。大人サイズから子どもサイズまで幅広く取り扱っている女性服専門店。

 

もちろん男は俺だけ。客の視線が痛いけど、もう慣れたぜ。今までどれだけの経験値を貯めていると思ってんだ。

 

 

「好きなの選んでいいからな」

 

 

「いいのですか?」

 

 

「ああ。護衛任務の件で金はたんまり貰ったし、貯金もかなり溜まって来たからな」

 

 

どうやら俺は金を稼ぐのが得意らしい(命懸け)。前の世界でも金持ちになっているしな。

 

 

「お客様」

 

 

「ん?」

 

 

ティナが服を選びに行ったのと同時に、女性店員に話しかけられた。

 

 

「あのお子様はあなたの……」

 

 

「知人の子どもです。外国の」

 

 

よし、あらかじめ用意しておいた嘘がここで役にたったぜ!

 

 

「そうだったのですか!すいません、てっきり……いえ、何でもありません!」

 

 

何を言おうとした何を。犯罪者か何かだと思ったの?

 

 

「どうですお客様?私が服を選びましょうか?選ばせてください!」

 

 

「選びたいのかよ」

 

 

「私の選んだお洋服をあんな可愛い子に着てもらえるなんて……もう死んでもいいです!」

 

 

「死ぬなよ!?」

 

 

「お願いします!今なら何もつきませんが!」

 

 

「割引しねぇのかよ!ったく分かった分かった!選ばせてやるからとびっきり可愛いのにしてくれよ。あと死ぬな」

 

 

俺が承諾すると店員は目を輝かせながらティナの所に行った。

 

 

1.……俺の出番は?

 

 

(多分もうないっすね)

 

 

2.また呼べよ。

 

 

(うっす。絶対に呼びます)

 

 

こうして選択肢先輩は帰って行った。どこにって?知らないよ。

 

店員がティナに服を渡し試着室に行かせる。店員の勢いに負けたティナが俺を見て助けを求める。無理だ。なんか勝てそうにないもん。

 

 

「お待たせしました!」

 

 

店員に試着室前まで引っ張られ、俺は試着室の前に立つ。

 

そして、店員がカーテンを開ける。

 

 

「似合っていますか?」

 

 

「うおッ……!」

 

 

ティナの綺麗な白色の花の髪飾り。赤いリボンのホルターネックに白色のキャミソールに白い三段フリルのスカート。

 

 

「凄いな……似合っているぞティナ」

 

 

俺が褒めるとティナはニッコリと笑ってくれた。

 

 

「お、お願いです……写真を……写真を撮らせてください!」

 

 

「怖ぇよ。あと怖い。そして怖い」

 

 

息を荒くした店員がカメラを持ってゆっくりとティナに近づいていた。やべぇ、犯罪臭がプンプンする。

 

 

「だ、大樹さん……!」

 

 

「悪いティナ。写真の一枚くらいは許してやれ」

 

 

店員さんが何か仕掛けようとした時は音速で助けるから。

 

写真を撮り終わった店員さん。表情が危なかったが無視した。

 

 

「えっと値段は……3万5千円か」

 

 

余裕で足りるな。

 

 

「買ってください!」

 

 

「ちょっと店員(アンタ)は黙ってろ」

 

 

ティナの意志を尊重させろ。

 

 

「これがいいです」

 

 

「そうか。じゃあこれください」

 

 

「本当にありがとうございます!」

 

 

最後までキャラの濃い店員だな。

 

 

________________________

 

 

 

【大樹視点】

 

 

 

ティナは新しく購入した服に着替え、優子たちと合流した。三人とも可愛くなったティナを見て頬を緩ませていた。

 

その後は夕食の食材を買いに行くため、俺たちはショッピングモールにある食品売り場に向かっていた。

 

 

「ん?歌?」

 

 

その途中、綺麗な歌声が聞こえた。『アメイジング・グレイス』だ。

 

優子たちもその歌に気付き、足を止める。

 

 

「あちらの方ですね」

 

 

歌が聞こえる方向を黒ウサギが教える。

 

気になった俺たちは黒ウサギが教えてくれた方向に歩く。

 

 

「……なるほどな」

 

 

歌っている少女を見つけた。俺は目を細めて手を強く握る。

 

少女は油汚れの混じったケープを羽織っており、ガストレア因子を持った【呪われた子供たち】だとすぐに分かった。

 

少女の横には『私は外周区の【呪われた子供たち】です。妹を食べさせるためにお金が必要です。どうかお恵み下さい』と書かれた板が置かれていた。さらにその横には空き缶がある。中は当然空だ。

 

しかし、一番気になることは両目が包帯で巻かれていることだった。

 

ガストレア因子を持った子どもたちは病気とは無縁。盲目や障害を持つことはないはずだ。

 

 

「綺麗な歌だな」

 

 

俺は少女に近づき、しゃがんで声をかける。

 

少女は俺の声に反応し、歌を止める。

 

 

「ありがとうございます」

 

 

口元に笑みを浮かべる少女。俺は本題に入る。

 

 

「その目はどうした?病気じゃないよな?」

 

 

「はい」

 

 

少女は告げる。

 

 

 

 

 

「鉛を流し込んで潰しているんです」

 

 

 

 

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

その一言に、俺たちは戦慄した。

 

簡単に言ったその言葉。俺は手をさらに握り絞める。

 

 

「何でだッ」

 

 

いや、本当は理由を知っていた。同情を買ってもらうためだ。

 

 

「これ以外、妹を食べさせる方法がないので」

 

 

俺だけじゃない。優子たちも表情が暗い。

 

 

「……それに、私たちを捨てたお母さんは、私の赤い眼が嫌いだったんです」

 

 

「馬鹿野郎ッ」

 

 

だからってそんなことしなくても……!

 

 

「どうして……どうしてあなたは笑っていられるのですか?」

 

 

ティナが悲しげな表情をしながら少女に尋ねる。

 

少女はティナの存在に気付き、両手でティナの顔を触った。

 

髪から鼻。首から鎖骨。一通り触った後、少女は笑みを浮かべて話す。

 

 

「あなたも【呪われた子供たち】なの?」

 

 

「どうして、分かったんですか……?」

 

 

「綺麗だね。男の子が放って置かないでしょ?」

 

 

「……………そんなことないです」

 

 

「おい。何で俺を見た。そして優子、黒ウサギ、真由美。何でそんな冷たい目で俺を見るの?」

 

 

少女は俺の顔もティナと同じように触りだす。

 

 

「お兄さんはカッコイイですね」

 

 

「馬鹿。極悪人みたいな顔してるぞ」

 

 

「嘘です。お兄さんは優しい人でカッコイイです」

 

 

少女はニコニコしながら話していたが、その笑顔は苦笑いに変わる。

 

 

「私はね、こうやって他人に(すが)らないと生きていけないから、自然に笑うことを覚えたの。もうこれ以外、どんな顔をすればいいのかわからないし」

 

 

「……お前はそれでいいのか」

 

 

少女はまた無理な笑顔を俺に見せるが、『ハイ』とは答えなかった。

 

 

カチンッ

 

 

その時、空き缶の中にお金が放り込まれた。いや、違う。

 

 

「へへッ……」

 

 

「くくッ……」

 

 

投げ込まれたのは空き缶のプルタブ。投げたのは悪そうな二人組の男たちだ。

 

 

「あッ!ありがとうございます!」

 

 

しかし、少女はそれがプルタブだと知らない。お金だと思っている。少女はその二人組にお礼を言った。

 

 

「おい」

 

 

俺はプルタブを掴み、二人組の男たちに近づく。

 

 

「あぁ?何だよ?」

 

 

しかし、どうやら俺の敵は多いようだ。

 

周りの人たちは俺が子どもの味方をしたせいで、男を注意しよう者はいなかった。

 

 

「ゴミ箱はあっちだ」

 

 

バチンッ!!

 

 

プルタブを右手の親指で弾き飛ばし、ゴミ箱に向かって放った。大きな音が耳に響く。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

音速で弾かれたプルタブはゴミ箱に当たった瞬間、粉々になった。ゴミが辺りに散乱する。

 

その光景を見ていた男たちは尻もちをつき、俺を見て怯えていた。

 

 

「あまり舐めた真似してるんじゃねぇぞ?」

 

 

俺はドスをきかせた低い声で男たちに告げる。

 

 

「失せろ」

 

 

男たちは一目散に逃げ出した。持っていた空き缶や落とした財布も拾わずに。

 

落としたサイフを蹴って、道の脇の水路に落とす。チッ、最悪な気分だ。

 

 

「大樹君、少しやり過ぎじゃない?」

 

 

「……すまん」

 

 

真由美に指摘され、俺は謝る。

 

俺はまた少女の所まで戻って来て、片膝をつく。

 

 

「今の音は?」

 

 

「大丈夫だ。それよりお前は妹にご飯を食べさせたいんだな?」

 

 

「はい。そのためにお金を稼いでいますから」

 

 

「そうか」

 

 

俺は少女の両目を巻き付けた包帯に触る。

 

 

「ちょっと後ろ向いてろ。多分見せれるモノじゃない」

 

 

俺は優子たちに後ろを向かせる。耐性が無い女の子たちには見せないほうがいい。

 

 

「包帯、取っていいか?」

 

 

「……はい」

 

 

俺はグルグルと巻かれた包帯を取る。そして、少女の目を見た。

 

 

「ッ……」

 

 

酷い。本当に鉛が流し込んであった。これを優子たちに見せなくてよかった。

 

俺は少女のこめかみを指で触れる。そして集中する。

 

 

(……………微かにだが、まだ動いている)

 

 

目は完全に死んでいるが、目に繋がった血管がまだ動いている。もしかしたらこれは治せるかもしれない。

 

最悪なことにここでガストレア因子の自然回復が役に立つとはな。鉛を出した後、菫先生に眼を貰って血管を繋ぎ合わせれば見えるようになるかもしれない。

 

 

「おい。妹に三食飯を食わせてやる」

 

 

「え?」

 

 

「その代わり、お前の目を俺に治させろ」

 

 

その言葉に全員が驚く。優子が俺の腕を揺すりながらもう一度聞く。

 

 

「な、治せるの!?」

 

 

「多分。自信は無いができる可能性はある」

 

 

少女はまた無理な笑顔で目を瞑ったまま、首を横に振っていた。

 

 

「私の目はもうこのままでいいです。その代わり妹を……」

 

 

「じゃあお前の妹には飯はやらん」

 

 

「え?」

 

 

「いいか。よく聞け」

 

 

俺は少女の両肩に手を置いた。

 

 

「これからお前は目を治す。治ったら妹と一緒にご飯を食べる。そして一緒に温かい布団で寝ろ」

 

 

「……どうして、そこまで?」

 

 

「この世界は腐っている。でも綺麗なモノだってあるんだよ。俺は、それを自分の目で見て欲しい」

 

 

だからっと大樹は続ける。

 

 

「まずはその目を、治してやる」

 

 

 

________________________

 

 

 

大樹が少女を連れて大学病院に向かった後、優子と黒ウサギ。そして真由美とティナは買い物をしていた。

 

 

「黒ウサギ、レタス持ってきたわよ」

 

 

「真由美さん。それはキャベツです」

 

 

子どもたちの分まで買わないといけない。よって量はたくさん。金は毎度2万越えは絶対だ。

 

さらに洗剤やシャンプーなどの生活用品。洋服にアクセサリー。金がいくらあっても無くなってしまう。

 

しかし、大樹は『金が無い?じゃあこれ使え』と新しい通帳を渡す。毎回7桁ある金額が書かれている。大樹曰く、『悪人の金は俺の懐に行く』と言う。

 

 

「優子さん」

 

 

「なにティナちゃん?お菓子は100円までよ?」

 

 

「子ども扱いしないでください……」

 

 

(やっぱり可愛いわ……)

 

 

子ども扱いされて拗ねるティナ。頬を膨らませたティナを暖かい目で見守る優子。彼女は一番ティナを可愛がっていたりする。

 

 

「……大樹さんはどうしてあんなに人を救えるのでしょうか?」

 

 

「そうね……大樹君だから、かしら?」

 

 

「え?」

 

 

優子は微笑みながらティナに向かって話す。

 

 

「アタシたちを救ってくれるヒーロー。それが大樹君よ」

 

 

「い、意味が分からないのですが……」

 

 

「大丈夫よ。そのうち理解できるわ」

 

 

優子はティナの頭を優しく撫でた。

 

 

「嫌っていうほどね」

 

 

優子は笑顔で言った。

 

 

「ネギを持ってきたわよ黒ウサギ!」

 

 

「真由美さん。白ネギと青ネギがあることをご存知ですか?」

 

 

 

________________________

 

 

 

【大樹視点】

 

 

「あ、頭痛ぇ……」

 

 

3日間、一睡も寝らずに少女の目を治療していた。手術は合計3回。1ナノグラムの誤差を許されない薬の投与。1ミリリットルの出血も許されない手術。絶対に失敗されないことばかりが続いた。

 

というか菫先生。アンタ3日間余裕で起きすぎでしょ。死体の手入れするほど元気だったなあの人。

 

とりあえず結果だけ伝えると少女の目は治った。見えるのは1週間後になるだろう。

 

少女の妹さんも優子たちが無事保護することができたし、これで休息を取れる。

 

そして現在、俺は菫先生の手術台の上で横になっている。

 

 

「なぁ、解剖していいか?」

 

 

「帰っていいか?」

 

 

真顔で言うな。

 

 

「というか眠くないのかよ」

 

 

「私は慣れているからね」

 

 

「俺でも2日が限界だ……」

 

 

「だらしない。そう思わないか、エマシー?」

 

 

また新しい死体か。もう俺はツッコミを入れないぞ。

 

 

「それにしても君は面白いな。私の知らない医療学を持っているなんて」

 

 

「暗記しているだけだ。内容は全く理解出来ん。特に数学とかくたばれって思ってる」

 

 

「アッハッハッハ!!私も数学の死体を見てみたいな!」

 

 

「いや別にそこまで言ってないだろ……」

 

 

「ほら、君も死体の魅力に目覚めろ」

 

 

「目覚めたくない」

 

 

「エマシーを見てごらん。胸は少し小さいかもしれないが、ロリコンの君には大好物だろ」

 

 

「おいちょっと待てゴラァ」

 

 

「あ、そうだ。ロリコンの君には渡さなきゃいけないモノがあった」

 

 

待ってよ。ロリコンは里見だけでいいだろ。

 

菫は束になった書類を俺に渡す。一番上には『モンスターラビリンス』と書かれている。

 

 

「私にも分からなかった。この蟻型(モデル・アント)のガストレアがどうしてこんな巣を作ったのか」

 

 

「東京エリアに入ろうとしたんじゃねぇのか?」

 

 

温泉で掘り当てたあの事件。俺はずっと気になっていた。

 

何故あのような場所に巣を作っていたのか。

 

 

「私もそうと思った。というかそうとしか考えられなかった」

 

 

「じゃあ何で分からねぇんだよ」

 

 

「このガストレアは東京エリアの中心に向かっていないからだよ」

 

 

菫の言葉を俺はいまいち理解ができなかった。

 

巣から伸びていた一本の穴道。それは中心を目指さず、他の方向に向かっていた。

 

 

「別に中心じゃなくてもいいだろ。あんな数、どこから一気に出てこようが、俺たちがいなかったら一瞬で壊滅していたぞ」

 

 

「そうだ。問題はそこだ」

 

 

菫は告げる。

 

 

「戦力は十分だった。不意打ちも可能。では、何故攻撃しなかった」

 

 

「ッ!」

 

 

俺は書類を勢いよくめくり、一瞬で全て読む。そして思考して答えを返す。

 

 

「目的があった。確実に東京エリアを落とす策略が」

 

 

「そうだ。ガストレアが目指している方向に何かがあるはずだ」

 

 

「調べてくれるか?」

 

 

「いいだろう」

 

 

菫はパソコンに向かい、作業を始めた。

 

俺はもう一度書類をめくる。

 

 

(ガストレアが目指していた方角に住民は少ない。むしろこのまま行けばモノリス近くの外周区に到着する)

 

 

住民を襲って数を増やすわけでもない。外周区にも何もない。

 

本当に、何が目的だったんだ?

 

俺は書類を睨みながら考えていたが、ゆっくりと睡魔が襲い掛かってきたせいで眠ってしまった。

 

 

________________________

 

 

 

「危ねぇ……もう二度とあんな場所で寝ない」

 

 

菫に解剖されかけた俺は教会へと帰って行った。

 

空は少しずつ明るくなっている。もう午前4時か。帰っている途中に陽が昇るな。

 

だが、こんな時間に外を歩くのは悪くない。

 

しかし、もうすぐ夏だと言うのに朝は寒いな。Tシャツの上からフード付きパーカーを着ているが、身体がブルッと震えてしまう。

 

 

「大樹君ッ!!」

 

 

その時、俺の背後から声をかけられた。俺は名前を呼んだ人物に驚愕した。

 

 

「影胤ッ!?どうしたそんなに慌てて……!?」

 

 

影胤の様子は普通じゃなかった。一緒にいた小比奈ちゃんも顔が真っ青だ。

 

 

 

 

 

「君は()()()()という男を知っているかね?」

 

 

 

 

 

その名前を聞いた瞬間、俺は影胤の両肩を掴んだ。

 

 

「どこだ!?どこにいるのか知っているのか!?」

 

 

「任務の帰り、私の前に現れたよ」

 

 

「どこで会った!?」

 

 

「落ち着きたまえ!もう彼はそこにいない!」

 

 

「うるせぇ!いいから教え―――!」

 

 

「彼から伝言がある」

 

 

影胤の言葉に俺は言葉を詰まらせる。

 

そして、影胤は伝言を告げる。

 

 

 

 

 

『32号モノリスに来い』

 

 

 

 

 

 





最後の方、ピョンピョンできてへん。

次回、ついに物語が大きく動き出す。



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彼女を否定する神々


右手が火傷しましたが、案外左手だけでもキーボードをカタカタ打てますね。これが私の能力……!



ゴォッ!!

 

 

音速で街を駆け抜け、あっという間に32号モノリス周辺の山まで辿り着く。

 

 

『大樹君、彼は危険だ。行くのはやめたまえ』

 

 

影胤に行くのを止められたが、俺はそれを無理矢理振り切った。

 

山を一瞬で頂上まで駆け上がり、頂上から32号モノリスに向かって跳躍し、距離を一気に縮める。

 

 

ズシャアアアアアッ!!

 

 

勢いよく地面に着地し、砂を巻き上げる。そして、また走り出す。

 

前方には空高くそびえる黒い巨大な人工建築物。32号モノリスの下まで来た。

 

 

「上かッ!!」

 

 

下から聞こえる音、人の気配はまるでない。近くに軍の基地があるはずなのに少しおかしいと思った。だが、そんな些細なことは今の俺にはどうでもいい。

 

走る速度を落とさず、俺はモノリスの水平な壁を走る。

 

 

ダンッ!!

 

 

モノリスの頂上はすぐに辿り着いた。黒いバラニウム製の床に膝をついて着地する。

 

そして、モノリスの頂上には俺以外にもう一人の人物がいた。

 

 

その時、太陽が山から覗いた。

 

 

光が俺たちを照らし出し、姿を明るくする。

 

 

「ッ!?」

 

 

俺は目を疑った。予想していた人物ではなかった。そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アリア……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

探していた大切な人だったから。

 

 

綺麗なピンク色の長いツインテール。

 

 

宝石の様な赤紫(カメリア)の瞳。

 

 

142cmという小さな体。

 

 

シャーロック・ホームズの曾孫にあたる家系の少女。

 

 

武偵服の夏服。青い防弾服を着ていた。

 

 

 

 

 

神崎・(エイチ)・アリアがそこにいた。

 

 

 

 

 

「……大樹?」

 

 

「ッ!」

 

 

ずっと聞いていなかった声。その声を聞いた途端、俺の目から涙がポロポロと流れ出した。

 

安心して出た涙?感動して出た涙?多分、どっちともだ。

 

 

「あたし……何をしていて……?」

 

 

(記憶がないのか……!?)

 

 

元々ガルペスの野郎が呼び出した場所。しかし、そこにガルペスの姿は見えない。気配を探るが、近くにいないようだ。

 

 

「大樹……なの……?」

 

 

「ッ……ああ、俺だ」

 

 

その時、アリアは俺に向かって走り出した。

 

俺は走って来たアリアを受け止め、抱き締める。

 

 

「大樹!」

 

 

「アリア!」

 

 

ただ、これが罠だとしても構わない。俺が守ればいいっと思った。

 

抱き締めているアリアは本物。アリアだ。

 

 

「あたし、あたしね……大樹のことが……!」

 

 

「大丈夫だ!もう何も言う―――!」

 

 

 

 

 

「好き」

 

 

 

 

 

その瞬間、時間が止まったような感覚に陥った。

 

何故だ?

 

嬉しい言葉なのに、どうして喜べない?

 

どうして?

 

 

「……好き」

 

 

もう一度繰り返される言葉。ああ、そうか。

 

 

 

 

 

「好きだぞ、楢原」

 

 

 

 

 

「誰だ……お前ッ」

 

 

俺は後ろに下がり、アリアから距離を取った。同時にコルト・パイソンの銃口をアリアに向ける。

 

心臓がバクバクと鼓動が早くなる。嫌な予感がした。

 

 

「はははッ……はははははッ!!」

 

 

アリアじゃない。アイツは……!

 

 

「お前、緋緋神(ひひがみ)だなッ……!」

 

 

俺の答えにアリア……いや、緋緋神は笑った。俺はその笑った顔に戦慄した。

 

アリアの中にはシャーロックが撃った銃弾。緋弾がある。

 

その緋弾が緋緋神という神を目覚めさせてしまう。それは知っていた。しかし、

 

 

「ありえない……ありえないッ!!お前には殻金(カラガネ)があったはずだ!目醒めるわけが―――!」

 

 

自分で言っていて気付いてしまった。

 

殻金が緋緋神を呼び覚まさないようにする守りだ。だから安心していた。

 

しかし、今俺の目の前にいるのは緋緋神。

 

だから分かってしまった。

 

 

「ガルペスッ……貴様あああああァァァ!!」

 

 

アイツが殻金を外した。そうしか考えられなかった。

 

あの野郎が、緋緋神を呼んだ。

 

 

「いいなあぁ。いい。その殺意。その溢れ出る殺意だけで人を殺してしまいそうだ」

 

 

ニヤリッと笑った緋緋神。

 

アリアを穢されてしまったような感じがした。アリアはそんな笑い方はしない!

 

 

「アリアは最高だったよ。楢原を思う気持ち、あたしも楽しませて貰ったよ!誉めてやるよ、楢原!」

 

 

「それ以上喋るなクソ駄神ッ!!」

 

 

「ははははッ!!この女なら、あたしの完全な現し身になれる!ひれ伏して祝え、楢原!」

 

 

「誰がテメェみたいな野郎に頭を下げなきゃならねぇんだよ!ふざけるな!」

 

 

俺が暴言を口にしても、緋緋神は一切怒る様子は見せない。むしろ笑っていた。

 

 

「良い……良い!その怒りは恋から来ている!それがいい!」

 

 

その時、周辺の空気が変わった。

 

緋緋神から闘気が溢れ出し、バラニウムの床が震えだす。

 

 

緋緋色金(ヒヒイロカネ)は一にして全。全にして一。されど、これこそ理想の一……!」

 

 

緋緋神が歌うようにそれを口にする。俺はコルト・パイソンを左手に握り、右手にいつも持ち歩いているバラニウム製のバタフライナイフを逆手に持った。

 

 

「始めるぞ。戦争だ。この世の中は面白い。しかし、今はつまらない。つまらないってのは、悪。戦争はその悪を破壊する、正義の神事」

 

 

恋心と闘争心を荒ぶらせる祟り神。

 

 

「起こすぞ、ここから世界に広がる大戦(おおいくさ)を!!このつまらん時代に、(いくさ)()()()()()()ぞォ!!ハハハハハッ!!」

 

 

そこに、アリアはいない。

 

 

 

 

 

「黙れって言ってるだろうがあああッ!!」

 

 

 

 

 

我を忘れるほどの怒り。大樹の怒りの咆哮が響き渡る。

 

 

ダンッ!!

 

 

大樹は一瞬で姿を消す。そして、光の速度で緋緋神の背後を取った。

 

逆手で持ったバタフライナイフの柄で緋緋神の首を狙う。怒りで我を忘れていたが、アリアを傷つけずに救う。気絶させるだけでいい。それだけは頭の中で何故か分かっていた。

 

しかし、バタフライナイフの柄を振り下ろした瞬間、

 

 

グシャッ!!

 

 

右手が消滅した。

 

 

「があッ!?」

 

 

言葉通り、俺の右手は空間をテレポートしたかのように消えた。ナイフも消えて、破片の一つもない。

 

右手から大量の血が噴き出す。その出血量に恐怖するが、

 

 

「【神の加護(ディバイン・プロテクション)】!!」

 

 

右手は一瞬で元に戻り、コルト・パイソンを両手で持ち、緋緋神に銃口を向ける。

 

大樹の姿。その戦う姿を見た緋緋神はニヤリと笑う。

 

 

「ああ、ときめく。あたしを心の底から楽しませてくれる……!」

 

 

緋緋神の周囲には一辺が30センチメートルの立方体(キューブ)がいくつも出現していた。

 

透明で分かりにくいが、空間が少し歪んで見えるので大樹にはそれを捉えることができた。

 

おそらくさっきの攻撃はこの立方体(キューブ)だ。触れたら消される。

 

 

「【無刀の構え】」

 

 

ダンッ!!

 

 

右手を握り、音速で緋緋神との距離を詰める。

 

 

「【黄泉(よみ)送り】!!」

 

 

 

 

 

「大樹!」

 

 

 

 

 

ゴォッ!!

 

 

しかし、拳は緋緋神に当たることはなかった。

 

大樹の拳はアリアの目の前で止まっていたからだ。

 

緋緋神がアリアの声を真似して名前を呼んだ。その瞬間、大樹に迷いが生じた。

 

結果、大樹は攻撃できなかった。

 

 

「ハハッ!!恋は、咲く花の如し―――!」

 

 

「なッ!?」

 

 

緋緋神の手が大樹の腹部に触れた。その行動に大樹は息を飲んだ。

 

 

「―――【黄泉送り】!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

その時、大樹の腹部に重い衝撃が襲い掛かった。

 

 

「ッ!?」

 

 

その衝撃の強さに声すら出ない。体内の空気が一気に吐き出された。

 

 

ゴォッ!!

 

 

大樹はそのまま後方に吹き飛ばされる。その先は壁はない。あるのは断崖絶壁。

 

 

(落ちるッ!?)

 

 

ドゴンッ!!

 

 

バラニウム製の床を無理矢理右手の拳を突き立て、大樹は飛んで行く速度を落とす。

 

大樹の体はギリギリのところで止まる。反応が少し遅れていたら落ちていた。

 

だが、ホッと息をついている暇はない。

 

 

「ぐッ!」

 

 

シュンッ!!

 

 

飛んで来る立方体(キューブ)を避ける。俺の元いた場所、バラニウムの床が綺麗に四角形に消滅している。

 

 

シュンッ!!シュンッ!!シュンッ!!

 

 

次々と俺に襲い掛かる立方体(キューブ)。音速で避け続け、緋緋神の隙を狙うが、狙えない。

 

緋緋神の周りには5つほどの立方体(キューブ)がクルクルと回転して浮いている。アレで守られている限り、うかつには飛び込めない。

 

 

「殺しちゃダメだ……あたしはお前を(いくさ)に使いたい。分かっているのに、戦いたい。この気持ちが抑えられない!ガマンできない!」

 

 

「クソッ!!」

 

 

大樹はまた音速で緋緋神に向かって飛び込む。しかし、緋緋神はそれを挑発に乗ることを読んでおり、すぐに大樹の目の前にいくつもの立方体(キューブ)を集結させた。

 

 

「【無刀の構え】!!」

 

 

「無駄だッ!!」

 

 

大樹は腕をクロスさせながら集結させた立方体(キューブ)に突っ込む。

 

 

「【木葉(このは)(くず)し】!!」

 

 

ゴォッ!!

 

 

立方体(キューブ)に腕が触れた瞬間、大樹の姿がまた消えた。

 

 

「何ッ!?」

 

 

緋緋神の目が見開き、驚愕する。

 

だが、すぐに笑みを浮かべた。

 

 

「惜しい」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

地面から無数の透明な槍が緋緋神を中心に飛び出した。

 

 

ドシュッ!?

 

 

「がぁッ……!?」

 

 

緋緋神の背後を再び取っていた大樹の体が宙に舞う。右腕と左胸。右太ももを槍が貫通した。

 

 

ドサッ!!

 

 

宙に舞った大樹の体がバラニウムの床に叩きつけられる。

 

口から血を吐き出し、息を荒げながら必死に立ち上がろうとしている。

 

 

「そうだ……!立て!楢原!」

 

 

「うるせえええええェェェッ!!!」

 

 

絶対強者の怒りの咆哮。その声に緋緋神の鼓膜はビリビリと震えた。

 

 

ダンッ!!

 

 

悲鳴を上げる体を無理矢理動かし、音速で緋緋神に向かって走り出す大樹。緋緋神は笑いながらそれに答える。

 

 

ゴスッ!!

 

 

鈍い音が響く。大樹の腕と緋緋神の腕がぶつかった音だ。

 

緋緋神の力のせいだろうか。緋緋神の腕は音速でぶつかって来た大樹の腕に負けなかった。

 

 

「よし、お前にはこれで戦ってやろう」

 

 

緋緋神の両手には二丁のコルト・ガバメントが握られていた。

 

右手に持った銃の銃口は俺の眉間を狙っていた。

 

 

バンッ!!

 

 

「ッ!」

 

 

亜音速で放たれた銃弾は見えていた。紙一重で銃弾を避ける。

 

 

バンッ!!バンッ!!バンッ!!

 

 

ほぼゼロ距離からの射撃。銃弾を紙一重でかわし続ける。

 

ガバメントの銃声が何度も鳴り響いた後、

 

 

ガチンッ

 

 

銃声が止まった。

 

それを好機と見た大樹が仕掛ける。

 

 

「【無刀の構え】!!」

 

 

「だから無駄だと言ってるだろうッ!!」

 

 

ドシュッ!!

 

 

「ぐぅッ!?」

 

 

再び地面から透明の槍が飛び出し、大樹を襲う。

 

 

「……ぅぅうあああああッ!!!」

 

 

吹っ飛ばされないように体に力を入れる。歯を食い縛って槍の痛みを堪える。

 

右手を強く握り絞め、緋緋神を睨み付ける。

 

 

「【黄泉送り】!!!」

 

 

ゴォッ!!

 

 

そして、音速で放たれた拳の突きは空を切った。

 

 

「なッ……!?」

 

 

確かにそこにいたはずの緋緋神が消えた。まるで瞬間移動したかのように。

 

 

「ここで終わらせてもらうぜ、楢原」

 

 

その声は背後から聞こえた。

 

そこには両手を前に出した緋緋神。ツインテールを翼のように広げ、宙に浮いている。

 

赤紫(カメリア)色の瞳が緋色に輝き、俺を笑って見ていた。

 

 

(何か来るッ!!)

 

 

血を吐き出しながら、緋緋神を警戒する。

 

短時間でここまでやられた自分を情けなく思う。しかし、一番情けないのは―――。

 

 

「俺の馬鹿野郎がッ……」

 

 

―――手を伸ばせば届く、大切な人を救えないこと。

 

 

「耐えてみせろよ」

 

 

緋緋神の瞳。緋色の輝きが一層強くなった。

 

その瞬間、俺は能力を発動させた。

 

 

【神格化・全知全能】

 

 

右目が黄金色に光り、時間が止まったような錯覚に陥った。これならどんな攻撃でも対応できる。

 

そして、理解した。

 

 

 

 

 

俺は死んだ、と。

 

 

 

 

 

緋緋神が放ったのは緋色のレーザー。

 

()()()()で突き進むレーザーに、俺は対処できない。

 

頭で理解しても、目で捉えられても、身体が追いつかない。一瞬だけ早く光の速度で逃げれば、まだ避けれた。しかし、その一瞬が遅れてしまった。

 

 

(ああ、最悪だ……)

 

 

レーザー光線は俺の眉間を狙っている。体だったらどうにかできたかもしれないのに。

 

……最悪。ああ、最悪。もう最悪。

 

 

 

 

 

「ちくしょう……!」

 

 

 

 

 

バキンッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅れて悪いな、大樹」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時、俺は目を疑う程驚愕した。

 

眉間を狙っていた緋色のレーザー光線が突如消えたのだ。

 

目の前には赤い光の壁。その壁はレーザー光線を貫かなかった。

 

 

「【神壁(しんへき)(くれない)宝城(ほうじょう)】が間に合ったようだな」

 

 

その声は、男の声。俺は知っている。

 

 

 

 

 

「助けに来たぜ、大樹」

 

 

 

 

 

白いコートを身に纏った男。坊主頭の青年。

 

右手には【天照大神(アマテラスオオミカミ)(けん)】。

 

 

 

 

 

原田 亮良(あきら)がいた。

 

 

 

 

 

「何で……お前がいるんだよ……!」

 

 

「お前が呼んだんだろうが」

 

 

原田は俺の足元を指差す。床には青色のガラスの破片が砕け散っていた。

 

 

「そうか……お前が渡したビー玉か」

 

 

この世界に来る前に渡されたビー玉の破片だった。戦闘中に壊れてしまったようだ。

 

 

「ったく来てよかったぜ。死にかけやがって」

 

 

「……悪い」

 

 

「お前、武器はどうした?」

 

 

「使えねぇ」

 

 

「何?」

 

 

「今は使えない。使用不可だ」

 

 

「……理由は後で聞く。今はこっちをどうにかするぞ」

 

 

原田は右手に持った短剣を構える。俺も構えようとするが、

 

 

グシャッ!!

 

 

「があッ!?」

 

 

「大樹!?」

 

 

黄金色に輝いていた右目が弾け飛んだ。右目から大量の血が流れる。

 

 

「構うな……今はアリアが先だ……!」

 

 

「お前……!」

 

 

「あのキューブには触れるな。あれは空間ごと削り取る」

 

 

原田に警告しながらコルト・パイソンの銃口を緋緋神に向ける。

 

 

「つまらない水を差した奴は、殺す!」

 

 

「原田ッ!!」

 

 

何十個もの立方体(キューブ)が原田に向かって襲い掛かる。俺は原田を呼んで危険を知らせるが、

 

 

「あまり俺を舐めるなよ!」

 

 

ゴォッ!!

 

 

原田は俺と同じ速度。音速で走り出し、立方体(キューブ)を避ける。

 

緋緋神の表情が悔しそうな顔に変わる。

 

 

「楢原との真剣勝負を邪魔するな!!」

 

 

「笑わせるな!人の体を使っておいて真剣なんてほざいてるんじゃねぇぞ!」

 

 

ダンッ!!

 

 

原田が踏み込んだ瞬間、緋緋神の距離がゼロになる。しかし、緋緋神はやはり読んでいた。

 

 

ドシュッ!!

 

 

地面から無数の透明な槍が飛び出す。だが、原田は緋緋神の殺気に気付き、後ろに飛んで回避していた。

 

 

「【無刀の構え】」

 

 

ゴォッ!!

 

 

透明の槍が飛び出した瞬間、俺は槍を避けながら緋緋神との距離を詰めた。

 

攻撃の瞬間は分からない。なら攻撃した後の見える瞬間を狙えばいい。

 

 

「しまっ―――!」

 

 

緋緋神の表情が驚愕に変わる。

 

俺は右手を緋緋神の腹部に当てる。

 

原田が作った隙。今度は決める!

 

 

「【黄泉送り】!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「かはッ……!?」

 

 

緋緋神の腹部に強い衝撃が襲い掛かる。

 

緋緋神はその場に膝をつき、俺の顔を見る。

 

 

「しょ、しょせん、ひとの、体か……(コウ)の、からだなら、こうはいかなかった、ものを……!」

 

 

(こう……?)

 

 

人の名前だろうか?緋緋神の口にした言葉に疑問を持った。

 

 

「いいだろう……少しの間、眠りについてやる……!」

 

 

「お前は、一生寝ていろ……!」

 

 

「はははッ、次に目覚めた時は、この世界を戦争の乱世に変えてやる……!」

 

 

ドサッ

 

 

緋緋神から溢れ出る緋色のオーラが消え、前から倒れた。

 

俺はアリアの体を抱き締め、床に倒れないようにする。

 

 

「大樹!まだだ!みんなのところに帰るぞ!」

 

 

原田の慌てた様子に俺は驚く。

 

 

「ガルペスがここにいない。ならみんなが危ない!」

 

 

「ッ!?」

 

 

その言葉に、俺は恐怖を感じた。

 

また失う。それが怖くて。

 

 

宮川(みやがわ)に守るように言っているが、俺はアイツの戦闘の実力を知らねぇ……!」

 

 

「宮川……」

 

 

宮川 慶吾(けいご)。最後に会ったのは火龍誕生祭のギフトゲームだ。俺も実力は分からねぇが原田と同じ天使なら……いや、そういう問題じゃない。

 

ガルペスは桁違いに強い。もはや次元が違うと言ってもいい。勝てる見込みは少ない。

 

急いで俺はアリアをお姫様抱っこで抱きかかえる。

 

 

「こっちだ!ついてこい!」

 

 

教会の場所を知っている俺は原田に案内する。

 

 

ダンッ!!

 

 

そして、俺と原田は頂上から飛び降り、物静か過ぎる32号モノリスを後にした。

 

 

________________________

 

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

教会近くの廃墟街に雷が落ちた。爆発音に似た音が響き渡る。

 

落雷は一人の男に向かって落ちた。しかし、

 

 

「この程度か、兎」

 

 

男の体は無傷。服に汚れすらついていない。

 

 

「はぁ……はぁ……!」

 

 

男の視線の先、ギフトカードを握った黒ウサギが膝をついていた。呼吸は乱れ、肩を大きく上下させている。

 

男の名前はガルペス。白い白衣を身に纏っている。

 

 

(黒ウサギの攻撃が全く通じない……!?)

 

 

雷は何度もガルペスに直撃した。しかし、ガルペスの体は無傷。白い白衣を一切汚さない。

 

 

「俺の気配をいち早く気付いたところは褒めよう。だが、力が無力だ」

 

 

「ッ……!」

 

 

ガルペスの冷徹な一言に黒ウサギは下唇を噛む。

 

 

「お前を殺したら次は二人だ。それで楢原 大樹の気力は底に落ちる」

 

 

「何故そんな酷いことを……!」

 

 

「俺たち保持者(ほじしゃ)は『復讐』で動いた生き物だ。俺の復讐は、奴の力が必要不可欠だ」

 

 

ゴォッ!!

 

 

ガルペスの頭上に無数の炎の塊が出現し、黒ウサギに向かって飛んで行く。

 

 

「ッ!」

 

 

黒ウサギは後方に飛び、回避しようと試みるが、

 

 

バシャンッ!!

 

 

今度は黒ウサギの背後に、無数の水の槍が出現した。

 

 

(避けれない!?)

 

 

黒ウサギがギフトカードから自分を守る恩恵を取り出そうとするが、

 

 

「遅い」

 

 

ゴォッ!!

 

 

炎の塊と水の槍が黒ウサギに襲い掛かった。

 

 

「『マキシマムペイン』!!」

 

 

ギュウイイイイィィン!!

 

 

その時、炎の塊と水の槍の前に斥力の壁が立ち塞がった。

 

斥力の壁に当たった炎の塊と水の槍。二つの力は暴発し、壁を貫くことはなかった。

 

 

「影胤さん!?」

 

 

黒ウサギの背後には笑った仮面をつけた男。蛭子 影胤が立っていた。

 

 

「私だけではないよ、小比奈!」

 

 

「はいパパ!!」

 

 

影胤が小比奈を呼ぶと、ガルペスの背後に一瞬で小比奈は現れた。

 

 

(速い!?)

 

 

小比奈のスピードは明らかに速かった。黒ウサギがそのスピードに驚愕するほど。

 

 

ザンッ!!

 

 

小比奈の斬撃がガルペスの首に当たる。だが、

 

 

バシュンッ!!

 

 

「「「ッ!?」」」

 

 

ガルペスに当たった刀は水を斬ったかのようにすり抜けた。ありえない現象に三人は絶句する。

 

 

「無駄だ」

 

 

小比奈の斬撃を食らったにも関わらず、ガルペスは顔色一つ変えない。そんな不気味な雰囲気を纏ったガルペスを見た影胤は嫌な予感を感じ取った。

 

 

「下がりなさい小比奈!」

 

 

「ッ!?」

 

 

影胤が声をかけた時には遅かった。既に小比奈の上空には無数の銀色の剣が出現していた。

 

 

シュンッ!!

 

 

そして、剣の刃が小比奈を狙いを定め、高速で落下した。

 

 

「させぬッ!!」

 

 

カカカカカンッ!!

 

 

しかし、剣は小比奈に当たることは無かった。剣は地面に突き刺さるだけだった。

 

小比奈は自分の背後から来た少女に体を掴まれ、助けられた。

 

 

「延珠……?」

 

 

助けたのは兎型(モデル・ラビット)のイニシエーター、延珠だった。小比奈は延珠を見て驚いていた。

 

 

「天童式戦闘術二の型十六番」

 

 

ガルペスの目の前に一人の青年が飛び込んで来た。

 

延珠のプロモーター、蓮太郎だ。

 

 

「【隠禅(いんぜん)黒天風(こくてんふう)】!!」

 

 

バシュンッ!!

 

 

蓮太郎の後ろ右回し蹴りはガルペスの頭部を吹き飛ばした。だが、ガルペスの頭部は水のように散布しただけ。血の一滴も流していない。

 

 

ダンッ!!

 

 

蓮太郎の蹴りの直後、ガルペスの背後を取った大男がいた。

 

黒い大剣を片手に持ち、口をバンダナで隠した将監(しょうげん)だ。

 

 

「オラァッ!!」

 

 

バシュンッ!!

 

 

黒い大剣をガルペスの真上から振り下ろす。水は縦から割れて弾ける。しかし、蓮太郎と同様、ガルペスの体は水のように分散するだけ。血は流れていない。

 

 

ダンッ!!

 

 

蓮太郎と将監は同時に後ろに跳躍し、ガルペスから距離を取る。そして、二人がガルペスから距離を取った瞬間、

 

 

ドゴンッ!!

 

 

一発の銃声が鳴った。

 

銃の引き金を引いたのは将監のイニシエーター、夏世だった。

 

夏世が撃った銃弾は人の原型を無くしたガルペスの足元に当たり、銃弾は弾け飛んだ。

 

 

ガチンッ!!

 

 

銃弾が弾け飛んだ瞬間、原型を失ったガルペスの水の体が一瞬で凍り付いた。

 

夏世が使ったのは液体窒素を応用した対ガストレア用の氷結弾。水となっていたガルペスを凍らせることに成功した。

 

 

「ハッ、ざまぁねぇな!」

 

 

「将監さん、油断しては駄目です」

 

 

鼻で笑う将監に真剣な表情で夏世は注意を促す。蓮太郎も凍ったガルペスを見て警戒していた。

 

 

「『ネームレス・リーパー』!!」

 

 

ザンッ!!

 

 

影胤の手から残像を残しながら鋭い鎌状になった斥力の鎌が放たれた。

 

斥力の鎌は凍ったガルペスを斬り裂き、砕け散った。

 

 

「皆さん!逃げてください!!」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

しかし、黒ウサギは大声で警告した。その理由はすぐに明らかになる。

 

 

「まだ甘いな」

 

 

ガルペスの声が聞こえた瞬間、その場にいた全員の体が凍り付いた。

 

 

ゴオオオオオォォォ!!

 

 

ガルペスが砕け散った場所から赤い炎の竜巻が空に向かって燃え上がった。

 

そして、炎の竜巻から人影が浮かび上がり、炎の中から歩いて出て来た。

 

 

「俺を殺すのは不十分な威力……いや不可能だ」

 

 

「な、何だよ……こいつ……!?」

 

 

無傷のガルペスを見た将監は思わず一歩後ろに後退りしてしまった。

 

他の者たちも同じ反応だ。この男に恐怖していた。

 

白い白衣をヒラヒラと風に揺らしながらガルペスはゆっくりとこちらへ歩いて来る。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

その時、一発の銃弾がガルペスの心臓を貫いた。しかし、ガルペスは倒れるどころか痛そうに顔を歪めたりすることはなかった。

 

ガルペスは自分の撃たれた箇所を見る。

 

 

「狙撃か……」

 

 

視線を銃弾が飛んで来た方向に移す。

 

 

「距離は約1キロメートル……腕の良い狙撃手、というわけではなさそうだな」

 

 

ガルペスはこの神業の狙撃トリックを見破っていた。

 

 

「【ソード・トリプル】」

 

 

ガルペスの頭上に三本の銀色の剣が出現する。剣先の方向はバラバラであるが、しっかりと狙っていた。

 

剣先の延長線上。そこには球体のビット、『シェンフィールド』が浮いていた。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

三本の銀色の剣は3つの『シェンフィールド』を貫き、爆破させた。

 

 

「くッ、ティナの『シェンフィールド』が破壊された。次の援護射撃まで1分半かかるそうだ」

 

 

耳に手を当てた蓮太郎が嫌な顔をして告げた。それを聞いた影胤が首を横に振る。

 

 

「それ以前に、彼を倒す方法はあるのかね?無いのなら撤退するべきだ」

 

 

「黒ウサギも賛成です。優子さんと真由美さんが子どもたちの避難を終えたら逃げましょう」

 

 

「愚かだな」

 

 

黒ウサギの案を一蹴したのはガルペスだった。

 

 

「その避難とやら、俺に取っては好都合な展開だ」

 

 

「何を言って―――!?」

 

 

ゴオォ!!

 

 

その時、空を黒い何かが横切った。正体を目視できなかったが、ガルペスが答えを告げた。

 

 

「戦闘機だ。今からその避難している奴らを爆撃する」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

ガルペスの言葉に、息を飲んだ。

 

 

「まずは二人だ」

 

 

「やめろおおおおおォォォ!!」

 

 

ダンッ!!

 

 

ガルペスに向かって走ったのは蓮太郎だった。大声を上げながらガルペスに突っ込む。

 

 

「俺には武術に関しては無縁だ。体力も全くない。だが―――」

 

 

ガルペスの右手には拳銃が握られていた。

 

 

「人など、これで十分だろ」

 

 

パンッ!!

 

 

乾いた銃声が響く。銃弾は蓮太郎に向かって突き進む。

 

 

チッ

 

 

しかし、銃弾は蓮太郎の服を掠めただけだった。

 

蓮太郎は亜音速で飛んで来る銃弾は見えない。しかし、相手がトリガーを引ききるまでに弾道を予測して回避位置を見いだすことはできた。

 

ガルペスは銃の扱いに慣れていなかったのだろう。蓮太郎は簡単に避けることに成功した。

 

しかし、ガルペスの狙いはそこではなかった。

 

 

「蓮太郎ォ!!」

 

 

「ッ!?」

 

 

延珠に大声で名前を呼ばれて気付く。蓮太郎の頭上には何百本もの銀色の槍が構えられていたからだ。

 

蓮太郎が気付いた時には既に遅かった。

 

 

「【ランス・ハンドレッド】」

 

 

ゴォッ!!

 

 

そして、100本の槍が蓮太郎に向かって落ちた。

 

 

 

 

 

滑稽(こっけい)だな、ガルペス」

 

 

 

 

 

バキバキバキバキンッ!!

 

 

銀色の槍が一斉に砕け散った。

 

人の目では捉えることのできない100の銃弾が槍を丁寧に一本一本破壊された。

 

銃弾の横やりにガルペスがここに来て初めて驚いていた。

 

 

「あの方は……!?」

 

 

もちろん驚いたのはガルペスだけではない。黒ウサギも驚いていた。

 

銃弾を撃った人物はガルペスの背後の先、10メートル先に射撃者がいた。

 

白いコートを身に纏い、白髪の不健康そうな髪。右手には普通の拳銃より二回りくらい大きな黒い銃。

 

 

もう一人の天使、宮川 慶吾がいた。

 

 

「また貴様か……!」

 

 

ガルペスは怒りを向き出しにしたまま、宮川を睨んだ。

 

宮川は怒りを露わにしたガルペスを見て鼻で笑う。

 

 

「ハッ、面白れぇツラしてるな。パーティーでも始まるのか?」

 

 

「ッ!!」

 

 

馬鹿にした一言にさらに怒りを露わにするガルペス。だが、

 

 

「いいのか?ここに貴様がいる理由は、命令されたからだろう?奴のピエロなのだろう?だったら死人が出るのは不味いはずだ」

 

 

ガルペスの表情が変わる。ニタリと口元に笑みを浮かべた。

 

 

「俺にひれ伏せ。ひれ伏さないなら今すぐ爆撃を開始させ―――」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

その時、空で爆発が起きた。

 

赤い炎が燃え上がり、残骸が落下する。

 

その残骸が先程横切った戦闘機だと分かるのに、時間はかからなかった。

 

宮川はガルペスに笑いながら尋ねる。

 

 

「それで、爆撃が何だって?」

 

 

「ッ……!!」

 

 

ガルペスは歯を食い縛るほど、激怒した。

 

 

「また貴様は俺の邪魔をするのか!?宮川あああああァァァ!!」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

コンクリートの地面が割れ、隙間から紅蓮の炎が噴き出した。

 

紅蓮の炎は形を変える。翼を大きく広げ、何本もある長い尾。その姿は不死鳥に似ていた。

 

 

「【フェネクス】!!」

 

 

ガルペスが悪魔のフェニックスの名を口にした瞬間、炎の不死鳥は宮川に向かって突進した。

 

宮川は一切動こうとせず、目を瞑った。

 

何千度もある炎は宮川を包み込む。火傷では済まない熱風が黒ウサギたちを襲った。

 

 

「ここは危険です!逃げましょう!」

 

 

黒ウサギの言葉を拒否する人はいなかった。すぐに黒ウサギたちは廃墟街を後にした。

 

 

「この程度なのか、ガルペス」

 

 

燃え盛る炎の中、一人の青年の声が聞こえる。

 

 

「【残酷な雪崩(グラオザーム・ラヴィーネ)】」

 

 

バキバキバキバキッ!!

 

 

その瞬間、()()()()()

 

紅蓮の炎は透明な氷の中に閉じ込められてしまい、氷の中ではユラユラと炎が揺れている。

 

 

バキンッ!!

 

 

そして、氷は粉々に砕け散り、輝きを持った氷の雪を降らす。

 

 

()()()復讐者はさらに上を行くぞ?」

 

 

「黙れッ!!貴様がいなければ俺が王になっていたッ!復讐を成し遂げていたッ!」

 

 

「そうか」

 

 

宮川は銃口をガルペスに向ける。

 

 

「それで?何か文句でもあるのか、負け犬(ルーザー)

 

 

「後悔するなよ……!」

 

 

ダンッ!!

 

 

ガルペスは右足で地面を叩く。その音と同時にガルペスの頭上に空を埋め尽くすほどの数え切れないほどの銀色の武器が出現した。

 

大剣、刀、ナイフ、レイピア、サーベル、槍、斧、ハルバード、ランス、ハンマー、メイス。数え切れないほど種類が多い。

 

 

「【ウエポン・エンドレスレイン】」

 

 

ゴォッ!!

 

 

空を埋め尽くした武器が一斉に宮川に向かって降り注ぐ。

 

宮川は右手に持った銃の銃口を空に向ける。

 

 

「【邪悪な暴風(シュトゥルムベーゼ)】」

 

 

ゴオオオオオォォォ!!

 

 

銃口から放たれた嵐の弾丸。

 

嵐のような暴風が荒れた廃墟街の瓦礫を舞い上がらせ、襲い掛かる武器を吹っ飛ばした。

 

 

「ぐぅッ!?」

 

 

ガルペスの体も暴風に耐えようとするが、簡単に体が舞い上がってしまった。

 

 

「どうした?自称最強?」

 

 

「ッ!?」

 

 

気が付けばガルペスは宮川に背後を取られていた。

 

宮川の左回し蹴りがガルペスの体に叩きこもうとする。だが、

 

 

「【アイギス】!!」

 

 

宮川が蹴りを入れる前に、真っ赤な盾を出現させる。

 

 

カンッ!!

 

 

蹴りが盾に当たり、金属音が響いた。

 

 

「【リフレクト】!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

真っ赤に染まった盾から紅い閃光が放たれた。宮川の左足に衝撃が襲い掛かるが、

 

 

「だから、お前は負け犬(ルーザー)なんだよ」

 

 

バキンッ!!

 

 

「何ッ!?」

 

 

宮川は無視して足の力をさらに強めた。そして、ガルペスが出現させた神の盾が粉々に砕け散った。そのありえない光景にガルペスは目を見開いて驚いた。

 

宮川はすかさず銃口をガルペスの眉間に向ける。

 

 

「【死すべき運命の炎(シュテルプリヒ・フランメ)】」

 

 

ドゴンッ!!!

 

 

重い銃声が鳴り響き、ガルペスの頭部が吹っ飛び、体が赤い炎で包まれ燃え上がった。

 

 

ドサッ!!

 

 

頭部を無くしたガルペスの体が地面に叩きつけられる。

 

 

「チッ、吐きたくなる光景だな」

 

 

片膝をついて地面に着地した宮川はガルペスを見て舌打ちをした。

 

ガルペスを燃やしていた炎が消え、首からブクブクと赤い泡が溢れ出す。泡は男の体を飲み込み、巨大な泡の塊が出来上がる。

 

 

バンッ!!

 

 

泡が一瞬で全てを破裂する。赤い液体が一帯にばら撒かれる。

 

 

「俺はもう死なない。この復讐の灯が消えるまで」

 

 

無傷のガルペスが嫌な顔をして宮川を睨んでいた。

 

 

「笑わせるなよ」

 

 

宮川の目つきが鋭くなる。

 

 

「お前の復讐は甘過ぎるんだよ」

 

 

「貴様ッ!!」

 

 

宮川の挑発にガルペスが激怒する。宮川は銃口をガルペスに向け、ガルペスが剣を作ろうとした時、

 

 

「宮川ッ!!」

 

 

「「ッ!」」

 

 

原田の声が聞こえた。

 

宮川が振り返ると、そこには自分と同じ白いコートを着た原田が走って来ていた。隣にはアリアを抱きかかえた大樹もいる。

 

 

「大丈夫か!?」

 

 

「……ああ」

 

 

宮川は素っ気ない返事で原田に返す。

 

宮川が原田に返事を返していると、大樹が宮川より前に出て来た。

 

 

「ガルペスッ!!アリアに何をしたッ!?」

 

 

大樹の怒りの表情にガルペスは鼻で笑った。

 

 

「フン、それは貴様が一番分かっているだろう」

 

 

「テメェ……!」

 

 

「俺が答えるなら、緋緋神をソイツの体に取り入れさせただけだ」

 

 

大樹が歯を食い縛る音が聞こえる。どれだけ彼が怒っているのが分かる。

 

ガルペスはアリアの方を見る。

 

 

「いつまで寝ているつもりだ?緋緋神」

 

 

「キヒッ」

 

 

「ッ!?」

 

 

ガッ

 

 

突如、目を覚ましたアリアは大樹の首を両手で絞めた。

 

 

「あがッ……!?」

 

 

「大樹ッ!?」

 

 

原田が急いで大樹を助けようとするが、

 

 

「動くな。今のあたしなら簡単に首を飛ばすぞ?」

 

 

「ッ!?」

 

 

アリアの脅迫で原田は動きを止める。アリア……いや、緋緋神は笑っていた。

 

 

ギリギリッ

 

 

「がぁ……ッは……!」

 

 

大樹の首がさらに締まっている。

 

このまま動かなくても死ぬ。だが動いても本当に死んでしまう。

 

何もできないことに原田は歯を食い縛った。

 

 

「それが、どうした?」

 

 

「「「!?」」」

 

 

しかし、宮川は違った。

 

一瞬で宮川は大樹と緋緋神との距離を詰めた。銃口は緋緋神の眉間を狙っている。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

重い銃声が響いた。緋緋神はとっさに大樹から首を絞めるのをやめて、銃弾から逃げる。

 

緋緋神はガルペスの横まで逃げ、宮川を睨む。

 

 

「本気で殺そうとしたな?」

 

 

「何度も言わせるな。それがどうした」

 

 

宮川の答えに緋緋神は笑った。

 

 

「良い!お前も良いな!楢原と同じ、本物の戦いを見せてくれそうだ!」

 

 

「緋緋神。ここは逃げるぞ」

 

 

戦う気満々だった緋緋神を邪魔したのはガルペス。緋緋神は不機嫌そうな顔になる。

 

 

「……あたしに指図するのか?」

 

 

「戦争なら起こしてやる。この東京エリアでな」

 

 

「かはッ……何を企んでる……!」

 

 

喉を抑えながら大樹がガルペスに聞くと、ガルペスは視線をずらした。方向は32号モノリスがある方向。

 

 

「本来なら、もうすぐあのモノリスは崩壊するはずだった」

 

 

「はずだった……だと?」

 

 

「お前らが呼んでいる『モンスターラビリンス』を破壊しなければな」

 

 

「ッ!?」

 

 

大樹は全てを理解した。

 

何故あのガストレアたちは中心を目指さず、他の方向に向かっていたのか。今考えてみれば方向は32号モノリス。狙っていたのはモノリスだった。

 

しかし、大樹には解せないことがあった。

 

 

「どうして32号モノリスだ」

 

 

たくさんあるモノリスの中、それが選ばれる理由は分からなかった。

 

 

蟻型(モデル・アント)には犠牲になってもらうつもりだったらしいからな」

 

 

ガルペスの言い方に大樹は疑問を持った。まるで第三者が行おうとしていることに。

 

しかし、『モンスターラビリンス』はモノリスを破壊するために必要な駒だったことは確かに分かった。

 

 

「教えてやるよ。あたしが」

 

 

緋緋神が腰に手を当てながら前に出る。

 

 

「やめろ。余計なことを言うな」

 

 

「あたしがお前に味方する条件。まさか忘れたわけないよな?」

 

 

緋緋神の言葉にガルペスは目を逸らし、嫌な顔をした。

 

 

「楢原。東京エリアは一週間後に絶対に滅ぶ。あたしが滅ぼすよ」

 

 

「なんだと!?」

 

 

「モノリスはもうすぐ崩壊する。そうだよな?」

 

 

「ああ。5日後には32号モノリスは崩壊する」

 

 

大樹には分からなかった。二人の会話が。

 

唯一分かることは、32号モノリスが崩壊すること。

 

 

「楢原。戦争だ。5日間待ってやる。その間に戦争の準備をしろ」

 

 

「……ふざけているのか?」

 

 

「本気だよ。あたしが滅ぼすのか、楢原が守り切れるのか。はははッ!考えただけで気持ちが昂る!」

 

 

「時間だ。これ以上、緋緋神やお前らと付き合う時間は無い」

 

 

ガルペスは右足を軽く地面をトントンっと叩くと、黒い煙が噴き出した。大樹と原田は腕をクロスさせ、吸い込まないように息を止める。

 

 

「楢原。あたしを止めてみろ……その恋が『ホンモノ』ならば!」

 

 

煙が晴れた時には、緋緋神とガルペスはそこにはいなかった。

 

 

________________________

 

 

 

【大樹視点】

 

 

「クソッ!!」

 

 

ドンッ!!

 

 

天童民間警備会社の一室。俺は八つ当たりで壁を叩いた。

 

大切な人と最悪な形で再会してしまった。いや、俺はアリアと再会していない。会ったのは緋緋神だ。

 

口の中で血の味がした。下唇を強く噛み過ぎたせいで。

 

 

「落ち着け大樹。今はどうするか考えるべきだ」

 

 

「分かってる。けど……こんなのねぇよ……!」

 

 

原田に言われるが、俺は冷静になれない。感情的になってしまう。

 

蓮太郎たちに心配された目で見られるが、俺は元気に振舞えない。

 

壁に寄りかかって座り込んでしまう。優子たちに心配されるが、俺は首を横に振って大丈夫だと伝える。

 

 

「……大樹。アイツは何だ?」

 

 

蓮太郎の質問は事情を知らない人たちにとって一番気になっていることだった。

 

 

「……俺の敵だ。俺は、アイツを倒さなきゃならない」

 

 

「勝算はあるのかね?」

 

 

「……………」

 

 

影胤の言葉に俺は黙ってしまった。

 

 

「大樹君。どうして彼に関わる」

 

 

「どうして……か」

 

 

座ったまま俺は天井を見た。

 

 

「大切な人を奪われたからだ」

 

 

「……君も、奪われたのか」

 

 

「俺はまだマシだ。生きている可能性が十分あるから」

 

 

バタンッ

 

 

その時、俺の話に聞き飽きたのか、宮川が部屋から出て行った。

 

 

「アイツまた……」

 

 

「いいよ原田。今回、宮川には礼を言いたいくらいだから」

 

 

考えたくないが、宮川が来なかったらただでは済まなかっただろう。最悪、死者が出ていた。

 

 

「楢原君……よかったら話してくれないかしら?」

 

 

木更が不安そうな声で俺に声をかける。

 

 

「……あまりいいものじゃないぞ」

 

 

「私も……聞きたいです」

 

 

隣を見ればティナが俺の横で膝をついて手を握っていた。

 

 

「……俺は外にいるぞ」

 

 

「将監さん。ここは聞くのが普通ですよ」

 

 

「知らん」

 

 

「いいんだよ、夏世ちゃん。悪いな将監。気を使わせてしまって」

 

 

「チッ」

 

 

バタンッ!!

 

 

将監が不機嫌そうにドアを勢いよく閉めて部屋から出て行った。

 

 

「すいません。私も行きます」

 

 

「ああ、将監によろしくな」

 

 

それに続いて夏世も部屋を出て行った。

 

 

「大樹さん……」

 

 

「大丈夫だ黒ウサギ。信じられる」

 

 

部屋を見渡す。

 

天童、里見、延珠ちゃん、影胤、小比奈ちゃん、原田、優子、真由美、黒ウサギ、ティナ。

 

大切な人たちばかりだ。

 

 

「俺たちの敵はガルペス。そして、アリアに憑りついた緋緋神と言う神だ」

 

 

「信じられない話って言いたいが……言えないな」

 

 

蓮太郎は嫌な顔をしながら言った。木更以外はガルペスの異常な強さを見てしまったのだから。

 

 

「ガルペスには絶対勝てない。俺と原田が本気で戦っても勝てる見込みは少ない」

 

 

「確かに彼の強さは化け物の強さを越えていた……神と呼んでもおかしくない」

 

 

影胤はシルクハットを深く被り直す。隣にいた小比奈が心配そうな顔で影胤の手を握った。

 

 

「緋緋神はマジで神だ。恋心と闘争心を荒ぶらせる祟り神……それがアリアに憑りついた」

 

 

「元に戻す方法はないの?」

 

 

真由美の質問に俺は答えを躊躇(ためら)った。

 

 

「……すまん。少し原田と二人だけで話がしたい」

 

 

この時、俺は逃げてしまった。

 

分かっている解答を、自信もって答えられなかった。

 

 

________________________

 

 

 

会社の屋上に来た俺と原田。二人の表情は暗い。

 

 

「アリアを元に戻せる方法はあるかもしれない」

 

 

「……それは皆に言えないことなのか?」

 

 

「確信がないんだ……あまり変な期待はさせたくない」

 

 

屋上の手すりに手を置き、空を見る。

 

 

「まずアリアが緋緋神になった原因は体の中にある『緋緋色金』。緋弾が原因なんだ。色金と人は、繋がることができる超常物質だ」

 

 

「繋がる?緋緋神とか?」

 

 

「ああ。繋がる種類は二つ。能力を供給する繋がり『法結び』。感情で繋がる『心結び』。今のアリアは二つとも繋がってしまった。いや、あれは乗っ取られたって言い方が正しそうだな」

 

 

「俺たちの攻撃した時の攻撃も……緋緋神の力ってことか」

 

 

「でもそれはありえなかった」

 

 

俺は目を細める。

 

 

「緋緋色金には特殊な殻が被せてあった。『法結び』だけを結ばせ、『心結び』だけ絶縁する殻。『殻金七星(カラガネシチセイ)』がアリアにはあった。だから緋緋神に憑りつかれることは絶対になかった。だが……」

 

 

「……それをガルペスが壊した」

 

 

俺は原田の言葉に頷く。

 

 

「『殻金七星(カラガネシチセイ)』を元に戻せば緋緋神は消える」

 

 

「……その『殻金七星(カラガネシチセイ)』は簡単に作れるものなのか?」

 

 

原田の質問に俺は首を横に振った。

 

 

「無理だ」

 

 

「……他に方法はあるんだろ?」

 

 

「一つだけある」

 

 

俺は告げる。

 

 

 

 

 

遠山(とおやま) 金次(キンジ)のバタフライナイフだ」

 

 

 

 

 

「バタフライナイフ?」

 

 

「希望はかなり薄い。だけど試す価値はあるナイフなんだ」

 

 

俺は知っている。あのナイフのことを。

 

 

(ここに来て原作を思い出すなんてな)

 

 

思い返せば美琴、アリア、優子。この3つの世界は俺が知っている世界だ。

 

もしかしたら黒ウサギや真由美がいた世界。そしてこの世界も死ぬ前に知れたのかもしれない。

 

……いや、今は考えるのはやめよう。とにかく、

 

 

「原田にはそれの回収をしてもらいたいんだ」

 

 

「なるほどな。だけど、ガルペスはお前だけで大丈夫か?緋緋神ですら俺とお前が力を合わせても手一杯だったぞ?」

 

 

「ああ、それについては―――」

 

 

バタンッ!!

 

 

その時、扉が勢いよく開かれた。

 

 

「大変よ大樹君!」

 

 

「優子!?どうした!?」

 

 

顔を真っ青にした優子。その慌てた様子は普通じゃなかった。

 

 

________________________

 

 

 

会社の部屋に戻ると、将監と夏世は戻って来ており、意外な人物が来ていた。

 

 

「聖天子……」

 

 

「大樹さん……大変なことになりました」

 

 

聖天子がソファに座っていた。その表情は俺と同じで暗い。

 

 

「32号モノリスか?」

 

 

「ッ!?どうしてそれを……!?」

 

 

やっぱりか。

 

 

「何が起きた?」

 

 

「……ステージⅣ・アルデバランをご存知ですか?」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

その名前に俺たちは驚愕した。知らないのは優子たちぐらいか。

 

 

「知っている。資料を見たことある。確かバラニウム侵食能力を持っている奴だよな」

 

 

「バラニウム侵食?」

 

 

真由美の確認に俺は頷いた。

 

 

「バラニウム浸食はその名の通りバラニウムを浸食し、破壊する液体だ」

 

 

「そのバラニウム浸食液は今日の夜中、32号モノリスに注入されました」

 

 

頭の中で理解してしまった。何故俺が32号モノリスに行った時、誰もいなかったのか。

 

もう俺が来た時には32号モノリスは襲撃されていた。

 

 

「それって……!」

 

 

「ああ、真由美の思った通りだと思う」

 

 

俺は告げる。

 

 

「32号モノリスが崩壊したら、磁場を失い、東京エリアに大量のガストレアがなだれ込むぞ」

 

 

俺の確信を突いた言葉に、皆言葉を失っていた。

 

だが、影胤は違った。

 

 

「新しいモノリスの準備は始めているのだろう?どのくらいかかるのかね?」

 

 

「……9日はかかります。モノリスが崩壊する日は―――」

 

 

「5日後だろ」

 

 

「……はい」

 

 

聖天子の返しに俺と原田は嫌な顔をした。

 

5日後。それは緋緋神が宣戦布告した日だ。

 

やっと意味がハッキリと分かった。確かにこれは戦争だ。

 

 

 

 

 

ガストレアを率いた緋緋神とガルペスとの戦争。

 

 

 

 

 

「ガルペス……ふざけやがって……!」

 

 

「大樹。お前から聞いた話が本当なら、ガストレアは俺でも簡単に戦える相手のはずだ。問題は数だ」

 

 

その時、聖天子の唇が震えた。

 

嫌な予感がした。

 

 

「……モノリスの外ではガストレアが集結して、います……数は―――」

 

 

聖天子は声を震えさせながら告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――5000体を……超えました……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……今、彼女は何と言ったのだろうか?

 

俺が影胤が事件を起こした際、相手にしたガストレアの数はせいぜい300を超えるかどうかの数だ。

 

そして、聖天子が口にした数は、

 

 

「5000……!?」

 

 

頭が痛くなるレベルじゃない。吐き気を通り越して発狂してしまいそうだった。

 

この場にいた全員が信じられなかった事実。言った本人ですら信じてないように見えた。

 

 

「待て……アルデバランがそれだけの数を連れているのか……いや、そもそもどうやってそんな数を……!?」

 

 

蓮太郎も混乱している。あの影胤すら動揺した数だ。混乱しない方がおかしい。

 

 

「大樹さん……お願いです。この東京エリアを……救ってください」

 

 

「……………」

 

 

俺はいつものように『はい』とも『任せろ』とも言い切れなかった。

 

 

「聖天子。今の俺は前のように力が無い。今は黒ウサギの方が戦力になるくらい俺は弱くなった」

 

 

「ッ!?……さっきも言っていたな。どういうことだ、大樹」

 

 

俺はクロムイエローのギフトカードを原田に見せた。原田は見た瞬間、息を飲み、嫌な顔をした。

 

 

「使えそうにないのか……?」

 

 

「まぁな。だけど作戦に変更はない。原田はナイフを取りに行き、俺が緋緋神と戦い、あとの者はガストレアと戦ってもらう。作戦なら俺がいくらでも練って―――」

 

 

「大樹」

 

 

原田が俺の言葉を止めた。

 

 

 

 

 

「お前はこの作戦に参加しないほうがいい」

 

 

 

 

 

「……どういう意味だ」

 

 

「今のお前は戦力にならない。俺が緋緋神と戦った方がまだマシだ」

 

 

「……それで?」

 

 

「お前はナイフを取りに行ったほうがいい。あの世界なら今のお前の実力でも十分強いはずだ」

 

 

「そうか。分かった。優子、黒ウサギ、真由美。次に行く世界が決まったぞ」

 

 

唐突な俺の発言に優子たちは当然驚いた。

 

 

「待て大樹!何で木下たちも連れて行こうとしている!?」

 

 

「はぁ?何かおかしいこと言ったか?」

 

 

「ッ!?」

 

 

ドンッ!!

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

原田は俺の胸ぐらを掴み、壁に押し付けた。

 

 

「ッ……痛ぇな」

 

 

「お前、さっきから何で俺の目を見ようとしない……!」

 

 

「その前に何で俺は暴力振るわれてんだよ」

 

 

「お前……分かって言ってるだろ!黒ウサギは俺の次に一番戦力になる!ここに残して置くべきだ!木下も七草も同じだ!」

 

 

「ナイフ取りに行くだけだろ。すぐに―――」

 

 

「ガルペスが簡単に取らせるわけがないだろ!」

 

 

「……じゃあお前の提案は何だよ」

 

 

「お前が一人で行くんだよ!分かってんだろうが!効率を考えたらそうなるだろうが!」

 

 

効率、だと……?

 

 

ダンッ!!

 

 

今度は俺が原田の胸ぐらを掴み、反対の壁に抑えつけた。

 

 

「大樹さん!」

 

 

黒ウサギが必死に止めようとするが、それでも俺は止まらなかった。

 

 

「効率を優先して優子たちに危険な目にあわせるのか!?ふざけるなよテメェ!!」

 

 

「どうしてだ!?いつもみたいに俺に任せて―――!」

 

 

 

 

 

「お前なんか信用できるか!!」

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

俺の叫び声に、原田の表情が真っ青になった。

 

信じられない言葉を聞いたかのような反応だった。

 

 

「何で……何でだよ……!?」

 

 

「今の言葉を聞いて分かった!お前も敵なんだろ!ガルペスと同じなんだろ!?」

 

 

「大樹君!いい加減にして!」

 

 

優子と真由美も止めに入るが、俺の言葉は止まらない。

 

 

「本当は最後に裏切ろうとしてんじゃねぇのか!?そうだよな!?ずっと俺に大事なこと隠していたもんな!?」

 

 

「おい!もうその辺にしておけ!」

 

 

争っている理由が分からない蓮太郎でも、止めないといけないと分かった。

 

俺は、言葉を失った原田に向かって叫ぶ。

 

 

 

 

 

「お前は、俺と同じ保持者だろうがぁッ!!」

 

 

 

 

 

その時、優子たちの手も止まった。

 

 

「何で……知っている……!?」

 

 

「そんなことどうでもいいだろうが!いいから答えろよ!?答えれないのか!?この―――!」

 

 

怒りに任せて原田に向かって言った。

 

 

 

 

 

「―――裏切り者ッ!!」

 

 

 

 

 

バチンッ!!

 

 

その時、俺の右頬にチリッした痛みが走った。

 

真由美にビンタされたと気付くのに時間はかからなかった。

 

 

「言っては駄目よ……それは一番大樹君が知っているでしょ……!」

 

 

そして、真由美は俺の頬を手で抑え、優しく抱き付いてきた。

 

冷静になって周りを見れば、優子も黒ウサギも悲しげな表情になっていた。

 

 

「アタシもいいと思わないわ。一番信頼していたじゃない……」

 

 

優子に言われ、だんだんと熱くなった頭が冷やされる。

 

 

「黒ウサギも、大樹さんと原田さんの喧嘩は見たくないです」

 

 

そして黒ウサギに言われて、やっと自分が何をしたのか理解した。でも、

 

 

「でも俺は……これ以上、傷つく姿を見たくない……」

 

 

「原田さんはそんなことしませんよ。ギフトゲームで助けてくれたじゃないですか」

 

 

黒ウサギの言い分は俺も分かる。でも、そのことが今では何か裏があるんじゃないかと疑ってしまう。

 

俺は手のひらで踊らされているんじゃないのか。そんな不安に圧し潰されそうになる。

 

 

「大樹……」

 

 

原田が俺の名前を呼ぶ。掴んでいた胸ぐらを放すが、俺は原田と目を合わせようとしなかった。

 

 

「いつか話そうと思ったんだ。でも、これを最初に話したら大樹は俺と協力してくれないかもしれない……それが怖くて……!」

 

 

「じゃあそれを話せよ……」

 

 

「……言えない」

 

 

その返しに俺は苛立ち、また胸ぐらを掴もうとするが、

 

 

「だけど」

 

 

原田は告げる。

 

 

 

 

 

「これが終わったら、俺を殺していい」

 

 

 

 

 

そのふざけた言葉に、今度こそ俺はキレてしまった。

 

 

「いい加減にしろよッ!!」

 

 

「ッ!?」

 

 

原田の胸ぐらを掴んで、俺は原田の顔を殴る。

 

殴る。殴る。殴らなきゃいけないのに。

 

 

「何で……そんなこと言うんだよ……!」

 

 

殴れなかった。

 

 

「おかしいだろ……話してくれよ……解決させてくれよ……俺はお前を救えるなら救いたいのに……!」

 

 

「大樹……」

 

 

「ずっと助けてくれただろ……俺はお前をずっと信用していたのに……」

 

 

あの手紙を見てから、俺は変わった。

 

 

「俺に『ホンモノ』を教えてくれよ……もう、不安にさせないでくれ……」

 

 

掴んでいた胸ぐらから手が離れる。原田に何かを言う気力はもう無い。下を向くしかなかった

 

 

「……この戦いだけじゃない。全部が終わってから話したい」

 

 

「ッ!」

 

 

その時、床に何かがポツリと落ちた。ゆっくりと顔を上げると、

 

 

「大樹と、親友でいたいから……!」

 

 

 

 

 

涙を流した原田が、そこにいた。

 

 

 

 

 

初めて見たその表情に俺は驚く。周りにいた者たちも驚いている。

 

 

「お前とずっと親友でいたい……信頼されていたい……裏切らない……だからッ」

 

 

原田は告げる。

 

 

 

 

 

「俺を、信じてくれ……!」

 

 

 

 

 

その真剣な表情に俺は言葉を失った。

 

今まで見て来た原田の中で一番真剣な表情だった。

 

 

「俺はもう、大樹しか頼れないんだ……!」

 

 

「……………」

 

 

俺は臆病(おくびょう)者だ。

 

もう傷付きたくない。もう失いたくない。そんな気持ちがあるせいで、俺はずっと逃げていた。

 

安全策を築き、退路を確保し、必死に逃げていた。

 

だから、目の前にいる親友を信じられなかった。

 

 

「……原田。あと一回だけ、俺はお前を信じる」

 

 

「ッ!」

 

 

もう後悔はしたくない。自分の選択を正しいと胸を張って言いたい。

 

 

「だから、俺も信じてくれ」

 

 

「……絶対に、守り切って見せる」

 

 

俺たちは握手をしようとしたが、やめた。

 

今の俺たちに、そんな確認はいらない。

 

 

________________________

 

 

 

 

「見苦しいとこ見せて悪かったな」

 

 

「いえ、仲直りしてよかったです」

 

 

再び聖天子と向き合い、作戦を立て直す。

 

 

「俺の作戦を聞いてもらえるか?」

 

 

「はい」

 

 

俺は聖天子にこれから5日間、何を準備するのか、どうやって戦えばいいのか説明した。

 

細かく説明し、何十枚にも及ぶ書類を書き続けた。俺がいない間、ここを任せるのは聖天子と原田だ。彼らには頑張って貰わないと困る。

 

何時間にも及ぶ作戦を伝え終わり、俺は大きく息を吐く。

 

 

「以上が作戦内容だ。俺はやることがあるから戦争には参加できない」

 

 

「……本当にこれで、大丈夫でしょうか?」

 

 

「数字で表せば成功確率は……どのくらいだ?」

 

 

「聞くのか?」

 

 

原田に尋ねると、嫌な顔をされた。

 

 

「言えよ。大体見当ついてるから」

 

 

「はぁ……1パーセント未満だ」

 

 

「だろうな」

 

 

正確には0.0054ぐらい。四捨五入しても希望が見えない。

 

 

「このことは街の連中は知っているのか?」

 

 

「混乱を避けるため、隠しています。今はシェルターに国民の30パーセントを選び出すシステム構成を行っています」

 

 

「待て。その国民は【呪われた子供たち】も含まれるのか?」

 

 

「はい。大樹さんもその方がいいでしょう?」

 

 

「逆だ馬鹿」

 

 

「え?」

 

 

聖天子が予想していた答えとは違った。

 

 

「暴動が起きるぞ。ただでさえ【呪われた子供たち】は嫌われているのに、それは不味いだろ」

 

 

自分が外にいる。なのに目の(かたき)にしている子どもはシェルターの中。絶対に良い方には転がらないだろう。

 

 

「す、すみません……」

 

 

「いや、そういう気持ちがあるのは嬉しいよ。ありがとうな」

 

 

俺は一枚の地図をテーブルに出す。

 

 

「【呪われた子供たち】はこっちで預かる。教会に全員集めろ。メディアに報告するかは任せる。言っても言わなくても国民の反応は変わるかは分からない」

 

 

「ですがここは……!」

 

 

「ここが外周区なのは分かっている。シェルターの中に入れる人を決めたら子どもたちも安全な中心地に向かわせる。教会にいるのは最初の日だけだ」

 

 

ガストレアは絶対、最終防衛ラインまで突破して来る。完全に守り切れない。

 

 

「とにかくだ聖天子。今は簡易防壁を作れ。あるとないだけでかなり違くなるぞ」

 

 

「分かりました。私はこれで失礼します」

 

 

「それと最後。モノリスが倒壊するまでガストレアには手を出すな。変なことはしないように政府に釘を刺してくれ」

 

 

聖天子は俺の言葉を頷いた後、部屋を出て行った。

 

 

「さっきも話したが、ここにいるメンバーで『アジュバンド』を結成しろ」

 

 

『アジュバンド』とは部隊を構成する民警の分隊のこと。つまりチームだ。

 

 

「リーダーは里見。お前だ」

 

 

「はぁ!?原田じゃないのか!?」

 

 

「話聞いていたか?原田は全ての軍の指揮を取る(おさ)だ。『アジュバンド』には参加しない」

 

 

「俺でいいのかよ……」

 

 

「お前が適任だ。チームは実力が十分ある2ペア。影胤と小比奈ちゃん、将監と夏世ちゃんを入れる」

 

 

「あぁ!?何でコイツの下につかなきゃいかないんだよ!?」

 

 

「将監さんがリーダーをしても、誰もついて来ませんよ」

 

 

「ぐぅ……!」

 

 

「私と小比奈は構わないよ」

 

 

決まりだな。

 

 

「悪い。黒ウサギには一番キツイ、遊撃役をやってもらう。臨機応変に対応してくれ」

 

 

「分かりました」

 

 

一番キツイ役割を押し付けてしまった。だが、実力は今の俺以上ある。

 

 

「優子と真由美は遠距離からの攻撃。原田が不在時には代理指揮官をやってくれ」

 

 

「……やってみるわ」

 

 

「ええ、大丈夫よ」

 

 

優子にはかなり荷が重いかもしれない。だが、安全なポジションはここだ。

 

代理指揮官は特に真由美にやってもらう。真由美ならこなしてくれるだろう。

 

そして、二人にはこの世界では最強の『魔法』がある。これはガストレアには有効な戦術だ。遠距離から攻撃も可能なのだから。

 

 

「私はどうしましょうか?」

 

 

「ティナは後方から援護射撃を任せたい。中盤戦には黒ウサギと一緒に行動する方が―――」

 

 

「待て大樹」

 

 

俺の作戦を止めたのは原田だった。

 

 

「一度、俺たちだけで話し合おう」

 

 

「……何かあるのか?」

 

 

「ああ。提案がある」

 

 

 

________________________

 

 

 

また屋上に来た。空は茜色になり、夕方になろうとしていた。

 

原田と一緒に屋上に行こうとした時、『少し待っておいてくれ』とどこかに行ってしまった。

 

原田が来るのは時間が少し掛かったが、問題ない。今度は優子、黒ウサギ、真由美も一緒だから話で暇を潰した。

 

暇を潰すと言っても、原田にしか話していなかったバタフライナイフの秘密を教えたくらいだ。少し嫌な話だったかもしれねぇ。

 

 

「それで、呼んだからには何かあるんだろ?ガルペスか?緋緋神か?」

 

 

「どれも違う」

 

 

原田は俺の目を見る。

 

 

「正直、お前を一人で行かせるのは不安だ。ガルペスの手が掛かってるかもしれない。もしかしたら罠かもしれない」

 

 

「アタシも、少し心配だわ」

 

 

原田の言うことに優子も同意した。

 

 

「……まさか二人もか?」

 

 

「そりゃ心配しますよ。黒ウサギも少し怖いです……」

 

 

「そうね。やっぱり不安だわ」

 

 

女の子たちに心配され、申し訳なくなる。頭が上がらないな。

 

 

「だから、大樹に一人護衛をつける」

 

 

「誰だ?宮川か?」

 

 

 

 

 

「ティナ・スプラウトだ」

 

 

 

 

 

「「「「!?」」」」

 

 

原田の口から出てきた名前に俺たちは驚愕した。

 

 

「あの世界なら適任の人材だ。1キロ先でも100発100中なんてあの世界には適任すぎるだろ」

 

 

もしかしてあの時間で全部調べたのか?

 

 

「……巻き込むのか?」

 

 

「実際、お前も良いと思ってんじゃねぇのか?」

 

 

「思わねぇよ……」

 

 

「じゃあ何で一番最初に否定しなかった。何故『駄目だ』と言わなかった?」

 

 

「それは……」

 

 

原田の言っていることは当たっていた。ティナの名前が出た時、確かに適任だと思ってしまった自分がいた。

 

あの世界なら十分に俺の助けになってくれるだろう。だけど!

 

 

「でも、巻き込むのは良くないだろ」

 

 

「だけど、一人はそう思ってないみたいだぜ?」

 

 

ガチャッ

 

 

その時、屋上の扉が開いた。

 

 

「ティナ!?」

 

 

入って来たのは緑のドレスを着たティナだったからだ。

 

 

「すいません。盗み聞きしてしまいました」

 

 

「……俺が今からどこに行くのか分かるのか?」

 

 

「分かりません。ですが、私は大樹さんの助けになりたいです」

 

 

ティナの真剣な表情に俺は困った。

 

 

「大樹。俺は一人だけで行かせたくない。俺も、不安だからだ」

 

 

「けど……」

 

 

「お前がダメというなら俺はもう言わない。これは俺が提案するだけの案だ」

 

 

「……少し卑怯だな、原田」

 

 

「悪い」

 

 

「……正直俺も、いいと思っている。」

 

 

「ッ!」

 

 

だけどっと俺は付け足す。

 

 

「優子たちの意見も、聞くべきだ」

 

 

優子と黒ウサギ。そして真由美は互いに目を合わせた後、笑った。

 

優子はティナの手を握る。

 

 

「大樹君をお願いしていいかしら?」

 

 

「……なんか俺が子どもみたいになってるな」

 

 

「そうでしょ。アタシは大樹君の方が子どもだと思っているわ」

 

 

しかし、否定できないのが悲しいな。

 

優子はティナを優しく抱きしめる。

 

 

「絶対に、一緒に帰って来てね」

 

 

「……はい」

 

 

「決まりだな」

 

 

原田は懐からチョークを取出し、魔法陣を書き始めた。

 

 

「時間が惜しい。ティナに説明する時間は無い。あとは大樹に聞いてくれ」

 

 

「なんでそこまで急ぐ?」

 

 

「ここでの一週間は向こうでは一日かもしれないぞ?」

 

 

そうだった。世界の時系列は同じではない。すっかり忘れていた。

 

 

「ティナ。もう準備はしているのか?」

 

 

「はい。原田さんに持って来いと言われていたので」

 

 

ティナは屋上の扉を開けると、そこには道具が一式揃ってあった。

 

ライフルケースに俺のリュック。いつの間に……いや、原田にはこうなると分かっていたのか。

 

 

「すぐに用意してもらった。食料も入ってあるから」

 

 

「銃弾まで完備してるのかよ」

 

 

コルト・パイソンの銃弾も揃っている。ぬかりがない。

 

 

「あとは……挨拶くらいじゃねぇの?」

 

 

「……そうだな」

 

 

俺はリュックを背負い、優子たちの前に立つ。

 

 

「どうする?ハグくらいしとく?」

 

 

「……バカ」

 

 

一番最初に抱き着いて来たのは優子だった。優子は俺の胸に顔をうずめ、手を背中に回した。

 

 

「……絶対にアリアを、救ってちょうだい」

 

 

「ああ、必ず救う」

 

 

「ちゃんと帰って来て」

 

 

「ああ、帰ってくる」

 

 

「……お願い」

 

 

「ああ、約束する」

 

 

もう破らない。約束だけは。

 

優子は俺の顔を見せないように後ろを向いた。女の子の涙は見ない方がいい。

 

 

「黒ウサギもするか?」

 

 

「黒ウサギは帰って来るまで待ちます」

 

 

「意外だな。どうしたんだ?」

 

 

「分からないです。ですが、こうしないといけないような気がします」

 

 

「そうか……じゃあ帰って来たら、な」

 

 

「YES。大樹さんの帰りを待っています」

 

 

黒ウサギの目には涙がたまっていた。ホント、女を泣かしすぎだ俺。

 

 

「真由美はどう―――」

 

 

俺が真由美に聞く前に、真由美は抱き着いた。手を首の後ろに回し、頬と頬が当たる。

 

 

「さっきは……叩いてごめんなさい」

 

 

「気にするな。むしろ俺は嬉しかったぞ。またあの時みたいに、俺を俺でいさせてくれた。自分を見失わずにすんだ」

 

 

「……もう喧嘩しちゃだめよ」

 

 

「分かってる、原田とはもうしないよ。なぁ?」

 

 

「ああ」

 

 

「……行ってらっしゃい」

 

 

「行ってきます」

 

 

真由美は俺から離れ、笑顔を見せてくれた。目の下が赤いが、俺も笑顔で返す。

 

 

「ティナ。多分、ここから先に踏み込んだら最後だ。逃げれないぞ」

 

 

「大丈夫です。この気持ちは変わりません」

 

 

ティナの答えは聞いた。

 

優子たちと約束した。

 

そして、原田が書き終えた。

 

 

「大樹。俺は絶対に成功してみせる」

 

 

「当たり前だ。俺も成功させるんだ。当然だろ」

 

 

「だな……これを持っていけ」

 

 

原田に渡されたのは赤いビー玉と豪華な装飾が施された砂時計だった。原田はまず赤いビー玉から説明する。

 

 

「こっちに帰ってくる時はこれを砕け。すぐにこっちに戻ってくる」

 

 

「これは?」

 

 

砂時計は不思議だった。逆さにしても横にしても、絶対に砂が平等に下へと落ちるのだ。

 

 

「向こうの世界でこの砂が全部落ちたらこっちでは6日間経ったことになる。それが落ちる前にできれば帰って来てくれ」

 

 

「なるほど……分かった」

 

 

俺とティナはついに魔法陣の中に立つ。

 

ティナが俺の手を握ってきた。俺もティナの手を握り返す。

 

不安しかない転生。しかし、これは希望に繋げる一手に変えてみせる。

 

 

「行ってくる」

 

 

俺はその一言を最後に、この世界を去った。

 

 





次回 緋弾のアリアⅡ 第三次世界大戦編

   Scarlet Bullet 【逃走】



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緋弾のアリアⅡ 第三次世界大戦編
Scarlet Bullet 【逃走】


お待たせしました。

緋弾のアリアⅡです。

つづきをどうぞ。


「ぬああああァァァ!!!」

 

 

ティナを抱きかかえたまま空から落下する俺とティナ。吸血鬼の力を封じられていなかったら空を飛べたが、今の俺にはできない。

 

顔を真っ青にしたティナが必死に抱き付く。泣き出しそうで怖いです。

 

 

「やっぱ落ちるのかよおおおおおォォォッ!!」

 

 

何ッ!?恒例なの!?絶対行事なの!?ふざけるなよッ!?

 

 

「だだだだだだ大樹さんッ……」

 

 

「おおおおおお落ち着けッ……」

 

 

俺もな。

 

 

「私、大樹さんのこと……好きでしたッ」

 

 

「死亡フラグ!?」

 

 

ドバシャアアアンッ!!!

 

 

空に浮かんだ満月が笑っているような気がした。

 

ついでに海に映った黒い影も。

 

 

________________________

 

 

 

「俺とティナじゃなきゃ死んでた……」

 

 

「大樹さん、帰りたいです」

 

 

「はえーよ」

 

 

もう心が折れかけている俺たちは、人工海岸からズルズルとトボトボとブルブル震えながら歩いている。というか寒過ぎ!凍え死んじゃう!

 

空は暗く、街灯の光が俺たちの歩く道を照らす。空は黒い曇が月を隠し、星の光もない。人の気配は全くしない。不気味な夜だ。

 

 

「防水リュックに買い替えて置いてよかったわ」

 

 

「原田さんに借りたライフルケースも防水でしたから大丈夫でした」

 

 

あの野郎……この水にダイブすること知っていたな?まぁ俺が教えたけど。『俺、毎回転生する時ずぶ濡れになるんだ』って相談したら『……ドンマイ』って言われたな。解決策出せや。

 

 

「ここは、どこですか?」

 

 

「東京だよ」

 

 

「……え?」

 

 

「順を追って説明するか」

 

 

俺はティナに世界はたくさんあり、そのうちの一つに転生したことを話した。

 

そして、ここは東京湾岸部に存在する東京武偵高校。通称、学園島だと話した。

 

 

「し、信じられない話ですね……」

 

 

「その割には反応が薄いな」

 

 

「大樹さんが人外的な力を持っていたことを思い出せたので納得できました」

 

 

だから俺の人外で納得するのやめない?

 

 

「それで『武偵』とは何ですか?」

 

 

「死ね死ねばっか言ってるうるせぇ奴らのこと」

 

 

「……それで『武偵』とは何ですか?」

 

 

無限ループ怖い。

 

 

「何て言えばいいかな……武装を許された警察みたいなモノか?」

 

 

「ッ!?……ぶ、物騒な世の中ですね」

 

 

あー、これは勘違いしているわ。めんどくせぇし放って置こう。武偵なんてこんなもんさ☆

 

 

「っとあれだな」

 

 

暗い夜道を歩いていると、目的地が見えた。

 

東京武偵高校第三男子寮。遠山キンジの住む寮だ。

 

 

「遠山はいるかな?」

 

 

エレベーターを使って昇り、廊下を歩く。

 

そして、異変に気が付いた。

 

 

「何だこれ……」

 

 

遠山の部屋の前まで来た。しかし、遠山の部屋には何重もの黄色いテープが張られていた。

 

 

「いつも立ち入り禁止なのですか……?」

 

 

「そんな所に住みくねぇよ……とにかく入るぞ」

 

 

『Keep Out!』と書かれたテープを引き千切り、ドアを開ける。

 

部屋の中は綺麗に整頓されており、今日も日常生活が送られているような部屋だった。

 

電気を点け部屋をよく観察する。やはり誰もいない。

 

 

「大樹さん」

 

 

「……なるほど。頭良いな」

 

 

ティナはゴミ箱に入った弁当箱の空を見つけ出し、俺に見せた。弁当箱の日付から推測するのか。

 

蓋のラベルには『賞味期限1月8日』と書かれている。って!?

 

 

「はぁ!?一月ぅ!?」

 

 

俺は急いでテレビのリモコンを操作し、テレビを点ける。ちょうど天気予報が映った。

 

 

『2月7日、明日の天気予報です』

 

 

「はあああああァァァ!?」

 

 

日にち経ちすぎだろ!?あれから6、7ヶ月経ってるじゃん!?

 

というか冬!そりゃ寒いわ!海なんかマイナス近い温度だぞ!

 

予想以上に日にちが進み、動揺していたが、意外とすぐに落ち着けた。

 

 

「ティナ。とりあえず風呂に入れ。このままだと風邪を引く」

 

 

引かないと思うけど、このままでもいけないだろ。

 

 

「風邪なんか引きませんよ?」

 

 

「いいから入って来い。びしょ濡れのままも嫌だろ?」

 

 

ティナを無理矢理納得させ、風呂に入れた。『一緒に入りますか?』と聞かれた時は危なかった。いつものノリで『入りゅ!』とかいいそうだった。だから噛むなよ。

 

 

 

________________________

 

 

 

「やっぱりないか……」

 

 

家中を探したが目的のバタフライナイフは無い。あるのはゴム銃弾とか女性の下着ばかり。もしかして、女の子増えた?アイツ……羨ましすぎる……!

 

 

「大樹さん、あがりましたよ」

 

 

バスタオル一枚で来ないでぇ!!

 

 

「お、おう。じゃあそこのクローゼットにある制服に着替えてくれ」

 

 

「せ、制服ですか?」

 

 

「ああ、多分アリアの服がちょうど……いや、何でもない。とにかく着てくれ」

 

 

き、聞いてないよね?アリア、ここにいないよね?

 

ティナはクローゼットにかけてある制服に手を取ると、何かに気付いたようだ。

 

 

「これって……」

 

 

「そうだ。普通じゃないぞ。防弾制服だ。普通の防弾服より性能がいいぞ」

 

 

俺もこの繊維にはお世話になりました。Tシャツに使いたいからね!

 

 

「俺も着替えるか」

 

 

俺も風呂場に行き、シャワーで軽く海の水を流し、遠山の制服を借りた。3分も経たなかった。早着替えは武偵の基本です。

 

リビングに戻ると、武偵制服に着替えたティナが待っていた。

 

 

「どうですか?」

 

 

「そうだなぁ……違和感がある」

 

 

正直あまり似合っていない。だが、

 

 

「まぁ可愛いのは変わらないよな」

 

 

「ッ……!」

 

 

ティナは頬を赤くして、顔を逸らした。恥ずかしがるティナ、マジ萌えきゅん。……なんか危ない人になりつつあるな俺。

 

 

「とにかく、何かあったのは確実だな。今から学校に行くぞ」

 

 

俺はリュックを背負い、ティナはライフルを持った。その時、

 

 

「……大樹さん」

 

 

「ああ、人数は玄関から四人。屋上に一人行った」

 

 

俺とティナは走って来る人の足音に気が付いた。しかし、この足音を最小限まで抑えた身のこなし……まさかッ!?

 

 

「来るぞ」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

玄関のドアが蹴り破られ、外から四人の人物が侵入してくる。俺とティナは銃を出さず、構えた。

 

 

「武偵です!あなたたちを連行します!」

 

 

やっぱり武偵か!

 

武偵の女子制服を着た黒髪で左右対称におさげをしている少女が俺に銃口を向けて警告した。

 

後ろにはフリルだらけに改造した制服を着た小さな少女。頭に大きなリボンを付け、セミロングな髪型だ。

 

そして、もう一人は知っている人物だった。

 

 

「あれ?間宮(まみや)じゃねぇか?」

 

 

アリアより低い身長の少女。短いツインテールというかなんというか……あの髪型の名称が分からぬ。女性ファッション誌とか読んだほうがいいのかな?

 

間宮は俺にマイクロUZIの銃口を向けている。表情は『親の仇を討つ!』というくらい気迫があった。

 

 

「悪かったな。ここを勝手に使って」

 

 

「……何の話ですか?」

 

 

黒髪のおさげちゃんが『はぁ?何言ってんの?マジキモイんだけど?』みたいな顔で言ってくる。グサッ、傷つくわぁ……。

 

 

「はぁ?じゃあ何で俺に銃を向けて―――」

 

 

そこで俺は気付いた。玄関から足音は四人だったはず。なのに、今ここには三人しかいない。

 

 

バリンッ!!

 

 

その時、左手にある窓ガラスが勢いよく割れた。

 

金髪のポニーテールの少女が窓を蹴り破り、俺に向かってドロップキックしようとしている。

 

 

(よくテレビで見る屋上からロープを使って飛び込むアレか……名前は……ターザンキック?)

 

 

もっと武偵の勉強しておけばよかったと思う瞬間だった。

 

 

ドゴッ!!

 

 

「だが甘い」

 

 

「「「「ッ!?」」」」

 

 

金髪ポニーテールの蹴りを左手だけで受け止めた。少女は驚愕するが、そんな暇はない。

 

 

「そいッ」

 

 

ドサッ!!

 

 

そのまま力を受け流し、左手だけで少女を床に寝かせる。同時に隠し持ったナイフを右手で奪い、少女に首に当たるか当たらないかの距離まで近づける。

 

 

「先輩舐めるなよ?」

 

 

「嘘……だろ……!?」

 

 

金髪ポニーテールが顔を真っ青にして俺の笑った顔を見ていた。

 

 

ダンッ!!

 

 

「「ッ!?」」

 

 

三人の少女の後ろから長い黒髪を振り乱しながら、俺の懐に一瞬で入り込んだ。その速さはティナでも驚く程だった。

 

 

ザンッ!!

 

 

握った刀を俺の首に向かって振り上げた。

 

 

「無駄無駄」

 

 

パシッ

 

 

「えッ!?そんなッ!?」

 

 

ナイフを金髪ポニーテールに返し、右手の人差し指と中指で真剣白刃取り。余裕である。

 

 

「っと」

 

 

バシッ

 

 

刀をクルッと回転すると、黒髪の女の子はバランスを崩した。刀を巧みに扱い、黒髪の女の子も床に寝かせる。

 

 

「ほい、二人目な」

 

 

「ッ!?」

 

 

黒髪の女の子も顔を真っ青にして俺を見ていた。

 

 

「お姉さまを殺さないで!!」

 

 

「うぇ!?」

 

 

その時、フリルの女の子が涙目で俺に懇願して来た。こ、殺す!?

 

 

「殺さねぇよ!」

 

 

「そんな!?痛み付けるつもりですのね!?」

 

 

「しねぇよ!」

 

 

「じゃあ何するおつもりなんですか!?」

 

 

「何もしねぇよ!」

 

 

「じゃあその手を放してください!」

 

 

「んだよもう……」

 

 

俺は二人のから手を放し、解放する。

 

 

「「「「「え?」」」」」

 

 

「ん?」

 

 

しかし、女の子たちの様子がおかしい。みんな驚いた顔をしていた。

 

 

「な、何だよ……」

 

 

「ど、どうして放されたのですか……?」

 

 

「待て。お前が放せって言ったよな?」

 

 

何故こんな不思議な反応をされるのだ。

 

 

「ちゃ、チャンスです先輩!今のうちに逃げてください!」

 

 

パンッ!!

 

 

おさげちゃんが銃を発砲。銃弾は俺の腹部に当たる―――

 

 

「ふッ」

 

 

―――わけがなかった。一歩横にずれるだけでかわせた。

 

おさげちゃんは避けられたことに驚いていたが、

 

 

「う、動かないでください!」

 

 

「えー」

 

 

「撃ちますよ!?」

 

 

「いや、避けれるから別にいいよ」

 

 

「ッ!」

 

 

パンッ!!パンッ!!パンッ!!

 

 

連続して発砲するおさげちゃん。俺は右に一歩進みながら体を逸らすだけで全てかわした。

 

 

「ほら、ね?」

 

 

「そ、そんな……!?」

 

 

おさげちゃんは俺に怯え、一歩後ろに下がる。やっぱ化け物に見えちゃう?

 

 

「というかどうして俺を撃つ?間宮、説明できないのか?」

 

 

「説明……それは先輩が一番知っていることじゃないですか!?」

 

 

「はぁ?何も知らねぇから聞いてるんだろ」

 

 

間宮とは話ができそうにないな。銃口が俺の頭を狙っている時点で危ないな。

 

 

「じゃあ金髪ポニーテールの美少女。事情を話してくれないか?」

 

 

「び、美少女……!?」

 

 

金髪ポニーテールの女の子は顔を真っ赤にしてフリーズした。何故固まった。

 

 

「お姉様を落とそうとは……男のクズですわね!」

 

 

「ひでぇ!?ってお姉さま?姉妹なのか?」

 

 

フリルの女の子と金髪ポニーテールの女の子を見比べるが、似ていない。

 

 

「違います。私とライカお姉様は愛を誓った仲ですの!」

 

 

「ダーッ!?何てことを言ってんだよ!?」

 

 

金髪ポニーテールの女の子。ライカはフリルの少女の口を急いで塞ぐが、全部聞こえてしまった。

 

 

「ひ、人の愛の形はそれぞれだもんな……うん」

 

 

「うわぁあ!指名手配犯に可哀想な目で見られた!」

 

 

ん?

 

 

「待て。指名手配犯って俺のことか?」

 

 

「「「「「え?」」」」」

 

 

「「え?」」

 

 

全員の時間が止まった。

 

考えろ楢原 大樹。指名手配犯って武偵の中だけのことじゃないか?ほら、俺って単位危なかったし、いろいろ問題児だったし、ねぇ?

 

 

「ど、どういうことか説明してくれないか?」

 

 

「え、えっとテレビでもあっていますよ」

 

 

黒髪の女の子がテレビを指差す。おいおい。テレビでもあるほど有名なの?

 

俺はゆっくりとリモコンを手に持ち、チャンネルを変えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『速報が入りました!国際指名手配犯の楢原 大樹が先程目撃されたと情報がありました!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こ、国際指名手配犯!?

 

国際手配って国際刑事警察機構(ICPO)が加盟国190ヶ国の各政府を通じてるやつじゃん!?

 

 

『ではもう一度彼について振り返ってみましょう。彼は1人の男子学生と2人の女子学生を殺した殺人鬼だと周知されております』

 

 

されてないよ!?本人がされてないよ!?

 

 

『殺害された学生は二年生男子生徒の遠山(とおやま) │金次《キンジ》さん。同じく二年生女子生徒神崎(かんざき)(エイチ)・アリア。同じく二年生女子生徒御坂(みさか) 美琴(みこと)

 

 

はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああァァァァァァァァ!?

 

そこからは酷かった。アリアを殺したことにブチギレたイギリスのことや、武偵が全力で殺意を持って捜索していることや、捕まったら終身刑か死刑になるとか話していた。

 

 

『彼は元々問題児でしたからね。女子学生をたぶらかしたり、授業をサボったり、カジノを爆破したり、事件を起こしてばかりの人間でした』

 

 

自業自得過ぎる俺!

 

そこから先は耳に入ってこなかった。もうライフが残っていなかった。だから、

 

 

「もう俺を逮捕してください」

 

 

「「「「「えぇ!?」」」」」

 

 

涙を流しながら俺は両手を差し出した。

 

 

「大樹さん……」

 

 

「そもそも殺していないのに……あんなの……あんまりだぁ……」

 

 

ティナの背中をポンポンと慰められる。

 

 

「え?殺していないってどういうことですか……?」

 

 

「俺は何もやっていないんだよ、おさげちゃん」

 

 

「お、おさげちゃん……私には(いぬい) (さくら)という名前があります!」

 

 

俺の呼び方が気に入らない乾は自分の正体を明かした。

 

 

「じゃあ乾。俺の国際指名手配犯(これ)が広まったのはいつだ?」

 

 

「10月の中旬です……」

 

 

「それまでに俺の目撃情報はあったのか?」

 

 

「い、いえ……」

 

 

「考えてみろ。今まで姿を一切見せなかった俺が突然ここに現れたのはおかしいと思わないのか?」

 

 

「そ、それは……」

 

 

俺の言葉に他の人も戸惑っている。だが、間宮は違った。

 

 

「ならどうしてアリア先輩はいなくなったのですか!?」

 

 

痛いところを突かれたと思った。

 

 

「何も言わず、先輩は消えてしまった……先輩がどこにいるのか知っているんじゃないですか?」

 

 

「……知っている。だけど、お前には話せない」

 

 

「どうしてッ!?」

 

 

「それは……」

 

 

ああ、そうか。俺はこうするしかないようだ。

 

 

 

 

 

「俺が国際指名手配犯だからだ」

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

ティナが驚いた顔で俺を見た。

 

 

「間宮、乾……あとは火野(ひの)ライカと佐々木(ささき)志乃(しの)か」

 

 

「「ッ!?」」

 

 

俺はライカと黒髪の女の子から奪った手帳を見て名前を告げる。火野と佐々木は驚いていた。

 

 

「あ、火野の嫁の名前は(しま)麒麟(きりん)か」

 

 

「うわぁ!?勝手に見るな!?」

 

 

「お姉様が私の写真を……!」

 

 

怖い。この火野と島が怖い。

 

俺は奪った手帳を二人に投げて返す。

 

 

「5人に先に謝っておく。俺はこんなところで捕まるわけにはいかない。殺していないけど、多分俺は有罪になっちまう」

 

 

それにっと俺は付け足す。

 

 

「アリアを救うために、俺はここに戻って来たからな」

 

 

「……嫌です」

 

 

間宮は銃を直し、構えた。格闘か?

 

 

「アリア先輩の場所、絶対に教えてもらいます」

 

 

「……アリアのこと、好きなんだな」

 

 

「当たり前です!」

 

 

「わ、私のあかりちゃんが……!」

 

 

佐々木が何か言ったがスルーしよう。あとアイツも危ない事を頭に入れて置こう。

 

 

「だけどなぁ……」

 

 

俺は腰に手を当てて、宣言する。

 

 

「俺の方が大好きだ!!」

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

「愛しているって言ってもいい!」

 

 

「あ、あいッ!?」

 

 

女性陣が顔を真っ赤にしてフリーズしている隙に、俺はポケットに手を突っ込む。

 

 

ゴスッ

 

 

「痛ッ!?ティ、ティナ!?」

 

 

「大樹さんの馬鹿……」

 

 

何故かティナの機嫌は斜めっていた。

 

俺はポケットから手榴弾を取り出すと、女性陣は顔を真っ青にした。

 

 

「Good-Bye」

 

 

安全ピンを抜き、間宮の足元に向かって投げる。間宮たちはパニックに陥っていたが、急いで窓に向かって放り投げることに成功した。

 

だが、爆発音はいつまで経っても聞こえてこなかった。

 

 

「だ、騙されたぁ!?」

 

 

大樹たちに騙され逃げられた。そう気付くのに、少し遅かった間宮たちだった。

 

 

 

________________________

 

 

ウー!ウー!

 

フォン!フォン!

 

 

現在、何十台ものパトカーに追われています。

 

 

シャコシャコシャコシャコッ!!

 

 

そして、俺とティナは自転車で逃走中。

 

 

「ぐあああああァァァ!!足が攣る!消し飛ぶ!」

 

 

時速60キロを出せている。自転車ってこんな速度が出るのか。

 

カーブや路地を使いまくり、パトカーの追跡から逃れようとしているが、全く無意味。武偵には効かなかった。

 

 

「ティナ!まだか!?」

 

 

「準備できました」

 

 

ティナは俺の後ろに乗りながら遠山の部屋から拝借したライフルを構える。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

重い銃声が鳴り響き、パトカーの右前輪を壊す。

 

 

ギュルルルッ!!

 

 

バランスを崩したパトカーは回転し、

 

 

ドゴンッ!!

 

 

他のパトカーに激突した。

 

 

ドゴンッ!!バンッ!!バリンッ!!

 

 

次々と激突して巻き込んでいくパトカー。大事故だった。

 

 

「俺は悪くない。警察が悪い」

 

 

「大樹さん。それだと大樹さんが悪人に見えます」

 

 

ぐへへへッ。俺が悪の大犯罪者だぜ(白目)

 

自転車を巧妙に操り、スピードを落とさずカーブする。

 

 

「やっべ!?」

 

 

カーブを曲がるとすぐ前方にロケットランチャーを構えた武偵がいた。馬鹿なの!?

 

俺とティナは同時に自転車から飛び降りて逃げる。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

ミサイルが自転車に当たった瞬間、大きな爆発音と共に、俺とティナは爆風で飛ばされる。

 

国際指名手配犯だからってやり過ぎじゃないか?と思ったが武偵だから仕方ないよね。

 

 

バリンッ!!

 

 

俺とティナはコンビニの窓を突き破り、中へと転がった。

 

お互い受け身を取れていたのでノーダメージ。

 

そして、俺の目の前には肌色が!?

 

 

「うおおおおおッ!!俺の目の前におっぱいがッ!?」

 

 

「何をしているのですか」

 

 

バシンッとティナに叩かれて正気に戻る。何だよエロ本か。ややこしいな。

 

 

「リュックに詰めないでください」

 

 

「チッ」

 

 

俺は本を投げ捨てコンビニの奥の部屋に逃げ込み、裏口から逃走する。

 

 

「お!バイクがあるじゃん」

 

 

「でもキーがありませんよ?」

 

 

「さっき休憩室から盗んだ」

 

 

「本当に犯罪じゃないですか」

 

 

いいんだよ。どうせ遠山の自転車を盗んだし。あ、でもロケランで木端微塵になっちゃった。てへッ。

 

 

ブロロロッ

 

 

俺は原付バイクのキーを回してエンジンをかける。ティナは後ろに乗り、銃を構えた。

 

警察と武偵はやっとコンビニの中に入ったようだ。とっとと逃げますか。

 

バイクを発進させ、時速70キロのスピードで駆け抜ける。自転車とあまり変わらねぇなオイ。

 

 

「これからどうします?」

 

 

「そうだなぁ……遠山がどこにいるかどうか分からないといけないからな」

 

 

多分、遠山は日本にいない。死んだとかニュースでほざいていたが、あれは嘘に決まっている。

 

外国。となると飛行機が必要だ。そもそも仲間が少ないこの状況では不利すぎる。

 

 

(……ん?あれは?)

 

 

道路にキラッと光る閃光が見えた。懐中電灯でモールス信号か?

 

 

「だいいちじょしりょう……第一女子寮か!」

 

 

「大樹さん。これ以上犯罪は……」

 

 

「違う」

 

 

まぁ行く先は決まった。仲間だということを祈ろう。

 

 

 

________________________

 

 

 

1-707

 

 

これは女子寮のVIP(ビップ)ルームの一室であり、アリアの部屋である。

 

寝静まった寮の中に入るのは簡単だった。監視カメラもスルリと抜けることにもできた。

 

あのモールス信号は『1707』と最後に伝えて来た。まさかアリアの部屋の『1-707』か?っと勝手に解釈したが……。

 

 

ガチャッ

 

 

……部屋の鍵がかかっていないことから当たりだと分かった。

 

俺とティナは警戒したまま中に入る。

 

中はさすが貴族と言うべきか、立派な家具ばかり置かれていた。何故これほど充実した部屋なのによく俺の部屋に泊まりに来るのかな?やっぱ俺のことが好きなのか!?……自分で言ってて恥ずかしくなったわ。

 

 

「久しぶりね、旦那様」

 

 

「……おう」

 

 

ソファに座った少女。赤い女子武偵服を着た少女。

 

元イ・ウーのメンバー。猛毒使いの美少女。

 

夾竹桃(きょうちくとう)がいた。

 

 

「……いや、いつお前の旦那様になったんだよ」

 

 

「そうね……あなたが消えてから寂しくなってそうなったわ」

 

 

「なんかごめんなさい」

 

 

頬を膨らませて怒っている夾竹桃。もう見れない表情じゃないこれ?レアじゃない?

 

夾竹桃は煙管(きせる)をクルクルと回すと

 

 

シュッ

 

 

「うぐッ!?」

 

 

俺の首にTNK(ツイステッドナノケブラー)を一瞬で巻き付けた。やべぇ……かなり強くなってるぞ……!?

 

 

「う、腕を上げたな……夾竹桃」

 

 

「そうね……そうだわ。握手しましょ」

 

 

やだよ!お前の左手の爪は毒が仕込んであるもん!

 

 

「麻痺がいいかしら?でも効きそうにないからやっぱり毒を……」

 

 

(ヤンデレだ!ヤンデレがいる!!)

 

 

黒ウサギと同じくらい怖い!

 

 

「大樹さんを放してください」

 

 

シュンッ

 

 

ティナは持っていたナイフを夾竹桃の首に突き付けた。ティナを見た夾竹桃は俺とティナを交互に見る。

 

 

「……ロリコン」

 

 

「やめろよ!!」

 

 

もうその繰り返しは飽きたザマス!

 

 

「大丈夫よ。私は争うために呼んだわけじゃないわ」

 

 

「ならこのワイヤーを解いてくれ」

 

 

夾竹桃がまた煙管をクルクルと回すと、俺の首に絡まっていたワイヤーが取れた。ふぅ……。

 

 

「本題を話そうか」

 

 

「そうね。まず殺したかしら?」

 

 

「その答えはNO」

 

 

「そうでしょうね」

 

 

分かっているなら聞くなよ。

 

 

「実はあなたが探している人に心当たりがある人物を知っているわ」

 

 

「実は俺もその人物を知っているかもしれない」

 

 

「……当ててみなさい」

 

 

理子(りこ)だ」

 

 

俺の解答は正解。夾竹桃の口元が緩んだ。

 

 

「さすがね。景品はどうする?」

 

 

「いや、何もいら―――」

 

 

「私かしら?」

 

 

「―――マジで?」

 

 

ドゴッ!!

 

 

「ぐぶらへッ!?ティナさん!?」

 

 

「大樹さんは馬鹿です」

 

 

確定になった。どうやら俺は馬鹿だそうです。

 

お腹を抑えながら話を戻す。

 

 

「それで、理子はどこだ?」

 

 

「捕まったわ」

 

 

「ッ……誰にだ!?」

 

 

「ヒルダって人物は知っているかしら?」

 

 

「……ああ、なるほどな」

 

 

ブラドの娘さんじゃないか。

 

……あ、今ブラドって誰だっけって思っただろ?説明すると俺が火薬庫でボコボコにした狼男みたいな吸血鬼だよ!

 

 

「どこにいる?」

 

 

「横浜郊外の紅鳴(こうめい)館って言ったら分かるかしら」

 

 

「ブラドの屋敷じゃねぇか」

 

 

だが、場所は分かった。今の俺はそれだけで十分だ。

 

 

「行くぞ」

 

 

 

________________________

 

 

 

既に12時を過ぎ、1時すら過ぎてしまった。

 

バイクに三人乗りという無茶な乗り方をした俺たち。ポリスに見つかることなく、目的地に到着した。

 

そして、夜中の屋敷の外見は恐ろしいモノになっていた。

 

 

「呪われてんのか?この屋敷」

 

 

「大樹さん。お化けはこの世に存在しませんよ」

 

 

「え?」

 

 

「しません」

 

 

「あ、ハイ」

 

 

これはいいこと聞いたぜぇ……(ゲス顔)

 

そんな俺たちのやり取りを無視して夾竹桃は進む。

 

 

「おい、真正面から入るのか?」

 

 

「あら?あなたならそうするでしょう?」

 

 

「ピンポーン。大正解だゴラァッ!!!」

 

 

ドゴンッ!!!

 

 

俺は音速で走り出し、扉を勢いよく蹴り破った。

 

屋敷の中は洋風で綺麗に……あ、俺の扉の残骸のせいで綺麗な床じゃなくなった!反省反省。

 

 

「チィース!ピザ届けに来ました!!」

 

 

「嘘つきなさい!!」

 

 

「チィース!パンの耳を届けに来ました!」

 

 

「嫌がらせ!?」

 

 

俺のツッコミを入れたのはゴシック&ロリータの金髪のツインテールの美少女。

 

この美少女がブラドの娘、ヒルダだ。

 

奥の部屋からカツカツっとピンヒールを鳴らしながら姿を現した。

 

 

「全く、下品な男……血の味はゴキブリかしら」

 

 

どんな味ですか。というかゴキブリか……。

 

 

「なぁ知ってるかヒルダ?ゴキブリってただ普通に叩き殺しちゃだめなんだぜ?」

 

 

「え?」

 

 

「どうしてか……知ってるか?」

 

 

「な、何よ……教えなさい!」

 

 

「……へっへっへ」

 

 

「ヒィッ!?」

 

 

さっそくヒルダを怖がらせることに成功。……なんか虚しい。

 

 

「だいちゃん……?」

 

 

懐かしい声。俺のことをそんなふうに呼ぶのはあの子しかいない。

 

ヒルダの後ろ、部屋の奥から出て来たのは長い金髪をツーサイドアップに結った、ゆるい天然パーマの少女。

 

いつもと同じフリルがたくさんついた改造制服。

 

(みね) 理子がそこにいた。

 

 

「よぉ理子。助けに来たぜ」

 

 

「ッ……!」

 

 

理子は下唇を噛み、スカートの裾を握った。あまり喜ばれていない?

 

 

「感動の再会は後だ。ヒルダ、理子を返してくれるなら許してやるぜ?返さないならお前の親父と同じようにぶっ飛ばす」

 

 

俺の言葉を聞いたヒルダは目を見開いて驚いていたが、

 

 

「ほーッほほほほッ!!まさかお前がナラハラだったのか!哀れな顔をしておる!」

 

 

うるせぇ!イケメンなんて所詮イケメンなんだよ!男は中身で勝負だ!

 

悪役の女王みたいに笑うヒルダ。あの性格がなければなぁ……。

 

綺麗な白い肌、妖艶な紅い唇、筋の通った鼻先。美人なのに……損してるわ。

 

 

「ふふッ、見惚れているのね」

 

 

「あ?」

 

 

ヒルダは人差し指を唇に当てながら目を細める。

 

 

「まぁ、無理のない事だけれど。私は、美しいから」

 

 

……………イラッ。

 

 

「ぺッ」

 

 

「なッ!?」

 

 

「大樹さん。唾を吐くのは敵でもさすがに失礼過ぎです」

 

 

後ろからティナにツッコミを入れられる。めっちゃ腹が立った。

 

 

「ヒルダ。俺はお前より美人で可愛い女の子を10人……いや、20人以上は知っている!残念だったな!」

 

 

「その美人で可愛い女の子は私も入っているのかしら?」

 

 

煙管をクルクル回しながら夾竹桃が俺の顔を見る。まぁ入ってますよ。でも言わない。恥ずかしいから。

 

 

(きょー)ちゃん……」

 

 

「久しぶりね。1ヶ月ぶりかしら?」

 

 

夾竹桃の姿を見たにも関わらず、理子の表情は暗いままだった。

 

 

「それじゃあ始めるか。姫様を返して貰うぜ、ヒルダ」

 

 

俺はコルト・パイソンを左手に持ち、ティナは両手にライフルを構え、夾竹桃は左手の手袋を外した。

 

 

グルルルルッ……!

 

 

「「「ッ!」」」

 

 

猛獣が唸る低い声。4、5匹のオオカミが物陰から姿を現した。こいつは確かブラドが飼っていたオオカミだったはずだ。

 

しかも普通のオオカミとは全く違う。絶滅危惧種のコーカサスハクギンオオカミだ。

 

 

「お父様が可愛がっていた子たちよ。お前をさぞ恨んでいるだろう」

 

 

「おお!カッコイイ!ちゃんと見とけよティナ!向うの世界に帰ったら絶対に見れない動物だからな!」

 

 

「聞きなさいよ!?」

 

 

「可愛いです……」

 

 

「ッ……ほーッほほほほッ!それなら触ってみたらどうかしら?」

 

 

扇子で口元を隠しながら笑うヒルダ。ティナは目を輝かせた。

 

 

「いいのですか?」

 

 

「ええ、特別に許してやるわ」

 

 

許可を貰ったティナは唸り続けるオオカミに近づく。

 

 

(そのまま噛まれるがいいわ!)

 

 

オオカミが懐くわけがない。ヒルダはニヤリと笑った。

 

 

「ガァッ!!」

 

 

ヒルダの予想通り、オオカミはティナに噛みつこうと飛び掛かる。

 

 

「おすわり」

 

 

「ッ!?」

 

 

しかし、オオカミは動きを止めた。

 

 

「おすわり、だ」

 

 

ドスの利いた低い声で大樹がオオカミに命令する。オオカミは尻尾をシュンッと縮ませながら後退する。

 

 

「もし次……ティナに手を出したら……」

 

 

ゆっくり言いながら大樹はオオカミを睨んだ。

 

 

「その尻尾、千切るぞ」

 

 

「「「「「ッ!?!?」」」」」

 

 

シュタッ!!

 

 

オオカミは一瞬にして『おすわり』をした。背筋をピンと伸ばし、いつでもお手ができるような体制に変わった。

 

 

「お前たち!?」

 

 

「よしティナ。まずはお手からやってみような」

 

 

「はい。お手」

 

 

シュタンッ

 

 

ティナが『お手』と言ってからオオカミがお手をするのに1秒もかからなかった。

 

 

「ふわふわですよ大樹さん」

 

 

「へー、ふわふわだってよ?ヒ・ル・ダ?」

 

 

「ッ……!」

 

 

俺が挑発した態度でヒルダに言うと、ヒルダは悔しそうな表情をした後、また笑った。まさか、まだ策があるの?

 

カツン……カツン……っとピンヒールを鳴らしながら理子に近づく。

 

 

「理子はもう竜悴公(ドラキュラ)家の正式な一員よ……お前のところには行かないわ」

 

 

「ハッ、それこそ行くわけねぇだろ。テメェらのやったことは絶対に許されない」

 

 

何か企んでいる?警戒はするが、怖いな。

 

ヒルダは白い指で理子の頬を撫でた。

 

 

「理子自身が決めたことでも?」

 

 

「何……?」

 

 

「理子は『眷属(グレナダ)』についた。私につくことを選んだのよ」

 

 

……そう言えば裏ではそんなのがあったな。忘れていたわ『│宣戦会議《バンディーレ》』とか。

 

ヒルダの指は頬から耳へ。そこで俺は気付いた。理子の耳にコウモリ型のイヤリングをしていることに。

 

 

「そのイヤリング……お前!」

 

 

クソッ!忘れていた!

 

 

「そう、このイヤリングは竜悴公(ドラキュラ)家の正式な臣下の証。外そうとしたり、耳を削ぎ落とそうとしたり、私が一つ念じたりすれば、弾け飛ぶ。そうなれば、中に封じられた毒蛇の腺液から傷口から入り―――」

 

 

ヒルダは魔女のように笑いながら告げる。

 

 

「―――10分で死ぬわ」

 

 

「……………」

 

 

その時、大樹の雰囲気が変わった。

 

ヒルダを『見る』から『睨む』に変わったのだ。

 

 

「理子自身がお前についただと?それは自分の命を守るためだろ。勘違いも甚だしいぞ」

 

 

「本人に聞いてみるかしら?」

 

 

ヒルダが三歩ほど後ろに下がる。理子と話せってことか。

 

俺は前に進み、理子の前に立つ。理子は下を向き、俺と目を合わせようとしなかった。

 

 

「だいちゃん……」

 

 

「……本当にそれでいいのか?」

 

 

「……いいんだよ」

 

 

理子の声は諦めたような感じが含まれていた。

 

 

「ヒルダは仲間に貴族精神を持って接してくれる。丁寧な態度で私と話してくれた」

 

 

「ならそのイヤリングは何だよ……」

 

 

「……これは従うしかなかった。ヒルダと手を組むには仕方なかったことなの」

 

 

「……仕方なかった、か」

 

 

「理子は私を裏切った。その次はお前を裏切った。イ・ウー裏切り、お父様も裏切った。本当に無様で、見苦しい」

 

 

ヒルダの言葉に理子は目をきつく閉じ、下唇を噛んだ。体は震え、ぼろぼろと涙を流した。

 

 

「そうだよ、大樹……あたしは裏切り者だ……命惜しさに、お前を裏切ったんだ……!」

 

 

「……そうか」

 

 

俺はコルト・パイソンを制服の内側に装着したホルスターにしまう。

 

 

「じゃあ最後の裏切りをしようか」

 

 

俺は理子の顔に手を伸ばす。手が顔に触れた瞬間、理子は震えて何かを覚悟していた。

 

 

(これで決まりだな)

 

 

やることは決まった。あとは……。

 

 

「なぁヒルダ。お前が念じればこれは壊れるんだろ?」

 

 

「人間の分際で私に同じことを二度も言わすな」

 

 

「嘘っぽいんだよなぁ……どうせ嘘だろ?」

 

 

「ナラハラ、お前は相当の馬鹿なのかしら?」

 

 

「はぁ?お前よりは頭良いぞ、この醜い豚!」

 

 

「なッ!?」

 

 

「やーい!お前んち、おっばけやーしきッ!!」

 

 

「それは悪口のつもりですか……?」

 

 

ティナよ。小さいことは気にするな。

 

 

「この無礼者ッ!理子を殺すわよ!?」

 

 

「やってみろよ!この……えっと……ボシンタン!」

 

 

「ボシンタン!?」

 

 

※ボシンタンとは犬の肉を使用した朝鮮半島の料理のことである。

 

 

「いいわ……やってあげるわ……!」

 

 

挑発に乗ったか。これでいい。

 

これが最後になると思ったのか、理子は目を瞑り、覚悟を決めていた。

 

 

「大丈夫だ理子」

 

 

俺は左手で理子の頭を撫で、右手でイヤリングを握る。

 

 

「俺のことは何度でも裏切れ。裏切って裏切って、切り捨ててもいい」

 

 

そしてっと付けたし、告げる。

 

 

 

 

 

「いつか、俺を信じてくれ」

 

 

 

 

 

「ッ……!」

 

 

自分の命が惜しくて裏切った?当たり前だ。死にたいなんていう奴はそうそういない。裏切って当然だ。そんなので裏切らないのは忠誠を誓った騎士か馬鹿な俺くらいだ。

 

 

「俺は理子に裏切ってもらえてよかった。こうして生きていることが、俺は安心している」

 

 

多分俺は理子が裏切らなかったら怒っていただろう。それで死んだら悲しんだはずだ。

 

 

「だから、俺はこの安心を手放すわけにはいかない。もう理子には(つら)い思いはさせたくない」

 

 

俺は理子に聞く。

 

 

「このままで、いいのか?」

 

 

理子は涙を流しながら、俺に告げる。

 

 

「……い……いやだよ……もう、いやだよ……!」

 

 

そうだよな。分かるよ、お前の気持ち。

 

 

 

 

 

「……自由に、なりたいよ……!」

 

 

 

 

 

「ああ、俺に任せろ」

 

 

 

 

 

理子は俺に抱き付き、涙をボロボロと流した。

 

その様子を見ていたヒルダはさらに不機嫌になる。

 

 

「裏切ったわね……いいわ、死になさい理子!」

 

 

(来るッ!!)

 

 

俺は【神格化・全知全能】を右目と右手に発動させた。

 

右目が黄金色に輝き、時間が止まったような感覚で陥った。

 

理子のイヤリングを見てみると、小さな亀裂がゆっくりと時間をかけて広がっていく。

 

イヤリングが壊れる瞬間をスローモーションで見えている。

 

 

(問題なのは毒蛇の腺液……イヤリングの破片が問題じゃない)

 

 

つまり、導き出される答えは……!

 

 

バチッ!!

 

 

「「「「ッ!?」」」」

 

 

理子のイヤリングが砕けた瞬間、俺はすぐに理子の顔から右手を離す。

 

ポタポタと右手から何かの液体が流れていた。

 

 

 

 

 

それは毒蛇の腺液。大樹は毒を握っていた。

 

 

 

 

 

イヤリングの破片で傷ついた理子の耳から血が流れるが、腺液は一切入っていない。

 

 

「どうだ?覆してみせたぞ?」

 

 

俺の言葉にヒルダだけではなく、理子も、ティナも、夾竹桃も驚愕していた。

 

ヒルダは扇子を落とし、首を横に振りながら後ずさる。

 

 

「ありえん……そんなこと……」

 

 

「俺にはできる」

 

 

持っていたハンカチで毒を拭き取り、ハンカチを捨てる。

 

 

「不可能なんざ、いくらでも可能にしてやるよ」

 

 

「……いいわ、戦ってあげる。お前ごとき負けるはずがないもの」

 

 

ヒルダの背中からコウモリのような翼を広げた。壁に立て掛けてあった三叉槍(トライデント)を手に持つ。

 

 

「人間が高貴たる竜悴公姫(ドラキュリア)の私に勝てるはずが―――」

 

 

バシュンッ!!

 

 

「がはッ!?やられた!?」

 

 

「―――って何もしていないわよ!?」

 

 

大樹の右目は潰れ、右腕から大量の血が流れた。赤い鮮血が目から流れ、腕の血は赤い水溜りを作った。

 

 

「ヒルダッ!!何をした!?」

 

 

「何もしていないわよ!?」

 

 

理子が鬼の形相でヒルダに聞くが、ヒルダは困った顔で首を横に振るしかない。

 

 

「卑怯ね」

 

 

「だから何もしていないわよ!?」

 

 

「卑怯です」

 

 

「……………」

 

 

夾竹桃とティナにも責められ、ヒルダはもう何も言えなくなった。

 

 

「【神の加護(ディバイン・プロテクション)】」

 

 

右目と右腕が元通りになる。血が右目に入るが、制服の腕で拭き取った。

 

 

「さて茶番はこのくらいにして」

 

 

「ッ……人間の分際で……茶番だと―――」

 

 

ダンッ!!

 

 

俺が一歩踏み出した瞬間、音速でヒルダの背後を取った。

 

コルト・パイソンの銃口をヒルダの後頭部に突きつける。

 

 

「茶番だ。お前に俺を倒すことはできない」

 

 

「なッ……!?」

 

 

銃口を突きつけられたヒルダは動けなかった。振り向くことさえも、喋ることさえも。

 

それだけ大樹から恐怖を感じ、恐ろしいと、怖いと思ったからだ。

 

 

「お前はブラドと同じ、傷を瞬時に治す魔臓が4つある。場所は両腿の2つ」

 

 

ブラドと同じように目玉の模様がヒルダにもある。

 

 

「そ、それだけしか分からないのでしょう?」

 

 

「右胸の下、(へそ)の下……じゃないのか?」

 

 

「ッ!?」

 

 

どうやら図星だったようだな。

 

 

「な、何故それを!?」

 

 

「さぁな……それより俺の早撃ちなら一瞬で撃ち抜けると思うが……降参するか?」

 

 

ヒルダは額に汗をかきながら笑う。撃ってみろってことか?

 

 

「……別に俺は目玉の模様は狙わないぞ」

 

 

「……どういうことかしら?」

 

 

「自分が一番分かっているだろ、お嬢様」

 

 

俺は告げる。

 

 

 

 

 

「魔臓の位置を変えていることだ」

 

 

 

 

 

「「ッ!?」」

 

 

俺の言葉にヒルダと理子が驚愕した。やっぱり理子は知らなかったか。

 

 

「ど、どうして……闇医者の口は封じたはず……!?」

 

 

震えるヒルダの肩に俺は手を置く。触った瞬間、体がビクッと震えるが、俺は気にせず話す。

 

 

「今の俺なら魔臓の位置くらい特定できる。これでチェックメイトだな」

 

 

「ッ!」

 

 

ヒルダは床の影に溶け込み、姿を消した。どうやら逃げたようだが、

 

 

「そこだ」

 

 

ダンッ!!

 

 

動く影の行先を足で踏みつけると、動く影は止まった。俺も同じ吸血鬼だ。そのくらいの能力なら分かる。

 

顔を真っ青にしたヒルダがゆっくりと姿を影の中から現す。

 

 

「逃がさねぇよ。お前の罪は理子に裁かれるべきだ」

 

 

「ッ……!」

 

 

ヒルダは俺たちからゆっくりと距離を取り、壁に背を当てた。

 

 

(壁……いや、窓か!?)

 

 

ヒルダは窓の外に向かって三叉槍(トライデント)を突き刺した。

 

 

バリンッ!!

 

 

窓は豪快な音を立てながら粉々に砕け散る。ヒルダは窓から逃げるかと思ったが、槍を外に突き出したまま笑うだけだった。

 

 

「大樹!嫌な予感がする!」

 

 

理子も俺と同じのようだ。嫌な予感がする。

 

 

バチバチッ!!

 

 

ヒルダの周囲に青い電撃が弾ける。次第に電撃は強くなる。

 

オオカミたちはキャンキャンと鳴きながら外へと逃げ出す。

 

 

「やべぇな……逃げるぞ!」

 

 

俺は理子と夾竹桃を抱きかかえ、口でティナの制服の襟首を噛んだ。

 

 

ダンッ!!

 

 

高速で外に出た瞬間、背後から真っ白な光の閃光が俺たちを包んだ。

 

 

ガガァドゴオオオオオンッ!!!

 

 

脳の奥まで揺るがす爆音。激しい落雷が屋敷に向かって落ちた。

 

 

「「「「ッ!」」」」

 

 

落雷の衝撃で飛ばされたが、俺が下敷きになることで三人は無事。しかし、俺の制服がめっちゃ汚れた。

 

俺の腹や腕に乗った女の子たちは、屋敷の方を見て驚愕していた。俺も屋敷の方を見てみるが……!

 

 

「おいおい……雷だけでここまでなるかね……!?」

 

 

屋敷は炎に包まれ、ボロボロと崩れていた。

 

炎の奥に、ユラユラと揺れる影。それが誰なのか、俺たちには分かってしまった。

 

 

「生まれて三度目だわ。第三態(テルツァ)になるのは」

 

 

バチンッ!!

 

 

激しい青白い電撃が弾け飛ぶと、真っ赤に燃えていた炎が消えた。あの電撃に触れるだけで黒焦げになってしまうだろ。

 

ヒルダのリボンは燃え尽き、長い巻き毛の金髪が荒々しくなびく。

 

 

「何だよ。下着だけになるのが第三形態なのか?」

 

 

蜘蛛の巣状のタイツと耐電性がある下着とハイヒールしか残っていない。雷が無かったら、そんな悪魔みたいな姿にならなかったのにな。

 

 

「それがお前の最後に見る美しい私の姿……目に焼き付けるがいいわ」

 

 

「バチバチ光って見にくいって冗談言ってる場合じゃねぇか……」

 

 

「おーッほほほほッ!!神に近い姿。いえ、神の私に怖れなさい!涙を流して!命乞いするのよ!」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

三叉槍(トライデント)を振り上げると、大砲でも撃ったかのような轟音が響き渡った。

 

三叉槍(トライデント)から放たれた電撃は辺り一帯に電撃が降り注ぎ、地面を抉り取り、炎の壁を作り上げた。

 

 

「もう駄目だよ……」

 

 

理子が俺の腕を掴んだ。表情は暗く、涙を流していた。

 

 

「勝てない……大樹でも勝てない」

 

 

「……今の俺は弱い。でもな―――」

 

 

吸血鬼の力があればヒルダとまともに戦えただろう。

 

刀が使えればヒルダを斬れただろう。

 

長銃があればヒルダを撃てただろう。

 

だが、今の俺には無い。

 

それでも、俺は……!

 

 

 

 

 

「お前を守るために、俺は逃げない」

 

 

 

 

 

逃げ出さない。

 

理子が首を横に振りながら俺の腕を強く掴んだ。悪いな。

 

 

「待っていてくれ」

 

 

俺は理子の掴んだ制服を脱ぎ捨て、理子から逃れる。

 

上半身は制服の中に着ていたカッターシャツだけになる。これで動きやすいが、防弾はなくなった。でもヒルダは銃を使わないしいいか。

 

ネクタイを外し、ホルスターから銃を取り、邪魔になったホルスターを外した。

 

 

「ヒルダ。俺はこれでも武偵だからな。殺さないから安心しろよ」

 

 

「愚かな……この戦争は命を懸けるのは暗黙のルール……私はお前を殺すぞ」

 

 

「大丈夫。殺された経験は二回くらいある。もう死なねぇよ」

 

 

正直、これは危ない。

 

本当に死ぬかもしれない。だけど、

 

 

(俺にはやることがある……)

 

 

全てを終わらすまで、俺は死ねない。

 

 

「今の私は触れるモノを全てを、焦がしてしまう……」

 

 

バチバチバチバチッ!!!

 

 

ヒルダは三叉槍(トライデント)を空に向かって突き出すと、槍の先に青白の雷球が出現した。

 

高電圧ってレベルじゃない。超高電圧だ。

 

 

バチンッ!!

 

 

ポケットに入れていた携帯端末が壊れ、持っていたコルト・パイソンも粉々に壊れた。触れてもいないのに、金属類が壊れやがる。

 

 

竜悴公(ドラキュラ)家の奥伝【雷星(ステルラ)】。これで黒焦げにしてあげる」

 

 

「ハッ!笑わせるなよ!」

 

 

拳を握り絞め、構える。

 

 

「俺が痺れるのは……黒焦げになるのは……美琴の電撃だけで十分だ!」

 

 

「それがお前の最後の言葉よ!!」

 

 

ヒルダが槍を俺に向かって振るう。

 

 

「【雷星(ステルラ)】!!」

 

 

バチバチッ!!

 

 

ついに青白い雷球が代気に向かって放たれた。

 

雷球から溢れ出る電撃が地面を削りながら突き進む。

 

その破壊力は火を見るより明らか。触れれば黒焦げで済むわけがない。

 

 

「【無刀の構え】」

 

 

同時に【神格化・全知全能】を右手に発動する。

 

本日二回目の仕事だ。右手(お前)には頑張ってもらうぜ!

 

右手には黄金のオーラが纏い、力が何倍にも膨れ上がる。

 

 

「【神殺天衝(しんさつてんしょう)】!!」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

雷球の真正面から右手だけで挑む。

 

耳の鼓膜を破ってしまうかのような轟音が響き渡る。

 

俺は一度、同じような経験をしたことがある。

 

一条(いちじょう)との戦いで高電離気体(プラズマ)を拳一つで戦ったあの時だ。

 

その時は余裕であったが、これは余裕ではない。この雷球は高電離気体(プラズマ)とは格が違う。

 

右手が焼けるように熱い。190度を超える鉄板を手で触ったような感覚。

 

痛い。でも、こんな慣れた痛みは俺には通じない。

 

理子の今までの(つら)い過去を考えれば、どうってことない。

 

 

「【神格化・全知全能】!!」

 

 

左手に黄金のオーラが纏った。俺は左手を力一杯握り締める。

 

 

 

 

 

「【双撃(そうげき)・神殺天衝】!!!」

 

 

 

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

二回目の轟音が鳴り響いた。

 

雷球が形を歪ませ、激しく電撃を散らす。

 

 

「吹っ飛べえええええェェェ!!!」

 

 

バチバチバチンッ!!

 

 

雷球の電撃が暴れ出し、四方へと散らばり消滅した。

 

光源となっていたモノは無くなり、辺りは暗闇に包まれた。

 

目の前で起きたことが信じられなかったヒルダは顔を真っ青にして後ずさりしていた。

 

力を出したヒルダに、青白い光は残っていない。また力を出すには時間が必要だ。

 

 

「そんな……これは、これは悪夢……悪夢なんだわ……だっておかしいもの……!」

 

 

「何もおかしくねぇよ」

 

 

黒焦げになったカッターシャツを脱ぎ捨て、上半身裸になる。【神格化・全知全能】の代償で腕が吹き飛んだが、すぐに【神の加護(ディバイン・プロテクション)】で治した。最近、よく腕がなくなるな。

 

俺はヒルダに向かって歩き出す。

 

 

「俺がお前より強かった。ただそれだけだ」

 

 

「よ、寄るな!」

 

 

「お前の負けは確定した。さっきの借りは返してもらうぞ!」

 

 

拳を握り締め、大樹はヒルダとの距離を詰める。

 

 

「キャアッ!?」

 

 

ヒルダは腰を抜かし、尻餅をつく。両腕で顔を隠し怯える。

 

 

「オラァ!!」

 

 

「ッ!?」

 

 

「ゴラァ!!」

 

 

「ッ……!」

 

 

「ドスコイッ!!」

 

 

「ッ……?」

 

 

いつまで経っても殴られないヒルダはゆっくりと腕をどかし、大樹を見た。

 

大樹は拳を振るわず、そのまま回れ右。何事も無かったかのように歩きだした。

 

 

「こ、殺さないのか……?」

 

 

何もしない大樹の不可解な行動にヒルダは思わず聞いてしまった。

 

 

「言っただろ。命なんか取らねぇって」

 

 

「……お前は馬鹿なのか?このままわたしを野放しにするつもりなのか?」

 

 

「野放しになりたくねぇの?ペットにでもなりてぇのかよお前は」

 

 

「……『戦役(せんえき)』に参加して敗北した者は死ぬか配下になるのが普通なのよ」

 

 

「別に俺は『戦役』に参加してねぇし」

 

 

遠山は参加しているよな。ハハッ、ざまぁ。……国際指名手配犯の俺が一番ざまぁだよな。

 

 

「だが、やることがあるとすれば」

 

 

俺はヒルダの方を振り返る。

 

 

「もう理子をいじめるなよ」

 

 

たった一言だけヒルダに告げて、俺はみんなの元へと歩きだした。

 



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Scarlet Bullet 【対立】

オンライン

達人たちに

ボッコボコ


最近の出来事を俳句にしてみると面白いですね。絶対に今度は敗けない……!



「……………」

 

 

車の一番後ろの後部座席には一人の男が死んでいた。本当に死んではいないが。

 

【神格化・全知全能】からの【神の加護(ディバイン・プロテクション)】を使った大樹。二倍の痛みがさらに二倍。さすがの大樹も耐え切れず失神。最後の言葉は『少し寝る』と言った。白目を剥いて寝ているが。

 

この車は理子が近くの建物に隠していたモノだ。六人乗りの車だ。

 

あの大災害のような火事や落雷。警察や消防車、武偵がすぐに来るかもしれないのでヒルダを置いてすぐに逃げ出した。そして、移動中、車の中で大樹は死亡。死んでいないが。

 

運転しているのは理子。女子席には夾竹桃。その後ろではティナが死んだ大樹を膝枕していた。

 

 

「外傷はどこにもない。なのに痛みで失神ってどういうことよ」

 

 

「うーん、だいちゃんだから?」

 

 

「やっぱりそれで納得してしまうのね」

 

 

しかし、夾竹桃もそれで納得していた。

 

 

「あの……これからどこへ?」

 

 

少し不安になったティナは勇気を振り絞って尋ねる。

 

 

「あ!ティナちゃんだったね!初めまして!理子りんって呼んでね!」

 

 

(大樹さんの知り合いはどうしてこんなにキャラが濃いのでしょうか……)

 

 

理子の陽気な自己紹介はティナを不安にさせるだけだった。

 

 

「学校に向かっているんだよ」

 

 

「が、学校ですか?」

 

 

「そう。武偵高校の装備科(アムド)に行くんだよ」

 

 

「あむ……ど……?」

 

 

聞いたことのない単語にティナは首を傾げる。

 

 

「というかこの子、アンタより強いわよ」

 

 

「えぇ!?理子より強い幼女なんてアリアくらいだよ!」

 

 

(あれ?アリアさんって高校二年生でしたよね?)

 

 

大樹から聞いた話と違ったティナは混乱しそうになった。

 

 

________________________

 

 

 

【大樹視点】

 

 

「はッ!?」

 

 

目が覚めると知らない天井……じゃねぇ!?床だ!床じゃん!俺、アスファルトとキスしてる!

 

急いで起き上がると、近くに車が止まっており、街灯が少ない夜道だった。

 

ブラドの屋敷じゃねぇな……どこだここ……?

 

 

「大樹さん?起きましたか?」

 

 

懐中電灯を持ったティナが俺の顔を照らす。眩しくて目を細めてしまう。

 

 

「な、何で俺は外で寝させられているんだ……」

 

 

「車は放棄するらしいですよ。大樹さんは邪魔になったので降ろしました」

 

 

邪魔……っておい。

 

 

「……もういいや。いつものことだし」

 

 

「納得するんですか……」

 

 

慣れた。

 

 

「だいちゃん!」

 

 

「おう、理子。耳は大丈夫か?」

 

 

「問題ないよ!」

 

 

理子の耳は白い布が当ててあり、一応大丈夫みたいだな。だけど、

 

 

「何故抱き付いた」

 

 

「んー?いつもみたいに照れないね?」

 

 

「ハッハッハ、この程度で俺が動揺するわけがないだろ」

 

 

おいやべぇって!!柔らかいの当たってるって!どうしよう!?マジでどうしよう!?この体制はアカンよ!

 

 

「でも心臓がバクバクなってるよぉ?」

 

 

理子は俺の胸に耳を当てている。毎回バレるの早いな。

 

 

「はぁ……参った参った。はやくどいてくれ」

 

 

「やだ」

 

 

「いつまでこうしているつもりだよ。俺には時間が―――」

 

 

「放したら……またどこかに……行くんでしょ?」

 

 

理子の小さな声はしっかり聞こえた。

 

 

「アリアだよね……」

 

 

「……ああ」

 

 

「そっか」

 

 

理子は抱き付くのをやめて立ち上がった。

 

 

「じゃあ助けないとね」

 

 

「……悪い」

 

 

「いいんだよ。でも―――」

 

 

妖艶な笑み。見惚れてしまうような笑顔で理子は俺の唇を人差し指で触れた。

 

 

「―――いつかだいちゃんをアリアから盗むから覚悟してね」

 

 

……これはこれは、可愛い大怪盗さんに目をつけられたな。

 

 

________________________

 

 

 

「痛い。ティナ、痛いよ」

 

 

「どうして大樹さんはそこまで女たらしなんですか……」

 

 

俺の腕をつねるティナ。ご機嫌はやっぱり斜めです。

 

武偵高校の近くの道路。そのマンホールから下水道を俺たちは歩いていた。もちろん、正面から入ったら武偵にハチの巣にされてしまうからな。

 

 

(それより……何だこの状況……)

 

 

ティナが俺の右腕をつねる。理由は左手に抱き付いた理子が原因かと思うが……何故こうなった。

 

 

「あら?私はどこに抱き付けばいいのかしら?」

 

 

「これ以上事態をややこしくしないでもらえますかね、夾竹桃さん?」

 

 

ほらティナの握る力が強くなった。

 

右腕の痛みと左腕の柔らかい感触に耐えながら進むと、理子は足を止めた。

 

 

「ここだよ」

 

 

下水道の脇に扉を発見。開くと梯子(はしご)があった。天井にはマンホールのような蓋がまたあった。あの先に行くのか。

 

 

「何で装備科(アムド)に行くんだよ」

 

 

「だいちゃん、武器はある?」

 

 

「拳だッ!!」

 

 

シーン……

 

 

「……文句あるならかかって来い」

 

 

「どうして構えるのですか……」

 

 

ティナは呆れた目で俺を見ていた。

 

 

「そもそもだいちゃん、裸だしぃ~キャー!」

 

 

「これ寒いんだよ!?何か服くれよ!?」

 

 

上半身裸です。ズボンも所々焦げてしまい、パンツが見えてしまっている所もある。いや~ん!

 

 

「行きましょ」

 

 

夾竹桃は何事もなかったかのように梯子を上った。マジかよ。スルーかよ。

 

マンホールを開けて中に入ると、そこは倉庫のような場所だった。

 

棚にはアサルトライフルやスナイパーライフル。拳銃や銃弾が入った弾薬箱が並べてあった。

 

 

「あー!やっと来たのだ!」

 

 

「お、お前は平賀(ひらが) (あや)!装備科でランクはAだが、Sランクの実力があると言われる天才少女!」

 

 

「自己紹介お疲れ様です」

 

 

ティナに分かるように説明してやったぜ。

 

ショートカットの髪を左右の耳の脇でまとめた髪型。143センチという小柄な身長の平賀が腰に手を当てて頬を膨らませていた。

 

 

「遅いのだ!」

 

 

「わ、悪い……って俺は何も事情を知らないのに何で怒られているんだよ」

 

 

平賀に怒られる理由が分からないっす。

 

 

「というか平賀、俺は国際指名手配犯だぜ?怖くねぇのかよ」

 

 

「嘘なのだ」

 

 

「へ?」

 

 

「あれは嘘ですのだ。ならはらくんがそんなことするわけないのだ。とーやまくんと仲が良かったことは知っているのだ」

 

 

……そうか。

 

俺のことを信じてくれるのか。ホント、俺は幸せ者だよ。

 

 

「ありがとよ。それで、俺に装備をくれるのか」

 

 

「後払いなのだ」

 

 

「タダじゃないのかよ!?」

 

 

世の中は金なのか!?

 

 

________________________

 

 

 

倉庫は平賀専用の整備室に繋がっていた。部屋はめちゃくちゃに散らかっていたが、俺たちに渡すモノは既にバッグにまとめてあった。

 

 

「ならはらくんには銃を一丁、刀を二本なのだ。全部で295万円!」

 

 

「今度な」

 

 

高ぇなオイ。

 

 

「まずこっちの『コルト・ガバメント』。装弾数は改造して8発。フルオートが可能なのだ」

 

 

平賀の改造したコルト・ガバメントは綺麗な黒い拳銃だった。コルト・パイソンみたいに高速早撃ちはできないが、フルオートなら許してやろう。

 

 

「そしてこっちの二本の刀は一級品のモノなのだ」

 

 

「多分それが295万の8割9割占めているよな?」

 

 

刀を鞘から抜くと、鏡のような銀色の刃が姿を現す。確かにこれはすごいぞ……!

 

 

「次に防弾服なのだ!」

 

 

「おう。さっさと着せろ。こっちは寒いんだ」

 

 

カッターシャツを着て、防弾制服を着る。ネクタイはいらねぇや。

 

 

「あ……パンツは……ないよな?」

 

 

自分のパンツが大変になっていたことに気付く。さすがに女の子が男子のパンツなんか……。

 

 

「防弾パンツがあるのだ」

 

 

「何だそのパンツは!?」

 

 

ってあるのかよ!?

 

 

「鉄で作ったパンツなのだ。重さなんと10キロなのだ!」

 

 

「重ッ!?」

 

 

結局、防弾繊維が使われたボクサーパンツを貰った。何でも揃ってるな。

 

 

「着替えて来るから覗くなよ」

 

 

「だいちゃん……それは普通理子が言うセリフだよ?」

 

 

「ホント、何でヒロインになってんだ俺」

 

 

「くふふ……覗かないよぉ……」

 

 

「覗く気かよ!?」

 

 

俺は試着室に入った瞬間、一秒も掛からない速さでパンツを穿き直し、ズボンを穿いた。

 

 

「よし!着替えた!」

 

 

「「「「ッ!?」」」」

 

 

あまりの速さに驚愕を隠し切れない四人だった。男だって見られたくないモノがある。

 

 

「あとは靴なのだ。ターボエンジン付きの靴とキック力増強シューズとあやや特製のスニーカーがあるのだ」

 

 

「だからなんてもんを作るんだお前は!?二番目に関してはコ〇ンじゃねぇか!」

 

 

「ならターボエンジンなのだ!?」

 

 

「普通に走った方が速ぇよ!三番目にしろ!」

 

 

「「ッ!?」」

 

 

俺の発言に平賀とティナがドン引き。理子と夾竹桃は『やっぱり』みたいな反応をしていた。

 

平賀の特製スニーカーは軍人が使う靴より優れているスニーカーだった。丈夫な素材が使われている。

 

平賀の商品が売れたら軍人がスニーカーを履くようになるだろうな。オシャレなスニーカーを履いた軍人。それはそれで怖いな。

 

 

「あとは便利グッズが勢ぞろいなのだ!」

 

 

「これ通販かなんかなのか?」

 

 

だが悔しいことに本当に便利なモノばかりだった。腕時計型麻酔銃とか欲しいわ。俺、コナ〇になる。

 

 

「400万なのだ」

 

 

「高くね!?」

 

 

やめた。

 

理子もいくつか購入。夾竹桃は何も買わなかった。

 

 

「これは……?」

 

 

ティナが何かを発見。銃弾だ。

 

普通の銃弾とは少し違う。これって……!?

 

 

「武偵弾なのだ。それは貰いモノだからタダでいいのだ」

 

 

「はぁ!?」

 

 

「わー、凄い!」

 

 

「まぁ」

 

 

「ぶていだん?」

 

 

俺、理子、夾竹桃の順で驚き。ティナは首を傾げた。

 

白と黒で染色され、刻印がある最強の銃弾。一発一発が特殊機能を秘めており、銃弾職人(バレティスタ)にしか作れないため、高価で希少な銃弾なのだ。

 

さらにこれは一流の武偵にしか流通しない必殺兵器(リーサルウエポン)。これをタダでやるってどんな神経しているんだよ。

 

 

「狙撃ライフル専用の武偵弾だから使わないのだ」

 

 

「よし、ティナ。貰っておけ。二度と手に入らないぞ」

 

 

「は、はい」

 

 

事情を知らないティナ。後でこの銃弾の凄さを教えてやろう。

 

 

 

 

 

そして、俺はこの『()()教える』ことを()()()、後悔した。

 

 

 

 

 

とりあえず俺はワイヤーフック付きベルト、ホルスター、アーミーナイフを貰った。

 

※『アーミーナイフ』は軍隊が制式採用している、戦闘以外の日用的な用途に使用するための多機能な折り畳みナイフのこと。しかし、あやや特製アーミーナイフなので普通のアーミーナイフより多種多様なナイフになっている。でも爪楊枝入れはいらなくね?

 

 

「あとは携帯電話なのだ」

 

 

「サンキュー」

 

 

残念ながらパカパカ開くタイプの携帯電話。パズ〇ラやはモン〇トはできない……。

 

完全武装だな俺。一流武偵より武装してね?

 

理子も夾竹桃も武装完了。ティナもこの世界に来る前よりさらに武装してるし。女の子が怖いよ。

 

俺のリュックは倍重くなったし、人数は()()……これからどうなるのやら。

 

 

「絶対に……」

 

 

その時、平賀が俺の腕を掴んだ。

 

 

「絶対に……みんなを連れて無事に帰ってくるのだ……」

 

 

「……おう」

 

 

俺は平賀の頭をくしゃくしゃ撫でて、倉庫を後にした。

 

 

________________________

 

 

 

状況を整理しよう。

 

俺は国際指名手配犯になった。ふざけんな。

 

理由は遠山とアリアと美琴を殺したからだ。殺していないけど。ふざけんな。(二回目)

 

警察は全力で俺を逮捕しようとするし、武偵は全力で俺を殺そうとしている。武偵落ち着け。ふざけんな。(三回目)

 

言うまでもないが、外国に逃げてもその外国の警察に捕まるだけだ。相変わらず詰んでるな俺。ふざけんな。(四回目)

 

俺の目的は遠山のナイフ。そのためには遠山を探さないといけない。メンドクサイ。(ホントふざけんな)

 

もう怒っていいよね?激怒していいよね?

 

 

「やっぱり仲間が欲しい。平賀以外に仲間になってくれる奴はいないのか?」

 

 

「雪ちゃんは神社に帰っているし、レキュはどこに行ったか分からないよ」

 

 

理子の報告に俺は膝をついた。仲間が一気に二人も減った。一人行方不明なのかよ。

 

 

「ジャンヌは?」

 

 

「『宣戦会議(バンディーレ)』が終わってから見なくなったよ」

 

 

「チッ、それが厄介なんだよな……」

 

 

今、裏で行われているのは極東戦役(FEW)……戦争だ。確か『Far East Warfare』だったはずだ。

 

数多くの組織が争いを起こさなかったのはイ・ウーがいたおかげなのだ。イ・ウーの力は強大で、誰も手を出すことがなかった。つまりイ・ウーがいた時、組織は『休戦』していたのだ。

 

しかし、俺がシャーロックをぶっ飛ばしたことにより『休戦』の平和が崩壊。戦争が再開されたのだ。一番の迷惑野郎は俺でした。

 

 

「それで、状況はどうなっているか分かるか?」

 

 

「キーくんとレキュは『師団(ディーン)』に入ったことしか……」

 

 

「そうか……」

 

 

秘密裏に行われている戦争だからよく知らないのは当然か。怖いったらありゃしない。

 

師団(ディーン)』ともう一つは『眷属(グレナダ)』という連盟があるが……正直『眷属(グレナダ)』の方が戦力が強い。

 

 

「俺の目的は遠山を探すことが一番。戦争なんてどうでもいいが……アイツが絡んでいる時点で絶対に巻き込まれるだろうな……」

 

 

はぁ……遠山、会ったら一発殴ろうかな?多分向うは俺は殴ろうとしていると思うけど……あ、カウンターで殴ろう。俺天才。

 

 

「理子。これからどこに行くんだ?」

 

 

「名古屋だよ」

 

 

「……は?」

 

 

「目的地は『名古屋武偵女子校』と『名古屋武偵男子校』」

 

 

「……すまん。そこまで言われても理解できないんだが?」

 

 

「最初にキーくんの情報を掴んだのは名古屋武偵だったんだよ」

 

 

なるほど。東京武偵より先に名古屋武偵が掴んだのか。やるな、名古屋。

 

 

「というわけで移動の車は車輌科(ロジ)から盗んじゃおう!」

 

 

それでいいのかなー?着々と罪を増やす国際指名手配犯になっちゃうよー?俺が。

 

 

「車なら俺に任せな!」

 

 

「「「「!?」」」」

 

 

倉庫から出ようとしたその時、一人の男が現れた!

 

 

「変態の武藤(むとう) 剛気(ごうき)だティナ。自己紹介はしなくていい」

 

 

「誰が変態だ!」

 

 

すぐにツッコミを入れる武藤。おぉう!良いツッコミだ!

 

 

「初めまして変態の武藤さん。ティナ・スプラウトです」

 

 

「あ、初めまして。変態の……って違ぇ!!」

 

 

「お?認めたか?」

 

 

「認めてねぇよ!」

 

 

「それで、話は何だ変態?」

 

 

()いてやろうか!?」

 

 

ゴホンッと武藤は咳払いをして、話し始める。

 

 

「車が必要なんだろ?だったら俺が乗せて行ってやる!」

 

 

「俺、次はお前を殺そうと思っているんだが……」

 

 

「ハッハッハ!お前がやってねぇことくらい分かってんだよ!」

 

 

「……………」

 

 

「……だ、黙るなよ」

 

 

「……………ひひッ」

 

 

「ヒィ!?」

 

 

コイツ面白れえええええェェェ!!!

 

 

「なぁ嘘だよな?殺してないよな?」

 

 

「不安になるなよ……さっきの自信はどこに行った」

 

 

こうして、新しいメンバーが増えました。

 

 

________________________

 

 

武藤が用意した車は8人乗りの黒のワンボックスカーだった。

 

確かに広くて快適だが、逃げる時に不便じゃね?まぁ俺が見つからなければ結果オーライだが。

 

高速道路を使い時間短縮。だが、それでも約4時間は掛かる。着くのは朝の7時くらいだ。

 

俺は一番後ろの後部座席で睡眠を取るために寝っころがっていた。武藤は運転、理子はティナに夢中だし、夾竹桃はそんな二人のイチャイチャをスケッチブックに書いていた。夾竹桃は何をやっているんだ。

 

 

「……いるんだろ、ヒルダ」

 

 

小声で話しかけると、椅子の下の影がビクッと動いた。分かりやすッ。

 

俺は起き上がり、リュックから女子の制服を取り出す。

 

 

「服ならここにあるぞ。予備を貰っておいたからな」

 

 

俺が女子の武偵服を影に向かって投げると、制服は影の中に引きずりこまれた。どうせ下着だけだろうな。

 

他の人達に聞こえないように俺はヒルダに話しかける。

 

 

「仕返しじゃないんだろ?仲直りしに来たんだろ?」

 

 

「そ、そんなことはない……」

 

 

ゆっくりと影から制服を着たヒルダが姿を現し、俺の隣に座った。案外似合ってる。

 

足を組まず、礼儀正しく座っている。反省しているのか?

 

 

「ただ、貴族の誇りというか……『師団(ディーン)』の捕虜になってあげてもよくてよ?」

 

 

上から目線かよ。

 

 

「素直じゃねぇな」

 

 

「ふんッ」

 

 

ヒルダは腕を組んだまま、そっぽを向いた。

 

 

「謝れよ。ちゃんと謝れば理子だって許してくれるはずだ」

 

 

「……どうしてそこまで分かるのかしら?」

 

 

「そりゃ理子が優しい子だからに決まっているだろ」

 

 

ちょっと悪戯が大好きな、優しい子。ヒルダも分かっているクセに。

 

 

「俺は寝る。国際指名手配犯とか最悪だよ全く」

 

 

俺は頬杖をつきながら眠った。

 

 

 

________________________

 

 

 

「……………」

 

 

2月7日

 

現在時刻 8:00

 

 

俺は汗をダラダラと流し、この状況に息を飲んだ。

 

 

 

 

 

名古屋武偵に囲まれた。

 

 

 

 

 

何故こうなったのか。時は一時間(さかのぼ)る。

 

無事に名古屋に着いた俺たち。しかし、遠山の情報を手に入れるためにはまず名古屋武偵女子校にハッキングしなければならない。

 

だが、理子一人では情報を盗み出せないし、対応できない。相手は千人以上はいる学校だ。

 

そこで、囮が必要になった。もう察した?

 

囮が名古屋の街で暴れることによって、武偵を街におびき寄せる。その隙に理子たちが侵入&情報を盗む。そう作戦が決まった。

 

そして、囮がこの俺。国際指名手配犯の俺なのだ。

 

 

(超帰りてぇ……!!)

 

 

俺が名古屋武偵女子校の正門を蹴り破って5分後。すごい数に囲まれた。

 

左、右を見ても武偵。後ろ、前を見ても武偵。上を見上げればヘリが飛んでいる。

 

全員に銃口を向けられたこの状況。一秒もあれば俺の体は風穴祭になるだろう。

 

 

α(アルファ)地点到達。順調です』

 

 

耳に付けたインカムからティナの声が聞こえた。α(アルファ)地点って学校の庭じゃね?まだ校舎に入ってすらいないのかよ。

 

 

「そこの犯罪者!!」

 

 

ハイ!犯罪者でしゅ!!

 

俺を呼んだのは黒髪のツインテールの女の子。というか、アリアに似ている。

 

でもよく見たら眉毛とか違う特徴はめっちゃあるけどな。

 

一番ツッコミを入れたいのは制服だ。何だアレ。みんなヘソが見えているわ、スカートの中見えそうだわ、遠山がこの場にいたら血の涙を流していたな。

 

肌が出ているほど(はく)がつくらしい。理由は『私に防弾布は必要ない。撃たれないからだ』って意味があるだからだそうだ。

 

 

「俺は軍紀委員長の(しゃち) 国子(こくこ)!」

 

 

名古屋武偵女子校(ナゴジョ)の二年筆頭だね~』

 

 

理子の解説が耳に聞こえる。筆頭って普通に強いじゃん。何?ツインテールには力が秘められているの?俺、『テイルオン!』したら強くなれるかな?

 

 

「お前は俺の大切な人を!配偶者を殺した!その罪は万死に値する!」

 

 

『そういえばあの子、アリアに告白していたわね』

 

 

何それ夾竹桃さん!?初耳なんだけど!?同性ですよね!?

 

 

『俺を嫁にしろって言っていたわ……はぁ……あの時のことを思い出すとまた……!』

 

 

(きょー)ちゃん、鼻血鼻血』

 

 

何やってんの。

 

 

「すぐに武器を捨てて撃たれろ!」

 

 

撃たれるのかよ!?撃つなよ!降参した人を撃つなよ!

 

さて、時間を稼ぐと言っても何をすればいいのか分からん。話をするのか?

 

 

『だいちゃん!こういう時はポケットに入れてい置いた紙を見てね!』

 

 

だから心読むのやめろ!

 

ポケット?あ、何か入ってる。

 

……………え?するの?マジで?

 

……………はぁ、他に思いつかないし、やるか。

 

 

「一人コント!コンビニ!」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

ここからは大樹が一人二役をやります。

 

 

「いらっしゃいマルセイユ!」

 

 

「何でフランスなんだよ!?ここ日本のコンビニでしょ!?」

 

 

「ご注文がお決まりしたらレジに持って来てください!」

 

 

「知ってるよ!ったく……えーっと、おにぎりとジュースとパンを買おうかな?」

 

 

「おにぎりかパン統一しろよw」

 

 

「うるせぇな!俺の勝手だろうが!笑うなよ!」

 

 

「おにぎり100円セールは昨日で終わりました」

 

 

「いちいち嫌になること報告するな!……んだよこの店員は」

 

 

「山田です」

 

 

「聞いてねぇよ!ほら!会計して」

 

 

「拝啓?」

 

 

「会計!何で手紙出すんだよ!」

 

 

「ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ、ピッ―――」

 

 

「そんなに買ってねぇよ!何勝手に他の商品読み込んでんだよ!?」

 

 

「お客様。大変失礼ですが、途中から自分の声です」

 

 

「ホント失礼だよ!やめろ!」

 

 

「ジュースは温めますか?」

 

 

「温めるなよ!?」

 

 

「温めさせてください!」

 

 

「何でお前が頼んでんだよ!?」

 

 

「レンジでチンするの面倒なのでホットに変えておきますね!」

 

 

「余計なことするなよ!?あぁもういい!はやく会計しろ!」

 

 

「拝啓?」

 

 

「か・い・け・い!何回言わせるんだよ!?金だ!!」

 

 

「まさか……あなた強盗だったんですか!?」

 

 

「ちがああああああああう!!お客様だ!!」

 

 

「自分のことを様付けするのはちょっと……」

 

 

「ぶっ飛ばすぞテメェ!?」

 

 

「会計が400円になるのでとっととお金を置いて帰ってください!」

 

 

「二度と来るかこんなところ!!」

 

 

「ありがとうございました」

 

 

そして、クソつまらない一人コントが終わった。

 

誰も喋らない。誰も音を立てない。

 

皆口を開けて呆気に取られて茫然としている。銃を落としている子もいる。

 

学校の正門で一人コント。ヤバいな俺。頭がイカレている人だよ。でも一発ギャグやモノマネはもっとすべった気がするからOKだな。

 

インカムから大笑いした可愛い声が聞こえて来る。武藤の爆笑も聞こえるのはムカつく。

 

 

「……………ハッ!?」

 

 

ずっと固まっていた鯱が文字通りハッなる。

 

すぐに二丁の銃を両手に持ち、銃口を俺に向けた。

 

 

「この頭のイカレた変態を撃つぞ!構えろお前ら!」

 

 

ガチャッ!!

 

 

時間、3分くらいしか稼げませんでした。あと罵倒が酷い。泣きそう。

 

銃口が俺に向けられる。わーい、絶体絶命だ。

 

 

「待てぇい!!!」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

その時、俺の背後。正門の方から大きな声が聞こえた。

 

振り返るとそこには大人数の銃を構えた男たちがいた。

 

 

『あ、名古屋武偵男子校(ナゴダン)だ』

 

 

なんですと!?何でここに!?

 

制服が通りで似ていると思ったわ……女子と違って男子は長袖長ズボンだな。男子まで女子と同じ格好だったら最悪だよもう。短パンとか笑ってしまうわ。

 

 

「私の獲物に手を出すな!この痴女どもめ!」

 

 

一番先頭にいた金髪の男が大声で罵倒。貴族のような豪華な装飾品がついている。

 

 

「横取りとはいい度胸だな腰抜け!」

 

 

鯱も負けずに言い返す。金髪の男と鯱が睨み合う。

 

 

『あー、男子と女子は仲が悪いんだよ』

 

 

「何故男子と女子が分けられているのか分かった気がするわ」

 

 

理子も呆れた声で言っている。仲良くしろよ。

 

 

『あの男……【(フラト)】じゃないかしら?』

 

 

「ふらと?名前……じゃないよな?」

 

 

夾竹桃の言葉に疑問を持つ。

 

 

『二つ名よ。彼の剣の閃光が一瞬でも見えたら最後と言われるほどの名古屋と日本が誇る最強の武偵よ』

 

 

『海外留学から帰って来たみたいだね。名前は安川(やすかわ) 刻諒(ときまさ)。三年生で強襲科(アサルト)で将来はRランクが取れる可能性がある人材の実力者だよ。アリア以上の実力だから絶対に強いよ』

 

 

理子の補足説明に俺は嫌な顔をした。ソイツはヤバそうだな。それより喋ってないで早く作業を終わらせろ。

 

 

「どうしましょ……【(フラト)】と鯱が……」

 

 

「勝負は目に見えてるよぉ……!」

 

 

女子たちの勢いが無くなったな。それほど安川が恐ろしい存在に見えるのだろう。

 

 

「はっはっは!鯱よ!ここは引け!さもなくば私がお前を倒すぞ!?」

 

 

「うるさい!俺たちの手柄をホイホイあげるわけないだろ!」

 

 

「……そうか」

 

 

安川は貴族のようなローブを脱ぐと、軍服のような姿になった。安川は腰に差していたレイピアに手を置いた。

 

 

「ならば無理矢理奪わせてもらおう」

 

 

鯱も銃を構え、安川に向かって走り出す。

 

 

「私の一撃を受けるがいい!」

 

 

キンッ

 

 

安川がレイピアを抜いた瞬間、レイピアから閃光が走った。

 

 

ジャキンッ!!

 

 

安川は10メートルの距離を一瞬で詰め、鯱に向かってレイピアで一突きした。

 

その速さはあと少しで音速の域まで辿り着いていた。

 

誰も見ることのできない一撃。皆息を飲んで戦慄した。

 

しかし、

 

 

カキンッ!!

 

 

「おいおい、国際指名手配犯さんをほったらかしにするなよ?」

 

 

既に音速に到達した大樹には見えた一撃だった。

 

大樹はレイピアを足の裏で受け止め、鯱の前に立っていた。

 

 

「「ッ!?」」

 

 

安川は急いで後ろに下がって距離を取る。鯱は俺の行動に目を見開いて驚いていた。

 

 

「下がってろ」

 

 

「ッ……名古屋武偵女子校訓8項ッ!他者の下に敷かれる事まかりならァず!」

 

 

うおッ!?いきなり叫ぶなよ。えっと……俺の言うことは聞かないってか。

 

 

『それには例外が……あるわ……!』

 

 

『また鼻血……』

 

 

『大丈夫よ……アリアと鯱は良かったわ……!』

 

 

もう何がしたいんだ夾竹桃。

 

 

『配偶者の下になら敷かれてもやむなし。これが例外であるわ』

 

 

なるほど。

 

 

「なら配偶者の夫の言うことくらい聞け」(アリアの夫である俺の言うことも聞いてくれるよな?アリアの嫁になりたい鯱さんよぉ?)

 

 

「ッ!?」(俺の夫になるつもりなのか……!?駄目だ!俺にはあの人がァ!!)

 

 

全く噛みあわない二人である。

 

 

「私の一撃を足で止めるとは……やるな犯罪者!」

 

 

「そんなキラキラした目で言われても困るんだが……」

 

 

駄目だ。もしかしたら一番扱いにくい性格の人かもしれない。

 

 

「だが!」

 

 

ガチャッ!!

 

 

安川が右手を挙げると、後ろに控えていた男子武偵が銃を一斉に構えた。

 

 

「この数では突破は不可能だ」

 

 

安川の後ろに控えた武偵の数は50を超えている。さらに遠くから俺を狙う狙撃者やヘリに乗った武偵を合わせるとさらに数が多くなる。

 

 

「ここにいる武偵はランクB以上の武偵……Sランク武偵は私の他に2人もいる」

 

 

へー。

 

 

「だがチャンスをやろう!」

 

 

「は?」

 

 

「せっかく【魔王(まおう)】に会えたのだ。力比べをしてみたいではないか」

 

 

「……………は?」

 

 

ちょっと待て。はい?まおう?誰が?

 

 

『それ、だいちゃんの二つ名だよ』

 

 

「冗談だろ?」

 

 

理子の言葉に俺は信じないぞ!

 

 

『呼んで字の如く、【魔王】のような強さを誇った男だからっていうのが理由らしいよ。宣戦会議(バンディーレ)では絶対に敵に回したくない男で有名ってヒルダが言ってたのを理子、聞いたよ?』

 

 

どうも、【魔王の大樹】です。イタタタタタッ。

 

もう中二病の少年じゃないんだから止めてよ……!

 

 

「それよりお前ら……仕事はどうした?」

 

 

『理子さんが情報をゲットしました。今から武藤さんの車に乗って脱出します』

 

 

「……α(アルファ)地点しか聞いてないよ」

 

 

『……敵に見つかりそうでしたので黙っていました』

 

 

嘘だよね?理子とか夾竹桃とかやりたい放題だったよ?何が起きているんだそっちで。

 

 

「さぁ!かかって来るがいい!」

 

 

前方では安川が生き生きしていた。輝いているなぁアイツ。

 

 

「……じゃあ一つだけ教えておく」

 

 

「何だ?」

 

 

「国際指名手配犯が目の前にいるのに、お前らは女子と協力せず、自分の手柄だけのモノにしようとした。それは駄目だな」

 

 

「……まさか協力しろと?無駄だ。私たちと彼女たちの間には谷より深い溝がある。取り払うことは不可能だ」

 

 

「あーあー、そんな考え方が駄目なんだよ王子様」

 

 

「……犯罪者にダメ出しされるとはな。【魔王】の答え、聞かせてもらおうか」

 

 

「まずその前にお前は、女の子を痴女と言ったな?」

 

 

「あんな肌の多く露出した服、痴女以外に何がある?」

 

 

背後で女の子たちが怒っているのが雰囲気だけで分かる。確かに、お前の言い分は間違ってはいない。

 

 

「あれはな……!」

 

 

俺は告げる。

 

 

 

 

 

「エロ可愛いって言うんだ」

 

 

 

 

 

「「「「「なッ!?」」」」」

 

 

大樹の言葉に女子たちは顔を真っ赤にした。

 

 

「「「「「エロ……!?」」」」」

 

 

ゴクリッと男子たちは生唾を飲んだ。

 

 

「そうだ!エロ可愛いんだ!俺はここに立っているだけで女の子のブラとパンツを何回見たことか……!まさにここは天国のような学校だぞ!お前らはそんな学校と敵対関係でいていいのか!?」

 

 

「「「「「ブラ!?」」」」」

 

 

「「「「「パンツ!?」」」」」

 

 

男子たちは一斉にしゃがんだ。俺も。

 

視線はもちろん女子たち。女子たちも男子の反応に顔を真っ赤にし、スカートと胸を隠した。チッ!!急に恥じらいを持ちやがって……!

 

 

「毎日女の子とイチャイチャしていたいっていう気持ちはお前ら男にはあるだろ……!それとも、お前らはホモなのか?」

 

 

「「「「「違う!!」」」」」

 

 

「だったら答えは決まっただろ!」

 

 

俺は拳を空高く突き上げる。

 

 

「お前らは女の子と一緒に戦い、あわよくば仲良くなってイチャイチャする……それが今のお前らに足りないものだ!」

 

 

「そ、そうだったのか……!」

 

 

「どうりで俺がAランクから上がらないわけだ……」

 

 

「アイツ、いいこというじゃねぇか……!」

 

 

俺の高評価は波紋状に伝わって行く。置いて行かれているのは安川ただ一人。茫然としていた。

 

 

「「「「「大樹!大樹!大樹!」」」」」

 

 

そして始まる大樹コール。男子たちのテンションは最高潮に達した。

 

 

「いいかお前ら!女子と谷より深い溝があるだってぇ?甘えんじゃねぇッ!!」

 

 

俺は告げる。

 

 

 

 

 

「そこに出会いの橋を作るのが、男だろうがッ!!」

 

 

 

 

 

「「「「「うおおおおおッ!!」」」」」

 

 

拍手大喝采。口笛の音も俺を祝福した。大樹コールが未だに鳴りやまない。

 

インカムから理子と夾竹桃の爆笑の声やティナの『後で説教です』という声や武藤の『よく言った!』の声が聞こえる。

 

女子と安川は開いた口が塞がらない状態だ。

 

 

「さぁお前ら!今は銃を捨てろ!片膝をついて誘うんだ!」

 

 

俺たちは片膝をつき、女子生徒たちに向かって手を伸ばす。

 

 

 

 

 

「俺たちと、デートしようぜ!」

 

 

「「「「「デートしようぜ!」」」」」

 

 

 

 

 

そして、女の子たちからゴムの弾丸がプレゼントされた。

 

 

 

 

 

 

________________________

 

 

 

 

「良い学校だった」

 

 

「だな!」

 

 

助手席に座った俺と運転席に座った武藤。お互いに拳をぶつける。また来るぜ名古屋!

 

あの後、混乱に乗じて俺は逃げ出した。女子から一方的な攻撃をスマイルで受け続ける男子の姿はもう忘れないだろう。いろんな意味で。

 

ティナに女性の下着についてクドクドと説教されたが問題ない。次、行こうか。

 

 

「それで、何で安川がいるんだよ……」

 

 

一番後ろの後部座席には足を組んで優雅に座席に座った安川の姿があった。

 

 

「私のことは気にするな。ただの貴族だと思ってもらって結構」

 

 

「それは気にするというより気になるわ」

 

 

「私は君に興味を惹かれてね。私も同行させてもらおう」

 

 

「嫌だ。降りろ」

 

 

「君は遠山 金次を探しているのだろう?」

 

 

安川の一言に、俺は思わず振り向いた。

 

 

「私はその情報を持っている。と言っても名古屋武偵女子校(ナゴジョ)と似た情報だがな」

 

 

「何でお前まで知っているんだ」

 

 

「この情報を見つけたのは男子校と女子校の中立にいる教務科(マスターズ)が入手した情報なんだ。教務科(マスターズ)は俺たちにそれを教え、連携を取って一緒に捕まえようとさせたが……」

 

 

言いたいことは分かった。女子との関係が予想以上にギクシャクしていて、連携なんて取れなかったのだろう。むしろ悪化したんだろうな。

 

 

「私は真実を暴きたい。ついて行っていいかね、大樹君?」

 

 

「知るかよ。とっとと降りろ」

 

 

「なら遠山君の情報を提供しよう」

 

 

「理子が持っているから結構だ」

 

 

「そんな古い情報でいいのかい?」

 

 

「……何?」

 

 

俺は安川の方では無く、理子の方を振り向いた。

 

 

「ごめんねだいちゃん。名古屋武偵女子校(ナゴジョ)はキーくんがコッソリと1月9日に中国に行った記録しかなかった……」

 

 

一ヶ月前の情報か……これは厳しいな。もうどこかに行った可能性がある。

 

 

「私はそこからどこに向かったかの情報がある」

 

 

「……あぁクソッ!分かったよ!ついてくればいいじゃねぇか!」

 

 

折れた。情報がどうしても欲しい俺にとって最悪で最高な取引だった。

 

 

「かたじけない」

 

 

「お前貴族だよな?」

 

 

サムライなの?ござるの人と貴族を間違えていない?

 

 

「私は九州男児だぞ?」

 

 

「貴族じゃねぇのかよ!」

 

 

貴族みたいな装飾品ばっかつけやがって!

 

 

「おいどんはあまり金持ちじゃないでごわす」

 

 

「しかも鹿児島かよ!」

 

 

「違うばい。博多ばい」

 

 

うっぜ!

 

 

「冗談はさておき、遠山君はそのままロシアへ向かったそうだ」

 

 

コイツ、俺をからかったのか?

 

 

「大樹……顔が凄い事になってるぞ……」

 

 

隣で顔色を悪くした運転手の武藤がボソボソと呟く。覚えていろよ安川(やすかわ)

 

それにしてもロシアか………ロシアか………ロシア?

 

ロシアって何かあったか?

 

 

「中国の検問で防犯カメラにギリギリ映っていたよ。隠し防犯カメラにね」

 

 

安川は隠しの部分を強調して言う。はいはい、すごいねー。

 

 

「映ったのは1月15日だが」

 

 

「よぉし!ソイツを追い出せ!銃も金も全部ふんだくって車から追い出せ!」

 

 

理子の情報の日付と変わらねぇよ!何だこの駄目王子様は!?

 

 

「安川……覚悟はできているだろうなぁ……あぁ?」

 

 

「大樹君。そんな無理して苗字で呼ばなくていいから。私と君の仲だ。私のことは刻諒(ときまさ)と呼んでくれ」

 

 

「お前、頭の中にウジでも湧いてんのか?脳ミソ腐っているの?」

 

 

ヤバい。奴の手のひらの上で踊らされている。

 

 

「なぁ大樹。このまま関西国際空港に行くのか?」

 

 

「ああ……ロシアの便があればいいが……」

 

 

「大樹。それは無理だぜ」

 

 

「どういうことだ?」

 

 

「空港は厳重警備が敷かれている。お前が日本にいることが分かった昨日の夜の時点でな」

 

 

まーた俺のせいにする。俺のせいだけど。

 

 

「羽田も同じだろうな。船も使えないと見て間違いない」

 

 

「武藤君。それを打破するのが私なんだよ」

 

 

「え?あ、はい?」

 

 

武藤の目が点になる。さっきから唐突すぎないか?

 

 

「私の権限なら飛行機をどこかに飛ばすことくらい可能だ。無論、君たちの正体は明かされないように上手くやるよ」

 

 

「よくやった刻諒(ときまさ)

 

 

「手のひら返すの早くないか?」

 

 

武藤に呆れられるが問題ない。素晴らしい人材を手に入れた事に……感謝。

 

 

________________________

 

 

 

無事に関西国際空港に到着した。

 

武藤はここで離脱。どうやら国際指名手配犯の俺と行動していることが学校側にバレたらしい。

 

別にバレたことに関してはいい。だけど、武藤がいない間、迷惑をかけてしまう人がいる。

 

 

「すまねぇ……妹が(つづり)に捕まった……」

 

 

武藤の言葉に理子と夾竹桃が顔を真っ青にした。

 

尋問科(ダギュラ)の綴先生は恐ろしい。尋問された者はどんなに口が堅くても、絶対に白状してしまう程。経験者は顔を真っ青にしている。

 

トラウマを植え付けられたり、綴のことを女神や女王と呼んだりする者もいるとか。マジで恐ろしいな。

 

 

「妹さんの代わりに、お前が死んで来い」

 

 

「……………」

 

 

俺がそう言って肩を叩くと、武藤の目が死んだ。可哀想に。誰のせいだろうな。

 

妹も優秀な車輌科(ロジ)の武偵らしい。

 

武藤はワンボックスカーに乗って絶望の帰り旅が始まった。

 

 

「……キンジを救わなかったら轢いてやるからな」

 

 

「……おう。その時は存分に轢いてくれ」

 

 

最後に武藤はニカッと笑い、車を発進させた。

 

しかし、武藤に続いて俺にも災難が襲い掛かって来た。

 

 

ビー!!

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

ブザー音に俺は頬を引き攣らせる。

 

空港で通るタイプの金属探知機に絶対に引っかかる俺。理子、夾竹桃、ティナ、刻諒(ときまさ)は既に終わっていた。

 

しかし、俺は終わらない。これをクリアすれば余裕で飛行機に乗れるのに。

 

刻諒は何度も俺をフォローしてくれた。

 

一回目は『この人は武偵なんだ』とフォロー。

 

二回目は『ベルトだ。次は大丈夫だ』とフォロー。

 

三回目は『制服事態が駄目なんだ。次は絶対に通れる』とフォロー。

 

そして現在、四回目の失敗である。

 

 

「別室で金属探知機を使わせてもよろしいでしょうか?」

 

 

「あ、あぁ……」

 

 

刻諒(ときまさ)は苦笑いで答える。

 

二人の警備員に俺と安川は別室に連れて行かれる。俺はアイコンタクトで理子たちには先に行くよう伝えた。

 

別室はテーブルとイス。壁際には3つのロッカーだけしか置かれていないシンプルな部屋。テーブルには小さな輪がついた棒の金属探知機が置いてある。

 

警備員は金属探知機を持ち、俺の足元から上へと調べて行く。腰、手、胸、首、頭へと。

 

 

ビー!

 

 

金属探知機が頭で反応した。

 

知ってた。最近知ったから分かっていた。

 

とりあえずこの話は後だ。今はこの状況を打破しないと……!

 

 

「すいません……仮面取って貰えますか?」

 

 

俺が付けているのは泣いた仮面。持って来たモノだ。

 

 

「コホォー……息ができなくなるから却下コホォー」

 

 

「余計呼吸ができてないですよね?」

 

 

「おコホォーとわり」

 

 

「お断りって言いたいんですか?」

 

 

警備員が俺の仮面に触れる。

 

刻諒は目で俺にアイコンタクトを送って来た。

 

 

『き・ぜ・つ・ろ・っ・か・ー』

 

 

直訳すると『気絶ロッカー』。意味は『気絶させてロッカーに詰めろ』とのことだ。酷いことを考える。

 

警備員が俺の仮面を外した瞬間、表情が驚愕に変わった。

 

 

「き、貴様は国際指名手配犯の楢原!?」

 

 

「ドーモ警備員さん。楢原 大樹です。というわけで死ねええええええェェェ!!!」

 

 

「「うわあああああぐふッ!?」」

 

 

首の後ろをストンと叩き、意識を刈り取る。

 

警備員の警棒や通信機を奪い、部屋のロッカーに詰めた。すまん。これ少ないけど1万円な。

 

 

「どうして仮面に金属探知機が反応するんだ……」

 

 

「違う。俺の頭が反応したんだよ」

 

 

「ハッハッハ!君の頭は金属かい?」

 

 

「んなわけあるか。俺の頭ん中に金属が入ってんだよ」

 

 

「医療治療に使うプラチナとかかい?」

 

 

「銃弾だ」

 

 

「え?」

 

 

そう、俺の頭の中には銃弾が入っている。気付いたのは気付いたのは本当に最近だ。

 

ティナを救うために【神格化・全知全能】を使い、頭や腕をボロボロになったわけだが、その時に医者が俺の頭をレントゲンで撮った所、一発の銃弾があることが判明した。

 

銃弾は脳の中心に眠っており、取り出すのは至難の業らしい。無理に取ると危ないので放置してある。

 

そして、俺はこの銃弾を知っている。

 

 

(シャーロック……マジでぶっ飛ばす……!)

 

 

頭の銃弾はシャーロック・ホームズに撃たれたあの銃弾しか記憶に無い。むしろそれしかない。

 

あの野郎……最後の最後にとんでもない置き土産をしやがったな。

 

 

(……やっぱ生きてんのかな?)

 

 

アイツがあれで簡単に死ぬとは思えない。いきなり『体はこども、頭脳はシャーロック』とかチビシャーロックとか現れないよな?チート過ぎるだろ。〇ナンと犯人が泣くわ。

 

 

「別に体に害はないからいいけどな。ただ撃った奴が気に食わん」

 

 

「誰なんだい?」

 

 

俺はニヤリと笑いながら刻諒に教える。

 

 

「ムカつく天才探偵様だよ」

 

 

________________________

 

 

 

無事に飛行機に乗ることに成功?した俺たちはまず休息を取ることにした。

 

現在時刻は12時ジャスト。飛行機は離陸し、あとはロシアを目指すだけ。

 

この飛行機は俺たちが貸し切っているので自由に行動できるが、機長や操縦士、キャビンアテンダントに見つからないようにしないといけない。特に俺。

 

自分の部屋に引きこもり、俺はダブルベッドで横になり、睡眠を取ろうとしたが、

 

 

コンコンッ

 

 

「留守だぞー」

 

 

「留守にしたいなら喋らなきゃいいじゃないですか」

 

 

部屋に入って来たのはティナだ。手にはジュースの入ったグラスを二つ乗せたトレイ。

 

 

「飲みますか?」

 

 

「ん」

 

 

俺はティナにジュースを貰い、一気に飲み干す。高級ブドウの味が口の中に広がる。これ、一杯だけで何千円はするな。

 

空になったグラスをテーブルに置き、またベッドに横になる。ティナもベッドに座った。

 

 

「本当に異世界に来たんですね、私たち」

 

 

「ビックリしただろ」

 

 

「えぇ」

 

 

ティナは目を細め、ジュースの水面に映った自分の顔を見る。

 

 

「羨ましい世界です」

 

 

ティナの言うことは分かる。ティナの世界に『平和』なんて文字は絶対にないような世界だ。

 

彼らがこの世界を見たら、きっとこの世界は『平和』に見えるのだろう。

 

しかし、この世界の住人に『この世界は平和か?』と尋ねたらほとんどの者が『平和じゃない』と答える。世界のどこかで戦争や犯罪が起きている。だから平和じゃないっと理由を持って答える。

 

だがあの世界は違う。あの世界は毎日自分の命の危機に晒されている。今だって東京が壊滅するかもしれない危機に直面しているのだ。

 

この世界にそんな危機は直面しない。だからティナは……彼らはこの世界は平和だと言う。

 

 

「ティナ、お前が望むならこの元の世界に帰らなくてもいいんだぞ」

 

 

「……それこそ、私は望みません」

 

 

「何でだ」

 

 

「友達を見捨てたくありません」

 

 

ティナはグラスをテーブルに置き、俺の手を握った。

 

そうだ。この希望だ。まだあの世界は救える。ティナが言うように、美しいモノがまだあるはずなんだ。

 

 

(……………?)

 

 

じゃあこれは?心の中にポッカリと空いたような嫌な感覚は。

 

 

 

 

 

俺は……分かっていないのか?

 

 

 

 

 

「大樹さん?大丈夫ですか?」

 

 

ティナは何も答えない俺の顔を覗き、心配そうな表情で見ていた。俺はすぐに平然を装う。

 

 

「……少し眠くなって来ただけだ。心配するな」

 

 

「そうですか」

 

 

「そういや朝に寝るっていう生活リズムはやめたんだったな。まぁ無理して寝る必要はない」

 

 

ティナは俺たちと同じ時間を生きたいという涙が出てしまう程の感動的な理由で生活リズムを改良している。優子が泣いて喜んでいたのを思い出されてしまう。

 

 

「一緒に寝ます」

 

 

ティナは俺の隣に寝っころがり、俺の腕に抱き付いた。

 

 

「大樹さんと一番、一緒の時間を過ごしたいです」

 

 

それ、優子に言ったら泣くからな?というか告白に聞こえちゃうからやめてね?

 

 

 

________________________

 

 

 

バンッ!!

 

 

「大変だ大樹君」

 

 

ノックも無しで部屋を開けて入って来たのは血相を変えた刻諒(ときまさ)だった。声のトーンが普通と変わらないんだが。

 

ドアの音で俺は目を覚まし、起き上がる。

 

 

「って何だこの状況」

 

 

俺の隣にはティナが寝ている。これはいい。だが理子と夾竹桃も寝ていることが解せぬ。

 

 

「まぁいい。それで、どうした?」

 

 

ここで『まぁいい』とすぐに切り替えて言えた俺は常識が無いだろうか?

 

 

「ロシアに行けなくなった。私たちが警備員をロッカーに詰めたのがバレてしまった」

 

 

そりゃバレますわ。

 

 

「このままロシアに領空に入ったら撃ち落されてしまう。今から北京首都国際空港に緊急着陸する」

 

 

「ロシアが駄目なら中国もダメじゃないのか?」

 

 

「当たり前だ。既に空港は閉鎖され、中国の警察が大集結している」

 

 

「……それ本当に大丈夫なのか?」

 

 

「普通なら私はここで諦めろと言う。だが、この飛行機には任務で使う私の私物がたくさん積んである」

 

 

「……いや、それでも大丈夫な気がしねぇよ」

 

 

「今すぐ準備をしたまえ」

 

 

「無視かよ」

 

 

「一応脅してあるが、いつ機長が逃げ出すか分からん」

 

 

「そして脅したのかよ」

 

 

お前、俺より犯罪者に向いてるわ。国際指名手配犯の称号いります?

 

 

________________________

 

 

 

【北京首都国際空港 監視塔】

 

 

現在時刻 15:56

 

 

「フライトナンバー103。まもなく到着します」

 

 

「急げ!敵は国際指名手配犯だ!やむおえない状況なら射殺が許されている!絶対に許すな!」

 

 

中国語で男が指示を出すと、深緑色の警察服を着た男たちが大慌てで準備をしたり、他の警察官と連絡を取り出す。

 

【魔王】と呼ばれるほどの実力を持つ大犯罪者。その男がこの国にやって来ると知った時は耳を疑った。信じられなかった。

 

警察だけじゃない。武偵や軍も呼んだ。あの強い武偵が多くいる香港武偵高校からも応援に駆け付けてくれた。まだ到着していないが、もうすぐ来るだろう。

 

 

「フライトナンバー103!!見えました!!」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

一人の男が大声で言うと、場の緊張感が一気に高まった。

 

ついに始まる。一体この戦いでどれだけの人が犠牲になってしまうのだろうか……!?

 

監視塔の窓から飛行機がこちらに向かって飛んで来ているのが目視できた。しかし、様子がおかしい。

 

 

「高度が高くないか?」

 

 

着陸には高度をさらに下げていないといけない。にも関わらず、飛行機の高度は高かった。一般の操縦士でもこんなミスはしないだろう。

 

 

「大変です!非常口から人が飛び降りました!」

 

 

「何だと!?」

 

 

しまった。やられてしまった。

 

高度を上げていたのはパラシュートで脱出するためだと分かった時には遅かった。

 

飛行機から5人が飛び降り、白色のパラシュートを広げた。5人は空港の外へと降下していく。

 

 

「急げ!奴らの着地場所に一刻もはやく向かえ!」

 

 

「しょ、少佐……それについてですが……!?」

 

 

一人の男が汗を流しながら言葉を躊躇うが、意を決意して告げる。

 

 

 

 

 

「我々の大部隊の中心地に着地しました……!」

 

 

 

 

 

自分の耳を疑った。その報告を聞いた男はポカンと口を開けている。

 

 

「現在国際指名手配犯を含めた男たちは子どもに銃を突きつけ、逃走用の車を要求しています……!」

 

 

「子どもだと!?」

 

 

人質がいることは聞いたことが無い。機長と副操縦士が無事なのに何故子どもが……?

 

 

「一緒に落ちてきました。恐らくこの国に来る前に捕らえられた人質かと……!?」

 

 

なら今回捕まえる犯人は四人というわけか!

 

 

「どうしますか!?」

 

 

「クッ……車は用意しろ。ただし、通信機やガソリンには工夫を施せ。捕まえるチャンスを作るのだ!」

 

 

「はッ!!」

 

 

________________________

 

 

 

【大樹視点】

 

 

 

(おい)不要把枪口在这里对准(銃口をこっちに向けるな)!」

 

 

中国語で俺は銃を向ける何百人の中国警察たちを警告する。

 

右腕をティナの肩に置き、左手に握ったコルト・ガバメントをティナの側頭部に突きつける。警察は銃を下げるが、俺を睨み付けていた。

 

もちろん、ティナを撃ったりはしない。これは相手を騙すためである。

 

飛行機の貨物室にはパラシュートがいくつもあった。さすが武偵貴族の飛行機にはいろいろなモノが積まれているなと感心した。

 

それより、何故こんなことをしているのか。それは普通に考えて強行突破は不可能と考えたからだ。

 

だからこんな非道な外道な最低なやり方で中国警察を脅しているのだ。

 

 

「だいちゃんって中国語話せるんだ」

 

 

理子に意外そうな顔で言われる。そういう理子も中国語を話せるだろ。

 

 

「俺だって勉強くらいする。他にもフランス、ドイツ、スペイン、アラビア、ポルトガル、ロシア……25ヶ国語話せるな」

 

 

最初は3ヶ国語ぐらいだったのに本を読んでいると自然と覚えてしまった。

 

25という数字に一同驚愕。目を張って驚いていた。

 

 

「……大樹さんって博学なのですか?」

 

 

「当ったり前だ。むしろ超天才科学者と呼ばれてもいいくらいだな」

 

 

ティナにドヤ顔で答える。

 

 

「マッドサイエンティスト」

 

 

「夾竹桃。泣かすぞ」

 

 

絶対に誰かが言うと思ったよ。

 

 

「それにしても逃走用の車なんて用意させてよかったのかね?私はあまり良い手段とは思わないのだが?」

 

 

「いらねぇよそんなモノ」

 

 

刻諒(ときまさ)の言葉に俺は首を振った。

 

 

「アレは別にどうでもいいんだよ。ただの時間稼ぎだ」

 

 

「ではどうするのだ?」

 

 

「本命は……アレだ」

 

 

その時、銃を構えた警察の後ろに何台ものパトカーが止まった。応援に駆け付けた警察が車から降りて来る。

 

 

パトカー(アレ)を盗む」

 

 

「全く……国際指名手配犯さんは考えることが大胆なことだ」

 

 

パラシュートを使って飛び降りるお前よりまだマシだろ。

 

 

「よし、まず俺が行こうか」

 

 

銃をホルスターに直し、構える。

 

悪いな。俺はどうしても行かなきゃならないんだよ。

 

 

「【無刀の構え】」

 

 

音速の速さで警察たちの前まで一瞬で距離を詰める。右手と左手。二つの手を合わせて一つの拳を作り、地面に向かって振り下ろした。

 

 

「【天落撃(てんらくげき)】!!」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

コンクリートの地面が粉々に砕け、衝撃で生み出された暴風が警察たちを襲う。

 

警察は簡単に吹っ飛ばされ、パトカーまでの道が開かれる。

 

 

(撃て)(撃て)ッ!!」

 

 

大樹に吹き飛ばされなかった警察が下げていた銃を急いで構える。

 

 

「悪いがそうはさせない」

 

 

キンッ!!

 

 

レイピアを高速で抜刀。刻諒は警察の持っていた拳銃を連続で突き、次々と破壊した。

 

 

「んなッ!?速いッ!?」

 

 

その速さは一閃の光。警察の目では捉えられない速さだった。

 

刻諒だけでなく、夾竹桃も加勢した。

 

 

キュルルルルッ

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

夾竹桃の操ったワイヤーが警察たちの体に絡まると、一斉に動きを封じられた。警察は銃の引き金すら引けない。

 

警察が指すら動かせないのはワイヤーのせいではない。微量の毒によって体の動きを鈍らされたのだ。

 

 

「はいティナちゃん行くよー!」

 

 

理子はティナを抱っこし、パトカーに向かって走る。

 

ティナを後部座席に乗せ、理子はパトカーに取りつけられた安全装置や防犯装置などを解体する。

 

 

「はいおしまい。終わったよ!」

 

 

「さすが理子。仕事がはやいぜ!」

 

 

夾竹桃と刻諒が後部座席に乗り、俺は助手席に座った。運転手はかなり心配だが理子だ。

 

 

ギュルルルルッ!!

 

 

理子はアクセルを思いっ切り踏み、タイヤを勢いよく回転させた。反動で後頭部を背もたれにぶつけた。もう不安が最高潮です。

 

警察が通行規制をかけたおかげか、大通り出てみると、人が少なかった。信号を無視してカーブを勢いよく曲がる。

 

ふと後ろを見てみると、他のパトカーがサイレンを鳴らしながら追って来ていた。警察たちも簡単には逃してくれないようだ。

 

 

パンッ!!パンッ!!パンッ!!

 

 

中国の警察は発砲を許しているのか、俺たちの乗ったパトカーに銃弾を浴びせる。幸い、防弾ガラスのおかげで窓は割れていない。車体は傷がついたが。

 

 

「ティナ!タイヤを狙うぞ!」

 

 

「はい!」

 

 

俺はコルト・ガバメントを。ティナはライフルを取り出した。

 

俺たちは窓から身を出し、銃の引き金を引いた。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「うおッ!?」

 

 

コルト・ガバメントの引き金を引いた瞬間、反動が強過ぎて驚いた。

 

 

バギンッ!!

 

 

俺の撃った銃弾はパトカーのタイヤを破壊し、スリップさせた。スリップしたパトカーは他のパトカーを巻き込み、連鎖的に事故を起こしていく。

 

 

「何だこの威力!?普通の銃の威力じゃねぇぞ!?」

 

 

「あ、違法改造だ!だいちゃん、悪い子だ!」

 

 

「平賀あああああァァァ!!」

 

 

だが許す。使えるなこれ。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

重い銃声が鳴り響くと同時に、ティナの銃弾がパトカーのタイヤに向かって突き進んだ。

 

その時、俺はあることに気が付いた。

 

 

 

 

 

 

そう言えば、武偵弾の説明したっけ?

 

 

 

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

 

 

 

銃弾がタイヤに当たった瞬間、爆弾でも爆発させたかのような爆音が轟き、巨大な火柱を燃え上がらせた。

 

 

 

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

車内が静まり返った。やっべぇ……!

 

ティナは目を張って震えていた。隣に居た夾竹桃が優しくティナの頭を撫でて告げる。

 

 

「あなたは悪くないわ」

 

 

「そうだぞティナ!説明しなかった俺が悪いんだ!」

 

 

「止めなかった私たちにも責任がある」

 

 

「理子はティナちゃんの味方だからね!」

 

 

みんながティナを励ますが、

 

 

「大樹さん、今までありがとうございまし―――」

 

 

「ティナあああああァァァ!ごめんよおおおおおォォォ!」

 

 

この後、ラジオで死人と重傷者が出なかったことを知ることができた。

 

 

 

________________________

 

 

 

現在時刻 17:02

 

 

警察から未だに追われている俺たちだが、撒くことには成功した。

 

パトカーを捨て、今は変装して電車に乗って逃走中。変装と言っても、コート羽織っただけどな。

 

夾竹桃、俺、ティナ、理子、刻諒(ときまさ)の順で並んで座る。人は俺たち以外に乗っていない。

 

というかいつまで俺の影に隠れているつもりだヒルダ。いい加減出て来い。

 

ゴトゴトと電車は揺れながら目的地。北へと向かう。

 

外の風景を見てみると、まず山が目に入る。その次は山の手前にある川。そして、

 

 

バババババッ!!

 

 

窓から黒いヘリが見えた。うわぁ、もう見つかった。

 

ヘリのドアが開き、中から中国の民族衣装を着た二人の女の子たちが飛び出して来た。

 

 

バリンッ!!

 

 

二人の女の子たちは電車の窓を突き破り、俺たちの前と後ろに着地し、挟み撃ちにした。

 

 

你好(ニーハオ)、ここで立直(リーチ)ネ」

 

 

(なた)のような太刀。柄から垂らした布飾りがと刀身に龍の図が掘られている刀を持った少女が挨拶して来た。

 

あれは柳叶刀(リュウエイダオ)―――青竜(せいりゅう)刀だ。中国の刀か。

 

青竜刀を持った黒髪のツインテール少女がニタリと笑う。最近、黒髪ツインテールによく会うな。

 

 

省掉拍子(拍子抜け)ネ。もっと逃げると思っていたネ」

 

 

後ろにいた黒髪のツインテール少女が失望したような目で俺たちを見る。こっちの少女は手に短機関銃(サブマシンガン)・UZIを持っていた。

 

 

「双子……!?」

 

 

ティナの言いたいことは分かる。中国の民族衣装以外、全く同じ容姿の姿の女の子に挟み撃ちをされたのだから。しかし、俺はティナの肩をトントンっと叩き、窓の外で待機しているヘリを指差す。

 

 

「あそこにもいるぜ」

 

 

ヘリの中に目の前にいた少女とそっくりな黒髪ツインテール少女が二人もいることにティナは気付く。

 

一人はスナイパーライフルのM700のスコープを覗き、俺たちを見ていた。もう一人はヘリの操縦をしている。

 

 

「四つ子……!?」

 

 

ティナは驚いた。ここまでそっくりな四つ子は見たことがないのだろう。そもそも三つ子でも珍しいのにな。

 

 

「むッ、曹操(ココ)姉妹か」

 

 

刻諒は四つ子のことを知っていたようであまり驚いていない。

 

 

「ツァオ・ツァオ……理子たち同じ元イ・ウーメンバーだよ」

 

 

理子と夾竹桃は面識があるみたいだ。

 

 

「峰 理子!それは欧州人の間違った呼び名ネ。イ・ウーではシャーロック様がそう呼んだヨ、だからココはみんなにそう呼ばせてたネ。曹操(ココ)。これ、()の正しい発音アル!」

 

 

確かに。曹操(そうそう)って日本語読みだったな。

 

 

「まぁどうでもいいけど」

 

 

「良くないアル!ナラハラ。お前がヘンタイと呼ばれるのと同じでアル!」

 

 

「同じゃねぇよ!俺の方が酷すぎんだろ!」

 

 

「変態は牢狱(ろうや)ネ!!」

 

 

ダンッ!!

 

 

青竜刀を持った曹操(ココ)が俺の頭に向かって振り下ろす。俺は変態じゃねぇ!

 

 

「せいッ」

 

 

パシッ

 

 

定番の真剣白刃取りで青竜刀を両手で掴む。曹操(ココ)はその行為に驚くが、

 

 

炮娘(パオニャン)!!」

 

 

四つ子の誰かの名前だろう。青竜刀を持った曹操(ココ)が大声で呼ぶと、短機関銃(サブマシンガン)を持った曹操(ココ)が俺の背中に銃口を向けた。ややこしいな!?

 

 

(シイ)

 

 

ガガガガガッ!!!

 

 

短機関銃(サブマシンガン)を持った曹操(ココ)―――炮娘(パオニャン)は銃の引き金を引いた。

 

 

「危ねぇなっと!」

 

 

右手で青竜刀を掴んだまま、左手で右の腰に差した刀を抜く。

 

 

ガキンッ!!ガキンッ!!ガキンッ!!

 

 

左手を高速で動かして刀を巧みに操り、銃弾を刀で次々と斬る。刀の刃が良いのか、銃弾が豆腐のように綺麗に斬れてしまう。

 

 

「ッ!?ナラハラはキンチと同じ化け物ネ!」

 

 

「誰が化け物だゴラァ!」

 

 

「あうッ!?」

 

 

青竜刀を持った曹操(ココ)を右手で捕まえ、動けないようにする。

 

 

猛妹(メイメイ)!?」

 

 

「余所見なんて余裕ね」

 

 

短機関銃(サブマシンガン)を持った炮娘(パオニャン)が大樹たちに意識が移った瞬間、夾竹桃は仕掛けたワイヤーを引っ張った。

 

 

ギュルルルルッ

 

 

「むぎゅッ!?」

 

 

ワイヤーは炮娘(パオニャン)の足に絡まり、盛大に顔から転んだ。痛そう……。

 

 

バリンッ!!

 

 

ヘリの中からずっと様子を見ていたスナイパーライフルを持った曹操(ココ)がついに引き金を引いた。だからややこしい!誰だあの子は!?

 

銃弾は窓ガラスを貫通し、俺の眉間を狙う。

 

 

ガギンッ!!

 

 

「はい無駄ッ」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

銃弾を横目で見るだけで確認し、左手に持った刀で叩き落とした。普通じゃ考えられない芸当に誰もが驚いた。

 

 

「ティナ!」

 

 

「はい!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

やっとスナイパーライフルの準備をすることができたティナ。すぐにヘリに向かって銃弾を放つ。

 

 

バギンッ!!

 

 

銃弾はヘリのプロペラに当たり、プロペラの一枚を破壊した。あんなに速く回ったプロペラの一枚に当てる技術……ティナの狙撃はやはり神業。

 

 

「「「「愚蠢(バカな)!?」」」」

 

 

中国語で驚く四つ子の息がピッタリ合った。まさか撃ち落されるとは思わなかったのだろう。

 

 

「やはり面白い……それでこそ楢原だ」

 

 

その時、ヘリの奥に隠れていた女の子がライフルを持った曹操(ココ)とヘリを操縦していた曹操(ココ)、二人の曹操(ココ)を掴み、こちらの電車の上に乗り移った。

 

ヘリはクルクルと回転し、

 

 

「正体見せろや!!」

 

 

ザンッ!!

 

 

俺は刀で天井を三角形に斬り、飛び移って来た三人を中へと落とした。

 

黒髪ツインテールの二人は着地に失敗し、倒れている。しかし、一人は違った。

 

 

ドゴッ!!

 

 

「ぐッ!?」

 

 

着地した瞬間、俺の腹部に正拳突きをしてきた。右手で掴んでいた曹操(ココ)―――猛妹(メイメイ)を座席に投げ飛ばし、すぐに右腕で受け止めた。

 

拳は重い。気を抜けばすぐに折れていただろう。

 

 

「何者だ……!」

 

 

敵の拳を腕で受け止めたまま相手を見る。

 

敵は小学5年生くらいの身長の女の子。名古屋武偵女子校(ナゴジョ)の制服を着ていた。

 

長い黒髪に裸足の少女……表情は笑っていた。

 

 

「前回はいらない奴が入って来たからな……今度は戦えるよな?」

 

 

直感的に、相手が誰なのか分かってしまった。

 

 

 

 

 

「緋緋神……!?」

 

 

 

 

 

俺の言葉を肯定するかのように、彼女は笑った。

 

 

 



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Scarlet Bullet 【禁断】

すいません。書くのに時間が掛かりすぎました。本当にすいませんでした。



信じられない。目の前にいる少女が緋緋神だということが。

 

黒髪の少女―――緋緋神が憑りついた少女は笑いながら拳を当てた俺の腕に力を入れる。ギチギチッと腕から嫌な音が漏れる。

 

 

(どういうことだ!?アリアに憑いてるのじゃないのか!?)

 

 

何故ここにいる?何故この少女に憑りついている?

 

疑問の嵐が俺の脳を引っ掻き回す。頭痛と吐き気が襲い掛かてくるが、

 

 

「行くぞ楢原!」

 

 

緋緋神はそんな俺に休ませる時間は与えない。

 

 

ダダダダダッ!!

 

 

残像で少女の手が何十本にも見えてしまう速さで俺に連打攻撃して来た。

 

急いで刀を鞘に収め、少女の拳や蹴りの高速の攻撃を俺は受け流し始める。

 

 

「くッ!?」

 

 

しかし、相手は緋緋神。簡単には受け流せない。受け流したはずの拳がいつの間にか掠ってしまっていたり、蹴りは俺の死角を突く間合いの位置調整をしている。

 

見えているのに対処できない攻撃に翻弄されてしまう。

 

 

「ひひッ!!」

 

 

笑いながら戦いを楽しむその姿はまさしく緋緋神。最悪な気分にさせられる。

 

 

「大樹さんッ!!」

 

 

「来るなッ!!お前たちは後ろに逃げろッ!!」

 

 

助けに来ようとしたティナを背負ったリュックを投げ渡して止める。理由は簡単。ティナじゃ勝てない。秒間約20発以上という脅威の連撃を簡単に対処できるはずがない。助けに来たら状況を悪化させてしまう。

 

周囲はその戦いに圧倒されていた。人間が辿り着ける戦いの領域を何段も飛ばした戦闘だった。

 

 

(ハハッ、もう1000発以上も殴られた……やられっぱなしだな俺……!)

 

 

心の中に自嘲気味に笑う。

 

このままの状態が続くのは不味い。しかし、反撃は不用意にはできない。

 

もし、この少女がアリアと同じ憑りつかれた被害者なら殴ることはできない。軽い衝撃を与えて気絶させるだけでいい。

 

と言いつつ、謝罪することがある。誠に残念なことに気絶させる反撃が俺には不可能だった。

 

俺が攻撃を仕掛けようとすると、連打のスピードを上げたり、防御の構えを取り出す。そう、かなり警戒しているのだ。

 

 

「楢原!楽しい!楽しく闘れるな!」

 

 

「俺は全然楽しくねぇよ!」

 

 

敵の高速連打のスピードが上がった。

 

いつまでも……俺がやられていると思うなよ!

 

俺は連打して来た拳を上に弾き飛ばし、がら空きになった少女の体に向かって俺は背中を向ける。

 

 

鉄山靠(てつざんこう)!!」

 

 

ドンッ!!

 

 

背中から少女の体に体当たりを繰り出す。有名な技だな。

 

少女の体は衝撃で後方に吹っ飛ばす。少し痛いがこれで気絶させることが―――!

 

 

ガッ!!

 

 

「うおッ!?」

 

 

同時に俺の体も少女の飛んで行った方向に足が引っ張られる。

 

足を見てみると、柔らかいふさふさしたモノが巻き付いていた。

 

 

「しっぽ!?」

 

 

少女の短いスカートの中から猿のような尻尾が俺の足に絡みついていた。この子、人間じゃない!?

 

冷静になって考えてみると、吸血鬼や人外の強さ持った人や本物のシャーロック・ホームズを見たことのある俺からすれば驚くことじゃないけどな。

 

 

ガシャンッ!!

 

 

少女の体は電車の次の車両に続くドアをぶち破り、俺の体も次の車両に投げ飛ばされる。

 

 

「きひッ!」

 

 

「野郎ッ……!」

 

 

空中で少女は尻尾を使い、俺との距離を詰めた。駄目だ。あの攻撃でも気絶していない。

 

しかも少女に背中を向けてしまっている。この体制では攻撃をくらってしまう。

 

 

「舐めんなよッ!!」

 

 

ガッ

 

 

天井から垂れていたつり革に足を引っ掛けて体をグルンッと回し、体制を変える。

 

俺の顔を狙った少女の踵落としを両手で受け止める準備をする。

 

その時、少女は緋緋神のように笑った。

 

 

ガシッ

 

 

「ッ!?」

 

 

尻尾で俺の両手首を絡めて、動かせないように縛った。

 

 

(やられた……!?)

 

 

このまま引き千切ることはできる。だが何度も言うが少女にそんなことはできない。

 

少女は踵落としを俺の腹部に狙いを切り替える。まだ俺には……あれがある!

 

強烈な一撃を秘めた踵落としが振り下ろされる。

 

 

バシッ!!

 

 

「!?」

 

 

少女の目が驚愕で見開く。

 

 

 

 

 

俺は両足の裏で少女の足首を掴み、止めた。

 

 

 

 

 

真剣白刃取り……じゃなくて真足白刃取りを足でやってみせた。

 

 

ドンッ!!

 

 

そのまま俺たちの身体は床に落下する。床に落下した衝撃を利用して尻尾を解き、少女との距離を離す。

 

 

「逃げるな楢原!」

 

 

「デスヨネー」

 

 

ドゴッ!!

 

 

少女の飛び蹴りが俺の腹部に直撃する。しかし、俺は食らう覚悟と衝撃を和らげる準備をしていたため、ノーダメージで後方に吹き飛ばされる。

 

 

ガシャンッ!!

 

 

ドアを壊しながら次の車両の床に片膝をついて着地する。

 

すぐに少女がこちらに向かって走って来ていた。そして、また俺に飛び掛かろうとしている。

 

 

「何度もやられると……思うなよッ!!」

 

 

ガシッ

 

 

こちらに向かって走って来た少女の腕を掴み、そのまま背負い投げでまた次の車両へと投げ飛ばす。今度は尻尾を警戒していたので、絡まらない。

 

だが、俺の読みは外れた。

 

 

「まだ甘いなぁ!楢原!」

 

 

「ッ!?」

 

 

少女は尻尾をつり革に引っ掛け、投げられた反動を勢いを利用してスピードをつける。

 

つり革を中心にして、少女の体はぐるりと回り、俺の背後を取る。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

俺の背中を思いっ切り蹴り飛ばす。サーカスに一発採用されるくらい凄い動きだな。入団して来いよ。

 

 

ガシャンッ!!

 

 

今日だけで何回次の車両に続くドアを破ったのだろうか。ごめんなさい。

 

また片膝をついて着地。どうやらここは先頭車両のようだな。運転手はやはりいない。どうやら乗客は前の駅で全員降りたようだな。気付かなかったぜ。

 

 

「これでもう逃げれない……残念だったな」

 

 

「……お前、何者だよ」

 

 

会話させてくれる時間が少しだけ生まれそうだったので、すぐに質問した。少女は笑う。

 

 

 

 

 

闘戦勝仏(とうせんしょうぶつ)九龍猿王(ガロウモンク)孫悟空(そんごくう)さ」

 

 

 

 

 

とんでもねぇ奴がキタアアアアアァァァ!?

 

っとふざけたいところだが……。

 

 

「嘘つくな。お前は緋緋神だろ」

 

 

俺に返答はしない。代わりにニヤッと犬歯を見せた笑みを返して来た。

 

肯定も否定もしない答えに少し苛立つ。

 

 

「その体はお前のじゃねぇ!大人しくその子を解放しろ!」

 

 

「すると思うか?」

 

 

頭に来る返事に俺は拳を握った。

 

 

「……もういい。絶対に許さないからな」

 

 

「いいぞ……それでこそあたしの求めた先だ!」

 

 

「だが一つ聞いておきたい。その子の名前は何だ?」

 

 

「? (コウ)のことか?」

 

 

『こう』……どこかで聞いた名前……………ッ!

 

 

『しょ、しょせん、ひとの、体か……猴の、からだなら、こうはいかなかった、ものを……!」』

 

 

思い出した……!完全記憶能力が無かったら思い出せなかったぞ。

 

 

「お前、やっぱり緋緋神じゃねぇか。やられた時に猴のことを言っていただろ」

 

 

猴に憑りついた神―――緋緋神は嫌な顔をした。

 

 

「あたしのミスか……しゃーなしだな」

 

 

緋緋神は手を前に出す。あの構えは……!

 

 

「逃げる場所はないぜ。どうする?」

 

 

光の速度で突き進む緋色のレーザーを出すときの構え……!?アリアだけじゃなく、猴も使えるのか!?

 

緋緋神の頭上にキラキラと黄金色の光の粒子が舞い始め、右目が紅く輝きだした。

 

 

「あたしの視界にいる限り、絶対に避けれないぜ」

 

 

何それチート?見ているだけで倒せるとかチートだろ。

 

 

「そう言えば終点まで後少しだな」

 

 

俺は外の風景を見ながら話す。電車は木が生い茂った山に囲まれた場所を走る。もう少し進めば川を横断した橋を通る。

 

 

「綺麗な場所だなぁ」

 

 

「……何を狙っている?」

 

 

「さぁ?とりあえず俺が言えることは―――」

 

 

俺は両手に二本の刀を持つ。

 

 

「―――アリアは絶対にお前なんかにやらねぇ」

 

 

「いい覚悟だ。恋は人を強くする……それがあたしとお前だ」

 

 

電車がゴトゴトと揺れ始め、橋を渡り始める。

 

緋緋神の放つレーザーは光の速度。避けるにはアイツが撃つ前にはやく動くこと。

 

 

(だけど撃つタイミングが分からねぇ……この方法じゃ駄目だ)

 

 

もっと確実に避ける方法を考えろ。緋緋神が予想できない奇想天外なことを……。

 

 

(電車……レーザー……刀……橋……ッ!)

 

 

ハハッ……俺ってそろそろ頭がイカレたんじゃないのか?この状況でこんな方法、誰が思いつくだろうか。

 

 

「サヨナラだ……アリアはあたしのモノだ」

 

 

違う……絶対に違う。

 

それを……絶対に分からせてやるよ、緋緋神ッ!!

 

 

カッ!!

 

 

猴―――緋緋神の右目が一際強く紅く光った。その瞬間、俺は音速で刀を振るう。

 

 

ザンッ!!

 

 

そして、俺の真下―――床の底に三角形の穴が開いた。

 

 

「ッ!?」

 

 

緋緋神も予想していなかったのか、俺の行動に驚愕する。

 

俺の体は三角形の穴の中に吸い込まれるように落ちる。落ちる瞬間は笑みを浮かべて落ちてやった。

 

 

ガシュッ!!

 

 

ゴツゴツした線路の上を転がる。バットのような硬い何かで叩かれたような衝撃が全身に襲い掛かって来る。

 

 

ズシャァッ!!

 

 

電車の一番後ろの車両が俺の体の上を通り過ぎた。転がる体を無理矢理起こし、二本の刀を構え、叫ぶ。

 

 

「飛び降りろお前らッ!!」

 

 

後ろでずっと待っていたティナたちが電車から飛び降りる。

 

夾竹桃はすぐにワイヤーを巧みに扱い、ティナたちの身体を空中で止める。

 

 

「二刀流式、【阿修羅(あしゅら)の構え】!!」

 

 

ワイヤーを潜り抜けて、電車の最後尾を追う。最後尾から黒髪のツインテールの少女たちがこちらに走って来るのが見える。

 

 

「【六刀(ろっとう)暴刃(ぼうは)】!!」

 

 

ザンッ!!!

 

 

六つのカマイタチが斬り裂く。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

 

 

 

電車が走っていた橋が斬り裂かれた。

 

 

 

 

 

「「「「谎话()ッ!?」」」」

 

 

ありえない光景に曹操(ココ)姉妹は驚愕した。

 

橋の半分辺りから先が粉々に切断され、崩れたのだ。驚くのは当然だ。

 

粉々になった橋は川に落ちて行き、大きな水しぶきを上げる。

 

 

「掴まれ!!」

 

 

俺はベルトのワイヤーを伸ばし、曹操(ココ)姉妹の一人に投げ飛ばす。曹操(ココ)姉妹は自分の姉や妹の足に仲良く掴み、ぶら下がった。って重ッ。

 

電車が後ろから次々と川へと落ちる。そして、緋緋神がいたであろう先頭車両も落ちた。

 

 

(だけどあの程度じゃどうせ逃げれるだろうな)

 

 

急いでワイヤーを巻き、四姉妹を救出する。

 

 

「はやく逃げるぞ!」

 

 

緋緋神が簡単に諦めるはずがない。もしかしたらすぐに追って来るかもしれない。

 

俺は曹操(ココ)四姉妹を担ぎ、急いで逃げる。俺に続いてティナたちも逃げ始める。

 

 

「だから逃がさないって言ってるだろ!!」

 

 

「んなッ!?」

 

 

突如背中に強烈な衝撃が襲い掛かって来た。俺と担いでいた曹操(ココ)たちが飛ばされてしまう。

 

地面を転がり、すぐに起き上がると、目の前には(コウ)が立っていた。

 

 

「お前……どうやって!?」

 

 

如意棒(にょいぼう)だけじゃなく、斛斗雲(きんとうん)まで使わせるなんて……どこまであたしを楽しませてくれるんだ」

 

 

斛斗雲(きんとうん)だと……?」

 

 

雲に乗って空を飛ぶ架空の仙術……孫悟空が使うあの斛斗雲(きんとうん)なのか……!?

 

……奴の能力を解析するのは後だ。まずはこの状況を何とかしないと。

 

 

「お前ら!俺を置いてロシアに逃げろ!」

 

 

俺の言葉にみんなは驚くが、ティナが反論する。

 

 

「駄目です!大樹さん!それだけは―――!」

 

 

「いいから逃げろッ!!」

 

 

ティナがそれでも首を横に振る。俺は下唇を噛み、もう一度大きな声で言う。

 

そして、絶対に言ってはいけない一言を口にしてしまう。

 

 

「行けって言ってんだろ!!()()()()()だ!!」

 

 

「ッ!?」

 

 

その言葉にティナは目を見開いて驚いた。

 

そして、スカートを強く握り、泣きそうな表情になった。

 

失言だと分かっている。言ってはいけないって自覚している。でも、ティナが傷付く姿は見たくなかった。

 

 

「大樹君の言う通りだ。私たちでは敵わない」

 

 

刻諒(ときまさ)はティナの肩に手を置き、逃げるように言う。ありがとう刻諒。そして、ごめんティナ。

 

理子と夾竹桃も納得してない顔だったが、すぐにティナと一緒に逃げ出した。

 

 

「……来いよ」

 

 

俺は右手に刀を持つ。それを見た緋緋神は笑みを浮かべる。

 

 

「如意棒が使えないのが残念だ。楢原にはもっと―――」

 

 

その時、緋緋神の言葉が止まった。俺の背後……後ろを睨み付けた。

 

 

「また水を差す奴が来たか……!」

 

 

「何……!?」

 

 

バシュッ

 

 

その時、何かが斬れた音が聞こえた。そして、

 

 

 

 

 

「また会ったな、大樹」

 

 

 

 

 

女の声が聞こえた。俺のことを呼ぶ声は、誰なのかすぐに分かった。

 

しかし、信じられなかった。彼女がここにいるわけがない。いてはならない。

 

ゆっくりと振り返ると、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の先祖である楢原 姫羅(ひめら)が立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「姫……羅……?」

 

 

派手な赤い着物に腰まで長く伸ばした赤髪のポニーテール。

 

間違いない。俺の先祖、姫羅だった。

 

俺に剣を教えてくれた恩師。俺を強くしてくれた師匠。

 

だが姫羅の表情はどこか悲しげで、辛そうだった。

 

 

刻諒(ときまさ)さん!!しっかりしてください!」

 

 

その時、姫羅の背後からティナの必死な声が聞こえた。

 

理子と夾竹桃も顔を真っ青にして刻諒の名前を呼んでいた。

 

 

「……………何でだよ」

 

 

ティナは必死に揺さぶっていた。地面に倒れている赤い血の水溜りを作った人物。

 

 

 

 

 

刻諒が斬られ、倒れていた。

 

 

 

 

 

何が起きたか分からなかった。姫羅がここにいる理由。刻諒が倒れている理由。何も分からなかった。

 

 

「こんな再会で悪い……」

 

 

姫羅の謝罪が耳に入る。そして、大樹は知った。そして、大樹は理解した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

姫羅が赤く染まった刀を握っていたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、大樹は姫羅に音速を遥かに超えた速さで飛び掛かった。

 

 

ゴォッ!!

 

 

そして、大樹の心の中に生まれた。

 

 

 

 

 

「殺すッ!!!」

 

 

 

 

 

殺意が。

 

 

 

 

 

バギンッ!!

 

 

姫羅の刀と大樹の右手に持った刀がぶつかった瞬間、大樹の持った刀が粉々に砕け散った。大樹の刀より姫羅の持った刀の方が強度が強かった。

 

姫羅の刀がそのまま大樹の体を斬ろうとするが、

 

 

ドシュッ!!

 

 

「ッ!?」

 

 

大樹は左手で刀を思いっ切り掴んで止めた。大量の血が流れるが、大樹にはどうでもいい事だった。

 

自分の手を犠牲にして刀を受け止めたことに姫羅は驚愕する。

 

 

ドゴッ!!

 

 

「かはッ!?」

 

 

だが姫羅に驚愕する暇、そんな余裕はなかった。

 

大樹は刀を引っ張り、姫羅の体を引き寄せた。そして、右拳を姫羅の腹部に入れた。姫羅の口から空気が漏れる。

 

 

ガシッ

 

 

大樹の追撃は続く。姫羅の髪を掴み、そのまま姫羅の顔から地面に叩きつける。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

その威力は絶大。橋が大きく揺れ出し、土煙が吹き上げ、崩れ出す。

 

 

「きひッ!いいぞ楢原!もっと()れ!!」

 

 

見るのが楽しいのか、緋緋神は笑いながら安全地帯まで逃げていた。

 

ティナたちも事態が深刻だと気付く。

 

 

「急げ!巻き込まれるぞ!」

 

 

理子が大声で呼びかけると、曹操(ココ)四姉妹は一目散に逃げ出した。

 

理子と夾竹桃が気を失った刻諒を担ぎ、脱出しようと急ぐが、

 

 

ガゴンッ!!

 

 

「「「ッ!?」」」

 

 

理子たちの足場の橋が崩れ出し、落下した。体が宙に投げ出される。

 

 

「させなくてよ」

 

 

ドサッ

 

 

しかし、理子たちが川へと投げ出されることはなかった。黒い影が理子たちの身体を包み込んでいた。

 

 

「ヒルダ……!?」

 

 

目の前には大きな黒い蝙蝠(コウモリ)のような翼を広げたヒルダの姿があった。宙に浮いており、理子と同じ女子武偵服を着ている。

 

理子の体を包み込んだのはヒルダの足元から伸びた黒い影だ。

 

 

「何でヒルダが……!?」

 

 

「理由は後で説明するわ。それよりどうするのかしら?」

 

 

ヒルダの視線は大樹たちの方を向いていた。

 

大樹と姫羅は崩れる橋の瓦礫を足場にして、空中で戦っていた。

 

鬼のような形相で姫羅に嵐のような猛攻の連撃を繰り出す。姫羅の表情は苦しそうにしていた。

 

 

「もう勝ちは決まったモノじゃないかしら?あとは任せてその死にかけの男を助けたらどうかしら?」

 

 

ヒルダの言うことは正しいのかもしれない。姫羅に斬られた傷は広がり、致命傷になりつつある。

 

 

「……私の鞄に入っている救急箱の中に『Razzo(ラッツォ)』が入っているわ。急いで打たないと後悔するわよ」

 

 

夾竹桃の言葉に理子は唇を噛む。

 

ラッツォとはアドレナリンとモルヒネを組み合わせて凝縮した薬だ。気付け薬と鎮痛剤を兼ね備えた復活薬のようなモノだ。

 

 

「……ヒルダ。この橋を越えた先にすぐ駅が見える。そこに連れて行って」

 

 

ただしっと理子は付け足す。

 

 

「あたしはここに残る」

 

 

「待ちなさい。あなたがここにいても意味はないわ」

 

 

夾竹桃がすぐに止めるが、理子は首を横に振った。

 

 

「意味ならある。大樹があたしを助けてくれたように、あたしも大樹を助ける」

 

 

理子は今の大樹を見て不安気な顔をするが、すぐに真剣な表情になる。夾竹桃はその決意に満ちた理子の表情を見て、

 

 

「絶対に、帰って来なさい」

 

 

「ありがとう(キョー)ちゃん」

 

 

「私も残らせてください!」

 

 

二人の会話を聞いていたティナが急いで割り込む。

 

 

「私も、大樹さんを助けたいです!」

 

 

「……うん、分かった」

 

 

理子はヒルダの方を向く。

 

 

「ヒルダ。あたしとティナを降ろして」

 

 

「あなた……本気なの?」

 

 

「……………」

 

 

「わ、分かったわよ」

 

 

理子の真剣な眼差しにヒルダは負けてしまい、崩れていない橋の線路に二人を降ろす。

 

そしてヒルダは翼を広げ、終点の駅の方へと刻諒と夾竹桃を連れて、飛び去った。

 

 

「行くよティナちゃん。だいちゃんを絶対に助けるよ」

 

 

「はい」

 

 

二人は銃を構えて歩き出すが、

 

 

「止まれ」

 

 

「「ッ!?」」

 

 

二人の目の前に一人の少女が上から降って来た。

 

 

ダンッ

 

 

少女は片膝を着き着地する。ゆっくりと顔を上げて、理子とティナを見る。

 

 

「つまらない水は差さない方がいい」

 

 

彼女はさっきまで大樹と戦っていた(コウ)―――緋緋神だ。

 

理子とティナは歩く足を止めて、銃口を猴に向ける。しかし、直感的に分かってしまった。

 

 

勝てないっと。

 

 

「邪魔をしなければ生かしておいてやる」

 

 

猴の脅迫に、二人の足は動かなくなってしまった。

 

 

 

________________________

 

 

 

 

ドゴッ!!

 

 

「ぐぅ……!?」

 

 

姫羅は苦しい声を漏らす。また腹部を大樹に殴られたからだ。

 

落下している橋の瓦礫に体が叩きつけられる。

 

 

「【無刀の構え】」

 

 

「ッ!?」

 

 

しかし、すぐに大樹の追撃が来る。気が付けば目の前に拳を握った大樹が迫っていた。

 

その表情は、神や悪魔すら恐れてしまう鬼の顔だった。

 

 

「【神殺(しんさつ)天衝(てんしょう)】」

 

 

ドゴンッ!!!

 

 

神殺しの一撃が姫羅にぶち当たる。その衝撃は今までの攻撃とは比べものにならないくらい強い。

 

 

ガシャアアアアアンッ!!

 

 

橋の壊しながら姫羅の体は山の中の森林まで吹っ飛ばされる。木々をなぎ倒しながら奥に飛ばされる。

 

土煙が大きく巻きあがり、一帯が見えなくなってしまうが、気配で敵の位置が分かる。

 

 

「どうしてだ……」

 

 

大樹はボロボロになった森の地面に着地し、姫羅の元へと歩み寄る。

 

 

「どうして刻諒を斬った!?」

 

 

「……アタイと大樹が敵同士だからだよ」

 

 

土煙の奥から大樹と同じように歩いて来る一つの影。姫羅だ。

 

 

「ッ……………」

 

 

姫羅が姿を見せた時、大樹は嫌な顔をした。

 

着物は綺麗になっており、傷一つ負っていない無傷の姫羅がそこにいたからだ。

 

自分の【神の加護(ディバイン・プロテクション)】と同じ(たぐい)の能力を持っているのかもしれない。

 

 

「これを見れば分かるだろ」

 

 

大樹が姫羅を真っ先に殺そうとした理由は刻諒のことだけじゃない。

 

 

バサッ

 

 

姫羅の背中から生えている荒々しい赤黒い翼が大きく広がった。

 

翼を見て確信した。姫羅がアイツらと同じことに。

 

 

 

 

 

「何で保持者になったんだ……!」

 

 

 

 

 

「アタイには目的がある。まだ死ねなかったんだよ」

 

 

「だからって!」

 

 

「アタイは……やらなきゃならない」

 

 

姫羅の左手には一枚の紙切れが握られていた。紙には解読不能な文字が羅列し、術式みたいな模様が描かれていた。

 

 

「大樹と同じ、大切な人のために」

 

 

「……………うるせぇよ」

 

 

何が大切な人のためだ。お前は俺の仲間を斬ったクセに、そんな綺麗事を吐くのか?

 

 

 

 

 

『そうだ……ソイツを許すな……』

 

 

 

 

 

許さない。何が恩師だ。何が先祖だ。何が血が繋がった者だ。

 

 

『お前には、どうすればいいか……分かるだろう?』

 

 

分かる。俺には分かる。そうだ……!

 

 

 

 

 

「姫羅を、殺してやる……!!」

 

 

 

 

 

俺は『殺意』を持つことができた。()()で答えを出すことができた。

 

一瞬で姫羅と距離をゼロにして、刀を振るう。

 

 

ドシュッ!!

 

 

姫羅は俺に攻撃させないように腕に刀を突き刺し、攻撃を止めさせた。防弾制服を簡単に突き抜けている。

 

しかし、無駄だ。

 

 

グシャッ!!

 

 

「なッ!?」

 

 

腕に刺さった刀を気にせず、そのまま深くわざと貫通させる。

 

 

ドスッ

 

 

そして、そのまま刀を振るい、姫羅の腹部に突き刺す。姫羅は驚愕しながら、口から血を静かに吐き出した。

 

 

「一刀流式、【(おに)の構え】」

 

 

「なッ……!?」

 

 

大樹の構え。その名に姫羅は驚愕する。

 

大樹の持った刀が黒く光る。

 

 

「【獄黒(ごうこく)邪鬼(じゃき)】」

 

 

ドシュッ!!!

 

 

黒い閃光が弾け飛ぶと同時に、姫羅の血も飛び散った。

 

姫羅の体は木々をなぎ倒しながら吹っ飛ばされる。

 

 

「【(おに)時雨(しぐれ)】」

 

 

グシャッ!!

 

 

追撃の黒い連撃。飛ばされた姫羅に大樹は音速を越えた速さで追いつき、黒い刀で姫羅の体を八つ裂きにする。

 

姫羅はまともに防御することもできず、何百と超えた斬撃にをくらってしまう。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

ボロボロになった姫羅の体は大木に叩きつけられ、大木に大きなクレータができる。

 

 

「大樹……どこでそれを……!?」

 

 

大樹の技に姫羅は驚愕していた。自分の体が血塗れなことなど、どうでもよくなるほど。

 

黒いオーラが纏った刀を持って歩いて来る大樹。姫羅の質問など耳に届かなかった。

 

そして、姫羅には、その歩いている大樹の姿があるモノと重なった。

 

 

邪黒鬼(じゃこくき)……!?」

 

 

大樹が黒く染まったギフトカードを取り出すと、ドロドロとしたどす黒い闇が溢れ出す。

 

そして、闇の中から一本の刀が出現する。

 

 

「【名刀・斑鳩(いかるが)】!?」

 

 

姫羅はその刀を知っており、驚いていた。

 

以前、黒ウサギの失敗で刀身が無くなっていたはずの刀。しかし、刀身は直っていた。

 

刀身は黒い。見ているだけで吐き気が襲って来る嫌な黒さだった。

 

 

「『失うことは悲しきこと。得ることは喜びのこと』」

 

 

大樹の声と誰かの声が重なる。

 

 

「『奪う者は悪。与える者は正義。ゆえに』」

 

 

大樹は出現した黒い刀を左手に持つ。

 

 

「『苦を招く者を殺すことが、俺の役目』」

 

 

「二刀流式、【鬼の構え】」

 

 

大樹は両手に持った刀を前に突き出す。目は真っ赤に染まり、背中から4つの黒い翼が広がる。

 

姫羅は危機を感じ取り、ずっと左手に握っていた紙を前に飛ばす。

 

 

「【赤鬼】!!」

 

 

紙に描かれた術式が紅く光り出し、白い煙が紙から吹き上げた。

 

 

ダンッ!!

 

 

同時に大樹が音速を越えた速さで走り出した。

 

 

「【羅刹(らせつ)】」

 

 

二本の刀身に黒い闇が纏った。刀は姫羅を狙っていたが、

 

 

ガチンッ!!

 

 

大樹の攻撃は止められた。持っていた刀は鋼鉄のように硬い赤い壁に遮られた。

 

 

「こいつぁ驚いた。姫羅が押されているとはなぁ」

 

 

「ッ!?」

 

 

その赤い壁は人の腹……いや、違う。

 

 

「鬼の俺を呼び出すとはぁ……姫羅も腕が落ちたか?」

 

 

鬼だ。

 

体の肌は紅く、黒髪の頭部に黄色い角が生えていた。

 

着ている服はボロボロの黒いズボンだけ。背中には巨大なトゲトゲがある金砕棒(かなさいぼう)

 

左腕には黒い鎖が巻き付かれていた。鎖の先にはスイカと同じサイズの黒い鉄球。

 

 

「邪黒鬼だ!刀を見ろ!」

 

 

「何?」

 

 

姫羅が叫んで言うと、赤鬼は自分の腹部に刺さった刀を見る。そして、表情が変わる。

 

 

「【名刀・斑鳩】……コイツ、魔王の一味か?」

 

 

「何ゴチャゴチャ言ってんだ」

 

 

大樹は刺さった刀を抜くと、すぐに標的を変えた。

 

 

「二刀流式、【鬼の構え】」

 

 

ドゴッ!!

 

 

赤鬼の顔を宙返りで蹴り飛ばし、距離を取る。そして再び、二本の刀身に黒い闇が纏う。

 

 

「【羅刹】」

 

 

ゴォッ!!

 

 

黒い翼を羽ばたかせると、音速を越えた速度で赤鬼に迫った。

 

 

「【無刀の構え】」

 

 

赤鬼は視線を大樹に戻し、右手を握った。大樹の攻撃を待っている。

 

そして、大樹の刀が赤鬼の体に当たりそうになった瞬間、

 

 

「【黄泉(よみ)(おく)り】!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

大樹の攻撃をかわし、カウンターで大樹の腹部に強烈な一撃を入れた。

 

 

「かはッ……!?」

 

 

目を見開き、口から大量の血を吐き出した。

 

ダランッと大樹の体から力が抜け、赤鬼の拳の上で動かなくなった。

 

 

「力加減はしたがぁ……どうすんだコイツはぁ?」

 

 

「……殺せ」

 

 

「……姫羅。お前、本気で言ってんのか?」

 

 

「……………」

 

 

赤鬼の質問に姫羅は目を逸らした。

 

 

「……殺すならお前がやれぇ。俺は絶対にやらんぞ」

 

 

ドサッ

 

 

赤鬼は姫羅の前に大樹を投げ捨てる。

 

姫羅は刀を握り絞め、

 

 

「……………ッ!」

 

 

ドシュッ!!

 

 

振り下ろした。

 

 

________________________

 

 

 

 

『楢原 大樹。お前は何を望む』

 

 

力だ。圧倒的な力。

 

 

『それは何故だ?』

 

 

守るため。誰も失いたくないから。

 

 

『失うことは悲しい。その気持ち、俺には分かる』

 

 

……お前も、俺と同じなのか?

 

 

『そうだ。お前は俺と同じ化け物だ』

 

 

化け物……。

 

 

『だが、まだ化け物じゃない。不完全だ』

 

 

不完全?

 

 

『お前は弱い。弱い奴は化け物になれない』

 

 

……………。

 

 

『欲しいか?力が?』

 

 

ッ……駄目だ。もうあんな姿になりたくない!

 

 

『あんな姿?面白いことを言うな』

 

 

何が言いたい。

 

 

 

 

 

『あれが、お前の本当の姿だ』

 

 

 

 

 

 

________________________

 

 

 

「どこだここ……」

 

 

気が付けば俺は薄暗い部屋に居た。

 

見たことのある部屋。荷物が置いてあって……いつも俺のは悪戯されてて……………ッ!?

 

 

「部室……!?」

 

 

自分の記憶の奥に眠っていたトラウマが、目の前にあった。

 

足が震え、口の中が一気に干上がった。

 

 

ガチャッ

 

 

「ッ!」

 

 

ドアが開くと、そこには中学時代の頃の俺がいた。

 

 

「な、何で……!?」

 

 

中学時代の俺の表情は暗く、トボトボと自分の荷物を取りに行く。

 

 

「なんだよ、また来たのかよお前」

 

 

「なッ!?」

 

 

いつの間にか背後には7人の子どもたちがいた。俺をいじめていた奴らだ。

 

 

「それにしても残念だったなぁ、彼女さんが死んで」

 

 

「や、やめろ……!」

 

 

いじめていた奴が昔の俺を挑発し始める。俺は止めようと肩を触るが、すり抜けてしまう。

 

 

「お前が死んだら楢原をもういじめないってな」

 

 

その言葉が放たれた瞬間、昔の俺は真っ青になった。

 

 

「頼む……もうやめてくれ……」

 

 

しかし、いじめていた奴はそれでも続ける。

 

 

「おっと、殴りかかるなよ?俺のじいちゃんはここの校長。父さんは教育委員会だ。この前みたいにお前だけ停学なっちまうぞ?」

 

 

その瞬間、昔の俺は何かを諦めたような顔をした。そして、二本の竹刀を取り出す。

 

 

「駄目だ!やめろ!やめろおおおおおォォォ!!」

 

 

そして、俺の声は届くことはなかった。

 

 

「うあああああああああァァァァァ!!!!!!」

 

 

咆哮と共にいじめていた奴らを殴っていく。

 

何度も。何度も。何度も。

 

壁や床に血が飛び散り、俺の体にも血が当たる。

 

そして、制裁という名の残虐が終わった。

 

昔の俺は自分の姿を見て、

 

 

 

 

 

「ハハハッ」

 

 

 

 

 

笑った。

 

 

「何で笑うんだよ……おかしいだろッ!!」

 

 

『おかしい?これがお前だろ?』

 

 

今まで俺のことを無視続けた昔の俺が答える。

 

 

『この時のお前は、本当の化け物だ。これが本当のお前だ』

 

 

「違う!俺は―――!」

 

 

その時、俺の目の前に三人の女の子が現れる。

 

 

『化け物になれなかったお前は、三人を殺した』

 

 

美琴。アリア。優子。

 

 

「違う……違う……ちがああああぁぁぁう!!!」

 

 

『そして新たな犠牲者を生み出す』

 

 

目の前に黒ウサギと真由美が姿を現す。

 

 

「もうやめてくれえええええッ!!!」

 

 

喉が張り裂けそうになるくらい叫んで拒絶した。

 

 

 

 

 

「また私を殺すの?」

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

背後から聞こえた声にハッとなる。ゆっくり振り返るとそこには、

 

 

『最初に殺しただろ?お前は』

 

 

幼馴染の双葉(ふたば)がいた。

 

 

「お、おれ……おれは……!?」

 

 

『化け物』

 

 

『俺に任せろ』

 

 

『全部守ってやる』

 

 

『失うことは悲しきこと。得ることは喜びのこと』

 

 

『奪う者は悪。与える者は正義。ゆえに』

 

 

『苦を招く者を殺すことが、俺の役目』

 

 

『俺にその体を―――』

 

 

 

________________________

 

 

 

「「ッ!?」」

 

 

姫羅が刀を振り下ろした瞬間、大樹は右手を素早く動かし、握った。

 

手が斬れ、血が流れるが決して放さない。

 

 

「姫羅……俺はお前を殺す……決して許さない」

 

 

バギンッ!!

 

 

ついに刀を握り潰した。姫羅と赤鬼は思わず一歩後ろに下がる。

 

不穏な雰囲気を纏った大樹に、姫羅は嫌な顔をする。

 

 

「邪黒鬼……大樹をどうした」

 

 

「俺と場所を交代しただけだ」

 

 

大樹―――邪黒鬼は笑いながらユラユラと立ち上がる。

 

 

「こいつは俺と同じだ。お前とは違う」

 

 

「待て姫羅。あの刀は魔王襲撃の時に無くしたはずだ。どうやって小僧の手に渡った」

 

 

「分からない。アタイが大樹と会った時には持っていなかった」

 

 

「知りたいか?」

 

 

大樹は笑う。【名刀・斑鳩】を見せながら。

 

 

「お前の組織を壊滅させた魔王がこいつに渡したんだよ」

 

 

「「ッ!?」」

 

 

姫羅のコミュニティ【神影(みかげ)】は魔王に壊滅された。

 

その魔王が大樹に渡した。その人物。

 

 

「白き夜の魔王……白夜叉(しろやしゃ)

 

 

その言葉に二人は戦慄する。

 

 

「俺はずっとそいつの武器となっていた。だけど、俺の存在を知った瞬間、アイツは俺を使わなくなった」

 

 

「……アタイでも使い切れなかったよ、あんたは」

 

 

「ああ、だからお前は俺を捨てたよな」

 

 

「違う。姫羅はお前を捨てたわけじゃない」

 

 

「赤鬼。お前は倉庫にずっと放置されたことはあるのか?無いだろうな。使える奴だからな」

 

 

赤鬼の言葉が皮肉に聞こえた大樹は刀を握る。

 

 

「俺はずっと孤独を噛み締め続けた。だけど、白夜叉の魔王もすぐに俺を使い捨てた」

 

 

だからっと大樹は続ける。

 

 

「俺は、こいつを乗っ取った」

 

 

「……落ちたな。クソ鬼がぁ」

 

 

「赤鬼。お前のご主人の方が落ちているぞ」

 

 

「何……?」

 

 

「姫羅は大樹を裏切り、殺そうとした。自分の子孫なのにな!」

 

 

事情を知らなかった赤鬼の目が見開く。姫羅は苦虫を噛み潰したような表情をした。

 

 

「こいつは姫羅の子孫だ!姫羅は殺そうとした!分かるか!?どれだけ最低な悪だと!?」

 

 

「……………」

 

 

大樹は何も反応しない姫羅を見て、さらに笑う。

 

 

「いいことを教えてやるよ」

 

 

笑みを浮かべた大樹は話す。

 

 

「こいつの体には吸血鬼の血が混ざっている」

 

 

災いの吸血鬼(ディザスタァ・ヴァンパイア)】が発動した。大樹は背中にある黒い光の翼を広げる。

 

 

「それのおかげか同調するのは簡単だった。ギフトカードを封じることも容易だった」

 

 

大樹は平賀(ひらが)に貰った刀を鞘に直し、ギフトカードから大樹の最強の刀である【(まも)(ひめ)】を取り出した。

 

 

「俺好みの色だ……!」

 

 

刀身から紅い炎が巻き上がり、黒い刀身が生み出される。

 

 

「アタイの刀……!」

 

 

「お前より使いこなしているぜ、こいつはよぉ」

 

 

大樹は二本の刀をクロスさせる。

 

 

「だが、もう俺の体でもあるがな」

 

 

「来るぞ姫羅ッ!!」

 

 

「ッ!」

 

 

赤鬼は背にあった金砕棒(かなさいぼう)を両手に持ち、構える。姫羅は着物の袖から一枚の紙を取り出す。

 

 

「鬼に食われろッ!!」

 

 

「貴様の相手はこっちだぁ!!」

 

 

ガチンッ!!

 

 

音速で姫羅に向かうが、赤鬼が立ち塞がる。金砕棒と刀がぶつかり合い、大きな金属音が響き渡る。

 

 

「ぬぉ!!」

 

 

バギンッ!!

 

 

赤鬼はそのまま大樹を押し返し、吹っ飛ばす。

 

 

「一刀流式、【鬼の構え】!!」

 

 

すぐに飛んで行った大樹に追いつき、金砕棒(かなさいぼう)で大樹の体を突く。

 

 

「【獄紅(ごうこう)邪鬼(じゃき)】!!」

 

 

ドシュッ!!

 

 

金砕棒から紅い閃光が弾け飛ぶと同時に、大樹の体から血が飛び散る。

 

 

「ッ!?」

 

 

だが、大樹は笑っていた。

 

 

「二刀流式、【鬼の構え】」

 

 

両手に持った刀の刀身に黒い闇が纏う。

 

大樹は体に金砕棒(かなさいぼう)が突き刺さった状態にも関わらず、二本の刀を赤鬼に突き刺した。

 

 

「【羅刹(らせつ)】!!」

 

 

ドグシュッ!!

 

 

赤鬼の体から黒い閃光が弾け飛ぶ。しかし、

 

 

「無駄だ!!」

 

 

血は流さなかった。

 

刀は1ミリたりとも赤鬼の肌を斬ることはできなかった。

 

 

「ぜぇあ!!」

 

 

ドンッ!!

 

 

赤鬼は大樹の顔を鷲掴(わしづか)み、地面に叩きつけた。

 

大樹の体は木々を破壊しながら何度もバウンドした飛ばされた。

 

そして、飛ばされた方向に姫羅がいた。

 

 

「【黄道(こうどう)星剣(せいけん)】」

 

 

姫羅を囲むように12種の黄金の武器が出現した。宙に浮いた武器には星座が掘られている。

 

姫羅の前方から逆時計回りに牡羊(おひつじ)座が掘られた剣。

 

牡牛(おうし)座が掘られた斧。

 

双子(ふたご)座が掘られた双剣。

 

(かに)座が掘られた曲刀。

 

獅子(しし)座が掘られた大剣。

 

乙女(おとめ)座が掘られた短剣。

 

天秤(てんびん)座が掘られた二丁拳銃。

 

(さそり)座が掘られた鎌。

 

射手(いて)座が掘られた弓。

 

山羊(やぎ)座が掘られた戦棍(せんこん)

 

水瓶(みずがめ)座が掘られた長銃。

 

(うお)座が掘られた刀。

 

計12の武器が姫羅を囲んでいた。

 

姫羅は前方に出現した剣。牡羊座が掘られた剣を握った。

 

 

 

 

 

「【極刀星(きょくとうせい)夜影(やえい)閃刹(せんせつ)の構え】」

 

 

 

 

 

 

楢原家の初代だけが知っている最強の奥義。

 

剣を極めた者だけがその(いただき)に辿り着ける剣技。

 

次々と繰り出す連撃は敵を地獄に突き落とす。それだけ恐ろしいモノだった。

 

 

 

 

 

「【天黄星(てんこうせい)神絶斬(しんぜつざん)】」

 

 

 

 

 

その連撃は音速を越えた。

 

 

バシュッ!!

 

 

牡羊座の剣が大樹の腹部を斬り裂く。

 

 

ゴギッ!!

 

 

牡牛座の斧が大樹の右肩にめり込む。

 

 

ドスッ!!

 

 

双子座の双剣が大樹の両足に突き刺さる。

 

 

グシャッ!!

 

 

蟹座の曲刀が大樹の左肩を抉り取る。

 

 

ドスッ!!

 

 

獅子座の大剣が大樹の腹部を貫く。

 

 

ドシュッ!!

 

 

乙女座の短剣が大樹の喉に刺さる。

 

 

ドゴンッ!!ドゴンッ!!

 

 

天秤座の二丁拳銃の銃弾が大樹の頭部に直撃する。

 

 

ザンッ!!

 

 

蠍座の鎌が大樹の手足を刈り取る。

 

 

ヒュンッ!!

 

 

射手座の弓矢がゼロ距離から放たれ、心臓を貫いた。

 

 

ゴスッ!!

 

 

山羊座の戦棍が大樹の頭蓋骨を砕く。

 

 

ガキュンッ!!

 

 

水瓶座の長銃の鋭い弾丸が大樹の脳を消し飛ばす。

 

 

「終わりだよ」

 

 

ズシャッ!!!

 

 

姫羅は悲しげな表情で告げた。

 

魚座の刀が大樹の体を盛大に斬り裂いた。

 

 

(本気で殺したのか姫羅……)

 

 

赤鬼は姫羅が殺した男を見て目を伏せた。

 

極刀星(きょくとうせい)夜影(やえい)閃刹(せんせつ)の構え】

 

天黄星(てんこうせい)神絶斬(しんぜつざん)

 

姫羅の持つ最強の剣技。本来なら全ての武器は刀を使うのだが、姫羅はその上を越えた。

 

多種多様な武器を使うことで敵の息を、視覚を、聴覚を、戦意を、記憶を、全てを殺す。

 

それをまともに食らった末路が姫羅の前に倒れた血肉だ。全てを殺され、何かをすることを全て許されなくなった。

 

血がもう流れていない。全身を巡っている血が流れ切ったのだ。心臓どころか細胞の一つすら動いているか危うい。

 

 

(邪黒鬼……貴様の正義は歪んでおる。)

 

 

赤鬼は悲しんだ。歪んだ者、邪黒鬼を見て。

 

絶対に悪を許さないその心に姫羅は逃げてしまった。捨てたのではない。逃げてしまったのだ。

 

だが、逃げると捨てるは似たようなことだ。恨まれて当然だと姫羅は思っているだろう。

 

自分たちのコミュニティを潰した白夜叉も同じだろう。扱い切れずに逃げたはずだ。

 

 

「……………」

 

 

姫羅の周囲にある黄金の武器たちが消える。最悪な戦いが終わった。

 

赤鬼が姫羅を見ていると、ポツポツと語り出した。

 

 

「……アタイは、救いたいんだ」

 

 

「……誰をだ」

 

 

「―――――」

 

 

姫羅が口にした名に赤鬼は驚愕する。

 

 

「何を言っている!?」

 

 

「生きているって言われた」

 

 

「ありえん!箱庭に来た時点で生きているわけが……!?」

 

 

「……生きてた」

 

 

姫羅の声は震えていた。

 

 

「生きていた……アタイはこの目で確認した……!」

 

 

赤鬼はそんな姫羅を見て何を言えない。嘘をついているように見えないからだ。

 

 

「でも、アタイは大樹を殺さないと……!」

 

 

「俺を殺さないと何だって?」

 

 

「「ッ!?」」

 

 

姫羅と赤鬼は同時に倒れた大樹から距離を取った。

 

 

「馬鹿な……何故生きている!?」

 

 

「くはッ、舐めるなよ。こいつの力は最強だ」

 

 

血だらけになった体、ボロボロになった体で立ち上がる。

 

 

「【神の加護(ディバイン・プロテクション)】」

 

 

次の瞬間、大樹の体の傷は綺麗に無くなり、完治した。そのありえない現象に二人は目を張って驚愕する。

 

 

「アタイの恩恵(ギフト)と同じ……!?」

 

 

「お前の【完全治癒(ヒーリング・オール)】とは格が違う。俺の方が最強だ」

 

 

「姫羅!コイツは俺がなんとかする!逃げろ!」

 

 

赤鬼が姫羅の前に立ち叫ぶ。姫羅は一瞬だけ躊躇したが、すぐに走り出した。

 

 

「この死にぞこないのクソ鬼がぁ!!」

 

 

「それはお前だ!邪黒鬼ッ!!」

 

 

ガチンッ!!

 

 

赤鬼の金砕棒(かなさいぼう)と大樹の二本の刀がぶつかりあう。重い金属音が響き渡る。

 

 

「一刀流式、【鬼の構え】!!」

 

 

赤鬼の持った金砕棒が大樹の体にぶち当たる。

 

 

「【獄紅(ごうこう)邪鬼(じゃき)】!!」

 

 

「二度目も食らうかよ!!」

 

 

ガチンッ!!

 

 

大樹は二本の刀をクロスさせて、金砕棒を下から弾き飛ばした。赤鬼の前がガラ空きになる。

 

 

「とどめだッ!!二刀流式、【鬼の構え】!!」

 

 

「お前の力では俺の体は貫けん!!」

 

 

「だから二度も失敗しねぇって言ってるだろうがぁ!!」

 

 

【神格化・全知全能】が発動した。

 

大樹の両腕から黄金の光が輝き出す。刀の刀身から溢れ出る闇が一層強くなる。

 

 

「【羅刹(らせつ)】!!」

 

 

ドシュッ!!!

 

 

赤鬼の脅威的な鎧の肉体を二本の刀が貫いた。背中から黒い闇と血が一緒に噴き出す。

 

 

「がはッ……何だ、その力は……!?」

 

 

「神だ……神様だッ!!」

 

 

グシャッ!!

 

 

刺さった刀を上に斬り上げ、赤鬼の肩を引き裂く。

 

赤鬼は血を口から吐き出し、前から倒れる。

 

 

「こいつは神の力を貰っているッ!!姫羅と同じようになッ!!」

 

 

右手に持った刀を倒れた赤鬼の胸に突き刺そうとする。

 

 

「邪黒鬼ッ……貴様は何故そこまで人を憎むッ……!」

 

 

「……俺はこいつと一緒に世界を見て来た。人を見て来た。俺は今でも昔と変わらない。こいつと同じだ。別に全ての人を憎んでいるわけじゃない」

 

 

「ならばッ!!」

 

 

「だがお前らは憎い」

 

 

ドシュッ!!

 

 

刀を赤鬼の傷口に突き刺す。

 

 

「どうして悪を許す……どうして俺を否定する……どうしてだぁッ!!」

 

 

叫ぶと同時に刀を突き刺す力が強くなった。

 

 

「こいつだって同じだ!本当は許したくねぇのに最後は悪を許しやがる!醜い奴は最後まで醜い!それが分かっているのにこいつはそれでも人を救おうとしている!」

 

 

左手に持った刀を赤鬼の喉を突き刺そうとする。

 

 

「ただ……ただそれだけだッ!クソ鬼ッ!!」

 

 

グッ

 

 

しかし、その左手に持った刀が止まる。ブルブルと左手が震えている。何かに耐えているように見える。

 

 

「……こいつは殺しても死なねぇ。姫羅が呼べばまた生き返る。それでもッ……殺していいことにはならねぇッ!いいから俺に任せろ。見ていただろ?俺が代わりに戦ってやるから……駄目だッ!!」

 

 

大樹の言葉はおかしかった。まるで二重人格のように表情や声の大きさが変わる。

 

 

「……お前は甘いな。自分を見失うよりマシだ!過去とまともに向き合えないお前が?……………何も答えれないのか?」

 

 

赤鬼からゆっくりと刀を抜く。そして、震えた唇でゆっくりと話す。

 

 

「それでも……こんなことは……嫌だッ……………明確な答えを出せないお前は、何も救えない半端野郎だ」

 

 

大樹の目の色が黒色に戻り、背中の黒い光の翼が消えた。ゆっくりと崩れ、膝を地面に着く。息を荒げながら呼吸を整える。

 

 

「……大樹と言ったなぁ。どうして俺を斬らなかった」

 

 

「うるせぇ……黙って俺の質問に答えろ」

 

 

「……何だ」

 

 

「大体の事情は分かっている。お前らのコミュニティ【神影】を潰したのは白夜叉だというのは分かった。でも白夜叉が魔王だったのは何千年も前の話……そして、姫羅は三年前に潰されたと言っていた」

 

 

「時間が合わないって言いたいのかぁ?」

 

 

「ああ」

 

 

「……姫羅の勘違い、だと思う」

 

 

本当は何千年前の話なのに、姫羅は三年前だと勘違いした。単純なこと。

 

奇想天外な日常。ありえない常識が普通なあの世界では、こんなことは別に凄い事ではないのだろう。

 

 

「白夜叉は俺に何も言わなかった。理由は分かるか?」

 

 

「……………」

 

 

「覚えてなかったんだよ。お前らのことなんか」

 

 

「……何が言いたい」

 

 

「眼中にねぇんだろ。お前ら雑魚コミュニティのことなんざ」

 

 

「貴様ッ……!」

 

 

「……こうでも言わないとお前らを殺してしまいそうなんだよ……!」

 

 

「……ッ!」

 

 

苦しむ大樹を見て、赤鬼は目を見開いて驚愕した。

 

 

「ふざけんなよ……んだよこれ……何でだよ!」

 

 

「……大樹。よく聞け」

 

 

「……何だよ」

 

 

赤鬼は告げる。

 

 

「姫羅を―――――」

 

 

「……いい加減にしろよ……クソッタレがぁッ!!」

 

 

大樹は怒りをぶちまけた後、その場を去った。

 

 

________________________

 

 

 

俺は迷わないと決めた。だけど、それが正しいかどうかは分からない。

 

正しいと言う者。間違っていると言う者。本当の答えは誰も分からない。

 

俺は後悔したくない。

 

泣いている人を助けたい。

 

大切な人を傷つけたくない。

 

そんなことを考えて行動して来た。だけど……!

 

 

『あれが、お前の本当の姿だ』

 

 

確かに自分は化け物だ。力がありえないほど強い。みんなに恐れられる。

 

でも、この力は人を傷つけるためじゃない。守る為にある。

 

だけど……だけど……だけどッ。

 

 

「俺って……何だ?」

 

 

迷っていない。人を助けること。大切な人を守ること。忘れていない。

 

でも、その意味は何だ?

 

悪の人間を助ける理由はあるのか?

 

【呪われた子供たち】を蔑む人間を助ける理由は何だ?

 

 

『殺してしまえ』

 

 

やめろ。違う。そういう結論には辿り着かねぇ。

 

命を軽々しく扱うんじゃねぇ。

 

 

『だが悪の人間は軽々しく扱う。簡単に見捨て、切り捨てる』

 

 

だけどそんなことしない人だっている。

 

 

『ならお前はそういう人だけ助ければいいだろ?何故悪の人間まで助ける?』

 

 

……………。

 

 

『このまま姫羅を殺さないと、大切な誰かを失うぞ?』

 

 

黙れよ。

 

 

『お前はみんなに狙われている。そのせいで誰かを傷つける。お前に牙を向ける奴は全員殺さないと―――』

 

 

「黙れって言ってんだろッ!!」

 

 

ダンッ!!

 

 

近くの木を強く殴った。木は大きく揺れる。

 

 

「そんなんじゃねぇ!そういうことじゃねぇんだよ!」

 

 

命の価値を勝手に決めていいモノじゃねぇんだよ!俺を狙う人たちは誤解しているからだ!自分の国を守りたいからだ!大切な人を守りたいからだ!

 

俺と同じなんだよ!守りたい気持ちは!

 

 

「それこそ、綺麗事だろ?」

 

 

「ッ!?」

 

 

自分の口から放たれた言葉に戦慄する。

 

 

「お前は気付かないうちに過去から逃げているんだ。向き合っているうちに、怖くなって、逃げたんだ」

 

 

何を言ってんだ俺……いや、違う。

 

 

「邪黒鬼……か……」

 

 

「お前は、俺から逃げれない」

 

 

俺は持っていたギフトカードを見る。

 

 

 

災いの吸血鬼(ディザスタァ・ヴァンパイア)】 使用不可

 

神影姫(みかげひめ)】 使用不可

 

(まも)(ひめ)】 使用不可

 

【名刀・斑鳩(いかるが)

 

【神格化・全知全能】 使用不可

 

 

 

「ふざけるなよ……!」

 

 

「元に戻してやってもいいぜ?お前が俺と同じになればな」

 

 

「……一生引っ込んでろ」

 

 

「……最後は絶対に、俺を必要とする」

 

 

________________________

 

 

 

重い足取りで荒れた森を歩く。

 

方向は北。だけど俺は今、どっちに向かっているのだろうか?

 

考えたいけど考えられない。自分のことで頭がいっぱいだった。

 

 

「きひッ!やっぱり楢原は面白い」

 

 

俺の背後から聞きたくない声が聞こえた。振り返るとそこには小学5年生くらいの身長の女の子。名古屋武偵女子校(ナゴジョ)の制服を着ている(コウ)だ。だが、緋緋神が憑りついている。

 

 

「失せろ」

 

 

「嫌だと言ったら?」

 

 

 

 

 

 

「失せろって言ってるだろうがッ!!」

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

鬼のような形相で怒鳴る大樹に緋緋神は驚く。

 

 

「今の楢原、ものすごくつまらないな」

 

 

だが、すぐにつまらなさそうな表情になった。

 

 

「あたしは眠る。次の戦いの時に備えさせてもらう」

 

 

「……次は、命の保証はしない」

 

 

「……本当につまらない男だな」

 

 

そう言い残して、目を瞑った。そして、

 

 

「ッ!」

 

 

目をカッと見開き、地面に座り込んだ。

 

 

「な、楢原……!」

 

 

俺の顔を見てガクガクと震えだした。なるほど。これが(コウ)か。

 

 

「……どっか行け。お前は別に悪くないのは分かっている」

 

 

「ッ……猴を殺さないのですか?」

 

 

「死にたいなら勝手にしろ。今の俺に関わるな」

 

 

俺は猴から視線を外し、また歩き出す。助ける余裕がなかった。

 

 

「ま、待ってください!遠山を追っているのでしたら心当たりがあります!」

 

 

猴は俺の血塗れになった制服を掴む。一瞬、息を飲んだが、すぐに握る力を強くした。

 

 

「……いや、いらない」

 

 

自分でも驚いた。一番欲しい情報を切り捨てた自分に。

 

 

「ど、どうして!?」

 

 

「どうだっていいだろ……それより、俺に近づくな。アイツが出てきたらお前は殺されるぞ」

 

 

「アイツ……?」

 

 

「大樹さん!!」

 

 

猴が邪黒鬼について追及する前に、ティナが大声を出しながら走って来た。隣には理子もいる。

 

 

「……ティナ」

 

 

「大樹さん!怪我の方は―――!」

 

 

「俺は、間違っているのか?」

 

 

弱音を吐いてしまった。その言葉にティナは表情を曇らせる。

 

 

「俺は、二度と最悪な悲劇を見たくない。大切な人を守り続けるって決めてんだ。でも……俺の守り方は合っているのか?」

 

 

「そんなの合っているに決まっています……!」

 

 

「そっか。悪いな、変なことを聞いて」

 

 

無理な笑顔を浮かべた大樹を見たティナは下唇を噛んだ。隣にいた理子が大樹に近づき、大樹に抱き付いた。

 

 

「分からない……あたしは大樹のことを……助けたいのに……!」

 

 

「……悪い」

 

 

「謝って欲しくない……!」

 

 

ギュッ……

 

 

理子の抱き絞める力が強くなる。だが、俺は理子の体を抱き返すこともできず、ただ虚空を見つめていることしかできなかった。

 

 

 

________________________

 

 

 

森の中を歩き続け、ようやく駅に辿り着いた。結局その場に猴を置いて行くのはやめた。中国に対して人質にするらしい。

 

駅の近くには何も無く、ただ駅があるだけの場所だった。山に囲まれた田舎だからだろうか?

 

駅に着いた頃にはすでに陽が沈み、暗闇が辺りを支配していた。

 

駅の休憩室に入ると、長椅子に包帯を巻いた刻諒(ときまさ)が寝ており、そばでは夾竹桃が看病していた。ヒルダも気配で近くに隠れていることも分かる。

 

 

「帰って来たのね」

 

 

「……ああ」

 

 

大樹の元気のない反応に夾竹桃は眉を潜め、すぐに察した。

 

 

「言わなくていいわよ。私は気にしてないわ」

 

 

「……刻諒の具合は?」

 

 

「奇跡的に急所はギリギリ当たっていないわ。ほんの数ミリずれていたら……」

 

 

最後の言葉は濁した。夾竹桃もあまり言いたくないのだろう。

 

安堵の息を吐いて喜びたいところだが、今はそんな気分になれない。俺は部屋の隅の壁に背を預けて座り込む。

 

 

「少しだけ休憩しよう。その後は北を目指すために、夜中に森の中へ逃げるぞ」

 

 

「そのことだけど、逃げる必要はなくなったわ」

 

 

夾竹桃の言葉に俺は顔を上げる。

 

 

「どういうことだ?」

 

 

「それについては私が答えましょう」

 

 

ガチャッ

 

 

休憩室のドアを開けて入って来たのはヒョロッとした体の男。色鮮やかな刺繍入りの漢族(かんぞく)・文官の宮廷衣装を着ており、丸メガネをかけている。

 

外にいる気配は分かっていた。だけど、こいつは今までの奴らとは違う。

 

猴が一番驚いていた。こいつが親玉だと推測できるが……

 

 

「堂々と入って来たな、お前」

 

 

隠れることなどしない。堂々と真っ直ぐ歩いて来たのだ。

 

火薬の臭いなどしないことから銃などの武器は恐らく持っていない。信じ難いことに、丸腰で俺たちの前に現れたのだ。

 

笑顔で俺の顔を見る。

 

 

「楢原 大樹さん。あなたのことはよく存じています」

 

 

「ニュースでバンバンやっているからな」

 

 

「大丈夫です。私はあなたが無実の罪を着せられることを知っていますから」

 

 

「だから何だ。極東戦役(FEW)では師団(ディーン)側に付くぞ」

 

 

「なおさらあなたは私たちと取引するべきです」

 

 

俺は男の取引に耳を傾ける。

 

 

「私たちがあなたがたをロシアに連れて行きましょう。無論、身の安全は保証します」

 

 

「見返りは?」

 

 

「……今、師団(ディーン)眷属(グレナダ)の他に新たな勢力が生まれたのはご存知でしょうか?」

 

 

「ッ!?」

 

 

第三勢力がいるってことなのか……!?

 

そんなの……あるわけがッ!?

 

 

「その第三勢力の戦力は強大です。師団(ディーン)眷属(グレナダ)が合わさっても倍以上の差があるでしょう」

 

 

耳を疑ってしまうよな言葉に息を飲む。

 

 

師団(ディーン)眷属(グレナダ)は一度結成し、その新たな第三勢力の排除しようと試みました。しかし、結成する前に奇襲を受けてしまい、結果は………」

 

 

男はそこで言葉を終わらせた。聞くまでも無い。自分で分かってしまう答えだった。

 

 

「……第三勢力の名前は?」

 

 

 

 

 

御影(ゴースト)

 

 

 

 

 

その名前を聞いた耳に入った瞬間、歯を強く食い縛った。

 

御影は神影と同じことを表している。これで確定した。

 

 

 

 

 

第三勢力は強大過ぎる存在と言うことを。

 

 

 

 

 

「あなたには御影(ゴースト)をどうにかして解決して欲しいのです」

 

 

「待ってください」

 

 

しかし、男の言葉をティナが止めた。

 

 

「それは取引とは言いません。一方的な頼み事です」

 

 

確かに。ロシアまで連れて行ってくれるメリット。第三勢力の御影(ゴースト)を潰すデメリットとは釣り合わない。むしろ大損害だ。

 

 

「ですが、目的は同じです。探している人物は目的地にいます」

 

 

「どういう意味だ」

 

 

「先程、師団(ディーン)眷属(グレナダ)は一度結成しようとしたことを話しました。その師団(ディーン)から出た代表メンバー。そのリーダーの名前を知っていますか?」

 

 

……まさかッ!?

 

 

「遠山 キンジさんです」

 

 

「……全部分かった。アイツが行方不明になったことも、ジャンヌやレキもいなくなったことも、俺が国際指名手配犯にし立て上げられた理由も」

 

 

全部、読まれていたのだ。

 

 

 

 

 

ガルペスの罠に、引っ掛かった。

 

 

 

 

 

「あの野郎……!」

 

 

拳を強く握り絞め、怒りを鎮めようとする。アイツの手の平の上で踊らされた自分。そしてガルペスに苛立つ。

 

 

「……それにロシアに安全に連れて行くことだけではありません。物資も提供します」

 

 

「それなら間に合っている」

 

 

「では飛行船はどうでしょうか?」

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

とんでもないモノを提供しようとして来た男に俺たちはギョッとする。

 

 

「領空に関してはロシアと話を通しておくのでご安心を」

 

 

「……お前、何が目的だよ」

 

 

「平和ですよ」

 

 

ニコニコとした表情で告げる男に俺は視線を逸らす。

 

 

「こんな俺に、平和な世界が作れると思うか?」

 

 

自分でも馬鹿なことを聞いたと思う。周りにいた人たちが驚いている。

 

男は眼鏡に指を当てて少し考えた後、笑顔を作った。

 

 

「飛行船がここに来るまで時間があります。それまで二人だけで話しませんか?」

 

 

 

________________________

 

 

無人となった駅のホームに備え付けてある木のベンチに座る。明かりは一つの街灯だけだ。

 

俺の隣にはニコニコと笑顔でいる男が座っている。

 

 

「話をする前に、一つ言っておく」

 

 

「何でしょうか?」

 

 

「俺は乗らされたんじゃない。乗ったんだ」

 

 

「……やはりあなたは遠山さんのように上手く行きませんね」

 

 

遠山はダシにされたか。馬鹿野郎。

 

 

「まずお前が武器も持たず、丸腰で現れた理由は二つある。一つはさっきの取引を成功するため」

 

 

「もう一つは何でしょうか?それだけの理由で私は―――」

 

 

「お前はある認識を持たせたかった。例えば『武器が無くても私は強い』という認識とかな」

 

 

「惜しいですね」

 

 

当たってなかった。恥ずかしいんだが。

 

 

「『何かある』と思わせるだけで十分なのですよ。人が一番恐れるのは何も分からない『何か』ですから」

 

 

「……お前、名前は何て言うんだ?」

 

 

「これは失礼。申し遅れました。私は諸葛(しょかつ) 静幻(せいげん)です」

 

 

諸葛って……あの三国志に登場する軍師の諸葛 (りょう)のことか……?孔明(こうめい)の子孫なのか?

 

……なんか頭が良いと思ったらこれか。

 

 

「とんでもない奴に合ってばかりだな俺は」

 

 

「私からも一つ聞いても?」

 

 

「ああ、構わない」

 

 

「孫とは会いましたか?」

 

 

「……孫悟空のことか?」

 

 

「はい」

 

 

「……俺も聞きたいと思っていた。アレは何だ?」

 

 

「……彼女は昔々の皇帝が()(日本)から来た巫女の秘術を使い、彼女を石牢に三年間、閉じ込めたのです。そして、武神の心を猴の中に入れたのです」

 

 

「それが孫悟空……孫ってことか」

 

 

「その時、巫女が外科的に埋め込んだモノがあります」

 

 

諸葛は笑顔から真剣な表情になった。

 

 

緋緋色金(ヒヒイロカネ)です」

 

 

「……大体見えて来たな」

 

 

孫悟空は緋緋神でもあるんだ。アイツは色金を使ってアリアだけでなく、猴も操ることができた。

 

 

「今は不完全な緋緋神ですが、いずれ本物に支配され―――」

 

 

「残念だがもう手遅れだ。アイツは緋緋神に飲まれていた」

 

 

「ッ……そうですか」

 

 

諸葛は一瞬だけ暗い表情を見せた。しかし、すぐに無理な笑みを俺に見せる。

 

 

「そろそろあなたの悩みについて聞きましょうか」

 

 

「悩み……じゃねぇよ」

 

 

俺は分からなくなったのだ。正しいモノや間違ったモノ。その区別すら分からなくなっている。

 

 

「悩みと分からないことは全く別のことですよ」

 

 

しかし、諸葛は俺のことを悩んでいるように言う。

 

 

「だから俺は―――」

 

 

「あなたは迷っていない。迷っていればあなたはここにはいないはずです。私と二人で会話なんてしませんよ」

 

 

諸葛は続ける。

 

 

「あなたは迷っていない。悩んでいるのです」

 

 

「……じゃあ俺は、何を悩んでいる?」

 

 

「それは分かりません。ですから話を聞かせて貰いませんか?」

 

 

「……もし自分の恩師が大切な人が傷つけていたら、どうすればいい?」

 

 

『もし』というより傷つけられた。友を斬られ、俺も斬られた。短い時間だが、刻諒は良い奴だと分かっている。

 

最初、姫羅はティナを斬ろうとした。だが、刻諒が姫羅にいち早く気付き、守ったのだ。

 

この恩は忘れない。刻諒には借りができてしまった。

 

 

「……あなたはどうしたいのですか?」

 

 

「俺は……………ッ」

 

 

そうか。これか。俺が悩んでいるのは。

 

これからどうするか悩んでいるのだ。

 

 

「……俺は、大切な人を守りたい。だけどッ……!」

 

 

俺は聞いてしまった。姫羅の言葉を。

 

 

『アタイは……やらなきゃならない』

 

 

『大樹と同じ、大切な人のために』

 

 

その言葉が俺の判断を狂わせ、葛藤させる。下唇を強く噛み、下を向く。

 

 

「……悩み事は大きいようですね」

 

 

「ああ、予想以上にキツイなこれ……」

 

 

「では、今は保留にしましょう」

 

 

「……………は?」

 

 

諸葛の言葉に俺は驚いた。

 

 

「今、無理矢理出す必要はないのですよ。これから答えが変わるかもしれませんし、分かるのかもしれません」

 

 

「……いや、そんな甘えたこと、俺にはできねぇ」

 

 

「甘えではありません。あなたは真剣に考えているのです。そんな考えを非難する人はあなたの周りにはいないはずですよ」

 

 

諸葛は立ち上がり、笑顔を見せた。

 

 

「あなたなら、遠山さんのように変われるはずです」

 

 

「……まさか遠山に負けているのか、俺は?」

 

 

「そんなモノで勝負する必要はないですからね?」

 

 

「ハッ……知ってるよ」

 

 

俺は立ち上がり、諸葛の顔を見る。

 

 

「少しだけ、楽になった」

 

 

「力になれてなによりです」

 

 

そう言って、諸葛はまた笑顔を俺に見せた。

 

これが中国の知略家か。ホント、すごい奴に出会ったな俺は。

 

 

(……あんまり長くは悩めないな)

 

 

俺はポケットに入った砂時計を見る。落ちている砂は全体の五分の一だ。結構進むスピードは早いのかもしれない。

 

 

(姫羅……)

 

 

必ず、アイツとはまた戦う。その時、俺はどうするだろうか?

 

空を見上げると、いつものように綺麗な夜空は見えなかった。

 

 



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Scarlet Bullet 【襲撃】

最近投稿が遅くて申し訳ないです。


諸葛と話も終わり、休憩室に帰る。重かった足取りが少しだけ楽に……いや、まだ重いな。

 

とにかくこの血塗れになった制服を新しい制服に着替えないとな。

 

俺はドアを開けて中に入ると、

 

 

「やぁ大樹君。生き返ったよ」

 

 

「待て待て。死にかけたけど死んでないからなお前」

 

 

ゾンビになりたいのか刻諒(ときまさ)

 

体にグルグルと包帯を巻かれた刻諒が長椅子の上に立ち上がっていた。行儀悪いぞ。

 

他の人達は外にいるようで、ここには刻諒と俺だけだ。

 

 

「悪い……俺が弱いせいでお前を巻き込んでしまった」

 

 

「こんなことは百も承知で来たんだ。気にすることはないさ」

 

 

「……強いな、お前は」

 

 

「いや、私は弱いよ」

 

 

刻諒は目を細める。

 

 

「あの攻撃は手加減されたモノだ。私はその手加減で死にかけてしまった」

 

 

「手加減?」

 

 

「彼女の太刀筋は見える速度だった。私が庇うことができたのは、彼女が手加減していたからなんだよ」

 

 

刻諒の言っていることは否定できるモノじゃなかった。刻諒でも見える太刀筋は確かに手加減している。音速を越えた速さで斬ることができる姫羅にとって、その速さはおかしい。

 

 

「……これからどうするつもりなんだい?」

 

 

「予定通りロシアに行く。首都モスクワまで飛行船に乗せて貰うつもりだ」

 

 

「そうか」

 

 

刻諒は長椅子の上に置かれていた貴族みたいなローブを包帯が巻かれた体の上から羽織る。

 

 

「私も行こう」

 

 

「はぁッ!?」

 

 

刻諒はレイピアを腰に装着し、長椅子の上から降りる。そんな刻諒の行動と発言に俺は驚く。

 

 

「お前、自分の体がどうなっているのか分かっているのか!?」

 

 

「もう大丈夫だ。足手まといにはならないよ」

 

 

「そういう問題じゃ―――!」

 

 

「私は理不尽なことが一番嫌いなのだよ」

 

 

刻諒は真剣な声音で俺の声に被せてきた。俺は黙ってしまう。

 

 

「罪のない人間が牢に入る。罪のない人間が処刑される。君も嫌いなはずだ」

 

 

「……確かにそれは嫌だが……その話に何が関係している?」

 

 

「神崎 かなえ」

 

 

「ッ!?」

 

 

突如刻諒の口から出た名前に俺は息を飲んだ。

 

 

「神崎・H・アリアの母だ。彼女は懲役864年という絶対にありえない刑を知った時は恐ろしくなったよ」

 

 

「……どこまで知ってんだよ」

 

 

「君が助けた情報までは持っているよ。とんでもない証拠物を出して裁判するまでもないほど警察を追い込んだらしいね」

 

 

追い込んだのかよシャーロック。

 

 

「私は君と会った時、これが最初で最後のチャンスだと確信した。誰も救うことの出来なかった彼女を救い出した君が、また理不尽な世界に潰されようとしている」

 

 

刻諒は告げる。

 

 

「だから、今度は助けようと思っていたのだ。何もできなかった私たち武偵の代表として、この安川 刻諒が助太刀しようと」

 

 

刻諒の言葉に俺は目を見開いて驚いていた。

 

一切の迷いがない瞳。彼が最強のSランクである理由が分かったような気がした。

 

自分とは違う。立派な人だった。

 

だから、その強さに嫉妬してしまう。

 

 

「どうして、お前はそこまで強くなれる……」

 

 

「強くなるのに理由に、難しい説明は不要だよ」

 

 

刻諒は優しく微笑みながら言う。

 

 

「自分自身が一番分かっているはずだから」

 

 

優しい笑みの中には強い意志が隠れているように見えた。

 

 

 

________________________

 

 

2月8日

 

現在時刻 16:00

 

 

諸葛が用意した飛行船は大きかった。

 

機体の大部分を占めるガス袋の大きさはなんと70メートル。ゴンドラは10メートルもあった。普通はこんなに大きくないはずだ。

 

しかもスピードが思った以上に出ているし、高スペックと来た。非の打ち所がない。

 

ゴンドラの中は座る席が10個並んでおり、設備に無駄はないシンプルな内装だ。

 

飛行船を操縦するのは俺だが、基本はオート操縦に任せているので前を見ているだけである。

 

隣では副操縦士がいないといけないが、別に一人でできるのでティナが座っている。

 

後部座席には理子と夾竹桃。その後ろにはヒルダと刻諒。最後の組み合わせがあっていないな。

 

 

「後ろに行かないのか?」

 

 

「はい。ここがいいです」

 

 

ティナは外を見ながら答える。俺はスイッチをいじりながら話しかける。

 

 

「……悪い。あんなことを言っちまって」

 

 

「……いえ、気にしてません」

 

 

『行けって言ってんだろ!!足手まといだ!!』

 

 

「本当のことです。仕方ありません」

 

 

「そういう問題じゃねぇだろ。俺は―――」

 

 

「それよりも、私は心配です」

 

 

ティナはこちらを向く。

 

 

「また、大樹さんがあんな姿になったことが」

 

 

「……………」

 

 

俺は何も答えれなかった。

 

黙った俺を見たティナは俺の服の裾を握る。

 

 

「どうして何も言ってくれないのですか……」

 

 

「……俺はすぐに()まれてしまった。原因は弱かった……俺の心が弱かったせいだ」

 

 

下を向きながら小さな声で答える。

 

 

「俺はやっぱりあの時……失った時からずっと弱いままだ。成長できない雑魚なんだよ」

 

 

ギュッと目を強く(つぶ)る。悔しい気持ちを抑えるが、先に手が震えてしまう。悔しさより恐怖が俺の体を(むしば)む。

 

 

「このままだと俺は大切な人を守れない。だけど、アイツの力を借りて分かった。アイツの戦い―――『殺し』を知った戦い方が強い事を証明しやがった」

 

 

「当たり前よ」

 

 

その時、後ろの席に座って盗み聞きしていた夾竹桃(きょうちくとう)が話に入り込んできた。俺とティナの間から顔を出す。

 

 

「殺意を持った銃弾は狙いが良く定まり、殺意を持った斬撃は威力を上げる」

 

 

でもねっと夾竹桃は付けたし告げる。

 

 

「あなたにそんな戦い方はして欲しくないわ」

 

 

「……例えそれが大切な人を守れなくてもか?」

 

 

「それは違うよだいちゃん」

 

 

俺の両肩に手が置かれる。置いたのは理子だ。

 

 

「大切な人を守る為に、そういう戦い方をするんだよ」

 

 

「……それはどういう意味―――」

 

 

ピピピッ!

 

 

「「「「「ッ!」」」」」

 

 

その時、飛行船の航空機捕捉レーダーが反応した。近くに航空機は飛んでいないはずだが……!?

 

 

「右……って出てるが……」

 

 

ゴンドラの窓から外を覗くが、見えるのは青い空と絨毯(じゅうたん)のように広がる白い雲だけ。

 

 

「どこにもいないじゃないの」

 

 

ゴシック&ロリータに着替えたヒルダが飛行船を探すが、見つけれないせいで機嫌を損ねている。

 

 

「……ッ!」

 

 

俺は気付いた。白い雲がだんだんと黒くなっていることに。

 

黒くなるにつれて他の人も気付いたようだ。

 

 

「雲の中か!!」

 

 

ゴォッ!!

 

 

刻諒が叫ぶと同時に、雲の中から銀灰(ぎんかい)(しょく)の飛行機が姿を現す。

 

 

ピピピピピッ!!

 

 

次々と増える敵機。俺は苦笑いで答える。

 

 

「10機だってよ」

 

 

気が付けば囲まれていた。左も前も、そして後ろもいる。

 

 

「……これって敵なのかしら?」

 

 

「まぁこの流れは―――」

 

 

夾竹桃の質問に答えようとしたが、その前に銀灰色の飛行機の窓が開いてしまった。窓から軍事服を着た女の人が銃を持って、銃口をこちらに向けている。

 

 

「―――敵だよな」

 

 

ガガガガガッ!!

 

 

一斉に短機関銃『PP―19 Bizon』の銃口から銃弾がこちらに向かって放たれる。思いっ切りロシア製の銃だぞアレ。

 

 

『私たちがあなたがたをロシアに連れて行きましょう。無論、身の安全は保証します』

 

 

諸葛の言っていることが全く違うんだが。モスクワまで半分以上あるぞ。

 

 

バリバリンッ!!

 

 

ガラスの窓が粉々に砕け散り、ガラスの破片と銃弾が部屋の中に入って来る。

 

この飛行船の骨組みとなっている金属は通常の金属より硬く、ガス袋も硬度が強い。銃弾程度なら一時は凌げるので、心配するのはゴンドラだけだ。

 

しかし、もう一つ心配なのはむき出しになったプロペラや銃弾より強い攻撃だ。プロペラは失ったらこの飛行船はただの空飛ぶガラクタだ。

 

俺たち椅子などの後ろに身を隠す。

 

 

「この距離だと俺の拳銃は届かない。ティナの狙撃ライフルだけが唯一の攻撃手段だ」

 

 

アサルトライフルを誰も持っていないことに俺は失敗したことを後悔する。だが今は後悔している場合じゃない。

 

 

「ですがそれでは……」

 

 

「分かってる。この銃弾の嵐の中はちょっと無理があるよな」

 

 

敵を狙うまでに撃たれてしまう。すでに先手は打たれてしまっているのだから。

 

俺は立ち上がる。全ての銃口が俺に向けられる。

 

 

「俺が隙を作る」

 

 

俺は右腰に差さった刀を引き抜く。

 

音速のスピードで敵の飛行機。約500メートル先に乗り移ることは可能だが、あまり強く踏み込むと反動でこの飛行船が危ない。

 

窓から軽く飛び、相手に銃弾を撃たせるように挑発する。

 

 

ガガガガガッ!!

 

 

そしてまた一斉に射撃される。弾丸が俺に向かって飛んでくるのがスローモーションで分かる。だからできた。

 

 

ダダダダダッ!!

 

 

 

 

 

敵の()()()()()()次々と移動することが。

 

 

 

 

 

「邪魔するぜ」

 

 

大樹は飛行機の翼に片膝を着いて着地する。右手に持った刀を両手で持つ。

 

銃弾を足場にして音速で移動するというありえない芸当を見た敵はいない。唯一この光景を見れたのは刻諒とティナだけだ。

 

 

「じゅ、銃弾を足場にして移動なんて……!?」

 

 

「に、人間じゃないですよ……」

 

 

その報告に理子と夾竹桃は特に驚く様子は見せなかった。ただヒルダだけが耳を疑っていた。

 

敵は目を見開いて驚愕した。気が付けば翼の上には一人の男がいたので当然だ。

 

 

ザンッ!!

ドゴオオオオオォォォンッ!!

 

 

飛行機の右翼を刀で一刀両断。翼は爆発し、徐々に飛行機は降下し始める。破壊して殺す必要はない。撤退させるようなダメージを与えるだけでいい。

 

 

ダンッ!!

 

 

強く踏み込み、隣の飛行機へと音速で飛び移る。そして、刀を振り回す。

 

 

ザンッ!!

ドゴオオオオオォォォンッ!!

 

 

左翼を粉々に切り刻み、爆発させる。ここまで来れば後は楽勝だ。

 

次々と敵の飛行機の翼を流れるように破壊していく。敵の銃弾が飛んで来るが、簡単に避けれてしまう。

 

ティナたちも加勢して敵の飛行機を落とそうとしている。これなら問題なさそうだな。

 

最後の飛行機の左翼に着地した時、

 

 

Es ist ein Dämon-König zufällig ein Rand(いい加減にしろよ【魔王】)!!」

 

 

っとドイツ語で怒られてしまった。ってドイツ語?

 

最後の飛行機の上には一人の少女が右翼の上に立っていた。

 

(つば)広の黒いトンガリ帽子。漆黒のローブに右目には臙脂(えんじ)色の眼帯。眼帯には逆(まんじ)形を傾けたマークが描かれている。そして肩には大鳥(おおがらす)を乗せている。

 

その姿はまるで魔女。いや、彼女は魔女なのだ。

 

 

「……理解したぜ。お前が【厄水(やくすい)の魔女】だな」

 

 

「その頭の回転の速さ……やっぱりお前が楢原だな」

 

 

【厄水の魔女】の名前はカツェ=グラッセ。

 

宣戦会議(バンディーレ)では眷属(グレナダ)に入った師団(ディーン)の敵だ。魔女連隊(レギメント・ヘクセ)の9代目連隊長をしていると諸葛から聞かされていた。

 

 

(ロシアじゃなくてドイツかよ……)

 

 

あの眼帯のマーク。欧州の歴史上、最も忌まわしきマーク、旧ナチス・ドイツの、ハーケンクロイツじゃねぇか。

 

カツェは金メッキが施された拳銃―――ルガーP08の銃口を俺に向ける。

 

 

勝利万歳(ジーク・ハイル)!!」

 

 

ダンッ!!

 

 

銃の引き金が引かれ、俺の眉間に向かって銃弾が飛んで来るが、

 

 

ザンッ!!

 

 

銃弾を下から斬り上げ、銃弾を弾き斬る。当たるわけねぇだろ。

 

 

あーあ(プウー)、やっぱり駄目だな。コイツ、遠山と同じだ」

 

 

「……遠山を知っているようだな」

 

 

「ああ、ちゃんと知っているぜ」

 

 

カツェはニタリと可愛らしく笑う。

 

 

「だけど、あたしの口は堅いぜ?」

 

 

「頭も堅そうだけどな」

 

 

しかし、そんな可愛い笑顔は俺に通じない。

 

 

「……先に逝ってろ」

 

 

ザパァッ!!

 

 

カツェが右手を横に振るうと、飛行機の窓から水が流れ出した。

 

水は生き物のようにウネウネと動き、スライムのような物体が俺を囲む。確か『厄水(やくすい)(ぎょう)』という奴だったな。

 

魔術で自在に水を操れると言ったが……これはヤバいな。

 

 

「まさか油を操るとはな……」

 

 

鼻に嫌な匂いが刺激する。原油かよ。

 

 

「おっと、無暗に攻撃するなよ?吹っ飛ぶぞ?」

 

 

俺の刀が金属とぶつかった時に火花を散らしたらドカーン。それが狙いだろう。

 

 

「俺はそのくらいじゃ死なねぇよ」

 

 

「……だったらお仲間はどうだ?」

 

 

カツェの言葉に俺はハッとなった。

 

気付かなかった。この飛行機と俺たちの飛行船との距離がもう10メートルもないことに。

 

カツェの部下が絶え間なく銃を乱射するせいでティナたちは反撃できていない。

 

 

「いつの間に近づいていやがった……!」

 

 

「ゆっくりとバレないようにするのはキツかったぜ?牽制の銃弾も受け取ってくれたおけだな」

 

 

してやられたな。全部罠だったというわけか。

 

このまま爆発させても俺たちの方に被害が出てしまう。ティナたちも状況を察したのか撃とうしない。

 

 

「だけど」

 

 

俺は刀を鞘に収める。

 

 

「そんな甘ちゃんな水、俺には効かねぇよ」

 

 

「だったら証明してみろ!」

 

 

スライムが一斉に俺に襲い掛かって来る。アレに飲み込まれたら最悪だな。水に飲み込まれるよりヤバい。

 

 

ゴォッ!!

 

 

その時、カツェの横を何かが横切った。

 

 

コツッ……

 

 

そして、背中に何かが当てられた。

 

 

「お前じゃ、絶対に勝てない」

 

 

「ッ……なにッ……!?」

 

 

スライムに囲まれていたはずの大樹は消え、いつの間にかカツェの後ろにいた。大樹は刀の柄をカツェの背中に当てている。

 

息を飲む暇すら無かった。カツェの背中に嫌な汗が流れる。

 

 

「今すぐ軍を引け。そうしたらこの飛行機だけは見逃してやる」

 

 

「クッ……絶対にブッ殺すからな」

 

 

「女の子が物騒な言葉を使うんじゃねぇよ」

 

 

カツェは持っていた拳銃をしまう。俺も刀の柄をカツェから離す。

 

その時、カツェの肩に乗っていたカラスが俺の目をくちばしで突いて来た。

 

 

「痛ぇッ!?」

 

 

「だからお前も遠山と同じように甘いんだよ!」

 

 

カツェはすぐに柏葉(かしわば)の彫刻とダイヤモンドで飾られた短剣を取り出し、俺の腹部に向かって突いて来た。

 

 

「ッ!!」

 

 

しかし、ギリギリのところで俺はカツェの腕を掴み、ナイフの動きを止めさせる。

 

 

「エドガー!!」

 

 

その時、カツェが叫んだ。

 

カラスが羽を羽ばたかせて飛ぶ。俺の顔に向かって。

 

 

「こいつッ」

 

 

俺はカツェの腕を引いて回避しようと試みるが、

 

 

(ッ!?……駄目だッ!!)

 

 

ドンッ!!

 

 

カツェを前に向かって突き離す。カツェとの距離は大きく開き、尻もちを着く。

 

 

ドシュッ!!

 

 

カラスの足の爪が俺の左目を斬り裂いた。血が弾け飛ぶが、俺はカラスの足を乱暴に掴む。

 

 

「こっちに来るなッ!!」

 

 

カラスをそのままカツェに向かって投げる。カラスはカツェの胸に叩きつけられる。

 

 

「エドガーッ!?」

 

 

乱暴にされたカラスを抱き締めながらカツェが名前を呼ぶ。彼女にとってカラスは大事なのだろう。

 

 

ガゴンッ!!

 

 

その時、俺たちの飛行船の残骸の一部が飛行機の装甲に落ちて来た。最初に受けた襲撃のせいだ。

 

ボルトの形をした金属は飛行機の装甲の上に落下する。

 

 

(俺が一番甘いな……)

 

 

そして、ボルトが俺の足元の飛行機の装甲に当たった瞬間、火花を散らした。

 

 

 

 

 

近くに一歩間違えば爆弾となる原油のスライムがいるにも関わらず。

 

 

 

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

爆発音が響くと同時に獄炎が舞い上がる。爆風の衝撃は敵の飛行機と飛行船を大きく揺らす。

 

飛行機の中から女性の悲鳴が響き渡る。飛行船から俺の名前を叫ぶ声も聞こえた。

 

カツェの体は衝撃で吹き飛ばされ、飛行機の装甲を転がる。

 

 

「あッ……!?」

 

 

そして、カツェの体は空へと投げ出された。

 

 

「こんのおおおおおッ!!」

 

 

ガシッ

 

 

「ッ!?」

 

 

しかし、カツェの体は落ちなかった。

 

 

「だから言っただろ……死なねぇってよ」

 

 

 

 

 

大樹がカツェのローブを掴んでいたからだ。

 

 

 

 

 

「お前……!」

 

 

閉じた左目から血が流れ、所々焦げた制服。ローブを握った手は痛々しい火傷を負っている。

 

 

(ちくしょう……神の力が弱まってやがる……!)

 

 

回復力がいつもより遥かに弱い。体の耐久も、防御も下がっている。

 

エドガーというカラスに受けた傷は悪化している。おそらく毒爪だったのだろう。

 

回復しないのは邪黒鬼のせいだと推測するが、そんなことを気にしている場合じゃない。

 

俺はカツェを急いで引き上げる。

 

 

「急げッ!俺たちの飛行船に飛び乗らさせろッ!」

 

 

「ッ……敵の施しを受ける程―――」

 

 

「うるせぇ!!死にてぇのかッ!?」

 

 

俺の一喝にカツェは驚愕し、下唇を噛んで悔しそうな表情になった。

 

 

「じゃあどうやって移動するんだよ……無理だろこんなの!」

 

 

カツェは下を向きながら文句を言う。さっきの爆発の衝撃で飛行船までの距離が開いた。80メートル弱はあるだろう。

 

しかもただでさえ不安定な足場だったにも関わらず、今は炎上しグラグラに揺れている。避難のしようがないのだ。

 

 

(まずはアイコンタクトで連絡を取る……)

 

 

俺は右目でティナにアイコンタクトを送る。スコープを覗いてずっと俺たちを見ている彼女ならすぐに分かってくれるはずだ。

 

ティナが理子に向かって何か大声で言っているのが分かる。理子は操縦席に座ると、すぐにこちらに飛行船が寄って来た。

 

それでも距離はまだまだ足りない。

 

 

「カツェ!パラシュートは無いのか!?」

 

 

「今の爆発で全部燃えちまったよ!」

 

 

「じゃあ中に残っている人数は!?」

 

 

「あたしと合わせて7人だ!」

 

 

ッ……ギリギリかッ……!

 

飛行船が50メートルまで近づいて来た。これなら大声で届くはずだ。

 

 

「おい!脱出用のパラシュートが6人分あっただろ!ソイツをこっちに投げてくれ!」

 

 

「そんなの届かないよ!」

 

 

理子の大声での反論は正論だ。距離的にも、こんな暴風の中じゃ不可能だ。

 

しかし、

 

 

「私ならできるわ」

 

 

夾竹桃が立ち上がりながらそう言ったような気がした。声が小さくて分からなかったので、読唇術で読み取った。

 

リュックと同じ大きさのバッグを夾竹桃は持つ。

 

 

ギュルルルルルッ!!

 

 

夾竹桃はワイヤーを操り、壊れたゴンドラの柱や窓枠に巻き付ける。するとワイヤーは弓のような……いや、巨大なボウガンような形を作り上げた。

 

パラシュートをワイヤーの上に乗せると、夾竹桃は両手で強くワイヤーを引いた。

 

 

バシュッ!!

 

 

ワイヤーの反動を利用してパラシュートを飛ばす。パラシュートのバッグは俺の所まで強い衝撃で飛んで来た。

 

 

バスッ!!

 

 

「ッ! ナイスだッ! カツェ!」

 

 

俺は急いでパラシュートをカツェに部下に渡すように言う。カツェは目をまん丸にして驚いていたが、すぐに部下にパラシュートを渡し始めた。

 

部下も迅速に対応し、パラシュートを受け取ったらすぐに飛び降りて行った。

 

次々と夾竹桃のワイヤーボウガンから射出されるパラシュートをキャッチし、部下に渡す。その作業が終わるころには飛行機は、ほぼ全体が燃え上がっていた。

 

残ったのは俺とカツェとカラスのエドガーだけ。

 

 

「ほら」

 

 

俺がカツェに手を出すと、カツェはまた驚いた表情で俺を見た。手を取ろうとしないカツェに俺は無理矢理カツェの手を握る。

 

 

「ここにいたら危険だ。向うに飛び移るからしっかり握っていろ」

 

 

「分からない……どうしてあたしを助ける……?」

 

 

「そんなもん知るかよ」

 

 

俺はカツェをこちらに引き寄せ、お姫様抱っこする。カツェの顔が真っ赤に染まるが、俺は気にせず続ける。

 

 

「一番俺が知りたいよ、そんなもの」

 

 

今まで答えれた言葉が出なかったことに、俺は少し怖かった。

 

 

________________________

 

 

 

「はぁ……素晴らしい……!」

 

 

一人の男が息を荒げながらモニターを見ていた。

 

男の髪は白髪でボサボサになっており、不健康そうなガリガリの体だった。薄汚れた白衣を纏い、手には得体の知れない液体の入ったフラスコを持っている。

 

 

「はぁ……うぐッ!……落ち着け、落ち着け……興奮し過ぎだ私」

 

 

手に持っていた液体を一気に飲み干し、フラスコをテーブルに置く。

 

男は何度か咳をした後、静かに笑いだす。

 

 

「カッカッカッ……最高だ。この力がガルペス様のモノになる。考えただけで最高だ」

 

 

ゆっくりと後ろを振り向く。

 

 

「そう思わないか?姫羅よ?」

 

 

「……………」

 

 

男が話を振ったにも関わらず、姫羅は黙り続けた。男を睨み続けたままだ。

 

 

「チッ、失敗して来ておいてその態度か?随分いいご身分だな?」

 

 

モニターを消し、猫背の体を動かしながら姫羅に近づく。

 

 

「会いたくないのか?お前の愛しの人に?」

 

 

「ッ……!」

 

 

「カッカッカッ!!私に従えばいい!そうすれば望みは叶えてやる!」

 

 

白衣を着た男はニタリと笑う。

 

 

 

 

 

「お前の赤鬼をロシアに送る。ソイツを使って殺せ」

 

 

 

 

 

________________________

 

 

 

「ぐぁ……!?」

 

 

夾竹桃の用意した治療の解毒を目に流され、激痛が襲い掛かって来た。

 

エドガーにやられた毒爪はかなり強く、失明寸前だったのだが、夾竹桃の前では無力と化した。ホント凄いよな。

 

ボロボロになったゴンドラは酷く、ヒルダはそんな汚いゴンドラのせいでカンカンに怒っている。

 

ティナと理子は俺の火傷した腕や足。首や頬などの治療をしてくれている。我ながら酷い怪我だと自覚しているが、神の力の回復力が機能しないとここまで酷いとは思わなかった。

 

そして、自分がどれだけ弱いか痛感した。

 

 

「……だいちゃん」

 

 

「大丈夫だ。一思(ひとおも)いにやってくれ」

 

 

理子が心配そうに聞くが、俺は歯を食い縛って痛みに耐える。

 

火傷した皮膚が制服と合体しているのだ。制服を取ろうとすれ皮膚が剥がれ、激痛が襲い掛かって来るだろう。しかし、このまま放置する方が悪化する恐れがある。ここは我慢するべきだ。

 

 

「―――――!?」

 

 

声にならない激痛に意識が飛びそうになる。今、自分の傷を見たら確実に気を失うだろう。

 

 

「頑張るんだ大樹君!あと少しで腕の皮膚が全部剥ける!」

 

 

「余計なこと言うなよ!?」

 

 

最悪だぞ刻諒!?

 

 

________________________

 

 

 

 

「これで終わりだよ」

 

 

「さ、サンキュー……」

 

 

理子にそう告げられ、やっと安堵の息を吐く。

 

ほとんどの肌が見ないくらい包帯に巻かれた。右の頬もガーゼが当てられ、腕と脚は全部包帯で巻かれている。左目はしばらく開けない方がいいと夾竹桃に言われたので白い眼帯をしている。

 

さて、ここからだ。

 

 

「カツェ」

 

 

俺が名前を呼ぶと、カツェは体をビクッと震わせた。

 

 

「聞きたいことがある。素直に答えてくれればモスクワで降ろしてやる」

 

 

「……その前にあたしも言いたいことがある」

 

 

カツェは真剣な眼差しで俺の顔を見た後、

 

 

「エドガーを助けてくれたこと、感謝する」

 

 

「……俺は乱暴に扱ったぞ?」

 

 

「それでもあの時、お前はあたしたちを救ってくれた。あのままだとあたしとエドガーは―――」

 

 

「もういい。俺が勝手にやったことだ。感謝の言葉より質問に答えてくれた方が嬉しいんだが?」

 

 

カツェの言葉をわざと被せ、最悪の結末を言わせない。言わない方が良い。

 

 

「ドイツ魔女は借りを必ず返す。何でも答えてやる」

 

 

「助かる」

 

 

俺は一呼吸おいて、質問する。

 

 

「単刀直入に聞く。遠山はここにいないな?どこだ?」

 

 

カツェは頷いた後、

 

 

「アメリカだ」

 

 

そう答えた。

 

その言葉に俺たちは苦い表情になる。

 

 

「全然違うじゃねぇか。このままモスクワに言っても意味が無いじゃないか」

 

 

「では進路をアメリカに変えますか?」

 

 

「それは駄目だよティナちゃん。燃料が足りないし、ロシアの領空の許可をまた取らないといけない」

 

 

ティナの言葉に理子は首を振って答える。

 

 

「そもそも何でアメリカだ?知っているか?」

 

 

「……何も知らないのか?」

 

 

「ああ」

 

 

「……師団(ディーン)眷属(グレナダ)が結成して襲われた場所はモスクワだ。これを知っているのは結成したあたしたちと敵しか知らない」

 

 

「ッ! お前もあの場にいたのか?」

 

 

眷属(グレナダ)としてな」

 

 

だけどっとカツェは付けたし告げる。

 

 

「今は御影(ゴースト)に寝返っている」

 

 

「ッ! 裏切ったのか!?」

 

 

「落ち着けヒルダ。どうせ仲間を人質に取られたからだろ?」

 

 

「……お前、本当に察しがいいな」

 

 

「褒めても何もでねぇよ。……で、その御影(ゴースト)から俺たちを襲うように指示されたんだろ?」

 

 

俺の推理にカツェは頷く。ヒルダも今は落ち着き、怒鳴ることはない。

 

 

「それで、遠山がアメリカに言った理由は知っているか?」

 

 

「それは知らない。話を聞いていないからよく分からないが、心強い仲間がいるからアメリカに行くって話していた」

 

 

だから遠山はアメリカにいる。そういうことか。

 

 

「でも襲われたんだろ?」

 

 

「遠山は多分逃げ切っている。捕まったのはあたしやメーヤぐらいだろうな」

 

 

「メーヤ?」

 

 

師団(ディーン)のクソ偽善者の女だ」

 

 

すっごい悪口叩いたな。嫌いなのか?

 

 

「とにかく捕まった奴らはそれぐらいだろう」

 

 

「……お前、これからどうするつもりだよ」

 

 

これから御影(ゴースト)の所に帰っても良い事は絶対にないだろう。

 

 

「敵の本陣はあたしも分からない。これから連絡が入る予定だったけど……」

 

 

飛行機は墜落。通信する手段もなくなり、敵も倒せていない。

 

俺は顎に手を当てて考えが、いい案は浮かばない。

 

 

「……とりあえずモスクワに向かおう。奇跡的に燃料タンクはやられていなさそうだし」

 

 

飛行船の被害はゴンドラだけ。プロペラも無事だ。これなら大丈夫だろう。

 

カツェはトンガリ帽子を脱ぎ、俺の言葉に頷いた。

 

 

 

________________________

 

 

 

現在時刻 20:00

 

 

夜が来た。

 

ゴンドラの中は極寒のように寒く、体が凍えていた。

 

窓を破壊された時に気付くべきだった。この状態が如何に危険な状態に陥るかを。

 

とにかくこのままでは不味いと判断し、バッグの中に入っていたモノで窓の修繕に取りかかった。

 

 

「……はぁ、これでいいか」

 

 

無いよりはマシっと言った感じの仕上がり。飛行船の中にあったタオルケットやバッグの中に入っていた寝袋などで窓を塞いだ。運転席の正面ガラスは防弾だったため、ヒビが目立つだけで済んでいる。よって修繕は左右の窓だけだった。

 

室内はそれでも寒いが、何もなかった時よりはずっとマシだった。

 

何度も言うがそれでも寒い。なので理子と夾竹桃はティナに抱き付き、温まっている。何アレ。俺も入りたい。ほら、ヒルダも入りたそうにしているし。

 

 

「大樹さん……!」

 

 

「無理だ。俺に助けを求めるな」

 

 

「な、なら大樹さんも入りましょう……!」

 

 

「無理」

 

 

理性が吹っ飛んじゃうから。ふっ飛ばさせないけど。

 

俺はティナを見捨て、違う場所に移動することにした。

 

 

「……寒くないか?」

 

 

「……大丈夫だ」

 

 

ゴンドラの部屋の端で震えているカツェを見て、俺は心配になる。エドガーも寒そうにカツェに身を寄せている。

 

自分のバッグからパーカーを取り出し、カツェに差し出す。

 

 

「ほら、これでも着とけ」

 

 

「いらん」

 

 

「いいから着ろッ」

 

 

俺はトンガリ帽子を無理矢理奪い、パーカーを着せる。カツェは抵抗していたが、だんだんとパーカーの温かさに気付き、抵抗を弱めてしまう。

 

 

「……早死にするタイプだお前は」

 

 

もう死んだけどな。

 

 

「残念だったな。絶対に死なねぇから悔しがれ」

 

 

「……あたしは、これからどうすればいいと思う?」

 

 

小さな声だったが、俺の耳には聞こえた。

 

 

「……助けたいのか?」

 

 

「できるならもうやっているッ。でも、あの女には絶対に勝てないッ」

 

 

あの女―――姫羅で間違いないだろう。

 

姫羅が師団(ディーン)眷属(グレナダ)を襲撃したのだ。あの力を持ってすれば余裕だっただろう。

 

 

(クソがッ……!)

 

 

力の使い方を間違った姫羅に俺は歯を食い縛ってしまうほど苛立つ。しかし、

 

 

(俺も、その一人なんだろうな……)

 

 

間違っているのは自分もだということにさらに苛立ってしまう。

 

俺はカツェにトンガリ帽子を被せて返す。そして俺は黙ったまま、そこから去る。

 

運転席にまた座り、ヒビ割れた窓から空を眺める。

 

 

(そう言えば……)

 

 

ふと、原田に貰った砂時計が気になった。俺はポケットから取り出して見てみると、砂は三分の一は落ちているような気がした。

 

 

(タイムリミットまで時間が無い……)

 

 

こうしている間にも黒ウサギや優子。真由美たちは危険に晒されている。原田がいても、やっぱり心配なのだ。

 

 

「次の目的は決まったようだね」

 

 

砂時計を見ていると、刻諒が運転席の隣に座りながら俺に話しかける。

 

 

「……何も変わってねぇよ」

 

 

「だけど意志の強さは変わった。君の思いはこれからの君を強くするはずだ」

 

 

「……意志、か」

 

 

俺はそう呟きながら空を照らす星々を見続けた。

 

 

 

________________________

 

 

 

2月9日

 

10:00

 

 

あれからずっと飛行船を飛ばし続けているがモスクワまでまだまだ距離がある。ロシアの広さは伊達じゃなかった。

 

しかし、この飛行船も万能だ。風の流れを利用して進むことができ、ガス袋の中のガスを調整すれば速さを上げることだって可能だ。っと言っても最初からスピードはマックスに出るようにしているが。

 

 

ピピピッ!!

 

 

「「「「「ッ!」」」」」

 

 

その時、対空レーダに何かが引っかかった。モニターを見てみると、後ろから物凄い速度でこちらに向かって来ているのが分かった。

 

 

「ッ……戦闘機だッ!!」

 

 

刻諒の叫び声に俺たちはギョッとなった。

 

 

ゴォッ!!!

 

 

飛行船の横を戦闘機がマッハのスピードで横を通過し、修繕していた窓を吹き飛ばす。

 

ゴンドラの椅子や床にしがみ付き、暴風に耐える。しかし、

 

 

「今度は撃って来るぞ!?」

 

 

「なッ!?」

 

 

刻諒の言葉には俺は息を飲んだ。きっと顔は真っ青になっているだろう。

 

戦闘機は前方で宙返りした後、こっちに向かって来る。

 

戦闘機の翼に取りつけられたミサイルが火を噴き、こちらに向かって飛んで来る。

 

 

(ヤバい!?これは避けれねぇ!)

 

 

刀は昨日の戦闘で無くしてしまい、持っていない。コルト・ガバメントでも銃弾ではミサイル相手に無理がある。

 

打つ手無し。

 

突然の出来事に俺たちは何もできない。

 

 

「伏せろおおおおおォォォッ!!」

 

 

俺の叫び声を最後に、

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

ミサイルが直撃し、ゴンドラは爆発した。

 

 





遅くなりましたが、お気に入り1000越えありがとうございます!

もう嬉しくて嬉しくて謎の踊りをするほど嬉しかったです。


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Scarlet Bullet 【獄鬼】

すいません。

言い訳になってしまいますが、ここ最近は用事があって忙しい状態です。投稿が遅れて申しわけありません。

逃走などはしないので、どうかこれからも、この小説をよろしくお願いします。



ミサイルの爆発でゴンドラは粉々に砕け散り、ガス袋が爆発した。

 

悪足掻きでミサイルが当たる直前、ゴンドラに備え付けられた椅子を蹴り飛ばし、ミサイルを爆発させたが無駄だったようだ。

 

爆風で俺たちの身体は簡単に空へと投げ出されてしまう。

 

 

「ヒルダッ!!」

 

 

「分かってるわッ!!」

 

 

俺が名前を呼ぶと、すぐにヒルダは背中の黒い蝙蝠(コウモリ)のような翼を広げた。空を飛び、足元から黒い影を伸ばして理子と夾竹桃を捕まえる。

 

 

刻諒(ときまさ)!! カツェ!!」

 

 

刻諒の貴族みたいなローブとカツェの魔女のローブを掴み、ヒルダの方に投げる。ヒルダは黒い影で二人を掴む。

 

その時、気付いた。

 

 

「ティナ!?」

 

 

ティナは気を失っており、俺より先にゴンドラの残骸と一緒に落下していた。あの爆風をまともに食らってしまったのだろう。

 

俺は残骸に足を乗せて、力を入れる。

 

 

ダンッ!!

 

 

残骸を砕きながら体を一直線に伸ばし、落下スピードを上げた。

 

 

「クソッ……このッ……!!」

 

 

ティナの腕を左手で掴むと同時にこちらに引き寄せる。ヒルダの方に投げようとするが、

 

 

「また来るぞッ!!」

 

 

「ッ!!」

 

 

刻諒の忠告に俺はティナを投げるのをやめて、右手でコルト・ガバメントを引き抜く。

 

上空から俺たちを狙い撃ちにしようとする戦闘機が高速で降下してくる。

 

 

(あまり舐めるなよッ!!)

 

 

ガガガガガッ!!

ドゴンッ!!

 

 

戦闘機の翼に取りつけられた機関銃―――航空機関砲とコルト・ガバメントの銃声が重なる。

 

こちらに向かって来る戦闘機の銃弾はこっちの銃弾より二倍以上も大きい。しかし、

 

 

ガチンッ!! ガチンッ!! ガチンッ!!

 

 

俺の撃った銃弾は何度も敵の銃弾を跳ね返り、

 

 

バギンッ!!

 

 

航空機関砲の銃口に入り、破壊した。

 

そして、こちらに向かって来る銃弾は体を捻らせ、全て回避。ティナにも当たっていない。

 

 

ゴオオオォォ!!

 

 

戦闘機は機関銃を無くしても、こちらに飛んで来ることはやめなかった。

 

 

「しつけぇ!!」

 

 

ドゴンッ!!ドゴンッ!!

 

バギンッ!!

 

 

コルト・ガバメントを発砲。二発の銃弾で戦闘機の操縦席のフロントガラスを貫いた。

 

 

「ッ!?」

 

 

そして、分かった。誰も操縦していないことに。

 

 

(遠隔操作……!)

 

 

機械的な動きだと思っていたが、本当に遠隔操作だったとは。

 

目の前まで迫って来た戦闘機に俺はティナを落とさないようにしっかりと抱き締める。

 

これはチャンスの可能性が残っているかもしれない。

 

 

「この野郎ッ!!」

 

 

ガンッ!!

 

 

戦闘機を蹴りで受け流し、戦闘機の割れたフロントガラスの中に入りこむ。

 

ここから遠隔操作を妨害し、俺のモノにすれば勝ちだ!

 

 

ゴォッ!!

 

 

(ッ……速度を上げやがった……!?)

 

 

中に入った途端、戦闘機は速度を上げて落下スピードを早くする。

 

体に(ジー)が掛かり、身動きが取れなくなる。

 

 

(ヤバい!? このままだと死ぬ!?)

 

 

戦闘機が墜落して死ぬ———ということより危ない状況に俺たちは立たされている。

 

これが遠隔操作で監視されていると分かった今、このまま戦闘機の速度をさらに上げられることは分かっている。このGが体に耐え切れない状態までされると、俺たちは確実に死ぬ。

 

さらに最悪な状況なことはフロントガラスが空いていることだ。自分で空けたとはいえ、豪風が俺たちの身体を凍らせる風になっている。

 

ティナを俺の体で隠し、寒さを避けさせる。そして、ゆっくりとGに逆らいながら腕を動かし、操縦桿を握り、上に引いてみる。

 

 

(やっぱり駄目か……!)

 

 

戦闘機は全く速度を落とさず、俺の操縦に反応することはなかった。遠隔操作されている時点で薄々気づいていたがな。

 

だが、このまま無様なまま引き下がる俺じゃない。

 

 

「お前が速度を最速に高めるのが先か……」

 

 

俺はズボンのポケットからアーミーナイフを取り出す。

 

 

「俺の解体が先か……勝負だ」

 

 

アーミーナイフに取りつけられた多種な小道具で戦闘機に取りつけられた部品を次々と素早く解体して行く。

 

相手はコンピュータ技術に強い人に違いない。戦闘機にハッキングした所でいたちごっこになるのは目に見えている。

 

ならば戦闘機を操作している核———機械装置を取り外すだけでいい。ハッキングしている回線自体を断ち切れば終わりだ。

 

 

(うッ……!?)

 

 

Gの負担が体に影響し始める。

 

視界が狭くなり白黒になってしまう———グレイアウトに落ちてしまった。色の配線がモノクロになり、色での識別ができなくなった。解体作業が遅くなってしまう。

 

それにしても戦闘機の速度は上がり過ぎている。地上まであとどのくらいだ?

 

……いや、見るのはやめよう。気が抜けてブラックアウトして目が見えなくなったら最悪ってモノじゃなくなる。

 

 

(……ッ!? あった!!)

 

 

戦闘機の操縦桿の下の床を剥がすと、戦闘機を操縦しているコンピュータを見つけた。

 

俺はすぐに解体し、コンピュータに内蔵されていた通信チップを抜き出した。

 

 

パキンッ

 

 

軽い音が鳴ると共にチップが粉々に砕ける。俺は急いで操縦桿を握り、速度を落とそうとする。

 

 

(ゆっくり落とせ……急にブレーキを掛けると死ぬぞ……!)

 

 

ここで急停止すれば反動で血が逆流し、死んでしまう。せっかく助かった命を無駄にすることはできない。

 

ゆっくりと……ゆっくりと操縦桿を上げて行く。ふわっとした感覚を何度か味わうが、問題はない。

 

 

「ッ!?」

 

 

その時、Gが軽くなったおかげで白黒の世界に色が付き始める。外の風景が見える余裕ができた。

 

 

 

 

 

そして、ちょうど雪山の頂上が横に来ていることも確認できた。

 

 

 

 

 

「なッ!?」

 

 

外の風景に俺は驚愕し、顔を真っ青にした。

 

 

(クソッ!! この近くは雪山だったのかよ!?)

 

 

まだ余裕があるという考えが甘かった。もう既に敵の掌の上で踊らされていた。

 

戦闘機は諦めるしかない。俺は抱えていたティナをより一層強く抱きしめ、

 

 

ダンッ!!

 

 

戦闘機から脱出し、飛び降りた。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

「ぐぅッ!?」

 

 

戦闘機は一秒も経たずに雪山に激突し、爆発した。爆風が俺たちを襲う。

 

爆風に飛ばされ、雪山を転がる。幸いなことに雪は柔らかく、ダメージは全くなかった。

 

しかし、安堵の息をつく暇はなかった。

 

 

ゴゴゴゴゴッ……!!

 

 

(雪崩……!?)

 

 

落下して来たゴンドラの残骸。戦闘機の爆発。この二つのせいで雪山は揺れてしまい、

 

 

ゴオオオオオォォォ!!!

 

 

巨大な津波のように、雪崩が俺たちに降り注いだ。

 

足場の悪い雪が俺の逃げる足を遅くする。

 

 

「がぁッ……!?」

 

 

そして、雪の波に飲み込まれてしまった。

 

自然の脅威に、俺は抵抗することはできなかった。

 

 

 

________________________

 

 

 

 

「………ぅん……?」

 

 

あまりの寒さに俺は目を覚ましてしまった。せっかくの寝心地が台無しだ。

 

上体だけ起こし、辺りを見渡す。そこは暗く、寒く、冷たかった。

 

 

「ッ!?」

 

 

そして、自分がどんな状況にあったのか整理がついた。

 

 

「ティナ!!」

 

 

自分のことより、この状況より、ティナが心配だった。俺は雪に埋もれていた体の雪を振り払い、立ち上がった。

 

ティナの名前を大声で呼んだ。

 

俺の声は低く響き渡り、ここが洞窟だということを認識させてくれた。

 

 

「どこだ……ティナ!!」

 

 

必死に辺りの雪をかき分け、ティナを探す。

 

その時、雪の中に赤い布が埋まっているのが見えた。

 

それが東京武偵の女子生徒が来ているスカートだと分かった瞬間、俺の顔は青ざめた。

 

 

「ティナ!? ティナ!!」

 

 

何度も名前を呼びながら雪を急いでかき分けると、目を瞑ったティナがそこに埋まっていた。

 

俺は急いでティナを抱き締め、体を温めるが、

 

 

(ッ……冷たすぎる!?)

 

 

肌の温度が氷のように冷たく、呼吸が全くできていなかった。

 

不味い……この状況は最悪すぎる……。

 

俺の体も恐怖で冷たくなってしまう。唇が震え、手が上手く動かない。

 

 

「ッ……!!」

 

 

思いっ切り下唇を噛み、手を強く握った。

 

違う。動け。今ここで何もしないのは駄目に決まっているだろうがッ!

 

背負っていたバッグを下ろし、俺は自分の着ていた制服を脱ぎ、ティナに着させる。

 

バッグから衣類を全て取り出し、ティナの体に巻き付ける。顔の肌以外は一切見えないくらい体に巻き付けた。

 

 

(使えるモノ……使えるモノ……!)

 

 

必死にバッグの中を探る。役に立つモノが欲しい。何でもいい。ティナの体を温めるなら何でもいいッ!!

 

しかし、バッグには携帯食料程度のモノしか入っていなかった。

 

 

「クソッ……!!」

 

 

俺はバッグを再び背負い、ティナをお姫様抱っこした。ティナの表情はやはり悪い。

 

このままここに留まるのは良くない。一刻も早く脱出しなければ……!

 

天井は硬い岩肌。背後は雪の山が道を塞いでいた。恐らくこの雪山の方から俺たちは流れたのだろう。

 

ここはどこなのか。全く分からない状態。

 

しかし、俺は洞窟の奥へと歩き出した。この奥が外へと繋がっていることを信じて。

 

 

________________________

 

 

 

現在時刻 12:00

 

 

もう1時間は彷徨っただろうか?

 

洞窟で風を肌に一切感じなかった。出口が無いせいだろうか?

 

何本もの分かれ道。何度も行き当たる行き止まり。薄暗い道は絶望へと向かっている錯覚に落とされそうになる。

 

ゴツゴツした地面が靴底を削る。天井から垂れ下がるつららが俺の行く手を邪魔する。

 

抱いたティナの体は冷たいまま。もしガストレア因子が無かったら今頃、凍死しているのかもれない。

 

 

『お前のせいだ』

 

 

邪黒鬼の声が頭の中で頭痛と一緒に響く。

 

ずっと頭の中で俺を責め続けている。

 

 

「……………」

 

 

だが、俺は何も言い返せない。いや、反論できなかったの間違いか。

 

俺がティナを連れて来なければこんな目に合わなかっただろうに。

 

……いつからだ?人に甘えだしたのは、頼り出したのは、任せだしたのは。

 

知っているはずなのに。自分が全てやらなきゃ誰も守れなくなってしまうことを。

 

 

「ッ……苦しい……!」

 

 

喉に何かが詰まったような感覚。何度か咳をすると、吐き気が一気に押し寄せてしまう。

 

その場にうずくまって吐いてしまおうかと思ったが、やめた。

 

 

(雪崩の時か……!)

 

 

口の中で鉄の味がしたからだ。雪崩のダメージはかなり大きかったようだ。

 

このまま吐いたら死んでしまうのではないだろうか?そんな馬鹿みたいなことが頭の中で過ぎってしまい、口に溜まった血を飲み込んでしまった。

 

その血は不味いとは思わなかった。逆に美味しいとも思わなかった。吸血鬼の力を封じられていても、自分は吸血鬼の力を持っていることは変わらないことを実感させる。

 

 

「……変わった、のか?」

 

 

その時、広い空洞に当たった。道より明るい場所だ。

 

天井には巨大な水晶が突き出しており、ガラスのように透明な色をしている。

 

水晶の真下には一つの人影———紅い影だ。

 

 

「やっと来たなぁ……あの男の言う通りだったな」

 

 

「ッ!?」

 

 

肌は紅く、黒髪の頭部に黄色い角が生えていた鬼。ボロボロの黒いズボン。巨大な金砕棒。左腕には黒い鎖―――その先には黒い鉄球が付いている。

 

そこにいるのは間違い無く、赤鬼だった。

 

 

「テメェ……!!」

 

 

大樹の体から黒い闇が溢れ出す。それを見た赤鬼は目を細める。

 

 

「堕ちかけている……いや、堕ちているかぁ……」

 

 

「意味の分からねぇこと言ってんじゃねぇぞ……!」

 

 

黒い闇は人型に形を変えて、大樹の背後に出現した。

 

人型の黒い闇は大樹に(ささや)く。

 

 

『俺に寄越せ。そうすれば救える』

 

 

大樹はゆっくりとティナを地面に降ろす。そして、ティナを庇うように前に立ち、ギフトカードを握った。

 

 

『そうだ……それでいい……』

 

 

「うるせぇよ」

 

 

バギッ!!

 

 

 

 

 

ギフトカードが粉々に砕けた。

 

 

 

 

 

大樹はギフトカードを握り潰し、壊したのだ。

 

 

『なッ!?』

 

 

目を疑う光景に黒い闇は驚愕する。

 

 

「うるせぇんだよおおおおおォォォ!!!」

 

 

怒りの咆哮と共に、大樹は黒い闇を右手で掴み取る。

 

 

『な、何をッ!?』

 

 

「テメェがいるから守れるモノも守れねぇんだよ!テメェが俺の力を封じているならこんな()()()()なんざいらねぇだろ!?」

 

 

『正気か!? それではお前の力は———』

 

 

「ああそうだよ!! 無くなるよな!? だから———!」

 

 

大樹は黒い闇を握りつぶす。

 

 

「———お前の力を寄越せよッ!!!」

 

 

『ッ!?』

 

 

「ッ!? よせッ!! 戻れなくなるぞ!?」

 

 

大樹の発言に赤鬼が焦る。

 

 

「戻れなくなる? 馬鹿を言うなよ。コイツは俺の力を封じているわけじゃねぇんだよ……コイツは自分のモノにしているんだ」

 

 

言っていること分かるか?っと大樹は付け足す。

 

 

「俺がコイツを取り込めば今まで奪われた力だけじゃない。コイツの力も手に入れることができるんだよ!!」

 

 

黒い闇の溢れ出す勢いが強くなる。粉々になったギフトカードが宙を舞い、黒い闇を吸い込んでいく。

 

バラバラになったギフトカードは元通りの形に戻り、ピッタリとくっついた。

 

大樹は乱暴にギフトカードを取ると、黒いギフトカードは光り出した。

 

 

「【(まも)り姫】!! 【名刀・斑鳩(いかるが)】!!」

 

 

二本の刀が出現し、両手に握った。刀の刀身は黒く、禍々しいオーラを纏っていた。

 

 

「【災いの吸血鬼(ディザスタァ・ヴァンパイア)】!!」

 

 

ゴォッ!!

 

 

背中から四つの黒い光の翼が広がる。翼から不吉な風が渦巻いていた。

 

 

「見せてやるよ……これが『力』だッ!!」

 

 

体から黒い闇が大樹を包み込む。

 

 

鬼神(きじん)よ………獄炎(ごくえん)の覇者となれ……」

 

 

ゴオオオオオォォォ!!!

 

 

黒い闇は炎のように燃え盛った。

 

黒い獄炎から大樹が姿を現す。

 

 

「ッ!? 鬼を飲み込んだのか……!?」

 

 

背中の黒い光の翼は炎の翼に変わり、ユラユラと揺れていた。

 

手に持った刀の刀身は勢い良く黒い炎が燃え上がり、そこに刀という概念は存在しなくなっていた。

 

そして、一番変わったことは大樹自身だった。

 

 

 

 

 

大樹の頭部から黒い鬼の角が生えていた。

 

 

 

 

 

「なんてことを……!」

 

 

鬼のような姿になった大樹を見た赤鬼は思わず一歩後ろに下がってしまった。そのことに赤鬼は驚愕する。

 

 

(この俺が恐怖に……怖気づいた……!?)

 

 

「どこ見てんだよ?」

 

 

「ッ!?」

 

 

気が付けば目の前に大樹が迫っていた。両手に持った黒い炎の刀で赤鬼の体を斬り裂こうとする。

 

 

「くッ!!」

 

 

金砕棒(かなさいぼう)を前に出し、大樹の攻撃が当たる前に防御する。

 

 

「【魔炎(まえん)双走(そうそう)炎焔(えんえん)】」

 

 

ゴォッ!!!

 

 

二本の刀の炎が金砕棒を避けるように分裂し、赤鬼の体に黒い炎が纏わりついた。

 

 

「がぁ!?」

 

 

灼熱の黒い炎が赤鬼の体を焼き尽くす。あまりの痛みに赤鬼ですら意識が飛びそうになる。

 

赤鬼は急いで後ろに跳び、大樹と距離を取った。

 

 

(何だこの力は……!?)

 

 

前と戦った時は明らかに違う。いや、これは―――!

 

 

「だからどこ見ているんだよ?」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「がはッ……!?」

 

 

赤鬼の後頭部に衝撃が走り、気が付けば地面に叩きつけられていた。

 

突然の出来事に赤鬼は状況を理解できなかった。

 

 

「どうしたどうしたどうしたッ!?その程度か赤鬼ッ!!」

 

 

ドゴッ!! ドゴッ!! ドゴッ!!

 

 

大樹が何度も赤鬼の顔を踏みつける。踏みつけるたびに地面のクレーターが大きくなる。

 

 

「オラァッ!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

最後は赤鬼の腹部を蹴り飛ばし、赤鬼を岩壁にぶつける。その衝撃は洞窟の壁に巨大な亀裂を作った。

 

亀裂はドンドン大きくなり、洞窟の天井を壊していく。

 

 

「チッ、洞窟が崩れ出したか。力も戻ったし逃げるか……」

 

 

「グアアアァァ!!」

 

 

ダンッ!!

 

 

壁にめり込んだ赤鬼が血塗れになりながらも、反撃しようと大樹の背後を取る。そして、金砕棒を大樹に向かって振るった。

 

 

「ぬるい」

 

 

ゴオォ!!

 

 

背中にある黒い炎の翼を羽ばたかせ、寝かせていたティナを抱きながら赤鬼の攻撃を回避する。

 

天井から落ちる岩を回避しながら飛び回る。赤鬼は狙いを定め、再び大樹に向かって攻撃を仕掛ける。

 

 

「一刀流式、【鬼の構え】!!」

 

 

金砕棒を前に突き出しながら大樹に向かって飛翔する。

 

 

「【獄紅(ごうこう)邪鬼(じゃき)】!!」

 

 

バシュッ!!

 

 

しかし、赤鬼の攻撃は大樹の両手に持った黒い炎の刀で簡単に止められた。

 

 

「もうお前如きに負けねぇよ……赤鬼」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

大樹が刀を押し返すと、赤鬼は地面に吹っ飛ばされてしまった。

 

 

「何度でも生き返る……そうだろ?」

 

 

背中の翼から何千も超える数の黒い剣が生み出される。

 

 

「もう俺は甘くねぇんだよ……人を守る為に俺は———」

 

 

大樹は右手を横に振るう。

 

 

 

 

 

「———殺すことに、もう躊躇(ためら)わない」

 

 

 

 

 

ゴオォッ!!

 

 

その瞬間、何千もの黒い剣が赤鬼に向かって飛んで行った。

 

 

「【魔炎・獄滅(ごうめつ)燦爛(さんらん)】」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

黒い炎が洞窟全体を焼き尽くし、闇の光が輝いた。

 

洞窟は崩れ落ち、水晶は赤鬼と共に、粉々に砕け散った。

 

 

________________________

 

 

 

ドンッ!!

 

 

「何だこれは!? どうしてこんなことになった!?」

 

 

モニターを叩きながら怒鳴る白髪の男。薄汚れた白衣を握り絞め、姫羅を睨み付けた。

 

しかし、姫羅はモニターに映った大樹を見て言葉を失っていた。

 

 

「ええい! 今すぐモスクワに行った奴を追いかけろ! ロシア武偵を使っても構わん!」

 

 

「りょ、了解です!」

 

 

男の大声で指示に後ろに控えていた研究員が走って退室した。

 

 

(鬼を取り込んだ……? そんなことが普通ありえるのかい!?)

 

 

鬼に憑りつかれることはあったことを姫羅は知っている。しかし、自分に取り込むことは姫羅でも不可能なことだった。

 

鬼を自分の力の一つとする———鬼に力を貸して貰う『召喚』だけしか姫羅は知らない。

 

 

「鬼の力を取り込んだだと? だったら鬼の人格はどうなっている!?」

 

 

白髪の男が怒鳴りながらボサボサ頭を掻く。

 

 

「いや……違う」

 

 

姫羅が否定した時、男の掻く手が止まった。

 

 

「人格が一つに纏まったはずだよ。あの狂暴な攻撃をしているにも関わらず、女の子をしっかりと守っていた」

 

 

「……狂暴な性格を持つ邪黒鬼と楢原 大樹の人格が混ざった……ハッ、納得できないが可能性はありえるな」

 

 

白衣のポケットに両手を突っ込みながらモニターを見る。

 

 

「おぞましい姿だ……」

 

 

燃え上がる雪山の上上空には黒い炎を纏った鬼が飛んでいる。もう人間と呼ぶには無理があった。

 

 

(大樹……)

 

 

下唇を噛みながら大樹を見る。姫羅は変わり果てた大樹を見るに堪えられなかった。

 

 

「この引き金を引いたのはお前の鬼だよ姫羅。後処理は私の部下にさせる。お前はしばらく戦いに備えろ」

 

 

男はそう言って部屋を出た。

 

カツカツと白いタイルの床を歩きながら男は思考する。

 

 

(ガルペス様のモノにするには今の状態は最悪だ。鬼の力など不要)

 

 

白衣のポケットから小型の端末を取り出し、操作する。

 

 

(殺して神の力を取り出す……それしかないか……)

 

 

ピッと端末の画面を押すと『完了』のウインドが出現した。

 

 

「世界を敵に回すなど愚かな男よ……カッカッカッ」

 

 

「大変ですッ!!」

 

 

男が笑っていると、先程の研究員が走って戻って来た。

 

 

「何事だ?」

 

 

「対象者がモスクワに到着しました!」

 

 

「何?」

 

 

戦闘機で飛行船を落とした場所から早く見積もっても半日は掛かるはずだ。

 

 

(なるほど……その手に入れた『力』は相当なモノだったようだな)

 

 

あの距離を短時間で行くなど普通じゃありえない。力が覚醒していることを証明した。

 

 

「今はどこにいる?」

 

 

「大病院に立て()もっています。病人と医者や看護師は全員別病棟に避難させました」

 

 

「そんなことはどうでもいい。立て籠もっている病院にロシア武偵を投入……」

 

 

そこで男は言葉を切った。

 

 

「いや待て。サイオン・ボンドも呼べ。奴ならソ連の危機だと上に焚きつけて呼べばすぐに来るはずだ」

 

 

「彼はクリーヴランド公の王子であるハワード殿下の護衛任務にもう戻られるはずでは?」

 

 

「問題ない。そんな任務より絶対に奴はこっちを優先するはずだ。一日ロンドンに帰るのが遅れたとしてもな」

 

 

男はニタリと笑いながら自信を持って告げた。

 

イギリスが誇っている世界最強の外事諜報組織、英国情報局秘密情報部のMI6。世界中から恐れられている超武闘派集団。

 

悪党がイギリスに指一本でも触れないようものなら裁判抜きで殺して構わない、マーダー・ライセンス———『殺しの許可証』を持っているエリートだ。

 

 

(00セクションのナンバー7の奴に戦わせると面白い結果が出そうだ……!)

 

 

カッカッカッとまた男は高笑いした。

 

 

 

________________________

 

 

 

【大樹視点】

 

 

 

「……あった」

 

 

引き出しを開けて目的の薬を次々とバッグに詰めている。

 

12階建ての大病院に入った瞬間、俺のことを知っているのか人々は悲鳴を上げて逃げだした。

 

既に荒れた4階のナースステーションを抜けた先にある薬剤庫で薬を盗んでいた。役に立ちそうなモノは全てバッグの中に整理して詰めている。

 

ティナはナースステーションの隣にある休憩室に寝かせている。低体温症になりかけていたが、体をゆっくりと温めてあげると呼吸は元通りになり、体温計で体温を測ると人の平均体温に戻っていた。これで後は休息を取らせればいい。

 

バッグに必要なモノを詰めた後、薄暗い薬剤庫から退室する。

 

 

「クソッ……ここにある薬だけじゃ作れねぇ……!」

 

 

苦悶の表情で病院の廊下を歩く。

 

最悪なことにティナは狙撃銃と荷物を戦闘機の襲撃時に無くしてしまった。そして、荷物の中に入れていたガストレア因子を抑える薬———浸食抑制剤も無くしてしまっている。

 

最後に打ったのは飛行船に乗っている時。時間は10時だったはずだ。しっかりと記憶してある。

 

必ず一日一回打たなければならない。タイムリミットは今日の夜の10時。現在時刻は午後3:00だ。

 

よって残り時間は7時間だ。

 

ここからまた雪山に戻ることも考えた。しかし、今戻るとしても、ティナを置いて行くわけにはいかない。ティナが目を覚ましてから話し合えばいい。

 

最悪、この赤いビー玉を壊してあの世界に帰ればいい。遠山のバタフライナイフよりティナの方が大事だ。

 

 

(しかし、それだとアリアが……)

 

 

ドクンッ……!

 

 

「ッ!?」

 

 

心臓が燃えるように熱くなり、頭がクラクラした。視界がグラグラと揺れ、思わず壁に寄りかかってしまう。

 

 

「はぁ……はぁ……!」

 

 

呼吸が上手くできず、そのままズルズルと壁に寄り掛かったまま座り込んでしまう。

 

向かいの壁に備え付けられた鏡———自分が映った鏡を見る。

 

顔色は悪く、頭には角がついたままの自分がいた。

 

 

「ハッ……ざまぁねぇな俺……」

 

 

力を制御できず、力に押し潰された結果がこのざま。自嘲するが笑えない。笑う気力もない。

 

バッグの中に手を伸ばし、輸血パックを手に取る。

 

 

(これを飲んでしまえば……人間に戻れないような気がするな……)

 

 

吸血鬼の力を増幅させて回復すればまた歩けるようになる。しかし、こんな人間がやらないことをやるなんて……やっぱり狂っているよな。

 

……いや、戻れないとかそういう問題じゃない。

 

 

「そうか……俺は———」

 

 

輸血パックを乱暴に引き裂き、自分の口の中に入れた。

 

 

 

 

 

———化け物だった。

 

 

 

 

 

 

________________________

 

 

 

誰のかも分からない血で汚れた制服を脱ぎ捨て、クリーニングされた白衣とカッターシャツ。それからズボンを更衣室から盗み、着替えた。

 

バッグを持って雪崩の時に壊れた携帯電話をテーブルに投げ捨て、使えそうなモノは全て白衣の裏側に備え付けた。

 

休憩室に戻る前に、俺は四階のメインホールに(おもむ)く。

 

メインホールは広く、両サイドにある大きな窓が目立つ。テーブルと長椅子が置いてあり、正面は受付カウンターとなっている。

 

 

「誰だお前」

 

 

背後から忍び寄る男に、俺は振り向かずに言う。

 

 

「ほう。気配に気付いたのか」

 

 

「完全に殺したつもりか? その程度、俺は何十と見て来たし、それ以上も見て来た」

 

 

ゆっくりと顔だけ振り返ると、そこには五厘刈りにしたグレーの髪の男がいた。

 

青と緑の中間の色をした目。純血のイギリス人といった風情の男だった。

 

ダークグレーのスーツを着用し、俺を睨んでいる。

 

 

「私のことは知っているか?」

 

 

「……知る必要もない。失せろ」

 

 

「それはできない話だ」

 

 

その瞬間、大樹の目の前にはサイオンの左手の拳が既に迫っていた。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「かはッ……!!」

 

 

 

 

 

そして、()()()()()()()()一気に空気が吐き出された。

 

 

 

 

 

「遅ぇんだよ……」

 

 

瞬間移動のような動きが見えた大樹。右手の拳がサイオンの腹部にめり込んでいる。

 

体のバランスを一切崩さず動く技。動かずに動く体術は簡単に見えてしまっていた。

 

こんな技、九重(ここのえ)師匠の忍術の動きのほうがよっぽど凄い。

 

 

「……チッ」

 

 

バキンッ!!

 

 

俺は左手で白刃取りして受け止めたナイフを折った。

 

 

「ただの武偵じゃないか」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

重い蹴りをサイオンの腹部に叩きこんだが、サイオンは表情一つも変えず、威力を受け流しながら俺と距離を取った。

 

 

「名乗っていなかったな。サイオン・ボンドだ」

 

 

「俺のことは知っているだろ。名乗らねぇよ」

 

 

「ニホンザルは礼儀がないのか?」

 

 

サイオンが再び構え、構えた状態のまま、こちらに向かって攻撃を仕掛ける。

 

 

ゴスッ!!

 

 

サイオンの回し蹴りが俺の横腹に直撃する。その威力は骨どころか内臓まで破壊してしまうぐらいの強烈な一撃を秘めていた。

 

 

「お前はその猿にボコボコにされるんだよ、クソッタレが」

 

 

しかし、普通じゃない俺には効かなかった。

 

回し蹴りを右手だけで受け止め、左手を握り絞める。

 

 

「死んでも、俺は知らねぇからな」

 

 

ドゴゴゴゴゴゴッ!!!

 

 

左手だけでサイオンの身体、顔、手足に拳を超スピードで叩きこみ続ける。

 

秒間50発を越えた連撃にサイオンの体はすぐにボロボロになった。

 

たった三秒。三秒だけサイオンは膝から崩れ落ち、その場に倒れた。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「ッ……マジで耐えやがったな」

 

 

そして、俺の鼻から血が流れた。

 

 

「右手を使ったのは遠山 金叉(こんざ)だけだった。しかし、この右手を使うのはお前で二回目だ」

 

 

「そうか。なら相当(なま)っているなその右手は」

 

 

サイオンが倒れたように見えただけ。その証拠に俺の目の前にはダークグレーのスーツがボロボロになっていながらもしっかりと立って構えている。

 

俺が鼻血を出しているのはカウンターを食らったからだ。チッ、油断していた。

 

 

「訛っている? その冗談は笑えないな」

 

 

「笑えるかどうか試してみろよ」

 

 

「後悔するなよ」

 

 

ダンッ!!

 

 

サイオンは一瞬で俺の背後に回り込み、右手の拳を俺の後頭部を狙う。

 

 

「だから甘いって言ってんだよ」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

顔だけ振り返り、額でサイオンの拳を受け取める。

 

 

「ッ!?」

 

 

サイオンの表情がここでやっと変わった。

 

 

ダンッ!!

 

 

サイオンは衝撃を利用し、俺からまた距離を取る。驚愕したまま俺を見るサイオンの顔は滑稽(こっけい)だった。

 

 

「肩が脱臼(だっきゅう)しただろ? ニホンザルの頭は硬いんだよ」

 

 

「……………」

 

 

サイオンは黙ったままこちらを睨むだけだった。俺は無視して話しながらサイオンに向かって歩く。

 

 

「もう俺に誰も勝つことはできねぇんだよ」

 

 

ダラダラと額から流れる血を全く気にせず、

 

 

「もうお前に勝機はない」

 

 

ただ、ただ、サイオンに向かって歩く。

 

 

「ここで終わるしか、ねぇんだよ」

 

 

ダンッ!!

 

 

サイオンとの距離を一瞬で詰めて、右脚に力を入れた。

 

 

「失せろ」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

右回し蹴りがサイオンの横腹に直撃。サイオンの体は長椅子やテーブルを壊しながら勢い良く吹っ飛ばされる。

 

背中から壁に激突し、サイオンは口から血を吐き出す。そのまま床に倒れ、気を失った。

 

 

「突入ッ!!」

 

 

ドンッ!!

 

 

その時、ホールのドアが一斉に蹴り飛ばされ、大勢の武装した男たちが入って来た。

 

全員銃口を俺に向けて、構えている。

 

 

「なッ!? サイオン・ボンドがやられている!?」

 

 

ロシア語でサイオンの倒れた姿を見て驚いている。どうやらロシアの警察か武偵のようだ。

 

 

Bорчливый(やかましいんだよ)

 

 

白衣からメスを取り出し、握り絞めた。

 

 

 

________________________

 

 

 

現在時刻 午後4:30

 

 

「……派手にやったわね」

 

 

煙草を口に咥えながら大病院の四階のホールを歩く一人の女性。軍人服を着て、上から毛皮のローブを羽織っており、綺麗な金髪の長い髪をなびかせていた。

 

ホール内は荒れており、武偵たちが倒れていた。銃には医療手術で使うメスが刺さっており、射撃できなくなるほど破壊されていた。

 

 

「トッキー。友達は良く考えて選んだ方が良いわよ」

 

 

「……………」

 

 

女性が後ろに声をかける。声をかけられた青年は真剣な表情で女性を見た。

 

 

「全く……あまり親を心配させるんじゃないわよ」

 

 

「……母上。彼は決して悪い人ではありません。それに彼を信頼している彼女たちに失礼です」

 

 

女性の言葉を注意した男。それは安川 刻諒(ときまさ)だった。

 

 

「それにトッキーはやめてください」

 

 

「いいじゃない。細かい事を気にする男は母さん嫌いよ」

 

 

刻諒の母は刻諒の頭を乱暴に撫でながら、後ろで待っていた3人の女性に視線を向ける。

 

理子、夾竹桃、カツェの三人だ。理子と夾竹桃は制服の上から灰色のコートを着ている。

 

 

「これは凄いメンツね。元イ・ウーのメンバーが三人……それに隠れても無駄よ」

 

 

ヒルダの存在にも気付いていたことに刻諒を除いた一同が驚愕する。

 

ゆっくりと刻諒の影からヒルダが姿を現す。高級そうな茶色いコートを着ている。

 

 

「……私の能力を見破っているわね」

 

 

「今までどれだけの超偵(ちょうてい)()り合って来たと思っている? あなたみたいな()は特に厄介だったけどもう敵じゃないわ」

 

 

咥えていた煙草を上下に揺らしながら余裕の表情を見せる。

 

ヒルダのおかげで無傷の状態で雪山に降り立つことはできた。しかし、大樹とティナ。二人とははぐれてしまい、捜索するも、全く見つけれなかった。

 

その時、ロシア陸軍のヘリが飛んで来た。中にいた兵が助けに来たと言った時には肝を冷やした。何かされるのではないかと。

 

しかし、どうやら何かされるようだ。

 

 

「……お前、何者だ」

 

 

声音を低くして警戒する理子。夾竹桃もカツェも警戒している。

 

 

「ロシア連邦軍の最高司令官の安川 (れい)だ」

 

 

「「「「ッ!?」」」」

 

 

麗の言葉に四人は言葉を失った。

 

約100万人で構成されたロシア軍の最も偉い人だと言うことに驚くことしかできなかった。

 

 

「単刀直入に告げる。先程上から連絡が入った。それに従い、今から息子を除いたお前たちと保護した少女の身柄は———」

 

 

麗の口から煙草が地面に落ちる。そして、それを踏み潰した。

 

 

「———ロシアの法で裁かれることになる」

 

 

カチャッ

 

 

一瞬の出来事だった。

 

麗は一瞬で理子たちの背後に回り込み、銃を向けたのだ。

 

 

「抵抗するなら少し、痛い目を見て貰う」

 

 

ガキンッ!!

 

 

しかし、麗は引き金を引くことはできなかった。

 

麗の持っていた拳銃は宙を舞い、一人の男が立っていた。

 

 

「母上。どういうおつもりですか」

 

 

刻諒だった。

 

レイピアを一瞬で抜刀。拳銃だけを弾き飛ばした。

 

その速さは閃光———【(フラト)】の名に相応しい光だった。

 

 

「こっちのセリフよバカ息子。この娘たちはたった今、アメリカから国際指名手配犯として正式発表があったわ」

 

 

「ッ!」

 

 

「あなたの名前は不思議なことになかったわ。運が良かったわね」

 

 

「……………」

 

 

刻諒は確信することができた。やはりアメリカに黒幕がいるということを。

 

しかし、この場で母を納得させる手段や証拠はない。

 

 

(……大樹君。君が行ったことは3つの間違いがある)

 

 

一つ。私たちを置いて行ったこと。これ以上、私たちを危険に晒さないために置いて行ったことだ。

 

二つ。ティナ・スプラウトを私たちに任せたこと。寝ているティナの横に手紙が置いて、私たちに任せるように伝言を残したこと。

 

そして、三つ目は……!

 

 

「世界を変えようと思う気持ちは、君だけじゃないということを知っていないことだッ!!」

 

 

ダンッ!!

 

 

足を踏み込んだ瞬間、刻諒の速さは人間の常識を超えた。

 

麗の目の前まで一瞬。そして、何十の突きの連撃を麗に刺した。

 

 

「その程度じゃ永遠に勝てないわ」

 

 

しかし、全ての突きが回避された。

 

最小限の動き。横にユラユラと揺れるだけで刻諒の攻撃を全て避けた。

 

 

「なッ!?」

 

 

「国を背負ったこの重み、あなたには耐えきれるかしら?」

 

 

ドゴンッ!!!

 

 

麗の拳が刻諒の腹部にめり込んだ。爆弾が爆発したかのような大きな音がホールに響き渡る。

 

刻諒の体は床を転がりながら壁に吹っ飛ばされる。

 

背中から壁に当たり、一気に口から空気が抜けた。

 

 

「刻諒。ソイツは軍の人間をボコボコにした。イギリスが誇る最強の00セクションのナンバー7を殴り、喧嘩を売った」

 

 

麗はカツカツとヒールを鳴らしながら近づく。

 

 

「どうしてそこまでこだわる?」

 

 

「……父上を見捨てた母上には分からないでしょうね」

 

 

倒れた刻諒の言葉に麗は目を細める。

 

 

「父上は最後まで無罪を主張した。それにも関わらず、母上は父上を逮捕した……!」

 

 

「……犯罪者を特別扱いするわけにはいかない」

 

 

「違う……」

 

 

「何?」

 

 

「まず前提が違う! 父上は犯罪者ではない! あのお優しい目を見れば分かることでしょう!?」

 

 

刻諒は叫びながら立ち上がる。

 

 

「父上を愛していた母上が一番分かっているはずです!」

 

 

「……分からないな」

 

 

「ッ!」

 

 

ダンッ!!

 

 

刻諒は勢い良く踏み込み、再び麗に迫る。

 

何十もの連撃をもう一度繰り出すが、麗は簡単に避けてしまう。

 

 

「国と旦那。どちらを取るか、もう決まっている」

 

 

「そうです母上」

 

 

ピシッ……!

 

 

その時、毛皮のローブが毛が飛び散った。

 

 

「父上を取るのが当たり前です」

 

 

「ッ……!」

 

 

ドゴッ!!

 

 

麗の蹴りが刻諒の腹部に直撃し、そのまま後方へと飛ばされる。

 

刻諒は空中で回転しながら体制を立て直し、床に着地する。

 

 

「この大バカ息子! 雪山で彷徨っていたお前たちを助けた恩をこのように返すなど……!」

 

 

「そ、それには感謝します……! しかし、私はここにいつまでもいるわけにはいかない……!」

 

 

刻諒はレイピアを構えながら告げる。

 

 

「私は母上のように後悔はしたくありません」

 

 

「……その覚悟は本物か」

 

 

麗は羽織っていた毛皮のローブを脱ぎ捨て、拳を握り絞めて構えた。

 

 

「息子がバカなのは、親の責任だ」

 

 

「親のバカを止めれなかったのは子どもの責任です」

 

 

「後悔するなよ……!」

 

 

ダンッ!!

 

 

麗が力強く踏み込んだ瞬間、床にヒビが入り、刻諒との距離を一気に詰めた。

 

 

(母上の戦闘スタイルは格闘だけ……!)

 

 

拳銃や武器はただの装飾品。持っているのが邪魔だと本人が言う程だ。

 

しかし、その格闘スタイルは神業の領域に達している。

 

 

ドゴオオオオオォォォン!!

 

 

刻諒が麗の拳を避けた瞬間、強い突風が吹き荒れた。

 

突風は刻諒の体を簡単に吹き飛ばし、天井に叩きつけた。

 

 

(風を巻き起こす拳……!)

 

 

回避不能攻撃(Unavoidable Attack)———風を巻き起こすほどの威力を秘めた強烈な一撃。

 

例え拳を避けたとしても、風の攻撃をくらう二重の構え。

 

 

(これが……ロシア最強の女性……!)

 

 

自分の母親だ。

 

 

「フッ!!」

 

 

ドゴッ!!

 

 

麗は天井に向かって蹴りを繰り出す。

 

蹴りと共に風が巻き起こり、天井が刻諒の体ごと破壊された。

 

 

「ごはッ!?」

 

 

「これでトドメよ」

 

 

麗が追撃の一撃———最後の一撃を仕掛けようとする。だが、

 

 

「ッ!?」

 

 

自分の足が動かないことに驚愕した。

 

 

(ワイヤー!? いつの間に!?)

 

 

自分の両足にはワイヤーがグルグルと巻きつけられ、動きを封じられていた。そして、

 

 

「かかったわ」

 

 

夾竹桃の言葉が合図となった。

 

 

バチバチッ!!

 

 

ヒルダは麗に向かって放電する。青白い光が麗を包み込む。

 

 

「舐めるな!!」

 

 

バチンッ!!

 

 

麗が腕を思いっ切り横に振るうと、電撃は弾け飛んで消えた。

 

ありえない光景にヒルダは驚愕———!

 

 

「これでいいかしら?」

 

 

「ッ!?」

 

 

驚愕しなかった。ヒルダは罠にかかったネズミを見るような目で麗を見ていた。

 

 

「手加減は不要ね」

 

 

その時、ワイヤーの先に理子が取り付けておいた小型爆弾が麗の上から降って来た。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

爆弾は爆発し、真っ赤な炎が麗を包み込む。

 

腕で顔を爆風から守る為に覆っていると、

 

 

ドゴッ!! ドゴッ!! ドゴッ!!

 

 

「「「ッ!?」」」

 

 

ヒルダ、理子、夾竹桃の順に腹部を殴られた様な衝撃が襲い掛かって来た。

 

三人はその衝撃で後ろに飛ばされて転がってしまう。

 

 

「一度に戦える人数は何人だ?」

 

 

炎の中から麗が歩いて来る。

 

 

「二人? 三人? 五人? 私は一度に———」

 

 

麗は告げる。

 

 

 

 

 

「———国の敵を一人で倒したことがある」

 

 

 

 

 

「あッ……!」

 

 

その時、その戦闘を見ていたカツェは思い出した。

 

過去———5年前にドイツがソ連に喧嘩を売った時に起きた最悪を。

 

ドイツ軍だけでなく、魔女連隊(レギメント・ヘクセ)の八代目、最強チームをたった一人で潰した悪魔。

 

ロシアが誇るの戦闘の女神と呼ばれた。名は———!

 

 

 

 

 

「【闘争の女神(ヴェイナム・ヴィーナス)】……!?」

 

 

 

 

 

彼女の二つ名を口にした。

 

麗はカツェの方に視線を移す。

 

 

「それは好きじゃないわ。それにドイツのことはもうどうでもいい」

 

 

「ッ!」

 

 

麗の興味なさげな態度に、カツェは下唇を噛んだ。

 

 

(……あたしの前の代を仇……)

 

 

それが、目の前にいる。

 

 

(魔女連隊(レギメント・ヘクセ)……九代目として……)

 

 

バシャンッ!!

 

 

タイルの床から水が吹き出し、巨大な人の形に変わる。

 

魔女帽子を深く被り直し、歩き出す。

 

 

「この戦争は、あたしが勝つ……!」

 

 

「何度やっても同じこと。私には———」

 

 

ガキュンッ!!

 

 

その時、麗の背後から一発の銃弾が飛んで来た。

 

 

「———ッ!?」

 

 

死角———背後からの攻撃に麗はすぐに反応し、横に跳んでかわした。

 

 

ドゴッ!!

 

 

「かはッ!?」

 

 

そして、腹部に衝撃が走った。

 

横に跳んだ瞬間、何者かに襲撃された。

 

麗は床を転がり、壁に激突する。

 

 

(今のはッ……!?)

 

 

反応できなかった速度に麗は驚愕した。

 

ゆっくりと立ち上がり、襲撃者を見る。

 

 

「知っていることを話してください。特に大樹さんがどこに行ったのか」

 

 

武偵制服の上から大樹の着ていた黒いコート。

 

プラチナブロンドの髪の少女———ティナ・スプラウトが立っていた。

 

 

「……ありえない力ね。あなた本当に人間かしら?」

 

 

「人間です」

 

 

カチャッ

 

 

ティナは拳銃を取り出し、銃口を麗に向けた。

 

 

「大樹さんが、言い続ける限り」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

拳銃の引き金と共に、戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 



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Scarlet Bullet 【覚悟】

ドゴッ!!

 

 

ティナと(れい)の拳が交差する。ティナの表情が苦痛に歪み、麗も少しキツそうな顔になっていた。

 

拳の威力としては麗の方が格上。元々格闘戦に向いているガストレア因子ではないので、この戦いはティナにとって厳しい状況となっている。

 

 

「これで終わりね」

 

 

ゴッ!!

 

 

「ッ……!」

 

 

ティナの両腕が上に弾き飛ばされ、腹部がガラ空きになってしまった。

 

麗はその一瞬を見逃さない。すぐに蹴りを叩きこもうとする。

 

 

ゴォッ……!

 

 

しかし、ティナに蹴りを入れた瞬間、消えた。

 

 

「何ッ!?」

 

 

まるで幻覚を見ていたかのような。ティナが(きり)のように消え———!

 

 

「どこ見てんだよ」

 

 

ニヤリと笑うカツェに麗は歯を食い縛る。

 

 

(ドイツの魔女かッ……!)

 

 

厄水(やくすい)魔女(まじょ)】のカツェの仕業だった。ティナの姿を隠したのはカツェだ。

 

 

「そんな水で私を欺くことができると———!」

 

 

「ほーッほほほほッ! 愚かな女よ」

 

 

ヒルダが高笑いが聞こえた。振り返ると、ヒルダの手には青白い電撃を纏わせていた。

 

 

「攻撃の手段だと分からないのかしら?」

 

 

「ッ!?」

 

 

麗が作戦に気付いた時には遅かった。

 

霧のせいで床は水浸しになっている。もし、床に高圧電流が流されれば麗は無事ではすまない。

 

 

バチバチッ!!

 

 

電気が水を伝い、麗の体に電撃が走る。

 

 

「フッ!!」

 

 

しかし、麗は両腕を振り払うだけで一帯の水を風で吹き飛ばし、電撃ごと振り払った。

 

規格外過ぎる力に圧倒される。だが、ティナはそれに動じない。

 

 

ヒュンッ!!

 

 

銃に刺さったメスを何本も手に取り、麗に向かって投げる。

 

 

「小賢しい! いい加減諦めなさい!」

 

 

麗は怒鳴りながらティナの攻撃を避ける。メスは掠りもしない。

 

ティナはそれでもメスを拾いながら走り続け、投擲を繰り返す。

 

 

ピシッ!!

 

 

「ッ!?」

 

 

その時、投擲されたメスの軌道が曲がり、麗の頬を掠めた。ツーっと切り傷から血が流れ、麗は目を見開いて驚愕する。

 

 

(ありえない……どんなトリックを……!?)

 

 

メスの動きは普通じゃなかった。曲がるわけのない方向に曲がり、避けることができなかった。

 

麗は集中してメスを見る。

 

 

「……ワイヤーね」

 

 

「ッ……極細を使っているのに、気付くのが早過ぎないかしら?」

 

 

メスにワイヤーが付いていることに気付いた。ティナがメスを拾う前に夾竹桃が仕掛けておいたのだ。

 

しかし、気付かれるのが早い。そのことに夾竹桃は表情は見せないが、内心では焦ってしまう。

 

 

「でも、一足遅かったわね」

 

 

ピシッ!!

 

 

麗の足元に何本もの火花が床を走った。火花は麗の足元を中心に大きなひし形を描いた。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

そして、理子の仕掛けた火薬が爆発。足場が崩壊し、麗は体制を崩した。

 

 

「今だッ!!」

 

 

ドゴンッ!! ドゴンッ!! 

ガガガガガッ!! ガガガガガッ!!

ダンッ!! 

バチバチッ!!

 

 

理子の合図で全員が構えて集中攻撃をした。

 

理子は二丁のワルサーP99、夾竹桃とティナは拾ったAK—47で射撃。カツェはルガーP08と水の巨人で攻撃を仕掛け、ヒルダは電撃の塊を麗に向かって飛ばした。

 

 

「無駄なことをッ……ハァッ!!」

 

 

ゴオオオオオォォォ!!!

 

 

体制を崩した麗だが、両手の拳同士をぶつけると、拳から突風が吹き荒れ、銃弾やゴーレムの水の腕、電撃までも弾き飛ばした。

 

そして、麗は理子の空けたひし形の穴へと床の瓦礫と共に落ちる。

 

 

(思った以上にやるわね……少し甘く見過ぎたかしら?)

 

 

麗は三階のフロアへと落ちながら戦う女の子たちを見て、甘く見ていたことを後悔する。

 

怪我をしたロシア武偵に被害が出ないように戦うあたり、根はいい子たちだということは分かる。しかし、

 

 

(上からの命令を破るわけにはいかないわ)

 

 

麗は身を翻し、床に片膝を着いて着地する。そして四階のフロアに戻る為に、足に力を入れて飛躍する。

 

 

ドンッ!!

 

 

「くぅッ!?」

 

 

その時、麗の体は上に行くこと無く、下へと落とされてしまった。

 

身体に体当たりされたような感覚。襲撃者と一緒に落ちる前に、襲撃者を投げ飛ばして距離を取り、三階の床に着地した。

 

 

「……まだ諦めていなかったのね」

 

 

「母上……あなたの相手は、この私だッ!!」

 

 

頭から血を流し、ボロボロになった刻諒(ときまさ)がそこに立っていた。

 

息を荒げ、麗を睨む。仲間を思うその姿は勇ましい。麗もそう思えた。

 

だが、

 

 

「海外留学は無駄、犯罪者に手を貸す、母親を攻撃する。刻諒、愚かすぎるわ」

 

 

「……愚かですか」

 

 

母親に向けたレイピアを下げて、地面に向ける。

 

 

「ハッキリと言います。私が愚か者なら、彼……楢原 大樹君を敵と見なすこの世界の人間は大馬鹿者ですよ」

 

 

「……いい加減に———!」

 

 

「いい加減にするのはあなた方だッ!!」

 

 

刻諒の大声は麗を動揺させた。

 

 

「これ以上、理不尽に人を巻き込むのはやめてくださいッ!!」

 

 

「ッ……何度も言わせるな! お前が庇っているのは国際指名手配犯の奴だ!」

 

 

「家族のことを信じてくださいッ!!」

 

 

「ッ!?」

 

 

ドンッと自分の胸を叩きながら刻諒は叫ぶ。

 

 

「こんな駄目な息子に失望させて私は申し訳なく思っています。ですが、信じてください! 家族のことを! 息子を! そして何より父上のことを!」

 

 

刻諒の叫ぶ言葉は麗の表情を歪めさせるモノだった。

 

 

「……それに、オランダの海外留学は無駄ではありません」

 

 

地面に向けたレイピアを後ろに向け、姿勢を低くする。レイピアを持たない反対の左手は前に突き出す。

 

 

「【アブソリュート・シュトラール】」

 

 

刻諒の必殺———それは『速さ』だ。

 

物体は速ければ速いほど、威力を増大させる。それを利用したレイピアによる突きの攻撃は二つ名を貰う程の強さだと証明されている。

 

しかし、速さだけでは相手を倒せない。

 

相手が硬ければ貫けず。相手にかわされれば意味はなさず。相手が強ければこの技は通用しない。

 

だが、刻諒はその壁を越えて見せた。

 

 

ダンッ!!

 

 

足を踏み込んだ瞬間、亜音速の領域を飛び越え、音速の領域に足を踏み入れた。

 

身体が悲鳴を上げる暇も無く、レイピアを突き出した。

 

 

(それくらい読めるッ!!)

 

 

どんなに速い攻撃だとしても、攻撃の軌道が読まれれば終わりに等しい。麗は一歩下がり、体を傾けようとする。

 

 

ガシッ!!

 

 

「なッ!?」

 

 

だが刻諒が突き出した左手で麗の右手を掴むことで逃れることを防がれてしまった。

 

掴む力は尋常じゃない。振り切れることもできなかった。

 

 

ゴオォッ!!

 

 

そして、レイピアの剣先が麗の頬を掠めた。

 

ピリッとした痛みに麗は驚愕し、刻諒の目を見た。

 

 

「私は、武偵です。あなたの息子です。母上を傷つける理由はどこにもありません」

 

 

その目は見たことがあった。

 

自分が愛していた父、志を強く持った男に似ていた。

 

 

「お願いです。息子の我儘(わがまま)を聞いてください」

 

 

刻諒は告げる。

 

 

 

 

 

「理不尽な世界を変えさせてください」

 

 

 

 

 

麗はしばらく黙っていたが、口元に笑みを浮かべた。

 

 

「仕方のないバカ息子ね……」

 

 

________________________

 

 

 

現在時刻 5:00

 

 

ロシア軍が所持するハンヴィーと呼ばれる車に乗った刻諒たち。目的地に移動するまで時間があるので、麗は情報を教えることにした。

 

 

「トッキーの追っている男はポーランド上空を越えてドイツに向かっているわ」

 

 

「母上。本当にその名前で呼ぶのはやめてください」

 

 

「いいじゃない」

 

 

火を点けていない煙草を上下に揺らしながら笑う麗。刻諒は少し頬を赤く染めて恥ずかしがっていた。

 

麗の言葉を聞いたティナは理由を尋ねる。

 

 

「どうしてドイツに……?」

 

 

「その前に紹介する人物がいる。サイオン・ボンドだ」

 

 

「……レイ。何故私はこんな所にいるのだ」

 

 

「あら? 元先生に向かって失礼じゃないかしら?」

 

 

「……………」

 

 

五厘刈りにしたグレーの髪の男、サイオン・ボンドはただ麗を睨み続けた。

 

 

「そんなに怖い顔をしないで、まずあなたから聞いた情報が欲しいわ」

 

 

「……何だ?」

 

 

「あなた、楢原 大樹に負けたでしょ?」

 

 

大体察していることだったが、こうもストレートに告げた麗に一同は肝を冷やした。

 

目の前にいるのは世界最強の外事諜報組織、英国情報局秘密情報部のMI6。機嫌を損ねるだけで殺される可能性があるというのに、彼女は挑発した。

 

 

「ああ、確かに負けた」

 

 

「……随分素直に認めるのね」

 

 

「圧倒的だった。あれは人じゃない。化け物だ」

 

 

「ッ……!」

 

 

化け物という単語にティナが怒鳴りそうになるが、隣に座っていた理子が肩を掴んで止める。

 

二人のやり取りを横目で見ていた刻諒がフォローに入る。

 

 

「……確かに彼は普通じゃない。発砲した銃弾を足場にしたり、橋を斬り壊したり、空を飛んだりする」

 

 

「「……………ッ!?」」

 

 

麗は口から煙草が落ち、サイオンは口をぽかんと開けてしまった。

 

 

「だが、彼は人間です。間違いない」

 

 

「待ちなさい。それは人間じゃな———」

 

 

「息子が嘘を吐くというのですか?」

 

 

「———人間に決まっているじゃない」

 

 

親バカなところがある麗。サイオンは呆れていた。

 

 

「……話がずれたわね。サイオン。彼がドイツに……いえ、これからイギリスに向かう理由を大体察しているのじゃないかしら?」

 

 

「……………」

 

 

サイオンは黙っていたが、麗の無言のプレッシャーに溜め息をついた。そして、諦めたサイオンは告げる。

 

 

「『神崎 かなえ』が投獄された国だからだろう」

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

その言葉に麗を除いた者たちが驚愕した。

 

 

「どういうことだ!? 何でまたアリアの———!」

 

 

「落ち着きなさい理子。こんな狭い場所で大声を出さないで」

 

 

理子の大声を夾竹桃が強く被せた。理子は下唇を噛み、黙った。

 

 

「神崎 かなえってアリアの母さんだろ? 冤罪だと証明されたはずじゃねぇのか?」

 

 

カツェの言葉は正しかった。シャーロックと大樹の戦闘後、すぐに無実がシャーロックのおかげで証明され、釈放された。

 

その後、イギリスに帰り、全てが平和に終わったと思われていた。

 

 

「イギリスは既に彼女を極秘重要犯罪人物にしていた。帰国後、すぐに彼女の身柄は拘束され、またありもしない罪を着せて投獄してある」

 

 

「……解せないわね」

 

 

足を組み直しながらヒルダは呟いた。

 

 

「私も彼女に罪を着せていたけれどアレは元々私たちが着せたくて着せたわけじゃないわ。どうしてまた着せるようなことをしたのかしら?」

 

 

理子と夾竹桃。そして、カツェも同じことを思い出した。

 

理子は意図的にやった。しかし、それはアリアとの因縁に決着をつけるためだった。だが二人にはそんな因縁も無ければ着せる必要も無い。

 

 

「……ッ! そうかそういうことかッ!!」

 

 

その時、理子は気付き、歯を食い縛った。

 

 

 

 

 

「警察……政府が黒だったていうことか……!」

 

 

 

 

 

理子の言葉にサイオンと麗を除いた全員が言葉を失った。

 

サイオンと麗はもう知っていたような……いや、もう分かっていたのだろう。

 

 

「彼女は私たちが喉から手が出る程知りたい情報を持っている。それが欲しいあまりに日本は『神崎 かなえ』を投獄してイギリスより早く情報を手に入れようとした」

 

 

「しかし結果は釈放されてしまい、イギリスに奪われてしまった」

 

 

サイオンに続き、麗が説明を付け加えた。

 

 

「その情報が彼も欲しいのではないか?」

 

 

「でもどこからその情報を手に入れたのかしら? サイオンが話したわけではないでしょ?」

 

 

「無論だ。イギリスを売るくらいなら自害する」

 

 

「本当にあなたはイギリスにラブよね。結婚すればいいじゃないかしら?」

 

 

「私とイギリスでは釣り合わない。イギリスに失礼だ」

 

 

(冗談で言ったのだけれど……)

 

 

「……ハッキングではないでしょうか」

 

 

ティナの呟いた声にサイオンは否定する。

 

 

「不可能だ。イギリスの重要機密部にハッキングできた者は誰一人いない。天才を越えた鬼才ですらな」

 

 

「ではサイオンさん。確かめてくれませんか?」

 

 

「確かめるだと?」

 

 

「イギリスに連絡して、ハッキングされた形跡があるかどうかを確かめてください」

 

 

「……いいだろう」

 

 

サイオンは携帯電話をポケットから取り出し、電話で通話し始める。

 

数分後、サイオンは携帯電話の通話を切り、

 

 

「……最深部に入られた痕跡が見つかった」

 

 

「……彼、本当にありえないわね」

 

 

「全くだ。300人掛かりで警備していたにも関わらず、入られている始末。組織も大慌てだ。見つけるのも足跡だけとなると……いや、やめておこう」

 

 

サイオンの声音は低く、少し残念そうだった。麗も額に手を当てて疲れていた。

 

 

「ドイツに高速移動旅客機を呼んでやる。急いでドイツに向かうぞ」

 

 

「そうね。急ぎましょ」

 

 

車のスピードはさらに上がり、目的地———ロシア軍の基地へと急いだ。

 

 

________________________

 

 

 

ロシア軍の武器庫で銃や弾薬の補充をしていた。何百を超える銃が壁に備え付けられ、山のように積まれた弾薬箱がある部屋は火薬の臭いが強かった。

 

ティナは一人で自分が使うスナイパーライフルを選んでいた。

 

しかし、集中できていなかった。

 

 

『すまないティナ。全てが終わったら必ず迎えに行く』

 

 

『どうして……ですか……』

 

 

『俺はもう、人を傷つける化け物だ』

 

 

「ッ……」

 

 

頭の中で繰り返される言葉にティナは目を伏せる。病院で言われた言葉が心を揺さぶり、苦しめられていた。

 

 

(大樹さん……あなたは化け物なんかじゃありません)

 

 

証明したい。でも自分は結局足手まといだった。

 

強過ぎる。大樹さんが。

 

敵も同じくらい強い過ぎる。

 

今まで戦って来た者達とは比べモノにはならないくらいに。

 

強くならならなければならない。強くならなければ彼を救えない。

 

ガストレア因子を宿した私たちを助けてくれたこの恩は———!

 

 

「ッ!?」

 

 

その時、ティナは大事なことを思い出してしまった。

 

すぐに外に出て、ある人物を探す。

 

 

「麗さん!」

 

 

「ん? ティナちゃんだったわね?」

 

 

煙草を咥えながら銃の整備をする麗。ティナは駆け寄り、すぐに尋ねる。

 

 

「回収した私たちの荷物はまだありますか!?」

 

 

「荷物に大事なモノでも? それならさっき61番倉庫に運ばれたわ。中は出しているからすぐに分かるはずよ」

 

 

麗が指を差す方向には『61』と大きく書かれた建物があった。ティナは急いでその倉庫へと走る。

 

扉を開き、壁についていた電気のスイッチをオンにして中を明るくする。

 

目的の物はすぐに分かった。中に入った瞬間、目の前に自分の汚れたライフルケースが置いてあった。

 

中を開けると、そこには自分が使っていたライフル、銃弾、小道具。そして、

 

 

「浸食抑制剤……!」

 

 

小さな銀色のケースに入った浸食抑制剤を発見した。中を開けて、無事かどうかを確認すると、しっかりと注射器と液体が入っていた。

 

これで一安心……と言いたいが、そうはいかない。スナイパーライフルはヒビが入って壊れており、使いモノにはならなくなっている。正直ショックだ。

 

 

「大事なモノは見つかった?」

 

 

背後から麗の声が聞こえた。ティナの様子を見に来たようだ。

 

 

「はい……一応」

 

 

「それは良かったわ。上に感謝しておきなさい。あと回収した兵士にね」

 

 

それにしてもっと麗は付け足す。

 

 

「変な指令だったけど……やって良かったわ」

 

 

「変な指令、ですか?」

 

 

「そ。上から伝達通知が届いたのよ。重要な物が入っているから荷物をいち早く回収しておけってね。何でこんな面倒なことをするのか疑問に思っていたのだけれど———」

 

 

「待ってください」

 

 

麗の説明をティナが途中で止めた。

 

 

「その伝達通知……本当に上から来たモノですか?」

 

 

「……どういうことかしら?」

 

 

「私の予想が合っていればその伝達は偽物だと思います」

 

 

「……まさかこれも彼の仕業ということかしら?」

 

 

「これは私にとって大事なモノです。命に関わることなので」

 

 

「……イギリスのシステムに簡単に侵入できるなら考えられるわね」

 

 

麗はふぅっと息を吐き、難しい表情をした。

 

 

「分からないわね。ここまでしているのに、どうして彼はあなたたちに姿を見せないのかしら?」

 

 

「……見せられないのですよ」

 

 

ティナは壊れたライフルに触り、目を瞑った。

 

 

「また一人で抱え込んで……苦しんでいます」

 

 

________________________

 

 

 

【大樹視点】

 

 

「はぁ……はぁ……!」

 

 

息を荒げながらコンクリート製の壁に寄り掛かる。

 

誰もいない廃墟ビル。この建物に入るには複雑な道を通らなければ不可能。警察の目を欺くには最高の場所だった。しかし、外はパトカーのサイオンがガンガン聞こえて騒がしい。

 

 

「ホント、容赦無く撃ってくれるなアイツら……」

 

 

こっちは鬼の力に押し潰されそうになっているっていうのに……ドイツの警察は酷い人たちだ。

 

空を飛べばすぐに目的地に着くのだが、力を使うと体力の消耗が激しく、鬼に食われそうになってしまう。なので今は休息を取り、回復している。

 

汗が染み込んだ白衣を脱ぎ捨て、カッターシャツのボタンを開けて涼しくする。

 

バッグから病院から盗んだノートパソコンを乱暴に取り出し、電源を入れる。

 

 

(さすがロシア軍。すぐに回収してくれたか)

 

 

雪山で荷物を全部回収できないだろうと踏んでいたが予想外なことに全て回収していた。

 

偽の伝達通知を軍に送ったが特に疑われなかったな。

 

 

(これでティナの浸食抑制剤の問題はしばらくは無くなった……)

 

 

薬の数は確か残り6個のはずだ。時間は増えたが有限ではない。早く済ませることが大事だ。

 

 

(それにこうしている場合じゃねぇよな……)

 

 

遠山はアメリカにいるとカツェは言っていたが、アメリカの前に行く場所ができた。一刻も早くその場所に行かないといけないのに、行く手段が見つからない。

 

行く場所———それはイギリスだ。

 

イギリスには捕まってはいけない人間が捕まっている。

 

アリアの母である『神崎 かなえ』だ。

 

偶然サイオンの持っていたモノから情報アクセスキーを入手し、コピーしてイギリスのネットワークに侵入した。その時に知ることができたのだ。

 

 

(舐めた真似してくれるじゃねぇか……クソッタレ共が)

 

 

ドクンッ……!

 

 

「ッ……駄目だ……落ち着け俺……!」

 

 

胸に手を当てて呼吸を整える。

 

殺意や怒りは鬼が好む。恐怖や絶望は鬼が武器にする。

 

感情を持つな。無心で全てを終わらせろ。自分でありたいなら。

 

だが正義は鬼の心だ。狂った正義に憑りつかれないようにしないと……。

 

 

「誰だ!」

 

 

「ひゃうッ!?」

 

 

部屋のドアから聞き耳を立てている人物がいた。集中し過ぎて全く気付かなかった。

 

驚いた声からして女。俺は急いでドアを開けると同時にコルト・ガバメントを引き抜いた。

 

 

「こ、殺さないでください……!」

 

 

「は?」

 

 

今度は俺が驚く番だった。震えながら命乞いをする女性にではない。言葉だ。

 

ドイツ語でもなければ英語でもない。日本語だったからだ。

 

 

(全然違和感のない流暢(りゅうちょう)な日本語……日本人ではないよな?)

 

 

綺麗な白髪に近い長い金髪。エメラルドの瞳は日本人では絶対にありえない。

 

白いブラウスに紺色のスカート。胸の大きい綺麗な女性。それに……!?

 

 

「お前……武器は持っていないのか?」

 

 

「あ、ありません……リサは手紙を届けに来ただけです……!」

 

 

「手紙? というかお前は誰だ? どうして俺の居場所が分かった?」

 

 

我ながら質問が多いと自分でも思うが、それだけ俺には余裕が無かった。

 

 

「私はリサ。リサ・アヴェ・デュ・アンク」

 

 

(やっぱり日本人じゃないか)

 

 

ホント、日本人より使いこなした日本語だった。

 

 

「イ・ウー残党主戦派(ダイオ・イグナテイス)眷属(グレナダ)代表戦士(レフェレンテ)の一人です」

 

 

「何だと……?」

 

 

世界征服しようとした超武闘派のメンバーが目の前にいる。俺は警戒心をより一層高めた。

 

 

「手紙は、ここにあります」

 

 

リサの手には一通の封が施された手紙が握って合った。『親愛なる友 楢原 大樹へ』と気持ち悪い言葉が書かれている。

 

リサは俺に向かって差し出す。俺はリサを警戒しながら手紙を受け取った。

 

封を切って一枚の紙を広げて黙読する。

 

 

「……………なるほどな」

 

 

リサが俺の場所を分かった謎も解けた。そして、こんな場所でゆっくりしている場合じゃないことも分かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『シャーロック・ホームズ より』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最後の一文。その一文で全てを理解できた。

 

 

(やっぱり生きてやがるか……あのクソ探偵)

 

 

聞きたいことは山ほどある。それにアリアや緋緋神の手掛かりを絶対に持っているはずだ。

 

バッグにパソコンを詰め込み、バッグを背負った。もうここで休んでいる暇はない。

 

 

「あの……どこへ?」

 

 

「……お前が知る必要はないだろ」

 

 

「ですが……」

 

 

(……ヤバいな。どう振り切ろうか)

 

 

手紙にはリサを連れて目的地に行かなきゃならないって書いてあったが……正直、勘弁して欲しい。

 

 

「お前はこれから家に帰って次の任務に備えて待っていろ」

 

 

それっぽい嘘で誤魔化す。それしか思い浮かばなかった。

 

だが、リサは困った顔で俺に、

 

 

「て、手紙にはリサを連れて行くことが書いて……」

 

 

(先回りされてるじゃねぇかちくしょう!)

 

 

どうやら手紙はリサが既に読んでいたようだ。

 

 

「か、書いてねぇよ。それより人の手紙を読むのは良くないんじゃねぇのか?」

 

 

「ち、違います! リサ宛の手紙です!」

 

 

(そっちかぁ……!)

 

 

会ってもいないのにシャーロックに完全敗北した瞬間である。

 

 

「……だが俺はお前を連れてはいけない」

 

 

俺は首を横に振って拒否した。

 

鬼の力がいつ暴走するか分からないそんな状況で、行動を共にするのは無理だ。

 

 

「楢原様の邪魔は決していたしません! リサを連れて行ってください!」

 

 

「……どうしてそこまで、俺について来ようとする?」(とりあえず『様』はスルーでいいか)

 

 

「……リサは御影(ゴースト)から逃げて来ました」

 

 

リサは俯きながらゆっくりと話し出した。

 

 

眷属(グレナダ)と同じように御影(ゴースト)の組織は酷いです」

 

 

「酷いって何がだよ」

 

 

「あの方々は平気で人を乱暴に扱います。全身が傷だらけになっても、彼らはリサたち労働を強いります」

 

 

当然……というのは少し違うか。だが敵を奴隷にして働かせるのは普通だろう。御影(ゴースト)にとってそれは間違っているが、間違ってはいない。

 

 

「だったら一人で逃げろよ。俺を巻き込むな」

 

 

「ッ……!」

 

 

俺の拒絶した言葉にリサは下唇を噛み、泣きそうな表情になった。

 

やめろ。今の俺は無理だ。何一つ救うことはできない。

 

 

『目標を発見しました』

 

 

その時、俺の背後から無機質な機械声が聞こえた。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

そして、壁がぶち破られた。

 

コンクリートの壁は粉々になり、壁の奥から砂煙と共に姿を現す。

 

 

「なッ……!?」

 

 

現れたのは銀色の金属スーツに身を包んだ人。赤いヘルメットのようなモノを装着し、こちらを見ていた。

 

『人』の気配や殺気は無い。これは機械———ロボットで間違いないだろう。

 

 

「敵……みたいだな」

 

 

俺はリサを庇うように前に立つ。ドイツの警察はこんなモノまで用意していたのか?

 

 

「そ、そんな……逃走ルートは守ったのに……!」

 

 

リサが怯えながら銀色の人型を見ていた。違う。これは御影(ゴースト)の差し金か。つまり、姫羅の———!

 

 

ドクンッ……!

 

 

(ッ……ヤバい、また鬼になりかけたな……!)

 

 

俺は胸を抑えながら息を整える。

 

銀色の人型はゆっくりと俺に近づき、

 

 

『対象の保護と対象の抹殺を開始します』

 

 

ダンッ!!

 

 

銀色の人型は一気に俺との距離をゼロにした。右手の拳が俺の目の前まで迫る。

 

 

「効くかよ」

 

 

バシュッ!!

 

 

銀色の人型の右手が宙を舞った。

 

大樹の背中から四つの黒い光の翼が広がり、一枚の翼が敵の肩から引き裂いた。

 

 

バシュッ!! バシュッ!!

 

 

敵に時間は一切与えない。翼を動かし、敵の右足、左腕を引き裂いた。

 

 

「終わりだ」

 

 

バシュンッ!!

 

 

黒い光の翼から何十本の黒い剣が出現し、銀色の人型に突き刺さった。

 

銀色の人型はコンクリートの壁に釘付けにされ、動かなくなる。

 

 

「……………」

 

 

これが今の自分の力。

 

圧倒的強さで敵を薙ぎ払う。もう俺が失うことは無い。

 

 

「おい」

 

 

「ッ!」

 

 

俺がリサに声をかけると、ビクッと体を震わせた。相当怖がられているな俺。

 

鬼の角が生えていれば怖がられる。当たり前か。

 

 

「見ろ。俺は正真正銘の化け物だ。それでも俺と一緒に来るのか?」

 

 

嫌な言い回しだと自分でも思う。だがここまでしないと彼女は諦めてくれないと思った。

 

リサは両手を胸の前で握り絞め、震えていた。ただ黙っているだけ。何も答えてはくれない。

 

見ていられなくなった。リサが怖がっている姿を見たくなくなり、俺は振り返って部屋を出ようとした。

 

 

「待ってくださいッ!」

 

 

しかし、リサが俺の腕を掴んで止めた。

 

 

「い、イギリスの本国にどうやって侵入するおつもりですか?」

 

 

「……普通に入る」

「正面突破では神崎 かなえ様は救えません」

 

 

「ッ……!」

 

 

俺の言葉にリサが重ねて来た。下唇を噛み、リサを睨む。

 

 

「お前の指図は受けねぇぞ」

 

 

「イギリスにハッキングしたことはもうバレております。すぐに厳重に監視されることでしょう」

 

 

「なッ!? 何でお前がそれを……!?」

 

 

おかしい。例えハッキングがバレたとしても、どうしてリサが知っている?

 

……おかしいことはまだあった。リサ宛の手紙ってまさか……!

 

 

「シャーロック……! また余計なことを……!」

 

 

全部推理されているのかよ……!

 

俺はしばらく考えた後、

 

 

「……分かったよ。お前を連れて行く」

 

 

その言葉を聞いた瞬間、リサの表情が嬉しそうになった。そこまで嬉しいか普通?

 

 

「とにかくここから逃げるぞ。このロボが俺たちの場所を特定したはずだ。すぐに増援が来るぞ」

 

 

「ッ……!」

 

 

俺の言葉にリサの表情が暗くなる。表情がコロコロ変わって申し訳ない気持ちになるな。

 

 

「……下に集まって来ているな」

 

 

人の気配がある。耳を澄ませば音や会話も聞こえて来る。ドイツの警察……あの銀色の人型は来てないようだな。

 

 

(いや、どこかで待ち伏せしている可能性もある)

 

 

今までの戦闘から俺はかなり弄ばれている。また姑息な手段を使って来るに違いない。

 

俺は翼を広げてリサを例の如くお姫様抱っこした。おんぶでも良かったがバッグを背負っているせいで無理だ。

 

 

「あッ……」

 

 

頬を赤くして恥ずかしそうに顔を伏せた。

 

だが俺は気にせずリサを抱いたまま銀色の人型が開けた穴に向かって走り出した。

 

 

「飛ぶぞ」

 

 

「え?」

 

 

そして、翼を大きく広げて空を飛んだ。

 

ドイツの街に女の子の悲鳴が響き渡った。

 

 

________________________

 

 

 

現在時刻 18:00

 

 

 

「リサッ! 絶対に手を放すなよ!」

 

 

「は、はいッ!!」

 

 

ゴォッ!!

 

 

黒い翼を羽ばたかせて加速する。

 

 

ゴオオオオオォォォ!!

 

 

しかし、俺を追う銀色の人型も足に付いた小型ジェット機の吹き上がる炎の勢いが上がった。

 

空を飛んでオランダまで飛ぼうとしていたらやはり妨害があった。

 

俺の進行方向には既に銀色の人型が何十体も待ち構えていた。しかも今度は武器を持っている。

 

 

ガキュンッ!! ガキュンッ!!

 

 

後ろから熱光線のような赤いビームが飛んで来る。翼を巧みに操り熱光線を回避する。

 

 

(クソッ、これ以上速度は上げれねぇ!!)

 

 

このままだとリサが持たない。空気に押し潰されてしまう。

 

ならこれ以上逃げ回るのはやめよう。

 

 

「お前ら……全部……」

 

 

身体を反転させて銀色の人型を睨む。

 

そして、背中の黒い翼から何千もの剣が生まれる。

 

 

「スクラップにしてやる」

 

 

ゴオオオオオォォォ!!

 

 

何千もの黒い剣が一斉に射出された。

 

 

「【魔炎・獄滅(ごくめつ)燦爛(さんらん)】」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

銀色の人型を次々と粉々にする。持っていた武器すら灰に変えて塵を残さない。

 

空が黒炎に包まれ、悪夢を見ているかのような光景を生み出していた。

 

 

「……………ッ」

 

 

 

 

 

何笑っているんだ俺は?

 

 

 

 

 

おかしい。何で今、俺は笑ったんだ。

 

気持ち悪い自分の行動に反吐が出る。

 

 

「な、楢原様……」

 

 

「ッ……悪い。無理をさせたな」

 

 

「い、いえ……それより目的地はあの灯台です」

 

 

……もうオランダに着いたのか。逃げているうちに、いつの間にか着いていたようだ。

 

俺は近くの路地裏にゆっくりと着地し、リサを下ろした。

 

 

「楢原様のあの力は……竜悴公(ドラキュラ)・ブラドさんと同じ力ですか?」

 

 

「……違う。俺の力はもっと強い吸血鬼から貰った力だ」

 

 

そう言えばリサは元イ・ウーだったな。

 

 

「というか様付けはやめろ。何で様なんか付けるんだよ」

 

 

「そ、それは……楢原様が私の勇者様かもしれないからです……」

 

 

「………………………………………………………………………………………………………………………は?」

 

 

凄い。頭って本当にフリーズするんだな。

 

 

「私の一族———アヴェ・デュ・アンク家の女は代々、それぞれ勇者様……武人に仕えて、戦乱の時にも傷付くことなく生き抜いて来ました」

 

 

「そ、そうか……」

 

 

「真心を込めて武人に尽くし、その御方にとって有用な女となり……そのご寵愛(ちょうあい)をいただいて、生きて来たのです」

 

 

……何だろう。複雑なご家庭ですね。

 

 

「日本語で分かりやすくまとめますと、『便利な女』を極めた一族です」

 

 

「リサ」

 

 

「はい?」

 

 

「その言葉は禁止な」

 

 

「は、はぁ……?」

 

 

この子、危ないわ。何てことを言っているのだろう。

 

 

「というか何で俺が勇者様だよ。初対面だろ?」

 

 

今更気付いたが俺がその勇者様だとリサに寵愛しないといけないのだが?

 

 

「楢原様のことはずっと前から知っていました。とても勇敢な方で、優しさが溢れた魅力的な殿方だと———」

 

 

(尾ひれどころか鱗や背びれ、さらには羽根までついた噂だなオイ)

 

 

真剣に俺のことを語られるとさすがに恥ずかしい。俺はリサの頭をポンと手で軽く叩いた。

 

 

「もういいから行くぞ。灯台に行くんだろ?」

 

 

俺はそう言って無理矢理話を終わらせて歩き出す。リサは少し不満そうな顔をしたが、すぐに俺の後をついて来た。

 

路地裏から大通りに出ようとしたが、やはり目立つのは良くない。別の路地裏の道を使うことにした。

 

 

「そもそも灯台に行く理由は何だ? イギリスに行くならドイツからでも良かっただろ?」

 

 

「今のイギリスは師団(ディーン)眷属(グレナダ)のどちらでもありません。御影(ゴースト)の方が影響が強いでしょう」

 

 

「……どうしてそこまで分かる?」

 

 

「先程楢原様が戦った敵の動きからしてイギリスの港や空港はすでに抑えられていると考えて良いでしょう。その監視を欺くには密漁を行っている人たちの力を借りるのが得策だと考えました」

 

 

「密漁船に隠れて侵入するのか……」

 

 

い、意外と頭がいいぞリサ……!? 少し予想外だ。

 

 

「しかし、まず密漁船がいるかが問題になるのですが……」

 

 

「それより力を貸してくれるかどうかの問題じゃねぇのか?」

 

 

「それは大丈夫ですよ、楢原様」

 

 

リサはそう言ってニコニコと笑っていた。

 

 

「……ただ者じゃなさそうだな」

 

 

シャーロックが寄越した人だから凄い人だと思っていたが……多分、凄いな。

 

 

 

________________________

 

 

 

灯台の近くにある船着き場にはリサの予測通り密漁船が停泊していた。

 

俺が話をつけようと(力と言う名の正義)したが、リサが一人で何とかすると言い出した。

 

リサにやらせるのは気が引けたので止めたが、リサも中々強情だった。全く譲ろうとしなかった。

 

結局リサ一人で密漁船に行き、密漁者と話を始めた。俺は物陰から見守り、いつでも飛び出せるようにしていたが、

 

 

「楢原様! 乗船の許可を貰いました!」

 

 

マジかよ。

 

リサは笑顔でこっちに駆け寄り———!?

 

 

「お、おい! 走るな!」

 

 

「ど、どうしてでしょうか!?」

 

 

揺れるからだよ!とか言えねぇ……!

 

 

「と、とりあえず走るな。いいか?」

 

 

「は、はい……?」

 

 

「そ、それよりどうやって話をつけてきた?」

 

 

リサは懇切丁寧に一から最後まで話してくれた。

 

 

「み、密漁の手伝いか」

 

 

「それで手を打ってもらいました」

 

 

「……凄いな。どんなことを言ったらそうなるんだ」

 

 

「簡単ですよ。密漁していることを警察に言わないことを約束すれば相手の警戒心が無くなって契約しやすいのですよ」

 

 

「……本当に頭良いな」

 

 

俺は密漁船に近づくと、密漁者のおっちゃんが元気よく『よろしくな!』とか言って来た。ホント、馬鹿なのかいい人なのか分かんねぇ。いや密漁しているから駄目な人か。

 

小型船に乗り込み、後方の手すりに背を預ける。

 

こうして俺たちの密漁旅行が始まった。

 

 

 

 

 

同時に、『先を行く者たち』と『先を追う者たち』の物語が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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Scarlet Bullet 【英雄】


遅くなって申し訳ございません。大変お待たせしました。

ついにあの男が登場。チートレベルなアイツにご期待。



現在時刻 21:00

 

 

密漁船の後方に座り込んで休息を取っていた。しかし鬼の力がどうも収まらず、全く休むことができなかった。

 

その時、外が妙に明るいことに気付いた。重い(まぶた)を開くと海の先———水平線から太陽が顔を見せた。

 

 

「……あぁ、時差か」

 

 

日本では夜だろうがイギリスでは早朝。夜が終わる時間が早いと思ったら時差を忘れていた。

 

 

(どうせなら暗い夜の間に侵入したかったな)

 

 

心の中でつい愚痴をこぼしてしまう。どうしてもネガティブ思考になってしまうのは疲れているからだろうな。

 

 

Het is tijd om stroperij(密漁の時間だぜ)!!」

 

 

オランダ語で爽やかな笑顔で俺に教えるおっちゃん。ぶっ飛ばしたいこの笑顔。

 

毛布を羽織ったまま立ち上がり、網を持ったおっちゃんから網を奪う。

 

 

De Laat het aan mij(俺に任せろ)

 

 

オランダ語でそう返すと、俺は網を海に向かって放り投げた。

 

隣でおっちゃんが騒いでいるが、俺は無視して作業を続ける。

 

 

「こんなもんか……なッ!」

 

 

ザパァッ!!

 

 

「!?」

 

 

細工を施した網を一気に引き上げ、大量の魚を冷凍庫に雑に入れる。

 

おっちゃんは短時間でありえない取り方で大量の魚を手に入れれたことに驚愕している。

 

 

「凄いですッ! ステキ(モーイ)ですッ!」

 

 

いつの間にか俺のそばまで来ていたリサがオランダ語で俺を褒める。

 

 

「……朝は冷える。寒いだろ?」

 

 

俺は羽織っていた毛布をリサに投げて褒める口を閉じさせる。正直真正面からそんなふうに言われると照れる。

 

リサは「やっぱり優しいです……」と誤解が生まれているようだったが気にしないでおこう。

 

 

「……変だな」

 

 

おかしい。相手の実力や機械兵器を考えるともうこの密漁船の位置がバレているはずなのだが……?

 

空や海の先を見回しても、何も見えない。海上軍隊の船も見えないし、警備していないのか?

 

その時、船の操縦席の下に物騒な機械がいくつも置かれていた。

 

 

(おいおい……ジャミング装置、超小型UAVに無線侵入回線装置って……!?)

 

 

このおっちゃん、とんでもないモノ持っていやがるな。これなら十分に見つかるわけがないな。

 

おっちゃんにこの機械装置のことを聞くと、元海上自衛隊の隊長だったらしい。退職する時にくすねた物だと自慢しやがった。馬鹿野郎。

 

 

________________________

 

 

現在時刻 22:00

 

 

イギリスの漁船(密漁していないただの漁船)に紛れて港に停泊し、おっちゃんとは別れた。

 

港は市場が開かれており、賑わっていた。これなら人混みに紛れて侵入できそうだ。

 

俺とリサは目立たない紺色のコートを着ており、誰からも怪しまれない恰好だった。

 

 

「朝早くからよく集まれるよな」

 

 

「新鮮な魚が獲れたてでございますので混雑するのは当たり前ですよ。リサも市場が開かれた時は絶対に行きますので」

 

 

そういや店を開いていた時やガストレアのいる世界では市場というものは見なかったな。前者はボタン一つで届くという理由で、後者は単純にそういうことが行えるほど漁業は盛んじゃなかったからな。

 

 

(……全てが終わったら行ってみたいな)

 

 

皆はどんな魚が好きだろうな。

 

 

「ッ……!」

 

 

その時、嫌な視線を感じた。

 

リサの手を握り、人混みをかき分けながら進む。

 

 

「ど、どうしたのですか?」

 

 

「後をつけられている」

 

 

「ッ!」

 

 

俺とリサは市場を抜けて大通りに出た。市場より人は少ないが、多い。

 

目の前では車がビュンビュンとたくさん走っている。この先を渡るのはやめて細い道へと逃げた。

 

 

「二人か……リサ、このまま走れるか?」

 

 

「はい!」

 

 

リサの手を引っ張りながら加減をして走る。背後から二人の足音が聞こえる。

 

右、左、右、左と交互に道を曲がりながら走り抜ける。途中、ゴミ箱があれば蹴り飛ばして障害物を作ったりした。

 

だが相手は相当の手練れ。簡単に飛び越えたりしてかわしている。

 

リサの方を見れば辛そうな表情をしている。限界か。

 

 

Tag is the end.(鬼ごっこは終わりだ)

 

 

誰もいない広場に出た瞬間、足を止めて振り返った。俺は英語で挑発する。

 

 

I'll settle, dung beetles.(決着をつけようぜクソ虫共)

 

 

背負っていたバッグを後ろに投げて戦いやすいようにする。

 

 

「汚い英語だ。仕方ないから日本語で話してあげるよ」

 

 

姿を現したのは一人の青年、黒髪の美少年だ。

 

海外の武偵高の制服と思われる灰色のブレザーを着ている。

 

 

「そりゃありがたい。それで何の用だ?」

 

 

俺はニタリと笑いながら告げる。

 

 

 

 

 

「エル・()()()()?」

 

 

 

 

 

「ボクのことは知っているんだね。なら自己紹介はいらないね」

 

 

ああ、いらねぇよそんな茶番。

 

シャーロック・ホームズの名パートナー、最高の相棒の名前じゃないか。

 

 

「ハッ、イギリスの奴らはとことん俺に対して失礼な奴らが多いな」

 

 

「失礼? ボクらは皆礼儀正しいはずだよ? 失礼なのは———」

 

 

ワトソンは腰に差した紋章入りの銀鞘から細身の洋剣(サーベル)を引き抜いた。

 

 

「———土足で国に入り込んだキミたちだ」

 

 

ダンッ!!

 

 

背後から一人の男が物陰から飛び出して来た。残りの一人はどうやら俺たちの背後に回り込んでいたらしい。

 

カーキ色(枯れ草色。深緑を薄めたような色)のラム革トレンチコートを着た長身の白人男性がハンドガンの銃口をリサに向けた。リサは俺の腕を掴み、怯える。

 

 

「いきなり女の子に銃を向ける方が失礼だろ?」

 

 

バキンッ!!

 

 

大樹の背中に黒い光の翼が出現し、一枚の翼が銃を引き裂いた。そして翼はムチのように動き、男の体を叩きつける。

 

 

ドゴッ!!

 

 

「ガァッ!?」

 

 

男は後方に吹っ飛ばされて壁にぶつかる。そのまま地面に倒れ、気を失う。

 

 

「カイザーッ!?」

 

 

男の名前を叫ぶワトソン。俺は余所見をしている敵に容赦はしない。

 

 

「どこ見ているんだワトソン?」

 

 

「はッ!?」

 

 

ワトソンが気が付いた時には遅かった。ワトソンと大樹の距離はすでに詰められており、大樹は右手に持ったコルト・ガバメントの銃口をワトソンの額とくっつけていた。

 

ワトソンの目が見開かれ、動けなくなっている。

 

 

「何か言い残すことは?」

 

 

「……頼む。カイザーだけは助けてやってくれ」

 

 

「俺を殺そうとしたのに随分と贅沢な願いをするんだな?」

 

 

「なんだとッ……!」

 

 

ワトソンは怒りを露わにしながら怒鳴る。

 

 

「キミはどれだけの人間を不幸にするつもりなんだ!? ボクの婚約者(フィアンセ)を殺して、次は何を奪うつもりだんだ!?」

 

 

婚約者(フィアンセ)……あぁ、アリアのことか」

 

 

元々ホームズ家とワトソン家は親密な関係らしいし、別におかしいとは思わない。

 

俺の納得の仕方が気に食わなかったのか、ワトソンがさらに怒鳴る。

 

 

「何だその反応は!? 人を殺しておいて何も思わないのか!? アリアを殺して何も思わないのか!?」

 

 

「ッ!?」

 

 

その言葉だけは聞き逃せなかった。

 

 

「ふざけるなよ」

 

 

俺はワトソンの額により強く銃口を押し付ける。

 

 

「じゃあお前は人を殺したことがあるのか? 何を思った? 殺した時の感想でも言ってみろよ!?」

 

 

引き金を引きそうになるが、無理矢理その衝動を抑え込む。しかし、ドス黒いオーラが俺の体から溢れ出して来た。

 

 

「アリアを殺して何も思わない? ふざけんじゃねぇぞテメェ!! 俺はアリアを助けられなくてずっと後悔しているんだぞ!? その気持ちがお前に分かるのかよ!?」

 

 

「ッ……!?」

 

 

俺の怒鳴り声にワトソンが驚愕の表情をする。信じられないモノでも見たかのような顔だ。

 

 

「じゃあお前なら助けれたのか? こんなに弱いのにか? 圧倒的に負けているお前なら救えたのか!?」

 

 

頭部から鬼の角が生え、黒い光の翼はさらに闇のように黒くなる。

 

 

「力が無ければ何も守れない。後悔しながらここで———」

 

 

コルト・ガバメントの引き金を———

 

 

「———死ね」

 

 

———引いた。

 

 

ガチンッ

 

 

「なッ!?」

 

 

だが、コルト・ガバメントは不発で終わってしまった。コルト・ガバメントを見て驚愕する。

 

 

(不発弾(ミスファイア)!? 何でこんなタイミングで……!?)

 

 

ドスッ!!

 

 

「ごふッ……!?」

 

 

しかし、その隙をワトソンは見逃さなかった。

 

すぐに持っていた洋剣(サーベル)を俺の腹部に突き刺し、貫通させた。

 

 

「楢原様ッ!?」

 

 

顔を真っ青にしたリサが悲鳴のような声で俺の名前を呼ぶ。

 

 

「ぐぅッ……!?」

 

 

ドゴッ!!

 

 

「クッ!?」

 

 

ワトソンを右足で蹴り飛ばし、洋剣(サーベル)ごとワトソンを引き離す。ワトソンは民家の壁に叩きつけられるが、意識は失っていない。

 

コートが真っ赤に染まっていく。コートをめくり傷口を見た瞬間、俺は目を疑った。

 

 

(肉が……腐っている……!?)

 

 

腐敗している。傷口から自分の肉が腐っているのが分かった。

 

あの剣……ただの剣じゃない。

 

 

「やはりキミは吸血鬼のようだね」

 

 

ワトソンは洋剣(サーベル)を構えながら説明する。

 

 

「これはカンタベリー大聖堂より恩借した十字箔剣(クルス・エッジ)。刀身を覆う銀は、架齢400年以上の十字架から削り取った純銀を(フォイル)したものだ」

 

 

「聖剣か……!」

 

 

ただの十字架や銀は俺には通用しない。しかし、ワトソンの持っている剣は異常なまでに効力が強いモノだ。

 

宝石のように輝く剣が忌々しく見える。

 

 

「くはぁ……! その程度がどうしたぁ……!」

 

 

俺はコートを脱ぎ捨て、血の付いたカッターシャツになる。

 

ポケットから赤い液体の入った注射器を取り出し、俺は腐敗した腹部に突き刺した。

 

 

「があぁッ……!!」

 

 

「な、何を……!?」

 

 

「血は……俺に力をくれる最高のモノだ……!」

 

 

傷口から赤い鮮血が溢れ出し、大樹の目が紅くなる。

 

 

「俺はもう、化け物だ」

 

 

ドクドクッ……

 

 

傷口から流れていた血が止まり、傷口が塞がった。

 

腐敗していた肉はどこにもない。綺麗な肌しか見えない。

 

 

「そ、そんな……キミは……!?」

 

 

「人間をやめた。ただ、それだけだろ」

 

 

ダンッ!!

 

 

音速でワトソンとの距離を詰め、剣を握り絞めた。

 

 

「化け物だからこの剣は俺を拒む」

 

 

手が焼けるような痛みが襲い掛かるが気にせず俺は剣を握り続ける。ワトソンの表情がドンドン青くなるのが分かる。

 

 

「今度こそ終わりだ。次は殺せる」

 

 

右手に【(まも)(ひめ)】が出現し、黒い刀身を作り出した。そしてワトソンの首隣りまで刀身を持ってくる。

 

 

『殺せ』

 

 

ドクンッ……!

 

 

心臓が大きく鼓動する。

 

 

『殺せ』

 

 

ドクンッ……!!

 

 

頭の中で声が響く。

 

 

『殺せッ!!』

 

 

ドクンッ……!!!

 

 

 

 

 

「うわああああああああァァァァァアアアアアアアアアッ!!!」

 

 

 

 

 

バキンッ!!!

 

 

刀を地面に叩きつけて粉々に破壊した。

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……!!」

 

 

俺は今、何をしようとした?

 

殺そうとしなかったか?

 

ワトソンの首を落とそうとしなかったか?

 

 

「……ぅおぁ……ぇう……!」

 

 

自分でも何を言っているのか分からない。喉が震えてわけのわからない言葉を発してしまった。

 

とにかく焦っていた。

 

とにかく怖かった。

 

とにかく頭が痛くて痛くて……!

 

 

「楢原様ッ!!」

 

 

「ッ!?」

 

 

リサに名前を呼ばれてハッとなって我に返る。気が付けば俺は鼻血を出し、汗が滝のように流れていた。

 

黒いオーラは散布し、黒い光の翼も消える。同時に鬼の角も消えて紅い瞳も元の黒い瞳に戻る。

 

 

「ッ……!!」

 

 

ゴッ!!

 

 

正気に戻った俺は目を見開いて何が起こったのか分からない顔をしたワトソンの首後ろを叩いて衝撃を与える。

 

 

「うぁ……!?」

 

 

ゆっくりとワトソンは目を閉じ、前から倒れる。俺はワトソンの体を支え、地面に倒れないようにする。

 

ワトソンを支える手は異常なまでに震えていた。

 

 

 

________________________

 

 

 

イギリスの危険区域にあるスラム街の廃墟家に俺とリサはいた。もちろん俺たち二人だけではない。

 

 

「それで? ボクたちを捉えてどうするつもりだ?」

 

 

木製の椅子にロープで縛りつけたワトソンが俺たちを睨みながら聞いた。隣にはカイザーと呼ばれる男も縛ってある。

 

埃が被った家具を嫌な目で見ながら俺はワトソンに尋ねる。

 

 

「質問内容はただ一つ。神崎 かなえはどこにいる?」

 

 

「「ッ!」」

 

 

俺の質問に二人は表情を変えた。

 

 

「どうする……つもりだ……!?」

 

 

「決まっているだろ」

 

 

俺はワトソンに真剣な目をして告げる。

 

 

「助け出す。それだけだ」

 

 

「……は?」

 

 

その時、ワトソンの表情が変わった。まるで「何を言っているんだコイツ?」のような顔。

 

 

「はぁ……ワトソン。お前は勘違いをしている。いや、しすぎている」

 

 

「な、何を……」

 

 

「まず一つ。アリアは生きている」

 

 

「「なッ!?」」

 

 

「二つ目。俺は無暗(むやみ)に人を殺さない」

 

 

「ま、待って! 一体何を言っているんだ!? どういうことか説明———」

 

 

「する時間は無い。リサ。準備はできたか?」

 

 

「はいご主人様。あとは着替えるだけです」

 

 

荷物を整えたリサが隣の部屋に行き、着替えようとする。

 

 

「そうか。さて次は……」

 

 

とりあえず、ワトソンたちのこれからを………。

 

 

「ってちょっと待って」

 

 

「どうかしましたか?」

 

 

「いやいや。お前、『ご主人様』ってどういうことだよ」

 

 

様から何気にレベルアップしてんじゃねぇよ。

 

 

「駄目……でしたか?」

 

 

「当たり前だ。何で俺がお前のご主人様に———」

 

 

その時、リサが涙目になっていることを確認した。

 

 

「———なってやんよ」

 

 

どこの死んだ世界戦線の〇向だよ。ユ〇に告白でもすんのか俺は。

 

 

「……やっぱりシャーロック卿は、これを条理予知なさっていたのですね……」

 

 

何……だと……!?

 

シャーロックに全部お見通しだっていうのか!?

 

 

「ど、どういうことだリサ」

 

 

「運命の勇者様に出会えず悩んでいた私は、シャーロック卿に御助言をいただいたことがあるのです」

 

 

そんな人に聞くなよ……ほぼ絶対当たる占い師だよ?

 

 

「そこで卿は言われました」

 

 

「な、何だ?」

 

 

「私がお仕えする御方は口が悪くて、女の子にデレデレして、少し馬鹿な顔をしている———」

 

 

シャーロック、コロス。

 

 

「楢原 大樹だと」

 

 

「名指しじゃねぇか!?」

 

 

「いつまで遊んでいるんだ!!」

 

 

ついに痺れを切らしたカイザーが怒鳴った。しかし、ワトソンは違った。

 

 

「シャーロック? 君たちは一体何を言っているんだ……?」

 

 

「シャーロック・ホームズ。知っているだろそのくらい」

 

 

「……まさか生きているって言うんじゃないだろうね?」

 

 

「真実が知りたいなら(悪魔)に魂を売るんだな」

 

 

「き、汚いぞ!」

 

 

どこだよ。むしろ『(天使)』と表記していまでもある。

 

 

「どうするワトソン君。私は無論反対だが」

 

 

「……気になることがある」

 

 

ワトソンは俺を見ながら質問を投げる。

 

 

「君は本当に神崎 かなえを救い出すつもりかい?」

 

 

「当たり前だ」

 

 

「それは何故?」

 

 

「ワトソン君! 理由を聞いたところでまともな答えが返って来るわけが……!」

 

 

「静かにしてくれカイザー。絶対に良い答えが返ってくるはずだよ」

 

 

そう言ったワトソンの口は少し笑ったような気がした。

 

何もかも見通されているような気がした。さすがシャーロックの相棒と言ったところか。

 

 

「理由は二つある。単純に神崎 かなえを救い出したいこと。もう一つは———」

 

 

俺は告げる。

 

 

「アリアを助ける鍵を握っていることを」

 

 

「……改めてもう一度聞く。アリアは生きているのかい?」

 

 

「ああ。生きている」

 

 

真剣な目をしたワトソンにしっかりと意志を持った声で返答する。ワトソンは目を瞑り少し考えた後、

 

 

「分かった。キミたちを信じよう」

 

 

「ワトソン君!」

 

 

「カイザー。ボクは真実を知りたい。彼が国際指名手配犯になっている理由、そしてこの事件の裏に隠された真実を」

 

 

ワトソンは真剣な表情で俺の顔を見る。

 

 

「ボクは君の味方に付く」

 

 

 

 

 

「いや別にいらねぇから」

 

 

 

 

 

「「……………」」

 

 

「盛り上がっているところ悪いがお前たちには特に用はねぇし、使えそうなモノは取ったしな」

 

 

っと俺は二人から奪った財布と手帳を見せびらかす。二人の顔はギョッとなる。

 

 

「ボクの手帳!?」

 

 

「私の財布!?」

 

 

「金めっちゃ入ってるな」

 

 

「ノオオオオオオォォォ!!!」

 

 

ポンドだ。円じゃなくてポンドが入ってる。

 

 

「リサ? まだか?」

 

 

隣の部屋で着替えの準備をしているリサに声をかける。返事はすぐに帰って来た。

 

 

「今終わりました!」

 

 

扉を開けてリサが出て来る。

 

リサは黒い制服、警察官の恰好をしていた。

 

 

「これから潜入する場所はロンドン警視庁だ。気を引き締めろよリサ」

 

 

「はい!」

 

 

元気よく返事をするリサから変装する道具を貰う。そして俺も変装する。

 

 

「「なッ!?」」

 

 

その変装した俺の姿にワトソンとカイァーは目を見開いて驚愕した。

 

 

「カイザー!?」

 

 

「私!?」

 

 

ワトソンとカイザーの目の前には()()()()がいた。

 

 

「ご明察通り、これはカイザー(お前)の変装だ」

 

 

そう、俺はカイザーに変装したのだ。もちろん、理子直伝な。

 

この建物に来る前にリサに買い物を行かせておいたのだ。そしてこの変装をするために必要な材料は短時間で全て用意させてもらった。

 

リサは英語も話せたので買い物もお手の物。しかもリサには物凄い能力があった。

 

なんと値引きが得意んやで! 大阪のおばちゃんちゃうで!

 

というかおばちゃんよりリサのほうが断然凄いぞ。なんせ交渉できる店の品なら七割ぐらいまでなら必ず負けさせることができるからな。本当に凄い。家計に優しすぎるッ。

 

声真似はあまりできないが、喋るのはリサに任せるとしよう。俺は無言を貫くカイザーを演じて見せよう。

 

 

「というわけでじゃあな。助けは半日くらいでくると思うが我慢しろよ」

 

 

「ま、待て! 待つんだッ!!」

 

 

俺とリサはそんなワトソンの静止の声を無視し、部屋から出て行った。

 

 

 

________________________

 

 

2月10日

 

現在時刻 00:00

 

 

既にティナと刻諒(ときまさ)、その母である麗。そしてサイオンは高速移動旅客機に乗っていた。この飛行機には理子、夾竹桃、カツェ、ヒルダは乗っていない。

 

大樹がオランダで姿を見せたという報告が麗とサイオンの元に連絡が入ったからだ。その情報も捨てがたいことだったので半分に分かれて調査しようということになった。

 

ティナたちはイギリスへ。理子たちはオランダへ。最後はイギリスの首都ロンドンで合流するように約束している。

 

肌触りが最高なシートに座り、ティナは絨毯のように覆われた白い雲を眺めていた。

 

 

「ええ、そうよ。全部集めてちょうだい。次の指示があるまで待機して」

 

 

隣では麗が携帯電話で部下と会話をしている。麗の前に座っているサイオンも部下と電話しているようだ。

 

 

「大丈夫かい? 顔色があまり良くないみたいだ」

 

 

ティナの前に座った刻諒が心配そうな顔をしていた。

 

 

「いえ、問題無いです。少し落ち着かなくて……」

 

 

「焦る気持ちは分かる。だけど今はゆっくりと休息を取らなければならない」

 

 

「それは……分かっています」

 

 

必ず問題は起きる。御影(ゴースト)による襲撃、イギリスの攻撃。どちらか必ず一つは……いや、同時に来る可能性だってある。

 

今の内に体に休みを与えないとこの先持たないことはティナは分かっている。

 

しかし、大樹のことが心配でどうも休むことができない。

 

 

「……刻諒さんは優しいですね」

 

 

「そうかい? 私は彼と会うまでは結構冷たい奴だったと思うよ」

 

 

「冷たいトッキー……………アリね」

 

 

「ありません母上。黙っていてください」

 

 

つれないわねっと麗はそっぽを向いて拗ねたが、今度はティナを標的にした。

 

 

「それにしてもティナちゃんは強いわ。私の補佐を任せれるくらいだわ」

 

 

「……レイの口からそんな褒め言葉を出させるのか……まだ子どもだというのに」

 

 

「サイオン。子どもだからって舐めては駄目よ? あなたとも十分戦える素質は持っているわ」

 

 

「……本気で言っているのか?」

 

 

「ええ」

 

 

サイオンがじっとティナの顔を見て疑っている。ティナは目を逸らし、サイオンと合わせないようにしている。

 

 

「サイオン! 私のティナちゃんを虐めるな!」

 

 

「虐めてなどいない」

 

 

「じゃあ見るな!」

 

 

「……………」

 

 

サイオンは手で頭を抑え、溜め息をついた。刻諒はサイオンに「本当にすまない」と小声で謝罪した。

 

 

ゴオオオォォ……!

 

 

その時、変な音が響いた。

 

 

「……何かしら?」

 

 

「この機体ではないな」

 

 

麗とサイオンがその音を探る。刻諒は立ち上がり、辺りを見ます。

 

 

「……外です」

 

 

「「「ッ!」」」

 

 

最初に見つけたのはティナだった。

 

雲の中に黒い影が見えた。その大きさはこの飛行機よりずっと大きい。

 

 

ゴオオォォ!!

 

 

白い雲の中から現れたのは全長45メートル。全幅65メートルの超巨大軍用航空機。

 

 

富嶽(ふがく)……!?」

 

 

「母上! アレを知っているのですか!?」

 

 

「第二次世界大戦中に日本軍が計画した超大型戦略爆撃機よ! でも計画は中止となって幻の機体となっていたはず……!?」

 

 

その幻の機体が今、目の前にある。

 

富嶽はゆっくりと上昇し、自分たちが乗っている機体の横に並んだ。

 

 

「準備しろッ!!」

 

 

麗の警告に皆は一斉に銃を準備した。

 

 

ドガシャンッ!!

 

 

その瞬間、後方の部屋から何かが破壊される音が聞こえた。

 

 

「来るぞ」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

サイオンが小さな声で呟いた瞬間、後方のドアがぶち破られた。

 

 

「「「「ッ!?」」」」

 

 

そのぶち破った者に四人は目を見開いて驚愕した。

 

 

 

 

 

「鬼……!?」

 

 

 

 

 

現れたのは鬼。鬼だった。

 

赤胴(しゃくどう)色の髪にツノが生えている。

 

赤色の和服を着た2メートル近い大柄女性。

 

 

(な、何だこの感じは……!?)

 

 

刻諒の体は震えていた。

 

この感覚は恐怖だ。相手が怖いとか強そうとか思ったからじゃない。

 

『強い』と『確信』したからだ。

 

絶対に勝てない。そう自分の体に教え込まれる。

 

 

「……ここに楢原はおらぬのか?」

 

 

「ッ……大樹さんを追っているのですか?」

 

 

ハスキーボイスで尋ねて来た鬼。ティナはもう一度問う。

 

 

「如何にも。我は、(えん)。第六天魔王・覇美(ハビ)の遣いぞ」

 

 

「二人とも下がりなさい。ここは私とサイオンがやるわ」

 

 

「日本の(オーガ)と言ったところか。中々骨のある奴みたいだな」

 

 

麗とサイオンが同時に構える。鬼を目の前にしても二人は全く動じていなかった。

 

 

「……いえ、私も戦います」

 

 

ティナの両手には既に汎用短機関銃UMPを握っていた。銃口は閻に向けている。

 

小さな女の子が戦おうとする姿を見た刻諒は覚悟を決めた。

 

 

「私も、戦う」

 

 

「やめなさいッ!!」

 

 

「「ッ」」

 

 

麗の大声に二人は驚く。

 

 

「あなたたちでは勝てないわ。私たちが()()()するからあの富嶽に乗り込み逃げなさい」

 

 

足止め。麗は勝てるとは言わなかったことに刻諒は全てを察した。

 

それだけ敵が強敵であることに。

 

 

「……行きましょう刻諒さん」

 

 

「ティナちゃん……」

 

 

「私たちでは……足手まといです……!」

 

 

ティナは下唇を噛みながら悔しそうにしていた。

 

まただっと刻諒は思う。

 

大樹が戦っているのに自分たちは何もできなかった。そのことに刻諒にも悔しい気持ちが込み上げて来た。

 

 

「違う……違うんだ」

 

 

刻諒は首を横に振る。

 

 

「足手まといなんかじゃない……自分ができることをすればいいんだ」

 

 

「自分の……できること?」

 

 

そうだ……そうだっと自分に言い聞かせる。

 

 

「必ずあるはずだ……自分にしかできないことが」

 

 

「……そんなこと」

 

 

「ある! 私たちにしかできないことが! 何もしない奴のほうがよっぽど足手まといだと私は思う!」

 

 

刻諒は椅子の下に隠していたレイピアを握り、引き抜いた。

 

 

「母上! 富嶽を撃ち落して来ますッ!!」

 

 

「「「ッ!?」」」

 

 

「行きなさいッ!! 期待しているわッ!!」

 

 

麗は笑みを浮かべながら答えた。返って来た返事に刻諒も笑みを浮かべる。

 

 

(私にしか……できないこと)

 

 

ティナは思い出す。あの時、自分ができていたことを。

 

 

(……ある。私にも)

 

 

ティナは刻諒に続いて走り出す。

 

 

「刻諒さんッ! 私も行きますッ!」

 

 

「よしッ!!」

 

 

「覇美様に危険を及ばせるわけにはいかぬ」

 

 

閻は構え、窓から富嶽に飛び移ろうとする刻諒とティナに攻撃しようと仕掛ける。

 

 

「息子に手を出すなぁッ!!!」

 

 

ゴオォッ!!

 

 

風を纏った拳が閻の腹部に向かう。

 

 

(ふん)ッ!!」

 

 

ガシッ!!

 

 

だが閻はすぐに右手で受け止めた。

 

 

「なッ!?」

 

 

簡単に受け止められたことに麗は驚かずにはいられなかった。

 

 

ギギギッ……!

 

 

閻の握力が強くなり麗の表情が歪む。

 

 

「うぅ……!」

 

 

「ほう。簡単に握れぬ」

 

 

閻の力は恐ろしいモノだった。普通の人間の手なら粉々になっているだろう。

 

しかし、いくらロシア軍の最高指揮官だろうと鬼には勝てない。

 

手から嫌な音が聞こえて来る。

 

 

「余所を見するな」

 

 

動かずに動く体術で動き、一瞬で閻の背後を取った。

 

瞬間移動をしたような動きを見せたサイオンに閻は、

 

 

バシンッ!!

 

 

サイオンの拳の攻撃を簡単に左手で受け止めた。

 

 

(嘘でしょ!? 後ろも見らずに止めるなんて!?)

 

 

このことに一番驚いていたのは麗だった。

 

サイオンは麗と同じ失敗をしないように、閻が握る前に拳を引く。

 

 

(殺気を感じ取った? 違う。サイオンはそんなヘマはしないわ)

 

 

殺気を感じさせない攻撃。それはサイオンも一番大事でやってはいけないことだと分かっているはず。

 

だからそんな失敗はしない。

 

では、どうやって彼の攻撃を止めた?

 

 

「あなたッ……どうやって攻撃を見切ったのッ……?」

 

 

「ん? パッと来たから、グッと受け止めたのだ」

 

 

閻の返した言葉に麗の背筋は凍り付いた。

 

攻撃を受け止めたのは閻の本能だ。彼女の本能がサイオンの攻撃を察したのだ。

 

 

「……フン。頭の悪い解答だ。その覇美とやらもそう強くないだろうな」

 

 

「……覇美様を侮辱することは、天を侮辱するということ」

 

 

その時、閻の雰囲気が変わった。その閻から溢れる怒気に麗は青ざめる。

 

 

「サイオン!!」

 

 

()って()の閻、(なんじ)に———」

 

 

麗が叫んだ時には遅かった。

 

 

「———天誅(てんちゅう)を下すッ」

 

 

金色の目がまるで彼女の怒りを表した赤色に変わった。

 

そして、麗を掴んでいた手を放し、高速の右ストレートがサイオンに向かって繰り出される。

 

 

ゴオオオォォォッ!!

 

 

空気を震わせた音速の衝撃波と閻の超火力の拳がサイオンのクロスした腕に当たった。

 

 

パシッ

 

 

だが、サイオンの体は吹っ飛ばされなかった。

 

クロスした腕に閻の拳が当たった瞬間、サイオンは足を滑らせて衝撃を殺した。

 

滑らした足は閻の右横を通ろうとする。だが、

 

 

ゴオォッ!!

 

 

左の拳で追撃。サイオンの顔面を狙っていた。

 

 

「やはり遅いな」

 

 

シュンッ

 

 

サイオンは閻の左拳の上に手を乗せて逆立ちの状態になる。

 

 

ドゴッ!! ドゴッ!! ドゴンッ!!

 

 

一瞬の出来事だった。逆立ちの状態から右回し蹴り、左後ろ回し蹴り、右踵落としが閻の顔面に容赦無く叩きこまれた。

 

サイオンはそのまま閻の背後に着地し、後ろに跳んで閻から距離を取った。

 

 

「サイオン!!」

 

 

「心配するな。左足がやられただけだ」

 

 

隙を見て閻から距離を取っていた麗がサイオンの左足から流れた血を見て心配する。

 

サイオンが踵落としを繰り出した際に、閻はツノを使って反撃をしていたのだ。その証拠に閻の右ツノには血が付いている。

 

 

「どうした? 参られよ」

 

 

閻の挑発に麗は歯を食い縛る。

 

強い。サイオンの連撃を受けている閻は平気そうな顔をしている。そのことに麗は悔しがっていた。

 

 

「本当に足止めしかできないわね」

 

 

閻はゆっくりと構える。その姿に麗は恐怖を感じた。

 

 

 

________________________

 

 

 

飛行機の外から出るのは危険だと分かっている。しかし、ティナと刻諒はそんなことを気にしている暇は無かった。

 

強化ガラスの窓をレイピアの一閃で砕き、すぐに富嶽の直線テーパー翼に乗り移った。

 

 

ゴオオオオオォォォ!!

 

 

極寒の風が二人を吹き飛ばそうとする。ティナは短機関銃で翼に突き刺し、刻諒はレイピアを翼に突き刺して体を支えた。

 

そして、ゆっくりと移動し、翼上の中ほどに出入口のハッチがあった。

 

鍵はかかっていない。刻諒とティナは同時に侵入して、床に着地して警戒する。

 

 

「……敵はいないようだね」

 

 

「すぐに集まって来ます。動力室に急ぎましょう」

 

 

天井が低い通路を刻諒とティナはゆっくりと進む。

 

進んでいくにつれて天井も高くなり、毛糸の絨毯が敷かれた廊下が見えた瞬間、走り出した。

 

 

「あそこは操縦室のようですね」

 

 

「恐らく敵はそこにいる」

 

 

鬼が出て来た時点で操縦室にいる敵もきっと鬼のはず。ティナと刻諒の緊張感がさらに高まった。

 

 

「……目的はこの富嶽を落とすだけ。それ以上のことはしなくていい」

 

 

刻諒は遠回しに『強敵からは逃げる』と言っている。そのことはティナも分かっているので頷いた。

 

ドアの横に二人は立ち、銃とレイピアを構える。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

そして刻諒はドアを蹴り破り、ティナと一緒に操縦室へと入った。

 

操縦室は富嶽の胴体の上半分をほぼ丸々使った部屋だった。大広間だと言っても過言では無い。

 

 

「ッ……これは不味いな」

 

 

部屋に入った瞬間、二人の顔が真っ青になった。

 

操縦室には鬼がたくさんいた。その数は4人。いや、鬼の数え方は4匹になるのだろうか?

 

操縦席に2匹。大きな(かめ)に入っている1匹。そして尾翼側に設置された玉座に座った1匹。

 

 

「ん? 誰だ?」

 

 

玉座に座った小さい女の子の姿をした鬼がこちらに気付く。

 

頭のクセっ毛は赤銅色で、緋色のヒガンバナが一輪、飾られていた。赤色の和服に黒い帯と大きなリボンが付いた赤帯。そして頭部にはツノがある。

 

 

「今すぐ撤退してください! もうじきあなたたちの仲間は確保されます! 大人しく指示に従ってください!」

 

 

ガシャンッ!!

 

 

その時、ティナの持っていた短機関銃が粉々に砕けた。

 

 

「くぅッ!!」

 

 

ティナの表情が歪む。刻諒は一拍遅れて全てを察した。

 

ティナは攻撃をただ受けただけじゃない。受け止めたのだ。

 

 

シュンッ!!

 

 

超スピードで動く鬼の攻撃を。

 

瞬間移動のように動き回る鬼。視界に捉えるのはティナでは無理だった。目を凝らしてもやっと見えるのは残像だけ。短機関銃で攻撃を受け止めれたのは偶然だと言ってもいい。

 

 

「ッ……そこかッ!!」

 

 

キンッ!!

 

 

刻諒の持ったレイピアの一閃が超スピードで動く鬼を捉えた。しかし、鬼は持っていた太刀———鬼丸拵(おにまるこしらえ)でレイピアを弾いた。

 

鬼はすぐに姿を消し、玉座に座った鬼の近くに移動する。そこでやっと鬼の正体が掴めた。

 

黒髪ロングの細身な鬼。黒留袖の花刺繍(ししゅう)入りの和服を着ていた。腰には鬼丸拵(おにまるこしらえ)の鞘が()いてある。

 

 

「覇美様。討伐ご下命を。此奴らの振る舞い、度を超しておりますゆえ」

 

 

「んー津羽鬼(つばき)が戦うのはあんまり見えない。覇美面白くない」

 

 

『覇美様』と呼ばれたのは玉座に座った小さい鬼のことだった。そのことに二人はギョッとしていた。

 

あんな小さな子どものような鬼が親玉。信じれるわけがない。

 

 

「ですがこのままでは奴らの好き放題になってしまいます」

 

 

「あー、それは嫌だ」

 

 

覇美は少し嫌な顔をして津羽鬼と呼ばれる黒髪の鬼に指示を出す。

 

 

「じゃあ、闘え」

 

 

「御意」

 

 

その瞬間、津羽鬼は姿を消した。

 

 

ゴオォッ!!

 

 

刻諒が気が付いた時には既に太刀の刃先が目の前まで迫っていた。

 

 

「ッ!?」

 

 

刻諒は間一髪のところで顔を逸らして回避。すぐにレイピアを構えながら警戒する。

 

 

(速い……速過ぎる……!)

 

 

ツーっと頬から血が流れ出す。どうやら避けれたのはギリギリだったらしい。

 

刻諒が距離を取って前を向いた時にはまた津羽鬼の姿は見えなくなった。

 

 

「くッ!」

 

 

刻諒はキツい表情をする。目を素早く動かし津羽鬼を捉えようとする。

 

 

キンッ!! キンッ!! カキンッ!!

 

 

何度も津羽鬼の斬撃をレイピアで弾き、攻撃を避ける。しかし、刻諒の服はドンドンとボロボロになっていく。

 

完全に防いでいるわけじゃないことが一目で分かる。

 

 

(なんて速さだ!? こんなの大樹君じゃないと勝て———!)

 

 

続きの言葉は歯を食い縛って砕いた。

 

 

(違う! 私は大樹君じゃない!)

 

 

自分は大樹になれることはできない。どんなに真似が上手くても、彼には絶対になれない。

 

刻諒の真正面から津羽鬼が迫る。

 

 

(私は、安川 刻諒だッ!!)

 

 

自分は自分。そのことを改めて認識できたことに刻諒は決心がついた。

 

 

ダンッ!!

 

 

刻諒は津羽鬼に向かって足を踏み出し、迎え撃つ。

 

しかし、津羽鬼はそんな刻諒の姿を見て愚かだと思った。

 

津羽鬼は閻のように力は強くない。だが一般人の男性より遥かに強い力はある。

 

当て身だけで刻諒を気絶させることができる自信はあった。いや、確信できていた。

 

 

 

 

 

だから、その慢心が油断を生み出した。

 

 

 

 

 

ドンッ!!

 

 

鈍い音が響く。津羽鬼の当て身が刻諒の身体に見事に決まり、刻諒を吹き飛ばした。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「かはッ……!」

 

 

壁に叩きつけられた刻諒は血を吐き出し、意識が飛びそうになる。

 

鬼丸拵を握り絞め、トドメの一撃を津羽鬼は仕掛けようとする。

 

 

「私のッ……!」

 

 

刻諒は必死に声を出す。

 

 

「勝ちだッ……!」

 

 

 

 

 

津羽鬼の足元には閃光手榴弾(フラッシュ・グレネード)が落ちていた。

 

 

 

 

 

バンッ!!

 

 

手榴弾が爆発と共に閃光が目を潰す。津羽鬼はまともにくらってしまい、視界が真っ白になってしまった。

 

ティナは刻諒の行動を読んでいた。後ろを向き、目を手で完全に覆っていたので無傷。

 

すぐにティナは持っていた『シェンフィールド』を起動させ、ビットを飛ばす。

 

飛翔音もほとんどしない隠密性が高いビットは低飛行で操縦席へと向かう。

 

 

(コードを入力!)

 

 

入れたコードは『自爆』。爆発で操縦席ごと吹き飛ばし、この富嶽を落とす!

 

 

ザンッ!!

 

 

その時、何かが振るわれた音が聞こえた。

 

 

バギンッ!!

 

 

「え……?」

 

 

そして、『シェンフィールド』の通信が切断された。

 

ティナには何が起こったのか分からなかった。

 

 

「戦いの邪魔。目が痛い。もう、つまらない!」

 

 

「嘘……!?」

 

 

片手だけで700kgはある大斧を持った覇美が『シェンフィールド』を壊していた。そのことにティナは目を疑った。

 

怪力の枠を超えた力。これが鬼の大ボス、親玉の正体。

 

例え見た目が子どもであろうとも、この鬼は鬼の頂点に君臨している。

 

ティナの頭には二つの言葉しかなかった。『撤退』か『死』か。その二つの言葉しか。

 

 

(実力が違う……!)

 

 

閃光手榴弾(フラッシュ・グレネード)を食らった覇美は目を何度か擦るだけで全く痛そうにしていない。大斧は片手で回して遊べるほど。

 

勝てない。人間は鬼に勝てない。

 

ティナはゆっくりと刻諒の近くまで後退する。刻諒の顔色も悪い。ティナと同じ、勝てないと分かってしまったのだろう。

 

津羽鬼も回復し、鬼丸拵を握り絞める。狙いを定め、攻撃を仕掛けようとする。

 

 

ピピピッ!

 

 

その時、聞いたことのある音が操縦室に響いた。

 

 

「あなや! 何ぞ!」

 

 

(かめ)から顔だけ出していた鬼が上体を出す。4本腕の鬼だと分かった瞬間、驚愕したが、今はそれどころではない。

 

 

(この音は……航空機捕捉レーダー……?)

 

 

近くに別の航空機が飛んでいることを知らせるレーダーが鳴ったのだ。

 

甕に入った鬼が操縦席に指示を飛ばす。だが操縦席に座った鬼たちはワタワタと慌てていた。

 

 

(コン)!」

 

 

津羽鬼が名前を呼んだ。甕に入った鬼の名前は(コン)と言うらしい。

 

 

「襲撃!!」

 

 

(コン)が叫んだ時には遅かった。

 

 

バリンッ!!

 

 

操縦席のフロントガラスが破られ、何者かが侵入して来たのだ。

 

侵入して来た者は着地しても勢いを殺さず、床を滑る。

 

 

ダンッ!! ダンッ!! 

 

 

「お?」

 

 

「くッ!?」

 

 

侵入者は2発の銃弾を撃ち、覇美と津羽鬼の持っていた大斧と鬼丸拵を落とした。

 

それだけじゃない。侵入者は覇美、津羽鬼の順で横を通り、大斧を床に落とす前にクルクルと回転させて壁に向かって飛ばし、鬼丸拵は奪った。

 

 

ドスンッ!!

 

 

大きな音が響く。大斧が壁に豪快に突き刺さった。抜くのは一苦労しそうだ。

 

ティナと刻諒を守るように前に立った。

 

 

「ここからの相手は俺が受けるよ」

 

 

侵入者の姿にティナと刻諒は驚愕した。

 

東京武偵の男子制服を着ており、右手にはベレッタM92F。左手には奪った鬼丸拵。

 

 

(この人……強い……!)

 

 

強襲を仕掛けて強敵二人の相手の武器を封じ、さらには奪う。そしてティナと刻諒を守るベストポジションに滑り込んできた。一瞬でこんなことができる人が弱いわけがない。

 

だが、ティナは男の顔に何か引っかかる感覚を覚える。どこかで見たことのある顔だったからだ。

 

 

「君は……どうしてここに!?」

 

 

刻諒はティナと違った驚愕だった。まるで信じられないモノを見るかのような目だ。

 

 

「悲しいよ。愛らしい仔猫同士の喧嘩は見るに堪えない」

 

 

「………………………え?」

 

 

ティナは耳を疑った。

 

今、この男は何て言ったのだろうか? 歯の浮くような言葉を言ったような……気のせいだろうか?

 

 

「ハビ。泥棒の次は帰って来た大樹かい? 俺のことは飽きてしまったのか?」

 

 

気のせいではなかった!?

 

 

「うー、違う! 覇美、待っていた!」

 

 

覇美は侵入者に指を差す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キンジ! 覇美、ずっと探してた!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キンジ……!?」

 

 

ティナは覇美の言った言葉に驚愕した。

 

大樹が探していた人物。ニュースでは死んだと告げられた人。

 

 

 

 

 

遠山 キンジがそこに立っていた。

 

 

 

 

 

「悪い子にはオシオキが少し必要だね。このまま戦わないって言うなら許してあげるよ」

 

 

キンジはベレッタを構えながら笑みを浮かべた。

 

 

「キンジ! ずっと戦いたかった! 閻ばかりズルい!」

 

 

「大丈夫だよ。閻には俺の弟と妹が相手をしてあげているから。今はキミだけだよ、ハビ」

 

 

覇美は壁に刺さった大斧を取りに行く。キンジはその様子を咎める様子は無く、許していた。

 

 

「そうそう。女性からモノを取り上げるのは趣味じゃない。これは返すね」

 

 

なんとキンジは奪った鬼丸拵を津羽鬼に向かって優しく投げた。津羽鬼はビックリした顔で受け取るが、すぐに怒った表情になる。

 

 

「閻姉様に何をした……!」

 

 

「安心して。絶対に殺さないって約束してあるから」

 

 

キンジは津羽鬼に優しく微笑みかける。津羽鬼の顔がさらに怒った表情になる。

 

 

「閻姉様が負けるわけがない!」

 

 

「それはどうかな?」

 

 

キンジは告げる。

 

 

「二人はずっと強いよ。キミたちよりね」

 

 

ウインクをするキンジ。ティナと刻諒は言葉を失った。

 

 

________________________

 

 

 

「これが兄貴が言っていた鬼か」

 

 

一人の男が閻を見ながら興味深そうに見ていた。

 

 

「お兄ちゃんは強敵だーって言っていたけど」

 

 

男の隣には一人の女性。女性も閻を見ていた。

 

 

「兄貴が倒せなかった奴を倒せたら俺は兄貴を超えたということか」

 

 

「でもお兄ちゃんは決着がつかなかったんでしょ?」

 

 

「小さいことは気にするな」

 

 

男性は戦闘化粧みたいなフェイスペインティングに彩られている。黒い服に防弾服のようなプロテクターを体の各所に付けている。

 

女性は半透明の赤いヴァイザーを掛けており、男性と同じように黒い服にプロテクターを装着していた。手には長い剣のようなモノが握られていた。『ような』と表現するのは普通の剣では無いからだ。蛍光ブルーの発光が(しのぎ)()の部分に筋のように見れた剣。まるで近未来科学の戦争で使われているような剣だった。

 

 

ダンッ!!

 

 

二人は同時に飛行機の窓に向かって飛んだ。

 

 

バリンッ!!

 

 

「「「!?」」」

 

 

突然の出来事に麗とサイオンは驚愕し、閻は襲撃して来た二人に向かって拳の連撃を放つ。

 

 

シュンッ シュンッ シュンッ

 

 

しかし、二人は閻の連撃をかわした。それどころか男性は、

 

 

ドゴンッ!!

 

 

カウンターパンチを閻の顎にヒットさせていた。

 

閻はすぐに体制を立て直し、男性の手を噛みつこうとする。その噛む力はワニに匹敵する———優に2トンを超えている。

 

だが、

 

 

ドドドドドゴンッ!!

 

 

「ぬッ!?」

 

 

男性は高速の連撃を閻の体に叩きこんだ。その速さは肉眼では捉えられない。残像すら見落としてしまいそうな速度だった。

 

最後の一撃はグッと拳を握り、一番強い威力を発揮した。

 

さすがの閻もこれには表情を歪め、後ろに何歩か下がった。

 

 

「【流星《メテオ》】をまともくらっているのに立っていられるのか……確かに強いな」

 

 

男性は後ろに下がりながら距離を取って構える。

 

男性の攻撃に麗は驚いていた。

 

 

(あの鬼を圧倒している……!?)

 

 

サイオンは怪我をしていても互角に戦っていた。しかし、彼は圧倒しているのだ。

 

 

「……遠山? いや、誰だ?」

 

 

閻は不思議そうな表情で男性に問う。確かに男性は雰囲気が少しばかり遠山 キンジに似ている。

 

 

「ジーサードだ」

 

 

「……じーさーどか」

 

 

「発音が少しおかしいがまぁいい。かなめ。その二人をここから出せ。邪魔になる」

 

 

かなめはすぐに麗とサイオンに肩を貸してすぐに後ろへと一緒に下がる。だがそれを閻は許さない。

 

 

「逃がさぬッ!!」

 

 

「ッ!」

 

 

ダンッ!!

 

 

狙った獲物を逃がさない。閻はジーサードの横を高速で通り抜ける。狙いはかなめだ。

 

 

「非合理的ぃ」

 

 

パシンッ!!

 

 

突如閻の足にマフラーの形をした長い布状の物体が絡みついた。先端には槍のような刃が付いている。

 

閻はバランスを崩して倒れそうになるが、すぐに手を床に着いて転ばないようにした。

 

だが、

 

 

ザンッ!!

 

 

かなめが持っていた剣が青白く光り出し、光の斬撃を放った。

 

 

「ぐうッ!!」

 

 

三日月のような弧を描くように放たれた光の斬撃は閻の肩を斬り裂き、航空機の壁も引き裂いた。

 

 

シュウウゥゥ……!!

 

 

溶岩のように壁が溶けて白い煙をモクモクと出す。やがて外の極寒風に熱は冷やされ壁が崩れることは無かった。

 

閻はすぐに足に絡みついた布状の物体を掴んで破ろうとするが、

 

 

ヒュンッ

 

 

「浮いた……!?」

 

 

麗は目を疑った。なんと布状の物体は宙に浮き、飛び回り始めたのだ。

 

布状の物体はかなめの周りをスイスイと飛び回る。

 

 

「そうか。科学……先端科学兵装(ノイエ・エンジェ)か」

 

 

サイオンが呟いた言葉に麗はハッとなる。

 

まだ研究所で開発されているレベルの新素材、新技術、新武器、新防具などなど。それらの新兵器は『先端科学兵装』と総称されている。

 

つまり、商品化どころか完成していない最先端の武器を使い手———それが彼らだ。

 

かなめの周りに浮いているのは『磁気推進繊盾(P・ファイバー)』と呼ばれ、とんでもなく扱いが難しい。なので不良品とされた次世代UAVとも呼ばれた。

 

だがかなめは違う。使いこなしている。それはかなめが最先端の武器を使い手だからだ。

 

 

「まさか彼らって…………!?」

 

 

「ああ。アメリカ(USA)のあの連中だ」

 

 

麗は信じられなかった。目の前にいる彼らが、『ジーサード・リーグ』だということに。

 

 

「おい。俺の獲物だぞ」

 

 

「キンゾーが逃がすのが悪いんだよ」

 

 

「おい馬鹿この状況でその名前で言うな」

 

 

ジーサード———もとい金三(きんぞう)が少し顔を赤くしていた。

 

ジーサードはゆっくりと片膝をつき、肩から血を流した閻に近づく。

 

 

「さぁかかって来な。兄貴をてこずらせた相手だ。強いんだろうな」

 

 

そう言ってジーサードは笑みを浮かべた。閻は気を引き締めて立ち上がる。

 

 

「覇美様に危害を加えよう者は天誅を下す」

 

 

「その覇美は今、兄貴とやりあっていることだぜ?」

 

 

「何ッ!?」

 

 

ジーサードの言葉に閻は焦った。

 

 

「もしかしたらもう兄貴が買っているかもしれねぇけどな」

 

 

「……愚かな」

 

 

だが、閻の焦りは覇美が危険に晒されたことではない。

 

 

「なんと早まった真似を……」

 

 

「……どういうことだ」

 

 

「分からぬのか? 覇美様に敵うものはいない」

 

 

閻は告げる。

 

 

 

 

 

「仮に(われ)(なな)()いても」

 

 

 

 

 

「……兄貴のやつ、わざと俺に当たりくじを引かせたな」

 

 

閻が言っていることはつまり、覇美は閻より七倍以上の力を持っているということ。

 

キンジはわざと閻が一番強いことを言い、自分は覇美と戦うように仕組んでいた。キンジは『(俺が今までに戦った鬼の中で)一番強い』と嘘は言っていないとかで言い訳するつもりだった。

 

 

「……かなめ。ソイツらをサジタリウスに連れて行け。俺はコイツをやる」

 

 

「えッ!? あなたの兄は助けなくていいの!?」

 

 

ジーサードの言った言葉に麗は心配する。どうしても黙っていられなかった。

 

 

「はァ?」

 

 

「え?」

 

 

ジーサードに『何言ってんだコイツ。馬鹿なのか?』みたいな顔をされた。

 

 

「兄貴の二つ名を知っているのか? 【(エネイブル)】だぞ? 知ってるだろ?」

 

 

「「ッ!?」」

 

 

その二つ名に二人は驚愕した。

 

その二つ名は『今まで不可能だった事に()能の歴史を()える』という意味がある文字だ。

 

 

そう、歴史すら変えてしまう最強の男———遠山 キンジのことだからだ。

 

 

彼の噂は『飛んで来た弾丸を素手でUターンさせてみせた』や『ミサイルを殴って逸らしてみせた』などなど、死んだと報道される前から世界から目をつけられていた。

 

ちなみにロシアの上の方針は『機嫌を損ねないように大人しく関わらないでおこう』とチキンプレイだった。だが賢明な判断だと麗は改めて思う。

 

この鬼———閻よりさらに強い強敵と戦うキンジのことを聞いたから。

 

 

(というか生きているの!?)

 

 

一番大事なことに今更気付く麗。ショックだった。

 

ジーサードは首をポキポキと音を鳴らしながら閻を見る。

 

 

「手加減してやるから殺す気でかかってきな」

 

 

「我は殺生は好まぬ。地獄の鬼の仕事を増やしてしまうのでな。だが、汝は別よ」

 

 

閻は背中に背負っていた金棒・金剛(こんごう)六角(ろっかく)を右手に持った。

 

二人が会話をしているうちにかなめは麗とサイオンを部屋から一緒に出る。これでジーサードと閻だけとなった。

 

 

「汝のような面白い者、鬼籍に送れば向うも喜ぼう」

 

 

「ついに地獄からも俺を必要とするか」

 

 

閻の言った言葉が面白いのか、ジーサードは笑う。ジーサードは特に武器を出す素振りは無い。

 

 

「我が金棒・金剛六角が千人力の初撃———」

 

 

閻は金棒を振り上げ、

 

 

「———受けてみよッ」

 

 

超音速の衝撃波を纏った金棒がジーサードを襲った。

 

閻の一撃は金棒をコマの軸のように超高速でコークスクリューみたいな回転をかけたおかげで威力は飛躍している。まさに『鬼に金棒』とはこのこと。閻の拳の攻撃は格どころか次元が違った。

 

触れてもいないのにガラスが震え、小物や花瓶、照明が壊れた。衝撃波がどれだけ強いのかを物語っている。

 

ジーサードはその攻撃に対して、

 

 

「ハッ」

 

 

鼻で笑った。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「ッ!?」

 

 

その瞬間、閻の視界が逆さまに反転した。

 

いや、閻の体が180°回転してしまったのだ。

 

ジーサードは閻の(ふところ)———死角に入りこみ、回し蹴りを繰り出した。

 

だがこの回し蹴りは攻撃の蹴りではない。本命は———

 

 

「【流星(メテオ)】」

 

 

———右手の拳だ。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

鼓膜が破けるかのような鋭い音が響いた。

 

最高速度マッハ2という人間離れした速度で放たれた拳はがら空きになった閻の腹部に叩きこまれた。

 

閻はそのまま後方に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。壁には大きな亀裂が走った。

 

 

「ぐぅ……!」

 

 

苦痛で表情を歪める閻。同時にジーサードの強さに驚いていた。

 

ジーサードは手をポキポキと鳴らしながら閻に近づく。

 

 

「さて、今この機体はオート操縦で乗っているのは俺とお前だけだ。そしてこの機体は半壊してもう持たないだろう」

 

 

ジーサードは告げる。

 

 

「そろそろ壊しても、文句はねぇよな?」

 

 

 

________________________

 

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

隣で飛行していた高速移動旅客機が突如炎上した。かと思いきや次は爆発。そして墜落するのが富嶽の操縦室から見ることができた。

 

その場にいた全員が言葉を失う中、キンジは手を頭に当てながら言う。

 

 

「弟は少しヤンチャでね。大目に見てくれ」

 

 

果たして、それはヤンチャで済むレベルだろうか?

 

覇美は持っていた大斧を片手で持ち、キンジと向き合う。覇美は津羽鬼に邪魔をしないように言っているため、一応ティナと刻諒の安全は確保している。

 

対してキンジはなんと持っていたベレッタをホルスターに直した。

 

 

「? 使わないのか?」

 

 

「女の子に銃を向けるなんて真似はできないよ」

 

 

正気とは思わない言葉にティナは背筋が凍った。

 

 

(違う。使う必要性がないとあの人は分かっている)

 

 

鬼に銃は効かない。あの戦闘力からして簡単に推測できることだ。

 

 

ガシャンッ!!

 

 

キンジに対抗心を燃やしたのか覇美も持っていた大斧を地面に置いた。重い音が部屋に響く。

 

 

「なら覇美も使わない。正々堂々、闘う!」

 

 

「……ところで少し昔の話だけど」

 

 

普通に覇美のことをスルーするキンジ。津羽鬼はまさしく鬼の形相でキンジを睨んでいた。

 

覇美は気にすること無くキンジの言葉に耳を傾ける。

 

 

極東戦役(FEW)の引き金を引いた本当の犯人を知っているかい?」

 

 

「……よく、分からぬ」

 

 

どうやら覇美はキンジの言った言葉にあまり理解していないようだ。

 

 

「じゃあ大樹を追っている理由は?」

 

 

「閻が強いって言ったから! 覇美が好きは、強い者!」

 

 

「ふぅ……大樹の女難の相はやっぱり大きいね」

 

 

それに関してはティナもウンウンと頷いた。

 

 

「ハビ。一つ賭けをしないか?」

 

 

「賭け?」

 

 

「俺が負けたら君のモノになろう。煮るなり焼くなり殺すなり、奴隷でもなろう」

 

 

だけどっとキンジは付け足す。

 

 

「俺が勝ったその時は、俺たちに協力してもらう」

 

 

「協力?」

 

 

「ようはハビは俺のモノになるってことだよ」

 

 

覇美はおお!っと内容を理解したようだ。

 

 

「やる! 覇美、自分を賭ける!」

 

 

「なら早く始めようか。ちょうど帰って来たみたいだしね」

 

 

キンジの言葉が言い終わった瞬間、操縦室のドアが開いた。

 

 

「お兄ちゃーん!」

 

 

「終わらせてきたぜ兄貴」

 

 

ドアを開けたのは、かなめとジーサード。二人は無傷かと思われたがジーサードの服は少し焦げていた。

 

 

「すまん兄貴。あいつら荷物の回収忘れてた」

 

 

「……まさか私の荷物が燃えたと言うことかね?」

 

 

「ああ、悪い」

 

 

刻諒の表情がさらに悪くなった。原因は出血ではない。精神である。

 

 

「閻はどうしたんだい?」

 

 

「いるぞ」

 

 

かなめとジーサードの後ろから閻がぬっと姿を現す。ジーサードと同じく服がボロボロで、肩には包帯が巻かれている。

 

 

「どうだった閻? 金三は強かっただろう」

 

 

「おいだからやめろ」

 

 

「金三……じーさーどでは無かったのだな。確かにキンゾーは見事であった」

 

 

「キンゾーの大勝利、だねッ!」

 

 

「よーく分かった。お前ら表に出ろ。今から一人一人に【桜星(メテオ)】を腹に叩きこんでやる。兄貴には特別に二発くれてやる」

 

 

「うー! 遅いッ!! 早く!」

 

 

全く始める様子を見せないキンジに覇美は怒った。

 

覇美は足を踏み込み腰を低くする。いつでもキンジに攻撃できるような体勢になった。

 

それを見たキンジも拳を握って構える。

 

 

「ハビがおいで」

 

 

先手を譲るキンジ。その瞬間、

 

 

ゴオォッ!!

 

 

 

 

 

覇美が消えた。

 

 

 

 

 

スパアアアアアァァァンッ!!

 

 

否。覇美はキンジに向かって攻撃を仕掛けただけだ。能力などは一切使用していない。

 

気が付けば覇美はキンジの腕と交差していた。キンジは覇美の攻撃を受け流しているようだった。

 

瞬間移動でもしたような速度。ありえない速さに誰もが唖然とする光景だった。

 

だがこの場合、覇美が凄いのではない。

 

 

 

 

 

その覇美の速度に対応した動きをしたキンジが一番凄いと言うこと。

 

 

 

 

 

「ごめん」

 

 

ダンッ!!

 

 

キンジのカウンター攻撃。覇美の虚を見事に突き、足を踏み出し覇美との距離をゼロにした。

 

右手の拳を握り、覇美に向かって叩きこむ。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

 

 

 

その速度は()()()()を超えた。

 

 

 

 

 

全身の筋骨を連動させて加速させる超音速の一撃。覇美の腹部に直撃した。

 

音が遅れて来ると同時に衝撃波で生まれた風が舞う。それだけキンジの攻撃は圧倒的に速く、最強だった。

 

キンジには本来腕だけで放つ【桜花(おうか)】という技がある。だが『腕』だけではなく、『全身』を使った【桜花】をキンジは使った。

 

肉体を【桜花(マッハ1)】に到達させるのに必要な速度のパス回数は4回。これを『つま先➡(かかと)➡膝➡骨盤』までで実現させる。右足でマッハ1。左足でマッハ1。合わせてマッハ2。

 

次に腰から脊柱のうち腰椎4骨、胸椎12骨を使って速度をパスし続ける。この時点で小計マッハ4を加算可能となる。

 

そして最後。『肩➡(ひじ)➡手首➡指』の右腕と左腕でマッハ2を足せば———!

 

 

(【8倍桜花】ッ……大樹を越えてしまいそうで怖いな)

 

 

キンジは心の中で苦笑いしていた。

 

周りの人と鬼は何が起こったのか理解できなかった。覇美が一瞬で消えて代わりにキンジが現れたことしか分からない。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

一拍遅れて壁から物凄い轟音が轟いた。まるで壁が爆発したかのような音。

 

そちらを見てみれば操縦室の壁が崩れ落ち、張り巡らされたパイプや配線がボロボロになって空洞ができてしまっていた。

 

 

「今……何が起きたのですか……!?」

 

 

ティナが震えた声で呟いた。この言葉はティナだけではない。ここにいるキンジ以外の全員が思っていることだった。

 

最強の鬼との勝負を一瞬で終わらせるありえない光景に誰も動けなかった。

 

 

________________________

 

 

現在時刻 午前2:00

 

 

ドドドドドッ!!!

 

 

「「「「Waaaaaaaaaait(待てやゴラァァァ)!!」」」」」

 

 

鬼の形相で俺たちを追いかける警察官たち。最近、鬼が多いこの頃。イカがお過ごしですか? スプラ〇ゥーンやってるって? 人気だなちくしょう。

 

まぁこっちも人気だ。追いかけているのがムサイ男じゃなければの話だがな!

 

ロンドン警視庁の廊下をリサを例の如くお姫抱っこ走り抜ける。おんぶは駄目だ。柔らかいのが当たるから。……じゃあ貧乳だったらおんぶするのかよって? ……こんなやましい男でごめんなさい。

 

とりあえずこんな状況になった理由を簡単に説明しよう!

 

1.警視庁に侵入(楽勝)

 

2.リサと手分けして手掛かりを探す。

 

3.カイザーの知り合いらしい人に出会う。

 

4.『頼んだ』とか『任せた』とか適当に返事を返す。

 

5.カイザーは中々身分が高い奴だから相手は後輩だと推測した。

 

 

6.最高責任者だった。

 

 

7.バレた。

 

8.連鎖的にリサもバレる。(主に俺のせい)

 

9.今。

 

ほーら、期待を裏切らない結果だろ? ホント、俺ってお馬鹿さん☆

 

 

「ご、ご主人様ぁ……!」

 

 

怖い警官に追いかけられ、涙目で俺に訴えかけるリサ。この小動物、お持ち帰りしたい。

 

 

「安心しろ。一般立入禁止書物庫の鍵は手に入れた。暗証番号の123桁も覚えているから後は問題ない」

 

 

俺はにッと笑顔を見せる。

 

リサは思った。この状況に全く動じない大樹はカッコイイと。

 

 

(何かフラグが立ったような気がするが気のせいだような? ……だよね?)

 

 

リサの頬が赤いのは疲れているからだよね? ねぇ何で俺の顔ばっか見てるの? ブサイクだよね? 自分で言ってて悲しいわ。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

ドアを蹴り飛ばし部屋に入る。中にいた警官たちが驚くが無視。俺は足に力を入れる。

 

 

パリンッ!!

 

 

窓を蹴り割り、飛び降りる。警官たちの驚きの声が遠くなる。

 

リサの抱き締める力が強くなる。俺はリサを抱えたまま壁を()()()

 

2階のコンクリート壁を3、4、5、6と壁を走りながら上へと上がっていく。

 

そして7階に到達した瞬間、開いていた窓から侵入する。部屋は会議室のような場所でテーブルと椅子、ホワイトボードしかなかった。

 

すぐに部屋を出て廊下を走り抜ける。この先が目的地だ。

 

 

「そこまでよ」

 

 

「ッ!?」

 

 

ザンッ!!

 

 

突如声が聞こえたと同時に上から(かま)のような刃が薙ぎ払われた。俺はリサを抱えたまま後ろに下がり回避する。

 

 

パンッ!! パンッ!! パンッ!!

 

 

「チッ!」

 

 

軽快な発砲音と共に銃弾が何発も飛んで来た。舌打ちをしながら体を逸らして銃弾を避ける。

 

そして、ここに来てやっと相手を見ることができた。

 

 

「ッ……テメェ……何のつもりだぁ……!」

 

 

長い髪の女性は大きな鎌を持っていた。ロングスカートのワンピースを着た絶世の美少女。

 

俺は知っている。この女を。

 

 

「悪いけど狩らせてもらうわよ」

 

 

そう言って鎌を構える。

 

 

 

 

 

遠山 キンジの兄であり、『カナ』が俺を敵として道を塞いでいた。

 

 

 

 

 





キンジの戦闘シーンは三回も書き直しました(笑)

どうしてもかっこよく見せたかったです。


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Scarlet Bullet 【困惑】


最近シリアスな展開が多すぎたのでギャグ多めでいきたいと思います。と言いつつ最初からシリアス全開ですが。


「何でテメェがここにいる……!」

 

 

目の前にいるカナを睨み付ける。リサを後ろに下がらせ俺はスーツの裏側に入れたコルト・ガバメントに手を掛ける。

 

 

「分からないのかしら?」

 

 

「……まさか国際指名手配犯だからとか言うんじゃねぇだろうな?」

 

 

「……自覚は無いようね」

 

 

俺の言葉にカナは悲しそうな表情をした。その表情に俺は苛立ち、声を荒げる。

 

 

「何が言いたいんだよッ!!」

 

 

「鏡を見なさい」

 

 

何故か俺の視線は自然と窓へと移った。そして、映った自分に恐怖した。

 

 

 

 

 

鬼のツノを生やした化け物がそこにいた。

 

 

 

 

 

分からなかった。自分がまた鬼の姿になっていることに。

 

だが、大樹は逆に冷静になっていた。

 

 

「……何だよ。そんなにおかしいのかよ、俺は」

 

 

「……………」

 

 

「これは大切な人を守る為に手に入れた力だッ! 例え醜い姿でも守れるなら俺は構わねぇんだよッ!」

 

 

ゾオオオオオォォォ……!!

 

 

大樹から黒い闇が溢れ出す。その禍々しい気配にカナは目を伏せる。

 

 

「このままだとあなたは、もう人間じゃなくなる」

 

 

「馬鹿が。もう人間じゃねぇよ。誰かも分からない血を飲むような人間だ。それは人間って言っていいのかよ?」

 

 

「ッ……!」

 

 

カナの表情が険しくなる。鎌を握った手の力が強くなっているのが遠目で分かる。

 

 

「……変わったわね。悪い方にだけれど」

 

 

「どこがだよ。俺はあの時よりずっと強くなった。守りたい人を守れるようになった。何を間違えている?」

 

 

「守っている人を自分で傷つけていることに気付かないの? 守るのは体だけじゃないわ。心も守らなければ———」

 

 

「心だぁ? 面白い事を言うなお前」

 

 

大樹はカナに向かって指を差す。

 

 

「キンジの心を傷つけたのは、お前だろ」

 

 

「ッ……!」

 

 

その言葉にカナの表情が酷く歪んだ。

 

 

「偉そうな口を叩く前に自分のことを見ろよ。それに俺はそんなことはしねぇよ」

 

 

「……言い切れるかしら?」

 

 

「言い切れる」

 

 

大樹は口端を吊り上げながら話す。

 

 

「俺はずっと『やられる側』の人間だった。俺は全部知っている。死にたくなるような痛みも悲しみもな」

 

 

「……………」

 

 

「だから俺はそんな痛みも悲しみも与えさせない。守り続けて見せる。この力でな」

 

 

「それが人を殺めてしまう力でも?」

 

 

「俺は姫羅を殺す」

 

 

「ッ……本気で言っているのね」

 

 

「ああ、俺は殺す。絶対にアイツは殺す。俺の全てを裏切ったアイツだけは許さない」

 

 

大樹の背中から黒い光の翼が広がる。廊下の窓はヒビが入り、床のタイルに亀裂が走った。

 

 

「そこをどけ。手加減はするつもりは一切ない。死ぬぞ」

 

 

「……………」

 

 

カナは目を伏せてしばらく黙った。そして、

 

 

「……今のあなた、できれば会わせたくないわ」

 

 

「やっぱりこの先にいるんだな」

 

 

カナは大きな鎌を下に下げて道を譲った。廊下の壁に背を預けて諦めた表情をしていた。

 

そして、カナの言葉で確信できた。この先に、『神崎 かなえ』がいる。

 

まさか牢屋じゃなくて書庫に人を隠すとは……イギリスも考えたな。

 

大樹はゆっくりとカナを警戒しながら進む。あとからリサもついて来るが、

 

 

「あなたはここで待ちなさい」

 

 

「ッ……!」

 

 

鎌をリサの前に出して道を妨害する。リサは鎌に驚き後ろに下がる。

 

 

「彼女には手を出さないわ。追手も含めて時間は10分も稼げない」

 

 

遠回しにリサを守ってくれるらしい。ホント、よく分からない人だ。

 

 

「……リサ。そこで待っていろ」

 

 

俺はそのまま厳重にロックが施されたドアに手をかけた。

 

 

________________________

 

 

 

全ての鍵を外し、ロックを解除して部屋の中に侵入する。

 

中は薄暗く、何百も越える棚に書類の山が目に付く。奥には一つの『KEEP OUT』の張り札が吊るされた扉が見える。

 

 

(このドアの先にいるのか……)

 

 

俺は呼吸を整える。深呼吸して暴れ出していた血流を抑える。

 

自分の頭に手を当てて鬼のツノが無いか確認する。よかった。どうやら消えたようだ。

 

 

ギギギギギッ……

 

 

錆びれた古いドアだった。開ける時に金属が削れる音が耳を不快にする。

 

中はテーブルと椅子があるだけ。そして、椅子には一人の女性が座っていた。

 

 

「……お久しぶりです。かなえさん」

 

 

 

 

 

オレンジ色の囚人服を着た神崎 かなえがいた。

 

 

 

 

 

「……来ましたね」

 

 

真剣な表情で俺の目を見る。かなえさんの雰囲気が初めて会った時とは全く違った。

 

 

「どこまで知っていますか」

 

 

「全部嘘と言うことは分かっています」

 

 

「感謝します。時間が無いから手短に話す。アリアが緋緋神に乗っ取られた」

 

 

「……そう」

 

 

「……その顔、いつかそうなるって知っていた表情ですよ」

 

 

「そう捉えても、構いません」

 

 

「……俺がここに来るまで、ずっと過去のことを推理し続けました」

 

 

「続けてください」

 

 

「まずかなえさんが懲役864年の罪をイ・ウーに着せられたとアリアは言いました。しかし、それは違う」

 

 

「理由は?」

 

 

「二つあります。まずイ・ウーにはメリットがほとんど無かったことです。あなたに罪を着せるにしても、864年も着せる必要はないはず。どうせなら邪魔になっている他の人に罪を分けて付けたほうがイ・ウーにもメリットがあります」

 

 

それにっと俺は付け足す。

 

 

「既に日本の政府が罪を着せていた証拠は少しだけ手に入れたからっというのも後付けですが理由です」

 

 

「……先に二つ目を聞いてもいいですか?」

 

 

「かなえさんが色金(イロカネ)と緋緋神を知っているからだ」

 

 

その核心をついた言葉は、かなえさんの表情を変えるには十分だった。

 

 

「……大樹さん。やはりあなたがそこまで踏み込むと思っていました。いつか、このことを話す日が来ると」

 

 

「……どういうことですか」

 

 

「確かに私は上から罪を着せられました。色金について話せと命令も受けています」

 

 

「俺の言っていることは合っているっと?」

 

 

「ええ」

 

 

「……どうして今まで言わなかったのですか。言えば解放くらいされて……」

 

 

「アリアのためよ。喋れば、アリアが殺されるから」

 

 

その言葉に俺は下唇を強く噛む。

 

結局、俺のやっていることは無駄だったのか……。

 

 

「無駄と思ってはいけません。大樹さんが助けてくれたおかげで布石を一つ置くことができました」

 

 

「布石?」

 

 

「全てメヌエットに任せています。もう緋緋神の正体を推理している。彼女に聞くのが賢明かと」

 

 

何故かかなえさんは自分の口で言わない。その時、俺の脳の奥がピリピリと焼けるような感覚に襲われる。

 

 

(見られている……?)

 

 

隠しカメラどころか気配など微塵も感じない。だが、見られているような嫌な感覚だ。

 

 

「……話せないですか?」

 

 

()()で話すことはもうありません」

 

 

やっぱり。俺にも分からないような何かがここにある。

 

恐らくかなえさんはそれを知っている。だから喋らない。

 

しかも、俺にも分からないモノだと手の出しようがない。ここは大人しく引き下がるべきだ。

 

 

「……大樹さん。正直に言いますと、アリアのことは諦めた方がいいとしか言いようがありません」

 

 

「ッ……本気で言っているのか」

 

 

「あなたも限界が来ているのではないですか?」

 

 

「限界……何を言って———?」

 

 

「鬼に憑りつかれたのは、アリアだけじゃない。あなたもじゃないですか?」

 

 

かなえさんの視線が俺の目ではなく、頭部に移っているのが分かった。

 

手をゆっくり頭部に持ってくると、よく分かった。

 

また自分の頭から鬼のツノが生えていることが。

 

 

「……限界まで、まだ猶予はあります」

 

 

俺は目を伏せながら小さな声で話す。

 

 

「アリアを救うまでは……美琴を救うまでは……姫羅を殺すまでは……俺は絶対にこの体をアイツにはやりません」

 

 

「ッ……対価を支払って戦っているのですか」

 

 

「最初はそうでした。でも今は覆しています。逆に鬼の力を乗っ取っています」

 

 

ですがっと大樹は震える唇でゆっくりと話を続ける。

 

 

「もう……俺の思考は鬼と同じになりつつあります。時間の問題、かと」

 

 

「どうして……どうして自分を犠牲に」

 

 

「どうして、でしょうね……俺ってずっとそのことで悩んでいるんですよ」

 

 

無限に増え続ける悩みのタネ。一つ花がつけばまた悩みのタネが増える。そんな負の連鎖に俺は苦しんでいる

 

最初は姫羅のことだけだったのに、今はこんなに解決しなければいけないことがある。

 

 

「……一つだけ、ヒントをあげます。答えは自分で探さなければ意味をなさないので」

 

 

「ヒント……?」

 

 

 

 

 

「もし自分を犠牲にして、あなたが助けられた場合、どう思うか考えてみてください」

 

 

 

 

 

「ッ!」

 

 

そんなの決まっている。悲しいと思うし、やって欲しいとは思わない。

 

もし美琴が、アリアが、優子が、黒ウサギが、真由美が、ティナが……そんな馬鹿なことをするくらいなら、俺は……!

 

……………どうして。どうして———!

 

 

「ぅ……ぐすッ……!」

 

 

———こんなに俺は無感情なんだろうか。

 

頭の中で分かっている。分かっているはずなのに何とも思えない。『悲しい』のに『悲しくない』。

 

この涙を流す意味を分かるのに、その真意を理解できない。

 

きっとみんなはこんなに悲しい感情を抱いているはずなのに、俺は何も思えない。その無感情が悲しむ代わりに俺の目から流れ出した。

 

 

「言いたいことはッ、分かりました……でも、俺はもう止まることができませんッ」

 

 

「大樹君……」

 

 

目から溢れ出す水をスーツで拭い、俺は後ろを向く。

 

 

「この身が滅びようとも、俺は立ち上がり続けて、守る」

 

 

「……………」

 

 

俺の言葉に、かなえさんは何も答えなかった。

 

 

「……今ならあなたを連れて逃げることぐらいはできます」

 

 

「いえ、私はここにいなければなりません。これ以上、迷惑をかけるわけにはいかない」

 

 

「……分かりました。俺はこの後、メヌエットに会いに行きます」

 

 

「……最後に一つだけ、よろしいですか?」

 

 

「……何でしょう」

 

 

しかし、返事をいくら待っても返ってこなかった。

 

振り返ようとするが……やめた。

 

 

 

 

 

「アリアをッ……助けてくださいッ……!」

 

 

 

 

 

「ッ……そんなこと、言われなくても分かっていますッ……!」

 

 

(すす)り泣く声が聞こえた。俺は手を痛くなるほど強く握り絞めた。

 

 

「必ず助けます……!」

 

 

俺はそう言ってドアを開けて、その場から立ち去った。

 

一人残されたかなえは呟く。

 

 

「でも大樹さんッ……あなたがそんな状態ではッ……!」

 

 

届かなかった言葉に、かなえは後悔し続けた。

 

 

________________________

 

 

 

現在時刻 3:00

 

 

 

ダークシー・グレー色をした航空機———X—19(サジタリウス)

 

ヘリのように滑走路が不要で。固定翼機のように高速で航続距離も長い機体。

 

『人類の飛び方を変える』とさえ言われた夢の乗り物にティナたちは乗っていた。

 

 

「改めて自己紹介する。俺は遠山 キンジ。Eランク武偵だ」

 

 

「サラッと嘘つくなよ兄貴」

 

 

「嘘じゃない。事実だ」

 

 

ティナたちに自己紹介をするキンジ。隣でジーサードがジト目で溜め息をついていた。

 

 

「思い出してみろよ、マッシュとの戦い。シャトルを拳だけで———」

 

 

「やめろ。思い出したくない」

 

 

……一体シャトルをどうしたのだろうか。しかも拳とはどういうことだろうか。ティナたちは想像することを放棄した。

 

 

「助けてくれて感謝している。私たちだけでは勝てなかった」

 

 

包帯でまたグルグル巻きになった刻諒(ときまさ)がお礼を告げる。ティナと(れい)も礼を言う。

 

 

「ありがとうございます」

 

 

「ありがとう。助かったわ。それに治療までして貰って」

 

 

幸い、拳は無事。日が経てば自然と治る。麗は包帯を巻いた手を見せながら礼の言葉を重ねる。

 

 

「それで? さっきから不愛想な顔をしているアンタは何だ?」

 

 

「俺は問題無く(オーガ)に勝てた。いらぬ手助けだ」

 

 

「あァ?」

 

 

凄い形相でジーサードがサイオンを睨む。

 

 

「サイオンはツンデレだから勘弁してちょうだい」

 

 

「いい加減にしてくれないかレイ」

 

 

「それなら仕方ない。俺の弟もツンデレだからな」

 

 

「よし兄貴。銃弾のキャッチボールだ。俺が撃つから兄貴はいつもみたいに素手で取ってくれ」

 

 

「おい。俺が人間じゃないみたいな言い方はやめろ」

 

 

「「「「「え?」」」」」

 

 

「よしお前ら殴る。今声に出したヤツは全員鉄拳制裁だ。マッハ1の【桜花(おうか)】を一人一発ずつやるから並べ」

 

 

ジーサードと同じことを言っているキンジ。しかし、普通の人間はマッハ1という速度を出すことは無理であるということを気付いてないことに周りは少し引いていた。

 

 

「それより鬼はどうするつもりなの?」

 

 

「俺のことは無視かよ……」

 

 

これでも気を遣った方だと麗は心の中で呟いた。

 

 

「兄貴。少し黙っとけ。アイツらは兄貴が決めてる。早く言え」

 

 

「どっちだよ。黙るのか喋るのかハッキリさせろ」

 

 

はぁ……っとキンジは溜め息をつきながら話す。

 

 

「覇美たちは俺たち師団(ディーン)の傘下に入って貰う」

 

 

「できるのかい?」

 

 

刻諒の言葉にキンジは頷いた。

 

 

「あの小さい鬼、兄貴に惚れたみたいだしな」

 

 

「へぇ~お兄ちゃん?」

 

 

「か、かなめ? 目が怖いぞ?」

 

 

「……話を進めていいかい?」

 

 

遠山三兄妹に刻諒はもう疲れ切ってしまっている。

 

 

「どうして君は生きているんだ?」

 

 

「と、刻諒さん。聞き方が酷いです……」

 

 

「す、すまない。私としたことが……コホン!」

 

 

ティナに指摘されて刻諒はすぐに言葉を訂正する。

 

 

「どうして死んでいないのかい?」

 

 

「喧嘩売ってんのか」

 

 

「ど、動揺しているんだ。まさか君がこんなタイミングで出会うとは思わなくて……大樹君からしっかりと話を聞いているよ」

 

 

「やっぱり大樹もいるのか!」

 

 

「……すまない。今は一緒じゃないんだ」

 

 

声のトーンを落とし、落ち込んだような反応を見せる刻諒にキンジは驚く。

 

 

「どういうことだ?」

 

 

「大樹君は私たちを置いて先にイギリスに行ったみたいなんだ」

 

 

「大樹が……?」

 

 

大樹のことをよく知っているキンジには信じられなかった。仲間を、大切な人を置いて行くような人じゃないとキンジは分かっている。

 

 

「詳しい話を聞かせてくれ」

 

 

真剣な表情で聞くキンジに刻諒は頷いた。

 

刻諒は日本の名古屋武偵を初めとして、ここまで起きたことを細かく説明した。

 

戦闘や大樹の言葉。鬼のことも包み隠さず、覚えていることは全て話した。そして、

 

 

「「「「「「……………」」」」」

 

 

全員がドン引きした。

 

 

「おかしいだろ……兄貴の友達……銃弾の足場にするとか人間やめすぎているだろ……」

 

 

人間どころかあの鬼ですらできる領域でない行動に、ジーサードさえドン引きである。

 

 

「……大樹は大丈夫なのか?」

 

 

「……すぐに助けに行ったほうがいいかもしれない。私から見ればかなり精神状態が危険だ」

 

 

「ッ……!」

 

 

刻諒の言葉にティナの表情が歪む。何もできないことが悔しく、悲しい表情だった。

 

 

「それより君は行方不明になっている間、何をしていたのかい?」

 

 

「こっちもいろいろあったんだ。御影(ゴースト)に襲撃されたり、奴隷にされそうになったり、死にそうだった」

 

 

やっぱり思い出したくないことだらけだなっとキンジは言いながら落ち込んでいた。

 

 

「アメリカ……ですか?」

 

 

「ああ、よく知っているな」

 

 

ティナの言葉にキンジは肯定した。カツェの言っていたことは本当だったと証明された。

 

同時に、敵の本拠地が明確になった。『可能性』から『絶対』に。

 

 

「兄貴が捕まっているところに、俺が助けてやったわけだ。マッシュと一戦交えたが、今は仲間だしな」

 

 

「マッシュ……もしかしてマッシュ=ルーズヴェルトのこと!?」

 

 

『マッシュ』という聞き覚えのある名前にずっと考えていた麗が驚愕の声を出した。

 

 

「母上。知っているのですか?」

 

 

米国家安全保障局(National Security Agency)———NSAのマッシュ=ルーズヴェルトのことよ」

 

 

刻諒の言葉に麗は頷いた。

 

 

「簡単に言えばミニ大統領みたいなヤツってことだ」

 

 

「……遠山君の例えが意外と合っていて否定しづらいわ」

 

 

マッシュはアメリカの特権階級(プリヴィレッジ)を持っている———つまり米国防総省(ペンタゴン)に行けば准将相当、ニューヨーク市警察(NYPD)に行けば部局長相当、CIAに行けば技術保障部長級の権限が附与(ふよ)されるとマッシュ本人が言っていたことをキンジは皆に教えた。

 

 

「そ、そんな人と一戦交えたのですか……」

 

 

「その時に兄貴が炭水車に積まれた石炭をボールにして、野球感覚で鉄骨バッドを使って石炭を打ち返してプレデターをぶっ壊したりしたんだ」

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

「あとは———」

 

 

「おい!? だからドン引きしているだろうがッ!! これ以上はやめろッ!!」

 

 

ここからが面白いんだろうがっとジーサードは文句を言いながらキンジを見る。キンジはこれ以上の話は駄目だと抗議している。

 

 

「そろそろ本題に戻すぞ。俺たちは御影(ゴースト)を倒すために行方不明になっていた大樹の力を借りるためにここまで来たんだ。お前らの目的は何だ?」

 

 

「遠山さん。それに関して私からお話があります」

 

 

遠山の質問にティナが返した。遠山は目を少し細めてティナに問う。

 

 

「……その前にお前は何者だ。大樹との関係は何だ?」

 

 

「私はティナ・スプラウト。大樹さんの……護衛のために一緒に行動していました」

 

 

「護衛?」

 

 

「はい」

 

 

ティナは少し間を置いて、告げる。

 

 

「神と戦うために」

 

 

「ッ! ……ティナと言ったな。少し二人だけで話さないか?」

 

 

遠山はティナの言葉に全てを察し、ティナはキンジの言葉に頷いた。

 

 

________________________

 

 

 

キンジとティナは部屋から出て廊下に出た。そしてキンジはティナの話を聞いていた。

 

 

「やっぱり緋緋神がアリアを選んだか……」

 

 

「知っていたのですか?」

 

 

「ああ。瑠瑠神(ルルガミ)が教えてくれたんだ」

 

 

「瑠瑠神……ですか?」

 

 

「緋緋神には姉妹の瑠瑠神と璃璃神(リリガミ)がいるんだ。俺はその瑠瑠神にアメリカで会って来た」

 

 

キンジは続ける。

 

 

「瑠瑠神の答えは『潰えさせる』———殺せということだった」

 

 

「ひ、緋緋神をですか……!」

 

 

「ああ、これでな」

 

 

制服の裏に隠し持っていたバタフライナイフ。キンジは刃が青みを帯びたナイフをティナに見せた。

 

そして気付いた。大樹の言っていたナイフではないかと。

 

 

「ッ……もしかして、前は赤くなかったですか?」

 

 

「ど、どうして知っているんだ?」

 

 

「そのナイフが、大樹さんが遠山さんを探している目的です」

 

 

「ッ!」

 

 

ティナの言葉にキンジが驚く。

 

 

「……大樹は色金止女(イロカネトドメ)だと知っていたのか?」

 

 

「……いえ、そのようなことは聞いていません」

 

 

「コイツは……あー、分かりやすく言うと緋緋色金に共振して力を打ち消す効果があるんだ。少しだけだが」

 

 

大樹の推理が当たっていたことにティナは驚いた。どうしてナイフのことを知っているかと聞いても『何となく』『男の勘』『日頃の読書』っと意味の分からないことばかりしか言わなかったから。

 

 

「今は瑠瑠色金の金属を電気メッキで同化してもらったから青くなっているし、瑠瑠神もいる」

 

 

「……金属に神がいるのですね」

 

 

「ああ、金属……というか色金な」

 

 

ポゥ……!

 

 

その時、キンジの持ったナイフが青く光り始めた。

 

 

「「ッ!?」」

 

 

光は何度も瞬き、輝く。キンジとティナも何が起こっているのか分からない。

 

 

『ティナ……スプラウト……』

 

 

突如、頭の中で声が響いた。

 

 

「ッ!? 誰ですか!?」

 

 

「お、落ち着け! これがさっき言っていた瑠瑠神だ!」

 

 

頭の中に響く声はキンジにも聞こえていた。スカートの中に隠していた拳銃を手に取り警戒するティナをキンジはなだめる。しかし、このタイミングで瑠瑠神が現れるとはキンジも全く予想がつかなかった。

 

 

『落ち着いてください。私はあなたの味方です』

 

 

ティナは相手に敵意は無いことが分かると、拳銃をスカートの中へと戻した。

 

 

『あなたは彼と一緒にいる者ですね』

 

 

「……大樹さんのことですか?」

 

 

『はい』

 

 

「待て瑠瑠神。どうして今出て来たんだ」

 

 

『あなたの友人が持つロザリオで彼をずっと見ていました』

 

 

キンジの友人が持つロザリオ———理子の持つ大切な青い十字架のペンダントのことだろう。瑠瑠神はずっとそこから大樹を見ていたとキンジはすぐに分かった。

 

 

『ですが、鬼の力を持った彼の姿は……』

 

 

瑠瑠神は続きの言葉を言わない。いや、言いたくないのが正しいかもしれない。

 

 

「大樹が鬼の力に飲まれているのは本当だったのか……」

 

 

『あの時の彼とは、全く違う。むしろ悪くなっているような錯覚でした』

 

 

瑠瑠神は告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()の姿の方が、ずっと立派でした』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瑠瑠神の言葉にキンジとティナは戸惑った。

 

 

「ご、五年前? 半年前とかの話じゃないのか?」

 

 

『いえ、確かに五年前です。あなたも覚えているはずです。英国が火の海に包まれた事件を』

 

 

『英国』と『火の海』というワードに、キンジはすぐに分かった。

 

 

「ロンドンの悲劇……『獄火(ごうか)(がい)混乱(こんらん)事件』……!」

 

 

「ッ!? 大火災ですか……?」

 

 

「五年前、原因不明の大火災がロンドンの中心街で起きたんだ。全部のチャンネルがそれについて変わったからよく覚えている」

 

 

原因不明は今も原因不明のまま。どうして火災が起きたのか全く分からないらしい。

 

その事件が起きた時期は五年前。つまりキンジが12歳くらいの時だ。

 

事件について思い出すと、あることに気付いた。

 

 

「まさか奇跡的に起こった死者が0というのは大樹が……!?」

 

 

『はい。彼が全て助け出したからです。ハッキリと今も覚えています』

 

 

「……小学生ぐらいの年齢だぞ。本当に大樹なのか?」

 

 

キンジの言葉はティナも同じことを考えていた。自分のようにガストレア因子を持っていない大樹がそこまで強いだろうかっと。

 

しかし、瑠瑠神は逆にキンジの言葉に驚いていた。

 

 

『……彼の年齢は……いくつなのですか?』

 

 

「確か17か18だ」

 

 

『……おかしいです』

 

 

「え?」

 

 

瑠瑠神は今になって自分の言葉がおかしいことに気付いた。

 

 

『あの時の彼の姿は、現在と同じ姿……でした……!』

 

 

「……は?」

 

 

『全く変わっていないのです。どうしてこんな単純なことに気付かなかったのでしょうか……』

 

 

瑠瑠神の言っていることを整理する。彼女が言っているのは『五年前の大樹』は『現在と同じ姿』だということ。

 

 

「瑠瑠神。言っていることが無茶苦茶だぞ。そんなことはありえない。五年も経てば人間は絶対に変わる」

 

 

『……ですが、私はしっかりと見たのです。色金を通して』

 

 

瑠瑠神の声は自信を無くしていた。確信していた事実が捻じ曲げられ、断言できなくなっていしまったから。

 

この時、ティナは大樹について何も知らないことが仇となっていた。

 

 

 

 

 

五年前、彼がどこの世界にいたのか。

 

 

 

 

 

異世界は、ここだけではないことを。

 

 

「……見間違いだろ。それに瑠瑠神。他に用があるんじゃないのか?」

 

 

『……そうですね。この話はまたの機会に……ティナ・スプラウト』

 

 

「……何でしょうか」

 

 

『あなたに、力を貸したい』

 

 

「ッ!」

 

 

その言葉にはティナだけでなく、キンジも驚いていた。

 

 

「どうして……私に?」

 

 

『あなたが、私との波長が一番合っていました』

 

 

「まさか緋緋神がアリアを選ぶのと、璃璃神がレキを選ぶように瑠瑠神はティナを選んだのか?」

 

 

『はい。同じ了見だと思って構いません』

 

 

「でも、どうやって力を貰うのですか?」

 

 

『私の一部をあなたが持ってください。そうすれば力を貸してあげれます』

 

 

そして、ナイフの光は徐々に弱くなり、声が聞こえなくなった。

 

キンジはナイフを直し、奥の部屋を指差しながらティナに教える。

 

 

「金属ならまだあったはずだ。アンガスに頼めば作って貰えるぞ」

 

 

「アンガス?」

 

 

「弟の優秀な家来だ。俺のナイフも、アンガスが作ってくれた」

 

 

「そうですか……その、遠山さん」

 

 

「何だ?」

 

 

ティナは遠山の目を見ながら質問する。

 

 

「本当に五年前、大樹さんは……その……ロンドンの街を救ったのでしょうか」

 

 

「……分からん。だけど、」

 

 

キンジはティナの頭をポンと優しく乗せる。

 

 

「アイツなら、やってくれそうだ」

 

 

「……はい」

 

 

キンジの優しい言葉に、ティナの肩に乗った重みが軽くなったような気がした。

 

 

「Loo!」

 

 

「ッ!?」

 

 

突如背後から声をかけられたことにティナはビクッと驚く。そもそも声をかけられたのか分からない。

 

ティナと同じくらいの青髪の少女。白いスクール水着のようなモノを着ており、手には大量の資料の紙を持っていた。

 

 

Loo(ルウ)か。こんな所で何をしているんだ?」

 

 

「Loo!」

 

 

「……そうか」

 

 

(あ、今この人読み取ることを諦めた)

 

 

キンジの目はLooを見ていなかった。ただ、ただ頷くだけだった。

 

 

「キンジじゃないか。どうしたんだい? また女の子に手を出して追い出されたのかい?」

 

 

Looの後ろから背が低い中坊ぐらいの白人少年が歩いて来た。マッシュルームみたいな髪型に金緑メガネをかけている。

 

 

「マッシュか。というか女に手なんかださねぇよ」

 

 

「マッシュ……ミニ大統領さん?」

 

 

「誰だいそんな馬鹿みたいな例えをしたのは馬鹿は?」

 

 

すぐにキンジはまた目を逸らした。犯人はこの人です。

 

 

「そもそもキンジ。その冗談は笑えないね。その金髪の子に手を出そうしたのだろ? ホラ、その証拠にLooの体をジロジロと舐め回すように見た後、比較するように金髪の子の体を———」

 

 

「やってねぇよ!」

 

 

「だが君は女の子に手を出し過ぎだ。ホドホドにしたまえ」

 

 

「だからやってねぇよ!」

 

 

「ジーサードから聞いたよ。すれ違いざまに女の人のお尻を触ることが趣味で、最近は背が低いロリを狙っているとか」

 

 

「きんぞおおおおォォォ!!!!」

 

 

キンジはジーサードにキレるが、二人の少女? ティナとLooが怖がっていた。

 

 

「そのような大層なお方とは露知らず、今までとんだご無礼を……」

 

 

「Loo……」

 

 

三秒後、ジーサードはキンジに殴られた。

 

そして20秒後、キンジは帰って来た。

 

 

「それで? お前はどうしたんだ?」

 

 

「……君たちの兄弟喧嘩は洒落にならないからあまりやらないでくれ。飛行機が落ちる」

 

 

「堕ちねぇよ」

 

 

「それよりグッドニュースとバッドニュースの二つが入った。同時に言うから喜ばず落ち込まず聞いてくれ」

 

 

「……何だよ」

 

 

「楢原 大樹がロンドン警視庁で大暴れした。すぐに行けば彼を見つけれるはずだよ」

 

 

「「ッ!?」」

 

 

マッシュの言葉に二人は言葉を失った。

 

グッドなニュースなんて、どこにも無かったことに。

 

 

 

________________________

 

 

 

現在時刻 4:00

 

 

 

「どうしてお前までついて来た」

 

 

「いいじゃない。私とあなたは仲が———」

 

 

淡々と俺と仲が良い事を語り出すカナに俺は頭を抑えていた。この人、苦手な部類かもしれねぇ。

 

 

「むう」

 

 

しかも仲が良い事(嘘話)にリサは信じてしまうし。頬を膨らませて、少し怒りながら料理を作っているし。なんだよ。俺が何をしたっていうんだし!

 

 

「そもそもお前、パトラも一緒にいるのかよ」

 

 

「なんぢゃ? 不満か?」

 

 

スカーフを被った黒革装束の格好をしていた。あのエジプトの大胆な恰好———エジプタリアンな恰好はしていなかった。何だよエジプタリアンって。

 

ホントコイツら何なの? 盗んだ人の車に無断で入って来るわ、お家まで上がって来るわ。ちょっと勝手過ぎません? え? お前の方が勝手だろって? ……ちょ、ちょっと何言っているのか分からないですね。

 

 

「ああ、不満だ。早く出て行かねぇとそこにいるワトソンと同じ目に遭わせるぞ」

 

 

「いい加減この縄を解きたまえ!! 僕達は味方だ!!」

 

 

「うるせぇ!!」

 

 

「キレられた!?」

 

 

これ以上人が増えて厄介なんだよ!

 

 

「チッ、カイザーの金も全部使い切ってしまったし……テメェから金を取るぞ、カナ?」

 

 

「……………」

 

 

「嘘だ。そんな顔するんじゃねぇよカイザー。身分証明に使っただけだから」

 

 

その瞬間、カイザーの表情が明るくなった。

 

カナは全く変わらない調子でニコニコしながら返答する。

 

 

「駄目よ。泊まる場所が無くなるわ」

 

 

そういう問題なのか? 脅しているんだけど? そんな緊張感の無い顔しないで。

 

 

「もうワトソンとカイザーやるから帰ってくんね?」

 

 

「僕は取引道具じゃない!!」

 

 

「もう一声」

 

 

「取引しようとしてる!?」

 

 

「カイザーの財布」

 

 

「(´・ω・`)」

 

 

「……そろそろ真面目な話をしましょうか」

 

 

最初からして欲しかった件について。

 

 

「キンジは生きているわ。知っているでしょうけど」

 

 

「だろうな。死んでも生き返りそうな体質してそうだから分かっていた」

 

 

「そしてアリアを止めるために、キンジの持っている色金止女(イロカネトドメ)を欲しがっている」

 

 

「ッ! やっぱりあのナイフは特別だな」

 

 

色金止女。まさに緋緋神を止めてくれそうな名前だ。

 

 

「でも無駄よ。あれは抑えるだけであって消せないわ」

 

 

「な、何だと……!?」

 

 

唯一の希望だったモノが砕かれた。その衝撃的な一言に俺は口をパクパクさせて何も言えなくなった。

 

 

「じゃあ……じゃあアリアを救うには———」

 

 

「……やっぱりアリアが選ばれたのね」

 

 

「ッ」

 

 

失言。知られたくなかったことを知られてしまった。

 

 

「……諦めた方がいいと言われなかったかしら?」

 

 

「ッ……だったら何だ。俺はそれでも違う方法を探すだけだ」

 

 

「……そう」

 

 

カナは目を細め、俺から目を逸らした。

 

 

「君たち……一体何の話をしているんだ……」

 

 

「ワトソン。実はかくかくしかじかなんだ」

 

 

「伝わらないよ!?」

 

 

「なるほど。理解した」

 

 

「カイザー!?」

 

 

「いい加減真面目な話をしたらどうぢゃ……」

 

 

俺たちの会話にパトラが呆れてしまった。カナはいつも通りニコニコしているが。

 

とりあえずワトソンと情報交換(一方的に聞き出した。こちらはあまり提供していない)をした。

 

 

御影(ゴースト)の組織を壊滅させる……!?」

 

 

「正確にはある奴を殺す。多分、それだけで壊滅できるはずだ」

 

 

「こ、殺すッ……!?」

 

 

普通じゃない物騒な言葉にワトソンの表情は引き攣った。周りもあまり反応は良くない。

 

 

「何驚いてんだ。ロンドンでは午後の紅茶ついでに人を殴る風習があるだろうが」

 

 

「ないよ!? ねじ曲がっているよキミの常識!?」

 

 

「赤い紅茶は殴った人間の血が混ざって———」

 

 

「だからないよ!?」

 

 

「誤魔化すのはそれくらいにしたまえ」

 

 

トーンの低いカイザーの言葉で俺とワトソンは会話を止めた。

 

 

「人を殺すとなると私たちはキミを本当に逮捕しなければならない。キミも武偵なら、復讐は逮捕で止めておくべきだ」

 

 

「意味の無いことを言ってんじゃねぇよ」

 

 

「意味や理由など我々に必要ない。必要なのは人としての心だ」

 

 

「ッ……遠回しに俺のことを人間否定するのは構わねぇよ。俺は人間をやめているからな。だが」

 

 

俺はカイザーを睨みながら告げる。

 

 

「一度死んで生き返った奴を、人間と呼ぶのか?」

 

 

「ッ!?」

 

 

「違うだろ? そいつらにはピッタリの名称がついているだろ?」

 

 

大樹は後ろを振り返る。みんなに顔が見えないように。

 

 

「『化け物』ってよ。俺と姫羅はその『化け物』なんだよ。分かるか?」

 

 

「……もうこの話はやめなさい」

 

 

カナに止められ、俺とカイザーも口を開こうとしなかった。ワトソンとパトラも気まずそうな表情をしていた。

 

沈黙が部屋を支配する。聞こえてくるのはグツグツと煮込む鍋の音だけ。

 

 

「ご主人様。食事の用意ができました」

 

 

沈黙を破ったのは意外な人物。リサだった。

 

少し驚いたが、俺は返事をする。

 

 

「あ、ああ……助か……ッる!?」

 

 

しかし、今度は大きく驚いた。

 

 

「ご主人様。このメイド衣装ですが……いかがでしょうか?」

 

 

リサが来ていたのはメイド服。メイド服なんだが……違う!

 

武偵高の女子制服とメイド服を融合したセーラーメイド服だったのだ!? 何だよ!?

 

襟の形やスカートの短さにセーラー服っぽさがプラスされている。臙脂(えんじ)色がもう武偵高の制服。オーマイゴッド。

 

 

「それ……アレだよな。アレを元にしたってことでいいよな?」

 

 

「はい。東京武偵高の女子制服デザインを加えてみました」

 

 

何でや。何でその要素を取り入れたんや。

 

 

「あー、うん。普通じゃないところがいいね!」

 

 

親指を立ててグッドサイン。何故か称賛の言葉を送ってしまった。

 

 

「「「「……………」」」」

 

 

そしてこのドン引きされた反応。おかしいね。リサは喜んでいるのに周りかられいとうビームを浴びてるよ。効果ばつぐんなんだけど。

 

 

「と、とりあえず飯を食べようか。リサ。全員の分はあるのか?」

 

 

「しっかりと用意してあります」

 

 

本当に有能すぎるメイド。完璧だな。

 

俺はワトソンとカイザーを縛っていた縄を解き、料理が用意されたテーブルに着く。

 

 

「……そんなに簡単に解いていいのかい?」

 

 

「俺から言わせればこうだ。やれるもんならやってみろ」

 

 

「……やめておくよ。カイザーもそれでいいね」

 

 

「ああ、構わない」

 

 

「あ、やっぱカイザーだけ縛っておこうかな」

 

 

What(ファツ)!?」

 

 

「冗談だ」

 

 

全員椅子に座りテーブルに乗った豪華な食事を見て驚く。オランダ料理か。中々やるなリサ。この料理人の俺を凄いと思わせている。

 

しかも超美味い。みんなバクバクと美味しそうに食べている。ケチをつける点など存在しなかった。

 

……このローストビーフの隠し味に使った調味料が気になるな。

 

 

「リサ。ローストビーフに普通とは違う調味料を入れていないか? 隠し味的なモノというか……」

 

 

俺の質問にリサは少し驚いた表情をしていた。

 

 

「は、はい。赤ワインを少量使っています。よく分かりましたね」

 

 

「まぁこれでも店を経営していたからな。繁盛させるにはまず自分の舌を鍛えることにしたのさ。ちゃんと美味しいかどうか、味の濃いさを調整するためにな」

 

 

絶対記憶能力で全部の味を覚えた反則技ですけどね。

 

 

「ご主人様は料理もできるのですか! ステキ(モーイ)です!」

 

 

「そんなに褒めても何もでてこないぞ。出せるとしたらカイザーの財布くらいか」

 

 

「!?」

 

 

「そういやカナとパトラはどうしてここにいる? 大方予想がつくが」

 

 

「私も手紙を貰ったのよ。あの人から」

 

 

はぁい。シャーロックでぇすねぇ。分かりますぅ。チッ、野郎め。

 

 

「妾とカナは眷属(グレナダ)の組織機能が停止した時に合流したのぢゃ」

 

 

「そういやパトラは眷属(グレナダ)だったな。っていうかリサも眷属(グレナダ)じゃん。眷属(グレナダ)多過ぎ」

 

 

「楢原は師団(ディーン)か?」

 

 

「いや、大樹(ビックツリー)

 

 

「新しい組織!?」

 

 

「そもそもどっちでもいいんだよな。今は御影(ゴースト)を倒すって目的が同じだし。昨日の敵は今日の友。だが裏切りはあるかもしれないってやつだな」

 

 

「最悪な関係ぢゃな……」

 

 

「大体師団(ディーン)眷属(グレナダ)が喧嘩しなければこんなことにならなかっただろうがゴラァ!!」

 

 

「またキレられた!?」

 

 

「でもこの戦争の引き金を引いたのはあなたよ?」

 

 

「……………」

 

 

カナに指摘された瞬間、俺は窓から遠くの空を眺めた。そうでした。イ・ウーを壊滅したからこんなことになったのでした。

 

 

「と、とにかく俺は御影(ゴースト)を壊滅させる。そしてお前らは俺に協力して助ける。Win-Winの関係だ」

 

 

「話を逸らしたわね」

 

 

「逸らしたね」

 

 

「逸らしたな」

 

 

「逸らしたのう」

 

 

カナ、ワトソン、カイザー、パトラにジト目で見られる。クッ、人数的に不利だな……!

 

 

「……飯、食わせてやらないぞ」

 

 

「「「「ごめんなさい」」」」

 

 

よっし! 形成逆転! リサのご飯、強し!

 

 

「そろそろ具体的な話をしましょうか。単刀直入に聞くわ。これから何をするの?」

 

 

「メヌエットに会いに行く。ワトソンなら知ってるだろ? アリアの妹の居場所」

 

 

「た、確かに知っているが……会ってはくれないんじゃないのかい?」

 

 

「どういうことぢゃ?」

 

 

「……貴族だから会いにくいとかかしら?」

 

 

「その通り。品位を守る子であって、人と軽々しく会わない。まさに深窓の令嬢だよ」

 

 

カナの予想にワトソンは頷いた。

 

 

「随分と調べたんだな」

 

 

「許嫁が殺されたんだ。必死に犯人を捜すために全部のことを調べたよ」

 

 

「だから殺してねぇよ」

 

 

「知っているよ。でも、どうしてキミはアリアのことを隠している? 何か不都合があるからじゃないのか?」

 

 

「不都合があるのはお前だろ。俺は百合な展開は求めてねぇよ」

 

 

「……………え?」

 

 

「それとも何か? イギリスでは同性結婚でも認められているのか?」

 

 

「「「「……………え?」」」」

 

 

「な、なな、なななな何でキミがそのことを知っている!?」

 

 

「わ、ワトソン君!? どういうことだい!?」

 

 

「だーかーら、ワトソンは……………あ、これって言っちゃダメなパターンですか?」

 

 

「遅いよ!? 絶対わざと———!」

 

 

「リサ。おかわり」

 

 

「———人の話を聞きたまえッ!!」

 

 

「ぐえッ!?」

 

 

ワトソンに胸ぐらを掴まれ呼吸ができなくなる。ぐるじい……嘘だけど。

 

 

「落ち着け落ち着け。ほら、紅茶でも飲め。これには血は入っていないから」

 

 

「落ち着いていられるかあああああァァァ!!」

 

 

 

~ワトソンがキレたのでなだめます。少々お待ちください~

 

 

 

「で、俺の顔を何度も殴ったことは目を瞑ろう。代わりにメヌエットに会いに行く手伝いはしろよ」

 

 

「クッ、ボクとしたことが……冷静を欠いてしまった……!」

 

 

「ワトソン君が……女……ワトソン君が……!?」

 

 

ワトソンは悔しそうな顔をしており、カイザーは混乱していた。一気にスペシャリストの警察二人組が戦闘不能状態に。これが俺の力だ! え? 怪我? 大丈夫だ。嫁たちと比べたら全然マシだから! ……嫁に会いてぇ。

 

 

「リサは武器の補充等の買い出しに行ってくれ。カイザーを護衛に付けるから」

 

 

「分かりました」

 

 

「何気に私があごで使われていることに誰も反応してくれないのか……」

 

 

「安心しろ。お前の財布を返してやるから」

 

 

「それは私が常に所持していることが普通なのだが……」

 

 

「私たちはどうするのかしら?」

 

 

カナが俺に尋ねてきた時、俺は少し驚いた。

 

 

「……意外だな。手伝ってくれるのか?」

 

 

「元々そのつもりで会いに来たのよ。あの時は、それどころじゃなかったから」

 

 

「……恩に着る。じゃあ手紙に書かれた場所に行ってあのクソ探偵に会いに行け。何かヒントくらいはくれるだろう」

 

 

「酷い言いぐさぢゃ……」

 

 

「パトラ。俺はアイツに殺されたんだ。むしろ殺しに行かない俺は天使だと崇めろ」

 

 

「横暴ぢゃ!?」

 

 

どこがだよ。俺、むっちゃ優しいやん。何度も言うが俺は悪魔(天使)だ。っておい。

 

 

________________________

 

 

 

現在時刻 6:00

 

 

空は暗くなり、街が部屋の光、街灯などの光が目立つようになった。

 

ポルシェの助手席に座って俺は眠っていたが、

 

 

「着いたよ。起きたまえ」

 

 

運転席に座っていたワトソンに起こされ、俺は目を覚ます。

 

寝起きのせいか、それとも日々の疲れのせいか。俺は少しキツイ表情になってしまう。

 

 

「……無理しすぎじゃないのかい」

 

 

「大丈夫、問題ない……」

 

 

「……さっき栄養剤を買っておいた。これでも飲んでおいたほうがいいよ」

 

 

栄養剤のビンを無理矢理ワトソンに渡される。

 

 

「……変に優しいなお前。最初は俺に剣を刺したクセに」

 

 

「か、勘違いしてもらっては困る! これは御影(ゴースト)を倒すためにキミの力を利用———」

 

 

「はいはい。ツンデレ乙」

 

 

「なッ!?」

 

 

俺はポルシェから降りながら栄養剤を一気に飲み干す。甘くて美味しいなコレ。

 

ワトソンがいろいろと文句を言っているが右から左へと頭に入ってこない。

 

 

「はぁ……とにかく気をつけて行くんだ。失礼なことをするなんて論外だよ」

 

 

「とりあえず土産品としてこけしでもやればいいだろ」

 

 

「アウト!!」

 

 

「ジャパニーズジョーク」

 

 

「ロンドンでは通じないからやめてくれ!」

 

 

ワトソンは頭を手で抑えながら溜め息をつく。

 

 

「ボクとは多分会ってはくれないだろうから、ここから先は一人で行ってくれ」

 

 

「任せろ!」

 

 

ガチャッ!!

 

 

「どうして拳銃を持つんだい!?」

 

 

「アメリカンジョーク」

 

 

「本当にロンドンでは通じないからやめてくれ!!」

 

 

俺は笑いながら歩き出す。ワトソンは本当に疲れたような表情をしながら俺に文句を言っている。

 

 

「そうだ。最後に一つ言うことがあった」

 

 

俺は振り返り、ワトソンと目を合わせる。

 

 

「家のことに縛られ過ぎるなよ。せっかく可愛い女の子に生まれたんだ。それを家のために政略結婚とかバカバカしいぞ」

 

 

「ッ……君の優しさは痛いね」

 

 

「これからもっと痛い思いをしたくなかったらもうやめておけ。そして誰かに頼れ。なんなら俺に頼れ」

 

 

「何も分からないクセに分かったフリをするのはやめてくれ」

 

 

「分かるよ。辛いって顔に書いている」

 

 

俺は少し笑みを浮かべながら言う。

 

 

「できることは、何でもしてやるよ。あんまり背負い過ぎるなよ」

 

 

「……やっとキミのことを信じれるよ。キミは誰も殺してなんかいない」

 

 

ワトソンは優しい笑みを浮かべて答える。

 

 

「だったら早く終わらせよう。この戦いを」

 

 

「そうだな」

 

 

そうだ。ワトソンの言う通りだ。

 

終わらせよう。この悲劇しか生まない戦争を。

 

 

(時間は少ない……)

 

 

ポケットに入れた砂時計を取り出す。時間はあと

 

———残り三分の一しか残っていなかった。

 

向うの世界で戦争が始まるのは砂が全て落ちた時。モノリスが崩れ落ちた時だ。刻々とタイムリミットが迫ってきている。

 

 

(ティナ……)

 

 

しかし、一番心配だったのは置いて行ったティナだった。

 

 

________________________

 

 

 

「ええい! イギリスの警察は何をやっているッ!!」

 

 

薄汚れた白衣を着た白髪の男は苛立ちながらモニターに向かって叫んでいた。

 

サイオンとの戦いは大樹の圧勝。襲撃に向かわせたガルペスの作った人型機械兵器『エヴァル』の破壊。

 

負け。敗け。敗北。

 

そのことに腹を立てていた。

 

 

「そもそもこうなったのも貴様の鬼だ! この役立たず!」

 

 

横暴な暴言に姫羅は下唇を噛む。何も言い返さない。いや、言い返せない。

 

 

「次はないからな。もし失敗するようなことがあれば貴様の望みは潰す」

 

 

「ッ!? 話がちが———!?」

 

 

「何も違わない! 役に立たないやつにやる金や褒美は無いッ!!」

 

 

「ッ……!」

 

 

手を強く握り堪える姫羅。白衣の男はモニターを見ながら指示を出す。

 

 

「私だ。奴と神崎 かなえとの会話は録音しているな?」

 

 

『はい。衛生から回線を通してそちらに送ります』

 

 

「うむ」

 

 

白衣の男はヘッドホンを装着し、録音を聞く。

 

しばらくしたあと、男は口に手を当てて笑いだした。

 

 

「カッカッカッ。甘く見られたモノだな。貴族に手を出せないと思っているのか?」

 

 

男はもう一度通信機を手に取る。

 

 

「私だ。すぐに座標を送った位置に『エヴァル』を使って襲撃を仕掛けろ」

 

 

『待ってください! ここで手を出せばイギリスから———!』

 

 

「黙れ! イギリスなどもう使えん! いいか!? 皆殺しにして構わん! 何としても奴をこれ以上好きにさせるな!」

 

 

男は乱暴に通信機を投げ捨てた。

 

 

 

________________________

 

 

 

ベーカー街221番。『Minuet Holmes』の彫金の表札を見つけた。

 

スーツのネクタイをしっかりと整え、声の調子を確かめる。よし。

 

白地に黒いフチ取りをした木のドアの横にある呼び鈴を押す。

 

すぐにドアは開き、白黒のステレオタイプなメイド服を着た金髪碧眼(へきがん)の双子の白人少女が姿を見せた。

 

 

「「ッ!?」」

 

 

俺の姿を見た瞬間、二人の顔が驚愕に染まった。

 

 

「悪いな。知っていると思うが楢原 大樹だ。メヌエットに会わせてくれ。もちろん、武器は持っていない。全部置いて来た」

 

 

コルト・ガバメントだけな。武器持っていないよ。カードしか。

 

双子はドアを閉めるとバタバタと走り出した。メヌエットのところに行ったのだろう。というか客人を外に放置するなよ。

 

しばらくしたあと、ドアが再び開いた。

 

 

「……どうぞ。中へお入りください」

 

 

「アポ無しなのに許可が取れたのか」

 

 

「はい。ご案内します」

 

 

双子のメイドに案内され、1階の奥間に入る。そして、その光景に驚いた。

 

 

(イ・ウーの戦艦内……シャーロックのコレクションに似ている)

 

 

エントランスの内装があの雰囲気がそっくり。むしろほぼ同じだ。

 

置いてある化石、標本、植物。あの戦艦内にあったモノと一致する。

 

 

「ここはメヌエットの趣味か何かか?」

 

 

「お嬢様がコレクションなさった品を収蔵した博物室です」

 

 

シャーロックの曾孫だからか? ホント、似た趣味をしているんだな。

 

できれば性格は優しくあればいいんだがな。

 

博物室の先に行こうとした時、メイドたちは足を止めた。どうやら俺とメヌエット、1対1で会うことらしいので双子のメイドはここまでっということらしい。

 

一人で階段を上がり、2階に到着する。少し薄暗い廊下をコツコツと歩く。

 

メヌエットは金の取っ手、黒縁の白いドアの部屋らしいので、俺はそのドアの前に立ち、ノックをした。

 

 

「……………?」

 

 

返事が返ってこない。

 

このまま入るか? いやいや、ここは礼儀正しくするべきか?

 

 

『失礼なことをするなんて論外だよ』

 

 

……ワトソンの言いつけを守りますか。

 

俺はもう一度ノックをして、

 

 

I am Daiki Narahara.(私は楢原 大樹です) May I enter?(中に入ってもよろしいですか)

 

 

丁寧な英語で話しかけた。これならさすがに返事が返って来るでしょう。

 

 

「……………」

 

 

……………返ってこないんだが?

 

あれ? 留守なのかな~? 違うよねぇ~?

 

 

ガチャッ

 

 

もうなんかいいやっという気持ちで扉を開けた。

 

部屋は本が多いのが印象的だった。本棚だけでなく、テーブルの上にも置かれている。

 

木製のレターボックスや蓄音機(ちくおんき)。振り子時計にタイプライター。懐古趣味というやつだろうか。

 

カーテンを半分閉ざした窓際に小柄な少女の綺麗な金髪の後頭部が見えた。

 

少女は車椅子に乗っており、俺はこの部屋に来る途中の廊下や玄関を思い出す。

 

 

(スロープの玄関……階段の近くにあったのはエレベーターか。なるほど、歩行障害者か)

 

 

「ひどいにおい」

 

 

部屋に入って開口一番に言われた少女に言われた。ひでぇ。

 

 

「悪かったな。これでも風呂に入ったばかりなのだが」

 

 

「においは人の感情を最も強く刺激するモノです。以後気をつけたほうがいいかと」

 

 

「そんなに臭いのか……」

 

 

「火薬の匂い。あなたはお姉様と同じ、日常的に銃を撃つ人物。お姉様と武装探偵ですね」

 

 

「大体合っているな」

 

 

「まだ終わっていません。二刀流の剣を使うことも分かります」

 

 

「……どうして分かった?」

 

 

「足音です」

 

 

「足音……音の間隔で分かったのか?」

 

 

「私は廊下の長さを知っています。体型にもよりますが、人間の歩幅は身長との強い相関関係を持つ。あなたの足音の回数、つまりあの廊下を何歩で歩いたのか。歩幅から身長が分かるのです。音の響き方で体重もおおよそ分かるのです」

 

 

「身長と体重だけじゃ俺が剣士かどうか分からないだろう」

 

 

「あなたは足の踵をあまり体重を乗せないように歩きます」

 

 

「……剣道の足さばきがクセになっていたか。でも二刀流とは分からないだろ」

 

 

「あなたは不規則な動きをします。先程ノックをした時、左手でしましたね」

 

 

音だけでそこまで分かるのかよ。

 

 

「ですがドアを開ける時は右手。しかし廊下を歩き出すのは左足から、部屋を入る時は右足から。両利きかと思いましたが、実はやや右利き」

 

 

うわぁお……ここまで分かるのかよ。

 

 

「どちらの手を使っても大差ないことから両利きの剣士だと分かりました」

 

 

「確かに、左手でも右手と同じくらい使いこなせるようにしていたからな」

 

 

俺が左利きで戦うと相手がやりにくい場合があったからな。半年頑張れば両利きになったわ。でも箸やスプーンは右手に持つが。

 

 

「全部推理か。さすがだな。メヌエット」

 

 

確信できたな。この少女がメヌエットだと。

 

 

「だが一つ捕捉を加えると俺がやや右利きなのは『必殺』の左手を隠すためだからだ。実力を隠すために左手は日常でも使わないようにしているんだ。まぁたまに無意識で使ってしまうが」

 

 

「……まさか挑発しているのですか?」

 

 

「さぁ? でも一つ言っておこう。俺の体重は68kgだ」

 

 

「ッ!」

 

 

ピクッとメヌエットの頭が揺れた。

 

 

「少し予想と違ったか? 仕方ないぜそれは。わざと俺が足音を響きを調整したからな」

 

 

「わざと……ですか」

 

 

「本当にお前らは似ている。アリアよりずっとメヌエットの方が確かに似ている。だから俺が推理しやすかった」

 

 

性格がシャーロックと似ている。そうやって分析するところは。

 

だから俺は推理できた。必ず最初に推理力を見せつけることを。

 

 

「ノックをしたのに返事をしなかった仕返しだ」

 

 

俺はドアを閉めて背をドアに預けた。メヌエットがどういう反応で返すか待つ。

 

メヌエットはやっと椅子ごと俺の方を振り返った。

 

ツーサイドアップに結ったプラチナゴールドの髪。葡萄酒色(バーガンディー)のフリフリでヒラヒラのゴッシクロリータみたいな服を着ていた。頭にはボンネットを被っている。

 

……服に違和感があるのは気のせいだろうか。なんだろう……どこかで———

 

 

Nice to meet you.(初めまして)And good-bye.(そして、さようなら)

 

 

「ッ!」

 

 

メヌエットの手には銃が握られていた。もちろん、銃口は俺を向いている。

 

 

パウッ!!

 

 

メヌエットは引き金を引き、俺の額に命中した。

 

 

「……随分と荒い歓迎だな」

 

 

だが、俺は倒れるどころかフラつくこともなかった。

 

メヌエットが撃った銃弾は圧縮させた空気を撃つ空気銃(エアライフル)だ。俺はそれを一瞬で見抜き、わずかだが当たった瞬間、頭を一瞬だけ引くことで威力を大きく下げた。これ、普通に当たったら痛いからな?

 

 

「……ふむ。お姉様が見初めた相手ですのでこのくらいではやはり効きませんか」

 

 

「いや、普通に痛いから。今の威力は鳥なら死んでるぞ」

 

 

「750気圧まで変えれば対人殺傷力を持つ中になりますよ」

 

 

「分かったからこっちに向けるな」

 

 

「私は通常、自身の半径5メートル以内に男性を近づけません。全く口をきかない恐怖症というほどではありませんが、男性は臭くて汚い。大嫌いですから」

 

 

世界の男たちに今すぐ謝ってくれ。というか俺、ドアの前ですよ? これ以上下がれというなら廊下になるのですが?

 

 

「ところでこの付け襟は東京武偵高の女子制服に揃えてみたのですが」

 

 

違和感の正体が判明しました。どうしてお前らはそんなにうちの高校の制服を真似するの? 人気なの? 売れば流行るの?

 

 

「あなたから見て色形に違和感はありませんか?」

 

 

「いいんじゃねぇの。結構可愛く仕上がってる」

 

 

「80点。褒めている点は良い解答ですが、投槍な態度と『結構』が余計です」

 

 

何度も繰り返すが俺に服のセンスを求めるな!

 

 

「……そろそろ本題に入るぞ。色金、緋緋神、全部推理したのか?」

 

 

「はい。推理できていますよ」

 

 

「だったら話は早い。それを———」

 

 

「でも教えません」

 

 

「———何だと?」

 

 

俺は目を細めてメヌエットを見る。

 

 

「第一にまず私はあなたを信用していません。お姉様と遠山 キンジが生きていることは推理するまでもなく分かっています。ですが、あなたがここに来るまでに起こした騒動を流すわけにはいけません」

 

 

うわあああああァァァ!! ここに来て今までやって来たバカが全部仇となった!?

 

 

「それにお姉様がもう緋緋神になってしまった以上、対策は()()尽いました」

 

 

「ほぼ……か……」

 

 

まだあるということか。それを簡単には口を割らせてくれないだろうな。

 

 

「……実力行使っと言いたいところだが」

 

 

俺は背を預けていたドアから離れ、

 

 

「帰るわ」

 

 

「……………え?」

 

 

ドアノブに手をかけてドアを開く。ポカンッとした顔をしたメヌエットがこちらを見る。

 

 

「何だ? 俺が帰ることは推理できなかったのか?」

 

 

「……いいえ。ありえません。あなたは私の推理を絶対に聞きたいはずです」

 

 

「それが違うんだよな」

 

 

俺は溜め息をつきながら説明する。

 

 

「推理じゃダメなんだよ」

 

 

「……先程から侮辱しているのですか?」

 

 

「分からないか? メヌエット、推理は()()にその結論辿り着くとは限らないんだ」

 

 

何故ならっと俺は付けたしキリッとした顔で答える。

 

 

 

 

 

「マジで帰ろうとしているからだ」

 

 

 

 

 

「……一つ、分かったことがあります。あなたは頭が良いだけの馬鹿ということ」

 

 

「ごはぁッ!?」

 

 

今日一番の切れ味だった。心がズタボロにされた。

 

 

「きっとお姉様も大変苦労なさったのでしょう」

 

 

ゾグシュッ!!

 

 

「友達も少なそうですし」

 

 

グシャッ!!

 

 

「金を持った便利な男と思われているのかもしれない」

 

 

ザグブシャッ!!

 

 

「もうお姉様は、他の異性に目移りしているのでは?」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

トドメの一撃は核ミサイル級の爆発だった。俺は壁に寄りかかり、何とかして倒れないようにするが、

 

 

バタッ

 

 

倒れた。

 

 

「死にてぇ……」

 

 

「予想以上にメンタルが弱いことも推理済みです」

 

 

「……だけど、それは無いな」

 

 

俺はゆっくりと立ち上がり、告げる。

 

 

「アリアは、そんな薄情じゃない!」

 

 

「……足が震えていますわよ」

 

 

「違う。笑っているんだ。アハハって」

 

 

「……なるほど。私の推理が間違っていました。あなたはただの馬鹿でした」

 

 

「もうやめて」

 

 

俺のライフは0よ!

 

 

________________________

 

 

 

一方、大樹がメヌエット家に入った時には既にキンジとティナもベーカー街に来ていた。

 

手分けして大樹の居そうな場所を探す。キンジとティナはジーサードが探してくれたメヌエット家に訪問するところだった。

 

 

「どうする? 普通に会いに行ったら大樹が逃げる可能性があるんだろ?」

 

 

「はい。戦いに巻き込みたくないみたいでしたので」

 

 

普通に玄関から入るより、メヌエット家の外の庭園から中の様子を伺うことに決める。幸い、登りやすい木もあるので2階の様子も見れる。

 

キンジとティナは一瞬で木によじ登り、中の様子を盗み見する。途中、キンジは木の枝を頭にぶつけた。

 

 

「……1階にはメイドしかいな」

 

 

「……広いですね。これでは探すのに時間がかかりそうです」

 

 

メヌエット家は大きく、探すのが大変だった。ティナが諦めかけたその時、

 

 

『おほほほッ。情けないお馬さんね。ほら、もっと速く』

 

 

楽しそうな英語で笑う女の子の声が聞こえて来た。大体予想はつく。

 

 

「大樹か!?」

 

 

「絶対に違います。恐らくメヌエットさんかと」

 

 

声が聞こえてくるのは家の奥の2階。この木からは見えない。

 

二人は家の屋根に飛び移り、奥へと慎重に進む。音を立てないようにバルコニーに降りて、中の様子を見た。

 

 

どうどう(ゼアゼア)♡」

 

 

「ヒヒーン」

 

 

 

 

 

そこには少女を背中に乗せ、赤子のようにハイハイする大樹の姿があった。

 

 

 

 

 

キンジ「 」

 

 

ティナ「 」

 

 

二人は文字通り言葉を失った。

 

大樹は中々のスピードを出して部屋を駆け回っていた。ネクタイは大樹の首に巻かれ、手綱のように少女が握っていた。

 

 

「ヒヒーン」

 

 

やる気の無い声なのにスピードが速い。少女は笑顔で楽しんでいた。

 

 

「ヒヒーン」

 

 

その時、ティナと大樹の目が合った。

 

 

「……ヒヒーン」

 

 

キンジとも目が合った。

 

 

「……ヒン」

 

 

理解した。

 

 

「……………これはヒンがうんだ」

 

 

これは違うんだっと言いたかったらしい。

 

顔を真っ青にした大樹がハイハイから土下座に移行しながら窓に向かって話す。メヌエットも窓にいる二人に気付いた。

 

 

「人の家に勝手に入り込むなんて無礼にも程があります。ですが今の私は機嫌が良い」

 

 

土下座する大樹のオールバックの髪をワサワサと触りながらメヌエットはクスリッと微笑む。

 

 

「ダイキ。私はあなたを気に入りました。推理を聞かせるチャンスを上げましょう」

 

 

メヌエットの言葉に大樹は思った。

 

とりあえず、あの二人の記憶を消してほしいっと。

 

 

________________________

 

 

 

現在時刻 6:55

 

 

「『(スター)システム』?」

 

 

メヌエットに出されたチャンスに俺は首を傾げた。とりあえずティナとキンジには何が起きてああなったのか簡単に説明しておいた。

 

メンタルをズタボロにされた俺はメヌエットの催眠術にかかり、ああなったわけだ。そして、二人を見て正気に戻った。

 

まぁこの後、ティナから説教を受けるのは確定している。覚悟は決めていますが、今は目の前にあるメヌエットの話に集中する。

 

メヌエットは俺にメルヘンチックな飾り模様で縁取られた白いカードを渡して来た。

 

 

「ダイキが私に良い事をすれば、そこに星を書いてあげます。その星が10個貯まったら、推理したことを教えてあげます」

 

 

「おい。これってお前のさじ加減じゃないか」

 

 

パウッ!!

 

 

「ぐはッ!?」

 

 

「あ、遠山がやられた」

 

 

俺の隣にいた遠山がメヌエットに撃たれた! ざまぁw

 

 

パウッ!!

 

 

「何で俺までッ!?」

 

 

俺も撃たれた!?

 

 

「本当はあなたは部屋などに入れたくないのです。立場をわきまえなさい。それとダイキ。連帯責任です。罰としてマイナス1です」

 

 

そう言って白いカードには黒星が書かれた。

 

 

「不法侵入の件で二人いたのでさらにマイナス2です」

 

 

黒星2追加。これで黒星が3つだ。

 

 

「……13回良い事をするということですね」

 

 

「あなたは察しが良くていいですね。そこの男と違うわ」

 

 

ティナには優しかったメヌエット。男の扱いが酷いよメソメソ。

 

 

「あー、何だ。とりあえず遠山。今日は帰ったほうがいい」

 

 

「……今日の夜、電話しろ」

 

 

「へいへい。ああ、それと」

 

 

俺は小さな声で、

 

 

 

 

 

「ティナのこと、ありがとうな。キンジ」

 

 

 

 

 

「ッ……気持ち悪いなお前」

 

 

「味方いないの俺?」

 

 

素直にお礼を言う俺はそんなにキモイの? 酷いの。

 

遠山は冗談だっと額を摩りながら部屋を出て行った。

 

メヌエットの方に振り向くと、ちょうどいいタイミングで、

 

 

ボーン、ボーン、ボーン……っと柱時計の音が響いた。

 

 

「ディナーの時間ですよ、ダイキ」

 

 

「ん? ……ああ、そういうことか」

 

 

俺はメヌエットの組ま椅子のハンドルを握り、動かした。

 

 

「残念でしたね。今ので星が貰えたのに」

 

 

「あ」

 

 

馬鹿だ俺。今ので『星をくれたら動かしてやるぜ? ヘッヘッヘッ』ぐらいはできたのに!

 

 

「大樹さん……」

 

 

ティナは俺の行動に呆れていた。そんな目で見ないでぇ!!

 

 





1 メヌエットを背中に乗せてお馬さんごっこ

2 ティナにジト目で見られる。


さぁあなたはどちらがいいですか? 悩みますよね?


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Scarlet Bullet 【大樹】

ついに100話! タイトルが完全に100話って感じがしますがいいですよね!

あと二話くらいですかね? 緋弾のアリアは終わります。ちょうど100話で終わらせたかったのですが、ついつい長くなってしまいました。

それでは続きをどうぞ楽しんでください。


メヌエットを載せた車椅子を押して1階の食堂を目指す。簡易エレベーターを使い1階に降りて、また博物室を通るのだが、博物室を初見のティナはその光景に驚いていた。

 

確かに珍しいモノが多い。化石、骨、ハチの巣、蜘蛛や蝶、鳥や獣の剥製、珍しい貝、アリアの賞状、深海魚の魚拓に……って。

 

 

「待て待て。あれってアリアの賞状じゃね? 何で持っているんだよ」

 

 

ビックリした……違和感があったおかげで気付けたわ。

 

 

「賭けポーカーでもらったのです。お姉様が手に入れた良いモノは、みんな私がもらう。あれらは全て、私がお姉様と賭けて勝ち取った戦利品なのですよ」

 

 

「こ、これ全部なのか……?」

 

 

よく見ると賞状以外にトロフィー、テディベア、珍しいキャンディーの缶、クルミ割り人形も一緒に置かれてあった。負けすぎだろアリア。こう涙目でトランプを睨んで勝負しているアリアを想像すると可愛いな。

 

 

「お前、ジャ〇アンかよ」

 

 

「失礼な。星を剥奪されたいのですか」

 

 

「ごめんなさい、しず〇ちゃん」

 

 

「剥奪です」

 

 

ちくしょうッ。

 

 

「それにしても賭けか。ポーカーで星を賭けるのも面白そうだと思わないか?」

 

 

「まぁ、お仕事熱心ですこと」

 

 

「こっちは時間がねぇからな。とっとと終わらせる勢いで行くぜ」

 

 

「うふふッ、考えておきましょう」

 

 

随分とご機嫌になったメヌエットは口を抑えて笑った。

 

食堂に入った時、ご機嫌なメヌエットを見た双子のメイドは目をまん丸に見開いて驚愕していた。

 

 

「どうした? (ハト)がガトリングガン食らったような顔をして」

 

 

「普通にハトが死にますよ大樹さん……」

 

 

やだなぁティナ。ボケだよ、ボケ。

 

 

「い、いえ、メヌエット様が……笑顔でいらっしゃるので」

 

 

「お嬢様、お客様のご質問ですので申し上げます事、何とぞお赦し下さい。私どもはアリアお嬢様が国を出られて以降……いま初めて、拝見したのです。お嬢様の笑顔を」

 

 

双子のメイドがそれぞれ答える。メヌエットも『そうだったのかもしれませんね』っと同意しているようだった。

 

 

「申し遅れました。サシェです」

 

 

「エンドラです」

 

 

「「ようこそ(ウェルカム)」」

 

 

「おう。よろしく」

 

 

髪が短い方がサシェ、長い方がエンドラか。覚えた。

 

挨拶を終えた後、メヌエットをテーブルの前まで運んだ。そしてサシェが食器を用意し、エンドラが食事を持って来た。

 

 

「「!?」」

 

 

俺とティナは同時に目を疑った。

 

エンドラが運んで来たのは山盛りのチェリーとラムレーズンのアイス、ブロックみたいなジャムが添えられた花瓶みたいなサイズのプリンパフェだったのだ。

 

 

「な、なぁ……今って夕食だったよな?」

 

 

「ええ」

 

 

「……夕飯なのか、それ?」

 

 

「何度も同じことを言わせないでください」

 

 

パシッ

 

 

俺はテーブルの上に置かれたパフェを奪った。

 

 

「毎日食っているのか?」

 

 

「……文句があるのですか?」

 

 

「今から半年かけて説教をしてやりたいくらいある」

 

 

(((半年……!?)))

 

 

二人の会話を聞いたティナとサシェとエンドラが驚いていた。

 

 

「1食が3300カロリーをした回ると、低血糖症で失神しますからね。私は大脳新皮質の側頭連合野を通常の人間より遥かに亢進させて生きているので、多量の糖の摂取が必要になるのです」

 

 

だったらバカになっていいから野菜食えっと俺は言わない。ここで星を頂くことにしますか。

 

 

「メヌエット。さっそくだが賭けをしようぜ。俺が今から高血糖だが健康に良い美味い飯を作ってやる。不味かったり気に入らなかったら星を2個剥奪して構わない」

 

 

「ダイキが……? 面白いわ。その賭け、受けましょう」

 

 

「よっし。サシェ、エンドラ。キッチンを借りさせてもらうぜ」

 

 

俺は二人にキッチンまで案内してもらい、エプロンを装着した。スーツの上着を脱ぎ、カッターシャツのボタンを開ける。これで作業がしやすくなるぜ。

 

 

ガチャゴチャザクガララゴォシャキンバンッ!!

 

 

とんでもない速度で料理をこなす大樹。サシェとエンドラは呆然とその光景を見ていた。フライパンはかろうじて残像が見えているが、包丁に関しては肉眼では捉えることできない。

 

 

「こんなもんでいいか」

 

 

俺は料理をメヌエットの座ったテーブル前まで運ぶ。作ったのはパフェだった。

 

 

「出来たぞメヌエット。俺様特製パフェだ」

 

 

「あら? これのどこが健康に良い料理なのかしら?」

 

 

「フッ、これは俺が経営していた店の商品『どんなに食べても太らない! それどころか痩せちゃうぅ!』っとフレーズを付けれる程の健康に良いパフェなのだ!」

 

 

一般男性よりカロリーを摂取しないといけないならカロリーを消費するスピードを上げればいい。そんな夢のような食事を完成させたパフェがこれだ。ちなみにちゃんと極甘だから。

 

メヌエットはパフェを一口食べると、

 

 

「パフェとは食の美術。芸術の一つよ」

 

 

……………あ、これ褒めてるのか。回りくどいなぁ。

 

 

「ダイキ。これからあなたが料理を作りなさい。そうすれば黒星を全部消してあげるわ」

 

 

「別に一つでいい。メニューはサシェとエンドラに教えておくから」

 

 

「……欲張らないのね」

 

 

「まぁな」

 

 

こうして俺の黒星は合計3つになった。あれ? 全く変わっていないよ?

 

 

________________________

 

 

 

食事が終わった後はメヌエットの部屋にまた戻った。あの後はティナにも料理を作ってやり、俺も簡単に食事を取った。

 

 

「ダイキ。ブーツを脱がせて。私には自分ではできませんから」

 

 

「あいよー」

 

 

すっかりパシリになった俺は膝を着いてベッドに座ったメヌエットのブーツのヒモを解く。

 

 

「ほい。解いたぜ」

 

 

「……あなた、何も思わないの?」

 

 

「は? 思うって何を?」

 

 

「大樹さんの変態」

 

 

「ティナ!? 俺、マジで分からないんだけど!?」

 

 

実は大樹が膝を着いた場所からメヌエットのスカートの中を覗けていたのだ。しかし、大樹は全くそれに気付くことはなかった。ティナしか気付いていない。

 

 

「……もういいわ。次は服を脱がせなさい」

 

 

「ぶふぅ!?」

 

 

唐突過ぎて吹いてしまった。

 

 

「もちろん下着まで全部。そしてバスルームで全身を洗ってちょうだい。恥ずかしいとは感じませんから、ご心配はいりませんよ」

 

 

その前に俺がヤバいのですが!?

 

 

「貴族と平民は別の生き物です。あなただって犬猫の前で着替えることは恥じらわないでしょう」

 

 

俺は犬ですか。そうですかワン。

 

 

「入浴介助してくれたら黒星を全部消しましょう。してくれなければ黒星を倍に増やします」

 

 

「んなッ!?」

 

 

メヌエットの出した条件に俺は頬を引き攣らせる。ここで倍にされるのは手痛い。

 

 

「大樹さん。分かっていますよね?」

 

 

隣では俺をジト目で見るティナ。おかしいなぁ……どうしてこうなったのかな?

 

だが、俺の答えは決まっている。

 

 

「大丈夫だティナ。安心しろ」

 

 

「大樹さん……」

 

 

「さぁメヌエット。バンザイしろ。脱がすか———」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

俺の横腹に鋭い衝撃が走った。俺は体は字の如く、『く』の字に曲がった。そのまま部屋の壁にぶつかり床に倒れる。

 

 

「て、ティナ……その一撃は洒落にならない……!」

 

 

「悪いのは大樹さんです」

 

 

「し、知ってる……けど……限度が……と、とりあえずこの通りだメヌエット。倍に増やして構わない。そもそも俺はそんなことをする度胸がない」

 

 

俺は痛みに震えながらメヌエットにカードを渡す。しかし、メヌエットは俺の様子を見て、

 

 

「フフッ、ダイキのいくじなし」

 

 

笑った。というか知ってたよ。俺は腰抜け野郎ですから。

 

 

「冗談ですわよ。入浴はいつもサシェとエンドラに手伝わせていますのでご安心を。でも着替えは持って来てもらおうかしら。ネグリジェはそこの引き出しの中央。下着は左」

 

 

それでもレベルが高いと思いますがね!?

 

ティナのジト目で見られる視線はメヌエットが風呂に入るまで終わりませんでした。

 

 

________________________

 

 

 

というわけで俺は正座をしている。一体どういうわけかと言うと『ティナが激おこ』と言えば意味が通じるだろう。日本語って凄い。

 

 

「どうして置いて行ったのかは分かります。私は足を引っ張っていましたし、大樹さんが巻き込みたくないことも分かります」

 

 

「……いや、違う。アレは俺の自己満足だった」

 

 

勝手に自分で結論を出して、勝手に逃げ出した。全部俺の我が儘だった。

 

 

「心配しました」

 

 

「すまん」

 

 

「……これからどうするつもりですか」

 

 

「メヌエットの推理は正直聞きたい。キンジのナイフが駄目となると俺の考えていた対策が全部パーになった。まだ策はあるが、この策を簡単に放棄はできない」

 

 

「大樹さん……」

 

 

ティナは俺の右手を両手で包んだ。その手は小さく、温かい。

 

 

「私は信じています。必ず大樹さんが戻って来てくれることに」

 

 

「……ああ」

 

 

ティナの優しい言葉に俺は頷きながら返事をした。

 

 

 

________________________

 

 

 

「ただいま、ダイキ」

 

 

髪を可愛く三つ編みにしたメヌエットが帰って来た。

 

 

「おかえり。ご飯にする? お風呂にする? それともオ・レ・サ・マ?」

 

 

「剥奪です」

 

 

はい余計なことを言わなきゃ良かったって後悔しました。せっかく場を盛り上げようとした俺の心意気を返せ。

 

俺のカードを奪うかと思いきやメヌエットはディスクトップのパソコンでネットゲームをし始めた。

 

黙って後ろからゲームの様子をティナと一緒に観戦する。『ムニュエ』がメヌエットが操作するキャラか。

 

 

「今日も来ていないのね……」

 

 

メヌエットの独り言。寂しそうな声だった。友達がオンラインしてないのか?

 

あまり触れない方がいいと思った俺は話題を変える。

 

 

「メヌエット。ティナにも風呂を貸してやってくれねぇか?」

 

 

「メイドたちが使うバスルームを使ってください」

 

 

「サンキュー。ティナ、入って来い」

 

 

「……メヌエットさんに手を出さないですか?」

 

 

「ださねぇよ」

 

 

どうやら信用が底へと落ちたようだ。ティナと仲良くする方法も考えなければ……。

 

ティナは最後まで俺を警戒したまま部屋を出て行った。

 

メヌエットもゲームに夢中になっているし、星も稼げるようなことはしばらくなさそうなので俺は壁に寄りかかり体を休めようとした。

 

 

ドタッ

 

 

そして、俺は床に倒れた。

 

 

「……ッ……ぁ……!」

 

 

視界が真っ暗になり、喉が焼けるように痛い。頭の中で火が燃えているような激しい頭痛がする。

 

ヤバい。また……鬼がッ……!

 

 

「ダイキ……!?」

 

 

倒れた音にメヌエットが気付き、車椅子で俺のそばまで駆け寄って来る。

 

 

「ぁ、あぁ……すぁはぇ……?」

 

 

「舌が回っていない……熱でもなければこれは……?」

 

 

メヌエットでも分からない症状に苦しまされる大樹。さっきと違い過ぎる大樹を見てメヌエットは焦っている。推理もまともにできない。

 

 

「ゴホッゴホッ!!」

 

 

何度も咳を繰り返す大樹。顔色は悪く、体調が良いとは絶対に言えない。

 

咳をしながら大樹は立ち上がり、部屋のドアへと向かう。

 

 

「悪い……少し夜風に当たる」

 

 

舌はしっかりと回るようになっていたが、足取りはフラフラとしていた。

 

 

「認めません。その状態で行くなど……」

 

 

「頼む……荷物を取りに行かせてくれ……」

 

 

それでも大樹はドアを開けようとしたのでメヌエットはすぐにドアの前まで車椅子を動かし、道を塞いだ。

 

 

「薬でしたらサシェとエンドラに取りに行かせます。大人しくそこで待っていなさい」

 

 

「駄目だ……荷物を見ないでくれ……」

 

 

「……どうしてそこまで拒むのですか?」

 

 

「見ないでくれ……荷物を……」

 

 

目の焦点が合っていない。しかし、メヌエットは荷物に手掛かりがあると分かった。

 

 

「何度も言わせないでください」

 

 

パウッ!!

 

 

メヌエットは空気銃で大樹の額を撃ち抜き、大樹をその場に倒れさせた。弱った大樹はすぐに意識を手放してしまい、気を失った。

 

 

 

________________________

 

 

 

「……ッ」

 

 

今まで眠っていたことに気が付いた俺は目を開けた。目の前に広がるのは綺麗に装飾された天井。

 

上体を起こして周りを見てみれば真っ暗な部屋で、ベッドの上で寝ていることが分かった。

 

 

「……ティナ」

 

 

ベッドにはティナが一緒に寝ており、頬を濡らしていた。

 

 

「心配かけて、すまねぇ」

 

 

俺はティナの濡れた頬を指で拭き取り、ベッドから起き上がり、部屋を出た。

 

廊下は暗く、誰も起きている気配はない。メイドたちも寝てしまったようだ。

 

 

ドタッ!!

 

 

「ッ!」

 

 

その時、2階から物音が聞こえた。まるで人が落ちたかのような音。

 

 

(メヌエットか!)

 

 

俺は急いで階段まで上がると、寝巻に着替えた双子のメイドのサシェとエンドラに出会うが、俺を無視して急いでメヌエットの部屋と向かった。

 

 

「入ってはなりません! この私を見てはなりませんッ」

 

 

部屋の中から聞こえるメヌエットの叫び声。

 

 

「お前たちは戻りなさいッ! 誰が上がっていいと命じましたか!」

 

 

どうやら俺の存在には気付いていないようだな。俺の足音に気付かないくらい焦っているようだ。

 

サシェとエンドラの肩を叩き『後は任せろ』と小さな声で言う。二人は俺にお辞儀をした後、階段を下りて行った。

 

俺はノックをせずにメヌエットの部屋へと入る。

 

 

「あなたッ……どうして入って———!?」

 

 

「お前がベッドから落ちるから心配して見に来たんだよ」

 

 

メヌエットは必死にベッドに戻ろうとしていた。細い腕で体をベッドの上へと戻ろうとしているが、シーツがずれ落ち、全く上がる様子は見られなかった。

 

俺がメヌエットに近づくと、

 

 

「手助けなど要りませんッ。私は自分で上がれますから!」

 

 

「……俺は星が欲しいんだよ。ほら、早く命令プリーズ」

 

 

「あげません!」

 

 

「……そうか」

 

 

俺はメヌエットの足を持ち、軽い体をヒョイっと持ち上げた。もちろん、恒例のお姫様抱っこだが。

 

 

「いやッ! いやッ! 触れないでッ!」

 

 

ドゴッ! パチンッ! ボキッ!

 

 

俺の顔にパンチやらビンタやら叩きこまれる。最後、骨が折れたような音は気のせいですか? ていうか超痛い。本気で殴られてる。

 

 

「私は自分で上がれると言っているでしょうッ! お前、私が足が悪いからって———!」

 

 

「俺はメヌエットを見下したりなんかしない。例えいじめられたとしても、俺はずっと味方になってやる」

 

 

ピタッとメヌエットの動きが止まった。

 

 

「最初はメヌエットの通っている学校で会おうとしたんだ。でも学校のコンピュータにハッキングしてみればずっと休みとなっている。ずっと学校に行っていないことが分かったんだよ」

 

 

それどころか教師は最悪なことにメヌエットに『来ないでください』と言い渡したらしい。

 

反撃したメヌエットに原因があった。お得意の催眠でいじめた奴を学校に来ないように言ってしまったらしい。

 

 

「いじめられるって辛いよな。自分は何もしていないのに、味方がドンドン減っていく」

 

 

「同情ならいりませんッ! そうやって私を———!」

 

 

「何度も言ってやるよ。俺はお前を見下さない。絶対に」

 

 

「嘘よッ!」

 

 

ゴキッ!!

 

 

首が150°くらい回った。死ぬ!? これは死ねる!?

 

俺はバランスを崩し、メヌエットを落としそうになるが、根性で耐えて見せた。足はプルプルなっているが。

 

 

「それならこうします。私の推理を聞かせます。だからッ……!」

 

 

メヌエットは涙目で俺を見ながら告げる。

 

 

「あなたは私のモノになりなさいッ……!」

 

 

「……血迷ったのか?」

 

 

「お姉様が手に入れたモノはみんな私が貰う」

 

 

「……どうしてそこまでアリアに固執する?」

 

 

「それで、公平なのです。お姉様は優れた肉体を持ち、自由に動けて、人々に敬愛され、こんな恋人まで———!」

 

 

メヌエットの言っていることを茶化したくなかった。メヌエットの心の叫びを聞いているから。

 

 

「あれもこれも、手に入れてくる。私には何も無い! こんな体に生まれ、この頭脳を恐れられ、誰からも嫌われ、偏屈者と呼ばれて、ここで一生を孤独に送る定めなのです! これではあまりに不公平でしょう!?」

 

 

そうか……メヌエットは、ずっとアリアのことが羨ましくて、羨ましくて、嫉妬していたんだ。

 

 

「ずっとお前はここにいるのか?」

 

 

「え……?」

 

 

俺の質問の意味が理解できないメヌエットは固まってしまった。

 

 

「ずっと、ずっと、ずっとここでメイドに働かせて一人堕落した生活して生きて行くのか?」

 

 

「ッ……そうするしか私にはッ……!」

 

 

「そんな選択、俺がさせねぇ!」

 

 

「ッ!」

 

 

俺はメヌエットをベッドに寝かせシーツを整える。

 

 

「メヌエット。どんな世界にも公平ということは絶対に無い」

 

 

俺は世界を見て来た。たくさんと言えるほどではないが、誰よりも世界を見た。

 

だから言える。分かるんだ。

 

 

「不治の病や不幸な人間はたくさんいる。公平なんてバカバカしいと思ってしまうくらいな」

 

 

でもなっと俺は付け足す。

 

 

「それを壊すのは、俺たち人間だ。人々が助け合う世界になればこんな醜い世の中にならないんだ」

 

 

「……それくらい、分かっています」

 

 

「いや、分かっていない。お前はその壊す人間になるべきだ」

 

 

メヌエットに毛布を掛けて、俺は告げる。

 

 

「こんな理不尽で面白くない、自分の世界を」

 

 

「自分の世界……」

 

 

「今日はもう遅い。明日は早いからゆっくりと寝てくれ」

 

 

俺はそう言い残し、部屋を出て行った。

 

すぐに1階まで降りてティナの持っていた携帯電話を借りる。番号を打ち、すぐに電話する。

 

 

『少しばかり遅いんじゃないか?』

 

 

「悪いなキンジ。あと何でヒスってる?」

 

 

『星が綺麗だからさ。おっと、あまりの綺麗さに女性と星を間違えてしまったよ』

 

 

電話の向こうからキャー!っと黄色い歓声が聞こえた。コイツ殴りてぇ。

 

 

「お前の弟、権力があるらしいな。ティナから少し聞いたよ」

 

 

『金三をどうするつもりだい?』

 

 

「安心しろ。ちょっとした手続きをして欲しいんだ」

 

 

俺は告げる。

 

 

「メヌエットの世界を変えるために」

 

 

________________________

 

 

 

現在時刻 17:00

 

 

 

「はい朝ですよ。起きて起きて」

 

 

カンッ! カンッ! カンッ!!

 

 

メヌエットの部屋でフライパンを叩いてメヌエットを起こす。メヌエットは耳を塞ぎながら叫ぶ。

 

 

「うるさい! 何て非常識な起こし方を……!?」

 

 

カンッ! カンッ! カンッ!!

 

 

「話を聞きな———!」

 

 

カンッ! カンッ! カンッ!!

 

 

「ああ分かりました! 起きますからやめてください!」

 

 

その後、黒星が増えた。割増しで二個も。やったぜ(ヤケクソ)

 

メヌエットを食堂へと連れて行き、俺の特製栄養満点パフェを用意する。すぐに食わせたら、

 

 

「サシェ、エンドラ。すぐにこれに着替えさせろ」

 

 

「「!?」」

 

 

俺の用意した服に二人は目を見開いて驚いた。もう腰を抜かしそうになっていたね。

 

とにかく無理矢理でも着替えさせろと脅しておいた。俺ってこわぁい!

 

 

「ティナ。少しだけ自分のことが分かりそうな気がするんだ。だから……」

 

 

「……分かりました。でも時間はありませんのですぐに終わらせてくださいね」

 

 

「ああ、速攻で落としてくるから任せろ!」

 

 

ドゴッ!!

 

 

「ま、間違えた……速攻で……推理を言わせて見せるから……!」

 

 

横腹を摩りながらメヌエットの部屋へと向かう。案の定、メヌエットの嫌がる言葉が聞こえて来た。

 

 

「着ないと言っているでしょう!? どうしてそこまで必死に……!?」

 

 

「メヌエット? 着替えたか?」

 

 

「ッ……あなたの仕業ですね」

 

 

「いいから着替えろよ? あと10秒でこの扉を開ける」

 

 

「ッ!? 待ちなさい! 私はまだ……!」

 

 

「10……9……8……」

 

 

「さ、サシェ! すぐに着替えさせなさい! エンドラ! あなたはあの変態が扉を開けないように閉めなさい!」

 

 

こうして、何とか大樹の用意した服をメヌエットは着替えることができ、俺は空気銃で6発ほど撃たれてから会うことが許された。空気銃怖い。

 

 

「これは一体どういうことか説明してもらいますか?」

 

 

不機嫌オーラ全開で俺に聞くメヌエット。メヌエットが着替えたのは学校の制服だった。

 

 

「もちろん学校に行くに決まっているだろ。義務教育だ義務教育」

 

 

「……私には必要ありません。それに学校側から来るなと言われています」

 

 

「誰がそんなクソ学校に行くか。教師のクセに何も解決しようとしない学校に行く必要はねぇよ」

 

 

「え?」

 

 

「メヌエット。お前、転校したから」

 

 

「!?」

 

 

「新しい学校に行くぞ。あ、学校は俺が決めたから」

 

 

「!?!?」

 

 

メヌエットは口をパクパクと動かし絶句していた。そりゃそうだ。『お前、明日から違う学校に行くから』と親に突然言われたらこうなるわな。俺、親じゃねぇけど。

 

 

「はい出発!」

 

 

「ちょッ!? 待ちなさい! お願いだから待ってッ!!」

 

 

メヌエットの拒否するする声を無視して俺は車椅子を動かした。

 

 

________________________

 

 

 

「さぁ着いたぞメヌエット。感想は?」

 

 

「一生恨みますわよ……!」

 

 

凄く……睨まれています……!

 

強引に車に乗せた後、俺はメヌエットの催眠術を見事にかわしながら運転した。アレは危なかったね。もう少しで事故を起こしてしまうところだった。

 

学校は中々綺麗な場所で良かった。教室も廊下もピカピカだ。一般学校だが、まぁいじめられるお嬢様学校よりマシだろ。

 

門からずっと注目を浴び続ける俺たち。メヌエットは下向き、口数が減って来ていた。

 

 

「大丈夫だ。誰もお前の悪口は言っていない」

 

 

「う、嘘です。みんな私の姿を見て……!」

 

 

「ああ思っているだろうな。『可愛い』って」

 

 

「ッ!?」

 

 

メヌエットは顔を真っ赤にして俺の顔を見た。

 

 

「自覚が無いのか? アリアと同じ、メヌエットは可愛い。断言できる」

 

 

「……ッ!」

 

 

メヌエットはポコポコと俺の体を叩き始めた。え? 何この可愛い生き物? 昨日と違って威力が弱いんだけど?

 

 

「ほら。ここがお前の教室だ」

 

 

「ッ……お願いです。家に帰してください」

 

 

「……じゃあ入る前に一つ話をしておいてやる」

 

 

俺はメヌエットの前で片膝を着いて目線を合わせる。

 

 

「アリアは俺に言ったことがあるんだ。涙を流しながら『助けて』ってな」

 

 

「………………」

 

 

「意外だろ? 一人で何でもできるアリアが助けを求めて来たんだ。だから俺は助けてやった。助けたいと思ったから」

 

 

優しくメヌエットの手を包み込むように握り絞める。

 

 

「アリアだって、不公平だと思っている時があるんだ。母を奪われ、緋緋神にも乗っ取られる」

 

 

俺の言葉にメヌエットは頷いた。そう、メヌエットも分かっているんだ。アリアだって苦しんでいることが。

 

それでも、メヌエットはアリアが羨ましいと思ってしまう。

 

でも、仕方ない。まだメヌエットは子どもだし、女の子だ。

 

 

「……今の俺はあの時と同じ、メヌエットを助けてやりたい。つまらない世界を変えてやる。だから」

 

 

だから俺は待つ。

 

 

「一言でいい。俺に助けを求めろ」

 

 

あの言葉を。

 

メヌエットは下を向き、ゆっくりと言う。

 

今までずっと一人で抱えて来た。仲間や友達もいない。ずっと孤独、たった一人。

 

助けてくれる人がいないなら、俺がなってやる。

 

……そうだ。どうして俺は悩んでばかりいたんだ。

 

 

もう悩んでいる暇なんてない。分かっているならこれから理解すればいい。

 

 

俺の感情は俺が決める。悲しければ泣く。怒りたいなら怒る。喜びたければ笑う、

 

もっと簡単に物事を捉えればいい。それなら、俺は———。

 

 

「……だったら……私の……世界を……変えて……!」

 

 

「任せろ」

 

 

———その願いに答えて見せる。

 

俺はメヌエットの頭を優しく撫で、立ち上がった。

 

教室のドアを開き、メヌエットと一緒に教室へと入った。

 

 

________________________

 

 

 

学校の昼休み、俺は別館の校舎の屋上からメヌエットの様子を見ていた。

 

事前に校長や教師には包み隠さず事情を説明した。教師たちは俺の手を握り『必ず幸せにしてみせます!』と嫁でも出すのかっと思ってしまうくらい熱心な教師だった。ま、まぁいいか。俺、お父さんじゃないし。……シャーロックに殺されそう。

 

メヌエットに問題を当てまくるわ当てまくるわ。メヌエットはわざと間違えようとしたが、俺が監視していることを知っているため、しっかりと正解した。

 

そして休み時間はメヌエットはたくさんの人に囲まれ、人気者になっていた。まぁ転校生とかは大抵こうなるわな。

 

 

「さぁて、これをあまり良いとは思わない女子と男子はいるよな……」

 

 

ほぼ確実。99パーセント。いや絶対。

 

中学時代の俺ならここから狙撃していただろうが、今の俺は違う。別に武器を変えるとかそういうオチじゃない。

 

様子を見ていると、予想通りメヌエットを3人の女子が囲んだ。メヌエットも表情は良くない。周りの人たちも怯えた様子を見せている。きっと彼女たちは人気者になったメヌエットのことが気に入らないんだろう。

 

これだ。いじめの怖いところの一つ。カーストが高い奴に逆らえない。だから誰も助けてくれない。

 

いじめの次のターゲットにされたくないから、今いじめられている人と関わらない。それは正しくて正しくない選択。

 

自分が大切にすることは悪い事では無い。

 

でも、その先を越えてこそ……本当の仲間なんだよ。

 

 

「………ホラな。いるんだよ」

 

 

メヌエット。お前が思っているほどお前の世界は醜くない。

 

俺は選択を間違えた。でも、お前にはまだ選択は残っている。

 

 

 

 

 

メヌエットの後ろにはクラスメイトの半分以上が味方についてくれて立ってた。

 

 

 

 

 

クラスメイトが三人の女子からメヌエットを守るようにしている。三人の女子は気まずそうな表情をした後、教室から出て行った。

 

あんなに味方がいるんだ。もうあの部屋に籠る必要なんてない。

 

メヌエットの泣きそうな笑顔に俺は微笑んだ。

 

 

「……そっか」

 

 

そうだ。俺はどうしてこんなことで悩んでいたんだ。

 

……俺は黒くなったギフトカードを取り出す。手が震えるが、俺の決意は揺るがない。

 

 

 

 

 

「答えは……決まった」

 

 

 

 

世界は———!

 

人は———!

 

そして、俺は———!

 

 

 

 

 

「きっと、これが俺なんだ」

 

 

 

 

 

 

________________________

 

 

 

2月11日

 

 

現在時刻 0:00

 

 

 

「どうだった? 学校は?」

 

 

「……悔しいですが私の負けですね」

 

 

いぇーい。俺様の勝利だぜえええええェェェ!!

 

俺はニコニコしながらカードを渡す。メヌエットは黒星を全部消してくれた。よっしゃあ! これで振り出しだ! 遅いよばかッ。

 

 

「友達はできたか?」

 

 

「ええ、もちろんよ。私の隣の席の子なのだけれど———」

 

 

俺はメヌエットの車椅子を押しながらメヌエットの話を聞く。楽しそうにお喋りするその姿は普通の女の子と変わらない。

 

ニコニコした笑顔は俺の心をピョンピョンしてくれる。心ピョンピョン!

 

 

「次はもっと凄いぞ」

 

 

「あら? まだサプライズがあるのかしら?」

 

 

「おう。星10個あげたくなるくらいのサプライズだ」

 

 

メヌエットを車に乗せて、俺は運転席に座る。そう言えば机の中に入れた免許書どうなったかな? まぁいいか!

 

 

「どこへ向かうのかしら? 期待しても?」

 

 

「おう。期待してくれ」

 

 

朝とは別人のように全く違う。すっかりご機嫌です。

 

俺はアクセルを踏み、目的地へと走り出した。

 

 

 

________________________

 

 

 

現在時刻 1:00

 

 

 

「着いたぜ」

 

 

俺たちが来たのは現代的なメリルボーン・ロードの角にあるガラス張りのオシャレなカフェだった。

 

メヌエットの車椅子を押しながら場所を教える。

 

 

「さて、何かしら? あえて推理をしないであげたからちゃんと驚くわよね?」

 

 

「ああ。店の中に黒髪の長髪の女の子がいるだろ? ホラ、白い花飾り………白い……花飾り………………!?」

 

 

「ええ、いるわね……って、ちょっと? 凄い汗をかいているいるけど大丈夫かしら?」

 

 

「し、白い髪飾り……あ、あれが……夾竹ッ……じゃなくて『モモコ』だ……ああ、『モモコ』だ。うん、『モモコ』!?」

 

 

「!!?? 何であなたが驚くの!?」

 

 

「モモコ!? モモコがアイツ!? MOMOCO!?」

 

 

「あなた大丈夫かしら!? それよりどうしてモモコがここにいるの!?」

 

 

「俺が呼んだのか!?」

 

 

「あなたじゃないの!?」

 

 

「俺だった!?」

 

 

「いい加減落ち着きなさい!!」

 

 

ゴギッ!!

 

 

「グへッ!?」

 

 

メヌエットの関節技が炸裂。俺は正気に戻る。

 

 

「そ、そうだ……お前がオンラインゲームで仲良くしていた女の子だ。その子がちょうどイギリスに来ていたんだ」

 

 

「……だから最近はいなかったのね」

 

 

多分、俺が関わったせいだと思うけど。

 

 

「メールで呼び出していたんだ。今までずっと友達でいてくれた子なんだろ? だったら今度は、親友になって来い」

 

 

「い、いやよ。いやよッ。ついてきて」

 

 

「無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理」

 

 

「必死!? そんなに嫌なのかしら!?」

 

 

「大丈夫だ。俺は何も手出しはしていない。したら後が怖いから」

 

 

「一体モモコとどういう関係なの!?」

 

 

「と、とにかくだ! どうせ自分のことを隠して『モモコ』と友達になっていたんだろ?」

 

 

「ッ……」

 

 

図星か。

 

 

「なら、今ここで全部正直に話してこい。楽しく話して、笑って、親友になってくるんだ」

 

 

「わ、私は、自分が学校に通っていて、しかもバスケットボール部のエースという事にしてしまっているのよ。チャットをしているうちに、そういう、その……ウソを一度つき始めたら、止まらなくなってしまって……学校中の人気者だとか、ラクロス部のエースも兼任しているとかまで、最近は言ってしまっているの……!」

 

 

「へぇ……微妙だな」

 

 

「え?」

 

 

俺はメヌエットの頭をポンと置く。

 

 

「お前、あのシャーロック・ホームズの曾孫って自慢できること、まだ隠しているじゃねぇか」

 

 

メヌエットは目をまん丸に開いて俺を見て驚いていた。

 

 

「そんな嘘、全部チャラにできてしまう凄い本当の事実がある。きっとモモコも喜んでくれる。それに、モモコはお前が嘘を言ったくらいで友達をやめてしまうような薄情か?」

 

 

「ち、違う! モモコは全部信じてくれて、その上で私と友達に———!」

 

 

「なら大丈夫じゃん」

 

 

俺は優しくメヌエットの頭を撫でる。

 

 

「今日学校でも上手くいったんだろ? ならモモコとはもっと上手くいけるさ」

 

 

「駄目よ……推理できてしまうのよ……」

 

 

「……その推理、言ってみろよ」

 

 

「モモコは日本の女の子なの。偶然だとしてもわざわざここまで来てくれたのに、出てきた私がこんな姿じゃ———彼女は嘘つきと罵るわ! 嫌いになるわ! 私の唯一の友達が———!」

 

 

 

 

 

「だったらその推理をぶち壊す推理をしろッ!!」

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

俺の大声にメヌエットはビクッと体を震わせて驚く。

 

 

「失いたくないなら足掻けッ! 命を削ってでも守りたいモノがあるから俺はずっと戦い続けたッ! お前は戦わないのか!?」

 

 

路上の通り人たちが俺たちを見て来る。俺は深呼吸をしてクールダウン。

 

 

「シャーロックが生きていることは知っていたか?」

 

 

「……お姉様から聞きました」

 

 

「そのシャーロックの推理をぶっ壊されたことがあるんだ」

 

 

「そんな……ありえないわ。私の知る限り、曾お爺様の生涯には一度だってそんなことは無かった。誰が彼の———!?」

 

 

続きの言葉を言う前に、メヌエットは分かってしまった。

 

 

「そう……あなたなのね」

 

 

メヌエットは呆れたような声だったが、顔は微笑んでいた。俺も笑顔で返す。

 

 

「なぁメヌエット。モモコに嫌われたくないよな?」

 

 

「……ええ」

 

 

「学校でもういじめられたくないよな?」

 

 

「ええ」

 

 

「……いつまでも貴族という籠の中の鳥になりたくないよな?」

 

 

「ええ」

 

 

「だったら———」

 

 

俺は車椅子を動かし、店内のドアの方へと車椅子を向ける。

 

 

「———自分の世界を、自分の手で変えろ」

 

 

「……………」

 

 

メヌエットは自分で車椅子を動かし、カフェの中へと入って行った。

 

自分のした最悪の推理をぶち壊すために。親友を作るために。そして、自分の世界を変えるために。

 

 

________________________

 

 

 

メヌエットの『初めまして』から始まる会話。夾竹桃……ゲフンゲフンッ。モモコは最初驚いていたが、すぐに笑みを浮かべて返していた。

 

俺が事前に店に頼んでいたケーキと紅茶を二人の前に出す。あれ、俺が作った。

 

美味しい食べ物を食べたおかげか二人の間にあった緊張が砕け、すぐにポンポンと話題が出て話し始めた。

 

俺は見守る親のような気持ちで二人を遠くのベンチから見ていた。

 

 

「惚れちゃ駄目だよ? だいちゃん?」

 

 

「そうだぞ大樹君。今は女の子に見惚れている場合じゃないだろ?」

 

 

「オーケー、オーケー。両肩が粉砕しそうだからやめてくれ理子、刻諒(ときまさ)

 

 

こっちは肩が砕けそうです。

 

左肩は理子。右肩は刻諒。ギチギチっと嫌な音が聞こえる。

 

 

「置いて行ったのはマジで悪かった。許してくれ」

 

 

「えーどうしよっかなー?」

 

 

「えーとりあえず関節外していいかい?」

 

 

「見ない間に刻諒がめっちゃバイオレンスなんですけど……!?」

 

 

「えいッ!」

 

 

ゴキッ!! ボキッ!!

 

 

理子に関節外されてまた入れられた!? こっちもバイオレンス!?

 

 

「悪かった! マジで反省しているから!」

 

 

「じゃあ……あそこで楽しくお喋りしている(キョー)ちゃんを呼ぼうか!」

 

 

「お願い! もうやめて!」

 

 

「今なら遠山君と金三君と金女さんとサイオンさんと母上を呼べるが?」

 

 

「遠山三人衆!? というかサイオン!? ていうか何で母!?」

 

 

これがカオスというのか。

 

 

「理子はカツェとヒルダとジャンヌを呼べるよ?」

 

 

「洒落にならないメンバーだなオイ!? ってジャンヌ!?」

 

 

カオス度が加速した!?

 

 

「途中で会ったんだよ。こっちでもいろいろあって大変だったんだよ? 今はキーくんと一緒に行動していると思うよ」

 

 

「メンバーが増えているなぁ……」

 

 

さすがの俺も苦笑い。頼もしいが凄いことになっている。

 

理子は俺の右隣りに座り、刻諒は左隣に座った。何だこのシュールな光景。

 

 

「……体は大丈夫かね?」

 

 

「いや、掘られてないよ?」

 

 

「どういう解釈だい!? 一体私たちがいない間に何があったのかね!?」

 

 

ウホッ。別に何もなかったけど何か?

 

 

「お前らと離れてから俺は鬼の力を乗っ取ったんだ」

 

 

鬼という単語に理子と刻諒の表情が硬くなる。俺は笑顔で会話をするメヌエットを見ながらポツポツと話す。

 

 

「でもな、分かってきたような気がするんだ。アイツを見ていて、大事なことを思い出した。いや、最初から大事なことを持っていなかったから『教えられた』が正しいか」

 

 

静かに二人は俺の言葉を聞いてくれている。俺は安心して続ける。

 

 

「ずっと過去と向き合っていた。でもそれじゃ駄目だったんだ」

 

 

「……何が、ダメなの?」

 

 

理子が心配そうな表情で俺の顔を見る。

 

 

「俺はそこで止まっていたんだ。『向き合う』っていう建前を作って、ただそこから動かなかった」

 

 

「……大樹君の過去は私には分からない。でも逃げることをしなかった君は強いと私は思うよ」

 

 

「違うんだ刻諒。俺は結局逃げていたんだ。過去と向き合うだけで、『現実』から逃げていた』

 

 

「現実……?」

 

 

「……何も守れていない現実に」

 

 

「「!?」」

 

 

ダンッ!!

 

 

理子が勢い良く立ち上がり、俺の手を握った。

 

 

「違う! 大樹は理子のことを何度も守って救ってくれた! その現実は……!」

 

 

「間違っているんだよ。俺は傷つけた。心が弱いせいで、『殺し』の戦い方をして、みんなを怖がらせ、傷つけた」

 

 

理子の握る力が強くなる。何も言わず、ただ頭を横に振って否定する。

 

 

「今でも力が欲しいと感じてしまう。でも、俺が本当に欲しい力は……『殺し』とかじゃない」

 

 

そうだ……俺が……欲しいのは『力』であっても、『力』じゃない。

 

俺が欲しいのは———!

 

 

ドクンッ……!

 

 

「ッ!?」

 

 

突然、胸に激しい痛みが襲い掛かって来た。

 

あまりの痛みに俺は地面の上で(ひざまず)く形になる。

 

 

「大樹!?」

 

 

「大樹君!?」

 

 

呼吸が不規則になり、喉が張り裂けそうなくらい熱い。

 

 

「来るッ……戦いがッ……鬼がッ……!」

 

 

その瞬間、俺の意識は暗闇の奥底へと落ちて行った。

 

 

 

________________________

 

 

 

「大樹!? 大樹!?」

 

 

理子が何度も倒れた大樹を何度も揺さぶる。しかし、返事は返ってこない。跪いた状態のまま動かない。刻諒も苦しんでいる大樹を見て焦っている。

 

 

ガシャンッ!! ガシャンッ!!

 

 

「「ッ!?」」

 

 

その時、背後から重い金属が落ちるような音が何度もした。

 

振り返ると銀色の金属スーツに身を包んだロボット。通称『エヴァル』と呼ばれるモノがそこにいた。

 

 

「な、何だこの不気味な者たちは……!?」

 

 

刻諒はレイピアを構え、理子は大樹を支えたまま銃を握った。気が付けば民家や店の屋根にもエヴァルの姿がある。

 

 

『対象の確認。これより抹殺を開始します』

 

 

ガシャンッ!!

 

 

エヴァルの右手が変形し、銀色の剣へと姿を変えた。そして、一斉に刻諒たちに向かって剣を振り下ろした。

 

 

ガチンッ

 

 

(重ッ……!?)

 

 

刻諒がレイピアで剣を受け止めた瞬間、あまりの力の強さに、すぐに方膝を着いてしまった。

 

もう一体のエヴァルの攻撃。動けない刻諒に向かって剣が振り下ろされる。

 

 

「鬼神よ……獄炎の覇者となれ……」

 

 

バギンッ!! 

 

 

しかし、剣が刻諒に当たることはなかった。

 

気が付けば襲い掛かって来たエヴァルの一体の胴体が真っ二つに斬り裂かれ、宙を舞っていた。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

目を逸らしていた間に、剣を受け止めていたエヴァルが地面にめり込んだ。上から叩き落とされたようだった。

 

何が起こったかすぐに理解できた。

 

 

 

 

 

黒い鬼の姿をした大樹を見たから。

 

 

 

 

 

背中から黒い炎の翼———四枚の翼がユラユラと恐ろしく燃え上がる。頭部から生えた黒い角はまさに鬼。

 

手に持った刀が泣き叫ぶように轟々と燃え上がる。そこに大樹の面影はもうない。

 

 

「【魔炎(まえん)双走炎焔(そうそうえんえん)】」

 

 

ゴオオオオオォォォ!!

 

 

黒い炎の刀が何十にも分かれ、次々とエヴァルを燃やし尽くす。灰の一つすら残さない馬鹿げた火力に誰もが目を疑った。

 

その炎に恐怖した通行人、建物や店の中にいた人々が悲鳴を上げながら逃げ出す。

 

 

「やっとだ……やっとこの体を手に入れた!」

 

 

大樹は空に向かって大きく笑いながら炎を操る。

 

 

「クハッハッハッハッ! 悪を根絶する日が来たのだ!」

 

 

いや、そこにいるのは大樹では無い。

 

 

邪黒鬼(じゃこくき)だ。

 

 

「これが……あの大樹君なのか……」

 

 

レイピアを地面に落とし、刻諒は体を震えさせた。怒りでもない。哀しみでもない。

 

後悔による震えだった。

 

 

「……どうしてこんなのことになったの?」

 

 

「夾ちゃん……」

 

 

いつもと違う夾竹桃の低い声音が聞こえた。暗い表情をした理子は何も答えられなかった。

 

夾竹桃はメヌエットの車椅子を押しており、メヌエットの表情も良くなかった。

 

 

「あれが最後に落ちた鬼の姿……推理通りでしたわ」

 

 

「推理……? どういうことだい?」

 

 

メヌエットの言葉に刻諒が尋ねる。メヌエットは次々とエヴァルを破壊する大樹を見ながら説明する。

 

 

小舞曲(メヌエット)のステップの如く、順を追ってお話ししましょう。まず昨日の晩、原因は不明ですがダイキは倒れました。酷く顔色が悪かったので血を飲ませました。もちろん、彼の私物に輸血パックがあったのでそれを使いました」

 

 

周りが驚愕している中、メヌエットは推理を続ける。

 

 

「すると彼はみるみるうちに回復しました。なので彼にはある力があると推理しました」

 

 

メヌエットは告げる。

 

 

「吸血鬼の力があると」

 

 

「さすがだ。大当たり」

 

 

メヌエットの推理を褒めたのは大樹———邪黒鬼だ。既にエヴァルは全滅し、みんなの前に立っていた。

 

 

「俺には吸血鬼の力がある。血を飲めば覚醒する。自分の血でもな」

 

 

「……そして次に推理するのは、あなたの正体です」

 

 

「俺は大樹だ。何者でもない」

 

 

「あなたの正体は、鬼です」

 

 

「ッ……」

 

 

メヌエットは吸血鬼とは答えなかった。そのことに邪黒鬼は表情を少し歪めた。

 

 

「簡単でしょう? 角が生えた日本の妖怪だとすぐに分かります」

 

 

「……神は称えることが大事だぞ? だが俺はお前たちには手を出さないから安心しろ」

 

 

メヌエットの言うことを軽く聞き逃す邪黒鬼。メヌエットたちは警戒しながら鬼の話を聞く。

 

 

「俺は正義の名の下に悪を殺す。ゆえに優しい心を持ったお前たちには一切手を出さない。それにお前らを守ることでコイツは納得するからな」

 

 

「ふざける……な……!」

 

 

ガシャッ

 

 

「大樹を返せ! その体はお前のじゃない!」

 

 

怒りの形相で理子は拳銃の銃口を邪黒鬼の額に向ける。邪黒鬼は笑みを消す。

 

 

「俺を敵に回す者は悪。斬られたくなければ今すぐ下げろ」

 

 

「それは無理な話だな」

 

 

ガキュンッ!!

 

ガキンッ!!

 

 

「ぐぅッ!?」

 

 

邪黒鬼の持っていた右手の剣【名刀・斑鳩(いかるが)】が弾き飛ばされた。油断したせいで飛んで来た銃弾に気付かず、当たってしまった。

 

 

「遠山君!?」

 

 

デザートイーグルを握ったキンジが屋根の上から狙っていた。銃弾を飛ばしたのはキンジだ。

 

 

「兄貴。全然効いていないみたいだぞ」

 

 

「全員無事か!?」

 

 

「ジャンヌ!」

 

 

キンジの他にジーサード、ジャンヌの姿もあった。ジャンヌは銀色の甲冑を身に纏い、大きな剣———聖剣デュランダルを持っていた。

 

 

「……何故だ。俺はこの世界を救ってやろうとしているのに、何故俺に攻撃する」

 

 

「世界より大切なことがあるからです」

 

 

ガキュンッ!!

 

 

「ッ!?」

 

 

今度は左手に持った剣【護り姫】が弾き飛ばされた。

 

遠距離からの狙撃。ティナの手によって。

 

 

スタッ

 

 

「大樹さんを返してください」

 

 

武偵制服のスカートをヒラヒラとなびかせながら民家の屋根から飛び降り、すぐに狙撃銃を構える。

 

 

「……数を揃えたところで、こいつは帰ってこない。力に溺れているからな」

 

 

囲まれた状況にも関わらず、邪黒鬼は笑っていた。

 

 

「力を求めて、求めて、求めて、こいつは俺に頼った。一度乗っ取られたが、これで終わりだ」

 

 

邪黒鬼は告げる。

 

 

「楢原 大樹が帰って来ることは永遠に無いッ!!」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

拳を地面に叩きつけた瞬間、黒い炎が爆発した。

 

 

________________________

 

 

 

またこの光景だ。

 

あの日に戻って来た。部室で起きたあの日に。

 

誰もいない部室に俺は立っていた。

 

 

『お前のせいだ』

 

 

「ッ……」

 

 

気が付けば背後には血まみれになった人の姿がいた。顔をよく見れば、ずっと俺をいじめてきた人だとすぐに分かった。

 

血塗れになった人はゾンビのようにゆっくりとフラフラと近寄って来る。

 

 

『お前のせいだ』

 

 

『お前のせいだ』

 

 

『お前のせいだ』

 

 

一人だけじゃない。気が付けば囲まれていた。

 

俺は唇を強く噛み、震える足を、手を、体を止める。

 

 

「俺は、無責任だった」

 

 

ピタッ……と一斉に動いていた人が止まった。

 

 

「ずっと双葉が死んだことをお前らのせいにしていた。でも、一番の原因は俺にあった」

 

 

『そうだ。いじめられていたお前が双葉を関わらなければ———』

 

 

「違う」

 

 

俺は告げる。

 

 

 

 

 

「お前たちと仲良くすれば、良かったんだ」

 

 

 

 

 

ずっと無視してきていた。いじめていた人たちを無視し、いじめられたことを気にしていなかった。

 

俺が悪かった。この状況を停滞し続けることじゃなく、解決するように動けば良かった。

 

 

「俺が剣道のことを教えてあげれば良かった。もっと優しく接してやれば良かった。できるイケメンみたいになればよかった」

 

 

でも、俺はできるとかの問題では無かった。まずやろうとしなかった。それが俺が最低だと証明している。

 

俺は血塗れになった人の手を握り、

 

 

「ごめん」

 

 

一言謝った。

 

 

「この戦いが終わったら、絶対に謝りに行くよ」

 

 

そして、俺は笑顔で告げる。

 

 

「だから、その時は、友達になって欲しいと思っている」

 

 

『ッ!?』

 

 

血塗れになった人たちが一斉に逃げ出す。俺を怯えるかのように。

 

 

『そうやって自分が正義だと言うの?』

 

 

今度は双葉が現れた。軽蔑するかのような目で俺を見る。

 

 

『また殺すのでしょう?』

 

 

双葉の他には美琴、アリア、優子、黒ウサギ、真由美、ティナもいる。みんな俺のことを睨んでいる。

 

 

「もう正義とか関係ないんだ」

 

 

『どういう意味?』

 

 

「最初から悪なんて、無いからだ」

 

 

『嘘。悪はいる。悪がいるから人は死ぬ。殺される。そして奪われる』

 

 

「……悪を生んだのは、人だと俺は思う」

 

 

その時、双葉の表情が変わった。

 

 

『ど、どういうこと……』

 

 

「悪があるから正義がある。正義があるから悪がある。なんて馬鹿げた言葉だと思わないか?」

 

 

意味が全く理解できていない双葉に俺は説明する。

 

 

「悪になった人は、必ず何かきっかけがある。そのきっかけを作ったのは俺たち『人』だ」

 

 

『人……?』

 

 

「悪になりたくなくても、なった人がいる。自分の命が危ないから、人質を取られたから。様々な理由があった」

 

 

『自分のために悪になった者は?』

 

 

「それも含めて、俺たちの責任だ」

 

 

『ふざけるな! ありえない! どうして俺たちが悪いことになる!?』

 

 

ついに本性を現した邪黒鬼。そこに双葉の姿はもういない。ただ黒い影がいるだけ。

 

確かに、今までの俺ならそんなこと気にしないだろう。鬼のように、怒っていた。

 

でも違う。俺は答えを見つけた。

 

俺は分からなくなってしまっていた。悩んで、悩んで、悩んで、苦しんだ。

 

でも、俺がやることは変わらない。きっとこれが『俺』だと思う。

 

 

「人がいるから悪が生まれる。そして———」

 

 

告げる。

 

 

 

 

 

「———悪を救うのが、本物の正義だ」

 

 

 

 

 

『救う……? 何を言っているんだ……?』

 

 

「それに言ったんだ。赤鬼が教えてくれたんだ」

 

 

姫羅と戦ったあの日。最後に赤鬼に言われたことを思い出す。あの時は頭に血が上って、何も考えなかった。

 

 

 

『……大樹。よく聞け』

 

 

 

『……何だよ』

 

 

 

あの時、赤鬼は教えてくれたんだ。

 

 

 

『姫羅を―――――』

 

 

 

「そう———」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『———助けてやってくれ』

 

「———助けてやってくれってな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何で俺は殺そうとしていた? 今、姫羅は苦しんでいるはずなのにッ!!

 

分かっていたはずだ! 姫羅がこんなことをするはずがないことを!

 

最低な自分に腹が立つ。怒りが込み上げて来る。

 

 

『ふざけるなあああああぁぁぁ!! 世界は醜い! 人は卑怯! 俺は悪を殺すッ!!』

 

 

「だったら教えてやるよ。俺とお前は違うことを」

 

 

 

世界は———希望で溢れていることを!

 

 

 

人は———誰もが優しい心を持っていることを!

 

 

 

そして、俺は———!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は、『全て』を救うッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大切な人だけじゃない。何もかも、他人でも、犯罪者でも、悪でも、世界でも!

 

 

 

『全て』を救う人間に俺はなる!

 

 

 

『分からない……悪を救う必要が分からない……』

 

 

「誰も傷付かない世界だ。悪を除け者にする理由はない」

 

 

『分からない……分からない……!!』

 

 

「分かるわけねぇよ」

 

 

俺は拳を握る。

 

ニッと笑みを作りながら闇に向かって拳を振るう。

 

 

 

 

 

「『俺』だからな」

 

 

 

 

 

________________________

 

 

 

 

「ぐぁあああああああ!!!」

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

突然、邪黒鬼が悲痛な叫び声を上げた。優勢で、笑って戦うほど余裕があったはずなのに。

 

キンジたちは傷を抑えながら驚愕していた。

 

 

「何だ!?」

 

 

「兄貴! 攻撃するならチャンスだ!」

 

 

「駄目です! 大樹さんは必ず戻ってきます!」

 

 

ジーサードの意見とティナの意見。互いに食い違い、誰も動けない。どうすればいいのか分からないのだ。

 

 

「ッ!? 伏せろッ!!」

 

 

ジャンヌがいち早く気付く。炎が全員を包み込もうとしていた。

 

 

「【オルレアンの氷花(Fleur de la glace d'Orleans)】!!」

 

 

バギンッ!!

 

 

ジャンヌの目の前に巨大な薔薇の氷が出現した。氷の薔薇を盾にして、炎から身を守る。

 

 

「クッ……長くは持たないぞ!」

 

 

「メヌエット! あなただけでも逃げなさい!」

 

 

「駄目よ桃子! 大樹も、あなたも置いて行けないわ!」

 

 

夾竹桃がメヌエットを守るのに限界が来ている。同時にキンジとジーサードも、規格外な力を持った邪黒鬼を相手にすることに限界だった。

 

 

「……理子は逃げないよ」

 

 

「私も逃げるつもりはない」

 

 

理子と刻諒は前に立ち、構える。

 

 

「……やれるか?」

 

 

「当たり前だ。兄貴がやれるなら俺もやれる」

 

 

キンジはバタフライナイフを取り出し、ジーサードは電弧環刃(アーク・エッジ)を握った。

 

誰も諦めない。逃げる選択はしなかった。

 

 

ゴォ……

 

 

その時、黒い炎が散布した。

 

唐突に炎が消えたことに誰もが驚いた。

 

 

「ぐぁ……やめろ……出て来るな!」

 

 

地面に両膝を着き、苦しむ邪黒鬼。

 

 

「な、何をする気だ……!」

 

 

『とっておきってヤツを……見せてやる』

 

 

「「「「「ッ!」」」」」

 

 

邪黒鬼の口からもう一つの声———大樹の声のようなモノが聞こえた。邪黒鬼はゆっくりと体を動かし、立ち上がる。そして、【護り姫】を握った。

 

 

『俺とお前……どっちが先に死ぬかッ!? 勝負だああああああァァァ!!』

 

 

「やめろ……やめろおおおおおォォォ!!」

 

 

大声で叫びながら邪黒鬼は刀を逆手に持ち、

 

 

ドスッ!!

 

 

 

 

 

自分の胸———心臓に突き刺した。

 

 

 

 

 

「ごふッ……!?」

 

 

大樹は口から大量の血を吐き出し、再び膝を着いた。

 

 

「大樹さん……!?」

 

 

「いや……いやよ……こんな推理……してない!」

 

 

目の前で起きたことに信じられず、ティナとメヌエットが首を何度も横に振った。

 

 

「ぐぁああああああ!!!」

 

 

ゴオオオオオォォォ……!!

 

 

邪黒鬼は叫び、黒い闇の煙が溢れ出す。いや、大樹の体から抜けているようにも見えた。

 

黒い闇は空に集まり、人の形を作った。

 

 

『危ないヤツめ……せっかくいい体を台無しにしやがった』

 

 

黒い闇で作られた人は、邪黒鬼だと口調から察することができた。

 

大樹は地面に倒れ、血だまりを作っている。

 

急いで大樹に駆け寄るが、重体な状態だとすぐに分かった、

 

 

『だが分離できた。しばらくはこれで持つだろ。力は貰った。神も、吸血鬼も、そしてこの俺の力! 正義の名の下、悪を裁けるッ!!』

 

 

黒い闇で作られた人の背中から四枚の黒い翼が広がり、空を舞う。頭部には角がある。大樹と同じような姿をしていた。

 

 

「それは……どうかなッ……?」

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

倒れていた大樹がゆっくりと立ち上がった。

 

未だに血が止まらず、ポタポタと血の水たまりを作っている。

 

引き攣った笑みで鬼を見る大樹。絶対に良い状態ではない。

 

 

「大樹さん!」

 

 

「悪いなティナ……やっと俺は『俺』に戻れたよッ……!」

 

 

「もういいです! それ以上、何もする必要は……!」

 

 

「ある、んだよ……決着をつけないといけないんだ……!」

 

 

大樹は呻き声を出しながら自分に刺さった【護り姫】を引き抜く。そして、両手で持って構えた。

 

 

『無駄だ! お前は俺に勝てない! 全ての力を奪われたお前には!』

 

 

「全ては、奪えていないッ……」

 

 

『……何だと?』

 

 

大樹はニヤリっと笑う。

 

 

「ハッ……俺の、闘う意志だッ……!」

 

 

『……終わりだ。悪を救う必要がないことを———』

 

 

その瞬間、邪黒鬼の姿が消えた。

 

 

『———教えてやる』

 

 

否。光の速度で大樹の背後を取ったのだ。

 

そして、邪黒鬼は背中の翼で大樹に攻撃する。

 

今の大樹は正真正銘、雑魚と呼ばれても文句が言えないくらい最弱。対して邪黒鬼は神と吸血鬼の力を手に入れた最強。

 

勝利を確信できる。邪黒鬼は笑みを作りながら大樹を殺す。

 

 

『あぁ?』

 

 

 

 

 

その瞬間、邪黒鬼の世界が反転した。

 

 

 

 

 

空が地面に。地面が空へと浮いた。上下が反対になった。

 

 

『何故だ……』

 

 

黒い翼は大樹を捉えていない。地面にめり込み、刺さっているだけ。

 

 

『何故……』

 

 

邪黒鬼の体が膝を着き、ゆっくりと倒れる。

 

 

『何故だあああああァァァ!!!』

 

 

ゴトッ……

 

 

 

 

 

鬼の(あたま)が地面に落ちた。

 

 

 

 

 

「これが、俺とお前の差だッ……!」

 

 

邪黒鬼の背後から聞こえた大樹の声に、混乱した。

 

一瞬の出来事だった()()。光の速度で背後を取り、翼で大樹の体を壊す。

 

それで終わりだった。鬼の勝利だった。

 

だが、大樹は光の速度で動いた鬼を斬り、音速で攻撃してくる翼を回避した。

 

分からなかった。こんなに力を持った相手を、力を奪われた相手に、

 

敗北したことが、分からなかった。

 

 

「光の速度には欠点がある……」

 

 

『欠点だと……?』

 

 

あるはずがない。邪黒鬼はそう思っていた。

 

頭部だけになった邪黒鬼は恐る恐る聞く。

 

 

「距離が決まっていること。思考を越えた速度。そして、一度決めた場所からキャンセルができないこと……」

 

 

思考を越えた速度。ゆえに無かったことにはできない。つまり———。

 

 

『まさか……!?』

 

 

場所、タイミングなど邪黒鬼の全てを行動を読んでいたことになる。

 

一本間違えば死んでいた行動に、冷静に対処した大樹に邪黒鬼はさらなる恐怖を覚える。

 

 

「もう分かっただろ? 悪いな邪黒鬼」

 

 

大樹は地面に落ちていた【名刀・斑鳩(いかるが)】を拾う。

 

 

「しばらく、封印させてもらう」

 

 

『本気で言っているのか!?』

 

 

邪黒鬼は大樹の正気を疑った。力を奪った状態の邪黒鬼を封印することは、大樹の力———神の力、吸血鬼の力までも封印することと同じということ。

 

 

『俺を封印すれば全ての力を失う! 分かっているのか!?』

 

 

「【護り姫】はここにあるから大丈夫だ」

 

 

『それ以外が使えなくなる! お前はさらに弱くなって何も———!』

 

 

「守れる」

 

 

大樹は刀を持ち、邪黒鬼に近づく。

 

 

「言っただろ。俺は全てを救う。もちろん、お前もだ」

 

 

『ッ!?』

 

 

驚愕する邪黒鬼に大樹は微笑みながら【名刀・斑鳩】を近づけた。

 

 

「今は……休んでいろ」

 

 

『……何故だ。何故お前は……そうやって許せる』

 

 

「……そうだな。多分———」

 

 

大樹は告げる。

 

 

「———それが、良いと思っただけだ」

 

 

軽い言い方かもしれない。でも、これでいいと俺は思っている。

 

そうやって人を許し、悪を救う。これ、悪いこととは思わないだろ?

 

 

『……それが、全てを救う答えか』

 

 

「単純で素っ気ないだろ? でも、俺は納得しているんだ」

 

 

邪黒鬼の姿が段々と薄れる。すると黒いギフトカードが姿を見せた。

 

最後に邪黒鬼は告げる。

 

 

『その答え……見ている……』

 

 

「ああ、見ていてくれ」

 

 

そして、邪黒鬼は姿が完全に消えた。ギフトカードから溢れ出した黒いオーラも同時に消えた。

 

お前は根っからの悪じゃない。しっかりと正義の心がある。

 

だから俺は邪黒鬼(お前)を救いたいと思えるんだ。

 

手に残ったのは【護り姫】と【名刀・斑鳩】……そして、地面に落ちたギフトカードだけだった。

 

 

________________________

 

 

 

「大樹……なのか……?」

 

 

邪黒鬼を見事に倒した大樹に近づき、疑いの目を向けるキンジ。他の者たちも同じだった。

 

今まで殺気とは違う力を持っている威厳に近いオーラを放っていたが、今は全くない。まるで一般人のような感覚だった。

 

 

「おう。まぁ正確に言えば力が全くない大樹だ」

 

 

「ど、どのくらい無くなっただい?」

 

 

刻諒が恐る恐る尋ねる。

 

 

「今の俺は一般校に通う高校三年生と同じだ」

 

 

「「「「「弱い!?」」」」」

 

 

決して高校生が弱いというわけではない。だが今までの大樹と比べたら遥かに弱い。

 

 

「ホラホラ。剣の太刀筋が見えるだろ?」

 

 

「遅い!?」

 

 

「というか胸が超痛い……!」

 

 

「「「「「うわあああああァァァ!?」」」」」

 

 

死にかけの大樹を見て焦り出す一同。パニック状態だ。

 

 

「ど、どうする兄貴!? マジで雑魚になってるぞ!」

 

 

「このままだと死んでしまう!」

 

 

「大変だ! 呼吸が止まっている!!」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

本当に呼吸が止まっていた。ティナは涙をボロボロと出しながら大樹に抱き付く。

 

その光景に周りの人たちはさらにパニック度を加速する。

 

 

「【桜花】だ! 大樹の心臓をもう一度動かす!」

 

 

「今の大樹君が受けたら死ぬのでは!?」

 

 

キンジの案は刻諒によって却下。

 

 

「なら凍らせよう! 長く持つぞ!」

 

 

「冷凍食品じゃないから!?」

 

 

ジャンヌの案は理子によって却下。

 

 

「なら【流星(メテオ)】だ!」

 

 

「それだ!」

 

 

「だからないよ! どうして兄弟揃ってボケているんだい!?」

 

 

遠山兄弟の案は刻諒によって却下。

 

 

「落ち着きなさい。メヌエットがいるじゃない」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

夾竹桃の言うことにそうだっと皆は思った。この場でもっとも頼るべき人物はシャーロックの曾孫であるメヌエットだと。

 

 

「……桃子」

 

 

メヌエットは夾竹桃の顔を見ながら告げる。

 

 

「ダイキは……大丈夫よね……!」

 

 

メヌエットの目には涙が溜まっていた。

 

 

(((((しまった。ティナと同じ……!)))))

 

 

メヌエットは14歳。ティナと同じくらい悲しんでおり、どうしようも無かった。

 

夾竹桃はメヌエットの頭を何故ながら落ち着かせる。

 

 

「大丈夫よ。あの人たちが何とかしてくれるから」

 

 

(((((他人任せ!?)))))

 

 

実は夾竹桃もパニック状態だった。

 

 

「そ、そうだ! 毒だ! 夾竹桃さんは毒で傷を治せたり———!」

 

 

「心臓に穴が空いているのよ?」

 

 

「———しませんね……」

 

 

刻諒の案は全く駄目だった。

 

 

「さて、彼を助けようか」

 

 

「だから助けるってどうやってだよ」

 

 

「簡単さ。私に任せたまえ」

 

 

「だからどうやって———」

 

 

そこでキンジの言葉は止まった。

 

喋り方は刻諒に似ていた。しかし、声が全く違う。

 

ゆっくりとキンジは振り返る。みんなも一緒にキンジの後ろを見た。

 

 

「久しぶりだね、キンジ君」

 

 

ひょろ長い痩せた体。鷲鼻に角ばった顎。右手には古風なパイプ、左手にはステッキをついている。

 

クラシックスーツで正装した男。彼の名は、

 

 

 

 

 

「しゃ、シャーロック・ホームズ……!?」

 

 

 

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

キンジの言葉に誰もが息を飲んだ。

 

死んだはずの有名人が目の前にいることに驚きを隠すなど不可能に近い。

 

 

「さて、船はすぐそこまで来ている。急いで運ぼうか」

 

 

シャーロックがそう言うと、後ろからシャーロックより高い人……いや、鬼が現れた。

 

 

(えん)!?」

 

 

「遠山? 何故(なにゆえ)ここに?」

 

 

「閻君。話は後にしたほうがいい。僕の推理では彼はあと10分で本当にこの世を去ってしまう」

 

 

閻はシャーロックの言うことに驚き、すぐにティナごと大樹を担いだ。ティナは驚くも、すぐにシャーロックに顔を向ける。

 

 

「大樹さんは助かるのですか!?」

 

 

「安心したまえ。君の大切な人は失わせない。それに、彼が失うことはとても不味い」

 

 

「ひ、曾お爺様……彼が失うと不味いとはどういうことですか?」

 

 

「メヌエット君。君は彼と出会ってどうだった?」

 

 

メヌエットはどうしてシャーロックがそんな質問をするのか理解できなかったが、

 

 

「変わりました。良い方向に」

 

 

思ったことを伝えた。

 

 

「そうだ。彼は人を変える力がある。つまり———」

 

 

シャーロックは告げる。

 

 

 

 

「———この戦争を終わらせる切り札なんだ」

 

 

 

 

________________________

 

 

 

現在時刻 22:00

 

 

 

「……どこだここは?」

 

 

気が付けば俺は病院にあるようなベッドに寝かされていた。手には何本もの点滴が打たれており、体中包帯で巻かれていた。

 

着ている服は緑色のズボンだけ。医療用に使われる衣服だ。

 

 

「……………」

 

 

真っ白の部屋。医療機器しかなく、ドアはカードキーを使うタイプのようだ。

 

……何かバイ〇ハザードの映画に出ていた部屋みたいで怖い。僕、実験に使われちゃうの!? Tウ〇ルス打たれるの!?

 

俺は点滴を丁寧に……痛ッ!? 丁寧に外せなかったよぉ……!

 

全ての点滴を外した後(若干失敗)、俺はカードキーを使うセンサーに近づく。うん、やっぱ針金とかねぇし、俺にそんな器用な真似は……一応できるけど。針金がねぇと始まらない。

 

 

……よし、ぶち破るか☆

 

 

いつもの如く、俺は蹴りの準備。距離を取り、思いっ切り、力一杯、ドアに蹴りを入れた。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「痛えええええェェェ!!!???」

 

 

扉の前でゴロゴロと転がり痛みに耐える。痛い痛い! 何で!?

 

 

「しまった!?」

 

 

俺は思い出す。邪黒鬼を封印したことで、俺の力も無くなったことを!

 

 

「ぐぅ……これが一般人の俺か……!」

 

 

あのTシャツ。今なら周囲が納得して着ることを許してくれそう。

 

 

「……というか、俺はあの後、気を失ったんだよな……?」

 

 

刀を自分の心臓に突き刺して(正気じゃない)鬼を倒して(普通じゃない)大量出血で気を失った(もうヤバい)んだよな。俺、力が無くなっても普通に大変なことになってんだけど?

 

 

ピロリンッ

 

 

「ッ!」

 

 

ドアの横に取りつけられたモニターが『ROCK』から『OPEN』に変わった。誰かが入って来る!

 

 

「目が覚めたかね?」

 

 

「!?」

 

 

入って来たのはあのクソ名探偵だった。そう、シャーロック・ホームズ。

 

 

「クソッ! 力があれば殴っていたのに……!」

 

 

「相変わらず口が悪いね君は」

 

 

シャーロックは上機嫌にパイプを回しながら微笑んだ。この余裕、ムカつく。

 

 

「というかお前死んだよな? 老兵なんたらこうたら言いながら死んだよな?」

 

 

「『老兵は死なず、ただ消え去るのみ』だよ。去ればまた来る」

 

 

いや来るなよ。来なくていいよ。

 

 

「死んだと世間に思わせて甦るのは僕が良くやる事だけど、君は本当に死んで本当に生き返るじゃないか? 君の方が———」

 

 

「それ以上はやめろ。泣くぞ?」

 

 

はいはい人外ですよこちとらよぉ! 文句あんのかゴラァ!

 

 

「……………はぁ、一応感謝はする。どうせ助けたのはお前だろ?」

 

 

「いい推理だ。私の曾孫の大切な人だからね」

 

 

「……その曾孫が危ないことは推理できているか?」

 

 

「いや、できなかったよ」

 

 

「はッ!?」

 

 

俺は苦笑いするシャーロックに驚愕した。

 

 

「私は君が国際指名手配になって、日本で目撃された時までできなかった」

 

 

裏を返せば『日本で姿を目撃された瞬間に推理できた』ってことだよな? もうやだこいつ。

 

 

「君が空から落ちる瞬間も見るまではね」

 

 

「そこから見てたのか!?」

 

 

はえーよ!? 全然気付かなかったわ!

 

 

「お前といると疲れるわ」

 

 

「僕は楽しいがね?」

 

 

「ハッハッハッ、ワロスワロス。で、ここどこ?」

 

 

「僕と戦った時に君が壊した潜水艦だよ」

 

 

あー、世界最大級の原子力潜水艦ですね。イ・ウーの。嫌な思い出だからすぐに思い出せた。

 

 

「もうなんかいいや。俺の所持品は?」

 

 

「隣の部屋に置いてあるよ」

 

 

シャーロックについて行き、ドアから出る。綺麗に整備された廊下を歩き、隣の扉を開く。

 

ロッカーがいくつも置かれた部屋。中心には俺の荷物が置かれていた。

 

もちろん、リュックだけじゃない。【護り姫】、【名刀・斑鳩】、そして文字が見えない黒いギフトカード。

 

 

「ッ!?」

 

 

そして目を疑った。

 

 

「おい! この砂時計をいじったか!?」

 

 

「君が寝ている間に全部落ちたよ。不思議な砂時計だったから見させてもらったよ。私も、誰も触っていない」

 

 

俺は歯を食い縛り、表情を歪める。

 

始まった。向うの世界で、ガストレアの戦争が。

 

時間は残されていない。砂時計の隣に置いてあった赤いビー玉を握る。

 

 

(どうする? 帰るべきか? いや……)

 

 

俺はシャーロックの方を振り返る。

 

 

「メヌエットの推理とお前の推理。もう答え合わせは済ませているよな?」

 

 

「推理済みだよ」

 

 

さすがだな。

 

俺は砂時計をシャーロックに軽く投げて渡す。

 

 

「それはやるよ。もう時間が無い。今すぐみんなを集めて話をしようか」

 

 

 

________________________

 

 

 

リュックには着替えが無かった。武器や食料を詰め過ぎた結果がこれだよ。

 

仕方なくそのままの格好で行くことにした。

 

巨大なモニターが備え付けられた大きな部屋。中心には部屋の半分以上を占めている円形のテーブル。

 

俺が来た時には全員集合していた。

 

 

「大樹さん!!」

 

 

一番最初はやはりティナだった。抱き付いて来たティナを回転しながら上手に受け止めた。

 

 

「心配かけたな。もう大丈夫だ」

 

 

「だいちゃん!!」

 

 

「ご主人様!」

 

 

今度は理子とリサが飛びついて来た。

 

 

ドンッ

 

 

「ぐふッ」

 

 

さすがに受け止めきれず地面に押し倒される。重くないけど苦しいよ。

 

 

「あら? ダイキはモテる方だったの?」

 

 

メヌエットは車椅子を動かし、俺の近くに来て意外そうな顔で俺の顔を見ていた。

 

 

「も、黙秘する」

 

 

「じゃあ剥奪かしら?」

 

 

「はぁ!? もう10個貯まるくらい良い事しただろ!?」

 

 

「ふふッ、冗談よ。桃子とも仲良くなれたわ。ありがとう」

 

 

「私もメヌエットと仲良くなれてよかったわ」

 

 

よく見れば車椅子を動かしていたのは夾竹桃。仲良くしている二人を見て思わず口が笑ってしまう。

 

 

「でも大樹は渡さないわ」

 

 

「桃子。私もそれだけは譲れないの」

 

 

……………え? 仲良いですよ? やだなぁ、悪いわけないじゃん。二人のぶつかる視線で火花が散っているのは幻覚ですよ。

 

 

「傷はもう大丈夫なのか?」

 

 

「ジャンヌ! 久しぶりだな」

 

 

「その様子だと大丈夫のようだな。また会えて私も嬉しいよ」

 

 

癒しがここにいた。ジャンヌ、優しい子。

 

とりあえずティナたちに抱き付かれたまま立ち上がり、辺りを見回す。

 

 

「刻諒もちゃんといるな」

 

 

「ああ、しっかりといるよ。それと私の母上だ」

 

 

「母!?」

 

 

煙草を口に咥えた軍人服を着た金髪の美人。何でお母さんがいるの!?

 

 

「ロシア連邦軍の最高指令官をやっている。安川 (れい)だ」

 

 

お前の母ちゃん、とんでもないなオイ!?

 

えーと、次は……………おッ!

 

 

「あ、ワトソン。あとオプションのカイザー」

 

 

「!?」

 

 

「カイザーはオプションなんかじゃないよ!?」

 

 

スーツを着たカイザーとワトソン。だが戦力としては申し分ない。実力者だ。

 

 

「正直頼りにしているからな。カイザーもだ」

 

 

「今度は味方として戦う。頼られるように頑張らせてもらうよ」

 

 

「僕も。力になってみせるよ」

 

 

イギリスのエリートが仲間になってくれるのは嬉しいな。

 

 

「やっぱサイオンは駄目だったか?」

 

 

「彼がこれ以上関わるのは自分自身、何よりイギリスが危ないからね。仕方ないよ」

 

 

ワトソンの説明に納得する。確かに仕方ない。イギリスってなると、迷惑はかけれないな。

 

 

「ヒルダ。カツェ。眷属(グレナダ)の強い奴が味方になるとこんなに頼もしいとは思わなかったぜ」

 

 

「ふんッ、光栄に思いなさい」

 

 

「借りを返すだけだ。ドイツの名に恥じないようにな」

 

 

竜悴公姫(ドラキュリア)】に【厄水の魔女】。戦ったから分かる。二人がどれだけ強いことが。

 

 

「それにパトラとカn……誰だ貴様」

 

 

金一(キンイチ)ぢゃ! 忘れたのか!?」

 

 

「いや知ってるけど」

 

 

「あまり好かれていないようだな……」

 

 

「落ち込むなよ。キンジの兄さん」

 

 

「普通に金一でいいぞ。お前とは対等でいたいからな」

 

 

今は下ですよ私。

 

 

金女(かなめ)金三(きんぞう)だよな。会うのは初めてか」

 

 

「お兄ちゃんの友達だよね。初めまして!」

 

 

「その名前で呼ぶな。ジーサードだ。それより兄貴より人外なんだろ? あとでやろうぜ」

 

 

「絶対にやらん」

 

 

死ぬ。殺されちゃう。

 

今度は誰かなぁ……と思っていると、俺は静かに驚いた。

 

 

「……鬼、なのか?」

 

 

「如何にも。我は、閻」

 

 

やっべぇ……喋り方がラスボスみたいなんだけど。俺の【魔王】の称号あげたい。

 

身長2メートルある巨体の鬼の女性。ヤバい雰囲気がガンガン伝わって来る。今の俺だと瞬殺されちゃう。

 

 

(一番ヤバイのはあのちっこい鬼だな……)

 

 

フルーツをばくばく食べている少女。しっかりと頭部には角がある。閻とは違う。格が。

 

 

「大樹さん。彼女は覇美……様です」

 

 

「え?」

 

 

ティナが名前を教えてくれたのはいいが、様付け?

 

 

「覇美じゃダメなの———」

 

 

ザンッ!!

 

 

気が付けば俺の首元に刀の刃が当たっていた。鬼丸拵(おにまるこしらえ)の刃が。

 

黒髪ロングの細身な鬼。鬼は俺のことを睨みながら、

 

 

「覇美様、だ」

 

 

「い、イエッサー……」

 

 

震えながら何度も頷く。これか。ティナが様付けする理由は……!

 

 

「津羽鬼! 楢原と闘うな! 我とて敵うか分からぬ相手ぞ!」

 

 

いや、瞬殺できますよ。今なら。お買い得ですね!

 

 

「ですが閻姉様……!」

 

 

(コン)も怯えている。無用な闘いはやめよ!」

 

 

うおッ!? 壺の中にも鬼がいる!? 多いな鬼!?

 

 

「楢原ッ!」

 

 

「またかッ!」

 

 

今度は背中から抱き付かれた。首だけ動かし、抱き付いた正体を見る。

 

 

「お前は……(コウ)か!」

 

 

中国で緋緋神に一時的に乗っ取られた少女。何故か名古屋武偵女子高(ナゴジョ)の制服を着ている女の子。スカートの中から伸びている尻尾がピョコピョコと動いている。

 

 

「無事で良かったです! 重傷を負ったと聞いて猴は心配で……!」

 

 

「大丈夫だ。この通り、元気だ」

 

 

猴の頭をワシャワシャと撫でながら元気だと伝える。

 

 

「やはり【魔王】の称号は飾りなんかではありませんね」

 

 

「テメェ……ロシアで襲われたぞゴラァ……!」

 

 

色鮮やかな刺繍入りの漢族・文官の宮廷衣装を着て、丸メガネをかけている男。諸葛(しょかつ)静幻(せいげん)だ。

 

俺はピクピクと眉を動かしながら諸葛を睨む。

 

 

「それについては申し訳ありません。まさかドイツが来るとは……すぐに救援を出しましたが……そういう問題ではないですね。とにかくお詫びを申し上げます」

 

 

「ぐッ……逆に責めずらい……!」

 

 

本当に反省しているようだから何も言えない。文句を言ってくれたら責めるのに。

 

さてと、ずっと気になっていた人?の前に俺は立つ。

 

 

「「……………」」

 

 

尖った耳に尻尾を生やした少女の姿を見て唖然としてしまった。背中には賽銭(さいせん)箱を背負っている。

 

少女と目が合い、沈黙が漂う。

 

 

「お、お金は今ありません……」

 

 

おっと、カツアゲされるひ弱な男の子みたいになっちまったぜ。

 

 

「む、それは仕方ない」

 

 

少女はピコピコと耳を動かして残念がる。

 

 

玉藻(たまも)さんですよ大樹さん。色金について知っている人物です」

 

 

「ッ! 玉藻、それは本当か?」

 

 

「案ずるでない。あとで話そうと思ったところだ」

 

 

「そうか。頼む」

 

 

「うむ」

 

 

金を手に入れたら俺は真っ先に玉藻の所に行くことを心に誓う。あとでキンジに貰うか(脅迫で)。

 

 

クイクイッ

 

 

今度は俺の肘の余った脂肪を掴まれる。誰かと思って振り返ってみると、

 

 

「お久しぶりです大樹さん」

 

 

「おお! レキじゃないか! どこに行っていたんだよ!」

 

 

武偵制服を着たレキ。首にヘッドホンをかけて、肩にドラグノフ狙撃銃を背負っている。贅肉をプニプニと掴まれながらレキは説明する。

 

 

故郷(ウルス)へ帰っていました。風と会って来たのです」

 

 

「風、ねぇ……」

 

 

「風は大樹さんに『託す』と言いました。私も、それに乗ります」

 

 

「随分と買われているな、俺も」

 

 

風に託されちゃったよ。凄いな、俺。

 

ある程度挨拶は済ませたかなっと思っていると、俺を見ている視線を感じた。その方向を見てみると、

 

 

「……久しぶりだね」

 

 

白雪(しらゆき)……」

 

 

制服では無く、巫女服を着た星伽(ほとぎ) 白雪。表情は無理をして笑みを作っているようだった。

 

 

「……まさかだと思うが、今俺の考えていることは正しいのか?」

 

 

「うん、ほとんど合っていると思う」

 

 

「……そうか」

 

 

俺は気付いてしまった。この場に、白雪がいることの重大性に。

 

 

「大樹。話は今からする。とりあえず席についてくれ」

 

 

すぐにキンジが話に入って来た。俺は頷き、白雪を任せる。

 

俺が席に座り、これでほぼ全員が揃った。実はここにいるのはリーダー格になっている人物と重要人物だけしか集めていない。ジーサードの部下や曹操(ココ)姉妹、セーラ・フッドは別室で待機しているらしい。

 

セーラ・フッド。俺もよく調べていなかったから分からないが、【颱風(かぜ)のセーラ】と呼ばれる程の実力を持っているらしい。

 

 

「さて、自己紹介はほとんど済ませているから始めようか」

 

 

シャーロックの言葉で、会議が始まった。

 

この会議は、もう二度とないだろう。世界中の最強の猛者が一度に集まることは。

 

 

「単刀直入に言わせてもらう。ここまで人が揃うのは推理通りだと」

 

 

また自慢だよ。はい凄い凄い。

 

 

「僕達が集まった目的は二つある。まずは先に第三勢力の御影(ゴースト)と呼ばれる組織の話をしよう」

 

 

「話すって言ったって、何を話すんだ?」

 

 

キンジがシャーロックに尋ねる。シャーロックは古風なパイプをクルリッと回転させて答える。

 

 

「まずは敵の勢力の話をしよう」

 

 

「それならマッシュが調べているぜ」

 

 

ジーサードがそう言うと、モニターに様々なデータが映し出された。

 

 

「……洒落にならねぇな」

 

 

俺はデータを見て一言だけ呟いた。

 

 

 

 

 

《敵の数 約400万人》

 

 

 

 

 

 

「ガストレアより多いじゃねぇか……!」

 

 

俺以外、誰も喋れない。圧倒的すぎる数に、絶望するしかない。

 

 

「アメリカ軍だけなら150ちょっとだろうな。だけど今は他の国に要請を出して、急に守りを堅めはじめたんだ」

 

 

俺はジーサードの説明に唇を噛む。急に守りを堅め出した理由は明白だった。

 

 

「ティナ。向うでガストレア戦争が始まった。時間がない」

 

 

「ッ!?」

 

 

俺の言葉にティナは驚き、酷く顔を歪めた。

 

ガルペスが俺たちの存在に気付いている。だからアメリカの守りを固めた。

 

だからこそ、ガルペスはミスをした。

 

 

「これで確信した。アメリカに、俺の……いや、俺たちの探していたモノがある」

 

 

「何か分かったようだね。大樹君の勘は合っていることは推理できるよ」

 

 

「推理する必要ねぇよ。合ってる確率は100%だから」

 

 

そう、露骨に守りを堅めて来たのはそこに入られたくないから。つまり、そこに重要なモノ———このくだらない戦争を終わらせる鍵がある。お子様でも分かる発想だが、確実だと思う。

 

 

「話すことはまだある。飛行機の販売チケットが安くなったことと、飛ぶ数が圧倒的に減ったことだ」

 

 

「? 何か関係があるのか?」

 

 

ジーサードの報告に遠山()()が首を傾げた。

 

 

「キンジ……アレ(ヒステリアモード)じゃないと馬鹿なんだな」

 

 

「おい大樹。殴られたいのか?」

 

 

「説明するからやめろ。でも説明する前に、ジーサード。空港の警備体制は厳しくなったよな?」

 

 

「ああ」

 

 

「航空機を減らして一つ一つ念入りに調べるつもりだな。俺たちがアメリカに侵入しないように、細工しないように。チケットの安い理由は航空機の数が減ったからそのサービス」

 

 

俺の説明にキンジは納得する。でもなキンジ。お前以外に分かっていない奴はちゃんといたから安心しろ。

 

 

「変装で切り抜けることは?」

 

 

「必ず超能力(ステルス)が使える者やアメリカの超偵(ちょうてい)がいるだろう」

 

 

理子の案にジャンヌは首を振る。パトラとカツェも頷き肯定していた。見破る系統の超能力(ステルス)を見たことがあるんだろうな。

 

 

「そもそもアメリカにどうやって行くかは決まっているだろう」

 

 

「……やっぱりこれなのかい?」

 

 

ニヤニヤしながら言う俺に、刻諒が苦笑いで確認する。

 

 

「この原子力潜水艦で突撃だ」

 

 

(((((やっぱり大樹だな……)))))

 

 

無鉄砲過ぎる大樹の案に逆に安心した者が多かった。

 

 

「潜水艦から突撃するのは私が指示を出すわ。でも、敵の場所が海から遠ければ不利になるわ」

 

 

麗の提案に答えたのはシャーロックだった。

 

 

「僕の推理ならロードアイランド州にある港から約3~5㎞の場所に基地があるはずだ」

 

 

「え?」

 

 

シャーロックの推理に麗はポカンっと口を開ける。

 

 

「す、推理なら確信はできないの———」

 

 

「刻諒の母さん。基地はそこにある。必ず」

 

 

「だ、大樹君? どうして首をそんなに振っているのかしら?」

 

 

「もういいんだ! これ以上、考える必要はない……!」

 

 

「どういうことなの!?」

 

 

シャーロックの推理は確実に、絶対に当たる。それがシャーロッククオリティなんだ……!

 

 

「そもそも強襲を仕掛けるにしても、こっちの戦力はどのくらいなんだよ」

 

 

「ざっと数えて40人。援軍を呼べる人はいるのか?」

 

 

俺の質問にカツェが答える。そして、

 

 

シーン……

 

 

誰も、答えなかった。

 

嘘でしょ? 40人? 数え間違いじゃないかしら?

 

 

「おい……まさかこの40人で……400万人倒すってことなのか?」

 

 

「楢原。ボクはハッキリと言わせてもらうよ」

 

 

「……うん。言っていいよワトソン。今の俺、ちょっと現実見れないから」

 

 

「分かったよ。ボクたちは、40人で400万人を相手にするということだ」

 

 

……うん、馬鹿なの? 俺たち、馬鹿すぎるだろ。

 

 

「勝てるかあああああァァァ!!!!」

 

 

「な、楢原が壊れたのぢゃ!?」

 

 

パトラが暴れる俺を砂で抑えて止める。

 

 

「今の俺は雑魚! 最強の俺でもこの数は無理だ!」

 

 

「落ち着きなさい」

 

 

メヌエットが俺をなだめる。

 

 

「私は戦わないので39人です」

 

 

「減ったよ! 減っちゃったよ!」

 

 

「り、リサは頑張りますので!」

 

 

「そして減ったよ!! どうすんだこれ!」

 

 

リサが戦えないことは十分、俺が知っていた。無理させるかよ。

 

 

「私も無理ですね」

 

 

「諸葛! 貴様はシャーロックと同等に戦える力があったことは知っているんだぞ!」

 

 

「今は参謀ですので。それに一人減ったぐらいでは変わりませんよ」

 

 

「変わるわ! 40人もいないんだぞ!?」

 

 

「や、やっぱりリサも……!」

 

 

「無理をしないでくれリサ!」

 

 

諸葛……ちょっとは頑張ってほしかった。まぁ仕方ないか。体が良くないみたいだし、無理はさせれん。

 

 

「ほーっほほほほ! 私の力があればこんな数でも、蹴散らせてみせるわ!」

 

 

「殺しは禁止なヒルダ」

 

 

「当たり前よ。痺れさせるだけでいいもの。無駄に使ったら、力が勿体ないわ」

 

 

「……どういうことだ?」

 

 

「何か勘違いしていないかしら? 別に敵は倒さなくていいのよ? 敵の大将を討てばいい話、それだけじゃない」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

その時、俺たちの間に戦慄が走った。

 

 

「ヒルダが……賢いだと!?」

 

 

「どういうことかしら!? 馬鹿にしていたのねあなた!」

 

 

「嘘……理子より賢い!?」

 

 

「理子からも馬鹿にされている!?」

 

 

「ヒルダが賢い! みんなも褒めようか!」

 

 

「「「「「うん賢い賢い」」」」」

 

 

「全員!? 私を何だと思っているの!」

 

 

真っ赤な顔をしたヒルダを見て一同リラックス。ツンデレ可愛いな。

 

だが敵の主将を討ち取れば恐らく戦争は終わるのは確かだ。しかし、問題は主将が誰か、だ。姫羅が主将だとは俺は思わない。仮に姫羅が主将ならば参謀に優秀な人がいるはずだ。もしくはその参謀が主将の可能性も。

 

兎にも角にも、やることは『ボスを吊るせば勝ち』ということ。『ボスを埋めれば勝ち』でもOK。

 

 

「やることは大体決まったようだね。作戦は金三君の優秀な部下に任せるとしよう。今日中に、決めれる内容ではないのだから」

 

 

シャーロックがそう締めくくり、とりあえず襲撃の話は終わった。ジーサードと呼べと金三は言っていたが、多分変える気はないなシャーロック。

 

この作戦会議はまだまだ続くようだな。念には念を入れた作戦でないと、400万人には勝てない。念を入れても勝てる気がしないのは俺だけだろうか。

 

 

「さて、次はもう一つの目的を話すとしよう。大樹君」

 

 

「分かってる。まずは俺の話を聞いてくれ。ティナも、初めて言うからちゃんと聞いてくれると助かる」

 

 

「大丈夫です。私はどんなことを聞いても、嫌いになりません」

 

 

「そうか。実は俺って巨乳好きな———」

 

 

ガキュンッ!!

 

 

頬に何かが掠った。

 

 

「真面目に言ってください」

 

 

「ずびばぜんでじだ……!」

 

 

ティナが撃ったと分かった瞬間、俺は涙声で謝った。怖いよ! ジョウダンダヨ!

 

 

「今から話すことは他言無用で頼む」

 

 

俺は全てを打ち明けた。隠していたこと全てを。

 

死んで神に生き返してもらったこと。神に力を貰ったこと。いろんな世界に行ったこと。

 

美琴、アリア、優子。三人を守れなかったこと。同じ神の力を持った敵と戦っていること。

 

優子を救い、アリアが緋緋神になったこと。

 

全て、話した。

 

1時間という長い話に誰も文句を言わなかった。真剣に聞いてくれた。

 

 

「俺がこの世界にいるのは、アリアを救うためなんだ」

 

 

「……そういうことだったのか。僕が君の推理をできなかったのは、神の力があるから。いや———」

 

 

シャーロックは面白そうに告げる。

 

 

 

 

 

「———選ばれた血族の定めなのかもしれない」

 

 

 

 

 

シャーロックの言葉に俺は戸惑った。

 

 

「血……? 吸血鬼の力のことか……?」

 

 

「どうやら君も知らないようだね。まぁ僕の推理でも、君は絶対に知らないと思っていた」

 

 

頭が混乱する。冷静になって考えようとするが、分からない。

 

恐らくシャーロックは俺を治療している時に採血をしたはずだ。それを調べて、物事を口にしている。

 

だが、『選ばれた血族』の意味が分からない。

 

 

「ひ、姫羅のことか? 楢原家の血とか……」

 

 

「正解だ。ただ、大樹君が思っているようなこととは違う」

 

 

シャーロックは古風なパイプをテーブルに置き、一枚の紙を取り出した。

 

その紙には俺の血液の情報が書かれていた。DNA情報、血液の組織構造が載っていた。

 

完全記憶能力を使い、医学の知識を思い出す。

 

 

「……………」

 

 

「大樹、さん……?」

 

 

紙を黙り続けたまま見る大樹。ティナが心配そうな声で呼ぶ。

 

やがて大樹は唇を震わせ、言葉を出す。

 

 

「シャーロック……」

 

 

顔を真っ青にしながら。

 

 

 

 

 

「俺、女の子なのか……!?」

 

 

 

 

 

「「「「「ええええええェェェ!?」」」」」

 

 

「違うよ。そこを見間違えているんじゃないのかい?」

 

 

「あ、ホントだ。何だよびっくりさせんなよ」

 

 

(((((こっちの台詞だ……!)))))

 

 

もし力がある大樹なら今ここでボコボコにされていただろう。

 

 

「じゃあ何だよ。別にも変わったところはねぇぞ?」

 

 

「実はそうなんだ」」

 

 

シャーロックの言っていることが分かるのに分からない。何が言いたいのか、分からない。

 

 

「大樹君。君は今日を迎えるまで、どれだけ怪我をした?」

 

 

「あぁ? 数え切れねぇくらいだと思う?」

 

 

(((((数えれていない……)))))

 

 

何か周りの人たちの視線が痛い。思い出せば分かるのだがメンドクサイ。

 

 

「たくさん怪我をして、血を流して、治療して貰った。当然輸血もしたことがあるだろう」

 

 

その時、体の体温が冷えていくのが分かった。

 

怖い。シャーロックの出す推理が怖いんだ。

 

アイツの口から出る言葉に、俺は『俺』でいられるのか?

 

 

「怖がっては駄目だ。心拍数が上がっているよ。落ち着くんだ」

 

 

音や気流で全てが分かるシャーロックが俺の肩を叩く。

 

気が付けば血眼で紙を見ていた。シャーロックが叩いてくれたおかげで俺は我に返る。

 

 

「今から出す紙は君が僕と戦った後に行った病院の資料だ。もちろん、君のことが書かれている」

 

 

「い、嫌だ……! ……はッ?」

 

 

嫌だ? 何がだ?

 

突然無意識に出た言葉に、俺は驚く。

 

 

「……僕の推理が正しければ君の『完全記憶能力』という力は———」

 

 

脳が激しく警告を出している。しかし、俺は聞くことをやめない。

 

 

 

 

 

「———君を騙している」

 

 

 

 

 

同時に、シャーロックの出したもう一枚の紙を見てしまった。

 

 

「……ありえない」

 

 

「じゃあ思い出してごらん。君は何か」

 

 

「分かるに決まっているだろ……………分かる……絶対に……」

 

 

「普通の人間なら、即答できる質問だよ」

 

 

シャーロックは問いただす。

 

 

 

 

 

「君の()()()は何型だ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「分からない……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

俺の言葉に誰もが驚いた。

 

隣に座ったティナが二枚の紙を見比べる。

 

最初に出したシャーロックの方には『O型』と書かれている。

 

 

「そんな……そんなことって……!?」

 

 

「ハッキリと言わせてもらうよ。大樹君。君は神の力で常人ではないっと言った。しかし———」

 

 

シャーロックは告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「———君自身も、普通じゃないんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう一枚の紙の血液型は『AB型』と書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、楢原家の引き継がれ続けた血の秘密が明らかになる……かもしれませんね。

この後書きは100話記念&お気に入り数1000越え記念での番外編アンケートになります。興味の無い方でもブラウザバックせずに参加してくれると大変嬉しい限りです。

まずは読者にお礼を申し上げます。本当にありがとうございます。

お気に入りをしてくれた方、評価してくれた方、感想を書いてくださった方、もちろん、読んでくれた方々に感謝の気持ちをお伝えします。

本当に、ありがとうございます。

それでは番外編アンケートについて話をします。やはりこの読者と共に楽しむことができるシステムは本当に素晴らしいですね。

番外編は今回2話+主人公紹介説明。合計三話を書こうと思います。

ですが正直に言いますと、何を書けばいいのか全く分かりません。申し訳ないです。

そこで、アンケートを取りたいと思います。(他人任せ)

これから題名を書くので、それが見たいと思ったモノに二つ入れてください。


・原田風紀委員のお仕事 (禁書目録編)

・リアル刑事人生ゲーム (緋弾のアリア編)

・もう一日の休日 (バカとテストと召喚獣)

・火龍誕生祭の過酷なゲーム (問題児が異世界から来るそうですよ?編)

・はじっちゃんとフィフちゃん (魔法科高校の劣等生編)

・Gの超逆襲 (ブラック・ブレット編)


以上の二つから抜粋します。1番目と5番目ぱねぇ。

どれも面白い作品に仕上げれるように頑張ります。このアンケートは活動報告にありますので感想欄に書かず、必ず活動報告欄に書いてください。

締め切りはブラック・ブレット編が完全終了してからです。(作者のさじ加減で終わる最低な行為です。大目に見てくれると嬉しいです)

そしてもう一つ。次の世界アンケートも続けておりますので、よろしければそちらのほうもよろしくお願いします。

これからも、この作品をどうかよろしくお願いいたします。


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Scarlet Bullet 【弱者】

シャーロックに告げられた真実に、俺は絶句していた。

 

普通じゃない。血液型が変わっていることは。俺自身が一番混乱していた。

 

昔、小学校で、中学校で、高校でも、血液型を書いた覚えはある。だが、何を書いたのかは思い出せない。

 

どうしてだ? ロシアの病院に行った時、自分は血液型を分かっていた。だけど、もう覚えていない。

 

怖い。何も覚えていない自分が。怖くて酷く体が震えていた。

 

 

「そ、そもそも血液型が変わることってあるのか?」

 

 

「一応変わることはある。だが、おかしい点が二つある」

 

 

キンジの質問に答えたのは金一だった。

 

 

「まず一つ。血液型が変わるのは産まれたての赤子。つまり1歳になる前の話だということだ」

 

 

「母親の免疫で血液型が変わる話は私も知っている。だけど、大樹君の場合は今、起こっているのね」

 

 

キンジの説明に麗が補足する。その説明は自分の記憶にも医学の知識として覚えている。

 

もちろん、俺は1歳未満ではない。18歳だ。

 

まれに病気で血液型が変わることがあるが、健康児の俺は病気にかかっていない。よってこの線での血液型が変わることはない。

 

そしてもう一つのおかしい点、どんなことか俺は分かっていた。

 

 

「そしてもう一つは血液型の変わり方だ。A型やB型がO型に変わったり、AB型がA型やB型に変わることはある」

 

 

「でもO型がAB型に変わることは医学上、絶対にないってことだ。それが俺たちの驚いているおかしな点だ、兄貴」

 

 

今度はジーサードが補足する。しかし、その捕捉が一番俺の人間であることを否定していた。

 

キンジも驚愕した表情で俺を見ている。

 

 

「僕の推理が正しければ君はずっと気付かず、何も思わなかった。それは何故か? 結論を述べると———」

 

 

「もういい」

 

 

シャーロックの話を無理矢理切り上げ、俺は首を横に振った。

 

 

「どうしても思い出せなかった。オカンに教えてもらった血液型すら、思い出せない」

 

 

「大樹さん!」

 

 

「大丈夫だティナ。俺は見失っていない」

 

 

ティナに笑顔を見せて、安心させようとした。だけど、無理に笑みを作っていると思われている。

 

不安気な顔をするティナの頭に手を置き、優しく撫でる。

 

 

「確かに、今まで自分の血液型を答えれていた。でも思い出させない。どうしてか? 俺が答えてやるよ、シャーロック」

 

 

「推理できたかね?」

 

 

「違うな。これは俺の答えだ」

 

 

シャーロックは俺を面白そうな表情で見た。答えてやるよ。

 

 

「完全記憶能力……いや、神が俺を騙した」

 

 

そして、俺は告げる。

 

 

 

 

 

「だから何だ?」

 

 

 

 

 

ニヤリッと笑いながら言うと、周りは驚いた表情で俺を見ていた。

 

 

「ったく、何を怖がっていたんだ俺は……情けねぇ」

 

 

そうだよ。今まで助けて貰った。神様の力にな。でもな、騙されたとは思わねぇよ。

 

 

「俺の血に何かが流れている。でもこの血のおかげで、俺は救われているはずだ。そうだろ? シャーロック」

 

 

「……本当に君は僕の考えていることを覆す。強くなったんだね」

 

 

「これが俺に取って不利益なら、こんな血なんか全部ぶっこ抜いてやる」

 

 

「では大樹君は利益がある点を知っているのですか?」

 

 

諸葛の言葉に俺は親指を立てながら返す。

 

 

「いや知らん」

 

 

ドテテッ!!

 

 

ほとんどの人たちが椅子から転げ落ちた。

 

 

「知らないのかい!?」

 

 

「だって初めて知ったし」

 

 

刻諒(ときまさ)が大きな溜め息をつく。何だよ。本当のことを言っただけだ。

 

 

「では、その血は一体どのような効果があるのだ?」

 

 

「ジャンヌ君の質問に私が答えよう。それは血液による【同化】だ」

 

 

シャーロックの言葉に俺たちは首を傾げた。

 

 

「果たしてそれは()()()な?」

 

 

「大樹君うるさい」

 

 

「ごめん」

 

 

刻諒に怒られた。

 

 

「試しに大樹君が眠っている時に実験させてもらったんだ」

 

 

「おいちょっと待て。何サラッと最低なことをしているんだ」

 

 

「だいちゃん、静かにして」

 

 

「俺が悪いのか!? おかしいだろ!? 寝ている間にモルモットになったんだぞ!?」

 

 

理子に怒られたぁ!! 何でだあああああァァァ!!

 

 

「大樹君の血液にキンジ君の血液を入れてみたんだ」

 

 

「「おい!?」」

 

 

俺たちは同時に立ち上がった。

 

 

「何で男だよ!?」

「何で俺の血……ってそこなのか!?」

 

 

(((((ずれてるなぁ……)))))

 

 

ツッコムところがおかしい大樹に少し周りは引いた。

 

 

「結果は大樹君の血液は変わった。キンジ君と同じにね」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

それが【同化】……ということか。

 

 

「そして、確かめたいことができた。リサ君」

 

 

「は、ハイ!」

 

 

シャーロックに呼ばれたリサは立ち上がり、シャーロックのもとまで走る。

 

シャーロックはリサにこっそり何かを言い、リサは顔を真っ赤にさせた。

 

 

「何だろう……とりあえず身の危険を感じる……」

 

 

「大樹……強く生きろよ」

 

 

「おいキンジ!? 不吉なことを言うな!?」

 

 

「ご主人様!!」

 

 

「ひゃいッ!?」

 

 

リサに腕を掴まれ、俺はビクビクと震える。これはドキドキじゃない。恐怖だ。

 

 

「ご、ご主人様……大変申し訳ないですが……」

 

 

申し訳ないならやめて!!

 

 

「床に両膝を着いて貰ってもよろしいでしょうか?」

 

 

「……わ、分かりました」

 

 

何故か敬語。俺は警戒しながら両膝を床に着き、両手を挙げた。

 

 

「不吉ぢゃのう……」

 

 

「死ぬのか?」

 

 

パトラとカツェの言葉に俺は涙が出そうになる。助けてママ。

 

リサは大きく息を吸い込み、吐き出す。深呼吸を何度か繰り返した後、

 

 

「えいッ!!」

 

 

「むぐッ」

 

 

抱き付いて来た。

 

俺が両膝を着いたせいで、リサが抱き付いた時にはちょうど豊満な胸が俺の顔に埋まった。

 

1秒……2秒……3秒……時間が流れて行く。そして、事態を理解した。

 

 

「むぐぅんッ!?」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

周囲から驚愕の視線と嫉妬の視線と怒りの視線と……って多いな!? 怖いよ!?

 

俺が無理に引き剥がそうとするが、

 

 

ドタッ!!

 

 

俺が動いたせいで、リサがバランスを崩してしまった。そのままリサは後ろから倒れてしまい、

 

 

「ッ!」

 

 

怪我をしないように俺はリサの背中を支えてしまった。そのせいで俺が無理矢理リサを押し倒そうとした構図になる。

 

よって———!?

 

 

「銃は洒落にならああああああああ!?」

 

 

 

________________________

 

 

 

 

「死ぬぞ!? 今の俺はマジで死んじゃうから!?」

 

 

(((((そうだった……)))))

 

 

俺の言葉に誰もこっちを見ようとしなかった。おい!? こいつらが御影(ゴースト)より強敵になりつつあるのだが!?

 

 

「ふむ……ヒステリア()サヴァン()シンドローム()は発動しなかった」

 

 

「してたらこんなにボロボロにならねぇよ!」

 

 

「推理通りだ」

 

 

「お前喧嘩売ってんのか!?」

 

 

ムカつく! 殴りてぇ!!

 

 

「この通り、能力が引き継ぐわけでは無い。だが、紙に記してある通り、キンジ君の血液とほぼ同じなのだよ」

 

 

「え? まさか彼の能力はさっきの行動に意味が———」

 

 

カチャッ

 

 

その時、キンジは刻諒のこめかみに銃口を当てた。

 

 

「それ以上喋るな」

 

 

「はい」

 

 

キンジも中々バイオレンスになっているな。人はここまで変わるのか。でもなキンジ。それ、逆に証明したことになるからな? ほら、周りの連中の目を見てみろよ。ああそうかって感じの目になってるだろ?

 

 

「大樹君の血は全てを【同化】することができることが分かった。動物はまだ試していないが……やるかね?」

 

 

「やらねぇよ!!」

 

 

「そう言うと推理していたからキンジ君の血を入れる前に実験させてもらったよ」

 

 

「殺していいよね!? もうクソ探偵やってもいいよね!?」

 

 

「わぁあ!? 楢原ッ!? 落ち着いてください!?」

 

 

(コウ)が俺の体に抱き付いて止めるが、俺はマジでシャーロックに殴ろうとする。殴らせろ! その綺麗な顔を吹っ飛ばしてやるッ!!

 

 

「結果はどうなったのですか?」

 

 

「ではワトソン君。推理できるかね?」

 

 

「えっと、やはり動物の血となるとさすがに———」

 

 

「残念」

 

 

シャーロックは首を振った。

 

 

「【同化】したよ。動物とほぼ同じにね」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

ま、マジか……!?

 

 

「これが大樹君に豚の血を入れた時の資料だ」

 

 

「お前殺す」

 

 

「ヤバイよお兄ちゃん!? 目がマジな人になってるよ!?」

 

 

「シャーロック!? わざとやっているだろ!?」

 

 

金女とキンジが狂気のオーラを放つ大樹の体を止める。殺人鬼と同じような目をしていた。

 

 

「しかし、いくら血を【同化】しても大樹君にはその特徴は現れなかった。本当は犬の血を【同化】させたのだが……大樹君。私のポケットに入っている果物は何かね?」

 

 

「分からねぇよ。犬じゃねぇから」

 

 

何だよ豚じゃねぇのか。まぁそれでも許さないが。

 

 

「そうだね。僕のポケットには何も入っていないことすら見抜けない。犬の嗅覚を【同化】してないことが分かる」

 

 

同時に俺の騙されやすさも証明されたぞこの野郎。

 

 

「お手」

 

 

「誰だ! 今『お手』って言った奴出て来やがれ!!」

 

 

誰だよちくしょう!! 神の力があれば見抜けるのに!!

 

 

「大樹君。僕の推理は今、神の領域に触れようとしている。前代未聞だが正解は出させて貰うよ」

 

 

「……何が言いたいんだよ」

 

 

「これが僕の推理の最終結論だ。どんな血でも適合してしまう大樹君の血液は———」

 

 

シャーロックは告げる。

 

 

 

 

 

「———きっと神の血すら適合するはずだと」

 

 

 

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

「ッ……………!」

 

 

驚愕する俺たちに対して、シャーロックの推理は止まらない。

 

 

「吸血鬼の力を取り込めたのは大樹君の血のおかげだと僕は推理する。そして君が神ゼウスに選ばれた理由はその血のはずだ」

 

 

思考が推理に追いつけない。ゼウスの【保持者】に選ばれた理由が俺の血が関係しているだと?

 

 

「ま、待て! どうしてそう言い切れる!? 確かに俺の血は特殊かもしれない……でも、選ばれる理由が分からない!」

 

 

「大事なことだから僕はもう一度言うよ。君の血は『ほぼ』同じに【同化】するんだ」

 

 

シャーロックが『ほぼ』という言葉を強調した。『ほぼ同じになる』を裏を返せば『変わらない部分』があるという言葉が取れる。

 

 

「……何が変わらなかったんだ」

 

 

「ああ、それは分からなかったよ」

 

 

「は?」

 

 

あのシャーロックの口から『分からない』の単語が出て来たことに俺は思わずキョトンっとなってしまう。

 

 

「どれだけ調べても分からなかった。そして推理すらできなかった」

 

 

「……遠回しの言い方にはもう飽きた。言えよ」

 

 

「僕達はそれを『未知』と呼ぶ。誰にも分からない宇宙の果てと同じ……いや僕には推理できているが」

 

 

言いたいことは分かった。最後は聞かなかったことにしよう。

 

その『未知』が神の領域に触れているということか。

 

 

「つまりまとめると……俺は最初から普通じゃないってことか……」

 

 

自分で言っていて悲しい。

 

 

「「「「「知ってた」」」」」

 

 

「表に出ろボケナス共」

 

 

戦争だ。かかって来い。

 

 

「大丈夫ですかご主人様……お水を持ってきましょうか?」

 

 

「ッ……悪いな」

 

 

リサに無理をしていることを気付かれた。正直、混乱して頭が熱い。

 

神が俺を騙した。俺の血が神を呼び寄せた。そして俺を生んでくれたオカンとオトン。

 

グルグルと頭の中で謎が飛び交う。いや、暴れている。

 

神に生き返して貰った時、運が良かったとか思っていた。でもそれは違う。

 

神が望んだのは『俺』ではなく『俺の血』だ。そう考えると嫌な気持ちになる。でも、

 

 

「水はいらない。俺は大丈夫だ」

 

 

微笑みながら首を横に振った。

 

 

「シャーロック。お前の推理を聞いて良かったわ」

 

 

「珍しいね。君が僕を褒めるなんて」

 

 

「まぁな。やっぱり変わらねぇよ俺」

 

 

もう決めていたんだ。

 

 

「『全て』を救う。俺の血が普通じゃなくても、この思いは変わらない。神の力が無くなっても、吸血鬼の力が無くなっても、変わらない……絶対に」

 

 

自然と話しているうちに自分の口が笑っていることに気付く。

 

そうか。俺は今安心しているんだ。

 

いつも通りの自分でいられることに。

 

 

「どんなことがあろうとも、この思いは変わらない」

 

 

だから俺は立ち上がる。

 

 

「アリアを救う。だから皆、力を貸してくれ」

 

 

我儘だ。俺はガキのように我が儘だ。

 

 

「何の見返りも無い。勝てる見込みもない。損するだけの戦争だ」

 

 

でも、ガキの俺は信じたい。

 

 

「それでも、力を———」

 

 

俺は『殺し』の力が欲しいんじゃない。

 

 

 

 

 

「———貸してくれ」

 

 

 

 

 

『救う』力が欲しかったんだ。

 

誰でも『守れる』力が欲しかった。でも、俺だけでは手に入れられない。

 

だから、俺は貰う。みんなの力を借りて、『全て』を『救う』。

 

 

「大樹さん」

 

 

ティナが俺の名前を呼ぶ。同時に全員が立ち上がった。

 

俺はその光景に驚き、涙が出そうになる。

 

 

「任せてください」

 

 

たった一言。そう返した。

 

『任せろ』。俺は助けを求めたアリアにそう言ったことがある。

 

でも今は立場が逆。全く、何て頼りがいのある人たちなんだろう。

 

 

「ありがとう……」

 

 

俺はお礼を言い、みんなにバレないように涙を拭いた。

 

________________________

 

 

 

「そしてもう一つ報告しないといけないことがある」

 

 

シャーロックがそう言うと、前に出て来たのは白雪だった。

 

白雪は真剣な表情で俺を見る。何かを言おうとした矢先、

 

 

「緋緋神の色金本体は、お前のところにあるんだろ?」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

「……やっぱり分かっていたんだね」

 

 

白雪は悲しそうな声に俺は頷く。俺の言葉にシャーロックとメヌエットを除いた全員が驚愕していた。

 

 

「御神体として(たてまつ)っているんだろ。薄々感づいていた」

 

 

「いつ……?」

 

 

「つい最近だ。資料をいろいろと調べているとふと思い出してな。だけど外国にお前ら星伽(ほとぎ)の資料はない。星伽(ほとぎ)のことが一番気になっていたのに」

 

 

かといって日本に戻ることはできない。あの時はロシアやイギリスやらバタバタしていたし。

 

だから俺は推測を重ねた。

 

 

「推測を重ねに重ねた。そしてある可能性を導き出した」

 

 

「やはり君も推理の素質があったんだね」

 

 

「うるせぇシャーロック。俺は探偵になんざならねぇ。それで可能性の一つである白雪が鍵となった」

 

 

「私……?」

 

 

「『緋巫女(ひみこ)』だ。この言葉は当然知っているはずだ」

 

 

「ど、どうしてそれを……!?」

 

 

「それって白雪の(いみな)じゃないか……!」

 

 

白雪とキンジが同時に驚く。

 

白雪に隠された名前———それが緋巫女だ。

 

俺は二人に構わず続ける。

 

 

「偶然じゃないよな? その名前は、緋緋神と関係している」

 

 

「なら今すぐその色金を壊せば———!」

 

 

「駄目だティナ。俺はそんなことはしない」

 

 

俺の言葉にティナは驚いた。

 

アリアを助け出す方法を見つけたにも関わらず、大樹は首を横に振ったから。

 

 

「……緋緋神は封印するべき存在なの」

 

 

「それを封印するのが星伽だな」

 

 

白雪は俺の言葉に頷く。

 

 

「……緋緋神のことは今はいいんだ。ただ白雪。俺に任せていろ。お前が気に病む必要はない。なぁキンジ?」

 

 

「ああ、白雪は押し付けられただけだ。緋緋神が悪い」

 

 

「キンちゃん……!」

 

 

キンジの言葉に白雪は感動し、抱き付いた。末永く爆発してください。

 

 

「緋緋神は俺がなんとかする。反対意見があるやつは打ち首な」

 

 

(((((反対させる気がない……)))))

 

 

横暴すぎる言動だが、全員が納得していた。

 

 

 

________________________

 

 

 

2月12日

 

 

現在時刻 0:30

 

 

 

会議が終わってから2時間後。俺はトレーニングルーム(少し広いだけで何もない部屋)で刀身を失った【護り姫】を素振りしていた。

 

前のように炎は舞い上がらず、振る速度も激遅。こんなモノではDランク武偵にすら勝てないだろう。

 

Eランク武偵には勝てると思う。これでも剣道では最強と呼ばれた男は伊達じゃない。

 

 

「一刀流式、【風雷神の構え】」

 

 

ダンッ!!

 

 

俺は大きく踏み込み、虚空に向かって斬撃を繰り出す。

 

 

「【覇道(はどう)華宵(かしょう)】!!」

 

 

ズルッ

 

 

「あ」

 

 

ゴスッ!!

 

 

「ぶふぅッ!?」

 

 

左足と右足が絡まり盛大に顔から床にぶつけた。

 

神の力が無いせいでかなり痛い。鼻にトンカチで殴られたような鈍痛。

 

 

「あー、鼻血でちゃったよ……」

 

 

情けない自分の姿に大きなため息が出てしまう。

 

アメリカに着くのは二日後。敵にバレない航路を選んでいるので1日多くかかるそうだ。

 

しかし、ガルペスが相手ならそんな小細工は通じないはずだ。でも、足掻けるならいくらでも足掻いてやる。

 

他のみんなもそれぞれコンディションを整えたり、作戦を考えてくれている。

 

 

「……よし、もっかいやるか」

 

 

「頑張るんだな」

 

 

もう一度立ち上がり特訓を再開しようとした矢先、後ろから声が聞こえた。

 

振り返るとドアを開けてこちらを見ているキンジがいた。

 

 

「当たり前だ。俺が一番頑張らないでどうする」

 

 

「……大樹」

 

 

ダンッ!!

 

 

「ッ!?」

 

 

その時、キンジが青みを帯びたナイフを取り出して俺に向かって突撃して来た。

 

そのスピードは速くない。だが、今の俺には速かった。

 

 

ガチンッ!!

 

 

刀の柄で何とか刃を止める。だが、

 

 

ドゴッ!!

 

 

「かはッ……!?」

 

 

キンジの拳が俺の腹部にめり込んだ。包帯しか巻いていない体は簡単に後方に吹き飛ばされる。

 

これがヒステリアモードだったら俺は今頃意識を刈り取られて……いや、まず最初の一撃で終わっていた。

 

重い一撃をくらうも、俺は床を転がり距離を取る。反動を利用し、もう一度立ち上がり構える。

 

 

「なッ!?」

 

 

しかし、目の前にはすでにキンジがこちらに向かって走って来ていた。

 

 

ゴッ!!

 

 

キンジの右ストレートを右腕で受け止め、俺は痛みで顔を歪める。

 

 

ガシッ

 

 

キンジは握っていた拳を開き、そのまま俺の腕を掴んだ。

 

足を踏み込み、俺の胸ぐらを左手で掴む。身を翻して力を入れ、

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「ごほッ……!」

 

 

背負い投げで俺を地面に叩きつけた。肺に入った空気が全て口から逃げ出した。

 

キンジはすぐに俺の腕を掴んで地面に抑えつける。

 

 

「も、もしかして……怒ってる?」

 

 

「急にお前たちがいなくなった理由は分かった。とりあえず許してやる。だけど、今のお前で本当に勝てるのか?」

 

 

確かに、今の俺は最弱。ヒステリアモードじゃないキンジに俺は苦戦している。結局Eランク武偵に負けているな俺。

 

当然姫羅に勝てる保証はない。キンジの言っていることは間違っていない。だけど、

 

 

「諦めるつもりは……ないッ!!」

 

 

「ッ!?」

 

 

ゴッ!!

 

 

キンジの胸ぐらを掴み返し、引っ張る。そして、頭突きを繰り出した。

 

超痛い。石頭なのは俺だけじゃなく、キンジもだった。

 

隙を作ることができた俺はすぐに距離を取る。

 

 

「越えてみせる! 誰よりも強くなって、『全て』を『救う』!!」

 

 

ダンッ!!

 

 

俺は大きく踏み込み、キンジに向かって走り出す。キンジもバタフライナイフを握り絞め、応戦する。

 

 

ガキンッ! ガキンッ! ガキンッ!

 

 

【護り姫】の柄とキンジのナイフが何度も当たる。どちらも一歩たりとも譲らない。

 

戦闘経験は互いに豊富。しかし、大樹は神の力を無くした状態での戦闘は全くない。対してキンジはヒステリアモードになっていない時でも戦った経験は多いと言ってもいい。

 

よって、この戦いはキンジが有利だった。

 

 

「そこだッ!!」

 

 

ギンッ!!

 

 

「なッ!?」

 

 

キンジがナイフを突き出した瞬間、俺の持っていた【護り姫】が弾き飛ばされた。

 

宙を舞い、キンジの後方へと刀が落ちる。取りに行くことは不可能だ。

 

 

「……………降参だ。やっぱりお前は強いな」

 

 

「……どうして諦める」

 

 

まだ戦い続けるかと思ったキンジは諦める大樹に疑問を抱く。しかし、大樹は首を振って否定する。

 

 

「違うぜキンジ。諦めたつもりはない。また練習して強くなってみせる。次は勝つってことだ」

 

 

「今までとは違うんだな」

 

 

「自分の体はもう少し大事にすることにしたんだ。だから負けてもいい。そのかわり、俺は何度だって立ち上がってみせるぞ」

 

 

拳をキンジに向かって突き出し、俺は悪戯好きの悪ガキみたいに笑う。キンジは驚いていたが、すぐに呆れるように笑った。

 

 

「やっぱりお前も変わらないな、大樹」

 

 

「そうか? 結構変わったと思うぜ?」

 

 

「いいや、変わらないな。本当にお前は大樹だな」

 

 

キンジは【護り姫】を拾い上げ、俺に渡す。

 

 

「それにしても、何だよこの剣。炎を出したりできなかったのか?」

 

 

「それがよぉ……何か出ない」

 

 

「出ないのが普通なんだけどな……」

 

 

俺とキンジは部屋の壁に寄りかかり、床に座った。汗だくな二人。どちらとも疲れている。

 

 

「……いざとなったら木刀で戦うから」

 

 

「真剣持てよ……」

 

 

「人殺しは絶対にしない。お前もだぞ」

 

 

「当たり前だ。武偵だぞこっちは」

 

 

「でもレキとかしそうじゃね?」

 

 

「大丈夫だ。もうしないぞアイツ」

 

 

「なるほど調教済みでしたか」

 

 

「ぶっ飛ばすぞ」

 

 

「そう言えばお前の自転車。ロケランで粉々になった」

 

 

「はぁ!? どういう状況だよお前!?」

 

 

「盗んだ。追われた。ロケラン撃たれた」

 

 

「……大体把握した。人のモノを勝手に盗むな!!」

 

 

「お! キンジ、この床って硬いな」

 

 

「話の逸らし方雑すぎるだろ!?」

 

 

「馬鹿野郎。キンジをいじることに関しては俺が最強だぞ」

 

 

「いらねぇよそんな最強!」

 

 

「むしろキンジをいじることに人生の半分を捨てたと言っても過言じゃない」

 

 

「過言でいろよ!?」

 

 

「過言に決まっているだろ馬鹿」

 

 

「うざいなお前!」

 

 

キンジは溜め息を吐きながら頭を掻く。楽しいなぁ、コイツをいじるのは……あッ。

 

 

「ゴムパッチンする?」

 

 

「するか!!」

 

 

「何やら楽しそうな会話をしているね?」

 

 

「「うおッ!?」」

 

 

突如俺の隣からシャーロックの声が聞こえた。二人揃って驚愕する。

 

シャーロックはニコニコと俺たちを見ながら古風のパイプを口に咥えていた。

 

 

「どうかね大樹君? 順調かね?」

 

 

「ああ、桃太郎がきびだんごを持ったまま動物に出会うこと無く鬼ヶ島に辿り着きそうなくらい順調だ!」

 

 

「それ負けるだろ!?」

 

 

負けない。桃太郎、頑張るもん。

 

 

「この二日。君はどう変わるのか……僕には推理できない。楽しみにしているよ」

 

 

「はいはいどうも。それで、用事は何だ?」

 

 

ただ応援の言葉を伝えに来たわけではないだろう。

 

 

「ティナ君が君を探していたよ。今はこの下の階にいると思うよ」

 

 

「ティナが? 分かった」

 

 

「それとこれは餞別(せんべつ)だよ」

 

 

シャーロックに渡されたのは小さな鍵だった。

 

 

「隣の部屋のロッカーに君の着る服がある。いつまでもその恰好は嫌だろう?」

 

 

「助かる」

 

 

上半身は包帯。下半身は緑色のズボン。さすがに寒い。

 

俺は鍵を握り絞めたまま部屋を出た。

 

 

「それでキンジ君。感想は?」

 

 

「ありえないだろ。本当に力を失ったのか?」

 

 

シャーロックの言葉にキンジは苦笑いだった。

 

 

 

 

 

「ヒステリアモードの俺と、互角に戦ったんだぞ?」

 

 

 

 

 

 

________________________

 

 

 

「か、体痛ぇ……!」

 

 

全身が筋肉痛のように激しく体が痛い。手加減しろよなアイツ……!

 

と、とにかく急いで着替えよう。そしてサロン〇スを張ろう。

 

 

「……和服?」

 

 

ロッカーに入っていたのは黄色い和服。浴衣に近い和服だ。所々に黄金色の刺繍が入っており、黄色い紅葉の模様が綺麗だった。

 

黒い帯もあるし、実際に着てみる。

 

 

「動きやすいな……あ」

 

 

ここで和服に防弾繊維が縫込まれていることに気付く。思いっ切り戦闘用じゃねぇか。

 

着心地が最高級だったため、脱ぐのはやめた。戦争の時は脱げばいいだけだし。

 

鏡の前で自分の姿を見る。意外と似合っているんじゃねぇの?

 

 

「……………似ているのか」

 

 

和服が似合っていることに俺は表情を曇らせる。

 

和服なら姫羅も着ていた。楢原家の人は和服が似合うのか?っと冗談で考えていたら、ふとアイツを思い出してしまった。

 

……ふぅ、大丈夫だ……大丈夫。

 

 

パンッ!!

 

 

両手で自分の顔を叩き、目を覚まさせる。

 

 

「よし」

 

 

俺は和服を着たまま、部屋を出た。

 

廊下に出ると、二人の女の子がちょうど歩いてい来ているのが見えた。

 

 

「ヒルダとカツェじゃないか。何やっているんだ?」

 

 

ゴスロリに魔女っ娘。ハロウィンでもするのかよっと言いたいが言ったら殺される。

 

 

「ふんッ、どこに行こうと私の勝手よ」

 

 

「峰 理子のところに手作りを持って行くらしい。あたしはその付き添い」

 

 

「なッ!?」

 

 

カツェが速攻でヒルダを売った。ほう……手作りか。

 

 

「食っても死なないよな?」

 

 

「無礼者! 理子の好きな物を考えて……!」

 

 

「保障できねぇな」

 

 

このカツェの一言が引き金を引いた。

 

 

「……どうやら話し合う必要があるらしいわね……!」

 

 

「「あ、やっべ」」

 

 

俺とカツェは全力で逃げだした。

 

 

 

________________________

 

 

 

カツェを生贄に捧げることで逃げることに成功。僕、一般人なんで許してちょんまげ。

 

結局下の階に降りることに成功したが……部屋がどこか分からん。

 

面倒だが取り敢えず最初から順番に見て行くか。

 

 

「む、楢原ではないか」

 

 

扉を開けた瞬間、壁があった。違う。2メートル以上ある鬼だ。

 

俺は見上げながら、震えながら挨拶を返す。

 

 

「た、確かお前は……(えん)だったな……」

 

 

「如何にも。此度の件、誠に感謝する」

 

 

「へ?」

 

 

閻は後ろを見ながら礼を言った。だが助けたことに身に覚えがないので俺はポカンッとなってしまう。

 

閻の後ろには津羽鬼(つばき)(コン)、そして覇美……様もいる。みんなで人工芝の大温室で昼飯(おにぎりしか食べてないけど)を食べている。一瞬、津羽鬼がこっちを睨んだのは気のせいだと思いたい。

 

というかこの部屋もそうだがめっちゃ設備充実しているんですけど。羨ましい。俺も欲しいこの潜水艦。

 

 

御屋形(おやかた)様は緋緋神様の御威光に流されていた」

 

 

「ッ! まさか覇美ッ………様は緋緋神の適合者なのか?」

 

 

アリアと同様———いや、この場合(コウ)と同じなのかもしれない。

 

閻は俺の言葉にゆっくりと頷いた。緋緋神は(コウ)だけでなく覇美にも乗り移っていたのか。

 

 

「……今は大丈夫なのか?」

 

 

(なんじ)の力になるとあのお方に申したら助けて貰った。成ることは不可能だと(おっしゃ)った」

 

 

シャーロックですね分かります。アイツ本当に凄いな。緋緋神まで封印———!?

 

 

「アイツ緋緋神の抑え方を知ってんのか!?」

 

 

「それは違うよ」

 

 

「おっと、今度はワトソンか」

 

 

俺の後ろから否定したのはワトソンだった。ワトソンは腕を組みながら説明する。

 

 

「覇美「様付けしないと首飛ぶぞ」………覇美様はアリアより適合者にどうやらあまり相応しくないみたいなんだ。不完全っていう言葉が正しいかな」

 

 

俺のナイスな横やりにワトソンは苦笑いしていた。

 

 

「神の()(しろ)にできるのはアリアだけ。(コウ)と覇美様はアリアという完全を目指すために利用される駒かもしれない。緋緋神の影響をあまり受けない駒を封印できても完全たる本体は効力は全くないらしい」

 

 

「……駒か……ありえない話ではないな。実際、邪魔されたしな」

 

 

だけど呆れられたんだよな俺。あの時は力を求める醜い豚になっていたからぶひぃ。

 

 

「アリアを助けるにはやっぱり敵の本拠地だ。あそこに鍵があるって子孫も同じことを言っていたよ」

 

 

「メヌエットのことか。アイツの推理も凄いからなぁ……」

 

 

「そう言えばヒルダが君のことを探していたけど?」

 

 

「……どこにいるか分かるか?」

 

 

「階段で会ったからすぐ近くに———」

 

 

「さらば!!」

 

 

「———ってえぇ!?」

 

 

現在俺の作戦名は『いのちはだいじに』だから! 死にたくないです!

 

 

 

________________________

 

 

 

ヒルダに見つかる前に階段とは逆の方向へと逃げた。カツェの悲鳴は聞こえなかった。聞こえなかった。俺には聞こえなかった。あー、あー。

 

とりあえず新たな部屋に入り身を隠す。部屋が暗かったので電気を点けようと壁に手を伸ばすが、

 

 

「あら? 会いに来てくれたのね?」

 

 

「ッ!?」

 

 

首筋に細いワイヤーが当てられた。俺は恐怖のあまり硬直してしまう。

 

誰かは分かっていた。分かっているけど怖いです。

 

 

「きょ、夾竹桃……どうしたんだ……これは……?」

 

 

「当てているのよ?」

 

 

ワイヤー当てられても嬉しくないです。そこはおっぱいだろ。エロスの探求をしようよ。

 

 

「いろんな世界で女の子をはべらせているのでしょう? 浮気じゃないけどちょっと妬けるわ」

 

 

「妬け過ぎてますよ! 妬け過ぎて俺の首が落ちちゃうんだけど!?」

 

 

「純粋な乙女の心よ」

 

 

「純粋過ぎてヤンデレ一直線だよ!」

 

 

「酷いわ。殺したりしないわよ」

 

 

「そ、そうか……すまん、言い過ぎ———」

 

 

「3分の2殺しで止めるわ」

 

 

「———前言撤回!!」

 

 

半殺しより酷いぞ!?

 

 

「夾ちゃん! 飲み物持っ来たよ!」

 

 

援軍到着のお知らせです。

 

 

「り、理子……」

 

 

「あ、だいちゃんだ! って殺されそうになってる!?」

 

 

そりゃ驚きますわな。ワイヤーを首に巻かれているもの。

 

ここでどさくさ紛れに逃げてしまうかな。

 

 

「浮気者を確保したわ」

 

 

「ナイス!」

 

 

(俺に味方はいないのかあああああァァァ!!)

 

 

何で浮気者なんだよ!? 心当たりあり過ぎるわ!

 

 

「さて、どうしようかしら?」

 

 

「もう何かする前提!?」

 

 

「冗談よ」

 

 

冗談に聞こえません。

 

 

「でも理子はビックリしたよ? ハーレムを目指しているって」

 

 

「そ、そんなこと言ったかな……?」

 

 

「あら? 言っていないのに随分と動揺するのね」

 

 

自分が泥沼に入って行くのが分かった。そして首まで入っていることも分かった。

 

 

「言ったんだ! 欲望の赴くままに女の子とキャーな展開に!?」

 

 

「するわけねぇだろ!? 純粋に俺は彼女たちを———!」

 

 

「ボロが出たわね」

 

 

「———あッ」

 

 

頭のてっぺんまで沈んだ。泥沼で死んだな俺。

 

 

「ハーレムエンドだ! キーくんと同じなんだ!」

 

 

「違う! 俺はあんなに鈍感じゃない!」

 

 

「これがブーメランなのね」

 

 

「待て夾竹桃!? 俺は鈍感じゃないだろ!? むしろ敏感だ!」

 

 

「「はぁ……」」

 

 

「何だその溜め息!? 呆れているのか!?」

 

 

「ええ」

「うん」

 

 

「肯定されたあああああァァァ!!」

 

 

俺は泣きながら部屋を出て廊下を走った。鈍感じゃないもん!

 

理子と夾竹桃は大泣きする大樹を見て笑っていた。

 

 

「あーあ、これは盗むのは難しいなぁ」

 

 

「そうかしら? いろいろ言っているわりに、大樹は私たちを意識しているわよ」

 

 

「理子たちだけじゃないよ。他の女の子にも意識している」

 

 

「……拗ねているの?」

 

 

「ううん、らしいなって」

 

 

「……そうね。大樹らしいわ」

 

 

________________________

 

 

 

 

「———ということがあったんだ。ほら、俺って鈍感じゃないだろ?」

 

 

「「……………」」

 

 

「何で黙るんだよ!? お前たちもかよ!」

 

 

今度はリサとメヌエットに会ったので相談してみた。そしたらこのざまだ。

 

リサに注いで貰った紅茶を一気に飲み干し、俺はテーブルの上でうつ伏せになる。

 

 

「ダイキが一方的に悪いわ。推理せずとも分かるわ」

 

 

「リサはいつでも旦那様の味方ですから」

 

 

「俺は悪くな……って旦那様!? ご主人様じゃなかったのか!?」

 

 

「……恐ろしいわね」

 

 

俺とメヌエットは驚愕。リサは平然として冷静だ。どうやら訂正するつもりはなさそうだ。

 

 

「と、とりあえず……俺は悪くない。うん、悪くない」

 

 

「ところでダイキ。相手の気持ちを知っているのに知らないフリをするのはどう思うかしら?」

 

 

「……と、時と場合によるかな?」

 

 

「私たちの気持ちに気付いているのにそれに気付かないフリをする大樹。あなた自身どう思うかしら?」

 

 

「……………」

 

 

逃げ場を失った。メヌエットのジト目から俺は顔を逸らすことしかできなかった。

 

 

「呆れたわ。何百人と結婚するつもりなのかしら?」

 

 

「多過ぎるだろ!? そこまでいねぇよ!?」

 

 

「そこまで……ね……」

 

 

「あッ」

 

 

泥沼が毒沼に変わった。

 

 

「旦那様、おかわりはいかがですか?」

 

 

「あ、ああ……」

 

 

その時、リサの目が笑っていないような気がした。

 

俺は注がれた紅茶を飲み、落ち着く。

 

 

「なぁリサ。この紅茶、ぬるいんだが?」

 

 

「はい」

 

 

「……いや、あの、ぬるいぞ?」

 

 

「はい」

 

 

「……………はい」

 

 

分かった。これ怒っている。理解した。

 

 

「どうするつもりなの? 私だけ選んでくれたら丸く収めるわ」

 

 

「どう収める気だよお前……」

 

 

「権力」

 

 

「怖いなオイ!? ……多分、そんなモノじゃアイツらを止めれないと思うが」

 

 

「……死になさい」

 

 

「何でだよ!? どういう結論に辿り着いたんだよ!?」

 

 

「いやよ、いやよッ。この楽しいダイキは私のものですわ」

 

 

「モノじゃねぇよ!?」

 

 

「そうです、違います! リサの旦那様です!」

 

 

「それも違うからな!? ご主人様どこいった!?」

 

 

「それなら曾御爺様に頼みますわ」

 

 

「それだけはご勘弁を!!」

 

 

「旦那様! この身は全て、頭からつま先まで旦那様の所有物です。そのことをお忘れにならないでください」

 

 

「忘れる前に初耳だぞ!? だからもう俺のメイドなんかに———」

 

 

その時、リサが涙目になっていることに気付いた。

 

 

「———なってくれてありがとう」

 

 

「女の子に弱いのね、ダイキは」

 

 

否定できない。そもそも否定することを許されていないような気がする。

 

 

「お、女の子には優しくするように母に言いつけられてな……小学生の時は『女好きの変態』って馬鹿にされたシクシク……」

 

 

「思い出しながら泣かないで欲しいわ……」

 

 

「そ、そんな!? 旦那様は素敵な方です! リサは知っています!」

 

 

「リサぁ……優しいなぁ……!」

 

 

「弱みに付け込まれると落ちるタイプね……」

 

 

 

~ 大樹が泣き止むまで10分 ~

 

 

 

「うわあああああん! リサが優しいよぉ!!」

 

 

「余計に泣かしてどうするのよ!?」

 

 

「も、申し訳ありません!」

 

 

あまりの優しさに大樹が号泣していた。既にティッシュ箱を1個を使い切ってしまっている。

 

 

「そうなんだよぉ……ずっと会えなくて会えなくて……アリアには会えたけど美琴にはまだ会えなくてぇ……!」

 

 

「大丈夫です。美琴様もきっと生きています。寂しいお気持ちは十分分かります。リサでよろしければいつでも、旦那様の御相談に乗ります。元気づける妹、(いつく)しむ姉、そしてお母様にもなれるように努めます。だから、どうか旦那様一人で苦しまないでください」

 

 

「うわああああああああああん!!」

 

 

「悪化したわよ!?」

 

 

 

________________________

 

 

 

涙を大量に流しきった後はまた廊下を歩いていた。

 

というかティナは一体どこにいるんだ。見つからないぞ。

 

 

ドゴンッ……ドゴンッ……

 

 

(銃声……? さすがに敵じゃないから……)

 

 

試射か? 誰かが練習しているのかもしれない。

 

銃声が聞こえる方に向かって歩くと、火薬の匂いが漂う部屋を見つけた。

 

扉を開けると鼓膜を破ってしまうかのような銃声が聞こえた。

 

 

(ティナ発見……変わったライフルを使っているな?)

 

 

防音ヘッドホンをしたティナを見つけた。しかし見慣れない武器に俺は興味を持った。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

重い銃声が響く。ティナが撃ちだした()()()()()()は的を粉々に貫いた。

 

うん……弾って普通光らないよね? 閃光弾だと的を粉々にしないし……おかしいね。

 

 

「何だ今の銃弾は!?」

 

 

「大樹さん?」

 

 

驚愕する俺にティナは気が付き、ライフルのスコープから目を離す。

 

 

「どういう撃ち方をしたこうなる!?」

 

 

「普通にですよ?」

 

 

「できるか!! 普通にレーザービームみたいなのでるわけねぇだろ!?」

 

 

(普通じゃない人に普通について言われた……)

 

 

おい!? ティナの目が一瞬死んだけど聞いているのか!?

 

 

『私が力を貸しているのです』

 

 

「コイツ……脳内に直接……!? って誰だ!?」

 

 

まさか本当にこんな名言を言えるとは思えなかった。頭に響く声に俺はビビってしまう。

 

 

『彼女との波長は私と見事に一致します。力を送るのも容易です』

 

 

「お、おう……そうか。で、どちら様でしょうか?」

 

 

瑠瑠神(ルルガミ)と言えば分かるでしょうか?』

 

 

「……そういうことか」

 

 

『お察しの通り、責任は———』

 

 

「つまらないことしてんじゃねぇよ」

 

 

瑠瑠神の言葉が止まった。大樹の言葉によって。

 

 

「どうせアレだろ? 緋緋神が迷惑をかけたからこの手で責任を取るって言いたいんだろ? 殺したりしてな」

 

 

『……不満ですか?』

 

 

「ああ、不満だ。不満しか残っていねぇよ」

 

 

『ヒヒは人間の運命を壊し過ぎた。あなたの大事な人もヒヒのせいで失ってしまった』

 

 

「ふざけるのもいい加減にしろよ」

 

 

「大樹さん……?」

 

 

ティナが俺の心配をするが、気にしていられなかった。

 

失った? そんな冗談は笑えないぞ。

 

 

「失っちゃいねぇよ。アリアも美琴も。誰一人、失っていねぇよ!!」

 

 

『———ッ』

 

 

「いいか、よく聞け。アリアを救う。美琴も救う。そして———」

 

 

俺は瑠瑠神に宣言する。

 

 

 

 

 

「———緋緋神も、救ってみせる」

 

 

 

 

 

その言葉にティナも驚いていた。そして何より、瑠瑠神が一番驚愕していた。

 

 

『……不可能です。ヒヒはもう……』

 

 

「お前が何を言おうと俺はやめない。俺は決めたんだ。この思いは曲げない」

 

 

瑠瑠神は何も返さず、ただ黙り続けた。

 

静寂が漂う。沈黙が続く中、破ったのはティナだった。

 

 

「それでこそ、大樹さんです」

 

 

「おう、俺復活だ」

 

 

微笑むティナに笑顔で返してやる。互いに握った拳同士を軽くぶつけて笑う。

 

 

「頼むぜティナ」

 

 

「任せてください」

 

 

そんな二人を見た瑠瑠神は思う。

 

この人たちなら、『希望』へと変えてくれるのではないかと。

 

 

________________________

 

 

 

あれから俺はずっと刀の修業を続けた。

 

キンジ、ジャンヌ、ジーサード、シャーロック。特に後ろの二人は死ぬかと思った。容赦無さすぎだろアイツら。

 

 

「だらっしゃぁッ!!」

 

 

「遅いッ!!」

 

 

ドゴッ!!

 

 

「かはッ……!?」

 

 

金一の蹴りが俺の腹部にめり込む。俺の体はボールのように地面を転がる。

 

意識を保つのが精一杯。立ち上がることは無理だった。

 

 

(いや、まだだッ!!)

 

 

俺は【護り姫】を握り絞め、歯を食い縛りながら無理矢理立ち上がる。

 

刀身が無い刀でも、俺は諦めなかった。

 

 

(……キンジの言う通り、これは異常だ)

 

 

金一は弟のキンジとの会話を思い出す。

 

 

『シャーロックに自我を保ったままヒステリアモードになれるようにしたんだ。効力は薄いが、ちゃんとヒステリアモードだった』

 

 

『それを俺に言ってどうする?』

 

 

『大樹と互角だったよ』

 

 

『!?』

 

 

あの時は耳を疑った。しかし、今目の前で起きていることに金一は認めるしかできなかった。

 

 

(俺もカナまでとは言わないがヒステリアモードになっている……)

 

 

キンジから貰った向上薬を使用している金一。それに戦い続けている大樹の力は本物だった。

 

 

「どうして刀を変えない」

 

 

「この刀は特別なんだよッ……今まで俺の思いに答えてくれたッ……だからッ」

 

 

ダンッ!!

 

 

「俺も答えてみせるッ!!」

 

 

「そうか」

 

 

大樹は大きく踏み込み、金一に突進する。金一は目を瞑り、

 

 

ドゴッ!!

 

 

「その覚悟、忘れるなよ」

 

 

「———ッ!?」

 

 

腹部に叩きこまれた拳に大樹は言葉を発することすら許されなかった。

 

そのまま大樹は意識を手放し、地面に倒れた。

 

 

 

________________________

 

 

 

2月13日

 

 

現在時刻 1:00

 

 

現在位置 会議室

 

 

 

「おはよう。頑張っているようだね? 調子はどうだい?」

 

 

「お前、このグルグル巻きの包帯人間を見て無情なのか?」

 

 

シャーロックはニッコリと大樹の姿を見ながら挨拶をした。殴りたいこの顔。

 

 

「ど、どうしたんだいその怪我は!?」

 

 

「コイツらが手加減もなしで俺をボコボコにしたんだよ!」

 

 

刻諒が焦りながら俺の様子を伺う。俺は元凶を睨みながら怒鳴った。

 

 

「「「「「すまん」」」」」

 

 

「お前ら絶対に反省していないだろ? 表に出ろ」

 

 

「仕方ない。私は大人数で大樹君を殴りたくないのだが……君が言うなら仕方ない」

 

 

「あ、いや、ちょっと待ってシャーロックさん」

 

 

失言なうっと。呟くレベルで危ない状況になった。

 

 

「そうか。大樹が言うなら仕方ないな」

 

 

「待てよキンジ。お前は俺の味方じゃないのか?」

 

 

「弟と兄。どちらが多く殴れるか勝負だ、キンジ」

 

 

「ねぇ金一君、死んじゃうからね? 俺、マジであの世に行くから」

 

 

「超能力はありだな?」

 

 

「ジャンヌの氷、俺のトラウマになりつつあるんだけど」

 

 

「よし、兄貴たちの【桜花(おうか)】と俺の【流星(メテオ)】を合わせた新技を試そうか!」

 

 

「いやあああああああァァァ!!!」

 

 

________________________

 

 

 

 

「じぬがどおぼっだ……」

 

 

「よ、よく生きていましたね……」

 

 

俺たちは戦艦にある植物園のベンチに座っていた。隣に座ったティナにドン引きされている。何で。

 

見事に逃げ切った。見事に受け流しった。見事に生きていた。もう見事過ぎて100点満点。評定S+だよ。

 

 

「癒されるぅ……自然ってすんごい……」

 

 

「……いよいよ明日ですね」

 

 

「……ああ」

 

 

そう、明日アメリカに到着する。到着した瞬間、俺たちの戦争が始まる。

 

 

「今更だが400万人ってヤバくね? ガストレアとの規模違いすぎるだろ」

 

 

「弾の数にも限りがあります。でも作戦班が……」

 

 

その時、ティナが嫌な顔をした。

 

 

「さ、作戦班がどうした?」

 

 

「い、いえ……不気味に笑っていたので……」

 

 

それ、悪いことを思いついた人たちの笑顔だよ。いけるっぽいな。うん。

 

 

「作戦班怖ぇ……」

 

 

「大樹さんは……大丈夫ですか?」

 

 

「まぁな。コイツに力を見せつけないとな」

 

 

俺は手に取った【名刀・斑鳩(いかるが)】を見せつける。

 

この戦いは神の力を無しで戦わなければならない。しかし、未だに俺は弱いまま。

 

ティナには大丈夫だって顔をしたが……心配させたくないなぁ。

 

姫羅に勝てるのか? 神の力を持った強敵に、俺は一撃でも入れれるのか?

 

どうする? 技は全て相手が上回っている。俺が技を繰り出したところで勝てる見込みは0だ。

 

 

(いや……待て……)

 

 

———刹那、頭の中で一つの考えが浮かんだ。

 

 

「……………そうか」

 

 

俺は勢い良く立ち上がる。

 

 

「これが俺の力なのかッ!!」

 

 

右手に【護り姫】、左手に【名刀・斑鳩】を握り絞め、俺は走り出した。

 

 

「ティナッ!! 俺は守って見せるぞ!!」

 

 

「だ、大樹さん!?」

 

 

俺は走り出した。自分に秘められた最強の力を手に入れるために。

 

 

 

________________________

 

 

 

2月14日

 

 

現在時刻 10;00

 

 

 

原子力戦艦ボストーク号は海から顔を出していた。

 

濡れた甲盤の上には全員が集合し、目の前に広がるアメリカ軍基地———御影(ゴースト)の本拠地を見ていた。

 

 

「基地大きいな……んッ、このチョコ美味いな」

 

 

「あ! 理子の作ったチョコだよ!」

 

 

そして今日はバレンタインデーなので女の子にチョコを貰って食べていた。シャーロックも貰っていたな。

 

ティナ、理子、夾竹桃、リサ、メヌエット。あと何故かワトソンとカツェにも貰った。

 

 

「うぅ……女の子にチョコを貰うのはやっぱり嬉しいなぁ」

 

 

「泣くほどかよ……」

 

 

キンジは当然白雪から貰っていた。あと驚いたことにレキもキンジにあげていた。ビックリ。

 

 

「それにしても……雰囲気変わったな」

 

 

「分かるか?」

 

 

「ああ、やべぇのがビンビン伝わるぜ」

 

 

ジーサードに言われ、俺はドヤ顔をする。

 

着ている服は武偵制服。というかほぼ全員がこれ。着ていないのは一部だけ。

 

 

「やっぱり馴染むよな、この服」

 

 

「非合理的だよ……あ、ハイ。チョコ」

 

 

「かなめはあまり好きじゃないみたいだな。サンキュー」

 

 

「だって戦争だよ!? お兄ちゃんたちの思考がおかしいんだよ!」

 

 

「「おかしくない」」

 

 

キンジと俺の言葉が被る。そうだよ。おかしくない。

 

 

「さて、作戦の説明をマッシュ君にして貰おう」

 

 

シャーロックの紹介で出て来たのは背が低い中坊ぐらいの白人少年だった。マッシュルームみたいな髪型に金緑メガネをかけている。

 

 

「正面突破。以上だ」

 

 

「「「「「おい」」」」」

 

 

「アメリカンジョークだよ。作戦名は『ファランクス』だ」

 

 

ファランクス———大昔で用いられた戦争戦術の一つだ。重装歩兵の密集陣形で進行して攻撃するスタイル。

 

昨日の会議でも案が出ていたが、それはリスクが高いと言うことで却下されたはずだが?

 

 

「言いたいことはわかる。これは昨日却下された。でも進化したのだよ」

 

 

「お、おう……そ、それで? 説明をくれよ」

 

 

「『ファランクス・トラスト』になった」

 

 

作戦班はどうしてもファランクスは入れて置きたい傾向があるらしい。

 

トラストって何だっけ? 突っ込むだっけ?

 

 

「全員で本拠地まで突っ込んでほしい」

 

 

作戦班はネーミングセンスが無い傾向もあるようだ。そのままじゃないか。

 

 

「特に君だ、大樹」

 

 

「お、俺!?」

 

 

「楢原 姫羅を倒せるのは君だけだ」

 

 

「私たちはあなたが一番に本拠地に送り出すことを考えました。本拠地まで潜り込み、敵の大将を討ち取ってください」

 

 

諸葛まで後押しされてしまっては文句は言えない。いや、言う必要も無い。

 

俺は最後のチョコを食べ終え、深呼吸をする。

 

 

「任せろ」

 

 

俺の言葉に全員が笑う。俺の顔も笑っている。

 

もう一度全員で敵の本拠地を見る。戦争が始まる。

 

 

「さぁ……始めようぜ」

 

 

全員が武器を構える。

 

暗い夜は敵の照明が光ることで明るくなる。敵はこちらに気付いた。

 

準備はOK。もう迷うことはない。

 

ティナが俺の手を握る。俺は安心するように握り返す。

 

姫羅。今行くぞ。

 

 

 

 

 

「世界の一つや二つ……救ってやるよッ!!」

 

 

 

 

 

のちに、この戦争は教科書や歴史に残る戦争となる。

 

 

 

 





次回 緋弾のアリアⅡ 第三次世界大戦編

最終回 Scarlet Bullet 【終戦】


何百年の時代を越えた楢原家の戦い。

大樹と姫羅の最終決戦です。


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Scarlet Bullet 【終戦】

長かった戦いに終止符が打たれる。

大樹の決めた覚悟。姫羅の譲れない願い。

どちらが勝るのか。続きをどうぞ。



戦争が始まった。

 

戦艦から港まで高速ボートで移動し、一気に本拠地に向かって走り出す。

 

 

「旦那様! どうか無事に……!」

 

 

「必ず帰って来なさい!」

 

 

「私たちは私たちでできることをします!」

 

 

「おうよ!」

 

 

リサとメヌエットのメッセージに俺は手を振りながら返事をする。諸葛も頼んだぜ。

 

基地から警報アラームが鳴り響き、すぐに軍隊が集まる。防衛する体制を作り、銃口をこちらに向けた。

 

凄い数だ。さすが400万人で防衛するだけのことはある。こんな数でも百分の一も集まっていないと考えるとゾッとする。あとの99以上はどこかに配置されていると思うと嫌な汗をかいてしまう。

 

よし、そんな臆病風は大声で吹っ飛ばそう。

 

 

「戦争だゴラアアアアアアァァァ!!!」

 

 

「大樹さんに変なスイッチが入りました」

 

 

「ティナちゃん止めて!! 今のだいちゃんだと撃たれるから!!」

 

 

ティナと理子は急いで大樹を止める。確実に死に急ぐ野郎だった。

 

 

「邪魔するな! 全員埋めてやるから心配するんじゃねぇ!」

 

 

「余計に心配するよ!?」

 

 

刻諒も驚愕する。ふむ、理解者が少なくて悲しいな。

 

今の突撃配置は作戦『ファランクス・トラスト』の通り、皆で固まって突撃している。俺は後ろの方を走っている。

 

 

ドドドドドッ!!!

 

 

敵が一斉に銃を乱射する。何千を超える銃弾が俺たちに向かって飛んで来る。

 

 

「【疾風(ウラガーン)】!!」

 

 

ゴオオオオオォォォ!!!

 

 

刻諒の母である麗の拳から暴風が吹き荒れた。銃弾は風の壁に遮られて、全て地面に落ちた。

 

 

「「「「「Oh……」」」」」

 

 

「「「「「嘘……」」」」」

 

 

母ちゃんめっちゃ凄いなおい……アメリカの軍隊もこっちも、お互いに驚愕しているよ。

 

 

「トッキー!」

 

 

「【アブソリュート・シュトラール】!!」

 

 

ダンッ!!

 

 

刻諒が踏み込んだ瞬間、姿を一瞬で消した。

 

否。あまりの速さに消えたように見えただけ。

 

刻諒は軍隊の目の前まで踏み込み、敵を目で捉えきれないスピードで突きを繰り返している。

 

次々と敵が倒れる光景に俺たちは呆気を取られる。

 

 

「……あの親子ヤバいな」

 

 

「兄貴の家族もヤバいだろ」

 

 

キンジとジーサードの会話に俺は心の中でこうツッコム。お前ら兄弟もな。

 

 

「ここは私たちが引き受ける! 突撃しなさい!!」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

刻諒がそう言った瞬間、進行方向に道が開いた。

 

 

「ありがとよ! ここまで付き合ってくれて! お前は最高だぜ!」

 

 

俺が親指を立てながら言うと刻諒はニッと笑って返してくれた。

 

 

「防衛ラインの防壁は全部で4つだ!」

 

 

「クソッ、力が戻っていれば一瞬で壊せるのに……!」

 

 

(((((その攻略方法はおかしい)))))

 

 

ジャンヌの言葉に俺が返したけど、皆さんは何か不服らしい。何故か不服な視線が返って来た。あまり気にしないでおこう。

 

 

「次! 前から来るぞ!」

 

 

敵が走って来ているのが見えた。黒一式の防護服の重装備。ガチだぞ……!

 

俺がそう報告すると、

 

 

「今度は右だ!」

 

「左から来るぞ!」

 

「後ろから追いかけて来たぞ!」

 

 

「ホント多いなちくしょう!?」

 

 

全員が背を預けて応戦するが数が多過ぎる。というか今の俺、超お荷物。

 

コルト・ガバメントで敵を撃つが狙いは外すし、手首が取れそうになる。無能じゃん……。

 

 

「ここはボクたちが抑えよう! 正面に閃光手榴弾(フラッシュグレネード)を投げるその隙を突くんだ!」

 

 

「カウント! 3! 2! 1!」

 

 

「えッ!? ちょッ!? 待っ———!?」

 

 

ワトソンの言葉にすぐにカイザーはカウントを開始した。そして1を言ったと同時に、閃光手榴弾(フラッシュグレネード)を宙に投げた。

 

 

バンッ!!

 

 

空中で爆発し、閃光が走る。

 

 

「目がぁ!? 目があああああァァァ!!」

 

 

「大樹さんがまともに見ました!」

 

 

「本当に使えないなオイ!?」

 

 

ティナの報告に全員が驚愕して呆れた。キンジに馬鹿にされた。

 

 

「我が運ぼう」

 

 

「うおッ!?」

 

 

閻に担がれた(らしい。見えないから分からない)俺は運ばれる。完全にお荷物状態。

 

ワトソンとカイザーの開けた道を敵を駆け抜け、再び敵を薙ぎ払いながら駆け抜ける。特にジーサードとヒルダ、覇美の無双だった。ちょっとぉ!? 閻さん!? 振り回さないでぇ!!

 

 

「見えたわよ。第一防衛ラインの防壁」

 

 

夾竹桃の言葉に俺は防壁を想像する。見えないから。

 

 

「思ったより高いよ!」

 

 

かなめの言う通り、防壁の高さは8メートル以上はあった。これを越えるのは難しい(一部除く)。

 

 

「壊す必要はないよ。もっと頭を使うんだ」

 

 

「うわッ高いな……ってオイ!?」

 

 

やっと見えるようになった瞬間、シャーロックの行動に俺は嫌な予感がした。

 

 

カンッ!!

 

 

シャーロックが杖を地面に強く突いた瞬間、

 

 

バキバキバキバキンッ!!!

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

巨大な氷が地面から飛び出し、囲むように氷の山が突き上がった。

 

ご丁寧に目の前には氷の階段が造られ、てっぺんまでのぼれるようになっている。

 

 

「というか頭使ってもできないからな!?」

 

 

「このくらい簡単だよ」

 

 

「俺たちにとって簡単じゃねぇし!!」

 

 

「それより僕はこの人たちを相手にするよ」

 

 

シャーロックが後ろを振り返ると、氷の山をジャンプだけで飛び越えて来た者たちが3人もいた。

 

刀、大剣、双剣。俺たちは三人の実力が並みじゃないことが分かった。

 

 

「……頼むぞ」

 

 

「君にそんな言葉を言われるなんてね。安心したまえ」

 

 

シャーロックは地面に叩きつけた勢いで壊れた杖———いや、中に仕込んでいた刀が姿を見せる。

 

 

「曾孫の大切な人の願いだ。断る理由はない」

 

 

________________________

 

 

 

「第一防衛ライン突破されました!」

 

 

「ボストーク号!? 何故あのようなモノが!?」

 

 

部下の報告に薄汚れた白衣の男は驚愕していた。

 

海の中から来るとは誰も思わなかった。航空制限を掛けた意味は無くなってしまった。

 

陸のほうに部隊を大きく置きすぎたせいで手薄になった海側の方に攻められると不味かった。

 

 

「すぐに部隊を集めろ! 絶対にここまで突破させるな!!」

 

 

「アタイはどうする?」

 

 

後ろで控えていた姫羅が尋ねると、白髪の男はすぐに指示を出す。

 

 

「お前は第四ラインを突破された時、最後の砦を守れ! ……そうそう、これで成功すればお前の願いを叶えてやる」

 

 

「ッ!?」

 

 

不気味な笑みを浮かべる白髪の男がそう言うと、姫羅は目を張った。

 

 

「まぁ奴らがそこまで来ることはないが……万が一あるかもしれないからな」

 

 

「……………」

 

 

「殺せるな?」

 

 

「……………」

 

 

姫羅は黙りながら部屋を出た。白髪の男は笑いながらそれを見送ると、部下に指示を出す。

 

 

「第三防衛ラインに全員集めろ! 待ち伏せだ!」

 

 

白髪は大声で告げる。

 

 

「世界に反逆する奴らだ! 全員生きて返すな!」

 

 

 

________________________

 

 

 

第一防衛ラインの防壁を乗り越えた。そしてご丁寧に降りる階段まで氷で作成してある。丁寧過ぎて何か嫌だ。

 

氷の上を滑り落ち、一気に地面まで降りる。

 

 

「うごッ!?」

 

 

「大樹さんが転びました」

 

 

「本当に敵の大将を取れるのか心配ぢゃ……」

 

 

今度はパトラに心配された。もう戦う前からボロボロです。

 

また閻に担いで貰う。お世話になります。

 

相変わらずジーサードとヒルダ、覇美様が無双。あ、よく見たら津羽鬼もすんごい速さで戦っている。ちょっと見えないけど。

 

しかし、限界がある。

 

 

「また囲まれた!? もう後がないぜ!?」

 

 

カツェが驚きの声を上げる。何度も繰り返すが敵の数が多過ぎる。

 

速くここを突破しないと400万人とは言わないが全員集まってしまう……!? このままだと奇襲の意味がなくなる……!

 

 

「そろそろかしら……!」

 

 

バチバチッ!!

 

 

その時、背後から電気が弾けるような音とヒルダの声が聞こえた。俺は驚愕し、叫ぶ。

 

 

「ッ!? 全員伏せろおおおおおォォォ!!」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

俺はティナを抱きながら地面に伏せる。他の者達も地面に伏せた。

 

その瞬間、光が瞬いた。

 

 

ドガシャアアアアアァァァン!!

 

 

ヒルダの体から雷のような電撃が一帯に放たれた。

 

 

「「「「「ぐぁあああああ!!」」」」」

 

 

「「「「「……………ッ!」」」」」

 

 

俺たちは軍隊が電撃で苦しむ声を、姿を、惨状をその目で見てしまった。ホラー過ぎて全員引いている。トラウマになりそう。というかトラウマになった。俺はティナの目を手で隠しているのでトラウマを植え付けさせないようにしている。ナイス俺。

 

 

「ここは私が引き受けるわ。ありがたく思いなさい!」

 

 

「……えっと、殺すなよ?」

 

 

「ええ、加減するわ」

 

 

白目を剥くほどの威力で加減されているのか。恐ろしいぞ。相手に同情するわ。

 

 

「理子も残る」

 

 

「!?」

 

 

何故か一番ヒルダが驚いていた。理子耐性なさすぎだろヒルダ。

 

 

「いくらなんでも多過ぎる。一人じゃ危ないから」

 

 

「だそうだヒルダ。しっかりと理子を守れよ」

 

 

「わ、分かっているわよ!」

 

 

「ほう……分かっていたのか」

 

 

「なッ!? 黒焦げにするわよ!」

 

 

「今の俺はマジでなるから勘弁して」

 

 

急いで俺たちは立ち上がり、第二防衛ラインに向かって再び走り出す。

 

 

「だいちゃん」

 

 

理子の横を通ると同時に、声が聞こえた。

 

 

「頑張れ」

 

 

「……ありがとよ」

 

 

俺はそう返し、敵を二人に任せた。

 

 

「どういう風の吹き回しだ」

 

 

理子がキツイ目でそう言うと、ヒルダはそっぽを向きながら答える。

 

 

「今は私も師団(ディーン)俘虜(ふりょ)。これくらいの仕事はするわ」

 

 

「……そう」

 

 

理子はワルサーP99を取り出し、ヒルダは自分の影から三叉槍(トライデント)を引きずり出した。

 

 

「ほんの少しだけ、頼りにする」

 

 

今度こそ、大樹の力になるために、理子は決意を固めた。

 

 

________________________

 

 

 

「第二防衛ラインです」

 

 

レキの言う通り、先程と同じような防壁が見えて来た。防壁の近くには戦車が……はぁ!?

 

 

「何だあの数は!?」

 

 

驚愕したのは俺だけじゃない。全員のはずだ。

 

戦車を用意していることは予想がついた。しかし、予想を上回ったことがある。

 

数だ。作戦班が出した予想分析を遥かに超えている。

 

 

「軽く見積もって1000以上、だな」

 

 

もうこれは笑えばいいのか? あんなに綺麗に並んで待ち構えている光景に拍手すればいいのか?

 

ジーサードの言葉に息を飲んだ。いくらなんでも無茶苦茶だ。もうちょっとバラバラに置くだろ普通。

 

そもそもどうやってあんな数を用意した? アメリカだけの力じゃ……ってやっぱり他の国と連携取っていますよねそりゃ。戦車の装甲が統一されていないもん。

 

 

「そろそろ来ると思うぜ」

 

 

バババババッ!!

 

 

上を見上げながらジーサードは笑う。ジーサードにつられて俺たちも上を見ると、何機ものヘリコプターが飛んでいるのが見えた。

 

 

「まさか俺たちの援軍か!?」

 

 

「俺の部下たちが乗っている。あとセーラとかいう奴と四姉妹」

 

 

セーラ・フッドと曹操(ココ)姉妹か!

 

ヘリコプターの搭乗口が開き、一人の少女が姿を見せる。長いストレートの銀髪、つばの広い洒落た帽子に長大な長洋弓(ロングボウ)を握っている。

 

学校の制服のような恰好。スカートがフワっと舞い上がり……ほう。

 

 

「白か……」

 

 

「大樹さん。このことは帰ってから報告しますから」

 

 

「お願い。それだけはやめて」

 

 

見えたモノは仕方ないと思うのだが、罪は認めよう。

 

セーラはすぐに弓を構え、矢を放つ。だがあれだけで戦力になるのだろうか。相手は鉄の巨大な塊。矢だけではどうにも———

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

「はれ?」

 

 

目を疑った。

 

セーラの放った矢が戦車に当たった瞬間、爆発したのだ。

 

誤字は無いぞ。マジで戦車爆発したから。

 

 

「対戦車爆撃矢。化学班が総力を上げて作り出した先端科学兵装(ノイエ・エンジェ)だ」

 

 

もう少し平和に役立つ装置を作れよ化学班。才能の無駄遣いだぞ。

 

ヘリからセーラだけでなく、他の人達も出て来た。ロケランをバンバン戦車に向かって撃っている。

 

 

「凄い豪快だな……」

 

 

もうどっちが悪なのか分からない。はい楽しそうに撃つなそこ。ヒャッハッーじゃねぇよ。

 

 

「さすがにあの数はアイツらだけじゃ厳しい。俺たちは残るぞ」

 

 

「お兄ちゃん! 後は任せたよ!」

 

 

ジーサードとかなめはそう言い残し、戦車に向かって走り出した。

 

二人は先端科学兵装(ノイエ・エンジェ)の剣で戦車を次々と破壊していく。二人が破壊した場所にわずかな道が開く。

 

 

「よし行くぞ! 頼んだぞ金三! かなめ!」

 

 

「その名前で呼ぶな!」

 

 

「任せて!」

 

 

キンジがジーサードの代わりに先頭を走り出す。別に鬼たちに任せておけば大丈夫だと思うぞ?

 

第二防衛ラインの防壁の目の前まで辿り着く。当然、入れるような入り口は無い。

 

 

「覇美、先に行く!」

 

 

ダンッ!!

 

 

覇美は壁を走り出し、閻と津羽鬼もそれについて行く。いやいや、俺たちはできないから。やったことあるけど。

 

 

「仕方ない。ロープで登るぞ。閻!!」

 

 

「む?」

 

 

キンジがベルトの横に付いたワイヤーを閻に向かって飛ばすと、閻がキャッチした。

 

すぐに意図を理解した閻は頂上まで登ると、ロープを近くにあったでっぱりに固定した。

 

 

「妾たちも行こうかのう」

 

 

パトラが精神を集中させると金一とパトラの体が浮いた。ちょっと、俺もそれがいいんだけど?

 

隣見て見るとカツェもいないし、少し大樹(お荷物)のことを考えてちょうだい!

 

 

「行くぞ」

 

 

キンジの後に次々と続く。(コウ)、ジャンヌ、レキ、白雪、夾竹桃、ティナが続く。俺も続こうとすると、

 

 

「待て! 置いてくな!」

 

 

「た、玉藻(たまも)? 早く登れよ」

 

 

「背負え」

 

 

「えぇ……マジかよ」

 

 

俺は無駄に重い賽銭箱を背負った玉藻を背負いながらロープをよじ登る。

 

クソッ、力が出ない。はぁ……不幸だ。俺は何て———

 

 

その時、上を見上げてしまった。

 

 

そこはもう———天国(楽園)だと言っておこう。

 

俺はもう二度と見れることの無い光景を目にしている。

 

白……白……白……黒……白……緑……。

 

一度に……一度に……あんなに見れるなんて……!

 

 

 

———俺は幸せ者だ……!

 

 

 

「生きてて……良かった……!」

 

 

(パンツを見て涙を流す馬鹿がいた……)

 

 

背中で様子を見ていた玉藻が呆れていた。

 

 

________________________

 

 

 

「……大丈夫か、お前」

 

 

鼻血をダラダラ流す大樹を心配する一同。しかし、表情は輝いていた。

 

 

「俺、絶対に倒して見せるからな!」

 

 

(((((何があった……)))))

 

 

※パンツです。

 

 

第二防衛ラインの防壁をロープで降りる。降りている途中、銃撃されていたが、先に行った覇美や閻、津羽鬼が敵を薙ぎ払ってくれたため、安全に降りることができた。もちろん、最後に降りたよ。あれは何度も見てはいけないからね!

 

 

「クソッ、数がさらに増えているぞ!」

 

 

「待ち伏せだ! 敵はここを通ることを見越している!」

 

 

キンジの言葉にジャンヌが答える。正面には敵の大軍隊が待っていた。

 

敵と応戦しながら慎重に、ゆっくりと前進するが、ついに止まってしまう。

 

 

「ヤバい! また戦車が来ているぞ! 今度はガトリングを積んでいる!」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

俺の報告に全員が戦慄する。閻たちが急いで破壊に向かおうとするが、圧倒的数のせいで足止めを食らっている。

 

 

ドゴンッ!!

 

ガガガガガガガガガガッ!!

 

 

ついに戦車の砲撃、ガトリングガンの連撃が放たれた。

 

 

敵の軍隊に向かって。

 

 

「「「「「ぐわあああああァァァ!!」」」」」

 

 

宙に舞う軍隊に俺たちは呆気に取られる。

 

よく見れば不可解なことがある。砲撃の弾丸の威力は比較的に低く、ガトリングガンの弾丸に至ってはゴム弾だと分かった。

 

 

「……このタイミングで援軍はカッコイイけど」

 

 

戦車の方向を見ると、ちょうど中から操縦者がパカッと上から出て来た。

 

 

「助けに来たぜ!! お前ら!!」

 

 

「「武藤ッ!?」」

 

 

お前かよッ!?

 

 

________________________

 

 

 

「西エリアから敵襲! 侵入を許しました!」

 

 

「東南から無数のヘリがアメリカ空域を突破! こちらに向かって来ています!」

 

 

「第二防衛ラインの扉が開けられました!」

 

 

次々と部下の悪い報告に白髪の男が怒鳴り声を上げた。

 

 

「いい加減にしろッ!! どこの国だ! どこの奴らが牙を剥いた!」

 

 

『それは僕が答えてあげよう』

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

白髪の男の答えはハッキングされたモニターの画面に映った男が答えた。

 

 

「貴様は……マッシュ・ルーズヴェルト!!」

 

 

『ちゃんと覚えているようだね? アメリカの国をよくも好き勝手にやってくれたね?』

 

 

マッシュは告げる。

 

 

『ヘンブリット・アインシュタイン』

 

 

「カッカッカッ……久しい自分の名を聞いたな」

 

 

白髪は自分の正体が見抜かれたにも関わらず、笑った。

 

 

「それで? 私をからかいに来たわけではないだろう?」

 

 

『かの有名なアルベルト・アインシュタインも天国で泣いているだろう。大統領の右腕が国家反逆だと……こんなに不健康そうな姿になって、馬鹿なのかい?』

 

 

「果たしてそれれはどうかな? 今の状況を分からないわけではないだろう?」

 

 

『僕達を悪にしたところで変わらない。最後に泣くのは君だ。それと国じゃないよ。ジーサードが集めれるだけ集めさせた軍隊。国籍も人種もバラバラ。呼んでいない出しゃばりな国もあるけど、利用するよ』

 

 

「無駄な足掻きを……やってみるがいい。この城壁を壊してみせろ」

 

 

『言われなくても』

 

 

そこで通信が切れてしまい、白髪の男———ヘンブリット・アインシュタインは指示を出す。

 

 

「『エヴァル』を第四防衛ラインに配置させろ! 改造型もだ!」

 

 

________________________

 

 

 

「このタイミングでの援軍はイケメンだが……お前じゃなぁ……」

 

 

「喧嘩売ってんのか!?」

 

 

武藤が戦車に乗って助けに来てくれた。よくよく考えて見ると俺と同じような発想で助けに来たな。だが悪くない。

 

俺たちは武藤が何かを言う前に戦車の上に乗り上がる。そして再び応戦を開始する。

 

 

「おい!? 俺たちは援護するだけだぞ!?」

 

 

「いいから突撃しろ。援護射撃は俺たちが……俺たち?」

 

 

武藤の言葉にキンジが言いながら疑問を持った。『俺たち』ってことは?

 

 

「学校の奴らもいるぜ! あの名古屋もいるしな!」

 

 

な、何だって!?

 

 

「何で俺たち変態集団に手を貸すんだ!?」

 

 

「その変態に俺たちを巻き込むな!」

 

 

いや、もう俺たちは普通じゃないから。もういいよね。

 

 

「大樹が国際指名手配犯でないこと、キンジが生きていることが証明されたんだよ。教務科(マスターズ)だけじゃなく、あの武装検事まで動いているんだぜ!」

 

 

「……微妙に不味いなそれ」

 

 

俺の言葉にほとんどの者が疑問に持つ。武藤は驚いて聞き返した。

 

 

「な、何が不味いんだ? 助けに来たんだぞ?」

 

 

「まず情報が漏れていたことは考えられない。俺たちが仕掛けたと同時にお前たちが仕掛けれたのは、ずっと前から準備をしていたんだろ?」

 

 

「た、確かにここに来たのは3日前からだ。上の人たちが合図を出すからって俺たちはずっと待機していたんだ。他の連中はもっと前から来ていたらしい」

 

 

「多分日本はアメリカに大打撃を与えるつもりだったんだ。政治的にダメージを与えて、立場を逆転させる気なんだろう」

 

 

「ま、マジかよ……」

 

 

アリアの母親を監禁した政府。情報を手に入れるためにあれだけのことをやった連中だ。今回も卑屈なことをしやがる。

 

既にこんな状況になることを見越していたんだ。

 

 

「だが安心しろ。逆転は簡単にできる。アメリカも日本も、どの国も被害を受けない一手がな」

 

 

「どうするのかしら? まさか日本の援護を蹴るつもり?」

 

 

夾竹桃の言葉に俺は首を振る。

 

 

「一応利用する。とりあえずこの戦争を起こした主犯格がアメリカ人で、表では日本人であればいいんだ」

 

 

「……どういうことですか? 大樹さん」

 

 

ティナには少し難しかったか。カツェや金一は何かに気付いたようだが。

 

 

「なるほど。それだと日本はこの戦争の尻拭いに来たことになるし、アメリカは助けて貰うのは当然となる。互いに影は隠れたまま」

 

 

「アメリカは本当の主犯格を影に隠し、日本は大打撃を影に隠す。さすがだな」

 

 

カツェと金一の言葉に全員が納得する。

 

つまり主犯格がアメリカ人だった場合、主犯格が日本人だと嘘をつけば丸く収まるのだ。アメリカは本当のことを隠せるし、日本は大打撃を与えるんじゃなくて助けに来たと誤魔化せる状況が作れる。

 

しかし、問題がある。

 

それは白雪が質問してくれた。

 

 

「でも偽物の主犯格はどうするの?」

 

 

そう、問題はそこだ。姫羅は既に死んだ、俺と同じ亡霊。仮に姫羅が主犯格だとしたら、捕まえても意味は無い。

 

一番最悪なのはこの戦争の主犯格がマジで日本人だった場合だ。こうなればアメリカは隠す必要性は無くなり、日本の立場は逆に悪くなる。

 

だからと言って主犯格がアメリカ人だった場合も問題が発生する。それは誰が日本人主犯格を演じる犠牲になるか。

 

 

「そこは問題無い。俺がなる」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

俺の言葉に全員が攻撃を一瞬だけ止めた。

 

しかし、俺は笑いながら安心するように語り掛ける。

 

 

「安心しろ。俺はすぐに帰るから問題無いだろ。まぁ今度は絶対的な国際指名手配犯になるだけだ。見つからない犯人だよ」

 

 

「お前は……それでいいのかよ」

 

 

「別に自分を犠牲にしたわけじゃない。俺はこれがいいと思った。でも頼むとしたら———」

 

 

キンジの肩をポンポンと叩きながら頼みごとをする。

 

 

「———遊びに来た時は、助けてくれよ」

 

 

「……分かった」

 

 

戦車が動き出してから5分足らず、ついにほとんどの者の拳銃の銃弾が尽きた。……んだよ? ああそうだよ! 結局俺は一発も当てきれずに終わったよ! 荷物って呼べよ、ぐすんッ……!

 

しかし、やはり今日のイケメン武藤は違った。

 

なんと弾薬を戦車の中に積み込んでいた。規則を破っての行動に俺は武藤がマジでイケメンに見えてしまう。

 

 

「お前、何でモテないだろうな。キンジよりカッコいいのに」

 

 

「お前もそう思うか!? おかしいよな! キンジの方がモテるほうがおかしいのによぉ!」

 

 

「おいお前ら。ぶっ飛ばすぞ」

 

 

喋る余裕も無いのに俺たちは喋る。場をリラックスさせるにはこれが一番。二番目はカイザーをいじることだが今はいないからな。

 

 

「見えて来たのぢゃ! 第三防衛ライン!」

 

 

パトラの言葉に俺たちは気を引き締める。今度の防壁は今までより低い。だが、

 

 

「ああちくしょう! 大勢のファンが待ち構えていやがる!」

 

 

俺は嫌な顔をしながら歯を食い縛る。

 

人が多過ぎる。ズラリと並んだ軍隊の数は今までより遥かに多かった。待ち伏せだ。

 

敵全員がこちらに引きつけるだけ引き付けて射撃を開始するつもりだ。

 

武藤も不味いと思い、戦車を止める。

 

 

「どうする!? このままだと確実に撃たれるぞ!」

 

 

武藤が叫ぶ中、右や左から、後ろからも銃弾は飛んで来ている。

 

必死に策を考える。周りを見渡し、状況を把握して判断を下す。

 

 

「誰か、あの防壁を一瞬で登ることはできる方法はあるか?」

 

 

「あるおん」

 

 

パカッと閻の背負った壺の蓋が外れ、鬼の子が顔を出した。

 

 

(コン)だったな。どうすればいい?」

 

 

「この敵の大群は如何とする?」

 

 

「大丈夫だ。あの防壁を上るのは全員じゃない」

 

 

「……戦力を削ぐおん?」

 

 

「仕方ないだろ。それに、早く行かなければならない」

 

 

「……心得た」

 

 

俺たちは(コン)の案に乗った。史上最悪の頭の良いダサイ乗り越え方で。

 

 

 

________________________

 

 

 

『第三防衛ラインに敵の主力を発見! 近づき次第迎撃します!』

 

 

「カッカッカッ!! 終わりだ! 袋のネズミだ! 例えそちらが軍隊を用意しようと、こちらには関係無い!」

 

 

ヘンブリットは部下の報告に大笑いした。部下たちもホッと息をついて安堵している。

 

 

「笑止! 400万だ! 人数を理解していないのか!? ありとあらゆる人間を集めて武器を持たせたのだぞ!? そこに乗り込むお前らは空前絶後の大馬鹿だよ!」

 

 

モニターには戦車で作戦を考えている大樹たちの姿。しかし、決意を決めた表情になる。

 

ヘンブリットは迎え撃つように指示をする。その瞬間、戦車が動き出した。

 

 

「撃ち殺せ!」

 

 

モニターから銃撃音が響く。部屋が戦場と同じように銃声が轟き、耳を塞ぐ者もいた。

 

戦車の前では鬼たちが武器を振り回し、【厄水の魔女】が水の壁を作り、【砂礫の魔女】が砂の壁を作った。

 

遠山兄弟も戦車の後ろで銃を使い応戦して戦車の後方を守っている。しかし、不可解なことがあった。

 

 

(何故だ……楢原 大樹が参加しないのは分かる)

 

 

大樹が力を失ったことはエヴァルの残骸からモニターできていたため知っている。この戦いに参加しないのは分かる。

 

 

(何故あの二人の狙撃手とあの鬼は攻撃しない?)

 

 

レキとティナ。そして閻は大樹と同じ場所、戦車の後ろに隠れている。

 

何か待っている? じゃあ何を待っている?

 

疑問だ。戦力になる彼らが戦わないのが……まさか!?

 

 

「今すぐのあの狙撃手と鬼を殺せ!!」

 

 

ヘンブリットが気付いた時には遅かった。

 

戦車の砲撃の方向———防壁のてっぺんを向いていた。

 

当然、兵たちは逃げる。しかし、それが大樹たちの狙いだった。

 

 

『『閻ッ!!』』

 

 

遠山兄弟———キンジと金一が一緒に走り出す。後ろにいる閻に向かって大きく踏み込む。

 

閻はタイミング良く二人の胸ぐらを掴み、そのまま投げ飛ばした。

 

 

(フン)ッ!!』

 

 

 

 

 

第三防衛ラインの防壁の頂上に向かって。

 

 

 

 

 

「「「「「はあああああァァァ!?」」」」」

 

 

部下たちは総立ちだった。目を疑い、信じられなかった。

 

当然兵たちもこの行動は読めなかった。もう何が起きているのか分からず、攻撃を止めていた。

 

 

ズシャアアアアアァァァ!!

 

 

空いた空間にキンジと金一は綺麗に滑るように着地し、銃を構える。

 

 

『兄さんは右な』

 

 

『ならキンジは左だ』

 

 

そして、防壁に登っていた敵が全滅するのには時間が掛からなかった。

 

タイミングを見計らったかのようにティナとレキが防壁の敵を狙撃する。彼女たちはこの時のために銃弾を温存していたのだ。

 

 

「くそ……」

 

 

ヘンブリットは怒鳴る。

 

 

「クソ餓鬼がああああああァァァ!!!」

 

 

________________________

 

 

 

ひゅう~、マジで飛んだよ。凄いスピードが出たな。これは絶対に飛ばされたくないな。

 

 

「次はヌシだ」

 

 

「ですよねー」

 

 

閻のおかげで俺は空を飛んだ。ワーイ。涙が止まらねぇや。

 

 

ドスンッ!!

 

 

「ぐはッ!?」

 

 

見事に防壁の上に着地。幸い落下ダメージは少ない。

 

既に防壁の上の敵は全滅。遠山兄弟恐るべし。キンジに至っては白雪でヒステリアモードにしているから羨ましい。俺もヒステリアモードがあれば合法的にエロいことができたのに。合法的にはならねぇよ。

 

 

スタッ

 

 

俺の後に着地したのはティナとレキ。運動神経の違いを見せつけられてしまった。

 

 

「大丈夫ですか?」

 

 

「ごめんな……こんな俺で……」

 

 

「大樹さん。社長が言っていました。駄目な男程、可愛いところがあると」

 

 

里見、強く生きろよ。俺も強く生きるから。

 

 

「予定通りレキとティナはここから狙撃を開始しろ。金一は二人を守ってくれ」

 

 

「了解です」

 

 

「分かりました」

 

 

「キンジ。後は任せたぞ」

 

 

レキは早速狙撃銃で敵を的確に撃ち抜き、意識を刈り取る。命中率100%の称号は飾りじゃない。

 

ティナも『シェンフィールド』を起動させ、スカートの中から3つのビットを飛ばす。技術班が作り上げ、改造を施した『シェンフィールド・改』は使用者の負担を減らし、飛行速度を上げている。

 

金一はキンジの肩をポンッと叩いた後、すぐに防壁を登って来た敵の援軍と戦いに行った。

 

 

「大樹! 俺たちも行こう!」

 

 

「どうやって降りるんだよ。いいからロープ垂らせよ」

 

 

ガシッ

 

 

キンジは俺の腕を掴み、ニッコリと微笑む。俺もニッコリと微笑みながら首を傾げる。

 

 

「時間が無い。滑り下りるぞ」

 

 

滑る? ここ斜面90度ですけど?

 

 

ダッ

 

 

そして、キンジは俺を引っ張りながら飛び出した。

 

 

「いやあああああああァァァァ!!!」

 

 

今日一番の叫び声。もとい悲鳴。

 

キンジは斜めにちゃんと90度の斜面を滑る。スピードは落下スピードとほぼ同等。もう落ちているのと変わらないです。

 

 

ズシャアアアアアァァァ!!!

 

 

キンジは俺の体を支えながら綺麗に地面に着地した。奇跡的に俺も無傷で地面に倒れることができた。

 

 

「……行けるか?」

 

 

「じ、寿命が縮んだぞ……」

 

 

「そうか。なら行けるな」

 

 

「俺の話聞いている?」

 

 

そして最後の言葉も聞かず、キンジは走り出した。俺も急いで後を追いかける。

 

応援に駆け付けた敵の軍隊が銃を乱射するが、キンジは一発の銃弾を撃つだけで全ての弾丸を撃ち落した。

 

連鎖撃ち(キャノン)———跳ね返した敵の弾丸をさらに跳ね返して撃ち落とす。神業級の秘技だ。

 

 

(キンジ強過ぎだろ……ティナたちが援護する意味ねぇじゃん)

 

 

ほーら、もう第四防衛ラインが見えちゃったよ。キンジ君余裕じゃん。

 

とか思っていた時期がありました。俺たちは異変にすぐに気付いた。

 

 

「人の気配が無い?」

 

 

「気を付けろキンジ。この先に何かがある」

 

 

リロードしながらキンジは警戒する。俺も周りを見渡しながら忠告する。

 

第四防衛ラインが見えた。高さは5メートルもないくらい今までの防壁を比べると薄く、小さい防壁だ。防壁というよりただの壁と言った方が正しいのかもしれない。

 

だが、守備は今までの最高レベルに達していた。

 

 

「チッ、あのロボットは厄介だぞ……!」

 

 

何十体の単位ではない。何百体の単位だ。銃を構え、半分以上が一斉に空を飛び、防壁の上から狙う。様々なエヴァルが俺たちを殺そうとしている。

 

舌打ちをしながら嫌な汗を流す。走って流れた汗じゃない。恐怖で流れた汗だ。

 

今の俺では勝てない。キンジもあの数を一人で相手にするのは厳しいはずだ。

 

 

(ここで援軍が来てくれたらどれだけ嬉しいか……)

 

 

その時、奇跡が起きた。

 

 

バチンッ!!!

 

 

「「ッ!?」」

 

 

その時、基地の灯りが全て消灯した。俺たちを照らしていた灯りも、警報音も消え、灯りが完全に無くなった。

 

光源は夜空の星と欠けた月だけ。一帯が暗闇に包まれた。

 

 

Give your Shooting Star♪ 無限の彼方へ~♪

 

 

「誰だ?」

 

 

何故かキンジの着メロが夜のヤッター〇ンだった。良い曲だけどタイミングを考えろよ。

 

 

『遠山さん! メーヤです!』

 

 

キンジの電話越しから女性の声が聞こえた。またキンジの女か! コイツ後ろから刺していいですか!? え? 俺は刺さないでくれよ。

 

メーヤ・ロマーノ。バチカン異国で祓魔師(エクソシスタ)としての叙階(じょかい)を受けている。年齢は俺と同じらしいが、個性が強いとかキンジは言っていたな。

 

 

『御救出を感謝します。ところで助けてくれた遠山さんに感謝の気持ちを神に捧げたのですが、不吉なことに停電を起こしてしまったようなのです……』

 

 

え? この不幸を起こしたのはあなたなの?

 

 

「……いや、今回も戦運が活躍しているぞ。ありがとう、メーヤ」

 

 

「戦運? 何だそれ?」

 

 

「メーヤの能力だ。これのおかげで俺たちの運は激上がりだ」

 

 

キンジが真剣な表情で教えてくれるが、イマイチ信用できない。

 

激運? どのくらい運が良くなるのか定義が分からん。

 

 

「見ろ大樹」

 

 

キンジが指を差した方は第四防衛ラインの防壁———ではなく、エヴァルだった。

 

エヴァルは銃を構えたまま動かない。空に浮いたエヴァルも地面に落ち、まるで時間が止まったかのような感じだった。あれ?

 

まさか……動けないのか!?

 

 

「あれがメーヤの力だ」

 

 

「すげえええええええェェェェ!?」

 

 

嘘だろ!? このタイミングで停電を引き起こして大群の強敵を止めるとかどんな偶然だよ!? ありえねぇよ! 目の前で起きているけど信じれねぇ!!

 

 

「メーヤ。俺たちは大丈夫だから、みんなと合流———」

 

 

『遠山さん! 魔女を見つけました! 今から首を取るのでまた連絡します! 神罰代行ォーッ!! 私に続けェーッ!』

 

 

ブツッ

 

 

そこで通話は切れてしまった。

 

俺は下を向きながら質問する。

 

 

「魔女ってカツェのことか?」

 

 

「……パトラも含まれると思う」

 

 

「……味方同士で戦っているのか?」

 

 

「そういう……ことになるな」

 

 

「……誰かが何とかしてくれてるだろ」

 

 

「そうだな」

 

 

俺たちはこの出来事を忘れることにした。よし、進むか!

 

動かないエヴァルの軍隊の中を駆け抜け、第四防衛ラインの防壁に向かう。

 

 

「大樹!」

 

 

「おうよ!!」

 

 

キンジは振り返り、両手で俺が乗る足場を作る。

 

足をキンジの両手に乗せて、思いっ切り力を入れて俺を飛ばした。

 

防壁の高さを簡単に越え、俺は乗り越えようとする。

 

 

ガンッ!!

 

 

「いだッ!? 足がひっかかああああああああァァァ……………!!」

 

 

「……………」

 

 

大樹の足がギリギリ頂上の防壁のでっぱりに引っかかり、そのまま向う側へと落ちて行った。

 

あまりのかっこ悪さに、キンジは遠い目をするしかなかった。

 

 

________________________

 

 

 

「何が起きた!? どうして電気が落ちる!?」

 

 

ヘンブリットが怒鳴り声を上げる。突然の原因不明の停電に誰もが混乱した。

 

予備電源を起動し、再びモニターに映像を映し出す。ヘンブリットはその光景にまた怒鳴り声を上げる。

 

 

「どうして動かない!? 敵が入って来ているのだぞ!?」

 

 

「しゅ、主電源の電気が途切れたせいでエヴァルの操作が不可能になりました!」

 

 

「ふざけるな! 主電源が切れた程度で動けなくなるようなやわじゃないぞ!」

 

 

「違います、誤解です! 主電源の信号コードがリセットされて、エヴァルが指示待ちしている状態なのです!」

 

 

あまりの不運な不測の事態にヘンブリットは混乱していた。予備電源で起動したモニターを見て、笑みを浮かべる。

 

 

「【レギオン】を起動しろ……」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

ヘンブリットの言葉に部下の表情が真っ青になった。

 

 

「全員皆殺しだ」

 

 

「や、やめてください! 私たちの目的はこの国を守ることであって———」

 

 

「カッカッカッ、面白いことを言うなお前」

 

 

ゴオオオオオォォォ……!

 

 

ヘンブリットから黒いオーラが溢れ出す。部下は異様な光景に怯える。

 

モニターの操作を終えた後、ヘンブリットは部屋を出る。

 

 

「そんな目的は元々存在しない」

 

 

 

________________________

 

 

 

痛い。落下ダメージが超痛い。あそこで受け身が取れなかったらもう走れなくなっていたかもしれない。すぐに受け身を取れた俺は凄いな! ここに来るまでの失敗が全部チャラになったかな!? ならねぇよ。

 

最後の防壁を乗り越えた先の空間は『無』の言葉が相応しかった。

 

誰もいない。人も、戦車も、銃音や爆発音は外側からしか聞こえない。見えるのは奥に巨大建造物の敵基地。

 

静か過ぎる。何故ここまで無防備なのだろうか。その答えはすぐに分かった。

 

 

「来たか……」

 

 

10メートル先には一人の鬼が立っていた。

 

 

「赤鬼……」

 

 

俺はソイツの名を呟く。

 

肌が紅く、黒髪の頭部に黄色い角。あの時と同じボロボロの黒いズボンだけしか着ていない。右手には巨大なトゲトゲがある金砕棒(かなさいぼう)

 

今度は鎖や鉄球などの邪魔なモノは付けられていない。

 

 

「驚いたぁ驚いたぁ……邪黒鬼を振り切るなんてなぁ」

 

 

赤鬼は俺を馬鹿にするような褒め方をしながら近づく。俺は刀身を無くした【護り姫】を制服の裏から取り出し構える。

 

 

「そんなモノで俺が倒せるとでも?」

 

 

「俺は、姫羅を救いに来た」

 

 

「ッ……それは本当か?」

 

 

「ああ、本当だ」

 

 

赤鬼はしばし黙り込んだ後、覚悟を決めた。

 

 

「それでも、ここは引かない。通すわけにはいかない」

 

 

「どうしてもか?」

 

 

「ああ、そうだ」

 

 

その瞬間、赤鬼の雰囲気が変わった。

 

表情は怖くなり、殺気が溢れ出す。その恐怖にこの場から逃げ出したくなってしまう。

 

 

「鬼神よ……獄炎の覇者となれ……」

 

 

赤鬼の体から紅い炎がユラユラとゆっくりと燃え上がる。鬼の角が伸び、牙が鋭く(とが)る。

 

あの時とは格が違う。まだ赤鬼は本気を出していなかったのだ。

 

金砕棒(かなさいぼう)を構え、気迫だけで殺されそうになる。一瞬でも気を抜いた瞬間、気が付けばそこは天国だろう。

 

 

「……赤鬼」

 

 

「何だぁ? 最後の言葉か?」

 

 

大樹は刀身を失った【護り姫】を構える。

 

 

「一撃」

 

 

「あぁ?」

 

 

 

 

 

「一撃で決める」

 

 

 

 

 

その言葉に赤鬼は絶句した。

 

 

「———ッ!?」

 

 

大樹の目を見た瞬間、赤鬼は一歩後ろに下がってしまった。

 

 

(なッ……!? 恐怖で怖気づいてしまった……!?)

 

 

防衛本能で一歩下がったことに驚愕する。数々の修羅場をくぐって来たが、臆することなく逃げることだけはしなかった赤鬼。

 

それが今、恐怖で下がってしまった。

 

 

(これは……何だ?)

 

 

理解出来ない状況に赤鬼の呼吸は乱れる。そう、分からないから怖いのだ。

 

 

「怖いなら無理に戦う必要は無いぞ」

 

 

「ッ! そんなこと、あるわけ———」

 

 

「なら勝てるのか? この俺に」

 

 

その時、赤鬼の口は開いたまま固まった。

 

『勝てる』という単語が出ないことに驚愕し、怖くなったからだ。

 

ありえない。鬼どころか神の力も奪われている衰えた人間なのに、絶対的に勝てるハズなのに———

 

 

———赤鬼は、黙ったままだった。

 

 

(分からない……この短期間で何があった……!?)

 

 

危険だと本能が叫ぶ。それは悲鳴。本能が恐怖に陥るほどの危険度。

 

握った金砕棒(かなさいぼう)が小刻みに震える。そんな姿も憐れんだ目で大樹に見られている。

 

それが堪らなく不愉快だった。赤鬼は恐怖を怒りで殺す。

 

 

「一刀流式、【鬼の構え】」

 

 

「……やっぱりそうなるか」

 

 

赤鬼の構えに大樹は目を伏せる。

 

 

「構えろ。一撃で決める」

 

 

「その必要は無い。どっからでもかかって来い」

 

 

「……後悔するなよ」

 

 

「ああ」

 

 

無防備での反撃をするつもりだろうか。赤鬼はそう考え、大樹の策は失敗だと断定する。

 

 

「【獄紅(ごうこう)邪鬼(じゃき)】!!」

 

 

刹那———音速を越えた速度で大樹との距離を詰めた。

 

しっかりと獲物を捕らえた。金砕棒(かなさいぼう)と大樹の顔の距離は1センチもない。

 

大樹が見栄を張っていたことに赤鬼はイラつく。しかし、この攻撃を耐えることができれば通してやろうと考えた。

 

最低でも、それくらいの強さが無いと彼女を救えない。これは妥協ではなく、願いだ。

 

 

ザンッ!!

 

 

その瞬間、赤鬼の思考が止まった。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

赤鬼が振るった絶技は地面を砕き、大気を震わせた。

 

当然だ。この一撃は赤鬼の本気の一撃。予想できない破壊力を秘めている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だがそこに、大樹がいなければ意味が無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バギンッ!!

 

 

時間差———握っていた金砕棒(かなさいぼう)は無残に砕け散り、鉄くずへと返した。

 

誇りある武器が一瞬で、破壊された。

 

 

「がはッ……!」

 

 

口の中に赤い液体がたまっていた。足元を見れば大きな赤い水溜りが出来上がっている。

 

体を見れば一閃された重障の傷が見えた。足元の赤い液体は赤鬼の血液だ。

 

 

 

 

 

そして、赤鬼は前から崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

それ以上、意識を保つことはできなかった。ただ赤鬼は暗闇へと落ちて行った。

 

首だけ振り返ると、そこには覚悟を決めた表情の大樹が立っていた。

 

最後に赤鬼は後悔した。

 

 

 

 

 

「これが、俺の力だ」

 

 

 

 

 

赤鬼はただの人間に、敗北を許してしまったことに。

 

 

 

 

 

________________________

 

 

 

赤鬼が倒れ、光の粒子へと姿を変えた。その光景に俺は悲観に暮れそうになるが、止まっている時間は無い。

 

 

「そこにいるんだろ、姫羅」

 

 

後ろを振り向かず声をかける。返事はすぐに返って来た。

 

 

「……どうしてアタイがいるって分かったんだい?」

 

 

「お前と最初戦ったことを思い出してな。気配を消すギフトを持っていたことを」

 

 

振り返ると、そこには派手な赤い着物に腰まで長く伸ばした赤髪のポニーテールの姫羅が立っていた。

 

右手と左手には刀を持っている。あれはただの刀じゃない。職人が作れる領域を超えた最上級の神刀なはずだ。

 

 

「残念だよ大樹。このギフトを見抜けないことに」

 

 

「……………」

 

 

「【疑似消滅(イミテーションデリート)】。それがアタイが強くなれた恩恵(ギフト)。自分にある邪魔なモノを一時的に騙し消すギフトだ」

 

 

「あの時は『気配』を消したってことか……」

 

 

姫羅の目は俺の答えを肯定していた。

 

しかし、俺は知っている。恩恵(ギフト)はまだあることを。

 

 

『アタイの恩恵ギフトと同じ……!?』

 

 

『お前の【完全治癒(ヒーリング・オール)】とは格が違う。俺の方が最強だ』

 

 

中国での邪黒鬼と姫羅の会話を思い出す。確かに邪黒鬼は言った。それも恩恵だろう。

 

そして、一番俺に災厄をもたらす恩恵がある。

 

 

「アタイの恩恵は全部で3つ」

 

 

「ッ……」

 

 

「【疑似消滅(イミテーションデリート)】、【完全治癒(ヒーリング・オール)】、そして【黄道(こうどう)星剣(せいけん)】」

 

 

黄道(こうどう)星剣(せいけん)】———12種の武器を出現させる恩恵だ。多種多様な武器を使える姫羅を知っている。そんな強敵に、俺は挑戦するのだ。

 

わざわざ自分から教えるのは余裕か、それとも哀れみか。

 

どちらにせよ、俺は負けるわけにはいかない。

 

 

「それとアタイは戦を司る神、【アレス】の保持者だ」

 

 

(チッ、厄介だな)

 

 

心の中で舌打ちをする。闘争の狂乱を神格化した神……そんな神から力を貰っていることに最悪としか言いようがない。

 

 

「大樹、勝てるかい?」

 

 

「勝つ」

 

 

「———ッ!?」

 

 

即答した俺に姫羅は驚く。俺は右手に刀身を失った【護り姫】を握り絞め、左手に刀身を失った【名刀・斑鳩(いかるが)】を握った。

 

 

「それがお前を救う方法だ」

 

 

「……どういう意味だい」

 

 

「そのままだ。お前は何かに苦しんでいることは確かだ。それを消してやるって言ってんだよ」

 

 

「無理な話だよ、大樹。アタイはもう救えない」

 

 

姫羅は構える。構えは———見たことがなかった。

 

 

「【破壊の闘志】」

 

 

ゾッとするような言葉に俺は警戒心をより一層高める。しかし、高めたところで防御力が上がるわけではない。

 

何を仕掛けて来るのか分からない。構えじゃなく、闘志?

 

 

ゴオオオオオォォォ……!!

 

 

「ッ!?」

 

 

突如姫羅から殺気が……違う。殺気とは別の何かが溢れ出している。

 

 

ダンッ!!

 

 

「かはッ……?」

 

 

俺の口から鮮血が噴き出した。

 

 

ドゴォン!!

 

 

体の中がグチャグチャになるような感覚。気が付けば地面を勢い良く無様に転がり、血塗れになっていた。

 

 

(一瞬で……やられ、たのかッ……)

 

 

腕や足に力が入らない。それどころか指先一本すら動かせない。

 

手に刀が無い。どこかに飛ばされたみたいだ。

 

意識が遠くなり、目を瞑りそうになる。

 

 

「知らないはずだよ。『構え』とは違う別の技———それが『闘志』」

 

 

姫羅の声が聞こえる。必死に耳を澄ませ、呼吸を整える。

 

 

「自分の中に眠っている感情を燃やす。アタイが燃やしたのは『破壊』の意志。大樹を殺すために燃やしたんだ。今生きているのは奇跡。もし燃やした感情が『殺意』なら、とっくに今の大樹なら死んでいる」

 

 

……手加減されたということか。

 

感情を燃やす……それは俺もできるだろうか?

 

 

「ぁあ……があぁッ…!!」

 

 

「ッ!?」

 

 

歯を食い縛りながらゆっくりと立ち上がる。全身が悲鳴を上げるが、俺は構わず手を、足を、体を動かす。

 

姫羅が信じられないモノを見るかのような目で俺を見ている。

 

 

(ありえない……破壊したはず……なのにッ!?)

 

 

『破壊』の感情を燃やし大樹の体を文字通り、破壊した。

 

骨が砕ける瞬間、筋肉の神経が切れる瞬間、そして何より大樹が壊れた瞬間を見た。

 

しかし、今目の前で立ち上がっているのは正真正銘、大樹本人だ。

 

 

「ああ痛ぇよッ……泣きたいくらい、死にたくなるくらい痛ぇよ……でもなぁ」

 

 

大樹は叫ぶ。

 

 

「大切な人のためなら、こんな痛みクソくらえなんだよぉッ!!」

 

 

ダンッ!!

 

 

大樹は何も持たずに姫羅に向かって走り出す。足が痛くても、手が痛くても、頭が痛くても、その走りだけは止めなかった。

 

 

「クッ!」

 

 

姫羅は刀を十字にクロスさせ、迎撃の準備をする。今の大樹の行動は無謀とも言えるような行為だ。

 

腕を斬り落とし、完全に戦闘不能にする。それが姫羅の狙いだった。

 

 

「姫羅あああああァァァ!!!」

 

 

「ッ!?」

 

 

グシャッ!!

 

 

大樹と姫羅の距離が2メートルも無くなった瞬間、姫羅の斬撃が繰り出された。

 

振りかぶっていた右腕を肩から切断され、腕が宙を舞う。

 

表情を歪ませ、前から倒れようとする大樹。だが、

 

 

ダンッ!!

 

 

「それがあああああァァァ……!!」

 

 

「なッ!?」

 

 

右足を大きく出して踏みとどまった。そのまま左腕を後ろに引き絞り、渾身の一撃を姫羅にぶつける。

 

 

「どうしたあああああァァァ!!!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「がッ!?」

 

 

大樹の左拳が姫羅の顔面に叩きこまれ、そのまま後ろに倒れようとする。

 

 

「【怒りの闘志】!!」

 

 

(何ッ……!?)

 

 

一度見ただけで自分のモノにしてしまった大樹に驚愕する。ありえないことだった。

 

怒りの感情を燃やし、大樹の拳の威力がさらに上がる。そのまま前に左拳を再び突き出す。

 

姫羅は追撃を警戒してしまい、腕をクロスして防御。本来なら簡単に反撃できるはずなのに、一度油断したせいで完全に警戒してしまっている。

 

 

ガシッ!

 

 

姫羅の予想は外れる。大樹は姫羅の浴衣の胸ぐらを左手で掴み、そのまま叫ぶ。

 

 

「いい加減目を覚ましやがれッ!!」

 

 

「ッ!?」

 

 

 

 

 

「こんの大馬鹿野郎があああああああああああァァァァッ!!!」

 

 

 

 

 

ドォゴンッ!!!

 

 

そして、大樹の頭突きが姫羅の額に直撃した。

 

鈍い音が一帯に轟く。頭突きで出るような音では無かった。

 

不意を突かれた姫羅は勢い良く転がり地面に倒れる。目が回り、視界が定まっていない。すぐに立ち上がることはできなかった。

 

大樹はしっかりと両足で立ち、切断された右腕を必死に抑えていた。

 

 

(ヤバい……マジで死ぬッ……!)

 

 

だが頭がクラクラし、視界がぼやけていく。何度も歯を食い縛って正気に戻ろうとするが変わらない。

 

何度も死の淵に立たされたからよく分かる。自分が死にかけだということに。

 

怖い。死ぬのが怖い。でも一番怖いのは、大切な人を置いて行くことだ。

 

だから死んでもいい。死んで、生き返ってやる。それくらいの気持ちで姫羅と闘っている。

 

 

「ごほッ……おえぇ……!」

 

 

頭突きした額から血を流し、大量の血を吐き出す。地面にはありえないくらいの血の池ができあがっていた。

 

 

「もうッ……限界だろッ……?」

 

 

俺と同じように額から血を流す姫羅。土壇場で成功した『闘志』が効いたのか、ヨロヨロとしている。

 

それと一つ分かったことがある。『闘志』に使った感情は消えてしまうことだ。今の俺には姫羅に対する怒りが無い。冷静になっている。

 

これは戦いで使いどころが難しいな。変に感情を燃やせば大変なことになる。

 

その時、姫羅の体に異変が起きた。

 

姫羅は浴衣で額をぬぐうと、血は止まり、傷が消えていた。

 

 

(【完全治癒(ヒーリング・オール)】かッ……!)

 

 

早過ぎる。回復速度が常軌を逸していた。恩恵を持つだけでここまで実力の差が違うのか。

 

いや、元々俺の方がずっと下か。俺は姫羅の技を真似ているだけの子孫だ。

 

 

「アタイは……大樹を殺したくない。殺せと言われても、やっぱりできないよ」

 

 

「だったら殺さずそこをどけよ。その『殺せ』と命令した馬鹿をぶっ飛ばしてやる」

 

 

「やめろ」

 

 

拒絶。たった三文字に溢れんばかりの怒りと殺意が込められていた。

 

 

「アタイは望みを叶えたい。そのためならアタイはなんでもやる」

 

 

「殺すこともか?」

 

 

「……それが必要なら」

 

 

必要があるから殺す? どうやらまだ正気に戻っていないみたいだな。俺の頭突きが効いていないか。あと5回くらいするか。ってもうできねぇよ。体力が残っていない。

 

 

「大樹、すぐに帰るんだ。アタイに勝つことは無理だ」

 

 

「……………」

 

 

姫羅の言葉に俺はゆっくりと後ろを振り返り、歩き出す。

 

 

「ある少女には嫌いな言葉が3つある」

 

 

突然話し出した俺に姫羅は眉を(ひそ)める。俺は痛みに耐えながら歩き出す。

 

 

「『ムリ』『疲れた』『面倒くさい』の3つだ。この3つは人間の持つ無限の可能性を自ら押し留めるよくない言葉だってさ」

 

 

一歩、また一歩っと前に進む。血がどれだけ流れようとも、俺は進むことをやめない。

 

 

「そんな少女の前でも、俺はかなり言った。いない時でも言った。でもなぁ……」

 

 

地面に落ちた刀身を失った【名刀・斑鳩】を拾い上げる。

 

 

「アイツでも無理なことはある。疲れることはある。面倒くさいこともある」

 

 

刀をボロボロになった制服のポケットに入れて、また歩き出す。

 

 

「それでもアイツは途中で投げるような真似はしない……だから……がぁッ!」

 

 

ドタッ……

 

 

【護り姫】の前で転んでしまう。ここからだと手を伸ばしても届かない。

 

 

「だからぁ……俺も……こんなことに、『ムリ』だと言わねぇ……!」

 

 

地面に這いつくばっても、進み続ける。

 

 

「『疲れた』って言わねぇ……!」

 

 

必死に【護り姫】に向かって左手を伸ばす。

 

 

「『面倒くさい』って言わねぇ……!」

 

 

ガシッ

 

 

ついに左手は【護り姫】を握り絞めた。

 

 

「救うまで弱音なんざ言ってられねぇんだよおおおおおォォォ!!」

 

 

ドンッ!!

 

 

【護り姫】を握った左手を勢い良く叩きつつけ、立ち上がる。

 

 

「あああああああァァァァ!!!」

 

 

叫びながら立ち上がる。

 

火事場の馬鹿力というやつだろうか。今までに無いくらいに力を発揮している。

 

【護り姫】を握り絞め、構える。最後の賭けに出る。

 

 

「来いよ……俺は絶対に倒れない……!」

 

 

「……クッ」

 

 

姫羅は歯を食い縛った後、二刀流を構える。

 

 

「【殺意の闘志】!!!」

 

 

悲鳴に似た声で姫羅は叫ぶ。体の皮膚が張り裂けそうなくらいの殺気が襲い掛かって来る。

 

 

「二刀流式、【黄葉鬼桜の構え】!!」

 

 

右手の刀を逆手に持ち、十字に構える。

 

 

(来るッ……!)

 

 

その瞬間、全神経を集中させた。姫羅の手によって俺のオリジナル技の最強版が繰り出される。

 

 

「【双葉(そうよう)天神焔(てんしんえん)】!!」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

刹那、姫羅は俺の目の前まで距離を潰し、技を繰り出した。

 

史上最強の剣撃が襲い掛かって来る。衝撃波だけ体がボロボロになってしまいそうだ。

 

俺を殺そうとする斬撃に俺は立ち向かう。

 

 

「そこだああああああァァァァ!!!」

 

 

刀身が無い【護り姫】を上から振り上げた。

 

俺はこれを奇跡と呼べる。奇跡が起きた。

 

 

ガァキイイイイイイィィィン!!!

 

 

 

 

 

鼓膜を破ってしまうかのような甲高い金属音と共に、最強の斬撃は上へと跳ね返った。

 

 

 

 

 

信じられない光景を目の当たりにし、驚愕する姫羅。俺はすぐに目の前にいた姫羅に飛び掛かろうとする。

 

だが、その体が動くことはなかった。

 

 

「……くそッ……!」

 

 

「成長したよ。まさか跳ね返すとは思わなかった」

 

 

姫羅の二刀流の刀は俺の腹部に突き刺さっていたから。

 

 

「赤鬼にやった技の正体はもう見破っていた。相手の攻撃をそのまま跳ね返して倍以上の力を当てる。普通の刀じゃできない」

 

 

ボタボタっと流れる血も出ていない。ただ腹部に刺さって、制服を赤くにじませるだけ。

 

 

「【護り姫】の刀身を一瞬だけ出していた。一瞬だからこそ、できた。刀身を翻して全部の力を受け流し、刀身を消すことで力を放出した」

 

 

姫羅の言葉は正しかった。間違っている部分など無い。

 

俺は【護り姫】の刀身を復活させることはできた。しかし、復活させたところで姫羅には勝てない。だから新しい技を考えた。それがこの技だった。

 

作り出した刀身で全ての力を乗せて刀を翻す。そして刀身を消すことで乗せた力を放出させた。

 

これで強固の肉体を持つ赤鬼を倒せた。種明かしはこれで終了。

 

 

「アタイにあの一撃を返せなかったのは大樹に力が無かったから。アレが限界だった」

 

 

そうだ。あまりの強さに上に弾くのが精一杯だった。

 

 

「ぐぅ……!」

 

 

姫羅の刺した刀身を握り、抜こうとする。

 

 

「終わりだよ……」

 

 

しかし、刺した刀はピクリとも動かなかった。

 

 

「えッ……?」

 

 

「……あぁ……どうやらッ……そのようだぁ……!」

 

 

大樹の口元が緩む。

 

 

 

 

 

「俺の勝ちだッ……!」

 

 

 

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「ッ!?」

 

 

大樹は最後の力を振り絞り、姫羅の顔面に左ストレートを入れた。

 

しかし、大樹の拳の威力は弱く、さらに今度は殴って来るのが分かったので、ダメージは0に近いくらいに抑えている。

 

姫羅は刀を引き抜きながら大樹から距離を取る。

 

 

「約束通り、3発入れたぞッ!! 邪黒鬼ッ!!」

 

 

『その答えの覚悟、しっかりと見た』

 

 

ゴオオオオオォォォ!!!

 

 

聞き覚えのある声が発せられたと同時に大樹の着ている制服から黒いオーラが噴き出す。しかし、その黒いオーラは闇の様に禍々しくない。

 

 

「な、何をッ……!?」

 

 

邪黒鬼(アイツ)と賭けをしていたんだよ……俺が姫羅を3発殴ったら力を返して貰うってな!」

 

 

『お前の『救う』覚悟、見せて貰った』

 

 

その言葉に俺は最高の笑みを浮かべる。

 

 

『だからもう一度答えろ。そして俺に聞かせろ』

 

 

「永遠に貫き通してやるよ! 俺は、救い続ける!!」

 

 

カッ!!

 

 

刀から閃光が走り、黄金色に輝く。

 

 

「『全て』をッ!!!」

 

 

『お前の賭けに乗ろう』

 

 

「『【神の加護(ディバイン・プロテクション)】!!』」

 

 

その瞬間、俺の体は元通りになった。

 

切断された右腕も綺麗に治っている。変わらないのは制服などが血塗れなだけだ。

 

右手に【名刀・斑鳩】を持ち、大樹は叫ぶ。

 

 

「こっからが本気だぁッ!! 姫羅ァッ!!」

 

 

「くッ!?」

 

 

ガァギイイイイン!!!

 

 

互いにクロスさせた二刀流がぶつかる。金属音が轟き、衝撃波が渦巻く。

 

姫羅は大樹の力に圧され、苦悶の表情になってしまう。

 

 

ガガガガガガガガガガギィンッ!!!

 

 

音速の速度で斬撃を次々と繰り出す。姫羅も必死に防ぎ、身を守る。

 

今までの大樹とは比べモノにならないくらいに格が違った。スピード、パワー、テクニック。

 

以前殺意に駆られて暴走した大樹より圧倒的に違った。その違いに姫羅は驚愕する。

 

 

(大樹……強いことは認める。でも、アタイには勝てないッ!!)

 

 

「二刀流式、【阿修羅の構え】!!」

 

 

姫羅の構えに大樹も応戦する。しかし、姫羅はこの勝機を確信していた。

 

技の原点は姫羅にある。ゆえに弱点の理解は誰よりも理解している。例え違う構えでも勝てる自信はある。

 

だが、今の大樹は違う。

 

 

 

 

 

「二刀流式、【阿修羅・極めの構え】」

 

 

 

 

 

「なッ!?」

 

 

大樹の構えは見たことのないモノに変わった。

 

当然だ。これは大樹が作り上げた【阿修羅の構え】の究極形態———攻防一体を実現させた最強だ。

 

姫羅は驚いたが臆することは無かった。すぐに技を繰り出す。

 

 

「【六刀(ろっとう)暴刃(ぼうは)】!!」

 

 

ザンッ!!

 

 

ダイヤモンドすら斬り裂く六つのカマイタチが大樹に襲い掛かる。

 

 

「【光閃(こうせん)斬波(ざんぱ)】!!」

 

 

シュンッ

 

 

大樹の二刀流から放たれた六つのカマイタチが一つに収束した。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

刹那———収束した斬撃は音速の壁を突き破り、全てを薙ぎ払った。

 

地面は深々と巨大な亀裂を残し、後ろに(そび)えたつ基地の防弾ガラスを粉々にした。

 

姫羅の放った【六刀暴刃】のカマイタチはロウソクの火のようにかき消され、姫羅に【光閃斬波】の超斬撃が直撃する。

 

 

「がぁッ!?」

 

 

姫羅の握っていた神刀は簡単に砕け散り、後方に吹っ飛ばされる。大樹の斬撃がどれほどの強さを秘めているか明らかだった。

 

 

「大樹……大樹いいいいいィィィ!!」

 

 

姫羅はギフトカードから新たな神刀を一本取り出し、大樹の名を叫びながら斬りかかる。

 

 

「一刀流式、【風雷神の構え】!!」

 

 

向かって来る姫羅に大樹は左手に持った刀を宙に投げる。そして、構える。

 

 

 

 

 

「一刀流式、【風雷神・極めの構え】」

 

 

 

 

 

姫羅の斬撃と大樹の斬撃がぶつかる。

 

 

「【覇道(はどう)華宵(かしょう)】!!」

 

 

「【號雷(ごうらい)静風(せいふう)】!!」

 

 

カンッ

 

 

しかし、大樹の下から斬り上げた斬撃は姫羅の攻撃を弾き飛ばすだけだった。だがこのことに姫羅は目を疑った。

 

姫羅の込めた一撃が全て無に還り、そして大樹の持った刀が振り下ろされる。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

悲鳴すら上げれない威力に姫羅の体がズタズタに斬り裂かれる。雷の悲鳴ような斬撃音と共に、静かに暴風が荒れる。

 

また姫羅の体は宙に投げ出され、その隙を大樹は逃さない。

 

すぐに大樹は跳躍し、投げた刀をキャッチする。

 

 

「二刀流抜刀式、【刹那・極めの構え】」

 

 

瞬時に二本の刀を鞘に納め、光の速度で抜刀する。

 

 

「【凛鱈(りんせつ)月廻(げっかい)】」

 

 

斬撃する音は消滅した。

 

 

ズシャッ!!

 

 

聞こえてくるのは姫羅の身体が引き裂かれた音だけ。姫羅の深紅の血が空中で弾け飛び、

 

 

ドゴオオオオオォォォン!!

 

 

超スピードで地面に叩き付けられた。

 

大樹の放った2つの視認不可の斬撃は地面を大きく切り裂き、粉々になったコンクリートの残骸が空高く舞う。

 

斬撃の余波が未だに土煙を生み出し続け、ここ一帯に舞い広がる。視界がジャックされるが、彼らに目は無くとも戦える。

 

 

ガギンッ!!

 

 

すぐに二人の刀がぶつかる。姫羅は鬼のように危機迫る表情だが、大樹は落ち着いている。

 

 

(ありえない! アタイの技を超えることなんて……!?)

 

 

オリジナルがあったとしても、原点は超えられない。それが姫羅の常識だった。

 

しかし、何度も繰り返そう。

 

 

 

 

 

大樹の前では、その常識は簡単に覆されることを。

 

 

 

 

 

「いつ……いつからこんな技を……!?」

 

 

互いの刀をぶつけたまま姫羅は大樹に問いかける。

 

 

「昨日だ。俺がこの技を作り上げたのは」

 

 

「ッ!!」

 

 

ガチンッ!!

 

 

その言葉を聞いた瞬間、姫羅は怒りに任せて刀を振るった。

 

 

「ふざけるな! アタイが何年懸けて作り上げたと思っている!? どれだけ代償を払ったと思っている!?」

 

 

振るう速度は次第に上がるが、大樹は簡単に受け流してしまう。

 

怒りに任せた攻撃を流すなど、朝飯前どころの話ではなかった。

 

 

「確かに俺は何もしていない。1日で完成させて、代償なんてものは払っていない」

 

 

ガキンッ!!

 

 

姫羅の刀を弾き、姫羅は危機を感じ取り表情を歪ませる。

 

 

「でも、俺は強くなった」

 

 

ドゴッ!!

 

 

「———ッ!?」

 

 

ガラ空きになった姫羅の胴体に刀を握った拳を()じ込む。声にならない悲鳴を上げて後ろに吹っ飛ばされる。

 

 

「理由は簡単だ」

 

 

朦朧(もうろう)とする意識の中、姫羅はしっかりと聞き取った。

 

 

「大切な人のことを、思っているからだ」

 

 

「ッ!」

 

 

「お前が教えてくれたことだろ。『愛する者を守るために』くれた武器がコイツだろ」

 

 

姫羅から貰った【護り姫】を見せつける。倒れた状態からでも姫羅はその刀から目を離さなかった。

 

 

「ずっとコイツは俺の大切な人を守ってくれた。答えてくれた。だから今度は、俺が答えて見せたんだよ」

 

 

「……………」

 

 

「お前は俺を救ってくれた。そんな恩人を救えないクソ弟子に俺はならない!」

 

 

大樹は構えながら叫ぶ。

 

 

「姫羅に勝つ! それがお前を救うんだ!」

 

 

「やめろおおおおおォォォ!!」

 

 

ダンッ!!

 

 

音の壁をぶち破った速さで姫羅は刀で突き刺そうと、大樹に突進する。

 

大樹の声が聞こえないように叫ぶ姫羅。突きつけられた大樹の言葉を受け入れることはできなかった。

 

苦しかった。それを簡単に飲み込めば自分が自分じゃ無くなるような恐怖もあった。

 

 

『これも返さないとな』

 

 

「ッ!」

 

 

邪黒鬼がそう呟くと、身体にあの能力が戻ったような感覚がした。大樹はすぐに腕を振るい発動する。

 

 

「【災いの吸血鬼(ディザスタァ・ヴァンパイア)】!!」

 

 

「遅いよッ!!」

 

 

ザンッ!!

 

 

大樹の身体が姫羅の突きで心臓を貫く。そのまま上に斬り上げて完全に殺そうとしていた。

 

 

バシュンッ

 

 

「ッ!?」

 

 

しかし、斬った大樹は黒い霧になり、一帯に散布した。

 

わけのわからない出来事だったが、偽物だということだけは分かった。

 

 

「【黒烏(クロカラス)】」

 

 

バサァッ!!!

 

 

散布した黒い霧は何百匹ものカラスに変わった。本物と違うところは影のように漆黒のカラスだといこと。

 

 

(変化!? それとも分身!?)

 

 

シュンッ

 

 

全てのカラスは一気に姫羅に向かって突撃する。姫羅は刀を構え、迎撃する。刀がカラスに当たると先程と同じように黒い霧に散布した。しかし、散布した後は何も残らなくなった。

 

斬撃を繰り返してカラスの数を着々と減らしていく。

 

 

(そこッ!!)

 

 

ガギンッ!!

 

 

次に斬ったカラスからは金属音がぶつかる音が響いた。

 

カラスはすぐに大樹に姿を変えて、刀同士がぶつかっている状態になった。

 

 

ザンッ!!

 

 

「あッ……!?」

 

 

その瞬間、姫羅は背後から斬撃を受けた。

 

斬ったのはもちろん、大樹だ。

 

 

「俺にはもう一人師匠がいる。そしてこれが新しい俺の戦闘術———忍術だ」

 

 

目の前で競り合っていた大樹は黒い霧に散布し、背後に立った大樹だけが残った。

 

姫羅は片膝を着きながら体を震わせていた。

 

おかしい。何故こんなに実力差がある。たった数日だけで差をどれだけ広げられた?

 

実力が向上している? 違う。そんな言い方じゃない。

 

格? これでも足りない。

 

次元? 駄目だ、もう言葉では到底表しきれなくなっている。

 

それだけ大樹と姫羅に実力の差があった。

 

 

(アタイじゃ勝てない……!?)

 

 

違う。まだ秘策は()()もある。

 

 

「【黄道(こうどう)星剣(せいけん)】」

 

 

「ッ!」

 

 

姫羅を囲むように12種の黄金の武器が出現した。宙に浮いた武器には星座が掘られている。

 

 

(ついに来やがったか……!)

 

 

今度は大樹の表情が険しくなる。トラウマどころの話じゃない。アレに一度殺されていると言っても過言じゃない。

 

 

「アタイはこの技を破られたことはない」

 

 

「死亡フラグだぜ。それを破るのが俺だッ!!」

 

 

「ッ……【極刀星(きょくとうせい)夜影(やえい)閃刹(せんせつ)の構え】」

 

 

姫羅は前方に出現した牡羊座が掘られた剣を握った。

 

 

「二刀流式———」

 

 

対して大樹は二本の刀で戦う。だが、

 

 

 

 

 

「———【神花(しんか)桜雲(おううん)の構え】」

 

 

 

 

 

握った刀を下に向けた。

 

 

「ッ!?」

 

 

その構えに姫羅は驚かずにはいられなかった。

 

大樹と姫羅の戦闘は一秒どころか一瞬の隙すら与えたら終わるの戦い。決着がつくはずだった。

 

だが今の大樹は無防備。その体制から避けることはできず、斬撃を受け止めることは不可能だ。

 

今踏み込めば勝てる。頭では分かっている。

 

 

(どうして……勝てると思えない……!?)

 

 

倒せるイメージが、斬れるイメージが、前に踏み出すことさえイメージが湧かない。

 

だが、それでも姫羅は無理矢理体を動かした。

 

 

「【天黄星(てんこうせい)神絶斬(しんぜつざん)】!!」

 

 

一瞬で姫羅は大樹との距離を詰め、牡羊座の剣を振り下ろした。

 

 

「俺はもう負けない」

 

 

ガチンッ!!

 

 

「そんなッ……」

 

 

姫羅の斬撃はいつの間にか弾き飛ばされ、牡羊座の剣は宙に舞っていた。その現実に姫羅は信じられなかった。

 

気が付けば大樹が右手に持っていた刀を上に上げていた。目視していないが、その右手に持った刀で弾いたことは分かった。

 

すぐに牡牛座の斧を両手で握り絞め、横から斬り裂こうとする。

 

 

(大切な人を悲しませたくない)

 

 

バギンッ!!

 

 

今度は左手に持った刀で斧を地面に叩きつけて破壊する。姫羅は叫びながら双子座が掘られた双剣を振り回す。

 

 

「ああああああァァァ!!」

 

 

(失うことも、傷つけることも絶対にさせない)

 

 

ガァッキンッ!!

 

 

右手、左手の順で一撃で姫羅の手から消す。明らかに姫羅の速度を凌駕していた。

 

 

(絶望する悲劇は生ませない)

 

 

キンッ!!

 

 

蟹座の曲刀の刀身は折られ、

 

 

(俺が俺であるために『全て』を守る)

 

 

ドゴンッ!!

 

 

獅子座の大剣は盛大に粉々に砕け、

 

 

(そうすれば悲劇は生まれない)

 

 

ガギンッ!!

 

 

乙女座の短剣は簡単に手から離れ、

 

 

(そうすればみんなが笑える)

 

 

天秤座の二丁拳銃は銃口に大樹の刀に突き刺され、

 

 

(そうすれば、『全て』を救える」

 

 

シュンッ

 

 

蠍座の鎌はバラバラに斬り裂かれ持てなくなり、

 

 

(そう思ったんだ)

 

 

射手座の弓の硬質の弦は既に斬られ使いモノにならなくなり、

 

 

(甘い考えかもしれない。でも曲げない)

 

 

ドゴンッ!!

 

 

振り下ろした山羊座の戦棍は後ろに逸らされ、大樹の後方に吹っ飛び、

 

 

(最後まで貫き通す。それが良いって思えたから)

 

 

水瓶座の長銃の銃身が斬られ、撃つことができなくなり、

 

 

「俺は、負けないッ!!!」

 

 

バギィンッ!!

 

 

最後に残っていた魚座の刀が折れた。その光景に姫羅は何もすることができなかった。

 

大樹は踏み出し、刀身から神々しい緋色の炎が舞い上がった二本の刀を振るう。

 

 

 

 

 

「【桜刀(おうとう)神斬(しんざん)】」

 

 

 

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

刀から放たれた二撃の緋色の炎が姫羅を一瞬で包み込んだ。

 

炎は雲を突き破るほどの巨大な火柱となり、全てを燃やし尽くす。

 

 

「……………」

 

 

大樹は四枚の黒い光の翼を羽ばたかせて空を飛んでいる。瞳には緋色の炎が映っていた。

 

 

(やっぱり……そう簡単には終わらないよな)

 

 

ゴオォッ!!

 

 

火柱から荒々しい赤黒い翼を背中に生やした姫羅が飛び出して来た。

 

姫羅は俺の目の前まで飛んで来るが、攻撃は仕掛けない。

 

 

「……アタイには、最後の策が残っている」

 

 

「神の力なら俺が上だ。諦めろ」

 

 

「また分かっていないよ、大樹。アタイはすでに神の力を使いこなしていることを」

 

 

姫羅は握っていた刀を下げる。俺と同じようなことをしたので警戒はする。だが、

 

 

「【制限解放(アンリミテッド)】」

 

 

ドシュッ!!

 

 

「【決定真実(トゥルーエンド・ディサイド)】」

 

 

その瞬間、俺の体が引き裂かれた。

 

 

「なッ……!?」

 

 

身体から血が噴き出し、俺は片膝を地面に着く。

 

姫羅の攻撃全てを見切った。ゆえに今の攻撃を見逃した事実を受け入れることはできなかった。

 

 

(何が起きた……!?)

 

 

姫羅は動いていない。刀も、振るったモーションもなかった。

 

不可解な現象に戸惑っていると、

 

 

ドシュッ!!

 

 

「がぁッ!?」

 

 

今度は手や足が斬られ、地面に倒れてしまう。

 

見えない。いくら目を()らしても斬撃が目視できない。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

翼の操作が不安定になり、俺は地面に落下する。受け身を取って衝撃を減らしたが大きくダメージを受けた。

 

 

「神の力を極限に高めた者が到達できる力……それが【制限解放(アンリミテッド)】」

 

 

ゆっくりと地面に着地した姫羅が俺に説明する。

 

 

「【制限解放(アンリミテッド)】、だとッ……!?」

 

 

「戦を司る神は【決定真実(トゥルーエンド・ディサイド)】。あらゆる物事の行程に意味を無くし、ただ真実だけを残す」

 

 

それはあまりにも理不尽過ぎる力だった。

 

姫羅は『相手を斬る』という動作を無くして、『相手を斬った』状態にしている。

 

ふざけるなっという言葉が口から吐き出したくなる。しかし、姫羅が次に言った言葉のせいで俺は言えなくなった。

 

 

「今のアタイは触れるだけで人を、どんなモノでも八つ裂きにできる」

 

 

「……待て……お前は俺に触れていないはずだろ……!?」

 

 

「忘れたのかい? アタイの恩恵(ギフト)を」

 

 

「……まさか」

 

 

「【疑似消滅(イミテーションデリート)】は些細なことなら何でも消せる。例えば邪魔な動作である―――」

 

 

姫羅は告げる。

 

 

 

 

 

「―――触れる行程も消滅できる」

 

 

 

 

 

聞きたくなかった言葉に俺は絶句した。

 

今の姫羅は理不尽的最強。俺に触れなくても、触れた状態になる。そして『斬る』動作行程を省き、『斬った』状態にする。

 

どうやって逃げる? いや、不可能だ。これは見えない攻撃でなく、決して触れることを許されない攻撃なのだから。

 

 

ダンッ!!

 

 

光の速度で姫羅の背後に回り込み、自分の姿を姫羅の視界から消した。

 

 

「例え見えなくても【疑似消滅(イミテーションデリート)】は発動する」

 

 

ドシュッ!!

 

 

「がぁあッ!!」

 

 

俺の体から血がまた吹き出す。必死に傷痕を抑えるが、今度は手を斬られ、次は足を斬られ、全身がズタボロになってしまう。

 

姫羅の背後で倒れてしまい、冷徹の眼差しで俺の姿を見る。

 

 

「今のアタイに勝てる者は誰もいない」

 

 

ドシュッ!! グシャッ!! ズシャッ!!

 

 

「あがッ……ぁぁぁああああああッ!!」

 

 

次々と引き裂かれる体を守れることはなく、ただ叫んで痛みに耐えることしかできなかった。

 

血が飛び散り、防ぐことができない攻撃に歯を食い縛る。口の中に気味の悪い鉄の味が広がるが、気にしていられる余裕は無かった。

 

 

(やってッ……やるッ……!)

 

 

斬撃を食らいながらも俺は立ち上がる。

 

負けられない。この戦いは大切の人のために、姫羅のために、なにより俺自身のためでもある戦いだ。

 

もう後悔したくない。大切な人の泣かせたくない。失いたくない!!

 

 

「【制限解放(アンリミテッド)】かッ……それが俺の力だったのかッ……!」

 

 

「何ッ……!?」

 

 

笑み浮かべながら勝ち誇る大樹に姫羅は戦慄した。

 

 

「俺の【制限解放(アンリミテッド)】は【神格化・全知全能】だ……!」

 

 

「ふ、不完全な力じゃないかい……代償は大きいし使いこなせていないはず……!」

 

 

姫羅は引き攣った笑みで首を横に振るが、大樹は変わらず口元がニヤリッと笑っている。

 

姫羅は大樹が何度もその力を使って傷ついていることをしっている。ゆえに土壇場のこの状況で成功するはずがない。

 

 

「違うな……俺も神の力も完全だ。ただ間違えていたんだよ……」

 

 

「間違えて、いた……?」

 

 

「使い方だ……!」

 

 

大樹は自分の右腕を強く握り絞める。

 

黄金色のオーラが右手から全身へと広がる。

 

 

「【制限解放(アンリミテッド)】……!」

 

 

俺は今まで使い方を間違えていた。

 

腕や目に力を与えて、失敗した。でも、失敗しない方法は見つけた。

 

成功する保障は無い。でも、成功させるんだ。

 

 

「俺の血は全てに適合するッ! なら神の力も適合するに決まっているッ!!」

 

 

ドクンッ……!!

 

 

力を血液に送り込んだ瞬間、体が燃えるくらい熱くなった。それは全身に神の力が宿るような感覚だった。

 

血液の流れが速くなり、息が苦しくなる。

 

頭が痛い。鼻から血を流し、視界がグラグラと揺れる。

 

 

(頼むッ……もう俺は敗けたくないんだッ!!)

 

 

俺は【災いの吸血鬼(ディザスタァ・ヴァンパイア)】だった。ただ人を傷つけ、誰も救えない破壊の悪魔。

 

でも違うんだ。俺は、そんな力が欲しいわけじゃないんだ。

 

 

「答えてくれッ……!」

 

 

ゴオオオオオォォォ……!!

 

 

紅色の光が俺の体を包み込む。その光景に俺は笑みを浮かべた。

 

答えてくれた。苦しかったモノが全て和らいだ。

 

 

「ありがとう……」

 

 

これで、準備は整った。

 

 

【————の吸血鬼】

 

 

ギフトカードに書かれていた文字が左から右へと消えて行く。

 

 

【————————】

 

 

最後の文字が消滅し、心の中でまた礼を呟いた。

 

ずっと支えられた存在だった。この力が無かったら今の俺はここにいないだろう。

 

右手を空に向かって突き出し、今までに出したことの無い、本気の声で叫ぶ。

 

 

 

 

 

「【神格化・全知全能】ッ!!!!」

 

 

 

 

 

ギュイイイイイイイイン!!!

 

その瞬間、大樹から黄金色のオーラがより一層輝いた。

 

それは一つの太陽のような輝き、神々しい強さを秘めているようだった。

 

大樹の背中から空を覆い尽くすような巨大な黄金の翼が広がっていた。

 

 

 

 

 

「【秩序支配神の世界翼(システムルーラー・ワールドフリューゲル)】」

 

 

 

 

 

ゴオオオオオォォォ……!!

 

 

黄金色の羽根が飛び散り、宙を舞いながら地面に落ちる。

 

触れた所で効果がないことは絶対にありえない。姫羅は落ちて来る羽根を避けながら【決定真実(トゥルーエンド・ディサイド)】を発動する。

 

 

「そんな……!?」

 

 

しかし、発動することはなかった。

 

まるで神の力を打ち消されたかのような感覚。今の大樹に力が効かないことが分かってしまう。

 

 

「俺が支配している限り『全て』を支配する神の力。姫羅の力は何も使えない」

 

 

「そんなッ……!?」

 

 

無茶苦茶過ぎる力に姫羅は信じることが……いや、信じたら終わりだ。

 

ギフトカードで【疑似消滅(イミテーションデリート)】を使役するが、発動することはなかった。

 

 

「これが()()()の【制限解放(アンリミテッド)】だ」

 

 

「そんなッ……そんなことがッ……!?」

 

 

 

 

 

「三つ目は、【天空支配神の福音(ヘヴンルーラー・ゴスペル)】」

 

 

 

 

 

ヒュゴオオオオオォォォ!!

 

 

その瞬間、何もかも飲み込む巨大な竜巻(ストーム)が出現した。

 

竜巻の数は異常としか思えない。目視できるだけで8つ。超災害現象だった。

 

 

「創造するッ!!」

 

 

ガシャアドゴオオオオオォォォン!!

 

 

竜巻の中に発生した狂暴な雷が姫羅に襲い掛かった。同時に竜巻は姫羅の元に一点集中でぶつかる。

 

姫羅の体は電撃で焼かれ、暴風に引き裂かれた。

 

 

「これで最後だあああああァァァ!!」

 

 

バギンッ!!

 

 

瞬時に巨大な氷山が地面から突き上がり、姫羅の体を包み込んだ。体の自由を奪われ、体温も削られる。何より全身が凍結したことが一番のダメージになっている。

 

 

バリンッ!!

 

 

氷山は砕け散り、細氷がダイヤモンドのように光り落ちる。

 

 

ドンッ!!

 

 

氷と一緒に姫羅の身体も地上に落下し、動かなくなっている。

 

ついに、戦いが終わった。

 

 

「……姫羅」

 

 

「……アタイは……会いたかった……」

 

 

黄金色の翼を消し、地面に着地すると姫羅の小さな声が聞こえた。

 

もう大樹と闘うことを諦めたのか、姫羅の手には刀が握られていない。

 

 

「誰にだ」

 

 

俊一郎(しゅんいちろう)

 

 

「……まさか」

 

 

 

 

 

「世界でただ一人、アタイが愛した男だよ」

 

 

 

 

 

先祖の愛する人。つまり姫羅の夫だ。

 

俺は首を横に振る。

 

 

「会えるわけが、ないだろ……」

 

 

「でもガルペスが言ったんだ! 死んだ人を蘇らせることは造作もないって!」

 

 

「……お前なら分かっているだろ。こんなことをしてまで生き返った人が、悲しむことぐらい」

 

 

「当たり前だッ!! ……それでもッ……アタイは会えないことを後悔し続けていた……!」

 

 

嗚咽を抑えながら泣く姫羅に俺は刀を強く握る。

 

ガルペスの存在で狂わされた姫羅。普段の俺なら怒り狂い、憎しみに狂う。

 

でも、今は違う。

 

 

「姫羅。お前の気持ち、痛いほど分かるよ」

 

 

姫羅の身体を強く抱き寄せる。

 

 

「大切な人に会いたい気持ち、失ったことがあるから分かる」

 

 

「大樹……アタイを許してはいけない……」

 

 

「許す。俺はお前の弟子だ」

 

 

「どうして……」

 

 

涙を流しながら姫羅は俺のボロボロになった制服を強く握り絞める。

 

 

「もうこれ以上苦しまなくていい。あとは俺に任せておけ」

 

 

「アタイは……アタイは……!」

 

 

「最低とか言うなよ? 姫羅は最高の師匠だ。誰にも否定させない、文句も言わせない。だから、誇ってくれ」

 

 

姫羅はそれ以上何も言わず、ただ泣き続けた。

 

あとは、俺に任せろ。

 

 

________________________

 

 

 

「やはり失敗しおったか」

 

 

「ッ!」

 

 

一人の男の声が聞こえた。姫羅の体がビクッと震える。

 

 

「テメェが黒幕か」

 

 

男の髪は白髪でボサボサになっており、不健康そうなガリガリの体だった。薄汚れた白衣を纏い不気味な表情をしている。

 

 

「自己紹介をしようか。私はヘンブリット・アインシュタイン。世界を変えて、ガルペス様に従う者だ」

 

 

「そうか」

 

 

俺は姫羅の身体を支えたまま睨み付ける。

 

 

「それで、誰だよお前」

 

 

「……カッ……カカッ……カッカッカッ!! ……これだから神の力は厄介だ」

 

 

ゴオオオオオォォォ……!!

 

 

ヘンブリットの声が低くなると同時に黒いオーラが噴き出した。

 

 

「私が誰かはどうでもいいこと。すでに戦争は終わりを告げようとしている」

 

 

笑いながらヘンブリットは姫羅に視線を移す。

 

 

「どうだった? 本物そっくり、ニセモノの旦那様を見た時の感想は?」

 

 

「なッ!?」

 

 

「ガルペス様がわざわざ御作りになさった代物だ。今は粗大ゴミにでも出されているだろう」

 

 

「ふざッ……けるなよッ……ふざけッ……うぅ……!」

 

 

信じていたモノを簡単に崩され、姫羅は泣き崩れた。

 

 

(……遠慮はいらねぇみたいだな)

 

 

大樹は強く決心した。

 

ヘンブリットは右手の人差し指を空に向ける。ヘンブリットの行為に俺たちは何も理解できない。

 

 

「【レギオン】、起動」

 

 

その瞬間、空が死んだ。

 

真っ暗な夜の星空が全て消滅し、月も消えた。

 

予備電気で復活した基地の最後の灯りも全て消え、何も見えなくなる。

 

 

「……随分と大層なモノを作るじゃねぇか」

 

 

理由は分かっていた。

 

 

 

 

 

空を消したのは、一機の飛行物体だからだ。

 

 

 

 

 

ステルスによって隠されていた飛行物体。自分たちの空はずっとあの舞台に奪われていたと考えると、恐ろしいとしかいいようがなかった。

 

星より多く光る無数のサーチライト。数え切れないほどの銃口や兵器。地球が終わるような錯覚に陥ってしまいそうだ。

 

空を奪われた恐ろしい状況に戦争を起こしていた者達は一斉に動きを止めて混乱に落としてしまう。

 

 

「これは私のような小さき者が作れる代物ではない。至高の存在であるガルペス様が作り上げた———」

 

 

ヘンブリットは汚い笑みで告げる。

 

 

 

 

 

「大陸破壊の兵器だ」

 

 

 

 

 

「そんな……!?」

 

 

ヘンブリットの言葉に姫羅は戦慄した。震える体をさらに震え上がらせ、俺はただヘンブリットを見ていた。

 

 

「私を殺したところで無駄だぞ! 既にオート砲撃の準備はできている! アメリカ大陸は消滅! 次は南アメリカ! ユーラシア大陸! 次々とこの世界を崩壊へと導く! 残念だったな! 私の勝ちだよッ!!」

 

 

「……そういえば、まだやっていないことがあったな」

 

 

「あぁ?」

 

 

俺は姫羅から手を放し、姫羅を守るように前に立つ。そして右手に持った【護り姫】、左手に持った【名刀・斑鳩】、二つの刀身を重ねる。

 

 

「最後の賭け、乗ってくれないか? 邪黒鬼」

 

 

『それは救うためだな?』

 

 

「ああ、力を貸してくれよ」

 

 

『……いいだろう』

 

 

邪黒鬼の言葉に姫羅が声を荒げた。

 

 

「やめるんだ大樹! また鬼の力に———!?」

 

 

『それは違う。俺は約束していた』

 

 

否定したのは大樹ではなく、邪黒鬼だった。

 

 

『答えを見せてやる。だから力を貸してくれっと……だから俺は貸す』

 

 

「邪黒鬼……アンタは、まだ悪を殺すのかい……?」

 

 

『今は違う』

 

 

その言葉に姫羅は驚いた。

 

自分の知っている邪黒鬼とは違ったから。あの人に優しい鬼に戻ったから。

 

根は優しい。ただ過剰な正義に酔っただけ。

 

それがいま、目を覚ましている。

 

 

 

 

 

『姫羅。今の俺は、お前を救いたい』

 

 

 

 

 

その言葉をきっかけに、姫羅の目からまた涙が零れ落ちた。

 

嬉しい気持ちが溢れ出し、喜びが涙に変わった。

 

 

「【制限解放(アンリミテッド)】」

 

 

二つの刀が黄金色に輝く。

 

 

「【神格化・全知全能】」

 

 

与えるのは、【護り姫】と【名刀・斑鳩】だ。

 

二つの刀は大樹の手から離れ、結合する。

 

 

ギュイイイイイイイイン!!!

 

 

とてつもない衝撃波に吹き飛ばされそうになる。しかし、大樹は一瞬たりとも目を離さない。一歩たりとも下がらない。

 

自分には適合する力があった。しかし、刀に適合する力など存在しない。

 

邪黒鬼を、この刀を、信じるしかない。

 

 

『お前を見て、俺も救いたいと思えた』

 

 

(姫羅を見て分かっただろ?)

 

 

『ああ、だから俺は悪を許せない』

 

 

(それでも殺したり傷つけるのは正しいことではない)

 

 

『……どうすればいい?』

 

 

(救え。『全て』を)

 

 

『……迷いが無いその決意がお前を強くするのか』

 

 

邪黒鬼の言葉に大樹はニヤリっと笑う。

 

 

『お前の決意に俺も答えてやろう』

 

 

二つの刀が結合し、新たな刀が創造される。

 

黄金色の鞘に黒い柄。これが二つの刀から生まれた新しい刀。

 

 

シャンッ

 

 

引き抜けば銀色の刀身。その輝きはこの世で見ることはできないほど美しかった。

 

一目で分かる。これ以上の上等の刀は絶対に存在しない。

 

まるで創造上の刀、神にしか使えない武器。名は———

 

 

 

 

 

「———【神刀姫(しんとうき)】」

 

 

 

 

 

ギュイイイイイイイイン!!!

 

 

大樹の言葉に答えるかのように、【神刀姫】が神々しく光る。

 

 

「な、何だその力はッ……!?」

 

 

「全てを救う力だ」

 

 

この力が分かるのかヘンブリットが怖がっていた。大樹は右手に【神刀姫】を強く握り絞めながら答える。

 

 

「か、カッカッカッ!! まさか【レギオン】に攻撃するのか!? 無駄だ! 破壊した破片がこの地に落ちて死者を生むだけだ! それに落とせるわけがないだろ!?」

 

 

「俺は、救う」

 

 

そして、光の速度で刀は振るわれた。

 

 

黄金の光を纏った刀身は、創造する。

 

 

それは理不尽な運命を消す。

 

 

それは変えられない絶対の事象を砕く。

 

 

それは正義と悪の両方の味方となる。

 

 

思うがまま全ての(ことわり)を創造する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それが俺だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、【レギオン】は消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

刀を振り下ろした瞬間、黄金色の斬撃波が【レギオン】を包み込み、姿を消した。

 

塵どころか分子すら残っていない。瞬きをする暇も無く、【レギオン】はこの世から消滅した。

 

 

ドサッ……

 

 

ヘンブリットが両膝を着き、綺麗な星空を見上げながら乾いた声で笑った。

 

 

「か……カッカッ……ありえない……神の力はそこまで強くならない……」

 

 

「神の力じゃない。俺の力でもない」

 

 

黄金色の光が消えた銀色の刀身をヘンブリットに向ける。

 

 

「大切な人を守る……救う力だッ!!」

 

 

「……ま、まだだッ!!」

 

 

ヘンブリットは薄汚れた白衣から小さなナイフを取り出し、自分の首に刃を当てた。

 

 

「動くなよ!? コイツがどうなってもいいのか!?」

 

 

「それでも俺は弱い。だけど助けてくれる人がいる」

 

 

「な、何を言ってい———!?」

 

 

ガギンッ!!

 

 

ヘンブリットの持っていたナイフは宙を舞い、砕け散った。残骸が地面に散らばる。

 

 

「姫羅あああああァァァ!!!」

 

 

ナイフを砕いたのは姫羅。【決定真実(トゥルーエンド・ディサイド)】を発動し、ヘンブリットの持っていたナイフを刀で砕いたことにした。

 

 

「そろそろ退場して貰おうか。本物のヘンブリットからよ」

 

 

「こ、殺すのか!? カッカッカッ! 無駄だ! 死んでも私の魂が尽きぬ限り不滅だ!」

 

 

「その魂が狙われているぞ」

 

 

ドスンッ!!

 

 

重い銃声が聞こえた瞬間、蒼色の銃弾がヘンブリットの右胸を貫いた。

 

 

「ティナと瑠瑠神の力を合わせた狙撃、【瑠璃(るり)懸巣(かけす)】だ。本当は緋緋神を殺すらしいけど、別に使わないから。記念にお前にやるよ」

 

 

「ま、また神の力かッ……ぁぁぁああああ!!」

 

 

ゴオオオオオォォォ……!!

 

 

ヘンブリットから溢れていた黒いオーラが消えて行き、その場に倒れ込んだ。

 

すぐに駆け寄って安否を確かめると、気を失っているだけだった。どうやら憑りついていた奴は消えたみたいだ。

 

後ろを振り返ると、第四防衛ラインを越えた真下にティナとキンジ、レキの姿が見えた。ギリギリ間に合って良かった。

 

 

「終わり、かい……?」

 

 

「とりあえず、終わりだな」

 

 

涙を流した笑顔の姫羅と微笑んだ大樹。

 

師匠と弟子が生んだ迷惑な戦争は終わりを告げようとしていた。

 

 

________________________

 

 

 

 

戦争は【レギオン】が消滅した瞬間に止まった。

 

世界が終わってしまうかのような超常現象にほぼ全員が戦意を失い、誰も戦おうとしなくなった。

 

最終的にアメリカは俺のせいだとニュースで報道し、日本は『何も無くて良かったですね。じゃあバイバイ』とぶん殴りてぇ対応をするだろう。最後はそうならないが。特に俺のせいで。

 

俺とティナは基地に侵入し、探していた大事な情報を見つけた。どうして緋緋神があの世界にいることができるのか、どうしたらいいのかも策を作ることができた。

 

軍の基地の入り口まで戻って来ると、女の子達に抱き倒されてしまった。ティナの視線が痛かったが、これくらいの褒美があってもいいじゃん。

 

他の人や鬼たちも無事に帰って来ており、安堵の息を吐けた。

 

何故無事だったのか? それはシャーロックはあの後、1分で猛者を片付けて全員と合流して助けたらしい。死亡するどころか、怪我どころか、全員無傷だった。シャーロック、あなたは俺よりおかしい。

 

そして、最後の決着を迎えようとしていた。

 

 

「最後にアタイと剣を交えよう。それで思い残すことはない」

 

 

俺と姫羅はどうやって用意されたのか分からないが、シャーロックが竹刀を用意した。

 

姫羅はすぐに手に取り、位置について構える。しかし、俺は握れずにただ竹刀を見ていた。

 

その時、竹刀を握ろうとした反対の手が、誰かの小さな手が握り絞められる。

 

 

「ティナ……?」

 

 

「私も撃つときは震えました。でも、大樹さんが私を信じてくれたから……当てることができたのです」

 

 

「そうか……じゃあ信じてくれ」

 

 

「はい」

 

 

微笑んだティナの表情に俺の意志は固まった。

 

竹刀を両手で握り絞め、姫羅の前に立つ。

 

 

「これって一発で決まるよな?」

 

 

「アタイの一発でね」

 

 

「寝言は寝て言えよ。刻諒、合図を頼んでいいか?」

 

 

「……やっていいのかい?」

 

 

「お前にやって欲しいんだ」

 

 

「……分かった」

 

 

俺と姫羅は真剣な表情をして、構えていた。

 

その距離は5メートル。勝負は一瞬で決まる。

 

この勝負に俺の思いをぶつける。見つけ出した解答を教えるんだ。

 

 

「楢原 姫羅。会えて嬉しかったよ」

 

 

「楢原 大樹。俺も、会えて嬉しかった」

 

 

俺と姫羅の様子を見た刻諒は右手を上げる。

 

 

「アタイまで救ってしまう大樹は、本当に誇りに思うよ」

 

 

「姫羅の技が俺を強くした。そのことに俺は誇りに思う」

 

 

そして、刻諒は右手を振り下ろす。

 

 

「いざ尋常にッ!!」

 

 

刻諒の声と同時に二人は踏み出した。

 

 

「はあああああああああァァァ!!!」

 

 

「うおおおおおおおおおォォォ!!!」

 

 

バギンッ!!!

 

 

大樹と姫羅の竹刀が振り下ろされ、二人の位置が一瞬で逆転した。

 

一瞬の出来事。結果は本人たちにしか分からない。

 

 

「……これが大樹の答え……良いと思うよ」

 

 

姫羅の握っていた竹刀は刀身が無くなっていた。

 

大樹と姫羅の体に傷は無い。これが大樹の出した答えだと姫羅はすぐに理解できた。

 

身体を傷つけず、武器だけの破壊。もう教えることは無いもない。

 

 

「大切な人を、しっかりと守るんだよ」

 

 

「……ぁたッりまえだぁ……!」

 

 

二人は振り向かず、ただ言葉だけ交わす。大樹は歯を食い縛り、涙を必死に堪えていた。

 

姫羅の体が輝き始める。その光景に誰もが驚いた。

 

光の粒子が宙に舞い、姫羅はこれで最後だと悟る。

 

 

「アタイのように、後悔しないで生きるんだ」

 

 

「そ、それは———!!」

 

 

「振り返るなッ!!」

 

 

「———ッ!?」

 

 

振り返って否定しようとした大樹を姫羅は大声を出して止める。

 

 

「後悔した分、アタイは満足している。赤鬼も礼を言っている」

 

 

「ッ……!」

 

 

「大樹。助けてくれて、ありがとう」

 

 

「ッ……俺はッ!!」

 

 

大樹は大声で空に向かって叫ぶ。

 

 

「俺は幸せだッ!!!」

 

 

「ッ!」

 

 

「姫羅のおかげで幸せだッ! 姫羅のおかげで大切な人ができたッ! 姫羅のおかげで俺は強くなれたッ!」

 

 

「大樹……」

 

 

「姫羅のおかげで楽しい人生だッ! 姫羅のおかげで守れるッ! 姫羅のぉッ……おかげでぇ………俺はッ……!」

 

 

嗚咽を抑えながら叫び続ける大樹に姫羅は微笑む。

 

 

 

 

 

「……ありがとう。アタイの優しい弟子」

 

 

 

 

 

「ぐぅ……俺の方がッ……ずっとぉ……ずっとッ……ずっと、ずっと、ずっと…………ありがとうございましたああああああァァァ!!」

 

 

姫羅が消えた後も、大樹は振り返らず、強く竹刀を握り絞めた。

 

 

 

________________________

 

 

 

俺とティナの見送りに来てくれた人に別れを告げる。事情で見送れない人たち(特に軍の完全制圧をしている)は俺からの伝言を頼んでいる。

 

 

「そろそろ行って来る———おっとっと」

 

 

みんなに別れを告げようとした時、理子が正面から抱き付いて来た。

 

 

「絶対に、帰って来て……」

 

 

「ああ、約束する」

 

 

俺は理子の頭を撫でながら言うが、中々放してくれそうにない。なので他の見送りに来てくれている人たちに礼を告げる。

 

 

「夾竹桃もありがとうな」

 

 

「この借りは大きいわよ?」

 

 

「で、できれば小さめで……」

 

 

「私は妥協しないわ」

 

 

「……覚悟決めておくか」

 

 

悪戯に成功した子どものように笑う夾竹桃はとても新鮮で可愛かった。

 

 

「旦那様。リサはいつまでも帰りを待っています」

 

 

「あー、もうそろそろ名前で呼ばないか? ほら、フレンドリーに」

 

 

「では……だ、大樹様で」

 

 

「……もうそれでいいや」

 

 

リサが嬉しそうに言うからそれでいいや。

 

 

「大樹君。私は世界を守るよ」

 

 

「落ち着け刻諒。ぶっ飛び過ぎている」

 

 

「そうだね。まずは日本を守るよ」

 

 

「……頑張れよ!」(放棄)

 

 

そんな冗談?を言ってくれる刻諒には本当に世話になった。母親にも礼を伝えてほしい。

 

 

「私は大樹君と出会ったことに感謝の気持ちしかないよ」

 

 

「サンキュー」

 

 

拳同士をぶつけ合い、友情を確かめ合った。刻諒と俺は一緒に笑う。

 

 

「あ、キンジ。生きていたんだ?」

 

 

「勝手に殺すなッ」

 

 

「死んでも生き返るだろお前」

 

 

「お前もな」

 

 

「「……………」」

 

 

「「ぐすんッ」」

 

 

俺たちは肩を抱き合い分かり合った。

 

 

「とりあえず、まぁ……ありがとよ」

 

 

「アリアたちを助けなかったら許さないからな」

 

 

「ああ、分かっている」

 

 

「美琴も」

 

 

「おう」

 

 

「……またあの日のように笑えるように」

 

 

「そうだな。絶対に、またあのゲーセンに行こう」

 

 

何だかんだ言って、仲が良いコンビである。キンジは最後に俺の背中を叩き、喝を入れてくれた。

 

 

「お姉様を頼みましたわ」

 

 

「ああ、メヌエットも元気でな」

 

 

「ちゃんと大樹は私のだと伝えなさい」

 

 

「おい」

 

 

冗談に聞こえなかったが、不愛想な表情ばかりしていたメヌエットの笑顔が見れたことは嬉しかった。

 

 

「元気でね。カイザーも応援しているよ」

 

 

「なぁワトソン。カイザーはどうしたんだ?」

 

 

「……この戦争のイギリス代表、証拠代理人としてアメリカに渡した」

 

 

「売って「売ってない」……そうか」

 

 

ドンマイ、カイザー。ワトソン、あまりいじめるなよ?

 

 

「ティナさん。銃はあなたの味方です。あの時のように信じて引き金を引いてください」

 

 

「はい。レキさん。ありがとうございました」

 

 

いつの間にかあの二人が仲良くなっていたことに驚きを隠せない。コンビ組んだら脅威的すぎだろ。怖ッ。

 

 

「白雪。お願い事、聞いてくれてありがとうな」

 

 

「ううん、それより本当に良かったの?」

 

 

「ああ、緋緋神は任せてくれ」

 

 

「……分かった。こっちも任せて」

 

 

俺の無茶な願いを白雪は嫌な顔一つせず聞いてくれたことに感謝する。

 

 

「とりあえずあのクソ探偵にも礼を言ってくれ。とりあえずな」

 

 

「最後までツンデレだな」

 

 

「ぶっ飛ばすぞキンジ」

 

 

原田に渡された赤いビー玉を取り出し、俺とティナはビー玉を中に入れたまま手を繋いだ。

 

まだ抱き付いた理子に反対の手でポンポンと頭を軽く叩く。

 

 

「助けてくれて、ありがとうな理子」

 

 

「……大樹ぃ……待ってるから……!」

 

 

「ああ、俺も会うのを楽しみにしているよ」

 

 

涙を流しながら理子は笑みを浮かべる。

 

俺から離れ、手を振る。それにつられてみんなも手を振った。

 

 

「ティナ。休む暇はないかもしれない」

 

 

「大樹さんより休んでいますので大丈夫です」

 

 

「ハハッ、頼りにしているぜ」

 

 

赤いビー玉を砕くと同時に、俺とティナはあの世界へと帰って行った。

 

 

 

 

 

のちに、この戦争は世界的に報道されて全世界に大樹の名が知れ渡る。

 

 

 

 

 

残念ながら、天才ヘンブリット・アインシュタインの手によって、大樹は『英雄』として名を残させられた。

 

 




制限解放(アンリミテッド)】の数が3つの大樹君。

【神格化・全知全能】

物語を見ての通り神の力を譲渡する力。


秩序支配神の世界翼(システムルーラー・ワールドフリューゲル)

力を封じる。全てを。全てを。


天空支配神の福音(ヘヴンルーラー・ゴスペル)

天候操作。今までのとは格が違う。














チートよりチートのことを『大樹』と言います。


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ブラック・ブレット 絶望の第三次関東会戦編
彼のいない世界


今回は少し短いです。


ズーン……

 

 

天童民間警備会社の一室はとんでもなく暗かった。特に優子、黒ウサギ、真由美だが。

 

大樹とティナがアリアがいた世界に行った昨日からずっとこの調子である。原田と蓮太郎はどう慰めればいいのか分からないので困っている。

 

木更と延珠は買い物に出かけている(逃げた)。よって原田と蓮太郎がどうにかしないといけない。

 

 

((まぁどうすればいいのか全然分からないけどな))

 

 

原田と蓮太郎は遠い目をしており、何か吹っ切れた様子だった。あぁ、お茶が美味しい。

 

 

「やっぱり……」

 

 

黒ウサギが呟く。

 

 

「抱き付いておくべきでした……!」

 

 

(大樹ゴラァ……爆発しろよ……!)

 

 

悔しがる黒ウサギを見た原田は歯を食い縛った。

 

 

「そう言えば、どうして抱き付かなかったの? あの時の大樹君なら何でもやってくれたはずよ?」

 

 

限度はあると思うっと心の中でツッコム原田であった。

 

 

「真由美さん。考えてみてください」

 

 

真由美の言葉に黒ウサギは右手の人差し指を立てながら説明する。

 

 

「大樹さんは必ず寂しがっているはずです」

 

 

((((まぁそれは絶対に当たってる))))

 

 

黒ウサギの言葉に全員が心の中で同意して頷いた。今までの大樹を見て来た結果である。

 

 

「ですから帰って来た時は、最初に黒ウサギが会って」

 

 

キラーンっと黒ウサギの目が光る。

 

 

「大樹さんを黒ウサギだけしか見れないようにします」

 

 

「「「「それはおかしい」」」」

 

 

ボケているのか、本気なのか分からない答えだった。

 

あれ?っと優子は一つの疑問を上げる。

 

 

「でもアタシが最初に会ったらどうなるの? アタシがそうなるのかしら?」

 

 

「……………」

 

 

「黒ウサギ……」

 

 

顔を青くする黒ウサギに優子はこれ以上何も言わない。周りもそれを察して、視線を逸らす。

 

 

「冗談はこのくらいにしておきましょう」

 

 

「冗談に聞こえなかったのは私だけかしら?」

 

 

「真由美さん。正直に言いますと、特に理由はないです」

 

 

黒ウサギは首にぶら下げたロケットペンダントを大事そうに握り絞める。

 

 

「ただ、また会えるから……ちゃんと帰って来てくれるから……抱き付くのはいつでもできるって思いたかったからかもしれません」

 

 

「……アイツなら大丈夫だ。力が少し失っても、逃げたりしない」

 

 

原田は立ち上がり、部屋を出ようとする。

 

 

「里見だったな。俺は聖天子の所に行って人材派遣と作戦指示、それから武器と兵器の調達書類を書きに行く。お前は『アジュバンド』を結成しろ」

 

 

「メンバーは影胤ペアと将監ペアだろ? これでも一応できているはずだが?」

 

 

『アジュバンド』の最低構成人数は3組から成り立つ6人グループ。つまり現段階で『アジュバンド』登録は可能なのだ。

 

 

「お前たちは主戦力だ。あと3組くらい捕まえて来てくれると指示も出しやすいし、緊急事態が起きても対処しやすくなる」

 

 

「そう言われてもなぁ……」

 

 

「影胤を許容できて、将監の機嫌を損ねない人材を探して来い」

 

 

「それ無理だろ!?」

 

 

まず最初の時点でとんでもないくらい詰んでいることに蓮太郎は頭を抑える。

 

 

「大丈夫だ。だってお前はロリコンだろ?」

 

 

「違ぇよ! あと関係ねぇだろ!? 馬鹿にしてんのか!?」

 

 

「大樹がいない今、ボケるのは俺になるんだよ!」

 

 

「知らねぇよ!」

 

 

「黒ウサギも頑張ります! 里見さん、お覚悟をッ!!」

 

 

「何でだよ!?」

 

 

「じゃあ私も頑張るしかないわね」

 

 

「待て待て七草! これ以上増やすなよ!?」

 

 

「アタシはしないわよ?」

 

 

「それが一番の正解だ!」

 

 

次々とツッコミを入れる蓮太郎。原田は驚愕したかと思えば、

 

 

「よくツッコムなお前……」

 

 

「お前は何で引いているんだよ!?」

 

 

引いていた。最終的に蓮太郎の立場が悪くなってしまった。こういうことに慣れている彼らの方が圧倒的に立場が有利だった。

 

 

(頼むから早く帰って来てくれ……!)

 

 

この時ばかりは誰よりも大樹の帰還を望んだのは蓮太郎である。

 

 

________________________

 

 

 

「って言ってもなぁ……本当に誰を誘えってんだよ」

 

 

「蓮太郎? どこに行くのだ?」

 

 

蓮太郎と延珠は電車に乗っていた。隣に座った延珠が服の裾を掴みながら聞く。

 

 

「勧誘。一緒に戦ってくれる人を探しに行くんだ。とりあえずプロモーターに会って誘うって感じだな」

 

 

蓮太郎の持ってるメモにはギッシリと名前と序列が書かれていた。ちなみに自分の序列650位より上のプロモーターは勧誘しない。下の者の指示を聞くのは絶対に嫌なはずだ。誘ったらパンチが帰って来るだろう。

 

 

「手当たり次第に会うから全員初対面か、一度見たことあるような顔のはずだ。嫌なら外で待っていていいぞ」

 

 

「ふふんッ! 蓮太郎だけでは心配だから妾がついて行ってやろう!」

 

 

「ハイハイ。ソリャドウモ」

 

 

蓮太郎は延珠の頭を少し乱暴に撫でながら言った。

 

 

———二時間後

 

 

ズーン……

 

 

地面に両手をついて『orz』の状態の蓮太郎が路上にいた。延珠はどんな言葉をかければいいのか戸惑っている。

 

結果は惨敗。全て断られた。理由は簡単。

 

 

『お、お前は楢原 大樹のところの!? く、来るなッ!?』

 

 

『て、天童民間警備会社!? 私のところはもう手一杯です!』

 

 

『死にたくないよおおおおおォォォ!!』

 

 

まさかの超超超拒絶。まともに話をかわすことが一度も無かった。

 

大樹の恐ろしさを知っている強者は逃げてしまい、大樹の正義を知っている悪業者の者達は命乞いをしてしまい、大樹の名前を聞いただけで土下座を繰り出す者たちもいた。もう勧誘どころではない。

 

大樹が良い奴だと知っている者はちゃんといた。しかし、既にその人たちは『アジュバンド』を結成しており、大樹のために参加していた。行動が早過ぎて『あ、ども』か『よろしく』ぐらいしか返せなかった。

 

影胤や将監。彼らの名前より、大樹が厄介だった。

 

 

(もう後一組しか残っていないぞ……!?)

 

 

メモに書かれていない1組。蓮太郎が知っているのは『片桐(かたぎり)民間警備会社』だ。

 

ここが断れれば全滅。コイツだけは絶対に誘うと心に決める。

 

 

「延珠……戦闘準備だ。無理矢理でも入って貰わないと俺は荒れてしまう」

 

 

「落ち着くのだ蓮太郎!?」

 

 

一番心に響いたのは『蓮太郎と大樹が同じ化け物』だと認識されていたこと。その時ばかりはソイツを殴ってしまった。本当はあと6発ぐらいは殴りたかった。

 

こうして殺気を抑えながら暗くジメジメした路地を歩く。

 

目的地であるビルに辿り着くも廊下の壁が変色しており、ボロいアパートというより廃墟だと思わされてしまう。

 

 

「れ、蓮太郎……本当にいるのか?」

 

 

「多分な」

 

 

どうにか『片桐民間警備会社』と読める看板を見つける。かなりの不安を煽って来るが、いることを信じる。

 

 

「おい! 返事しろ!」

 

 

ドンドンドンッ!

 

 

呼び鈴が無いのでドアを叩いて呼びかける。しかし、返事が返ってこない。

 

留守かと思い、その場を後にしようとすると、

 

 

「あ、変態の里見 蓮太郎!」

 

 

一瞬殺意を覚えてしまいそうな発言だったが、声に聞き覚えがあった。

 

 

「片桐妹か」

 

 

弓月(ゆづき)だ、里見 蓮太郎! ファ〇クユー!」

 

 

女の子がなんて言葉を。延珠の教育に悪いっと蓮太郎は延珠を連れて来たことを少しばかり後悔する。

 

全体的に黒エナメルの服にスレイブチョーカー、エンジニアブーツ。染めた金髪は左右に分かれて結っている。背中に赤いランドセルを背負っている。学校帰りだとすぐに分かった。

 

 

「久しぶりだな片桐妹。三ヶ月前の大捕物以来か」

 

 

「こっちくんな変態! 変態がうつる!」

 

 

少し大樹の教育的指導を受けた方が良いっと蓮太郎は心の中で愚痴る。さすがに今から勧誘する人の妹を目の前で悪く言えない。言うのは勧誘した後。我慢我慢。

 

 

「フン、その時のアンタはまだ序列も低い下っ端民警だったのに、今やゾディアックを倒し、モンスターラビリンスを攻略、東京エリアの救世主だもんね」

 

 

ほぼ全て大樹の仕業である。蓮太郎は『ん、そだな』と死んだ目で返す。

 

 

「で、なにアンタ? もしかして嫌味でも言いに来たの? だったら今すぐ回れ右して帰れ変態」

 

 

「そうじゃない。お前の兄ちゃんに仕事の話があってきた」

 

 

「変態に恵んで貰う仕事なんてない」

 

 

「その変態に失礼な態度を取っていると変なことされるぞ?」

 

 

「兄貴ぃ!! お客さんッ!!!」

 

 

ガチャバタッ!

 

 

弓月は二秒でドアを施錠。そしてドアを開けて一瞬でその場から消えた。大樹直伝秘技『変態を逆手に取れば最強』が炸裂した。絶対に使わないと決めていたが、こう上手く行くのならば活用……しねぇよ。

 

隣で引いている延珠を引っ張りながら中に入る。

 

 

「うぅッ!?」

 

 

延珠が鼻を抑えながら唸る。蓮太郎も同じように鼻を抑えた。

 

むせ返る臭気に圧倒され、部屋は空のカップ麺にジャンクフードのゴミがテーブルに散乱。脱ぎ散らかした服がそこらじゅうに放置され、積まれた漫画雑誌は今にも倒れそうだ。

 

 

「兄貴! 起きて!」

 

 

弓月が窓際の一画、三角椅子で寝ている男の身体を揺する。男の顔に乗っていたグラビア雑誌が落ち、蓮太郎と目が合う。

 

 

「うわ……」

 

 

「おいコラ何だよ『うわ……』って」

 

 

「察しろよボーイ。起き抜け早々、見ただけで呪われそうなほど不幸な顔の奴が立っているんだぜ? 一瞬オレっちを迎えに来た死神かと思っちまったぜ。よっと」

 

 

掛け声を上げながら男は椅子から跳ね起きる。

 

黒のカーゴパンツにフィールドジャケット、飴色のサングラス。妹同様すくんだ金髪にピアスにハーフフィンガーグロブを装着。蓮太郎より少し身長が高かった。

 

この男が勧誘対象のプロモーター、片桐 玉樹(たまき)。そしてイニシエーターの妹の片桐 弓月だ。

 

 

「まぁなんつーか、繁盛しているみてーだな」

 

 

「フン、皮肉はよせよボーイ」

 

 

「死神が来そうな部屋だな」

 

 

「だから皮肉は……」

 

 

「ここで殺人が起きても不思議じゃないな」

 

 

「おいちょっと待て!? 何か怒ってないか!? さっきのことはもう水に流せよ!」

 

 

ここに来るまでに溜まったストレスをぶつける蓮太郎。玉樹も対応に困っていた。

 

 

「はぁ……久しぶりだな。【絶対最下位】よりはマシな客だな」

 

 

「お前、アイツがここに来たら死んでいたぞ」

 

 

「……そう考えると今更ながら死神じゃなくて天使だな」

 

 

「「いや、それはねぇよ」」

 

 

気が付けば同時に蓮太郎と玉樹は首を横に振った。自分で否定していて悲しいというより嫌だ。天使は似合わな過ぎる。

 

 

「つまらない漫才をやりに来たわけじゃない。要件は———」

 

 

「当ててやろうか? モノリス崩壊のクソファッキンなシナリオが迫っているから仕方なくアジュバンドを作るために仲間集めをして回っているが、言った先々で断られて、仕方なくここに来た。どうよ?」

 

 

はなまる満点大正解である。

 

 

「まぁ当然だろ。オメェみたいな成り上がりの若造は日本中の民警の嫌われ者だからな。あと【絶対最下位】の存在。というかそれが原因だろ」

 

 

「ああ、ここでお前が断ればソイツにお前は殺される」

 

 

「脅迫しなきゃいけないほど追い詰められているのか!?」

 

 

蓮太郎の目は絶対に逃がさないと炎が燃えていた。さすがの玉樹も圧倒されている。

 

 

「と、とりあえず話は聞いてやる。で、獲物は何体だよ」

 

 

「5000」

 

 

その瞬間、玉樹と弓月の動きが止まった。

 

 

「な、なぁボーイ……今、何て言った?」

 

 

「5000」

 

 

「じょ、冗談は———」

 

 

「5000」

 

 

「……………」

 

 

「5000」

 

 

「さすがに聞こえてるぞクソファッキン!? 弓月。逃げる支度をしろ。東京エリアは終わりだ」

 

 

「まだ話は終わってねぇだろ」

 

 

「馬鹿こけボーイ」

 

 

玉樹の低い声音に蓮太郎は黙る。

 

 

「それは自殺行為とかそういうレベルじゃない。分かるか? 俺たちアリがいくら頑張ろうとも、百獣の王のライオンのガストレアには勝てない」

 

 

「何もしなかったら東京エリアは半日もかからずおしまいだ。お前等も死ぬぞ」

 

 

「逃げるに決まっているだろ? アリは賢く勝てない戦いはしない。逃亡あるのみ」

 

 

ダンッ!!

 

 

その時、蓮太郎が机にある紙と一緒に手を叩きつけた。その行為に玉樹は眉を寄せる。

 

 

「これは何だ?」

 

 

「被害報告だ」

 

 

蓮太郎は告げる。

 

 

 

 

 

「モノリス崩壊が発覚してから、外へと飛んだ飛行機は全て墜落している」

 

 

 

 

 

「なんだと……!?」

 

 

玉樹は蓮太郎から強引に紙を奪うと、下唇を強く噛んだ。蓮太郎は構わず続ける。

 

 

「幸い全ての航空機は不時着で全員無事。これはガストレアのメッセージだ」

 

 

「メッセージ?」

 

 

「お前らは逃げることすら許さないってな」

 

 

「ッ……!」

 

 

すぐに玉樹はその言葉を否定しようとしたが、否定できなかった。

 

頭の中でガストレアがそう伝えて来ているように思ってしまったから。

 

 

「敵の大将はアルデバラン。その他にもステージⅣは多数確認してある」

 

 

「……もう終わりなのか」

 

 

絶望的状況。希望の光など一筋も入らないこの暗い闇の中で、生きることは不可能。

 

片桐兄妹が悲観に暮れていると、

 

 

「いや、違う」

 

 

「「ッ!」」

 

 

蓮太郎がその言葉に首を横に振った。

 

 

「倒せる可能性はある」

 

 

「それこそありえない。今まで俺たちがどれだけ負けたか……もう分かるだろ? 俺たちは勝てない」

 

 

「勝てる」

 

 

それでもなお、蓮太郎は断言した。

 

 

「……本気で言ってるのか?」

 

 

「そのためにはお前の力が必要だ。俺とアジュバンドを組んでくれ」

 

 

戦う覚悟を決めた蓮太郎の瞳を見て玉樹は驚く。本当に勝利しようとしていることに、負けを認めない頑固さに、玉樹は誰にもバレないように笑みを作る。

 

 

「一つ言い忘れていたことがあったな。俺は自分より弱い奴の下にはつかねぇ」

 

 

「……じゃあ」

 

 

「ああそうだ」

 

 

玉樹は拳を蓮太郎に向かって突き出し、犬歯を向き出しにした笑みで挑戦状を叩きつける。

 

 

「オレっちに勝つことができたら、アジュバンド加入の件、考えて……いや、入ってやるよ。テメェも男ならタマがついているってところをオレっちたちに証明してみろやッ!!」

 

 

 

________________________

 

 

 

決闘は市民体育館を貸し切って行われた。正式に貸し切ったわけじゃない。玉樹が無理矢理子どもたちに『散れ! ガキは家に帰ってゲームでもしていろ!』っと教師が聞いたらブチ切れるようなことをした。

 

しかし、子どもたちは家には帰らず、決闘を入り口から見学。気が付けば数は増えていた。

 

 

「……これはどういった状況でしょうか?」

 

 

体育館には黒ウサギの姿もあった。もちろん呼んだのは蓮太郎。

 

 

「玉樹が嘘ついて逃げないように審判をしてくれ。アイツが逃げたら即座に跳び蹴りして構わない」

 

 

「ヘイボーイ!? 俺は約束は破らないぞ!? でもバニーガールとは良い趣味しているなボーイ!」

 

 

「喜んで蹴らせて頂きます♪」

 

 

「ファッ!?」

 

 

色目で見られたことに黒ウサギは静かに、そして笑顔で怒った。蓮太郎も少しビビっている。

 

蓮太郎と延珠。玉樹と弓月。二組の勝負が今から始める。

 

 

「名乗るわよ里見 蓮太郎! 序列1850位、モデル・スパイダー片桐 弓月ッ!!」

 

 

クモの因子。彼女はモデル・スパイダーだったことを改めて思い出す。

 

 

「同じく序列1850位、片桐 玉樹」

 

 

ハーフフィンガーグローブの上からチェーンが巻き付いた手甲(ガントレット)を巻いており、腰には半自動式回転銃(オートマチック・リボルバー)。しかし、今回は銃禁止のため警戒する必要は無い。

 

 

「序列200位、里見 蓮太郎」

 

 

「「はぁッ!?」」

 

 

片桐兄妹が同時に驚愕した。

 

 

「何でそんなに上がっているんだよボーイ!?」

 

 

「いろいろあったんだよ」

 

 

「ああクソッ! ムカつく野郎だぜ!」

 

 

この戦争のリーダー格の班を務めるために一時的にこの順位に位置することを聖天子に決められた。しかし蓮太郎は知っている。この戦争を勝てば、逆に順位が上がってしまうこと。

 

 

「妾も忘れて貰っては困る!」

 

 

隣に居た延珠が一歩前に踏み出し、名乗る。

 

 

「妾はモデル・ラビット、藍原(あいはら) 延珠。蓮太郎の『ふぃあんせ』だッ!!」

 

 

「よし、お前ら携帯電話を地面に置け」

 

 

即座に携帯電話を取り出した片桐兄妹と野次馬観客たち。しかし、蓮太郎の行動も速かった。すぐに拳銃を取り出し周りを脅した。

 

 

「……ボーイ。とりあえず落ち着こう、な?」

 

 

玉樹は両手を挙げながら蓮太郎をなだめる。他のみんなも『うんうん』と頷いている。

 

 

「何で俺はこんなことになったんだ……!」

 

 

「何故でしょうか……黒ウサギは今、可哀想な犯罪者と対面しているような気分です」

 

 

黒ウサギの言っていることに玉樹たちも同じ気持ちだった。同情してしまう。

 

 

「こ、これ以上何かが怒ってしまう前に黒ウサギが審判をお務めさせていただきます」

 

 

『『『『『ヒャッホオオオォォウ!!』』』』』

 

 

野次馬たちが一斉に騒ぎ出した。黒ウサギがいつも来ている服装、そして可愛さに大歓喜だった。もはや蓮太郎たちは空気になりつつある。

 

 

「……悪い」

 

 

「謝るな。お前は悪くねぇよ」

 

 

「……助かる」

 

 

少しだけ二人の間で友情が芽生えたような気がした。

 

 

「さぁ踊ろうぜボーイ!」

 

 

「それでは試合開始です!!」

 

 

その瞬間、延珠と弓月の目が赤くなった。

 

 

ダンッ!!

 

 

黒ウサギの合図と共に蓮太郎と延珠は踏み出した。

 

 

「「!?」」

 

 

その速さは序列200位を名乗るにはふさわしかった。片桐兄妹も驚愕している。

 

蓮太郎は右から、延珠は左から回り込み挟み撃ちを狙う。

 

 

「甘いぜボーイ!」

 

 

タンッ!

 

 

しかし、片桐兄妹は甘くは無かった。すぐに弓月は跳躍し、天井、壁、天井と次々と移動する。

 

逃げた弓月を延珠は追いかける。自慢の脚力で一瞬で距離を詰めようとする。

 

 

ゴッ!!

 

 

玉樹は蓮太郎の蹴りを左腕で受け止め、右手で反撃する。

 

 

「ハアアァッ!!」

 

 

蓮太郎は冷静に右手の拳を玉樹の拳にぶつける。だがその行動はすぐに後悔することになる。

 

 

ギャリギャリギャリッ!!

 

 

「ぐああッ!!」

 

 

右手の拳に痛みが走り表情を歪ませる。拳を見てみると人工皮膚が削り取られて超バラニウムが姿を現していた。

 

玉樹が装備していたのはただの手甲(ガントレット)ではなかった。

 

 

「バラニウム製の回転ノコギリ(テェーンソー)……!?」

 

 

「そうよ! ちっと気付くのが遅れたなボーイ」

 

 

それにっと玉樹は付け足す。

 

 

「ボーイも、ボーイの相棒も、な!!」

 

 

「ッ!? 延珠ッ!!」

 

 

ニヤリと笑う玉樹に蓮太郎の背筋が凍った。すぐに名前を呼ぶがすでに遅かった。

 

 

「蓮太郎! 囲まれた!」

 

 

延珠の叫び声は背後から聞こえた。

 

弓月を追っていた延珠はすぐに離脱し、蓮太郎の背後に立つ。そのことに蓮太郎は怒鳴る。

 

 

「馬鹿ッ、何で戻って来た!?」

 

 

「妾だけ残っても、嬉しくない」

 

 

「……そうかよ」

 

 

蓮太郎と延珠は再び構え、この状況を睨んだ。

 

 

 

 

 

既に蓮太郎と延珠は、クモの巣の罠にかかっている。

 

 

 

 

 

弓月はクモの因子を持っている。

 

弓月は不可視の糸でテリトリーを作り上げ、俺たちを閉じ込めた。飛び回って逃げていたわけじゃない。俺たちを追い詰めるための行動だった。

 

既に体に二本くらい糸が体に当たっているほど狭まれ追いつめられている。身動きが取れるのはわずかだけ。

 

現在進行形で今も弓月はテリトリーを作っている。完全に逃げ場を無くした。

 

 

「諦めなボーイ! もう詰んでるぞ!」

 

 

「おい延珠。ああいう勝った気でいる奴は大抵最後は負けるからな? 真似するなよ」

 

 

ブチッ

 

 

玉樹の頭から聞こえてはいけない音が聞こえた。轟音を上げながらチェーンが回転する。

 

 

「死ねやこんにゃろおおおお!!」

 

 

「殺してはダメですよ!?」

 

 

玉樹の叫び声に黒ウサギは驚愕。わりとガチな殺意が込められた拳が蓮太郎へと向かって来る。玉樹が不可視の糸に絡まらないのはサングラスのおかげであろう。

 

蓮太郎はすぐにその場にしゃがみ、延珠が蓮太郎の前に出る。

 

 

「蓮太郎は妾が守るッ!!」

 

 

ガチンッ!!

 

 

延珠の放った超威力の蹴りは玉樹の手甲(ガントレット)が粉々になった。

 

 

「なッ!?」

 

 

「隙ありッ!!」

 

 

そのことに驚愕する玉樹であったが、すぐに弓月がフォローに入る。真上からの攻撃に延珠は対応できない。

 

 

「延珠は俺が守るッ!!」

 

 

パァンッ!!

 

 

蓮太郎の右脚部のカートリッジから炸裂音が響き渡る。蓮太郎は勢いだけで糸を無理矢理千切り、弓月が飛び込もうとした場所から真上に上昇する。

 

 

「しまっ———!?」

 

 

「天童式戦闘術一の型三番」

 

 

失態に気付くのは遅かった。蓮太郎の捻りを加えた拳が弓月に当たる。

 

 

「【轆轤(ろくろ)鹿()()()】!!」

 

 

ドゴッ!!

 

 

カートリッジ不使用の拳が弓月の体に当たり、糸を切りながら玉樹の所に落とされる。

 

 

「ぐぼはぁッ!?」

 

 

まさかの追撃に玉樹は抵抗する暇も無く、弓月と一緒に後方へと飛ばされた。

 

同時に子どもたちや野次馬の歓声が響き渡った。

 

 

________________________

 

 

 

「フ〇ック! オレっちじゃなきゃ死んでいたぞ!?」

 

 

「はぁ? お前も死ね死ね言っていたじゃねぇか」

 

 

戦いが終わった後も蓮太郎と玉樹はガンを飛ばし合っていた。弓月と延珠は友として認め合ったのに対して醜い男たちである。

 

 

「はい、そこまでですよ」

 

 

黒ウサギが間に入り込み、喧嘩を止める。

 

 

「これで勝負は終わり。片桐さんの負けですよ」

 

 

「ちょっと待て! オレっちはまだ———」

 

 

「終わりですよ?」

 

 

「あッ、ハイ」

 

 

(大樹と同じ対処だな……)

 

 

笑顔の黒ウサギは怖い。大樹は『ひゃい、しゅみましぇん』っと、汗をダラダラ流しながら謝っていた。

 

玉樹は溜め息を吐いた後、仲良くする延珠と弓月を見て口元を緩めた。

 

 

「弓月は赤い瞳がバレないように人を避けてっから、学校で友達が出来なくなってな。見ろよあの楽しそうに喋る二人を」

 

 

「……大樹は、【絶対最下位】はそれを実現させようとしている」

 

 

「堂々と救う宣言していたしな。ホント、普通じゃないぜ。教会で保護しているらしいな?」

 

 

「ああ、多分お前のところより良いモノは食えているぜ」

 

 

「マジかよ!? ……オレっちも住もうかな?」

 

 

「おい」

 

 

冗談だっと玉樹は付け足した後、蓮太郎に右手を差し出す。

 

 

「感服したよ里見 蓮太郎。オレっちたち片桐民間警備会社の力、テメェらのために、東京エリアのために一つ役立たせてくれ」

 

 

「よろしく頼む」

 

 

蓮太郎は強く玉樹の手を握り、大きく振った。

 

気が付けば拍手の嵐が巻き起こり、二人とも恥ずかしそうに苦笑いをした。

 

 

———序列1850位 片桐 玉樹、参戦。

 

———序列1850位 片桐 弓月、参戦。

 

 

 

 

 

「ところでオレっちだけなのか? 他に仲間は?」

 

 

「蛭子 影胤と蛭子 小比奈。それから伊熊 将監と千寿 夏世だ」

 

 

「え?」

 

 

「え?」

 

 

「マジ?」

 

 

「マジ」

 

 

「……やめても?」

 

 

「『テメェも男ならタマがついているってところをオレっちたちに証明してみろ』」

 

 

返って来たブーメンを玉樹は投げ返すことができなかった。

 

ただその場であの時の蓮太郎みたいに『orz』になった。

 

 

 

________________________

 

 

 

「では黒ウサギは原田さんのところに戻ります。二組は誘えなくても、一組は頑張ってください」

 

 

そう言って黒ウサギはその場を後にした。残されたのは蓮太郎と延珠。新メンバーの玉樹と弓月。足元にはテントや生活品が置いてある。

 

ここは東京エリア第40区。32号モノリス10キロ手前で拠点を作っているのだ。

 

周囲には既にいくつものテントが組み立てられており、プロモーターやイニシエーターが大勢いる。

 

 

「それにしても5000体か……どうやって倒すんだよ? まさか全滅させるわけじゃないよな?」

 

 

「さすがに全滅は無理だろ。全滅させる勢いはあっても、不可能だ」

 

 

玉樹の言葉に蓮太郎はすぐに首を横に振った。二人はテントを組み立てながら話す。延珠と弓月もそのサポートをする。

 

 

「オレっちなら罠を仕掛ける。一網打尽できるくらいの大爆発だ!」

 

 

「それで戦力を削れるなら俺たちは今までの戦争は負けねぇだろ」

 

 

「なら誘き寄せて一網打尽!」

 

 

「お前は一網打尽しか考えてないのかよ」

 

 

「じゃあボーイならどうする?」

 

 

「逃げる」

 

 

「さっきと言ってることがおかしくないか!?」

 

 

「逃げるって言っても時間を稼ぐって意味だ。大樹が戻って来るまで耐えるしかないだろうな」

 

 

「ん? どういう意味だ? オレっちはてっきり【絶対最下位】の無双は当たり前だと思っていたが……?」

 

 

「アイツは今東京エリアにいねぇよ」

 

 

「はぁああああああああああ!?」

 

 

大声で驚愕する玉樹に蓮太郎は機嫌の悪そうな顔をする。

 

 

「事情があるんだよ。それに代わりに大樹並みに強い奴なら他にもいる。とりあえず勧誘して来る」

 

 

テントも完成したので蓮太郎は無理矢理話を切り上げて、延珠を連れて逃げ出した。

 

勧誘は本当だ。拠点に集まっている大勢のプロモーターとイニシエーターは『アジュバンド』の仲間を集めるため、もしくは勧誘する目的がある人たちが多い。蓮太郎もその一人だ。

 

祭りの露店のように並ぶ飲食店や武器屋。東京エリアの命運が本当にかかっているのか疑ってしまうほど賑わっていた。

 

 

「蓮太郎、あんなのはどうだ?」

 

 

延珠が指を指しながら勧誘する人を見つける。『あんな』とか言っている時点で不安だが、予想は的中した。

 

重装備の民警ペアに蓮太郎は首を横に振った。

 

 

「ダメだ。アイツらはやめよう」

 

 

「なぜだ?」

 

 

「首回り、頭、肘や膝裏まで防具でびっしりだ。素人ほど死にたくないって気持ちが防御力を重視する安易な方向に傾きやすい。でもそれはガストレアとの戦いでは致命的だ。延珠、お前なら分かるよな?」

 

 

防御力より回避力。スピードがいかに大事か延珠は理解し、何度も頷いた。

 

 

「ならあれだな!?」

 

 

パンツ一丁にタイガーマスクの覆面を被った男を延珠は見つけた。

 

 

「違う。そうじゃない」

 

 

「もっと脱がせるのか!?」

 

 

「どうしてそんな発想に辿り着いた!?」

 

 

「全裸はいないぞ!?」

 

 

「いねぇよ!!」

 

 

「おい聞いたか? 民警同士のいざこざがあったらしい」

 

 

「実力の違いがわからず片方のペアが突っかかっているってよ」

 

 

騒がしい。盗み聞きをして分かったことはいざこざが起こったこと。どうやら揉めている人たちがいるらしい。

 

一瞬玉樹かっと思ったが、まぁその時は鉄拳制裁して謝らせようとリーダー的判断で解決することを蓮太郎は心に決める。

 

喧嘩を止めるために蓮太郎と延珠は急いで現場に向かう。

 

 

「おいハゲ。俺様が誰だか知ってんのか?」

 

 

「誰がハゲだ。ったく、目腐ってんのか?」

 

 

「あぁ!?」

 

 

(やべぇ……すっげぇ聞き覚えのある声だ)

 

 

一人はモヒカン頭の巨漢。傍らには枯れた瞳のイニシエーターが付き従っている。

 

もう一人は高級そうな白いコートに黒いズボンを着た男。イニシエーターはいない。しかし、見覚えどころか知人だ。

 

 

(何で原田がいるんだ!?)

 

 

そう、大樹の親友である男、原田だった。

 

 

「は、原田さん!? 喧嘩はダメですよ!?」

 

 

(あ、黒ウサギ)

 

 

なだめようとする黒ウサギを見つけた。苦労しているなぁっとしみじみ思う蓮太郎と延珠であった。

 

 

「俺はこの戦争の団長どころか指揮を執る最高司令官だぞ。それを『ザコ』だの『ハゲ』だの、埋めるぞクソッタレ!!」

 

 

「発想が大樹さんに似ていますよ!?」

 

 

「ぐぅ……イライラし過ぎてるな俺……一度戻るか」

 

 

「いい加減にしろよ! ぐだぐだ言ってんじゃぇぞ!」

 

 

爆発しそうなくらい真っ赤にしたモヒカン。原田はつまらなそうな顔で見ており、黒ウサギは何かに怯えていた。

 

 

「強盗や殺人を繰り返すこと20年。三ヶ国で死刑判決になっているお尋ね者、ブリック・ナイゲルたー、俺のことよ。知ってのんのか、おい?」

 

 

「はぁ? じゃあお前は上空3000メートルから何度も落ちても無傷で、死んでも生き返るゾンビのようで、山を木っ端微塵に吹き飛ばし、ガストレアと武器なしでも余裕で戦えて、嫁たちに尻にしかれる【絶対最下位】の親友であるこの俺、原田を知らないのか?」

 

 

(((((何だその凄い経歴!? でもお前は知らねぇ!)))))

 

 

ブリックとは天と地の差があった。改めて【絶対最下位】の脅威を知る民警たちであった。

 

 

「クソみたいな嘘も大概にしろよぉ!?」

 

 

「実は嘘では無いですよ……最後の部分は否定し辛いですが」

 

 

「あぁ!? 文句言ってんなよ女!!」

 

 

「ひゃう!? 黒ウサギは何も言っていないですよ!!」

 

 

両手をバンザイして首を横に振る黒ウサギ。その時、胸が揺れて全員の視線が集中したのは言うまでもない。

 

 

ドンッ!!

 

 

「「「「「痛い!?」」」」」

 

 

そして全てのイニシエーターがプロモーターの足を踏んだことも言うまでもない。

 

 

「おいプ〇ッツ。サラダ味でも何でもいいが、その子に手を出したらタダでは済まさんぞ」

 

 

「誰がお菓子の名前だ!」

 

 

ブリックは原田に視線を戻した後、ニタリっとゲスの笑みを浮かべる。

 

 

「テメェの女くらいちゃんと守れよ? 俺みたいな悪人に連れていかれねぇようによぉ」

 

 

「やめろよ? マジでやめろよ? 多分加減できねぇぞ? あと勘違いするな」

 

 

「へへッ……だったら———」

 

 

その時、モヒカン男の手が黒ウサギに触れようとした。原田が手を掴んで止めようとする。が、

 

 

「———こいつでも食らっとけッ!!」

 

 

ドンッ!!

 

 

黒ウサギを触ろうとした手は拳となり、原田の顔面に叩きこまれた。

 

 

「……………は?」

 

 

モヒカン頭の男がまぬけな声を出した。周りで見ていた全員も同じような反応だった。

 

 

「まだまだ、力不足だな」

 

 

 

 

 

原田はたった二本の指だけで拳を止めていた。

 

 

 

 

 

パンッ!!

 

 

「ぐぅ!?」

 

 

人差し指と中指の二本。指だけでブリックの拳を上に飛ばす。二本の指で弾かれたことにブリックは目を見開いて驚愕することしかできなかった。

 

原田の手はデコピンする形になり、ブリックの額へと当てる。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

岩でも砕けたかのような音と共にブリックの体が超スピードで後方へと屋台を薙ぎ払いながら吹っ飛んだ。

 

 

「「「「「えええええェェェッ!?」」」」」

 

 

「やり過ぎですよッ!?」

 

 

その光景に全員が驚いた。黒ウサギは真っ青になっていた。

 

 

「そこのお嬢ちゃんも、やる?」

 

 

ブンブンブンブンブンブンブンブンッ!!

 

 

残像が見えるくらいの速さでブリックのイニシエーターは首を横に振った。

 

 

「さぁて、あの犯罪者は俺が教育してやろうかな? というか俺に逆らったらどうなるか見せしめとしていいかもしれないな」

 

 

(((((怖いッ! あの司令官怖いッ!)))))

 

 

原田の恐ろしさを叩きこまれた民警たち。彼には逆らえない。絶対服従されるしかない。

 

 

「そうだ。ここにいる民警に伝えなきゃいけないことがあったんだ」

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

ビクッ!!

 

 

全員が武器に手を伸ばした。何故か分からないが怖かった。

 

そして、原田は笑みを浮かべながら告げる。

 

 

「バーベキューやるからあとでお前ら集合な。もちろん、タダだ」

 

 

「「「「「ひゃっふうッ!!」」」」」

 

 

銃声のファンファーレが響き渡り、こうして原田は尊敬されるようになった。

 

 

「単純過ぎて、黒ウサギは心配ですよ……」

 

 

黒ウサギの呟きに蓮太郎は心の中で同意した。

 

 

 

________________________

 

 

 

「久しぶりだな、里見」

 

 

「なッ……彰磨(しょうま)兄ぃ!?」

 

 

騒動を傍観していると、長身で長いコートを着て、目元にはバイザーを被っている男が蓮太郎の肩を叩いた。

 

蓮太郎はその男を知っていた。

 

天童式戦闘術八段。薙沢(なぎさわ) 彰磨。蓮太郎の兄弟子だ。

 

 

「れ、蓮太郎の知り合いか?」

 

 

「ああ、紹介するよ延珠。俺の兄弟子である薙沢 彰磨。彰磨兄ぃだ」

 

 

「お前の活躍は風の噂に聞いている。精進しているか?」

 

 

口元を緩ませた彰磨の腕と蓮太郎の腕が組み合わさる。蓮太郎も頷きながら笑みを浮かべている。

 

 

「俺の活躍というより大樹だけどな」

 

 

「【絶対最下位】だな? スコーピオンを一撃で葬ったのは本当か?」

 

 

「どうして知って……いや、おかしくはないか」

 

 

ステージⅤのガストレアを一撃で葬った大樹のことを知っているのは少ない。しかし、その少ない人間が密かに誰かに喋ることはある。あるに決まっている。人は秘密を共有したがる生き物だからだ。

 

彰磨がそれを知っているのは人から人へ。さらに人から人へと秘密が感染していき、彰磨の耳まで辿り着いたのだろう。

 

 

「本当だよ。あの太陽のような爆炎は大樹がやった」

 

 

「……信頼ある弟子に言われても信じきれないな」

 

 

「それが当たり前なんだよ彰磨兄ぃ……」

 

 

徐々に規格外な展開に慣れてしまうこの病。きっと『大樹病』か『ダイキウイルス』だ。感染者は非常識な行動やありえない光景を見ても驚かさせない効力を秘めている違いない。何気に怖い。

 

 

「だがお前が影胤を倒したことは信じれる。よく頑張ったな」

 

 

「……まぁ、な」

 

 

兄弟子に褒められた蓮太郎は視線を逸らしながらニヤける。正直、嬉しかった。

 

視線を逸らした先に一人の少女が目に入った。彰磨の後ろに隠れながらこちらを見ている。

 

 

「彰磨兄ぃ……もしかして……!?」

 

 

「ああ、その通りだ。(みどり)。自己紹介だ」

 

 

彰磨が翠と呼んだ少女を前に出す。

 

ロングパーカーにスカート。魔女のような(つば)の広いトンガリ帽子を被っており、おどおどしていた。

 

 

「ふ、布施(ふせ) 翠と、いいましゅ」

 

 

思いっ切り噛んだ。しかし、俺たちは表情に出さない。大人だから。

 

すぐに延珠も自己紹介して翠と仲良くなろうとしている。任せて大丈夫だな。

 

 

「良い子だな。これからも仲良くしてやってくれ」

 

 

「安心してくれ。教会に行けばもっと友達が増える」

 

 

「教会?」

 

 

「子どもたちを集めているんだよ。そこらの小学校より設備がいいぜ」

 

 

「フッ、面白そうなことをやっているな」

 

 

そうそうっと彰磨は言いながら思い出したことを話す。

 

 

「面白いと言えば『アジュバンド』を探しているのだろう? お前の悪巧みに俺も混ぜてくれ」

 

 

「……心強いよ」

 

 

断る理由など無い。ただ嬉しい気持ちだけがあった。

 

 

———序列970位 薙沢 彰磨、参戦。

 

———序列970位 布施 翠、参戦。

 

 

________________________

 

 

 

「知っていると思うが、自己紹介しよう。序列550位 蛭子 影胤だ」

 

 

「モデル・マンティス。蛭子 小比奈」

 

 

———序列550位 蛭子 影胤、参戦。

 

———序列550位 蛭子 影胤、参戦。

 

 

「フンッ」

 

 

「序列705位、伊熊 将監さんです。私はモデル・ドルフィン、千寿 夏世です」

 

 

———序列705位 伊熊 将監、参戦。

 

———序列705位 千寿 夏世、参戦。

 

 

それぞれの自己紹介が終わり、シン……と静かになる。中心で燃える焚火の音しか聞こえない。

 

 

「「……………」」

 

 

彰磨と翠は目を見開いて驚き、

 

 

ガクガクブルブルガクガクブルブルッ

 

 

玉樹と弓月の表情は真っ青になって手が震えていた。手に持ったコップの中身は既に地面に全てこぼれている。

 

それも当然だ。影胤たちは東京エリアを滅亡寸前まで追い込み、元序列134位。

 

将監たちは今ではロイヤルガーターの『怪物殺し(ガストレア・スレイヤー)』と恐れられている実力者となっている。

 

そしてトドメと言わんばかりの仮面と強面の男たち。もう周りの人たちはすぐにテントを片付けて逃げ出している。

 

 

「里見……これは大丈夫なのか?」

 

 

彰磨が心配するのは分かる。だから蓮太郎は、

 

 

「……………」

 

 

「里見……!」

 

 

黙った。正直、大丈夫と言えない。不安しか残らない。

 

影胤は両手を広げながら俺たちに話す。

 

 

「安心したまえ。今の私は自分でも驚くほど大人しくしている。理由は話すことは無いが、仲間だと思って構わない」

 

 

「信用できないな。東京エリアを滅亡しようとした男をどうやって信用すればいい?」

 

 

「これは大樹君の受け売りになってしまうが、私は証明するよ。行動でね」

 

 

彰磨の言葉に影胤はシルクハットの(つば)を掴みながら返す。彰磨はポカンっとなっていたが、笑みを浮かべた。

 

 

「そうだな。俺もしっかりと見ておこう」

 

 

「里見君の兄弟子の力、私も楽しみにしているよ」

 

 

そう言って小さく笑いながら二人は握手を交わす。恐らく一番組み合わさってはいけない二人組じゃないかと里見は後悔した。

 

 

「……………」

 

 

終始無言を貫き通そうとする玉樹を見て蓮太郎の表情は引き攣った。序列が一番下だとこうなるのか。

 

 

「では延珠さんが勝ったのですか?」

 

 

「むー、蓮太郎が殴ったから妾じゃない、のか?」

 

 

「あの変態に負けたのが一番悔しかった!!」

 

 

違う。もうイニシエーターたちは仲良くなっている。話題が自分なのは非常に不本意だが。玉樹だけ例外だった。

 

 

「おい里見。アイツはどこだ?」

 

 

「今はいねぇよ。大樹は遠くに行っている」

 

 

「けッ、怖気づいたわけじゃねぇだろ? 策でもあんのか?」

 

 

意外と大樹のことを分かっている将監に蓮太郎はつい笑ってしまいそうになるが堪える。ここで笑ったら殺される。

 

 

「それを含めて俺から話がある」

 

 

「「「「「ッ!」」」」」

 

 

蓮太郎の背後から声が聞こえた。振り返るとそこには原田が歩いて来ていた。

 

 

「今回の戦争で勝利の鍵になるのは敵の大将軍の討伐だ」

 

 

「大将軍?」

 

 

蓮太郎が聞き返す。他の人も理解していなかった。

 

原田は真剣な表情で、最悪を告げる。

 

 

 

 

 

「ステージⅣの数は10体。この10体を倒せば、俺たちの勝ちだ」

 

 

 

 

 

あまりにも過酷な勝利条件に、誰もが耳を疑った。

 

 






『大樹病』『ダイキウイルス』

もし大樹がこのことを知ったら、


大樹「『大樹病』って酷すぎるだろ!? 出番が無いからってやりたい放題だな!? 空気感染でもするのかクソッタレ!! 埋めるぞ!!」


とか言うでしょうね。(確信)


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滅亡へのカウントダウン

原田の告げた『ステージⅣの数は10体』のワードに一同は疑問を持った。

 

ガストレア戦争でステージⅣは10体どころか100体……それ以上はいる可能性はある。

 

なのに指定された討伐数はたったの10体。どういうことなのか何一つ分からない。

 

 

「混乱するのは分かる。混乱させるためにわざと変な言い回しをしたからな!」

 

 

何故ドヤ顔で言っているのか全く意味が分からなかった。まさか大樹の代わりにボケようとしているのか? 蓮太郎たちは不安で胃が痛くなりそうだった。

 

 

「アルデバランは当然知っているよな?」

 

 

「バラニウム浸食液が使えるガストレアだよな? 今回の敵大将って聞いてるぞ」

 

 

原田の質問に玉樹が答える。他の者も同じ考えだった。

 

玉樹の言葉に原田は頷く。

 

 

「ああ、合っている。まず10体の奴の中で一番の大将がソイツだ。残りの9体について教えよう」

 

 

原田もその場に座り説明し始める。

 

 

「アルデバランは5000体を率いているという解釈は間違っていて、間違っていない」

 

 

「あぁ? どういう意味だ。そもそもアルデバランが率いている話は初耳だぞ」

 

 

「将監。大樹だ」

 

 

「……………」

 

 

将監は心の中で納得した自分が憎くなってしまった。周りも「あッ……(察し)」みたいな感じになっている。

 

 

「あの規格外、少ない資料からアルデバランの特徴をズバッと当てやがった。何だよ95%って……もう正解だろ……!」

 

 

ワナワナ震える手で原田は焚火に向かって草を投げつける。

 

 

「今後の対策を細かく作りやがって、 俺がすることは雑用だけじゃねぇか! 戦うだけじゃねぇか!」

 

 

ブチッ ポイッ ブチッ ポイッ

 

 

次々と草を投げつけ、焚火から草の嫌な匂いが広がる。みんなは同情の眼差しで原田を見ている。

 

 

「……とりあえず、アルデバランはステージⅣだから複数の生き物が重なってベースが分からないはずだが、(ハチ)がベースのガストレアかもしれないって書いてある。……書いてある」

 

 

「もういい。楽になれ」

 

 

玉樹に背中を叩かれた原田は文字通り楽になる。

 

 

「蜂がベースだ。そういう資料が残っていました。理由は分かりません」

 

 

コクリッ

 

 

全員が頷いた。それでいい。『大樹』という人物は一度忘れよう。

 

 

「誰かが見つけたんだ。ガストレアの統率が取れるのは『フェロモン』を使っている可能性が高かったらしい」

 

 

「まさか『集合フェロモン』でガストレアを集めたって言うのか!?」

 

 

虫などに詳しい蓮太郎がいち早く気付く。原田は頷き、捕捉を加える。

 

 

「同族だけでない。ガストレア全部だ」

 

 

「質問があります」

 

 

夏世が手を挙げて原田に疑問をぶつける。

 

 

「いくらアルデバランでも、ステージⅣです。5000という数は無理があります」

 

 

「だろうな。だから9体のステージⅣに仕事を分担させたんだ」

 

 

原田は資料を広げる。

 

 

「9体のガストレアにはアルデバランと同じようにハチをベースにしたガストレアだ。視察偵が命懸けで取った写真がこれだ」

 

 

写真には大きな球体の体に四枚の羽が生えたガストレアだった。表面はハチの巣のようにボコボコと穴が空いている。

 

 

「これも……ガストレアなのか……!?」

 

 

延珠の声が震えていた。不気味過ぎるその姿に、誰もが息を飲んだ。

 

 

「同じような奴が9体。アルデバランを囲むように一定の距離を保って位置している。名称は【ビーボックス】」

 

 

「ビーボックス……名前と姿が見事に一致しているな」

 

 

彰磨は嫌な顔をしながら写真を見ている。隣にいる翠も怖がっていた。

 

 

「アルデバランの放出したフェロモンをビーボックスはすぐに感知して、周囲に同じフェロモンをまき散らす。それが5000の統率が取れている仕組みだ」

 

 

「ならそれを全て叩けば……!」

 

 

玉樹の言葉に全員が表情を明るくする。原田はニヤリッと笑いながら告げる。

 

 

「統率の取れなくなったガストレアを次々と慎重に撃破すれば、俺たちは勝てる」

 

 

希望の満ちた言葉に全員の士気が上がる。

 

 

「これは死者を出さない戦争だ。だから明日には全員のアジュバンドが決定し、俺が指揮を取ることを納得させる」

 

 

原田にはIP序列が無い。ゆえに周りからの評価は低く、従ってくれる者がいない可能性がある。酷ければ歯向かう輩も現れるかもしれない。

 

 

「できるのか?」

 

 

「できるできないの問題じゃない。俺はやってみせる」

 

 

蓮太郎の言葉に原田は強く手を握る。約束を守る為に、彼は決意する。

 

 

「この戦争、誰も死なせやしない」

 

 

________________________

 

 

 

「それと今日は不甲斐ない里見のために俺がプレゼントを用意した」

 

 

「お前と出会ってから二日も経ってねぇのに偉そうだなおい」

 

 

「アイツの代わりだから! ほら、お前のいじり方も残してある!」

 

 

「燃やせ!!」

 

 

原田から取り上げた紙を蓮太郎はすぐに焚火で燃やした。しかし、すでに原田は内容を覚えているので意味が無い。

 

 

「っと、噂をすれば来たな」

 

 

原田が見る方向を見ると、三人の影が見えた。

 

焚火に近づくと顔が分かるようになった。

 

 

「き、木更さんッ!?」

 

 

「天童流剣士・特別遊撃部隊・天童 木更。里見 蓮太郎のアジュバンドに加わるために推参しました」

 

 

「はぁ!?」

 

 

「なぬッ!?」

 

 

蓮太郎と延珠が同時に驚く。木更は蓮太郎の隣に座る。

 

 

「冗談じゃないわよ。すでに聖天子様に許可を取っているわ。もちろん、原田君にもね」

 

 

「木更さん駄目だ。アンタ、少しは自分の体のことを考えろよ」

 

 

持病を持っていることを知っている蓮太郎はどうしても参加させたくなかった。実力はあれど、無理をすればただではすまない。

 

 

「里見君。私の肝臓が良くなっているって知ってる?」

 

 

「そんな嘘が———!」

 

 

「本当よ。私も菫先生も驚いていたわ」

 

 

木更は蓮太郎の手の上に手を乗せて重ねる。

 

 

「未来科学の新医療技術。楢原君のおかげよ」

 

 

「ッ!」

 

 

「治るかもしれない。そう言われたのよ? 私、嬉しくて……」

 

 

木更はギュッと蓮太郎の手を握り絞める。

 

 

「……恩返しか」

 

 

「それもあるわ。でも一番は里見君。あなたよ」

 

 

「えッ」

 

 

「里見君。あの時あなたが危ない目に遭ってるとき、ただお祈りしていることしかできなかった」

 

 

『あの時』とは影胤との戦闘のことを指していた。ずっとモニター越しでしか見えなかった蓮太郎。

 

木更はそれが嫌だった。

 

 

「身体の調子が良い今、足手まといにならない今、私は里見君の助けになりたい。だから、お願い」

 

 

「……………」

 

 

蓮太郎は目を瞑り、口から息を出す。そして目を開き、木更の両肩を掴んだ。

 

 

「断る理由はねぇよ。どんな時でも俺は木更さんを守る。だから心配すんなよ。俺は大丈夫だからよ」

 

 

「さ、里見君ッ!?」

 

 

木更の顔が真っ赤になり、俯きながら言葉をポツポツと零す。

 

 

「もう、なに恥ずかしいこと言っているのよ……! お馬鹿……ちょ、肩、痛い。あんまり、力を入れない、でよ……もう、お馬鹿」

 

 

そんな木更を見た蓮太郎は当然ドキドキしていた。そして勢い余って、

 

 

「き、き、木更さんッ! 俺、じ、実は木更さんのことずっと……!」

 

 

「えッ……!?」

 

 

 

 

 

「もうやめてくれよおおおおおおォォォ!!」

 

 

 

 

 

ビクッ!!

 

 

その時、原田の悲痛な叫びが轟いた。蓮太郎と木更もそちらを振り向く。

 

 

「大樹のイチャイチャを見せつけられ続けた俺の気持ちを考えろよぉ! やっとしばらく見ることはないと思ったのに、お前ら何なんだよぉ!!」

 

 

「原田さん。ハンカチです」

 

 

夏世の渡したハンカチで涙を拭く原田。いい雰囲気などもう死んでいる。

 

 

「というか俺が空気になっているだろうがぁ!!!」

 

 

その時、原田とは別の声が聞こえた。そう、忘れられていたが木更と一緒に来た残りの二人である。

 

 

「ジュピターさんなのだ!」

 

 

「その呼び方やめろ!?」

 

 

延珠の言葉に蓮太郎たちはギョッとした。

 

 

「あ、アンタも入るのか……!?」

 

 

「足手まといだね」

 

 

「雑魚は引っ込んでろ」

 

 

蓮太郎、影胤、将監の順でジュピターさんに向かって言う。ジュピターさんはワナワナと拳を震わせながら告げる。

 

 

「お前等の態度、大樹に報告な……!」

 

 

「「「歓迎する」」」

 

 

見事な手のひら返しに周りは溜め息を漏らした。

 

 

「ジュピターさん、私の自己紹介は?」

 

 

ジュピターさんの隣にいる小さな子ども。それは言わずとも分かった。

 

 

「俺のイニシエーターだ。名前は」

 

 

「織田 信長!!」

 

 

白井(しらい) 詩希(しき)だ。変わった奴だが気にするな」

 

 

変わった奴であることは言わずとも察した。

 

詩希は延珠と同じくらいの身長で、ボーイッシュな短い茶髪の髪型だ。元気が有り余っているような感じが伝わる。

 

服は戦闘用の軽い防弾チョッキを着ており、特別な材質で織られたピンクのスカートとピンクのパーカーを着ている。

 

何故か頭は底がへこんだ鍋を被っており、不思議を越えた子どもだった。

 

 

「よし、私がリーダーで文句はないな!?」

 

 

「あるわ馬鹿野郎。詩希、お前は少し黙ってろ」

 

 

「ムッ、ジュピターさんが黙るなら私も黙る」

 

 

「駄目だ。俺はこれから話があるんだよ」

 

 

「なら私も入る権利はある!」

 

 

「ん、黙ってろ」

 

 

ジュピターさんは詩希を座らせ、頭を撫でて静かにする。気持ちよさそうに撫でられる詩希は大人しかった。

 

 

「手短に済ませる。序列8万70……ぅん位、福山 火星(ジュピター)とそのイニシエーターである白井 詩希は里見の『アジュバンド』に加入を申し込む」

 

 

「序列誤魔化すなよ……俺も覚えていなかったが……それで、大樹か?」

 

 

「合ってる」

 

 

「……苦労してんだな」

 

 

同情が心に()みたジュピターさんであった。

 

 

「モデルは何だ?」

 

 

犬鷲(イヌワシ)だ。目が良くて遠くの小さなガストレアすら見逃さないぜ」

 

 

「ニャー!」

 

 

「ただ……見ての通り鳥頭だ……」

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

ジュピターさんは思った。そこで『ワン』と言ってくれたらどれだけ嬉しかったか。

 

みんなは思った。そこで『ワン』と言ってくれたらどれだけフォローできたことか。

 

 

「だ、大丈夫よ! 詩希ちゃん、向うには何人の人がいるかしら?」

 

 

慌てて木更はフォローに入る。遠くを指で指しながら詩希に尋ねる。

 

確かにガストレアがどこから来ているか、それを教えてくれるなら戦力になる。木更の指した場所は軽く見積もって1キロ先。

 

詩希は少し考えた後、答えを口にする。

 

 

「たくさん」

 

 

「もうやめてあげて!? ジュピターさんが泣いているわ!?」

 

 

違う、そうじゃない。木更はジュピターさんがさらに落ち込んだことに後悔した。

 

 

「いや、いいんだ……アイツと関わるよりずっと楽でいい」

 

 

(((((そこは否定しない)))))

 

 

この時、みんなの気持ちが一致した。

 

 

「あ、じゃあいっぱいだ!」

 

 

「そうだな。いっぱいだよ……」

 

 

詩希を除いて。

 

 

 

———特別遊撃部隊 天童 木更、特別参戦。

 

 

———序列87046位 福山 火星、参戦。

 

 

———序列87046位 白井 詩希、参戦。

 

 

 

「今更だが俺のことは気付いているか、木更?」

 

 

「うそッ……彰磨くんッ?」

 

 

「久しいな木更。一応お前は姉弟子だから呼び捨ては不味いか?」

 

 

「いいわよ、昔からの仲なんだから。うわー、懐かしい」

 

 

木更と彰磨の再会に原田が不思議そうな顔をする。

 

 

「何だ? チームはそんなに身近な奴らを誘ったのか?」

 

 

「彰磨兄ぃは俺の兄弟子。木更さんも仲が良いのは分かるだろ?」

 

 

「なるほどなぁ……新規メンバーは片桐兄妹だけか。本当にいるのか、特に兄貴の方は?」

 

 

「……………」

 

 

「あ、あれ? ツッコミ……あれ?」

 

 

玉樹のツッコミが返ってこない原田は不安になった。

 

玉樹は木更の方を向いており、呟く。

 

 

「女神だ。オレっちの女神がいる」

 

 

「誰かソイツを病院に連れてけ」

 

 

「綺麗だッ! 凛々しいッ! お美しいッ! アンタはオレっちの女神だッ! マイエンジェルと呼ばせてくれ」

 

 

この場にいる全員が引いた。小比奈に関しては斬ってもいいかと影胤に聞いている。影胤も頷きそうになっていたが。

 

 

「そういうのは、困るわ」

 

 

冷静に対処できる木更に蓮太郎はビックリしている。慣れているのか? 蓮太郎は心配だった。

 

 

「じゃあせめて(あね)さんで」

 

 

「まぁ、そのくらいなら……」

 

 

「ありがとうございます! さっそくですが肩をお揉みましょうか? それとも椅子をご用意しましょうか?」

 

 

(酷い質問だ。これが大樹なら……)

 

 

原田は大樹が女の子に向かって玉樹と同じことを言うとどうなるか想像する。

 

 

(肩は多分無理だな。椅子を用意するなら……まさか自分が椅子になるとかしないよな?)

 

 

「……大樹はMか」

 

 

「急にどうしたんだよお前……」

 

 

呟く原田にゾッとした蓮太郎。ドン引きだった。

 

 

「じゃあ、お腹減ったからメロンパン買って来て。あ、皮は硬いやつじゃなきゃ嫌よ」

 

 

「喜んで!!」

 

 

(うわぁー、もうチーム内で地位が決まったよ。とりあえずアイツは一番下だな)

 

 

原田は二人のやり取りに頬を引き攣らせた。これは酷いっと。

 

 

「見て見て里見君ッ! 新しい財布が出来たッ!」

 

 

「「悪魔か!!」」

 

 

原田と蓮太郎は嬉しそうに報告する木更に同時にツッコミを入れた。

 

玉樹がメロンパンを持ってくるまで5分。はやく帰って来た玉樹はパシリの才能があると見た。

 

 

「じゃあパシリが返って来たことだし」

 

 

「姐さんのパシリッ!? ……まぁいいか」

 

 

(((((それでいいんだ……)))))

 

 

原田は冗談を言ったつもりだったが、玉樹は受け入れてしまった。みんなはそれ以上何も言わない。

 

 

「里見リーダーから士気を高めるお言葉をいただこうと思います」

 

 

「無茶振り!?」

 

 

原田の一言に蓮太郎は驚愕。

 

 

「つまらなければ小比奈が斬ってしまうよ?」

 

 

「え? 斬っていいのパパ?」

 

 

「命懸け!?」

 

 

影胤の一言に蓮太郎は戦慄。小比奈は抜刀している。

 

 

「なら俺もぶった斬る」

 

 

「オレっちも殴るぜ!!」

 

 

「増えた!?」

 

 

将監と玉樹も追加された。

 

 

「じゃあ私も」

 

 

「俺も」

 

 

「弟子の不始末は俺がやろう」

 

 

さらに木更とジュピターさん、そして彰磨の3人追加オーダー。蓮太郎の心拍数は通常より3倍は早くなっていた。

 

 

「お、俺が里見 蓮太郎だ……」

 

 

緊張した声だったが、みんなに聞こえるように話す。

 

 

「まず俺の助けに答えてくれてありがとう。これは素直に嬉しいよ」

 

 

「ツンデレか」

 

 

「黙ってくれ原田。それにこれだけの強者が揃っているんだ。負けるわけがない」

 

 

「ツンデレね」

 

 

「木更さんまで……俺は普段、そんなにツンツンしてんのかよ」

 

 

「してるよな?」

 

 

「しているわ」

 

 

原田と木更の意見が合致する。そのことに蓮太郎の頬が引き攣っていた。

 

 

「蓮太郎は妾だけに優しいのだ。ツンデレのデレは妾だけだな!」

 

 

「しまった!? 何で気付かなかった……里見はロリコンだ……!」

 

 

「里見君! そんなに小さい子がいいの!?」

 

 

(この状況はアイツより面倒くせぇえええええェェェ!!!)

 

 

アイツとは(ry

 

 

「とにかくだ! 俺と延珠も全力を尽くす! だから絶対に勝つぞ!!」

 

 

———序列200位 里見 蓮太郎、参戦。

 

 

———序列200位 藍原(あいはら) 延珠、参戦。

 

 

「えい、えいッ———!」

 

 

全員拳を空に向かって突き上げる。

 

 

「おーーーッ!!」

 

 

「「「「「ロリコンッ!!!」」」」」

 

 

「テメェら全員地獄に落としてやるッ!!!」

 

 

それが命懸けの鬼ごっこの合図となった。

 

里見の雄叫びと共に全員が走り出し、楽しそうな悲鳴が響き渡った。

 

 

________________________

 

 

 

3日後にモノリスが倒壊する。

 

現状、ガストレアは東京エリアから誰も逃がさないように囲んでいる。どこにも逃げ場はない。

 

32号モノリスの周辺には既にバリケードの数は1000を越え、銃や兵器も惜しみなく用意している。

 

全てが順調かと思われた。しかし、やはり問題は起きた。

 

 

「民警の数が500とか……ふざけんじゃねぇぞ……!」

 

 

本来なら1000近く集まる民警が半分も減っていた。正確には519名。木更にイニシエーターがいれば520だっただろうが、そんなことは今はどうでもいい。

 

 

「5000の数を聞いてほとんど逃げ出したのよ。最初はいたのに、いつの間にか姿を消したわ」

 

 

「シェルターにいた方が安全だとか思ってんだろ。クソッ、10倍も差があるのに勝てねぇよ……」

 

 

難しい表情で真由美が説明する。原田は頭を抱え、唸った。

 

 

「~~~~ッ!! 大樹に頼るか……」

 

 

「こんな状況になることも予想していたの!?」

 

 

「むしろ絶対になるって書いてあるな。コイツのシナリオ通りになるとムカつくな」

 

 

原田がペラペラと書き殴られた紙の束を見る。すぐに解決方法は見つかった。

 

 

「条件を出しての勧誘か……前線に身を投じない代わりに遠距離からの狙撃、もしくは銃撃を行ってもらう。イニシエーターもその補助でも構わない、か……」

 

 

「確かに死ぬことはないかもしれないけど……前線は……」

 

 

「今来ている民警に任せるしかないだろうな」

 

 

真由美の表情は暗い。人数を増やすためだからと言って、今いる民警に前線を出すことを申し訳なく思う。

 

 

「もしくは罠の管理や連絡の手綱として利用する。足が速いイニシエーターや目が良いイニシエーターならなおさら勧誘するべきだな」

 

 

「本当に、死者は出ないの? 私は、不安だわ」

 

 

「……何が何でも出さない。俺はアイツと約束したからな」

 

 

強い決意を持った原田を見た真由美は驚いた後、笑みを浮かべた。

 

 

「似ているわね、大樹君に。仲良くできている理由が分かったわ」

 

 

「それは喜ぶべきなのか判断に困るな」

 

 

「ふふッ、私も頑張らないといけないわね。……そうだわ! ねぇ原田君。私が活躍したことを大袈裟に大樹君に話してね?」

 

 

「抜け駆けか?」

 

 

原田の言葉に真由美は答えず、ただ小悪魔のような可愛い笑みを見せ続けた。

 

 

________________________

 

 

 

一方その頃、教会は賑わっていた。

 

東京エリアの帰る家が無い子どもたちが全て集まり、これで東京エリアで放浪の身となっている【呪われた子ども】たちはもう存在しない。

 

一件落着。これで問題無い。

 

……………と、簡単にはいかない。

 

 

「やっぱり多いわよ……アタシだけじゃ無理!」

 

 

走りながら文句を言う優子。手にはご飯をたくさん乗せたおぼんを持っていた。

 

子どもたちのご飯は大量に増え、作る量が大変なことになっていた。

 

さらに食事をした後は風呂もある。布団を敷く作業もある。そして明日の朝、起きたらすぐに朝食作り。

 

 

「どうして料理スキルの高い黒ウサギがいないのよ!?」

 

 

作り方は一応教えてもらったが、やはり量が多い。何人かの子どもたちが手伝ってもらったが、それでも忙しい。

 

でも、本当は分かっていた。

 

 

自分にはこれくらいのことしかできないことが。

 

 

真由美のようにカリスマ性が高く、頭が良いわけではない。

 

黒ウサギのように強く、頼られる存在でもない。

 

だけど、そんなことでは落ち込まない。立ち止まらない。

 

 

(大樹君……アタシも頑張るから、ちゃんと帰って来て)

 

 

大切な人のために、優子は自分が出来ることを何でも精一杯やると決めたから。

 

 

「それ、運びますよ」

 

 

「え?」

 

 

ヒョイっと持っていたおぼんを取られる。取った少女に優子は見覚えがあった。

 

大樹とデートした時に両目に鉛を注ぎ込んだ少女だった。両目には綺麗な黒色の目があり、治っていた。少しやけどのような傷が残っていたが、しっかりと見えているようだった。

 

少女はテーブルへと運ぶ。誰ともぶつからずに持って行く後ろ姿を見ていると、優子の頬が緩んだ。

 

 

「……救われたんだ」

 

 

少女の妹であろう子どもと笑いながら話す光景を、大好きな人に見せたかった。

 

帰って来たら教えてあげよう。そして、一緒に笑おう。

 

この戦争に、アタシは敗けない。

 

 

________________________

 

 

 

日が落ち、辺りは暗闇が支配していた。拠点の灯りだけが頼りだった。

 

民警を全て集めての会議。いや、作戦指示と言った方が適切だろう。

 

原田は壇の上で簡易スクリーンを使って作戦を伝えた。

 

 

「———以上が作戦内容だ。何度も繰り返すが危険なことはするな。投げ出してもいい。命を大切にしろ」

 

 

死ぬことは許されないことを何度も繰り返し、比較的安全に倒す作戦に誰もが驚愕した。本来なら死ぬ気で殺せと指示されるだろうが、この作戦は違う。

 

拠点を捨ててもいい。侵入されてもいい。ただ死ぬな。

 

通常ではありえない作戦に誰もが驚愕した。

 

 

「発言いいか?」

 

 

そんな中、一人の男が手を挙げた。原田はその男を知っている。

 

序列275位、我堂(がどう) 長政(ながまさ)

 

54歳と高齢だが『知勇兼備(ちゆうけんび)英傑(えいけつ)』と呼ばれている実力者だ。

 

厳格な眼光にただ者じゃないオーラを纏っているようだった。

 

 

「何だ? 何でも聞いてくれ」

 

 

原田がそう聞くと、武者鎧をガシャガシャ言わせながら我堂は前に出て来た。傍らにはイニシエーターである壬生(みぶ) 朝霞(あさか)も同じように鎧を着ている。

 

二人の着たあの鎧は『外骨格(エクサスケルトン)』。いわゆるパワースーツのようなもので、装着することで基礎スペックの底上げ、つまり簡単に言うと強くなる鎧ということだ。

 

 

「そんな生ぬるい作戦で勝てると思っているのか?」

 

 

「この作戦は【絶対最下位】が考え出した作戦だ。文句あるのか?」

 

 

原田の言葉に全員が騒ぎ出す。もうこの場に置いて【絶対最下位】を知らない者はいないだろう。

 

 

「……なるほどな。ではその壇に楢原 大樹が出るのでは?」

 

 

「今は不在だ。戦争に参加できるかは、分からない」

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

最大戦力の不在に誰もが驚かずにはいられなかった。

 

 

「……何故不在か説明を願おうか」

 

 

「この戦争に勝つために今はいないだけだ。必ずアイツは来る」

 

 

原田の言葉に満足できなかったのか、我堂の周りにいた部下たちが怒鳴る。

 

 

「ふざけるな! 序列も無い貴様に従うことが苦痛であるというのに……そのいい加減な答えは何だ!?」

 

 

「辞退しろ! 今すぐ我堂さんと変わるべきだ!」

 

 

「人類を救う手綱を握る資格なんてない!」

 

 

この時、遠くから見ていた蓮太郎のアジュバンドはこう思った。

 

 

(((((ああ、可哀想に……)))))

 

 

原田では無く、あの部下たちに同情した。

 

 

「じゃあお前らに俺の強さを見せてやるよ」

 

 

原田がそう告げた瞬間、

 

 

ヒュゴオオオオオォォォ!!!

 

 

鼓膜の耳がぶち破れてしまうかのような轟音が轟いた。

 

気が付けば原田の姿は消え、風が勢い良く辺りに渦巻いた。

 

 

「「「「「え……?」」」」」

 

 

プロモーターとイニシエーター。全員のまぬけな声が重なった。

 

上空を見上げると、そこには人影があった。

 

 

 

 

 

月の光でその正体が原田とは信じられなかった。

 

 

 

 

 

「「「「「……え?」」」」」

 

 

また声が重なる。何度も見直して空を見上げた。

 

 

「ジュピターさん! 空飛んでる! 私と同じ!」

 

 

「因子はそうかもしれないが、お前は飛べないからな?」

 

 

二人の会話が耳に聞こえて周りの者は理解した。原田が空を飛んだことを。

 

 

ドンッ!!!

 

 

大きな音を響かせながら地面に着地する。地面が少しだけ揺れたような気がした。

 

原田はゆっくりと顔を上げる。そして、我堂の部下の一人まで歩き出し、

 

 

ガシッ!!

 

 

頭を両手で掴んだ。

 

そして、顔と顔の距離を近づける。

 

 

「アンダァスタァンドゥ……?」

 

 

発音の悪いたった1語の英語に、部下は恐怖で動けなくなった。掴まれた部下は失神しかけている。

 

この男は、普通じゃない。

 

 

「「「「「Yes!!  Understand!!」」」」」

 

 

発音が良い返答に原田は満足した。その光景に我堂と朝霞は終始開いた口が塞がらなくなっていた。

 

その後、原田に逆らう馬鹿はいなくなり、円滑に作戦準備が進んだ。

 

ジュピターさんは我堂と仲良くなり、チームに亀裂が走ることはなかった。『あの人、俺と同じ苦労人になるのかもしれん』とジュピターさんは懐かしむような目で我堂を見ていた。

 

 

________________________

 

 

残り2日。

 

早朝、モノリスは遠くからでも白化しているのが分かるようになっていた。アルデバランの残したひっかき傷。恐怖を与えるには十分過ぎた。

 

蓮太郎たちはいつでも出撃できる準備を整えてある。相手はガストレアだが、如何なる方法で自分たちの虚をつくの可能性がある。油断はできない。

 

影胤と小比奈は教会に戻り、片桐兄妹は買い出し、将監と夏世は一度三ヶ島ロイヤルガーターに帰った。この場には蓮太郎、延珠、木更、彰磨、翠、原田、ジュピターさん、詩希の8人となっている。

 

今はテーブルに囲むように座り、それぞれ作業をしていた。

 

テントの外に置いてある簡易椅子に座ったジュピターさんは膝の上で寝る詩希の頭を撫でながら呟く。

 

 

「最悪の状況になったみたいだな。シェルターに入れない奴らが『呪われた子どもたち』に八つ当たりしていやがる」

 

 

「「「「「ッ!」」」」」

 

 

その言葉に全員がギョッと驚く。ジュピターさんはテーブルに置いていた小型テレビを全員に見えるように動かす。

 

シェルターにわざわざ『呪われた子ども』たちを入れないようにしたのは暴動を防ぐためだった。しかし、八つ当たりで攻撃を仕掛けられたらたまったものじゃない。

 

 

「テレビでふんぞり返って偉そうなことを口走っていやがる。庇う政府すら悪く言うとか、どんだけの馬鹿なんだコイツら」

 

 

「大樹から聞いたが、お前も元はそうじゃなか———」

 

 

「……………」

 

 

「———なんでもないごめん」

 

 

悪気は無かった。原田は口に出した言葉をすぐに後悔した。他のみんなは目を逸らして聞いていなかったフリをする。

 

 

「ま、まぁ教会なら大丈夫だろ。影胤と木下が今はいるんだ。俺も後で木更さんとちょっとだけ様子を見に行くから問題無い」

 

 

すぐに蓮太郎がフォローする。しかし、ジュピターさんの元気は戻らなかった。

 

 

「俺、死んだほうがいいのかな?」

 

 

「俺が悪かった!! どうか許してくれぇ!!!」

 

 

原田は地面に額を擦りつけて土下座した。ジュピターさんは思ったより重傷だった。

 

 

「そう言えば里見君。今日は松崎さんが教会に来ているわよ」

 

 

子どもたちの面倒を見ていた松崎。騒動のせいでここ最近は来れなくなっていたが、今日は行くっと連絡が来たことを蓮太郎に教える。

 

 

「本当か? なら延珠とジュピターさんも来るか?」

 

 

「妾も行く!」

 

 

「そうだな。これから詩希も世話になると思うからな」

 

 

延珠は元気よく返事をして、ジュピターさんは頷いた。

 

国際イニシエーター監督機構(IISO)からすぐにジュピターさんとコンビを組んだ詩希は、当然学校に通う暇はなかった。しかし、この戦争が終われば通える。

 

 

「というか無償で通えて、東京のお嬢様学校より平均成績が高くて、設備が充実した学校って……ヤバいな」

 

 

「ヤバいのは大樹だ。アイツのせいで延珠の成績が学校でズバ抜けている。先生から難関校の中学の受験を受けないかと言われた時は心臓が止まった」

 

 

「……詩希もそれくらい良くなれば誰にも馬鹿にされないか」

 

 

ジュピターさんは目を細め、詩希の頭を優しく撫でる。

 

誰もジュピターさんの呟いた言葉の意味を聞かなかったので、彰磨が代わりに問いかけた。

 

 

「そのイニシエーターは馬鹿にされていたのか?」

 

 

「……ああ、詩希は遺伝子的性質のせいで物覚えが悪い。でも、感情が豊かだ」

 

 

彰磨の質問にジュピターさんは何かに堪えながら話す。

 

 

「そのせいで上の奴らの目には詩希が使えない馬鹿と見えてしまった。元気に振舞えば自分たちを馬鹿にしていると思われる。悲しめばただやる気がないように見えてしまう」

 

 

「それで、酷い扱いを受けたのか」

 

 

彰磨の解答にジュピターさんは頷く。ジュピターさんが堪えていたのは怒りだ。詩希に対して酷い事をした上の者達への。

 

 

「詩希には元々、名前が無かった。コード番号か悪口で呼ばれていた」

 

 

「え? それじゃあ『白井』の苗字と『詩希』は偽名……?」

 

 

木更さんの推測にジュピターさんは違うっと言って否定した。

 

 

「白井は残った少ない情報から探して見つけたモノだ。でも名前だけは文字化けして分からなかった」

 

 

「じゃあ名前は……」

 

 

「ああ、俺がつけた」

 

 

ジュピターさんは告げる。

 

 

 

 

 

「生まれて来るはずだった、娘の名前だ」

 

 

 

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

衝撃を受けた。

 

 

「息子に妹ができるはずだった。でも、俺の妻はガストレアにやられた。当然、娘も無事じゃない。俺はあの時、3人も失った。一人は顔も見ていない」

 

 

「どうして……どうして名前を……?」

 

 

「二度と失いたくないからだ」

 

 

ジュピターさんの声に強い意志を感じた。

 

 

「俺の我が儘かもしれない。それでも、コイツは絶対に死なせない。俺の命、全てを賭けても守り抜いてみせるために名前をつけたんだ」

 

 

ジュピターさんの頭の中であの言葉が繰り返される。

 

 

『ホンモノの愛をあげなきゃならないんだ……!』

 

 

ジュピターさんは大樹の言葉に助けられた。

 

あの時、自分が動けた理由だ。

 

 

 

『どうしてお前は何も言わない? 馬鹿にされているんだぞ』

 

 

『え? 私、褒められているよ?』

 

 

『は? 何を言って……』

 

 

『だって鳥頭って()()()()でしょ?』

 

 

 

騙されていた詩希を見て心が痛んだ。監督者が詩希を騙し遊んでいることが気に食わなく、憎かった。

 

ニセモノを与え続ける悪から助けたかった。自分はホンモノを与え続けるヒーローになりたかった。

 

そして守りたかった。無力な自分のせいで家族を守れなかったあの罪を、この子を命に代えても守ることで償う。

 

自分勝手だ。最低だ。でも、守りたい気持ちに嘘はない。

 

 

「生きて欲しかったんだ。娘の代わりに、生きて……欲しかったんだ」

 

 

本当に自分のことしか考えていない最低な奴だとジュピターさんは思う。

 

 

「ハハッ……最低だな俺……」

 

 

「そ、それは違うと思います!」

 

 

ジュピターさんの言葉を否定したのは意外にも翠だった。普段大声なんか出さない子だ。彰磨も驚いている。

 

 

「ま、間違って……いないッ……だってジュピターさんは……詩希ちゃんのことを本当にッ……大切に思っているじゃないですか! 間違いなんてッ……絶対に無いですッ!」

 

 

翠の言葉にジュピターさんは固まる。

 

 

「守ってあげるってことは……大切にしたいんですよね……?」

 

 

ジュピターさんは翠の言葉に何も言えなかった。

 

 

 

 

 

代わりに目から涙をこぼした。

 

 

 

 

 

「そうか……俺はちゃんと……詩希を大切に思えているのか……」

 

 

「……アンタはいい人だ。そんなに気負いしてたら、その子が心配するぞ」

 

 

蓮太郎の言葉にジュピターさんはただ頷き、詩希の手を握った。

 

罪悪感で詩希を貰ったことに後悔していたジュピターさん。でもそれは違うっと翠がしっかりと教えてくれた。

 

大切にしたいから、守りたいから。詩希をイニシエーターにしたんだ。

 

彰磨は翠の頭を撫でて褒める。意外な一面を見ることができて彰磨も嬉しかった。

 

 

「いいチームね、里見君」

 

 

「ああ」

 

 

木更の言葉に蓮太郎は同感した。

 

そして同時により一層強くなった。

 

この戦争に、負けるわけにはいかないっと。

 

 

ピピピッ

 

 

「木更さん? 電話なってるぞ」

 

 

「ええ、でも公衆電話からだわ」

 

 

木更のポケットから鳴り響く着信音。携帯電話の画面には公衆電話からかけてきたことを教えてくれていた。

 

それでも知り合いからの電話のはず。自分の電話番号を知っているのは政府か友人だけだ。

 

 

「もしもし?」

 

 

木更が電話に出てから10秒。木更の表情が真っ青になった。

 

 

「ど、どうしよう里見君……」

 

 

蓮太郎は木更の口から出た言葉を信じられなかった。

 

 

 

 

 

『教会が、爆破された』

 

 

 

 

 

 

________________________

 

 

 

「優子さんッ!!」

 

 

「黒ウサギ……真由美さん……!」

 

 

病院の廊下を走り抜けて来た黒ウサギと真由美。ベンチに座っていた優子が不安気な表情で待っていた。

 

 

「何が起きたのですか!? それに怪我は……!?」

 

 

「アタシは大丈夫よ。影胤さんが守ってくれたから」

 

 

「優子さん。詳しく教えてちょうだい」

 

 

優子はゆっくりと順を追って説明していく。

 

昼頃、影胤と小比奈が教会に来た時の出来事だった。不審な人物が何人も外にいることに気付いた。

 

普通の格好だが挙動がおかしい。優子にでも異常だと感づくことができた。

 

優子が怪しく思っていると、子どもたちがその不審な人物からお菓子をたくさん貰っていた。紙袋がパンパンになるほどお菓子を貰い、子どもが優子にお菓子を見せている時に影胤がすぐに気付いた。

 

 

 

 

 

それが、爆弾であることに。

 

 

 

 

 

影胤はすぐに斥力フィールドを展開し、優子と子どもたちを守った。紙袋は赤く燃え上がり、爆発した。

 

影胤は子どもと優子を守ることを優先したせいで、反応が少し遅れたせいで、影胤自身が爆風に巻き込まれてしまった。

 

子どもたちは擦り傷や打撲、少し怪我をする程度で済んだが、影胤は腕や体に大火傷を負い、負傷していた。それが引き金となった。

 

親を傷つけられた子どもが黙っているはずがない。小比奈はすぐに飛び出し不審な人物を無差別に斬っていった。

 

次々と不審な人物が斬られ、地面が真っ赤な大きな池ができあがり、小比奈のドレスが真っ赤に染まる。影胤がすぐに抱き寄せて止めたが、遅かった。

 

奇跡的に死人はでなかったが、全員が重傷を負った。障害が残る者、腕や足を失った者、視力を無くした者。最悪だった。

 

 

「子どもたちの手当てはもうすぐに終わる。でも、影胤さんが……」

 

 

「病院にはいないの……? まさか警察に……!?」

 

 

優子の代わりに真由美が答えた。優子は首を縦に振る。そして手で顔を覆った。

 

 

「ごめんなさいッ……何度も違うってッ……言っても聞いてくれなくて……!」

 

 

恐らくこの事件は影胤が悪いっということになっているのだろう。今は誰もが赤目を嫌い、敵視している。それを庇う影胤は警察の目には悪に見えたはずだ。

 

 

「大丈夫よ。警察が関わっているなら聖天子様の元に連絡が行くはず。原田君にも私が連絡しておくわ」

 

 

「そうです優子さん。黒ウサギたちは子どもたちを守りましょう」

 

 

真由美と黒ウサギは優しく声をかけて、優子の背中をさすった。

 

二人のおかげで優子の啜り泣くのが止まるのは早かった。

 

 

________________________

 

 

原田は東京警察署に来ていた。理由は影胤がここに連れて来られたからだ。

 

意外だっと原田は思った。影胤は何の抵抗もせずに素直に連行された。それが気掛かりで仕方ない。

 

廊下を歩き、聖天子様から貰った許可証明書を部屋の前にいる警察官に見せて中に入れてもらう。

 

部屋の中は病室と同じような家具の配置だったが、小さい窓には脱走を防ぐ鉄の檻がある。

 

上体だけ起こした影胤がベッドにいた。上半身は肩まで包帯に巻かれ、腕もグルグルと巻かれている。仮面は没収されたのか、包帯で目以外の顔を隠している。

 

 

「聖天子から釈放の許可を貰った。木下の証言もあったからすぐに怪我をした奴も捕まるだろう」

 

 

「小比奈は?」

 

 

「無事だ。里見たちと一緒にロビーで待っているはずだ」

 

 

そうかっと影胤は言った後、立ち上がろうとする。

 

 

「怪我は大丈夫なのかよ」

 

 

「問題無い。心配をかけさせて悪かったね」

 

 

「……違うな」

 

 

「……どうしたんだい?」

 

 

「まだ会ったばかりだが、今のお前、何か違う」

 

 

原田は直感で思ったことを口にする。影胤は少しだけ動きをピタッと止めた後、すぐにスーツを着始める。

 

 

「そうだね……私は今の自分を見て混乱しているんだろう」

 

 

「混乱……何に?」

 

 

「小比奈が人を斬った時、嬉しかったことだ」

 

 

「……………」

 

 

「おや? 狂っていると言っても構わないんだよ?」

 

 

「いや、この事件は襲った人間が悪い。俺もそう思っているから」

 

 

小比奈は悪い事をした。でも、一般的、客観的に見たら小比奈の行いは『正義』に見えるだろう。

 

だから影胤が小比奈の悪行に嬉しいと思うことは、普通の感情だと原田は納得している。

 

 

「だけど、殺そうとすることは間違いのはずだよ? 君ならもっと穏便に片付けられた」

 

 

「買いかぶり過ぎだ」

 

 

「それに、それだけじゃないんだ」

 

 

影胤はシルクハットを深く被り、呟く。

 

 

「『呪われた子どもたち』が傷ついた瞬間、言葉にできないくらいの怒りを覚えた」

 

 

「ッ!」

 

 

原田は影胤の言葉に息を飲んだ。

 

これが以前東京エリアを崩壊しようとした大悪党が、そんな言葉を口にすると。

 

大樹が影胤を変えたことに嬉しく思うが、表情は真剣なままを保つ。

 

 

「小比奈が何もしなかったら、私が彼らを八つ裂きにしていた。原型を留めることするら許さないくらいに」

 

 

「お前……」

 

 

「私は悪だ。この世の誰よりも黒く、この世の全てを嘲笑う」

 

 

気が付けば影胤の手には仮面が握られていた。隠し持っていた仮面のようだ。

 

 

「このふざけた世界でも、私は笑い続けよう。絶望に屈しないために」

 

 

影胤は思い出す。大樹が泣いた仮面をつけたあの時を。

 

 

『何故泣いた仮面を?』

 

 

『お前の仮面不気味すぎだろ。だから泣いたっという設定』

 

 

『設定……君は私たちを何だと……』

 

 

『笑うのもいいけど、泣くことも大事だぞ』

 

 

『……どういうことだい?』

 

 

『お前の代わりに、俺がこの仮面を使ってやるよ』

 

 

あの時、影胤は大樹の言葉を理解できなかった。しかし、たった今、理解した。

 

彼は、私のために泣こうとした。

 

感情に流されるなっと自分に言い聞かせて来たが、もうやめよう。流されてもいい時があることを知った。

 

私は怒りを覚えてしまった。この燃えるような感情は敵にぶつけよう。

 

私はこの世界を笑っていた。しかし、大切なモノは絶対に笑わない。

 

そして、私は泣くことが無い。

 

 

「この戦争を終わらせる。ふざけた世界を壊す」

 

 

それが願い。その願いが叶うころに、自分は泣けるだろうか?

 

彼の思いに答えることはできるだろうか? いや、私は———ッ!

 

 

 

 

 

「———蛭子 影胤。悪の名の下に、正義(ニセモノ)を裁く」

 

 

 

 

 

「ッ……!」

 

 

原田はその言葉にゾッとした。しかし、それは恐怖であって恐怖じゃない。

 

人をここまで変える大樹(アイツ)が怖い。そして、世界を本当に変えてしまうかのような可能性が生み出されつつあるこの光景。

 

確信した。この戦争は、負けないっと。

 

 

「ああ、頼りにしているぜ……!」

 

 

震える声を抑えながら、原田は笑った。

 

 

 

________________________

 

 

 

『本日の正午を持って、32号モノリスを破壊する』

 

 

アリアは———緋緋神は拠点に現れた直後、そう言い残し、姿を消した。

 

ちょうどあの日から5日後、宣戦布告通りモノリスを破壊するようだ。

 

防衛ラインを築き上げ、全民警が武装して位置についた。もちろん蓮太郎のアジュバンドも。

 

東京エリアはこの短期間で2つの防衛拠点を作り上げた。

 

まず最前線に青の拠点を作り上げた。主に防壁が数多く造り上げられ、ガストレアの足止めするために堀も作った。この拠点はガストレアの足止め———時間稼ぎだと思って構わない。

 

次に山や川、平地に赤の拠点を作り上げた。土地を利用した様々な罠、最大火力を誇る仕掛けも施している。恐らく東京エリアの切り札だ。

 

無論、赤の拠点が破壊、突破された時の策は容易してある。最悪な状況になった場合もどうするか想定済み。

 

 

「司馬重工は全面的に民警のバックアップをさせてもらうで」

 

 

心強い言葉を言ったのは司馬 美織だ。長い振り袖から手を出し、握手を求める。当然、原田は握った。

 

 

「感謝する。もちろん、報酬は里見で」

 

 

「俺を売ったのか!?」

 

 

原田と美織の力強い握手に蓮太郎が驚愕。思わず手を斬ってやりたくなってしまった。

 

 

「バラニウムの弾丸は大量に使って構わへん。何か問題が起きたら連絡しいな」

 

 

「非戦闘員は赤の拠点で待機して指揮監督や武器の用意をしている。そこにいてくれるとありがたい」

 

 

原田の要求に美織は笑顔で応じる。蓮太郎も美織がバックにいてくれることに嬉しく思う。

 

 

「あーら木更。いたの? 胸がブクブク膨満したんちゃう? ガストレアに食って貰うとか思うとるの?」

 

 

「あら美織? ガストレアのエサになりに来たの? 残念ね。そんな胸の無い子はおよびではないから」

 

 

「「戦争ね」」

 

 

「おいおいおいおい!? 新しい戦争始めてんじゃねぇよ!?」

 

 

原田が急いで止めにかかる。二人はどんな状況でも平常運転のようだ。

 

ある程度口喧嘩した後、美織はその場を後にする。

 

 

「気いつけてな、木更」

 

 

「ッ!」

 

 

小さい声だったが、木更には聞こえた。美織の言葉が。

 

 

「言われなくても……分かっているわよ……」

 

 

頬を朱色に染めた木更に、蓮太郎は微笑んだ。

 

こんな状況でも、心配していることを嬉しく思う。

 

 

「里見、最後の通達だ。仲間を全員集めろ」

 

 

「ッ……分かった」

 

 

原田の言葉に蓮太郎は気を引き締めた。

 

すぐに仲間を集め、原田の所に集合する。

 

 

「青の拠点は時間稼ぎ。最低でも二日は耐えて欲しいと思っている。無駄な戦闘は控えて、遠距離から倒してくれ。武器は十分にある」

 

 

「けッ、んなぁかったるいことをする必要あるか。俺は構わず行くぞ」

 

 

将監は大剣を握り絞めながら原田に逆らう。しかし、原田はニタリっと笑っていた。

 

 

「青の拠点と防壁の間は堀が掘ってある。奇襲を仕掛けやすいぞ。お前のような近接格闘を得意とするような奇襲がな」

 

 

「へッ、分かってるじゃねぇか」

 

 

「敵の状況は私が後ろで指揮を取ります。将監さんの強さを余すことなく発揮できます」

 

 

夏世の言葉に将監は特に文句は言わず、そうだなっとしか言わなかった。丸くなった将監を見て蓮太郎は思わず笑いそうになった。

 

 

「詩希なら遠くのガストレアが見れる。防壁から俺が連絡を伝えれば指示を出しやすいだろ」

 

 

ジュピターさんの言葉で作戦が決まった。

 

 

「中間の防壁で拠点を守る。ジュピターさんのペアは防壁に登り、それ以外は下で戦闘。緊急時はその防壁を捨てて構わない」

 

 

原田の言葉に全員が頷く。蓮太郎は最後にメンバーを見る。

 

 

———序列200位 里見 蓮太郎&藍原 延珠。

 

———特別遊撃部隊 天童 木更。

 

———序列1850位 片桐 玉樹&片桐 弓月。

 

———序列970位 薙沢 彰磨&布施 翠。

 

———序列550位 蛭子 影胤&蛭子 小比奈。

 

———序列705位 伊熊 将監&千寿 夏世。

 

———序列87046位 福山 火星&白井 詩希。

 

 

全アジュバンドの中で一番強いだろう。自分の最強チームを見て負けることなど微塵も思えなかった。

 

 

「原田君たちはどうするの?」

 

 

木更が気になっていたことを尋ねる。

 

 

「俺は中間より後ろの防壁で待機する。黒ウサギは前線で戦う」

 

 

「あのウサギが前線だとッ?」

 

 

「俺の次に強いのは間違いなく黒ウサギだ。七草と木下は後衛で援護射撃する」

 

 

「……最後に聞きたいことがある」

 

 

彰磨が質問をする。それはとても大事なことだった。

 

 

「俺たちは、何千人いるんだ?」

 

 

「……民警は800人だ。自衛隊を含めたら1200人いるかどうかだな」

 

 

1200人で5000体を越えるガストレアに挑む。

 

これは一方的に蹂躙(じゅうりん)される。負け戦のように思える。だが、この場にいる全員がそんなことは思わなかった。

 

この5日間、原田は信頼を民警や自衛隊と築き上げた。我堂とも仲良くなっている。同じ戦う仲間として、認めてもらった。

 

他の民警も原田を信頼している。だから、あの作戦は良好な作戦だと思えた。

 

 

誰も死なずに、勝利する。

 

 

ドゴオオオオオオオォォォォ!!!

 

 

巨大な音が響き渡る。振り返るとモノリスが崩れ始めていた。

 

上体が地面に降り注ぎ、黒い煙を巻き上げる。バラニウムの粉が風に乗って舞う。

 

その光景は人類を絶望させただろう。しかし、俺たち民警は絶望しない。

 

絶望に打ち勝つ。人類滅亡なんて馬鹿なことを阻止する。

 

 

「あの黒い煙が無くなった瞬間、ガストレアが攻めて来るぞ」

 

 

原田の言葉に全員が気合を入れる。

 

 

歴史に名を刻む『第三次関東会戦』が始まった。

 

 

 

 




次回話を出す瞬間に番外編のアンケート集計結果を出したいと思います。次回の後書きと活動報告に書き出しますのでお楽しみに。

感想と評価をくれると嬉しいです(久々に書いた)。


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赤の安全防衛戦術

アンケート結果

1.原田風紀委員のお仕事 9票 ←

2.リアル刑事人生ゲーム 9票 ←

3.もう一日の休日 2票

4.火龍誕生祭の過酷なゲーム 9票 ←

5.はじっちゃんとフィフちゃん 8票

6.Gの超逆襲 10票


ちょっと待てやああああああああああああああああああああああああああああ!?

一位と二位を抜粋する予定が狂った!? あれ!? 二位が3つ!? つまり4つ書けと!?

この私に挑戦状ですか!? 狙ったのですか!?











よし、その喧嘩を買ってやろう。













というわけで文字数的に『Gの超逆襲』が多くなると思いますのでよろしくお願いします。

それとアンケートのご協力、本当にありがとうございます。集計する時はとっても楽しかったです。

本当にありがとうございます。



ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

32号モノリスが崩壊してから30分。バラニウムを含んだ黒い煙が舞い上がってくれたおかげでこの30分間、ガストレアが攻めて来ることはなかった。

 

民警全員が防壁に登り、銃を構える。防壁の高さは5メートル。

 

この5メートルの壁を立てた理由は、すぐに防壁を捨てるために、ガストレアが襲いにくい位置、奇襲を仕掛けやすい高さなどなど。

 

プロモーターやイニシエーターにとって戦いやすい高さが5メートルだったからだ。狙撃手は8メートルと言った例外もあるが、基本はこの防壁だ。

 

簡易で作られたコンクリートだが、強度は中々のモノ。簡単には破壊されない。

 

 

バババババッ!!!

 

ドゴンッ!! ドゴンッ!!

 

キィシャアアアアアアァァァ!!

 

 

銃声が重なり合いながら響き渡り、戦車の主砲が火を噴く。怪物の咆哮が人間に恐怖を植え付ける。

 

だが、誰も止まることはなかった。

 

 

「穿て! 【インドラの槍】!!」

 

 

バリバリッ! ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

耳を(つんざ)く轟音と共に、何十匹もいたガストレアが雷に撃たれて燃え上がる。真っ黒に変わり果てたガストレアは土へと還る。

 

 

「【天輝(あまてる)】!!」

 

 

ズキュウウウウウゥゥゥ!!

 

 

真紅の光線がガストレアを次々と一刀両断する。地面を抉りながら進むその光線を止めれるガストレアはいない。

 

 

「空よ! 前と右から来ているわ!」

 

 

「右はアタシがやるわ!」

 

 

死角の無い知覚魔法【マルチスコープ】を使役した真由美。一定の範囲に宇宙空間を造り出す人類超越魔法を使う優子。

 

 

 

 

 

(((((あれ? 俺たちっているのか?)))))

 

 

 

 

壮絶な光景を目の当たりにした民警全員がそう思った。

 

前線がたったの二人で維持され、例え上空や死角から突破されても二人の少女が超能力(魔法の存在を知らない)的なモノで撃退している。

 

 

「【疑似神格・金剛杵(ヴァジュラ・レプリカ)】!!」

 

 

「【慈雨(じう)の天輝】!!」

 

 

空から雷と紅い閃光が雨のように降り注ぐ。その攻撃はガストレアの大半を一網打尽にした。

 

黒ウサギと原田の猛攻にガストレアの数は減っていた。

 

 

「何だよこれ……大樹も大概だが、アイツらも何なんだよ!? 俺たちがいなくても勝てるんじゃねぇのか……!?」

 

 

防壁から見るその光景にジュピターさんは圧倒されていた。ステージⅤを葬った大樹も規格外。だが、同等に彼らの戦闘力も規格外なモノだ。

 

 

「ジュピターさん、あれ! 人が飛んでる!」

 

 

「は?」

 

 

人が飛ぶのは大樹ぐらいだろっと心の中で思うが、詩希の言葉は本当だった。

 

空に人影が見えた。ジュピターさんはすぐに双眼鏡を取り出し、正体を暴く。

 

 

「女の子……!?」

 

 

緋色のツインテールをした少女。髪の色と同じ色をした緋色の(はかま)。袴のスカートは黒色だった。

 

そして何より、目に入るのが炎を纏っているということ。その異常な光景に、冷や汗が止まらない。

 

 

そして、ふと少女が見せた笑みに嫌な予感がした。

 

 

「ッ……詩希。敵は近くにいるか?」

 

 

「ううん。いないよ」

 

 

「……もっとよく探してくれないか?」

 

 

「……やっぱりどこにもいないよ?」

 

 

詩希が必死に見渡して探すが、どうやらいないようだ。では、何故あの少女は笑っている?

 

思考を巡らせている時、あることを思い出した。

 

 

『モンスターラビリンス』

 

 

「ッ!?」

 

 

体に電撃が走ったかのような感覚が襲い掛かった。すぐにジュピターさんは叫ぶ。

 

 

「下だッ!! 下から来るぞッ!!!」

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

ジュピターさんの叫ぶ声は遅かった。既に地面から爪のような鋭いモノが飛び出し、防壁の前まで来ていた。

 

あの一件で学習したはずなのに、アリのようなガストレアがいると思いつくことができなかった。

 

 

「ヴァアアアアァァァ!!!」

 

 

咆哮と共に現れた巨体。尖った鼻にずんぐりとした毛深い胴体。短い四肢だが、鋭い爪を持っている。

 

その姿は誰もが知っている動物だった。

 

 

土竜(モグラ)のガストレアか! だったら視力は低いはずだ! 背後から狙え!!」

 

 

素早く敵を分析した我堂の指示に民警が動く。しかし、その指示に蓮太郎は息を飲んだ。

 

 

「馬鹿野郎! ソイツは———!!」

 

 

蓮太郎の言葉が届くことはなかった。

 

 

「ヴァアアアアァァァ!!」

 

 

ブンッ!!

 

 

モグラのガストレアは襲い掛かる民警たちに鋭い爪を振り払った。

 

 

「え……?」

 

 

「延珠ッ!!」

 

 

「弓月ッ!!」

 

 

「翠ッ!!」

 

 

ダンッ!!

 

 

蓮太郎たちの声と共に延珠、弓月、翠が動く。延珠は二人の民警の服の襟首を掴み、翠が二人のイニシエーターを救出。弓月は糸でモグラのガストレアの動きを鈍らせた。

 

 

「「天童式戦闘術二の型十六番———!!」」

 

 

蓮太郎と彰磨がモグラの頭上を取る。そして同時に体を捻らせながら蹴りを繰り出す。

 

 

「「———【隠禅(いんぜん)黒天風(こくてんふう)】!!」」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

鈍い音が響き、頭部に強い衝撃をくらったモグラのガストレアは後ろから倒れる。

 

 

「天童式抜刀術一の型八番———」

 

 

その隙を逃さない。倒れるガストレアに高速で近づく木更は鞘に収めた刀の柄に手を置く。

 

 

「———【無影(むえい)無踪(むそう)】」

 

 

ズバンッ!!!

 

 

木更が刀を抜刀した瞬間、巨体のガストレアが一刀両断された。上半身と下半身が分離されたモグラのガストレアは悲鳴を上げることなく絶命した。

 

 

「モグラは視覚を失う代わりに敵や獲物の感知は敏感だ! 飛び道具で倒すか、誘導して倒すのが一番だ!」

 

 

我堂は蓮太郎の言葉に驚いた。自分よりも若い人間がここまで戦いに長けていることに。

 

敵の分析、早急な対処、的確な指示。リーダーとしての器が十分にあった。

 

 

「……なぁ弓月。オレっち……いるのか?」

 

 

「しっかりしなよ兄貴!?」

 

 

大樹ほどではないが、蓮太郎たちもそこそこ規格外な存在だ。足を引っ張っていることに玉樹は両膝を折って地面を拳で叩きつけた。上からジュピターさんが『分かる。分かるぞその気持ち。頑張れ、お前ならできる』と小声で応援している。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

「「「「「ヴァアアアアァァァ!!」」」」」

 

 

次々といたるところからモグラのガストレアが出現する。その光景に民警は恐怖するが、

 

 

「『エンドレススクリーム』!!」

 

 

「うおおおおォォォッ!!」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

影胤の斥力の槍。光の槍でガストレアを薙ぎ払い、将監は次々と力技でガストレアを叩き斬った。

 

小比奈も的確に敵の急所や弱点を斬り裂き、夏世の計算された指示を味方に出す。

 

どんなハプニングでも、彼らは動揺することはなかった。

 

 

「何なんだよ……あのアジュバンド……」

 

 

「強過ぎる……どこの奴らだ?」

 

 

「【絶対最下位】の集めた奴らだ! 間違いねぇ!」

 

 

ざわめく民警たち。その強さに誰もが驚愕した。

 

ガストレアに一方的に蹂躙される。どんなに運が良くても、死者は出る。その考えが今の戦いで変わった。

 

 

「ふッ……面白い。【絶対最下位】と会ってみたいものだな」

 

 

我堂は小さく笑い、気を引き締める。

 

若い者には、まだまだ負けないっと。

 

 

「勝つぞッ!! 我々の大切な人たちを守るのだ!! 奴らを殺せッ!!」

 

 

「「「「「オオオオオォォォ!!!」」」」」

 

 

我堂の掛け声で民警の士気が最高潮に上がる。大気を震わせ、怖気づいてしまうガストレアも見える。

 

 

「これが戦争……いい……これがあたしの求めたモノ!」

 

 

空からその光景を見降ろしていたアリア———緋緋神が嬉しそうに笑う。

 

 

「でも、まだ足りない。それは何か……分かるか?」

 

 

「知るかよッ!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

原田の容赦無いパンチを緋緋神は余裕を持って片手で止める。正確には手に触れる前に緋色の炎が原田の拳を止めていた。

 

 

「くッ」

 

 

「それは、あたしの力がまだ振るわれていないことだ!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

緋緋神の回し蹴りを腹部にくらい、原田の体は高速で落下する。しかし、地面に着く前にナイフを取り出して応戦する。

 

 

「【天輝】!!」

 

 

「あたしを楽しませろ!!」

 

 

バギンッ!!

 

 

亀裂から飛び出した紅い光線は緋緋神の出した立方体(キューブ)———次次元六面(テトラデイメンシオ)で軌道をズラす。当然、緋緋神に当たることはなかった。

 

 

ザシュウウウウウゥゥゥ……!!

 

 

靴を削らせながら地面に着地する原田。動きを邪魔していた白いコートを脱ぎ捨て、身軽になる。

 

 

「死なせないように戦うとか思っていたが……さすが神と言ったところか……骨が折れるぜ……!」

 

 

短剣を握り絞めた原田はもう一度跳躍し、刃を振るった。

 

 

________________________

 

 

 

モノリスの外でも戦いは起きていた。上空1000メートルでは爆発が起き、炎が舞い上がっていた。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「ぐぅッ!?」

 

 

右太ももを撃ち抜かれたガルペスは歯を食い縛る。痛覚は無いが、動きが鈍ることに苛立つ。

 

撃ち抜いたのは宮川 慶吾(けいご)。髪も服も白一色で統一された姿はガルペスにとって不気味でしかなかった。

 

 

「貴様ッ……!」

 

 

白い白衣が真っ赤に染まる。その血は当然ガルペスのモノだ。

 

 

「出し惜しみなんて真似はやめとけ。本気で来ないと死ぬぞ」

 

 

「くッ!」

 

 

ガルペスの身体から泡のようなモノが溢れ出し、体を包み込む。

 

 

パンッ!!

 

 

軽い音と共に泡は弾け飛び、無傷になったガルペスが姿を現す。しかし、表情は険しい。

 

拳銃を右手に持った宮川の存在感に圧倒されている。ガルペスと宮川の距離は10メートル以上あるが、宮川から溢れ出る強さがガルペスを恐怖に陥れようとしていた。

 

 

「【ソード・トリプル】!!」

 

 

ザンッ!!

 

 

虚空から銀色の剣が作り出され、宮川に向かって放たれる。

 

 

ドゴンッ!! ドゴンッ!!

 

ガチガチンッ!!

 

 

宮川は冷静に剣の軌道を予測し弾丸を当てる。2本の剣は粉々になり、残り一本となる。

 

 

「ッ……」

 

 

残りの一本は体を逸らすことで回避。そのまま銃口をガルペスに向けた。

 

 

「【死すべき運命の炎(シュテルブリヒ・フランメ)】」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

重い銃声が轟く。地獄を印象させるような赤黒の炎が銃口から飛び出した。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

ガルペスの体に直撃した瞬間、炎を巻き上げながら巨大な爆発が巻き起こる。

 

 

「……なるほどな」

 

 

ダンッ!!

 

 

宮川は上を向き見定める。黒煙の中からガルペスが空に向かって飛び出し、白い翼を広げていた。

 

その時、口端を吊り上げて不敵に笑うガルペスが見えた。

 

 

「【制限解放(アンリミテッド)】!!」

 

 

「ッ……!」

 

 

ガルペスが右手を掲げると、虚空からが二輪馬車が出現した。

 

宮川は知っている。新城 奈月———セネスに力を与えた炎と鍛冶の神。名はヘパイストス。その【制限解放(アンリミテッド)】と見て間違いないだろう。

 

紅い炎で作られた2頭の馬は鳴き声を上げながら走り回る。

 

 

「【戦車(チャリオット)】!!」

 

 

古代兵器の名を口にした瞬間、二輪馬車の炎がさらに燃え上がった。

 

ガルペスは二輪馬車に乗り、左手に【アイギス】の盾を作り出し、反対の右手には【三又(みまた)(ほこ)】握り絞めた。

 

 

 

 

 

「【制限解放(アンリミテッド)】!!」

 

 

 

 

 

「何ッ?」

 

 

ガルペスはもう一度【制限解放(アンリミテッド)】を口にした。そのことに宮川は眉を寄せる。

 

光の粒子がガルペスの体に集まり、形を作り上げていく。

 

それは英雄の守護神と呼ばれる神———【アテナ】の力。

 

 

「【守護神の鎧(アテナ・アーマー)】!!」

 

 

光の粒子は白銀の鎧と変質し、顕現させた。

 

如何なる刃も貫かせない無敵の鎧。

 

如何なる衝撃をも殺す絶対の鎧。

 

ゆえに、如何なる敵から守る完全無欠の鎧だ。

 

 

『貴様は徹底的に潰す。この戦いに、後悔するがいい』

 

 

アーメットヘルム越しから聞こえるガルペスの声。背後から今まで隠れていた未来兵器が姿を現す。

 

 

『あの屈辱を、貴様にも与えてやる。降臨せよ、【ガーディアン】』

 

 

未来兵器は3メートルにも及ぶ巨大人型兵器。身体と同じくらいの大きさの剣と四角形の盾を持った白色の鎧。

 

数にして20体。ガルペスを中心としたフォーメーションで主を守っている。

 

 

「チッ、お得意の機械いじりか……」

 

 

その光景に宮川は舌打ちをする。

 

 

「……ダメだな、これは」

 

 

拳銃を握り絞めながらそう呟いた。

 

 

________________________

 

 

 

「ッ! 見てッ!」

 

 

真由美が指を指した方向を見てみると優子は目を見開いて驚愕した。

 

空で戦っている原田とアリア———緋緋神だ。原田は何度も地面を蹴ってジャンプしている。対して空中に浮くことができる緋緋神が有利だと分かった。

 

 

「原田君が指示できないから私が指示をみんなに出すわ。その間に———」

 

 

「大丈夫よ。前線を下げる時間はアタシが稼ぐわ」

 

 

役割をしっかりと理解している優子。真由美の確認は必要は無かった。

 

すぐに優子は飛行魔法を発動させて前線へと赴く。前線はモグラのガストレアが開けた穴からガストレアが侵入して来ていたが、蓮太郎のアジュバンドが素早く対処方法を伝達し、早急に倒していた。

 

 

「里見君! もうすぐガストレアが一気に攻めてくるはずだわ! 前線を後退させながら防壁を捨てて行って!」

 

 

優子の言葉は蓮太郎だけでなく、全員に聞こえた。しかし、誰も反応を示さない。それもそのはず———

 

 

(((((飛んでる!?)))))

 

 

———飛んでいるから。

 

全員が口を開けて目を疑った。優子は気付かず、首を可愛く傾げているだけ。

 

 

「わ、分かった。ゆっくりと下げる……」(大樹の周りも凄すぎるだろ……)

 

 

蓮太郎は何とか答えることができた。動揺を少し隠せていないが、優子は気付いていない。

 

しかし、木更があることに気付く。

 

 

「待って! あなたはどうするつもりなの!?」

 

 

「アタシはこのまま前線を維持するわ」

 

 

「おいおい!? まさか一人とか言うんじゃないだろうな!?」

 

 

木更に返した優子の言葉は当然褒められるようなモノじゃなかった。玉樹の言葉は肯定して欲しくないっと木更は願うが、

 

 

「そうよ」

 

 

だが、優子は頷いてしまった。

 

 

「やめた方が良い。飛行ガストレア、遠距離から狙うガストレアだっているはずだ。悪い事は言わない。私たちと共に下がるんだ」

 

 

「ごめんなさい影胤さん。アタシはもうお荷物だけは嫌なの」

 

 

今まで大樹に守られてきた自分。それは嬉しく思う。でも同時に悲しかった。

 

何もできないことが、後ろに隠れ続けることが。

 

あの時、自分が美琴とアリアを守ることができたらっと後悔している。大樹が命を削ることも無かったのでないかと。

 

しかし、今は違う。

 

『魔法』という武器がある。助けることができる力がある。

 

 

「アタシは、もう後ろに隠れてはいられない」

 

 

手遅れになる前に、後悔する前に、アタシは『前』に出る。

 

 

「【ニブルヘイム】!!」

 

 

バキバキバキバキッ!!

 

 

振動減速系広域魔法【ニブルヘイム】を使い、周囲一帯を凍らせる。ガストレアは足から凍り付き、やがて全身が凍り付き絶命する。

 

 

「な、何だよこれ……!?」

 

 

「世界が……凍った……!?」

 

 

蓮太郎とジュピターさんの口が震える。その光景に誰もが震えあがった。

 

前線を維持? それどころかこのまま押し切ってしまうのではないかと思ってしまうくらいの勢いだった。

 

 

「ギギィッ!!」

 

 

「ッ!」

 

 

しかし、空中を飛び回るガストレアには関係無い。コウモリのようなガストレアが何匹も優子へと襲い掛かる。

 

 

「させませんッ!」

 

 

バチバチッ!!

 

 

その時、下から電撃が飛び、ガストレアにぶつけられた。命中したガストレアは一瞬で黒焦げにされ、その命を終える。

 

優子が下を向くと、ギフトカードを持って黒ウサギが構えているのが見えた。

 

 

「優子さん。一人ではなく、黒ウサギたちにも頼ってください。黒ウサギはいつでも、力を貸します」

 

 

「黒ウサギ……………そうね、そうよね」

 

 

緊張が解けた優子はCADを前に構え、黒ウサギは槍を振り回す。

 

 

「援護するわ、黒ウサギ!」

 

 

「Yes! 黒ウサギたちに負けは無いですよ!」

 

 

________________________

 

 

 

 

「調子ええな。このままだと航空自衛隊の爆撃に間に合う。狙い通りや」

 

 

赤拠点の後方、最後の防壁では美織や作戦立案の人材が多く集まっていた。美織の言葉に一同はざわめき、喜んだ。

 

 

「あちらに大打撃を与えれば必ず撤退するはずです。あちらと連絡が付いた瞬間、退却できるように準備、援護してください」

 

 

「「「「「了解!!」」」」」

 

 

真由美の言葉を聞いた瞬間、一斉に待機していた民警が立ち上がる。士気は高まっており、、もう彼らに逃げることなど微塵も思っていなかった。

 

 

「順調やね」

 

 

「ええ、順調です」

 

 

美織と真由美は同じ言葉を言う。しかし、二人とも笑みを一切見せなかった。

 

 

「順調だからこそ怖い……良くない風や」

 

 

「敵は必ず仕掛けてきます。十分警戒するべきです」

 

 

二人が笑みを見せないのは気が抜けていなかったからだ。

 

調子が良い時、油断している時にやられるかもしれない。真由美は敵がそれだけ厄介だと知っている。

 

ガルペス。

 

あの男の存在だ。九校戦を地獄へと変えたあの事件は忘れることはない。この戦争も、簡単に終わるはずが無い。

 

 

ダンッ!!

 

 

そして、その最悪の期待に応えるかのようなことが起きた。

 

ドアが勢い良く開かれ、血相を変えた民警の男が大声で報告する。

 

 

 

 

 

「ひ、『光の槍』がッ……前線部隊にッ……直撃したッ!!」

 

 

 

 

 

 

________________________

 

 

 

「今のは……?」

 

 

『余所見とは愚かなッ!!』

 

 

光の槍が前線へ放たれ、薙ぎ払われた。大地が裂け、防壁が崩れ落ちる。崩壊した光景に一瞬だけ目を奪われる。

 

宮川の隙をガルペスは逃さない。【戦車(チャリオット)】の速度を上げて宮川に正面からぶつかる。

 

 

ガチンッ!!

 

 

宮川の持った銃とガルペスの持った槍が交差する。本当に正面からぶつかれば宮川の銃は壊れる。それくらい理解できた。

 

よって取った行動は受け流し。銃身で槍の刃を滑らせて宮川は体を移動させてガルペスの背後を取る。だが、

 

 

『【ガーディアン】!!』

 

 

ゴォッ!!

 

 

巨大人型兵器の剣が何度も振るわれる。宮川は空中で回避するも、ついに追い詰められる。

 

飛行能力を持たない宮川にとって、空中戦は不利でしかなかった。

 

 

シュッ

 

 

「チッ」

 

 

脇腹に剣が掠った。少量の血が服を赤く染み込ませる。

 

 

「【邪悪な暴風(シュトゥルムベーゼ)】」

 

 

ゴオオオオオォォォ!!

 

 

風の弾丸を射撃。【ガーディアン】の動きは鈍るが、攻撃はやめない。

 

しかし、宮川に攻撃が当たることは無かった。

 

宮川は暴風に身を任せて加速する。振り下ろされる剣を軽々と避けてみせた。

 

 

(一体一体厄介な強さを持っていやがるな)

 

 

【ガーディアン】の力量を見極めながら風に揺られる。すぐに【ガーディアン】は宮川の後を追う。

 

右手に握った銃の弾丸を全て取り出し、【ガーディアン】に向かって投げつける。

 

 

ドゴドゴドゴオオオオォォォ!!!

 

 

連鎖的に銃弾が爆発し、黒色の煙が視界をジャックする。

 

【ガーディアン】はすぐに搭載されたレーダーを使って宮川の場所を探る。

 

 

「わざわざ来てやったぞ、クソったれ」

 

 

ゴオォ!!

 

 

煙の中から飛び出して来たのは宮川。銃を握らず、拳を作っているだけだ。

 

 

『馬鹿がッ!!』

 

 

ガルペスは好機だと確信する。【ガーディアン】にはあらゆる耐性が備われており、拳など効くはずがなかった。

 

しかし、宮川の拳は普通じゃなかった。

 

両手から黒いオーラが溢れ出し、ガルペスを不安にさせた。

 

 

 

 

 

「【暴君の大虐殺(デスポート・メツェライ)】」

 

 

 

 

 

ガシャアアアアアァァァン!!

 

 

その瞬間、全ての【ガーディアン】が殴り壊された。

 

気が付けば壊れていた。ガルペスは宮川の攻撃を捉えることができなかった。

 

音速を越えた速さならガルペスの特殊義眼である右目が捉えたはずだった。しかし、捉えることは無かった。

 

 

ギギギッ……!

 

 

【ガーディアン】から壊れた機械音が響く。歪になった動きはやがて止まり、森の地へと墜落する。

 

爆発の炎が舞い上がり、木々を焼き尽くす。その光景にガルペスは絶句した。

 

 

『まさか……今の力は……!?』

 

 

「余所見は愚かじゃなかったのか?」

 

 

『ッ!?』

 

 

ドゴンッ!!

 

 

背後から聞こえた声にガルペスは反応するが手遅れだった。すぐに腹部に衝撃が走り、体をくの字に曲げる。

 

反撃しようと槍を宮川に振るおうとするが、槍は宮川の右手で抑えられていた。

 

空中で【戦車(チャリオット)】に乗りながら二人は睨み合う。

 

 

『鎧通し……貴様にそんなことができるとはな』

 

 

鎧を無視して直接体に攻撃を当てる普通じゃ修得することができない技。しかし、宮川は首を横に振った。

 

 

「違うな。そんな芸当、俺にはできねぇよ。この力の本質はお前が一番知っているだろ」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

宮川はいつの間にか左手に持った銃でガルペスの頭部を撃ち抜く。

 

アーメットヘルムの破片が飛び散り血を流す。壊れたヘルム越しからガルペスは宮川を睨みつける。

 

 

「お前と俺の思っていること、同じだと思うぜ」

 

 

『そうだろうな……!』

 

 

互いが口にする言葉は同じだった。

 

 

「お前を殺してやるよ」

 

 

『貴様はここで殺す!!』

 

 

 

________________________

 

 

 

真由美は後方で待機していた部隊と自衛隊を連れて前線へと向かっていた。高機動車に乗って時間を短縮するも、前線に辿り着くまで5分という時間まで短縮した。

 

現在もガストレアは進行をやめる様子は見えない。部隊を分断させて救出部隊と討伐部隊、二つのチームに分けていち早く前線にいる人たちの救助を行う作戦にした。

 

 

(『光の槍』……ガストレアとは考えにくいわね……)

 

 

報告によればレーザーのような光の槍が防壁を破壊し、地面には大きな谷を作るほどの威力だと言っていた。ガストレアは脅威的な存在だが、科学的な存在では無いはず。よって、考えられることは二つ。

 

ガルペスか緋緋神による攻撃。もしくはガストレアの新たな進化の跳躍。

 

 

(後者だと最悪だわ。ただでさえ、マークしているガストレアが多いのに、これ以上増えると不利になるわね)

 

 

真由美はこれからのことを考えるが、対策は全く浮かばなかった。それもそのはず、優子たちの生存確認がまだされていないからだ。

 

心配し過ぎてそれどころではない。持っていた書類を投げてまでこの前線まで来ている。

 

やってはいけない行為だと分かっているが、それだけは譲れなかった。

 

 

「おいッ!? アルデバランじゃないのかッ!?」

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

悲鳴のような声に一同が恐怖した。真由美は車両から顔を出して前方を確認する。

 

 

「ヒュルルルルオオオオオォォォ!!!」

 

 

轟く雄叫びに全身が震える。小山と見間違えるかのような巨体。

 

長い尾に四つん這いになった生き物。背中はアルマジロのような硬い甲羅のようなモノ。大きな柱のような短い八本の足。無数に伸びる触腕は不規則な動きをしており、一本一本が生きていると思わされる。

 

 

「嘘……どうしてこんなに前に来ているのッ!?」

 

 

真由美の顔色は一気に悪くなり、口を抑えた。

 

相手の大将であるアルデバランが死ねばこの戦争が終わる。よってアルデバランは後方で待機しているはずだった。なのに、

 

 

「七草ッ!!!」

 

 

「ッ!? 原田君ッ!?」

 

 

その時、上空から原田の叫び声が聞こえた。真由美は再び車窓から体を出して上を見上げる。

 

上空では原田と緋緋神が戦い、ちょうど原田は隣まで落下して高機動車に掴まる。

 

 

「結論から言う! 緋緋神に全部読まれていた! あの野郎、戦略の腕だけは確かだ!」

 

 

「じゃあどうすれば……!?」

 

 

「前線に行け! 少なくとも黒ウサギは生きている! 上から雷が見えた!」

 

 

原田はそれだけ告げると、再び地を蹴り緋緋神と相対する。

 

真由美にこれからの作戦を言わなかったのは任せているからだ。この場で適切な判断を下せるのは真由美だと。

 

 

「指揮官。俺たちはアンタについて行くぜ」

 

 

「えッ?」

 

 

後ろに座っていた民警たち———それは影胤討伐作戦で大樹のことを信頼した民警たちだった。

 

 

「ビックツリーが大切な人たち、俺たちが守らなきゃ仲間じゃなくなる」

 

 

イニシエーター(コイツ)が救われたのはアンタたちのおかげだ。借りは大きく返したいしな」

 

 

プロモーターとイニシエーター。みんなが真由美に笑顔や決意に満ちた表情で見ている。

 

真由美は大きく息を吸い込み、通信機に向かって作戦を告げる。

 

 

「『アルデバラン』を優先的に攻撃してください。敵大将が死にかければ、敵の前線は下がるはずです。これ以上、調子に乗らせないでください」

 

 

その報告に民警たちは勢いをつけた。

 

 

「よっしゃあああああァァァ!! 奴を殺して英雄になってやる!!」

 

 

「最速クリアだ! ニューレコード目指すぜ!」

 

 

「テメェら!! 俺は帰ったら結婚するぜ!」

 

 

「「「「「おいやめろ」」」」」

 

 

「アルデバラン、くたばれやあああああァァァ!!」

 

 

「「「「「うおおおおおォォォ!!!」」」」」

 

 

さりげなく死亡フラグを立てた人もいたが、士気は大いに高まった。

 

前線に侵入して来たアルデバランに向かって大量の弾丸が撃ちこまれ、無数のミサイルが発射された。

 

 

「私たちはこのまま前線に向う。ここから先は一番危険に———」

 

 

「「「「「上等だッ!!」」」」」

 

 

「———大樹君の影響かしら?」

 

 

くすりッと真由美は微笑み、腕輪型CADを装着した。

 

 

 

________________________

 

 

 

前線は———地獄だった。

 

防壁は無残に破壊され、前線に残った人工物は消えていた。

 

数え切れないほどのガストレアがこちらに向かって進行している光景は地獄としか言いようがなかった。

 

しかし、希望はあった。

 

 

「ッ! いたわッ!!」

 

 

「ま、真由美さん!?」

 

 

「えッ!? どうしてここに!?」

 

 

前線部隊が集団を作り、後退しているのが見えた。その集団を囲むようにガストレアが次々と襲い掛かっている。

 

真由美が声を出すと、黒ウサギと優子が振り返った。二人は驚いた表情で真由美たちを見ていた。

 

二人は前に出てガストレアと戦っている。後ろには負傷者が多数、壊滅状態に陥っていた。

 

 

「黒ウサギ! アルデバランが近くに来ているわ! ダメージを与えれば状況が———!」

 

 

「ッ! ですがここを放棄するにはいけません!」

 

 

黒ウサギは真由美の伝えたいことをすぐに理解できた。

 

だが槍を振り回し第三宇宙速度で動く黒ウサギにはそれは不可能だ。負傷者を守ることに精一杯で手を放すことなどできないからだ。

 

 

「『ネームレス・リーパー』!!」

 

 

ザンッ!!

 

 

その時、ガストレアの体が真っ二つに別れた。斥力を鎌状に変化させた攻撃だった。

 

攻撃したのはもちろん影胤だ。すぐに小比奈が走り出しとどめの一撃を叩きこんでいる。

 

 

「夏世!! 次はどいつだ!?」

 

 

「後ろです! その次は右の敵をお願いします!」

 

 

将監と夏世の連携で影胤ペアが対処できない穴を埋める。

 

 

「弓月! もっと張り巡らせろ!」

 

 

「無理ッ!! 数が多過ぎる!!」

 

 

玉樹と弓月。二人は息が上がっているが戦うことはやめない。歯を食い縛って戦っていた。

 

 

「ここは私たちが食い止める。それよりもアルデバランをどうにかするんだッ」

 

 

「ですがッ———!」

 

 

「はぐれた仲間が死んでもいいのかねッ。進行を止めた方が生存確率が上がるッ」

 

 

影胤の強い言葉に黒ウサギは下唇を噛む。真由美は二人の会話を聞いて戦慄した。

 

姿が見えない。蓮太郎、延珠、木更、彰磨、翠、ジュピターさん、詩希。彼らが見当たらない。

 

はぐれた仲間———蓮太郎のアジュバンドのことだったのだ。

 

 

「それとも、救出部隊だけでは任せられないのかねッ?」

 

 

「……分かり……ましたッ……!」

 

 

苦渋な決断に黒ウサギは頷いた。武器を下げて跳躍する。アルデバランのいる方向に。

 

黒ウサギと入れ替わるかのように真由美たちが入り込む。

 

 

「どのくらい持てばいいかしら?」

 

 

「少なく見積もって15分と言った所だろう」

 

 

「……厳しいわね」

 

 

「この状況こそ、彼が来てくれると助かるのだがね?」

 

 

「そうね、大樹君が恋しいわ」

 

 

「フッ、ここにいる全員がそう思っているだろうね」

 

 

「もうライバルが増えるのは勘弁してほしいわ」

 

 

真由美は魔法式を組み上げ、影胤は斥力フィールドを展開する。

 

 

「よーし、オレっちたちも頑張るぜッ!! な、将監ッ!!」

 

 

「あぁ!?」

 

 

「ヒィ!?」

 

 

「何やっているの兄貴……」

 

 

「将監さん……」

 

 

 

________________________

 

 

 

蓮太郎たちは無事だ。

 

『光の槍』を受けようとした時、優子の持っていたペンダントが光り出し、民警全員を守った。

 

巨大なガラスの箱のようなモノに包まれ『光の槍』の攻撃を防いだ。ありえない現象に驚くが、助かったことは理解できた。

 

しかし、ガラスの箱は1分ぐらいの時間で消滅した。すぐにガストレアが襲い掛かり、再び『光の槍』が降り注いだ。今度は詩希が警告してくれたおかげで避けることができたが、部隊がバラバラになってしまった。

 

木々が生い茂る森の中、3人はいた。

 

 

「最悪だ……通信機も壊れちまった」

 

 

「こっちもダメです。繋がりません」

 

 

「俺もだ」

 

 

蓮太郎、翠、ジュピターさんの3人は溜め息をつく。

 

自分のパートナーともバラバラになってしまい、この状況は最悪だった。

 

 

「そう遠くはないはずだ。後ろに後退すれば戻れるはず」

 

 

「問題はガストレアとの戦闘って言ったところか」

 

 

蓮太郎の言葉にジュピターさんが答える。

 

即座に連携を組めるかどうか不安が高まる。しかし、今はこの3人で切り抜けるしか方法は無い。

 

 

「戦闘時は俺が中衛に回ろう。ジュピターさんは後衛で翠が前衛だ」

 

 

「おう」

 

 

「ま、任せてください」

 

 

蓮太郎の提案に二人は頷く。

 

翠のスピードなら前衛で敵の攻撃を避けることができる。ジュピターさんの射撃もプロと言っていいほどの並みならぬ上手さを秘めている。

 

蓮太郎は二人の力を分析して出した案だった。

 

 

「急ごう。日が暮れたらこっちは終わりだ」

 

 

「ま、待ってください!」

 

 

ジュピターさんが立ち上がりながら言った矢先、翠が止めた。

 

 

「聞こえます……ガストレアです」

 

 

「チッ、早いな。どうするリーダー? 逃げるか、待ち伏せか」

 

 

「撤退だ。この地形は俺たちにとって不利過ぎる」

 

 

滑りやすいぬかるんだ地面に視界の悪い森林。明らかに状況の悪さを示していた。しかし、

 

 

「……私は……倒すべきだと思います」

 

 

「……本気か? 意見するのは珍しいが、この状況じゃ———」

 

 

「ジュピターさん。ターゲットが現れました」

 

 

ブブブブブッ

 

 

羽音のようなモノが低く響く。その音に蓮太郎とジュピターさんは気が付いた。

 

木々の隙間から見えるガストレアの姿。ソイツは飛んでいた。

 

大きな球体の体に四枚の羽が生えたガストレア。表面はハチの巣のようにボコボコと穴が空いている。

 

 

「【ビーボックス】……!」

 

 

蓮太郎が呟いた。額から汗が流れ落ち、喉が干上がる。

 

第一の討伐目標であるガストレア。それが目の前に来ているのだ。翠が倒すという選択肢を出すのは間違ってない。

 

しかし、今の3人で倒せるのだろうか? 連携も確認していない3人で、あのステージⅣに勝つことが可能であるか?

 

 

「リーダー」

 

 

「里見リーダー」

 

 

「ッ……お前ら」

 

 

ジュピターさんと翠は頷きながら蓮太郎の顔を見ていた。そんな二人を見た蓮太郎は決意する。

 

閉じていた義眼が開き、バラニウム義肢の右腕が姿を現す。

 

 

「戦闘開始、これより【ビーボックス】を排除する!」

 

 

「「了解ッ!!」」

 

 

ダンッ!!

 

 

蓮太郎と翠は同時に走り出し、高速で森の中を駆け抜ける。

 

 

「グルァッ!!」

 

 

当然ビーボックスを護衛しているガストレアはいる。無数の犬型のガストレアが襲い掛かって来る。

 

 

シャンッ

 

 

しかし、翠に対してその攻撃は無意味。いや、無謀だ。

 

ガストレアの横を通り過ぎた翠は一瞬だけ爪を伸ばし、ガストレアを斬り裂いた。しっかりと急所を狙った攻撃にガストレアは当然耐え切れず、絶命する。

 

翠に対して速さで勝負することは、負けに行くことに等しい。

 

 

(奴の弱点はどこだ……!?)

 

 

蓮太郎は走りながらビーボックスの弱点を(さぐ)っていた。羽か? 穴の中か?

 

 

「リーダー!! 一番上だ! 奴の目玉がある! バラニウムで潰せ!!」

 

 

「ッ!」

 

 

スナイパーライフルのスコープから覗いて敵を観察していたジュピターさんの声が聞こえた。蓮太郎は迷うことなく飛翔する。

 

 

ドドドドドッ!!!

 

 

その時、ハチの巣のような穴から鋭利のトゲが飛び出した。ガストレアの防衛攻撃と見て間違いない。

 

 

ドシュッドシュッ!!

 

 

右腹部、左肩に一発ずつ掠るが、蓮太郎の動きが止まることはなかった。

 

 

「ぐぅッ……負けるかッ!!」

 

 

ゴオォッ!!

 

 

バラニウム義肢の右脚から黄金色の薬莢が弾き出される。同時に炸裂し、スピードが加速して上昇する。

 

ビーボックスの目玉と同じ高さまで到達した。目玉はギョッと驚き、動きを止めてしまっていた。

 

 

「天童式戦闘術一の型十五番———」

 

 

その隙が、命取りだ。

 

 

「【雲嶺毘湖鯉鮒(うねびこりゅう)】!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

目玉に向かって容赦の無い一撃が叩きこまれた。目玉は無残に飛び散り、爆散した。

 

 

ドゴンッ!! ドゴンッ!! ドゴンッ!!

 

 

追撃。蓮太郎はバラニウムの弾丸を何発も根元に撃ちこんだ。

 

やがて羽は動きを止めて、ゆっくりと墜落し始める。

 

 

「やった!?」

 

 

「マジかよ……やるなリーダー」

 

 

「里見リーダー! 避難を!」

 

 

その光景にジュピターさんは驚きながら称賛の言葉を贈る。翠はすぐに蓮太郎の隣に来て肩を貸してその場から離脱する。

 

 

「撤退だ! このまま逃げ切るぞ!!」

 

 

蓮太郎たちは笑いを堪えながら走り出した。

 

 

________________________

 

 

 

「延珠ちゃん! 逃げるわよ!」

 

 

「わ、分かったのだ!」

 

 

木更の掛け声に延珠はスピードを上げる。

 

 

「あっちからガストレア来ている!」

 

 

「凄いな。二方向指しておきながら『あっち』でまとめるとは」

 

 

詩希と彰磨もその場にいた。右と左を同時に指す詩希に彰磨は苦笑いするしかなかった。

 

しかし、彰磨と延珠は暗い表情だった。

 

 

 

 

 

既に彼らはビーボックスを討伐した。

 

 

 

 

 

しかし、『彼ら』という言葉は恐らく間違いである。現に彰磨と延珠はサポートしただけだからだ。

 

ビーボックスと遭遇した瞬間、木更は迷うことなく排除を選んだ。

 

延珠が木更を抱えてビーボックスの真上を取った瞬間、勝負は決まった。

 

絶対の一撃。木更の斬撃はビーボックスを一撃で沈めた。

 

その光景に延珠と彰磨は絶句。言葉を失った。

 

 

(木更がこれほど強くなっているとは……復讐は人をここまで変えるのか)

 

 

彰磨は木更の横顔を見ながら心配していた。

 

天童家に伝わる妖刀【殺人刀・雪影】は持つに値する者が使うと真価を発揮するが、そうでない者が使うと刀に魅入られて破滅の道を歩むと言われる。

 

破滅に進んでしまうか、彰磨は気が気で仕方ないのだ。

 

 

「あ、翠ちゃんだ!」

 

 

「「「ッ!?」」」

 

 

詩希の言葉に三人が驚く。詩希の指を指した前方に翠だけじゃなく、蓮太郎、ジュピターさんがいた。

 

 

「ジュピターさんもいた!」

 

 

「おまけ感覚で言ってんじゃねぇよ! というか走れッ!!」

 

 

あちらもこちらの存在に気付き合流するが、それどころではない。

 

蓮太郎と木更は同時に説明する。

 

 

「ガストレアに追われている! 逃げるぞ!」

「ガストレアに追われているの! 逃げるわよ!」

 

 

その瞬間、一同が戦慄した。

 

互いにガストレアを引き連れていたこと。こうしてガストレアの数は倍以上に膨らんだ。

 

そして、全員が走り出す。

 

 

「何で追われてんだよ!?」

「どうして追われているのよ!?」

 

 

「「こっちのセリフ!!」」

 

 

「落ち着けお前たち。今はこんなところで夫婦漫才をしている場合か」

 

 

「彰磨兄ぃは黙って!」

「彰磨君は黙って!」

 

 

「……………」

 

 

「薙沢 彰磨。こっちの世界に歓迎するぜ」

 

 

ジュピターさんは彰磨の肩を叩き、微笑んだ。その表情は彰磨を少しだけイラつかせるくらいいい表情だった。

 

 

「蓮太郎! 夫婦漫才なら妾とだろ!?」

 

 

「知るかッ!!」

 

 

「待ってジュピターさん! しりとりしようよ!」

 

 

「このタイミングでお前は何を言い出してんだよ!?」

 

 

「りんご!」

 

 

「始めるなよ!?」

 

 

「翠。蓮太郎に変なことをされなかったか?」

 

 

「彰磨兄ぃ!?」

 

 

 

「カオス過ぎるだろう!!!」

 

 

 

ジュピターさんの最後の叫びで会話が止まる。その時、

 

 

「ヒュルルルルオオオオオォォォ!!!」

 

 

ガストレアの敵大将———アルデバランの悲鳴のような叫びが轟いた。

 

後ろから追って来てたガストレアはその悲鳴を聞いた途端、一斉にアルデバランのいるほうへと駆け出した。

 

その光景に蓮太郎は呆然と見ていた。

 

 

「助かった……のか……!?」

 

 

蓮太郎の言葉を聞いてもいまいち実感が湧かない。本当に助かったのか……夢なのではないかとも疑った。

 

 

「いたぞ! 行方不明の前線部隊だ!」

 

 

そして、救助部隊も同時に駆け付けた。彼らの姿を見てやっと自分たちは生き残ることができたと理解できた。

 

 

________________________

 

 

夜。空から黒い雨が降り始めた。

 

モノリス倒壊時に空に舞い上がった大量のバラニウムが雲を生み出し、雨となって降り注いだ。成層圏やらなんたらを形成うんぬん言っていたが、ジュピターさんの知識では半分しか理解できなかった。

 

この戦争での死者は未だに0のまま。そのことがニュースで流れ、歴史的快挙だと報道されていた。

 

この馬鹿共がッとそのニュースを見てジュピターさんは舌打ちする。

 

 

(結局赤の拠点は崩壊。ビーボックスは3体しか討伐できていない)

 

 

一体は我堂率いるアジュバンドが討伐したと報告が入っている。後で顔を見せに行こうと思う。

 

あの時、自分たちが助かったのは黒ウサギのおかげだと聞いている。アルデバランに決定的な一撃を与え、撤退させたのだ。そのおかげで他のガストレアも撤退した。

 

しかし、黒ウサギの表情は暗かった。

 

 

『アルデバランは、不死身と言っても過言ではありません』

 

 

その一言に、誰もが絶望した。

 

黒ウサギがアルデバランに攻撃を当てた時だった。巨大な電撃の球体をアルデバランにぶつけ、体の上体を全て削り取った。

 

しかし、すぐに傷口からブクブクと泡が吹き出し再生したのだ。

 

ガストレアの再生速度は異常。だがアルデバランの再生速度は規格外に達していた。

 

 

『現段階で討伐方法は全身を焼却できる威力が必須となる。よって———』

 

 

———討伐不可能。

 

 

核でも使わない限り倒すことができない。仮に核を使えば東京エリアは汚染されて終わるので意味が無くなってしまう。

 

 

「不可能を可能にする方法……アイツしかいねぇだろうな」

 

 

一握りの希望はあった。それは大樹が帰って来ることだ。

 

ステージⅤのガストレア———【ゾディアック・ガストレア】であるスコーピオンを葬った規格外なら倒せるはず。

 

規格外にはさらなる規格外を。彼しかいないのだ。

 

 

「……………」

 

 

拠点の窓から外を見る。森林が生い茂った深い闇に包まれた場所。

 

次の戦闘場所はこの青の拠点―――森だ。

 

この森が突破されればすぐに東京エリアが目の前に来る。そう、最後の砦なのだ。

 

 

(この黒い雨が無くなれば、奴らはまた攻めて来る)

 

 

ジュピターさんは拳をギュッと握り絞めて遠くを睨み付けた。

 

 

 

________________________

 

 

 

死者はでなかった。しかし、負傷者はいる。

 

その者はすぐに東京エリアに撤退。もしくは物資の手伝いなどをさせる。戦いには参加させない。

 

仮病を使う者もいたが、その者も物資の手伝いをさせる。恐怖で動けないのは当然だ。あの怖さを知ってしまった以上、無暗に参加させるなんてことはできない。

 

ちなみに負傷者の手当てはなんと菫先生が行っていた。蓮太郎は誰か死体になってしまうではないかと心配していたが、どうやらターゲットは自分だったので安心……できねぇ。

 

そして、『光の槍』の正体が判明した。

 

負傷者に『難聴』や『視野狭窄(きょうさく)』が見られた。そして菫先生は答えを導き出した。

 

 

『水銀』を圧縮させた攻撃だと。

 

 

水俣(みなまた)病』は聞いたことがあるだろう。水銀汚染による公害病。それらの表情が負傷者で症状が見られたのだ。それが菫先生の確信に至った理由。

 

 

「だから蓮太郎君には死体になって———」

 

 

「ならねぇよ!!」

 

 

菫が何か言う前に声を張り上げる。

 

青の拠点の一室を借りた蓮太郎たちは休憩していた。もちろん、次の戦いに備えての休息だ。

 

木更と延珠は病人の介護を手伝い、彰磨と翠、将監と夏世はどこかに行ってしまい、影胤と小比奈も見当たらない。玉樹と弓月は料理の準備をしているらしい。不安だ。

 

ジュピターさんは外を眺めたまま何も喋らず、膝の上で詩希が疲れて寝ている。

 

 

「寂しいのだろう? 相手にしてくれる人がいないから? だから、ここで解剖でもして気分転換しようじゃないか」

 

 

「気分ガタ落ちだろッ」

 

 

「いーや、何かに目醒めさせるよ私は」

 

 

「やめろ。ってハサミを置けッ!!」

 

 

チョキチョキとハサミを持ちながら近づく菫に蓮太郎は顔を真っ青になっていた。

 

 

「雨は明日には止むはずだよ。黒い雲は3日間消えないだろうけどね」

 

 

「……天候は最悪だな」

 

 

暗い地形の中、太陽が隠れたこの場所は夜までとはいかないがかなり暗い。圧倒的に人間側は不利だ。

 

 

「だけど、木々にバラニウムがこびりつくからステージⅠはうかつに近づけないだろうし、ステージⅡ以上は動きを鈍らせるはずだ」

 

 

「結局二日耐えれなかったからね。今回は半日で突破かね?」

 

 

「させるかよ」

 

 

一日しか持たせることしかできなかった赤の拠点。しかし、次はそうはいかない。

 

蓮太郎は深呼吸して宣言する。

 

 

「ここで、決着をつける」

 

 

「へぇ、良い顔をするようになったじゃないか。あとは死体になるだけで完璧に———」

 

 

「ならねぇよ!!」

 

 

(アイツら元気だなぁ……)

 

 

ジュピターさんは二人の会話に少しだけ入りたい気持ちがあった。

 

 

________________________

 

 

 

「ダメだッ」

 

 

原田は強く否定した。

 

司令官本部に原田、優子、真由美、黒ウサギ。それに我堂と他10数名がいる中、入って来た6人に視線を向けていた。

 

影胤と小比奈、彰磨と翠、将監と夏世。彼らに。

 

 

「状況は分かっているのかね? 『プレヤデス』を倒さない限り、私たちに勝利の文字は無い」

 

 

影胤の言う『プレヤデス』とは『光の槍』———圧縮させた水銀を放つガストレアの名称だ。

 

5キロという超遠距離からの狙撃を可能とする化け物。『プレヤデス』を討伐しない限り、『光の槍』は撃ちこまれ続けてしまう。

 

それを解決しようと名乗り出たのがこの6人だ。

 

 

「蛭子の言う通りだ。奴を殺さない限り、こっちは劣勢だ」

 

 

「テメェら腰抜け共の代わりに行ってやるんだ。文句はねぇだろ」

 

 

彰磨と将監の言葉に原田は机を叩きながら反論する。

 

 

「無理だッ!! 相手には人類を超越した存在だっている! そもそもあの軍団の中に入ることは無謀だ!!」

 

 

現在のガストレアの数は約4000体。自衛隊の援護爆撃を使っておいてこのざまだというのに、その中に飛び込むのは危険度が高すぎる。

 

 

「何も考えずに突入するわけではありません。勝算なら十分あります」

 

 

夏世の言葉を疑うわけでは無い。それでも原田は首を横に振る。

 

 

「なら俺が———!」

 

 

「緊急時に君がいない拠点など耐えられるのかね? すぐに落ちるよ」

 

 

影胤は原田の前まで歩く。

 

 

「君は何を考えている?」

 

 

「……何が言いたい」

 

 

「私は世界を考えている。我々が存在することができる世界をね。この戦争は、私は心のどこかで楽しんでしまっている」

 

 

だけどっと影胤は付け足し、原田と目を合わせる。

 

 

「君は見過ぎている。大切なモノを見過ぎて、他のことに盲目だ。だから、君は失う。恐れていることに、なってしまう」

 

 

その瞬間、原田は言葉を失った。

 

何も言い返さず、ただ顔色だけが悪くなっていく。

 

 

「もう一度見るんだ。君の目的を」

 

 

「目的……」

 

 

原田は俯き、目を閉じる。

 

この戦争に死者は出さない。そして、勝利する。

 

そのためにどうするか? まずは『プレヤデス』を殺す。

 

それは誰が適任だ? 決まっている。

 

 

「命令だ」

 

 

原田は顔を上げて告げる。

 

 

「『プレヤデス』を倒せ」

 

 

『プレヤデス』討伐指示が以下の者に出された。

 

———序列550位 蛭子 影胤&蛭子 小比奈。

 

———序列970位 薙沢 彰磨&布施 翠。

 

———序列705位 伊熊 将監&千寿 夏世。

 

 

「この雨は好機だ。止む前に『プレヤデス』を討伐しろ。その通信が入った瞬間、俺たちが攻める時だ」

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

ずっと守りを堅めるかと思われた状況が覆る。その言葉に全員が驚愕するが、悪くない作戦だと同時に思った。

 

 

「いいか? 絶対に帰って来い。死ぬことは許さん」

 

 

「クックック、私を誰だと思っている」

 

 

シルクハットのつばを掴みながら影胤は笑う。

 

 

 

 

 

「東京エリアを絶望に落とそうとした者だ。ガストレアには地獄を見せて来るよ」

 

 

 

 

 

その解答に、全身が震えあがりそうになった。

 

 

 





土下座です。

更新遅れて申し訳ない気持ちで一杯です。

大目に見てくれると幸いです。今後もよろしくお願いします。


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黒の暗殺任務戦

ハロウィンの日は女の子には絶対にお菓子をあげない作者です。一体どんな悪戯をしてくれるんですかね(ゲス顔)。




影胤たちが部屋を出た後、原田は頭を抱えた。

 

 

「勢いでとんでもねぇことをしてしまったあああああァァァ!!」

 

 

見事に自分の弱い部分を突かれてしまった。両膝を折り地面に両手を付ける。その姿に部屋に居た者たちは引いた。

 

我らの主将が嘆いている。後悔していると。

 

 

「だ、大丈夫ですよ。黒ウサギも影胤さんたちならやってくれると思いますので」

 

 

「そ、そうよ。大樹君も予想できなかったことなんだから」

 

 

黒ウサギと優子が励ますが、原田はさらに落ち込んだ。

 

 

「でも資料には『相手にはジョーカー的な存在が出て来るかもしれないから注意』って書いてあるんだよ! ジョーカーって『プレヤデス』のことだろ……!」

 

 

(((((もうッ、大樹の馬鹿ッ)))))

 

 

ここまで来ると余計なお世話だ。

 

 

「大樹君は私が怒っておくから。ほら、頑張りましょう」

 

 

真由美の言葉に「彼は怒られるのか……」っと我堂は同情していた。黒ウサギと優子は仕方ないっと思っている。

 

 

「そうだな……とりあえず武装準備だ。黒い雨が降っている中で戦うんだ。レインコートやら耐水武器を用意するんだ」

 

 

「了解!」(よっしゃ! 頑張るぜ!)

 

 

「医療班は次の戦いに出れる者だけ声をかけろ。無理はさせないでくれよ」

 

 

「分かりました!」(うわぁ……厄介な奴と話したくねぇ!)

 

 

「作戦班は確認作業だ! 言わずとも、分かるよな?」

 

 

「知るかよ……」(もちろんです!)

 

 

「よし、テメェはそこに立ってろ。後で殴る」

 

 

(((((あぁ……バカがいた……)))))

 

 

心の声と建前が逆になった部下がいた。顔が真っ青になり、やっちまった……っと言わんばかりの表情だった。

 

 

「あー、それと胃薬を用意しろ! ……ちょっとお腹痛い」

 

 

「「「「「司令官!?」」」」」

 

 

________________________

 

 

 

 

里見 蓮太郎は不機嫌だった。

 

原因は自分に相談無しで影胤たちが『プレヤデス』退治に行ったこと。先程から貧乏ゆすりが止まらない。

 

 

「里見君。ただでさえ貧乏なのに、これ以上貧乏になってどうするのよ」

 

 

「木更さん。最近は俺の財布にも1万円札が入っているようになったんだぜ?」

 

 

「影胤と小比奈ちゃんが働いているからでしょ。大樹君はもっと大金を持っているわ」

 

 

「儲かるようになったからな、ウチの会社」

 

 

「そうね。課を作れるくらい人も入ったし最高だわ」

 

 

「……そういや俺はどのくらいの地位なんだ? 副社長とか———」

 

 

「平社員」

 

 

「何でだよ!?」

 

 

「一番稼いでいないからよ。影胤討伐作戦以降、何も成果を出していないじゃない」

 

 

「そ、そんなはずは……あッ、『モンスターラビリンス』だ! あれなら———」

 

 

「私の手柄にしたわッ」

 

 

「ドヤ顔で最低なこと言うなッ!!」

 

 

「姐さん!! 料理できましたぜ!」

 

 

ちょうどその時、料理を作っていた玉樹がキッチンから戻って来た。蓮太郎は「ちくしょう……」と言いながら椅子に座る。

 

玉樹の作った料理は凄かった。シチューやスープは美味しかった。料理の腕が良いという意外な点を見つけてしまった。しかし、蓮太郎や木更は微妙な表情になっていた。

 

 

「「……大樹(君)の料理食いたいな」」

 

 

「ふぁッ!? オレっちが大樹とやらに負けているのか!?」

 

 

「あー、気にするなよ。お前の料理は美味しいよ」

 

 

「ただ、その……」

 

 

「姐さん! ハッキリ言ってくれ! 何が足りなかったのか!?」

 

 

「そうね……………世界、かしら」

 

 

「それ手に入れたらヤバイですよ姐さん!?」

 

 

「でも大樹君の料理と雲泥の差があるから……」

 

 

「嘘……兄貴の料理が泥……!?」

 

 

「待て弓月!? 俺の料理は決して泥では無い! 勘違いしないでくれ!」

 

 

「お前らは黙って飯でも食えないのか……」

 

 

蓮太郎たちの会話にジュピターさんは溜め息をついた。隣では美味しそうに食べる詩希。そんな詩希を見たジュピターさんは自分のパンをあげている。ジュピターさん優しいッ。

 

 

「今回はまぁまぁ良い判断じゃねぇのか? アイツらは並みならぬ強さを持っているし、奴を殺しておかないとまた不味いしな」

 

 

ジュピターさんの言葉にみんなが黙る。そして、一斉に口を開く。

 

 

 

 

 

「「「「「……何の話?」」」」」

 

 

 

 

 

「影胤の話に決まってんだろうがッ!! 忘れてんじゃねぇよ! おい里見! お前の機嫌の悪さはそれだっただろうがッ!!」

 

 

「そうだったッ……!」

 

 

「クッ、私も気付かなかったわ……いつの間にか忘れてしまっていた。これも全部———」

 

 

「「「「「———大樹のせい」」」」」

 

 

「人のせいにするなよ!? さすがに可哀想だろ!? アイツに同情するわ!」

 

 

怒鳴るジュピターさんは頭を抑える。その隙に詩希はジュピターさんのスープを盗む。

 

 

「蓮太郎、妾はこの後どうするのだ? また戦うのであろう?」

 

 

「ああ、原田から指示が出た瞬間、総力でガストレアに奇襲を仕掛ける。バラニウムの雨で弱っているうちにな」

 

 

延珠の質問に蓮太郎は頷きながら説明する。自分の担当区域、緊急時の行動や撤退時の合図。他の者たちも忘れないように覚える。

 

 

「———と言った感じが建前だ。原田から許可を貰った。いち早く影胤たちと合流することの許可を」

 

 

「フンッ、どうせお前のことだ。許可貰わなくてもそうするつもりだっただろうが」

 

 

ジュピターさんはニヤリと笑いながら蓮太郎に言う。蓮太郎も笑って誤魔化したが、それはもう肯定しているのと同じだった。

 

 

「今日はもう寝ようぜ。オレっちは疲れ切ってしまったぜ」

 

 

「そうだな。今のうちに睡眠を取ろう。いつ出撃するか分からないからな」

 

 

玉樹の提案に蓮太郎は頷く。こうして蓮太郎たちの戦争一日目が終わった。

 

しかし、終われない者たちもいる。

 

 

________________________

 

 

 

「くああぁ~……まだ二時間しか寝てねぇぞ」

 

 

「将監さん。皆さんが待っていますよ。急がないと———」

 

 

「チッ、分かってる」

 

 

将監と夏世は防水コートを羽織り、将監は大剣を背負い、夏世は銃器を入れたスーツケースをからう。

 

青の拠点基地の外に出ると、自分たちと同じようなコートを着た四人が待っていた。

 

 

「遅かったじゃないか」

 

 

「チッ、何でテメェはそんなにピンピンしてんだよ」

 

 

「これでも元100番台の民警だよ? これくらいのことじゃまだまだ疲れないね」

 

 

影胤はリュックを背負い、小比奈の腰の後ろに回した鞘の数が4つに増えている。

 

 

「話なら歩きながらできる。日が昇る前に距離を詰めよう」

 

 

彰磨も影胤と同じようなリュックを背負い、翠もリュックを持っていた。

 

彰磨が歩き出すと、影胤たちも後を追うように歩き出す。

 

 

「里見君から『プレヤデス』の正体を聞いたかね?」

 

 

「はッ? 正体って高圧水銀を打ち出す奴のことか?」

 

 

「それ以外に何があるのかね?」

 

 

「……ウチのリーダーは正体が分かったっていうのか? 何も情報が無いのに、冗談だろ?」

 

 

「彼の推察能力は並み外れている。君も、そんな経験があるんじゃないのかい?」

 

 

「……………」

 

 

将監は思い出す。オオムカデのガストレアと対峙した際に蓮太郎から貰った助言を。

 

すぐにガストレアの台となっている名称を当てた。

 

さらに専門家でも頭を悩ませるようなことも里見は当たり前のように答えたこともあると聞く。ありえない話ではなかった。

 

 

「『プレヤデス』はテッポウウオのガストレアだと推測されている」

 

 

「テッポウオか。水タイプの———」

 

 

「お前それポケ〇ンじゃねぇか」

 

 

彰磨のボケになんと将監がツッコミを入れた。そのことに全員が驚く。

 

 

「将監さん……帰ったらバトルですね」

 

 

「はぁ!? 何でお前と俺がゲームしなきゃ———」

 

 

「待て。俺の6Vピカ〇ュウが先にバトルしよう」

 

 

「お前ガチ勢じゃねぇか!!」

 

 

「ん? まさか『6V』の意味が分かっている……………裁判長、俺からは以上です」

 

 

「有罪です将監さん」

 

 

「面倒臭いなお前らッ!?」

 

 

「「冗談だ(です)」」

 

 

「もう通じねぇよ!!」

 

 

「……いい加減、テッポウウオの話の続きからいいかね? 静かにしないと小比奈が斬るよ?」

 

 

「え? 斬っていいのパパ?」

 

 

「「……………」」

 

 

(凄い……あの将監さんが黙った!?)

 

 

一番驚愕していたのは夏世だった。翠は終始どうすればいいかオロオロしていた。

 

 

「よろしい。テッポウウオは口の先から圧縮した水を撃ち出して昆虫を捕食する魚だ。有名な魚だから大体分かるんじゃないかね?」

 

 

「水の代わりに水銀が放たれたと言うことですね」

 

 

影胤の説明に夏世が納得する。しかし、夏世は嫌な顔をした。

 

 

「恐ろしいガストレアですね……ただでさえビーボックスやアルデバランがいる状況に対してキツイ戦いです」

 

 

「これから戦いの激しさは増すだろうな。それでも未だに死者が0なんて信じられないな」

 

 

彰磨の言うことに全員同意する。この死者0と言うことは民警本人たちも驚くことだった・

 

 

「もし大樹君たちがいなければ半数……いや、全滅だったかもしれないね」

 

 

影胤の言葉にゾッとする。想像しただけで手が震えそうになった。

 

 

「……アイツらは何者なんだよ」

 

 

「少なくとも、我々人類の味方だ。敵に回ることは一切ない」

 

 

影胤は将監に返答しながら空を見上げる。

 

 

「彼はまた、私たちのように人を救っているのだろう」

 

 

黒い雲は未だ消えず、黒い雨が降り注いでいた。

 

 

________________________

 

 

 

敵は一度モノリスの外まで逃げている。赤の拠点に留まることはせず、わざわざモノリスの外まで出ていた。

 

よって影胤たちは倒壊したモノリスを越えた先———未踏査領域へと進むことになる。

 

自分たちの構えた拠点よりも暗い森の中を歩く。ぬかるんだ土は滑りやすく、雨は強くなるばかり。最悪だった。

 

 

「……近くにいます」

 

 

「そのようだね。銃器は一切使わないでくれ」

 

 

耳に手を当てながら翠はみんなに教える。影胤も気付いていた。

 

ガストレアがすぐそこにいる。だが今はこちらを襲い掛かるような気配はない。つまり、まだ見つかっていないということが分かる。

 

銃器を使わない理由は夏世が一番知っている。ガストレアを起こしてしまうからだ。以前爆発物を使って失敗したことを夏世はよく知っている。

 

 

「夏世。後ろにいろ。俺がやる」

 

 

「将監さん……」

 

 

「勘違いするな。俺が好きでやっていることだ。お前のためじゃねぇ」

 

 

「……ツンデレ」

 

 

夏世の呟いた言葉は雨の音で掻き消されてしまい、将監には聞こえない。夏世は口元に笑みを浮かべながら将監について行く。

 

 

「翠、ガストレアはこの方角に沿って多くなっているんだな?」

 

 

彰磨の質問に翠は集中しながら頷く。

 

 

「ならば『プレヤデス』とやらもこちらにいるだろうな」

 

 

「恐らくね。キングやジョーカーの周りには護衛がいるはずだ」

 

 

彰磨の推測に影胤も同意する。

 

さらに奥に進むとガストレアの鳴き声や足音、体を震わすような出来事ばかりが起きる。

 

緊張感が高まり、鼓動が早くなってしまう。息を殺したくても、殺せない。意識をすればするほど荒くなる。

 

慎重に歩き続けて1時間以上が過ぎた……はずだ。時間なんてもう気にしていられなかった。

 

 

「グルルルッ……」

 

 

「シャアアァァ……」

 

 

ガストレアの唸り声や鳴き声がすぐそこまで来ている。いつ気付かれてもおかしくないところまで潜り込んでいる。

 

 

「どうする? このままだと見つかるぞ」

 

 

「問題無い。真っ直ぐ進む。君たちは気付いていないかもしれないが、この地形は坂になっている。この調子で上に登ればガストレアの数も減るはずだ」

 

 

「……どういうことだ?」

 

 

「来れば分かるさ」

 

 

彰磨の質問に影胤は振り返りもせず答える。理解できない解答に彰磨たちは文句一つ言わずついていく。

 

雨がさらに強くなる。森の木々が少なくなり、雨が強く体に当たってしまう。

 

 

「……そういうことですね。確かにバラニウムを含んだ雨に直接当たりたいとガストレアも思いませんよね」

 

 

「なるほど。赤の拠点を根城にしなかったのは雨を防ぐため。わざわざ外の森まで戻ったわけか」

 

 

夏世の言葉に彰磨も納得する。他の者も影胤の行動が理解できた。

 

坂を上り切り、森を見渡せる場所に辿り着く。しかし、夜と悪天候のため満足に一望することはできない。

 

 

「あれを見たまえ……っと言っても見えないかな?」

 

 

「暗視スコープ持って来ています」

 

 

影胤の指した方向をすぐに夏世は暗視スコープを取り出して見る。影胤には見えたらしいが、暗視スコープが無ければ誰にも見えないだろう。

 

そして、夏世は目を見開いて驚愕した。

 

 

「まさか……!?」

 

 

「最悪だね。アルデバランを先に見つけてしまうなんて」

 

 

戦慄が走る。

 

森の中に隠れ切れていない小山のような巨体。見間違いじゃない。アルデバランだ。

 

 

「今の私たちに勝つ策は無い。無視しておきたいところだが……アルデバランのいる場所から右の方にゆっくりと視線を移したまえ」

 

 

「……………ッ!」

 

 

「おい夏世! 何が見えたッ!」

 

 

森の中にアルデバランよりもっと小さいモノがうごめくのが見えた。

 

しかし、小さいと言っても通常のガストレアと比べれば大きいガストレアだ。

 

スコープの倍率を上げて正体を見破る。

 

高さと横幅はざっと10メートルほど。口は漏斗(ろうと)状に尖り、テッポウウオだった頃の特徴を残しているようだった。

 

膨張した腹は気球のように膨れ上がり、そこに水銀を溜めているのではないかと推測できた。

 

しかし、気になるのは手足だ。短過ぎる手足に夏世はわけがわからなかった。

 

 

「『プレヤデス』と思います……ただ不可解な点が……」

 

 

「あの退化した手足のことだろ? あれだと満足に食事もできないはずだ」

 

 

夏世の不可解な点に気付いた影胤が答える。他の者にも暗視スコープを回して『プレヤデス』を確認させる。

 

 

「恐らく『相互扶助(ふじょ)』じゃないのか?」

 

 

「ガストレア同士の助け合い……ですよね」

 

 

彰磨の後に緑が分かりやすく続ける。

 

プレヤデスの代わりに他のガストレアがエサを獲り、プレヤデスに与える。その対価に『光の槍』を撃っているのであろう。

 

 

「けッ、人類よりよっぽど愛に満ち溢れているな」

 

 

「将監さんの愛、私は忘れていないですよ」

 

 

「やってねぇよ!?」

 

 

夏世に手玉に取られる将監。その光景を大樹が見ていたら腹を抱えて笑っていただろう。彰磨と翠は笑いを真顔で堪えている。

 

 

「プレヤデスを倒せば確実にアルデバランはこちらに気付く。作戦を練ろう」

 

 

その時、影胤と彰磨と将監。

 

 

3人は悪い顔になった。

 

 

まるで今から起こる暗殺に楽しみがあるかのように。

 

 

「……わ、私も行きます」

 

 

「む、無理しないで夏世ちゃん……!」

 

 

「止めないでください。作戦は私が……!」

 

 

「夏世ちゃん……!」

 

 

必死に夏世を止める翠。小比奈はその光景をただ黙って見ていた。

 

 

 

________________________

 

 

 

作戦を練った6人はプレヤデスへと近づく。

 

プレヤデスの居る場所は森林の深い場所。谷のような大きく長い穴に身を隠していた。他のガストレアも集まって自分の身を固めている。護衛のつもりだろうか?

 

ガストレアの数に圧倒されるが、圧倒されてはいけない。数はざっと見ただけで200以上はいるが、この森にはまだ4000体近くのガストレアが潜んでいる。それを考えるとゾッとなってしまうが、今はこれだけしかいないっとポジティブに考えれる。

 

殺るなら今しかない。

 

 

「「「よし、()るか」」」

 

 

((あぁ……終わった……))

 

 

()()()()()()

 

作戦名『皆殺し』。夏世と翠は合掌していた。

 

 

ダンッ!!

 

 

その瞬間、悪魔のような3人の人間がプレヤデスに襲い掛かった。将監は大剣を大きく振り上げ、彰磨は拳を強く握り絞めて、影胤は斥力フィールドを鎌状に展開させた。

 

だが、

 

 

「キヒッ、寝込みを襲うのは美しくない……でも戦争中ならカッコイイぜ」

 

 

「「「ッ!?」」」

 

 

三人の動きが止まった。踏み出した足を急いで地面を踏みしめた。走り出していた体を止める。

 

目の前に立ち塞がったのは緋色の袴を纏った少女———緋緋神だった。

 

 

「よりによって大樹君の嫁が来るとは……可能性としては考えていたが、本当に来るとは思わなかったよ」

 

 

「まぁ楢原の女になるのは考えても良かったけど、もう駄目だな。アイツは壊れた」

 

 

「……どういうことかね?」

 

 

「こっちからあっちに干渉できていたけど何故かもうできねぇからな。いいぜ、教えてやる」

 

 

緋緋神は不敵な笑顔で影胤に話す。

 

 

「心は『鬼』に食われたよ。自分の大切な人を殺すくらいにな」

 

 

「……落ちたと言うのか」

 

 

「落ちるより酷いものさ。今の楢原は人の心すら壊す。どうしようもない愚か者だ」

 

 

緋緋神の言葉に影胤はシルクハットのつばを掴み、深く被り直す。

 

 

「……クックック」

 

 

「……何で笑う」

 

 

「フハッハッハッハッハッ!!!」

 

 

ついに耐え切れなくなったのか影胤が盛大に笑いだした。周りのガストレアが起きることも気にせずに。

 

 

「確かに、実に愚かだ。無理をしてまで自分の体を傷つけるなど、正気じゃない———」

 

 

「おい影胤。テメェ……」

 

 

将監が何かを言おうとするが、影胤はすぐに告げる。

 

 

「———だから、君のような(やから)たちは愚かだ」

 

 

その言葉に緋緋神の笑顔が凍り付いた。

 

 

「神は所詮その程度のモノか。これでは話にならないね」

 

 

「あたしを……馬鹿にしているのか……?」

 

 

「くだらん。その話が本当なら君は焦るべきだ。策を練るべきだ。そして、怯えろ」

 

 

影胤は斥力フィールドを展開させる。小比奈も両手に刀を握り絞めて笑う。

 

 

「人類を甘く見たな、愚かな神よ」

 

 

「後悔するなよ……!!」

 

 

平常を装っているが、緋緋神は怒っている。神の逆鱗に触れた。

 

全員が構える。緋緋神が右手を上げると、全方向からガストレアの咆哮が轟いた。

 

目覚めた。いや、緋緋神が目覚めさせたのだ。

 

 

「夏世ッ!!」

 

 

将監が夏世の名前を叫ぶ。夏世は銃器を入れたスーツケースの底、隠していたもう一本の黒い大剣を取り出す。

 

夏世はそれを将監に投げ渡す。

 

 

「ギャーギャーうぜぇんだよッ!! クソッたれがッ!!」

 

 

ズバンッ!! グシャッ!!

 

 

二刀流で中型のガストレアの首や胴体を真っ二つにした。その威力はもう1000番台の実力を遥かに超えていることを証明していた。

 

 

「目的を忘れるな! 雑魚は後回しだ!」

 

 

彰磨と翠はプレヤデスに向かって走り出す。その行動を緋緋神が許さない。

 

次次元六面(テトラデイメンシオ)を彰磨の前に出現させる。だが、

 

 

「『レヘ・ツヴィンガー』!!」

 

 

ギャンッ!!!

 

 

球体状に広がった斥力フィールドが内側から破裂し、緋緋神に向かって数え切れない斥力の破片が襲い掛かる。

 

緋緋神は目の前に緋色の炎壁を作り出し、回避しようとするが、

 

 

「ッ!?」

 

 

いつの間にか斥力の中に閉じ込まれてしまった。

 

直方体の箱。斥力の(おり)に捕らわれた緋緋神は驚愕する。簡単に捕まったことに、そして何より見抜けなかったことに。

 

斥力の磁場が体の行動を鈍らせ、頭が痛くなる。出力を上げればとんでもないことになっているだろう。

 

加減されているのはアリアの体だからか、影胤の優しさか? いずれにせよ、この檻は長く持たない。 

 

 

ゴォッ!!

 

 

「脆いッ!!」

 

 

緋緋神の体から溢れ出す緋色の炎が斥力を分散させて、檻を壊す。しかし、一瞬の隙はできた。

 

 

グシャッ!!

 

 

将監の握った二つの大剣と彰磨の必殺の一撃を秘めた拳がプレヤデスに当たった。

 

大剣はプレヤデスの膨らんだ腹部を大きく引き裂き、拳は内側から破裂させる衝撃を与えた。

 

プレヤデスの悲鳴が轟く。

 

 

「……………」

 

 

緋緋神は特に動揺することなく、プレヤデスが絶命する瞬間を見届けた。

 

 

「撤退です! 退路は翠さんが作っています!」

 

 

「あんにゃろうッ……まだ殺し切れていねぇぞ!」

 

 

夏世が先導し、将監は愚痴りながら逃走し始める。

 

 

「大丈夫か翠?」

 

 

「はい! 問題ありません!」

 

 

彰磨が翠の心配をしながら走り出す。翠は元気よく答えた。

 

 

「ああ、ときめく。あたしの求めた戦争……お前らは最高だッ!!」

 

 

ゴオオオオオォォォ!!!

 

 

緋色の炎柱が何本も燃え上がり、退路を塞がれる。

 

 

「殺すまでの数分間……数秒かもしれない……本気であたしを楽しませろ!!」

 

 

立ち塞がる緋緋神に全員の表情が硬くなる。武器を構え、緋緋神の攻撃を警戒するが、

 

 

「だったら死んでも文句は言うなよ?」

 

 

「ッ!?」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

その時、一発の銃弾が緋緋神の頬を掠った。緋緋神の反応が遅れていれば額に直撃していただろう。

 

銃弾が飛んで来た方向をすぐに振り返ると、そこにはなんと銃を構えた宮川がいた。

 

だが残念なことに体に大きな傷があった。右肩から左脇腹にかけて引き裂かれたような大きな傷が白い服を真っ赤に染め上げていた。その大怪我に全員が目を見開いた。

 

 

「……さっさと行け。コイツは俺がやる」

 

 

だが宮川は痛がる素振りは見せず、無表情で影胤たちに先を急がせる。

 

将監や彰磨たちは行くことを躊躇(ちゅうちょ)したが、影胤が首を振ったのを見て、行くことを決意する。

 

 

「将監さん……」

 

 

「行くぞ夏世。腹が立つが俺たちとは次元が違いすぎる」

 

 

夏世の手を引きながら走り出す将監。彰磨も将監と同じように翠の手を引いて走り出す。

 

影胤は後ろを振り返ることなく小比奈と一緒に走り出す。

 

 

「……それって何だ?」

 

 

緋緋神は眉を寄せていた。見ていたのは宮川の持っている普通の拳銃より二回りくらい大きな黒い拳銃。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「ッ!?」

 

 

返事の代わりに返って来たのは宮川の撃った銃弾。緋緋神はまたギリギリの所で回避する。

 

 

「……キヒッ、同じ匂い……いや、違う……もっと上の……!」

 

 

「察しが良いのは気に食わん。それ以上模索するな」

 

 

宮川は再び銃口を緋緋神へと向けた。

 

 

 

________________________

 

 

 

 

「夏世! 早く連絡を送れ!」

 

 

「今送っています!」

 

 

将監の言葉に夏世は走りながら大声で答える。

 

先頭では小比奈と翠がガストレアを瞬時に撃破して行き、拠点へと一直線で向かっていた。

 

 

「ヴァンッ!!」

 

 

「キャガッ!!」

 

 

犬型ガストレアに鳥型ガストレア。地上から上空からガストレアの群れに狙われていた。

 

 

「ヒュルルルルオオオオオォォォ!!!」

 

 

アルデバランの咆哮が轟いた。

 

その咆哮に全員が息を飲んだ。

 

 

「あの野郎、起きやがったぞ!?」

 

 

「当たり前だ。ガストレアの最強攻撃力を持ったガストレアが殺されたのだからね。緊急事態だろう」

 

 

焦る将監の言葉に影胤は冷静に返す。

 

 

「どうする!? このままだと袋叩きに遭うぞ!?」

 

 

彰磨の言ったことに誰も答えれない。隠れても鼻の()くガストレアによって発見されるだろう。逃げても足の速いガストレアに追いつかれる。

 

この状態は明らかに詰み。対策を打たないと死んでしまう状況だった。

 

 

「どうして……拠点に連絡は送ったのに……どうして返事が返ってこないのですか!?」

 

 

夏世は顔を真っ青にしながら連絡通信機を操作していた。連絡を送ればすぐに自衛隊が動き出し、空からの爆撃が開始される予定だった。

 

しかし、無情にも連絡は返ってこないまま時間は過ぎて行った。

 

 

「そんな……!」

 

 

「……………」

 

 

翠も泣きそうな顔になり、小比奈も表情が険しかった。

 

その時、将監は夏世の隣まで走り、並んだ。

 

 

「夏世」

 

 

ポンッ

 

 

そして、夏世の頭の上に手を置いた。

 

 

「え……?」

 

 

「言え。今、俺たちは何をすればいいのか?」

 

 

静かに語る将監に周りも驚く。一番驚いているのは夏世だ。

 

 

「お前の策を言え。無いなら考えろ」

 

 

「……………」

 

 

「時間なら俺が稼ぐ。俺には()()ができねぇからな」

 

 

将監は足を止めて、後ろを振り返る。その先からガストレアが近づいて来る気配が体にビンビンと伝わって来る。

 

夏世はしばらく黙った後、将監の腕を掴んだ。

 

 

「時間は必要ありません。思いつきました」

 

 

「けッ、遅ぇよ」

 

 

酷い事を言う将監だが、夏世の口元は笑っていた。

 

夏世は一呼吸置いた後、急いで説明する。

 

 

「これは可能性の話、確実ではない策です」

 

 

「それでも無いよりは良いはずだ。言ってくれ」

 

 

彰磨の言葉に夏世は頷く。

 

 

「この付近に『ビーボックス』がいるはずです。それを早急に倒せば生き残る可能性は上がるはずです」

 

 

「理由は?」

 

 

「ビーボックスを倒せば付近にいるガストレアを混乱させることができます。ですが時間が経てばすぐにアルデバランは異常に気付き、ガストレアを大量に向かわせるでしょう。しかし、混乱している時間、隙ができている時間を突き、逃げ切ることができれば現状より大きく生き残る可能性が上がります」

 

 

「確かに……君の言っていることは正しく良い判断だ。だが一番の問題がある。ビーボックスの場所は分かるのかい?」

 

 

「アルデバランは自分が暗殺されないように防衛包囲網を張っていました。ならばフェロモンを瞬時に全ビーボックスに伝えれるように等間隔で囲むように置かれているはずです」

 

 

夏世は影胤に聞かれたことをドンドン話していく。

 

 

「赤の拠点で私たちのアジュバンドが戦った2体ビーボックスがいましたよね? あの二体は偶然隣り合ったビーボックスでした。その時倒した際に座標をある程度把握しています。そこから失った3体のビーボックス……つまり残りアルデバランの包囲網を逆算した結果を導き出した結果———」

 

 

夏世は東の方向を見ながら指を指す。

 

 

「———この先に、ビーボックスはいます」

 

 

その完璧過ぎる夏世に将監を除いた全員が驚愕した。将監は夏世の行った一連を当たり前だったかのように、何も反応を見せず、夏世の指した方向を向く。

 

 

「話が長い。結論だけ言え、結論だけよぉ」

 

 

「そうでした。将監さんの頭では理解できませんでしたね。訂正します。将監さん、あっちに行ってガストレアを倒してくだちゃいね?」

 

 

「あぁ!? 斬られたいのか!?」

 

 

夏世は笑いを堪えながら将監の隣に立つ。

 

 

「あのペア……頼もしいじゃないか」

 

 

「大樹君が認めるのも頷ける。あの時とは違うようだね」

 

 

彰磨の褒め言葉を影胤はすんなりと受け入れる。

 

 

「時間が無い。もう話はまとまっただろ? すぐに殺すよ」

 

 

「ビーボックスの周りにはどれくらい溜まっていると思う?」

 

 

「少なく見積もっても100だね。私たちがここにいることは向うは気付いているからそれ以上は確実に置かれているね」

 

 

「どれだけいろうが関係ねぇよ。全部、ぶっ殺せばいいんだろうが」

 

 

三人の悪魔は笑う。それにつられて三人の小悪魔も微笑む。

 

ガストレアは地獄を見ることになる。

 

 

「ヒュルルルルオオオオオォォォ!!!」

 

 

アルデバランの咆哮は、やがて悲鳴に変わる。

 

 

________________________

 

 

 

ザシュッ! ズバンッ! グシャッ! ドゴンッ! バキッ! ズシャッ!

 

 

次々とガストレアの体が引き裂かれる音が森の中に響き渡る。

 

 

「ギャアッ!?」

 

 

「ヴォアッ!?」

 

 

同時にガストレアの悲鳴も響き渡っていた。

 

急速に絶命するしていくガストレアに、後方で待機していたガストレアは恐怖する。

 

本能的恐怖。ガストレアは今まで感じたことのない恐怖を味わっていた。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

プレヤデスのようなレーザーが薙ぎ払われた。影胤の斥力による槍だ。

 

ガストレアは触れただけで体が消えてしまい、その完全に命を終える。

 

 

パンッ!!

 

 

彰磨の拳は当たっただけで内側から破裂し、苦しみながら死へと導かれる。

 

 

ドシュッ!! グシャッ!!!

 

 

2つの大剣を大きく振り回す将監の攻撃は強大。防御力の高い亀形のガストレアの甲羅は粉々に粉砕され、一刀両断されてしまう。その力は脅威と言わざる得ない。

 

 

シュンッ………グシャッ!!!

 

 

翠による爪の斬撃は時間を一拍遅らせる程の速さだった。翠がガストレアの横を通り過ぎた後、やっと体が上半身と下半身が分かれてしまう。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

しかし、穴があるとガストレアは夏世を見て分かった。ショットガンを撃った瞬間、背後から大勢のガストレアで襲い掛かる。

 

だが、

 

 

ズパアアアアアンッ!!

 

 

その時、足元に仕掛けられたバラニウム製のワイヤートラップが発動した。

 

網状に仕掛けられたトラップは勢い良く上に向かって引き上げられ、ガストレアたちを細切れにした。

 

一網打尽。底知れぬ未知にガストレアは夏世に対して警戒をより一層高めた。

 

そして、一番の恐怖は———。

 

 

ザンッ! ザンッ! ザンッ! ザンッ!!

 

 

———誰よりも多くのガストレアを屠っている少女。小比奈だ。

 

笑った表情で楽しそうに斬る姿はまさに小悪魔。影胤は小比奈のことをこう呼ぶ。

 

 

 

 

 

『邪悪な天使』っと。

 

 

 

 

 

ドシュッ!!!

 

 

小比奈の二つの刀から六つのカマイタチが飛び出す。ガストレアの頭部や手足を斬り落としてしまう。

 

大樹に教わった剣術。それを短期間で会得したのだ。

 

教わったっと言っても小比奈は毎日のように大樹に斬りかかっただけだ。大樹は教科書を読みながら斬撃を回避し、たまに剣術を見せるだけの繰り返しだった。

 

しかし、その繰り返しだけで小比奈はできるようになってしまった。

 

大樹は天才である小比奈を見てこう思う。

 

 

 

 

 

『お前マジふざけんな。俺がどれだけ頑張ったと思ってんだこの野郎』っと。

 

 

 

 

 

……悲しい彼の叫びは小比奈には届かない。

 

 

「見えた!」

 

 

翠の大声に全員が上を見上げる。森から飛び立とうとするビーボックスの姿が見えた。

 

 

「逃げるつもりかッ!?」

 

 

「空に逃げられてはどうしようもありません! すぐに木に登って———!」

 

 

将監の言ったことは当たっていた。ビーボックスは彼らの猛攻から逃げようとしていた。

 

夏世がすぐに指示を出そうとするが、

 

 

「行きなさい小比奈!!」

 

 

「はいパパ!!」

 

 

ダンッ!!

 

 

小比奈の跳躍は地面にクレーターを造り上げるほどの跳躍力だった。

 

高速でビーボックスに向かって飛ぶ小比奈。二本の刀をビーボックスの穴に突き刺す。

 

 

グシャアアアアアアア———!!

 

 

突き刺したまま、小比奈はビーボックスを蹴り、上に向かって跳躍する。

 

 

———ドシュッ!!

 

 

頭のてっぺんまで斬り上げた後、刀身がボロボロになった刀を捨てて、残りの二本の刀を抜刀する。

 

狙いは目玉。小比奈は笑顔で斬り裂く。

 

 

ズバンッ!!!

 

 

目玉を斬り裂いた瞬間、ビーボックスの羽は止まり地面へと落下し始める。

 

 

(やはり次元が違いますね……)

 

 

夏世はその光景に圧倒された。

 

同じイニシエーターでここまで差が出るのかっと。小比奈の強さはズバ抜けていた。

 

 

スタッ

 

 

小比奈はすぐに脱出し、影胤の元まで帰って来る。

 

 

「よくやった小比奈」

 

 

「偉い?」

 

 

「ああ偉いとも」

 

 

影胤は小比奈の頭を優しく撫で、小比奈は気持ち良さそうにしていた。

 

 

「んなことしてる場合か! とっとと逃げるぞ!!」

 

 

「将監さん。私、偉いですよね?」

 

 

「テメェは一発殴られてぇのか……!?」

 

 

「よく頑張ったな翠」

 

 

「はい……ふぁ……!」

 

 

その時、彰磨が翠を優しく撫でているのを見てしまった。ちなみに彰磨は将監に見えるようにやった。つまり確信犯である。

 

翠は気持ち良さそうに撫でられている。

 

 

「……………」

 

 

夏世は真剣な目で訴える。『さぁ! カモン!』っと。

 

 

「……いいから行くぞこのッ!!」

 

 

「わッ」

 

 

夏世は乱暴にわしゃわしゃと撫でられた。それも一秒だけ。

 

髪がくしゃくしゃになり、すぐに将監は走り出した。

 

 

「……デレました」

 

 

「ああ、デレたな」

 

 

彰磨と夏世は拳をぶつけ合い、その後を追った。翠も後ろから追いかける。

 

 

「やれやれ、これも大樹君の影響かね?」

 

 

影胤は呆れながら走り出し、小比奈はその後に続いた。

 

 

________________________

 

 

 

「影胤ッ!!」

 

 

「ッ……里見君かね?」

 

 

森を抜けた矢先、蓮太郎たちが走って来るのが見えた。隣には延珠、後ろには木更、玉樹、弓月。そしてジュピターさんと詩希もいた。

 

全員レインコートを着用しており、防水対策は万全だった。

 

 

「まさかプレヤデスを倒したのか!?」

 

 

「ああ、そのまさかだ」

 

 

玉樹の質問に彰磨は答える。その言葉に蓮太郎たちは驚愕する。

 

 

「あの軍勢の中、よく生き残ったわね……」

 

 

「正直危なかったです。ビーボックスを倒せていなかったら殺されていました」

 

 

「ビーボックスも倒したの!?」

 

 

木更と夏世のやりとりにさらに驚くことがあった。ジュピターさんは「コイツら怖ぇ……」っと引いていた。

 

 

「それよりも爆撃はどうした? 自衛隊は動いていねぇのか?」

 

 

「……自衛隊は、もう動かねぇ」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

蓮太郎の呟いた声は、耳を疑った。

 

 

「奇襲を受けた。ピンポイントでな。俺たちと同じ、奴らも奇襲を仕掛けていやがったんだ……!」

 

 

「どれだけ死んだ?」

 

 

「逃げることを優先していたから奇跡的に……いや相手は意図的に必要以上に狙わなかったかもしれない。死者はいないんだ。その代わり……」

 

 

「……もしかして……もう、ないんですか?」

 

 

翠の言葉に蓮太郎は頷いた。

 

敵が人を殺さなかった理由は戦闘機など優先したためだ。攻撃する手段を奪えば後はこちらのモノっと奴らは考えたと分かる。

 

 

「どうやって奇襲を仕掛けたのかね?」

 

 

「ガストレアの死骸が原因だ」

 

 

「死骸だと? まさか生き返ったとか言うんじゃねぇだろうな?」

 

 

蓮太郎の答えに将監は頭を掻きながら尋ねる。

 

蓮太郎は首を横に振った。

 

 

「『シデムシ』って知って———」

 

 

「知るわけねぇだろボケ。昆虫オタクが」

 

 

「———そこまで言う必要ねぇだろ!?」

 

 

「違いますよ将監さん。ロリコン生物オタク根暗ですよ」

 

 

「悪化してるじゃねぇか!」

 

 

「また話が進まないな……」

 

 

ジュピターさんは頭に手を当てて溜め息をついた。隣にいる詩希は眠そうにしている。

 

 

「とにかくだ! 『シデムシ』は動物の死体に集まる昆虫だ。その死体を餌にしたり繁殖したりすることで有名なんだ」

 

 

「まさか……あの死骸の中に隠れていやがったってのか!?」

 

 

「ああ、オレッちたちに気付かれることなくガストレアたちは近づき奇襲を仕掛けやがった」

 

 

玉樹は将監を肯定し、拳を握り絞めながら悔しそうに言った。

 

 

「最悪なのは拠点じゃなくて自衛隊の拠点を狙ったことだ。大きく火力が削られた」

 

 

自衛隊の仮拠点は青の拠点の隣にある。ガストレアは青の拠点を無視して自衛隊の拠点を攻めたのだ。

 

蓮太郎の話によると、隣接していたため、すぐに異変に気付くことはできた。しかし、戦闘機は全大破。戦車も使いモノにならないとのこと。

 

 

「東京に残っている戦闘機は中心拠点。民間人の防衛に使われるから出動は許可されないだとよ」

 

 

ジュピターさんのトドメと言わんばかりの言葉に、将監たちは絶句した。

 

自分たちの努力が無駄になってしまったことに。

 

 

「無駄じゃない」

 

 

その時、詩希の声が聞こえた。

 

ハッキリと言い切った言葉に、ジュピターさんですら驚いていた。

 

 

「詩希……? お前、何を……?」

 

 

「……分からない、けど……ジュピターさんが悪い」

 

 

「何でだよ!?」

 

 

「ジュピターさんが頑張った人たちをいじめたから」

 

 

「……あー、そう、だな……」

 

 

誰よりも早く詩希の意図にジュピターさんは気付いた。

 

ジュピターさんが言った言葉で将監たちが悪く言われているように詩希には見えたのかもしれないっと。

 

やっぱり人の感情に敏感なんだなとジュピターさんは改めて思う。

 

 

「お前らはよくやったよ。プレヤデスを倒した時点で凄い成果だ。ビーボックスも倒せたならそりゃ成功どころか大成功だ」

 

 

「……まさか慰めているのかい?」

 

 

「さぁ? 俺は思ったことを言っただけだ。こっちは大打撃を受けた。でも、あっちも大打撃を受けた。お前らが大成功しなきゃ最悪な結末だったはずだ」

 

 

ジュピターさんは振り返り、元の道へと引き返す。

 

 

「帰るぞ。風邪になったら最悪だ」

 

 

「ジュピターさんの言う通りだ! 妾も蓮太郎が風邪になったら困る」

 

 

「へいへい」

 

 

延珠と蓮太郎が後に続く。玉樹の「オレっちのマイスイートエンジェルが風邪をひく!? それだけは絶対にダメだ!」とか弓月の「アタシたちはそもそも病気にならないよ兄貴……」なども聞こえた。

 

残った者たちも歩き出す。不思議と表情はみんな明るくなっていた。

 

 

 

________________________

 

 

 

「ふぅ……」

 

 

青の拠点の会議室。円卓会議が終わり、作戦の立案や見直しが一通り終わった。

 

原田は椅子に背を預けて短い息を吐く。

 

 

(奇襲は痛かったが、青の拠点が狙われなかったのは救いか……)

 

 

自衛隊の拠点が襲われ、壊滅した報告を聞いた時は意識を失いそうになった。

 

だが、こちらも成果はある。

 

影胤たちがプレヤデスとビーボックス一体の討伐。お釣りが貰えるくらいの成功だった。

 

 

(雨が止むのは今日の夕方、か……)

 

 

現在時刻は午前8:00———約10時間前後だ。もちろん予報なので変わることはあるので警戒は緩めない。

 

時間的に暗い中の戦闘は不利であるが、俺たちは森に足を踏み入れないので光源は必要ない。

 

 

「反撃の時は来た……ってところだな」

 

 

短剣を握り絞めながら原田はニヤリっと笑う。

 

人類の反撃。逆転の策は練ってある。

 

次は、そう上手くいかせないっと心に決める原田であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい司令官笑っているぞ」

 

 

「はやく言えよ。胃薬じゃなくて栄養剤渡しちゃいましたって」

 

 

「無理だ……今ここで入ったら黒歴史になるはずだ」

 

 

「何事も無かったかのように入れば問題無いだろ」

 

 

「そうだな」

 

 

「そうするか」

 

 

ガチャッ

 

 

「「「司令官、失礼します」」」

 

 

「うん、失礼する前に失礼するお前らにムカつくわ」

 

 

着々と部下の信頼を得ている原田であった。(遠い目)

 

部下三人衆は原田の前まで歩いて来る。

 

 

「で、何だよ? 栄養剤以外になにかあるんだろ?」

 

 

「はい。実は———」(聞いていたのか……)

 

 

部下は原田に報告する。ついでに胃薬も渡した。

 

 

「———となっております」(ひゃー長い報告書だったなぁ)

 

 

「じゃあ迎え撃つ準備は完璧だな?」

 

 

「はい」(前もこんな風に報告したけど赤の拠点無くなったんだよなぁ……)

 

 

「それともう一つ報告があります」(あ、この馬鹿。またよからぬことを考えているな)

 

 

「はぁ……もう帰りてぇ」(重要な案件かと)

 

 

((あ、やっぱりバカだコイツ))

 

 

「ほう……俺の前でまたそんなことをよく言えたな……!」

 

 

原田から怒りのオーラが溢れ出す。失態に気付いた部下は謝る。

 

 

「めんご☆」

 

 

「よし、お前はこの戦争が終わったらブチのめす。報告を続けろ」

 

 

「はい、実は崩壊したモノリス付近の森で———」(死んだな、南無三)

 

 

部下の一言で、原田は言葉を失った。

 

 

 

 

 

「———死体が発見されました」

 

 

 

 

 

 

 




ネタ切れになった私が行う行動。それはすぐにシリアスに走るということ。

シリアスが多いと感じたあなた。察してくれると嬉しいです。……番外編大丈夫かな? 

ネタのオンパレードにするつもりなので。滑っても続けます。ド根性精神です。


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青の策略逆襲戦

ちょっと待って。ギャグ要素が一つも無いんですけど? これ本当にボクの小説? シリアス過ぎないですか?


青拠点は横に長い防壁のような造りになっている。そのため緊急時は一直線に走れば目的地にすぐ着き、ぶつかる角での衝突事故も少ない。この案は原田が出したものだ。

 

原田は一直線の廊下を駆け抜け、階段を下りて外へと向かう。

 

雨は未だに降り続けているが、外には人だかりができていた。中心には優子、黒ウサギと真由美もいるのが分かった。

 

 

「どけお前らッ!」

 

 

原田は人混みを一声だけで散らす。すぐに中心に辿り着き、言葉を失った。

 

 

「嘘だろ……!?」

 

 

信じられない光景に原田は目を見開いた。

 

 

「原田さん。これは、現実なんでしょうか……?」

 

 

「ッ……!」

 

 

黒ウサギも信じられない表情になっていた。優子は口で手を塞ぎ、目を逸らした。

 

真由美は震えた声で告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは、()()()()で間違いないわよね……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あぁ、間違いねぇけど……けどよッ!!」

 

 

そこには血まみれになったガルペスの遺体が横たわっていた。

 

白衣は赤に染まり、頭は撃ち抜かれている。右半身が無くなっており、無残な状態だった。

 

原田は短剣を取り出し、構えて警戒する。

 

 

「大樹が言っていただろ!? コイツの傷は回復する! どんなにボロボロになっても!」

 

 

「ならどうして回復しないの……? もう死んでいるようにしか見えないわ」

 

 

「考えが甘いんだよ七草……! 油断した所を狙う可能性だって———!」

 

 

「おい、何の騒ぎだ」

 

 

その時、声が聞こえた。

 

振り返ると宮川がこちらに歩いて来ていた。

 

 

「お前ッ……その傷は何だよ……!?」

 

 

右肩から左脇腹大きく引き裂かれたかのような胸の傷。しかし、大きく変わったことはもう一つあった。

 

髪の色が白色から()()に戻っているということだ。当時大樹が最初に出会った頃と同じ色だ。

 

 

「ガルペスを抑えていた。あとあの女もな。それよりこの騒ぎは———ッ!」

 

 

その時、宮川の表情が固まった。ガルペスの遺体を見たせいで。

 

 

「……どういうことだ。お前がやったのか」

 

 

「違う。遺体が見つかっただけだ。お前がやったんじゃないのか?」

 

 

「俺はこっちに来ないように抑えただけだ。だが殺しちゃいねぇ……あの女がやったのか?」

 

 

「緋緋神が?」

 

 

「俺は邪魔が入ったせいで結局どっちとも殺せていない。そもそもコイツは本物かどうか確かめる必要がある」

 

 

宮川はガルペスの近くまで寄り、片膝を地面に着く。

 

しばらくガルペスを見た後、舌打ちをした。

 

 

「神の力はもう無い。本当に死んだようだな……」

 

 

「馬鹿な!? 遺体が残っている時点で不自然だと———!」

 

 

「死体があるから何だよ。お前は、この死体がどう意味するか分かるだろ」

 

 

「———ッ!」

 

 

「救われなかった。ただ、それだけだろ」

 

 

原田は歯を食い縛り、下を向いた。手を思いっきり握り絞めて。

 

宮川は立ち上がり、つまらなさそうな表情でその場を後にする。

 

 

「あの治療は……?」

 

 

「いらん。余計なお世話だ」

 

 

部下の言葉に聞く耳持たずの宮川。血塗れになったまま、彼は森の中へと姿を消した。

 

 

________________________

 

 

 

突然のことに頭が追いつけなかった。

 

原田は誰もいない会議室の壁に背を預けて、その場に座り込んだ。

 

 

「意味が……分からねぇよ……」

 

 

ガルペスの遺体は焼却された。俺の目の前でガルペスの遺体が骨になるまで、全て見届けた。

 

生き返る様子や再生する兆しは最後まで見ることはできなかった。

 

復讐できなかった。この怒りは———どこにぶつければいい?

 

 

「クソッ」

 

 

何が起きているのか……もう分からない。

 

グルグルと脳が掻き回されるような感覚に目眩がする。

 

ふと———あの光景が蘇った。

 

 

 

 

 

『お前だけでも逃げるんだ!』

 

 

『逃げなさい! 早く!』

 

 

『足止めは僕たちがする! だからッ!』

 

 

『生きて! 私たちのために———!』

 

 

 

 

 

「げほッ!? おえッ……ごほごほッ!?」

 

 

胃から溢れ出そうに吐瀉(としゃ)物を必死に堪え、床に頭を打ち付ける。血が床に滲むが、痛みより寒さが酷かった。

 

震える体を自分で抱き締め、小さな声で吐き出す。

 

 

「俺はッ……どうすればいいんだよ……!」

 

 

________________________

 

 

 

その日の夜、時間にして19:00で雨が止んだ。

 

人類を味方していたバラニウムを含んだ黒い雨。頼りになる仲間が一人失ったような気持だった。

 

 

「ついに……動き出しました……!」

 

 

防壁の屋上で敵を観察していた民警が報告する。声は震えており、周りにも緊張が走った。

 

 

「落ち着いて。まだ大丈夫よ」

 

 

冷静な声で真由美が周りを落ち着かせる。隣にいる優子も何度も深呼吸を繰り返して自分を落ち着かせていた。

 

屋上に待機している民警とイニシエーターは全員火力支援兵器であるロケットランチャーを構えている。

 

真由美が合図を出した瞬間、引き金は引かれる。

 

一方屋上とは真逆、一階フロアの方にも人が大勢いた。これから前衛部隊として戦うメンバーが揃っている。

 

黒ウサギと原田を始めとした最強たち。蓮太郎のアジュバンドが一番前線へと赴く。その後に我堂たちが率いる他の民警が突撃する。

 

 

「ヒュルルルルオオオオオォォォ!!!」

 

 

アルデバランの咆哮が轟き、心臓の鼓動が早くなる。

 

まだか……? まだ行かないのか……? 民警の不安は大きくなるばかり。震える体を必死で止めようとする者もいる。

 

その時、屋上で様子をずっと見ていた詩希が大声を出す。

 

 

「入った!!!」

 

 

「「「「「ッ!!」」」」」

 

 

その合図は、アルデバランが森の中へと入ったこと知らせるモノだった。

 

 

「撃ちやがれえええええェェェ!!!」

 

 

ジュピターさんの声が響き渡った瞬間、全ての引き金が引かれた。

 

100発を越える火力支援兵器ロケットランチャーの弾が森に向かって放たれた。同時に森の中に仕掛けられた爆弾も爆発し始めた。

 

罠として仕掛けた爆弾の数は放たれた弾の10倍―――1000個を越えている。

 

人類の最大火力による攻撃が炸裂した。

 

 

 

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!!

 

 

 

 

 

爆風の強風が一気にこちら側へ押し寄せた。気を抜けば体が吹っ飛ばされるような台風のような熱い風。

 

耳の鼓膜は機能しているのか疑うレベルの爆音。目の前が赤い光で包まれ、目を潰されそうになる。

 

今まで見たことのない火力。仕掛けた本人たちである人類も驚くほどだった。

 

森は爆弾が仕掛けやすく、火薬やオイルと言った引火しやすいモノをばら撒き、ガストレアを一網打尽する作戦。その後の後始末は酷いモノになるが、この戦争を終わらせる一手になるのならばやらざる得ない。

 

黒煙が森を包み込み視界が塞がれる。急いで屋上にいた民警達が油断せず武器を構え、前線部隊は突撃準備する。

 

 

「ヒュルルルルオオオオオォォォ!!!」

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

アルデバランの咆哮に全員が息を飲んだ。

 

 

ゴオォッ!!

 

 

黒煙が一気に内側から吹き飛ばされ森が鮮明に見えやすくなる。投光器(サーチライト)を当ててガストレアを照らす。

 

そこには無傷のアルデバラン。そして一人の少女が浮いていた。

 

 

「嘘だろ……!?」

 

 

緋緋神ではない。その少女に原田は顔を真っ青にした。

 

白い衣を身に纏い、神々しい天使のような姿。長い黒髪に右手には悪魔のような巨大な黒い弓。

 

大樹の幼馴染で双葉(ふたば)と呼ばれた少女。今の名は———

 

 

 

 

 

———リュナがそこにいた。

 

 

 

 

 

シュパンッ!!

 

 

リュナの弓に光の矢が出現する。矢を引き、こちらに狙いを定める。

 

その光景に原田は喉が張り裂けそうなくらい大声で叫んだ。

 

 

「全員撤退だあああああああァァァ!!!!」

 

 

その瞬間、矢は音速を越えた速度で放たれた。

 

 

 

 

 

光の矢は万の数に分裂し、拠点に降り注いだ。

 

 

 

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!!

 

 

流星群のように降り注ぐ攻撃に誰も対処できない。撃ち落とすことも、逃げることも、許されなかった。

 

拠点は端から端まで逃げる場所を無くすように放たれた。拠点は粉々に破壊され、周辺の地を抉り取った。

 

森が燃え盛るように拠点からも炎を上げた。

 

人類の逆転劇。それは数秒の出来事。ガストレアの逆転劇により、人類の勝利は簡単に蹴り落とされた。

 

 

「ヒュルルルルオオオオオォォォ!!!」

 

 

嘲笑うかのようなアルデバランの咆哮に、人類は絶望に飲まれた。

 

 

________________________

 

 

 

負傷者数 不明。

 

死者 同じく不明。

 

民警の現在戦闘可能人数 31名。

 

 

人類の負けは確定したような報告に聖天子はその場で泣き崩れそうになる。

 

目の前に立った原田は右腕に包帯を巻きつけ、使いモノにならないくらいの大怪我をした。

 

あの最悪の瞬間、【神壁(しんへき)(くれない)宝城(ほうじょう)】が間に合わなければ死者は増え、自分も亡き者になっていただろう。しかし、原田は血が溢れ出てしまうくらい唇を強く噛んだ。

 

 

前線部隊にいた黒ウサギの負傷に原田は死ぬほど後悔した。

 

 

『マハーバーラ叙事詩』の紙片を取り出し太陽の鎧———【疑似叙事詩(マハーバーラタ)日天鎧(カルナ)】を召喚した黒ウサギは、その力で前線部隊を守った。

 

しかし、神の力に対抗できるモノではなかった。何度も矢を食らううちに鎧は砕け、黒ウサギはしばらくは戦うことができないくらいの怪我をした。

 

今も緊急病院のベッドの上で寝かされている。真由美と優子がそばにいるはずだ。

 

大樹の大切な人を守り切れなかったことに自分が情けない。そしてこれだけの被害を出したことに己の無力さを思い知った。

 

唯一の幸い。それはガストレアの撤退だ。戦力を大幅に失ったガストレアは撤退し始め、追撃することはなかった。

 

リュナも役目を終えたかのように姿を消し、こちらも追撃はなかった。

 

 

「現状は……どうなっているのですか……」

 

 

「……最悪としか言いようがない」

 

 

聖天子の質問に下を向いて答えるしかない原田。聖天子の隣にいた菊之丞(きくのじょう)が代わりに詳しく報告する。

 

 

「負傷者の人数を把握しきれない状態です。死者は今のところいませんが、残念ながら戦える者はいないと見て構わないでしょう」

 

 

「……ではガストレアは?」

 

 

「ビーボックスの残り数は撤退時に2体の目撃を確認しました。あの爆撃で3体の撃破だと思われます」

 

 

「残りは?」

 

 

「約1000体以下だと解析班から報告があります」

 

 

多い。それでも多いと原田は歯を強く噛む。

 

こちらは31人。比率が明らかに不利だと、劣勢だと、負けると訴えている。

 

 

「原田さん……勝てる見込みは……?」

 

 

「……………」

 

 

この沈黙が何を意味するのか聖天子たちには理解できた。原田はただ下を向くことしかできなかった。

 

人類の敗北は、もう目と鼻の先だった。

 

 

________________________

 

 

 

 

いつガストレアが攻めて来てもおかしくない状態だと言うのに、防壁と呼べるモノはなく、守る人間もいない。

 

ただ無防備な状態が続いていた。

 

東京エリアに住む人々は中心街に集まっていた。シェルターに入ることのできない人々にとって一番の安全地帯はそこしかなかった。

 

当然『呪われた子ども』たちもいる。ジュピターさんとその仲間たちが率いて避難としてやってきている。

 

 

「ジュピターさん……アンタも逃げた方がいい。チケットはあるんだろ?」

 

 

そう部下に言われたジュピターさんは何枚かのチケットを部下に渡す。

 

 

「……一枚は詩希の分だ。お前たち、頼むぞ」

 

 

「なッ!? 正気ですか!?」

 

 

「もう勝てる見込みはない! 今は生き残るだけを考えて———!」

 

 

「俺はお前たちと違って、戦える人間だ」

 

 

部下の怪我は酷いモノだった。大火傷、足の骨折、腕の骨折、頭部の怪我。それぞれ戦えるような状態じゃなかった。

 

しかし、ジュピターさんは頭を切った傷だけ。誰がどう見ても戦える状態だ。

 

 

「ジュピターさん……嫌だよ……!」

 

 

「ッ……聞いていたのかお前」

 

 

背後から啜り泣く声が聞こえた。振り返るとそこには涙を流した詩希がいた。隠れて会話を盗み聞きしたようだ。

 

詩希はすぐにジュピターさんに抱き付こうとするが、ジュピターさんは後ろに下がって拒絶する。

 

 

「あッ……!」

 

 

「お前は十分頑張った。あとは俺に任せてシェルターに入れ」

 

 

非戦闘員でありながら十分に活躍した。敵の居場所を見つける役目は重要だった。

 

情報は武器となる。詩希の情報は十分な戦力として認められた。

 

 

「嫌……嫌だぁ……!」

 

 

「……お前ら」

 

 

ジュピターさんが部下を顎で使う。部下たちは詩希の腕を掴み、ジュピターさんのところに行かせようとしない。

 

振り返りその場を後にする。ジュピターさんはこれが会うのが最後だと分かってしまう。

 

 

「嫌ッ!! 嫌だぁッ!! 嫌あああああァァァ!!!」

 

 

「くそッ……泣きてぇのはこっちだ馬鹿がッ……!」

 

 

泣き叫ぶ詩希にジュピターさんは下唇を強く噛んで堪える。

 

 

「嫌ぁあああああああッ!!」

 

 

少女の泣き声が、中心街に響き渡った。

 

 

________________________

 

 

 

天童民間警備会社の一室。蓮太郎と延珠。木更はただ椅子に座り虚空を見つめていた。

 

戦争が終わるまで帰って来ることはないと思われた場所。だがこの光景はもう二度と見ることはできないのかもしれない。

 

ここに来る前、影胤は治療を受けた後、小比奈と一緒に参戦できると連絡が届いた。玉樹と弓月のペアの連絡はまだ無いが、彰磨と翠はできると先程電話で通知が来た。

 

将監と夏世は共に無事であることは確認できていたため、恐らく戦うのだろう。問題はジュピターさんがどう出るか。

 

 

「ねぇ里見君」

 

 

考え事をしていると、木更が声をかけた。

 

 

「私たちは……勝てるのかしら?」

 

 

それは自分も聞きたい質問だった。しかし、答えはどこにも転がっていない。

 

蓮太郎はしばらく黙り、口を開く。

 

 

「分からない」

 

 

正直な答えでなかった。本当は『無理だ』とか『勝てるわけがない』と答えたかった。

 

ただ二人を不安にさせたくなかった。

 

 

「でも戦うしかないんだ……」

 

 

「……できるの?」

 

 

「えッ……?」

 

 

「キミにそれが……できるの……?」

 

 

目の下を赤くした木更が蓮太郎に問いかける。蓮太郎はすぐに答えることができず、魚のようにパクパクと何も喋れずにいた。

 

 

「本当に勝てると思っているの、里見君?」

 

 

ガタッ

 

 

木更は椅子から立ち上がり、蓮太郎の両腕を掴んだ。

 

 

「死んじゃったらおしまいなのよッ!?」

 

 

悲痛な叫び声が部屋に響き渡る。木更の大声に蓮太郎は頭をガツンッと叩かれたような感覚に襲われる。

 

自分たちはまだ高校生。子どもだ。木更がここまで動揺し、怖がるのは普通の反応だったはずだ。それに気付けない自分が情けない。

 

延珠なんか小学生だ。それなのに戦いに身を投じて文句一つ言わずについて来てくれている。自分の常識の感覚は麻痺しているのか疑ってしまう。

 

蓮太郎はそれ以上何も言わず、下を向いて黙った。

 

何も答えてくれない蓮太郎に木更は後悔する。蓮太郎に八つ当たりした所で状況は変わらない。木更はそのまま蓮太郎の胸に顔をうずめた。

 

 

________________________

 

 

 

心電図の音が一定周期で音が鳴る。部屋の真ん中にある白いベッドの上には黒ウサギが眠っていた。

 

体の所々に包帯が巻かれ、起きる気配は全く見られない。

 

傍らには優子と真由美が椅子に座り、優子は黒ウサギの手を握っていた。

 

真由美はいつまでも黒ウサギのそばから離れない優子の心配もしていた。もう3時間以上の時間が経過していた。

 

いつ声をかければいいのか。そう考えていた時———

 

 

「……黒ウサギ。あなたの力、借りるわね」

 

 

———優子は顔を上げた。

 

黒ウサギが持っていた白黒のギフトカードを握り絞め立ち上がる。決意した表情に真由美は驚くことしかできなかった。

 

 

「ど、どうしたの?」

 

 

「この戦争はまだ負けていない。大樹君が帰って来るまで時間を稼げばアタシたちは勝てる」

 

 

「でも戦える人たちはもう残っていないのよ? こんな状況で……」

 

 

「こんな状況でも、大樹君は諦めない」

 

 

優子はカードを強く握り絞める。

 

自分のためなら大樹はどんな危険なことも躊躇することなくしてしまう。例え血が流れても、腕が切断されても、不可能だと分かっていても、諦めること無く抗い続けた。

 

そんな彼は今もきっと命懸けで戦っているはずだ。ならば自分たちも理不尽な運命に逆らうのが筋というモノだ。

 

この東京エリアにいる人々を、大切な人であるアリアを、救わなければならい。

 

諦めていい理由は、存在しない。

 

 

「だからアタシも、諦めない」

 

 

「優子さん……」

 

 

真由美は優子の手が震えていることに気付く。やはり恐怖を隠すことができていないあたり、優子は無理をしていることを察する。

 

真由美は優子の先輩だ。だから後輩の優子ばかりに重みを背負わせてはいけない。

 

 

「そうね……大樹君なら諦めないわね」

 

 

優子の言葉に同意した真由美は立ち上がる。優子の手を両手で包み込み、微笑む。

 

 

「大丈夫よ。私も、黒ウサギもいる。一人で背負わないで」

 

 

「真由美さん……!」

 

 

「それと、もう『さん』付けはやめないかしら?」

 

 

「えッ!? でも真由美さんぐむッ!?」

 

 

真由美は急いで優子の口を手で塞ぎ、首を横に振る。優子も譲らない真由美に観念し、口を開く。

 

 

「真由美」

 

 

「何かしら、優子?」

 

 

「「……………ふふッ」」

 

 

互いに名前で呼び合うと、くすっと笑ってしまった。慣れないことをしてしまったと二人は思う。

 

 

「一緒に、戦ってくれるかしら?」

 

 

「いいわよ、やるからには勝ちましょ」

 

 

________________________

 

 

 

絶望的な状況の東京エリア。昨日の大損害から一夜明け、死者が0名と二度目の奇跡が起きた。

 

しかし、そこに追い打ちをかけるかのような動きをガストレアは見せた。

 

正午 12:00

 

ガストレアは東京エリアに向けて進みだした。その数は900に近い数字だと判明し、上層部に報告されている。

 

このまま何もしなければ1時間も経たないうちに、東京エリアは崩壊する。人類はそこまで追い詰められていた。

 

ここまで死者出さず、完璧な戦いを見せた東京エリア。既に歴史に残りつつある快挙であり、敗戦として名を刻まれるのも時間の問題。

 

最後の戦場として選ばれた場所は東京エリア第四十区『回帰の炎』と呼ばれる所だった。

 

戦場にするには打って付けの場所。見渡せば廃ビルが群を成して(そび)え立ち、傾いて倒壊しているのも見られる。

 

第二回目の関東会戦はこの地で行われ、快勝することができた。そんな幸運が付きそうな場所だった。

 

だが現実は甘くない。今この地に集まった人間はわずか300人足らず。自衛隊の数も『シデムシ』のガストレア

による奇襲で減らされてしまい、絶望的人数だと言える。

 

司令官として原田は行動を起こさなければならない。策を練らなければならない。部下に激励の言葉を送らなければならない。だが今の彼に何もできる気力どころか、やったところで無駄になるようにしか思えなかった。

 

一番彼を堪えさせたのはやはり黒ウサギの負傷。それに対して責任と後悔が重く、重く圧し掛かっていた。

 

さらに相手には新しい戦力のリュナもいることを確認済み。一度殺されかけた相手に恐怖感を隠すことはできなかった。死ぬ可能性に心底怯えてしまう。

 

下を見続け何も喋ろうとしない司令官に民警たちも士気を落としている。31人しかいない、こんな状況で勝てるはずが無い。

 

 

「勝てる作戦はあるわ」

 

 

その瞬間、その場にいた全員の息が止まった。

 

顔を上げて声の聞こえた方向を見ると、そこには二人の少女がいた。

 

 

「木下……七草……!?」

 

 

原田も顔を上げて驚愕する。信じられない言葉に耳を疑ってしまったからだ。

 

 

「原田君。アタシに作戦があるの。それをどうしてもやって欲しいの」

 

 

「作戦……だと……!? この状況で勝てる見込みがあるのか!?」

 

 

どんなことでもいい。原田は立ち上がり、優子の作戦に食いつく。

 

一度深呼吸をした優子は告げる。

 

 

「緋緋神は、アタシが一人で止めるわ」

 

 

「なッ!?」

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

優子の言葉に原田は目を見開いて驚いた。周りの人間も、緋緋神のことは知っている。存在や姿だけでなく、強さも。だからこそ、その言葉に驚愕した。

 

 

「な、何考えてやがる!? アイツは俺でも苦戦する奴だぞ!? 緋緋神は俺が―――!」

 

 

「リュナは……どうするの?」

 

 

優子の言葉に原田は一瞬だけ表情を硬くする。だがすぐに次の言葉を出す。

 

 

「ッ……それも俺が相手にして―――!」

 

 

「原田君。できないことを言わないで」

 

 

ピシャッと切り捨てられた厳しい言葉に原田は黙ってしまう。だが言葉だけで黙ったわけでない。決意を決めた表情の優子を見たからでもある。

 

 

「アタシにはそれができるの。信じて」

 

 

優子の瞳は大樹のように力強い意志が籠っていた。

 

原田はしばらく思考した後、決断を下す。

 

 

「分かった。任せる」

 

 

「ええ、任せてちょうだい」

 

 

笑顔で答える優子を見た原田は同じように笑う。

 

自分が情けない。だからどうした? 今ここで、立ち止まっていい理由にはならないはずだ。

 

 

ドゴッ!!

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

原田は左手の拳で自分の顔を力を込めて殴った。唇が切れて血が地面に飛び散るが、今の彼はそんなこと気にしない。

 

 

「何負けようとしてんだ俺は……まだ大樹が来る可能性だってあるって言うのに……まだ戦えるっているのに」

 

 

ああ情けない。情けなくて惨めだ。惨めで無様だ。ああくそったれ。

 

だけど、そんなことはどうでもいい。

 

情けない? 惨め? 無様? くそったれ?

 

だからどうした。こんなこと、いちいち気にしていい時間なんて無い。

 

 

「……俺は、もう逃げることは許されねぇ人間なんだ!!」

 

 

あの日失った命は還ってこない。大切なモノは元に戻らない。

 

ならば次はどうするか、もう決まっている。

 

大樹と同じ考えだ。もう二度と、悲劇を起こさせはしない。

 

 

 

 

 

もう失わないために、俺は逃げない。

 

 

 

 

 

「全員よく聞けッ!! 今からガストレアの進行を———」

 

 

いざ大声に出そうとした声を止める。『進行を妨げて時間を稼ぐ』なんて甘い。もっと強く出ろ!

 

 

 

 

 

「———いや、ガストレアを殲滅(せんめつ)する!!」

 

 

 

 

 

「「「「「ッ!」」」」」

 

 

その言葉に聞いていた者たちは驚愕する。絶望的な状況で言う発言ではない。正気とは思えなかった。

 

 

「もう負けるわけにはいかないんだ! 逃げるわけにはいかないんだ! 失いたくないんだ! だから———!」

 

 

「安心したまえ。君の言葉は彼らに届いているはずだよ」

 

 

その時、影胤の声が聞こえた。原田が顔を上げて見ると、自衛隊や民警たちとは違う、別の部隊がこの地に何百人もやって来ていた。

 

 

「まさか……!」

 

 

彼らは全員怪我をしていた。原田のように腕が使えない者、足が動かせない者、目や顔に包帯が巻かれている者。誰一人万全な状態はいない。

 

しかし、彼らの手には武器が握り絞められている。

 

戦えない負傷たちが、己の寿命を削ってまでも助けに来たのだ。

 

 

「大樹君の影響……かしら……」

 

 

「似ているわね……」

 

 

真由美の呟いた言葉に優子は同意した。

 

影胤を止めるために、東京エリアの明日を守る為に残った民警たちに似ている光景だった。その光景に原田は必死に涙を堪えながら感謝の言葉を繰り返す。

 

 

「ありがとうッ……ありが、とうッ……!」

 

 

原田は左手で目を擦りながら嗚咽を抑える。

 

その姿に誰も馬鹿にしようとする人間はいない。

 

 

「……木更さん。俺は、変えたい」

 

 

「里見君……」

 

 

「変わろうとしているんだ。今、俺たちが夢見ていた世界に……」

 

 

蓮太郎は強く目を閉じて決意する。木更も言いたいことが分かったのか、それ以上何も言わず、蓮太郎の手を握り絞めた。

 

反対の手には延珠の小さな手が握られている。ガストレア因子で苦しめられた彼女たちの日々に、終止符が打たれようとする。

 

その邪魔をすることは、絶対に許されない。

 

 

「俺は、守りたい。延珠を……木更さんを……みんなを」

 

 

「私もよ里見君。守りましょう」

 

 

「妾も……みんなを守りたい」

 

 

繋いだ三人の手は、戦争が始まるまで放れなかった。

 

 

________________________

 

 

 

「……夏世」

 

 

「何ですか将監さん」

 

 

遠くから一連の騒動を見ていた将監と夏世。将監の背中には二本の黒い大剣がクロスして背負われている。夏世は罠や小型爆弾と言った部類がたくさん詰まったリュックを背負っている。

 

二人は戦いにしっかりと備え、いつでも出撃できるようになっていた。

 

 

「夢を見たいか?」

 

 

「ッ!」

 

 

将監の質問に夏世は驚く。だがすぐに微笑みながら返す。

 

 

「もう夢は叶いました」

 

 

「叶ったのか……?」

 

 

「はい。叶いました」

 

 

「……そうか」

 

 

「そうです」

 

 

「……なら、もう痛ぇ目を見ることない日を願ってろ」

 

 

「……分かりました。でも、忘れないでください」

 

 

将監はそれから何も喋らず、ただ戦争開始時間まで待ち続けた。

 

夏世の夢。それはあの日、東京エリアの危機の時から変わらない。

 

 

 

 

 

自分のことを正しいと言ってくれた大切な人と、一緒にいられること。

 

 

 

 

 

だから、叶った夢を壊させない。

 

 

「私は、あなたの道具ですから」

 

 

「……そうかよ」

 

 

夏世は刺青の入った腕に背を預ける。将監は何も言わず、ただ受け入れた。

 

 

________________________

 

 

 

 

「……なぁ、どうして逃げなかった」

 

 

「分からん。兄弟子として置いて逃げるわけにも行かない。けれど翠も大切だ。結局答えは出せなかったが……残るべきだと思った」

 

 

玉樹の質問に彰磨は上を見上げながら答える。玉樹の表情は暗かった。

 

あの倒壊、下手をすれば死んでいた。その恐怖は今も染み込んでおり、作戦会議にも出席することができなかった。

 

妹の弓月も兄の元気の無さに自信を失い、戦う気力は無かった。このままシェルターに入ろうかと思った。

 

でも、二人はできなかった。

 

二人は見てしまった。『呪われた子ども』たちが全員シェルターの外にいる光景。そして、あの歌が耳に入ってしまった。

 

曲名———『アメイジング・グレイス』だ。

 

あまりの綺麗な歌声にガストレアを憎む一般人ですら、時間を忘れた。

 

彼女たちは祈りを捧げていた。人類の勝利を、信じていた。自分たちを、信じていた。

 

ここで負ければ、一体彼女たちはどうなってしまう。それを考えただけで、ガストレアより怖かった。

 

 

「オレっちは……疲れた。戦いたくない。でも、逃げたら終わりなんだ」

 

 

原田の言葉がずっと頭の中に残っていた。玉樹はグッと奥歯を噛みながら足を動かす。

 

 

「弓月。オレッちのこと、嫌ってもいい。力を貸してくれ」

 

 

「大丈夫だよ兄貴。どんな時でもアタシは、兄貴について行くからね!」

 

 

司馬重工の新しい武器、バラニウム製特殊グローブを装着した玉樹。弓月と一緒に作戦部隊へと走って行く。

 

その光景に彰磨は小さく笑い、隣にいる翠に声をかける。

 

 

「いけるか?」

 

 

「はい、大丈夫ですッ」

 

 

いつもより力が籠った返事に満足する。彰磨と翠も、玉樹たちの後を追った。

 

 

________________________

 

 

 

「アルデバランの解析結果がでたよ。倒す方法もあるかもしれへん」

 

 

作戦立案の美織からそんな言葉を聞いた。周りの民警達は全員驚き、ざわざわと騒ぎ始める。

 

 

「時間が無いんだ美織、早く説明してくれ」

 

 

「里見ちゃん、アルデバランは再生する。どんなに攻撃しても、無駄なのは分かってる?」

 

 

今まで黒ウサギの雷撃や青の拠点による大爆撃にも耐えたアルデバランの脅威は言わずとも知れている。もはやステージⅣの領域を越えているガストレアだ。

 

 

「だからもう方法はこれ()()ないんや」

 

 

そう言って美織が取り出したのは銀色の小型ケース。ケースを開けると中には円筒状の物体が入っていた。

 

 

「【エキピロティック・ボム】。長いからEP爆弾ってみんなは呼んでる。ごく狭い範囲内に強烈な爆熱ダメージを与えるもんで、自衛隊が使う爆弾より20倍の威力があるんや」

 

 

「に、20倍……!」

 

 

期待できる火力に思わず耳を疑った。美織は続ける。

 

 

「再生するなら再生させなければいい。アルデバランは細胞一つ残さず完全消滅させる。それ以外に、アルデバランを倒せる方法は無い」

 

 

「……少し待て。何で今まで使おうとしなかった? ソイツをぶつければアルデバランは消滅できたんじゃないのか……?」

 

 

「それが問題やったんよ里見ちゃん。このままEP爆弾をぶつけても倒しきるまではいかないんよ」

 

 

「さっきと言ってることが違うじゃねぇか! 完全に消滅させるんじゃなかったのか!?」

 

 

ジュピターさんの文句は正しい。しかし、早とちりだった。

 

 

「このままじゃ火力不足。ならどうするか……」

 

 

「なるほど、体内爆発か」

 

 

美織の言葉に影胤が反応した。体内爆発という言葉に半数がハッとなり、半数が首を傾けた。

 

まだ理解していない者達に理解した真由美が説明する。

 

 

「密封状態で爆発させると、爆発した力の逃げ場が無くなって威力を上げて危険なのよ。そうね……火を点けた爆竹を鍋に入れて蓋をしたら分かるわ」

 

 

「見たことある! その動画、確か天井に大穴を開けるくらい鍋が勢い良く飛んで行ったはずだ!」

 

 

思い出したかのように玉樹が大声を出す。そして、その発言で全員が気付く。さりげなく、そんな危険なことを試しにやらせようとしたことに。

 

 

「……威力が上がることは分かったわ。アルデバランの傷口から爆弾を入れて再生を待つ。そして完全に再生して密封状態を造り上げる。最後は起爆」

 

 

「木更の言う通り、これがウチらの出した作戦、その流れも合ってる」

 

 

「でもまだ問題はあるよな?」

 

 

原田の問いかけに美織は頷く。そう、問題はその傷口だった。

 

 

「どうやってあの硬い装甲を貫いて風穴を開けるのか。どうやってアルデバランのところまで行くのか。本当はまだ問題があるけど、今はこの二つや」

 

 

「装甲なら俺が貫ける……でも……」

 

 

「原田君は新しい敵の相手であるリュナを抑えないといけない。他にできる人が———」

 

 

美織の発言に原田が立案するが、真由美の言葉で却下された。原田も通るわけがないっと少し思っていたようだ。

 

その時、真由美の声が止まった。彼女の視線の先には蓮太郎。そして影胤がいた。

 

 

「里見君と影胤さんの同時攻撃で、どうかしら?」

 

 

「俺ッ!?」

 

 

「ふむ……悪くない案じゃないないのかね」

 

 

蓮太郎は首を横に振り、影胤は承諾した。拒否する蓮太郎に影胤は説得し始める。

 

 

「実際里見君の攻撃力は強い。私の『イマジナリー・ギミック』を破ったのが証拠だよ」

 

 

「……まさかお前と組むことになるなんてな」

 

 

「おやおや? 同じ会社仲間じゃないか。仲良くしないかい?」

 

 

「……まぁいいけどよ」

 

 

「決まりだな」

 

 

パンッと原田は手を叩いて話をまとめあげる。

 

 

「時間はもうない。リュナは俺が抑える。木下は緋緋神。七草は全部隊の指揮を任せたい」

 

 

「ええ、問題無いわ」

 

 

「よし、里見のアジュバンドはアルデバランの討伐に向かう二人の援護だ」

 

 

「待て。里見リーダーのチームだけでは人数が少な過ぎる。私も加わろう」

 

 

原田の提案に抗議したのは我堂。だがその抗議は嬉しいモノだった。

 

頼もしい言葉に原田は頷いて許可を出す。

 

 

「それ以外は東京エリアの死守。だけど、誰も死なないでくれ」

 

 

ちょうどその時、回帰の炎を取り囲む七つのビルの屋上に設置されたサーチライトの光が点灯した。暗かった廃墟街が照らし出され、視界が良くなる。

 

どちらかの命運をかけた戦いに終止符が打たれる。

 

最後の戦争が始まろうとしていた。

 

原田は息を吸い込み、大声で叫ぶ。

 

 

「勝つ! 俺たちは、負けるわけにはいかねぇんだよッ!!」

 

 

短剣を左手に持ち、その刃を天に向ける。

 

 

 

 

 

「行くぞッ!!」

 

 

「「「「「おぉッ!!!」」」」」

 

 

 

 

 

———第三次関東会戦、最終決戦が始まった。

 

 

 

 




次回 第三次関東会戦 最終決戦


大樹「へぇー、次で最終決戦始まるのか……ふーん」

ティナ「皆さん、頑張ってください」

大樹「最後は……ねぇ……出番……とか……チラッ……出番が……チラチラッ」

ティナ「もしかして、もう無いのでは……?」

大樹「 ( ゚Д゚)エッ…… 」




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掲げろ! 勝利の旗を!

遅れた理由ですか? 多忙ですよ(モンハン)

謝る余地しかないですね。ごめんなさいすいませんでした。


———東京エリアの反撃は、世界の人類を震撼させた。

 

 

それは世界にとって脅威だと言える。逆境に立たされているにも関わらず東京エリアの攻撃は衰えるどころか、勢いを増していた。敵に回したくない国だと改めて認識された。

 

 

ガガガガガッ!!

ドゴンッ! ドゴンッ!

ドゴオオオオオオオオォォォ!!

 

 

東京エリアに残った兵器を一つ残らず出し尽くす。惜しむ理由など無い。全力で叩かなければ、こちらがやられる。

 

雨のように弾丸を放ち続ける。火力兵器はしっかりと狙いを定めてガストレアに当てる。

 

血眼でガストレアを見つけては大声を出して報告する。決められた防衛ラインから一匹もガストレアの侵入を許さない。

 

 

「いいもん見せてくれるなぁ……ここは、あたしの大好きなモノが詰まった世界だ……!」

 

 

高みの見物をしているアリア———緋緋神は、頬を赤く染めてその光景に見惚れていた。

 

彼女の『幸せ』が満たされる。

 

 

「もうやめてアリア!」

 

 

だが、邪魔が入る。

 

飛行術式常駐型制御魔法を使った優子が緋緋神のいる空まで舞い上がって来た。

 

飛行魔法の継続時間は優子のサイオンが尽きるまで。しかし、彼女には神の力に匹敵する力———サイオンを枯渇させない【サイオン永久機関】が存在する。

 

つまり、優子がサイオン切れになる問題は無い。残る問題は、戦闘力の差をどう埋めるか。

 

 

「あたしは緋緋神、戦神だぞ」

 

 

そして、緋緋神から緋色の炎が溢れ出し、殺気が漏れた。

 

優子は震える体を必死に堪え、その場から逃げ出さない。

 

元々、こんなふうに戦うことは絶対に無いはずの世界で生きて行くはずだった。でも大樹たちと出会ってから、覚悟は決めていた。

 

だけど、みんなとバラバラになったあの惨劇。何もできなかったあの瞬間、守ることができなかったあの後悔。そして、二度と見たくない大好きな人の苦しそうな表情。

 

繰り返すわけには、いかない!

 

 

「アリア。今度はアタシが救うから」

 

 

「ッ!」

 

 

優子が取り出したのは黒ウサギのギフトカード。それを掲げる。

 

 

「木下 優子、主催者権限(ホストマスター)を使うわ!」

 

 

虚空から一枚の羊皮紙が出現。緋緋神の手元へと落ちた。

 

 

 

 

 

『ギフトゲーム 【選ばれた者だけが知る秘密】

 

 

・主催者  木下 優子

・参加者  神崎・H・アリア

 

 

・ゲーム概要

 

1.主催者は3分経つごとに参加者に問題を出す。

 

2.問題は参加者が絶対に知っていることだけに限り、参加者の知らない問題の出題は不可。次の時間まで問題を出題することを禁じる。

 

3.参加者は60秒以内に解答する。問題に正解することができない場合、または制限時間を過ぎた場合は参加者の力を低下させる。

 

4.ゲ-ムは勝利と敗北が決する時まで続行。

 

 

・参加者側の勝利条件

 

 主催者の打倒。もしくは戦闘不能に近い状態にさせる。殺害は認めない。

 

 

・主催者側の勝利条件

 

 なし。

 

 

・参加者側の敗北条件

 

 制限時間内に主催者の打倒を失敗した場合。もしくは降参。主催者の殺害の場合も敗北となる。

 

 

・主催者側の敗北条件

 

 定められた時間内に参加者に対して問題を出題できなかった場合。

 打倒。もしくは戦闘不能に近い状態になってしまった場合。

 

 

宣誓 上記を尊重し誇りの下、ゲームを開催します。 無印 』

 

 

 

 

 

「これは……!?」

 

 

緋緋神は目を見開いて驚愕した。アリアの中からずっと見ていた光景。何が行われるか理解していた。

 

 

「問題」

 

 

「くッ!」

 

 

一秒も待つことなく優子は問題を口にする。緋緋神は表情を歪め、分の悪い戦いだとやっと気付く。

 

 

「答えれるなら、答えてみなさい」

 

 

 

 

________________________

 

 

 

「嘘だろ……!? 何で木下は主催者権限(ホストマスター)が使える!?」

 

 

優子と緋緋神の一連を見ていた原田は目を疑った。

 

箱庭でしか使用できなかったギフトゲーム。既に黒ウサギも使えないことを確認しており、戦略の一手と見ることは無かった。

 

だが目の前で起きてる光景は紛れもなく本物。優子の首に下げたペンダントが眩い光を放っている。

 

 

「一体……あのペンダントは……ゼウスは何を託したんだ……!」

 

 

優子を守り、強くしているペンダント。もはや神の力に匹敵する万能さを秘めている。魔法だけじゃなく、ギフトゲームまで使いこなせるとなると、黒ウサギを越えてしまっているのでは?

 

その時、脳にピリッとした感覚が走った。

 

 

「ッ! させるかッ!!」

 

 

ドゴッ!!

 

 

原田は大きく跳躍し、虚空に向かって膝蹴りを繰り出す。

 

手ごたえを感じ、ニヤリと笑う。蹴りを入れた瞬間、パッと隠れていた姿が瞬間移動したかのように現れた。

 

 

「ッ……………」

 

 

そこにいるのはリュナだった。無表情だが、わずかに眉をひそめている。まさか攻撃が来るとは思わなかったのだろう。

 

 

「お前の相手は……この俺だッ!!」

 

 

「無駄なことを」

 

 

バシュンッ!!

 

 

リュナは白い翼を展開。音速に近い速度で上に上昇して原田から距離を取る。

 

手に持っていた黒い弓の弦を引き、一本の光の矢を出現させる。

 

 

「【光の矢(フォトン・アロー)】」

 

 

シュンッ!!

 

 

光の矢は地面に落ちた原田に向かって—―—

 

 

「【散光(ディフューズ・ライト)】」

 

 

———何千を超える光の槍となって解き放たれた。

 

原田は短剣を逆手に持ち変え、【神壁・紅の宝城】を発動する。

 

地面から空まで続く赤い光の壁が出現した。

 

 

バキバキバキバキッ!!

 

 

光の槍は赤い光の壁に降り注ぐ。しかし次第に赤い光の壁に亀裂が走り、あまり持たないことがすぐに分かる。

 

 

「まだだッ!!」

 

 

原田は短剣を地面に突き刺し、懐から紫色のカードを取り出す。

 

そのカードにリュナは驚き、声に出す。

 

 

「ギフトカード……!」

 

 

「あの日負けた屈辱。忘れるわけがねぇだろ!」

 

 

リュナと再戦する時までずっと残して置いた秘策。不意を食らった時はできなかったが、今は可能だ。

 

 

 

 

 

「来い! 【ヨルムンガンド】!!」

 

 

 

 

 

北欧神話の毒蛇の怪物の名を叫ぶ。ギフトカードから黒に近い紫色の光が辺りに分散する。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

地面に大きな亀裂が走り、その地から姿を現す。

 

黒い巨体が勢い良く地面から突き伸びる。荒々しい黒い鱗に獰猛なヘビのような顔はリュナに恐怖心を与えた。

 

体長はアルデバランより遥かに大きい。モノリスよりも巨大。

 

 

『我を再び、呼んだか……』

 

 

頭の中に低い声が響く。ヨルムンガンドの声だ。

 

 

「目の前にいる敵を食らい尽くせ」

 

 

『心得た』

 

 

原田の言葉に応じるかのように、ヨルムンガンドは咆哮を轟かせる。

 

 

ギャシャアアアアアアァァァ!!!

 

 

ヨルムンガンドの口周りに紫色の光が収束する。リュナは危機を感じ取り、急いで矢を放つ。

 

だが、リュナの行動は遅かった。

 

 

ドゴオオオオオオオオオオォォォォォ!!!

 

 

超巨大レーザーの如く、ヨルムンガンドの口から紫の光線が放たれた。

 

放たれた矢は簡単に溶かし、そのままリュナと一緒に焼き尽くそうとする。

 

 

「くッ!?」

 

 

リュナの目の前に白い光の盾が出現する。ヨルムンガンドの光線が当たった瞬間、リュナの盾は一瞬も耐えることができず、粉々になった。

 

 

ズドンッ!!

 

 

しかしリュナの体は光線に飲み込まれることなく、そのまま地面に勢い良く叩きつけられた。

 

リュナの体は廃墟街のビル丸ごと一つ破壊するほどの勢いで落ちた。ヨルムンガンドの光線の威力がどれだけ強いか物語っている。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

復帰は早かった。ヨルムンガンドの追撃を恐れていたのかリュナはすぐに瓦解したコンクリートから身を出し、翼を広げて空を舞った。

 

 

「効いたか?」

 

 

「ッ!?」

 

 

ガチンッ!!

 

 

上からの襲撃。原田の短剣がリュナの頭上に振り下ろされた。リュナは黒い弓で受け止めるが、原田の方が一枚上手。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「かはッ……」

 

 

無防備になった右腹に原田の回し蹴りが決まった。鈍い音が響き、リュナの口から空気が漏れる。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

再び地に落とされ、灰色の土煙を巻き上げる。

 

原田はヨルムンガンドの頭の上着地して、煙を睨む。

 

 

「……おかしい。何で手ごたえを感じねぇんだ」

 

 

『何だと……?』

 

 

完全に決まったかと思われた攻撃。だが最初の膝蹴りのような手ごたえを感じない違和感に原田は汗を流す。ヨルムンガンドは原田の疑問に驚いていた。

 

 

ゴオッ!!

 

 

灰色の煙が吹き飛ぶ。中心にはかすり傷一つ無いリュナがそこに立っていた。

 

 

「展開、【悪夢の弓(ボウ・ナイトメア)】」

 

 

リュナの反対の手に、右手と同じような黒い弓が出現する。

 

 

「何をする気だ……!?」

 

 

『気をつけろ。良くないモノを感じる……』

 

 

原田とヨルムンガンドは警戒する。リュナの体から黒いオーラがユラユラと溢れ出す。

 

 

「【黒い矢(ダーク・アロー)】」

 

 

シュンッ!!

 

 

二本の黒い矢が出現と同時に放たれる。

 

原田は避けることはできたが、嫌な予感がした。そのため【神壁・紅の宝城】をヨルムンガンドの周囲に展開させる。

 

しかし、二本の矢に恐ろしい現象が起きた。

 

 

フッ……

 

 

【神壁・紅の宝城】に当たった瞬間、黒い矢は弾けることなく消えたのだ。

 

 

「なッ!?」

 

 

『何だとッ!?』

 

 

これには原田とヨルムンガンドは驚くしかない。すぐに周囲を見渡し黒い矢を探す。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

その時、背後から爆音が響き渡った。

 

 

「……まさか!?」

 

 

そして、廃墟街を照らしていたサーチライトの光は一斉に消えた。

 

廃墟街が暗い闇に再び包まれる。悪天候のバラニウムを含んだ雲のせいでいつも以上に暗く、何も見えない。

 

黒い矢は回帰の炎に設置されたサーチライトを狙っていた。いや、リュナは最初からこれを狙っていた。

 

 

「やられた……! このままじゃ……!」

 

 

民警達が危ない。戦況が一気に不利な状況に落とされてしまった。

 

暗ければ敵を狙撃することもできない。暗ければ人間は敵を見つけれない。ただ相手に不意を突かれてしまうだけの状態に陥ってしまう。

 

それに比べてガストレアは人間より敏感。鼻や耳、目の利くガストレアがいれば圧倒的に有利な立ち位置に来てしまう。

 

すぐにリュナとの戦闘を離脱しようとするが、その足を止めた。

 

 

「……俺の役目は……リュナを止めることだ」

 

 

真由美に言われたことを思い出す。

 

 

『どんなことがあっても、こっちは任せて欲しいの』

 

 

必ずどうにかしてみせる。そう言ってくれた真由美を信じる。それに答えるべきだと原田は思った。

 

振り返らない。今、自分がやらなきゃいけないことをもう一度確認する。

 

 

「テメェの相手は、俺だぁッ!!」

 

 

短剣を強く握り絞め、(リュナ)に立ち向かう。原田はもう一度短剣を振り下ろした。

 

 

 

________________________

 

 

 

 

突然の停電に民警や自衛隊は慌て始め、パニックに陥った。とにかく危険だと感じ取った者たちは後ろへと逃げ出し、ガストレアと戦うことを放棄した。

 

通信機も使えず、役に立たない。

 

 

「くそがッ!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

ジュピターさんは散弾銃を何度もぶっ放し、バラニウム散弾をガストレアに浴びさせる。ステージⅠのガストレアはすぐに絶命するものの、目の前にいるステージⅡのガストレアはそう上手くいかない。

 

体長2メートル弱ある蟷螂(かまきり)のような姿をしたガストレア。両手には鋭い刃があり、コンクリートの壁だろうとも、スッパリと斬ってしまう。

 

恐ろしく速い斬撃をかわしながら逃げる。何度も避けることができているのは散弾銃のおかげだと言えよう。

 

しかし、カマキリのガストレアには全く効いておらず、効果が薄いようだった。

 

 

ザンッ!!

 

 

「がぁッ!?」

 

 

ついに敵の鎌の刃先が背中に当たる。焼かれるような熱さが背中に走り、その場に転がる。

 

 

「ッ……ちくしょうがぁ」

 

 

無理矢理足に力を入れて走り出す。このまま逃げても逃げれない。

 

そう判断したジュピターさんは廃墟ビルに逃げ込む。ガストレアも後を追って来るが、その動きを止めた。

 

 

パシュウウウウウゥゥゥ

 

 

白い煙がガストレアの視界をジャックした。すぐに後ろに下がり、ガストレアは様子を見る。

 

建物に入る前にジュピターさんは煙幕筒を点火して、地面に転がしたのだ。

 

白い煙が建物内に満たされる。ガストレアは動きを止めていたが、入ることを決意した。

 

ガストレアがやっと建物に入った頃、ジュピターさんは急いで階段を駆け上がり、2階の奥まで来ていた。

 

コンクリートの壁に背を預け、荒い息を殺そうとするが、できなかった。

 

 

「はぁ……ぐぅ……けほッ」

 

 

血が地面に広がり、背中の傷が深いことを知る。もう登れる階段はなく、ガストレアは必ずここに来ることが容易に想像できる。

 

暗い闇の中、気持ちも沈み、全てを諦めたくなる。

 

 

「……?」

 

 

その時、空が明るくなったような気がした。崩れ落ちた壁から外を眺めてみる。

 

 

「ッ!」

 

 

そして、確かなモノに変わった。

 

 

空は、明るく輝いていることに。

 

 

目も眩むほどの光。輝きに思わず目を擦るが幻覚ではない。

 

光源は天を埋めるほどの数え切れない多さ。サッカーボール大の熱気球が空に浮いていたのだ。

 

 

「『幻庵祭(げんあんさい)』……!」

 

 

ジュピターさんはその光景を知っている。回帰の炎で毎年ひっそりと行われる祭り。かつてこの地で戦った英霊に感謝を捧げるようになったものだ。

 

ここまで大規模になったのは見たことが無い。膨大な人数が参加しなければこんな素晴らしいことにはならない。

 

 

「ハハッ……綺麗だ……綺麗じゃねぇか……」

 

 

オレンジ色に染まる空。光の世界に涙を流す。

 

もうあの残酷な東京エリアではない。今、東京エリアにいる人々の意志は一つになっている。

 

 

「ギギッ……」

 

 

「ッ!」

 

 

ガストレアの声が聞こえた瞬間、ハッとなり現実に戻される。

 

階段の下からゆっくりとカマキリのガストレアは姿を見せる。目があった瞬間、心臓が潰されてしまうかのような恐怖に襲われる。

 

散弾銃はあと二発。足は動かず、背中は焼けるように痛くて立てない。

 

倒せる見込みは、もうない。

 

 

「俺が感染すれば……数は増える……!」

 

 

カチャッ

 

 

懐から拳銃を取り出す。銃口は———

 

 

「テメェに人殺しはやらせねぇよ……!」

 

 

 

 

 

———自分の左側頭部。

 

 

 

 

 

「ギッ……」

 

 

「クハハッ、悔しいか? 仲間が増えなくてよぉ……?」

 

 

銃を握った手がガクガクと震える。銃口を強く頭に抑えつけて震えを無理矢理抑える。

 

自殺する恐怖はある。しかし一番怖いのは自分がガストレアになって人を皆殺しにしてしまうことだ。

 

 

『ジュピターさん!』

 

 

詩希の声が頭の中に聞こえる。最後に聞いた幻聴の声は手の震えを止めてくれた。

 

フッと笑みを作り、詩希の顔を思い出す。

 

帰りたかった。でも、帰れない。申し訳ない気持ちと感謝の言葉が次々と心の中から溢れ出す。

 

 

「俺も……そっちに行くよ……」

 

 

死んだ家族たちのところに行ける。これ以上、幸せなことはない。

 

悔いは残る。それでも、この世界はアイツがなんとかしてくれるだろう。

 

 

「ギギッ!!」

 

 

「うるせぇよ……もう死ぬから最後くらい黙ってろ」

 

 

襲い掛かるガストレアを無視し、目を瞑り引き金に指をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嫌だッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

意識が覚醒する。目を開くとそこには一人の少女が自分を守るかのようにガストレアの前に立ち塞がっていた。

 

 

「何で……何でいるッ!?」

 

 

 

 

 

その少女は、詩希だった。

 

 

 

 

 

服はボロボロになり、ここに来るまでにどれだけ転び、どれだけ傷ついたのかを訴えている。

 

両手を広げ、戦うことのできない少女が、ガストレアを睨みながら涙のたまった鋭い目で威嚇する。

 

 

「やめろ……逃げろッ! 勝てる相手じゃない!」

 

 

「嫌ッ!!」

 

 

「ふざけるなよッ! お前が生きていないと俺は———!」

 

 

「死んじゃ嫌だ!!!」

 

 

悲痛な叫びにジュピターさんは言葉を失ってしまう。

 

 

「一人は……嫌だッ……!」

 

 

「ッ……!」

 

 

一人は嫌だ。

 

それはジュピターさんも味わった経験だった。

 

家族が全員ガストレアに殺され、一人になった自分。あの時の哀しみは酷く、心を痛め、何度も泣き叫んだ。

 

嫌だ。

 

俺も嫌だった。

 

帰った家に誰もいないあの日々。

 

嫌だ。

 

一人で過ごしたあの日々。

 

嫌だ。

 

一人でいるあの日々が。

 

もう失うのは、嫌だ。

 

嫌だ。嫌だった。嫌なんだ。もう嫌だッ!!

 

 

「ギギッ!!」

 

 

「ひぃッ!?」

 

 

「詩希ッ!!」

 

 

カマキリのガストレアは鎌を振り上げる。標的は当然目の前にいる詩希だ。

 

名前を叫んだ瞬間、銃口をカマキリのガストレアに変えた。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「グギッ!?」

 

 

頭部に銃弾が命中する。その瞬間、ジュピターさんの体はガストレアに向かって走り出していた。

 

考えるよりも、先に体が動いた。

 

詩希に……詩希に……詩希に……!

 

 

 

 

 

「手を出すなあああああァァァ!!!」

 

 

 

 

 

ドゴンッ! ドゴンッ! ドゴンッ!!

 

 

「グギギャッ!?」

 

 

拳銃に込めた弾丸を全部使い切る。ガストレアに全て命中させて怯ませる。

 

 

「あああああァァァ!!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

全身の力を込めた右手の拳でカマキリのガストレアの頭を殴る。

 

頭部を揺らされたガストレアはバランスを崩してよろける。

 

 

「このクソ野郎ッ!!」

 

 

ガシッ!!

 

 

そのまま細い首を右手で掴み取り、地面に押し付ける。そして反対の左手に握っていた散弾銃を無理矢理ガストレアの口の中に突っ込む。

 

 

「ゴギギャッ!!」

 

 

「黙れえええええッ!!」

 

 

ドゴンッ!!

バシュンッ!!

 

 

まずは一発。暴れるガストレアの頭部は汚く飛び散り、気味の悪い液体が体中に付着する。

 

 

「うあああああァァァ!!」

 

 

グシャッ!!

ドゴンッ!!!

 

 

そして、叫びながらそのまま首の喉奥まで突き刺し、引き金を引いた。

 

重い銃声が響き渡り、カマキリのガストレアの体が暴れ出す。

 

 

「いい加減にしろよッ……!」

 

 

散弾銃を引き抜き、残弾数は0になった銃。ジュピターさんは銃を大きく振り上げ、叫ぶ。

 

 

「クソッタレがあああああァァァ!!」

 

 

ドシャッ!!

 

 

銃の銃身でガストレアの体に叩きつけた。

 

ガストレアの体は気持ちの悪い音と共に絶命し、動きを永遠に止めた。

 

同時に粉々になった銃を見て少しずつ冷静になる。

 

 

「はぁ……! はぁ……ぐぅ……!」

 

 

壊れた銃から手を放し、後ろに下がり倒れる。生きてる心地が全くせず、呼吸がだんだんと小さくなる。

 

 

「ジュピターさん!!」

 

 

「はぁ……! はぁ……! この大馬鹿がッ……!」

 

 

涙をボロボロと零しながら抱き付く詩希の頭を撫でようと思ったが、自分の手がガストレアの体液まみれになっていることに気付き、その手をひっこめた。

 

 

「いいから……逃げるぞ……かはッ!」

 

 

「怪我がッ……うぅッ……!」

 

 

強がって立ち上がったが、痛みは予想以上に苦痛を伴い、口から血を吐き出してしまった。

 

詩希が嗚咽を抑えながら大泣きする。しかし、手を貸すことだけはやめない。

 

ズルズルと片足を引きずらせながら建物から出る。周囲にガストレアは見当たらないが、人もいない。

 

これ以上の戦闘は続行不能。あとは神に祈りながら拠点に戻る。

 

……歩き出してからどれだけの時間が経ったのか分からない。とにかく歩むスピードは遅く、まだまだ拠点には辿り着きそうには見えない。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

その時、森の木々を薙ぎ払いながらこちらに近づく赤黒い物体が目の前に現れた。

 

鎧のような鱗にうねる長い体。大ムカデのようなガストレアだ。

 

脳が警告するかのように頭痛が酷くなった。考えなくても分かる。コイツはステージⅢだと。

 

 

「……逃げろ詩希」

 

 

頭部はこちらを向き、いつ食い荒らそうか考えている。

 

 

「い、嫌……!」

 

 

「元々死ぬ命だった。お前が救われるなら……」

 

 

ガチガチと歯を鳴らし、ゆっくりと近づく。しかし、もう足の震えは止まっていた。

 

 

「悪い。もう弾切れなんだ。俺は自殺できない。ガストレアにされちまう……」

 

 

「そんなの……駄目ッ……!」

 

 

「よく聞け鳥頭……お前は今、俺を殺せるか?」

 

 

意味の分からない質問に詩希は驚くが、すぐに首を横に振った。

 

 

「だったらガストレアは、殺せるな?」

 

 

「ッ! やる! 今ここで———!」

 

 

「違う馬鹿。その小さな頭ん中に、ちゃんと詰めろ」

 

 

ジュピターさんは告げる。

 

 

 

 

 

「絶対に、ガストレアになった俺を殺せ」

 

 

 

 

 

言葉を失った。

 

信じられない言葉に、詩希は動きを止めた。

 

 

「キシャアアアアアァァァ!!」

 

 

ついにガストレアは攻撃に出た。ムカデのガストレアはジュピターさんと詩希、同時に喰らおうとする。

 

 

ドンッ!!

 

 

「あッ……!」

 

 

胸に強い衝撃が走る。

 

ジュピターさんが最後の力を振り絞った。

 

詩希の体を押しのけ、ムカデのガストレアの攻撃が当たらない範囲まで押し飛ばされた。

 

 

「あぁ……!」

 

 

「覚えとけ詩希。お前も、俺の———」

 

 

ジュピターさんは詩希から目を離さない。例え目の前にガストレアが迫って来ても。

 

離さない。死ぬまでは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「———愛する娘だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グシャッ!!

 

 

 

 

 

________________________

 

 

 

「ぐぅ……!」

 

 

腕を覆いながら痛みに耐える蓮太郎。自分の前では延珠が怒涛の攻撃の連打が炸裂している。

 

蓮太郎と延珠が交戦しているのはビーボックスだった。偶然出くわした相手に幸運というべきか、不幸というべきか。

 

しかし、今倒すことができれば周囲のガストレアは統率が取れなくなる。ならば倒す他ないだろう。

 

 

ドドドドドッ!!

 

 

「蓮太郎ッ!?」

 

 

「ッ!」

 

 

ビーボックスのハチの巣のような穴から鋭利のトゲが無数に飛び出す。延珠の声に蓮太郎はすぐに反応し、横に跳び込んで回避する。

 

 

「クソッ、大人しくしやがれッ!!」

 

 

ドゴンッ! ドゴンッ!

 

 

バラニウム弾を二発撃ちこむ。しかし、ガストレアは全く怯む様子は見られない。

 

延珠がビーボックスの周囲を走り回り混乱させる。その隙に蓮太郎はビーボックスの頭部を狙おうとする。

 

 

ブブブブブッ!!

 

 

その時、羽音が強くなる。

 

危機感を感じたビーボックスはすぐに上昇。逃げようとしていた。

 

 

「逃げる気かッ!」

 

 

「延珠! 追うぞ!」

 

 

『いいえ、追わなくていいわ』

 

 

延珠とは違う声。インカムを付けた左耳から木更の声が聞こえた。

 

 

『良い位置よ』

 

 

「あッ……」

 

 

蓮太郎は気付く。廃墟ビルの屋上に人がいることに。

 

それは木更だった。

 

 

「天童式抜刀術一の型六番———」

 

 

ダンッ

 

 

木更は屋上から飛び降り、ビーボックスに向かって落ちる。目玉が木更の姿を捉えるが、もう遅い。

 

 

「———【彌陀永(みだえい)垂剣(すいけん)】」

 

 

ザンッ!!

 

 

無数の巨大な斬線が空中に飛び散り、ガストレアと木更が交錯。

 

 

タンッ!!

 

 

木更は地面に着地し、剣を鞘に収める。その瞬間、

 

 

ズバンッ!!

 

 

ビーボックスから体液が飛び散り、肉片を粉々に散らした。悲鳴を上げることなく、その命を終える。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

ビーボックスの巨体が地面に落ち、砂埃を巻き上げる。蓮太郎と延珠は目を見開いて驚愕していた。

 

速過ぎる。そして強過ぎる。木更の剣は、イニシエーターを、機械化兵士能力者を、超えている。

 

ステージⅣを一撃など、アイツ以外にありえない。

 

 

「里見君。アルデバランが後退したわ。急がないとこっちが手遅れになるわ」

 

 

「後退ッ?」

 

 

「アレを見れば分かるわ」

 

 

木更の指を指した方向。それは黒い巨大なヘビのような怪物。

 

先程、停電する前に突如現れた化け物に人類は絶望したが、原田が一緒にいるのを目撃してから、何とか落ち着くことができた。

 

彼もアイツと同じ規格外。相手も規格外。自分たちが入る余地など、どこにもない。

 

 

「アルデバランを含んだガストレアのほとんどが後退。後で必ず仕掛けてくるはずだから注意して進みなさい」

 

 

「分かった。行くぞ延珠」

 

 

この場は木更に任せて、蓮太郎と延珠は走り出した。

 

 

「……………」

 

 

蓮太郎たちが走り去った後、木更は32号モノリスがあった方向を睨む。

 

 

刀を強く握り絞め、瞳には『復讐』の炎が燃え上がっていたことは、誰も見ていない。

 

 

 

________________________

 

 

 

「行けボーイ!」

 

 

「失敗したら許さないんだからね!」

 

 

ドグシュッ!!

 

 

玉樹の新武器のグローブの棘がガストレアの腹部を貫き、弓月のクモの糸がガストレアの動きを停止させる。今の二人のコンビプレイはガストレアを圧倒できるほどの強さだった。

 

蓮太郎と延珠は足を止めることなくひたすら走り続ける。途中蓮太郎と玉樹の目と目が一瞬だけ合った。それだけで二人は通じ合っていた。

 

 

(助かる!)

 

 

(気にするな!)

 

 

蓮太郎と玉樹の口が少しだけ笑う。互いに助け合うことに満足していた。

 

廃墟街をしばらく走り続けると、広場のようなところに出る。中央には噴水があるが、今はガストレアが居座る玉座となっていた。

 

 

「グバアァシャアアアアアッ!!」

 

 

「ッ!? ステージⅢ!?」

 

 

ガストレアの隠し玉。敵はまだ強い戦力を出し残していたようだ。

 

恐らく(サソリ)を台としたガストレアだろう。黄色と白を混ぜたような薄い色をした鱗に鋭く禍々しい両手のハサミは全てを粉々にしてしまいそうだった。

 

一番の特徴である巨大な尻尾の長さは石柱のように太く、先のトゲから紫色の液体がポタポタと流れている。

 

 

「ストライプバークスコーピオン……!」

 

 

猛毒を持つ言われるサソリを目の前にした蓮太郎は苦虫を噛み潰したような表情で呟く。

 

通常のサソリでも危険だとされるサソリがガストレアになってしまえばどうなるか。言うまでもない、あの滴る毒は超強力な毒だと予想がつく。

 

 

ドゴッドゴンッ!!

 

 

噴水の石を破壊しながらこちらにゆっくりと近づく。尻尾で間合いを調整し、右や左から逃げ抜けられないようにしている。

 

蓮太郎たちも警戒しながらサソリが自分の間合いに近づくのを待つ。

 

 

「ッ!? 蓮太郎ッ!」

 

 

いちはやく気付いた延珠が声を上げるが遅い。

 

 

プシュウウウゥゥッ!!

 

 

「なッ!?」

 

 

サソリの尻尾から吹き出された紫色の体液が蓮太郎に向かって放たれた。

 

不意を突かれた蓮太郎は避けることができず、延珠が伸ばす手も蓮太郎に届かない。

 

 

「世話かけんじゃねぇぞクソガキッ!!」

 

 

バシンッ!!

 

 

蓮太郎の目の前に黒い大剣を二本背負った大男が上から割り込んで来た。

 

大剣をバツ字のようにクロスさせ、紫色の体液を弾き飛ばす。

 

 

「しょ、将監!?」

 

 

割り込んできたのは伊熊 将監だった。蓮太郎は驚くが、すぐに迎撃行動に移す。

 

 

ダンッ!!

 

 

大きく踏み込み、液体をかわしながらガストレアに向かって走る。

 

ガストレアは両手のハサミで蓮太郎に向かって振るうが、

 

 

ドゴンッ!! ドゴンッ!!

 

 

「グビャッ!?」

 

 

サソリのガストレアの目玉に弾丸が撃ちこまれた。バラニウム弾のせいで再生できず、その場で暴れることしかできない。

 

見らずとも分かる。近くに夏世が隠れて狙撃したのだ。

 

好機と見た蓮太郎はそのまま跳躍してガストレアの攻撃を逃れる。同時に延珠の名前を叫ぶ。

 

 

「延珠ッ!!」

 

 

「蓮太郎ッ!!」

 

 

既に延珠は蓮太郎の真上まで跳躍しており、蓮太郎の名前を叫んだ。

 

二人は空中で手を繋ぎ、蓮太郎は力を込めて延珠を下にいるガストレアに向かって投げ飛ばす。

 

 

「いっけええええええェェェ!!!」

 

 

「はあああああぁぁぁ!!!」

 

 

蓮太郎が延珠を投げた瞬間、超スピードで延珠はガストレアに向かって放たれた。

 

それは一つの弾丸ように。延珠の蹴りがガストレアの背中に直撃する。

 

 

ズバンッ!!

 

 

「グビャバァアアアアアッ!?」

 

 

ガストレアの悲鳴が轟く。背中の鱗は粉々に砕け、体を大きくへこませた。

 

地面に倒れ、ガストレアは動きを止める。

 

 

タンッ

 

 

蓮太郎は着地して距離を取る。延珠もすぐに蓮太郎のそばまで逃げて来る。

 

 

「とっとと行きやがれ。コイツは俺がやる」

 

 

ゴゴゴッ……

 

 

サソリのガストレアはゆっくりと体を動かす。背中の傷は泡を吹きながらゆっくりと再生し始める。

 

 

「待て! コイツはお前らが簡単に倒せるような奴じゃ———!」

 

 

「行ってください里見さん。このガストレアは、私たちが相手をしなければなりません」

 

 

後ろから狙撃銃とショットガンを握った夏世が歩いて来る。背中に大きなトランクを背負っており、武器が大量にあることを教えてくれる。

 

 

「将監さん。今の攻撃で武器が駄目になったのでは?」

 

 

「チッ、溶けていやがるな」

 

 

刀身を失った二本の剣を投げ捨てる将監。夏世はトランクから銀色の棒を取り出す。その銀色の棒に蓮太郎は見覚えがあった。

 

 

「あぁ? 何だこれ?」

 

 

将監が眉を寄せながら観察する。棒にスイッチがあることに気付くと、『ON』にした。

 

 

ヴォンッ

 

 

棒状の赤い光が伸び、ビームサーベルになった。

 

 

「……お前、これどうやって手に入れた?」

 

 

「東京エリアの危機です。お金なんてドブに捨てましょう」

 

 

「おい夏世!? いくらしたんだコレ!? こっちを見ろ!」

 

 

確か10億円だったな(白目)

 

 

「斬れ味はあのガストレアに通じるはずです。長く使えないので早急に倒すことを勧めます」

 

 

「分かってる。テメェはあとで覚えておけ」

 

 

将監は赤いビームサーベルを構えて蓮太郎を横目で見る。

 

 

「失せろ。コイツは俺がやる。テメェの獲物はアルデバランだろうが」

 

 

「将監……分かった。ここは任せた」

 

 

「ケッ、行け里見 蓮太郎」

 

 

この場を将監と夏世を任せた蓮太郎たちは走り出す。ガストレアがそれに気付くが、

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「ッ!」

 

 

夏世が撃った弾丸で気をこちらに引き付ける。ガストレアはゆっくりとこちらを見て、最優先で殺す敵はこちらだと認識した。

 

 

「……死ぬんじゃねぇぞ」

 

 

「もちろんです」

 

 

________________________

 

 

 

拠点の最終防衛ライン———別名『死線(デッドライン)』。

 

越えられれば死しか待っていない。中心街にガストレアが入り込めば一般人は喰い殺されることは間違いない。

 

回帰の炎から指示を出すのは真由美。通信機を一度に十個も開き、指示を飛ばしていた。動かせる数が少ない分、出す指示は少ないと見たら大間違い。少ないからこそ、細かく指示を出さなければならない。

 

誰一人失ってはいけない。誰一人欠けて良い理由なんて無い。

 

停電した時も真由美の判断は早かった。すぐに聖天子に連絡し、()()()()()()()()()()()『幻庵祭』の熱気球を飛ばして貰った。

 

不測の事態を予測する。そのカリスマ性は常人を遥かに超えていた。

 

だが、そんな真由美でも失敗がある。

 

 

「———急いで! きっと東のエリアから出ていないはずよ! お願いッ、探してッ!」

 

 

ジュピターさんの行方不明だ。他の民警や自衛隊を庇ったせいで彼の行方が分からなくなってしまったのだ。

 

後悔しても遅い。今は無事を祈るしかない。

 

 

『こちら狙撃班第一部隊。里見ペアと蛭子ペアがアルデバランに接近を確認。近くには護衛の薙沢ペア、我堂ペアを確認しました』

 

 

「ッ! 全狙撃班は拠点周りのガストレアをお願い。他の民警も前線を少しずつ下げて安全を確保してください」

 

 

『援護は不要、と?』

 

 

「彼らは十分に強いわ。それに狙撃できる距離を越えているはずよ。無茶はしないで遠くにいるガストレアは惹きつけるだけで問題ないです」

 

 

『了解』

 

 

通信が切れて真由美は少しだけ安堵する。ついにアルデバランを倒す時までやって来た。

 

問題は多くあるが、どうしても心配してしまうのは、優子だ。

 

空を見上げれば彼女は緋緋神と戦っている。

 

戦い続ける後輩に、先輩は敗けないくらい戦わなければならない。

 

真由美は防衛ラインに向かって走り出し、猛攻するガストレアを止めに行った。

 

 

________________________

 

 

 

問題 『あなたの本当の正体を答えなさい』

 

 

これは優子が緋緋神に出した最初の問題だ。緋緋神はその質問に目を見開き驚いていたが、すぐにニヤリっと笑みを零した。

 

そして、答えを口にする。

 

 

「神」

 

 

緋緋神の答えは———

 

 

「ッ!?」

 

 

———『不正解』となった。

 

体から力が抜ける感覚に緋緋神は驚愕する。自分の両手を見て嫌な表情をした。

 

 

「理解したぜ……()()()()()()答えじゃ駄目なのか……!」

 

 

優子は緋緋神が言いたいことを紐解く。

 

恐らく緋緋神は自分の存在が『神』だと確信、思っていた。でも、本当は自分が何者なのか知っている。それを答えなければならないにも関わらず、緋緋神は答えなかった。いや、答えれなかったに違いない。

 

 

 

 

 

———と、()()に考えておく。

 

 

 

 

 

その核心に辿り着くまでには、質問を続けなければならない? 何故緋緋神の正体を知る必要がある?

 

全ての鍵は、すぐに明らかになる。

 

次の質問までの時間は3分。

 

 

フォンッ!!

 

 

優子は緋緋神が仕掛けて来る前に魔法式を展開。同時に次の質問を思考する。

 

緋緋神が知っていて答えれないモノ。緋緋神が勘違いしている答え。

 

しかし、その思考は中断される。

 

 

ゴオォッ!!

 

 

「ッ!?」

 

 

次の瞬間、緋緋神が目の前まで迫って来た。超スピードで飛行する速さは優子の飛行魔法を遥かに上回っている。

 

 

フォンッ!!

 

 

減速魔法と移動魔法の二工程を緋緋神に掛ける。同時に自分の体に加速魔法と加重魔法の二工程を掛けた。

 

普通の魔法師なら行えない高等技術をあっさりと行ってしまうあたり、優子には魔法の才能が秘められていた。

 

緋緋神が減速した隙に優子は下に潜り込み、ギフトカードを緋緋神に向ける。

 

 

「お願いッ!!」

 

 

バチバチッ!!

 

 

他者が他者の恩恵を使うには条件がある。ギフトゲームでの略奪か、他者の許可の下で使用が許されるかの2つ。例外はあるが、基本的に知られている前提は『他者が他者の恩恵は使えない』だ。

 

しかし、優子の持つ【絶対防御装置】と命名されたクリスタルはその常識を覆す。

 

 

「ッ!?」

 

 

緋緋神は不意の反撃に驚くが、緋色の炎を飛ばして相殺した。

 

 

「やっぱり一筋縄じゃいかないわね……だったら!」

 

 

ゴオォッ!!

 

 

飛行魔法に加速魔法を附属させて飛行スピードを上げる。緋緋神から距離を取り、魔法式を構築する。

 

 

「さすがに一方的にやられるのは腹立つぜ……」

 

 

ガチャガチャッ

 

 

緋緋神はガバメント二丁を抜いた。

 

 

バツンッ! バツンッ! バツンッ!

 

 

弾丸が優子に向かって飛んで行くが、優子は緋緋神が銃を抜いた時点で新たな魔法式を構築し、展開していた。

 

 

ギャギャギャンッ!!!

 

 

突如弾丸が悲鳴を上げたかと思えば、弾丸の方向が反転し、緋緋神のところへと返って行った。

 

 

「何ッ!?」

 

 

緋緋神は体を逸らしてかわすが、不可解な現象に戸惑っている。

 

優子が使った魔法は運動ベクトルの倍速反転、逆加速魔法の【ダブル・バウンド】だ。弾丸を逆加速反転させて跳ね返したのだ。

 

優子は構築していた魔法を展開する。

 

 

「【疑似宇宙空間(ユニバースルーム・フェイク)】」

 

 

優子の最強魔法が発動する。

 

連続で四系統魔法を同時使役し、二種類の魔法で持続させて宇宙空間と同じような空間を造り出した。

 

 

「クッ……ッ!?」

 

 

緋緋神は自分の喉を絞めて苦しむ。優子はいつでも空間を壊せるようにCADに手を置いている。

 

殺すわけがない。殺すのが目的では無い。時間稼ぎだ。危なくなれば空間を壊す。

 

そう考えていた矢先———

 

 

シュンッ!!

 

 

「きゃッ!?」

 

 

———透明なキューブが襲い掛かって来た。

 

不意の出来事に優子は対処できず、後ろによろけてしまう。

 

そのせいだろうか。優子の作った空間に歪なヒビが入り、緋緋神は力を解放した。

 

 

「はあああァァ!!」

 

 

バリンッ!!

 

 

「そんなッ……!?」

 

 

目を疑う光景に優子は驚く。そして、命の危機を感じ取る。

 

 

ゴオオオオオォォォ!!

 

 

緋色の巨炎が優子に向かって放たれていた。すぐに魔法式を構築するも、間に合わない。

 

 

シュピンッ!!

 

 

突如ペンダントが光り出し、ガラスの箱が展開される。優子の体を包み込むように展開されたガラスの箱は炎から身を守り、防いでくれた。

 

 

「はぁ……はぁ……!」

 

 

あの時のように命の危機を感じた優子は生きた心地がしなかった。酷く呼吸を乱れさせ、顔色も悪かった。

 

 

「おいおい、まだ始まったばかっただぜ? もっと楽しもうぜ」

 

 

「うるさい……わよ……」

 

 

返した言葉に勢いは無く、優子の体は震えていた。体力消耗のせいで震えているわけでは無い。恐怖で震えているのだ。

 

 

(ずっとこんな中で……みんな、戦っていたんだ……)

 

 

今まで守られてきた自分がどれだけ甘やかされていたのか痛感する。下唇をグッと噛み締め、緋緋神を睨む。

 

 

「問題」

 

 

「ッ!」

 

 

優子の出す問題に警戒する緋緋神。優子は真剣な表情で問題を口にする。

 

 

「あなたはどこから来たの?」

 

 

「……………」

 

 

緋緋神は何とも言えぬ表情で優子の顔色を窺う。

 

怪しかった。自分はもう間違えることは無いはず。なのに、どうして何の捻りも無い簡単な問題を出すのか。

 

緋緋神は笑みを浮かべることなく、回答する。

 

 

「宇宙だ」

 

 

「ッ!」

 

 

優子の表情が驚いた顔になる。当たり前だ。神だと名乗っていた者が宇宙から来たと言い出すのだ。驚かない方が無理だ。

 

しかし、無情にも緋緋神の答えは———

 

 

「ッ!? 嘘だろ……!?」

 

 

 

 

 

———『不正解』となった。

 

 

 

 

 

さらに体から力が抜ける感覚に緋緋神の手は震える。何がいけなかったのか、全く見当がつかない。

 

優子の不正や詐欺、騙しを考えるが、全く分からない。

 

どうして正解しない? 緋緋神に謎は解けなかった。

 

よって、緋緋神は目的を早く達成することにする。

 

 

シュンッ!!

 

 

無数のキューブを優子に向かって飛ばし、体を消滅させようとする。勝利条件は優子の打倒、殺害だ。

 

勝負を決める。3分経たないうちに。

 

キューブは優子の周囲を取り囲み、ガラスの箱が壊れるのは今か今かと待ちわびる。

 

時間がコクコクと過ぎて行き、緋緋神は次第に焦り出した。

 

時間が経っても、ガラスの箱が消えないのだ。

 

 

(どうしてだ!? もう一分以上経っているのに……!)

 

 

アリアだった時の自分は知っている。中から見ていた光景、情報、言葉。何一つ聞き逃すことも見逃すこともなかった。だから一分で消えることは確かだった。

 

ではなぜ消えないのか? 

 

 

「ッ!? クソオォッ!!!」

 

 

「気付かれた……!」

 

 

緋緋神はガラスの箱を凝視して気付いてしまった。騙されたことに怒りが込み上がって来る。

 

ガラスの箱。それは優子の魔法で作り出した『幻覚』だと言うことに。

 

最初に作り出された箱は本物。優子は緋緋神に気付かれないように本物そっくりのガラスの箱を幻覚で作り出したのだ。

 

繊細でレベルの高い魔法技術が必要だったが、優等生だった優子には可能な範囲だった。

 

 

「あたしを騙すなんて……死んで詫びろッ!!」

 

 

シュンッ

 

 

緋緋神の合図でキューブが一斉に優子に襲い掛かる。しかし、優子は余裕を持って飛行魔法を発動した。

 

 

「クッ、力が……!?」

 

 

キューブのスピードが遅かったからだ。

 

二回も奪われた力は酷い有り様。緋緋神の緋色の炎も弱く、追うスピードも愕然してしまうほど下がっていた。

 

簡単に逃げて行く優子に緋緋神は慌て焦る。そして、再び最悪が蘇る。

 

 

「問題」

 

 

「うぐッ……!」

 

 

緋緋神は息を詰まらせ、優子の言葉に恐怖感を覚える。

 

ゆっくりと出された問題は、驚くモノだった。

 

 

 

 

 

「あなたの正体は神ではない。なら地球外生命体ですか?」

 

 

 

 

 

誰がどう聞いても、その問題の答えは『YES』と答えるはずだ。

 

宇宙から来た。緋緋神はそう答えた。ならば必然的に緋緋神が『地球外生命体』なのは確かな答えだと分かり切っている。小学生でも分かる。幼稚園児でも、理解できる。

 

なのに……なのに……なのに……!

 

しかし、すぐに答えることはできなかった。

 

 

(どうしてその問題を出すのか、分からねぇ……!?)

 

 

優子の考えが全く見えない。そのことに緋緋神は焦りに焦っていた。

 

時間が迫る。ならばっと緋緋神は答えを口にする。

 

 

「あたしは()()だ。生命を宿していない、()()を持った金属だ。答えは、『いいえ』だ」

 

 

「……それが、あなたの正体ね」

 

 

「もう嘘じゃない。これが本当だ。間違えるわけがない!」

 

 

そして、緋緋神の答えは『正解』に———

 

 

「何でッ……!?」

 

 

 

 

 

———なることはなかった。

 

 

 

 

 

『不正解』になったのだ。

 

 

「ズルだ……それしか考えれないッ!!」

 

 

力が抜けようとも緋緋神は喉が張り裂けそうなくらい叫んだ。優子は首を横に振り、否定する。

 

 

「いいえ、正しいわ。あなたの答え、間違っているわ。完璧にね」

 

 

「ふざけるな! あたしは嘘をついていない!」

 

 

「そうね」

 

 

優子は真剣な表情で肯定する。

 

 

()()()()、嘘をついていないわ」

 

 

優子の含みのある言葉を聞いた緋緋神は黙ってしまった。

 

 

「でもね、ギフトゲームは正しく行われているわ。緋緋神の嘘以外、全部ね」

 

 

その時、緋緋神の口が震えだした。

 

どうして『不正解』になるのか、分かってしまった。

 

 

これはズルではない。

 

 

これは卑怯では無い。

 

 

これは間違いでは無い。

 

 

これは緋緋神の———!

 

 

「あのね緋緋神。アタシは———」

 

 

優子は告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「———()()()とゲームをしているのよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———勘違いだ。

 

 

 

 

 

「ここまであたしを……馬鹿にしたのは……初めてだ……!」

 

 

怒りに震える緋緋神に優子は勝利を確信した表情になる。

 

ルールに不正など無い。あるとすれば勘違い。

 

 

・参加者  神崎・H・アリア

 

 

しっかりとギアスロールに記載されている。緋緋神の勘違いがこのゲームで問題となっている。

 

そこに『緋緋神』とは書かれていない。『神崎・H・アリア』と書かれているのだ。

 

そう、問われているのはアリアのことなのだ。緋緋神のことではない。いくら正直に答えたとしても、アリアのことではない限り正解は絶対に辿り着かない。

 

同時に、緋緋神は『詰み』まで落とされている。

 

もし優子が『8歳の時に貰った誕生日プレゼントは?』と問題を出せば緋緋神は当然答えることはできない。何故なら緋緋神はまだその頃、アリアの中にいないからだ。

 

つまりアリアが知っていて、緋緋神が知らないことを質問すればどうなるか? 緋緋神は答えることもできず、ただひたすら体力を消耗するだけ。

 

 

「このあたしがッ……!」

 

 

「もうすぐよ。戦いは、すぐに終わるから」

 

 

優子は右耳のインカムから連絡が来ていた。

 

 

『里見 蓮太郎と蛭子 影胤、アルデバランと戦闘中』っと。

 

 

________________________

 

 

 

「「ハアァッ!!」」

 

 

ザンッ!!

 

 

繰り出される二つの斬撃。巨体のガストレアの胴体が見事にバツ印が刻まれる。

 

我堂と朝霞による同時攻撃はガストレアを一撃で葬ることができる威力。我堂たちの実力は民警の中で一番群を抜いていると言える。

 

蓮太郎と延珠は二人にこの場を任せて、アルデバランのいる方向へと走り抜ける。

 

 

「グァアアッ!!」

 

 

不意にガストレアの咆哮が轟いた。蓮太郎たちの進行方向からサイに似たガストレアがブルドーザーの如く何匹も走り出してくる。

 

 

「俺の弟子に手は出させんぞ」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

先頭を走っていたサイのガストレアの横腹に彰磨の拳がめり込む。重い衝撃と共に、ガストレアは内側から破裂し絶命する。

 

ガストレアは突然の出来事に一瞬だけ動揺する。それが致命的だった。

 

 

シュンッ!!

 

 

残りのガストレアたちの脇を抜けるように一閃が走った。一閃の正体は翠。

 

翠がガストレアたちを追い越して伸びていた爪を短くした瞬間、

 

 

ズバンッ!!

 

 

ガストレアの手足の付け根や首、皮膚が比較的柔らかい箇所が切断された。ガストレアは悲鳴も上げることなくその場に転がり死んでしまう。

 

ズバ抜けた実力を隠し持った二人に蓮太郎たちは圧倒される。

 

 

「行け里見!」

 

 

「行ってください里見リーダー!」

 

 

彰磨と翠の声でハッとなる。蓮太郎と延珠は走り出し、アルデバランへと向かう。

 

ふと顔を上げてみればアルデバランが逃げ出している後ろ姿が見える。動きは遅く、弱っているようにも見えた。

 

 

「里見君! 私たちはこっちだ」

 

 

「ッ! 影胤!」

 

 

ビルの屋上から飛び降りて来たのは影胤。隣には小比奈もいる。蓮太郎は無事合流できたことに安堵する。

 

 

「私もビーボックスを始末して来た。そのせいかアルデバランが他のガストレアを置いて逃げ出したんだ」

 

 

「チッ、自分だけ生き残ればいいってことかよ」

 

 

実質そちらの方が人類には困る。あんな化け物がまたモノリスを溶かし、この地に現れることを考えると恐ろしくて考えられない。

 

 

ダンッ!!

 

 

蓮太郎たちは追いかけるために全力で走り出す。その速度はアルデバランより速く、すぐに追いつけるほどのスピードだった。

 

アルデバランの背後を取り、すぐに攻撃を仕掛けられるような位置まで辿り着く。

 

 

「作戦通り、私が先行しよう」

 

 

「頼んだ」

 

 

影胤はそう言うと、小比奈と一緒に跳躍した。ぬかるんだ土を蹴り飛ばし、ビルの壁を利用しながら高く上昇する。

 

斥力の磁場が影胤の手に収束する。アルデバランの背中を取った瞬間、解き放った。

 

 

「【エンドレス・スクリーム】!!」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

影胤の最強の矛である光の槍がアルデバランの硬い装甲を砕いた。貫くことはできなかったが、十分な成果だと言えよう。

 

 

「小比奈!!」

 

 

「はいパパッ!!」

 

 

すぐに砕いた装甲まで小比奈は近づく、両手に握った二刀流を振るった。

 

 

ドシュドシュグシャズシャッ!!

 

 

「ヒュルルルルオオオオオォォォ!!」

 

 

アルデバランの悲痛な叫びが響き渡る。それでも小比奈は刀を振るうことをやめない。

 

無残に飛び散る肉片を一つ残らず斬り刻む天使は血塗れ。狂気とも言えるその姿は誰にも止めることはできない。

 

 

「今だ里見君! 傷口が再生する前に爆弾を設置するんだ!」

 

 

「分かってる!」

 

 

ドンッ!!

 

 

脚部のカートリッジを炸裂させて大きく跳躍。しかし、アルデバランは簡単に蓮太郎の侵入を妨害する。

 

 

「ギシャッ!!」

 

 

「ッ!?」

 

 

アルデバランの口が大きく開き、鋭い牙で蓮太郎を食おうとする。

 

しかし、それを決して許さない者がいる。

 

 

「せぇあああああァァァ!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

延珠の重い蹴りがアルデバランの頭に叩き込まれる。狙いを外したアルデバランの頭部は蓮太郎の横をすり抜ける。

 

好機と見た蓮太郎はアルデバランの首に着地し、真下にある背中に向かって勢い良く跳躍した。

 

 

「小比奈! 戻って来なさい!」

 

 

危機をすぐに感じ取った影胤の声に素直に従う小比奈。蓮太郎は小比奈のいた場所を睨み付けて狙いを定める。

 

全てのカートリッジを使い切った最強の一撃。

 

 

「【隠禅(いんぜん)哭汀(こくてい)全弾撃発(アンリミテッドバースト)】!!」

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォン!!!

 

 

最強の一撃が炸裂した。衝撃波は地を砕くほどの威力。強烈な痛みにアルデバランは堪らずその場に崩れ落ちる。

 

体内に入ることに成功した蓮太郎は腰のベルトからEP爆弾を取り出し、アルデバランの肉の中に設置した。

 

すぐに助けに来てくれた延珠の肩を借りてすぐに体内から脱出する。腕時計を見ながら爆弾が爆発する時刻を確認。影胤は拠点本部に報告してくれていた。

 

その場から一目散に逃げ出し、ビルの中に隠れる。影胤も別の建物の中に入って行った。

 

ゆっくりと動く時計の針を祈りながら目で追いかける。延珠も蓮太郎の服を掴んで震えている。

 

これで失敗すれば人類の敗北。唇が震えて恐怖に負かされそうになるが、運命の時がやって来た。

 

 

カッ!!

 

 

一瞬だけ光が瞬く。

 

 

 

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォォォ!!!

 

 

 

 

 

凄まじい轟音と衝撃波が吹き荒れる。ビルの建物内にいるというのに、暴風に吹き飛ばされそうになってしまう。

 

……約一分の時間。未だに立ち続ける煙。緊張の一瞬が来てしまった。

 

耳は鼓膜を破ってしまいそうになるが、ギリギリセーフ。一応聞こえている。

 

 

 

 

 

「ギャギャヒャァアアアアアッ!!!」

 

 

 

 

 

だから、聞いてはいけないモノも聞いてしまう。

 

 

「———」

 

 

蓮太郎は言葉を失った。延珠も同じように耳を疑った。

 

その場から立ち上がり、轟く咆哮の方角を見る。そこには黒い影が()()()いた。

 

果たしてアレはアルデバランであろうか? いや、違う。

 

 

「いや、嘘だろ……そんな……馬鹿なことが……」

 

 

ゆっくりと立ち上がり、外の光景を見る。

 

そして、絶望した。

 

 

 

 

 

アルデバランが姿を変えて、そこに降臨していたことだ。

 

 

 

 

 

「なんということだ……!」

 

 

後ろからその光景を信じられない声がする。影胤だ。蓮太郎も同じ感想だった。

 

アルデバランだった面影が残された頭部は10を超えて一つ一つに意志を持つかのように不規則に動く。ビーボックスのような胴体が八つの羽を高速で動かした姿は悪魔そのモノ。

 

浮いた柱のような足は衰弱し、プラプラと動く気配はない。

 

アルデバランより小さい体だが、その体には得体の知れない恐怖が詰め込んである。

 

 

「ギャギャヒャァアアアアアッ!!!」

 

 

 

 

 

もうこれは、アルデバランではない。

 

 

 

 

 

 

________________________

 

 

 

「何なんだアレは!?」

 

 

リュナとの戦闘中に遠くから見えた不気味な姿をした怪物。アルデバランの突然変異に目を見開いて驚いていた。

 

 

「黄色い悪魔の花はご存知ですか?」

 

 

「……何?」

 

 

「黄色い花は、ガルペスが作ったモノですよ」

 

 

その瞬間、原田に驚愕の衝撃が頭に走った。

 

 

『変な黄色い花の花びらが一帯に散っていた。多分これが原因だと見て間違いない』

 

 

以前大樹が影胤の事件時、『天の梯子』で不可解なモノを見つけた。それが黄色い花。

 

全てあの時から仕込まれていたということに、驚くことしかできなかった。

 

 

「あの花の花粉はガストレアウイルスの進行率の上昇、ガストレアウイルスの強固なる遺伝子強化が強制的にされる効力を持っています」

 

 

「何だと……!?」

 

 

「ガストレアの急激な増加、ステージⅣの強さの原因はあの花です。あれは人類にとって悪魔の花と言うべきでしょう」

 

 

リュナは空中に展開した百を超える弓で原田とヨルムンガンドを狙う。

 

 

「彼の居ない、あなたたちは弱い」

 

 

 

________________________

 

 

 

ゴオォッ!!

 

 

「キャッ!?」

 

 

緋緋神の炎が優子の服を軽く焦がす。軽い火傷で腕が痛むが、弱音は吐いていられない。

 

アルデバラン———いや、既に上層部からのコードネームが付けられた。

 

隠れた存在であるゾディアック・ガストレアに認識され、ステージⅤとなった怪物。

 

 

 

 

 

名は———『オフューカス』と。

 

 

 

 

 

黄道上に位置しているにも関わらず、黄道十二星座に含まれない『へびつかい座』の名前を借りた怪物だった。

 

さらにオフューカスの出現と同時にガストレアの猛攻が強まった。これ以上の戦闘は危険と判断され、既に全民警の撤退が決まった。

 

そして緋緋神もまた、勢いを上げていた。

 

力を何度も抜かれているにも関わらず、攻撃の激しさは変わらない。優子は一方的にやられていた。

 

 

「キヒッ、あたしの勝ちだあああああァァァ!!」

 

 

「しまっ———!?」

 

 

緋緋神のキューブが優子の目の前まで迫る。避けることのできない攻撃に呼吸が止まる。

 

 

「危ねぇぞ木下!!」

 

 

ゴオォッ!!

 

 

その時、優子の体は何者かの手によって服を掴まれ、その場から動かされた。動かした相手は———

 

 

「原田君!?」

 

 

———頭から血を流した原田だった。

 

額から流す血は異常。ぱっくりと額が割れ、すぐに手当てが必要だと分かる。

 

 

「クソッ……!」

 

 

優子を抱きかかえながら何度も跳躍して後ろに逃げて行く。

 

 

「ヨルムンガンド!!」

 

 

『食らうがいい!!』

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!!

 

 

ドラゴンのような咆哮と共に撃ち出された紫色の光線が緋緋神を狙う。

 

 

バシンッッ!!

 

 

『ぐぬッ……!?』

 

 

しかし、リュナの黒い矢が交戦を相殺する。たった一本の矢に負けてしまうことに悔しさを隠せない。

 

 

「ギギャッ!!」

 

 

「「ッ!?」」

 

 

気が付けば目の前から飛行するガストレアがこちらに突進して来た。不意の出来事に原田と優子は何もすることができず、ガストレアにぶつかる。

 

 

「キャッ!?」

 

 

「がぁッ!?」

 

 

原田が優子を守ったおかげでダメージは少ないが、原田は大きかった。

 

二人はそのまま地面に向かって落ちる。

 

 

「ッ! だめぇ!!」

 

 

フォンッ!!

 

 

優子の減速魔法と停止魔法を用いて原田と優子の体を落下から身を守る。優子はゆっくりとコンクリートの上に降り立ち、原田は地面に倒れる形で落ちた。

 

 

「追い詰めたぜ。これで終わりだな」

 

 

緋緋神の言葉に、優子と原田は息を飲んだ。

 

振り返ると、そこには大勢の人がいた。

 

 

 

 

 

東京エリアの中心街。避難場所まで侵入を許してしまった。

 

 

 

 

後ろから悲鳴が聞こえる。すぐ前を見て見上げればガストレアの群れが視認できた。民警は必死に戦っているが、何十匹もこちらまで侵入してしまっている。

 

勝負は、ついてしまった。

 

 

「ああ、最高だった。もう終わってしまうのが惜しい。でも、それがルールだ」

 

 

「やめろ……!」

 

 

原田は必死に体を動かそうとするが、全く動く気配はない。既にリュナとの戦闘でやられてしまっていた。

 

 

「お姉ちゃん!!」

 

 

優子は後ろから聞き覚えのある声に戦慄する。振り返るとそこには一人の少女がこちらに向かって走って来ていた。

 

教会の子だ。自分たちのことが大好きな優しい子。

 

 

「来ちゃ駄目えええええェェェ!!」

 

 

「シャアアアアアァァァ!!」

 

 

優子の期待を裏切るかのようなガストレアの咆哮が響き渡る。少女に向かってクモのガストレアが飛び掛かろうとする。

 

考えるよりも、足が早く動いた。少女の体を抱き締め、ガストレアから少女の身を守る。

 

 

(お願い……誰か……!)

 

 

優子は涙を流しながら叫ぶ。

 

 

 

 

 

「大樹君ッ……助けてッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「任せろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ザンッ!!

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

突如クモのガストレアが一刀両断される。右と左が綺麗に分かれ、その命を終えた。

 

優子の前に立つ一人の青年。その姿に涙をボロボロと零した。

 

 

「……馬鹿ッ」

 

 

いつもと変わらないオールバックにした黒髪。

 

 

「来るのが……遅いわよッ」

 

 

金色の鞘に入った刀を握り絞めている。頭や腕に巻かれた包帯。学生服に似た制服を着ている男。

 

 

「バカ……バカバカ……馬鹿ッ!!」

 

 

「説教なら後でいくらでも受けてやるよ。だから少しだけ、待っていろよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

楢原 大樹が、帰って来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうして……あなたはまだ足止めを……!?」

 

 

リュナが驚愕した表情で大樹を見ている。そこにいるのが、信じられないかのように驚いていた。

 

 

「すまない優子。兄貴の手当てをしてくれないか?」

 

 

大樹が後ろに向かって指を指すと、そこには行方不明になっていたジュピターさんが倒れていた。詩希が必死に名前を呼んでずっと呼びかけている。

 

 

「ジュピターさん!」

 

 

「ギリギリだったぜ。助けるのが遅かったらヤバかったからな」

 

 

大樹はゆっくりと前に向かって歩く。

 

 

「でもまぁ、よくやったな原田。後は、任せろ」

 

 

「すまねぇ……くぅ、本当にすまねぇ!!」

 

 

「謝ることなんてねぇよ」

 

 

そして大樹は表情を変える。ニヤリと笑った表情に。

 

 

「あとは俺がやる」

 

 

神々しく輝く銀色の刀を抜刀した。その輝きにリュナと緋緋神は警戒する。

 

 

「待たせたな緋緋神。リュナは久しぶりか。どちらにも感動の再会に涙したり怒りたいところだが、俺はあの時と違うからな」

 

 

大樹は告げる。

 

 

 

 

 

「今から俺は、全てを救うぜ」

 

 

 

 

 

 

 





おかえり大樹君。

まぁ私はティナちゃんが無事に帰って来てくれたことに大いに喜びますが。


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全てを超越した最強

———序列最下位 楢原 大樹、参戦。

 

 

神々しく輝く黄金色の鞘から銀色の刀を抜刀した大樹。防弾繊維が含まれた汚れた学校制服を着用し、体には至る所に包帯が巻かれている。

 

しかし、彼は余裕の表情でそこに立っていた。

 

 

「ちょうどムカついていたんだよ。八つ当たりができて最高だぜ」

 

 

「ムカついていた?」

 

 

大樹の言葉に原田は異変に気付く。

 

大樹のズボンが異常に泥まみれになっていたことだ。自分たちも泥まみれになっていたので違和感が無かったが、よく見れば緑色のもずくのようなモノが制服や頭に引っかかっている。それに服が湿っていることも分かった。

 

 

「二度も同じ泥沼に落とされたからな……何故か翼は使えないし、掴まった木の枝は折れるし、ジュピターさん殺そうとするガストレアもいるし……とりあえず神と一緒にテメェら埋めるわ……!」

 

 

何故か彼はさらにバイオレンスになって帰って来ていた。

 

 

「……その前にガストレアが多いな」

 

 

そう言って大樹は刀を持った右手を後ろに下げた。

 

 

「一刀流式、【風雷神・極めの構え】」

 

 

そして、大樹の姿が消えた。

 

まるで瞬間移動。原田の目、緋緋神やリュナの目ですら追えない出来事が起きた。

 

 

「【號雷(ごうらい)静風(せいふう)】」

 

 

キンッ

 

 

気が付けば大樹は空高く舞い上がっていた。そして刀を鞘に戻した瞬間、

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

前線にいた全てのガストレアが斬り刻まれた。

 

暴風が吹き荒れ完封無きまでに叩きのめされたガストレア。当然生き残っているガストレアはいない。

 

たった一撃で、何百と越えたガストレアが一瞬で全滅した。

 

 

「は……?」

 

 

その光景に原田は思わずそう呟いた。

 

ありえない。短期間で実力がこうも開くモノだろうか?

 

強過ぎる。桁違い……いや、次元が違う!

 

 

「奥にまだいるな。なら抜刀式、【刹那・極めの構え】」

 

 

ゴオッ!!

 

 

大樹の体が勢い良く回転し、勢いを殺さないように抜刀する。

 

 

「【凛鱈(りんせつ)月廻(げっかい)】」

 

 

シュンッ!!

 

 

東京エリアの廃墟街に一筋の光が一閃した。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

刀では到底出すことのできない斬撃の音が轟く。衝撃で土煙がビルよりも高く舞い上がる。

 

ガストレアが侵入してきた街に、もうガストレアの姿は見当たらない。残っているのはガストレアの死骸だけだ。

 

出来る限り原型を留めさせてあるガストレアの死体。綺麗に殺したという言い方は最低であるが、彼はそういう人間だ。

 

 

「大丈夫だ。お前らの仲間は俺が守ってやる」

 

 

コンクリートの地面に着地した大樹はガストレアにそう言い聞かせる。この声は、ガストレア(人間だった者達)に聞こえているだろうか? それは誰にも分からない。

 

 

わああああああァァァ!!

 

 

背後にある東京エリアの中心街から歓声が響き渡る。大逆転劇に、大樹の力に、人類は歓喜した。

 

 

「さてと、残るはモノリスの近くにいるデッケェガストレア。愛しの神様と可愛い幼馴染だな」

 

 

「そうですね。ですが、あなたは残ることはできません」

 

 

「なッ!? 危ない大樹ッ!!」

 

 

いつの間にか大樹の背後をリュナが取っていた。左右に持った二本の弓。矢は既に装填されており、いつでも射出できる状態だった。

 

 

「【黒い矢(ダーク・アロー)】」

 

 

シュンッ!!

 

 

そして、二本の黒い光の矢が放たれた。

 

矢は大樹の背中に当たろうとする。だが、

 

 

フッ……

 

 

「ッ!?」

 

 

確かにいた大樹は残像のようにブレて、姿を消した。当然黒い矢は当たることはない。そのまま通り過ぎて廃墟ビルを倒壊させた。

 

衝撃的過ぎる出来事にリュナは焦り、急いで周りを見渡す。

 

 

「悪いな。今は緋緋神を優先させてもらうぜ」

 

 

「なッ!?」

 

 

今度はリュナが背後を取られる。既に大樹は右足に力を入れており、回し蹴りをしようとしていた。

 

 

「ちょっと退場していてくれ」

 

 

ドゴンッ———!!

 

 

まるで戦車の砲撃。腹の底から響く低くて重い音が轟いた。リュナの腹部に大樹の回し蹴りが見事に入っていた。

 

 

———ドゴオオオオオオオオォォォ!!!

 

 

そのままリュナの体は廃墟街を突き破りながら瓦解した32号モノリスのバラニウムを巻き上げながら東京エリア外まで吹き飛ばされた。

 

土煙が空高く昇る。煙の高さは威力の脅威を十分に表していた。

 

 

「嘘ッ……」

 

 

「一撃だと……!?」

 

 

優子と原田は目を見開いて驚く事しかできなかった。

 

あれだけ苦戦したガストレアを二撃で全滅寸前まで追い込む力。原田がさんざんやられ続けたリュナを一撃。()()()()()()()で県外まで吹き飛ばす力。

 

圧倒的に強い大樹に、誰もが言葉を失った。

 

 

「よっと」

 

 

大樹は跳躍して緋緋神の前まで辿り着く。緋緋神の表情は驚愕に染まっており、大樹を警戒していた。

 

 

(本当にこれが……あの楢原なのか……!?)

 

 

短期間でここまで力を付けて来た大樹を見て目を疑う。彼女も信じられなかった。

 

緋緋神は歯を食い縛り、右手に緋色の炎の渦を巻き上げる。

 

 

「は、ハハッ……随分変わったな大樹。あたしを楽しませてくれそうだ」

 

 

乾いた声で無理して笑う。緋緋神は自分が思った以上に怖がっていることに内心驚いていた。

 

大樹から溢れ出るオーラ。強者にだけ分かるモノじゃない。弱者ですら分かる。コイツとは戦ってはいけないっと何度も脳が警告している。

 

 

「別に俺は戦わないぞ」

 

 

「何?」

 

 

「緋緋神、俺はお前を救いに来た」

 

 

大樹の言葉に緋緋神はポカンッと口を開けた。数秒後、言葉を理解した緋緋神は大きな声で笑いだした。

 

 

「ふふッ、あはははッ……ははは、ははははッ!」

 

 

「あぁ? 面白いこと言ったか俺?」

 

 

「今までこんなことを言う馬鹿な男はお前が初めてだよ楢原! 救う? あたしは救われるような器じゃない。それに今、楽しくて仕方がないんだよ」

 

 

「本当にそうなのかよ」

 

 

ピタッと緋緋神の笑い声が止まった。

 

 

「緋緋神。お前の目的はこんなことじゃねぇだろ」

 

 

「……見たのか?」

 

 

「見たというより閲覧した? とりあえずまとめてあった資料を読んだ」

 

 

大樹は懐から一枚の写真を取り出す。その写真には笠のような形をした緋色の石が写っていた。

 

 

「それは……!?」

 

 

「分かるだろ緋緋神。いや、お前だよ緋緋色金」

 

 

そう、写真に写っているのは緋緋神の()()である緋緋色金の原石だ。

 

この原石が置かれているのは白雪の実家である星伽神社に奉ってあることを互いに知っている。

 

 

「安心しろ。別に壊そうとか考えてないから。むしろ白雪には守ってもらうようにしてるからな」

 

 

「……どういうつもりだ」

 

 

「だから言ってるだろ。俺はお前を救うために来たんだ」

 

 

大樹は刀を鞘に収めてギフトカードに戻してしまう。そして、両手を広げた。

 

 

「ほら、もう戦いなんてやめて俺の胸に飛び込んで来い」

 

 

「は?」

 

 

「いやそんなガチ低い声で威圧しないでくれよ……顔怖いぞ……」

 

 

「大樹君?」

 

 

「待てよ優子。魔法式を構築しないでくれ」

 

 

「お前この状況で……死ねよ」

 

 

「みんなひでぇ……」

 

 

緋緋神、優子、原田に軽蔑の眼差しで見られる大樹は泣きそうだった。

 

 

「でも、それはお前がしたかったことだろ。なぁ緋緋神?」

 

 

「それって……何だ……?」

 

 

「恋」

 

 

その瞬間、大樹を除いた全員が絶句した。

 

 

「———はぁ? いッ……今……?」

 

 

「おう」

 

 

「ッ……バカかよ……!」

 

 

かあぁっと緋緋神の顔が真っ赤に染まる。

 

 

「こんな時でも、どんな時でも俺は見ている」

 

 

「あ、あたしはそんなに簡単に落ちるような———」

 

 

「アイラブユー」

 

 

「———うぅ……!」

 

 

「今落ちる要素あったのか!? カッコイイところあったか!? 発音悪い英語の告白だぞ!? それでいいのか緋緋神!?」

 

 

大樹と緋緋神のやり取りに血を吐きながら原田が命懸けでツッコミを入れる。

 

 

「でも俺はアリアも愛している。当然美琴も優子も黒ウサギも真由美も愛している」

 

 

「ッ……さっそく浮気かよ」

 

 

「最初から浮気しまくりだけどな」

 

 

「自覚あったのかよ楢原……」

 

 

緋緋神に呆れられた目で見られる。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「ぐはッ!?」

 

 

「「「!?」」」

 

 

突如蒼色の弾丸が大樹の肩を貫いた。しかし、血の出血は見られず無傷のように見える。

 

 

『大樹さん。私がいませんよ』

 

 

「て、ティナ……【瑠璃(るり)懸巣(かけす)】は……俺でもキツイ……!」

 

 

(((狙撃された!?)))

 

 

耳に付けたインカムから聞こえるティナの可愛い声はこの時ばかりは怖かった。まさかの味方からの攻撃に三人は驚く。どうやら隠れ残ったガストレアを駆除していたティナが一発だけ大樹を狙撃したようだ。

 

よろけながら大樹は一歩前に踏み出し、緋緋神に近づく。

 

 

「と、というわけで……アリアと一緒に生きて行くことはできないのか?」

 

 

「……断るに決まっているだろ」

 

 

「じゃあ俺も実力行使だ」

 

 

大樹の返しに満足したのか緋緋神は燃える炎の火力を上げる。しかし、大樹は刀を抜くことは無かった。

 

 

「【制限解放(アンリミテッド)】」

 

 

大樹の背中から巨大な黄金色の翼が広がる。

 

 

「【秩序支配神の世界翼(システムルーラー・ワールドフリューゲル)】」

 

 

パアァ!!

 

 

黄金色の羽根が街全体に降り注いだ。大樹の翼は消滅し、羽根だけが宙を舞う。

 

 

「なッ!?」

 

 

その瞬間、緋緋神の体がガクッと地に向かって落ちた。

 

急いで体制を元通りにしようとするが、自分の力が使えないことが分かり、顔が青ざめる。

 

 

ガバッ

 

 

だが落下する体は止まる。跳躍して助けに来た大樹のおかげだ。

 

お姫様抱っこで抱えられる緋緋神はさっきより顔を赤く染めた。

 

 

「俺が支配している限り、緋緋神の力は使えない」

 

 

「ッ……無茶苦茶過ぎるだろ」

 

 

大樹は地面に着地し、緋緋神と目を合わせる。大樹は笑みを作るが、緋緋神は違う。

 

 

「どうしてあたしを否定するんだ!? 楽しく生きようとしないんだよ! 恋と戦いで遊ぼうとしないんだ!」

 

 

「どっちとも、俺は遊びと思わねぇんだよ」

 

 

大樹の目は真剣だった。

 

 

「本気で恋している人がいるから俺は本気で戦うんだ。本気で愛しているから、本気で幸せにしたいから、本気でその気持ちに答えたいから、俺は本気なんだ」

 

 

「あッ……」

 

 

「もう分かるだろ緋緋神」

 

 

緋緋神は大樹の怪我をもう一度見る。傷だらけになった体、あざや擦り傷が多く残っている腕や首。そして、痛々しく割れた爪。

 

ここに来るまでどれだけ本気だったのか。それが緋緋神に伝わった。

 

 

「本気で恋するなら、俺もそれに答える」

 

 

「楢原……」

 

 

緋緋神は頬を赤く染めて下を向く。しばらく黙った後、緋緋神は顔を上げる。

 

 

「じゃあお前は……あたしがこ、告白したら……」

 

 

純情な乙女のような反応を見せる緋緋神。

 

対して大樹は爽やかな笑顔で返事を返す。

 

 

 

 

 

「ごめん、俺好きな人がいるから」

 

 

 

 

 

 

ビギッとガラスにヒビが入ったかのような音が響いたような気がした。

 

原田は思った。そこで緋緋神を受け入れたらすべてが丸く収まっていたはずなのに。この体が自由に動けていたら奴をボッコボコのぐッちゃぐちゃにしていたはずだ。

 

優子も口を開けて唖然している。まさか断るとは思わなかったのだろう。

 

 

「 」

 

 

超絶句。緋緋神は一ミリたりとも動きを見せない。

 

大樹は少し申し訳なさそうな表情で続ける。

 

 

「やっぱり浮気は駄目だと思う」

 

 

「今更お前は何を言ってんだゴラアアアアアァァァアアガハッ!!」

 

 

「原田君!?」

 

 

今度は大量の血を吐き出しながらツッコミを入れる原田。無理をし過ぎたせいで、ついに意識を失った。

 

 

「でもまぁ? どうしてもって言うなら考えてやってもいいけどな?」

 

 

殺してしまいたいくらいのムカつく上から目線に優子はすぐに魔法式を構築。発動した。

 

 

「【エア・ブリット】」

 

 

ゴオォッ!!

 

 

「ごばッ!?」

 

 

圧縮させた空気が大樹の腹部に直撃。緋緋神は大樹を蹴って避けるが、大樹は背後にあるビルの壁に叩きつけられる。

 

優子は緋緋神を庇うように立ち、倒れる大樹を腕を組みながら見る。

 

 

「30個くらい言いたいことがあるけれど……とりあえず一つだけ言わせてもらうわ」

 

 

「ぐぅ……リアルな数字過ぎて辛い……!」

 

 

「最低よバカ! そうやってまた女の子を増やして……どうせ向うの世界でも女の子とイチャイチャしてたんでしょ!?」

 

 

「し、してねぇよ! 俺はそんなこと———」

 

 

「正直に言えば頬にキスしてあげてもいいわよ?」

 

 

「———結構したかもしれない」(キリッ)

 

 

ゴオォ!!!

 

 

そしてもう一度【エア・ブリット】がキリッとドヤ顔をした大樹の腹部に叩きこまれた。さっきより威力が大きい。

 

 

「そうやって女の子を(もてあそ)ぶ大樹君。死んだ方が良いわ」

 

 

「ぐふッ」

 

 

そして大樹も吐血。優子の一言は神の一撃より重かった。

 

 

「ねぇ大樹君? これからどうすればいいか分かるよね?」

 

 

「責任取ります! 取りますから許してください!」

 

 

「緋緋神は?」

 

 

「取ります!」

 

 

「アタシたちも?」

 

 

「絶対に幸せにしてみせます!」

 

 

「他の子たちは?」

 

 

「え?」

 

 

「アタシたちだけじゃなく、他の世界の女の子は?」

 

 

「え、えっと……その……ハッ!」

 

 

パチンッと指を鳴らして大樹は思いつく。

 

 

 

 

 

「じゃあ愛人で!」

 

 

 

 

 

その瞬間、計23発の【エア・ブリット】が大樹の体に叩きこまれた。

 

背後のビルは倒壊し、無残な姿になった大樹が優子の目の前に転がっている。

 

 

「アタシのサイオンと大樹君の体力。どちらが先に尽きるか勝負してみるかしら?」

 

 

(俺の体力は永久機関じゃないんですけど……!?)

 

 

すぐに大樹は立ち上がり、緋緋神と目を合わせる。しかし、緋緋神も少し拗ねているのか目を合わせようとしない。

 

 

「緋緋神。俺はアリアが……じゃなくてアリアも! 愛しているんだ」

 

 

『が』と言った瞬間、優子の魔法式が構築されたような気がした大樹であった。

 

 

「お前が俺に本気で恋するなら俺もそれに本気で答える。でも、俺はアリアとも本気で恋をしたいんだ」

 

 

「……それは分かっている……ずっと見ていたから……だけど」

 

 

緋緋神は後ろに下がって大樹から距離を取る。

 

 

「それでも、譲れない」

 

 

「……そうか」

 

 

大樹は緋緋神の両手を握り、辛そうに微笑む。

 

 

ガシャンッ

 

 

「は?」

 

 

「え?」

 

 

「やっぱり実力行使しかないか」

 

 

 

 

 

緋緋神の両手に手錠がはめられた。

 

 

 

 

 

「はあああああァァァ!?」

 

 

「ええええええェェェ!?」

 

 

「超合金で作られているから絶対に壊れないぜ。能力も封じたし、もう終わりだな☆」

 

 

いきなりぶっ飛んだ行動に緋緋神も優子もついていけない。変わらず大樹は続ける。

 

 

「じゃあ、やるからな」

 

 

「何する気だお前!?」

「何する気なの!?」

 

 

 

 

 

「いや、服を脱がそうかと」

 

 

 

 

 

この一言で緋緋神は本格的に自分がヤバいことを自覚した。優子は開いた口が塞がらなくなっていた。

 

 

「よーし、聞こえているかアリア? 今から服を脱がすぞー」

 

 

「本気なの大樹君!?」

 

 

「本気。マジ。リアリィー。俺はもう緋緋神をどうこうできなさそうだから、あとは自分で何とかしてくれ」

 

 

「お、おい!? これはアリアの———!」

 

 

シュンッ

 

 

緋緋神が何かを言おうとした時、大樹の体が一瞬だけブレた。

 

そして、いつの間にか黒色の帯を手に握っていることに気付く。それは緋緋神が巻いていた帯だった。

 

 

「今から十秒ごとに衣服を脱がす。緋緋神は脱がされたくなかったらアリアを解放しな。アリア、脱がされたくなかったら緋緋神をどうにかしろ。以上」

 

 

「———マジだコイツッ!?」

 

 

「大樹君!? それはいくら何でも酷過ぎよ!? あとその変態思考やめなさい!」

 

 

「大丈夫。常時運転だ」

 

 

「なお悪いわよ!?」

 

 

シュンッ

 

 

そして、また大樹の体がブレる。今度は左手にピンク色のトランプ柄の布を握っていた。

 

緋緋神はそれを見た瞬間、顔を真っ赤に染め上げた。

 

 

「ブラだ」

 

 

「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 

「【エア・ブリット】!!」

 

 

緋緋神の絶叫が轟く。緋緋神の味方、というより女の子の味方についた優子が圧縮した空気を大樹に向かって飛ばす。

 

しかし、大樹は横にヒョイッと一歩動かすだけで簡単に避けてしまう。

 

 

うおおおおおおォォォ!!!

 

 

東京エリアの男たちの盛り上がりはすごかった。それはもう東京エリアの危機など忘れてしまうくらいに。

 

だがそれは大樹の機嫌をそこねてしまう。

 

 

「嫁の可愛い姿は俺だけのモノだ! テメェらは見るな!!」

 

 

ザンッ!!

 

 

鞘から刀を抜き一閃。左右のビルに一直線の亀裂が走る。

 

 

ドゴオオオオォォォ!!

 

 

ビルは道の真ん中に落ちるように倒壊した。砂煙が舞い上がり、東京エリアの人々は山のように積み重なった瓦礫で大樹たちが見えなくなる。

 

 

「これで良し」

 

 

「何も良くないわよッ!?」

 

 

被害を大きくする大樹。

 

 

「優子。これはアリアを取り戻すために必要なことなんだ。俺だって好きでこんなことをしているわけじゃない」

 

 

「ッ……大樹君」

 

 

「説教と折檻ならいくらでも受ける。今は分かってくれ」

 

 

「……右の穴から鼻血が出ているせいで説得力がないわ」

 

 

「おっと」

 

 

「うわあああああァァァ!? 人の下着で拭くなッ!?」

 

 

「うおっと!? やべぇ……変態になるところだったぜ……!」

 

 

「もう手遅れだと思うのだけれど……」

 

 

「仮に俺が変態だとしても」

 

 

シュンッ

 

 

「みんなを愛する心は絶対に変わらない」

 

 

「カッコイイこと言いながらパンツを取ってんじゃねぇ!!」

 

 

ついに緋緋神はその場に崩れ落ち、真っ赤な顔でガタガタと震えながら怯える。

 

優子は右手で禍々しいオーラを放つ拳を作り、笑顔で問いかける。

 

 

「大樹君……いい加減に、しないと……怒るわよ?」

 

 

(優子の背後に阿修羅が見えるのは幻覚だ。きっとそうに違いない。いや謝ろう。うん、すぐに謝ろう)

 

 

大樹は腕を組んで冷静そうな表情をするが、かなり無理して今を演じている。優子たちからは見えないが、手の指が震えている。

 

 

「ごめんなさい———を言う前に緋緋神、アリア。次で見えるかもしれないがいいのか?」

 

 

既に下着一式を盗られた緋緋神。もう袴を脱がされればそこには男子の夢が詰まった桃源郷だ。

 

大樹は真剣な表情をしているが内心かなりビビっている。確実にあとで優子に説教される。黒ウサギにインドラの槍を投げられる。真由美に魔法でいじめられる。ティナに狙撃される。そして、アリアに殺される。

 

2回まで死ぬ覚悟を決めていたが、10回となるとガチでヤバイ。

 

 

「いいのかアリア! 見ちゃうぞ! 二回目だぞ! 見たいデス!」

 

 

「大樹君、とりあえず後で『二回目』のことを問い詰めるわ。それと願望が入っているわよ」

 

 

「うぅ……く、来るなッ!!」

 

 

「後ろだ」

 

 

「ひゃうッ!?」

 

 

光の速度で大樹は緋緋神の背後を取り、そのまま両肩に手を置いた。緋緋神の口からかわいい悲鳴が漏れる。

 

くるりッと緋緋神の体を回転させて顔を合わせる。

 

 

「冗談なんかじゃない。お前を救いたい気持ちは本物だ」

 

 

「ッ———!」

 

 

大樹は緋緋神の体を抱き寄せた。緋緋神は抵抗しようとするが、すぐにやめた。

 

自分でも抵抗しない理由は分からなかった。人の温もりを感じ取った瞬間、何故か暴れる気が起きなかった。

 

 

「俺は、お前の辛さを全て受け止める。全部背負ってやる。お前がやりたいこと、一緒に付き合ってやるよ」

 

 

「ど、どうして……そこまで……?」

 

 

「何度も言わせるな恥ずかしい」

 

 

大樹はしばらく見せることのなかった最高の笑顔で告げる。

 

 

 

 

 

「緋緋神、お前を救うって言っただろ?」

 

 

 

 

 

 

嘘。偽り。虚言。

 

そんな騙すような要素は一つも含まれていない真っ直ぐな言葉に緋緋神は心を打たれた。

 

あの時とは違う、殺意を向けるような、敵意を向けるような目をしていない。

 

一人の女性として、大樹は緋緋神を見ていた。

 

 

「ああ……」

 

 

緋緋神は目を細める。頬を赤く染めて大樹の顔を見る。

 

 

「恋してる」

 

 

「そうか。こんな俺でもいいなら、いくらでも好きになってくれ」

 

 

緋緋神は大樹の首に手を回し、顔を近づける。

 

 

「恋している。楢原に……大樹に……」

 

 

「ん? あの……近くないですかッ……」

 

 

ぐぐぐッと顔を近づける緋緋神に対して大樹はぐぐぐッと顔を離そうとする。しかし、大樹の後ろ首にはしっかりと手錠が繋いであり、絶対に逃がさないようにしている。超合金、ここで仇となった。

 

 

「もう分かるだろ……したいんだよ……」

 

 

「おまッ!?」

 

 

「だ、大樹君!?」

 

 

大樹は一気に焦り出す。見ていた優子もパニックになっていた。

 

 

「この衝動は大樹のせいだ。責任取ってくれよ……」

 

 

「待て待て! アリアの意志は!? ダメって言ってない!?」

 

 

「良いって言ってる」

 

 

「えッ? なら良いのかな……?」

 

 

「ダメに決まってるでしょ!」

 

 

涙目の優子に怒られる。大樹はハッとなり、再び顔から離そうと試みる。

 

 

「ち、力……変に入れたら……キスより大変なことになりそう!?」

 

 

「だ、ダメだからね! 頑張って大樹君!」

 

 

必死に逃れようとする大樹。必死に応援する優子。

 

しかし、緋緋神は禁断を呟く。

 

 

「アリアの唇……柔らかいぜ……」

 

 

ピクッ

 

 

この時、大樹は究極の決断をしようとしていた。

 

このままアリアとキスしてしまいたいという欲求。しかし、本能がダメだと警告している。

 

だが人間の三大欲求には逆らえない。

 

 

(駄目だ!!)

 

 

目を見開いて雑念をぶっ殺す。大樹は舌を噛んで堪えた。

 

 

「ギギギギギッ……!」

 

 

「大樹君!? 血が出てるわよ!?」

 

 

「どんだけ堪えてんだよ……!?」

 

 

口からポタポタと流れる赤い液体に二人は驚愕した。

 

アリアの唇を守るのか。もうこのまま奪っちゃうのか。

 

大樹は、決断する。

 

 

「俺のファーストキスは……嫁全員に一緒にあげるって決めてんだよ……!」

 

 

「「えぇ!?」」

 

 

物理的に無理がある。大樹はそんな簡単なことを考える余裕も無くなっていた。

 

 

「今は引いてくれッ……緋緋神……」

 

 

「……そうか」

 

 

緋緋神の手が緩んだ。大樹はホッとするが、ニヤリッと口端を吊り上げる緋緋神を見て焦る。

 

 

バシッ

 

 

「しまっ———!?」

 

 

緋緋神の足払い。しかも緩んでいた腕にさらに力が入り、下半身から上半身へとバランスを崩してしまう。

 

倒れる方向には緋緋神の顔がある。当然、このまま倒れれば唇と唇が当たる位置だ。

 

体勢を立て直す? 無理だ。このまま無理矢理体を動かせばアリアの腕を折ってしまう。緋緋神もそうなってしまうように、体制を決めていたのだろう。

 

 

(グッバイ、オレのファーストキス……)

 

 

「あッ———」

 

 

優子が声を上げようとするが、もう遅かった。

 

そのまま大樹は目を瞑りながら倒れ、緋緋神もまた目を瞑っていた。

 

緋緋神が纏っていた緋色の光が小さくなり、緋緋神は———

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだ無理ッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドゴンッ!!!

 

 

「ごぶべばはッ!?」

 

 

 

 

 

———大樹の唇に頭突きを食らわした。

 

 

 

 

 

「ええええええええェェェェ!!??」

 

 

その異常な光景に優子は驚くしかなかった。

 

真紅の血が大樹の口から飛び出す。そのまま後ろに倒れて動かなくなる。

 

緋緋神は痛そうに額を抑えるが、すぐにキリッと大樹を睨み付ける。

 

 

「早過ぎるわよ馬鹿! 子どもができたらどうするつもりよ!?」

 

 

「……………嘘」

 

 

突然のわけの分からないツンデレに優子は混乱する。

 

キスしたいと言い出したのは緋緋神。なのにこの結果。大樹が可哀想だ。

 

でも話し方に違和感が感じた。話し方がさっきと違う……声のトーンが……ッ!

 

 

「あッ」

 

 

優子は確信する。

 

 

 

 

 

「元に戻ったの!?」

 

 

 

 

 

「ええ、一応ね。久しぶりね、優子」

 

 

「……タイミングが酷いわ」

 

 

「し、仕方ないじゃないッ。緋緋神(アイツ)がやっと油断したんだから」

 

 

緋緋神———いや、アリアは乱れた自分の服を整える。優子はアリアの発言に疑問を持つ。

 

 

「油断? 何を狙っていたの?」

 

 

「緋緋神を乗っ取ることよ。『乗っ取りには乗っ取りを』。全く、大樹も最後諦めていたようだし」

 

 

「そ、そう……って大樹君は?」

 

 

いつまでも会話に参加しようとしない大樹に優子は不審に思う。大樹は口からドクドクと血を流しているが、命に別状はなさそうだった。

 

 

「まだ寝ているのかしら? いい加減起きなさい馬鹿ッ」

 

 

パチッとアリアが大樹の頬を叩くが無反応。その時、優子は思い出す。

 

 

「大樹君って……キスを我慢していた……」

 

 

「そ、そうね。複雑だけど血を流してまで我慢してたわ」

 

 

「どうやって我慢したのかしら……」

 

 

「……どういうこと? 血を流すほど歯を食い縛って……いえ、舌を噛んでいたほうが血が出やすいわね」

 

 

その瞬間、二人は気付いた。

 

 

大樹は舌を噛んで堪えていた。

 

 

そこにアリアの頭突きが命中した。

 

 

そして、この出血の量を考えると———?

 

 

 

 

 

「舌を噛み切ったの!?」

「舌を噛み切ったのかしら!?」

 

 

 

 

 

アリアは急いで大樹の脈を測る。しかし、

 

 

「ない……」

 

 

「嘘……でしょう……?」

 

 

よく見れば大樹の表情は穏やかであった。

 

しかし、大樹は最後に小さな声で言い残していた。

 

 

 

 

 

ホームズの人は、俺を殺すのが好きなのかな?

 

 

 

 

 

彼は、またまた死んだ(笑)

 

 

 

 

 

________________________

 

 

 

死人(大樹)視点】

 

 

 

 

「死んでたまるかああああああああああああああああああああああああああァァァァァ!!!」

 

 

「「きゃッ!?」」

 

 

死の淵から舞い戻って来た俺様! 復活ッ!!

 

緋緋神———いや、アレはアリアだと分かる。あの表情を見れば分かる。嫁検定一級に死角無し。

 

アリアの頭突きで死にそうになった。死んだけどね。【神の加護(ディバイン・プロテクション)】がオート発動しなかったら普通に終わっていたわ。

 

 

「会いたかったぜアリごばッ!」

 

 

「血を吐きながら近づかないで!?」

 

 

あれ? 感動の再会なのに拒否られたんだけど? 悲しい。

 

 

『大樹さん。オフューカスが最終防衛ラインを突破しました』

 

 

インカムからティナの報告がノイズ混じりで聞こえる。

 

 

「オフューカス? アルデバランが変態したアレのことか?」

 

 

『変態は大樹さんかと』

 

 

違う。変態違いだ。

 

 

「分かった。俺もそっちに向かう。せっかくハッピーエンドを迎えようとしているんだ。邪魔はさせねぇよ」

 

 

『では部隊を全部下げますね』

 

 

「ああ、頼んだ」

 

 

インカムの電源を切ってオフューカスが来るであろう方角を見る。目を凝らせば黒い影がユラユラと土煙の中で動いている。

 

 

「来い、【神刀姫(しんとうき)】」

 

 

ギフトカードから最強の刀を取り出し鞘を抜く。刀身の神々しい輝きが刀から溢れ出ているようだった。

 

 

「じゃあ、行って来るわ」

 

 

「待ちなさい!」

 

 

「ぐえッ」

 

 

颯爽とカッコ良く行こうとした矢先、アリアに襟首を掴まれた。

 

 

「な、何だよ?」

 

 

「……返しなさいよ」

 

 

「え? 何を?」

 

 

「———ッ!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「ぐべらッ!?」

 

 

「下着に決まっているでしょ!? この痴漢! 恩知らず! 人でなし! 大樹!」

 

 

最後は悪口に入るんですかね?(困惑)

 

 

「だ、大丈夫だ! ちゃんと大事に取ってるから!」

 

 

「それが問題なんでしょう!?」

 

 

グギギギギギッ!!

 

 

「ギャアアアアァァ!? 折れる!? 折れちゃう!?」

 

 

後ろから首に手錠の鎖を回されスリーパーホールドを受けてしまう。首から嫌な音が聞こえるが、

 

 

「もう死んでもいいや……」

 

 

「何感動しているのよ!?」

 

 

アリアに抱き付かれているからです。スリパーホールド、サイコー!

 

 

「ほら、ブラとパンツだ」

 

 

「堂々と渡してんじゃないわよバカ!」

 

 

アリアの罵倒頂きました(歓喜)

 

 

「懐かしいなぁ……嬉しいなぁ……」

 

 

「大樹君!? 顔が真っ青よ!? アリアもやり過ぎじゃないかしら!?」

 

 

優子に言われたアリアはやっと大樹を解放して(ついでに手錠の鍵も盗んだ)廃墟のビルの物陰で急いで下着を付ける。

 

大樹は満足した表情で拳をグッと掲げる。

 

 

「小さくても、やはりおっぱいは柔らかくて最高だ!!」

 

 

ガキュンッ!!

 

 

大樹の側頭部に一発の銃弾がヒットする。大樹は頭から血を流すことは無く、地面に倒れてしまう。

 

 

「ど、どうりでやけに大人しいと思ったら……!」

 

 

顔を真っ赤にしたアリアの右手にはガバメント。銃口から硝煙の匂いが漂っていた。

 

 

「わ、悪い……アリアに会えたのが嬉しくて嬉しくて」

 

 

「な、何よッ。緋緋神なんかと浮気して……もうあたしのことなんか———」

 

 

「そんなことはない!」

 

 

大きな声を張り上げる大樹。自分の胸に手を置いてアリアに向かって告白する。

 

 

「この世界で再会してから、ずっと心配して夜も寝れないくらいアリアのことを考えていた。救いたくて救いたくて仕方なかった」

 

 

「大樹……」

 

 

「今こうしてやっと出会えたことに……俺はすごく嬉しいんだ」

 

 

俺はアリアの体をまた抱き寄せる。アリアの体はとても小さくて、子どもようだった。でも、アリアのことは一人の女性として、好きな人として見ている。

 

 

「おかえりアリア。ずっと好きだった。これからも、好きだ」

 

 

「……………バカ」

 

 

 

 

 

「それで、いつまでイチャイチャするのかしら?」

 

 

 

 

 

 

その時、背後から苛立ちの声が聞こえた。

 

優子ではない。優子はむしろ俺たちの感動の再会に少し涙を流していたから。

 

ゆっくりと振り返ると、そこには笑顔の真由美が立っていた。

 

しかし、やっぱり目が笑っていないです、はい。

 

 

「ま、真由美……!?」

 

 

「大樹君が帰って来たことは知っていたわ。会いに行くのを我慢して、やっと報告という建前で会えると思っていたのに……これは一体どういうことかしら?」

 

 

「いや、あの、その、えっと、これは、ですね……前に言っていた嫁の……」

 

 

「ねぇ大樹? あたしも、この女のことが知りたいわ」

 

 

その時、アリアの声のトーンが変わったことを聞き逃さなかった。

 

振り返るとガバメントと俺の背中に突きつけて笑顔で俺に問いかけるアリアがいた。当然、目が笑っていないちくしょう。

 

 

「こ、こ、こ、ここ、ここここれは……………ッ!」

 

 

何を迷っている楢原 大樹。もう分かっているだろ。

 

これからどうすればいいのか……そうだ、俺はッ!!

 

 

「紹介するぜ真由美。こちらは俺の嫁である神崎・H・アリアだ!可愛いだろ!? そして紹介するぜアリア。こちらは俺の嫁である七草 真由美だ! 美人だろ!?」

 

 

「だ、大樹君……振り切ればいいって話じゃないわよ……」

 

 

優子に呆れられていた。というか「頑張って死なないでね」って言い残さないで。

 

 

「分かったわ大樹」

 

 

「アリア……分かってくれて俺は———」

 

 

「今この引き金は引くべきだとね……!」

 

 

何も分かっていらっしゃらなーい!

 

 

「ま、真由美は分かってくれるよな!?」

 

 

「ええ、大丈夫よ」

 

 

パアァっと俺の表情が救われたかのように明るくなる。

 

 

「えいッ」

 

 

真由美は俺の右腕に抱き付き、ニッコリと微笑んだ。

 

 

「ふぁッ!?」

 

 

「ちょ、ちょっと!?」

 

 

「初めましてアリアさん。()()()()()、七草 真由美です」

 

 

火に油を注いだああああああァァァ!!

 

アリアの表情も怖くなり、俺はガタガタと震えるしかなくなった。

 

 

「へ、へぇ……でも本当にそれは大樹が許したのかしら?」

 

 

「ええ、私のご家族にちゃんと挨拶したわ」

 

 

合ってるけどやめて!

 

 

「……そう」

 

 

怖い! アリアが怖い! 誰か! 助けて! ヘルプミー!

 

 

「だ、大丈夫だ! えっと、その———!」

 

 

脳をフル回転させてこの修羅場を乗り切る案を捻り出す。

 

 

「———アリアのママに、ちゃんと会ったから!」

 

 

意味は思っているようなこととは違うけどね。

 

 

「えッえッ? ママに……?」

 

 

「ああ、シャーロックのクソ野郎にはアリアを必ず幸せにするって言ったから」

 

 

「お、お爺様!? 生きているの!?」

 

 

「ムカつくくらい超元気だった」

 

 

ホント、あの野郎はムカつく。

 

アリアは二つの報告を聞いて喜び、涙をホロリと流して喜んでいた。

 

俺たちが和やかにアリアを見ていると、視線に気付いたアリアがハッとなる。

 

 

「ど、どうよ! やっぱり大樹はあたしのパートナーね!」

 

 

そうですねー。

 

 

「ならアリアさんはこのことを知ってるのかしら?」

 

 

な、何を言い出すつもりだ……俺はこれ以上真由美に手を出した覚えが———?

 

 

「大樹君、私の学校では異性に告白されてばっかりだったのよ」

 

 

「あれぇ!? 俺を売るスタイルになってね!?」

 

 

ちょっと待って!? 何でそんなことを言うの!?

 

 

「そ、それがどうしたのよッ。大樹は断ったはずよ。違うかしら?」

 

 

さすが俺の嫁! よく分かっているじゃないか! ちゃんと丁寧に告白を断ったよ。

 

 

「そういうところ、あたしの方がちゃんと分かっているんだから」

 

 

アリアは控えめな胸を張って威張る。超可愛いんだけど。

 

 

「果たしてそうかしら?」

 

 

おっと、不穏な空気が漂ってきました。

 

 

「それでも大樹君はね……やってはいけないことをしたのよ……」

 

 

「何したのよあんた!?」

 

 

「してないしてない! 真由美の嘘に決まっているだろ!?」

 

 

「いいえ、大樹君。これは真実よ」

 

 

真由美は告げる。

 

 

 

 

 

「私の二人の妹に、手を出したのだから」

 

 

 

 

 

「えええええええェェェ!?」

 

 

出してないよ!? 仲良くしただけだよ!?

 

 

「死になさい」

 

 

(のど)はヤバい! ヤバいから!」

 

 

アリアは俺を汚物を見るかのような目だった。ガバメントを喉に突きつけられた俺は急いで両手を挙げる。降参だ。

 

 

「大樹君……妹さんは中学生だったわよね……」

 

 

「魔法式を構築しないで優子! 死んじゃう! 【ニブルヘイム】は死んじゃう!」

 

 

「だからアリアさん。私が本妻なのよ」

 

 

「真由美の凄い解答に俺はビックリだよ!」

 

 

 

 

 

「ギャギャヒャァアアアアアッ!!!」

 

 

 

 

 

 

「「「「ッ!」」」」

 

 

その時、オフューカスの咆哮が轟いた。

 

まるで空に浮かぶ最恐の要塞。

 

かつてアルデバランだった怪物の面影を残すかのような頭部がいくつも(うごめ)き、羽根を動かして飛んでいる。

 

 

「悪い。とりあえず結論から言うと全員愛しているから」

 

 

優子と真由美は頬を赤く染め、アリアは真っ赤になっていた。これが普段から言われている者と言われない者の差である。

 

 

「ところで黒ウサギはどこだ?」

 

 

「……今は、病院よ」

 

 

「……………そうか」

 

 

その時、大樹の雰囲気が変わった。

 

 

「俺の嫁に手を出したらどうなるか……あの野郎に教えてやらないといけないな」

 

 

単純な怒り。しかし、いつもの大樹が怒る場合、ここまで冷静ではない。

 

何かが違う。その違和感はすぐに分かった。

 

 

「だけど、アイツ(オフューカス)を救うのが俺の役目だ」

 

 

大樹の怒りに、憎しみが一切無かった。

 

彼はオフューカスの存在を許し、間違いを許さなかった。

 

 

「大方ガルペスの野郎に何かされたんだろう? 迷惑をかけて悪いが、俺ができることはその命を安らかに葬ることだけだ」

 

 

神々しく光る刀から紅い炎が渦巻き燃え上がる。そのまま炎に包まれた刀を空に向かって突き上げる。

 

 

「【紅椿(あかつばき)】!!」

 

 

ゴオオオオオォォォ!!

 

 

オフューカスに向かって放たれる業火。十字に広がり轟々と燃え盛る。

 

 

「ギャギャヒャァアアアアアッ!!!」

 

 

「ッ! おいおい冗談だろ……!」

 

 

ゴオォッ!!

 

 

オフューカスが煉獄の炎を撃ち破った。オフューカスの体の周りには殻のように金色の障壁が作り上げられていた。

 

すぐに追撃の【紅椿】を飛ばすも、今度は金色の障壁に炎が飲み込まれた。

 

 

「ママ……」

 

 

ふとアリアが呟いた言葉に俺は聞き逃すわけにはいかなかった。

 

 

「ママだと? アリア、まさかと思うが———」

 

 

「最悪よ。あの化け物の中に、色金(イロカネ)が入っているわ」

 

 

アリアの報告に俺は舌打ちする。

 

ガストレアの体内に緋緋色金と同等。いや、それ以上の脅威を持った色金が入っている。金色の壁を見た限り、『金色金(キンイロカネ)』と言ったところか。

 

アリアがママと呼んだのは理由がある。

 

 

「緋緋神。そこにいるんだろ」

 

 

「ええ、緋緋神が泣いているわ。ママが苦しいって叫んでいるって」

 

 

色金については大体調べたが、詳しい話はしている暇はないようだ。

 

 

「……なら助けるしかないな。神の力を使えばあの障壁を一撃で壊せる。でもオフューカスどころか色金も壊してしまう」

 

 

「あの壁はあたしと緋緋神がなんとかするわ。もちろん、金色金も」

 

 

「さすがアリア。頼りになるぜ」

 

 

アリアは俺の隣に立ち、両手にガバメントを握り絞めた。

 

前方からガストレアがゆっくりと浮遊しながら進行する。これ以上、東京エリアに被害を出させない。

 

 

「優子。真由美。後は俺たちに任せろ」

 

 

「……そうね」

 

 

「任せるわ」

 

 

優子と真由美が微笑む。俺はグッと親指を立てて任せろとサインを送る。

 

 

「久しぶりに一緒に戦うわね。二人組でやることなんて全然なかったわ」

 

 

「ああ、ゲーム以来じゃないのか? 学校の」

 

 

「い、嫌なことを思い出させないでちょうだい……」

 

 

「ハハッ、悪い悪い。それじゃあ———」

 

 

大樹は刀を構え、アリアはガバメントを構えた。

 

 

「「———ミッション・スタート!!」」

 

 

ダンッ!!

 

 

大樹とアリアが同時に踏み出した。

 

踏み出した瞬間、大樹の体はすぐにオフューカスの背後を空中で取る。音速を遥かに越えた光の速度は異常。オフューカスは気付かない。

 

 

「手加減しないといけないな……【無刀の構え】」

 

 

刀を握っていない左手でグッと握り絞める。

 

 

「【連撃(れんげき)神殺(しんさつ)天衝(てんしょう)】!!」

 

 

ドゴドゴドゴドゴオオオオオォォォッ!!

 

 

音速を越えた速度で何度も放たれる最強の連撃。金色の壁は無傷だが、衝撃の余波が廃墟街のビルを次々と倒壊させてしまう威力だった。

 

次元を何百と越えた力に、中にいたオフューカスは恐怖の悲鳴を上げる。

 

 

「ギャギャヒャァアアアアアッ!?」

 

 

「緋緋神。力を貸しなさい。ママを……助けるわよ」

 

 

廃墟街の交差点の中心から緋色の輝きが溢れ出す。アリアは目を瞑り、緋色の炎を身に纏う。

 

俺が注意を引きつけたおかげでアリアを気にしていることができなかったオフューカス。

 

アリアの銃の銃身に紅蓮の炎を纏い、銃口をオフューカスに向ける。

 

 

「そうだ……ティナ! アリアと一緒に撃ち抜け!」

 

 

『ッ! 分かりました』

 

 

インカムに電源を入れて通信する。ティナの了承を得ると、『回帰の炎』から蒼い光が瞬く。ティナの狙撃準備が整った。

 

アリアはついに引き金を引く。

 

 

「【()(おどし)(ちょう)】!!」

 

 

ゴオオオオオォォォ!!

 

 

二つの緋色の炎が射出される。巨大な蝶のように、翼のように広がり、金色の障壁を包み込む。

 

 

『―――私は、一発の銃弾』

 

 

聞いたことのあるフレーズに驚く。これってレキと同じ……!?

 

 

『この銃弾は大切な人を守る為に。そして、救うために———』

 

 

「ティナ……お前……」

 

 

ティナと同じ気持ちになったような気がした。いや、きっと同じに違いない。

 

ずっとティナに助けれられていた。こんな駄目な俺のやり方に合わせてくれる。

 

その蒼い光に、俺は見惚れていた。

 

 

『―――【瑠璃(るり)懸巣(かけす)】!!』

 

 

ドゴンッ!!

 

 

狙撃の音が遠くから響く。亜音速で放たれた弾丸は蒼く光り、音速の領域に突入する。

 

『シェンフィールド』を使った狙撃。ティナにとって1キロという距離は部屋のゴミ箱にゴミを投げて入れるくらい簡単なモノだった。

 

 

パアァアッ!!

 

 

蒼い光と緋色の光が混じり合う。青紫色の眩い光が強く反応する。金色の障壁を紫色に浸食し、撃ち破る。

 

 

パリンッ!!

 

 

盛大にガラスが割れる音が響き渡った。オフューカスはその光景に驚くが、反撃は早かった。

 

 

「クギャッ!!」

 

 

「ッ!?」

 

 

何十を超える頭部が分裂してアリアに一斉に襲い掛かる。

 

 

「何度も俺の嫁に手を出してんじゃねぇぞ」

 

 

しかし、アリアの前には大樹が立ち塞がっていた。

 

 

「【黒烏(クロカラス)】」

 

 

大樹の体から黒い霧が散布する。散布された霧がいくつも収束し、漆黒の鳥を作り出す。

 

漆黒の烏は次々とオフューカスの頭部に向かって体当たり。霧が散布すると同時にオフューカスの頭部も破壊していた。

 

 

「ギフトカードには無いのに、吸血鬼の力は使えるのか。これは嬉しいぜ」

 

 

大樹は刀を握り絞め、アリアと背中を合わせる。アリアも銃を構えて周りを警戒する。

 

【黒烏】で大樹が破壊した頭部。その肉片が地面に落ちているが、動いていた。

 

 

「嫌な予感がするな……まさかと思うが……」

 

 

「色金がそこらじゅうに撒かれているわ。怪物の中で金色金はバラバラにして、全身に力を貰えるようにしている」

 

 

オフューカスの体は金色金がたくさん詰まっていた。色金同士が共鳴し合えるように、バラバラにすることで

一部が離れても効力が失われないようにされてあるのだろう。

 

やがて地面で蠢いていた肉片は姿を変えて立ち上がる。人型のような化け物、獣型のような化け物。数は多く、囲まれてしまった。

 

 

「コイツらの体内にも色金があるってことか……斬れば斬る程増えるとか、詰みじゃねぇか」

 

 

「大丈夫よ。多分あたしたちの力なら一発だけで抑えることができるわ」

 

 

「多分って……金色金はそこまで強いのか?」

 

 

「緋緋神のママよ? 当たり前じゃない。色金の頂点、緋緋神や瑠璃神よりも強いのよ」

 

 

アリアたちが瑠璃神を知っているのはさっきの銃弾で気付いたのだろう。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「ぐはッ!?」

 

 

「大樹ッ!?」

 

 

突如側頭部に狙撃された。たまらず地面に倒れそうになるがなんとか踏みとどまる。アリアは突然の出来事に驚いていたが、俺の無事が分かった瞬間、引いた。何でだよッ。

 

 

『大樹さん。通信です』

 

 

「インカム使おうね! 電源入れてなかった俺が悪いけど狙撃する必要ねぇだろ!? しかも当てるなよ!?」

 

 

『いえ、それは私が話をしたかったからです』

 

 

耳からでは無く、頭の中に声が響いた。この声は瑠璃神だった。

 

 

「瑠璃神……………ティナに言わせろよ!?」

 

 

『ちょ、直接お話がしたかったので』

 

 

「それでも頭に狙撃とか常識ねぇだろ!?」

 

 

「常識がないのはあんたでしょ」

 

 

「ちょっと静かにしてくれアリア。俺は常識人だ。むしろ一般人だ」

 

 

「……逸般人(いつぱんじん)

 

 

「誰が上手い事を言えと言った!?」

 

 

『感謝の言葉を言いたかったのです。緋緋神を救ってくれて……ありがとうございます』

 

 

「ああ、恩は仇で返されたけどな」

 

 

『あなた方が呼んでいる金色金を破る力をあなたに捧げます。あの時のように』

 

 

スルーかよ。というかあの時っていつだ? 何の話をしている。

 

その時、頭の奥からチリッとした熱い痛みが襲い掛かって来た。

 

 

「うッ……」

 

 

次第に痛みが激しくなるが、急に痛みは引く。だんだんと頭が温かくなるような感覚と視界がハッキリと見えるようになった。

 

 

「何だこれは……?」

 

 

「嘘……信じられない……!」

 

 

アリアが驚いた表情で見ていた。

 

 

「大樹から……色金の反応がある……!」

 

 

「はぁ!?」

 

 

「いつの間にそんなモノを隠していたのよ!」

 

 

「隠していたって……俺はそんなモノ元々———!?」

 

 

言葉が止まる。俺は思い出してしまった。

 

 

 

 

 

俺の頭の中に銃弾が入っていること。

 

 

 

 

 

(シャアアアアアアアアアアアロックウウウウウウウウウウウゥゥゥ!!)

 

 

シャーロック・ホームズの仕業だと分かった瞬間、俺は心の中で叫んだ。

 

そうだよ! 撃たれたんだよ殺されたんだよ! 絶対アレだ! あの弾丸、絶対に色金だ!

 

あの野郎、このことを()()()()()()のかよ!

 

 

「ふぅ……あの鬼畜探偵野郎は一度痛い目にあわせるべきだな」

 

 

「もしお爺様に手を出したら、嫌いになるから」

 

 

「シャーロック万歳!!!」

 

 

クソッ、陰でネチネチ嫌がらせするしかなくなったじゃないか。まずは靴に噛んだガムを入れよう。次は机の向きを逆にして、その次は廊下でわざとぶつかる。陰湿な悪戯だな。

 

 

「それでアリアさん。何故俺の頭に向かって銃口を向けているの?」

 

 

「ん、気にしないで」

 

 

「大いに気にするよ!? 一度死にかけているからこっちは気にしないといけないから!?」

 

 

「ん、生き返るでしょ」

 

 

「できるけど死にたくない!」

 

 

「……ん」

 

 

「『ん』じゃねぇえええええェェェ!? 頼むから撃つな!」

 

 

「ちょっと気が散るでしょ。ビーム出すのに時間がかかるから」

 

 

「頭木端微塵じゃねぇか!? さすがに無理がある! ソレで一回殺されかけているから!」

 

 

「もううるさいわねッ! 今から緋緋神の力を送るのよ」

 

 

最初からそう言ってくれよ……殺されるかと思ったわ。

 

 

「失敗したらごめん」

 

 

「俺の命軽いなオイ!? というかそんなことできるのか?」

 

 

「多分」

 

 

怖い。流れて的に失敗しそうで怖い。

 

 

「でも瑠璃神ともう適合できているし、大丈夫よ」

 

 

アリアの目線を辿ると、俺の刀を見ていた。刀に蒼色の炎が渦巻き燃えていた。

 

 

「い、いつの間に……」

 

 

「ギギャッ!!」

 

 

「うおっと!」

 

 

突如襲い掛かって来た人型のガストレアに向かって縦に斬る。

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!!

 

 

斬撃はガストレアの背後にあった廃墟ビルごと薙ぎ払い、燃やし尽くした。

 

さらに斬撃の余波で近くにいたガストレアも燃やし尽くされ、一刀両断されていた。

 

あまりの強さに俺は唖然。軽く斬ったつもりが、こんなことになるとは思わなかった。

 

 

「大樹、今から緋緋神の力を送るわよ」

 

 

「待て待て! もう十分だ! オーバーキルだ! これでオフューカス屠れるから!」

 

 

「まだ足りないわ」

 

 

「どんだけ俺を強くする気だ!?」

 

 

ガキュンッ!!

 

 

無慈悲な銃声が響き渡る。まさかのゼロ距離からの射撃に俺は諦めた。

 

額が熱い。単純に熱い。普通に火傷だな。

 

次第に脳の奥も熱を帯びた様に熱くなった。

 

 

ゴオォッ!!

 

 

大樹の額から緋色の炎が燃え上がる。黒い髪が変色し、アリアと同じ緋色に染まっていく。

 

刀の刀身に緋色の光が神々しく輝く。大樹の体の傷が全て癒され、皮膚が元通りになった。

 

 

「これが……色金の力……!」

 

 

「凄いわよ大樹。あんた、あたしまでとはいかないけど、適合しているわよ」

 

 

悪戯に成功したかのようなアリアの笑顔に俺はフッ微笑む。

 

ギフトカードから【神影姫】を取り出し、左手に持つ。

 

 

「この力をオフューカスにぶつければいいんだな?」

 

 

「ええ、簡単でしょ?」

 

 

「ちょっとチャージに時間が掛かりそうだな」

 

 

俺はアリアに背中を預け、アリアは俺に背中を預けた。

 

 

 

 

 

背中合わせ(バック・ツー・バック)。信頼し合った俺たちならできる。

 

 

 

 

 

「どうやら待ちきれないみたいだぜ? 敵も色金パワー全開だ」

 

 

「コイツらには風穴開けまくってよし!」

 

 

「景気がいいな! なら遠慮なく背中を預けろ! 俺も預けるからよ!」

 

 

「当たり前よ! 頼りにしているんだからね!」

 

 

同時にニッと俺とアリアは笑う。

 

 

「ギャギャヒャァアアアアアッ!!!」

 

 

「「「「「シャアッ!!」」」」」

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!!

 

 

オフューカスの頭部が全て復活し、獰猛で大きな口を開いて金色の巨大なレーザーを射出した。肉片のガストレアも同じように口を開いてレーザーのようなモノを射出する。

 

 

「一刀流式、【受け流しの構え】」

 

 

ゴオオオオオォォォ!!

 

 

刀を抜刀して横に薙ぎ払う。緋色の炎を渦巻かせて壁を作り出し、俺とアリアを金色のレーザーから身を守る。

 

 

「【鏡乱(きょうらん)風蝶(ふうちょう)】」

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!!

 

 

炎の壁が金色のレーザーを跳ね返し、辺りに拡散する。いくつかのレーザー光線はガストレアに当たってしまい、絶命していた。

 

金色のレーザーが全て消滅、役目を終えた緋色の炎が消える。

 

 

ガキュンッ! ガキュンッ!

 

 

消えた瞬間、中からアリアが緋色の弾丸がガストレアを撃ち抜いた。

 

ガストレアの体内に隠された金色金は力を無くし、再び肉片となって崩れ落ちる。

 

 

「一発でも当てれば終わりね。楽勝じゃない」

 

 

「マジか。ぬるゲーじゃん」

 

 

そう言って挑発した瞬間、ガストレアが飛び掛かって来た。

 

 

ザンッ! ドゴンッ! ガキュンッ!

 

 

飛び掛かって来たガストレアを刀で斬る。撃つ。背後の敵は全てアリアに任せた。

 

緋色の刀身で敵を斬れば勝手にバラバラになる。銃弾を当てれば大きな風穴が出来上がり崩れる。

 

脆い。色金の力が無ければこうはいかないだろうが、緋緋色金と瑠璃色金は金色金に(まさ)っていた。

 

 

「緋緋神が言っているわ。ママが抑えている間に助けてって」

 

 

「言われなくても、分かってるさ」

 

 

敵の攻撃が激しくなる。飛びかかって来る敵の数が多くなり、レーザーは弾幕のように撃たれる。しかし、俺たちは動揺一つしない。

 

大樹はレーザー光線を全て斬り落とし、アリアは確実に敵を撃ち抜いた。攻防一体の二人に死角はない。

 

 

「大樹!」

 

 

「おう!」

 

 

アリアはガバメントを真上に投げ、俺の両肩を掴んで逆立ち。上から降って来る敵を両足で蹴り飛ばす。その隙を逃がさないように【神影姫】で飛ばされたガストレアを撃ち抜く。

 

 

「よっと」

 

 

両肩を掴んでいたアリアの腕を掴み、上に軽く飛ばす。アリアは投げた銃をキャッチし、物陰に隠れて奇襲を仕掛けようとする敵の頭を撃ち抜く。

 

 

右刀(うとう)左銃(さじゅう)式、【臨界点(りんかいてん)(ぜろ)の構え】」

 

 

その瞬間、俺の見ている世界が止まる。

 

 

ガキュンッ!!

 

 

緋緋神と瑠々神から借りた力を込めた弾丸を見える敵の数だけ放つ。しかし、弾丸は空中で静止していた。

 

スーパースローの世界ではない。止まった世界だ。自分だけがゆっくりと動ける世界。

 

自分の目に神の力を宿しただけ世界が漠然と変わる。神の力は、人類(俺たち)の常識を覆す。

 

 

「【終焉(ラスト)(ゼロ)】」

 

 

そして、斬撃を一閃する。

 

 

キンッ……

 

 

抜刀した刀を鞘に戻す。

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォン!!!!

 

 

斬られた弾丸がガストレアの目の前で爆散。緋色の炎が一帯に燃え上がり、ガストレアを焼却する。

 

廃墟街が一気に火の海に包まれるが、酷い光景ではなかった。

 

ある者はそれを美しいと見惚れた。ある者は神々しいと涙を流した。

 

緋色に染まる空と緋色に染まる地。緋色の光景は、綺麗だった。

 

 

「……あたしがいる必要、あったかしら?」

 

 

「時間稼いでくれなかったらできねぇよこんなこと」

 

 

アリアが大樹の隣に着地すると同時に緋色の炎は全て消える。

 

辺りは無に還り、ガストレアは全て消え去っていた。

 

 

「残るはオフューカスだけ。今の攻撃でも金色金は耐えやがったしな」

 

 

オフューカスにも攻撃を当て爆散させたが、もう既に半分以上再生し切ってしまっている。

 

ブクブクと泡を吹き出し、気色悪い産声を上げる。

 

 

「ギャギャヒャァアアアアアッ!!」

 

 

オフューカスは誕生の咆哮を轟かせる。スコーピオンより強いとか聞いてねぇぞ。元々ステージⅣだったクセに……常識破りだな。

 

神の力で一瞬でケリを付けることはできるが、それでは金色金が救えない。方法はやはり緋緋神たちの力を借りること。

 

もう一度溜めてみるか? さっきの一撃でも無理となると厳しいが……やらないよりマシか。

 

 

「……大樹。緋緋神に変わるわ」

 

 

「……大丈夫なのか?」

 

 

「ええ、信頼して問題ないわ。緋緋神のことも、全部分かったし」

 

 

アリアは緋緋神を理解できて、許せる存在になったのか。嬉しいことだ。

 

 

「弱みも握ったし」

 

 

……………へぇー。

 

アリアの言葉を聞かなかったことにしていると、アリアの首がカクンッと下を向いた。変わったのか?

 

 

「……大樹。はや———」

 

 

「続きは無し。状況を考えろ」

 

 

「———チッ」

 

 

またアリアに殺されるだろ? 諦めな。

 

 

「あたしの色金を覚醒する。そうすれば大樹の色金も覚醒するはずだ」

 

 

「……なるほど、【共鳴振動(コンソナ)】か」

 

 

片方が覚醒すると共鳴する音叉のように、もう片方も目を覚ます性質がある。シャーロックはそんなことを言っていたことを思い出す。

 

 

「だから感情を激しく燃やす必要がある」

 

 

「美琴から聞いたけど、俺が死んだ時に覚醒したんだよな……まさか死ねと?」

 

 

「凄い曲解だな……アレはアリアが……いや、言っていいだろ?」

 

 

どうやら中でアリアと緋緋神が話し合っているようだな。答えは何だ?

 

 

「あたしは言うぜ。アリアが愛する人が死んだから、哀しみの感情が爆発したんだ」

 

 

「ほう……愛する人ねぇ……」

 

 

ニヤニヤと俺と緋緋神はにやける。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「あッ」

 

 

「おぶッ」

 

 

緋緋神が驚いた表情で俺の腹を殴っていた。どうやらアリアの仕業みたいだ。

 

 

「あー、忘れろって怒ってる」

 

 

「俺も愛してるからな、アリア」

 

 

「……あたしは?」

 

 

「そんなことは置いといて、覚醒するにどうすればいい?」

 

 

「そんなこと!?」

 

 

緋緋神はショックを受けていたが、すぐに説明する。

 

 

「何でもいい。感情を爆発させれば問題無い」

 

 

「感情……」

 

 

怒らせても悲しませても嬉しくさせても———つまり何してもいいというわけですね!(意味不)

 

 

「あたしは精神集中するからまた戻るぜ———忘れないさい」

 

 

「無理でーすッ」

 

 

はい、アリアが帰って来たよ。俺は両手を挙げてアリアに銃を降ろすようにすぐになだめる。

 

 

「さて、どうしようか」

 

 

「変なことをしたら風穴」

 

 

「分かった。じゃあとりあえず服を脱ごうか?」

 

 

「あんたの変なことの定理が分からないわよ!?」

 

 

「羞恥心爆発」

 

 

「あんたを爆発させてあげるわよ……!」

 

 

怖い。でも羞恥心に近い感情を爆発させるのが一番だと俺は思う。

 

 

「アリア」

 

 

俺は片膝を地面に付けてアリアの右手を握る。

 

 

「な、何するつもりよ……」

 

 

「俺は生涯、アリアを守り続けることを誓う」

 

 

「しょ、しょーがい!?」

 

 

「この命……いや魂が消えるまで、俺は守り続ける」

 

 

「~~~ッ!?」

 

 

「絶対に離さない。ずっと俺の傍にいろ」

 

 

そう言ってアリアの手の甲に一瞬だけ口を当てた。

 

アリアが口をパクパクとしながら顔を真っ赤にする。

 

最後に、偽りの無い本物の言葉を口にする。

 

 

 

 

 

「愛してる」

 

 

 

 

 

その瞬間、アリアの髪の色がさらに輝きを増した。

 

それに答えるかのように緋色の炎を纏った刀の輝きも轟々と激しくなる。

 

共鳴振動(コンソナ)】———成功。

 

立ち上がりオフューカスのいる方向を向く。

 

 

「よし、じゃあちょっと行って来るわ」

 

 

そう告げるとアリアは下を向いたままコクンっと頷いた。マジで可愛いんだけど? 今すぐ愛でたい。

 

地面を蹴り飛ばし跳躍。背中から黄金の翼が広がる。

 

収束する———緋緋神の力が———瑠々神の力が———神の力が。

 

 

「救ってやるよ」

 

 

緋色に染まる刀。それを、オフューカスに振り下ろす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「【緋寒桜(ひかんざくら)】」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

緋色の火柱が雲を突き抜けた。

 

 

この戦争を終わらせる、最後の一手となった。

 

 

 

 

________________________

 

 

 

 

「……チッ」

 

 

木々の隙間から見える巨大な火柱を目撃した男は苛立ちをあらわにしながら舌打ちをする。

 

足元にはボロボロのリュナが倒れており、気絶していた。

 

 

「戦争も無事に終わった。これでもシナリオ通りって言うのかよ」

 

 

男は足でリュナの体を揺する。しかし、意識が戻る気配はない。

 

 

「……もういいか。結構終わっているし、時間の問題か」

 

 

男は諦めてそのままリュナを見捨てる。その場を後にした。

 

 

「あと一人。いや、二人になるのか? ここまで長かったからな」

 

 

そして、ニヤリと笑う。

 

 

「気付いていないうちに、死んでもらう。それがいいか」

 

 

 

________________________

 

 

 

 

「……起きたら日付が一週間進んでいた。これはよくある出来事」

 

 

いつの間にか病院の衣服に着替えていることもあるある。ベッドの上に寝て点滴を打たれていることも分かっている。

 

 

「でも、隣に黒ウサギがいることは普通じゃねぇ」

 

 

「ま、まぁ……ソウデスネ」

 

 

そう、隣のベッドには黒ウサギがいるということだ。

 

俺と黒ウサギは同時に溜め息を吐く。俺は黒ウサギを守れなかったことに後悔、黒ウサギはやられてしまったことに後悔。

 

お互い落ち込んでいた。

 

 

「大丈夫なのか? 俺がマッサージしてあげようか?」

 

 

「セクハラですよ……一週間も寝ていたのにどうしてそんなに元気なのですか?」

 

 

「まぁここ最近ずっとまともに寝れなかったからな。体力回復、いつでも俺はフルマラソンできるぜ!」

 

 

テヘペロっと可愛く反応すると黒ウサギにジト目で見られてしまった。呆れられていますね。

 

 

「それに外傷は無し! 今までの戦闘と比べたら一番元気だぜ?」

 

 

「ですが中はグチャグチャですよね?」

 

 

「何故知っている!?」

 

 

「お医者様が怖がっていたからですよ……」

 

 

神の加護(ディバイン・プロテクション)】の副作用。もうッ、中も元通りにしてよね! 吐くの辛いんだよ!? グロ18禁だよ!?

 

 

「ある意味黒ウサギより重傷でしたよ。黒ウサギは恩恵が守ってくれたというのもありますが」

 

 

「俺にそんな恩恵は無い!」

 

 

机の上に置いてあったギフトカードを黒ウサギに見せつける。

 

 

【神刀姫】

 

【神影姫】

 

【神格化・全知全能】

 

秩序支配神の世界翼(システムルーラー・ワールドフリューゲル)

 

天空支配神の福音(ヘヴンルーラー・ゴスペル)

 

【緋緋色金】

 

【瑠々色金】

 

 

(すごく増えてる!?)

 

 

黒ウサギは驚愕した。増えている数が一つどころではないことに。

 

 

「はぁ……俺も自分の体を守ってくれる恩恵が欲しいぜ」

 

 

「ちょっと大樹さん!? 十分過ぎるくらい強い恩恵があると思うのですが!?」

 

 

「気のせいだろ」

 

 

「違いますよ!? 絶対に違います!」

 

 

「じゃあ木のせい」

 

 

「人のせい……じゃなくて木のせいにしないでください!」

 

 

「じゃあ誰が悪いんだよ」

 

 

「大樹さんですよ!」

 

 

「ありえねぇ……!」

 

 

「何故信じられない表情をするのですか!? 一番の原因ですよ!?」

 

 

いやー久しぶりのやり取りに感動だわ。やっぱり黒ウサギいじりは最高です。いじりすぎたらダメだけど。

 

 

「機嫌直してくれよ? 久しぶりに会えて嬉しかったんだよ」

 

 

「知りませんッ。黒ウサギがどれだけ心配したと思っているのです」

 

 

「俺は毎晩みんなの写真を見なかったら多分死んでた」

 

 

(大樹さんの方が重かった!?)

 

 

「戦闘で写真が全部血塗れになって破れた時は絶望したぜ……」

 

 

「そ、そうですか。……えっと」

 

 

黒ウサギは横目でチラチラと大樹を見ながら尋ねる。

 

 

「だ、誰の写真を持って……いかれたのですか?」

 

 

「さぁ? 忘れた」

 

 

「全然大事じゃないですか!!」

 

 

「うん」

 

 

「あっさりし過ぎですよ!?」

 

 

あーマジで楽しい。黒ウサギとの会話はホント楽しい。

 

平和だ。幸せだ。最高ッ。

 

……………あー、どうしよう。あー、困ったな。

 

タイミング逃したしなぁ……どうしようかなぁ……。

 

 

 

 

 

黒ウサギの()()()()()()こと、いつ触れようか。

 

 

 

 

 

何故無いのだろうか。今の黒ウサギ、新鮮で綺麗で可愛いよ。でも違和感バリバリ全開なんだよ。

 

もしかしたら触れて欲しくないのかもしれない。そうだよ、触れないでおこう。

 

 

「それにしてもビックリしたぜ。ボロボロにやられたって聞いた時は」

 

 

「黒ウサギもウサ耳を疑ったのですよ」

 

 

そのウサ耳が無いんだけどなぁ……!?

 

もしかして触れて欲しいの? それなら少しずつ触れて見るか?

 

 

「えっと、黒ウサギの髪はやっぱり綺麗だよな」

 

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 

「髪型を変えるのもありかもな。ツインテールとか! ウサ耳みたいにさ!」

 

 

「もうッ、それではウサ耳が四つになってしまいますよ?」

 

 

ならないんだけどなぁ……!?

 

あれぇ? まさか気付いていないことはないと思うんだが……だって黒ウサギが起きたのは5日前。当然ウサ耳が消えていることには気付いているはず。気付かなくてもお見舞いに来た優子や真由美。アリアが指摘するはずだ。

 

結論、ウサ耳が無い事は知っている。しかし、触れて欲しくない。これだ。

 

 

「えっと……大樹さん」

 

 

「ん? どうした?」

 

 

遠い目で外を眺めながら苦いコーヒー飲んでいると、黒ウサギが頬を赤く染めながら気まずそうに尋ねてきた。

 

 

「あ、アリアさんとその……キスしたのは……本当なのですか」

 

 

「ぶふッ!?」

 

 

コーヒーを吹き出しながら驚愕。タイミングはわざとですか!? コーヒー勿体ない!

 

 

「し、してないしてない! したかったけどしてないから!」

 

 

「えッ」

 

 

ドサッ

 

 

その時、部屋の入り口にコンビニの袋が落ちる音が聞こえた。

 

入り口を見ると顔を真っ赤にしたアリアとジト目をした優子と真由美が立っていた。黒ウサギは固まっている。

 

 

「あ、あーあのーのーのーですねー……………フッ、殺せ」

 

 

果物ナイフを机に置き、俺はベッドに寝た。一周回って察した。いつでも死ねる。というか死なせて。

 

 

「……別にいいわよ。大樹君がそういう人だっていうこと知っているから」

 

 

「ぐふッ」

 

 

優子のダメージはでかい。

 

 

「そ、そうやって誰でも仲良くする女たらしですもんね」

 

 

「がはッ」

 

 

黒ウサギのダメージもでかい。

 

 

「こうして大樹君は好きな人に嫌われるのでした。めでたしめでたし」

 

 

「ごばはッ!!??」

 

 

真由美のオーバーキルに吐血。ベッドが赤く染まり、そのまま地面に転げ落ちる。

 

 

「よ、容赦ないわね……さすがにアタシはそこまで言えないわ……」

 

 

「優子。こういう時は強く言わないとダメよ。」

 

 

「それには黒ウサギも同意ですが、強過ぎて血を吐いていますよ……」

 

 

ヨメニ、キラワレタ……! もう生きていけないよ……!

 

 

「ほら、いつまでもめそめそしないのッ」

 

 

「あ、アリア……!」

 

 

アリアに体を起こされ、優しさに感動してしまう。しかし、

 

 

「あッ……!」

 

 

俺と顔が近かったせいか、アリアは急いで距離を取ろうとした。それが問題だった。

 

 

ズルッ

 

 

「キャッ!?」

 

 

「うおッ!?」

 

 

アリアは俺の足に絡まり、そのまま俺に向かって倒れる。怪我をしないようにアリアの体を支え、自分から床に倒れるようにする。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「いてぇ!?」

 

 

後頭部が床に激突。鈍痛が走る。

 

 

ゴッ!!

 

 

「ぐえッ!?」

 

 

安定の追撃。アリアの体重が腹部に圧し掛かる。体重は軽いが、勢いがあるせいで痛かった。踏んだり蹴ったりだ。

 

そのままアリアも俺に重なるように倒れた。

 

 

むにッ

 

 

「んぐッ?」

 

 

顔を覆うように何かが当てられた。何だ? この柔らかい感触は? 

 

少しだけ膨らみがあって、いい香りがして———!?

 

 

(あッ……これアカン……)

 

 

悲しいのかな? 嬉しいのかな? 経験則で分かってしまった自分にムカつく。喜怒哀楽、いろんな感情が渦巻いた。

 

うん、これ……アリアの胸だわ。

 

 

「な、なな、ななな……!」

 

 

きっとアリアは顔を真っ赤にして怒っているだろう。優子たちも怒っているだろう。

 

俺はゆっくりとアリアの体を起こし、胸から離れる。そして右手でグッと親指を立てた。

 

 

「ナイスおっぱい!!」

 

 

「風穴記憶破壊(デストロイ)!!」

 

 

そして、アリアの蹴りをくらった。

 

 

 

追記 完全記憶能力が勝ちました。記憶破壊は通じなかった。

 

 

 

________________________

 

 

 

ティッシュを鼻の両方に詰めて血を止める。俺は床にキチンと正座し、アリアと優子、真由美は俺のベッドに座った。

 

 

「まず緋緋神がどうしてこっちの世界に来れたのか話そう」

 

 

俺は分かりやすく説明した。

 

 

「単純に世界を繋いでいるだけ。以上だ」

 

 

「短いわよ!? ちゃんと説明しなさい!」

 

 

アリアに銃口でグリグリと頬をねじられる。痛い痛い。

 

 

「が、ガルペスの仕業なんだよ! 人間や物質が通ることができない極細の次元のパイプみたいなのを奴は作ったんだよ!」

 

 

構造は全く分からなかった。資料を見ても現代語でも古代文字でもない字が使われているせいで解読できなかった。一応記憶してあるので少しずつ解読するつもりだ。

 

 

「そこから緋緋神がアリアの体を伝っているのね」

 

 

真由美の言葉に俺は頷く。理解が早くて助かるぜ。

 

 

「ま、待って。それじゃあ……他の世界に行ったら……緋緋神はどうなるの?」

 

 

アリアの言うことに周りはハッとなる。次元のパイプがない世界に行けば当然緋緋神はアリアに乗り移れない。乗り移るなら原石が必要になる。

 

 

「……会えなくなるだろうな」

 

 

「そんな……」

 

 

「安心しろアリア」

 

 

俯くアリアに微笑みながら俺は自分の胸を叩く。

 

 

「俺に任せろ。というわけでカモン、原田」

 

 

「い、いつから気付いていやがった……」

 

 

入り口のドアがゆっくりと開く。ほぼ全身、包帯を巻いた男が現れた。

 

 

「ミイラ?」

 

 

「違う! 俺だ俺!」

 

 

何だよ。驚かせるなよ。気配が原田だったのに、出て来たのがミイラとか笑えねぇよ。

 

 

「とりあえずお前がいつギフトカードを手に入れたが知らねぇけど、ちょっとあっちの世界に行って来てくれよ」

 

 

「は、はぁ!? 何でそんな面倒なこと———」

 

 

「おい。黒ウサギのこと、ブチギレてもいいんだぜ?」

 

 

「———行ってきます!!」

 

 

シュバッと敬礼する原田。よかったな、俺が怒らなくて。

 

 

「ぐ、具体的に何をすればよろしいのでしょうか?」

 

 

「け、敬語……」

 

 

黒ウサギが可愛そうな目で原田を見ていた。同情してやるな。

 

 

「原石持って来い」

 

 

「……え?」

 

 

「緋緋色金持って来いって言ってんだよ」

 

 

「……………え?」

 

 

「あと瑠々色金もな。それと金色金もどうにかして持って来い」

 

 

「……日にちもかかるし、写真の大きさから見て結構無理が———」

 

 

「持って来い」

 

 

「———しゃあ! 持って来ます!」

 

 

こうして原田は約二週間、姿を消した。

 

 

「お、鬼ね……」

 

 

「優子。むしろアレだけで済ませた俺は天使だぜ?」

 

 

「何させるつもりだったのよ……」

 

 

「結局『俺に任せろ』と言いながら原田さんが頑張っているじゃないですか」

 

 

「ダメだぜ黒ウサギ。アイツは俺の手足となって動いているんだ。俺が動かしているから、全部俺のおかげだろ?」

 

 

「もう悪魔ですよ……!」

 

 

ゲスな笑みで笑う大樹は恐ろしかった。

 

 

「この問題は原田が帰って来てから。今はこの世界の一番の問題を考えようか」

 

 

俺は立ち上がり、窓から外の景色を見る。

 

 

 

 

 

そこは、荒れ果てた地に変わっていた。

 

 

 

 

 

ビルはほとんどが倒壊。道路は瓦礫やガストレアの死骸がまだ残っている。外に出ている者は誰もいない。

 

 

「あれから一週間経つのに……まだ変わらないのね……」

 

 

口を抑えながら真由美が呟く。

 

確かに人類は勝利した。しかし被害は酷く、壊滅一歩手前まで追い詰められていた。

 

人々は住む家を失い、食料ももう底が尽きそうになり、一種の地獄だった。

 

このまま放置すれば、東京は死の地に変わり果ててしまう。

 

 

「とりあえず明日から俺は作業に参加する。瓦礫除去作業、死骸除去作業、食料消費削減メニュー、復興作業、建築作業、子どもたちの世話に未踏査領域への食糧調達———」

 

 

「多いわよ!? 一人でやる気なの!?」

 

 

「優子のためと思えば行ける!」

 

 

「やめて!?」

 

 

優子が必死に止める。えー、じゃあやめておこうかな?

 

 

「じゃあ私も入ろうかしら? 大樹君、私のために働きなさい」

 

 

「はい喜んで!」

 

 

「真由美!? やめてあげて!」

 

 

「頑張ったら私と優子が……ご褒美をあげるわ」

 

 

「ちょっと今から行って来る」

 

 

「あげないわよ!? あげないからヘルメットとツルハシを置きなさい! というかどっから出したのよ!?」

 

 

「く、黒ウサギもあげますからね!」

 

 

「もうこれは行くしかねぇ!!」

 

 

「黒ウサギは何を競っているのよ!?」

 

 

「面白そうね……ねぇ大樹。あんた、あたしの奴隷にしてあげるわ。死ぬ寸前まで働いたらご褒美よ」

 

 

「い゛がぜでぐださ゛い゛……!!」

 

 

「嘘でしょ!? 涙を流すほどなの!? 何がそんなにいいのよ!?」

 

 

アリアの言葉がトドメとなった。優子はなんとか大樹を引き留め、安静に過ごすことを約束させた。

 

 

「はぁ……ご褒美が……」

 

 

「どうせ良い事じゃないわよ。アリアなんか踏まれるだけよ?」

 

 

「確かに価値は……ちょっとしかないな」

 

 

「ちょっとはあるんだ……」

 

 

思考がおかしいことに優子はドン引きだが、彼にとってそれが普通だと言うことにすぐに気付き、冷静になった。

 

 

「あら?」

 

 

何かに気付いた真由美が俺に近づき、俺の右側の側頭部の髪を触った。

 

 

「な、なんだ?」

 

 

「これ……髪の色が……」

 

 

「あ、ホントだ。変わっているわね」

 

 

優子も近づき髪に触れる。な、何だ!? 俺の髪に何が起きた!? ハゲちゃった!?

 

気を利かせた黒ウサギが手鏡で俺の髪を見えるようにする。

 

 

「お?」

 

 

髪の毛が数本、アリアと同じ緋色に染まっていたのだ。あの戦いが終わった後、普通に元通りになったと思ったが、どうやら残っていたらしいな。

 

 

「……悪いわね」

 

 

「え? 何が?」

 

 

アリアが俺から目を逸らしながら謝罪した。そのことに驚いた。

 

 

「一応、あたしのせいじゃない……」

 

 

「待てよ。まずこれは悪いことじゃねぇだろ? むしろ、同じ髪の色になったらお揃いだ。それはそれでアリ」

 

 

「そ、そう……ならそういうことにするわ……」

 

 

和やかな雰囲気になっているって? 周りの視線、結構痛いですよ?

 

 

「……今、何か思い出したわ」

 

 

今度は優子がわざとらしく何か気付いたような反応を見せる。何かって何だよ。

 

 

「えっと……………そうそう、そう言えば黒ウサギ。ギフトカード、返すわね」

 

 

今の沈黙で話題を考えたな。

 

 

「えッ、優子さんが持っていたのですか!?」

 

 

「ごめんなさい、勝手に使ってしまって」

 

 

「い、いえ! 恩恵が離れても使えないだけで無くなりはしません。なので返って来れば問題ないのですよ!」

 

 

そう言えば何で優子が黒ウサギのギフトカードを? 使えるわけないのに無くしていたのか?

 

 

「そ、そうなの? だから今はウサ耳がないのね」

 

 

俺も納得した。そういうことか。ウサ耳は一時的に消えているだけか。便利だな。

 

どうりでみんなが何も言わず、黒ウサギが何も言わないと思えば、知っていたなら俺に教えてくれよ。

 

 

「えッ?」

 

 

その時、黒ウサギの表情が凍り付いた。

 

ゆっくりと自分の頭に手を置きなでなで。なでなで。ポンポン。

 

黒ウサギはウサ耳が無くなっていることを確認した。

 

 

「う、うしゃ……黒ウサギのウサ耳が……!?」

 

 

おい、まさか!?

 

 

 

 

 

「無くなったのですよッーーーーーーーーー!?」

 

 

 

 

 

 

「「「「えええええェェェ!?」」」」

 

 

全員が同時に驚愕していた。みんな気付いていなかったの!?

 

黒ウサギは頭を抑えながら泣き崩れてしまう。

 

 

「というか教えてないのかよ優子たちは!?」

 

 

「だ、だって誰も触れないから……!」

 

 

「わ、私も……もう終わった話かと……!」

 

 

優子と真由美が困った表情で説明する。なるほど、みんな俺と同じことを考えていたんだな。アリアもうんうん頷いているし。

 

と、とりあえず落ち着かせないと……!

 

 

 

 

 

「うしゃ耳がないのですよッーーーーーーーーー!!!」

 

 

 

 

 

あ、これ普通に大丈夫じゃないヤツだわ。

 




ついに解放されたギャグを入れた結果がこれだ。申し訳ありません。

ブラック・ブレット編はもう少し続きます。


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望み続けた至高の幸せ

《緊急募集! クリスマスに出歩くリア充を撲滅しようの会!》


あったら私は会員ナンバーが一桁でしょうね。

またこの季節ですよ。今日はモンハンでエリアルボマーでリア充を爆破しておきますね。

……………メリークリスマス(泣)


楢原 大樹は、本気を出した。

 

 

「ぜぇあああああァァァ!!」

 

 

大樹は東京エリアに放置された大量のガストレアの死骸を回収、消毒、貴重なサンプルは菫先生にプレゼントした。現段階で3割しか終わっていなかったが、彼の功績のおかげでたった一日で全て除去することができた。

 

 

「おんどりゃあああああァァァ!!」

 

 

瓦礫を粉々に砕く、投げ飛ばす、集めるを繰り返し、1割程度しか片付いていなかった東京エリアだが、彼の功績のおかげでたった一日で全ての瓦礫を1ヵ所に集めて片付けた。車や人が通れるようになり、作業がさらに捗るようになった。

 

 

「ほわたたたたたたたたッ!!」

 

 

食料を最低限かつ最少量で東京エリアの人々に絶品料理を振舞う。三ツ星シェフが地面に額を付けて「弟子にしてください!」と懇願するほどの出来前だった。

 

 

「まず畑を耕せ! 耕せ耕せ耕せ! 全部の種を使っていいからとにかく耕せ!」

 

 

この日から東京エリアの交差点や高層ビル、学校のグラウンドにも畑が耕されるようになってしまった。現在の東京エリアの3割は畑。菫先生の特殊合成促進薬を使い急激に成長させている。

 

 

「今からここに家を千個建てる。もちろん、3日でやれよ」

 

 

集合住宅地を造り上げ、家を無くした者たちにやっとプライベート空間が与えられた。ちなみに7割は大樹だけで作ったモノである。

 

 

「お前たちには将来、企業社長になってもらう。というわけで教科書を全部暗記する勢いでいけ」

 

 

この日から全東京エリアの学校教育のレベルが高くなるが、最強の教育者のおかげで平均偏差値80という脅威の数値を叩き出している。ちなみに教会の現在最優秀成績の子は大学受験問題演習をやらせている。

 

 

「WRYYYYYYY!!」

 

 

この日、楢原 大樹の活躍によって千葉県を奪還。新たなモノリスが置かれるようになるが、領土拡大規模が大き過ぎたため、半分だけ奪還することとなった。

 

さらに畑も多く耕されるようになり、食料問題はこの日を境に解決。

 

 

「テメェら全員、埋めるから」

 

 

今まで暗躍して来た悪党。人々が貧しい生活を送る中、クーラーをつけた部屋で贅沢して庶民を馬鹿にした貴族を大樹は全て埋めた。経済は著しく上昇。大赤字から大黒字まで変わるほどだった。

 

 

「シイタケだっけ? ソイツから人材派遣してきた」

 

 

大樹が大勢の子どもを連れて来た。そしてこの日、聖天子の元に一通の手紙が届いた。内容はもう二度と東京エリアに逆らわないこと、赤目の子どもを迫害しないことだった。差出人は大阪エリアの統治者である斉武 宗玄だった。隣にいた菊之丞は見て見ぬフリをしていた。

 

 

 

—―—以上、そのような報告が書かれた書類、約2500枚が聖天子の目の前に積み上げられていた。

 

 

「……………」

 

 

聖天子はもう一度考える。たった一人の人間だけ、ここまで壊滅寸前だった都市を短期間で元通り。それどころか新しい建築物が多くてさらに良くなっている。

 

あの戦争は人々を変えた。『呪われた子供たち』に対する態度は良好。昨日の国会では赤目でも普通の学校に通える議題も出されていた。

 

治安も良くなり、悪さをする者たちも減少。最近の警察はボランティア活動に勤しんでいるという噂も聞いた。

 

いやいや、ありえない。一人の人間がここまでできるなんて。

 

 

「なぁ聖天子。この量って半年でも終わらなくね? やめちまえよ」

 

 

聖天子の隣に座った青年が片手にタブレットを持ってケラケラ笑う。書類を椅子代わりにして、グラフを見ていた。

 

 

「ほら、東京エリアの予算だ。2倍にしておいたから」

 

 

まるでゲームのクエストをやっていたかのような対応。聖天子は怖くて何も喋れない。

 

この青年こそ、東京エリアを救った英雄。しかし、今の彼に英雄の名はふさわしくない。

 

背中には習字の達人が書いたかのような勇ましい『一般人』の白色の文字。前は『I LOVE 嫁』と白い文字で書かれた黒シャツを着ており、ダボダボのズボンを穿いている。口に食べ終えたアイスの棒を咥え、3DSを取り出しモン〇ンをやり始める。

 

 

「あと宝玉2つで全部強化終わるのになぁ……あ、ナイス粉塵」

 

 

一般人と変わらない容姿。これが人類の英雄である。

 

彼が帰って来た時は大いに喜び、喜びのあまり抱き付いてしまうほどはしゃいでしまった。しかし、このだらしない姿を見て少し失望している。

 

 

「……はぁ」

 

 

聖天子は溜め息をつき、机にうつ伏せになる。もう全て投げ出したかった。

 

 

「別に投げてもいんじゃねぇの? 部下にやらせるとか」

 

 

「なりませんッ。上に立つ人間がこの程度で音を上げるにはいきません」

 

 

「こ、この程度なのか……」

 

 

大樹はその発言に引いていた。確かに『この程度』で済む量ではない。

 

 

「……大樹さん」

 

 

「あん?」

 

 

「手伝って—―—」

 

 

「やだ」

 

 

「—―—報告書、まとめておきますね」

 

 

「一体何の報告書を書こうとしてんだよ!? ってあぁ!? 嫁だけには勘弁を!?」

 

 

こうして書類は大樹の手伝いもあり、無事に3日後に終わった。八割は大樹が頑張りました。まる。

 

 

 

________________________

 

 

 

 

「あれ? これは何かしら?」

 

 

優子は教会の奥の部屋、大樹の部屋で一冊の手帳のようなモノを見つけた。大樹に頼まれた探し物はすでに見つかっているため、少しだけ中を覗く。

 

手帳を開くと、それが日記だとすぐに判明した。

 

 

「日記……大樹君のかしら?」

 

 

「優子さん。黒ウサギも見つかり……あれ? それは大樹さんの日記帳ですよね?」

 

 

ウサ耳がなくなった黒ウサギも部屋に入って来る。いろいろと騒ぎはあったが、とりあえず大樹が一生懸命慰め、何とか今は落ち着いている。

 

 

「知っているの?」

 

 

「YES! ここに来る前に持ってきていたモノですよ」

 

 

優子は最初のページを開き、最初の日付の出来事読み上げる。

 

 

 

『チャッ○ーに追われた』

 

 

 

「いきなり意味が分からないのだけれど!?」

 

「と、唐突ですね……」

 

 

 

『その後はグロい犬に囲まれて』

 

 

 

「最初からガストレアに遭遇したのね」

 

「た、大変そうですね……」

 

 

 

『何か仮面の男と女の子がいたから適度にボコした』

 

 

 

「「あ……(察し)」」

 

 

 

『この世界のことをいろいろ聞いた。いろんなことを思ったがやはり、許せない』

 

 

 

「差別された子どもたちのことよね」

 

「【呪われた子供たち】は黒ウサギもショックでしたから、大樹さんも相当怒っていたはずです」

 

 

 

『何で嫁と一緒じゃねぇんだよ! ぶっ殺すぞ!!』

 

 

 

「怒るポイントはそこなの!? 話題がズレているわよ!?」

 

「怒るところが違うのですよ!?」

 

 

 

『嫁に会える。会えない。会える。会えない。会える。会えない。会える……花占いはクソだと思う』

 

 

 

「結果は会えないだったのね」

 

「意外と乙女なことをしていることに黒ウサギはビックリですよ」

 

 

 

『あみだくじもクソだ』

 

 

 

「次のページ、全部あみだくじね……」

 

「全部会えないになっているのですよ……」

 

 

 

『仮面の男と世界を掌握することを約束した』

 

 

 

「規模が大きくなっていないかしら!?」

 

「東京エリアの話はないのですか!?」

 

 

 

『あとは後ろから俺が刺せばオッケー☆』

 

 

 

「大樹君裏切るつもりだったの!?」

 

「そう言えば……結局先に裏切られるのは大樹さんでしたよね……」

 

「……何か可哀想だわ」

 

 

 

『そして、俺は嫁に会うことができた。そして、感動をみんなに伝えたい』

 

 

 

「「……………」」

 

 

 

『どさくさに紛れておっぱい触ったけど、正直腕を飛ばしてもいいからもう一回触りたい』

 

 

 

「しょ、正直に書くわね……」

 

「まぁ黒ウサギたちの前でも『ナイスおっぱい』とか言いますからね」

 

「ちょっと欲望に忠実過ぎないかしら? もう少し抑えて生きていくほうがちょうどいいわよ」

 

 

 

 

『優子の控えめなおっぱいも最高でした!』

 

 

 

「殺すわ」

 

「抑えてください! 抑えてくれないと大樹さんが死にますよ!?」

 

「抑えすぎてこれ以上小さくなったらどうするのよ!?」

 

「何がですか!?」

 

 

「ちょっとうるさいわよ? どうしたのよ」

 

 

「あら? その手帳はもしかして大樹君の?」

 

 

扉を開けて入ってきたのはアリアと真由美。黒ウサギは「なんでもないですよ!」と言うが、優子は涙目だった。

 

 

「これ……大樹君のバカ日記よ……」

 

 

(優子さん、完全に拗ねているのですよ……)

 

 

「律儀ね。どういう風の吹き回しかしら?」

 

 

「大樹君が日記なんて想像つかないわ」

 

 

アリアは本物かどうか疑い、真由美も半信半疑だった。

 

 

「それで、何が書いてあるのかしら?」

 

 

アリアが続きを読む。

 

 

 

『黒ウサギと真由美のおっぱいは何というか……凄かったです』

 

 

 

※ここから先は台本形式です。ゴチャゴチャし過ぎて作者も混乱したので。べ、別にクリスマスは関係ないんだからね!

 

 

優子「殺しましょ」

 

アリア「ええ、手伝うわ」

 

黒ウサギ「お二人方お待ちを!? たまたまですよ! 偶然です!」

 

アリア「偶然で胸は大きくならないわよ黒ウサギ。風穴開けるわよ」

 

黒ウサギ「何故か黒ウサギも敵対されているのですよ!?」

 

真由美「つ、続きを読みましょ! 争いはいけないわ!」

 

 

 

『しかし、俺はヘタレだ。女の子に手を出せない。出したいが出せない。クソ、リア充はどうやって彼女を作ったんだ』

 

 

 

優子「か、悲しい一文ね……」

 

黒ウサギ「確かに黒ウサギと一緒に寝ても手を一切出さなかったのですよ……」

 

アリア「黒ウサギ。今の話、あとでゆっくりと聞くわ」

 

真由美「そうね。しっかりと……ね?」

 

黒ウサギ(大樹さん。命の危機はこうやって感じ取るのですね……)

 

 

 

『教会を修復。これで子どもたちの安全を守るぜ!』

 

 

 

優子「今じゃ立派な教会になっているわね」

 

黒ウサギ「YES! 設備も十分に整っているので不自由なことは何一つありません」

 

アリア「本当にボロかったのねここ。やっぱり大樹は凄……人外ね」

 

真由美「素直に褒めてあげてもいいんじゃないかしら……」

 

 

 

『イエスロリコン! ノータッチロリコン!』

 

 

 

優子「危ない発言のようでセーフなのかしら?」

 

黒ウサギ「アウトだと思います」

 

アリア「えぇアウトね」

 

真由美「私もアウトでチェンジね」

 

優子「……アタシもアウトで」

 

 

 

『嫁と手を繋いだりしたいが、自分から触ったら嫌われそうなので自分の手と手を繋いで我慢します』

 

 

 

優子「悲しいわよ!」

 

黒ウサギ「大樹さん……そのくらいで嫌いになるわけないじゃないですか」

 

アリア「やっぱり奥手過ぎるわね……恋愛経験ゼロなのが見え見えだわ」

 

真由美「ま、まぁそこが大樹君のいいところじゃない」

 

 

 

『さっきから嫁嫁っとさりげなく書いているのが恥ずかしい。でも書きたい』

 

 

 

優子「何か……子どもね……」

 

黒ウサギ「幼い……とは言えませんが発想が」

 

アリア「中学生ね」

 

真由美「好きな子の名前を呼びたいけれど苗字で呼んでしまう男の子の心境かしら?」

 

(((どうして真由美(さん)がそこまで分かっているのかは聞かないでおこう)))

 

 

 

『美織嬢から10億もするビームサーベルを見せてもらった。構造はこっそりと覗き見させてもらったので、理解できた。こっそり作ってベッドの下に隠して置こう』

 

 

 

優子「……あったわ」

 

黒ウサギ「凄いですね……アレと本物そっくりですよ」

 

アリア「何でこんな無駄なモノを作るのかしら……」

 

真由美「これは……経費ね。いくらかしら?」

 

 

———1万五千円。

 

 

優子「安すぎないかしら!?」

 

黒ウサギ「10億をここまで安くするのは無理があるのでは!?」

 

アリア「待って! 起動できたわ!」

 

真由美「どういう原理なのか。そんな考えは放棄しましょ。納得したいなら答えは『大樹君』よ」

 

(((あ、納得できそう)))

 

 

 

『菫先生から死体の胃袋から取り出されたドーナツを食わされた。しばらく何も食べたくなおろろろろろ』

 

 

 

優子「……次のページに行きましょ」

 

「「「うん」」」

 

 

 

『いろいろあり過ぎて書くのダルい。省略すると東京エリアの危機でーすッ! ざまああああああwwwww!!』

 

 

 

優子「あれ!? 何でこんなことを書いているの!?」

 

黒ウサギ「助けたかったはずですよ!? あのかっこいい大樹さんはどこに!?」

 

アリア「聞いた話と違うのだけれど!? どういうことよ!?」

 

真由美「待って! 続きがあるわ!」

 

 

 

『俺の嫁に手を出したり子どもをいじめるからそうなるんだよ! バーカッ!』

 

 

 

優子「そ、そういう意味なら少しは理解———」

 

 

 

『ふぁーーーwww このままガストレアの侵入許しちゃおwww』

 

 

 

優子「———理解できない!?」

 

 

 

『マジでうけるwwwこのパニックに乗じて悪人の銀行通帳ハッキングし放題www金も草も増えるwww』

 

 

 

黒ウサギ「ちょっとウザいですね……というか犯罪ですよ!?」

 

アリア「あの頃から全くブレないわね……」

 

真由美「むしろ酷くなったと思うのは私だけかしら?」

 

 

 

『スコーピオン、やっつけた。よし、寝るか』

 

 

 

優子「軽ッ!」

 

黒ウサギ「あの炎は異常ですよ……普通に出すような人は、大樹さんだけしかいないですよ」

 

アリア「大体何が起きたのか分かるの自分が嫌いだわ」

 

真由美「モニターを見ていた人たち、全員口が開いていたわね」

 

 

 

『ここで真剣な話をしよう。最近、思うんだ。俺は一体どっちなのか』

 

 

 

優子「大体予想が付くわね」

 

黒ウサギ「黒ウサギも」

 

アリア「あたしもよ」

 

真由美「みんな分かっているのね」

 

 

 

『俺はおっぱい派なのかお尻派なのか』

 

 

 

「「「「知ってた」」」」

 

 

 

『いや、知ってたとか言わないでいいから一緒に考えてよ』

 

 

 

優子「見透かされてる!?」

 

黒ウサギ「ちょっと怖いですよ!?」

 

アリア「落ち着きなさい! 次の文を見るのよ!」

 

 

 

『って俺しか読まねぇだろ』

 

 

 

優子「あ、馬鹿だったわ」

 

 

 

『なんか悪口言われているような気がする』

 

 

 

優子「やっぱり見透かされてる!?」

 

 

 

『かゆ……うま……』

 

 

 

黒ウサギ「ゾンビ!?」

 

 

 

『まぁ死ねない体ですけどね』

 

 

 

アリア「ウザいわね! この書き方腹が立つわ!」

 

 

 

『マジなんなの。ガチガチの装備でリオレ〇アで乙する奴、何なの!?』

 

 

 

真由美「急に話題が変わっているわよ!?」

 

 

 

「「「「はぁ……はぁ……」」」」

 

 

文句を言い過ぎた一同。全員肩を上下している。

 

 

優子「や、やめましょ。何があっても冷静に捉えるのよ……」

 

黒ウサギ「そ、そうですね……」

 

アリア「あたしも賛成よ……」

 

真由美「じゃあ読みましょう」

 

 

 

 

 

『今日は街中の女の子のお尻をペロペロした。おやすみ』

 

 

 

 

 

優子「しばきに行くわよ」

 

 

「「「了解」」」

 

 

 

________________________

 

 

 

優子「———少しやり過ぎたかしら?」

 

 

黒ウサギ「いいえ、大樹さんはあれくらいしないと反省しませんッ」

 

 

アリア「黒ウサギに同意よ。全く、今日は口を利いてあげないわ」

 

 

真由美「多分、それは大樹君が自殺するわ……」

 

 

大樹をしばき終えた女の子たち。大樹は「えぇ!? 急にどうし———ごばッ!?」となった。今は玄関の入り口近くで倒れている。

 

彼女たちは続きを見る。

 

 

 

『まぁそんな度胸、俺にはないけどな。そもそも好きな人がいるのにできるわけない』

 

 

 

「「「「あッ」」」」

 

 

不穏な空気が流れる。彼女たちは目を合わせた後、頷いた。

 

 

優子「こ、これから少しだけ優しく接しましょ」

 

 

黒ウサギ「そ、そうですね。大樹さんも誤解するようなことを書いたので五分五分ですよ」

 

 

アリア「えっと、そ、そうね。むしろあたしたちは悪いことはないわ」

 

 

真由美「じゃあ今日は私が手作り料理を作ってあげるわ」

 

 

優子&黒ウサギ((それは優しくない))

 

 

アリア「?」

 

 

優子と黒ウサギは視線を逸らし、真由美の料理の腕を知らないアリアは首を傾げた。

 

彼女たちは悪いという気持ちを自覚していた。人の日記を勝手に読み、大樹をアレしてしまったことに。

 

 

黒ウサギ「つ、続きを読みましょう!」

 

 

優子「そ、そうね。黒ウサギの言う通りよ」

 

 

黒ウサギの言葉に真由美は頷く。そして、次のページをめくった。

 

 

 

『リオ〇イア 正正正正正正

 リオレ〇ス 正正正      』

 

 

 

優子「日記として機能できていないわよ!?」

 

黒ウサギ「何を数えているのですか!?」

 

 

 

『もきゅ 正正正正正正正正正正

 にゃん 正正

 だもん 正正正』

 

 

 

アリア「また数えてあるわね……」

 

真由美「これは何かしら?」

 

 

 

『結果、嫁たちの語尾にもきゅを付けることを提案する』

 

 

 

「「「「却下!!」」」」

 

 

 

『今日は金髪の女の子に出会った。まぁ出会い方は絶対に普通じゃないと思うが。名前はティナ・スプラウトらしい』

 

 

 

優子「ティナちゃんとの出会い方が気になるわね……」

 

黒ウサギ「どうやら続きがあるみたいですよ?」

 

 

 

『とりあえず後をつけた』

 

 

 

アリア「風穴ね」

 

真由美「言い逃れができない犯罪じゃない……」

 

 

 

『なるほど。聖天子の暗殺を企んでいたか。後をつけて正解だったぜ。こりゃ護衛に力を入れるしかねぇ』

 

 

 

優子「……ズルくないかしら?」

 

黒ウサギ「これ、絶対に誤解されるような書き方ですよ……」

 

アリア「わざとね」

 

真由美「性質が悪いわ……」

 

 

 

『やっぱり襲われたww1キロ先からの狙撃ww余裕wwコポォww』

 

 

 

優子「舐めているわね……」

 

黒ウサギ「ティナさんが見たら絶対に怒るのですよ」

 

 

 

『すげぇ。ここからでもパンツが覗けた』

 

 

 

アリア「有罪ね」

 

真由美「その前にどんな視力をしているのよ!?」

 

 

 

『この一週間、ティナとデート三昧だった。嫁に仕事と言って出掛けるのが辛かった。多分、浮気ってこういう気持ちになるんだな』

 

 

 

優子「……罪悪感があるなら許してあげてもいいわね」

 

黒ウサギ「そうですね。最終的にティナさんを救いたかったらしいですからね」

 

アリア「やっぱり大樹らしいわね」

 

真由美「いつまでも変わらない。それがいいのかもしれないわ」

 

 

 

『ティナに殺されそうになった(泣)』

 

 

 

優子「何が起きたのかしら!?」

 

黒ウサギ「唐突過ぎますよ!?」

 

 

 

『血の量が尋常じゃない。これはヤバ』

 

 

 

「えッ? おかしいわね。ここで途切れているわ」

 

「ちょっと優子!? 生きているのに死んだみたいな演出はやめてくれないかしら!?」

 

「待って真由美……見開き1ページ開けて、続きがあったわ」

 

「無駄な演出はやめて欲しいのですよ!?」

 

 

 

『おはよう。というわけ今、病院のベッドの上です』

 

 

 

「「「「何があったの(ですか)!?」」」」

 

 

 

『ティナ救った。悪の組織もぼちぼち潰した。恩恵使えなくなった』

 

 

 

優子「箇条書きしないで欲しいわ!」

 

黒ウサギ「何のための日記ですか!?」

 

アリア「さらりと最後とんでもないことを言っていないかしら!?」

 

真由美「そう言えば知らなかったわね。大樹君、弱くなったのよ」

 

 

 

『弱い。俺は弱い。多分、本気を出してもモノリスを半壊しかできねぇ』

 

 

 

アリア「本当に弱くなったの!?」

 

優子「う、嘘じゃないわアリア!」

 

黒ウサギ「そうです! 優子さんの言う通りですよ!」

 

真由美「落ち着いて二人とも。弱くなったけれど、『強くない』とは言っていないわ」

 

「「「なるほど」」」

 

 

 

『やったぜ! 今日は嫁たちとデートだ! これは楽しむしかねぇ!』

 

 

 

アリア「……ふーん」

 

優子「あ、アリア……そんな目で見ないで……」

 

黒ウサギ「く、黒ウサギたちはティナさんの監視という重大な任務が……」

 

真由美「そうよ! 決して遊んでなんか———」

 

 

 

『優子の服選び。全部可愛いから反応に困る』

 

 

 

優子「……………」

 

 

 

『黒ウサギとカップル専用の飲み物を飲もうとしたが、恥ずかし過ぎる。意外と大胆なんだよな、黒ウサギ』

 

 

 

黒ウサギ「……………」

 

 

 

『真由美とのツーショット。これは俺が恥ずかしい。何故平気な顔でお姫様抱っこできたのだろうか』

 

 

 

真由美「……………」

 

 

 

『さて、本来の目的であったティナの服選び。ちゃんと可愛い服を選べました。まーる』

 

 

 

アリア「さて、言い訳はあるかしら?」

 

優子「待って! アタシはちゃんと服を選んでいるわ! 黒ウサギと真由美が問題よ!」

 

黒ウサギ「売られました!? でも待ってください! 黒ウサギは大樹さんが服選びばかりだと飽きてしまうと思っての考慮です!」

 

真由美「そうね! 私も同じよ! 大樹君が飽きてしまわないように———」

 

 

 

『黒ウサギと真由美の服もちょっとだけ選びたかったな』

 

 

 

黒ウサギ「大樹さん!?」

真由美「大樹君!?」

 

 

アリア「優子は無罪でいいわ。他二人は有罪ね」

 

優子(ちゃんと服を選んでいて良かったわ……本当は他の所も少し回ったことは言わない方がいいわね)

 

 

 

『いつかアリアと美琴の服も選びたい。そのためには必ず救わないといけない』

 

 

 

アリア「……ちゃ、ちゃんとあたしのことも考えているのね」

 

真由美「そうね。今度、二人で行って来たらいいわ」

 

アリア「真由美……」

 

黒ウサギ「そうですよ! 行くべきです!」

 

アリア「黒ウサギ……ええ、そうね」

 

 

アリアは良い笑顔で告げる。

 

 

アリア「でも、話はするから」

 

真由美「逃げられなかったわ……」

 

黒ウサギ「さすがですよ……」

 

 

 

『おはよう。眠すぎて死にそう』

 

 

 

優子「だから唐突過ぎるわよ……」

 

 

 

『鉛を溶かしながら目の治療をするとかムズいだろッ! 普通できねぇよ!』

 

 

 

アリア「何があったの?」

 

黒ウサギ「実は子どもがカクカクシカジカですよ」

 

アリア「ふーん。やっぱり大樹は優しいわね」

 

黒ウサギ「YES! 今は教会で元気に過ごしていますよ」

 

 

 

『あ、手元が狂った。これはもうどうしようもない。替え玉を用意しよう』

 

 

 

「「「「えええええェェェ!?」」」」

 

 

 

『ラーメン、ラーメン、俺はとんこつから醤油に変える。とんこつ、お前のネチョネチョになった勇姿は忘れない』

 

 

 

優子「カップ麺じゃない!」

 

黒ウサギ「手元が狂うと言うより置いた時間が長いだけですよ!?」

 

アリア「腹が立つわね! もう一度殴りに行きましょ!」

 

真由美「待って」

 

 

真由美の真剣な声に全員が止まる。真由美は次の文を読み上げた。

 

 

 

『アリアと出会った。しかし、緋緋神に乗っ取られていた。悔しい。何もできなかったことが。殺されそうになったことが』

 

 

 

彼女たちは無言で次のページをめくる。

 

 

 

『原田のことを疑い、俺は完全に屑になった。もう自分が何をしたいのか分からない。だが目的は決まった。あの世界に戻り、アリアを救う方法を見つけ出す。それが、今ある目的』

 

 

 

優子「大樹君、結構追い詰められたから余裕が無かったのよ」

 

黒ウサギ「黒ウサギも、痛いほど分かりました」

 

アリア「……………」

 

真由美「あまり気にすることはないわよ。こうして今、幸せになれているのだから」

 

優子「そうよ。アリア、落ち込む必要なんて無いわ」

 

黒ウサギ「YES! 笑顔でいてください!」

 

アリア「……そうね。ありがとう」

 

 

 

『鬱だ、死のう』

 

 

 

「「「「ちょっと!?」」」」

 

 

 

『冗談だ。怒るなよ』

 

 

 

優子「また読まれているわよ!? やめてくれないかしら!?」

 

 

 

『ここから先はあっちの世界での出来事を書く。まだ詳しく嫁に話していないし、嫁に言えないようなことを書くけど、このスリルがたまらないぜ!』

 

 

 

「「「「ッ!」」」」

 

 

四人は視線を合わせる。同時に大樹の馬鹿を確信する。

 

 

優子「これは見るべきじゃないかしら」

 

黒ウサギ「そうですね。黒ウサギたちに言えないことも書いてあるようですし……」

 

アリア「あまり詳しく聞いていないから気になっていたのよ」

 

真由美「ええ、読みましょ」

 

 

 

『と思ったけど眠いからやめる。おやすみ』

 

 

 

「「「「何で(ですか)!?」」」」

 

 

 

『俺は将来、桂〇 桂馬のような恋愛マスターになりたい』

 

 

 

「「「「何で(ですか)!?」」」」

 

 

 

『そろそろ目からビームを出していい時期だと思う』

 

 

 

「「「「何で(ですか)!?」」」」

 

 

 

『ツッコミがワンパターンになってない?』

 

 

 

「「「「読まれてる!?」」」」

 

 

 

『読み返して気付いた。コイツ、ムカつく。書いている奴、誰だよ』

 

 

 

「「「「大樹(君)(さん)でしょ!!」」」」

 

 

 

『馬鹿なことをしていないで続き書くか。無事に俺とティナはあっちの世界に転生できた』

 

 

 

アリア「ティナと一緒だったのね」

 

優子「大樹君だけじゃ不安だったからね」

 

黒ウサギ「黒ウサギは主戦力として残されました」

 

真由美「私と優子も魔法があるから残ったわ。あっちの世界で適材適所だったのは彼女だったのよ」

 

 

 

『そして、国際指名手配犯になりました』

 

 

 

「「「「だから何で(ですか)!?」」」」

 

 

 

『どうやら美琴とアリア、キンジが行方不明になったせいで俺が殺人の容疑で疑われた。みんな俺を狙って撃つわ撃つわ。全く効かないけど、悲しい。キンジ、くたばれ』

 

 

 

優子「そういうことね」

 

黒ウサギ「何故かキンジさんだけ当たりが強いのですよ……」

 

アリア「さすがあたしの奴隷ね」

 

「「「奴隷!?」」」

 

 

 

『夾竹桃、理子、平賀、武藤はどうでもいいとして、次々と友達に会っていくなか、コルト・パイソンがぶっ壊れた。ヒルダ、許さねぇ……!』

 

 

 

アリア「ヒルダ!? どうして【竜悴公姫(ドラキュリア)】と戦っているのよ!?」

 

優子「その名前から大体ヤバイってことは察したわ」

 

黒ウサギ「黒ウサギも、ただ者ではないことが分かりました」

 

真由美「また厄介ごとに巻き込まれているのね……」

 

 

 

名古屋女子武偵(ナゴジョ)に囲まれたった』

 

 

 

アリア「もう! だから何でよ!?」

 

優子「確か武偵って……アリアと同じような人たちよね?」

 

アリア「そうよ優子。簡単に言うと、警察より厄介な集団に囲まれているわ」

 

優子「どのくらい厄介なの?」

 

アリア「発砲許可が下りてる」

 

優子「それは厄介というより危ないわね……」

 

 

 

名古屋武偵男子(ナゴダン)にも囲まれたった』

 

 

 

アリア「何で増えるのよ!?」

 

 

 

『こうして無事に目的を達成した後は中国に飛び立ちました』

 

 

 

黒ウサギ「えぇ!? 解決したのですか!? あっさり過ぎないですか!?」

 

アリア「あたし……頭が痛いわ……」

 

優子「アタシも……」

 

真由美「そんなに簡単に国に入れるのかしら? 国際指名手配犯なんでしょ?」

 

 

 

『タラララタッタッタ~♪ トッキーが仲間になった!』

 

 

 

「「「「誰!?」」」」

 

 

 

『トッキーの職権乱用で国外逃亡成功。現在警察に追われております』

 

 

 

優子「成功してないじゃない!」

 

黒ウサギ「失敗ですよ!」

 

アリア「下手ね。船で近づいて泳いだ方が確実よ」

 

真由美「あら? 確か大樹君から聞いた話だと泳げな———」

 

アリア「———黙りなさい。大樹はあとで風穴だから黙りなさい」

 

 

 

『曹操四姉妹に狙われた。非常に厄介な相手と聞かされていたが、楽勝だな。あと緋緋神に遭遇』

 

 

 

優子「最後が一番重要じゃないかしら!?」

 

黒ウサギ「だからどうして簡単に流すのですか!?」

 

 

 

『どうやら緋緋神は(コウ)にも乗り移れるようだ。これはもっと先の日で気付いたが、覇美にも乗り移れるらしい』

 

 

 

アリア「……へぇ、本当みたいね」

 

真由美「確認を取ったのね?」

 

アリア「ええ、できるらしいわ。今はあたしが抑えているからできないわ」

 

真由美「そうね。あまり人に迷惑をかけないようにしないとね」

 

アリア「もうする気はないみたいよ」

 

 

 

『そして、俺の最高で最強の師匠、姫羅に出会った』

 

 

 

「「「ッ!」」」

 

真由美「……これって大樹君の師かしら? でも死んだって聞いたわよ?」

 

優子「……ええ、そうよ。アタシも今初めて知ったわ」

 

黒ウサギ「姫羅さんが……」

 

アリア「……続きを読みましょ」

 

 

 

『その時の俺は酷いモノだった。姫羅が苦しんでいるにも関わらず、俺はそれに気付くこともできず、ただただ刀を振り続けた。

 

それだけ、姫羅が敵になったことが許せなかった。

 

結局鬼の力を頼り友を、大切な人を悲しませ、怯えさせた。

 

そこからは酷い出来事ばかりだ。

 

ロシアに行こうとするも、墜落してティナに重傷を負わせてしまう。そこで姫羅の鬼に出会い、本格的に力に飲まれ飲み込み、狂った。

 

病院にティナを置いて行き、一人でイギリスへと向かう。今思い返せば、絶対に反省すべき点。二度としないことを誓う』

 

 

 

優子「そんなことが……」

 

黒ウサギ「やはりあちらでも苦しんでいたのですね……」

 

アリア「バカよ……もっと周りを頼りなさいって言っているのに……」

 

真由美「大丈夫よ。今の大樹君を見れば分かるでしょ?」

 

アリア「……そうね。続きを読みましょ」

 

 

 

『というわけで巨乳メイドを雇いました』

 

 

 

その時、空気が絶対零度並みに凍った。

 

 

 

『リサ・アヴェ・デュ・アンク。本当に凄いメイドだった。料理の腕は超一流だし、俺の好みや体調を全て掌握して食事を出す。会計なんか七割引きさせるとか、もう完璧過ぎる。嫁に修行させたい』

 

 

 

さらに空気が凍った。ここは氷河期。

 

 

 

『そして美人で巨乳と来た。これ、欠点あります?』

 

 

 

教会にいた子どもたちの会話が聞こえる。「何か寒くない?」「奥の扉……凄いオーラが……!」「せ、先生! 部屋の奥が!」「大樹先生が庭に埋められているんだけど!?」「えぇ!?」

 

 

 

 

 

『やはり俺は、おっぱい派なのかもしれない』

 

 

 

 

 

 

———大樹の絶叫が轟きました。

 

 

 

 

 

 

________________________

 

 

 

 

『―――というわけでシャーロックが生きていることが判明。ワトソンや……ジェームズ?に追われるはめになったが、何とかアリアの母、かなえさんに会うことができた。ついでに金一とパトラも出会った』

 

 

優子「ここでやっと会えたのね」

 

黒ウサギ「アリアさんのお母様に黒ウサギは会ってみたいですよ」

 

アリア「ええ、ママのおとぎ話(フェアリーテイル)を聞いたら幸せ一杯な気分で眠れるわよ」

 

真由美「それは楽しみね。どんな物語かしら?」

 

 

女子の会話は盛り上がる。大樹? 誰それ?

 

 

 

『こうして再度アリアを救うことを決意した俺は妹のメヌエットに会いに行った』

 

 

 

優子「意外ね。妹がいるの?」

 

黒ウサギ「黒ウサギもびっくりですよ」

 

アリア「クォーターよ。メヌは純血の英国人。あたしなんかよりよっぽど推理力がいいわ」

 

真由美「大樹君、また妹に手を出したのかしら」

 

アリア「出したら風穴乱舞よ」

 

黒ウサギ「もう既に外で……いえ、何でもないです……」

 

 

 

『こうして俺はメヌエットのお馬さんになりました』

 

 

 

「「「「何でッ!?」」」」

 

 

 

『ヒヒーンヒンヒンヒヒン。ヒヒーンヒン? ヒンヒン、ヒヒーンヒヒーン』

 

 

 

優子「何語よこれ!?」

 

黒ウサギ「解読できないですよ!?」

 

 

 

『危なかった。メヌエットの催眠術を鏡の前で真似したら自分にかかった。ティナにお尻を蹴られなかったらずっと馬のままだったわ』

 

 

 

アリア「何してるのよ!?」

 

真由美「馬鹿だわ……もう本物の馬鹿よ……」

 

 

 

『二度目だよ。ティナに馬になってるとこ見られるの』

 

 

 

優子「二回も!?」

 

黒ウサギ「一体何をやっているのですか!?」

 

 

 

『俺は一体何をやっているんだ!?』

 

 

 

黒ウサギ「こちらが聞いているのですよ!!」

 

 

 

『ところで日記を書いてて全然気づかなかったのですが、外に生き残りのガストレアが見えます』

 

 

 

「「「「えぇ!?」」」」

 

 

 

『おっと、話がズレていたな。そんなことより続きを書こう』

 

 

 

優子「待って!? そのガストレアはどうなったのよ!?」

 

黒ウサギ「書いてないのですよ!? どこにもガストレアのことがないのですよ!?」

 

アリア「気になるから書きなさいよ!」

 

真由美「どうしてそんな意地悪をするの!?」

 

 

 

『続きはWebで!』

 

 

 

「「「「ウザい!!」」」」

 

 

 

『それにしてもティナに謝った謝った。激おこだったからな。腕を組んで頬膨らませているのは姿は可愛いかった』

 

 

 

優子「反省してるのかしらこれ……」

 

 

 

『まぁ嫁の怒った姿も可愛いことは今更言うまでもない』

 

 

 

黒ウサギ「て、照れますね……正直に書き過ぎです……」

 

 

 

『でも割合的に痛いのが多いので優しくしてください』

 

 

 

アリア「もう手遅れよ……」

 

 

 

『無理ならドMになるしかねぇ!!』

 

 

 

真由美「やめて!?」

 

 

 

『そんなわけでメヌエットとゲームしたが、とりあえずメヌエットには新しい学校や親友に会わせて人生を謳歌させた。バッチグー』

 

 

 

優子「……ありがとうって素直に言える?」

 

アリア「なッ!? 余計なお世話よ優子!」

 

 

 

『多分、アリアに話したらグーが返って来そうなのでやめておく』

 

 

 

黒ウサギ「……アリアさん」

 

アリア「何よ!? 黒ウサギまで!?」

 

 

 

『チューが返って来たらいいなぁ(チラッ)』

 

 

 

真由美「するの?」

 

アリア「しないわよ!!」

 

 

 

『しないのか……』

 

 

 

アリア「何で会話に入って来ているのこれ!?」

 

黒ウサギ「アリアさんがそう答えると予想していたのでは?」

 

優子「アタシでも、少しだけできそうだわ」

 

真由美「不思議ね。私もよ」

 

 

 

『悲報 鬼に飲まれる』

 

 

 

優子「飲まれたの!? というか何この書き方!?」

 

黒ウサギ「ニュースで報道されませんよ!?」

 

 

 

『余裕で討ち破りました。あの時は死にそうでした』

 

 

 

アリア「だから矛盾してるわよ!」

 

真由美「一体どっちが真相なのかしら……?」

 

 

 

『その後シャーロックに拾われて、命を救われた。でも俺が寝ている間に人体実験するのは良くない』

 

 

 

アリア「お爺様!?」

 

優子「どうしてそんなに危ない出来事が起こるのかしら……」

 

黒ウサギ「黒ウサギも、不安ですよ……」

 

真由美「そうね……大樹君だからよ」

 

黒ウサギ「真由美さん。それを言えばいいってわけじゃ……」

 

 

 

『こうして、俺の血は豚だろうがキンジだろうが血液型を同じになってしまうことが分かった』

 

 

 

「「「「えええええェェェ!?」」」」

 

 

 

『ブヒイイイイイイイィィィ!!』

 

 

 

優子「だから何を書きたいのよ!?」

 

黒ウサギ「血の話はどうなったのですか!? 凄く気になるのですよ!?」

 

 

 

『また……催眠術に……』

 

 

 

アリア「ホント学習しないわね!?」

 

真由美「わざわざ日記に書くことかしら……」

 

 

 

『延珠ちゃんの蹴りは洒落にならない』

 

 

 

優子「命懸けじゃない!?」

 

黒ウサギ「それより子どもに何をさせているのですか!?」

 

 

 

『残念ながら俺に残ったのは快感ではなく、後悔と虚しさ。そして、怪我だけだった』

 

 

 

「「「「馬鹿ッ!?」」」」

 

 

 

『あぁ^~尻がジンジンするんじゃぁ^~』

 

 

 

優子「もう付き合っていられないわ……」

 

黒ウサギ「日記、半分以上残っていますよ……」

 

 

 

『もう書くの疲れた。ページ飛ばそ』

 

 

 

黒ウサギ「一気に無くなりました!?」

 

優子「勿体ないわよ!?」

 

 

 

『勝利。四十人だけで四百万人の戦争に勝った』

 

 

 

「「「「嘘ッ!?」」」」

 

 

とんでもないことが書かれていた。

 

 

 

『勝利。神の力が無くなっていても姫羅にボコボコにされる程度で済みました』

 

 

 

優子「負けてないかしら!?」

 

黒ウサギ「どれだけ怪我をしたのですか!?」

 

 

 

『まーた腕がもげちゃったよ』

 

 

 

アリア「重傷じゃない!?」

 

真由美「どうしてあるのかしら……ヒトデの仲間か何かなの?」

 

 

 

『とりあえず俺は姫羅を救うことができた。あの時はボロボロ泣いちまったけど、本当は最後まで顔を見ていたかった。例え許されない存在だとしても、許してくれる存在がいる。まぁ俺とか俺とか俺とか? だから、あのまま消えないで欲しかった。

でも約束は忘れない。この誓った約束、姫羅と赤鬼、邪黒鬼に恥じた姿を見せるわけにはいかない。これからも俺は、救い続ける』

 

 

 

優子「……立ち直れたのね」

 

黒ウサギ「姫羅さんが救われてよかったです」

 

アリア「救えなかったら風穴祭りよ……ちゃんと頑張ったのね」

 

真由美「ふふッ、さすが大樹君よ」

 

 

 

『その後は空を覆うUFOみたいなのを消したり、男に憑りついた何かを消しました』

 

 

 

優子「気になるわよ!」

 

黒ウサギ「もっと具体的に表現してください!」

 

 

 

『ら、ラ〇ュタは本当にあったんだ!』

 

 

 

アリア「もういいわよ!」

 

真由美「この日記を読むには諦めが大事だわ……」

 

 

 

『緋緋神の情報をゲット! これで解決策は……ねぇよ』

 

 

 

「「「「ないの!?」」」」

 

 

 

『確かにパイプを切れば緋緋神はアリアの体から出るかもしれない。だが、それでは意味が無い。一方的に突き放したところで、緋緋神は救われない。もしかしたらアリアも救えないのかもしれない。それだけは駄目なんだ』

 

 

 

優子「……しっかりと考えていたのね」

 

黒ウサギ「待ってください。黒ウサギはこのオチの———」

 

 

 

『例え服を脱がすことになったとしても、仕方ないよね』

 

 

 

黒ウサギ「———だと思いました!」

 

アリア「最低よ! 変態! 痴漢! 馬鹿! ゴミ!」

 

真由美「悪口が酷いけれど仕方ないとしか言えないわ……」

 

 

 

『もし駄目だったその先のアレをやってもいいよ………ねぇ?』

 

 

 

アリア「何させるつもりだったのよッ!!」

 

黒ウサギ「次のページが血だらけで解読できないのですよ……」

 

優子「鼻血なの……これ……?」

 

真由美「量が尋常じゃないわ……」

 

 

 

『こんにちは、いつもステキな高〇 純次です』

 

 

 

「「「「誰!?」」」」

 

 

 

『こうして元の世界に帰ることができたけどさぁ……どうなったか知ってる?』

 

 

 

黒ウサギ「何でムカつく書き方をするのですか!?」

 

アリア「確か翼が出せないとか言っていたわね」

 

 

 

『同じ沼にドボンだよ。笑えよベ〇ータ』

 

 

 

アリア「……笑いもしなければ同情もしないわ」

 

優子「厳しいわね」

 

 

 

『あ、ジュピターさん。ガストレアに襲われそうになっている。でも凄いカッコイイこと言ってる! 駄目だ! まだ助けちゃ……あッ……それは……カッコイイいいいいいいィィィ!!!』

 

 

 

真由美「すぐ助けなかったのね……」

 

黒ウサギ「もし怪我をしていたら許せませんッ」

 

 

 

『ジュピターさん死亡のお知らせ』

 

 

 

「「「「死んだッ!?」」」」

 

 

 

『嘘でーすッ☆』

 

 

 

優子「……さすがに慣れたわね」

 

黒ウサギ「ですが、この怒りは消えません」

 

 

大樹死亡、確定。

 

 

 

『ジュピターさんの後はアリア。緋緋神もしっかりと救った。残る問題は山積みだったが、今日で終了させた。聖天子のところに遊びに行くか』

 

 

 

優子「あら? もう昨日のことを書いているの?」

 

黒ウサギ「結構飛ばしましたから」

 

アリア「今日のことで最後みたいね」

 

真由美「長かったわね」

 

 

 

『邪黒鬼のこと、これからどうしようか? まだ嫁たちに話すタイミングが分からない』

 

 

 

———以上、大樹の日記はここで終わっていた。

 

※台本形式、ご愛読感謝の極みです。

 

書いてあることは半分理解、半分不可解な嫁たち。彼女たちは考える。

 

 

「鬼のことよね?」

 

 

「YES! 黒ウサギと優子さんの考えていることは同じかと」

 

 

「日記には何も書かれていなかったわね。その姫羅と一緒に消えたのかしら?」

 

 

「でも『これからどうするか』って書いてあるから生きているのじゃないかしら?」

 

 

うーんっと悩む四人。その時、扉から小さな一匹の黒い犬が入って来た。

 

三日前、大樹が拾って来た子犬だった。真っ黒な毛並みに少し鋭い目つきをしている。賢そうな犬に見えた。

 

しかし、子どもたちどころか嫁にも懐かない。大樹と一緒にいることが多い不思議な犬だった。何故あのような変態に懐くのか……理解できない。

 

 

「何か……見下しているようで気にくわないわね……」

 

 

『そいつは悪かったな。だが見下しているじゃない。観察しているんだ』

 

 

「「「「ッ!?」」」」

 

 

アリアの言葉に子犬が返した。男の声のような響きに、普通じゃないとすぐに分かる。

 

 

「大樹の仕業ね! まだ反省していないのね!」

 

 

『い、いやアイツは関係ない……とは言えないが、もういい。お前たちは俺のことを知っているだろ?』

 

 

アリアの発言に訂正を加えようとするが、子犬は諦めてしまった。

 

 

「まさか……邪黒鬼ですか!?」

 

 

『ああ、そうだ』

 

 

「「「「えぇ!?」」」」

 

 

黒ウサギの答えを肯定した。『鬼』のイメージじゃないどころの話ではない。『犬』だ。

 

 

「はぁ……土が服の中に入ってる———何で俺の部屋にいるんだ?」

 

 

ちょうど土の中から這い上がって来た大樹が帰って来た。汚れているが無傷である。

 

 

「って俺の日記!? 隠していたのに何で!?」

 

 

『俺が出した』

 

 

「テメェかジャコ! しばくぞ!?」

 

 

『その名前はやめろと言っているだろ!』

 

 

「うるせぇジャコ! ジャコ! ジャコ! 雑魚! ジャコ!」

 

 

『どさくさ紛れて悪口を言うな!』

 

 

ガブッ!!

 

 

「痛ッ!? 噛むなクソ犬!!」

 

 

『食いちぎってやる!!』

 

 

「お? やってみろよ? その牙、へし折ってやる」

 

 

「……あのー、大樹さん。その犬が鬼なのは本当なのですか?」

 

 

黒ウサギが争う二人に慎重に問いかける。大樹は喧嘩しながら答える。

 

 

「ああそうだよ! 邪黒鬼だ! 今はクソまぬけドブ犬だけどな!」

 

 

『【魔炎(まえん)双走炎焔(そうそうえんえん)】!!』

 

 

「やめろおおおおおォォォ!? 教会燃やす気か!?」

 

 

必死に両手で犬の口を抑える大樹。黒ウサギは呆れてしまい、これ以上の追及をやめてしまった。

 

 

『何故こんな姿になった!?』

 

 

「知るかッ! 俺は巻物に力を少し流しただけだ! あとはお前がやったんだから知っているだろ!?」

 

 

『なら問おう! 動物は何が好きか!』

 

 

「嫁」

 

 

『動物と言っているだろ!!』

 

 

「犬だけど?」

 

 

『それが原因だ! お前の好みがこちらに反映された! 意志の力を巻物に魔法回路に注いだせいでな!』

 

 

「へぇー、あっそ」

 

 

『【魔炎(まえん)双走炎焔(そうそうえんえん)】!!』

 

 

「やめろって言ってんだろうがああああああァァァ!!」

 

 

「ストップ!」

 

 

ピタッと大樹と邪黒鬼———ジャコの動きが止まる。声を出したのは真由美。

 

 

「これ以上の喧嘩はダメよ。仲良くしたのなら、これからも仲良くしなさい」

 

 

「無茶言うな真由美。コイツと俺は犬猿の———」

 

 

『冗談でも言うな小娘。コイツと仲良くなど———』

 

 

「できるわよね?」

 

 

「あ、はい」

『あ、はい』

 

 

「弱ッ!?」

 

 

真由美の威圧の声に大樹とジャコは仲良く震えながら抱き合う。優子は驚愕するしかなかった。

 

 

「大樹さん……」

 

 

「な、何だ黒ウサギ? もうジャコとは仲良くしているぞ? もう愛し合っていると言っても過言じゃない」

 

 

『気持ち悪いことを言うな』

 

 

「好きな動物は……ウサギじゃないんですか?」

 

 

(((((え? そこ?)))))

 

 

「うん、犬」

 

 

(((((えッ!?)))))

 

 

ビックリだった。大樹がウサギより犬の方が好きだと言ったからだ。大樹ならウサギとすぐに乗り換えてもおかしくないと思っていたが……。

 

 

「ど、どうして……」

 

 

「だけど黒ウサギ。よく聞け」

 

 

大樹は黒ウサギの手を握り、微笑む。

 

 

「バニーガールは、超好きだ」

 

 

(((((あ、大樹だ)))))

 

 

おかえり、大樹(変態)

 

 

「でも、今はウサ耳がないから———」

 

 

「あ、アリア!」

 

 

アリアの失言は、止めることはできなかった。

 

 

ズーン……

 

 

黒ウサギは黒い負のオーラを出しながら落ち込んだ。

 

 

「あちゃー、またか……」

 

 

「……ゴメン」

 

 

「素直に謝るアリア。逆に良いな」

 

 

「あんたは一度脳に風穴を開けなさい」

 

 

「ほほう? 俺には切り札がある。人の日記を勝手に見ていいのかな?」

 

 

「そうね。このことを水に流して欲しかったら、土下座しなさい」

 

 

「あれ? 何で俺が逆境に立たされているんだ?」

 

 

「だ、大樹君……黒ウサギ黒ウサギ」

 

 

ハッと優子に言われて気付く。大樹は黒ウサギをベッドに座らせて励ましの言葉をかける。

 

 

「大丈夫だ黒ウサギ! 俺が何とかしてみせる! 多分!」

 

 

「最後余計よ!」

 

 

だって原因が全く分からないもん。どうしようか本気で悩んでいる。

 

 

『……いや、そこの女は原因を知っているはずだ』

 

 

「……………」

 

 

ジャコの言葉に黒ウサギは何も返さない。俺はジャコの襟首の毛を掴み、

 

 

「うるせぇ」

 

 

ゴオォッ!!

 

 

『キャンッ!?』

 

 

そのまま窓から放り出した。音速で。

 

 

「「「「えぇ!?」」」」

 

 

「どんな理由があっても黒ウサギが言いたくないなら俺は聞かねぇし、聞く必要も無い」

 

 

俺は黒ウサギの頭の上にそっと手を置き、優しく撫でる。

 

 

「信頼しているからな」

 

 

「大樹さん……!」

 

 

黒ウサギは頬を赤く染めて目を瞑る。

 

 

「……大樹さん。黒ウサギのことは———」

 

 

「安心しろ。嫌いになるわけがない」

 

 

「———そうですね。黒ウサギに、言わせてください」

 

 

「ああ、言っていいぞ」

 

 

黒ウサギは大樹の手を握り、自分の頬に置く。俺は抵抗せず、黒ウサギの頬に手を置くことを許容する。

 

———黒ウサギの話をまとめるとこうだ。

 

叙事詩・マハーバーラにて英傑カルナに軍神インドラが課した試練(ゲーム)

 

太陽神の息子であるカルナは不死不滅の恩恵(ギフト)を得た。太陽の鎧を着て生を受けた力は強大だが、引き換えに彼の肌は鎧と一体化。つまり脱ぐことが不可能になってしまった。

 

そしてこの鎧を欲する神が現れた。そう、軍神インドラだ。

 

インドラは彼が己に課した制約を利用し、身分を隠しながら太陽の鎧を寄越せとカルナに命を下す。当然カルナは拒否した。

 

しかしカルナは相手が軍神だと知ると、不死不滅の鎧を渡すことを決意。だが肌と一体化したこの鎧を渡すことは、『覚悟』が必要だった。

 

 

 

 

 

———カルナは、全身の生皮をナイフで剥ぎ取った。

 

 

 

 

 

こうして剥ぎ取った生皮———不死不滅の鎧を軍神インドラに捧げた。

 

その献身に心を打たれたのが帝釈天(たいしゃくてん)様が、一度限りの必勝の槍を授ける。それが———黒ウサギの持った必勝の槍である。太陽の鎧も黒ウサギの恩恵だ。

 

 

「———そして圧倒的な力には、それ相応の対価を支払う必要がございます」

 

 

「……それが今の状態に関係しているのか」

 

 

一度の戦いで槍と鎧を同時に使った場合———英傑カルナと同様、それ以上のペナルティを与えられるのだ。

 

 

「神の力を甘く見ていました。まさか同時に二個も恩恵を使っておいて、この大怪我です」

 

 

「黒ウサギの判断は間違っていねぇ。あの時、槍と鎧を使わなかったら死者は絶対に出ていた」

 

 

「……ですが神気を失い霊格が保たれている状況は不安定です。あの時は最悪、消滅してもおかしくなかったです」

 

 

消滅という言葉に全員が息を飲む。黒ウサギは無理して笑うが、その笑顔は心を痛めるモノだった。

 

 

「絶対にさせねぇよ」

 

 

だが、大樹は違う。彼の瞳には何が何でも黒ウサギを傷つけさせない絶対の闘志が燃えていた。

 

 

「軍神だろうが英傑だろうが知ったことじゃねぇ。神を倒してでも、その(ことわり)をぶっ壊す」

 

 

「大樹、さん……!」

 

 

「今まで見て来ているから分かるだろ? 嘘じゃねぇ、本気だ俺は」

 

 

黒ウサギは目に涙を溜めて、泣きそうな表情で大樹の顔を見る。大樹は笑い、指でこぼれた涙を拭き取る。

 

 

「まぁだから……何だ? その、な……あ、安心しろ……」

 

 

急に照れ臭くなった大樹は視線を逸らしながら言葉を掛ける。それがおかしかったのか、女の子たちはみんな笑いだした。

 

 

「わ、笑うなよ……」

 

 

「ご、ごめんなさい……ちょっと馬鹿みたいだったから……!」

 

 

「優子の言葉、超傷付く」

 

 

「大樹さん……お願いがあります」

 

 

黒ウサギは赤い目を擦りながら大樹を見る。俺は微笑みながら聞く。

 

 

「おう、何だ?」

 

 

「黒ウサギは我慢しました。大樹さんがいない間、とても寂しかったです」

 

 

いつもの調子で喋りだす黒ウサギに安心できるが、言葉が不安。

 

 

「お、おう……俺もだ」

 

 

「ですから、黒ウサギに何かしてください」

 

 

「な、何を……」

 

 

「抱き締めるのは当然ですが、他に何かしてください」

 

 

「他にか……愛の言葉をささやくとか?」(抱き締めるでもハードル高いわ……)

 

 

「大樹さんの言葉は軽いので却下です」

 

 

軽いんだ。俺の言葉。いつも好きとか連呼してるからな。駄目だな俺。

 

いや、本気で何すればいいのか分からないぞ? 何だ? 抱きながらお尻を触るとか? 変態じゃねぇか馬鹿。

 

 

「わー、大樹君が何をするのか楽しみねー」

 

 

優子の棒読みが怖い。

 

 

「風穴」

 

 

二文字でここまで恐怖するのは初めてだな。さすがアリア。

 

 

「風穴♪」

 

 

真由美のは狂気を感じた。

 

 

「せ、せやな……言葉じゃ駄目?」

 

 

「行動で、示してください……」

 

 

顔真っ赤にしてまで言うセリフなのか……まじハードルが高跳びだわ。

 

だが、俺を甘く見たな黒ウサギ。この最強の童貞、逃げる一手はない。

 

 

「黒ウサギ」

 

 

「ッ!?」

 

 

低い声で名前を呼び、黒ウサギを抱き締める。右手は黒ウサギの腰の後ろに回し、左手は黒ウサギのすべすべの顎をクイっと上に動かす。

 

それだけで黒ウサギはパクパクと口を開け閉めを繰り返し、顔は沸騰しそうなくらい真っ赤だ。

 

 

「悪い子には、お仕置きが必要か?」

 

 

俺キメエエエエエエエェェェ!!!

 

いや、誰の真似かって? キンジだよ。ヒスった時の。いやぁ、似合わないな俺。というかキモイ。むしろキモイ。

 

 

「はうぅ……!」

 

 

あれ? 効果あるのか……嘘やん……。

 

……はい、続行。

 

 

「ふぅ」

 

 

「ひゃうッ!?」

 

 

黒ウサギの耳に優しく息を吹きかける。ビクッと体を震えさせて、黒ウサギは俺の肩に頭を置いて身を預ける。

 

 

「それで、本当に行動でいいのか?」

 

 

「や……駄目です大樹さん……」

 

 

「何を言ってる? 大樹様だろ?」

 

 

だーかーらー、何を言っているの俺!? 歯止めが効かないよ!

 

 

「だ、大樹……様……」

 

 

言っちゃったよ……! これはもう乗るしかねぇ。

 

 

「良い子だ……ご褒美は何が欲しいんだ、仔猫ちゃん?」

 

 

「うぅ……!」

 

 

黒ウサギは俺の服をギュッと強く掴みながら顔を隠す。マジ可愛いんだけど。

 

だが、そろそろ時間だ。

 

 

 

 

 

「———満足です」

 

 

 

 

 

「そう、死になさい」

 

 

 

 

 

我が生涯に、一片の悔い無し。

 

 

 

 

 





台本形式だった場面は申し訳ないです。手抜きです。申し訳ないです。

ギャグを入れ過ぎた結果こうなりました。ですが、たまには話が全く進まない話もいいかと思ったので(番外編の存在を一時的に忘却)

あと一話だけですね。ブラック・ブレット編は終わりです。悲しい。ロリ王国が……女の子が……ツルペタ幼女が……。

次回、ブラック・ブレット編は最終回。この物語は、まだ終わらない。


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思いを託して彼らは最後へ

あけましておめでとうございます!今年もよろしくお願いします!

というわけで初っ端からぶっ飛ばしますね!物理的に次々とぶっ飛ばします!

ちなみに今年の私の抱負は『終える』を掲げています。何事にも、しっかりと終わらせることを目標にしています。


「【紅椿(あかつばき)】」

 

 

ゴオオオオオォォォ!!

 

 

轟々と赤い炎柱が空に向かって燃え上がる。周りの木々を燃やし尽くしながら黒い煙を爆散させた。

 

中心にいたガストレアの大群は絶命。死骸は塵一つ残らなかった。

 

 

「……おい」

 

 

「……何だ」

 

 

その光景を高い丘の上から見ていたジュピターさんは蓮太郎の肩をゆすりながら尋ねる。

 

 

「あれは人間か?」

 

 

「大樹だ」

 

 

「……そうだな。悪い。変なことを聞いた」

 

 

「気にするな。よくあることだ」

 

 

会話がおかしいようでおかしくない。不思議な話である。

 

今の獄炎で大群のガストレアが全滅。その瞬間、また人類の勝利である。

 

 

———こうして、東京エリアは千葉県を完全奪還。エリア拡大に成功した。

 

 

「「……………はぁ」」

 

 

二人は溜め息をついた。

 

俺たち、何もやっていないっと呟きながら。

 

 

 

________________________

 

 

 

「「「「「乾杯」」」」」

 

 

嬉しそうな声では無い。微塵も嬉しいと思わない。ガストレアを討伐しに来たプロモーターやイニシエーターが、グラスを上に掲げて無機質な声を出した。士気が低い理由は当然、大樹が一人で終わらせてしまったからだ。

 

千葉県の拠点。古びた体育館を綺麗にした会場だ。部屋は広く、拠点にするには良い場所だった。

 

 

「何だお前ら? 不満か?」

 

 

「いや不満と言うか何というか……やりきれないというか……」

 

 

蓮太郎の口に出した言葉は全員が頷くほど同意できる解答だった。

 

 

「なるほど。ガストレアを倒せなかったことに不満があると」

 

 

「まぁ……そう言うことになるな」

 

 

「分かった。じゃあ俺が連れて来てやるよ」

 

 

「は? まさかガストレアを!?」

 

 

「馬鹿違ぇよ!」

 

 

「だよな……本当だった正気を疑———」

 

 

 

 

 

「ゾディアックガストレアに決まっているだろ」

 

 

 

 

 

「———狂気だったッ!!」

 

 

蓮太郎が顔を悪くしながら怒鳴る。周りにいた人たちは急いで逃げる準備をしていた。

 

 

「冗談だ」

 

 

「お前の冗談はマジで洒落にならないからやめろ!」

 

 

「断る」

 

 

「クソがッ!!」

 

 

「荒ぶってんなおい」

 

 

大樹は平常運転。特に何もすることなく、ただひたすらゲームに没頭。ティガ〇ックスがタオル一枚の男にボコボコにされていた。

 

 

ガギンッ!!

 

 

金属音が響く。大樹はゲームを片手で持ったまま、一瞬で刀を出現させて上からの斬撃を防いだ。

 

斬撃を繰り出した男は、舌打ちをする。

 

 

「チッ、仕留めそこねたか」

 

 

「落ち着け将監。そんな攻撃だとかすり傷もできねぇよ」

 

 

ドゴンッ!

 

 

「「あッ」」

 

 

攻撃を食らったゲーム音が流れる。画面には『力尽きました』のメッセージが出ている。

 

敵の突進を食らい、一撃でHPを全損させていた。

 

 

「……いい度胸だ将監。お前も力尽きさせてやるよ」

 

 

———この日、将監に過酷な試練が突きつけられるが、更に序列を上げるきっかけになった。

 

 

 

________________________

 

 

 

 

———ガストレアと戦争をしてから一ヶ月の月日が流れた。

 

東京エリアは大樹が来る前。というかガストレアという生物が生まれるより前より発展を遂げていた。

 

農作物には困らず、なんと千葉県で人口的に魚を養殖して、市場などが開かれるようになった。このことに他のエリアの人々も驚愕。お偉い様方が尋ねては悪巧みをしようとするが、大樹の手によって簡単に潰される。

 

そんな大樹は、今、ご飯を教会の子どもたちとみんなで食べていた。だが!

 

 

「……………」

 

 

俺は、汗をダラダラ流す。

 

食べているものは美味しいよ? だってマグロの焼きそばだもん。めっちゃうめぇ。大好き。作った奴は天才だな! 自画自賛、乙。

 

 

「大樹さん?」

 

 

ティナは首を傾げながら俺を()()()()。ティナ。お前が原因なんだぞ?

 

 

「ん~! やっぱり美味しいわね!」

 

 

ふにゅーっと幸せそうな笑みを浮かべながら俺の隣でももまんを食べるアリア。7個目なんだけど、大丈夫か?

 

だが右隣りに座ったアリアはまだ大丈夫。問題はティナが左隣に座っていないことだ。左隣に座っているのは黒ウサギだからだ。

 

 

「……………」

 

 

無言怖いわ! どうしてそんな目で俺を見るの!?

 

そうだよ! ティナが俺の膝の上に座っているから問題なんだろ!? 知ってるよ!

 

 

「「……………」」

 

 

優子と真由美も無言だよ! そんなに見られると体に穴が開いちゃうよ!

 

まぁ俺はもう食い終わったし、別にモン〇ンしかすることないから問題ないんだよ(軽く中毒)。俺はね。

 

だけど問題あるみたいですよ。嫁たちには。

 

 

「……うん、何にもない。大丈夫だぞティナ」

 

 

俺はティナの頭を撫でて微笑む。黒ウサギは黒いオーラを出しながら不機嫌そうに頬を膨らませて俺を睨む。真由美と優子はジト目で俺を睨んでいる。アリアはももまんに夢中。

 

子どもたちは「修羅場だよ修羅場!」と騒いでいる。うるせぇよ。こんなこと、日常茶飯事なんだよ。

 

 

「癒しだわ……ティナたん、癒しだわ」

 

 

「キモイこと言ってんじゃないわよ。警察に突き出すわよ」

 

 

「アリアたん、カワユス」

 

 

「風穴」

 

 

グリグリと銃口が頬に押し付けられるが俺は無視してティナとアリアを見て和む。心が清らかになりますわよ!

 

 

「別にいいじゃねぇか。減るモノでもないし」

 

 

「ティナが減ったら事件よ。減るとかの問題じゃないわよ」

 

 

まぁアリアが言いたいことは分かる。でも、今の俺はティナを見て和みたいし、アリアの幸せそうな表情を見ていたい。

 

 

「おかわりよ大樹」

 

 

「ちゅーしたらあげるけど?」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

顔を真っ赤にしたアリアが大樹の顔面に向かって射撃。しかし大樹は歯で噛んで止めた。

 

 

「ハッハッハ、今持って来るよ」

 

 

「何事もなかったかのような言い方、しないでほしいわ……」

 

 

アリアが引いているが知らない。気にしたら負けだと思いますから。

 

 

「ティナ。ちょっとどいてくれ」

 

 

「……仕方ないですね」

 

 

ティナを膝の上から降ろして立ち上がる。作って置いたももまんを取りに行き、アリアの前に出した。

 

 

「ほい」

 

 

「さすが大樹ね。褒めてあげるわ」

 

 

アリアはまたふみゅーっと幸せそうな表情でももまんを食べ始める。おふう、可愛い。

 

 

「……ちょっと大樹君。私たちのこと、忘れていないかしら?」

 

 

「忘れるわけがないだろ。どうした?」

 

 

「……分かるでしょ」

 

 

「……ああ、分かる」

 

 

俺は真由美の隣に座り、手を広げた。

 

 

「膝の上に座りたいんだろ?」

 

 

「違うわよ!? 捉え方が斜め上過ぎるわ!」

 

 

違うのか。

 

 

「いい? 大樹君は私の夫なのよ? もっと自覚を持って妻を優しく———」

 

 

やめろやめてやめてください。女の子たちからすんごい睨まれているから。

 

 

「優しくって言ってもなぁ……もうエロいことしか———」

 

 

「大樹君?」

 

 

「———ごめんなさいごめんなさい。変態でごめんなさい」

 

 

真由美はこほんっと咳払いをした後、頬を少しだけ朱色に染めて小さな声で尋ねる。

 

 

「……大樹君は、その……そういうことが、どうしてもしたいのかしら?」

 

 

「—————ゑ?」

 

 

え? これなんてエロゲ? いいの? ぱいタッチ、OKなの?

 

 

「大樹君。アタシは許さないから」

 

 

「大丈夫だ優子! 俺は胸の大きさなんか気に———」

 

 

「嫌い」

 

 

「———ごめんなさあああああああああいッ!!!」

 

 

超音速で土下座を繰り出し、優子に謝る。優子は腕を組んで怒っていた。

 

すぐに優子の説教が始まり俺は涙目で正座をしながら反省。いや、猛省していた。

 

 

ピピピピピッ

 

 

優子の説教中、俺の携帯端末が鳴り響いた。優子に「出てもよろしいでしょうか?」とアイコンタクトを送ると、「少しだけよ」っと目で伝えて来た。あざーっす。

 

 

「もしもし」

 

 

『ただいま』

 

 

ああ、そう言えばそうだったな。

 

 

「すまん原田。お前の存在、忘れてた」

 

 

『酷くねぇか!?』

 

 

「それより色金は持って来たのか?」

 

 

『うッ……それがだな』

 

 

「大丈夫だ。原田」

 

 

俺はフッと微笑み、告げる。

 

 

「もう一回行けばいい」

 

 

『行かせるなよ!?』

 

 

「じゃあ帰ってくんな」

 

 

『悪化してる!』

 

 

 

ある程度原田をいじり終わり、来る場所と時間を指定された。どうしようかなぁ? 行かなくてもいいよね? ダメか。

 

 

「飯食ったらそっちに行くわ」

 

 

『はぁ!? 俺も食いたいわ!』

 

 

「美少女になって出直して来い」

 

 

『不可能じゃん!?』

 

 

一方的に通話を終了させるが、原田が何度もかけて来たので電源を落とした。ご飯はコンビニで済ませてくださいね。

 

 

「アリア。残念なことに原田が帰って来た」

 

 

「どこが残念なのか分からないけど……分かったわ」

 

 

皆様は残念な部分がお分かりですよね?

 

 

「大樹君、説教の途中よ」

 

 

「あ、はい」

 

 

 

 

________________________

 

 

 

 

 

「あんなことを言っておいて、飯を作って来てくれるお前はツンデレか」

 

 

「ぶっ飛ばすぞ」

 

 

原田はガツガツとネギトロ丼を勢い良く食べる。いい食べっぷりに免じて許してやろう。あれ? やっぱりツンデレなの俺?

 

教会から徒歩1時間。車で10分。大樹なら5秒で来れる平地が広がる外周区に来ていた。俺なら北海道まで10分もかからねぇだろ。多分。

 

平地には大きな緋色の原石があった。笠をイメージするような形。UFOの形にも似ているな。

 

アリアはその原石に触れて目を閉じている。集中力を高めているのだろう。

 

それと場違いな高級車が一台。黒色のクラシックカーが停まっていた。

 

 

「何アレ?」

 

 

「瑠々色金。塗装で隠してあるんだよ。ジーサードが言ってた」

 

 

もう仲良くなったのかお前ら。凄いコミュ力だな。

 

それにしても……車にして隠すとは頭良いな。これならいざという時に逃げれるし、誰も気付かないだろうな。見分けるなら超能力者(ステルス)じゃないと難しい。

 

 

「それにしても英雄とはなぁ……どんだけ凄いことをしてんだよ」

 

 

「……………は?」

 

 

原田の言葉に俺は目が点になった。

 

 

「英雄? 国際指名手配犯じゃなくて?」

 

 

「何したんだお前……」

 

 

「ど、どういうことだよ!? 俺はただ40人で400万人の敵に勝っただけだぞ!?」

 

 

「十分英雄と言われてもおかしいと分からない? 言ってて分からないのかお前?」

 

 

「ち、違うんだよ! 俺はその戦争を引き起こした主犯格として———」

 

 

「何だ知ってるじゃねぇかよ。お前が主犯格として———」

 

 

嫌な予感は、よく当たる方です。

 

 

 

 

 

「———罪を被って戦争を起こさせないように、世界を守った英雄だからな!」

 

 

 

 

 

「何が起きたああああああァァァ!?」

 

 

話の跳躍や飛躍レベルではない。ロケットが発射されるレベルのぶっ飛び具合だった。

 

 

「ワカラナイ……オレハ、ナニヲ、ヤッテ、イルンダ……」

 

 

「何で落ち込むんだよお前……」

 

 

ボク、オウチ、カエル。

 

 

「それよりお前、金色金はどうした」

 

 

「……………」

 

 

質問をした瞬間、原田の目が死んだ。無言でポケットから金色の欠片を取り出す。

 

 

「金色金」

 

 

「ちっさ!?」

 

 

「全部は無理だったんだよ! そもそも宇宙にあるとか聞いてねぇよ!」

 

 

「宇宙まで行ったのか?」

 

 

「行ったよ!」

 

 

「行ったのかよ!?」

 

 

お前も俺と同じだ! 人外! 人外! 人外!

 

 

「そっちは終わったのか? バラバラになった金色金の回収はしたのか?」

 

 

「もうその話はやめてくれぇ!!!」

 

 

「えええええェェェ!?」

 

 

嫌な事件だった。色金を回収するだけなのに……うぐッ! 思い出しただけも吐き気が!

 

 

「回収はした。ちゃんとしたから二度とその話題を出すな!」

 

 

「す、すまん……何で怒られているんだ俺……」

 

 

キュイイイイン……!!

 

 

「「!?」」

 

 

突如、緋色の原石が輝き始めた。その光の強さは目を閉じてしまうほど。

 

 

「目がッ!? 目があああああァァァ!?」

 

 

「お決まりのように言ってんじゃねぇよ!」

 

 

俺のおふざけにキレる若者(原田)。怖いわー。

 

光は次第に弱まり、落ち着いた輝きまで収まった。

 

 

「どうだったアリア?」

 

 

「……会わせてくれ」

 

 

「ッ……緋緋神か。待ってろ、会わせてやる」

 

 

雰囲気が違くなったことにすぐに気付く。どうやら意識を緋緋神に渡したらしい。

 

ポケットから苦労して集めた金色金を取り出す。バラバラになった破片を熱で合成した野球ボールと同じ大きさの金色の球体。

 

 

「ゴールデンボール。つまり金t———」

 

 

「———言わせねぇよ!?」

 

 

ボゴッと横から原田に殴られる。痛いです。

 

原田の持って来た色金の破片と俺の持った色金が輝き出す。まるで緋緋神に答えるかのように何度も瞬いた。

 

 

「—————」

 

 

目をそっと閉じて精神を集中させる。緋色の髪が神々しく緋色に光り出し、辺りを緋色に染めた。

 

 

「これが色金の力なのか……」

 

 

「金色金は地球の衛生軌道に粒子を周回させて地球に、人類に力を貸している本当の神のような存在だ。大昔に造られた古墳やピラミッドを作ったのはその粒子を受け取る為の受信機。人間たちに力を与えていたんだ」

 

 

「凄い歴史を知ってしまったな……」

 

 

その粒子は緋緋神たちを守る為に放出しているんだろうな。親が子を思うのは当然。見放すわけがない。

 

 

「二千年も会えなかったそうだ。そりゃ当時子どもだったアイツなら捻くれるわ。通り越してアレなんだろうけど」

 

 

「あー、それは可哀想だな」

 

 

「ずっと寂しかったんだろ。俺には見える。現在進行形で親に甘えている緋緋神の姿が」

 

 

「……俺にも見えるな」

 

 

緋色の光と金色の光が混じり合い、心地よい輝く気が目の保養になる。

 

そんな絶景を楽しんでいると、後ろからティナが驚いた表情で歩いて来た。

 

 

「大樹さん……これは……!」

 

 

「親と娘の再会だ。ティナ、あの車に触れてくれ」

 

 

原田から短剣を借りて車の表面に塗られたメッキを削り落とす。削れた場所にティナは手を触れて意識を手放した。

 

 

「おっと」

 

 

「……ありがとうございます。この御恩は、一生忘れません」

 

 

ティナではない。瑠々神の意識に切り替わったんだ。

 

 

「別に。そんな大層なことはやってねぇよ」

 

 

「あなたはとても素晴らしい人です。優しく、誰にでも手を差し伸べるのは———」

 

 

「あーあーあー! やめろやめろ! かゆい!」

 

 

「大樹が照れてる。誰得だよ」

 

 

あとで原田はしばく。

 

 

「ですが、お別れの時です」

 

 

「……やっぱりそうなるか」

 

 

「私たちがいなくなると星のバランスが崩れてしまいます。それにリリを一人にするわけにはいきません」

 

 

「気に病むことはねぇよ。アリアもティナも、覚悟していることだ」

 

 

一緒に来ることはできない。二人にはショックな出来事だろうな。

 

せっかく仲良くできたが、ここでお別れか。

 

 

「ですが、私たちはあなた方を『最後の希望』として託します」

 

 

カッ!!

 

 

突如原石たちが神々しく輝き始めた。

 

 

「な、何だこれ!?」

 

 

「目が———」

 

 

「その下りはもういいだろ!?」

 

 

「バルス!!」

 

 

「うぜぇ!!」

 

 

バリンッ!!

 

 

緋緋色金の原石にヒビが入る。その光景に酷く驚いてしまうが、アリア———緋緋神は冷静だった。

 

ティナ———瑠々神も同じく冷静に瑠々色金にヒビが入るのを冷静に見ていた。

 

 

「これがアタシに出来る最後の仕事だ」

 

 

「受け取ってください。私たちの希望を」

 

 

キュウイイイイイィン!!

 

 

最後に金色金の金色の光が原石たちを、アリアとティナを包み込んだ。風が一帯に吹き荒れ飛ばされそうになる。

 

 

「な、何が起きているんだ!?」

 

 

「今日は……風が騒がしいな……」

 

 

「でも少し……この風……泣いていますってやかましいわ!」

 

 

ついにネタに乗って来やがったぞこいつ。

 

 

「お前この状況でよくふざけていられるな!?」

 

 

「平常運転だろ?」

 

 

「イエスとしか答えれねぇ!」

 

 

ゴオッ!!

 

 

「「ッ!」」

 

 

風が止まり、緋緋神とティナがその場に倒れようとする。

 

 

「「ッ!」」

 

 

音速でアリアに近づき、体を受け止める。原田はティナの体を受け止めた。

 

 

ドゴッ!!

 

 

そしてアリアを抱えたまま原田を蹴り飛ばしてティナも一緒に抱き寄せる。

 

 

「何でッ!?」

 

 

原田はそのまま遠くに転がり瓦礫に突っ込む。素晴らしいくらい気持ちが良い蹴りでした。

 

 

「……気を失っているだけか」

 

 

『―――――』

 

 

「ッ!」

 

 

頭の中に声が響いた。

 

日本語でもなければ人間が理解できる言葉でもない声。しかし、俺には分かった。

 

『ありがとう』の一言だと。

 

 

「金色金……」

 

 

原石たちは輝きを失い、役目を終えたかのように静かになった。

 

 

________________________

 

 

 

「「ぅんッ……」」

 

 

アリアとティナは同時に意識を取り戻した。

 

気が付けば教会の長椅子に座って眠っており、大樹に身を預けて寝ていた。右隣りにアリア。左隣にティナ。

 

 

「うぅ……インドラの槍がぁ……魔法がぁ……」

 

 

間で寝ている大樹は悪夢にうなされている。こんな時でも嫁に怒られるようなことをしたのだろう。

 

 

「……起きたのね」

 

 

「アリアさんも、同じですか」

 

 

「ええ、緋緋神にお別れを言ったわ」

 

 

結論から言うと、緋緋神と瑠々神、その母である金色金たちはこの世界から姿を消した。

 

消したと言うのは意識であって存在ではない。それに消したというより一時的に眠ったという方が正しいのだろう。

 

莫大な力を放出した色金たちは力を蓄えるために大人しくしたのだ。残念ながら意識が目覚めるのはいつになるのか分からない。

 

 

「ちゃんと……使えるわね」

 

 

「……はい」

 

 

アリアの髪が緋色に輝き、ティナの瞳が蒼色に光る。

 

そう、力は失っていない。色金たちは最後の力を振り絞り、彼女たちに力を託したのだ。

 

アリアはこれからも緋緋神の力を使える。ティナも瑠々神の力を使える。

 

あの暴風が吹き荒れる中、彼女たちは最後に、互いに誓い合った。

 

 

「馬鹿よ……せっかく会えたのに……大馬鹿よ……!」

 

 

「ッ……!」

 

 

アリアは大樹の腕を抱き寄せて顔を隠した。ティナも涙を堪えるがポロポロと落ちてしまう。

 

 

「やっぱり、アイツらは無茶したのか」

 

 

「「ッ!」」

 

 

大樹の声にビクッと驚く二人。大樹は涙を流す二人を抱き寄せて頭を撫でた。

 

 

「安心しろ。これが最後なわけあるかよ。いつでも俺が叩き起こしてやるから」

 

 

「……緋緋神たちは?」

 

 

「原田が戻してくれている。今度は早く帰って来れるそうだ」

 

 

「大樹さん、私は……!」

 

 

「重く捉えるな。アイツらは、お前らを悲しませるために託したんじゃない」

 

 

大樹は微笑みながら告げる。

 

 

「大切な人を守る為に託したんだ。アイツらは、二人が大事なんだよ」

 

 

その言葉にアリアはさらにギュッと力を入れて服を掴んだ。ティナは大樹に抱き付いて静かに泣いた。

 

短い期間だろうが関係ない。彼女たちは短い間で本当に仲良くなったんだ。

 

こうやって涙を流すくらい、大切な人だったんだ。

 

大樹は二人が泣き止むまで、ずっとそばに居続けた。

 

 

 

________________________

 

 

 

東京エリアには最大の問題が残っていた。

 

東京エリアと言うより、これはもう天童 木更の問題。天童家の汚点だと言える。

 

大樹はあえて触れなかった。そのことに木更は感謝し、その期待に応えようと誓う。

 

 

「……来たみたいだぞ」

 

 

大樹の言葉に正座していた木更は目を開ける。大樹の隣にいた蓮太郎と彰磨が息を飲む。

 

障子戸が横にスライドすると、そこにはスーツ姿の男が立っていた。

 

長い髪を後ろに束ね、眼鏡を掛けた男は木更を見て険悪な表情をした。

 

 

「木更……!」

 

 

「ようこそ、和光(かずみつ)お兄様。いえ、国土交通省副大臣様とお呼びした方がよかったでしょうか?」

 

 

木更の手元にある『殺人刀(せつにんとう)雪影(ゆきかげ)』がカチャリと音を立てる。天童 和光は不用意に妹に近づこうとしなかった。

 

 

「ッ……お前らまでいるのか」

 

 

蓮太郎と彰磨を見た和光は驚愕するが、すぐに大樹の存在に気付き、息を飲む。

 

 

「貴様ッ……!?」

 

 

「安心しろよ。俺の手元に武器はないぜ」

 

 

大樹の言う通り、武器のようなモノは見当たらない。しかし、彼は武器なしでも余裕でガストレアを倒す力を持っているというツッコミは誰もしなかった。

 

和光は大樹を警戒しながら木更の方を向く。

 

 

「お兄様、約束通りここに来ることは言っていませんか?」

 

 

「おかげで久しぶりに車を使わずに自分の足で歩いたよ。お前こそ、約束のものは持って来たか?」

 

 

「これのことですか?」

 

 

木更は自分の背後に隠した書類の束を和光の足元に投げ飛ばす。和光はすぐに拾い上げて書類を急いで確認する。

 

 

「クソッ、一体どこでッ!?」

 

 

「俺だ」

 

 

「ッ!」

 

 

大樹の言葉に和光は恐怖する。彼が東京エリアの英雄であり、悪を許さない正義であることを知らない者はいない。現に自分の知人はほとんど刑務所送りにされている。

 

 

「見つかるはずがない。全部処分したはずだ!」

 

 

「その処分した紙を復元したって言ったら?」

 

 

「馬鹿なッ……!?」

 

 

「話を先に進めませんか、お兄様」

 

 

木更の冷徹な声音に和光は歯を食い縛る。この後、何が行われるか予想がついているからだ。

 

 

「『第三次関東会戦』を戦っている間中、ずっと私たちは不思議に思っていました。ステージⅣに過ぎないアルデバランが、どうしてモノリスにバラニウム浸食液を吹きこむことができたのか。最初は立地条件やガストレアの特殊能力、最終的に大樹君の敵を疑いました。ですが、それは違ったのです」

 

 

「……………」

 

 

「32号モノリスそのものに、問題があったのです」

 

 

その言葉に和光は目を細めた。

 

 

「32号モノリスにはおかしな点が見られました。公共事業発注は汚職や談合を防ぐために一般競争入札制度が取られていますが、代わりに煩雑です。モノリス製作のような素早さが何よりも求められる工事は誰でも納得できること。国交省がゼネコンをとりまとめて製作を指揮し、異論はないです」

 

 

ですがっと木更は目を鋭くして、和光を睨む。

 

 

「バラニウムに混ぜ物をして安くモノリスを作って、浮いた費用を自分の懐に入れるのは感心しませんね」

 

 

これが今回の開戦の引き金になった最大の原因。混ぜ物をすれば当然バラニウムの純度は下がる。磁場が周りと違うことに気付いたガストレアはそのモノリスに攻撃を仕掛けるハメになってしまった。

 

和光の握った拳が震える。大声で反論した。

 

 

「理論上はあの純度でも問題はなかったんだ! 事実ここ十年、32号モノリスは破られなかった!」

 

 

「オフューカスへと進化を遂げたアルデバランに、それは通用しなかった」

 

 

バッサリと斬り捨てた大樹の言葉に和光は言葉を詰まらせる。

 

 

「ステージⅤになった原因は俺も少しは関わっている。だから突破されたことに、お前が悪いと一方的には責めきれない」

 

 

「だったら———!」

 

 

「だけど、それで純度を落としていい理由があるのか?」

 

 

再び何も喋れなくなる和光。そんな和光に木更は笑みを浮かべて冷酷に断じた。

 

 

「『第三次関東会戦』の引き金を作ったのはあなたですよ和光お兄様」

 

 

憎悪に満ちた和光の表情に木更はさらにわざとらしく笑みを浮かべる。

 

 

「皮肉な話ですよね。シェルター当選券が当たらなかった東京エリア市民はガストレアに殺戮される恐怖に夜も眠れずに震えていたのに、あなたは国の要人だと言うだけで、家族ごとシェルター当選券を配られて、私たち民警が必死に戦っている間もシェルターにぬくぬくと籠っていたんですから。楢原君、どう思うかしら?」

 

 

「判決。ギルティ」

 

 

「だそうですよお兄様? この事実を市民が知ったらどうなるのでしょうね?」

 

 

「……この書類のコピーは?」

 

 

「それ一部だけです」

 

 

「信じろと?」

 

 

「楢原君。一部だけよね?」

 

 

「まぁな。お前がそれだけでいいって言ったからそれしか作ってないぞ」

 

 

「私もあなたの『今日ここに来ることは誰にも言わなかった』という戯言を信じているんですから、ここは紳士協定で行くべきでしょう」

 

 

「ハッ、これから殺し合う相手に、まさか紳士協定を説かれるとは思わなかったよ」

 

 

「……興味はないのだけれど、一応聞いておきます。何の為にバラニウムに混ぜ物を? お金なら腐るほどあるでしょうに」

 

 

「……お前は何も分かっていない。木更、出世と言うのはな、お前には想像もつかないほどの金が必要なのだよ」

 

 

和光は呆れるように説明を続ける。

 

 

「上役はな、様々な欲望を持っている。ライフルを持っての人狩りをしてみたい、双子の処女と3Pがしたい、セルフ出演の殺人ビデオ(スナッフムービー)を作ってみたい、とな。そういう上役の密かな願いを叶えてやるためには莫大な金が必要なのだよ」

 

 

その時、大樹からかつてない程の殺気が溢れ出した。

 

隣にいた蓮太郎と彰磨は目を見開いて驚愕し、木更も汗を流してしまうほど。和光は喋っていた口がもう動かなくなっている。

 

 

「……そうかそうか。お前らはそんなクソッタレなことをしたいのか。被害者の人権は無視、ただクソ野郎共のために、善人は傷付くのか」

 

 

「楢原君……ダメよ」

 

 

「ああ、手は出さない。だが言っておくことがある」

 

 

大樹の鋭い眼光に、和光はその場で尻もちをつく。

 

 

「救いようのない屑は、()()()()()使()()()()救ってやる。例えその過程に、地獄があってもな」

 

 

低い声音に和光の歯はガチガチとなり、汗だくになる。今すぐこの場から逃げ出したかった。

 

 

「そんな願いの為に金を欲したあなたに生きる価値はないです。もう結構です」

 

 

木更は立ち上がり、刀を握り絞める。

 

 

「始めましょう———お願い」

 

 

大樹が立ち上がり、二人の中間に立つ。

 

 

「この戦いはどんなことがあっても内密にする。警察、その他の司法機関に訴え出ないこと。例え片方が殺されてもな」

 

 

「待ってくれ二人とも!」

 

 

その時、蓮太郎が大声を出した。

 

 

「最後に聞きたい。どうしてもこの戦いはやんなきゃ駄目なのか? 天童流の最強の称号である免許皆伝同士の戦いに俺は興味がある。でもそれは木剣や竹刀を持ってやるべきだ。真剣で斬り合うべきじゃねぇ!」

 

 

「くどいぞ蓮太郎! ここでこの女を封じておかなければ、こいつはベラベラと真相を喋る。生かしておくわけにはいかん!」

 

 

「でも和光義兄さん……」

 

 

「私を兄と呼ぶな。お前が木更についた時点でお前は天童の敵だ。蓮太郎目を覚ませ、お前は騙されているんだ。この女は、化け物だぞ!」

 

 

「やらせて里見君。私は十年間待ったわ。お父様とお母様の仇の一人、ようやく追い詰めたの。この男との戦いは宿命だったの」

 

 

「里見。座るんだ」

 

 

彰磨に腕を掴まれた蓮太郎はチクショウと小さな言葉を漏らして座った。

 

和光は槍袋から槍を取り出し構える。それを見た木更が小馬鹿にしたように肩をすくめる。

 

 

「まさか本当に槍だけなんですかお兄様? てっきり拳銃でも忍ばせてるかと思ったんですが……」

 

 

「見損なうなッ。貴様の心臓を突く程度、飛び道具に頼るまでも無い」

 

 

「持っている武器以外使ったら俺が乱入するから覚えとけよ」

 

 

「「はい」」

 

 

即答だった。

 

 

「木更、私の上役の一人がな、途上国から攫って来た浅黒い肌の女に秋田と言って色白の女を欲しがっていてな。お前を殺さずに倒したら手足をもいで———」

 

 

「あぁ?」

 

 

「———くっつけてやるよ」

 

 

蓮太郎と彰磨が体勢を崩した。「くっつけるのかよ」っとツッコミを入れて。

 

 

「余計なお世話ですよ。私は殺さずに倒したら生きたままブタに食わせ———」

 

 

「あぁ?」

 

 

「———食わせずにブタに見守って貰える所に埋めます」

 

 

「「わけが分からない」」

 

 

蓮太郎と彰磨は手で頭を抑えた。殺し合いの前に何をやっているんだと。

 

 

「天童式抜刀術・皆伝。天童 木更」

 

 

「天童式神槍術・皆伝。天童 和光」

 

 

名乗り上げると同時に両者は一歩飛び退き対峙した。

 

 

ダンッ!!

 

 

両者が同時に踏み込んだ。

 

 

 

 

 

「おぉっと!? 手が盛大に滑ったあああああァァァ!!!」

 

 

 

 

 

ドゴンッ!

 

 

「ぐはッ!?」

 

 

「ッ!?」

 

 

「「よしッ!」」

 

 

大樹のアッパーカットが和光の顎に強打。和光は宙を舞い、天井に頭から突き刺さった。

 

木更の斬撃は空振り、驚愕。蓮太郎と彰磨はガッツポーズで喜んだ。

 

プラーン、プラーンと和光の体が揺れる。大樹は満足したのか親指を立てる。

 

 

「勝者、俺」

 

 

パチパチと蓮太郎と彰磨は拍手を送る。しかし、木更は違った。

 

 

「どうして、邪魔をするの」

 

 

刀を大樹の首元に当てて、睨み付けた。

 

 

「ずっと待ち焦がれた復讐を、どうして邪魔するの!?」

 

 

「それがお前のためにならないからだ!」

 

 

大樹の大声に木更は驚くが、刀に力を入れて大樹の首を少しだけ斬る。

 

少量の血が流れ、木更の表情はさらに憎悪に溢れる。

 

 

「これはお父様とお母様の仇! 私のためじゃなくていいの! これは必要なこと!」

 

 

「だったら!」

 

 

大樹は木更の両肩を掴み、告げる。

 

 

「その両親が、悲しむようなことをするなよ」

 

 

「ッ! うるさい!」

 

 

木更は大樹から距離を取り、刀を鞘に収めて睨み付ける。

 

 

「気付いたのよ……あなたの正義では駄目なの」

 

 

「何だと?」

 

 

「悪に対抗できるのは正義じゃない。悪を上回る———」

 

 

木更の鞘から刀が抜かれた。

 

 

「———『絶対悪』なの」

 

 

ザンッ!!

 

 

木更の見えない斬撃が振るわれる。大樹は目を細め的確に手を払う。

 

 

バシュッ!!

 

 

大樹の手から血が飛び散る。しかし、この行為がなければ和光の体が一刀両断されていた。

 

 

「正義は救うことはできる。でも裁けない。あなたは言ったわ。『救いようのない屑は、どんな手を使っても救ってやる。例えその過程に、地獄があってもな』って。結局、裁けないのよ」

 

 

木更は再び刀を鞘に収める。再度抜かれることを許そうとしない蓮太郎と彰磨が止めに入ろうとするが、

 

 

「来るな!」

 

 

大樹の言葉に動きを止めた。

 

 

「力で止めるな。言葉で止めろ!」

 

 

「ッ……木更さん駄目だ。間違ってんよ! いつも俺に言ってただろ『正義を遂げろ』って」

 

 

「そんなこと、もう言わないわ」

 

 

ザンッ!!

 

 

木更は二撃目を放つ。人間が出せる速度を超越した斬撃は和光の体を狙っている。

 

 

「ッ!」

 

 

大樹はもう一度手を横に払う。指先に刀が当たり、軌道をズラす。斬撃が逸れてまた空振りに終わる———

 

 

シュンッ!!

 

 

———はずだった。

 

 

(二撃目だと!?)

 

 

音速を超えた斬撃が大樹の首を掠める。振り払らい終えた手を戻す暇はない。

 

 

ドシュッ!!

 

 

「ッ……!」

 

 

音速の斬撃を体で受け止めた。服が破れて胸から血が盛大に飛び散った。

 

 

「大樹ッ!?」

 

 

「いや痛くないから安心しろ。慣れてる」

 

 

まさかの音速の二撃目。普段なら対応できるはずだったが、油断してしまった。

 

 

「ねぇ楢原君。私はその男を殺したいだけなの。あなたには、死んでほしくない。ずっと仲良くしたいの」

 

 

「当たり前だ。俺だってずっと仲良くしていたいし、守り続けたい大切な友人だ」

 

 

「なら邪魔しないで!」

 

 

「邪魔するに決まっているだろ!」

 

 

「どうして!?」

 

 

「お前が、苦しんでいるからだ!」

 

 

「ッ!?」

 

 

大樹はさらに声を張り上げる。

 

 

「お前……里見に心を許せないだろ」

 

 

「ど、どういう意味……」

 

 

「言葉通りだ。お前は後ろめたいことがあるから、優しい里見に心を許せない。いや、許したいけどそれは駄目だと自分で我慢している」

 

 

「ち、違う……!」

 

 

「違くない。里見だけじゃない。みんなに心を許したいと思っている。でも、自分が『絶対悪』に染まっているから、お前は俺たちに近づこうとしないんだ」

 

 

カタカタと刀を握った木更の手が震える。

 

もう斬れないはずだ。

 

もう抜けないはずだ

 

 

(俺を斬った瞬間、あんなに悲しんだ木更の顔を見たことが無い)

 

 

だから、もう抜けない。

 

大樹は蓮太郎の方をチラッと見る。蓮太郎は頷き、木更に近づく。

 

 

「木更さん。俺は、復讐するなとは言わない。ただ方法が駄目なんだ」

 

 

「こ、来ないで……」

 

 

「俺は、もう木更さんから逃げない」

 

 

木更が一歩下がれば蓮太郎が一歩前に踏み出す。木更が何度も首を振っても、蓮太郎はずっと木更の目を真剣に見続ける。

 

 

「こっちに来てくれ、木更さん」

 

 

「いやッ!」

 

 

木更が走り出し、部屋から出ようとする。

 

 

「逃げるな木更。お前は選ばなくちゃならない」

 

 

部屋の出口には彰磨が待っていた。木更が逃げれないように、邪魔になるように立っている。

 

 

「俺たちを斬るか、斬らないか」

 

 

「お願い……もうやめて……」

 

 

「木更さん!」

 

 

「駄目! ダメなのダメなのよ! 私は復讐しなきゃ殺さなきゃ———」

 

 

木更は涙を流しながら叫ぶ。

 

 

「———私じゃないの!」

 

 

「そんなことねぇ!!」

 

 

蓮太郎が大声で否定した。

 

 

「どんな時でも木更さんは木更さんだ! でも、今の木更さんは俺は嫌いなんだ! 俺の大好きないつもの木更さんに戻ってくれ!」

 

 

「嫌いのままでいてよ!!」

 

 

「なれるわけがねぇだろ! 苦しんでいるアンタの顔を見て、見捨てれるわけがねぇ!」

 

 

「余計なお世話よ!」

 

 

「余計な心配をさせているアンタが言うことじゃねぇ!」

 

 

「うるさい! 私が勝手にやっていることなの! 関わることは必要ない!」

 

 

「勝手にやるなよ! 俺たちと一緒に考えろよ! 関わる必要は絶対にある!」

 

 

「嘘つきと一緒に居られないわ! 私の味方でいるって言ったクセに!」

 

 

「嘘つきはアンタだろ! 正義を遂げなくなった木更さんの方が嘘つきだ!」

 

 

「なら嘘つき同士は仲良くなれるはずがないわ! 今すぐ消えてよ!」

 

 

「仲良くなれない証拠なんか無いだろ! 俺たちは今までずっと会社をやってきたんだ! 仲が良いに決まっている!」

 

 

「それは建前よ! 私の嘘よ! 本当はもう里見君とは仲良くできないのよ!」

 

 

「何年一緒にいると思ってんだ! 建前が下手な木更さんと仲良くできないはずがない!」

 

 

「もういい加減にして!」

 

 

木更は頭を抑えながら叫ぶ。

 

 

「里見君は私の気持ちが分かるでしょ!? えぇ分かるはずよ!」

 

 

「何がだよ!?」

 

 

「決まっているでしょ! 親がいなくなった時の気持ちよ!」

 

 

「ッ!」

 

 

「ホラ分かるでしょ!? 親を殺したガストレアが憎かったわよね!? 私も同じ! 両親を殺したアイツらが憎いのよ!」

 

 

「……………」

 

 

蓮太郎は俯く。木更は肩を大きく上下に動かして荒く呼吸を繰り返す。

 

大樹と彰磨は何も言わない。ここで助け舟を出すのは間違っているからだ。

 

 

「確かに俺は、憎いと()()()

 

 

木更の表情が凍り付いた。

 

『思った』と答えた蓮太郎。『思い続けている』のではない。過去形で答えたのだ。

 

 

「でも違うんだよ木更さん。それじゃ何も変わらない」

 

 

「な、何が……変わらないのよ……」

 

 

 

 

 

「世界だ」

 

 

 

 

 

蓮太郎のとんでもない答えに、木更は言葉を失った。

 

 

「変わっているんだよ。今、この世界は俺たちの望んだ世界になろうとしている」

 

 

蓮太郎は一歩前に踏み出す。

 

 

「知ってるか? 延珠が赤目のことを学校の友達に打ち明けたこと」

 

 

木更は下がらない。

 

 

「それでも変わらず仲良くしているんだ。この前なんか教会で『呪われた子ども』と一緒に学校の子たちで野球したんだぜ?」

 

 

蓮太郎の表情は笑顔。微笑んでいる。

 

 

「そんな世界に、『悪』なんてつまらねぇモノ持ちこむなよ。いつもの木更さんのままでいろよ、な?」

 

 

木更は涙を流しながら蓮太郎の顔を見ている。

 

 

「俺の親は死んだかもしれない。でも、思い出は死んでいない。木更さんもそうだろ?」

 

 

「ッ!」

 

 

蓮太郎は優しく木更を正面から抱き締める。

 

 

「大切にしようぜ? でさ———」

 

 

蓮太郎は告げる。

 

 

 

 

 

「———胸を張れる生き方をしよう」

 

 

 

 

 

木更は抱き締め返した。

 

 

 

 

 

「お馬鹿……本当に、お馬鹿よ……!」

 

 

「卑怯な言い方してごめん……」

 

 

「そうよッ……里見君は卑怯で……!」

 

 

「うん」

 

 

「甲斐性なしで……!」

 

 

「うん」

 

 

「頼りなくて……!」

 

 

「うん」

 

 

木更はギュッとさらに力を入れる。

 

 

 

 

 

「私の大切な、人なのよ……!」

 

 

 

 

 

「……うん」

 

 

「分かってないわよ……私にここまで恥をかかせるなんて……」

 

 

木更は涙を流しながら次々と文句を漏らす。蓮太郎は一語一句聞き逃すことなく頷き続ける。

 

既に木更の手に『殺人刀・雪影』はない。足元に転がっている。

 

二人の様子を見守っていた大樹と彰磨は静かに部屋を出る。

 

 

「末永く爆発しろよな」

 

 

「あの二人は今後が楽しみだな」

 

 

大樹の傷は神の力で治し、血の付いた服を脱ぎ捨て玄関で脱いでいたコートを羽織る。

 

二人は外に出ると、そこには人が待っていた。

 

 

「おや? 結構早かったね」

 

 

「……血の匂いがする」

 

 

「ハッハッハ、斬られちゃたぜ」

 

 

影胤と小比奈の言葉に笑って返すと呆れて溜め息を漏らす影胤とジト目の小比奈の視線が返って来た。反応酷くね?

 

 

「相変わらず気持ち悪い体してるなぁオイ」

 

 

「ノルマ達成ですね」

 

 

「将監と夏世ちゃんはゾディアックガストレアと戦いたいのかな? お?」

 

 

「「すいませんでした」」

 

 

腰を90°に曲げる将監と夏世。よしよし、良い子だ。

 

 

「おかえりなさい」

 

 

「待たせたな翠」

 

 

彰磨は翠の頭を撫でている。平和かよ。いや平和だった。

 

 

「帰っていいか?」

 

 

「えー、ジュピターさん駄目だよ」

 

 

「そうだ詩希ちゃんの言う通りだ。帰ったらザクッ! だよ?」

 

 

「刀を見せながら言うなよ……!」

 

 

ジュピターさんは顔を真っ青にして詩希は頬を膨らませていた。『めッ!』って言うより効果あるかなと思いました。

 

 

「悪いな。最後に一仕事、手伝ってくれ」

 

 

「私は構わないよ。君となら楽しめるからね」

 

 

「大丈夫だ影胤。多分楽しいと思うよ」

 

 

懐から泣いた仮面を取り出し、顔の側面に付ける。今装着したら内側がムレムレするからね! ムレムレってなんだよ。言語乏し過ぎだろ俺。

 

 

「平和になった国に悪はいらねぇよ。悪い子には———」

 

 

大樹は右手に【神刀姫】を出現させて握る。

 

 

 

 

 

「———キッチリと社会のお勉強でもさせますかね」

 

 

 

 

________________________

 

 

 

木更の騒動から三日後。あれから悪を埋めたり埋めたり埋めたり埋めたりした。あと火あぶりにした。(あぶ)った奴はとんでもないくらい屑だったので〇〇〇(ピー)した後に※※※※(チョメチョメ)の連続。トドメにアーッ!してやった。ざまぁ。

 

原田も帰って来たし、次の世界に行く準備は整った。

 

荷物を持って教会から去っていく。子どもたちには、別れを済ませてある。めっちゃ泣かれたけど。

 

 

「お別れだ、あばよ!」

 

 

「二度と来んなよ」

 

 

蓮太郎君の言葉が辛辣(しんらつ)過ぎて辛い。

 

 

「冗談だ。泣くなよ」

 

 

「これは〇〇〇だ」

 

 

「ここで下ネタを言うお前に脱帽だわ」

 

 

褒めるなよ。照れるじゃねぇか。

 

 

「ねぇ大樹君。復讐のことなんだけど……」

 

 

「任せる」

 

 

「……ありがとう。ちゃんと正義の名に恥じないやり方で戦うわ」

 

 

木更と握手を交わす。よし、今なら行ける!

 

 

「記念におっぱい触って———」

 

 

四方八方から拳と蹴りが飛んできました。俺の体はグチャグチャになりましたとさ。めでたしめでたし。

 

 

「おい、関節が曲がっちゃいけない方向に曲がってるぞ」

 

 

「大丈夫だジュピターさん。全然痛くないから」

 

 

「お前を本気で怪物と認識したわ」

 

 

やっぱりみんな俺に対して酷いと思う。

 

 

「とりあえずここは任せろ。俺たちが何とかする」

 

 

「神父ジュピターさんですね分かります」

 

 

「やらねぇよ」

 

 

ザーネン。

 

 

「大樹君。私は東京エリアを出ようと思っている」

 

 

「……いいと思うぜ」

 

 

「止めないのかね?」

 

 

「止めるよ。お前が悪さした時はな」

 

 

「クックック、それは楽しみだ」

 

 

「粉々にして止めるからね」

 

 

「……………」

 

 

影胤の笑みが消えたと思う。仮面だと分からないからね!

 

 

「それにしても、聖天子まで見送りに来るとは思わなかったな」

 

 

「東京エリアを救ってくれた英雄ですよあなたは。見送らないとなれば、私は自害します」

 

 

「重いよ……」

 

 

「ありがとうございます。私達を救ってくれて」

 

 

「……おう」

 

 

聖天子の笑顔はマジで可愛いから困る。普通に返せなかったわ。

 

 

「いつまで鼻を伸ばしているのかしらッ?」

 

 

「痛い痛い!?」

 

 

アリアに耳を引っ張られて俺はやっと歩き出す。手を振りながら、みんなに別れを告げた。

 

 

「あッ、言ってなかったけどゾディアックガストレア、もう一匹倒して置いたから! 残りはお前が頑張れよ!」

 

 

「「「「「えッ」」」」」

 

 

爆弾発言を残して、俺は教会を後にした。

 

 

「「「「「えええええェェェ!?」」」」」

 

 

教会から驚愕の声が響き渡った。

 

 

________________________

 

 

 

外周区の平地。今は瓦礫などが片付けられて綺麗な平地になっている。

 

俺たちは原田が準備した魔法陣の上に立っている。のだが!

 

 

「どうして……ティナもいるんだ!?」

 

 

ホラ! 嫁たちから一気に黒いオーラが溢れ出したよ。アリアは「知っているわこのパターン……」とか、優子は「まさかね……」とか、黒ウサギは「やりましたね……」とか、真由美は「許されないことを……」とか!

 

原田は遠くの空を眺めながら「修羅場乙」とか言ってやがる。アイツ、何だよ。一体何だよ!

 

ティナが考えていることは分かる。

 

 

「私も連れて行ってください」

 

 

「駄目だ」

 

 

ティナの言葉をちゃんと断る。真面目に答えたことに、ティナは悲痛な表情になる。

 

 

「ここから先は危険なんだ。無暗に来て良いモノじゃない」

 

 

「……………」

 

 

残念だが、連れていくことはできない。どんなにお願いされたって、断る。

 

 

「……大樹さんは言いました」

 

 

ティナが涙目でも、俺は断り続ける。

 

 

 

 

 

「『俺たちと一緒にいろ。ティナに『痛い』ことはさせない』」

 

 

 

 

 

あ、一気に追い詰められた。

 

余裕でHPが赤ゲージまで減ったわ。ピンチで危機なんだけど?

 

 

「随分と男前なことを言うのね、大樹君?」

 

 

「そ、そんなに褒めるなよ優子!」

 

 

「本当に褒めていると思っているのかしら?」

 

 

「ですよね」

 

 

俺はグッと堪える。ティナと目を合わせてはっきりと答える。

 

 

「それでも……駄目にゃの」

 

 

「何故噛むのでしょうか……」

 

 

緊張しているんだよ黒ウサギ。

 

 

「守ってくれるのではなかったのですか?」

 

 

「だ、大丈夫だ! 影胤や蓮太郎たちだっているじゃないか!」

 

 

「IP序列は私の方が上ですよ?」

 

 

そうだった! アイツらじゃ弱すぎる! 失礼だな俺。

 

 

「ティナさん、大樹さんの言う通りです。いつ理性が壊れてもおかしくないのですよ?」

 

 

「そうよ、危険だわ。いつ手を出してきてもおかしくない状態よ?」

 

 

「アリア先生、黒ウサギと真由美が俺をいじめまーす」

 

 

「廊下に立ってなさい」

 

 

理不尽じゃね?

 

ティナは涙目で黒ウサギと真由美を見る。おっと、お二人さんの決意が揺らいでいるのがこちらからでも分かりますよ?

 

 

「ゆ、優子さんも言ってあげてください」

 

 

「ええ、優子の意見も大事よ」

 

 

あ、押し付けやがった。

 

 

「え? アタシは全然良いわよ?」

 

 

「「「「えッ」」」」

 

 

しまった! 優子は———!

 

 

「ティナちゃんは大歓迎よ!」

 

 

———ティナのこと『LOVE』だった!!

 

俺たちは「しまった!?」の表情。優子はティナに抱き付き可愛がっている。

 

 

「問題無いですね」

 

 

「あるよ!? 優子の意見で流される俺じゃないよ!」

 

 

ティナの意見に危うく騙されるところだった。しかし、俺の言葉を気にくわない者がいる。

 

 

「むッ」

 

 

ティナを抱き締めていた優子がキリッと俺を見る。俺もキリッと駄目だと言うサインを送る。

 

優子はウルウルと涙目で俺の腕に抱き付いて来た。そして上目遣いで、

 

 

「だめ?」

 

 

「イイに決まってるじゃないか!!」

 

 

「「「はぁ……」」」

 

 

断れるわけがなかった。アリアたちは溜め息をつき、呆れた。

 

 

「またいつものパターンね……」

 

 

「黒ウサギは疲れました……」

 

 

「あら? 脱落者が二人も?」

 

 

「それはない」

 

「それはないのですよ」

 

 

大樹はティナと優子を一緒に抱き締めクルクルと幸せそうに回った。その光景に三人は呆れるが、クスリッと笑っていた。

 

 

「甘い……コーヒー飲んでも甘い」

 

 

甘い空間に耐え切れなかった原田。ブラックコーヒーを飲み干しても甘い。

 

ついに、原田は採れたてのゴーヤーに噛みついた。

 

 

 

________________________

 

 

 

「———それ以外、次の世界は見た限り普通だった。うぇっぷ」

 

 

特殊な現象を説明し終えた原田は苦しい表情をしながらゴーヤーを食べ終える。生のままゴーヤーを食う奴とか初めて見たわ。そもそも何で食ってんの?

 

 

「短期間、探したけど美琴は見つけれなかった。まぁいいさ。情報さんきゅ」

 

 

「おう。それで、今度はこっちが聞いてもいいか大樹」

 

 

「何だ?」

 

 

 

 

 

「何で水着なんだお前」

 

 

 

 

 

 

俺の恰好にドン引きの原田。嫁たちも引いていた。

 

上半身裸。黄色い短パンに頭にはシュノーケル。バッグを背負い、海に行くなら完璧な恰好だろう。

 

しかし、ここに海は無い。

 

 

「だって毎回さ、水に落ちるじゃん? だから防水リュックに———」

 

 

ポンッ!

 

 

大樹が手を叩くと白い煙が地面からボワッと吹き出す。

 

煙の中から黒い犬が姿を見せた。そう、邪黒鬼———ジャコである。

 

 

「———浮き輪を用意したんだ」

 

 

『誰が浮き輪だ!』

 

 

ガブッ!!

 

 

「ぎゃああああああッ!? ち、乳首が!? 乳首が取れるからあああああァァァ!!」

 

 

「馬鹿は放って置いて、俺も一緒に転生するから」

 

 

ちょっと!? 血がすごいよ!? 取れたよね? これ完全に右乳首失ったよね!?

 

 

ガブッ!!

 

 

左も逝ったあああああああああァァァァ!!??

 

 

「じゃあ転生するぞ」

 

 

こうして、新たな世界へと旅立つ。

 

 

 

 

 

最後の一人、御坂 美琴を救いに。

 

 

 

 

 

「大好きですよ、大樹さん」

 

 

 

ティナの小さな声は、誰の耳にも届かない。でも、大樹には十分に伝わっていた。

 

 

 




ついに終わったブラック・ブレット編! いつも通り、ここからは作者のターンです。例の如く飛ばして大丈夫です。

まずは今後の予定です。次回から番外編という名の時間稼ぎです。時間稼ぎの理由ですか?


ついに二年間悩み続けた結果、未だにヒロインが決まらなかった。


次の世界は同じ票の数でしたが、私情で話が造りやすい『デート・ア・ライブ』に決定です。

そうです。そのヒロインが初期のころから二年間悩み続けています。『インフィニット・ストラトス』はすぐに決まったのに対して、これだけは悩みに悩んでいます。可愛いって罪ですね。

今の所、二人まで絞れましたが「もう少しだけ時間を下さい」というわけで番外編+遅すぎる主人公紹介設定を次回からやります。


次に大樹とヒロインたちについてです。


強過ぎワロタ。


まだ強くなれるとは思わなかったですよね? 作者もです。

今後の彼らの強さに期待です。


次に黒ウサギの耳です。


まさかの引き続き。解決はまだしない件について。


伸ばしますよ。作者が「これだッ!!」と思い着くまで伸ばしますよ。すいません。


最後に一度やってみたかったつまらない次回予告をします。(番外編のみ)



———原田。彼の名前をフルネームで覚えている人はいるだろうか?


「坊主頭の野郎にふさわしい名前。それが原田だろ」

「頭のネジ、何本か入れてさしあげますわ」

「いらっしゃいませ、地獄のカァーニバァルへ」

「いいから会計しろって言ってンだよ!」

「シャケでよくね?」

「こちら原田。ツンツン頭の青年がシスター少女に襲っている変態プレイ現場に遭遇しました」


———日常は非日常へと変わる。


「ふざけやがって!」

「では、命懸けの鬼ごっこ開始です」

「はー、動きたくねぇ」



次回、『原田風紀委員のお仕事』。



はー、これ大丈夫かな?




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番外編
原田風紀委員のお仕事


番外編は私のギャグの集大成だああああああああああああああああ!!


失敗は、許されないデス。


文字数は1万5千となっております。


風紀委員は生徒の手本となる生活を送らなければならない。

 

不良のような制服を着崩すような恰好は当然駄目だ。生活リズムはしっかりと整え、成績はそこそこ優秀でないとならない。

 

よって原田亮良(あきら)の朝は———

 

 

「寝坊したあああああァァァ!!」

 

 

———別に早くなかったりする。

 

午前10時半。社長出勤する原田は急いで着替えて家から出る。鍵を閉め忘れているが、今の原田はそんな支えなことは気付かない。

 

 

「やべぇよやべぇよ! 何で俺は風紀委員なんかやってんだよ!」

 

 

記憶操作で一時的に記憶を失っていることにまだ気付かない原田。気付くのは当分先になる。

 

制服を着た生徒は誰もいない。そりゃそうだ。全員学校に行っているから。

 

いるのは学校の職員や大学生など、午前授業に出なくていい生徒ぐらいだ。ここに原田がいるのは不自然でしかない。

 

走りながら頭の中で学校の潜入ルートを確認。何度も遅刻した者だけができる偉業とも言えよう。どこが誇れるか全く理解できないが。

 

 

「あ?」

 

 

その時、走っている足を止めた。

 

原田が目を付けたのはとあるコンビニだった。一見普通のコンビニに見えるが、店内にヘルメットを被った男がいることに気付いた。

 

大抵の場合、アレは脱ぐのが面倒な人では無い。

 

 

『いいから金を出せ!』

 

 

自分の顔を隠すために被っている時だ。

 

ヘルメットを被った男の手にはサバイバルナイフが握られており、女性店員を脅していた。

 

その光景に、原田は———

 

 

「奇跡だ……!」

 

 

———パァっと笑顔になった。

 

原田は携帯電話を取り出し、学校へと連絡する。

 

『今日は犯罪者の取り締まりがあるのでお休みします』という正当なズル休みができるのだから。

 

笑顔のまま、原田はコンビニへと突撃した。

 

 

________________________

 

 

 

「よぉ原田。職権乱用って言葉、知ってるか?」

 

 

「……………」

 

 

風紀委員として仕事を終えた原田は男の教師の前で汗をダラダラ流していた。

 

 

「テメェが遅刻して学校に向かって走っている姿はたくさんの監視カメラ様が見ていたんだ。薄情しろ」

 

 

「偶然でした!!」

 

 

「だろうな」

 

 

男の教師は背後にあるコンビニを見ながら溜め息を漏らす。

 

 

「はぁ……無能力者(レベル0)を捕まえるだけでいちいち窓ガラスを割るなよ。女性店員が無事なのはいいが、怒られるのはアイツなんだぞ」

 

 

「えッ、誰ですか?」

 

 

固法(このり)だ」

 

 

「お疲れ様でしたッ!!」

 

 

フォンッ

 

 

全力でその場から逃げようとしたにも関わらず、突如俺の体は宙を舞った。

 

 

ドサッ!!

 

 

「ぐふッ!?」

 

 

約3メートルの所から落ちた原田は地面を転がり痛みに耐える。瞬間移動したのか!? ならこの能力は———

 

 

「罪を重ねることは、美徳だと勘違いしておりますの?」

 

 

———大能力者(レベル4)の【空間移動(テレポート)】! それが使えるのは後輩の白井(しらい) 黒子(くろこ)だけだ!

 

茶髪ツインテールの中学生。お嬢様学校である常盤台に通っている学生だ。

 

 

「下等生物先輩?」

 

 

名前の原型が残っていない件について。

 

 

「や、やだなぁ。俺には原田 亮良(あきら)というカッコイイ名前があるのに。言っただろ? 気軽にアッキーって呼んでいいって」

 

 

「下等生物アッキー先輩」

 

 

「『下等生物』は苗字じゃないぞ?」

 

 

強打した腰をさすりながら立ち上がる。黒子はゴミでも見るかのような目で原田を見下す。

 

 

「御存知でしょうが、ここの管轄(かんかつ)は私たちです。よってここで不祥事を起こせば咎められるのは当然私たちです。そうですよね、原田先輩?」

 

 

「アッキーとか、ダサすぎるだろお前」

 

 

黒子と教師の集中攻撃にメンタルがブレイクされそうになるが、何とか返す。

 

 

「じゃあアキラでいいよ」

 

 

「そう意味ではないのですよ……あと呼びません」

 

 

「坊主頭の野郎にふさわしい名前。それが原田だろ」

 

 

もう亮良、諦めます。アキラだけに。本当につまらないことを思いつくな俺。

 

 

「ということですので、あとはお願いしますの」

 

 

「あッ」

 

 

ガシッと頭が鷲掴みされた。ガクガクと体が震えるが、何とか振り返ることはできた。

 

 

「こ、固法じゃないか? ど、どなんしたんや?」

 

 

セミロングヘアに眼鏡をかけたクールビューティー。しかし、今はそんな影は微塵も見えない。

 

 

「一度死んでから、話を聞こうかしら?」

 

 

やだー、聞く気がないじゃないですかー。

 

 

________________________

 

 

 

「何で俺が酷い目に遭うんだよ……褒められることはしただろうが」

 

 

「素直に遅刻したことを言わないからですの。反省してください」

 

 

「し、白井さん言い過ぎですよ。先輩がいなかったら早急な対応ができなかったのですから」

 

 

ファミレスで白井ともう一人の後輩、初春(ういはる) 飾利(かざり)と一緒に食事をしていた。そして初春は俺にとって癒しだ。これ大事。

 

 

「さすが飾利ちゃん! 今日はお兄さんの奢りだからね!」

 

 

「ではヨーグルトストロベリーパフェをお願いしますの」

 

 

「テメェに奢るとは言ってねぇよ」

 

 

サクサクッ

 

 

気が付けば俺の制服に無数の針が刺さっており、動けないようになっていた。

 

 

「お前……頭のネジ、飛んでいるだろ」

 

 

「頭のネジ、何本か入れてさしあげますわ」

 

 

「ごめんなさい」

 

 

本当にできてしまうから怖い。その能力、反則過ぎるだろ。

 

結局二人にデザート付きの食事を奢らされるハメになり、俺の財布は軽くなってしまった。

 

 

「くそぉ……何で俺は風紀委員(ジャッチメント)なんて仕事をやっているんだよ」

 

 

「え? てっきり私は正義感が強いから入ったと思っていました」

 

 

「冗談キツイぞ飾利ちゃん。面倒なことが嫌いな俺が入るわけがねぇだろ?」

 

 

「何で入ってますの……」

 

 

「それは知らん。最近だって空から降って来た男もいるって言うのに、面倒なことばかりだ」

 

 

「……一体誰ですの、その殿方は? 能力が飛行でしたら興味があるのですよ」

 

 

「残念だったな白井。無能力者だ」

 

 

「……本当ですの?」

 

 

「今は俺がマークしているから安心しろ。不審な動きは見せないし、悪さをしようとは思わねぇ奴だ」

 

 

「根拠は?」

 

 

「勘だ。文句あるか?」

 

 

「……いえ、先輩なら大丈夫かと。ただ……」

 

 

「何だよ?」

 

 

「自己責任でお願いしますの」

 

 

「俺たち、一緒に働く仲間じゃないか」

 

 

「始末書はお一人で」

 

 

「絶対に嫌だ」

 

 

コンビニだけでもあの量だっていうのに、アイツが問題起こしたらどれだけ書かされるか想像しただけで吐き気がする。

 

 

「ですが、困った時は頼ってくださいまし。同じ仕事場で働いているのですから」

 

 

「白井……」

 

 

「あッ、抹茶パフェも頼んでよろしいですの?」

 

 

「台無しだよ」

 

 

 

________________________

 

 

 

 

お金が無い。

 

コンビニのATMで金を下ろそうと店内に入る。今度は店員だけしかいない安全なコンビニだ。

 

しかし、問題があった。

 

 

「いらっしゃいませ、地獄のカァーニバァルへ」

 

 

店員が、楢原 大樹であるということ。

 

オールバックの黒髪の青年。肉食系男子っぽいワイルドな感じがするこの男が、原田の中で一番の問題となっている。

 

突如空から学園都市に不法侵入。さらに俺に協力を申し出るという不可解な行動。

 

怪しい行動。気をつけなければならない。

 

 

「……金を下ろすだけだ」

 

 

「誰もいない店内で暇を持て余すこの俺が、逃がすと思うか?」

 

 

コイツ、ホント怖い。

 

固法と同等の恐ろしさを持っている。何でここで働いているんだよ。

 

ふと大樹の胸元に刺してある名前のカードの端に『新人』の文字が見えた。

 

 

「……始めたばかりなのか?」

 

 

「ああ、昨日から」

 

 

「はぁ!? もう一人で任されたのかよ!?」

 

 

「物覚えがいいからな。ホント、凄いよ……」

 

 

何故か溜め息をつく大樹。頭は良いのか。

 

 

「というわけで、はい200円出せよ」

 

 

「何でジュース買わなくちゃならないんだよ!?」

 

 

「俺が喉乾いているからに決まっているだろうが!? あぁゴラァ!?」

 

 

「逆ギレ!?」

 

 

「チッ、じゃあ160円の奴でいいよ。ったく」

 

 

は、腹立つんだけどコイツ……!?

 

初日から俺の野口を攫っていた外道な奴だと思っていたが……ここまでとは!

 

※千円札を取られるきっかけを作ったのはご本人です。

 

 

「はぁ……買えばいいんだろ買えば」

 

 

「さすがだぜ」

 

 

ピッ

 

 

「ほら、小銭ないから千円札で」

 

 

「了解」

 

 

俺は千円札を渡し、商品のジュースを大樹が受け取る。

 

大樹は丁寧に腰を90°曲げてお辞儀をする。

 

 

「ありがとうございました」

 

 

「お釣りは!? ねぇお釣りはどうしたの!?」

 

 

「はて? 何のことでしょうか?」

 

 

警備員(アンチスキル)に突き出すぞテメェ!?」

 

 

「それは困るな」

 

 

しぶしぶ大樹はお釣りの800円を俺に渡す。クソッ、40円足りないけどもういいよ。

 

 

「お? いいカモが来たぜ」

 

 

「あ?」

 

 

大樹はその場にしゃがみ、カウンターの下へと隠れる。同時に店内の入り口が開く。

 

入って来たのは白髪の男。不健康そうな体をしており、目つきが鋭かった。

 

 

(あ、一方通行(アクセラレータ)!? 学園都市最強がどうして!?)

 

 

原田はすぐに商品に手を伸ばして普通の客を演じる。

 

どうして第一位がここに? 何か目的が? 一体何をするつもりなんだ?

 

闇の世界で生きる悪党。俺のような上層の風紀委員(ジャッチメント)には顔ぐらいは見せても貰ったことがある。しかし、見せて貰えた理由は一つ。関わるなっと釘を刺されたからだ。

 

 

「……………」

 

 

横目で一方通行の行動を観察する。カゴを取り、ブラック缶コーヒーを大量に購入する。

 

空っぽになった商品棚を後にして、レジカウンターに向かう。そこで店員がいないことに一方通行は気付く。

 

 

「チッ、店員もいねェのかこの店はよォ」

 

 

「いますよ?」

 

 

ヒョコっと下から顔を出した大樹。満面の笑みでこう告げた。

 

 

「有り金全部置いて行きやがれです☆」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

カウンターに乗っていた商品が全部吹っ飛んだ。その光景に俺は絶句。

 

大樹は変わらず笑顔。一方通行はキレていた。

 

 

「愉快な死体(オブジェ)に変えてやンよ……!」

 

 

「おいおい、既に愉快な表情になっているぞお前」

 

 

(何アイツ喧嘩売ってんのおおおおおォォォ!?)

 

 

無理無理!? 死んじゃうよ!? 第三位があれだけ凄いのに、第一位なんてどんどけ凄いと思ってんだ!?

 

ヤバい! 止めなきゃ不味い!

 

 

スッ

 

 

大樹は握った右手の拳を一方通行に見せた。そして真顔で脅迫する。

 

 

「俺はお前に勝った。負けるわけがねぇだろ?」

 

 

(嘘だろおおおおおォォォ!?)

 

 

「……………」

 

 

一方通行は右手を挙げる。その行動に俺たちは理解できない。しかし、言葉は理解できた。

 

 

「この街ごと、テメェを潰す」

 

 

「2890円になります」

 

 

超スピードでバーコードを読み取った大樹。降伏は早かった。

 

 

(それにしても……冗談だよな?)

 

 

大樹のあの一言は信じれない。冗談のはずだが、全く信じれないわけじゃない。

 

実際ショッピングモールで犯罪を起こした輩を一網打尽にした揺るがない事実がある。強いのは確かだ。

 

 

「コーヒーは温めますか?」

 

 

「余計なお世話だ」

 

 

「お箸は?」

 

 

「いるわけねェだろうが!」

 

 

「おしぼりは?」

 

 

「いいから会計しろって言ってンだよ!」

 

 

だから最強を怒らせないで!

 

一方通行は千円札を三枚出し、大樹からレシートとコーヒーを入れた袋を渡す。しかし、お釣りは返さない。

 

 

「……チッ」

 

 

一方通行は舌打ちをしてコンビニから出て行った。俺だったら百円以上は許せないな。

 

 

「真面目に仕事しろよお前……」

 

 

「やだよ」

 

 

そう言って大樹は一方通行の買ったはずの缶コーヒーを飲み始める。お前、マジの屑だよな。

 

溜め息を漏らすと、また来客。大樹は元気よく出迎える。

 

 

「いらっしゃいま———」

 

 

「ん?」

 

 

来客したのは肩まで届く短めの茶髪の少女。常盤台の制服を着ており、白井と同じ学校の生徒だとすぐに分かった。

 

しかし、俺はその少女の名前を知っていた。

 

 

(御坂(みさか) 美琴(みこと)!? 第三位じゃねぇか!?)

 

 

常盤台のエースと呼ばれる超能力者(レベル5)。学園都市第三位だ。

 

面識はないから挨拶はしなくていいか。気まずい空気になるだけだし。

 

そう思い、大樹と話そうと———

 

 

「———ただいま全品無料です」

 

 

「お前正気か!?」

 

 

———できなかった。大樹は完全に美琴の方を向いていた。

 

 

「な、何であんたがここにいるのよ?」

 

 

「バイトだ。だから全品無料」

 

 

「完全にアウトでしょそれ……」

 

 

俺と一方通行。そしてあなたでスリーアウト、チェンジまで来ています。

 

 

「真面目に仕事しないさいよ」

 

 

「真面目に仕事をしちゃうと立ち読みを厳重注意しちゃうぜ?」

 

 

「……適度に仕事しなさい」

 

 

「うっす」

 

 

おい。

 

それでいいのか第三位。というか大樹の顔、超能力者(レベル5)に知られ過ぎだろ。

 

美琴は慣れた手つきで本を取り、読み始める。あれ常連さんだわ。一瞬で分かった。

 

 

「いらっしゃいませ」

 

 

再び来客。今度は四人の団体さんのようだ。

 

 

「それで? 浜面(はまづら)はどこ行った訳よ?」

 

 

「どうしても行きたい所があるってトイレから超逃げやがりました」

 

 

「処刑確定ね。今はもういいわ」

 

 

「大丈夫だよはまづら。私はそんなはまづらを応援している」

 

 

「「「しなくていい」」」

 

 

四人の女性が来客。一人は薄い茶色半袖のコートを着込み、ストッキングを履いた美少女。どこかの学校の制服を着た金髪碧眼(へきがん)の美少女。フワフワしたニットのワンピースを着た美少女。ピンクのジャージを着た脱力系美少女。美少女多過ぎ。

 

 

(っておい!? アイツはまさか!?)

 

 

コート着た美少女は麦野(むぎの) 沈利(しずり)じゃねぇか!?

 

まさかの超能力者(レベル5)の第四位! というかこのコンビニのレベル5の入店率高過ぎだろ!?

 

 

(上層部から特に言われてねぇけど……どうも身構えてしまう)

 

 

レベル5だけという理由だけでも、警戒してしまう。それだけ驚異的な存在なのだ。

 

 

「ちょッ!?」

 

 

美琴は急いで手に持っていた本で顔を隠した。知り合いか?

 

四人はバラバラになり、目的の商品を探し始める。初めにカウンターに来たのは金髪碧眼の美少女。

 

 

(何でサバ缶……)

 

 

カウンターに置かれたのはサバ缶。カレーサバ缶もある。サバが好きなのだろうか?

 

大樹は真面目に仕事をして、普通にお釣りも返した。さすがに面識ない人とふざけることはないか。

 

 

「あ、箸も」

 

 

「かしこまりました」

 

 

そう言って大樹はストローを入れた。

 

 

「何で!?」

 

 

「当店ではお客様にサービス精神は忘れないのです。お気になさらず」

 

 

「いやいや! どういう訳よ!?」

 

 

「ストローですよ。もう……分かりますね?」

 

 

「吸うって訳よ!」

 

 

「そうです!」

 

 

「いや、箸ッ!!」

 

 

「はぁ……」

 

 

しぶしぶ大樹は箸を袋に入れる。アイツ、恐れを知らないな。

 

 

「サバか……」

 

 

「こ、今度は何です……」

 

 

「シャケでよくね?」

 

 

「サバ全否定!?」

 

 

(やる気なさすぎだろアイツ)

 

 

金髪の少女はショックを受けながら仲間の元に帰る。あーあ、報告されているぞあれ。

 

でも大樹は満足気な表情。コイツ、次の挑戦者を待っていやがる。

 

 

「ちょっといいですか?」

 

 

「はえ?」

 

 

フワフワしたニットのワンピースを着た少女に声をかけられる。急に声をかけられたせいで変な声が出てしまった。

 

 

「あの人と、知り合いですか?」

 

 

「全然」

 

 

別に仲間を売ったわけでは無い。ちょっと、ね?

 

 

「そうですか。なら遠慮は超いりませんね」

 

 

あれ? 意外とバイオレンス少女なのかな? そんなにポキポキと手を鳴らして、殴っちゃうのかな?

 

 

「ボコボコにしちゃう訳よ!」

 

 

「あんまり大きくしないでよね。揉み消すの面倒だから」

 

 

(怖い! 揉み消すって何を!?)

 

 

関わらないように俺も立ち読みに専念する。頼むから流血事件だけはやめてくれ!

 

少女はカウンターに雑誌を置く。その時、俺は気付いてしまった。

 

 

(雑誌のページが曲がってる!? まさかこの子———!?)

 

 

クレーム出す気満々じゃないですか! 性格悪ッ!

 

大樹はそれを手に取り、バーコードを読み取ろうとするが、

 

 

「あれ? この雑誌……すいませんお客様。今、新しいのを代えますね」

 

 

「えッ」

 

 

気付いた。しかも普通に。

 

大樹はお辞儀をしながら新しい雑誌を裏から持って来て謝罪する。

 

 

「大変申し訳ございません。こちらの不手際でお客様に大変失礼なことを働き———」

 

 

「い、いえ……あの……」

 

 

丁寧に何度も頭を下げている人を見て少女は罪悪感に押し潰されそうになっている。大樹は分かってやっているな。

 

 

「———こちらの週間雑誌で間違いございませんか?」

 

 

「は、はい」

 

 

「490円です」

 

 

少女はキッチリお金を払い、大樹は商品を渡した。少女は罪悪感を背負ったまま、仲間の元に戻る。

 

 

「超強敵でした……」

 

 

「何しているのよ……それよりもいいの?」

 

 

「はい?」

 

 

 

 

 

「それ、先週のやつでしょ」

 

 

 

 

 

(大樹が鬼過ぎるうううううゥゥゥ!!)

 

 

最低だよ! さんざん罪悪感を植え付けさせた後は先週の雑誌を売りつけやがった! しかも「こちらの週間雑誌で間違いございませんか?」と確認を取るえげつない行為。返品し辛いにも程がある!

 

少女は撃沈。雑誌コーナーに赴くも、無情にも残った雑誌は一冊もなかった。

 

 

「ひどいわね……」

 

 

「ああ、ひどい」

 

 

美琴と原田は同じ感想を漏らす。もう見ていられないわ。あとで検挙したほうがいいかな?

 

スッと今度はジャージを着た女の子が素早くカウンターに行く。今度はどうするつもりだ?

 

 

ピッ、ピッ、ピッ

 

 

「お箸はお付けしますか?」

 

 

「いらない」

 

 

「恐れいります」

 

 

ピピッ

 

 

「560円です」

 

 

「千円から」

 

 

「千円お預かりします」

 

 

ピッ、ピッ、ガシャンッ

 

 

「440円とレシートのお返しです。ありがとうございました」

 

 

そして、ジャージを着た少女は仲間の元に戻る。

 

 

「買って来た」

 

 

「「「普通に買うんかい!」」」

 

((普通に買うんかい!))

 

 

三人は声に出してツッコミを入れる。俺も心の中でツッコミを入れてしまった。

 

 

「麦野ぉ~~~!」

 

 

「超仇を取ってください」

 

 

「いや、私も普通に買いたいんだけど……」

 

 

やられた二人が麦野に縋りつく。実は俺も大樹が苦しむ姿が見たいです。

 

しかし俺の願いは叶うことは無かった。普通に会計されてしまい、麦野は何もすることができなかった。

 

 

「ほら、帰るわよ」

 

 

「ありがとうございましたー」

 

 

麦野は不満げな表情をした少女二人とジャージの女の子を連れてコンビニを後にした。

 

俺は再びカウンターに近づき、話し始める。

 

 

「さすがに最後は喧嘩売らないんだな」

 

 

「えッ? 箸の代わりにストロー二本、入れたけど?」

 

 

訂正。恐れ知らず発見。

 

 

「怖いわ……どうしてそこまでやろうと思えるのかしら……」

 

 

「そりゃ美琴を傷つけた連中だって知っていたからな」

 

 

「うッ……お願いだからもう言わないでよ……」

 

 

「へいへい」

 

 

……何だこの甘い空気は。リア充爆発しろとはこのことか。

 

 

「はぁ、大樹。トイレ貸してくれ」

 

 

「120円だぞ」

 

 

「金取るなよ!?」

 

 

 

________________________

 

 

 

(何だか疑う方がバカバカしくなってきたぞ……)

 

 

手を洗いながら溜め息を漏らす。

 

レベル5に対してあの態度。全く動じぬ大樹は怪しいが、悪い怪しさでは無い。まぁあの客の対応はクソだったが。

 

扉を開けて大樹たちの所に戻る。

 

 

「あッ……」

 

 

「……………」

 

 

そして、俺は固まってしまった。

 

この3分も経たない時間の中、どうしてこんなことになっているのだろうか?

 

カウンターに立った大樹。彼は入り口に立つ麦野と睨み合っている。

 

美琴はカウンターの後ろに本を持って隠れ、店長らしきオッサンが白目になっている。

 

これだけではない。さらに声を漏らした人物は目の前にいた。ツンツン頭の高校生が修道院のシスター少女に襲い掛かり、口を塞いでいた。

 

さらにコンビニの店内にはトランプのようなカードが一面に貼られており、その奥には赤髪の強面の男性と、ちょっとエロい恰好をした女性がツンツン頭の腕を掴んでいた。

 

 

 

 

 

———意味が分からねぇよ!!!!!

 

 

 

 

 

まず最初! 大樹は自業自得だ! そのまま焼かれてろ!

 

次に第三位と店長! 避難しろ! マジでヤバイから! 特にテンチョー逃げてぇ!

 

しかし、ツンツン頭の対処方は簡単だ。俺は携帯電話を取り出し、風紀委員本部に掛ける。

 

 

「こちら原田。ツンツン頭の青年がシスター少女に襲っている変態プレイ現場に遭遇しました」

 

 

「不幸だああああああァァァ!!!」

 

 

うるせぇよ。犯罪者に貸す耳などないから。

 

次にこのカード何!? 不気味なんだけど!? 相当の量があるんだけど!?

 

そしてお前ら二人、誰だよ!? というか刀でけぇ!? 銃刀法違反がいるんだけど!?

 

 

「何だこのカオス!? 何だこの状況!?」

 

 

「いいぜぇ第四位! かかってきやがれ!!」

 

 

「いい度胸してるじゃない……!」

 

 

「お前はマジでいい加減にしろよ!? 命知らずもここまで来れば大馬鹿だぞ!?」

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!

 

 

その時、コンビニのドアが吹っ飛んだ。

 

 

「オイ! 楢原ァ! コーヒーの中に極甘を入れンじゃねェ!!」

 

 

「ざまぁああああああああああああああああああああああ!!」

 

 

「コロス!!」

 

 

「ちょッ!? これは洒落に———!?」

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!!!

 

 

 

________________________

 

 

 

「よぉ、また会ったな」

 

 

「先生。俺はおうちに帰りたいです」

 

 

「無理だ。監視カメラは破壊されて現場の様子は不明、いるのはここの店長とお前だけ。店長は何故かお花屋さんを経営するってことしか言わねぇし、お前だけなんだよ」

 

 

店長おおおおおおおおおォォォォ!!!

 

 

「店長には、優しくしてやってください」

 

 

「お、おう……」

 

 

「実はですね、信じられない話かもしれないですが……」

 

 

「ここは学園都市。信じられないことはたーくさんある。多少のことじゃ———」

 

 

「実はトイレに行っている間、バイトしていた男が学園都市の第四位と第一位に喧嘩を売って、その後はツンツン頭の青年がシスター少女を襲い、銃刀法違反した美人さんと赤髪の大男が入って来てこうなりました」

 

 

「———————あ?」

 

 

今2秒くらい思考停止したよこの人。

 

ふと周りを見渡せば警備員(アンチスキル)の人たちが俺を憐れむような目で見ていた。

 

 

「この子、そうとう重傷じゃん?」

 

 

「違います。事実です」

 

 

「あー、原田。飲み物おごってやるから、車に乗れ」

 

 

「それ先生の車じゃないですよね? その白い車、救急車ですよね?」

 

 

「新車だ」

 

 

「騙す気あります?」

 

 

「大丈夫だ。家まで送ってやるからさ」

 

 

「このまま赤い十字架がある建物に連れて行きますよね? 搬送されますよね?」

 

 

「……………確保おおおおおおォォォ!!!」

 

 

「待ってぇええええええええ!!!」

 

 

 

________________________

 

 

 

日はまもなく沈もうとしいた。涙ながら説明すると憐れまれて解放してくれた病院。今日は散々な目にあった。

 

夕焼けを見ながら涙を流す。風紀委員ってこんなに精神的にくるモノだったかしらん?

 

……はぁ、しんどい。

 

自分を慰めるために、今日は奮発していいモノを買おう。特に海鮮丼とかいいんじゃね? 刺身買って白飯の上に乗せる手抜き料理。しかし、味は最高級だぜ!

 

駅から徒歩2分もかからないショッピングモールで買い物をする。幸いなことに人は少なく、スムーズに買い物ができた。

 

 

バチンッ!!

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

その時、天井の照明が全て消えた。女性の悲鳴が響き渡り、辺りが騒がしくなる。

 

 

(停電……? いや、違う!)

 

 

この場合、停電と考えるのは捨てた方がいい。近代科学に置いて停電することは稀。最新技術で停電することなく、予備電源がすぐに入る仕組みは授業で習ったことがある、

 

よって、この停電は———故意に行われた!

 

 

ガララララッ!!!

 

 

「しまっ———!?」

 

 

目の前に防火シャッターが降り注ぎ、店内に入れなくなったしまった。シャッターを叩くも、人の手では壊せないことがすぐに分かってしまう。

 

 

「クソッ!!」

 

 

携帯電話を取り出し、ボタンを二回押すだけで緊急メールを送る。幸い電波は繋がっている。これをやった犯人は犯罪に関してド素人。俺だけでも対処できる可能性はある。

 

 

「落ち着いてください! 俺は風紀委員(ジャッジメント)だ! 落ち着いて南側の出口に移動してくれ!」

 

 

ここ区画一体のショッピングモールや施設はある程度把握している。ここは北側出口近くに地下へと続く階段があって、そこに電源室があるはずだ。犯人と一般人を会わせるわけにはいかない。

 

 

「ふざけやがって!」

 

 

犯人の目的は分からない。しかし、ここでじっとしているわけにはいかない。

 

今は一般人の救助。ポケットに手を入れて一つのビー玉を手に取る。

 

原田の能力は極めて珍しい類のモノ。レベル4に位置する【永遠反射(エターナルリフレクト)】だ。

 

物体にスーパーボールのように何度もバウンドと言った反射を付加することが可能なのだ。

 

 

「こんなシャッター……速攻壊してやるよ」

 

 

手の中で何度もビー玉を反射させる。手の中で暴れ回るビー玉の速度はやがて亜音速に到達する。

 

能力を与え続ければ自分の手の中で痛みを貰うことなく反射することができる。体に当たったら当然痛いが、手だけは例外。

 

 

「吹っ飛びやがれ!!」

 

 

バシュンッ!!

 

 

何百の反射を繰り返すことで速度は亜音速に達し、原田の手からシャッターに向かって放たれた。

 

 

ベゴオオオオオオオンッ!!

 

 

シャッターは大きくへこみ、そのまま大きな風穴を開けた。

 

 

シュンッ!!

 

 

「ッ……っと!」

 

 

跳ね返って来たビー玉をキャッチし、能力を消す。同時にビー玉は粉々に砕け散り、地面に散らばる。

 

能力を自在に消すことができる便利性はホント助かる。もしあのまま亜音速で飛び続けていたらショッピングモールは瓦礫の山と成り果てるだろう。

 

 

「な、何だ!?」

 

 

「おい! 救助が来たんじゃないか?」

 

 

「助かったの!?」

 

 

「落ち着いてください! 出口は開けたので焦らず避難してください!」

 

 

買い物に来ていた人々が急いで俺が開けた穴から逃げて行く。お礼の声をかけながら出て行く人もいた。

 

 

「おやおや? 誰が逃げて良いと言いましたかね?」

 

 

「ッ!」

 

 

その時、ショッピングモールの北側の通路から男の声が聞こえた。人々は足を止めて、恐怖している。

 

身長は俺と同じくらい。180cmくらいの男性。黒いコートを着ており、中に何を着ているかは見えない。

 

黒の短髪。ニタリと笑った表情は気味が悪くて怖い。

 

 

「これから楽しいお祭りが始まると言うのに……やれやれ」

 

 

「お前が主犯か。他の仲間は連れていなくていいのか?」

 

 

「そこのハゲは何を勘違いしているか知りませんが、私一人ですよ」

 

 

よしコイツ殺す。

 

 

「ッ……一人だと?」

 

 

「戯れるのは好きじゃないんですよ。あ、でもこういう戯れは好きですよ」

 

 

男は拳を握り絞め、構える。

 

 

「みんなで殺し合い、とかね」

 

 

ミシッ……!

 

 

「かはッ!?」

 

 

その瞬間、自分の腹部にとんでもない衝撃が走った。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

防火シャッターに背中を打ち付け、肺の空気を全て吐き出す。その場に膝を着き、何度も咳き込む。

 

 

「こう見えて格闘術のマスターです。まぁ残念なことに薬を使っていますがね」

 

 

「ごほっ……この野郎ッ」

 

 

ビー玉に能力を付加。高速でビー玉を飛ばす。

 

生身の人間に先程の攻撃は致命傷になる。殺しては駄目だ。気絶させるのが目的。

 

 

「見え見えですよ?」

 

 

スッ

 

 

しかし、男は簡単に首を曲げるだけで回避。その行動に俺は絶句する。

 

 

「これは格闘術ではないですよ。私の能力です」

 

 

「能力だと……おいまさか!?」

 

 

 

 

 

「はい、レベル3の【未来予知】です」

 

 

 

 

 

男の答えに原田は歯を食い縛る。

 

 

「10秒先の未来を予知します。なのであなたがこの後、逃げ出すことも予知していますから、逃げても無駄です」

 

 

格闘術に置いて最悪な組み合わせだ。相手の攻撃を読んだ格闘なんて、もうそれは戦いでは無い。

 

一方的な、蹂躙(じゅうりん)だ。

 

 

「自己紹介が遅れました。私、保穂笛(ほほぶえ) 町斗(まちと)です」

 

 

勝てない。ならば逃げるしかない。でもアイツは———

 

 

「では、命懸けの鬼ごっこ開始です」

 

 

———それを読んでいる。

 

 

悲鳴が響き渡り、人々が一斉に逃げ始める。それを追いかけようと保穂笛も走り出す。

 

ミシミシと嫌な音が鳴る体を無理矢理動かし、数少ないビー玉を全て投擲する。

 

しかし、保穂笛の走りはフェイント。すぐにバックステップでビー玉の投擲される射線上から逃げている。

 

 

「何度も来るなら答えましょう。それが私の美学ですので」

 

 

ドゴッ!!

 

 

「ごふッ!?」

 

 

顎を下から蹴られ、脳が揺れる。意識が遠のくが、それでも踏みとどまる。

 

 

「があ゛ッ!!」

 

 

「おっと」

 

 

拳を振り下ろすも、簡単に避ける。素人の攻撃では能力を使わずとも避けれる。

 

保歩笛は気色悪い笑みを浮かべながら右腕を振り上げる。

 

 

「終わりです」

 

 

ドゴッ!!

 

 

強烈な一撃。肘打ちが後ろ首に叩きこまれ、地面に頭から落ちる。

 

口から血を吹き出す。全身が痺れ、首の骨が折れてしまったか分からない。折れているなら死んでいるか?

 

 

「耐久ならあなたは他の格闘家より才能ありますよ。でも私には勝てない」

 

 

「ッ……かぁッ……!」

 

 

「……これは驚いた。意識がまだあるのですね」

 

 

自分でも驚いている。あんなにボコボコにされているのに、まだ戦える。

 

目を見開き、地面を思いっ切り叩いた。

 

 

「ああああああァァァ!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

床のタイルが一気にめくれ、上に向かって弾け飛ぶ。能力をタイルに使い、弾け飛ぶ勢いをつけさせた。

 

 

「ッ!」

 

 

しかし、行動は読まれていた。俺が拳を振り上げていた時点で保穂笛は後ろに下がっている。

 

 

ガラララララッ!!

 

 

「くッ!?」

 

 

その時、能力の衝撃で近くの柱が瓦解。天井が崩れ落ちる。

 

保穂笛が全力で回避。ここに来て焦ることを見逃さなかった。

 

 

(……はッ)

 

 

ハハッっと乾いた笑い声を漏らしてしまう。何だよ、簡単じゃねぇか。

 

 

 

 

 

能力を見破るのに、時間が掛かり過ぎだぞ俺。

 

 

 

 

 

そうと分かれば行動あるのみ!

 

 

「ッ……待ちなさい!」

 

 

好機と見たのか原田が逃げ出した。速度は遅いが、足場が悪いせいで保穂笛は苦戦を()いられる。

 

廊下を駆け抜け、店内に入り込む原田を追いかける。何かを仕掛ける前に潰す。保穂笛はまたニタリと笑った。

 

 

「……意外です。このまま逃げるかと思っていたのですが」

 

 

「ハッ、テメェを殴るまで逃げてたまるかよ」

 

 

原田は店内の中心にいた。血を流しながら肩を上下させながら息を荒げている。

 

 

「最後に聞いていいか?」

 

 

「何でしょう?」

 

 

「何でこんな真似をした」

 

 

原田の質問に保穂笛は大笑いした。

 

 

「フハッハッハッハ!! じゃあ逆に聞いていいですか!? どうして能力で戦わないのですか!?」

 

 

「……どういう意味だ」

 

 

「せっかくこんな素敵な能力があるのですよ? どうして戦わないのか私には理解できないのですよ!」

 

 

「……ああ、そうか。よくいる馬鹿と同じか」

 

 

原田は眼光を鋭くして、保穂笛を睨む。

 

 

「異能バトルとかやりたいアホの中二病共と同じだよお前は……!」

 

 

「失礼な人だ。あなたは成りたくないのですか? 学園都市一位に? 私は登りつめたいのですよ。だからここで騒ぎを起こして順位をどんどん上げて行くのです。あ、こう見えて私、暗部の人間ですので指名手配などご自由にどうぞ。その方が有名になりますしね」

 

 

ああそれとっと保穂笛は付け足す。

 

 

「あなたが大量のビー玉をばら撒くのは予想できますよ? 未来を視るまでもなく」

 

 

この見えは百円均一で売られた店。つまり百円ショップだ。

 

先程の攻撃を見ていれば何をしようとするのかすぐに理解できる。

 

 

「あなたの負けですよ。どれだけビー玉を集めようとも、【未来予知】で分かります」

 

 

突きつけられた現実に原田は———

 

 

「なぁ知っているか?」

 

 

———絶望はしなかった。

 

 

「どんな能力でも大体欠点があるんだよ」

 

 

「……急にどうしたのですか?」

 

 

「うちの後輩は【空間移動(テレポート)】という最強の能力なんだが、欠点は自分か、触れている物体じゃないと飛ばせないんだよ」

 

 

「だから何が———」

 

 

「俺の能力の欠点は大きい物体と人には使えないこと。電気や風と言った形がないモノには使えないことだ」

 

 

意味の分からないことを告げる原田に、保穂笛は溜め息をつく。

 

 

「だから何だと言うのですか? まさか私に欠点があるとでも?」

 

 

「ああ、そういうことだ」

 

 

ガラララララッ!!!

 

 

その瞬間、保穂笛はその光景に恐怖した。

 

 

 

 

 

背後の防火シャッターが降りたことに。

 

 

 

 

 

「はッ……はいッ?」

 

 

困惑する保穂笛に原田はニッと歯を見せて笑う。

 

 

「お前の弱点は二つ。予知する時に、見えるモノしか視ることができない」

 

 

「ど、どういうことですか!?」

 

 

「例えば、俺が()()()()()()()()()()だと気付かないことだ」

 

 

その瞬間、保穂笛が見た未来の光景に戦慄していた。

 

 

「ああ、そうだよ……」

 

 

原田は自分の背中で隠していたから携帯電話を取り出す。

 

 

「予知していても、後ろでずっとメールを打っていることは分からないだろ?」

 

 

そう、保穂笛が予知したのは原田が()()()()()()だけ。

 

原田がどう動くか分かったとしても、ポケットの中身や背中に隠したモノは、10秒先で取り出さない限り、見破ることはできない。

 

つまり、10秒先で見れるモノを取り出さない限り、見せない限り、行動しない限り、保穂笛には分からないのだ。

 

 

「そ、それがどうしたというのです! それでも攻撃の攻撃は全て読める! ほらッ、大量のビー玉を飛ばすんでしょ!? 避けれますよ! あなたの飛ばすビー玉全部全部全部!!」

 

 

保穂笛は焦っている。しかし、勝てることは確信している。

 

馬鹿な人だ。彼の言っていることは正しい。だけど、だからどうした!?

 

行動しない限り、自分に勝つことはできない! 触れることすら、些細なことでも予知できる自分に死角はない!

 

 

「そして、お前の二つ目の欠点は———」

 

 

原田は高速でビー玉を飛ばす。保穂笛は簡単に避ける。

 

ビー玉の速度は上がるが、予知している限り、当たることはない!

 

 

「あえッ……?」

 

 

予知した光景に、保穂笛の表情は真っ青になった。

 

 

 

 

 

「———予知できても、回避できなければそれまでだということだ」

 

 

 

 

 

ミシミシッ!!

 

 

天井から嫌な音が響く。保穂笛はガチガチと歯を鳴らしながら悲鳴を上げる。

 

 

「い、嫌だああああああああああァァァ!!!」

 

 

「倒れて来た柱、全力で回避していたよなお前? 10秒先を見ていても、回避できるかどうか分からなかったんだろ?」

 

 

ビー玉は加速し続ける。棚の商品を破壊しながら、壁や天井をぶち壊しながら。

 

 

「お前はレベル3止まりなのは、レベル4やレベル5のような無茶苦茶な強さがないからだ」

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!!

 

 

「うわああああああああああァァァ!!」

 

 

保穂笛の悲鳴と共に天井が崩れ落ちた。

 

 

どれだけ身体能力が高くても、避けることはできない。

 

 

どれだけ予知できても、行動が間に合わなければ意味がない。

 

 

 

________________________

 

 

 

「うぅん?」

 

 

気が付けば真っ白な天井がまず目に入った。

 

 

「どこだここ……あッ、知らない天井だ」

 

 

「どうして言い直す必要があったのですか」

 

 

「うおッ!?」

 

 

ツッコミを入れられたことに驚く。急いで体を起こせば制服を着た白井 黒子が椅子に座っていた。

 

 

「っていたたた……!」

 

 

「まだ安静にしていないと駄目ですわよ。全身打撲なのですから」

 

 

白井の言葉で全てを思い出す。そうか、俺は天井に押し潰されて……よく生きていたなオイ。全身打撲で済んでいるのかよ。

 

 

「犯人は逃亡中。怪我人はいませんですの」

 

 

聞きたいことが分かっていたのか、白井が先を読んでいた。

 

 

「随分と無茶をしたのですのね」

 

 

「……心配かけたな」

 

 

「いえ、微塵も」

 

 

「同じ仲間だよね? 一欠片くらい心配しないの?」

 

 

黒子、黒いの。

 

 

「……まぁ心配はしました」

 

 

「え?」

 

 

「死んでもおかしくなかったのですのよ!? どうしてあんな危険な真似ができますの!?」

 

 

「あばばばばばッ」

 

 

白井に服を掴まれ凄い勢いで揺らされる。脳が溶けるぅ!!

 

 

「反省してくださいまし」

 

 

「うっぷ、うっす……」

 

 

ちょっとデレを見せた後輩に、俺は笑いを堪えるのに苦戦した。

 

 

「何笑っていますの!」

 

 

「笑ってねぇよブフッwww」

 

 

「~~~~ッ!?」

 

 

「ちょっと!? 何を投げ飛ばそうと———ぎゃああああああああァァァ!!」

 

 

 

________________________

 

 

 

「はぁ……はぁ……クソッ!!」

 

 

保穂笛は腕を抑えながら暗い路地裏にいた。

 

風紀委員が簡単に近づかない区画。ここまで逃げれば勝ちだと踏んでいた。

 

 

「ほい、発見」

 

 

「ッ!?」

 

 

突如目の前に一人の青年が現れた。

 

 

「誰だ貴様!」

 

 

「お前を豚箱に入れる者さ」

 

 

「何だとッ!?」

 

 

「聞こえなかったか。お前を下駄箱に入れる者さ」

 

 

「さっきと違うだろ!? そもそも入らないだろ!?」

 

 

「お前を筆箱に入れる者さ」

 

 

「もっと入らないだろ!?」

 

 

「靴箱には入れると思っているのかお前……キモッ」

 

 

カチンッと頭に来る発言に保穂笛はキレる。

 

 

「ぶっ殺すッ!!」

 

 

「はいはい、やってみろよ」

 

 

能力を発動して【未来予知】を始める。しかし、

 

 

「は?」

 

 

「どうした? 来いよ?」

 

 

そこには絶望しか映ってなかった。

 

 

「来ないならこっちから行くぞ?」

 

 

ダンッ!!

 

 

気が付けば青年は一瞬で距離を詰めて、懐に入っていた。

 

 

「ヒィッ!?」

 

 

勝てるわけがない。

 

 

 

 

 

音速で移動する相手に、対処できるはずがない。

 

 

 

 

 

ドゴンッ!!

 

 

青年の拳が顔面に叩きこまれる。プツンっと意識が切れ、その場に倒れた。

 

 

「俺の恩人に、傷つけた罰だ。反省しやがれ」

 

 

「オイ! 早くしやがれェ! 天井(あまい)の野郎が逃げやがったぞ!」

 

 

「へいへい。そもそも俺、いるの? 学園都市一位さん」

 

 

「死ンで見るか?」

 

 

「一生懸命働きます!」

 

 

________________________

 

 

 

 

「ずびばぜんでじだ……」

 

 

猛省したよ。白井、怖いよ。

 

 

「もういいですの。それより———」

 

 

パサァ……

 

 

「ん?」

 

 

白井がベッドに何枚かの紙を投げた。

 

 

「———始末書、お願いしますの」

 

 

「ちょっと待てェ!!」

 

 

「何ですの?」

 

 

「こっちが何ですのだけど!? どうして書くの!?」

 

 

「天井を壊したことではありませんの。それは相手を抑える必要な行為として認められましたので。まぁ妥協したそうですよ、上に感謝ですの」

 

 

「でも書くんでしょ!? ホワイッ!?」

 

 

「そう言えば知っています?」

 

 

白井は最高の笑顔で、説明した。

 

 

()()シャッターは手動で開きませんが、()()は避難する為に、()()で開く仕組みが多いのですよ?」

 

 

「……………もしかして、壊したから?」

 

 

「はいですの☆」

 

 

「もう風紀委員なんて嫌だあああああああああああああああああああァァァ!!」

 

 

 




そして、次回予告である。


———あなたは、何がやりたいですか?


「今からゴールするまで帰宅禁止だから」

「何て酷いマスなんだ!」

「あとは……任せた……」

「おいこのゲーム、学校が公認しているんだよな? 死人が出ていいのか? 嘘だろ?」

「風穴あああああァァァ!!」


———時が立てば、環境は変わります。


「何度も言うが、俺はこれを言い続けなければ死ぬというわけでゲスにゃんふにゅーらんらんザマス」

「あたしのパンツはそんなに安くないわよ!!」

「逆に考えるのよ。ホモは素晴らしいと」

「ああ、分かっている。俺は、大樹を殺すしかないんだ」


次回、『リアル刑事人生ゲーム』



カオスってレベル越えてないですか?


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リアル刑事人生ゲーム

Hey Hey カオス! 作者のコメントもカオス!

感想も中々カオスになってきている! チェケラッ!!


……最近笑いの神様が降りて来ません。元々降りて来たことがあるのかは不明ですが。


文字数は1万9千となっております。


「今からお前らにはゲームをやってもらう」

 

 

「はい?」

 

 

放送で集合をかけられ、集まれば先生の口から出たのはこの言葉。全く理解できず、俺は聞き返してしまう。

 

 

「すいません、遠山の内臓がどうしたと言いましたか?」

 

 

「そんなこと言ってないだろ!?」

 

 

隣に居た遠山 キンジにツッコミを入れられる。はいはい、良いツッコミですね。

 

 

「臓器を交換しないとマジでヤバイって言ったんだ」

 

 

「アンタも言ってねぇこと言うなよ!?」

 

 

「あっそ」

 

 

「そして冷たいなお前!」

 

 

「バカキンジ。話が進まないでしょ、静かにしなさい」

 

 

「俺だけが悪いのか!?」

 

 

神崎・H・アリアに注意されたキンジは俯いて落ち込む。まぁ、頑張れ。

 

 

「先生、あたしたちは大会の片付けがあるのですがいいのですか?」

 

 

そうだ、俺たちは国際武偵競技会アドシアードの片付けをしなければ撃ち殺される。ガチで。

 

俺は火薬庫を吹っ飛ばしたし、反省しながら片付けるという重大な任務が残っている。

 

御坂 美琴の質問に先生は頷きながら答える。

 

 

「あーしなくていいよ。お前ら四人には別のことをやってもらいたいから」

 

 

それと楢原っと先生は俺だけを呼び、手招きしている。

 

俺は戸惑うも、先生に近づく。先生は一枚の紙を取り出し、笑顔で告げる。

 

 

地下倉庫(ジャンクション)の請求書」

 

 

「全力でお手伝いさせていただきます!!」

 

 

脅して来やがりました☆

 

まぁ通帳を使えば返せる額ではあるが、一気に貧乏になるのは嫌である。裕福で駄目な暮らしバンザイ。

 

 

「それじゃあこの部屋で待ってろ。もう一人来るから」

 

 

そう言って先生は退室した。

 

部屋は教室より二回りくらい広い空間だった。何も置かれておらず、正面にモニターがあるだけだ。

 

 

「よぉお前ら! 武藤 剛喜様、ただいま見参だぜ!」

 

 

「チッ」

 

 

「今舌打ちした奴誰だ!?」

 

 

俺じゃないよ? 遠山だよ。

 

 

「というか何をするんだよ。聞かされていないから怖いんだが?」

 

 

「そうね。少し不気味……かしら?」

 

 

「怖かったら俺に抱き付いても———」

 

 

「ありがとう……能力全開で電気を放出するかもしれないけど」

 

 

「———アリアにどうぞ」

 

 

「何であたしなのよ!?」

 

 

「いや、遠山と武藤に抱き付かせるくらいならアリアがいいかと」

 

 

「風穴開けられたいのかしら……!?」

 

 

いやん。

 

 

『パンパカパーーーーーン!!!!』

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

突如大音量で鳴り響いたファンファーレに俺たちは驚く。正面のモニターに映像が映し出された。

 

 

『やぁ諸君! 僕はこのゲームのマスコットキャラクター、神童(しんどう)・ディアボルティアクルス・リントー・ボルンブルルクス2世だよ!』

 

 

「名前クソ長い上に、クソみたいな名前だな」

 

 

もうクソである。

 

映像に映ったのは二頭身のキャラクター。武偵制服を着ており、目が死んだ男の子が現れた。コイツ、怖いんだけど?

 

 

『気軽に〇ッキーって呼んでね!』

 

 

「「「「「アウト!」」」」」

 

 

『じゃあふ〇っしー!』

 

 

「「「「「アウト!!」」」」」

 

 

『分かったよ……神童君でいいよ……』

 

 

スリーアウト、チェンジする前にOKが出た。何拗ねてんだよコイツ。

 

 

「ねぇ神童君。これから何をするつもりなの?」

 

 

美琴の切り替えの速さに周りは驚くが、本人は気付かない。凄いな美琴。もう呼んでいるよ。

 

神童君はクルクルその場で回った後、一枚のプレートを出した。

 

 

『諸君らには今から、リアル刑事人生ゲームをやってもらうよ!』

 

 

「人生ゲーム……?」

 

 

『成績が好ましくない武藤君にも分かるように説明するね!』

 

 

「うるせぇ!!」

 

 

『ルールは簡単。今から諸君らには高校一年生になった自分を駒にして、ゲームで遊んで貰うよ!』

 

 

プレートをひっくり返し、そこにはルールが記載されていた。

 

〇 1~10の数字が書かれたルーレットを回し、その目に応じて駒を進ませてゴールを目指す。

 

〇 マスに書かれたハプニングや幸福は己の手で掴み取れ。

 

〇 最終金額、職業、経歴で順位を決める。

 

 

なるほど。人生ゲーム(武偵バージョン)というわけか。お金はもちろんだが、職業は警察関連、経歴はどれだけ活躍したのか鍵になるのか。面白そうだな。

 

周りもちょっと面白そうと思っている。まぁ気楽に楽しめそうだ。

 

 

『言い忘れていたけれど、これは学校公認のゲームだからビデオを取るよ! ハメを外し過ぎないようにね!』

 

 

神童君はそう言い残すと、モニターが切り変わった。

 

自分たちをモデルにした駒がスタートに集まり、一直線の道が伸びている。しっかり一つ一つマスがあり、ノリノリなBGMが流れる。

 

 

「クオリティ高いなぁ」

 

 

「そうね。予算の無駄じゃないかしら?」

 

 

アリアの厳しいお言葉に俺たちは何も言わない。うん、ノーコメントで。

 

 

『最初は武藤君! ルーレットを回すよ!』

 

 

「うおッ!? もう始まるのか!?」

 

 

画面に映ったルーレットがグルグル回り、やがて静止する。

 

 

『1』

 

 

「さすが武藤だな」

 

 

「どういう意味だキンジ! いいじゃねぇか! ゆっくりでもよぉ!」

 

 

初っ端から1を出すとか素晴らしい。最下位は武藤だと俺は思う。

 

画面に映った武藤のコマが1マスだけ進む。パネルがめくれ、文が見えるようになる。なるほど、そのマスに止まらないと何が書いてあるのか分からないのか。これは怖いな。

 

 

「さぁて? 何が書いてあるんだ?」

 

 

 

 

 

強襲科(アサルト)に入るも、周囲の人間と大幅に(おく)れを取ってしまい、射撃訓練で足を滑らせて、誤射の銃弾で射殺されて死亡する』

 

 

 

 

 

「「「「「死んだあああァァ!?」」」」」

 

 

嘘だろ!? 早速死人が出たんだけど!?

 

というか後れを取ったぐらいで死ぬの!? しかも訓練中に!? 本物の銃弾を使わないのに何故死んだ!? 

 

奇跡のような死亡事故に画面が真っ赤に染まり『DEAD END』の文字が現れる。酷すぎる。

 

 

パカッ

 

 

「はえ?」

 

 

その時見た、武藤の表情は忘れない。

 

突然床が開き、武藤が落ちて行く。その光景を一生忘れない。

 

最後に武藤は口パクで、言い残した。

 

 

『うそやん』っと。

 

 

ガコンッ

 

 

開いた床が閉まり、静寂が空間を支配した。

 

 

『次は御坂君の番だよ!』

 

 

「やらせれるか!?」

 

 

急いで俺は止めに入る。しかし、神童君は不思議そうな表情をしていた。

 

 

『あれ? みんなどうしたの? 神童君は画面端にずっといるよ?』

 

 

「どうでもいいわ! 武藤はどうした!? 何が起きた!?」

 

 

『何がって武藤君は強襲科(アサルト)に入れたけれど……才能が無かったんだね。一番弱くて、みんなのパシリになって、最後は悪戯っ子の誤射という名のいじめの銃弾が当たってしまったんだ……』

 

 

「可哀想っていうレベルじゃないぞ!?」

 

 

ヤバい。武藤が報われなさすぎて辛い。幸せにしてやりたいんだけど。

 

その時、ガチャッっと閉まっていたドアに鍵が掛けられた。ドアの外から先生の声が聞こえる。

 

 

「今からゴールするまで帰宅禁止だから」

 

 

「最悪だろ!?」

 

 

キンジが必死にドアを叩くも、無意味だった。開きそうにない。ここはブチ破るか?

 

 

『ここで中断したら、武藤が大変なことになっちゃうぞ☆』

 

 

「「「「もうやめてえええええェェェ!!」」」」

 

 

武藤のライフは0よ! 頼むからもう手を出すな!

 

 

「キンジ。ここはやるしかない。俺、武藤を救いたい」

 

 

「奇遇だな。何故か俺も救いたい」

 

 

「あたしもよ。やりましょ」

 

 

「絶対にゴールしてみせるわ」

 

 

俺の言葉にキンジ、美琴、アリアは頷いた。一致団結。力を合わせる時だ!

 

ルーレットが回り、美琴の進むマスが決まる。

 

 

『6』

 

 

中々良い数字だと思う。美琴の駒が6マス進み、パネルがめくれる。

 

 

装備科(アムド)で良い成績を出すことができた! たくさんの報酬金を手に入れる!』

 

 

「よ、よかった……普通のマスだわ……」

 

 

美琴の所持金が一気に増える。よかったぁ……美琴に何かあれば俺はこの学校を許さないから。

 

次はアリアの番だ。ルーレットが回り、数字が決まる。

 

 

『8』

 

 

「良いスタートダッシュじゃない♪」

 

 

大きな数字にご機嫌なアリア。しかし、俺は不安で仕方なかった。

 

アリアの駒が8マス進み、パネルがめくられる。

 

 

『成績が優秀なせいで孤立してしまった!』

 

 

「……………」

 

 

「何て酷いマスなんだ!」

 

 

やめろよ!! 何かアリアのトラウマを抉ってないかコレ!? 容赦ねぇなオイ!

 

 

ポスッ

 

 

その時、天井から黒板消しが落ちて来た。油断していたアリアは避けることができず、そのまま頭に落ちてしまった。

 

 

『―――さらに、いじめを受けて、コミュ力と知名度が低下する!』

 

 

「もうやめてやれよおおおおおおォォォ!!」

 

 

もうその光景に見ていられなかった俺はアリアを抱き寄せた。アリアは抵抗することなく、ただ俺の胸に顔をうずめた。許さない……アリアをいじめた奴ら……埋めてやる……!

 

今度はキンジのターン。どうやら俺は最後のようだ。

 

ルーレットが回り、数字が決まる。

 

 

『10』

 

 

一番大きな数字。しかし、喜ぶことはできなかった。

 

 

「……進み過ぎて死亡する可能性があるじゃないか?」

 

 

「いや、それはないかもしれない」

 

 

キンジの言葉に俺は否定した。

 

 

「いずれ俺たちも通る道だ。あまり過激なことはないと思う」

 

 

「だといいんだが……」

 

 

キンジの駒が10マス進み、パネルがめくられる。

 

 

『成績優秀! 一年生の学年主席になる! そのことは学校全体に広まり、知名度がぐーんっと上がる———』

 

 

「ふぅ、良かったわね。特に酷いマスじゃないみたい」

 

 

美琴が安堵する。俺たちも安心した。

 

 

 

 

 

『―――しかしそれを聞きつけた先輩のSランク武偵に戦いを挑まれ、狙撃される!』

 

 

 

 

 

「「「キンジいいいいいィィィ!!」」」

 

 

「嘘だろ!?」

 

 

三人は同時に叫んだ。普段遠山と呼んでいるのに、何故か今だけ名前で呼んでしまった。

 

運命の瞬間が訪れた。

 

 

パリンッ!!

 

 

窓ガラスが割れ、一発の銃弾がキンジに向かって突き進んでいる。狙いは頭部。確実に殺しに来た弾丸だった。

 

 

「させるかあああああァァァ!!」

 

 

ドンッ!!

 

 

音速でキンジに向かって体当たりをした大樹。大樹とキンジは壁に強く当たるが、銃弾を避けることに成功した。

 

 

ガチンッ

 

 

銃弾は床に当たり、その場に転がった。

 

シンッ……と俺たちは静まる。最初に声を出したのは、キンジだった。

 

 

「俺、生きているのか……」

 

 

「……間に合ったみたいだな」

 

 

「初めてお前が良い奴に見えたぞ……」

 

 

「さ、サンキュー……」

 

 

二人は脱力し、壁に背を預ける。美琴とアリアもホッと安堵の息をついた。

 

 

ピロリンッ!!

 

 

画面に出されていた文字が変わる。

 

 

『Sランク武偵の射撃を見事にかわした! 戦闘成績がぐんと上がり、先輩から金を巻き上げた!』

 

 

キンジの駒の数字が大きくなり、所持金額が増える。というか巻き上げるとか学年主席のやることじゃねぇよ。

 

 

「そ、そうか……やっと理解したぞ……!」

 

 

「どういうことなの大樹?」

 

 

「説明にあっただろ! マスに書かれたハプニングや幸福は己の手で掴み取れってよ! マスに書かれていることは絶対じゃない! 変えることができるんだ!」

 

 

「「「ッ!?」」」

 

 

おかしいと思った! 黒板消しが落ちてからアリアの能力が低下した文が出て来た。つまり、黒板消しを避けていればあの文は出て来なかったんだ!

 

 

「そうと分かれば怖くねぇ! ガンガン進んでやる!」

 

 

ルーレットが回り、俺の進むマスが決まる。

 

 

『4』

 

 

「おい」

 

 

勢いを付けたのにこの数字。微妙過ぎて辛い。

 

俺の駒が4マス進み、パネルがめくられる。

 

 

『語尾に『~ゲス』を付ける。言い忘れると罰金1万円』

 

 

「何コレ」

 

 

『やっほー、説明するよー!』

 

 

画面端でずっと待機していた神童君が現れる。

 

 

『君は今から語尾に「~ゲス」を付けなくちゃらない! 破ると罰金1万円だから気を付けてね!』

 

 

「意味が分からないんだけど!?」

 

 

ブブーッ

 

 

スピーカーから不正解の音が流れた。

 

 

『はい罰金』

 

 

「ちょっと!?」

 

 

ブブーッ

 

 

『はい罰金罰金』

 

 

「ごめんなさいでゲス!!」

 

 

最悪だ! 屈辱だ! 何だこのマス!

 

 

「えっと、頑張りなさい」

 

 

目を逸らした美琴の励ましは、辛かった。

 

 

________________________

 

 

 

順番が5周した。美琴とアリアは順調に進み、優秀な生徒になっている。

 

しかし、男性陣は酷かった。

 

 

 

【遠山 キンジ】

 

所持金 2000円

 

戦闘力 S+

 

知名度 A

 

状況 野宿生活をしている

 

 

 

【楢原 大樹】

 

所持金 — 20万円

 

戦闘力 E

 

知名度 — B

 

状況 変態

 

 

 

ナニコレ。5回マスを進んだだけでこの仕打ちはあんまりだろ。変態って何だよ。

 

 

『チーム結成! 連携は学校内で最高! 成績と戦闘力が上がる』

 

 

美琴の止まったマスの内容は素晴らしかった。一番優遇されている。

 

 

『たった一人で組織を壊滅! 成績と戦闘力がぐんと上がり、多額の報酬金を貰う!』

 

 

未だにソロを続けている学校内最強のアリアの目は死んでいた。何故彼女はあんなに良い立場なのに、俺たちと同じような状況に立たされているのだろうか。

 

 

『裏ランキング1位を倒す! しかし、報酬金は全ての証拠を消すために使ったため、知名度しか上がらない!』

 

 

相変わらずアイツは貧乏だし。あんなに強いのに苦労している。世の中は金なのか?

 

 

『廊下を歩いていると変質者に見間違えられた! 称号が変態大王に変わる!』

 

 

「どういうことでゲス!?」

 

 

俺は徐々に変態度が上がっていた。何故か借金しているし、弱いし。一番駄目じゃん。

 

次は美琴の番。はぁ、また優遇されるのかな?

 

 

『バトルゲーム!』

 

 

今まで無かった展開に俺たちは警戒する。どこだ!? どこから奇襲を仕掛けて来る!?

 

 

『安心してくれ諸君! これは全員で参加するゲームだよ!』

 

 

「全員……?」

 

 

出番じゃない俺たちもってことか?

 

 

『ルールは簡単! 今から1~4の番号とA~Dのアルファベットを選んで武器と対戦相手を決めるんだ!』

 

 

大体察した。つまり良い武器を当てて、弱い敵に勝てと言いたいんだな?

 

 

『敵に負けると今より酷い環境になっちゃうから、ね!』

 

 

「ね!っじゃねぇよでゲス!? これ以上は嫌でゲス!」

 

 

「何か違和感が無くなってきているぞお前」

 

 

あらやだ? そんなにゲスが似合うのかしら?

 

俺たちは番号とアルファベットを決める。俺は『4』と『D』だ。

 

 

『それじゃあ発表するよー!』

 

 

 

《御坂 美琴》

 

武器 レイピア

 

対戦相手 Bランク武偵

 

 

 

《神崎・H・アリア》

 

武器 護身用拳銃 弾は2発

 

対戦相手 Aランク武偵

 

 

 

《遠山 キンジ》

 

武器 アサルトライフル

 

対戦相手 Sランク武偵

 

 

 

「何か凄いでゲスな……」

 

 

まぁ今回はキンジが一番ハズレを引いたようだな。武器は良いけど、相手がねぇ?

 

おっと、最後は俺か。どんな結果だ?

 

 

 

 

 

《楢原 大樹》

 

 

武器 モップ

 

対戦相手 武偵100人(B~Aランクの生徒。Sランク一人含む)

 

 

 

 

 

「嘘だろおおおおおおおおおおおォォォォ!!??」

 

 

モップ!? それ武器じゃないよ!? お掃除道具だから!

 

それに『対戦相手』じゃない! 『対戦相手たち』だから! モップで銃を持った100人とか無理ゲーだろ!? 地味にSランク混ざっているし!

 

 

『はい罰金』

 

 

「ちくしょうでゲスうううううゥゥゥ!!」

 

 

俺の叫び声が合図となり、床がパカッと開いた。

 

 

________________________

 

 

 

「ッ……!」

 

 

頭を(さす)りながらキンジは部屋に戻って来た。既に美琴とアリアは帰って来ている。

 

 

「何あんた? 負けたの?」

 

 

「……そう言うアリアはどうなんだよ?」

 

 

「勝ったわよ。美琴もね」

 

 

「ええ、能力でレイピアを飛ばして勝ったわ」

 

 

やはり負けることはなかったかっとキンジの予想は当たった。

 

 

「相手はレキだったんだよ。勝ちたかったけど……武器がなぁ」

 

 

「へぇ……珍しくやる気を出したのねキンジ」

 

 

「……俺を狙撃したのは、レキだった」

 

 

「「あッ……」」

 

 

美琴とアリアは思う。恐らくキンジと自分の状況が同じだったら、負けたくなかったはずだと。

 

 

「大樹は……まだ勝ってないようね?」

 

 

「さすがに無理じゃないかしら? 武器しか使っちゃいけないのよ?」

 

 

美琴の言葉にアリアは苦笑い。アリアの言う通り、拳や蹴りと言った格闘術は禁止。制限された武器のみで戦わないといけないのだ。そもそも彼の場合は武器ではない。モップである。

 

 

「まぁ頑張って耐えていそうだな」

 

 

キンジの言葉でみんなが笑う。その時、モニターが切り変わった。

 

 

『オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラッ!!』

 

 

画面には運動場で大樹がモップを振り回している映像だった。

 

 

『『『『『ぐはッやられたぁ!?』』』』』

 

 

そして次々と倒れていく武偵たちの姿も映っていた。

 

 

 

 

 

———大樹が、押していた。

 

 

 

 

 

「「「嘘……!?」」」

 

 

ドドドドドッ!!

 

 

一秒で何百と越える銃弾の雨が大樹に向かって放たれる。しかし、大樹は全てを見切り、音速で敵に近づく。

 

 

『モップアタック!』

 

 

『ぐはッ!?』

 

 

『モップブレイド!』

 

 

『ほげぇ!?』

 

 

『モップバスター!!』

 

 

『『『ぎゃあああああァァァ!!』』』

 

 

目を疑う光景に三人は絶句。大樹の異常過ぎる強さに、言葉を失った。

 

本当にモップだけで戦っている。器用に回し、敵の顎や腹部を突いている。

 

 

『モップ……ギャラクシィィィイイイイ!!』

 

 

『『『『『やられたあああああァァァ!!』』』』』

 

 

モップを地面に付けて音速で円を描いて敵を薙ぎ払う。シュール過ぎるが、破壊力は最強だった。

 

 

「……見なかったことにしましょ」

 

 

「ええ」

 

 

「おう」

 

 

________________________

 

 

 

「勝ったぜ」

 

 

「ええ、見たくなかったわ」

 

 

この世界はおかしい。頑張ったのに美琴からお祝いの言葉が貰えなかった。

 

 

『ゲームに勝った諸君はおめでとう! 負けた人はざまぁ!』

 

 

「遠山、あの野郎ぶっ飛ばしていいぞ」

 

 

「奇遇だな。ぶっ飛ばしてやりてぇよ俺も」

 

 

『勝者はこれからのマスは良い方に優遇されやすくなるよ!』

 

 

それは嬉しいことだが、遠山が心配なんだけど?

 

 

『敗者は裏の世界にご案内! いっぱい苦しんでね!』

 

 

「あとは……任せた……」

 

 

「諦めるなぁ!! 武藤の仇を取るんだろうがぁ!!」

 

 

「ッ……そうだった。俺はまだ、負けていねぇ……!」

 

 

何か熱い展開になっているが、本人もノリノリだし別にいいか。

 

そしてゲームが再開。アリアのルーレットが回って数字が決まり、マスを進む。そしてパネルがめくられた。

 

 

『ついに一人だけで大悪企業の陰謀を打ち砕く! 全てのパラメーターが上昇、所持金が2倍に跳ね上がる!』

 

 

優遇され過ぎだろ!? というかアリア、ついに最強ぼっちじゃねぇか! もういい加減にしろよ!

 

今度は遠山の番。一体どんなことが起きるのか……不安過ぎる。

 

キンジの駒が進み、パネルがめくられる。

 

 

 

 

 

『犯罪に置いて魔王と謳われた極悪を撃ち破り、その座を奪う。職業が【裏世界の王】に変わる!』

 

 

 

 

 

犯罪者になりやがったよアイツ!? 完全に闇落ちじゃねぇか! ついに金に目が眩んだよ!?

 

家族や兄弟に謝罪の言葉を並べ続けるキンジは無視し、俺のルーレットが回る。怖い、極限に怖い。

 

駒が進み、パネルがめくられる。いいマスに優遇されるはずと思うが……?

 

 

『ミニスカート着用』

 

 

「だから意味が分からねぇよ!!」

 

 

『はい罰金』

 

 

「もういやでゲスッ!!!!」

 

 

________________________

 

 

 

人生ゲームはかなり進んだ。現在高校を卒業し、それぞれの道を歩んでいた。

 

 

 

【御坂 美琴】

 

所持金 8000万円

 

戦闘力 S

 

知名度 A+

 

装備科(アムド)を学年トップで卒業。現在、犯罪組織に対抗する武器や特殊武装を開発し、世界的に幅広く利用している者が多くなっている。有名な武偵たちが喉から手が出るほど欲しい一品も作り上げている。

 

 

 

【神崎・H・アリア】

 

所持金 一億4000万円

 

戦闘力 SS

 

知名度 S

 

『ソロ』で世界記録を塗り替え、たった一人で全てのミッションを終えるなど数多くの伝説を残し卒業。以後。伝説の武偵として名を残し、世界で大悪組織と激しい抗争をしている。

 

 

 

オーケー、オーケー。オッケー牧場。みんなが言いたいことは分かる。異常だこれは。

 

美琴は順風満帆で素晴らしい人生を過ごしている。文句の一つ無い結果になっている。

 

だがアリアは救われていない。いい加減、誰か一緒に居てやれよ! 友達でもいいからよぉ! もう泣きそうじゃん!

 

 

 

……そして、俺たちは———

 

 

 

【遠山 キンジ】

 

所持金 15億

 

戦闘力 SSS+ (MAX)

 

知名度 ? (危険人物として警察に隠蔽されている)

 

突如姿を消し、裏世界の王になった男。犯罪だけにとどまらず、ついに戦争を起こそうと企んでいる。全世界の警察が恐れる魔王である。

 

 

 

【楢原 大樹】

 

所持金 ― 10億万円

 

戦闘力 E

 

知名度 B

 

学校内の全生徒が恐れる変態。繰り返して来た奇行は数多、反省室に送られた数は百を超えた問題児。卒業後はコンビニでアルバイトを始め、生活している。

 

 

 

———もう訳ワカメ。

 

 

何で武偵だった奴が悪の組織にいるの。何で俺はバイトしているの。そして俺の所持金はキングボ〇ビーにでもやられたのかよ。次の駅どこだよ。

 

 

『バイトをしている途中、致命傷になるような槍が無数に降って来る』

 

 

「おいこのゲーム、学校が公認しているんだよな? 死人が出ていいのか? 嘘だろ?」

 

 

サササササッ

 

 

腕を組みながら降り注ぐ無数の槍を避ける。ちなみにこのような出来事は何十回もすれば慣れます。

 

 

『はい罰金』

 

 

今更借金が11億1000万円になろうがどうでもいいわ。

 

 

「フフッ、簡単に避けてしまうなんて、カッコイイな大樹は」

 

 

「ああ、だけどお前はキモいぜ」

 

 

『はい罰金』

 

 

ヒステリアモードになったキンジに俺はうわぁ……と引いた表情になる。原因は突如マス目で参加してきた白雪とイチャイチャしたからである。まさかの乱入にびっくりしたが、どうやら白雪だけじゃないらしい。

 

 

『ついに借金取り(神)が襲いに来る』

 

 

神!? キングボン〇ーなの!? どんな借金取りだよ!?

 

 

バタンッ!!

 

 

部屋の扉が蹴り破られ、入って来たのは金髪の美少女。

 

 

「りこりん、参上!!」

 

 

「理子かよ!!」

 

 

『はい罰金』

 

 

「借金まみれの女たらしにはキツイお仕置きだね!」

 

 

「はッ、やってみろよ。俺に勝てるならな!」

 

 

『はい罰金』

 

 

「お前はさっきから罰金罰金うるせぇぞ!!」

 

 

『はい罰金』

 

 

「……………」

 

 

「だいちゃんだいちゃん!」

 

 

「その名前はマジでやめろッ!!」

 

 

『はい罰金』

 

 

「そんなに借金しててホントにいいの?」

 

 

「はぁ? 何かいけねぇのか? 徳政令カードは持ってねぇぞ」

 

 

『はい罰金』

 

 

「次の駅に行っても借金は減らないよ?」

 

 

「ゲーム違うだろそれ」

 

 

『はい罰金』

 

 

「んー、じゃあはい!」

 

 

理子が渡したのは一枚のパネル。そこにはこう書かれていた。

 

 

『借金が20億に到達するとゲームオーバー』

 

 

そして、続きには———

 

 

 

 

『ゲームオーバーすると、この学校を退学してもらいます』

 

 

 

 

 

「何だとおおおおおォォォ!?」

 

 

 

 

『はい罰金』

 

 

「ッ!?」

 

 

俺は急いで現在の所持金を見る。

 

 

所持金額 — 19億9000万円

 

 

あ、危ねぇ!! あと一回破ったら終わりじゃねぇか!

 

 

「お前、一体なんてモノを渡しやがるゲスにゃんふにゅーらんらんザマス!」

 

 

「えー、りこりんわかんない☆」

 

 

コイツも舐めてやがるな。

 

 

「そう言えばあんたは、そういう縛りがあったわね」

 

 

「そうだぜ美琴ゲスにゃんふにゅーらんらんザマス」

 

 

「うざいからあまり喋らないで」

 

 

あんまりだ。

 

 

「じゃあねみんな!」

 

 

理子は俺の制服一式を持って退出した。はぁ!?

 

 

「俺の服うううううゥゥゥでゲスにゃんふにゅーらんらんザマスうううううゥゥゥ!!」

 

 

「ホントうるさいわね……」

 

 

アリアにジト目で見られて落ち込む。仕方ない、こんな状況でも褒めて見せよう!

 

 

「俺は控えめな胸はいいと思うぜでゲスにゃんふにゅーらんらんザマス!」

 

 

「風穴あああああァァァ!!」

 

 

おふぁああああああああァァァ!?

 

無理でした。

 

というか今の俺の恰好はミニスカートを穿いた野球選手。手にはスイカが装備されている。ちなみにこのスイカは落とすと所持金が倍の額になる。つまり借金も倍になる。最悪だなオイ。優遇されるポイントとタイミングを間違えていやがる。

 

 

「絶対に……退学にはならねぇでゲスにゃんふにゅーらんらんザマス!!」

 

 

「「「うざい」」」

 

 

はい。

 

 

________________________

 

 

美琴のターン

 

『会社を新たに設立! 株は成功し、所持金が四倍に!』

 

 

アリアのターン

 

『【キミの手】で歌手ソロデビュー! 爆発的ヒット曲になり、所持金と知名度がぐーんっと上がる!』

 

 

キンジのターン

 

『ロシア戦争に勝利! ロシアの領土を支配する!』

 

 

大樹のターン

 

『バイトの同僚の女の子にビンタされる』

 

 

パチンッ

 

 

はい、されました。誰ですかあなた?

 

 

________________________

 

 

美琴のターン

 

『超音速移動旅客機の開発に成功! 報酬金が入る!』

 

 

アリアのターン

 

『可愛い声で人気声優に! あまりの人気の高さに周りからハブられるも、今までの経験を活かしてさらに差をつけることに成功する! 所持金が増え、知名度が上がる!』

 

 

キンジのターン

 

『南アフリカ大陸に自分を崇める宗教を広めて支配する!』

 

 

大樹のターン

 

『電車内でおばさんに痴漢の容疑で疑われる』

 

 

バチンッ!!

 

 

結構痛い。アンタも誰だよ。

 

 

________________________

 

 

大樹のターン

 

『おばあちゃんに拳法を教えてもらう』

 

 

「ほわちゃッ!!!」

 

 

ボギッ!!

 

 

何か折れたような気がする。

 

 

________________________

 

 

 

大樹のターン

 

『おばあちゃんに剣法を教えてもらう』

 

 

「ほぅわぁッ!!!」

 

 

シャキンッ!!

 

 

衣類をズタボロにされました。

 

 

________________________

 

 

 

大樹のターン

 

『おばあちゃんに告白される』

 

 

「あ゛だしはあ゛んさん゛のことがね゛ぇ……す―――」

 

 

「無理ですでゲスにゃんふにゅーらんらんザマス」

 

 

ボゴッ

 

 

グーで殴られた。

 

 

________________________

 

 

 

「もう諦めなさいよ……」

 

 

「それはできないでゲスにゃんふにゅーらんらんザマス」

 

 

「学校やめてもあたしと一緒に外国に戻ってもいいのよ?」

 

 

「ありがたいが諦めないよ俺はなゲスにゃんふにゅーらんらんザマス」

 

 

「……それ、やめてくれないかしら」

 

 

「何度も言うが、俺はこれを言い続けなければ死ぬというわけでゲスにゃんふにゅーらんらんザマス」

 

 

アリアに呆れた目で見られるが、美琴を置いて退学とかできねぇよ!! 美琴がついてくるなら退学するのか俺。

 

 

「お前はまだ一人なのかでゲスにゃんふにゅーらんらんザマス?」

 

 

「死んでも風穴あああああァァァ!!」

 

 

ぎゃあッ!? 相当ストレス溜まっているぞこれ!?

 

アリアの腕の中で死ぬのも悪くないが、豪華な服を着た美琴が小さな言葉を呟いた。

 

 

「……ごめんなさい」

 

 

「美琴は悪くないわよ!?」

「美琴は悪くねぇよでゲスにゃんふにゅーらんらんザマス!?」

 

 

「あんた真面目に返しなさいよ!?」

 

 

「無理でゲスにゃんふにゅーらんらんザマス!」

 

 

俺とアリアは美琴の頭を撫でながら慰める。

 

 

「おいキンジ! お前も何か言えよでゲスにゃんふにゅーらんらんザマス!」

 

 

「……あぁ?」

 

 

あれ? 遠山さん? 勝手に名前で呼んだのは不味かったかにゃ?

 

 

「俺が誰だか知っていて、そんな口を利いているのか?」

 

 

おいまさか……いやいや、よくそんな人がいるけどよぉ!?

 

 

「俺が裏世界の王だと分かってんだろうな!?」

 

 

「救急車ああああああァァァでゲスにゃんふにゅーらんらんザマス!!」

 

 

出たよ! 異常に役に飲めり込む奴! お前、この状況に耐えれないからってそれはねぇよ!

 

そんな争いをしていると、次は俺の番になった。

 

 

『好きな人のパンツを買える。金額は自分で定める』

 

 

頭おかしいじゃないの?

 

 

「美琴!!」

 

 

「ちょっと!?」

 

 

はい、おかしいのは俺でした。

 

いや、もう考えるまでもなく即答できたな。

 

 

『金額を指定してください』

 

 

(あッ、やっべ)

 

 

俺の借金は10億9900万円。次のターンでカバに餌を与えないといけないから51万は残さないと死んじゃう。残りの額を計算して……あれ?

 

 

 

 

 

金額は自由にできるなら、安くてもいいのか。

 

 

 

 

 

『100円』

 

 

 

 

 

「あたしのパンツはそんなに安くないわよ!!」

 

 

「ごめんなさいでゲスにゃんふにゅーらんらんザマス!」

 

 

バチバチッ!!

 

 

電気ショックをくらい、その場に倒れる。ちなみにパネルはひっくり返り―――

 

 

『☆ ★ 嘘 ★ ☆』

 

 

―――ふざけた文字がでてきた。製作者、マジで殺すわ。

 

 

 

________________________

 

 

 

『同人作家と契約する』

 

 

また訳の分からないパネルが出て来たよ……。

 

 

「そういうわけだから私と契約して魔法少女になってよ」

 

 

「お前はどこのキュ〇べえでゲスにゃんふにゅーらんらんザマス」

 

 

現れたのは白い奴では無く、夾竹桃だった。手にはキャンバスが握られている。

 

 

「とりあえず、あなたのそのうざい口癖、やめていいわよ」

 

 

「え? ホントでゲスにゃんふにゅーらんらんザマス?」

 

 

「やめなさい」

 

 

「あ、はい」

 

 

俺が悪いわけじゃないんだけどな……お? ホントに大丈夫みたいだ。罰金って言われない。

 

 

「私の言うことを聞けば、いいことがあるわよ」

 

 

「へぇ……例えば?」

 

 

「徳政令カード」

 

 

「何なりとお申し付けくださいお嬢様!!」

 

 

「変わり身はやッ!?」

 

 

美琴に驚かれるが、ここで借金を全額返すチャンスを棒に振るわけにはいかない!

 

 

「じゃあこの毒……新薬を試しに飲んでくれないかしら?」

 

 

「毒だよな? 今毒って言ったよな? 死ぬじゃねぇのそれ?」

 

 

「大丈夫よ。死んだりしないわ」

 

 

「毒だということは認めるのかよおい」

 

 

「さぁ、グイっと逝きなさい」

 

 

「ヤダぁ! 死にたくないぃ! 完全に字が誤字ってるもん!」

 

 

「てい」

 

 

「おぶッ!?」

 

 

俺は夾竹桃に無理矢理飲まされてしまう。ウォッカを飲んだ時のような、喉が焼けるような感覚に襲われる。

 

 

「jkさふjさうふぉあhfksだkkwt!?」

 

 

「大丈夫なのアレ……」

 

 

「分からない……でも、ヤバイわねアレ……」

 

 

美琴とアリアが顔を青くしながら引いている。大樹は顔を真っ青にして、白目をむいていた。

 

 

「おあhsふぃあhfが……がぁ……………ッ!」

 

 

「あら? 成功かしら?」

 

 

「一体あんたは何を飲ませたのよ……」

 

 

「聞いて驚きなさい、私が飲ませたのは―――」

 

 

美琴の質問に夾竹桃は親指を立てながら答えた。

 

 

「———本気剤よ」

 

 

「どんなモノか分からないのだけど!?」

 

 

「うおりゃあああああァァァ!!」

 

 

突如大樹の大声が響き渡る。大樹は立ち上がり、覚醒した。

 

 

「最強バイト戦士、楢原 大樹、ここに見参!!」

 

 

((うわぁ……面倒なことになりそう……))

 

 

明らかにテンションがハイになった大樹が拳を掲げる。

 

 

「さぁそのまま次の夏コミのネタになりなさい。次は『二人の男が性転換して百合が咲き乱れる恋物語』なの……!」

 

 

「ここまで酷い内容、聞いたことがないわ……」

 

 

興奮しながらキャンバスに鉛筆で絵を描いていく夾竹桃に美琴はドン引き。

 

 

「なるほど。じゃあ遠山とイチャつけということか」

 

 

「……………来るな。待て。お願いだからやめて」

 

 

衝撃な一言に冷静どころか顔を真っ青にした。自分が如何に愚かなことをしていたか自覚するが遅い。

 

 

「安心しなさい。百合と同じよ」

 

 

「できるか!? 頼む俺が悪かった! 許してくれ」

 

 

「百合は素晴らしいの。どうして書かなきゃいけないのか分かるでしょ?」

 

 

「分かるか!!」

 

 

ならっと夾竹桃は怒鳴るキンジを冷静になだめる。

 

 

「逆に考えるのよ。ホモは素晴らしいと」

 

 

「生々しいだけだろ!?」

 

 

「キンジ。俺の借金、肩代わりしてくれ」

 

 

「やめろおおおおおおォォォ!!」

 

 

________________________

 

 

 

「これで契約完了よ。借金は全額返済。変な語尾はいらないわ」

 

 

「サンキュー。助かったぜ」

 

 

鼻血を拭き取りながら夾竹桃は徳政令カードを渡す。大樹はそれを笑顔で受け取った。

 

ちなみに部屋の隅では美琴とアリアが怯え、床にはキンジが倒れている。

 

 

「ここからはあなた自身が運命を変えるコマしか出ないわ。今までよく耐えたわね」

 

 

夾竹桃は言いながら俺に向かって理子に取られた制服を投げ返してくれた。

 

 

「それじゃあ私は続きを書くから。頑張りなさい」

 

 

「お、おう」

 

 

俺のブレザーは返してくれないの? 着ないでこっちに渡せよ夾竹桃。

 

まぁ今の格好より武偵制服が何倍もマシか。超スピードで着替えを済まし、第二ボタンまで開けたカッターシャツを着崩して着用。

 

よし、反撃するとしますか!

 

 

________________________

 

 

大樹のターン

 

『コンビニ強盗に遭遇!』

 

 

「おいッ! 金を出せ!!」

 

 

「テメェの袋に金の球が二つもあるぜ」

 

 

チーンッ!!

 

 

「ごばはッ!?」

 

 

強盗らしき恰好をした武偵生徒の股の間に蹴り上げて撃退。白目をむいていたような気がするが、こんな企画に参加したことを後悔するんだな。

 

 

『見事撃退! 報酬金と知名度が上がる!』

 

 

________________________

 

 

大樹のターン

 

『異世界からの刺客(しかく)が現れた!』

 

 

「覚悟しろ人間共よ!」

 

 

「……何やってんのジャンヌ?」

 

 

「私の名前はジャンフィーヌだ。騎士の誇りにかけて貴様を討つ!」

 

 

銀色の甲冑に身を包んだ美少女、ジャンヌが剣を振り下ろして来る。俺はそれを見切り、音速でジャンヌの背後を取った。

 

 

カチャッ

 

 

「終わりだ」

 

 

銃口をジャンヌの後頭部に突きつけて停止させる。勝負はすぐに決まってしまった。

 

 

「くッ、殺せ!」

 

 

「どこの女騎士だお前は。俺はオークじゃねぇぞ」

 

 

________________________

 

 

 

大樹のターン

 

『紛争に巻き込まれる!』

 

 

ドドドドドッ!!

 

ガガガガガッ!!

 

ガキュンッ! ガキュンッ!

 

 

「余裕だな」

 

 

次々と壁の中から飛んで来る銃弾を簡単に避ける。部屋の床に落ちる弾が増えるだけ。掠ることすらない。

 

 

(なるほど、『ここからはあなた自身が運命を変えるコマしか出ないわ』か。意味通りで助かるぜ)

 

 

つまり、俺のアクションが成功すればするほどいいことは起きる。そんなマスしかでないってことか。

 

こんなハプニング、簡単簡単。人生イージーモードだぜ。

 

 

『紛争地帯を駆け抜けて、ついに脱出! 報酬金をゲットし、知名度が上がる!』

 

 

________________________

 

 

 

順調に課題をクリアしていき、所持金などを増やしていく。気が付けば世界を渡り歩く最強のバイト戦士となっていた。バイト戦士、恐るべし。

 

ジリジリと3位までの距離を縮めていた。そんな時、事件が起きたのだ。

 

それはキンジのターンであった。

 

 

『結婚イベント! ランダムで婚約者を決定する!』

 

 

「「……は?」」

 

 

俺とキンジの声が重なる。しかし、モニターに映ったルーレットは止まらない。

 

ルーレットには俺、美琴、アリアの三人の駒が入っている。おいまさか……待て、やめろ!!

 

 

パンパカパーーーーーンッ!!

 

 

 

 

 

『御坂 美琴』

 

 

 

 

 

「おんぎゃああああああァァァ!!!」

 

 

大樹の大絶叫が響き渡った。両手を頭に抱えて涙を流しながら床をゴロゴロと転がった。

 

 

『はい! 遠山君は婚約者である御坂君の番に結婚式を挙げるよ!』

 

 

「ふざけんじゃねぇぞゴラああああああァァァ!!」

 

 

完全にキレている大樹。これがゲームだということを完璧に忘却している。

 

 

『結婚すれば所持金は合計になるからね! 出番は二人一緒になるから!』

 

 

「遠山ぶっ殺す」

 

 

「理不尽だろ!?」

 

 

『それじゃあ次は楢原君、君の番だ!』

 

 

神童君はケタケタと笑いながら画面の端へ移動して小さくなる。

 

大樹は俯き、呟いた。

 

 

「……このゲームは大体理解できた」

 

 

ルーレットが回る。

 

 

「野蛮だし、滅茶苦茶だし、基本何でもアリなゲームだ」

 

 

『10』

 

 

大樹の駒が10マス進む。

 

その時、キンジが驚愕した。

 

 

「大体予想できるんだよ……この後の展開にな」

 

 

美琴とアリアも気付いた。

 

 

「それにこういうのは、武偵に必要な要素だと思ってたぜ」

 

 

大樹の駒の先に、キンジの駒があることに。

 

 

 

 

 

「美琴は渡さねぇぞ……絶対に!!」

 

 

 

 

 

そして、大樹の駒はキンジの駒があるマスに止まった。

 

 

 

 

 

『決闘チャンス!』

 

 

 

 

 

その時、キンジは超絶嫌な顔をしたそうだ。

 

 

________________________

 

 

 

ルールは不平等なモノだった。

 

決闘する場合、戦闘力の違いでハンデが与えられるのだ。もちろん、強い方にだ。

 

ハンデカードが10枚あり、ハンデの差だけ強者が引くことができる。しかし、その数が異常だった。

 

大樹は最低ランクの『E』。

 

キンジは最高ランクの『SSS+』。

 

開き過ぎた差は、10以上。つまり、キンジは全てのカードを無条件で引くことになった。

 

 

1.Aランク武偵を5人雇う。

 

2.Bランク武偵を10人雇う。

 

3.制限時間を5分にする。タイムアップは引いた者を勝者とする。

 

4.自動迎撃機関銃『フェンリル』をランダムに二機設置。

 

5.監視カメラを全ての範囲に設置。引いた者は閲覧可能。

 

6.フィールドの選択が自由にできる。

 

7.防弾チョッキ、防弾ヘルメットの使用を着用許可する。

 

8.敵の武器を没収する。

 

9.機関銃ガトリングガン等の使用を可能にする。

 

10.Sランク武偵を一人雇う。

 

 

フィールドは学校の廊下の一本道。外に出ることや教室に入ることは許されない。

 

さらにSランク武偵はレキに決定。外からの狙撃は絶望としか言いようがない。

 

機関銃も別棟。校舎の反対側に設置されて、大樹が壊しに行くことは不可能。

 

さらに一本道の廊下には武偵たちがバリケードを築き、大樹を待ち構えている。

 

そしてこれらの障害を乗り越えた後はヒステリアモードのキンジが待っている。

 

最後に、キンジを倒すまで5分で終わらなければならない。

 

 

『以上がルールだよ!』

 

 

「ああ、分かっている。俺は、大樹を殺すしかないんだ」

 

 

実際は殺してはいけないが、気持ちは本気で行かないとやられる。そのことをキンジは一番理解している。

 

 

『彼も強いけど、結果が目に見えているね!』

 

 

「それはどうかな?」

 

 

『え?』

 

 

キンジの言葉にキョトンとなる神童君。モニターには監視カメラの映像、大樹が映っていた。

 

夕日が見える校舎の窓。300メートル先には大樹がいる。

 

キンジは分かっていた。アイツが必ず来るということを。

 

 

 

________________________

 

 

 

 

「まさか素手で戦うとはな……まぁ銃は下手くそだしいいか」

 

 

右手の拳を何度もグッと握り絞める。顔を上げて前を見ればバリケードや武偵が待っているのが見える。

 

窓の外を見ればキラリっと光る機関銃の銃口が見える。レキもいるらしいが、姿を隠しているな。

 

 

「五分か……」

 

 

制限時間があるからには、手加減はできねぇぞ?

 

 

ピピーッ!!

 

 

ホイッスルが響き渡った瞬間、俺は強く踏み込んで走り出した。

 

 

「来たぞッ!! 撃てぇ!!」

 

 

ガガガガガッ!!

 

 

容赦無くアサルトライフルの引き金が引かれる。銃弾の弾幕が俺の目の前で作られるが、

 

 

「今更当たるわけねぇだろ」

 

 

ゴオッ!!

 

 

スピードをさらに加速。銃弾を避けながらバリケードの目の前まで一瞬で移動する。

 

 

「嘘だろッ!?」

 

 

「嘘じゃねぇ……現実だッ!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

右手の拳一つでバリケードを粉々に吹き飛ばし、武偵ごと薙ぎ払う。

 

たった一撃。無茶苦茶な一撃でAランクとBランクは全て片付けてしまった。

 

 

『ふぁ!?』

 

 

「やっぱりか……」

 

 

神童君は変な声を出しながら驚愕。キンジは予想通りの展開に苦笑いだった。

 

 

『ターゲットを捕捉しました』

 

 

モニターから機械質な音声が流れる。自動迎撃機関銃『フェンリル』が大樹を捉えたのだ。

 

 

「次は狙い撃つ機関銃だッ!!」

 

 

大樹は武偵たちが持っていたアサルトライフルを両手に二丁持ち、窓に向かって構える。

 

 

『凄い! 射撃技術もあるんだね!』

 

 

「いや、アイツにそんなスキルないぞ」

 

 

『えッ……?』

 

 

大樹は二丁アサルトライフルを機関銃に向けて―――

 

 

「いっけえええええェェェ!!」

 

 

 

 

 

―――()()投げた。

 

 

 

 

 

『ええええええェェェ!?』

 

 

バリンッ!!

 

 

投槍のように銃は窓を突き破りながら機関銃に向かって超スピードで突き進む。

 

 

バギンッ!!

 

バギンッ!!

 

 

一瞬で二機の機関銃を破壊。粉々に粉砕された機関銃は使いモノにならなくなってしまった。

 

 

「よし」

 

 

大樹は壊した瞬間を見届け、再び走り出す。

 

 

『な、なな、ななな!? 何なんだ!? 無茶苦茶な!?』

 

 

「それが大樹だ。覚えておけ」

 

 

頭を抱えながら走り回る神童君。キンジは拳銃を取り出し、構える。

 

 

『あ、あなたも何をするつもり!?』

 

 

「アイツと正面から戦っても勝ち目がないからだ。()()()撃ったガトリングガンは絶対に効かないだろうし、最大の策はレキしかいないんだよ」

 

 

ガトリングガンが効かないことに神童君はついに言葉を失ってしまう。そんな人間、もう人間じゃない。Sランク武偵を越えた化け物だ。

 

キンジは通信機を取り出し、狙撃の準備をしているレキに繋げる。

 

 

「聞こえるかレキ」

 

 

『はい、聞こえています』

 

 

「俺が囮になるから隙を見て狙撃してくれ」

 

 

『分かりました』

 

 

キンジとレキは分かっていた。普通の方法じゃ、勝てないことを。

 

だから二人は考えた。大樹に勝てる方法を。

 

 

ダッ!!

 

 

超スピードで迫って来る大樹に向かってキンジも走り出す。

 

 

「勝負だ大樹ッ!!」

 

 

「望むところだぁ!!」

 

 

同時に大樹が音速でキンジに迫る。ヒステリアモードのキンジは大樹の動きをすぐに予測する。

 

右手の拳がキンジの腹部を殴ろうとしていた。必殺一撃。掠りだけでも危ない一撃。

 

キンジは体を捻らせ、大樹の拳を避ける。

 

 

ゴッ!!

 

 

「「ぐぅッ!!」」

 

 

鈍い音が響く。

 

キンジがカウンターとして放った拳は大樹の顎を貫こうとした。しかし、大樹も負けずと反撃を仕掛けた。そのまま向かって来るキンジの拳を頭突きで抵抗した。

 

大樹は額に痛みが、キンジは拳に痛みが襲い掛かって来た。

 

 

「ッ!」

 

 

ガシッ!!

 

 

しかし、戦闘経験が豊富なキンジがこの勝負では上手(うわて)だった。殴ってる拳を広げて大樹の頭を掴む。

 

 

ドンッ!!

 

 

「うおッ!?」

 

 

掴んだ手は下に向かって引き、大樹のバランスを崩した。そのまま追撃の銃弾を―――!?

 

 

ガシャンッ!!

 

 

「なッ!?」

 

 

大樹は左手でキンジの握っていた()()()()()()()()

 

鉄が簡単に粉々にされてしまったことに驚きを隠せないキンジ。同時に大樹はこの銃を狙っていたことが分かる。

 

銃弾が特殊なモノ。睡眠弾ということがバレていた。

 

大樹を無力化する手段を一つ失ったキンジは急いでバックステップで距離を取る。

 

 

「逃がすかッ!!」

 

 

大樹は獣のような動きですぐに体の体勢を元に戻し、キンジに襲い掛かる。

 

 

(かかった!)

 

 

ガゴンッ!!

 

 

 

 

 

大樹がキンジに飛びかかった瞬間、大樹の背後にレキが現れた。

 

 

 

 

 

「なッ!? レキ!?」

 

 

レキが隠れていたのは天井裏。そこから姿を現したのだ。

 

常に大樹は狙撃手がいつも遠くにいると勘違いしている。それを逆手に利用したのだ。

 

 

「私は一発の銃弾―――」

 

 

ギュルルルルルッ

 

 

 

 

レキの手には多銃身機関銃(ガトリングガン)の一種、ミニガンが握られていた。

 

 

 

 

 

「一発どころか百発くらい何だけど!?」

 

 

無 痛(Painless)(gun)———被弾すれば痛みを感じる前に死んでいるという意味が込められた別名を持っている凶銃。そんな銃が大樹に向けられていた。

 

普通なら大樹には当たらない。だが奇襲を仕掛けた攻撃なら———!

 

大樹は急いで振り返るも、ミニガンは既に回転してすぐに銃弾が放たれようとしていた。

 

 

(これなら勝てる―――!)

 

 

キンジは確信した。銃弾はこちらにも飛んで来るが、大樹が先に気を失えばこちらの勝ちになる。

 

 

「残念だったなお前ら。俺の力を甘く見過ぎだぜ」

 

 

大樹は両手を合わせて一つの拳を作る。そして、そのまま地面に向かって振り下ろした。

 

 

「ぶっ壊れろおおおおおおォォォ!!!」

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!!

 

 

 

 

 

大樹の拳は、廊下の床を崩壊させた。

 

 

 

 

 

『む、無茶苦茶だあああああァァァ!?』

 

 

「はぁッ!?」

 

 

「ッ!?」

 

 

神童君の絶叫が轟く。崩れる床を見たキンジとレキは目を見開いて驚いていた。

 

以前大樹が床を崩壊させたことは知っている。しかし、ここでまたやるとはさすがに思わなかった。

 

 

ガガガガガギンッ!!!

 

 

足場が不安定になったせいでレキはバランスを崩した。そのせいで狙いを大きく外し、ミニガンの弾丸は壁や天井を削りながらバラバラと当たる。弾丸は大樹やキンジには一発も当たらない。

 

 

「悪いな。反則で俺の勝ちだ」

 

 

普通なら反則負けのはずだが、残念ながらルールは守られている。何故なら『床を破壊してはいけない』とルールには載っていないからだ。

 

大樹は不安定で崩れる足場にも関わらず軽やかなジャンプでキンジに近づく。抵抗できないと思ったキンジは苦笑いで頼みごとを口にする。

 

 

「軽めで……頼む……!」

 

 

「無理ぽ」

 

 

ドゴッ!!

 

 

結構割と本気で腹パンされた。防弾チョッキを着ても、めっちゃ痛い思いをしたキンジだった。

 

 

 

________________________

 

 

 

「はいお湯~」

 

 

『余裕』を『お湯』と言うくらいの余裕を持って勝った大樹。キンジは腹を(さす)りながら大樹と一緒に帰って来た。

 

 

「これで美琴は俺の嫁というわけだな!」

 

 

「ッ……ホントあんたって……!」

 

 

色々と文句を言いたい美琴だが、嬉しい気持ちが混合して文句がハッキリと言えない。顔を赤くしている美琴を大樹はニヤニヤと満足しながら見ていた。

 

 

『え? それはならないよ?』

 

 

「……………あ?」

 

 

低い声で神童君を威圧する。その鋭い眼光は神童君が悲鳴を上げてしまう程。

 

 

『だ、だだだだって、結婚イベントを阻止しただけだよ!? 別に御坂君は楢原君のことが好きではないんだよ!?』

 

 

「ごふッ」

 

 

神童君の言葉に吐血した。最後の一言は大樹の心臓を貫いた。

 

 

「鋭い一撃ね……!」

 

 

「あぁ……あの一言は鋭い……!」

 

 

アリアとキンジは感心していた。こういう攻撃が大樹に有効だと学んだ。

 

 

『気を取り直して……ゲームはラストスパート! 誰が優勝するのか分からなくなって来たよ!』

 

 

こうして、ゲームが再び再開した。

 

 

 

________________________

 

 

 

パンパカパーーーーーンッ!!

 

 

 

《結果発表》

 

 

四位 遠山 キンジ

 

 

三位 楢原 大樹

 

 

二位 御坂 美琴

 

 

 

 

 

一位 神崎・H・アリア 

 

 

 

 

 

え? 何? 一位は俺じゃないのかって? 別に俺は一位じゃないよ?

 

 

「……………」

 

 

パチパチパチパチッ

 

 

一位になったアリアに対して俺たちは拍手していた。アリアの目が死んでいるが、見なかったことにしよう。

 

何故アリアが一位なのかって? 説明する前に、このゲームの勝利条件を覚えているか?そうそう、どれだけ女の子からパンツを貰えるか、だな。違うわ。

 

最終金額、職業、経歴で順位を決める。これだよこれ。

 

金額ならキンジが一位だったが、俺に負けたせいでペナルティを受けてしまい、ほとんど無くなってしまったんだ。最終的に所持金額はアリアが一番だった。

 

職業は速攻で順位付けできたよ。俺はバイトだし、キンジは悪の組織だし。美琴とアリアは良い勝負だったが、アリアの方がほんの少しだけ上だったからアリアが一番だった。

 

そして、経歴が決定打となった。俺はバイトだし、キンジはマイナスの悪の組織。美琴も名を残していたけれどアリアとはレベルが違った。

 

 

 

 

 

だってアイツ、世界記録やらアイドルやらなんでも一人で伝説作ってんだぞ? 勝てるわけがねぇよ。歴史に名を残すレベルだったわ。

 

 

 

 

 

『たった一人で勝ち続けた彼女に、盛大な拍手を!』

 

 

パチパチパチパチッ

 

 

三人しかいないけどね。

 

ちょっと泣きそうなアリアに俺は近づき、微笑んだ。

 

 

「コンテニュー、する?」

 

 

「しないわよ馬鹿ああああああァァァ!!」

 

 

ガキュンッ!! ガキュンッ!!

 

 

『わぁああ!? 室内での発砲は———!?』

 

 

ブツンッ!!

 

 

アリアの銃弾がモニターに直撃。画面が点くことはそれから無かった。

 

 

「大丈夫だぜアリア! 次は俺と結婚すればいいじゃないか!」

 

 

「あんたも何言ってんのよ!!」

 

 

バチバチッ!!

 

 

そして、電撃や銃弾が飛び交い、部屋は使いモノにならなくなった。

 

 

________________________

 

 

 

学校公認だったこのクソみたいなゲーム。

 

 

 

アリアのモチベーション低下や大樹の本気っぷりを恐れた学校は———

 

 

 

「ゲーム、もうやらないんだってさ」

 

 

「だろうな」

 

 

 

 

 

―――廃止した。

 

 

 

 

 

大樹とキンジは格闘ゲームをしながら、普通のゲームが一番だと確信した。

 

 




待たせたな!(特に待たれていない)

次回予告です。


―――人間が求める究極とは?


「おっぱいだろ」

「議題は……エロい衣装は一体何か、だ!?」

「計画通り」

「スカートに顔を突っ込むだと? ハッ、ぬるい!」

「違う。俺はおっぱいそのものが大好きなわけであってだな」


―――究極のエロス。


「ナース服を手に入れるためなら……俺は死んでも生き返る!」

「裸エプロン……だと……!?」

「分かっておらぬ! 全裸じゃ意味がないのだ!」

「黒ウサギは……黒ウサギは……!」


次回、『火龍誕生祭の過酷なゲーム 』



もうダメだろ? アウトだろこれ? 大丈夫なの?


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火龍誕生祭の過酷なゲーム

別に重大じゃないと思うけど発表します。





ヒロイン決まりました。






よし、文字数は2万4千です。(ついに文字数がヤバイ)

あ、今回の話、番外編だけでなく、全話の中で史上最強に酷い話だと自負します。運営に消された時は『ご愛読ありがとうございました』の文字を覚悟してください。……頼む、生きてくれ。


「参加するわけねぇだろ。パス」

 

 

「え」

 

 

白夜叉から借りた個室。そこに大樹と黒ウサギはいた。

 

激戦の傷が完治した大樹は一般人と書かれたTシャツを着ており、コミュニティに帰るための土産や荷物をまとめていた。

 

 

「街の復興作業は終わりそうだし、あとは【ペルセウス】に任せている。ここに残る理由はもうない。だからギフトゲームに参加する気もない」

 

 

「ま、待ってください!」

 

 

黒ウサギに誘われたギフトゲームを断固拒否する大樹。心に余裕はあるようで、本当はないのだ。

 

美琴。アリア。優子。大切な三人が消えてしまった惨劇。彼女たちが生きている希望があると教えられた今、ここでじっとしているわけにはいかない。

 

 

「お願いです! 一日だけです! 黒ウサギとペアを組んで―――」

 

 

「……俺は今、心から楽しんでいいのか分からない」

 

 

大樹の呟きに黒ウサギの言葉が止まった。

 

 

「苦しんでいるかもしれないんだぞ。それなのに、俺がこんなことをしていいのか……」

 

 

「いいに決まっておろう」

 

 

―――大樹のカバンの中から子どもが出て来た。

 

 

「うわぉい!? どっから出て来てんだお前!?」

 

 

子どもの正体は白夜叉だった。何故かいつもの和風ロリではなく、体操服を着ていた。胸元には『しろやしゃ』と書かれている。

 

 

「逆におんしがそうなった時、三人には笑うなと願うか?」

 

 

「ッ……そ、それは」

 

 

白夜叉の言う通り。もしあの時俺が消えていたら、彼女たちには無事でいて欲しいと願う。笑っていて欲しいとも思う。

 

 

「焦りは心を乱し、転ぶぞ。明日のギフトゲーム。強制参加とする」

 

 

「……はぁ、分かったよ」

 

 

「大樹さん!」

 

 

大樹はついに折れた。黒ウサギの表情はパァっと笑顔になった。

 

 

「楽しんでやるよ。せっかくだからな」

 

 

「良い心構え。おんしが参加しなかったらギフトゲームは中止にする予定だったからのう」

 

 

「へぇ……俺がいないと成立しないゲームか……で、どこの神をぶっ飛ばすんだ?」

 

 

「神!? 一体大樹さんはどこを見ているのですか!?」

 

 

神すら恐れる領域(ドヤ顔)

 

 

「白夜叉様、黒ウサギだけでなく、参加者も内容を聞いていません。一体どんなゲームをするつもりなのですか?」

 

 

「そうなのか?」

 

 

「YES。ゲームに参加したい者は二人組で登録。そして必ず一人、女性が参加しなければなりません」

 

 

なるほど。俺たちは普通に条件はクリアだな。別に俺じゃなくてもよかったんじゃねぇの?

 

 

「飛鳥と耀を誘っても良かったんじゃねぇか? 男女で組まなくても、女性二人でもいいんだろ?」

 

 

「……………はぁ」

 

 

溜め息つかれたんご。な~ぜ~?

 

 

「ふむ……それは明日のお楽しみ、ということにしておこう。しかし———」

 

 

その時、白夜叉の声音が低くなった。

 

 

「———過酷なギフトゲームに、なろうの……」

 

 

「……………」

 

 

この時の俺はこう思った。

 

 

この馬鹿ロリは体操服姿で何を言ってんだ?っと。

 

 

 

________________________

 

 

 

ギフトゲーム当日。まだ騒ぎ足りない者たちが闘技場に観客席に座り、参加者は舞台の上に立っていた。当然俺と黒ウサギも。

 

 

「十六夜と飛鳥も参加していたのか。もぐもぐ」

 

 

「まぁな。んっ」

 

 

「春日部さんもよ。レティシアと一緒に参加しているわ。ん~、やっぱり甘くて美味しいわ!」

 

 

俺はパスタを食べ、十六夜はたこ焼き、飛鳥はクレープを幸せそうに食べていた。

 

 

「自由過ぎるのですよ! もっとビシッとしてください!」

 

 

「ビシッ! ズルズルッ」

 

 

「ビシッ! おいこれタコ入ってねぇぞ」

 

 

「ねぇ十六夜君。あとで他の味も食べてみたいのだけれど?」

 

 

「口で言っているだけじゃないですか!? って飛鳥さんは反省する気が全くない!?」

 

 

態度の悪い三人はもちろん他の参加者から睨まれる。だが、大樹の独り言でそれは終わる。

 

 

「あー、魔王のギフト超簡単だったわー。速攻で解いたから、このゲームは歯応えあって欲しいなー」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

ちなみにこの独り言。わざとである。

 

ざわざわと周りは騒がしくなり、大樹たちを避けるように参加者たちは距離を取った。

 

 

「なぁ黒ウサギ。文句言う奴なんているの?」

 

 

「いませんよお馬鹿!!」

 

 

バシンッ!!っと黒ウサギはハリセンでお笑い芸人より良い音を出して俺を叩いた。

 

 

『お待たせしました! これより火龍誕生祭を今日まで延長し、ギフトゲームを開催します。主催は白夜叉様です』

 

 

わぁあああああァァァ!!!

 

 

【サラマンドラ】の頭首であるサンドラの宣言に観客と参加者は大いに盛り上がった。

 

 

主催者(ホスト)として大事な一言を言わせてもらおう』

 

 

舞台の前に現れたのは体操服姿の白夜叉。白夜叉はカッと目を見開き、大きな声で告げる。

 

 

『全人類が、全神が、全ての者が求める究極は……(おの)が宇宙にある!』

 

 

「「「「「……………はい?」」」」」

 

 

白夜叉の言葉に当然会場は静まり返る。意味が分からない。何を言っているのか。

 

 

「ふざけんじゃねぇぞ白夜叉!!」

 

 

「だ、大樹さん!?」

 

 

反論したのは大樹。パスタを全て食いつくし、白夜叉に向かって怒りの表情を見せた。

 

 

「まだ言うのかお前は……見えない方が、想像力が上を行くと!?」

 

 

『何度も繰り返そう! 人類が求める原動力がエロとするなら、人類はそれまでの存在だと!』

 

 

「「「「「は?」」」」」

 

 

「何も分かっちゃいねぇよお前……真のエロスは言葉になんかできねぇ。俺は知っている」

 

 

『何……!?』

 

 

グッと拳を握り絞め、白夜叉に向かって突き出す。

 

 

「俺たちが求めるエロスは、そこに()()モノなんだ! 想像で止まっているお前は、ただの腰抜け野郎だぁ!!」

 

 

(((((うわぁ帰りてぇ……)))))

 

 

ヒートアップする二人に観客たちはドン引き。乗っているのは「よく言った大樹!」と言っている十六夜ぐらいだ。

 

 

『よかろう……ならばこのゲームで決着を付けよう』

 

 

パチンッと白夜叉が指を鳴らした瞬間、参加者たちの手元に契約書類(ギアスロール)が出現した。

 

 

 

 

 

『ギフトゲーム名 【最強の騎士は姫のために】

 

 

ゲーム概要

 

1.舞台は三九九九九九九外門・四000000外門・街全体とする。

 

2.ペア参加者は『騎士(ナイト)』と『(プリンセス)』の役を決める。ただし『(プリンセス)』は女性限定。

 

3.参加者は街の中に隠された宝箱の中にある衣装を制限時間内に探す。所持していい衣装の数は無制限とし、参加者のペアとなった二人は一緒に行動しなければならない。

 

4.ゲーム中、『(プリンセス)』は他の参加者に攻撃することは一切できない。

 

5.ゲーム中、『騎士(ナイト)』は『(プリンセス)』を守らなければならない。

 

6.ゲーム中、『(プリンセス)』が他の『騎士(ナイト)』に触れられた場合、ペアで組んだ『(プリンセス)』と『騎士(ナイト)』を失格とする。

 

7.他の参加者から衣装を奪うことは反則としない。

 

8.制限時間は5時間とする。

 

 

 

制限時間後の最終ゲーム概要

 

(プリンセス)』は手に入れた衣装を着用して舞台に上がり、審判に採点してもらう。

 

 

 

参加者側の勝利条件

 

 最終ゲームで、審判に一番高い得点を出させること。

 

 

 

参加者側の敗北条件

 

1.最終ゲームで得点が一番ではない場合。

 

2.ペアのどちらかが戦闘不能になった場合。

 

3.特定された衣装を一着も持っていない場合。

 

4.決められた舞台からの退場。もしくは場外に出た場合。

 

5.ゲーム概要を破った場合。もしくはゲーム概要に書かれた失格等の項目に適応された場合。

 

 

宣誓 上記を尊重し誇りとホストマスターの名の下、

          ギフトゲームを開催します 【サウザンドアイズ】印』

 

 

 

 

 

「つまりコスプレで決着を付けようということだなああああああァァァ!?」

 

 

『その通りだああああああァァァ!!』

 

 

いやぁっふぅうううううううううううゥゥゥゥ!!!!

 

 

大歓声が巻き起こった。涙を流しながら喜ぶ男たち、鼻血を出しながら叫ぶ男たち、ドン引きの女たち。

 

会場はカオスとなっていた。なんかやたらと番外編はカオスという言葉が多いな。って何を言っているんだ俺?

おい作者。文字数を稼ぐな。

 

 

「うおおおおおおおおおおおおォォォ!!」

 

 

「白夜叉様万歳!! 白夜叉様万歳!!」

 

 

「【サウザンドアイズ】万歳!! 【サウザンドアイズ】万歳!!」

 

 

白夜叉コールが止まらない。調子に乗った白夜叉は両手を大きく広げ、

 

 

『宝箱にはエロい衣装も入っておる! それは水着より過激な衣装だあああああああああァァァ!!』

 

 

「ッシャオラアアアアアアアアアアァァァ!!」

 

 

「大正義白夜叉万歳!! 大正義白夜叉万歳!!」

 

 

「エロ万歳!! エロ万歳!!」

 

 

『フハハハハッ!! さぁゲームを始めよう! 我らの究極を求めるゲームを!!』

 

 

こうしてゲームが始まった。

 

 

参加者たちは知らない。このゲームが如何に過酷なモノかを。

 

 

何故なら参加者には問題児がいるのだから。

 

 

 

________________________

 

 

 

Q.黒ウサギをエロく見せるには何をすればいい?

 

A.彼女だけが持っている素晴らしいモノを引き立てる衣装を探せばいい。 

 

 

では、黒ウサギが持っている素晴らしいモノとは?

 

 

「おっぱいだろ」

 

 

「何を言っているのですか!?」

 

 

バシンッ!!と顔を真っ赤にした黒ウサギに本気でハリセンで叩かれた。

 

俺と黒ウサギは民家の屋根で街を見渡していた。無暗に探すより、上から高見の見物をしていた方が、効果的な方法だからだ。ちなみに作戦名は『泥棒は正義』である。はい参加者から盗む気満々です。

 

 

「どうして黒ウサギこんなゲームに……!」

 

 

「誘ったの黒ウサギだろ。俺は悪くねぇ」

 

 

黒ウサギはズーンっと落ち込むが、すぐにハッとなり俺の腕にガシッと掴んだ。

 

黒ウサギは穏便に済ませるために微笑んでお願いする。

 

 

「過激なモノは駄目ですよ☆」

 

 

「やだ☆」

 

 

「無慈悲!?」

 

 

慈悲はあるぞ。俺がちゃんとした最高の衣装を見つけてやるからな。

 

 

「———ッ!?」

 

 

その時、殺気を感じた俺は黒ウサギをお姫様抱っこし、その場から飛び退いた。

 

 

「きゃッ!?」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

上空からの襲撃。屋根が盛大に吹き飛ぶ。さっそく『騎士(ナイト)』のおでましか。

 

高級そうな白いコートを羽織り、坊主頭が目立つ男は———

 

 

「って原田じゃねぇか!?」

 

 

―――原田だった。

 

こいつ俺を助けに来たんだよな? 何で攻撃しているの?

 

 

「避けられたか」

 

 

「どういうつもりだテメェ……というか黒ウサギ。何で反応できなかった?」

 

 

「く、黒ウサギのウサ耳は問題ないです。問題があるのは原田さんです……」

 

 

原田だと?

 

俺は原田の姿をよく観察する。すると原田は薄い青色のオーラを纏っていることに気付いた。

 

 

「それは私の恩恵(ギフト)だ」

 

 

俺の思考を先読みしたかのように答えられた。

 

原田の次に現れたのは……白夜叉だと!? おい、まさか!?

 

 

「私が『(プリンセス)』だ」

 

 

「正気かお前!?」

 

 

「余所見するなよ大樹!!」

 

 

ダンッ!!

 

 

原田は強く踏み込んで大樹に襲い掛かる。民家を瓦解させてしまう勢いだった。

 

 

「ぐぅ!?」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

拳と拳がぶつかる。拳圧で暴風が吹き、一帯の民家の窓を何枚も割ってしまう。

 

なるほど。白夜叉の恩恵で原田はパワーアップしているのか。味方の補助はルール違反じゃない。白夜叉も考えたな。

 

 

ドンッ!!

 

 

俺と原田は同時に後ろに飛んで距離を取る。俺は後ろを見らず、黒ウサギを呼ぶ。

 

 

「黒ウサギ! 何でもいいから俺にも補助系の恩恵(ギフト)をくれ!」

 

 

「はい!」

 

 

黒ウサギの返事を聞きながら俺は原田たちを警戒する。クソッ、原田を倒さない限り白夜叉には近づけねぇ。

 

どうする? ここは一度、フェイントの攻撃を仕掛けて―――あれ?

 

 

「……………ねぇまだ?」

 

 

「大樹さん」

 

 

後ろを振り向くと、黒ウサギが舌をチロッと可愛く出しながら苦笑いしていた。

 

 

「そういう恩恵、黒ウサギにはありませんでしたっ」

 

 

「箱庭の貴族(無能)かよ」

 

 

「何て酷いことを言うのですか!?」

 

 

「箱庭の貴族(ww)」

 

 

「もうやめてください!?」

 

 

「箱庭の貴族(爆笑)」

 

 

「大樹さんの馬鹿ぁ!!」

 

 

「夫婦漫才している場合かよッ」

 

 

「チッ!」

 

 

ドゴッ!!

 

 

原田の蹴りと大樹の拳がぶつかる。攻撃の衝撃の余波は凄まじいモノだった。

 

 

「舐めんじゃ———!」

 

 

ガシッ!!

 

 

「なッ!?」

 

 

大樹は攻撃して来た原田の足を両手でガッシリと掴み、

 

 

「———ねぇぞこの野郎ッ!!」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

そのまま街道に向かって原田を叩きつけた。地面が大きく割れ、近くの民家が瓦解する。

 

無茶苦茶な力に誰も驚かない。この程度、黒ウサギからして見ればちょっと非日常なだけ。白夜叉からしてみれば可愛い攻撃だろう。

 

 

「何故私は宝箱にエロい衣装を入れたと思う?」

 

 

「……何?」

 

 

ペアがやられているにも関わらず、白夜叉は余裕の笑みを浮かべていた。

 

 

「おんしらの議題を代わりに置いてやったのだ」

 

 

「俺らの議題、だと……!?」

 

 

「そうだ」

 

 

白夜叉は怪しげな笑みを浮かべながら告げる。

 

 

「議題は……エロい衣装は一体何か、だ!?」

 

 

「ッ!?」

 

 

その一言に俺は絶句した。

 

その議題は人類が永遠に辿りつくことができない領域だ。

 

人によって『エロい』という概念は違う。パンツが見える方がエロいっと言う者がいれば、ブラジャーが見える方がエロいという者は必ずいる。

 

つまり、誰もがこれはエロいと呼べる究極の『エロい』は存在しない―――存在するなら、それはまさに幻の概念!

 

 

「ま、待て白夜叉! そんな絶対は存在しない……いや、存在していいわけがない!」

 

 

「なるほど。それが存在してしまえば、概念が固定されてしまう。全ての『エロい』が概念が固定され、人類はただ同じモノを求める獣。いや、それしか求めない無能になっていることを恐れるのだな!」

 

 

「怖くて何がおかしい! もし全人類がニーソフェチになったらどうするつもりだテメェ!?」

 

 

「逆に考えるがいい! もし全人類がガーターベルトフェチになった時、全女性はガーターベルトを着用する世界になるのだぞ!」

 

 

「何その素晴らしい世界。招待してくださいお願いします」

 

 

「一体さっきから何をやっているのですかこのお馬鹿様方は!?」

 

 

スパーンッ!!っと強烈なハリセンの一撃が俺の側頭部に直撃する。残念なことに『(プリンセス)』は攻撃を許されていないので白夜叉にはハリセンが飛んでこなかった。

 

 

「私は見つけ出す! 想像力の先にある究極を! 己が宇宙で見つけ出した究極の! 完全無欠の! 最高のエロスをこの手に!」

 

 

「……そうかよ。テメェは神だ」

 

 

「む?」

 

 

大樹は拳をグッと握り絞め、白夜叉と対峙する。

 

 

「神だから分からねぇだろ? 凡人の考えがどれだけ優れているのか?」

 

 

「何……だと……!?」

 

 

「お前は舐めている。未知に、秘境に、エロスに到達できなかった童貞が―――」

 

 

大樹は大声で白夜叉に向かって叫ぶ。

 

 

「———本物のエロスを知っていることをなぁ!!!」

 

 

「ば、馬鹿な!? 神すら見出せない究極を、凡人が知っていると!?」

 

 

顔面蒼白の白夜叉に大樹は口端を吊り上げて笑う。

 

 

「想像力を越えた者たちのエロス。それは全人類……いや、全宇宙を凌駕する! その猛者の一人であるこの俺に、お前の究極なんざ聞かされたところで、片腹痛いわ!」

 

 

「ぐぅッ!」

 

 

「さぁゲーム再開だ! テメェの妄想幻想は、俺がこの手で打ち砕く!」

 

 

「戯け! もう小細工は無しだ! 今こそ白夜は極夜の(とばり)と化し、星の光もろともおんしの語る理想ごと、全てを呑み込んでやるわ!」

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!

 

 

白夜叉の銀髪から闇が放たれる。

 

太陽の運行を司る白夜叉に、この世に闇をもたらすことは造作もない。永遠に太陽を昇らなくしてやることもできる。

 

白夜叉の神威に街全体が極寒の暴風で荒れる。ビリビリと肌に恐怖が伝わるが、俺は笑った。

 

 

「白夜叉……」

 

 

そして、大樹は右手を挙げる。

 

 

 

 

 

「先生! ここにルールを破った人がいまーすッ!」

 

 

 

 

 

 

「しまったぁああああああああああッ!!??」

 

 

 

 

 

 

闇に包まれていた街が一気に晴れになる。白夜叉は両膝を着いて嘆いた。

 

完全にルール違反。街を極寒にしたり、神威解放したり、攻撃しようとしたし、ダメダメですぅ。さぁて、宝探しに行くにゃん♪

 

 

「待て!」

 

 

「ッ!」

 

 

パシッ!!

 

 

白夜叉から投げ渡されたモノをキャッチする。そして渡されたモノを見て驚愕した。

 

 

「こ、これは!?」

 

 

「宝の一つだ。おんしに託そう」

 

 

「白夜叉……」

 

 

「おんしの見つけた究極。この目で見させてもらおう」

 

 

「……ああ! 楽しみにしていな!」

 

 

俺は走り出す―――

 

 

「お前の意志、確かに受け取った!」

 

 

 

 

 

―――白のガーターベルトを握り絞めながら。

 

 

 

 

 

「この変態問題児、手に負えませんッ!!」

 

 

 

黒ウサギの悲痛な叫びが、街に響き渡った。

 

 

 

________________________

 

 

 

「……すっげぇ手加減されなかった」

 

 

首の下まで地面に埋まり、身動きが取れない。大樹の一撃を防ぐことはできたが、変態同士の会話を聞いて戦う気力が失せた。それはもう、動きたくなくなるほど。

 

 

「すまん……失格じゃ……」

 

 

「ああ、稀にでも見ない馬鹿っぷりだったぞ」

 

 

「神に対して酷すぎんかのう……」

 

 

白夜叉に体を引っ張ってもらい、地面から脱出する。某有名な遊び、つくしごっこはお終いである。

 

 

「優勝すれば恩恵をくれるっていう約束があるのに。残念だがあの変態には勝てそうにないな」

 

 

「まぁそう落ち込むことではない。あやつの究極を楽しみしているからのう」

 

 

「いや、別に俺は楽しみにしていねぇから……」

 

 

「それに恩恵はやらないが、代わりに恩恵を手に入れるためのギフトゲームを紹介しよう」

 

 

「ッ!」

 

 

白夜叉の発言に原田の表情が驚きに変わる。白夜叉はセンスで口元を隠し、目を細める。

 

 

「おんし、ちょいとロキのところに行ってはみぬか?」

 

 

________________________

 

 

 

 

「……まさか耀と戦うことになるとはな」

 

 

「お願い大樹。そこをどいて」

 

 

街のメインストリートで対峙するのは大樹と耀。大樹の後ろには黒ウサギ。耀の後ろにはレティシアがいる。

 

耀の手元には一つの宝箱。もう宝箱を探さず、守りに徹している姿を見るに、その宝箱は相当エロ……良い衣装が入っているに違いない!

 

 

「さぁソイツを寄越せ! エロい衣装は俺が全部貰う!」

 

 

「待ってください!? ナチュラルに黒ウサギに着せようとしていませんか!?」

 

 

「時と場合による」

 

 

「時と場合を考えてそんな衣装は着せないでください!」

 

 

「だが断る!」

 

 

「誰かこの問題児を止めてくださぁい!?」

 

 

涙目で叫ぶ黒ウサギに一歩も譲る気はない大樹。耀は大樹との間合いを調整し、

 

 

ダンッ!!

 

 

大きく踏み込んだ。

 

耀の脚力は人間の並みを平然と越えている。一瞬で民家の屋根より高く跳び、大樹から逃げようとする。

 

 

「逃がすかッ!!」

 

 

ダンッ!!

 

 

だが大樹の跳躍は耀を遥かに越えていた。耀よりも速いスピードで目の前まで距離を詰め、耀の服の襟首を掴む。

 

 

「放して! これは……絶対にあげれない!」

 

 

「関係ねぇ! いいから渡せ!」

 

 

バギッ!!

 

 

大樹は下から蹴り上げて宝箱を破壊。中身の黒い衣装がヒラヒラと舞い上がる。

 

 

「そ、それは……!?」

 

 

黒い衣装の正体。それは———!?

 

 

 

 

 

「スク水……!?」

 

 

 

 

 

―――スクール水着だった。

 

 

 

 

 

「これで分かったはず。レティシアに着せるべきだと」

 

 

耀の言葉に俺は手を止めてしまう。互いに戦うことなく、そのまま地面に着地し対峙する。

 

 

「ちょっと待て!? 中身はメイド服だと聞いていたのだが!?」

 

 

「……………」

 

 

「何故黙る!?」

 

 

そりゃレティシアが着てくれそうにないからじゃないか? 俺も同じことするだろうな。

 

 

「だから大樹。そこ……どいて」

 

 

「だが断る! 二回目!」

 

 

「なッ!?」

 

 

許可できない。あぁ許可できるわけがねぇ!

 

 

「どうして……これはSサイズで黒ウサギに小さ過ぎるのに……!」

 

 

「なおさら手に入れなきゃならねぇよ。むしろそうじゃなきゃ駄目なんだよ……」

 

 

「何でしょう。全く教育に良くない会話は」

 

 

黒ウサギが何か言っているが今は無視しよう。

 

 

「想像してみろ。もしそれを黒ウサギが着たらどうなるか!?」

 

 

「ッ!? もしかして……!?」

 

 

「そうだ! ピッチピチで、パッツパツで、胸とお尻が協調されてすっげぇエロくなるんだよぉ!!」

 

 

「もうやめてくださいよぉ!!!」

 

 

わーんっと泣きながら俺の頭部を何度もハリセンで叩く黒ウサギ。鼻血や頭からドロドロと血が出ているが大したことじゃない。

 

 

「確かにレティシアが着る姿は俺も見たい。だが、耀。お前の意志はそれでいいのか?」

 

 

「意志……?」

 

 

「お前の意志は、スク水で終わっているのかと聞いているんだ!?」

 

 

俺の問いに耀の顔は真っ青になり、両膝を地面に着いた。

 

彼女は遅かった。重大な欠点に気付くことに!

 

 

「わ、わたしは……とんでもないミスを……!」

 

 

「今更気付いたか。そうだよ。スク水なんて今時、王道過ぎて、一位にはなれねぇよ」

 

 

「黒ウサギ。帰っていいのだろうか」

 

 

「黒ウサギも帰りたいですよ……」

 

 

「じゃあ……どうすれば……大樹なら、どうするの?」

 

 

「……これは拾いモノだ。お前にやる」

 

 

「ッ!?」

 

 

「遠慮しなくていい。ただそれをレティシアに着させて、俺に勝ってみろ」

 

 

「……いいの? わたしが一位になったら―――」

 

 

「舐めるなよ? 俺は、その程度では終わらない。覚えておけ」

 

 

俺はそう言い残し、歩き出した。

 

 

「ありがとう、大樹」

 

 

耀は立ち上がる―――

 

 

「絶対に、着させるから」

 

 

 

 

 

―――ネコ耳とネコの尻尾を握りながら。

 

 

 

 

 

「黒ウサギ」

 

 

「お元気で!!」

 

 

「黒ウサギ!?」

 

 

黒ウサギは振り返ることなく、その場から走って立ち去った。

 

 

 

________________________

 

 

 

「計画通り」

 

 

「ゲスな顔をしているのですよ……」

 

 

これでレティシアにスク水ネコ耳スタイルが見れる。黒ウサギのスク水は見てみたいが、それはまたの機会にしよう。クックックッ……!

 

 

「フッハッハッハッハ!!」

 

 

「「ッ!?」」

 

 

道を歩いていると、背後から大笑いが聞こえた。振り返るとそこにはライオンのような顔をした獣人が腕を組んでいた。

 

2メートルを越える巨体に、厳つい顔つき。鋭い爪は肉体を一刀両断できてしまうくらいでかい。

 

 

「噂になっているのが、こんな小僧だと? ハッ、魔王もさほど強くなかったのだろうな!」

 

 

「何だテメェは……」

 

 

「フン、貴様が俺様の名を知るのはこのゲームが終わってからだ」

 

 

気が付けば何十人もの獣人に囲まれていた。どうやら集団リンチでもするらしい。

 

 

「ゲームで優勝するのはこの俺……その時に、よく名前を聞くがいい!」

 

 

「あー、どうでもいいけどよぉ」

 

 

獣人の言葉を全く聞かない大樹はガリガリと頭を掻きながら答える。

 

 

「負け犬がよく言うセリフだぞ、それ」

 

 

ブチィッっと獣人のこめかみから聞こえた。

 

 

フッ……

 

 

獣人は一瞬で姿を消し、大樹の背後を取る。

 

 

「死んでろ」

 

 

たった一言。獣人は告げた瞬間、

 

 

ドゴンッ!!

 

 

獣人の腹部に大樹の回し蹴りがめり込んだ。

 

 

「「「「「は?」」」」」

 

 

周りにいた配下の獣人たちがポカンッとなる。

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォン!!

 

 

ワンテンポ遅れて遠くから衝撃音が轟く。配下の獣人たちがそちらの方を向くと、民家を何件も破壊し、遠くで白目を剥いてダウンしている獣人が見えた。

 

ポキポキと手を鳴らす大樹に配下の獣人たちは状況をやっと理解した。

 

 

「よし、持ってる衣装全部出せ。死にたくなければ、な?」

 

 

「「「「「———ははぁ!!」」」」」

 

 

獣人たちは片膝を地に着き、持っていた衣装を大樹に献上する。高速手のひら返しである。

 

 

「何だ……これは……?」

 

 

だが、献上した衣装に大樹の機嫌が斜めになった。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「黒ウサギにとら〇ラ!の〇河のコスプレができるわけねぇだろうがあああああァァァ!!」

 

 

「「「「「ギャアアアアァァ!?」」」」」

 

 

大樹の怒りの拳が炸裂。配下の獣人たちは一撃でやられてしまった。

 

 

「よ、よく分かりませんが理由は怒った何でしょうか? いえ、やっぱり―――」

 

 

「巨乳じゃダメなんだ」

 

 

「———聞かなくて……そんな理由だと思いましたよ……」

 

 

呆れられた。俺、悪くないよね?

 

 

「衣装は結構集まったけど、これじゃ俺の究極のエロスには辿り着けないな」

 

 

「お願いです。慈悲を」

 

 

「ノー」

 

 

「大樹さんの鬼畜!!」

 

 

ひどい。

 

 

「何だ? マニアックなプレイでも強要しているのか?」

 

 

「ッ!?」

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!

 

 

強烈な一撃が大樹の背中にぶつけられた。大樹は道を盛大に破壊しながら転がってしまう。

 

 

「い、十六夜さん!?」

 

 

大樹を蹴り飛ばしたのは十六夜。ニヤリと笑いながら黒ウサギと向き合うが、

 

 

「今だぜお嬢様!」

 

 

「しまっ———!?」

 

 

十六夜の呼びかけに黒ウサギは失態を犯したことに気付く。十六夜の狙いは———飛鳥の【威光】だ。

 

飛鳥の独り言は攻撃に含まれない。聞いた声が攻撃になることはないゲームの穴を知った十六夜たちは、次々と敵を撃破してきた。

 

このままだと飛鳥の命令を聞けば確実に攻撃を受けることにだろう。耳を塞ぐも、飛鳥が大声を出せば、少しでも聞こえてしまえば、黒ウサギたちの敗北は決定する。

 

屋根の上に登った飛鳥は大声を出す。

 

 

「『おっぱぁあああああああああああああああああいッ!!』———ちょっと!?」

 

 

黒ウサギの耳に飛鳥の声が届くことはなかった。

 

街全体に響き渡るくらいの大声。当然大樹の声だ。

 

黒ウサギは急いで大樹の所へ逃げて向かう。滅茶苦茶行くのは嫌だったが、仕方ない。

 

 

「チッ、やっぱりアレじゃダメか」

 

 

「『ちっぱぁああああああああああああああああいッ!!』———うるさいわよ!?」

 

 

「お嬢様! まずは大樹を潰すのが先だ!」

 

 

「『ロックバ〇タァァァアアアアアアアアアアア!!』———黙らせるわ」

 

 

流石にうるさすぎた。飛鳥はギフトカードを取り出し、キレる。

 

 

「ディーン」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

ワインレッドの輝きと共に姿を見せた赤き巨兵。鋼の巨人が地を揺らしながら街に降り立つ。

 

 

「でけぇええええええええ!?」

 

「何だアレ!? 反則だろ!?」

 

「潰されるぞぉおおお!?」

 

 

近くにいた他の参加者たちが一斉に逃げ出す。ディーンの肩に乗った飛鳥はそんなことは気にせず、満面の笑みで命令を下す。

 

 

「あの変態を潰しなさい」

 

 

「おぉう……完全にキレてるぞお嬢様が」

 

 

振り下ろされる拳。黒ウサギが悲鳴を上げるが、大樹は雄叫びを上げた。

 

 

「うおおおおおおォォォ!!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

ディーンの巨大な拳と何百倍も小さい大樹の拳がぶつかる。結果は目に見えているような光景だが、大樹は簡単に覆す。

 

 

「———おおおおッ、しゃあッ!!」

 

 

ガゴンッ!!

 

 

大樹はディーンの拳を弾き返した。

 

弾き返されたディーンの体はよろけ、バランスを崩した。

 

 

「嘘でしょ!?」

 

 

ありえない光景に飛鳥は目を見開いて驚愕する。振り落されないように必死にディーンにしがみついた。

 

しかし、仲間がピンチでも十六夜は笑っていた。

 

 

「やっぱ面白れぇよ、大樹!」

 

 

「そりゃありがとうッ!!」

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!

 

 

規格外な力のぶつかり合い。二人の拳圧は暴風を生み出し、衝撃波が一帯を襲う。

 

 

ドゴンッ!! ドゴンッ!!

ドゴオオオオオオオオォォォ!!

 

 

街を破壊しながら常識じゃ考えられない戦いを繰り広げる二人。巻き込まれた他の参加者たちが次々と失格になっていく。

 

 

「刀は使わねぇのかッ?」

 

 

「正々堂々、真正面から叩き潰してやるッ!」

 

 

「後悔するなよッ!!」

 

 

さらに戦いがヒートアップ。飛鳥のディーンが介入する隙など、どこにもなかった。

 

 

「さぁて、発声練習もやったし……本番行きますか。黒ウサギ! 耳をちゃんと塞いでいろよ!」

 

 

「え?」

 

 

何がやりたいのか理解できない黒ウサギ。構わず大樹は十六夜から距離を取り、スゥっと息を大きく吸い上げた。その行動に十六夜は顔をしかめ、すぐに飛鳥の所に戻る。

 

 

「耳を塞げッ!!」

 

 

「きゃッ!?」

 

 

十六夜は飛鳥を抱き上げて大樹から逃げるように走る。

 

大樹は目をカッと見開き、吐き出した。

 

 

「喝ッッ!!!!」

 

 

ドゥンッ!!!!

 

 

ビリビリと鼓膜が破けてしまうかのような大音量。黒ウサギはギリギリ耳を塞ぐことができ、鼓膜を破ることはなかった。

 

大樹の声だけで参加者が大幅に減少。ごくわずかにまで削られてしまった。

 

 

「こ、声だけで……!?」

 

 

「少しの攻撃だけでいいからって、アレ反則だろッ」

 

 

驚きを隠せない飛鳥に十六夜は冷や汗を流した。大樹は満足げな表情でニッと笑い、

 

 

「かはッ!!」

 

 

吐血した。

 

 

「大樹さんッ!?」

 

 

「ご、ごふッ……しまった……大き過ぎて……喉が……死んだ……!」

 

 

「もうフォローできない!? お馬鹿!」

 

 

もう声の攻撃が来ないことが分かった十六夜は、自分の声が届く所まで近づく。

 

 

「やるじゃねぇか。今の攻撃は焦ったぜ」

 

 

十六夜の答えを返そうとするが、大樹は喉の異変に気付き、黒ウサギにボソボソと耳打ちする。

 

 

「えぇ……」

 

 

聞いた位黒ウサギの表情は相当嫌そうな顔をしていた。

 

 

「『ここからが本気』だそうです」

 

 

「……喋れねぇのか?」

 

 

「極力喋りたいくないそうです」

 

 

「……お嬢様」

 

 

「『おっぱごばはあああああああああああああッ!?』———大惨事になったわね」

 

 

「きゃあああああァァァ!? 大樹さん!?」

 

 

飛鳥が喋りだそうとした時、大樹は大声を出して盛大に血を吐き出した。喉は本当に駄目になっているらしい。

 

 

「そろそろ終わらせるぜ黒ウサギ」

 

 

「くッ」

 

 

「絶対に見せないそのスカートの中、頭を突っ込んで見てやる!」

 

 

「こっちもお馬鹿!?」

 

 

「スカートに顔を突っ込むだと? ハッ、ぬるい!」

 

 

口から血を流しながら大樹は堂々と告げる。

 

 

「俺ならそのままスカートに突っ込んだあと―――」

 

 

ブシャッ

 

 

「———ぐぅ」

 

 

興奮のあまりに鼻血まで出す始末。結局最後まで聞くことができなかった。

 

 

「何をする気ですか!? 一体黒ウサギに何をするつもりなのですか!?」

 

 

「さ、さすが大樹……それはさすがに俺でも無理だ……!」

 

 

「あの十六夜さんが恐れている!? というか聞こえたのですか!?」

 

 

もちろん十六夜は聞こえていない。黒ウサギを冗談を言ってからかっているだけだ。

 

だから十六夜は気付かなかった。大樹が走り出そうとする行動に。

 

 

「ッ!?」

 

 

「気付くのが遅い!」

 

 

ダンッ!!

 

 

光の速度で十六夜と飛鳥の背後を取る。十六夜は急いで振り返るも、

 

 

「必殺!!」

 

 

大樹は叫ぶ!

 

 

 

 

 

「飛鳥のファーストキスは十六夜が奪いましたああああああァァァ!!」

 

 

 

 

 

「やりやがったな外道があああああァァァ!!」

 

 

 

 

 

十六夜が大樹の首に絞めかかろうとするが、大樹の手が邪魔をする。

 

 

「どっちが外道だよ!? 催眠術に掛かっているからってキスする鬼畜野郎はお前ぐらいだ!」

 

 

「汚ねぇぞ大樹! これがお前のやり方かぁ!!」

 

 

「勝てばいいんだよ勝てば! これが俺様のやり方だぁッ!!」

 

 

「だったら俺も使わせてもらうッ!!」

 

 

十六夜は叫ぶ!

 

 

 

 

 

「大樹は寝ている黒ウサギの胸を揉んでいたことがあるッ!!」

 

 

 

 

 

「大嘘ついてんじゃねぇぞ外道があああああァァァ!!」

 

 

 

 

 

一撃必殺の威力を誇る大樹の蹴りが十六夜に向かって連打で放たれる。十六夜は全て見切り、華麗に次々と避ける。

 

 

「さらに罰ゲームでお嬢様のパンツを頭に被ったことだってある!」

 

 

「ね――――――――――――――――よッ!!」

 

 

「本当は巨乳が好きだとあの三人には言えないだろ!」

 

 

「違う。俺はおっぱいそのものが大好きなわけであってだな」

 

 

「変態の言うことは違うな! さすが風呂を覗いたことだってある奴だぜ!!」

 

 

「それは未遂だろうがッ!!」

 

 

「かかったな!!」

 

 

「やりやがったなクソッタレがあああああァァァ!!」

 

 

その時、空気が凍った。

 

 

「座れ」

 

 

冷徹な一声に、俺と十六夜の言葉が止まった。

 

飛鳥の瞳に光は無い。まるで俺たちを醜い姿をした芋虫でも見るかのような目だった。

 

【威光】が使われていないのに、俺たちの身体はゆっくりと地面に正座をして震えた。

 

 

 

 

※ここから先は箱庭の都合により、書くことが許されません。

 

 

 

 

~ 説教後 ~

 

 

 

 

「「はい、絶対にしません」」

 

 

完全にテンションが沈んだ大樹と十六夜。二人の目は死んでおり、飛鳥という魔王に怯えていた。

 

説教なんて言葉じゃ生ぬるい。拷問より酷いモノを見た。

 

さすがの黒ウサギもやり過ぎだと同情する。頬が引きつっていた。

 

 

「それじゃあ大樹君。『そのまま正座していなさい』」

 

 

「しまったぁああああああああああ!?」

 

 

大樹の体はガッチリと地面に固定されてしまう。どんなに力を入れても動きそうになかった。

 

 

「逃げろ黒ウサギ!!」

 

 

「おいおいそれは違うだろ! もうルールは忘れたのか!?」

 

 

十六夜の言葉に俺と黒ウサギは嫌な顔をした。ペアでの行動は絶対。黒ウサギは俺から距離を取り過ぎることはできない。

 

 

「ッ———!!」

 

 

「『黙りなさいッ!!』」

 

 

ガチンッと歯を鳴らしながら俺の口は閉じてしまう。これで叫ぶことも封じられた。

 

十六夜が黒ウサギに攻撃を仕掛けるが、黒ウサギも負けていない。自慢の脚力で十六夜から逃げる。

 

しかし、長くは続かない。飛鳥はディーンを操り、黒ウサギの進路を塞ごうとしている。飛鳥の命令を聞けば、俺たちは終わる。

 

 

(どうする!? このままじゃ……!)

 

 

体は動かない。どんなに力を入れてもビクともしない。

 

焦る気持ちが抑え切れず、冷静な考えができない。

 

 

(こうなれば―――ッ!!)

 

 

大樹はもっとも効率の悪い手段を取った。

 

 

「お嬢様! 挟み撃ちだ!」

 

 

「ええ!」

 

 

ディーンの大きな巨体が黒ウサギの進行方向を塞ぐ。すぐ後ろからは十六夜が追いかけて来ている。

 

黒ウサギはどこかに逃げようとするが、ディーンの驚異的リーチの長さ、十六夜の身体能力の前では不可能に近い。

 

 

「ッ……!」

 

 

黒ウサギも【ノーネーム】の最強問題児である二人の前では勝てない。負ける覚悟をしたその時、

 

 

「させるかよッ!!」

 

 

「なッ!?」

 

 

十六夜の背後を大樹が取った。

 

大樹は勢い良く体を回転させ、回し蹴りを十六夜にぶつける。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

通常では考えられない衝撃波。耳を(つんざ)くような鋭い衝撃音が轟いた。

 

十六夜の体は吹っ飛ばされ、ディーンにぶつかり、ディーンの巨体も後ろに倒れた。

 

あまりの無茶苦茶に飛鳥は驚くしかない。十六夜は笑っているが、不可解なことに黒ウサギも驚愕していた。

 

ずっと疑問になったことを飛鳥は叫ぶ。

 

 

「どうして動けるのよ!?」

 

 

「解いた!」

 

 

「どうやってよ!?」

 

 

________________________

 

 

 

動けなくなった大樹はまず息を止めた。

 

苦しくなっても止め続け、止め続け、止め続け……止め……つ、づ……け……。

 

 

ガクッ

 

 

首がガクンっと落ち、動かなくなった。

 

 

 

 

 

―――この時、大樹は気を失っていた。

 

 

 

 

 

正座していた体は前から崩れて地面に倒れる。頭を勢い良いよくぶつけるが、起きる気配は全くない。

 

数十秒後、大樹の体に変化はあった。

 

 

「———ハッ!?」

 

 

気が付いたのだ。

 

時間は早かった。意識を取り戻した後は、必死に失った空気を取り戻すために深呼吸を繰り返す。

 

そして飛鳥の【威光】が効力を無くしていることを確認。体は自由に動けるようになっていた。

 

飛鳥のギフトは謎が多い。それでも俺の意識に干渉しているのではないかと考えた。ならその意識を一度落とせば消えるのでは? そういう結論に辿り着いた。

 

 

「俺の究極のエロスの邪魔をすんじゃねぇよ……!」

 

 

そして次の瞬間、大樹は十六夜の背後を取ったのであった。

 

 

________________________

 

 

一連の出来事を聞いた三人は言葉を失った。

 

人の意識を奪うには両頸動脈の圧迫や精神から来るショックなどなど、様々な方法や事例がある。

 

だが、息を止めただけで意識を奪うことはできるのか?

 

確か医学的にできると言えばできる。しかし短時間で己の意識を奪い、すぐに意識を覚醒させるなど、普通じゃない。ショックで死ぬ可能性だってある。

 

そもそも、自分の意識を刈り取る時点で常識を踏み外している。

 

 

「ば、化け物よ……大樹君、お願いだから止めて欲しいわ……」

 

 

「新しい止め方をされてしまった!?」

 

 

嫌いなワード『化け物』からの『心配される』は新しい境地だった。心が痛い。

 

 

「だが安心しろ。これは俺の技のようなモノだからな。まだまだ未完成だけど」

 

 

大樹は拳を握り絞め、十六夜たちに立ち向かおうとする。

 

その時、

 

 

『残り時間、30分となりました!』

 

 

サンドラの声が街に響き渡った。大樹と十六夜は同時に焦る。

 

 

「やべぇ!? こっちはガーターベルトとメイド服しかねぇぞ!」

 

 

「しまった!? こっちはナース服しかねぇぞ!」

 

 

((まともな服が無い……))

 

 

予想できていた範囲だが、これは酷過ぎないだろうかと『(被害者)』の黒ウサギと飛鳥は思う。

 

 

「ナース服……だと……!?」

 

 

「メイド服……だと……!?」

 

 

「あ、大樹さんと十六夜さんの目がやばいです」

 

 

大樹と十六夜は互いに問う。

 

 

「ナース服に注射器はセットされているのか!?」

 

 

「メイド服のスカートの丈は短いのか!?」

 

 

そして、両者は頷いた。

 

 

「「交換だ」」

 

 

「もうこの問題児たちは嫌なのですよおおおおおォォォ!!」

 

 

「絶対にやめなさい!?」

 

 

大樹は想像する。黒ウサギが年上の女性の雰囲気を纏ったナース服で注射してくれる姿を。

 

十六夜は想像する。短いスカートを穿いて顔を真っ赤にしながら接客する姿を。

 

 

ガシッ!!

 

 

男の友情は、固く結ばれた!

 

 

 

________________________

 

 

 

「ナース服♪ ナース服♪ あなたもわたしもナース服♪」

 

 

「おぞましい歌を歌わないでくださいよ……」

 

 

完全にやる気がない黒ウサギ。あんなに楽しみにしていたのに、何が起きたのだろうか?(すっとぼけ)

 

あとはこのまま会場に帰り、黒ウサギにナース服を着せれば―――

 

 

バシッ

 

 

「え?」

 

 

俺の手元からナース服が消えた。

 

一瞬、黒ウサギが取ったかと思ったが違う。黒ウサギも無くなったことに驚愕している。

 

 

「ヤホホ! これは私たちが頂いて行きます!」

 

 

「さすがに油断しすぎだっての!」

 

 

カボチャのお化けのような姿をしたジャック。パンプキンの頭にはアーシャが乗っている。

 

二人の姿はだんだんと小さくなる。はやく追いかけなければ見失ってしまう。

 

 

「だ、大樹さん!? 追いかけ―――」

 

 

「キレそう^^」

 

 

「絶対にキレていますよそれ!?」

 

 

大樹は鬼の形相で呟いた。

 

 

「アイツら埋める」

 

 

黒ウサギは今日一番、ゾッとした。

 

大樹はギフトカードから刀を取り出し抜刀。一切手加減は無く、容赦はしない。

 

 

ダンッ!!

 

 

大樹は音速で走り出しジャックを追いかける。その速度はジャックにすぐに追いつけてしまうほど。

 

次に大樹は跳躍し、ジャックの真上を取る。

 

 

「今日だけ限定式、【一撃必殺の構え】」

 

 

「「ッ!?」」

 

 

突如現れた大樹にジャックとアーシャは驚愕。反応できない。

 

 

「【埋埋埋殺殺殺斬(3回埋めて3回斬り殺す)】」

 

 

「読めないうえに意味が分からない!?」

 

 

ドゴンッドゴンッドゴンッ!!

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!

 

 

連続でジャックの体に斬撃が叩きこまれた。ジャックの体は音速で地面に叩きつけられる。

 

その衝撃は凄まじく、街の中に巨大な穴が開くほどの威力だった。

 

 

「あぁ……復興した街が滅茶苦茶なのですよぉ……」

 

 

【ペルセウス】が泣きながら作業する光景。黒ウサギは安易に想像できた。

 

ボロボロになった民家や地面から盗まれたナース服を取り返す。

 

 

「よし、あったぜ!」

 

 

ただし、ボロボロに無残な姿になった衣装を。

 

 

「( ゚Д゚)……ハハッ」

 

 

手加減を間違えた。

 

修復? できるわけがない。

 

 

「アァ……(゚Д゚ )」

 

 

ナース服は、死んだ。

 

 

「あああああああああああああああああああああァァァァァ!!!」

 

 

「大樹さんが壊れたッ!?」

 

 

ああああ! あああああ! あああああああ!

 

 

「ナース服ぅ……! ナース服がぁ……!」

 

 

「こんなに落ち込んでいるにも関わらず、ここまで慰める気が起きないのは初めてですよ」

 

 

制限時間は残り10分。もう時間が無い。

 

その時、背後にあった瓦礫が動いた。

 

 

「ヤホホ……これは参りましたね……まさかここまで強くなっているとは」

 

 

「じゃ、ジャックさんがいなかったら死んでたわアタシ……」

 

 

ジャックが瓦礫を退かしながらアーシャと一緒に脱出して来た。

 

刹那、ジャックの体が消えた。

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!

 

 

境界壁の岩壁から爆音が轟く。砂煙が盛大に舞い上がり、巨大な亀裂が走った。

 

大樹は音速を超える速度でジャックの頭を掴み、そのまま壁にぶつけるという容赦の無い一撃が炸裂した。

 

 

「ナース服出せ」

 

 

「や、ヤホホ……少しばかり執着心が高過ぎるのでは?」

 

 

それでもジャックは無傷だった。聖人ペテロに烙印を押されし不死の怪物。その強さは伊達じゃない。

 

 

「ナース服を手に入れるためなら……俺は死んでも生き返る!」

 

 

「不死の私でもビックリな答えですね……」

 

 

ジャックは「これは難しそうですね……」と小さな声で呟いた後、両手に二つの宝箱を取り出した。

 

 

「私たちの目的はナース服を消滅させること。優勝候補だったあなたは、狙われていたのですよ」

 

 

「チッ、やっぱり気付かれていたか」

 

 

「ヤホホ、あの問題児から情報提供されましてね。ナース服はどうも見逃せませんでした」

 

 

ご機嫌に笑うジャックに対し、大樹は鬼の形相で睨んだ。というか俺たちは十六夜たちに売られたのかよ。

 

 

「ヤバい。ジャックさんが何言っているのか分からねぇ」

 

 

「アーシャさん。黒ウサギもずっと分かりません。だから安心してください」

 

 

「ヤバい。全てを悟って目が死んでいるウサギもいる……」

 

 

地上にいる唯一のツッコミ担当もおかしくなっていた。

 

 

「あなたを脱落させるのに失敗した今、白旗を上げるしかありませんね」

 

 

「白旗だと?」

 

 

「ここに2つの衣装があります」

 

 

ジャックはカボチャの目の瞳を光らせる。

 

 

「どちらかを差し上げるので見逃してはくれないでしょうか?」

 

 

「ナース服によるな」

 

 

「ナース服はもうありません」

 

 

「交渉決裂。死んでくれ」

 

 

「片方は普通の衣装ですが、もう片方には———」

 

 

ジャックは大樹が殴る前に告げる。

 

 

「———裸エプロンが入っています」

 

 

ピタッ

 

 

大樹の拳が止まった。

 

驚愕の表情に染めた大樹は震える唇を動かす。

 

 

「裸エプロン……だと……!?」

 

 

「なッ!?」

 

 

ウサ耳で聞こえた不穏な言葉に黒ウサギは顔を真っ赤にした。

 

 

「絶対にダメですよ!? それだけは絶対にダメですからね!?」

 

 

「……馬鹿かお前? 俺は究極なエロスを求めているんだ。そんな単純なエロなんて、興味ねぇよ」

 

 

「そう言いながら宝箱を握るのはやめてください!?」

 

 

「黒ウサギ。俺はオススメしないが、エプロン無しでもいいぞ?」

 

 

「それもう裸じゃないですか!?」

 

 

「制服エプロンでもいいんだが、制服がないからな……仕方ない、裸エプロンにしよう」

 

 

「何も妥協されていませんよ!?」

 

 

「裸エプロンの方が防御力が高いかもよ?」

 

 

「薄いですよ!?」

 

 

「ハゲてねぇよ!」

 

 

「何の話ですか!?」

 

 

「さぁどちらかを選んでください」

 

 

ジャックの問いに俺はゴクリッと唾を呑み込んだ。

 

究極の選択を目の前にした大樹は全く選べずにいる。それをジャックは楽しむように見ていた。

 

大樹は拳をグッと握り絞め、ついに答えを出す。

 

 

「お前倒して両方貰うわ☆」

 

 

「ちょっ―――!?」

 

 

この後、ジャックとアーシャは失格になった。

 

 

 

________________________

 

 

 

「絶対に着ません!」

 

 

「はぁ!? じゃあ裸で出場するって言うのかよ!?」

 

 

「違いますよ!?」

 

 

断固拒否し続ける黒ウサギ。既に生き残った者たちは裏方で着替えを済まし、準備している。

 

更衣室でずっと裸エプロンの良さを熱弁しているのに効果が全くない。

 

 

「お前はだんだん裸エプロンを着たくな~る」

 

 

「洗脳しないでください!?」

 

 

時間が無い。このまま究極のエロスを披露できない。

 

その時、大樹の頭に熱が一瞬だけ走った。

 

 

「ッ———!」

 

 

待て。俺は何をしている?

 

俺の手に入れた究極のエロスは裸エプロンじゃ伝えれないことに今更気付いてしまった。

 

 

ドサッ

 

 

己の愚かさに、絶望した。

 

 

「裸エプロンじゃ……駄目なんだ……!」

 

 

「ついには脱げと言っているのですか!?」

 

 

「違う……違う! 究極のエロスは肌を露出すればいいってものじゃないんだ!」

 

 

「また不毛な会話が始まりましたよ……」

 

 

「水着だって布の面積を小さくすればエロいってわけじゃない! 考えてみろ! その着ている女性がムキムキのゴブリンのような奴だった時、俺たちはエロく思えるのか!?」

 

 

大樹の言葉通り想像して危うく戻しそうになった黒ウサギ。大樹は少しだけ吐きそうになっていたが、堪えている。

 

 

「否! だったら裸エプロンも同じことだ! 裸エプロンは決して究極のエロスというわけではないんだよぉ! ちくしょうがッ!!」

 

 

そう言って大樹は裸エプロンをゴミ箱の中にダンクシュートを決めた後、ゴミ箱を蹴り飛ばして空の彼方へと飛んで行った。というかその説を逆に捉えるとムキムキのゴブリンが着てもエロく見える衣装―――これ以上はやめよう。

 

 

「ちょっと大樹さん!? もう衣装は無いのですよ!? どうするつもりですか!?」

 

 

「だったら裸エプロン着るのかよ!?」

 

 

「着ません!」

 

 

「クソッタレがぁ!!」

 

 

「キレないでください! 情緒不安定ですか!? 少しは落ち着いてください!」

 

 

「 ( ・_・ ) 」

 

 

「急に落ち着かれるとこっちが困ります!」

 

 

「そうだガーターベルトがあった! 切り札を忘れていたぜ! もうこれだけでいいよ!」

 

 

「結局裸じゃないですか!? 永遠に忘れてください!」

 

 

大樹と口論していると、ハッと黒ウサギは何かに気付く。

 

 

「ジャックさんからもう一つ貰いましたよね!?」

 

 

「あぁ? 裸Yシャツのことか?」

 

 

「どんだけエロにこだわるんですか!? 普通の衣装が入っていると聞いていました!」

 

 

「ハッ、なおさら渡せねぇなそれは」

 

 

「何で!?」

 

 

「普通の衣装だからだよ!」

 

 

「普通がいいんですよ!」

 

 

もういいです!っと黒ウサギは大声を出して会話を止めた。プルプルと体を震わせ怒る黒ウサギ。

 

 

「……ついに黒ウサギは使いますよ。優子さんから教えてもらったこの技を……」

 

 

(一体何を教えたんだよ優子……)

 

 

黒ウサギはカッと目を開き、腕を組んだ。

 

 

 

 

 

()()さんのこと、()()()いになりますよ!」

 

 

 

 

 

「……………」

 

 

「……………」

 

 

「……………」

 

 

「……………」

 

 

「……………」

 

 

「……………」

 

 

「……………寒いな」

 

 

「そんなつもりじゃなかったのですよおおおおおォォォ!!」

 

 

普通に言えよ。もっとストレートによ。ってあれ?

 

ストレートに言うと、嫌われているのか俺?

 

 

「……………」

 

 

「だ、大樹さん? 急に後ろを向いたりして、どうしたのですか?」

 

 

「ど、どうもしてねぇよ!」

 

 

大樹はキリッと黒ウサギに顔を向ける。

 

 

「嫌いになられても、俺はアレだかんな!!」

 

 

「涙流しながら言われましても!? というか本当に効いた!?」

 

 

「うっせ! うっせよバーカバーカ!」

 

 

「ちょッ!? あぁ鼻水が凄い事に!? ごめんなさい! 黒ウサギが悪かったですから!」

 

 

「と、とにかくだ! 衣装を開けてやるよ!」

 

 

「その鼻水まみれの手で触らないでください!」

 

 

代わりに黒ウサギが宝箱を開ける。大樹はティッシュでいろんな液体を拭いた後、中を覗く。

 

 

「こ、これは……また凄い衣装ですね……」

 

 

中に入った衣装は今まで見た中でインパクトがあった。

 

しかし、それは決してエロいモノではない。それは確かだ。

 

だが、大樹は呟いた。

 

 

「……これだ、究極のエロス!!」

 

 

「何てことを言うのですか!? この衣装に失礼ですよ!」

 

 

「頼む着てくれ黒ウサギ! 俺のために!」

 

 

黒ウサギの頭の中で何度も繰り返される。『俺のために!』という言葉が。

 

 

「黒ウサギは……黒ウサギは……!」

 

 

本当に着て良いのか迷ってしまう。着たいという気持ちは強いが———

 

 

「着て欲しいんだ」

 

 

黒ウサギは思った―――

 

 

(あ、この目は……)

 

 

―――大樹の目は黒ウサギではなく、エロスを見ている。最低野郎の目だった。

 

このままだと駄目だ。着ても虚しくなるだけだ。

 

 

「じょ、条件があります……」

 

 

「へ?」

 

 

黒ウサギは、ある条件を出した。

 

 

 

________________________

 

 

 

会場は最高潮の盛り上がりを見せていた。

 

特にレティシアのネコ耳と尻尾を付けたスク水衣装や、飛鳥の顔を真っ赤にしながら罵るメイドがヒートアップしていた。

 

 

「どうだ白夜叉? あえて台本にレベルが高いセリフを書くことでお嬢様の羞恥心を高め、会場に向かって罵倒させる作戦は」

 

 

「神」

 

 

グッと親指を立て鼻血を流す白夜叉。最後は握手をかわした。

 

 

「じゃがもう少し声にドスがあったほうが良いかもしれんのう」

 

 

「なるほど。清楚な令状に口汚く罵られる。いいなそれ」

 

 

「甘いな。俺なら王道のツンデレを目指す。散々言わせた後は小さい声でお礼を言わせようじゃないか。なんなら告白に近い言葉でも」

 

 

「「お前が神か」」

 

 

突如乱入して来た大樹。白夜叉、十六夜、大樹の順で客席に座る。

 

 

「決まったのか? ナース服はよ」

 

 

「何じゃと? おんし、ナース服という低レベルなモノに―――」

 

 

「いや、それから裸エプロンとか手に入れたんだけどな」

 

 

「「「「「え?」」」」」

 

 

観客が全員こちらを向いた。

 

 

「あ、黒ウサギ」

 

 

バッ!!

 

 

コンマ一秒もかからなかった。全員が大樹の指さす方向を見た。

 

 

 

 

 

―――そこにはムキムキのゴブリンのような女性がマイクロビキニを着ているだけだった。

 

 

 

 

 

「「「「「オロロロロ!!」」」」

 

 

もうそれは集団テロ。いや、集団ゲロだった。

 

 

「馬鹿が! お前らなんかに黒ウサギの裸を見せるかよ! うぇっぷ」

 

 

「お前もダメージくらってるじゃねぇか……うッ」

 

 

「オロロロロッ」

 

 

この後、清掃委員がギフトを使って速攻で片付けてくれた。汚してごめんなさい。

 

 

「残念だが、究極のエロスは裸エプロンじゃない。俺は裸エプロンを越えたモノを見つけた」

 

 

「は、裸エプロンを越えた!? 馬鹿な!?」

 

 

「おい大樹。まさか全裸とか言うんじゃないだろうな?」

 

 

「ハッ、十六夜。エロス舐めてんのか?」

 

 

「分かっておらぬ! 全裸じゃ意味がないのだ!」

 

 

「それぐらい俺だって分かっている。だが裸エプロンだろ? 究極に近い代物だというのは分かっているだろ? それをやすやすと越えたのが信じられないんだよ」

 

 

「ムムッ……それはそうじゃが……」

 

 

「この愚か者!!」

 

 

バシンッと十六夜と白夜叉の頬を叩く。黒の女教師を越えた迫力だった。

 

 

「結構痛ぇな……」

 

 

「ぶ、ぶたれた……神なのに……」

 

 

「見せてやるよ白夜叉、十六夜。想像力の先に存在する宇宙を凌駕した本物のエロスを!」

 

 

その時、会場が静まり返った。

 

観客の目は一点に釘付けされ、言葉を失った。

 

舞台に立つのは黒ウサギ。いや、白ウサギだった。

 

 

 

 

 

純白のウェディングドレスを纏った黒ウサギがそこにいた。

 

 

 

 

 

それはあまりの美しさに全男たちが酔った。

 

それはあまりの可愛さに全女たちが頬を赤くした。

 

それはあまりの輝きに、全ての者が見惚れた。

 

顔を朱色に染めた黒ウサギは、とても綺麗だった。

 

 

「……………ハッ」

 

 

一番正気に戻るのが早かったのは白夜叉だった。

 

 

「おんし……これがエロいだと? わたしを失望させるな小僧!」

 

 

「大樹! 綺麗な体のラインが強調され、胸がいつも以上にエロく見える確かだ! でも、エロスは全く足りてねぇぞ!」

 

 

白夜叉と十六夜に怒鳴られる大樹。彼はただ、目を瞑り呟く。

 

 

「レベルの低いエロスだな、お前ら」

 

 

「「何……だと……?」」

 

 

「ここからが、究極のエロスだ」

 

 

その時、黒ウサギが大きなスカートを掴んだ。

 

そしてあろうことか、スカートを上にあげているのだ!

 

 

「「「「「なッ!?」」」」」

 

 

男たちは全員立ち上がり、女は手で顔を隠した。

 

ゆっくりとスカートが上がるにつれて、スラッと綺麗な足が見え始める。

 

 

「こ、これは……!?」

 

 

「まさかッ!?」

 

 

もう鼻から血を噴射させた白夜叉と十六夜が驚愕する。

 

黒ウサギのスカートを上げる手が止まる。そして太股が露わになり、最強のエロスがそこにあった!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ガーターベルトだとおおおおおおおおォォォ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白夜叉の驚愕の声と同時に、全観客席から赤い液体が舞った。

 

顔を真っ赤にしながら白のガーターベルトを見せる黒ウサギに、誰もがエロいと感じたのだ。

 

 

「ど、どういうことだ大樹!? 何故俺はガーターベルトがあそこまでエロく見えてしまうんだ!?」

 

 

「黒ウサギのガーターベルトは見慣れたはずなのに……何故じゃあああああァァァ!!」

 

 

鼻から大量の血を出した大樹はニッと笑い、大声で話す。

 

 

「聞け! 究極のエロスを求める愚か者よ!」

 

 

挑発した言葉に全員が顔を向ける。

 

 

「これで分かっただろう! 俺のエロスが本物だと言うことが!」

 

 

だが!!っと大樹は首を横に振った。

 

 

「これは、究極のエロスではないことを覚えておいてもらいたい!」

 

 

「ど、どういうことだ!? 究極じゃないだと!?」

 

 

「白夜叉。俺はここに本物のエロスを見つけて来た。でもな、これは究極にしては駄目なんだ」

 

 

大樹は跳躍して黒ウサギのいる舞台まで来た後、両手を広げた。

 

 

 

 

 

「俺たちのエロスは、終わっていけないからだ!」

 

 

 

 

 

その言葉に、男たちは震えた。

 

 

「エロには星の数以上のエロスがある! 俺たちはその全てを見る目的がある! 究極だけを見て、満足するなんて、何がエロ大王だ! 何がエロ魔神だ! 何がエロ大樹だ!」

 

 

大樹は叫ぶ。

 

 

「究極のエロスを永遠に追い求めることに、意味があるのだろうがッ!!」

 

 

「「「「「ッ!」」」」」

 

 

「肌の露出が少ないウェディングドレスがガーターベルトを着用しただけで、こんなにエロく見えるのだぞ!? 予想できたかお前らは!? この可能性を見抜けたか!?」

 

 

否っと大樹は続ける。

 

 

「できるわけがない! 余裕で分かるんだよ! 何故なら今お前らの顔は血で染まっている! それがエロいモノを見た立派な証拠だ!」

 

 

熱弁する大樹はまだ続ける。

 

 

「そして、今のお前らは醜い! 肌が見えればいい。胸や尻が、パンツがブラが見えればエロいと考えるただのエロ猿でしかない!」

 

 

だが俺は違うっと大樹は宣言する。

 

 

「究極のエロスは存在しない! だが本物はあることを証明した! なら俺がやることは決まっている! 究極のエロスへの秘境、夢は永久不滅の理! 道しるべの無い険しい道を行くこと! いや、宇宙を目指すことだ! そして究極を求め続けることを宣言する! 何故なら―――」

 

 

叫ぶ。腹の底から声を出して伝える。

 

 

 

 

 

「———そこに本物のエロが必ずあると知っているからだッ!!」

 

 

 

 

 

大樹の声が轟く。

 

しばらく観客は黙っていたが、大樹が全エロスを握り絞めた拳を空に向かって突き上げた瞬間、

 

 

「「「「「わあああああァァァ!!」」」」」

 

 

大歓声が巻き起こった。

 

それはエロに対する最高の心構えを見せた大樹を称えた拍手だった。

 

大切なことを教えてくれた者に感謝し、喜びを見せた。

 

 

「黒ウサギ……ここまで酷いギフトゲームを見たのは初めてですよ……」

 

 

大樹コールが鳴りやまない。大樹に拍手喝采が送られる。

 

 

「ふぅ……認める、しかないかのう」

 

 

「ヤハハ、今回は負けだな」

 

 

白夜叉と十六夜は自分の鼻血をティッシュで拭く。

 

 

「満場一致! 審議の必要は無いな! このゲームの勝者は———いや、究極エロスを見つけた最強は———」

 

 

勝利した者の名前を白夜叉は答える。

 

 

「———楢原 大樹!!」

 

 

「おっしゃぁ!!」

 

 

わぁあああああァァァ!!!!

 

 

今宵の宴は、火龍誕生祭で一番の盛り上がりを見せたのであった。

 

 

________________________

 

 

 

「よぉ黒ウサギ。まだエロい恰好していたのか?」

 

 

「ウェディングドレスです! エロくありません!」

 

 

「じゃあ黒ウサギがエロいのか」

 

 

「え、エロくないです!」

 

 

「どうしたエロウサギ?」

 

 

「怒りますよ!?」

 

 

もう怒っているよね?

 

以前十六夜が言っていた。黒ウサギはいじってナンボだと。ちょっと否定できないな。

 

綺麗な街の夜景が見渡せる境界門の城壁の上に俺たちはいた。黒ウサギはあのウェディングドレスを身に纏い、今は見えないがガーターベルトを着用しているはず。おい風。仕事しろよ?

 

そんなことを考えていると、くすりッと黒ウサギは笑った。

 

 

「……何だよ」

 

 

「似合っていますよ? タキシード姿の大樹さん」

 

 

そう、今の俺は黒のタキシードを着ている。これは黒ウサギがウェディングドレスとガーターベルトを着用する条件だった。

 

黒ウサギの微笑みは破壊力抜群。恥ずかしさを隠すために顔を逸らしてしまう。

 

 

「そ、そうかよ。キッチリした服はあんまり好きじゃないんだけどな」

 

 

「大樹さんの性格上、分かります。普段はダメダメですから」

 

 

「ひでぇ」

 

 

「えぇ全くです。酷い人です」

 

 

ですがっと黒ウサギは続ける。

 

 

「優しい人だと、黒ウサギは知っていますよ」

 

 

やべぇ。あまりの可愛さに直視できねぇ。

 

 

「さ、寒いし早く済ませようぜ! 十六夜たちが来たら厄介だからな!」

 

 

「そ、そうですね!」

 

 

と二人で笑うが、会話が止まってしまう。

 

黒ウサギが出した条件、それは———予行練習の『結婚式』だった。

 

 

「先に言っておくが———」

 

 

「はい、予行練習です」

 

 

「———分かってるならいい」

 

 

黒ウサギは嬉しそうに、しかしどこか寂しそうな表情で答えた。

 

ここまでされたらさすがに分かる。というか黒ウサギ、俺のこと好きだと言ったしな。

 

っと思い出しただけでにやけてしまうので考えるのはやめる。今は集中……集中……螺旋丸! 何やってんだ俺?

 

 

(もし黒ウサギの将来の新郎が俺じゃなかったら———)

 

 

あれ? 何だこのモヤモヤは?

 

 

「大樹さん?」

 

 

「ひゃい!?」

 

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

 

「す、すまん。緊張してな……」

 

 

な、情けねぇな俺! ひゃいってコミュ障でもここまで酷くねぇぞおい!?

 

 

「安心してください。黒ウサギも緊張しています」

 

 

「お、おう……」

 

 

あらやだ。手を握ってられて安心しちゃったわ。俺、男の子なのに。

 

黒ウサギの手は少し冷たく、小さい。俺は黒ウサギの両手を自分の両手で包み込んだ。

 

 

「なぁ黒ウサギ。予行練習って言うのは……俺の勘違いでいいのか?」

 

 

何故だろうか。俺の勘違いじゃないと、とても嫌だ。

 

まさか俺は黒ウサギを独占したいのか?

 

 

「ッ……えっと、その………!」

 

 

黒ウサギは言葉を何度か濁した後、コクリッと頷いた。

 

あれ? もうゴールしていいの? 凄いな俺。美少女ゲームの主人公並みに凄いよ。

 

さて、今更気付いたんだけど―――結婚式の流れ、全然分からない。

 

神父さん呼んで! もうステイル辺りでもいいから!

 

 

(何を誓う!? 愛すること!? レベル高いな!?)

 

 

頭の中がグルグルと回り、混乱したまま俺は言葉を出す。

 

 

「しょ、生涯を懸けて守り続けることを誓うッ!」

 

 

「ッ!?」

 

 

すごい踏み込んだ俺ええええええェェェ!?

 

もうそれ『結婚して愛し続ける』の同義語じゃねぇ!? 生涯懸けちゃったよ!

 

 

「あ、ありがとう……ございます……!」

 

 

守りたい。この表情。

 

顔を真っ赤にしながらお礼を言われた。前言撤回できねぇ!!!

 

どうしよう。凄く抱きしめたい。この感覚は美琴のツンデレを見た時や、アリアが雷で怖がっている時や、優子の上目遣いを見た時と同じ。だが俺の理性は強固。舌を噛み自制する。口の中、血で溢れかえりそうになったが、大丈夫だ、問題ない。

 

 

「……大樹さん」

 

 

「ッ……!?」

 

 

黒ウサギは一歩前に踏み出し、俺に近づいた。そして俺の顔をしばらく見つめた後、そっと目を閉じた。

 

 

(俺のファーストキスがここで使われる!?)

 

 

ヤバいどうしようめっちゃ可愛い。というか視線が強調された大きなおっぱいに―――じゃねぇ!!

 

駄目だ駄目だ! これは予行練習! 本当にキスしてしまえば———!?

 

 

「黒ウサギ」

 

 

気が付けば、俺は黒ウサギの両肩を掴んでいた。

 

ふぁ!? ちょっと、うぇ!? 俺の体が勝手に動くんだけど!? 抑えろ俺の両腕! 

 

俺の顔と黒ウサギの顔が近づく。唇と唇の距離はダンダンと短くなりってほぉあああああ!?

 

 

ピタッ

 

 

ギリギリ止まった。やばい、あと3センチあるかどうかだわ。

 

……………よし、冷静になった。

 

 

「え?」

 

 

俺は覚悟を決めた。

 

 

「だ、大樹さん!?」

 

 

俺は黒ウサギを抱き締め、顔の頬同士がくっつく。

 

 

「これは予行練習だ」

 

 

 

 

 

そして、大樹は首筋に唇を付けた。

 

 

 

 

 

「ぁッ……!」

 

 

黒ウサギが小さく声を漏らす。

 

数秒の出来事。首筋にキスし終えた後はすぐに顔を離した。

 

 

「悪い。何か……すまねぇ」

 

 

黒ウサギと同じように顔を赤くし、目を逸らしながら大樹は答える。

 

よくおでこにキスをするシーンはある。守ってあげたいという気持ちが強かったりする表れだ。

 

大樹が行った首筋にキスをする。この場合、大樹は独占欲が強いことを表している。誰にも渡したくない。そんな意味が込められている。

 

当然、黒ウサギだけでなく、大樹も知っている。

 

 

「「……………ッ!?」」

 

 

二人は心の中で叫ぶ。

 

 

大樹(何やってんだ俺ええええええェェェ!? 選択肢間違ってるよ!? 前の話までロードロードロードしてぇ! 唇はアウトだと思っていたけど、首はツーアウトだろ!? いやチェンジか!? 俺の馬鹿アホスケベアンポンタン大樹! もう何か―――)

 

 

黒ウサギ(ど、どどどどうしましょう!? 大樹さんなら絶対にしないと思っていたら首筋にされたのですよ!? 意外な行動で胸のドキドキが止まらないのですよ! もう黒ウサギ嬉し過ぎてって違います違います! 今はとにかく―――!?)

 

 

((———死にたい!!))

 

 

二人の顔は超が付くほどの真っ赤に染まっていた。

 

こうして、二人だけの秘密の結婚式(仮)が終わった。

 

その後、二人は全く喋れなかったが、手だけは宿に着くまで放さなかった。

 

 




嘘です。ヒロイン決定は重大ですごめんなさい。

可愛いヒロインたちが多いことはいいことだと思いますが、まさかこんなに自分が苦しんでしまう日が来るとは思いもしませんでした。

とりあえず決定しました。絶対に変えません。もしヒロインが変わるようなことがあれば、それは日本という国が変わる瞬間でしょう。

さて、次回予告です。(今回の話には触れない)


―――史上最強の生物現る。


「いやああああああァァァ!!」

「無理よ。アイツらを倒すには全人類の力を合わせる必要があるわ」

「どけぇ! 殺されるだろうがぁ!!」

「やりましょう。東京エリアは、もう渡しません」


―――それは、最強を越えた最恐。


「何だよ……これ……!?」

「考えたくねぇよ……だって考えただけで俺……!」

「大樹さんッ!?」

「間違いねぇ。これが本当ならアイツのステージは―――!」


次回、『Gの超逆襲 前編』


おい待て。後編も書かなきゃいけないの? ちょっと? おい待———!?


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Gの超逆襲 前編

データは、こまめに保存することを心がけましょう。自動保存が仕事してなかった時はビビった。


文字数は約2万文字です。


人類を絶望へと追い込んだ戦争が終わり、全員で東京エリアを復興する作業をする日々が続いた。

 

楢原 大樹という規格外のおかげで作業は当初予定したスケジュールより10倍以上は進んだ。

 

元の東京エリアにどころか、発展した東京エリアになりつつあった。

 

誰もが望んだ平和が帰って来た。しかし、天童民間警備会社の一室で悲鳴が響き渡った。

 

 

「いやああああああァァァ!!」

 

 

悲鳴を上げたのは優子。周りにいた真由美とウサ耳が無くなった黒ウサギも慌てている。

 

 

「風穴あああああァァァ!!」

 

 

「壁に空けちゃ駄目でしょ!?」

 

 

「や、やめてくださいアリアさん!!」

 

 

混乱したアリアを真由美と黒ウサギが止める。既に壁には二つ、穴が空いていた。

 

 

「さ、里見君!? 早く! 早く叩いてぇ!!」

 

 

「やってるよ! というか木更さん邪魔!」

 

 

「お願い早く叩いて叩いて叩いて叩いてぇ!!」

 

 

「痛い痛い痛い!? 俺を叩くなよ!?」

 

 

「蓮太郎!! 後ろだ!!」

 

 

延珠の叫びに蓮太郎はハッとなり、後ろを見らず気配だけで壁に向かってスリッパを振り下ろした。

 

 

スパンッ!!

 

 

しかし、奴は避けた。『フッ、残像だよ少年』とでも言ってるかのような気持ち悪いテクニカルな動きを見せる。

 

 

「そこぉ!!」

 

 

スパンッ!!

 

 

「ブフッ!?」

 

 

木更の振りかざしたスリッパの一撃は蓮太郎に後頭部に直撃。目を瞑ってそんなことをすれば当たるわけがない。

 

 

「目を開けてやれよ!?」

 

 

「視界に入れたくないのよ! 里見君、あいつにモザイクを入れなさい!」

 

 

「無理があるだろ!?」

 

 

部屋はさらに散らかり、悲鳴がまた上がる。

 

 

バサッ

 

 

奴が羽を広げて飛翔した瞬間、全員が大きな悲鳴を上げた。

 

 

 

________________________

 

 

 

 

「もう嫌だ……黒ウサギ……アタシ、汚されたわ……」

 

 

「誤解を招く発言はやめてください優子さん!? 大丈夫です、ギリギリ当たってないですから! ギリギリ!」

 

 

「黒ウサギの発言も、全然励ましにならないわよ……」

 

 

両膝を折った優子に黒ウサギは励ましの言葉を送るが、無意味だった。その様子を見たアリアは呆れている。

 

全員は外へと避難し、意気消沈していた。大惨敗である。

 

 

「まさか……二匹目のゴキブリが出て来るとはな……」

 

 

「しかも大きかったわね……うッ」

 

 

「木更さん。頼むから路上で吐かないでくれ絶対に」

 

 

美少女JKが路上で嘔吐する絵面は勘弁してほしい。通行人的にも、読者的にも、作者的にも。

 

顔色を悪くした優子は大きなため息をつく。

 

 

「大樹君がここまで恋しいと思う日が来るとは思わなかったわ……」

 

 

「そうね……大樹はどこ行ったのよ……」

 

 

同じ気持ちだったアリアは拳銃の弾倉を入れ替えながら呟く。蓮太郎はジト目でボソリっと誰にも聞こえないように声に出す。

 

 

「……本当はいつも恋し―――」

 

 

「「何か言ったかしら?」」

 

 

「———ナンデモナイデス」

 

 

迂闊。蓮太郎の背中と後頭部に銃とCADを突きつけられてしまった。皆も悪口を言う時は気を付けよう。

 

 

「そうね。二人はちょっと素直になれないから心配よ」

 

 

「「なッ!?」」

 

 

だが真由美は踏み込んだ。優子とアリアは顔を真っ赤にして反論しようとするが、勝てそうにないので諦めるしかなかった。蓮太郎は真由美のことを改めて色んな意味で凄い存在だと認識した。

 

 

―――この時、影からある人物がこちらの様子を見ていたことを、ここに居る者達は知らない。

 

 

―――全員、ある人物に気付かず会話を続けてしまった。

 

 

「大樹が帰って来たら、全員でやりましょう」

 

 

「アリアさんの言う通りよ。次こそ始末するわ」

 

 

アリアと木更は拳銃と刀を取り出し本気を見せようとしている。ゴキブリ一匹にオーバーキル狙いだった。

 

 

「相手は厄介よ。アタシの魔法があれば動きを封じれる」

 

 

「妾は?」

 

 

「延珠ちゃん。アタシはアイツに汚されたの。本気で蹴りなさい」

 

 

優子のガチな気迫に延珠は頷くことしかできなかった。

 

 

「靴にアレが付くと思うが気にするな」

 

 

「うへぇ……嫌なことを言うな蓮太郎ぅ……」

 

 

ゴキブリを踏み潰すのは苦行の極み。靴越しでも嫌なはずだ。

 

 

「く、黒ウサギは足を引っ張りそうなので後ろから見ていますね」

 

 

ウサ耳を無くした黒ウサギは苦笑い。しかし、彼女が本気を出せばゴキブリどころかビルすら危うい。

 

 

「えッ!? 見るのはやめた方がいいわよ!?」

 

 

「あぁ、きっとグロいぞ」

 

 

アリアと蓮太郎が黒ウサギを止める。黒ウサギは何とか頑張ることを伝えて納得させた。

 

 

「私は……そうね……どうすればいいかしら?」

 

 

「では黒ウサギと一緒に見ていましょう!」

 

 

考える真由美に黒ウサギは提案する。黒ウサギはどうやら見学仲間が欲しかったらしい。

 

その時、黒ウサギの視界に大樹が入った。何故か大樹は電柱の影に隠れている。

 

 

「あッ、大樹さん!」

 

 

「ッ!?」

 

 

満面の笑みで黒ウサギが救世主に声をかけた瞬間、ビクッと体を震わせ顔を真っ青にした。そして、

 

 

 

 

 

「死にたくなあああああああいッ!!」

 

 

 

 

 

「「「「「え?」」」」」

 

 

脱兎の如く逃げた始めた。それも音速で。

 

 

「だ、大樹さん!? どこに行くのですか!? それと今のは———!?」

 

 

黒ウサギが事情を聞こうと声を出しながら走り出した時、黒ウサギの前に一人の少女が立ち塞がった。

 

 

「て、ティナちゃん? どうしたの?」

 

 

優子が恐る恐る声をかける。ティナは両手を広げながら声に出す。

 

 

「確かに大樹さんは変態ですが、殺す必要はないです!」

 

 

「「「「「え?」」」」」

 

 

________________________

 

 

 

時は少しだけ(さかのぼ)る。

 

復興作業も進み、大樹とティナは千葉県奪還のためにガストレアたちと軽く遊んだ後、帰って来ていた。ちなみに遊んでいたという発言は大樹個人だけであって、他の者達は命懸けで挑んでいる。

 

やはり大樹が参加したおかげか死者はゼロ。規格外、ここに在り。

 

 

「さてと、帰ったらアリアに抱き付いて殴られるかぁ」

 

 

「何の躊躇(ちゅうちょ)もなくセクハラ宣言する上に、殴られる前提なのですね」

 

 

「銃は出させない。愛の言葉を(ささ)いて止める」

 

 

「逆効果だと思いますよ」

 

 

ドーモ、いつもあなたの心の中に住む綺麗で美しいイケメン大樹ですよ。はい今キモいって言った奴、俺のどこがキモいか30字にまとめて感想欄に提出しなさい。……ホントに出すなよ? 出したらマジ泣きしてやる。

 

ティナは頬を膨らませながら俺の自慢の嫁話を聞く。ありゃりゃ? 嫉妬かな? 可愛いなコイツ!

 

 

「……大樹さん。私には抱き付かないのですか?」

 

 

「いいかティナ。今ここでそれをやれば、俺は警察のお世話になっちゃうからな?」

 

 

「チキンですね」

 

 

「いやそう言う問題じゃねぇよ……あと挑発に乗らないからな?」

 

 

抱き付かない俺に不満を持ったのかティナは俺の横腹の贅肉を掴む。もー、くすっぐたいぞ?

 

 

「……5秒後には千切ります」

 

 

「そーらティナ! いつでも甘えていいからな!」

 

 

すぐにティナを抱きかかえてやった。いきなりお姫様抱っこをする俺たちは、やはり周りから目立った。はいそこ携帯電話の準備しないでね。

 

 

「このままアリアさんの所に行きましょう」

 

 

「撃たれちゃうからやめて」

 

 

そろそろ民警のボロ会社に着くと思った矢先、道路でみんなが暗いテンションになって落ち込んでいるのが見えた。何あの負のオーラ。優子とか虚ろな目で危ないんだけど。

 

うわー行きたくないけど行くしかないか。

 

声をかけようと口を開けた瞬間———

 

 

 

 

 

「大樹が帰って来たら、全員でやりましょう」

 

 

 

 

 

―――急いで電柱の裏に隠れた。

 

……聞き間違いだよな? 今、アリアが俺を殺そうとか言ってなかった? まだ抱き付いていないよな?

 

……違う。きっと違う! だって俺、何もしてないもん!

 

そうだ。何かの間違いだ。全員からフルボッコされるようなことは———!?

 

 

「アリアさんの言う通りよ。次こそ始末するわ」

 

 

―――何でだよおおおおおおおおおォォォ!?

 

木更! 俺が何をした!? おっぱい揉みたいとは妄想したが、口や行動には出してないだろ!?

 

というかアイツら拳銃と刀を取り出しているし、本気じゃねぇか!?

 

 

「相手は厄介よ。アタシの魔法があれば動きを封じれる」

 

 

優子の魔法はマジで洒落にならねぇよ!? 俺は確かに厄介だけど殺さないで!

 

 

「妾は?」

 

 

「延珠ちゃん。アタシはアイツに汚されたの。本気で蹴りなさい」

 

 

延珠ちゃんに何吹きこんでいるんだよぉ!? 俺、優子を汚した覚えはないんだけど!? あと蹴りも痛いからやめて!

 

 

「大樹さん……何をしたんですか……」

 

 

「知らない。俺は無実だ」

 

 

ここまで俺のことを心配するティナは久しぶりに見た。

 

 

「靴にアレが付くと思うが気にするな」

 

 

「うへぇ……嫌なことを言うな蓮太郎ぅ……」

 

 

アレって何だよぉ! 俺の何が靴に付くんだよぉ!

 

何か俺を変な害虫みたいな扱いしてませんか!? しかも延珠ちゃん蹴る気満々だし!?

 

 

「く、黒ウサギは足を引っ張りそうなので後ろから見ていますね」

 

 

助けろよおおおおおおォォォ!!!

 

俺がやられる様を見届けるの!? 一番鬼畜じゃないあなた!?

 

 

「えッ!? 見るのはやめた方がいいわよ!?」

 

 

「あぁ、きっとグロいぞ」

 

 

どんだけボコボコにするつもりだお前ら!? グロくなるまでやるの!? 恐ろしい!!

 

 

「私は……そうね……どうすればいいかしら?」

 

 

だから助けろ真由美。

 

 

「では黒ウサギと一緒に見ていましょう!」

 

 

お前はもう鬼畜だよ!! キチウサギ!!

 

その時、黒ウサギの目と合ってしまった。

 

 

「あッ、大樹さん!」

 

 

駄目だ。ここにいたら―――!

 

 

「死にたくなあああああああいッ!!」

 

 

―――やられる!!

 

 

こうして勘違いで起きた事件の幕開けである。

 

 

________________________

 

 

 

「おえはおんvcぃおうはふぇおだ!!」

 

 

「うわああああぁ!? ってお前かよ!?」

 

 

まず俺はジュピターさんのキャンプテントの中に避難して来た。兄貴ぃ!!

 

涙と鼻水と何かの液体を出しながら大樹はジュピターさんにしがみつく。

 

 

「だずげでぇ……!」

 

 

「汚ねぇ!? 離れろお前!?」

 

 

「う゛え゛ぇぇぇばぁああああはぁぁぁん!!」

 

 

「気持ち悪い泣き方してんじゃねぇぞおい!?」

 

 

ジュピターさんは色々と世話をした後、落ち着いた大樹から話を聞いた。

 

コーヒーを飲みながらジュピターさんは答える。

 

 

「まぁ一回死ねば許して貰えるじゃないか? どうせ生き返るだろ?」

 

 

「俺をマ〇オか何かと勘違いしてないか?」

 

 

「いや、ダークソ〇ルがいいぞ。やり直して何度もチャレンジできる」

 

 

「ゲームの違いの問題じゃねぇよ。というか、それだとクリアするまで何度も殺されに行かないといけないんだが……」

 

 

「じゃあ怒らせた理由は何だ? 心当たりは無いのか?」

 

 

「ねぇよ。最近はずっとティナと一緒にいて可愛がっていたからな」

 

 

「よく自信持って原因を原因じゃないって言えたなおい」

 

 

「は? 嘘だろ? お前正気かよ(笑)」

 

 

「ハッハッハッ、やっぱこいつ頭のネジ数本飛んでるわ」

 

 

何故かジュピターさんに出て行けと言われた。全く、俺の命が危ないと言うのに。

 

その時、外から誰かがこちらに歩いて来る足音が聞こえた。

 

コルト・ガバメントを引き抜き警戒。よし、里見なら撃ち抜ける。嫁なら逃げる。

 

足音が止まった瞬間、テントの中から飛び出し銃を突きつける。

 

 

「動くな」

 

 

「銃口を股間に向けるのはやめてくれないかね? 凄く嫌な気持ちになってしまう」

 

 

「何だ影胤かよ」

 

 

銃口を下げてホッと安堵の息を吐く。ジュピターさんは呆れてカップ麺にお湯を注ぎ始めていた。

 

 

「それで、何の用だよ?」

 

 

「あぁ、誤解があってね。里見君が一度自分のところへ戻―――」

 

 

「スティィィイイイイイイイイルッ!!」

 

 

影胤のパンツは奪えないが、意識は奪えそうだった。

 

 

ドンッ!!

 

 

黄金の右手で影胤の腹部に衝撃を与えて意識を奪う。

 

すぐに影胤を抱えてジュピターさんのテントに放り込む。

 

 

「な、何やってんだお前!?」

 

 

「どけぇ! 殺されるだろうがぁ!!」

 

 

突然の出来事に困惑するジュピターさん。大樹は容赦しない。

 

 

ゴスッ

 

 

「うッ」

 

 

ジュピターさんにスティールした。(意識を奪った)

 

気を失ったジュピターさんの手にとんかちを持たせ、如何にも相打ちの殺人があったかのように見せる。

 

そしてもうすぐで出来上がるカップ麺を盗んで逃走。

 

死にたくない一心で起きた、惨くてしょぼい事件だった。

 

 

________________________

 

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

教会近くのテントで、死体が二人発見された。死んでいないけど。

 

ちょっとした誤解でここまで事が大きくなるとは、誰も思わなかっただろう。

 

被害者は伝言を頼んだ影胤。そしてテントの持ち主であるジュピターさん。

 

蓮太郎は影胤に黙祷(もくとう)。木更はジュピターさんに黙祷した。

 

黒ウサギは教会の外を、優子と真由美は教会の中を探し、子どもたちに事情聴取した。

 

各自全てを終えた後、全員は一度集合した。殺害現場(誰も殺されていない)を調べていたアリアとティナは、ある結論を出した。

 

 

「大樹はカップ麺を盗んで逃げたわ」

 

 

「しかも割り箸を忘れて逃走しています」

 

 

凄くどうでもいいことを真顔で言われ、全員戦慄してしまった。

 

気を取り直して蓮太郎は話を始める。

 

 

「手掛かりが無いなら、手詰まりだな」

 

 

「ゴキブリを退治するのに、何でこんなことをやっているのかしら……」

 

 

「木更さん。それを言ったら虚しくなるからやめてくれ」

 

 

未だにゴキブリに会社を乗っ取られた状態が続いている。何故か殺虫剤はどこの店も売り切れで購入できず、叩く方法しか残されていなかった。

 

 

「やっぱりもう一度戦いに行こうぜ木更さん?」

 

 

「無理よ。アイツらを倒すには全人類の力を合わせる必要があるわ」

 

 

「大袈裟だろ!?」

 

 

もう木更の中でゴキブリはトラウマになりつつあった。

 

 

「教会には来ていないようですね。足跡も何かしらの痕跡もありませんでした」

 

 

「そもそも中に入ってすらいないと思うわ。誰も見ていないし、戸締りもしっかりしていたわ」

 

 

黒ウサギと優子の言葉が詰みの決め手となった。

 

完全に手掛かりを失ったその時、蓮太郎の携帯電話が鳴った。

 

急いで確認すると、蓮太郎は驚いた表情になった。

 

 

「大変だ木更さんッ、聖天子様から緊急要請のメールが―――」

 

 

「既読スルーしなければ問題無いわ」

 

 

「大アリだろ!? あとラインじゃねぇ!」

 

 

「え? 聖天子様、ガラケーなのかしら? 遅れてるわね」

 

 

「気にするところそこじゃねぇだろ!? 無視せず会議に行こうぜ!? 東京エリアの危機だったらどうするつもりだよ!」

 

 

「今はそれどころじゃないでしょ!! あの会社にはゴキブリがいるのよ!」

 

 

「東京エリアとあの部屋を天秤にかけたところで、どっちに傾くか目に見えているだろ……」

 

 

「そうよ。会社『東京エリアだ!!』———本気かしら?」

 

 

「頼むから大樹がいない時くらい休ませてくれ……」

 

 

「でも本当のことよ? 行かなくていいわ」

 

 

「……………何で?」

 

 

「きっと大樹君が何とかしてくれるからよ」

 

 

「本心は?」

 

 

「日本の危機も大樹君がいれば解決。大樹君を見つければ会社と東京エリア、どちらも解決できるわ」

 

 

「否定できねぇのが悔しいな」

 

 

「ちょっと夫婦漫才している場合じゃないわよ」

 

 

「してねぇよ!」

「してない!」

 

 

真由美の一言で二人はやっと落ち着く。やはり目の前でイチャイチャされると困る。

 

 

「私は行くことに賛成よ」

 

 

意外なことに、真由美が賛成した。蓮太郎は理由を尋ねる。

 

 

「理由は何だよ?」

 

 

「いっそのこと、聖天子様に指名手配を頼むとかどうかしら♪」

 

 

(大樹さんはどこでも指名手配されるのですか……)

 

 

笑顔でサラリっととんでもないことを発言する真由美。ティナは大樹に同情していた。

 

 

________________________

 

 

 

 

東京エリアの聖居で行われている会議では、重大な議題が挙げられていた。あの絶望するしかない戦争が終わった直後だというのに。

 

聖天子は議員や研究員から次々と説明される内容に顔をしかめていた。

 

 

「……まさかゴキブリなんぞに振り回されるとは」

 

 

一人の議員が思わず呟いた。聞いた議員長少し考えた後、結論を出す。

 

 

「……バル〇ン焚こうじゃないか」

 

 

「議員長。本気でその結果を言っているなら私は許しませんよ」

 

 

「そもそもバ〇サンを使っても効果が薄いからこんなところまで議題が回って来ているのですよ」

 

 

「じゃあホイホイじゃ」

 

 

「とちくるってんのかクソジジィ」

 

 

「目上の人間に対してその発言はどうかと思うのだが……」

 

 

「ならば節度ある発言をしてください。そもそも、ホイホイだともっと悪いですよ」

 

 

「ならブラック〇ャップ設置じゃな」

 

 

「お前しばくぞ」

 

 

もう真面目に会議をする気になれなかった。

 

 

「いい加減にしてください」

 

 

会議の雰囲気を壊したのは聖天子だった。

 

聖天子は議員たちを見渡し、話し始める。

 

 

「これは由々(ゆゆ)しき問題です。ここまで作り上げた東京エリアがまたあのような戦争を引き起こす引き金に成り得ます。全プロモーターと全イニシエーターに力を貸してもらいましょう。敵を全滅させるのです」

 

 

議員たちは思った。確かに問題になるとか、ちゃんと解決しなきゃとかじゃない。

 

聖天子はゴキブリが滅茶苦茶苦手だなと。

 

ちなみに議員たちの見込みは正解だ。聖天子はここに来る前に奴を見て大きな悲鳴を上げている。その悲鳴は全警備隊を警戒態勢レベルSまで引き上げる程。

 

 

「……彼に頼むと言うのは?」

 

 

「……英雄にゴキブリ駆除をやらせるのか?」

 

 

「……俺たちで頑張るべきか」

 

 

意外と良心を持った議員たち。それもそのはず、悪は既に大樹がお仕置きしていたからだ。

 

 

「店に売られた殺虫剤の売り切れが後を絶たない。ニュースでも話題になってしまっている」

 

 

「……少し妙に思えて来るな」

 

 

「妙? というと?」

 

 

「言うまでもない話なのだが? まぁいい、終戦後に何故こんなにゴキブリが現れる? 理由も無く数が増えることに違和感しか感じないだろ?」

 

 

「確かに。ネズミや他の害虫の被害報告は聞かないことに対してゴキブリだけというのは不自然だ」

 

 

全く方針が決まらない中、ドタドタと廊下を走る足音が聞こえて来た。

 

バンッと勢い良く扉が開き、一人の男が転がり入ってそのままアクロバティックな動きで着地して来た。

 

 

「た、大変です!!」

 

 

「今お前の入り方が大変だったぞ」

 

 

「そんなことはどうでもいいです! この資料を見てください!!」

 

 

ダンッと勢い良く出された資料に一同は目を通す。読んでいるうちに皆の顔色がだんだんと悪くなっていた。

 

 

「冗談だろ……何だこれは!?」

 

 

「室戸医師の報告です。間違いありません。これは大問題になります!」

 

 

焦り出す議員に対して男は大声で危機を伝えた。聖天子は立ち上がり、指示を出す。

 

 

―――この時、影からある人物が顔を真っ青にしてこちらの様子を見ていたことを、ここに居る者達は知らない。

 

 

―――全員、ある人物に気付かず会話を続けてしまった。

 

 

「彼を―――楢原 大樹をここに呼んでください」

 

 

「はッ!」

 

 

すぐに男は携帯電話を取り出し連絡を取り始める。議員たちもすぐに色々と準備に取り掛かる。

 

 

「やりましょう。東京エリアは、もう渡しません」

 

 

「ええ、聖天子様の言う通りだ」

 

 

一同は頷き、会議が進む。

 

 

「では彼が来る前に準備を済ませておこうか」

 

 

「そうですね。ゴキブリ()を始末するには他の民警も必要になるでしょう。手配は我々が」

 

 

「分かりました。では僕の方で武器などの調達をやります。敵は簡単に倒せる相手ではないですからね」

 

 

「でしたら私は薬品研究者と話をしてきます。火力だけでは無理があると思うので」

 

 

一致団結した議員たちはすぐに行動し始める。だが、扉を開くと———

 

 

「あッ」

 

 

「「「「「あッ」」」」」

 

 

 

 

 

――—楢原 大樹がそこにいた。

 

 

 

 

「え、えっと……楢原さん? 来ていたのなら―――」

 

 

「死にたくないでおじゃるううううううゥゥゥ!!!」

 

 

大樹は逃げ出した。

 

 

「「「「「えええええェェェ!?」」」」」

 

 

議員と聖天子は驚く事しかできなかった。

 

 

________________________

 

 

 

時はまた少し遡る。

 

 

「割り箸出せ」

 

 

「はい」

 

 

コンビニで割り箸強盗した後、俺はカップ麺を食べながら聖居に侵入していた。まぁ警備員は俺を見た瞬間、大声で「お疲れ様で——―—―—ッす!!」と腰を90°に曲げて言われた。ふむ、俺の身分も高くなったモノだな。

 

聖天子を探しに奥へと進む。すると会議室から声が聞こえて来た。ドアを少しだけ開けて中の様子を伺う。

 

 

「彼を―――楢原 大樹をここに呼んでください」

 

 

もういますよ。

 

何で呼ぼうとしているんですかね。マナーモードにしておこう。電話がブルブル震えるが無視しよう。

 

 

「やりましょう。東京エリアは、もう渡しません」

 

 

やっぱりお前もかブルータス。

 

 

「ええ、聖天子様の言う通りだ」

 

 

賛同しちゃったよ。されちゃったよ。

 

 

「では彼が来る前に準備を済ませておこうか」

 

 

何の? ねぇ何の準備? ねぇってば?

 

 

「そうですね。奴を始末するには他の民警も必要になるでしょう。手配は我々が」

 

 

―――やっぱり聞きたくなかった。

 

始末? 誰を? 俺を? 何でぇ!?

 

 

「分かりました。では僕の方で武器などの調達をやります。敵は簡単に倒せる相手ではないですからね」

 

 

分かりましたっじゃねぇよ! ガチで殺そうとしてんじゃねぇか! 

 

 

「でしたら私は薬品研究者と話をしてきます。火力だけでは無理があると思うので」

 

 

こいつが一番ガチじゃねぇか! 俺のこと、本気で殺そうとしてるぞ!?

 

待て待て待て。何で俺はこんなに狙われているんだよ!

 

おかしい、何かがおかしい。一体何が起きて―――!?

 

俺は思考に夢中で気付かなかった。扉が開けられてしまったことに。

 

 

「あッ」

 

 

「「「「「あッ」」」」」

 

 

目が合った。互いに驚いた表情である。

 

 

「え、えっと……楢原さん? 来ていたのなら―――」

 

 

―――聖天子に殺される!?

 

 

「死にたくないでおじゃるううううううゥゥゥ!!!」

 

 

―――こうして、俺の逃走劇は再開された。

 

 

 

________________________

 

 

 

蓮太郎たちは聖天子のところに着いた。既に大樹は逃亡し、行方不明になっている。

 

 

「———以上が、先程の出来事です」

 

 

(((((さらに厄介になった……)))))

 

 

聖天子の話に一同は溜め息をついた。

 

事態の悪化。そして可哀想な大樹である。勘違いでここまで酷い状況になることは、誰も予想できないだろう。

 

 

「聖天子様、俺たちを呼んだのはアイツらのことで間違いないな?」

 

 

「はい、先程室戸医師から届いた資料を拝見し、とんでもないことが発覚しました」

 

 

「先生が調べたのか!? それにとんでもないことって……!?」

 

 

驚愕する蓮太郎に、聖天子は告げる。

 

 

 

 

 

「ゴキブリの体内から、ガストレアウイルスが検出されました」

 

 

 

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

聖天子から告げられたことに全員が絶句する。聖天子は続ける。

 

 

「幸い、ゴキブリがステージⅠになるまでに至らなかった……免疫力が非常に強かった個体だっため、ガストレアにはなっていません。数も全てというわけではないので」

 

 

「もしガストレアになれば『感染爆発(パンデミック)』が起きるわ……! すぐに対策を立てないと!」

 

 

「木更さん。それは難しい話だ」

 

 

蓮太郎は首を振って木更の言葉を否定する。理由は代わりに事を理解していたティナが説明する。

 

 

「社長。敵を見つけるのは困難だと思います。ガストレアになっていないゴキブリは小さいです。そんな小さな生物を発見するには時間が必要です。敵の数が多いことに対して一匹に長時間は悪手です」

 

 

「一番厄介なのは突然変異だ。もし住宅街の家の中でゴキブリがガストレア化したら、死者は必ず出る。あとは流れるように『感染爆発(パンデミック)』が起きて東京エリアはお終いだ」

 

 

ティナと蓮太郎の説明に事態が如何に大変なことになっているか周りは理解する。

 

それを聞いた上で、顎に手を当てていたアリアが提案する。

 

 

「なら住民をモノリスに避難させましょ」

 

 

「えっと、どうしてモノリスなの? 前みたいにここの周辺でも……」

 

 

「優子。奴らは建物に多くいる生物よ。建物がない平地に建てられたモノリスの方がいないはずよ。それに万が一、ガストレアになればバラニウムの磁場が守ってくれるわ」

 

 

アリアの解説で優子たちは理解する。聖天子もアリアの出した案が良いと思い、すぐに部下たちに指示を出していた。

 

 

「でも根本的な解決じゃないわ。『感染爆発(パンデミック)』を防ぐだけであって、全滅させる案が必要よ」

 

 

「真由美の言う通り、あたしの案は対策でしかないわ。でも、解決できる人がいる」

 

 

アリアが言おうとすることは、全員が予想できた。黒ウサギが苦笑いで答えを出す。

 

 

「だ、大樹さんですね……」

 

 

「そうよ。一刻も早く、逃亡犯を捕まえないといけないわ」

 

 

「いつの間にか大樹さんが罪を犯したことになっていますね……」

 

 

こうして逃亡者―――逃亡犯を捕まえる作戦が始動した。

 

 

________________________

 

 

 

「一体俺が何をしたって言うんだよ」

 

 

東京エリアの住民たちにイイコトしかしてないよね? そうでもないか。迷惑かけた方が多いかも。あれ? 追われる理由できそうなんだけど?

 

まぁ見つかったところで捕まるわけがないし、気にしなくていいか。

 

住宅街を歩き、とりあえず教会に戻ろうと考えていると

 

 

「———せっかく平和になったんだ。大人しくしろよ」

 

 

ガシンッ!!

 

 

大樹に向かって鋭い爪のようなモノが振り下ろされた。それを見切っていた大樹は右に少し体を動かすだけで避ける。爪は掠りもせず、地面を破壊するだけで終わってしまった。

 

首だけ動かして敵を見る。体長は3メートル、六本の手足がある。黒光りした気持ち悪い体に、触角のある頭部からは鋭い歯が見えた。

 

 

「何だよ……これ……!?」

 

 

―――というかゴキブリだった。

 

あまりの気持ち悪さに嘔吐しそうになる。気分は最悪だ。

 

 

「お前……俺の前に出るならモザイク加工くらいして来いよ……!」

 

 

木更と同じ発想である。

 

 

「ギャガアアアアァァ!!」

 

 

鋭く吠えるガストレアに大樹は眉一つ動かさない。敵はまた爪を振り下ろし、大樹を八つ裂きにしようとするが、

 

 

「んッ」

 

 

タンッ

 

 

軽く横に跳んで回避。その瞬間、大樹の体は一気に加速する。

 

 

ゴォッ!!

 

 

風を切った。一瞬で敵の懐に潜り込み、右足で敵の腹部を下から蹴り上げた。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

人を逸脱した破壊力にガストレアの体は上空まで吹っ飛ばされる。しかし、ガストレアは羽根を広げて威力を抑えようとしていた。

 

まだ生きていることを目視した大樹は跳躍して追いかける。瞬間移動をしたかのようなスピードに敵は背後を取られたことに気付かない。

 

トドメの一撃。最後の一撃である。

 

 

「おらよッ!!」

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!

 

 

繰り出された踵落としはガストレアの体を変形させる威力を持っていた。

 

ガストレアはコンクリートの地面に叩きつけられ絶命。動くことはもうなかった。

 

砕けた道路に着地した大樹は嫌な顔をする。

 

 

「ったく、何でこんな奴がまた侵入してんだ?」

 

 

口を抑えながら死体を視る。気分が悪くなるが、妙なモノを発見した。

 

体の中からキラリっと光る小さな物体。その物体に、見覚えがあった。

 

 

「—————最悪だな」

 

 

無理に笑顔を浮かべても、汗が止まらない。

 

 

 

 

 

ガストレアの体内から出て来た小さな物体―――それは金色金だった。

 

 

 

 

 

 

________________________

 

 

 

ガストレアの体内から発見された金色金を見た後、事態は大変なことになっていると予想できた。

 

住宅街を走り抜けて人で賑わった中心街のビルの屋上に降り立つ。

 

目を瞑り無駄な感覚を消して集中力を高めた。

 

耳を澄ませば街の音がどこから出ているのか把握できる。足音も、ドアを開ける後も、話す声も。そして———

 

 

「———やっぱりか」

 

 

―――ガストレアの出現場所からも聞こえる。

 

南に二キロ先からガストレアの鳴き声の他に、悲鳴が聞こえた。これは女性たちの声だ。

 

 

「【神刀姫(しんとうき)】」

 

 

ギフトカードから銀色の刀を取り出す。既に抜刀されており、鞘に収められていない状態で出現した。

 

 

ゴオォッ!!

 

 

刹那、ガストレアと女性の間に大樹が出現した。

 

コンマ一秒にも満たない時間。瞬間移動でもしたかのような速度。最強はそこに君臨した。

 

 

ザンッ!!

 

 

ガストレアが大樹の存在に気付く前に、女性が驚きの声を上げる前に、大樹の斬撃はガストレアの胴体を横から一刀両断した。

 

 

「———ふっ」

 

 

決まった。完全に決まった。今の俺、カッコイイよね?

 

さすが俺。ここまで完全に街を防衛している俺は英雄と呼ばれるに相応しくなっている。もうゴキブリガストレアを8匹も死者を出さずに討伐しているんだぜ。ドヤァ。

 

高いビルからどんな場所でも駆け付けれるようにする作戦は成功だな。相手がどうやってランダムで出現するかは未だに分からないが、この俺には関係無い。出たら潰せばいいだけの話だからな!

 

さぁて……最後の台詞も、決めるぜ!

 

 

「大丈夫かい? お嬢様方?」

 

 

 

 

 

俺はお湯に浸かって涙目になっている女性たちに爽やかな笑顔で言ってやった。

 

 

 

 

 

……………おや?

 

どうして彼女たちは生まれたままの姿になっているんだ? うん?

 

周りを見渡すとすぐにここがどのような場所か理解できた。

 

 

―――なるほど、銭湯か。しかも女湯の露天風呂。

 

 

そう言えば家を無くした者たちのために格安銭湯を経営し始めたら人気が出たんだよな。避難所の人たちからの要望も多かったし、教会の温泉を分けてやったんだよな。露天風呂はオシャレかなと思い作りました。まる。

 

 

「……ふぅ」

 

 

小さく息を吐いた後、俺は両手を合わせる。

 

 

「許してちょんまげ☆」

 

 

 

 

 

―――この後、お礼を言われて通報された。

 

 

―――白い車の乗車し、警察に連行された。

 

 

 

 

 

________________________

 

 

 

俺は吊るされていた。

 

全身をフルボッコにされ、ボンレスハムのようにロープで強く結ばれ天井から吊るされていた。

 

今俺は地獄を見ている。

 

 

「お願いだ……死なないと思うけど殺さないで」

 

 

「斬新で新しい命乞いだな」

 

 

ドン引きする蓮太郎。俺のお願いは彼女たちに届かない。

 

 

「そう、遺言はしっかりと聞いたわ」

 

 

「待ってアリア。聞いたなら何で俺の言葉は遺言に変わってんだ」

 

 

「死ぬからよ」

 

 

「殺さないってお願いしたのに……!」

 

 

駄目だ。アリアは助けてくれそうにない。

 

 

「優子!」

 

 

「そうよね。ええ、分かっているわ」

 

 

優子ぉ……やっぱり俺のことを分かって———!

 

 

「アタシだけじゃなく、他の女の子の裸も見たい浮気者だって知っているわ」

 

 

―――いないよね! 知ってた!

 

 

「優子。女の子の価値は胸で決まらないんだぞ。大丈夫だ。俺は優子を愛してる」

 

 

「ありがとう。でも一度死んでから返事を聞くわ」

 

 

オー、ジーザス!

 

 

「黒ウサギ! 頼む、止めてくれ!!」

 

 

「……………」

 

 

「無言は一番嫌だあああああァァァ!!」

 

 

表情は笑顔なのに、冷たい目で俺を見ていた。

 

 

「真由美! 許してくれぇ! 誤解だぁ!!」

 

 

「えっと、私は別に怒ってはいないけど」

 

 

「本当か!?」

 

 

「でも今の状況は面白そうだから、ごめんなさいね」

 

 

「このドSぅぅううう! 鬼畜ぅぅううう!!」

 

 

真由美は皆とは違ったベクトルで、酷かった。というか一番酷いと思います。

 

 

「ティナ! お前だけが頼りだ! ヘルプミー!」

 

 

「ノー」

 

 

「普通に断られた!?」

 

 

駄目だ。もう俺に味方なんかいない。

 

こうなれば、吹っ切れてやる!

 

 

「おっぱい見ただけだろうが! 文句あるのかよゴラァ!!」

 

 

―――彼女たちに文句は無かったが、不満はあったそうだ。

 

 

―――乙女心を理解できなかったアホは死あるのみ。

 

 

―――死にそうなくらい痛かったが、僕はギリギリ生きてます。

 

 

 

________________________

 

 

 

会議でまさかの死人が出た。まぁ死者はすぐに生き返る化け物のため、誰も気にする様子は無かった。

 

 

「会議を戻します。議題は突如出現するガストレアです。最悪なことに、個体は全てゴキブリだということ」

 

 

顔色を悪くしながら聖天子が説明する。聞いている者たちも苦しそうに聞いていた。

 

 

「出現する個体は強く、他のステージⅠに比べると戦闘力、生命力は非常に強いと報告が来ています」

 

 

「なぁ木更さん。俺、会社が心配になってきた」

 

 

「ええ、私もよ」

 

 

ただ事では無いことを理解した蓮太郎たち。帰って始末したいが、帰りたくないという矛盾に陥っていた。

 

 

「現在も被害報告が届きます。これ以上、敵の好きにはさせたくありません。だからあなたを呼びました」

 

 

「ホラ起きなさい大樹。呼ばれているわよ」

 

 

「———うい」

 

 

(((((生き返った!?)))))

 

 

議員たちは驚愕。あれだけのことがあったというのに生き返ることが信じられなかった。

 

 

「あー、説明付け足していいか? 実はガストレア化する個体は決まっているんだ」

 

 

「そうなのですか?」

 

 

黒ウサギの確認に大樹は頷く。

 

 

「こいつだよ」

 

 

ポケットから無数のキラキラ光る欠片を取り出した。テーブルに撒き散らして皆に見えるようにする。

 

その欠片が何なのか知っていたアリアはすぐに答えを口にした。

 

 

「金色金!? まだ回収されていなかったの!?」

 

 

「そのようだな。頼んでおいたのに政府は一体何をやっているのかなぁ?」

 

 

「「「「「すいませんでしたぁ!!」」」」」

 

 

「お前らは直接関係してないから別に土下座する必要はないんだが……どんだけ俺のこと怖がってんだよ」

 

 

「あら? 知らないの? 大樹君は今、魔王って呼ばれているのよ?」

 

 

「何で俺の二つ名がここで使われているんだよ!?」

 

 

「二つ名は結局それになったのね」

 

 

真由美の衝撃的な事実を知った俺は絶望。『双剣双銃(カドラ)のアリア』は俺の二つ名を聞いて鼻で笑った。ちくしょう。俺もカッコイイ二つ名が欲しかった。魔王なんてお父さんお父さん言うだけだろ。

 

 

「嘘よ」

 

 

「何か真由美が俺に対して凄く冷たいのだけど」

 

 

「愛情の裏返しよ」

 

 

「ヤンデレかよ」

 

 

「ツンデレよ」

 

 

「ハッ、それはアリアと優子の方が良いに決まっているだろ」

 

 

「「どういうことよ!?」」

 

 

「そうね。否定しないわ」

 

 

「「否定しなさい!!」」

 

 

ハッハッハッ、やっぱり二人は可愛いのう。

 

 

「話を戻すぞツンデレ」

 

 

「「は?」」

 

 

「調子乗ってすいませんでした」

 

 

やりすぎ、よくない。これ大事。ゲームも一日一時間! 守るわけないけど。

 

 

「と、とりあえず金色金がガストレア化する原因を作ってんだよ。弱いガストレアウイルスを色金が強化したせいで、今の現状が続くんだ」

 

 

「なら金色金が無くなるまで倒し続ければ終わりが来るのですね」

 

 

「いや甘いな。ティナ、色金の数は不明。全ての色金が見つかるまで毎日東京エリアにゴキブリガストレアが現れるかもしれないんだぞ?」

 

 

「「「「「ヒィッ!!」」」」」

 

 

全員が悲鳴を上げた。どんだけ怖いんだよお前ら。

 

 

「だから、俺は全面戦争を仕掛けるぞ」

 

 

俺は拳を強く握り絞める。

 

 

「ゴキブリ共はガストレアウイルスに強い。色金の影響を受けるからガストレア化するんだ。なら、色金の個体を全部叩けば他は無視していいんだよ」

 

 

「どうやって見つけるの? それが一番の問題なんでしょ?」

 

 

優子の言葉に俺はチッチッチッと指を振る。「凄くムカつくわ、今の」と優子にジト目で睨まれたが気にしない。

 

 

「色金は、緋緋神に任せればいいんだよ」

 

 

「あたしの緋緋神に何する気よ!!」

 

 

「「「「「!?」」」」」」

 

 

突然アリアの叫びに周りは驚愕。動揺していないのは大樹ぐらいだ。

 

 

「グェッヘッヘッヘッ、そりゃエロいことに決まっているだろぉ」

 

 

「この変態! 黒ウサギで許して!」

 

 

「何故黒ウサギが売るのですか!?」

 

 

「いらん」

 

 

「しかも断られました!!」

 

 

「この変態! じゃあ優子よ!」

 

 

「『じゃあ』って何!? 妥協しないでくれる!? あとアリア、どうしたのよ!?」

 

 

「うーん、いらない」

 

 

「大樹君も酷いわよ!?」

 

 

「この変態! 真由美はあまりオススメしないわ!」

 

 

「何でよ!?」

 

 

「知ってる」

 

 

「大樹君!?」

 

 

「この変態! ティナは……………いいわよ」

 

 

「何故か私だけ薦められました……」

 

 

「ああ、貰うよ。アリアと一緒にな!」

 

 

「大樹!」

 

 

ヒシッとティナを完全にスルーして大樹とアリアは抱き合った。周りの人たちは何がどうなっているのか分からず、開いた口が塞がらなかった。

 

 

「……こっち側も面白いわね」

 

 

「だろ?」

 

 

(((((遊ばれてた!?)))))

 

 

楽しそうに笑うアリア。大樹はアリアをボケ(こちら)側に引き込もうとしていた。

 

 

「とりあえず緋緋神に頼んでみてくれ。政府は住民の避難。色金を持ったゴキブリを全部ガストレアにするから安全とは言えねぇからな」

 

 

「か、覚醒させる!? 故意にガストレアにするって言うのかよ!?」

 

 

「そうだよロリコン」

 

 

「誰がロリコンだ!」

 

 

里見だよ。

 

 

「一時的になるだけだ。緋緋神の力で東京エリアはゴキブリまみれになるが気にするな」

 

 

「考えたくねぇよ……だって考えただけで俺……!」

 

 

確かに鳥肌凄いな。

 

 

「覚醒させるって【共鳴振動(コンソナ)】でいいのかしら?」

 

 

「ああ、そうだ」

 

 

色金は片方が覚醒すると共鳴する音叉のように、もう片方も目を覚ます性質がある。ならば緋緋神に力を借りて、現在所持している金色金を使い、ゴキブリ共の色金を覚醒させる案というわけだ。

 

かなり危険―――危ない橋どころか、壊れたボロボロのつり橋を渡るような案だった。

 

 

「理解したかよ里コン」

 

 

「合体させるな!」

 

 

里見+ロリコン=里コン

なら大樹+ロリコン=大根ですね。何じゃそりゃ。

 

 

「大丈夫なの? とても不安が———」

 

 

優子が大樹を心配していたが、すぐに口を閉じた。

 

 

「———やっぱり何でもないわ」

 

 

「待て優子。その『大樹なら問題無いか』みたいな反応をして諦めるな。せめてアニメのヒロインみたいに心配してくれ」

 

 

「Can you do it?」

 

 

「Yes,I can. って違う違う! だから心配しろよ!?」

 

 

「いやよ」

 

 

「拒否られた!?」

 

 

優子の冷たい反応に俺はショックを受けてシクシク泣く。

 

 

「大丈夫よ大樹君」

 

 

真由美が俺の肩に手を置いて微笑む。

 

 

「誰もあなたのことは心配していないわ」

 

 

「ぐふッ」

 

 

真由美の切れ味は、今日もグッジョブ。

 

その時、部屋の隅でカサカサと蠢く物体が見えた。俺は指を指しながら教える。

 

 

「あ、ゴキブリがいるぞ」

 

 

耳が、死ぬかと思った。

 

 

「「「「「キャアアアアアアア!!!」」」」」

 

 

「うるさッ!?」

 

 

女の子たちは悲鳴を上げた。男たちも悲鳴を上げている。男だらしねぇぞ!?

 

 

「里見君里見君里見君ざどみ゛ぐん゛ーーーッ!!!」

 

 

「折れる折れる折れる!? 木更さん腕があああああァァァ!!」

 

 

「蓮太郎ぅ!! 早くやっつけるのだぁ!!」

 

 

「延珠首は洒落にならぐえッ!?」

 

 

やっべぇ……里見が面白いことになってる。写メ撮りたい。

 

……まぁ俺も同じ状況だから動けないんですけどね。

 

 

「だ、大樹君! 早くやっつけてぇ!!」

 

 

「うん、やるやる」

 

 

優子は俺の頭にガッチリと抱き締めている。ミシミシ鳴っているけど可愛いからいいや。

 

 

「大樹ぃ……!」

 

 

涙目のアリアたん、かわゆす。でも左腕が折れるから優しく―――もう折れていいや。

 

 

「大樹さん……黒ウサギは、信じています」

 

 

何を? あ、黒ウサギさん。そのまま右腕を取れちゃうくらいギュッとしていいよ。柔らかい感触を楽しむので。

 

 

「だ、大樹君? 逃げちゃ……駄目よ?」

 

 

やだなぁ真由美。そんなに首を掴まれちゃうと逃げるにも逃げれないぜ? 酸素が欲しいけどそのまま抱き付いてくれるなら文句はありません。

 

 

「ッ…………ッ!」

 

 

あー、もう! 無言で震えるティナが萌える! でもお腹のお肉が千切れちゃう! 可愛いから許すけど。

 

 

「大樹さん! このまま動かずに退治してください!」

 

 

わぁお! 俺の背中に隠れている聖天子が無理難題を押し付けやがった! そのまま胸も押し付けてください。

 

その時、最悪なことが起きた。

 

 

「うわぁああ!! どっか行けぇ!!」

 

 

議員の一人が椅子をゴキブリに向かって投げたのだ。

 

危機を感じ取ったゴキブリは———

 

 

バァッ

 

 

―――羽根を広げて飛翔したのだ。

 

 

「「「「「ギャアアアアアァァァ!!」」」」」

 

 

女の子がそんな悲鳴を上げちゃいけませんよ!? というか男共は抱き合うな気持ち悪い! それは女の子だけが許された特権だ! ホモは別だが。

 

女の子たちに抱き締める威力は増加するが、さすがにヤバいと感じた俺は華麗に抜け出した。

 

ゴキブリが飛んで来る方向に立ち塞がり、俺は右手を広げる。

 

 

「そい」

 

 

パシッ

 

 

そして、そのまま右手でゴキブリを捕まえた。

 

 

「「「「「え゛?」」」」」

 

 

大樹以外の人間が止まった。悲鳴も、震えも、驚きで止まった。

 

そのまま反対の左手で窓を開けて、

 

 

「自然に帰れー」

 

 

ゴキブリをボールの様に投げて外へと逃がした。

 

大樹はゴキブリに耐性が非常に強い人間である。殺生しない理由は、後始末が面倒だからということ。

 

一仕事終えた大樹は尋ねる。

 

 

「手を洗いたいから、手洗い場教えてくれ」

 

 

―――その場にいた者たちは、大樹のことを本物の猛者だと確信することができた。

 

 

 

________________________

 

 

 

東京エリアに再び危機が訪れた。避難する市民から非難の声が上がるが、大樹の「ゴキブリのエサになりたい奴は残っておk」っと言った瞬間、市民は素直に新しく造り上げられた32号モノリス付近に避難し終えた。

 

壊滅的まで追い込まれた自衛隊が復活し、民警と共に協力して万が一に備えて警戒する。

 

 

『住民の避難、完了しました』

 

 

耳に装着した通信機から聖天子の報告が聞こえた。

 

閉じていた瞼を開けばそこは東京エリアを一望できる。

 

現在、東京エリアの中心街の上空に俺は飛んでいた。

 

黄金色の翼を広げピタリっと静止し、【神刀姫】を抜刀して両手で握り絞めていた。

 

 

「俺も準備はできている。聖天子、アリアと交代してくれ」

 

 

『分かりました。アリアさん、お願いします』

 

 

カチャカチャっと音が聞こえ、聖天子はアリアと交代した。

 

 

『代わったわよ。【共鳴振動(コンソナ)】はいつでもできるようにしているわ』

 

 

「これはかなり危ない賭けだ。何があっても絶対にモノリスから離れないようにしてくれよ」

 

 

『何よ? 今更ビビったとか言わないでしょうね?』

 

 

「まさか。俺が怖いのは万が一、誰かが傷ついた時だ。自分のことは全く心配ねぇよ」

 

 

『……少しは自分の体は大事にしなさいよ』

 

 

「あー、そうだった。みんなとそういう約束していたな。分かったよ。大事にする」

 

 

『……そう、ならいいわ』

 

 

アリアの表情は見えないが、声音から察するに呆れて微笑んでいるだろうな。

 

 

「不満か?」

 

 

『いいえ、むしろ喜んでいるわよ』

 

 

「そうか。そりゃ良かった良かった」

 

 

『……じゃあ、始めるわね』

 

 

「おう」

 

 

通信機にノイズが入る。32号のモノリスの方を見ると、緋色の光と金色の光が混じり合ったような光が輝いた。

 

頭に熱が走る。頭の中にある色金が【共鳴振動(コンソナ)】している。今は俺に覚醒する必要ない。

 

集中して冷静に力を抑える。だが、抑えれない奴もいる。

 

 

「「「「「ギャガアアアアァァ!!」」」」」

 

 

東京エリアの各地から轟音が響き渡る。眠っていた力に目覚めたガストレアウイルスが一斉に覚醒―――ガストレア化して姿を見せた。

 

その数はとてもじゃないが数えれない。住宅街だけでなく、街のビルからも出現している。

 

 

「———【冷静の闘志】」

 

 

その瞬間、冷え切っていた思考が弾けるように燃え上がった。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

光の速度で飛翔、真下の中心街に降り立ち、刀を振るう。

 

 

「っしゃあオラあああああァァァ!!」

 

 

ズシャアアアアアァァァ!!!

 

 

大声で刀を大きく横に薙ぎ払う。

 

斬撃は風を斬り裂き、暴風が吹き荒れる。巨大な斬撃波が街に一閃する。

 

 

ズシャッ!!

 

 

無数のガストレアは大きく引き裂かれ、建造物は一切壊れない。あり得ない一撃が繰り出された。

 

 

「くはっ」

 

 

思わず笑みがこぼれてしまう。冷静を原動力にしたせいで、気持ちが(たかぶ)ってしまう。

 

大きく踏み込み音速を超えた速度で跳躍し、新たなガストレアの所へと向かう。

 

 

「一匹も、逃がさねぇぞおおおおおォォォ!!」

 

 

ザンッ!!

 

 

敵の頭部に刀を振り下ろし、縦に一刀両断。

 

 

ザンッ!!

 

 

続けてそのまま次のガストレアの体を横に一刀両断。

 

 

ザンッ! ザンッ! ザンッ! ザンッ!

 

 

ガストレア一匹に対して一秒もかけない。一秒以内にケリを付ける。

 

東京エリアの街を駆け巡り、一匹も逃がさないように狩る。

 

 

ザンッ! ザンッ! ザンッ! ザンッ! ザンッ! ザンッ! ザンッ! ザンッ! ザンッ! ザンッ! ザンッ! ザンッ! ザンッ! ザンッ! ザンッ! ザンッ! ザンッ! ザンッ! ザンッ! ザンッ!

 

 

ガストレアには何が起きているのか理解できない。目視することができない相手に恐怖することしかできない。

 

羽根を広げて飛んでも斬られる。身を守ろうとしても無意味。攻撃を仕掛けても掠りもしない。

 

最強の前では()(すべ)もない。いや、することすら許されない。

 

 

「ふッ」

 

 

街の大きな交差点の中心に着地する。服は気持ち悪い液体で汚れているが無傷だった。

 

見える敵は全て倒した。あとは———!

 

 

ドゴッ!!

 

 

「「「ギャガアアアアァァ!!」」」

 

 

―――ちょっと頭の良いガストレアだけだ。

 

コンクリートの地面から湧き出たのは生き残りのガストレア三匹。奇襲を狙っていたようだが、わざわざ誘き寄せたことに気付かないお前らは、甘いぜ。

 

 

「どおおりゃああああァァァ!!」

 

 

ドゴォンッ!!

 

 

ガストレア三匹をまとめて右足で蹴り飛ばす。無茶苦茶な力にガストレアは大樹に攻撃できない。

 

蹴り飛ばされたガストレアは空高く飛ぶ。大樹は刀を持ち直し、

 

 

ゴォッ!!

 

 

そのまま投擲した。

 

刀は簡単にガストレア三匹を貫き、絶命する。抵抗する暇すら与えられなかった。

 

 

バァッ!!

 

 

物陰に隠れていたガストレアが一気に飛翔する。標的は勿論、大樹だ。

 

その時、プツリッと何かが切れた。

 

 

「ヒャッハ――――――――――――――――――――!!」

 

 

完全に冷静が亡くなった。昂る感情は大樹を興奮させ、テンションを上げていた。

 

 

ドゴォッ! ドゴォッ! ドゴォッ!

 

ドゴオオオオオォォォン!!

 

 

大樹の拳と蹴りの連撃がガストレアに炸裂。次々と地に堕ち、その命も落とした。

 

 

(ヤバいヤバいヤバい! 感情が抑えれねぇ!)

 

 

『闘志』の練習をしようとしただけなのに、これは不味い!

 

制御が効かない。冷静の感情を作ろうとしても、作り方なんて知らない。

 

 

「くはッ!! クハハハハッ!!」

 

 

もうこれ戦闘狂にしか見えないよぉ!!

 

 

ザシュッ!!

 

 

投擲した刀をキャッチした瞬間、目にも止まらぬ速さで振り回す。それだけで無数の斬撃波が飛び、ガストレアを斬り裂いた。

 

戦いに狂った大樹の心の底では、大泣きしていた。

 

 

________________________

 

 

 

大樹の戦いをモニターで見ていた者達は顔面蒼白だった。

 

ドン引き。笑いながらガストレアを屠っている大樹に引いていた。

 

 

「……あたし、変なことを言ったかしら?」

 

 

「……いや、無いと思うわ」

 

 

アリアと優子はモニターから距離を取っている。物理的にも引いていた。

 

 

「だ、大樹さんの演技ですよ! きっと黒ウサギたちを怖がらせるために―――」

 

 

『ヒャッハ――――――――――――――――――――!!』

 

 

「———フォローできません」

 

 

黒ウサギは白旗を上げた。これが演技に見えるだろうか? いや見えない。

 

 

「えっと、その……これはちょっと……」

 

 

あの真由美ですら曖昧な感想すら言えない状態だ。

 

 

「……いつもこうなのですか?」

 

 

「「「「「違う違う」」」」」

 

 

ティナの質問に全力で首を横に振った。

 

蓮太郎と木更も「うわぁ……」と嫌な顔で見ていた。延珠ちゃんは絶句している。

 

 

「あれ? おかしいわね」

 

 

その時、アリアが眉を(ひそ)めた。

 

通信機を急いで繋げて声を出す。

 

 

「色金が一つの場所に集まっているわ……大樹! 聞こえる!?」

 

 

『あぁ!? 何だ!?』

 

 

「南の方―――色金が一ヵ所に集まっているのよ! 大樹が倒した色金もよ!」

 

 

『何だと? 南の———』

 

 

そこで大樹の言葉は途切れた。

 

 

ガシャンッ!!

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

通信機から大きな壊れた音が発せられた。

 

大樹の声は聞こえない。代わりに聞こえるのはうるさいノイズだけ。

 

その場にいた全員が戦慄した。急いで通信を回復しようと作業員が急ぐが、その必要は無くなった。

 

 

ガシャアアアアアァァァン!!

 

 

モノリスの近くにあった木造の高台が盛大に破壊された。突然の出来事に周りは慌てるが、砂煙が一気に舞い上がった。

 

 

「調子に乗るんじゃねぇぞ!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

砂煙が一気に晴れる斬撃が繰り出された。煙の中から出て来たのは大樹だった。

 

飛んで行く斬撃の先———黒い影があった。だが目視できたのは一瞬だけ。

 

 

シュンッ!!

 

 

黒い影は一瞬で姿を消し、大樹の背後を取った。

 

黒い影の体は大樹の体より2倍近く、3メートルはあった。人型のような姿をした敵に、戦慄した。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

黒い影の拳が大樹の背中に直撃。大樹の体は地面を砕きながら叩きつけられた。

 

 

「大樹さんッ!?」

 

 

聖天子が悲鳴を上げるかのような声で名前を叫ぶ。大樹の返事は返ってこなかった。

 

 

「コノ我ニ勝テルト思ッタカ? 浅ハカ、青イ、何トモ脆弱ナ男ダ」

 

 

人間ではない。日本語だが、人間が喋るにしてはおかしい話し方だった。

 

 

「木更さん!! コイツは———!?」

 

 

「全員下がって!!」

 

 

蓮太郎は銃を取り出し、木更は刀を抜刀する。

 

黒い影の正体―――アリアには分かっていた。

 

全ての金色金は、黒い影の体内にある。

 

 

 

 

 

つまり———これはゴキブリだということ。

 

 

 

 

 

体は甲冑に似た黒い鎧を身に纏い、背中には羽根の様なモノがあることが確認できた。頭部はゴキブリと同じように触角や気色悪い顔になっていた。

 

 

「がぁ!!」

 

 

ゴッ!!

 

 

倒れていた大樹が起き上がり、右足で敵の顎を蹴り抜いた。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

そのまま敵の腹部に拳を入れる。手応えがある一撃に、大樹はニッと笑みを浮かべるが———

 

 

「愚カダ」

 

 

「なッ!?」

 

 

―――効いていなかった。

 

 

ドゴオオオオオォォォンッ!!

 

 

敵の目に見えない速度で繰り出された回し蹴りが大樹の側頭部に炸裂。大樹の体は地面を抉り削りながら吹っ飛ばされた。

 

 

「チッ、色金の力を舐めていたぜ……」

 

 

後方遠くまで飛ばされたが、大樹は血を流さず立っていた。だが大樹の表情に余裕はもうなかった。

 

 

「大樹! アイツの体の中に、全部色金が入っているわ!」

 

 

遠くからアリアが大樹に向かって叫ぶ。大樹は苦虫を噛み潰したような表情で笑った。

 

 

「ハハッ、そんなのありかよ。アイツが異常に強い理由はそれか」

 

 

大樹は刀をギフトカードから取り出し、構える。

 

 

「間違いねぇ。これが本当ならアイツのステージは―――!」

 

 

大樹は告げる。

 

 

 

 

 

「———ステージⅤを越えてやがる!」

 

 

 

 

 

 

 

 






ゴキブリTUEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!!

この小説を書いていて一言、言わせて頂けたい。


もう『ゴキブリ』でググりたくない。


知りたくないことを知った。ゴキブリの画像を見過ぎた。もうゴキブリ嫌だぁぁぁあああ!!

誰だよ前編と後編とかしようとした奴。私でした。

そしてこれが最後の次回予告! 


―――絶望の次は、恐怖が舞い降りた。


「私でも、これは厳しい戦いになりそうだ」

「もうこれ以上、東京エリアに居られません」

「駄目だ……無理があり過ぎる」


―――人類とゴキブリの戦いに、終止符を!



「我ハ最強ォォォオオオ!」



「十二刀流式、【極刀星・夜影閃刹の構え】」




次回、『Gの超逆襲 後編』


この作品を書いている時、鳥肌が止まらなくてヤバい。


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Gの超逆襲 後編

《バレンタインデー》

女の子が男の子にチョコをあげる風習ではありません。聖バレンタインデーの虐殺で、ギャングの抗争事件です。そう、ブラッティバレンタインです。

もし勘違いしている男やチョコを貰っている野郎がいた時は、拳に愛を込めて殴りながら教えてあげてください。


……殴る数は1万6千……じゃなかった。文字数は1万6千文字です。


最強のゴキブリを目の前にした人類は恐怖した。

 

あの英雄と呼ばれた大樹がボコボコにやられ、敵は無傷だということ。それは東京エリアの人々に衝撃を与えた。

 

金色金を体内に宿し、ガストレアウイルスによって強化されたゴキブリ―――害虫王のゴキブリの名は『ワモン』と名称が名付けられた。

 

ワモンゴキブリ―――日本で生息する最大級の種の名を、最恐に与えたモノだった。

 

 

「チッ、マジで油断した」

 

 

現在、大樹は東京エリアの32号モノリスにある対策本部(仮)のテントで椅子に座っていた。大樹以外、話そうとする人はいない。沈黙が続いていた。

 

大樹が飛ばされた戦闘後、ワモンは東京エリアの外へと逃げて行ったのだ。()()()()()()()()()、簡単に通り過ぎて行った。

 

推測ステージはⅤは確定。最後に奴が言い残した言葉は人類を恐怖させた。

 

 

『コノ地ハ我ガ頂ク』

 

 

「いい加減にしろよ……ここは呪われてんのかおい。何度救えば気が済むんだってんだ……」

 

 

どうも、大樹だ。今、イライラしているから取扱注意。もし攻撃してきたら2億倍返しで攻撃してやるよ。

 

 

それにしても……………俺が『ハレ晴レ〇カイ』を踊りながら怒っても、誰もツッコミを入れてくれないんだが?

 

 

どんだけ落ち込んでいるの? そんなにゴキブリが怖いのお前ら?

 

……とりあえず、今度は『もってけ!セー〇ーふく』を無言で踊ってみる。

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

だ――――――れも反応してくれないッ!! ふざけんな! 俺のボケがスベッているように見えるだろうが!(実際スベッていることに気付いていない)

 

じゃあ声に出して踊ってやるよ! 俺の華麗なダンスを見よ!

 

 

「ヨーでる ヨーでる ヨーでる ヨーでる ようかいでるけん でられんけん♪」

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

「ろ、ローイレ ローイレ 仲間にローイレ 友だち大事♪」

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

「妖怪~ 妖怪~ 妖怪~ ウォッチッチ!!」

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

「……………メダルに閉じ込めるぞお前ら」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

おっと、やっと反応したよ。めっちゃ怖がられているけどな。

 

 

「一つ言っておくが負けたわけじゃねぇよ。俺は力を発揮するタイミングを逃しただけだ。次はヘマしねぇよ」

 

 

「で、ですが大樹さん」

 

 

「何だよ聖天子」

 

 

「ワモンが大量のゴキブリを連れて来ることが……あ、あると思いますか?」

 

 

震えながら尋ねる聖天子に、俺は『そんなことねぇよ』とは言えない。

 

 

「多分、あるかも」

 

 

聖天子は俺の胸で大泣きした。マジかぁ……そんなに嫌かぁ……上に立つ人間が泣き崩れちゃったよ。

 

えぇ……これどうするの? 泣き止ませる方法、知らないんだが。

 

 

「おしまいだ……」

 

 

「バル〇ンを焚いてくれぇぇぇえええええ!!」

 

 

「ホイホイホイホイホイホイホイホイホイホイホイホイホイホイ……フヒッ」

 

 

うるせぇよもうだりぃよめんどくせぇよお前ら。もう正気を保っていられなくなっているし、しっかりしろよ日本男児!

 

どうしよう。ボケるにもボケれなくなったんだけど? とりあえず真面目に励ますか。

 

 

「そ、その前に俺が決着を付ければ問題ないだろ!? な!?」

 

 

「大樹さん……!」

 

 

聖天子が命を救われたかのような表情になった。めっちゃ明るい。黒から白になったぐらい明るくなった。

 

 

「ま、まぁあれだ! 俺に任せろ!!」

 

 

「「「「「わぁあああああ!!」」」」」

 

 

この後、男たちに胴上げされた。

 

聖天子には涙を流しながら感謝の言葉を聞かされ、議員たちから色々なモノを貰った。土地を貰った時はビビった。

 

 

(あぁこれはアカン……)

 

 

―――期待に答えないと、ヤバい。

 

俺は、人生の中でベスト5に入るくらい後悔した。

 

 

________________________

 

 

 

「……大丈夫、じゃないな」

 

 

目の前には闇があった。

 

闇と呼ばれる物体。それはアリアたちが作り上げた空間だった。

 

ゴキブリによってテンションガタ落ち。体をガクガク震わせて怯えていた。

 

どうしよう。俺が油断したせいでこうなったのか。てへッ。

 

 

「やっぱり人類には勝てないのね……」

 

 

アリアは大袈裟なことを言うし、

 

 

「もう嫌……生きるのが辛いわ」

 

 

優子は今にも自殺でもやってしまいそうだし、

 

 

「黒ウサギの力が戻れば……恩恵が使えれば街と一緒に消し飛ばして―――」

 

 

黒ウサギは恐ろしいこと考えているし、

 

 

「……………」

 

 

真由美の目からハイライト消えているし、

 

 

「大樹さん、今までお世話になりました」

 

 

ティナは余命宣告された病人の最後の台詞みたいなことを言うし、

 

 

―――もうなんか終わりそう。物語が。

 

 

末期か? 何かバットエンドに突き進んでない?

 

救いたいけど、ここまで救い方が分からないとは。いや、あるにはあるよ?

 

 

A.ゴキブリを一匹残らず全滅させる。

 

 

無理無理。できないできない。

 

 

「あー、とりあえず俺が何とかするから安心しろ」

 

 

「違うわ大樹。あたしたちはそんなことで落ち込んでいるわけじゃないわ」

 

 

「何だよアリア。俺は油断しただけ。次は倒せるからな?」

 

 

「根本的に問題が違う」

 

 

「問題って何だよ。解決してやるから言ってみろ」

 

 

「そう……なら気持ち悪い姿を私の記憶から消してくれるの?」

 

 

あっ(察し)

 

お前ら……ゴキブリに失礼だぞ。好きであんな姿になったわけじゃないんだぞ。確かにキモかったけど。

 

『最強』『チート』『大樹』と称号がある俺でも記憶消去は無理だな。最後の称号って何だよ。

 

 

金槌(かなづち)で……いけるか?」

 

 

「「「「「やめて!!」」」」」

 

 

金槌を没収されました。クソッ、どこかのネジが付いた宇宙人委員長は記憶消去装置だと言っていたからいけると思ったんだが。

 

 

「じゃあ世界中の能力者から能力を奪って記憶を全部無くすしかない」

 

 

「全部は無くさなくていいわよ!? そもそも能力って何よ!?」

 

 

その前にネタが通じてないだろ? 引くなッ!!

 

 

「じゃあ友達と何か複雑なことを起こして記憶無くせ。一週間ごとにリセットされる感じで」

 

 

「何でリセットされるの!?」

 

 

「俺が友達になってやるから問題無い。あと日記書けばグッド」

 

 

「どうして友達なのよ!? 普通に恋―――ッ!?」

 

 

ん? 普通に恋……何? 顔を赤くしてどうしたアリア?(ゲス顔)

 

まぁここは引いてやるか。感謝しろよ?

 

 

「じゃあ俺がフラグを立てて攻略するから記憶を無くせ。黒い旗なんて折ってやる」

 

 

「何ソレ!?」

 

 

「じゃああれだ。俺がお前らの心の中のスキマに隠れている駆け(たま)を取ってやるから記憶を無くせ。もちろん、攻略するから」

 

 

「だから何ソレ!?」

 

 

「じゃあこれ飲む?」

 

 

カバンの中から俺は小さなビンを大量に取り出す。

 

 

「何これ? 栄養ドリンク?」

 

 

「まぁ栄養はある。特にバストアップの栄養素が―――」

 

 

と言った瞬間、アリアと優子、そしてティナは迷わずフタを開けて飲んだ。えー、そのままの大きさがいいよー。まぁそもそもそんな栄養素、入ってないけどね。

 

 

「これって何のドリンクなの? 名前は?」

 

 

「これか? これは———」

 

 

ドリンクを飲みながら尋ねる真由美の質問に俺は答える。

 

 

 

 

 

「———ATPX(アポ〇キシン)4869。コ〇ンで有名だろ」

 

 

 

 

 

ブフッ!!

 

 

うわぁお。嫁たちが一斉に吹き出したよ。俺の顔がビチャビチャ。俺様の業界ではご褒美です。

 

 

「ちょっと!? 何飲ませているのよ!?」

 

 

「怒るなよ優子。ちょっと小さい体の嫁たちの姿を見たかっただけなんだ。逮捕できねぇだろ?」

 

 

「怒るわよ!?」

 

 

もう怒っているけどね。

 

 

「う、嘘よね!? 小さくならないわよね!?」

 

 

「うん、残念なことにならない」

 

 

「風穴開けるわよアンタ!?」

 

 

ホント残念なことにこのドリンクは失敗した。老化で衰える体を元気にすることしかできなかった。試しに近所のおばあちゃんにあげたら、今では毎朝のジョギングが楽しいって感謝の言葉を言ってくれた。90歳凄いなぁ。

 

 

「安心しました。黒ウサギたちの体が小さくなれば大樹さんに何をされるか……考えただけでも恐ろしいです」

 

 

「いやいや黒ウサギ。お前の年齢を考えれば―――」

 

 

「———女性に年齢の話をするなと、聞いたことがありません?」

 

 

「すいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんでしたぁ!!」

 

 

土下座。額から血が出るかのような勢いで頭を床に擦りつけた。黒ウサギが怖くて顔を上げれなかった。

 

 

「はぁ……こんなことで悩んでいる自分が馬鹿に思えて来たわ……」

 

 

溜め息をつきながらアリアは土下座した俺の背中に座る。椅子ちゃうがな。

 

 

「そうね。時間が経てば、きっと忘れるわ」

 

 

真由美も座って来た。重いと思う前に柔らかいと思ってしまう。もう椅子でいいや。

 

落ち込んでいたムードが真由美の言葉が晴れるきっかけとなり、何故か楽しいガールズトークが始まった。

 

元気になったのは嬉しいことだが……いつまで土下座していればいいんですかね?

 

 

 

________________________

 

 

 

「フッ!!」

 

 

息を吐き出すと同時に強く踏み込む。体は風を切り、音速の壁を破った。

 

 

ザンッ!!

 

 

速度に合わせて刀を振るう。襲い掛かるガストレアを一瞬で斬り刻んだ。

 

 

「———ッ」

 

 

油断はしない。気配で背後から忍び寄る二匹のオオカミ型のガストレアたちに気付いている。

 

すぐに刀をクルリと回し、逆手に持ち変える。

 

 

「グオォン!!」

 

 

「お前の大好きな骨はここにねぇよワンちゃん」

 

 

ザンッ!!

 

 

襲い掛かるガストレアの腹部を突き刺し、斬り上げて一撃で仕留める。

 

 

ドゴンッ!!

 

ザンッ!!

 

 

二匹目は蹴り飛ばして怯ませた後、一匹目に刺した刀を引き抜き、そのまま二匹目の体を一刀両断する。

 

刀を上から下へ振り下ろし、刀に付着したガストレアの血と気味の悪い液体を振り落とした。

 

 

「……数が多いな」

 

 

「そのようだね。今ので三桁は越えたのでは? 少し倒し過ぎだと思うがね」

 

 

大樹の呟きに答えたのは影胤。隣にいる小比奈の刀にはガストレアの血が付いていた。

 

 

「あのゴキブリが見つかるまで帰れねぇよ。もし他のエリアに行ったら洒落になられねぇ」

 

 

「もし何かあれば政府に連絡が入るはず。最悪なことにはならないはずだよ」

 

 

「……これは俺の考えだが、事件が起こった後に行動するヒーローより、誰も傷つかず、未然に防ぐことが大事だと俺は思っている」

 

 

「……まぁ結局君次第じゃないかね。良くも悪くも、傾くのは君がどうするかだ」

 

 

影胤の言葉に大樹は嫌な顔をした。

 

ここは東京エリアの外———未踏査領域にいた。

 

日はとっくに沈み、星明りは森が隠して暗い闇が支配していた。しかし大樹と影胤、小比奈には暗いことは問題ない。

 

問題があるとすれば、敵がどこにいるか見当も付かないことだ。

 

 

「私でも、これは厳しい戦いになりそうだ」

 

 

長時間戦闘だからな。ちなみに探索二日目だ。休める時間は早朝だけ。夜中まで続く調査に気が滅入って仕方ない。

 

 

「ワモンは俺がやるぞ? 原因作ったの俺だからな」

 

 

「勘違いしないでほしい。あんな化け物は君にしか倒せないよ」

 

 

「俺が化け物だからか? あぁん?」

 

 

「そんなこと言ってないのだが……」

 

 

影胤の胸ぐらを掴みキレる大樹。影胤はとても困ったそうだ。

 

 

「パパをいじめるなッ」

 

 

「いじめてねぇよっと」

 

 

カキンッ

 

 

刀と刀がぶつかり合う。冗談だと小比奈は分かっているが、大樹に攻撃を当てたかった。しかし、斬撃は簡単に弾かれ、頬を膨らませて拗ねる。

 

 

カキンッ カキンッ ガギンッ!!

 

 

「無駄無駄~」

 

 

大樹は刀の柄だけで小比奈の刀の刀身を横から叩き、連撃を弾き飛ばして避けていた。圧倒的に開いた剣術の差がそこにあった。

 

 

「ッ!」

 

 

「隙ありぃ~」

 

 

キンッ

 

 

大樹が柄で強い一撃を当てると、小比奈の刀は簡単に空へと舞った。

 

刀はそのまま木の太い枝に刺さり、勝負が決した。

 

 

「その首、貰っていくぜ」

 

 

「君がそれを言うと本気に聞こえるからやめてくれるかい?」

 

 

本気なわけあるか。お前らの首なんざいらねぇよ。

 

カバンの中に入れてた3DSを取り出しゲームを始める。武器コンプするまで俺は諦めない。

 

 

「君に緊張感というモノはないのかね?」

 

 

「ない」

 

 

 

________________________

 

 

 

大樹たちが調査している間、他の者たちは東京エリアにいた。

 

特に珍しい組み合わせが、聖居の一室であった。

 

アリアと聖天子である。

 

 

「護衛、ですか?」

 

 

「そうよ。この国の将来を変える人を守るのは当然でしょ?」

 

 

それにっとアリアは小声で付け足す。

 

 

「正直、東京エリアから出たくないわ……」

 

 

そのことには聖天子は同感する。

 

 

「安心して。護衛の依頼は何度もやったことがあるわ。Sランク武偵の実力は伊達じゃないわよ」

 

 

聖天子は思い出す。大樹から教えて貰った『武偵』という単語を。

 

 

『武偵? んー、まぁ簡単に言うと、毎日銃をパンパン撃っている奴らかな』

 

 

「そ、そうですか……」

 

 

(あれ? 何故か聖天子様の顔色が悪くなった気がするわ……)

 

 

聖天子はぎこちない笑みを浮かべて話を続ける。

 

 

「す、凄いですね。どんなことをされていたのですか?」

 

 

「あたしは強襲科(アサルト)に入っていたから毎日対人戦や模擬戦をして、犯罪が起きたらすぐに出撃していたわ。いつでも凶悪な犯罪に立ち向かえる為に日々の鍛錬は怠らないのよ」

 

 

アリアは小さな胸を張って自慢するが、聖天子は思い出していた。大樹から教えて貰った『強襲科(アサルト)』という単語を。

 

 

『一番ヤバイのは強襲科(アサルト)だな。死ね死ね言いながら銃弾を飛ばして挨拶するからな』

 

 

「ごめんなさい……!」

 

 

「何で!?」

 

 

聖天子が本気でビビっているのを見たアリアは困惑。何故そうなったのか理解できなかった。

 

とにかく話題を変えなきゃっとアリアは急いで話題を出した。

 

 

「ももまんについて話しましょ!」

 

 

「もも……まん……?」

 

 

(しまった!? この世界には無かった!)

 

 

話題を間違えたアリアは焦る。そのせいでとんでもない話題ばかり出してしまう。

 

 

「なら銃よ! 聖天子様は何を使うのかしら!?」

 

 

「使いませんよ!?」

 

 

(あーもう! 大樹となら長く話せるのに!!)

 

 

武偵でしか通じない会話である。ちなみに大樹は『イチャイチャしたいのに、女子から拳銃の話題を振られて盛り上がるとか……悲しいぜ』と泣いていた。

 

 

(どうしよう!? 何を話せばいいのか分からない!?)

 

 

アリアは今までの経験を生かそうとするが、全く使えそうな経験はなかった。

 

武偵でのゲームを思い出してしまう。トラウマが蘇り、アリアは混乱する。このまま何もできなければ、ぼっちになってしまう!?

 

 

(聖天子様が好きなモノ……それはッ———!)

 

 

 

 

 

「大樹の面白い話はどう!?」

 

 

 

 

 

「ぜひお願いします!」

 

 

 

 

 

(やった! 食い付いてくれて嬉しいけど複雑な気持ちだわッ!!)

 

 

会話が繋げれたことに嬉しさ半分。聖天子様が大樹のことが好きだと発覚した嬉しくない気持ち半分だ。

 

大樹の嫁候補が増えることに危機感を覚えているアリア。気が付けば自分の他に5人もいることに驚きを隠せなかった。

 

さらに黒ウサギが言うには全員と結婚するとか宣言しているらしい。頭が痛くなってしまった。

 

 

「そ、そうね……」

 

 

アリアは脳をフル回転させた。大樹の恥ずかしい過去を思い出し、暴露させた。

 

 

「学校の床を平気で壊すような男だったわ!」

 

 

「……なるほど、まだ大人しい大樹さんでしたか」

 

 

(あ、この世界の人たちはそう見えるね)

 

 

常軌を逸脱した行動を常にしている大樹は、床を破壊する程度のこと、あまり凄いとは捉えれないのだろう。

 

大樹の恥を語るのは無理だと判断したアリアは、次の作戦にシフトする。

 

 

「大樹は相当の奥手よ」

 

 

「……あー」

 

 

……どうやら聖天子様は知っていたらしい。悔しい。

 

 

「口だけですよね?」

 

 

「正解」

 

 

何故かアリアは聖天子様に100大樹ポイントをあげたくなった。1000大樹ポイントで大樹とデートできたらいいと思ったが、恐らく『デートして』の一言で彼は『ありがとうございます!』と返すだろう。

 

 

________________________

 

 

「へっくしゅんッ!! あー、誰かが俺とデートしたいとか思っているな」

 

「よく自信を持ってそんなことを言えるね」

 

「俺だからな」

 

「……もし君の大切な人からデートに誘われたらどうするかね?」

 

「とりあえず夢かどうか頭を地面に叩きつけて確認。本当ならそのまま土下座に移行して感謝の言葉を送る。そして完璧なデートプランを作り上げて―――」

 

「もういい。もういい」

 

「———歩く時は必ず手を繋ぐかどうかを考えて……いや黒ウサギと真由美なら許可無くても許してくれるはずだから、問題は恥ずかしがるアリアと美琴だ。優子は多分文句を言いつつも繋いでくれるはずだから、反応を見つつ―――」

 

________________________

 

 

 

「ッ……悪寒が」

 

 

「大丈夫ですか?」

 

 

「え、ええ。……多分大樹ね」

 

 

「え?」

 

 

「何でもないわ。話を続けましょ」

 

 

「はい! それでさっきの話の続きですが、大樹さんがゴミ箱に頭を突っ込んだ後はどうなったのですか?」

 

 

「それが大樹はね……そのまま敵の集団に向かって突撃して―――」

 

 

アリアと聖天子の会話は盛り上がっていた。大樹のアホ話で。

 

ゴキブリのことは綺麗さっぱり忘れて。

 

だが地獄はすぐに戻って来る。

 

 

バタンッ!!

 

 

部屋のドアが勢い良く開けられ、転がりながら入って来た男性が声を荒げる。

 

 

「大変でボゴッ!?」

 

 

「あッ、敵じゃなかった!?」

 

 

大胆に入って来たせいでアリアは敵と勘違い。男性の顔にシャイニングウィザードが炸裂した。

 

しかし男性は転がりながら受け身を取り、跳ね起きる。

 

 

「敵の姿が発見されました!」

 

 

「聖天子様。この男は民警になるべきよ。素質があるわ」

 

 

「あっ、無理ですよ。自分、花粉症なんで」

 

 

「全然関係ないわよ!?」

 

 

「———敵の発見とはどういうことですか!?」

 

 

聖天子様が顔色を悪くしながら大声で尋ねる。男性は早口で答える。

 

 

「民警から連絡がありました。先程のガストレアと思わしきモノが空を飛んでいたとのことです! ワモンの可能性があります! すぐにシェルターに避難―――」

 

 

「もうこれ以上、東京エリアに居られません」

 

 

「—――聖天子様!? 捨てちゃ駄目ですよ!?」

 

 

「諦めちゃ駄目よ聖天子様!?」

 

 

だが、避難する意味は無くなる。何故なら―――

 

 

パリンッ!!

 

 

―――窓ガラスが割れ、悪魔が侵入して来たからだ。

 

 

________________________

 

 

 

 

『何か……やべぇの見つけた……』

 

 

通信機から届いたジュピターさんのメッセージ。不安しかないが、行くしかない。

 

一体何がヤバイのか……東京エリアを地獄に落としてしまうかのようなヤバいを見つけたのか。それとも単純にジュピターさんの語彙力が皆無なだけなのか。

 

森の中を走り抜けてジュピターさんと合流する。木に隠れたジュピターさんとイニシエーターである詩希がいた。

 

 

「それで? 何がヤバイんだ?」

 

 

「……あれだ」

 

 

ジュピターさんが指を指した方向を見る。そこには大きな山があった。

 

 

「ん? は? え? ぅんッ!?」

 

 

 

二度どころか四度見直した。

 

 

山の上に城があるだけど!?

 

 

すっげぇ立派! 何だろう、西洋の城に似ているが……何でそんな城がこんな場所に!?

 

外壁はボロボロで、汚れが目立っているが立派な城だ。悪魔が済むような外見でカッコイイ。

 

 

「ここ日本だよな?」

 

 

「日本だ」

 

 

「じゃあ何だよアレは。おかしくね? 城だよ? キャッスルだよ? 王子様が居てもおかしくないようなお城だよ? 舞踏会始まっちゃうよ?」

 

 

「確かにお前のせいで武闘会が始まりそうだな」

 

 

……ちょっと最後、話が噛み合ってない気がするがいいか。

 

 

「アレに似ているよな。『美女と〇獣』に出て来る城に」

 

 

「……いやちょっと思い出せない」

 

 

「はぁ!? ディズ〇ー好きじゃないのお前!? ミッ〇ーにキレられ―――」

 

 

「その話題もうやめろよ!? いろいろと危ねぇぞ!?」

 

 

「とりあえず、話を戻すよ」

 

 

溜め息をつきながら影胤が脱線した話を戻す。何かごめんなさいね?

 

 

「大樹君、これからどうするかね? 街の防衛で残したメンバーを集めるかい?」

 

 

「いや、ここから一撃でぶっ壊す」

 

 

小比奈「馬鹿?」

 

 

影胤「馬鹿なのかい?(2COMBO)」

 

 

詩希「馬鹿だね!(3COMBO)」

 

 

ジュピターさん「大馬鹿野郎がッ!(FINISH!!)」

 

 

大樹「ブチギレるぞこんちきしょう」

 

 

俺の火山が噴火する寸前だったぞおい。下ネタじゃねぇよ。

 

里見たちは戦力にならねぇよ。ビビっているし、木更に関してはもう使えねぇ。

 

ぶっちゃけ防衛のために残したんじゃない。足を引っ張る奴を連れて行きたくなかったんだ。

 

 

「だってもう分かるじゃん。流れからして分かるじゃん。上の文見返せよ。ほら、ちゃんとフラグも立っているし、ワモンは絶対あそこにいる」

 

 

「メタ発言やめろお前。確信は無いだろ? 留守かもしれないぞ?」

 

 

「ゴキブリが留守とは……妙な言い方だね」

 

 

「妙という言うより、変だろ」

 

 

「ん、ジュピターさんジュピターさん」

 

 

その時、詩希がジュピターさんの袖をくいくい引っ張り、何かを伝えようとしていた。

 

 

「どうした?」

 

 

詩希は城の方を指差し、笑顔で教えてくれた。

 

 

 

 

 

「ワモンが見えたよ! 凄いでしょ!」

 

 

 

 

 

「超ウルトラ高速抜刀式、【容赦はねぇよの構え】!!」

 

 

「おい馬鹿やめろおおおおおォォォ!!」

 

 

大樹は既に抜刀し、斬撃波を放った。

 

 

「【先 手 必 勝(死ねやゴラアアアアァァァ)】!!」

 

 

「マジでやりやがったよこいつッ!!!」

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!

 

 

音速の斬撃波は城に向かって一直線。斬撃の余波は森の木々が悲鳴を上げるほどの威力を秘めていた。

 

山の頂上に建造された城は消える――—

 

 

バシュンッ!!

 

 

―――はずだった。

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

斬撃が消えた。否、受け止められたのだ。

 

空中に浮いている黒い影。羽音を響き渡らせながら飛行する悪魔。

 

ワモンが、そこに降臨していた。

 

 

「不意打チトハ愚カ。ソシテコノ弱サハ情ケナイトシカ言イヨウガアルマイ」

 

 

「嘘だろ……大樹の一撃を止めるとか、強過ぎるだろ!」

 

 

ジュピターさんは構えていた銃を降ろす。撃っても意味が無いと思い知らされたからだ。

 

影胤たちは逃げる準備を始める。ここに居ても大樹の足を引っ張るだけだと分かってしまっていたからだ。

 

 

「逃ガスト?」

 

 

ヒュンッ!!

 

 

しかし、ワモンは簡単には逃がさない。

 

気が付いた時には空中にワモンの姿は無く、影胤たちの背後を取っていた。

 

ドッと汗が流れる。死の恐怖が心臓を鷲掴みしたかのような感覚に陥る。

 

ワモンの手は振り上げられ、体を八つ裂きにしようとしていた。

 

 

「油断はしねぇって言ってるだろ」

 

 

振り下ろされる前に、光の速度で大樹はワモンの背後を取った。

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!!

 

 

強烈な一撃。大樹の蹴りが炸裂し、暴風が吹き荒れた。衝撃の余波は木々を薙ぎ払い、ワモンの体は山の城へとぶっ飛ばされた。

 

 

「ゴハッ」

 

 

城の瓦礫に埋もれたワモンが気味の悪い液体を吐き出す。それは人で言うと血と同じようなモノだった。

 

ワモンは驚愕する。東京エリアで戦った時と威力が桁違いに、いや次元が違ったことに。

 

瓦礫を退かし、ワモンは立ち上がる。すぐに追撃は来ると警戒―――!

 

 

「どこ見てんだよお前」

 

 

―――その瞬間、視界が反転した。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

後頭部に鋭い強烈な衝撃が走り、体は簡単に反転した。頭部から床にめり込み、そのまま下の階へと落ちる。

 

このままでは不味いと思ったワモンは反撃しようと拳を握り絞めるが、

 

 

「調子ニ乗―――!!」

 

 

「乗っていたのはお前だ馬鹿」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

腹部に大樹の拳がめり込んだ。

 

体の中をぐちゃぐちゃに掻き回されたかのような激痛。ワモンは何も喋れなくなっていた。

 

 

ドゴンッ!! ドゴンッ!!

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!

 

 

そのまま床を何度も貫き、一番下の階まで落とされてしまった。

 

ワモンの腕や足は見るも無残な姿になっていた。人間ならば決して立ち上がれる体ではない。

 

 

「ガアアアアアァァァ!!」

 

 

ガストレアの力を使役し、ワモンの体は再生を始める。

 

傷は塞がり、曲がっていた腕や足が元通りになる。

 

 

「ガァ……ガァ……!」

 

 

「随分と辛そうだね」

 

 

だが、悪夢は終わらない。

 

上の階から飛び降りて来た二人の影にワモンは戦慄する。

 

大樹の攻撃した瞬間、既に高速で走り出していた影胤と小比奈。追撃を仕掛ける準備は整っていた。

 

 

「小比奈」

 

 

「はいパパ」

 

 

ダンッ!!

 

 

地面に着地した瞬間、小比奈の速度が加速する。ワモンの体を斬ろうと両手に持った二刀流で斬撃を放つが、

 

 

ガシッ!!

 

 

簡単に掴み取ってしまう。

 

そのまま両手で掴み取った二本の刀を奪い取る。

 

 

「貴様ハ弱イ!!」

 

 

「それはどうかね?」

 

 

影胤の忠告を聞いた時には、遅かった。

 

小比奈は前に踏み込み、蹴り上げた。

 

 

ドゴッ!!

 

 

「ッ!?」

 

 

後方転回で蹴り上げた小比奈の蹴りはワモンの顎に衝撃を与えた。視界が揺れ、フラリッと体制を崩す。

 

その隙を、影胤は絶対に逃さない。

 

 

「『エンドレススクリーム』」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

近距離から放たれた影胤が持つ最強の矛がワモンに直撃する。だがワモンも負けてはいない。

 

無理にでも体を動かし、何とか避けようと試みた。

 

そして当たった場所は右肩。右腕が焼き消されたが、致命傷となる一撃にはならなかった。

 

 

「グゥ……!」

 

 

ワモンは圧倒されていた。たった3人の人間に。

 

 

「駄目だ……無理があり過ぎる」

 

 

「入らないの?」

 

 

「詩希。俺たちがあの中に入ったら即死。いや、瞬死する」

 

 

その様子を上の階から見ていたジュピターさんと詩希。追いついたのはいいが、介入する余地が全くなかった。

 

 

「よっと」

 

 

さらに上の階から勢い良く振って来た大樹がワモンの前で着地する。ワモンは声を荒げながら問いかける。

 

 

「何故ダ! アノ時ノ(ちから)トハ違ウ! 何ヲシタァ!?」

 

 

「少し本気を出しただけだ。あの時は失敗していたし、力もかなり抑えていた」

 

 

「抑えていても他のゴキブリは殲滅できるのかよ……」

 

 

本気を出した大樹が怖いと実感したジュピターさん。詩希は拍手を送っていた。

 

 

「認メヌ……最強ハ、コノ我ダァ!!」

 

 

ダンッ!!

 

 

亜音速で大樹との距離を詰めるワモン。巨岩も砕く拳で大樹の顔を狙う。

 

 

ガシッ!!

 

 

「軽い」

 

 

「何ッ!?」

 

 

しかし、大樹は簡単に右手で受け止める。

 

逃げようと力を入れるも、ビクともしない。大樹の腕を叩いても、まるで意味が無い。

 

大樹の表情は何一つ変わらない。強い衝撃が走っても、眉一つ動かさなかった。

 

 

「馬鹿ナ馬鹿ナ馬鹿ナ!?」

 

 

「ちっとも痛くねぇよ。最強のパンチは———」

 

 

グッと握り絞められた必殺の左手。音速の壁をぶち破った速撃が放たれる。

 

 

「———こうだッ!!」

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!!!

 

 

ワモンの腹部に凄まじい衝撃が走った。今までの攻撃とは次元が違う。

 

最上階まで一瞬で突き破り、空高く打ち上げられた。

 

再生していた体は、再生する前より酷いモノだった。

 

『敗北』という文字がワモンの頭の中で駆け巡る。

 

 

「ウガアアアアアァァァ!!!」

 

 

黒い鎧を纏った甲虫は進化する。金色金が強く輝き、黄金の光を身に纏う。

 

 

「我ハ最強ォォォオオオ!」

 

 

ゴオオオオオオオオォォォ!!

 

 

超音速で飛行し、大樹との距離を再び詰める。影胤たちには何が起こったのか分からない。ただ黄金色の光が降って来ただけにしか見えなかった。

 

ただ、影胤たちは見えなかったが、大樹には見えていた。

 

 

「———ッ」

 

 

ワモンの攻撃を見切り、避ける。しかし、ワモンの攻撃は一撃では終わらない。

 

 

「果テロオオオオオォォォ!!!」

 

 

ドゴドゴドゴオオオオオォォォ!!

 

 

絶対の連撃が繰り出された。拳を一撃放つたびに、城塞を破壊してしまうかのような余波が一帯を襲う。

 

揺れる城は、崩壊しそうになっていた。

 

 

「遅ぇよ」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

ワモンの動きが止まった。

 

たった一発。大樹の繰り出した拳の一撃はワモンの体を止めてしまう威力だった。

 

 

「ガハッ……!?」

 

 

「悪いがお前はまだ弱い。俺には勝てねぇよ」

 

 

両膝を地面に着くワモンに大樹は告げる。

 

 

「俺が、最強だ」

 

 

「知ってる」

 

 

「茶化すな兄貴」

 

 

「グゥッ!!」

 

 

ダンッ!!

 

 

「あ、逃げた」

 

 

ワモンは羽根を広げて上へと逃走。大樹たちも正規の階段を使って上がる。

 

 

「お前は追いかけれるだろ」

 

 

「俺一人で行ったら、何かあった時、お前らを守れないだろ」

 

 

「時々カッコイイよなお前。残念な奴なのに」

 

 

「何が残念だよ。言ってみろよ」

 

 

「嫁に頭が上がらないとか、鬼畜なところとか、変態なところとか」

 

 

「後ろ二つは否定する」

 

 

「最初は否定しないのか……お前らしくて安心したわ」

 

 

無駄な話を繰り広げていると、最上階に辿り着いた。

 

天井と床には大きな穴が出来上がっており、汚れが多い広間だった。

 

ツタや木が壁に纏わりつき、人の手が届かず、かなり放置されていると分かる。

 

奥には魔王が座るかのような目立つ玉座が一つある。そこには———!?

 

 

「アリア!?」

 

 

「やっぱり大樹だったのね! お願い、早く助けて!」

 

 

座っていたのはアリアだった。あまりの衝撃に、俺は悲しむ。

 

 

「黒幕はアリアだったのかよ……!」

 

 

「違うに決まっているでしょ!?」

 

 

「俺はゴキブリに負けたのかあああああァァァ!!」

 

 

「だから違うって言ってるでしょ!?」

 

 

「俺よりゴキブリが好きなのかよぉ……!」

 

 

「もう何よッ! 大樹の方が好きに……ッ!?」

 

 

チッ、最後まで言わないか。まぁ俺の方が好きだと言うことは分かった(ゲス顔)

 

 

「大樹さん! 来てくださったのですね!」

 

 

「聖天子!? お前はここに居ちゃ不味いだろ!?」

 

 

「捕まっているのですよ!」

 

 

あ、ホントだ。

 

アリアは植物のツルで椅子に固定されており、聖天子も同じように壁に固定されている。

 

 

「僕も助けてくださーいッ!」

 

 

天井からグルグル巻きになって吊るされている男がいた。

 

 

「……誰だよ」

 

 

「斉t『何だモブか。もういい喋るな』———酷い!?」

 

 

ジュピターさんは聖天子のツタをサバイバルナイフで切って救出。俺はアリアを助けに行こうとするが、

 

 

「人間ノ分際デ触レルナ」

 

 

「あぁ?」

 

 

しかし、ワモンが立ち塞がった。

 

黄金の鎧はボロボロになり、弱っているとすぐに分かる。だが、奴は一歩も引こうとしない。

 

 

「我ラガ姫君ニ、手ヲ出スコトハナラヌ」

 

 

「「「「「え」」」」」

 

 

空気が、凍った。

 

 

「あ、アリア……本当に裏切ったのか……!?」

 

 

「違うわよ!? 本気にしないでよ!?」

 

 

影胤は落ち込む俺の肩に手を置き、首を横に振った。

 

 

「やめるんだ大樹君! 彼女は……もう……!」

 

 

「いやあああァァ! 真面目な人がそれするの洒落にならないから!!」

 

 

「ならゴキブリごと愛すまで!!」

 

 

「あんた相当頭おかしいでしょ!?」

 

 

「いや元からだろ」

 

 

「黙ってて!!」

 

 

「あ、はい」

 

 

ジュピターさんはそれ以降、口を開かなかった。

 

 

「ねぇ斬っていいの?」

 

 

「ちょっと!? そこの女の子を止めて!!」

 

 

「大丈夫だよ小比奈ちゃん。俺が斬るから……!」

 

 

「大樹!? 冗談よね!? 泣きながらこっちに来ないでぇ!!」

 

 

「本気にするなよ……引くわ」

 

 

「風穴開けるからこっちに来なさいッ!!」

 

 

「多分無理だと思うぞ? 俺、前より強い体になっているから」

 

 

「口に銃を突っ込むから安心しなさい……!」

 

 

「(^q^)」

 

 

「本気で怒るわよ!!」

 

 

だからもう怒っているじゃん。

 

 

「そろそろ話を戻すか」

 

 

大樹の足元から伸びた影が大きくなる。影は蠢き、生きているかのようだった。

 

 

「———アリアを連れ去ったお前は、ただで済むと思うなよ」

 

 

「うわぁガチでキレたぞ……影胤、下がっておこうぜ……」

 

 

「そうだね。巻き込まれたら冗談じゃ済まない……」

 

 

ヒソヒソとジュピターさんたちは聖天子を連れて階段の所まで退避。ちなみに男性は忘れられている。

 

 

「はえッ!? 僕は!? 僕の救出が終わって———」

 

 

「健闘を祈るッ!!」

 

 

「———何て酷い人たちなんだ!!」

 

 

ワモンの体はビキビキとゆっくり再生を始める。

 

 

「我ニ(ちから)ヲ与エタ姫君ヨ。モウ一度我ニ(ちから)ヲ」

 

 

「い、嫌ッ……!」

 

 

ワモンがアリアに近づこうとする。アリアは涙を流しながら首を横に振っていた。

 

なるほどな。アリアが攫われたのは色金の【共鳴振動(コンソナ)】が原因か。

 

力を貰ったことは勘違いではない。でも一つ、勘違いするじゃねぇよ。

 

 

タンッ!!

 

 

光の速度でアリアのところまで走り抜ける。ワモンは驚愕するも遅い。

 

気が付いた時にはアリアのツタは斬り裂かれていた。

 

 

「悪いがアリアは俺の姫だ」

 

 

アリアは、俺だけの姫だ。勘違いするんじゃねぇよ。

 

優しくアリアをお姫様抱っこし、舌を出しながらワモンに告げる。

 

 

「誰にも渡さねぇよバーカ」

 

 

「貴様アアアアアァァァ!!ッ!!」

 

 

怒りの沸点が頂点に達したワモンがこちらに向かって突っ込んで来る。

 

 

ガシッ!!

 

 

「ヌッ!?」

 

 

だが動きが止まる。大樹から伸びた影がワモンの体に纏わりつき、動きを封じていた。

 

前もって吸血鬼の力を発動していたおかげだ。動きを封じているうちに、準備する。

 

 

「アリア、あの時みたいにできるか?」

 

 

「できるけど……その前に降ろしなさいッ」

 

 

「別に俺はこのままでいいぞ?」

 

 

「……馬鹿ッ」

 

 

顔を赤くしながら罵るアリアは最高だった。これなら俺、ドMでいいや。

 

アリアは少し距離を取った後、銃を取り出して俺に向かって緋弾を放つ準備をする。

 

 

「行くわよ」

 

 

「おう」

 

 

ガキュンッ!!

 

 

銃弾が大樹の頭部に直撃する。

 

脳の奥から熱が生まれるような感覚。あまりの熱さに気を失いそうになる。

 

 

ゴオォッ!!

 

 

額から緋色の火が溢れる。髪の色が緋色に変色する。

 

足元の影が真っ赤に染まり、炎を吹き上げた。

 

 

「グアアアアアァァァ!!」

 

 

ワモンの体に火が燃え移り、その身を焼き焦がす。

 

大樹の影から円を描くように緋色の刀が12本作り上げられる。

 

 

 

 

 

「十二刀流式、【極刀星・夜影閃刹の構え】」

 

 

 

 

 

姫羅だけにしか使えない最強の剣技。

 

受け継いだ奥義を大樹は繰り出す。

 

 

「行くぞッ———!!」

 

 

大樹は緋色の炎が燃え上がらせながら刀を握り絞める。

 

 

 

 

 

「———【天黄星(てんこうせい)神絶斬(しんぜつざん)】!!」

 

 

 

 

 

大樹の刀によって十二連撃が繰り出された。

 

 

ザンッ!!!

 

 

振り下ろした刀は全てワモンの体に突き刺さった。緋色の炎が激しく燃え飛び回り、城ごと焼却しようとしていた。

 

 

「うおおおおおォォォ!!!」

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!!

 

 

緋色の爆炎がワモンを包み込み、その身を消した。

 

城の最上階は床以外のモノは全て吹き飛び、未踏査領域の地を一望できた。

 

東から太陽が昇る。朝日の光が一帯を照らす。

 

綺麗な景色に言葉を失うが、俺が言いたいことは一つ。

 

 

 

 

 

「ゴキブリ、マジで強ぇ……」

 

 

 

 

 

結局、本気を出した。ガストレアと色金を持っていたとはいえ、ゴキブリには脱帽だ。

 

これで終わり。やっと一件落着だな。

 

 

「……斉tなんとかはどうした?」

 

 

「あッ」

 

 

―――五分後、無事に見つかった。

 

 

 

________________________

 

 

 

ゴキブリが起こした悪魔の様な騒動は終わった。終わらなかったら嫁たちに怒られるからな。

 

後処理は政府に任せた。サボったらゴキブリをお前らの家で繁殖させると脅して置いたから大丈夫なはず。

 

ゴキブリの出現は一気に激減。ガストレアになる個体は現れず、元の東京エリアになろうとしているが、いつになったら平和とやらは来るのだろうか。

 

 

「疲れるぅ……働きたくない……」

 

 

「こらっ、シャッキとしなさい。こんなところで寝ないの」

 

 

教会の長椅子に寝ているとアリアに怒られた。クッ、この角度はギリギリスカートの中を覗けない位置だちくしょう。

 

 

「……ッ!? ……目に風穴開けようかしら?」

 

 

「いやー! 銃口をグリグリ目に押し付けないでぇ!!」

 

 

俺の視線に気付いたアリアは顔を赤くしながら拳銃の銃口を俺の目にグリグリと押し付けた。うおー! 潰れるぅ!

 

 

「もうっ……あんたは本当に救いようのない馬鹿ね」

 

 

「そんなに褒め「褒めてないわ」———いや速いから。せめて最後まで言わせて……」

 

 

食い気味に言われると、悲しいです。

 

アリアは空いているスペースに腰を下ろし、俺の顔を見る。

 

 

「どうした? そんなに見つめられると、惚れるぜ?」

 

 

「そんなことより、もうアレは大丈夫なの?」

 

 

あ、今度はスルーか。もう慣れたからいいけど。

 

 

「まぁな。落ち着いたと思う。ゴキブリはあんまり見ないし、バル〇ン(ブラスト)XX(ダブルイクス)も開発成功したしな」

 

 

「何その不穏な名前は……」

 

 

「焚けばゴキブリが嫌いな成分をまき散らせばあら不思議。家に入って来るの防ぐと同時に、家の中にいる奴らを追い出すのです!」

 

 

「はぁ……でもお高いのでしょ?」

 

 

「うん、29万だからな」

 

 

「高ッ!?」

 

 

嫌々でもノリに乗ってくれたのは嬉しいが、リアルな数字だからな。お金持ちしか買えない一品となっております。でも公共の場では無償で提供したから。

 

 

「大樹さん? ここにいるのですか?」

 

 

教会に入って来たのはティナ。俺は手を挙げてここにいることを知らせる。

 

 

「俺はここにいるぞティナ」

 

 

俺は体を起こし、長椅子が三人で座れるようにする。

 

 

「どうした?」

 

 

「いえ、ただ大樹さんとお話がしたいと思いまして」

 

 

「嬉しい事言ってくれるじゃねぇか。いいぞ、こっちに来いよ」

 

 

ティナは俺の隣に座り嬉しそうにする。アリアとティナに挟まれて、俺は幸せ者だぁ……。

 

 

「さぁて、思ったより番外編の後編が早く終わったからな。何について語ろうか」

 

 

「あんた……メタ発言のレベルがヤバイわよ……」

 

 

「世界観ぶち壊しですね」

 

 

「そうだな。バレンタインについて語るか」

 

 

「無理矢理リアルに合わせて来たわね」

 

 

「大樹さんはチョコ、貰えないですよね?」

 

 

「ティナがさらりと酷いこと言うんだけど……一つ言っておくが滅茶苦茶貰うぞ」

 

 

「醜い嘘はいらないわ」

 

 

「醜い!? 二人ともホントに信じてねぇし……学校で一番貰った男だぞ? 舐めるな」

 

 

「去年は何個でしたか?」

 

 

「学校の生徒から112個、母と姉から4個、他の学校の生徒から50個くらい貰って、地域の方々からも20個くらいは貰ったかな」

 

 

「「えぇ!?」」

 

 

「いやーこれマジだぜ? 去年が一番過去最高記録だったからな」

 

 

「あんたそんなにモテるの!? 嘘でしょ!?」

 

 

「アリアは俺のことをどう思っていたんだよ……その発言は何だよ……」

 

 

「大樹さんがモテることは永遠に来ないと思っていました」

 

 

「正直は時に人を傷つけるんだよティナ?」

 

 

「……それで、本命はいくつよ? 大樹のことが好きな人は何十人いたのかしらねッ?」

 

 

「腹の贅肉をつねりながら怒るなよッ……ゼロだよ」

 

 

「「え?」」

 

 

「だからゼロだって言ってんだろ。全部義理チョコと友チョコだよ。地域の人たちはお礼とかだったし、本命は一個もない」

 

 

「……何か、すいませんでした」

 

 

「やめろティナ。謝ると虚しくなる」

 

 

「どうしてそれだけの数を貰っておいて、誰も好きになってくれないのよアンタ……」

 

 

「いやー人気者は辛いなぁ……恋愛対象で見てくれないもんな……フヘッ」

 

 

「目が死んでいますよ」

 

 

「死にたくなるだろ……俺だって健全な男子高校生だ。甘い恋くらい、夢見るわ」

 

 

「現実は非情ね……」

 

 

「全くだ。でも今年は期待してるぜ? なぁアリア?」

 

 

「うッ……分かってるわよ。仕方ないからあげるわ。義理をね」

 

 

「頼む。嘘でもいいから本命くださいお願いします」

 

 

「土下座するほどなの!?」

 

 

「大樹さん。私が手作り本命チョコをあげます。楽しみにしてください」

 

 

「やったー! ……………犯罪じゃないよな?」

 

 

「今その言葉で犯罪になりそうよ」

 

 

「いやん♪」

 

 

「チッ」

 

 

「やべぇ……ガチの舌打ちされた……あ、でもやっぱ本命チョコ貰っているかも」

 

 

「ちょっと!? 誰に貰ったのよ!」

 

 

「あッ」

 

 

「ティナも気付いたようだな。そうだよ、もうティナから本命チョコを貰っていた」

 

 

「ど、どういうこと?」

 

 

「アリアの世界ってバレンタインを迎えていたんだよ。その時に女の子たちがチョコを作ってくれてな」

 

 

「あの時はいろいろあったので、忘れていました」

 

 

「ああ、俺もだ。チョコ、美味しかったぜ」

 

 

「ありがとうございます」

 

 

「………………除け者にされたのかしら?」

 

 

「違うぜアリア。俺は嫉妬してくれればそれで大満足だから狙っているんだ」

 

 

「なるほど。風穴ね」

 

 

「Wow! 見事に会話が成立してないYO!」

 

 

「アリアさんは料理できるのですか?」

 

 

「できるわ」

 

 

「真顔で嘘を言ったよこの人……ひぇー」

 

 

「文句ある?」

 

 

「ないけど、俺の方が上手いぜ?」

 

 

ボゴッ!!

 

 

「ぶべッ!?」

 

 

「このアホは放って置いて……いいわ。実力を見せてあげる」

 

 

「何をするのですか?」

 

 

「料理よ。論より証拠。今から作るから待ってて」

 

 

「やめろアリア! お前が台所に立つとかヤバいか———」

 

 

ガキュンッ!!

 

 

「———なぶはッ!?」

 

 

「大樹さんが本当に撃たれた!?」

 

 

「じゃあ楽しみに待っていなさい」

 

 

「これは……止めたほうが良いのでは……!?」

 

 

「……ティナ。胃薬の準備だ」

 

 

「大樹さん……!」

 

 

 

―――チョコももまんは、普通に不味かった。

 

 

 




ついに番外編が終わった!? 拍手!(自画自賛)

あとは主人公紹介だけですね! クソ遅ぇな!(謝罪の気持ちで一杯)

まとめるのに時間はあまり掛からないと思いますが、ダラダラと無駄なことを書いてしまうので、時間が掛かる可能性もあります。(フラグ)


オカンからのチョコは、凄く感謝しましょう。もし貰えなければゼロになりますよ……!


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犯人はバレンタインチョコ

まさかの連続投稿です!! 本当は昨日のうちにやろうと思ったのですが、誤字修正していたら時間が掛かりました。文字数はいつもより少なめです。


―――私は、男運が全く無い。

 

 

初恋は小学生の時だった。いつも外で遊んで、スポーツができるカッコイイ少年。

 

私は勇気を振り絞って告白をした。

 

 

「オレ、ゆうくんの方が好きだから」

 

 

―――普通にフラれました。

 

 

待ってよ杉山君。『ゆうくん』は男の子ですよ? 仲の良い友達じゃないですか。恋愛感情と友情をごっちゃにしないでください。

 

でもこれは小学生だから仕方ない。そうです。これは、仕方のないことです。

 

 

コホンッ……二度目の恋は中学生。

 

卒業する先輩に勇気を振り絞って告白した。いつも図書室で本を読み、学年1位の成績を持つ優等生。メガネが似合っているクールな頼れる先輩。

 

 

「すまない。ボクは二次元にしか興味がないんだ。君が二次元なら別だったが」

 

 

―――先輩の正気を疑った。

 

 

ショックでした。先輩のケータイの壁紙が、ピンクの髪の色をした巨乳の水着の女の子だった時は。

 

趣味に関しては関与しません。しかし、私が二次元に行くのは無理です。

 

しかし、失恋は私に力をくれました。

 

当時何も考えたくなかった私はひたすら勉強することで、高校では首席で入学することができたのです。

 

これはチャンスだと思いました。よく少女漫画である展開。頭の良い女の子はモテます。これで私もまともな恋ができる可能性があると!

 

 

―――そんなことを思っていた時期が私にもありました。

 

 

……高校1年生の冬の出来事です。クリスマスの日に、好きな人を呼び出して告白しました。

 

いつも隣の席に座っていた男の子です。優しく明るい性格の人でした。周りの気遣いもできる、カッコイイ人です。

 

しかし、断られました。

 

 

「実は俺……ゲイなんだ……」

 

 

―――絶望を越えた何かを味わった。

 

 

「俺さ……ゆうのことが好きなんだ。ほら、部活が一緒の———」

 

 

「せいッ!!」

 

 

「がはッ!?」

 

 

また貴様かぁッ!!!!

 

ゆうくんは私に恨みでもあるのですか!? 小学生の時のゆうくんとは別人だけど、凄くムカつきます!! ゆうくん絶滅させたい……!

 

耐え切れなかった私は、そのままボディブローを好きな人に食らわせてしまった。それほどショックでした。

 

 

―――本当に私は、男運が全く無い。

 

 

―――私の青春は、灰色で終わるのかもしれない。

 

 

 

________________________

 

 

 

二年生の入学式の出来事。

 

クラスが一気にガラリと変わり、いつもの私ならドキドキと胸をときめかせながら期待します。

 

ですが、ショックが大き過ぎてそんな気持ちになれません。

 

先生がつまらない自己紹介をした後、クラスの人たちが順番に自己紹介を始めます。

 

 

「私のことは知っている人は多いけど、仲良くしてね!」

 

 

はーい。

 

 

「どもども俺でーすぅ! ちなみに彼女は募集中でーすッ! いぇーい!」

 

 

失せろ。

 

 

「特技は鼻からうどんを食べた後、口からソバを出すことです!」

 

 

マジシャンのレベルを超えていますね。テレビ出演できますよ。まぁ全然興味ないですが。

 

誰の自己紹介を聞いても、楽しくなれない。気分が乗りませんでした。

 

自分の番が回って来ても、無難なことしか言えませんでした。多分、一番地味でしたね。

 

 

「次、楢原だ。期待しているぞ」

 

 

「やめろ先生。ハードルのレベルを上げるな」

 

 

次の人はオールバックの少しワイルドな青年。イケメンの部類には入らないでしょう。

 

ですが、何でしょうか。この違和感は。

 

周りを見れば全員が注目しています。女の子たちもクスクス笑いながら、楽しみに待っている。

 

 

「どうも、バレンタインデーに義理チョコを77個貰った楢原 大樹だ」

 

 

え?

 

 

その瞬間、教室がどっと笑いに包まれました。

 

私はポカンッと驚くことしかできません。

 

 

「何笑ってんだお前ら! いじめだぞ! これいじめだからな!」

 

 

「いいなー! 俺羨ましいなぁ!」

 

 

「うるせぇ! 本命が一個も無いんだぞ! いい加減泣くぞゴラァ! 本命寄越せバーロー!」

 

 

77個も貰っておいて、本命が無い? そんなことがあるのでしょうか。

 

 

「えぇー、楢原君が彼氏とかありえないんですけどー」

 

 

「はぁ? 俺もお前が彼女とかありえないんですけどー!」

 

 

「私も嫌だ!」

 

 

「うちもうちも!」

 

 

「うわーん! 女の子がいじめてくるよ先生!」

 

 

「それじゃあ時間割の説明だが———」

 

 

「先生!?」

 

 

そしてまたどっと笑い声が響き渡る。

 

なるほど。この人は人気者です。凄い人気者です。恐らく77個の義理チョコは友達から遊ばれて貰ったのでしょう。

 

……………ちょっと待ってください。

 

 

(77個も女の子があげたのに、本当に誰も好きじゃなかった?)

 

 

ここまで人気者なら普通にモテるはずです。人気者なのに、誰も好きじゃない? そんなこと……あるのでしょうか?

 

 

(もしかしてこの人———!?)

 

 

 

―――女運が全く無い?

 

 

 

(何だろう。凄く失礼なことを思っている奴がこのクラスにいるような気がする。というか悪寒が凄い)

 

 

私の心は一気に晴れ渡りました。

 

同類を見つけたことに感謝の気持ちで一杯です。

 

男運が無い私には、彼しかいない。

 

逆に言えば、女運が無い彼は私しかいない。

 

誰も好きにならないなら私がなればいい。きっと分かり合えるような気がしました。

 

少しストーカーのような発想ですが、大丈夫です。上手く行きます。

 

 

―――私は、楢原 大樹を攻略します!!

 

 

 

________________________

 

 

 

―――大樹君の攻略難易度《SSS+》ですね。

 

 

凄く無理です。約10ヶ月頑張りましたが、全然駄目です。

 

(マイナス)』と『(マイナス)』を掛ければ『(プラス)』になると考えたアホは一度ドブに落ちてください。

 

『私』と『大樹君』を掛けたら『超(マイナス)』でしたよ。プラスの『プ』の字も無いです。

 

ここまでの経緯を軽く説明しましょう。

 

まずは相手の連絡先を知ろうと努力しました。

 

ですが全く上手く行きません。

 

私がメールアドレスを聞けば大樹君のケータイ電話の充電はゼロ。せっかくわざわざ大樹君がアドレスを聞いて来ても、何故か私の充電がゼロになっていた。

 

 

―――これが呪いですか。

 

 

やっとの思いでアドレスを手に入れてた時はベッドでピョンピョン跳ねて喜びました。

 

さっそく二人で楽しく遊ぶと言う名のデートの誘いを送ります。しかし、簡単にデートはできなかった。

 

私が誘えば必ず大樹君には予定があり、大樹君が誘った時は必ず私が用事があるのです。

 

 

―――これが神の悪戯ですか。神よ、表に出ろ。

 

 

やっとの思いでデート(仮)が出来る日が成立した時は、抱き枕を思いっ切り抱き締めてゴロゴロとベッドの上でずっと喜びに浸っていました。

 

 

―――そして神は死んだ。

 

 

デート当日。大雨。電車の遅れ。混雑。映画中止。お店の売り切れ。

 

あれほど神を殺したいと思った日は他に無いでしょう。

 

ですが大樹君は最後まで楽しい話をしてくれました。嫌な顔をせず、また来ればいいと言ってくれました。何故モテないのか理解できない。周りの女の子は眼科を勧めます。

 

 

……進展は全く無いです。明らかに私と大樹君は合わないことは見て分かります。ですが、その関係が、私の心に火を点けました。

 

彼の隣に居たい。胸を張って堂々と彼女でありたい。この思いは、人生の中で一番強かった。

 

 

だから明日―――バレンタインデーに勝負を決めます。

 

 

________________________

 

 

 

 

バレンタインデーの日がやってきました。

 

放課後、事前にちゃんと呼び出しはしています。呼び出す時に大樹君に壁ドンすることになってしまいましたが、大丈夫です。今までの失敗を見れば何ともありません。

 

屋上から綺麗な夕焼けが見えます。今日の神は輝いていますね。いつものシチュエーションなら雷が鳴っているはずなのに、これは素晴らしいです。

 

右のポケットには可愛い赤いリボンでラッピングしたチョコが入っています。これを今日、大樹君に渡した後、告白します。

 

髪型もバッチリです。今日は髪を結ばず、ストレートにしています。黒髪ロングです。違う印象の女の子は新鮮でとても良いと大樹君は言っていたので。

 

そして今回は寒いですが制服の上着は脱いでいます。

 

理由は魅せるためです。実はこう見えて着やせするタイプで、大樹君は私がDカップだと知らない。男の子は胸が大きい子が好きな人が多いので、私も大樹君に多少は好かれるはずです。た、多分。あと大樹君以外には見せないので勘違いしないでくださいね。

 

凄いですよ完璧ですよ。告白、成功するのでは!?

 

 

ガチャッ

 

 

「すまん、待たせたな」

 

 

大樹君です。冬服の制服にマフラーを付けている姿はカッコイイですね。

 

心臓がバクバクと鼓動が早くなり、緊張します。何とか平静を保つように努力します。

 

 

「大丈夫です。全然待っていませんよ」

 

 

「でも女の子を寒い外に待たせるわけにはいかないだろ?」

 

 

そう言って大樹君はポケットからカイロを取り出し、私にあげました。

 

 

(キャー! 大樹君のカイロ!)

 

 

出ました。大樹君の天然の優しさ。これが女の子たちから絶大な人気を誇る理由の一つです。このカイロ、しばらく捨てたくないですが、ストーカーなことはしたくありません。明後日までには捨てます。

 

私、大丈夫でしょうか。凄く顔が赤いはずです。マフラーで隠しましょう。

 

 

「やっぱり寒いだろ? 中に入らないか?」

 

 

「だ、ダメでしゅ」

 

 

「え」

 

 

「大丈夫です。問題ありません」

 

 

「そ、そうか……聞き間違いか……?」

 

 

危ないです。彼の優しさに触れ過ぎると火傷します。溶けてしまいます。彼の腕の中なら溶けたいです。

 

 

「それより今日はアレですね。もちろん、分かりますよね?」

 

 

「おッ! まさか?」

 

 

「そうです!!」

 

 

私は()()()()()()から取り出す。

 

 

「どうぞッ!!」

 

 

「……………えぇッ!?」

 

 

大樹君の顔が真っ青になっていました。

 

そして、私も真っ青になりました。

 

 

―――私の手にはハサミが握られていたからです。

 

 

(しまった!? ラッピングする時に使ったハサミが!?)

 

 

失態。ハサミは置いて来るべきでした。気持ちを込めてここでリボンを巻くことなんてしなければ……! そもそも右と左をよく間違えましたね私。箱とハサミ。一文字しか合ってない上に、形も全く違いますよ。

 

 

「えっと、その……!」

 

 

パニックに陥った私は言い訳を考えます。

 

 

 

 

 

「きょ、今日は聖バレンタインデーの悲劇ですッ!!」

 

 

 

 

 

「虐殺の方だったあああああァァァ!!??」

 

 

大樹君は急いで逃げ出そうとします。駄目です! ここで逃がしてしまったらもう後がありません!

 

 

「待ってッ!!」

 

 

私は急いで大樹君を捕まえます。屋上の金網に一緒にぶつかり、大樹君を馬乗りしてしまいますが、私は急いで弁明します。

 

 

「勘違いしないでください!」

 

 

「今にも殺されそうになっているのに、何を勘違いするんだ!?」

 

 

「私はただ、差し上げたいだけです!」

 

 

「ハサミを!? 一緒に虐殺しようと誘ってんのか!?」

 

 

「い、一緒にだなんて……そんな夫婦みたいなッ……!」

 

 

「何で照れるの!? その前に夫婦って何!?」

 

 

「ハッ!? ち、違います! ハサミは関係ありません!」

 

 

「じゃあ何で出した!?」

 

 

私は急いでチョコを取り出し、大樹君にあげます。

 

 

「バレンタインチョコです!!」

 

 

「今の流れだと怖くて受け取れねぇええええええェェェ!!」

 

 

「そんな……!?」

 

 

あまりの衝撃に私は悲しみます。受け取って貰わないと、告白できません。何としても受け取って貰わなければ……!

 

 

「大樹君の好きなチョコですよ! 私、頑張って(愛情)込めたんですよ!?」

 

 

「何を!? ねぇ何をチョコに入れたの!?」

 

 

「そ、そんなの……(恥ずかしくて)言えません……!」

 

 

「一体何を入れたんだあああああァァァ!?」

 

 

何故でしょうか!? 全く受け取って貰える兆しが見えません!

 

 

「食べてください! 自信作なんです! グッと行ってください! グッと!」

 

 

「不穏な言葉を使って来た!? 何だその怪しいモノを使わせようとする言葉は!?」

 

 

「中に変なモノなんか絶対に入っていません!」

 

 

「それ入ってるよね!? 入ってる時の言い回しじゃねぇ!?」

 

 

「何も入れてません! た、確かに血とか唾液とか〇毛とか〇〇〇入れたら気持ちがより伝わるとかネットにありましたが……入れた方が良かったですか?」

 

 

「怖い怖い怖い怖いよッ!? そんなモノ入れなくていいよ!? ネットの情報を鵜呑みにするな!」

 

 

大樹君はふぅっと溜め息をついた後、チョコを受け取ります。

 

 

「へ、変なモノは入って無いんだな?」

 

 

どうやら受け取ってくれるようです! やりました!

 

 

「はい! 全然! 何も! 微塵も! 入っていません!」

 

 

「うわぁやっぱ怪しいなぁ……どうしよう……もういいや。うん、ありがとうな」

 

 

大樹君は受け取ってくれました。これで第一段階成功です。

 

 

「これで義理チョコ112個目か。はぁ、今回は多いなぁ」

 

 

「はえ?」

 

 

112個!? 去年より多過ぎませんか!?

 

というか私のチョコが義理チョコになっていますよ!? 本命ですよ本命!

 

 

「えっと大樹君……その」

 

 

「あ、大丈夫。悪気が無いのは分かっている。他の奴らは面白いから渡しているけど、お前は違うもんな。ちゃんとした義理チョコ、サンキューな」

 

 

―――大樹君にチョコを渡した111人の女子たちを殴り倒したい。

 

計画的犯行ですよこれは。ゾロ目にするために、計画したはずです。許しません。

 

 

「そういや本命は渡したりしたのか?」

 

 

大樹君がニヤニヤしながら聞いて来ます。いつもなら嬉しいですが、今回はムカつきますね。

 

 

「は、はい……渡しました」

 

 

たった今。

 

 

「マジか!? ちっくしょう! 受け取った奴、羨ましすぎるぜ……!」

 

 

あ・な・た・で・す・よ!!

 

で、ですが私のチョコを受け取った人に嫉妬しているので今回だけは許します。今回だけですよ!

 

 

(どうしよう……いつまで乗られているんだろう俺。というか下から見ると、胸が―――駄目だ駄目だ! 煩悩退散煩悩退散!!)

 

 

「と、とりあえず! 俺の上からどかな―――」

 

 

「大樹君!」

 

 

「あ、はい。何でしょうか」(どけねぇ……)

 

 

焦って告白しはいけません。クッションを置きましょう。

 

 

「大樹君の好きな女性とかいます?」

 

 

「いや、いないな」

 

 

「では憧れている女性は?」

 

 

(うーん? アニメでもいいのかな?)

 

 

大樹君はしばらく悩んだ後、答えを出します。

 

 

「シェ〇ルとラ〇カかな?」

 

 

……………一体誰でしょうか?

 

〇ェリルは恐らく外国の女性でしょう。もしかしたら金髪の女性がお好きなのでは?

 

 

「私、今度髪を金髪に染めてみようと思いまして。良ければ参考に―――」

 

 

「そうなのか? せっかく綺麗な黒髪なのに勿体ない。まぁそれは本人の自由か。いいぞ、あまり詳しくないけど出来る限り教えてやるよ」

 

 

「———絶対に染めませんからねッ!!!」

 

 

「ええええええェェェ!?」

 

 

どうしましょう! 大樹君に褒めて貰いました! 今日からより一層、髪を丁寧に、綺麗に洗わなければ!

 

もっと聞きましょう! きっと良い答えが還って来るはずです!

 

 

「大樹さん! 胸が大きい子と、胸が大きい子、どちらがいいですか!?」

 

 

(あれぇ!? 一択しかないのだけど!?)

 

 

大樹君は目を逸らしながら恥ずかしそうに答えます。

 

 

「……大きい子かな」

 

 

「もう! 大樹君のエッチ!!」

 

 

(どうしよう……もう状況について行けないぜ……)

 

 

やっぱり大樹君は私の好みに合っているのではないのでしょうか!? これは行けますよ!

 

 

「だ、大樹君! 大事な話があります!」

 

 

「う、うん……どうぞ」

 

 

私の心臓は、今にも止まりそうでした。

 

告白は、慣れないモノです。いつもドキドキが止まりませんでした。

 

しかし、このドキドキは過去最高。言葉が上手く出て来ません。

 

 

「じ、実は……私は……!」

 

 

 

 

 

「おーい! 楢原ぁ!!」

 

 

 

 

 

その時、運動場から大樹君を呼ぶ声が聞こえました。

 

 

「チョコは大量に貰ったかぁ!?」

 

 

大樹君の友達のようです。これは絞めていいですかね?

 

 

「今そんな状況じゃねぇんだけど……いや、これは好機か!?」

 

 

(あぁ……また邪魔された……!)

 

 

10回目の告白は、やはり失敗に終わりました。知っていました。えぇ、知っていましたとも。

 

やっぱり邪魔は入りますね。どちらとも、運が無いから!

 

 

「貰ったよバァーカ! 今から殴ってやるからそこにいろ! というわけで悪い、また今度な!!」

 

 

大樹君は私を抱きかかえて降ろした後、逃げるように去って行きました。

 

屋上に残された私は、ホロリッと涙を流します。

 

 

「また失敗です……!」

 

 

『orz』で落ち込む私。今日の失敗は一番、ダメージが大きいです。

 

成功まであと一歩じゃないですか! どうしてその一歩が届かないのですか!?

 

 

「……いえ、諦めませんよ」

 

 

私は立ち上がります。絶対に諦めません。

 

次の月はホワイトデーがあります。ここでデートに誘い良い雰囲気を作ります。

 

 

 

 

 

その次の月———4月に告白して必ず答えを出して見せます!!

 

 

 

 

 

「今回の私は、簡単に負けませんよ!」

 

 

―――私は夕日に向かって拳を突き出す。私は決意を堅くするのであった。

 

 




物語に関係あるようで関係ないような話。私も100個のチョコ欲しい。


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誕生日は昨日だったけれど思い出したのは誕生日前日で書き始めたけど普通に間に合わなかったから許してくれると信じていいよね?


大樹「いいわけあるかボケ!!!」


ですよね。本当にすいません。


※この話は『デート・ア・ライブ編』の『認められた誓いの言葉』を投稿した後に出した話です。その話を閲覧後に読むことを強くオススメします。


「祝え」

 

 

「唐突過ぎる上にどうすりゃいいんだよ」

 

 

「馬鹿か? 俺の誕生日だぞ? 祝えよ」

 

 

唐突に始まった大樹の誕生日。今回は全ての話と物理法則を無視した大樹の誕生日の話である。

 

偉そうに玉座に座る大樹。『祝え』と書かれたシャツを着ている。

 

馬鹿な野郎を相手にしている原田は大きなため息をついた。

 

広い部屋に豪華な装飾がされている、大樹の背後には大きな文字で『祝! 楢原 大樹 誕生日おめでとう!』と書かれている。

 

 

「それで、お前何歳になったんだよ」

 

 

「次回の話で多分19歳になると思う」

 

 

「この話じゃないのかよ……というかメタいな」

 

 

「まぁリアル時間と話は別だから。この話が作り上げられた時点でメタいも何も、全て崩壊したわ」

 

 

「崩壊させた、の間違いだろ」

 

 

「誰が?」

 

 

「お前しかいねぇだろ!?」

 

 

「犯人が俺だからなんだ? いいから祝おうぜ」

 

 

「さっきから祝え祝えうるせぇぞ。俺がお前を祝ったら虚しくなるだけだと思うが? それとも、俺だけで『ハッピーバースデー』を歌えとでも?」

 

 

「もう既に裏の舞台で皆が俺の誕生日のために準備しているぞ」

 

 

「何でもありかよ!?」

 

 

「何でもありだぞ?」

 

 

「何だその『当たり前だろ』みたいな顔! ムカつくなお前! 大体、どうやって祝えばいいんだよ」

 

 

「男は体を張って死ぬ気で俺を楽しませろ。女の子は性的奉仕活動を———」

 

 

ガキュンッ!!

 

 

一発の銃弾が、大樹の頭部を貫いた。

 

そのまま床に倒れて大量の血が溢れ出した。

 

 

「———ぐふッ」

 

 

「……………お前、こんなデタラメな場じゃなくても普通に生き返るだろ」

 

 

「まぁな」

 

 

ヒョコっと起き上がり玉座に座る。頭から血を流しているが、平常運転である。

 

 

「じゃあ俺も用意してみるか」

 

 

「ちなみにつまらなかったら斬り捨て御免だから」

 

 

「鬼か!!」

 

 

________________________

 

 

 

———美琴のプレゼント

 

 

 

「美琴。俺は鉛筆の芯を貰っても全力で喜べるから安心しろ」

 

 

「それはむしろ病院に行って欲しいわね……」

 

 

久々に見る常盤台の制服を着た美琴。うんうん、やっぱり可愛いな!

 

 

「ずっと登場がなかったから今日は思いっ切り楽しんでくれ」

 

 

「あったわよ! 番外編が!」

 

 

「あとは『デート・ア・ライブ』では冒頭で少しだけだな。苦しそうな表情は見ていられなかったぜ」

 

 

「……もちろん、助けてくれるわよね?」

 

 

「任せろ」

 

 

キリッとした表情で言うが、美琴は溜め息が出てしまう。

 

 

「記憶喪失のアンタが言うと、無責任にしか聞こえないわね」

 

 

「しまったあああああァァァ!!!」

 

 

好感度が下がったことにショックを受ける大樹。誕生日だというのに、心にダメージを負った。

 

 

「まぁいいわ。はい、誕生日おめでとう」

 

 

「おお!!」

 

 

美琴が大樹に渡したのは手作りクッキーだった。可愛いラッピングされた包装に、チョコで『だいき』と書かれているのはポイントが高い。

 

 

「優勝決定だな」

 

 

「嬉しいけど気が早いわよ……」

 

 

「ハッハッハッ」

 

 

「……………」

 

 

「……………」

 

 

「……………」

 

 

「……………」

 

 

「……………ごめん、地味なプレゼントで」

 

 

「マジでごめん!? もっとド肝を抜くようなモノが来ると警戒していたんだ! いつもの日常を見てみろよ!? 俺、普通の人間なら何百回も死んでいるんだぜ!? それに美琴は全然悪くないから!」

 

 

「あたしはみんなのようにとんでもないプレゼントを渡せないわッ!!」

 

 

「それはちょっと待てぇ!! 今からどんなプレゼントが来るんだよ!! お願いだ美琴! どこにも行かないでぇ!!」

 

 

 

 

———アリアのプレゼント

 

 

 

 

「誕生日おめでとう、変態」

 

 

「ありがとうアリア。でもゼロ距離から撃たれたらさすがに痛いぜ?」

 

 

「普通死ぬわよ馬鹿」

 

 

武偵高校の制服を着たアリアがジト目で俺を見下す。もし俺がドMだったらこれがプレゼントだと勘違いするところだったぜ。ヒャッハー。

 

アリアは俺の前に来た瞬間、背負い投げで玉座から引き下ろし、関節技を決めて後頭部に銃口を押し付けていた。

 

 

「これがプレゼントよ」

 

 

「ありがとうございます!!」

 

 

俺がドMかな?(困惑)

 

 

「あんた……大丈夫?」

 

 

「本気で心配するなよ。嘘だ嘘。冗談冗談」

 

 

「ならいいけど」

 

 

まぁ一言だけ言わせていただくよ。首をちょっと動かせばこの角度から見えるんだよ。

 

 

(そう、スカートの中がね……)

 

 

心の中で泣きながら敬礼した。制服を考案した高校に感謝。スカートが短い事に感謝。そして何よりアリアに感謝。

 

 

「それよりプレゼントね。今から渡すけど頑張りなさい」

 

 

「が、頑張る? え? ドユコト?」

 

 

アリアが取り出したのはサッカーボールぐらいの大きさの箱。

 

 

箱の側面には『10:00』とタイマーがセットされており、様々な色の配線が繋がっていた。

 

……これはアレだろうか? 所定の時間になるとアレしちゃう感じのアレだよな?

 

 

「制限時間内に解除しないと、あたしのプレゼントは爆発するわ」

 

 

「プレゼントに時限爆弾付けやがったあああああァァァ!?」

 

 

美琴が言っていたのはコレか!? 確かにヤバい! クッキーをしっかりと味わって正解だった! もう休める暇がなさそう!

 

 

「炸薬は奮発して五千㎤にしたわ!」

 

 

「ふぁッ!? ビルが吹っ飛ぶレベルじゃねぇかおい!?」

 

 

「理子に負けない爆発力よ!」

 

 

「何で武偵殺しと張り合ってんだお前!?」

 

 

ってうわぁ!? もうタイマーが動き出している!?

 

 

「だが残念だったなアリア! 爆弾処理の知識は完璧に記憶している!」

 

 

時限爆弾の配線などを次々と調べる。すぐに構造を理解し、配線を切る必要がないことが分かった。

 

タイマーを丁寧に取り外すと、小さなキーボードのようなモノが姿を見せた。

 

 

「ヘッ、やっぱりボタンの入力で止めれる様になっているのか。パスワードは俺の携帯端末を接続してハッキングすれば余裕だぜ!」

 

 

「順調ね」

 

 

アリアは悔しがる素振りは見せず、感心して見ていた。

 

携帯端末のディスプレイがパスワードを表示する。俺は表示された通りにキーボードに入力する。

 

 

「パスワードは『だいきはおとこがだいすき』! って何だコレ!? 最悪なパスワードに設定してんじゃねぇよ!?」

 

 

「お気に召さなかったかしら?」

 

 

「気に入ったらホモだろ!?」

 

 

ええい! とにかく時限爆弾のタイマーは止まったし、箱の鍵も無事開いた。プレゼントを貰って喜ぶとするか。

 

そして、箱を開いて俺は驚愕した。

 

 

「……………はれ!?」

 

 

中身がない。

 

 

「え!? そんな!? 嘘でしょ!? プレゼントは!? ええええええェェェ!!」

 

 

「ちょ、ちょっと落ち着きなさいよ!? プレゼントは———」

 

 

「分かった!! 空気がプレゼントだな!? スーハーッ!! スーハーッ!!」

 

 

「そんなわけないでしょ!? やめなさい、みっともないわよ!?」

 

 

「わ、悪い。でも大好きな女の子からプレゼントがないとか……ショックで死にそう」

 

 

「う、うるさいわねッ! ちゃんとあるわよ!」

 

 

アリアは俺の胸に向かって小さな箱を押し付けて来た。戸惑いながらも俺は受け取る。

 

 

「プレゼント、なのか……」

 

 

「そうよ。本当に爆発したら困るでしょ」

 

 

俺は言えなかった。最初からこんな刺激的なプレゼントをしなければいいのではないのか?っと。

 

アリアに色々と振り回されたがプレゼントは嬉しい。だから、俺は笑顔で告げる。

 

 

「ツンデレのアリアは可愛くて良いが、恥ずかしがっているアリアは何かエロさを感じて最高だぜ!」

 

 

 

 

———優子のプレゼント

 

 

 

 

「だ、大樹君? 凄い鼻血の量だけれど大丈夫?」

 

 

「アリアのパンチは俺に元気をくれる」

 

 

(ドMな発言というより、変態の発言にしか思えないわ)

 

 

少しどころかかなり引いていた優子。

 

文月学園の制服を着た優子は血塗れになった大樹から距離を取っていた。

 

 

「プレゼントここに置いておくわ。じゃあ———」

 

 

「帰らないでくれよ!? もっと俺と話そうぜ!」

 

 

「わ、分かったから血を拭きなさい。怖いわ」

 

 

とりあえずタオルで鼻血を拭き、血で汚れたTシャツを着替えた。文字はいつもの『一般人』である。

 

 

「……その指輪って」

 

 

「おう。アリアのプレゼントだぜ!」

 

 

大樹の右手の薬指には銀色に輝く指輪があった。英語の文字が掘られており、綺麗だった。

 

 

「『Everlasting partner(永遠のパートナー)』だってよ。ホント良いチョイスをしているな。アリアとお揃いなんだぜ」

 

 

「そ、そう……」

 

 

「本当は左手の薬指にしたかった」

 

 

「それは……凄く危険だと思うわ……」

 

 

「うん、アリアにもやめてって顔を真っ赤にしながら怒られた」

 

 

(それは照れているの間違いよ大樹君)

 

 

恋愛感情に時々鈍い大樹に優子は溜め息を漏らす。

 

大樹がニヤニヤしていると、優子が頬を膨らませていることに気付いた。

 

 

「え? どうした優子?」

 

 

「……別に」

 

 

顔を逸らす優子に大樹は一つの答えに辿り着く。

 

 

「安心しろ優子! 優子の誕生日は俺が指輪を買ってやるからな! もちろん、左手の薬指につけてくれて構わないぜ!」

 

 

「そのセリフ、アタシだけに言うわけじゃないでしょ?」

 

 

「うッ」

 

 

優子はジト目で大樹を見る。言われたことに反論できない大樹は汗をダラダラと流していた。

 

 

「……………くッ」

 

 

「え?」

 

 

「だ、大樹君……本気に捉え過ぎよッ……冗談なのにッ……!」

 

 

「なッ!?」

 

 

お腹を抑えて笑いを堪える優子に大樹の顔が赤くなる。

 

 

「ちゃんと分かっているわよ、大樹君のこと。そうじゃないと好きになんてなれないわ」

 

 

「ッッッ!!??」

 

 

微笑みながら大樹に言う優子の表情に大樹の顔は真っ赤になった。あまりの可愛さに口をパクパクして何も喋ることができていない。

 

 

「はい、プレゼントよ。中はペンダントよ。アタシも、大樹君から貰ったからあげるわ」

 

 

優子は自分の首から下げたペンダント———【絶対防御装置】を見せる。

 

大樹は中をあけて綺麗な装飾が施されたペンダントを取り出す。

 

 

「付けてあげるわ」

 

 

「ああ、頼む」

 

 

優子にペンダントを渡す。

 

俺の後ろに回り込み、優子は俺の首にペンダントを付けた。

 

 

「ねぇ大樹君」

 

 

「ん?」

 

 

「これからも、よろしくね」

 

 

「おう!」

 

 

「それと」

 

 

「ん?」

 

 

「……このプレゼントって本編ではどうやって処理するの?」

 

 

「……作者の都合次第だろ」

 

 

「……そう」

 

 

「……何かごめん」

 

 

「大樹君は悪くないわ」

 

 

 

 

———黒ウサギのプレゼント

 

 

 

 

「黒ウサギのプレゼントは大樹さんが喜ぶようなモノを選びました!」

 

 

「ま、まさか……その恰好は……!?」

 

 

黒ウサギは告げる。

 

 

「黒ウサギのプレゼントは1時間だけ大樹さんのメイドになることです!」

 

 

「よっしゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 

(((((うるさッ)))))

 

 

大樹の喜びの叫びは裏舞台まで響き渡った。

 

黒ウサギはいつものバニーガールからメイド服へと着替えた。黒色のワンピースの上から白のフリルが付いたエプロンを着用している。

 

ウサ耳と白のフリルがついたカチューシャの組み合わせは抜群。最高にメイドだった。超メイドだった。

 

 

「じゃあ最初目的であるご奉仕から始めよう!まずは服を脱いで———」

 

 

「あ、そういうのは駄目です☆」

 

 

「ちくしょおおおおおォォォ!! なら膝枕で耳掃除を!」

 

 

「かしこまりましたご主人様♪」

 

 

「ぐふッ、破壊力すげぇ……!」

 

 

既に大樹の鼻から血がタラタラと流れている。

 

大きなソファに座る黒ウサギ。大樹はその隣に座り、頭を黒ウサギの膝の上に乗せた。

 

 

「だ、大樹さん……上を見上げるのはやめてください……」

 

 

「何故だ!? 俺は黒ウサギの顔をずっと見ていたのに! 耳掃除なんてどうでもいい! 俺は———!」

 

 

「胸ばかり見ているからですよ!!」

 

 

「———チッ」

 

 

バレてしまっては仕方ない。だけど、隙を見て、また見ればいいことの話だ。クックックッ。

 

 

「ティナ。次大樹が見たら撃っていいわよ。目を潰しなさい。ついでに胸も許可するわ」

 

 

「ティナちゃん。遠慮はいらないわ。どっちとも撃っていいのよ」

 

 

「黒ウサギに当たってもいいから大樹君を撃ちなさい」

 

 

「分かりました。必ず撃ち抜きます」

 

 

((裏舞台で不穏な会話が!?))

 

 

大樹と黒ウサギの体が震えあがる。ティナの命中度からすると絶対に当たる。というか黒ウサギは巻き込むなよ!?

 

 

「み、耳掃除だけお願いします」

 

 

「わ、分かりました」

 

 

命が惜しい大樹と黒ウサギ。黒ウサギはすぐに大樹の耳を掃除して、終わった。

 

緊張した。別の意味で。

 

 

「じゃあ今から———」

 

 

シュバッ!!

 

 

突如大樹の姿が消えた。黒ウサギは戸惑うが、数十秒後にはシュバッ!!と片手にオムライスを乗せた皿を持っていた。

 

 

「ケチャップで愛の言葉をお願いします」

 

 

「土下座!? べ、別にそのくらいならいいですよ!? メイドカフェならよくあるシステムじゃないですか!」

 

 

大樹の土下座には強い意志が籠っていた。メイドとなった黒ウサギとイチャイチャしたいという強い意志が。

 

黒ウサギはどうせなら自分で一から作りたかったが、味の勝負では勝てる気がしないと気が付き、落ち込んだ。

 

 

「黒ウサギだって……美味しいオムライスぐらい作れるのですよ……」

 

 

「ど、どうした黒ウサギ? 大丈夫だ! 俺のオムライスは三ツ星レストランでも余裕で通じるくらい美味しいから安心しろ!」

 

 

「とんでもない追撃やめてください!? そんなオムライスなんてこうですッ!!」

 

 

「うぉい!? 全部のケチャップ使ってんじゃねぇよ!? オムライスが真っ赤な分厚い装甲を身に纏ってんぞ!? これ食ったら死ぬんじゃねぇの!?」

 

 

———10分後

 

 

「げほッ……げほッ……ケチャップまるまる一本はキツいわ……」

 

 

「黒ウサギが意地を張ったばかりに……」

 

 

「いや、事情を知ったら俺が全面的に悪い。ところで作ってくれたのか、オムライス?」

 

 

「YES!」

 

 

黒ウサギはテーブルに美味しそうなオムライスが乗った皿を置いた。大樹は目を輝かせ、ケチャップを黒ウサギに渡す。

 

 

「で、では……書きますね……」

 

 

「お、おう……」

 

 

変な緊張をしてしまう。黒ウサギは慎重にケチャップで文字を書いていく。

 

そして、完成した。

 

 

「完成です!!」

 

 

———『I love you』と書かれたオムライスが降臨した。

 

 

(や、やべぇ……嬉しくてニヤニヤが収まらねぇ……!)

 

 

「それでは大樹さん……その……」

 

 

「ん? どうした?」

 

 

黒ウサギはスプーンを取り出し、オムライスを一口で食べれるようにすくう。

 

スプーンを俺の口の方に近づけ、顔を赤くしながら恥ずかしそうに言う。

 

 

「あ、あーんッ……!」

 

 

———もう一生俺のメイドになってくれないかな?

 

 

俺は黒ウサギに食べさせて貰いながら、この一時を楽しんだ。視線は体に穴が開きそうなくらい痛かったけどね!

 

 

 

 

———真由美のプレゼント

 

 

 

 

 

「はい、クッキーよ」

 

 

「それ被ってるから」

 

 

「はい、時限爆弾よ」

 

 

「それだけ渡したらただのテロリストだから」

 

 

「はい、ペンダント」

 

 

「だからそれ被ってるから。というかプレゼントがどこにもないぞ」

 

 

「はい、メイド服」

 

 

「それだけ渡されても困るだけ———」

 

 

「黒ウサギが着た後よ?」

 

 

「———言い値で買おうじゃないか」

 

 

「売りませんッ!!」

 

 

バシンッとハリセンで俺の後頭部を叩いた後、真由美からメイド服を奪い去って行った。いや、俺は悪くないと思うのだけれど?

 

 

「……もちろん、プレゼントはあるよな?」

 

 

「え? ないわよ?」

 

 

「(´・ω・`)」

 

 

「冗談よ」

 

 

「ビビらせるなよ。後少し遅かったらショックで死んでいたぞ」

 

 

「大樹君のメンタルって私たちに対して脆過ぎないかしら……」

 

 

「それで? プレゼントは!?」

 

 

「……私ね、思ったのよ。やっぱり物をあげるなら心を込めてあげたいなって」

 

 

「お?」

 

 

「だから心を込めて作ったプレゼントがあるの」

 

 

「おぉ!!」

 

 

「だから、受け取って欲しいの———」

 

 

真由美は手のひらサイズの箱を大樹に渡す。大樹は笑顔で箱を開けた。

 

 

 

 

 

「———手作りケーキを!」

 

 

 

 

 

((((;゚Д゚)))) ハワワワワワワワワ!!

 

 

全身が震えた。箱の中にあったケーキに俺は心の底から震えた。

 

『誕生日おめでとう!』の文字が『あの世へようこそ!』にしか見えない。

 

真由美の料理は恐ろしい。明久(バカ)を苦しめた姫路(ひめじ)のように逸脱した料理はしないが、何か一点を間違えて全てを台無しにすることがある。カカオを9割、とその他一割で作ったチョコ。糖類(ゼロ)のチョコレートはまさにヤバイとしか言いようがない。

 

……今日、俺は誕生日なのに罰ゲームを受けるのか。

 

 

「う、美味そうなチョコレートケーキだなぁ……」

 

 

「え? チーズケーキよ?」

 

 

(予想を斜め上行くどころか異次元まで行ってるんだけど!? 何でケーキが黒いんですかねぇ!? 俺の知っているチーズケーキとは全く違うんですけど!?)

 

 

「あ、ありがとう……後で食べるよ……」

 

 

「焦らなくても大丈夫よ。食べる時間も、ちゃんと話し合って取ってあるから食べていいのよ」

 

 

(嫁たちに見捨てられたちきしょおおおおおおォォォ!!)

 

 

女の子たちは舞台裏から顔を出して憐れむような目で俺を見ていた。そこ! 涙を流さない! 死ぬわけじゃないから! 多分!

 

 

「……ハッハッハッ、俺は好きな女の子から消しゴムのカスを貰っても喜ぶことができる男……このケーキ、全て俺が頂く!!」

 

 

「何その酷い前フリ!? 私の料理は消しゴムのカスじゃないわよ!?」

 

 

「いただきまーすッ!!」

 

 

チーズケーキをフォークで一口サイズに切り分けて口の中に入れた。その瞬間、俺の味覚に衝撃が走った。

 

 

「う、うめえええええェェェ!!??」

 

 

「「「「「ええええええェェェ!?」」」」」

 

 

「ちょ、ちょっと!? 急に何よ!?」

 

 

あまりの美味しさに驚愕してしまった。舞台裏にいた女の子たちも驚愕の声をあげた。

 

 

「何だこの美味は!? 口の中に入れた瞬間、チーズの風味と甘みが一気に広がり、普通のチーズケーキではありえない食感が俺の口の中を溶かされてしまいそうだ!」

 

 

ポトッ

 

 

大樹の手からフォークが落ちた。

 

両膝を着いて、認めた。

 

 

「俺の、完敗だ……!」

 

 

「勝負じゃないわよこれ!?」

 

 

 

 

———ティナのプレゼント

 

 

 

 

「私も手作り料理です」

 

 

「うーん、ここでやっぱりピザが来るのね」

 

 

緑色のドレスを着たティナがテーブルにピザを並べる。種類が多くてどれも美味しそうだが、数が尋常じゃない。

 

これを全部食えば確実に腹は苦しくなるだろう。

 

 

「大樹さん」

 

 

「ど、どうした?」

 

 

「大樹さんはいつになったら私のことをお嫁さんに認めてくれるのですか?」

 

 

「ファッ!? いや認めたらロリコンに———」

 

 

「大丈夫です。もう読者の方々は大樹さんのこと、ロリコンだと思っています」

 

 

「馬鹿な!?」

 

 

「変態だと思っています」

 

 

「まぁ……自覚は、ある……うん」

 

 

思い当たることが多いことに大樹はホロリと涙をこぼした。仕方ない。これは自業自得だと。

 

 

「落ち込まないでください。私は大樹さんのこと、ちゃんと分かっていますから」

 

 

「ティナ……」

 

 

ティナは微笑みながら告げる。

 

 

「誕生日おめでとうございます。私の大好きな大樹さん」

 

 

「ティナああああああァァァ!!」

 

 

号泣だった。自分のことをこんなに思ってくれていたことに感激した。

 

ティナを抱き締め俺は頭を何度も撫でる。

 

その頃、裏舞台でその様子を見ていた女の子たちは思う。

 

 

(((((ティナ、恐ろしい子ッ……!)))))

 

 

女の子たちは戦慄していた。あれは全て計算されたモノだということを。

 

大樹は美味しそうにピザをどんどん食べ尽す。大樹が満足しているなら別にいいかっと女の子たちはしぶしぶ納得した。

 

 

「大樹さん、私は大樹さんの何ですか?」

 

 

「嫁ッ!!!」

 

 

———この後、女の子たちは乱入した。

 

 

 

 

———原田のプレゼント

 

 

 

 

「どーも! 俺のプレゼントは漫才でもやろうと思いまーす!」

 

 

「」

 

 

大樹は絶句していた。原田はダンディ〇野が着るような黄色のスーツに赤い蝶ネクタイをしていたからだ。

 

いつもと全く違うテンションになった原田は手を叩きながら喋りはじめる。

 

 

「いやー季節は春になりましたねー! 春と言えば……? そうです! 無駄な脂肪……ってそれは『腹』やないかーいッ!」

 

 

「」

 

 

「腹と言えば原田ですって!? お客さん、失礼なことを言わないでくださいよー!」

 

 

「」

 

 

「最近自分、お腹の回りが気になっているんですよ。ダイエットして痩せなアカンなって思って、毎朝ジョギングを始めたんですよ。そしたらお腹が空きますよね? だからちゃんとお肉を食べて体調を整えたら全く意味がないことに気が付いたんやわー!」

 

 

「」

 

 

「……………ふぅ」

 

 

原田は息を小さく吐くと、大樹に向かって笑顔で告げた。

 

 

 

 

 

「はい、終わり☆」

 

 

 

 

 

———刹那、大樹の拳が原田の顔面に直撃した。

 

 

 

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!

 

 

巨岩すら粉々に砕く威力で殴った。風圧で部屋のテーブルや装飾が吹き飛んでしまう。

 

 

「超ウルトラスーパーアルティメットド級でクソつまらないッ!!! 後味が悪すぎるんだよクソ野郎ッ!!」

 

 

「ざまぁみやがれ! ずっとイチャイチャして甘い空間作りやがって……! こっちはブラックコーヒーでも飲まないとやってられねぇよバカ!!」

 

 

「嫉妬か!? 嫉妬なんだな!? お前のヒロイン誰もいないやーい!」

 

 

「うるせぇ!! 作者が言うには『いるにはいるけど出すタイミングをどうするか考えている』って言ってんだよ!」

 

 

「アッハッハッ!! 違う違う! 作者は『いるにはいるけど出すタイミング逃したワロタ(笑)』って言ってるから!!」

 

 

「大馬鹿野郎共がああああああァァァ!! 作者の性格も悪ければ主人公の性格も悪いのかよぉ!!」

 

 

「え? こんなにモテているのに性格が悪いだって? 冗談キツいぜ☆」

 

 

「あー殺意湧いた! 超殺意湧いた! この話なら本気で戦えるから安心しろハゲ!!」

 

 

「ハゲてねぇよ!? 大体何だよお前ら!? 俺は髪をオールバックにしているだけであってハゲているわけじゃねぇよ!」

 

 

「どうしたデコハゲ? もっとハゲるぞ?」

 

 

「はい処刑! はい許さん! お前は絶対に許さねぇから!」

 

 

この後、大樹と原田の拳だけで戦った喧嘩は引き分けで終わった。

 

大樹と原田は仲良く床に倒れてた。

 

原田は既に意識を失い、大樹も失いそうになっていた。

 

 

「た、誕生日なのにッ……俺ッ……今日は誕生日なのにッ……!」

 

 

ガクッ

 

 

これが彼の最後の言葉となった。

 

 

「「「「「いや、誕生日は昨日だから」」」」」

 



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誕生日の番外編だけど内容は別に関係ないけどいいよね? あとまた一日遅れたけど許してくれるよね?

大樹「駄目だって前も言ったよな?」


ごめんなさい。デート・ア・ライブ編の最新話の後にどうぞ見てください。


そして今回限りの一発ネタをどうぞ。


「ホラ祝えよベ〇ータ」

 

 

「何も笑えねぇし祝えねぇよ」

 

 

目の前に居るのは最近七罪と良い感じになってムカつくリア充野郎と化した原田 亮良が嫌そうな顔で俺を見ていた。でも残念、嫁を七人も居る俺の方がリア充でした。昔の自分を見たらビックリすると思う。

 

そんなわけで今日は俺の誕生日です。物語とか現実世界とか、そういう難しい話は置いといて。

 

 

「今日は俺のやりたいことをやる。それだけだ」

 

 

「……聞きたくないが、何をするんだ」

 

 

「ナニをする」

 

 

「死ねよ」

 

 

「冗談は置いといて、前回は嫁から素敵なプレゼントを貰い、お前からは鼻くそに鼻くそを塗り足したようなクソ寒いプレゼントを貰ったことを覚えているか?」

 

 

「俺のプレゼントがクソだと言いたいことは分かった。それで?」

 

 

「まぁ落ち着け。実は最近ツッタッカッターの方から読者のメッセージを見て一つ思いついたこともあった」

 

 

「ツ〇ッターな」

 

 

 

 

 

「———とりあえず、転生して他の作品で暴れようぜ」

 

 

 

 

 

「お前何てことを」

 

 

「よくね? だって番外編だぜ?」

 

 

「やっていいことと悪いことがあるだろ!」

 

 

「悪いと思わないからやるんだろ」

 

 

「屁理屈言うな! 絶対に駄目だ!」

 

 

「えー、じゃあ逆はいいのか?」

 

 

「逆?」

 

 

「この作品に他の作品のキャラをここに呼ぶ」

 

 

「やめろ」

 

 

開始早々出鼻を挫かれる。ブーブー、頭の固い奴め。律儀なんだよお前は! もっと俺を見習え! 見習うべきところは数え切れないくらいあるだろ? 何故なら星の数はあるからな!

 

原田に文句を言い続けると、何か諦めたかのように話を切り出す。

 

 

「分かった分かった。じゃあアレで我慢しろ」

 

 

「お? 何だ? 何をするんだ?」

 

 

「上条とか遠山辺りで我慢しろ」

 

 

「嫌だよ」

 

 

何で男に祝われる必要がある。インデックスとか理子なら話はまだ分かる。男は意味が分からない。

 

 

「ステイルとか武藤も連れて来る」

 

 

「もっと嫌だよ馬鹿野郎!!」

 

 

「誕生日だからって何でもできると思うなよクソが!!」

 

 

「うるせぇ!! 番外編は自由だ! 俺が裸で踊って警察に捕まっても、物語の進行には関係ねぇんだよ!」

 

 

「メタいこと言うなよ!?」

 

 

「それにこれを書いたのだってラ〇ンで友達から『小説楽しみにしとくぜ』って無言の圧力が来たから書いたんだろうが!」

 

 

「ホントメタいからやめろ!!」

 

 

ぜぇぜぇと二人は息を荒げる。一歩も譲らない両者に、

 

 

「———あの、そろそろいいでしょうか?」

 

 

その時、ウェーブのかかった髪と巨乳が大人の雰囲気を出している女性に話かけられた。

 

二人はバッと手を出して、

 

 

「あと少し待て。読者に理解して貰える回想がもう終わる」

 

 

「ああ、あと五、六回ツッコミを入れたら終わる」

 

 

「は、はぁ……」

 

 

さて、邪魔が入ったが何とか続けれそうだ。

 

 

「じゃあ俺の誕生日はどうやって祝う。ケーキ程度で喜ぶ歳じゃないぞ俺は!」

 

 

「好きな人から貰った毒物でも泣いて食べる奴が何を言う……」

 

 

「おい待てゴラァ。毒物だと? アリアと真由美が一生懸命に作った料理を毒物だとぉ!? ふざけるなぁ! 例え野菜のヘタが入っていても、化学薬品が混ざっていても、よく分からない何かが入っていても、愛情のたっぷりの手作りだぁゴラァ!!!」

 

 

「それを毒物って言うんだよ!?」

 

 

「———何やっているんだアンタら」

 

 

今度は茶髪の茶目の男に話しかけられる。俺たちは溜め息をついて男に事情を話す。

 

 

「回想シーンって言葉くらい知っているだろ? 今、それやっているの?」

 

 

「そうだぞ。大樹だって珍しく真面目にやっているんだ。邪魔をするな」

 

 

「……駄目だコイツら。おいめぐみん、爆裂魔法で吹き飛ばしていいぞ」

 

 

……今、物騒な言葉が聞こえて来た。

 

爆裂魔法? はぁ? ナニソレ美味しいの?

 

男が話しかけたのは隣に居た少女。魔女っ娘のような恰好に赤い目をした黒髪の女の子。

 

 

「無理ですよカズマ。こんな所で飛ばしたら冒険者ギルドごと吹っ飛びますよ」

 

 

「冒険者ギルドの前で訳の分からないことを言ってる二人には良い薬だと思うがな」

 

 

「「あぁ?」」

 

 

大樹と原田は同時に男を睨み付ける。

 

 

「原田には良い薬かもしれないが俺は違うだろ。常識人だし」

 

 

「大樹には効く薬かもしれないが俺は違うな。俺は常識を持っている」

 

 

「「やんのかコラァ!!」」

 

 

「あーもう! 邪魔だよお前ら! ギルドの前で迷惑なの分かんねぇよか!!」

 

 

声を荒げるカズマと呼ばれる男。気が付けば多くの視線が集まっている。

 

大樹と原田は同時に鼻で笑う。

 

 

「「今回限りの出番がでしゃばるなよッ」」

 

 

「「「「「ぶっ殺」」」」」

 

 

こうして大樹と原田は冒険者と呼ばれるならず者に襲われる。

 

 

———ここは駆け出し冒険者の街、『アクセル』。

 

 

———神から力を貰った男とその愉快な仲間の男が何故この街に?

 

 

 

________________________

 

 

 

 

「なるほどなるほど、右から冒険者のサトウ カズマ、アークウィザードのめぐみん、クルセイダーのダクネス、自称女神のアクアか」

 

 

「自称って言った! また信じて貰えてないんですけど!」

 

 

涙を流しながら俺の肩をガクガクと揺さぶるアクア。水色の長い髪に人間離れした美貌が残念な性格によって粉砕。女神というか神に近い力を感じるが無視する。

 

ダクネスと紹介された女性は金髪碧眼の女騎士。落ち着いた様子で見ているが、何かあることを確信している。

 

そしてめぐみん。お前の名前はどうなっている。スルーしているが、あだ名だよな? 自分で言っちゃってるけどあだ名だよな? 我が名はめぐみん!とか堂々と名乗っていたけど、本当は違うよな?

 

最後は完全に俺と同じ日本人のサトウ カズマ。周囲に人間とは明らかに違うことが分かる。

 

 

「原田。俺、コイツらの相手するの嫌だ」

 

 

「我慢しろ。難しい魔法陣を書いているから集中したい」

 

 

そう言って隣に居る原田は一枚の紙に真剣な顔で慎重に魔法陣を描いていた。

 

説明しよう。俺たちがここに居る理由を。

 

それは何と———!!

 

 

 

 

———ネタが無いから『このすば!』の力を借りた。以上。

 

 

 

 

———というのは嘘で、原田の描いた魔法陣が暴走したことにしておいて。何か行きたかった場所に行けなかった的な感じで。はい。

 

 

「コイツの魔法陣が書き終わるまで日本に帰れねぇんだよなぁ」

 

 

「日本!? やっぱりアンタは……というか帰れるのか!?」

 

 

「俺たちだけ、な」

 

 

「そういうと思ったよ! ああ、日本に帰りてぇ……」

 

 

カズマは一瞬だけキラキラとした目になったが、死んだ魚の目に戻る。残念だったな。

 

 

「あなたたちは何者なの? カズマと同じじゃないわよね?」

 

 

「だろうな。全く違う人間だ」

 

 

アクアの質問に首を横に振る。今度はめぐみんに尋ねられる。

 

 

「カズマの出身地と同じですか。ニホンとはそんなに良い所なのですね」

 

 

「ああ、ボタン一つで女性の裸体を見れる便利な国だ。どこの国よりも発展して———」

 

 

「やめろぉ! 俺に対する視線が痛いだろうが! もっと良い事があるだろ!?」

 

 

めぐみんとダクネスはカズマから距離を取った。ざまぁ。

 

今度はカズマが俺の肩をガクガクと揺らすが、良い事ねぇ。

 

 

「可愛い女の子に対して『ブヒィィイイイイイ!』って言う所とか?」

 

 

「お前日本の何を見てんだよ!?」

 

 

「フッ、未来さ」

 

 

「舐めんな!」

 

 

カズマは俺と話すのが疲れたのか店員さんに飲み物を頼んでいた。それを見た俺は手を挙げる。

 

 

「シュワシュワを一つ。代金は……なぁアクア。本当は水の女神様だと俺は知っているからな? 内から秘められている力なんて見えているから安心しろよ」

 

 

「どんどん頼みなさい! お金ならいくらでもあるから!」

 

 

ちょろい。この女神、ちょろいわ。

 

店員さんが持って来た飲み物をグッと一気に飲んだ後、カズマに尋ねる。

 

 

「プハァ! 話は大体分かったゲプゥ」

 

 

「汚ッ!?」

 

 

「とりあえず暇だ。原田が魔法陣を完成させるまでにこの街を見学するかな」

 

 

「……俺は結局、アンタたちが何者なのか分からないのだが」

 

 

「悪いスライムじゃないよ!」

 

 

「スライムじゃねぇだろ。まぁ悪さをしないならいいか」

 

 

「いや、それで本当に良いんですか……」

 

 

めぐみんが引いた表情でカズマを見ている。そんな顔でもカズマはドヤ顔で言い返す。

 

 

「もう分かるだろ? 変なことをすればロクなことにならない。俺は早い内から手を引かせて貰う」

 

 

「相変わらずクズさですね」

 

 

「なるほど、クズマか」

 

 

「引っ叩くぞ」

 

 

厄介な人物として認識されている辺り、俺も物申したいことがあるわ。でも我慢する。もう大人だから。キリッ。

 

 

「だけどカズマ。お前、貧弱そうな体をしているのに冒険者なんて大丈夫か?」

 

 

「余計なお世話だ。この三馬鹿より有能だぞ俺は」

 

 

「「「ちょっと待て」」」

 

 

「まぁその点は何となく予想できた」

 

 

「「「表に出ろ」」」

 

 

この三人が問題を起こすのは間違っていないようだ。

 

カズマは冒険者カードという物を教えてくれた。レベル、ステータス、スキルの習得などなど便利なことを。

 

俺も欲しいと言うとカズマはポンと金を出してくれた。

 

 

「いいのか? 別に俺には財布の神様が居るぞ?」

 

 

「え? それって……」

 

 

「どうした、水の女神様?」

 

 

「だよね! アタシのことじゃないよね! ビックリさせないでよもぉ!」

 

 

ちょろいわ。

 

 

「この後クエストに行こうと思っていたんだよ。どうせなら見学ついでに戦ってみたらいいさ」

 

 

「……本音は?」

 

 

「さっき冒険者たちに襲われたクセに無傷だから三馬鹿より使えることは確信した」

 

 

「賢いなお前」

 

 

小声で本音をぶちまけるカズマに俺はビックリしていた。清々しい程、スッキリとした答えだった。

 

カズマたちに連れられ冒険者ギルドのカウンターに行く。そこには先程の女性が受付をしていた。

 

とりあえず一言謝ってから冒険者カードの登録をする。身体情報は手動だが、後はカードに触れるだけ。

 

触れた後は受付の人に見せるのだが、

 

 

パリンッ……

 

 

「は?」

 

 

「「「「「え」」」」」

 

 

「えぇ!?」

 

 

触れた瞬間、カードが粉々に壊れたのだ。

 

俺の目が点になり、周囲に居た冒険者たちの目も点になる。受付の女性は仰天していた。

 

 

「な、何をしたらこうなるのですか!?」

 

 

「知らねぇよ! 俺は悪くねぇだろ! どういうことだカズマ!?」

 

 

「俺が一番聞きてぇよ!」

 

 

でも心当たりはある。神の力が原因だということは。ここでもそれが適応されるぅ? マ・ジ・か・YO?

 

ギルドに居る全員の視線が集まる中、俺は笑顔で頷く。

 

 

「カード程度で、俺の力は図り切れねぇってことだぁ!!」

 

 

「……いや別にカッコ良くねぇよ?」

 

 

 

________________________

 

 

 

 

【採取クエスト】

 

 

《三日以内にラルートの実を採取せよ!》

 

 

 

「ラルートの実?」

 

 

木々が生い茂った森を進みながらクエスト目標を口にする。カズマはああと答える。

 

 

「料理人が急ぎで欲しいだと」

 

 

「どんな実だよ」

 

 

カズマは一枚の紙を取り出すと俺に渡す。そこにはリンゴのような絵が描かれていた。

 

 

「リンゴじゃん」

 

 

「だよな」

 

 

カズマが同意して来たことに俺は驚きを隠せない。この世界のリンゴはラルートの実なのか。

 

紙を見ていると、めぐみんが顎に手を当てながら疑問を口にしていた。

 

 

「でも変ですよね。ラルートの実は本来、冬に採取するはずだったのですが…」

 

 

「クエストが出ている時点で大丈夫じゃねぇの? ギルドも認めているなら、この季節でも採取できるんだろ」

 

 

草木を小太刀で斬りながらカズマは答える。刀を見て俺は柄に書かれた文字が気になった。

 

 

「カズマ、刀の名前を聞いてもか?」

 

 

「ちゅんちゅん丸です」

 

 

答えたのはめぐみんだった。

 

カズマの動きが止まる。どうやら本当のようだ。

 

 

「爆笑」

 

 

次の瞬間、カズマは俺に向かってちゅんちゅん丸を投げて来た。

 

 

 

________________________

 

 

 

 

ズシンッ……ズシンッ……!

 

 

森の中を進むと重々しい音が響き渡った。鳥や生き物が一斉に逃げ出すさまを見てカズマたちは焦り出す。

 

 

「な、何だ!? 地震か!?」

 

 

「いや、アレだろ」

 

 

慌てるカズマに冷静な大樹は顔を向けて教える。四人が視線を追うと、そこには巨大な岩が動いていた。

 

否。それは巨大な岩ではなく、巨大な亀であった。

 

背から巨木が空に向かって伸びており、ゆっくりと動いていた。

 

 

「「「「————は?」」」」

 

 

四人の顔が作画崩壊みたいな感じでアホになった。面白いわ。

 

 

「……カズマカズマ。アイツの名前を知っていますか?」

 

 

「めぐみんは知っているのか!?」

 

 

「ラノレートです」

 

 

「は?」

 

 

察した。全てを察したので俺は黙っておく。

 

 

「ラノレートです」

 

 

「……………」

 

 

「そのモンスターの背から生える木に()る実は貴重で、黄金色の果実が———」

 

 

おい、カズマが首を横に振っているぞ。否定してやれよ。無理だけど。

 

 

「ラルートの実は黒色だと聞いているぞ」

 

 

ダクネスの追撃。ポンッと全てを理解した女神のアクアは元気よく答える。

 

 

「ラノレートの実はあの木にあるのね!」

 

 

「舐めんな!!!」

 

 

カズマが暴れ出した。今回受けたクエストの内容は、あの巨大な亀の背中から生えた大木に生っている実を採取するということか。

 

 

「ラルートがラノレート……こんなことがあるとは普通思わねぇよ」

 

 

「私たちは何度もあるがな」

 

 

ドヤ顔でダクネスが俺に言う。何も誇れるモノは無いよキミ。

 

その時、ダクネスは近くにあった廃墟らしき建物に気付く。

 

 

「なぁカズマ。一つ策があるのだが———」

 

 

そして俺は知ることになる。このダクネスの正体を。

 

 

________________________

 

 

 

 

「い、行くぞカズマ? 本当に行くぞ!?」

 

 

嬉しそうな顔で剣を振り回す騎士。それはそれは楽しそうな顔でした。

 

爆弾岩と呼ばれるモンスターの上に廃墟で見つけた頑丈な扉を乗せていた。名前の通り、爆発する。うん、逆に爆発しないと怖いよな。

 

作戦はこう。爆弾岩を爆発させて、頑丈な扉を爆風で飛ばす。扉の上に乗った俺たちも飛ぶ。アイ、キャン、フライ。そして最後はクエスト目標であるラノレートの実を取って帰る。

 

 

———めちゃくちゃ過ぎて草は生える。

 

 

ダクネスを除いたカズマたちは死んだ目で扉に乗っていた。いや違う。これから死にに行く目でこれ。どんだけ覚悟を決めているんだよ。

 

俺はダクネスの正体を見破った。コイツ、ドMだろ。

 

 

「お前、変態クルセイダーだったのか」

 

 

「違う」

 

 

凛々しい顔で否定するダクネス。俺は無言でダクネスの髪をグッと軽く引っ張った。

 

最低な行為に普通の人間なら激怒するだろう。だが、

 

 

「んあっ……!」

 

 

そして、このご満悦な表情である。

 

 

「ヤバい。鳥肌が凄いぞ。萌えるより燃える。何か大事な物が燃える」

 

 

「人の髪を引っ張って置いて何を言っている!?」

 

 

「日本にはお前の様な奴の為にある道具あるけど聞く?」

 

 

「ぜひ詳しく」

 

 

怖い。残念美少女だらけだなこのメンバー。

 

カズマの苦労を知った俺は同情する。カズマが無言で親指を立てたので、俺も親指を立てて返した。

 

 

「そ、そんなことよりもだ。行くぞ? 本当に行くからな!?」

 

 

「顔がヤバイぞ」

 

 

ドン引きする大樹にダクネスは更にヒートアップ。昂った感情を爆弾岩にぶつけた。

 

 

カンッ!!

 

 

剣が爆弾岩を叩いた瞬間、爆弾岩が発光する。カズマとアクア、そしてめぐみんが俺の体に抱き付く。

 

ダクネスだけ捕まっていないので俺が手で引き寄せる。そして、

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!!!

 

 

大爆発。俺たちの体は亀の大木よりも飛んだ。

 

大空を羽ばたく……いや、ただ落ちている。

 

空から落ちることに慣れている俺はふーんっと落ちながら亀を見ているが、

 

 

「「あああああああああああああああああああああ!!!!」」

 

 

カズマとアクアは泣き叫んでいた。それはもう無様と言われても仕方のないくらい。

 

ダクネスは満足そうに両手を広げている。何だこのカオス。

 

 

「行きますよ!!」

 

 

めぐみんは杖をクルクルと回転させると、莫大な魔力を収束させた。

 

俺でも息を飲むような魔力。杖を地面に向けた瞬間、めぐみんは大声で詠唱した。

 

 

「【エクスプロージョン】ッ!!!」

 

 

亀とほぼ同じ大きさの魔法陣が出現する。爆弾岩とは桁が違う爆発が亀の隣から吹き上がった。

 

爆風で巻き起こった暴風が一気に地面から吹き上げる。その風をアクアは身に付けていた羽衣で風船のような物を作る。

 

ボヨン、ボヨン、ボヨン、ボヨン、と四人はその上に落ちて着地。ゆっくりと降下し始めた。

 

魔法威力の凄まじさに感動した俺はめぐみんに話かけようとすると、

 

 

「凄いな今の魔法! ちょっと甘く見て———どうした」

 

 

「ふ……我が奥義である爆裂魔法は強大な威力ゆ、消費魔力もまた強大」

 

 

「……つまり?」

 

 

「魔力がないので身動き一つ取れましぇん」

 

 

何でこう……もっと……もういいよ。文句を言う気も失せちゃった。

 

 

「違う魔法にしろよ」

 

 

「爆裂魔法しか使えません」

 

 

「お前が使えねぇよ」

 

 

カズマがまたこっちを見ている。どう? 俺の苦労、分かってくれたか?みたいな目でこっちを見ている。分かったから。十分に分かったから。

 

 

「それで? ラノレートの実はアレだろ?」

 

 

視線の先にはクエスト目標である黄金の実が生っていた。サクランボのように二つの実を枝からぶらさげている。

 

手を伸ばして届く距離じゃない。策はあるのかとカズマに聞くと、

 

 

「【スティール】!!」

 

 

カズマは黄金の実に向かって手を伸ばしながら大声を出す。すると手が光輝き出した。

 

 

「これが……スキルか」

 

 

カズマの手には先程まで枝からぶらさがっていた黄金の実があった。ドヤ顔で俺の顔を見ると説明する。

 

 

「ああ、冒険者は全ての職業スキルを習得できるからな。俺はそれを活かしてスーパープレイをするんだよ」

 

 

「代わりに大量のポイントが必要になるし、職業の補正もないから本職には絶対に負けるけどね」

 

 

自慢げに話すカズマを蹴り飛ばすアクア。しっかりと絶対負けるという言葉でトドメを刺した。

 

 

「うん、まぁ……凄いよカズマ」

 

 

「憐れんだ目で俺を見るなぁ!!」

 

 

ドシンッ!!!

 

 

カズマが叫んだ瞬間、地面を割るような轟音が轟いた。

 

何度も響く地響きに亀を見てみると、モンスターがこちらを見ていた。

 

威嚇するように口を大きく開けて———白い光を収束させていた。

 

 

「ねぇヤバそうなんですけど! 何か溜めているんですけど!?」

 

 

アクアの泣き叫びに言われずとも分かる。大体見れば分かるから。

 

 

「……あのモンスターって、襲うのか?」

 

 

「知るかぁ!!!」

 

 

涙を流しながらカズマが叫ぶ。だよねー。

 

俺はダクネスとめぐみんを抱え込み、アクアの作った羽衣の風船から飛び出した。

 

カズマは落ちるように飛び、アクアの体を引っ張りながら落ちた。

 

 

———ギュルゴオオオオオオォォォ!!!

 

 

渦を巻いた光線が俺たちに襲い掛かった。

 

光線は俺たちの頭上を掠め、狙いを外す。だが光線は雲を消し飛ばす程の威力だと言うことは目視した。

 

 

「嘘だろぉ!?」

 

 

落下しながら驚愕するカズマ。女の子たちも仰天しながら光線を見ていた。

 

 

「カズマさんカズマさん! 絶対に死んじゃうから! 体が消滅したら生き返れないから!」

 

 

「いいでしょう! 爆裂魔法と勝負です! 明日まで待っていてください!」

 

 

「あんな威力……私の体で耐えれるのだろうか……はぁ……はぁ……!」

 

 

「凄いなコイツら。ボケ担当の俺がツッコミに回っているんだぜ?」

 

 

このままだと落下するというのにお前らは……。

 

 

「よっと」

 

 

俺はカズマとアクアの体も手で引き寄せて抱き締める。落下する前に()()を踏みしめた。

 

 

「は?」

 

 

カズマが間抜けな声を出してしまう。落下する速度が激減し、そのまま地面に着地した。

 

全員、何が起こったのか理解できていないようだった。

 

 

「最後は俺の仕事だな」

 

 

四人を解放した後は亀———ラノレートに向かって進む。

 

挨拶代わりに巨大な足で踏み潰そうとする。危ないと誰かが叫んだ。

 

 

ドシンッ!!!

 

 

地面を揺らす衝撃が襲い掛かる。カズマたちは潰された大樹を見るが、表情は凍り付いた。

 

 

「……軽いな」

 

 

———亀の足を右手で止めている大樹の姿に。

 

 

ドゴンッ!!!

 

 

左手をグッと握り絞めて足に向かって正拳をブチ込む。大砲の弾が射出されたかのような重い音と共に亀の上半身は浮いて後ろへと下がった。

 

ありえない光景にカズマたちの口は開いたまま塞がらない。大樹はニッと笑みを見せた後、羽ばたくように跳躍する。

 

一瞬で亀の頭部まで辿り着き、目の前に来た頭に向かって拳を振るった。

 

 

「ちょっと寝てろ」

 

 

ドゴォンッ!!!!

 

 

凄まじい音。衝撃波で森の木々が揺れる程の威力が亀の頭部に放たれた。

 

亀の目が裏返る。そのまま足から崩れて落ちて、前から大の字で倒れた。

 

巨大なモンスターを倒した大樹にカズマたちは終始、声を出せないでいた。

 

 

 

________________________

 

 

 

 

「「「「「乾杯!!!」」」」」

 

 

グラスをぶつける音が響き渡った。宴会の始まりを知らせる良い音と共に一気に酒を喉に流し込む。

 

クエストは大成功。報酬金でカズマは冒険者たちに奢っていた。太っ腹だな。

 

カズマが俺の肩を組みながら上機嫌に話す。

 

 

「まさか大樹があんなに強かったなんてな! カードが壊れたのはそういうことかよぉ!」

 

 

「言っただろ? カード程度で、俺の力は図り切れねぇってことだぁ!!」

 

 

冒険者たちの拍手喝采。俺も良い気分で酒を飲める。

 

 

「あんなデタラメな力、見たことがないですよ」

 

 

「ああ、私もお前ほどの力は見たことが無い」

 

 

「褒めても何も出ないぜ?」

 

 

めぐみんとダクネスに褒められてさらに上機嫌になる。

 

 

「【花鳥風月】!」

 

 

「「「「「おお!」」」」」

 

 

センスからぴゅーっと水を出しているアクア。宴会芸スキルとやらで場を盛り上げる女神様、マジパネェ。スキルであんなことも習得できるのか。

 

冒険者たちと何度も乾杯して酒を飲む。ガブガブと明日のことも考えずに飲んでいると、

 

 

「た、大変です! サトウ カズマさんはいらっしゃいますか!?」

 

 

受付をしていた金髪の女性が慌てた様子でギルドに入って来た。

 

酔ったカズマは酒を持ちながら女性に聞く。

 

 

「どうかしました、美しいお姉さん? カズマさんが何でも聞いてやるぜ?」

 

 

キモッ。

 

女性は一枚の紙を突き付けながらカズマに説明する。

 

 

「カズマさんが採取した実は『取ってはいけない実』だったんです!」

 

 

「……………はえ?」

 

 

嫌な予感がビンビンとした。場が一気に静まり返ってしまう。

 

 

「『二対の黄金実』と呼ばれる採取禁止とされたラノレートの実なんです! クエストで採取しないといけない実は一つだけの実で———」

 

 

コソコソと冒険者は帰る準備をし始める。俺も水を飲んで正気に戻った。

 

 

「それだけじゃありません! ラノレートは近くの街では神と崇めるアクシズ教団体が居まして……ラノレートを痛みつけたという理由で現在サトウ カズマさんをブラックリストに載せたそうで———」

 

 

踏んだり蹴ったりとはこのことか。原因は俺だけど。

 

渡された紙を見てみると、そこには『一千万エリス』と賠償金が書かれていた。

 

カズマがこっちを見ている。凄い見ている。とても見ている。その時、冒険者ギルドの扉が開いた。

 

 

「大樹! 魔法陣が完成したぞ! これで帰れ———」

 

 

「今すぐに発動しろ! この世界とはおさらばだ!」

 

 

「待ちやがれ!! 絶対に逃がすなぁ!!」

 

 

———こうして、俺の不思議な異世界体験は幕を下ろした。めでたし……なのか?

 

 

 




まさかの……こ・の・す・ば!


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主人公紹介 

※この話は、この話より上の全話を読んだ後に見ることを推奨します。

タグ変更のお知らせ

・原作ブレイク 消去

・デート・ア・ライブ 追加

タグがいっぱいでこれ以上書けませんでした。なので原作ブレイクは消します。原作ブレイクに関してはあらすじのような場所に記載してあるので消去しても大丈夫だと判断しました。

主人公紹介、一万文字です。なんてこった。


楢原(ならはら) 大樹(だいき)

 

 

年齢 物語始めは17歳。現在は18歳。

 

身長175cmで体重65kgと、どちらも男性の平均値に近い数字である。

 

髪型は黒髪のオールバック。ボサボサの髪型や、フワフワした髪型は似合わず、一番似合っている髪型である。

 

エイプリルフールの嘘に騙され、ラグビー部の鉄アレイで死んでしまった哀れな高校生。

 

性格は明るく、いろんな人から愛される優しい馬鹿(アホも含む)。頼まれていないのに人を助けるお節介愛され野郎っと高校の友人に言われたことがある。

 

男前な性格も持ち、女の子には優しくすることを心掛けている。そのおかげか、女子からは「彼氏にするならこんな男がいい。大樹君は友達以上恋人未満だけど」と恋愛に発展しないモテがあった。そのモテのせいで男子から嫉妬され男友達は少なかった悲しい過去がある。

 

物語の序盤は大人に対し、敬語を使っていたが、悪い大人を見すぎたせいで徐々に敬語をほとんど使わなくなってしまった。しかし、大樹と会話をしていると好感が持てるような話し方をするので、不思議と周りや大人たちから嫌に思われたりすることは全くない。

 

泣いている人の為なら全力で助け、大切の人の為なら命を懸けて戦うことを躊躇わない。そんな危ない一面を持ったところもあり、多々周りの人たちを毎度心配させている。そのことは本人も自覚しており、罪悪感を感じている。

 

小学生の頃からアニメなどを見出し、今では立派なオタク。特にロボット系のアニメや漫画を好んでいる。ロボット系のアニメで一番好きなのは天〇突破グレンラガンとマク〇ス。その影響か変形する武器やビームサーベルを見ると純粋な子どものように目を輝かせる。

 

女の子に誘惑されるとすぐに反応するが、実際は手は絶対に出さない男。恋愛に関しては超奥手。彼なりにセーフなラインとアウトのラインがあり、アウトな行為は絶対にしないようにしている。(しないとは言っていない)

 

エロいことを要求しようと心に決めても、無意識のうちにセーフのラインにとどめてしまうチキンである。

 

相手の好意にやや鈍感な時があるが、大胆な行動を取られるとさすがに察してしまうくらいの勘は残っている。

 

悪人も世界も、誰でもどんなことでも『全て救う』という無理難題なことを掲げているが、本人は本気で達成しようとしている。

 

 

 

 【大樹の過去】

 

 

小さい頃から父から竹刀を握らされ、剣道をやり続けた。剣のセンスは飛び抜けており、大学生から許される二刀流を鍛え続けた。彼の剣技は師範代すら越えており、将来は日本一になる大物だと言われていた。しかし、幼馴染の死と暴力事件をきっかけに引退。高校時代では帰宅部でダラダラと友人たちと遊んで過ごした。

 

幼馴染の死のショックが大き過ぎて、暴力事件後、幼馴染に関する記憶を全て失った。当時大樹を診ていた医者が言うには防衛的本能での記憶消去。つまりショックで自分の体を壊さないようために脳が勝手に消したとされている。

 

シャーロック・ホームズのとの戦闘中、死んだ時に全てを思い出し、過去と向き合って立ち直れたように見えたが、実際は割り切れていなかった。

 

追い打ちをかけるように幼馴染の双葉は神の保持者リュナとして現れた時には、酷く苦しまされた。大切な人たちと引き離され、何もかも諦めてしまう。

 

しかし、数々の試練を乗り越え、邪黒鬼の精神支配、姫羅との最後の戦い、友と愛する者たちの優しさに触れた大樹はついに覚悟を決めて立ち直る。

 

双葉との出会いは小学三年生の時、竹刀の素振り中に出会った。双葉は転入生であり、大樹にとって最初にできた信頼できる親友。互いに好きという感情があったが、その思いはどちらも伝えきれていないままである。

 

 

 

 【大樹の家族構成】

 

 

大樹は一番年下で身分がもっとも低い長男。姉などにパシリにされることが多々ある。

 

剣道をするきっかけを作った父。大樹は『オトン』と呼んでいる。剣の道を初代である姫羅の次に剣を極めた男だろうと祖父は言っている。

 

謎が多い母。大樹は『オカン』と呼んでいる。剣道の道を反対しており、帰宅部であることを押し続ける謎の行為が大樹を混乱させている。

 

本編で大樹は真由美に対して姉は()()だと言っているが、本当は()()。その真実とは……?

 

 

 

 【大樹の武器】

 

 

【コルト・パイソン】

 

装弾数6発。回転式銃。

 

拳一つで戦い続けた大樹が初めて持つことになった武器。しかし、当時は射撃は下手くそのEランク。だがブラド戦でゼロ距離から撃てば使えることが分かり、少しは実用性ができていた。

 

シャーロック・ホームズと戦った後は遠山キンジの兄の使う技、【不可視の銃弾(インヴイジビレ)】を真似し、射撃技術を最高に高めた。今では背後にいる標的でも見ることなく当てれるほど技術は向上している。

 

ヒルダ戦の時にコルト・パイソンは壊れ、今は新しい武器を使っている。

 

 

 

【コルト・ガバメント】

 

コルト・パイソンの次に使う新しい黒い拳銃。【不可視の銃弾(インヴイジビレ)】を使うにはあまり適してない武器だが、フルオートが可能。装弾数は改造して8発。

 

平賀の違法改造で威力は防弾ガラスを簡単に破るほどの脅威的な威力を秘めている。反動は凄まじく、油断すれば手首が折れてしまうほどの威力。

 

使う機会は少ないように見えるが、悪人を脅す時は大活躍している。

 

 

 

(まも)(ひめ)

 

大樹がもっとも信頼する武器。今まで使っていた刀とは比べモノにならないくらい業物の刀。姫羅との戦いで、大樹に託した武器の一つ。刀の鞘には『愛する人を守る者に』と刻まれている。

 

黒ウサギのドジで刀は折られるが、それがきっかけで潜在していた力を発見することができた。

 

蒼い炎で刀を自在に生成、長さを自由に決めれる万能さ。さらに強力な力を手に入れることができた大樹。吸血鬼の力を同時に使役することでさらなる強大な力を出すことができる。

 

 

 

神影姫(みかげひめ)

 

姫羅が残したもう一つの武器。未だに謎が多い長銃。吸血鬼の力を弾丸に込めれば強靭な弾丸へと変わる。

 

大樹自身は銃にある違和感に気づいているが、それが何かまでは分からず不明のまま。今後の展開で銃に隠された秘密が明かされる……?

 

 

 

【名刀・斑鳩(いかるが)

 

 

火龍誕生祭で行われた大会で耀と大樹が優勝して手に入れた優勝賞品。白夜叉が所持していた刀で、本来貰うはずだった耀が大樹に送ったプレゼント。

 

《己の精神に百鬼夜行を滅する闘志を燃やさせる》

 

恩恵はどんなものか本人は知っており、心を奪われることを恐れ、使うことを拒んでいた。しかし実際は闘志を燃やす手助けなどではなく、鬼の精神支配を受けるっと全く違った。

 

昔、姫羅が使っていた武器であり、邪黒鬼が憑りついていた。良心な赤鬼とは違い、絶対正義の名の下に悪を許さない過剰な正義に姫羅はついていけなかった。

 

姫羅がコミュニティを設立した当時、魔王であった白夜叉に襲撃を受け、姫羅は命を落とす。その時、刀は白夜叉の手に渡ってしまった。

 

緋弾のアリア、第三次世界大戦編で何度も大樹を苦しませ続けたが、最後は【護り姫】と共に人々を救う新たな正義を振りかざした。

 

現在は大樹の力によって子犬の姿になっており、【邪黒鬼】を改め【ジャコ】と大樹があまり可愛くない名前を命名している。

 

灼熱の黒い炎を飛ばす【魔炎(まえん)双走(そうそう)炎焔(えんえん)】や、地獄の業火如く爆炎を放つ【魔炎・獄滅(ごうめつ)燦爛(さんらん)】を使える。

 

 

 

神刀姫(しんとうき)

 

 

【神格化・全知全能】を使い【護り姫】と【名刀・斑鳩】に神の力を与えて創造された最強の刀。

 

黄金色の鞘に黒い柄。銀色の刀身の輝きは神々しく、まさに神の武器だと言える代物。

 

緋色の炎で敵を焼き尽くす【紅椿(あかつばき)】など炎を使った強力な技が使える。

 

潜在された力は未知数。隠された最強の牙は、大樹以外誰も知る者はいない。

 

 

 

 【神の力(恩恵(ギフト)含む)】

 

 

災いの吸血鬼(ディザスタァ・ヴァンパイア)

 

【箱庭の騎士】と謳われる純潔の吸血鬼。レティシア=ドラクレアに授かった力。

 

バトラーに追い詰められた大樹が出した提案に、レティシアは危険な賭けに乗った。力を得る代償として右目が紅くなっていた。

 

エレシスとセネスとの戦闘で苦戦していた大樹。優子の血を吸うことで力を覚醒することに成功した。

 

背中から黒い翼を自在に操り、飛行や敵から身を守る盾など様々な用途で戦うことが可能となった。(その時にギフトカードに名称が刻まれた)

 

それからトマトジュースをよく飲むようになる。紅くなっていた目は元に戻り、力を完全に自分のモノにすることができた。

 

姫羅との戦いで大樹の救う願いを受け入れた【災いの吸血鬼(ディザスタァ・ヴァンパイア)】は消滅するが、本人は今でも心の中に残っていると言っている。その証拠に偽者の分身を生み出す【黒烏(クロカラス)】が使えることや、影を操り敵の動きを止めることから大樹の言葉が本当だと物語っている。

 

 

 

神の加護(ディバイン・プロテクション)

 

傷を瞬時に完治させる能力。たとえ腕を斬り落とされようが、臓器の一部が失おうが、能力で一瞬で元に戻すことができる。しかし代償として一時間後に倍の痛みが襲いかかってくる。その痛みは意識が失ってもおかしくないレベル。軽い怪我でも倍になれば酷いモノ。使うことに躊躇ってしまう能力。

 

元々無意識で発動しており、その時は代償など無かった。意図で発動すると代償が発生するようだ。

 

 

 

制限解放(アンリミテッド)

 

神の力を持った保持者だけが使える特殊な能力。物語の敵では姫羅とガルペス、そして大樹のみが使える力。バトラーとエレシス&セネスは使うことができず、力を完全に極めていないことが分かる。

 

 

 

【神格化・全知全能】

 

大樹が持つ【制限解放(アンリミテッド)】の一つ。自分の身体を犠牲にし、一時的に莫大な力を得ることができる特殊能力。だがその代償は大きく、使うたびに酷い怪我を負うことになっていた。

 

しかし、大樹は自分に流れる特殊な血を利用することで代償を払わず、さらなる力を手に入れることができた。

 

その力は圧倒されていたリュナを普通の蹴り、一撃で倒すほど。あまりの滅茶苦茶な強さに、今まで神の力を見て来た原田は絶句した。

 

 

 

秩序支配神の世界翼(システムルーラー・ワールドフリューゲル)

 

制限解放(アンリミテッド)】の二つ目。黄金の羽根を宙に散らばせることで一帯の力を『全て』支配し、無効化にする超チート能力。

 

神の力でさえ支配してしまう強大な力に、最強の姫羅を圧倒することができた。

 

 

 

天空支配神の福音(ヘヴンルーラー・ゴスペル)

 

制限解放(アンリミテッド)】の三つ目。天候だけでなく、超常現象を簡単に引き起こしてしまう能力。竜巻や雷はもちろん、気温を絶対零度まで下げてしまうことも可能。他にも使える現象は数知れず、神すら恐れる力となっている。

 

 

 

【緋緋色金】【瑠璃色金】【????】

 

シャーロックに撃たれた銃弾は頭の中に未だに残っている。その正体は色金だと分かっているが、どんな色金かは不明。

 

ギフトカードには緋緋神と瑠璃神の力を受け取っているが、アリアやティナから力を貰わない限り、半分以下しか発揮することができない。

 

二人の神から力を貰った力を放つ【緋寒桜(ひかんざくら)】はガストレアのオフューカスを一撃で葬るほどの絶大な一撃を持っている。

 

 

 

【絶対記憶能力】

 

 

見たモノ聞いたこと学んだことを全て記憶し、忘れることが絶対に無いようにする能力。

 

バカとテストと召喚獣では大活躍(数学と物理を除く)した。

 

しかし、大樹の血液に関する記憶は捏造される元凶ということが発覚した。

 

 

 

【???】

 

 

神から貰った特典『身体強化』と称されて受け取った―――大樹の力の根元となる神の力。実体は全く分からず、強大なモノだということしか分かっていない。

 

自分の死すら変えてしまう常識破りな力。神が言うには思いや考えによって力が変わるとのこと。

 

【絶対記憶能力】と隠された謎のせいで、ゼウスが味方なのか敵なのか。大樹は困惑している。

 

 

 

 【大樹の剣技】

 

 

楢原家の戦い方は【構え】と【技】で成り立っている。

 

構えはその場に応じた戦闘スタイルを瞬時に変えたりすること。そして【技】は【構え】の中に入っている技術———剣技のこと。

 

もし楢原家の先祖たちが生きていて、大樹の戦い方は見たら『強い雑な戦い方』と口を揃えるだろう。

 

理由は構えから即座に技に移しているせいだ。本来なら相手の隙や状況を覆すための技。しかし大樹の場合、構えに移行した直後に技を即座に繰り出すため、構えがやや雑になっている。楢原家の初代である姫羅の型と同じだが、姫羅は構えも技も完璧にしてあるため、大樹が剣の腕で勝てない理由がそこにある。

 

よって大樹の戦い方は瞬時に剣技を繰り出せる『強さ』と構えの『雑さ』で成り立っている。

 

 

 

・無刀の構え

 

言葉の通り素手で戦闘する時の構え。全ての基本構えとなっている。

 

楢原家の者たちは最初、この構えから習い始め、基礎を積み上げる。次の構えや技を極めるには必要な行程となっている。

 

 

黄泉(よみ)送り】

 

強い衝撃を相手に与える打撃。強者なら相手の心臓をショックで止めることができることからついた名。

 

 

鳳凰(ほうおう)炎脚(えんきゃく)

 

両足に力を込めて放つ蹴り技。初代ではなく、先祖の誰かが編み出した技。全く鳳凰要素がなく、燃えることすらない。名前が無駄にカッコイイ技であるが、基本を抑えた足技で、良い技だと言われている。

 

 

地獄(じごく)(めぐ)り】

 

片足の回し蹴り。体の体重を乗せて放つため威力が高い。【黄泉送り】同様、殺傷力が高いためついた名が地獄巡りである。

 

 

木葉(このは)(くず)し】

 

大樹と九重師匠で作り上げた技。相手の攻撃を受け流して背後を取るカウンター技。師匠が言うにはまだまだ修行が必要とのこと。

 

 

天落撃(てんらくげき)

 

両手を合わせて一つの拳を作り、相手の頭などに強い衝撃を叩き落とす技。大樹が使うと威力は影胤のエンドレススクリームの軌道を変えてしまうくらい爆発的威力である。

 

 

神殺(しんさつ)天衝(てんしょう)

 

神すら葬る必殺の一撃―――光の速度で繰り出される拳技。神の力を乗せた大樹の拳は絶大な威力を誇っている。

 

 

双撃(そうげき)・神殺天衝】

 

右手と左手で【神殺天衝】を二撃放つ。力加減が難しいゆえに使うには高い集中要求されるが、【神殺天衝】を越えた威力を発揮できる。

 

 

 

・二刀流式 阿修羅の構え

 

刀を二本持つことで使える構え。二刀流を使えるのは者は少なく、初代を除いた先祖たちのオリジナル二刀流技は数が少く、一刀流式がほとんどを占めている。

 

四方八方からの攻撃を防ぐ。または攻撃を行える無敵の姿が阿修羅に見えるというのが構えの由来である。

 

 

六刀(ろっとう)鉄壁(てっぺき)

 

四方八方からでもあらゆる攻撃を弾き飛ばす鉄壁の守り。

 

 

【六刀暴刃(ぼうは)

 

刀を高速で動かすことで6つのカマイタチを作り出し、相手に向かって飛ばす人間離れした技。会得に莫大な期間を浪費するが、大樹は短期間で修得して見せた。

 

 

 

・二刀流式(一刀流式も含む) 紅葉(こうよう)鬼桜(おにざくら)の構え

 

己の限界を無理矢理引き出す危険な構え。大樹が初めて編み出したオリジナルの構えだが、威力が絶大で代償が強いため父から禁止されていた。技の名前は双葉と一緒に考えたモノで、二刀流式の技は双葉の二文字が入っている。

 

 

双葉(そうよう)雪月花(せつげつか)

 

十字に刀を重ねることで中心に絶大な力を集中させることができる絶技。神の力を合わせた時の破壊力は原子力潜水艦ボストーク号を半壊させるほど。

 

神の力は物語に進むごとに強くなっているので、今の状態で使えばどうなるか……。

 

 

一葉(いちよう)風鈴閃(ふうりんせん)

 

一刀流式、紅葉鬼桜の構えの技。二刀流式の絶技より威力は多少劣るが、絶技なのは変わらない。

 

光の速度で一本の刀で突き進む。一点に集中された力は全ての万物を貫くとされている。(貫くとは言っていない)

 

 

・二刀流式 黄葉(こうよう)鬼桜の構え

 

姫羅の手によって【紅葉鬼桜の構え】を進化させた構え。右手の刀を逆手に持って構える理由は持っている力を全身に、平等に分けられるようにするため。代償などを消すためである。

 

【紅葉鬼桜の構え】では力を全て放出するため威力が高い分代償がついて来る。【黄葉鬼桜の構え】は力を全身に巡らせることで代償を消し、連続で技を繰り出せるようになっている。

 

一撃で決める【紅葉鬼桜の構え】か、連続で決める【黄葉鬼桜の構え】。使う判断を誤らないようにしている大樹だが、黒ウサギとの約束で【紅葉鬼桜の構え】を使わないようにしている。

 

 

【双葉・天神焔(てんしんえん)

 

【双葉・雪月花】の一撃とは違い、二撃を叩きこむ技。一撃目の上から二撃目を叩き入れることで威力を上げている。

 

この技も姫羅が【双葉・雪月花】を進化させた絶技。

 

 

 

・一刀流式 風雷神の構え

 

『風の如く舞え。雷の如く放て』と初代が残した言葉は今も語られている。風のように速く動き回り、雷のように強く斬る。二つの意味を込められた一刀流式で基本の構えとなっている。

 

 

覇道(はどう)華宵(かしょう)

 

【風雷神の構え】で必ず修得する技。太刀筋に一切の乱れが無い一撃を相手に当てるだけ。言葉だけで見れば簡単に聞こえるが、ブレが全くのない太刀筋にするには困難を極める。二刀流ばかり極めていた大樹はこの構えと技に一番苦労した。

 

 

無限(むげん)蒼乱(そうらん)

 

目で捉えることができない太刀筋で連撃を当てる技。多数の相手にも有効な技で、幅広い応用が効く技にもなっている。

 

編み出したのは大樹の父。【無限蒼乱】とは元々【無限の構え】から繰り出す技で、大樹が真似をして無理矢理技を出している。

 

大樹の父が使う【無限蒼乱】は大樹の剣技を遥かに超えている。

 

 

 

・一刀流式(二刀流式も含む) 受け流しの構え

 

刀の刀身で攻撃などを滑らせるように振るうことで、如何なる衝撃もゼロにする構え。神の力を使役した状態ならどんなモノでも受け流してしまう。

 

 

鏡乱(きょうらん)風蝶(ふうちょう)

 

体を高速で回転させ、刀で風を巻き起こす。巻き起こした風で敵の攻撃の方向を捻じ曲げ、反射させる技。元々【受け流しの構え】は技が無い構えで、大樹がオリジナルで作った技。

 

 

 

・右刀左銃式 雅の構え

 

鉄砲というモノを箱庭で知った姫羅が【神影姫(みかげひめ)】を使って編み出した構え。攻防一体の構えで相手との距離がどんなモノでも戦えるようになっている。

 

 

【竜巻ガンライズ】

 

姫羅が編み出した技。横文字を使うのは新境地の箱庭で知ったため、技の名も新しいようにしたかったから。

 

刀で竜巻を巻き起こし、銃弾を風に乗せることで弾の威力を上げる。非常に難しい技で、当時練習していた姫羅は額に当たって死にかけたことがあり、真似をした大樹も最初は額に当たり死にかけたことがある。

 

 

剣翔(けんしょう)煉獄(れんごく)

 

刀の柄で敵の腹部を突き、怯んだ敵に向かって銃弾を放つ技。正直、一番えぐい技だと思う。

 

もちろん、編み出したのは大樹。

 

 

 

・右刀左銃式 (ゼロ)の構え

 

意識の奥に眠るあらゆる才能を叩き起こし、絶大な集中力を引き出す。次に出す技の成功率や威力を上げるための構えである。

 

 

【インフェルノ・ゼロ】

 

高めた集中力を使う絶技。一直線に銃弾を並べ、最後尾の銃弾に刀を突き当てることで威力を莫大に引き上げる。

 

 

白龍閃(びゃくりゅうせん)(ゼロ)

 

姫羅との戦いで咄嗟に閃いた技。刀を地面に叩きつけた衝撃で撃ち出した銃弾の威力を上げる。さらに銃弾に突き刺し、威力をさらに上げるという無茶苦茶な荒業。

 

 

 

・抜刀式 刹那(せつな)の構え

 

居合いを極限まで極めた者だけが使える構え。刀を鞘に戻し、間合いに入ったその一瞬で相手を斬り抜くための構え。

 

精神を研ぎ澄ます集中力は凄まじく、場合によってはフィードバックで酷い慰労感が襲い掛かって来る時もある。

 

 

【横一文字・絶】

 

光の速度で抜刀された刀は空間すら断ち切る絶対の一撃を繰り出す。打倒エレシス&セネスのために磨き上げた技。間合いに入ったモノなら全てを横に一刀両断———文字通り『横一文字』に斬ることができる。

 

 

【横一文字・翔】

 

光の速度で抜刀した衝撃などを一点に集中させて強靭な斬撃波を飛ばす技。

 

居合いを極めた者でも斬撃波を飛ばすことができる最大距離は2~3メートルだが、神の力を上乗せした斬撃を放てる大樹なら8~10キロメートル先でも簡単に届いてしまう。

 

 

 

・一刀流式 鬼の構え

 

元々姫羅が作った構えではなく、姫羅の技や構えを知った『鬼』たちが作り出したモノ。金砕棒(かなさいぼう)を使う前提で作られた構えや技のため、本来二刀流はないが、大樹の体を乗っ取った邪黒鬼が作り出した【羅刹】が例外となっている。

 

常に力を豪快に使うため、技術より力の強さを要求される技で成り立っている。

 

 

獄紅(ごうこう)邪鬼(じゃき)】&【獄黒(ごうこく)邪鬼】

 

赤鬼は左の技を使い、邪黒鬼が右の技を使うことができる。力を金砕棒(かなさいぼう)の先に一点集中させて、相手の体に向かって一気に力を解き放つ強撃。巨岩すら木端微塵にするほど強力な力を秘めている。

 

 

鬼時雨(おにしぐれ)

 

雨のように数え切れないほどの強撃を放つ連撃。力の使い方を熟知した者なら百を超える数を繰り出すことができる。

 

 

【羅刹】

 

鬼の構えで例外となっている技。二刀流式で使う技のため、使える鬼は邪黒鬼しかいない。

 

二本の刀を前に突き出して、相手の腹部に突き刺す。溜めた力を一気に放出させて内側から破壊する残酷な技となっている。

 

殺傷力は高いが、刀が体に突き刺さらなければ威力は格段に下がってしまう。

 

 

・二刀流式 阿修羅・極めの構え

 

攻撃か防御、どちらかに徹することしかできなかった【阿修羅の構え】を進化させた構え。

 

攻防一体を実現させた最強の構え。極めた構えに究極の技は一つだけしかないが、姫羅の剣技を大きく凌駕していた。

 

 

 

光閃(こうせん)斬波(ざんぱ)

 

【六刀暴刃】の6つのカマイタチを収束させた斬撃波を飛ばすことができる技。応用として円を描くようにカマイタチを飛ばして身を守ることもできる。

 

 

・一刀流式 風雷神・極めの構え

 

【風雷神の構え】を進化させた構え。目で追えない猛風のように動き、激しく雷のように轟く破壊力はまさに『疾風迅雷』。

 

 

號雷(ごうらい)静風(せいふう)

 

雷が落ちる一瞬が如く、刹那的に敵を斬り落とす攻めの剣。相手の攻撃を無に還し、弱体化した敵を斬り落とす待ちの剣。二つの技を使い分けできる。

 

 

 

・二刀流抜刀式 刹那・極めの構え

 

【刹那の構え】を進化させた二刀流の構え。二本同時の抜刀は容易にできる技でなく、無理にでもやれば刀が死ぬ———素人より酷い太刀筋になってしまうため、二刀流の抜刀は作られなかった。

 

 

凛鱈(りんせつ)月廻(げっかい)

 

光の速度で抜刀した視認不可の斬撃を放つ。威力は当然、一本の刀より強い斬撃波を放っている。

 

名前に(たら)が使われているのは作者も全く分からない。ビックリするくらい分からない。

 

恐らく当時、鱈の魅力を知ってしまったからであると推測している。特に肉食性で自分の体の半分くらいの動物にも襲い掛かり、捕食するという驚愕の真実を知ったからだと思われる。あと美味しい。

 

 

 

・二刀流式 神花(しんか)桜雲(おううん)

 

神の力を使いこなす楢原 大樹だけが使える最強の構え。両手に持った刀を下に降ろし、殺気や闘志などを全て消して、五感を鋭くさせる。

 

敵の行動を全て予測して見切り、触れる凶器を全て断ち切る。自分の身に一切の攻撃を当てさせない最強の守り。

 

 

【桜刀神斬】

 

最強の守りから最強の一撃を繰り出す超奥義。大樹の歩む剣の道で作り上げた技の集大成。

 

神の力を刀に乗せて全力で振るうことで神さえ殺してしまう一撃を放つことができる。

 

大樹は【護り姫】と【名刀・斑鳩】で姫羅に繰り出し、威力は強いが、倒せていなかった。

 

しかし、【神刀姫】で繰り出す一撃は想像を遥かに超えた一撃に—————!?

 

 

 

・右刀左銃式 臨界点(りんかいてん)(ゼロ)

 

限界を突破した一撃を放つための構え。身体能力を臨界点まで達した体を無理矢理動かし、光の速度で動き回ることができる。

 

視覚は世界が止まったかのように見えてしまう。光の速度の中でも、見ることができてしまう。

 

 

終焉(ラスト)(ゼロ)

 

撃った銃弾を強力な一撃をぶつけて爆散させる。銃弾を超火力で爆散させるため、小さなひと欠片の破片でも重戦車の装甲なら簡単に貫いてしまう。

 

散弾銃に近いイメージで攻撃する技のため、回避不可に近い技でもある。

 

 

 

・十二刀流式 極刀星(きょくとうせい)夜影(やえい)閃刹(せんせつ)の構え

 

剣を極めた初代姫羅にしか使えない究極の構え。本来は十二本の刀で敵を斬るが姫羅は多種多様な武器を使うことで相手を圧倒していた。

 

刀での構えならば大樹も真似て使うことができる。

 

 

天黄星(てんこうせい)神絶斬(しんぜつざん)

 

十二の連撃を繰り出し敵を斬り倒す絶技。使えるのは技を生み出した姫羅と技を真似ることができた大樹だけ。

 

 




最後まで読んでくださった方々、お疲れ様です! 読み飛ばした方々はグッジョブ、私も多分すると思います。

今回を持って番外編を終了します。次回からデート・ア・ライブ編突入です。

基本的に誰にでも分かるように書くことを意識しますが、意識しすぎたせいで


原作ブレイクした後に、ブレイクした物語になりそうです。


粉々ですね。

いつも通り? 残念ながら今回が一番酷いブレイクかもしれません。

次回からさらに張り切って書きますのでよろしくお願いします。

カオスな感想、応援のメッセージ、いつも楽しみにして楽しく読ませて頂いています。これからもどうぞ、よろしくお願いします。


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デート・ア・ライブ編
俺はお前のパパじゃねぇ!!


じゃあママかな?(白目)

デート・ア・ライブ編、どうぞ。


【精霊】

 

 

隣界に存在する特殊災害指定生命体。発生原因、存在理由ともに不明。

 

 

こちらの世界に現れる際、空間震を発生させ、首位に莫大な被害を及ぼす。

 

 

また、戦闘能力は強大。

 

 

 

《対処法1》

 

 

武力を(もっ)てこれを殲滅する。ただし前述の通り、非常に高い戦闘能力を持つため、達成は困難。

 

 

《対処法2》

 

 

それは———。

 

 

 

________________________

 

 

 

新記録(ハイスコア)! 

 

 

 

 

 

上空2万メートルから落ちています!

 

 

 

 

 

「洒落にならねぇよおおおおおォォォ!!!」

 

 

いつもより五倍くらい高い位置から落とされているんですけどおおおおおォォォ!?

 

どうも! 楢原 大樹です! こんな状況ですが、簡単に説明します!

 

地平線が見えるくらい高いところから落ちている! うっし説明終わり!

 

 

「寒いよぉ!! 死んじゃうよぉ!!」

 

 

服を着なかったせいで酷い目にあっていた。何故こういう時に限って高度が高いのだろうか。

 

 

『底知れぬ馬鹿がいたか』

 

 

俺の腕の中にいたジャコが呆れながらあくびをする。随分と余裕ですねあなた!?

 

既にシュノーケルはどっかに飛んで行ってしまい、上半身はカチカチに凍っている。いやん、冷た~い! 神の力がなかったら軽く凍死で逝っていたな。

 

 

「ジャコ! 俺を暖めて! 軽い炎だったら我慢できるし―――」

 

 

『【魔炎・双走(そうそう)炎焔(えんえん)】』

 

 

ゴオッ!!

 

 

「———熱ああああァァァ!!!」

 

 

普通に燃えていた。

 

温かいというより超熱い。今度は焼け死んじゃう。

 

 

『神の力を発動しろ。それで問題ないだろ』

 

 

「そ、そうだった!」

 

 

ジャコに言われて俺はハッとなる。すぐに精神を集中させて発動する。

 

 

「行くぞ―――!」

 

 

その瞬間、体にとんでもない衝撃が走った。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「———ゴバッ!?」

 

 

『何だ!?』

 

 

大樹の体は空中で止まり、強い衝撃をくらっていた。

 

まるで透明なガラスの床に立っているようだった。ジャコはすぐに大樹を起こそうとする。

 

 

『しっかりしろ!? こんな場所で意識を失うな!』

 

 

「……………」

 

 

『おい!?』

 

 

突如襲い掛かって来たショックに大樹は白目を剥いて気絶。見事にやられていた。

 

さらに不運なことに大樹の体は何故か透明な床から落ちそうになっていた。どうやら透明な床は途中で終わっており、ちょうど大樹は終わるところに倒れていた。

 

 

『ば、馬鹿! そのままだと落ちて―――』

 

 

グググググッ……!!

 

 

ジャコは必死に大樹の海パンに噛みついて止める。噛む場所が他に無かった。

 

大樹の体は止めることはなく、

 

 

ズルッ

 

 

『キャンッ!?』

 

 

そのまま大樹と一緒に高度1万5000メートルから落下した。

 

 

 

________________________

 

 

 

 

「……大樹さんを発見しました」

 

 

「どこだ?」

 

 

「北北東です」

 

 

スナイパーライフルのスコープだけを取り外し、空を視ていたティナが原田に知らせる。

 

9月の下旬に入った季節の世界は夏が終わり、ちょういい季節となっている。

 

デパートの屋上、オシャレな装飾がされたお店に大樹を除いた全員が集合していた。

 

 

「あの落下速度からすると……うわぁ高度は1万は軽く超えているな……あれでも死なないアイツは尊敬に値する……というかアイツ燃えてね?」

 

 

「運が無いって話じゃないわね……ちょっと可哀想に思えてしまうわ」

 

 

原田の報告にコーヒーを飲んでいたアリアが飽きれる。昔ならコーヒーを吹き出していただろうが、この状況に慣れてしまった彼女たちには通じない。いよいよ感覚がおかしいことに危機感を抱いている。

 

 

「今までの流れですとどこかの水に落ちると思います。着替えを持ってあげましょう」

 

 

「良い案よ黒ウサギ! この機会に大樹にオシャレさせないかしら!」

 

 

黒ウサギの案に優子がグッと親指を立てる。いつも恥ずかしいTシャツを着ている大樹、そろそろまともな服を着せたかった。

 

 

(大樹さん、防水リュックですよね……黙った方がいいのでしょうか……?)

 

 

大樹のリュック事情を知っているティナは曖昧な返事しかすることができなかった。しかし、大樹の服装を選ぶことには興味がある。

 

 

「優子の案、とてもいいわね。それじゃあ私たちは服を買いに行きましょ」

 

 

真由美の言葉に一同は頷く。原田は「わー羨ましいなー」と棒読みで呟いていた。

 

 

「じゃあ俺が迎えに行くから後から来てくれ」

 

 

「原田さん、いつもご苦労様です」

 

 

「やだティナちゃんホント良い子だわ」

 

 

感動で少し泣きそうになった原田であった。

 

 

 

________________________

 

 

 

 

ザバアアアアアァァァン!!!

 

 

「……………」

 

 

大樹が落ちたのは市民プールだった。手入れがされていないのか、水は結構汚かった。

 

プールから上がり、自分の体を見る。乳首は治したが、頭部から血を流して新しい傷ができていた。

 

両膝を地面に着け、大樹は両手で顔を隠す。

 

 

「……………もうやだ」

 

 

『本気で心が折れているな……』

 

 

上からフワフワとゆっくりと降下して来たジャコが可哀想な目で俺を見ていた。

 

 

「毎回毎回こんな目に遭う俺は……少しくらい安全に転生してくれてもいいじゃん……」

 

 

『……とりあえず服を着たらどうだ? 誰もいないが、裸は不味い』

 

 

海パンは燃え尽きたし、もうボロボロの裸であった。

 

大樹は涙を堪えながらトボトボと施設内にあるシャワーを無断で使用して体を洗い、汚れと血を流した。血は既に止まっていたので拭くだけ済んだ。

 

持って来ていたバッグを漁り、服に着替える。

 

 

『……まともだな』

 

 

「今、そういう気分じゃないから……」

 

 

大樹の服装はいつものTシャツではなく、英語の白文字でカッコ良くなっている黒のパーカーと、灰色のズボンを穿いていた。

 

ちなみに、ジャコは英語を理解していないので訳せないが、訳すと『私は一般人だが、最強である』と『私は嫁たちを愛している』とたくさん書かれている。

 

テンションが下がると服のセンスは少し上がることをジャコは心にメモし、アリアたちと仲良くなるための会話ネタとして使おうと心に決意した。

 

 

「はぁ……プールの汚れ具合から見て、この世界は9月か10月ぐらいか?」

 

 

季節を知ったところで、ここに居ても仕方ないっと俺はすぐに無人の改札を通り、道に出る。風が寒いのはプールにダイブしたせいだな。

 

辺りを見渡せば人気(ひとけ)が全くない。道を尋ねる線は捨てられた。

 

携帯端末を取り出しアリアたちと連絡を取ろうとするが、何故か繋がらない。掛かっているはずなんだけどな?

 

 

「おいジャコ。これ付けろ」

 

 

『何をだ?』

 

 

「首輪」

 

 

『……ペットにする気か?』

 

 

「もうペットだろ? ほらチンチン」

 

 

ガブッ!!

 

 

痛いぜ。

 

 

「怪しく見られるだろフワフワ浮いた犬とか。じゃあギフトカードの中にいる?」

 

 

『最初に言え』

 

 

ジャコはギフトカードの中へと消えて行った。あ、話し相手がいない。ぼっちで悲しい。

 

肩を落としながらトボトボと人が多そうな中心街に向かうことにする。人の気配は南の方が多いことは分かっている。コンビニで新聞か何かを購入して情報収集をしよう。

 

この世界は普通に見えて普通じゃない。原田から貰った事前の情報の通り、あまり目立つ真似はしないように気を付けないと。

 

 

タッタッタッ

 

 

その時、後ろから誰かが走って来る足音が聞こえた。人気が全くない道で、しかも走っているとなると気になるに決まっている。

 

後ろを振り返り、走って来る人を見る。

 

 

(うおッ、すっげぇ美人じゃねぇか……)

 

 

肩に触れるか触れないかの白い髪に、人形よりも綺麗な顔立ちをしていた。間違いなく美少女の部類に入るだろう。

 

身長は150くらいでどこかの学校制服を着用している。きっと彼女の校内では彼女にしたいランキング3位には入りそうなくらい全て可愛いとか言われているだろうな。うん。

 

 

(って何やってんだ俺……)

 

 

通行人があまりにも可愛いからと言って見過ぎだろ。ほら、女の子も俺のことを凝視しているじゃないか。

 

 

「……はえ?」

 

 

気が付けば、女の子は俺の前に立っていた。

 

肩を上下させて息を整えながら俺の顔を見ている。道幅は広いから邪魔にはなっていない。ならば考えられることは一つ。

 

 

「いや、あの、可愛かったから見ていただけであって、すいません……」

 

 

これセクハラな。何やってんの俺。

 

 

「……………」

 

 

そして何も答えてくれない。

 

どうしよう。眉一つ動かさなかったよ? 聞こえていないのか? いや、引かれている? まさか不審者と思われている!?

 

 

「えっと……決して怪しい者ではありません」

 

 

「……………」

 

 

「……ちょ、ちょっと道に迷っただけなんだ」

 

 

「……………」

 

 

「わ、我は楢原 大樹と言いまして―――」

 

 

何かもう酷いぞ俺。頭のネジが数本足りてないようだ。

 

 

「知ってる」

 

 

やっと喋ってくれたけど知っていましたか。そうですか。

 

 

 

 

 

「……………はい?」

 

 

 

 

 

数秒フリーズした。俺の目が点になる。女の子の顔を見て、確認のために尋ねる。

 

 

「俺のこと、知ってるの……?」

 

 

女の子はコクリッと頷く。

 

ドッと汗が吹き出した。完全記憶能力を使って記憶を辿り戻り、探すが女の子と会った記憶は無い。そもそもこんな可愛い子なら簡単に忘れるわけがない。

 

とりあえず考えが一つ浮かんでいる。

 

 

「あ、原田の知り合いか!? だから俺のことを知っているんだよな!?」

 

 

「……………?」

 

 

しかし、少女は可愛く横に首を傾げていた。どうやらこの世界を先に来た原田のことを知らないらしい。

 

原田から俺の名前を知ったわけじゃない。ならどうして俺の名前を知っているんだ。

 

 

(まさか―――!?)

 

 

―――敵の刺客!?

 

最悪な状況が頭を過ぎる。ポケットに手を入れてギフトカードをいつでも使えるようにする。

 

 

「ずっと会いたかった……ずっと―――」

 

 

女の子は俺に近づく。俺は警戒するが、彼女から敵意を感じられず困惑していた。

 

彼女は一体何なのか。目的は何なのか? 俺との関係は何なのか?

 

何も分からないまま、女の子はソッと—――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「———お父さんに会いたかった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――俺の体に抱き付いて来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!??」

 

 

 

 

 

一人の男の大絶叫が、街に轟いた。

 

 

________________________

 

 

原田 亮良(あきら)は絶句していた。

 

大樹を迎えに行こうとしたら、何故か道端で女の子が大樹に抱き付いていたから。

 

しかも大樹のことをお父さんと呼んでいる。原田は震えた声で、大樹に声をかける。

 

 

「お前……30分も経っていないのに……もう子どもを作ったのか……!?」

 

 

「は、原田!? 違う!! 俺はそんなことをしていない! それに30分じゃ無理だろ!?」

 

 

「お前ならできるかと……」

 

 

「やめろおおおおおォォォ!! 俺の最強の捉え方を間違い過ぎだから!? というかいよいよ冗談じゃ済まなくなって来ているから!!」

 

 

そこで原田は思い出す。大樹の嫁たちがこちらに来ていることを!

 

 

「大樹ッ! 今すぐ逃げないと大変な―――!?」

 

 

ドサッ

 

 

原田と大樹は戦慄した。

 

原田の後ろから何かが落ちる音がした。振り返ると地面には服が入ってあろう紙袋が落ちている。

 

そこには大樹の大切な女の子たちがいた。

 

 

「あ、あ、あ、あの、ち、ち、ちが、ちがッ、その、あの、違うんだぁ!!」

 

 

大樹の顔色は真っ青。声が震えているせいで滑舌が悪く、言葉が全く出せていない。

 

最初に口を開いたのはアリアだった。

 

 

「言い分けなら聞くわよ」

 

 

「ッ! 実は道に出た時に―――!」

 

 

「死んだ後に、ね」

 

 

「———待つんだ裁判長おおおおおォォォ!!」

 

 

無慈悲な判決が下されていた。

 

次に口を開いたのは優子。彼女は一言だけ残す。

 

 

「もう終わりね」

 

 

「待って! ねぇお願いだから待ってよぉ!!」

 

 

引き留める大樹の姿は女々しかった。

 

ウサ耳がなくなった黒ウサギ。彼女は意外と優しかった。

 

 

「えっと、面会には毎日行きますので……」

 

 

「俺はこの後どこに監禁されるんだよ!?」

 

 

二度目の刑務所である。

 

二人の様子を見ていた真由美は微笑んでいた。

 

 

「これでも結構、怒っているわよ?」

 

 

「マジですいません!!」

 

 

しかし額には怒りマークのようなモノが見えた気がした。多分、気のせいじゃない。

 

最後にティナだ。

 

 

(大丈夫。ティナは俺の癒しだ。怒っているわけが――—)

 

 

「撃っていいですか?」

 

 

「———こんな街中でやめて! あと撃たないで!」

 

 

かなり怒っていた。

 

こんなカオスな状況になっているにも関わらず、女の子は俺から離れようとしない。

 

 

「おい流石にどういうことなのか説明してくれ!?」

 

 

「覚えていないの?」

 

 

「むしろ俺はいつからお前のお父さんになったのか知りたいわ!」

 

 

「……そう」

 

 

先程から少し彼女の表情には違和感があった。いや違う。表情というモノが(うかが)えないんだ。

 

多分落胆していると思うのだが、落胆したような素振りは一切見せていない。

 

 

「お、おい大樹。どう責任取るとつもりだよ」

 

 

「せ、責任も何も……ホントに分からねぇんだよ。俺はプールの中に飛び込んだだけだぞッ」

 

 

「また水かよ……」

 

 

「同情してないで、お前も何とか言えッ」

 

 

「えぇ……」

 

 

凄く嫌そうな顔をした原田はボリボリと頭を掻いた後、一つ案を思いつく。

 

 

「もし本当に大樹がパパなら、この人は大樹のこと、何でも知っているはずだよな?」

 

 

「……ん? 何が言いたいんだ?」

 

 

「今から大樹について簡単な質問をする。それを答えれたら、本物だと認めたらどうだ?」

 

 

なるほど。確かに、俺が本当にパパなら彼女は答えれるはずだ。というかマジでパパになった記憶はねぇから。

 

 

「望むところ」

 

 

「えッ、ちょっとこれ本当に大丈夫か? この子、めっちゃ勝てる自信に満ち溢れているんだけど? 溢れすぎて怖いんだけど?」

 

 

「お、俺もビックリだ……と、とにかく大樹は問題を出せ。何でもいいから」

 

 

すっごい不安な気持ちになるが、全員に俺がパパでないことを認めさせなければ。

 

コホンッと咳払いをして、質問する。

 

 

「俺の誕生日はいつでしょうか?」

 

 

「4月23日」

 

 

空気が凍った。

 

月を当てるどころか日付までキッチリと当てた。365分の1の確率を的中している。

 

周りは俺の表情を見て悟ったのだろう。正解だと。

 

だがここで終わるわけにはいかない。俺はお前のパパじゃねぇ!!

 

 

「俺の好きなアニメは!?」

 

 

「天元突破グレ〇ラガン」

 

 

「好きな女の子キャラクターは!?」

 

 

「アイドルマ〇ターの星〇 美希」

 

 

「尊敬する人物は!?」

 

 

「シティーハ〇ターの冴〇 リョウ」

 

 

 

 

 

「これ俺の娘なんじゃねぇの!?」

 

 

 

 

 

「「「「「ええええええェェェ!?」」」」」

 

 

全問正解なんだけど!? 百点満点なんだけど!?

 

何だコレ!? どうしてそこまで知っていて当てれるの!?

 

 

「お前……マジでパパだったのか……!」

 

 

「違うッ!! これは誤解だッ! きっと何かの間違いだッ!」

 

 

「でも当たってたんだろ?」

 

 

原田に突きつけられた言葉に何も言い返せない。ただ口を魚のようにパクパクしていた。

 

 

「あんなに混乱している大樹さんは初めて見ました……」

 

 

黒ウサギの言うことに周りも頷く。実際、大樹が嘘を言っていると誰も思っていない。しかし、この矛盾はどういうことなのか、誰一人理解できていなかった。

 

 

「と、とりあえず詳しい話を聞くべきじゃ———」

 

 

優子の言葉はそこで途切れてしまった。

 

 

ウウウウウゥゥゥ―――――!!!

 

 

ビリビリっと耳に来るサイレン音が街一帯に響き渡った。

 

初めて聞くサイレンだが、このサイレンの意味は原田から事前に教えて貰っている。

 

 

「こ、これってまさか……!」

 

 

「『空間震』だッ! 急いで避難するぞッ!」

 

 

真由美が答えるより先に原田が答えた。

 

 

―――空間震警報。

 

 

空間の地震と称される広域振動現象、それが『空間震』。この世界では30年前から続いている。

 

発生原因不明、発声時期不定期、被害規模不確定の爆発、震動、消失、その他諸々の現象の総称である。

 

 

「だがこの俺様なら止めるかもな?」

 

 

「自重しろハゲ!」

 

 

「お前に一番言われたくねぇよ!」

 

 

街に備え付けられたスピーカーから地下シェルターへの案内放送が流れる。地下に籠らなければいけないほどの威力なのか空間震は。

 

地下シェルターがある場所まで走ろうとした時、先程の女の子はシェルターがある逆の方向に行こうとしていた。

 

当然、女の子の手を掴んで止めていた。

 

 

「どこに行く気だ!? 空間震ってのはヤバいんだろ!?」

 

 

「大丈夫。向うのシェルターで待っていて」

 

 

「大丈夫って何が―――っておい!?」

 

 

俺の腕を払い、彼女は走り去って行く。追いかけようとするが、

 

 

「何をやっているんだ大樹!? 大丈夫って言ってるんだ! 今は自分の心配をしろ!」

 

 

「くッ」

 

 

原田に止められ、俺は苦虫を噛み潰したような表情になってしまう。最後は諦め、全員でシェルターがある場所へと目指して走り出した。

 

走っていると、街の住人たちが一ヵ所に入っている場所を見つけだす。あそこがシェルターだとすぐに分かった。

 

 

「……………ッ!」

 

 

俺はシェルターの入り口で足を止める。どうしても頭から彼女のことが離れられない。

 

いきなり俺をお父さん呼ばわりするし、勝手にどこかに行きやがって。

 

空間震がどんなモノか分からないが、野放しにしていいわけがねぇ!

 

 

「俺、やっぱりちょっと行ってくるわ」

 

 

「大樹!!」

 

 

「止めなくていいわよ原田君」

 

 

怒る原田を止めたのは真由美。真由美は俺の顔を見て微笑んでいる。

 

 

「でも、無理はしちゃ駄目よ」

 

 

「ッ……ありがとう!」

 

 

真由美の許可を得た後、俺はアリアに声をかける。

 

 

「すまねぇアリア! 万が一のために力を貸してくれ!」

 

 

「ッ! ええ、いいわよ!」

 

 

てっきり一人で行くと思っていたのだろう。アリアは少し驚いた後、頷いてくれた。

 

他のみんなも、アリアが一緒に行くということに満足して賛成してくれている。

 

 

「原田! 俺の可愛い嫁たちを頼んだぜ!」

 

 

「ああもう! 分かったよ!」

 

 

原田の頼りある返事を聞いた俺とアリアは一緒に走り出した。

 

 

 

________________________

 

 

 

鳴り止まない警報、うるさい街の中を走り抜ける。

 

女の子の姿は見失った。気配で探すが、気配すらどこにもない。

 

 

「ちくしょう! 俺の娘はどこだよ!」

 

 

「何認めているのよあんた!?」

 

 

だって全問正解したじゃん。

 

 

「……もう避難したのかしら」

 

 

「だったらいいけどよぉ……でもそんな気がしねぇんだよ」

 

 

もし避難していたならチョップ一回で許してやろう。親を心配させるなんて、親不孝にも程があるぞ! ってだからパパじゃねぇよ!!

 

 

カッ!!

 

 

その時、視界が眩い光に包まれた。

 

 

「ッ!?」

 

 

「アリアッ!!」

 

 

急いで俺はアリアの前に立ち、神の力を解放する。

 

黄金色の翼が背中から伸び、街全体に大きく広がる。

 

その瞬間、鼓膜を破るような爆音と、凄まじい衝撃波が襲い掛かって来た。

 

 

「【秩序支配神の世界翼(システムルーラー・ワールドフリューゲル)】!!」

 

 

黄金の羽根が飛び散り街全体を衝撃波から守る。

 

恐らくこれが空間震。猛烈な威力は気を抜けば一瞬で体が飛ばされる。

 

 

「大樹ッ!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

後頭部に衝撃が走った。すぐに頭の中から熱を帯びた何かが暴れ出す。

 

その正体は緋弾だとすぐに分かった。アリアは俺の頭の中に緋弾を撃ったのだ。

 

 

ゴオォッ!!

 

 

額から緋色の炎が溢れ出し、髪の色を緋色に染め上げる。

 

体の中から溢れ出す莫大な力を一気に放出する。

 

 

「うおおおおおォォォ!!」

 

 

バシュンッ!!

 

 

抑えていた衝撃波を一気に追い返し消滅させた。街はビルのガラスが割れる程度で済み、守ることができたことを証明していた。

 

 

「ふぅ……助かったぜアリア。咄嗟(とっさ)の出来事だったから力を―――」

 

 

「大樹」

 

 

その時、アリアの表情は驚愕に染まっていた。自分の目を疑っているように。

 

すぐにアリアの目を追うと、空に人影のようなモノが浮いているのが見えた。

 

 

「……………嘘だろ」

 

 

アリアが驚愕するのは当然だ。俺も、驚いている。

 

人影は青白い衣装を着た女の子。

 

見間違えることはない。彼女の名は———

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「———美琴ッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――御坂 美琴なのだから。

 

二人の行動は速かった。アリアは大樹の肩に掴まると、大樹はすぐに黄金の翼を使って飛翔した。大樹はアリアが落ちないように片手を腰に回している。

 

すぐに美琴の前までやって来るが、様子が明らかにおかしかった。

 

 

「美琴ッ!!」

 

 

大声で美琴の名前を呼ぶ。

 

青白い衣装はドレスで、大きなスカートをなびかせている。気になるのは周囲に電撃のようなモノが走っていることだ。

 

美琴の超能力者(レベル5)の電撃だろうか? しかし、()()電撃のではないはずだが……?

 

 

『……誰?』

 

 

声は届いた。こちらを見て不思議そうな表情で俺たちを見ている。

 

 

「俺だッ! 大樹だッ!」

 

 

『……………誰?』

 

 

「ごふッ」

 

 

吐血した。

 

 

「あんた急にどうしたのよ!?」

 

 

「美琴が俺のことを覚えていないって……! だ、大丈夫だ……! 優子とアリアだって最初、あんな感じだろうがぁ……!」

 

 

「血を吐くほどなの!? それは耐えられているの!?」

 

 

耐性はちょっとだけ出来上がっていた。ほんのちょっとだけ。

 

美琴の近くまで寄ろうとすると、周囲を走っていた紅い電撃が牙を剥く。

 

 

バチバチッ!!

 

 

「くッ」

 

 

黄金の翼で電撃を叩き消す。しかし電撃は新たに生み出され続け、何度も襲い掛かって来る。

 

 

『や、やめなさい……この力はあたしの意志を無視するの……誰か知らないけど、怪我をする前にどっかに行って!』

 

 

「関係ねぇ!!」

 

 

「ッ!」

 

 

「どんな理由があっても、俺は絶対にやめねぇ! 美琴、お前を助けるために俺はここまで来たんだッ!」

 

 

『何を言っているのよ……』

 

 

「思い出さねぇなら……!」

 

 

ギフトカードから【神刀姫】を取り出し抜刀。

 

 

「思い出させるまでだ!!」

 

 

美琴に向かって突き進んだ。

 

紅い電撃が激しさを増して俺に向かって攻撃を仕掛ける。だが俺の剣術の前では、そんな攻撃は当たらない。

 

 

「———ふッ!!」

 

 

息を吐きながら刀を振るう。紅い電撃は一撃当てるだけで拡散して消滅する。

 

 

バチバチッ!!

 

 

次々と襲い掛かって来るも、冷静に対処する。無駄の無い動きで電撃を消し、徐々に美琴との距離を詰めて行く。

 

 

「美琴ッ!! 手を握ってッ!!」

 

 

アリアが手を伸ばす。美琴は戸惑い、手を伸ばそうとしない。

 

 

「俺は、お前の味方だッ!! 美琴ッ!!」

 

 

「ッ!」

 

 

俺の叫び声にビクッと体を震わせる。美琴はゆっくりとこちらに手を伸ばしてくれた。

 

あと少し、あともうちょっと。

 

 

バチバチッ!! バチバチッ!! バチバチバチバチッ!!

 

 

紅い電撃の猛攻が始める。百を超える数が一斉に大樹たちに向かって降り注ぐ。

 

 

「邪魔をするなあああああァァァ!!」

 

 

ザンッ!!

 

 

大樹の振るった一撃は、全ての電撃を弾いた。

 

片手だけだというのに無茶苦茶過ぎる力に美琴は驚く。アリアは「よくやったわ」っと褒めてくれていた。

 

アリアの手が美琴の手に触れた、その瞬間―――

 

 

ギャンッ!!!

 

 

「危ないッ!!」

 

 

―—―白い光線が、二人を別れさせた。

 

俺はアリアを抱いたまま美琴から距離を取り、光線が来た方向を睨み付ける。

 

 

「チッ……感動の瞬間と、俺の努力を踏みにじるとかふざけやがって。結構キレてるぞ俺」

 

 

「奇遇ね。あたしも怒っているわ」

 

 

数は20を超えている。黒い装甲のようなスーツを着た女性たちが俺たちを囲んでいた。

 

背中に付けた大きなスラスター。手には大きな武器を構えて飛んでいる。未来的な戦闘服に厄介だと思い舌打ちをしてしまう。

 

 

「精霊が三人!? どういうこと!?」

 

 

「一人は男性のようですがこれは!?」

 

 

(精霊? 何を言ってんだコイツらは?)

 

 

彼女たちが動揺しているのが分かる。そして精霊という単語は聞き逃せなかった。

 

 

「待って」

 

 

その時、聞き覚えのある声が聞こえた。

 

前に出て来たのは、先程俺のことをパパとか言っていた女の子だった。

 

 

「お前……こんなところに居たのかよ」

 

 

「お父さん。邪魔をしないで」

 

 

「「「「「お、お父さんッ!?」」」」」

 

 

「おい待てぇ!? 違うって言ってんだろうが!!」

 

 

誤解を周りに伝染させてんじゃねぇぞ!?

 

 

「あと邪魔するなというセリフはこっちのセリフだ! 俺の嫁に手を出してんじゃねぇ!!」

 

 

「「「「「よ、嫁!?」」」」」

 

 

「あんたも余計なことを言ってんじゃないわよ!!」

 

 

アリアさん痛いです! 殴らないでぇ!

 

 

「……【ライトニング】から離れて」

 

 

「美琴に中二病な名前を付けてんじゃねぇよ。断る」

 

 

互いに一歩も譲らない。しかし、他の者達が動き出す。

 

 

鳶一(とびいち)一曹! 離れてください!」

 

 

折紙(おりがみ)! 上からの命令よ! ターゲットの【ライトニング】を優先、並びに精霊の可能性がある二人にも攻撃を開始するわ!」

 

 

あの少女の名前は鳶一(とびいち) 折紙(おりがみ)って言うのか。一曹なのはビックリだが、今はそんなことを考えている場合じゃないか。

 

全員から巨大な武器の銃口を向けられている。折紙だけが何もしていない。アイツは攻撃したくないだろう。

 

 

「ハッハッハッ、いきなり物騒なことに巻き込まれたな」

 

 

「笑ってる場合?」

 

 

「焦っていない時点で終わりだぜアリア? お前もこっちの世界の住人だ」

 

 

「やめて。笑えないわ」

 

 

それでも二人は逃げない。美琴の前から引こうとしなかった。

 

 

「来るなら来いよ。手加減はちゃんとしてやる」

 

 

「ッ! 総員攻撃―――!」

 

 

一人の女性が合図を出そうとした瞬間―――

 

 

ヒュンッ

 

 

―――鋭い一閃が走った。

 

いつの間にか抜刀していた大樹の刀は鞘に収まり、目を閉じていた。

 

 

「———開始!!」

 

 

ガチンッ!!

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

引き金の音()()が響いた。

 

武器の銃口から光線やミサイルは発射されず、武器は死んだように何も答えてくれない。

 

 

「開花」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

大樹が一言呟いた。そのタイミングに合わせたかのように武器が粉々に分解した。

 

爆発することもなく、ただ細切れになる武器。その光景に女性たちは言葉を失った。

 

 

「どうだアリア!? 今の俺、カッコイイだろ!? 惚れただろ!?」

 

 

「最後のそれが無かったら良かったわ」

 

 

絶句する女性たちの前で呑気な会話をする二人。何が起こったのか彼女たちには理解できなかった。

 

 

「これで武器は無くなったよな? ほら、家に帰って寝ろ」

 

 

「クッ! 急いで随意領域(テリトリー)を展開して! レイザーブレイドで仕留めるのよ!」

 

 

今度は女性たちの周りに障壁のようなモノが展開された。背中から短い棒のようなモノを取り出すと、先から光の刃が出現した。

 

 

「何アレかっけぇ」

 

 

「戦闘に集中しなさい。今度は簡単に行かない気がするわ」

 

 

アリアの言うことには同意だ。あのデリバリーかデリ〇ードか知らねぇけど、厄介だな。手加減したいけど頑丈そうだし、本気を出せばテリヤキごと搭乗者も吹っ飛ばして―――あれ?

 

 

「どうしようアリア。この戦い、一瞬で終わらせる方法を見つけた」

 

 

「……………」

 

 

はい予想通りアリアに『うわぁ……』って顔をされました。だって私、最強ですから。

 

 

「【秩序支配神の世界翼(システムルーラー・ワールドフリューゲル)】」

 

 

再度黄金の羽根を女性たちの前に散らばらせる。すると彼女たちを守っていた随意領域(テリトリー)がバキリッと音を立てながら崩壊した。

 

 

「なッ!? 随意領域(テリトリー)を無効化した!?」

 

 

「せ、制御ができない!?」

 

 

「そんなッ!? システムオールダウン!?」

 

 

フハハハッ、俺の力は全てを支配する! 何も触らずともこの街の電気を全部落とすことも、リモコンの電源ボタンだけを押すことだってできる! 二重の意味で無駄無駄ッ!!

 

スラスターなど機械装置は全てシャットダウンされ、次々と悲鳴を上げながら墜落し始めた。あッ。

 

 

「しまったあああああァァァ!?」

 

 

「何やってんのよ馬鹿あああああァァァ!?」

 

 

そりゃそうだ! 人間は飛べないのに、翼を()ったら落ちるに決まっている! このままじゃ死んじゃう!? 

 

アリアを抱いたまま飛翔し、次々と女性を背中の上に乗せて回収する。

 

 

「うおおおおおォォォ!!!」

 

 

ズシッ、ズシッ、ズシッっと背中がダンダンと重くなるのを必死に我慢する。

 

全員を乗せた時には亀よりも遅いスピードで飛行していた。

 

 

「お、重ッ……くねぇよ……! 女の子は、綿のようにッ、軽いんだッ……!」

 

 

「その理想は捨てなさい。絶対重いはずよ。重い機械も乗せているんだから」

 

 

ちくしょう……女の子だけだったら余裕なのに……! 機械兵器がすっごい重い!!

 

ゆっくりと下降し、道路に倒れて着地する。アリアは倒れる前に脱出した。

 

もうこれ以上……動けましぇん……。爆裂魔法も出せる気がしましぇん。元々出せねぇよ。

 

 

「……これ、精霊なの?」

 

 

「わ、分からないわ」

 

 

「精霊は女だったはずよ。これは男でしょ?」

 

 

「でも羽があるのよ?」

 

 

「助けてくれたのでしょ? 味方という線は?」

 

 

「ない、と思う」

 

 

女性たちが話し合っているが、どうでもいい。俺の背中からどけ。

 

 

「生きてるかしら?」

 

 

「ギリギリ」

 

 

「そう」

 

 

アリア先輩、生死確認の仕方が雑じゃないですかね? 生きてるからいいけど。

 

 

バチバチガシャアアアアアァァァンッ!!

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

上空から耳を劈くような雷鳴が轟いた。耳を塞ぎ、全員が驚きながら空を見上げる。

 

 

「美琴ッ……美琴おおおおおォォォ!!」

 

 

目を疑うような光景に美琴の名前を思わず叫ぶ。

 

美琴の周りで弾けていた紅い電撃がさらに激しさを増し、ついには空を埋め尽くした。

 

花火のように綺麗とか生易しい光景には見えない。まるで世界が終わるかのような悲惨な光景だった。

 

 

「またかッ……総員退避ッ!!」

 

 

女性指揮官の指示が飛ぶ。隊員の女性たちは必死に逃げようとする。しかし、それは悪手だ。

 

 

バチバチッ!!

 

 

「キャアッ!!」

 

 

「チッ!!」

 

 

音速で移動し、女性たちに降り注ごうとした電撃を刀で弾く。

 

 

「お前らを守る機械は動かせねぇのに、動き回るんじゃねぇ! 死にたくなかったら俺の後ろにいろッ!!」

 

 

俺の怒号に女性たちは互いに目を合わせてどうするか戸惑っていたが、すぐに俺の背後へと集まる。

 

 

『どうしよう……また……止まらないッ……!?』

 

 

恐怖に染まった美琴が震える体を自分で抑えている。その姿は、あの悲劇の光景と重なった。

 

 

―――美琴の背中に黒い矢が刺さる瞬間と。

 

 

それだけは、もう見たくない!

 

 

「———ォォォおおおおおッ!!!」

 

 

ザンッ!!!

 

 

腹の底から出した声と共に刀を振るう。刀から放たれた緋色の爆炎が紅い電撃を相殺する。

 

後ろには大切な人がいる。機械を動かせない女性たちがいる。

 

この場にいる全員を、救わなければ意味が無い! だけど、美琴に……!

 

 

(クソッ! 近づけねぇ!!)

 

 

一番救いたい大切な人を救えない。それが一番の苦痛だった。

 

 

ガガァドゴオオオオオンッ!!!

 

 

街を破壊するかのような、巨大な落雷が最後に轟いた。

 

目を焼き尽くすような閃光が、瞬いた。

 

 

________________________

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……!」

 

 

息を切らしながら周囲を見渡す。建物はほとんどが瓦解し、黒く染まっていた。

 

あの雷撃が全てを焦がし、崩壊させたことを物語っている。

 

空を見上げれば、そこにはもう美琴はいない。あの一瞬、美琴は瞬間移動でもしたかのように、姿を消した。

 

唯一、俺の背後だけ被害は無かった。女性たちが驚きながら辺りを見ている。

 

 

「大樹ッ!?」

 

 

アリアが俺の体を支えながら駆け寄って来る。俺はグッと親指を立てて大丈夫なことを伝える。

 

 

「……助かった。正直、アリアの力が無かったら厳しかったぜ」

 

 

「無理はしなくていいわ。美琴が無事なら、これから何度も会えばいいでしょ」

 

 

簡単に見抜かれていることに驚きを隠せない。美琴のことでショックを受けている俺が無理をしていると、すぐにバレてしまった。

 

アリアは小声で俺の耳元で話す。

 

 

「……それよりここを離れましょ。目立ったからには、身を隠す必要があるわ」

 

 

「そうだな。一緒にゲームしながら引き籠るか」

 

 

「……一緒にゲームをすることには文句はないけど、引き籠りはお断りよ」

 

 

半分断られました。一緒にやるゲームは有名なマ〇オさんに頼りますね。俺がキ〇ピオを使った時の戦闘力は53万ですよ? 〇リオより強いんダゼ?

 

 

「……………」

 

 

この場から離脱しようとアリアをお姫様抱っこした時、折紙と目が合った。

 

何て声を掛ければいいのか分からない。何て顔をすればいいのか知らない。

 

だが、情報は必要だ。短時間でたくさんの情報を集めたい。

 

 

「……一応、待っておくわ」

 

 

「ッ!」

 

 

俺はそう言い残し、跳躍して逃げ出した。

 

彼女を利用する、最低な理由だ。

 

 

________________________

 

 

 

「大樹ッ!!」

 

 

セキュリティ対策が施された緊急用出入口の扉は端末を使ってハッキング。簡単に開錠することができた。

 

一番最初に俺の名前を呼んだのは原田。原田は俺の背後に回り腰辺りに腕を回した瞬間、

 

 

「死ねやオラァ!!」

 

 

ゴンッ!!

 

 

「はぁんッ!?」

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

後方に反り投げ、ジャーマン・スープレックスを決めた。大樹は頭部から堅い床にめり込ませてノックダウン。カンカンカンカンッ!!っとゴングが高らかに鳴ったような気がした。

 

 

「ここからでもお前が神の力をフルで使ったのが分かるんだよ! 絶対目立っただろ!? 絶対目立っただろ!?」

 

 

大事なことなので二回も言う原田。

 

 

「もごご! もごもごもごもぉ!!」

 

 

「あぁ!? 『違う! アレは仕方ない!』だと!? うるせぇ! テメェは何度注意されれば気が済むんだ!?」

 

 

頭がめり込んだ大樹に説教をする原田。異様な光景に全員がドン引きした。

 

アリアは何があったか事情を説明し、話を聞いた原田は頭を抱えている。

 

ティナは大樹の頭を床から抜こうと頑張っていた。

 

 

「もげそう」

 

 

「でも、また生えますよね?」

 

 

「何それ怖い」

 

 

頭を床から引っこ抜いた後は優子たちから説教を受けた。

 

 

________________________

 

 

 

シェルターは無人になり、俺たち以外の人たちはいなくなった。放送で空間震は終わったと報告されたからな。いつまでもここにいる理由は無い。

 

もうすぐ俺の娘が来る……ってだから俺はッ……もうこの下りはいいか。そろそろしつこい。

 

初日から波乱だな。ん? いつも通りか? それはヤバいです。

 

シェルターに備え付けられた自販機からジュースを買い、飲んでいると、

 

 

「……来たようだな」

 

 

入り口からコツコツと靴の音を鳴らしながら近づいて来たのは自称俺の娘である鳶一(とびいち) 折紙(おりがみ)。最初に出会った時と同じ制服だ。

 

一同は息を飲み、視線を彼女に集める。

 

 

「さぁて、詳しく―――って待て待て待て待て」

 

 

俺の言葉は途切れてしまった。折紙は俺に向かってどんどん近づいて来たからだ。その速さ、止まることを知らない。

 

壁まで追い詰められたが、折紙は俺の体に触れるから触れない距離で止まってくれた。

 

 

「もう二度と、あんな危ない真似はしないで欲しい」

 

 

「は、はいッ」

 

 

(((((素直ッ!?)))))

 

 

大樹の素直さに周りは驚愕。だって凄いよ? 何か凄い圧力を感じる。

 

 

「そ、それで話を聞きたいことがあるのだが……」

 

 

「大丈夫」

 

 

ガシッ

 

 

折紙は俺の腕にガッチリと抱き付き、そのまま出口へと―――

 

 

「「「「「ってちょッ!?」」」」」

 

 

あまりの自然な流れ過ぎて反応が遅れた。左腕は折紙に掴まり、右腕は女の子たちに掴まれた。

 

 

「痛いッ!? 千切れる!?」

 

 

「私とお父さんはこれから大事な話がある。邪魔をしないで欲しい」

 

 

「邪魔とかの問題じゃないわよ!」

 

 

「大樹君を連れて行く理由はないでしょ!」

 

 

「あ、普通に俺のことはスルーされてて逆に安心したわ」

 

 

アリアと優子が反論しながら俺の腕を引っ張る。やっべ、超痛い。

 

 

「極秘とされた話にあなたたち一般市民を巻き込むわけにはいかない」

 

 

「それなら大樹さんも一般市民です!」

 

 

「え? ……そ、そうね!」

 

 

黒ウサギの言うことは正しいが、おい待て真由美。今、俺の顔を見て一般人じゃないだろって顔しただろう。傷付くわ。

 

 

「大樹さん。折れてしまうかもしれませんが、本気を出していいですか?」

 

 

「よくない。全然よくない」

 

 

確かにティナが本気を出せばこの状態は解かれるだろう。でもやめて。

 

 

ピッ ガシャンッ

 

 

原田(アイツ)は何でジュース買ってんだよッ!? ぶっ飛ばすぞ!?

 

……腕がミシミシ言っているので、そろそろ止めないと。

 

 

「な、なぁ鳶一。大事な話って言っても―――」

 

 

「折紙」

 

 

「ん?」

 

 

「折紙と、呼んで欲しい」

 

 

「……こ、今度な。それより———」

 

 

「呼んで欲しい」

 

 

「……あの」

 

 

「呼んでほしい」

 

 

「……折紙。大事な話をここでやって欲しい」

 

 

「分かった」

 

 

何で俺の言うことだけは頷くのでしょうかねぇ? ほらぁ、嫁たちの視線が痛いよ? 熱い視線で体に風穴が開いちゃうよ? アリアはちょっと拳銃に弾を入れ始めているし物理的にも開いちゃうよ?

 

 

「とりあえず、最初から話そう。まだ状況を理解できていない人もいるからな」

 

 

「最初……日程から?」

 

 

「うん、ごめん。何の話をしてるお前?」

 

 

ヤバい。また話が噛み合っていない気がする。折紙は首をコテンっと横に傾げて俺に確認する。

 

 

 

 

 

「結婚式?」

 

 

 

 

 

「おい待て待てよ待つんだ待ちやがれぇ!?」

 

 

「「「「「ええええええェェェ!?」」」」」

 

 

「ブフッ!?」

 

 

俺は両手を挙げて驚愕。嫁たちも驚愕。原田は噴き出した。

 

 

「違う?」

 

 

「大いに違うわッ!! 原田に向かってイケメンって言うくらい違うわ!!」

 

 

「んだとテメェ!?」

 

 

「そもそもお前は俺の娘じゃなかったのか!?」

 

 

「血は繋がっていない。つまり結婚はできる」

 

 

「『つまり』の使い方から話が飛躍し過ぎだろ!? お父さんビックリだよ!?」

 

 

「お義父さんだから問題無い」

 

 

「大アリだあああああァァァ!!! というか日程ってそもそも何だよ!?」

 

 

折紙は少し考えたと、答えを口にする。

 

 

「初デートは———」

 

 

「だからそれは違ぇって言ってんだろうがぁ!? お前はどこに迷走しているんだよ!?」

 

 

「出会いは———」

 

 

「医者を呼べぇッ!! もう俺の手には負えねぇぞ!!」

 

 

強敵すぎる。この俺を軽く超えてやがるぞ。

 

 

「精霊だよ精霊! お前らが攻撃しようとした精霊の話を聞こうとしているんだよ!?」

 

 

俺の言葉でやっと話を戻すことに成功。折紙は首を横に振った。

 

 

「それはもっと極秘。話すことはできない」

 

 

「……パパのこと嫌いか?」

 

 

「少しだけなら話せる」

 

 

原田と女の子たちはその場で転んだ。

 

原田は苦笑いで二人のやり取りを見守る。

 

 

「アイツ……もう立場を利用しているな」

 

 

「言いたいことはたくさんあるけど、()()見逃すわ……」

 

 

アリアの一言に全員が賛成した。()()、大樹のお仕置きが確定した瞬間である。

 

 

「じゃあ話してくれ」(お仕置きか……エロいことだったらいいなぁ……まぁそんなこと絶対にありえないが)

 

 

「大人数には話せない。やはり二人になれる場所が好ましい」

 

 

「はぁ……最後に俺は聞いた話を皆に教えるぞ? 変わらないだろ?」

 

 

「それは構わない。ただ———」

 

 

折紙は視線を横に移す。視線を追うと、言葉の意味が分かった。

 

 

「———聞かれると、とても困る」

 

 

視線の先には監視カメラが設置されていた。なるほど、ここで話せないのは本当だったのか。

 

今のやり取りでアリアとティナが勘付いてくれた。二人は周りに小声で説明し終えた後、アリアは頷いてくれた。よし、許可を貰えたか。良かったー! でも目の瞬きでモールス信号送るのやめてくれないかな? 『浮気は風穴』ってめっちゃ怖いんですけど? やだもー。

 

 

「分かった。場所を移そう。どこか良い場所はあるのか?」

 

 

俺の質問に折紙は頷いたので、俺はついて行くにした。

 

 

 

そしてこの選択は、(のち)に後悔することになると大樹は知らない。

 

 

 

波乱の一日……いや、最悪はまだ終わりを告げていない。

 

 

 




うわー、ヒロインが誰なのか全然わかんないやー(棒読み)


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ありえない過去



昨日人生初、警察から職質されました。

アレ、めっちゃ怖いですね。すぐに誤解が解けて良かったです。万引きなんてしませんよ。


……万引き犯に間違われたことが一番のショックである。


「いただきます」

 

 

俺は手を合わせた後、お箸でサンマの塩焼きを白米と一緒に食べる。

 

 

「うん、美味いな。たくさん練習しただろ?」

 

 

俺は()()()()()()()して隣に座った折紙に尋ねる。

 

折紙は小さく首肯した。

 

 

「偉いな。これなら将来は良いお嫁さんになれるぞ」

 

 

「私は誰とも結婚するつもりはない」

 

 

「何ッ!?」

 

 

折紙の一言に俺はショックを受けるが、折紙はピタッと肩同士をくっつける。

 

 

「お父さんがいればいい」

 

 

「……ハハッ、お父さんは嬉しいけど、ちゃんと見つけるんだぞ」

 

 

折紙は黙って答えなかったが、大丈夫だと思っておこう。

 

しばらく沈黙が続いていたが、嫌な空気ではなかった。

 

パパというモノはまだよく分からないが、折紙が幸せならそれでいいか。

 

俺は、この子を幸せにしてみせる。

 

折紙のためなら、何でもできる。また明日から仕事を頑張れそうだ。

 

 

―――だって俺は、折紙のお父さんだから!

 

 

 

 

 

~ Fin ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「って違うわあああああああァァァァ!!」

 

 

大声を出しながら立ち上がって否定した。危ねぇよ!! もうすぐこの物語が訳の分からない状態で終わるところだった!?

 

 

「ツッコミどころが多過ぎる! 何でメイド服なの!? 何で俺はお前の家で飯を食べているの!? 何で麦茶が紅いの!? ドーユーコートー!?」

 

 

頭はボーッとして熱いし、体が燃えるように火照るし、サンマ美味いし、麦茶は痛い!? 何を入れたらこうなるの!?

 

意味が分からねぇ! 意味というかもう何か分からねぇ! 何が分からないのか分からねぇ!! 分からないぐああああああァァァ!?

 

 

「冷たい水はある」

 

 

「ああ……サンキュー」

 

 

ゴクッ (一気に飲み干す)

 

 

ブフッ!!!! (一気に噴き出す)

 

 

「喉が冷たああああ痛いいいいいィィ!?」

 

 

あまりの衝撃の強さに、俺はその場に倒れてしまう。何で水が紅いんだよぉ!?

 

心臓がバクバクと激しく暴れている。し、死ぬのかな……?

 

 

「……………」

 

 

「……ぁ?」

 

 

気が付けば折紙は俺の腹に(またが)り、覆い被さって来た。

 

もう無理です。ツッコミが追いつかない。どうすればいいのですか……?

 

 

「……何してんだよ」

 

 

「だめ?」

 

 

まじかコイツ。

 

 

「この作品、R-15だから駄目」

 

 

「描写しなければ問題ない」

 

 

あるわボケ。あり過ぎてヤバいわ。

 

というかマジでどいてくれ。俺の理性がヤバイから。女の子の良い匂いとかでヤバいから。俺がオオカミになる前にどけぇ!!

 

 

「そこをどけ。じゃないと食うぞ」

 

 

俺の脅しに折紙はシュルッと胸元のリボンを外して―――ん!?

 

 

「落ち着けぇ!? 俺が間違えたッ!! だから落ち着けぇ!!」

 

 

折紙の腕を掴んで止める。危ない。もう少しで下着が見えるところだった。見たら殺される。主にアリアたちに。

 

 

「……脱がすの?」

 

 

「お前の頭マジで大丈夫かおいッ!?」

 

 

高速で折紙の胸元のリボンを結ぶ。今まで会って来た女の子たちの中で断トツで翻弄(ほんろう)されている。

 

とにかく折紙をどかさないと……!

 

 

「下から?」

 

 

「もうやめてくれえええええェェェ!! もうツッコミ切れねぇえええええェェェ!! お願いだあああああァァァ!!」

 

 

スカートに手を伸ばす折紙に涙を流しながら降伏した。

 

結果は俺の惨敗である。

 

 

 

________________________

 

 

 

俺の本気の声を聞いたおかげか、折紙は話をしてくれることになった。まぁ隣に座って距離がクソ近いことは見逃そう。一回一回ツッコミを入れていたら死ぬ。物理的にも精神的にも死ぬ。死因、ツッコミとか嫌だわ。……死因が鉄アレイの俺が言えたことじゃないけど。

 

極秘の情報で教えることは制限しような素振りを見せたので、「俺はパパだろ?」っと言うとスラスラ~ッと話してくれた。お父さん、お前が心配で心が張り裂けそう。

 

 

「つまり空間震とは元々自然に発生する災害の一種ではなく、精霊が出現する時の余波のようなモノと考えていいか?」

 

 

折紙はコクリッと頷く。よし、合っているようだな。

 

 

「それをロボットみたいな機械を使って対処するあの女の人たち―――正義のヒーローたちってところだろ?」

 

 

「兵器の名称は『CR-ユニット』。精霊を倒すのは【AST】の仕事」

 

 

折紙から聞いた『CR-ユニット』と【AST】の話をまとめるとこうだ。

 

対精霊部隊(アンチ・スピリット・チーム)———通称【AST】は精霊を武力で殲滅(せんめつ)する特殊部隊のことで、強力な力を持つ精霊に対抗するために戦術顕現装置搭載ユニット(コンバット・リアライザユニット)———『CR-ユニット』を装備して戦うそうだ。

 

 

なるほど、分からん。

 

 

いや、理解はしている。むしろ推測でこれは折紙が悪いわけじゃない。30分掛かった長い説明を10秒で説明した俺が悪い。そもそも科学技術で『魔法』を再現するスシテムとか言うんだぜ? 信じられないだろ? え? CAD? ウッ、頭がッ。

 

 

「お前らのことは街の連中は知らないんだろ?」

 

 

折紙は頷いて肯定。精霊は一般人には知られていない秘密……ならばお偉い上の人間たちが知っていることになる。

 

 

(つまり偉そうにしているオッサン共を脅す日は近いようだな)

 

 

もし悪さしていたら変えてやるよ。東京エリアのように、俺に絶対服従させる日が来るぞ日本よ。

 

っと半分冗談なことは置いといて、

 

 

「そんなことより一番聞きたいことはお前たちが呼んでいた【ライトニング】のことだ。情報を教えろ」

 

 

一番知りたかったのはこれだ。美琴の情報だけは些細なことでも、何としても手に入れたい。

 

 

「何故?」

 

 

「俺の………大切な人だからだ」

 

 

あと少しで『俺の嫁』と言いそうになった。これ以上話をこじらせない。アリアに言われたことはちゃんと学習しています。

 

 

「大切な人……」

 

 

「ああ」

 

 

「そう……」

 

 

折紙は目を閉じて数秒の間を作る。そして再び目を開いて俺の顔を見た。

 

 

「私は、違うの?」

 

 

「ッ」

 

 

言葉に詰まった。

 

俺からすれば明らかな他人だ。でも、折紙の言動を見るとそうは思えなくなってしまう。

 

誕生日や好きなモノを知っている。これがどうやっても説明がつかない。言動は演技できるが、情報はごまかせない。

 

折紙の返事は、ただ思ったことを告げることにした。

 

 

「……俺は本当に鳶一 折紙という人は知らない。大切な人と気軽に言えるような関係でもない」

 

 

「……………」

 

 

「だけど、お前の押しの強さには負けたよ。とりあえず、認めてねぇけどパパ(仮)でいいよもう。それなら大切な娘の出来上がりだ」

 

 

「ッ!」

 

 

我ながら自分が甘いと思うが、これが俺の思ったことだ。アレだけ俺のことを知っている人をお前は他人とか簡単に言えねぇよ。

 

言わばこれは妥協。パパ(仮)ならオーケーということだ。本当は全然良くないけど、ドンッと突き放す最低な選択よりマシなはずだ。

 

 

「これで文句はないよな?」

 

 

恐る恐る折紙の表情を見ながら聞く。

 

その時、ほんのわずかだが折紙の口元が緩んだ。

 

 

(何だよ……笑うことできるじゃん……ほんの少しだが……ほんの少し……うん)

 

 

普通に見ていたら見抜けないぞこれ。だが喜んでくれたことには俺も嬉しいな。よし、これでもう大丈夫だな。

 

 

「でも、私としては思い出して欲しい」

 

 

「……まぁそうかもしれないが……」

 

 

ふぇ……無理だよぉ……! どうやっても思い出せないよぉ……!

 

どうしようか悩んでいると、折紙は机にあったメモ用紙に何かを書き、俺に渡して来た。

 

メモを受け取りそれを読む。そこには『西天宮(てんぐう)公園のオブジェ前』と住所が書かれている。

 

 

「……これは?」

 

 

「明日、お父さんと過ごした街や場所を一緒に歩きたい」

 

 

「……ほう」

 

 

「つまり、デートして欲しい」

 

 

うん、その接続詞から続く言葉はいらないかな。というか俺、可愛い嫁たちにどう説明すりゃいいんだよ。何回死ねばいいんだよ。

 

 

「お父さん(仮)だからデートとは―――」

 

 

「デート」

 

 

「いや、そんなことは———」

 

 

「デート」

 

 

「親孝行とか―――!」

 

 

「デート」

 

 

「———分かったよッ!! デートだな!! いいよデートでッ!! もうデート行くぞゴラァ!!」

 

 

俺は意味の分からないキレ方をする。もうどうにでもなれ。

 

 

「デートしてやるから【ライトニング】の情報を―――」

 

 

「デートの時に話す。これが条件」

 

 

ちっくしょうッ!

 

 

________________________

 

 

 

俺は今……どうなっていると思う?

 

嫁に説教されている? 嫁に折檻されている? どちらも違う。

 

この土地の地図や雑誌、必要な買い物を済ませた後、すぐに帰っていた。空は黒に染まり、嫁たちがいるホテルに行こうとした途中、さらに暗い路地に入ったのだが、そこに異常と言える出来事が起きた。

 

 

「……………」

 

 

気が付けば誰かの視線を感じた。一つじゃない。多くの視線がある。

 

足を止めて振り返る。誰もいないように見えるが、それは違う。

 

 

「かくれんぼするのは好きな方だが、今度にしてくれないか」

 

 

「あら、あら」

 

 

女性の声が、背後から、上から、前からも聞こえた。

 

路地の大きな暗い影が(うごめ)く。壁や床から声が聞こえるが、俺の目の前に一人の女性が現れた。

 

赤と黒のヒラヒラしたドレスを着ており、右目と左目の色が違う女の子だった。左右に結った髪の長さは違うが、これまた美少女だということは間違いない。

 

彼女の左手には古式の短銃を握っており、異常なことに関わられていることを示している。

 

 

「お久しぶりですわね。一体今までどこを歩いていたのですか?」

 

 

女の子は頬を緩めながら俺の顔を見る。だが、そんなことはどうでもいい。

 

 

「……おい。今、『お久しぶりですわね』っと言ったか?」

 

 

「……そうですわよ?」

 

 

またか!? 何でこの世界は俺のことを知っている奴が多いの!?

 

 

「何度でも言ってやる。俺はお前らを知らない。誰かと勘違いしているはずだ」

 

 

俺の突き放した言葉に女の子はキョトンとした表情になり、

 

 

「———ああ、そういうことですのね」

 

 

楽しそうに笑った。

 

まるで全てを理解したかのように、謎のヒモが(ほど)けたかのように、嬉しそうにしていた。

 

 

()()ですのね。あらあら、不幸なお方ですこと」

 

 

……この違和感は何だ。

 

この世界で、何が起こっている。俺が居ない間、何があったんだ?

 

在ってはならない俺の歯車が存在し、今は欠けてしまっている。

 

俺の歯車だけが狂っている世界。そんな世界に吐き気がしてしまう。

 

 

「……その銃で俺を撃つのか?」

 

 

「そんなことありませんわ。()()()()()()とはいえ、命の恩人に無礼なことはしませんわ」

 

 

パパの次は命の恩人か。いやー、照れるなー。

 

 

「あっそ。じゃあ俺はこれで帰る―――ってわけにはいかないか」

 

 

道を引き返そうとするが、女の子がステップしながら俺の前に出て来た。もし銃を持っていないことと暗い路地じゃなかったら嬉しいシチュエーションだが、経験上、そんな展開になるわけがない。

 

 

「ふふ、そうつれないことをおっしゃらないでくださいまし」

 

 

「あー、実は明日デートだから早く帰って寝ないといけないから……見逃して?」

 

 

「ええ、大丈夫ですわ」

 

 

蠢いていた影の中から白い手が一斉に現れる。

 

ズズズっと白い手が徐々に出て来て姿を現した。

 

 

「……どんな手品だよこれ」

 

 

()()()()()()()()()たちが俺を囲んだ。

 

全員が同じ顔。双子や三つ子とかそういう話ではない。全く同じ、分身したかのようだった。

 

 

「驚きまして?」

「あらあらあら」

「いかがでして?」

 

 

全員がそれぞれ別のことを話している。彼女たちには自身の意志があるように見えた。

 

多分俺の顔は引き()っているだろう。ちょっとこれは笑えない。

 

 

「夜の散歩に、出掛けませんこと?」

 

 

そう言って女の子は一斉に銃口を俺に向けた。

 

 

________________________

 

 

 

ホテルは二つの部屋を取った。大樹と原田で一室。女の子たちで大きな一室を使っている。

 

原田は大樹より凄くはないが、ある程度のハッキングはできるので現在部屋に籠って情報機関と戦っている。

 

時刻は20時になり、優子とティナはお風呂に入っていた。ちなみに優子はティナと一緒に入りたいがために(ry

 

アリアと黒ウサギ。そして真由美の三人は大樹の帰りを椅子に座って待っていた。

 

 

『次のニュースです。五年前、世界中で話題となっていた全自動(オールオート)システムの人工衛生、【蒼穹の翼(スカイブルーウィング)】との―――』

 

 

次々と流れるニュースを見ながら暇を潰しているが、

 

 

「……さすがに遅すぎるわ」

 

 

短い針が『Ⅷ』を指している時計を見ながらアリアは呟いた。

 

 

「そうね。もうすぐ帰るってメールは来ているのに、あれから連絡がないわ」

 

 

真由美は携帯端末を見ながら心配そうにしている。黒ウサギも暗くなった窓を見て不安な表情になる。

 

 

「何か……巻き込まれたのでしょうか」

 

 

「……悪いけど黒ウサギ。あたしはどうしても思ってしまうわ」

 

 

アリアは言いにくそうしていたが、言葉を出す。

 

 

「また女の子に、絡まれていそうだわ……」

 

 

「「あー」」

 

 

黒ウサギと真由美はつい同感してしまった。

 

そして、彼女たちの予想は当たっている。現在進行形で。

 

 

「それより今後のことを話しましょ。美琴は見つかったのだから、後はどうするかよ」

 

 

「でも具体的にどうすればいいのよ? 今まで大樹君がして来たことと言えば———」

 

 

真由美が顎に手を当てながらこれまでのことを思い出す。アリアたちも一緒に思い出す。

 

 

・とにかく優子と仲良くして思い出して貰うゴリ押し。

 

・服を脱がして無理矢理意識を取り戻させたゴリ押し。

 

 

「「「これは酷い」」」

 

 

きっとロマンチックな物語なら思い出の場所を巡ったり、主人公のカッコイイセリフで記憶が蘇ったりするのだろう。

 

まぁ大樹にそんな期待をする方が間違えているのだろう。

 

 

「その……美琴さんは何か言っていましたか?」

 

 

「……いいえ、()()()()()()()だわ」

 

 

黒ウサギの質問にアリアは不可解な答えを返した。すぐに真由美が追求する。

 

 

「どういうことかしら?」

 

 

「大樹はずっと美琴と話しているようだったけど―――」

 

 

アリアは首を傾げながらあの時のことを思い出していた。

 

 

 

 

 

「———美琴の声、一度も聞こえなかったのよ」

 

 

 

 

 

 

________________________

 

 

 

「ああくそッ! しつこいぞお前ッ!」

 

 

俺は未だに同じ容姿をした女の子たちに追いかけられていた。あれからずっと追いかけられているが、終わる兆しが見えない。

 

このままホテルに帰るのは危険だ。とにかく撒かなければ……!

 

ビルの屋上を走り、跳躍して奥にある新しいビルの屋上に飛び移る。その際、背後から飛んで来る銃弾に気が付き、手に持っていた買った物を袋ごと投げつけて銃弾を逸らす。

 

買った物が銃弾に当たった瞬間、袋は弾けず、映像を停止したかのように空中で動かなくなってしまった。

 

 

(やっぱり普通の銃弾じゃねぇよな……!)

 

 

当たったら厄介だ。舌打ちをしながらビルのドアを蹴り破り、中に侵入する。

 

階段を全て飛ばして一階まで一気に降りる。

 

 

ドンッ!!

 

 

床を壊しながら着地し、再び走り出す。会社の広いロビーまで来た所で俺は足を止めた。

 

 

「……チッ」

 

 

入り口には既に5、6人の女の子が待ち構えていた。引き返そうとするが、既に2、3人の女の子が退路を断っている。

 

さらに別の場所から女の子が何人も姿を見せ始める。

 

 

「また囲まれたか……」

 

 

「今度は逃がしませんわよ」

 

 

さっきの『あんな場所に激可愛な猫ちゃんがッ!?』で引っかかったからな。うん、まぁ、いいんじゃない? 猫は俺も好きだから。

 

 

「俺は命の恩人じゃなかったのかよ……」

 

 

「だから言ってるではありませんか」

 

 

女の子たちは一斉に銃口を俺に向ける。

 

 

「わたくしと交わるだけでいいっと」

 

 

「お前のその交わるは〇〇〇〇(ピー)じゃなくて殺す気だろうがぁ!!」

 

 

ガキュンッ! ガキュンッ!

 

 

飛んで来る無数の銃弾を体を反らして避ける。この程度の攻撃じゃ当たらない。

 

しかし、避けれる動作を封じられれば話は別となる。

 

 

ガシッ!

 

 

「うひッ!?」

 

 

両足を掴まれた瞬間、変な声を上げてしまった。

 

下を向けば床の黒い影から白い手がいくつも伸び、俺の足を掴んでいた。

 

 

「ぎゃあああああァァァ!? ホラー過ぎる!? 怖ぇよ!?」

 

 

SANチェック入りまーす。 ハイッ! SAN値ピンチ! SAN値 破ッ!! ってどっかのニャルラトホテプを名乗った女の子の方が百万倍良いだろこの状況。

 

 

「あらあら? これでは動けませんわね」

 

 

「フッ」

 

 

女の子の脅しは通用しない。俺は鼻で笑いながら片膝を着いてしゃがむ。

 

その光景は女の子からすれば大樹は白旗を上げて負けを認めたかのように見えた。

 

 

「降参するのですか? 諦めが良いのは感心―――」

 

 

「おい」

 

 

ガシッ

 

 

逆に俺は白い手を掴んでやった。

 

 

「今すぐ放せ。さもなくば……」

 

 

「ふふふ、どうしますの?」

 

 

 

 

 

「この手に、トラウマになってしまうくらいすっげぇエロいことをする」

 

 

 

 

 

女の子たちの笑い声がピタリと止まった。

 

そんな状況でも大樹は構わず説明する。

 

 

「具体的にはまず手の平を〇〇〇(ピー)して〇〇〇〇(バキューンッ!)をする。その後は俺の〇〇〇(自主規制)〇〇〇(R-18)〇〇〇〇〇(大樹だぜ!)してやる」

 

 

大樹の脅しに女の子は羞恥に顔を赤くすることを通り越して真っ青になっていた。笑みが引き攣っているのが遠目でも分かる。

 

白い手が怯えるように影の中へと戻って行く。空気は気まずいどころの話では無い。

 

 

「お、おかしいですわね。一体あの時から何があったのですか……」

 

 

「そうだな……今、俺には結婚を約束した6人の嫁がいる」

 

 

※ 嘘です。

 

 

士道(しどう)さんは違ったベクトルのお方になられたのですね……」

 

 

誰だソイツ。ハーレム作っているなら最低だな士道という(やから)は。ブーメラン? 何ソレ美味しいの?

 

 

「いつも俺に『大好き! 永遠に愛してる!』って毎朝と寝る前に言われているからな」

 

 

※ 大嘘です。

 

 

「ふぅ……全く、寝られない夜も何回あったことか……」

 

 

※ お巡りさん、変態はこっちです。

 

 

「さて、そろそろ鬼ごっこは終わりだな」

 

 

ゆっくりと後退して、フロントの上に座る。手を後ろに伸ばし、ニヤリッと笑った。

 

 

「防犯ベルを鳴らしちゃうけど……いいか?」

 

 

「ッ……」

 

 

女の子は怪訝な表情になる。こういう場所にはそういうモノが設置されていることが多いんだよ。勉強しな。

 

俺の予想だが、絶対に目立ちたくないはずだ。監視カメラの一つ残らず壊して回るほど、映りたくない気持ちが現れている。

 

それにこの時代は結構ハイテクだからな。衛生カメラとか使っちゃえばすぐに映像に映るだろう。

 

 

「さぁて、ここでお開きにすれば―――」

 

 

「あら、あら? 何を勘違いしていらっしゃるのですか?」

 

 

女の子の笑い声に俺は眉を寄せる。

 

 

「別に押して頂いても構いませんのよ?」

 

 

嫌な予感がした。すぐに防犯ベルを押すが、一向に警報は響かない。

 

 

「……手回し、ちょっと早過ぎないか?」

 

 

「同じ手は通じませんわ」

 

 

もー、昔の俺よ! 何やってんのよ! 知らねぇよちくしょう!

 

【神刀姫】で一気にケリをつけてもいいが、どうも女の子相手だと攻撃したくない気持ちがあって抵抗が強い。猫好きなところを見たせいでさらに強くなっているし。

 

 

「命の恩人になんてことを!」

 

 

「覚えていないのでしたら、意味はありませんわ」

 

 

「確かに」

 

 

いやいや、納得してんじゃねぇよ。

 

 

「ほいッ」

 

 

バチンッ!!

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

防犯ベルを無理矢理引き剥がし、ベルについていた電線が千切れて火花を散らした。

 

その電線を掴み取った大樹を見た女の子たちは嫌な予感がした。

 

 

「なら……これは予測できたか、お嬢様?」

 

 

右手が黄金色に輝き、バチバチ飛ぶ電気が激しさを増した。

 

【神格化・全知全能】を電線に使った。そんなことをすれば当然―――

 

 

バチバチガシャアアアアアァァァン!!!

 

 

―――こうなる。

 

雷が落ちたかのような轟音が響き渡り、壁に埋め込まれた電線が全て焼き上がりあちこちで壁から火が燃え始めた。

 

 

「どうする? さすがに目立ってしまうだろ?」

 

 

「悪い人……これでは遊んでいる暇は無くなりますわ」

 

 

あまり残念そうにしていない表情が非常に(しゃく)であるが、これで引いてくれるはずだ。

 

 

「ですが———」

 

 

しかし、俺の予想は(ことごと)く砕かれる。

 

女の子は古式の銃を新たに影から出す。今度は長銃だった。

 

 

「———ぜぇったい、逃がしませんわぁ……!」

 

 

ヤンデレかな?(泣きながら震え声)

 

 

「さぁおいでなさい……【刻々帝(ザフキエエエエエエエエル)】!」

 

 

その瞬間、女の子の背後から巨大な時計が出現した。

 

ローマ数字が使われた時計盤。中心にある無数の歯車が(せわ)しく回る。

 

不可解なことにその時計には針が無い。しかし、彼女の武器を見てすぐに分かった。

 

 

(長銃と短銃……なるほど、あの時計は武器と連動しているに違いない)

 

 

予想は当たる。

 

 

「【刻々帝(ザフキエル)】———【二の弾(ベート)】」

 

 

文字盤の『Ⅱ』から影が溢れ出し、女の子の持った短銃へと吸い込まれる。そして銃口を地面に向けて、

 

 

ガキュンッ!

 

 

撃ち出した。

 

変化はすぐに起きた。ユラユラと燃えていた周囲の炎が一斉に動きを鈍ってしまったのだ。

 

 

「これで安心ですわね?」

 

 

「何でもアリかよ……!」

 

 

ガキュンッ!

 

 

再び女の子たちが銃を発砲し始める。飛んで来る銃弾は遅いので避けれるが、また女の子が何かをし始めていた。

 

 

「【刻々帝(ザフキエル)】———【一の弾(アレフ)】」

 

 

今度は『Ⅰ』の文字盤から影が溢れ出し、また短銃へと吸い込まれた。

 

だが次は違った。銃口は女の子の(あご)に当てて引き金を引いていた。

 

 

ガキュンッ!

 

 

「ッ!」

 

 

自殺。いや、そんなはずはない。あれはきっと―――!?

 

 

フッ

 

 

そして、女の子の姿が消えた。

 

 

ガキュンッ!!

 

 

「くぅッ!?」

 

 

「ッ……!」

 

 

同時に背後へと回り込んでいた女の子。銃弾が飛んで来たが体を大きく反らして避けた。

 

回避されると思わなかったのだろう。女の子も眉を(ひそ)めて驚いていた。

 

今のは危なかった。急いで跳躍して女の子から距離を取る。

 

 

「……時間を早めたわたくしの動きに対応するなんて……普通じゃないですわ」

 

 

「お生憎様、『普通』じゃないのが俺なのでね」

 

 

シュンッ!!

 

 

大樹が一歩踏み込んだ瞬間、姿を消した。

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

女の子たちは息を飲み急いで辺りを見回して大樹を探す。

 

 

トンッ

 

 

「ッ……驚きましたわ」

 

 

女の子の背後に、大樹は居た。

 

【神刀姫】の柄を女の子の背中に付けている。

 

脅しだった。いつでもお前を斬れるというメッセージ。

 

 

「それで……か弱いわたくしにどんなことを要求すると?」

 

 

か弱い? 正気か貴様。

 

女の子は斬られることを恐れることなく、俺と向き合った。

 

 

「とりあえず名前を教えろ。後で警察に通報するから」

 

 

「その後は重要人物としてあなたが捕まりますわ」

 

 

「俺が警察なんかに捕まるとでも?」

 

 

俺の答えが面白かったのか女の子はクスクスと笑い、二つの銃を影の中へと戻した。

 

巨大な時計も消え、他の女の子たちが既に姿を消しているので恐らくもう何もしないだろう。

 

刀を抜刀して一振り、一閃の風が吹き荒れ燃え盛っていた炎を掻き消した。

 

 

「分かり合えて嬉しいですわ」

 

 

「分かり合えたらここまで戦ってねぇよッ」

 

 

そうですわねっと女の子はスカートの両端を両手でつまみ、優雅に名前を告げる。

 

 

時崎(ときさき) 狂三(くるみ)。精霊ですわ」

 

 

「だろうな。大体予想がついた」

 

 

「そして知りたいことは【ライトニング】……ですわね?」

 

 

「話が早くて助かる。その前に精霊について詳しく知りたい」

 

 

「いいですわよ、大樹さんなら」

 

 

やっぱり俺の名前を知っているか。ホント、どうなってんだこの世界。

 

 

「俺が聞かされたのは秘密にされた存在。そして殺さないといけない最悪な存在だということだ」

 

 

「あら、あら。それは酷いですわ。悲しくて泣いてしまいますわ」

 

 

えーんっとわざとらしい仕草で顔を手で覆う狂三。

 

 

「……………チッ」

 

 

「さすがのわたくしも、舌打ちはないと思いますの」

 

 

「悪い悪い。本気で泣いていたら慰めるけど、嘘泣きは駄目だ」

 

 

嫁は例外だけど。

 

 

「では今の舌打ちで傷つきましたわ。慰めてくださりますよね?」

 

 

「何すればいいんだよ」

 

 

「交わ「却下」……最後まで言ってないですわ、しくしく」

 

 

いつになったら本題に入れるんだこれ。

 

 

「大樹さんが眼球の片方くれるか、生き血を(すす)らせてくれるか、頭をよしよししてくれるかしないと話せませんわ」

 

 

ヤンデレだ。ヤンデレがいる。ゾッとしたんだけど。鳥肌が凄いんだけど。今すぐ帰って嫁に慰めて欲しいんだけど。

 

 

「よしよーし」

 

 

大樹は狂三の頭を少し雑に撫でた。撫でるというよりわしゃわしゃに近い。

 

狂三は目をギュッとつぶり笑っていた。

 

 

「そんなに乱暴にされると困りますわ」

 

 

「うるせぇ。いいから教えろ」

 

 

撫でるのをやめて話を聞く。狂三はやっと説明を始める。

 

 

「まず精霊には霊力があります」

 

 

チ〇ドの霊圧が消えた!? 違うだろ。精霊はソウル・ソ〇エティから来たのかよ。みんな卍解できちゃうのかよ。

 

 

「霊力が強ければ強いほど比例してその精霊も強くなります」

 

 

「……その霊力がどうしたんだよ」

 

 

「不思議なことに【ライトニング】から―――」

 

 

狂三は告げる。

 

 

 

 

 

「———霊力を全く感じないのですわ」

 

 

 

 

 

「は? それってどういう———」

 

 

俺の言葉は続かなかった。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

「「ッ!」」

 

 

天井が砕け、爆発したかのように瓦礫が飛ぶ。

 

突然の出来事に驚くが、狂三の体をお姫様抱っこして瓦礫を回避した。

 

 

ゴオォッ!!

 

 

「ハァッ!!」

 

 

「なッ!?」

 

 

ガギンッ!!

 

 

突如俺の頭上から振り下ろされた大剣に驚く。

 

急いで体を回転させて右足で大剣の側面を蹴り上げる。

 

 

(重ッ……!?)

 

 

ガギィイイイインッ!!

 

 

大剣の軌道は逸らすことができたが、振り下ろされた方向には斬撃波が放たれた。

 

入り口は粉々に吹き飛び、威力の強さに警戒を強めた。

 

落ちて来る瓦礫を次々と足場にして上へと跳躍する。開いた穴を通り抜けて屋上へと出る。

 

 

「今の何だよ!? また女の子だったぞ!」

 

 

「あらあら大胆ですわ」

 

 

「話くらい合わせろよ!!」

 

 

大剣を持っていたのは女の子だった。どこかの制服を着ているようだったが、不思議な力を感じた。これが霊圧……!? じゃあ今のが斬魄刀(ざんぱ〇とう)なのか!? だから話が違くなるから。

 

 

「逃がさんッ!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

床が爆発したかのように飛び散る。そこから再び大剣が俺の体に刃を向けた。

 

 

タンッ

 

 

後ろに軽く飛んで紙一重で避ける。そこでやっと大剣を持った女の子をじっくり見ることができた。

 

夜のような黒い髪、水晶の瞳をした絶世の美少女。街中で彼女を見れば誰もが目を奪われるだろう。

 

 

ザンッ! ザンッ! ザンッ!

 

 

追撃で何度も斬りかかって来る女の子の攻撃を後退しながら回避する。決して遅くないが、実力が違う。

 

 

「そこだ」

 

 

ダンッ!!

 

 

「なッ!?」

 

 

大剣が振り下ろされた瞬間を狙い、上から大剣を踏みつけた。女の子は大剣を動かすことができないことに驚き、必死に動かそうと力を入れている。

 

 

「おみごとですわ」

 

 

「いい加減降りろよ」

 

 

「次が来ますわよ」

 

 

「ッ!」

 

 

バキバキッ!!

 

 

横から飛んで来た巨大な氷の塊を跳躍して回避する。氷の塊は床を一瞬で凍らせてしまうほどの脅威を持っていた。

 

攻撃が来た方向を見ると、目を疑った。

 

 

「はぁ!?」

 

 

―――巨大なウサギがそこにいた。

 

全長は3メートルはあるだろう。紅い眼に鋭い牙が口から見えている。そして肌を刺すような冷たい冷気が溢れ出していた。

 

 

「ちょっと!? これも精霊なの!? 俺、精霊って人だと思っていたんだけど!?」

 

 

「これは『天使』ですわ」

 

 

「えー、輪っかどころか羽すら見えないんだけど。凶暴そうなんだけど」

 

 

「精霊の武装だと思いくださいまし。わたくしの【刻々帝(ザフキエル)】も天使ですわ」

 

 

俺の中の天使というイメージが覆った。

 

天使がいるなら精霊もいる。

 

 

「ならあの剣を持った女の子の天使がウサギか!」

 

 

「違いますわ。背中を見て頂けると分かりますわよ」

 

 

ヒュォオオオオオオッ!!

 

 

ウサギの口から冷気を凝縮した凄まじい攻撃が繰り出される。空中ではどうやっても避けれないとでも?

 

 

「よっと」

 

 

避けれないことはない。

 

()()()()()、跳躍して攻撃をかわす。そのままウサギの頭上を越えて背中が見えるようになる。

 

 

「あ」

 

 

そこには可愛い少女がいた。

 

水色の髪、蒼い瞳の幼い小柄な子。可愛らしいレインコートのようなモノに身を包み、視線があった。

 

 

「萌えるな」

 

 

「嫌ですわ大樹さん。あんな小さな女の子に手を出そうと———」

 

 

「ド突くぞテメェ。そんなことしねぇよ……………しねぇよ」

 

 

この時、ティナを思い出してしまい、深く反省した。どうも、ロリコンの大樹です。

 

ウサギを飛び越えた後は新たなビルへと着地しようとする。しかし、やはり簡単にはいかない。

 

 

ゴオォッ!!

 

 

風を切るような速さでこちらに近づく二人の女の子がいた。まぁこの二人も精霊なのだろうとすぐに予測できた。

 

一人は右肩から、もう一人は左肩から翼を生やしていた。

 

右肩から翼を生やした女の子は身の丈を超えた巨大な槍を、左肩から翼を生やした女の子は黒い鎖の先端に葵形(ひしがた)の刃が付いた武器を持っていた。

 

挟み撃ちを狙った攻撃に俺は歯を食い縛る。狂三がいなければ簡単にいなすことができたが、両手使えないからなぁ……降ろすか! 嘘です。

 

 

「アンッ!!」

 

 

右から来た槍の攻撃は右足で乗り、左から飛んで来た刃を左足で器用に受け流す。

 

 

「ドゥッ!!」

 

 

鎖は見事に槍に絡みつき、槍を足場にして跳躍した。

 

 

「トロワアアアアアァァァ!!」

 

 

ガシャアアアアアァァァン!!

 

 

「「ッ!?」」

 

 

見事に二人の攻撃はぶつかり合い、そのまま二人一緒に飛ばされる。

 

俺は見事にトリプルアクセルを決めて着地。フッ、華麗に決まったぜ。

 

 

「満点ですわ」

 

 

「どうも」

 

 

狂三も楽しんできているな。降ろそうとすると腕を俺の首に回して拒否するし。もういいだろ? 長いわ。

 

攻撃して来た二人を見てみると、槍に絡まった鎖を仲良く(ほど)いていた。

 

双子だろうか? 同じ容姿で顔も似ていた。槍の女の子は髪を後頭部で結い上げ、鎖を持っていた女の子は長い髪を三つ編みに括り、気怠そうな半眼をしている。

 

 

「ちょっと!? そっちはもっと絡まるから!」

 

 

「否定。こちらが正しいことに間違いありません」

 

 

めっちゃ苦戦しているな。そうなるようにしたんだけど。

 

 

「……手前の鎖を引っ張って、奥の鎖を通せば解けるぞ」

 

 

「……おお! 解けた!」

 

 

「驚愕。そのような方法があったとは」

 

 

槍と鎖は綺麗に分離し、二人は笑顔で俺の顔を見る。

 

 

「って敵じゃん!?」

 

 

「油断。気が付きませんでした」

 

 

二人は同時に跳んで俺から距離を取る。武器を構えて戦闘態勢に入った。うわー、余計なことをしちゃったな。

 

 

「ちょっと待て。こいつらマジで全員精霊なのか!? 空間震も起きていないのに、これはどういうことだ!?」

 

 

「ええ、説明しますと長くなりますが、簡単に答えを出すならば……」

 

 

狂三は俺の腕からやっと降りると、視線を後ろに移した。

 

 

「士道さんのおかげですわ」

 

 

「狂三ッ!!」

 

 

背後から聞こえる声に反応する。そこには一人の青年が息を切らしながらこっちを見ていた。

 

 

「士道……そいつのおかげだと?」

 

 

「ッ!? やっぱり、アンタは……!」

 

 

青年は俺の顔を見た瞬間、驚愕の声を上げた。

 

 

「体操のお兄さん!?」

 

 

「俺はひろ〇ちお兄さんじゃねぇよ!!」

 

 

ビシッっと青年の頭にチョップする。青年は痛そうに頭を抑える。

 

 

「聞いたぞテメェ! 何人もの女の子に手を出している最低野郎だとな!」

 

 

「はぁ!? 狂三!?」

 

 

「あらあら、わたくしは何も言ってないですわよ」

 

 

隙ありッ!!

 

俺は青年の胸ぐらを掴んで人質とする。予想通り、精霊である女の子たちは動きを止めていた。

 

 

「フハハハッ! この青年の命が惜しくば大人しくするんだな!」

 

 

「ひ、卑怯だぞ! シドーを離せッ!!」

 

 

どっちが悪役か? 俺だろ。俺は不敵な笑みを浮かべながら士道を前に出す。

 

 

「こいつが欲しいなら……俺を見逃せ。代わりに狂三もおまけとしてあげるから」

 

 

「酷いですわ。わたくしを売り出すなんて」

 

 

「知るか。元々お前も俺を襲っていただろ」

 

 

「ま、待ってくれ!」

 

 

士道は俺の顔を見て問いかける。

 

 

「五年前、アンタは姿を消した! なのに、どうして五年も経っているのに同じ姿なんだ!?」

 

 

その言葉はとてもじゃないが聞き逃せなかった。

 

 

「五年前……だと? 馬鹿を言うなよ。俺はそんな記憶―――」

 

 

「ッ! やっぱりアンタまた……!」

 

 

『また』って何だよ。

 

どうしてコイツも俺を知っている。

 

何が起きているんだこの世界は。

 

 

「……………もういい」

 

 

ドッと士道を突き放して解放する。そのまま後ろに下がり壊れた屋上の金網を抜ける。

 

怖い。自分の知らないことが起きているこの世界が。

 

不確定な要素が多過ぎて、何も分からなくて、苦しい。いや気持ち悪い。

 

 

「……またな」

 

 

「ッ! ま、待ってくれ!」

 

 

士道が止めようと手を伸ばすが、それよりも先に俺が屋上から飛び降りた。

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

急いで下を見て確認するがそこには誰もおらず、ビルの真下———コンクリートの地面にも、何もなかった。

 

 

________________________

 

 

 

「……………」

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

ホテルの一室。静寂に包まれた世界があった。

 

大樹がホテルに帰って来たかと思えば、トボトボと女の子たちの前まで歩き、一番近かった黒ウサギがどうした心配した瞬間、

 

 

「すっげぇ怖い……」

 

 

黒ウサギをギュッと抱き締めて、そのまま眠りについてしまった。

 

あまりの突然の出来事に一同唖然。そこから誰も一歩も動けず、口も開けなかった。

 

 

「……えっと、黒ウサギは大樹さんと一緒に寝るのですか?」

 

 

「嬉しそうな顔をしないで。落ち着きなさい黒ウサギ。今すぐその変態を捨てるのよ」

 

 

「え、えぇー……」

 

 

アリアは容赦しない。恐らくいつものようにどさくさに紛れてセクハラするに違いないと見た。

 

しかし、本気で寝てしまっていることでその決意が鈍る。

 

 

「……ま、まぁ床で寝るなら考えてやっていいわよ」

 

 

「どうして床ですか!? ベッドにしてください!」

 

 

「そ、それだと変な気を起こすでしょ!」

 

 

「さ、さすがに大樹さんはそこまでの度胸が―――」

 

 

「黒ウサギが!」

 

 

「———えぇ!? 黒ウサギはそんなことしません!」

 

 

アリアと黒ウサギは言い合うが、トドメの一撃は思わぬ場所から飛んで来る。

 

 

「エロウサギって大樹さんから聞いたことがあります」

 

 

「ティナさん!?」

 

 

ティナの証言により、判決が優子の手によって下された。

 

 

「有罪」

 

 

「優子さん!?」

 

 

「今日から『エロウサギ』よ! 良かったわね!」

 

 

「真由美さん!?」

 

 

 

________________________

 

 

 

 

「うぅ……」

 

 

気が付けば俺は寝ていた。あの日の夜、情けないことに怯えて疲れ切ってしまった。

 

チュンチュンっと小鳥が鳴いているのが耳に入る。そうだ。今日は折紙とのデートだった。

 

何故だろう。可愛い女の子にデートに誘われたはずなのに、布団から異常に出たくない。この柔らかくて温かい空間を堪能したい。

 

 

「……ん?」

 

 

待て。この感触……いや待て待て。落ち着くんだ大樹。まだ焦る段階じゃない。

 

俺はゆっくりと顔にかかった布団をどかす。そして顔をゆっくりと離す。

 

柔らかいモノの正体はすぐに分かった。

 

 

「……何をやってんだ真由美」

 

 

真由美の胸だった。しかも本人は起床して目が合ってしまっている。

 

 

「お、おはよう大樹君ッ? よく眠れたかしりゃ?」

 

 

え? 何この人? 動揺して思いっ切り噛んでいるんだけど? 全然と平然を装えてないんだけど?

 

 

「……まぁ寝れたな」

 

 

「そう!? 大樹君が私に抱き付いて来るから迷惑だったけど、特別に許してあげるわ!」

 

 

えー、思いっ切り俺の頭を抱き寄せていたような気がするですけどー? 抱き寄せ過ぎて首が痛いんですけどー?

 

だが嬉しいことは否定しない。やっぱりおっぱいは素晴らしいと思いました。まる。

 

……でもここで終わるのは惜しい。ちょっとふざけてみるか。

 

 

「それで? してくれないのか?」

 

 

「え?」

 

 

顔を赤くした真由美が首をかしげる。

 

 

「な、何をするのかしら?」

 

 

俺は自分の頬を指差し、ニヤリッと笑う。

 

 

「おはようのキス」

 

 

「ッ!?」

 

 

真由美の顔がボンッと真っ赤に染まった。わちゃわちゃと手を動かして首を振っている。予想以上の反応で面白いんだが。あと可愛い。

 

多分気持ち悪いくらいニヤニヤしているぞ俺。だ、駄目だ……! 真由美がもっと焦るまで堪えるんだ……!

 

 

チュッ……

 

 

「え?」

 

 

―――頬に柔らかい感触が当たった。

 

 

ギギギッと機械人形のような動きでゆっくりと真由美を見る。

 

真由美の顔は赤いが、俺の顔をしっかりと見ていた。

 

 

 

 

 

「馬鹿ね……前にもしたことがあるでしょ……?」

 

 

 

 

 

ブシャッ

 

 

俺の鼻から大量の鼻血が流れ出した。

 

 

「だ、大樹君!?」

 

 

「気にするな! これはお前が可愛くて今すぐ抱きしめたい衝動によって吹き出したモノだ!」

 

 

「え、えぇ!?」

 

 

驚く真由美を気にせず、俺は手を握る。

 

 

「大丈夫だ! 俺は必ず今日のデート(困難)を乗り越えて、真由美に愛の告白を―――!」

 

 

ガチャリッ☆

 

 

ピタっと俺の動きが止まった。

 

後頭部に突きつけられたモノはきっと拳銃の銃口。ちなみに数は一つじゃない。4つだ。

 

そういえばここって、女の子たちの部屋じゃないか。そりゃ当然皆いるよな。

 

 

「少しは大目に見てあげようと思ったのよ。でも……度が過ぎていると思わないかしら?」

 

 

アリアの低い声に、俺はゆっくりと両手を挙げた。

 

 

「この距離なら、アタシでも当たるわね」

 

 

優子の低い声に、俺はゆっくりと頷いた。

 

 

「今の黒ウサギでも、扱える武器で良かったです」

 

 

黒ウサギの低い声に、俺はゆっくりと目を閉じた。

 

 

「ズルいので私にもしてください」

 

 

ティナの素直な可愛い感想に、俺は涙を流した。でも、スナイパーライフルを持った姿には恐怖しか感じなかった。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

________________________

 

 

 

「ふぅ」

 

 

後頭部を抑えながら俺は息を吐く。

 

お仕置きは結構痛かったが、いつものことなので問題ない。というか最近銃の使い過ぎだと思う。ヘッドショットとか死にそうになるから(死ぬとは言っていない)。

 

初日からハードプレイだったが、今日はできればゆっくりしたい。そして情報を手に入れて美琴を救出する。その後はラブシーンに突入して―――おっとまた鼻血が。

 

予定した時間より30分早いが俺は西天宮(てんぐう)公園のオブジェ前へと目指す。ホテルから追い出されたので行く当てがなかった。原田よ。鍵くらい、開けててもいいじゃん。悲しいッ。

 

でもまぁ俺がデートに行くこと、折紙のこと、夜起きた事件のこと。全部話す機会がなくて良かった。特に前半は女の子に知られたら殺されちゃうよ……。

 

黒いコートのポケットに手を入れて折紙を探す。確かオブジェクトの前……ってそれはデカすぎるわ。オブジェだから。戦争でも始めるのかよこの街は。

 

目立つ場所にあるからすぐに見つけ―――

 

 

「……………」

 

 

―――折紙は既に待っていた。はえーよ。

 

って頭と両肩に(ハト)が止まっているぞ。どんだけ動かないんだよ。どんだけ前から来ているんだよ。

 

少し声をかけづらいが、俺は温かそうな薄い茶色のコートを着た折紙に近づく。

 

 

「よう。待ったか?」

 

 

「問題ない。私も今来たところ」

 

 

ここまで下手な嘘、聞いたことがないな。

 

俺は鳩たちを手で払うフリをして飛ばす。散れ散れ。

 

 

「それで、今日はどこに行くんだ?」

 

 

俺と過ごした街を巡るらしいが、心当たりが全くないのでどこに行くのか想像できない。

 

 

「まずは映画。初めてのデートも、最初は映画館だった」

 

 

「へぇー」

 

 

王道だな。面白くないな俺。……何故か自虐したかのような感じになってしまった。

 

 

「じゃあ早速行くか」

 

 

折紙は頷き、俺の隣を歩き出す。

 

 

「……なぁ」

 

 

「なに?」

 

 

「腕を組む必要はあるのか?」

 

 

「ある」

 

 

「……そうか」

 

 

これ以上、ややこしいことを起こしたくなかった俺であった。

 

 

________________________

 

 

人が賑わうショッピングモール。腕を組んだラブラブカップルに見えてしまう俺たちはかなり目立っていたが、何かもういいやという気持ちだったため気にすることはなかった。

 

平日だからだろうか? 映画館は思ったより人は少なく、スムーズに事が進む。

 

 

「そもそも平日なら学校はどうした? 折紙は学生だよな?」

 

 

「学校には風邪と連絡しているから問題ない」

 

 

あるわ。ズル休みって言うんだよそれ。

 

 

「じゃあもう一個聞いていいか。コートの中にナイフや拳銃を隠している理由は何だ?」

 

 

火薬の匂い。ナイフも服の上からあると見抜いていた。

 

 

「……追手から逃れるため」

 

 

「……何と戦っているんだお前」

 

 

うちの娘が危ないことに手を染めそうなんだけど。手遅れだったらどうしよう。

 

 

「お父さんは【AST】から狙われている。当然、娘の私も事情聴取がされた」

 

 

「ほう、それでどうしたんだよ」

 

 

ちなみにこれからは『お父さん』に関してはスルーするから。ボク、疲れたよ。ツッコミに。

 

 

「……どの映画がいい?」

 

 

「おい」

 

 

強引に話を逸らすな。お父さん、お前が怖いよ。

 

溜め息をつきながら折紙に出された映画一覧の表を見る。

 

 

「『親子の許されない愛物語』、『禁断の恋 パパは私の夫』、『ドキッ☆ お父さんなのに娘に恋しちゃった☆』」

 

 

スパンッ!!

 

 

「誰が見るかこんなモノ!!」

 

 

床に叩きつけて怒鳴った。犯罪臭が凄いプンプンしてる。

 

というかそれ以外の映画が赤いインクで塗りつぶされて見れないようにしてある。どうしてもこのふざけたモノを見せたいのかよ!

 

 

「恋愛の価値観は人それぞれ。否定するのは良くない」

 

 

「うるせぇよ!? このタイミングで見せるモノじゃねぇだろ!」

 

 

「チケットはもう取ってある」

 

 

て、テメェ……コノヤロォ―――――!!

 

俺に選択させる気なんてねぇじゃねぇか!

 

って最後の『ドキッ☆ お父さんなのに娘に恋しちゃった☆』じゃねぇか! 一番見たくなかったわ!

 

 

________________________

 

 

 

映画を見るならポップコーン。定番のお供である。それにジュースを購入して一番早く席に着いた。というか俺たち以外誰もいねぇ。

 

一番前は首が疲れるのでど真ん中の中央を取った。いやー、気楽に見れていいなー!

 

 

『突然だが38歳になった俺は、自分の娘に恋をしてしまったんだ』

 

 

この映画が全てを台無しにしているけどな!

 

20歳で結婚。この男、娘が小学生だというのに危ない目をしていたし、中学生になったらアウトな目に。高校生になった瞬間、警察を呼んでもおかしくないレベルに達しやがった。この男、俺より変態だ。

 

これって演技だよな? 演技じゃないとヤバイぞ? 妙に迫真な演技でビビっているから。

 

 

「キャストの二人は実の親。つまりこの映画は———」

 

 

「通報しました」

 

 

俺の手を握った折紙がとんでもないことを教えてくれた。正直、知りたくなかった。

 

だが映画の後半になるにつれて状況は深刻になっていく。周りからの否定、娘の誘拐、決死の覚悟で助けに行く父。

 

悔しいことに見入ってしまうくらい面白い展開が続く映画だった。

 

 

「意外と面白いな」

 

 

「私()()はこれで二回目」

 

 

「……『たち』ということは俺も昔見たことがあると?」

 

 

「お父さんが選んだ映画だった」

 

 

「うそーん……」

 

 

俺の映画センス、ワロタ。

 

 

________________________

 

 

 

「さぁー次はあのお店かな? ねぇあの店だよね? オシャレなイタリアな店だよな?」

 

 

「違う。あそこ」

 

 

その瞬間、俺の表情は変わった。

 

 

「……なぁ折紙」

 

 

引き攣った顔をした俺は、目の前にある店を見て引いていた。

 

 

「俺たちは……飯を食べるんだよな?」

 

 

「大丈夫。問題ない」

 

 

看板に書かれている単語文字を横から読み上げてみる。

 

 

『強力 スッポン まむし 精力』

 

 

さて、何が問題ないのだろうか?

 

 

「思いっ切り精力剤専門店じゃねぇかあああああァァァ!!」

 

 

「概ね合っている」

 

 

「うるせぇ黙れ! 飯屋じゃねぇよ! 何でデートの昼飯にスッポンやまむしを食わなきゃいけねぇんだよ!」

 

 

「デート……嬉しい」

 

 

「今そこに注目しなーいッ! 目の前の店に注目するのッ!」

 

 

「(精)力を引き出すための店」

 

 

「かっこがなくても不穏な店間違いなしだよクソッタレ! どんな店だよ!?」

 

 

「秘められた(精)力を引き出す店?」

 

 

「金〇の中に何を秘めらせているんだよ!? 引き出さなくていいよ!? そっとしておいてやれよ!」

 

 

「女性なら———」

 

 

「言わんでいいわ!」

 

 

どうして普通のデートができないの!? どうすりゃいいんだよ!? もう疲れたよ!?

 

 

________________________

 

 

 

あの後、何故かスタミナにんにく料理店に連れて行かれそうになった。何でだよ。

 

『お父さん、パスタ系が食べたいな』と呟くとすぐにイタリア料理店に入ることができた。

 

とりあえずミートスパゲティを2つ注文。待っている間は無言状態だったが、何か言われてツッコミするよりはマシだ。平和って素敵!

 

あれ? そういえば、俺の目的ってデートじゃないぞ。情報収集なんだけど!? うわッ!? 完全に忘れていた!? 完全記憶能力を持っているのに!

 

 

「そろそろ【ライトニング】について話してくれよ」

 

 

「世界初の飛行機パイロットで有人動力飛行に世界で初めて成功した―――」

 

 

「誰がライト兄弟の話をしろと言った!?」

 

 

「軽小説?」

 

 

「ライトノベルでもねぇよ!」

 

 

「スター・〇ォーズの武器―――」

 

 

「ライトセー〇ーでもねぇよ! 頼むからいい加減にしろ! デート中止にするぞゴラァ!」

 

 

「それは困る」

 

 

やっと情報が手に入る。何でこんなに疲れているんだろ俺。老けてないかしらん?

 

折紙は【ライトニング】———美琴の情報を話し出す。

 

 

「【ライトニング】は3ヶ月前に現れた精霊。出現してから一定時間経過後、巨大な赤い落雷を発生させて姿を消している。出現回数は3回。一ヶ月一度のペースで現れている」

 

 

折紙の情報が正しければ次の月に美琴は現れる可能性がある。しかし、俺は気になることがあった。

 

 

『不思議なことに【ライトニング】から霊力を全く感じないのですわ』

 

 

狂三の言葉だ。折紙は美琴のことを本当に精霊だと思っているのか?

 

 

「折紙。【ライトニング】が精霊なのは間違いないのか?」

 

 

「……質問の意図が分からない」

 

 

「あーすまん。じゃあ質問を変えよう。どうして【ライトニング】が精霊だと分かるのか理由が聞きたい」

 

 

「あの電撃は精霊にしか作ることができない。『CR-ユニット』や顕現装置(リアライザ)を用いても、あの威力まで引き出すことは不可能。それに、霊力を探知しているので確実に精霊だと分かっている」

 

 

そこだ。霊力を探知しているという言葉、狂三の言葉と矛盾しているのだ。

 

 

(……知れば知るほど複雑になっているな)

 

 

事態の悪化に待ったなし。たくさんの知恵の輪が絡まってしまっているようで頭が痛くなってしまう。

 

 

「お待たせしました」

 

 

狙ったかのようなグッドタイミングで店員が2つスパゲティを持って来た。さっそく頂きますか。

 

 

「ん……なるほど」

 

 

フォークでパスタを絡ませてパクリ。味が口の中に広がり、俺は頷く。

 

隠し味に赤ワインを使っている。食べやすいように砂糖を少し入れて甘くしているのもポイントが高い。俺は濃厚で大人な味風味で作っていたから参考になるな。

 

……やっぱり普段から料理していると、他の人が作った料理の分析をしてしまうな。主婦の気持ちってこんな感じかな?

 

 

ガシッ

 

 

「……どうした折紙。手を掴んだら食べれないじゃないか」

 

 

グググっと俺の腕を掴んだ折紙の手が震える。結構強めに抵抗しているけど、握力強いな。さすが【AST】に入っているだけのことはある。

 

 

「食べ比べを要求する」

 

 

「同じメニューだ。する余地なし」

 

 

「するべき」

 

 

「しない」

 

 

「するべき」

 

 

「絶対にしない」

 

 

「……【ライトニング】」

 

 

「ほら食べさせてやるよ。あーん☆」

 

 

爽やかな笑顔であーんをしてあげる。折紙はすぐにパクッと食べるが、必要以上にフォークを舐め回したような気がする。きっと気のせいだよな!

 

 

「あーん」

 

 

「……はいはい」

 

 

折紙からお返しのあーんが来るがまぁ予想通りだから素直に食べる。

 

そしてまた口元が少しだけ緩んでいるのが分かる。見逃しそうになるところだった。

 

 

ダンッ!!

 

 

突如店のドアが勢い良く開かれた。折紙の目が鋭くなり、コートの内側に手を入れている。

 

 

「いました!」

 

 

「折紙!」

 

 

二人の女の子が折紙を見て叫んだ。こいつ、本当に追われていたのかよ。

 

 

「チッ」

 

 

折紙は舌打ちをした後、コートの中から何かを取り出し、投げた。

 

 

「って馬鹿野郎!?」

 

 

それは、閃光手榴弾(フラッシュグレネード)じゃねぇか!? やめろおおおおおォォォ!!

 

俺はすぐにキャッチし、音速で分解して爆発を防いだ。

 

すぐに新たなモノを投げようとする折紙。急いで腕を掴んで止める。

 

 

「離して。早急な対応が求められている」

 

 

「雑で最低な対応だろ!? 客も巻き込むなよ!」

 

 

「ならば近距離戦闘に持ちこむ」

 

 

「ナイフもダメだ! てか銃刀法違反だろこれ!?」

 

 

手榴弾とナイフを取り上げて折紙を落ち着かせる。二人の女の子はかなり怖がっていた。

 

 

「法律に触れなければ問題ない」

 

 

「法治国家の日本を舐めとんのかお前は!?」

 

 

「ここが日本でなくても、私はやれる」

 

 

「「ひッ!?」」

 

 

「脅してんじゃねぇよ!?」

 

 

そろそろ客たちの視線が痛くなってきた。出て行けと言わんばかりのオーラに俺は苦笑いでしか対応できない。何で俺がこんな目に遭うんですかね?

 

 

ウウウウウゥゥゥ―――――!!!

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

その時、不快なサイレン音が響き渡った。この音は、空間震警報!

 

 

(美琴ッ!!!)

 

 

「ッ!」

 

 

折紙が引き留めるよりも先に、大樹は窓から飛び出し駆けて行った。

 

再び訪れたチャンスを、逃したくなかった。

 

 

 




うわぁ、ヒロインが誰なのか全然わかんないやぁ(ゲス顔)


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落ちた強者たちは全てを失う

更新が早い? 友達が書け書け言うから書いてやったぜ(半ギレ)


お待たせしました読者様方! どうぞお楽しみください(満面の笑み)!


「……何だここ」

 

 

空間震は確かに発生した。遠目から発生したこと確認し、止めることは間に合わなかったが、すぐに向かうことはできた。

 

空間震によって広大な範囲が消失するのだが、そこは違った。

 

 

「……夢の国、じゃないよな」

 

 

粉々に何もかも吹き飛ばされ、荒れてしまった地でなく、廃墟と化した遊園地———ゴーストランドが賑わっていたのだ。

 

まるでコメディホラー映画のワンシーン。異様な光景に目を疑い、戸惑う。

 

 

「中に人の気配があるな」

 

 

とにかく空間震は発生した。美琴の可能性はあるのだから入らない選択肢は今更ない。

 

ちゃんと入り口から入り、慎重に歩く。警戒は十分にして怠らない。ギフトカードをポケットの中で握り絞めている。

 

 

「……そこか?」

 

 

「あらぁん?」

 

 

上から気配がしたので見上げると、声が聞こえて来た。

 

教会の屋根の上にある十字架に一人の女性が腰掛けている。

 

 

「……………」

 

 

無言でその女性を見つめる大樹。先端の折れた円錐(えんすい)の帽子を被り、『魔女』を連想させる格好だった。

 

艶やかな長い緑色の髪に翠玉の瞳。その瞳は大樹が映っている。

 

 

「うふふ、珍しいわね、こちらに引っ張られた時に、AST以外の人間に会うだなんて」

 

 

クスクスと笑いながら女性は飛び降り、大樹の目の前まで歩いて来る。

 

 

「どうしたの僕? 確か私が現界するときってこっちの世界には警報が鳴っているんじゃあなかったっけ?」

 

 

大樹の顎を持ち上げながら尋ねる。大樹は表情を変えずに返す。

 

 

「鳴ったぞ」

 

 

「ならどうしてここに?」

 

 

ようやく大樹はニッと笑みを見せた。

 

 

「お姫様を、探しに来た」

 

 

「ッ!」

 

 

女性は目を見開いた。そして頬を染めながら唇の端を上げる。

 

 

「ふぅん……それで?」

 

 

「探している途中、スタイルが良くてエロい恰好をした美人に出会った」

 

 

「ッ! それでそれで!?」

 

 

「髪はツヤツヤで綺麗で、誰がどう見ても美人と言うだろう」

 

 

「そう! 分かってる! あなた分かってる!!」

 

 

女性は嬉しそうな表情でハグをしようとしてきた。大樹は笑顔で――—

 

 

スッ

 

 

―――()()()

 

 

「じゃあ、サヨナラ」

 

 

「えッ」

 

 

「えッ」

 

 

「……何で帰ろうとしているの」

 

 

「だから言っているだろ。お姫様を探しているって」

 

 

「えッ」

 

 

「えッ」

 

 

「……いるわよね?」

 

 

「どこに?」

 

 

「えッ」

 

 

「えッ」

 

 

「……私のこと、綺麗だと思っている?」

 

 

「おう。さっき美人って言ったじゃん」

 

 

「お姫様みたい?」

 

 

「まぁ、そう捉えよと思えば捉えれるじゃないか? 魔女っ娘の格好しているけど」

 

 

「……探しているお姫様は私のことよね?」

 

 

「いや違うぞ」

 

 

「えッ」

 

 

「えッ」

 

 

女性はしばらく黙っていたが、状況がやっと飲み込めた。

 

 

「私を探していたわけじゃないの!?」

 

 

「だからそう言っているだろ!?」

 

 

「紛らわしいわよ!?」

 

 

「どこが!?」

 

 

顔を真っ赤にしてポカポカと大樹の体を叩く女性。大樹は混乱していた。

 

 

「何するんだよハズレ!」

 

 

「ハズレ!? 酷すぎない!? そんなに可愛くないの!?」

 

 

「だから何を言ってんだよ! お前は十分に綺麗だって言ってるだろ!」

 

 

「ッ……やっぱりぃ!? もうッ、恥ずかしがらなくていいのよ!」

 

 

「恥ずかしくねぇよ。お前は本当に美人だ。俺が保障する」

 

 

「もう! 最初から素直に言ってよね!!」

 

 

「ハッハッハッ、ごめんごめん」

 

 

女性はまた笑顔になり、大樹に抱き付こうとする―――

 

 

スッ

 

 

―――が、避けられる。

 

 

「じゃあな」

 

 

「だから何で!?」

 

 

「何が!?」

 

 

ギャーギャーと何度も同じやり取りをしているうちに、女性はやっと理解する。

 

 

「———ということは人を探していたのね。私じゃなくて」

 

 

「最初からそう言ってるだろうが」

 

 

「あと私は綺麗と」

 

 

「それも言ってる」

 

 

「……それで、僕のお姫様は誰かしら?」

 

 

「この写真の右に映っている超絶可愛い女の子だ。あまりの可愛さに世界戦争を起こしてしまうレベルだろ?」

 

 

「凄い可愛がっているわね!?」

 

 

携帯端末で見せた写真に女性はうーんっと唸り、首を横に振った。

 

 

「見たことないわ。精霊なら私以外ここにいないわよ」

 

 

「そうか。まぁハズレの時もあるから気にするな!」

 

 

「さりげなく(けな)さないでくれる!?」

 

 

「貶してねぇよ。ハズレ美人って新しいジャンルで行こうぜ?」

 

 

「そんなジャンルいらないわよ!?」

 

 

「なら革命起こさないか? ハズレ美人……良い響きじゃねぇか」

 

 

「僕!? 頭大丈夫!?」

 

 

「新曲『ハズレ美人☆レボリューション』でも歌えば元気百倍さ!」

 

 

「テンションガタ落ちよきっと!?」

 

 

帰ろうかと思った時、後ろから凄い速さで誰かが来ているのが分かった。

 

 

「大樹ッ! 無事かッ!?」

 

 

「原田じゃねぇか」

 

 

白いコートを羽織った原田が俺のところまで跳躍して飛んで来る。

 

原田は女性を見て俺に尋ねる。

 

 

「空間震警報が鳴ったからすぐに駆け付けたけど……ってこの人は?」

 

 

「ん? ハズレだ」

 

 

「……あぁ、そういうことか」

 

 

「何で理解しているの!?」

 

 

何気に酷い原田であった。

 

 

「まぁ落ち着け。コイツはお前と同じだ」

 

 

「同じ?」

 

 

「コイツは残念イケメンの原田。お前のハズレ美人と同じジャンルの人だ」

 

 

「紹介失礼すぎるでしょ!?」

「紹介失礼すぎるだろ!?」

 

 

同時にツッコミを入れた。最初は原田が文句を言う。

 

 

「どこがハズレだよ!? こんな美人、当たり要素しかねぇよ!」

 

 

「ちなみにどこがポイントが高い?」

 

 

「……そりゃ巨乳だし、鼻筋がスッと通っているところとか、スタイルが抜群に―――」

 

 

「さすが残念イケメン。言うことが残念だな!」

 

 

「———テメェこの野郎!!」

 

 

でも女性は嬉しそうにしていた。女性も負けずと反論した。

 

 

「この子も残念じゃないわ! 私の綺麗だと分かっているし、それに―――」

 

 

女性は原田を見て止まる。

 

そのまま数十秒の時が流れて、

 

 

「———良いと思うわ」

 

 

「何もねぇのかよ!?」

 

 

「さすが残念イケメン。褒める部分がなかったぞ」

 

 

「クッソムカつく! 頼む美人さん! 何かないのか!? 何でもいいから!」

 

 

「えっと……………頭の触り心地が良さそう?」

 

 

「ぶっは!!」

 

 

女性の解答に大樹は大爆笑。腹を抱えてゴロゴロと地面を転がる。

 

 

「触り心地ワロタww 坊主頭しか取り柄がww クッソワロタww」

 

 

「しばくッ!!」

 

 

シュバッシュバッ! バシバシッ! ドゴッ! バギッ!

 

 

大樹と原田の戦いが始まった。目で追い切れない速度で殴り合う二人に女性はビックリしている。

 

 

「テメェの方が取り柄がないだろうが変態! 女の子たちと釣り合ってねぇよブサイク!」

 

 

「しばくッ!!」

 

 

シュバッシュバッ! バシバシッ! ドゴッ! バギッ! ガギンッ! カキンカキンッ!

 

 

戦いはさらに激しさを増す。今度は武器を取り出して戦い始めた。女性は怖がっている。

 

 

「「ッ!!」」

 

 

ピタリッと二人の動きが止まった。表情は深刻なモノになっている。

 

 

「原田……この感覚……!」

 

 

「あぁ……ハズレどころか最悪なモノを引いたらしい……!」

 

 

二人は武器を取り出し上を見て警戒する。女性は二人の視線を追うと、上空に二つの影があった。

 

 

「随分と楽しそうなことをしているな」

 

 

「……………」

 

 

一人は白い白衣を身に纏った男、彼は嘲笑っていた。一人は純白の衣を身に纏った女、彼女は無表情で見ていた。

 

 

 

 

 

死んだはずのガルペスと逃げ出していたリュナがそこにいた。

 

 

 

 

 

(やっぱり生きていたか……リュナは生きて逃げていたことは分かっていたが)

 

 

ゆっくりと大樹は女性の前に立ち、【神刀姫】を取り出す。

 

 

「最後に美人さん、名前を聞いていいか?」

 

 

「え? ……な、七罪(なつみ)

 

 

「良い名前だ。七罪、今すぐこの場から全力で逃げろ」

 

 

リュナの右手に展開した巨大な黒い弓。光の矢がセットされ、引かれている。

 

 

「来るぞッ!!」

 

 

バシュンッ!!

 

 

光の矢が放たれた瞬間、千を超える数の光の矢が降って来た。

 

 

「え、あ……」

 

 

七罪が気付いた時には遅かった。

 

既に目の前まで迫っている。避けれない。あの矢に殺される。

 

 

「おらッ!!」

 

 

「このッ!!」

 

 

しかし、矢が七罪の体に当たることはなかった。

 

二人の青年が刀と短剣を振り回し、矢を打ち消し続けている。

 

 

「七罪!! 逃げろッ!!」

 

 

「ッ! 【贋造魔女(ハニエル)】!」

 

 

先端部に鏡のようなものが取り付けられた箒が虚空から現れる。七罪の天使を顕現させたのだ。

 

箒に掴まり急いでその場から逃げ出す。

 

振り返ると大樹と原田が親指を立てて、ニッと笑みを見せてくれていた。

 

 

「大樹……原田……」

 

 

七罪は二人の名前を呟きながら、その場から逃げ出した。

 

 

________________________

 

 

 

「原田ッ! 俺がガルペスをやる!」

 

 

「なら俺はリュナだな!」

 

 

「負けんじゃねぇぞ!」

 

 

「こっちのセリフだ!」

 

 

ダンッ!!

 

 

二人は同時に踏み込み跳躍。音速でガルペスたちに向かって攻撃する。

 

 

「一刀流式、【風雷神・極めの構え】!」

 

 

大樹の振るう刀の一撃が爆発する。

 

 

「【號雷(ごうらい)静風(せいふう)】!!」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

刀から凄まじい斬撃が放たれた。刀の余波で生まれた暴風は廃墟の建物が崩してしまうほどだった。

 

ガルペスとリュナは大きく横にスライドするように移動。斬撃波はガルペスとリュナの間をすり抜けてしまった。

 

しかし、大樹の狙いはそれだ。

 

 

ガギンッ!!

 

 

原田がマッハの速度でリュナにぶつかる。リュナは背中の翼と弓でガードしたが、原田と一緒に遠くに吹き飛ばされてしまう。

 

これで一対一の状況に持ちこむことができた。

 

 

「来やがれッ!」

 

 

ゴオォッ!!

 

 

刀を持っていない反対の手でギフトカードを持ち、炎を吹き出させた。

 

ギフトカードから黒い獣が飛び出し、大樹の横に並ぶ。

 

 

『ついに来たか……』

 

 

「ジャコ。全力で行くぞ」

 

 

『当然!!』

 

 

大樹の背中から黄金色の翼が広がり、刀が輝き出す。

 

 

「ガルペス! 決着を付けようぜッ!!」

 

 

「貴様の負けで終わらせる!」

 

 

ガギンッ!!

 

 

大樹はガルペスに向かって刀を振るうが見えない壁のようなモノによって弾き飛ばされてしまった。

 

 

「また変なことを……!」

 

 

「武器を()()()()ようにしただけだ!」

 

 

ザンッ!!

 

 

武器を操ったガルペス。鋭い刃が上から振り下ろされることに勘付く。

 

すぐに体を捻らせて攻撃を避ける。武器は見えなくても、気配で分かる!

 

 

「そこだッ!!」

 

 

バギンッ!!

 

 

武器があると思われた空間に一太刀浴びせる。すると武器が壊れる音が響き渡った。

 

透明になっていた剣が姿をやっと見せる。その刀身は無残な姿になっていた。

 

 

「ジャコッ!!」

 

 

ジャコはすぐに壊れた残骸の武器を喰い始める。バギバギと不快な音を出しながら。

 

 

「一気に吐き出せッ!!」

 

 

『【魔炎(まえん)双走(そうそう)炎焔(えんえん)】!!』

 

 

 

ゴオオオオオォォォ!!

 

 

黒い炎の塊がガルペスに向かって放たれる。宙に浮くことができるガルペスは簡単に避けるが、それが失敗だった。

 

 

「甘いぜ」

 

 

「ッ!?」

 

 

光の速度でガルペスの背後に回り込んでいた大樹がニヤリッと笑う。

 

飛んで来たジャコの黒い炎を左手で掴む。

 

 

「創造する!!」

 

 

黒い炎は形を変え、一つの剣を生み出した。黒い刀身に、黒い炎を身に纏っている。

 

 

(武器の創造!? いや、あの犬が造ったのか!?)

 

 

ガルペスは分析するが、大樹の攻撃は止まらない。

 

力を込め、大樹は叫ぶ。

 

 

「二刀流式、【紅葉(こうよう)鬼桜(おにざくら)の構え】!!」

 

 

二本の刀を十字に重ね、ガルペスに向かって最強の一撃を繰り出す。

 

 

「【双葉(そうよう)雪月花(せつげつか)】!!!」

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!

 

 

常人では絶対に出すことができない一撃がガルペスにぶつけられた。

 

地を震わせ、廃墟の遊園地を薙ぎ払った。神の怒りを思わせるかのような威力に、ガルペスは地に叩きつけられる。

 

 

「ッ……!」

 

 

巨大なクレーターを造り上げ、真っ赤な血を吐血する。しかし、休んでいる暇はない。

 

 

「【痛みの闘志】!!」

 

 

大樹は追撃を仕掛けた。二本の刀を平行に並べて体を回転させる。そのままガルペスのところへと急降下した。

 

 

「うおおおおおォォォ!!」

 

 

ザンッ!!!

 

 

「ッ……!?」

 

 

大樹の斬撃はガルペスの体を引き裂いた。二本の刀はガルペスの腹部を一刀両断。ガルペスの二つ体が宙を舞う。

 

ガルペスの表情が驚愕に染まる。だが、それで倒せるとは大樹は思っていない。

 

上半身の切り口から大量の泡が吹き出し、巨大な塊が出来上がる。バンッと弾ければ傷は治り、元通りになっていた。

 

 

「クソッ」

 

 

「ふんッ」

 

 

大樹が悔しそうな表情をするのに対して、ガルペスはつまらなさそうな反応だった。

 

ガルペスは地面に着地し、ジャコは大樹の横に並ぶ。

 

 

「所詮……神の力が強くなっただけ。それでは俺を殺せない」

 

 

ガルペスの言うことにジャコは汗を流した。

 

反動が襲って来る【紅葉(こうよう)鬼桜(おにざくら)の構え】を敢えて使うことで【痛みの闘志】で反動の痛みを消し、剣技の威力を上げた。

 

強引で無茶苦茶な攻撃。しかし強いことは間違いない。だが―――!

 

 

(それを見て余裕でいられるガルペス……恐ろしい男だ……!)

 

 

ガルペスの脅威に、ジャコは恐怖を感じていた。

 

 

「弱いままだな、貴様は」

 

 

「確かにお前は強いな。じゃあ―――」

 

 

大樹は刀を地面に刺して、二本の武器を手放す。そして笑った。

 

 

「———ちょっと本気を出すか」

 

 

その言葉に、ガルペスとジャコは戦慄した。

 

 

「【無刀の構え】」

 

 

シュンッ!!

 

 

大樹は光の速度でガルペスの背後を取り、拳をグッと握り絞める。

 

殺気を感じ取ったガルペスが振り返るが、やはり遅い。

 

 

「【神殺(しんさつ)天衝(てんしょう)】!!」

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!

 

 

刀で振るった一撃と変わらない一撃。ガルペスの顔面に叩きこまれた。

 

地面を削りながら遠くに飛ばされるガルペス。体がボロボロになり、また白衣が汚れてしまった。

 

 

「無駄なことを……」

 

 

地面に倒れたガルペスは空を見ながら溜め息をつく。痛覚は感じない。体の細胞は再生する。

 

大樹の攻撃は、全て無駄になる。

 

 

「【制限解放(アンリミテッド)】!!」

 

 

次の瞬間、

 

 

「【秩序支配神の世界翼(システムルーラー・ワールドフリューゲル)】」

 

 

ガルペスの見ていた空に、黄金の羽根が撒き散らされた。

 

体に異変が起きるのに、時間は掛からなかった。

 

 

「がッ……?」

 

 

体のあちこちから、痛みが生み出される。

 

 

「……ぁぁぁあああああ!? がぁあああ!?」

 

 

痛覚が、戻った。

 

あまりの痛みに叫んでしまう。何が起こったのか冷静に分析できない。

 

 

「『全て』を支配するこの力……お前の妙なモノを全て封じさせて貰った」

 

 

「何だとッ……!」

 

 

血を流しながら驚愕するガルペス。必死に立ち上がろうとしていた。

 

しかし、ダメージが大き過ぎたのか、一向に立てる気配が見えない。

 

 

「……細胞の改造なんざ、気持ち悪いことしてんじゃねぇよ。もっと自分の体を大切にするんだな」

 

 

地面に刺さっていた【神刀姫】を拾い、刀身をガルペスの首に当てた。勝者が誰なのか、一目瞭然である。

 

 

(全力を出していても、本気は出していなかった……!?)

 

 

大樹の強さにジャコは身震いする。この戦い、大樹の圧勝だと。

 

全ての力を支配することができる大樹に勝てるわけがない。

 

 

「自分の体か……!」

 

 

なのに、ガルペスは不敵に微笑んだ。

 

 

()()()は、もう死んでいるだろ?」

 

 

「ッ!!」

 

 

ザンッ!!

 

 

ガルペスの首を、斬り落とした。

 

 

バシャンッ!!

 

 

「なッ!?」

 

 

しかし、ガルペスの体は水のように溶け、刀をすり抜けさせた。

 

ガルペスの力は無効化しているはずなのに……何故力が使える!? ありえない光景に、驚きを隠せない。

 

 

「貴様の力の根源はあの羽根だ」

 

 

水に溶けたガルペスは地面に広がり姿を消す。羽根というワードに嫌な予感がした。

 

 

「まさかッ……!?」

 

 

空を見上げれば黄金の羽根が一つもなくなっていた。嫌な予感は的中してしまった。

 

 

(いつの間に撃ち落しやがった……!)

 

 

見抜かれてしまった。唯一の弱点を。

 

『全て』を支配するために必要なのはあの黄金の羽根。アレらがばら撒かれていなければ支配することが不可能だ。

 

奴はそれを見抜き、すぐに破壊した。

 

 

「神の力を使った武器は消される。なら力を使わない方法で武器を生成し、羽根を破壊するだけの話だ」

 

 

元の体に戻ったガルペスが背後に現れる。奴の右手には白銀の剣が握り絞められていた。

 

 

「貴様が創造するなら、俺はこの世の(ことわり)(のっと)って創造する。そして、貴様を潰す」

 

 

フォンッ!

 

 

ガルペスの背後、虚空から何十を超える人型の機械人形が出現する。不気味な一つ目に、手には剣や銃を所持していた。

 

背中から生えた機械質な翼を羽ばたかせ、辺りを飛行している。

 

 

「死の覚悟をしろ」

 

 

「チッ」

 

 

また厄介な敵が現れやがったな。恐らく一筋縄じゃ———!

 

 

「【死すべき運命の炎(シュテルプリヒ・フランメ)】」

 

 

ゴオォッ!

 

 

『「「ッ!?」」』

 

 

突如飛んで来た赤黒い炎が機械人形を焼き尽くした。俺とジャコ、ガルペスは攻撃が飛んで来た方向を見る。

 

 

「み、宮川か!?」

 

 

白色の髪から黒色に戻っている宮川 慶吾がいた。右手に握った拳銃から硝煙が漂っている。

 

宮川は白いコートの中から銃弾を取り出し、拳銃に入れながら近づいて来る。

 

 

「お前……何でここに……?」

 

 

「空間震があったからだ。歩いて様子を見に来たらこの(ざま)だったがな」

 

 

カチーンッ……この様って何だよオイ。歩いて来たとか舐めてんのかコイツ……。

 

 

「おい中二病」

 

 

ギロッっと宮川に睨まれた。

 

 

「……それは俺に言っているのかゴミ?」

 

 

「いやーごめんごめん! 髪が白くなったり黒くなったりしているから、もしかして発病したのかなぁ~って思ってたんだよ!」

 

 

「発病したのはお前の頭の中だろ。ウジでも湧いてんじゃねぇのか」

 

 

「そう怒るなよ? それでさ、今はアレなんだよな? 『うわー!? 白い髪に染めていた俺はずかしいっ!』って時期なんだよな?」

 

 

ビギッっと宮川の額の血管が浮き出た。

 

 

「でも言動がアレだよな。『歩いて様子を見に来たらこの様だったがな(キリッ』 あれ、中二病が抜けていない証拠ですよね(笑)」

 

 

「殺す」

 

 

ドゴッ! バキッ! ドゴンッ! ガキュンッ! バンバンッ! カキンッ!

 

 

『喧嘩をしている場合か!?』

 

 

大樹と宮川の喧嘩が始まった。両者一歩も譲らない戦いだが、大樹は笑っていた。

 

 

「ウェーイ! 中二病ウェーイ!」

 

 

「絶対に殺すッ!!」

 

 

ドゴッ! バキッ! ドゴンッ! ガキュンッ! バンバンッ! カキンッ!

 

 

「いい加減にしろ貴様らッ!!」

 

 

ガルペスの一喝で俺たちは喧嘩をやめる。そういや忘れていたわ。主にシリアスな状況だったこと。

 

 

「死んで後悔させてやる……!」

 

 

辺りを飛んでいた機械人形が一斉に武器を構える。反射的に宮川と背中合わせになってしまが、俺はニヤリッと笑った。

 

 

「足、引っ張んなよ」

 

 

「こっちのセリフだハゲ」

 

 

「ハゲてねぇよ! ……ハゲてねぇし!」

 

 

何故二回言った俺。

 

 

シュンッ!!

 

 

次の瞬間、機械人形が一斉に攻撃を仕掛けた。足の裏から炎を噴き出し、音速に匹敵する速度で襲い掛かって来る。

 

機械人形の体は特殊な加工が施された装甲で、ダイヤモンドと同等の硬度を持っている。易々と壊される機械ではない。

 

 

「そいッ」

 

 

バギンッ!!

 

 

しかし、大樹のカウンターでの攻撃は簡単に通ってしまった。

 

機械人形は見事に真っ二つ。そのまま地に落ちてしまう。

 

ガルペスは理解できない光景に息を飲んだ。

 

 

「なッ!?」

 

 

「【神刀姫】の切れ味を舐めるなよ? その気になれば、何でも斬れるんだよ」

 

 

「無茶苦茶な奴めッ……!」

 

 

『こちらも忘れては困る』

 

 

バギンッ!!

 

 

ジャコは高速で飛び回り、機械人形を食い荒らしていた。どんなに硬い装甲でも、ジャコの炎牙(えんが)は溶かし貫く。

 

 

「遠距離攻撃に移行しろ!」

 

 

ガルペスの指示に機械人形たちは従い距離を取った。備え付けられていた銃を構える。

 

 

「それは俺の挑戦か?」

 

 

ドゴンッ! ドゴンッ! ドゴンッ!

 

 

宮川の撃った銃弾が敵の銃口に吸い込まれるように入って行った。敵の銃は暴発し、機械人形ごと爆破させる。

 

 

「俺もできるぜ?」

 

 

ガキュンッ!!

 

 

神影姫(みかげひめ)】を取り出し敵を強力な一撃を放つ。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

しかし、銃弾は銃口をギリギリ外し、的の背後にいた敵の頭部を撃ち抜いた。

 

背後に居た敵は落ちるも、本来の的とは別だ。

 

 

「……………」

 

 

「くくッ……!」

 

 

外した大樹は真顔。宮川は笑いを堪えているが、大樹にバレている。

 

 

「……何だよ」

 

 

「いや……お前の馬鹿力な銃弾なら、あの硬い装甲を貫けるんだなとな」

 

 

「凄いだろ?」

 

 

「そうだな。馬鹿だからできる技だな」

 

 

「殺すッ」

 

 

ドゴッ! バキッ! ドゴンッ! ガキュンッ! バンバンッ! カキンッ!

 

 

再び喧嘩が始まった。

 

 

『真面目にやれッ!!』

 

 

ジャコに叱られて俺と宮川は喧嘩を中断する。チッ、覚えていろよ。

 

 

「ッ……地獄に落ちろ!!」

 

 

ガルペスの周囲に何千を超える水の槍が生み出される。全て槍の先は大樹と宮川を狙っていた。

 

 

「———ふッ!!」

 

 

バシャンッ!!

 

 

大樹は円を描くように刀を高速回転させる。飛んで来る水の槍を弾き飛ばした。

 

その隙を突くように機械人形が動き出すが、

 

 

ドゴンッ!!

 

 

宮川はそれを許さない。銃弾は敵の頭部の硬い装甲を撃ち抜き、破壊して行く。

 

 

ヒュンッ!!

 

 

しかし、宮川の隙を突いて襲い掛かる一機の機械人形がいた。宮川は一撃食らう覚悟をするが、

 

 

ドスッ!!

 

 

機械人形の腹部から刀が突き出た。動きは止まり、持っていた武器が落ちる。

 

 

「はい、借り一つな」

 

 

刀は大樹のモノだった。水の槍を全て撃ち落した直後、刀を投げて宮川を助けたのだ。

 

宮川は機械人形の頭部をゼロ距離から撃ち抜き、背中から刺さった刀を抜き取る。

 

 

ザンッ!!

 

 

そのまま大樹の刀を借りて襲い掛かる機械人形を宮川は薙ぎ倒す。

 

 

「自分の武器を投げるとは愚かな選択だ!」

 

 

ガルペスの指示に従い、機械人形は大樹へと狙いを変える。大樹は【神影姫】の銃撃で応戦するも、敵の数が多過ぎて対処しきれていない。

 

一機の機械人形の剣が、大樹の首を取ろうとしていた。

 

 

「誰が―――」

 

 

ザンッ!!

 

 

その瞬間、襲い掛かって来ていた機械人形の体が横に一刀両断された。

 

 

「———1本しかないと言った?」

 

 

大樹の両手には、二本の刀が握られていた。

 

 

 

 

 

―――それは二本とも、【神刀姫】だった。

 

 

 

 

 

「馬鹿な!? 武器が一本じゃないだと!?」

 

 

想定外な出来事にガルペスは焦る。大樹は二本の刀を宙に投げて叫ぶ。

 

 

「【神刀姫】!!」

 

 

カッ!!

 

 

大樹の言葉に答えるかのように、刀身から黄金の光が溢れ出した。

 

 

 

 

 

―――そして、刀の数は万を超えた。

 

 

 

 

 

「なッ!?」

 

 

「ッ!?」

 

 

『何だと!?』

 

 

その場にいた全員が驚愕した。大樹が刀を投げた瞬間、その数は五千倍以上も膨れ上がったのだから。

 

宙に展開した全ての刀は機械人形たちに刃を向けている。

 

 

「行けッ!!!」

 

 

シュンッ!!

 

 

大樹が腕を振るった瞬間、全ての刀が音速で放たれる。

 

ガトリングガンの銃弾が音速の刀に変わったような攻撃。それは機械人形たちにとって回避不可な攻撃。一つでも当たれば致命的なモノとなってしまう。

 

ガルペスは機械人形を盾にし続け、自分の身を守る。徐々に機械人形が減らされることにガルペスは舌打ちする。

 

 

「フハハハッ!! どうだッ! 俺の刀は無限に増え続けるぜ!?」

 

 

無限に虚空から生み出され続ける刀。その勢いは止まることを知らない。

 

 

「終わるわけには……!」

 

 

ガルペスの目がカッと見開く。両手を前に突き出し、叫ぶ。

 

 

「【制限解放(アンリミテッド)】!!」

 

 

「「『ッ!』」」

 

 

不敵な笑みを見せるガルペスの両手に黒い渦が発生し、黒い本が生まれた。

 

 

「【文化英雄の錬金術(ヘルメス・アルケミー)】!!」

 

 

禍々しい黒い闇を放出する本。背筋がゾッとするほどの狂気が漂っていた。

 

まるで空気が汚染されたかのような……腐敗している……?

 

 

「貴様らは……生きて返さんッ!!」

 

 

怒りが籠った声でガルペスは分厚い本のページが勢い良くめくる。

 

本の中から稲妻が、炎が、吹雪が、水が溢れ出していた。

 

異様な光景に戦慄するが、立ち止まるわけにはいかない!

 

 

「ガルペスッ!! テメェだけには負けねぇ!!」

 

 

一本の【神刀姫】を出現させて両手で握り絞める。そのまま音速で跳躍して、ガルペスに斬りかかる。

 

 

「死に狂えッ!! 楢原 大樹ッ!!」

 

 

 

 

 

―――刹那、二人の間に一人の人間が出現した。

 

 

 

 

 

「「ッ!?」」

 

 

黒いローブを全身に纏った者に大樹とガルペスは同時に驚愕。フードを深く被っているせいで顔は見れない。

 

そして、驚いたその隙を、入って来た者は見逃さない。

 

 

トンッ

 

 

何者か分からないソイツは俺の腕と、ガルペスの腕を掴んだ。

 

 

カッ!!

 

 

―――目を潰すかのような強い光に、俺の意識は闇の中へと落ちた。

 

 

________________________

 

 

 

 

突然の乱入者に、宮川とジャコは息を飲んだ。眩い光で目を隠した。

 

 

「……ッ!?」

 

 

次に目を開けた時、宮川は驚愕した。

 

先程まで戦っていた大樹とガルペスがどこにいないのだ。

 

残っているのは宙に浮いた乱入者、ただ一人だけ。

 

 

『何者だッ!?』

 

 

ジャコが声を荒げながら乱入者に問いかける。しかし、返事は返ってこない。

 

ローブの中から顔を見ようとするが、白い仮面を付けているせいで誰なのか分からない。

 

 

「今のは何だ!?」

 

 

リュナと戦闘していた原田がこちらに戻って来た。宮川は無言で乱入者を見ているため、ジャコが代わりに説明した。

 

事情を知った原田は、当然驚いた。

 

 

「大樹が消えた……!? それにガルペスもだとッ!? クソッ、リュナが逃げたことも関係しているのか……?」

 

 

『原因は不明だが、事情を知っている奴はいる』

 

 

ジャコの視線の先、乱入者してきた者がいた。

 

得体の知れない敵に原田たちの緊張感はより一層に増していた。

 

 

「同時に攻撃するぞ……!」

 

 

短剣を構えた原田が合図を出そうとする。宮川とジャコも構えた。

 

 

―――その瞬間、乱入者の姿が消えた。

 

 

「はッ……?」

 

 

原田の喉に何かが当てられた。

 

 

―――それが敵のナイフだということに気付くのに、数秒掛かった。

 

 

「「『ッ!?』」」

 

 

全員の体が止まる。敵の瞬間移動に驚いたわけじゃない。敵の殺気の強さで、恐怖で動けないのだ。

 

ガチガチと歯を鳴らす原田は、まともに喋れそうになかった。

 

 

「……コイツは、最悪じゃないのか?」

 

 

宮川は余裕そうな表情で言っているが、額から汗を流していた。

 

強いというレベルの問題じゃない。勝てるわけがない……! この殺気は———!?

 

 

(———マジで怖い……もう体が動かねぇ……!)

 

 

恐怖で思考もまともに働かなくなってしまっている。それだけ敵の殺気は危ないモノだった。

 

 

フッ

 

 

乱入者はまた瞬間移動したかのように姿を消す。急いで辺りを見回すが、どこに見当たらなかった。

 

 

「逃げたようだな……」

 

 

宮川の声を聞いて、原田は両膝を地面に着く。心臓を握り潰すかのような恐怖から解放された瞬間、動かなくなっていた手足が動くようになっていた。

 

 

「何だよ……今のはッ……!」

 

 

手の震えだけが、未だに止まらなかった。

 

 

________________________

 

 

 

原田とジャコは再びホテルへと帰った。時間は掛かったが、どうにか落ち着くことができた。

 

一番に回復した宮川は辺りの捜索を始め、先に離脱した。ジャコは大樹がいなくなったせいか、脱力して眠ってしまった。息はしているので命に別状はないはずだ。

 

ジャコを抱きかかえながら女の子たちの部屋に向かい、状況を説明しようとした。

 

しかし、女の子たちの部屋にはノックをして許可を貰い入ると、

 

 

「あら、噂をしていたら来たわね?」

 

 

椅子に座ったツインテールの少女が原田の顔を見てそう言った。

 

 

「は? 噂って何―――」

 

 

そして、原田の言葉はそこで止まった。アリアと思って話そうとしたが、違う。

 

 

―――そして、アリアが二人いることに気付いた。

 

 

「……姉妹か?」

 

 

「違うわよ。あたしはこんなにちんちくりんじゃないわ」

 

 

「何を言っているのかしら? 中学生と高校生なのよ? あなた、将来性がないじゃない? 私はあるけど」

 

 

「「あ?」」

 

 

二人は全く別人で、すっげぇ仲が悪いことが分かった。

 

確かにちゃんと見れば偽物かどうか……いや失礼か。とりあえずその女の子は髪を留めたリボンが黒い。

 

 

「と、とりあえず伝えたいことがある」

 

 

原田はジャコをティナに預けて椅子に座る。そんなにキラキラした目でジャコをモフりたい顔をしていれば、預けたくなる。

 

 

「もしかして、楢原 大樹が姿を消したことかしら?」

 

 

「なッ!? 何でそれを!?」

 

 

「原田さん。黒ウサギたちは、全て見ました」

 

 

黒ウサギの言葉に原田は息を飲む。自分が居ない間に何が起きたのか。

 

アリアじゃない女の子は口に咥えたチュッパチャパスだっけ? 飴を咥えながら説明を始めた。

 

 

「自己紹介がまだだったわね。私は五河(いつか) 琴里(ことり)

 

 

ここで苗字が神崎だったら面白かったなっと少しだけ思ってしまった。

 

 

「私は知っているのよ。体操のお兄———じゃなくて楢原 大樹のことをね」

 

 

「今体操のお兄さんって言おうとしてなかったか? アイツ、いつからひろみ〇お兄さんになったんだ」

 

 

「そんなことより、これを見てちょうだい」

 

 

「強引に逸らされたぞ……ってこれは!」

 

 

琴里が取り出したタブレットには映像が映っていた。

 

しかも映っているのは大樹たちの戦闘だ。これで黒ウサギたちが何故知っているのかが分かった。

 

 

「大樹君が消えたのは第三者の仕業よね。敵も消えたことにはビックリしているわ」

 

 

「……何者なんだ」

 

 

琴里が真由美たちに映像を見せた。それは理解できたが、琴里の正体は何なのかが知りたくなった。

 

 

「精霊は知っているわよね?」

 

 

「……まさかお前ら、【AST】か?」

 

 

ハッキングによって手に入れた情報を照らし合わせると、そのような答えに辿り着いた。

 

精霊は一般人の人には知られていない極秘な存在。それを知っている少女は【AST】の可能性があった。

 

 

「違うわ。私たちは【ラタトスク】。戦力をぶつけて殲滅(せんめつ)するアイツらとは違う組織よ」

 

 

「違う……何が?」

 

 

「方法よ」

 

 

「……もしかして、『私たちは精霊と仲良くしたい』とか言うんじゃねぇだろうな?」

 

 

「へぇ、勘が鋭いじゃない。近いわよ」

 

 

肯定した琴里の返事に原田は黙る。ふざけて言ってみたが、近いと言われるとは思わなかった。

 

 

「私たち【ラタトスク】は精霊と対話によって精霊を()()()空間震を解決するために結成された組織よ」

 

 

「……確かに【AST】の方針とは全く違うな」

 

 

しかし、それだけでは彼女の目的が分からない。

 

 

「それで、お前は何をしにここに来た?」

 

 

「そうね……恩を返しに来たのかしらね?」

 

 

自分でもよく分かっていないような発言。琴里はニヤリッと笑い、両手を広げた。

 

 

「私たちは、彼がどこに飛ばされたのか知っているわ」

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

衝撃が走った。思いがけない一言に言葉を失う。

 

琴里はそんなことを気にせず続ける。

 

 

「そして彼は()()()()()()()()……少しだけなら知っているわ」

 

 

「は? どういう意味だ?」

 

 

まるで事が終わったかのような言い方に原田は混乱する。

 

 

「鳶一 折紙のことは知っているわよね? あなたたちと接触したはずよ」

 

 

女の子たちの目が鋭くなったような気がする。

 

 

「何故知っている」

 

 

「見ていたからよ。カメラを通してね」

 

 

「チッ、悪趣味だな」

 

 

「そんなことはどうでもいいの。大事なのは、彼女と会っておかしいことはなかったかしら?」

 

 

その質問は、全員が同じ答えを言えた。

 

 

「「「「「(頭が)おかしい人だった」」」」」

 

 

「あなたたち、失礼なことを考えてないかしら?」

 

 

「「「「「全然。微塵も」」」」」

 

 

声が揃っている時点で怪しさ満点である。原田は思い出しながら溜め息をつく。

 

 

「はぁ……いきなり大樹のことをお父さんって呼んでいたし、訳が分からなくておかしいと思ったよ」

 

 

「そう……ならもし―――」

 

 

琴里は告げる。

 

 

「———()()()()()()()()()()()としたら?」

 

 

その不可解な答えに、原田の動きは止まった。

 

折紙は大樹のことを知っていた。しかし、俺たちは知らない。知るわけがない。

 

 

 

 

 

だけど―――これから知るきっかけを作るとしたら?

 

 

 

 

 

無くしていたパズルのピースが一気に集まる。そして、次々とピースがハマり、完成に近づいて行く。

 

楢原 大樹が飛ばされた場所。それは———!?

 

 

「じょ、冗談ッ……だろ……!?」

 

 

「私たちは、情報を持っている。彼が()()記録がね。それに、私は()()()()

 

 

過去形で話される琴里の言葉は、答えを言っているようなモノだった。

 

 

「楢原大樹は———」

 

 

琴里は答えを告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「———五年前に、飛ばされているはずよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――この世界の過去、大樹は飛ばされていた。

 

 

 

 

________________________

 

 

 

「うッ……痛ぇ……」

 

 

頭がズキズキするような痛みに俺は目が覚めた。

 

寝ていた場所は熱いアスファルトの上。何故こんな場所で寝ているのか、理解できない。

 

セミのうるさい鳴き声が耳に入る。それに気温が暑い。

 

自分が異常に着こんでいることに気付く。どうりで汗が止まらないわけだ。

 

 

「ぐぅ……」

 

 

「ッ!? 大丈夫かお前!」

 

 

俺は隣で倒れていた男に駆け寄る。頭を抑えているが、意識はあるようだ。

 

白衣を着ており、医者のように見える男。

 

 

「こ、ここは……どこだッ……!」

 

 

「ここか!? ここはだな……………あれ?」

 

 

その時、不思議なことに気付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というか、俺の名前って……何だ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――記憶を失っていることに。

 

 

この日、楢原 大樹と敵であるガルペス。二人は大事なモノを無くしてしまった。

 

 

 

________________________

 

 

 

公園のベンチには二人の男が座っていた。

 

 

「多分……俺の名前は『楢原 大樹』だと、思う……微かに思い出せたかも」

 

 

「俺は……『上野(うえの) 航平(こうへい)』だ。確信はないが」

 

 

―――二人は記憶喪失である。

 

言うまでもないが上野 航平の正体はガルペスである。

 

公園のブランコやジャングルジムで遊ぶ子どもを見ながら俺たちは震えていた。

 

 

「ど、どうしよう……何も、思い出せない」

 

 

「俺もだ……何か重大なことがあったはずなのに……」

 

 

名前以外、思い出せないのだ。むしろ名前を思い出せたことが奇跡だった。

 

 

「そ、そうだ! さっきこんなモノがポケットに入っていたんだ!」

 

 

大樹は通信端末を取り出す。航平は不思議そうにそれを見て尋ねた。

 

 

「何だそれは?」

 

 

「このボタンを押すとな……」

 

 

大樹がボタンを押すと、目の前にディスプレイが展開した。航平は驚きながらそれを見る。

 

 

「凄い……何だこのハイテクな機械は!?」

 

 

「これを使えばどんな情報でも手に入ると思わないか!?」

 

 

「ッ! なら俺たちが何者であるかの情報が得られる可能性が!?」

 

 

「ああ! でも―――」

 

 

そして、大樹の目が死んだ。

 

 

「パスワードを要求されるんだ」

 

 

「……覚えていないのか?」

 

 

「うん」

 

 

「……そうか」

 

 

大樹はボタンを再度押して電源を切り、ポケットに入れた。

 

 

「あとは変なカードしか持っていなかった。クレジットカードでもないし、使えないと思う」

 

 

変なカードとはギフトカードのことである。

 

 

「俺は何も持っていない。手掛かりなしだ」

 

 

はぁ……っと二人は溜め息をつく。しかし、大樹はあることに気付く。

 

 

「いや待て。その恰好は医者だろ? なら病院に行けば何か分かるんじゃないのか!?」

 

 

「なるほど! さっそく病院に―――!」

 

 

ネチャッ

 

 

航平が立ち上がると同時に変な音が聞こえた。

 

音がしたのは白衣の裏側。そこを見ると赤いシミが見えた。

 

 

そう、血にしか見えない。

 

 

 

「「—————ぁ」」

 

 

同時に二人は言葉を失い、動きが止まった。

 

航平はゆっくりと腕を動かし白衣の裏側を隠す。その行動に大樹は急いで立ち上がり、

 

 

「逃げるなぁ!!」

 

 

「いやあああああァァァ!!」

 

 

逃げる大樹を航平は捕まえた。

 

 

「来ないで殺人鬼ぃ!!」

 

 

「待て!? これはあれだ!患者の血だ!

 

 

「それ絶対ヤバイって!? 患者さんを亡き者にしているって!」

 

 

「間違えた! これは自分の血だ! この荒々しい傷を見ろ!」

 

 

航平は服をめくり大樹に見せる。

 

 

「何もねぇよ! 男のクセに綺麗な肌だよ! 傷一つねぇよ!」

 

 

「貴様の目は節穴かッ!!」

 

 

「テメェのことだよ! 子どもたちが怪奇な目で俺たちを見ているから! 放せぇ!!」

 

 

状況がヤバイと思った航平は大樹の服を片手で掴みながら、反対の手で石を拾う。その石の角は鋭利だ。

 

 

「だったら……俺の血で証明する……!」

 

 

「目が血走っているぞ!? 何する気だお前!?」

 

 

航平は自分の腹部に向かって石を叩きつけた。

 

 

「こうだッ!!!」

 

 

ブシャッ!!

 

 

「「「「「ぎゃあああああァァァ!?」」」」」

 

 

直後、航平の腹部から血が噴き出した。俺と子どもたちの顔は恐怖に染まり、絶叫した。

 

 

「何をやってんだお前!? 血が洒落にならないくらい出てんだけど!?」

 

 

「これで俺の血だ……!」

 

 

「お前の頭大丈夫か!? 子どもたちが全員泣きながら逃げたぞオイ!?」

 

 

それでも大樹は逃げ出そうとする。しかし、航平の手は絶対に離れなかった。

 

 

ブクブクッ

 

 

「ひッ!?」

 

 

「え……?」

 

 

その時、航平の腹部からブクブクと泡が出ているのが分かった。大樹の顔は真っ青になり、航平も何が起こっているのか分からない。

 

 

「そ、そう言えば……全く痛みを感じない……!」

 

 

「じ、人造人間サ〇コ・ショッカーだあああああァァァ!!」

 

 

「何故遊〇王!? 待てェ! 違うッ! これは……!」

 

 

バンッ!!

 

 

航平の腹部から噴き出していた泡が弾け飛んだ。そして腹部の傷どころか血まで消えていることに二人は気付いてしまった。

 

 

「……これは……そう……魔法だ! 『ホ〇ミ』だ!!」

 

 

「ドラ〇エの呪文使えんの!? 嘘つくなよ!? 泡が出ていたぞ!?」

 

 

「それは『ベホ〇ミ』だ!」

 

 

「上位版にして逃げてんじゃねぇよ!?」

 

 

「うるさい! 『〇キ』! 『ザ〇』!」

 

 

「おいやめろ!?」

 

 

二人は取っ組み合いになるが、大樹は逃げ出すことに成功した。

 

 

「教会に言って懺悔(ざんげ)して来い! そして冒険の書でも消されて来い!!」

 

 

「『ザ〇キ』!!」

 

 

「やめろって言ってんだろうがぁ!!」

 

 

大樹はまた走り出して逃げる。航平も追いかけるが、大樹の足はとても速かった。

 

公園を出て道路に出たが、

 

 

ププッ————————!!

 

 

「え?」

 

 

道路を走っていた大型トラックがクラクションを鳴らしていた。左右の確認をしていなかったせいだ。

 

 

「あ、危ないッ!?」

 

 

急に飛び出したせいで大型トラックは対処できていない。トラックは大樹に向かって―――

 

 

ドンッ!!!

 

 

―――突っ込んだ。

 

 

大樹の体は宙を舞い、後方へと飛ばされる。

 

遠くに飛ばされていることからトラックのスピードはかなり出ていることが物語っている。

 

 

「う、嘘だろ……!?」

 

 

「だ、大丈夫か兄ちゃんッ!?」

 

 

航平が両膝を着く。トラックの運転手が急いで駆け付けるが、助かるわけがない。

 

地面に何度もバウンドした体は、きっと無残なことになっているはずだ。

 

 

「あれ? 全然痛くない」

 

 

なっている……はずなんだが……!?

 

―――無残なことに、なっていなかった。

 

 

「「ヒィ!?」」

 

 

二人は同時に声を上げた。大樹は平気な顔でヒョコッと起き上がり、無傷だった。

 

 

「ば、化け物!?」

 

 

「うぉい!? 今度は俺が人外の番か!? ただ受け身が良かっただけだ!」

 

 

「できなかっただろ!? 思いっ切り不意打ち食らっていたぞ!?」

 

 

「な、なら俺は超人的肉体を持った強化人間なのさ!」

 

 

「『なら』って何だ!? 魔法より酷いぞ!?」

 

 

「いや魔法で言い訳する方が酷いだろ!?」

 

 

「ま、待つんだ兄ちゃんたち! とにかく救急車を呼ぶ! 何かあったら大変だ!」

 

 

トラックの運転手が急いでポケットから携帯電話を取り出して連絡しようとしている。

 

大樹は別に大丈夫だけどなっと言っていたが、航平が気付く。

 

 

「……身分証明書もない俺たちが病院でバレたら、警察のお世話になるのでは?」

 

 

「は……? いやいや、こっちは記憶喪失だぜ? 逆に助けて貰えるだろ?」

 

 

「……俺のこと、忘れたのか?」

 

 

大樹は思い出す。航平が殺人を犯している可能性を。

 

 

「お前もただじゃ済まないはずだ。一緒に記憶を無くしている共犯者かもしれないのだからな」

 

 

「……………」

 

 

大樹と航平は立ち上がり、トラックの運転手の肩に手を置いた。

 

 

「なぁ、救急車呼ぶ前に、警察を呼ばないか?」

 

 

「え?」

 

 

航平の発言に運転手の目が点になる。

 

 

「そうだな。テメェから慰謝料をがっぽり貰わないとな」

 

 

「なッ!?」

 

 

運転手は思った。この二人、とんでもないことを考えていると。

 

 

「「それが嫌なら出すもん出して、どっか行きな」」

 

 

―――こうして運転手から2万円を奪い取った。

 

 

 

________________________

 

 

 

 

「すっげぇ罪悪感が半端ない……」

 

 

「生きるためだ。忘れるんだ」

 

 

コンビニの弁当を食べながら河川敷のベンチに座る二人の男。沈む太陽を見ながらこれからのことを考えていた。

 

所持金は1万と9千円だけ。家も無ければ家族すらいない。いたとしても思い出せない。

 

 

「俺さ……ぼんやりと大切な女の人を思い出しそうなんだ……」

 

 

「……まさか既婚者か?」

 

 

「分からない。でもな……大切な女の人……何人もの顔をぼんやりとッ……!」

 

 

「もういい! お前が浮気者でも、殺人の俺よりマシだ!」

 

 

「ちくしょう! 俺も最低だった!」

 

 

二人は同時に(なげ)く。最低な浮気者と最低な殺人鬼―――だと二人は思っている。

 

 

「俺たち……やり直せるかな……?」

 

 

落ち込んでいた大樹に航平が声をかける。

 

 

「……これを見ろ」

 

 

航平が取り出したのはバイト募集の張り紙。しかも先程行ったコンビニだった。

 

 

「お前ッ……いつの間に……」

 

 

「働こう。そして償うために、生き延びるんだ」

 

 

「ッ……そうだ。そうだよな」

 

 

大樹は立ち上がる。それを見た航平も立ち上がった。

 

 

「思い出さなきゃ……思い出して謝らなきゃ……!」

 

 

「俺は思い出して……罪滅ぼしをしないといけない……!」

 

 

ガシッ

 

 

二人は握手を交わす。

 

 

「生きよう、上野!」

 

 

「ああ、生きよう! 楢原!」

 

 

7月7日―――二人のホームレス生活が始まった。

 

 

もし、どちらかが先に記憶を戻った瞬間、勝負は着くこと……二人は知らない。

 

 

事を知っている誰かがこれを見れば、失神間違いなしだろう。特に原田。

 

 

しかし、二人の目は希望に満ち溢れていたことは確かである。

 

 

 




そして、キャラ崩壊も待ったなしである。


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過去と未来 並ぶ2つの世界

ガルペスはギャグキャラですよ?


【過去】

 

 

———ホームレス生活3日目。

 

 

「「いらっしゃいませ!」」

 

 

大樹とガルペス———航平はコンビニ店員の期待の新人になっていた。

 

二人は仕事内容を一日目で全て覚え、次の日である今日ではベテランと同等の仕事ぶりを見せていた。

 

大樹は人とのコミュニケーションが優れており、揉め事やクレームが来ても必ず笑顔で帰させていた。

 

航平は裏方の仕事に関しては神だった。商品の発注表、レジでの売り上げ計算、全てを完璧にこなし、瞬時に終わらせていた。

 

二人の新人———いや、神人(しんじん)に死角なし。

 

 

「「ありがとうございました!」」

 

 

店長は語る。コイツら、就職する場所を絶対間違えていると。

 

 

________________________

 

 

 

「やっぱり簡単だったな」

 

 

「ああ、この調子なら明日も大丈夫なはずだ」

 

 

公園にある2つベンチ。右は大樹が寝ており、左は航平が寝ていた。

 

家が無い二人。寝泊りは公園のベンチだった。

 

蒸し暑い夜は必ず公園の冷たい水で体を拭かないと苦しいまま寝ることになってしまう。

 

 

「店長に夜間もバイトさせてくれって言っておいた。これで夜はどちらかが働いている間にクーラーのある休憩室で寝れるな」

 

 

「椅子しか置いてないけどな」

 

 

航平が苦笑いで言うと、大樹は同意して笑った。

 

 

 

________________________

 

 

 

———ホームレス生活7日目。

 

 

バイトの仕事にも慣れ始め、常連さんとも仲良くなったりもした。

 

充実した毎日とは到底言えないが、コンビニで寝泊まりできるようになってからは公園で寝泊まりするキツイ生活は脱却できた。コンビニで寝泊りできない日は仕方なくベンチで寝るが。

 

しかし、記憶の回復は一向に見られない。それどころか状況は悪化していた。

 

 

「どうしてだろう……ヤバい知識だけ異常に覚えている俺がいる……」

 

 

「こっちもだ……恐ろしい知識がどんどん出て来る」

 

 

自分の持っている知識———意味記憶は残っていたのだが、酷い知識が溢れていることに恐怖を感じていた。いっそのこと、思い出であるエピソード記憶ごと失って欲しいモノばかり。

 

公園のブランコにゆらりゆらりと二人の男は死んだ目で乗り遊んでいた。

 

 

「やっぱり……俺は最低浮気野郎の犯罪者なのかな……」

 

 

「こちらは完全犯罪する殺人鬼の可能性だ……」

 

 

最近の彼らは警察署に赴こうかずっと考えている。ちなみにこの一週間大樹は9回、航平は2回、警察署に行こうとしてお互いから止められている。

 

落ち着いた二人は現状の深刻さに頭を抱えていた。

 

 

「……残りの所持金は1万2千円。次の給料日まであと2週間。大丈夫だ……賞味期限切れで廃棄となる弁当を貰えば一食分お金が浮く……! それを繰り返せば……はぁ……はぁ……!」

 

 

「おい」

 

 

「……もし金が無くなったら山に行ってイノシシを狩ればいいだろ」

 

 

「やめろ」

 

 

________________________

 

 

 

———ホームレス生活14日目。

 

 

 

「きのこのこのこ げんきのこ~♪」

 

 

「おい。早まるな」

 

 

「オオシビレタケ アカタケ テングタケ~♪」

 

 

「だからそれは全部毒キノコだ。やめろよ? 気を早めるなよ?」

 

 

「これとかマ〇オのキノコに似てない? 食えると思うんだ」

 

 

「ベニテングタケだ。って馬鹿、食べるな!?」

 

 

「えぎゅッ!?」

 

 

「明らかに危ない悲鳴になっている!? おい!? 楢原!? しっかりしろ!?」

 

 

 

________________________

 

 

 

 

———ホームレス生活15日目。

 

 

「キノコキノコキノコキノコキノコキノコキノコキノコキノコキノコキノコキノコキノコキノコキノコキノコキノコ……空にキノコがいっぱい」

 

 

「今日は幻覚症状か。バイトは休みだな」

 

 

________________________

 

 

———ホームレス生活16日目

 

 

「それにしてもあのキノコは本当に危ないぜ。マ〇オっていつもあんなの食べているの? キチ〇イじゃん」

 

 

「それはお前だろ。そもそも自力で治すな」

 

 

「うるせぇ。文句を言うならお前は自分のキノコでも食ってろ」

 

 

「最低な下ネタだな。毒キノコを料理するのはお前ぐらいだろ。あと……塩と水しかないこの状況で、どうやって毒を抜いている?」

 

 

「……聞く、のか?」

 

 

「……言ってみろ」

 

 

 

「……………〇〇から出た〇〇〇」

 

 

「殺す」

 

 

________________________

 

 

 

———ホームレス生活18日目。

 

 

 

朝日が見え出す時間に俺は起床する。ベンチから起き上がると洗い場で顔を洗う。

 

公園をランニングで3周、腹筋や腕立て伏せで体を鈍らせないようにほぼ毎日鍛える。自分でもよく分からないが、こういう鍛錬?のようなモノはしていたのような気がするのだ。

 

しかし、あまりピンッとこない。何か鍛え方が違う気がする。

 

 

「……ん?」

 

 

そんなことを考えているとあることに気付いた。いつもの時間になっても、あの音楽が流れて来ないのだ。

 

あの音楽とはラジオ体操のこと。そうそう、有名なアレだ。

 

夏休みに入った近所の子どもたちや老人がここでラジオ体操をやるのが日課なのだが、今日は音楽が聞こえてこない。

 

 

「困ったねぇ……」

 

 

「ねぇねぇ! まだぁ!?」

 

 

「ボクお腹空いた!」

 

 

様子を伺うと困った顔をした老人たちと不満そうな顔をする子どもたちがラジオを囲むように集まっている。

 

心配になった俺は声をかける。

 

 

「お客様、どうかいたしましたか?」

 

 

「え? ここはお店じゃないのだが……」

 

 

間違えた。コンビニのクセが出てしまった。

 

 

「小さいことは気にしないでください。ラジオが壊れているのですよね? 良かったら直しましょうか?」

 

 

「おお! できるのかね!?」

 

 

「ええ、こういう古い電化製品を直すときはやっぱりこれしかありません」

 

 

ラジオの前に出て来た俺は右手を出して、チョップした。

 

 

ダンッ!!

 

 

「「「「「えぇッ!?」」」」」

 

 

「叩いて直す。これに限る」

 

 

「いやいやいや!? 壊れるから! 昔のテレビじゃないんだからやめてくれ!」

 

 

「すまねぇな爺さん。この手しか知らない」

 

 

「凄い迷惑!?」

 

 

「というのは嘘で中の配線が完全に逝っているから叩いても配線を変えない限り絶対に鳴らないぞ」

 

 

「結局叩く理由ないじゃないか!?」

 

 

「そうだよ!! 文句あるか!?」

 

 

「逆ギレ!?」

 

 

「俺にもよく分からないんだ! とにかくこの場を荒らさなきゃいけない衝動に駆られて、気が付いたらこうなっていた!」

 

 

「「「「「えぇッ!?」」」」」

 

 

地面に両膝を着いて頭を抱える。何故俺はこんな最低なことをしてしまったんだぁ!!

 

 

「すまない。本気で反省しているんだ。だから……お詫びに、みんなにラジオ体操を踊れるようにする」

 

 

「ど、どうやって……」

 

 

「チャンチャララ~♪ チャチャチャ~ン♪」

 

 

(((((自分で歌い出した!?)))))

 

 

「ヨーでる ヨーでる ヨーでる ヨーでる ようかいでるけん でられんけん♪」

 

 

「お兄さんそれ違う体操だよ!?」

 

 

小学生からツッコまれるが気にせずゴリ押しで歌い出す。振りつけも完璧である。

 

周りも圧倒されるが、小学生は楽しそうに踊り出し、老人は戸惑いながら真似をした。

 

そして全て歌い切り、決める。

 

 

「明日の朝までに、全部覚えてきなさい」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

———体操のお兄さん、誕生の瞬間であった。

 

 

________________________

 

 

 

【現在】

 

 

「———私と士道が初めて会ったのが、その時よ」

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

琴里に告げられた衝撃の出来事。原田たちは何とも言えない顔をしていた。

 

大樹は過去に行っても大樹だった。そのことには安心した。しかし、体操のお兄さんをやっているホームレスさんは予想外。的を外すどころか観客に矢が飛んで行ってるレベルである。最初の出会いがラジオ体操で始まっている時点でカオスだが。

 

 

「そして、その日の夜。私と士道はよう〇い体操の振りつけを全て覚えたわ」

 

 

「「「「「なんかすいません!」」」」」

 

 

意外と真面目だった兄妹に原田たちは申し訳ない気持ちで一杯だった。

 

 

「次の日からまた近所のおじいさんたちと、ようか〇体操をやることになったわ」

 

 

「さすが大樹さん」

 

 

「ティナ。褒めるところじゃないわ」

 

 

アリアはティナの発言にすぐにツッコミを入れる。

 

 

「その頃から関わりが増えたわ。あの人、必ずお菓子を用意してくれるし、一緒に遊んでくれたわね」

 

 

「大樹さん……ロリコンだったのですか……!」

 

 

「今は褒めるところよ。あと……何でもないわ」

 

 

アリアはティナにツッコミを入れたが、最後は言えなかった。『大樹とティナ……あッ(察し)』であるから。アリアだけでない、全員言えなかった。

 

 

「でもホームレスよね?」

 

 

「ええ、コンビニでバイトしているホームレスよ」

 

 

真由美の質問にさらに付け足して肯定する琴里。しかし、信じることはできなかった。

 

疑問に思っていたことを優子が話す。

 

 

「でも大樹君、一度一文無しから億万長者になったわよね? どうしてコンビニなんかでバイトしているのかしら?」

 

 

「嘘でしょ!?」

 

 

さすがの琴里も仰天。思わず立ち上がってしまった。

 

 

「YES。お店の経営で大赤字を出しても次の日には黒字に戻すくらい、朝飯前だそうです」

 

 

「「「「「えぇ!?」」」」」

 

 

「商店街の維持費のために一億をポンと渡す人でしたので……黒ウサギからすれば、大樹さんがお金に困ることは絶対にないと思います」

 

 

「え? でもあの時は、変なキノコを食べていたわよ。今思えば色が明らかにヤバそうだったわね」

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

料理スキルが神レベルの大樹ならやりそうっと全員が思ってしまった。否定できなくてごめんなさい。

 

 

「それに大変な状態だったし、無理もないんじゃないかしら」

 

 

琴里の告げる一言に、全員が戦慄した。

 

 

 

 

 

「当時は記憶喪失だったから」

 

 

 

 

 

耳を疑った。

 

誰も、琴里の言葉を信じることができなかった。

 

 

「嘘……でしょ……!?」

 

 

「……冗談、よね?」

 

 

不安に染まった表情でアリアと優子が琴里に問いかける。その言葉に琴里は何かを察したのか、推理する。

 

 

「知らなかったのね? なら彼は今から記憶喪失になって過去の私たちと関わったに違いないわ」

 

 

「……詳しく、聞かせて貰えるから?」

 

 

真剣な表情で真由美が聞く。琴里も真面目な顔で頷いた。

 

 

「ええ、元からそのつもりよ」

 

 

 

________________________

 

 

 

【過去】

 

 

———ホームレス生活21日目。

 

 

 

「給料日だあああああァァァ!!!」

 

 

公園のジャングルジムの頂上で叫ぶ大樹の姿。これで今日はネカフェに止まることができる。まともな食事ができる!

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおォォォォォ!!」

 

 

「近所迷惑だからやめろ」

 

 

「すっげぇ!! 9万も入ってる!!!!」

 

 

「やめろ」

 

 

ゴッと航平に殴られて俺は地面に落ちる。しかし、痛みより喜びが上のためどうでもいい。

 

航平は溜め息をつきながら降りて来る。

 

 

「勝負はここからだ。一攫千金を狙うのだろ?」

 

 

「そうだった」

 

 

そう、記憶喪失の俺たちに残されたのは膨大な天才的知識だ。これを利用しない手はない。

 

しばらくはネカフェに泊まり、パソコンとずっと睨めっこをする予定だ。

 

 

「株のやり方は分かるよな?」

 

 

「ああ、当然だ。二人の合計金額は20万。15万だけ株に使うが、慎重にな」

 

 

「おいちょっと待て。何で俺より二万多いんだよ」

 

 

「……………さぁな」

 

 

「テメェ俺の出退勤表に何をしやがったゴラァ!」

 

 

「貴様がサボっている間、俺が働いていた分をこっちに貰っただけだ! 文句あるか!?」

 

 

「あるに決まってんだろうがボケ! 俺はちゃんと接客していただろうが!」

 

 

「誰が女子高生やOLの女性を口説けと言った! 毎日毎日レジに行列作ってんじゃねぇ!」

 

 

互いの胸ぐらを掴んで喧嘩する二人。公園を散歩する人たちからの視線が痛い。

 

 

「ハッ! 俺の人気に嫉妬かよ! お前の犯罪と比べたらマシな話だと思うがな! 警察に突き出すぞゴラァ!」

 

 

「その時は貴様も道連れにして逮捕されるだけだ!」

 

 

「「それはやめよう。うん」」

 

 

———二人は『警察』や『逮捕』というワードに弱い。

 

先程の争いがまるで嘘だったかのように静かになった。逆に周りの人たちはビックリしている。

 

 

「とにかく今は一攫千金だ。協力して金を増やすぞ」

 

 

「失敗したらどうするつもりだ?」

 

 

「そりゃお前———」

 

 

大樹は真顔で告げる。

 

 

「———毒キノコ生活だろ」

 

 

「どっかの配管工のオッサンも、ビックリする生活だな」

 

 

 

________________________

 

 

 

———ホームレス生活23日目。

 

 

ネットカフェの奥の部屋に二人はいた。

 

お金の節約のため、一人部屋に無理矢理二人とも入ると罰ゲームかのような狭い空間だ。何が悲しくて男二人で仲良くしなければいけないのか。

 

この三日間。ホームレス生活を送る中で一番の苦労した時間であろう。ずっとパソコンの画面を見続け、一瞬のグラフのブレを見逃さない集中力は凄まじいモノだったであろう。

 

 

「……………おい」

 

 

「ぅん? まだ寝たばっかりだろぉ……寝させてくれ……」

 

 

目の下に大きな隈を作った航平の呼びかけに大樹は意地でも寝ようとする。しかし、航平はそれを許さない。

 

 

「……とんでもないエロ動画を見つけた」

 

 

「何だとおおおおおォォォ!?」

 

 

「本当に起きたな……」

 

 

大樹から無理矢理起こす方法を教えて貰っていたが、これは酷いと航平は心の中で思った。

 

 

「って嘘かよ……それで、どうした? お前の好きなエロ動画が決まったとか———」

 

 

「……これを見てまだ冗談を言えるか?」

 

 

パソコンの画面に記されていた自分の所持金額を見てみる。最初は上がったり下がったり激しかった。酷いときは2万まで落ちた。あの時はさすがに絶望した。

 

 

「……は? 待て待て。これはバグか? 30パーセント上昇って凄くないか?」

 

 

「一桁忘れているぞ」

 

 

「……え? 300……いやいやいや、嘘だろ?」

 

 

航平はマウスを操作して持っていた株を売却する。すると———

 

 

 

 

 

『所持金額 12,800,000』

 

 

 

 

 

———とんでもないことになった。

 

 

 

________________________

 

 

 

———ホームレス生活24日目。

 

 

 

「うめぇ!! お肉うめぇ!!」

 

 

一攫千金に成功した二人は急いで銀行にダッシュ。全額引き出してひたすら店を回った。最後は焼肉店に来ていた。

 

実は未成年だということに気付いてない大樹はとにかく酒を飲みまくり酔った。ちなみに梯子した件数はここで5件目である。

 

航平はとっくに酔い潰れて何度かリバースしている。それでも彼は大樹に負けずと飲んでいる。大樹はノーリバースで常人じゃ考えられない程飲み食いしている。

 

 

「店員さん! メニューのここからここまで全部!」

 

 

「「「「「ふぁ!?」」」」」

 

 

 

———焼肉店のお肉終了のお知らせと同時に、ホームレス生活終了のお知らせも近づいていた。

 

 

________________________

 

 

 

気が付けば8月1日の夕方。気が付けばホテルのベランダで寝ていた。何でや。

 

とりあえず気持ち悪い。頭がガンガンするし目はグルグル回るし。……あッ、無理だこれ。

 

急いで窓を開けて部屋に入り、トイレに直行した。

 

 

「……吐くのか」

 

 

「お、おう……うッ!」

 

 

様子を見に来た優しい航平は大樹の背中をさする。大樹はそれに感謝しながら出した。

 

 

「ありがろろろろう」

 

 

「言いながらするのはやめろ」

 

 

全てを出し切った後、よく分からない達成感があった。

 

 

「よし、復活だ」

 

 

「そうか。ならここでお別れだ」

 

 

「えッ」

 

 

航平は身支度を整えており、部屋を出ようとしていた。最初に出会った頃と同じ白衣を着て。

 

 

「な、何だよ!? 金は山分けしたからってそんなすぐに……!」

 

 

「貴様と違って、俺は思い出した。全てを」

 

 

「ッ……」

 

 

言葉に詰まり、俺は下を向いた。そうか、コイツは帰る場所も思い出したんだ。

 

 

「それなら引き留められないな。今までありがとうな」

 

 

「……最後に聞きたい」

 

 

航平は振り返らず俺に質問を投げて来た。

 

 

「世界の人々は全員、幸せになれると思うか?」

 

 

「……急に何を言っているんだ?」

 

 

「いいから答えろ」

 

 

大樹は不思議そうな顔をしながら答える。

 

 

「別に()()()()()()()()()と思う」

 

 

「ッ!」

 

 

航平は目を見開いて驚愕した。少し恥ずかしそうに大樹は続ける。

 

 

「やっぱ綺麗ごとを言っていると思うだろ? 昔の俺は最低な奴だったかもしれないが、目の前に困っている奴がいるなら、少なくとも今の俺は助けるぞ。そういう優しい心が広がれば世界は平和になって幸せになると思う」

 

 

「……酷い解答だ」

 

 

「ハハッ、そうかもな。でも、何かしっくり来るんだよこの考えは」

 

 

大切なモノを守る。その気持ちは俺の心を落ち着かせてくれる。何故かは分からない。

 

でも、俺の大切なモノって何だ? それが心の中をガリガリと削っている。

 

俺も早く思い出さなければ……後悔する前に……!

 

 

「そうか……」

 

 

航平はそう言い、部屋から出て行った。最後に俺は言葉を掛ける。

 

 

「何かあったら言えよ。力になれることがあったら、助けるからさ」

 

 

「……ああ」

 

 

ドアが閉まるその瞬間、航平は最後まで笑みを見せることはなかった。

 

 

________________________

 

 

8月2日になった。普通に過ごしたら普通に日にちは過ぎる。

 

あんなに酔ったというのに朝になれば復活していた。ホテルの豪華な食事を食べても金は有り余っている。しかし、これ以上無駄に使うことは許される行為では無い。

 

気が付けば公園に戻って来た。自分自身、何故ここに戻って来たのか分からない。

 

 

「あ、兄ちゃんがいるぞ!」

 

 

「お兄さんだッ!」

 

 

休日だというのに元気に遊ぶ小学生たちがベンチに座っている俺を囲んだ。

 

 

「あれ? バイトは? クビになった?」

 

 

「んなわけあるか。やめたんだよ。大金手に入ったから」

 

 

「えぇ!? どうやって!?」

 

 

子どもに『株』って言っても分からねぇだろうな。分かりやすく言うとこうか?

 

 

「会社にとりあえず金を渡し、後から倍にして返して貰ったりして、ひたすら繰り返すことだ」

 

 

「「「「「最低だ!?」」」」」

 

 

え? 何が?

 

 

「あとは住む所を探して終わり。仕事はそのうち見つける」

 

 

「あ! ママが言ってたよ! お兄ちゃんはそう言い続けて部屋から出て来なくなったって!」

 

 

おい頑張れよお兄ちゃん。引き籠ってんじゃないよ。それに俺はちゃんと仕事を見つける。

 

 

「あッ! 体操のお兄さーんッ!」

 

 

「体操のお兄さーんッ!」

 

 

出たな五河(いつか)兄妹! 俺のことをそう呼ぶのは二人だけだからすぐに分かるぜ!

 

短いツインテールは白いリボンで留めている女の子が俺の背中にドンッと乗って来た。ついでに髪の短い男の子も俺の背中にドンッと乗って来た。

 

 

「だから急に乗るなと言っているだろ、士道」

 

 

「何で俺だけ!?」

 

 

「琴里ちゃんは可愛いから許されるんだ。覚えてとけよ、可愛いは正義だ」

 

 

「う、うん……?」

 

 

何故かご機嫌な琴里は俺の頭をグラグラ揺らす。ちょっとまた昨日みたいにリバースカードオープンしちゃうから。聖なるバリア ミ〇ーフォースを発動しちゃうぞ☆

 

 

「ああ、そういや明日って琴里ちゃんは誕生日だったな」

 

 

「えへへッ、いいでしょ!?」

 

 

「おう、また一歩大人に近づいたな」

 

 

褒めながら琴里の頭を撫でる。ご機嫌なのはいいが、問題が一つある。

 

俺は士道の体を持ち上げ少しだけみんなから距離を取る。

 

 

「お前、お小遣い稼ぎは順調なのか?」

 

 

「うッ」

 

 

ホラね。やっぱりこのお兄ちゃん、良い子なんだけど抜けているところがあるんだよ。

 

 

「まぁお前の両親のお手伝いができなかった事情はあるだろう。それで? プレゼントする金は貯まっていないんだな?」

 

 

「あとちょっとなんだ! 今から街の自販機の下、全部見て来る!」

 

 

「待てコラ。汚れた金で妹のプレゼントを買うのか? 男ならお父さんをぶん殴って綺麗なお金を貰って来なさい」

 

 

「そっちは血で汚れていそうだよ!?」

 

 

「安心しろ。血が繋がっているからセーフだ」

 

 

「絶対にアウトラインに入っているよ!」

 

 

ったく、仕方ねぇな。

 

 

「じゃあ俺と一緒に街の魔物を退治して稼ごうな?」

 

 

「魔物って何!?」

 

 

「経験値とゴールドも手に入って一石二鳥じゃないか」

 

 

「稼ぎ方絶対に違う!」

 

 

「あッ、そうだよな。欲しいのは『ゴールド』じゃなくて『円』だよな。悪い悪い、じゃあニホンドラゴン狩ろうな」

 

 

「そこじゃないよ! あとニホンドラゴンって何!?」

 

 

「お兄ちゃんお兄ちゃん!」

 

 

俺たちの後を追いかけてきた琴里が士道の腕を掴む。

 

 

「『だるまさんがころんだ』やるって! 体操のお兄さんもやろ!?」

 

 

「え? 今はそんな場合じゃ———」

 

 

「よし、俺の本気を見せる時が来たようだな……!」

 

 

「———お兄さん!?」

 

 

________________________

 

 

 

『だるまさんがころんだ』

 

 

鬼の役を一人決め、その鬼が他の人をすべて捕虜にすることを目的とした闇のゲーム。

 

 

「ルールは知っているよな? 鬼が例の掛け声を言っている間にしかお前たちは動くことを許されない。俺が振り返った時に動いていたら……どうなるか分かるよなぁ?」

 

 

「何で怖く言うの!?」

 

 

「お兄さん目がヤバイよ!?」

 

 

第1ゲ-ムの鬼は私です。行きます。

 

 

「行くぞぉ!! だーるーまー!」

 

 

木に向かって例の呪文を唱える。その間に子どもたちは俺との距離を縮めた。

 

 

「さーんーがー、転んだッ!」

 

 

ピタッ

 

 

振り返った時には、全員が動きを止めて誰も動かなかった。

 

 

「ほう……死人はでなかったか。次は簡単には行かないぜ……」

 

 

(死人って……捕虜じゃないの?)

 

 

(ボクたち……危ないことをしているのかな?)

 

 

(だるまさんがころんだってこんなに怖いの?)

 

 

緊張感が半端ないくらいあるゲームになっていた。大樹のせいで。

 

再び木に向かって掛け声を唱える。

 

 

「だーるー」

 

 

(遅いッ!)

 

 

掛け声が遅いことを確認した子どもたちは一斉に走り出す。しかし、それは大樹の罠だった。

 

 

「まさんがころんだッ!!!」

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

突然のスピードアップ。対応できた者は少なく、ほとんどが動いてしまっている。

 

大樹は動いた子どもを次々と指を指して、

 

 

「さぁ、豚小屋にようこそ」

 

 

(((((豚小屋!?)))))

 

 

鬼も酷ければ、捕虜する場所も酷かった。

 

大樹の隣に並ぶ子どもたち。意外と五河兄妹が残っているな。

 

 

「だるまさんがころんだッ」

 

 

「「「「「ッ!」」」」」

 

 

今度は速いペースで唱える。しかし、慎重に進んでいた子どもたちは止まることに成功している。

 

が、大樹の表情が真っ青になった。

 

 

「っておい!? 後ろから犬がッ!?」

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

二人の子どもが振り向いてしまった。振り向いた子どもは犬がいないことを確認した瞬間、騙されたことに気付く。

 

 

「ハッ、フラ〇ダースの犬でもいたのかよ?」

 

 

(((((なんて汚い大人なんだ……!)))))

 

 

騙された悔しさより、大樹の汚い手に戦慄した。

 

この時点で残った子どもの数は3人。ちなみに捕虜となった子どもは11人だ。

 

なんと五河兄妹がまだ残っていることに驚きを隠せない大樹。

 

 

(アイツら……俺のことを熟知しているのか……? いや、違う!)

 

 

もっと単純なこと……アイツらは俺が嘘をつくことを分かっているんだ! 士道の苦笑い、琴里ちゃんのドヤ顔。確信できたぜ……!

 

いいだろう……俺との真剣勝負……受けてやろうじゃないか。

 

その前に、俺から目を逸らして動きを止めている子どもを退場させる。

 

 

「だーるまー」

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

大樹は木に向かって掛け声を出さず、子どもたちを見たまま続けた。その行為の意味はすぐに分かった。

 

大樹から目を逸らしていた子どもは耳で聞いた音を頼りにしなければならない。よって子どもは大樹が見てない状態だと勘違いしている。

 

 

「うッ」

 

 

目を逸らしていた子どもと大樹の視線がぶつかる。

 

 

「さんが、見ているよぉ~」

 

 

(((((こえええええェェェ!?)))))

 

 

とにかく怖かった。子どもは涙目で捕虜のところにダッシュした。

 

これで五河兄妹だけだ。さぁ、戦おうぜ!

 

 

「だるまさんがころんだッッッ!!」

 

 

「「「「「なッ!?」」」」」

 

 

大樹の掛け声は一瞬で終わった。周りの子どもたちは驚愕する。

 

士道と琴里は一歩どころか1センチも動くことができていない。

 

 

「お前ら二人は何時間後に、ここに来れるかな?」

 

 

(((((なんて大人げないんだ……!)))))

 

 

子どもの遊びにここまで本気を出す大人がいるだろうか? いや居た。目の前に。

 

こうして大樹と五河兄妹の真剣勝負———『だるまさんがころんだ』が始まった。

 

 

________________________

 

 

 

【現在】

 

 

「何かウチの馬鹿がすいませんでした」

 

 

「「「「「すいませんでした」」」」」

 

 

「あ、謝る必要はないわよ。私もその、楽しかったし」

 

 

大樹(馬鹿)が馬鹿なことをしていた。原田と女の子たちの顔は羞恥で赤くなってしまっている。

 

 

「それに勝負に勝ったら全員にアイスを買ってあげるくらい優しい人だったわ」

 

 

(((((勝ったの!?)))))

 

 

なんということでしょう。五河兄妹の勝利で終わっていた。

 

 

「問題は次の日よ」

 

 

「次の日……五年前の8月3日ってまさか……!?」

 

 

「知っているみたいね」

 

 

琴里の言葉に原田は息を飲んだ。

 

無くなった飴を取り出し、棒をゴミ箱に捨てた琴里は話し始める。

 

 

「そう、天宮(てんぐう)南甲(なんこう)町で起きた大火災よ」

 

 

 

________________________

 

 

 

【過去】

 

 

「結局、何で俺はまた公園で寝ているんだろうな」

 

 

昨日は士道と一緒に琴里ちゃんのプレゼント代を少し払ってあげたり、ボロボロになっていたリュックを新しくしたり、温泉を満喫して公園のベンチで寝た。最後はよく分からん。何でだ俺。

 

コンビニのバイトもやめてしまったし、今日はハローワークでも行くか? 嫌じゃ嫌じゃ! 働きたくないでおじゃる!

 

まぁそんな駄目な大人になるわけにはいかない。まず引き籠るための家がないから。現実を見るって辛いよ。

 

 

「……………」

 

 

———俺は一体誰なんだ?

 

全く思い出せない。大切な人が、大切な目的が、大切なモノがいっぱいあったはずなのに。

 

それが欠けてしまった今の俺は、存在していいのだろうかと不安になってしまう。

 

 

「思い出したい……」

 

 

でも、心の中で思い出すことを怖がっている自分がいる。

 

 

「……ああああああァァァもうッ!!」

 

 

頭をガシガシと掻きながら叫ぶ、嫌なことを考え過ぎだ。

 

仕方ない。仕事を探しに行こう。そのうち嫌なことは、きっと忘れるだろう。

 

 

________________________

 

 

 

「働けねぇ……!」

 

 

普通に働くことが無理なことに気付いた。

 

コンビニは履歴書を渡すだけですぐに採用してくれた。人手は少なかったし、適当に対応してくれたが、働くとなると住民票が、戸籍とかがめっちゃ必要!

 

俺にはそんなモノありませーん! やべぇバイトやめなきゃ良かった。ここまで後悔するとは思わなかった。

 

 

「住む部屋の契約にも住民票がいるし……もう詰んでるじゃんこれ……!」

 

 

一生野宿生活が決定したような気がした。

 

絶望の淵に落とされた俺はトボトボと歩く。日は傾き夕暮れ前だ。

 

住宅街を通り、また公園に戻ろうかと考えていた。

 

 

 

 

 

———そして、音が爆発した。

 

 

 

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!!

 

 

「がぁッ!?」

 

 

突然の出来事に何が起こったのか理解できない。爆発音が響き渡り、自分の体が吹き飛ばされたことはかろうじて理解できた。

 

コンクリートの地面に何度も叩きつけられて俺は壁に激突する。衝撃は激痛を生んだが、不思議とそこまで痛くないことに気付く。

 

 

「え……」

 

 

目を開けば、そこは地獄になっていた。

 

視界に広がった紅い光景———街が燃えていた。

 

真夏の暑さではなく、炎の熱さに全身が固まった。

 

 

「何だよこれ……! 一体何が……!」

 

 

「だ、誰かぁ!? 助けてくれぇ!!」

 

 

男性の助けを求める大声に固まっていた体が動くようになる。男性はすぐ近くにいた。

 

男性は頭から血を流し、必死に瓦礫をどかしていた。瓦礫には一人の女性が泣いて苦しんでいる。

 

 

「あ、アンタ! 妻を……妻を助けてくれぇ!!」

 

 

「ッ!!」

 

 

返事を返すよりも先に体が動いた。すぐに瓦礫を退かす作業に入る。

 

その時、重そうな瓦礫がヒョイっと動いた。

 

 

「ッ……!?」

 

 

瓦礫の重さを感じない。自分は鍛えているから力持ちだとコンビニの商品運びで気付いている。しかし、瓦礫を簡単に退かしてしまうくらい力が強いことは初めて知った。

 

女性は無事に救出。足に酷い怪我を負っているが、命に別状はないことは医療学の知識で分かる。

 

すぐに自分のリュックの中から折り畳み傘を取り出し、着ていたコートを脱いで女性の足を固定した。応急処置のつもりだが、早く病院に行く方が大事だ。

 

 

「ありがとぉ!! この恩は必ず返すッ!!」

 

 

男性が女性を背負い、涙を流しながら感謝の言葉を言う。

 

首を振りながら俺は火が回らない———風が吹く向きとは逆の方向を指で差す。

 

 

「そ、それよりここから早く逃げてくれ! すぐに火が回るぞ!」

 

 

「ま、待て! アンタも一緒に———」

 

 

男性が一緒に逃げようと言っている。でも、ここで逃げたら駄目だ。

 

怖い。命を落としてしまうかもしれない出来事にぶちあたっているんだ。恐怖を感じないわけがない。

 

だけど、逃げる理由にはならなかった。

 

 

「俺は、この街の人を救いたい!」

 

 

________________________

 

 

 

 

燃え盛る街を駆け抜ける。不思議なことに人の悲鳴や助けを呼ぶ声は敏感に聞こえた。

 

助けを呼べない怪我人や気を失った重傷者は、何故かそこにいるというのが分かってしまう。

 

一瞬で瓦礫を退かし、負傷者を背負って逃げる。それを繰り返した。道中逃げている人がいれば避難場所を教えた。

 

唯一、火が回らない場所がある。それが———なんと公園だった。

 

救出した人たちは中心にある噴水のそばに寝かせる。中心からそばにあるのは遊具だけ。木などは外周にしかなく、既に燃え切ってしまっているので安全な場所になっていた。

 

 

「悲鳴……こっちかッ!!」

 

 

また耳に聞こえた。すぐに公園から走り出し、悲鳴が聞こえた場所に向かう。

 

 

ギャンッ!!

 

 

「ッ!?」

 

 

突如空で閃光が弾け飛んだ。急いで上を見上げれば、白い何かがいた。

 

目を凝らせば正体が分かる。それが一人の女の子だと。

 

 

「ッ……次から次へと……何なんだよッ!! クソッタレがぁ!!」

 

 

あの少女がこの街を破壊したのか? あの少女は正義の味方なのか?

 

正解は不明。しかし、足を止まらせるわけにはいかない。

 

再び疾走する。速く。もっと速くと速度を上げる。

 

その時、男性と女性、二人の後ろ姿が見えた。しかし、二人は逃げようとせず、辺りを見渡していた。

 

 

「何やってんだアンタら!? 早く逃げろよ!!」

 

 

「だ、駄目だ! それはできない!」

 

 

「娘がッ……娘がまだ帰って来ていないの!!」

 

 

子持ちの夫婦だとすぐに分かった。だがここで「俺も探します」と言う暇はない。

 

 

「公園に行け! 火が回らない場所だ! 子どもも何人か救出している! もしかしたらアンタらの娘もいるかもしれない!」

 

 

「し、しかし———!」

 

 

「行けって言ってんだろうがぁ!! 俺もまだ探してやるから!」

 

 

それでも動こうとしない男の胸ぐらを乱暴に掴む。

 

 

「両親亡くした時、娘がお前らの後を追いかけないように生きろぉ!!」

 

 

「「ッ!」」

 

 

その言葉で二人はやっと走り出す。これで後はその娘を探せば———!

 

 

「お父さん! お母さん!」

 

 

「「「ッ!?」」」

 

 

三人が走り出そうとした瞬間、一人の少女がこちらに向かって走って来た。

 

 

「折紙!!」

 

 

男性が娘の名前を呼ぶ。両親は折紙と呼ばれた娘に向かって走り、二人で娘の体を抱き締めた。

 

 

(良かった……近くにいたのか……)

 

 

ホッと安堵の息を吐く事ができた。

 

 

ドクンッ……!

 

 

だが、嫌な予感がした。

 

家族の頭上———空高くにあの白い女の子が居た。

 

空に光の線が描かれ、何かが起きようとしていた。

 

 

「くッ!」

 

 

考えるよりも先に、体が動いた。

 

家族に向かって走り出す。その瞬間、光が一つに集結し、降り注ごうとしていた。

 

 

「やめろおおおおおおおおおおォォォォォ!!!」

 

 

叫びながら家族たちを突き飛ばす。全身を使って、力を込めたタックルをぶつけた。

 

家族たちは大きく飛ばされるが、さすが親だ。子どもをしっかりと守っている。

 

視界は真っ白な光で潰され、全身を焼き尽くすような激痛を感じた。

 

 

———救えた。

 

 

人生の最後にしては、素晴らしい終わり方ではないだろうか?

 

だけど、悔やむことが一つ残っている。

 

 

失った記憶を、取り戻したかった。

 

 

この時だけは、そう純粋に思えた。

 

 

 

________________________

 

 

 

【現在】

 

 

「———以上の出来事よ。【ラタトスク】が捉えた映像は、そこで終わっている」

 

 

琴里から告げられた出来事は想像を超えるモノだった。

 

空に現れた女の子———それは紛れもなく精霊だ。

 

精霊の攻撃によって街は大火災に見舞われ、街を焼き尽くした。

 

しかし、街の人々を大樹は救い続けた。その様子を【ラタトスク】だけでなく、【AST】の衛生カメラも捉えている。

 

彼らは大樹のことをこう呼んでいる。

 

 

「彼は『英雄(ヒーロー)』って呼ばれていたわ。彼がいなかったら死者が出て、悲惨な事件になっていた。今も救われた人たちは彼に感謝をしているはずよ」

 

 

「待ってよ」

 

 

琴里の言葉を優子が止めた。

 

 

「大樹君はどうしたのよ……精霊の攻撃を受けたくらいじゃ、大樹君は死なないわよ……」

 

 

「死んだわ」

 

 

琴里は、否定した。

 

 

「残念だけど、それが真実よ」

 

 

「ッ……!」

 

 

突きつけられた言葉に優子は唇を強く噛み———

 

 

 

 

 

「それが真実でも、大樹君は生きているわ……!」

 

 

 

 

 

———前を向いた。

 

泣いていない。涙も見せていない。そのことに琴里は驚愕した。

 

周りの女の子も同じだ。

 

 

「そうよ、大樹は死なない。私たちを残したりしないわ」

 

 

アリアも、

 

 

「YES! 大樹さんは生きています!」

 

 

黒ウサギも、

 

 

「大丈夫よ。大樹君なら、ね」

 

 

真由美も、

 

 

「大樹さんは、必ず生きています」

 

 

ティナも、

 

 

「アイツが死ぬなんて、地球が消滅するよりありえねぇよ」

 

 

そして原田も、彼が死んだと、誰一人信じていないのだ。

 

その光景に圧倒された琴里は小さく息を吐く。

 

 

「はぁ……ちょっと悪戯しようとしただけなのに、こっちがやられたわ……」

 

 

「え……?」

 

 

琴里は新しい飴を取り出し口に咥える。優子は戸惑うが、琴里は申し訳なさそうな表情で続ける。

 

 

「ごめんなさい。確かに、彼は生きているはずよ」

 

 

「ッ! それじゃあ……!」

 

 

「でも私はこれから先は知らないわ。でも、知ってる人がいるでしょ?」

 

 

「それってもしかして……!」

 

 

優子の言葉に頷いた琴里。

 

 

 

 

 

「パパのこと、彼女に聞きましょう」

 

 

 

 

 

________________________

 

 

【過去】

 

 

気が付けば暗い闇が視界を支配していた。

 

ここは死後の世界かと思ったが、どうやら違うようだ。

 

 

「……おぇ」

 

 

異臭。吐き気を催すような臭いに口を塞ぐ。体は問題無く動くが、天井が低いせいで起き上がれない。

 

時間が経つにつれて、自分がどうなったのか理解した。

 

 

「そうだ……あの光に飲まれて……ハッ!?」

 

 

ゴッ!!

 

 

「いでぇ!?」

 

 

急いで起き上がろうとしたが、やっぱり天井が低すぎて頭をぶつけた。

 

痛みに悶えるが、自分の体が綺麗なことに気付く。

 

 

「……無傷? いや、そんな馬鹿な……?」

 

 

服はボロボロなのに対して、体は全くの無傷。切り傷一つすらない。

 

 

「どうなってんだこれ……というかここはどこだ?」

 

 

また記憶喪失なのかっと思わず自分自身を疑ってしまう。

 

ポチャンっと水が落ちる音。異臭。以上の二つから予測できる場所。

 

 

「下水道……だろうな……」

 

 

災害で壊れた下水道。恐らくあの光で真下に落ちたのだろう。

 

生きていることに幸運を感じているが、脱出しなければ幸運とは言えない。

 

 

「狭いけど、動かないとなッ」

 

 

モゾモゾと横に移動を開始する。狭い場所を潜り抜けることを繰り返し、脱出を目指す。

 

水が流れて息を止めなければいけない場所もあった。下手をすれば死ぬ可能性のある場所を通り抜ける場面もあった。

 

しかし、鍛え上げられた肉体がここで役に立つ。全てを乗り越えることができた。

 

 

「おっし!」

 

 

そして何時間もの死闘の末、やっと広い場所に出ることができた。

 

グッと背を伸ばし、苦しい場所から解放された。あとはこの臭い下水道を出るだけだ!

 

 

________________________

 

 

 

「……酷い光景だな」

 

 

下水道から出て来た俺は一言。マンホールを元に戻しながら辺りを見回す。

 

家のほとんどが黒くなり崩壊している。住宅街と呼べる場所じゃなくなってしまった。

 

消防隊員や自衛隊が復興作業をしている。公園を拠点にしている点は少し面白かった。

 

 

「帰る公園すら失ったし……どうするかなぁ」

 

 

新しい公園を探すか! 何で公園限定だよ!

 

道を歩いていると、ポッカリと大きな穴が開いた道が見えた。もしかして———?

 

 

「ここか、俺が落ちたのは」

 

 

ひえー、よく生きていたな俺。普通に死ぬぞ。死ぬと言うか消滅するだろ。どんだけヤバい光が降って来たんだよ。

 

ゾッと震える。あ、恐怖でじゃないです。僕が異常な人だということは察しました。

 

トイレに行きたいけど、どこにもない。どうしよう!? まぁ立ち〇ョンすればいいか。ちょっと失礼して———

 

 

ガシッ

 

 

「すいません。警察の者ですが、立ち入り禁止区域で何をやっているのですか」

 

 

———青い服を着た男性に肩を掴まれた。

 

 

「えっと……自分、この穴に落ちていた者ですが」

 

 

「冗談はいいよ。君、無傷じゃないか。それに臭いし、何をやっているんだい?」

 

 

「いや、あの、本当のことだから……」

 

 

「まぁいい。ちょっと署まで来て貰うよ」

 

 

「……………」

 

 

ヘルプ、ミー。

 

さて、スーパーダッシュッを使って逃げるか? 信じてくれないことが凄く悲しいけど、人生は厳しいということはしっかりとこの身に刻んであるよ。

 

 

「待ってください!!」

 

 

警察官が俺の両腕に手錠を付けようとしたその時、一人の男性が止めに入って来た。頭に包帯を巻いた優しそうな男性。そして、その男性には見覚えがある。

 

 

(あ、ヤバい)

 

 

最後に助けた家族———そのお父さんだった!

 

 

「た……」

 

 

「「た?」」

 

 

俺はその場で土下座を繰り出した。

 

 

「タックルしてすいませんでしたあああああァァァ!!」

 

 

「「ええええええェェェ!?」」

 

 

________________________

 

 

 

「あの、えっと……お風呂、ありがとうございました……」

 

 

全身綺麗になった俺は頭を下げる。目の前にいる家族に感謝した。

 

現在、マンションの3階に仮住居している鳶一(とびいち)一家のお世話になっていた。

 

着替えだけでなく、お風呂も貸してもらい、警察に事情を説明したり、あとタックルした件については許して貰えました。

 

リビングに集まった家族たちは笑顔で出迎えてくれる。

 

 

「いいのですよ。それにお礼を言うのはこちらの方だ。私たちの命を助けてくださり、ありがとうございました」

 

 

父親は俺に深く頭を下げると、母親も一緒に下げた。俺は首と手をブンブン横に振る。

 

 

「いやいやいや! 違います! 俺は何もしていないです! ただアイ〇ールド21に憧れてタックルの練習をしていただけですから!」

 

 

「ハハッ、面白い嘘をつく人だ」

 

 

すっげぇ笑われた。本当に面白そうに笑うからめっちゃ恥ずかしい。

 

 

「この恩は必ず返させて頂きます。今日は夕飯を食べて行ってください」

 

 

「疲れているのでしたら泊まって頂いても構いませんよ」

 

 

父親と母親の良心に俺は目から滝のように涙を流した。天使や! 神様や!

 

 

「気持ちはありがたいけど、家計が厳しい家庭に甘えることはできない」

 

 

「……鋭い人、ですね」

 

 

「まぁ、こう見えて結構優秀なんで。家も財産も無くしたあなたがたは保険金や国からの援助に頼るしかない」

 

 

いくら大火災だから、事故だからと言って国がホイホイお金を配るとは限らない。無駄に使う(やから)や悪人が出るのは百パーセント。よって過度な配布はなくなり、真面目な者が苦しむ。

 

幸い父親は仕事が残っているようだし、この厳しい最初の時期を乗り越えれば、また普通の生活が送れるだろう。

 

 

「ではタクシーを呼んで家まで送ります」

 

 

「あ、えっと……歩いて帰りますよ」

 

 

「そんなこと言わずに、送らせてください」

 

 

凄い言い辛い。これ言ったら絶対に嫌な顔されるぞ。

 

 

「その……言いにくいのですが……自分、家が無いんですよ」

 

 

「ッ……すいません、あなたも私たちと同じ被害者———」

 

 

「そうじゃなくてですね……あの、俺ってホームレスなんですよ」

 

 

空気が、凍った。

 

当たり前だ。命を救ってくれた人がホームレスとか、罪悪感どころか申し訳ない気持ちで一杯だろ。

 

ここで助けさせてください!っと言わせないためにアレを見せよう!

 

 

「で、でも大丈夫! 俺には600万以上の金が……あッ」

 

 

そこで俺は重大なことに気付いてしまった。

 

 

———リュック、どこに行った?

 

 

「全財産失ったああああああァァァ!?」

 

 

「「えぇッ!?」」

 

 

あまりのショックに、発狂しかけた。

 

 

________________________

 

 

 

「すいません……取り乱しました……」

 

 

落ち込んだ大樹に二人は首を横に振って許した。大金を無くしたショックは、確かに大きいはずだと二人は分かっている。

 

 

「いえ、それよりこれからどうするのですか?」

 

 

「そうですね……山で毒キノコ狩りをしましょうかね……」

 

 

((自殺!?))

 

 

二人は自殺だと勘違いしているが、大樹は真面目に生きようとしている。

 

 

「大丈夫です! あなたもここに住みましょう! なぁ母さん!?」

 

 

「そうよ! あなたの言う通りよ!」

 

 

二人は必死に大樹を止める。対して大樹は苦笑いだった。

 

 

「身元不明な俺を泊めるとか、ホント優しいですね」

 

 

だから、これ以上甘えてはいけない。

 

 

「それに俺は記憶喪失で、最低な奴かもしれないんですよ? もしかしたら記憶を思い出した瞬間、とんでもないことをするかもしれない」

 

 

これで良い。二人の恩は十分に返された。お風呂に着替え。何一つ不満ない恩返しだ。

 

だからここで終わろう。彼らとの関係をリセットするんだ。

 

 

「それがどうしたというのですか?」

 

 

———父親の強い言葉に、息を飲んだ。

 

 

「私たちは命を救われた。それは一生を懸けなければ返せない恩なのです。あなたが助かるなら全力で助けたい。あなたが暗殺者や独裁者であっても、私は嫌いになることは絶対にありません。何故ならそれだけ恩を感じたから」

 

 

それにっと父親は付け足し、言葉を続ける。

 

 

「あなたはきっと、立派な人間のはずです」

 

 

返す言葉が、見つからなかった。

 

勘違いしていた。優しさとかじゃなく、彼は俺の存在を許しているのだ。

 

それは友であることを許し、一緒にいることを許す。そして何より恩人であることに敬意を払う人だ。

 

この人はきっとどんな人でも、恩があるなら受け入れる器の大きい人。

 

 

「戸籍が無いと何もできませんよね? いいのですか?」

 

 

「うッ」

 

 

痛い所を突かれた。あとこの人、ズルいよ。

 

 

「ねぇあなた、もしここに住ませるなら折紙のお兄ちゃんになるのかしら?」

 

 

「そうだね。私たちの息子だね」

 

 

「What!?」

 

 

何か話が大変な方向に捻じれているんですけど!?

 

 

「Who……じゃなくて、折紙って娘さんですか?」

 

 

「ええ、まだあなたにはやりませんよ」

 

 

「いや『まだ』って……というかお年頃の女の子はきっと俺のことを嫌いますよ?」

 

 

「それはどうかしら?」

 

 

おっと、母親の雰囲気が怪しいぞ?

 

 

「折紙、お兄ちゃんは欲しくないかい?」

 

 

「ほしい!」

 

 

「うおッ!?」

 

 

父親の質問に元気よく答える声が背後から聞こえた。いつの間にか俺の後ろに隠れていた白いショートカットの髪をした女の子。気配が無かったのだが!? 暗殺〇室でも通っているのかよ!?

 

 

「え、えっと折紙ちゃん? 本気で言っているのか?」

 

 

「うん! お兄さんって、公園にいる体操のお兄さんでしょ?」

 

 

わーお。士道が言っていた『この地域では有名な体操のお兄さん』は本当だったのか。疑ってめんご☆

 

そんなキラキラした目で見られてもなぁ。怪しくないの? お兄さん、自分でも結構悪い人に見えると思っているのだけど? サングラスとか掛けたらヤバいぜ?

 

折紙の言葉に両親は納得したような表情になる。

 

 

「なるほど、あなたが体操のお兄さんでしたか」

 

 

「なら大丈夫ね、あなた」

 

 

「そうだね。安心できるよ」

 

 

ちょっと話について行けない人、ここにいますよ? どうして体操のお兄さんの信頼度がそこまで高いの?

 

状況を理解できていない俺に気が付いた父親が微笑む。

 

 

「いつも子どもたちと遊んで面倒を見てくれて、近所付き合いでみんなに優しい青年と噂になっていたよ」

 

 

どうしよう。割と本気で楽しく遊んでいた時間があったことを言えないんだけど。恥ずかしいんだけど。

 

というか全然優しくないよ? ちょっとおばあちゃんの荷物を持ってあげたり、ちょっと近所の壊れた電化製品や水道を直してあげたり、ちょっと川に落ちた猫を助けたぐらいだよ? あれ? 結構イケメンなことしてたな俺。

 

 

「折紙、今日から大樹お兄ちゃんと呼びなさい」

 

 

「はーい!」

 

 

うん? もう確定しちゃった? マジで?

 

父親はニコニコっというより、ニヤニヤしている。

 

 

「もうここまで来たら、後には引けないね?」

 

 

コイツ……! 同年代だったら一発殴っていたぞ。

 

 

「……はぁ、参りましたよ。正直嬉しいですよ、こんな俺をここまで気にしてくれて。あとあなた方がすっげぇお人好しだということも知りました」

 

 

「嫌いかね?」

 

 

「全然。むしろ大好きですよ」

 

 

後頭部を掻きながら照れ隠しする大樹。ここまでされて、嬉しくないわけがない。

 

———決意しよう。

 

記憶を取り戻すまで世話になり、恩を忘れないことを。

 

記憶を取り戻しても、絶対に裏切らないことを。

 

 

繰り返される恩返しに、勝って見せよう。必ず、俺が多く恩を返して見せる。

 

 

「できることは、何でもやるつもりです」

 

 

「ああ、よろしく大樹君」

 

 

「これからよろしくね、大樹君」

 

 

二人は心を安心させてくれるような微笑みで挨拶する。

 

ドンッと俺の背中に抱き付いた折紙がニッコリと笑う。

 

 

「大樹お兄ちゃん! 一緒に遊ぼう!」

 

 

「おう」

 

 

折紙の頭を優しく撫で、俺はこの家族の一員となった。

 

 

________________________

 

 

 

【現在】

 

 

 

ガゴンッ

 

 

「「「「「「ッ!」」」」」

 

 

大樹のことをお父さんと呼んだ折紙に会いに行こうとした時、原田たちの頭に何かが響いた。

 

まるで何かが切り替わったかのよう音。OFFになっていた電源をONにしたような……言葉で表せない不思議な感覚だ。

 

 

「今のは……!?」

 

 

「とても、変な感覚でした……」

 

 

真由美は驚きながら辺りを見回し、ティナは不安気な表情になっていた。

 

 

「どうかしたの? もうすぐ着くわよ?」

 

 

「ま、待てよ。今、何が起こったんだ?」

 

 

未知の現象に原田が琴里に尋ねる。しかし、琴里は何が起こったのか全く分かっていようだった。

 

 

「今? 何もなかったわよ?」

 

 

「は?」

 

 

「それより急ぐわよ? 彼女が住んでいる家はもうすぐよ」

 

 

そう言って琴里は再び歩き出した。

 

不可解な現象を感じたのは琴里を除いたアリア、優子、黒ウサギ、真由美、ティナ。そして原田だ。

 

 

「嫌な予感がするわ……」

 

 

「YES……アリアさんの言う通り、何かありそうです」

 

 

勘の鋭いアリアと黒ウサギ。二人の言葉で周りは気を引き締めて警戒する。

 

数十分後、とあるマンションに辿り着いた。琴里が言うには、

 

 

「大樹とデート後、折紙は空間震へ向かった大樹を探したけど見つからないから大人しく帰って来ているわ。遠くからでも凄く悲しさが伝わったわ」

 

 

とりあえずこの時点で大樹の尋問&拷問のスペシャルコースが決定した。原田は「無茶しやがって……」っと同情の涙を流した。

 

しかし、琴里の言葉に妙な言い回しがあった。

 

 

「あの表情で悲しさが伝わったのか……」

 

 

原田の疑問は、女の子たちも同じことを思っていた。一切表情を表に出さなかった人が、琴里には悲しいっと分かったと言っているのだ。

 

原田の言葉を聞いた琴里は苦笑いで答える。

 

 

「むしろ感情をバンバン表に出すわよ。それにちょっとだけ泣きながら帰っていたのよ?」

 

 

「「「「「えぇ!?」」」」」

 

 

折紙が感情を表に出していたことにはもちろん驚愕だが、大樹がそれほど何かをやらかしたことに冷や汗を流した。

 

これから会うとなると、まず謝罪から入った方がいいかもしれないっと一同は思った。

 

 

「彼女とは一悶着(ひともんちゃく)あったけれど、今は士道と同じく仲良くしているわ」

 

 

「そ、そうか……」

 

 

どうやら彼女の性格上、他人にはあまり感情を見せないのかもしれない。

 

仲の良い琴里は手慣れた手つきで折紙の部屋番号305を押す。

 

 

『……………はい』

 

 

「え、えっと、五河 琴里よ」

 

 

———果たして本当に仲がいいのだろうか?

 

フルネームで答えているし、すっごい緊張感を持って会話しているぞこのツインテール。大丈夫なのか?

 

それより、会話の相手の折紙が気になった。

 

 

(確かに元気がない……何をやったんだ大樹は……セクハラは……ありえそうだから否定できねぇ)

 

 

明らかに元気がなかった。周りも動揺している。原田は卑猥なことをされた折紙に同情している。

 

 

『琴里ちゃん……五河君も一緒?』

 

 

「いえ、今日はいないわ。あなたに会わせたい人たちがいるの」

 

 

『……ごめんなさい、今日はちょっと』

 

 

何故だろう。彼女の話し方に違和感がある。アリアたちも何か違うと感じている。

 

 

「楢原 大樹を知っている人たちよ。あなたも会ったでしょ?」

 

 

『ッ!』

 

 

ガゴンッと扉が開いた。どうやら会ってくれることを許したらしい。

 

エレベーターを使わず階段で3階までのぼる。フロアの奥にある部屋が彼女の住む場所らしい。

 

ベルを鳴らす前に、ドアが開いた。

 

 

「ッ!」

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

扉を開けた()()の女の子に、全員が驚愕した。

 

 

 

 

 

———長髪で、白い髪の女の子。それは折紙で間違いなかった。

 

 

 

 

 

「「「「「えええええェェェ!?」」」」」

 

 

「きゃッ!?」

 

 

「ちょっと!? 何叫んでいるのよ!?」

 

 

驚愕する一同。この短時間で髪が短髪から長髪に変わるだろうか? 否、無理である。

 

折紙は可愛い悲鳴を上げて、琴里は怒鳴った。しかし、それどころではない。

 

 

「何って髪だよ!? どうして伸びているんだよ!? 呪いの日本人形かよ!?」

 

 

「失礼ね!? 折紙はずっと長い髪だったじゃない!」

 

 

琴里の反論に、原田の呼吸が止まった。

 

嘘を言っているようには見えない。本気で琴里は言っている。

 

だから、原田たちは怖くなった。

 

 

「あ、あの……昨日はすいませんでした!」

 

 

折紙が別人のように話し出して謝罪。

 

 

「突然連れて行ってしまって……迷惑でしたよね? で、でもあの時は———」

 

 

涙目で縮こまる彼女が、ニッコリと笑顔を見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「———お兄ちゃんに会えて、嬉しかったので」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「お父さん設定はッ!?」」」」」

 

 

 

 

 

 

———この世界の歯車は、何度も何度も狂い出す。

 

 

———最後に辿り着く結末は、誰も知らない。

 

 

 

 




お兄ちゃんもいいけど『兄さん』と『にいにい』も捨てがたい。『お兄様』は距離感を感じてしまうからやっぱ自分は『お兄ちゃん』と妹に何度も呼ばれたい。

そして残念だが、私に妹はいないよ!(号泣)


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前進できない虚弱な心

スプラトゥーンとセブンナイツをやっていました。すいませんでした。

サボっていた罪を認めます。マジすいませんでした。


【過去】

 

 

「———式を解く型はたくさんあるが、公式を全部覚えておけば抵抗できるし戦える。一筋縄で行かない時もあるけど、部分点をもぎ取りに行くくらいは食い付いとけ。損はないはずだ」

 

 

ホワイトボードに記憶していた公式をサッと書き、説明しながら教える。

 

現在、俺は教師をやっていた。しかし学校の教師ではない。塾の教師だ。正式な塾教師とは言えないが。

 

お金を稼ぐにはどうすればいいのか? 最初に思いついたのは家庭教師だった。っと言っても俺のような身分証明ができない人間が家庭にお邪魔することはまず無理。下手をすれば牢屋にぶちこまれるのがオチだ。

 

そこでまず現状を考えた。このマンションは大火災によって学校にも行けなくなった子どもたちが大勢いること。そしてピンと閃いた。

 

———学校に行けるようになるまで広いロビーを貸し切って授業を開こうっと。

 

結果はとりあえず成功。塾よりも何十倍も安いお得なサービスを提供することができた。

 

現在の受講人数は30人以上。クラス一つができているようなモノだ。まぁ受けたくない人もいるからね。ぶっちゃけかなり少ない。予想をかなり下回った。高校生だけじゃなく中学生と小学生も一緒に並行して授業するくらい少ない。トホホ。

 

 

「さぁて中学生たちは化学式の問題が終わったか? 分からなかったら俺が配ったプリントを見て解き直しすればいい。大事なのは本番で活かせるかどうかだ。で、小学生たちの国語は———」

 

 

自分の持っている知識は最大限に利用する。天才を超え、鬼才まで到達した学力(数学を除く。何故かできない)は子どもたちの教育に当然通用する。

 

 

「———『暗殺教〇』を読めば大体いけるだろ」

 

 

(((((マジか!?)))))

 

 

高校生と中学生は大樹の分かりやすい授業に凄い才覚はあると分かっているが、常軌を逸した授業内容にいつも戸惑ってしまう。

 

 

「って全員は持っていないか。買ってない奴はいるし、お前らの家は燃えたしな」

 

 

オブラートに包むどころか、激辛とうがらしと一緒に言葉を投げて来た。傷付く。

 

 

「みんな、面白いから買っておけよ?」

 

 

何故か推された。見所まで説明されてしまい、生徒たちは買いたくなってしまった。

 

 

「さてどうしよう。全員持っているモノで授業をしないと……あッ」

 

 

顎に手を当てて大樹は少し考えた後、結論を出す。

 

 

「よし、『しりとり』でもするか」

 

 

(((((マジか!?)))))

 

 

「ただの『しりとり』じゃないぞ。下手をすれば高校生どころか大学教授でも負ける『しりとり』だぞ」

 

 

(((((マジか!?)))))

 

 

「ルールは簡単だ。連想ゲームは知っているだろ? 『リンゴと言ったら赤い』とかリズムに合わせてやるだろ? それに『しりとり』を組み合わせただけだ」

 

 

(((((……………え!? 難くね!?)))))

 

 

大学教授でも負ける理由である。

 

 

「じゃあ行くぞ。最初は『力学的エネルギーの保存(ほぞ『ん』)』な」

 

 

(((((最後『ん』じゃん!?)))))

 

 

大樹先生は、結構テキトーである。

 

 

 

________________________

 

 

 

一回の授業時間は大体1時間。場合によっては伸ばしたりするが、基本的に1時間授業する。基本的にいつでもトイレに行ってもいいし、ご飯を食べながら受けてもいいようにしている。自由過ぎるけど気楽に受けた方が頭に入ると思うから、決して学級崩壊が起きているわけではないから!

 

ちなみに一回の授業で取る料金はなんと100円。1コインで済むのだ! お財布に優しいでしょ!?

 

授業は好評で特に中学生と高校生は俺の授業が分かりやすくて「いいね!」とグッジョブしてくれた。小学生は楽しくて「いいね!」らしい。お前ら、ちゃんと拡散しておけよ。俺の金のためにな!

 

 

「一日で三千円……これはヤバいな」

 

 

収入の少なさに頬を引き攣らせる。授業は毎日できるが基本は一日一回、たまに二回したとしても、一万円に届かない。普通のバイトより稼げているが、しばらくすればこの収入は減るはずだ。

 

何故なら学校は当然いつか再開されて、生徒たちは登校し、放課後に俺の授業を受けたいと思う子どもは減ると予想できる。だって学校行った後にまた勉強するとかヤダもん。遊びたいよね!? 俺もそう思う!

 

この状況を打開して良い方向に進まないと……!

 

 

「大樹先生!」

 

 

「ん?」

 

 

授業後、これからどうするか考えていると声を掛けられた。

 

 

「君は確か高校三年生だというのに志望校がD判定で担任から諦めろとガチで言われてショックを受けていた猿飛(さるとび)君じゃないか」

 

 

「傷口抉るのやめて貰えます!?」

 

 

目標があるらしいが、何故か教えてくれない。しかし、学歴がとても必要だと言っていた。

 

 

「あだ名は猿神(ゴッド・モンキー)

 

 

「何で知ってんすか!? あと僕は(まこと)です! シンじゃありません」

 

 

真から神、神からゴッド。付けた人はセンスあると……思わないな、うん。

 

 

「それでサル君、どうした?」

 

 

「さ、サルって……でもあだ名よりマシか。先生、実は頼みがあるんです」

 

 

「お尻が赤い雌を探せッ!!」

 

 

「何をどう思ってそこに辿り着いたアンタは!? あと僕は猿じゃありません! 家庭教師をやって欲しいんですよ!」

 

 

「なるほど。だが現金で払えよ? バナナはいらないからな?」

 

 

「だから僕を猿扱いしないでください! それ、ウチの両親にも同じ態度を取るんですか!?」

 

 

「まさか。サル君は顔もちょっとサルってるからが理由だ」

 

 

「サルってるって何!?」

 

 

「ウッキーウッキーうるせぇな」

 

 

「言ってないうえにしつけぇ!!」

 

 

「大丈夫だって。将来ネクタイに『DK』って縫っても違和感ないと思うぜ?」

 

 

「それゴリラだから! ドンキーコ〇グだから!」

 

 

「誰もお前が高い所から樽を落としたって文句言わねぇよバカヤロー」

 

 

「だからそれド〇キーコングだって言ってんだろ馬鹿野郎!!」

 

 

それにしても家庭教師か。悪くない。

 

 

「いいぞ。東大までは狙えないけどいいか?」

 

 

「そこまで狙っていないですよ!? でもありがとうございます!」

 

 

こうして俺の新たな収入源であるサル君の家庭教師になった。

 

 

________________________

 

 

 

「た、ただいま」

 

 

家に帰る時、まだ慣れない言葉は緊張してしまう。リビングからヒョコっと顔を出した母が微笑む。

 

 

「おかえりなさい」

 

 

「あ、はい……」

 

 

「フフッ、かしこまらなくていいのよ。いつも言ってるじゃない。ここはあなたのもう一つの家よ」

 

 

「う、うっす」

 

 

いつも優しい声音で言ってくれるけど、逆に緊張してしまう。

 

料理は美味いし、優しいし、綺麗だし、欠点がない。旦那さんが羨ましいですよ! 

 

 

「大樹お兄ちゃん!」

 

 

ドンッ!

 

 

「うぐッ」

 

 

不意打ちを食らう。折紙が抱き付いて来るのはいいが、ちょうど頭部がみぞおちに入るのでキツイ。わざとなの? 狙っていたら怖いわ。多分、この無垢な笑顔を見れば狙っていないことは明らかだが。

 

 

「おかえり! 今日は何するの!?」

 

 

とりあえず俺の腹部に休息を与えてやってくれ。何度も食らっていたらヘコむよ? ついでに俺もヘコむ。

 

 

「そ、そうだな……何しようか」

 

 

そう言えば折紙だけでなく、学生たちは夏休みに突入していることを思い出す。

 

 

「折紙ちゃん、夏休みの宿題は?」

 

 

「……………」

 

 

あ、すっごいテンションが下がったな。分かりやすッ。

 

 

「よしよし、なら自由研究をやろう」

 

 

「自由研究?」

 

 

「ああ、読書感想文は『〇殺教室』でも書いていればいいから、自由研究をやろう」

 

 

そう言って俺は背負っていた新しいリュックから色々と取り出す。それはビンや粉のようなモノがたくさんあった。

 

 

「今日は、花火でもしようぜ?」

 

 

 

________________________

 

 

 

科学の勉強。花火の色は炎色(えんしょく)反応で決まることは知っている人は結構いるだろう。

 

赤色ならリチウム。黄色ならナトリウム。火薬に細工を施し、空に綺麗な花を咲かせる。

 

だが実際にやってしまうと色々と大変なことになるので線香花火をやることにした。まぁ火薬を扱う時点で本当は問題になりますがね。大丈夫、問題は絶対に起きないよう細心の注意を払っていますから。あと良い子は真似しちゃ駄目だぞ! 悪い子もだぞ!

 

 

「炎の色を途中で変えたい時は10の調合比率を———」

 

 

ボシュッ

 

 

「わーい!」

 

 

「———俺の化学の話、ちょっとは聞いてくれない!?」

 

 

単純に作り方だけを覚えて製作し、火をお父様に点けて貰い遊ぶ折紙。俺の雑学と勉強、そこまで面白くない!?

 

 

「ハハッ、折紙は遊ぶ方が好きなようだね」

 

 

「ちゃっかり火を点けたことに俺はジト目ですが」

 

 

「ハッハッハッ」

 

 

意外とムカつく父親である。

 

 

「ここまで物知りで優秀とは思わなかったわ。改めて凄いわよ大樹君」

 

 

「う、うっす」

 

 

だから何故母親の前では挙動不審になるのだ俺よ。

 

 

「妻は何があっても君には渡さない」

 

 

「娘は『まだ』なのに奥さんは『絶対』なのですか……」

 

 

目力すんごい。そんなに睨む? マジで?

 

 

「君のことを信頼しているから折紙を任せられる。私がいない間、妻を支えるのは許すが奪うことは許さない」

 

 

「お、お父さん!? 熱い! 花火の火が熱いよッ!? 両方とも守りますし取りませんから!? あつぅ!?」

 

 

すっごい笑顔で火を近づけて来るんだけど!?

 

 

「そう言えば大樹君。何か欲しいモノはないかね?」

 

 

「欲しいモノ? 奥さん」

 

 

「遺言はそれでいいのかい?」

 

 

「ホント調子に乗ってすいませんでした。いや、特にないけど……」

 

 

「遠慮せずに言いなさい。ほら、また火を当てるよ?」

 

 

「鬼か!? じゃあ服です! 着る服、これともう一着しかないんで」

 

 

今は夏だからいいが、Tシャツしかないのはちょっと嫌だ。違うモノを買ってくれると嬉しい。

 

 

「確かに困るね。塾の先生を始めたのに、その服は駄目だね」

 

 

「でも高いのは結構ですからね? 安物お願いしますよ」

 

 

「安心したまえ。パンツを買ってあげるから」

 

 

「服の話はどこいった!?」

 

 

近所の高台の広場に三人の家族と一人の青年の笑い声が響き渡る。

 

高台にある光。あの赤い地獄の炎ではなく、鮮やかな色をした炎が燃えていた。

 

大火災から1週間の時が経ち、大樹は今の暮らしに幸せを感じつつあった。

 

 

________________________

 

 

 

【現在】

 

 

 

原田たちは開いた口が塞がらない状態だった。

 

理由は折紙の変化だ。

 

まず髪が長いこと。一日で短髪から長髪になることは普通では考えられない。

 

そして感情が豊かになっていること。アイドル顔負けな笑顔にド肝を抜かれた。今も大声で驚いた表情をする折紙に戸惑いを隠せない。

 

 

「な、何が起きた!? 大樹か!? 大樹なんだろ!? 大樹にどんなセクハラをされたぁ!?」

 

 

「えぇ!?」

 

 

原田の言うことに折紙は驚愕。アリアたちは頷きながら拳を握り絞める。

 

 

「大樹に何かされたのでしょ!? あたしがちゃんと腹に風穴を開けるから!」

 

 

「それ死にますよ!?」

 

 

そして一同驚愕。コイツ、ツッコミをしやがった!?っと。

 

続いて優子と黒ウサギも話し出す。

 

 

「安心して。脅されているならアタシに言えば解決よ! アリアと一緒で!」

 

 

「だから殺す気なのですか!? やめてください!」

 

 

「黒ウサギに力が戻れば風穴だけでなく、消滅させますよ!」

 

 

「ちょっと待ってください!?」

 

 

次々と心配(折紙視点だと殺害予告にしか聞こえない)の声に反論する。

 

 

「大樹お兄ちゃんは私の家族です! 酷いこともされていませんし、大好きです!」

 

 

「大変! 急いで救急車を!」

 

 

「ちょっと!?」

 

 

携帯端末を取り出した真由美を折紙は止める。

 

その時、ティナはある結論に辿り着いた。

 

 

「もしかして、さっきの違和感でしょうか?」

 

 

「「「「真面目に答えちゃ駄目!」」」」

 

 

「え、はい……すいませんでした……」

 

 

「いやいやいやいやいやいや! 何でティナの素晴らしい意見を蹴ったお前ら!?」

 

 

すぐに原田はティナを庇う。おかしい。それはおかしい。

 

アリアたちは折紙と茫然と立ち尽くす琴里に聞こえないように集まり、話を始める。

 

 

「これは大変なことよ。大樹がまたフラグを作っているわ」

 

 

(うぉい!? アイツを大樹の嫁から脱落させるためにわざとやったのかコイツら!?)

 

 

深刻そうな表情で話すアリア。原田は頭に手を当てて唸った。言っていることは分かるが、必死に落とそうとしないでほしい。

 

あとティナ! 「なるほど、こういう場合はそうするのですね」とか納得しちゃ駄目だから! 大樹サイドに闇堕ちしているから!

 

 

「もう完全にアウトよ。過去でも大樹君はやらかしているの。なら今を変えるしかないのよ!」

 

 

「カッコイイこと言っているつもりか!?」

 

 

あの優子ですらこの始末である。

 

 

「……黒ウサギに良い提案があります。というわけで真由美さん、帰っていいですよ」

 

 

「何でよ!?」

 

 

「真由美さんが調子に乗るからですよ!」

 

 

「時間がないわ! この際、真由美が調子に乗ることは置いておきましょ!」

 

 

「優子まで!?」

 

 

珍しく真由美が負けていた。黒ウサギは表情を引き締めて話す。

 

 

「単純に考えるのです。大樹さんには妻がいることを教えれば、必ず諦めるはずです」

 

 

「え? 簡単じゃない。私が———」

 

 

「真由美さん。だから帰っていいですよ」

 

 

「———黒ウサギが凄い良い笑顔でいじめてくる!!」

 

 

今日の女の子たちは、色々とカオスになっていた。

 

しかし、黒ウサギが提示した作戦にティナが異論を唱える。

 

 

「ですが、ここにいる全員が大樹さんのお嫁さんだと言えば状況は悪化するのでは?」

 

 

「大丈夫です! 黒ウサギだけが、大樹さんの奥さんに———」

 

 

「「「「黒ウサギも帰って良し」」」」

 

 

「———というのは冗談でクジで決めましょう!」

 

 

本当に冗談で済ませるつもりだったのか疑ってしまう一同であった。

 

 

「原田さんは足止めをお願いします! 二人を聞こえないように話を逸らして来てください!」

 

 

「俺に仕事を押し付けるなよ!?」

 

 

文句を言うが既にクジを引こうとしていた。準備が良すぎる彼女たちに原田は溜め息をつく。

 

 

「ちょ、ちょっと!? 何をしているのよ!?」

 

 

琴里が怒りながら近づいて来る。原田は手を広げて道を塞ぐ。

 

 

「待て待て。これ以上行くな。その……し、死ぬぞ」

 

 

「死ぬの!?」

 

 

下手をすればの話だが。大樹なら死んでた。

 

 

「それより聞きたいことがある。鳶一(とびいち) 折紙、本人であることは間違いないな?」

 

 

「当たり前じゃない」

 

 

「……ちなみに髪は長いままだったよな?」

 

 

「……そもそも彼女が短い髪をしていた記憶がないわね」

 

 

琴里から提供して貰った情報に原田は目を瞑る。

 

これはもしかして、先程の違和感で世界が———いや、未来が変わったのではないか?

 

過去に行った大樹が過去の出来事を変えて、折紙を今の状態にした。よくある展開だが、それなら辻褄(つじつま)があうはずだ。

 

 

「「「「……………」」」」

 

 

その時、女の子たちが静かなのに気付いた。あれ? 文句なしで決まったんだよな? どうしてそんな低いテンションなんだ?

 

 

「初めまして折紙さん」

 

 

その時、ティナが折紙に挨拶をしていた。

 

 

 

 

 

「大樹さんの妻、ティナ・スプラウトです」

 

 

 

 

 

(よりによってティナかよおおおおおォォォ!? 馬鹿野郎!? 大樹がロリコンかどころか評価が最悪になってるじゃねぇか!? あと犯罪者と認識されるだろがぁ!?)

 

 

当然折紙と琴里は絶句。何も喋ることができなかった。

 

数秒の沈黙。最初に動いたのは折紙だった。

 

 

「ハッ! も、もしかして……大樹お兄ちゃんの彼女さんたちですか!」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

なんと折紙が彼女たちを知っていた。彼女と言えるような関係なのかこの際は置いておく。

 

 

「知っているのか!?」

 

 

原田はすぐに食い付き、過去に行った大樹の情報を得ようとする。

 

 

「は、はい。お兄ちゃんが言っていました」

 

 

しかし、得られたのは———

 

 

「自分は何股もしたクソ野郎だったかもしれないと! 浮気されていたのはあなたたちのことですよね!?」

 

 

———点火したダイナイマイトだった。

 

 

「「「「「えぇ!?」」」」」

 

 

「本人が全否定しやがったあああああァァァ!?」

 

 

当然女の子たちは驚愕。自分から一夫多妻制を申し出た結果がこれだ。大樹は嫁たちと浮気してしまったと最低野郎と勘違いしてしまている。

 

 

「あ、安心してください! 兄はちゃんと一人の女性だけを愛すと改心して誓いましたから!」

 

 

ドーン! そしてティナを除いた女の子たちが吹き飛んだ。

 

今の発言は大樹がティナだけを愛すことになってしまっている。

 

しかし、折紙はティナに向かってバツ印を人指し指で作る。

 

 

「あと駄目ですよ! 大樹お兄ちゃんがいくら好きでも、結婚できませんからね! 困らせちゃ、メッ!ですよ」

 

 

そしてティナも吹き飛んだ。どうやら折紙は完全にティナの好意は『Like』で、『Love』とは違うモノだと判断されているようだ。

 

 

「あとホモもダメです!」

 

 

「舐めてんのか!?」

 

 

何故か原田まで注意された。解せぬ。

 

 

「ああクソッ、話が全然進まねぇッ!!!」

 

 

原田の悲痛な叫びが、マンション中に轟いた。

 

 

 

________________________

 

 

 

【過去】

 

 

今日は折紙と二人で隣街へと遊びに行っていた。休日ということで道や店内は人で溢れかえり、賑わっていた。

 

はぐれないように小さな手を握り、俺たちは歩いていた。

 

 

「それで、次はどこに行きたいんだ?」

 

 

服屋に小物屋にレストラン。時間に余裕はあるのでまだまだ回れる。折紙はキョロキョロと辺りを見回し、指を指した。

 

 

「あそこ!」

 

 

「ん? 猫カフェか」

 

 

3階建てのビルの2階。看板に大きく『Neko Cafe』と書かれていた。え? 『Cat Cafe』じゃないの? 猫を英語じゃなくてローマ字にするのが普通のなの? それとも流行りなの? まぁいいや。

 

とりあえず折紙が行きたがっているし、行こうか。大丈夫、諭吉さんは財布にまだいる。これだけアレば大丈夫なはず。

 

 

「いらっしゃいませ」

 

 

「にゃーお」

 

 

店員と一緒に猫がお出迎えをしてくれる。何コイツめっちゃ可愛いなオイ。すっげぇデブ猫だけど。

 

テーブル席に案内され、とりあえずショートケーキ2つとジュースとコーヒーを1つずつ注文した。

 

 

「んにゃ」

 

 

「はうぅ……」

 

 

人懐っこい小さいな猫が折紙の膝の上に乗り、甘えて来た。おふう、どっちとも可愛い。これは写真を取ってあの二人に送らなければ。

 

 

「な、撫でていいの!?」

 

 

「ああ、優しく撫でてやれ。ホラ、隣の席に座った女性みたいに———」

 

 

そこで俺は後悔した。

 

隣の席で優雅に猫に触っていた黒髪の女の子。レースとフリルで飾られたモノトーンのブラウスにスカート。目立つのはバラの飾りがついたカチューシャと医療に使わる眼帯だ。左目を隠していた。

 

うん、この子、ちょっと恥ずかしい時期にはいっているかも。2の数字のアレだな、うん。

 

 

「うふふ、ここが気持ちいいんですにゃ?」

 

 

———明らかに恥ずかしい場面に遭遇していた。

 

おいやべぇって。これ本人が気付いたら黒歴史になるって! 毎晩枕に顔をくっつけて恥ずかしい思いするって! あぁ! 折紙よ、見ないであげて!

 

 

「もうッ、甘えんぼさんにゃんですから~」

 

 

ストップ! 目立ってる! 店員さんもお客さんもニヤニヤしながら見てるから! 周りに気付かないまま失態に気付いてぇ!

 

 

「よしよーし、にゃんにゃん♪」

 

 

折紙が真似しちゃったよ! 頼む気付くな中二の娘!

 

 

「にゃんにゃん、にゃにゃにゃ~お♪」

 

 

猫語だと!?

 

中二の娘は留まる勢いを知らねぇのかよ!?

 

 

「んにゃッ」

 

 

いつの間にか俺の膝に座った猫が俺の腹部に頭をこすりつけている。

 

 

「あ? 今お前の構っている暇は———腹が減っているのか」

 

 

「え? お兄ちゃん?」

 

 

「ん? どうした折紙ちゃん?」

 

 

テーブルに置いてあった猫専用の餌を食べさせながら折紙を見る。折紙はキラキラした目で見ていた。

 

 

「猫の言葉、分かるの!?」

 

 

ガタッ

 

 

落ち着け隣の席の女の子。違うから。分からないから。

 

 

「分からねぇよ。ただ……猫の気持ちが把握できるだけだ」

 

 

「十分凄いよ!?」

 

 

何故か猫だけでなく犬や鳥などの鳴き声を聞くだけで、どんな感情を抱いているのか俺には分かるのだ。ホントこの常軌を逸した知識、何だろうな?

 

 

「んーんーんんー」

 

 

とりあえず口を閉じたまま猫に呼びかける。すると猫たちは耳をピクリッと動かし、

 

 

「「「「「にゃー」」」」」

 

 

店内にいた猫たちが俺の所に全匹集合した。

 

頭だけでなく肩や膝、腕にまで猫が乗って来る。その光景に店員や客はビックリしている。

 

 

「む、ムツゴ〇ウさんよ! イケメンなムツゴロ〇さんがいるわ!」

 

 

おいやめろ。ム〇ゴロウ師匠に失礼だろうが。

 

店員たちは携帯電話を一斉に取り出し俺を撮り始める。客もキャーキャー言いながら撮っている。肖像権が守られていない件について。

 

 

「もっとキリッとした表情で!」

 

 

「できれば罵って!」

 

 

うぜぇ!? 何だこれ!? やめてくれ!

 

 

「いいよ! その嫌な顔!」

 

 

別に期待に答えたわけじゃないのに勘違いされた!?

 

 

「やっばい! 今時ワイルドな男っていないからレアだわ……!」

 

 

「彼女いるのかしら!?」

 

 

「でもあの人、子連れよ。きっと美人な奥さんが……!」

 

 

何これ。居心地が悪いのレベルを超えているんですけど。

 

でも一番辛いのは隣の子だ。

 

 

「……………」

 

 

(寂しそうな顔をしないでくれえええええェェェ!)

 

 

罪悪感が凄いから! 猫を取ったこと反省してるから! ごめんなさい!

 

とにかく隣の子には申し訳ない。猫たちを抱きかかえて、眼帯をした少女の隣に座る。

 

 

「えッ?」

 

 

「悪い。猫が多かったから助けてくれ」

 

 

そう言って猫たちをポイポイ少女の太ももの上や肩、ついでに頭にも乗せてやった。

 

 

「ッ—————! ッ—————!」

 

 

声にならないくらい嬉しい表情をする。頭の上に乗せたのに全然怒ってない。むしろ喜んでいるよ。

 

せっかく美少女なのに、どうしてそんな恰好をしているのか不思議でたまらん。まぁちょっと似合っているから否定できないよな。

 

 

「大樹お兄ちゃん!」

 

 

「分かってるって。ホラ、折紙にもデブ猫をやるよ」

 

 

「おもッ!?」

 

 

________________________

 

 

 

あれから女の子は猫になった。

 

いや本当だぞ。最後は猫と意志疎通できていたわアレ。

 

だって「にゃ~お、にゃんにゃん♪」って()()話しかけてきたから。周りからハートがいっぱい出てたような気がする。

 

……全然そのことに気付いていなかったけど。気付いたら大変だったから気付かないままでいいけど。

 

 

「会計お願いします。……ついでに隣の席の人の分も」

 

 

「あ、はい」

 

 

店員が察する辺り、この店の人たちは優しいと思った。

 

それから買い物を済ませて一緒に家へと帰る。マンションのロビーまで来ると、着信があった。

 

 

「はい、ウッキー」

 

 

『……先生、しつこいです』

 

 

「サル君、俺はいじっていて楽しいぞ」

 

 

『なんて悪人なんだ!』

 

 

掛けて来たのは家庭教師しているサル君。折紙には先に入っているように伝えておいた。

 

 

「それで、どうした?」

 

 

『先生! テストの結果ですが———!』

 

 

「ああ、もちろん———」

 

 

『―――学年5位でした!!』

 

 

「———ぶっ殺すぞ!!!!」

 

 

『ええええええェェェ!? 何で!?』

 

 

「俺が教えたんだぞ!? 1位以外ありえねぇよボケぇ!!」

 

 

『ひ、酷い!? 志望校だって今までより一番良いB判定———』

 

 

「ぶっ殺すぞ!!!!」

 

 

『―――だから何でぇ!?』

 

 

「A判定じゃねぇからだ! 死ね!!」

 

 

『酷い!? さすがに酷いよ先生!』

 

 

一通り罵倒し終えた後、最後に一言だけ言って電話を切る。

 

 

「———この調子で頑張れよ」

 

 

『え? せ、先生———』

 

 

ピッ

 

 

……まぁ本人だって頑張ったし? 別に少しくらい褒めても? いいと思いましたというか? ツンデレじゃねぇよ!! バァーカバァーカ!

 

言い訳しながら部屋へと帰る。ドアを開けてただいまと言いながら帰ると、折紙の靴しかないことに気付く。

 

 

「珍しいな、二人は帰って来ていないのか? 休日だからどこにも行かないと思っていたんだが」

 

 

買い物は自分が済ませると伝えているため、今日は家でゆっくりしていると思っていたのだが?

 

リビングに行くと、折紙が電話機の前に立っていた。

 

 

「どうした?」

 

 

「留守電がいっぱい入ってるの」

 

 

「留守電が?」

 

 

電話機を見てみると留守電の数が何十件も入っていた。同じ番号から掛かって来ており、不自然なことになっていた。

 

 

トゥルルルルルッ!

 

 

言ってるそばから電話機が鳴り出した。もちろん、電話相手は留守電と同じ番号だ。

 

 

「もしもし?」

 

 

怪しいと思ったが、俺は出てしまった。

 

 

 

———この幸せを、ぶち壊す一本の電話に。

 

 

 

________________________

 

 

 

 

ダンッ!!

 

 

「お母さんッ!! お父さんッ!!」

 

 

勢い良く扉を開き、顔色を悪くした折紙と大樹が駆け寄る。

 

 

———折紙の両親は白いベッドに寝かされていた。

 

 

様々な医療機器が体に取り付けられた光景に目を疑う。

 

電話をして来たのは病院のナースだった。内容は折紙の両親が危険な状態だと言うこと。

 

細かいことは何も聞かず、折紙を連れて病院へと向かった。自転車に折紙を乗せて全力で漕いだ。この街にある大きな病院は一つなので場所は知っていた。

 

何が起こったのかは病院にいた警察の人たちが説明してくれた。

 

 

「強盗犯を逃した……!?」

 

 

「すまない。暴走車が君たちの両親を……!」

 

 

事件の発端は銀行強盗だった。

 

目的の金を強盗した犯人が車で逃走し、警察は追いかけていた。

 

信号無視やスピード違反はもちろん、暴走車となっていた。当然、急に止まれるわけがない。止まるはずがない。

 

 

———例え横断歩道を歩いていた優しい夫婦がいたとしても。

 

 

警察は未だに犯人を捕らえることができていない。そのことに怒りを覚え、警察の胸ぐらを掴んだ。

 

 

「犯人を追いかけて事の深追いしなければ、こんなことにはならなかっただろうが……!」

 

 

「は、犯人の逮捕は早急にやる方が……!」

 

 

「だからと言って人を巻き込んで良い理由になるわけがねぇだろうがぁッ!!」

 

 

ダンッと警察を廊下に投げ捨てる。

 

 

「銀行に防犯カメラは絶対についている。そこから人物特定なんて今の技術なら簡単だろうが。広い範囲に監視網を張って置けば追いかける必要もねぇよ」

 

 

目を見開いて驚く警察を無視して折紙が部屋に戻る。

 

 

「先生! 二人は、大丈夫ですよね!?」

 

 

眼鏡を掛けた若い先生の両肩を掴みながら尋ねる。先生は落ち着くように言うが、無理がある。

 

 

「……申し訳ない。それは保証できない」

 

 

「なッ……!?」

 

 

「二人は非常に危険な状態だ。頭を強くぶつけたせいで脳にダメージが大きい。今も、心臓が動いているのが奇跡に近い」

 

 

医者やナースたちが必死に助けようとしてくれているのは分かる。でも、助かることに保証はしてくれない。

 

 

「……脳外科担当の先生は大火災のせいで両腕が動かせません。他の医者では技術が足りない上に、手術を行うには隣の県にいる医者を呼ばなければ……」

 

 

呼んでいるが到着まで1時間掛かると言われた。間に合うわけがない。

 

折紙が泣きながら両親を呼ぶ。しかし、返事は返って来ることはない。

 

このまま二人が息を引き取る瞬間を、見届けることしかできない。

 

ふと、視線を移せば血で汚れた袋が部屋の隅に置かれていた。医者には触らない方がいいと言われたが、無視した。

 

 

「………いらねぇって言ったじゃねぇか」

 

 

中にはラッピングされた箱。箱の中には黒いスーツが入っていた。

 

 

『そう言えば大樹君。何か欲しいモノはないかね?』

 

 

ああ欲しかったさ。こんなにカッコイイ服が。

 

 

『確かに困るね。塾の先生を始めたのに、その服は駄目だね』

 

 

ああ困るさ。生徒にだらしないって言われるから。

 

 

「わざわざ買いに行く必要ッ……ねぇだろうがッ……!」

 

 

何でお前らはそこで寝ているんだよ。これを買いに行っただけだろ。後は俺に渡して笑っていてくれよ。

 

 

「お母さんッ!! お父さんッ!!」

 

 

—――最愛の娘、泣かすんじゃねぇよ!!

 

 

娘がお前らの後を追いかけないように生きろって言っただろうが!!

 

いつまでもそこに寝てんじゃねぇぞ!!

 

 

「……脳外科の知識なら、俺にもあります」

 

 

「……何ですって?」

 

 

医者が目を見開いて驚愕した。

 

 

「俺は医者じゃない。でも知識ならある。聞いて欲しい」

 

 

「……その知識で、救えるのかね?」

 

 

意外なことに医者は耳を傾けて来た。この好機を、逃すわけにはいかない。

 

 

この膨大な知識は、きっと救うためにあるはずだ。

 

 

医者は持っていた診療録(カルテ)を俺に渡し見せた。そして見た瞬間、何をどうすれば助けれるのかが分かった。

 

まるで知識が俺に教えてくれるかのように。知識から手段を提示してくれた。

 

 

「まずここにある医療機器を全部教えてくれ。一回で全部覚えれる」

 

 

そして、二人の命を懸けた戦いが始まった。

 

 

________________________

 

 

 

最初の30分は過酷な勝負となった。

 

出血が止まらない。肺が不規則な動きをしている。折れた骨が手術の妨げになっている。

 

数え切れないほどの問題が起きた。しかし、大樹の指示は的確で判断が早かったため大事に至ることはなかった。

 

それから30分は順調に物事は進み、呼んでいた脳外科の先生と複数の先生が参戦したことに状況は良い方に転じた。

 

医者たちは大樹の知識に圧倒されていた。並みの一般人が持てるような知識じゃない。まして医学を勉強した者でも、医者をやっている自分たちでも得られる知識じゃなかった。

 

 

「機器使うには電力が足りません! 停電する可能性が!」

 

 

「生体情報モニタを消してください。病院の一般電気をハッキングして切りました。使っても問題ないです」

 

 

「も、モニタを消しただと!? それじゃあ患者の———!?」

 

 

「重体なのは同じです。表示して見たところで意味がありません。それに二人の細かい情報は自分が把握しています」

 

 

大胆な行動や指示に一同は驚くも、医者たちは大樹に従っていた。それは最初の行動で見せた並外れた知識のおかげである。

 

 

「先程言った手順で投与してください。二人の体と怪我は違います。間違えないようにしてください」

 

 

休む暇はない。永遠に動かされ続けていた。

 

 

 

———彼らの戦いは、なんと6時間にも及んだ。

 

 

 

________________________

 

 

 

手術は終わった。

 

 

 

結論から言うと、二人の命は救えた。

 

 

 

代わりに医者たちが体調を崩していたが、命を救えたことに比べたら問題ないと笑顔で返してくれた。

 

真っ暗になった空。ずっと起きて泣いていた折紙に大丈夫だと伝えると、すぐに眠りについた。

 

面会は禁止されているが、目が覚めれば会える。だけど、いつ覚めるのかは分からない。

 

頭痛と目眩がするが、折紙を背負いながら帰らなければならない。病院を後にしようとした時、

 

 

「待ってください」

 

 

「ッ……あなたは」

 

 

二人を担当していた医者が呼び止めた。

 

この人には頭が上がらない。一番最初に俺の言葉を信じ、周りに俺の指示で動くように言ってくれたのはこの人だからだ。この人がいなければ俺は救うことができなかった。

 

 

「はい、担当医の猿飛と言います」

 

 

「えッ!?」

 

 

首からぶら下げていた自分の名前を見せて来た。しっかりと『猿飛』と書かれていて驚愕した。

 

猿飛と言う名前に、俺は恐る恐る質問する。

 

 

「真君のお父様、ですかッ……?」

 

 

「む、息子を知っているのですか!?」

 

 

正解しちゃったよ。

 

ここで全てが結びついた。サル君が目指しているのは学歴が必要で頭が良くないとなれない『医者』だということに。

 

父に憧れ、医者に憧れたのだろう。純粋な子だ。勉強も人一倍真面目にしていた。……やり方は下手くそだったが。

 

 

「いえ、知りません」

 

 

「えぇ!? 今『真』って言ったじゃないですか!? 絶対知っていますよね!?」

 

 

「重い……! 命の恩人が生徒だったなんて……!」

 

 

今日からサル君に敬語で教えなきゃいけないじゃん!? やだよ!

 

 

「もしかして、家庭教師ですか!? いつも来ているあの……!?」

 

 

特定された! ちくしょう!

 

 

「息子がお世話になっています! あなたのおかげで勉強が捗っていると聞いて……そう言えば確か今日、テストの結果が返ってきますね!」

 

 

「もう昨日の話になりますがね。すいません、ですが力及ばずな結果になってしまいました……」

 

 

「ッ……そう、ですか」

 

 

「学年5位で申し訳ない」

 

 

「ええええええェェェ!?」

 

 

「しぃー! しぃー! 折紙が起きちゃうから……!」

 

 

「す、すいません……その話は本当ですか……!?」

 

 

「は、はい……申し訳ない……」

 

 

「ど、どこがですか……!? 息子が入ったのは有名な超難関高校ですよ? ギリギリ合格しましたが、学年順位がずっと最下位近くだったのに、一気に五位って凄いことですよ……!?」

 

 

あ、そうなの? えー、嘘っぽいけどな?

 

 

「じゃあ特に難関高校じゃないと思いますよ。余裕で対策できましたし、カスですよカス」

 

 

「ちょっ!?」

 

 

超難関高校を平気な顔で言う大樹に医者は驚愕する。そして、さりげなく息子もカス呼ばわりされている。

 

 

「医者の家庭ならもっと金取れるのか。いいこと知った」

 

 

「ちょちょっ!?」

 

 

そしてゲスな男だということにも驚愕した。

 

 

「冗談です。この借りは息子さんに返させて頂きます」

 

 

「……はい、お願いします先生」

 

 

「お願いされました。じゃあ自分はこれで」

 

 

「待ってください。私の話は終わっていませんよ」

 

 

「え?」

 

 

「泊まってください。休憩室を用意しています」

 

 

「猿飛さん……」

 

 

俺はその好意に甘え、礼を言う。

 

 

「ありがとうございます。でも授業料はとります。生活があるので」

 

 

「あ、うん」(格安だから別にいいけど)

 

 

 

________________________

 

 

 

【現在】

 

 

 

「———それから両親は命を救われたのです。お兄ちゃんのおかげで」

 

 

折紙は過去に起きた両親の命が救われたことを嬉しそうに話した。

 

そして、原田たちは思う。

 

 

(((((大樹は過去でも大樹やってた……)))))

 

 

祝。ついに『大樹』という単語が使われるようになりました。意味は察しの通りです。

 

 

「でも……当時の私は両親が目を覚まさないせいで、お兄ちゃんに失礼なことをしました。八つ当たり、でした」

 

 

「そ、それは仕方ないわ。まだ子どもだったわけだし、八つ当たりしちゃうわよ」

 

 

悲しそうな表情で折紙が反省した様子を見せる。優子がフォローするが、

 

 

「でも、ナースのお姉さんたちにモテてデレデレするのは許せませんでした!」

 

 

「「「「「おk、言質は取った」」」」」

 

 

(これ大樹が帰って来たら死ぬ。絶対死ぬ)

 

 

女の子たちの笑顔は怖かった。原田は大樹が無事に帰って来て、無事に生きれることを願った。

 

 

「それにしても、何者よ一体……ここまで凄い人物となると、普通じゃないわよ?」

 

 

琴里が怪訝な顔で俺たちを見る。正体を教えろということだろうか?

 

 

「大樹は、大樹だろ。ね?」

 

 

「「「「「ね?」」」」」

 

 

「『ね?』じゃないわよ!? あと折紙も混ざらないの!」

 

 

「え?」

 

 

「「「「「え?」」」」」

 

 

「何でも合わせれば良いってもんじゃないわよアンタたち!?」

 

 

ごまかせないことに原田は小さく舌打ちする。神の力を持っているなど言えるわけがない。

 

どんな嘘をつこうか考えていた時、真由美が動いた。

 

 

「そうね……大樹君は努力家なの。必死に勉強して、頭が良くなったの」

 

 

「必死に勉強ね……なら」

 

 

パサッと琴里は資料をテーブルの上に置いた。

 

 

「彼が家庭教師をしていたのは聞いたでしょ? その生徒が、世界で一位二位を争う名医になったのよ」

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

「その技術は神業。医学の常識を覆す技術だと言われているわ」

 

 

「「「「「……………」」」」

 

 

「彼は言っているわ。『この技術は全て自分の師が教えてくれたモノ。僕の師が間違いなく世界一位の名医だ』ってインタビューで言っているのよ」

 

 

彼の額から汗が、凄く流れる。

 

 

「必死に勉強して……いいえ、必死に勉強しただけで、ここまで教えれると思うかしら?」

 

 

記憶が無くても、大樹はとんでもないことをしやがる。原田はそんな大樹を呪った。

 

 

「ここまでバレているなら、言うしかないわね」

 

 

その時、アリアが溜め息をつきながら話し出した。まさかと思うが、神のことは言わないよな?

 

 

「大樹はブラック・〇ャック二世なのよ!」

 

 

(だから状況悪くなるようなことを言うなよぉ!?)

 

 

「まさかッ……医療免許を持っていなくて、神業の医療技術を持っていたのは……!?」

 

 

「そう、ブ〇ック・ジャック先生から教えて貰っていたからよ!」

 

 

とりあえず手塚治〇先生に謝った方がいい。謝れ。

 

何故か琴里も信じてしまっているようで、バレた後が怖くなってきた。

 

 

「でも、どうして記憶を失ったのよ? それが解せないわ」

 

 

「簡単よ。彼は私の曾御爺様、シャーロック・ホームズに認められた人間だからよ」

 

 

(意味がわかんねぇんだけどぉ!?)

 

 

ついていけないのは原田だけかと思ったが、優子たちも困惑しているようだった。しかし、その様子に琴里と折紙は気付いていない。

 

 

「お、お兄ちゃんはそんな人と出会っていたのですか!?」

 

 

「う、嘘よ!? だってシャーロックは———!?」

 

 

「———死んでいないわ。これが証拠よ」

 

 

アリアが取り出したのは、一枚の写真。その写真はティナが知っていた。

 

 

「あれは確か大樹さんが提案して理子さんが撮ったモノです。アリアさんにシャーロック・ホームズが無事なことを教えるためにあげた写真です」

 

 

「じゃあアレにはシャーロックが写っているのか」

 

 

「はい。あと大樹さんも」

 

 

「何でだよッ」

 

 

「いえ、大事にされる写真なら俺も写りたいと大樹さんが……」

 

 

「アイツ嫉妬深いなッ」

 

 

原田とティナの会話に優子たちは苦笑い。大樹もまだまだ子どもだなぁと思った。

 

アリアが取り出した写真。

 

 

そこには大樹とシャーロックが喧嘩している写真だった。

 

 

「「「「「認められたの!?」」」」」

 

 

「ええ、認めているはずよ」

 

 

一体どこが認められたのだろうか。思いっ切り大樹の形相は怒っている上に、シャーロックは笑って大樹の攻撃を受け流している。

 

アリアを除いたメンバーで原田たちは小声で話し合う。

 

 

「あれ絶対大樹が嫉妬してシャーロックに殴りかかった瞬間だろ……!?」

 

 

「黒ウサギもそのようにしか見えないのですよ……!」

 

 

「とにかくアリアを止めましょ……! これ以上は不味いわ……!」

 

 

「優子の言う通りよ。大樹君がとんでもない人になってしまうわ」

 

 

その時、ティナがあることに気付く。

 

 

「ですが、ここで嘘だったことになると、相当怪しまれることになりますよ?」

 

 

それは百も承知だ。だからと言って、ブラック・〇ャック二世でシャーロック・ホームズに認められた人間にしていいわけがない。まず手〇先生が許さないだろう。

 

 

「それでも、誤解を解きに行こう」

 

 

原田の言葉に、彼女たちは頷いた。

 

 

「つまり大樹はブ〇ック・ジャック二世でシャーロック・ホームズに認められた人間として試練———記憶喪失を与えられてあなたたちと過ごすことで大切なモノを得るために一般人に溶け込んでいて、この五年間は精霊を助けるためにずっと隠れていたのよ!!」

 

 

(もうどこを訂正して修正すればいいのか分からねぇえええええ!! というかデタラメ過ぎて収拾がつかねぇえええええ!!)

 

 

少し話だけにも関わらず、アリアはとんでもないことを言っていた。誰も何も言えない。

 

しかし、聞かされた琴里と折紙は、

 

 

「そ、そういうことだったのね……ええ、分かるわ。ちゃんと理解したわ」

 

 

「な、なるほど。お兄ちゃんは凄い、ですね!」

 

 

(あの二人絶対に分かったフリをしていやがるぞ!?)

 

 

二人とも目が泳いでいる。完全に嘘を言っていた。

 

アリアは原田たちだけに聞こえる声で教える。

 

 

「とりあえず混乱させてごまかしたわ。あとは大樹に任せておきましょ」

 

 

「それ無責任って言うんだけど!? でも良くやった!」

 

 

大樹の正体をごまかしたことに関してはグッジョブだった。

 

どうやらアリアの狙いは話を混乱させることだったらしい。確かにアリアが普段するような行動ではない。できれば最初に言って欲しかったが、こそこそと話せば怪しまれる&「あたしがそんな馬鹿な真似するわけないでしょ。風穴開けるわよ」とあとで言われて納得した。……しぶしぶ納得した。……しぶしぶしぶしぶ納得した。

 

 

「とりあえずよくわからn———分かったわ。それで、話を戻すわね」

 

 

「お、おう」(今分からないって言おうとしたな)

 

 

琴里は咳払いをして、話しを戻す。

 

 

「———そもそも、何の話をしていたかしら……」

 

 

「「「「「あッ……」」」」」

 

 

それから、話を戻すのに1時間掛かった。

 

 

 

________________________

 

 

 

「や、やっと思い出した……!」

 

 

折紙から話を聞いていたことを思い出すことができた一同。ここに来るまで茶菓子とトランプを使うとは思わなかった。遊んでないよ? 断じて遊んでいない。いいね?

 

 

「……話を戻す前にもう一戦―——」

 

 

「悪いが却下だ」

 

 

琴里の申し出をバッサリと斬り捨てる。対してドヤ顔しているのはもちろんアリアだ。

 

 

「何でロイヤルストレートフラッシュなんか出るのよ!?」

 

 

「今日は運がいいのね」

 

 

「絶対に嘘よ! イカサマしたでしょ!?」

 

 

「証拠は?」

 

 

「うッ」

 

 

「証拠が無いのに犯人扱いするのかしら?」

 

 

「くぅ~~~~~!!」

 

 

悔しそうな表情でアリアを睨む琴里。そんな様子を見ていた原田、黒ウサギ、ティナが順番にジト目でボソリと呟く。

 

 

「トランプの混ぜ込み」

 

 

ギクッ

 

 

「『ステレオグラム』によるトリック」

 

 

ギクギクッ

 

 

「裏面の模様」

 

 

カーッとアリアの顔が赤くなった。バレていないと思ったか。残念、三人は気付いていました。

 

トランプの裏面の模様に細工が施されている。焦点をズラすことで隠された文字が立体に浮かび上がり、どんなトランプか分かる仕掛けだ。それを途中、アリアは混ぜ込んだ。

 

言ってやろうかと思ったが、風穴は開けられたくないのでやめておいたが、調子に乗るのは良くないと思った三人だった。

 

 

「話を続けようぜ。それで? 大樹はそれからどうしたんだ?」

 

 

「……それから、私は———」

 

 

折紙は俯きながら話を始めた。

 

 

「———お兄ちゃんが、無理をし始めたのです」

 

 

 

 

________________________

 

 

 

【過去】

 

 

折紙の両親が入院してから一週間の時間が経った。

 

毎日二人の見舞いに折紙と一緒に行くが、あれから折紙の笑顔を見ていない。

 

塾と家庭教師の仕事だけでなく、洗濯や掃除、買い物も自分がすることになった。そして母親がどれだけ苦労していたのかを知った。

 

父親の仕事先は事情を知っているため、長期休暇を貰っている。幸いなことに優しい上司と同僚がいたおかげで、安心して休んで欲しいと言ってくれた。

 

 

「はぁ……」

 

 

家のソファに身を沈めながら溜め息をつく。

 

問題は折紙だ。あれから俺の話は頷いたりするだけ。ろくに会話をしてくれなかった。

 

両親が目を覚ませばそんな辛い時間は終わる。そう、思っていた。でも———

 

 

「昏睡状態……いつまで続くんだよ……」

 

 

手術は成功し、命を助けた。しかし、重度の昏睡状態が続いているのだ。

 

原因は脳のダメージが大きかったと見ているが、正確なことは分かっていない。ただ、このままだと遷延性意識障害(せんえんせいいしきしょうがい)———植物状態になり得る可能性が出て来たのだ。

 

そうなると回復する見込みは困難を極める。回復させる知識はあれど、成功確率は限りなく低い。

 

 

「ちくしょう……!」

 

 

さらに金の問題も出始めている。手術費、維持費、生活費などなど。多くの金が必要だった。

 

保険金が降りているが、当然俺は口座番号なんて知らない。親戚や祖父母にこのことを言えば、口座はどうにかなるかもしれないが、俺は当然厄介払いされるだろう。

 

追い出されることに関して俺は構わない。だが一番の問題は、その金が奪われないかだ。

 

折紙の親戚や祖父母を信じれない人だというわけじゃない。俺自身が人を信じれないのだ。

 

度重なる疲労のせいか、若干人間不信になってしまっている自分がいる。マイナスなもしものことを何パターンも考えて、不安になってしまっている。

 

 

「……………頭いてぇな」

 

 

あと1時間後には家を出て力仕事の工事のバイトに行かないと。その前に設立した学校から帰って来る折紙の夕飯の準備とお風呂を沸かしておかないといけない。

 

それに朝帰りになるから朝食のパンをメモと一緒に置いておかないと、あと折紙が起きるように目覚まし時計に———ああ、クソッタレ。

 

 

「そういや、最後に寝たのいつだよ……」

 

 

丈夫な自分の体の限界は、越えようとしていた。

 

 




あれぇ? またシリアスかな? でも【現在】組が何とかしてくれると思いますよ(笑)


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認められた誓いの言葉

何個も並行して小説を投稿している作者様方は本当に凄いですよね。尊敬します。自分は一個でいっぱいいっぱいですから。

※大変申し訳ありません。手違いで話の挿入場所を間違えてしまいました。番外編に新しい話を追加させて頂いています。お手数とご迷惑をおかけします。


【過去】

 

 

朝は折紙の朝食を作り学校に行かせる。その後は皿洗いや掃除、家事の仕事をこなす。

 

昼からは病院に行って二人の様子を見ている。時には投与する薬の配分などを変えなくてはいけない場合もあるため、必ず行かなければならない。むしろ昼にしか行っていないのは間違い。本当なら一日中いなければならない状況なのだ。

 

夕方は家庭教師。塾を開いて生徒たちに勉強を教え、その後はサル君の勉強を見る。それから帰宅して折紙の夕食の準備など家事を再びする。

 

夜からは工事現場の仕事をして金を溜める。金はその日に手渡しされる仕組みで、期間限定で働くことになっている。労働時間は深夜から朝まで続いている。

 

つまり、寝る時間はどこにもないわけだ。

 

だけどずっと寝れないわけではない。病院で30分だけ一休みしたり、塾の小テストで体を休めている。本来なら考えられない生活リズムだが、一週間続けても頭が痛くなるだけだった。

 

 

そして———

 

 

「げほッ……」

 

 

———二人が入院してから一ヶ月の時が経った。

 

 

頭痛だけじゃなく、目眩まで症状が悪化していた。咳も出始め、頭がボーッとする。

 

風邪と熱だろうか。寒気が尋常じゃない。

 

 

ピピピッ、ピピピッ

 

 

右脇に挟んだ体温計を取ると『39.5』と表示されていた。風邪や熱どころかインフルエンザ並みの体温じゃねぇか。

 

鉛のように重くなった体を起こし、病院に行く準備をする。このままソファに寝ていたいが、そうはいかない。

 

その時、朝ご飯を用意したが、塾のプリント課題を準備していないことに気付く。

 

 

「……病院で、パソコン借りるか」

 

 

家で作る余裕はない。急いで行って向うで休もう。

 

 

『ご覧ください! たった今、全自動(オールオート)システムの人工衛星が打ち上げられようと———』

 

 

耳に入れたくないテレビの雑音を消すと、準備に取り掛かる。

 

 

ガチャッ

 

 

「お兄ちゃん……?」

 

 

「折紙か。今日は早いな? どこかに行くのか?」

 

 

折紙はパジャマではなく、私服に着替えていた。学校に行くランドセルは背負っていない。

 

 

「今日……日曜日だから」

 

 

「あッ……そう、だったな」

 

 

日付どころか曜日すら覚えていない。そんな自分が危ないということは一番分かっていた。

 

それでも、無理してでもやらなきゃいけないことがある。

 

 

「一緒に病院行くよな? 自転車の後ろに乗るだろ?」

 

 

「うん……」

 

 

両親が入院してから折紙の笑顔を見ることがなくなってしまった。本当なら俺が安心させて笑わせてやりたいけど、俺にそんなことをする時間もなければする権利すらない。

 

 

「お兄ちゃん」

 

 

「……どうした?」

 

 

「……何でも、ない」

 

 

「そうか……」

 

 

分かっている。言いたくても言えないんだよな。

 

俺は折紙に信頼されるような関係には、まだなっていない。

 

 

———家族の一員になんて、無理なことを。

 

 

________________________

 

 

 

「———となりますがそれでも……大樹さん?」

 

 

「ッ! すいません。ちょっとボーっとしていました」

 

 

担当医の猿飛さんに名前を呼ばれてハッとなる。大事な話をしているというのに、何をやっているんだ俺は。

 

 

「やはり休まれた方がいい。どう見てもあなたが不健康なのはハッキリと分かる」

 

 

「そんなわけないですよ。体温計で測りましたが、微熱でした。ちょっと寝不足なだけです」

 

 

「……嘘ですよね? あなたの目の下にある隈は不眠症の人と同じくらい黒く大きい。それに頭が回っていないのは高熱が出ている証拠です」

 

 

さすが医者と言ったところだろうか。

 

 

「熊じゃない。隈だ」

 

 

「……知ってます。最初から隈だと言っています」

 

 

「ズラじゃない、桂だ」

 

 

「いやいきなり銀〇ネタ出されましても……」

 

 

『とにかく俺は大丈夫だ。( ̄ー ̄)ニヤリッ』

 

 

「どっから取り出したんですかその看板。あなたどこのエリザ〇スですか……ってちょっと!? 待ってください!」

 

 

先生の静止の声を無視して俺は部屋から出る。折紙を迎えに行くために、二人の部屋の中に行く。

 

しかし、廊下を歩いていると不意に視界がぐらりと揺れた。

 

 

「あれ……やばッ」

 

 

ドタッ

 

 

そのまま意識はスッと消えるように失ってしまった。

 

 

 

________________________

 

 

 

【現在】

 

 

「私がお兄ちゃんとの距離を取ったのは『嫌い』とか『信用できない』じゃないんです。お兄ちゃんが無理をして『頑張って』いたから、邪魔をしたくなかったのです」

 

 

折紙から聞いたことは、大樹が無理し続けて病院で倒れたことだった。あの強固で最強な体を持った大樹でも、1ヶ月という長期間を無理し続けるのは無茶がある。

 

 

「でも、それが逆にお兄ちゃんを追い詰めていた……!」

 

 

涙目で語る折紙に周りは何も言えない。ただ黙って折紙の話を聞き続けた。

 

 

「大樹お兄ちゃんは、私たちのためにずっと、ずっと、ずっと無理していたのに……!」

 

 

「お、落ち着いて。大樹君の性格上、そうなっちゃうのよ」

 

 

涙をポロポロ零す折紙に優子がハンカチを取り出しながら折紙に渡す。周りもうんうんと頷いて同意する。

 

 

「大樹が悪いのよ。いつまでも周りに心配かけてばかりで———」

 

 

「お兄ちゃんのことを悪く言わないでください!」

 

 

「———ご、ごめんなさい……」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

(ファッ!? あのアリアが素直に謝ったぞ!?)

 

 

折紙の気迫に押されたアリアはすぐに謝罪の言葉を口にした。

 

 

「ま、まぁ落ち着いてくれ。ここにいる人たちはお前と同じで大樹のことが好きなんだ。ただ悪口を言っているわけじゃない」

 

 

「「「「「ッ!」」」」」

 

 

女の子たちは顔を赤くする。アリアや優子は必死に言い訳するが、全く説得力が無い。

 

折紙も顔を赤くして原田を見ていた。

 

 

「やっぱりホモ———」

 

 

「ただし俺は違う。アイツのことが嫌いだ。以上」

 

 

原田は汗を流しながら思う。大人しい性格になっているが、根元は変わっていないのではないかと。

 

 

「ツンデレ、じゃないですよね?」

 

 

「悪い。女の子に手を出しちゃいけねぇと思うけど、さすがに我慢の限界が……!」

 

 

「お、落ち着いてください!? 黒ウサギは分かっていますから! 分かっていますから!」

 

 

怒る原田を黒ウサギとアリアが止める。悪気がないのは分かるが、言葉は性質(たち)が悪かった。

 

 

「ご、ごほん。それで……話の続きを聞こうじゃないかぁ……?」

 

 

「そんな鬼の形相で人の話を聞こうとしないでよ……」

 

 

原田のバックから『ゴゴゴゴゴッ……!』の文字が見えるくらい気迫があった。怖がる折紙を黒ウサギが守り、真由美は原田を止める。

 

とりあえず落ち着いて話せるようになった折紙が続ける。

 

 

「その後、お兄ちゃんが倒れたことがきっかけで、祖父母が病院に駆け付けたのです」

 

 

________________________

 

 

 

【過去】

 

 

 

ビシッ!!

 

 

———最初に目が覚めた瞬間、頭にチョップされた。

 

 

「え?」

 

 

唐突な出来事に頭がついていけない。痛いとか誰だよとかの前に、何故チョップされたのか意味が分からない。

 

何故白髪のおじいちゃんにチョップされているんだ? 何故俺はチョップされた。

 

隣にいるおばあさんが笑っているのも分からない。チョップと同じくらい分からない。

 

 

———とにかく、何故『チョップ』だ。

 

 

「楢原 大樹君だね」

 

 

「は、はぁ……そうですが?」

 

 

「うむ」

 

 

ビシッ!!

 

 

———何でまたチョップされた俺ぇ!?

 

 

(ドユコト!? 何でチョップ!? ホワイ!?)

 

 

「す、すいません……どちら様でしょうか?」

 

 

「お前さんが世話になっている親の親と言えば、分かるんじゃないか?」

 

 

「ッ!」

 

 

親の親。つまり折紙の祖父母が目の前にいるのだ。

 

 

(失敗した……)

 

 

俺が倒れればそりゃ医者は祖父母を呼ぶよな。両親は病院で寝ているし、折紙はまだ幼い。呼ばないという手はないはずだ。

 

自分の名前が知られていることから全てを知られていることを察した。大体のことは医者や折紙から事情を聞いているはずだ。

 

 

「まずお前さんには言わなきゃいけないことがある。何故この重大なことを報告しなかったのか」

 

 

息が詰まる。

 

 

「ッ……………それは」

 

 

逃げ場がない俺はおじいさんに聞かれたことを素直に話した。信用できなかったこと。自分が追い出されてしまうこと。

 

体が弱っていたせいなのか、おじいさんの気迫に押されたせいなのか。ペラペラと俺は話してしまった。

 

全てを話し終えた後、おじいさんは大きなため息をつき、口を開いた。

 

 

「難儀な性格をしておるのう」

 

 

ポンッと今度はチョップではなく、手を置いた。

 

怒るのでもなく、泣くのでもなく、ただ呆れていた。俺を憐れむように見ていたのだ。

 

 

「いいかよく聞け小僧。まず子どもを心配しない馬鹿な親なんていねぇんだ。心配しない親なんざ親じゃねぇ。タダの人間のクズだ」

 

 

「ッ……!」

 

 

「お前さんのおかげで助かったことは聞いた。でもなぁ……子どもが死にそうなっているのに、俺たちゃ呑気に生活していた。それに気付いた瞬間、子育てで一番の後悔を味わった。何をやっているんだちくしょうがってな!」

 

 

その言葉に、頭を金槌(かなづち)で叩かれたような衝撃が走った。

 

一番の被害者は自分じゃないということ。おじいさんとおばあさんに最低なことをしてしまったこと。

 

布団のシーツをグッと掴み、頭を下げた。

 

 

「すいません、でしたぁ……!」

 

 

「分かれば良い。それに俺たちゃお前さんを責めることはできねぇ。命を救ってくれたお前さんに感謝をしている。説教する資格はねぇ」

 

 

「でも俺は……!」

 

 

「さっき叩いて全部チャラにした。気にするな」

 

 

おじいさんが笑いながら俺の頭をポンポンと優しく叩く。先程のチョップした理由が分かり、この人は最初から俺のしたことを許そうとしていた。

 

 

 

 

 

「ありがとう」

 

 

 

 

 

寛大な心を持った人だった。

 

何故この人たちはこんな俺を許し、迎えれるんだ。

 

 

「……どうして」

 

 

「ん?」

 

 

「どうして、見ず知らずの俺がここにいることを……許せるのですか?」

 

 

知りたかった疑問を、正面からぶつけた。

 

普通なら「出て行け!」と言われてもおかしくないはずだ。許していいはずがない。

 

おじいさんは腕を組み直すと、また呆れるように言った。

 

 

「お前さん、難儀な性格どころか馬鹿なんじゃないか?」

 

 

「え?」

 

 

「勘違いしておらぬか? この1ヶ月、お前さんは寝る間も惜しんで夜も働き、孫の面倒まで見ていた。許すも何も、お前さんはもう認めるに値する人間なんだよ」

 

 

「……つまりどういうことですか?」

 

 

「はぁ……お前さん、分からないのか?」

 

 

おじいさんは告げる。

 

 

 

 

 

「———もうお前さんは、家族の一員だということだ」

 

 

 

 

 

 

ハッキリと聞こえたはずなのに、信じられなかった。

 

そんなはずはないっと自分の心や脳が否定するが、おじいさんの微笑んだ表情が言葉を肯定してくれている。

 

緊張で固まっていた涙腺が緩み、ポロポロと水がシーツへとこぼれてしまう。

 

今までの苦労が報われた。この一ヶ月。いや、彼らを大火災の日に救ったその瞬間から今日この日までの時間が。

 

そのことに嬉しくて涙が止まらない。(ぬぐ)っても(ぬぐ)っても()き取れない。

 

 

「金のことなら心配するな。今は二人を、折紙のことを、頼んだ」

 

 

「……はいッ……はいッ!!」

 

 

俺はおじいさんの両手を掴みながら何度も何度も頷いた。

 

 

________________________

 

 

 

夕方までぐっすり眠った後、なんと体調が回復したのだ。高熱は平熱まで下がり、頭痛や咳などは全てピタリッと止まっていた。

 

ありえない出来事だが、悪いことでないのであまり深く考えなかった。

 

起きた後は電話をして工事のバイトをすぐにやめた。無理な生活は絶対にしないことを誓った俺。金を援助してくれる祖父母。バイトをする必要性はなくなった。

 

荷物をまとめて部屋を出ようとすると、折紙が部屋に入って来た。

 

 

「お兄ちゃんッ……!」

 

 

今にも泣き出しそうな表情を見てすぐに察した。

 

俺に向かって飛び込んで来た小さな体を抱き締め、頭を優しく撫でた。

 

 

「心配かけて悪い。今まで辛かったよな?」

 

 

「もう、一人にしないでッ」

 

 

折紙の両親が眠っている今、頼れるのは家族の一員になった俺しかいない。

 

それを今、しっかりと認めた。

 

 

「ああ、一人にしない。約束する」

 

 

「絶対にッ……?」

 

 

「絶対にだ」

 

 

折紙はさらに強く俺に抱き付き、その手を離さなかった。

 

 

________________________

 

 

 

折紙を背負いながら自転車を漕ぎ、家へと帰宅した。本当にここまで手を離してくれないとは思わなかった。だが好かれていると思えば元気百倍アンパ〇マンな状態になれるので余裕だ。顔が濡れても明日から頑張れそう。

 

そういや塾と家庭教師、休みにしちゃったな。明日菓子持って謝らないと。

 

 

「よいしょっと」

 

 

自転車に乗っている途中、眠ってしまった折紙。ベッドに寝かせると手を簡単に離してくれた。

 

部屋を出ようとすると、机の上に一枚紙が目に入った。

 

 

「……このタイミングで来るか」

 

 

『授業参観のお知らせ』と書かれた紙に俺は溜め息をついた。今両親が起きたところで明日までに間に合うはずがない。

 

折紙が朝聞きたかったことはこのことだろう。だけど、残念だが連れてくるのは無理だとしかいいようがない。

 

 

「お父さん……お母さん……」

 

 

「折紙……」

 

 

寝ているのに涙を流す折紙を見て俺は思わず紙をくしゃりと握った。

 

馬鹿野郎。さっき言ったばかりじゃねぇか。俺は家族の一員だと。

 

なら、やることはもう決まっている。

 

急いでリビングに戻り、ラッピングされた箱を取り出す。今まで開けようと思わなかったが、今開ける時だ。

 

 

「着させてもらうぜ」

 

 

明日のために、最高にカッコイイ黒いスーツを取り出した。

 

 

おっと、カメラの準備もしないと。

 

 

________________________

 

 

【現在】

 

 

「———これがその時の写真です」

 

 

先程とは違い、折紙がニコニコと写真を見せて来る。写真にはスーツを着て笑う大樹とランドセルを背負った折紙が写っていた。間違いなく写っているのは本物の大樹だ。

 

優しい祖父母から授業参観に来た大樹と折紙の話は感動するが、話の途中『あの異変』が再び訪れていた。

 

 

ガゴンッ

 

 

「「「「「ッ!」」」」」

 

 

そう、あの不思議な感覚。

 

一同は驚くが、琴里と折紙。また二人だけは何も感じていないようだった。

 

 

「また何か変わるぞ……!」

 

 

原田の言う通り、先程の現象でこの世界は大幅に変わっていた。折紙という人物が。元々あった過去が。

 

彼らは警戒する。写真、部屋、折紙。まだ変化は何もないが、この後一体何が変わっているのか……!

 

 

おぎゃああ! ぎゃあああ!

 

 

その時、隣の部屋から赤ん坊の泣き声が聞こえた。

 

折紙はハッとなるが、他全員は固まった。

 

 

「す、すいません! ちょっと席を外しますね!」

 

 

折紙は慌てて赤ん坊の泣き声が聞こえる部屋へ行った。

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

赤ん坊の泣き声だけが耳に聞こえる静寂。そして、一同は最悪な状況を予想してしまう。

 

そして最低なことに、原田が口にしてしまった。

 

 

「大樹の子ども……んなわけねぇよな!」

 

 

———大樹の子だった場合を。

 

あえて原田が冗談を言うことで不安を拭おうと思ったが、

 

 

「「「「「—————ぐすッ」」」」」

 

 

「本当にごめんなさい俺が悪かったッ!! 頼むからしっかりしろおおおおおおォォォ!?」

 

 

普通に逆効果だった。

 

原田は叫んで女の子たちを呼び戻す。ただ想像しただけで彼女たちの表情はとてもじゃないが見ていられない顔になっていた。

 

 

「おい誰の子だアイツは!? お前なら知っているだろ!?」

 

 

「し、知らないわよ!? 彼女はまだ結婚なんてしていないはずよ!?」

 

 

琴里も知らないとなると、一体誰の子となるのだ。

 

恐る恐る気になっていた琴里が折紙に慎重に尋ねる。

 

 

「ねぇ……それって赤ん坊よね?」

 

 

(慎重になりすぎて人種の概念から問い出しちゃったよ。おかしいだろ)

 

 

「う、うん……」

 

 

「……男の子?」

 

 

(もうそれに関してはどうでもいいことだから! はやく誰の子か聞け!)

 

 

「ううん、女の子」

 

 

「……名前は?」

 

 

「もういいだろ!? はやく誰の子か聞けよお前!? お前の慎重のレベル高過ぎるわ!」

 

 

ついに痺れを切らした原田が折紙に質問する。折紙は答えようとするが、

 

 

ピンポーンッ

 

 

この部屋のインターホンが鳴った。

 

 

「あ、もしかしたらお父さんが迎えに来たかもしれないですよ」

 

 

折紙が立ち上がると、周りの女の子たちが焦り出す。

 

 

「まさか大樹!?」

 

 

「えぇ!? 何言っているんですか!? 違いますよ!?」

 

 

ぱぁっと落ち込んでいた女の子たちが笑顔になった。

 

 

「じゃあお前のお父さん!? つまり旦那さん!?」

 

 

「違いますよ!?」

 

 

———じゃあその子は誰の子どもだよ!?

 

 

心の中で全員がそうツッコミを入れた。

 

折紙が赤ん坊を抱きかかえながら玄関へと向かう。原田たちは後ろからこっそりと様子を見る。

 

大樹ではないことは確か。問題はその人が赤ん坊の父であるかどうかだ。

 

 

ガチャッ

 

 

「こんにちは折紙ちゃん。美也子(みやこ)の面倒見てくれてありがとうね」

 

 

「いえいえ、せっかくこちらに帰って来たのでゆっくりして行ってくださいね、猿飛さん」

 

 

(((((世界で一位二位を争う名医出て来たぁ!?)))))

 

 

爽やかそうな男が玄関に立っていた。その男は大樹が家庭教師として育てた生徒であり、琴里が説明したように世界で活躍する名医———猿飛 (まこと)である。

 

大樹の子どもじゃないことに安心するが、突然の来訪者に驚愕した。

 

 

「大樹先生が見つかったって本当かい?」

 

 

「はい!」

 

 

折紙は笑顔で告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「———またお父さんに会えて嬉しいです!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「だから何でそうなるの!?」」」」」

 

 

 

———今度は、お兄ちゃん設定が消失した。

 

 

 

________________________

 

 

 

【過去】

 

 

折紙の授業参観は父親として出席した。写真はたくさん撮ったし、折紙が見事に先生の問題を解いて見せた。フッフッフッ……折紙の学力は既に私の手によって53万まで到達しているのだよド〇リアさん。え? 学力53万ってどのくらいだよって? ……中学生レベルなら大体解けるくらいかな?

 

元々要領が良くて優秀な子だったから勉強を教えるのは楽だった。きっととても良い子に育つはずだよ! ……アレ? 何かフラグ建てたような?

 

 

「お父さん!」

 

 

「いやだからもう違って……」

 

 

「えへへへ……」

 

 

問題は時々俺のことをお父さんと呼ぶようになったことだ。確かにあの場は誤魔化すためにお父さんと呼ぶように言ったが、もういつも通りお兄ちゃんでいいのだが。というか本物に知られた時、めちゃくちゃ怖いからやめて。

 

 

「またアニメ見てるの?」

 

 

「ああ、することないしな」

 

 

休息の時間はアニメや漫画を見ることが多くなった。休日はビデオ屋に行って借りて視聴。漫画喫茶にも行くことがある。

 

……そう言えば昨日の折紙は怖かった。いつも俺がアニメを見ているせいか、俺の好きなアニメやヒロインを全て把握していたのだ。何それマジ怖い。

 

 

「私の勉強がある!」

 

 

「中学生もビックリするくらいの成績が取れるあなたにはしばらくは必要ありません」

 

 

「私と遊ぶ!」

 

 

「朝から夕方までショッピングモールに行って遊んだろ」

 

 

「……まだ夜のスポーツが残ってる」

 

 

「お前今何て言った? 聞き逃せないこと言ったよなぁおい?」

 

 

このように最近の折紙、時々怖いのだ。一体どこでそんな知識を覚えるというのだ。

 

 

「むー、お父さんって呼ぶよ!」

 

 

「別にいいけど、お前のお父さん、多分泣くぞ」

 

 

「なら大樹って呼ぶ!」

 

 

「呼び捨てぐらい気にしねぇよ」

 

 

「……なら私の未来の旦那って友達に言いふらす」

 

 

「それ俺の世間体が死ぬからやめてくれ」

 

 

ロリコンじゃねぇか! 俺はロリコンじゃねぇ! ……でもロリコンな気がするんだよな。

 

ったくそんなに構って欲しいのか。仕方ない。

 

 

「じゃあ、一回だけジャンケンしてやるよ」

 

 

「えぇ!?」

 

 

「最初はグー、ジャンケン八岐大蛇(ヤマタノオロチ)ッ!!」

 

 

「きゃああッ!? 手が気持ち悪い形になってるよ!?」

 

 

 

 

________________________

 

 

 

ジャンケンに見事に勝利した俺は夜にゲームで一緒に遊ぶことを約束した。アレ? 何か負けているような気がする。

 

買い物は済ませていたが、食器の洗剤が切れていることが発覚し、近くのスーパーで買うために外出した。

 

料理は温めるだけで完成するので、帰宅したらすぐに食べれる。折紙には食器の準備を手伝わせているのでさらにはやく準備できるだろう。

 

 

「さぁて、はやく帰らないと」

 

 

スーパーの袋を手に持って走ろうとした時、空が妙に暗いことに気付いた。

 

もう夜になる時間帯だが、いつも以上に空が暗くている。雲が月に隠れているからという理由だけではなさそうだった。

 

 

「あらあら。こんな時間にどこに行くのですか?」

 

 

近道で使う暗い路地から声をかけられた。そちらの方を振り向くと、俺は戦慄した。

 

レースとフリルで飾られたモノトーンのブラウスにスカート。目立つのはバラの飾りがついたカチューシャと医療に使わる眼帯。そして黒髪の美少女。

 

 

「……にゃ、にゃおー」

 

 

「それはもう忘れてくださいまし!!」

 

 

「ひぃ!? すいません!!」

 

 

顔を真っ赤にして怒鳴られてしまった。そう、この女の子は猫カフェにいたあの子である。最後は猫語だったので、俺も猫語を話したのが普通に駄目だった。

 

 

「いいですか? あの出来事は忘れてください。絶対に忘れてください」

 

 

「分かったにゃん」

 

 

「~~~~~ッ!!」

 

 

やっべ、すっげぇ顔が赤い。黒歴史確定な出来事だったからな。現在進行形で起きていそうだけど。

 

からかい過ぎたと思い、すぐに謝罪する。

 

 

「悪い悪い。誰にも言っていないから安心しろ」

 

 

「そ、そうですか……………それはとても安心しましたわ」

 

 

「おう。じゃあ俺はこれで———」

 

 

その時、全身に嫌な予感が流れた。

 

頭で考えるより先に、体が自分の意志に反して勝手に動いた。

 

 

ガキュンッ!!

 

 

「は?」

 

 

何かが頬を掠めた。ビッと肌に痛みが走り、自分の頬を触った。

 

そして、手に赤い液体が付着していることに気付いた時、自分の身に危険なことが起こったことを理解できた。

 

 

「冗談、だろ……!?」

 

 

「いいえ、冗談ではありませんわ」

 

 

目を疑った。

 

 

女の子が持っているのは古式の拳銃。武器だった。

 

 

———つまり俺の頬を掠めたのは銃弾だ。

 

 

今、自分が本能で横に避けなければ死んでいた。

 

射殺されていたと認識した瞬間、恐怖が一気に込み上げて来た。呼吸が不規則になり、汗がドッ流れ出す。

 

 

「最初に出会った時から感じていました。微力でしたが不思議な力を」

 

 

「不思議な力? お前……何を言って……!」

 

 

「とてもとても気になりました。そしてもう一度出会い、確信しました」

 

 

ガチャッと女の子は古式の銃の銃口を俺に向けた。

 

 

「あなたは、食べるに値する人でしたの……!」

 

 

「……ハハッ、性的な意味だったら普通に喜べたけど、絶対違うよなコレ……!」

 

 

女の子の言葉を聞いた瞬間、体が震え始めた。まるで死が近づくのを恐れるかのように。

 

銃口と俺の顔の距離は1メートルもないだろう。この距離なら女の子は外すことはない。必ず当てる。

 

死ぬ。マジで死ぬ。次は絶対に死ぬ。

 

 

「……いや、まだ死ねないわ」

 

 

一人にしないって約束した女の子がいるんだ。俺は、ここで死ぬわけにはいかない。

 

銃口を鋭く睨み付けて()()を待った。

 

引き金が引かれる瞬間を。

 

その銃口から飛び出す瞬間を。

 

火薬が弾ける瞬間を。

 

 

ガキュンッ!!

 

 

(ッ———!!)

 

 

ハッキリと自分の目で銃弾を捉えた。ゆっくりとこちらに向かって飛んで来る銃弾を、顔を右に傾けるだけで避ける。

 

 

ガスッ!!

 

 

「え?」

 

 

銃弾を避けるとは思わなかったのだろう。女の子はその光景に目を疑い、声を漏らした。

 

銃口から発射された弾丸は壁に突き刺さりコンクリートの破片を散らせた。

 

この時、自分の運動神経が異常だとかスーパーサ〇ヤ人並みだとか普通なら考えるが、そんな暇はない。でも一つだけ確信していた。

 

 

———自分は、最強だということを。

 

 

女の子の初弾を避けれたのは偶然では無い。ちゃんと見て回避したのだ。

 

銃弾が見えるなんてありえない。アニメや漫画の世界でなければ不可能なはず。だが現に今、できてしまっている。

 

逃げれると思った瞬間、風を切るような速度で走り出した。

 

 

「くぅッ!」

 

 

「ッ! 逃がしませんわよ!!」

 

 

やはり女の子も異常だった。体が宙に浮き、俺の後を飛翔して追いかけて来た。古式の銃を虚空から出した時点でそんな気はしていたが。

 

どうする? このままさっきのスーパーまで戻るか? 人通りが多い場所に逃げるか?

 

 

(他人を巻き込むわけにはいけない……ならッ!!)

 

 

このまま一人で逃げ切るッ!!

 

高速のスピードで暗い路地を走り抜ける。右や左に曲がって追われることから逃れようとする。しかし、

 

 

「そこまで、ですわ」

 

 

「なッ!?」

 

 

先程の女の子が目の前に()()も現れた。どうやら彼女は分身の様なモノを作ることができるようだ。

 

3丁の古式の銃をこちらに向けている。足に力を入れて急ブレーキをかけようとしたが、それだといつまでも逃げられないと頭の中で思った。

 

 

「こんの野郎がぁ!!!」

 

 

ヒュンッ!!

 

 

「「「!?」」」

 

 

大樹が叫びながら前に大きく踏み出した瞬間、体が煙のように掻き消えた。

 

 

———大樹の体は光の速度に到達したのだ。

 

 

女の子は撃つ暇も無く、大樹を見失う。既に大樹は女の子たちの間をすり抜け、もうその場にいないことに気付いていない。

 

 

「ッ!」

 

 

ぶつかりそうになる壁に手を突きながら方向転換する。このまま真っ直ぐに行けば家に帰れる。しかし、彼女がまだ追いかけて来ている可能性はあった。

 

どう逃走するか考えている時、異変は起きた。

 

 

「な、んだ……これ……!?」

 

 

突如体に途方もない倦怠(けんたい)感と虚脱感が襲い掛かって来た。まるで体におもりがつけられたかのような感覚。

 

しかし次の瞬間、俺は眉をひそめた。

 

 

「……いや、気のせいか?」

 

 

ドッと襲い掛かって来た異変は、すぐに過ぎ去った。もう体は軽くなり、衰弱することはなかった。

 

 

「……驚きましたわ。まさか【時喰(ときは)みの城】が効かないなんて」

 

 

「ッ……どっからでも現れるんだなお前」

 

 

背後から歩いて来た女の子に頬を引き攣らせる。余裕で追いつかれたような感じで来たので焦ってしまう。

 

格好と同じで中二病全開の名前だが、さっきの体を弱らせる能力は本当の様だな。

 

 

「それで、さっき何したんだよお前」

 

 

「時間を吸い上げる結界を作り出しましたの。この一帯に」

 

 

「時間を吸う……? どういうことだ……?」

 

 

「こういうことですの」

 

 

女の子は医療用の眼帯を外した。そこには異様な目をしていた。

 

充血しているわけではなく、眼球がないわけではなく、そこには『時計』があった。

 

時計の針がグルグルと逆方向に回る。女の子は笑みを浮かべながら話す。

 

 

「ふふ、これはわたくしの『時間』ですの。命……寿命と言い換えても構いませんわ」

 

 

「おいおい……現在進行形で寿命取られているのかよ俺様は……!」

 

 

「あらあら? 勘違いしないでくださいまし。あなたの時間は吸い上げれないですわ」

 

 

「何……?」

 

 

吸い上げれない? 吸っていないじゃなくて、できないのか?

 

 

「何故か無効にされているのです。まるで打ち消されているかのように」

 

 

「……あっそ」

 

 

ならこのまま帰ってくれませんかね? いや、帰らないだろうな。それに、何か策がありそうだし。

 

 

「ですから、直接あなたを食べて差し上げるのですわ……!」

 

 

「ホント言葉だけ聞いたらエロいのにマジで残念だちきしょう……!」

 

 

女の子は古式の長銃と短銃を虚空から取り出し、二つの銃口を俺に向けた。

 

大樹は歯を食い縛りながら女の子と目を合わせる。その表情に女の子は妖艶な笑みを見せた。

 

 

「そんな真剣な顔で見られると照れますわ……」

 

 

当たり前だ。命が狙われているのに真剣にならなきゃおかしいだろ。

 

 

「愛しい……とても愛しい……最後にぜひ名前をお聞かせて頂いても?」

 

 

「おう、いいぜ。最後に聞く名前じゃねぇけどな」

 

 

大樹は告げる。

 

 

「楢原 大樹だ。ちゃんと覚えていやがれ」

 

 

「……ええ……ええ! ぜぇったい、忘れませんわ……!」

 

 

ごめんなしゃい(泣きながら震え声)

 

だから怖いよ。怖いからやめて。名前を教えたことに凄く後悔してしまうから。

 

 

時崎(ときさき) 狂三(くるみ)……一生あなたのことを忘れませんわ」

 

 

「そ、そうか……わ、忘れても全然いいからね! 自分、気にしないから! というか忘れろ!!」

 

 

むしろ忘れられた方が良い気がした。

 

 

「さて、続けましょうか……」

 

 

「お断り、だぜッ!!」

 

 

ダンッ!!

 

 

一気に踏み込んだ力を解放し、真上に向かって高く跳躍する。上に逃げられることを予測できなかった狂三は攻撃の対処に遅れてしまう。

 

攻撃を遅らせた隙を大樹は逃げる時間に使う。ビルの屋上に着地し、そのまま走り抜ける。

 

 

「かっとビングだぜ!! 俺ええええええェェェ!!」

 

 

某カードゲームの主人公の有名なセリフを叫びながらビルの屋上から飛んだ。

 

跳躍した高さは10階建てのビルすら越え、何キロも長く飛んだ。

 

そして、とんでもない真実に気付く。

 

 

「って着地のこと考えていなかったああああああァァァ!?」

 

 

後先考えない行動に後悔する。目の前には高層ビルの巨大な窓が迫っていた。

 

当然避けることはできない。よって、

 

 

バリィイイインッ!!

 

 

窓ガラスを盛大にブチ抜いた。

 

ガラスの破片が体中に突き刺さり、床に転がった時には全身から血が溢れ出していた。

 

 

「うがぁッ……超痛———あれ?」

 

 

床には血の跡が点々とあるのに対し、体に傷はどこにもなかった。

 

ガラスの破片と血が付着した服だけ。己の体は綺麗なままだった。

 

痛みは確かにあった。しかし、もう感じていない。

 

 

「どうなってんだこれ……? 絶対におかしいだろこれ……」

 

 

「馬ッッッ鹿じゃありませんのッ!?」

 

 

「うおい!?」

 

 

背後から大声で罵倒された。体をビクッとしながら振り返ると、そこには興奮した様子で焦った狂三がいた。

 

俺をドンと押し倒し、声を荒げる。

 

 

「信じられませんわ! とんでもない速度で逃げ出したかと思えばビルの窓ガラスに突っ込むなんて……何を考えていますの!?」

 

 

「こっちは逃げるのに必死になんだよ! 命狙ってる奴が何言ってんだ!?」

 

 

「そして血塗れかと思いましたら無傷じゃないですか化け物!」

 

 

「テメェがそれ言う!?」

 

 

「もういいですわ! 危険な真似をする前にわたくしが食べてあげますからじっとしていてください」

 

 

「優しさに見せかけた暗殺をしようとするな!!」

 

 

最初の優しさは何だったんだよ!?

 

うおおおっと声を出しながら赤ん坊のようにハイハイでその場から逃げ出す。陸上部員並みの速さでビルの中を駆け抜けた。

 

 

ガキュンッ! ガキュンッ! ガキュンッ!

 

 

「ぎゃああ! アイツ容赦無さすぎだろぉ!?」

 

 

とにかく発砲する狂三。恐らく怒っているであろう。狙いなどおかまいなしで撃って来る。

 

一階のロビーまで非常階段を使って逃げて来た。出口へと向かうが、

 

 

「追ーいー詰ーめーまーしーたーわーよー……!」

 

 

思わず女の子のように悲鳴を上げてしまいそうになるが、急いでフロントのカウンターへと姿を隠した。

 

 

「完全に包囲しておりますわ。社内にいた人間は全員【時喰(ときは)みの城】で眠らせました。電話を使って助けを呼んでもいいですが、信じてくれるのでしょうか?」

 

 

(完全どころかネズミ一匹脱出できないくらい超完璧に追い詰められてるぅ!?)

 

 

どうする!? 方法を考えろ! 一瞬で考えろ!

 

まずアイツは人に見られることを極力避けている。人がいない暗い路地にわざわざ追い込んだ理由がこれで分かった。それに社内にいた人間も眠らせるくらいならその仮説に確信を持てる。

 

なら大勢の人間をここに呼ぶ方法を考えれば良い。そうすればアイツは逃げてくれるに違いない!

 

電話か? だけど信じてくれると思わない。それにすぐ来てもらわないと困ってしまう。

 

大声で叫ぶか? いや、届くとは思えない。ここ一帯は遮蔽(しゃへい)物が多過ぎる。

 

 

「出て来なくても結構ですわ。わたくしが迎えに行きますので」

 

 

(ぴゃあああああァァァ!?)

 

 

恐怖で頭が自動的にフル回転させる。考えろ考えろっと心の中で何度も繰り返す。

 

カウンターに置いているモノは使える用途が一切ない。他にないのか!?

 

 

コツッ

 

 

「ッ! コイツだぁ!!」

 

 

「ッ!?」

 

 

テーブルカウンターの裏に隠したボタンが指に当たった瞬間、勝利を確信した。

 

何の躊躇もない。すぐにボタンを押した。

 

 

ジリリリリリッ!!!

 

 

室内にうるさいサイレン音が響き渡った。その音に狂三が嫌な顔をする。

 

俺が押したのは防犯で取りつけられている防犯ベルだ。押せば警察たちがたくさん来るような仕組みになっているはずだ。もちろん、狂三もそれを分かっているはず。

 

 

「どうする? このまま捕まえようとするか?」

 

 

「ッ……いいですの? あなたが捕まる可能性だって———」

 

 

「それは無理だと思うぜ」

 

 

「……どういうことですの?」

 

 

「舞台はもう整っているんだよ。お前が社内の人間を眠らせたおかげでな」

 

 

「ッ!」

 

 

笑みを見せながら説明する大樹に狂三は下唇を噛んだ。

 

俺は適当に幽霊や悪霊に襲われたことにすればいい。社内の人間が原因不明で衰弱したんだ。信じるかどうかは分からないが、無視することはできない結果になる。

 

 

「……一度、手を引かせていただきますわ」

 

 

「そのままずっと引いててくれ」

 

 

「嫌ですわ」

 

 

狂三は頬を赤くしながら足元の影へと沈んでいく。

 

 

「———ぜぇったい、逃がしませんわぁ……!」

 

 

トラウマになるレベルで泣きそうだった。

 

狂三が完全に姿を消した後、パトカーのサイレンが聞こえ始めた。

 

はぁっと大きく息を吐き出し、カウンターの電話を勝手に借りて留守電を入れた。

 

 

「悪い。洗剤落としたからもう少し時間が掛かる。そのまま歯を磨いて寝てくれ」

 

 




中身がギャグ要素満載の『灰と幻想のグリムガル』ってどんな感じにカオスになるのか最近妄想しています。マナトのあのシーンはケツに矢を刺す感じでシリアスにします。これがホントの尻アス。やかましいわ。



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カムバック!

【過去】

 

 

「いやもう何か凄かったんですよ! こうぶわぁって! どぎゃああんって感じでですね! 体の力が一気に抜けたんですよ! そしたら周りにいた人たちがバタバタ倒れ出してうわーこれアカンやつだわーって思ってですね。そしたら窓ガラスがパリーンってハリウッド映画みたいに黒服の人が入って来まして急いでどうにかしないといけないから自分もパラリラパラリラって———」

 

 

「もういい。全然分からないからまた今度聞く」

 

 

警察に呆れられることに成功。やったねっと言いたいところだが、申し訳ない。全部は俺と狂三って女の子のせいなのです。言えない事情って辛い。

 

一応言えるよ? でも正直に警察の人に「猫が大好きな中二病の女の子に追いかけられて殺されかけました」って言ったところで誰が信じるのだろうか? 純粋な心(ピュアハート)を持った折紙くらいだろ。

 

その後は住所や名前を聞かれたが適当に答えて逃げて来た。わぁ、悪い人ね。

 

結局二度も洗剤を買う羽目になってしまった。面倒な上に金を無駄に消費した。

 

夜道を警戒しながら家へと帰る。もしここでまた襲われたら命乞いをしよう。今日はもう疲れた。

 

命乞いの言葉を考えていると、すぐに家へ辿り着いた。ドアの鍵を開けて中に入る。きっと折紙は寝ているはずなので忍び足で入る。

 

 

「遅いッ!!」

 

 

「……何でまだ起きてんだよ」

 

 

鬼嫁の如く、玄関に腕を組んだ折紙が立っていた。パジャマを着ているせいで全く怖くない。というか子どもだから全然恐怖を感じない。しかし、今の気持ちは帰りが遅くなった旦那のようだった。お父さん、浮気なんかしてないんだからね!

 

 

「寝てろって留守電したよな?」

 

 

「うッ、知らない人の番号には出ちゃ駄目ってお母さんが……」

 

 

「留守電だから聞くだけでいいよな?」

 

 

「うーッ……………あッ」

 

 

追い詰められた折紙が何かを閃いた。嫌な予感MAXだ。

 

俺の体に抱き付き、一言呟いた。

 

 

「女の匂いがする」

 

 

「お前は昼ドラの見過ぎだ。マジで怖いから勘弁して」

 

 

将来折紙の旦那になる人が可哀想過ぎる。今度から昼の録画全部消そうかな? プリ〇ュアでも見て心を浄化しろ。

 

 

「一緒にゲームする約束したから」

 

 

「それはすまん」

 

 

「……あと一緒に寝る約束したから」

 

 

「ごめんそれは全然記憶にないんだけど」

 

 

記憶力が超人並みにある俺。した覚えが全く身にございません。

 

 

「ちゃんと約束した! モールス信号で!」

 

 

「何で小学生がモールス信号使えんだよ!? おかしいだろ!?」

 

 

だからどこで覚えているんだよその知識!?

 

一応今日の記憶を辿ってみる。するとショッピングモールで、

 

 

 

『アイス、クリーム!』

 

 

 

———目の瞬きで「キョウ、イッショニ、ネテホシイ」となっていた。

 

 

 

『ん? おう。分かった分かった。サー〇ィンワンに行こうな』

 

 

 

という場面を思い出した。

 

汗がダラダラと滝のように流れる。そして、叫んだ。

 

 

「———巧みな話術と共に騙されてるぅ!?」

 

 

嘘だろ!? 確かに「アイスクリームを買って!」とは言っていないけど、目の瞬きでモールス信号するとは思わねぇよ! 

 

というか何でモールス信号できんだよ!? 教えた覚えもないんだけど!?

 

クソッ、アイスクリームを買った後の折紙のドヤ顔が腹立つな。何で気付けなかった俺……!

 

 

「……駄目?」

 

 

女の子の上目遣いって威力が半端ないよな。

 

 

「……ったく、10分で全部終わらせるから待ってろ」

 

 

まぁ結局最後に折れるのが俺。別に減るようなことは何もない。喜んでくれるならそれでいいだろう。

 

買って来た洗剤で皿を速攻で洗い片付けて、シャワーを浴びてパジャマに着替える。戸締りをしっかりと確認して寝る準備を済ませた。

 

ソファでウトウトしている折紙に「よし、自分の部屋で寝ろ」と声をかけると、ジト目で見られた。はいはい、一緒に寝ればいいんですよね?

 

畳がある和室にいつも俺が床に敷いて寝ている布団を取り出す。久しぶりに寝るなぁ。

 

 

「「……………」」

 

 

一緒に布団に入ったのはいいのだが、この後どうすりゃいいのこれ? いや、寝ればいいのか。

 

だけど、その前に気になることが一つある。

 

 

「折紙さぁ……クラスメイトに、敬語使ってなかったか?」

 

 

ビクッと体が動いた。合っていたか。

 

俺は危惧していたことを呟く。

 

 

「……ぼっちか」

 

 

「ッ!!」

 

 

ズビシッ!!

 

 

「うぎゃッ!?」

 

 

折紙の右手のチョキが目を突いた。冗談抜きで失明するから!

 

 

「違う! ちゃんと友達いるから!」

 

 

「うぉ……目がぁ……! じゃあ友達の名前、言ってみろよ」

 

 

「……………トモちゃん」

 

 

「お前はどこぞの残念美少女ぼっちだよ。何でエア友達だよ」

 

 

絶対友達少ないだろ折紙ェ……!

 

何度も布団の中で俺の体をゴスゴスと殴っている。痛くないけどやめてくれ。

 

 

「分かった分かった。明日、士道と琴里ちゃん紹介してやるよ。良い奴らだから仲良くするんだぞ」

 

 

「……………そ」

 

 

「そ?」

 

 

「そんなこと、できるのでしょうか……!?」

 

 

「急に敬語になったおい。どうしたお前。大丈夫かよ」

 

 

コミュニケーション能力に、やや難があり。

 

心配になってしまうが、あの二人なら大丈夫だろうと折紙の頭を撫でながら眠りについた。

 

 

 

________________________

 

 

 

【現在】

 

 

過去で平和?に暮らしている大樹に対して、一方こちらはカオスになっていた。

 

 

「初めまして。五年前、大樹先生に家庭教師をして貰った猿飛と申します」

 

 

「この子は猿飛さんの娘さんですよ! 誤解しないでください!」

 

 

赤ん坊を抱えながら答えたのは爽やかそうな雰囲気を纏った猿飛だった。折紙は顔を赤くしながら誤解を否定した。しかし、問題はそこじゃない。

 

 

「おいちょっと待てぇ!? 今、お父さんって言ったよな!? お兄ちゃんはどこ行った!?」

 

 

原田が焦った様子で尋ねる。女の子たちも慌てていた。

 

事情を知っていた猿飛は笑いながら折紙の代わりに説明する。

 

 

「ああ、当時は大樹先生がお父さん代わりのような存在だったからね。折紙ちゃんは先生をからかうために言っていたけど、無意識に言うようになったんだよね」

 

 

「や、やめてください! 恥ずかしいから忘れてください……!」

 

 

先程より顔を赤くしながら折紙は俯いた。とりあえず事情は呑み込んだ。納得はしていない。

 

 

「でも折紙ちゃんが先生のこと、一番好きだったじゃないか。ねぇ琴里ちゃん?」

 

 

「そ、そうですね。というか気付いていたんですか」

 

 

「全然変わっていなかったからすぐに分かったよ! 相変わらず小さくて可愛いよ琴里ちゃん」

 

 

「エヘヘッ、絞めますよ?」

 

 

「えぇ!? 何で!? ごばぁッ!?」

 

 

その瞬間、満面の笑みで琴里は右ストレートを猿飛の顔に放った。大樹と同じくらい天然で無意識なんだろうな。

 

原田は琴里の肩に手を置き、励ます。

 

 

「まぁ中学生なら大丈夫だ。まだ望みはある。既に高校生で残念な結果を残している人もいるんだ」

 

 

———この後、原田はアリアと優子にボコボコにされたことは言うまでもない。

 

話を戻すために黒ウサギが質問する。

 

 

「猿飛さんと琴里さんは知り合いなのですか?」

 

 

「ええ、体操のお兄さんが折紙を紹介して、そこから猿飛さんと知り合ったわ」

 

 

「きょ、今日は黒のリボンなんだね……見ていなかったよ」

 

 

「そ、そのことはちょっと……」

 

 

「ああ、ごめんごめん。じゃあ愛しの士道君は———」

 

 

「一言多いですよ♪」

 

 

「ぐふッ」

 

 

(似ている。猿飛さんがボロボロになっていく姿は、まさしく女の子に怒られる大樹! これも家庭教師として教えたのか……!?)

 

 

そんなわけありません。原田の勘違いです。

 

戦慄する原田と苦笑いの女の子たち。

 

 

「ご、ごほッ……まぁ君は士道君と同じくらい先生が好きだったからね……」

 

 

「そ、それは子どもの時の話ですッ」

 

 

「そうだね。今は士道———ごめん、僕は悪かったグーはやめて」

 

 

「カッコイイ大人に見えていただけです。半年の間、いつも私たちの面倒を見ていてくれたので……」

 

 

「ちょ、ちょっと待て!」

 

 

その時、原田が無理矢理話を止めて入って来た。

 

 

「どういうことだ!? お前は大樹のことをどこまで知っているんだ!?」

 

 

「ちょ、ちょっと落ち着きなさいよ。 一体何を言っているの?」

 

 

「違う! お前は大火災()の大樹しか知らないって言ったじゃないか!? その先は知らないから鳶一のところに———」

 

 

「そんなこと、一度も言った覚えないわよ?」

 

 

「———はッ?」

 

 

気の抜けた言葉が出てしまった。

 

原田は確かに聞いた。琴里が大火災前のことしか面識がないことを。

 

なのに彼女は『半年』と言った。

 

さらに琴里から情報を聞き出そうとするが、

 

 

 

 

 

———悲劇は、突如訪れる。

 

 

 

 

 

バギンッ!!!

 

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

その場にいた原田、アリア、優子、黒ウサギ、真由美。

 

 

———以上、()()の者に鋭い頭痛が走った。

 

 

「な、何だ今の……!」

 

 

「さっきと感覚が違うのだけれど……!?」

 

 

原田とアリアは頭を抑えて痛みに堪える。優子たちも頭を手で抑えていた。

 

 

「ど、どうしたのですか!?」

 

 

「え!? 急に何なの!?」

 

 

「だ、大丈夫ですか!? 頭が痛いのですか!?」

 

 

猿飛と琴里が急いで駆け寄る。折紙は救急車を呼びそうになるくらい心配していた。

 

 

「だ、大丈夫よ。痛みは一瞬だけだったから……」

 

 

優子の言葉に周りも頷く。痛みは問題なかったが、不可解な現象に問題があり過ぎる。

 

別の意味で頭が痛くなる原田。何一つ手掛かりが掴めない状況に唇を噛み締めた。

 

 

(今の感覚は何だ……さっきから何が起きてやがるんだ……!)

 

 

その時、優子が最悪の異変に気付いた。

 

 

「ねぇ……真由美……」

 

 

「ど、どうしたの? 顔色が凄く悪いわよ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ティナ……ティナちゃんは……どこよ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———悲劇の歯車は、ついに動き始めた。

 

 

________________________

 

 

 

【過去】

 

 

 

———12月22日

 

 

あれから何ヵ月の時が経った。季節は秋を過ぎ去り、冬に変わった。

 

折紙の両親は何度か意識を取り戻しては長時間眠ることを繰り返している。しかしそれは良い傾向で脳の回復が進んでいることが分かっている。実際、12月に入ってから目を覚ます回数が増えている。

 

両親の回復と共に折紙はさらに元気になり、今も隣でニコニコしながら俺の手を握っている。

 

 

 

「はー、寒いなぁ……」

 

 

「ねぇお兄———お父さん!」

 

 

「だから何で言い直すんだよ。お兄ちゃんでいいだろうが」

 

 

いつまで経っても俺のことをわざと『お父さん』と言おうとするし、勘弁してくれ。

 

最近、商店街を一緒に歩くのが恥ずかしくなってしまう。早く買い物を済ませて帰ろう。

 

 

「ん? そういや士道と琴里ちゃん、クリスマスの日は家に来るんだよな?」

 

 

「うん!」

 

 

すっかり士道と琴里ちゃんと仲良くなった折紙は笑顔で答える。友達ができて良かったな。でも士道、テメェに折紙はやらねぇ。

 

 

「あら大樹君!」

 

 

歩いていると肉屋のおばちゃんから声をかけられた。

 

 

「クリスマスはお家でするんでしょ? なら良いお肉、当日取っておくわよ!」

 

 

「さすがおばちゃん! クリスマスの日に絶対行くわ!」

 

 

「坊主! 肉だけじゃなく野菜も買ってくれよ!」

 

 

「おう! おっちゃんが安く売ってくれるなら買ってやるよ!」

 

 

「魚はどうだい!? クリスマスにはマグロが———」

 

 

「いや、それはいらん」

 

 

「———ひでぇ!!」

 

 

商店街の人たちとも仲良くなったし、この町や暮らしに馴染んで来た。もう心配事はない。

 

……ごめん嘘。心配事めっちゃある。それは時々の俺の前に狂三が現れることだ。

 

攻撃や襲うことはないが、俺を毎度からかうのはやめて欲しい。急に足をガシィッ!!って掴まれたらそりゃ「ぷぎゃああああああァァァ!?」って叫ぶに決まっているだろ! 冗談抜きで心臓止まるかと思ったわ!

 

あと何か吹っ切れて猫カフェに俺を連れて行くのもやめて。店員さんたちの優しい視線が痛いから! というか俺たちだけ特別割引するとか店員さん良い人———いや、あのニヤニヤしたムカつく顔は駄目だ。俺たちのことを(もてあそ)ぶオモチャにしか見ていない。狂三は気付いていないが。……気付かない方が本人のためでいいけど。

 

 

「……噂をすれば何とやらというやつか」

 

 

「お父さん?」

 

 

引き攣った顔をした大樹。折紙は首を傾げた。

 

俺はあの日から超人的な身体能力を持っていることを確信した。どうしてそんな能力があるのか。最初は不安や恐怖があったが、同時に何故か安心感があった。どうして安心できるのかは分からないが、記憶を無くす前の俺なら悪用しないと……し、信じているよ? していないよね? ねぇ!? 昔の俺よ!? ……浮気疑惑があるから完全には信用できねぇ。

 

それから身体能力は俺に教えるかのように様々なことを頭の中で伝えて来た。人の気配察知ができたり、視力がありえなくらい見えるようになったり、長い間息を止めることができたりと、何かヤバい。俺は過去に人造人間でも改造されたのではないかと疑ってしまうレベル。

 

……っと長話になってしまった。最終的に何が言いたいかと言いますとね、

 

 

(左斜め後ろ、約五百メートルの距離、狭い路地から狂三が俺を見ているんだよなぁ……)

 

 

嘘だろって思うでしょ? これがマジなんだよな。

 

 

「あー、せっかくだから俺の友達も呼んでいいよな?」

 

 

「猿飛さん?」

 

 

「う、うん……サル君も呼ぼうか」

 

 

「……『も』?」

 

 

「えっと、あと一人、呼ぼうかなぁ……って」

 

 

折紙って最近鋭いよな。

 

 

「……………女の人?」

 

 

「……………うん」

 

 

俺の女の子事情に関して。

 

何で分かるの? 何でそんな目で見るの? 何でなのよさ!? ちょっと蒔〇要素入ったな。まぁ俺は姉派だけど。

 

 

「お父さん、浮気は良くないよ」

 

 

「そもそも誰とも交際してねぇよ!?」

 

 

「きっとお父さんは遊ばれているよ」

 

 

「ねぇちょっと俺を蔑むのやめてくれる? 結構傷付くんだけど?」

 

 

半分以上合っているから困る。いや、からかわれているから本当に合っている可能性が……いやいや! ソンナコトナイヨネ!?

 

 

(これ以上折紙の機嫌を損ねるわけにはいかない。狂三は別の日に誘うとするか)

 

 

「今密会しようと考えた!」

 

 

「だから何で分かるの!?」

 

 

 

________________________

 

 

 

 

「よぉ」

 

 

「まぁまぁ、どうされたのですか大樹さん?」

 

 

「ベランダで待っていたクセによく言うわ。あと俺のことをずっと見ていただろ」

 

 

「自意識過剰?」

 

 

「事実だろ!」

 

 

家に帰った後、ベランダに出たら狂三が待っていた。折紙は自分の部屋にいるから会うことはないので安心である。

 

狂三は今日もレースとフリルで飾られたモノトーンのブラウスにスカート。バラの飾りがついたカチューシャと医療に使わる眼帯を左目に付けていた。

 

 

「……クリスマスの日、暇ならウチに来ないか?」

 

 

「それはデートのお誘いですか?」

 

 

「いいや、ただのパーティーのお誘いだ」

 

 

「残念ですわ。二人なら隙を突いて食べ———楽しい時間が過ごせそうと」

 

 

「嘘だよな? 今食べようと言おうとしただろ? お前ホントそういうのやめて。心臓に悪いから」

 

 

まだ諦めていなかったのかよ。

 

 

「申し訳ないですがお断りしますわ」

 

 

「やっぱ他の人には会いたくないモノなのか?」

 

 

俺の質問に狂三は苦笑いで答える。

 

 

「元々、大樹さんにも二度と会うつもりはありませんでした。好奇心は猫を殺す、ですから」

 

 

「言ってることが全く逆だな。俺に会い過ぎじゃないのか?」

 

 

「ではいっそのこと大樹さんが私を殺したりするというのは?」

 

 

「無理無理。可愛い女の子に暴力すら振れない俺だぜ?」

 

 

「そうでしたわ。可愛い女の子には……性的暴力しかできないと言っていましたわね」

 

 

「言ってねぇよ!? 何捏造してんだ!?」

 

 

「あぁ!? このまま大樹さんに食べられてしまうのですわ!」

 

 

「おい!? 近所迷惑だからやめろ!? 誤解されたらどうするんだよ!?」

 

 

狂三は楽しそうに笑い俺を馬鹿にする。普通なら嫌だと思う会話でも、狂三が嬉しそうにするなら構わないと思った。

 

 

「まぁ、気が向いたらまた遊びに来いよ。俺の家じゃねぇけど」

 

 

「ええ、また会いましょう。それと———」

 

 

タッタッタッと狂三は小走りで俺に近づき両手で肩を掴み、

 

 

「———クリスマスプレゼントですわ」

 

 

柔らかい感触が、頬に触れた。

 

 

「……………おまッ!?」

 

 

それは狂三の唇だと気付くのに3秒も掛かった。一気に自分の顔が熱くなり赤くなったことまで分かってしまう。

 

微笑みながら影の中へと消えて行く狂三。頬を朱色に染めていたのは見間違いだろうか。いや、あんな恥ずかしい真似、平常心でできるわけがない。

 

狂三が姿を消した後、大きなため息をついた。

 

 

「はぁ……本当に、心臓に悪いからやめてくれ」

 

 

ベランダの窓を閉めながら、俺は夕飯の準備に取り掛かった。

 

 

________________________

 

 

 

【現在】

 

 

「ティナが消えた……!?」

 

 

耳を疑い、目を疑った。部屋の中を見渡せばティナの姿はなく、どこにもいなかった。

 

 

「ティナ? 誰よ?」

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

不思議そうな表情をした琴里が尋ねた瞬間、全てを悟った。

 

震える唇で原田は琴里に聞く。

 

 

「そうだよな……()()()()俺たち()()しかいなかったよな?」

 

 

「当たり前でしょ。いきなりどうしたのよ?」

 

 

「そんな……!」

 

 

琴里の答えに優子は膝から崩れ落ちた。話に参加するのは無理だと判断した真由美が優子を連れて部屋から出て行った。

 

琴里と折紙。猿飛の三人は状況に困惑していた。

 

 

「ど、どうしたのですか? 何か具合でも……」

 

 

「いや違う。鳶一の思っていることじゃない。むしろ思うなら……」

 

 

原田は視線を琴里へと移す。琴里はすぐに察した。

 

 

「……まさか」

 

 

「そのまさかだ。お前らの記憶が何度も書き換えが起こっていたが……ついに消える現象も起きた」

 

 

「き、消える!? その前に記憶の書き換えって!?」

 

 

原田は琴里に出会ってからのことを全て打ち明けた。自分たちだけに妙な違和感が襲い掛かり、折紙や琴里の容姿や記憶が変わったこと。

 

それは過去が変わったことで起きた現象だということも予想でき、確信できていた。

 

そして、ティナという少女が先程までここに居たという事実を告げた瞬間、琴里の口からチュッパチャプスの棒が落ちた。

 

 

「本当なの……その話……」

 

 

「ああ」

 

 

「……どうしてそんなに落ち着いていられるのよ」

 

 

「今までの出来事を振り返れば何が起きたのか大体察しているんだよ。そして、どうしようもないこともな」

 

 

原田は手に力をグッと入れ、アリアは唇を噛み締め、黒ウサギの体が震えているのが分かった。

 

 

「恐らく……過去が大きく変わった。世界すら越えて」

 

 

「世界……?」

 

 

琴里は呟いた原田の言葉の意味を理解できていない。折紙や猿飛はもっと理解できていなかっただろう。

 

しかし、アリアと黒ウサギには理解できていた。

 

 

 

———この世界の過去だけでなく、前に居た世界の過去が変わっているということに。

 

 

 

もしこの世界だけの過去が変わっているならティナはちゃんと存在することができていたはずだ。

 

何故なら琴里が【ラタトスク】でずっと自分たちのことを見ていたと言っていたのだから。だけど今の琴里はティナの存在を認知していない。つまり、この世界に来ていた『事実がなくなった』のだ。

 

この世界の出来事の過去をいくら変えようとも、この事実だけは何があっても変わらないはず。神の力によって他の世界から転生して来たという絶対の事実はどうやっても変わらない。なら考えられることは———前に居た世界の過去が変わってしまったというわけだ。

 

 

「とにかく急いで過去を変えないと大変なことになる。最悪、ティナが消えてしまうぞ」

 

 

「過去を変えると言っても、どうすればいいのよ? それに……」

 

 

アリアは折紙と猿飛に視線を移した。二人は混乱しているように見えた。いきなり訳の分からないことを喋りだしたとしか見えないだろう。

 

だが、猿飛は違った。

 

 

「2月24日」

 

 

「え?」

 

 

「最後に先生に会った日だよ。今まで受験勉強を見てくれたけど、あの日は僕の部屋でずっと過ごしていた」

 

 

娘の美也子を抱きながら猿飛は微笑む。全てを理解してない状況でも、猿飛はどうすればいいのかを少しだけ分かっていた。

 

 

「きっと先生の謎はその日にある。折紙ちゃん、先生に会った最後の日は翌日の25日、だったよね?」

 

 

「は、はい! お父さんはその日に私たちの前から……」

 

 

「大丈夫だよ。先生は生きていたんでしょ? 僕も、会って礼を言いたいよ」

 

 

折紙は寂しげな表情になったが、猿飛が励ます。折紙は頷き、心を落ち着かせた。

 

『2月25日』というワードを聞いた琴里が呟いた。

 

 

「2月25日……まだ打つ手はありそうね」

 

 

「本当ですか!?」

 

 

思わず立ち上がる黒ウサギ。驚愕しながら琴里に確認を取ると、琴里は肯定した。

 

 

「ええ、本当は違う目的で探していたけれど、探し出すことができれば全てを救うことができる可能性があるのよ」

 

 

「違う、目的? それは一体———」

 

 

アリアが目的について尋ねようとした瞬間、

 

 

バギンッ!!!

 

 

「「「「ッ!?」」」」

 

 

———悲劇を生んだ頭痛が走った。

 

 

 

「ま、またかよ……!」

 

 

「ちょっと、キツイわよこれ……!」

 

 

「頭が、割れるように痛いです……!」

 

 

原田とアリア、そして黒ウサギが頭を抑える。額から汗を流し、痛みに耐えていた。

 

しかし、今度は別の被害者も出ていた。

 

 

「い、痛いッ……頭がッ……!」

 

 

「折紙ちゃん!? しっかりして!?」

 

 

———目の前で、折紙が頭を抑えて唸っていた。

 

 

苦しそうな表情をする折紙を見た原田は戦慄する。

 

 

「な、何で鳶一まで……!?」

 

 

「そ、それより優子たちは!? 二人は無事なの!?」

 

 

別室に移動した二人のことを思い出したアリアが叫ぶ。叫び声にハッとなる原田と黒ウサギ。

 

 

「またティナと同じようなことが……!?」

 

 

「さ、探して来ますッ!!」

 

 

部屋のドアに一番近かった黒ウサギがドアノブに手をつけた時、

 

 

「その必要は、ないわ……」

 

 

琴里の小さな声が、部屋に響き渡った。

 

黒ウサギの足が止まり、アリアと原田は目を見開いた。

 

嫌な予想が頭の中で構成される。その予想が当たるなと必死に願うも———

 

 

「もう一度同じことを言うわ」

 

 

琴里は告げる。

 

 

 

 

 

「私が連れて来たのは、三人だけのはずよね?」

 

 

 

 

 

———虚しく、嫌な予想は的中する。

 

 

 

 

 

「……クソッタレがッ!!!」

 

 

ゴッ!!

 

 

原田は自分の太ももに拳を振り下ろした。大樹が居ない今、彼女たちを守るのは自分の役目だというのに、全く役に立っていない。むしろ、彼女たちをこの世界から消してしまった。

 

まだ策は尽きたわけじゃないが、それでも何もできない自分が許せなかった。

 

 

「……違う」

 

 

その時、やっと痛みから解放された折紙が否定した。

 

 

「木下……優子さんと……七草、真由美さんがッ……いた……!」

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

折紙の記憶が、消えていなかった。そのことに一同は驚く。

 

 

「分かるのか!? 二人のことを!?」

 

 

「はい……容姿は全く思い出せませんが、名前だけ覚えています。先程までそこに居たというのも、微かに」

 

 

大きな声で原田が尋ねると、折紙は説明した。そして嘘をついていないことも分かった。

 

 

「……どうして私と猿飛さんが忘れて、四人が覚えているかは分からない。でも、策の準備はできたわ」

 

 

人差し指で自分の耳をトントンと優しく仕草を見せた。その行動の意味は分からなかったが、琴里は何かを確信したかのような表情をしていた。

 

 

ピピピピピッ

 

 

そして、ポケットに入れた琴里の携帯電話が鳴り出した。

 

この場にいる全員に聞こえるように電話のスピーカーをオンにした。

 

 

『琴里!? 見つけたぞ!?』

 

 

「ありがとうお兄ちゃん。グッドタイミングよ」

 

 

「その声は……士道(しどう)君じゃないか?」

 

 

声の正体は琴里の兄である五河(いつか) 士道だった。

 

 

『えッ……もしかして猿飛さん!? えッ!? 琴里お前今何を———!?』

 

 

「大丈夫よ。いいから言ってちょうだい。あなたが見つけた人物の名前を!」

 

 

『えぇ!?』

 

 

電話の先でブツブツと文句を言って悩んでいたが、士道は口にする。

 

 

 

 

 

『狂三……時崎(ときさき) 狂三だよ』

 

 

 

 

 

 

________________________

 

 

 

【過去】

 

 

 

ピコピコピコピコッ

 

 

「……おい、ゾンビそっちに行ったぞ」

 

 

「マジすか。ショットガンの弾少ないですけどッ」

 

 

ガキュンッ ガキュンッ

 

 

「後ろからも来ているな。壁際に逃げたらボコられるぞ」

 

 

「えッ? 言うのが遅いっすよッ!?」

 

 

「あーあー、追い詰められているなぁ。ショットガン持ってるのによぉ」

 

 

「いや強武器使ってもキツイ……って先生ハンドガンしか持ってねぇ!?」

 

 

「馬鹿、ナイフもあるわ」

 

 

「変わらねぇよ! 何で二つしか武器使ってないんですか!? というかノーダメージって上手すぎるでしょ!? 初プレイ何ですよね!?」

 

 

「バイオ〇ザード5は初だな。4はクリアしたけど」

 

 

「初心者とは思えない動きをしているんですけど!? ク〇スってそんな気持ち悪くウネウネに動けるのですか!? クリ〇強過ぎでしょ!?」

 

 

「ゾンビなんて余裕。ウェ〇カー軍団で攻めて来いよ」

 

 

「鬼畜ってレベルじゃねぇぞ!? というか———」

 

 

ダンッ!!

 

 

その時、サル君が立ち上がった。

 

 

 

 

 

「———明日、受験入試の日ですけどおおおおおォォォ!!??」

 

 

 

 

 

「知っているわボケ。大きな声を出すな」

 

 

サル君の画面が『GEAM OVER』と表示される。あーあ、死んじゃった。俺はまだまだ生きれるけどね。

 

 

「今日は一週間に一回の勉強の休日だ。無理をしないために前から決めていただろ?」

 

 

「だからと言って前日はさすがに自重しましょうよ!? このまま勉強しないと後悔して自嘲しちゃいますよ!?」

 

 

「うるせぇ!! 全部のボスを倒してから言いやがれ!!」

 

 

「理不尽! あーもう! 全部倒したらちゃんと勉強教えてくださいね!」

 

 

 

———五時間後

 

 

 

「はいスマッシュ!!」

 

 

「ちょッ!? 先生のシー〇の動き速すぎでしょ!? 自分のフォッ〇スじゃ太刀打ちできないんですけど!?」

 

 

「近所どころか学校で一番スマ〇ラが上手い男と伝説を作ったくらいだぜ俺は?」

 

 

「自分はそのパターンで自慢する人を倒せるくらい強いんですけど、これは規格外過ぎるッ!!」

 

 

「ボッコボコにしてやんよ」

 

 

『GAME SET!!』

 

 

「一発も攻撃当たらなかった……!」

 

 

「まだまだだね」

 

 

「アンタはいちいち立ってどこぞの王子様の真似をして挑発しなきゃ気が済まないのかッ!? というか———」

 

 

ダンッ!!

 

 

その時、サル君が立ち上がった。

 

 

 

 

 

「———もう夜なんですけどおおおおおォォォ!!??」

 

 

 

 

 

「今日はもうウチに泊まって行くと良い。折紙は寝ているから静かに、な?」

 

 

「あ、はい。すいませ———じゃねぇよ!? 勉強はどうするんですか!?」

 

 

「しまった!?」

 

 

「『しまった』じゃねぇよ! 遅ぇよ!」

 

 

「ポケ〇ンで対戦するの忘れてた!」

 

 

「だからもうしねぇって言ってんでしょ!? 何考えてんだアンタ!?」

 

 

怒りながらゲームの電源を消すサル君。しかし、俺は溜め息をつきながら呆れた。

 

 

「大丈夫だって言ってんだろ? 今まで俺が勉強を見てやったんだ。落ちるわけがない」

 

 

「……先生。俺が受ける大学、結局どこになりました?」

 

 

「アタマが良くないと入学できない大学」

 

 

「そうでしょうね! だって僕が行こうとするのは———!」

 

 

バシンッ!!と進路先を書いた紙を床に叩きつけた。

 

 

「———東京大学ですからね!!」

 

 

「wwwwww」

 

 

「何笑ってんだアンタ!?」

 

 

「だってお前の頭で行けると思うのか?」

 

 

「アンタが行けって言ったんでしょ!?」

 

 

「こら、先生に敬語を使いな、さいッww」

 

 

「最後笑ってんじゃねぇよ! あああああ! どうして僕はこんな人を家庭教師にしたんだ!! いつもいつもこうだ! 学校のテスト前日で山に登ってピクニックするし、進路を決める大事な学力診断テストの前日は船を出して海釣りに行くし、滅茶苦茶だよ!!」

 

 

サル君は頭を抱えながら膝から崩れ落ちた。おいおい、そのリアクションは困るぜ。笑えないだろ?

 

 

「ったく、お前はそうやってすぐに不安になるから駄目なんだよ。もっと余裕を持てるようにならないと、医者にはなれないぞ?」

 

 

「ッ!? 何で知っているんですか!?」

 

 

「はぁ? ずっと前から知っていたぞ?」

 

 

驚いたかと思えば今度は顔を赤くして恥ずかしそうにした。ハッ、恥ずかしがる男とか需要が全くねぇな。

 

 

「あーもういいからそういうの。ぶっちゃけ気持ち悪い」

 

 

「酷い!?」

 

 

「それより、真面目な話をするぞ」

 

 

俺の表情が真剣になったおかげか、サル君は口を閉じて俺の目と合わせた。

 

 

「お前の成績は俺が知っている。東大の入試問題でも十分に力を発揮させれるくらいに教えた。そしてお前は毎日頑張った」

 

 

「……毎日じゃないですけどね」

 

 

「馬鹿が。毎日あんなに集中してやっていたら息抜きすらできねぇだろ。そのせいで俺が休みを作らなきゃいけなくなっただろうが」

 

 

「あッ……もしかして先生」

 

 

「そうだよ。だから休みを作った俺様に感謝しろよ?」

 

 

「いや、それは無理です」

 

 

「チッ、ムカつくなお前。あとお前は真面目過ぎる。真面目過ぎて扱いにくい生徒だ。不器用なクセして必死に宿題はちゃんと全部やってくるし、テスト勉強は全部の範囲をしっかりと覚えようとする。効率を考えないからアホだったんだよお前は」

 

 

「ぐぅッ……」

 

 

「柔軟な発想もできないアホ」

 

 

「や、やめてください……」

 

 

「というか医者に向いてなかったよ、お前」

 

 

「もうやめてくださいよおおおおおォォォ!!」

 

 

涙を流して悔しがるサル君。だが大樹はその背中をポンと叩いた。

 

見上げると微笑んだ大樹がいた。大樹は笑みを浮かべながら告げる。

 

 

「そんな奴が東大行けるとでも? 現実を見ろよ?」

 

 

「アンタは鬼かぁ!?」

 

 

更なる言葉の追撃にサル君の心はズタボロだった。

 

 

「冗談だ。だけど、本気で医者になりたいなら東大に行け。医学の勉強をするんだ」

 

 

「そ、それなら僕が言っていた有名な医学部のある大学の方が……?」

 

 

「確かにそこに行けば医者になれるだろう。医者の道を目指すなら最高の近道だろうな」

 

 

だけどっと言葉を一度区切り、大樹はニヤリと笑った。

 

 

「俺はお前を『ただ』の医者にするつもりはない。だから東大に行かせる」

 

 

「え……?」

 

 

大樹の意図を汲み取れないサル君は首を傾げる。

 

 

「サル君……………君の大好きな趣味は?」

 

 

「裁縫です!!」

 

 

「(爆笑)」

 

 

「だから笑うのやめてくださいって言ってるでしょ!? しかも言わせたの先生だから!」

 

 

最初知った時は腹を抱えながらずっと笑った。でも超上手いんだよな。スイスイ縫うからね。そこがさらに笑いポイントになるけど。

 

 

「そう、お前は手先が誰よりも器用だ。この俺よりもな」

 

 

「……まぁ、確かに器用かもしれませんが、それが何か?」

 

 

「もっと誇れって話だよ」

 

 

「誇れと言われましても……絵のセンスはあまり無いので服のデザインは無理ですし、縫ったり編んだりしかできないですよ僕」

 

 

「『キリン』を描いてって言ったのに『クマ』にしか見えない『キリン』を描いたもんな」

 

 

「アレはどう見てもキリンでしょ!? 先生の目、おかしいのではないんですか!?」

 

 

「お前の絵の下手さは分かったから静かにしろ。お前の手の器用さは人の命を救う『手術』に活かすことができるんだよ」

 

 

「ッ!」

 

 

「医薬にも限界はある。薬じゃどうしようもできないことは、手術で回復させるしかない。だが手術は難しい技術だ。一度の失敗も許されない作業や、繊細な処置が求められる時もある」

 

 

「繊細な処置……」

 

 

「手先が器用なお前なら困難とされる手術もできると俺は確信している」

 

 

サル君はまだ高校生……いや、もう18歳なのだ。俺と同じくらいの年齢だが、もうここで進路を決めなくてはならない。

 

俺はサル君に医者という道を歩ませてあげたい。だけど、もし彼が医者になれたとして———

 

 

———自分の力が及ばず、患者を死なせてしまったらどうする?

 

 

まず自分を責めるだろう。次に自分の知識の無さを悔やむだろう。そして、自分のだらしない過去を憎むだろう。

 

サル君にそんな未来、遭って欲しくない。欲しいわけがない。ならどうするか?

 

 

(後悔しないために、後悔しない選択をする……それしかないだろ)

 

 

サル君は、ついに顔をあげた。

 

 

「……先生は、僕に何をさせたいのですか?」

 

 

「東大に行って医学について必死に勉強をしろ。これを使ってな」

 

 

ドン、ドン、ドン、ドンっと辞書より分厚い本をテーブルの上に置いた。表紙には『大樹学』と酷い名前が書いてある。

 

 

「これは俺が自作した本だ。時間は結構掛かったが、俺の医学知識全てを書き記した」

 

 

「えっと、何の意味があるのですかそれ?」

 

 

「俺の知識はこの現代医学に置いて知られていないことが多いんだよ。知られていないことをそこにまとめた」

 

 

「……ということは」

 

 

「ああ、その本は医学の世界ならどんな本よりも貴重なモノになるな」

 

 

「うぇえええええェェェ!?」

 

 

「うるさいぞ」

 

 

「だ、だだだだって! こ、これを僕が読むのですか!? いいんですか!?」

 

 

「だから言ってるだろ? 俺はお前を『ただ』の医者にはしない」

 

 

大樹は告げる。

 

 

 

 

 

「誰でも救える医者になれ、猿飛 (シン)

 

 

 

 

 

「先生……」

 

 

ポロリっとサル君の瞳から涙が零れた。

 

 

「僕、(まこと)です……」

 

 

「マジですまん。言ってる途中に気付いたから。もう言わないから」

 

 

本気で反省している大樹は珍しいなと思うサル君だった。

 

 

「ちなみにこれ、金額に変えたら10兆円はくだらないと思うぞ」

 

 

「もう持ち歩けないんですけど……」

 

 

「大丈夫大丈夫。世界の人たちに命を救わせるなら最後は他の医者に教えなきゃならないだろ? 俺が危惧するのはそれで金を稼ごうとするクソな輩だ」

 

 

「余計に持ち歩きにくくなったんですけど……取られたら僕……」

 

 

「どうでもいいわそんなこと。あと、俺はお前の意志を聞いていないぞ」

 

 

「意志、ですか」

 

 

「ああ」

 

 

サル君はしばらく黙り込んだ後、目を大樹と合わせて口を開いた。

 

 

「……ずっと憧れていた医者になりたいです」

 

 

「おう。だったらなればいい」

 

 

しっかりとした決意に、大樹は安心して笑った。

 

 

________________________

 

 

 

早朝、始発の電車に乗ったサル君を見送った後、俺と折紙は病院に来ていた。

 

馬鹿でも風邪を引いてしまうくらい寒い外から急いで逃げて温かいロビーの中に入る。

 

 

「温かい……」

 

 

「はぁ~外寒かったなぁ」

 

 

折紙と一緒に体を震わせながら感想を述べる。が、周りの人たちの感想は、

 

 

(((((和むなぁ……あの二人……)))))

 

 

(何か温かい目で見られている気が……)

 

 

患者や看護師さんたちの顔がほころんでいる気がする。もしかして、一緒にコートを着るというのはやめた方がよかったか?

 

 

「~♪ ~♪」

 

 

鼻歌を口ずさんでしまうほどご機嫌な折紙。まぁ温かいし、しばらくこのままでいいか。

 

エレベーターを使っていつもの階へと向かう。看護師さんたちに挨拶しながら廊下を歩き、いつものようにノック無しで部屋へと入る。

 

 

「お母さん! お父さん!」

 

 

折紙はコートの中から飛び出し、二人が使っているベッドまで駆け寄った。

 

 

「あら? また来てくれたの?」

 

 

「大樹君も来てくれてありがとう。毎日来てくれて嬉しいよ」

 

 

———折紙の両親は笑顔で迎えてくれた。

 

二人は1月の中旬に意識を完全に取り戻し、回復したのだ。その時の折紙はわんわん泣いて大変だった。俺はティッシュペーパー1箱だけで済んだがな。

 

その時の医者や看護師さんたちの喜びは凄かったなぁ。まさか俺が胴上げされるとは思わなかった。

 

それからほぼ毎日、俺と折紙は病院に行った。猿飛先生のコネを使って病院に泊まったりもした。でも夜の病院、結構怖いからもういいかな。

 

 

「明日、やっと退院だから……その、今日は同じ部屋に泊まる許可を貰っているので……」

 

 

「まぁ嬉しいわ! じゃあ大樹君は私の隣で寝るのかしら?」

 

 

「ハッハッハッ、大樹君。妻の隣で寝たら、簡単に明日を迎えれると思わないことだね……」

 

 

「脅さないでください寝ませんから。ベッドは別ですよ」

 

 

何で奥さんの時だけ脅すの? 折紙と仲良くしている時は何も言わないのに、奥さんのことになるとすぐこれだ。良い旦那さんなのか、嫉妬深い旦那さんなだけなのか。いずれにせよ、愛されているな奥さん。

 

 

「冗談だよ。大樹君、改めて言うけど今までありがとう。感謝の気持ちで一杯だよ」

 

 

「あ、頭を上げてください!? 俺は単純に助けたかっただけで……」

 

 

頭を深く下げる父親に俺は急いで上げるように言う。感謝の気持ちで一杯なのはこちらなのに。

 

 

「折紙のこと、ありがとう」

 

 

「……うっす」

 

 

後ろ頭を掻きながら照れを隠す。だけど折紙に顔が赤いと指摘されてしまった。全然隠せていなかった(ゼット)

 

 

「あらあら、大樹君の顔が真っ赤だわ」

 

 

「ああ、本当に真っ赤だね」

 

 

……頼むから俺をいじるのをやめて。俺の心が痛むんだ(ゼェェェェェット)

 

家族で様々なことを話した。折紙の成績は既に中学生の問題でも解くことができるくらいになったとか、電車やバスでいろいろな場所を巡ったこと。

 

気が付けば時間は16時になっていた。

 

ふと俺は携帯電話を借りてサル君にどうだったか聞こうと電話を掛けたのだが、繋がらなかった。これは面倒なパターンだな。

 

 

「俺はサル君の迎えに行こうと思います。合格している点は取っているのに、全くできていないと勘違いして絶望していると思うので……」

 

 

苦笑いで俺が言うと、三人も苦笑いになった。俺の予想だと電車のホームで触れただけで不幸になってしまいそうな絶望のオーラを振り撒いていると思う。何その迷惑な行為。はやくやめさせなきゃ!

 

 

「お兄ちゃん!」

 

 

部屋を出ようとした時、折紙は笑顔で手を振った。

 

 

「帰って来たら遊んでね!」

 

 

「おう」

 

 

俺も手を振りながら部屋を出た。

 

 

 

 

 

———それが、折紙の笑顔を見る最後になった。

 

 

 

 

 

________________________

 

 

 

 

「だーれだ?」

 

 

「はぁ?」

 

 

後ろから声をかけられたかと思えばいきなり手で目隠しされた。はぁ、これは狂三だな。

 

 

「簡単だ。狂———」

 

 

ガシガシガシガシガシガシッ!!

 

 

突如、俺の全身を無数の手が掴んだ。

 

 

「———みぎゃあああああああああああああ!?」

 

 

「『くるみぎゃ』はいませんですわよ?」

 

 

目隠しが解かれると、目の前ではクスクスと笑う狂三が立っていた。

 

 

「ビックリするわ! いきなり全身を手で掴まれたんだぞ!? 怖いに決まっているだろ!?」

 

 

しかも近道で使う暗い路地だったから倍の怖さになっていた。恐怖だよ。

 

 

「分かりました。じゃあ食べましょう」

 

 

「雑ッ!? 雑な対応でまたビックリしたわ!」

 

 

「これ以上大樹さんを食べることを我慢すると死んでしまいますわ」

 

 

「おー、そうかー」

 

 

「……あなたも雑な返しだと思いますわ」

 

 

狂三は呆れながら俺の隣に立った。

 

 

「……何だよ。俺、用事あるんだが」

 

 

「ご一緒しますわ♪」

 

 

「俺のスピードについて来れるなら許可しよう!!」

 

 

ダンッ!!

 

 

足を強く踏み込み走り出した。光速の世界にようこそ! 背中には『21』の番号があると思うぜ!

 

 

ビダンッ!!

 

 

「ぶふッ!?」

 

 

しかし、狂三はその行動を予測して俺の影の中から伸びた手で捕まえていた。当然俺の体は前に行かず、そのまま下へと向かい床とチュー。俺のデビル〇ットゴーストが破られた!?

 

 

「もうッ、大樹さんとの付き合いは長いのですからそのくらいの行動、読めますわ」

 

 

「それより俺の顔大丈夫? イケメンからブサイクになってない?」

 

 

結構強くぶつけたよ? 鼻の感覚がないけどホントに大丈夫?

 

 

「心配する必要はないですわ。美味しそうな感じです」

 

 

「それ完全に血が出てるパターンだわ」

 

 

手で鼻を触り、手を見てみると赤い液体が付着していた。

 

 

「ったく、止め方が荒過ぎるだろ」

 

 

「じゃあ逃げないでくださいまし!」

 

 

「それは無理」

 

 

食われたくないもん。

 

非常に不本意だが狂三と一緒に歩く。はぁ……サル君の絶望オーラが増さなきゃいいけど。

 

 

———ちょっと待て?

 

 

「ッ……」

 

 

辺りが異常な静けさに俺は違和感を覚えた。広い道に出たと言うのに人が誰もおらず、鳥の鳴き声も聞こえない。

 

今日は寒いから人が出掛けていない? そんなはずはない。いくら大通りでもこの静けさはおかしい。

 

コンビニやスーパーの店内を覗けば誰もいない。どの建物から人の気配が感じられなかった。

 

 

「狂三……確認していいか?」

 

 

「大樹さんの言いたいことは分かりますの。答えはノーです」

 

 

「だろうな……!」

 

 

ドクンッ……ドクンッ…ドクンッ!!

 

 

不気味な光景に心臓の鼓動が次第に早くなる。『何か』があることは分かるのに、『何か』の正体が全く掴めない。

 

自然と気が付けば狂三と背合わせになっていた。短銃を取り出し、警戒する。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

 

 

 

———辺りを警戒したせいで、下からの襲撃に対応できなかった。

 

 

 

 

 

「「なッ!?」」

 

 

地面が勢い良く盛り上がり、コンクリートの破片を撒き散らした。地面から突き出された槍状の物体に目を見開いて驚愕した。

 

狙いは狂三。槍先に付いた刃は腹部へと向かっていた。

 

 

グシャッ!!

 

 

「がぁッ……!?」

 

 

「大樹さんッ!?」

 

 

咄嗟の判断で狂三に突き刺さろうとした槍の軌道を素手でズラそうと試みるが、勢いが強過ぎて一瞬で腕がありえない方向に曲がった。

 

 

ガシッ!!

 

 

「えぐッ!?」

 

 

今度は首を思いっ切り掴まれた。鉄の装甲を纏った手は、簡単には引き剥がせないことを察しさせた。

 

地面の中から人型の鉄鎧の騎士が姿を現す。俺の首を掴んだまま持っていた槍を持ち変え、俺の腹部に突き刺そうと腕を絞った。

 

 

「これ以上、好きにさせませんわ」

 

 

ガキュンッ!! バギンッ!!

 

 

俺の存在に釘付けになっていた鎧の騎士の懐に潜り込んだ狂三は鎧の首元にある隙間に銃を突き刺し引き金を引いた。

 

だが、鎧の騎士は微動だに動かなかった。急所を突かれたというのに!?

 

 

(———ッ!? 効いてない!? まさか人間じゃない!?)

 

 

ギロリッと鎧の兜が狂三を捉えた。持っていた槍を手放し、大きな手で狂三の体を掴み取った。

 

 

ガシッ!!

 

 

「くぅッ!?」

 

 

苦悶の表情で狂三は必死に抵抗する。だが、敵の腕力は予想を遥かに超えた強さだった。逃れることはできない。

 

 

グググググッ……!!!

 

 

(……ヤバい……意識がッ……!)

 

 

鎧の手の力が強くなる。首がさらに絞めつけられ、抵抗していた力が弱まってしまう。ついに動くことすらできなくなってしまった。視界がぼやけ始め、体の感覚が失い始めた。

 

 

「やめてッ……大樹さんッ……!」

 

 

狂三が震えた手でこちらに伸ばそうとする。俺の手もそちらに伸ばしたいが、無理だった。掴みたくても、握りたくても、届かない。

 

自分の死を悟ってしまう。ここで終わるのか……と。

 

 

(……………嫌だ)

 

 

俺の帰りを待っているんだ。

 

 

(……………絶対に嫌だ)

 

 

———大事で、大切な人が!

 

 

———ずっと傍にいたい女の子が!

 

 

———悲しませたくない人が!

 

 

「……………ぇよ……!」

 

 

ガシッ!!

 

 

その時、大樹の首を掴んだ鎧の手に、大樹の手が掴んだ。

 

鎧の騎士は当然無視した。しかし、次の瞬間、無視したことを後悔する。

 

 

 

 

 

「———放せぇよ!!!!!!」

 

 

 

 

バギバギガシャンッ!!!!

 

 

大きな破壊音を響かせながら、鎧の腕を片手でひねり潰した。

 

大樹の拘束は解かれ、鎧の騎士は瞬時に最善と思われる行動を開始する。

 

『狂三を掴んだまま後ろに跳躍して距離を取る』

 

 

———敵はその1秒にも満たない行動が、できなかった。

 

 

ダンッ!!

 

 

大樹は一瞬で落ちていた槍の先端を踏みつけて真上に飛ばす。その飛ばした勢いを殺さないように手で掴み、自分の力を上乗せした。

 

一閃。狂三を掴んでいた鎧の腕に一瞬の光が走った。

 

そして一拍遅れて、

 

 

バギンッ!!

 

 

腕が綺麗に切断された。

 

1秒も掛からない超反撃に鎧の騎士は動けなかった。何が起きたのか、捉えることすらできなかった。

 

そして、その動かない時間は、一瞬でも大樹に見せれば終わりだった。

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!!

 

 

音速を超える速度で放たれた右ストレートが鎧の騎士にぶつけられた。鎧の騎士が大通りの道のコンクリートを破壊しながら飛ばされる。

 

その勢いは凄まじいモノだった。風圧で街のガラスを割り、音は爆弾が爆発した時と同じくらいだった。

 

 

「はぁ……はぁ……うッ!」

 

 

肩を上下させて呼吸していると、腹の底から吐瀉(としゃ)物が湧き上がり、その場に吐き出した。体の体調は最悪だった。

 

敵からの攻撃は辛いモノだと改めて実感した。そして同時に恐怖が襲い掛かって来た。

 

 

(何だ……何だこの寒気は……!?)

 

 

コツッ……コツッ……コツッ……

 

 

敵を飛ばした方向。砂煙が舞い上がっている中、誰かがこちらへと歩いて来ていた。

 

 

「記憶を失っていても、ある程度の強さは維持できていたか」

 

 

声を聞いた瞬間、頭の中が真っ白になった。

 

 

「わざわざ力を使って人払いしたのだ。利益が無ければ最悪だ」

 

 

信じたくない。嘘だと言って欲しかった。

 

しかし、現実は非情だ。

 

 

「久しいな、楢原 大樹」

 

 

煙の中からでてきたのは白衣を着た男。短い黒髪でボサボサで、歳は近いように見える男。

 

一緒に記憶を無くし、共に過ごした大事な仲間だった。

 

 

「ふざけた冗談はやめろよ……」

 

 

「冗談じゃない。よく覚えておけ———」

 

 

男は残酷な真実を告げる。

 

 

 

 

 

「———お前を殺す男の名前は上野 航平———ガルペスだと」

 

 

 

 

 

 

上野 航平がそこに立っていた。

 

ゆっくりと首を横に振る。状況が全く理解できず、思考が追いつかなかった。

 

どうしてここにいるのか。

 

どうしてこんなことをしたのか。

 

どうして———俺を裏切っているのか。

 

 

「殺すって何だよ……意味が、分からねぇよ」

 

 

「既に準備は整った。お前を倒すには絶望させるしか方法はないと分かった。絶望の(ふち)に落とした後、闇に食われろ」

 

 

「答えに……なってないだろうがぁ!!」

 

 

声を荒げても表情を一切変えなかった。そして理解した。

 

俺の言葉は、もう届くことはないと。

 

アイツの目が、そう語っていた。お前の話を聞く耳は持ち合わせていないと。

 

 

「大樹さんッ……逃げて、くださいまし……!」

 

 

「ッ!? 狂三!?」

 

 

その時、狂三の様子がおかしいことに気付いた。地面に横たわり、まるで力が抜かれたかのように顔色が悪かった。

 

急いで駆け寄り狂三の体を抱きかかえる。

 

 

「ッ……体が冷たい……!」

 

 

ひんやりとした冷たい肌に触れてゾッとする。生きている人間を抱きかかえているとは思えなかった。

 

このまま体が冷えたままだと命に関わる。急いで病院に連れて行って適切な処置をしないと———!

 

 

「礼を言うぞ【ナイトメア】。貴様の力はどうしても必要不可欠だった」

 

 

航平———ガルペスの隣には鉄の鎧が引き剥がされ、機械のコードなどが飛び出した鎧の騎士が立っていた。

 

ガルペスは鎧の騎士の中心に光っているボール状の核を取り出し、ニヤリと笑った。

 

 

「奪った力、有効に使わせて貰う」

 

 

「—————ッ」

 

 

その瞬間、大樹から恐ろしい量の殺気が溢れ出した。

 

今まで感じたことの無い殺気にガルペスは眉を(ひそ)める。

 

大樹はガルペスを睨み付け、静かに口を開いた。

 

 

「今すぐ返せ」

 

 

「断る、と言ったら?」

 

 

完全に我を忘れる程憤怒していた大樹だが、『殺す』という言葉だけは口にしなかった。

 

だが殺気に満ちた目は、今すぐにでもガルペスを殺してやろうと隙を伺っていた。もし安易に後ろを振り向けば一瞬で大樹は殺りに来るだろう。

 

 

「貴様は一つ勘違いをしている」

 

 

刹那、大樹の視界は変わった。

 

 

「ごふッ……?」

 

 

視界は白い雲と青い空で埋まっていた。ガルペスの姿はどこにもない。

 

ふと気が付けば口から血を出していることも分かった。

 

 

刹那———味わったことの無い激痛が全身に走った。

 

 

ドサッ!!!

 

 

「ッ……ぁぁぁぁあああああああ!!??」

 

 

地面に叩きつけられ、状況をやっと把握する。

 

俺は背後から来た不意の攻撃を避けれなかった。そもそも気付きもしなかった。

 

凄まじい衝撃に体は吹っ飛び、背中から銀色の剣が貫通していた。剣は見事に胸のど真ん中にある心臓に刺さっていた。

 

 

(し、死ぬッ……!?)

 

 

息ができない。体が動かない。目が、見えない……!?

 

 

「……怒りで周りを見失っていたのか」

 

 

ガルペスの声が聞こえる。コツコツと靴音が大きくなり、近づいて来ていることも分かった。

 

 

「撤退は中止か。貴様がここで死ぬことで面倒な犠牲が少なる。大切な人が死ぬのは嫌うなら、好都合なはず。違うか?」

 

 

「大樹さん!! 起きてくださいまし!! 急いでッ、逃げてッ!!」

 

 

逃げれたらとっくに逃げている。でも、体が動かないんだ。

 

悪い。お前を助けてやりたかったのに、ドジ踏んじまった。情けねぇな。

 

俺が死ねば大切な人が救われるってアイツは言っているのか? なら、死んでもいいんじゃないか?

 

 

(悪い折紙……お前が死ぬのは嫌なんだ……)

 

 

だから約束を、破ることを許して欲しい。こんな駄目な俺を、許してくれ。

 

 

「記憶を失ったまま、全てを失え」

 

 

ガルペスの右手に銀色の剣が生成される。その刃を大樹の頭上に構える。

 

 

(そういや記憶、思い出せなかったなぁ……)

 

 

俺は浮気をするような最低な奴だった。それだけしか思い出せなかった。

 

思い出しても意味がないと思った。だからいつの間にか、思い出すことを諦めていた。

 

 

「【刻々帝(ザフキエル)】! 早く来なさい———【刻々帝(ザフキエル)】!!」

 

 

「無駄だ。天使の具現化するどころか、動くことすらできないはずだ」

 

 

必死な声で叫び続ける狂三。ガルペスは呆れるように言い、剣を振り上げた。

 

 

「今、楽にしてやる」

 

 

ガルペスは、剣を振り下ろした。

 

 

ザシュッ!!!

 

 

 

 

———俺の意識は、闇へと落ちて行った。

 

 

 

________________________

 

 

 

 

「……………何だと?」

 

 

「ッ!」

 

 

ガルペスは、目の前の光景に驚愕していた。

 

狂三も言葉を無くし、何も喋れずにいた。

 

剣は振り下ろされた。大樹の首に向かって、一刀両断される()()()()()

 

 

 

 

 

———大樹は倒れたまま、剣を腕で受け止めていた。

 

 

 

 

真紅の血が飛び散り、腕からドクドクと鮮血が溢れ出す。

 

大樹は必死に生きようと抗っていた。

 

———いいや、違う。ガルペスには分かっていた。

 

 

 

 

 

大樹の意識は、既に無い事を。

 

 

 

 

 

(無意識に防御だとッ……ありえない……!)

 

 

そんなことが可能だと言えるはずがない!

 

 

(———ふざけるな!!)

 

 

歯をグッと食い縛り、ガルペスは両手を広げた。

 

その合図と共に空一面に銀色の武器が展開する。その数は千を超えていた。

 

これだけの数を一斉に射出、体が動かない相手なら避けることができない。

 

 

———ガルペスの考えは、外れる。

 

 

「は?」

 

 

 

 

 

目の前に、大樹の拳が迫っていた。

 

 

 

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!!!

 

 

恒星すら砕く史上最強一撃がガルペスに直撃した。辺りの建物が一瞬で吹き飛び、爆弾が落とされたかのような衝撃が広がった。

 

ガルペスの全体は文字通り粉々になり、手足の1、2本が消失した。

 

あらゆる内臓が消し潰され、何が起こったかすら考える暇がなかった。

 

 

「……くっは」

 

 

全身がぐちゃぐちゃになってなお、ガルペスは笑みを浮かべた。

 

1分という長い時間を掛けて体を再生させた。そして、ガルペスは大声で笑った。

 

 

「クッハッハッハッハッハッハッハッ!!!」

 

 

ガルペスは笑いながら前を見る。そこには爆弾が落とされたかのような荒れ地が広がり、中心には体をダラリッとさせた大樹がいた。

 

目は開いていない。息はしていないように見えるが、小さく呼吸をしていることは確認できた。

 

 

「ついに神は狂った! 最後の希望を消さないために、『人』という概念を潰した存在をさらに捻じ曲げた!」

 

 

ガルペスは歓喜に打ち震える。この時を待っていたと言わんばかりに喜んだ。

 

 

「死んだ亡霊を『保持者』にして自己保身する駄神(ゴミ)共よ! そんなに命が惜しいか! 保持者に力を与えて、この死神を恐れるか!? ならば———【制限解放(アンリミテッド)】!!」

 

 

不敵な笑みを見せながらガルペスの両手に黒い渦が発生し、黒い本が生まれた。

 

 

「【文化英雄の錬金術(ヘルメス・アルケミー)】……恐怖に飲まれろぉ!!」

 

 

ガルペスは分厚い本のページが勢い良くめくった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前も、勘違いしてんじゃねぇよ馬鹿が」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

大樹の声が聞こえたと思えば、今度は大樹の姿が黒い霧となって散布した。

 

その光景を知っているガルペスは息を飲む。

 

 

(偽物!? なら本物は———!?)

 

 

「【神刀姫(しんとうき)】!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

ガルペスの背後で爆風が巻き起こった。不意を突かれたガルペスは吹き飛ばされるも、無傷で済んでいる。

 

すぐに振り返ると、そこにはガルペスが嫌う奴が立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———狂三を抱きかかえた、楢原 大樹の姿が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大樹が使う【神刀姫(しんとうき)】は地面に突き刺さり、体の傷が元に戻っていた。

 

服が血塗れでボロボロになっているのを見て、【神の加護(ディバイン・プロテクション)】を発動したことを物語っていた。

 

 

「何故だ……お前の意識は完全に神の力に———!」

 

 

「ああ、確かにやられたよ。でも、俺はそれを拒絶した」

 

 

「拒絶だと!? 馬鹿な……!?」

 

 

神の力は絶対。その『絶対』の理は同じ『神の力』によって初めて破ることができる。

 

しかし、楢原 大樹は『絶対』である『神の力』に対して、『己の力』だけで打ち破った。

 

 

「な、ならば今の貴様は何だ!? 神は貴様を見捨てた! なのにどうして神の力が使える!?」

 

 

「……やっぱりお前の言うことはよくわかないな。どういうことか一から説明を———」

 

 

「『保持者』は本当の役割は神の『身代わり人形』だ!」

 

 

声を荒げながら説明するガルペスに、大樹は正面からしっかりと聞いた。

 

 

「分からないか!? 自分の命が惜しいから死んだ亡霊に命を与えて、ソイツに危険な物事を押し付けているだけ! それが真実だッ!!」

 

 

ガルペスは続ける。

 

 

「神は貴様が死ぬと判断した! この死神の俺を殺せず、最悪な状況———力を奪われることを恐れた!」

 

 

「だから神は俺を見捨て、俺の体を操作して貴様を殺そうした……」

 

 

「クックックッ、残念だがそれは違う! 相打ちに持ちこむのが適切な判断だ! きっと自爆させるつもりだったはずだ。神の力を暴発させて貴様が自爆すれば俺にダメージが与えられ、神の力は主神の元に還り、守られる!」

 

 

ガルペスは両手を広げながら大樹に向かって手を伸ばす。

 

 

「今の貴様なら分かるはずだ! 裏切られた神に復讐をする! それがお前の———!」

 

 

「はぁ……やっぱり勘違いしているなお前」

 

 

溜め息をつく大樹にガルペスの動きがピタリッと止まった。

 

 

「言っただろ? 俺は拒絶したってよ」

 

 

「……………ありえん。そんな度胸、貴様にあるはずがない!?」

 

 

ガルペスの顔に焦りが見えた。

 

今まで以上に驚き、見たこともない焦った表情をしていた。

 

だが大樹の笑う顔を見て、確信せざる負えなかった。

 

 

 

 

 

「貴様は、神すら敵に回したというのか……!!」

 

 

 

 

 

 

「当たり前じゃん。だって俺、見捨てられたんだろ?」

 

 

ごく普通な解答したように言う大樹に戦慄する。ガルペスは思わず一歩後ろに下がった。

 

 

「それにゾンビみたいに戦うの痛くて嫌だし? 俺の頭の中をいろいろといじっているし、限度ってもんがあるだろ?」

 

 

「ッ……まさか貴様」

 

 

ガルペスの額から汗が流れ落ちた。

 

 

「別に完全に敵に回すわけじゃねぇよ。こんな最悪なことに巻き込んだんだ。だから一発殴るぐらい許せって話だ。あと狂三のおかげでようやく助かったぜ。時間はかなり掛かったけど、それじゃあ———」

 

 

ついに神を敵に回した大樹は告げる。

 

 

 

 

 

「———せっかく大切な人がいることを思い出させて貰ったんだ。守る為に、神の力をちょっと多く借りていてもいいだろ?」

 

 

 

 

 

 







さぁ! ここからさらに物語の加速だぁ!!


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時間を越えた奇跡

作者「今日はキスの日らしいですね」


大樹「」ガタッ


原田「いや、お前は絶対にしないだろ。ここって百話以上続けているのに、そういったことが一切ない健全な小説だろ。そもそも大樹、ヘタレじゃないか」


大樹「いや、健全な小説じゃないだろ」


原田「あ、そこ指摘する?」



【現在】

 

 

これは大樹が記憶を取り戻す少し前の【現在】。

 

 

———大樹が記憶を取り戻す要因を作ったのは、やはり彼らだった。

 

 

琴里に連絡して来た士道。その報告は『時崎 狂三』を見つけたということだった。

 

原田たちは琴里の意図が全く読めなかった。すぐに理由を聞こうとするが、唇に人指し指を置いて琴里が静かにするように指示して来た。

 

 

「大手柄よ。変わって貰えるかしら?」

 

 

『あぁ……狂三。電話だ』

 

 

士道の声が遠ざかり、誰かと狂三という人物と変わったようだ。

 

 

「もしもし? 聞こえ———」

 

 

『やーい、このちんちくりーんですわ☆』

 

 

ビギッ

 

 

年頃の女の子の額から鳴ってはいけない音が聞こえた。引き攣った頬で琴里は喋る。

 

 

「アンタ……学校で戦った時のこと、根に持っているわね……! えぇ、いいわよ……死にたいなら死なせてあげるから……! 灰になるまで燃やして———!」

 

 

「うぉい!? 怒っているのは分かるが落ち着け!?」

 

 

急いで原田が琴里に声をかける。琴里はハッなり、咳払いして話を戻す。

 

 

「絶対に見つけれないアンタが簡単に士道の前に現れたのは、過去の出来事が分かるからよね?」

 

 

『ご名答ですわ。ちなみに今の発言は大樹さんがそうおっしゃるようにと指示しましたの』

 

 

「……そう」

 

 

(大樹って女の子を敵に回す天才か?)

 

 

琴里からゴゴゴゴゴッ……!!と怒りのオーラが溢れていた。正直、怖い。

 

 

『手短に説明しますわ。正直に言いますとわたくしが大樹さんに何をしたのかは分かりません』

 

 

「……どういう意味よ?」

 

 

『分かることは【今のわたくし】が【過去のわたくし】に接触し、大樹さんに何かをしたということだけ。あの時のわたくしはただ助けられただけなので』

 

 

「ちょっと待て! それって!?」

 

 

『今のわたくし』が『過去のわたくし』に出会ったという事実を聞いた原田は確認を取ろうとする。

 

 

『お察しの通りですわ』

 

 

狂三は肯定した。

 

 

『あの2月25日に行くことは可能です』

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

衝撃的な一言に全員が息を飲んだ。琴里だけは最初から予想出来ていたような表情をしているが、それでも驚きを隠せていない。

 

 

「まさか本当にできるとは思わなかったわ……」

 

 

『ですが問題がいくつもありますの。それら全ての条件を満たさない限り、最悪な過去も最低な未来も変わることはありませんわ』

 

 

「最悪な過去?」

 

 

『今ここでハッキリと申し上げます。最悪な過去、それは———』

 

 

誰も思うことはなかった最悪な過去。その真実に、誰もが受け止めることができなかった。

 

 

 

 

 

『———大樹さんが、()()()という過去です』

 

 

 

 

 

「……………冗談、だろ?」

 

 

最初に声を出したのは原田だった。表情は微かに笑っているが、頬は引き攣っていた。

 

『死ぬかもしれない』『死んだかもしれない』と言った曖昧な表現では無く、『死んだ』と確定してしまった過去を口にしたのだ。

 

信じられなかった折紙は両手を口に当てて首を横に振った。胸に釘を打たれたような衝撃が走り、涙を零す。

 

猿飛は黙り込み、唇を強く噛んだ。

 

 

『正確には姿を消したのです。彼は最後に———』

 

 

「嘘よッ!!」

 

 

意外なことに大声を出したのは琴里だった。

 

 

「私はまだ何も返せていないわ! 何度も一緒に遊んでくれて、励ましてくれて、楽しい思い出を数え切れないくらい作ったの! 半年という短い時間でも、私とお兄ちゃんは……!」

 

 

『琴里』

 

 

その時、電話から聞こえたのは狂三の声ではなく、士道の声だった。

 

 

『ああ、そうだよな。あの人にまだちゃんとお礼を言えていなかったな』

 

 

「お兄ちゃん……!」

 

 

『助けないといけないな。俺たちの……いや、皆の手で』

 

 

「ッ……でもッ……無理だったら———」

 

 

「その言葉、嫌いだから使わないで」

 

 

弱気になっていた琴里に、バッサリと言葉を斬り捨てたのはアリアだった。

 

 

「無理じゃない。やるのよ。やらなきゃいけないの」

 

 

選択する余地などない。決められた一択の答えに、全力で声に出すことを求められている。

 

 

「あたしたちに残された大樹を救う最後のチャンス、絶対に掴み取らなきゃいけないの」

 

 

アリアは琴里の両手を包み込むように握った。

 

 

「大切な人を、救うために力を貸して」

 

 

琴里は零れそうになっていた涙を服で拭い、表情を引き締める。

 

 

「ええ、当たり前よッ」

 

 

「……ありがとう。頼んだわよ、琴里」

 

 

 

 

 

バギンッ!!!

 

 

 

 

 

「「「ッ!?」」」

 

 

———そして無慈悲に頭痛が再び走った。

 

 

折紙が頭を抑えながら唸る。猿飛は折紙の介抱をするが、気付いていない。

 

原田と黒ウサギは痛みに耐えながら歯を強く食い縛った。目の前の出来事をしっかりと見ていたから。

 

頭の痛みよりも、心を圧し潰すような精神的苦痛の方が辛かった。

 

 

 

 

 

———アリアが消えてしまった。

 

 

 

 

 

どう足掻いても止まらない。何をしても止まる気配は見えない。そのことに怒りと悲しみ、やられた屈辱に体を震わした。

 

 

「ふざけるなよッ……いい加減にしやがれよッ……!」

 

 

「アリアさんッ……アリア、さんッ……!」

 

 

強く噛み閉めた原田の唇から血がツーっと流れ落ちる。黒ウサギは何度もアリアの名前を呼んだ。

 

 

「……分からない」

 

 

両手を前に琴里は呟いた。

 

 

「私は誰かと手を繋いでいた……そんなはずはないのに、繋いでいたわけないのに……! 絶対にありえないのに……!」

 

 

「琴里ちゃん……」

 

 

「繋いでいたような気がして……! ねぇ猿飛さん。私、おかしいこと言っていますか?」

 

 

「……客観的視点なら、おかしいと言うだろう。でも、僕は違うと思う」

 

 

猿飛は首を横に振り、笑みを見せながら答えた。

 

 

「正しい。だからもう否定しないで」

 

 

「ッ……はい」

 

 

猿飛の言葉に琴里はしっかりと頷き、再び携帯電話に耳を当てた。

 

 

「悪いわね。もう大丈夫よ」

 

 

「無理もございませんわ。大事な人を失う悲しみはとても辛いことですので」

 

 

「「「「ッ!?」」」」

 

 

携帯電話から聞こえた声ではなかった。室内に響き渡る狂三の声に驚く。

 

部屋の壁に生き物のように這うように不気味に(うごめ)いていた。折紙と黒ウサギは短い悲鳴を上げて原田の後ろに隠れる。

 

 

「時間がありませんでしたので来てあげましたわ。士道さんも一緒ですの」

 

 

「うおわぁ!?」

 

 

「「「「!?」」」」

 

 

影の中から現れたのは一人の青年。五河 士道だった。突然の来訪者にまた驚いてしまう。

 

床に転がり、ぶつけた頭を抑えながらフラフラと立ち上がる。

 

 

「いってぇ……もうちょっと優しくできないのかよ……」

 

 

「お兄ちゃん!?」

 

 

琴里は士道に駆け寄る。士道は苦笑いしながら大丈夫だと伝える。

 

 

「それでは単刀直入に言わせていただきます」

 

 

士道とは違い、影の中からスッとフリルに飾られた霊装を身に纏った狂三が姿を見せた。

 

 

「まず過去に戻る為の【十二の弾(ユッド・ベート)】を使うためには霊力が圧倒的に足りません。なので使うことは不可能ですわ」

 

 

「なッ!? 狂三、話が違うじゃないか!?」

 

 

「落ち着いて士道……策はあるのでしょう? 続けて」

 

 

いつもの調子に戻った琴里が士道の口を閉じさせる。狂三は虚空から長い銃を取り出した。

 

そして、その長銃に原田と黒ウサギは目を疑った。

 

 

「【神影姫(みかげひめ)】!?」

 

 

「ど、どうして大樹さんの武器を!?」

 

 

狂三が持っていたのは大樹が使う武器の一つ、【神影姫(みかげひめ)】だったからだ。

 

原田と黒ウサギが驚くのは無理もない。二人は狂三から事情を聞き出そうとするが、

 

 

「これが大樹さんから託された最後の希望———過去を変える為の武器ですわ」

 

 

「過去を、変える?」

 

 

「ええ、大樹さんが()()過去を……」

 

 

琴里の確認に狂三は頷いて肯定するが、顔色は悪かった。

 

 

「道を歩いている大樹さんを見た瞬間、分かったのです。大樹さんが、これから過去へ行き、再びあの死を繰り返すのではないかと……」

 

 

狂三は苦しそうに言葉を吐く。

 

 

「今ここで止めれば、過去も変わる。そう思っていたのですが、大樹さんに言われたことを……約束を……一番に守りたかった。それでも———」

 

 

ポトッと雫が落ちた。

 

 

「———大樹さんを死なせてしまったのはわたくしのせいですの……わたくしを守る為に彼は自分の命を……!」

 

 

スカートの裾をグッと掴み、肩を震わせた。持っていた長銃を抱き締め、謝罪の言葉を何度も口にする。

 

———ごめんなさい。ごめんなさいっと。

 

見たことのない弱音を吐く狂三に士道と琴里は俯いた。何か声を掛けなければいけないのに、見つからない。

 

だけど、今まで大樹の姿をそばで見続けた者は違う。

 

 

「大樹さんは、そういう人です」

 

 

「え……?」

 

 

声を掛けたのは、黒ウサギだった。

 

 

「いつも人のためなら平気で命懸けで挑んでしまうようなお馬鹿様です。大馬鹿様ですッ」

 

 

だからっと黒ウサギは言葉を続ける。

 

 

「黒ウサギたちがしっかりしないといけません。支えてあげないといけません。ですから———」

 

 

黒ウサギは狂三に手を伸ばす。

 

 

「———力を、貸して頂けないでしょうか?」

 

 

「……………参りましたわ。本当に素敵な人たちに恵まれているのですね。彼があなた方に全てを託す理由が分かりますわ」

 

 

狂三は虚空から古式の短銃を【神影姫(みかげひめ)】を持った手と反対の手で銃を握る。そして銃口を【神影姫(みかげひめ)】に向けた。

 

 

「この銃には鍵が掛かっていますの。大樹さんにも開けることができない鍵が」

 

 

「……まさかそれを解くのか?」

 

 

「そのまさかです」

 

 

原田の言葉を狂三は肯定した。

 

 

「大樹さん曰く、その銃にとんでもない力が眠っているとのことですの。ですが無理にこじ開ければ壊れてしまう恐れがあったのでずっと放置していたとおっしゃっていました」

 

 

「放置って……アイツらしいな」

 

 

「無理に開けようとする点、大樹さんらしいですね……」

 

 

「ええ、そうですわね」

 

 

緊張が少し解れたおかげか原田と黒ウサギは笑みを見せることができた。狂三も笑って答える。

 

 

「全てを救うには必要不可欠な武器だと大樹さんは断言しました。未来にいるあなた方に、助けを求めたのです」

 

 

この時、黒ウサギと原田には凄まじいプレッシャーが圧し掛かっていた。

 

大樹にできなかったことを、自分たちができるのか?

 

心臓の鼓動が早くなる。失敗した時のこと、救えなかった時のこと、助けを求める声に答えれなかった時のことを。

 

そう思うだけで、心が苦しかった。

 

 

 

 

 

「『お前なら大丈夫だ、黒ウサギ』」

 

 

 

 

 

「えッ……!?」

 

 

黒ウサギは目を見開いて狂三を見た。彼女は微笑みながら話す。

 

 

「あなたが黒ウサギですわよね?」

 

 

「そ、そうですが……まさか大樹さんが!?」

 

 

「YES! 大樹さんが伝えてくれと言いました!」

 

 

「真似しないでください!?」

 

 

狂三はジーッと黒ウサギを舐め回すように見た後、溜め息をついた。

 

 

「胸が一番大きくてスタイルが抜群ボンキュッボンの女性。ウサ耳が生えてそうな長い髪の女の子と大樹さんが」

 

 

「大樹さん!?」

 

 

「エロウサギのような女の子だからすぐに分かると」

 

 

「大樹さぁん!?」

 

 

「揉んだらヤバいと大樹さんが」

 

 

「いやあああああァァァ!? 何でそんなことまで喋っているのですか!?」

 

 

涙目で狂三の口を塞ごうとする黒ウサギ。その光景を見ていた男たちは、

 

 

(((揉んだらヤバいのか……)))

 

 

「そこのアホトリオ。あとで説教するわ」

 

 

原田、士道、猿飛の目は男の目をしていた。琴里が指をポキポキしながら怒った。

 

 

「……負けました」

 

 

「比較しないでください!!」

 

 

折紙がジト目で黒ウサギを———いや胸を見ていた。黒ウサギは顔を真っ赤にしながら両腕で自分の胸を隠す。

 

 

「こ、こほんッ。それよりも本題に入りましょう! どうして大樹さんが黒ウサギを?」

 

 

「残念ながらそれは聞いていません。あなたが一番可能性があると感じ取ったからでは?」

 

 

「……今の黒ウサギは、力がありません」

 

 

ウサ耳があった自分の頭を撫でながら黒ウサギは首を横に振った。事情を知っている原田も、何も言えなかった。

 

狂三は出現させた古式の短銃の銃口を向けると、【神影姫(みかげひめ)】から黒い煙と影が立ち込み、銃口へと吸い込まれていく。

 

 

「もしかしたら、迷惑を掛けてしまうかもしれません」

 

 

「お、おい? 黒ウサギの言葉ガン無視で何かやってんだけど?」

 

 

「く、狂三のことだから、大丈夫じゃない……かな?」

 

 

黒ウサギの言葉など無視。狂三は次々と作業を進め、影の一部に『Ⅹ』の紋様を輝かせた。原田と士道の二人がこそこそと話し、慌てていた。

 

 

「だから、ここは原田さんに———って、あのぉ……聞いています?」

 

 

「【10の弾(ユッド)】」

 

 

カチャッ

 

 

「「「「ふぁッ!?」」」」

 

 

そして、黒ウサギの眉間に銃口を突きつけられた。

 

 

「ふぇ?」

 

 

「うふふ、大丈夫ですわよ。大樹さんが言っていました」

 

 

狂三は笑顔で引き金を引いた。

 

 

 

 

 

「『ゴチャゴチャと後ろ向きなことを言うと思うが、構わず撃て』と♪」

 

 

 

 

 

「大樹さああああああああァァァァん!!??」

 

 

 

 

 

 

ガキュンッ!!

 

 

狂三から詳しい説明を聞くことなく、銃弾は黒ウサギの頭部を貫いた。

 

 

 

________________________

 

 

 

 

ああ、クソッタレが……

 

 

 

神に体を乗っ取られた結果がこの様かよぉ……

 

 

 

ちくしょうが……ふざけんじゃねぇよ……

 

 

 

ガルペスを倒しても、意味がねぇんだよ……

 

 

 

アイツを、アイツらを、皆を救わなきゃ意味がねぇんだよ……

 

 

 

……………考えろ……考えろよ、楢原 大樹……

 

 

 

この絶望的状況でも、全てを変えられる策を……

 

 

 

お前が思い描く理想を手にするために……必死に考えろ……

 

 

 

……………あぁ……そうか……

 

 

 

変えられる。まだ、変えられる。未来にいる大切な人に、全てを託せば……

 

 

 

俺一人じゃどうしようもできない。だから、助けてくれ……

 

 

 

この命が終わっても、神に消されても、この思いだけは絶対に消させたくない。

 

 

 

だから、頼む。

 

 

 

過去を変えるためのチャンスをくれ……!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは……!?」

 

 

黒ウサギは何もない真っ白な空間に立っていた。そもそもちゃんと立てているのか分からないほど、何もなく、真っ白だった。

 

永遠と続きそうな……果てが見えない場所……黒ウサギはそのことに驚くよりも、頭の中に流れ込んで来た記憶のようなモノに驚いていた。

 

 

「俺が世界から消える前の出来事だ」

 

 

「ッ!?」

 

 

「よぉ、久しぶり。って黒ウサギは久しぶりとは言えないか」

 

 

後ろから声、男性の声が聞こえた。振り向かなくても、誰が立っているのかは分かった。

 

 

「どう、して……ですかッ……!」

 

 

「どうしてって言われてもな……」

 

 

黒ウサギは涙を流しながら振り返った。

 

 

 

 

 

———そこには大樹が、立っていた。

 

 

 

 

 

綺麗な黄色い浴衣を身に纏い、ぎこちない笑みを見せた大樹に黒ウサギは押し倒す勢いで抱き付いた。

 

大樹はそれを受け止め、強く抱き締め返した。

 

 

「お馬鹿様ですッ……どうして、死んでしまうのですかッ……!」

 

 

「ごめんな」

 

 

「何度も……黒ウサギたちの為に……立ってくれたじゃないですか!!」

 

 

「本当に、ごめん」

 

 

最悪だった。悪夢を見ているようだった。

 

神の力で体を乗っ取られた大樹はガルペスと共に消滅。天宮市は空間震より、大火災より酷い被害を及ぼすこととなった。

 

そして彼に取って一番最悪なのは折紙を残して来てしまったこと。

 

死はそこまで来ていた。ボロボロになった体で必死にもがき、最後に記憶を思い出すも、時は既に遅し。

 

彼は泣くほど後悔した。死ぬほど後悔した。このまま死にきれなかった。

 

だから、彼は足掻いた。

 

 

———最後の最後に、この災厄の事態を変える一手を思ついた。

 

 

死に際の彼が命を振り絞った策。希望の策を狂三に伝えることで過去を変えようとした。

 

 

「最後に思い出したけどもう遅かった。神の力は完全に消滅していたせいで、生きることはできなかった。何度も死を経験したから分かる」

 

 

「馬鹿ッ……お馬鹿様ッ……!」

 

 

「だから俺は狂三に託し、お前に託すんだ、黒ウサギ」

 

 

黒ウサギを引き離し、目を合わせた。

 

 

「今の俺は魂だけだ。本当の俺は、死んでいる」

 

 

「やめて、くださいッ……!」

 

 

「この武器は人の魂を残すことができる。だけど、残したところで何も変わらない。俺はもうここから出られないうえに、過去が変われば自然に消え———」

 

 

「もうやめてください!」

 

 

「現実を見なきゃ俺は本当に死ぬ!! 過去を変えなきゃ俺たちは一緒にいられないだろうがぁ!!」

 

 

黒ウサギが声を上げた時、大樹が大声で怒鳴った。

 

驚愕した。あの大樹が大声で、大切な人に向かって怒鳴ることは珍しいことだった。

 

 

「美琴もまだ助けられていない! 折紙との約束も! 狂三の力も! 何も守れていない! 俺が今、どれだけ辛いか分かるのか!?」

 

 

涙をボロボロと零していた。怒りながら、悲しんでいた。

 

彼はずっと苦しんでいた。心が張り裂けそうなくらい、消えたいくらい、死にたいくらい、ずっとずっと悔やんでいた。

 

 

「大切な人と、一緒にいられなくなった……死にてぇ程、辛ぇんだよ……!」

 

 

「大樹さんッ……!」

 

 

「俺はお前に会えて言葉にならないくらい嬉しかった……でも、もう俺は美琴に、アリアに、優子に、真由美に、ティナに……会えないんだ……!」

 

 

両膝から崩れ落ちる大樹。手を顔に当てて涙を隠すも、無理があった。

 

 

「頼むッ……俺は皆を救いたいッ……だから、俺を———ッ!?」

 

 

そして、大樹の口は塞がった。

 

気が付けば目を瞑った黒ウサギの顔が間近にあった。

 

大樹は、どんな状況なのか理解できた。

 

 

 

 

 

———黒ウサギの唇によって。

 

 

 

 

 

 

感じたことの無い柔らかい感触。大樹の涙はピタリッと止まっていた。

 

一秒、五秒、十秒、長い時間が流れた。

 

そして、唇を離すと長い間キスをしていたせいで唇と唇の間に糸を引いてしまった。

 

ポカンッと間抜けな顔をした大樹と頬を紅く染めた黒ウサギが俯いている。そんな状態が出来上がった。

 

 

「ッ……悪い、取り乱した」

 

 

「……キスをした後なのに、最初の一言がそれですか?」

 

 

「じゃあ嬉しかったので。できれば次は舌を入れて———」

 

 

「しますか?」

 

 

「ごめん殴らな———マジかオイ」

 

 

黒ウサギの顔も赤いが、大樹は真っ赤に染まっている。

 

 

「どうします?」

 

 

「……いや、やめておく。それは過去を変えて救えた俺のご褒美にやってくれ」

 

 

「ふふ、大樹さんらしいですね」

 

 

大樹の言葉に黒ウサギは微笑んだ。

 

 

「ちなみに今の俺のファーストキスだから」

 

 

「過去を変えたら違くなりますよね?」

 

 

「……ちくしょう」

 

 

「そんなに悔しいことですか……」

 

 

いつもの調子に戻ることができた大樹。何度も深呼吸して、本題を話し始める。

 

 

「なぁ黒ウサギ。どうしてお前を指名したか分かるか?」

 

 

「……いえ、分からないです」

 

 

「胸が大きいからだよ」

 

 

「風俗ですかここ!?」

 

 

「安心しろ。俺はそんな店に行かん。行く度胸もない!」

 

 

「安心してください。行ったら本気で絞めますので」

 

 

「あ、はい。絶対行きません。次の俺にもしっかりと伝えておきます」

 

 

「それで、どうして黒ウサギを?」

 

 

「ヒント。今から【神影姫】の真の力を解放するために、どうすると思う?」

 

 

「……………まさか」

 

 

「ああ、お待たせの『ギフトゲーム』だ」

 

 

________________________

 

 

 

『ギフトゲーム 【覇王(はおう)御霊(みたま)はここにいませり】

 

 

・参加者 楢原大樹

 

・特別参加者 黒ウサギ

 

 

・参加資格 死者の魂になった者のみ。

 

・特別参加資格 参加資格を持つ者が認めた者。人数は一人のみ。

 

 

・ゲーム概要

 

御霊の王を打倒。

 

 

・勝利条件

 

御霊の王を打倒。

 

 

・敗北条件

 

なし。

 

 

宣誓 上記を尊重し誇りの下、ゲームを開催します。 無印』

 

 

 

「……………えっと」

 

 

「ハッキリ言っていいぞ。大雑把過ぎるって。ガバガバ過ぎるって」

 

 

ギアスロールに目を通した黒ウサギは反応に困っていた。ここまで明確になったゲーム内容に、何のルールも設けられていないゲームは極めて珍しいからだ。

 

決闘と言う単純な勝負でも、もう少しルールを作るだろう。

 

 

「それで、御霊の王とはどなた様でしょうか? どこかに隠れているのですか?」

 

 

「いるぜ。すぐそこに、な」

 

 

その時、大樹の表情が真剣になった。

 

 

ピキッ

 

 

その時、空間に()()が入った。

 

鏡のガラスが割れるかのようなヒビ。次第に大きくヒビは広がり、空間全体を覆った。

 

 

「神の力も、全部失った俺が()()以上も戦って倒せなかった化け物だ」

 

 

バリンッ!!

 

 

白い空間は砕け散り、そこから闇が広がった。

 

 

『おおおオオォォぉあああアアァァぁ!!!』

 

 

闇を覆ったのは巨大な体。漆黒の巨人が目の前で雄叫びを上げていた。

 

自分の体より何百、何千倍も大きい巨体に、圧倒される。

 

 

「嘘でしょおおおおおおおォォォ!?」

 

 

「超マジだ。来るぞッ!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

全てを包み込むような巨大な手で大樹と黒ウサギを潰そうとする。が、大樹が黒ウサギを抱きかかえて高速で走り出し逃げ出す。

 

その速度に黒ウサギは驚愕した。

 

 

「は、速い!?」

 

 

「当たり前だ。四年もあったらそりゃ音速はいけなくても、新幹線並みの速度くらいはいける」

 

 

っと大樹がごく当然のように言うが、黒ウサギは心の中でツッコミを入れる。四年あっても、生涯を費やしても、常人には普通に無理である。

 

高速で駆け抜ける大樹。黄色い浴衣を風になびかせながら疾走する。

 

 

「御霊の番人とか四天王とか六武将とか守護神は倒したんだが、アレは無理。軽く百回は死んだ」

 

 

「し、死んだ!?」

 

 

「俺は魂だぞ。死んでもすぐ生き返る。クッソ痛いけどな」

 

 

『オオオオオォォォ……!!』

 

 

巨人の頭部のような箇所から光が集まり出す。その光を見た大樹はギョッと驚いた。

 

 

「やべぇ!? 馬鹿デカイ攻撃が来るぞぉ!!」

 

 

「なッ!?」

 

 

そして、光が瞬いた瞬間———全てが死んだ。

 

 

ドギャアゴオオオオオオオォォォォォ!!!!

 

 

巨人の頭部から放たれたのは超巨大光線だった。

 

鼓膜を破るかのような爆音は全ての音を喰らい、瞬く光は目に映る光景を喰らい、残酷なまでに空間を喰らった。

 

上下左右。平衡感覚が失い、視界は真っ白で何も見えない。何が起こっているのか分からなかった。

 

しかし、次の瞬間、

 

 

ドシャッ!!

 

 

「かはッ……!?」

 

 

遅れて痛みが襲い掛かって来た。

 

体を叩きつけられたかのような衝撃が走り、今まで自分が宙に投げ出されていたことがハッキリと分かった。

 

しかし、無茶苦茶過ぎる敵の強さに、恐怖を抱いた。

 

 

(こんな化け物と四年間ずっと……!? 無理です……倒せるわけがッ……!?)

 

 

四年間、大樹がずっと戦い続けても倒せなかった強敵に黒ウサギが太刀打ちできるわけがない。

 

急いで体を起こし、逃げようとした。が、目の前の光景を見た瞬間、逃げることをやめた。

 

 

 

 

 

逃げる場所なんてない。闇だけが広がっていたからだ。

 

 

 

 

 

黒ウサギは逃げるのをやめたのではなく、諦めたのだ。むしろ逃げれば状況は悪化する。

 

逃げることもできない状況で逃げるなど無謀なこと。やめるのは必然的だった。

 

 

『グギャガアアアアアアァァァ!!!』

 

 

漆黒の巨人が再び雄叫びを上げる。まるでちっぽけな存在を嘲笑うようだった。

 

その時、巨人の首を一閃する光が見えた。

 

 

ザンッ!!

 

 

『ガアァッ!?』

 

 

巨人の首が横に一刀両断され、頭部が宙を舞う。首の切断部分から黒い闇がモクモクと溢れ出すが、体が動いているため、まだ生きている。

 

 

「足止めだ! 体勢整えるぞ!!」

 

 

巨人の方から跳んで来た大樹の姿を見た瞬間、今の攻撃は大樹がやったと理解した。

 

 

「だ、大樹さん!? 今の攻撃は!?」

 

 

「【幻影(げんえい)刀手(とうしゅ)】。両手で空気を最大まで圧縮させて斬撃を作り放つ。ついに刀いらずになっちゃった」

 

 

(だから四年間で強くなり過ぎですよ!?)

 

 

黒ウサギは大樹の強さにドン引きだった。

 

 

『オオオオオォォォ!!』

 

 

漆黒の巨人が手や足をブンブン振り回して暴れ出す。やはり頭部が無いと見えないらしい。

 

予測できないデタラメな動きに、大樹は刀を抜刀するかのような構えをする。

 

 

「【幻影刀手】!!」

 

 

シュンッ!!

 

 

風を切るような高い音が鳴る。抜刀された大樹の手から風の刃が漆黒の巨人を肩から裂いた。

 

再び傷口から漆黒の煙がモクモクと全身を覆うくらい溢れ出す。巨人は痛みを感じたのか、苦しそうに叫んでいた。

 

 

「ね?」

 

 

「ね?じゃないですよ!? もう人間って言えないですよ大樹さん!?」

 

 

「もう開き直ったわ。そもそもさっきのレーザーで死んだし」

 

 

「えぇ!?」

 

 

いろいろとカオスだった。

 

巨人の黒い煙が全身を包んだ頃、大樹は次の策を話す。

 

 

「アイツは今第二形態になろうとしている。俺は27形態まで進化させたことあるから気をしっかり持てよ」

 

 

「無理!?」

 

 

「大丈夫だ。肩に攻撃したのは5形態目までスキップできる裏技だから」

 

 

「ゲームみたいに言うのやめてください!?」

 

 

「いや(ギフト)ゲームだろ。一応」

 

 

久しぶりに黒ウサギとのやり取りに笑う大樹。こんな状況でも、彼は笑うことができた。

 

 

「さぁて、そろそろ真面目にやるとするか」

 

 

『おおおオオォォぉあああアアァァぁ!!!』

 

 

雄叫びを上げて黒い煙が散布させる。体は元通りになり、回復していた。

 

再生能力を持ち合わせ、ありえない力を持つ敵に絶望しそうになる。

 

 

「時間は稼ぐから頼んだぜ、黒ウサギ」

 

 

「ッ……やっぱりこのゲームは」

 

 

大樹が黒ウサギに頼る理由。それは大樹が四年という歳月を費やしてもクリアできないゲームという点で分かっていた。

 

 

このギフトゲームは、『パラドックスゲーム』だと。

 

 

御霊の王を打倒だと勝利条件だとされているが、先程の光景を見ていれば倒すことができるとは思えなかった。

 

もし、敵が不死身なら打倒はできない。

 

もし、敵が強大過ぎるなら打倒はできない。

 

もし、そもそも敵が打倒できる存在じゃないなら、打倒はできない。

 

 

その『もし』が、事実であったら———ゲームクリアは不可能となる。

 

 

しかし、それはただ一点を除けばの話だ。

 

このパラドックスゲームに勝利することができる最強の恩恵。黒ウサギの持つ【叙事詩・マハーバーラタの紙片】から召喚できる【疑似神格・梵釈槍(プラフマーストラ・レプリカ)】———神槍の【インドラの槍】だ。

 

 

「ッ……黒ウサギにはもう!」

 

 

「できる! 黒ウサギの恩恵は、まだ消えちゃいねぇ!」

 

 

大声を出す大樹の言葉に黒ウサギは横に首を振る。恩恵がないことは自分が一番良く分かっていた。

 

 

ドドドドドゴンッ!!

 

 

漆黒の巨人が右手を前に出すと、無数の槍が飛び出した。

 

雨の様に降り注ぐ攻撃に大樹はあえて突っ込んだ。

 

全ての攻撃軌道線を予測し、見切る。

 

 

バシバシバシバシバシンッ!!

 

 

【幻影刀手】を連発。黒ウサギに当たる槍の側面を叩き、軌道をズラした。

 

黒ウサギに攻撃が当たることなく、周囲に槍が落ちる。

 

 

「フッ!!」

 

 

短く息を吐き、加速する。

 

一気に巨人と距離を詰めて頭部に向かって跳躍する。

 

 

バシンッ!!

 

 

【幻影刀手】を頭部にブチ当ててもう一度巨人の頭を斬り落とした。

 

攻撃を当てた衝撃を利用して黒ウサギの所へと戻って来る。

 

 

「黒ウサギッ……自分を信じろ」

 

 

「ッ……黒ウサギは……!」

 

 

『おおおおおォォォ……!!』

 

 

「チッ!」

 

 

最悪なことに今度は巨人の頭部が即座に回復した。

 

すぐに頭部に再度光が収縮し始める。今度は光の量が先程より何倍も集まり炯然(けいぜん)としていた。

 

大樹は舌打ちして額から汗を流す。次はもっと強力な光線が放たれると。

 

 

「黒ウサギ! 右に向かって走れ! 俺が攻撃して軌道をズラす!」

 

 

「大樹さんは!?」

 

 

「俺は死なねぇって言ってるだろ! お前が死なないことは保障できねぇ! だから―——!」

 

 

「それでもッ!! 死んでいいわけがない!!」

 

 

強い思いが籠った大樹の視線と黒ウサギの視線がぶつかる。どちらも譲るつもりはなかった。

 

 

「……俺は、絶対に黒ウサギを守る」

 

 

「黒ウサギは、大樹さんを支えると誓っています」

 

 

しかし、二人の思いは平行線でなく、必ず交わり重なる思いだ。

 

右手と左手。大樹と黒ウサギは手を繋ぐ。絶対に離さないように、しっかりと繋いだ。

 

そして二人は漆黒の巨人の前に並んで立ち、前を見た。

 

 

「ハハッ……今までで一番怖いな」

 

 

「安心してください。黒ウサギが必ず……」

 

 

握り絞めた二人の手は震えていた。

 

大樹は黒ウサギの失うことに恐怖を。

 

黒ウサギは大樹を失うことに恐怖を。

 

二人は己の恐怖と戦っていた。

 

 

「「ッ……!」」

 

 

ギュッ……!

 

 

だけど、二人は強く互いの手を握ることで恐怖に勝っていた。

 

 

「神なんてクソッタレだ……!」

 

 

「ええ、本当にクソッタレですよ……!」

 

 

汚い暴言を吐きながら二人は汗を流しながら笑みを浮かべる。

 

 

「散々酷いことに巻き込みやがって……!」

 

 

「願っても大切な人を救ってくれない……!」

 

 

大樹は左手を前に、黒ウサギは右手を前に出す。

 

 

「それでも感謝してしまうのが悔しくてたまらない……!」

 

 

「この出会いを作ってくれたのは駄神ですからね……!」

 

 

そして、手を重ね合わせた。

 

 

『ゴォアアアアアアアアァァァ!!!』

 

 

光が瞬いた瞬間、全てを喰らう光線が放たれた。

 

恒星どころか太陽の光すら奪う闇。威力は想像を超え、創造へと至った。

 

しかし、

 

 

「黒ウサギいいいいいいいィィィィ!!」

 

 

「燃え上がれぇ!! この命ッ!!!」

 

 

二人の目は、閉ざすことはなかった。

 

前に出して重ねた両手に雷が落ちる。握り絞めた手が燃えるように熱く、熱く、熱く輝いた。

 

煉獄の炎のように雷が揺れる。生きているかのように産声を轟かせる。

 

数え切れない数の赤い稲妻が、爆散する。

 

 

「くぅッ……!?」

 

 

黒ウサギの体は張り裂けそうな痛みが襲って来ていた。無理矢理出そうとするせいで、恩恵が暴走していたのだ。

 

しかし、痛みはすぐに消える。

 

 

「負けるかあああああァァァ!!!」

 

 

隣で手を握り絞めた大樹が、全て代わりに受け止めていたからだ。

 

体は既に限界を超える。それでも、彼は倒れることはなかった。

 

 

ゴオオオオオォォォ!!!

 

 

灼熱の炎がさらに燃え盛ると同時に、黒ウサギの髪が、緋色に変わる。

 

そして、あのウサ耳が元に戻っていた。

 

黒ウサギの霊格が戻ったわけではない。何故分かるのか?

 

それは、二人が重ねた両手を見れば明らかだった。

 

 

 

 

 

「「撃ち抜けぇ!! 【雷神(らいじん)銃姫(じゅうき)】!!」」

 

 

 

 

 

二人が握り絞めたのは、黄金の長銃だったからだ。

 

黒ウサギの恩恵で進化した【神影姫】はさらなる力を得た。黒ウサギの思いは、予想を遥かに超える形で叶ったのだ。

 

 

ガシャアアアアアァァァン!!

 

 

紅い線が入った黄金の銃に、巨大な稲妻が落ちる。そして、雷は一発の弾丸へと創造される。

 

 

「「覚悟しろ、御霊の王!!」」

 

 

銃口を向かって来る光の光線へと向ける。

 

二人は叫ぶ。喉が潰れんばかりの声で。

 

同時に、二人は引き金を引いた。

 

 

 

 

 

「「【神雷弾(しんらいだん)】!!!」」

 

 

 

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォォ!!!

 

 

銃口から放たれた一発の弾丸は、宇宙すら貫く矛へと成った。

 

 

全ての(ことわり)改竄(かいざん)し、あらゆる概念を凌駕(りょうが)する。

 

 

世界バランスを覆す恩恵を越えた力。それが今、解き放たれた。

 

 

「「行ッけえええええええェェェ!!!」」

 

 

一瞬で光線を撃ち抜き消滅させる。弾丸はそのまま一直線に巨体の体を貫いた。

 

 

『ゴギャアアアアアァァァア!!!』

 

 

漆黒の巨人は叫び声を上げながら光の粒子へと変わった。

 

弾丸は巨人の背後にあった空間にヒビを入れた。

 

割れたヒビから神々しい光が差し込む。同時に握っていた大樹の手から温度がなくなっていく。

 

隣を見れば体が透けた大樹が微笑んでいた。

 

 

「……ゲームクリアだな」

 

 

「大樹さんッ……! 黒ウサギは……!」

 

 

「泣くなよ。俺はちゃんと過去にいる……だから、助けてやってくれ」

 

 

ボロボロと黒ウサギの目から涙が零れる。

 

二人で握っていた【神雷銃姫】は黒ウサギしか握っていない。

 

 

「今だから言えるな……俺は、お前らのことを全員大切に思い……そして、愛している」

 

 

「はい……はいッ……!」

 

 

「過去は何度でも変わる。それでも、この気持ちだけは絶対に変わらない。忘れていたとしてもだ」

 

 

大樹の言葉に何度も頷く黒ウサギ。別れの時は、そこまで来ていた。

 

 

「鍵は解かれた。後は、過去にいる俺に託せ。そこに、ちゃんと俺はいる」

 

 

「大樹さん!! 黒ウサギも———ッ!!」

 

 

続きの言葉は、続かなかった。

 

差し込んだ光が大きくなり、空間を包み込んだ。

 

大樹には分かっている。黒ウサギが何を言いたかったのか。

 

だから彼はお礼を言う。

 

 

 

 

 

———助けてくれてありがとうな、と。

 

 

 

 

 

 

________________________

 

 

 

 

狂三が銃弾を黒ウサギに当てた瞬間、黒ウサギの意識は【神影姫】の中へと吸い込まれた。

 

一同が驚愕する。当然だ。いきなり発砲したのだから。

 

 

「うおい!? 何やってんだテメェ!?」

 

 

「安心してくださいまし。彼女の意識を銃の中に繋いだだけですわ。時間が経てばすぐに———」

 

 

ヒョコッ

 

 

そして、黒ウサギの頭からウサ耳が生えた。

 

 

狂三「」

 

 

琴里「」

 

 

士道「」

 

 

猿飛「」

 

 

折紙「」

 

 

原田「あッ」

 

 

事情を知っている原田は動揺しなかったが、他の者達が動揺した。

 

 

(((((いやいやいやいや! 何でウサ耳!?)))))

 

 

「……………」

 

 

「って無言でもう一発撃ち込もうとするな!?」

 

 

「待ってくださいまし!? おかしいですわ! 何でウサ耳が生えてくるのです!?」

 

 

「あー、その違うんだよ。元々アレなんだよ……………ウサ耳がある人なんだよ」

 

 

「「「「「どんな人間!?」」」」」

 

 

原田が下手くそな言い訳をしていると、パチリっと黒ウサギの目が開いた。

 

 

「ッ! 黒ウサギ! どう———!?」

 

 

「びぇえええええええん!! 大樹しゃああああん!!」

 

 

「———What!?」

 

 

子どものようにわんわんと泣き出す黒ウサギに全員が驚いた。

 

 

「あんみゃりでしゅよ!! だいきしゃんはじぶんのことびゃかり!!」

 

 

「うん、ごめん。パードゥン?」

 

 

「『あんまりですよ。大樹さんは自分のことばかり』と言っています」

 

 

「何で分かるんだ鳶一!?」

 

 

「くりょうしゃぎたちのことをにゃにゅもかんぎゃえじゅに!」

 

 

「『黒ウサギたちのことを何も考えずに』ですね」

 

 

「黒ウサギ翻訳機かアンタ」

 

 

折紙に慰め貰いながらどうにか落ち着く。いきなり泣き出したり文句言い出したりしたが、とりあえず分かったことが一つ。

 

 

(多分愛されているぞ、大樹。めちゃくちゃな)

 

 

揺るがない自信があった。

 

黒ウサギはどんなことが遭ったのか話してくれた。信じられないくらいぶっ飛んだ話だったが、黒ウサギが嘘を言っているようには見えなかった。(ちなみに接吻(キス)のことは伏せた)

 

 

「何だそのナウ〇カの巨神兵みたいな奴。ヤバ過ぎだろ」

 

 

「その表現の方がヤバイですよ」

 

 

正直、黒ウサギツッコミはどうでもよかった。

 

 

「それよりも、その【神影姫】はどうなった?」

 

 

「それがですね……いつの間にかこんなことに」

 

 

狂三が持っていた銃が黄金色の銃に変わっていた。紅い線が入った銃。グリップには桜の花弁の模様の装飾が施されていた。

 

 

「それ……絶対強いよな」

 

 

士道の言葉に、全員が頷いた。

 

 

________________________

 

 

 

「過去で力を奪われた私ですが、過去に戻ることはちゃんとできます」

 

 

【神影姫】———【神雷銃姫】の準備が整った今、残すは過去に行って大樹の記憶を戻すことだけだった。

 

狂三はチロッと舌を出しながら告げる。

 

 

「約一分間だけですが☆」

 

 

「お前ええええええェェェ!!」

 

 

「は、原田さん!? 殴ってはいけません!!」

 

 

さすがの原田でもキレた。短過ぎることに。

 

 

「可能なのか!? 一分で大樹の記憶が戻せるのか!?」

 

 

「それは……あなた方に懸かっているのです!」

 

 

「何……? どういう意味だ?」

 

 

「簡単に言いますと特に策があるわけじゃないので、どうにかしてくださいまし」

 

 

「人はそれを他人任せって言うんだよ!?」

 

 

「では大樹さんには口づけで記憶を戻———」

 

 

「真面目に考えろ!」

 

 

「駄目です! セカンド……ファーストキスは黒ウサギと相場が決まっています!」

 

 

「決まってねぇよ! というかセカンドって言いかけていなかった!? アイツもうファーストしちゃったの!?」

 

 

狂三と黒ウサギのやり取りに原田は疲れ切ってしまう。

 

 

「全然駄目ねアンタたち。もう見ているだけで頭が痛いわ」

 

 

「こ、琴里には策があるのか?」

 

 

「ええ、もちろんよ士道。ズバリ、衝撃を与えるのよ」

 

 

「おお! 他の人たちの発言とは違うな!」

 

 

「一発頭を思いっ切り叩けば万事解決———」

 

 

「そっちの衝撃(物理)かよ!!」

 

 

琴里の策に士道が溜め息をはいた。

 

今度は猿飛が解決策を模索する。

 

 

「今の話を聞く限り、先生はあなたたちを愛して———」

 

 

「……………」

 

 

「———折紙ちゃんを愛していた。ならば好きな人の声を聞くだけで思い出しそうだけどね」

 

 

「おいそこのお父さん大好きっ子。無言の圧力するな」

 

 

「していませんッ」

 

 

折紙の行動に猿飛は苦笑いだった。

 

その猿飛の意見に狂三と黒ウサギ、琴里は首を横に振った。

 

 

「あまり現実的とは言えませんわね」

 

 

「保障もないですし」

 

 

「賭けに出過ぎていてダメダメね」

 

 

「(´・ω・`)サルトビショボーン」

 

 

「ブーメランだぞ!? 大丈夫かお前ら!?」

 

 

とりあえず狂三はみんなの意見をまとめ、最後に【ラタトスク】から支給されたボイスレコーダーを黒ウサギに渡した。

 

 

「え?」

 

 

「絶対にいらないと思いますが、もしかしたら、万が一、大樹さんが思い出せなかったら愛する人の声を聞かせるとします」

 

 

「え、えぇー……」

 

 

頬を膨らませながら拗ねる狂三に黒ウサギは反応に困った。

 

 

「お兄ちゃん! 私は愛しているよ!」

 

 

「って鳶一さん!? 黒ウサギのボイスレコーダーに勝手に吹きこまないでください!」

 

 

「バァーカ、アホー」

 

 

「原田さんは悪口を吹きこまない!」

 

 

「えっと、先生! 難病にかかった世界の患者たちを救う夢、現在進行形で叶えていますよ!」

 

 

「それです! そういうのがベストです!」

 

 

「私は部下に鳩尾(みぞおち)に拳を放つだけで喜ぶぐらい偉くなったわよ」

 

 

「ちょっと!? 妹さん歪んでいますよ!?」

 

 

神無月(かんなづき)さんのことか……いやいやいや! 確かにお前は偉いけど喜ぶのはあの人限定だろ!」

 

 

「喜ぶ人いるのですか!?」

 

 

ギャーギャーと騒ぐ環境に狂三の目は死んでいた。時間がないというのに、この方々は馬鹿だと。

 

 

「こ、コホンッ……い、一度しか言いませんからね」

 

 

「早く録音してくださいまし」

 

 

若干苛立っている狂三。頬を赤く染めた黒ウサギは聞き取れるかどうか際どいくらい、小さな声で呟く。

 

 

「……………………………愛して、ます……!」

 

 

「「「「「………………」」」」」

 

 

「む、無言はやめてください!?」

 

 

———ガチな告白に、逆にコチラが恥ずかしくなった。

 

 

全ての準備を終えた狂三は、【神雷銃姫】に一発の弾丸を込める。

 

 

「……凄い力ですわ。握っているだけで感じたことの無い壮大な力が分かります……!」

 

 

「なるほどね。狂三の力をその武器で強化するのね」

 

 

琴里の解答に狂三は満足そうに笑みを見せる。

 

 

「わたくしの力が弱くても、これだけの強い器があれば、結果は変わってしまうのですわ」

 

 

狂三が込めた弾丸は【十二の弾(ユッド・ベート)】。撃った対象を過去に送る———時間遡行(そこう)が可能にする銃弾だ。

 

しかし、過去にある男に精霊に力を大きく奪われたせいで使うことは不可能な状態だった。今も【神雷銃姫】を使っても、時間制限が短いことは分かっていた。

 

それでも、諦める理由にはならなかった。

 

 

「さぁ、おいでなさい———【刻々帝(ザアアアフキエエエエエル)】!!」

 

 

———時間を操る天使の出現と共に、狂三は引き金を引いた。

 

 

 

________________________

 

 

 

【過去】

 

 

 

狂三の視界はすぐに変わった。

 

無残な姿に変わり果てた街。抉り取ったように破壊された見覚えのある建造物に狂三は息を飲んだ。

 

 

(奇跡ですわ! ここから近い!)

 

 

すぐに精霊の力を使役して飛翔する。10秒も経たずに、大樹の姿を見つけることができた。

 

体をダラリッとさせて、今にも死んでしまいそうな雰囲気を漂わせていた。

 

 

「狂、三……?」

 

 

「ッ!?」

 

 

微かに意識があることが遠目からでも確認できた。口の動きで自分の名前を呼んでいることが分かった。

 

 

(今のわたくしは気を失っているはず……遠慮はいらないようですわね!)

 

 

誰かに見られる警戒はしない。ガルペスが遠くに吹き飛ばされているうちに、急いで大樹のそばに着地して、まとめていた策を実行する!

 

 

「せいッ!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

 

 

 

———狂三は握っていた【神雷銃姫】で大樹の後頭部を殴りつけた。

 

 

 

 

 

大樹の顔は地面にめり込み、動かなくなった。

 

 

秘策その一、衝撃を与える(物理)。

 

 

「……………」

 

 

普通に動かなくなった。失敗。

 

 

「やっぱり駄目ですよね」

 

 

「こ、殺す気かッ……!?」

 

 

「ッ!? 意識があったのですね!?」

 

 

「あるわボケぇ……!」

 

 

力が全く出ないのか、地面から顔を出した後、苦しんでいた。

 

 

「あ、アイツが戻って来る前に……逃げろッ……!」

 

 

「あ、そういうのはいいですの。次行きますわよ」

 

 

「何で軽く流すッ!? ってガハッ!?」

 

 

激しいツッコミを入れたせいで吐血した。狂三は構わず次の策に移る。

 

 

「知っています? 10秒間キスをするだけでうつる細菌の数は8000万個ですのよ?」

 

 

秘策その二、衝撃を与える(物理じゃないほう)。

 

 

「マジかぼらべぇあッ!?」

 

 

吐血しながら驚愕した。失敗。

 

 

「し、死んじゃうッ……本当に痛くて死んじゃうから……」

 

 

「秘策その三、わたくしとキスをする!」

 

 

「さっきの話をした後にやれるかボケェぶらッ!?」

 

 

吐血しながら断られた。失敗。

 

 

「じ、時間が……仕方ありません。記憶を思い出して貰うにはこれしか方法が……!」

 

 

「き、記憶だとッ……? 思い出さなきゃいけないのかッ……!?」

 

 

「思い出せなかったら死にます。思い出しても未来で死ぬと思いますが、頑張ってくださいまし!」

 

 

「詰んでね!? 俺の人生詰んでね!? ってもう血がッ……!?」

 

 

吐き出す血すら無くなった大樹。狂三は取り出したボイスレコーダーのスイッチをONにした。

 

 

『お兄ちゃん! 私は愛しているよ!』

 

 

「なッ!?」

 

 

女の子の声が聞こえた瞬間、大樹は驚愕した。

 

似ていたのだ。折紙の声に!

 

すぐにボイスレコーダーを耳に近づける。

 

 

『バァーカ、アホー』

 

 

ビシッ!!

 

 

予想通り、レコーダーを地面に叩きつけた。

 

狂三は焦らずギリギリ壊れなかったボイスレコーダーを手に取り、もう一度大樹に聞かせる。

 

 

『えっと、先生! 難病にかかった世界の患者たちを救う夢、現在進行形で叶えていますよ!』

 

 

「おいおい……まさか未来からのメッセージか……? サル君じゃねぇかよ……嬉しいなぁおい……」

 

 

猿飛の言葉を聞いた瞬間、涙が目に溜まる。

 

 

『私は部下に鳩尾(みぞおち)に拳を放つだけで喜ぶぐらい偉くなったわよ』

 

 

「俺の天使ちゃんどこ行った」

 

 

そして涙が零れた。

 

 

神無月(かんなづき)さんのことか……いやいやいや! 確かにお前は偉いけど喜ぶのはあの人限定だろ!」

 

 

「これは士道、か……………あと琴里ちゃんを汚した神無月殺す」

 

 

(肝心なことに全く触れられていないのですが大丈夫でしょうか!?)

 

 

とんでもない勘違いをしている上に、本来の目的である記憶が戻らない。殺意が湧いているだけだった。

 

その時、狂三の体が透け始めた。恐れていた事態が始まろうとしていた。

 

 

(もう制限時間が!? はやく事情を説明しなければ……!)

 

 

言っても信じてくれないかもしれない。それでも思い出すきっかけになるなら、言うしかない。

 

 

「大樹さん! あなたは元々未来から———」

 

 

『……………………………愛して、ます……!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「思い出したああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 

「———納得がいきませんわああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———無事、役目を終えた狂三は泣きながら現代へと帰って行った。

 

 

———それは約一分間の奇跡。

 

 

———ガルペスが知らない真実の出来事だった。

 

 

________________________

 

 

 

「こんのッ!!」

 

 

記憶を思い出した後、自分の体に気持ち悪い力が入り込もうとしていた。その力を無理矢理力で断ち切り、逆にその力をこちらに引っ張った。

 

力を手繰り寄せれば手繰り寄せるほど、体の内側から力が溢れ出す。力を吸収していた。

 

吸収した力を使い、大樹は手を横に振るい、黒い煙を散布させて分身を作った。

 

自分の後頭部(余裕でタンコブができた)を殴った銃を拾い上げてガルペスから距離を取る。【神の加護(ディバイン・プロテクション)】を発動させながらこの時代の狂三を抱きかかえて回収する。

 

 

「ッ……!」

 

 

その銃を握り絞めた瞬間、頭の中に記憶の破片のようなモノが突き刺さった。

 

一瞬の痛み。その痛みが俺に全ての出来事を伝えた。

 

 

———俺とガルペスが死んだこと。

 

———俺が思い出さなかった時の最悪な世界のこと。

 

———黒ウサギを除いたみんなが消え始めていること。

 

———この【神影姫】が【神雷銃姫】へと進化したこと。

 

———狂三が俺の記憶を思い出させるように頑張ったこと。

 

 

そして———

 

 

 

 

 

(は、恥ずかしいいいいいいいィィィ!!??)

 

 

 

 

———黒ウサギとのKissである。

 

 

(羨まし過ぎるだろ死んだ俺! ちょっと待ってファーストキスどうなるのこれ? 記憶を共有しても実際していないからノーカンじゃん!? ふざけるなよ死んだ俺! ぶっ殺すぞって死んでるのか!?)

 

 

死んだ自分にキレるという馬鹿なことをしていた。

 

 

(いや、でも待て。今度はご褒美で貰えるんだよな? 過去を無事に変えて、俺が未来に戻って来られたらそのまま……! 大人の階段の~ぼるぅ~!!)

 

 

大樹の鼻からポタポタと血が流れ始めていた。ただの変態である。

 

 

「———自己保身する駄神(ゴミ)共よ! そんなに命が惜しいか! 保持者に力を与えて、この死神を恐れるか!? ならば———【制限解放(アンリミテッド)】!!」

 

 

(あ、やっべ。話あんまり聞いていなかったわ)

 

 

———記憶が戻った大樹の頭の中は、いつも嫁のことばかりである。

 

 

________________________

 

 

 

「———せっかく大切な人がいることを思い出させて貰ったんだ。守る為に、神の力をちょっと多く借りていてもいいだろ?」

 

 

カッコイイセリフで決め顔の俺はイケメンだった(自己評価)。

 

俺の前で体を震わせながら怒るガルペス。分厚い本から漏れる黒い霧と殺気が混じり合い、(おぞ)ましい空気が漂っていた。

 

ニヤリッと笑う俺に苛立っているのだろう。余裕ぶった表情の俺に。

 

あと正確には借りたというより無理矢理吸い出したが正解だ。

 

 

(とりあえず狂三を避難させないと……これ以上は巻き込めないな)

 

 

腕の中で眠ってい———おい、コイツ起きてるぞ。このツインテール、普通に俺の攻撃の衝撃せいで気を失ったと罪悪感を感じていたが、全然違うじゃん。力失って疲れているだけじゃん。俺の首に手を回すほどの余裕があるじゃねぇか。

 

 

「ここからは危険だ。今のうちに逃げれるか?」

 

 

「ふふ、助けてくれるのですか?」

 

 

「さぁな。元々、俺が巻き込んでしまったようなモノだし……ガルペスぶん殴って力を奪い返して来る」

 

 

「助かります……正直、限界が近かったので……」

 

 

「おう。ゆっくり休め。未来のお前が助けてくれた礼だ。必ず倒してくる」

 

 

「? よく分かりませんが、その感謝は受け取らせて頂きますわ……」

 

 

そう言うと、狂三は俺の腕から地面に生えた俺の影へと落ちて行き、その姿を消した。

 

俺は地面に刺さった刀を手に取り、そのまま刀を振り上げた。

 

 

ズシャアアアアアァァァ!!

 

 

「ッ!?」

 

 

突如刀から出た音速の斬撃波がガルペスに向かう。不意を食らったガルペスは急いで神の力を使役し、目の前に盾を出現させる。

 

 

ガギンッ!!!

 

 

盾は粉々に壊れるも、衝撃を殺すことに成功する。

 

ガルペスは目を細めて大樹を睨み付ける。しかし、大樹はガルペスが思っていた反応とは全く別の反応を見せた。

 

 

「いや、今のは違うから! 勢い良く抜いただけだから!? わざとじゃないから!?」

 

 

「は……?」

 

 

慌てる大樹にガルペスの目は点になった。そして、汗がドッと溢れ出した。

 

 

———刀を抜いただけで、あの威力だと?

 

 

本気を出した時の威力はどうなるのか。考えただけでは、どうなるか想像できなかった。

 

 

「ってよく考えたら謝る必要はねぇか」

 

 

大樹は刀の刃先をガルペスに向ける。

 

ガルペスは大樹が持つ神の力が増幅するのを感じ取った。

 

 

()()()()守る。だから———」

 

 

自分とは桁違いな量の力を。

 

 

「———覚悟しろよ、このマッドサイエンティストがぁ!!」

 

 

________________________

 

 

 

———雲泥の差。

 

 

それは大樹とガルペスの実力を表すのに適格だった。

 

 

ガギンッ!!

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!!

 

 

ガルペスの武器と大樹の刀がぶつかり、凄まじい衝撃波が生まれる。だが、力負けするのはガルペスの方だった。

 

超音速で空に向かって吹き飛ばされる。ガルペスは必死に体勢を整えようとするも、その隙を逃す大樹ではない。

 

 

「【無刀・極めの構え】」

 

 

右手で振るった刀から即座に反対の手である左手をグッと握り絞める。

 

 

「【幻影刀手】!!」

 

 

ズシャッ!!!

 

 

大樹が左腕を横に薙ぎ払った瞬間、見えない斬撃がガルペスの体に直撃した。

 

 

「なッ!?」

 

 

血を吹き出す己の体を見て目を見開いて驚愕した。見たことのない技に焦り始める。

 

 

「くッ……全機起動! 【ガーディアン】!!」

 

 

虚空から3メートルにも及ぶ巨大人型兵器が姿を見せる。かつて宮川 慶吾と戦わせた時より新たに改造を施し、格段に能力を上昇させたモノだった。

 

その数はなんと百を超えていた。

 

空は星のように白い点で埋め尽くされていた。

 

一斉に多種多様な武器を構える機械兵器。その間にガルペスは体の回復を———!?

 

 

「【神雷銃姫】!!」

 

 

その時、膨大な神の力を感じ取った。

 

大樹が両手で握り絞めた【神雷銃姫】が神々しい光を放ち始めたのだ。

 

 

「弾丸に神の力を凝縮させた最強の一発だ……! ガルペス、死ぬなよ?」

 

 

「なん……だとッ……!?」

 

 

そして引き金が、引かれた。

 

 

「【神雷弾】!!!」

 

 

銃口から放たれた一発の弾丸は、全てを呑み込んだ。

 

 

ドゴオオオオオオオオオオォォォォ!!!

 

 

上空にいた機械兵器は全て塵と化し、雲を、空を、宇宙まで貫いた。

 

当然、ガルペスも巻き込みながら神の弾丸は一直線に、宇宙の彼方まで飛んで行った。

 

あまりの強力な一撃に、大樹の頬は引き攣っていた。

 

 

(神の力、本気で込めるのやめよ……)

 

 

吸血鬼の力とは格どころか次元が違った。

 

 

「ごはッ……! はぁ……はぁ……!」

 

 

「ッ!? おいおいマジかよ……」

 

 

空に浮いた一人の男———それでもガルペスは生きていた。

 

背中から外見が異なる8枚の不気味な翼を広げていた。鎧を纏っていたような痕———ボロボロの装甲が宙に漂っていた。

 

 

「【守護神の鎧(アテナ・アーマー)】が一撃で……馬鹿なッ」

 

 

ギリギリッ……とガルペスの口から歯を食い縛る音が聞こえた。

 

憎しみを込めた瞳で大樹を睨み付ける。

 

 

「忌々しいガキがぁ!! 【制限解放(アンリミテッド)】!!」

 

 

ガルペスの怒号と共に、手元に現れる一冊の黒い本。そこから禍々しい空気が溢れ出す。

 

 

「【文化英雄の錬金術(ヘルメス・アルケミー)】!!」

 

 

「ッ……いよいよ本番ってわけだ」

 

 

大樹は右手に【神刀姫】を、左手に【神影姫】を握り絞めた。

 

残念なことに、【神雷銃姫】は少しの間使えない。武器が燃えるように熱くなり過ぎて壊れそうになっていた。あの一発は銃の限界を超えていたのだ。

 

それでも、負ける気は微塵もなかった。

 

両者は、構える。

 

 

 

「貴様は絶対に……ブチ殺す!!」

 

 

 

「やれるもんなら、やってみろ!!」

 

 

 

 

———己の全てを賭けた戦いの火蓋が切られた。

 

 




大樹「何で死んだ俺だよおおおおおォォォ!?」


原田「アレだな。ファーストキス、まだ取っていることになるんだな」


大樹「そうなるの!?」


作者「うん」


大樹「(´・ω・`)」


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傷だらけの英雄

シリアス多すぎてヤバい。


オリュンポス十二神の一人、ヘルメスは『文化英雄』と呼ばれた。

 

 

———神々の伝令使だから。

 

———旅人の守護神だから。

 

———商人の守護神だから。

 

———牧畜の神、貿易の神、競技の神、体育の神、市場の神、盗人の神、賭博の神、音楽の神だから。

 

ヘルメスは、あらゆる分野において神だった。

 

アルファベットや数字、天文学を発明した知恵者とされ、ギリシア神話のトリックスター的存在。

 

ゆえに、他の保持者より、誰よりも———

 

 

「【ケーリュケイオンの杖】!」

 

 

———ガルペスには、多くの力が与えられていた。

 

黒い本から出現したのは2匹の蛇が巻きついた短い杖。双翼を大きく広げ空高くまで羽ばたいた。

 

禍々しい姿を見せると同時に、蛇の瞳が怪しく光る。

 

 

「【死出の旅路(パストゥー・ザ・グレイヴ)】、【霊魂を煉獄に運ぶ者(プシューコポンポス)】、【巨人(ギガース)殺しの隻腕(せきわん)】」

 

 

杖から溢れ出す多色のオーラがガルペスの体へと吸い込まれていく。特に右腕が一番オーラが収束されていた。

 

 

「【戦車(チャリオット)】、【守護神の鎧(アテナ・アーマー)】、【三又(みまた)(ほこ)】」

 

 

そして、ガルペスは他の神の力を使役できた。

 

順に神ヘパイストス、アテナ、ポセイドンの力を発動していた。

 

炎を纏った二輪の馬車が虚空からが出現し、無残に破壊された鎧が元通りに直る。そして右手に三つ又に分かれた刃を持つ武器が握られる。

 

 

「消えろ」

 

 

そして、三又の矛が右から左へ薙ぎ払われた。

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!

 

 

矛から放たれた一撃は天を裂き、地を割る威力だった。地球を破壊しかねない一撃が、たった一人の男に繰り出された。

 

そして、その男もまた———

 

 

「【制限解放(アンリミテッド)】」

 

 

———最強の力が与えられていた。

 

 

「【神格化・全知全能】」

 

 

ギュイイイイイイイイン!!!

 

 

大樹の両腕に黄金の光が収束する。集中的に込めた力は握った刀へと、握った銃へと伝える。

 

 

「右刀左銃式、【(ゼロ)の構え】」

 

 

銃弾を神の力で創造して生成。黄金の銃弾が12発、銃に込められた。

 

銃口はガルペスの攻撃に向けて。引き金を連続で引いた。

 

 

「【インフェルノ・ゼロ】」

 

 

ガガガガガガガガガガガガキュンッ!!

 

 

12発の弾丸を一直線に並べ、長い光の槍のような一撃になる。

 

そこから後を追うように右手に持った刀で、最後尾の銃弾に向かって突き刺す。

 

 

ガギンッ!!

 

 

「うおおおおおォォォッらあああああァァァ!!」

 

 

バシュンッ!!!

 

 

ガルペスの一撃を簡単に消し飛ばし、銃弾はガルペスの体へと向かった。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「がぁッ!?」

 

 

銃弾は右肩に被弾し、右腕ごと吹き飛ばした。威力の反動で体は勢い良く回転し、遠くへ飛ばされる。

 

壊れた街の地を削りながら転がり続けた。

 

 

「はぁ……! はぁ……! ッッごはッ!?」

 

 

体が止まった時には、死んでもおかしくない状態だった。口から血を大量に吐き出した。

 

骨は折れるどころか砕け、ボロボロな体で満身創痍だった。

 

 

「……ッ!?」

 

 

そして、自分の発動した神の力が全て消えていることに一番驚愕した。

 

急いで辺りを見渡せば無数の黄金の羽根が宙を舞っていた。大樹が発動した【秩序支配神の世界翼(システムルーラー・ワールドフリューゲル)】だった。

 

大樹はガルペスを地に落とした直後、反撃を抑えるためにすぐに発動した。ガルペスは回復能力を発動させることもできなければ、動くこともできなくなっていた。

 

 

———ヘルメスの力は多過ぎるがゆえに最強。だが、

 

 

———最高神ゼウスの力は、どんな神の力よりも超越していた。

 

 

格の違い。次元の違い。雲泥の差。

 

 

どう足掻いても、最強の力を持った大樹には勝つことなど不可能。

 

 

ガルペスは、ついに頭の中でそう結論付けてしまった。

 

 

________________________

 

 

 

絶望の淵に立たされていたガルペス。必死に策を考えていた。

 

文化英雄の錬金術(ヘルメス・アルケミー)】の力は絶大で、どの神よりも勝るはずだった。

 

あらゆる万物を生成し、あらゆる現象を生み出す。彼は力を生み出し、神の武器を造り上げ、最強の一撃を生み出した。

 

そのはずなのに、その一撃は簡単に破られた。

 

 

「観念しろガルペス。お前に、俺を倒すことはできない」

 

 

「ガキがぁ……!」

 

 

憎しみを込めた目で睨み付けるガルペス。大樹は強い意志の籠った目で返す。

 

 

「もしあの時、俺が神の力に操られたとしても、お前は勝てていない」

 

 

「なんだとッ……?」

 

 

「俺はもう一つの過去世界で、死んでいるんだよ。お前と仲良く一緒にな」

 

 

頭の回転が速いガルペスはすぐに気付いた。

 

 

「まさかッ……過去を変えているのかッ……!?」

 

 

「そのまさかだ」

 

 

現在進行形で過去が変えられていることに気付いているガルペスに大樹は確信する。

 

 

(さすがに頭の回転速過ぎるだろ……)

 

 

自分の驚きを隠せているだろうか。ガルペスがここまで驚きを見せているのは、全てを理解したからだ。その理解の速さには恐怖まで感じてしまう。

 

 

「引き分けだった……言いたいこと、分かるよな?」

 

 

「貴様ぁぁァァああアアア!!」

 

 

バシュンッ!!

 

 

ガルペスが地面に拳を叩きつけると、銀色の水が飛び出した。

 

飛び出したのは『水銀』。凶悪な猛毒性を発揮するよう細工された攻撃に大樹は、

 

 

「お前は絶対に、俺には勝てない」

 

 

バシュンッ!!

 

 

刀を握り絞めた右手の拳だけで、弾き飛ばした。

 

水銀は飛び散り、拳圧で跡形もなく霧散した。

 

 

「ぐぅッ!!」

 

 

憎しみの籠った表情で、歯を食い縛り、ガルペスは大樹を睨み付けた。

 

 

「そのまましっかりと歯を食い縛っときな」

 

 

今までの出来事に、全ての怒りを内に秘めた大樹の目は鋭い。

 

刀を地に突き刺し手放す。代わりに今までより一番強く、握り絞めた。

 

 

「お前は俺の大切な人を傷つけ過ぎた。この拳はどんな一撃よりもずっと重いぞ」

 

 

ギュイイイイイイイイン!!!

 

 

黄金の光が大樹の拳に何度も収束した。

 

瞬き、瞬き、瞬いた。神々しく、何度も輝いた。

 

 

「【神格化・全知全能】———【神格化・全知全能】!!」

 

 

「なッ!?」

 

 

ガルペスは、息を飲んだ。

 

制限解放(アンリミテッド)】を多数展開させることができるガルペスだが、大樹はそれを越えることをやっていた。

 

 

力の重複———つまり神の力を上乗せし続けているのだ。

 

 

いくらガルペスが神の力を『(ひゃく)』の力を並べようとも、『百』を超える最強の『(いち)』の前では弱い集合体にしかならない。

 

ガルペスが勝てる見込みは、これで完全に潰れた。

 

 

「【無刀の構え】!!」

 

 

何倍、何十倍、何千倍まで膨れ上がった力。

 

宿った右手の拳が、今、解き放たれた。

 

 

 

 

 

「【神殺(しんさつ)天衝(てんしょう)】!!!」

 

 

 

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!!!

 

 

拳から放たれた光と共に、爆発する。

 

ガルペスの体が上に向かって、天高く飛び抜ける。

 

雲を貫き、空を貫く。衝撃は大気圏まで及ぼしていた。

 

 

(まだ……終われない……!)

 

 

ガルペスの肉体は既に半分死んでいるようなモノだった。だが、強い憎しみに満ちた心は叫んでいた。

 

 

(あの世界に復讐するまで……奴らをこの手で……!)

 

 

そして闇の光が、彼の元へと導かれる。

 

 

 

———《生まれ変われ、哀れな魂が宿った肉体よ》

 

 

 

「ッ!?」

 

 

その言葉は地上にいた大樹の耳に微かに聞こえた。

 

言葉を知っている大樹は、顔を真っ青にしていた。

 

 

 

《神の意志に従い、次元を超克(ちょうこく)せよ―――》

 

 

 

「逃がすかッ!!」

 

 

ダンッ!!

 

 

足に力を入れて、光の速度で跳躍する。ガルペスの元まで一瞬で距離を詰める———が。

 

 

ドシュッドシュッ!!

 

 

「しまッ!?」

 

 

自分の体に無数の武器の刃が突き刺さる。痛みと共に焦ったことを後悔する。

 

空中に仕掛けられた不可視の罠の武器に気付けなかった。さっきのように冷静ならば間違えるはずがないのに。

 

 

「《———転生》」

 

 

「ッッ! 待ちやがれぇ!!」

 

 

刀を振るいながら叫ぶ。ガルペスが俺の言葉に従うわけがない。

 

何度も見たことのある光がガルペスを包み込み、その姿を消した。

 

大樹の斬撃は虚しく空を切り、攻撃を外す。

 

 

「ッ……考えが甘かった……!」

 

 

転生するには準備が掛かるモノだと愚かな勘違いをしていた。原田にやってもらわなくても、神は手を繋ぐだけで簡単に新たな世界へと飛ばしてくれていた。

 

ならば、ガルペスも神と同じように簡単に世界へと行き来できるとするなら、原田のような準備はいらないはず。

 

地面に着地し、怪我の具合を確かめる。問題がないことが分かったら策を考え始める。

 

しかし、何も思いつかず時間だけがただ過ぎ去って行く。

 

 

(ヤバい……アリアたちが消える……!)

 

 

神雷(しんらい)銃姫(じゅうき)】を通して知った未来に、当然止めることは優先してガルペスと戦闘をしていた。

 

アリアたちが消える原因は2つ考えられる。

 

一つは過去の俺が死んだから。俺が彼女たちと出会わなければこの世界にいる要因にはなれない。だから消えるのだ。

 

しかし、それは今解決している。現に、俺が生きているのが何よりの証拠。

 

そして、この2つ目が一番の問題。それはアリアたちのいる世界の過去が変わることだ。

 

 

(ガルペスがこの過去の世界で転生すれば、当然他の世界も『過去の世界』として転生される……!)

 

 

もし……もしも、ガルペスが何も知らないアリアたちに襲い掛かれば―――――ッ!?

 

 

「クソッタレがぁ! 絶対にさせねぇ……!」

 

 

最悪の光景を頭から追い出す。代わりに打開策を必死に考えた。

 

 

(未来に戻って原田と一緒に過去へと帰ってくる? ダメだ、そんな時間はない……!)

 

 

次々と案は思いつくも、全て没案となって消える。

 

この場に居ても意味はない。とくかく動かなきゃいけないと判断した俺は武器をギフトカードに直し―――ッ!

 

 

「【神雷銃姫】……コイツなら……!?」

 

 

秘められた力を開放することができた銃。その力は超強力な銃弾を撃ち出すだけではない。

 

弾丸を撃ち出すためだけの銃器じゃなく、秘められた『本来の力』を引き出すための銃器(うつわ)となる武器だったのだ。

 

転生させてくれていたは神ゼウスの力。その力を持っている俺も、できる可能性は残されているのではないか?

 

 

「……馬鹿野郎」

 

 

いいや、違うだろ楢原 大樹。できるできないじゃないっていつも言ってるじゃないか。

 

 

「やってみせるのが俺だろうが……!」

 

 

ギフトカードから熱が引いた【神雷銃姫】を取り出す。右手に持ち、左手に【神影姫】を握りしめた。

 

本来なら2つは存在することが絶対できない武器。それでも、こうして俺の手の中にある。

 

世界を巡り、過去を巡り、未来を巡り、巡り巡った末に辿り着いた武器。

 

 

―――今、再び一つへと戻る。

 

 

「【制限解放(アンリミテッド)】」

 

 

二つの銃が黄金色に輝く。

 

 

「【神格化・全知全能】!!」

 

 

ギュイイイイイイイイン!!!

 

 

二つの銃が重なり合い、一つになろうとする。

 

 

バチバチガシャアアアアアアン!!

 

 

神の天罰のように弾け飛ぶ雷撃。頬に掠っただけで、皮膚が焦げただれ落ちていた。

 

激痛が全身に走るも、それでも目を見開いたまま、銃から手を離さない。

 

 

(【神刀姫(しんとうき)】を創造できたのはジャコのおかげだッ……! アイツの力がない今、俺がやるしかねぇだろうがぁ!!)

 

 

神の力を注ぎこみ、繊細に、壊さないように創造する。

 

イメージする。己が思い描く最強の拳銃を。

 

 

「俺にッ、力を……貸してくれえええええェェェ!!」

 

 

二つの銃が完全に結合し、一つの銃へと生まれ変わる。

 

 

 

 

 

完成―――【神銃姫(しんじゅうき)火雷(ホノイカヅチ)】。

 

 

 

 

 

黄金の長銃は美しかった。

 

炎のような緋色の雷が銃身に装飾が施され、グリップには桜の花弁の模様の装飾が施されていた。

 

【神刀姫】のように、【神銃姫・火雷(ホノイカヅチ)】もまた目を奪われてしまう程輝いていた。

 

 

「《生まれ変われ、哀れな魂が宿った肉体よ》」

 

 

ガルペスが唱えた言葉を大樹も繰り返す。同時に銃に小さな光の粒が集まり始めた。

 

まだだ。もっと集まれ。光よ、聖なる光よ。

 

大切な人を救うために、力を、光を、与えてくれ!

 

 

「《神の意志に従い、次元を超克せよ―――》」

 

 

銃から神々しい光が溢れ出し、一発の光の弾丸が銃に込められる。

 

そして、銃口を自分の頭の右側頭部に突き付けた。

 

 

「《———転生》!!」

 

 

ガキュンッ!!

 

 

撃ち出された光が大樹の体を包み込み、この世界から姿を消した。

 

 

________________________

 

 

 

ティナ・スプラウトは必死に走っていた。

 

暗闇に支配された森林を駆け抜け、目的地である東京エリアへと目指していた。

 

彼女の目的は聖天子の暗殺。序列98位【黒い風(サイレントキラー)】の二つ名を持つ彼女に敵う者は多くはない。

 

しかし、彼女は()()()()()()()()()()

 

 

「はぁ……! はぁ……! くッ!」

 

 

ガストレアウイルスの因子を持ち、並外れた身体能力を持った彼女でも疲れが見え始めていた。

 

東京エリアに侵入するのは簡単なはずだった。マスターの指示通り、ヘリで東京エリアの近くにある未踏査領域に降り立ち、そのまま外周区へと侵入する予定だった。

 

 

だが、その予定は狂わされた。

 

 

バギバギッ!!

 

 

ティナの後方から迫り来る黒い影。認識できない()()に襲われていた。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

身を(ひるがえ)して狙撃銃の弾丸を黒い影に当てる。しかし、弾丸は黒い影に飲まれ消えてしまう。

 

 

(ガストレアじゃない!? では一体アレは―――!?)

 

 

バシンッ!!

 

 

「かはッ……!?」

 

 

突如右の腹部に凄まじい衝撃が走った。体はくの字に折れ曲がりながら、横に吹き飛ばされる。

 

 

ドシッ!!

 

 

大木にぶつかった瞬間、体の中にあった空気が全て吐き出され、その場に倒れこんでしまう。

 

動かなければ殺される。でも足が、呼吸が、何もできない。

 

微かに感じる黒い影の気配。こちらにゆっくりと近づいていた。

 

 

(誰かッ……助け、て……)

 

 

ティナの意識は闇の中へと引きずりこまれようとしていた。

 

 

ポンッ……

 

 

その時、頭に何かが乗った。

 

それは大きく、温かさを感じた。

 

髪を撫でるように、頭を撫でるように動いていた。

 

不思議なことに、安心してしまった。心が落ち着いてしまった。

 

 

 

ティナの意識は、そこで途切れてしまった。

 

 

 

「ごめんな。本当は抱き締めてやりたいけど、起きたらいろいろ大変だから無理なんだ」

 

 

ティナの頭を撫でていたのは、大樹だった。ティナをお姫様抱っこで持ち上げて、微笑む。

 

そんな大樹の姿を見た黒い影はユラユラと動き、正体を明かす。

 

機械的な黒い装甲を身に纏った人間型の機械兵器。黒い影はその機械が何らかの能力であろう。

 

 

『対象を確認。優先目的に従い、排除します』

 

 

「優先、ねぇ……」

 

 

機械的な声に腹が立った。優先的に狙うのは俺ではなく、ティナであることに。

 

まだ大切な人を傷つけるつもりかガルペス。だったら俺も、容赦はしない。

 

 

フッ

 

 

敵は黒い影から霧へと霧散する。姿を消した相手に大樹は表情一つ変えなかった。

 

 

「……違うな」

 

 

機械が到底できるような技術ではない。敵の力は、ガルペスから貰ったモノだと結論付けることができた。

 

ならば、

 

 

「【制限解放(アンリミテッド)】」

 

 

大樹の背中から黄金の翼が現れ、神々しい光を辺りに降り注がせた。

 

 

「【秩序支配神の世界翼(システムルーラー・ワールドフリューゲル)】」

 

 

一瞬だけしか見えなかった黄金の翼だったが、無数の黄金の羽根が宙を舞った。

 

森の暗闇を掻き消し、敵の力を打ち消した。

 

振り返れば敵がハンマーのような鈍器で殴りかかろうとしていた。

 

 

「【無刀の構え】」

 

 

音速を超える速度で敵に向かって右足で薙ぎ払った。

 

 

「【地獄(じごく)(めぐ)り】」

 

 

ガシャンッ!!!

 

 

超威力を秘めた蹴りは敵の左腹部に見事に入った。超スピードで敵は左に向かって木々を薙ぎ倒しながら吹き飛んだ。

 

敵の体が止まったのは何百メートルという距離を優に超えた時だった。人の目では目視できないところまで吹き飛んでいた。

 

敵は粉々になったであろう。大樹は一安心(ひとあんしん)し―――!?

 

 

バギンッ!!

 

 

「ッ!?」

 

 

―――そして、脳に激痛が走った。

 

 

「あがぁ……ぁぁぁああああああああああ!!」

 

 

抱きかかえていたティナと一緒に地面に倒れる。地面に寝させたティナから手を放した後、急いで距離を取り、頭を抱えた。

 

 

「ああああああッ!! い、痛がああああああァァァ!!」

 

 

今まで味わったことのない痛み。死んだ時より苦しく、痛かった。

 

まるで脳がぐちゃぐちゃにされているかのような。

 

まるで脳に何十の釘が打たれたかのような。

 

まるで脳が、自分を拒絶するような痛みだった。

 

 

「うがぁああッ……! がぁあッ……!」

 

 

地面を転がりながら痛みに堪える。激痛に悶え苦しみながら、思わず言ってはいけないことを口にしてしまう。

 

 

「し、死に゛だい゛……!」

 

 

自分の首を両手で絞めつけながら口にして気付く。愚かなことを言っていたことに。

 

失言に気付いたと同時に痛みは少しずつ和らいでいた。

 

荒い呼吸を繰り返し、自分を落ち着かせていた。

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……!」

 

 

時間を掛けて心を落ち着かせた後、立ち上がりティナを抱きかかえる。頭の痛みはまだ引いていないが、先程の激痛に比べれば何百倍もマシだった。

 

抱きかかえたティナを起こさないように歩き出す。モノリスがある場所まで目指す。

 

幸いモノリス付近の警備は薄く、簡単に抜けることができた。そのまま外周区に入り、一軒のボロボロの家を見つける。

 

人の気配を感じていないことは分かっていたので警戒せずに扉を開けて入る。中に入り、踏み込むとすぐに分かった。

 

 

(外周区の子どもたちか? 埃が全然ないな)

 

 

放置されていた様子が見られなかった。埃はあまりなく、まるで少し前まで住んでいたかのような雰囲気があった。

 

リビングに入ると、寝床として使っていたのであろうソファと毛布が畳んであった。

 

 

「悪い、借りるぜ」

 

 

ティナをソファに寝かし、布団をかける。しかし、このままティナが起きたら不審に思ってしまうだろうな。

 

だけど、あのまま森の中で放っておくわけにはいかない。できるわけがない。

 

 

「んッ……」

 

 

「ッ……」

 

 

ティナが目を覚まそうとしていた。俺は音を立てないように静かに家を出た。

 

今ここで俺の姿を見られるわけにはいかない。見られたら過去は変わり、今の俺がどうなるかわからない。

 

ガルペスはティナと同じようにアリアたちを襲っているはずだ。ならば急ぐしかない。

 

 

「……顔を見られないように、か。難しいな」

 

 

言い方は最低だが、ティナが意識を失ったことは好都合だった。だからと言ってティナと同じようにアリアたちの意識を奪うわけにはいかない。

 

 

「……これができたら人間卒業、神に就職していいかもな」

 

 

両手の手のひらを合わせて、神の力を両手に注ぎ込む。

 

 

「創造する」

 

 

頭の中で思い描くイメージを強く意識する。神々しい光が両手から溢れ出し、創造される。

 

 

 

 

 

「【創造生成(ゴッド・クリエイト)】」

 

 

 

 

 

光の中で作られたモノが両手に握られる。ついに創造するだけでモノを創り出してしまった。

 

創り出したモノ、それは仮面だった。

 

泣いた仮面。以前大樹が蛭子 影胤と組んでいた時にお揃いで着けていた仮面だった。

 

フッと笑みが思わずこぼれてしまう。

 

 

「よくよく考えてみればこの仮面、センス無いよな。まぁアイツは似合っているけど、俺はダメダメだな」

 

 

仮面を装着し、顔を隠す。そして―――【神銃姫(しんじゅうき)火雷(ホノイカヅチ)】をギフトカードから取り出し、握り絞めた。

 

神々しい光の粒子が銃へと集まり、光の弾丸が銃に込められる。

 

 

「待ってろよ」

 

 

―――今、助けに行くから。

 

 

ガキュンッ!!

 

 

 

________________________

 

 

 

この日、七草家は最悪な悪夢を見せられていた。

 

当時補佐家だった七連(ななれん)の者たちが暴動を引き起こしたのだ。

 

次々と現れる敵の魔法師に七草の特別警備隊は苦戦するも、何とか優位な戦況になっていた。

 

 

「撃てぇ!! 攻撃の数で敵を圧倒しろ!!」

 

 

「「「「「ハッ!!」」」」」

 

 

七草の雇った魔法師の団結力、魔法力。優れた者たちが一斉に魔法を発動する。CADを使い襲い掛かる敵を返り討ちにしていた。

 

七草家の敷地内に入られてしまった以上、全力で守るしかない。突破されれば我が主たちを失ってしまう。ゆえに彼らは必死に戦っていた。

 

警察の新たな援軍も到着した瞬間、彼らは勝利を確信できる。

 

だが、ついに彼らは悪夢を見てしまう。

 

 

「……おかしい」

 

 

「先輩! 敵が……!」

 

 

「ああ、分かっている。()()()()()()()()()な」

 

 

奇襲を仕掛け、七草家に牙を向けた連中だ。綿密な計画を立てて行動しているはずなのに、敵の動きは不規則でおかしかった。

 

数は敵が勝っているにも関わらず、数人ずつ攻撃を仕掛けている。その無駄としか思えない動きに違和感を感じ取っていた。

 

 

「油断するな! 敵は時間を稼いでいる可能性がある! 隙を見せるな!」

 

 

「……せ、先輩ッ」

 

 

その時、前にいた仲間たちが後退していることに気付く。

 

 

「どうしたッ……これは!?」

 

 

目の前の光景に、息を飲んだ。

 

 

『対象の優先を確認。同時に目標までの障害物および妨害者の存在を排除します』

 

 

機械的な黒い装甲を身に纏った人間型の機械兵器。見たことのない敵の姿に驚いたわけではない。

 

装甲にベットリと付着した敵の血痕にゾッとしたのだ。

 

この時、七蓮の襲撃者は全員戦闘不能に陥っていた。この事件の真相、七蓮の野望が失敗した原因がこの機械兵器であり、七草に地獄を見せる悪魔である。

 

 

「み、味方……!?」

 

 

「違うッ!! あのような姿をした者を私は見たことがない! 敵だ!!」

 

 

一斉にCADを敵に向ける。しかし、不可解なことが起きた。

 

 

バギンッ! バギンッ! バギンッ!

 

 

「「「「「なッ!?」」」」」

 

 

敵にCADを向けた瞬間、砕け散ったのだ。突然の武器喪失に彼らの表情は真っ青になる。

 

 

「て、撤退―――!?」

 

 

リーダー格の男の判断は素晴らしいモノだった。戦況が不利になったと理解し、すぐに撤退させる判断を下す速度。

 

しかし、敵の速度はそれを上回った。

 

 

フォン!!

 

 

彼らの足元に広がる巨大な魔法陣。そこから光が弾け飛ぼうとしていた。

 

 

(なッ!? 速過ぎる!?)

 

 

ドゴオオオオオォォォン!!

 

 

地面が爆発し、体が簡単に吹き飛ぶ一撃。

 

炎が轟轟と燃え上がり、一帯を焼き尽くした。

 

 

(ぜ、全滅ッ……!? そんな馬鹿なッ……!?)

 

 

薄れゆく意識の中、驚愕した。

 

ここにいる魔法師は全員エリートだ。防衛大学校を卒業した者や元国防を務めていた者もいる優秀な者たち。

 

そんな彼らが、一発の魔法でやられた。その事実に、驚くことしかできなかった。

 

 

『全敵の生存を確認。同時に目的優先順位と敵の生命力を確認……完了。敵の殲滅(せんめつ)を除外し、目的を優先します』

 

 

人間型の機械兵器は彼らの存在を無視し、奥へと侵入する。

 

七草の警備隊は命は落とさなかったが、大きな怪我を負い、戦闘を続行することはできなかった。

 

機械兵器が大きな広間へと進むと、一人の男が立っていた。

 

 

『目標の関係者、七草 弘一の存在を確認。同時に―――』

 

 

機械兵器の視線は、男の後ろへと移っていた。

 

 

『―――目標、七草 真由美の存在を確認』

 

 

「ッ……真由美が狙いか」

 

 

弘一は敵を睨み付けた。自分が狙いだと思われていたが、まさか自分の娘だとは思わなかったからだ。

 

真由美は怯えた様子で父の後ろに隠れていた。先程まで一緒に戦うと言っていたが、父に止められているため動けない。

 

 

『戦闘開始』

 

 

バギンッ! バギンッ!

 

 

その瞬間、再び不可解な現象が起きる。弘一と真由美が装着していたCADが壊れたのだ。

 

同時に敵の手に魔法陣が展開し、術式が発動されようとしていた。

 

 

「クッ!!」

 

 

弘一は真由美を守るように立ち、目を閉じた。

 

真由美は涙を零し、叫んだ。

 

 

 

 

 

「やめてぇ!!」

 

 

 

 

 

「あいよ」

 

 

 

 

 

ドゴンッ!!

 

 

突如、機械兵器の体が消えた。

 

否。何者かが機械兵器を上に吹き飛ばしたのだ。

 

 

「なッ……!」

 

 

「嘘……」

 

 

まるで瞬間移動したかのように現れたのは泣いた仮面を着けた男。警備隊が防寒着として羽織っていた黒いコートを着ていた、

 

しかし、仮面を着けた男など見たことがない。

 

 

ドンッ!!

 

 

天井から瓦礫と共に落ちてくる機械兵器。黒い装甲を光らせながら高速で広間を動き回る。

 

音速に到達した速度。弘一と真由美の目では敵を捉えることはできなかった。

 

だが、

 

 

「遅いぞ」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「「ッ!?」」

 

 

仮面の男が右手を振り下ろした瞬間、機械兵器が地面に埋もれた。

 

床には大きな亀裂が入り、威力が強いことを物語っている。

 

 

「凄いな。敵にサイオンを送りCADを破壊する。術式や魔法式をめちゃくちゃにするなんて、誰も思いつかねぇよ」

 

 

仮面の男はグッと右手の拳を引き絞る。

 

 

「だけど、魔法を使わない俺には無意味だったな」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

一撃で機械兵器を粉々に破壊する。機械兵器はこれ以上動く様子を見せることはなかった。

 

ポカンッとした表情で仮面の男を見る弘一と真由美。対して仮面の男は、グッと親指を立て、

 

 

バギンッ!!

 

 

その場に崩れ落ちた。

 

 

「ぁぁ……ああぁッ……!」

 

 

「ッ!」

 

 

「真由美ッ!!」

 

 

突然苦しみ出した仮面の男に真由美は駆け寄った。弘一が止めるより先に。

 

仮面の男は頭を押さえながら必死に耐えていた。汗がドッと吹き出し、呼吸が乱れていた。

 

 

ポタポタッ

 

 

そして、仮面の内側から、赤い液体が滴り落ちていた。

 

 

「すぐ病院に連れてッ……!」

 

 

真由美の言葉に男は首を横に振った。無理矢理体を動かそうとしても、抵抗していた。

 

彼女は考えた。今、何ができるかを。

 

 

スッ

 

 

真由美は仮面の男の手を握った。

 

仮面の男はこちらを見ていた。どんな表情をしているか分からないが、驚いているに違いない。

 

時間が経つにつれて、仮面の男の呼吸は整い、立てるようになった。

 

 

「待って!」

 

 

どこかに行こうと察したのか、真由美は仮面の男を引き留める。

 

仮面の男は、振り返り一言だけ残して姿を消した。

 

 

「ありがとうな」

 

 

仮面の男は自慢の高速の走りでその場から逃げ出し、姿を消した。

 

真由美は不安な気持ちでいた。彼はまだ、戦い続けるであろうことを。

 

しかし、いつかどこかで会えるような気がしていた。

 

 

そして、七草家から離れたビルの屋上。仮面を外した男―――大樹はいた。

 

 

「ゲホッ、ゴホッ!? うおぇッ!!」

 

 

大量の血を吐き出しながら、悶え苦しむ大樹が。

 

真由美を救うことに成功した途端、ティナと同じような痛みが倍増して襲い掛かってきた。

 

胃液と一緒に血を吐き出す。無様に涙や鼻水を出しながら苦しんでいた。

 

 

(過去が変わった瞬間、痛みが襲い掛かってくるとか……ふざけんな……!)

 

 

それでも、彼は立ち止まることをやめない。

 

ギフトカードから【神銃姫(しんじゅうき)火雷(ホノイカヅチ)】を取り出し、寝ながら銃口を自分に向ける。

 

神の力を集中させればすぐに光の粒子は集まる。痛みが集中力を邪魔するも、何とか光の弾丸を銃に込めることができた。

 

 

「絶対に、負けるかよ……!」

 

 

強い心を秘めたまま、彼は引き金を引く。

 

 

ガキュンッ!!

 

 

________________________

 

 

 

木下 優子が文月学園に通い始めて数ヶ月。学年上位を取り続けるのにはたくさん勉強をしなければならなかった。

 

二年生でAクラスになれる可能性を持った者たちは夕方になるまで居残っているのが普通だった。

 

 

「鉄人だぁ!! 全力で逃げろぉ!!」

 

 

「「「「「うぎゃあああああァァァ!!」」」」」

 

 

「貴様らぁ!! 覚悟はできているだろうな! 宿題を出さなかったバカ共には、明日の朝まで楽しい補習で地獄を見せてやる!」

 

 

「矛盾してる!? 楽しいとか言っているのに地獄を見せるとか言ってるよ!?」

 

 

「……極悪、非道……!」

 

 

「明久バリアぁ!!」

 

 

「雄二貴様ぁぁぁあああああ!!!」

 

 

「ほほぅ! まずは吉井か! 貴様は特別に補習室に暮らしたくなるくらい勉強の良さを教えてやろう!」

 

 

「絶対に嫌だあああああァァァ!!」

 

 

「今だ! 坂本が吉井を生贄にした!」

 

 

「逃げるなら今しかない!」

 

 

「逃がすか! 西村先生! 僕はあなたの味方になります! だからあのバカ共と一緒に勉強させてください!」

 

 

「「「「「あのバカ、裏切りやがった!!」」」」」

 

 

「最初に裏切った人たちに裏切りもクソもあるか! シャァァアアッ!!」

 

 

「黙れこのバカ!!」

 

 

「ぶべらッ!?」

 

 

「吉井が死んだ!」

 

 

「この人でなし!」

 

 

ただし、この時間に残っているバカは例外である。

 

窓が割れる音や悲鳴が学校外からも聞こえる。優子はため息をつきながら帰っていた。

 

家まであと少しのところまで来ると街灯に明かりが点き、暗い夜道を照らす。

 

その時、背後から足音が聞こえてきた。

 

普通の足音ではない。ロボットが動いているような金属音に近い足音だ。

 

不思議に思った優子は振り返ると、目を疑ってしまった。

 

 

「え?」

 

 

後ろを振り返っても、人の姿が見えないのだ。

 

それにも関わらず、足音は次第に大きくなっていく。こちらに一歩、一歩と近づいている。

 

怖くなった優子は急いで走り出した。

 

 

(嘘嘘嘘!? 嘘でしょ!? 幽霊なんているわけが……!?)

 

 

ガシャッ ガシャッ ガシャッ ガシャッ

 

 

「ッ!?」

 

 

足音は走り出したかのように感覚が短くなっていた。

 

恐怖心がより一層大きくなった優子は必死に走り続ける。しかし、足音は一向に小さくならず、大きくなっていた。

 

 

「嫌ッ……イヤッ……!」

 

 

涙目になりながら走る優子。体力は無くなり、疲れが見え始めていた。

 

 

ザシッ

 

 

「キャッ!?」

 

 

恐怖と疲れで足腰に力が入らなくなり、足をもつれさせてしまった。その場に転倒してしまう。

 

そして、足音は大きくなる。振り返っても誰もいない。

 

心が折れてしまった涙を零しながら、優子は大きな声で助けを求めた。

 

 

「誰かッ、助けてぇッ!!!」

 

 

 

 

 

「………………ぃぃぃぃいいいいいいしぃやあああああ!!!」

 

 

 

ドガシャンッ!!

 

 

 

「あああぁぁぁきぃぃぃいいもおおおおおおォォォ………………!!!」

 

 

 

 

 

そして、優子の目の前に()()が通った。

 

そう、()()が通った。()()が通って()()にぶつかった。

 

 

「……………………え? い、石焼き芋?」

 

 

突然の出来事に、優子の涙は止まってしまっていた。

 

 

既に読者の方々には分かるだろうが、通った()()の正体は【神銃姫(しんじゅうき)火雷(ホノイカヅチ)】でブーストをかけてマッハ2に達した原付バイクに乗った大樹だ。

 

そして優子を追いかけていたのはガルペスの刺客である機械兵器。ティナと同じようにステルス能力があった。

 

ぶつかった瞬間、大樹と敵は空高く舞っていた。

 

 

ガギギギギギッ!!

 

 

音速バイクに轢かれているにも関わらず、機械兵器はまだ動こうとしていた。バイクは当たった瞬間、粉々に砕けたのに、相手は頑丈だった。

 

 

「【無刀の構え】」

 

 

両手を合わせて一つの拳を作り、大樹は空中でクルリッと前転して勢いをつける。

 

 

「【天落撃(てんらくげき)】!!」

 

 

ドガシャアアアアアン!!

 

 

機械兵器の頭から体、足のつま先まで響かせた一撃。機械兵器は無残に砕け散り、地面に叩き付けられた。

 

下にあった湖から勢い良く飛沫を空高く上げる。水は数秒だけ雨のように降り注いだ。

 

 

バギンッ!!

 

 

大樹は綺麗なフォームで地面に着地し、仮面を外した。

 

 

ドサッ

 

 

今度は声を出せなかった。

 

口から流れ出すように血を吐き、その場に倒れた。

 

激しい頭痛がまた襲うも、声など上げれなかった。あまりの痛みの強さに。

 

体が痙攣し、喉が締め付けられるように痛み、呼吸がまともにできなかった。

 

視界が真っ白に染まると同時に意識も薄まる。

 

 

(過去を変えるだけで、何で俺がこんな目に……!)

 

 

何故か憎しみが生まれていた。

 

何故か悔しかった。

 

―――そもそも何故、俺はこんなことをしているのか?

 

 

「ッ!?」

 

 

意識が覚醒する。

 

危なかった。脳がやられて、一瞬自分が何をしているのか分からなくなってしまったのだ。

 

ゆっくり呼吸を繰り返しながら胸を抑える。大切な女の子たちを思い出すことで心を落ち着かせていた。

 

 

「………………まだ、大丈夫だぜ。全然行ける」

 

 

笑みを作れるほど、余裕ができていた。口に溜まった血をペッと吐き出し、ギフトカードから取り出した銃を握りしめる。

 

 

「俺が……この俺が……助けてやるからよぉ!!」

 

 

そして、今までよりずっと速く光の弾丸を銃に込めることができた。

 

最後に深呼吸をして、引き金を引いた。

 

 

ガキュンッ!!

 

 

 

________________________

 

 

 

ロンドンの悲劇―――『獄火街(ごうかがい)大混乱事件』

 

 

原因不明の大火災。ロンドンの中心街から突如炎が立ち上がり、街を火の海へと包み込んだ。

 

当時小さかったアリアも事件に巻き込まれていた。屋敷にも火が移り、雇われた執事やメイドたちがパニックに陥っていた。

 

 

「誰か……誰かいないの!?」

 

 

悲鳴は聞こえているのに誰もいない燃える廊下に一人。アリアは必死に走っていた。外に逃げようとも、火の手が強くて出られなかった。

 

ただひたすら火がない方へと走る。その時、

 

 

コホォォ……

 

 

「ッ……何、今の……」

 

 

空気が抜けるような音。それが何度も聞こえた。

 

気配を感じ取りその場で後ろを振り返ると、黒い影が見えた。

 

 

コホォォ……

 

 

黒い影は人型の機械ロボットのような姿をしていた。全身に黒光りする装甲を身に纏い、ゆっくりと近づいていた。

 

頭部にはガスマスクのようなモノが取り付けられ、そこから先程の音が聞こえた。

 

 

「アンタが……アンタがやったのね……!」

 

 

コホォォ……ガシャッ

 

 

「ッ!?」

 

 

両腕に装着された噴射口のようなモノをアリアに向ける。そして、

 

 

ゴオォ!!

 

 

口の中から赤い炎が噴射された。

 

 

(火炎放射器!? やっぱりコイツが!)

 

 

間一髪、アリアは近くのドアを開け、部屋の中に飛び込み回避した。

 

室内の温度が一気に上昇し、頭がクラクラになってしまう。

 

 

コホォォ……ゴオォ!!

 

 

「ッ!」

 

 

敵が空気を吐いた瞬間、周囲の火が強く燃え出した。その光景を見たアリアは確信する。

 

 

(人じゃない!? まさかロボット!?)

 

 

シャーロックから受け継いだ鋭い直感で敵の正体を見抜く。ガスマスクのようなモノから吐き出されているのは火を強くする酸素だと。

 

しかし、そんなことが分かったところでどうすることもできない。街を火の海にする怪物だということには変わりない。

 

後ろにはすでに火の手が回り、逃げ場はない。前からは敵が火炎放射器をアリアに向けながら近づいて来ている。

 

 

「……ケホッ」

 

 

ドタッ

 

 

視界が傾き、アリアの体は倒れた。体力はすでに限界を超えていたせいで、立つことはできなかった。

 

追い打ちをかけるように有害な煙を吸い過ぎ、火災による体温上昇に小学生の年齢の子が耐えれるはずがなかった。

 

 

(負けないッ……!)

 

 

アリアは心の中で叫んだ。

 

 

(絶対に、負けない!!)

 

 

ビシッ!!

 

 

その時、部屋の温度が一気に下がった。

 

燃え盛っていた炎はフッと消え、床がドンドン冷たくなった。

 

薄れた意識の中、一人の者がアリアの前に立っていた。

 

 

「よく頑張ったな」

 

 

男の褒める声が聞こえた。その優しい声音を聞いて安心したアリアはそのまま気を失った。

 

 

『コホォォ……妨害者。楢原 大樹を確認。優先順位を変更したのち攻撃―――』

 

 

「うるせぇよ」

 

 

バギンッ!!

 

 

敵が行動しようとする前に大樹が神の力を発動する。

 

刹那―――敵は氷の中に閉じ込められた。

 

天空支配神の福音(ヘヴンルーラー・ゴスペル)】。敵のいる一定の空間を絶対零度まで温度を下げる超常現象を引き起こした。

 

既に大樹は屋敷の火を全て消した。アリアが感じた温度の急低下や床の冷たさは大樹がしたことだった。

 

 

「いい加減しつこいんだよ……」

 

 

グッと大樹が右手を握った瞬間、氷に大きなヒビが入り、

 

 

ガシャンッ!!

 

 

ガラスが砕け散った様な音と共に、氷は黒い細氷(さいひょう)となり、敵の残骸を全く残さなかった。

 

 

バギンッ!!

 

 

そして、大樹はまた倒れた。

 

全身から血を流していた大樹の姿はもはや死人にしか見えない。

 

血管が破裂して、皮膚を破った痛々しい傷。朦朧(もうろう)とする意識に、吐き出すにも吐き出せない気持ち悪さ。

 

頭が馬鹿になりかけていた。このままだと歩くどころか、立つことすら忘れてしまう。赤ん坊以下の廃人になり果てる。

 

だから大樹は覚悟を決めていた。

 

 

カチャッ

 

 

神銃姫(しんじゅうき)火雷(ホノイカヅチ)】に、()()()()()()

 

創造生成(ゴッド・クリエイト)】で生み出した一発の鉛の弾丸。そのまま銃口を自分の側頭部に突き付けた。

 

 

「ッ!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

そして、引き金を引いた。

 

銃弾は大樹の頭部を簡単に貫き、そのまま反対まで突き抜けた。

 

手から銃が落ち、その場に倒れる。

 

自殺にしか見えない行為。だが、次の瞬間―――

 

 

「ゲホッ!! ゴホッ!!」

 

 

―――大樹は生き返ったかのようにガバッと身を起こし、血を吐き出した。

 

何度も咳き込んだ後、大樹は辛そうな表情でゆっくりと立ち上がる。

 

 

「はぁ……さっきより、大分マシになった、な……」

 

 

激痛でイカレてしまった脳を殺し、【神の加護(ディバイン・プロテクション)】で脳を回復させた。

 

常軌を逸した発想。頭のネジが数十本取れていないと思いつかない強引な方法だった。

 

幸い痛みは激減した。チリチリと熱のような痛みだけしか今はない。

 

アリアを助け出すことに成功した。なら、ここにいる意味はない。はやく次の世界に―――!

 

 

「ッ!」

 

 

しかし、体は止まってしまった。

 

割れた窓から見える燃える街を見てしまった。赤い景色に、目が釘付けになってしまった。

 

優先すべきことがある。助けなきゃいけない、大切な人がいる。

 

 

『俺は、『全て』を救うッ!!!』

 

 

あの言葉に偽りはない。嘘を、つきたくない!

 

 

「3分だ。全部消して全員助けてやるよ」

 

 

大樹はアリアを抱きかかえて外に飛び出す。そしてアリアを探していたメイドに後は任せて火の街へと駆けて行った。

 

 

―――『獄火街(ごうかがい)大混乱事件』

 

 

真相はガルペスによって起きた大火災。

 

しかし、一人の青年が神の力を使って街に大雨を降らし、瓦礫から人々を次々と助け出した。

 

 

人々は知らない。

 

―――アリアを助けに来た『ついで』にしかないことを。

 

―――大雨を降らせたのは大樹だということを。

 

―――神の力をフルに使って瓦礫を退かし人々の気配を感じ取って救助していたことを。

 

 

 

 

 

そして―――180秒で全てを救い出したということを。

 

 

 

 

 

その伝説を知るのは、色金を通して見ていた神だけである。

 

 

________________________

 

 

 

 

黒ウサギの瞳には、龍が映っていた。

 

 

ギェエエエエエエヤアアアアアアアアアアアァァァァァァァァエエエエエエヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァ!!!!

 

 

龍の叫びは大地に亀裂を発生させた。

 

声の圧で同族が小石のように簡単に遠くへと吹っ飛んでしまう。

 

燃え盛る自分の故郷の中心に、魔王が君臨していた。

 

箱庭第三桁・『拝火教(ゾロアスター)』神軍が一柱―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――魔王 アジ=ダカーハ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全身が白い三頭龍。龍の悪魔のような姿をしていた。

 

頭部にある異形の三本首と六つの目が倒れ行く同族を見ていた。

 

遠くからでも鋭く感じる威圧感に、当時小さい体だった黒ウサギは恐怖に震えていた。

 

月影の都は滅びる一歩手前、いや目の前まで来ていた。

 

彼らは戦おうとしない。逃げることに精一杯だった。

 

 

『この程度か』

 

 

三頭龍は逃げ惑う黒ウサギの同族を見て呆れた。

 

 

『死力を尽くさず、知謀を尽くさず、蛮勇を尽くさない。同族を逃がすことに尽くしてどうなる?』

 

 

ゴオオオオオォォォ!!

 

 

三頭龍が歪な翼を広げただけで突風が吹き荒れた。

 

数多の神群を退けた人類最終試練(ラスト・エンブリオ)。人類を根絶させる要因の試練に太刀打ちできる英傑はこの場にいない。

 

 

絶対悪に対して、正義を振りかざせる者はいなかった。

 

 

同族が負わせた三頭龍の体の傷口から噴き出した血液を浴びた大地や朽ちた大木を双頭龍へと変幻させる。神霊級の強さを持った双頭龍が空を埋め尽くす数まで増えていた。

 

 

『貴様らには失望した。絶望をくれてやる』

 

 

三頭龍の大地を飲み込む程の牙の中に、炎熱の数十倍の閃熱をため込んだ魔王。

 

終末論の引き金を引く力を召喚し、炎熱として操る恩恵―――【覇者の光輪(タワルナフ)】。

 

 

―――括目せよ、愚かな者たち。

 

 

―――この炎こそ魔王アジ=ダカーハが固有で所持する最大の恩恵。

 

 

―――世界の三分の一を滅ぼすと伝承で伝えられてきた、閃熱系最強の一撃である!

 

 

全員の目が、炎へと移されていた。災厄の炎に、絶望していた。

 

しかし、黒ウサギの視線だけは別だった。

 

 

 

 

 

三頭龍―――の前にいる一人の男だ。

 

 

 

 

 

 

「そんな絶望、俺たちにはいらねぇよ」

 

 

 

 

 

『ッ!?』

 

 

突如目の前に現れた男に、三頭龍は酷く驚いた。

 

すぐに標的を男に向けようとするが、あろうことか男は右手の拳を三頭龍の口に向かって放っていた。

 

 

「【無刀の構え】」

 

 

ドゴオオオオオオオオオオォォォ!!

 

 

「【神殺(しんさつ)天衝(てんしょう)】!!」

 

 

激しい風圧と振動が月影の都を襲う。眩い光が弾け飛び、三頭龍の体を包み込んだ。

 

アジ=ダカーハに、初めてダメージが通った。

 

 

『ッ……馬鹿な……あの閃熱系最強の一撃を素手だと……!?』

 

 

三頭龍は生きていた。

 

超強力な不死性を持った三頭龍。幾多数多振りかざしても死ぬことはない。

 

だが、アジ=ダカーハは死を恐れてしまった。

 

目の前にいる一人の人間。神々しい光に包まれた男に。

 

 

「ちょうど良い機会だ。まだ力を手に入れてから本気の全力を試したことがなかったんだよ」

 

 

男の背中から巨大な黄金の翼が広がり、右手に刀、左手に長銃を握り絞めた。

 

それらの武器から絶大な力を感じ取れた。この魔王でさえ恐れてしまう力を。

 

まるで英雄のような存在感。黒ウサギは男に目を奪われていた。

 

 

「今のうちだ!」

 

 

「逃げろ!」

 

 

同族に手を引っ張られた黒ウサギは惜しくも彼の勇姿の戦いを見ることができなかった。

 

三頭龍は男を睨みつけながら、仮面を着けた男に問う。

 

 

『貴様は、何者だ』

 

 

「別に名乗る程有名じゃねぇよ。楢原 大樹って名前だけどさ―――」

 

 

仮面を外し、正体を明かした。

 

 

「―――大切な人の故郷をぶっ壊したクソッタレを潰す人間だということも、よく覚えていやがれ。こんのヘビ野郎がぁ!!」

 

 

神の力を最高まで解放した、楢原 大樹がそこにいた。

 

溢れ出す神々しい光。正義を掲げる英傑が、英雄が、絶対悪の前に立ちはだかった。

 

同時に、恐れていた三頭龍は大樹の答えに、逆に満足していた。

 

 

『来るがいい無謀に挑む英雄よ! そして踏み越えよ―――我が屍の上こそ正義であるッ!!』

 

 

「ハッ、馬鹿言ってんじゃねぇよ! 俺の正義はお前の場所の近くには絶対にない!」

 

 

『……何?』

 

 

「いいかしっかりと聞けよ」

 

 

大樹は、笑みを浮かべながら挑発的な宣言をした。

 

 

「テメェは俺に惨敗した後、土下座させて人々の為に働かせてやるよ。テメェには、一生罪を償わせてやる!」

 

 

『―――絶対悪に対するその侮辱、二度と言えぬようその頭蓋ごと、滅ぼしてやろうッ!!』

 

 

そして、【最強の正義】と【絶対悪】がぶつかった。

 

 

箱庭の……いや、全人類の存続さえ決まってしまう最大の勝負が始まる。

 




バカテスでギャグの絶大な入れやすさを知った。やっぱ神だなバカテスと思いました。


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悪にある己の正義


多分魔王アジ=ダカーハと最強の大樹との戦闘が一番規格外でぶっ飛んでいます(笑)


アジ=ダカーハに関することで、作者が間違っている可能性が90%の確率であります。

その時は『優しく丁寧にエロく教えて』下さると嬉しいです。やっぱエロはなしで。感想が大変なことになりそう(白目)




【魔王アジ=ダカーハ】

 

 

———『拝火教(ゾロアスター)』。善と悪の二元論で世界の(ことわり)を解くという特異な宇宙観(コスモロジー)を持つ神軍の一派の筆頭が三頭龍だ。

 

この魔王は、悪行を為すことを目的として生み出され、暴威を振るう魔王なのだ。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

三頭龍の一撃は大気を揺るがした。余波で生まれた暴風は鼓膜を破壊するような産声を上げ、奈落と断崖を生み出すほど地面を抉り取りながら凄まじい衝撃波が放たれる。

 

その攻撃に大樹は音速で走り出し回避。三頭龍の間合いを見計らう。

 

 

『……………』

 

 

動き回る音速の大樹を黙って見続ける三頭龍は、指先で虚空に横に『一』の文字のようになぞった。

 

途端に背中の翼が形を変えて黒い刃へと姿を変える。

 

 

ダンッ!!

 

 

刹那、大樹の目の前に三頭龍が立ち塞がった。

 

大樹は三頭龍と目を合わせる時間もないまま、黒い刃が大樹に向かって振り落とされた。

 

 

ドシュッ!!

 

 

『ヌッ……!?』

 

 

そして、三頭龍の左腕が宙を舞った。

 

唐突に感じた左腕の痛みに三頭龍は驚愕する。気が付けば翼の黒い刃は見るも無惨な姿に変わり果てていた。

 

大量の血液が噴出し、巨体の体を赤く染め上げる。そして大樹の持っていた刀も血に染まっていた。

 

 

ドシュッ!! ガシッ!

 

 

まるで三頭龍の行動を読んでいるかのような動きだった。

 

大樹は持っていた刀を三頭龍の右足に刺して地面と固定。反撃しようとしていた三頭龍の右腕を掴み動きを止めた。

 

左手に持っていた長銃の銃口が三頭龍の真ん中の頭部の喉に突きつけられる。

 

 

「降参しろ、死にたいのか?」

 

 

『フンッ!!』

 

 

大樹の言葉を聞く耳など持ち合わせていなかった三頭龍は左右の頭部で大樹を噛みつこうとする。

 

攻撃を避けるために大樹は銃の引き金を引かないまま後ろに跳んで回避する。

 

 

ドゴッ! ドゴッ! ドゴッ!

 

 

三頭龍が流した血は地面に落ち、多くの生命を宿らせた。血に濡れた地面は姿を変えて双頭の龍へと変幻する。その数はどんどん増えて行く。

 

神霊級の分身たちを出した魔王に、大樹は舌打ちをする。

 

 

「チッ、無駄だ!!」

 

 

カッ!!

 

 

大樹の真上に千を超える【神刀姫(しんとうき)】が展開された。刃は魔王の分身へと向けられる。

 

 

「【神刀姫】!!」

 

 

シュンッ!!

 

 

大樹の掛け声と共に、音速で刀が放たれる。刀は分身の体に刺さって行き、八つ裂きにした。

 

次々と分身が地へと落ちる中、三頭龍は己の分身を盾にすることで刀を防いでいた。

 

 

『……………!』

 

 

虚空から無限に出現する刀に三頭龍は耐え続けていた。膨大な力を蓄えながら。

 

 

「ッ!」

 

 

『遅いッ!!』

 

 

三頭龍の力に気付いた大樹だが、魔王がその一歩先に行く。分身を大樹に投げつけて動きを一瞬だけ鈍らせる。

 

 

「野郎ッ!?」

 

 

焦りながら刀で分身を一刀両断する。その無駄な行為が大樹の身を危険に晒す。

 

 

『【アヴェスター】起動———相克(そうこく)して(まわ)れ、【疑似創星図(アナザー・コスモロジー)】……!!』

 

 

三頭龍を中心に大地と大気が共鳴する。魔王の両手に力が収縮し、灼熱の球体が生み出される。

 

火を尊び崇拝する『拝火教(ゾロアスター)』の加護を受けた絶対悪の炎は、神すら灰にする。

 

 

『終わりだ愚かな英傑よ』

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

放たれた灼熱の双球。その双球に吸い込まれるように放たれた【神刀姫】を取り込んだ。

 

 

「なッ!?」

 

 

『貴様ではこの『悪』の御旗は砕けないッ!!』

 

 

双球は一つの巨大な球へと合わさり、三頭龍が構築した炎球は光の輝きを増した。

 

大樹が放つ神々しい光と共に爆発的に膨れ上がるエネルギー。余波は建造物を瓦解、溶かし、灰にする。

 

 

(奴の恩恵は、恐らく力を吸収する類の恩恵! いや、全部上乗せしている!)

 

 

一つ一つ謎を紐を解く時間はない。しかし、『アヴェスター』と『ゾロアスター』の言葉などで敵の謎は大まかに推理できていた。

 

凶悪な笑みを浮かべた魔王アジ=ダカーハは、炎球を放った。

 

 

 

 

 

———が、炎球は消えてしまう。

 

 

 

 

 

『……………ッ!? 馬鹿な!?』

 

 

炎球はフッとロウソクの火を息で消すように消えてしまった。あまりの拍子抜けな現象に、魔王は酷く驚いてしまった。

 

そして、魔王が凶悪な笑みを浮かべたように、大樹もまた笑みを浮かべていた。

 

 

()()()()()? 魔王アジ=ダカーハ」

 

 

『何だと!?』

 

 

「さすが魔王だ。確かに、俺の恩恵は神から貰ったモノだ。少ないヒントでよく分かったな」

 

 

三頭龍は大樹から感じ取った神霊級の力で『神から力を貰っていること』を解き明かした。人間が到底できる動きじゃない身体能力、刀による常軌を逸脱した業の数々。

 

何十、何百、何千の神の力を魔王は推測をしただろう。しかし、その数多ある推測に、この推測はできなかった。

 

 

「俺の恩恵は、恩恵を()()()()()()()()()ことができる」

 

 

『馬鹿な!?』

 

 

アジ=ダカーハの恩恵。簡単に言えば相手の恩恵の性能を全てそのまま自分の力に上乗せする———それが最恐の魔王が持つ恩恵の正体。

 

万が一敵が『恩恵を無効にする』恩恵を持っていたとしても、その恩恵の性能も全て自分に上乗せされるため、『恩恵を無効にする』恩恵を、無効にすることができる。死角のない万能の超恩恵を兼ね備えていた。

 

当然、三頭龍はその推測はしていた。しかし()()()()()()()()()となれば話は別だ。

 

その恩恵が発動すれば、まずこちらの恩恵が完全に無効化されて『恩恵の性能』を自分の力に上乗せできないからだ。

 

炎が消えたのは【神刀姫】に与えられた神の力を取り込んだせい。無効化する力が発動したからだ。

 

 

「お前の力は大体見抜けていた。善悪二元論的宗教———ゾロアスター教の教義から推測させてもらった。人類が最初にもっとも見るべきモノ……俺が一番良く考えて考え抜いたことだ」

 

 

二元論を最速で構築できる相剋の【疑似創星図(アナザー・コスモロジー)】。そこから敵の宇宙観の反面を模倣して自分に取り込み限定的に行使する。その結果で、生まれたのが炎の球体だ。

 

善と悪の二元論。懲罰(ちょうばつ)すべき原初の試練。

 

真紅の布地に刻まれた『悪』の御旗を背負う魔王。それは善を勧め、悪を懲しめる運命から逃げないための証を持つ姿は聖人とも言える。

 

人類に『絶対悪』を打倒する英雄を求める———まさに人類最終試練(ラスト・エンブリオ)

 

 

『貴様……一体……!』

 

 

「まだ話は終わらねぇぞ? 光を『善』の象徴とし、純粋な『火』を尊ぶ。つまりお前の炎の恩恵は拝火教(はいかきょう)から来ている。『火の寺院』って称されているぐらいだからな?」

 

 

三頭龍は愕然とした。

 

恐ろしい速度で次々と解き明かしていく大樹に、驚く事しかできない。

 

莫大な知識は、魔王と互角。いや、上回っていた。

 

 

「歴史観や宇宙観から来る終末論……つまり人の善でない道徳的に道から外れた悪の説明は言わなくてもいいだろう。俺が言うのは、お前を倒す唯一の答えだ」

 

 

『何者だ……貴様一体、何者なのだ……!?』

 

 

三頭龍の体は震えあがる。

 

上層が恐れるこの魔王の存在。

 

下層を一夜で滅ぼすこの魔王の存在。

 

そんな存在を、(ことごと)く上を行く存在が目の前にいた。

 

彼のことを人とは言えない。人類の英雄と呼ぶには足りない。神という言葉でも()()()()()()

 

何故なら幾多の進軍を葬ったこの魔王が、大樹の存在をそう捉えてしまったから。

 

 

「正義と悪ばかり唱え続けるお前の言葉! それは全ての善を正義と法の神に帰し、不道徳な神と敵対する『拝火教(ゾロアスター)』の教義というならば、人類に———!」

 

 

 

『来るがいい無謀に挑む英雄よ! そして踏み越えよ―――我が屍の上こそ正義であるッ!!』

 

『貴様ではこの『悪』の御旗は砕けないッ!!』

 

 

 

答えのヒントは、魔王の口から出ていた。

 

 

 

 

 

「———悪を乗り越える勇気を求めている。そうだろ、魔王アジ=ダカーハ!!」

 

 

 

 

 

三頭龍は絶句するしかなかった。己の存在を見破られた時間———わずか数十分。

 

箱庭の英知を集めても数十分で解かれることは、絶対にありえない。

 

知識の化け物。いくら知恵を振り絞ったとしても、魔王の正体を暴くことは絶対にありえない。

 

その絶対にありえない概念が今、覆された。

 

 

『……甘く見ていた』

 

 

魔王は、再び闘志を燃やす。

 

 

『貴様の存在を軽く見ていたことを……だがッ!!』

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

三頭龍の放つ覇気。凶悪な暴風が渦巻き、灼熱の炎を一帯に生み出した。

 

 

『届かぬ!! 貴様はまだ、真実に辿り着けていないッ!!』

 

 

大樹の一撃では、魔王アジ=ダカーハを打倒できない。決定的なピースが欠けていた。

 

そのピースを己に当てはめれない限り、魔王は倒れない。悪夢が消え失せることはない。

 

 

「まさか、勝利条件に必要な永久機関のことか?」

 

 

だが、目の前にいる男はそれを言い当てるのだ。

 

先程述べた通り、彼は人とは言えない。人類の英雄と呼ぶには足りない。神という言葉でもまだ足りないと。

 

だから、彼は知っているのだ。何が足りないのか。何が欠けているのか。

 

全知全能の神から貰った力を使い、脳に叩きこんだ莫大な知識情報で解き明かす。

 

 

人類最終試練(ラスト・エンブリオ)を乗り越えなければ人類全てを滅ぼす要因がある。その要因がお前で、絶対悪として顕現したというなら悪意ある権力者が永久機関を地球環境を破壊し尽くす兵器として使ったからだということ」

 

 

人類の文明の発展と共に民草から信仰が失われ道徳心が欠如する末世人類———それが終末論。その終末論の引き金を引くには、悪意による暴走で十分だ。

 

 

「終末を乗り越えるには、人類が霊長として次の進化が必要……原因が永久機関なら、また永久機関を正しく使うってことだ。もしくは永久機関の力を手にした者がお前を打倒すれば証明できるだろ」

 

 

『ありえん……! そんな馬鹿なことがありえるわけがないッ!?』

 

 

人類最終試練(ラスト・エンブリオ)の一つをここまで紐を解く大樹に、三頭龍は認めることができなかった。できるはずがない。

 

人類が得られる知識を越えた英知は、神の領域に触れるどころか凌駕していた。

 

理解できない。信じられない。ふざけるなッ!!!

 

魔王アジ=ダカーハは、最後の力を解放する。

 

 

『真実を述べよ!! 貴様は、何をしたッ!?』

 

 

怒号と共に大地から溶岩が吹き出し、空から何十を超える雷が落ちる。双頭龍の数は何倍も膨れ上がり、世界の終わりを迎えるような光景へと変わる。

 

地獄のような光景を目にしても、大樹は笑みを浮かべて答えた。

 

 

「大切な人を、救いに来た。ただ、それだけだ」

 

 

手に持っていた刀と銃をギフトカードに直し、拳を作り構える。

 

 

「全力で来いよ魔王。正義も悪も関係ない。『俺』というの名の下でぶっ飛ばしてやる」

 

 

『……!』

 

 

魔王の心は昂っていた。今まで以上に、この戦いに興奮していた。

 

出会ったことのない強者に、英雄に、『楢原 大樹』という人間に。

 

自分勝手な言い分だが、その言葉には確かに含まれている正義があった。

 

ならばと三頭龍は力を解放する。正義の前に立ち塞がる絶対悪は、自分だと言わんばかりに。

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!!

 

 

三頭龍の切断された左腕が再生する。同時に霊格が肥大し力を溢れさせていた。

 

終末の時が来た。人類が滅ぶか、絶対悪が滅ぶか。

 

白い体は闇の様に黒く染め上がる。三頭龍から発せられる覇気は大地を震わせた。

 

 

『絶対悪に突きつけたお前という刃の輝き……絶対に忘れはしないだろう。だが、貴様の刃は人類の命運と共にここで断つッ!!』

 

 

「人類を背負う程俺は立派じゃねぇよ。だけど、人類救うことができるならいくらでも背負ってやるよ」

 

 

両者の最大を持って全力の一撃をぶつける準備は整った。

 

 

「全てを救うことを決めた俺に———!」

 

 

『絶対悪を掲げた御旗に———!』

 

 

正義と悪は叫ぶ。

 

 

「『敗北の二文字は、ないッ!!!』」

 

 

ダンッ!!!

 

 

同時に踏み込んだ両者の足は、大地を大きく震わせた。

 

白き流星の如く、光の速度を叩き出すのは大樹。対して黒き隕石の如く、超破壊力を生み出すのは三頭龍。

 

宇宙銀河に影響を与えてしまう衝撃が発生した。

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!!

 

 

距離を詰めるだけで恒星を破壊する衝撃波を生み出す。ここからが本番だった。

 

 

 

『【覇者の光輪(タワルナフ)】!!!!』

 

 

 

「【双撃(そうげき)・神殺天衝】!!!!」

 

 

 

互いが持つ最強の一撃が全力でぶつかった。

 

 

衝撃はまさに超新星爆発(スーパーノヴァ)と同等の破壊力。

 

 

音は何も聞こえないくらいの超爆音。衝撃波は一帯の地を消滅させる。

 

 

それでもなお、正義と悪は叫ぶ。

 

 

 

『朽ち果てろッ!!! 人類の英雄よッ!!!』

 

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおォォォォ!!!!」

 

 

 

神の力と絶対悪の力。両者が交わることなど不可能。

 

 

ゆえに、反発し互いを殺し合う。生き残るのは自分だと叫ぶ。

 

 

———『正義』と『悪』の戦いは、この一撃で幕を下ろした。

 

 

________________________

 

 

超巨大クレーターの中心に、勝者の影と敗者の影が映っていた。

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 

肩を上下させて荒く息をしていたのは勝者の影。敗者の影はその場に倒れていた。

 

 

『……ふむ』

 

 

己の体を見て笑った。胸の中心、心臓を貫かれていた。

 

 

———勝者は正義。

 

 

———敗者は絶対悪。

 

 

大樹の放った双撃———光の超一撃は魔王アジ=ダカーハの【覇者の光輪(タワルナフ)】を打ち破り、三頭龍の体を突き抜けた。

 

 

『まさか……まさかこの(オレ)を一撃で打倒するか……!』

 

 

「一撃……? 馬鹿言うんじゃねぇよ……腕斬ったりしてるから一撃じゃねぇだろ……!」

 

 

頭を抑えながら無理矢理笑みを浮かべる。そして、違和感に気付く。

 

 

(頭が痛くならない……? まさかッ!?)

 

 

「ぐぅ!!」

 

 

悲鳴を上げる体を無理矢理動かす。過去が変わったから頭痛が起きた。逆に言えば過去が変わっていないから頭痛が起きないのだ。

 

黒ウサギの身が危ない。だけど急いで行かないと———ッ!?

 

 

「がぁああッ!?」

 

 

唐突に激しい頭痛が襲い掛かって来た。これは過去を変えた時の痛みでは無い。

 

 

(【神の加護(ディバイン・プロテクション)】の副作用……!)

 

 

一時間という制限時間が経ったのだ。脳を撃ち抜いた激痛が倍になって蘇ったのだ。

 

視界がグラグラと揺れてその場に倒れる。必死に地を這いながらも黒ウサギのところへ向かおうとする。

 

 

「ぐぅ……はぁ……はぁ……ッ!!」

 

 

『……苦しんでいるな英雄よ』

 

 

三頭龍は倒れながら無様な姿を見せる大樹に声をかける。しかし、その声が届かないほど彼は必死になっていた。

 

 

「俺がッ、助けなきゃッ……俺がぁ……!」

 

 

ダンッ!!

 

 

全ての力を振り絞って立ち上がる。

 

 

「負けるかよッ……クソッタレがああああああああァァァッ!!」

 

 

『………!』

 

 

まるで傷だらけの英雄を見ているかのようだった。

 

魔王の瞳に映るのは、正義を振りかざす男の姿ではなかった。

 

 

「黒ウサギいいいいいィィィ!!!」

 

 

大声で名前を叫ぶ男の姿。大切な人の為に美しく抗う愚かな男だ。

 

 

『……くはッ』

 

 

魔王は笑った。

 

このような男に負けたこと。それはどんな汚い英雄に負けることより最悪なことだ。しかし、これを笑わずにはいられない。

 

単純な男だ……魔王は呟いた。

 

 

『貴様の恩恵で(オレ)の力を完全に打ち消し、勝つことは容易だったはず。しかし、貴様は使わなかった。代わりにあったのは———勇気だ』

 

 

三頭龍は覚えている。

 

あの拳に込められた思いの強さを。

 

闇に埋もれた心の奥底まで響き渡ったあの福音を。

 

 

『我が屍を踏み越えし正義を持った一人の英雄よ———ここに称えよう』

 

 

「ッ!」

 

 

その時、大樹を襲っていた痛みが消えた。

 

気が付けば魔王の手が自分の腕を掴み、自分に力を授けていた。大樹は目を見開いて驚愕する。

 

 

「お前ッ……!」

 

 

『貴様は後悔するだろう……この(オレ)を殺さなかったことに』

 

 

白い粒子が三頭龍に集まるように、殻のようなモノを造り上げていた。

 

魔王は、深き眠りにつこうとしていた。

 

 

『最後に問おう。貴様にとって【悪】という存在はどういうモノかを』

 

 

「……………」

 

 

英雄———大樹は迷うことなく答えた。

 

 

「救うべき存在だ」

 

 

『……何故?』

 

 

「お前のように生まれた時から悪になんてなれやしない。憎しみや悲しみが、人を悪にしてしまう。でも憎めることができるのは、大切なモノが確かにあったんだ」

 

 

大切な人が殺された。殺した奴を憎んだ。しかし、その憎しみが生まれるのはそれだけ大切な人を愛していたという証拠にもなる。

 

悲しんで涙を流してしまうから、それを失いたくなかった。だから失わせた要因を憎む。

 

だから、絶対に【悪】が悪いとは言わない。

 

 

「俺は、救いたい。全てを」

 

 

『……大馬鹿者。この魔王を倒すことよりも、優先すべきことがあるなど堂々と言えたモノだ』

 

 

バサッ

 

 

大樹の背中から真紅の布地が羽織られる。絶対悪の御旗に印された紋様は消えている。

 

人類最終試練(ラスト・エンブリオ)を乗り越えた英雄に———褒美が与えられた。

 

 

『行くが良い、英雄よ。正義を掲げ、悪を知ったお前なら……問題ないだろう』

 

 

ゴオォッ!!

 

 

「うおッ!?」

 

 

真紅の布地は大樹に適合し、悪魔のような翼を形作る。強風を巻き起こした。

 

 

『貫け。(こころざし)を持つ者よ』

 

 

「ッ! ありがたく使わせて貰うぜッ!!」

 

 

———【悪神の真紅(クリムゾン・アジ・ダカーハ)】、発動。

 

 

超音速で飛翔した大樹はあっという間に見えなくなる。

 

その英雄の姿を見ていた三頭龍は白い殻に包まれるまで瞳に焼き付けた。

 

己が生で悪を示した魔王。己が死で正義を示す魔王。

 

しかし、あの男はそんな魔王を許し『救う』などと戯言を述べた。

 

 

『忘れぬぞ。この巨悪に撃ち込んだ拳の重み』

 

 

———魔王アジ=ダカーハは、何百年後の未来へ行く為に深き眠りにつく。

 

 

 

________________________

 

 

 

 

バギンッ!!

 

 

「ッ……あまり痛くない?」

 

 

空を飛翔中、忘れもしないあの痛みが襲い掛かって来た。しかし、痛みはスッと消える。

 

羽織っている真紅の布地のおかげであることがすぐに分かる。

 

神の力を全力解放して打倒することができた魔王。その存在は一生忘れることはないだろう。

 

 

「ッ……【創造生成(ゴッド・クリエイト)】」

 

 

正体を隠す()()()を作り出して装着。やっと月の兎たちが見えた。

 

驚く彼らの前に降り立ち黒ウサギを急いで探す。怯えられた反応を見ると、話しかけて聞きたいと思えない。

 

その時、一人の女性が俺の前に立った。

 

 

「ねぇあなた」

 

 

白いトレンチコートに革のロングブーツ、左右の耳に逆廻きの貝殻のピアスを身に付けている金髪の女性。

 

大樹は立ち止まり、彼女の方に向く。

 

女性は真剣な目で、彼に問う。

 

 

「どうして、馬の被り物を頭につけているの?」

 

 

「……………ヒヒーン」

 

 

「全員攻撃準備」

 

 

「ごめんなさい」

 

 

一瞬だけ女性の後ろにいた奴らからとんでもない霊格を感じたぞ。

 

何故馬の被り物を? それは仮面より正体を隠せるからさ!

 

 

「あなたが三頭龍と戦っていた男ね。その魔王は今どこにいるのかしら?」

 

 

「俺が魔王アジ=ダカーハだッ!!」

 

 

「全員超攻撃」

 

 

「おい馬鹿やめろ。冗談に決まっているだろうが」

 

 

「冗談は顔だけで十分よ」

 

 

「ヒヒーンwwwwワロスワロスwwwテラワロスwww」

 

 

「よし、死ね」

 

 

チュドーンッ☆

 

 

「テメェゴラァマジで撃ちやがったなボケェ!!!」

 

 

「やれやれ……こんな緊急事態に遊んでいる場合かね———」

 

 

女性の後ろから現れた山高帽に燕尾(えんび)服を着こんだ男。右手で帽子を抑えつつ呆れた。

 

 

「———金糸雀(カナリア)?」

 

 

「ブフッ!?」

 

 

か、かかかかきゃかきゃ金糸雀!? それ旧【ノーネーム】の参謀さんじゃねぇか!

 

事情を知っていた大樹。黒ウサギが嬉しそうに話していた女性だ。一気に動揺してしまう。

 

 

「先程の超衝撃も気になる。もし魔王が次、同じことをすれば終わりだ」

 

 

あ、俺と三頭龍のアレか。そんなにヤバかった?

 

 

「へーそうなのかー、じゃあ俺はこれで」

 

 

「「待て変態」」

 

 

「オーケー、俺を変態呼ばわりする覚悟はできていて言ったんだよな? この魔王アジ=ダカーハを打倒した俺に簡単に勝てると思うなよ雑種」

 

 

「「「「「えッ?」」」」」

 

 

「あッ」

 

 

シーンッ……と場が静まり返る。そして、

 

 

「「「「「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええェェェ!?」」」」」

 

 

「うるさッ!? めっちゃうるさッ!? 耳に穴が開くわ!! いや開いているのか」

 

 

「最悪だわクロア!! 月の都はこんな変態に救われたのよ! 月の兎が可哀想で仕方がないわ!」

 

 

「表に出ろクソビッチ。テメェの言動に一番腹が立った」

 

 

「待て金糸雀! あの魔王アジ=ダカーハだぞ!? そんな馬鹿なことが———」

 

 

そして、全員の視線は大樹の羽織っていた真紅の布地———【悪神の真紅(クリムゾン・アジ・ダカーハ)】へと移る。

 

 

「「「「「戦利品ゲットしてるぅ!?」」」」」

 

 

「いや貰ったんだけどな」

 

 

「最悪だわクロア! 箱庭はこんな変態に救われたのよ! 箱庭に住む私たちはもう生きて行けないわ!」

 

 

「お前本気でぶっ飛ばすぞ」

 

 

「待て金糸雀! あれ人類最終試練(ラスト・エンブリオ)だと聞いた!」

 

 

「ッ!? 最悪だわクロア! 人類はこんな変態に救われたのね! 死ぬしかないわッ!!」

 

 

「キレたわ。なら死ね。もう死ね。はよ死ね。死んで死んで死んでくれ」

 

 

流石の大樹もブチギレた。

 

しかし、彼らの足元に転がっている黒い機械質の残骸を見て怒りを鎮めた。恐らく一機だけじゃない。軽く見積もっても30は超えている。今度は数で押して来たか。

 

 

「コイツら……お前らが倒したのか?」

 

 

「ええ、月の兎を狙っていたから壊したわ。何故かあの小さな兎さんが狙われていたわね」

 

 

実にありがたいことだった。本当に助かった。感謝の言葉で一杯だ。

 

金糸雀が見る方向には黒ウサギが……うん? あれ? 凄く小さいな……?

 

 

(なるほど、ロリウサギか……あの幼い容姿が、とんでもないナイスバディになるとは思えないな)

 

 

「待ちなさい。その手に持っている物を渡しなさい」

 

 

「安心しろ。ちょっとロリ撮って来るだけだから」

 

 

「よし、死ね」

 

 

チュドーンッ☆

 

 

「っていない!?」

 

 

既に大樹は光の速度で黒ウサギのところまで瞬時に移動。黒ウサギの可愛い姿を携帯端末のカメラに収めていた。もちろん、馬の被り物をした男を見て黒ウサギは涙を流している。そして大人の月の兎たちにボコボコにされていた。

 

 

「ふむ、彼は良い趣味をしているではないか」

 

 

「黙れロリコン。一緒に死ね」

 

 

ついでに数多のコミュニティを襲って幼い少女を誘拐し、一大ハーレムを造ろうとした【燕尾服の魔王】もボコボコにされた。

 

 

「良い写真が撮れた」

 

 

「どれどれ……ふむ、確かに良い写真じゃないか」

 

 

「分かるのか同志よ!」

 

 

「分かるとも我が友よ!」

 

 

ガシッ!!

 

 

燕尾服と大樹は強く手を握り絞めた。

 

 

「早く死ね。苦しんで死ねとは言わないわ。早く死ね」

 

 

「「ちょっとうるさいぞババァ」」

 

 

「よし殺す」

 

 

________________________

 

 

 

大樹が被っている馬の被り物は、もはや馬に見えないくらいボロボロになっていた。血はベトベトに付着しているわボロボロになって目玉が飛び出しているわ。とりあえずR-18のグロ並みだった。

 

 

「金糸雀。頼みがある」

 

 

「絶対に受けたくないんだけど……」

 

 

「そう言うなよ。俺とお前の仲だろ?」

 

 

「もう最悪なんだけど。名前も知らない上に馬の被り物を被った変態に仲を諭されそうになっているんだけど……」

 

 

「受けようッ」

 

 

「「「「「このロリコン、もう変態に諭されてた!!」」」」」

 

 

金糸雀だけじゃなく周りにいた人たちが全員驚愕していた。変態二人は表情は全く見えないが、すがすがしいってくらい良い笑顔になっているだろう。

 

 

「ウサギ達のこと、頼んだぞ。特に小さい子」

 

 

「任された」

 

 

「もう好きにしてちょうだい……」

 

 

金糸雀は頭に手を当てて呆れた。

 

 

(ティナ、真由美、優子、アリア、黒ウサギ……これであとは美琴だけだ……)

 

 

ギフトカードから【神銃姫・火雷(ホノイカヅチ)】を取り出して光の弾を作り出す。

 

ガルペスは必ず美琴の所まで行くはずだ。ここまで念入りに一人一人消そうとするやつだ。恐らく最後は———アイツがいる可能性が高い。

 

 

「どこに行こうとするのかね?」

 

 

「ちょっと、な……あ、その前に大事なことを言うの忘れてた」

 

 

「大事なこと? それは一体……?」

 

 

俺は引き金を引きながら告げる。

 

 

 

 

 

「アジ=ダカーハの封印、まだやっていなかった(笑)」

 

 

 

 

 

「「「「「テメェこの野郎!!!」」」」」

 

 

大樹は姿を消し、その場から逃げるように去った。

 

 

 

———その後、【アルカディア】大連盟は『自由を象徴する少女と丘』の旗印を使い封印することができたそうだ。

 

 

 

———そして、その日からあの場に居た皆は口を揃えてこう言うのだ。『あの馬の骨野郎、絶対に許さん』っと。

 

 

 

 

________________________

 

 

 

「あのコ、足をケガしているの?」

 

 

幼い少女は隣にいた医者の男に聞く。

 

少女の目には一人の男の子が必死にリハビリをしている姿が映っていた。

 

 

「いや、彼は筋ジストロフィーという病気なんだ」

 

 

「きん…じす?」

 

 

「筋肉が徐々に低下していく病気だよ。彼はそんな理不尽な病を背負って生を受けた」

 

 

男の子がバランスを崩して倒れる。少女は不安気な表情になるが、男の子が頑張って立ち上がると、少女の表情に明るさが戻る。が、

 

 

「しかし、例えどんなに努力しても筋力の低下は止まらない」

 

 

絶望を、少女に突きつけた。

 

 

「現在の医学に根本的な治療法は無く、やがて立ち上がる事もできなくなり、最後は自力で呼吸も心臓の活動さえ困難に……」

 

 

少女は男の子を可哀想な目で見ていた。今にも泣き出しそうだった。

 

 

「だが、それはあくまで今現在の話だ。君の力を使えば彼らを助けることができるかもしれない」

 

 

少女は医者の顔を見る。

 

 

「脳の命令は電気信号によって筋肉に伝えられる。もし仮に生体電気を操る方法があれば通常の神経ルートを使わずに筋肉を動かせるはず」

 

 

医者は少女に向かって手を伸ばす。

 

 

「君の電撃使い(エレクトロマスター)としての力を解明し『植え付ける』事ができれば筋ジストロフィーを克服できるかもしれないんだ」

 

 

そして、医者は笑みを見せる。

 

 

「君のDNAマップを提供してもらえないだろうか?」

 

 

少女は病人たちを見る。

 

———必死に生きようとリハビリに励む男の子を。

 

———車椅子に座った少女を。

 

———ガリガリにやせ細った男の子を。

 

少女の中で、答えは決まっていた。

 

 

「……うんっ」

 

 

———御坂 美琴は医者の手を握った。

 

 

 

________________________

 

 

 

万能の恩恵である【悪神の真紅(クリムゾン・アジ・ダカーハ)】には自身の姿を消す恩恵が備わっていた。

 

大樹は姿を消し———超電磁砲(レールガン)量産計画【妹達(シスターズ)】の原因となる一部始終を見ていた。

 

 

 

 

 

そして———隣でガルペスも一緒に見ていた。

 

 

 

 

「止めないのか?」

 

 

「ッ……!!」

 

 

ガルペスの問いに大樹は何も答えない。歯をグッと食い縛る大樹の口から血が流れている。握り絞めた手が震えていた。

 

今ここで止めれば【妹達(シスターズ)】は作られることはなく、一方通行(アクセラレータ)が大量虐殺を止めることができるだろう。だけど……!

 

 

「止めれないだろうな。止めれば今のお前は、ここにいられないのだから」

 

 

ガルペスの言う通りだった。

 

全ての出来事に何一つ欠けてはいけない。一つでも欠けてしまえば俺はここにいないから。

 

 

「これが現実だ。例え過去を変えれる状況になっても、自分の為に、自分勝手に他人の不幸を見過ごしている卑怯者だ」

 

 

「分かってんだよッ……俺が最低なことくらい、今一番分かってんだよッ……!」

 

 

「……………」

 

 

「でもよぉ……この出来事がないと……御坂妹は生まれてこないッ……美琴と仲良くなれないッ……一方通行(アクセラレータ)はずっと一人のままなんだ……!」

 

 

「それも———」

 

 

「ああ自分の勝手な解釈だクソッタレがッ……!」

 

 

涙をボロボロと流しながら美琴が医者に連れて行かれる光景を見ていた。

 

 

「……楽にしてやろう」

 

 

ガルペスの手からナイフが投げられようとする。標的はもちろん美琴。だが大樹がガルペスの手を掴んで止める。

 

 

「クッ……!」

 

 

首を横に振る大樹を見てガルペスはナイフを虚空へと消す。その瞬間、

 

 

バギンッ!!

 

 

「がぁッ!? あああああァァァ!!!」

 

 

「フンッ、過去を変えたな。俺が殺そうとした奴を救ったせいで」

 

 

激痛に悶える大樹をガルペスは見下しながら鼻で笑う。

 

 

「世界を管理している最高神の影響だ。本来ならゼウスが受けるダメージをお前が受けることになったのだ」

 

 

「ッ……まさか『保持者』が……!?」

 

 

「今更気付いたか。無様だな」

 

 

痛みに耐えながら驚愕の真実を知る。ガルペスは続ける。

 

 

「言ってるだろ。『保持者』は神の身代わりだと」

 

 

以前ガルペスが言っていた『『身代わり人形』という言葉を思い出す。その言葉通りなら、激痛に襲われる理由に説明がついてしまう。

 

 

「……別に構わねぇよッ」

 

 

「何ッ?」

 

 

「それでも俺は構わねぇって言ってんだよッ……!」

 

 

頭から血を流し、口から何度も吐血する大樹の表情は笑っていた。

 

 

「あの駄神のおかげでッ……俺は大切なモノを得たッ……大切な人と出会うことができたッ……あの馬鹿野郎にはお礼に一発殴らねぇと気が済まねぇんだよッ……!」

 

 

「貴様ッ……!」

 

 

「全てを救うッ……過去は変えられなくても、その分……いや、それ以上に未来はッ……俺が、絶対に救い続けてやるんだよッ……!」

 

 

最後の力を振り絞って出した大樹の答え。これまでの疲労と大量出血で、意識は途切れてしまった。

 

 

「……そんな考え、俺には不可能だ」

 

 

完全に倒れた大樹を見ていたガルペスは、着ていた白衣を脱ぎ、大樹に被せる。

 

 

「———《生まれ変われ、哀れな魂が宿った肉体よ。神の意志に従い、次元を超克(ちょうこく)せよ―――転生》」

 

 

 

________________________

 

 

あれはもうどのくらい前のことだろう。

 

俺を絶望の淵へと叩き落とした忌々しい出来事が起きたのは。

 

愛した世界が、愛した人が俺を裏切った。だから俺は……。

 

16世紀後半、世界中の国々が絶対王政の名の下に民へと圧政を強いていた時代。

 

俺はとある国の都市の片隅で医者をやっていた。

 

暮らしは裕福とは言えなかったが、人々を助けるということだけですべてが満足だった。

 

ある年の冬。

 

国を恐ろしい病が襲った。

 

何十人もの患者が目の前で死んでいった。

 

俺はこの病への薬を作るための研究をする決意をした。

 

俺は救えなかった患者の遺体を埋葬するという理由を並べ、何十人もの人間の死体を解剖していた。

 

全てはこの国を救うため。一人でも多くの人々を救うためだと信じて。

 

何日も寝ない日もあった。食事もとらない日もあった。

 

 

「ちゃんと休む時は休まないと体壊すよ?」

 

 

私が愛する妻、エオナ=ソォディアだ。いつも彼女が俺を気遣ってくれる。彼女の支えがあったから、私は医学に集中することができた。

 

そして、数ヶ月の時を経てそれは完成した。人々を救う唯一の希望———治療薬の完成だ。

 

すぐに俺はこの薬を患者たちへと投与した。効果が出るのに半日も経たなかった。真っ青で死にかけているような表情だった患者たちの顔には元気が戻り始めたのだ。

 

 

「成功だ……!」

 

 

今までの苦労が報われた。喜びに震えながら俺は呟いた。この国を救えたことに。

 

 

次の日、診療所のドアを叩く音で目を覚ました。

 

 

「ガルペス=ソォディアだな。貴様に謀反の疑いがかかっている。我々に同行してもらおう。」

 

 

ドアの前に立っていたのは国の憲兵たちだ。手には槍と

 

 

「俺が何をしたというのだ」

 

 

「貴様に薬を投与された病人どもが次々と死んでいるのだ。これを謀反と言わず何というか」

 

 

「なッ!?」

 

 

憲兵の言葉に絶句した。そんなはずはない。あの薬は完璧だったはずだ。

 

連行される道中、俺は何を考えていただろう。或いは何も考えていなかったのかもしれない。

 

行き着いた先は人を裁く裁判所。被告人はこの俺だ。

 

 

「被告人ガルペス=ソォディア。病の薬と称した殺人薬で多くの罪なき民の命を奪い、国家の転覆を目論んだ。よって貴様を絞首刑とする」

 

 

「しかし……!」

 

 

「罪人が口をきくんじゃない!」

 

 

反論は許されなかった。

 

 

「この反逆者が!」

 

「殺人鬼!」

 

 

四方より罵詈雑言が飛んでくる。中には過去に俺が看病した奴らもいた。

 

人間とはこうも簡単に手のひらを返すものなのか。

 

俺はこんなクズどもを救おうとしていたのか。

 

裁判が終わり留置所へと連行される途中、俺は監視の首を絞めて意識を落とし、逃げ出した。

 

この国から逃げるために。走り出した。

 

しかし、最後に……最後に……彼女には会っておきたかった。

 

彼女だけには俺の成し遂げたこと、無実だということを伝えたかったから。

 

ドンドンドンッ!っと彼女の家のドアを勢い良く叩く。

 

ドアが開くと、エオナが驚いた顔で迎えたが、事情を察した。

 

 

「ッ! 裁判にかけられたって聞いて……とりあえず中入って!」

 

 

「あぁ……」

 

 

彼女に手を引かれて俺は家へと入る。

 

リビングの椅子に腰掛けると俺はすぐに大声で必死の弁解を始めた。

 

 

「俺は何もしてない! 俺はただ人々を救いたかっただけなんだ!」

 

 

彼女に嫌われたくない。その一心で誤解を解いていた。

 

 

「と、とりあえずコーヒーを飲んで落ち着いて……冷めてしまうわ」

 

 

彼女はコーヒーが入ったカップを差し出す。

 

 

「……悪い」

 

 

どのくらい話しただろう。自分が治療薬を作り出すための行程、患者の為に寝る時間を削ったこと、様々なことを、細かいことを隅々まで話した。

 

彼女は嫌な顔一つしなかった。

 

 

「私は、ガルペスがそんなことするわけないって信じていましたよ」

 

 

彼女は微笑む。

 

彼女は俺のことを信じてくれている。この国で唯一。反逆者となってしまった俺のことを。

 

俺を理解してくれる人がいる。ただそれだけで安堵が訪れる。

 

 

———グラリッと視界が揺れた。

 

 

なんだ……?急に眠気が……。

 

まさか、このコーヒーに……?

 

彼女の表情を見ることもできないままに俺の意識は途絶えた。

 

そして、次に目が覚めたとき。そこは留置所の中だった。

 

 

 

 

 

———裏切られた。

 

 

 

 

 

この世界で唯一の理解者だと思っていた人間に。

 

 

最も愛した人間に。

 

 

「—————ハッ」

 

 

怒鳴り散らすことはなかった。泣き喚くこともなかった。

 

 

俺は、呆れて笑った。

 

 

そして翌朝、俺は絞首台の目の前に立っていた。

 

もうすぐ俺の命が消える。

 

すべてを失い。裏切られてた惨めな人生が幕を閉じる。

 

その瞬間、無かった感情が生まれる。

 

心の中に生まれる感情は闇のようにドス黒い憎しみ。そして、この世界に復讐することができないままに死んでいくことへの怒り。

 

俺は一歩……また一歩と絞首台へと上がって行く。

 

そして首に縄をかけられる直前。絞首台の周りに群がる人間たち……屑共に向かって叫んだ。

 

 

「今ここで俺が死のうとも、必ずお前たちに、この国に、この世界に復讐するために戻って来るッ!!」

 

 

———ガルペス=ソォディアの人生はここで幕を閉じた。

 

 

 

________________________

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

ガバッと勢い良く起き上がる。とんでもない夢を見ていたようだ。

 

ガルペスの過去。命の最後。そして———!

 

 

「金髪巨乳の奥さんと結婚しているとか許せねぇえええええッ!!」

 

 

「黙れ」

 

 

「うおッ!?」

 

 

すぐそばから聞こえたガルペスの声に飛び上がる。【無刀の構え】で戦闘態勢を取るが、椅子に座りつまらなさそうに本を読むガルペスを見て気付く。

 

 

「あれ? ここはどこだ?」

 

 

壁も床も木で作られた部屋。窓から外を見れば森が広がっていた。

 

 

「ここは俺が使っていた診療所だ。ちなみにそこのベッドで、人体を解剖していた」

 

 

「うぎゃあああああァァァ!! おまッ!? 何て場所に寝かせて———!?」

 

 

寝かせて? ちょっと待てよ?

 

自分の体に、綺麗に包帯が巻かれていることに俺は驚いた。

 

 

「お前……俺を助けたのか?」

 

 

「……起きなければ解剖でもしようと思っていた」

 

 

「それツンデレだろ」

 

 

「ぶっ殺すぞ」

 

 

「うん、それがお前らしい」

 

 

「チッ」

 

 

悲報。ガルペスに助けられた件について。

 

ヤバい。どうしよう。コイツに助けられると……もうどうすればいいのか分からないんだけど。

 

 

「おい。武器を直せ。俺は何もしない」

 

 

「し、ししししし信じられるかよッ!」

 

 

「動揺するな……俺だってこのような真似はしたくなかった」

 

 

ガルペスが本を閉じると、部屋の扉が開いた。一体何の本を……解体新書あたり読んでいてもおかしくないな。

 

それは過去で見たガルペス=ソォディアの姿。白衣を着た男が大量の紙の資料を手に入って来た。

 

 

「患者の容体は急変することなくゆっくりと浸食するようにウイルスが……」

 

 

ブツブツと呟きながらテーブルに資料を置き、こちらに気付くことなくペンを持って書き始める。

 

 

「……お前って、美形で金髪だったのか」

 

 

「震えて驚くことでもないだろ……この髪と顔は……最後の俺だ」

 

 

「はい?」

 

 

ガルペスの言葉に意味は理解できなかった。それより金髪のイケメンだったことに驚きなんだが。どうして今と前世がこんなに違うんだ。劣化してんぞ劣化。例えるなら映画のジャイ〇ンからアニメのジャ〇アンに変わるくらい違うぞ。

 

 

「というか、俺たちの存在に気付かないのかよ」

 

 

「気付くわけがないだろ。貴様の能力でな」

 

 

「あ、そうだった」

 

 

悪神の真紅(クリムゾン・アジ・ダカーハ)】が自分に羽織られていることに気付く。さっきから気付くの遅いよ。全然回り見てないじゃん。

 

 

「……………」

 

 

大樹は無言で立ち上がり、ガルペス=ソォディアの背後に立ち、

 

 

バシッ!!

 

 

「痛ッ!? えッ!? 何だ!?」

 

 

頭を叩いた。

 

 

「おい貴様!?」

 

 

「プギャーwwwざまぁwwwワロスwww」

 

 

「死にたいようだなッ……!」

 

 

ドゴッ! バギッ! ゴギッ! ドゴンッ!

 

 

ガルペスと大樹が殴り合う。二人の姿が見えないガルペス=ソォディアはバタバタとなる物音にビックリしていた。

 

 

「な、何だ!? 何が起きているんだ!?」

 

 

「ええい! やめんか!!」

 

 

「クソッ……もっと仕返しできねぇだろうが……」

 

 

しぶしぶ大樹は大人しくなる。全く大人げない主人公であった。

 

声だけ聞こえるように恩恵を解き、チューチュー、ニャーニャーとネズミとネコの鳴き真似を大樹がすると。

 

 

「何だ……ネコとネズミが喧嘩していたのか……」

 

 

「過去のお前ってアホだよな。あんなに激しく喧嘩するのはト〇とジェ〇ーぐらいだぞ。納得したぞこの馬鹿」

 

 

「死に黙れ」

 

 

ギスギスとした空気が漂う中、また部屋の扉が開いた。

 

長い金髪と大きな胸を揺らしながらコーヒーを持って来た美人———エオナ=ソォディアだ。

 

 

「彼女の胸に触ったら殺す」

 

 

「怖ぇよ……触らねぇよ……もし触ったこと、嫁にバレたら生きていけねぇだろ……」

 

 

「……………フッ」

 

 

「テメェ今鼻で笑ったなおい」

 

 

本当に触ってやろうか考えていたが、その考えはすぐに消えた。

 

 

「キャッ!?」

 

 

「あッ」

 

 

エオナがその場で転んだからだ。

 

 

バシャッ!!

 

 

「あちぃ!?」

 

 

熱いコーヒーを浴びたガルペス=ソォディアは飛び上がって服を脱ぐ。エオナが急いで立ち上がろうとするが、

 

 

ゴンッ!!

 

 

「痛ッ!?」

 

 

「ゴフッ!?」

 

 

エオナの頭がガルペス=ソォディアの顎に直撃。頭突きと同じくらいの勢いだった。

 

ヨロヨロとガルペス=ソォディアは後ろへと下がり、開いた窓の縁にぶつかり、

 

 

ドテッ

 

 

「うぉあッ!?」

 

 

「が、ガルペス!?」

 

 

そのまま窓から身を投げた。

 

別にここは二階じゃなくて一階だが、それでも落ちたら痛いだろう。というか、

 

 

「……………嘘だろ」

 

 

一部始終を目撃した大樹は戦慄していた。

 

コーヒーをこぼしただけでガルペスに3コンボくらい攻撃がヒットしたぞ。マジか。

 

俺はゆっくりとガルペスの方を向くと、

 

 

「フフッ、相変わらずドジだな、エオナ」

 

 

「キメエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエェェェ!!!」

 

 

おぇ! おんげぇ! 気持ち悪! おげぇ! おうぇ! オロロロロロ!!

 

 

「嘘だろお前!? ボコボコにされていたぞ!? 俺みたいに嫁にボコボコにされていたぞ!?」

 

 

「……何を言っている? 彼女は少し転んだ。それだけだろう」

 

 

「転んでコンボ繋ぐ嫁がどこにいる!? コーヒーぶっかけて、頭突きでアッパー入れた後、場外まで落としたぞ!?」

 

 

窓から顔を出してガルペス=ソォディアの様子を見ると、

 

 

「ハッハッハッ、怪我ないかい、エオナ?」

 

 

「サイコパスかお前ら!?」

 

 

何笑ってんだよ!? 自分の心配しろよ!? ボロボロじゃねぇかお前!?

 

 

「だ、大丈夫よ……手を少し捻らせただけだから」

 

 

「それは大変だ!!!」

 

 

「頭から血を流すお前の方が大変だよ!」

 

 

怪我人二人(一人重傷)は部屋を出て行った。

 

今の光景にドン引きする俺に、ガルペスは首を傾げた。

 

 

「どうした?」

 

 

「いや……………何でもない」

 

 

大樹は気付いてしまった。

 

 

———自分も嫁にボコボコにされて笑顔だったことに。

 

 

(コイツと同類とか絶対に嫌なんだけどぉ!?)

 

 

そして、絶望した。

 

 

「それは仕方ない。だが自己嫌悪に陥ることはない」

 

 

「は?」

 

 

「お前が大切にする人より、エオナは美しいことは仕方ないと言っている」

 

 

「ぶっ殺すぞ」

 

 

冗談じゃ済まない話だ。俺の嫁が世界一……いや宇宙一可愛い。いいな? 反論する奴は全員俺の拳で潰す。

 

 

「まぁお前の愛する妻は可愛い。そこは否定しない。可愛いけど、そこまでだよなぁ」

 

 

「は?」

 

 

「俺の嫁の可愛さと比べれば足元にも及ばん。出直せポンコツ旦那」

 

 

「ぶっ殺す」

 

 

———その後、二人は日が暮れるまで嫁の話を続けた。

 

 

________________________

 

 

 

それから俺とガルペスは誠に遺憾ながらガルペスと一緒に行動していた。と言ってもガルペス=ソォディアとエオナ=ソォディアの生活様子を見ているだけだ。

 

 

「ごばッ!?」

 

 

「た、大変だッ!? ソォディアの旦那がまたやられたぞ!?」

 

 

「これで何度目だよ!? 奥さんわざとだろ!?」

 

 

「医者を呼べェ! ってコイツが医者だった!?」

 

 

ちなみにガルペス=ソォディアは毎度嫁の不幸体質にモロくらっています。凄い凄い。ドア開けただけで8コンボくらいダメージヒットした。

 

 

「心配しないでくれ。俺は大丈夫だ」

 

 

「「「「「頭から血を流している奴に言われたくねぇ!」」」」」

 

 

アイツ不死身か。

 

 

「エオナの不幸体質は周りにいる人たちを容赦なく傷つけていた」

 

 

「うん、容赦ない部分はかなり分かるぞ」

 

 

ドン引きするくらい慈悲が無い攻撃だったからな。

 

 

「そのせいで彼女は一人だった……だから俺は———」

 

 

なるほど、ここから運命的な出会いと感動的な話に———

 

 

「———彼女の不幸体質を全て自分に来るようにした」

 

 

「お前ドMだよ。ドMが恐怖するくらいのドMだよ」

 

 

———涙出ねぇよ。代わりに嫌な汗が出たわ。

 

 

「彼女が愛したモノが傷つくという法則が明らかとなった。だから彼女は俺だけ愛するようにした」

 

 

「俗に言う束縛系男子ですね分かります」

 

 

「フン、嫉妬は醜いぞ」

 

 

「ふぇ~、いきなり勘違いしているうえに何言ってんだコイツぅ~」

 

 

嫉妬する部分、大きなおっぱいと美人な嫁くらいしかないんだが。不幸体質のせいで大きくマイナスになるけどな。

 

不幸体質は、俺の予想を遥かに上回っていた。

 

夕飯のスープは紫色。何度も倒れるわ倒れるわ。死んだかと思えば笑顔で幸せそうに起き上がるわ。もうゾンビだ。ガルペス=ソォディア=ゾンビだわ。

 

一緒に布団に寝るだけで窒息死しそうになっているし、朝起きたら何故か外で寝ているし、朝ご飯の目玉焼きが爆発するし、大事な資料は紛失するし、注射が頭にぶっ刺さるし、全く関係無いのに村の人たちの喧嘩巻き込まれるし、ネコに引っ掻かれるし、馬がタックルしてくるし、ついでに嫁もタックルして来ていた。カオス。

 

 

「お前の死因って、まさか嫁なのか?」

 

 

「そんな馬鹿なことがあるわけないだろう」

 

 

目の前でヤ〇チャのように力尽きているガルペス=ソォディアを見ていたらそう思うだろ。

 

 

「……可哀想だな」

 

 

「ああ、エオナの不幸体質をどうにかしてあげたかった」

 

 

「そっちじゃないんだよなぁ……」

 

 

俺、敵に同情しているんだけどなぁ。気付てないだろうなぁ。この嫁馬鹿め。ん? 俺? 俺は馬鹿じゃない。超ウルトラスーパーアルティメットぐらい嫁を愛しているから!(つまりコイツも嫁馬鹿)

 

 

 

________________________

 

 

 

一体いつまでこのイチャイチャ(九割残酷なシーン)を見せられるのだろうか。もう胸が痛いんだけど。別の意味で。

 

そう思っていた矢先、すぐに状況が変わった。

 

診療所に患者が流れ込むように忙しくなったのだ。

 

 

「……破傷風(はしょうふう)か」

 

 

「よく分かったな」

 

 

俺の見た夢と同じ光景が広がっていた。真剣な表情で患者たちを診察するガルペス=ソォディア。

 

患者の容体から推測した感染症の名称を当てる。ガルペスは肯定した。

 

 

「傷口から体内に侵入することで感染する。擦り傷でも感染する可能性があるから、この時代での感染率は高くなってもおかしくはない。症状で……すぐに分かった」

 

 

「当時は呪いだと騒がれていた。金縛りの様に筋肉が硬直、老いるように歩行障害、悪魔が憑りついたかのような痙攣を起こす。とてもじゃないが病気とは思えなかった」

 

 

ガルペス=ソォディアは患者の容体だけでなく、感染する前の出来事や人との関係、何でも調べようとしていた。妻のエオナと共に病の正体を突き止めようとしていた。

 

寝る時間も削って、何十日、何週間、何ヵ月と時間をかけて、ついに辿り着いた治療薬を、ガルペス=ソォディアは手に入れる。

 

治療薬をリンゴと同じ値段、時にはタダで患者に売り投与した。村の人たちだけでなく、隣の村まで、国まで薬を売った。

 

 

「当時は原因と病気の正体は分からなかった。しかし、その菌に対抗する抗生物質を投与するだけで症状を抑えることに成功した。そこから原因を探り出そうとしていたが」

 

 

『ガルペス=ソォディアだな。貴様に謀反の疑いがかかっている。我々に同行してもらおう』

 

 

突如現れた憲兵たちにガルペス=ソォディアは連れて行かれた。

 

 

「邪魔が入って解明できなかった。奴らは俺の治療薬を欲していた。当然、金儲けの為にだ」

 

 

裁判所で一方的に裁かれ、留置所にぶち込まれようとしているガルペス=ソォディア。俺とガルペスは手を出すことなく見ていた。

 

 

「……過去、変えないのか?」

 

 

「変えたら今の俺はここにいない。消えるわけにはいかない。それに———」

 

 

監視の首を絞めて意識を落とし、ガルペス=ソォディアは逃げ出した。その時、ガルペス同士がぶつかろうとする。その瞬間、

 

 

スッ……

 

 

「ッ!?」

 

 

ガルペスの体は、空気のように突き抜けてしまった。

 

ガルペス=ソォディアは気付かない。ガルペスにぶつかったことに、すり抜けたことに。何も気付かない。

 

 

「———俺は、この世界に干渉することができない」

 

 

諦めたかのような声で答えるガルペスに、俺は何も言えなかった。

 

 

「保持者は自分のいた世界に干渉できない。お前が今まで戦った保持者たちも、同じだ」

 

 

「……アイツらは、もう違う。世界に復讐しようだなんて、考えないッ」

 

 

「……………」

 

 

俺の言葉にガルペスは何も反応しなかった。

 

 

夢と同じようにガルペス=ソォディアはエオナの下へ走り逃げて来た。自分はやっていないと必死に話をした。

 

しかし、エオナの出したコーヒーを飲んだ瞬間、ガルペス=ソォディアは倒れた。

 

 

「エオナは、脅されていたのだよ」

 

 

「……誰にだ」

 

 

「国からだ。自分の命が惜しければ俺を捕らえろとな」

 

 

エオナがガルペスを裏切った。ガルペスの口から、そう言っているような気がした。

 

 

「彼女を……エオナ=ソォディアを恨んでいるのか?」

 

 

「……どうだろうか。私は彼女に生きて欲しかった。だからあの行為を……何とも思えない。憎いのは、国の奴らだ」

 

 

目の前で倒れたガルペスを抱き締めながら大泣きするエオナ。俺たちは、ただ見続けることしかできなかった。

 

 

「しかし、彼女の不幸は続くのだ」

 

 

ダンッ!!

 

 

勢い良く扉が開かれた。ここから先は夢で見ていない展開。俺は驚きながらその光景を目にする。

 

入って来たのは憲兵。抜刀した剣を構えながらエオナに近づき———

 

 

ドシュッ!!

 

 

———エオナ=ソォディアの命を、断った。

 

 

最愛の妻が死んだというのにガルペスは無表情。大樹は呆然とその残酷な結末を目に焼き付けていた。

 

 

「何やってんだよ……何やってんだお前らぁ!!!」

 

 

「やめろ」

 

 

憲兵に殴りかかろうとした時、ガルペスに蹴り飛ばされる。

 

蹴り飛ばされた大樹はガルペスを睨み付けた。

 

 

「貴様がここで過去を変えればどうなる。全て消えて良い覚悟があるのか」

 

 

「ッ……だからってッ……こんなこと……!」

 

 

「俺は望まない。この復讐心は、絶対に消させない……」

 

 

憲兵はガルペス=ソォディアを連れて出て行った。

 

血に染まった部屋に佇むガルペスの姿は、どんな敵よりも恐怖を感じた。

 

憎しみの根源は、ずっと深く根付いていた。

 

 

「彼女が生きて行けるなら私は死んでも構わなかった。だが、これを見ても死んでも構わないと思えるか?」

 

 

「……………」

 

 

「……しかし、これは何度も見れば笑える光景だ」

 

 

「ッ……本気で言ってるのか?」

 

 

「エオナは何の躊躇いもなく、裏切った。所詮———」

 

 

ガルペスは諦めた様に笑った。

 

 

「———愛など、この程度だ」

 

 

「……そんなことは、ない」

 

 

「自分の価値観を俺に押し付けるなよ? このあとは自分が処刑されるが、見ようと思わん」

 

 

ガルペスが右手を上から下へ振ると目の前の虚空に黒い渦が発生する。ガルペスはこの世界から去ろうとしていた。

 

 

「……待てよ」

 

 

「俺はこの世界では戦わない。貴様も今日は引き上げろ」

 

 

ガルペスは俺に向かって一発の銃弾を投げた。片手でキャッチすると、とてつもない力を感じた。

 

 

「これって……」

 

 

「時崎 狂三の精霊の力をそこに凝縮させたモノだ。もう俺には必要ない。それで勝手に元の時代に帰れ」

 

 

その時、フッとガルペスは不敵な笑みを見せた。

 

 

「しかし、()()()()()()()に帰れると思わないがな」

 

 

「ッ……どういうことだ」

 

 

「そのままの意味だ、愚か者」

 

 

ガルペスは黒い渦の中へ歩き出し、姿を消してしまう。

 

言葉の意味は分からないが、これで全てやるべきことは終わったのか。ガルペスの企みは分からないが、これで何とか最悪な未来を変えれた。

 

まずはあの世界に帰らないと。ここで狂三の力を使って未来に帰っても意味がない。この世界の未来に帰ってしまうだけだ。

 

転生の準備に取り掛かろうとすると、

 

 

シクッ……シクシクッ……

 

 

「ん?」

 

 

女性の啜り泣く声が聞こえてきたのだ。しかも聞き覚えのある声も一緒に。

 

 

『ごめんなさいガルペスッ……本当にごめんなさい……!』

 

 

「は、ははッ……わ、笑えにゃい……冗談だじょ……」

 

 

そして、大樹から大量の汗が吹き出し、ガクガクと体を震わせた。

 

ゆっくりと振り返ると、そこにはエオナ=ソォディアの遺体があった。

 

 

 

 

 

そのそばで泣く、エオナ=ソォディアの霊体もあった。

 

 

 

 

 

「で、出たあああああああああああァァァァ!?」

 

 

『きゃ、きゃああああああああああァァァァ!?』

 

 

足が無い。何か透けてる。幽霊ですね!

 

大樹はそのまま扉を開けて逃げようとするが、

 

 

『ま、待ってください!』

 

 

ガチンッ!

 

 

「うぇ!? ドアが開かない!? そんな馬鹿な!?」

 

 

ガチャガチャと鳴らしながら必死に逃げようとする大樹。エオナはゆっくりと大樹の手を掴んだ。

 

 

「さ、触った!? 今触った!? 嫌だぁ!!」

 

 

『お、落ち着いてください! 私は死んだ魂です!』

 

 

「人はそれを幽霊って言うんだよぉ!!」

 

 

ってアレ? 幽霊? ん? 待てよ……エオナ=ソォディアの魂?

 

 

「何だ、ただの幽霊か。驚かすなよ」

 

 

『えぇ!? さっきまであんなに怯えていたのにどうして!?』

 

 

「悪霊だったら全力で逃げた。物理攻撃効かないとかふざけんな」

 

 

『問題はそこなんですか!?』

 

 

うん。だからアンタが幽霊とかよく考えたら鼻で笑えるくらいどうでもいい。

 

 

「それで、どうした幽霊。お経なら全部暗記してるぞ?」

 

 

『やめてください!』

 

 

エオナ=ソォディアを落ち着かせて話を聞くと、気が付けば幽霊になっていたという。

 

 

『あなたはとても霊感が強い人間ですね。幽霊になったばかりの私でも分かります』

 

 

「えぇ……マジか……普通にショックだわ」

 

 

『そうですね……こう、ゴワァっとした感じの霊感があります』

 

 

「うん、分からん」

 

 

聞き流そう。霊感が強いとか今はどうでもいいだろ。

 

 

「……ガルペスを見捨てたこと、後悔しているのか?」

 

 

『……はい』

 

 

涙をポロポロと流しながら答えるエオナ。自分の遺体のお腹をさすりながら嗚咽を漏らす。

 

 

『最愛の夫だけでなく……自分の子まで救えなかったッ……私はッ……最低です……!』

 

 

「なッ!? 妊娠していたのか!?」

 

 

コクリッと頷くエオナに大樹は驚きを隠せなかった。

 

エオナはガルペスが憲兵に連れて行かれ裁判を受けている時に妊娠していると分かったという。それを伝える前に国に脅され、ガルペスを国に引き渡すことになってしまった。

 

 

『きっとガルペスは私が死んだら……酷く落ち込んで人を憎むと思いました……今まで不幸だった私を幸せにしてきた人生が、無駄になってしまうなんて……彼には酷過ぎるッ……!』

 

 

「……どの道、事情を知らないアイツはこの結果(ザマ)でも憎んでいる」

 

 

『えッ……』

 

 

俺はガルペスが今までしてきたことを話した。

 

彼女わんわんと大泣きして、この裏切りを悔いた。何度も愛しの名前を呼んで謝罪した。

 

 

「……憎しみに満ちたアイツの心に、もう光は灯せない」

 

 

『それでもッ、我が子を守る為だと知れば、ガルペスは分かってくれるはずなんですッ! 事情を知っていれば、国が腐っていなければ、私たちはッ……!』

 

 

エオナ=ソォディアがガルペスを裏切った理由。

 

 

 

 

 

———それは、お腹にいる我が子を守る為。

 

 

 

 

 

『誰よりも———幸せな家庭を築けたッ……!』

 

 

 

 

 

きっとガルペスがこのことを知っていれば未来は変わっていただろう。俺の大切な人を傷つけはしなかっただろう。

 

 

『お願いですッ……ガルペスをッ……私の愛した彼を———』

 

 

エオナ=ソォディアは、願う。

 

 

『———救ってくださいッ……!』

 

 

「……………ふざけんじゃねぇよ」

 

 

アイツは、俺の大切なモノを奪い、大切な人を傷つけ、俺の大切にする全部をグチャグチャにした奴だ。

 

 

「どいつもコイツも、不幸な目に遭いやがって……」

 

 

遠藤 滝幸(バトラー)は執事としてお嬢様と幸せな時間を時間を奪われた。たった一人の欲望のせいで。

 

新城 陽(エレシス)新城 奈月(セネス)は、多重人格のせいで誰よりも子を愛した母親を失った。受け入れられない周囲の人間のせいで。

 

姫羅は箱庭で魔王にコミュニティを潰された。再び愛する夫に会うために悪魔に魂を売るも、裏切られた。最低な悪魔のせいで。

 

そして、脅されて自殺してしまった阿佐雪 双葉(リュナ)。俺のせいで、人生を終えた。

 

 

「俺は死んでも幸せだった。大切な人ができて、一緒に過ごせたから……でも、お前らは違うッ……」

 

 

ガルペスは、最愛の妻に裏切られたと思っている。事情を知って、同じ場面に遭遇すればガルペスの心も変わっただろう。

 

 

そして———愛を、知れたはずだ。

 

 

「何で救われねぇんだよ……十分頑張ったじゃねぇかッ……お前らは、何でこんな不幸になるんだよッ……!」

 

 

バトラーは記憶障害でも、執事の仕事を必死に覚えた。体に叩きこむように記憶を刻んでいた。

 

奈月は周囲の人間にどれだけ否定されようとも、姉の陽を肯定し続けた。そんな奈月を陽はずっと支え続けた。

 

姫羅は俺に技を教えてくれた。血が滲むような修行をして得た剣技を、俺に授けてくれた。

 

そして双葉は、どんな時でも笑顔で一緒に居ていくれた。こんなにも、優しい人なのに、

 

 

「ガルペス……」

 

 

そして医者として病を治し、寝る時間を削ってまで人を救い続けた人間。

 

そんな人間たちが———不幸になる。

 

 

「約束する……エオナ=ソォディア」

 

 

『ッ……』

 

 

「俺は———」

 

 

決めたことを曲げるつもりはない。だから、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「———あの嫁馬鹿を、止めてやるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———全てを救う。それが俺の決めた心だから。

 

 

 

________________________

 

 

 

ガルペスが命を終える瞬間を見届けた。拳をグッと握り絞めながら見ていた。

 

最後まで、アイツのことを見ていないといけない。そんな気がしたから。

 

エオナは目を離した隙に、姿を消した。どこに行ったかは分からない。

 

でも、やる事は決まっている。

 

【神銃姫・火雷(ホノイカヅチ)】をギフトカードから取り出す。神々しい光の粒子が銃へと集まり、光の弾丸が銃に込められる。

 

 

「今、帰るからな……」

 

 

大切な人を想いながら、引き金を引いた。

 

 

ガキュンッ!!

 

 

 

 

 

「は?」

 

 

転生に成功した。しかし、失敗したと錯覚してしまう。

 

目の前に広がる光景に、俺は戦慄した。

 

独特なゴムの匂い。少し暗い部屋。

 

埃が被った得点板。変色したマットの山。空気の抜けたサッカーボールが転がっていた。

 

心臓の鼓動が、速くなる。

 

 

「何で……こんな場所に……!?」

 

 

ここは———俺が一番知っている場所。

 

 

 

 

 

「学校の、体育倉庫……!?」

 

 

 

 

 

———俺が死んだ場所だったからだ。

 

 

 




大樹と魔王アジ=ダカーハが戦った。



当然威力は壮大で爆発的な衝撃が度々起きた。



つまり月の都は二人のせいである意味消滅したテヘペロ★



月の兎「住む場所ドコよ (´・ω・`)」



黒ウサギ、コミュニティ参加決定。



月の兎のほとんどが上層部に行く。


これが箱庭の過去っと作者は考えています。ウサギ可哀想過ぎて泣ける。


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走り出す為に忘れない

「嘘だろ……冗談じゃねぇぞ!?」

 

 

転生した場所が自分の世界。それも自分が死んだ場所だ。驚かないわけがない。

 

俺は過去の時間帯軸にいる。ならばこの世界も過去の時間帯になっているのが道理。

 

何か嫌な予感がする……! とにかく元の世界に戻ろう。

 

 

タッタッタッ

 

 

「ッ!」

 

 

外から足音が聞こえた。【悪神の真紅(クリムゾン・アジ・ダカーハ)】を発動して自分の姿と気配を消す。念のために跳び箱の後ろに隠れた。

 

ガタンッと勢い良く開く鉄の扉。そこには———

 

 

「またせたな」

 

 

———ドヤ顔した大樹()がいた。

 

 

「ってアレ? 居ない? まだ来ていないのか?」

 

 

昔の俺はキョロキョロと辺りを見ていた。隠れている俺は無言で両手で顔を隠した。

 

 

「……フッ、焦る必要はないか。俺はついに……大人の階段に登るのだからな!」

 

 

そして、俺は顔を真っ赤にした。

 

 

(は、は、は、恥ずかしいいいいぃぃぃぃぃ!!)

 

 

馬鹿だよ。アホがいるよ。残念過ぎるバカタレがいるよ。

 

騙されていることに気付いていないし、これから死んでしまうとも知らない俺がいるよ!

 

 

「さて、待っている間は告白の答え方でも考えるか」

 

 

(やめっ、ヤメロォー!!!)

 

 

黒歴史だから! 紅魔族並みの黒歴史だからぁ!

 

昔の俺はスマホで『恋愛 告白』や『恋愛 受け答え』など調べ始めた。俺は知っている。

 

 

「コホンッ……ああ、俺も好きだぜ」

 

 

(おんぎゃああああああああああァァァァ!!!)

 

 

歯を見せながら笑う昔の俺。爆裂魔法並みの一撃を食らった俺は心の中で絶叫した。

 

拷問だろコレ!? 精神的ダメージが凄くデカいんだが!? ガリガリ削られるんだが!?

 

 

「うーん、何かしっくりこないなぁ……いや待てよ」

 

 

昔の俺はポンッと手を叩いて閃く。

 

 

「相手が告白することは決まっている……つまり相手は俺のことが好き……ならば俺が先に告白する手もありだろ!」

 

 

(もう死ねよコイツ!!)

 

 

って俺だよコイツ!!

 

 

「楢原 大樹は世界中の誰よりも朝〇南を愛しています」

 

 

(パクリじゃねぇか!!)

 

 

何でタッ〇なの!? 甲子園どころか野球部に入ってねぇだろお前!?

 

 

「皆好きです。超好きです。皆付き合って。絶対幸せにしてやるから」

 

 

(今からここに何人告白しに来るんだよ! お前はどこの生徒会の副会長だ! 何崎だ貴様ぁ!)

 

 

まぁ結局一人も告白しに来ないけどな! というか……アレ? もしかして、今の俺が副会長みたいじゃない? ん?

 

 

「闇の炎に抱かれろ!」

 

 

(普通に彼女燃えるわ!!)

 

 

「違う違う。俺に抱かれろ!」

 

 

(今度はただの変態になったよクズ野郎……!)

 

 

「……はぁ、抱かれてぇ」

 

 

(コイツ、ホント馬鹿だな!!!)

 

 

何度も言うけど俺だけどな! クソッタレがぁ!

 

今すぐ殴り飛ばして黙らせたい。縛って殴ってまともな人間に指導してやりたい。

 

馬鹿(大樹)は一時間以上も待った。その間俺は泣きながら苦しんだ。黒歴史だ。黒歴史がそこにいた。こんな姿、誰にも見せれない。

 

 

「誰も来ないな……」

 

 

10分で気付け! 一時間経っても気付かないのか!

 

 

「何故だ」

 

 

騙されているからだよ。

 

昔の俺はスマホに一通のメールが入っていることに気付く。メールの内容を見た瞬間、驚愕した。

 

 

「エイプリルフールかあああああァァァァ!!!!」

 

 

(本気でダサイぞ俺ええええええェェェェ!!!!)

 

 

同一人物である二人が同時に両膝を地面に着いた瞬間だった。

 

 

「ちくしょう、俺を弄びやがって……」

 

 

ああ、分かるよ。結局アイツ殴れていないからな。仕方ない。後で俺が殴りに行くか? え? 友達が死ぬ? 一発殴っただけで死ぬわけないだろ? なぁ? そうだろ?

 

昔の俺は怒りながら倉庫を出ようとするが、

 

 

(確かこのタイミングで……)

 

 

「いてッ」

 

 

ドサッ

 

 

昔の俺は跳び箱の角が足に当たり転ぶ。フッ(笑)

 

 

「あー、ついてない……」

 

 

(残念だが、今日のお前は不幸だぜ)

 

 

文字通り、死んでしまうくらい不幸だぜ。

 

愚痴りながら昔の俺は近くにあった棚に掴まり、体を起こそうとする。

 

 

バキッ!!

 

 

木材で作られていた棚は古いせいで、少し体重を掛けただけで簡単に壊れてしまった。

 

 

ガララッ!!

 

 

「ぐはッ!?」

 

 

再び無様に転び、地面とチュー。うわッ、痛そう。

 

そして、最大の不幸が訪れる。

 

棚の上に保管されていた何十個の鉄アレイが大樹に向かって降って来たからだ。

 

 

「!?」

 

 

昔の俺は叫び声を上げる暇もなく、鉄アレイの雨が直撃した。

 

鈍い音が響き渡ると同時に、俺は目を伏せた。

 

 

「……馬鹿野郎が」

 

 

実に呆気ない人生の幕を閉じた。しかし、死んでしまう光景を見ても、笑える俺ではない。

 

地面に倒れた自分から目を逸らし、俺はその場を後にしようとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぐッ……すっげぇ痛いんだが……!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………は?」

 

 

背後から聞こえた声に、俺は間抜けな声を出した。

 

振り返ると痛みに悶える俺が、()()()()()()

 

 

「うわぁ……頭から血が出てる……最悪だちきしょう……!」

 

 

そう、苦しんでいるだけ。

 

 

 

 

 

———楢原大樹は、()()()()()()()()

 

 

 

 

 

昔の俺は血をポタポタと流しながら急いで立ち上がる。

 

 

「保健室♪ 保健室~♪」

 

 

倉庫から陽気な声を出しながら行く昔の俺の背中を、俺はずっと見ていた。目をパチクリさせながら。

 

 

「あ、アレ? も、もしかして……まさか……!?」

 

 

———過去、変わっちゃった?

 

残されたのは転生した俺と馬鹿が残した血の痕跡だけ。()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

「……うん、ちょっと待てそこの馬鹿ああああああああああああああああああああああああああああァァァァ!!??」

 

 

 

 

 

そして、恩恵を持った最強が顔面蒼白で馬鹿を追いかけた。

 

 

 

________________________

 

 

 

 

緊急事態発生。俺氏、鉄アレイで死んでいない。

 

 

喜べない。鉄アレイで死んだことに尊厳とか名誉とかボロクソになって最初は悔いたけど、もうどうでもいい。とにかく大事なのは俺が死んでいないということだ。

 

しかし、心当たりはあった。

 

 

(俺があの駄神に会った時、記憶が曖昧になっていて思い出せなかった……死んだ原因がアイツに説明されるまで一切分からなかった……)

 

 

神が死んだ原因をねつ造した。そんな馬鹿なこと、あるわけがない。

 

 

(……だけど、そう言えないからマジで困る)

 

 

そんな馬鹿な話が本当になる()()()()()からだ。

 

あのクソ名探偵———シャーロック・ホームズの推理(余計なお世話)が役に立つからだ。

 

 

『———君自身も、普通じゃないんだよ』

 

 

絶対記憶能力による血液型の秘匿と改竄(かいざん)。ならば俺の死因も秘匿された可能性がある。

 

 

(……こうなってくると全部怪しいじゃねぇか)

 

 

そもそも神は何故俺を選んだ? 俺が剣道の才能があったから? 双葉との暗い過去があったから? 悲惨な最後を迎えたから?

 

それって全部、違うんじゃねぇのか?

 

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!」

 

 

「ぐぼれらがばぁあえあえらんぶれへんッ!?」

 

 

目の前でボコボコにされる友人を見て確信する。

 

こんな馬鹿を何十億、何百億、何千億……いや転生する世界も含めたら何十兆、何百兆、何千兆の人間の中から一人を選ぶなんて真似しないだろ。

 

教室の教卓に座りながら俺は死んでいない自分をずっと見続ける。

 

 

「それで? 謝罪の言葉は?」

 

 

「いや、謝罪と言うか実は本当で———!」

 

 

「言いわけ無用。地獄に落ちな」

 

 

「———理不尽ッ!?」

 

 

綺麗なスカイアッパーが決まった。そのまま友人は俺の方へと飛んで来るが、

 

 

「えいッ」

 

 

「ぐふッ」

 

 

とりあえず、斜めチョップで床に叩き落とした。虫を払うように。友人()を。ここ大事。

 

 

「うぉい!? 大樹! 今曲がったぞアイツの体!?」

 

 

「お前凄い技使ったな!」

 

 

「お、おう……俺だからな!」

 

 

周りにいる男たちに称賛の言葉を言われる昔の俺は戸惑っていた。まぁ俺の存在は見えないからな。そう見えて仕方ないだろう。

 

 

「ね、ねぇ大樹君? あの……先程は、その……」

 

 

友達をボコボコし終えた後、昔の俺は一人の女子生徒に話しかけられていた。

 

幼馴染の双葉と同じように長髪の黒髪。隠れ巨乳と男たちの間で噂され、校内ランキングで上位にいる女の子で凄く人気があるのだが———アレ?

 

 

(名前……思い出せない……)

 

 

何故思い出せない。かなり仲良かった友達のはずだぞ? バレンタインチョコ貰ったり、かなりお世話になった女の子のはずだぞ?

 

 

「ん? どうした———」

 

 

申し訳ない。昔の俺が名前を呼びそうだしそれで思い出せ———

 

 

「———先生?」

 

 

(どうしてそうなった!? 絶対違うだろ!?)

 

 

———思い……出せない……!? 何であんな呼び方になっているんだ!?

 

いや待て。そう言えば二年生最後の期末テストで勉強を教えて貰った記憶が微かに———全面的に俺が悪いわコレ。

 

あんな美少女の名前も忘れるなんて……俺は最低だな。はいそこ。『知ってた』とか言わない。

 

 

「さ、さっきの告白なんだけど……」

 

 

「大丈夫だぜ。悪は滅した」

 

 

「……うん! 良かったね!」

 

 

引き攣った笑みから満面の笑みへと変わった。

 

 

「おまッ!? 裏切り———」

 

 

「裏切り? どういう……ことですか?」

 

 

女の子の笑みから闇が見えたような気がした。

 

 

「———何でもないです姐御! サァー!」

 

 

アレ? 何だあの会話。 友人とあの女の子の関係、何か不穏な空気を感じるのだが。

 

こそこそと話す二人組。ちょっと盗み聞きするか。

 

 

「さっきのことを内緒にしてください……!」

 

 

「どうしてあの勢いで告白しないんだよ……大樹、アホみたいに信じていたんだぞ……!?」

 

 

「いえ、ですが……後で嘘だと思われそうなので……」

 

 

「じゃあ勢いで『今日は大樹君に、絶対告白したい!』とか今日言わないでくれる……!? 俺を脅してまで……!」

 

 

「……て、テヘペロ♪」

 

 

「世の中可愛いだけで許されると思うなよ……! ……許すけど」

 

 

……………え? 何今の? うん? マジで言ってんの?

 

 

『今日は大樹君に、絶対告白したい!』

 

 

(えええええェェェ!? マジでぇ!?)

 

 

【悲報?】昔の俺に春が訪れようとしていた。

 

嘘だろ。こんなに可愛い女の子が俺に告白? いや、でもよく考えたら二人っきりで何度も遊んだ記憶が……第三者から見ればデートに見える!? うぉお! 生きていたらこのままゴールイン!? 昔の俺って実はモテたり———あッ。

 

 

「こんなこと、嫁に知られたらぶっ殺されそうなんだけど……!?」

 

 

危ない危ない。まず黄金の右手一本は確実に終わる。今まで知らなくてよかった。俺ってよく口を滑らせるから。墓穴を掘りまくる男だから。この素晴らしい出来事は自分の心の中に永遠に留めておこう。

 

 

「アンタたち! いつまで残っているの! 早く家に帰りなさい!」

 

 

「ゲッ!?」

 

 

ゲッ!? 数学の田島がやって来たぞ!? 懐かしいな!

 

 

「楢原! 明日の授業はノートじゃなくて全部黒板で解かせるよ!?」

 

 

「鬼かアンタ! どんだけ俺のこと好きなんだよ!?」

 

 

「楢原は宿題、倍ね。周りにいるお友達も倍にするかい?」

 

 

ダンッ!!

 

 

「全力で逃げやがったなこの薄情者共!!」

 

 

高速のランニングバック並みのダッシュで散開する大樹の友達。同時に大樹も追いかけてその場から逃げ出した。

 

 

「……まだ死なないのか俺」

 

 

溜め息をつきながら、その後を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

「以心伝心 生の咆哮~♪」

 

 

「届いて~いますか~♪」

 

 

恩恵で俺の声が聞こえないことを良い事に昔の俺とデュエットする。それにしても帰りながら一人でそれを歌うのか俺。好きな曲だから分かるけど。

 

あの後は友達とゲームセンター行ったり、クレープを買い食いしたりして遊んだ。意外とリア充していたんだな俺。

 

暗い夜道を一人ご機嫌に帰る昔の俺を二、三歩後ろからついていく俺。

 

 

(そろそろ、覚悟決めないとな……)

 

 

もう気付き始めていた。

 

ギフトカードから【神刀姫】を取り出し強く握り絞める。

 

可能性として挙げられる昔の俺が死んだ要因。それは———

 

 

 

 

 

「俺がお前を殺すのかもな」

 

 

 

 

 

———今を生きる、俺自身なのかもしれない。

 

 

 

 

 

———俺が『俺』を殺す。

 

 

 

 

 

最悪な可能性。最低な方法。それでも、話が噛み合ってしまうのだ。

 

神が死因を隠蔽する理由。原因不明の死だとすればどうなる? 死んだ後、本当に俺が納得するだろうか? いやしないだろう。神を信じれず怪しんでしまう。

 

 

(いや待て……信じる信じないの前に、神が俺を見ている保障はどこにもないだろ?)

 

 

まず最初の前提、神ゼウスが俺を保持者として選ぶ要因が欠けている。原因不明の死を遂げただけで、選ばれる要因になりえるだろうか?

 

否。逆だ。原因不明の死を遂げたから隠蔽されたのじゃない。恐らく———俺が『俺』を殺したという不可解な現象が重要なのではないか?

 

 

(……考えられる……恩恵を消して俺が『昔の俺』の前で姿を現す。そして———その命を絶つ)

 

 

影に隠れていた謎の正体を掴んだような気がした。

 

何故神は俺を保持者として選んだのか?

 

今の俺が『昔の俺』を殺す現象を目撃したため、特別な存在だと感じ取った。強さなら今の俺の姿を見れば保持者の器に相応しいと思うだろう。

 

何故神は死因を隠蔽したのか?

 

死んだ後の俺がその出来事を信じないから。保持者としての身代わり、保持者の反乱、今起きている災厄を引き受けて貰えらなくなってしまう。本当は巻き込まれたという言い方が正しいけど。

 

 

疑問となっていたことが一気に解答される。しかし、この推測には最大の欠点があった。

 

 

『保持者は自分のいた世界に干渉できない。お前が今まで戦った保持者たちも、同じだ』

 

 

ガルペスが教えた情報。それが正しければ俺はこの世界に干渉することができないはずだ。

 

しかし、保持者たちは干渉することを願い、俺を倒そうとした。もしかしたら———!?

 

 

「いや、何で気付かなかった……馬鹿か俺……!?」

 

 

気付いた瞬間、汗がドッと流れた。あの教室での出来事を思い出す。

 

 

『えいッ』

 

 

『ぐふッ』

 

 

あの時、俺は友人をチョップで床に叩きつけていた。

 

 

 

 

 

———そう、俺は友人に触れることができていた。

 

 

 

 

 

ガルペスや保持者たちは自分の世界に復讐しようとしていた。

 

しかし、彼らは自分のいた世界に干渉できない。その願いは叶うことはない。

 

では何故? 彼らは俺を狙った?

 

 

「この力か……アイツが一番欲しがっているのは……!」

 

 

欲するのは圧倒的神の力の強さではない。アイツが、アイツらが欲していたのは———

 

 

 

 

 

———『自分のいた世界に干渉することができる』神の力。

 

 

 

 

 

「……繋がる……繋げれる」

 

 

俺の推測が全て正しければ、俺はこの後、昔の俺の目の前に現れて命を刈り取らなければならない。

 

鞘から刀を抜き恩恵をいつでも消せるようにする。

 

 

「あの駄神め、ホント嫌なことばかり俺に回って来るじゃねぇか」

 

 

自分で自分を殺す? アホか。そんな体験、俺のような規格外じゃなきゃ経験できねぇよ。

 

事の始まりからここまでの事は繋がった。でも最大の原因を求めようとすれば終わりの無い円のような無限ループになって繋がらない。

 

今、俺がここで自分を殺すことが悪いのか? 斬られる昔の俺が悪いのか? 斬られた俺を神が見つけるのが悪いのか? 死んだ俺に神の力を与えた神が悪いのか?

 

次々と原因が挙げられてしまう。そして、どれも当てはまらない。

 

だけど、分かっていることは一つだけある。

 

 

「それでも俺は、全てを救い続けたいことだ」

 

 

昔の俺の前まで走り、振り返って恩恵を解いた。

 

刀を上に上げて、そのまま頭部に向かって振り下ろした。

 

 

「頑張れよ、昔の俺」

 

 

ガギンッ!!

 

 

「うおッ!? 何だ何だ!?」

 

 

「……あれ?」

 

 

 

 

 

———普通に刀、体をすり抜けたんですけど。

 

 

 

 

 

おい。盛大に推測間違えたぞ。ホラ、何回斬っても体をすり抜けるんだが。服すら斬れないんだが。

 

地面がゴリゴリ削れるだけ。金属音が響くだけ。昔の俺がビビっているだけ。

 

俺は、俺を殺せなかった。

 

 

(アレえええええええええェェェ!?)

 

 

俺の推測間違っていた!? 普通に間違っていた!? んな馬鹿な!? というか長々と語っていたクセに外すとか俺恥ずかしいッ!!

 

 

「おい! 俺の声が聞こえるか!?」

 

 

「あー怖い怖い。早く帰ろ……」

 

 

聞こえていない! 何でだよクソッ!

 

落ち着け最近19歳になった魔法使い見習いの童貞楢原 大樹! ……キレそう。

 

刀は地面に当てれた。友達にチョップできた。でも俺自身に干渉できなかった。

 

 

「最悪じゃねぇか……!」

 

 

自分自身の干渉を禁止されていやがる……! このままじゃ俺は俺を殺せない。

 

間接的に俺を殺せる手段が残っている———って駄目だ。それじゃあ偶然の事故にしか見えない。俺の推理『今の俺が『昔の俺』を殺す現象を目撃したため、特別な存在だと感じ取った』ができないならば、強さの証明もできない。

 

そして、神が俺を特別な存在と認識してもらえない。それは俺の推理で最も欠けてはいけないピースだ。

 

 

「どうする……!?」

 

 

焦る気持ちを抑えるも手段がないことに不安を感じ始めていた。自分の死に、こんなに惑わされるなんて。

 

その場から早足で立ち去る自分の背中を見続ける。その時、背後から足音が聞こえた。

 

足音は気配を殺すように、微かな音しか立てていない。常人では聞こえないくらい静かな足音だった。

 

すぐに恩恵を使い姿を消す。そして、目を見開いた。

 

 

「……その冗談は、ちょっとキツいぜ……!」

 

 

ドシュッ

 

 

目の前で、紅い鮮血が辺りに飛び散った。

 

それは早足で逃げていた大樹の体から出たモノだった。

 

即死。心臓をナイフで一突き。背中から飛び出したナイフが心臓を貫いていることを物語っていた。

 

俺が驚いているのは自分が殺されたことではない。殺した人物だ。

 

 

「何で……いや、そういうことかよ……」

 

 

理由を追及する前に、納得してしまった。

 

ドサッと赤い血を流しながら道路に倒れる俺の体を見下す男。白いコートは返り血で染まっていた。

 

特徴的な坊主頭をしている男の正体。知らないわけがない。

 

 

 

 

 

「原田……!」

 

 

 

 

 

———原田 亮良だからだ。

 

 

 

 

 

『だが世界に転生する際に記憶。つまり天使であるという記憶を消されてしまうんだ』

 

 

『だから俺を思い出すのは無理で助けることができなかったと?』

 

 

『いや、頭の隅でお前を助けないといけないって思わされるんだ』

 

 

『なにそれ怖い』

 

 

箱庭の火龍誕生祭。忘れもしないあの出来事の後、助けに来てくれた原田との会話を思い出す。

 

頭の隅で助けないといけない? 違う。記憶を消されても、お前はどこかで俺のことを知っていたんだ。だから記憶を失っていても、俺を助けようと思えたんだ。

 

アイツが隠している秘密。それは、俺に対して後ろめたさを感じるモノだった。

 

 

「馬鹿野郎……」

 

 

原田の行いは悪と言えるだろう。俺は原田に対して怒り、悲しみ、憎む。それが普通。けれど、

 

 

「泣きながら人を殺すとかッ……ホント馬鹿じゃねぇのお前……」

 

 

原田の目からボトボトと落ちる涙に、俺は苦笑いで呆れた。

 

みっともない姿だった。男のクセに、後悔するなら最初から殺すなよ。

 

死んだ俺の体から光の粒子が溢れ出す。それは一つの集合体となり、手のひらサイズまで大きなる。

 

そして、光の球体は導かれる様に空へと昇る。魂は神の元へと還る。

 

 

「……神ゼウス。あなたの言う通り、俺は楢原 大樹を殺した」

 

 

独り言のように呟く原田の言葉に俺は眉を顰める。命令していたのは、やはりゼウスだった。

 

しかし、ここで一つの疑問が生じた。

 

最初に推測していた『俺が特別な存在である証明』がここで示せなかったこと。そして、ゼウスはその示しをする前から俺を転生させる———殺すことを決めていた。その理由が全く分からない。

 

 

「俺は、絶対に負けないッ……アイツらの仇は、必ずッ……」

 

 

怒り。憎しみ。二つの感情を混ぜたような黒い眼光が暗い空を捉えていた。歯を食い縛りながら拳をグッと握っていた。

 

自分の死を知った。原田の秘密も知った。色々なことを知った。

 

ゴチャゴチャになる頭の中を必死に整理する。それでも、答えはここに辿り着くのだ。

 

 

「———お前も、俺が救ってやる。必ずだ」

 

 

ギフトカードから【神銃姫・火雷(ホノイカヅチ)】を取り出す。

 

一発の光の弾丸が銃に込められる。そして、銃口を自分の頭の右側頭部に突き付けた。

 

楢原 大樹は、貫く。

 

これからもっと激しい戦いが起こるだろう。苦しい思いをするだろう。

 

それでも、最悪な結末だけはさせない。この命に代えても、止めて見せる。

 

 

ガキュンッ!!

 

 

撃ち出された光が大樹の体を包み込み、自分の居た世界から姿を消した。

 

 

 

________________________

 

 

 

 

楢原 大樹は、ガルペスと激闘を終えた世界へと帰って来た。崩壊した街の中心に一人佇む。

 

この時代の技術はとても優れていた。災害復興部隊と呼ばれる人たちが街を直し、復興作業していた。俺のせいで申し訳ない気持ちで一杯だ。でもガルペスも悪いんだからね!

 

恩恵で人に見つからないように街を歩き、人通りが少なくなったところで大きなため息をつくと共に恩恵を解いた。

 

 

「———超アルティメット疲れた」

 

 

ガルペスに治療して貰ったとはいえ、動くのは辛い。力の使い過ぎ、信じられない出来事、あまりの疲労にまた吐きそうになるが今度は堪えた。

 

グルグル巻きにされた包帯を(ほど)き、【創造生成(ゴッド・クリエイト)】というチート能力を使う。

 

手の中で創造されるのは一般人と書かれたTシャツと黒いズボン。急いでボロボロになった服を脱ぎ捨て着替える。

 

この力、一見万能に見えるが弱点は多いようだ。ガルペスの過去を見ている時間、暇だったので検証していたが、まず命が宿る生き物は生み出せない。それと力を結構使ってしまうことだ。アレ? 意外と少ない? 普通に強いじゃん……!?

 

 

「……23時かよ」

 

 

夕方に帰ろうとしたのに、この時間はヤバいな。折紙たち、心配しているよなぁ。

 

 

タッタッタッ

 

 

……病院に帰る前にやることがあったな。俺に向かって走って来る女の子とかな。

 

 

「大樹さんッ!!」

 

 

「はいはい大樹ですよーっと」

 

 

勢い良く抱き付いて来たのは狂三。いつもの真っ黒な服装で出迎えてくれた。

 

グルグルっと二回転して衝撃を和らげながら受け止める。地面に押し倒されるひ弱な主人公じゃないぞ俺は。

 

 

「丸一日帰って来ませんので心配しましたわ!?」

 

 

あちゃー、1日ズレていたかあちゃー。これは鳶一一家、激おこですわ。

 

 

「色々あったんだよ。てか、こっちはすっげぇ疲れてんだ。休ませろ」

 

 

「えッ!? 膝枕!?」

 

 

「お前のその思考回路、絶対ショートしてるぞ」

 

 

むしろ回路図がトンチンカンな状態なっていると思う。

 

 

「普通に帰らせて普通に寝させろ」

 

 

「ではお風呂が普通じゃ———」

 

 

「一番普通だ馬鹿野郎」

 

 

「普通じゃないお人が『普通』と言われますとちょっと……」

 

 

「何悪口言ってんだこの野郎」

 

 

言いたい放題だな。とっとと用件終わらせて帰ろ。

 

俺はポケットから一発の銃弾を取り出す。

 

 

「ほらよ。これにお前の力が封印されている。いつものように、アホみたいに狂った自分を撃て」

 

 

「怒りますわよ?」

 

 

だって怖いよ? 追いかけられたとき、本当に怖かったよ? この小説、R-18指定になっちゃうよ。

 

 

「あー……それとありがとうな。助けてくれて」

 

 

「お顔が真っ赤ですわよ?」

 

 

「うるせぇ。苦手なんだよこういう雰囲気。ゴキブリ捕まえる方が簡単だわ」

 

 

「どこがですか!? それは引きますわよ……!」

 

 

引くなよ。踏みとどまれ。

 

 

「多分これで会うのは最後だろうな」

 

 

「ッ……それは、どういうことですの」

 

 

どうしようかなー? 言おうかな? 未来結構変わるかな?

 

……内緒にするのが辛いが、悪いな。どうしても言えないんだ。

 

 

「嫁の所に帰るんだよ。遠い場所だから、しばらく会えねぇんだ」

 

 

目を見開いて驚く狂三。俺の腕をより一層強く掴む。

 

 

「早く病院に!」

 

 

「あれ? 時間操るような奴が俺の嫁説を信じない? 嘘だろおい?」

 

 

「……信じますわよ。大樹さんの言葉なら」

 

 

「お、おう」

 

 

急に真面目な表情になるなよ。切り替え早過ぎんだよ。

 

 

「……目の前でありえない光景を見せられれば誰でも信じると思いますし」

 

 

それはよく言われる。

 

 

「論より証拠って奴だ。ホラこれ嫁の写真。あと、銃弾寄越せ。俺が撃ってやる」

 

 

「クッ、悔しいですが可愛い子たちですわね……それと、不安なので自分で撃たせてください……」

 

 

そんなに怯える? 俺も怖い部類に入るのか? 嘘だろ? こんなに優男でイケメンな俺が? ……おいそこ今笑った奴出て来い。しばくぞ。

 

 

「あの、大樹さん? 写真に写った女性、同じ方ではなさそうですが……」

 

 

「当たり前だ。俺の嫁が一人だと誰が言った」

 

 

「もう開き直っていらっしゃいますの……!?」

 

 

「それにしても俺の嫁たち、ずっと会っていないからなぁ。会ったらおかえりのキスくらい———狂三さん? 銃口が俺の額に当たっていますよ?」

 

 

「あらあら? (わたくし)としたことが、失礼しましたわ」

 

 

「お、おう……分かってくれたなら良いんだよ」

 

 

「今、(引き金を)引きますわ」

 

 

「今何か余計な言葉が隠れていた気がするんだけど!?」

 

 

引き金に指を置くな!

 

 

「まさか大樹さんが浮気者とは……ショックですわ」

 

 

「褒め言葉として受け取ろう」

 

 

「……これは手遅れですわね」

 

 

うん。自覚あるよ。かなり。

 

拗ねた表情で俺の腹を指で何度も突く狂三。変な声が出そうになるが、何とか堪える。

 

 

「四、五年後くらいか? 次会えるのは? また記憶を失っていたらよろしくな」

 

 

本当はただ知らないだけだけど。

 

 

「ッ! つまりその時は存分にからかえると!」

 

 

「あぁ、すっげぇ遊ばれたよこのドSが」

 

 

「え? 遊ばれた?」

 

 

「それ以上追及するな変態ドS」

 

 

「わ、私に向かってそんな暴言を吐かれるのは……あなただけですわよ……!」

 

 

だろうな。確信できる。

 

それから色んなことを話した。他の人から見ればほとんどつまらない話だと指を指されるかもしれないが、有意義な時間だと断定できる。モヤモヤしていた心も、いつの間にか晴れていた。

 

 

「……そろそろ、帰るわ」

 

 

「……そう、ですの」

 

 

俺が帰ることを伝えると、狂三は微笑むが、寂しそうな表情を見せた。

 

 

「そんな顔するなよ。必ずまた会えるからよ」

 

 

「……約束ですわ」

 

 

「ああ、約束だ。またネコカフェ連れて行ってニャーニャーしてやるよ」

 

 

「……もうそれでいいですわ」

 

 

お互いの右手の小指を絡ませて約束する。

 

俺が立ち去る前に、狂三は影の中へと消えていく。

 

 

「また、未来で」

 

 

「おう、また未来でな」

 

 

________________________

 

 

 

『キレてます』

 

 

「ですよねー」

 

 

電話から聞こえる解答に俺は引き攣った笑みで溜め息をつく。

 

病院の猿飛医師に話を聞いた所、折紙たちは今日の昼に帰宅。伝言は『今スグ、帰ッテコイ』と何故か平仮名が片仮名で書かれている紙を置いて行かれたそうだ。普通に恐怖を感じるメッセージだわ。

 

 

「『怒っている』って言わない辺り怖い……」

 

 

『まぁ昨日の災害に巻き込まれたかもしれないですから当然家族は心配しますよ。早くお家に帰ってあげてください』

 

 

「そうしたいけど、ねぇ……」

 

 

『歯切れが悪いですね? どうかされたのですか?』

 

 

「……元の居場所に帰らなきゃ行けないって言ったら察せます?」

 

 

『……………お大事に』

 

 

「おい」

 

 

この医者、察して憐れんだ声で言いやがったぞ。

 

 

『ですが、帰る場所が違くても会えないわけじゃないんですよね?』

 

 

「四、五年単位で会えないって言ったら?」

 

 

『お大事に』

 

 

「その言葉の使い方すっげぇ腹立つからやめろ」

 

 

『はぁ……どうしてそんなことに……』

 

 

それは大体ガルペスのせいだろ。……あ? 人のせいにするな? うるせぇ!!

 

 

『……私は、また会える日を楽しみにしますよ。今はあの方々の所へ早く行ってください』

 

 

「えっと、コンビニでお菓子か何か買ってから行った方がダメージが———」

 

 

『お大事に』

 

 

「———ダメージ減の薬くらい提供してくれよ……」

 

 

 

________________________

 

 

 

創造生成(ゴッド・クリエイト)】で無くした鍵を生成。完全記憶能力で形状は覚えているため簡単に作れた。

 

 

「た、ただいまー……」

 

 

まるで鬼嫁に怯えるサラリーマンの夫。オトン、アンタは夜遅くまで働くなんて偉いよ。でもオカンには勝てない。俺もよく知っている。マジで母は強いことを思い知ったよ。

 

ボロボロになった靴を脱ぎながら廊下を歩くと、妙な気配を感じた。

 

リビングに一人。誰かいる。

 

 

ガチャッ

 

 

扉を開けると、俺は息を飲んだ。

 

 

「……まさか、会うことになるとはな」

 

 

そこには天使がいた。

 

ウェディングドレスのような純白のドレスに身を包んだ姿はまさに天使だと言えよう。白いショートカットの髪をした少女———

 

 

 

 

 

「折紙」

 

 

 

 

 

———鳶一 折紙だった。

 

 

 

 

 

「お父さん……」

 

 

「俺はお前のパパじゃ……いや、やめよう」

 

 

ドンッと少し強い衝撃が胸に走る。下を向けば折紙が抱き付いて来ていた。

 

そのまま俺は抱き締め返し、ゆっくりと一緒に座る。

 

 

「……家族はどこに?」

 

 

「お父さんが病院に来たと嘘の電話を入れた」

 

 

「あー、あの家族ならすぐに行きそうだ。優しいよな」

 

 

こくんっと折紙が頷く。

 

 

「……俺のせいだよな」

 

 

「違う」

 

 

「違わない。俺が、全部変えてしまったんだ」

 

 

折紙がここにいることで、全てを理解した。

 

 

「その力は精霊だろ? この時間軸に来るためか?」

 

 

「……時崎 狂三の力も借りた」

 

 

「……そうか」

 

 

「ッ……私はあの大火災で———!」

 

 

「大丈夫だ」

 

 

抱き締める力を強めて折紙の言葉を遮った。

 

天宮(てんぐう)南甲(なんこう)町で起きた大火災。その街の上空で見つけたのは白い衣を纏った女の子。その正体が、未来から飛んできた折紙だったのだ。

 

 

「過去を変えた俺のせいだ……」

 

 

「……過去」

 

 

「折紙。俺の考えが正しいなら———お前の両親は死んだんだろ?」

 

 

「ッ! どうしてそれを……!」

 

 

折紙が驚くも俺は続ける。

 

 

「そして、両親を死んだ原因は———折紙。お前にあるんだろ」

 

 

言葉を失ったかのような反応をした折紙。最後は頷いてしまう。

 

そのことに怒りなど感じなかった。微塵も思わなかった。

 

 

「どうしてか、聞いても大丈夫か?」

 

 

「……両親の仇が、取りたかったッ……!」

 

 

ポトリッと何度も俺の服に落ちる雫を見ながら俺は折紙をより一層強く抱きしめる。

 

 

「空間震警報が収まった後、お父さんがいなくなった。必死に探していたら、両親を殺した精霊に出会ったッ……」

 

 

「ッ……」

 

 

自分とガルペスが過去に飛ばされた出来事を指すのだろう。もっと折紙に対して、ちゃんと向き合っていたらと後悔してしまう。

 

 

「奴は私は、力を与えたッ……死んだ両親の為に、消えたお父さんを探すために……時崎 狂三の力を借りてまでここに来たのにッ……!」

 

 

俺が消えた。それは恐らくガルペスと共に死んだことを話しているのだろう。今はその死ぬ過去を変えて俺は生きている。

 

未来は大きく変わっているのだ。何度も、改竄(かいざん)されて。

 

 

「真実は違ったッ……両親を殺したのは、私が精霊に攻撃して外したのが原因でッ!!」

 

 

「十分だ」

 

 

泣きながら苦しそうに叫ぶ折紙の言葉を止めた。

 

 

「俺のせいだ。本当なら、あの大火災で両親が亡くなり俺がお前を育てるはずだった。でも、俺が助けたせいで変わってしまったんだよな」

 

 

初めて会った時、俺のことを父と呼ぶ理由はそこにあった。でも、俺があの大火災で過去を変えてしまった。

 

最低だ。今、ここにいる折紙の思い出を全否定している。俺の存在が、両親の生が、彼女を殺しているのだ。

 

それが酷く心を痛めつけていた。それでも、折紙がずっと辛いことを知っている。だから、この心の痛みは甘えだ。

 

唇をグッと噛み、震わせた。手も、震えていた。

 

 

「違う……違うッ……お父さんは何もッ」

 

 

「悪くない……そう言ってくれて嬉しいぜ折紙。でも、俺のせいで『折紙(お前)』は消えてしまうんだろッ……?」

 

 

過去が変われば、未来は変わる。当たり前のこと。

 

今度は、俺が涙を流す番だった。

 

目の前に居る可哀想な女の子を救えない。こんなにも苦しんでいるのに、痛みから解放させてあげれないなんて。

 

 

「何だよこれッ……どうすりゃいいんだよッ……!」

 

 

今から過去を変える? ならあの時死ななかった折紙の両親を殺すってか? そんな真似できるわけがねぇだろうがぁ!!

 

もう何もかも手遅れ。それが俺たちに突きつけた最悪な現実だった。

 

 

「……よく聞いて欲しい、大樹」

 

 

「ッ!」

 

 

折紙が名前で呼ぶ。しっかりと聞こえるように、顔を近づけて耳元で話す。

 

 

「新しい未来での私は、違うと思う」

 

 

「そんなことはねぇ! 俺が折紙を大事に思う気持ちは……今も未来でも変わらねぇ!」

 

 

「……嬉しい」

 

 

その一言を聞いた瞬間、折紙の体から光の粒子が溢れ出した。

 

抱き締めている温もりが少しずつ無くなる。折紙の体は透け始めていた。

 

 

「私は、大樹の元にはもう帰れない。でも、未来の私は大樹の元に、そばに居れる」

 

 

「……約束する」

 

 

涙を零しながら決意する大樹に、折紙は顔を合わせて聞いた。

 

 

 

 

 

「お前を悲しませた分、辛い思いをさせてしまった分、俺が幸せにしてやる」

 

 

 

 

 

「ッ……!」

 

 

「絶対だッ」

 

 

大樹の言葉に折紙は言葉を失うほど驚いた。

 

でも、嬉しいという感情は確かにそこにあった。

 

折紙は、感情に流されるままに、答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぎこちないなかったが、笑みを見せてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———ありがとうっと言い残して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

________________________

 

 

 

抱き締めていた折紙が消えた瞬間、あの悲劇と同じくらいの喪失感を味わった。

 

しかし、あの時のように絶望しない。今は前に進める強い心を持っているから。

 

涙を拭き、立ち上がる。深呼吸して、閉じていた口を開いた。

 

 

「最後は、やっぱり———」

 

 

ドタドタと足音が聞こえ始める。玄関の扉が勢い良く開き、入って来たのは鳶一一家だった。

 

父親と母親。そして幼い折紙。息を切らしながら俺の前まで走って来た。

 

 

「———ちゃんとお別れの言葉を言いたかった」

 

 

「……事情は先生から聞いたよ」

 

 

先生とは猿飛医師のことだろう。あの人が教えたとすぐに分かった。

 

 

「どうしても、帰らなければいけないのかい?」

 

 

父親の言葉に無言で頷く。それと同時に折紙が俺の体に抱き付いて来た。

 

 

「嫌だ」

 

 

「……ありがとよ」

 

 

強く抱き付いて来た折紙の頭を撫でながらお礼の言葉を口にする。拒否した言葉に対しておかしい答えだった。

 

それでも、大樹は間違っていないと断言できる。

 

 

「離れたくない。俺のことをどれだけ想ってくれているのか十分に伝わった」

 

 

「嫌ッ……一人にしないでって言ったのに……!」

 

 

「一人じゃねぇよ」

 

 

俺は折紙を引き離させて、クルリッと体を反転させた。

 

折紙の目の前には、父親と母親がいる。退院して元気になった二人が。

 

 

「俺がいなくても、折紙は一人じゃない。家族がいる。友達もいる。そして、大切な人が増えるはずだ」

 

 

自分の指で折紙の涙を拭き取る。それでも何度も涙で零れるが、次第にその零れる量は少なくなっていく。

 

 

「本当はもっと居たかった。けれど、俺の帰りをずっと待っている人がいるんだ」

 

 

「……大切な人?」

 

 

「ああ。折紙、お前と同じくらいずっと大切な人なんだ」

 

 

俺は顔を上げて両親の顔を見る。すると二人は微笑んで先に言葉を出した。

 

 

「今まで本当にありがとう。君には数えきれない程世話になってしまった」

 

 

「礼を言うならこっちもですよ。俺も、感謝しています」

 

 

「いつでも戻って来ていいからね。待っているわ」

 

 

「はい。必ず戻ります」

 

 

両親に対して最後は笑顔で返すことができた。

 

問題は、折紙だな。まだ少し納得していないようだ。

 

これでお別れだと思われているのかもしれない。でも、俺たちは必ずまた会える。

 

 

「折紙。俺は約束しているんだ」

 

 

「約束……?」

 

 

「お前を悲しませた分、辛い思いをさせてしまった分、俺が幸せにしてやるって約束しているんだよ。だから、折紙が少し大きくなった時、また会おう」

 

 

右手の小指を折紙の前に出すと、折紙も右手の小指を出してくれた。小指と小指を絡めさせて約束する。

 

 

「絶対にッ……絶対にッ……また会おうね……!」

 

 

「ああ、また会おう」

 

 

———涙を流しながら見せる笑顔は、とても可愛く綺麗に見えてしまった。

 

女の子の泣き顔に見惚れてしまうなんてと思うが、それくらい折紙は笑顔で俺を見送ろうとしてくれる気持ちが十分に伝わったのだ。

 

ギフトカードから【悪神の真紅(クリムゾン・アジ・ダカーハ)】を取り出し羽織る。その光景に三人は当然驚く。

 

 

「大樹君……君は……!」

 

 

「内緒ですよ」

 

 

「……ハハッ、やっぱり君は凄いな」

 

 

しかし、すぐに三人は笑みを浮かべてくれた。

 

リビングの窓を開きベランダに出る。折紙が大声を出しながら手を振る。

 

 

「いってらっしゃい!!」

 

 

「———ああ、行って来る!」

 

 

親指を立ててウインク。満面の笑みで俺はベランダから飛び降りた。

 

飛び降りると同時に羽織っていた【悪神の真紅(クリムゾン・アジ・ダカーハ)】が翼のように広がり、俺の体と一緒に空を舞う。

 

加速させながら上昇した体は雲をよりも高く舞い上がる。

 

ギフトカードから【神銃姫・火雷(ホノイカヅチ)】を取り出し右手で握り絞めた。

 

 

———帰ろう、大切な人が待つ未来に。

 

 

神の力を解放すると光の粒子が銃に集まる。輝く光は一点に凝縮され、一発の弾丸を創り上げた。

 

そして、銃口を自分の頭の右側頭部に突き付けた。これ実は結構怖いよ? 失敗したら頭ボーンッ!だからね? 即死だからね?

 

転生することができたんだ。未来過去に跳ぶことなんて余裕に決まっているだろ?

 

 

ガキュンッ!!

 

 

撃ち出された光が大樹の体を包み込み、夜空に大きな星が流れた。

 

 

 

________________________

 

 

 

 

———死んだ。

 

 

 

別にぐげぇ!!と言いながら(はらわた)をブチ()けて死んだわけじゃない。誤解しないように。そう何度も死んでたまるか! ……めっちゃ死んだことある俺が言えるセリフじゃないが。

 

気が付けば俺は見覚えのあるベランダに布団と一緒に干されていた。

 

暖かい日光が俺を良い感じに温めている。

 

動けない。それぐらい俺は死んだ。神の力をごっそり持って行かれて。

 

 

(まさか未来に帰るだけでこんなに疲れるとは思わなかった……)

 

 

例えるなら一週間熱唱しながらフルマラソンをしたぐらいやった並みに疲れた。分かりにくい? じゃあ、今からやってみよっか(満面の笑み)

 

 

「何だ何だ!? 今ベランダに誰か落ちて来なかったか!?」

 

 

聞き覚えのある男の声に俺は苦笑い。俺だよ。ベランダに落ちて来て干されている。

 

窓が勢い良く開かれ、男は驚愕した。

 

 

「ってうおッ!? 大樹!? 何でだよ!?」

 

 

「それはこっちが聞きてぇよ原田」

 

 

坊主頭の男———原田がそこに立っていた。俺は嫌な顔で顔を見る。

 

 

「おいテメェ。ここは折紙の家だぞ。もし不法侵入なら問答無用でぶっ殺す」

 

 

「誤解だぁ!! ちゃんと家主に許可取ってお邪魔してるわ!」

 

 

「そうか。じゃあ死ね」

 

 

「何でだよおおおおおォォォ!?」

 

 

「俺は折紙を幸せにするって約束したんだ。居るだけ不幸を呼ぶお前がここにいる時点で死刑判決下ってんだよ」

 

 

「理不尽ッ!! って馬鹿なやり取りしてる場合じゃねぇよ!!」

 

 

原田は急いで俺を担ぎ上げて部屋の中へ乱暴に放り投げる。おい。俺は怪我人だぞ。雑すぎるだろ。

 

 

「お前が居ない間、大変なことになったぞ!?」

 

 

「アリアたちが消えたことか? もう大丈夫だ。それは解決したから———」

 

 

「その後だ馬鹿野郎!!」

 

 

「———ゑ?」

 

 

その時、俺の服の右袖がクイクイと強めに引っ張られていることに気付いた。

 

視線をそちらに移すと、

 

 

「おそいわよ! いままでどこにいっていたのよ!」

 

 

金髪のツインテールの小さな女の子が俺に対して説教をしていた。

 

それは、誰かにとても、とても、とても似ていた。

 

同時に反対方向からも左袖がグイグイと引っ張られている。今度はそちらに視線を移すと、

 

 

「だめよアリア! わたしがさきなんだから!」

 

 

黒髪の小さな女の子がプンスカと可愛く怒っていた。

 

それは、誰かにめちゃくちゃ似ていた。ホントめっちゃ。

 

 

「—————アポ?」

 

 

「駄目だ……大樹の顔が超高校級の野球選手みたいになっていやがる……!」

 

 

思考が追いつかない。両手にロリっている俺は何も喋れない。

 

 

「アタシだってさきなんだから!」

 

 

「わたしだってずっと待ってました」

 

 

前から新たに二人追加。わーい、見たことのあるロリが二人追加だぁー! 金髪のロリに関してはすっげぇそっくりだなぁ!

 

 

「あ、ははは……はは、はは……ははははははははははははは」

 

 

「大樹!? しっかりしろ!? 大樹いいいいいいィィィ!!」

 

 

これは何かの間違いだ。そうだ。俺はきっとまだ悪い夢を見て———!?

 

 

「く、クロうさぎが! クロうさぎが先です!」

 

 

ウサ耳がついたロリに抱き付かれた瞬間、俺は全てを理解した。

 

僕ね、見たことあるよ。しかも、写真まで撮ったんだ。

 

震える手で携帯端末を取り出し写真を空中に浮かぶディスプレイに映し出す。なんということでしょう。目の前にいるウサ耳の少女と同じじゃないですか。

 

 

『しかし、本当に元の時代に帰れると思わないがな』

 

 

ガルペスの言葉が頭の中を駆け巡る。あー、これはもう駄目だ。叫んで楽になろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺の嫁が全員ロリったあああああああああああああああああああああああああああッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼に休息の一時は、まだ訪れることは無かった。

 





次回、【七罪の悪戯にご用心】


大樹「おk 犯人特定したわ」


原田「ロリコンが何か言ってるw」


ロリコン「表出ろ」




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七罪の悪戯にご用心

やっと書けました! 申し訳ないです。ずっと行き詰っていましたが、何とか書けました。

もうすぐ夏休み。とりあえず熱中症には気を付けて———ポケ〇ンGOを楽しんでください。 引き籠り寄りだった私ですが、今では元気に外に出ています。


あッ、歩きスマホは駄目ですからね!


前回のあらすじぃ!!

 

この俺、楢原 大樹は見事に女の子たちの過去を改変して———とりあえず世界を救った。うん、それでいいや。全然救ってないけど。全然関係ないけど。

 

さらに残念なことにガルペスには嫁がいた。憎い。満員電車で肘打ちくらった並みに憎い。これ別にそこまで憎んでないな。平和だわ。

 

最後は俺が死んだ原因が明らかになり、なんやかんやあって元の世界に帰ることに成功。

 

 

 

 

 

そして———嫁がロリッた。あらすじ雑ッ。

 

 

 

 

 

本気で何を言っているんだお前。そう思うのは仕方がないと思うが、本当なんだ。信じてくれ。

 

……いや、これはきっと何かの間違いなんだよ。そうだよ、間違い間違い。元気を出そう。

 

 

「大樹!? しっかりしろ!? お前が最後の頼みの綱なんだぞ!?」

 

 

「ハッ!?」

 

 

原田にガクガクと両肩を揺らされて正気に戻る。危ない危ない。現実逃避していた。

 

 

「原田。状況の説明を」

 

 

「トイレから帰って来たらこうなってた」

 

 

「お前使えねぇ。転がっている石より使えねぇ」

 

 

投げれば銃弾並みの武器になる石より使えねぇ。え? 普通はならない? 当たり前だろ。俺だけだよ。もう分かってんだろ?

 

 

「今回はマジな方で反省しているからそんなゴミを見るような目で俺を見下さないでくれ」

 

 

原因不明か。なら状況を推理して謎を紐解くしかねぇ。

 

 

「服がダボダボなのを着ていたから……体がコ〇ンのように縮んだ。そう推測できるけど……ATPX(アポ〇キシン)4869じゃないよな?」

 

 

「俺がトイレに行っている間に薬を飲ませることなんてできない。鳶一が言うには眩い光が部屋を包み込んで、気が付けば女の子たちの体がああなっていたらしい」

 

 

証言あるならはよ言えや。思いっ切り間違えているし、その光が原因だろ。

 

———って折紙!

 

 

「ッ! 折紙はどこだ!?」

 

 

「な、何を慌てているんだ? 鳶一なら猿飛さんと一緒に買い物に出かけたから———」

 

 

ガチャッ

 

 

「ただいま戻りました!」

 

 

玄関の扉が開くと同時に聞き覚えのある声が耳に入った。視線を玄関に移すと、そこには成長した折紙の姿があった。最初に出会った時の短い髪ではなく、長い髪になっていたことに少し驚いてしまう。

 

折紙は大樹の存在に気付くと、一目散に俺に向かって抱き付こうと———

 

 

「ま、待つんだ折紙!? 今は駄目だ! やめろぉ!!」

 

 

「えぇ!?」

 

 

大樹はそれを拒否した。折紙が驚きの声を上げる。感動の再会はまた後で。

 

 

「うわぁ!? 何をしているですか先生たち!?」

 

 

折紙の後ろに居た猿飛こと大人になったサル君。酷くビックリしている。俺と原田はリビングに通じる扉を必死に抑えていたのだ。

 

 

「よぉサル君。悪いが命のやり取りをしているんだ。冗談はなしだ」

 

 

「だから何をやっているのですか!?」

 

 

「あー、説明するとですね、大樹が悪い。モテるコイツが全て悪い」

 

 

「あんな小さな子に手を出したら捕まるだろが!?」

 

 

(アリアやティナはセーフなのだろうか? 基準がよく分からない。というかコイツキモイ)

 

 

「大樹君?」

 

 

「おっと、折紙さん? 目が怖いですよ? ヤンデレより怖い目になっていますよ? いつものように『お兄ちゃん』か『お父さん』って呼んでもいいんだぞ?」

 

 

「お死ちゃん、お死さん」

 

 

「似るどころか完全に字がヤバイ方向で違うからやめて。ホント怖い」

 

 

ドンドンッ!!

 

 

その時、背後から強い衝撃が再び襲い掛かって来る。

 

 

『なんであけないのよだいき! かざあなあけるわよ!』

 

 

『ゆうこ! まほうであけるわよ!』

 

 

『わかったわ!』

 

 

扉に魔法陣のようなモノが浮かび上がり、大樹と原田は必死に扉を抑えつけていた。クッ、持ち堪えてくれよドア! お前の勇姿、そばで見届けてやる!

 

 

「「うおおおおおおおォォォ!?」」

 

 

「な、何で開けないのですか……」

 

 

折紙が引いた表情で尋ねて来る。原田は引き攣った顔で返す。

 

 

「だ、大樹の取り合いになるからだよッ……泣いたり怒ったりもう手に負えないほどさっきヤバかったんだよ!! 銃や魔法まで使われたらホントヤバい! 無邪気って怖ぇ!!」

 

 

「モテる俺に乾杯」

 

 

「完敗の間違いだろ」

 

 

「と、とにかく開けてください! 私が何とかします!」

 

 

折紙は買って来た大きな紙袋を抱きかかえて二人の前に立つ。しかし、男二人は首を横に振った。

 

 

「「死ぬぞ、マジで」」

 

 

「嘘ですよね!? 大袈裟に……って真っ青な表情で首を振らないでください!」

 

 

どうしても通ろうとする折紙に大樹は爽やかな笑みを見せた。

 

 

「俺の可愛い折紙。お前も俺のことが好きならここは任せてくれ」

 

 

(コイツ……照れる素振りも見せずにスラスラと……!?)

 

 

女の子に対する耐性が付いている大樹に原田は驚愕する。ヘタレな大樹はどこに行ったっと。

 

 

「……………うんッ」

 

 

(普通に何かもう堕ちてたあああああァァァ!! 知ってたけどおおおおおォォォ!!)

 

 

再度驚愕する原田。大樹のことをヘタレと呼べないが、たらしとは呼べそうだ。

 

 

「こうなれば死ぬ覚悟で遊ぶしかねぇ……! 遊んで遊んで、疲れさせて寝させる!」

 

 

「……お、おう。そうか……うん、いいと思うよ」

 

 

まともな提案をする大樹に原田はぎこちなく頷く。大樹は深呼吸した後、扉を開けて中に突入した。

 

 

「よっしゃあ! ロリったお前らと遊べる機会なんてもう絶対にないから今のうちにどさくさ紛れて色んな場所をタッチぎゃあああああああ!? 痛いッ! 痛いよ!? 俺の関節はそっちがばべッ!? く、食えないから!? それ食えないから!? 女の子の力ってそんなに強いぐふッ!? 待ってそれ死ぬ! そうだ、アレをやろう! そうそう、おままごと! プロレスごっこはやめような? 女の子がそんな物騒なってちょ!? 武器は無しでしょ!? おい銃を下げろ! 魔法もアウトだからって喧嘩しないで! 女の子同士の喧嘩なんて見たくおぼッ!? 俺を取りあうのはぐぼら!? ま、巻き込まれあああああああああああ!!」

 

 

「「「……………」」」

 

 

原田は無言で扉を抑え、折紙と猿飛は手を合わせて合掌。

 

 

———このカオスが収まるには、一時間もかかったそうだ。

 

 

________________________

 

 

 

「よし、じゃあ約束通りおままごとをしようか」

 

 

「よし、とりあえず血、拭けよ」

 

 

折紙たちが部屋に入れるようになるぐらい落ち着かせることに成功。原田にタオルを貰い、血を拭く。サンキュー原田。

 

小さくなった女の子たちは笑顔で頷いてくれる。

 

 

「人形は……【創造生成(ゴッド・クリエイト)】するか」

 

 

……………。

 

 

「「「「「えッ!?」」」」」

 

 

神の力を使役した大樹。手から次々と黄金の光が輝くと同時に可愛い人形が創られる。当然その場に居た全員が驚愕した。

 

 

「やめた……ついに大樹が完全に人間をやめた……!」

 

 

「うるせぇ黙れ」

 

 

「先生。僕は今日から神と呼んだ方が?」

 

 

「うるせぇ黙れ」

 

 

「さすがに将来の旦那様がそんなことをするのは……ちょっと」

 

 

「うるせぇだま……おい今何て言った折紙。やめろよ。またボコられるだろうが」

 

 

必死にとても小さな女の子の頭を撫でまくる。睨まれる鋭い視線は己の強い心のATフィールドで防ぐ。折紙の発言にとても言いたいことはあるが、今はやめておこう。

 

 

「じゃあ役を決めるか」

 

 

たくさんある人形の中から俺は無難にスーツを着た若い男を選ぶ。原田はお隣に住むニートを()()()、サル君は学校の先生を選んだ。原田に関しては悪意100%ですが何か?

 

小さな女の子たちは楽しそうに話し合い、人形を選んだ。

 

ロリアリアはエプロンを着用した女性を選び、ロリ優子もエプロンを着用した女性を選び、ロリ黒ウサギもエプロンを着用した女性を選び、ロリ真由美もエプロンを着用した女性を選び、ロリティナもエプロンを着用した女性を選びってちょっと待て。頭にロリを付けるのはやめるとして、

 

 

「うん、ちょっと待て。全員容姿と身長や顔は確かにお前らの将来の姿を似るように生成した。みんな違って、みんな良い」

 

 

「ああ、俺の坊主頭と容姿が見事に再現されているのに、Tシャツの文字に『ニート』って書かれているからすっげぇ腹が立つ」

 

 

「でもさぁ……何で俺が地道に作った小道具のエプロンを着用させたのみんな?」

 

 

女の子たちはニコニコしながら声を揃えた。

 

 

「「「「「みんなでお母さん役だから!」」」」」

 

 

「一夫多妻を何の抵抗もなく受け入れる女の子を見て俺はどうすればいい? 喜べばいいのか? 震えた方がいいのか?」

 

 

「知るか。純粋な笑顔を向けられたぐらいで意志揺れるなよ」

 

 

無理。俺、この子たちを汚せない。

 

 

「ち、違う話にしないか!? もっとほら! 友情を大切にする話とか!」

 

 

「ッ!」

 

 

急いで内容を変えようとする俺に優子が反応した。優子は女の子たち全員に男性の人形を配ると、

 

 

「ゆうじょうからうまれる、あい!」

 

 

「ごめん、最初の設定で行こうか」

 

 

やっぱり俺はこういう時が優子の恐ろしさを一番感じてしまう。原田たちは苦笑いで俺を憐れんでいた。

 

結局一夫多妻の取り入れられた物語をやるらしい。そう言えば折紙の役は何だ?

 

折紙の人形を見てみると、俺と同じようにスーツを着た女性だった。なるほど、同僚役だな。

 

 

「始めるか……ただいまー」

 

 

人形を動かしながらまるで家に帰って来たお父さんのような声を出す。すると、

 

 

「「「「「おかえりなさい! あなた!」」」」」

 

 

ツッコまないぞ? ツッコんでいたらとても疲れるからな!

 

 

「あー疲れた疲れた。同僚が仕事をミスしたり、取引先のサルみたいな顔の奴がうるさくて長引いてしまったぜ」

 

 

「「酷い!?」」

 

 

折紙とサル君が驚愕する。別にお前らとは言っていない。名前は出していないからな!

 

するとアリアたちが顔を合わせて何かタイミングを図っていた。うん? 何をするのだ?

 

 

「ご飯にする?」

 

 

「お、お風呂にする?」

 

 

「それとも……?」

 

 

首を傾げながらご飯と聞くアリア。恥ずかしがりながらお風呂と聞く優子。器用にウインクしながら言葉を続けようとする真由美。

 

天使たちが、声を揃えた。

 

 

「「「「「わ・た・し・た・ち?」」」」」

 

 

「全員愛してる。今晩は寝かさない」

 

 

「おいやめろ馬鹿!? 犯罪だこのロリコン!」

 

 

俺の天使たちを抱き締めた瞬間、原田に殴られた。何でだよ!?

 

 

「ふざけんな! 嫁と愛を語り合って何が悪いんだよ!」

 

 

「年齢が悪いんだろうが! 元の年齢なら文句は何一つ言わねぇよ! でもこれは駄目だろ!?」

 

 

「フッ、歳の差なんて、関係ねぇよ……だってそうだろ?」

 

 

「良い風に言ってんじゃねぇぞこのクソロリコンがぁ!!」

 

 

胸ぐらを掴み合って頭突きの戦いを繰り返す。正直、馬鹿になりそうなくらい頭痛いが、男には引けぬ戦いがあるのだ。

 

そんな戦いを嫁たちは応援してくれている。しかし、何かを思いついた真由美が俺に近づき、泣く真似をしながらこう言った。

 

 

 

 

 

「———おとなりさんのセクハラが激しいの」

 

 

 

 

 

———問答無用で俺は刀を握り絞め、原田の首へと振り下ろした。

 

 

 

 

 

「やめろおおおおおおおおおおお!!??」

 

 

刃が首に当たる瞬間、バシッと真剣白刃取りする原田。表情に余裕はなく、汗を流しながら真っ青になっていた。

 

 

「ぶッッッッ殺してやるぅッ!!!!」

 

 

「フィクション! 嘘だからな!? やっていないからな!? 頼むから神の力を使ってまで俺を斬ろうとしないでくれぇ!!」

 

 

鬼の形相で原田を斬り殺そうとする大樹。折紙とサル君はガクガクと震えて怯えていた。

 

 

「ホント待て!? 死ぬから!? マジで死ぬから!? いい加減にしろよゴラあああああァァァ!!」

 

 

「生意気なんだよクソニートがあああああァァァ!!」

 

 

「だからそれ役だからあああああァァァ!!」

 

 

「俺は嫁に手を出そうとする奴を絶対に許さん! 神だろうが地獄の大王だろうが絶対ぶっ殺す! お前もだクソニートおおおおおォォォ!!!」

 

 

「誰かコイツを止めてくれえええええェェェ!!」

 

 

 

———このカオスが収まるには、一時間もかかったそうだ。

 

 

________________________

 

 

 

折紙が女の子たちを風呂に入れさせた後、次は食事だった。

 

 

「飯? 冷蔵庫に食べれる食材があるなら後で俺が作るよ」

 

 

「逆に食べれない食材って何? 食材の定義を(くつが)す気かお前」

 

 

原田とヘンテコな会話をした後、女の子たちを全員抱きかかえながらキッチンへと向かう。抱えるのは容易であるが、長時間&料理するのはキツイぜ。

 

 

「休憩したいんだが?」

 

 

「「「「「やだッ!!」」」」」

 

 

悪戯に笑う嫁たちに萌え死にそうなんだが。もう可愛過ぎッ!

 

 

「おい大樹。顔、顔、顔!」

 

 

「え? イケメン?」

 

 

「いや、警察が見たら何の躊躇もなく一発で逮捕できる勢いくらい危ないぞ」

 

 

マジかよ。

 

 

「料理なら私が……」

 

 

「待て折紙。どうせ下手というオチだろ? そういうのいらないからな。間に合ってるからな」

 

 

「何が!? 料理はずっと練習してきたから人並みにはできるから! 自信あるから!」

 

 

なんと! この子たちの中で料理ができる子って黒ウサギぐらいだからな! 優子は俺が少し教えているからまぁまぁで、ティナはピザしか作れないし、アリアと真由美はアレだからな! ホント間に合ってるわ!

 

 

「俺の愛の手作り料理が食べたい人は手を挙げろー!」

 

 

「「「「「はーい!」」」」」

 

 

「何て酷い真似をしているんだお前!? 鳶一に失礼———ってお前も手を挙げるなよ!? 一気に大樹を責め辛くなっただろうが!」

 

 

というわけで女の子を全員抱きかかえたまま、右手だけで調理を開始する。右手というか指先だけしか動かしていないけどね。俺の料理の腕も上がったな。いや、料理の指が上がったが正しいか。

 

 

「何で料理できているんだアイツ……」

 

 

「先生の料理が次元を超えていてさすがに引きます……」

 

 

解せぬ。原田とサル君が俺の悪口を言っている。俺は普通に料理しているだけなのに。

 

女の子たちから髪を引っ張られ、怒られ、泣かれ、ド突かれ色々とハプニングは起きたが全て解決しながら料理を終える。

 

 

「はい完成」

 

 

「だ、大丈夫か? 見ていて凄い光景だったけど……」

 

 

ああ、髪とかボサボサになった。

 

 

「親の大変さがよく分かったわ」

 

 

「そ、そうか……多分、親以上に大変さが分かったと思うぞ、今の時間だけは」

 

 

オカン、オトン。俺を育ててくれてありがとう。子どもの俺ってかなり……いや結構……ヤバいくらい元気があるやんちゃな男の子だった記憶があるから申し訳ない。

 

全員で手を合わせていただきます。行儀良く食べるのは子どもの教育では大切だからな。

 

 

「うへへ……幼い嫁の姿……」

 

 

「食事中にニヤニヤしながら写真撮るな。犯罪者にしか見えんぞ」

 

 

何て酷い言い草でしょうか。原田君、私は大切な嫁の姿を写真に記録しているだけだぞ?

 

 

「さて、真面目な話をしようか」

 

 

「ああ、でもその前に鼻血を拭け。な?」

 

 

原田はティッシュを渡しながら俺を憐れんだ目で見ていた。折紙もサル君も同じような目で見ていた。そんな目で見ないでぇ!

 

 

「俺としてはこのままお父さんとして生きて行くのも———おい冗談だ。汚物を見るような目をするな!」

 

 

何でさっきから睨むのお前らは! もしかして目が悪いの? 痛むの? 眼科行け!

 

 

「結論から言うと、元に戻すことはできる。とても簡単に」

 

 

その一言は全員に衝撃を———

 

 

「……すまん、ここは凄く驚くポイントだと思うが、その……慣れたから」

 

 

「……………」

 

 

———なんか与えられなかった。

 

 

「お前ができないことはない。というか不可能を可能にするよな、お前って」

 

 

「そんなに褒め……………いや、それ馬鹿にしているよな?」

 

 

遠回しに俺のことを規格外扱いしている。自分でも規格外と思うけど。かなり前から。

 

 

「戻せることは分かった。でも何で戻さない?」

 

 

「原因が知りたいからだ。俺の力は跡形もなく完全に打ち消すから誰がこんなことをしたのか分からなくなってしまう。あまり下手なことをすると、次はもっと酷い仕打ちを食らうかもしれないしな」

 

 

「……意外と考えていたのか。さすがロリコン」

 

 

「ロリコンじゃない。フェミニストだ!」

 

 

「うるせぇよ変態」

 

 

この野郎……! 反論できないからムカつくわ。テメェは後で埋める。

 

 

「と、とにかく原田は情報収集しろ。俺は子育てするから任せたぞ」

 

 

「えー、俺がちゃんと子育てするからお前がサクッと情報を———」

 

 

「マジで殺すぞ?」

 

 

「ごめん」

 

 

大樹の目には殺意の炎が燃えていた。折紙は苦笑いだが、猿飛医師は真顔で何も文句を言わなかった。

 

 

________________________

 

 

 

「そういやアイツはどうした?」

 

 

「アイツ?」

 

 

「馬鹿犬」

 

 

「お前……また乳首噛まれるぞ……元気になった後、散歩に行った」

 

 

「猫かよ」

 

 

とりあえず元気にしているなら結構。ガルペスとの激しい戦いは———ん? ジャコって何かした? 俺が結構頑張っていただけじゃね?

 

 

「じゃあアイツらは? 士道と琴里ちゃんはどこに行った? 録音機で一緒に声を取っていただろ?」

 

 

「ああ、帰ったよ。何か事態が深刻になったとかどうごばッ!? 何で急に殴った!?」

 

 

録音機で悪口を言ったことを思い出したからだよクソ野郎。

 

 

「なら狂三は?」

 

 

「………………………………………さぁ?」

 

 

「待てゴラァ」

 

 

その長い間は何だ。あまりの長さに魔を感じたぞ。ケガレだわ。あかーんッ!! ……宮〇 大輔じゃないぞ。き〇この方だから。

 

 

「知ってるだろ。絶対何か知ってるだろ」

 

 

「なぁ大樹。知らぬが仏って言葉が———」

 

 

じゃあもういい。聞きたくない。そう思い俺は耳を塞いだ。サル君が気まずそうにしているから聞きたくない。

 

 

「ねぇ……お兄ちゃん」

 

 

俺のことを呼んだだけなのに、折紙の声にゾッとした。鳥肌が凄い。

 

折紙の方を振り向くと、そこにはドス黒いオーラを出した折紙が笑顔で———これはアカン。

 

 

「お、お兄ちゃんと呼ばずに大樹って呼んでもいいんだぜ!? もう俺とお前の仲じゃないか!」

 

 

「話を逸らさないで大樹君」

 

 

「アッハイ」

 

 

体で覚えているこの威圧感。既に俺はその場に正座していた。

 

原田とサル君が子どもたちを部屋へと避難させる。優しい? 違う、アイツらは逃げる理由を作っただけだ。

 

 

「……言いたいこと、分かる?」

 

 

「……大きくなったな」

 

 

「違う」

 

 

「…………綺麗になっ」

 

 

「違う」

 

 

「………………エロくなったな」

 

 

「……………」

 

 

「ごめん。自分で言ってなんだけど何か喋って! お願い! 頬を赤めてないで何か喋って!」

 

 

土下座しながらふざけて言ったことを後悔する。

 

折紙は一度咳払いをして、大樹は涙と汗を拭いた。

 

 

「結局……大樹君は浮気していたけれど、実際は全員愛していたと」

 

 

「ちょっと待て。俺の予想していた話題と全然違うんだけど。しかもそれを聞く?」

 

 

狂三どこ行った。出されても困るけど。

 

 

「……私にとって凄く大事な話だから」

 

 

俯きながら呟いた言葉に俺は息を飲む。

 

折紙に対して、どう答えようか悩んでいた。

 

 

(……ごまかすわけにはいかないよな)

 

 

一度深呼吸して、折紙と向き合った。真剣な表情をした俺に、折紙は泣きそうな表情になってしまう。

 

 

「……大事だよ。俺の中で命よりずっと大切で、永遠に一緒に居たいくらい」

 

 

「ッ……それは———」

 

 

「折紙」

 

 

折紙の言葉をわざと声で被せた。

 

 

「俺はお前のことが大好きで大切だ。でも———」

 

 

 

 

 

「———聞きたくないッ」

 

 

 

 

 

ドンッと胸に来る強くない衝撃。

 

折紙が抱き付いて来た。それを受け止めたが、俺は受け入れるこはできない。

 

この瞬間、自分がどれだけ愚かなことをしていたのかを知った。

 

胸の中で啜り泣く女の子を、俺は慰めることができなかった。

 

 

 

________________________

 

 

 

折紙を部屋に返した後、俺は女の子たちを寝かしつけた。遊び疲れていたおかげか簡単に眠ってくれたことにホッと息を吐き出す。

 

ベランダに出て夜風に当たっていると、

 

 

「大丈夫ですか、先生」

 

 

「……………おう」

 

 

後ろから声をかけられる。缶ビールを2つ持ちながらサル君は笑っていた。

 

二人はカシュッと良い音と共に開封。いざ飲もうとした時、俺は気付いた。

 

 

「そういや俺、まだ未成年だわ」

 

 

「ぶふッ!?」

 

 

隣でサル君がビールを吹き出した。汚ッ。

 

 

「待ってください!? あの時先生、普通に飲んでいたじゃないですか!?」

 

 

「それは記憶喪失だったし、仕方ないだろ」

 

 

サル君は俺からビールを取り上げて急いでキッチンへと戻り、缶コーラを代わりに持って来た。

 

 

「えー、いいじゃん今日くらい」

 

 

「駄目です。医者として見過ごせません」

 

 

首を横に振って断固拒否する。

 

そうだ、サル君は医者になれたんだったな。聞けば世界で一位二位を争う名医になったそうじゃねぇか。

 

教え子が立派になることは喜ばしい。しかし、まだ教師を終えて良いわけではなさそうだ。

 

 

「それで、どうした?」

 

 

「え?」

 

 

コーラを飲みながら俺はサル君に尋ねる。

 

 

「悩みがあるんだろ?」

 

 

「……理由を聞いても?」

 

 

「馬鹿。世界的名医がこんな場所にいること自体がおかしいだろ」

 

 

「そ、それは娘と会うために……」

 

 

「お前の役職じゃ簡単に休みなんて取れる———今何て言った?」

 

 

「あ、先生。僕、結婚しましたよ」

 

 

うそーん。先越されたのかよ。

 

 

「……………写真見たい」

 

 

「どうぞ。携帯に保存してあるので。こっちが娘の美也子(みやこ)です」

 

 

「おー、可愛い可愛い」

 

 

「こちらが僕の奥さんです」

 

 

「はー、綺麗だなぁ……ん?」

 

 

サル君と一緒に写る女性に俺は何度も瞬きをして見直した。

 

 

「この子……ネコカフェでバイトしていたりしなかったか?」

 

 

「…………………………さぁ?」

 

 

「テメェらは図星突かれると停止する仕組みになってんのか」

 

 

まぁ分かるよ? 俺も経験あるから。確かに思考が固まるんだよ。フリーズする。

 

 

「お前……俺を利用してバイトの店員と仲良くなって、ニャンニャンしていたんじゃ……」

 

 

「ち、違いますよ!? たまたまネコカフェに入ってたまたまその店員が先生を知っていてたまたま仲良くなってたまたま恋愛に発展したんです!」

 

 

「たまたまたまたまうるせぇよ! それ絶対に偶然じゃねぇだろうが! 〇玉引き千切るぞ!!」

 

 

「ヒィ!!」

 

 

股間を抑えながら怯えるサル君。

 

……ふぅ、落ち着け。俺は大人だ。そんなことでは怒ったりしない。

 

舌打ちをした後、コーラを飲み干して話を戻す。

 

 

「それで、お前の悩みに戻るわけだが……難病を治す天才医師をそう易々(やすやす)と上が休みを与えると思うか? それに、お前は救える命を金で脅したり、自分の都合で蹴るような奴じゃない」

 

 

「……さすが先生ですね」

 

 

サル君は少し笑みを見せた後、苦しそうな表情をした。

 

 

「今は『休養』という形で仕事を休ませていただいています。もう四ヶ月以上、医療器具に触れていません。いや、これでは言い方が違いますね」

 

 

サル君は下唇を噛んだ後、グシャッと缶を少しだけ潰した。

 

 

「———医療器具に、触れられないんです」

 

 

「……何があった」

 

 

そう尋ねると、サル君の瞳から—――

 

 

 

 

 

「人を……殺しましたッ……!」

 

 

 

 

 

———大粒の涙が零れ落ちた。

 

 

告白された言葉に大樹は目を閉じて続きを聞く。

 

 

「……それで?」

 

 

「……僕は紛争が起きている外国で怪我人の治療をしていました。全く関係のない地元の人たちが傷つくのが見ていられなくて、無償で治療をしていました」

 

 

ですがっとサル君は付け加える。

 

 

「問題は起きました。僕の持つ医療器具や機器はどれも最新で予備も十分に用意していました。薬品や包帯、完璧にできていたのに———」

 

 

「そこが、問題だったんだろ」

 

 

指摘された瞬間、サル君の握っていた缶がベランダに落ちた。

 

 

「最新? 予備も十分に? 完璧に? お前、どこに行ってるのか本当に分かっていたのか」

 

 

「分かっていた! 僕はしっかりと———!」

 

 

「それは頭の中だけだろうが。銃を握って命懸けで戦ったことのない奴が偉そうなことを言うんじゃねぇ」

 

 

「ッ……!」

 

 

サル君———猿飛 真に植え付けられたトラウマの正体を大樹は見抜いていた。

 

 

「だから()()()()()()()。敵にも味方にも」

 

 

歯を強く食い縛る音が聞こえる。推測は当たっているようだ。

 

最悪な結果だっただろう。最新の医療器具と機器———そんな札束の山を持ち歩いているような奴が紛争地帯にいるなんて、悪人が見たら絶好のカモにしか見えないだろう。

 

盗んで当然。盗まれて当然。

 

彼らは生きる為に盗む。血を流さず、何もかも失わないように。そういう残酷な世界だ。日本のように甘い世界じゃない。

 

 

「殺したとか言っているが、単純に医療器具を盗まれたから、目の前で死にかける人を治療できなかっただけだろ」

 

 

「単純に……ですって……!?」

 

 

今にも掴みかかって来そうになっているサル君。怒った顔で俺に怒鳴りつけようとするが、

 

 

「頭冷やせこの大馬鹿が」

 

 

バチンッ!

 

 

「い゛ッ?」

 

 

サル君の額に強いデコピンを当てて止めた。サル君は額を抑えながら痛みに悶える。

 

 

「ぐあぁ!? しゃ、洒落にならにゃいでしゅぎゃああああああ!」

 

 

「あー、ちょっと加減間違えたかな?」

 

 

全く反省の色を見せない大樹。恨みがましい顔で俺を見ているが、

 

 

「ホント変わらないな、お前はよ」

 

 

「ッ……何がです?」

 

 

「余裕を持てって言ってるだろ。いいか、よく聞け。お前は確かに軽率な真似をしたかもしれん」

 

 

サル君の頭をグシャグシャグシャグシャグシャグシャーーー!っと乱暴に撫でた。髪がボサボサになるまでしてやった。

 

 

「でも、確かに救った命はあったはずだ」

 

 

「ッ!」

 

 

「間違いはあった。それでも俺はお前のことを誇りに思っている。何故か分かるか?」

 

 

大樹はいつものように笑顔を見せながら親指を立てた。

 

 

「誰よりも、立派な医者になっているからだ」

 

 

「先生……」

 

 

「無償で治療するなんてビックリだよ。危険な紛争地帯まで行くお前が、愚かだなんて一切思わない」

 

 

だけどっと大樹はサル君を指差しながら付け足す。

 

 

「一つ叱ることがある。それはお前の停止した時間だ」

 

 

「時間、ですか……」

 

 

「四ヶ月という休養期間でお前は何百人……いや何千人もの人の命を救える人間だ。でもお前は逃げた。理不尽なことを言うが、その放棄は———無責任だ」

 

 

「……はい」

 

 

「目の前で人が死んでトラウマになるのは痛いくらい分かる。俺も、目の前で大事な人を失ったから」

 

 

「先生もですか……」

 

 

「ああ、俺は全てを諦めていた。でも、周りが励ましてくれたおかげで俺は今、ここにいるんだ」

 

 

そうだ。俺は大切な人たちに背中を押されてここまで来ることができたんだ。

 

なら、次は俺が押す番だ。

 

 

「勇気を振り絞れ。助かる命を、見捨てるようなことがないように」

 

 

「……ッ……はいッ…!」

 

 

下を向いた男の背中をドンと後ろから叩く。

 

 

「お前ならできる。絶対に。だって———」

 

 

そう、コイツは猿飛 真。

 

 

 

 

 

「———お前の家庭教師は、この俺だぜ?」

 

 

 

 

 

お前は俺の自慢の生徒なのだから。

 

 

 

 

 

________________________

 

 

 

 

———次の日。

 

 

「今日も一日頑張るぞい! ぐふッ……」

 

 

「大樹ぃ!?」

 

 

楢原 大樹は女の子たちのオモチャにされていた。決して卑猥な意味では無い。

 

床に倒れる大樹に女の子たちが楽しそうに寄り添っている。

 

 

「大丈夫か!? 今、首が360度回った気がするんだが!?」

 

 

「安心しろ。ちゃんと一周回っているから問題無い」

 

 

「むしろそれが問題なんだが!?」

 

 

サル君は帰宅。折紙は買い出し、原田と俺が女の子たちの相手をすることになったのだが、やはり大樹はモテていた。

 

 

「もういっそガルペスたちに殺されるぐらいなら女の子たちの手で———」

 

 

「物騒なこと言ってんじゃねぇぞ!?」

 

 

そして———

 

 

「あッ、それはアカン……」

 

 

バタリッ

 

 

「だ、大樹が死んだああああああァァァ!?」

 

 

———原田は情報収集することができず、大樹の看病をすることになってしまった。

 

 

________________________

 

 

朝から女の子たちと遊び続けて昼になる頃、ドアのインターホンが押された。

 

 

「はいはーい」

 

 

遊びを中断して急いで玄関へと向かう。おっと、手に手錠が付いたままだった。壊して脱出しておかないとな。

 

 

「どちら様ですかーっと」

 

 

と、ドアノブを握り絞めた瞬間、嫌な予感がした。そう、あの感じ。コーヒーにガムシロップを入れたはずなのに何故かコーヒーカップの横に未使用のガムシロップが置いてある感じ並みに嫌な予感がした。まぁ結果としてただガムシロップ入れてなかっただけというオチだけど。え? 面白くない? でしょうね。面目ない。

 

扉を開けるとそこには見覚えのある女性が立っていた。

 

 

「お前ッ……!?」

 

 

「うふふ、また会えたわね、大樹」

 

 

妖艶な笑みを見せながら、彼女は俺の名前を呼んだ。

 

艶やかな長い緑色の髪に翠玉の瞳。魔女を連想させる先端の折れた円錐(えんすい)の帽子を被った女性。

 

それはガルペスと戦い過去に飛ばされる前に会った精霊。その名前は———!

 

 

「七罪じゃねぇか。どうした? 近くまで来たから寄ったのか? まぁお茶の一杯くらい———」

 

 

「待って。ねぇ待って」

 

 

部屋の中に案内しようとすると、腕を掴まれた。

 

 

「どうした?」

 

 

「……驚かないの?」

 

 

「何で驚く必要があるんだ?」

 

 

「えッ」

 

 

「えッ」

 

 

「……このくだりはもういいわよ」

 

 

「お前が先に『えッ』って言ったから始めたけどな」

 

 

難しい表情になる七罪だが、すぐに笑顔を見せて、グッと俺の腕を引き寄せて抱き付こうと———

 

 

「そい」

 

 

「よ、避けるなぁ!」

 

 

「あ、すまん。今のも恒例のくだりかと」

 

 

ちょっと涙目で怒る七罪。余裕で男性のハートを撃ち抜く威力だ。可愛いなコイツ。

 

 

「エロい大人のお姉さんのように見えるが、実は意外といじりがいがある可愛い女の子だよな」

 

 

「ちょっとやめてくれる!? そんな目で見ないで!!」

 

 

「安心しろ。俺の目線……いや、男たちの目線は全部胸元へと吸い込まれる」

 

 

「いきなりセクハラ!?」

 

 

「はぁ? お前にセクハラするくらいなら嫁にセクハラして豚箱に叩きこまれた方がずっとマシだわ」

 

 

「酷い!? 普通そこまで言う!?」

 

 

「フッ、俺は普通じゃないぞ」

 

 

「ドヤ顔で言う事なのそれ!? ねぇ!? 絶対おかしいわよ!」

 

 

七罪にガクガクと肩を揺さぶられる。の、脳が震えるぅ!!

 

 

「お、お前……そんなキャラだったか!?」

 

 

その時、俺の言葉にハッとなる七罪を見逃さない。

 

 

「そ、そんなことよりも! 私のプレゼント、喜んで貰えたかしら?」

 

 

「……ああ、さっき宅配された明太子のことか?」

 

 

「違うわよ!?」

 

 

否定しながら七罪はビシッと俺の背後を指差した。

 

 

「……背後霊をプレゼントとは、次元が違うな」

 

 

「……ねぇ、もうわざとよね? わざとやっているんでしょ?」

 

 

「え? 最初からふざけているけど気付かなかったのか?」

 

 

「怒るわよ!?」

 

 

めんごめんご~(笑)

 

 

「女の子たちを子どもにしたのはお前だったのか。さすが精霊だな」

 

 

「ふふッ、そうでしょ? なら私がここに来た理由は分かるかしら?」

 

 

悪戯に笑う七罪の言葉を聞いた瞬間、大樹は驚愕する。

 

 

「まさか、元に戻すのか……!?」

 

 

(何故絶望した表情になっているのかしら……)

 

 

普通の人ならこんな反応はしないだろう。「元に戻してくれるのか!?」「駄目よ。元に戻して欲しいなら条件を飲んでもらうわ」的な感じのやり取りをするのが王道。しかし、規格外な奴には通じない。

 

 

「もちろん元に戻して欲しいわよね?」

 

 

「お構いなく」

 

 

「……………えッ」

 

 

大樹の顔は———それはもう誰がどう見ても真剣な表情———真顔だった。

 

 

「大丈夫。何もしなくていい。このままで、いいんだ……そう、お前はお前らしく生きろ」

 

 

「全然心に響かないし意味が分からないわ!?」

 

 

「疲れているんだよ?」

 

 

「違うと思う!」

 

 

「じゃあ突かれてるんだよ」

 

 

「何に!? 怖いわよ!?」

 

 

読者の方々はとっくにお気づきになられているだろう。そう、この大樹(ロリコン)は元に戻す気など微塵も思っていないのだ。

 

だが、大樹の策略は(ことごと)く崩れ落ちる。

 

 

「何やってんだテメェ!?」

 

 

ドゴッ!!

 

 

「ぶべッ!?」

 

 

大樹の頭に振り落された踵落としが直撃する。攻撃したのは原田だった。

 

鬼の様な形相で原田は大樹の胸ぐらを掴む。

 

 

「テメェ……俺に情報収集させるのは元に戻すのを遅らせる為だな……!?」

 

 

「ち、違うよッ。オイラは本気で———」

 

 

「あぁ!?」

 

 

「———すいませんでした」

 

 

あの大樹が原田に迫力負けした瞬間である。

 

 

「力を消さなかったのは犯人捜しのためじゃなく、自分の為だな……?」

 

 

「バッキャロウ! みんなの為に決ま———」

 

 

「あぁ!?」

 

 

「———心の底から反省しています」

 

 

まさかの二連敗である。

 

蛇に睨まれた蛙。今の二人はそんな言葉が相応しかった。

 

 

「だって……金髪だった頃のアリアが可愛すぎて……」

 

 

「うるせぇ」

 

 

「うッ……ツンツンした優子がたまに見せる笑顔が……」

 

 

「黙れ」

 

 

「うぅ……黒ウサギが……真由美が……ティナだって」

 

 

「も と に も ど せ」

 

 

「……………はい」

 

 

がっくりと落ち込む大樹。そんな馬鹿を見た原田は溜め息をついた。

 

 

「ちょっと待って」

 

 

「「ん?」」

 

 

一部始終を見ていた七罪が声をかけて止めた。あまり顔色が良くないご様子。

 

 

「元に戻すって……まさか精霊の力を無効化することじゃないわよね……?」

 

 

不安な気持ちで尋ねる七罪に、俺たちは微笑んだ。

 

 

「超余裕」

 

「コイツなら可能」

 

 

ドヤ顔の大樹に申し訳なさそうな表情をした原田。二人は声を揃えて告げた。

 

とんでもない真実を突きつけられた七罪は絶句。時間が停止しているかのような反応を見せた。

 

 

「固まったな」

 

 

「そりゃそうだろ」

 

 

規格外の存在を見た人たちは大体こんな反応だということを俺たちは知っている。嫌になるくらい。いや、名誉になるくらい見て来たと言っても過言では無いだろう。

 

 

「犯人も分かったことだし、早く元に戻せよ」

 

 

優しい口調で言っているのに鋭い眼光でこちらを見ていた。あまりの怖さに俺は何度も頷いた。

 

秩序支配神の世界翼(システムルーラー・ワールドフリューゲル)】を小さく発動して(てのひら)に一枚の羽根を出現させる。

 

それを握り絞めて、右手の拳を前に突き出す。

 

 

「そげぶッ!!」

 

 

「それはやめろ」

 

 

「ま、待って———!?」

 

 

七罪の静止する声が聞こえたが遅かった。神々しい光が部屋全体を包み込み、一瞬で全てを打ち消す神の力が発動した。

 

たった一秒の出来事。光はすぐに消えて羽根は消滅する。

 

 

「ふぅ……これで一安心か」

 

 

「待つんだ原田」

 

 

安堵の息をついた原田が部屋に戻ろうとすると、大樹が立ち塞がった。

 

 

「何だよ」

 

 

「今、大変なことを思い出した」

 

 

「大変なこと? またどうでもいいことを話したら殴るからな」

 

 

「……服、小さいままだったよな」

 

 

「あッ」

 

 

大樹と原田は、簡単に開かないように扉を自分の体で塞いだ。二回目である。

 

 

「嘘……!?」

 

 

その時、女の子が絶望に満ち、驚愕の声を上げた。それは七罪の———えッ!?

 

 

「「えッ」」

 

 

大樹と原田は同時に声に出す。表情はポカンッとしていた。

 

俺たちの知っている彼女の姿はそこにはいなかった。

 

小柄で細身な体躯(たいく)。不健康そうな生白い肌。双眸(そうぼう)は憂鬱そうに歪んでいたが、今は驚きで目を見開いている。

 

髪はさらさらのロングヘアーではなく、手入れが行き届いていないわさっとしている髪だった。あのセクシーお姉さんの面影はどこにもなかった。

 

 

「七罪……なのか?」

 

 

「あ、あ、ああああ……ッ!?」

 

 

顔色が悪くなり真っ青になる。尋常じゃないことを感じ取った原田が大声を出す。

 

 

「落ち着け! とりあえず大丈夫だから!」

 

 

自分でも何を言っているのか分からなかった。とにかく落ち着かせないといけないと思った。

 

 

「お前……何が大丈夫なのか分かっているのか?」

 

 

「馬鹿! 彼女、取り乱しているんだぞ!? 普通じゃないことぐらい分かるだろ!?」

 

 

「取り乱すねぇ……大方、自分の本当の姿を見られたことに戸惑っているじゃねぇの?」

 

 

「ッ……お前、知っていたのか!?」

 

 

「精霊は何度も見て来た俺だぞ。精霊の力が全身を包み込むように纏っていたからな」

 

 

「お前の目ってどうな———今更か」

 

 

「テメェ後で覚えておけ」

 

 

そんな二人がやり取りをしていうるうちに、七罪は敵意を向けるような瞳で二人を捉えた。

 

 

「知った……知ったな知ったな知ったな知ったな知ったな知ったな知ったな知ったな知ったな知ったな知ったな知ったな———!!」

 

 

怒り狂うように体を(よじ)りながら怒る七罪に対して大樹は、

 

 

「うるせぇ!!!」

 

 

ビシッ!!

 

 

「———きゃうッ!?」

 

 

七罪の脳天めがけてチョップが振り下ろした。

 

 

(チョップしたあああああああァァァ!!??)

 

 

とんでもない行動に出た大樹に酷く驚く原田。七罪は涙を少し流しながら痛みに苦しむ。

 

 

「お前何やってんの!? ホント何やってんの!? 正気じゃねぇぞ!?」

 

 

「いいから俺に任せろ。テメェはチョップじゃない。斬るぞ」

 

 

「男女差別半端ないなお前!? もっと男たちに優しさを!」

 

 

知らん。祝福も絶対にしない。

 

女の子に優しくするのは紳士が行う当然の義務。俺、紳士ですから。イケメンですから。カッコイイから!

 

 

「おい、何泣いているんだよ」

 

 

(そりゃチョップされたからだろ……痛いだろうなぁ……)

 

 

「こ……ッ、み……んなッ……!」

 

 

「え? 何? 大樹イケメンだって?」

 

 

「言ってねぇだろ。絶対に違うだろ」

 

 

七罪が近くにあった誰かの靴を俺の方に投げるが、見事にキャッチして防ぐ。

 

 

「こっち……見ん……なッ……!」

 

 

「クックックッ、『やるな』と言われたらやる男だぞ俺は?」

 

 

「うわぁ……」

 

 

原田が汚物を見るかのような目で俺を見ている。アイツは後で目を潰す。

 

俺は押すな!と書かれたボタンを見ると絶対に押すくらい男前だぜ!

 

七罪は帽子を深く被り逃げ出そうとするが、

 

 

「逃がすか」

 

 

「ッ!」

 

 

七罪を逃がさないように手で進路を塞ぐ。そして絶対に逃がさないように、両手を壁につけて七罪を閉じ込めた。いわゆる壁ドンというヤツである。

 

 

「やべぇ……犯罪にしか見えねぇ……」

 

 

失礼な。

 

 

「な、何よ……暴力なんて最低なんだから……!」

 

 

「しねぇよ」

 

 

お前も俺をそんな風に見ているのか。

 

 

「じゃ、じゃあ何が目的よ……!」

 

 

「目的? ……………俺の目的って何だろう原田」

 

 

「知るか」

 

 

「ふざけんなッ! 言いなさいよ! 嫌がらせをしたことに怒ってるでしょ!」

 

 

「ああ、あの素晴らしい悪戯か!」

 

 

「…………え?」

 

 

大樹の言葉に耳を疑う七罪。原田はあちゃーっと手を頭に当てていた。

 

 

「女の子たちの小さい姿を見れて俺は、めっちゃ嬉しかったです。ありがとうございます!」

 

 

「いや……でも……め、迷惑だったはずよ! だってあんなに大変なことばかり———」

 

 

「ご褒美です!!」

 

 

「———馬鹿なの!?」

 

 

※馬鹿です。

 

 

「俺はお前に感謝している。だから何でも言ってくれ。俺ができる範囲、願い事を叶えてやる!」

 

 

「はぁ!?」

 

 

「お前はその姿にコンプレックスを抱いているだろ?」

 

 

ビクッと七罪の体が反応する。

 

 

「馬鹿野郎! もっと自分に自信を持てよ! 熱くなれよ!」

 

 

「お前はクールダウンしろ」

 

 

「とにかく!!!」

 

 

七罪の両肩に手を置き、

 

 

「———あの時みたいに、俺に任せろ」

 

 

優しい声音で言った大樹の言葉に、七罪は不思議と安心していた。

 

震えていた体はいつの間にか収まり、落ち着いていた。

 

 

「お前に足りない物は大体分かっている。そして、俺よりも足りない物を分かっているスペシャリストがいるから安心しろ」

 

 

その時、原田はもっと早く気付いていればと後悔した。

 

 

「俺の最強無敵に超絶可愛い嫁たちが———」

 

 

大樹がリビングの部屋の扉に手を掛けた瞬間、原田は顔面蒼白。

 

 

「馬鹿! お前ッ———くッ!」

 

 

しかし、手遅れだと一瞬で分かってしまった。だから、彼は諦めたのだ。

 

それは辛い選択。彼は目を閉じ、玄関の方を向いた。

 

 

「———いるのだからなッ!!」

 

 

ダンッ!!

 

 

大樹が扉を開けた瞬間、そこには確かに超絶可愛い嫁がいた。

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

 

 

 

——―着替え中の超絶可愛い女の子達が。

 

 

 

 

 

「あッ……」

 

 

気付いた時には遅かった。

 

 

(な、な、何やってんだ俺えええええェェェ!?)

 

 

自分で言ったじゃん!? 最初に気付いたじゃん! 服が小さくなっているって! 馬鹿だ俺!

 

感情の流されるがままに扉を開けちゃったよ!

 

原田! ヘルプってあの野郎! 後ろを向きながらグッジョブしてるから使えねぇ!

 

七罪! コイツは俺から距離を取り始めたちくしょう!

 

 

「—————~~~~~ッ!!!」

 

 

上下の下着しか着用していないアリアが顔を真っ赤にしていた。体を震わせながら服をゴソゴソと漁っていた。あッ、銃を探していますね。ヤバい。言い訳しないと。

 

 

「だ、大丈夫だ! ほら! 思い出せ! 俺は一度裸を見たことがあるだろ!? 今回は下着だ!」

 

 

一体何が大丈夫なのか全く分からない。自分でも思う。

 

 

カチャッ

 

 

あー、失敗したようですね。銃口、こっち見てますね。

 

 

「だ、大樹君……覚悟は、できているわよね……?」

 

 

「うん、まぁ……経験上、結構できてる」

 

 

「そ、そう……」

 

 

優子には何故か同情されてしまった。でも遠慮はしないようです。服を着ながらCADを装着していますからね。

 

 

「黒ウサギは……分かってくれない?」

 

 

「YES♪」

 

 

とても可愛い笑顔、いただきました! 眼福の意も込めてありがとうございます! でも【インドラの槍】はやり過ぎと思います!

 

 

「流れからして真由美も駄目だよな?」

 

 

「失礼ね。私は大樹君がそういう最低な人だってちゃんと知っているのよ?」

 

 

それは失礼だろ。

 

 

「だから少しだけしか怒っていないわよ」

 

 

「……それ、その『少し』がデカいパターンだろ」

 

 

「あら? 私は大樹君に何もしないつもりよ?」

 

 

「ッ……真由美」

 

 

感動した俺は真由美に近づこうとするが、彼女の腕にはCADが装着されていた。

 

 

「でも、周りに合わせることも大事よね?」

 

 

「この悪魔ちきしょうがあああああああァァァ!!」

 

 

絶望の淵に突き落とされた。

 

しかし、闇に包まれた場所に最後の光があった。

 

 

「ティナ!!」

 

 

「大樹さん……恥ずかしいのであまり見ないでください……」

 

 

違う流れで返って来たぁ! これはこれでどう反応すればいいんだぁ!

 

 

「……ティナ。大丈夫だ。今の反応、誰よりもグッと来た!!」

 

 

親指を立ててグッジョブした瞬間、周りから漂っていた殺意がぐーんっと上がった。後悔はしていない。

 

最後に、あの言葉を言わないといけない気がした。やめておけばいいのに、本能がやれと言っているような気がした。

 

 

「俺は扉を開けて後悔していない。むしろ、開けて良かったと思っている」

 

 

「馬鹿だ……絶対に馬鹿だ……」

 

 

七罪が何かを言っているが無視する。

 

 

「許して貰えないと分かっている。だから———」

 

 

俺は微笑むのであった。

 

 

 

 

 

「———ご馳走さまでした」

 

 

 

 

 

神の力をフルに使ったけど、死にそうになった。

 

 

 

________________________

 

 

 

女の子たちが着替え終わった後、原田と七罪はリビングに座ることができた。大樹は死んだ。

 

 

「ねぇ……大丈夫なの……死んでない?」

 

 

「あ、ああ……死んでいないと思う」

 

 

「YES! 大丈夫ですよ七罪さん。アレでも手加減しましたので」

 

 

アレが手加減だったという真実を知った二人は戦慄した。黒ウサギは続ける。

 

 

「事情はドア越しから聞いていました。黒ウサギたちに任せてください!」

 

 

「ねぇ……大丈夫なの……ウサ耳が生えているんだけど」

 

 

「それは気にしたら負けだ」

 

 

「えぇ!? ピョコピョコ動いてるんだけど!? 絶対に普通じゃないんだけど!?」

 

 

七罪が慌てて言うが、スルーされてしまう。触れて欲しくない話題とはすぐに察する。

 

 

「つまり話をまとめると……そうね。あなたの進化かしら?」

 

 

「どういうこと!?」

 

 

「その例えは言葉足らずだぞアリア」

 

 

いつの間にか生き返った大樹がアリアの隣で首を横に振りながらやれやれっと言った感じで立っていた。

 

 

「……生き返るの、さすがに早くないかしら」

 

 

「俺を誰だと思っている?」

 

 

とても嫌な顔で大樹の顔を見ていた。

 

 

「そんな顔も可愛いが、できればこう上目遣いで頼む」

 

 

「話が逸れているわよ」

 

 

「おっと。つまり何が言いたいかと言うと、トラ〇セルからバ〇フリーに進化する感じだ」

 

 

「何でポケ〇ン!?」

 

 

「まぁとりあえずそこで黙って硬くなってろ」

 

 

「私トラン〇ルじゃないんだけど!? その例え酷いわよ!?」

 

 

「じゃあコ〇ーン?」

 

 

「喧嘩売ってんのか!?」

 

 

「おい大樹。それはあんまりだろうが」

 

 

「そ、そうよ! 原田の言う通り! 私はそこまで———」

 

 

「マユ〇ドが良いんじゃねぇか?」

 

 

「そこはカラ〇リスにしなさいよぉ!!」

 

 

「「それだぁ!!」」

 

 

「遅いですよ!! いい加減にしてくださいまし!」

 

 

スパンッ!!と黒ウサギはハリセンで原田の頭を叩いた。

 

 

「大樹さんはもう避けないでください!」

 

 

「もう見切った。当たらねぇよそんなへなちょこハリセン」

 

 

大樹のドヤ顔にカチーンと来た黒ウサギ。しかし、彼女の表情は笑顔だった。

 

 

「では一発当てるごとに膝枕一分はどうでしょうか?」

 

 

「バッチコ—————————————イ!!」

 

 

バシイイィィィン!!

 

 

黒ウサギの振り下ろした渾身の一撃。ハリセンは大樹の顔面に直撃した。

 

見事に吹き飛びそのままソファに落ちて死んだ。

 

 

「やっぱり一番威力が出ているのって黒ウサギだわ」

 

 

真由美の言葉に黒ウサギを除いた全員が頷く。断トツで大樹に対する仕置きが強い。恐ろしい子。

 

 

「うぅ……これで……黒ウサギの膝枕ッ……一分ゲットだぜッ……!」

 

 

「アイツはアイツで満更でもないから反応に困るんだよな」

 

 

原田は微妙な表情でニヤリッと笑みを見せる大樹を見ていた。

 

 

「むしろ、喜んでいるように見えるのは私だけでしょうか?」

 

 

ティナの言葉に、全員が頷いた。全員、そんなことを思っている。

 

 

「さて、大樹君が大人しくしているうちに始めましょう」

 

 

パンパンッと手を叩いて指揮する優子。その時、七罪は嫌な予感がした。

 

立ち上がった女の子たちがニヤニヤとしながら近づいて来るのだ。

 

 

「ふぇ……!?」

 

 

「あ! 俺ってアレしてアレしないといけないなー! お邪魔しましたー!」

 

 

突如、棒読みでクソみたいな演技で逃げ出す原田。七罪が原田と一緒に逃げようとするが、腕と肩を既に掴まれている。もちろん、掴んでいるのはアリアたちである。

 

 

「安心しなさい。こう見えて貴族だから、そういう身だしなみは任せなさい」

 

 

「現役女子高校生を舐めないことね」

 

 

「YES! 黒ウサギも頑張りますので!」

 

 

「フフッ、腕が鳴るわね」

 

 

アリア、優子、黒ウサギ、真由美。四人は笑顔だった。おおっと、これはいけない。七罪が完全に怯えていますよ。まぁ何とかなるか。

 

 

「ティナは行かないのか?」

 

 

ソファで倒れていた大樹の頭を膝に乗せているティナ。なんと膝枕をしてくれていた。

 

 

「私は使わないので」

 

 

「……ホント、お前たちって化粧とか全く使わないのに可愛いもんな。いつも化粧をしている女の子たちを敵に回しそうだぜ」

 

 

「その時は大樹さんが守ってくれるんですよね?」

 

 

「まぁな」

 

 

くすりッと笑みを見せたティナの顔を見ながら俺は目を閉じた。

 

 

「わーッ! わーッ! わッ、私なんて食べたらお腹壊すわよぉ!!」

 

 

アイツ面白いな。

 

七罪の断末魔を聞きながら、俺は夢の中へと沈んだ。

 

 

________________________

 

 

 

———数時間後。未だに七罪たちが入って行った隣の部屋から誰も出て来ない。まさか死んだ?

 

 

「……さすがに遅いな」

 

 

「そうですね」

 

 

『だから一体あの部屋は何が起きているんだ……!』

 

 

ソファに寝そべった俺の腹部にティナが座り、ティナの膝に散歩から帰って来たジャコが座っていた。この駄目犬には隣の部屋で何が起きているのか説明していない。もちろん意地悪です。

 

ティナがジャコをかなり気に入っているので俺は手を出すことができない。クソッ、奴もそれに気付いて大人しくしていやがる。

 

 

「あー、腹がー、へこむー」

 

 

『お前は風穴くらい開いたことがある男だろ?』

 

 

ぶっ殺すぞ。

 

 

「ジャコに手を出してはいけません」

 

 

「ティナ。その虫をこっちに渡すんだ」

 

 

『誰が虫だ!』

 

 

「駄目です」

 

 

チッ、ティナが見ていないところでジャコは転がす。覚えていろ。

 

再び眠りに入ろうとした時、玄関の扉が開く音が聞こえた。逃げ出した卑怯者の原田か? いや違うな。

 

 

「た、ただいま」

 

 

「お、おう……おか———」

 

 

帰って来たのは買い物袋を持った折紙だった。気まずそうに俺から目を逸らしながら言うが、俺は目を疑った。

 

 

「———リストカットしたのか?」

 

 

『散髪とリストカットは全くの別物だぞ』

 

 

驚きのあまり言葉を間違えてしまった。酷い間違い方だな。

 

そう、折紙は出会った時のように髪を短く切っていたのだ。

 

 

「ッ……ご飯、今から作るからね!」

 

 

「あッ……………はぁ……」

 

 

本当なら似合ってるからどうか聞いてくると思っていたが、聞かない方がいいようだ。料理を手伝いに行くのもやめておいた方がいいだろう。

 

 

「……昨日、何かあったのですか?」

 

 

「……まぁな。二人くらい泣かした」

 

 

『何をやっているんだお前は』

 

 

仕方ない———いや、それは言い訳だ。ジャコの言う通り、何をやっているんだ俺は。

 

サル君は良いにしろ、折紙は駄目だと言うことは明らかだ。思い出せばすぐにハッキリと自分が悪いと分かる。

 

 

「俺は()(まま)だ。全部の結果が上手く行くようにする。それ以外を認めようとしない」

 

 

欲しい物は全部欲しいと口に出し、救いたい人間は全員に手を伸ばした。

 

一つも逃さない。一人も欠けさせない。俺の思い描く未来は、そんな未来だ。でも、

 

 

「俺が手元に置ける物はもういっぱいで、新しい物はどこにも入らない」

 

 

他人から見れば偽善で溢れかえった反吐の出る未来なのだ。当たりを引く人間がいるなら、必ず貧乏くじを引く人間が出てしまう。

 

 

「不幸になった人間を救うために、無理矢理手元に置いたら……それは崩れる」

 

 

救い続けて、救い続けて、救い続けて来た結果が———折紙を苦しめる結果になるのだ。

 

『俺は、全てを救うッ!!!』

 

あの日、誓った言葉通り、俺は救った。今も、救い続ける意志は変わらない。

 

でも、その救った()()()()()()()()()かもしれないということは全く考えていなかった。

 

 

『……どうするつもりだ。逃げ出すのか?』

 

 

「馬鹿犬。冗談じゃねぇぞ」

 

 

しかし、大樹は笑みを見せた。

 

 

「さっき言っただろ? 俺は我が儘だって。自己中心的な男なんだよ」

 

 

『……フンッ、いらん心配だったか』

 

 

「大樹さんらしいですね」

 

 

ティナはジャコを抱きかかえながら立ち上がる。俺も一緒に立ち上がり、敬礼する。

 

 

「料理、手伝って来ます軍曹」

 

 

「神風特攻隊、出動」

 

 

「ティナ。それ俺と折紙が死んじゃうから」

 

 

とにかく俺は、俺らしく解決しよう。

 

気持ちを切り替えてキッチンへと俺は———

 

 

「う、あ、あ、あああああああああァァァァァ!!!」

 

 

ドゴッ!!

 

 

「ぐはッ!?」

 

 

「『!?』」

 

 

———横腹に突進をくらった。

 

奇声を上げながら出て来たのは七罪。髪などをわしゃわしゃしながら大樹を突き飛ばし、再びソファにダイブさせた。突然の出来事にジャコとティナも驚いていた。

 

 

「……神風、墜落しました」

 

 

『これは酷い』

 

 

七罪の後からアリアたちが追いかけている姿を二人は見届けた。

 

最後まで締まらない。それが大樹クオリティ。

 

 

________________________

 

 

 

七罪はちょうど帰って来ていた原田に確保された。というか俺と同じように原田はタックルをお見舞いされただけだけどな。七罪はそれで気を失うし。原田は腹部を抑えているし。

 

 

「それで、何した? 犯罪は駄目だぞ」

 

 

「この世で一番言われたくない人にそれを言われても……」

 

 

俺のジト目に黒ウサギが困った様に呟く。おい、まるで俺が常日頃から犯罪を犯しているような言い方じゃないか。おい、周り頷くな。

 

 

「七罪が可愛くなった自分を見て発狂したのよ」

 

 

「……マジか」

 

 

「大マジよ」

 

 

アリアの言葉に耳を疑った。大マジで返って来たなら信じるしかないな。

 

 

「俺はてっきり七罪がアリアに脅されたのかと。特に銃とかで」

 

 

「大樹。ちょっと隣の部屋で話をしましょ?」

 

 

「遠慮」

 

 

愛の告白なら大歓迎ですが、説教は大勘弁。説教中、そのままはっ倒されそう。

 

眠っている七罪を見てみるが、確かに可愛くなっていた。見事にバタ〇リーへと進化できたらしい。

 

 

「あとの問題は……コミュニケーション、かしらね」

 

 

「コミュニケーション? 何? コイツってコミュ障なの?」

 

 

少し言い辛そうにしていたことを口にする優子。俺は首を傾げながら聞くと、今度も言い辛そうに答えた。

 

 

「何というか……自分の価値観をすっごい落としている?」

 

 

「あー」

 

 

分かる。大樹分かるよ。言いたい事。

 

七罪は真の姿を見られた時、必死だった。見られないようにするのに。

 

 

「つまり七罪はアレだけ変わっても———それでもぉ、自分は全く可愛くないんだからぁん!!———とか言っちゃてるの?」

 

 

「七罪さんの代わりに黒ウサギが怒りますよ大樹さん」

 

 

全然似てなくてごめんな。もっと練習するわ。止めるとは言わないぞ。

 

 

「七罪に自信を付ける、か……」

 

 

「ずっと私たちより可愛いわよって励ましていたのだけれど、ダメだったわ」

 

 

———それ一番やっちゃいけないやーつ。

 

 

「お前そりゃ……駄目だろ……」

 

 

溜め息をつきながら言う真由美に俺は戦慄した。鏡見ろ。マジで見ろ。

 

 

「「「「え?」」」」

 

 

うわぁ嫁の駄目な部分が見えちゃってますねコレ。それでも可愛いから許すけど。

 

 

「大樹。ちゃんと言えよ」

 

 

原田に言われなくても、分かっているよ。

 

 

「あのな、お前らは超が付くほどの美少女なの。それを七罪に———自分より全く可愛いんだからぁん!!———とか言っちゃ駄目だろ」

 

 

例えるなら俺が原田に向かって「お前ってw俺よりw強いよなwwコポォww」って言うのと同じだぞ。

 

 

「「「「……………ポッ」」」」

 

 

「『ポッ』じゃねぇよ駄目嫁共が」

 

 

頬を赤くするな。こっちまで恥ずかしくなるだろうが。

 

 

「は、反省はしているわ……」

 

 

「起きたら謝るわよ……」

 

 

「く、黒ウサギも……」

 

 

「そ、そうね……謝るわ……」

 

 

「ホントその反応やめて。俺まで顔真っ赤になるから」

 

 

「残念だがお前ら全員顔真っ赤だぞ」

 

 

原田に指摘されると女の子たちは顔を逸らしてしまう。やめてやめて! もう彼女たちのライフはゼロよ! 俺はマイナスに突入しているから!

 

 

「話をまとめると、七罪さんに自信を付けるということでしょうか?」

 

 

綺麗に話をまとめてくれる折紙に感謝しつつ、俺は頷いた。

 

 

「そうだな。というわけで俺から一つ提案がある」

 

 

「何だ。もう考えたのか?」

 

 

原田は感心の眼差しを向けていたが、それはすぐに消えることになる。

 

 

 

 

 

「原田、七罪とデートして来いよ」

 

 

 

 

 

「……………はぁ!?」

 

 

 

 

 

 




おまけ『デート前』


原田「この俺がデートだと!?」

大樹「フッ、どうやら俺のアドバイスが必要かな?」

原田「おお! 伊達に浮気ばかりしている奴じゃない! 頼むぜ!」

大樹「ぶっ飛ばすぞ。ったく、まずは身だしなみだ! 髪のセットはちゃんと決めろよ! 俺のオールバックは今日もカッコイイだろ!」

原田「……俺、坊主なんだが」

大樹「デートプランは慎重に計画しろ! 嫁たちの好みは把握している俺に死角無し!」

原田「……会って間もない女の子とデートで、何が好きなのか全然分からないんだが」

大樹「そして最後はロマンチックに告白してラブなホテルにGO!!!」

原田「できねぇクセに偉そうなこと言ってんじゃねぇぞチキン野郎があああああああァァァ!!!」


おまけ2『中の人』


士道「次回予告をする? これはどういうことなんだ、四糸乃?」

四糸乃「い、YES! 四糸乃をお呼びでしょうか!?」

士道「えッ!? 急にどうしたんだ!? その手に持ってるハリセンは何!?」

四糸乃「次回予告ですね! 【恋敵登場!? 許されない選択】です!」

士道「四糸乃!? ちょっ!? 叩かないで———ぐぇ!?」

よしのん『ねーねー、よしのん的にこれは酷いと思うけどどうかな?』


おまけ3『ポケ〇ンGO』


大樹&原田「まだやんの!?」

大樹「えっと話題話題……そうだ! ポケ〇ンGOをやろう!」

原田「そうだな!」

大樹「まぁ俺は音速で移動しまくれるからポケモン超ゲットしているがな」

原田「歩けよ……」

大樹「俺が歩きスマホしても、被害が一番大きいのは突っ込んで来た車やバスだ」

原田「跳ね返すなよ!?」


おまけ4『この話題になると大体よくある光景』


大樹「ぐぅ……えーっと……ん? あッ! アレだ! リゼロだ! 『Re:ゼロから始める異世界生活』!」

原田「珍しいことに伏字が無い!? まぁいい! 良い話題だ! ヒロインが超可愛くて良いよな!」

大樹「ああ! ホント嫁にしたいぜ!」


大樹「エミリアたん!!」
原田「レムりん!!」


大樹&原田「表出ろやあああああああァァァ!!」



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恋敵登場!? 許されない選択

夏休みが終わるorz


———原田 亮良は女の子と一緒に街を歩いていた。

 

 

服装はいつもとは違い、防御力がゼロのオシャレな服。羽織った茶色のトレンチコートは、寒さを軽減してくれる。

 

原田の隣には(しと)やかな令嬢とも呼べるような美少女。その正体はなんと七罪。辺りを警戒して目を鋭くさせている点を除けば美少女と完璧に言えたのだが。

 

 

「「……………」」

 

 

二人の間に会話はない。

 

無理矢理大樹が作ったデート。それは七罪が自分を卑下することをやめさせること———自信を付けさせる特訓のようなモノであった。

 

もちろん原田は「お前がやれよ!」と大樹に言った。しかし、大樹は真顔で「俺が死んでもいいならやるけど」と周りを見ながら言われた瞬間、反論の余地をなくした。それはズルい。

 

そんな卑怯な手を使った男はというと、

 

 

「クックックッ、散々俺を馬鹿にしてきたんだ。ちゃんとカッコイイデートしてくれるんだよなぁ……クックックッ」

 

 

「大樹君、今まで見て来たけど、一番悪い顔してるわよ」

 

 

……物陰から悪い笑みを浮かべながら女の子と一緒に原田たちを見ていた。優子にツッコまれても悪い顔はやめる気はないようだ。

 

正直、今すぐ殴りに行きたいが、七罪とデート中である。ここでマイナスするようなことはしたくない。自分勝手な行動は、七罪を勘違いさせて自信を失わせてしまう。それは避けなければデートの意味が無い。

 

 

「ど、どこに行こうか?」

 

 

「……ど」

 

 

「ど?」

 

 

「どこでも、ええわよ……」

 

 

大丈夫かお前。原田は挙動不審の七罪を見て戦慄した。額や背中からドッと汗が噴き出る。

 

七罪の様子がおかしい。もうおかしい。デートが始まって3分経ってないのに、これはアカン。

 

こういう時、大樹はどうする? 非常に言いたくないが、大樹は女の子の扱いにはとても慣れている。それがあの結果だ。……………いや慣れているのか? アレ? 思い返せば———うん、もう触れないでおこう。

 

 

「ったく、仕方ないなぁ。手本を見せてやるか」

 

 

(助け船! さすが大樹! お前はやる時はやる男なんだな!)

 

 

その時視界の隅で大樹が立ち上がるのを見た原田は喜ぶ。参考にする気満々であった。

 

 

「優子。ちょっとアイツらの目の前でデートするぞ」

 

 

「ちょッ!? えぇ!?」

 

 

突然の無茶振りに優子は顔を赤くしながら戸惑う。一瞬修羅場が展開するかと思ったが、

 

 

「もちろん、ローテーションするのよね?」

 

 

「当たり前だろ真由美。全員俺の愛する嫁なんだからよ」

 

 

(……やっぱどっか行ってくんねぇかな?)

 

 

見せつけるならどこか違う場所でやって欲しいものだ。

 

ポケットに入れたナイフでも投げようか考えていると、大樹と優子が手を繋いで原田と七罪の前に出て来た。

 

 

「時間は良い感じにおやつの時間だな。ちょっと小腹も空いたし、あの喫茶店に行かないか?」

 

 

「そ、そうね。いいと思うわよ?」

 

 

「よっし! 俺の大好きなケーキもあるみたいだし、楽しみだ。早く行こうぜ!」

 

 

完璧にこなせている所が余計にムカつく。本当に仲の良いカップルに見えているな。実際、仲が良いレベルを遥かに超えているが。

 

 

(しかし参考になった。俺もお腹が空いたし、アイツが好きな食べ物を選んだ理由は分からないが、真似をすれば何とかなるか!)

 

 

大樹の意図に気付かない原田はニッコリと笑顔で告げる。

 

 

「よし、ラーメン食いに行こうぜ!!」

 

 

そして———めっちゃ周りから石投げられた。

 

 

アリア、優子、黒ウサギ、真由美、ティナ、折紙。普通に投げたよ女の子たち。大樹の投げた石は特にヤバかった。さすがに音速の石はナイフを使って跳ね返した。

 

 

「初デートにラーメンはアカン! センス無さすぎ! 帰れクソ坊主!」

 

 

大樹にボロクソ言われた。そろそろ殴ってもいいよね?

 

 

「じゃあ———俺たちも喫茶店に行く?」

 

 

「何で不満げな顔で言ってんのよ……私に聞かれても……」

 

 

全く噛み合わない二人に大樹達は不安になる。

 

 

「でも」

 

 

その時、七罪が少し踏み込んだ。

 

 

「ラーメンで、いいと思うわよ……」

 

 

急展開に大樹達は何を思ったのか、すぐに身を隠した。クッ、七罪に夢中で大樹がどこに隠れたのか見えなかった。

 

仕方ない。今は放って置こう。

 

 

「さ、サンキュー。じゃあ、あそこのラーメン屋に入るか」

 

 

原田が指さした方の店へと二人は並んで歩く。店内から人の声が聞こえないので、空いているようだ。人間不信の七罪には都合の良い。

 

原田は店内の扉を開けて中に入った。

 

 

「へい! へいへいへい! らっしゃい!!」

 

 

———ハチマキを頭に巻いた大樹が出迎えた。

 

 

「んんッ!?」

 

 

「二名様ご来店!」

 

 

「YES! ご案内いたします!」

 

 

今度は黒ウサギが登場。というか裏方に人の気配が多数。全員グルかちくしょう。

 

 

「……やたら声が大きいわねあの店主」

 

 

「は?」

 

 

「え?」

 

 

「……気付かないのか?」

 

 

「何に?」

 

 

絶句。大樹たちも絶句していた。このハチマキとチョビ髭を付けただけの変装に気付かないなんて。黒ウサギに関しては場違いなコック帽子で耳を隠しているだけだ。気付かない方がおかしい。

 

七罪の発言に戸惑っていたが、黒ウサギはすぐに切り替える。

 

 

「ちゅ、注文をどうぞ!」

 

 

「ゴリ押す気かお前……その前に聞きたいことがある……どうやったこの状況」

 

 

小声で注文を取りに来た黒ウサギに尋ねると、

 

 

「……………今日のオススメは———!」

 

 

「おいマジで何したお前ら」

 

 

これは犯罪の匂いがする。危険を感じた原田はトイレに行くフリをして、裏方を覗き見た。そして、ちょうど大樹とアリアが話しているのを確認する。

 

 

「おじいさんは?」

 

 

「安心しろ。優子とティナ、そして折紙がトランプをして足止めしている。おじいさんは可愛い女の子と遊べて嬉しそうだ」

 

 

何やってんだよここの店主。

 

 

「……あのおじいさん、大丈夫かしら」

 

 

「その点も安心しろ。優子が魔法を張っているからおじいさんがお前たちの体に触れることは絶対にないからな」

 

 

何やってんだよお前ら。

 

見てはいけないモノを見てしまった。原田は暗い表情で席に戻る。

 

 

「ど、どうしたのよ……」

 

 

「いや、何でもない……ホント、人生ってクソだよな」

 

 

「どうしたのよ!?」

 

 

怖くなった。これから大樹が何をしでかしてしまうのか。原田は怖くて仕方がなかった。

 

この店を乗っ取るほど、大きな計画で、とんでもないことをするに違いない。

 

 

(……俺たちって、何でここに来たっけ?)

 

 

当初の目的が迷子だった。

 

原田の目は絶望に染まり切ってしまっていた。その目を見てしまった七罪は顔色を悪くした。

 

 

「や、やっぱり私なんかと一緒じゃ、つまらない———」

 

 

「マイナスハリセンポイント! レベル1!」

 

 

スパンッ!!

 

 

「ッ!?」

 

 

突如七罪の頭部に衝撃が走った。痛くはないが、驚きで椅子から転げ落ちてしまう。

 

 

「な、何今の!? 何か叩かれた!?」

 

 

「ああ、今のは『マイナスハリセンアタック』だ。お前がネガティブ発言をするとハリセンが飛んで来るシステムだ」

 

 

「えぇ!?」

 

 

ちなみに今のハリセンは大樹が投げたモノだ。裏方からブーメランの如く、鋭く、強く投げることでハリセンを目視できないようにした。さらに大樹は七罪の頭部に当たる直前を計算し、投げられたブーメランは一瞬の失速と威力を格段に下げて当てることに成功。あとは流れるように跳ね返ったハリセンをキャッチして、何事も無かったかのように厨房に立った。無駄な技術である。

 

 

「よく分からないが、レベルが上がるごとにハリセンのヤバさが上がるらしいぞ」

 

 

「ヤバさって何!? お願い! もうやめさせて!」

 

 

涙目で懇願されても困る。それができたら最初からやめさせているのだから。

 

 

「それで、注文はどうした?」

 

 

「うっ……何も頼んでないわよ……アンタの好みなんて分かんないから」

 

 

「あー、すまん。じゃあ、頼むか。すいませーん!」

 

 

「YES! ご注文をどうぞ!」

 

 

「俺は普通のラーメンで。七罪は?」

 

 

「私もそれでいいわよ」

 

 

「じゃあラーメン二つで」

 

 

「はい! かしこまりました! 終焉の王麺(ラスト・エンペラー・オブ・カオス・メン)二つお願いします!」

 

 

「ちょっと待てそこの兎!?」

 

 

とても危なげな注文をした駄目兎。当然原田と七罪は立ち上がって止める。しかし、悪魔(奴ら)は止まらない。

 

 

「おっしゃあ! 作るぞお前ら!」

 

 

「「任せなさい!」」

 

 

もう……手遅れのようだ。

 

カウンターにアリア、真由美、大樹と料理に関して最悪なメンバーが並んだ。

 

 

「麺入れるわよ!」

 

 

アリアが器に入れた麺、それはそれは伸びきったネチャネチャの麺だった。

 

 

「スープ入れたわよ!」

 

 

真由美が器に注いだスープ、それはそれは闇のようなドス黒い色のスープだった。

 

 

「神の一手入りまーす」

 

 

大樹がトッピングをすると、それはそれは綺麗なラーメンに仕上がった。

 

 

「「「完成!!!」」」

 

 

「YES! お待たせいたしました!」

 

 

「食えるかああああああああァァァ!!!」

 

 

料理の行程が明らかに食べてはいけないラーメンであった。

 

 

「ツッコミ所が多過ぎるわ! 麺はお湯に浸し過ぎてネチョネチョになってんだろ! スープの色絶対おかしいだろ!? そして何でお前のトッピングでラーメンがあんな風になるんだよ!?」

 

 

アリアと真由美の料理の腕に関しては酷かった。そしてあの酷い有り様をここまで回復させる大樹の料理の腕はまさに神の一手だった。

 

料理長(仮)が原田たちの前に姿を見せる。

 

 

「味に関しては保障できるが、栄養素に関しては保証できねぇから」

 

 

「お前がそれ言うと完全に駄目なヤツじゃねぇか!?」

 

 

「馬鹿だなお前」

 

 

大樹はフッと笑みを浮かべながら告げる。

 

 

「例え嫁の手作り料理に毒を入れる行程があっても、俺は喜んで食べれる。栄養素なんざクソくらえだ」

 

 

「ただのキチ〇イだよお前!!」

 

 

「そこは嫁馬鹿と呼んでほしい」

 

 

「うるせぇ黙れ!!」

 

 

目の前に出されたラーメンを大樹(クレイジーボーイ)にぶつけてやろうかと考えていると、

 

 

「……美味しい」

 

 

「え?」

 

 

なんと目の前で七罪がラーメンを食べて驚いていたのだ。これには原田も驚愕して、急いで七罪の背中を叩く。

 

 

「今すぐ吐き出せ!!! 死んじまうぞ!?」

 

 

「ちょッ!? 大袈裟よ! 本当に美味しいから食べてみなさいよ!」

 

 

「それはお前の舌がアホなだけだ! ぺッしろ! ペッ!!」

 

 

「な、な、何すんじゃコラァー!! 離せぇ!!!」

 

 

原田と七罪が争う。そんな光景を見ていた大樹たちは一言だけ呟いて裏方へと去る。

 

 

「「「「喧嘩する程、仲が良い」」」」

 

 

「お前ら目腐ってんのかああああああァァァ!!!」

 

 

原田の悲痛な叫びが、店内に響き渡った。

 

 

 

________________________

 

 

 

結果、ラーメンは自分の舌を疑う位美味だった。悔しい。

 

七罪と原田は再び道を歩くが、また沈黙が続いていた。物陰から「プークスクス、童貞が戸惑ってやんの」「アンタもでしょ」「え? いつ俺が童貞だと錯覚してぶぼらッ!? ごめんなさい! 嘘です童貞ですぎゃあッ!?」と大変なことになっているが、放って置いた方が清々しい気持ちになるので見なかったことにする。

 

 

「さて、次はどこに行こうか」

 

 

「……ねぇ、これっていつまで続けるのよ」

 

 

七罪の表情は暗い。不安というより、原田を怪しんでいた。

 

こんな調子で七罪(自分)に自信を付けさせることなど無理がある。むしろ悪化しているとしか———

 

 

「次はゲームセンターにでも行って見ないかハニー?」

 

 

「いいわね! またプリクラを撮りましょダーリン♪」

 

 

……いい加減にしろよ大樹&真由美(お前ら)

 

空気読めよ。ホント頼むから。七罪の顔に、さらに暗みが掛かってたぞ。死んだ魚の目みたいになってんぞ。

 

 

「まぁ何というか……あの馬鹿みたいに今は楽しまないか? 俺は別にお前のことを嫌っているわけじゃ」

 

 

「嘘よ」

 

 

ピシリッと空気にヒビが入る音がしたような気がした。

 

原田の言葉を簡単に切り捨てた七罪は次々と口からネガティブな発言がされる。

 

 

「もう分かっているの。この私じゃどうやっても笑われるの。あんたも今の私を見て面白おかしく心の中で笑っているんでしょ。私とあんたは違う」

 

 

「……………」

 

 

「どうせ誰も私を望まない、誰も私を必要としない。いや違うわね……あなたたたちが楽しくお喋りする為に、私を必要とするよね。確かに、良い笑い話に持って来いだわ」

 

 

卑屈に笑う七罪は、

 

 

「———もういいのよ。諦めているから」

 

 

とても辛そうだった。

 

 

「……すぅー、はぁー」

 

 

原田は目を閉じて深呼吸した。再び口を開けるのに数十秒かかったが、言葉は決まっていた。

 

 

「ああ、お前の言う通り、笑われるのは辛いよな」

 

 

まるで経験があるかのような素振りを見せた原田。その発言に嘘と思えるような節は見えない。

 

 

「俺には兄がいるんだ。多分今も立派に仕事をしているんじゃないかな」

 

 

「……急に何よ」

 

 

「まぁ聞けって。昔から仲が良くて、いつも俺のことを可愛がってくれたんだ」

 

 

原田は話しながら近くにあったベンチに座る。原田が目線で隣に座れと語ると、七罪は素直に座った。

 

 

「兄さんは凄かった。超難関高校を主席で入学して、陸上部のエースで、友達がたくさんいた」

 

 

楽しそうに語る原田の姿を見て、本当に兄の事が好きだったことが人を疑ってしまう七罪でも分かる。

 

 

「誇りだった。兄さんが何かを成し遂げる度に、俺はいつも友達に自慢していた。それくらい、俺は兄さんを誇りに思えたんだ」

 

 

だからっと原田は苦笑する。

 

 

「———俺の存在は、あまりにも小さ過ぎた」

 

 

「……え?」

 

 

既に楽しそうに語っていた原田の姿はどこにもいない。欠片すら残っていなかった。

 

 

「例え俺がテストで良い点を取っても、兄さんより劣っている。大会で準優勝しても、兄さんより劣っている。そう、俺は何もかも、兄さんに劣っているんだ」

 

 

「……劣っているから、笑われるの?」

 

 

「でも俺の友達はそんなことをしなかった」

 

 

七罪の予想は外れる。原田は必要以上に何度も首を横に振った。

 

 

「兄さんの友達が、俺を笑ったんだ……」

 

 

「あッ……」

 

 

「兄さんは当然激怒した。大切な友達なのに、俺なんかの為に……!」

 

 

悔しそうに、堪えて話す原田に七罪はバツが悪そうに視線を下に落とした。

 

 

「俺が笑われたせいで友達を失った。暴力事件を起こして世間の信頼を失った。なのに兄さんは言うんだ」

 

 

胸をグッと手で抑えながら原田は告げる。

 

 

「———ごめんなって……」

 

 

「……………」

 

 

「七罪。俺はお前と同じで笑われたことがある。でもな、お前と違うことがある」

 

 

少しだけ、原田の言おうとしていたことが七罪には分かっていた。

 

 

「俺は、それでも諦めなかった」

 

 

敵対するような物言いに七罪は目を細める。しかし、原田はやめない。

 

 

「その後足掻いた俺が成し遂げて見せたことがある。お前に言い当てれるか、七罪」

 

 

「……何よ」

 

 

七罪の問いに原田はニッと笑みを見せて答える。

 

 

 

 

 

「改めて自己紹介するぜ。陸上自衛隊1等陸尉、原田 亮良だ」

 

 

 

 

 

「……………はい!?」

 

 

敬礼する原田に七罪は数秒遅れて驚愕した。これには隠れて見ていた大樹たちも驚きを隠せない。

 

 

(前世が自衛隊だと!? それは思いつかなかったな……ん? これって驚くことなのか?)

 

 

大樹は思う。バトラーの前世は大企業の社長の娘の執事、エレシスとセネスは二重人格の双子、姫羅は神々と渡り合える戦闘力を持っていて、ガルペスは凄腕の医者だった。

 

……うん、自衛隊ってまぁまぁ凄いよね。保持者ってすごーい。

 

 

「最後の最後に俺は誇れるモノを手に入れることができた。諦めなかったおかげでな。めでたしめでたし」

 

 

「……じゃあ何? 私にも諦めるなって言うの?」

 

 

イラついた声で七罪が原田の目を睨む。しかし、原田は首を横に振った。

 

 

「お前は諦めるのが早過ぎる。自分の格好を鏡で見て分かっただろ。お前は自分を捨てるべきじゃない」

 

 

「……………うるさいのよ」

 

 

何も知らないクセにと七罪は心の中で吐き捨てる。原田の言葉に七罪は怒鳴った。

 

 

「あんたが私の何を分かっているの!?」

 

 

「何も分からねぇよ。でも、一つ確信していることがある」

 

 

真剣な表情を崩さない原田は、七罪に告げる。

 

 

「お前が苦しんでいるのは、見ていて分かる」

 

 

「ッ……」

 

 

「俺はどっかの変態馬鹿浮気野郎のように人の心を読めない。誰かが救いを求めていても、全力で助けに行ける自信は無い」

 

 

(ちょっと一回殴って来る……!)

 

 

(駄目よ! 良い雰囲気なんだから邪魔しちゃ台無しよ! 私と一緒に大人しく座って!)

 

 

コーヒーカップを武器にした大樹が立ち上がるが、真由美がすぐに止めた。今のは言い過ぎたと原田は反省しない。絶対にしない。

 

 

「口にしなきゃ分からないことがある。一人で無理な時は言え」

 

 

原田は頭を掻きながら恥ずかしそうに告げる。

 

 

「まぁ……その、少なくとも、俺はお前の事を———」

 

 

 

 

 

———その時、原田が消えた。

 

 

 

 

 

「「「「「……え?」」」」」

 

 

言葉に偽りはない。文字通り、七罪の隣に居た原田が消えた。

 

瞬間移動でもしたかのような消え方に周りは当然驚いた。

 

 

「原田の霊圧が消えた……!?」

 

 

「……この状況でも平常運転で嬉しいわ大樹君」

 

 

「褒めるなよ優子。キスっていうご褒美が俺は欲し———」

 

 

「絞めるわよ?」

 

 

「すいません」

 

 

とにかく原田が消えてしまった。俺たちは七罪の居る場所に急ぐ。

 

 

「七罪! いくら失礼なことばかり言う原田を消すのはやり過ぎじゃないか?」

 

 

「やってないわよ!?」

 

 

ですよね。

 

 

「気配で索敵しているが近くにはいないな。どこか遠い場所に飛ばされたか?」

 

 

「だ、誰によ」

 

 

「そりゃ……………アレだよ」

 

 

七罪の質問に大樹は汗を流しながら答える。

 

 

「……ヤードラッ〇星人の仕業だよ」

 

 

「「「「「誰!?」」」」」

 

 

「あ、ド〇ゴンボールですよ皆さん」

 

 

「「「「「えぇ!?」」」」」

 

 

大樹のボケについて来れたのは折紙だけだった。

 

原田が突如消えた原因は分からない一同だが、大樹には少し心当たりがあった。なので、

 

 

「どうする? 一人でデートするか七罪?」

 

 

「するかぁ!!」

 

 

良いツッコミありがとうございます。そして案の定、釣れましたよ。

 

 

「な、ならそのデートの続きは俺が受けよう!」

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

発言したのは大樹では無い。遠くから消えた声だった。

 

こちらに向かって来る一人の男。その正体は———!?

 

 

「ホラな。士道(馬鹿)が連れたぞ」

 

 

 

 

 

———五河 士道だった。

 

 

 

 

________________________

 

 

 

突如消えた原田。

 

一人佇む七罪に声を掛けたのは恋敵の士道。

 

果たして、恋の行方はどうなるのか?

 

次回! 恋するあなたにズッキュンバッキュンドッキュン☆ あなたのハートに———

 

 

「何しているのよ!」

 

 

「ぐべぇ!!」

 

 

頭の中で面白い次回予告を練っていたらアリアに殴られた。

 

現実逃避くらいしたくなるわ。この状況、明らかにおかしいだろ。

 

 

「士道がいつの間にかチャラ男になっていたことにショックを受けてだな」

 

 

「なってませんよ!? 何言ってくれてんの!?」

 

 

「人のデートを邪魔しておいて、寝取りプレイが大好きなクソッタレになりやがって……」

 

 

「ちょッ!? 言い過ぎでしょ!?」

 

 

「ほう? 言い過ぎ、か? ならデートの邪魔くらいは認めるんだな?」

 

 

「うッ」

 

 

図星か。コイツ、演技下手くそだなおい。

 

ジト目で女の子たちが士道を見る。士道はワタワタとしていたが、咳払いして調子を戻す。

 

 

「ゴホンッ……今日は良い天気だな、七罪」

 

 

「お前……俺たちガン無視で事を進めようとするなよ……というかコイツと面識あるのか七罪?」

 

 

「……一応」

 

 

「そうか。士道、七罪はお前みたいな奴とはデートしたくないってよ」

 

 

「えぇ!? そんなこと言ってない———」

 

 

「お前に聞こえなくても、七罪の心が、俺には聞こえるから」

 

 

「言ってないうえに思ってないわよ!? 何勝手なことしてんのよ!?」

 

 

チッ、流れに逆らうなよ七罪。ここで士道と七罪をくっつけるわけにはいかないだろ。

 

良い感じの雰囲気になっていたのに、原田の奴は一体どこで何をしている。早く戻って来い。

 

 

「原田をどこにやった士道? お前が答えないなら、通信している妹にでも聞くが?」

 

 

「ッ!?」

 

 

俺の発言に士道は再度驚く。手で耳を抑えて隠すが、俺の目と耳は誤魔化せない。

 

 

『嘘でしょ!? ちょっと士道! もう気付かれる素振りを見せちゃ———』

 

 

「気付かれる素振り? おいおい、俺は琴里ちゃんの声が聞こえているから言ってるんだぜ?」

 

 

琴里が息を飲むのがここからでも分かる。あまり俺を甘く見るなよ? 俺は人間をやめたからな! クソッ!!

 

 

「猶予を与えてやるよ。10秒以内に答えな。さもなくばずっと空にいる不可視の飛行機、ぶった斬るぞ?」

 

 

この世界に来る途中(落下中)にぶつかった透明の床。その正体は前々から見破っていた。もちろん、神の力を使ってね! この力は本当に万能だな。 万能人間大樹。ワタシ、サイキョウ。ヨメ、ダイスキ。

 

士道は不味いと思ったのか、すぐに両手を挙げる。

 

 

「こ、降参だ! 頼むから何もしないでくれ!」

 

 

狂三と精霊たちの戦闘時に俺の実力を知っているおかげだろう。降参するのは早かった。うんうん、素直でよろしい。それもまたア〇カツだね!

 

 

「ねぇ? さっきから何のことなの?」

 

 

「優子。空は、青いだろ?」

 

 

「え、えぇ……そうね……?」

 

 

「……そういうことだ」

 

 

「どういうこと!?」

 

 

相変わらず誤魔化し方が下手なワ・タ・シ。もうここまで来ればクールでカッコイイことになるのでは? 無理だな。

 

 

「無駄よ優子。大樹に救急車を呼んだところで必要ないことと同じよ」

 

 

「最近のアリア先輩切れ味鋭いなぁー」

 

 

心にグサッと来るぜ!

 

っと話が脱線していた。戻さないとな。

 

 

「Hey! Where is 原田!?」

 

 

「訳、私はティナ・スプラウトを生涯愛することを誓います」

 

 

「待つんだティナ。今俺がボケている。あと捏造しないで」

 

 

「訳、今日から浮気はしません」

 

 

「真由美さーん! 俺、浮気なんてしてないですよ!」

 

 

「厄、近いうちにウサ耳が生えます」

 

 

「それは確かに厄だな。でも俺はお揃いでちょっと良いと思うけど」

 

 

「焼く、他の女の子に目移りした時」

 

 

「普通に怖いよ優子。というかちゃんと訳できてないよお前ら!?」

 

 

「……訳、愛しの原田はどこにいるのですか?」

 

 

「「「「「それだ!!」」」」」

 

 

「それは一番やめろアリアあああああァァァ!!!」

 

 

頭を抑えて悲鳴を上げる男。嫌がる彼を見た女の子たちはお腹を抑えて笑っていた。

 

 

「訳、私は鳶一 折紙のことを―――」

 

 

「もういいだろ!?」

 

 

折紙も乗って来ていた。

 

この状況に、完全に置いて行かれている七罪と折紙。そして士道はどうすればいいのか分からない状態だった。

 

 

『何しているのよ!? 七罪を連れればこっちのモノよ!』

 

 

しかし、通信機から聞こえた琴里の声に士道はハッとなる。

 

 

「ま、待てよ琴里! やっぱりこれは———!」

 

 

『彼女は精霊なのよ! いくらあの人が異常で次元が違う存在でも、これはあなたにしかできないことなのよ!』

 

 

ちょっと? 聞こえているよ? 俺のことをそんな風に認識するのやめてよね! プンプン!

 

 

『強引な手段だけど七罪と一緒に回収するわよ士道』

 

 

「……琴里、それは無理だ」

 

 

『え?』

 

 

士道は七罪の方を見ながら汗を流す。

 

 

「しゃーッ」

 

 

七罪の背後には蟷螂(とうろう)拳法で威嚇する大樹が居たからだ。状況をモニターでも見て把握したのか琴里も戦慄していた。

 

 

『な、何故かしら……ふざけているはずなのに、勝てる気がしない……!』

 

 

(今作った構えなんだけどなぁ……言わないけど)

 

 

他にも北〇神拳とか南〇聖拳、あと宇〇CQCも心得ているから。俺最強。史上最強の男とは俺のことよ。

 

 

「さぁ来いよ士道。鼻毛〇拳で死ぬか、飛天〇剣流で死ぬか、選ばせてやるよ」

 

 

「絶対に嫌ですけど!?」

 

 

士道は首をブンブン横に振って拒否。遠慮はいらないんだぞ?

 

 

「前者はできないことは分かるけど、後者はできそうだから怖いわ……」

 

 

優子の言葉に俺は何も言わない。想像に任せるよ。

 

緊迫した空気(笑)が続いている中、突如異変が起きる。

 

 

ウウウウウゥゥゥ―――――!!!

 

 

ビリビリっと耳に来る空間震警報が街一帯に響き渡った。

 

 

「ッ! このタイミングで来るのか」

 

 

ふざける雰囲気を消し辺りを警戒する。周りにいる人たちが慌てて避難する中、士道は妹の名前を呼ぶ。

 

 

「琴里!」

 

 

『分かっているわ! すぐに回収するから待っていなさい!』

 

 

通信を終えた士道は七罪へと走り出そうとするが、俺は白鳥の舞で進路を塞ぐ。

 

 

「逃がすとでも?」

 

 

「いい加減その構えやめてもらえます!?」

 

 

すまん。何かふざけないと駄目な気がして。真面目になるって難しいの。

 

 

「できれば俺の近くに居て欲しいんだよ。離れられるとやり辛いからな」

 

 

「え?」

 

 

「ほら、来るぞ」

 

 

刹那、士道の目の前で光が弾け飛んだ。

 

 

バギンッ!!

 

 

「なッ!?」

 

 

不快感がある金属音に士道はその場で尻もちをつく。

 

恐る恐る前を見れば刀を握り絞めた大樹が立っており、刀が士道を守るように構えられていた。

 

そして気付く。自分の隣にコンクリートの地面を抉り取った大きな穴があることに。

 

 

「美琴が来てくれたかと、超期待していたんが……ハズレ以上のハズレかよ」

 

 

『———士道!? 聞こえてるの士道!? 今すぐ逃げなさい! この警報は精霊じゃないわ!』

 

 

大樹が睨み付ける方向は空。見上げるとそこには何百もの黒い点があった。

 

それは人であり、機械であり、敵であった。

 

 

『【DEM】よ!』

 

 

その言葉に士道はハッとなる。あれは全て魔術師(ウィザード)と『バンダースナッチ』だということ。

 

 

「DEM? 何だそれ? 大樹・エリート・マジシャンの略か?」

 

 

通信を聞いていた大樹が士道に問いかける。士道はどう答えようか迷うも、

 

 

「信じろ」

 

 

大樹の言葉を聞いて、迷いは消えた。

 

 

「……俺たちの敵だ。精霊の敵なんだアイツらは。十香を傷つけたのも、全部アイツらのせいだ!」

 

 

「十香ってのは……ああ、多分あの女の子たちの誰かか」

 

 

以前襲われたことを思い出す大樹。しかし、ニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

「まぁお前が大切な女の子だということは分かったよ。敵ってことが分かれば十分だ」

 

 

「え? でもあなたは———」

 

 

「関係ないとか言うなよ? 関係大ありだからな。それと、俺のことは大樹って呼んでくれ。歳は近いからな」

 

 

刀を構えながら大樹は告げる。

 

 

「俺はあの日からずっと、お前らの味方だ」

 

 

「ッ!」

 

 

「お前らの敵は、俺の敵だ。だから後ろに居ろよ士道」

 

 

士道は頷き、俺の後ろへと移動する。女の子たちも俺に後ろにいるように移動してくれる。

 

 

「さーてお前ら、回れ右しろよ。今なら攻撃しないから」

 

 

「それはできない話ですね」

 

 

俺の声に返して来たのは女性。全身に白金の鎧を纏った金髪碧眼。美少女と言うより、他の者達とは違う屈強の戦士に見えてしまう。

 

 

「ですが、私はあなたと友好的な関係を築きたいと思っています。目的は『ウィッチ』の回収。協力してくれるならそれ相応の報酬を———」

 

 

「あーはいはい。交渉決裂交渉決裂。無理無理」

 

 

恐らく『ウィッチ』とは七罪のことだろう。大樹は呆れるように溜め息を吐きながら女性の言葉を遮る。そして刀を光らせて威嚇する。

 

 

「怪我をしないように手加減するが、ボロクソに負けて、恥をかいても泣くんじゃねぇぞ?」

 

 

「お戯れを。最後にあなたを狩る名前を教えましょう」

 

 

女性は光剣を握り絞めて赤色に輝かせる。

 

 

「エレン・ミラ・メイザース。あの世でも、どうぞ覚えていてください」

 

 

「ご丁寧にどうも。でも———俺より()()()に気を付けた方がいいぜ?」

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!

 

 

その瞬間、エレンの上空で耳を劈くような爆発が起きた。

 

バンダースナッチと呼ばれた機械兵が連鎖するように爆発していたのだ。飛行していた魔術師(ウィザード)たちの悲鳴が響き渡る。

 

 

「何事ですか?」

 

 

仲間がやられたというのに冷静な対応。この程度のトラブルでエレンは取り乱さないらしい。

 

必死に助けを呼ぶ仲間、状況を必死に伝える仲間。その必死さは報われない。

 

 

「代わりに俺が教えてやろうか? エレンちゃん?」

 

 

「その呼び方は不快です。ですが聞きましょう。彼は何者ですか?」

 

 

「おお、敵の正体は見破ってんだな」

 

 

超スピードで飛び回る敵を目視していることに少し驚く大樹は説明を始める。

 

 

「アイツはデートの邪魔をされ、カッコイイセリフも邪魔され、どこかに飛ばされて踏んだり蹴ったりの男だったんだよ」

 

 

そう、不幸な男だ。でも、

 

 

「ソイツが一番怒っていることは、お前のことだと思うぞ?」

 

 

「ッ! それは……」

 

 

大樹が見せたのは携帯電話。画面には通話中と表示されている。

 

 

「ってそれ俺の!?」

 

 

はい、士道君の携帯電話ですが何か? 文句あるならかかって来い。

 

 

「さっき何て言ったけ? 『ウィッチ』を狩るとかどうとか言ったかな? うわー、アイツ激おこプンプン丸じゃないの?」

 

 

「ッ……もしかして」

 

 

後ろで聞いていた七罪が反応する。ああ、正解だよ七罪。

 

 

「あの馬鹿は今、本気で戦っている。お前の為にだ、七罪。よく見ておけ」

 

 

大樹に言われるまでもなく、七罪は空を見上げていた。

 

 

『口にしなきゃ分からないことがある。一人で無理な時は言え。少なくとも、俺はお前の事を———』

 

 

原田の言葉が、思い出される。

 

バンダースナッチが次々と爆発し、魔術師(ウィザード)たちの武器や装備が破壊され次々と墜落する。

 

 

「少なくとも、アイツは信じて良い。俺が保障する」

 

 

獣の様に、狩人の様に、騎士の様に咆哮しながら短剣を振るい戦う男。

 

 

「うおおおおおおォォォ!!」

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!

 

 

———原田 亮良の姿があった。

 

 

斬撃は赤い亀裂を生み、紅い光線を放つ。その威力は一撃でバンダースナッチを修復不可能まで葬り去る。

 

精霊との戦闘に身を投じて来た強者たちでも、原田の猛攻を止めれる者はいなかった。

 

さすがのエレンも冷静が欠けてしまう。唇を噛み、険しい表情になる。

 

 

「よっと」

 

 

全て言う事を終えた俺は落ちて来る敵の残骸を刀で振り払う。女の子たちに塵一つ触れさせない。

 

 

「テメェか!! エレン・ミラ・メイザース!!」

 

 

「くッ!!」

 

 

バギンッ!!

 

 

凶悪な速度で降って来た原田。エレンの頭部めがけて短剣を振り下ろす。随意領域(テリトリー)を展開して防ぐも、バリアもろとも地面に叩きつけた。

 

強い揺れと衝撃が辺りを襲う。舌打ちをしながら大樹は刀を振るい、衝撃と砂煙を吹き飛ばす。

 

 

「おい! 次嫁に怪我させるような真似したらぶっ殺す!!」

 

 

「うるせぇ!! ぶっ殺すぞ!!」

 

 

「あ、すいません」

 

 

(((((大樹が負けた!?)))))

 

 

怒らせた原田に勝てないことをいよいよ確信する。大樹は静かに見守ることにした。

 

 

「ッ……なんて滅茶苦茶な破壊力……!」

 

 

「一応、今のは手加減はしているぞ」

 

 

ゆっくりと歩き、怒気を含ませながら声に出す原田。短剣の剣先をエレンに向ける。

 

 

「俺は大樹の様に甘くはない。七罪を狩るんだろ? なら狩られる覚悟くらいはできているよな?」

 

 

「ッ……」

 

 

エレンは逃げようとするが、原田にはその隙がない。背中を見せた瞬間、その命を散らすだけだ。

 

 

「……原田の奴、超怖いんだけど。あんなにキレる? 確かに俺もアリアたちを狩るとか言ったらキレるけど」

 

 

「……か」

 

 

「か?」

 

 

声を震えさせながら七罪は告げる。

 

 

「カッコ、イイ……!」

 

 

「……恋に落ちる瞬間を見た」

 

 

俺は怖いのに、この子、カッコイイって言っちゃたよ。

 

 

「確かに大樹よりカッコイイこと言ってるわよね」

 

 

「ぐはッ!!」

 

 

アリアの一言に吐血。膝をついてしまう。

 

 

「ふふッ、冗談よ。大樹もカッコイイわよ」

 

 

「アリアぁ……!」

 

 

「えっと、騙され惚れやすい男を見た、です!」

 

 

……黒ウサギさん。僕、そんなことはないと思いますよ? じゃあ嫁を何人も作るなよって話になるか。惚れやすい男でごめんなさい。

 

原田とエレンの距離はもう近い。エレンは武器を握っているが、構える素振りを見せない。恐らく、分かっているのだろう。

 

強者(原田)には勝てないことが。

 

 

「……おい待てよ」

 

 

勝利を目前にした原田を見ていた大樹が呟いた。

 

誰も何も言わない。いや、気付ていないのだ。見えているのは神の力を持った自分だけ。

 

 

 

 

 

———原田の背後にいる黒いローブを全身に纏った敵の存在に。

 

 

 

 

 

その敵を大樹は知っている。忘れもしないあの出来事。ガルペスとの決着が付く寸前に邪魔をした敵。俺とガルペスを過去に送った奴だった。

 

以前と違い、ソイツの手には禍々しいオーラを放つ黒い鎌。巨大な刃は人の首などあっさり斬り落としてしまうだろう。

 

その恐ろしい刃が、原田へと振り下ろされようとしていた。

 

 

「ッ!!!」

 

 

刹那。思考より早く、体が動いていた。光の速度で敵の前に出現し、刀を振るう。

 

斬撃は音速を超え、斬れないモノはない。そのはずなのに、

 

 

ゴオォッ!!

 

 

(嘘だろッ……!?)

 

 

刀は空気でも斬るかのように、敵をすり抜けた。幽霊とでも戦っているのかと疑ってしまうが、鎌は実態を持っていることは確かだと分かる。

 

一度振るった刀で鎌を叩くには時間がわずかに足りない。反対の手に剣を持っていたら間にあっていただろう。でも今は持っていない。

 

 

(だけど【幻影(げんえい)刀手(とうしゅ)】なら間に合うッ!!)

 

 

シュンッ!!

 

 

抜刀された大樹の空いた左手から風の刃が鎌に向かって放たれる。圧縮された空気は凶器へと変わる。

 

 

フッ……

 

 

だが、風の刃は鎌に当たる直前、なんと消滅した。ロウソクの火を消すかのように、簡単にだ。

 

敵の不可解な力に目を見開いて驚く大樹。最後に残された選択を取ることをやむを得なかった。

 

 

(クソッタレが……!)

 

 

ズシャッ!!

 

 

「は?」

 

 

原田の頬に何かが付着した。あまり驚かなかったが、頬に触れて手を見た瞬間、体が震えた。

 

温かい赤色の液体。それが血だと知った瞬間、心臓の鼓動が早くなった。

 

振り返ると、そこには誰もいない。だが、足元に誰かがいた。

 

 

「……………だい、き?」

 

 

いつの間にか出来上がった真っ赤な血の池。そこに倒れていたのは、大樹だった。

 

 

________________________

 

 

 

「大樹ッ!?」

 

 

最初に駈け出したのはアリアだった。それに続くように優子、黒ウサギ、真由美、ティナ、士道、七罪も倒れた大樹に向かって走り出した。

 

茫然と立ち尽くす原田。その隙に飛行して逃げ出すエレン。そして、何もできない鳶一 折紙(わたし)だった。

 

 

「何、で……どうして……」

 

 

目の前の光景を信じることができなかった。

 

どうしてこんなことになってしまったのか。

 

折紙はただ、大樹という大切な人と一緒に居たかった。

 

ただ、幸せに暮らしたかった。

 

ただ、彼の笑顔を見ていたかった。

 

些細な出来事で笑い、泣き、怒り、楽しく、笑って、笑って、笑って、幸せに———!

 

 

「うぅ……!」

 

 

激しい頭痛に折紙は頭を抑えて膝を折る。

 

刹那、今までの記憶が甦り、見て来た情景が走り抜けた。

 

大樹がいなくなった日からずっと努力し続けたこと。

 

全てはまた会った時、あなたの隣に居られるように。

 

私を置いて行かせない。ずっと、ずっと、ずっと一緒に居る事を、家族全員で幸せになる事を目的として。

 

 

「あれ?」

 

 

 

 

 

これは———誰の記憶?

 

 

 

 

 

「違う……私は……私は……私は?」

 

 

 

知らない。こんな記憶、私の思い出じゃない!

 

 

ガシャンッ!!

 

 

そして、酷い音と共に、記憶が崩れた。

 

 

———ワタシハ、カンジョウヲ、ステタ。

 

 

「あぁ……」

 

 

そうだ……私は五年前、あの日に両親を失った。

 

 

「あぁ……!」

 

 

全ては両親を殺した精霊を殺すために。

 

 

「あぁ!!」

 

 

でも、私はその精霊を知っている。

 

 

『折紙。俺の考えが正しいなら———お前の両親は死んだんだろ?』

 

 

『そして、両親を死んだ原因は———折紙。お前にあるんだろ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———両親が帰って来るまで、家の中にずっと隠れていたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少しばかり驚かそうとしただけなのに。信じられない話を聞いてしまった。

 

 

『俺のせいだ。本当なら、あの大火災で両親が亡くなり俺がお前を育てるはずだった。でも、俺が助けたせいで変わってしまったんだよな』

 

 

でも、それは現実だ。

 

残酷でも、非情でも、痛くても、これは現実なのだ。

 

 

「ああああああああああああああああああ!!!」

 

 

喉が張り裂けそうなくらい折紙は叫んだ。

 

吐き出すように、逃れるように、すべてを無かったことにするように。

 

 

『お前を悲しませた分、辛い思いをさせてしまった分、俺が幸せにしてやる』

 

 

大樹は折紙に負い目を感じていた。だから、私に優しくしていた。負い目がなければ———本当の私は、どうでもいい存在。

 

グシャグシャになった心が悲鳴を上げる。

 

叫んで、叫んで、叫んで、大切なモノを焦がしていく。

 

記憶が、思い出が、何もかも黒く染まる。

 

 

「———あッ」

 

 

彼女は深い闇の中へと、落ちる。

 

そして、落ちた彼女は最悪を願う。

 

 

———コンナセカイ、コワレテシマエ。

 

 

黒い闇の手が、彼女の首を絞めつけた。

 

 

________________________

 

 

 

最初に駈け出したアリアが涙を流しながら大樹の名前を呼ぶ。

 

 

「大樹ぃ!! 起きなさいよ!!」

 

 

「いや起きてるよ」

 

 

「「「「「きゃあああああァァァ!!!」」」」」

 

 

ドゴッ! バキッ! ドゴンッ! ガキュンッ! バンバンッ! カキンッ!

 

 

「おぼッ!? ぎゃびぺッ!? ちょッ!? 俺怪我人! 一応怪我人だからぁ!!」

 

 

返事をしたらボコボコにされた。理不尽過ぎる。

 

 

「い、生きているの!?」

 

 

「生きてちゃ悪いのかよ……泣いていたクセに」

 

 

「な、泣いてないわよ!」

 

 

未だにアリアから攻撃を受けるが、全然力が入っていないぞ。これがデレか!

 

敵の攻撃を受けた。しかし、簡単に受けるだけで終わる俺じゃない。

 

体を使って敵の攻撃を受け流したのだ。こう……うにゃぁって感じで。伝わる? 無理か。

 

とりあえず原田に被害が及ばぬよう、自分の急所に当たらぬよう、工夫した受け流しだ。それでもめっちゃ痛いけどな!

 

 

「し、心配させないでよもう……!」

 

 

「YES! 黒ウサギの心配を返してください!」

 

 

優子と黒ウサギが安堵の息を吐く。真由美とティナは血など気にせず無言で抱き付いて来た。罪悪感が一気に湧き出る。

 

 

「あー、悪い。体がちょっと痺れてな。すぐには立てなかったんだよ」

 

 

大樹は後頭部を掻きながら申し訳なさそうに理由を教える。ドサッと一拍遅れて原田が尻もちをついた。

 

 

「お前……ふざけんなよ……」

 

 

「それはこっちのセリフだ。命狙われていることに気付けよな」

 

 

「それはもう思い知った。本当に反省している。ああクソッ、心臓止まるかと思ったぞ……」

 

 

悪いと珍しく謝りながら脱力する。何かごめんなさいね? でもこの程度驚かないだろうって思っていたし、もう慣れたと思ったんだよ。ホラ、俺って人外だから?

 

 

「安心しろ琴里。無事だ」

 

 

『し、心配なんかしていないわよ』

 

 

士道がクスクスと笑いながら通信している。おやぁ? 琴里ちゃんもデレか!

 

 

「結局、どっちも敵を逃がしちまったな。まぁ今日の所は見逃して———」

 

 

ゴオオオオオォォォ!!!

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

突如黒い風が吹き荒れた。一帯の公共物やコンクリートの地面を破壊する程強い衝撃だった。

 

反応が少し遅れたが問題無い。【神刀姫】を大量に展開して、目の前に剣の壁を築き上げる。

 

壁は黒い風を塞き止め、侵入を防いだ。

 

 

「きゃあ!?」

 

 

「急に何だ!?」

 

 

優子が悲鳴を上げ、原田が短剣で加勢しながら声を出す。

 

 

「……精霊だ」

 

 

答えたのは大樹だった。その解答に周りは驚愕する。

 

 

「七罪!?」

 

 

「違うに決まっているでしょうが!!」

 

 

原田と七罪のやり取りに周りはジト目で見ている。ふざけている場合じゃないぞ。

 

 

「精霊!? まさか今度は本当に来たのか!?」

 

 

「美琴なの!?」

 

 

士道が()()()()驚き、アリアは大樹に確認を求める。が、大樹は首を横に振った。

 

知っている。この感覚は、精霊の霊力だと。だけど、

 

 

「美琴じゃない……狂三でもない……?」

 

 

感じたことのない()()感覚に大樹は眉を寄せる。その時、異変に気付いた。

 

 

「……折紙はどこだ?」

 

 

他の皆も気付いた。折紙だけがこの場にいないことに。

 

事の大変さをやっと理解した大樹は立ち上がり、

 

 

「待て! 今は避難するべきだ!」

 

 

原田の言葉に我に返る大樹。この黒い風は性質が悪いことに、人に害を与えるモノだった。

 

 

「ケホッ……ケホケホッ……」

 

 

「ごめんなさい……少しキツいわ……」

 

 

咳き込む優子と荒く呼吸する真由美。俺は二人を抱き締めて神の力を発動する。

 

 

「全員俺の近くに来い。黒い風の効果は打ち消せる」

 

 

「でもお前……いつまで使える」

 

 

「死ぬ気で守るから老後まで発動してやるよ」

 

 

「ふざけてる場合か」

 

 

「空気が重すぎんだよ馬鹿。不安を煽ってどうする?」

 

 

「大樹」

 

 

「……1時間だ」

 

 

「それは()()()()()()()()()の話じゃないのか?」

 

 

「チッ……お見通しか」

 

 

大樹は原田たちを守る為に力を使っている。だが同時に、大樹は違うことにも力を使っていた。

 

 

「この黒い風を街に流すわけにはいかねぇだろ……正直、このままだと3分も耐えれるかどうかだ……!」

 

 

今まで隠していた苦しい表情を見せる。大樹の額から汗が滝の様に流れキツそうにしていた。

 

近くにあるビルが黒く腐敗し、音も無く崩れる。周囲一帯が消滅しているとも言える状況になっていた。

 

 

「俺だけならこの黒い風は問題無い。肌に触れたが異常は全然ない。だけど———」

 

 

「俺たちは危険ってことか……」

 

 

大樹の説明に原田は下唇を噛む。

 

まず大樹と一緒にここを出ることは不可能。神の力を発動しながら移動しても、黒い風の範囲の広さに時間が足りない。

 

次に原田たちが一瞬の隙を突いて脱出するのも不採用。その一瞬の隙が作れないからだ。

 

最後に大樹が街に流れる風を塞き止めるのをやめて、原田たちに集中すれば長時間耐えることはできる。だが地下のシェルターにいる人々の命が腐敗することが確定する。

 

打開策がないことに苛立つ原田。大樹の表情は悪くなる一方だった。

 

 

「大体、この風は何なんだよ……!」

 

 

「……折紙の、声が聞こえる……!」

 

 

大樹の言葉を聞いた原田は最悪な状況を想定してしまう。

 

 

「まさか精霊って……!?」

 

 

「ああ、折紙だ……何で今まで気付かなかったんだ俺……!」

 

 

悔やむように吐き捨てる大樹。力を入れ過ぎて手から血がポタポタと滴っている。

 

全員で必死に策を考える。しかし、誰も思いつくことはないく時間と大樹の体力が浪費されるだけ。

 

 

『ザッザザァー! ———道! 士道! 聞こえるなら返事しなさい!』

 

 

「ッ! 琴里か!?」

 

 

その時、今まで無反応だった通信機から琴里の声が聞こえる。士道は急いで通話を試みる。

 

 

『やっと繋がったわね! 状況はどうなっているの!? 竜巻の中は大丈夫なの!?』

 

 

「こっちは閉じ込められた! 脱出する手段がないんだ!」

 

 

『ッ……令音(れいね)! 士道の回収を急いで!』

 

 

通信機の向うで忙しく声が飛び交う。士道は祈りながら琴里の通信を待った。

 

 

「……チッ……!」

 

 

ツーッと鼻血を出した大樹は舌打ちをする。優子の息切れは酷くなり、真由美は喋る余裕が無くなっていた。

 

本当に時間がないことに士道は焦る。

 

 

「琴里!!」

 

 

『情けない声出さないで!! もう少しだから待ちなさい! 令音! どうして!?』

 

 

『シンの居場所が特定しなければあの黒い風と一緒にここに呼びこんでしまう。そうすればどうなること———』

 

 

「座標……特定できればどうにかなるんだな……!」

 

 

通信機に答えながら大樹は刀を握り絞める。黒い風が吹く方向と同じ方角に刃先を向けて、斜め四十五度ぴったりに傾ける。

 

 

「ジャコ!!」

 

 

『分かっている。イメージしろ』

 

 

突如虚空から現れた一匹の黒い獣が姿を見せる。

 

大樹の構えた腕に噛みつき、力を収束させた。

 

 

「鋭く、真っ直ぐに、一撃を!!」

 

 

『【煉獄(れんごく)一閃(いっせん)】!!』

 

 

黒い炎が刀の先から溢れ出し、小さな球体に集まる。凝縮された炎は黒く光り、解き放たれた。

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!

 

 

黒い炎は風に負けず、ただ轟々と燃え盛り、一直線に進んだ。

 

大樹はその場に膝を着いて刀を落とすが、やり切った表情をしていた。

 

一体何の意味があるのか分からなかったが、すぐに理解する。

 

 

『ッ……まさかアレって……今モニターに映ったモノを今すぐ解析しなさい!』

 

 

『『『『ハッ!』』』』

 

 

琴里が居る場所からも大樹の出した炎が見えたようだ。士道は自分の考察を口にする。

 

 

「今のって琴里たちに気付かせる為に……?」

 

 

「まぁな……優秀そうな部下が居そうだったからな……!」

 

 

それにと大樹は続ける。

 

 

「お前らが言っていた回収って……ここに居る人間を全員脱出できるか?」

 

 

「……琴里」

 

 

『聞いているわ。座標を特定するまで待ちなさい』

 

 

『特定しました司令! あの炎が一直線に進んだモノなら計算に狂いはありません!』

 

 

『よくやったわ。喜びなさい士道。今から全員こちらに来てもらうから』

 

 

琴里の報告に士道の表情が明るくなる。聞いていた大樹も口元を緩めていた。

 

 

『一気に回収はできないわ。二人一組に人数を分けて———』

 

 

「優子と真由美を先に頼む。その次は士道と七罪。ティナとアリア、黒ウサギと原田の順だ」

 

 

「最後は大樹ってことか」

 

 

黒い風の影響を強く受けている優子と真由美を優先する大樹の発言に全員が納得する。しかし、最後に言った原田の発言には同意しない者がいた。

 

 

「俺は折紙を助ける為に行かない」

 

 

拒否する反応を見せた大樹に原田は耳を疑う。

 

 

「待てよ! この状況は確かに放ってはおけないが、まずは態勢を整えてからでも―――!」

 

 

「遅い。それじゃこの街の地下に避難した人たちを救えない。何よりそれじゃ―――!」

 

 

事に悔やむ表情。泣きそうな顔で大樹は口にする。

 

 

「———折紙を……折紙を救えねぇだろ……!」

 

 

「大樹……」

 

 

この状況に一番苦しんでいるのは優子や真由美でもない。ましてや黒い風を抑えている大樹でもない。

 

 

「終わらせる……過去も今も、未来でも、俺は変わらねぇ」

 

 

―――俺の大切な人、折紙だ。

 

 

「俺は……我儘な馬鹿野郎だ……!」

 

 

次の瞬間、大樹の顔に笑みが復活した。

 

アリアたちは少し驚くも、いつもの彼に呆れ笑う。

 

 

『……ふんッ、この馬鹿は任せろ。死なせはせん』

 

 

心配などもうしていないだろうが、ジャコは最後に女の子たちに言葉をかける。

 

ティナはその頭を撫でて、捕まえた。

 

 

『は?』

 

 

「大丈夫です。ここは大樹さんに任せましょう」

 

 

「サンキューティナ。悪いなジャコ。これは、俺と折紙の問題だ」

 

 

『……つまらぬ見栄ではないようだな』

 

 

「当たり前だ。俺を誰だと思っている?」

 

 

ジャコの溜め息に大樹は白い歯を見せて笑う。

 

抱き寄せていた優子と真由美をアリアと黒ウサギに任せる。

 

 

「大樹君……」

 

 

「ん?」

 

 

優子に手を掴まれる。大樹もちゃんと聞くようにように手を握り返す。

 

 

「……ばぁーか」

 

 

「……………ふえ?」

 

 

微笑みながら罵倒された。今までにない新しい罵り方なんだが。どうすりゃいいの? ぶひぃ!でも言えばいいのか?

 

 

「アタシはね……大樹君がどんな選択をしても、怒らない……」

 

 

「優子……」

 

 

「……と思う」

 

 

「小声で台無しなこと言わないでくれよ……」

 

 

「でも……」

 

 

優子は囁く。

 

 

「大好きだから」

 

 

「ッ……今のでより一層惚れたぞおい」

 

 

「ふふッ、顔が真っ赤よ大樹君」

 

 

優子は悪戯が成功したおかげか笑っている。そして真由美に指摘され、さらに顔を赤くする大樹。さらにさらに追い打ちを仕掛けるように、

 

 

「大好きよ、大樹?」

 

 

「YES! 黒ウサギも大好きですよ!」

 

 

「大好きよ大樹君」

 

 

「はい、大好きです。大樹さん」

 

 

「や、やめろぉ! これからの戦いに集中できなくなるだろうがぁ!!」

 

 

全員からのラブメッセージ。ついに両手で顔を抑えて隠す大樹であった。

 

 

________________________

 

 

 

士道の言う回収は早かった。1分と満たない時間で女の子たちが避難することができ、最後は原田と黒ウサギとなる。

 

女の子たちから受けた言葉に完全に沈んでいた俺によしよしと撫でる黒ウサギ。最後まで俺をいじめるのやめて!

もう俺のライフはゼロだと言ってるだろ!

 

 

「———大樹」

 

 

最後に原田から声をかけられる。お前は俺を攻撃しないよな? やめろよ?

 

 

「本当に、良いのか?」

 

 

それは手助けのことを指していた。俺だけで決着を付けたいと告げられてから、言い出しにくかったのだろう。

 

 

「ああ、大丈夫だ。そろそろ限界だから行ってくんね? 黒ウサギが心配そうな顔で見てるだろ? ほら、原田が俺にキスでもするんじゃないかと」

 

 

「するわけねぇだろ!?」

 

 

「そんな心配してませんよ!?」

 

 

「安心しろ黒ウサギ! 原田には七罪がいるし、俺のファーストキスは嫁たちに捧げる!」

 

 

「何口走ってんだテメェ!?」

 

 

「黒ウサギだけじゃないのですか!?」

 

 

「おっと原田の照れ返しは予想通りだが、黒ウサギの反応は予想外だ。よし、また顔が熱くなって来たから早く行けお前らッ」

 

 

「うおッ」

 

 

原田を軽く蹴飛ばして黒ウサギの近くまで移動させる。

 

士道から借りた通信機を手に持ち口元に少し近づける。これすっごい高性能。ステルス迷彩付きだけじゃなくその他諸々、高性能な機能が搭載されていた。分解して暴きたい。

 

 

「転送してちょんまげ」

 

 

『はいはい』

 

 

琴里が返事をすると同時に通信機を原田に向かって投げる。

 

原田は慌ててキャッチすると、

 

 

『———空っぽの俺を殺してくれて、ありがとよ』

 

 

口パクで大樹は告げた。

 

目を見開いて驚く原田。何かを言おうとするが次の瞬間、二人の姿は消えてしまう。

 

回収が終わった。ここからは、俺のターンだ。

 

荒い無理矢理呼吸を止めて拳を握り絞める。力を使い過ぎて弱っている? そんなクソな言い訳は捨てちまえ。

 

大切な人の為なら、どんな時でも、どんなことがあっても、全力以上の力を発揮してやる。

 

 

「すぅー……【制限解放(アンリミテッド)】ッ!!」

 

 

息を大きく吸い、大声を出す。同時に収束させていた神の力が爆発するように解放された。

 

 

「【秩序支配神の世界翼(システムルーラー・ワールドフリューゲル)】!!」

 

 

ゴオッ!!

 

 

刹那、大樹の背中から黒い風を打ち消す巨大な黄金の翼が羽ばたく。

 

街に黄金の雪が降るかのように、大量の羽根が舞い散った。

 

全てが腐敗し消滅した荒野が広がる。街があったと言われて誰が信じるだろうか。

 

黒い風が消えた今、残るは黒い風を生み続けている闇色の核が宙に浮いているだけ。

 

不気味に蠢くのは無数の目玉と数え切れない黒い人の手。

 

あまりの悍ましさに、さすがの大樹もゴクリッと喉を鳴らす。

 

しかし、絶望はしない。

 

 

「今、助けるからな」

 

 

覚悟を決めた瞳に、揺るがない炎が確かに燃えていた。

 

絶望を掻き集めた核の中心にいるのは、漆黒の霊装を身に纏った精霊———折紙だった。

 

 



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背中の温かさを感じて


もう更新しちゃったゼ(ちょいドヤ顔



黄金の翼を弾けさせ、数え切れない程の羽根を街に舞い散らせる。曇天のせいか、輝きはより一層際立っていた。

 

それと同時に大樹の体は光の速度で加速する。

 

 

「折紙ッ!!」

 

 

名前を叫ぶと同時に闇の核に触れる。神の力を使役した大樹の手は闇の核を削るように消滅させるが、

 

 

ギョロッ!!

 

ガシッ……ガシッ、ガシッ、ガシガシガシッ!!

 

 

全ての目玉が震えながらこちらを睨み付ける。無数の黒い手が一気に大樹の手や体に纏わりつく。

 

 

(消えない!? いや、違う!)

 

 

神の力で消えない手と目玉。力が効いていないわけではない。

 

闇がずっと生まれ続けているのだ。

 

消しても消しても、新たな闇が生まれて邪魔をする。そんな均衡状態が続いているのだ。

 

どれだけ手に力を入れても、何も捕まえることができない。たった一人の少女の手さえも。

 

折紙は、そこにいると分かっているのに。

 

 

「クソッ!!」

 

 

このまま無駄な時間を過ごしてしまうだけだと判断した大樹は一度下がる。隙を見た闇の核は急いで削られた部位を回復していた。

 

右手に【神刀姫】を展開して握り絞めるが、不用意に攻撃はできない。

 

 

「時間が……!」

 

 

いくら最強の大樹でも限界があった。体力は無尽蔵にあるわけがない。人は必ず疲れを見せるモノだ。

 

神の力を大規模に、長時間使う。どれほどの消耗があるのか、見当も付かない程膨大だ。

 

苦しい。キツイ。無理だ。そう思うのが普通だが、生憎、この男は普通じゃない。

 

 

「俺は……諦めねぇぞ」

 

 

汗を流しながらニヤリと笑う大樹。

 

一筋縄でいかないことくらいは予想出来ていた。たった一回の失敗で諦めることはない。

 

 

『ぎゃギャアアアアあああァァぁぁぁ!!!!』

 

 

「ッ!」

 

 

突如闇の核が叫んだ。産声を上げるかのように、パックリと巨大な口が開いたのだ。

 

そこから見えるのは、囚われた折紙の姿。

 

 

「折紙ッ!!」

 

 

しかし、大樹の声は届かない。

 

闇の核は徐々に肥大化する。無数の手をたくさん伸ばし、目の数を増やした。

 

災厄。悪魔と化け物と指を指されても文句が言えないくらい、醜い姿をしていた。

 

 

「……待ってろよ折紙」

 

 

刹那、肥大した闇の核に斬撃が叩きこまれた。

 

 

ズシャッ!!

 

 

『ぎゃギャアアアアあああァァぁぁぁ!?!?』

 

 

悲鳴を上げるように痛がる闇の核。強い衝撃にたまらず大樹の姿を捉え逃がさないようにする。

 

 

「すぐに助けてやるからな」

 

 

刀を敵に向けながら、大樹は飛翔した。

 

 

________________________

 

 

 

以前琴里は原田たちに【ラタトスク】は精霊と対話によって精霊を殺さず空間震を解決するために結成された組織と自己紹介した。

 

その組織がどこにいるのか? それは大樹が言っていた通り空にいるからだ。

 

 

―――空中戦艦【フラクシナス】

 

 

組織の拠点は天宮市上空一万五千メートルの位置に浮遊しているのだ。

 

黒い風に囚われていた原田たちを救出する―――顕現装置(リアライザ)を用いた転送装置は直線状に遮蔽(しゃへい)物が無ければ一瞬で物質を転送・回収できる凄い代物―――ことに成功できたのはこの【フラクシナス】のおかげだ。

 

優子と真由美は戦艦にある医療室に連れて行き、念のためにアリアや七罪たちも、医療室に案内している。

 

彼女たちを除いた原田と士道たちは艦橋の様な場所からモニターを見ていた。当然、映っているのは戦う大樹と悍ましい黒い核だ。

 

 

「これが精霊…!?」

 

 

戦慄する士道の震えた声が部屋に響く。それだけ衝撃を与える光景が映し出されていた。

 

五河 士道は様々な精霊を見て来た。しかし、このような精霊は見たことがない。

 

これは皆必ず、化け物と口を揃えるに違いない。それほど恐ろしい姿をしているのだ。

 

通常の映像では目視できない速度で飛翔する大樹を見て、

 

 

「シドー! はやく私たちも!」

 

 

腰まであとうかという夜色の髪をなびかせながら急かす夜刀神(やとがみ) 十香(とおか)。彼女もまた精霊で、士道が救った一人なのだ。

 

十香に続くように他の者達も声に出す。

 

 

「この颶風(ぐふう)御子(みこ)八舞(やまい)ならあの程度のそよ風、掻き消してくれよう!」

 

 

「同調。空の支配は夕弦(ゆづる)耶倶矢(かぐや)に任せてください」

 

 

橙色の髪に水銀色の瞳を持つ双子―――八舞 夕弦と八舞 耶倶矢が自信満々で宣言する。

 

 

「私とよしのんも……士道さんのお役に立ちたいです……」

 

 

『うんうん! よしのんも同じだよ!』

 

 

水色の髪と蒼玉の瞳の少女の名は四糸乃(よしの)。左手には眼帯をつけたコミカルなデザインのウサギのパペット———よしのんをはめた少女が小さい声で言う。

 

士道の言葉を待つ四人だが、士道よりも琴里が先に答える。

 

 

「やめなさい。危険よ」

 

 

一蹴だった。琴里はモニターを睨みながら説明する。

 

 

「今までの精霊とは比べものにならないくらい違うわ。霊力なんて、私たち全員を合わせても届かないくらいにね」

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

その説明に驚愕する士道たち。原田たちは説明が少し分からない点があったが、敵が強大で凶悪な存在だということぐらいは理解している。

 

琴里がチラリと隣に目配せすると、目の下に分厚い隈ができた女性———村雨(むらさめ) 令音(れいね)が説明を付け足す。

 

 

「それに妙な反応も出ている。迂闊(うかつ)な行動は控えた方が良い」

 

 

「妙な反応……だと?」

 

 

その言葉に食い付いたのは原田だった。令音は頷き説明を続ける。

 

 

「あの核は確かに霊力によって顕現している。だが同時に核の内部に今までになかった反応が見られた」

 

 

「それって反転とかじゃ……」

 

 

「反転?」

 

 

聞いたことの無い単語ばかりだが、気になるワードが士道の口から出て来た。原田が聞き返すと、再び令音が説明してくれる。

 

 

「こちらもあまり詳しい解析はできていないうえに、霊結晶(セフィラ)の反転と言っても理解できないだろう。分かりやすく言えば精霊以上の存在になること」

 

 

「精霊以上……」

 

 

「だけど今回その反応は見られない。見られる反応は———未知だ」

 

 

「……何も分からないってことか」

 

 

原田の確認に令音は頷く。一通り説明を終えた後、次に琴里が話し出す。

 

 

「これで分かったでしょ。あなたたちは大人しく見ていなさい。あの黒い風は最悪よ。触れただけ腐敗させるなんて、常軌を逸しているわ」

 

 

消滅した街。街の修繕に時間が掛かるが、元に戻る。しかし、命と言ったモノは、二度と戻ってこない。

 

元精霊だった女の子たちも悔しそうな表情をするが、行こうとする者は誰もいなかった。

 

沈黙が続く中、一人のクルーが声を荒げた。

 

 

「なッ!? 大変です司令! 膨大な霊力反応……この数値は!?」

 

 

「何事!」

 

 

異常を知らせるアラームがいくつも鳴り響く。次々とクルーが慌てる。

 

 

「内部に強大な霊力反応……!? これは一体……!?」

 

 

「測定限界値の突破を確認! 現象不明件数百……千……ぞ、増加が止まりません!」

 

 

警報が止まらない。何が起こっているのか理解できない一同だったが、

 

 

「おい……何だよ、アレ……」

 

 

原田がモニターを見ながら、戦慄した。

 

全員がそちらに目を移すと、呼吸が止まった。

 

肥大化していた黒い核の中から巨大な二本の腕が姿を見せた。悪魔のように鋭い指と爪。禍々しい色をした凶悪な手。

 

そこから、生まれていた。

 

 

 

 

 

―――悪魔が。いや、魔王が。

 

 

 

 

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオおおおおおおおおォォォォォォォォォ———!!!!』

 

 

バギンッ!!

 

 

次の瞬間、映像が消え、モニター画面にはスノーノイズだけが映される。

 

一瞬だけ見てしまった魔王の姿に、全員の顔が真っ青になっていた。

 

 

「何よ……アレ……!?」

 

 

琴里が震えながら声に出す。咥えていたアメは、粉々に砕けて落ちていた。

 

 

________________________

 

 

 

「ッ……えてぇおクソ……!」

 

 

戦闘を繰り広げていた大樹の両耳が()()()()()

 

血の流れも腐り止めてしまう程、耳は腐敗し切っていた。聴覚は完全に失い、言葉がしっかりと発せているのか分からない。

 

突如核から生まれた悪魔の様な姿をした敵の咆哮を聞いた瞬間、なんと耳が腐り始めたのだ。

 

痛みは一瞬だけ。痛覚すら鈍らせ顔の感覚がほとんど消えてしまった。

 

 

(何だよ……訳が分かんねぇよ……)

 

 

敵の姿をもう一度見る。

 

核から人の上半身の様なモノが生まれた悪魔に恐怖を隠し切れない。体中にギョロギョロと動く目玉が悍ましい。

 

頭部は口だけしかなく、何かを叫んでいる。聞こえないうえに、化け物に読唇術など使えない。

 

刀を強く握り絞め、斬撃を飛ばす。

 

 

(嫌な予感がする……ロクなことにならないうちに決着を―――)

 

 

ズシャッ!!

 

 

悪魔の体を引き裂き黒い風を吹き出させる。痛がるように悪魔は頭部を手で抑えて叫んだ。

 

 

「がぁッ……!?」

 

 

その時、呼吸ができなくなった。

 

 

(何だこれは!? 何をやられた!?)

 

 

必死に息をしようとするが全く意味をなさない。ただ苦しい時間が続くだけ。

 

この不可解な現象を解明しようと考える。

 

 

(敵の黒い風は何だ……モノを腐らせる……壊疽(えそ)? いや、違う。それなら建築物の消滅の原因説明ができない……)

 

 

その時、一つの疑問が引っかかった。

 

 

(消滅……? まさか!?)

 

 

建築物は黒くなって腐敗したように()()()だけ。

 

数秒で謎の解明に成功するが最悪なモノだった。

 

 

(()()()()()()()()()のかよ……!?)

 

 

世界の理を無視した力。腐敗なんて可愛い言葉じゃないのだ。

 

胸を抑えながら痛みに耐えようとすると、

 

 

パキバキッ……

 

 

「ッ!?」

 

 

胸骨の骨が簡単に砕け散った。

 

そして驚くことはそこじゃない。自分の胸に触れて、気付いてしまったのだ。

 

 

―――体の中に、空洞があることに。

 

 

(まさか肺そのものがッ……!?)

 

 

それは毒ガスを吸うより最悪なモノだった。

 

 

―――肺を消滅させられた。

 

 

呼吸ができないのは、呼吸器官そのモノが消滅したからだった。あまりの衝撃に全身が震えた。

 

 

(【神の加護(ディバイン・プロテクション)】!)

 

 

神の力を発動して体の傷を一瞬で元に戻す。腐り落ちた―――消滅した耳や肺などを全て回復する。

 

 

ドンッ!!

 

 

「かはッ……!!」

 

 

握った拳で自分の腹を思いっ切り叩き、消滅の原因となった空気を吐瀉物と一緒に吐き出す。吐き出した後は即座に息を止めた。

 

 

(どうやって空気の中に……!? 俺の力なら消せるはずじゃ……!?)

 

 

秩序支配神の世界翼(システムルーラー・ワールドフリューゲル)】をすり抜けて来た力に戦慄する。宙に舞った羽根はしっかりと闇の手をこれ以上伸びないように抑えている。つまりちゃんと神の力が発揮していることを物語っている。

 

……ならば原因はただ一つ。この感じたことの無い妙な感覚。その正体を掴むことができれば―――!

 

 

「それで……いつまで隠れているつもりだ?」

 

 

『それは罪。気付かず終わりを迎えることで(ゆる)されるのです』

 

 

大樹が悪魔の姿をした敵に声をかけると、斬撃で切り開いた傷口から黒い風が漏れ溢れ出し、人型のような形を作り出された。

 

二メートルある体格は禍々しい鎧に包まれ、長い赤髪から黒い角の様なモノが生えていた。

 

人間に近い顔をしているが、鼻と耳が長いことから人間じゃないことを語っている。

 

 

「赦しましょう。私の名はベリアル。ソロモン72(ななじゅうふた)(はしら)———序列68番の悪魔である」

 

 

「ソロモン72柱……!? 何でそんな大層な奴らが……!?」

 

 

敵の自己紹介に大樹は目を見開いて驚愕する。

 

魔術書物———グリモワール『レメゲトン』に記載された悪魔の書『ゴエティア』と呼ばれるモノがある。内容は至って簡単。ソロモン王が使役したという72の悪魔を呼び出して様々な願望をかなえる手順だ。つまり、この悪魔ベリアルは———!

 

 

「ガルペスが契約者……!」

 

 

「それは罰。契約者の正体があなたに当てれるわけが―――」

 

 

「二枚舌を使うのはやめろよ。もう推理はできている」

 

 

「……ほう」

 

 

赤い目を細めて大樹を見据える。大樹は続けて説明する。

 

 

「姫羅との戦いに原因を作ったクソッタレだよ。ヘンブリット・アインシュタインに憑りついた奴……アイツもお前と同じソロモン72柱だろ? アイツはちゃんとガルペスのことを言っていたぜ?」

 

 

「……それはそれは大罪。やはりあの悪魔は全て醜い。脳だけ抉り出して使えれば有能だろうに」

 

 

恐ろしいことを口にしながらベリアルは静かに怒りを露わにする。自信は少ししかないが、大樹はソイツの正体の名を口にする。

 

 

「序列27番……ロノウェ」

 

 

「ああ! それは罰だ! それは罪だ! 愚かなロノウェ! 契約者を信頼する君の美徳は実に悪だ!」

 

 

頭を抱えて叫ぶベリアルから黒い風が吹き荒れる。

 

 

「無価値! 無価値! 私と同じ反逆者だロノウェ……!」

 

 

知識が優れている悪魔という点だけでの簡単な予測だったが、どうやら当たりだったようだ。

 

 

「……悲観に暮れているところ悪いが」

 

 

ベリアルを無視し、刀を光らせながら大樹は睨み付ける。

 

 

「折紙を返せ」

 

 

「それは罪ですよ? ()()()を返す悪魔がどこにいるのです?」

 

 

「何だと……?」

 

 

「あなたの言葉には偽りの事実があります。それはガルペス様が契約者ではなく、鳶一 折紙が契約者様なのですから」

 

 

悪魔の微笑みを見せながら説明するベリアルに大樹は息を飲む。

 

 

「折紙が契約者……!?」

 

 

「契約内容は『大切な人と一緒に居たい』とのことでした」

 

 

大切な人が誰なのか。大樹にはすぐに分かってしまった。

 

だが自分のせいだと嘆く暇はない。

 

 

「ですが、私は大切な人の名を聞いていません。それは罰……いいえ、赦しです」

 

 

「テメェ……!」

 

 

「ですが契約は契約! 代償として楢原 大樹! あなたの命を貰います!!」

 

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオおおおおおおおおォォォォォォォォォ———!!!!』

 

 

巨大な悪魔の咆哮は大樹の鼓膜を激しく震わせるが、突き破るまでには至らない。

 

 

「それは裁き! 精霊と悪魔の力を組み合わせた最強の大悪魔の(いかづち)を下す!」

 

 

対してベリアルは平気な顔で虚空から真っ赤な槍を出現させて握り絞める。

 

 

「それは死! 永久(とこしえ)に眠―――!」

 

 

「———黙れよ」

 

 

ザンッ!!!

 

 

ベリアルから雷が放たれると同時に、大樹の斬撃がベリアルの体に走った。

 

 

「———なッ!?」

 

 

一瞬の時間。大悪魔すら捉えることのできない速度。神を凌駕するその力にベリアルは絶句した。

 

 

「結局、簡単な話だ」

 

 

そのままベリアルの背後を取ったまま大樹は続ける。

 

 

「テメェが折紙を傷つけていることに、変わりはない。だったら———!」

 

 

シュンッ!!

 

 

黒い空に光が(またた)いた。

 

―――【一刀流式 風雷神の構え】

 

神の威光に見えるその正体は超音速で振るわれた大樹の斬撃。刹那の時間、何百何千何万に到達した斬撃は悪魔の体に隙間無く叩きこまれ、ベリアルの体を引き裂いた。

 

 

「———ぶっ潰すに決まってるだろがぁ!!」

 

 

―――【無限蒼乱(そうらん)

 

悪魔の巨体から弾け飛ぶ黒い風。痛みに泣き叫ぶ巨大な悪魔の体がボロボロと砂の城を崩すように崩壊し始めた。

 

だが、

 

 

「それは無価値」

 

 

「何ッ!?」

 

 

ベリアルの体だけが、無傷のままだった。笑みを見せるベリアルに大樹は驚きを隠せない。

 

攻撃が効かなかったことに疑問を持つが、今は距離を取ることを優先する。大樹は背中の翼を羽ばたかせ―――

 

 

「あなたはもう、悪なのですから!!」

 

 

「ッ!?」

 

 

ベリアルが叫んだ瞬間、大樹の背中にあった黄金の翼が黒くなり消滅する。飛行手段を失った大樹は地へと落ちて行く。

 

 

「それは罪! しかし、あなたは地獄の業火に抱かれることで赦される!」

 

 

ゴオォッ!!!

 

 

ベリアルが握っていた槍から赤黒い炎が噴き出す。放出された炎は落ちる大樹へと喰らい付こうとしている。

 

 

「調子に乗ってんじゃ―――なッ!?」

 

 

体勢を変えながら刀を振るい炎を掻き消そうとする。だが握り絞めていた【神刀姫】の刃が無くなっていることに気付く。

 

 

(折れた!? いや、刀身が丸ごと無くなってやがる……! これじゃ刀の価値なんて———まさか!?)

 

 

『それは無価値』

 

 

ベリアルの言葉が頭を過ぎった瞬間、大樹は業火に包まれてしまった。

 

 

 

________________________

 

 

 

 

折紙の頭の中で、声が響いていた。

 

 

お前は何を求める。お前は何を得たい。お前は何がしたい。

 

 

分からない。何も分からない。

 

 

ゴチャゴチャになった記憶が歪なモノへと変わり混乱させている。どれが正しいのか、どれが間違っているのか。

 

 

分からない……いや、どうでもいいのだ。

 

 

(私は……私は……ただ……)

 

 

嗚呼(ああ)、思えばそれは簡単な望みだった。

 

 

私は『    』という人間と―――え?

 

 

(名前……名前……名前!?)

 

 

思い出せない。彼の名が……!

 

 

いくら脳裏に残っている記憶を、光景を、思い出を辿っても、名前が出て来ることはない。

 

 

『それは赦されることなのです。大切な人を望むことに罰はありません』

 

 

あの日、彼が消えた次の日にやって来た男がいた。

 

 

その男の隣にはベリアルと名乗る悪魔がいたのだ。

 

 

笑みを見せた悪魔が囁くのだ。大切な人と一緒に居たいか?と。

 

 

(う、あ……あぁ……!)

 

 

自業自得。その言葉が何度も私の心を引き裂いた。

 

 

私が傷つけたのだ。私を、大切な人を、周囲の人間を。

 

 

たった一度の誘惑に負けた自分のせいで。

 

 

(……違う……私は……)

 

 

折紙は思い出す。()()()()自分は愚かなことをしていた。

 

 

自分じゃない自分が、犯した罪。それは最悪最低な———両親殺し。

 

 

(あ、あ、あ、ああああああ、ああああああああ!!)

 

 

あの大火災を作り出したのは私だ。私だ。私だ!!

 

 

(でも、私はッ……)

 

 

零れない涙を流す。

 

 

些細な願い事を叶えて欲しかっただけ。

 

 

(ただ……!)

 

 

あの日、英雄の様に助けてくれる人と。

 

 

(一緒、にッ……!)

 

 

この世で一番、家族と同じくらい愛する人と―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……居たかったッ……だけなのにッ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『—————ォォォォォオオオオオオオオオ!!!』

 

 

「ッ!」

 

 

その時、叫び声が聞こえた。

 

顔を上げても何もない真っ暗な闇の世界があるだけ。

 

 

『———聞こえているか!? 折紙ッ!!!』

 

 

しかし、見えるのだ。彼女にはハッキリと。

 

 

「どうして……!」

 

 

自分の名前を叫びながら戦う彼の姿が。

 

 

名前も何もかも忘れてしまった自分の為に、彼は剣を握り、敵に立ち向かっていた。

 

 

真っ赤に染まった体で、痛々しく焼けた腕で、咆哮を上げながら彼は戦っている。

 

 

地に何度も落ちようとも、彼は折れた足で立ち上がるのだ。

 

 

『いいか! 俺だって……お前と一緒に居たいと思っているッ!!』

 

 

『それは罪! 私を無視するなど、大罪! 罰を与える!』

 

 

ベリアルの持つ槍から渦を巻くように炎が放たれる。その光景に折紙は息を飲む。

 

 

『だけど、巻き込みたくなかった!』

 

 

ガキュンッ! ガキュンッ!

 

 

しかし、彼は新たに出した武器【神銃姫(しんじゅうき)火雷(ホノイカヅチ)】の弾丸で相殺した。

 

 

『もう分かるだろ!? 俺とお前じゃ住む世界が違うことくらい!』

 

 

突きつけられた言葉に折紙は胸を抑える。唇を震わせ下を向いた。

 

 

『それは罰! 言い訳ですよ! 彼女の願いは———!』

 

 

『うるせぇ!! んなこと言われなくても分かってんだよ!!』

 

 

彼は叫ぶ。

 

 

『初めて会った時から俺のことが大好きなことくらい、俺が一番知ってんだ!!』

 

 

喉が張り裂けそうになっても、彼は折紙に向かって叫ぶのだ。

 

 

『だから、今度は俺が言う番だ!! いいか! 俺は、お前のことを―――!!』

 

 

折紙は顔を上げる。

 

 

絶望に飲まれていた闇に光が差す。

 

 

「……思い出した」

 

 

折紙は涙を流す。

 

 

「大樹……楢原 大樹ッ……大樹ッ……!」

 

 

胸に手を当てて、何度も名前を呼んで、自分に言い聞かせる。そして心が教えてくれるのだ。正解だと。

 

 

もう一人の私は、道を誤った。

 

 

もう一人の私もまた、道を誤った。

 

 

でも、一つだけ変わらないことがあった。

 

 

「大樹ッ……どんな時でも、あなたがッ……」

 

 

どんな世界でも、楢原 大樹という存在が私の心を動かしてくれたこと。

 

 

「私の傍にッ……居てくれたッ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『———大好きだ馬鹿ヤロオオオオオオオオオォォォォォ!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――折紙は、泣きながら最高の笑みを見せた。

 

 

 

________________________

 

 

 

 

「くぅ……耳がぁ……!」

 

 

大樹の渾身の愛の叫びにベリアルの耳は痛みに襲われていた。鼓膜は破れていないが、下手をすれば意識を持ってかれていた。

 

喉を張り裂けてでも叫んだ大樹は口から血を流し笑っていた。その表情にベリアルは怒りを覚える。

 

 

「それは……大罪だ!!」

 

 

怒号するベリアルが槍を天に掲げた瞬間、崩れていた巨大な悪魔が再び蘇ろうとしていた。

 

黒い風が収束し、元の形へと―――バギッ!! バギバギッ!!

 

 

「……どういう……ことです……!?」

 

 

だが、ベリアルの考えとは全く違う現象が起きた。

 

何度も響く音。それは巨大な悪魔が消滅しようとしている音だった。

 

収束した黒い風は塊へと形を変えて、ヒビを作って壊れる。

 

 

「それは……それは……それは……何なのですか!?」

 

 

……そこにはもう、黒い悪魔などいない。

 

宙に浮かぶのは黒いウェディングドレスのような服を身に纏った一人の少女だけ。

 

そう、鳶一 折紙だけ。

 

 

「……ありがとよ、折紙」

 

 

大樹は()()()()()お礼を言った。

 

 

「この反逆者がぁ!! 悪魔との契約を潰しておいて、生きて帰れるとでも!?」

 

 

激昂したベリアルは折紙の元へと黒い翼を広げて飛んで行く。槍を構えて腕を引き絞り、折紙の体を貫こうとする。

 

しかし、そんな行為を許すわけがない。

 

ベリアルより激怒しているのは、大樹なのだから。

 

 

「俺の大切な人に手を出すとは、良い度胸してんじゃねぇか」

 

 

「なッ!? その体は!?」

 

 

ベリアルの進行方向を塞ぐように飛翔してきたのは無傷の大樹だった。黄金の翼を羽ばたかせ、刀身の無い刀を構えていた。

 

回復した大樹を見てベリアルは一瞬焦るが、すぐに状況を飲みこむ。

 

 

(それは赦し! 何も回復した所で意味はない!)

 

 

ベリアルは力を解き放つ。

 

 

「漆黒の風に飲まれ喰われ、死の導きを!!」

 

 

今まで吹き荒れていた黒い風とは比べ物にならないくらい闇の風がベリアルの体から流れ出す。

 

 

「【秩序支配神の世界翼(システムルーラー・ワールドフリューゲル)】!!」

 

 

対して大樹は黄金の羽根を前方に撒き散らし、大樹とベリアルの間に道を作った。

 

そこを駆け抜けるように大樹は飛翔して距離を詰める。

 

 

(それも赦し! かかった!!)

 

 

その行動にベリアルは勝利を確信した。下衆な笑みを見せながら槍を構える。

 

 

「うおおおおおォォォォォ!!!」

 

 

叫びながら大樹は血に染まった左腕を振るう。ベリアルの顔面にめがけて。

 

 

「それは無価値」

 

 

ゴギッ!!

 

 

ベリアルの顔に手が当たった瞬間、大樹の腕が砕け散った。

 

黒く変色し消滅する現象。何度も見て来た現象だった。

 

その現象が起きた原因。それはベリアルが大樹の拳を受け止めた手に触れたこと。

 

 

「それは裁き! 私の力は物質を『無価値』にすることができる! 今まであなたは何を見て来たのですか!?」

 

 

苦悶の表情でベリアルを睨み付ける大樹。ベリアルは調子に乗って説明を続ける。

 

 

「本来ならこの黒い風に触れさせて無価値にするのですが……あなたには私の力を無効化する厄介な力が備わっていた」

 

 

だからっとベリアルは続ける。

 

 

「私は、あなたの力を無価値にしていた!」

 

 

「ッ……そういうことか」

 

 

「それは罪! 気付くのが遅い! 私の黒い風を無効化するのは良い判断ですが、生憎、私の体は触れるだけで物質を無価値にすることができるのですから……!」

 

 

肺の消滅と刀がベリアルの体に効かなかった理由が判明する。黒い風を吸った肺と攻撃した刀が無価値になったということだ。

 

痛みに堪えていた大樹は無価値になった自分の腕を見て驚愕する。

 

細くなった白い手。それは骨だったからだ。

 

 

「あなたが私の無価値を無効化すれば勝負は敗けていたでしょう。ですが、後出しジャンケンで負ける人はいませんよね?」

 

 

つまりベリアルは大樹が神の力を使うのを待っていた。その力を無価値にすれば、大樹は神の力を振るうことができないのだから。

 

誘い出された罠に、無様に掛かってしまった大樹は何も喋らない。

 

 

「それは罰。あなたの体は無価値になり、死を迎えるのです……!」

 

 

「……………」

 

 

空中で静止した状態が続く。ニヤリッと笑みを浮かべていたベリアルは、

 

 

「……………え?」

 

 

突如、顔を真っ青にした。

 

無価値になった大樹の腕を見て驚愕し震えているのだ。

 

 

「な、何故無価値にならない!?」

 

 

ベリアルは叫ぶ。

 

 

 

 

 

「何故大樹(お前)は無価値にならない!?」

 

 

 

 

 

今度は、大樹が笑みを見せる番だった。

 

ベリアルは大樹の腕を無価値にしたわけじゃない。大樹を無価値にしていたのだ。

 

腕から無価値になるのは理解できる。しかし、腕が繋がった大樹自身が無価値にならないことは理解不可能。

 

 

「自分で言ったじゃねぇか触れたモノを無価値にするってよ」

 

 

大樹が無価値になった腕を引いた瞬間、その光景にベリアルは戦慄した。

 

 

「腕を……切り落とした……!?」

 

 

 

 

 

―――大樹の腕は繋がっていなかった。

 

 

 

 

 

骨となった腕が下に向かって落ちる。そんな展開を誰が予測していただろうか。

 

肉を切らせて骨を断つ。無価値になるのを避ける為にわざわざ自分の腕を斬るなど、正気では無い。

 

 

「お前は俺に触れていない。触れたのは()()()だけだ」

 

 

「そ、それは罪……いや罰……? わ、分からない……何でそんな愚かな……馬鹿みたいなことが……!?」

 

 

「イカれていると思うなら思えばいい。でも、俺が一番イカれていると思うことは……」

 

 

反対の手には刀身が無い刀が握られている。その失った刀身から光を放っているように見えた。

 

 

「大切な人を守り切れないことだぁ!!!」

 

 

「ひ、ひぁあ!? そ、それは無価値!!」

 

 

ベリアルが急いで力を解放する。刀が完全に無価値となり、消滅する。

 

武器が無価値になったことに大樹は動きを止める。それを見たベリアルは引き攣った笑みを浮かべる。

 

 

「は、ハハハッ!! それは罪! 早まりまし―――がぁ!?」

 

 

ガシッ!!

 

 

言ってる途中に関わらず、大樹はベリアルの顔を思いっきり掴んだ。そして気付くのだ。

 

大樹が放つ光が、消えていないことに。

 

 

「そういや言ったよなお前? 後出しジャンケンで負ける人はいませんってよ?」

 

 

「……ま、まさかッ!? や、やめ―――!?」

 

 

大樹の言葉にベリアルの表情は真っ青になる。ベリアルの体は触れるだけで無価値になる。

 

 

ならば、その無価値の源を俺の力で無効化すればいいだけの話なのだ。

 

 

相手の無価値より早く無効化すればいい。

 

 

(ああ、そうだよ。お前の言う通り、後出しジャンケンで負けねぇよ!!)

 

 

大樹は渾身の力を込めて神の力を解き放つ。

 

 

バギンッ!!

 

 

ガラスが割れるような音と共に、ベリアルの力が無効化された。これで、攻撃がベリアルに通る!

 

 

「これでトドメだぁ!! クソ悪魔ああああああァァァ!!!」

 

 

「ば、馬鹿な……!? そんな……馬鹿なことがぁ……!!」

 

 

力を完全に消されたベリアル。槍も一緒に消え、大樹は上に向かってベリアルを投げる。

 

 

「【無刀の構え】!!」

 

 

「……ああ、それは……それは……赦されていない……」

 

 

神の力を宿った光の拳が、放たれた。

 

ベリアルが最後に呟いているが、もう自分の敗北は悟っていた。

 

 

「【神殺(しんさつ)天衝(てんしょう)】!!」

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!!!

 

 

大樹が出せる力を全てこの一撃に乗せた。

 

一撃は流星の如く、黄金の光を瞬かせながら解き放たれた。

 

ベリアルの体は雲を突き抜け、そのまま消滅した。

 

 

 

________________________

 

 

 

「……んっ」

 

 

折紙は自分の体が温かいことに気付く。大樹の言葉を聞いた瞬間、あれから自分は気を失ってしまったようだ。

 

足音が聞こえる。ユラユラと揺られて目を開ける。

 

 

「……あッ」

 

 

そして自分は誰かに背負われていることが分かった。

 

空間震でもあったかのような酷く荒れた地をゆっくりと歩き、進んでいた。

 

 

「おッ? 気が付いたか?」

 

 

もう分かっていたが、折紙を背負っている男の声が聞こえた。

 

 

「大樹……」

 

 

「はいはい、あなたの心の癒しの大樹ですよー」

 

 

額から流れた血を気にせずヘラヘラとした態度で余裕を見せる。アレだけ全身が真っ赤に染まっていたにも関わらず、上半身の傷はどこにも―――あれ?

 

折紙は大樹が上の服を着用していないことに気付く。

 

 

「変態じゃないぞ。王道のアレだからな。お前に服を着せたから俺は上半身裸になった。オーケーですか?」

 

 

「?」

 

 

大樹が何を焦っているのか分からない折紙。しかし、自分の服装を見て驚愕した。

 

 

「……………ッ!?」

 

 

Tシャツ一枚しか着ていない。ズボンも下着も何もないことに折紙は顔を赤くした。

 

 

「えっと俺の言い分を聞いてくれよ? まず俺がお前の精霊の力を抑え込んだ結果、裸になった。ここまで大丈夫な?」

 

 

一体どこの何が大丈夫なのか分からないが、とりあえず頷く折紙。

 

 

「俺の力なら服を作ることもできた。でも疲れているからできない。でも裸で放置できない。俺の服をギブする。そしてここに辿り着く。アンダァスタァンド?」

 

 

一連の流れだけは理解できた折紙。大樹に悪気が無いことぐらいは知っている。

 

折紙は強く大樹を後ろから抱き締める。すると大樹の心臓の音が自分にも分かるようになった。……………鼓動が早い。

 

 

(ば、バレてないか? そのTシャツ……見えないから大丈夫だよな?)

 

 

知っての通り、大樹のTシャツは普通じゃない。今回は『一般人』でも『アイラブ嫁』でもない。

 

―――『俺の嫁に手を出すな!』と書かれているのだ。どこかの青い鳥と一緒にするなよ? 獲物じゃない、嫁だ。

 

 

(もちろん、アリアたちが居る時に着る服であって……何だよ。ちょっとSになってもいいじゃねぇか! 文句あんか!?)

 

 

……おんぶしているこの状況では、折紙=嫁となってしまっている。誰も見ていませんように!

 

 

「私は……」

 

 

「ん?」

 

 

「本当の、私は……どっちか……」

 

 

「……ああ、なるほど」

 

 

折紙の呟きで理解した大樹は続ける。

 

 

「つまりお前は『パパ大好き!』なファザコン折紙か、『お兄ちゃん大好き!』なブラコン折紙か、それとも『大樹……大好き……!』なヤンデレ折紙―――」

 

 

ズビシッ!!

 

 

折紙は大樹の頭にチョップした。

 

 

「普通に痛ぇよ……」

 

 

「……真面目に」

 

 

「はぁ……へいへい」

 

 

ジト目で睨まれた大樹は溜め息をつきながら答える。

 

 

「どっちでも変わらねぇよ。お前はお前。違う誰かにはなれない。折紙は、折紙にしかなれない」

 

 

「……どういう意味?」

 

 

「鈍いなぁ」

 

 

「……それはこちらのセリフ」

 

 

「おっと、心当たりがめっちゃあるからグサッと来たぜ。つまり何が言いたいかと言うと———」

 

 

大樹は笑顔を見せながら答える。

 

 

「どんなお前でも、俺が大好きなのは変わらねぇよ」

 

 

「ッ……!」

 

 

「むしろ全部行くか? 全てを兼ね備えた究極の属性、ファザブラヤンツンデレコンとか」

 

 

「……うん」

 

 

折紙は頷く。

 

 

「え? マジ? マジで言ってるンゴ? ちょっと心の準備が……って……」

 

 

涙をポロポロと零しながら、頷くのだ。

 

 

「うんッ……!」

 

 

そして折紙は―――大樹に泣きながら笑みを見せた。

 

不覚にも大樹は歩くのをやめてまで見入ってしまった。今まで折紙の笑みを何度も見て来たが、その中でも一番心の底から笑っているのが分かった。

 

 

「私も……大好きなのは変わらないッ……!」

 

 

「……おう」

 

 

大樹は再び前を向き、歩き始める。

 

ギュッと抱き締められる感覚を確かめながら、皆の元へと帰る。

 

二人の出会いを祝福するかのように、空には雲一つ無い綺麗な青空が広がっていた。

 

最後に大樹は思う。空を見上げて―――

 

 

 

 

 

(……帰ったら嫁にぶっ殺されるなコレ)

 

 

 

 

 

―――悲しい涙を流した。

 

 

 

________________________

 

 

 

 

「……死にそう」

 

 

例の如く、【神の加護(ディバイン・プロテクション)】の反動が来た。大樹はたまらずその場で倒れ痛みに堪えていた。

 

心配そうに見守る折紙。ちょっと? あのまま綺麗に終われないの? 最後、俺が泣いて終わったけど。まだ続くの? この物語?

 

 

「大丈夫?」

 

 

「何とか」

 

 

膝枕をされながら贅沢に休憩する。頭をすっごい撫でられるがそこは赦そう。やべぇアイツの口調が移ってる。最悪だ。

 

 

「結局、その感じでいくのか?」

 

 

俺の質問に頷く折紙。理由が俺が本当に最初に出会った時———俺がこの世界に初めて来てお父さん呼ばわりされた時と同じが良いということだそうだ。

 

 

「えっと」

 

 

「なに」

 

 

ぐぐぐッと折紙は大樹の手を握っていた。大樹は必死に抵抗している。

 

 

「この手は何かなぁ……って……!」

 

 

「この世界には私と大樹しかいない。つまり、アダムとイヴ」

 

 

「そこは平常運転かよ!?」

 

 

折紙が大樹の手を引き寄せる場所はもちろん胸。大樹は断固拒否していた。

 

 

「……見る方がいい?」

 

 

「服をめくるな!!」

 

 

一枚しか着ていないことをいいことに服をめくろうとする折紙。大樹は両手で顔を隠した。

 

 

「頼む……落ち着け……まだ焦る時期じゃない」

 

 

「それは違う。もう大樹には悪い虫が付いている」

 

 

「おい!? 俺の愛する嫁を悪い虫呼ばわりするなよ!?」

 

 

ピクッと折紙の眉が動く。少し不機嫌そうな顔で大樹の顔をガシッと両手で掴んだ。

 

 

「急いで既成事実を作らなければ……」

 

 

「いやあああああ! 薄い本みたいに襲われてるぅ!!」

 

 

ギャーギャーと騒ぐ二人だが、その時大樹の表情が険しくなる。

 

 

「———誰だ!?」

 

 

即座に刀を握り絞めて睨み付ける。無価値にされた【神刀姫】は確かに消滅した。しかし、ギフトカードにはとりあえず百を超える数がストックされている為、一本無くそうが意味はない。無くなれば増やせばいいだけの話である。

 

折紙が大樹の睨む方を見ると、息を飲んだ。

 

 

『敵対する意志はない。武器を下げてくれないか?』

 

 

ノイズと言えばいいのだろうか。年齢も性別も背丈も分からない『何か』がそこに居た。

 

まるで映像にモザイクをかけたかのような存在。異常な存在に、折紙は驚いたわけじゃない。

 

折紙は、この『何か』を知っていたのだ。

 

 

「【ファントム】……!?」

 

 

折紙が知っていることに大樹は驚くが、何も聞かず【ファントム】と呼ばれた存在に声をかける。

 

 

「何者だって聞いてんだよ」

 

 

コイツに全部聞けばいいのだから。

 

 

『……彼女を精霊にしたのは私だよ』

 

 

「よし大体分かった。今から二、三発殴る。一発は美琴を精霊にしたこと、二発目は折紙。三発目は何となくだ」

 

 

『ず、随分と理不尽なことを言うんだね……』

 

 

「うるせぇ四発目も追加するぞ」

 

 

手をゴキゴキと鳴らしながら凶悪な笑みを見せる大樹。さすがの【ファントム】も引いていた。

 

しかし、大樹の言葉に引っかかることがあった【ファントム】は不思議そうに言う。

 

 

『でも美琴って……誰のことかな?』

 

 

「……は?」

 

 

大樹の歩く足が止まる。

 

 

『そんな子、精霊にした覚えがないけど』

 

 

「……それは、本当か?」

 

 

『必要のない嘘は言わないよ』

 

 

大樹の確認に【ファントム】は答える。

 

しばらく考えた後、大樹は刀を消した。

 

 

「敵対する意志はないんだろ」

 

 

『ありがとう。じゃあ聞いてもいい?』

 

 

「スリーサイズを?」

 

 

『どうやって、彼女の精霊の力を消したのか』

 

 

「スルーかよ。簡単な話だ」

 

 

大樹は折紙の首からぶら下げたペンダントを指差す。

 

 

「いつの間に……」

 

 

「あのペンダントは精霊の力を抑えれる羽根(モノ)が入ってる。調整にかなり力を使ったが、問題無さそうだろ?」

 

 

「……指輪の方が良かった」

 

 

「……………」

 

 

折紙の言葉を聞こえないフリをする大樹。【ファントム】は折紙に近づこうとするが、やめる。

 

 

『確かに凄い力だ。不用意に近づけないね』

 

 

「折紙! 【ファントム】に『たいあたり』だ!!」

 

 

『ちょッ!?』

 

 

ダッ!!

 

 

運動神経抜群の折紙が素早い動きで【ファントム】に近づく。驚愕する【ファントム】は必死に距離を取り、最後は空へと逃げた。

 

 

「「チッ」」

 

 

『君たちは良いコンビになるよ……』

 

 

呆れられながら褒められた。

 

 

『でも不便そうだね。良かったら力を消してあげてもいいけど?』

 

 

【ファントム】の提案に大樹は眉を(ひそ)める。折紙の方をチラリと盗み見ると、

 

 

「必要ない」

 

 

「えッ……いや………………そうだ! 必要ない!」

 

 

『完全に彼、返す流れかと思っていたみたいだよ』

 

 

うるせぇ!!!

 

 

「この力は、私の罪のようなモノ。私はこの力を背負い続ける……」

 

 

『辛くは?』

 

 

折紙は首を横に振り、答える。

 

 

「大樹が、一緒に居てくれるから」

 

 

「……別に無くても居るっつーの」

 

 

拗ねるように言う大樹に、折紙は微笑みながら腕に抱き付く。その光景を見ていた【ファントム】は大樹に近づいた。

 

 

「お? 当たりに来たのか?」

 

 

『違うよ。君は、本当に澄んだ目をしている』

 

 

「嘘はやめろよ。小さい子から目が濁ってるって言われたことがあるんだぞ」

 

 

『確かに濁っているよ』

 

 

「おい」

 

 

『だけど分かる。君はいつも誰かの為に動ける人間だと。自分を犠牲にしてまで、人を救う。でも同時に自分も大事にしようとしている。凄いね』

 

 

漠然とした言葉に、逆に何と返せばいいのか分からない。自分を大切にしている点はアレだよ。自分の腕を斬ったけど勝利を確信して生きる自信があったからやったんだよ? 普通はしないからね?

 

俺は頭を掻きながら答える。

 

 

「まぁ何だ……ありがとう?」

 

 

『……本当に、面白いね君は』

 

 

よく言われます(白目)

 

その時、ノイズの一部が俺の体に触れたような気がした。何が起こったか分からないまま、ノイズの一部が折紙の元まで伸び、ペンダントを弾き飛ばした。

 

 

「なッ!?」

 

 

抑えていた精霊の力が暴走する。焦った大樹はすぐに神の力を解放しようとするが、

 

 

「———はい?」

 

 

折紙は何も変わらない。精霊の力が暴走しなかったのだ。

 

これには折紙も驚いている。驚く二人がおかしかったのか、【ファントム】の笑い声が聞こえる。

 

 

『残念だったね』

 

 

「あの野郎マジで一発殴ろうか……それで、奪ったのか?」

 

 

『勘違いしないで欲しい。彼女には錠を掛けただけ』

 

 

「ジョー? 明日の?」

 

 

『鍵の方だよ。もちろん鍵は君に預けた』

 

 

【ファントム】の言葉と先程の行動。納得した大樹は難しい顔をする。

 

 

「できることならその鍵は折ってくれると嬉しいが?」

 

 

『それは彼女が望まない。だから君に託す』

 

 

次の瞬間、フッとノイズが姿を消した。大樹と折紙は辺りを見回して探すが、見つからない。

 

 

『———また会おうね』

 

 

最後にそう言い残し、【ファントム】は消えて行った。

 

 

________________________

 

 

 

「いよいよソロモン72柱を使って来たか……」

 

 

大樹たちから遥か遠くから見ていた男が呟いた。その距離は肉眼どころか機械を使っても目視できない距離だ。

 

 

「……これからガルペスがどう出るか……だが、やることは変わらない」

 

 

男が小さく手を挙げると、背後に白い衣を身に纏った双葉(ふたば)———リュナが姿を見せる。

 

 

「最後の時は近い。どうせガルペスは何も言わないだろう。先回りしていろ」

 

 

「はい」

 

 

無表情で返事をしたリュナに、男は誰にも分からないように下唇を噛んだ。

 

 

「ああ、俺が殺してやるよ……こんな汚い世界」

 

 




というわけでヒロインは折紙でした拍手!

……はい、緊急記者会見を始めます。ヒロインの決定および決定理由を書きます。興味のない方はブラウザバックしても構いません。毎度こう言っていますが、皆さん優しいので見るのですよね? ありがとうございます。

まずこのヒロイン決定には冗談抜きで年単位かかりました。ホントこの作品の女の子は全員好きです。

では決定の経緯を説明します。まずヒロイン候補として三人上がりました。

鳶一 折紙、時崎 狂三、そして登場していない誘宵 美九です。

最初に狂三。謎が多い少女ですが、仕草や猫好きがグッと来る可愛い子です。何故ヒロインに選ばれなかったと言いますと、


謎が多過ぎるッ。


とにかく謎が多い。そこが良いのですが、物語の進行で支障が出てしまう可能性があった為に選ぶことはできませんでした。

次に美九。実は当初ヒロインは美九でやろうとほぼ決まっていました。物語が作りやすくキャラが素晴らしい。あと可愛い。

では何故選ばれなかったのか。


伏線回収するのに膨大な話数になることに気付いたからです。


美九編&七罪編&折紙編をやってからのさらに話があってと長い長い。とても長くなることに気付いたからです。

大樹が過去に行くのは絶対的に決定していたので、これは駄目だ。妥協しようとした時、私は思いました。


もう自分の好きなように物語作ってやろ……っと。


はい、つまり折紙推しです私は。決定理由がこんな感じになりました。

逆に他のヒロインでは駄目なのか? 理由はちゃんとあります。

まず十香。彼女もまた美九と同じくらい候補でしたが、


ヒロイン奪ったら、このデート・ア・ライブ始まらなくね?


物語の起点。つまり士道君どうすればいいやとなりましたので選ばれませんでした。


次に四糸乃ですが、これはすぐに選べないと思いました。


中の人が被ってる上に、もうロリ枠(ティナ)が埋まってる。


……次に琴里ですがこれも……すぐに選べないと思いました。


アリアとすっっっげぇ被ってる。はい。


次に八舞姉妹、耶倶矢と夕弦ですが、双子という素晴らしい設定な上にこれまた素晴らしく可愛い女の子たちでした。ただ、


キャラ濃すぎて手に負えねぇ……!


かなりの中二病患者と話し出しの頭にその趣旨を二文字の単語。続けれる自信が無かったです。特に後者。語彙力の無い作者には拷問に等しい。

次に最近登場した二亜と六喰ですが、彼女たちを知らない人が多いと思い選ぶことができませんでした。

以上でヒロインの決定理由説明を終わります。


最後に原田のヒロインが七罪という流れがありましたが、正直に言います。

当初予定していた本当のヒロインは、この物語では出すことができないと判断して、妥協しました!


原田&七罪「!?」


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消えかけたディアレスト

『君の名は。』


美琴「もしかして……」

大樹「あ、あたしたち……」

美琴&大樹「入れ替わってる!?」

美琴「とりあえず短パン脱いでも———」

大樹「やめなさい!?」


アリア「もしかして……」

大樹「あたしたち……」

アリア&大樹「入れ替わってる!?」

アリア「……………うん」(自分の胸を触る)

大樹「風穴開けるわよ? この体に」


優子「もしかして……」

大樹「アタシたち……」

優子&大樹「入れ替わってる!?」

大樹「もうこんなチャンス二度と無いわ……ちょっと行って来る!」

優子「やめろ! 何する気だ!? やめてえええええ!!」


黒ウサギ「もしかして……」

大樹「黒ウサギたち……」

黒ウサギ&大樹「入れ替わってる!?」

黒ウサギ「これがやりたかったんだよぉ!!」(自分の胸を触りながら)

大樹「きゃあああああああ!?」

―――その後、美琴、アリア、優子、ティナにボコボコにされたことは言うまでもない。


真由美「もしかして……」

大樹「わたしたち……」

真由美&大樹「入れ替わってる!?」

大樹「じゃあちょっと男子に告白してくるわ!」

真由美「優子かお前!? 悪魔ぁ!! 鬼畜ぅ!! やめてぇ!!」


ティナ「もしかして……」

大樹「私たち……」

ティナ&大樹「入れ替わってる!?」

ティナ「この体なら、無双はできそうだ」

大樹「ですね。ちょっとガストレアと戦って見ますか」

―――その後、ガストレアが地獄を見たのは言うまでもない。


折紙「もしかして……」

大樹「……………」

折紙「入れ替わってるってきゃあああああ!? 押し倒された!?」

大樹「これなら既成事実は作れる。大樹が襲ったことになれば———」

折紙「一番渡しちゃいけない奴だったああああああ!!」



規則正しく心電図の音が部屋に響く。白いベッドの上で寝ているのは大樹。特に包帯などはしていないが、腕に点滴などが繋がっている。

 

大樹の傍らに座った折紙は心配そうな表情で見守る。

 

 

「ねぇ大樹。あなたは今まで浮気した回数を言うのよ」

 

 

「う、うーん……」

 

 

「大樹君? 正直に愛する人を言えばいいのよ?」

 

 

「ん、ぐぅ……」

 

 

「……インドラの槍」

 

 

「ぐぅうう……!」

 

 

「離婚届」

 

 

「う、ああぁ……!」

 

 

大樹はうなされていた。女の子たちの手によって。

 

催眠術でもかけるかのような手法に悪を感じる。アリアと優子は浮気調査。黒ウサギと真由美の一撃は大樹の表情が前者より悪くなっていた。

 

このよく分からない状況に折紙は額から汗を流し戦慄。これが普通なのか。これは波に乗るべきなのか。もうどうすればいいのか分からない。

 

 

「……大好きですよ」

 

 

「……にへら」

 

 

「「「「「イラッ」」」」」

 

 

ティナの一言は折紙にも怒りを感じさせた。その後、女の子たちから「このロリコンが」と罵られ、大樹はさらに悪夢を見ることになる。

 

 

そんなカオスな部屋の外。廊下には原田と琴里が引き攣った表情で見ていた。

 

 

「ねぇ……患者は一週間も眠っているのに、どうしてあんなにいじめる余裕があるの彼女たちは……」

 

 

「あー……多分いつもの……じゃなくて愛情と信頼だ。うん、きっとそうだ」

 

 

「今誤魔化したわね!? 何いつものって!? 何を言おうとしたの!?」

 

 

「ほらアイツってギャグ漫画みたいに死んでも次の日には生き返っているような奴じゃん?」

 

 

「思わないわよ!?」

 

 

「はははッ……それがなるんだよ……」

 

 

「嘘でしょ……!?」

 

 

琴里の顔色が悪くなっていた。申し訳ない気持ちで一杯だが、原田はいろんなことを知っているのだ。

 

入院しても、昼なれば自分でマッ〇に歩いて行き、ベッドの上でハンバーガーを食べていることがあったということを。

 

暇潰しに薬品調合をして患者に投与、次の日には退院祝いパーティーに参加して芸やマジックショーをして遊んでいたことを。

 

大人数の緊急搬送が起きた時、一番に動いたのがアイツだったということ。普通にメスを渡され、手術をしていたことを知った時は気を失いそうになった。どうして誰も気付かなかった。いや、違う。あまりにも手慣れてい過ぎて気付かなかったと怯えた様子で言い訳していた人たちを思い出す。

 

 

「アイツの次元は俺たちが理解できる領域じゃない。精霊の一匹や二匹が出たところで、「ふーん、で?」みたいな反応しかできないんだよアイツは!!」

 

 

「どういうことなの!?」

 

 

部屋にまで聞こえる原田の大声。それを聞いた女の子たちは思う。大体合ってるっと。

 

 

「だから大樹が一週間眠っていたところで不安にならないし、一ヶ月でも大丈夫と思える。まぁさすがに一年は少し不安になるかな?」

 

 

「一ヶ月の時点で焦りなさいよ!? アンタおかしいわよ!?」

 

 

《大樹は一ヶ月、眠り続けました》

 

さて、この言葉で不安に思った奴はいるか? いねぇだろ? 不思議だよな!

 

原田はフッと琴里から視線を外し、部屋の方を見る。

 

 

「……どうせ起きるまで、待つしかねぇよ俺たちは」

 

 

「……そうね」

 

 

原田の意図を察した琴里は腕を組んでアメを口に咥えた。

 

そう、待つしかないのだ。

 

 

ピ—————ッ

 

 

―――待ち過ぎた結果がこれだが。

 

 

「「……………」」

 

 

部屋の中から聞こえて来た音に原田と琴里は呆然と口を開けた。

 

琴里の咥えたアメが床に落ちると同時に、会話が始まる。

 

 

「……これって有名な音だよな? 鳴っちゃいけないアレだよな?」

 

 

「ええ、そうね……鳴ったら……アレが止まった証拠よ……」

 

 

二人は同時に扉を蹴り飛ばした。

 

 

「何やってんだ!?」

「何やってんのよ!?」

 

 

ビクッと女の子たちの身体が震える。まるでちょっとした悪戯が見つかったかのような反応に、原田は少し安心する。悪ふざけで何か間違ってボタンでも押してしまったか?

 

見た様子、特に問題は―――

 

 

「問題無いわ。大樹の心臓が止まっただけよ」

 

 

「「大有りだ!!!」」

 

 

ベッドに寝ている大樹から涙が流れて死んでいる。一体この短時間で何が起きた。

 

 

「何だこの難事件!? 死因が全然予測できねぇ!?」

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

「これだけ分かるぞ! この反応は全員犯人だな!?」

 

 

「えっと、多分ですけど大丈夫と思いますよ……?」

 

 

苦笑いで黒ウサギが言うが、あまり信用できない。原田は警戒しながら様子を伺うと、

 

 

「すぅー……大変です大樹さん!! 優子さんが変な男たちに攫われました!!」

 

 

「んだとゴラアアアアアアアアァァァ!!」

 

 

「「ふぁッ!?」」

 

 

突如飛び起きた大樹に原田と琴里は思わず変な声が出てしまう。既に大樹の手には刀が握られていた。

 

 

「どこだ!? ソイツら全員、穢れに汚れたチ〇コを去勢してやるから出て来いやぁ!!」

 

 

「寝起きッ……じゃなくて生き返って早々下ネタ言ってるうえに恐ろしいこと言ってんじゃねぇよ!!」

 

 

次に神の力まで発動させようとしたので、原田は大樹を殴り飛ばし優子が視界に入るように立たせる。

 

 

「ぐぇッ……ってあれ? 優子? 攫われたって……」

 

 

「冗談よ。そこまで本気になられると……こっちが恥ずかしいわ」

 

 

「やべぇ。超抱き締めてぇ。でも抱き締めたら死にそうだから我慢する」

 

 

その通りだっと原田は心で答える。そして握ったナイフを懐に戻した。誰が桃色空間を発動して良いと言った? ほら、女の子達も武器をしまったぞ? 良かったな!

 

ずっと寝ていた大樹は軽い準備運動をして鈍った体の調子を確かめる。

 

 

「よし……何日くらい寝てた?」

 

 

「一週間よ。身体の方は大丈夫かしら?」

 

 

「安心しろアリア。腹が死にそうなくらい減っている点と、物凄いトイレに行きたい衝動を除けば完璧だ」

 

 

「問題が二つある時点で完璧とは言えないでしょ……」

 

 

呆れる答えが返って来てしまった。アリアは溜め息をつくと、微笑んだ。

 

 

「おかえり」

 

 

「おう、復活だぜ」

 

 

 

 

 

「心臓止まっていた奴とは思えない言葉だよな」

 

 

「え? それ本当なの原田きゅん?」

 

 

「言い方キメェ。ああ、本当だ。何で止まったか知らないけど」

 

 

「……そういえば夢の中で女の子たちに『他に好きな人ができた』と自殺待った無しの言葉を言われた気が―――」

 

 

「お前の命は女で左右され過ぎだ!!」

 

 

________________________

 

 

 

―――時は一週間前まで(さかのぼ)る。大樹が一週間寝る前の出来事だ。

 

 

奇妙で愉快な存在(大樹個人の感想)【ファントム】と遭遇後、男の夢空中戦艦(大樹個人の感想)【フラクシナス】に回収された。突然のワープに驚いたが、すぐに冷静になった。

 

 

「……おかえり大樹。楽しかったかしら?」

 

 

目の前で腕を組むアリアを見て。

 

 

「あたしたちが避難(エスケープ)している間、何があったのか……もちろん説明してくれるわよね?」

 

 

笑顔って、恐怖を感じるモノだったかな?

 

優子、黒ウサギ、真由美、ティナ。全員で迎えてくれることは嬉しいが、タイミングが嬉しくない。

 

現在大樹は上半身裸。折紙は大樹に貰ったTシャツ一枚。

 

誰がどう見てもイケない関係にしか見えない。イケない太陽より、イケない。このままどこにも逃げれない、行けない。

 

だが幾多(いくた)の修羅場を乗り越えて来た猛者(もさ)は違う。

 

 

「俺の嫁の折紙だ。よろしくぅ!」

 

 

―――何度も死を経験した人なら、大体こんな感じになると思う。違うか。

 

しかし、奇跡は起きた。意外なことにアリアたちは何もせず、溜め息をつくどころか、心配そうな表情で声をかけてきた。

 

 

「怪我は大丈夫なの……?」

 

 

「アリア……」

 

 

大樹は背負っていた折紙を降ろし、近づく。そして笑顔で告げる。

 

 

「安心しろ! 余裕で敵をぶっ飛ばして―――!」

 

 

「その嘘が、あたしに通じると思っているの」

 

 

「———だろうな」

 

 

真剣な表情で言われた大樹は言いにくそうに言葉を濁す。

 

 

「大丈夫だ。いつも通り帰って来ただろ?」

 

 

「だから変に思うのよ。いつも通りだと()()()()()()するから」

 

 

鋭い。一緒に過ごして来た彼女たちのことを理解している大樹。それは逆も同じで、彼女たちも大樹を理解しているのだ。

 

大樹はどう答えようか迷っていた。

 

そんあ迷う大樹に優子は、

 

 

「……大樹君。お願い」

 

 

「うッ」

 

 

上目遣いと優しい声音のコンボに大樹はバツが悪そうに顔を逸らす。が、

 

 

「大樹さん」

 

 

その逸らした先には黒ウサギ。さらに視線を逸らすが、

 

 

「大樹君……」

 

 

「大樹さん……」

 

 

心配そうな表情をした真由美とティナが居た。

 

 

「ぐぅああああああああ!! ……分かったよ分かりましたよ! 言うよ、正直に」

 

 

やはり女の子には勝てない大樹。白旗を上げた。

 

溜め息をついた後、こちらも真剣な表情で話す。

 

 

「敵は()()()()()()()()()なら自分を傷つけるような真似をせずに、余裕で倒せたはずだ」

 

 

頭を掻きながら大樹は続ける。

 

 

「まぁ何だ……無茶したのは悪いと思っているし、とりあえず結構疲れたって話だ」

 

 

「……それだけ?」

 

 

「おう」

 

 

「本当に?」

 

 

「おうよ!」

 

 

「……どう思うかしら?」

 

 

アリアが大樹を除いて集合をかける。かなり疑われていることに大樹は文句を言おうとする。

 

 

「あのな……俺は本当に―――」

 

 

「大樹君! 正直に言えば黒ウサギの胸を触ってもいいわよ!」

 

 

「———ぶっ倒れそうなくらい疲れたので揉ませてください!!!」

 

 

この男、欲望に忠実過ぎて大馬鹿である。

 

 

「……………あッ」

 

 

気付いた時には、全てが遅かった。黒ウサギは顔を赤くし、真由美はお腹を抑えて笑っている。

 

だがアリアと優子。そしてティナの三人は別だ。汚物でも見るかのような目に大樹は体を震わせていた。

 

 

「……し、仕方ないだろ。おっぱいだもの」

 

 

「永遠に眠らせてあげてもいいけど?」

 

 

「反省するので許してください」

 

 

土下座。プライドを捨てることで、土下座の速度を上げることができるのだ!! つまり俺にはプライドがない!!

 

銃を持ったアリアは、洒落にならないからやめて欲しい。

 

本当ならここで躊躇なく撃って来るはずだが、正直に言った言葉を聞いたアリアは銃の引き金を引かない。

 

 

「許すのは後よ。今は休みなさい」

 

 

アリアは大樹の前で両膝を着き、両手で大樹の抱き締めた。

 

突然のことに驚く大樹だったが、アリアの胸に包まれた瞬間、

 

 

「もう……限界なんでしょ……」

 

 

そして、まるで意識を奪われるかのように、大樹は眠った。

 

規則正しく寝息を立てる大樹に女の子たちはホッと息をつく。

 

 

「どうして分かったの?」

 

 

「折紙ね。あんたは大丈夫なの?」

 

 

「問題無い。それより———」

 

 

「パートナーだからよ。一番大切な人だから分かるのよ」

 

 

「……そう」

 

 

自分でも分からない。何故か折紙はぎこちない笑みを見せながら言ってしまった。

 

 

「少し、羨ましい」

 

 

その微笑みにアリアたちは驚く。こんな子だっただろうかと不安になり、真由美は折紙の手を握り絞める。

 

 

「大樹君に酷いことされたの?」

 

 

「ええ、黒ウサギ予想できていました。真由美さんならそう言うと」

 

 

 

________________________

 

 

 

最新技術の医療は凄いの一言に尽きた。

 

大樹をベッドの上に寝させると【フラクシナス】の職員が大樹に点滴などを打つ。他にも血液検査、レントゲン撮影などなど。体の隅々まで検査していた。

 

このような検査をするきっかけは原田の言葉だった。

 

 

「かなり無理をしている可能性がある。最悪のケースを避ける為に協力してほしい」

 

 

原田は女の子たちに頼み事をしていた。頭を下げてまで。

 

もちろん断る理由はなかった。しかし、どうしてそのような検査をするのかが不可解だった。

 

検査を終えて数時間後、部屋の外で令音の報告を聞いて戦慄することになる。

 

 

「———異常だ。現代の医学で、どうしてこうなったのか解明できないだろう」

 

 

「……どういう、ことですか?」

 

 

震えた声で優子が代表して尋ねる。令音は持っていたタブレットを優子に手渡す。そこには膨大なデータの数々、羅列した数字がたくさんあった。女の子はこれらを何一つ理解できない。

 

原田は何かに気付いたようだが、何も言わない。いや、言えないのかもしれない。

 

理解できないから不安になる。女の子たちは心配した様子で令音の言葉を待った。

 

 

 

 

 

「普通に彼は健康だ」

 

 

 

 

 

―――全員がその場に転んだ。

 

 

「ビックリさせないで!?」

 

 

全員が言いたいことを真由美が代表してツッコム。分かっていた原田も苦笑いだ。

 

 

「いやすまない。血だらけになった服を着ておいて、無傷なのはおかしいと踏んでいたせいで異常としか」

 

 

「なら仕方ないわね。大樹は普通じゃないから」

 

 

「「「「「うんうん」」」」」

 

 

(ちょっとアイツ可哀想だな。自業自得だと思うけど)

 

 

アリアが頷くと皆が頷いた。原田は苦笑いで大樹に少し同情する。これに()りて、少しは自分の行動に自重―――無理だな。よし諦めよう。

 

 

「だが疲れはかなり感じているようだ。信じられない話かもしれないが、眠りの深さが通常の十数倍……最低でも5日間以上は寝続けるだろう」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

「心配はしなくて良い。点滴などの処置をすれば命の問題はない」

 

 

命の危険の可能性を察した令音がすぐに否定する。驚いていた女の子たちはホッと安堵の息をつく。

 

 

「無茶ばかりしていたから……馬鹿」

 

 

「YES。黒ウサギたちの心配も考えて欲しいモノですッ」

 

 

優子と黒ウサギが愚痴をこぼす。同意するようにアリアと真由美も愚痴をこぼす。

 

 

「そりゃ大樹だもの。何を言っても無駄よ」

 

 

「大樹君だから。ええ、絶対に無理ね」

 

 

訂正。愚痴と言うより悪口に近かった。

 

 

「私はこれで失礼するよ。立ち入り禁止場所以外なら、この施設自由に使って良いと許可を貰っている。彼を十分に休ませると良い。もちろん、君たちもゆっくりと休むと良い」

 

 

文句を言っている女の子たちに令音は最後にそう言い残し、その場から去った。

 

 

「なら、そうさせて貰う」

 

 

と折紙は大樹の居る部屋に入ろうと———

 

 

「何をするつもりですか」

 

 

―――部屋に入ろうとするが、ティナに止められる。折紙はグググッと腕を上に上げてティナの腕を引き剥がそうとする。が、ティナの力は予想以上に強く、引き剥がせなかった。

 

 

「英気を養う。大樹と一緒に寝ることで大樹も私も、回復が早くなる」

 

 

「「「「「なるか!!」」」」」

 

 

女の子たち全員のツッコミが響き渡った。ティナだけでなく、アリアと黒ウサギも一緒に止める。

 

 

「たった今、大樹を休ませる話をしたわよね!?」

 

 

「当然。だからこれは必要な処置」

 

 

「いりませんからね!?」

 

 

ワーワーと騒ぎ出す女の子たち。病人がいる部屋の前だが、彼にとってこの行為は迷惑にならないだろう。きっと喜ぶだろう。

 

女の子たちに気付かれないように、原田はその場から去る。理由は、真実を知る為に。

 

 

「待ってください村雨さん」

 

 

「……追いかけて来ると思っていたよ。データを理解していた君なら」

 

 

振り返ると同時に令音は原田に束になった紙の資料を渡す。そこには先程と同じようにデータが書かれているが、違う項目が追加されている。

 

 

「……血液型はA型。血圧、脈、心拍数、その他、全て異常無し」

 

 

最後のページの紙をめくった瞬間、原田は生唾を飲みこんだ。

 

 

 

 

 

『———楢原 大樹  推定寿命、約一年 ~ 約二年』

 

 

 

 

 

「随分と……斬新な答えだな。明確な理由と原因がどこにも書いてないように見えるが?」

 

 

原田から敬語が消える。令音は顔色一つ変えずに続ける。

 

 

「現代の医学や科学をあまり舐めない方が良い。この船に回収された時点で分かるだろう?」

 

 

「……俺の質問の答えになっていないだろ?」

 

 

「いや、()()が答えだと私は思うよ」

 

 

原田の表情に段々と影が差す。それでも臆することはなく、令音はハッキリと告げる。

 

 

「彼の寿命が短いのは、本当のようだからね」

 

 

「……ブラフか」

 

 

「すまない。真実を知るのは君だけのようだったからね。聞かないわけにはいかない」

 

 

原田は目を閉じて息を吐く。

 

最後の紙に書かれた内容は『はったり』だ。

 

令音は意図的に最初から原田に後を追わせようとしていた。情報を隠すことで原田の興味を釣り、嘘のデータを用意して原田から情報を聞き出そうとしていた。

 

 

「君が気になっているのは、彼の()()じゃないかね?」

 

 

「……全部お見通しか」

 

 

「寿命に関しては大きな賭けだった。全部が全部、知っているわけではない」

 

 

令音は気付いていた。大樹が帰って来てからずっと、原田の様子がおかしいということに。

 

検査を願いして来たのは『無事』や『健康』などの確認ではない。もっと大事なことを確認したかったはずだ。

 

 

「口頭で伝えよう。目の外傷は無し。視力が良い事は確定。しかし———左目は、ほぼ見えていないはずだよ」

 

 

「ッ……起きてもいないのに、そんなことも分かるのか」

 

 

その報告に原田は下唇を強く噛む。

 

 

「まだ伝えないといけないことがある。彼の髪は少し緋色になっている部分があるのは知っているかね?」

 

 

「ああ、それは力の影響で害はない」

 

 

「なら()()は?」

 

 

「……………あったのか?」

 

 

「頭皮に埋まっている毛球が数個、白色に変色しているのを確認した。証拠の写真は無いが、証拠品はある」

 

 

「抜いたのかよ。ハゲるぞアイツ」

 

 

小さな証拠品袋のようなビニール袋に一本の髪の毛が入っていた。令音の言う通り、毛球が白色だ。

 

 

「一応言っておくが、この会話の内容は私だけしか知らない。もちろん琴里にも報告していない」

 

 

「……助かる」

 

 

「……症状は?」

 

 

「どうせ分かってんだろ?」

 

 

自嘲するように笑いながら原田は令音の答えを待つ。

 

令音は、答えを口にする。

 

 

 

 

 

「———老化現象」

 

 

 

 

 

________________________

 

 

 

 

「……すまん、もう一回言ってくれ」

 

 

「だーかーら! 本当に! 体は! 大丈夫かって聞いてんのよ!」

 

 

「ハッハッハッ、逆に近過ぎて耳が痛いぜアリア」

 

 

いつもの服(一般人)に着替え、指令室とやらに向かう。耳がキンキンするぜ。

 

 

「というかアリア。この俺が病気になるとでも思うのか?」

 

 

「なるわけないでしょ。そんなの当たり前じゃない。でも怪我はするでしょ?」

 

 

「いやいや、さすがに『当たり前』は言い過ぎだろ。ちょっとその認識やめて欲しい」

 

 

大樹さんはそこまで強くないと思います。

 

 

「病気くらいなると思うぞ?」

 

 

「例えば?」

 

 

「恋(わずら)い」

 

 

「そう、浮気ね。死になさい」

 

 

「その繋げ方はおかしいげばッ!?」

 

 

脇腹ゴスッてされた! ゴスッて!

 

 

「もう大樹君に説教をしても無駄みたいね……」

 

 

「あー優子の顔が怖いんじゃー」

 

 

「……切断?」

 

 

「土下座でも何でもするからどうか俺の息子だけは……!」

 

 

頭を床に擦りつけて懇願。優子に土下座した。どこがとは言っていないが、どこも切らないでほしい。

 

 

「それが駄目なら違うモノを切りましょ?」

 

 

「ま、真由美さん……一体、何を?」

 

 

「そうね……………縁かしら?」

 

 

「切断していいからそれだけは絶対に切らないでくれええええええェェェ!!!」

 

 

真由美の腰に抱き付きながら号泣。良い歳して何をやっていると言われても仕方ないが、これだけは譲れない。死んでも。

 

 

「きゃッ!? じょ、冗談よ! 冗談だから!?」

 

 

「大樹さんがどれだけ黒ウサギたちのことを大切に思っているのか分かりましたが……」

 

 

「重いですね」

 

 

黒ウサギとティナに苦笑いで見られているが気にしない。だって、それだけ愛してますから(キリッ

 

……口で言いたいけど無理なんだよなぁ。恥ずかしくて昇天しちゃう。

 

 

「大丈夫。私も大樹のことが好きだから」

 

 

「折紙ぃ……!」

 

 

「家事、洗濯、全部私が世話をする。大樹は傍に居るだけで構わない。ただ愛情だけを―――」

 

 

「大樹さぁん!? この子凄くヤバい雰囲気ですよ!? 黒ウサギのウサ耳が全力でヤバいと告げていますよ!?」

 

 

ウサ耳がヤバイと告げる点に関してはかなり気になるがスルーしよう。俺は折紙に、

 

 

「いや、家事くらいは俺がやるよ?」

 

 

「問題そこじゃないですよね!?」

 

 

「え? ……あッ、仕事は別に家で稼げるのを選べば良いよな? 貯金もいっぱいあるから問題はない」

 

 

「そこでもありませんよ!? 折紙さんの———」

 

 

「ああ! そうかそうか! 俺が料理したら折紙の手作りが食べれないことか!」

 

 

「———お馬鹿!?」

 

 

「大樹君のストライクゾーンって、アタシたちの時だけは牽制してもストライクなりそうよね」

 

 

それ凄いデカイな優子。バッター打てねぇよ。俺ならどうにかして打てそうだけど。

 

まぁストライクゾーンの大きさは間違ってはいないが、お前たち限定だからな? 他の女の子はそういかんざき! ほ、本当だからな?

 

 

「黒ウサギはまだ分かっていないみたいだな。折紙はツンデレでもクーデレでもない究極の属性だということを」

 

 

「また訳の分からないことを……」

 

 

「うるさいぞエロウサギ! いいか! 折紙は———!」

 

 

「ちょっとお待ちを!? 黒ウサギに変な名称を付け―――」

 

 

「———ファザヤンブラツンデレコンだ!!」

 

 

「———無視しないでくださいって何ですかそれ!?」

 

 

「違う。ファザブラヤンツンデレコンだった」

 

 

「そうだっけ?」

 

 

「何が違うのか黒ウサギには分かりません!! あとエロくありません!」

 

 

黒ウサギが涙目で抗議するがこれは余裕でスルーする。

 

 

「あまりエロウサギをいじめちゃダメよ?」

 

 

「真由美さん!?」

 

 

「そうだな。魔王の言うことは聞くか」

 

 

「魔王!?」

 

 

「魔王なの!?」

 

 

黒ウサギと真由美が同時に驚愕する。周りも目を見開いて驚いていた。

 

 

「ああ、俺は最初、真由美のことを小悪魔美少女だと思っていた」

 

 

「美少女って……大樹君ったら!」

 

 

「でも違った。魔王だった」

 

 

「……も、もう大樹君ッ? 大袈裟よ?」

 

 

「ちょっと真由美の顔が怖いわよ……」

 

 

優子が引き攣った笑みで教えてくれるが、俺は負けずに踏み出す。

 

 

「大体俺の心を削るのは真由美の言葉だ!!」

 

 

「「「「「……確かに」」」」」

 

 

「ちょっと!?」

 

 

折紙を除いた全員が呟いた。真由美は焦り出す。

 

 

「そ、それは大樹君が―――!」

 

 

「さっきも縁を切るって、大樹君にとってそれは自殺モノだわ……!」

 

 

「優子まで!?」

 

 

……裏切りが始まったな。別にこんな展開を望んだわけじゃないが、

 

 

(面白いから続けるべきだな。うん、焦る顔も可愛いし)

 

 

真の裏・大樹(ゲス)はここに居た。

 

焦る魔王は十分に見た。ここで新たな爆弾を投下……いや、必要なさそうだ。

 

 

「ツンデレの優子よりマシでしょ!?」

 

 

「ツンデレじゃないわよ!? ツンデレはアリアでしょ!?」

 

 

「何であたしなのよ!?」

 

 

これが連鎖爆発か(爆笑)

 

 

「大樹! ツンデレは美琴のはずよ! あんたが言っていたの覚えているわよ!」

 

 

「ああ、美琴はツンデレだ」

 

 

「ほら! 今の聞いたでしょ!? あたしは———!」

 

 

「だがアリアもツンデレだ!!!」

 

 

「———風穴ぁ!!!」

 

 

アリアの二刀流の刀をほいほい避けながら話を続ける。

 

 

「最初はクールかと誰もが思うだろ? でも俺の第一印象で違うと確信できた。そう、膝蹴りを顔面にくらったあの時から!」

 

 

「まだ根に持っていたのあんた!?」

 

 

「いや、それはパンツを見た対価として許———あッ」

 

 

ガキュンッ!!

 

 

はい、撃たれました。血が出ましたが慣れてます。

 

 

「まぁこんな感じに照れ隠しに俺に攻撃する所とかツンデレだよな?」

 

 

「大樹さん? 額から凄い量の血が……」

 

 

「気にするな黒……エロウサギ」

 

 

「悪意見え見えですよ!? 最初で合っていますよ!? いい加減にしてくださいまし!」

 

 

スパンッ!!

 

 

はい、ハリセンで叩かれました。顔面直撃、やったね!

 

鼻の穴から血をドクドクと流れているが、続けよう。

 

 

「でも優子はツンデレじゃない。クーデレに近い方だと思う」

 

 

「クーデレ……つ、ツンデレよりいいわね……さすが大樹君! 分かっているじゃない!」

 

 

優子の判断基準は全く分からないが、気にしないでおこう。

 

そして、大樹は禁断の言葉を口にする。

 

 

「でも優子はアレだ———腐zyしぅはぁッ!?」

 

 

「だ・い・き・君? ちょっとお口をチャックしましょうね♡」

 

 

「は、ははッ……塞いでくれるのが邪気を放った拳じゃなくて優子の唇なら大歓迎だったのだが……」

 

 

大樹は冗談を言う余裕を見せているが、声が震えている。周りは大樹の言葉の意味を理解していないが、優子から怒気だけは伝わっていた。

 

 

「ゆ、優子さんがあんなに怒って……」

 

 

「大樹君! 優子に謝った方が良いと思うわよ!」

 

 

黒ウサギと真由美の言葉が聞こえるが、大樹は根性を見せた。

 

 

「それでもお前が好きだぁ!!!」

 

 

「今言う言葉じゃないでしょ!!!」

 

 

「ですよね!!」

 

 

バチンッ!!

 

 

「あふんッ!!」

 

 

涙目で優子にビンタされた。思わず変な声が出てしまう。

 

そのまま流されるように綺麗に回転して地面に倒れる。

 

 

「九点です。大樹さんが既に怪我をしてなければ十点でした」

 

 

ティナが変な採点をしているよ。フィギュアスケートちゃうよ?

 

 

「十点」

 

 

折紙ぃ……! 満点なのは嬉しいが、何で満点なのか分からねぇ……!

 

 

「七点。あたしなら手加減無しでグーで行くわ」

 

 

「八点。優子さんのツッコミにもっとキレが欲しいです」

 

 

「ちくわ大明神」

 

 

「ゼロ点。もう見飽きたわ」

 

 

アリア、黒ウサギ、真由美の順で採点された。酷い評価だ。……って

 

 

「「「「「誰だ今の」」」」」

 

 

「まぁ俺だけど。さて話を戻すが———」

 

 

ガスッ ガスッ ガスッ

 

 

踏んだり蹴ったり殴ったりだった。痛くないけど。というかこのノリに乗って来たお前たちに物申したいことがあるんだけど?

 

 

「———話を戻しますが、私は何でしょうか大樹さん?」

 

 

「俺の体を椅子代わりにしながら何聞いてるのティナ? 女王様なの? ドSなの? 真由美なの?」

 

 

「最後は私でも怒るわよ?」

 

 

ごめんなさい。

 

 

「ティナは即答できるぞ。自分でも分からないか?」

 

 

「え?」

 

 

 

 

 

「ロリ———うッ!」

 

 

 

 

そして、大樹は魂を刈り取られたかのように、その場に倒れた。

 

 

「「「「「えッ?」」」」」

 

 

戦慄した。大樹の背後には赤い瞳のティナが立っていたからだ。

 

アリアと黒ウサギ、そして折紙はこの状況を推測できていた。目にも止まらぬ速さで大樹の背後を取り、手刀で意識を奪った。

 

 

「どうやら大樹さんはまだ疲れているようですね」

 

 

「……そ、そうね!」

 

 

「や、やっぱりまだ疲れが取れていないのよ!」

 

 

どうやら優子と真由美も気付いたらしい。笑顔が引き攣っている。

 

大樹が言おうとしていた言葉。全員聞こえていたが、聞こえないフリをして通すことに決めた。

 

 

「まぁそんな攻撃で俺がやられるわけがないけどな!!」

 

 

(((((復活が早い……!?)))))

 

 

全身ボロボロだが、彼は普通に元気でした。

 

 

________________________

 

 

 

琴里を苛立たせるくらいの時間を使って移動してしまった。怒った顔も可愛いよ、ベイベー!

 

 

「たったこの距離を移動するのにどれだけ時間をかけているのかしら……!」

 

 

「馬鹿野郎。女の子とイチャイチャするのに距離も時間も関係ねぇんだよ。そこにイチャイチャできるチャンスがあるかどうかの話だ。もちろん、あればイチャイチャする」

 

 

「へぇ……そう……! そんなに死にたいのかしら……!?」

 

 

あらやだ大変! 今にも殺されそうな雰囲気だわ! 絶対に死なない自信しかないけど!

 

隣に居た士道がまぁまぁと言いながらなだめている。さすがお兄ちゃん。

 

 

「お前はホントに……ブレないよな」

 

 

「よお原田。検査全部終わったぞ。異常はないだろ?」

 

 

「異常が無いことが、異常なんだが」

 

 

「逆に考えろ。俺が風邪で寝込んだりしたらどう思う?」

 

 

「……ッ……異常だ……!?」

 

 

「だろ?」

 

 

(((((馬鹿だ……)))))

 

 

大樹と原田のやり取りに周りの目は冷たい。

 

うん、やめよう。誰も得しない世界は、閉ざすべきだ。コホンッと咳払いをして話を始める。

 

 

「それより俺を呼び出したのはアレか? 精霊か?」

 

 

「そうよ。モニターの映像が途中で切れたから詳しく聞かせて欲しいの」

 

 

楕円(だえん)の形に床が広がった部屋の正面。そこに様々な映像が映し出されている。

 

そこには必死に、健気に、勇ましくイケメン主人公のように蝶の様に舞い、蜂の様に刺す美しい戦闘を繰り広げた俺が映っている。映像は巨大な悪魔の咆哮が轟いた瞬間、切れてしまう。

 

 

「つまりそこから何があったか説明すればいいんだな。あの後は俺の勝利で終わった。以上」

 

 

「バッサリ切り捨て過ぎだろ!? 説明下手くそかよ!?」

 

 

「そうだな。違ったわ。超圧倒的に俺の勝利だった」

 

 

「ぶん殴るぞ!?」

 

 

ワーワー騒ぐ原田がうるさかったので正直に全てを話す。細かく丁寧に俺がカッコいいことまで説明した。ジト目で見られても気にしない。

 

当然、『ソロモン72柱』、『ファントム』についても話した。琴里や原田は信じられない様子だったが、折紙が一緒に証言してくれたので、疑われることはなかった。

 

 

「順番に聞こうか。まず原田。『ソロモン72柱』の存在は知っていたか?」

 

 

「当たり前だ。神たちの敵の集団だぞ。知らないわけがない」

 

 

「ソイツらはガルペスと関係性を持っていた。姫羅との戦いにも、奴らが関係していた」

 

 

「チッ……どうしてそんな敵が急に出て来た……」

 

 

原田は顎に手てながら舌打ちして、説明を続ける。

 

 

「……悪魔の召喚には『()()()ゴエティア』———『悪魔の辞典』が必要になる」

 

 

「『レメゲトン』と呼ばれる魔導書のことだろ? 本物ってどういうことだ?」

 

 

「もう察していると思うが、世界は星の数より存在している」

 

 

それは予想が付いていた。たった数個の世界を回った程度だが、もっと世界があることぐらいは分かっている。

 

 

「その世界の中で悪魔の召喚方法が書かれた書物も数え切れないくらいある。だけど、それは()()()()()()()でしかない」

 

 

「ッ……なるほどな。じゃあ、あの悪魔は……」

 

 

「全ての世界の中で最も災厄最強の悪魔軍団―――その一人の悪魔のはずだ」

 

 

大樹の額から汗が流れる。実際に戦って敵の強さを一番知っている体が恐れている。この汗は、焦りや恐怖で流れたモノだ。

 

ガルペスは、まだ力を隠している。それは俺に恐怖を与えるには十分だった。

 

あの時、圧倒していたという事実はあるが、隠している力がまだあるということは、何をするのか予測できないと同じ。また最悪な状況に落とされることもあると言うわけだ。

 

 

「だが解せないことがある。その本物の悪魔の召喚方法をどうやってガルペスは知ることができたのか……」

 

 

「話が進み過ぎよ。もっと分かりやすく説明しなさいよ」

 

 

その時、琴里の声が聞こえた。

 

実は先程から気になっていた。ソロモンについて口を滑らせていたのは俺だが、その点は色々と誤魔化せると思っていたからである。しかし、原田が話を進めていたのでおかしいと思っていた。琴里や士道が居るのに、こんな話をどうして続けるのか。

 

 

「悪い。詳しい事情はまた俺が説明する。大樹、協力関係を結んだ。精霊の情報はお前が一番欲しいだろう?」

 

 

「そりゃまぁ……でもよ」

 

 

「巻き込むとか迷惑とか……関係ないと俺は思う」

 

 

渋る俺に言って来たのは士道。以前の様に敬語などは使わない点は嬉しいが、今は嬉しくない。

 

 

「俺たちにできることがあるなら言って欲しい!」

 

 

「俺はお前らの命の恩人か何かなのか? 違うだろ。何でそこまで必死になる?」

 

 

「……お前らの敵は、俺の敵だから」

 

 

士道に言ったことがある言葉を繰り返された俺は驚く。

 

 

「俺も同じだ」

 

 

「士道……」

 

 

琴里も同意するように真剣な表情で見ていた。俺はフッと笑みを見せて、

 

 

ガシッ

 

 

士道の顔を、右手で掴んだ。そして力を入れる。

 

 

「いだだだだだだだぁ!!??」

 

 

「「「「「えぇ!?」」」」」

 

 

アイアンクロー、炸裂。士道が必死に抵抗するが俺の握力には勝てない。

 

そして握力から解放すると、士道は床を転げ回った。

 

 

「軽く力を入れただけでノックダウンだ。足手まといはいりません♪」

 

 

「感動な場面ぶち壊しかよ!?」

 

 

全員が驚愕する。この場面でこんなぶち壊しをするのは大樹ぐらいだろう。

 

大樹は溜め息をついた後、

 

 

「俺の隣に立とうなんて百年早いわ。後ろにずっと居ろ」

 

 

「ッ……それは」

 

 

「大体、そんな暇があるなら―――」

 

 

士道が反論しようとするが、大樹は妨げる。続く言葉は、

 

 

 

 

 

「———もっと前を目指せ」

 

 

 

 

 

「え……?」

 

 

士道の目が丸くなる。大樹の言葉の意味を理解できなかったからだ。

 

 

「自分で言うのもアレなんだが、俺はお前が思うよりずっと先にいる。待つことはできねぇ。だからお前がもっと前に来い」

 

 

「前に……」

 

 

「お前にも、守るたい人が居るんだろ?」

 

 

「ッ……」

 

 

「精霊を守って来たお前なら、これからも守れよ。守る為に、もっと前を行け」

 

 

大樹はニッと最高の笑みを見せながら、

 

 

「俺は余裕だからさ」

 

 

右手の親指を立てた。そして———

 

 

メキッ

 

 

―――その親指は、琴里の手によって折られた。

 

 

「ああああああああああああああああッ!!!」

 

 

「何カッコつけているのよ気持ち悪い。さすが変態大樹と呼ばれるだけあるわね。自分がカッコイイと思っているの? 妄想力なら一級品かしら?」

 

 

「心と指が同時に傷ついたああああああァァァ!!」

 

 

涙を流しながら転げ回る大樹。士道たちは何とも言えぬ光景に口を閉じていた。

 

 

「羨ましい! 私も司令に同時に攻められたい……!」

 

 

「あ、神無月(かんなづき)さん。出て行って、ドアを閉めて貰っていいですか?」

 

 

士道が何やら誰かと話していたが気にしない。俺はヨロヨロと立ち上がると、

 

 

「もしかして、女の子の好意って同情から来ているのかしら?」

 

 

「ごぶばはッがぎゃッ!?」

 

 

吐血した。大量の血が大樹の口から溢れ出した。

 

胸を抑えながら俺は現実に……いや違う! アリアたちはそんな風に思うわけが―――!

 

その時、琴里が俺の耳元で囁いた。

 

 

「—————」

 

 

「—————ぐはッ!!!」

 

 

「えぇ!? 何を言ったんだ琴里!? さっきの倍の量の血を吐いたぞ!?」

 

 

「別に。ただ真実を告げただけよ」

 

 

大樹は完全に沈黙。アリアたちは心配―――はしていないが、意識確認だけ一応する。

 

 

「ちょっと? まだ話が終わっていないからシャキッとしなさいッ」

 

 

「あ、アリア? ド突いちゃ駄目よ? というか吐血しているのに冷静なアタシたちって……大丈夫かしら……」

 

 

「優子さん。そこに触れてはいけません。黒ウサギたちはもう手遅れだと……」

 

 

「黒ウサギ。あなたも触れているわよ。私は大丈夫だからいいけど、あなたたちは」

 

 

「待ってください。真由美さんが一人だけ逃げようとしています」

 

 

「「「「じーっ」」」」

 

 

「……みんな大樹君のことが好きだから仕方ないわ!!」

 

 

「うっ……合っているけど……そ、そういうことを言いたいわけじゃないわよ」

 

 

「優子。これぐらいで恥ずかしがっていると、大樹君についていけないわよ?」

 

 

「ちょっとお待ちを! ただ真由美さんの精神が強いだけなのでは!? もっと簡単に黒ウサギたちは大樹さんが好きなだけであってこのくらいの恥じらいは———」

 

 

「やめろおおおおおおお!! 何だこのムズムズする会話はぁ!! 俺が一番恥ずかしいわ!!」

 

 

顔を真っ赤にした大樹が叫ぶ。女の子たちも頬が赤くなっているが、大樹が一番赤かった。

 

 

「もうみんな大好きだから! もういいでしょ!? 話はかなり脱線しているし、今は置いておこう!? な!?」

 

 

「それは勘違いじゃないかしら?」

 

 

「やめろ琴里ぃ!! いいかよく聞け! 俺の嫁は、俺の全部に惚れているんだよ! だからパンツを頭に被った程度で嫌われることもねぇし、間違って胸にダイブしても本気で怒られねぇんだよ!!」

 

 

「「「「「ちょっと待って!?」」」」」

 

 

「何勝手にあたしたちの気持ち代弁しているのよ!? 風穴開けるわよ!?」

 

 

「大体アタシたちはちゃんと怒るからね! 絶対許さないわよ!?」

 

 

「黒ウサギたちのこと全然分かっていないじゃないですか!?」

 

 

アリア、優子、黒ウサギが反論する。だが大樹の言葉は続く。

 

 

「照れ隠し、だろ?」

 

 

「みんなもう駄目よ。大樹君が完全に現実を見ていないわ」

 

 

真剣な表情で告げる真由美の言葉は、どんな現実よりも現実を見せる言葉だった。

 

目を覚まして欲しい。その一心でティナは大樹に抱き付く。

 

 

「戻って来てください大樹さん!」

 

 

「アッハッハッハッ、大好きだぞティナ!」

 

 

「……………」

 

 

「大変よ! ティナちゃんが大樹君に抱っこされてクルクル回されているわ! 親子みたいに!」

 

 

「目が死んでいるわよ!? 大丈夫なの!?」

 

 

優子と真由美が驚愕する。大樹が一方的に楽しんでいるようにしか見えない。

 

 

「そんな大樹も、私は好き」

 

 

「「「「「一人ズレてる!!」」」」」

 

 

折紙は、折紙だった。一体誰に似たの―――あッ(察し)

 

とても騒がしくなった。ずっとその光景を見ていた原田の目が誰よりも死んでいる。

 

そんな原田に一人の男が近づく。

 

 

「お茶をどうぞ」

 

 

「あ、どうも。……神無月さんでしたっけ?」

 

 

「はい。それにしても、羨ましいですね」

 

 

「ああ、大樹ですか? まぁモテているのは事実ですが———」

 

 

「私もあんなボロ雑巾みたいにリンチされ……! 司令! 私もあのようなことが―――!」

 

 

「レッドカード」

 

 

「———司令えええええええいぃ!! 慈悲をぉ!!」

 

 

体格の良いムキムキの男二人が神無月を連れて退場する。原田はお茶を飲んで一言。

 

 

「まともな奴がいねぇよこんちきしょうがあああああああァァァ!!」

 

 

その悲痛な叫びを聞いた士道は思う。少なくとも、俺はまともだと。

 

 

________________________

 

 

 

「んで、『ファントム』っていう面白い奴の話なんだが」

 

 

「「「「「面白い!?」」」」」

 

 

琴里と士道。そして【フラクシナス】のクルーたちが全員驚愕する。大樹の言葉を完全に疑っていた。

 

琴里は大樹の目の前まで走り、胸ぐらを掴んでガクガクと揺らした。脳が震える(物理)。

 

 

「どういう神経しているのよ!? 『ファントム』を面白いですって……!?」

 

 

「じゃあ愉快な奴だったよ」

 

 

「変わらないわよ!?」

 

 

「じゃあエロい恰好をしていたよ」

 

 

「嘘でしょ!? ノイズじゃなくて!?」

 

 

「「「「何だって!?」」」」

 

 

「今立った男共、後でお仕置きよ」

 

 

「「「そんなぁ!!」」」

「やったぁッ!!」

 

 

雇われているクルー、楽しそうな奴らだな。

 

とりあえず『エロ』に関しては嘘だと発表し、話を続ける。がっかりするなよ男たち。

 

まず何があったのか全て話した。やはり信じられないようだったので、

 

 

「お前たち、俺の様な規格外な存在がいる(イコール)ちょっとありえない俺の話は本当。これで理解できないか?」

 

 

全員が勢い良く首を縦に振った。フッ、その反応は慣れた。でも悲しいな。

 

 

「凄い……今まで受け付けなかったモノだったのに、急にスッと脳が受け付けて、何故か気持ちが良かった……」

 

 

「そりゃ良かったデスネー」

 

 

士道の言葉、心にチクッと来ます。

 

 

「私もよく使うわよ」

 

 

「使う? どういうことだ真由美?」

 

 

「非常事態な時、目を疑うようなモノを見た時、心が乱れた時……そんな時に大樹君を思うの」

 

 

何ということでしょう。真由美から心にグッと来る言葉を貰った。

 

 

「そうすれば落ち着くのよ……」

 

 

「真由美……!」

 

 

「そんなこと、大樹君と比べれば全部小さいことだから!」

 

 

はい、グサッと心に刺さりましたよ。知ってた。

 

 

「あ、黒ウサギもやったことあります」

 

 

「アタシもあるわね」

 

 

黒ウサギと優子も挙手しました。心にグサグサ刺さってもう泣きそう。

 

 

「グスッ……『ファントム』から話がズレているから戻していいか?」

 

 

「せっかく大樹が皆の為に自虐して納得させたのに……可哀想ね」

 

 

理解してくれたアリアの胸で泣く。抱き付いた時に邪念はなかった。ただ純粋に理解してくれたアリアが嬉しかったから。

 

 

「五年前の大火災の時、『ファントム』は琴里を精霊にしたんだ」

 

 

「おお……いきなり凄い話が来たな」

 

 

士道の説明に大樹は体をブルッと震わせる。大樹にも、あまり予想できないことだった。

 

顎に手を当てて大樹は思考する。

 

 

「……折紙も精霊の力を与えたのは『ファントム』だった。空間震も、精霊も、全部の元凶と見て間違いないようだな」

 

 

そして、自分で言ってて気付くのだ。

 

 

「あ、ソイツを逃しちゃったのか俺」

 

 

「とんでもない愚か者だなお前」

 

 

原田に言われてテヘッとウインクしながら可愛く反省して見た。周りから白い目で見られるけど、くじけない。

 

 

「まぁ『ファントム』がどういう奴かは理解したよ。何か逃してごめん」

 

 

「軽いなお前……」

 

 

何故だろう。責任感をあまり感じなかった。

 

とりあえず謎の『ファントム』についてはあまり話にできるようなことはない。よってこの話題はここで終わった。

 

 

「さて、今度はお前たちが話す番だろ? 大体聞いているが、確認の為に聞こうか?」

 

 

大樹が琴里に向かって問う。琴里は「そうね。そろそろあなたにも話さないとね」と言いながら頷く。

 

 

「どこまで知っているのかしら?」

 

 

「精霊を捕まえてアイドル育成をする辺りまで理解した」

 

 

「「「「「全然違う!?」」」」」

 

 

全員が声を揃えて驚愕した。

 

 

「待ってください司令! これは良い案なのでは!? よくある王道パターンじゃないですか!」

 

 

「駄目に決まっているでしょ中津川(なかつがわ)。そのパターンは画面の中でしかないわ」

 

 

何だろう。あの眼鏡をかけた中津川という人物、俺と仲良くなれそうな気がする。

 

 

「……………ぬるぽ」

 

 

「ガッ—————ハッ!?」

 

 

同類発見。

 

 

「まさか……あなたも……!?」

 

 

「俺と一緒に……アイツらを……立派なアイドルにしようじゃないか」

 

 

「ッ……ええ、そうですね……日本一……いや、世界一のアイドルに!」

 

 

ガシッ!!

 

 

俺たちは手を掴み取る。

 

 

「【次元を超える者(ディメンション・ブレイカー)】の名にかけて!」

 

 

「じっちゃんの名にかけて!」

 

 

「誰か。あの馬鹿共をここから落として来てちょうだい。どうせ死なないと思うから」

 

 

「司令ぃ!! 一人は確実に死にますよぉ! 私は普通に死にますよぉ!!」

 

 

俺が死なないことを遠回しに言うのをやめろよお前ら。

 

 

「私たちは精霊を助ける為の組織よ。知っていると思うけど、狂三と一緒に会っていた時に襲われたでしょ?」

 

 

「馬鹿!? それは———!?」

 

 

琴里の言葉に俺は顔を真っ青にする。止めに入るのが遅すぎる。

 

 

「へぇ……それって密会じゃないかしら……?」

 

 

「違う。全然違う。ホント違う。マジで違うから」

 

 

全力で否定した。

 

アリアだけじゃない。優子たちからも疑いの視線がぶつけられる。

 

 

「優子! 俺は被害者だ! 俺は悪くねぇ!」

 

 

「犯罪者はみんなそう言うのよ」

 

 

「黒ウサギ! 無実なんだ!」

 

 

「犯罪者の方たちは、全員そう言うのです」

 

 

「真由美! これは何かの間違いなんだ!」

 

 

「犯罪者は全員、そう言い訳するのよ」

 

 

「ティナ! 俺……犯罪者、に見えるかな……!」

 

 

「せめて私まで泣かずに持ち堪えてください!? 心が折れた後に同じこと言えませんよ!?」

 

 

途中で心が折れてしまった大樹を見て珍しくティナが動揺していた。

 

 

「話を続けるわよ。精霊の救い方だけど、私のお兄ちゃん、士道がいなければできないことなの」

 

 

「この流れの元凶はお前だろ……」

 

 

涙を溜めた目で琴里を睨む大樹。琴里は気にせず話を続けた。

 

 

「元々、精霊の対処法は一つ。ASTがやっている戦力をぶつけて殲滅する方法」

 

 

「それは知っている。弱かったけどな!」

 

 

「何でドヤ顔で言ってんだ?」

 

 

原田に指摘されるが無視する。勝利こそ、我が正義なりぃ!

 

 

「でも私たちは違う」

 

 

「士道をどうするんだ? エサにして精霊を(おび)き出すとか?」

 

 

「いや釣りじゃないから!?」

 

 

士道にツッコミを入れられる。そもそも精霊を釣るとか危ないだろ。アレは一般人なら一瞬で死ぬよ。瞬殺(しゅんさつ)だわ。しゅんころされちゃう。

 

 

「じゃあどう使うんだ?」

 

 

「その前に俺は物じゃないからな? 聞いている?」

 

 

全く士道の方を見らずに琴里を見る。琴里は得意げに告げる。

 

 

「精霊に―――恋をさせるの」

 

 

……………。

 

 

「待て、俺は絶対に協力しないからな」

 

 

「何勘違いしているのよ気持ち悪い。その為の士道よ」

 

 

「なるほど、理解した」

 

 

「「「「「えぇ!?」」」」」

 

 

あまりの順応の速さに周りは驚愕する。原田たちはポカンッと口を開けて聞いているのに、大樹はすぐに理解したのだ。

 

 

「い、今の理解したのか?」

 

 

「まぁな。ちょっと違うと思っていたからな」

 

 

「違う?」

 

 

「ああ、大きくなった士道から不思議な力を感じる。多分、士道に精霊の力を奪う能力があるとか……だろ?」

 

 

大樹の推測に琴里は目をまん丸くした。

 

 

「……驚いたわ。(おおむ)ね、合っているわ。士道は唯一精霊の霊力を抑えることができるのよ。例外はあるようだけど」

 

 

例外とは折紙の霊力封印に関してだろう。俺の存在は既に、常識の枠に当てはめることなど不可能なのだ!

 

 

「フッフッフッ、我が名はダイキ! この世に悪がいる限り、真実は、いつも一つ!」

 

 

「どういう意味だよ。いろいろ混ざり過ぎだろオイ」

 

 

大樹のボケと原田のツッコミを無視して話は進む。

 

 

「デートして精霊をデレさせることで、封印ができるのよ」

 

 

「ファッ!? 精霊の対処法にそんな素晴らしい方法が!? ならば急がなければ! 俺のスーパァー恋愛テクニックなら精霊なんて一発でメロメロにできる! そのまま熱い夜まで―――痛い痛い!? 嘘ですごめんなさい!! 冗談です!」

 

 

「士道限定よ、童貞」

 

 

「心も体もボロボロだよぉ!!」

 

 

「えげつねぇ光景だ……本当に大樹死ぬぞこれ……!?」

 

 

しかし、大樹の存在は無視して進む。

 

 

「十香、四糸乃、耶倶矢と夕弦。そしてあたしを含めて五人とも精霊よ」

 

 

「う、うぅ……狂三と七罪、元精霊だった折紙も含めたら八人か。結構多いな」

 

 

床を這いながら大樹は答える。体力がゼロのようですが、死んでいません。これが瀕死状態かと原田は戦慄して見ていた。

 

 

「……確認されている精霊を含めるなら、もう一人いるわ」

 

 

その言葉に大樹が眉を(ひそ)めた。

 

 

「あなたたちが探している精霊―――【ライトニング】もね」

 

 

「……情報提供はいくらだ?」

 

 

「あら? いくらまで出してくれるのかしら? 一億かしら?」

 

 

真面目な顔をした大樹がおかしかったのか、琴里が冗談で聞く。

 

 

「いや、十兆までなら出せると思う」

 

 

「「「「「チョウッ!?」」」」」

 

 

大樹の言葉に全員が目を見開いて驚愕した。

 

 

「国が二個三個、大変なことになるが……美琴の為だ。仕方ない、犠牲になってもらう」

 

 

「何をしようとしてんだお前!? お前の言葉マジで洒落にならないからやめろ!!」

 

 

「だって琴里ちゃんがお小遣い欲しいって……おじちゃん、頑張らないと!」

 

 

「お小遣いの限度じゃねぇよ!? 国が滅び傾くレベルじゃねぇか! 親戚のおじちゃんでも二千円くらいしかやらねぇよ!?」

 

 

「タダでいいわよ!? 元々教えるつもりだったから!」

 

 

最初からそう言えよー。まぁ半分冗談だけどな。

 

 

「【ライトニング】の出現回数は合計四回。どうにか士道とコンタクトを取りたかったけど、放り込んだら丸焦げになって帰って来そうだし、もたもたしていたらすぐにASTにバレそうだったからまだ関わっていないわ。彼女の情報はほぼ不明と言っていいわね」

 

 

「名前は御坂 美琴。俺たちのことを覚えていないから今は記憶喪失だ。あの電撃は精霊の力じゃないと思う。言ってなかったが『ファントム』が言うには美琴を精霊にした覚えはないと言った。狂三も、霊力を感じないと言っていたしな。新たな『ソロモン72柱』も出たからその線も残しつつ、ガルペスとの繋がりを視野に入れれば―――」

 

 

この男、不明と言ったそばから詳しく話し始める非常に失礼な奴である。

 

 

「———むぅ、確かに。あまり分からないな」

 

 

「「「「「嘘つけ!?」」」」」

 

 

「うえッ!? 何でみんな怒っているの!?」

 

 

自覚していない悪意は、性質が悪い。周りはそれ以上、大樹を責めなかった。

 

困惑しながら大樹は話を続ける。

 

 

「え、えっと……とにかくだ! 美琴が現れたら俺が何とかする!」

 

 

「その前に確認しなきゃいけないことがあるの」

 

 

何もまとまっていないのに、とりあえず方針は決まったような雰囲気を誤魔化し出しながら俺はグッジョブすると、琴里に止められた。この俺が、ゴリ押しができない……!? おのれぇ!!

 

 

「精霊の力を封印したのは、本当なの?」

 

 

「正確には『ファントム』が勝手に折紙に錠をして俺の中に鍵を隠した、が正しい」

 

 

「でも封印はしたのでしょ?」

 

 

「でも自分では制御できない」

 

 

「……他の精霊の封印は?」

 

 

「できるなら、七罪の霊力を封印しているのだが?」

 

 

「「……………」」

 

 

数秒、琴里と大樹が真剣な目で見つめ合っていた。瞬間、部屋に緊張した空気に包まれる。

 

最初に動いたのは、琴里だった。

 

 

「そう———役立たずね」

 

 

「馬鹿なぁッ!!??」

 

 

琴里の言葉に大樹は吐血した。あの緊迫した空気はどこへ行ったのやら。

 

 

「この俺がッ……役立たずッ……だと!? 料理洗濯、家事の仕事は完璧にこなし、仕事、政治から雑務まで全てをやって来た俺がッ!? 医学から歴史、世界の言葉を完璧に記憶できるこんの俺が……戦闘力は測定不能、神すら越えたこの俺がぁ……超絶美少女の嫁を持ったこの俺がぁぁ……どこが役立たずだとおおおおおおおおォォォ!!??」

 

 

(無理。これ聞いた後に、アイツのこと『役立たず』とか絶対言えない。どう頑張っても言えない)

 

 

今一度、原田と女の子たちは大樹の過去を振り返って見る。そして頷く。役立たず、言えないと。ただ馬鹿な奴は言えそうだった。

 

 

「まず『ファントム』の言葉に信憑性が無いわ。『ファントム』が人を精霊にすることができるのは確実。でも、【ライトニング】が精霊じゃないと言い切れないわ」

 

 

「……理由は?」

 

 

「全ての精霊が、『ファントム』の仕業と決定できる証明がないからよ」

 

 

……なるほどな。第三者の可能性、それから別の可能性か。

 

折紙と琴里は『ファントム』に精霊にされたと自分で分かっている。だけど、話に出て来た十香と呼ばれた少女たちは、『ファントム』の仕業だと断定できていないはずだ。もし、できているなら、琴里はそんなことを言う必要が無い。

 

謎が多い存在に、俺の推測だけでは足りない。

 

 

「レーダーにはしっかりと彼女から霊力が探知できている。データは四回とも、算出してある」

 

 

令音の付け加えに俺は少し考え、今度はこちらが問いかける。

 

 

「……じゃあ、お前たちはどうするつもりだ?」

 

 

「もちろん、いつも通り士道を使って精霊を救うわ」

 

 

その瞬間、空気が凍り付いた。

 

 

 

 

 

「———あ?」

 

 

 

 

 

聞いたことのない低い声での威圧。全員が息を飲み、体を震わせた。

 

体に風穴が開くような鋭い睨み。百獣の王でも逃げ出すレベルの恐ろしさだ。

 

その視線を向けられた琴里は、今にも泣き出しそうな表情だった。

 

 

「それは……士道が美琴とデートしてデレさせるってことだろ? おい、ふざけんなよオイ……」

 

 

「お、落ち着け大樹!?」

 

 

焦った原田が大樹を止めようとした瞬間、

 

 

ドンッ!!

 

 

 

 

 

「頼むからそれだけはやめてくれええええええェェェ!!!」

 

 

 

 

 

―――大樹は、土下座した。

 

 

「「「「「ええええええええええええェェェェェェ!!??」」」」」

 

 

完全に予想と違う展開になった。周りの人たちは声を上げて驚くことしかできなかった。

 

 

「嫌だぁ!! それだけは嫌だぁ!!」

 

 

「泣くなよ!? 今のキレる流れじゃないのかよ!? 舐めてんのかお前!? カッコ悪いぞ!?」

 

 

「美琴は……お前らなんかに……絶対に渡さねぇッ!!!」

 

 

「額を床に擦りつけながら言うセリフじゃねぇよ!?」

 

 

「要求は何だ!? 金か!? 世界の半分か!? 今なら月の所有権まで与えてやる!」

 

 

「規模がさっきよりデカイだろ!?」

 

 

「もし……それでもお前らが決行するなら———!」

 

 

土下座していた大樹が立ち上がる。そして、彼は笑顔で告げる。

 

 

 

 

 

「———冗談抜きで、世界を滅ぼす☆」

 

 

 

 

 

中指を立てながら、恐ろしいことを口にした。

 

この日、【フラクシナス】の人間たちは思い知った。

 

人類が恐怖するのは空間震でもなく、精霊でもなく、神でもない。

 

 

―――この男だということを。

 

 

________________________

 

 

 

 

「とりあえず、今日からここで世話になることになった」

 

 

「嘘でしょ……」

 

 

告げられた言葉に、七罪は顔色を悪くした。フッ、安心しろ。

 

 

「すぐに他の精霊と仲良くなるさ。それに友達なら、俺が居るだろ?」

 

 

「………………………………………………………そうね」

 

 

「さすがに泣くぞ?」

 

 

今日は泣き過ぎている。精神フルボッコされたせいで今、俺の心は脆いぞ。

 

ここは【フラクシナス】の部屋の一室。精霊の力を封印できてない彼女を下に降ろすことは危険だと琴里は判断し、ここに住まわせる予定だと言っていた。士道が七罪(コイツ)をデレさせるとか無理だろうな。

 

今は俺の神の力を秘めさせたペンダントを付けている。これで霊力を無力化できているので、これなら空に居ても七罪は見つからないだろう。

 

 

「あまり大樹をいじめない方がいいぞ。今日は、俺もさすがに同情したからな」

 

 

三分経ったカップ麺を三つ、テーブルの上に置きながら苦笑する原田。

 

 

「テメェの同情なんかいらねぇよ。麺伸びろカス」

 

 

「汁ぶっかけるぞゴミ」

 

 

「……仲が良いのか悪いのか、分からないわねアンタたち……」

 

 

「「仲良しだ、よぉッ!!」」

 

 

ゴスッ!!

 

 

「殴りながら言われても信じれないわよ!?」

 

 

死ね死ねオラオラ! 死ね死ねオラオラ!

 

原田と右手だけで死闘を繰り広げながらカップ麺を食べる。七罪は嫌な顔で食べていた。

 

 

「というかお前ッ、くッ、女の子達の部屋に行けよ!」

 

 

「ごめんな? ラブラブなところ邪魔しちゃって」

 

 

「「なッ!?」」

 

 

原田と七罪の顔が赤くなる。そして原田の攻撃速度が上昇する。

 

 

「しばくぞテメェ!!」

 

 

「……さっき美琴のことを言い過ぎてせいで、機嫌が斜めになったぽい」

 

 

「「あッ(察し)」」

 

 

「……俺は廊下で寝させられても、嫁たちを愛している」

 

 

「お前の愛、ホントすげぇな!? 気持ち悪い通り越して尊敬するぞ!?」

 

 

カップ麺を食べ終えると、俺はグッと背と腕を伸ばす。

 

 

「うー、ッし! それじゃあ俺はやることがあるからここらでドロン!」

 

 

「おっさんか」

 

 

大樹はご機嫌に笑いながら部屋を出て行く。その様子を原田は不安な表情で見ていたのを、七罪は見逃さなかった。

 

 

________________________

 

 

 

 

「あーちきしょう。ホント、だらしねぇな俺」

 

 

誰もいないトイレの洗面所。大樹は水を出したまま、鏡を見ていた。

 

自分の顔―――正確には目を見ていた。

 

大樹は恐る恐る、右手で右目を隠す。

 

 

「ッ……ふぅ」

 

 

―――何も、見えない。

 

 

突然の失明に大樹は驚いたが、不思議と焦りはしなかった。

 

左奥歯の歯が一つ、抜け落ちている。寝ている間に落ちた―――の、飲みこんでも大丈夫だよね? 出るよね?

 

 

「———老化だろうな」

 

 

自分の体のことは、自分が一番よく分かっていた。

 

神の力の代償なのだろうか。俺の体は、衰え、老いている。

 

多くの死を乗り越え、無茶をして、限界を何度もぶち破って来た。そのツケが回って来たのかもしれない。

 

 

(体力が落ちているわけじゃない。ただ、ボロボロになっている感覚は分かる)

 

 

この体が若さを保っていられるのは、恐らく頭の中に埋め込まれた弾丸。シャーロックのおかげだろう。

 

色金の力を使えば、シャーロックのように外見の若さを保つことができる。しかし、視力などは無理だ。

 

そう見えないから忘れそうになるが、アイツは盲目の男。俺は片眼だから良いが、アイツのように、全てを見通すことなんて……化け物みたいなことは絶対にできねぇ。

 

 

(……正直に真実を話したいが、これだけは無理かな)

 

 

水を止めて大樹は深呼吸する。部屋に戻って休もうと考える。その時、

 

 

ウウウウウゥゥゥ―――――!!!

 

 

空間震警報が、響き渡った。

 

 

「はぁ……休憩はないのか休憩は? ブラックじゃねぇかよここ」

 

 

疲れた顔をした大樹は溜め息をつく。

 

しかし、次の瞬間、笑みを見せながら司令室を目指し走り出した。

 

 

「ま、大好きな人の為なら年中無休働いてやりますよッ」

 

 

 





シャド〇バースネタ。

【 大 樹 】 コスト? 100/100


・QB

大樹「ヘッ、鈍いなッ!」(1コス疾走)

原田「お前の様なQBが居てたまるか」


・海底都市王・乙姫

乙姫「タイやヒラメが舞い踊る♪」
大樹「乙姫様を全力でお守りします!!」(守護)

原田「お前の様な奴が四体も居てたまるか」


・1ターンキル

1ターン目 先行

大樹「へッ、鈍いなッ! 遅え!」

ドゴンッ!!

敵ライフ -80

原田「遅いも何も、どうすりゃいいんだよ」


・進化

『敵のフォロワー全消滅』

原田「チートだろ」


・冥府

大樹「ちょっと相手の墓地破壊してくる……!」

原田(冥府使い嫌いなのか……)


・陽光大樹

大樹「かかってこい」

原田「エクスキューション」

大樹「うべぇ!?」


・光輝ドラゴン

光輝ドラゴン「争いが無益だと何故分からぬ!」

大樹「俺に勝てるわけがないと何故分からない?」

光輝ドラゴン「!?」

原田「やめろ」


・リーダー

【ヒューマン】 ダイキ

ぶっ壊れカードが多い。アポカリプスデッキより強い。


原田「勝てる気がしねぇわ」

大樹「俺は、全てを救う!」

原田「セリフいらんわやめろ」

大樹「あとで覚えてろよ……!」

原田「負けセリフが酷い」


・不屈の兵士

不屈の兵士「祖国のために!」

大樹「嫁のために!」

『自分の場に嫁が出るたび、自分の能力を二倍にする』

不屈の兵士「!?」

原田「いい加減にしろ」


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笑顔の強さ

今回の話の構成。


一割のシリアス



七割のギャグ



二割のシリアスだが微ギャグ有り


何故こうも統一できないのか、分かりません。


———楢原 大樹は走っていた。

 

 

ゴオォッ!!

 

 

その速度は音速越え、跳躍するとコンクリートの地面が砕け散った。右手と左手に握り絞めた二本の刀と共に空へと飛翔する。

 

 

バチバチッ!! ドゴオオオオオオオオォォォ!!

 

 

刹那———紅い閃光が大樹の視界を奪った。目に鋭い痛みが襲い掛かり、舌打ちをして刀を振るった。

 

 

ガチガチガチガチンッ!!

 

 

大樹に襲い掛かった紅い電撃を刀で弾き飛ばす。一瞬で六発の電撃を撃ち落すことに成功する。

 

一瞬の隙。弾き落とした後、大樹は足に力を入れて空気を蹴り飛ばした。

 

高層ビルの窓を全て割ってしまう暴風を生み出す程の脚力。大樹の体はさらに加速した。

 

 

「うおおおおおおォォォォ!!」

 

 

バチバチッ!!

 

 

先程の電撃よりも激しい閃光が空で瞬く。放たれた電撃の数は千を越えた。

 

秒間十数発の電撃が襲い掛かっている中、大樹は突き抜ける。自分の体に当たる最低限の電撃だけを刀で弾き飛ばす。

 

目標に近づけば近づく程、電撃の猛攻が激しくなる。秒間二十、三十、四十と電撃の数が増える。

 

 

バチンッ!!

 

 

「くッ!!」

 

 

左の肩に掠っただけで血が出るより先に肉を黒く焦がした。鋭い痛みに顔を歪めるが、体は止まらない。

 

あと少し。もう少し。手を伸ばせ、限界まで伸ばせ!

 

 

「———美琴ッ!!!」

 

 

愛する人の手を掴むまで、諦めるな!!

 

 

『ッ!』

 

 

大樹の言葉に体を震わせたのは空に浮いた少女だった。青白いドレスのような衣装を身に纏った少女の周りには、紅い電撃がバチバチと威嚇するように雷が走っていた。

 

 

バチバチバチバチッ!!

 

 

紅い雷は大樹が美琴に近づくことを許さない。ついに秒間百を超える電撃の槍が尽くことなく無限に射出される。

 

 

「【神刀姫】!!」

 

 

しかし、()()()同じ手を食らう大樹ではない。左手に握り絞めていた刀を宙に投げて大樹が叫ぶ。その瞬間、放り投げた刀の数が万を超える。

 

刀の超多数複製。神の力がある限り、こちらも永久に刀を生み出し飛ばすことができるのだ。

 

 

「今度こそ……!」

 

 

増幅した刀が飛ばされると同時に美琴の元へと向かう。

 

刀が電撃と相殺している間に、俺は最後の一手【秩序支配神の世界翼(システムルーラー・ワールドフリューゲル)】の発動準備を―――!?

 

 

バチバチガシャアアアアアァァァンッ!!

 

 

最悪を知らせる音―――落雷が響き渡った。

 

耳を(つんざ)くような雷鳴に大樹は歯を食い縛る。悔しい思いを、噛み締めるように。

 

電撃が空を埋め尽くし、美琴の周囲に展開した電撃が激しくなる。そして次の瞬間、

 

 

ガガァドゴオオオオオンッ!!!

 

 

街を破壊する、巨大な雷が最後に轟いた。

 

 

 

________________________

 

 

 

 

【フラクシナス】の医務室。そこには左肩に包帯を巻き、不機嫌な顔をした大樹がベッドに座っていた。

 

大樹と一緒に居るのはティナと優子。二人は不安な表情で大樹を見ていた。

 

 

「大樹君……」

 

 

優子に声をかけられた大樹はハッとなり、すぐに笑みを見せる。

 

 

「どうした?」

 

 

だが彼女たちにとって、その無理に作られた笑みは心を痛めてしまう。

 

言葉に詰まりそうになるが、優子は話す。

 

 

「す、少し無理をし過ぎよ。それに最近ずっと寝れてないって聞いたわ」

 

 

「私も聞きました。今日はもうゆっくり寝た方が良いです」

 

 

優子とティナがそう勧める。

 

いつもの大樹なら適当に誤魔化して休もうとしないだろう。

 

 

「別に疲れてはいないけど……そうだな。寝させて貰おうかな」

 

 

いつもと同じじゃないから、彼女たちは不安になるのだ。

 

大樹はそう言って、ベッドの上に横になり睡眠を取り始める。寝息が聞こえるのは早かった。

 

優子は眠った大樹の頭を優しく撫でながら話し始める。

 

 

「……今回で、何回目の挑戦だったのかしら?」

 

 

「……七回目です」

 

 

「ッ……そう」

 

 

ティナの答えに優子は一瞬、動きを止める。

 

あれから()()()の時間が過ぎたと再び認識すると、優子はまた大樹の頭を撫で始めた。

 

 

________________________

 

 

 

「気が付けば両隣に優子とティナが寝ていた。幸せ過ぎて疲れが吹っ飛ぶわ」

 

 

起床後から三秒で状況を理解し独り言を呟いた。俺がTw〇tterをやっていたら炎上するな。俺が死ぬ前にやっていた時、フォロワーの数は三桁だったけど……うん少ないな。炎上するのかこれ?

 

美少女に両腕を抱き付かれた状態で二度寝はできない。俺は起きたまま状況を頭の中で整理する。

 

あの折紙が精霊になった事件の後に起きた空間震は【ライトニング】———美琴が起こしたモノだった。

 

すぐに俺は美琴を取り戻す為に【フラクシナス】を飛び出し向かうが、失敗に終わった。

 

美琴を守るように周囲に走った紅い電撃が俺の邪魔をするのだ。もうしつこい。ホントしつこい。ロ〇ット団並みに根性あるわあの電撃。やなかんじ~。

 

この最強無敵無双王者の俺でさえ、苦戦し容易に突破できない程の激しさ。しかし、電撃の猛攻は神の力を()()()使えば簡単に消し、突破することはできるだろう。

 

 

(―――街が半分がぶっ壊れてもいいなら、の話だが)

 

 

……いや冗談とかじゃなくてだな? おいそこ、笑うな。マジで困ってんだ。ホント困ってんだ。

 

電撃の猛攻に耐えることは容易なんだ。突破が困難になるのは、あの電撃が()()()()()()()からだ。どうやらあの電撃、何かしらの特殊な力が働いているわけではない―――つまり神の力が通じていない自然現象に近い電撃のようだ。よって刀で叩き落とす物理攻撃か、他の攻撃で相殺するしかできないのだ。

 

それに敵なら気にせず思いっ切り突っ込んでそのまま衝撃を与えるが、美琴に突っ込むなら話は違う。ダメージを与えるなんて論外。いやらしい気持ちで女の子の胸に飛び込む感覚とは全く違うのだ。

 

……知っての通り、俺は最強だ。

 

そんな俺だが、最強過ぎて最近困っている。

 

 

―――力加減、ちょっと難しくなってしまった。

 

 

今までやっていた軽い攻撃に殺傷力が十分あるようになってしまった。美琴と戦っている途中、それに気付いて驚愕した。

 

美琴との戦闘を繰り返すうちに、さらに俺は強くなってしまった。今どのくらい俺は最強なんだろう? 最強の上の上の上の辺りか? どんだけ最強なんだよッ。

 

もう一つ報告することがある。美琴が現れる回数がここに来て多くなった理由は分からないが、先程の戦いも数に合わせれば七回目だ。……ああそうだよ、七回も失敗したよ。文句あんのかゴラァ!?

 

手加減しながら戦うの超難しいから! 分かる!? いや普通の人には分からねぇよ!!

 

……変なキレ方をしてしまった。申し訳ない。でも苦戦を強いられているのは理解して欲しい。

 

一ヶ月も戦っているが進展はなし。美琴の手に触ることさえできていない。【秩序支配神の世界翼(システムルーラー・ワールドフリューゲル)】の範囲に入れば勝ちなのだが、それすら届かない。

 

……さすがに七回も戦闘を繰り返せば不自然なくらい気付く。三回目から気付いていたが、それでも美琴を助けることができなかった。

 

美琴の背後に奴がいることは分かっている。俺がここまで手玉に取られているんだから間違いないと確信して良い。

 

 

(……【フラクシナス】が協力してくれるのは助かる。ASTには邪魔されるけど)

 

 

琴里たちのサポートがあるおかげで迅速に対応できるようになった。四回目からはASTが来る前に美琴が逃げさせてしまうくらい追い詰めることができた! ASTざまぁ!! そして俺だせぇ!!

 

 

(……それにしても柔らけぇ)

 

 

考えることに集中している理由は結局コレだよ。意識しないように頑張っていたけど無理。男の本能は抑えれることができねぇ。

 

女の子特有の良い匂いが俺の鼻孔を刺激する。心臓がドクドクと鼓動を早める。

 

目を開ければ無防備になった可愛い女の子の寝顔。ヤバい。

 

目を閉じて考えれば鼻に意識が移る。ヤバい。

 

息を止めて何も考えず寝ようとすると、今度は腕に当たる柔らかい感触を意識してしまう。ヤバい。あと呼吸ができないと死ぬ。

 

詰んでる。どう回避すればいいのか分からない。

 

 

(いや違うだろ!!)

 

 

何故回避する必要がある!? この状況を喜んで受け入れるのが普通だろう!

 

理性? モラル? 抑制? ナニソレ美味しいの?

 

俺は漫画やアニメの主人公のように「うわぁ! ご、ごめん!」とヒロインの裸を見ても謝る姿は似合わねぇ!

 

そう……正直に生きるのだ。俺はこの状況を楽しみたい欲望があるのだ!

 

隣で無防備に寝ているなら、その胸や尻を触ることぐらい―――あッ。

 

 

(両腕、塞がってんじゃん……)

 

 

……………あ、冷静になって考えて見れば無理だわ。触れない。無理無理。全部嘘。そんな外道、俺には不可能だ。

 

 

「……フッ」

 

 

―――よし、寝るか。

 

 

 

________________________

 

 

 

次に起きた時は頭にチョップされた。どうやら俺が優子とティナと一緒に寝ていたことを怒っていたので、「じゃあ今日は俺とアリアで熱い夜を過ごすか?」と言ったらアリアに撃たれた。その後は全員に蹴られた。酷い。

 

 

「………それで逃げて来たのですか?」

 

 

「イエス、キリスト」

 

 

怯えた様子で聞いてきた四糸乃に笑顔で答える。すると四糸乃(よしの)は一歩後ろに下がった。何で?

 

俺は今、士道に霊力を封印された元精霊さんたちと会話していた。

 

大樹の呆れた理由に耶倶矢(かぐや)がジト目で尋ねる。

 

 

「……貴様は恥を持っていないのか?」

 

 

「そんなモノ、最強の人間に必要ないと思うぞ」

 

 

「否定。絶対に必要です」

 

 

俺の言葉を全力で否定する夕弦(ゆづる)。みんな俺に厳しくない?

 

気を取り直して右手で右目を隠しながら黒い笑みを見せる。

 

 

「クックックッ、我が邪悪なる化身にあるのは破壊と言う名の黒き感情のみ。この身は破滅を導く仮の姿に過ぎぬわ……!」

 

 

『えっと大樹君? みんなドン引きだから止めた方が良いと思うよ?』

 

 

四糸乃のパペット———よしのんが真面目な雰囲気で言う。アカン。もう最近の俺、アカン!

 

 

「ッ……!」

 

 

いや、違う。若干一名、俺に期待の眼差しが向けられた。耶倶矢さん? どうした? 目がめっちゃキラキラしているんだけど?

 

 

「制止。耶倶矢、これは———」

 

 

夕弦が耶倶矢に何かを言おうとするが、その前に耶倶矢が俺に言い寄って来た。

 

 

「詳しく! 経緯を詳しく!?」

 

 

「はい落ち着いて。深呼吸してー、そうだ。まず落ち着こう。そして夕弦さん。彼女はこういう人なのですか?」

 

 

「肯定。違います」

 

 

「うっし、肯定したな。最初に肯定したな。最後は嘘だな」

 

 

とりあえず俺の中二発言に期待してしまった耶倶矢を落ち着かせよう。俺ができる能力はたくさんある。

 

ギフトカードから刀をゆっくりと取り出し、決める。

 

 

「俺の愛刀が血に飢えているぜ……どうだ、恐ろしいだろ?」

 

 

「……………」

 

 

ん? 耶倶矢さん、リアクションがいまいちみたいな顔をしていますね。

 

 

『んー、よしのんたちの方が凄いの出せるからねー』

 

 

精霊、マジパネェ。

 

急いで俺は咳払いして改めて決める。

 

 

「俺の愛犬が肉を求めていてな……どうだ、恐ろしいだろ?」

 

 

ギフトカードから現れた一匹の黒い犬———ジャコ。

 

しかし、ジャコは思いっ切り大樹の手に噛みついていた。

 

 

「「「……………」」」

 

 

再び微妙な空気が流れる。お前ふざけんなよクソ犬。台無しじゃねぇか。

 

さすがにクソ犬を殴ってギフトカードに戻すと俺の評価がダダ下がりするので大人しくギフトカードにジャコを戻す。でも、後で覚えておけよ。絶対許さん。

 

だが次は大丈夫! これには自信がある!

 

 

「———【悪神の真紅(クリムゾン・アジ・ダカーハ)】!!」

 

 

大樹が叫んだ瞬間、真紅の布地がマントのように羽織られる。その姿に耶倶矢の目が輝く。

 

その期待に応える為に俺は力を見せる。

 

 

バサッ!!

 

 

真紅の布地が悪魔の翼のように形作り広がる。これには大樹も満足し、ドヤ顔で決める。

 

 

「―――我が屍の上こそ正義であるッ!!』」

 

 

アジ=ダカーハのセリフ、丸パクリである。

 

 

そんな最低なことを知らない耶倶矢は感情を高ぶらせていた。

 

 

「み、見て夕弦! 超カッコイイ!」

 

 

「困惑。夕弦には少し理解できませんが、耶倶矢がそう思うならそうなのでしょう」

 

 

耶倶矢が喜んでくれたことに俺も嬉しく感じる。

 

さらに【神刀姫】を空中にいくつか展開させて自分の周囲を守るように回転させる。

 

さらにさらに、右手に【神銃姫・炎雷(ホノイカヅチ)】を握り絞めて最強の雰囲気を纏う。

 

 

「これが、俺の力だ……!」

 

 

そして―――全員が部屋の隅まで移動していることに気付いた。

 

……今度はどういうことかな!?

 

 

「理解。夕弦たちは凄い事が分かりました」

 

 

「そ、そうだな! かか、我が力と同等と見た!」

 

 

「ッ……ご、ごめんなさいッ……!」

 

 

『とりあえず落ち着いてくれるとよしのん的には嬉しいかな?』

 

 

完全に怯えさせる結果になったんだけど。申し訳ない。

 

恩恵を全て消して頭を下げる。反省の意を見せると、精霊たちは慌てて慰めてくれた。優しい。

 

全員が落ち着いたその後、今度は精霊から情報を掴もうと聞き込みを開始するが、どれも琴里から聞いたことばかり。収穫は特になかった。

 

そして、また俺の話題へと変わる。

 

 

「恋人の作り方?」

 

 

「くく……何人もの女子を落として来た浮気者の恋愛術は凄いと聞く。少しくらい気になるのも当然」

 

 

「疑念。少しではなく、凄くだと思います」

 

 

「ち、違うし! 少しだけだし! ほんの少しだけだし!」

 

 

「その前に俺のことを浮気者と言った奴を教えろ。ぶっ殺すから」

 

 

俺の言葉は聞いていないのか二人は言い合いを始める。

 

俺が手で頭を抑えていると、四糸乃が手を挙げる。

 

 

「私も、聞きたいです……」

 

 

『よしのんも知りたいなぁ』

 

 

……ふ、ふーん! そんなに聞きたいなら言ってやるよ! でも一つ、ちゃんと理解して欲しいことがある。

 

 

「俺は浮気しているわけじゃない。全員愛している。そのことを覚えて欲しい」

 

 

「う、うん……?」

 

 

耶倶矢が微妙な表情で頷く。理解してくれて嬉しいよ。

 

俺は腕を組み話を始める。

 

 

「……………」

 

 

話を、始める。

 

 

「……………」

 

 

話を……始め……!

 

 

「……………」

 

 

―――って話を始められない!!!

 

 

どうしよう! 分からない! 何で俺はアリアたちと両想いになる事が出来たのか全然説明できねぇ!

 

汗をダラダラと流す大樹に精霊たちは怪しげな表情になり始めている。やばい、疑われている!

 

とにかく、何か言わないと———!

 

 

「ら」

 

 

「「「ら」」」

 

 

 

 

 

「———ラッキースケベが重要なのだよ」

 

 

 

 

 

もう駄目だ。世界は滅びる。

 

 

「疑問。何故大事なのでしょうか?」

 

 

「夕弦!? それ聞くの!?」

 

 

「無論。当然です」

 

 

え? 言うの? 適当に言ったのに? ちょっと待って。続き考えるから。

 

……………もう適当でいいや。

 

 

「男はエロに弱い生き物なんだよ。士道にも、そんな様子を見たことがないか?」

 

 

「「「ッ!!」」」

 

 

おいおい。手ごたえを感じてしまったぞ。こんなに女の子に囲まれているのに耐性がないのか士道君? ん? 俺? もちろん、あるに決まって———ベッドのことを思い出したごめん俺も無い。

 

 

「だからさりげない仕草で誘惑すれば相手もイチコロなの、さ!」

 

 

今のセリフに((カッコ)体験談自分)(カッコ閉じ)とあることは言わない。

 

デタラメ発言に真剣に考え始める精霊を見て心を痛めていると、夕弦が小さく手を挙げた。

 

 

「質問。どの仕草がグッと来るのですか?」

 

 

「えッ」

 

 

突然の質問に俺は少し考えて答える。

 

 

「……上目づかい?」

 

 

「疑問。よく耳にする言葉ですが、するタイミングが分かりません」

 

 

「そこだ」

 

 

大樹は人差し指を立てながら説明する。

 

 

「不意にされるから俺たちはドキッと来るんだよ」

 

 

「「「ッ!」」」

 

 

「女の子達も無意識でやってしまうから威力が爆発するんじゃないか……?」

 

 

「なるほど……上目づかいは狙う仕草ではない、と」

 

 

頷いて納得する耶倶矢。俺はニヤリと笑みを見せる。

 

 

「じゃあ、狙うことができたら最強と思わないか?」

 

 

「「「ッ!?」」」

 

 

「驚愕。そんなことができる人がいるのですか?」

 

 

「今から呼ぶわ」

 

 

―――五分後。

 

 

「紹介する。俺の妻、真由美だ」

 

 

「……それって———」

 

 

「細かいことは気にするな。どんな世界でも俺とお前は親に認められた正式な夫婦だ」

 

 

「都合が良い時だけその話を持ち込まないでよ!?」

 

 

というわけで真由美を呼び出しました。拍手。

 

 

「それで、話って何かしら? 今の流れからして告白かしら?」

 

 

真由美は悪戯に笑いながら大樹を見る。

 

 

「「「ッ!!」」」

 

 

「え? 何? この視線の集まりは何かしら?」

 

 

「気にするな」

 

 

いやー、その笑顔はドキッと来るわー。みなさん、勉強になりますねー。

 

 

「それと俺の告白は全員呼んで「結婚してください」だから付き合う過程はないぞ」

 

 

「初耳よ!?」

 

 

「当たり前だ。言うつもりはなかっ―――あッ」

 

 

「あッ」

 

 

「「「あッ」」」

 

 

……………。

 

 

「真由美、俺と付き合ってくれ」

 

 

「予定変更したわね!? さっきの夫婦のくだりはどこに行ったのかしら!?」

 

 

「頼む! それじゃ最後に綺麗な花畑でタキシードを着たイケメンの俺が全員に「俺と結婚してくれ」という夢が叶わないじゃん!?」

 

 

「そんなにしたかったの!?」

 

 

「当たり前だ! その後はずっと待たせていた俺の方からキスを―――あッ」

 

 

「ッ!!!???」

 

 

「「「あッ」」」

 

 

そして、大樹と真由美の顔が真っ赤に染まった。精霊たちは口を手で抑えて見ている。

 

 

「だぁ、ぁ……!」

 

 

口を魚の様にパクパクと動かす大樹。真由美は口を強く閉じて下を向いていた。

 

 

「———あああああああああああぁぁぁぁ!!!」

 

 

なんと大樹は叫びながらその場から逃げ出した。

 

 

「「「「!?」」」」

 

 

その行動に精霊たちは驚くが、意外なことが起きる。

 

 

フォンッ!!

 

 

「あぁぐぅ!?」

 

 

大樹の足元に魔方陣が出現し、大樹の体が真横に吹っ飛んだのだ。

 

魔法。発動したのはもちろん真由美だ。

 

そのまま大樹は体を回転させて勢いを殺し、真由美を見る。

 

 

「す、すまん! 今日はおうち帰る!」

 

 

「どこよ!? 聞いていないことにしてあげるから待ちなさい!? 私がここに連れて来られた理由をまだ聞いていないのよ!」

 

 

「そんなもん知るかぁ!!」

 

 

「「「「えぇ!?」」」」

 

 

―――その後、大樹を落ち着かせるのに時間はかかったが、冷静にすることができた。ただ、大樹が両手で顔を隠している点を除けば完璧だったのだが。

 

 

「―――ということで真由美を呼んだ」

 

 

両手で顔を隠しながら説明する大樹。真由美は何とも言えぬ表情で答える。

 

 

「だ、大樹君は私のことをそんな風に見えていたのかしら?」

 

 

「違う違う。前に言っただろ? 小悪魔美少女だって」

 

 

「結局魔王とか呼んでいなかったかしら!?」

 

 

覚えていたか。

 

大樹は目を逸らすが真由美が俺の顔を両手で捕まえて無理矢理目と目を合わせさせる。

 

近い! 近い! 近い!

 

 

「なら望み通り、見せてあげるわよ……!」

 

 

顔を真っ赤にした真由美の顔が目の前まで迫る。恥ずかしさを堪えながら、震える手で俺の顔をゆっくりと引き寄せる。

 

 

「ま、待っ———!?」

 

 

焦り出す大樹は何も抵抗することができないまま、真由美と顔を近づけた。

 

精霊たちはその光景に驚く。あの光景と同じ―――自分たちを救う時にした『アレ』だったからだ!

 

 

 

ツンッ……

 

 

 

「ッ……?」

 

 

真由美の唇と、大樹の唇が当たることはなかった。

 

当たったのは鼻先と鼻先。『ノーズキス』と呼ばれるモノだった。

 

 

(な、んだ、これ……!?)

 

 

真由美の吸い込まれそうな綺麗な瞳。勝ち誇ったように俺を見ているが、やはり恥ずかしいのか……手が震えている。

 

息ができない。口も動かない。脳が活動停止したかのような感覚。ただ真由美と目を合わせることしかできなかった。

 

少し背伸びをした真由美が俺の体に寄りかかっている。柔らかい豊満な胸の感触が自分の体に伝わると、心臓の鼓動が早くなった。

 

もしかして、普通のキスより恥ずかしいことをしているのでは? そう考えると頭の中が真っ白になった。

 

どうすればいいのか迷って硬直していたが、数秒後、真由美の方から離れた。そして、

 

 

「ま、参った……かしら……!」

 

 

―――ドバッと俺の鼻から鮮血が噴き出した。

 

 

あまりの可愛さに俺は降参した。

 

 

「参った。だからその可愛い武器で、俺を殺してくれ」

 

 

「えッ!? ちょっと!?」

 

 

俺の顔を掴んでいた真由美の手を握り絞めてもう一回してくれと要求―――

 

 

「———そうですか。では遠慮なく撃ちますね」

 

 

「……………」

 

 

そして、自分の後頭部にスナイパーライフル銃口が突き付けてられていることに気付いた。

 

言葉を発したのはティナ。不機嫌そうな顔で俺を見ている。おこですね。

 

 

「俺は卑猥なことはしていないぞ。鼻と鼻をくっつけただけだ」

 

 

「よく鼻血を出しながらそんなことを言えましたね」

 

 

「決してエロいことはしていない」

 

 

「目が欲望に染まっていますよ」

 

 

「欲望に染まっているなら真由美の唇をそのまま奪っている」

 

 

「性質の悪い言い訳をしないでください」

 

 

「これは精霊(アイツら)が知りたいことなんだ。俺はその手伝いをしているに過ぎない」

 

 

次から次へと言い訳する大樹。顔を真っ赤にした真由美の手を離そうとはしない。

 

だんだんと機嫌が悪くなるティナ。銃口で大樹を何度もド突き始める。

 

そんな光景に耶倶矢は焦っていた。

 

 

「こ、これって止めなくていいのか……!?」

 

 

「説明。修羅場に余計な横槍を入れる行為は不要です。男がどうにかするモノだと聞きました」

 

 

「誰に!?」

 

 

夕弦の解答に驚く耶倶矢であった。四糸乃はオロオロと、どうすればいいのか分からない状態だった。

 

さすがの真由美もこの状況に堪えられなくなったのか手を握る大樹を言いくるめようとする。

 

 

「きょ、今日はもうやめておきましょ?」

 

 

「無理だ。もう一度するまで俺はもうお前を放さない」

 

 

「そのセリフ、もっと違う場面で言って欲しかったわ!」

 

 

何故か怒られた。

 

 

「いい加減にしないと撃ちますよ大樹さん」

 

 

イチャイチャを見せつけられたティナはついに指が引き金に触れる。俺は振り返り名前を呼ぶ。

 

 

「……ティナ」

 

 

そして、告げる。

 

 

 

 

 

「———あとで真由美と同じことをするから見逃せ」

 

 

「———仕方ないですね」

 

 

 

 

 

そして、ティナは銃を下ろした。

 

とんでもない解決の仕方に、精霊たちは呆然としている。真由美はティナの当然の手のひら返しに驚いていた。

 

 

「嘘でしょ!?」

 

 

「これで邪魔者はいなくなった。これでもう俺とお前だけだ」

 

 

「違うわよ!? 周囲の目が凄いと思うけど!? 凄く見られているわよ!?」

 

 

「俺の目にはお前しか映っていない!!」

 

 

「だからそのセリフはもっと違う場面で言って!?」

 

 

だから何故怒られる。

 

 

「……嫌か?」

 

 

「え?」

 

 

「さっきの、もうするのは嫌か?」

 

 

突然真剣な表情で聞く大樹に真由美は黙り込むが、

 

 

「……嫌じゃ……ないわよッ……」

 

 

小さな声で、そう言った。

 

 

(俺の嫁、超絶可愛過ぎるだろおおおおおおォォォ!!)

 

 

強く抱きしめたい衝動に駆られるが、そこは抑える。

 

俺は右手でゆっくりと真由美の頬に触れる。

 

真由美がソッと目を閉じた。まるでキスをするかのような雰囲気だが違う。俺たちはそんなことをするわけじゃない。いやらしい気持ちなんて、一切ない。

 

精霊たちも息を飲んで見守っている。ティナは若干頬を膨らませて不機嫌だが、邪魔をする気配はない。

 

……そしてついに、俺は自分の顔をゆっくりと真由美の顔に近づけた。そして、

 

 

ドゴンッ!!

 

 

 

 

 

―――撃たれた。

 

 

 

 

 

「うぐッ」

 

 

「「「「「えッ」」」」」

 

 

突如起きた悲劇に周りは呆気に取られた。大樹の体はそのまま横に傾き、床に倒れた。

 

真由美とティナはすぐに察した。部屋の入り口を見てみると、戦慄した。

 

 

―――黒いオーラを放った女の子たちがいたからだ。

 

 

怒った表情で入り口に立つアリアと優子。笑顔なのに怖い黒ウサギ。無表情なのに怒っているのが雰囲気で分かってしまう折紙。

 

真由美とティナは両手を挙げて声を揃える。

 

 

「大樹さんが悪―――」

「大樹君が悪———」

 

 

「安心しなさい。三人とも有罪よ」

 

 

その後、三人が正座して反省文を書かされたことは言うまでもない。

 

 

________________________

 

 

 

「休暇?」

 

 

「そうよ」

 

 

指令室で中津川と一緒にアニメについて語っていたら琴里が話しかけて来た。突然休暇と言われても困ると言った感じの顔をすると、琴里は溜め息をつきながら話す。

 

 

「はぁ……あなた、今までやってきた内容をちょっと言ってみなさい」

 

 

「例えば?」

 

 

「現在進行形でやっているそのパソコンは?」

 

 

「これはCR—ユニットの開発だ。顕現装置(リアライザ)の構造は大体把握したから、応用で何か使えるか模索していた。あッ、それとお前たちが考えているCR—ユニットの一つ、また作れそうだぞ。あとで資料を渡すから」

 

 

「はい、おかしいわよね」

 

 

「え?」

 

 

「一ヶ月の間にあなたはいくつCR—ユニットの開発に携わったかしら?」

 

 

「……2、3?」

 

 

「そうね。正確には二十七個よ。異常なの」

 

 

「そうなのか? 中津川?」

 

 

「ええ、異常ですね」

 

 

「そうか……でも遊びでやっているようなモノだから休暇を貰うっておかしくないか?」

 

 

クルーたちが一斉に引いた。琴里も頬を引き攣らせている。

 

 

「あ、遊び……ゴホンッ、それでもこっちは助かっているのは事実よ。それに―――それだけじゃないでしょ」

 

 

「まぁ……確かにいろいろあるな」

 

 

「……言いなさい」

 

 

「【フラクシナス】の収束魔力砲(ミストルティン)の威力上昇と蓄積(チャージ)時間の短縮だろ? 常随意領域(パーマネント・テリトリー)の展開領域拡大と消費率の削減だろ? それから一番面白かったのは汎用独立ユニット【世界樹の葉(ユグド・フォリウム)】の全面強化は楽しかったぜ」

 

 

「———勝手に改造し過ぎよ!? これはアンタのおもちゃじゃないのよ!?」

 

 

「性質の悪い事に、性能が本当に強化されているから責められないのですよ私たちは……」

 

 

琴里は怒っているが、中津川は苦笑している。この戦艦、改造するの超楽しい。男のロマンがぎっしり詰まっているもんッ。

 

そんな俺は、冷静に、真面目な顔で告げる。

 

 

「この戦艦には足りないモノがある」

 

 

「足りないモノ?」

 

 

真面目な顔をした大樹を見て、琴里はしぶしぶ聞くことにする。飴を口に咥えながら大樹の言葉を待つ。

 

 

「こんなに大きい戦艦だ。なのにアレがないんだよ」

 

 

「だから何よ」

 

 

 

 

 

「最強の機械兵器———ガ〇ダムだ」

 

 

 

 

 

 

「……………」

 

 

「ロボット兵器が無いんだよこの戦艦には! 戦艦なのに!」

 

 

琴里の目が腐っていく。中津川は逃げる準備をし始めた。

 

大樹は、真剣な目で告げるのだ。

 

 

「———次はガ〇ダム作りたいから、手伝え琴里」

 

 

「しばき倒すわよ」

 

 

何故か琴里に叱られてしまった。どうして!? こんなにカッコイイ戦艦なら絶対必要だろ!?

 

 

「とにかくこれ以上余計なことはしないで。いいわね?」

 

 

「えー」

 

 

「 い い わ ね ? 」

 

 

「はい」

 

 

恐ろしい威圧だった。俺に許される作業は無いかもしれない。悲しい。

 

琴里は反省した大樹を見て本題の話へと入る。

 

 

「休暇と言ってもあなたが大好きなことよ。喜びなさい」

 

 

「大好きなこと?」

 

 

「女の子とデート、したくないかしら?」

 

 

「超デートしたいです琴里先生ィ!!!!」

 

 

ビシッ!!と挙げられた手の勢いは風圧で琴里のツインテールが少し揺れるくらい風が生まれくらい凄かった。

 

 

________________________

 

 

 

天宮駅前。噴水がある場所に大樹は立っていた。

 

 

「違う」

 

 

オシャレな黒色のトレンチコートを羽織り、いつもよりカッコ良く決めたオールバック。

 

 

「全然違う」

 

 

デートコースも決めている。美味いイタリア料理店、手を繋いでショッピングモールを回り、最後は夜景を見ながらディナーをする。

 

楢原 大樹の用意は完璧だった。しかし、ただ一つ間違いがあるとすれば―――!

 

 

「お前は俺の彼女じゃねぇだろうがぁ!!!!」

 

 

「あらあら、酷いですわ」

 

 

―――デート相手が時崎 狂三だということだ。

 

フリルの付いたモノトーンの服の服に身を包み、長い黒髪を二つに括り、左目が前髪に隠れている。

 

わざとらしく泣く真似をする狂三。普通なら周りの視線が痛いのだが、この男には効かない。

 

 

「俺はお前とのデートは望んでいない。はやくここにアリアたちを呼べ!!」

 

 

「な、何故そんなに堂々としていられるのですか……」

 

 

「俺は士道とは違うぞ。もし嫁を傷つける奴がアイドルや女神だったとしても、俺はソイツの顔面を蹴り飛ばせる男だ。狂三、お前が本気で泣くまでフォローはしないからな」

 

 

「本気で泣けばフォローするあたり、特殊なツンデレですわね……」

 

 

「うるせぇ!! いいからデートに行くぞ!!」

 

 

「言葉と行動が合っていませんわよ!? (わたくし)としては嬉しいですけども!」

 

 

突然歩き出す大樹を狂三は小走りで追いかける。そして大樹の右手を掴んだ。

 

「俺の手を握り絞め良いのは嫁だけだ」と言いかける大樹だったが、狂三の微笑んだ顔を見てやめる。

 

握り絞められた手を振り払うことなく、大樹達は仲良く歩き出した。

 

 

「それにしても、お前からすれば俺と会うのはかなり久しぶりか? ……いや、お前は未来から過去に来たから一ヶ月ぶりになるのか?」

 

 

「アレは会ったと言っていいのでしょうか……ややこしいですわね」

 

 

「助けてくれたのは間違いねぇよ。ありがとよ」

 

 

「嫌ですわ大樹さん。私たちの仲なら当然のことじゃないですか……!」

 

 

「頬を赤くしながらクネクネしてんじゃねぇよ」

 

 

顔に手を当てながら身をよじらせる狂三に俺はジト目で睨む。

 

俺とお前の関係なんて———アレ? どんな関係だ?

 

最初に出会った時を思い出すと、狂三は俺から不思議な力(神の力と見て間違いないだろう)を狙っていた。

 

 

「あッ、なるほど」

 

 

そして、思いついた。

 

 

「どうかしましたか?」

 

 

「いや、俺とお前の関係を考えていたんだよ」

 

 

「そんな……分かり切ったことじゃないですか」

 

 

「そうだな。『体の関係』だったな」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

ギョッと周囲にいた人たちが大樹たちを驚いた顔で見る。狂三も同じような反応をしていた。

 

 

「だ、大樹さん? 突然何を―――!?」

 

 

「だってお前、俺の体が目当てだったじゃねぇか」

 

 

「誤解を招くような言い方は()してくださいまし!?」

 

 

馬鹿野郎。誤解を招くように言わなきゃお前が困らないだろ?(ゲス顔)

 

 

「はぁ? お前、何度も俺のこと食べたい食べたいって言ったよな?」

 

 

「や、止めてくださいましッ!! お願いですから!」

 

 

「この調子だと俺の嫁たちも食べられてしまいそうだわ」

 

 

「私が悪かったですわ! もう許してくださいましッ!!」

 

 

ここまで来れば悪意を持って言っていることが狂三にも分かっただろう。現在、周囲の人間から狂三の評価は大変なことになっているに違いない。

 

耳を澄ませて周囲の声を聞き取ると、

 

 

「おい、ヤバくないかあのカップル。特にあの男」

 

 

「ああ、女の子のことをバッサリと体の関係とか言いやがったな」

 

 

うん?

 

 

「しかも不倫でしょ? 最低よね」

 

 

「嫁()()って……何股しているのよあの男」

 

 

アレ? あれれ?

 

 

「「「「「最低」」」」」

 

 

(なんか俺の評価だけが一方的に下がってたああああああァァァ!?)

 

 

解せぬ。狂三の評価が下がっていないことに。

 

俺の計算が正しければ狂三が『結婚した男に手を出して、さらに嫁にまで手を出す』というカオスな展開になっていたはずなのに……!

 

そして俺は気付く。狂三がニヤリと笑みを見せていたことに。

 

 

「や、やめて―――」

 

 

「ああ! 今日も大樹さんに一日中〇〇〇(ピー)されてしまいますわぁ!!」

 

 

「———やりやがったなちくしょうがあああああァァァ!!」

 

 

俺は狂三を抱きかかえて走り出した。

 

同時に、周囲の人間が一斉に携帯電話を取り出したことは見なかったことにする。

 

 

 

________________________

 

 

 

遠くに逃げた後は、過去で別れる時に約束していたことを果たす為に、猫カフェに来ていた。

 

奥のテーブル席に座りながら俺は話を進める。

 

 

「お前がこの一ヶ月、俺と美琴―――【ライトニング】が戦っていることは当然知っているよな?」

 

 

「もちろん、知っていますにゃー」

 

 

「美琴に近づいて力を解放すれば勝ちなんだが、結果は全部失敗に終わっている」

 

 

「ええ、見ていたにゃ~」

 

 

「そこでだ、一つ策があるから乗って欲しいと思って―――」

 

 

「もうっ、甘えんぼさんにゃ猫さんにゃー!」

 

 

「———調子狂うから一旦やめろよ!? どんだけデブ猫触り続けるんだよ!?」

 

 

せっかく逃げて来たというのに、再び周囲の視線がこちらに集まっていた。

 

そんな視線にお構いなく狂三は猫を撫で続ける。撫でる撫でる撫でる。もう凄い勢いで撫でる。猫が気持ち良いを通り越して昇天しそうになっている。テクニシャンかおい。

 

 

「はぁ……真面目な話をしているのにお前は……」

 

 

「ここが良いですにゃん?」

 

 

「テメェ俺は猫じゃねぇぞゴラァ! ってああああやめろおおおお!」

 

 

標的が変わる。狂三が俺の首や頭を撫で始めて来た。俺は必死に抵抗するが引き剥がせない。

 

これアカン。猫が気持ち良いのが分かる。これは人間でもヤバい。

 

 

「ギブ! ギブアップ! やめて! 周りの視線も痛いし!」

 

 

「仕方ないですわね」

 

 

狂三はクスリと笑いながら俺から離れる。先程から手玉に取られ過ぎている。

 

何だろう。とりあえず―――ムカつく。

 

このメニュー欄にある『超激辛カレー』でも食わせてやろうか。一矢報いないと気が済まない。

 

再び猫を撫で始める狂三。俺の行動に気付くことはないだろう。

 

クイクイッと店員さんを手招きして呼ぶ。そして小声で、

 

 

「超激辛カレー1つと甘口のカレーを1つ。この女を泣かせるくらいタバスコを遠慮なくブチ込んでください」

 

 

「か、かしこまりました……」

 

 

引き攣った表情で店員は注文を聞き、厨房へと消えていく。俺は何事もなかったかのようにコーヒーを飲む。

 

 

(言い訳はしない。口にした瞬間『ざまあああああああ!』って最高のゲス顔で言ってやる)

 

 

ん? 何かフラグが立った気がするんだけど? 嫌な予感がするのですが?

 

10分後、料理を持った店員さんが俺たちのテーブルまで運んで来る。

 

 

「お待たせしました」

 

 

店員はテーブルに巨大な皿に盛りつけられたカレーを、一皿だけ置いた。

 

 

「これは?」

 

 

「激熱ラブラブカップルカレーです」

 

 

「しばくぞテメェ」

 

 

問答無用で女性店員を鬼の形相で睨み付けた。しかし、店員は怯むことなくスプーンと水を置くのだが、

 

 

「……おい、スプーンが一つしかないぞ」

 

 

「はい、お互いに『あーん』をしてあげてください」

 

 

「この店の店員の頭はトチ狂ってんのか」

 

 

昔から変わらない人たちで何よりですね。こっちは最悪で良くないですが。

 

 

「あーん♪」

 

 

「するわけねぇだろおい」

 

 

俺に『あーん♪』をしていいのは嫁だけだ。

 

 

「お客様、あーんですよ♪」

 

 

「テメェの顔、よく覚えているぞ。テメェの仕業だな?」

 

 

元凶判明。この野郎、五年前から俺を(もてあそ)ぶのが得意ですね。

 

 

「帰っていいか?」

 

 

「お客様、食べなければお会計は四千万になりますが!?」

 

 

「警察を呼んだら百%俺が勝つぞ?」

 

 

「それは大変ですわ大樹さん! 今すぐ食べましょう!」

 

 

「食べねぇ」

 

 

「「食べましょう!」」

 

 

「食べねぇよ!!」

 

 

「「「「「食べろ!!」」」」」

 

「「「「「にゃー!」」」」」

 

 

「食べ———おい何だこの客と猫の団結力は。明らかに俺だけ空気読めていない奴になっているじゃねぇか」

 

 

気が付けば客と猫たちも声を揃えていた。あまりの団結力にドン引きしてしまう。

 

店員が食べろとコールすると手拍子が始まる。野郎、絶対許さねぇ。

 

狂三が微笑みながらスプーンを持って『あーん♪』を要求して来た。

 

逃げ道が無い。ここは素直に食べるしかないようだ。だけど、タダじゃ終わらんぞ。

 

 

「ぱくり、もぐもぐ、おいちー」

 

 

(((((コイツ、死んだ目で棒読みの感想を!?)))))

 

 

周囲の空気が変わった。これは周りの期待に応える食べ方では無い。これは酷いと店員は戦慄していた。

 

狂三の笑みもやや引き攣っている。大樹は勝利を確信―――

 

 

「お待たせしました! サービスのポッキーゲームです!!」

 

 

(なッ!? 伏兵(厨房に居た店員)だと!?)

 

 

突然のサービスに大樹は驚愕する。店員たちがハイタッチを交わし喜び合う。これは不味いと大樹はポケットから財布を取り出し窓からぶん投げた。

 

 

「しまった!! 今日は何も払えないや!!」

 

 

「本日この場にいるお客様は全品無料で提供します!!」

 

 

―――猛者だ! とんでもない猛者がいる!

 

血涙を流しながら無料を告げる店員に俺は目を見開く。大赤字を覚悟した店員の背中が凄く大きく見える。

 

 

「でもこれで金がもう無いから今日のデートは終わりな!!」

 

 

「カップルのお客様にはキャッシュバックと、ゴフッ!! ショッピングモールで使える割引券を提供させていただきます……!」

 

 

―――コイツやべぇ! マジでやべぇ! 何だコイツ!?

 

吐血しながら壁に寄りかかる店員。客たちが涙を流しながら見ていた。

 

ここまで覚悟を決めたサービスされると、さすがの俺もこれ以上は悪い事ができない。客の一人が「もうやめて! この店の金はゼロよ!」「店員、アンタは立派な勇者だよ……」「お前の勇姿、絶対に忘れねぇ!」とか言い出す始末。

 

 

「だ、大樹さん? さすがにこれは……」

 

 

「お前まで引いたら客たちは大泣きするぞ」

 

 

狂三までやり過ぎたと思ってしまうくらい渾沌(こんとん)としていた。

 

店員の覚悟を無下にはできない。蹴り飛ばすことなど、【魔王(まおう)】と呼ばれた俺でも良心が痛む。

 

 

「ま、痛むだけでやるとは言っていないけどな」

 

 

その後、狂三にカレーを食べさせて貰い完食。ポッキーゲームは普通にわざと折って真顔で食ってやった。

 

店員が微妙な表情をしていたことは、見なかったことにした。

 

 

「んにゃ……」

 

 

「……腰抜けで悪かったな」

 

 

膝の上で寝ている猫に、俺は呟いた。

 

 

________________________

 

 

カフェから出るとショッピングモールに来ていた。財布を投げたが金を投げたわけじゃない。金はちゃんと抜き取って投げたので買い物はできた。

 

ランジェリーショップに連れて行かれた時はド突こうかと思ったが、気が変わった。本気で選んで恥じらわせてやろうとした。ところがどっこい、警察に通報されかけたのですぐに下着を選んで逃げた。

 

 

「はぁ……今日は通報されることが多いなちくしょう……」

 

 

わざわざ店で買ったフード付きパーカーで顔を隠し、ベンチに座っていた。

 

 

「私は楽しいですわよ?」

 

 

「苦しむ俺を見てか? 趣味悪ぃよ」

 

 

狂三は購入した服が入った手提げ袋を大事に抱きながら微笑んだ。

 

疲れたせいか喉が渇く。狂三に「何か飲むか?」と聞くと「コーヒーをお願いしますわ」と返って来たので自販機まで歩いた。

 

当たり付き自販機でコーヒー缶を二つ購入し見事にハズレを出す。『7776』と期待させるなよ。最後まで見ちゃうだろうが。

 

ベンチの所に戻ると、そこには狂三を囲むように三人の男が居た。これは、アレか?

 

 

「ねぇーいいだろ? どうせ彼氏に捨てられたんでしょ?」

 

 

「全部奢るから、な? ちょっとくらい遊ぼうぜ」

 

 

出たよナンパ。毎回思うけど、アレ成功するの? 最強無敵の俺が誰かにナンパしても成功しそうにないよ? いや絶対成功しない。

 

というか狂三に手を出すのはやめておいたほうがいいぞお前ら。どうしよう。やられる未来しか見えない。

 

 

「ッ!」

 

 

しまったッ、狂三に気付かれた。

 

その場から逃げようとした時、狂三が泣き真似をしながらこちらに向かって走り出して来た。

 

 

「ダーリン、助けてくださいまし! ダーリンより千倍ブサイクな男たちに絡まれましたの!」

 

 

「お前何でそんな面倒なことにしようとするの!?」

 

 

いろいろとツッコミたいことがあるが、まずは目の前の状況だ。

 

 

「アイツよりブサイクだと……」

 

 

「あんのデコハゲ……」

 

 

「おい、兄ちゃん。ちょっと(つら)かせや」

 

 

Oh……完全にキレてるご様子。俺もリア充にこんなことをされたらキレる自信がある。

 

お、穏便に済ませよう。そう、いつものように缶コーヒーを飲み干し、

 

 

「あぁ!? 何してんだテメェ!」

 

 

それを自動販売機の横にあるゴミ箱に向かって投げる。そして殺気を出してカッコ良く追い払おう。

 

―――と、思っていたが駄目になった。理由は簡単。

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォン!!!

 

 

「……へ?」

 

 

―――投げた空き缶がゴミ箱どころか自販機までぶっ飛ばしたからだ。

 

大樹は軽く投げた。良い感じにゴミ箱に入るように力を調整していた。でも、できなかった。

 

缶の速度は音速を超えて戦車の砲撃の様に射出された。手首のスナップだけでとんでもない威力が出てしまった。

 

 

ガシャガシャンッ!!

 

 

粉々になった自販機の部品の破片が地面に落ちる。空き缶が周囲に降り注ぎ、中の液体が飛び散っていた。

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

そして、静寂が訪れた。

 

もう誰も喋らないようだったので、俺は場を和ませる一言を告げる。

 

 

「テヘペロ★」

 

 

「「「ひぃやあああああああァァァ!!??」」」

 

 

男たちが泣きながら逃げ出した。当然の結果だった。

 

騒ぎを聞きつけて野次馬が集まり出している。俺は狂三の手を引きながら逃げ出した。

 

 

「何でこうなった!?」

 

 

「こっちのセリフですわ!?」

 

 

「ですよね!」

 

 

―――ショッピングモールから街を見渡せる丘まで逃げて来た。今日はよく走るな俺たち。

 

再び木製のベンチに座り、狂三と顔を合わせる。

 

 

「くくッ……!」

 

「ふふッ……!」

 

 

何故か笑いが込み上げて来た。腹を抑えながら笑い、街を一望する。

 

 

「はぁ……笑ったな。久しぶりに、大声で笑ったよ」

 

 

「それは良かったですわ。大樹さん、戦っている時は怖い顔でしたから」

 

 

「怖い顔って……真剣って言えよ」

 

 

「真剣でも、良い事はありませんよ?」

 

 

突然理解できない言葉に俺は首を傾げた。

 

 

「……どういうことだ?」

 

 

「笑っていてください。大樹さんはどんな時でも、笑っている方がカッコイイですから」

 

 

「どんな時もって、お前なぁ……」

 

 

呆れた大樹は狂三に言おうとしたが、それは止まる。狂三の表情は微笑んでいるが、真剣だったから。

 

 

「私も、あなたに出会う前までは知りませんでした。笑顔の強さを」

 

 

「笑顔の、強さ……」

 

 

狂三は俺の手を握り、俺の胸に手を置くように移動させる。

 

 

「心当たりがあるはずです。無くても、大樹さんなら知っている」

 

 

「……………」

 

 

自分の心臓の鼓動が手に伝わる。同時に脳の奥にある記憶が全身を駆け抜けた。

 

まず一番最初に女の子たちの笑顔が見えた。

 

美琴、アリア、優子、黒ウサギ、真由美、ティナ、折紙。

 

次に友達の笑顔、仲間の笑顔、戦って来た保持者たち―――次々と知っている笑顔が思い出される。

 

最後は家族、そしてリュナ―――双葉だった。

 

 

(ああ、分かるよ狂三)

 

 

―――俺は望んでいる。みんなの笑顔を見ることを。

 

その為にはまず、自分が笑わなきゃいけない。

 

 

「……良い笑顔ですよ、大樹さん」

 

 

「そうだろ? 惚れたか?」

 

 

「あらあら、そんな野暮な事を聞かないでくださいまし」

 

 

狂三は俺に寄り添い、肩に頭を乗せた。

 

それから狂三は何も言おうとしなかった。俺も何も言わない。

 

そのまま時間だけが過ぎる。数分、数十分、一時間無言のまま俺たちは街を見ていた。

 

 

「———俺は望まない。美琴が苦しむ未来を」

 

 

最初に開いたのは、大樹の口だった。

 

 

「ええ」

 

 

「頼む、お前の力を貸してくれ」

 

 

「喜んでお受けしますわ」

 

 

大樹でも怪我をして失敗する。そんな危険で恐ろしい橋でも、狂三は首を横に振らなかった。

 

無茶だと思わない。馬鹿だと思わない。迷惑だと思わない。

 

何故なら彼女は五年前のあの時から、その言葉を待っていたから。

 

 

「私は大樹さんを助けます。だから———いつか私のことも、助けてください」

 

 

「どんなにお前が道を踏み外しても、俺は必ず助けてやるよ。貸し借り関係なく、何度でもな」

 

 

「……やっぱりとてもズルい人ですわ。大樹さんは女の敵ですわね」

 

 

「安心しろ。俺はいつだって女の子の味方だ。お前らに嫌われてもな」

 

 

「大丈夫です。今の大樹さんを嫌う人はいませんよ」

 

 

狂三は人差し指で自分の顔を指して俺に伝える。

 

 

「笑った俺はカッコイイって?」

 

 

「もちろん、カッコイイですよ?」

 

 

「……褒めても何もでねぇよ」

 

 

俺は狂三の頭をわしゃわしゃと撫で回して立ち上がる。その目は真剣で、口元は笑っていた。

 

見つめる先は街の上空。

 

 

「残念だけどデートはお預けだ」

 

 

ウウウウウゥゥゥ―――――!!!

 

 

大樹の言葉通り、デートを中止せざる負えないサイレンが鳴り響いた。

 

この状況に狂三は驚かず、虚空から古式の銃を取り出し霊装を身に纏った。まるでこの展開を知っていたかのように彼女は冷静だった。

 

準備を整えた狂三を見て大樹は【神刀姫】と【神銃姫・火雷(ホノイカヅチ)】をギフトカードに出しながら作戦を伝えた。

 

作戦を聞いた狂三は目を見開いて驚いていた。この状況より、大樹の作戦には驚いていたのだ。

 

 

「大胆な(おとり)作戦ですわね」

 

 

「奇想天外、型破り上等。ここまで来れば常軌を逸脱した作戦するしかねぇよ」

 

 

「え? でも大樹さんは既に存在が奇想天外―――」

 

 

「手を組むパートナーの心を傷つけて楽しいかお前?」

 

 

ピピピッと大樹のポケットから携帯端末の着信音が鳴る。

 

 

「ハロー、作戦通り始める。そっちは大丈夫か?」

 

 

『問題無いわ。それより———』

 

 

電話の相手はアリア。問題が無いことに俺の心は安心―――

 

 

『———デートは楽しいかしら?』

 

 

―――命の危険を感じ取った。

 

尋常じゃない汗の量が流れ落ちる。手と足が震えてアリアの言葉を待った。

 

 

『大丈夫よ。今、どうこうしなさいとは言わないわ』

 

 

「そ、そうか」

 

 

『当たり前でしょ。作戦に支障が出たら困るでしょ?』

 

 

「そうだな! 困る困る!」

 

 

『だから———後で聞くわ』

 

 

―――もう駄目だ死ぬ。orz

 

通話は切られ、その場で両膝を着く。先程まで笑顔だったのに、笑顔になれない。絶望のドン底なんだが。

 

 

ピロリンッ

 

 

その時、携帯端末に一通のメールが届く。アリアから届いたメール。きっとそこには地獄の拷問メニューが書かれているに違い―――

 

 

『あとでアタシたちとも、デートしないと風穴よ!』

 

 

「復活ああああああァァァ!!!」

 

 

「切り替えの早さは逸脱していますわね」

 

 

大樹が叫ぶと同時、空に紅い閃光が咲いた。

 

 

 

________________________

 

 

 

———楢原 大樹は()()()()()

 

 

余裕の笑みを見せながら右、左と、一歩一歩ゆっくりと進んでいた。

 

見つめるのは不安な表情をしている美琴。彼女は同じように空に浮いている。

 

周囲には紅い電撃が美琴を守るように走っている。

 

 

ドゴンッ!! バチバチバチバチッ!!

 

 

街に容赦なく雨の様に降り注ぐ赤い雷は建物を破壊する。コンクリートの地面を抉り取り、一発でも人間が当たれば絶命する威力。

 

しかし、その程度で大樹の命を奪うことはできない。

 

 

ガチンッ!!

 

 

大樹は簡単に、その一撃を刀で弾き飛ばした。

 

虫でも追い払うかのように腕を振るっただけで雷は消滅。大樹は無傷のままだった。

 

 

「あらあら、随分と余裕ですわね」

 

 

隣を一緒に歩く狂三が悪戯に笑う。その言葉、そっくりそのまま返すよ。

 

 

「ああ、よく分からないけど余裕を持てるんだ」

 

 

紅い電撃は更なる猛攻を見せる。大樹に向かって何十の電撃を落とし始める。

 

 

「狂三」

 

 

「【七の弾(ザイン)】」

 

 

ガキュンッ!!

 

 

狂三の撃った銃弾は敵の動きを止める特殊な弾。それは雷に当たらなければ意味がないが、

 

 

ガキュンッ!! バギンッ!!

 

 

【神銃姫・火雷(ホノイカヅチ)】で【七の弾(ザイン)】を撃ち砕いた。

 

刹那———神の力が猛威を振るう。

 

 

 

「終わりなき時間を貪り続けろッ」

 

「【刻々帝(ザフキエル)時間神の惨劇(テーテン・クロノス)】」

 

 

 

ゴオオオオオォォォン!!!

 

 

―――大きな鐘の音が街に響き渡った。

 

振り子の古時計が鳴らすような音。その鐘の音は世界の終わりを意味していた。

 

 

シンッ……

 

 

 

―――そして、世界の時間が止まった。

 

 

音が消え静寂が生まれる。聞こえる音は何もない。

 

砕け散った建物の破片やコンクリートの石が宙に浮いたまま静止している。まるでビデオの一時停止ボタンを押したかのように。

 

紅い電撃も当然、大樹に襲い掛かる前に止まっている。

 

 

「———マジで世界の時間止めたな」

 

 

「止めましたわね」

 

 

少し大樹と狂三は焦っていた。

 

どうやってこの現象を作り出したのか? 大樹は【神格化・全知全能】を銃弾に込めて狂三の弾丸に当てた。ただそれだけだ。

 

狂三の持つ精霊の力を爆発的に向上させて街の時間を止めたのだ。元々、ビル一つの時間を止める(自然現象のみ)ことができた彼女の力だ。てこを入れるだけでここまでなるのはおかしくはない。そもそも前提がおかしいけど。

 

止まった世界を観察しながら大樹は続ける。

 

 

「多分俺の力でも世界までは止めてはいないと思う。この街全体だな」

 

 

「この街の時間を止めている時点でおかしいと思わないのですか……?」

 

 

「いやw 俺たちの存在自体がおかしいのにw 何言ってのw」

 

 

「あらあら、大好きな人なのに、キレてしまいそうですわ♪」

 

 

「まぁ落ち着けって。ま、不味いって。銃をこっちに向けちゃらめえええええ!」

 

 

戦闘中だと言うのにふざけている二人。第三者が見たら激怒するだろう。

 

大樹は急いで【秩序支配神の世界翼(システムルーラー・ワールドフリューゲル)】を右手に発動して一枚の黄金の羽根を掌の上に置く。

 

 

「あとは美琴の近くにこれを漂わせて時間を動かし始めれば勝ちだけど―――そう上手く行かないよな」

 

 

ゾゾゾゾゾッ―――!!

 

 

美琴の右隣りから黒い渦が生まれる。黒い闇の中から赤黒い炎が見え始める。

 

不気味な雰囲気に、大樹は気を引き締める。

 

 

「アレは?」

 

 

「多分、悪魔だ」

 

 

軽い返事をしている大樹だが、警戒はいつも以上にしている。狂三も銃を強く握り絞めて黒い渦を睨む。

 

紅蓮の炎から現れたのは馬の様な怪物。しかし、上は人の上半身になっておりギリシャ神話に登場する半人半獣『ケンタウロス』に似ている。

 

 

『我が名は、バティン。序列18番の悪魔である』

 

 

やはり―――大樹の予想通り『ソロモン72(ななじゅうふた)(はしら)』の悪魔が邪魔をしに来た。

 

バティンは炎の源泉の奥深くの領域に属した悪魔。位階の中でも敏捷さと愛想の良さでは並ぶものがないとされているらしいが……?

 

 

『……………フッ』

 

 

(うわー、本人は笑顔を見せているつもりかもしれないけど駄目だコレ。怖い。凄い怖い。狂三が小さな悲鳴上げたぞ)

 

 

バティンの愛想笑いは、酷かった。あの笑顔で世界に絶叫を轟かせることは容易だろう。

 

 

『安心しろ人間。我は手を出さぬ。お前が手を出さぬ限り』

 

 

強者の余裕か。バティンから溢れ出す闘気は強さを語っていた。

 

狂三はゾッとする。戦ってもいないのに、桁違いな強さが伝わって来ることに。

 

 

「そうか。ありがとう」

 

 

 

 

 

―――そう言って大樹は刀をバティンに向かって投擲した。

 

 

 

 

 

グサッ!!!

 

 

『がはぁッ!!??』

 

 

「大樹さんッ!?」

 

 

【神刀姫】はバティンの胸を貫き風穴を開けた。バティンは吐血し、地面へと落下する。

 

大樹の不意打ちに狂三は驚愕するしかない。こんなゲスな真似は誰もやらないだろう。

 

 

「いや、だって俺が攻撃するまで待ってくれるってことだろ? やるしかないじゃん」

 

 

「悪魔以上に悪魔な方ですわ!」

 

 

「どこだよ。天使と呼べ天使と。ホラ見ろ」

 

 

大樹が指を指す。その先には血塗れになったバティンが倒れていた。

 

 

『ご、ごふッ……はぁ……はぁ……!』

 

 

「殺さず、あえて瀕死にさせているだろ?」

 

 

「十分最低だと思いますわ!」

 

 

バティンは今にも命の(ともしび)が消えそうになっていた。少し息を吹きかけるだけで死んでしまいそうだ。

 

 

「だって悪魔だぜ? 手加減はいらねぇだろ」

 

 

「さすがに不意打ちは容赦がないかと……」

 

 

「分かった分かった。反省するから。とりあえずアイツにとどめの一撃入れて来るから、その後に話を聞く」

 

 

「全く反省していないですわ!?」

 

 

パキパキと手を鳴らしながら大樹はバティンに近づく。完全に悪人顔だ。

 

倒れたバティンの目の前まで歩みを進めた時、殺気を感じた。

 

 

「ッ!」

 

 

キンッ!!

 

 

頭部を狙った投擲だ。刀で弾くと金属音が響き、そのまま地面にナイフが落ちる。

 

投擲された方向を睨むと、白いローブを身に纏った者が続けてナイフを投擲した。

 

 

キンッ!! キキキンッ!!

 

 

刀を何度も振るい弾き飛ばす。最後に投擲されたナイフは一瞬だけ刀から手を離し、ナイフを掴んで投げ返した。

 

音速で投擲されたナイフは風を切り、投擲者を貫こうとするが、

 

 

『ヌンッ!!』

 

 

投擲者の前に屈強な男が盾を持って立ち塞がった。投擲者を守るつもりだろう。

 

 

バギンッ!!

 

 

『何ッ!?』

 

 

男は投擲者を守ることができたが、盾は粉々に砕け散った。そのことに目を張って驚愕する。

 

 

「【無刀の構え】」

 

 

『『!?』』

 

 

背後から聞こえた大樹の声に男と投擲者はゾッと震えた。

 

振り返る時間すら与えられない。大樹の攻撃が炸裂した。

 

 

「【地獄巡り】」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

重い一撃。大砲でも放たれたかのような無茶苦茶な威力を男は腹部で受けた。

 

大樹の右回し蹴り。男の呼吸は止まり、近くの建造物にブチ込まれた。

 

建物は崩落しようとするが、時を止めているため崩壊はしない。崩れる瞬間が見えるだけだ。

 

 

「【天落撃】」

 

 

回し蹴りから大樹は空中でさらに体を回転して勢いをつける。そのまま両手を合わせて一つの拳を作り、投擲者の頭上から叩き落とした。

 

 

ドガッ!!

 

 

投擲者は鈍い音と共に地面に落下する。その速さは尋常では無い。

 

コンクリートの地面が砕け、クレーターを生み出す。投擲者は血を吐き出し、その場で動けなくなる。

 

 

「ふぅ」

 

 

軽く息を吐きながら大樹は狂三の元へと帰る。地面に突き刺した刀を抜き、ニヤリと笑う。

 

 

「出て来いよ。まだいるんだろ、クソ悪魔共?」

 

 

大樹の声で空気が変わる。隠れている悪魔たちに永遠に知ることの無かった感情———恐怖が芽生える。

 

 

『何故……神の(しもべ)がこのような力を……!?』

 

 

「バティンって言ったな。俺はまだ半分も本気を出していない」

 

 

『—————!?』

 

 

バティンは言葉を失った。投擲者も、男も、隠れた悪魔も、言葉を失った。

 

悪魔たちの常識を超えた存在。桁違いに強い悪魔は何十も見て来た。しかし、大樹は違う。

 

―――彼は人間だ。強さに限界がある種族。

 

 

『理解不能———悪魔が人間に勝利する確率―――ゼロ』

 

 

「ハッ、面白い事を言うなお前」

 

 

投擲者の言葉に大樹は笑う。

 

 

「自分の体をよく見てからモノを言いな」

 

 

大樹の言う通り、人間が悪魔を圧倒していた。

 

いくら神の力を貰った人間だからと言えど、この強さはあまりにもおかしい。

 

 

『ならば、貴様が英雄かぁ!』

 

 

ドゴンッ!!

 

 

建造物の中から男が叫びながら出て来た。再び建物を破壊しながら屋上を突き破り、大樹に向かって落ちて来る。

 

 

『再びあの戦いを……再戦の時だ英雄よ! 俺の(かて)となれ!!』

 

 

男の血走った眼は大樹しか映らない。背負った大剣を抜き、大樹に頭部に振り下ろす。だが、

 

 

「遅い」

 

 

バギンッ!!

 

 

『なッ……に、が……!?』

 

 

突如、男の持っていた大剣が消えた。何が起こったのか理解できない男は呆けてしまう。

 

大樹は右隣りに【神刀姫】を一本だけ展開し、大剣に向かって射出した。ただそれだけの話。

 

射出された刀は大剣を弾き飛ばした。消えたように見えたのは、速過ぎたから。

 

 

「お前らは俺を舐め過ぎだ。ベリアルに押されたのは、その前に神の力を使い過ぎたせい。万全な状態なら余裕なんだよ」

 

 

ドゴッ!!

 

 

『がはッ!?』

 

 

容赦無く男の顔面に叩きこまれる拳。男は後ろに吹っ飛びまた建物に叩きつけられる。

 

 

『なんと……』

 

 

『———理解、不能』

 

 

『くぅッ……み、見事……!』

 

 

バティン、投擲者、男がそれぞれ口にする。その表情は暗い。

 

対照的に大樹の顔は明るい。彼はさらに笑みを見せた。

 

 

「で、どうする? 帰るか? ご主人様の元によ」

 

 

大樹の言葉に、投擲者が白いローブを脱ぎ捨てる。人の形をしていたが、体を変化させた。

 

 

『ガアアアアアアァァァァ!!』

 

 

赤い(たてがみ)のある獣の王―――ライオンの姿になったのだ。

 

 

(獅子(しし)に変わった? 『マルバス』か)

 

 

敵の悪魔の正体を即座に見破る。序列5番の悪魔だと。

 

マルバスに夢中になっていると、男が口を開いた。

 

男の眼を見た瞬間、大樹は息を飲んだ。あの眼は死を覚悟した時の眼だ。

 

 

『……序列18番———バティン。

  序列5番———マルバス。

  序列21番———モラクス。

  序列24番———ナベリウス。

  序列31番———フォラス。

  序列39番———マルファス。

  序列57番———オセ。

  序列59番———オリアス。

  序列64番———フラウロス。

 

そしてこの俺、序列8番———バルバトス。以上、名を呼ばれた悪魔よ』

 

 

「狂三、下がっていろ」

 

 

大樹は刀を強く握り絞めて構える。表情は真剣だった。

 

建物に隠れていた人型の悪魔、虚空から出現する巨大な獣の悪魔、未だに姿を見せない悪魔。

 

だが大樹を囲むように悪魔たちは動いている。

 

 

『———契約を破棄。制限を解除し、目の前にいる敵を全力で喰らえ』

 

 

「ッ!」

 

 

そして、周囲の殺気が爆発的に上がった。

 

まるで封印していた力を解放するかのような現象。

 

狂三の顔色も悪くなっている。この殺気は、人を殺せる。

 

 

『俺たちの契約は足止めすること。その(かせ)を外せば全力で戦える』

 

 

「いいのか? 言いつけを破って?」

 

 

『何を言っている?』

 

 

ダンッ!!

 

 

バルバトスが地を蹴った瞬間、姿を消した。

 

残像すら残さない速さ。既にバルバトスは大樹の背後を取っていた。

 

大樹は振り返ると同時に気付く。全ての悪魔が一斉に襲い掛かろうとしていることに。

 

 

『俺たちは、悪魔だぞ?』

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!

 

 

________________________

 

 

 

それは―――50秒だった。

 

これは一体、何の数字か分かるだろうか?

 

1分にも満たない時間。それは———

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『『『『『ちーん』』』』』

 

 

「それでも弱いぞ、お前ら」

 

 

 

 

 

―――大樹が10体の悪魔を返り討ちにするのにかかった秒数だ。

 

 

 

 

 

 

地面に落ちた悪魔たちを見下しながら大樹は苦笑い。さすがに自分でもこの強さには引いた。

 

悪魔一体に、ほぼ一発だった。強化した悪魔だけど、本気で戦ったらすぐに終わった。

 

狂三の方を見てみると、何とも言えない表情をしていた。目の前で恐ろしく激しい戦闘を繰り広げていたのに、一分も経たずに大樹が勝利したのだ。そりゃそうなるか。

 

悪魔たちは満身創痍。ボロボロだ。戦える気力は残っていない。

 

 

「……悪い。でもホント弱いよお前ら」

 

 

『ヤバい。俺、悪魔なのに……泣きそう』

 

 

バルバトスは完全に消沈。ざまぁ。

 

 

「やーい、雑魚雑魚」

 

 

「大樹さん、あなたが悪魔に見えますわ。自重してくださいまし」

 

 

「よし、トドメ刺すか!」

 

 

「大樹さん!?」

 

 

大樹は最初にバルバトスに近づき胸ぐらを掴む。そのまま上に上げて脅す。

 

 

「その前に、ガルペスの場所を吐け」

 

 

『クックックッ、悪魔の俺が言うとでも? 拷問でもして吐かせてみるか?』

 

 

「いや、それなら別の奴に聞くからお前は殺すけど―――」

 

 

『———場所は分からない。多分だがこういうことをされた時のために契約者は教えなかったのだろう』

 

 

(((((あの野郎、裏切りやがった!?)))))

 

 

さすが悪魔。手のひら返しが早い。

 

他の悪魔たちの視線がバルバトスに刺さる。この男、悪魔たちに投げたら面白いことになりそうだ。

 

 

(———そう言えば、これって使えるんじゃないか?)

 

 

バルバトスを投げようとした時、ある策を思い付く。

 

 

「なぁお前ら。さっき契約は破棄したとか言ったな?」

 

 

『さて? そんなこと―――』

 

 

「うるせぇ答えろぶっ殺すぞ」

 

 

『———破棄しました』

 

 

「なら―――次は俺と契約しろよ」

 

 

『『『『『!?』』』』』

 

 

悪魔たちが驚く。バルバトスに呆れていると、大樹は突如とんでもないことを言い出した。

 

バルバトスは必死に首を横に振る。

 

 

『悪魔が神の僕の手助けなど、するはずがないだろう!? するくらいなら死んだ方がマシだ!』

 

 

「あ? 誰が神の僕だゴラァ! むしろ俺は神をぶん殴ってやりてぇよ!」

 

 

『『『『『!?』』』』』

 

 

理解出来ない矛盾に悪魔たちは酷く驚いた。大樹はバルバトスを解放して続ける。

 

 

「俺の目的はこのくだらない戦いを終わらせることだ。大切な人を傷つける連中は一人残らずぶっ飛ばす」

 

 

スッ……

 

 

大樹は握り絞めた刀を解放したバルバトスの首に突きつける。

 

 

「大切な人の為だ。悪魔と契約が必要なら俺はやる。神を裏切る必要があるなら、歯向かう。世界中の人間が敵になるなら、俺は受けて立つ」

 

 

悪魔たちは大樹の持つ覚悟の強さに唖然としていた。

 

彼は真剣な表情ではなく、憎んだ顔でも怒った顔で言わなかった。

 

 

―――笑顔を見せながら告げたのだ。

 

 

その笑顔に釣られてバルバトスも悪魔の笑みを見せる。

 

 

『そうか……そうかそうか……英雄様の言うことは———いや、お前は英雄の器じゃ収まり切れないな』

 

 

笑いながら話すバルバトス。しかし、

 

 

『やはり人間は面白い。これだから悪魔(俺たち)は契約をやめれない』

 

 

低い声でそう告げた瞬間、

 

 

ゴオォッ……

 

 

バルバトスの体から青白い炎が発火した。

 

 

「ッ……テメェ」

 

 

青白い炎を見て大樹は息を飲むが、すぐに理解して悪魔を睨む。

 

その睨んだ瞳に満足したバルバトスはさらに態度を大きくする。

 

 

『だがお前とは契約をしない。人の思い通りに動く悪魔はいねぇことを……よく覚えて置くんだな小僧』

 

 

どうやら自ら消滅の道を選んだようだ。他の悪魔からも青白い炎が体から発火しているのが見える。

 

一矢報いることができた悪魔たち。大樹は表情を歪めると小声で、

 

 

「……どうせ消えるならボコボコにしてストレス発散しようかな」

 

 

『何ボソッと恐ろしい事言ってんだお前!? カッコよくこのまま立ち去らせろ!?』

 

 

カッコいいのかそれ。そうは思わんぞ俺。

 

 

「あら? でも大樹さんの力なら止めれるのでは?」

 

 

『『『『『!?』』』』』

 

 

悪魔たちの顔が青ざめる。狂三の言うことは正しい。俺の力を使えば止めれるだろう。

 

本気で怯えている悪魔を見ると超やりたくなるが、

 

 

「一応止めれるけど、やめとく」

 

 

大樹はフッと笑みを見せながら告げる。

 

 

 

 

 

「コイツら、ポンコツそうだし(笑)」

 

 

 

 

 

『『『『『喧嘩売ってんのか!?』』』』』

 

 

ポンコツ悪魔ーズは大層怒り狂っていたが、俺は笑顔(ゲス)で消える様を見送った。

 

 

 

________________________

 

 

 

悪魔が消える最後まで見届けた後は、上を見上げた。

 

 

「さて、大仕事がまだ残っているから終われないんだよな」

 

 

大樹の視線の先には当然美琴が居た。時間が止まったままの世界のせいで何も動けていない。

 

紅い電撃も同様、空中で静止したままだ。

 

 

「【制限解放(アンリミテッド)】」

 

 

バサッ!!

 

 

大樹の背中から黄金に輝く巨大な翼が広がった。

 

秩序支配神の世界翼(システムルーラー・ワールドフリューゲル)】の発動準備をした時、異変は起きた。

 

 

バチバチッ

 

 

「……まぁそう簡単にいかないよな」

 

 

美琴の周囲に再び紅い電撃が弾けているのだ。

 

決して止まっている電撃が動き出したわけではない。最初に止めた電撃は今も動きを止めている。

 

 

「やっぱり『足止め』だったか」

 

 

「……あの悪魔たちがですか?」

 

 

狂三の確認に大樹は頷く。

 

どうりであの悪魔たちが弱いわけだ(大樹個人的感想)。数を多く並べたのは俺を倒すためでなく、時間を稼ぐこと。

 

そして解明したことが一つある。あの電撃は、『美琴が生み出したモノではない』ことだ。

 

 

「美琴と電撃が止まっているのに新しい電撃が襲い掛かって来た。美琴と繋がっている可能性は———」

 

 

「———断たれた、と」

 

 

「断言はできないけどな。可能性は大きいだろ?」

 

 

バチバチッ!! ガキンッ!!

 

 

こちらに向かって襲い掛かる電撃を刀で叩き落としながら答える。今まで戦って来た中で一番強い威力の電撃が連続して落ちる。

 

しかし、それは追い詰められたから必死になっていると解釈して受け取ることもできる。

 

 

「———1ヶ月……長い間待ち続けた……」

 

 

いや、違う!

 

 

「———消えたあの日からずっと待ち続けていたッ!!」

 

 

バギンッ!!!

 

 

大樹の斬撃が全ての電撃を撃ち落す。そこに一瞬の隙が生まれた。

 

その隙を大樹が逃すわけがない。笑みを見せながら銃口を美琴に向けた。

 

銃弾は神の力を圧縮させた弾丸。当然、放たれた銃弾は全てを無効化する矢となる。つまり、これが美琴に当たれば勝利だ。

 

 

バチバチバチバチッ!!

 

 

その勝利を許さない電撃。守りを捨てて一気に大樹へと襲い掛かる。

 

威力は最高。数は桁違い。渾身の一撃をぶつけようとしていた。

 

 

「———やっと、()()()()を見せてくれたな」

 

 

ついに守りを捨てた。今までどんなに俺が突っ込んで行っても、守りを捨てず攻撃し続けていた電撃。

 

ニヤリと笑みを見せた大樹は、喉が張り裂けんばかりの大声で呼ぶ。

 

 

 

 

 

「あとは任せたぜ―――黒ウサギいいいいいィィィ!!!!」

 

 

「YES! そのバトン、黒ウサギが受け取りました!」

 

 

 

 

 

黒ウサギの答える声は、美琴の真上から聞こえた。その距離はすでに二百メートルを切っている。

 

囮作戦。それは大樹が美琴を救うと見せかけた囮だということ。本命は黒ウサギに託したのだ。

 

ギフトカードを握り絞めながら高速で降下する黒ウサギ。そのカードからは黄金の光が溢れ出していた。

 

何故紅い電撃が黒ウサギの存在に気付かなかったのか? それは黒ウサギが羽織っている真紅の布地【悪神の真紅(クリムゾン・アジ・ダカーハ)】のおかげだ。黒ウサギはずっと身を隠していたからバレなかった。

 

焦りの感情でもあるのだろうか? 電撃が急激な方向転換して黒ウサギを狙い———!

 

 

「せっかく俺の近くまで来たんだ。ゆっくりしていきな?」

 

 

バギンッ!!

 

 

急転回した電撃を刀で斬り落す。美琴を傷つけることは絶対に許さない俺だ。そんな俺が黒ウサギに傷つけることを許すと思うか?

 

しかし、猛攻をは止まらない。新たに生まれようとする電撃が黒ウサギに襲い掛かろうと準備をしている。

 

 

ガキュンッ! ガキュンッ!

 

バチンッ! バチバチンッ!!

 

 

装填した銃弾で生まれようとしていた電撃を消し飛ばす。大樹の眼は黄金色に輝いており、一つ残らず電撃を撃ち落している。

 

【神格化・全知全能】を眼に発動した。その恩恵は電撃が発生する刹那を目視できる程の奇跡だ。

 

電撃が形作るまでのタイミングと銃弾を当てるタイミング。両方を合わせるのは容易だった。

 

大樹の足止めが成功した今、この好機を逃さない。

 

 

「力をお借りします……!」

 

 

黒ウサギはギフトカードから一本の刀を取り出した。

 

―――それは【神刀姫】だった。

 

紛れもない本物。大樹が持つ一本を黒ウサギにあげた一振りだった。

 

これが止まった世界でも黒ウサギが動ける理由。刀が黒ウサギを守ったのだ。

 

 

「力を解放しろ【神刀姫】!! 黒ウサギをぶっ飛ばすくらい!」

 

 

「こんな時まで馬鹿しないでください!?」

 

 

黄金の光がより一層強く輝いた。黒ウサギの表情は真剣になり、全神経を集中させた。

 

 

バチバチガシャアアアアアァァァンッ!!

 

 

鼓膜がブチ破られるような雷鳴が轟く。この最悪の落雷は美琴が姿を消す時に決まって鳴るモノ。

 

しかし、今回は一本遅い!

 

 

「斬り裂けッ!!!」

 

 

ザンッ!!

 

 

振り下ろされた黄金の一撃。神の力を凝縮させた一撃はどんな力でも打ち消す。

 

 

バギンッ!!

 

 

美琴を包んでいた電撃の膜が崩れ落ちる。雷鳴がピタリと止み、消滅させたことを物語った。

 

 

「まだ終わってねぇ!? 黒ウサギぃ!!!」

 

 

「ッ!?」

 

 

バチバチッ!!

 

 

美琴の周囲から紅い電撃が生み出された。電撃は収束し、一つの紅い球体となり、黒ウサギに襲い掛かろうとする。

 

大樹はその電撃の球体を撃ち落そうとするが、必要がないことを悟った。

 

 

「大樹さんから貰った神の一撃を、逃げる手段で相殺する手……見事でした」

 

 

その時、黒ウサギの羽織っていた【悪神の真紅(クリムゾン・アジ・ダカーハ)】が風で吹き飛ぶ。

 

 

「でも、あたしたちの勝ちよ」

 

 

カチャッ

 

 

黒ウサギの背中から、銃を持ったアリアが姿を見せた。

 

アリアはずっと真紅の布地に―――黒ウサギの背中に隠れていた。

 

本命の裏に隠れた大本命。アリアは電撃の球体に向かって引き金を引いた。

 

 

ガキュンッ!!

 

バチンッ!!

 

 

電撃は簡単に弾け飛んで消滅。呆気なく終わった。

 

 

「狂三!!」

 

 

「ッ……【解除】!!」

 

 

大樹が呼びかけると、狂三の合図で世界が再び動き始めた。

 

今までずっと止まっていた電撃は大きく的を外して消滅する。

 

 

『!?』

 

 

そして美琴の表情が驚きに変わる。当然の反応だ。何故なら―――目の前に黒ウサギとアリアがいるのだからな。

 

 

「これで終わりよ!」

 

 

アリアは銃を握った反対の手からネックレスを取り出した。アレは七罪にあげたヤツだろ!?

 

でも、ナイスだアリア!!

 

 

バシュンッ!!

 

 

美琴から溢れていた不思議な力が霧散した。俺はガッツポーズして大喜びする。

 

俺のあげた神の力は黒ウサギが使い切ってしまった。しかし、アリアが第二の保険として七罪から借りていたのだ。

 

精霊の力を抑えるネックレス。それは美琴にも有効だった。

 

浮遊していた美琴の体は黒ウサギとアリアが抱き締める。美琴の意識は力が無くなると同時になくなっていた。

 

黒ウサギたちの身体も落下を始める。【悪神の真紅(クリムゾン・アジ・ダカーハ)】の恩恵で降下速度は非常に遅いが、大樹はすぐに真下まで走り、彼女たちを受け止めた。

 

そして、強く三人ごと大胆に抱き締めた。

 

 

「だ、大樹さん? ちょっと痛いですよ……」

 

 

「………………」

 

 

呼びかけられても大樹は抱き締める強さを緩めない。

 

 

「……大丈夫よ」

 

 

大樹の気持ちに気付いたアリアは抱き締められながら大樹の後頭部をポンポンと軽く叩いた。

 

 

「長かったから、仕方ないわよ……」

 

 

「ッ—————!」

 

 

そして、ずっと堪えていた大樹の感情が決壊した。

 

大樹から啜り泣く声が聞こえた。必死に抑えようとしているが、涙が彼女たちにボロボロと零れ落ちていた。

 

ここに来るまで、どれだけの時間を費やしたのだろうか?

 

この抱き締める瞬間まで、どれだけ心を痛めたのだろうか?

 

あの後悔した日から、どれだけ待ち続けた?

 

 

「ぐぅッ……うぅ……!」

 

 

この小柄な体躯の女の子を一人すら守れなかった自分。誰一人守ることができなかった弱者だった。

 

勝手に忘れて、勝手に諦めて、最低な己を思い出すと怒りと後悔が溢れ出す。同時に悲しい気持ちも、心から漏れた。

 

 

「大樹さん」

 

 

それでも、そんな(馬鹿野郎)でも―――彼女たちは見捨てない。

 

黒ウサギは大樹の耳に口を近づける。

 

 

「———離れませんよ、黒ウサギたちは絶対に」

 

 

「———ああ、分かってるよ……それくらい……!」

 

 

俺は———彼女たちのおかげで強くなれた。

 

あれから随分とマシな男になれたと思う。

 

だから、今―――言うのだ。

 

 

「俺も離れない……皆、愛しているから……!」

 

 

「何よ今更。堂々といつも言ってるでしょ?」

 

 

アリアが呆れたように笑う。それでもこの感情は抑えられない。

 

 

「本当に好きなんだ……どうしようもなく大好きなんだよ……!」

 

 

この抱き締めた温もりが、ずっと愛おしかった。いや、全てが愛おしくなっていた。

 

 

「美琴も……アリアも……優子も……!」

 

 

愛おしかったから、必死に探していた。

 

 

「黒ウサギも……!」

 

 

いつも支えてくれる人が、愛おしくなっていた。

 

 

「真由美も……ティナも……折紙も……!」

 

 

自分との繋がりを誰よりも大事にしてくれようとした人が、愛おしくなっていた。

 

 

「誰にも渡したくないッ……ずっと俺の傍で笑っていて欲しい……!」

 

 

我が儘だ。誰よりも、俺は我が儘だ。

 

 

「好きだから……どうしようもなく、好きだから……!」

 

 

楢原 大樹は———

 

 

「大好きだからッ……愛しているからッ……!」

 

 

あの日からずっと―――

 

 

「俺はここに居るんだッ!!」

 

 

この時を、この瞬間を―――

 

 

 

 

 

「おかえり美琴ッ……そして、愛してる皆ッ……!」

 

 

 

 

 

 

 

―――待ち望んでいた。

 






次回―――ガルペス最終決戦編


【悪魔の背に復讐の烙印を】


このクソッタレな戦いに終止符を打つのは?


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悪魔の背に復讐の烙印を

ガルペスとの最終決戦の前編です。なのにイチャイチャやギャグが多いのは、いつものことなのでスルーしましょう(震え声)


―――復讐の悪魔はずっと見ていた。

 

白衣を羽織った男。ソイツは楢原 大樹という人物を観察―――分析し続けていた。

 

無数のモニターに映るのは羅列した数字と英語。そのうちのいくつかの映像は大樹が戦う場面が映し出されている。

 

 

「———これで準備は整った」

 

 

カツンッ……

 

 

ガルペスは座っていた椅子から立ち上がり、握っていたペンを床に落とした。

 

最後にガルペスが書いた紙にはびっしりと白の余白が全く見えないほど数式が書かれていた。

 

一番下の欄には『99.999%』と答えが導き出されている。

 

彼は振り返る。最後の戦いの舞台になるであろう空間を見て右手を横に振るった。

 

 

「醜い世界に終止符を打つ時だ」

 

 

そして、一斉に機械が始動する重々しい音が響き渡った。

 

 

 

________________________

 

 

 

【大樹視点】

 

 

大切な女の子を抱き締めに抱き締めた後は後悔した。帰ってすぐに両手で顔を隠し恥じた。

 

またダサイ姿を見せてしまった。あまりの嬉しさに泣いたし世迷言を吐いてしまう俺は大馬鹿だ。読者の皆様は俺が馬鹿なことは知っているか。トホホのホ。

 

救出に成功した後、美琴は【フラクシナス】に連れて行き治療を開始した。目立った外傷などはないが念のためだ。気を失っているだけだが、何かあったら大変だ。大変なことになったら俺の顔も大変なことになって世界が大変なことになる。大変過ぎるよッ。

 

あれから二日程時間が経っているが、今の所大丈夫だと琴里ちゃんから聞いている。つまり世界は救われた。完。

 

美琴を待っている間に女の子たちから頬をツンツン突かれていろいろといじられもした。いやアレはもういじめだ。ここぞとばかりに俺を弄びやがった。多分前にやったいじりの仕返しだろう。特に真由美のいじりが一番心に刺さった。

 

まぁでも、琴里ちゃんの言葉に比べれば可愛いもんだ。真由美の言葉がナイフに例えるなら、琴里ちゃんはロケットランチャーを俺の心に撃ち込んでいる。でもドMの方なら兵器万歳だろう。クルーに約一名、ガトリングガンやショットガンを撃ち込まれても笑顔になる奴がいる。

 

 

『……………おい』

 

 

「何だ」

 

 

そして現在、そわそわと落ち着かない俺。美琴が入っている部屋の前で俺が落ち着いていられるわけがない。

 

面会は許可されているが、眠っている美琴に会うより、起きている時にどうしても会いたい。というのが建前で、多分眠り続ける美琴を見たら俺は発狂する。ごめん嘘。悲しくなって首を吊るぐらいだ。変わらねぇよ。

 

隣で丸まったジャコがジト目で俺に言う。

 

 

『貧乏ゆすりをやめろ』

 

 

「うるせぇよ。それくらい許せ」

 

 

『お前の足が残像を見せる程に揺れていなければ気にしないッ!』

 

 

おっと。椅子が凄い揺れているなと思っていたら俺のせいか。

 

足を止めて俺は立ち上がる。静止することができないのでその場でウロウロする。

 

 

「美琴の顔を見るまで安心できねぇよ」

 

 

『だから残像を見せながら動くなッ!』

 

 

おっとっと。うすしお味。じゃなくてまたやらかした。こんな些細なことで人間をやめるわけにはいかない。

 

集中しよう。落ち着いて集中すれば問題無い。俺はまた座り、目を閉じる。

 

 

ギュイイイイイイイイン……!

 

 

『神の力がッ!?』

 

 

「ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!?」

 

 

突如自分の体が輝き出したことに焦る一人と一匹。すぐに黄金の光は収まった。

 

 

『何をしているんだ貴様は!?』

 

 

ジャコの怒鳴り声に俺は反省するしかなかった。

 

やはり力の制御ができていない。女の子たちを抱き締める時はできていたのに、ドアを開けようとするだけでぶっ壊してしまうことがあった。酷いな俺。今なら「み、右手が暴走する……!?」どころか「体が言うことを利かない!?」まで実現してしまうレベルである。よく分からん。

 

水道の蛇口を捻ればぶっ壊れる。ペットボトルの蓋を回せば上から半分は千切れる。パンツを洗濯カゴにシュートを決めれば壁がぶっ壊れる。最後は特に酷い上に猛省した。

 

 

「いや……それが体から力がドンドン溢れ出してヤバいんだ」

 

 

『……いつものことだろ?』

 

 

「ホントお前らさ、俺の認識を少し改めた方がいいよ?」

 

 

苦労している俺を少しは褒めて。褒め称えて。

 

 

「溢れ出した力を【神刀姫】に注ぎ込んだりしているけど、それでも力が溢れ出しているんだ」

 

 

『……悪いが、驚かないぞ? その程度では』

 

 

その程度って何だよ。どの程度ならビビるんだよ。

 

 

「……鼻くそを飛ばすだけで人を殺せるレベルまで到達したかも」

 

 

『!?』

 

 

おい。それはビビるのか。基準が分からん。

 

 

「今なら俺の一振りで街を一刀両断できるかも」

 

 

『……………』

 

 

マジで基準が分からん。真顔やめろ。

 

 

『だが悪いことではない。この先、俺たちにはそれだけの力が必要だ』

 

 

ジャコの言葉は正しい。

 

ガルペスの力は強大。過去の世界で圧倒したとはいえ、未知の力が多過ぎるがゆえに怖い。もしサイ〇マ先生の一撃必殺のパンチ級の攻撃を突如されたらさすがにヤバい。

 

実際、奴の隠された力は俺をゾッとさせるモノが多い。しっかりと気を付けておこう。

 

 

「……でもこの溢れた力で何かできないかな?」

 

 

『聞いておくが、【神刀姫】に力を与えるとどうなる?』

 

 

「数が増える」

 

 

『……今の数は?』

 

 

「もう百万越えた」

 

 

ジャコは絶句した。ギフトカードってこれだけ収納できることに俺は驚いたが、ジャコは違う点に驚いているようだった。

 

全てを無効化する神の弾丸も同時に平行して作っている。ギフトカードの収納が有能過ぎてヤバい。箱庭の誰よりも物を収納している自信がある。

 

 

「フッ、最強の俺なら当然の結果か」

 

 

『否定はしない』

 

 

しろよ。「人間やめたな」みたいな目で俺を見るな。呆れ寝るな。

 

 

「はぁ……風呂入って来る」

 

 

『これ以上、設備を壊すな』

 

 

「安心しろ。体を洗って風呂に入るだけだ。シャワーの蛇口を一時間捻ることはないッ」

 

 

うわぁっと表情を歪めるジャコ。一発殴ろうかと思ったが、殴ったら一帯が吹き飛びそうなので我慢した。

 

 

ギュイイイイイイイイン!!!

 

 

『神の力ッ!!!』

 

 

「ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!」

 

 

少し苛立っただけでこれである。ホント、大変だ。

 

 

________________________

 

 

 

「超痛い」

 

 

まさか体を洗うだけで血を見ることになるとは思わなかった。一度たわしで失敗したことがあったが、まさかスポンジで失敗するとは……恐ろしい。擦っただけで体を削るとか痛過ぎグロ過ぎ。すぐに綺麗に回復したけど辛かった。

 

広々としたお風呂に浸かると癒しの時間が始まる。変な声が出そうになるが自重した。

 

ボーっと何も考えないで天井を見ていると、気配を感じた。

 

風呂の外だ。脱衣所から布が擦れる音が聞こえ始めた。

 

 

(はい来ましたよこの展開)

 

 

予想できるね。これから嬉しい展開があって、最悪な展開になるのが頭の中ですぐに推理されたよ。こういう展開を『主人公殺し』と名付けよう。

 

まず誰かが服を脱いでいる。そして男じゃない。ここは男湯でも女湯でも無い。ドアの外に「大樹入浴なう」の紙を貼ったくらいだ。そして誰が来るのかも分かった。

 

 

ガラララッ

 

 

「……何しに来た」

 

 

風呂に入って来た全裸の女の子に問いかける。

 

 

「大樹の背中を流しに来た」

 

 

―――無表情のまま折紙は堂々と答えた。

 

見ている俺が言うのも何だが、タオルの一つくらい巻いて欲しかった。恥じらいを持て折紙。

 

 

「回れ右」

 

 

「何故」

 

 

「嫁にバレたら殺されるだろ?」

 

 

俺がタフなせいか知らないが、容赦無いんだぜ? ウチの嫁は。

 

 

「問題無い。ドアなら壊して開かないように施した」

 

 

「何やってんのお前」

 

 

せっかく壊さないように入って来たのに無駄になった。俺の意図をほんの少しでいいから汲み取って。

 

というか何で俺はこんなに落ち着いているんだ? 女の子の裸を見てこんなに冷静でいられる自分が怖い。

 

見目麗しい美少女に興奮しないか? いや興奮しているに決まってる。興奮しなかったらホモだろソイツ。

 

 

「体はもう洗ったからしなくていい」

 

 

「まだ洗い足りない。途中投げ出した痕跡がある」

 

 

「うっ」

 

 

バレてる。確かに全身が血塗れになるトラウマのせいで、背中などが洗い切れていない。安心して欲しい。大事な部分は念入りに洗った。念入りに。

 

 

「私に任せて。隅々まで舐め……洗ってあげる」

 

 

「さすがの俺でも今のは引いた」

 

 

エロいとかそういう次元じゃない。むしろ恐怖を感じた。

 

折紙は一歩も譲らないようだ。溜め息をつきながら俺は諦める。

 

 

「じゃあ背中だけ洗ってくれ。舐めたら駄目だからな」

 

 

「……分かった」

 

 

俺は息子を手で隠しながら素早く移動する。俺の行動が普通に正しいはずなのに、堂々としている折紙を見ていると俺が異端者にしか見えない。何だこの雰囲気は。

 

風呂椅子に座り石鹸を折紙に渡す。折紙は泡立たせた後、自分の体を洗い始める。ん? は? ちょっと待て。

 

 

「俺の背中はどうした?」

 

 

相棒! 俺の背中がガラ空きだぞ! 任せたのに!

 

 

「今から洗う」

 

 

「お、おう……頼むぞ?」

 

 

折紙の言葉を信じて俺は正面を向く。すると、

 

 

ムニュッ

 

 

「ファッ!?」

 

 

「ッ……」

 

 

柔らかい感触が背中に伝わった。鏡を使って見てみると、折紙が自分の体を密着させていた。

 

おいマジか!? これは予想していなかったぞ!? 誰が胸で洗えと言った! ここはソープランドじゃねぇよ!

 

 

「たくましい背中」

 

 

「褒めて誤魔化そうとするな! やめろ! そういうことはまだ早い! いや早いとかじゃなくて!」

 

 

自分でも何が言いたいのか分からない。とりあえず混乱していた。

 

折紙を引き剥がそうと試みるが、泡が滑るうえに力の加減ができないため失敗する。抵抗する俺の手は滑り、折紙の強い力から逃れられない。

 

 

「うおッ!?」

 

 

「ッ!」

 

 

泡が落ちた床は簡単に俺の足元を滑らせた。俺の腕を掴んでいた折紙も一緒に足元を滑らせた。

 

危ないと思った俺は折紙をかばいながら床に叩きつけられる。

 

 

「ほげぇッ!」

 

 

そして、その上から折紙が落ちて来る。

 

 

「うべぇッ!」

 

 

風呂場で起きた二連コンボに俺は変な声が連続して出てしまった。

 

 

「痛ッ……………あ?」

 

 

倒れた痛みに顔を歪めていると、手に柔らかい感触を感じていた。

 

史上最強の男は知っている。この黄金の右手にある感触の正体を。

 

 

「……………」

 

 

「……………」

 

 

俺に覆い被さった折紙と視線が合う。そのまま無言で見つめ合っていた。

 

右手は未だに掴んだまま。しかし、指先一つ動かせないでいた。

 

 

(何だこの状況。何だこの空気。何で俺は動けない)

 

 

ラッキースケベが起きても互いに無言って……折紙はキャー! スケベ! 変態! と顔を真っ赤にして俺にビンタ———無理だな。するわけがない。むしろウェルカム言うような奴だよ折紙は。

 

 

「お、折紙? あの―――」

 

 

ついに意を決した俺。折紙に声をかけようとした時、

 

 

「あらあら? もうお楽しみの最中でしたか?」

 

 

「「!?」」

 

 

ビクッと俺と折紙の体が驚きで震える。声がする方を向くと、狂三がクスクスと笑いながら俺と折紙を見ていた。

 

何故ここに狂三が!? と普通の人ならそう反応するだろうが、狂三なら壊れたドアなんて関係なしにここに来れるだろうな、と俺は自己完結した。影の中に入ってスイスイっと抜けれそう。

 

 

「ってお前も裸で来てんじゃねぇよ!!」

 

 

「さすがにバスタオルは巻いていますわよ?」

 

 

確かに白いバスタオルで体を隠している狂三。彼女はまだほんの少しだけ常識があるようだ。俺が居る風呂に突撃して来ている時点で常識もパンパカパーンだよ。

 

 

「お背中を流そうと思ったのですが……どうやら私が思った以上にハードですわ」

 

 

「やめろぉ!! 俺はこんな要求はしていないッ! そもそも洗って貰おうとも思っていないからな!?」

 

 

「では聞きますが———その右手は?」

 

 

それを聞かれるととても困る。

 

こんな状況でも右手は掴んだままだからな。不思議なことに放れないんだこれが。オーマイゴッド。

 

 

「左手は空いているぜ狂三?」

 

 

「開き直ったセクハラは性質が悪いですわね……」

 

 

正直、ここまで来るとどうすればいいのか分からない。ゆえにボケるしかない。

 

 

「ッ……左手も、もう片方を揉むべき」

 

 

ツーッと俺の鼻から血が飛び出た。こんにちは!って感じで。

 

 

「折紙さん僕降参です参りましたごめんなさい!!」

 

 

ついに右手から放し、俺は風呂場にダイブ。脱兎の如く、お湯の中へと逃げた。

 

肩まで浸かりながら戦闘できる体勢にする。

 

 

「こ、これ以上、俺の貞操に傷を付けるわけにはいかん。帰れ……頼む」

 

 

「先程まで胸を揉んでいた人の言葉とは思えませんわ……」

 

 

真顔で願う大樹の言葉に狂三は苦笑い。そのまま風呂へと入り……っておい! 入るのかよ! タオル付けたままに関しては許す。俺も目のやり場に困るから。

 

 

「だが折紙。テメェは駄目だ」

 

 

「何故。公衆浴場のマナー」

 

 

「よく覚えておけ。俺と一緒に風呂に入りたい時は水着の着用が絶対だ!」

 

 

「……なら―――」

 

 

「おおっと皆まで言うな。狂三は何故いいのかってだろ? 狂三は『初大樹』だから許可される」

 

 

意味不明な言葉に狂三は頬を引き攣らせた。狂三は急いで大樹に近づき耳打ちする。

 

 

(『初大樹』って何のことでしょう?)

 

 

(すまん、今作った。話し合わせて……)

 

 

(そんなことだろうと思いましたよ! どうするのですか!? 凄く睨まれていますわよ私!?)

 

 

(……ざ、ざまぁ)

 

 

(そんな微妙な表情で言うのですか!? もっと人を馬鹿にするように言えないのですか!? 言われても嫌ですが!)

 

 

申し訳ないという気持ちが顔に出ていたようだ。そもそも『初大樹』って何だよ。年越した時に出会った俺のことかよ。

 

 

「と、とりあえずタオルを巻けば許してやる。ホラよ」

 

 

創造生成(ゴッド・クリエイト)】で両手から白いタオルを創造する。便利な能力だと思うが、タオルでも中々体力を持って行かれるのが難点。

 

しかし、ここで忘れていけないのが俺の力の暴走である。

 

タオルは生成されるが、その勢いが凄い凄い。

 

 

「うおうおうおうおうおおぉんッ!?」

 

 

ニョキニョキとタオルが出て来る出て来る。バスタオル四枚分は創造された。

 

 

「あ、あまり良い光景ではありませんわ……」

 

 

「う、うん……ちょっと気持ち悪いって自分でも思う」

 

 

狂三と一緒にドン引きする。さすがに四枚分も巻けとは折紙に言えないので手を高速で縦に振るう。

 

 

シュンッ!!

 

 

「ほい、タオル」

 

 

「たった今、当然かのようにタオルを手で切りましたが、普通じゃありませんからね大樹さん」

 

 

「うるせぇ」

 

 

「それと、床のタイルも切ってます」

 

 

「あッ」

 

 

タオルのことしか考えていなかったせいでドジを踏んでしまう。もういいよ。どうせ折紙はドアをぶっ壊したし、後でまとめて直す。

 

タオルを受け取った折紙は早速体に巻き付けて風呂に入る。そして俺の隣まで移動して来た。

 

 

「おい」

 

 

「?」

 

 

「あっち行けよ。狭いから。狂三と一緒にシッシッ!」

 

 

「大樹さん。鼻血が……出ています」

 

 

ごめんなさい。風呂のお湯に入らないように余分なタオルで拭きます。

 

駄目だな俺の体。正直すぎて駄目だ。この手の耐性が無さすぎる。

 

右隣りに狂三。左隣に折紙。折紙に関しては腕に抱き付いている。柔らかいアレが腕に当たってもお構いなし。

 

 

「そ、そろそろ俺上がるわー……」

 

 

このまま長時間、ここにいるわけにはいかない。それは何故か? 嫌な予感がするからだ。

 

 

ドンドンッ!!

 

 

「いッ!?」

 

 

その時、脱衣所の方からドアを叩くような音が聞こえて来た。その音に俺は体を震わせて怯える。

 

 

『大樹君!? 大丈夫かしら!? ドアが大変なことになっているけど!?』

 

 

折紙ぃ!! どんな壊し方をしたんだテメェ!!

 

とにかくここに来られたら不味い。「大丈夫だ。問題無い」と言えば終わる話だ。落ち着け俺!

 

 

「だいびょうぶ! 問題にゃい!」

 

 

『あるわね!? それ絶対あるわね!?』

 

 

あああああ! 何で俺はここでやらかしてしまうんだぁ!

 

このままだと優子は壊れたドアをこじ開ける。魔法を使って突破して来たらヤバい。

 

 

「俺は今裸だから! 絶対に開けないでくれ!」

 

 

『そ、そういうことね。焦っていたのは……分かったわ。開けないから早く直しておいた方がいいわよ』

 

 

優子が安堵の息をついたのが分かった。よしよし、狂三は黙っていてくれるし、折紙の口は俺が手で塞いである。完璧。バレない。罪悪感半端ない。

 

とにかく出よう。この風呂から―――この楽園から。認めちゃったよ楽園って。

 

 

『———待ってください。大樹さん、そこに誰か居ますね?』

 

 

黒ウサギの声に、俺は心の底からゾッとした。

 

体が一気に震え上がるのが分かった。喉が干上がり、一瞬で乾いた。唾を飲みこもうとするが、上手く飲みこめない。

 

それだけ、嫁が怖かった(泣)

 

 

『黒ウサギの耳は誤魔化せませんよ?』

 

 

「か、勘違いしないでくれ!? 実は原田と―――」

 

 

『原田さんなら先程、七罪さんと出掛けましたよ?』

 

 

タイミングが悪いよ!?

 

この言い訳は失敗した。つまり———二人はここに突撃して来る……!

 

 

ドゴンッ!!

 

 

脱衣所のドアが吹き飛ぶのがここからでも分かった。物凄い音がしたのだ。それ以外の何がある?

 

いつの間にか狂三の姿は消えている。あの野郎!? 逃げるの早すぎるだろ!?

 

 

「大樹君。開けるわよ」

 

 

「は、はい」

 

 

余分のタオルを腰に巻いて、俺は正座した。

 

折紙は無表情で風呂に浸かっている。少しは動揺して欲しいものだ。俺がこんな目に遭っているのに、酷いじゃないか。

 

 

ガラララッ

 

 

「……何か言い残すことはあるかしら?」

 

 

入って来て状況を確認した後、優子から通告される。死の通告が。言い残すって……あんまりだ。

 

黒ウサギの手にはギフトカード。ああ、俺はカードから出て来る武器でお仕置きされるのか。

 

 

「ッ!」

 

 

その時、俺はとんでもない下衆な博打を閃く。

 

 

「優子! 俺と一緒に風呂に入ることを許したお前なら、分かってくれてもいいじゃないか!?」

 

 

「なッ!?」

 

 

「「ッ!」」

 

 

俺の言葉に優子は顔を真っ赤にする。そのことを知っている黒ウサギは表情を引き締め。折紙は聞き捨てならないと耳を傾けた。

 

そうだ。ガストレアと戦い温泉を掘り当てて、一緒に入った仲じゃないか!(子どもも含む)

 

 

「そ、それは……べ、別に大樹君だったら良いってわけで……!」

 

 

照れながら言い訳する優子。超可愛い。だがここで攻めなければ……すまん!

 

 

「折紙は優子と同じ気持ちなんだ。だから許しても良いじゃないか? タオルも巻いているし、な?」

 

 

「私はタオルが無くても———」

 

 

「ごめん。ちょっと静かにしてて」

 

 

「優子さん! 惑わされてはいけません! 大樹さんはこの場を乗り切ろうとしていますよ!」

 

 

安心しろ黒ウサギ! その場を乗り切るために黒ウサギの言葉も考えてある! しかも最高の一撃を誇った奴がな!

 

 

「黒ウサギ」

 

 

俺は自分の唇に人差し指を置く。決して「静かにして」という意味では無い。

 

 

「言うぞ?」

 

 

「———今日だけですから! 許すのは今日だけですから!!」

 

 

「黒ウサギ!?」

 

 

優子よりも顔を真っ赤にした黒ウサギ。もちろん、キスのことである。言われたらもちろんヤバいですよね。俺と黒ウサギ。運命共同体だよ。俺に関しては骨が残るかどうかの危機だよ。

 

突然の裏切りに優子は驚く。折紙の視線が痛いが、これで危機は免れ―――

 

 

「何を……やっているのかしら……?」

 

 

そして、腕を組んでいるアリアを見て息を飲んだ。

 

完全に怒っている。感情豊かな彼女の姿は見ただけで判断が付く。

 

 

「大樹君ったら……またかしら?」

 

 

「そんなに浮気が好きですか大樹さん?」

 

 

アリアの後ろには真由美とティナの姿があった。これには俺も笑うしかない。

 

 

「ははっ」

 

 

俺は両手を挙げて降伏のポーズ。アリアの裁きを待った。

 

 

「アンタたちねぇ……はぁ……もうキリがないわねホント」

 

 

何故かアリアは怒らず、呆れていた。怒るを通り越して呆れさせてしまったのか。本当に申し訳ない。

 

でも何故だ? 真由美とティナがクスクスと笑っている。この状況で何が面白いのか、分からなかった。まさかこの後俺が無残な姿になることを笑っているのか!? そ、それはないよ。多分。

 

 

「大樹!」

 

 

「は、はい!?」

 

 

アリアに呼ばれて返事をする。敬礼も忘れず背筋をピーンッと伸ばす。

 

 

「今度、あたしたちも入っていいわよね?」

 

 

「……………パードゥン?」

 

 

今……なんと……?

 

 

「入っていいわよね!?」

 

 

「全然良いですよOKですよ待っています!!」

 

 

アリアに銃を向けられたので首を縦に何度も振った。

 

というか一緒に入る!? どういうこと!?

 

 

「二人とも行くわよ」

 

 

「「えッ」」

 

 

アリアの言葉に理解が追いつかないのは黒ウサギと優子もだった。目が点になっている。

 

 

「 行 く わ よ 」

 

 

「「あッハイ」」

 

 

凄い威圧感。体が小さいのに何故あんなに存在が大きく見えて怖いのだろうか。

 

 

「折紙。あんたもよ」

 

 

「私は———」

 

 

「大樹のTシャツあげるから」

 

 

「———分かった」

 

 

「おいちょっと待て!? 折紙の扱いに合っているような気がするけどやめろぉ!!」

 

 

折紙は素直に風呂から上がり出て行く。物に釣られるなよ!

 

 

「あとダサイけどいいかしら?」

 

 

「構わない」

 

 

俺をディスるなアリア。そして一向に構うわ俺は。

 

色々な感情が渦巻いている俺に、真由美がこっそり近づいて来た。

 

 

「良かったわね大樹君。皆でお風呂よ」

 

 

「それは死んでも良いくらい嬉しいが、どういうことだ? アリアがそんなことを許すと思わないが……」

 

 

「そうね……水着だからかしら?」

 

 

あー、理解した。それなら許しそう。

 

でも水着か……ちくしょう。布の面積はできれば小さめでお願いします。できればポロリする水着で。

 

 

「裸が良かったかしら?」

 

 

「駄目だぜ真由美。俺たちは健全な付き合いを―――」

 

 

「本音は?」

 

 

「———俺の理性が持たなそうだから水着でお願いします」

 

 

ダサイ。最高にダサイぞ俺。これだから童貞だと言われるんだよ俺! もっとグイグイ行けよ!

 

 

「もっとグイグイ行っても良いと思うわよ?」

 

 

「好きな子にそれ言われるとキツイぞ真由美……」

 

 

「ご、ごめんなさい」

 

 

そして本当に申し訳なさそうに謝られるとさらに辛い。心が痛いぜ。ズッタズタだぜ。ボッロボロだぜ。泣けるぜ。

 

 

「早く行くわよ真由美!」

 

 

「ええ! すぐに行くわ!」

 

 

アリアに呼ばれた真由美はすぐに風呂場を後にする。残された俺はどうすればいいのですか?

 

 

「……寒い」

 

 

もう一度、風呂に入って温まろう。うん、それがいい。

 

肩まで湯に浸かり、フッと息を吐く。ああ、極楽極楽。

 

 

ガラララッ

 

 

「何か勘違いしているようだけど、許したわけじゃないわよ」

 

 

「えッ」

 

 

風呂場に戻って来たのはアリア。その手には———【インドラの槍】があった。

 

いや、それはアカンよ。それお湯に入れたら死んじゃうよ? 感電死しちゃうよ?

 

必死に俺は首を横に振るが、アリアは笑顔で槍をポイッと風呂に投げた。

 

 

「大丈夫。強い大樹、あたしは好きよ」

 

 

「今、それを言うのは卑怯だぜ」

 

 

バチバチガシャアアアアアァァァンッ!!

 

 

 

________________________

 

 

 

風呂場の修理を終えた後、琴里に叱られた。理不尽。だってドアを壊したの折紙だし、折紙と狂三が入ってこなければこんなことにならなかったし、床のタイルは俺が悪いのは間違いない。そこは認めよう。

 

 

「べぼ、ばびぶびべびゃばびびょ?」(でも、やり過ぎじゃないの?)

 

 

「ごめん、何を言っているのか全然分からないわ」

 

 

優子が可哀想な目で俺を見ている。辛い。舌と唇が痺れているだけなのに。こんなに言葉が伝わらないとは。

 

黒ウサギに治癒のギフトで治して貰い回復する。顔にあった嫌な違和感がスッと消えた。

 

 

「毎度思うけど【インドラの槍】はやり過ぎだと思います」

 

 

「でも大樹君が浮気しなければ良いだけの話だと思わないかしら?」

 

 

真由美のド正論に俺は何も返せない。口をポカンッと開けていることしかできなかった。

 

周囲の視線がグサグサと刺さる。そこは何か返せよと目が言っている。無理だよ。俺が悪いって分かっているもん。

 

切羽詰まった大樹は変なことを口にした。

 

 

「そ、それなら俺にだって考えがあるぜ! アリアたちも俺以外の男と仲良くしていたらペナルティな!」

 

 

「……別に良いわよね?」

 

 

「……もちろん黒ウサギは、それでもいいですけど」

 

 

うんと頷く優子と黒ウサギ。彼女たちは元からその気がないのは当然知っている。

 

しかし、馬鹿な大樹はすぐに勘違いするのだ。彼は涙をポロリっと床に落とした。

 

 

「前言撤回、良いですか? 絶対に仲良くしないで……!」

 

 

「完全に大樹さんが誤解して泣きそうになっていますよ」

 

 

焦ったティナが急いで大樹の手を握り絞める。五秒にも満たない発言はすぐに撤回された。

 

反省しました。浮気された側は、こんなに辛いことだと。

 

だから、俺は決意したことを明かす。

 

 

「実は……だ、大事な話があるんだ。えっと、将来的な……感じの話が」

 

 

急に視線を泳がせながら話す大樹に女の子たちは察する。頬を赤くして大樹の言葉を待った。

 

そして同じく、大樹も彼女たちの顔を見て察する。

 

 

「……あー、その顔は……うん、言わなくて良い感じだな。分かっているようだから省くぞ」

 

 

「できれば言葉にしてくれると嬉しい」

 

 

「録音機はしまってくださいね折紙さん?」

 

 

黒ウサギが折紙を説得。大変助かりました。黒歴史残すような真似はしないでくれ。

 

一度咳払いとして、真っ赤な顔でも、真面目な表情で彼女たちの名前を呼ぶ。

 

 

「アリア」

 

 

「ええ、聞いているわよ」

 

 

「優子」

 

 

「何かしら?」

 

 

「黒ウサギ」

 

 

「はい」

 

 

「真由美」

 

 

「ちゃんと聞こえているわよ」

 

 

「ティナ」

 

 

「はい、大樹さん」

 

 

「折紙」

 

 

「何?」

 

 

「録音機は片付けろ」

 

 

「………………」

 

 

「ここに美琴は居ないが、後で二人っきりの時にしっかりと伝える。俺の気持ちを全てさらけ出してくるよ」

 

 

そして、大きく深呼吸して彼女たち―――大切な人たちに告げる。

 

 

 

 

 

「———全部終わった後、一ヶ月以内に答えを出して、行動を見せる。必ず良い形で……以上です」

 

 

 

 

 

「「「「「———ッ!?」」」」」

 

 

それは大樹の告白。しかも、OKサインがもう出ている予告だった。

 

答えとは当然あのこと。行動とはもちろんあのこと。一つ一つ言わずとも分かることだった。

 

女の子たちの顔は驚愕と嬉しさとその他諸々の感情が混ざり合い、顔を紅潮させていた。

 

だが何を言えばいいのか彼女たちには分からない。今までこんな展開が無かったせいだ。

 

当然、大樹もこんな展開にしたことがない。よって彼女たちの言葉を待つが、一向に帰って来ないので不安になっている。

 

 

「え、えっと……俺、何か嫌なことを―――」

 

 

ドッと強い衝撃が胸に飛び込んで来た。それは女の子の体で、折紙だった。

 

しっかりと受け止めることができたが、これはどういうことなのか聞こうとする。が、

 

 

「———嬉しい」

 

 

折紙の一言に、俺は胸が一杯になった。

 

それだけその一言は俺の不安を掻き消し、安心と嬉しさが心を満たした。

 

折紙を強く抱き締め、礼を言う。

 

 

「ありがとう。俺も嬉しいぜ、折紙」

 

 

「私の方がもっと嬉しい」

 

 

「何張り合ってんだよ。俺の方がもっともっと嬉しい……って俺たちはバカップルかよ」

 

 

「大樹となら、なっても良い」

 

 

「そりゃ感激だ」

 

 

折紙を十分に抱き締めた後、再び前を向く。アリアと目が合った。

 

 

「できれば、アリアにも抱き付かれたいのだが……」

 

 

「……きょ、今日だけよ」

 

 

「俺は明日も明後日もお願いしたいけどな」

 

 

「……………考えておくわ」

 

 

しゃあッ! アリアのデレ、いただきましたぁ!! ありがとうございます! ごっつぁんです!

 

中々折紙は俺の体から離れてくれないので、そのまま俺を中心に動かして背中から抱き付く形で止めて置いた。折紙さん、力が超強い。背中に凄い頬擦(ほおず)りする。

 

前が空き、アリアを受け入れる準備は整った。さぁ来いっと目で訴えると、

 

 

「なら私もいいわよ、ねッ!」

 

 

「って真由美!?」

 

 

ドンッと満面の笑みで真由美が飛び込んで来た。しっかりと受け止めたが、アリアがまだ受け止めれていない。

 

 

「大樹!? 何であたしじゃないのよ!?」

 

 

「違う俺のせいじゃない! アリア! 飛び込んで来い! 二人なら同時に抱き締めれる!」

 

 

「あ、あんたねぇ……!」

 

 

怒らせたか!? と思っていたが、アリアは勢い良く飛んで来た。その怒った感情を突進に込めるのやめてくれます!?

 

 

「うぐぅ!」

 

 

誰よりも一番強い飛び込みだった。それでもアリアを受け止め真由美と一緒に抱き締める。ひゃっふー!!

 

アリアと真由美の顔が真っ赤? 知るか! 俺も真っ赤だから気にするな!! ヤケクソだ!

 

 

「な、何この流れ!? アタシたちもするの!?」

 

 

「大樹さん! 次は黒ウサギとティナさんでお願いします!」

 

 

「できるだけ早くお願いします!」

 

 

「あれ!? アタシだけ乗り遅れているの!?」

 

 

女の子たちにもみくちゃにされる大樹。実は———というか察しの通り、彼は内心ビビッていた。

 

 

(何だコレ? 何だこれ!? なんだこれ? ナンダ・コレ!)

 

 

大事なことなので色々と変換させて四回言いました。

 

愛されていることは分かっている。こんなに幸せになっていいのでしょうか!?

 

だって本来ならこの後、女の子に見つかって怒られる展開が普通じゃん!? でも今回は違う。怒る女の子がいないんだよ!?

 

 

(俺の感覚がおかしいのか!? 女の子に怒られないといけない使命感を持った自分怖い! ドMかよ俺!?)

 

 

気にしなくて良いんだよ俺! 例えアリアの小さな胸が手に当たっても、優子の柔らかい頬と俺の頬がくっついていても、黒ウサギの凶悪とも言える胸が腕に埋まっていても、悪戯に俺の髪をわしゃわしゃと真由美が触っていても、ティナが小さな体で俺の胸に抱き付いても、折紙が背中から抱き付きながら俺の耳をハミハミと噛んでいても———そう、許されるのです! 法で裁けぬ悪とは俺のことよ。

 

でも最後はレベル高いな。折紙、ちょっとそれはやめて。あふんってなる。力が抜けるから。

 

 

(ああ、この幸せな時間が永遠に続けばいいなぁ……)

 

 

「ちょっとティナ!? あたしは大樹のパートナーで出会った時間が早いんだから!」

 

 

「駄目です。ここは譲りませんよアリアさん。それと愛に早さなんて関係ありません」

 

 

「なッ……い、言ってくれるじゃないの……! でもあたしの方が年上なんだから、素直に言うことを―――」

 

 

「……体型、あまり私と変わらないじゃないですか」

 

 

「は?」

 

 

(あれれ~、雲行きが怪しくなって来たぞぉ?)

 

 

落ち着いてアリア。(あお)らないでティナ。

 

右手に鋭い痛みが走る。アリアだ。アリアが俺の腕を強く握っている。だから力強いって痛い痛い!?

 

 

「言っておくけど真由美! 正妻なのはあの世界だけであって———!」

 

 

「ごめんね優子。先に大人の階段を上るのは私になりそうね」

 

 

「うぅ……!」

 

 

そこも落ち着いて煽らない。優子、真由美、仲良くやろうや。

 

そして左腕に鋭い痛みを感じた。優子だ。無意識なのか、俺の腕に力を入れて関節を一つ増やそうとしている。だから痛い痛いあああああ!

 

 

「だから黒ウサギはエロくありません!?」

 

 

「嘘。あなたの体が誰よりも一番凶悪。だから大樹が獣になった時は必然的にあなたのせい」

 

 

「喧嘩売ってんのかおい」

 

 

「そ、それなら黒ウサギは惜しむことなく全力で迎撃します!」

 

 

「いやそれはおかしい」

 

 

「必要ない。私が全て受け止める」

 

 

「な、なら黒ウサギだって望むところですよ!」

 

 

こっちは何の勝負をしているのか分からない。

 

黒ウサギの胸が顔に埋まり、後頭部は折紙の胸で埋まった。呼吸できない。窒息死する。

 

 

(幸せの時間、凄い早さで終わったな)

 

 

そうだよな。こんなに簡単にハーレム達成おめでとう!とかならないよな。

 

忘れていたよ。この困難を乗り越えなければ、俺の願いは叶わない。

 

 

 

 

 

―――この『修羅場』、どう(おさ)めようか。

 

 

 

 

 

既に体はチェックメイトされているような状態なのだが。大変なことになっております。

 

 

「……………」

 

 

ま、幸せだからいいや。

 

 

グギッ バギッ ガクッ……………チーン

 

 

________________________

 

 

 

「どこだここ」

 

 

「大樹よ。そこを渡ってはならん」

 

 

「えッ? じいちゃん? じいちゃんなのか!?」

 

 

「現世とあの世を分ける川じゃ。お前なら分かるだろう?」

 

 

「さ、三途の川じゃねぇか……でも」

 

 

「何じゃ? ワシの顔に何かついておるか?」

 

 

「じいちゃん。何でこっちにいるの? 普通川の向うにいない?」

 

 

「……………のだ」

 

 

「え? 何て?」

 

 

「怖くて渡れぬのだ」

 

 

「子どもか!」

 

 

「向う岸には幽霊の様な足が透けている奴が多い……とてもじゃないが無理じゃ」

 

 

「じいちゃんの足も透けているけどな?」

 

 

「とにかくワシはここに居続ける。お前さんは帰れ」

 

 

「いやいや、じいちゃんはもう渡れよ。いつまでここに居るんだよ」

 

 

「もうすぐ10周年」

 

 

「迷惑過ぎるだろじいちゃん!? どんだけここに居るんだよ!? 向うに行けよ!」

 

 

「嫌じゃ嫌じゃ! ワシはここでお前さんのような新人に三途の川を教えてここでの生き方を伝えるんじゃッ」

 

 

「エンディング迎えた奴にチュートリアルするとかどんなクソゲーだよ!? ああもう! 俺も渡り切らない程度までついて行ってやるから!」

 

 

「ああああああああああああああああああああ!!」

 

 

「うるさッ!? じいちゃんうるさッ!? ホラ、早く渡れ! 生まれ変わって来い!」

 

 

「まだばあさんが! まだ来ておらぬ!」

 

 

「ばあちゃんなら超元気だぞ。年賀状の写真が『若い奴にはまだまだ負けへん』ってマラソン大会優勝していたやつだったよ」

 

 

「ばあさん!? もう90歳になるじゃろ!? 大丈夫なのか!?」

 

 

「いや、じいちゃんのこと結構忘れていた。仏壇に置いてあるじいちゃんの遺影を不思議そうに見ていたぞ」

 

 

「ばあさあああああああああん!!?」

 

 

「もう行けよクソじじい! 覚悟決めろ!」

 

 

「なッ……孫がグレた……お前さんの姉ちゃんはあんなに優しいのに……」

 

 

「そうだろうな。姉ちゃんがじいちゃんのこと、『良い金づる』言っていたからな」

 

 

「ごばはぁ!? それが死者の見送りの言葉か貴様ぁ!!」

 

 

「俺はそんなこと関係無しで好きだったよ。いつもトラックで乗せて色んな所を連れて行ってくれたから。パチンコ率が凄い高かったけど」

 

 

「……………大樹。母さんは元気か?」

 

 

「うん。今はどうか分からないけど」

 

 

「そうか。ならアイツによろしく死ねと言っておいてくれ」

 

 

「まだオトンのこと嫌ってんのか……」

 

 

「フンッ、ワシは認めぬ。由緒正しき『   』家に、あの男は不適切だ」

 

 

「そうかよ。ちゃんと伝えておくわ」

 

 

「うむ。所で大樹。お前さんは今年でいくつになる?」

 

 

 

 

 

「ん? 16だ。もう高校生なんだぜ?」

 

 

 

 

 

「おお、ならもう彼女を作らないとな。画面の向うにいる女の子はお前さんの期待には———」

 

 

「やめろ。やめてください」

 

 

「まぁ、お前さんには双葉ちゃんがいるから安心じゃのう」

 

 

「———双葉? 誰だそれ?」

 

 

「—————ッ……いや、ワシの勘違いだ。気にするな」

 

 

「そ、そうか?」

 

 

「……まだ渡らずに居て正解だったな。大樹よ、最後に覚えて置いて欲しいことがある」

 

 

「何だ?」

 

 

「———この場所を忘れるな。忘れても、思い出せ。必ず、お前が必要とする場所だ」

 

 

「じ、じいちゃん?」

 

 

「この水がどこから流れて来ているのか、(あば)け」

 

 

「ど、どういうことだ!? 何を言っているのか全然―――」

 

 

「お前さんは選ばれている。『   』家の———」

 

 

 

________________________

 

 

 

「……………」

 

 

変な夢を見た。いや、思い出したということが正しいのか。

 

いつもなら女の子とヒャッホィする夢なんだが、何だこの夢。

 

記憶にない夢だ。絶対記憶能力が再び忘却した記憶を蘇らせたのかもしれない。

 

しかし、死んだじいちゃんに会っていたとは……普通忘れるか? とても簡単に忘れることができないような出来事だが……自分が怖いよ。

 

 

「ん?」

 

 

そういや、体が温かくて柔らかいモノに包まれているこの感触は何だ?

 

あの修羅場の後、どうしたっけ? あ、そのまま寝てしまったのか。 気絶したと思うでしょ? 残念普通に幸せ過ぎて寝ちゃいました! ……これ以上、嫁の鬼度を上げるわけにはいかない。

 

よくあの場面で寝れたなと自分でも思う。って今はそんなことより状況把握。暗い部屋。ベッドに寝ていることを確認。黒ウサギの顔を認識―――はい?

 

 

「あッ……………」

 

 

「……………黒ウサギさん?」

 

 

暗い部屋の中でも、黒ウサギと目が合ったことは分かった。しかも距離は20センチあるかどうかの距離と来た。

 

柔らかいモノの正体が分かった。黒ウサギが隣で寝ている。つまりこの全身を覆った柔らかい感触とは———女の子たちの体というわけだえええええええええェェェ!!??

 

 

「!?」

 

 

「お、おはようございます……」

 

 

「ど、どないなってんねん……」

 

 

思わず関西弁を使ってしまうほど動揺している。

 

アリアも、優子も、真由美も、ティナも、折紙も、俺の手を握ったり腕を抱いたり体に抱き付いたりしている!?

 

そして黒ウサギ! 俺の顔を触って何をしている。

 

 

「俺の顔がブサイクなのは仕方ないぞ」

 

 

「い、いえ……そんなことは一度も思ったことが……十分にカッコイイと黒ウサギは……………思います」

 

 

もう! ホント可愛いなぁ黒ウサギは!! 惚れてしまうだろ!? ってもう惚れてたわ!

 

いかんいかん。馬鹿なリア充みたいなこと考えているぞ俺。落ち着け落ち着け。

 

 

「実は大樹さんがボロボ……疲れていて」

 

 

オッケー牧場。ボロボロになっていたんだな? 理解したし、許容した。

 

 

「気ぜ……寝てしまっていたので、大樹さんをベッドに運びまして」

 

 

今更『気絶していた』なんて遠慮しなくていいよ。手遅れな俺に必要ない遠慮だ。

 

 

「そこで大樹さんが寝言で……その……美琴さんの名前を出しまして」

 

 

「やだ恥ずかしい」

 

 

「そこまでは良かったのですが……その、部屋から出ようとした時に……『双葉』と呟いたのです」

 

 

「それはヤバいな」

 

 

「ええ、ヤバかったです」

 

 

「で、どうなった俺の体」

 

 

「ッ……大丈夫です。黒ウサギが治しました」

 

 

「よし、聞かないでおく。で、どうなった?」

 

 

黒ウサギが一瞬目を逸らしたので深く追求しない。かなり気になるが、好奇心は猫を殺す。嫁の胸の中で死ねるのなら本望だが。

 

 

「そこから流れるように、全員で大樹さんと寝ることになりました」

 

 

「俺が言うのもアレな気がするが……ぶっ飛び過ぎだろ」

 

 

事件が発生した直後に犯人が牢屋にぶち込まれるくらい過程をすっ飛ばしたぞ。

 

 

「折紙さんと真由美さんがアリアさんたちを煽らなければこんなことにはなりませんでした」

 

 

「そうか。じゃあ後でお仕置きとしておっぱいの一つや二つ揉ませて―――」

 

 

「キレますよ?」

 

 

「———ひえ!? じょ、冗談に決まっているだろ。頬をつねらないでッ」

 

 

「絶対にできないクセに……大樹さんのクセに……」

 

 

黒ウサギが拗ねてる。珍しい。

 

ニヤニヤと頬をつねられながら黒ウサギの表情を楽しんでいると、

 

 

「……童貞のクセに」

 

 

「お前の口からその言葉が出るとは一生本気で思わなかった……!」

 

 

涙がボロボロ零れるのだが。絶対真由美辺りの影響だわ。俺の健全でエロエロな黒ウサギを返して!!

 

……取り戻してみせる。ちょっと攻めただけで恥ずかしくなる黒ウサギをもう一度、この目に焼き付ける!

 

 

「だ、大樹さんが悪いのですよッ」

 

 

「そうだな。俺が悪いな。でも、そんな悪い俺を好きになってくれた黒ウサギはもっと悪いだろ?」

 

 

「ッ……口説いているのですか?」

 

 

「攻略済みだろ?」

 

 

「なッ……!? く、黒ウサギはそんなに軽い女ではありませんッ」

 

 

「知っている。200年以上守って来た貞操だ。19年ぽっちしか生きていない俺とは違う。ちゃんと分かっている」

 

 

「……そこまで理解してくれているなら……許します」

 

 

「ただその貞操に俺が傷をつけるということになると興奮する俺がいる」

 

 

「にゃッ!?」

 

 

変な声を出して驚く黒ウサギ。興奮する俺もいるが、ビビっている俺もいることを忘れないでくれ。

 

 

「ただ———大切にしたいという気持ちは本当だ」

 

 

「ッ———!」

 

 

黒ウサギの顔がカーッと赤くなるのが分かる。キタァ! はいクエストクリア! 報酬はその顔を完全に記憶させていただきます。

 

 

「で、では……そんなに大切にしてくれるなら———」

 

 

「ん?」

 

 

「———少しだけ、傷をつけて貰っても良いですか……?」

 

 

( д ) ゚ ゚

 

 

「えッ」

 

 

俺は現在、眼が飛び出る程驚いています。

 

黒ウサギは俺の服を掴んで距離を縮めている。黒ウサギの顔が近づくと男の理性を簡単にぶち壊してしまうかのような香りが鼻に入る。

 

追撃と言わんばかりの暴力的な胸が俺の体に押し付けられる。今気付いたのだが、超絶エロい黒いネグリジェを着ている。

 

童貞にはレベルが高過ぎる展開。当然、俺はこうなる。

 

 

________________________

 

 

「極悪人の俺が、傷だけ済むとでも?」

 

 

「あッ……んッ」

 

 

大樹は強引に黒ウサギの唇を、自分の口で塞いだ。

 

抵抗しようと黒ウサギは力を入れるが、すぐにその抵抗は無くなった。

 

そのまま体重をかけないように黒ウサギの上に(またが)り、逃げ場を失わせた。

 

唇を一度離す。大樹はニヤリと悪い笑みを見せた。

 

 

「今夜は寝かさないぜ?」

 

 

「……はい」

 

 

そして、俺たちは熱い夜を―――

 

 

________________________

 

 

 

 

 

 

―――――んなわけあるか。常識的に……いや、大樹的に考えてみろ。

 

 

 

 

 

「あッ、いや、その、えっと、あの、これは、ぬ!?」

 

 

これが正解。この焦りようだ。ぬって何だよ。ぬって。

 

今度はこっちが恥ずかしがって慌てているじゃないか。攻める姿勢を忘れるな!

 

 

「ぎ、ギフトカードギフトカード」

 

 

「何するつもりですか大樹さん……」

 

 

焦り過ぎて何を探しているんだ俺。

 

 

「ま、まだ早いと思うぜ?」

 

 

「分かっています……冗談ですよ。仕返しです」

 

 

手玉に取られた。今日で思い知った。女の子に勝てる気がしない。

 

黒ウサギはそのまま俺の顎下に顔を入れて抱き付いて来た。

 

ダイレクトに髪から素晴らしい香りが鼻に入る。というか近過ぎてまともに動けない。

 

 

「大樹さんのエッチ」

 

 

はいエッチでも変態でも良いです。

 

黒ウサギが抱き付く形になったせいで綺麗な首後ろに目が移り、そこから背中へと視線が落ちて行き、

 

 

「ッ!?」

 

 

黒ウサギのお尻に目が釘付けになる。YES! 黒! ブラック! 最高ッッ!! 小さなピンク色の丸いウサギ尻尾が萌えポイント高い!

 

ガン見しているが黒ウサギは気付かない。そりゃそうだ。黒ウサギの頭の上に頭を乗せているのだから。見えるわけがない。気付くわけがない。

 

 

(というか……!?)

 

 

女の子たち全員が薄い格好をしていた。いくら暖房が効いているからとはいえ、防御薄すぎでしょ俺の嫁!?

 

太ももにホルスターを付けたまま寝ているアリア。ピンクのワンピースから薄っすらと下着が見えている。

 

下着の上からフード付きパーカーだけ着ている優子。それ俺の『一般人』服じゃないか。全然許せる。洗って返さなくていいよ。

 

ノースリーブで肩を大胆に露出し、スカートが長いワンピースを着た真由美。艶めかしい鎖骨のラインに目を奪われそうになる。

 

可愛らしいピンクのチェックのパジャマを着たティナ。一番まともな恰好をしているかと思いきや、ズボンがない。あとパジャマがはだけて右肩が見えているうえにブラがない。年齢的にそろそろブラを付けるべきだと思います。

 

折紙に関しては一番最強かもしれない。裸『一般人』Tシャツとは恐れ入った。下着すら着けないスタイルとは次元が違いすぎる。

 

 

「大樹さん?」

 

 

「……幸せ者だよ俺は」

 

 

「? それはよかったです」

 

 

ふさふさのウサ耳と一緒に黒ウサギの頭を撫で回す。撫でながら絶景を脳に焼き付けた。

 

今日はおかしい。けど素晴らしい。こんなに感激する展開ばかり起きているなんて……!

 

フハハハハハ!! 我が軍の勝利だあああああァァァ!!

 

 

 

 

 

ウウウウウゥゥゥ―――――!!!

 

 

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

突如響き渡ったのは、空間震警報のサイレンだった。全員が飛び起きる。

 

 

ゴッ!!

 

 

「ぶべッ!?」

 

 

「痛ッ!? ご、ごめんなさい大樹さん!?」

 

 

「だ、大丈夫だ……」

 

 

黒ウサギが飛び起きたせいで顎を強打する。黒ウサギも痛そうにしていたが、口から血を流している大樹よりはマシなはず。どうやら舌を噛んだらしい。

 

 

「と、とにかく俺は先に司令室に行くぞ。ちゃんと着替えてから来い。もしその恰好で来たら男共を抹殺しなきゃいけなくなる」

 

 

ベッドから飛び起きて部屋を出る。女の子達は頬を赤くしながら布団で身を隠していた。何だろう。このイケない感じの雰囲気。うーん、最高。

 

それより真面目に切り替えろ。美琴以外の精霊が現れた。それなら琴里たちに任せればいい。

 

 

(いや……違う気がする……)

 

 

自分の嫌な予感は、宝くじのハズレ並みに当たる。何て嬉しくない体質なんだろうか。

 

 

―――ドクンッ

 

 

「ッ……」

 

 

突然襲い掛かる激しい痛み。ナイフを心臓に突きたてたかのような胸の痛みに顔を歪める。

 

 

「……冗談じゃないッ」

 

 

右胸を抑えながら、大樹は歩き出した。

 

 

________________________

 

 

 

深夜0時00分と日付が変わる時間に、異変は起きた。

 

空間震と呼ばれる現象を機器が感知したにも関わらず、街では何一つ異変が起きていないのだ。

 

空間震も、精霊も、何も起こってない。誰もいない。ただ時間だけが過ぎていた。

 

 

「どういうこと? 空間震も精霊もいないって……」

 

 

飴を咥えながら難しい表情をする琴里。クルーたちが必死に原因を探っているが、見つけ出せていない。

 

 

「機械が間違って感知したってのは?」

 

 

「そんなはずはないわ。あの機械は特殊な余波———霊力を感知してやっと作動するの。誤作動は考えられないわ」

 

 

士道の言葉に琴里は首を横に振る。今の琴里の言葉から考えられることが一つある。

 

 

「なら、作為的に誰かが霊力を流したって線が一番あるな」

 

 

「ッ……それこそありえないわ。誰かが精霊の力を所持していることになるのよ」

 

 

「なら思い出してみろ。美琴が精霊として現れた時、空間震警報は鳴ったよな?」

 

 

「……何が言いたいのかしら?」

 

 

「でも『ファントム』は美琴を精霊にした記憶はない。なのに美琴から霊力をレーダーで感知した」

 

 

ここまで言えば大体理解したのだろう。琴里は黙ってしまう。

 

 

「そして美琴の背後にはソロモンの悪魔が居た。もう決定的としか思えないだろ」

 

 

「……じゃあ敵は」

 

 

「ああ、ついに仕掛けて来やがったかもしれないな」

 

 

ご丁寧に街の人間を安全なシェルターに避難させたんだ。必ず、奴は動く。

 

その時、艦橋のスピーカーから外部通信を(しら)せるブザーが鳴った。

 

琴里が俺に確認を求めて視線を合わせる。俺は頷いて繋げて欲しいことを伝えた。

 

 

「繋いでちょうだい」

 

 

「ハッ!」

 

 

クルーの声と同時にモニター画面が切り替わる。そこには文字が書かれていた。

 

 

「何だ……この絵は?」

 

 

「記号? まさか……文字なの?」

 

 

士道と琴里が首を傾げる。怪しい模様の数々にクルーたちも眉を寄せていた。

 

記号や模様に見えるようなモノが円を描くように並び、渦巻き状になっている。

 

モニターを見て理解したのは二人だけだった。

 

 

「信じられないが、未解読文字のようだ」

 

 

令音の呟きに全員が驚く。

 

 

「み、未解読って……!」

 

 

「未だ人類が解読できていない文字体系だ。私に期待しないでくれ。読めるとするなら———チラッ」

 

 

「『チラッ』じゃねぇよ。何俺なら分かるだろみたいな視線送ってんだよ。目潰すぞコラ」

 

 

令音の視線は大樹だった。大樹は後頭部を掻きながら溜め息をつき。

 

 

「さすがに読めねぇよ。未解読文字の『クレタ聖刻文字』なんて」

 

 

彼は気付かない。そこまで分かっている時点で普通じゃないことに。

 

彼の常識に少しだけついていけるのは令音ぐらいだ。

 

 

「そう言われると、これは『ファイストスの円盤』に似ている」

 

 

「よく知っているな。その通りだ。『ファイストスの円盤』は『クレタ聖刻文字』が使われている。人の顔や動物のようなモノが書かれていて、解読も内容も明かれていない。俺でも無理だ」

 

 

「す、少しくらいは解読されているんじゃないのか? もしこれが『ファイストスの円盤』なら———」

 

 

士道の言葉に、大樹は嫌な顔をした。

 

 

「それならいいけどな」

 

 

「え?」

 

 

「ありました司令! 『ファイストスの円盤』の画像、モニターに映します!」

 

 

クルーの一人がネットで検索した画像をモニターの横に映し出す。

 

遺跡に置かれていそうな円盤形の石。そこには『クレタ聖刻文字』に似たモノが彫られている。

 

ほぼ同じように見える二つのモニター。しかし、全員の表情が固まった。

 

 

「……文字が、違う?」

 

 

出されたモニターの文字が一字一字が全て異なっているのだ。同じ文字はあれど、場所は全く違う。

 

 

「クソッタレが……頭は俺以上に良いってことをアピールしているのかよ」

 

 

「……まさか!?」

 

 

「ああ、そうだよ士道。敵はこの未解読文字を解読———いや、理解している」

 

 

全員が息を飲むのが分かった。

 

未解読文字を完全に理解して、それをメッセージにして今、俺の目の前に出してやがる。

 

実に(しゃく)に障る行為だ。奥歯からガリッと削れる音が聞こえた。

 

ピロンッと軽快な音が響く。外部通信で出したモニターに変化が生じた。

 

『クレタ聖刻文字』の下部に漢字で書かれた『問題』が表示される。が、問題の続きに書かれた文字が異常だった。

 

 

「……ハッ」

 

 

もう笑うことしかできなかった。鼻で笑った大樹の額から汗が流れた。

 

 

「問題文も、未解読文字か……!」

 

 

言葉を失った一同。外部通信の最悪なことに、問題文は未解読文字の『クレタ聖刻文字』ではない。別の未解読文字だった。

 

 

「な、何を伝えたいの……敵は何を伝えたいのよ!」

 

 

琴里が取り乱すのも分かる。わざわざ外部通信を受け入れたにも関わらず、人類が解読できていない言語を並べて来た。

 

挑発より性質の悪い。馬鹿にしたモノだ。怒りが込み上げるの不思議ではない。

 

 

「落ち着け。問題文の未解読文字は解こうと思えば俺ならできるかもしれない」

 

 

取り乱した琴里を落ち着くように大樹が声をかける。

 

幸い、問題文の未解読文字は箱庭の歴史書物に書かれた読解法をいくつか応用すれば読める可能性はある。ただし、解読に時間は多くかかるだろう。

 

それだけじゃない。『クレタ聖刻文字』は本当に手の付けようがない。お手上げと言っていいレベルだ。

 

約100年先の技術を知っていても、普通じゃありえない現象を知っていても、箱庭と言う規格外な世界で本を読み漁っていた俺はこの言語を知らない。

 

 

(ふざけやがって……!)

 

 

この出された未解読文字でもっとも問題となっているのは『理不尽さ』だ。難解のレベルを遥かに上回っている。

 

だが幸運と言うべきか、制限時間のようなモノは与えられていない。理不尽なゲームオーバーは無い事を信じておこう。

 

外部通信が無言なのは気になるが、なるべく早く解読に取り掛かるべきだろう。

 

 

「とにかく嫌な予感しかしない。解読したいから手伝って―――」

 

 

大樹が解読に取り掛かろうとした瞬間、

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォン!!!

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

戦艦を大きく揺らす激しい衝撃が突如襲い掛かって来た。あまりにも突然すぎる出来事にクルーたちは衝撃に備えることができず、床に転がってしまう。

 

 

「敵襲!? そんな!? レーダーには何も……!?」

 

 

「違う!! 中だ!!」

 

 

大樹の叫びの否定。ギフトカードから取り出した刀を握り絞めて背後の壁を睨み付けた。

 

 

「全員後ろに俺の隠れろ! 死ぬぞ!!」

 

 

刀を構えた瞬間、再び爆音が轟いた。

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!

 

 

巨大な雷が壁を粉々にする。砕けた壁の破片を切り落としながら歯を強く食い縛った。

 

黒煙の向うから歩いて来る一人の人間。紅い閃光がバチバチと弾けていた。

 

 

「まだ、終わってねぇってことかよ……!」

 

 

歩いて来たのは———美琴だ。

 

病院の患者が着る緑の服に身を包ませた彼女の眼は虚ろ。その瞳に大樹は映らない。

 

 

「不味いです司令! 戦艦の高度が下がって……!」

 

 

「それくらい分かっているわ。大樹!」

 

 

「時間ならいくらでも稼いでやる。絶対に落とすんじゃねぇぞ!!」

 

 

ダンッ!!

 

 

強く踏み込み前に進む。音速の壁をブチ抜き、美琴の背後を取る。

 

当然、紅い閃光はそれを許さない。大樹に襲い掛かろうとするが、

 

 

「大樹!!」

 

 

「分かっている!」

 

 

背後から聞こえるアリアの声にニヤリと笑みを浮かべる。応援に駆け付けたアリアは緋色の銃弾で紅い閃光を相殺し、打ち消した。

 

美琴との距離はゼロ。アリアが作ったその隙を大樹は逃さない。

 

 

「頼むから大人しくしてくれよッ!」

 

 

神の力を発動した。全てを打ち消すその力に抗えるモノは何もない。

 

しかし、彼女が止まることはなかった。

 

 

バチバチッ!!

 

 

「ぐぅ!?」

 

 

「大樹!?」

 

 

美琴の体から衝撃波のように飛ばされる電撃波に大樹の体は後ろに吹っ飛ぶ。アリアはその光景に驚愕していた。

 

 

「どういうこと!? 今ので終わりじゃ……!?」

 

 

体を回転させて衝撃を殺す。そのままアリアの隣に立った。

 

 

「……俺の弱点を突かれたな」

 

 

「弱点って……嘘でしょ?」

 

 

神の力は全ての力を打ち消す。

 

 

―――それが美琴の能力でも、打ち消す。

 

―――それがアリアの緋弾も、打ち消す。

 

―――それが優子や真由美が使う魔法も、打ち消す。

 

―――それが黒ウサギの恩恵も、打ち消す。

 

―――精霊の持つ霊力だって、打ち消す。

 

 

万能ゆえに最強。欠点があるとすれば、力を持たざる現象には通じない。

 

人の拳、自然現象、天文現象などと言ったモノは打ち消せない。そこに異様な力、不思議な力が介入しない限り打ち消せない欠点。例外はいくつかあるが、大きく分けるならそうまとめることができる。

 

つまり、今の美琴が出している電撃は———自然現象だということだ。

 

 

「そんなこと……ありえないわ」

 

 

「ああ、そうだろうな。人の体から自然と雷が出るわけがない。ならどこかで力が作用しているに決まっている」

 

 

「じゃあ、最初は……探すのね」

 

 

「ああ、こういう場合は原点を探すべきだ」

 

 

ギフトカードから【神銃姫・火雷(ホノイカヅチ)】を取り出してアリアと一緒に構える。

 

 

「そういや黒ウサギたちは? アリアしか来てくれないから寂しいんだけど?」

 

 

「馬鹿ね。消火活動に決まっているでしょ。あたしも最初はそっちに行こうと思ったけど」

 

 

「何でなのよさ」

 

 

「普通に考えて一人で十分でしょ?」

 

 

「『普通』って言うのやめて」

 

 

バチバチッ!!

 

 

紅い電撃が襲い掛かって来る。ふざけて会話している場合じゃないな。

 

刀を振り回して電撃を撃ち落す。アリアには掠りもさせないぜ?

 

 

ガキュンッ!!

 

 

俺の背後に隠れながらアリアは発砲。緋色の光を纏った弾が紅い電撃が次々と撃ち抜かれる。

 

しかし、弾いた電撃や衝撃が【フラクシナス】にダメージを与えている。このまま戦い続ければ落ちるのも時間の問題か。

 

 

「ここで戦うのは不味い。せっかく持ち堪えている戦艦が落ちる」

 

 

「確かに不味いわね」

 

 

「このまま空の旅に誘う。アリア、俺に掴まれ」

 

 

アリアは俺の左肩に掴まり、俺は左手でアリアの体を支えた。

 

悪神の真紅(クリムゾン・アジ・ダカーハ)】を装備して悪魔の様な翼を形成。

 

 

「フッ!!」

 

 

ドンッ!!

 

 

美琴にダメージを与えるなど論外。威力を最小限にまで抑えて美琴を衝撃だけで戦艦から追い出す。

 

追い出した勢いを利用してそのまま空へと羽ばたいた。

 

 

「やっぱ大好きな人の為なら、力の制御が効くな」

 

 

「何ニヤニヤしているのよ。真面目に行くわよ!」

 

 

「ああ!」

 

 

空に出た後は戦艦に近づかせないように立ち回る。アリアも居る為速度の加減は必要だ。

 

刀を振り回しながら飛び回る。俺の動きを読んでいるのか、アリアは目まぐるしく動く視界の中でも確実に電撃を撃ち抜いていた。

 

 

「……………」

 

 

激しい戦闘を繰り広げているが、どうしてもあの未解読文字が頭から離れない。

 

何故あのタイミングであの未解読文字のメッセージを送って来た? 何故そのタイミングで美琴が再び攻撃を仕掛けて来た? 必ず何か関係があるに違いない。

 

 

「何か心当たりがあるような顔をしているわね」

 

 

「ああ、アリアの胸が成長している気がする」

 

 

「ホント!?」

 

 

(あッ、これヤバイ。冗談で言って怒られるかと思ったのに嬉しそうな顔された。どうしよう)

 

 

背汗が凄いことになっている大樹。罪悪感が半端じゃない。

 

誤魔化すためにアリアたちが来る前の出来事を話す。アリアは嫌な顔をして答えた。

 

 

「未解読文字を読めるかもしれない大樹に引いたわ」

 

 

「酷い話だ」

 

 

「そうかしら? それより解読にどれくらい時間が必要なのかしら?」

 

 

「三日は必要だろうな。俺が歴史書物を読みまくった所で読解方法を知るわけがない。結局、頭の回転が早いかどうかの問題だ」

 

 

紅い電撃を避けながら苦笑いする。

 

未解読文字の解読に絶対の正解はない。日本語の『こんにちは』を英語の『Hello』と翻訳することができるが、『やぁ』や『おーい』も『Hello』に翻訳する。つまり、意味は同じでも本質が違うことは多々あるというわけだ。

 

隣に未解読文字を理解している奴がいるなら話は別だが、読める奴が誰もいないから未解読文字のままになってしまうんだ。

 

だから、解読は憶測———約八割合っているかもしれない答えだ。内容を理解したところで、内容を伝える文が間違っていることなんて大きくあり得る。

 

―――解読した所で、間違っている可能性はかなり高い。

 

 

「それに三日もこの状況が続くなんて、耐えれないだろ」

 

 

「アンタ一人なら行けるじゃない?」

 

 

「無理無理。美琴と分かり合えないままこの状況が続くんだろ? 発狂するわ」

 

 

「アンタねぇ……」

 

 

「ま、アリアを抱いたままって条件なら余裕で乗り切れる自信がある」

 

 

「風穴開けるわよ。付き合い切れないわよさすがに」

 

 

アリアの言う通り、俺もこの状況には少々付き合い切れない。

 

このまま防戦一方を虐げられるのは勘弁願いたい。戦いも恋も、俺は攻める方が好きだからな!

 

 

「ねぇ」

 

 

「ん? 何、だッ!」

 

 

刀で電撃を弾きながらアリアの声を聞く。アリアは銃で電撃を落としながら聞く。

 

 

「一時間で解読できないかしら?」

 

 

「いやいやいや。俺の話、聞いてた? 無理だ」

 

 

「馬鹿。あたしの前で『無理』は禁止よ」

 

 

「さっきツッコミが入らなかったけど、三日でも十分人間の可能性を開花していると思うんですけど?」

 

 

「大樹なら五分よ」

 

 

「過剰評価ってレベルじゃねぇよ!?」

 

 

俺が首を横に振っていると、アリアは戦闘中だと言うのにポケットから携帯電話を取り出した。

 

ピッピッピッと操作した後、画面を俺に見せた。

 

 

「……何これ」

 

 

「ティナから経由して貰ったわ。曾お爺様がまとめたデータの一つに、様々な書物に書かれた文字の読解方法よ。最古の文字まであるから役立つはずよ」

 

 

何でもアリかあのクソ探偵。人外メーター振り切っているだろアイツ。

 

他にも『問題に隠された謎解き』『医療の神秘』『未知の生物学』などなど。ジャンルが多過ぎる。恋に関してのモノが異常に多かったのは気のせいか? まぁアリアの性知識は俺に任せろ。体が頑丈な俺にしかその役割はできないだろ?

 

 

「……さすがにアイツでも厳しいと思うが、まぁ読解法のヒントくらいはなるかもな」

 

 

「そんなに難しいの?」

 

 

「問題文の未解読文字は複合型で———簡単に言うと謎解きが九割と言った感じ、だッ」

 

 

上手い具合に美琴と距離を取りながら電撃を回避する。こちらを狙ってくれるよう、相手が当てることができると思わせることが大事だ。

 

 

「よっと危ない危ない。だか読解の不規則なパターンをまとめることができたらスラスラ解けるかもな」

 

 

俺は携帯電話を見る。

 

 

 

 

 

『難解な文の解読パターンを下記に印す。未解読文字を理解しなくとも、規則性を理解すれば内容の読解は可能となる』

 

 

 

 

 

「……………マジか」

 

 

何度も文を確認した後、俺は空を見上げた。

 

 

「ちょっと!? 止まらないでよ!? 当たるでしょ!?」

 

 

アリアは紅い電撃を必死に銃弾で撃ち落す。もう当たってる。文に書かれた3つパターンを使えば10分で読解できるよ。

 

 

「……………」

 

 

俺は携帯電話を操作して探し出す。様々な項目がある中、この一文を見つけ出す。

 

 

 

 

 

『クレタ聖刻文字 読解法』

 

 

 

 

 

「…………………………マジか」

 

 

空を見上げて、全てを投げ出したくなった。

 

嘘だろ。三日でドヤ顔している俺が恥ずかしくなるじゃん。

 

何だこのやるせない気持ち。普段の俺ならアイツに対して怒ったり悔しいと感じるのに。

 

今はただ、悲しいよ。

 

 

「大樹ッ!!!」

 

 

「ハッ!?」

 

 

気が付けばアリアの顔が目の前にあった。彼女の危機迫る表情に俺の体はすぐに上昇する。

 

直後、自分の居た場所に紅い電撃が通った。避けることができた俺はホッと安堵の息をつく。

 

 

「シャーロックのせいで死ぬとか洒落にならねぇよ……」

 

 

「何ボーっとしているのよ馬鹿!」

 

 

「す、すまん。俺より先に解読されているのがショック? いや、何か変な気持ちになって……」

 

 

「何言っているのよ。曾お爺様は読解法を教えているだけで、その文を解読しているわけじゃないわ。その文を解読できるのは大樹だけでしょ!」

 

 

「ッ!」

 

 

心にグッと来る言葉を言われた。アリアさん超かっけぇ。

 

大切な女の子がここまで言ってくれたのだ。本気を出さずにどうする?

 

 

「一分だ」

 

 

「え?」

 

 

「一分で解読する」

 

 

大樹はそう告げた瞬間、戦闘をしながら頭の中で解読を始めた。

 

 

「一分って……本気の出し方が……もういいわよ」

 

 

頬を引き攣らせたアリアが呆れるように首を横に振った。そんなアリアの反応に大樹は気付いていない。

 

シャーロックの用意したモノは全て読破した。後は頭の中で自分で決めた無数の記号と数字を整理してパターンをいくつも用意して記憶。

 

 

「———カイドク、カンリョウシマシタ」

 

 

「馬鹿なの?」

 

 

ちょっとロボットっぽくふざけたらアリアにジト目で見られた。

 

まずは問題文の未解読文字を解読した。そして『クレタ聖刻文字』を解読して戦慄した。

 

 

「……『名前を叫べ』、か」

 

 

「……それが解読した内容?」

 

 

「問題文だ。アリア、黒ウサギに電話してくれ。ギフトカードに近い謎解きだ」

 

 

アリアは頷き、携帯電話で連絡を繋げようとする。その間に俺は【神刀姫】を周囲にいくつも展開して防御の姿勢を取る。

 

 

『アリアさんですね! 黒ウサギにどんなご用でしょうか!?』

 

 

「待って。今代わるわ」

 

 

アリアは電話を俺の耳に近づけて通話しやすいようにしてくれた。

 

 

「説明を省くぞ黒ウサギ。たった今、『クレタ聖刻文字』を解読したんだが、内容が謎解きになっている」

 

 

『サラリッととんでもないことを言いましたね……分かりました。黒ウサギも助力します。それで、内容は?』

 

 

「『襲い掛かる愚者の名を暴け』」

 

 

『……それだけですか?』

 

 

「ああ、俺はその名を叫ばなくちゃいけないようだ」

 

 

黒ウサギは再度聞くのも当然だ。あまりにもヒントが無さすぎる文だ。解読して最初に思った感想はそれだった。

 

しかし、一つ一つのポイントを抑えれば分かることがある。

 

 

「非常にとても最高にキレそうになるが『襲い掛かる愚者』は美琴のこと()指していると思って間違いないだろう」

 

 

銃で電撃を落としながら美琴を見る。彼女はただ俺の姿を虚ろに見ている。

 

 

「じゃあ美琴って叫んだら?」

 

 

アリアの言葉に大樹は首を横に振る。

 

 

「おいおい、それは絶対違うか美琴おおおおおおおおおおおおおおおおォォォォォォ!!!!」

 

 

『違うと思っているなら叫ばないでください!?』

 

 

俺の気持ちを受け取って欲しいから叫んでみた。何ならこのまま美琴へとの愛を実況動画にして、よう〇べかニ〇ニコに上げる勢いである。

 

 

「とりあえず謎解きだ。黒ウサギ、現段階までどのくらい紐解けている?」

 

 

『赤い妖精までは合っているかと』

 

 

「さすが俺の嫁。俺もそこまでは解けた」

 

 

俺と黒ウサギのやり取りを見ているアリアのジト目が辛い。このままだとまた撃たれちゃう。一体俺の体にいくつ風穴を開けるつもりだよ。

 

 

「……気になるけれど、余裕がないならあたし抜きで話していいわ」

 

 

「まさか。俺の人生でアリアを邪魔に思う日は永遠に来ないから安心しろ」

 

 

「え、ええ……ありがとう」

 

 

ちょっとくさいセリフだったか? でもアリア、ちょっと嬉しそうだから結果オーライとしましょう。

 

 

「説明すると美琴の周囲にある雷がヒントだ」

 

 

「赤い雷……あッ、あたしも分かったかも」

 

 

「マジか」

『本当ですか』

 

 

説明を始めようとした途端にピンと来るアリア。うちの嫁は、本当に優秀過ぎてビビる。

 

 

「別にあたし一人じゃ結びつけなかったわよ。黒ウサギが言った『赤い妖精』で繋がっただけよ」

 

 

「……アリアってシャーロックの血をしっかりと引き継いでるよな」

 

 

「そ、そうかしら?」

 

 

憧れの曾お爺様との繋がりが嬉しいのか、アリアは照れていた。

 

 

「……俺も探偵になろうかな」

 

 

『嫉妬心で人生を決めないでください大樹さん……』

 

 

「俺の一番就きたい就職先はアリアたちの夫だZE!」

 

 

『アリアさん、確認の為に説明をお願いしてもいいでしょうか?』

 

 

「ええ、もちろんよ」

 

 

無視は泣くぞコラ。

 

 

「———ってうおッ!?」

 

 

紅い電撃が俺の横を通り過ぎる。【神刀姫】を十本以上展開しているのに突破して来たか。

 

 

「少し動きを封じた方が良いな」

 

 

敵の攻撃が激しくなって来た。刀の数を増やして相殺し続けるのも良いが、ここは動きを封じよう。

 

 

「ジャコ! もう喰い終わっただろ!」

 

 

『フンッ、喰わずとも発動できる』

 

 

ギフトカードから飛び出したジャコ。黒い炎を纏った犬が空を優雅に駆ける。

 

しかし、ジャコの体はまん丸に太っていた。デブ犬と化していた。

 

 

「えッ」

 

 

「俺の刀をこれでもかってくらい食わせたからな。ブサイクに太るのは仕方ねぇよ」

 

 

「………………普通に可愛いわよ」

 

 

「そ、そうか」

 

 

ギフトカードにある【神刀姫】をほとんど喰い尽したジャコは力を解放する。

 

神の力を解放した恩恵なのか、黒い炎は白い光へと変わり痩せて行く。

 

 

ゴオオオオオオオォォォ―――!!!

 

 

獣の咆哮と共に燃え上がる白き炎。

 

 

『【白炎(はくえん)剣輝(けんけん)牢篭(ろうろう)】!!』

 

 

(つるぎ)のように鋭く研ぎ澄まされた光の矢がジャコの周囲に展開し、美琴に向かって放たれた。

 

紅い電撃が光の矢を撃ち落そうとするが、一度も当たらない。

 

矢の速さは電撃の速さを凌駕していた。紅い電撃を回避した矢は美琴を囲むようにグルグルと回る。

 

 

『捕らえた』

 

 

ガチンッ!!

 

 

高速で回転していた矢は棒状に伸び、正方形の辺の形を造り上げた。

 

正方形の面にはガラスのような薄い結界が張られている。巨大な結界に美琴は閉じ込められていた。

 

 

「これで美琴の動きは封じた。後は———」

 

 

「待って!? 美琴を閉じ込めただけじゃ———!」

 

 

安堵の息を吐いた俺を見てアリアが焦る。

 

 

バチバチッ!!

 

 

アリアが何を言いたかったのか分かる。確かに、美琴を囲い込むだけじゃ、あの紅い電撃を抑えることはできない。

 

正方形の結界の外で電撃は生成され放たれる。まぁそうでしょうね。わざわざ結界の中で電撃を発生させる意味はないからな。

 

紅い電撃は俺たちを狙っているが、ニヤリと笑みを見せた。

 

 

「ま、雷畜生が俺たちの巧みな作戦に気付かないだろうな」

 

 

バチンッ!!

 

 

紅い電撃は、()()()()()()()()正方形の結界によって阻められた。

 

もちろん、この正方形の結界はジャコが生み出したモノだ。美琴を閉じ込めている間に、同じように俺とアリアもその結界の中に入る準備をしていたのだ。

 

電撃は何度も結界にぶつかるが、割れることはない。それどころか揺れもしなかった。

 

 

「紅い電撃が俺たちを無視して【フラクシナス】を狙わせるわけにはいかないからな。美琴の行動を制限しつつ守る。そして俺たちの身も安全にする」

 

 

「い、いつの間に……」

 

 

俺の説明にアリアが目を見開きながら結界を見ている。その間に俺はさりげなくアリアを抱き締める感触を楽し―――そんな暇はないので自重します。

 

 

『どうする? あの電撃程度なら永遠に防げるが、このままというわけにはいかないだろ?』

 

 

「謎解きの間だけで良い。時間稼ぎを頼む」

 

 

ジャコは頷くと、白い光を結界に収束させて守りを固めた。

 

黒炎状態のジャコは攻撃的なモノが多かったが、神の恩恵を得た白炎状態のジャコは守りを固める術を会得した。それを今、十分に発揮しているのを見て、嬉しく思う。ジャコの進化した力は、この先俺を助けてくれるだろう。大丈夫、社畜の様に働かせるから。

 

 

「待たせたな黒ウサギ。アリアの推理を聞こうぜ」

 

 

『YES』

 

 

「間違っていたらすぐに指摘しなさいよ?」

 

 

コホンッと咳払いをしてアリアは説明を続ける。

 

 

「赤い雷には名称があるわ。超高層紅色型(かみなり)放電(ほうでん)———『レッド・スプライト』と呼ばれる発光現象がね」

 

 

ここで大樹先生の補足説明! 超高層雷放電って言うのは、高度20~100kmにかけて起こる放電による発光現象のことだよ! つまり空高い場所じゃないと見れない雷だね! というかアリア君、意外と博識だったことに僕はビックリだよ!

 

 

赤い(レッド)妖精(スプライト)―――直訳すると『赤い妖精』に辿り着くわ」

 

 

「さすが俺の嫁。素敵! 抱いて!」

 

 

「? もう抱いているじゃない?」

 

 

おっと、そっちの知識は(うと)いのですか? ぐへへ、こりゃあとで教えなきゃな。

 

 

『えッ……嘘、ですよね……?』

 

 

「違うよ? 違うからね? 勘違いしないで黒ウサギ。空に浮くために、本当に抱き締めているだけだから」

 

 

そんなにショックを受けられると顔がニヤッとなるからやめて。嬉しいから。でもインドラの槍はやめてね。

 

 

「ま、俺たちもそこまではすぐに紐解けた。それ以外の線は無いと思う」

 

 

「……その言い方だと、赤い妖精は違うのね?」

 

 

「ああ、違うだろうな」

 

 

『襲い掛かる愚者の名を暴け』と書かれていた。『赤い妖精』は名前では無い。

 

なら赤い妖精とは何か?

 

 

Sprite(スプライト)には妖精、精霊という意味が含まれている。この世界なら精霊の線が一番強いと思うが、ダミーだろうな」

 

 

「そう言い切れる根拠は?」

 

 

「『ファントム』が言った『美琴は精霊じゃない』説だ。アレは信じる価値が十分にある。妖精で間違いない」

 

 

「そう……なら赤い妖精の名前ね。大樹と黒ウサギなら余裕―――」

 

 

そう言いかけてアリアはハッとなる。

 

そう、余裕ならもう名前を叫んでいるのだ。

 

 

『黒ウサギは赤を象徴とする炎を連想し、イフリートの名が一番に思い浮かびました。ですが、』

 

 

「それなら雷が襲い掛かるのは話に合わない。炎を俺たちにぶつけるのが普通だ」

 

 

黒ウサギの解答に俺は首を横に振る。

 

赤い妖精の名を当てる前に、まずは何故赤い妖精なのか考えた方が良い気がして来た。

 

 

「……………」

 

 

この問題を出したのは、ガルペスだ。そもそも奴は何がしたい?

 

難解の文を突きつけて、美琴を酷い目に遭わせて、名前を叫べ?

 

 

(ガルペス……いや、ガルペス=ソォディアの過去……)

 

 

その時、奴の名前に違和感を感じた。

 

 

 

 

 

(ガルペス=ソォディア? 奴は何で()()()()()()()?)

 

 

 

 

 

他の保持者の名前を思い出す。まず俺、楢原 大樹。日本人だ。

 

リュナの阿佐雪 双葉。バトラーの遠藤 滝幸。エレシスとセネス、新城 陽と奈月。四人も、日本人だ。

 

原田 亮良も、楢原 姫羅も、日本人。

 

沙汰月(さたつき) 加恵(かえ)朱司馬(あけしば) 遼平(りょうへい)不武瀬(ふぶせ) 利紀(としのり)江野(えの) 凛華(りんか)。死んだ保持者たちも、日本人だ。

 

しかし、ただ一人だけガルペス=ソォディアという日本人じゃない人間が居る。

 

 

(何でこんな簡単なことに気付かなかった……!?)

 

 

違う点ならまだある。ガルペスは16世紀後半の死んだ人間だ。死亡した保持者は分からないが、俺が知る保持者のほとんどは現代を生きていた人間だ。

 

姫羅は昔の人間だが、箱庭で亡霊として俺が来るまで生きていた。その後に、彼女は保持者となった。彼女も最近と(くく)ってもいいだろう。

 

ガルペス=ソォディアという人間が気になり始めた時、あるワードにピンと来た。

 

 

「16世紀……そうだ、妖精は16世紀から17世紀にかけて有名となるきっかけになったアレがある」

 

 

『16世紀? 確かに、ありますが……何故16世紀なのでしょうか?』

 

 

「ガルペスが生きていた時代は16世紀だ」

 

 

『なるほど……問題提供者と繋げたのですね。十分に答えの可能性はあります』

 

 

「待って。その妖精が有名になった理由は何なの?」

 

 

アリアの質問に俺は答える。

 

 

「誰でも聞いたことがある。『ウィリアム・シェイクスピア』だ」

 

 

「あッ……『夏の夜の夢』!!」

 

 

ホントよく知っているなアリアは。そうだ、妖精で有名な作品は『夏の夜の夢』だ。

 

しかし、こんな安直に繋げて大丈夫なのか? 16世紀で起きた出来事なんてたくさんあるぞ?

 

 

『でも大樹さん。それに繋がる線が……』

 

 

「……………いや、ある!」

 

 

『えッ!』

 

 

黒ウサギの不安な言葉に、突如(ひらめ)いた大樹は強く言い切った。ガルペスの過去を思い出して繋がったのだ。

 

 

「ガルペスの居た場所は絶対王政があった国に居た。絶対王政は主に西ヨーロッパだ。ウィリアム・シェイクスピアの生まれた地はイングランド王国……!」

 

 

『ッ! イギリス! 同じです!』

 

 

合致した。ガルペスの生きた地がイギリスならば、この説は通る。

 

しかし、まだ謎は解明されていない。

 

 

「話を続けましょう。大樹、『夏の夜の夢』に出て来る赤い妖精は?」

 

 

「アリアも知っているなら分かるだろ。そんな妖精はいない」

 

 

『黒ウサギも記憶にございません。比喩した言葉、隠された言葉も心当たりはないです』

 

 

また壁に当たってしまう。ここまで合っているのだから、必ず赤い精霊はいるはずだ。

 

 

「名前のある妖精は悪戯好きの妖精『パック』。妖精の王『オーベロン』。その妻の妖精の女王『ティターニア』の全部で3つ」

 

 

「そのうちのどれか……のはずなのよね……」

 

 

アリアが自信なさそうに言うが、合っていると俺も思う。

 

だが赤い妖精に当てはまる要素はどの妖精にもない。

 

行き詰った大樹たちが考えていると、

 

 

『おい。あの赤い雷、街を破壊し始めたぞ』

 

 

ジャコが状況を知らせてくれた。下を見ると、紅い電撃は建物を破壊していた。薙ぎ払うように、粉々になるように。

 

街の人たちはシェルターに避難している。被害は建物だけだが、その光景は呆れるモノだった。

 

 

「放って置いていい。住民は避難済みだ。【フラクシナス】を狙わなければ問題無い」

 

 

チラッと見て首を横に振る。そんなことは放って置いて謎を考える大樹。

 

 

『フンッ、まるで駄々をこねるガキのようだな』

 

 

鼻で笑うジャコ。まぁそんな感じで暴れているな。

 

その時、アリアの目が大きく見開いた。

 

 

「ガキ……ッ! ……そうよ、ガキよ!」

 

 

「うおッ!?」

 

 

アリアが何か閃いたかのように大樹の顔をガッと掴んだ。大樹はアリアの意図を汲み取れなかったが、

 

 

「『赤い』は『赤子』のことを指しているのよ!」

 

 

「ッ!」

 

 

『ッ! その発想は気付きませんでした……!』

 

 

アリアの渾身の名推理によって、大樹と黒ウサギは全てのパズルを頭の中で完成させた。

 

 

「最高だぜアリア。これで謎は解けた」

 

 

『ええ、ナイスですよアリアさん!』

 

 

「さぁ、名前を叫びましょう!!」

 

 

『パック』、『オーベロン』、『ティターニア』のどれが赤子か?

 

きっと俺たち三人はニヤリと笑みを浮かべているだろう。

 

『赤子の妖精』———それは小柄で毛深い悪戯好きの妖精のこと。ソイツの名は―――!

 

 

 

 

 

「「『パック』ッ!!」」

 

 

 

 

 

「うるせぇこんのクソガキ共がああああああァァァ!!!」

 

 

 

 

 

「「『!?』」」

 

 

名前を叫んだ瞬間、怒鳴られた。

 

突然大声を出されたせいで携帯電話の通話を間違って切ってしまった。黒ウサギもビックリしているのに、どうなったか状況を伝えれなかった。すまん。

 

 

「いつまで考えてんだボケェ! 頭硬過ぎるんだよゴミ虫! イチャイチャしてんじゃねぇよ〇〇〇!!」

 

 

結界の外。俺たちの目の前には小さな子どもがガチギレで口汚いことを一気に吐き出していた。

 

黒い軍服のようなモノを着た男の子。緑色の髪に機嫌の悪そうな面構え。しかし、雰囲気で分かる。コイツは———悪魔だと。

 

怒鳴り散らしたパックと呼ばれた男の子が小さく息を吐く。

 

 

「———ふぅ、失礼。取り乱したようだ。気が短いのだ吾輩(わがはい)は」

 

 

「そ、そうかよ。で、答えは?」

 

 

「正解だ。が、パックという名は吾輩の名の借りの姿。ゆえに真の名を教えよう」

 

 

ドンッと右手で拳を作り心臓を叩く。左手は後ろに回した。

 

そして、悪魔のような笑みを見せた。

 

 

「吾輩はソロモン72柱———序列11番『グシオン』である!!」

 

 

グシオンと名乗った男の子の言葉に大樹は納得した。一連の流れがガルペスと関係ありませんって言われたら混乱して永遠に謎が分からないままになってしまう。

 

 

パチンッ!!

 

 

グシオンが指で鳴らすと、目の前に大きな砂時計が虚空から現れた。

 

 

「ではさっそくだが……制限時間は二十四時間―――問題を解くのだ」

 

 

サァ……

 

 

そして、上部に溜まった砂が落ちると同時にグシオンは告げる。

 

 

 

 

 

「解けなければ、この世界が滅ぶぞ?」

 

 

 

 

 

最悪のゲームは、ここからだった。

 

 

 





大体予想がついていると思いますが、ソロモンの悪魔はアレな感じ終わります。はい。

後編は気合をいつもより三十倍くらい入れて書き上げます。頑張ります。


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復讐者に救いの手を

メリークリスm……えッ、もう終わったのですか?

そ、そうですか。チッ、今年のリア充は命拾いしましたね。去年も何もしていないですが。

今年最後の投稿です。張り切って書きました。

ガルペスとの最終決戦。どうぞお楽しみください。


「突然ですが前回のあらすじを私、楢原 大樹が説明します。我が嫁であられる超絶美少女の御坂 美琴を救った夫の大樹は一時(ひととき)の休息を得る。休息の内容に関しては恥ずかしいのでカット! で、残虐非道冷酷馬鹿アホドジマヌケの敵たちから不可解なメッセージが送られ、なんと美琴に再び襲われることになってしまった。しかし! ビューティフル主人公ランキング堂々の第一位の楢原 大樹があのコ〇ン君より華麗に謎を解き明かし、じっちゃんの名に恥じない名推理で事件は解決……のはずだったのだが、突如現れた緑の髪の悪魔———1UPキ〇コが———」

 

 

「吾輩を侮辱するのも大概にしろ!? 誰がキノコだ貴様!?」

 

 

「もう満足したかしら大樹? 終わったら真面目にしなさい」

 

 

「うっす」

 

 

小さな体に黒い軍服を着た子ども。俺の言葉にギャーギャー騒ぐ悪魔の本当の名は———グシオン。

 

ズビシッと人指し指でアリアに頬を突かれて反省する。が、

 

 

「はぁ……今時ショタとか……時代に乗り遅れすぎだろお前」

 

 

「……いや、はぁッ!? な、何だ急に!? 今の吾輩の体はこの世界に留めるにはこの体が一番適応———!」

 

 

「F〇Oを見習えよ! 今の時代はロリなんだよ! 幼女なんだよこのクリスマス馬鹿が!」

 

 

「知るか!? 何故吾輩がクリスマスなのだ!?」

 

 

「ウチの最強の嫁、ロリ代表の———」

 

 

「死にたいのかしら? 風穴開けるわよ?」

 

 

大樹がペラペラと馬鹿なことを言う前にアリアは大樹の額に銃口を突きつける。

 

 

「———アリアとティナは宇宙一可愛いぞゴラァ! テメェみたいに中途半端に女顔に寄った奴なんか俺の敵じゃねぇ!!」

 

 

「言った!? ちょっと!? 何で今言ったのよ!?」

 

 

「すまん! 愛情の深さゆえに!」

 

 

「何でもそれでゴリ押せると思っているでしょ!? 甘いわよ馬鹿!!」

 

 

「あああああ! 撃たないでアリアぁ!」

 

 

「うがあぁぁ!! 吾輩を貴様らの夫婦漫才に巻き込むなぁ!!」

 

 

「「め、夫婦…………ポッ…///」」

 

 

ブチッ

 

 

あ、グシオンの頭部から聞こえてはいけない音が聞こえた。どうやらふざけ過ぎたようだ。

 

血管が切れたような音と共に、グシオンの顔がえらく怖いことになっている。『悪魔の獰猛な笑み』を画像検索したらあんな感じの顔が一番に出て来そう。

 

 

「このグシオンを愚弄したこと……あの世で……いや、今ここで後悔させてやろう……!」

 

 

グシオンの体から溢れ出す深緑色のオーラ。右手と左手を合わせてオーラを一点に収束させる。

 

同時に背後に控えていた巨大な砂時計が不気味にチカチカと光り始めた。

 

 

「見せてやろう……悪魔の恐ろしさを!」

 

 

「ジャコ」

 

 

『ああ』

 

 

収束したオーラは形を作り、武器へと変化しようとしていた。

 

不気味な笑みを見せながらグシオンは叫ぶ。

 

 

「【見放された愚者(レス・フール)】!!」

 

 

『【白炎(はくえん)剣輝(けんけん)牢篭(ろうろう)】』

 

 

ガチンッ!!

 

 

グシオンが武器を作るよりも速く、ジャコから光の矢が放たれた。

 

グシオンの反応速度を遥かに凌駕した速度で正方形の結界を生み出し閉じ込めた。この光景にグシオンは、

 

 

「———は?」

 

 

呆気に取られるしかなかった。

 

悪魔が生み出した黒い鎌は顕現したが、結界に閉じ込められた状況を理解できていない。

 

 

「悪いな」

 

 

大樹の声が聞こえた。

 

正面に浮いた大樹が、こちらに向かって右手を伸ばしていた。

 

 

「ッ!?」

 

 

否。それはただ伸ばしているのではない。

 

前に出した右手。広げた右手を一気に握り絞める為に出しているのだ。

 

そして、グッと右手を握り絞めると同時に、大樹は静かに呟いた。

 

 

「【神爆(こうばく)】」

 

 

「貴様ッ———!!」

 

 

憎しみに満ちた表情をするグシオン。悪魔の行動と思考、共に一歩遅かった。

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォン!!!

 

 

グシオンを閉じ込めていた結界の中で白い光が爆散した。

 

腹に響くような低い轟音。目を潰すかのような白い光。そして、アレだけの爆発の中、割れない結界。

 

中に居た者は逃げることも許されず、無事では済まない事は一目瞭然だった。

 

容赦の無い一撃に目を逸らしていたアリアがゆっくりと爆発した方向を向く。

 

 

「……手加減なしね」

 

 

「当たり前だ。そもそも俺の大切な人に手を出した時点で無事で済むと思うなって話だ」

 

 

今のはジャコとの合体技。簡単な話、ジャコの力を無理矢理増幅させて爆発させただけの技だが、威力は十分に使えるモノだ。しかし、

 

 

『油断するな。来るぞ』

 

 

ジャコの警告に二人は構える。大樹は目を凝らし様子を伺う。

 

 

「……まだ、軽いか」

 

 

ジャコの言う通り、まだ終わりでは無い。

 

 

ビシッ……ビシビシッ……

 

 

中身が爆炎に包まれた結界にヒビが入った。亀裂から深緑色の煙が流れ出し外へと漏れ始めた。

 

 

サァ……!

 

 

煙が外へと流れ始めると結界が空気中に解けるかのように消えていく。気味の悪いモノを目の当たりにした直後、

 

 

フッ……

 

 

自分たちを守っていた結界と美琴を閉じ込めていた結界が綺麗さっぱりに消えた。目を疑う光景にジャコは目を見開く。

 

 

『なッ!? 消されただと!?』

 

 

(……似ているな、これは)

 

 

以前戦ったベリアルの力———力を『無価値』にする力とよく似ていた。

 

まるで無効化されたかのような現象。並大抵の攻撃では破壊できない結界を破るには『無価値』のような力が作用しているに違いない。

 

深緑色の煙からゆっくりと姿を見せたのはボロボロの軍服を着たグシオン。被った帽子はどこにもない。緑色の髪がユラユラと揺れていた。

 

 

「図に乗るなよ……クソガキ共があああああァァァ!!」

 

 

激昂するグシオンの叫びと同時に膨れ上がる緑色のオーラ。それを見た大樹は小声でジャコに話しかける。

 

 

「ジャコ、アリアを任せた。ちゃんと乗せろよ」

 

 

『お、おい!?』

 

 

大樹は抱いていたアリアをジャコの小さな背中に乗せて敵を睨む。アリアは抵抗はしなかったが、心配はしていた。

 

 

「大丈夫、なの?」

 

 

「余裕だ。すぐに帰るよ」

 

 

そう言って大樹は白い歯を見せながら笑った。

 

悪神の真紅(クリムゾン・アジ・ダカーハ)】で羽ばたきながらグシオンに近づく。

 

 

「そういや問題は、どうしたっけ?」

 

 

「黙れよ。吾輩はもう、問題は言った」

 

 

そう、コイツとのやり取り合う前に一つ問題を出されていたのだ。

 

砂時計で全ての砂が落ちる———二十四時間の制限時間。解く問題は、至ってシンプルな内容だった。

 

 

 

 

 

『ガルペス=ソォディアの現在地を探し出せ』

 

 

 

 

 

(難しいってレベルじゃない。無理なレベルだと思うよ)

 

 

いやいや、無理でしょ。この世界に来てずっとアイツを探していたけど探せていないんだぜ?

 

もしかしたら未来や過去に行っている可能性だってある。何ならウルトラホール開いてウルトラビーストガルペスになっている可能性だってある。マスターボールでも捕獲できない気がする。が、がんばリー〇エ、俺!

 

 

「違う違う。問題の内容は聞いた。だから、ガルペスの居場所を教えろよクソ野郎」

 

 

「ほざくなクソガキ。例え知っていても、吾輩が貴様に教えるわけがなかろう」

 

 

この返しは多分知らないだろうな。大体あのガルペスのことだ。教えているわけがない。

 

とにかく制限時間は一日しか無いんだ。この勝負、すぐに終わらせよう。

 

 

ドンッ!!

 

 

拳と拳をぶつけて構える。刀も銃もいらない。

 

右手の人差し指をクイクイッと曲げて挑発する。

 

 

「ハンデをやる。武器を使わないでやるからかかって来いよ」

 

 

「使えないの間違いではないか? この【見放された愚者(レス・フール)】が恐ろしいのだろう?」

 

 

「ハッ、その武器が何だよ? ベリアルと同じような物だろ?」

 

 

「愚かな。この武器はガルペスから貰い受けた『神器(じんぎ)』の一つ———オリュンポス十二神が持つ神の武器だ」

 

 

今の言葉は聞き逃せなかった。

 

オリュンポス十二神。それは俺たち保持者たちに力を与えている存在なのだから。

 

 

「『神器』は神の持つ力を付加させた武器。貴様の持つ刀も『神器』なのだろう?」

 

 

なるほど。俺の【神刀姫】には確かに神の力を与えている。

 

それだけのことなら、その武器の正体も見破れるはずだ。

 

 

「だが、コイツは特別だ。悪魔の力を与えた『神器』は『悪神器(あくじんぎ)』と化す」

 

 

「———ッ!?」

 

 

ニヤリと笑みを浮かべたグシオンに大樹は危険を察知した。

 

すぐに首を右横に傾けた。その瞬間、

 

 

スパッ!!

 

 

大樹の左頬が血を噴き出しながら切れた。

 

アリアとジャコが息を飲むが、大樹は表情を変えていない。

 

 

「この『神器』はどんな場所から視界に入るモノを斬り裂くだけの力だった。これだけでも、吾輩は満足していたが———」

 

 

その時、自分の体がガクッと落ちた。

 

 

「———『悪神器』は、斬った者の力の繋がりを断つ事ができるようになった」

 

 

「マジか」

 

 

額から汗が流れ落ちた。笑っているが、笑みが引き攣った。

 

悪神の真紅(クリムゾン・アジ・ダカーハ)】、【神刀姫】、【神銃姫・火雷(ホノイカヅチ)】、何も反応しない。

 

神の力も発動していない。弱者へと堕ちた大樹は、街へと落ちる。

 

 

バチバチッ!!

 

 

タイミングが悪い事に暴れていた紅い電撃が俺を見つけて襲い掛かろうとしていた。

 

 

「死んで悔いろ、クソガキ……!」

 

 

笑みを見せながら告げるグシオンの言葉に大樹は、

 

 

 

 

 

「ま、死なないのが俺だよ」

 

 

 

 

 

バチンッ!!!

 

 

大樹に襲い掛かろうとした紅い電撃は、当たる前に霧散した。

 

突如横から飛んで来た攻撃に相殺されたのだ。

 

 

「何ッ!?」

 

 

「忘れていないか? 俺の唯一絶対に切れていない繋がりを」

 

 

ドンッと背中に衝撃が走る。そう、俺は誰かに抱きかかえられていた。

 

っと言っても、誰に抱きかかえられているのかすぐに検討はついている。見上げてみれば知っている俺の大切な嫁———そう、

 

 

「よぉ、黒———誰だお前」

 

 

「おい。俺の顔を見て絶望するなよお前」

 

 

黒ウサギではなかった。最悪だ。俺、原田にお姫様抱っこされている。

 

何でお前との友情(笑)の繋がりを見せつけるんだよ。嫁との愛情(ガチ)を見せつけたいよ。

 

 

「黒ウサギから話は聞いた」

 

 

「そうか。聞いたならそこでお前は帰って黒ウサギをこっちに来るべきだった。間違えんな死ね」

 

 

「はい理不尽」

 

 

吐き気がするようなことが起きたが、大丈夫。あとで嫁に慰めて貰おう。膝枕を頼もう。

 

原田に担がれたまま俺たちはビルの屋上に着地する。そこには七罪の姿もあった。

 

 

「うわぁ……………で、どうするのかしら?」

 

 

「最初のドン引きは心の中だけでやって欲しかったって大樹思うの」

 

 

そこにはボン!キュッ!ボン!のダイナマイトボディの大人の姿になった七罪の姿があった。一瞬素が出たのが性質(たち)が悪い。というか精霊の力を解放しちゃったのか。

 

原田と七罪のことで頭から離れていたが、すぐに俺は大事なことを思い出す。

 

 

「あッ、アイツの攻撃範囲って見える場所全部だからヤバいよここ」

 

 

「遅いよ馬鹿」

 

 

その瞬間、ビルに何十も越える斬撃波が放たれた。

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!

 

 

「嘘でしょッ!? ちょっと!?」

 

 

「おっふ、これはヤバい」

 

 

七罪が俺に抱き付いてビビっている。俺も変身した七罪の体のヤバさにビビっている。

 

斬撃波に誰よりも早く気付いた原田は両手に持った二本の短剣で俺たちに当たる斬撃波を斬り落としてた。おかげで被害は少ないが、ビルが崩れ始めている。

 

 

「くっ……俺の【天照大神(アマテラスオオミカミ)の剣】が……!」

 

 

短剣が力を失ったことに表情を歪める原田。地面に手を置き、大樹の名前を叫んだ。

 

 

「ぶっ飛ばすぞ大樹!!」

 

 

「マジかお前!? いや、別にいいけど心の準備が———」

 

 

「【永遠反射(エターナル・リフレクト)】!!」

 

 

こういう大事な時って大体俺の意志を無視するよね?

 

 

ドゴンッ!!

 

 

瓦解したビルの破片が一気に弾け飛ぶ。弾け飛ぶコンクリートと共に大樹の体も空へと弾け飛んだ。

 

原田は七罪を抱きかかえて脱出。俺もそっちのコースが良かったと思うが、原田に抱えられるのはウンザリだ。こっちでいいよクソッタレ。

 

勢い良く飛んでいる先にはグシオンが居る。敵は貰ったと言わんばかりの顔をしていた。

 

 

「わざわざ吾輩に殺されに来たか! 望み通り細切れにしてやろう!」

 

 

グシオンから放たれる無数の斬撃波。しかし、大樹の表情に迷いはない。

 

 

「舐め過ぎだ。俺を誰だと思っている」

 

 

斬撃波に対して、大樹は拳で挑む。無謀とも言える挑戦にグシオンの笑いは止まらない。

 

 

「クハハハハハッ、馬鹿なクソガキだ! 神の力を失ったお前に何ができる!?」

 

 

「何勘違いしてんだお前? いつ、俺が失った?」

 

 

「———は?」

 

 

グシオンの笑いがピタリと止まった。大樹の不可解な発言によって。

 

次の瞬間、グシオンは目を疑う光景を目の当たりにする。

 

 

ギュイイイイイイイイン……!

 

 

———大樹の右手に黄金の光が収束していた。

 

見間違いなどではない。失ったはずの神の力だった。

 

 

「断たれたなら……新しく繋ぎ直して創ればいいだけの話だろうがぁ!!」

 

 

「無茶苦茶なッ……!?」

 

 

保持者殺しの力に大樹は通じない。いくつもの壁をブチ破り、神の域に足を踏み入れた大樹は止まらない。

 

歯を食い縛ったグシオンはさらに力を解放した。

 

 

「ならば……もう一度断つまでだ!」

 

 

斬撃の数が急激的に増える。隙間なく降り注ぐ斬撃を拳で弾けば再び力を失った。

 

この斬撃波の雨を大樹は避けることができない。神の力をグシオンにぶつけることは不可能だ。

 

……大樹は前々から思っていたことがある。

 

 

「【無刀の構え】———」

 

 

神の力があるから今までの敵は倒せた。しかし、神の力が無ければ敵を倒せないのも現実。

 

その現実は姫羅との戦いは一番痛感したのが記憶に新しい。

 

前回の悪魔と戦闘、そして今回で二度目となる神封じに大樹は危機感を覚えていた。

 

 

(これじゃ守れない。まだ上を目指すべきだ)

 

 

圧倒的な力に、もっと圧倒的な力をぶつける戦い方じゃダメだ。

 

弱い力でも、圧倒的な力に対抗できる経験が必要だ。

 

 

(今の俺じゃ駄目だ。でも、()()()()()()()()()()()()()())

 

 

「———【()連撃(れんげき)】」

 

 

体を捻らせながら斬撃に拳と蹴りを振るった。

 

 

バシバシバシッ!!

 

 

拳と蹴りで斬撃を弾き、受け流しながらグシオンへと近づく。その光景にグシオンは表情を引き攣らせるも、大樹の拳に纏っていた神の力が断たれていることに気付き笑みを浮かべる。

 

 

「吾輩の勝利だ! 無力と化したその体では、悪魔を倒すことなど不可能!」

 

 

好機と見たグシオンは鎌を大きく振り上げて大樹の首を刈ろうとする。

 

 

「ああ、そうだ」

 

 

ゴオォッ!!

 

 

大樹の体が加速した。

 

間合いをズラされたグシオンはギョッと目を見開いて驚く。いつの間にか、大樹が懐に入り込み、目の前にいたのだから。

 

 

「だから越え続けて、強くなり続けて、守り続けて、俺は最強の上に行くんだッ!!」

 

 

ギュイイイイイイイイン!!

 

 

消えていたはずの神の力が大樹の手に収束する。先程と全く違う創造速度にグシオンの呼吸が止まった。

 

 

「俺の、俺たちの……全ての人間が持つ幸せを守る為に、救い続けると決めてんだよッ!!」

 

 

「くッ……【見放された(レス・)———!」

 

 

顔を真っ青にしたグシオンは急いで攻撃に移ろうと態勢を立て直すも、遅かった。

 

 

「【黄泉(よみ)送り】!!」

 

 

ドンッ!!

 

 

「ごはッ……!?」

 

 

大樹の拳がグシオンの胸を衝撃を与えて肺にある空気を叩き出させる。

 

 

「【地獄巡り】!!」

 

 

ガッ!!

 

 

(ひる)んだグシオンに遠慮なく顎に回し蹴りが入れられる。

 

グシオンの視界は大きくブレて何も反応できていない。

 

 

「【天落撃(てんらくげき)】!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

その隙は致命傷と言っても過言では無い。大樹は追撃をさらに仕掛けた。

 

両手で握り絞めた容赦の無い拳の一撃がグシオンにぶつけられる。

 

グシオンの体は真下に落下し、地面にクレーターを造り上げる。

 

 

「がぁッ……馬鹿———!?」

 

 

急いで立ち上がろうとするグシオンに、

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「———ごふッ!?」

 

 

「【鳳凰(ほうおう)炎脚(えんきゃく)】」

 

 

後を追って加速して落下して来た大樹の両足がグシオンの腹部を踏みつけた。

 

その衝撃の強さは悪魔が血を吐き、完全にダウンするほど。

 

しかし、今までの攻撃の流れは全て『本気ではない』ことをグシオンには分かっていた。

 

 

「わ、吾輩をッ……舐めるなッ……!」

 

 

「舐めてねぇよ。全力でやっている」

 

 

ギュイイイイイイイイン!!!

 

 

倒れたグシオンに大樹の引き絞った両手の拳が黄金色に輝く。

 

その姿にグシオンは理解した。今の四連撃は『本気を出さなかった』わけではない。

 

———『本気の一撃を確実に当てる為』の流れだということ。

 

ボロボロになり、コンクリートに埋まった体では避けるどころか受け止めることもできない。いつかは分からないが、武器も手放してしまっている。

 

 

「クソガキッ……良い趣味してるな……」

 

 

「味方になることを誓うなら、この一撃は空にでも打ち上げる」

 

 

「ハッ」

 

 

負けだと分かっていても、グシオンは笑みを見せるのだ。

 

 

「吾輩は、お前のような奴は好かんッ……!」

 

 

「俺もだよ、馬鹿野郎」

 

 

「クックックッ、せいぜい時間切れで情けなく死んでしまえ……」

 

 

「安心しろ。絶対に、そうはさせない」

 

 

「フッ……吾輩の負けだ。見事だクソガキ」

 

 

グシオンは笑いながら目を閉じた。

 

一瞬、大樹は躊躇(ちゅうちょ)したが、ここで撃たなければ、それは敗者に対する侮辱だと分かった。

 

そして、最後の一撃———五連撃目が放たれた。

 

 

「【双撃・神殺天衝】」

 

 

________________________

 

 

 

残り時間—————12時間。

 

 

 

 

 

現在、大樹は()()()に居た。

 

 

 

 

「ガルペスたんが全然見つかる気がしないンゴ」

 

 

「へい、ラーメン大盛りバリカタ!」

 

 

焦りを通り越して落ち着ていた。ただし、顔は真っ青である。

 

一度頭を整理して落ち着くためにご飯を食べることになったが、休憩できる気がしない。

 

 

「替え玉!」

 

 

「へい!」

 

 

大樹は大声で注文する。ただし、顔は真っ青である。

 

グシオンの撃破に成功し、役目を終えたかのように静かに眠りについた美琴を救出した後、次に出された謎は『ガルペスの位置を特定する』と来た。【フラクシナス】も全力で協力してくれることになったが、見つかる情報どころか見かけた情報もない。携帯端末は無言を貫いている。

 

連絡がないなら、俺が連絡しよう。そうだ、そうしよう。

 

とりあえず連絡の起点となる【フラクシナス】に俺は電話する。するとすぐに繋がった。

 

 

『何か分かったかしら?』

 

 

「ヤバいよ琴里ちゃん。西日本、全部回ったけど見つからない」

 

 

『そうね、一番ヤバいのはアンタよ。原田からは北海道の探索をやっと終えたのに次元が違うわ』

 

 

「へい! 替え玉一丁!」

 

 

「うまいやばい」

 

 

『そしてラーメンを食べていることに呆れてしまうわ』

 

 

溜め息が端末から聞こえた。一周回って頭がおかしい人になっているね俺。

 

麺とスープが見えなくなるくらいネギを投入しながら俺は考える。答えはこのラーメンと同じように、ネギに埋まって全く見えてこなかった。いや埋まってないから。答えネギに埋まってないから正気になれ俺。

 

 

「それより頼んでいた情報、まとめておいてくれたか?」

 

 

『ええ、ちょうど終わったわよ。だから一度、戻って———間に合うかしら?』

 

 

「街を壊さないように行くなら1時間もいらない」

 

 

『……そう』

 

 

何かを諦めたかのような反応をされた気がしたが、俺は気にせず通話を終了する。

 

一気にラーメンを食べ上げて俺は立ち上がる。会計を済ませた後、【悪神の真紅(クリムゾン・アジ・ダカーハ)】で身を隠して走り出す。

 

そもそも、闇雲にガルペスを探して見つけれるわけがないことぐらい分かっていた。だから、準備を進めるしかない。

 

 

「目的の物も集めた。あとはお前との戦いだよ、ガルペス」

 

 

ゴオォッ!!

 

 

空へと飛翔し、体を加速させた。

 

 

 

________________________

 

 

 

残り時間—————8時間。

 

 

 

 

ここは【フラクシナス】の一室。会議に使われるような長テーブルと椅子が並んだ部屋。

 

【フラクシナス】に帰って来た例の如く大樹は正座していた。当然、目の前には怒気を(あら)わにした女の子たちがいる。

 

正座した大樹の背後に写るモニター。そこにはあるニュースが報道されていた。

 

 

『衝撃! 歴史ある日本刀が次々と荒らされる連続多発!』

 

『名刀正宗が狙われた!? 盗まなかった犯人の目的は一体……?』

 

『怪奇現象か!? 展示された刀のガラスだけが割られる!?』

 

『証拠がない犯行に現場は戦慄。不可解現象に捜査は難航』

 

 

目の前に立った正義感の強いアリアが大樹の顔をガシッと掴んだ。

 

 

「今日、博物館や歴史資料館に強盗が入ったそうよ」

 

 

「物騒な世の中だな」

 

 

「狙われたのは西日本の全博物館よ」

 

 

「クッ、この異常な数……まさかガルペスの仕業———!」

 

 

「アタシの前で逃げられると思わないことよ」

 

 

「———刑事さん、僕がやりました」

 

 

メキメキと頭蓋骨から嫌な音が聞こえていた。怒ったアリアに俺は涙目だった。

 

この一連の事件、犯人は私です。私がやりました刑事さん。

 

 

「必死に探しているアタシたちに対して何をやっているのよこの馬鹿!」

 

 

「途中、探すのは無理だと悟ったのでガルペスとの決闘に備えて武器の複製をしていました……!」

 

 

複製というワードにアリアはピタッと頭蓋骨を砕くのを中断する。脳ミソが飛び出す前に止まってよかった。

 

 

「複製って……もしかして」

 

 

「もちろん【創造生成(ゴッド・クリエイト)】で増やしてギフトカードにあります」

 

 

もはや何も言うまい。大樹の頭がおかしいのは今に始まったことでは無い。そんな空気だった。

 

 

「待て。そんな目で俺を見ないでくれみんな」

 

 

女の子たちのリアクションを見て焦る大樹。アリアは大樹から手を放し、

 

 

「……………」

 

 

「何で無言で首を横に振るの!? 悪かった! 俺が悪かったからそんな目で見ないでぇ!!」

 

 

「そうよね……世界を救うために犯罪を犯したのよね……大丈夫よ」

 

 

「全然大丈夫じゃないよ!? アリアの悲しい顔で俺の心が救われてないよ!? その状態で俺を抱き締めても嬉しくないぞ!?」

 

 

アリアの肩を揺さぶるが、凄い哀しい目で俺を見ている。助けて。心がすげぇ痛い。

 

優子や黒ウサギにヘルプを求めるが、苦笑いで「頑張って」みたいな顔で俺たちを見ていた。いや何を頑張るの!?

 

どうやってアリアを元気にしようか必死に考えていると、真由美が、

 

 

「アリア。大樹君をからかうのは全部が終わってからにしましょ?」

 

 

「そうね。反省しているそうだし、いいかしら?」

 

 

「……………」

 

 

「大丈夫よ大樹。あなたが頑張っていることはちゃんと分かっているから」

 

 

「……………」

 

 

「でも、犯罪は駄目よ! 次は風穴だからね!」

 

 

「……………」

 

 

アリアが指を指しながら大樹に説教するが、彼は真顔で無言だった。

 

何も反応を見せない大樹にアリアは少し額から汗を流した。

 

数十秒間の沈黙。大樹は口を開く。

 

 

「アリア……真由美に変なことを吹きこまれないように注意してくれ」

 

 

「全部私のせいにしないで!?」

 

 

「俺を(もてあそ)ぶのはお前だけだ真由美!! 俺のデレたアリアを返せ!!」

 

 

「あたしはデレてなんかないわよ!?」

 

 

「そ、そうよね……アリアのデレを奪った私は……ひどいわよね」

 

 

「結局最後はあなたたち二人であたしたちを弄んでいるでしょ!?」

 

 

「「てへッ♪」」

 

 

ガキュンッ!!

 

 

びゃッ!? 何で俺だけ撃たれるの!?

 

 

「……もういいかしら?」

 

 

「あッ、優子さん。ご機嫌いかがですか」

 

 

「真面目に」

 

 

「はい」

 

 

ウチの嫁ってしっかりしていると思う。(一部除く)

 

そろそろ真面目に議論しないと不味い。女の子たちを席に座らせ大樹は始める。

 

 

 

 

 

「これより、謎の手掛かりはゲットしたから打ち上げの予定を決め———」

 

 

 

 

 

それはもう凄い集中砲火だった。

 

女の子たちから一斉に攻撃をくらい背後にあったホワイトボードはブラックボードと化していた。物を大切に。ついでに、大樹も大切にね?

 

 

「大樹さん。真面目に」

 

 

「ティナ! 俺はお前の為に料理を考えて———!」

 

 

「大樹さんは私達を不安にさせないようにしたいかもしれませんが、無理ですよ」

 

 

子どもとは思えない真意を突いた言葉に大樹は言葉を詰まらせて唇を軽く噛む。

 

もう通じないことは分かっていた。それでも不安にさせたくない。そんな顔にさせたくないと俺は思っている。

 

 

「……この戦い、正直分からない。勝つことも、負けることも」

 

 

「ッ……別に一人で戦うわけじゃ……」

 

 

大樹の言葉に、優子が何かを言おうとするが、それは自然と止まった。

 

強さの次元が明らかに違う。神の力を背負う彼らの中に入ることは、常人には不可能だった。

 

この中で一番強い黒ウサギでも口を出さないのだ。彼女も手助けできないことを理解し分かっていた。

 

 

「それでも、私は一緒に戦いたい」

 

 

「折紙……」

 

 

俺の両手を握り絞めて、一人で行かせないと目で訴えている。その強い意志がある目に俺は目を逸らさない。

 

その手を握り返し、笑みを見せた。

 

 

「俺だって分かっている。俺が一人で行くことを、お前たちは絶対に許さないことくらい。俺と同じくらい、我が(まま)だってことくらいな」

 

 

アリア、優子、黒ウサギ、真由美、ティナ、折紙。そして美琴。

 

俺は彼女たちとずっと一緒に居たい。永遠に居続けたい。何日も、何ヵ月も、何年、何十年、この命が終えるまで隣で笑い合いたい。

 

生きて帰って来る。そうじゃなきゃ、俺のこの思いは一生届かないままだ。

 

 

「でも、一人で行かせてほしい。アイツとの一騎打ちは俺じゃなきゃ駄目だ」

 

 

この言葉だけで納得する彼女たちではない。だから、大樹はポツポツと語り始めた。

 

 

「生きて帰って来たら、まずは俺は入院確定だろうな。その時は、みんなで俺の看病して貰って、退院した後はみんなとデートして、美琴ともデートして、今まであったことを笑って話して」

 

 

余裕のない顔をしていた大樹だが、喋っているうちに笑みをこぼしていた。

 

 

「最後は俺を巻き込んで喧嘩したり、周りに迷惑かけて、原田をからかって、精霊たちと話をして、士道を困らせて、非常識なことをして、それから———」

 

 

ここで終わることなんて許さない。これからの予定はもう決まっていて、キャンセルなんてさせない。

 

 

「———やりたいことがまだあるんだ。俺は死ぬわけにはいかない」

 

 

「……分かっています。大樹さんが帰って来てくれると信じています。信じていますが……」

 

 

「俺が黒ウサギたちと同じ立場なら、止めるだろうな必ず。その気持ちは分かる。だから———また信じて待っていて欲しい」

 

 

彼女たちには何度も待たせてしまう。つい最近まで過去に飛んでしまい、それまで待たせたというのに、自分は最低な男だとつくづく思う。

 

彼女たちの不安な表情。それでも無理に笑みを見せる彼女たちに心を痛めてしまう。だが、

 

 

「止めても無駄なことくらい、分かっているわよ」

 

 

アリアは腕を組みながら微笑した。

 

「そりゃどうも」笑って礼を言うと、アリアは一発の銃弾を俺に渡した。受け取ったのは暖かい熱を持った緋色の銃弾。渡された俺は驚いた。

 

 

「まさか……緋弾?」

 

 

「ええ、凄いでしょ?」

 

 

「ああ、凄いよ———ようこそアリア、こっちの世界へ!!」

 

 

「アンタと一緒にしないでくれるかしら!?」

 

 

アリアは強く否定した。それは首を横に何度も振るくらい拒否した。でも、手遅れなんだ。

 

 

「さよならアリア、大樹君と並べることを心から祝うわ」

 

 

「さすがアリアさん、黒ウサギを越えましたね」

 

 

「凄いわよ! 良かったわね大樹君!」

 

 

「おめでとうございますアリアさん。私は()()()()()()()()ので」

 

 

「ズルい。私も大樹と一緒が良い」

 

 

「ちょっと全員で裏切らないで!? 折紙、アンタはやっぱりズレているわ!」

 

 

優子から順に黒ウサギ、真由美、ティナ、折紙が微笑んだ。いや、折紙は真顔のままだ。確かにズレている。でも可愛いから許す。俺と一緒がいいなんて嬉しい言葉じゃないか。逆に何故嫌がる他の女の子たちよ。

 

アリアが嫌がるのは、歓迎が足りないからだ。そう、俺に不足しているのは歓迎力。歓迎力って何だ。

 

 

「ウェルカム」

 

 

「No problem」

 

 

メンタル・イズ・ザ・ブレイク。すっげぇ流暢(りゅうちょう)な英語で断られた。悲しい。

 

ポンッと肩を叩かれ振り返ると、満面の笑みで真由美がグッジョブと親指を立てた。

 

 

「全員無理だからね!」

 

 

お前じゃなくて原田とかだったら絶対殴ってた。神殺天衝レベルで。

 

 

「大樹さん、黒ウサギは謎の方が気になるのですが、本当に大方解けたと……?」

 

 

「西日本を飛び回っている時に、謎のことを頭の中で整理していたんだ。その時、気付けた」

 

 

ここからは真面目だ。真剣に彼女たちに話す。

 

 

「グシオンが出現した時、奴は巨大な砂時計を置いて行った。それは24時間という制限時間を示す為かと思っていた」

 

 

「大樹さんは、違うと?」

 

 

「『違う』とは思わない。『隠されている』ことがあると思った」

 

 

黒ウサギの言葉に大樹は首を横に振り、話を続ける。

 

 

「グシオンの力に砂時計は共鳴していていた。最初はあの砂時計がグシオンをサポートする存在かと考えていたが、ガルペスの出した謎を思い出すと、どうも怪しい」

 

 

「そういえば、あの砂時計はまだ空にあるのかしら?」

 

 

「ああ、まだ浮いている。攻撃するのはさすがにやめている。何かあった時は怖いからな」

 

 

一緒に居たアリアが確認を求める。俺は頷き、まだ謎となっていることを話す。

 

 

「ガルペスが出した謎の答えは『パック』。精霊ではなく妖精の名前だったことは聞いたよな?」

 

 

「ええ、確かに聞いたわ。いつものように大樹君が常識外れの知識で未解読文字を解読したことと一緒にね」

 

 

「真由美。お前はそろそろパンツでも取り上げて痛い目を見るか?」

 

 

「「「「「させるとでも?」」」」」

 

 

「冗談です神様」

 

 

やだもう! 俺がそんなことできるわけないじゃないですかぁ!

 

 

「駄目ですよ真由美さん。あまり大樹さんをいじめすぎては。いつか仕返しが返って来ますよ」

 

 

おお、いいことを言うなティナ! あまり俺を舐めない方が良いぜぐへへ? 何か死亡フラグ立ちそう。

 

でも話が脱線しているからまた今度にしてくれない?

 

 

「例えば? どんな仕返しかしら?」

 

 

「もちろん、エッチなことです」

 

 

「おい」

 

 

返せよ。数秒前に感心した俺を。

 

 

「それは確かに困るわね。黒ウサギあたりは喜ぶと思うけど」

 

 

「なッ!? 何故黒ウサギが巻き込まれ———!?」

 

 

真っ赤な顔で黒ウサギが文句を言おうとすると、真由美は、

 

 

「『少しだけ、傷をつけて貰っても良いですか?』」

 

 

———やりやがったよあの魔王。

 

真由美が特大ミサイルをぶち込みやがった。敵に宣戦布告する前にえげつない攻撃しやがったよ。

 

真っ赤な顔のままピタリと止まる黒ウサギ。あの会話を聞いていたのか。さすが魔王。世界の半分どころか勇者に1LDKの部屋しか与えないくらい酷い。

 

 

「———思いつきました。一番酷い仕返し……黒ウサギさん?」

 

 

ティナは今の流れを聞いていなかったようだ。固まる黒ウサギを見て首を傾けた。まぁ聞いていても、アリアたちは何のことか分かっていないようだから意味はないか。

 

それで、話が凄い脱線しているけど、一応聞こうかティナ。一番酷い仕返しって何? スカートめくりの上位版あたりか?

 

 

 

 

 

「———最後の最後に、大樹さんが真由美さんだけを振る仕返しです」

 

 

 

 

 

「———それは本気で泣くわ」

 

「———俺もそれは絶対に無理だわ」

 

 

気が付けば俺と真由美は両手を繋いでいた。頼むからそんな恐ろしいことを言わないでくれ。

 

 

「では、大樹さんが真由美さんに似た女性と浮気し始める」

 

 

「その辺りは信用できないから、本気で泣くわ」

 

 

「信用してくれない真由美に俺は泣きそうだわ」

 

 

真由美が手を放したせいで泣きそうになる。ティナ、もうやめてくれ。もう考えないで。

 

 

「でも」

 

 

手を放した真由美は俺の右腕を強く引っ張り、抱き締めた。

 

 

「大樹君は私のこと、大好きだから大丈夫よ!」

 

 

「真由美……!」

 

 

「あと、嘘でも泣けば必ず勝つわ」

 

 

卑怯だろ。

 

 

「「「「「それは分かる」」」」」

 

 

卑怯だ!

 

 

「だああああ! 話を戻すぞ! 戻すからな!」

 

 

大声を出して話を戻す。一度咳払いをして、

 

 

「……どこまで話した俺?」

 

 

「砂時計が怪しいこと。ガルペスの出した謎の答えが『妖精』だったこと」

 

 

「ありがとう折紙」

 

 

ってよく考えて見れば完全記憶能力使って会話を(さかのぼ)れば分かるじゃん。

 

 

「『妖精』という答えを出させたからには、次の問題である『ガルペスの位置特定』も関係あると睨んだ」

 

 

「そうね、じゃあ早速砂時計を見に行きましょう!」

 

 

「いや、もう見て来たから行かなくていいよ」

 

 

無言でアリアが銃を俺の額に押し付けて来た。良かれと思っての行動なのに。

 

 

「砂時計の底や上に、五芒星(ごぼうせい)が描かれていた。これは関係があると見て間違いない」

 

 

白い線で描かれていた五芒星を思い出す。砂時計と五芒星。手掛かりは増えた。

 

考えていると、ティナが挙手した。

 

 

「ごぼう……どんな食材の星が描かれていたのですか……?」

 

 

「ティナは凄い珍しいボケをするよな……食べるごぼうじゃないんだ。一筆書きで作れる星のマークがあるだろ? アレだアレ」

 

 

(こう)でしょうか」

 

 

「ホントティナは凄いな。そのマークを綺麗に一筆書きできるのか……でも違うんだよ。点を五つ結ぶ感じで……時計を使って説明するか」

 

 

時計の12→7→3→9→5→12の順で点を結ぶように一筆書きさせるイメージを伝える。今度は五角星形———五芒星が完成した。このマークが五芒星。

 

ティナは『そっちでしたか……』と納得していた。いや逆にあの☆マークを綺麗に一筆書きできるのが凄いよ?

 

 

「この星と砂時計って何か関係あるのかしら?」

 

 

「優子さんと同じ意見です。黒ウサギにも分かりません」

 

 

「黒ウサギと大樹君が分からないなら私もお手上げね」

 

 

優子、黒ウサギ、真由美の三人は謎が解けないようだ。同じく俺もここで行き詰っている。

 

砂時計の歴史、五芒星との関連。頭の中にある知識を広げてみるが、繋がる点が見当たらない。

 

 

「砂時計……星……」

 

 

全員が行き詰っていた時、ティナが呟いた。

 

 

「オリオン座……」

 

 

「……ティナさん、オリオン座とは星座のことでしょうか?」

 

 

いつも俺がしているアレか。ってそれは『正座』でしょうが! なんてつまらないことを考えているんだ俺。

 

しかし、こんな余裕を持てるには理由があった。

 

 

 

 

 

最後のピースが当てはまり———謎が、解けた。

 

 

 

 

 

「砂時計って言っても胴体の形だけでしょ? 実際は手があって違うわよ?」

 

 

「いや、大丈夫だアリア。それでいいんだ」

 

 

ニヤリと笑みを見せている大樹を見たアリアは驚く。その笑みを見ていた折紙が尋ねる。

 

 

「解けたの?」

 

 

「ああ」

 

 

質問に俺は頷いた。その自信を持った頷きに、女の子たちは安堵の息をついた。

 

最大のヒントをくれたティナの頭を撫でる。

 

 

「ありがとうティナ。お前のおかげで全部解けた」

 

 

「大樹さんの役に立てたなら、私も嬉しいです」

 

 

微笑むティナの可愛さにいつまでも撫でていたくなるが、時間は有限。いつまでもここに居るわけにはいかない。

 

 

「司令室に行くぞ。説明はその後だ」

 

 

________________________

 

 

 

日は沈み、暗い夜へと変わる。

 

空間震警報から解放された街は賑わいを取り戻し、【フラクシナス】の下には綺麗な街灯りがあった。

 

下は平和な世界だと思うが、残念ながら上の【フラクシナス】は平和じゃない。

 

 

「何……これ……」

 

 

戦慄した琴里が震えた唇で声に出す。モニターに映った映像に恐怖していた。

 

クルーたちも息を飲み、固まっていた。誰も声を出せなかった。

 

 

「ガルペスは俺たちに二つのヒントを与えることで場所の特定をさせたかったかもしれないな」

 

 

説明するかのように語る大樹。唯一、動揺していなかったのは彼だけだ。

 

モニターに映るのは()()()()()

 

一つは誰もが知ってる夜の空に浮かぶ綺麗な月。今宵は満月だった。

 

 

1.最初の謎———答えは『妖精(ようせい)』のパック。

 

2.次の謎に出されたヒント———五芒星が描かれた砂時計。

 

 

「星が砂時計の『正座』を指しているなら『オリオン座』だ。オリオン座の場所は当然、宇宙にある」

 

 

以上2つのことから、答えが導き出せるのだ。

 

———宇宙にある答え。

 

———妖精という言葉。

 

 

そして、大樹は、モニターを睨み付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

モニターに映るもう一つの球体は、銀色の機械部品で作られた月と同じ大きさの巨大な星だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「宇宙の月に隠れた星———『妖星(ようせい)』というわけだ」

 

 

 

 

 

心臓に悪い答えだ。恐ろしい洒落た解答だと大樹は皮肉に思う。実際、このモニターに映る妖星に大樹は動揺を必死に隠していた。

 

ガルペスが見つかるわけがない。この地球()にいない人物を探すとは到底予想できることじゃない。

 

きっと奴は今まで俺たちの行動を観察していたのだろう。地球じゃない、あの星から。

 

 

「今まで気付かなかったのは奴の持つ能力……いや、科学の力かもな。ステルス機能的なモノで姿をずっと隠していたと思うが……」

 

 

「馬鹿げているわ……こんなの」

 

 

震えた声で、原田の隣に居た七罪が首を横に振っていた。さすがの原田も唇を噛んで黙っている。

 

 

「……………」

 

 

妖星を見てグッと右手を握る。ガルペスは今まで様々な敵を俺にぶつけて来た。

 

苦戦した、怪我をした、楽勝だった、死にかけた。でも生きている。

 

だが今回はどうだ? 今までの大きさの比のレベルが違う。段違いだ。生きることができるのか?

 

 

「大樹」

 

 

強く握っていた拳に、折紙の手が重なる。ハッと大樹は折紙の方を向く。

 

 

「止めても無駄だからな?」

 

 

「何を?」

 

 

「は?」

 

 

「何を止めるの?」

 

 

「いや、俺が宇宙に行くのだろ? 違うのか?」

 

 

「「「「「え?」」」」」

 

 

「え? 何この反応。さっきまで泣きそうになっていたお前らが急に真顔になるとか恐怖するんですけど?」

 

 

突然、「何を言っているんだお前」みたいな反応をされても困るのだが。今の流れ、そうじゃないの?

 

 

「宇宙に……どうやって行くのよ」

 

 

「いや、普通に飛んで……行くけど……」

 

 

空気が一瞬で変わる。全員が大樹の言葉に戦慄した。

 

 

「死ぬわよ馬鹿!?」

 

 

「待てアリア! ……本気でそう思うか?」

 

 

「えッ……いや……冗談でも……やめて、嘘でしょ?」

 

 

真っ青になるアリアの顔。俺は優しくアリアの頬に手を置き、笑みを見せた。

 

 

「ハハッ、愛の力でどうにかなるさ!!」

 

 

「救急車! 急いでこの馬鹿の脳ミソを引き出しなさい!!」

 

 

アリアは頬に触れた腕を掴み、そのままヘッドロックする! 何で俺の愛はここまで通じないんだ!? 何でアリアの胸は成長しなああああああああァァァ!!!

 

 

「今、最低なこと考えたでしょ……!」

 

 

「エスパーですかアリアさぁん!?」

 

 

「なッ!? 考えたのね!?」

 

 

「見事に鎌をかけられたぁ!!」

 

 

メシメシメシッと音と共にアリアの控えめな胸に顔が埋も……まぁ、埋もれたよ、うん。真由美か折紙辺りなら本場の埋もれるんだが……。黒ウサギ級なら窒息死。これ常識な。

 

 

「……深刻な状況なのに、緊張感無さすぎでしょ」

 

 

「まぁ、それが大樹たちの良い所だと思ってくれ」

 

 

七罪の呆れた声に苦笑いで原田が誤魔化す。

 

 

「何となく、分かります」

 

 

「ホント、記憶を無くしても変わらないわね」

 

 

士道と琴里が笑いながら原田の言葉に頷く。平和ボケしている場合では無いが、焦っても仕方がない。真っ青になっていたクルーたちの手が動き出す。

 

 

「人工衛星からデータの分析をします!」

 

 

「上への通達、および同時に応援要請を!」

 

 

「ええ、頼むわよ」

 

 

常識では考えることができない映像。しかし、精霊という常識外れの存在を相手にして来た彼らの取り戻しは素晴らしいモノだった。

 

その様子に大樹は驚きながら満足する。対応と切り替えの早さに精鋭と呼ばれるのも頷ける。

 

 

「ッ!」

 

 

その時、艦橋のスピーカーから外部通信を(しら)せるブザーが響き渡った。

 

昨日と同じ。ならまた問題の映像かと警戒するが、

 

 

『謎は無事に解けたようだな、楢原 大樹』

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

部屋に響き渡る声に、全員が息を飲んだ。

 

 

「外部通信から船内のメインコンピュータにウイルスが潜入! 強制的に繋げられました!」

 

 

「落ち着きなさい! すぐにウイルスに浸食した箇所を切断、主導権を握らせないでください!」

 

 

危険を知らせるアラームが鳴り響く。クルーの報告に神無月が指示を飛ばす。が、

 

 

「駄目です! 既にこちらからの応答を受付け……えッ!?」

 

 

「どうしました!? 報告を!」

 

 

体を震わせながら、ありえないモノを見たかのようにクルーは報告する。

 

 

「……ぜ、全コンピュータの制御を……奪われました……」

 

 

「何ですって!?」

 

 

琴里と神無月が急いでモニターやボタンに触れるが、虚しくカチカチと音が鳴るだけ。

 

たった数秒でこの【フラクシナス】が乗っ取られた。その現実に彼らは呆然とするしかない。

 

 

(ぬる)いセキュリティ対策だ。こんな船を落とせなかったことに屈辱的だ』

 

 

「じゃあその屈辱、もっと味わって貰おうかな?」

 

 

『何?』

 

 

溜め息と一緒に聞こえた声に大樹が返す。その時、再びアラームが鳴り響いた。

 

 

「今度は何!?」

 

 

「め、メインコンピュータが復活! ウイルスの消滅を確認! ってええ!?」

 

 

「あ、新たにコンピュータの存在を確認! 『大樹システム』!? まさか!?」

 

 

「制御を次々と取り戻しています! ウイルス浸食率、80%低下! 85%低下!」

 

 

怒涛の波乱劇。保険、対策、逆転の一手を用意しない大樹ではない。腕を組みながらニヤリと笑った。

 

 

「よぉガルペス。手厚い歓迎に、お返しの歓迎だクソッタレ」

 

 

『フンッ、生意気な』

 

 

「生意気はお前だろ。本気でお前が来たらこんな船、数秒で落とせるだろ?」

 

 

『どうだろうな』

 

 

「こんな回りくどい真似をしたんだ。話せよ、本題ってヤツをよ」

 

 

いや、違うかっと付け足し、大樹は続ける。

 

 

「始めようぜ、最後の戦いってヤツを」

 

 

『言わずともやるつもりだ。だが、その前に———』

 

 

その時、ズシンッと体が重くなった。

 

まるで体が鉛になったかのように、体がおかしくなった。

 

 

「な、何だコレ……!?」

 

 

士道がキツそうな声を上げる。俺だけじゃない。全員に異常が起きていた。

 

 

『———まずはこの世界をぶっ壊すことにする』

 

 

「何を……しやがったテメェ……!?」

 

 

ガルペスの仕業なのは確か。しかし、何をしたのか分からない。

 

 

「え、衛星から異常なデータを観測!」

 

 

「見せろ!」

 

 

椅子に座ったクルーの横に立つ。モニターに映った情報を見て戦慄した。

 

まず人工衛星そのものが通常では考えられない動きをしている。地球の軌道に沿わず、不可解に動いている。

 

ありえない現象は、それだけじゃない。

 

 

「月の動きが……逆転した!?」

 

 

軌道の逆転。通常東の空から昇り、西の空へと沈む。だが軌道が逆転したことで、このままだと西の空から東の空へと沈む。

 

それが何を意味するかと言われれば特にない。だが、異常過ぎる。何かあるとしか思えない。

 

 

『お前が見つけたコイツは———『シヴァ』はこの世界を破壊する最高傑作だ』

 

 

モニターに映った妖星『シヴァ』はゆっくりと球体の形を変える。

 

球体は真ん中から割れて、(バツ)印に広がった。真ん中には小さな球体が浮いているのが確認できる。

 

 

「世界を破壊か……ふざけやがって」

 

 

『コイツは宇宙を意のままに操れる。例えば———』

 

 

ガルペスは俺たちの想像を超えることを口にする。

 

 

 

 

 

『———地球の軌道を変えて、太陽にぶつけることも』

 

 

 

 

 

告げられた言葉にゾッとする。大樹たちは言葉を失った。

 

 

「軌道を、変えた……?」

 

 

既にガルペスは実行に移していると分かり、手遅れだと気付かされる。

 

月と衛星の異常な動きに心当たりしかない。

 

 

「そんなこと……できるわけがないわ……!?」

 

 

信じることができない真由美は首を何度も横に振った。他の女の子たちも、信じることはできないだろう。

 

 

『なら半日待ってみろ。面白いことになるぞ』

 

 

「半日……まさかッ!?」

 

 

告げられた日数に大樹は勘付く。

 

 

「琴里! 全世界に空間震警報でも良い! とにかく地球上全員をシェルターに避難させろ!」

 

 

「と、突然何よ!? できるわけないでしょ!?」

 

 

「一日でも経てば、この地球の地上は砂漠並みの温度になるぞ!?」

 

 

「なッ!? どういうこと!?」

 

 

『さすがだな。計算が早いな』

 

 

「黙れよ、性質(たち)の悪い嫌がらせにも程があるだろッ!」

 

 

声を荒げて怒鳴る大樹に周囲は驚く。事態の深刻さが伝えるには十分だった。

 

 

「地球が太陽にぶつかれば間違いなく俺たちは終わる。だけど、一週間どころか二、三日で地球は終わる!」

 

 

「だからどうして!?」

 

 

「気温の上昇だ! 太陽に近づけばそれだけ急激に上がるんだよ!」

 

 

地球の終わりを告げられた。日数は一週間ではなく、二日三日だと。

 

現実味がでてこないのか、誰もパニックに陥るようなことはない。

 

大樹も声を荒げ過ぎていたことに反省し、落ち着く。

 

 

「……覚悟はできているよなガルペス」

 

 

『乗り込んで来るのか? できる———いや、聞くまでもないか』

 

 

大樹の手には【悪神の真紅(クリムゾン・アジ・ダカーハ)】が握り絞められていた。それは大樹が妖星『シヴァ』に乗り込むことを物語っていた。

 

 

『予想はできているかもしれないが、御坂 美琴の意識は俺が握っている。木下 優子と同じようにな』

 

 

「返して貰うに決まっているだろ。テメェは、俺が止める」

 

 

『なら来るが良い。来れるなら』

 

 

ブツンッと通信が切れる音が最後に聞こえた。

 

誰も喋らない中、大樹は部屋を出ようと歩き出す。

 

 

「待ちなさいよ」

 

 

琴里に止められ大樹は足を止める。

 

 

「これから、どうするつもりなの……」

 

 

「さっき言っただろ。行くんだよ」

 

 

「分かっているの!? 敵は宇宙に居て、これから地球は———!」

 

 

「回りくどいぞ琴里」

 

 

大樹は振り返り、琴里の顔を見る。

 

 

「こんな状況になったのは俺に非がある。焦るのも分かる。だけど、自分が何を為すべきか探る為に俺から得ようとするのはやめろ。もしもの時、俺がいない時、判断するはお前だ琴里」

 

 

地球の命運に関わってしまったプレッシャーは精霊を相手にする時より何十倍も重いだろう。

 

クルーたちが琴里に意見を求めるのと同じように琴里も俺に意見を求めようとしている。でもそれじゃ、この戦いは乗り越えれない。

 

 

「じゃあ、どうすればいいのよ……」

 

 

彼女は中学生だ。【ラタトスク機関】に所属するの最年少の乗務員だろう。司令の座まで着いていたとしても、動揺するのが普通だ。

 

そんな不安になった時、支えるのは家族だ。

 

 

「琴里」

 

 

名前を呼んだのは琴里の兄、士道だった。

 

 

「俺も分からない。ありえない状況にどうすればいいのか混乱している。だから、分かる奴に聞こうぜ」

 

 

「え?」

 

 

士道の馬鹿正直な言葉に俺は思わず口元が緩んでしまう。

 

 

「分からないモノは分からない。仕方ない事だ。だから聞こう。しかも分かる奴は信じれる。昔からずっと変わらない……この街を、友人を救ってくれた」

 

 

士道は俺の方に視線をズラす。

 

 

「俺はその人の判断を疑わない。信じて行動できる」

 

 

「……聞いてどうするのよ。素直に聞いたところで状況は変わるって言うの?」

 

 

「変わる。絶対に」

 

 

士道の強い意志に琴里は黙っていたが、

 

 

「やるわよ士道。精霊たちを呼んで来て」

 

 

「琴里!」

 

 

「少し怖気づいていたみたいね。世界が終わってしまうことくらい、精霊を相手にした時と少し違うくらいじゃない」

 

 

琴里は司令官の席に座り、足を組んだ。その姿に大樹は楽しそうに笑う。

 

 

「大樹、言いなさい。全部やってみせるわ」

 

 

「それでこそ琴里ちゃんだ」

 

 

退室しようとしていた大樹は中へと戻る。そして、皆の顔を見る。

 

 

「アイツは必ず俺が倒してみせる。皆、その為に力を借りたい」

 

 

「任せなさい」

 

 

琴里は自信満々に頷き、飴を取り出し口に咥えた。クルーたちも頷き、親指を立てた。

 

 

「もちろん、あたしたちもやるわよ」

 

 

「できることは少ないけど、アタシも力を貸すわ大樹君」

 

 

アリアと優子の言葉に俺は頷く。黒ウサギと真由美を見れば頷いてくれる。

 

 

「大樹さん、勝ちましょう」

 

 

「私も一緒に戦う」

 

 

ティナと折紙も、同じように頷いてくれる。頼もしい女の子たちだと再認識させてくれる。

 

 

「いよいよだな」

 

 

「このまま終わるなんて絶対に嫌よ」

 

 

原田と七罪も頷いてくれた。原田の手には力が復活した短剣が握られていた。

 

 

「ありがとう、皆」

 

 

ここにいる全員で救う。地球を、人類を、大切な人を!

 

勝負の賽はもう投げられた。逃げることは許されない、後には引けない状況だ。

 

勝って美琴と世界を救うのか、負けて地球を焼却するのか。引き分けなんてない。

 

ガルペスとの最終決戦。必ず決着を付ける日が来ることを俺たちは分かっていた。

 

 

『お願いですッ……ガルペスをッ……私の愛した彼を———救ってくださいッ……!』

 

 

ガルペスが愛した女性、エオナ=ソォディアの言葉を思い出す。

 

泣いた彼女の顔が頭から離れない。でも、それでいいのだ。

 

大丈夫、ちゃんと分かっている。

 

絶対に救ってみせよう。必ず成し遂げてみせよう。俺の誇りにかけて。

 

 

「———勝つぞ、この戦い!!」

 

 

________________________

 

 

 

ガルペスと決戦。準備は万全にする。

 

俺は【ラタトスク機関】から支給された戦闘服を着用した。さすがにいつものようにTシャツで行くわけにはいかない。

 

顔以外の肌を隠すように腕や足にサポーターを装備。その上から迷彩柄の戦闘服を着る。薄い素材で動かしやすい手袋と頑丈な作りになっている靴を履いてお着替え完了。

 

この軍服の性能は凄かった。世界最先端の技術を使って生み出した戦闘服。本来、精霊との戦闘を想定しての装備だが、【ラタトスク機関】の上層部の人間が俺に渡すように指示したらしい。

 

力の制御が上手くできないせいで靴やズボンを駄目にしていたが、この戦闘服はビックリするくらい馴染む。最先端技術すげぇ。今度裁縫系のスキルをレベルアップしよう。Tシャツ作りも飽きて来たから。

 

 

「ジャコ」

 

 

『何だ?』

 

 

ギフトカードからジャコが飛び出す。黒い毛並みに戻り、今は小さい子犬の状態だった。

 

 

「先に行っててくれ。俺は……」

 

 

『気にするな。行って来い』

 

 

ジャコはこれ以上何も聞かず歩き出した。ジャコらしい反応に思わず笑みがこぼれる。

 

俺が向かったのは、美琴の部屋だった。破壊された部屋から別の部屋へと移動され、白いベッドの上で眠っている。

 

ガルペスが意識を奪っている限り、美琴は目を覚まさないだろう。

 

 

「安心してくれ美琴。俺は絶対に勝って、お前を一番最初に抱き締めるよ」

 

 

膝を曲げてベッドの横に座り、美琴の手を握り絞めながら話す。

 

 

「ごめんな、ずっと待たせてしまって。すぐ終わらせるから」

 

 

そこから、俺はポロポロと様々なことを呟いた。

 

 

「最初に起きたら泣くかな? その時は頑張って笑わせてやるよ。

 

 もし怒ったら土下座でもして謝る。許して貰うまで何度も頭を下げるからな。

 

 紹介したい人がいるけど、これは絶対怒るから覚悟しておく。

 

 でも悪い人じゃないから安心してくれ。俺には勿体無いくらい……良い人だ。

 

 今までどんな世界に行って、どんなことがあったのか話そう。話題が永遠に尽きないくらいあるから。

 

 それに大事な話もあるんだ。ちゃんと聞いてくれなきゃ嫌だぜ。

 

 

 

 帰って来たら……一緒に居られなかった分、一緒に居よう」

 

 

握り絞めた美琴の手から力を貰えた。気のせいだと言われるかもしれないが、俺は元気になった。断言しよう。

 

握っていた手を放して立ち上がる。このままずっと握っていたいが、時間だ。

 

最後に、笑って美琴に告げる。

 

 

 

 

 

「———行ってきます」

 

 

 

 

 

 

________________________

 

 

 

【フラクシナス】の艦橋に全員が集合する予定だ。俺が来た頃には先に精霊たちが集まっていた。

 

で、精霊の一人である十香(とおか)と話をしていた。最初に大剣を振り下ろして来た黒髪の美少女ね。

 

 

「料理が凄く美味しいとシドーから聞いたぞ!」

 

 

「おk、お前のキャラは把握した。その時は全力尽くしてやる」

 

 

戦いが終わったらフルコースで食べさせてやろう。仲良くできる女の子だ。

 

十香は目を輝かせながら喜んだ。うんうん、ちゃんとメニューを考えておかないとな。

 

 

「食材の金は気にするな。全部【ラタトスク】に落とさせるからよ!」

 

 

「ダイキ! お前は良い奴だったのだな!」

 

 

「お、おう。それで信用を得られるとお前の将来が不安になるわ……」

 

 

「不安? シドーが居れば私たち精霊は安全だと琴里は言っていたぞ!」

 

 

「あ、そうですか」

 

 

精霊たちって本当に悪い奴はいないと思う。ただし狂三を除く。アイツは駄目だ。危険だ。

 

 

「———でも将来は狂三と結婚するのが夢だ♪」

 

 

「勝手に人の思考を読んで捏造するのやめろ」

 

 

満面の笑みで俺の隣で囁く狂三(悪魔)が居た。どっから湧いた。

 

精霊たちが警戒しているが、俺と居るせいか、距離を取るだけで何もしない。十香とかすっげぇ睨んでいるよ?

 

 

「風呂の時から思っていたが、【フラクシナス】の警備を厳重にしたんだがどうやって入って来てた?」

 

 

「大樹さんの影ですが?」

 

 

セキュリティセンサー仕事しろ。

 

 

「それと、大樹さんの力が漏れていたので取り込んでみたら、精霊の力を隠せるようになりまして」

 

 

大樹仕事しろ。

 

 

「あと……大樹さんのお嫁さんに会いましたわ」

 

 

「冗談だよな?」

 

 

「彼女たちの前で『大樹さんの愛人です』と自己紹介しておきましたわ」

 

 

「冗談だよな!?」

 

 

「でも、残念ながら信じてくださりませんでしたわ……」

 

 

おいおい、冗談じゃないのかよ!?

 

しかし、俺の嫁は俺を信じてくれたようだ。フッ、浮気なんかしねぇよ。俺はお前らだけを愛しているぜッ(キリッ

 

 

「なのでネコカフェの店員さんから貰った私たちのツーショット写真を見せましたわ♪」

 

 

「ぎゃあああああ!!」

 

 

「物凄く怒っていて怖かったですわ♪」

 

 

「ぎゃあああああああああああ!!」

 

 

あの店員ぶっ殺す! もう我慢の限界だ! 店に居たネコを操って全身引っ()き傷だらけしてやる!

 

 

「大樹ぃ!!」

 

 

「あ、アリア!?」

 

 

逃げる前に名前を呼ばれて怯える。両手を挙げて俺は振り返る。そこには全員集合、アリア、優子、黒ウサギ、真由美、ティナ、折紙が腕を組んでいた。

 

しかも俺と同じように戦闘服を着用しているため、ガチで殺されそうな雰囲気が漂っている。精霊たちが俺から距離を取り始めた。見捨てないでぇ!

 

 

「待つのだ!」

 

 

「と、十香!」

 

 

俺の目の前に飛び出て両手を広げる十香。俺を助けてくれるのか!?

 

 

「ダイキは毎朝私のために味噌汁を作ってくれる約束をしたのだ!」

 

 

「お前それ意味知って言ってんの!?」

 

 

味噌汁じゃねぇよ! 料理だよ! 火に油注ぐんじゃねぇよ!?

 

 

「大樹さん、今までお世話になりました」

 

 

「ああ! ティナからそう言われると本当に人生が終わりそう!」

 

 

「これからは、私が大樹さんのお世話をしますね」

 

 

やったぜ(困惑)

 

 

「ティナさんだけがお世話にする点は許しませんが、お世話をするのはいいかもしれませんね」

 

 

「黒ウサギさん? 俺をペットか何かと勘違いしてません?」

 

 

「首輪を付けてみましょう」

 

 

黒ウサギのヤンデレ化が進んでいて怖い。

 

 

「それ、いいわね」

 

 

「アリアさん!?」

 

 

「アタシも賛成するわ」

 

 

「優子さん!?」

 

 

「手錠もしましょ!」

 

 

「ホント真由美(魔王)だなお前!?」

 

 

最終的に俺って監禁でもされるのか!? いや、さすがにそれは———!?

 

 

「監禁するべき」

 

 

「お巡りさああああああん!!!!」

 

 

折紙の発言で俺は助けを求めた。アリアと黒ウサギに捕まるが、俺は必死に抵抗する。だが二人は何度も俺を捕らえたおかげか、コツを掴んでいるようだった。関節技を決めながら抑え込んでいる。

 

 

「まず話し合おう! 次に愛し合おう! それで解決するから!」

 

 

「最近大樹君がそれでゴリ押そうとすることをアリアから聞いているわ。無駄よ」

 

 

ムスッとご機嫌斜めな優子が俺の右の頬を指で突きながら言う。ティナは左頬を突いている。や、やみろー!

 

 

「戦う前だから手加減しているけど、本当だったらこのまま説教と折檻よ?」

 

 

真由美に言われ俺は黙り込んでしまう。確かに俺が悪かった。でも俺だけ裁かれるのはおかしい! 狂三も断罪するべきだ!

 

殺気を込めて俺は狂三は睨み付ける!

 

 

「私は被害者ですわ。許してくださいまし」

 

 

「テメエエエエエエェ!!!!」

 

 

———結局、全員が集合するまで正座して説教を受けた。

 

 

________________________

 

 

 

「———話を始めてもいいのかしら……」

 

 

「気にするな。いつものことだろ」

 

 

床に四つん這いになった大樹はアリアと真由美の椅子となっていた。琴里が家畜の豚を見るかのように俺を見ているが、ここは笑顔で返すのが大人の対応だろう。

 

 

「彼は才能ありますね」

 

 

「神無月黙れ」

 

 

お前と一緒は何か嫌だ。決して俺はドMじゃない。

 

でも折紙が何度もやめるように言ってくれたのは嬉しかったな。折紙の認識は改めないと———

 

 

「大樹はこういうのが良いのよ」

 

 

「メモしておく」

 

 

「折紙。疑ってくれ。頼むから疑ってくれ!」

 

 

馬鹿正直にアリアの言葉を鵜呑(うの)みにしないで!? 俺が本当にそういうのが好きだと思っているのか!?

 

 

「平常運転ね。大樹と作戦を決めているから説明するわね」

 

 

順応が早くて助かりますが泣きそう。そんな俺をスルーして琴里は説明を始める。

 

 

「敵は宇宙に居るわ。目的は妖星『シヴァ』の破壊だけど、地球の軌道を正すまで下手なことはしないで」

 

 

先程襲い掛かったの重力増加は【フラクシナス】の高度を下降させると消えた。原理は不明だが、あまり愚策なことはしない方が地球の為だろう。

 

 

「その前に聞きたい事がある」

 

 

琴里の説明に士道が手を挙げる。

 

 

「そもそも、宇宙にはどうやって行くんだ?」

 

 

「もちろんこのままよ」

 

 

「へ?」

 

 

士道の目が点になる。クルーたちは視線を逸らし気まずそうにした。ああ、なるほど。

 

 

「お節介さんがこの【フラクシナス】を馬鹿みたいに改造してくれたおかげで、どうにか戦えそうよ」

 

 

「戦うって……まさか!?」

 

 

「【フラクシナス】はこのまま宇宙に行き、妖星『シヴァ』に向かうわ!」

 

 

この為に改造していたわけではないが、結果的に良い方向に進んでくれたことに幸運だと感じる。

 

俺のせいで宇宙に行けるみたいなことを琴里は言っているが、実際俺が改造を施さなくても十分に行ける戦艦だ。ただ戦艦全体を(おお)随意領域(テリトリー)が少し弱そうだったから強化した。まる。

 

大気圏突破や無重力空間でのエネルギー消費量の節約など、細かい事、小さい事を全て俺が改造してあげることで完全へと進化させただけ。元が良ければ改造は必ず成功するようなモノだ。

 

 

「大袈裟に捉えるなよ士道? ラジコンカーに電池を1個多く付けるのと同じだからな」

 

 

「ちなみに大樹の技術が敵の手に渡ったら世界が大変なことになるわ」

 

 

「電池……1個……?」

 

 

ラジコンカーに電池を取り付けるどころか、ジェット機を付ける改造だった。琴里の言葉で俺から士道が離れて行く。そんな馬鹿な。

 

 

「これより【フラクシナス】は宇宙に飛ぶわ! 準備しなさい!」

 

 

「「「「「ハッ!」」」」」

 

「あらほらっさっさー!」

 

 

クルーに紛れて大樹もコンピュータを操作することに誰もツッコまない。もはや暗黙の了解と言うべきか。

 

 

基礎顕現装置(ベーシックリアライザ)並列駆動、随意領域(テリトリー)展開、不可視迷彩(インビジブル)及び、自動回避(アヴォイド)発動」

 

 

「待て。不可視迷彩(インビジブル)はアイツに通用しない。無駄になるだけだ。随意領域(テリトリー)維持エネルギーに分けろ」

 

 

「了解」

 

 

自動回避(アヴォイド)も不安が残る。神無月、行けるか?」

 

 

「もちろん、やり遂げて見せましょう」

 

 

「よし。クルーは精霊たちのバックアップに力を入れろ! 並びに随意領域(テリトリー)を絶対に破らせるな!」

 

 

「ちょっと!? 何でアンタが指揮を取っているの!?」

 

 

違和感どころか完璧に指示を出す大樹に琴里は若干涙目。大樹は親指を立てるだけで、謝罪する気配は全く見えない。むしろ褒めろと言わんばかりの顔だ。

 

 

「大樹さん、カッコイイですよ」

 

 

随意領域(テリトリー)の威力配分を見せてくれ。素晴らしい(あたい)(みちび)き出してやる」

 

 

褒めるティナの声に大樹がキリッとカッコつける。調子に乗っていた。

 

これ以上琴里の立場を無くすわけにはいかないと思ったアリアたちは大樹を椅子から降ろし、床に正座させた。

 

良かれと思ってやった行動に怒られた大樹は戦慄していたが、正座までさせられると、とりあえず自分が悪いことをしたと自覚して素直に反省した。内容は理解していないが。

 

艦隊から機械の駆動音が響き渡る。琴里は何かに掴まるように指示した。

 

 

「いやいやいや、俺に掴まっても意味がないと思うが?」

 

 

「琴里は何かに掴まれと指示した。ゆえに問題ない」

 

 

「周りの視線が問題になっているからな折紙?」

 

 

折紙は大樹の右腕を抱き締めていた。大樹はやれやれと呆れながら掴まる。

 

 

「何故黒ウサギに掴まるのですか!?」

 

 

「折紙論」

 

 

壁に備え付けられた手すりに掴まった黒ウサギを後ろから肩に掴まると顔を赤くしながら怒られた。解せぬ。

 

その後、優子に叩かれて俺と折紙は素直に壁の手すりに掴まった。折紙は手のひらで叩かれたかもしれないが、俺はグーで叩かれたぞ。普通に痛かったわ。

 

 

「———【フラクシナス】、発進!!」

 

 

琴里の声と同時に艦体が大きく揺れた。モニターから艦体が随意領域(テリトリー)で覆われる瞬間が見えた。

 

顕現装置(リアライザ)を用いた空中艦は随意領域(テリトリー)によって浮遊し、空から(ソラ)へと目指した。

 

 

「高度上昇、一気に大気圏を抜けるわよ」

 

 

「はッ!」

 

 

琴里の指示にクルーが応えると、【フラクシナス】の艦体が微かに振動する。モニターに映った景色が凄い勢いで流れて行く。

 

そしてキツい重力増加に耐えること数十秒。青かった映像は暗転する。そこには小さな無数の光だけが映されていた。

 

 

「もう宇宙なの……!?」

 

 

優子が驚くのも不思議じゃない。実際、俺の世界にあるロケットより何十倍も快適で早く宇宙に到着したのだから。

 

宇宙に到着。それは敵の領域に入ったことと同じだった。

 

 

「……来るぞ」

 

 

大樹が呟いた瞬間、艦内にアラームが鳴り響いた。

 

 

「ッ!? 前方から無数の敵反応を感知! モニターに出します!」

 

 

敵の情報を解析したクルーが映像を出す。

 

映像には見覚えのある機械兵器が列を成して綺麗に並んでいた。その数はざっと見ても百は超えている。

 

 

「【バンダースナッチ】じゃないわね……アレは何?」

 

 

琴里の質問に大樹は答えようとするが、違和感に気付いて口を閉じる。

 

敵は巨大人型兵器【ガーディアン】と呼ばれるような形に近い。しかし、装甲はあの時とは比にならないくらい精密に、頑丈に作られているようだった。

 

さらに目に付くのは全員が一回り小さく、人型にさらに近い機械兵になっていた。手にはそれぞれ違う武器を握っている―――まさか!?

 

 

「ヤバいな。最初から全力で潰しに来るぞ……!」

 

 

「え?」

 

 

 

 

 

「敵の武器は、全部『神器』だ!!」

 

 

 

 

 

その瞬間、敵の握り絞めていた武器が神々しく輝き始めた。

 

 

 

________________________

 

 

 

敵の強さが予想を遥かに超えていたと事態を把握した瞬間、力を持つ大樹たちと精霊は艦外へと飛び出した。

 

随意領域(テリトリー)が張ってあるおかげで宇宙空間でも呼吸ができる。だが無重力空間なのは変わらない。慣れない環境にぶっつけ本番なのは不安が残るが気にすれば切りがないので無視する。

 

この随意領域(テリトリー)は大樹と【ラタトスク機関】が開発した特別な結界で、空気だけを閉じ込め、物質や霊力を通す特殊な随意領域(テリトリー)だ。まるで宇宙空間だけの為に作られたような発明にみえるが、本来は空気の薄い雲の上でも何かできるように暇潰しに開発したモノだ。本人も役に立つとは思わなかった。

 

敵と味方の攻撃は随意領域(テリトリー)を貫通する。つまり、

 

 

「二刀流式、【阿修羅・極めの構え】」

 

 

どちらの勢力も、全力を出して潰しにかかるということだ。

 

 

「【光閃(こうせん)斬波(ざんぱ)】!!」

 

 

シュンッ!!!

 

 

抜刀した【神刀姫】から神々しい光と共に斬撃波が放たれる。大樹の先手攻撃が並んだ敵に向かう。

 

 

防御態勢(ディフェンス・スタンス) 【女神の盾(アイギスシールド)】』

 

 

宇宙空間だというのに聞こえる人工音声。並んでいた機械兵が動き出す。

 

後ろに控えていた黄金色の盾を持った十機の機械兵が前に出て構える。そして黄金色の光が溢れ出し、目の前に巨大な結界を生み出した。

 

 

「チッ、やっぱり『神器』か!」

 

 

バシュンッ!!

 

 

大樹の繰り出した斬撃波は結界に当たった瞬間、小さくなり消滅した。

 

人類最強の攻撃が通らない光景にアリアたちは驚いていた。しかし、

 

 

「簡単にはいかないだけよ。本気で行けば破れるはずよ!」

 

 

「ああ、頼むぜ!」

 

 

緋弾を大樹の頭部に撃ち抜き、アリアは緋緋色金の力を使い―――超々能力者(ハイパーステルス)になる。アリアの緋色の髪がさらに輝き、大樹の髪も緋色になる。

 

 

「ええ、アリアの言う通りよ。大樹君、加勢するわ!」

 

 

「YES! 黒ウサギも、全力で(のぞ)みます!」

 

 

優子は魔法で狙撃できるように魔法式を展開、黒ウサギは【インドラの槍】と【疑似神格・金剛杵(ヴァジュラ・レプリカ)】を取り出した。

 

 

「そうね……負けるわけにはいかないわ」

 

 

「世界は私たちが……いえ、私たちだけしかいないのですから」

 

 

真由美も優子と同じように魔法式を展開する。ティナの瞳は赤くなり、狙撃銃のライフルから蒼い光―――瑠瑠神の力が宿っている。

 

 

「大樹。私も」

 

 

折紙はCR-ユニットを装備していた。しかも新開発されていた最新のCR-ユニットだ。

 

アスガルド・エレクトロニクス制CR-ユニット、AW-111【ブリュンヒルデ】。

 

流線型で(もっ)て形作られた純白のCR-ユニット。肩や胸元を覆うパーツは西洋の甲冑(かっちゅう)のようだった。武器は長柄(ながえ)の槍で、先は剣の様に鋭い。

 

 

「おう。頼りにしている」

 

 

大樹は頷き、神の力を解放した。

 

頭の中が熱くなる。額から緋色の炎が燃え上がり、羽織った【悪神の真紅(クリムゾン・アジ・ダカーハ)】が紅蓮の光と神の力と適合し、緋色の翼を広げた。

 

右手に【神刀姫】、腰にはいつでも引き抜けるように【神銃姫・火雷(ホノイカヅチ)】を備え付ける。

 

 

「ジャコ、ここの守りは任せた」

 

 

『勝算は?』

 

 

ギフトカードからジャコが飛び出し俺の顔を見る。

 

 

「アイツとの決着は、俺だけじゃないと駄目だ」

 

 

『……死ぬなよ』

 

 

「ああ、頼んだぜ相棒」

 

 

ジャコにここの守りを託した俺は振り返る。そして頼もしい仲間と目が合った。

 

 

「お前も頼んだぜ! 相棒(ツー)!」

 

 

「俺の方が出会い早かったよな!?」

 

 

相棒(てき)!」

 

 

「何で敵対しているんだよ!?」

 

 

相棒(iPhon)!」

 

 

「俺を持ち歩けるようにするなよ!」

 

 

原田(I born)!」

 

 

「もう意味が分からん!」

 

 

「———頼んだぜ、親友」

 

 

「ち……違くはないか……当たり前だ馬鹿」

 

 

「親友……See you……」

 

 

「寒ッ!? はよ行けアホ!!!」

 

 

この調子で良い。俺たちにはそれが似合っている。少し気が楽になった。

 

 

「精霊たち……いや、士道の嫁たちよ! ここは任せた!」

 

 

「何とんでもないこと口走ってんだアンタ!?」

 

 

「隠すことはない。お前は俺と同類だ変態」

 

 

「それ大樹も変態になるけど!? というか俺は変態じゃ———!」

 

 

「よし、行って来る!」

 

 

「———最後まで話を聞いてくれないか!?」

 

 

士道の言葉を無視して俺は緋色の翼を羽ばたかせた。精霊たちの顔が赤くなっていたが、

 

 

「う、うむ。士道の為だから間違ってはいないな!」

 

 

「ふぁッ!?」

 

 

精霊たちに色々と言われていたが、大丈夫だろう。男は修羅場を乗り越えることで強くなるんだよ。俺みたいになれるさ!

 

 

「大樹さん! 私は———!」

 

 

「狂三も士道で」

 

 

「———帰って来たらデートしてくださいまし!」

 

 

無理。ごめん。

 

 

「無理よ。大樹は帰って来たら話を聞かなきゃいけないから」

 

 

アリアの低い声が聞こえた。

 

……さ、さぁて……俺たちは最強だぜガルペス(震え声)。

 

地球を破壊? 世界滅亡? やれるもんならやってみろよ。

 

ここにいる全員が、お前の野望を粉々に打ち砕く。絶対にだ!

 

 

ゴオッ!!

 

 

飛翔した大樹の体から神々しい光が溢れ出し、円球の結界を張った。

 

この結界は【創造生成(ゴッド・クリエイト)】と【神格化・全知全能】との組み合わせによって創られた最強の結界と言っても過言では無かった。ジャコの力と組み合わせれば、さらに強力になると予想されていたが、この結界はジャコの力を打ち消してしまうため、俺だけでしか使えない。

 

酸素の無い随意領域(テリトリー)外に出る俺には必要な結界だった。

 

 

「———【神の領域(テリトリー・ゴッド)】」

 

 

球体の結界に包まれたまま敵へと向かう。敵もまた、大樹へと向かう。

 

 

『【ガーディアンΛ(ラムダ) 攻撃態勢(アタック・スタンス)移動(シフト)】』

 

 

攻撃態勢(アタック・スタンス) 【三又(みまた)(ほこ)】』

 

 

攻撃態勢(アタック・スタンス) 【(ほむら)(つるぎ)】』

 

 

攻撃態勢(アタック・スタンス) 【悪夢の弓(ボウ・ナイトメア)】』

 

 

全ての敵が多種多様な神器を持ち、大樹に襲い掛かる。その速度は今までガルペスが造り上げて来た敵の中で圧倒的に速かった。

 

ガーディアンΛの力は、今までの敵とは次元が違う。

 

(エレシス)の力———ポセイドンの神器。

 

奈月(セネス)の力———ヘパイストスの神器。

 

双葉(リュナ)の力———これは原田と話をして予想はできていたが、狩猟の女神『アルテミス』の神器と見て間違いないだろう。

 

集結させた神の力は、獰猛(どうもう)な牙は大樹へと襲い掛かる。

 

 

「邪魔だあああああああァァァァ!!!」

 

 

しかし、大樹は刀を前に出しながらさらに速度を上げて突っ込んだ。超音速の速度で敵の真正面からブチ抜いた。

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!

 

 

大樹に向かって来たガーディアンΛを破壊しながら突き進んだ。それでも破壊できたのは、たったの三機だけだ。

 

本当は半分以上破壊したかったが、ここで力を使い過ぎることは、後ろで待つ仲間たちを裏切ることになる。

 

大樹はそのまま、妖星『シヴァ』へと目指した。

 

 

(信じる……俺は、信じている!)

 

 

すぐに事態を察した———いや、予測していたガーディアンΛが大樹の前に立ち塞がる。後方からも攻撃しようと狙いを大樹に定めているガーディアンΛもいる。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

しかし、突如攻撃を仕掛けようとしていた後方のガーディアンΛの頭部が撃ち抜かれた。

 

 

「———【瑠璃(るり)懸巣(かけす)】! 大樹さんには手を出させませんッ!」

 

 

頭部を撃ち抜いたのは蒼色の弾丸。ティナの瑠瑠神の力が発揮していた。

 

 

ドゴンッ!! ドゴンッ!!

 

 

それに続くかの様に大樹に襲い掛かろうとするガーディアンΛの動きが(いびつ)になる。

 

 

「大樹さん! 行ってくださいまし!」

 

 

狂三の銃弾はガーディアンΛの動きを止めていた。狂三たちの声は聞こえないが、俺には分かる。

 

 

「ありがとよ!!」

 

 

ゴオオォォ!!!

 

 

聞こえなくても、心は繋がっている。この言葉はきっと届くだろう。

 

そして敵を振り切り、大樹は妖星『シヴァ』へと飛翔した。

 

ガーディアンΛたちは追跡をやめて【フラクシナス】の方へと対象を変える。

 

 

「今よ!」

 

 

琴里の合図と共に、【フラクシナス】は前進した。随意領域(テリトリー)ごとガーディアンΛへと前進し、そのまま敵を随意領域(テリトリー)内へと引き込んだ。

 

刹那———敵の中で閃光が一閃する。

 

 

「ここは黒ウサギたちの世界です」

 

 

月の(ウサギ)の跳躍は敵のド真ん中を一瞬で突いた。手に持つ【インドラの槍】から強烈な雷撃が放たれる。

 

 

「ここを守る為に、世界に入って来たあなた方には容赦しませんッ!」

 

 

ガシャアアアアアアアンッ!!!

 

 

雷撃がガーディアンΛたちを駆け抜ける。黒ウサギの攻撃はガーディアンΛの陣形にヒビを入れるには十分なモノだった。

 

続いて待機していたのは優子と真由美の魔法。そして四糸乃とよしのんの精霊の力だった。

 

 

「【ニブルヘイム】!!」

 

 

「【ドライ・ブリザード】」

 

 

「ッッ!!」

 

 

優子は振動減速系広域魔法の【ニブルヘイム】を広範囲に発動、真由美は収束発散移動系統魔法の【ドライ・ブリザード】で生成した氷の球体を亜音速で飛ばし、四糸乃とよしのんの氷のレーザーが一斉に落下して来たガーディアンΛに当たる。

 

凍り付かせ、貫き、粉々にする。特に精霊の力は絶大なモノだった。

 

 

攻撃態勢(アタック・スタンス) 二刀流式、【紅葉(こうよう)鬼桜(おにざくら)の構え】』

 

 

黄金の二本の刀を持ったガーディアンΛが優子たちへと襲い掛かる。大樹を真似た構えに優子と真由美はゾッとするが、

 

 

「隙だらけだな」

 

 

「甘いわよ。(いち)から出直しなさい」

 

 

ガーディアンΛが十香とアリアを認識した時には、既に武器が鎧に当たっていた。

 

 

ザンッ!! バギンッ!!

 

 

十香の鏖殺公(サンダルフォン)が胴体をバッサリ切り落としていた。アリアは大樹から借りた二本の【神刀姫】で手足を斬り落としている。

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!

 

 

二人の攻撃を受けたガーディアンΛは爆発して粉々になった。

 

 

「……大きいわね、その武器」

 

 

「そうか? そっちは軽そうだぞ?」

 

 

「切れ味が良いから良いのよ」

 

 

大樹と相対すればこれだけの余裕は絶対にない。どれだけ真似ようとも、大樹の剣技とは到底及ばないだろうと二人は結論付けていた。

 

しかし、敵はまだ抗う力を持っている。

 

 

回復態勢(リカバリー・スタンス) 【神喰らい(ゴッド・イーター)】』

 

 

『『『了解。回復態勢(リカバリー・スタンス) 【神喰らい(ゴッド・イーター)】』』』

 

 

残ったガーディアンΛは右手に黒い渦を発生させ、破壊されたガーディアンΛの残骸を取り込んだ。不気味な行動に彼女たちは警戒する。

 

 

攻撃態勢(アタック・スタンス) 【半人半獣(ケンタウロス)】』

 

 

防御態勢(ディフェンス・スタンス) 【要塞英雄(ジークフリート)】』

 

 

攻撃態勢(アタック・スタンス) 【剛腕神(ヘラクレス)】』

 

 

馬と人を組み合わせた様な姿をしたガーディアンΛ、要塞の様に鎧と盾の守りをさらに堅くしたガーディアンΛ、巨大な四本腕で凶悪な破壊力を持つガーディアンΛ。

 

それぞれ強化されて強くなったことは確実だった。

 

 

「これって倒せば不利になるんじゃ……!?」

 

 

「粉々にしなさい! 敵の思惑にはまらないで!」

 

 

士道の不安な声は天女(てんにょ)羽衣(はごろも)火焔(かえん)を纏った琴里が掻き消した。

 

当然、この程度で止まる女の子たちではない。

 

 

「私がやる」

 

 

折紙の声が聞こえた瞬間、白い光が敵の胴体を横に一閃した。

 

通常のCR-ユニットでは出すことが不可能とされる速度を容易に叩き出す折紙。その姿に士道は驚愕する。

 

 

「精霊!?」

 

 

金属の鎧と輝く霊装が混合した姿。精霊を殺す為に作られた魔術師(ウィザード)の兵器。その兵器の常識が(くつがえ)る。

 

精霊にして魔術師(ウィザード)———しかし、その槍は精霊を殺さず、大切な人を守る為にある矛。

 

純白の奇跡のハイブリット体の霊装を纏った折紙は力を解き放つ。

 

 

「———【絶滅天使(メタトロン)】!」

 

 

折紙が声を上げると、背後で浮遊していたいくつもの翼が飛翔する。その羽根の先端からガーディアンΛに向かって一斉に光線が放たれた。

 

 

バシュンッ!!

 

 

ガーディアンΛの胴体が柔らかいバターのように簡単に切れて爆発した。鋼鉄すら溶かし斬る光線に他のガーディアンΛは急いで回避を試みる。だが、

 

 

「かか、我らも忘れられては困る!」

 

 

「同意。容赦はしません」

 

 

八舞姉妹が放つ強風が避けるガーディアンΛを捉え、光線の射線上へと移動させた。風を使った器用な技術を見た他の精霊たちの士気も上がり、勢いが増した。

 

 

「【灼爛殲鬼(カマエル)】———【(メギド)】!」

 

 

「【贋造魔女(ハニエル)】———【千変万化鏡(カリドスクーペ)】!」

 

 

琴里の右肘から先に装着された巨大な(こん)部分から大砲の様に紅蓮の光線が放たれる。七罪の掲げた箒型の天使は琴里の武器を真似て変身し、同じように紅蓮の光線を放った。

 

強烈な二撃が敵を()ぎ払う。ガーディアンΛの破片すら残さない灼熱(しゃくねつ)地獄に士道は圧倒される。

 

 

「—————!」

 

 

「士道、どうやら男の力は求められていないようだ」

 

 

原田に肩を叩かれた士道は複雑な表情をした。

 

しかし、忘れてはいけない。ガーディアンΛの脅威を。

 

 

最終態勢(ラスト・スタンス) 【邪神降臨(イビルゴッド・アドベント)】』

 

 

一機のガーディアンΛが右手を上に掲げると黒い球体が出現した。その瞬間、ブラックホールのように渦巻き吸収していた。それに応えるかのように全てのガーディアンΛが破壊された破片を回収しながら自ら飛び込んだ。

 

女の子達が吸い込まれないように耐える中、背筋を凍らせるように悪寒に襲われる。

 

 

ドクンッ……

 

 

全てを呑み込んだガーディアンΛの姿が黒く、不気味に変わる。

 

 

ドクンッ……ドクンッ……

 

 

まさに姿が変わろうとした瞬間、黒い霧が吹き出した。

 

 

ゴオオオオオォォォ……!!!

 

 

「何!?」

 

 

『下がってください司令! 随意領域(テリトリー)を張ります!』

 

 

焦る神無月の声にハッとなる一同。迂闊(うかつ)に敵の出したモノに触れてはいけない。全員が新たに張られた随意領域(テリトリー)へと逃げ込んだ。

 

 

ドクンッ!!!

 

 

———邪神の鼓動が轟いた。

 

 

 

 

 

「ギャゴヴァぁぁぁぁあああああギャァァァアアアアアアオオオオオオォォォォオオオオ!!」

 

 

 

 

———その場に居た全員が膝から崩れ落ちた。

 

邪神の絶叫に耳が千切れてしまいそうになる。頭の中に響き渡る絶叫は脳を揺らし激痛を呼んだ。

 

味わったことのない不気味な空気に全身が震え上がり呼吸が上手くできなくなった。

 

 

ゴオオオオオォォォ……!!

 

 

黒い霧が吹き飛び姿を現す。それを眼にした彼女たちは言葉を失った。

 

【フラクシナス】の3倍以上ある黒い巨体。悪魔の四枚翼が大きく広がり、凶暴な龍の二頭が【フラクシナス】を見下していた。

 

人型に似ているという言葉はふさわしくない。化け物、悪魔、邪神という言葉が合っている。

 

ガーディアンΛはその邪神の鎧となり、頭部や腕、足や腰に頑丈に装着されている。

 

 

「ぁッ———!」

 

 

気が付けば女の子たちの戦意は喪失していた。崩れた膝は震えて立てない。逃げることすら許されない絶望の覇気に彼女たちは潰されていた。

 

 

「大悪魔———ルキフグス。今までの戦いは俺たちを消耗させる前座でしかなく、最後に大悪魔をぶつけるのが目的……今までの戦いは茶番だと言いたいのか」

 

 

しかし、それでも立っている者がいる。

 

 

「一秒、行けるか?」

 

 

「ッ……ああッ!!」

 

 

それは二人の男だった。

 

 

———原田は七罪の前に、大樹の大切な人たちの前に立つ。

 

 

———士道は救った精霊たちの前に立つ。

 

 

そして———二人は、世界の前に立った。

 

 

 

———二人の男が邪神の前を立ち塞いだ。

 

 

 

ルキフグスを睨み付ける原田。手に持った短剣に光が収束している。

 

足を無様に震わせていても、立ち上がった士道。その手には十香と同じ鏖殺公(サンダルフォン)を握り絞めていた。

 

 

「ガギャアアアアアアアアァァァ!!!!」

 

 

「ぐぅッッ!?」

 

 

ルキフグスの威嚇(いかく)する咆哮に士道の意識は殺されそうになる。だが、

 

 

「シドー!!」

 

 

「ッッッ!!!」

 

 

微かに……いや聞こえた!

 

十香の声に士道は強く歯を噛み締めて意識を縛り付ける。

 

後ろに居る大切な人を奪わせない。傷つけさせることも許さない。

 

鏖殺公(サンダルフォン)を握り絞める力が強くなる。そのまま士道は右足を前に踏み込む。

 

 

「うおおおおおおおおおおおォォォォォ!!!!」

 

 

悪魔に負けない。その気持ちを声に出しながら士道は握り絞めた鏖殺公(サンダルフォン)を勢い良く振り下ろす。

 

その時、鏖殺公(サンダルフォン)の刀身は虹色に輝いていた。

 

十香だけの力じゃない。救って来た精霊たちの力を纏っている。

 

 

バシュンッ!!!!!

 

 

虹色の斬撃波が刀身から解き放たれる。斬撃波はルキフグスの鎧を砕き、大悪魔の体を大きく引き裂いた。

 

激痛に大悪魔は絶叫するが、すぐに攻撃に移ろうとする。悪魔の様な手に禍々しい大剣が握られる。

 

しかし、士道の攻撃に怯んだ秒数———1秒に大悪魔は後悔することになる。

 

 

「【ヨルムンガンド】」

 

 

原田の背後には北欧神話の毒蛇———黒い巨体が君臨していた。

 

 

『【———神の逆鱗に触れた愚か者よ】』

 

 

「【———(おのれ)の心臓を潰す愚者と堕ちれ】」

 

 

『【———そして血と涙を捨て、我が力を求めるのなら】』

 

 

「【———神すら(ほうむ)る牙を授からん】!!」

 

 

原田とヨルムンガンドの詠唱が響き渡る。黒い巨体は黒い光の粒となり、原田の短剣を腕ごと包み込んだ。

 

 

「———【絶神牙(ぜっしんが)】」

 

 

力を授かった原田の右腕が黒い龍の(あぎと)へと変化する。禍々しい姿に誰もが恐怖を抱いた。

 

しかし、彼は悪の道を進むことはない。間違いはあれど、過ちは自分から犯さない。

 

ルキフグスに向けた龍の咢が開く。その獰猛(どうもう)な口から太陽よりも熱い炎が収束していた。

 

 

「舐めるなよ。俺の覚悟は、お前らを喰い尽す!!!」

 

 

そして、収束した炎が一気に解き放たれた。

 

黒い龍の咢から放たれる一撃の光が、大悪魔を包み込んだ。

 

 

 

 

 

「—————【光陽砲(サンライト・ブラスト)】」

 

 

 

 

音は耳で聞き取ることが不可能だった。

 

その威力は絶大で、大悪魔を丸々と包み込み放たれた。

 

砲撃されたのは収束させた太陽の光とヨルムンガンドの力。合わさった砲撃は大悪魔を一瞬で消し飛ばした。

 

鎧も、悪魔も、光で何一つ残さず浄化した。(よみがえ)ることはありえない。それだけ威力が半端ではなかった。

 

 

「……あとはお前だけだ、大樹」

 

 

ニヤリと血を流した口を歪ませて、原田はその場に倒れた。

 

 

———こうして世界の命運は、一人の男に託された。

 

 

________________________

 

 

 

 

———背後で光が弾け飛んだ。

 

 

しかし大樹は容易に振り返ることなく、優雅に浮いたガルペスを見ていた。

 

宇宙服など着用せず、宇宙空間でも白衣を着たガルペスは顔色一つ変えない。しかし、顔付きと髪は変わっていた。

 

無精(ぶしょう)(ひげ)に黒い髪は腰辺りまで伸びきっている。全く手入れのされていない。最後に出会ったガルペスとは大きく違った。

 

彼の背後には妖星『シヴァ』が動いている。地球の軌道を変えた惑星破壊兵器とも呼べる星を前にした大樹は口を開く。

 

 

「……随分と手間をかけた物を作ったんだな」

 

 

「当たり前だ。五年間の時をかけた代償と全く吊り合わないがな」

 

 

「五年……? まさかお前……」

 

 

「そうだ。俺はあの時からずっと待っていた」

 

 

不吉な笑みを見せるガルペス。奴の言葉に心臓が止まりそうになった。

 

五年前の過去に飛んだ俺は現代に帰って来た。しかし、ガルペスは過去に留まり続けて五年間、この時を待ちわびたと言うのだ。

 

 

「当然、途中で気付かれては困る。最大限の注意を払い、お前と自分を過去に送った」

 

 

「ッ……戦いの邪魔をしたのがお前自身だったのか」

 

 

ガルペスとの戦いを邪魔し、過去に飛ばした元凶がガルペス自身だったとは予想できなかった。

 

だが、それが正しければ話が噛み合うのだ。ほぼ確証を得た話は認めるしかない。

 

一方的に言われるのも(しゃく)だ。そう思った大樹は口を開く。

 

 

「五年前、世界中で話題となっていた人工衛星がある。全自動(オールオートシステム)の人工衛生だ」

 

 

大樹の言葉にガルペスは眉一つ動かさないが、続ける。

 

 

「妖星『シヴァ』の正体は【蒼穹の翼(スカイブルーウィング)】だろ?」

 

 

「……それがどうした?」

 

 

それでもガルペスは表情を表に出さない。しかし、大樹の推理は的を射ていた。

 

 

『次のニュースです。五年前、世界中で話題となっていた全自動オールオートシステムの人工衛生、【蒼穹の翼(スカイブルーウィング)】との———』

 

『ご覧ください! たった今、全自動オールオートシステムの人工衛星が打ち上げられようと———』

 

 

『シヴァ』の正体を見抜いた後、どうやってガルペスがここまでの妖星を造り上げたのか気になった俺は、【フラクシナス】で過去の出来事を調べた結果、人工衛星の記事にピンッと来たのだ。

 

 

「打ち上げられた数日後、人工衛星は突如原因不明のトラブルが発生し、消息を途絶えた。だが、最近になって人工衛星の出す特有の周波数を軍が偶然キャッチし、【蒼穹の翼(スカイブルーウィング)】の存在がまだあることだけは確認できるニュースが報道されたな」

 

 

「地球の軌道を変える要塞だ。準備作業で完璧に隠密した作業ができるとでも?」

 

 

自分からミスしたことをあっさりと認めた。結局、誰も月の裏側に人工衛星———妖星『シヴァ』があることは見抜けていない。この程度のボロは計画で容認されたほんのごく一部のミスということだろう。

 

 

「神の力を持つ者なら誰でも乗っ取ることはできる。当然、お前もな」

 

 

「ずっと空から見ていた奴が何を言ってんだか。趣味が悪い奴と俺を一緒にするな」

 

 

「フンッ、人に(もた)れている奴の方が醜い」

 

 

「友情愛情、素晴らしい言葉じゃないか」

 

 

「吐き気がする」

 

 

「……その吐き気がする愛情をお前は知っていただろ」

 

 

その言葉に初めてガルペスの表情が歪んだ。

 

表情は憎むように変わり、俺を睨み付けた。

 

 

「ゴミが……今更何を話す?」

 

 

「エオナ=ソォディアが妊娠していることくらい、お前は気付いていたはずだ」

 

 

医者というよりガルペス=ソォディアという人間はその些細なことに気付くは容易のはず。気付かないはずはない。

 

 

「お前は本当の気持ちに気付いていながら———!」

 

 

シュンッ!!

 

ガギンッ!!

 

 

刹那———ガーディアンΛの攻撃でもビクともしなかった【神の領域(テリトリー・ゴッド)】にヒビが入った。小さな亀裂だが、それでも威力が相当なモノだということは分かる。

 

ガルペスは目にも止まらぬ速さで剣の武器を虚空から取り出し射出させた。剣は粉々になったが、それでも息を飲む程、大樹は焦った。

 

 

(冗談だろ……『神器』じゃない武器でこの威力かよ……!)

 

 

ガーディアンΛより弱い武器で結界に傷を付けた。背筋がゾッとする攻撃だった。

 

攻撃を仕掛けたガルペスは静かに告げる。

 

 

「———クズ共に傾ける感情は持ち合わせてない」

 

 

「ガルペス!」

 

 

「悪も正義も、所詮勝手な人間が勝手に作り出した馬鹿な戯言(たわごと)だ。そんな勝手に振り回されるのはうんざりだ。だから、復讐して完全に壊す必要がある」

 

 

「お前が憎むのも分かる。だけど、守るモノも壊す必要はないだろ!? エオナはお前に復讐して欲しくないと願った! なら———!」

 

 

「紙のように薄い秩序を何故守る必要がある? 黒色の鉛筆で汚く塗られた紙にもはや価値はない。破り捨てて、新しい紙を用意する必要がある」

 

 

ガルペスが両手を広げると、妖星『シヴァ』が機械音を立てながら動き始めた。

 

説得はやはり無理だった。ならばと大樹は右手に刀を、左手に銃を持ち構える。

 

 

(お前にも『正義』があるように、俺にもあるんだよ)

 

 

それが歪んでいたとしても、貫こうとするお前の意志は立派なモノかもしれない。だけど、

 

 

「それなら、汚れた分は消しゴムで消せばいい」

 

 

「何?」

 

 

「人はやり直すことができる。その可能性を、俺は信じている」

 

 

「愚かな! 死をもか!? 取り返しのつかない失敗もか!?」

 

 

「お前の愛した人が死んだ悲しみは相当なモノかもしれない。俺も、大事な人を奪われたことがあるから分かる」

 

 

泣き喚いて、後悔して、諦めて、絶望に浸っていた。

 

それでも、地獄のドブに落ちた俺に手を伸ばす人が居てくれた。

 

 

「きっと俺がお前と同じ立場なら、復讐を望んだかもしれない」

 

 

「なら———!」

 

 

「でも、憎しみに囚われ復讐はきっとしないだろう」

 

 

大樹の言葉にガルペスは鬼の様な形相で睨み付けて来た。

 

俺は目を逸らさない。この長い時間の中、俺は知ることができたから。

 

 

 

 

 

「大切な人が———そんな醜い俺の姿を誰も望んでいない限り、俺は俺の正義を貫き続ける!!」

 

 

 

 

 

 

救い続けると決めたこの道に、悪も正義も、邪魔をさせない。壊させない!

 

刀の剣先をガルペスに向ける。ガルペスの体から黒いオーラが溢れ出した。

 

 

「殺してやる。絶望の淵に蹴り落とされた痛みを知らないお前など!」

 

 

ガルペスの右横の虚空から黒い本が現れた。それを乱暴に掴み、叫ぶ。

 

 

———【文化英雄の錬金術(ヘルメス・アルケミー)

 

 

その声は聞こえなかった。しかし、口の動きで分かった。

 

黒い本から漆黒の煙がガルペスを包み込み、不気味な力を感じた。

 

 

『覚醒せよ、神の力よ』

 

 

今まで感じたことのないガルペスの力に大樹は恐怖を感じた。

 

 

 

 

 

『【最終制限解放(エンド・アンリミテッド)】———【堕ちた英雄神(Gefallenen Hermes

)】』

 

 

 

 

 

ゴオオッ……!

 

 

ガルペスは漆黒の甲冑(かっちゅう)を纏い全身を隠した。禍々しい鎧は怪しく光り、頭部の(かぶと)からギロリッとガルペスが自分を睨んでいた。

 

ヤバイと感じた瞬間、戦闘準備を(おこた)ったことに後悔した。

 

 

ドゴッ!!!

 

 

「———かはッ」

 

 

ガルペスの右手の拳が自分の腹部を貫いていた。

 

簡単に腕が貫通し、骨を粉砕して右腹を抉っていた。痛みより驚きが大きかった。

 

張られた結界を通り抜けて来たガルペスに、大樹は為す術がなかった。

 

 

『死ね、偽善者』

 

 

ギュルルル!! ドゴンッ!!

 

 

貫いたガルペスの腕から黒い渦が大樹を吹き飛ばした。

 

グチャグチャになりながら吹っ飛ぶ体。意識を必死に保たせ力を解放する。

 

 

「【神の加護(ディバイン・プロテクション)】!!」

 

 

すぐに体を回復させて血を吐く。ガルペスとの距離に気を付けながら破れた軍服を見て驚愕する。

 

 

(燃えている……溶岩でも纏ってんのかアイツは……!)

 

 

攻撃の衝撃をあまり感じなかった。溶かすように腹部を貫いた攻撃だった。

 

自身の対策をした戦い方に大樹は舌打ちする。

 

 

「チッ、やりやがったな……」

 

 

ギフトカードを取り出し、【神の領域(テリトリー・ゴッド)】を再構築。

 

ガルペスは結界をただすり抜けたわけではない。条件をクリアして通れるようになっただけだ。

 

 

「俺の守りは自分の攻撃だけ通る。お前がどうやって俺の攻撃を真似たかは知らないが———」

 

 

『なら、コイツに見覚えはあるか?』

 

 

鎧を纏ったガルペスは鎧の中からガラスのケースを一つ取り出す。

 

———中には腕が入っていた。

 

 

「マジかよ……!」

 

 

エレシスとセネスの戦いで一度失った自分の腕だった。そのことに気付いた俺は戦慄する。

 

確かに奴は俺の腕を持って行った。あの不気味な行動がここに来て痛い返しとなった。

 

 

「くそッ、十二刀流式、【極刀星(きょくとうせい)夜影閃刹(やえいせんせつ)の構え】!」

 

 

大樹の周りに複製した伝説の刀が展開する。【神格化・全知全能】によって『神器』に仕上げた武器は神々しく輝いた。

 

 

ゴォッ!!

 

 

音速でガルペスに近づき刀を振るった。

 

 

「【天黄星(てんこうせい)神絶斬(しんざつざん)】!!」

 

 

最初から全力で攻撃をぶつけた。最強の十二連撃がガルペスの体に炸裂する。

 

だが、大樹の表情は歪んでいた。

 

 

「嘘だろおい……」

 

 

頭部、腹部、腕、脚、全ての部位に刀がガルペスの体に突き刺さっているが、ダメージは受けていないようだった。

 

突き刺した武器はゆっくりと鎧の中へと引きづり込まれてしまう。まるで吸収するかのような行動に大樹は唇を噛む。

 

 

ガシッ!!

 

 

再び結界を貫いたガルペスの右手。そのまま大樹の顔を掴み、

 

 

『その程度か』

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォン!!

 

 

呟いた瞬間、ガルペスの右手が爆発した。

 

黒炎が大樹の体を燃やし、軍服をボロボロにした。

 

皮膚が焼きただれ、激痛が体を巡る。朦朧(もうろう)とする意識の中、大樹は悔いた。

 

 

———強過ぎる。

 

 

人が生きれない宇宙空間に投げ出される大樹。息ができず、結界を再度張ろうとするが、

 

 

『神器、射出』

 

 

ガルペスの背後に数百の武器が虚空から出現する。狙いは当然、大樹だ。

 

 

シュンッ!!

 

 

音速で射出された武器が大樹の体を無残に傷つける。剣、槍、矢、様々な武器が大樹を殺していた。

 

左腕が簡単に吹き飛び右脚が千切れる。目はとっくに焼き潰れ、痛みと言う感覚が既に死んでいた。

 

 

「ぁが……ぁぁぁぁああああああああ!!」

 

 

それでも、ここで倒れるわけにはいかない。大樹の思いは、命を延命させるほど強かった。

 

 

「【神の加護(ディバイン・プロテクション)】!!」

 

 

血を吐き出しながら、失った部位をまた元に戻す。

 

疲労で体力が落ちている大樹だが、何度でも復活する大樹に厄介だと感じたガルペスは新たな攻撃を仕掛ける。

 

 

『【世界樹(ユグドラシル)】』

 

 

ガルペスの背後に黄金の巨木が出現した。攻撃を仕掛けようとした大樹は虚空から根付いた巨木を見て動きを止める。

 

黄金の巨木から光の粒子が舞っていた。

 

 

———粒子は、黄金の矢へと変化しながら降り注いだ。

 

 

結界の再構築が間に合わない。避けよう、そう思った時には遅かった。

 

 

(数が多いッ!? 避けれないッ!?)

 

 

ドシュッ!!

 

 

咄嗟(とっさ)の判断で腕を交差させてダメージを減らそうと考えたが、黄金の矢は人の体を容易に貫いた。

 

黄金の矢はそれだけじゃ終わらない。

 

 

『【雷撃の種(ライトニング・シード)】』

 

 

バチバチガシャアアアアアアアンッ!!

 

 

貫いた箇所から全身に鋭い電撃が全身に走った。

 

 

「があああああァァァァ!?」

 

 

あまりの激痛に叫び声を上げてしまう。体は痺れて、石になったかのように動かなくなってしまった。

 

 

「ぁ……がぁ……ッ!」

 

 

宙に浮いたまま大樹は必死に手を動かそうとする。そんな小さな動きすらガルペスは許さない。

 

 

『【女神縛りの根(バインドルート・ゴッデス)】』

 

 

世界樹(ユグドラシル)】から伸びたツタが大樹の体に纏わりつく。腕と脚の動きを完全に封じた。

 

 

「ぐぅ、こんのおおおおおおおおお!!!」

 

 

大樹の体から緋色の炎が溢れ出し、ツタを焼き尽くそうとする。だが、

 

 

『無駄な足掻きだ』

 

 

バチバチガシャアアアアアアアンッ!!

 

 

「———あああああああァァァ!!??」

 

 

雷撃の種(ライトニング・シード)】で受けた電撃と同じだった。ツタから流れて来た電撃に大樹は叫び声を上げた。

 

急いで脱出しようと足掻くも、持続的に流れる電撃に大樹の体は動きを鈍らせて止めていた。

 

———そして、五分も経てば完全に抗う力を失っていた。

 

 

「……【|制限……解放】」

 

 

『無駄だ。神の力を先に封じた。お前の負けだ』

 

 

何度も叫び、呟いた。しかし、神の力は答えてくれない。

 

大樹の髪は白髪に染まり、緋色の炎は消沈していた。

 

手から武器が落ちて宙を彷徨(さまよ)う。呼吸ができず、意識が飛ぼうとしていた。

 

ガルペスが瀕死になった大樹の胸ぐらを掴む。

 

 

『圧倒的な力、圧倒的な環境、圧倒的な有利が俺の勝利を完全にした。お前が宇宙(ここ)に来た時点で敗北は決定していた』

 

 

虚ろな目で大樹はガルペスを見ていた。宇宙空間だというのに微かに動いた大樹の胸を見てガルペスは笑う。

 

 

『ハッ、しぶとい奴だ』

 

 

ドスッ!!

 

 

「ごふッ———!?」

 

 

ガルペスの右手が大樹の胸を突き刺した。

 

臓器に穴が開いた大樹は口から大量の血を吐き出すと、ガクッと頭が落ちた。

 

 

『体の中で酸素を生み出して呼吸する……常識破りな力だが、肺に穴が開けば意味がない』

 

 

ガルペスの容赦の無い一撃は、大樹の意識を刈り取るには十分だった。

 

 

———大樹の命は、燃え尽きようとしていた。

 

 

 

________________________

 

 

 

楢原 大樹は———無力だった。

 

 

神の力を封じられた俺は無力だった。

 

姫羅との戦いでも、神の力が無い俺は雑魚と同じ。

 

弱い自分に、アレほど苛立ったことはない。

 

 

———このままでは負ける。

 

 

ガルペスの為に武器を用意した。しかし、俺を殺す為に年単位で策を立てていたガルペスには足元にも及ばない。

 

それだけじゃない。純粋に神の力だけでも負けている。

 

制限解放(アンリミテッド)】を越えた【最終制限解放(エンド・アンリミテッド)】。

 

敵の強さに俺は何もできない。圧倒されるしかない。

 

 

———敗北する。

 

 

———誰も救えない。

 

 

———世界が終わる。

 

 

このまま諦めれば死ぬだろう。そうすれば———

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———大切な人の笑顔が、二度と見れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドクンッ……!

 

 

「ふざけるな……それは、絶対に許さない……!」

 

 

ドクンッ……!

 

 

「帰って来るって約束しているんだよ……!」

 

 

ここで負けていいわけがない。ここで死んでいいわけがない。

 

 

「全てを救うって決めてんだよ!!」

 

 

ドクンッ……! ドクンッ……!

 

 

「終わっていいわけがねぇんだよぉ!!!」

 

 

今まで何度でも立ち上がって来た。

 

絶望しても、殺されても、死んでも、俺は立ち上がった。

 

泣いている人がいるから立ち上がった。

 

苦しんでいる人がいるから立ち上がった。

 

そして、救いたい人がいるから立ち上がった!

 

 

「———あああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 

———グシャグシャに成り果てた心臓が、息を吹き返す。

 

 

「行くぞ、ガルペス! 俺は———お前を救うッ!!」

 

 

燃え尽きた命は、決意の炎によって、再び燃え上がった。

 

 

 

________________________

 

 

 

「……負け、るかッ……!」

 

 

『何!?』

 

 

「負けてッ……たまるかあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああァァァァァァ!!!!」

 

 

ガスッ!!

 

 

ここに来て初めてガルペスが焦りの声を出した。宇宙に轟くはずの無い声が響き渡る。

 

大樹の蹴りがガルペスの顎にヒットし、一瞬の隙を作った。

 

その隙を絶対に逃さない。神の力を使えない大樹は右手を伸ばした。

 

 

(来い、【神銃姫・火雷(ホノイカヅチ)】!!)

 

 

バシッ!!

 

 

大樹の心の声に答えるように銃が大樹の手元に飛んで戻って来る。

 

そのまま銃口を自分の頭に突きつけて引き金を引いた。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

『貴様ッ……!?』

 

 

自殺ではないことはガルペスにも分かっていた。撃ったのはアリアから貰った『緋弾』。

 

白に染まった髪に緋色へと染め返る。額から緋色の炎も燃え始めた。

 

 

———足りない。ガルペスを倒すには、まだ足りない。

 

 

ガチンッ……

 

 

そう思った瞬間、体の中で(じょう)が外れる音が響いた。

 

音が響くと同時に感じたことのない力が体を巡った。

 

 

『馬鹿なッ!? それは精霊の———!?』

 

 

ガルペスに言われて気付く。そうだ、これは———精霊の力だ。

 

 

 

 

 

「———【絶滅天使(メタトロン)】!」

 

 

 

 

 

その瞬間、大樹の髪が白銀へと変わった。

 

折紙から力を貰っている。鍵を掛けた錠が開き、俺にも流れ始めたのだ。

 

羽織っていたボロボロの【悪神の真紅(クリムゾン・アジ・ダカーハ)】も綺麗に修復し白銀へと色を変える。

 

 

ゴオォ!!

 

 

大樹の体に纏わりついた【女神縛りの根(バインドルート・ゴッデス)】を白銀の炎で燃やし尽くし、そのまま【世界樹(ユグドラシル)】にも引火させた。

 

巨木は白銀の炎に包まれ燃え尽きる。

 

 

———あと少し。もう一歩、踏み込め!

 

 

封じていた神の力が使えるようになった瞬間、大樹は爆発させるように力を解放した。

 

 

「【制限解放(アンリミテッド)】!!」

 

 

白銀の布は、黄金の翼へと進化する。そして、大樹を包み込んだ。

 

ガルペスと対等に戦うことを考えるな。

 

勝つには超えるんだ。今の弱さを、ガルペスの強さを、全てを超越しろ!

 

全てを救うために、神の力だけじゃない! 己の限界をブチ破れ!

 

 

 

 

 

「【神装(しんそう)光輝(こうき)】!!」

 

 

 

 

 

包み込んだ黄金の翼が舞い散る。代わりに大樹は神の(ころも)を見に纏っていた。

 

白銀の着物に身を包み、緋色の長い帯を巻いている。身軽そうに見えるが、ガルペスの鎧と同様に神の力が溢れ出している。

 

不思議なことに結界を張っていないのに息苦しくないことに気付く。溢れ出す力がどれだけ常軌を逸脱しているのか物語っていた。

 

新たな力に覚醒した大樹は両手に【神刀姫(しんとうき)】を握り絞めながら構える。

 

 

「ここからが本番だ、ガルペス=ソォディア!!」

 

 

持てる全ての力を束ねた大樹は、最後の戦いへと臨む。

 

 

________________________

 

 

 

———【神装・光輝】を纏った大樹はガルペスを圧倒していた。

 

立場が逆転してしまったガルペスは焦りながら大樹に攻撃を続ける。

 

 

『クッ、悪神器!!』

 

 

『神器』の上を行く武器がガルペスの手元から射出される。しかし、今の大樹には通用しなかった。

 

 

「フッ!」

 

 

未だに攻撃を受けていない大樹は息を吐きながら飛んで来た超威力の武器を簡単に刀で受け流した。

 

何百個目か分からない。それだけガルペスは大樹に攻撃を仕掛けていた。

 

 

シュンッ!!

 

 

一瞬の油断が命取りの勝負。大樹の姿がガルペスの視界から消える。

 

光の速度でガルペスの背後を取る大樹。しかし、ガルペスは分かっていた。

 

光の速度による移動。それは捉えることはできないが、移動する場所までは予測できる。ガルペスは移動先を読んで攻撃を仕掛けた。

 

 

『予測済みだ、【三又の矛】!!』

 

 

ガルペスはポセイドンの神器を握り絞めて光の速度で移動し終えた大樹に向かって槍で突き刺す。だが、

 

 

スルッ……

 

 

大樹は着物の右振り袖で受け止めて、そのまま後ろに優しく受け流した。その光景にガルペスは戦慄する。

 

 

『馬鹿な!?』

 

 

「遅い!」

 

 

ザンッ!!

 

 

ガルペスの攻撃を見切った大樹は反撃する。神の力を刀に集中させ、ガルペスの右腕を斬り落とした。

 

 

『ぐぅがあああああああああ!!!』

 

 

黒い鎧は簡単に刀を通し、ガルペスの右腕を切断した。何度突き刺しても悲鳴を上げなかったガルペスが初めて叫んだ。

 

ガルペスは急いで回復しようとするも、切断部分に白銀の炎が回復を邪魔している。

 

 

(持続型の妨害!? これも神の力なのか!? いやこれは———!?)

 

 

未知の力を眼にしたガルペス。神の力に適合した精霊の力が原因だった。

 

一人で戦うガルペスとは違い、大樹には支える人がいる。

 

その違いが勝敗を決めるのか?

 

 

『ふざけるな……ふざけるなああああああああァァァ!!!』

 

 

ガルペスの眼に怒りの炎が燃え上がる。

 

一撃一撃が超火力を持つ神器を大樹に向かって何百もの数を飛ばす。怒り狂いながら叫んでいた。

 

 

『ここに来るまでどれだけ捨てて来たと思っている!? 復讐の為に全てを蹴り飛ばした俺が負けるわけがないッ!!』

 

 

神器を新たに展開。ガルペスは残った左腕を横に薙ぎ払うと、神器は一斉に大樹へと飛ぶ。

 

 

『貴様の様な甘い奴に、敗北は許されないッ!!』

 

 

「そうだな、俺は甘い奴だ」

 

 

大樹は左手に【神銃姫・火雷(ホノイカヅチ)】を握り絞め銃弾を創造して込める。

 

 

「誰も傷つかない方法で、誰も悲しまない世界を望んで、欲張りな俺は甘いだろうな。だから、何度も痛い目にあって、涙を流したこともあった」

 

 

ドシュンッ!!

 

 

引き金を引くと銃口から緋色の銃弾が拡散して飛んだ。

 

拡散した緋色の光はガルペスの神器を一つも外すことなく次々と破壊した。

 

 

『ありえん……!』

 

 

神器は一つも大樹の体を傷つけることは無かった。その光景にガルペスは酷く狼狽(ろうばい)しているように見えた。

 

 

「それでも俺は絶対に捨てなかった! 何一つ蹴り飛ばさなかった!」

 

 

大樹は右手に握り絞めた刀をガルペスに向けた。

 

 

「それだけ———命を懸けても、守りたいモノだったから」

 

 

『知った口を……! 人は自分の命が惜しければ簡単に人を騙す! お前もいつか、命を懸けた人間に奪われ騙され、殺される!』

 

 

「……お前は人を怖がり過ぎだ」

 

 

『なッ……!?』

 

 

「ガルペス。人は自分の大切な人を笑顔で突き落としたりする外道ばかりじゃない。必ず理由があるはずなんだ」

 

 

『な、何を言っている……!』

 

 

「本当は知っているんだろ? 自分の復讐は何なのか、後悔し続けているんだろ!?」

 

 

ガルペスは何も言えない———いや、言えないのだ。

 

言葉にすれば、今の自分の存在を否定してしまうから。怯えているんだ。

 

だったら、俺が突きつけるしかない!

 

 

「エオナはお前を裏切ったわけじゃない! お前との()()()()()()()()の行動なんだろ!?」

 

 

『ッ……だ、黙れ』

 

 

「お前は理解していた! 分かっていた! それでも復讐するのは———!」

 

 

『黙れと言ってるだろうがぁ!!!』

 

 

ギュンッ!!

 

 

ガルペスの後方から神器を使役した攻撃が飛んで来る。同時に自分を強化し始めた。

 

 

『【死出の旅路(パストゥー・ザ・グレイヴ)】、【霊魂を煉獄に運ぶ者(プシューコポンポス)】、【覇者の右目(ロード・オブ・アイズ)】、【巨人(ギガース)殺しの隻腕(せきわん)】、【戦車(チャリオット)】、【禁断の黄金果実(ユグドラシル・ナット)】、【守護神の鎧(アテナ・アーマー)】、【三又(みまた)(ほこ)】、【(ほむら)の剣】!!』

 

 

黒い鎧の上からさらに黒色の鎧を武装したガルペス。周囲には黒い宇宙を埋め尽くすほどの槍と剣が展開されていた。

 

虚空から出現した黒炎を纏った二輪の馬車にガルペスは乗り、ドス黒いオーラを身に纏った。

 

 

ゴオオオオオォォォ……!!!

 

 

『この復讐は……貴様ら人間を……神共も殺すッ!! お前のようなゴミなどに、この俺が止められるわけには———!』

 

 

武器が大樹に向かって射出されると同時に、ガルペスの左腕から無数の黒い光線が放たれた。

 

 

『———俺の復讐は、ここで終わらない!!』

 

 

ガルペスの気迫は相当なモノだった。悪魔でも裸足で逃げ出すほど、恐ろしい力を感じた。

 

それでも大樹は逃げ出すことなく、ガルペスと正面から向き合う。

 

 

「いいや、お前を救うために復讐はここで終わらせる」

 

 

敵の武器が射出されると同時に大樹は前に突き進んだ。

 

光の速度で全てを避けることは可能だった。しかし大樹はそれをしない。何故か?

 

戦闘面での理由は特にない。だが、ガルペスという人間を真正面から倒したいという気持ちがあった。

 

 

「自分の子どもと妻を奪った奴らに怒りを持つのは当然だと思う。だけど、今の姿はエオナが望んでいるものじゃない」

 

 

ガギンッ! ガギンッ! ガギンッ!

 

ドゴンッ! ドゴンッ! ドゴンッ!

 

 

突き進みながら刀と銃弾で神器を破壊する。どれだけ威力が高くても、どれだけ数が多くても、大樹に触れることは一度も無い。

 

ガルペスとの距離が縮まると、向うから攻撃を仕掛けて来た。戦車(チャリオット)を走らせる。

 

 

『———【文化英雄の死鎌(ヘルメス・ハルパー)】!!』

 

 

ガルペスの叫びと共に黒く巨大な鎌が大樹の首を狙う。触れただけで切断されてしまうかのような鋭い刃に大樹は、

 

 

「行くぞガルペス。これで最後だ」

 

 

パシッ!!

 

 

『……………馬鹿な』

 

 

———人差し指と中指だけで、鎌の刃を挟み止めた。

 

 

どの神器よりも強さを誇る武器が、二本の指で止められた現実にガルペスの天才的な脳の思考がフリーズした。

 

 

ドゴッ!!

 

 

そのまま大樹はガルペスの腹部に右膝蹴りを叩きこみ、戦車(チャリオット)から引きづり降ろした。

 

身動きが取れないガルペス。その隙を、大樹は逃さない。

 

 

「二刀流式、【神花(しんか)桜雲(おううん)の構え】」

 

 

素早く銃をギフトカードに直し、右手と左手に【神刀姫】を握り絞め、刀を下に向けて突進する。

 

蹴り飛ばされたガルペスは無理にでも体を動かし大樹に反撃しようとするが———やめた。

 

大樹の構えは強固の守りから一撃を放つ。ガルペスの頭の中には情報が入っていた。

 

ここで取る行動は一時撤退。ガルペスは体をひねらせ上に上昇しようとする。

 

しかし、大樹は構わず突進していた。

 

 

『———まさか!?』

 

 

ガルペスは自分の背後にある妖星『シヴァ』の存在に気付いた。

 

大樹の狙い。それは世界を滅亡へと導く妖星の破壊だ。

 

自分を無視しての行動。そのことに気付いた怒りの形相で大樹の背後から近づく。

 

 

『ふざけるな! 貴様の相手は———!』

 

 

「ああ、そうだ……! お前だよ!!」

 

 

大樹はクルリと半回転し、ガルペスと向き合った。急に反転した大樹にガルペスは驚愕する。

 

 

(誘われた!? いや、何の意味が———!?)

 

 

「言っただろ!? 『最後』ってな!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

大樹はガルペスの左脇腹に左回し蹴りを叩きこむ。そのまま勢いに乗せて妖星『シヴァ』のある方へと投げ出す。

 

 

「全身全霊、全力全開、最強の一撃だ! 一発しか撃てねぇに決まっているだろ!!」

 

 

そして、ガルペスの体と『シヴァ』が一直線に並んだ。

 

大樹の持つ神の力が膨れ上がる。感じたことのない、データで取ったことのない数値だとガルペスは分かった。

 

回避行動を取っても、間に合わない強力な一撃だと悟った頃には、ガルペスは目を閉じた。

 

 

 

 

 

「———【桜刀(おうとう)神斬(しんざん)】!!!」

 

 

 

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォォォ!!!!

 

 

刀から放たれる銀色の二撃が放たれた。神の力を最大限まで溜め込んだ一撃はガルペスの視界を黒一色から銀色一色へと変えた。

 

その威力は大樹の持つ【神刀姫】が耐え切れず粉々になってしまうほどだった。

 

妖星『シヴァ』を越える巨大な斬撃波は、ガルペスと一緒に飲み込んだ。

 

 

 

 

 

———ついにガルペスとの長い戦いに終止符が打たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

________________________

 

 

 

 

「……………ごほッ」

 

 

口に溜まった血を吐き出した。同時にガルペスの意識が戻る。

 

自分が敗北して倒れていることは分かっていた。そのことには即座に理解した。

 

しかし、ここはどこなのか分からない。

 

 

「気が付いたか」

 

 

目を開けると、そこには楢原 大樹がいた。着物は着ておらず、ボロボロになった軍服は上半身を裸にしていた。戦いの傷が残り、下半身のズボンは血塗れになっている。

 

黒色に戻っている。しかし、白髪が数十本紛れ込み、右こめかみは緋色の髪で目立っている。

 

視線だけ動かすと、どうやら妖星『シヴァ』の残骸に倒れていることが分かった。

 

息ができるのは大樹の張る結界のおかげだろう。ガルペスは鼻で笑った。

 

 

「ハッ、俺を生かしてどうする? 復讐だろ? お前の大切な人間を奪った———」

 

 

「奈月と陽についてはもう怒っていない。でも、許さない」

 

 

大樹はギフトカードから刀を取り出し、ガルペスの首筋に触れさせた。

 

 

「リュナ———双葉はどこだ」

 

 

「……なるほど」

 

 

ガルペスは自分が生かされた意味を理解する。大樹の目を見ながら口を開く。

 

 

「奴はどこにいるか知らん。だが、この世界にはもういない。そして、お前の命を狙うだろう」

 

 

「……そうか」

 

 

「聞きたいことは、それだけじゃないだろ?」

 

 

ガルペスには予測できていた。大樹は『リュナがどうしてガルペスに従っていたのか』と聞くと。

 

しかし、大樹は首を横に振った。

 

 

「いや、それは良い」

 

 

「何……?」

 

 

「どんな理由があっても、俺は双葉を救う。そう決めているから」

 

 

「……………」

 

 

予想を見事に外してしまったガルペスは思わず黙ってしまう。

 

大樹は刀を直し、ガルペスの隣に腰を下ろした。

 

 

「何をしている?」

 

 

「救援待ち。帰る力が無いんだよ」

 

 

全力を放った一撃だということはガルペスも知っている。しかし、この結界を張り、自分も入れる意図が分からなかった。

 

 

「……何故殺さない」

 

 

自然とガルペスは大樹に疑問をぶつけていた。

 

 

「救えていないから」

 

 

「……俺は、復讐をやめるつもりはない」

 

 

「……実は俺、エオナに会ったんだ」

 

 

「何だとッ」

 

 

大樹はエオナ=ソォディアの霊と会ったことを話した。

 

非科学的なことは信じないガルペスかと思ったが、あっさりとその話を信じた。

 

 

「霊は特殊な人体を持つ者なら見ることができることは研究で判明している」

 

 

「……俺は普通だ」

 

 

「笑えない冗談だ」

 

 

「……それで、復讐は———」

 

 

「止めると思うか?」

 

 

大樹の表情が曇る。ガルペスはその顔を見て、

 

 

 

 

 

「だが———1度、諦めるとしよう」

 

 

 

 

 

「は?」

 

 

「クックックッ、お前が言い出したことだろう?」

 

 

キョトンとなる大樹の顔を見てガルペスは喉を鳴らして笑った。

 

 

「……周囲を巻き込む復讐は、あのゴミ共と同じだ。こんな単純な事に気付かぬとは……愚かだな」

 

 

「愚かじゃねぇ。それは……俺が保障する」

 

 

「……そうか」

 

 

「お前の復讐はお前だけのことじゃない。エオナと子どもの存在が、お前を復讐の道に連れ込んだ」

 

 

「貴様……エオナを———」

 

 

「違う、エオナたちは悪くない」

 

 

首を横に振り、大樹は笑みを見せた。

 

 

「それだけ、お前は二人を愛していた、違うか?」

 

 

その言葉はスッとガルペスの心に入って来た。

 

心地よい気分に、ガルペスの体から力が抜けた。

 

 

そして———ガルペスの体が輝き始める。

 

 

「ガルペス……」

 

 

「この先、お前には辛い戦いが続くだろう。絶望するような戦いが」

 

 

「……それでも、俺は絶対に負けない」

 

 

「フッ、そうだな。貴様は、そういう人間だったな」

 

 

ガルペスの体から光の粒子が舞い、最後だと理解した。

 

 

「———せいぜい、足掻け」

 

 

「ああ、最後まで足掻くよ。ガルペス=ソォディア……サヨナラだ———」

 

 

大樹はガルペスを見ず、前だけを見続けた。

 

 

「———俺の友、上野 航平(こうへい)

 

 

「……聞かないのか? 二つの名前について?」

 

 

「お前の名前なんか興味ねぇよバーカ」

 

 

「クックックッ、そうかそうか……」

 

 

 

 

 

———ガルペス=ソォディアの最後は、笑い声だった。

 

 

 

 

 

『感謝する』

 

 

ほんの小さな声が最後に聞こえた気がした。

 

隣に空いた空間を見て大樹は安心したように笑みを見せた。

 

その場に寝そべり、息を吐いた。

 

目の前にある宙に咲いた星たちを眺める。

 

 

「確かに普通の人間じゃ、こんな光景見れないよな」

 

 

ガルペス=ソォディアと同じように喉を鳴らしながら一人で笑った。

 

 

———大樹は遠くから近づいて来る【フラクシナス】を待ちながら、その光景を目に焼き付けた。

 

 

 




が、ガルペスぅ!!

というわけで次回からギャグばかりになる予定です。やったぜ。

今年も終わりますが、どうぞ来年もよろしくお願いします。


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終わらない物語 エンドレスデートタイム

あけましておめでとうございます! 今年は『吉』と普通な運勢だった作者ですが、たくさんの方に見て頂けている私は毎年『大吉』の気分です。今年もよろしくお願います!

デート・ア・ライブ編はあとちょっと続きます。ツイッターで知っている方も居るでしょうが、まだ登場していない女の子たちを出さないといけないですからね(使命感)

今年もギャグを凝縮させた内容に仕上げたいと思っています。質より量。良い言葉です。下手な鉄砲も数打ちゃなんたらです!

それでは、物語の続きをどうぞ!


———ガルペスとの戦いは終わった。

 

 

妖星『シヴァ』の破壊と共に地球の軌道は元に戻る報告が【フラクシナス】に届いた。

 

大樹がガルペスに勝利したことを知った彼らは【フラクシナス】で迎えに行くが、

 

 

「大樹!!」

 

 

『シヴァ』の残骸の上に倒れている大樹を見た折紙が名前を呼ぶ。随意領域(テリトリー)が大樹を包み込んだ瞬間、大樹の周囲に展開していた結界が崩れた。

 

CR-ユニットを使い折紙が誰よりも早く駆け付けてボロボロになった大樹を抱きかかえる。

 

大樹は折紙の顔を見て安心したのか、スッと意識を落とした。

 

ボロボロに破れて血塗れた軍服は大樹がどれだけ無茶をして、死線をくぐり抜けていたことを物語っている。

 

黒色のオールバックに数十本の白髪が少し目立っている。右こめかみの緋色の髪が一番目立っているかもしれないが、彼女たちに取って白髪は緋色以上に目立つモノだった。

 

 

「治療を!!」

 

 

「すぐに運びなさい!!」

 

 

折紙の言葉に琴里が急いで叫ぶ。全員で協力して大樹を【フラクシナス】の医療室に運んだ。

 

そして数分後には大樹は手術室の台に横たわっていた。

 

 

「うッ!?」

 

 

大樹の姿を見た医者たちは絶句した。

 

外傷が少ないと思いきや、X線で人体の中を見ればグチャグチャになっているのだ。

 

骨はボロボロに砕け内臓は元の場所にあるのが数個だけ。まだ息があることに医者たちはゾッとしていた。

 

 

「何だこれは……」

 

 

「ど、どうすればいいのですか……」

 

 

医者たちは戸惑った。まずこの状態で生きている人間を見たことが無ければ、この状態の人間を治療したことが無い。

 

どこから手を付ければいいのか分からない彼らは混乱していた。

 

 

「心臓と肺からです。先生は強いですから他は後で大丈夫です」

 

 

しかし、一人の男は冷静に判断を下していた。

 

何の躊躇(ちゅうちょ)も無く腹をメスで切り手術を始めたのだ。

 

 

「人が生きる為に必要な臓器から優先的に治療します。幸い、先生の血液は足りているので時間との勝負ですよ皆さん」

 

 

その場に居た医者たちは、天才医師の手術技術を見て戦慄した。

 

猿飛(さるとび) (まこと)の手術技術は世界の常識を覆すと謳われていた。

 

証明するかのように、その場に居た医者たちの常識は覆った。

 

 

その日———『猿の神手』と呼ばれる医者が復活した。

 

 

「先生、恩返しです。あなたには大切な人がいる。だから泣かせない為に生きてください。私はあなたを絶対に死なせない」

 

 

———手術時間は42時間32分という世界最長時間に及んだ。

 

 

しかし、世界に衝撃を与える伝説は彼ら【ラタトスク機関】にしか知られていない。

 

 

そして猿飛天才医師は、一度も医療器具を手放すことなく、一睡もしなかったという。

 

 

 

________________________

 

 

 

大樹が目を覚ましたのは、1月1日に変わる瞬間だった。

 

ふと耳に『ハッピーニューイヤー!』と大きな声が届いた。

 

ゆっくりと目を開ければ———両目で天井を見えていた。

 

不思議なことに失明していたはずの左目が見えるようになっているのだ。

 

上体を起こして周りを見渡せば白一面の病室だ。

 

しかし、一人の女の子が椅子に座って俺を見ていた。

 

 

「……………あ」

 

 

そして、視界がぼやけた。

 

両目からボロボロと涙がこぼれ出していた。

 

無理に体を動かしてベッドから起き上がろうとする前に、女の子は俺に近づき体を起こさないようにした。

 

 

「馬鹿ね。まだ無理しちゃ駄目でしょ」

 

 

「ぁ……あぁ……!」

 

 

彼女の手を握りながら俺は泣き出した。

 

どうすればいいのか分からなかった。

 

何を言えばいいのか分からなかった。

 

それでも、彼女は俺の目を見て笑ってくれる。それが堪らなく嬉しくて、嬉しくて、涙が止まらない。

 

 

「おかえり大樹………ううん、ただいま」

 

 

「ッ———!!」

 

 

そして、大樹は決壊した。

 

大声で泣き、彼女の名前を叫んだ。

 

体を強く抱き締めて、彼女の温もりを感じた。

 

彼女の為にかけた長い時間が、やっと報われた。

 

辛い事が何度もあった。心が何度も折れた。それでも周りに大切な人が居てくれたから、大樹はここまで来れた。

 

 

「美琴ッ!! 好きだッ……大好きだッ……!」

 

 

「うん……ありがとう」

 

 

________________________

 

 

 

その後、騒ぎを聞きつけてアリアたちに泣かれ騒がれ抱き付かれと、落ち着くのに二時間以上の時間がかかった。

 

仲裁に入った原田たちはドッと疲れていた。精霊たちも乱入した時は全てを諦めかけたが、士道のおかげで収まった。

 

ベッドに寝た大樹に寄りそう7人の女の子たち。幸せそうな表情で大樹はご飯を食べていた。

 

 

「飯が美味い……箸も美味いよ」

 

 

「それ食べるモノじゃねぇよ……」

 

 

頭がおかしいのは、いつものことか。原田はホッと安堵の息をついた。

 

 

「いやー、少年の周りはホント凄いねー。漫画にしたらネタが尽きないよこれ?」

 

 

歳は同じくらいか灰色の髪とターコイズの瞳を持つ女の子が笑っていた。精霊か?と士道に視線で確認すると頷いた。

 

 

「ほう? 俺が寝ている間に士道のハーレム計画は順調に進んでいたと?」

 

 

「まだ言ってんのかアンタ!?」

 

 

「えっへっへ、いいよいいよー。少年が獣の姿になる……実に最高!」

 

 

二亜(にあ)も何を言ってんだ!?」

 

 

名前は本条(ほんじょう) 二亜。聞けば未来以外のことを知ることができる精霊の力を持っているらしい。

 

現在起きている出来事、人の過去の情報を知ることができるらしい。プライバシーの保護って言葉を知っているのかこの精霊は。

 

 

「残念だけど少年(ツー)の情報は得られないんだよねー。フィルター? みたいなのが邪魔しているから」

 

 

既に俺のプライバシーが荒らされそうになっていて、守られていることに草が生えるんだが。

 

 

「少年2って……俺をそんな枠で埋めれると思うなよ?」

 

 

「おおっと!? 敵にはならないよ!? 星を壊した男に歯向かえる度胸、あたしにはないからね!」

 

 

「バラした奴集合」

 

 

「「「「「サッ」」」」」

 

 

「全員かよ!?」

 

 

美琴まで目を逸らした。その現実に泣きそうになる。確かに妖星『シヴァ』をぶっ壊したけど……富士山の記録越えたな。

 

 

「だ、大樹……お前は勘違いしていると思うぞ……」

 

 

何か言い辛そうに原田が近づいて来た。手にはタブレットがある。これを見ろと?

 

嫌な予感がしつつも受け取ると、そこには宇宙銀河系の図が液晶に写っていた。

 

 

「……おお、軌道は元に戻ったのか。凄いな、アイツは……」

 

 

「気付け……頼む気付け大樹!?」

 

 

「う、うお!? 何だよ……気付けって……」

 

 

「惑星を、見てみろ……!」

 

 

「は?」

 

 

タブレットをもう一度確認する。

 

太陽を一番左にあるとして、その次の左から水星、金星、地球、木星、土星、天王星、海王星。

 

……何がおかしい? 分からないぞ。

 

そう言えば小学校の時って『すいきんちかもくどてんかい』って覚えたよな。

 

 

「…………………………あれ?」

 

 

落ち着け。今、何と言った?

 

『水、金、地、火、木、土、天、海』だ。

 

 

 

「あれ? あれれ? あれれれれれれ!?」

 

 

それでこのタブレットには『水星、金星、地球、木星、土星、天王星、海王星』だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———おい、火星どこいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ……火星は? 火星はどこに? 火星は何処(いずこ)に?」

 

 

「大樹……」

 

 

「ガルペスがアレを起動した時か!? これって不味い———!」

 

 

「大樹ぃ!!!!」

 

 

ガシッ!!

 

 

原田は大樹の顔を掴み、真実を告げた。

 

 

 

 

 

「お前の全力攻撃が、火星を消したんだよぉ!!!」

 

 

 

 

 

「嘘だああああああああああああああああああああああああああああああああァァァァァ!!??」

 

 

ひぐ〇しのレ〇ちゃんの何倍もの大声で叫んだ。

 

妖星『シヴァ』で記録更新? 大幅に更新したよ。 エベレストを高跳びで超える勢いで更新したよ。

 

涙を流しながら大樹は首を横に振る。だがそれよりも原田が首を横に強く振った。やめてぇ!

 

 

「妖星『シヴァ』の後ろには火星があった! もう分かるだろ!?」

 

 

「わざとじゃないんだ! 俺は悪くない!」

 

 

「許されねぇよ! 惑星吹っ飛ばすとか何を考えているんだお前は!?」

 

 

「富士山と同じように対処してぇ!!」

 

 

「世界遺産を消し飛ばすのと次元が違ぇよ!!」

 

 

「そうだ! ゴキブリを全滅させる為とか言えば———!」

 

 

「テ〇フォーマーズじゃねぇよ!?」

 

 

「もうガルペスのせいに……しよ?」

 

 

「クズだろお前……」

 

 

自然と大樹はベッドに正座していた。罪の意識を感じているのは嘘ではないらしい。

 

原田もこれ以上何も言わない。最後に一言だけ、告げて部屋に帰ることにした。

 

 

「今日からお前は人じゃない。『大樹』だ」

 

 

「(´;ω;`)」

 

 

———再び大樹は涙を流した。

 

 

 

________________________

 

 

 

大樹は鏡の前に立った。

 

白髪が何本か目立つ黒髪の頭になった。そして右こめかみが緋色になっている髪を見て大樹はフッと笑みを見せた。

 

 

「俺には勿体無いくらい、綺麗な色だな」

 

 

嫌だと言う気持ちは全くない。むしろ嬉しいくらいだ。

 

 

「……サル君もやるな」

 

 

自分の体を治療したのはサル君。彼は俺を治療した後、医者の戦場へと戻って行った。

 

左目が見えるのも、生きているのも、全部サル君のおかげ。そう考えると、嬉しい気持ちが収まらない。

 

 

「よし」

 

 

今から全員で初詣に行く。俺は黒の着物に着替えてオールバックをビシッとワックスで決めていた。

 

頭と体に巻いた包帯を取れば完璧だが、完治していないので外せない。

 

どうやら今回の戦いで消耗した体力は相当なモノだった。神の力が不用意に使えない点と、未だに全快しない体を見て分かった。

 

しかし良い事が一つ。溢れ出して暴走していた力を外に放出できたので、力は元に戻った。もう暴走することはないだろう。

 

 

「大樹? 準備はいいの?」

 

 

「おう、完璧だ……ぜ……」

 

 

美琴の声が聞こえたので振り返ると、そこには青い着物を着た美琴が居た。

 

赤紫色の帯を巻き、綺麗な花柄ある青い着物は美琴に合っていた。

 

合っていたというか超可愛い。結婚したいって思うくらい。

 

 

「な、何よ……」

 

 

「超似合ってる。可愛いぜ」

 

 

「なッ!?」

 

 

バチンッ!!と美琴から電撃が飛んで来るが、いつものように俺は冷静に手で叩き落とした。

 

 

「危ねッ」

 

 

「ッ!? ……ホント見ない内に凄いことになったわね」

 

 

「褒めていると信じているからな、その言葉」

 

 

美琴は気まずそうに目を逸らすが、俺はもう気にしていない。だって大樹だから! やべぇ泣きそう……!

 

 

「女の子とたくさん遊んだせいかしら?」

 

 

「否定できないのが辛いが、俺は———」

 

 

「い、いいわよ! 言わなくていい!」

 

 

「———美琴を愛している!!」

 

 

「ホント変わったわよ!?」

 

 

そうだな。きっと成長したんだよ。でも悪い方向に伸びている可能性が高いから口には出さないでおく。

 

 

「美琴。俺は普通だ」

 

 

「……一応言っておくけど、真由美から話はほとんど聞いているわよ?」

 

 

やりやがったなあの魔王! そんなに困る俺が見たいのか!? 美琴の好感度、ダダ下がりだよ!

 

 

「……私の為に、頑張ってくれたのよね」

 

 

と思っていたが、違うようだ。予想外でーす。

 

視線を逸らしているが、美琴は頬を赤くしながら言った。

 

 

「お、おう……」

 

 

「あ、ありがとう……」

 

 

真由美。お前は良い奴だよ。見直した。惚れ直した。いやもう惚れていたわ。

 

 

「で、でも! 女の子と遊びまくるのは許さないわ!」

 

 

「それは真由美が言ったのか?」

 

 

「ええ、そうよ!」

 

 

前言撤回。よし、もう許さん。今日の大樹さんは真由美に対して厳しく優しく接します。どっちだよ。

 

 

「皆は?」

 

 

「もう行ったわよ。下で待っているわよ」

 

 

「そうか。じゃあ俺たちも行くか」

 

 

美琴と一緒に並びながら廊下を歩き出した。

 

平和な時間が再び訪れたことに、大樹はずっと笑っていた。

 

 

 

________________________

 

 

 

おみくじ結果 『極凶』

 

———あなたは呪われています。今年どころか永遠にとんでもない災難があなたに降り注ぐでしょう。特に恋愛は宇宙銀河級にヤバいです。

 

 

グシャッ!!

 

 

「ど、どうしたのよ? 急におみくじを握り潰して……」

 

 

「大丈夫。ちょっと今年は運が悪いようだ」

 

 

(殺意を振り撒きながらクジを潰すのはお前ぐらいだよ大樹)

 

 

美琴を心配させないように俺は笑顔で答える。原田は何か気付いたようだが、見て見ぬフリをしてくれた。

 

凶の下は大凶だろ? 俺様、その下があるとは思わなかったよ。極凶って何だ。凶を極めたのか。

 

呪われているって……舐めてんのかこの神社は。(はら)えよ、仕事しろ。

 

 

「美琴は大吉か?」

 

 

美琴はドヤ顔で俺に『大吉』と書かれたクジを見せてくれた。どうやら嫁たちは全員『大吉』らしい。

 

 

「おーい、男共。集合集合」

 

 

「どうした?」

 

 

「……嫌な予感しかしないぞおい」

 

 

俺と同じように黒い着物を着た士道と原田。俺は笑顔で尋ねる。

 

 

「大丈夫大丈夫。お前ら、クジはどうだった?」

 

 

「あまり言いたくないけど俺は大凶だった。大凶って本当にあるんだな……」

 

 

「……俺も大凶って言ったらお前はどうするんだ」

 

 

なるほど、士道と原田はシロか。オーケーオーケー。全て理解した。

 

 

「美琴、ちょっと神社ぶっ壊して来る」

 

 

「うん、後でね」

 

 

美琴と一度別れた俺はギフトカードから刀を取り出し力を———!

 

 

「ってコラァ!?」

 

 

「止めるな美琴! この神社は祟られている! 俺の神殺天衝で一発だ!」

 

 

久々に美琴から跳び蹴りを背中から受けた。そのまま乗られて身動きが取れなくなる。

 

 

「ま、まぁ落ち着けよ大樹。絵馬でも書いて、な?」

 

 

「原田……お前は悔しくないのか……!」

 

 

「いや、士道のクジを見た琴里がさっき……な?」

 

 

既に粛清されてしまったようだ。ブラコンの力って凄いよね。

 

 

「便乗してくる」

 

 

「それ以上追撃したら死ぬからやめろ!?」

 

 

何を言っている? 殺すんだよ(白目)。極凶大樹の力を見せてやるよ。

 

まぁ美琴がそれを許すわけないわけで、俺はズルズルと引っ張られながら絵馬のところまで連れてかれた。

 

全員が絵馬を書くことになったらしく、俺たちが来たことで全員が集合した。

 

 

「絵馬に書くより大樹君にお願いした方が早く叶いそうなのはアタシだけかしら?」

 

 

「優子。何でも言ってみろ。叶えてみせるぜッ!!」

 

 

「……やっぱり絵馬に書くわ」

 

 

何故だ優子。お前の為なら世界だって征服でも制服にすることもできるぞ。

 

……まぁ良いだろう。今は仕事が先だ。全員が綺麗な浴衣を着ているこの光景、カメラに収めるのだ!

 

 

「恥ずかしいからやめなさい!」

 

 

「えー」

 

 

アリアに注意されて俺は落ち込む。これ以上嫌がることはしない。だが、

 

 

「フッ、だが俺の携帯端末の待ち受け画像はアリアの寝顔なんだぜ?」

 

 

「消せ」

 

 

———自慢したことを死ぬほど後悔した。

 

画像を消された大樹は絵馬の傍で死んでいる。その姿を見ていた二亜と七罪は笑う。

 

 

「んーふふふ、いやー少年2は面白いね。凄く良い」

 

 

「フフッ、ただの馬鹿でしょ」

 

 

絵馬に死んだ大樹を書く二亜。彼女だけ着物を着ておらずダウンジャケットを羽織っていた。

 

変身していないせいか七罪は大樹を嘲笑った。しかし、深緑色の着物は似合っていて可愛い。自分を卑下するのは少なくなったと原田が言っていたな。

 

 

「大丈夫だ……俺には、黒ウサギのエロウエディングドレスがある!!」

 

 

「少年2、ホント最高ッ」

 

 

二亜はそんな馬鹿な大樹を気に入っていた。

 

復活した大樹は二亜の書いている絵馬を見て感心する。

 

 

「うおッ、すげぇ上手いな」

 

 

絵馬に書かれたイラストはプロレベル。七罪はサッと隠したがプロに近いレベルで上手かったのを見逃さなかった。

 

 

「まぁねー。借りにも絵描きの端くれとして? 手は抜けないっていうか?」

 

 

「職業病か? 漫画でも描いているのか?」

 

 

「おッ、察しが良いね」

 

 

ペンをクルクルと回しながら二亜は笑った。いや適当に言ったけどな。

 

……精霊が漫画家って、俺が寝ている間に何があったんだホント。

 

 

「今なら少年2の好きな人の裸体とか描いてあげても良いよ? リアルに再現してみせるよ?」

 

 

「師匠と呼ばせてください」

 

 

刹那———俺はその場で片膝を地につけて忠誠を誓った。

 

天才だ。この精霊、逸材過ぎる!

 

 

「YES♪ では黒ウサギもお願いしても?」

 

 

「少年2、撤退だ!!」

 

 

「御意!!」

 

 

数分後———俺と二亜は正座させられた。黒ウサギのウサ耳から逃げれるわけがない。

 

黒ウサギにロープで体で縛られた俺は口にペンを咥えさせられ、大人しく絵馬を書くように言われてしまった。

 

しかし、いざ書くとなると何を書けばいいのか思いつかない。ペンを器用に口元で回しながら原田に聞く。

 

 

「どういうことを書けばいいんだ? 大体のことは神に頼まずとも自分でできるんだけど」

 

 

「じゃあそれでも自分ができないことを書けば?」(どうやって口元でペンを回してんだコイツ……)

 

 

うーん、自分じゃできないことか……。

 

口にペンを咥えて絵馬にやりたいことを書いてみる。隣で様子を見ていた原田は戦慄する。

 

 

スパンッ!!

 

 

「アホか!?」

 

 

「うぐッ、ごめん、違う。あの、証拠隠滅してください」

 

 

原田は大樹の絵馬を掴んで大樹の頭を叩いた。絵馬は真っ二つに割れた。

 

珍しく大樹が反省していた。理由は簡単。絵馬にR-15では公開できないようなことを書いたからだ。

 

 

「俺だってそういうことも考えちゃうんだよ……」

 

 

「下ネタ20連発より酷い内容を俺は初めて見たぞ」

 

 

マジか。

 

 

「公共の場だ。分かるよな? オブラートに包め」

 

 

「じゃあ———嫁とエロいことがしたいです」

 

 

スパンッ!!

 

 

原田は大樹の絵馬を奪い取り大樹の頭を叩いた。再び絵馬が真っ二つに割れる。

 

 

「———デートの最後はホテルに行きたいです」

 

 

スパンッ!!

 

 

「……おっぱいが揉みたいです」

 

 

スパンッ!!

 

 

「嫁とラブラブになりたいです!!!」

 

 

スパンッ!!

 

 

「お前殺すぞ!?」

 

 

「ふざけるお前が悪いだろうが!? でも最後はスマン!!」

 

 

頭からダクダクと血が流れてはないが結構痛い。怪我人にこの仕打ちは駄目だろ。

 

とりあえず最後は採用された。原田は最後の詫びに不採用の絵馬を燃やしてくれた。

 

 

「———フッ、もうラブラブなのに絵馬に書く意味は無いか……」

 

 

「これが神と非リア充に喧嘩を売って行くスタイルか」

 

 

違うわ。

 

絵馬を書き終えると俺の背後に誰かが近づく気配を感じた。原田が何もしないということは、

 

 

「大樹君はもう書いたかし、らッ!」

 

 

「うおっと。書いたぞ」

 

 

背中から抱き付いて来たのは真由美。俺は受け止めながら答えるが、今日の大樹さんは怒っていますよ。

 

 

「美琴に何を話しているんだよ。おかげで美琴と手を繋ぐタイミングを逃したじゃねぇか」

 

 

「中学生の悩みか」

 

 

「原田は後でしばく」

 

 

俺がジト目で真由美の顔を見ると、真由美もジト目で俺を見ていた。

 

 

「ふーん」

 

 

「な、何だよ」

 

 

「別に。大樹君は美琴さんのことが随分と好きみたいね」

 

 

「馬鹿か。俺は美琴と同じくらい真由美のことが好きだぞ」

 

 

「かゆいかゆい。コイツらの会話を聞いていると体中がムズムズする」

 

 

———とりあえず原田の腹に一発パンチを入れて静かにさせた。

 

 

「でも本当のことでしょ? いつも私じゃない女の子とイチャイチャしているじゃない」

 

 

「ぐッ」

 

 

痛い所を突かれた大樹は気まずそうに視線を逸らした。好機と見た真由美は大樹の右頬を指で突きながらニヤニヤと笑う。

 

ちくしょう。また遊ばれているじゃねぇか。何か反撃の手立てはないのか?

 

 

「あ、そうだ」

 

 

俺の背中に体重をかけていた真由美をそのままクルリと前まで回転させて、

 

 

「えッ」

 

 

お姫様抱っこの状態になった。赤と白の花柄の和服と華の(かんざし)を付けた綺麗な髪を見てドキッとなるが、俺はキリッと真剣な表情になる。

 

 

「だ、大樹君!? えっと、あの……」

 

 

「真由美」

 

 

俺は告げる。

 

 

「ちょっと初音速ダッシュしてもいいかな?」

 

 

「私が悪かったから降ろして!?」

 

 

勝ったぜ。

 

真由美が俺の顔をポコポコと叩いて拒否していた。体験したことはなくても、相当なモノだということは予想できているようだ。

 

今度は俺がニヤニヤする番だった。頬を膨らませた真由美を見れて大満足。

 

 

「大樹さん、新年早々から撃たれますよ?」

 

 

「て、ティナ!?」

 

 

そんなニヤニヤする時間はすぐに終わりを告げた。

 

ジト目でティナが俺の顔を見ていることに気付いた俺は真由美を降ろして笑って誤魔化す。

 

 

「さ、さすがに撃たれないって」

 

 

「ではアリアさんの前で同じことをやってください」

 

 

「無理ですごめんなさい」

 

 

アリアが帯の裏に銃を隠していることを知っている大樹は首を横に振った。

 

真由美にまた笑われているが、ここはスルーしよう。あとで真由美はお姫様抱っこで甘い言葉を囁いて亜音速より少し遅めのダッシュをする刑に処す。

 

桃色の着物を着たティナはため息をついたあと、無言で俺の顔を見る。

 

 

「………………えっと、似合っているぞ?」

 

 

「撃ちますよ」

 

 

「怖ッ!? アレ!? 違った!?」

 

 

「言葉が足りません」

 

 

「マジか……ティナ、可愛いぞ?」

 

 

褒め言葉にティナは喜ぶ様子を見せない。何故?

 

俺が困っていると、ティナは拗ねるように呟く。

 

 

「……大樹さんが私に言う可愛いは、恋愛的な要素が全く無い気がします」

 

 

———周囲に居た人たちが全員、俺を睨んだ。

 

ドッと汗が噴き出す。既に何人かの大人がスマホを手に取り通報しようとしている。新年からとんでもないことを公共の場でぶちまけないでくれ。

 

気が付けば真由美は逃げ出していた。姿はどこにも見えない。道連れしようと思っていたのに!?

 

 

「あ、あの……ティナさん? ここでは不味いので後で別の場所でお話でも……」

 

 

「……言って下さい」

 

 

「へ?」

 

 

「今、ここで言ってください」

 

 

そして、周囲から音と声が消えて静かな空間へと変わった。

 

この状況に戦慄する大樹。震えた声で尋ねる。

 

 

「な、何を言うのかな……?」

 

 

「———いつも皆さんに言っている『愛している』です」

 

 

ピポピポピポピポピポピポピポピポピポピポピポピポピポピポピポッ

 

 

「全員動くなぁ!!!」

 

 

大樹の大声が轟いた。全員の動きが止めることに成功。よし、まだ通報されていないな?

 

危なかった。一斉に通報されるところだった。

 

 

「ティナ。今じゃなきゃダメか?」

 

 

「今だからこそ、確認できると思います」

 

 

「フッ、そうだな」

 

 

———俺は覚悟を決めた。

 

ティナを恋愛対象に見ていない? いいや、そんなわけないだろ。

 

お前も大切な人だ。子ども扱いもしないし、ティナはティナだとちゃんと思っている。

 

この場で異様な光景だとしても、ロリコンだと罵られるとしても、俺は言わなきゃいけないんだ。

 

 

「ティナ。超愛しているぜ」

 

 

———琴里が助けてくれなかったら普通に逮捕されていた。

 

 

________________________

 

 

 

アリアたちの前で正座をする大樹。いつもの光景を美琴が遠くから見ていた。

 

 

「本当に変わっていないのね……」

 

 

「大樹だから」

 

 

隣には折紙も居た。白地に折り鶴柄の着物を着た折紙が答えた。彼女も長い期間で大樹の扱いを大方理解したようだ。以前のように怒っている女の子を止める様子を見せていない。

 

 

「アイツは、本物の馬鹿よ……」

 

 

「そう?」

 

 

「馬鹿。大馬鹿よ」

 

 

美琴は顔を赤くしながら俯いた。声も小さく、折紙だけが聞き取れた。

 

 

「馬鹿じゃなきゃ……あんな必死になって、私を助けないわよ……でも……」

 

 

「……………」

 

 

大樹という男に助けられた二人は知っている。

 

大樹がどれだけ必死に食らいつき、どれだけ血を流し、何度も助けてくれた。

 

美琴は大樹と以前、どんな風にやり取りをしていたのか感覚が思い出せない。あんなに過ごしたのに、あんなに笑ったのに、どう接すればいいのか分からなくなっていた。

 

 

「ねぇねぇそこの彼女。君凄く可愛いね」

 

 

「俺たちとちょっと遊ばない? こんな奴といないでさぁ」

 

 

「ほほう、新年早々血を流したい奴がいるようだな……嫁に手を出そうとしたことを死んで後悔させてくれるわ!!」

 

 

女の子に絡んで来た男を修羅となった大樹が追い払う。あの様子だと自分に来る運気まで追い払う勢いだった。

 

最後はやり過ぎな点と周囲に迷惑をかけている点があったのでまた正座をして怒られている。

 

そんなことが目の前で起きても美琴と折紙は無かったかのように話を続ける。

 

 

「成長しても大樹は変わらないでいてくれた。それでも分からないのよ」

 

 

美琴の言うことに折紙は同感して頷く。記憶が無くても大樹は変わらないことを折紙は知っているからだ。

 

 

「待つんだ黒ウサギ! その話、誤解が十個以上もあるのにインドラの槍を俺に撃つのか!?」

 

 

「それでもやった事実はありますよね!?」

 

 

「納得した」

 

 

バチバチガシャアアアアアアアン!!!

 

 

快晴の空だというのに雷の音が轟いた。そんなありえないことが目の前で起きても美琴と折紙は無かったかのように話を続ける。

 

 

「分からないなら聞けばいい」

 

 

「え?」

 

 

「士道はそう言った。大樹はその答えに笑っていたから間違いない」

 

 

折紙は美琴の手を掴み引っ張る。美琴が何事か声に出す前に、地面に倒れた大樹に声をかける。

 

 

「大樹、デートして欲しい」

 

 

「———喜んで」

 

 

「私と美琴。三人で一緒に」

 

 

「———喜んで!!」

 

 

突如巻き込まれた折紙のデートに美琴は唖然(あぜん)とした。

 

大樹は嬉しい表情だが、美琴は顔を真っ赤にして何も言えなかった。

 

 

________________________

 

 

 

———翌日。

 

突然だが、完璧など無い。

 

むしろ完璧と言える物はボロが出ることが多いとそれは人生を通して十分に学び分かっていた。

 

でも完璧に近い素晴らしい計画はできた。自分の持つ能力をフルに活用して練り上げた渾身のデートプラン。

 

美琴は喜んでくれる。折紙も笑ってくれるに違いない。そう確信する程、完璧と言える計画だった。

 

だがそういう計画は、大体崩れるのがオチ。というわけで、

 

 

「狂三の存在で全てがパーになりました。拍手」

 

 

パチパチッと隣に立ったフリルの付いたモノトーンの服を着た狂三が笑顔で拍手した。長い黒髪を二つに括り、左目が前髪に隠れているが、そんなことはどうでも良い。

 

 

「お前が女の子で、借りが無ければツバ吐き捨てて速攻でミンチにしたのに……!」

 

 

「その発言を女の子に言う時点でアウトでは?」

 

 

お前がここに来た時点でスリーアウト、チェンジだよ。

 

振り返るとせっかくデート服を着てくれた美琴と折紙のれいとうビーム級の視線が合う。凍る。目も心も。

 

白のコートに黒いスカート、黒色のマフラーを巻いた美琴。茶色のダッフルコートに白のスカートを穿いた折紙。

 

凄い可愛い。可愛くてテンション上がるのに、どうして修羅場が起きようとしているんだ?

 

 

「別にデートの邪魔をする気は無いですわ。前にしましたからね」

 

 

「「……………」」

 

 

「現在進行形で邪魔してない? 狂三の発言で視線がもっとギスギスしているんだが?」

 

 

「……真面目な話、注意して欲しいことが大樹さんにありますの」

 

 

「注意して欲しい事?」

 

 

急に真剣な表情になる狂三に俺は『は? 何それ美味しいの?』みたいな表情になるが真面目に聞く事にする。

 

 

「当然、大樹さんの後をつけている人のことです」

 

 

「……………え?」

 

 

「え?」

 

 

「狂三、それって自分のことを言ってんだろ? 自虐ネタは今の時期は流行って———」

 

 

「違います」

 

 

「またまたー」

 

 

(わたくし)も撃ちますわよ」

 

 

「俺が悪かった」

 

 

しかし、本当に誰がつけているのか分からなかった。

 

あの戦いで神の力が激減して弱くなっているが、人に見られている気配に気付かない程ではないぞ? 相手は相当の手練れか?

 

 

「ソイツはいつ危害を加えそうだ?」

 

 

「いえ、それはないでしょうね」

 

 

「ほん? 言ってることが少し分からないんだが……」

 

 

「それでは大樹さん、良いブラッディデートを……」

 

 

「とんでもねぇ捨て台詞を残して行くな!? 何で血塗られるの!? まさか俺のこと!?」

 

 

最悪の言葉を残した狂三は人混みに溶け込み姿を消す。今度会ったら覚えておけよ。

 

美琴と折紙のところに戻ると、俺は事情を説明しようとするが、

 

 

(せっかくのデートにあまり不吉な話をするべきじゃないな)

 

 

どう誤魔化そうかと考えると、自然と答えが出た。

 

 

「———狂三が俺のストーカーという話だ。気にするな」

 

 

数秒後、銃弾で頭部を狙撃された。後頭部が超痛かった。

 

 

________________________

 

 

 

歩き始める前に右手で美琴の手を握る。すると微量の電気が体に流れた。

 

美琴は無意識なのか顔を赤くして俯いているだけだ。ちなみにアリアの手を握ると銃弾が飛んで来るから注意が必要。

 

左手に握った折紙が感電しないように神の力で打ち消していた。

 

 

ばべ(さて)どぼびいぼうば(どこに行こうか)?」

 

 

「!?」

 

 

舌が回っていなかった。気付いた美琴がビックリして謝る。でも大丈夫だ。悲しいことに全然効かないから。何が大丈夫なのか分からないな。

 

デート場所は少し遠いオシャレなレストランだ。移動手段は【フラクシナス】の瞬間移動でも良いがロマンが無い。というわけで、

 

 

「車で行くぜ」

 

 

「え……」

 

 

「おっと美琴? 俺の運転が荒いとか常識破りとか予想して恐怖に怯えているかもしれないがさすがにしないぞ?」

 

 

【ラタトスク機関】から貰った白色の四人乗り新車を自慢するけど引かれた。地球を救ったから【ラタトスク機関】に何でも貰える。嬉しいね。

 

 

「見ろ! 免許もあるぜ!」

 

 

「偽造?」

 

 

「本物だよ!?」

 

 

「そ、そう……た、確かに持っているわね」

 

 

オートマ車(AT)しか乗れないけどな!」

 

 

マニュアル車(MT)じゃないのね」

 

 

武偵校でバイクと一緒に免許を取っていたけど時間が足りなかったからATで妥協した。知識は全部頭に詰め込んだけどな。だが安全運転できることを証明するには十分だ。

 

 

「この世界でもちゃんと免許を取り直したから安心しろ!」

 

 

「違うわ大樹。免許とか車とか、関係ないの。大樹だから心配なのよ」

 

 

「その哲学みたいに言うのやめて」

 

 

一番美琴が乗りたく無さそうだった。折紙は既に助手席に座っているというのに。

 

だってカッコつけたいじゃん。男の子だもん。

 

 

「ん? まさか美琴、後部座席に座るかもしれないと思っているだろ?」

 

 

「いや別にそこは気にしてないわよ……死亡率が低いから後ろの方で良いわ」

 

 

「事故前提に話を続けないで。それに安心してくれ。運転席と助手席の間に座席を移動して三人乗りできるようになっている!」

 

 

「そ、そう……」

 

 

手応え無しか。そんなに俺の運転が不安なの?

 

 

「!? 大樹の隣じゃない……!?」

 

 

折紙が俺と隣じゃないことに戦慄している。そっちに手応えを感じても困る。

 

 

「美琴。これは言いたくなかったが……」

 

 

真剣な表情で大樹は告げる。

 

 

「例え事故が起きるとしても、その前に解決できる自信がある」

 

 

「今覚えてはいけない安心感を覚えたわよ」

 

 

こうしてドライブデートが無事始まり、目的地に向かうことができた。

 

 

「音楽は未来〇記のOP『Dead END』です。出発!」

 

 

「降りていいかしら?」

 

 

________________________

 

 

 

無事に車でレストランに到着して食事をした。金は腐るほど【フラクシナス】から貰っているので問題は無い。地球を救った男が優遇されるのは当然だ。

 

しかし、料理を食べていると不良に絡まれた。よってしばいた。

 

その後は美琴の希望でゲームセンターに行って楽しんだ。そこでも不良に絡まれたのでしばいた。

 

折紙の希望で服屋に行って三人の服を買った。特に俺が買った。部屋着に『アイラブ嫁』Tシャツを着ていることや、コートの中に『神・一般人』Tシャツを着ていることがバレたので。そこでも悪いお兄さんに絡まれたのでしばいた。

 

そして、最後は俺の希望でアクセサリー屋に寄っていた。

 

 

「はぁ……今日は平和な日なのに人を殴り過ぎな気がする」

 

 

「折紙の時に一団潰しているから当たり前よ」

 

 

最初は3人、次に7人。最後に20名の団体様をフルボッコした。何でこんなに絡んで来る人が多いんだ。最後は久々に美琴と一緒に戦ったぞ。ちょっと嬉しかったよちくしょう。

 

 

「さっき見た限り、能力は大丈夫そうだけど威力は上がったか?」

 

 

「そうね、今なら超電磁砲(レールガン)も凄いことになっているわね」

 

 

「その手に持ったコイン、俺に渡しなさい」

 

 

「しないわよ。大樹じゃあるまいし」

 

 

「それやめろよ」

 

 

気が付けば何故か俺が不利な立ち位置になっていた。自分って女の子との口喧嘩に弱いような気がする。

 

美琴と折紙は様々なモノを見ているが何も欲しいとは言わない。しかし、俺は何かプレゼントしたいと思っている。

 

だがガラスのショーケースに並べられたネックレスなどを先程から見ているがピンと来ない。

 

違う物にしよう。そう思い場所を変えようと歩き出すと、

 

 

「おッ」

 

 

あるモノに目がついた。

 

美琴と折紙を遠くから見て決断した。これを買おうと。

 

店員さんにコッソリ購入させて貰い懐に隠す。そして何も無かったかのように美琴と折紙と合流する。

 

 

「欲しい物はあったか?」

 

 

「ううん、無いわよ」

 

 

美琴は首を横に振り、折紙も美琴の言葉を同意するように頷いた。それは好都合。もしプレゼントの中身が被ったら意味がないからね!

 

店から出て車に乗って帰ろうとした時、一人の少女とすれ違った。

 

 

「ん?」

 

 

その時、違和感を感じた。

 

振り返るとそこには少女は見当たらず、誰もいない。店員さんが笑顔で俺たちを見送ってくれているだけだった。

 

 

「どうしたのよ?」

 

 

「いや……何でもない」

 

 

美琴に聞かれるが、気のせいだと俺は頭を振って車へと向かった。

 

———あれ? 何で俺は振り返ったんだ?

 

 

________________________

 

 

 

 

———事件は起きて終わった。

 

意味は言葉通り。起きたけど二秒で解決した。

 

車に乗ろうとした時、新車は無残な姿で発見された。『サンタマリア号』の破壊に大樹は犯人を殴ると言っていると、すぐに犯人たちは姿を見せた。

 

今度は団体様の倍、40人だ。この街を仕切るヤクザが俺の評判(団体様ボコボコ事件)を聞いて来たという。

 

 

「俺の下で働け。お前には見所がある。従わないなら、この車より酷い目に遭わせてやる」

 

 

金歯の歯を見せながら笑うおっさんボス。手下たちが刃物や拳銃を見せながら脅して来た。

 

 

———で、二秒で全員粛清して鎮圧した。

 

 

顔面に一発パンチを全員に叩きこんだら終わった。今日から俺が街のボスとなる。

 

 

「今日からお前らはボランティア活動の日々だ。逆らう奴は豚箱に叩きこむ」

 

 

街の治安維持。平和は二秒で守られた。

 

新車は壊れたので手に入れた部下にリムジンを用意させて帰ることにした。

 

 

「何で今日はこんなに絡んで来る奴が多いんだよ……」

 

 

「ねぇ折紙。これが今の大樹の普通なの?」

 

 

「……当然」

 

 

「目を逸らしたから今日はちょっと違うのね」

 

 

「大樹ね、今日はちょっと所じゃないと思うの? 美琴さん? 折紙さん? こっち見ろ」

 

 

初リムジンなのにテンションが高くない三人。今日はデートなのですが? 街の裏ボスを倒すゲームじゃないのですが? どういうことですか?

 

不味い。良い感じに終わるデートがこのままじゃヤバい。

 

 

「あのさ、実は———」

 

 

先程買ったプレゼントを懐から取り出そうとした時、

 

 

ギュルルッ!!!

 

 

突然のブレーキ。車が大きな音を立てながら無理矢理停止しようとしていた。

 

咄嗟の出来事に大樹は対応できた。美琴と折紙の体を引っ張り怪我をしないようにする。

 

数秒後には車が停止し、運転手の頭を叩く。

 

 

「何をやってんだアホ!?」

 

 

「す、すいません兄貴! でも前が……!」

 

 

「前?」

 

 

前を見ると、横断歩道の信号は赤なのに対して歩行者がズラリと並んで歩いていた。

 

車の信号は青なのに進める状況じゃない。部下のブレーキは正しい、歩行者が間違っている。

 

 

「すまん、叩いて悪かった。でも何だこの行列は」

 

 

「……ライブコンサートじゃないですか?」

 

 

「ライブ?」

 

 

行列を成している人たちの手にはペンライトや応援うちわを持っていた。誰のライブだ?と部下に聞くと驚いた表情をされた。

 

 

宵待(よいまち) 月乃(つきの)ですよ、この街の人たちなら全員知っているくらい有名です」

 

 

「悪いがアイドルは二次元にしか興味は無い」

 

 

「ドヤ顔で言う事じゃないわよ」

 

 

美琴にビシッとツッコミを入れられる。綺麗に決まった。黒ウサギでも80点以上の点数をあげるだろう。俺は絶対に満点あげるけど。

 

 

「はぁ……少し待てば通れるようになるだろ」

 

 

「見に行かないのですか?」

 

 

「それ、俺に対して『死ね』と同義語だから注意しろ」

 

 

「えッ!?」

 

 

「さすがにそこまで咎める気はないわよ……」

 

 

「美琴は許してくれるかもしれないが、アリアたちが違ったらどうする!?」

 

 

「アリアたちも言わないと思うわよ? それにせっかくの……その、デートなら連れて行ってくれてもいいじゃないかしら……」

 

 

照れながら言う美琴に俺の気持ちは変わった。俺は部下に指示を出す。

 

 

「任せろ。よし、突っ込め!!」

 

 

「犯罪者になるのでやめてください!?」

 

 

こうしてデートはまだまだ続くことができた。

 

 

________________________

 

 

 

何も持たずに入ろうとすると他の客に睨まれる。睨み返して威圧するが、アイドルに対する愛が足りないと思われているのだろう。

 

アイドルを世界一にしたことがある俺には分からないことではない。だからペンライトぐらいは購入する。

 

会場に入ると既に凄い盛り上がりを見せていた。観客たちの応援する叫び声、ステージ立つアイドルの歌声、響き渡る音楽。

 

 

「———♪ ———♪」

 

 

ステージに立つアイドルは完璧に()せていた。

 

紫紺の髪に銀色の瞳。黒ウサギと張り合えるぐらい抜群のスタイルの美少女。

 

白いドレスの衣装を纏った彼女に、全観客の視線が集まった。

 

 

「「Foo! T・U・K・I・N・O・月乃たん!!」」

 

 

大樹と部下は普通に適応していた。美琴と折紙はここに連れて来たことを早くも後悔している。

 

 

「あんた……興味無いって話じゃなかった?」

 

 

「美琴。アイドルになるには凄い努力が必要なんだ。俺は知っている。彼女がどれだけ頑張って来たのか!」

 

 

「さっきまで知らなかったわよね!?」

 

 

こんな感じの状態で一番後ろの席でも大樹と部下は盛り上がった。

 

そして美琴と折紙もアイドルの良さに気付いたのか、最後の曲になれば一緒に盛り上がっていた。

 

 

「うん?」

 

 

ふと空席の右隣りに気配を感じた。そこには俺と同じようにペンライトを振り、何故か俺の顔を見ている女の子が居た。

 

先程までいなかったのに突然現れた。しかも女の子には見覚えがあった。

 

 

「大樹?」

 

 

「———え?」

 

 

折紙に声をかけられてハッとなる。気が付けば曲も終わり、閉めの挨拶をしていた。

 

右隣りには誰もいない。そこで違和感に気付く。

 

 

「どうして俺は、右の席を見ていたんだ……」

 

 

「具合が悪い?」

 

 

「いや、大丈夫だ。ちょっとな」

 

 

折紙を心配させないように首を横に振った。

 

 

「女の子とキスするタイミングとか考えていただけだ」

 

 

「何言ってんのよ!?」

 

 

「私はいつでも構わない」

 

 

美琴に頭を叩かれ折紙には迫られた。大丈夫、まだしないから。

 

さすがの俺も二回目となると違和感の正体に気付く。狂三の言っていた『あとをつけている人』だ。

 

あの女の子が俺をつけているのは確実だ。でも危害を加えることがないと狂三は言っていた。言葉通り、危害を加える素振りはない。どういうことだ?

 

顎に手を当てて考えていると、周囲がざわざわしていることに気付く。

 

 

「ん? どうした?」

 

 

「アイドルの動きが……」

 

 

美琴に聞くとステージで終わりの挨拶をしている途中、話が止まったという。まるで何かを見つけて驚いているようだと。

 

彼女の視線は観客の方だ。一体誰を見ている?

 

 

「こういう場合、止む終えず別れた彼氏とか?」

 

 

「ドラマかよ。今からハッピーな展開になるの? アイドルはプロデューサーと良い関係になるモノだぞ」

 

 

「リアル過ぎるわよ」

 

 

リアルじゃない、二次元だ。

 

美琴にそう言おうとすると、アイドルが突如走り出した。

 

観客は驚きの声を上げる。アイドルは騒ぐ観客の間にある通路を駆け抜けてこちらの方へと向かっていた。

 

 

「おっ? 俺たちの近くのようだな。修羅場が近くで見れるとなると、少し見てみたいな」

 

 

「……どうしよう折紙。嫌な予感がするわ」

 

 

「大樹。今すぐ帰るべきと私は思う」

 

 

あれ? 何故か二人は乗る気じゃないようだ。

 

美琴と折紙が俺の腕を掴んで逃げようとしていると、アイドルは一番後ろの列まで到着。

 

そして、大樹と視線が合ったような気がした。

 

俺では無い。そう思い振り返るとそこには美琴と折紙、部下の三人が居る。まさか部下を探して!? 衝撃の展開!?

 

 

「本物……!?」

 

 

そう呟いたアイドルはゆっくりと大樹に近づき涙をポロリと零した。ありえない光景に俺たちはビックリする。

 

 

「ずっと会いたかったのですよ……?」

 

 

「部下のことか!?」

 

 

「違います違いますよ兄貴!? 兄貴のことですよ!?」

 

 

そんな馬鹿な!? じゃあク〇リン!?

 

この状況に混乱していると、信じられないことに彼女は俺の右手を両手で握り出した。

 

 

「ほわッ!?」

 

 

「私の……私だけの———!」

 

 

そして、アイドルは大樹を前から抱き付いた。

 

 

 

 

 

「———だーりんッ!!!」

 

 

 

 

 

「はあああああああああああああああああァァァいいいいいいいいィィィィィ!?」

 

 

———俺はこの世界に来て、衝撃的な事を告げられることが多い気がした。

 

アイドルの爆弾発言に観客たちも大樹と同じように叫んだという。

 

 

________________________

 

 

 

———テレビのニュースは大変なことになっていた。

 

アイドル『宵待 月乃』のスキャンダルだ。映像には真っ青な顔で驚く大樹と涙を流しながら抱き付くアイドルの姿。バッチリと映っていた。

 

このニュースのせいであの場から逃げ出した俺は【フラクシナス】で女の子たちに説教されていた。

 

 

「何も知らないんだよぉ!?」

 

 

「じゃあ何でこうなっているのよ!?」

 

 

「俺が聞きたいよ!? 全く面識が無いんだぜ!?」

 

 

アリアに無実を訴えるも前科が多過ぎて信じて貰えない。しかし、

 

 

「アリア。知っていると思うけど大樹の驚きから見て無実よ。でも有罪と思うの」

 

 

「優子が助けてくれるかと思ったけど全然違った」

 

 

優子は『大樹は悪いことをしていない。でも気付かないだけで罪を犯している』と言っていることと同じだ。普通に駄目じゃん。

 

だが思い当たることは無いが知らず知らずの内にやらかしてしまうことが多々あるので否定できない。最近は火星を吹っ飛ばしたぐらいやらかしたことがあるからね。

 

 

「でもアイドルの方が勘違いしているように黒ウサギは見えませんでした」

 

 

「だから困っている。真由美の悪戯より性質が悪いぜ」

 

 

「それってどういう意味かしら?」

 

 

そのままの意味だ。

 

真由美にズビシッと頬に指で突かれている中、ティナがハッとなる。

 

 

「大樹さんがイケメンだから、あのお芝居で狙って来た……!」

 

 

「すげぇ嬉しいけどそれは絶対無い」

 

 

ティナが俺のことをそう見てくれるのは嬉しい。でもそれは無い。

 

その証拠に美琴、アリア、優子、黒ウサギ、真由美、折紙が順に言うからだ。

 

 

「無いわ」

 

 

「無いわね」

 

 

「絶対に無いわ」

 

 

「可能性はゼロかと」

 

 

「無理ね」

 

 

「ありえる」

 

 

「よし、本当にお前らが俺のことを好きなのか疑う流れだな。折紙は大好き」

 

 

そこまで否定しなくても良いじゃないかな? ちょっと酷いよ?

 

絶対記憶能力で過去を(さかのぼ)るも心当たりが全くない。どういうことだ? 人違いか? 見落としているのか?

 

考えていると部屋のドアが開いた。入って来たのは原田と琴里。

 

 

「「馬鹿が馬鹿したと聞いて」」

 

 

「原田はぶっ殺す」

 

 

「何で俺だけだよ!? てか本当に馬鹿しているだろうが!」

 

 

否定できない。事態の元凶が自分だから原田に強く言えない。

 

 

「それでもお前は殺す!」

 

 

「何でだよ!?」

 

 

「いい加減にしなさい。大樹、事態は深刻なの」

 

 

原田と違って琴里が真面目な顔で俺を見る。俺も真面目に原田の腹を殴り理由を聞く。

 

 

「ナチュラルに殴るなよッ……ぐふッ」

 

 

「それで、何が深刻なんだ? 大体、予想がつくけどな」

 

 

「分かっているなら話は早いわ。あのアイドルが『精霊』だからよ」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

琴里の言葉に女の子たちが驚愕する。琴里がこの部屋に来た時点で大体予想はできていた。

 

アイドルが精霊。漫画家の二亜が精霊だったからおかしくは……ないのか?

 

 

「彼女の本名は誘宵(いざよい) 美九(みく)。精霊として力が発覚したのはさっきよ」

 

 

「さっき?」

 

 

「まだ知らないみたいね。説明するから艦橋に来なさい」

 

 

________________________

 

 

 

『本日、午後6時過ぎから天宮会場で突如起きた謎の暴動は瞬く間に市内に広がり、現在数万人の規模に膨れ上がっています』

 

 

「暴動だと?」

 

 

ニュースを知らない俺は映像を見る。そこに映っているのはペンライトを持った集団が市内を徘徊しているゾッとする光景だった。

 

異様な光景だが、集団が持っているペンライトを見て理解した。アレは俺たちが持っていた物と同じだから。

 

 

「まさかアイドルの観客!?」

 

 

「正解よ。あなたたちが逃げた後、出て来た観客はああなったわ。ちなみにあの中には中津川も居るわ」

 

 

「中津川ああああああァァァ!!」

 

 

次元を超える者がやられたことに俺は涙を流しはしなかった。二次元一筋じゃないのかよ裏切者。

 

 

「それにスキャンダルのニュースを見て不自然なことに気付かなかったの?」

 

 

「不自然? いや、怒られていたからよく見ていない」

 

 

「チッ。そう、大変ね」

 

 

「今舌打ちした? ねぇ何で? 酷いよ琴里ちゃん?」

 

 

「そもそもあのニュースはスキャンダルだったかしら?」

 

 

理解できない俺にクルーたちが先程流れていたニュースの映像をいくつか見せる。

 

そして、目と耳を疑った。

 

 

『アイドルのヒーロー!? 月乃の人生を救った男!』

 

『男の名と行方は!? アイドルになれたのは話題の男!?』

 

『生中継 あの男の行方を知っている方からの電話をアイドル月乃が望———』

 

 

「ぬ!?」

 

 

何か俺に対して話題が大きくないですかね!? 確かに有名なアイドルに抱き付かれたけれど、アイドルの話題は俺より小さくない!?

 

 

『たった今速報が入りました! 暴動の原因はあのアイドルで話題となった男です!』

 

 

「ぬぬぬ!?」

 

 

『暴動を起こした人たちの要求はアイドルの宵待 月乃に抱き付いた男性ということが発覚しました!』

 

 

「ぬぬぬぬぬ!?」

 

 

最後何故か俺が抱き付いたことになっているし!? 違うよ!? 僕抱き付いていないよ!? 受け身です、被害者です!? だから武器を取り出さないでアリアさん!?

 

どういうこと!? 何が起きているの!? What's happen!?

 

 

「あの、これって……まさかと思うが」

 

 

「美九はあなたを望んでいるわ。暴動を起こす程ね」

 

 

「Oh,Yeah……」

 

 

何でそうなった。

 

 

「あの観客は美九の持つ精霊の力で操られているのよ」

 

 

「いやいやいや、ここまでするのか!?」

 

 

「ここまでする理由があった。そう考えないの?」

 

 

「アイドルだぞ? 楢原さんだぜ? 考えるか?」

 

 

「……考えないわね」

 

 

普通に論破しちゃったよ。罪悪感半端ない。ごめんなさい。

 

 

(しゃく)に障るから言いたくなかったけど、大樹の容姿はそこそこ良い方よ。彼女があなたに惚れているのは確かね」

 

 

「終いには泣くぞおい」

 

 

しかし惚れていると言われてもマジで分からない。俺がいつ、どこで、何をきっかけに惚れさせたのか。

 

琴里は俺がどういう答えを出すか待っている。出す前に一つ聞きたいことがある。

 

 

「士道はどうした?」

 

 

その言葉に琴里は視線を逸らした。待て、士道はどうなった。生きてる?

 

 

「さっき美九とコンタクトしたわ」

 

 

「先に行ったのか。まぁ元々精霊を止める仕事はアイツだからな。士道が恋愛で落と———あ」

 

 

気付いてしまった。

 

成功しているならこんなニュースは流れていない。暴動なんて終わっているはずだ。

 

 

「美九は士道の話に耳を傾けることなく一蹴。そのまま美九は十香たちを精霊の力で操って……最悪の状況よ」

 

 

「嘘だろッ……じゃあ士道たちは捕まって、今残った戦力は……?」

 

 

「アタシと部屋に七罪がいるわ。あとはここに居る原田とあなたたちよ」

 

 

「精霊が二人、嫁が七人、ゴミが一人か」

 

 

「俺も終いには泣くぞ」

 

 

原田が何か言っているが無視する。

 

戦力を確認した。そして正直な感想を告げる。

 

 

「うん、普通に大丈夫な気がする」

 

 

「誰もいなくてもお前が居れば行けると思うんだよ。お前のの存在が大き過ぎるんだよ」

 

 

「褒めているはずなのに悪口に聞こえるのは気のせい?」

 

 

最近原田の言葉は辛辣だ。

 

 

「大樹には美九の説得。この暴動を抑えた後、士道がもう一度美九に挑戦するわ」

 

 

「ちなみに士道に対するアイドルの好感度は?」

 

 

「大丈夫。まだ『ゴキブリ以下の好感度』よ。希望はあるわ」

 

 

「絶望的だろブラコン。現実見ろ現実」

 

 

琴里が真顔で言うから一瞬大丈夫と思ったわ。全然駄目だろ。何をどうしたらそうなる。

 

どうやら琴里は士道が美九と上手く行かないことに納得できていないらしい。アイツは性格もイケメンだから惜しいところまでは行けそうなんだがな?

 

 

「選択肢は完璧だったはずなのに……『下からの眺めは最高だったよ!』じゃなかった……?」

 

 

「士道に何を言わせようとしているんだよ……」

 

 

今度士道が精霊と対話している様子を見学しよう。【フラクシナス】の恋愛術は完璧だ!という言葉が信じれなくなった。

 

 

「とにかく士道が捕まっているなら原田が行けば解決だ。精霊には俺の力をぶつければ打ち消せる」

 

 

「お、おう」(信頼されているのか貶されているのか、最近分からねぇな……真剣な時は即分かるが)

 

 

原田と作戦を練ることにする。女の子たちも特に言うことなく作戦立案に協力してくれた。

 

様々な案が出されるが、大方は決まっていたので数分で終えた。そして、この作戦はアイツに頼るとする。

 

 

「ジャコ」

 

 

『何だ?』

 

 

ギフトカードからジャコが飛び出す。作戦を説明するとジャコは顔を引き攣らせた。

 

 

『なるほど……それは大丈夫なのか?』

 

 

「最悪、そうするしかない。士道がそうなった。なら俺がそうなったら、止む負えないだろ?」

 

 

『むぅ……いいだろう』

 

 

ジャコに作戦を伝えた後、ギフトカードに戻って来て貰う。

 

『士道救出作戦&美九の精霊封印作戦』は決まった。完璧かどうかは分からないが、問題は無いはずだ。

 

俺と原田は琴里の方を見て頷く。琴里は期待に応える。

 

 

 

「さぁ———私たちの戦争(デート)を始めましょう」

 

 

 

「「おう!」」

 

 

 

———デートは戦争(デート)へと変わった。

 

 

 

 

 

「「「「「浮気確定」」」」」

 

 

「そこは空気を読んで欲しかったッ」

 

 

女の子たちを説得させるのに少し時間がかかった。

 

 

________________________

 

 

 

 

アイドル宵待 月乃———誘宵 美九が居るのはライブ会場。天宮会場だ。

 

会場の周囲にはペンライトを握り絞めた警備員が埋め尽くすように居る。当然そのまま行けば見つかる。

 

しかし、最強の悪神から貰った恩恵を使えば簡単に突破できる。

 

 

「ちょっと通りますよ~」

 

 

悪神の真紅(クリムゾン・アジ・ダカーハ)】をギフトカードから取り出し羽織る。触れないように通り、中に侵入した。

 

赤外線センサーも恩恵の前では無効化される。監視カメラも仕事をしない。

 

ズンズン中に進み、まず最初に向かったのは地下の電力室。

 

 

「えっと、コイツとコイツを切ってと」

 

 

スイッチを操作して裏口のセキュリティ解除、扉の施錠を開けた。そこから原田の仕事なので任せる。

 

地下から会場を目指す。美九はあれから会場に居座り続けているとのこと。

 

中に入れば入るほど人の数は少なくなり、最後は誰もいなくなった。会場の扉には誰も警備していない。

 

 

ガチャッ

 

 

悪神の真紅(クリムゾン・アジ・ダカーハ)】の恩恵を解除しながら扉を開けた。

 

観客は誰もいない。ステージにも、美九の姿は無い。

 

辺りを見渡し探して見ると、アイドルをすぐに見つけることができた。

 

 

「!? だーりんッ!?」

 

 

———彼女は俺が座っていた席に居たから。

 

美九は俺の存在に気付くと、すぐに流していた涙を拭き取り俺が居る入り口へと駆け出す。

 

泣いていた。その真意は分からないが、下手に変なことを言うわけにはいかない。

 

俺は耳に手を当て、小声で告げる。

 

 

「美九と接触。アシスト頼む」

 

 

『知っているわ。了解よ』

 

 

そう、俺は士道と同じことを今からするのだ。

 

士道はいつも琴里からアドバイスを貰い精霊とのデートを成功していると聞いた。ならばこの事件も美九を抑え、士道(ルート)に持って行けるようにすれば勝てる。そう琴里は自信満々に告げた。

 

俺としては『下からの眺めは最高だったよ!』発言を聞いた後だから信用できないが、五河兄妹を信じるとしよう。

 

 

「あの、私のこと……覚えていますかー?」

 

 

来たぞ。これはどう返せばいいんだ?

 

 

『選択肢が3つあるわ。そこから私たちがすぐに選ぶから待っていなさい』

 

 

選択肢があるのか。これは凄い。

 

しかし、その選択肢は俺も見てみたいな。眼鏡を改造して掛けている人間だけが映像が見れるようにすれば行けるか?

 

一方、【フラクシナス】で選択肢は以下のように出ていた。

 

 

1.「誰だ、お前?」

 

2.「覚えているわけがないだろ雌犬」

 

3.「黙れ。頭が高いわ」

 

 

『『『『『うわッ』』』』』

 

 

今、美琴たちの嫌な声が聞こえたけど? 何? 選択肢、大丈夫なの? 不安で仕方がないけど?

 

 

『全員選択肢を選んで! ……決まったわよ大樹。まずは「覚えているわけがないだろ雌犬」って言いなさい』

 

 

「待て待て待て待て待て」

 

 

美九に気付かれないように俺は琴里を止める。馬鹿野郎、俺を焦らせるな。

 

舐めているの? 何でいきなり雌犬って言わなきゃいけないの?

 

 

『大樹。よく聞きなさい。これは大事な選択肢なのよ』

 

 

「どこがだッ」

 

 

『もしこのまま美九の好感度が上がればあなたの大切な人が怒る。でもあなたが美九に嫌われて士道に繋げることができたら———頭の良い大樹なら分かるわよね』

 

 

凄い。酷いことを言っているのに正論だ。

 

女の子にそんなことを言うのは嫌だが仕方ない。美琴たちに嫌われたくないからすまん!

 

 

「覚えているわけがないだろ雌犬」

 

 

「ッ……!?」

 

 

『パターン青! 精霊の気分低下を確認!』

 

 

当たり前だ。それで嫌われなかったらおかしい———

 

 

『ってアレ!? 司令! 大変です司令!』

 

 

『どうしたの!?』

 

 

『好感度が全く変動していません! 高い数値を記録しています!』

 

 

———なんでやねん。

 

インカムから聞こえて来る報告を聞いた俺は背中に嫌な汗を掻く。これは不味い展開に進んでいるのでは?

 

報告に戦慄していると、美九は苦笑いで答える。

 

 

「そ、そうですよね……私、誘宵 美九と言います……アイドルの芸名とは違うので、美九と呼んでください」

 

 

『名前を呼ばないで! 一番酷い選択肢を用意するわ!』

 

 

もうしなくていいよ。【フラクシナス】に振り回される士道を想像すると涙が出そうになった。アイツ、頑張って生きているんだな。

 

 

1.「よろしくな、誘宵」

 

2.「ああ、覚えたよ雌犬」

 

3.「うるさい豚だ。ケツでも叩いて(しつ)けてやろうか?」

 

 

『『『『『うッ…………』』』』』

 

 

もう嫁が可哀想に思えるからやめて差し上げろ。どんなえげつない選択肢を用意しているんだお前ら。

 

 

『全員選択肢を選んで! ……決まったわ。「うるさい豚だ。ケツでも叩いて(しつ)けてやろうか?」って言いなさい』

 

 

「頭大丈夫かお前ら」

 

 

『いいから早く言いなさい! 気分が戻り始めているの! ドンと地獄の底に蹴り落とすように言いなさい!』

 

 

それ酷いとか鬼畜とかのレベルじゃない。人間のクズだよ。

 

 

『女の子に嫌われるわよ!?』

 

 

それを持って来られると断れないからやめて!?

 

そうだ。俺は最低。最低な事を今から告げる。俺は最低なクズを演じて見せる!

 

俺は美九の頭をちょっとだけ乱暴に掴み、低い声で選択肢で決められたセリフを言う。

 

 

「うるせぇ雌豚だ。ケツでも叩いて……(しつ)けてやろうか?」

 

 

全てが終わった後、俺は美九に土下座しようと誓った。心がね、凄くね、痛くて苦しい……。

 

 

『うわぁッ……やり過ぎよ……』

 

 

言わせた琴里に引かれた。もう嫌だこのチーム。はよ潰れてしまえ。

 

美九の好感度はガッポリ下がり、精霊の力で最悪俺を殺すかもしれない可能性はあった。俺はいつでも力を使えるように準備して警戒する。

 

 

「ッ~~~~!!」

 

 

美九は手で口を抑えて感情を抑えていた。怒鳴られる、そう思った瞬間、

 

 

『司令! 司令! 大変です司令!』

 

 

『今度は何よ!?』

 

 

『精霊の好感度が上昇しています! 気分もご機嫌になっています!』

 

 

『何ですって!?』

 

 

———な、なんでやねん。

 

インカムから聞こえて来た報告に開いた口が塞がらない。

 

好感度上昇? そんな馬鹿なことがあるか!? 機器の故障か見間違いだろ!

 

 

「あぁん、ごめんなさいだーりん! 今すぐ駄目な私に躾けてくださぁーい!」

 

 

悪い。壊れているのは美九(コイツ)で、俺の見間違いのようだ。

 

……いや落ち着け俺。どうしてこうなったかはこの際置いておこう。考えても無駄な気がする。

 

今は何をすればいいのか、琴里に小声で聞こう。今の状態は非常に不味い。

 

 

「おいッ、次はどうすればいい? このままアイドルの尻を叩いて嫁に殺される未来しか見えないんだが?」

 

 

『……………』

 

 

無言は絶対にしてはいけないことだろがぁ!!!

 

ちょっと!? この状況が一番アドバイスが欲しいのですが!?

 

くッ、作戦変更だ。どうにかして嫌われてやる!

 

 

「悪い、実は今の言葉は嘘だ。本当は俺がして欲しい側なんだよ」

 

 

「そうですかー? だーりんの為ならお尻くらい、何万回も叩きますよー?」

 

 

尻が千切れるわ。ドMの人間でもその回数は無理だと思うぞ。

 

 

『こ、好感度、上昇です』

 

 

———なん・でや・ねん。

 

分からない。どうすればいいのか、全然分からない。

 

脳をフル回転させて状況をどう乗り切ればいいのか考えているが、さっぱり思いつかない。

 

 

「そ、そうだ! SMプレイは飽きたの忘れていたわ! いやー俺って忘れっぽいからなぁ!」

 

 

子どもでも気付くレベルの苦しい言い訳だった。【フラクシナス】に居る全員がズッコケた。

 

 

「……本当ですかぁ?」

 

 

「本当本当! 大樹、嘘言わない!」

 

 

急に疑いの目を向けられて俺は首をガクンガクンと縦に振った。

 

しかし、美九は俺の言った言葉に目を輝かせていた。

 

 

「大樹……だーりんの名前ですかー?」

 

 

「お、おう……楢原 大樹だ」

 

 

「素敵ですよだーりん! カッコイイ名前です!」

 

 

絶賛された。大樹って名前、結構日本に居るぞ?

 

美九は波に乗るようにグイグイ攻めて来る。俺の右手を握り、左手も握って、最後は両手で両手を握って近づいて来た。

 

数十センチ。美九の顔は俺の目の前まで来ていた。

 

 

「ふふ……だーりんッ」

 

 

今の美九はステージに立っていた時より、客に見せる笑顔より笑顔だった。

 

対して美琴たちから半殺しは決定しているので覚悟を決めた大樹は、真っ青な笑顔だった。

 

意味が分からない。昨日飼い始めたペットの犬、ジョンが明日には総理大臣の席に座っているくらい意味が分からない。

 

どうして美九の好感度が高くて、どうして俺のことが好きなのか、どうして暴動を起こしてまで俺を探したのか。

 

 

「なぁ美九」

 

 

「何ですかー?」

 

 

「どうしてここまでして、俺を探した?」

 

 

直球の質問を投げた。真剣な表情で聞くと美九は少し寂しそうな顔をした。

 

 

「もう、だーりんってば。本当は覚えているのに、失礼しちゃいます。ぷんぷん!」

 

 

俺、もう疲れたから誰か変わって。この子のテンションについていけない。凄く元気です。

 

 

「さっきのお尻だって、頭を叩いてくれたあの時と同じですよねー?」

 

 

よし分からん。誰か日本語訳してくれ。え? 言葉は日本語だって? じゃあ理解するのは無理だな。

 

 

「……実は俺、つい最近まで記憶喪失だったんだ」

 

 

「えぇ!?」

 

 

「だから教えてくれよ。俺とお前の———」

 

 

ここまで来るとヤケクソになる。俺は美九の頬に手を当てて、

 

 

「———秘密の関係……ってヤツをさ」

 

 

「はいー! 教えます全部教えますー! 美九のこと、全部全部知ってくださーい!!」

 

 

チョロいわ。将来が不安になる。

 

自分でやって起きながら微妙な表情になる大樹。美九は喜々とした表情で自分の過去話を始めた。

 

 

________________________

 

 

 

———私には、歌しかない。

 

 

美九が九歳になる頃にそれは感じていた。勉強も運動も、下から数えた方が名前を見つけるのが早い。絵や工作も得意なわけでもない。学校の通知票も良いとは言えない評価が多かった。

 

しかし、彼女には『歌』があった。

 

クラスの誰よりも上手く、綺麗に、歌を歌い上げることができた。誰にも持っていない才能が美九にはあったのだ。美九は自分の持つどんな物より誇らしく思えた。

 

そんな美九がテレビの中で歌い踊るアイドルに憧れの感情を持つのは当然の結果と言えるかもしれない。憧れのアイドルたちが歌う歌詞はもちろん、振り付けまで完璧に覚えるくらい彼女はアイドルを目標とした。

 

 

———だが、そんな少女に悲劇は訪れた。

 

 

中学生になった美九は交通事故に遭った。

 

事件の発端となったのは銀行強盗だ。金を強盗した犯人が車で逃走。暴走車となった車は人を二人()ねた飛ばしたとのこと。

 

奇跡的なことに暴走車は彼女の横をギリギリ通り過ぎ、擦り傷程度で済んだ。しかし、彼女の心には深い傷を負った。

 

血の付いた車。鬼の形相で運転する犯人。猛スピードで突っ込もうとする車。

 

まだ中学生だった美九。それを見てしまった彼女を恐怖に陥れるのは容易だった。

 

 

———恐怖と共に、彼女は失った。

 

 

 

 

 

『残念ですが———失声症です』

 

 

 

 

 

唯一生きる希望となっていた———自分の声を。

 

そう医者に告げられた瞬間、母は泣き崩れ父は激昂した。

 

心因性の失声症と診断された。それは歌手には合ってはいけない病。

 

私は信じることができず、ただ椅子に座っていた。必死に声を出そうとするも、聞き取ることが難しいくらい、声が(かす)れていた。

 

精神的強いショック、強いストレスで起きる症状。治る可能性はあると医者に言われた。だが美九は希望を持つことができなかった。

 

彼女は、彼女自身で症状を悪化させていた。声が出ない日々に彼女のストレスは膨れ上がり、声を出すことすら諦めていた。

 

両親は諦めなかった。しかし、美九は諦めている。治すことのできる病は、不治の病へと変わっていた。

 

 

———そんなある日、何十件の病院を両親と歩き回っていた時、奇跡の出会いが起きた。

 

 

「大樹さん!? 医療器具の改造はやめてください!? 上から怒られますから!」

 

 

「先生、サル君の為だと思って見逃してください。俺はアイツの為にこの医療器具を改造するのです!」

 

 

「体温計に『テ〇リス』できるようにしても無意味な気がします!」

 

 

その病院はいつも騒がしかった。

 

目立つのは一人の青年。医者の先生を困らせたかと思えば入院している子どもや老人、大人に話しかけて笑わせている不思議な人だった。

 

声帯に詳しい先生から話を聞くと、自分たちより医療に詳しい家庭教師だと意味の分からない人だということ。あの大火災で学校を失った子どもたちの為に超低額金で授業を行い、先生をしている点は凄いと美九は思った。

 

声帯に詳しい医者の先生は彼に一度診て貰った方が良いと(すす)めた。自分にはできないことを容易にこなす人だと絶賛していたからだ。

 

しかし、両親は困っていた。何十人の医者が解決できなかった症状を医者でも無い彼に治して貰うことが果たしてできるのか?

 

結局、両親は自分の大切な娘を彼に託すことはできなかった。

 

違う病院に行こう、両親が美九にそう言おうとした時、

 

 

「どうもこんにちは。ここ最近通っていますよね? どうかしましたか?」

 

 

彼の方から声をかけて来たのだ。

 

オールバックの黒髪に安心できるような声で尋ねて来た。両親は戸惑いながらも説明した。

 

 

「失声症……」

 

 

「気に病まないで欲しい。娘の病気は簡単には———」

 

 

「何を諦めているか知りませんが、失声病を治す確立した治療法はありますよ」

 

 

「———え?」

 

 

彼は美九の前まで歩き、笑顔で右手を挙げた。

 

 

ビシッ!!

 

 

 

 

 

———そして、頭にチョップされた。

 

 

 

 

 

美九は何が起こったのか分からなかった。頭に衝撃が走ったことだけは鮮明に覚えている。

 

彼は自分の頭にチョップした。それが分かった瞬間、美九の目が点になった。

 

 

「はい、治りましたよ!」

 

 

父が笑顔の彼に飛び蹴りしたことは、今でも鮮明に覚えている。

 

蹴り飛ばされた彼はそのまま病院の窓を突き破り、二階から外へとダイブした。母が悲鳴を上げていることも覚えている。

 

父と母は急いで美九に駆け付けて叩かれたことを大丈夫か聞く。美九は、

 

 

「大丈夫……………あッ」

 

 

「「ッ!?」」

 

 

———今まで出なかった声が、自然と出て来ていた。

 

両親は目を見開いて驚愕した。近くで一部始終を見ていた声帯の先生が走り出す。

 

 

「先生! 私にもそのチョップの仕方を教えてくださいッ!!」

 

 

________________________

 

 

 

「その後、両親がお礼を言うためにだーりんを探していたのですが、全く見つからなくて……でもこうして会うことができたのですよー!」

 

 

———楢原 大樹は両手で顔を覆っていた。

 

 

(思い出したよおおおおおお! 普通に覚えているよおおおおおお!)

 

 

心の中で叫んでいた。

 

思い出した。過去に折紙の両親が入院していた時、俺は手あたり次第に患者を治療していた。

 

その中で失声病の少女を治すためにチョップしたこと、キレた父親から跳び蹴りを貰ったこと。全て記憶している。

 

彼女の失声病はストレスから来ていた。大樹は症状の発端となっている脳を揺さぶり治すという荒治療の知識があった。得た場所は魔法科高校の医療学本、そこには確立した治療法がある。当然脳に衝撃を与えると詳しく記載されているが、チョップしろとは書かれていない。

 

しかし、人間をとうの昔にやめた大樹は彼女の頭をどう叩けば声が出るようにか把握し理解していた。大樹だからできた治療法だった。

 

 

(彼女を叩く行為がここに繋がってしまったのか……いやいやいや)

 

 

チョップ=尻叩き。つまり嬉しい。意味分からん。

 

チョコ=カカオ。つまり寿司ってレベルぐらい意味が分からない。

 

 

(そもそもあの女の子が、たった五年で有名アイドルに変わっていると思わないだろ……!?)

 

 

スタイル超抜群だし髪は長い。髪が長いのは当然か。

 

言われるまで気付けない。美九が奇跡の出会いとか言っているけど、俺にとってアレは日常の一枠だよ。診察する日は大体患者の関係者に跳び蹴りを食らっていたし。

 

美九の声を奪った原因の暴走車。アレは折紙の両親を()いた馬鹿のことだ。最後は俺の手を借りずに警察が根性を見せてちゃんと逮捕したらしい。良かったな犯人。もし今でも捕まっていなかったらお前をボコボコにして八つ裂きにしていたからね!

 

 

「だーりんのおかげで私はオーディションを受けることができました。そしてアイドルになれました。ファンも増えて、私は嬉しくて嬉しくて……」

 

 

「お、おう。そうだったのか……ま、まぁ治せて良かったよ。うん」

 

 

顔、大丈夫かな? 多分引き攣っているよね? あー、俺は何てことをしてしまったんだ。

 

 

「でも———」

 

 

美九の話は、それだけで終わらなかった。

 

 

________________________

 

 

 

誰よりも輝いていた。

 

大樹に救われた美九のアイドル人生は最高に輝いていた。

 

仕事は順調に増えてCDもチャートに入るようになっていき、ライブにも観客が満員になるのが当たり前になっていた。

 

自分の歌がみんなに届いている実感を得ることができるライブは特に美九の心を響かせた。

 

夢のような時間が、ずっと続いていた。

 

 

———だが、アイドル人生の終焉はあっさり訪れた。

 

 

見覚えのないスキャンダルが写真週刊誌に掲載された。過去の男性関係、堕胎(だたい)経験、ドラッグパーティ、訳の分からないことばかり記載されていた。

 

後で分かったことは美九のことを気に入っていたプロデューサーの仕業だった。美九のことを気に入り、手に入れようとしていた男だ。

 

男の誘いを美九は当然断っていた。そのことに苛立ったプロデューサーがこの騒動を引き起こしたのだ。

 

 

———美九の辛い時間が続いた。

 

 

ファンからの悪口。今まで好きだと言ってくれたファンが悪質なコメントをブログや動画に書き込んでいた。

 

心無い言葉を浴び続ける彼女は、それでも諦めなかった。

 

声を失ったあの時より、彼女は努力を重ねた。何度も歌い、歌い、歌い続けた。

 

ファンを取り戻す。彼がくれたチャンスを、泥を塗るような真似をしたくない。

 

 

———その願いが、神に届く事は無かった。

 

 

いつの日か美九の目に映るファン———人々は自分が知る別の生き物に見えてしまっていた。

 

会場に(ひし)めく恐ろしい生物。大切なお客がそう見えてしまう程、美九の心はズタボロになっていた。

 

ステージに立って歌う。いつもできていた事が、彼女にはできなくなっていた。

 

 

(———嫌だ)

 

 

彼の救ってくれた人生に泥を塗っている。ふざけた野郎のせいで崩される。

 

 

———その日、美九は醜い男共を嫌いになった。

 

———命よりも大切にしていた声を奪った男たちを憎んだ。

 

 

同日、美九は『神様』に出会う。

 

それは【ファントム】と呼ばれる精霊。美九は【ファントム】から力を貰うのであった。

 

 

 

________________________

 

 

 

 

「私は正々堂々戦いました。男共にスキャンダルの真実を吐かせて、もう一度ステージに立ちました。そして取り戻すことができたのです、あなたがくれた声で、私の人生を!」

 

 

美九は両手を広げながらステージを俺に見せる。誇らしげに、褒めて欲しいと言わんばかりに。

 

【ファントム】が一枚噛んでいた。そのことには俺も琴里も予想ができていた。与えるタイミングがベスト過ぎて苛立ってしまうが。

 

 

(軽率な行動だっていつも原田に怒られる理由が分かった……でも!)

 

 

「だから今度は私がだーりんに人生を捧げる番です! だーりんがしたいこと、全部私に言ってくださいねー!」

 

 

(ここまでなるとは誰も予想できないだろおおおおおォォォ!?)

 

 

アイドルの笑顔どころかアイドル自身を独り占めできてしまっていることに大樹は戦慄していた。

 

醜い男共って……士道がゴキブリ以下の好感度を貰ってしまうことも理解できてしまう。

 

それでも、士道にバトンを渡さなきゃ。先輩として、俺は繋げて見せる!

 

 

「俺の様な男じゃ駄目だぜ? もっと他に良い男がいるのだからな!」

 

 

「私にはだーりん以外の男は醜い家畜の豚にしか見えないですよー?」

 

 

なるほど、じゃあ無理だな。っておい。

 

 

『好感度急上昇。いつでもキスできる状態です。封印できます』

 

 

そんな能力ねぇよ。士道連れて来い。

 

 

『……この方法だけはやりたくなかったけど、今から七罪を送るわ』

 

 

「……まさか」

 

 

『士道を大樹に化かせるわ。それしか方法がない』

 

 

最終手段。誰もやりたくなかった手段を琴里が口に出した。

 

きっと司令として彼女は決断しなくてはいけなかったのだろう。琴里は七罪と同じようにしない。俺に神の力を極力無理に使わせたくないからこの決断を、辛い決断をしたのだろう。その気持ちは俺でも分かった。

 

 

「その方法はもう少し待つべきだ。士道も、望まないだろ」

 

 

『……ごめんなさい』

 

 

「全然いいよ。琴里ちゃんの為ならお兄さん、何でも頑張るからな」

 

 

小声で会話を終了させる。

 

琴里が最終手段を使うなら、俺も最終手段を使わせてもらう。

 

 

「悪いな美九。俺はお前の願いに応えることはできない」

 

 

「どういうことですかー? 私は絶対に応えますよー?」

 

 

大樹は告げる。

 

 

「俺には、愛する人がもう居るからだ」

 

 

「え?」

 

 

「お前の気持ちは嬉しい。だけど俺は結婚したい人がいる。だからお前とは、一緒に居られない。友達でしか」

 

 

ハッキリと告げた。突き撥ねるように美九の好意を受け取らない。

 

笑顔だった美九の顔にヒビが入る。首を横に振って否定する。

 

 

「う、嘘は駄目ですよだーりん?」

 

 

「悪いが昨日のライブの時、俺はデートをしていた」

 

 

俺は美琴と折紙を連れて逃げたから知っているはずだ。その現実を彼女に突きつけた。

 

美九は目に涙を溜めていた。しかし、彼女は涙を拭き取らずに笑みを見せた。

 

 

「ねぇだーりん。あの女、誰なんです?」

 

 

「………急にどうした? 悪いがそれは言え———」

 

 

「いいから……答えて。あの女は誰なの、だーりん」

 

 

低い声でしつこく聞く美九に俺は駄目だと言う。

 

次の瞬間、美九のドレスが輝いた。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「ぐぅ!?」

 

 

美九の声が脳に響き渡った。痛みと共に入って来る言葉に支配されるような感覚。

 

だが大樹には効かない。神の力を脳に部分発動して打ち消した。

 

 

「騙されているわけがないだろ! 俺の大切な人を悪く言うな美九!」

 

 

「ッ? ……その女はだーりんを()()()()()()()()

 

 

「残念だが俺には効かないぞ」

 

 

大樹の言葉に美九は驚愕する。しかし美九はすぐに笑みを見せる。

 

 

「さすが私だけのだーりん! ……でも、私のだーりんに他の女の息がかかるのは、ぜーったい許されないことなんですよー?」

 

 

アイドルの笑顔では無かった。美九の笑顔は、怖かった。

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!

 

 

突如会場に爆音が轟く。炎の中から現れるのは五人の少女。

 

大剣を手に持った十香。白い兎の獣に乗った四糸乃。双子の精霊、耶倶矢と夕弦。修道服のような霊装を纏った二亜。

 

美九の力によって操られた女の子たちだった。彼女たちは俺を囲むように配置に着き、俺を逃がさないようにしている。

 

 

「だーりん、分かっていますかー?」

 

 

「おいおい……冗談だろッ……」

 

 

「【破軍歌姫(ガブリエル)】」

 

 

美九の足元の空間に放射状の波紋が広がった。波紋の中心部から巨大な金属(かい)のようなモノが飛び出す。

 

それは聖堂に備わっているパイプオルガンのようなモノ。輝きを放つと同時に演奏が響き渡る。

 

美九は———天使を顕現したのだ。

 

 

「だーりんは私だけを愛すればいいのですよー? だーりんが分かってくれるまで、言い続けてあげますからねー」

 

 

美九は右手を左から右へ一閃させ、オルガンの鍵盤(けんばん)のようなモノを出現させた。

 

彼女は奏でる。大樹の為に。

 

彼女は歌う。何度も詠う。大樹に届くまで謳うのだ。

 

 

———ヴォオオオオオオオオオオオオオオォォォォ!!!

 

 

そして、会場に演奏が轟いた。

 

苦虫を噛み潰したような表情になる大樹は、ギフトカードを右手に持った。

 

 

 




作者「新年でも自重はしません。行ける所まで行く。それが私たちだ」

大樹「( ゚∀゚)o彡°おっぱい!おっぱい!」

原田「これは酷い」


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愛の宴 ダークデートプレッシャー

最近よく使う言葉、ベスト3。

1位 ばっくれつ、ばっくれつ、らんらんら~ん♪(このすば二期)

2位 chu chu yaeh! please me!(小林さんちのメイドラゴン)

3位 悔い改めろ(ガヴリールドロップアウト)


———会場には大音量で演奏が響き渡っていた。

 

会場の中心でたくさんの精霊たちに囲まれた状況で大樹が取る行動はただ一つ。

 

 

『撤退よ!』

 

 

最初の作戦を立案した時から決めていた。状況の悪化は様々な予期せぬ問題が起きてしまう。

 

ただでさえ厄介な状況なのに対して無理をするのは悪手だ。

 

 

「【秩序支配神の世界翼(システムルーラー・ワールドフリューゲル)】!」

 

 

琴里の言葉が聞こえた瞬間、大樹は即座に神の力を解放。自分の背から一瞬だけ黄金の翼が広がり、羽根を一帯に散らせた。

 

だがいつもより翼は小さく、散らせた羽根の数が断然少なかった。

 

 

(くそッ、ガルペスとの戦いで消耗し過ぎている……!)

 

 

力の調子は最悪。本来の力が十分に発揮できていない。体の調子は良くても力が無力なら、この状況の打開の手として意味を成さない。

 

大樹の翼に精霊たちは本能的な危険を感じたのか距離を取り避けていた。しかし、幸運にも一人だけ捕まえることができた。

 

 

「……ん? 何この展開? 少年2! この状況を三行で報告しなさい!」

 

 

「ハイッ!

師匠たちは精霊に操られていました!

助けに来ましたが普通に失敗しました!

力がほとんど無くて大ピンチなので助けてください!」

 

 

何でもしますからぁ!とまでは言わない。言ったら後が怖い。

 

 

「いいねぇ! 分かりやすいよ! 少し時間がかかるけど?」

 

 

「十分!」

 

 

二亜の救出に成功。言い方は悪いが、彼女の機動力は他の精霊と違って遅かったのが功を成した。

 

神の力を浴びた二亜はハッと我に返り、すぐに俺から状況を理解しようとする。その冷静さに俺はあなたに脱帽です。

 

しかし、当然美九はそれを良しと思わない。

 

 

「ねぇ、だーりん? 浮気はだめって言ってるじゃないですかぁ……?」

 

 

「おぉふ……本物だよ少年2……アレはヤンデレだよ……」

 

 

ホント助けてください。このままだと監禁される勢い。縛られ愛と言う名の拷問をされるに違いない。

 

二亜の元に跳び後ろに守るように隠す。本当は自分が隠れたいけどね。

 

大樹の後ろに隠れた二亜は即座に精霊の力を解放して聖典を思わせる巨大な本を取り出した。精霊の力で何かをするつもりだ。

 

俺は右手に握り絞めたギフトカードを発動する。そこからジャコが飛び出し姿を見せた。

 

 

「じゃ、ジャコ! ヘルプミー!」

 

 

『やはりこうなるか!』

 

 

大樹の掛け声と共に吠えるジャコ。体が黒から白へと変わった。

 

咆哮と共に周囲に光の矢が展開して放たれる。

 

 

『【白炎(はくえん)剣輝(けんけん)牢篭(ろうろう)】!』

 

 

ガチンッ!!

 

 

高速で光の矢が飛び回り大樹と二亜を包み込むように正方形の結界を作り上げた。

 

この不測の事態の為に、ジャコには力をいつでも解放できるように準備させていたのだ。今の俺は体力がゴリゴリ減っている状態だから弱い。キノコを食べていないチビマ〇オ並みに弱い。

 

 

「ああん、だーりんのいけずぅ。そんな空間で二人きりなんて……今で出て来れば許しますよぉ?」

 

 

「しゅみましぇん! しゅぐに出ましゅ!!」

 

 

「ちょッ!? 少年2!? 出ようとしちゃ駄目だよ!?」

 

 

「ハッ!? あ、危ない所だった……嫁たちの言葉を聞き過ぎたせいで、こういう事は聞かなきゃって体が勝手に……」

 

 

「よし、お姉さんが後で少年2に優しくするように言うから頑張って!」

 

 

師匠に本気で心配された。大丈夫ですよ、あなたの描いた絵が見れればこの程度、乗り越えて見せます。

 

 

「わぁー、楽しそうでいいですねぇ。美九も混ぜて欲しいので開けますよぉ?」

 

 

美九は鍵盤に手を添えて演奏し始める。すると他の精霊たちが一斉に攻撃を仕掛けて来た。

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!

 

 

強い衝撃が結界を襲うが中は無事だ。チリの一つすら侵入を許していない。

 

 

「しょ、少年2!? これ大丈夫なの!?」

 

 

不安になったのか二亜が俺の肩を揺さぶりながら尋ねる。

 

 

「安心してくれ師匠! ジャコの結界は最強だ!」

 

 

『フンッ、当たり前だ』

 

 

ビシッ……

 

 

「「『……………』」」

 

 

今、聞こえてはいけないガラス音が聞こえた気がする。

 

何だろう。俺の目の前にはこう……結界にヒビのようなモノがあるんだけど見間違いだよな? 汚れだよな?

 

 

ビシビシッ……

 

 

二度どころか三度も音が聞こえた。絶望よ……来たれ(涙目)

 

ジャコの顔を見ると『馬鹿な……』みたいな顔をしていた。師匠の顔を見ると『これあかんやつ?』みたいな顔をしていたので。

 

 

「俺、この戦いが終わったら結婚するんだ……」

 

 

「少年2が諦めた!?」

 

 

『この馬鹿!?』

 

 

バリイィィン!!

 

 

精霊の力が強過ぎた。超火力を次々と連続で叩きこまれた結界は割れてしまう。

 

最強の結界が破られた原因は精霊の力が増加していたことだ。美九は精霊を操るだけでなく、力を増幅させる能力もあるようだ。

 

大樹は二亜とジャコの前に立ち、神の力を再び解放する。

 

 

「【天空支配神の福音(ヘヴンルーラー・ゴスペル)】!!」

 

 

黄金の光が大樹の体から放たれる。黄金の波紋が大樹から広がり巨大な竜巻を巻き起こした。

 

暴風の壁が精霊たちの攻撃を受け付けさせない。会場の天井を破壊し場を荒らし尽した。

 

竜巻の中心に居る大樹たちは逃げる手段を考えるが、

 

 

「はぁ……! はぁ……! すまん、ジャコ……後、任せていいか?」

 

 

酷い疲労感に体が悲鳴を上げた。既に限界が来ていた。

 

目眩と吐き気が同時に襲い掛かり視界がぼやけてしまっている。

 

 

『心得た』

 

 

体力が尽きかけようとする大樹の言葉にジャコが大きく頷く。ジャコの体が大きくなり大樹と二亜を背に乗せた。

 

ジャコは竜巻の中を駆け抜けるように上昇して逃走し始めた。その後を追うように精霊も動き出すが、

 

 

「遅くなってごめんね少年2! 【囁告篇帙(ラジエル)】!」

 

 

二亜の持つ聖典が光り輝く。本のページに書かれた文字も同じように光った。

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

本が輝くと同時に精霊と美九の体が動かなくなった。

 

二亜が行ったのは『未来記載』だ。全知を知る【囁告篇帙(ラジエル)】に記述している内容は『事実』だ。なら、【囁告篇帙(ラジエル)】に書き込んだことは全て『事実』とすることもできるのだ。

 

二亜は『未来記載』で美九たちの行動を制限したのだ。時間がかかるのは、未来に記載した時間になるまで発動しないからだ。

 

 

「———ッ!?」

 

 

大樹の目が見開かれる。

 

二亜は本に書き逃してしまったことがある。一人の存在を、書き漏らしてしまった。

 

彼女が知らないのは当然だ。大樹もジャコも、予想できていなかったのだから。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

大樹の腹部に、()()の拳が突き刺さった。

 

原田の攻撃に気付いた大樹は二亜とジャコを守るように力を振り絞り盾となった。だが痛みは鋭く突き刺さり顔を歪める。

 

大樹の体は落ちようとするが、道連れに原田の腕を掴み共に地面へと落下した。

 

 

「少年2!?」

 

 

「ぐぅ……行けぇ!! 二亜の力は琴里たちに必要だ! 頼んだぞジャコ!」

 

 

『くッ!』

 

 

二亜が大樹を呼ぶが、すぐに返事が返って来た。大樹の言葉を聞いたジャコは悔しそうな顔をしていた。

 

ジャコはそのまま空を駆け抜けて会場から逃げ出した。

 

逃げることに成功したのを見届けた後、耳に付けたインカムを指で潰し壊す。

 

……俺はこれ以上無理だな。詰みに入った。

 

 

「ったく、慎重な馬鹿がヘマするとは考えられないが……」

 

 

「音の反響ですよぉ」

 

 

腹部を抑えながら原田がどうして操られているのか思考していると、美九が答えを出した。ああ、その答えは予想はできていた。

 

 

「お前の声が、会場全体に響くようになっているのか?」

 

 

「さすがだーりんッ、苦労したんですよぉ?」

 

 

ジャコの張った結界が出ている時、美九の攻撃もあった。その時、会場に居る精霊を操れる声を出していた。

 

その操る声が会場に響き渡っていたのだ。会場は正門以外を締め切っている。裏工作していた原田が耳にするのは不思議じゃない。むしろ無防備にやられたと言ってもいいだろう。

 

気が付けばステージの上に立たされた俺は何百人のファンに囲まれていた。ペンライトが不気味に見えて仕方ない。

 

 

「ハッ、モテモテだな……だけど答えれるのは嫁だけなんだ……諦めろ」

 

 

「だーめ、ですよぉ? そうそう、すぐにだーりんに()びを売っていた女と私がお話をすれば、私とだーりんが一番だって分かってくれますからねぇ」

 

 

美九は嬉しそうに、鬼すらビビる怖い笑顔を俺に見せた。精霊たちが武器を俺に向けて原田は俺の腕を抑えた。

 

……美琴、アリア、優子、黒ウサギ、真由美、ティナ、折紙。

 

 

「私のだーりんに他の女の息がかかるのは、許されないですからねぇ」

 

 

———た、助けてぇええええええ!!!

 

 

________________________

 

 

 

———大樹が捕まった。

 

アイドルに惚れられた大樹。しかもアイドルは重度のヤンデレのようだ。

 

もう監禁される未来しか見えないヤンデレアイドルに、琴里だけでなく映像を見ていたクルーも顔が真っ青だったという。

 

ジャコと二亜が【フラクシナス】に帰って来たことは大きい。特に『未来記載』を持つ二亜は十分に戦略的にも戦力的にも大きい。

 

だが、超生物大樹を失ったのは相当大きい。操られないという点はあるが心配だ、原田も敵に奪われたので最悪と言えるだろう。

 

琴里とクルーはビビっていた。美九に? この状況に? どれも違う。

 

 

「———黒ウサギがここまで怒るのは久しぶりですよ」

 

 

大樹の大切な人たち———怒気をあらわにした女の子たちにだ。

 

存外キレていらっしゃる。黒ウサギが【インドラの槍】を持ちながら見せる黒い笑みはもはや冗談では済まないレベル。

 

美琴の体からバチバチと電気が弾け飛び、アリアは二つ銃に弾を装填しながら緋色の髪を輝かせ、優子は真由美と一緒にCADのえげつない魔法を厳選、瞳を赤くしたティナは狙撃銃を強化、折紙はCR-ユニットを装備しようとしていた。

 

———戦争が起きる。天宮街が火の海になる。

 

女の子を見た二亜とジャコも止めることができず、顔が引き攣っていた。

 

 

「悔しいけど大樹君の気持ちが分かるわね。確かに嫌な気分よ」

 

 

魔法科高校に居る時、優子は大樹を置いて服部先輩と帰ったことがある。その気持ちがどれだけ辛いモノか分かった。

 

不良が女の子に絡んで取られそうになる時、大樹がキレる気持ちを理解した瞬間だった。愛が深まったと言えば聞こえは素晴らしく良いが、知ってはいけない感情でもある。

 

 

「ちょ、ちょっと待ちましょ!? 二亜が士道の場所を今調べているわ! 士道があの場所に居ないのはおかしいの。だからまずは———」

 

 

「作戦を言うわ。あたしと美琴で正面突破。優子と真由美はあたしたちの傍で、ティナは遠くから援護しなさい。黒ウサギと折紙は存分に暴れて敵の陣形をかき乱して」

 

 

琴里の声を完全に無視。

 

アリアの作戦に女の子たちは頷く。準備ができた彼女たちは部屋から出ようと、

 

 

「だから待ちなさいって!? 美九の声を聞けば操られるから対策を———!」

 

 

「一発で仕留めます。長距離からなら問題はありません」

 

 

「ティナ!?」

 

 

琴里が驚愕する。一切の迷いが見られない目を見て琴里とクルーはさらに焦り出す。完全に美九を()る気だった。精霊を守るのがこの機関の目的だったはずなのに。目的が迷子。

 

 

「精霊たちに勝てる見込みは!?」

 

 

「問題無い。私も精霊の力がある。黒ウサギと協力すれば行ける」

 

 

折紙の言葉に黒ウサギが頷いた。琴里は引き下がらずに続ける。

 

 

「大樹が人質なのよ!? もし美九が最終手段に大樹を———」

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

その言葉に女の子たちは動きをやっと止めた。このことを大樹に教えれば発狂して喜ぶだろう。

 

ちょうど良いタイミングで二亜は本をパタンと閉じた。士道の居場所を突き止めたようだ。

 

 

「なるほどなるほど、それは盲点だったわー。少年は会場の地下じゃない、ステージの下に閉じ込められてるみたい」

 

 

「ステージの下?」

 

 

「ほら、アイドルが下からバーンって飛び出すシーンとかよくあるでしょ? アレアレ。あの空間に居るよ、椅子に縛られて」

 

 

予想を大きく外した場所に琴里は下唇を噛む。原田の探索した場所は大きく的を外していた。大樹でもステージの下、男嫌いの美九の近くに士道を隠しているとは思っていなかっただろう。

 

 

「まずはできる限り情報を集めて確実に救出するわよ。幸い、美九が大樹に危害を加えるような真似はしないはずよ。それに二亜が居れば向うの行動を把握できる点は強みね。でも急いだ方がいいわ」

 

 

———こうして作戦会議が始まった。

 

【ラタトスク機関】は地球を救った英雄を助ける為に出し惜しみはしない。しかし、彼らはまた欠点を見逃していた。

 

二亜の精霊の力は、大樹には干渉できないということを。

 

 

________________________

 

 

 

———美九に捕まった大樹はブスッと不機嫌な顔をしていた。

 

腕を背中に回されて太陽の腕輪を装着されていた。この腕輪は原田のナイフが形を変えて作り上げた特殊なモノだ。

 

それだけじゃない。観客席に両足も装着されて、腹部にもロープが巻かれている。自由に動かせるのが指先と頭ぐらいだけだという状況だ。

 

さらに姑息なことに原田は俺の力の秘密を明かして無効化できる力のこと、それを注意して欲しいことも説明した。

 

 

「そう、じゃあもう行ってくださいね。あなたは会場の廊下まで入って来て居ていいですよ。他の男は入ることすら禁止していますが、あなただけは特別ですからねー」

 

 

「ありがとうございます!!」

 

 

今回、俺はアイツに対して責めようと思わない。多分だが正気に戻った後、凄い後悔すると思う。それを見るのが私の楽しみですぐへへ。そのまま七罪に怒られてしまえ馬鹿野郎。

 

原田がホールから出ようとすると、精霊たちが入れ替わりでホールに入って来る。精霊たちは全員メイド服を着替えていた。

 

 

「男は嫌いだけど女の子は好きって?」

 

 

「一番はだーりんですよぉ? 元々可愛い女の子は大歓迎ですしぃ、だーりんと可愛い女の子に囲まれて、私は天国を作れたのですね……!」

 

 

ポッと美九は頬を赤くしながら隣の席に腰を下ろして俺の肩に頭を置いた。俺は現在、嫁のお怒り(地獄行き)への片道キップを握らされている状態ですよ。その後に天国かな?

 

その後、美九は精霊たちの身の回りの仕事をさせたりマッサージをさせたりと自由自由自由。最高に女王様気分で楽しんでいた。

 

 

(神の力を回復させるのにまた結構な時間がかかるぞ。クソッ、こんなことなら最初に使わなければ良かったぜ……)

 

 

原田の襲撃は予想外過ぎたせいで一本取られた。しかし、【フラクシナス】に切り札級の精霊を送ることに成功している。美九は二亜の力を詳しくは知らなかったおかげでバレていない。勝機は大きく残されている。

 

……と、この状況の打開はいくつもあるが根本的解決には到達しないだろう。

 

 

(ここから士道にバトンを渡すのは無理だろうな)

 

 

米粒と同じ大きさのバトンを士道に向かって遠くから投げるようなモノだ。取れるわけがない。

 

神の力で作った封印ネックレスを美九に付けさせるしかないが、彼女がそれを付け続けるとは限らない。不味いな。どう足掻いても絶望とはこのことか。

 

 

「それにしても遅いですねぇ。まだですかぁ、だーりんを騙す女が見つかるのは?」

 

 

少し苛立ちを見せる美九に俺はバレないように笑みを見せる。【フラクシナス】に居るんだ。見つかるわけがない。

 

 

「むっ? それは美琴たちのことか?」

 

 

「いッ!?」

 

 

しまった!? 十香たちは知っているじゃん! ヤバい、普通にバレる!?

 

どうするどうする!? 美九が【フラクシナス】がどこにあるか知れば間違いなく精霊と原田を使って落としにかかる。それだけは阻止しなくては……!

 

 

「ハハッ、何を言っている。俺の嫁は—————狂三のことだろ?」

 

 

すまん。お前を売ったこと、後で全力で謝るから。今は嫁の為に死んでくれ。美琴たちを守るためには仕方なかった。

 

 

「そ、そうだったのか!?」

 

 

「そうだぜ? 一緒にお風呂だって入ったこともある」

 

 

十香が顔を赤くしながらビックリしていた。嘘は言っていない。

 

美九は目を細めて俺の顔を見ている。嘘かどうか確かめているのだろう。

 

 

「……十香さん、美琴という女について教えてくれますぅ? それから他に居るなら喋ってくださいねぇ?」

 

 

「もちろんいいぞ!」

 

 

はい終わった。何だこの無理クソゲー。

 

十香は美琴たちのことをほとんど話してしまった。美九は他の精霊たちにも美琴たちのことを聞き出し、【フラクシナス】の存在まで全てバレてしまった。

 

しかし、精霊たちの言葉を聞いた美九の表情に変化はあった。

 

 

「ダイキはいつも美琴たちのことを好きだ好きだと言ってぐらい大好きだぞ」

 

 

「だ、大樹さんは……美琴さんの為にずっと戦っていました……」

 

 

『士道くんと同じで大樹くんは本当に女の子を大切にしているようだったよ?』

 

 

十香と四糸乃&よしのんの言葉。

 

 

「かか、全て真実だぞ! 証拠に神社に書いてある絵馬には———」

 

 

「警告。耶倶矢、それは口にしたら怒られます」

 

 

「そ、そうだった! と、とにかく大樹がデレデレしているのは本当だし美琴たちが好きなのも事実だ」

 

 

「確信。間違っていません」

 

 

耶倶矢と夕弦の言葉。全員が俺を見てニヤニヤしながら報告していた。恥ずかしい。もういっそ殺せよ。

 

精霊たちの報告に美九は信じられないという顔をしていた。

 

唇を噛みながら首を横に振り、大樹に向かって堂々と否定した。

 

 

「全部嘘ですよ……これは間違っているはずです……」

 

 

「じゃあ精霊たちに『嘘を言うな』って命令すれば? そしたらお前の望む本当のことが返って来るぜ?」

 

 

「ッ……! か、勘違いですよきっと。その女の子に直接聞くので安心してくださいねだーりん。すぐに———」

 

 

「おー、それは楽しみだ。絶対に後悔すると思うけど。まぁ俺は告白に近い言葉を貰いそうだから嬉しいイベントだな」

 

 

バチンッ!!

 

 

———美九の平手打ちが大樹の頬に当たった。

 

全然痛くないビンタに大樹は何も反応せず、黙るだけだった。

 

その態度を見た美九は酷く驚き、目に涙を溜めて大樹の背中から抱き付いて来た。

 

 

「……叩いて泣くとか卑怯だろ」

 

 

美九の濡れた頬が自分の右頬に当たる。強く抱きしめた腕を、俺は払うことなく大人しくしていた。

 

一番戸惑っていたのは精霊たちだが、俺が首を横に振るとホールから出て行った。

 

 

 

________________________

 

 

 

———拘束されてから長い時間が経過した。

 

何を思ったのか美九は原田を呼び俺の足に付いた手錠を解いたのだ。体に巻き付いたロープも取り外し、立てるようにした。

 

原田をすぐに退室させて会場の警備を精霊にも役目を与えて強化した。

 

 

「どういうつもりだ?」

 

 

「———歌を聞いてください」

 

 

真剣な声音に大樹は少し驚いた表情を見せた。その顔を見れたおかげか美九はフッと笑みを見せた。

 

 

「だーりんの為にある歌ですよぉ? 嫌ですかぁー?」

 

 

「何でそんなことを……」

 

 

「安心してください、精霊の力は使いません、だからだーりんは聞いているだけでいいんですよぉ」

 

 

美九の言うことに大樹は察しがついてしまった。

 

開いた口をグッと噛み締め、大樹は前に歩き出す。

 

 

「当然、最前列で見させて貰うぞ」

 

 

「ッ!」

 

 

今度は美九が驚き、笑顔を見せた。

 

最前列に移動する際、落ちていたペンライトを両手で拾い上げる。よし、まだ点くな。

 

美九がステージでいろいろと用意している間に俺も用意する。体の関節を外して背中に回した腕を前へと持って来る。一応、こういう技は忍術と一緒に取得したので使える。何故今まで使わなかったのかと聞かれれば、普通に壊せるから必要ないって答えです。

 

 

『だーりん! 聞こえますかー!』

 

 

「おう! 声が枯れるまで、お前が満足するまで歌え!」

 

 

『ッ……はい!』

 

 

美九が右手を挙げると(あらかじ)め設定されていた音楽が会場に流れ出した。

 

音楽に合わせて美九は踊りながら歌う。目線はずっと俺に向けたまま笑顔だった。

 

ペンライトを両手で振りながら俺も掛け声を出す所は出した。ジャンプもした。

 

曲はライブで聞いたモノばかりだが、歌唱の本気度が全く違った。今の歌にどれだけ賭けているのかが伝わる。

 

振り付けの踊りは激しく、後の体力なんて考えていない。一曲一曲に全力をぶつけていた。

 

そして、通算15曲目に突入した時、美九は一度動きを止める。

 

 

『最後の曲です、だーりん。大事な歌ですから、ちゃんと聞いてくださいねー……』

 

 

「ああ、聞くよ」

 

 

その曲を大樹は全く知らない。ライブでも歌われなかった曲だ。

 

その曲は、美九が失声症で歌えなかった新曲だったからだ。

 

誰も知られなかった曲が、大樹だけに歌われる。

 

 

『————!』

 

 

今までの曲とは全く違う曲だった。

 

歌声はどんな曲より会場に響き渡り、大樹の心を揺さぶった。

 

曲が進む。進めば進むほど、美九の目から涙が流れ出した。

 

その光景に大樹は強く唇を噛んで堪えた。

 

 

『だーりん……ありがとう、ございまひゅ……ッ』

 

 

「ッ……それは俺のセリフだ……こんな素敵な歌をプレゼントされることなんて、二度ねぇよ」

 

 

美九はマイクを手放し大樹に向かって走り出し、ステージから飛び降りた。突然の行動にビックリした大樹は手錠を手に神の力を集中させて解除した。

 

疲れた体を無理に動かし、落ちて来た美九の体を抱いてキャッチした。

 

抱かれた美九はそのまま首に手を回し大樹の胸に顔を埋めて静かに泣き出した。

 

 

彼女の思いが届かない現実に、彼女が選ばれない現実に———知った現実に涙を流すのだ。

 

 

________________________

 

 

 

美九が落ち着くまで時間が少しかかった。

 

逃げ出そうと思えば逃げ出せる。だが大樹は観客席に座ったままだった。

 

何の警戒もせずにホールから出て行った美九。逃げないで欲しいと言われたが、逃げられる覚悟は十分にしているんだろう。

 

 

「そういや……」

 

 

大樹は美九の演奏を聞いている時に気付いたことがある。ステージの下から物音がしていたのだ。ドンドンッと叩く音だった。

 

ステージを少し乱暴に扱いながらステージ下に続く床の扉をこじ開ける。するとそこには、

 

 

「んー!! んー!!」

 

 

「士道!?」

 

 

椅子にロープで縛られ身動きが取れない士道を発見した。俺は士道に急いで近づき、

 

 

「何遊んでいるんだよお前……そういうのはお家に帰ってからやれよ」

 

 

「んー!? んー! んー!!」

 

 

士道は目を見開き驚いていた。否定するように首を横に振っている。知ってる、こういうのはお決まりだったから、遊んだけだ。

 

ロープを解き、士道を捕縛から解放した。

 

 

「美九は!?」

 

 

「美九の指示でゴキブリは処分しろって言われたから来た」

 

 

「ちょッ!? 心臓に悪い嘘はやめてくれ!」

 

 

美九が士道に対する好感度がゴキブリ以下なのは知っているのか。結構ショック受けている?

 

とりあえず俺は今まであったことを細かく士道に説明した。美九の歌と演奏、戦いが起きたのは縛られていた状態でも分かったようで話は早く進んだ。

 

士道が座っていた椅子に座りながら俺はこれからのことを考える。士道もどうすればいいのか分かっていないようだった。

 

 

「で、でも美九は分かってくれたんだろ? 大樹は答えられないからって———」

 

 

「それなら暴動は収まるだろ。しかもあの狂信したような愛を見せられて簡単に終わるとは俺は思わねぇよ。ここで逃げれても、後が怖い」

 

 

「……じゃあ何で大樹を自由にしたんだ?」

 

 

「さぁ? ……罪悪感とかじゃねぇの。ビンタしたり強制したり、迷惑かけているから」

 

 

「……俺は大樹を待っていると思う」

 

 

それはズルいだろっと士道に言いたかったが、飲み込んだ。

 

 

「大樹には美九の力が通じない。歌でも響かない。結ばれるにはもう待つしかないと美九は思ったんだろ」

 

 

「でも逃がさない為に暴動はやめない。で、強制もしないか……やっぱ逃げた後が怖いな」

 

 

大樹は椅子から立ち上がり士道に出るぞと目線で送る。

 

 

「え? でも見つかったら……」

 

 

「用済みの奴をこのまま拘束し続けると思わないけどな。お前は俺を誘き寄せる為のエサっぽいし。俺が美九の視界に居る限り大丈夫だろ」

 

 

「エサって……」

 

 

「事実だろ」

 

 

微妙な表情で士道はステージ下から出る。大樹も続いて出た。

 

観客席には誰もいない。美九はまだ帰って来ていないようだ。

 

 

「逃げるなら今だろうな」

 

 

「俺は逃げるけど大樹は残るだろ? なら犠牲は無駄にしないから」

 

 

「舐めんな」

 

 

ムカつく。お前、助けた俺になんて扱いだよ。犠牲言うなこの。

 

 

「ったく……原田が見回っているから見つからないようにな? 一応、俺も廊下に出てアイツに会ったら跳び蹴りするけど」

 

 

「お、おう……」

 

 

建物の外に出ることができれば【フラクシナス】が回収してくれる。精霊たちは美九たちと一緒だから気をつけなくてもいいだろう。

 

士道と一緒に廊下に出ようとする。その時、

 

 

「どこに行く気だ?」

 

 

早速原田が姿を見せた。廊下の扉の近くでずっと待機していたようだ。

 

睨み付けながら短剣を握り絞めた原田に大樹は思う。手間が省けた。

 

 

「は?」

 

 

「死ねえええええええェェェ!!!!」

 

 

ドゴンッ!!!

 

 

「ごばはぁッ!?」

 

 

大樹の渾身の一撃。右ストレートが原田の顔を捉えた。

 

光の速度で移動した大樹に反応できるわけがなく、原田の体は壁ごと窓を突き破り空の彼方へと飛んで行った。

 

ここで一句。

 

 親友を

  殴って飛ばす

   冬空に   【大樹】

 

 

「!?」

 

 

士道が目を見開いて驚いていた。

 

殴った大樹はスッキリした表情で士道に向かってグッと親指を立てる。

 

 

「精霊たちが来るかもしれないから急げよ。キラッ」

 

 

爽やかな笑顔で何事も無かったかのように大樹は言った。士道は空の彼方に飛んで行った原田に合掌しながら走り出した。

 

精霊たちが現場に駆け付けるのは早かった。ぶっ壊れた壁と窓を見て驚愕していた。

 

 

「原田が馬鹿したと美九に言ってくれ」

 

 

「原因が大樹にしか見えないけど!?」

 

 

耶倶矢の鋭い指摘に俺は心の中で舌打ちする。チッ、日頃の行いが裏目に出たか。

 

 

「ホラ見ろよ。綺麗な星空が広がっているぜ」

 

 

「誤魔化し方が雑!?」

 

 

「さっきは汚ねぇ流れ星が見れたのに」

 

 

「怪奇。どんな星ですかそれは」

 

 

頑張って話を逸らそうと試みるが無理だった。俺にはこの手の才能が欠落しているっぽい。良く言えば嘘がつけない正直者のイケメン。へへッ、悪くは言わせねぇよ。絶対にだ。

 

 

「一体何の騒ぎですかぁ?」

 

 

騒ぎを聞きつけた美九が姿を見せる。衣装のドレスから紺色のセーラー服に身を包んでいた。

 

状況を見て顔を曇らせているのは俺が逃げると思っているからだろう。

 

 

「……腹が減った」

 

 

「え?」

 

 

「腹が減ったから飯を食いに行こう。外出させたくないなら食材を持って来い。料理してやる」

 

 

「だーりん……!」

 

 

「泊まるなら風呂と寝床も用意してくれよ? 俺は客———」

 

 

「だーりんの手料理……食べさせ合いっこ……一緒にお風呂……そしてだーりんと初夜……!」

 

 

話を全然聞いていないうえにとんでもないことを口走っている。食べさせ合いっこもしないし、一緒に風呂にも入らない。初夜に関しては別の部屋で寝るから絶対に迎えないぞ?

 

 

「おお! ついにダイキのフルコースが!?」

 

 

「そうだな。十香との約束もあるから食材を持って来る方針で頼むわ」

 

 

「だーりん! 食材ならここに!」

 

 

「誰がお前を料理すると言った」

 

 

________________________

 

 

 

大量の食材は大量の料理へ変わる。そして大量の料理は十香の胃袋の中へと消えた。アイツの胃袋はブラックホールでも入っているのか。料理を作っても作っても無くなっていたぞ。

 

美九のしつこいあーんを回避しながら食事を終えた後は風呂に入るのだが、

 

 

「だーりん、一緒にお風呂———」

 

 

「地球が消滅しても入らないから」

 

 

「ああん、意志が屈強ですぅ」

 

 

突撃されると凄く困るので諦めた。

 

美九が会場の湯船付きのシャワールームに入ったことを確認した俺はコーヒーを片手に会場へ戻った。観客席に座りながらコーヒーを置き、深い溜め息を吐いた。

 

 

「どうすりゃいいんだよこれ……」

 

 

解決策の糸口が全く見つからない。

 

一番簡単な解決策は士道の代わりに美九をデレさせる。だがその策を使えば命は七十回程無くなること間違いなし。それで美琴たちから嫌われたら首に縄をつけてエベレストの頂上からダイブするレベルで死にたくなる。

 

 

「はぁ……」

 

 

溜め息が止まらない。コーヒーを飲んで落ち着こう。

 

 

「……………?」

 

 

気が付けば隣の観客席に置いていたコーヒーが消えていた。おかしい。ここに置いたはずなのに。

 

ふと反対の方向を振り返ると、

 

 

「!?」

 

 

女の子が居た。俺のコーヒーを持って! おいコラ。

 

白の制服にピンクの学校バッグ。金髪のサイドテールの女の子が俺の顔を見ながらコーヒーを飲んだ。

 

 

「ッ……!」

 

 

『うぇ』みたいな顔になった。人の飲み物を取っておきながらそんな顔をするな。しかもこのコーヒー、誰かの楽屋から盗んだヤツで結構良い豆を使っているんだぞ。

 

苦虫を噛み潰したような表情で俺にコーヒーを返す。飲みかけを渡すな馬鹿野郎。

 

 

「……………」

 

 

無言で女の子を観察する。何度も彼女は俺の前に姿を見せては消える。この状況でも俺の前に現れることは明らかに異常。

 

狂三の言う追跡者は彼女だ。目的は何も分からないが、聞けばいいことだけの話だ。

 

 

「なぁ、お前は———」

 

 

いざ尋ねようとした時、女の子は俺に向かってある物を差し出した。

 

 

「———これって」

 

 

小さな金色の星が付いたネックレスだった。このネックレスには見覚えがある。美琴と折紙、二人と一緒にデートをして最後に入った店に売っていた物だ。

 

女の子は俺の隣に座るとグッと顔を俺に近づけた。まさか……付けろと?

 

 

「……へいへい」

 

 

文句を言わずに素直に従う。言うことを聞けばこっちの話も聞いてくれるだろう。

 

彼女の首にネックレスを付ける。顔が近いとか良い匂いがするとか、煩悩を全て嫁に捧げた俺には効かぬ。

 

 

「ほらよ……ん?」

 

 

ネックレスを付けてあげると、ふと空に違和感を感じた。壊れた天井から夜空を見るが何もない。綺麗な星が見えるだけ。

 

 

「気のせいか……いやこれフラグだ。絶対に何かある」

 

 

経験上『気のせい』と言えば後で絶対に何かある。目を凝らして空を見続ける。だが何もない。待てよ。絶対何かある! 俺の本能がそう言っている!

 

 

「その前にお前から話を……って居ない!?」

 

 

女の子は姿を消していた。この俺から逃げることができるなんて、アイツ忍者かよ! 拙者も修業が足りないでゴザル! それ武士じゃね?

 

単純に俺の勘が鈍っているだけか? 今度会ったら手を掴んで逃げられないようにしてやる。それ犯罪者じゃね?

 

 

「あらあら? 意外と元気にしていますわね大樹さん?」

 

 

「あ、今ので元気が無くなった」

 

 

はい狂三さんの登場です拍手。ブーブー。

 

背後から聞こえる声に大樹は肩を落とす。そんなことも気にせず狂三は俺の隣に座った。

 

 

「さっきお前の言うストーカー2号に会ったよ」

 

 

「まさか1号は(わたくし)ではありませんよね?」

 

 

「当たり前だろストーカー王」

 

 

「王!?」

 

 

「あッ、違った。女だから女王(クイーン)か」

 

 

「どちらも嫌ですわ!? すぐにやめてくださいまし!」

 

 

だが断る。そう言ったら仕返しが怖いのでやめておく。今日の俺は大人しいな!

 

 

「俺の予想だがアイツは精霊だよな?」

 

 

「精霊と言っていいのでしょうか?」

 

 

「……まさか精霊じゃないのか?」

 

 

「いえ、精霊ですわ。ですが私たちとは少し違う存在と言いますでしょうか……」

 

 

精霊じゃないのかどうかハッキリしない狂三の発言に大樹は(あご)に手を当てて思考する。

 

俺は士道がデレさせる前の精霊がどのようなモノか、その存在を詳しく知らない。

 

……美九以外に問題が増えるのは勘弁して欲しいのだが。

 

 

「教えてくれないのか? あの女の子がどういう精霊なのか」

 

 

「それは……あらあら、無理ですわね」

 

 

狂三は何かに気付き言葉を止めた。狂三の視線を追うと先程消えた女の子がこちらを見ていた。アイエエエエ! ニンジャ!? ニンジャナンデ!? ……帰って来たのかーい。

 

 

「……どうでもいいか。危害を加えないってお前の言葉を信じることにする」

 

 

「まぁ大樹さん。私を信じてくれるなんて……!」

 

 

「チッ! チッ!! チッ!!!」

 

 

三回舌打ちをしておいた。最後は会場全体に聞こえる舌打ちだった。

 

狂三はまた気にせずに立ち上がり、足元の影の中へと消えていく。

 

 

「では大樹さん。おやすみなさい、ですわ」

 

 

「永眠してろッ」

 

 

狂三は不敵な笑みを見せながら消える。同時に女の子も姿を消していた。

 

ゆっくりするつもりが二人の女の子の手によって邪魔された。コーヒーは冷めているし最悪だこの野郎。

 

 

「……ぬるい」

 

 

冷めたコーヒーを頑張って飲み干し、再びコーヒーを注ぎに行こうとする。

 

 

「だーりん……」

 

 

その時、背筋がゾッとするような声が聞こえた。思わずコーヒーカップを落としそうになる。

 

会場の入り口近くには美九が立っていた。風呂上りのせいか髪飾りとイヤリングは外されている。服装はバスローブというのはいただけない。

 

 

「ど、どうした? 風呂から上がったならもう寝てしま———」

 

 

「今の女———誰ですの?」

 

 

低い声で尋ねられた。美琴たちが怒った時と似ていて怖い。体が震えるのです。

 

 

「だ、誰って……ストーカーかな?」

 

 

間違っていないと僕は思いますけどね!?

 

 

「だーりんの、ですか?」

 

 

「お、俺ってモテるからなー……」

 

 

苦しい言い訳だと自分でも分かる。何を言えばいいのか分からなかったもん!

 

 

「そうですかそうですかぁ。それで、あの女との関係は何ですかぁ?」

 

 

「……………は?」

 

 

あれ? 今言ったよな俺? 無限ループ入っているのか?

 

 

「だ、だから……」

 

 

「嘘は……だーめ、ですよぉ……?」

 

 

そして、美九の手を見て俺の心臓は一瞬止まった。

 

 

シャキッ……

 

 

「……………」

 

 

美九の手には———包丁のようなモノが握られていたから。

 

 

———マジかおい。

 

 

あまりの衝撃的光景に俺は戦慄。最強であるはずなのに包丁一つにビビってしまった。

 

一歩二歩下がって俺は首を横に振った。

 

 

「争いは愛を生まない……!」

 

 

何を言っているんだ俺は。

 

よく見れば美九の足元にはバッグが置いてあり、中からロープとムチ、それから蝋燭(ロウソク)口枷(くちかせ)、手錠、首輪が……ぎょえ!?

 

 

「閉じ込めても他の女とイチャイチャするだーりんにはお仕置きが必要ですねぇ」

 

 

「待て!? イチャイチャなんてしていないから! 全然そんな関係じゃないから!」

 

 

「大丈夫ですよだーりん。もうすぐ準備は終わりますからねぇ」

 

 

「準備……?」

 

 

まさか俺の拷問準備ですか!? 死刑準備ですか!? どっちも嫌だぁ!!

 

しかし、美九は拷問どころか死刑を越える準備をしていた。

 

 

 

 

 

「喜んでくださいだーりん。明日には結婚式が挙げれるのですよー!」

 

 

「はああああああああああああああああああああああああああああああ!!??」

 

 

 

 

 

何勝手にとんでもないことを準備しちゃってるのお前!?

 

ヤバいよそれ!? 一番ヤバイヤツだよそれ!? アルマ〇ドンとか終末の日(ラグナロク)の比じゃないくらい危ない儀式だよ!?

 

この街どころか世界が火の海に包まれちゃうよ!? 今すぐ止めなければ……!?

 

 

「落ち着け!? それだけはやってはいけな———!」

 

 

「反対する人なんていないですよぉ。私の歌で、全世界を祝福の言葉だけにしますからぁ」

 

 

それただの洗脳! 通常魔法カードのブ〇インコントロールを連発で発動しているだけだから!

 

 

「こっちには強くて可愛い精霊さんたちが居ます。大丈夫ですよだーりん、勝てますからねぇ」

 

 

お前は何と戦っているの!? 罪のない世界を不意打ちで殴って楽しいの!? Sの人なの!?

 

洒落にならないぞこれ……! ここは逃げるしか……!

 

 

「だーりん。さっき捕まえていたのに逃げ出した男、また捕まえましたよ?」

 

 

今日から士道をポンコツと呼ぶかもしれない。

 

仏頂面でいると、美九の後ろから複数の女の子がロープで縛った士道を連れて来た。また縛られているよアイツ。

 

 

「随分と積極的に迷惑をかけるドMだなお前」

 

 

「好きで縛られているわけないだろ!? 待ち伏せされていたんだよ!」

 

 

知らんがな。

 

 

「どうしますだーりん? 何が言いたいのか分かりますよねぇ?」

 

 

「逃げてくれ大樹! 俺のことは構わず———!」

 

 

「分かった! あばよ士道! 骨は拾ってやる!」

 

 

「———いやちょっと待て!?」

 

 

猛スピードで逃げ出そうとすると止められた。

 

 

「そこは……違うんじゃないか?」

 

 

「何がだ? 俺に構わずって言っただろ」

 

 

「いや……そうだけど……そうじゃないと思う……」

 

 

「まぁお前の言いたいことは分かる。だがあえて……正直に言うぞ」

 

 

「な、何を……」

 

 

「大切な嫁以外の人間なら大体切り捨てれる男だぞ俺は。その証拠に俺は原田を殴ったし、今からお前を見捨てれる」

 

 

「ですよねぇぇぇぇ!!」

 

 

真っ青な顔で納得した士道に俺は親指を立てながら逃げ出そうする。だが精霊たちにも囲まれていることに気付いた。

 

 

「ここは通さぬぞダイキ!」

 

 

「ですよねー」

 

 

ところがどっこい。ここで俺の仕掛けた罠が発動。トラップカードオープン!

 

 

「そろそろ体が痺れ始めたんじゃないか?」

 

 

「む? 何のこと……ッ!?」

 

 

突如剣を構えた十香の体がガクッと膝を着いた。他の精霊も地面に座り込んでいる。

 

美九も驚き、士道が焦りながら名前を呼ぶ。

 

 

「十香! 四糸乃! 耶倶矢! 夕弦!」

 

 

「フハハハハ!! 安心しろ。明日には全快してむしろ元気になるから。俺の料理は人と共に日々進化する」

 

 

「毒を混ぜたのか!?」

 

 

「毒じゃねぇよ! むしろ未来の健康食品と呼べ!」

 

 

「無理だろ!?」

 

 

一時的な副作用なモノだ。毒なんて物を混ぜたら料理人なんてやらねぇよ。俺がそれをやるのは悪人と———原田ぐらいだ。やだ私ったら原田に対する信頼度が高過ぎッ!

 

 

「……だーりん。私には入っていなかったのですかぁ?」

 

 

「入れる必要がないからな。逃げるのに」

 

 

「そうですかぁ。でもー」

 

 

美九は手に持った刃物を士道の首筋に近づけた。

 

 

「本当に、いいのですかー?」

 

 

「骨は今度取りに来る。残してくれると助かるマダガスカル」

 

 

「マジで切り捨てるのか!?」

 

 

「……じゃあ、仕方ないですねー」

 

 

驚愕する士道に目を細めた美九は包丁を上に振り上げて———

 

 

「……マジでやるのかよ馬鹿が」

 

 

———そのまま士道の頭部に振り下ろした。

 

 

パシッ!!

 

 

しかし、刃物は士道の頭から僅か数センチを残して止まっていた。

 

美九が振り下ろすその前に大樹が美九の腕を握り絞めていた。

 

 

「その線を乗り越えたら、俺は本気でお前を軽蔑してしまうッ」

 

 

「ならどこにも行かないでください。だーりんはずっと……私と一緒に……」

 

 

美九の目から再び涙が零れる。その涙に息を飲むが、俺は首を横に振った。

 

 

「お前の理想は俺では叶えられない。本当の俺を知らない限り俺は———」

 

 

「そんなに真実が大事なのですか!? 憧れて好きなった人を好きな人が居るという理由だけで、だーりんは諦めれるのですか!?」

 

 

「それはッ……」

 

 

美九の言葉は正しいというより、否定できないことだった。

 

確かに納得できるわけがない。自分も同じ立場ならば必ず簡単には諦めたりしない。むしろ今までの行動が自分の失言を物語っていた。

 

だが、違うことが一つだけある。

 

 

「愛する人の幸せをブチ壊しても、自分の幸せを望むことなのか?」

 

 

その言葉に美九の表情が引き()った。

 

 

「俺は本気で好きな人が居るから抵抗する。でも強硬手段に出ないのは、お前を嫌いにならないのは……美九、お前を傷つけたくなかったからだ」

 

 

「だーりん……私はもう十分に……傷ついていることを分かっているのですか!?」

 

 

「んなことお前の話や歌を聞いた時から覚悟してんだよ!! お前の思いに答えれないからどうすりゃいいのか必死に考えてんだ!」

 

 

「考えなくていいんです! だーりんは美九だけを……!」

 

 

「ああそうだ! 我が儘なことばかり言っているが、俺も我が儘でな! だから言わせてもらう! お前を傷つけても、俺は言うぞ!」

 

 

息を大きく吸い、腹から大声を出した。

 

 

「俺は———!」

 

 

「ダメえええええェェェ!!!」

 

 

大声を出そうと同時に美九が俺に向かって走り出していた。

 

そのまま美九は大樹の腹部に向かって体当たりを決める!

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「———よえごれェ!?」

 

 

勢いが強いので避けると美九が怪我をする。そう思い受け止めようとするが、予想を遥かに超えて威力が凄かった。

 

そのまま後方に吹っ飛び美九に上から馬乗り状態になってしまう。

 

地面に倒れた状態で見上げれば美九のローブの胸元がはだけて、圧倒されてしまう双峰(そうほう)が目と鼻の先にあった。

 

 

「————!?!?!!??」

 

 

真っ赤にした大樹は声にならない悲鳴をあげてしまう。口がパクパクと開閉している。

 

士道を連れていた女の子は士道の顔を乱暴に掴み視線を逸らさせている。

 

そんなことを美九は気にすることなく、大樹の頭をグッと胸へと抱き締めた。

 

 

「絶対に……誰にも渡しません!!!」

 

 

「むごぉおおお!!??」

 

 

———大樹の鼻から、鮮血が飛び散った。

 

美九が抱き付いた瞬間、死んだかと思うくらい大樹から血が飛び散った。

 

女の子たちはビビっているが、精霊たちはすぐに生きていることを見抜く。精霊たちは急いで美九に乱れたバスローブを整えさせた。

 

もちろんバスローブは大樹の鼻血が付いている。よって美九は人を殺してしまったかのように見えてしまうのが怖い。思わず精霊たちは小さな悲鳴を上げてしまうほど。

 

やっと解放された士道も美九を見て顔を真っ青にしている。大樹は生きているが、顔が血塗れである。

 

 

「ず、ズルいぞ……!」

 

 

(血で濡れて分からないが、嬉しそうな顔に見えるのは俺だけか……?)

 

 

士道が怪訝な表情をすると大樹は顔を逸らした。限りなくクロと見て間違いないと士道は確信する。

 

服を直した美九は大樹をまた抱き締めて抱える。再び血が舞い飛ぶが今度は微量。

 

 

「……勝負です」

 

 

大樹を抱き締めた美九の瞳は真剣だった。

 

 

「彼女たちはだーりんが大切なんですよねぇ? でしたら結婚式で決着を付けてもいいじゃないですかぁ?」

 

 

———大樹は思った。それは死に行くと言っているようなモノだと。

 

戦慄していた。顔を真っ青に。美九が大変なことになる。止めなければならないと。

 

 

「やめろ!? それだけは絶対にやめろ!?」

 

 

しかし、美九は勘違いをしてしまう。大樹が焦るのは美九に勝算が大きくあるから、好きな女の子には勝ち目が少ないから『やめろ』と口にするのだと。

 

美九の表情は笑みへと変わる。

 

 

「私とだーりんの好きな人、どちらの愛が本物なのか……!」

 

 

「ッ……!」

 

 

目を細めた大樹と余裕の笑みを見せる美九の視線がぶつかった。

 

 

舞台は変わる———式場の教会へと。

 

 

歪な形を成した愛は明後日の方向へと突き進む。例え間違えていたとしても、その形は変わろうとしない。

 

 

しかし、それが許容できない間違いであるなら、誰かの手によってバツの烙印(らくいん)が押される。

 

 

デートは戦争(デート)へ。戦争(デート)結婚(デート)へと……最終決戦へと移る。

 

 

「これで嫁が大怪我したら、士道をぶち転がす」

 

 

(精霊と争う時と同じくらい命の危険を感じた……)

 

 

________________________

 

 

 

真っ白な壁と大理石の床。

 

並んだ長椅子には大勢のアイドルファン。

 

目の前には十字架とステンドガラス。神父が微笑みながら立っていた。

 

ここは会場の半分しか広さは無いが、巨大な教会だ。俺は灰色の最高級タキシードを着ていた。

 

 

「……ふぅ」

 

 

 

 

 

———おいマジか。普通に結婚式が始まったんだけど?

 

 

 

 

 

半日過ぎたけど誰も助けに来なかったよ? 長椅子に拘束された士道の顔を見ているけど首を横に振るだけだし。

 

非常に不味いよ。精霊たちに剣とか向けられている状況、簡単には抜けれないし、下手に動けば士道の首が()ね飛ぶし、詰んでいないですかね?

 

逃げたい。超逃げたい。Bダッシュして全力で逃げたい。統率が取れない今、美九が来ない今のうちに!

 

 

『それでは続きまして……新婦、入場』

 

 

遅かったかぁ……!

 

ピアノの演奏と拍手と共に姿を見せたのは白いウェディングドレスを纏った美九だった。スカートは短く、大胆に見せた肩。手には白い花束。そしてアイドルが見せる最高で最高の笑みだった。

 

一方新郎の顔は酷く悪い。インフルエンザにでもかかっているかのような顔色の悪さだった。

 

ファンたちが一斉にペンライトを振るう。何だこの結婚式。異様過ぎて引くぞ。

 

美九がゆっくりとこちらに向かって歩く。祝福の言葉を全身に浴びながら。

 

 

死ねゴミ(おめでとう)!」

 

(死あわ)せになってください!」

 

「かっこいいよ新郎(デコハゲ)!」

 

 

こっちは祝福という名の罵倒を浴びている。ほとんどの人間が中指を立てているのですが?

 

美九が俺の隣まで歩いて来ると腕を組んで来た。

 

これは許しては駄目だ! 俺は(つば)を吐き捨てながら強引に腕を払———

 

 

「抵抗したら刎ねますからねぇ」

 

 

———俺は唾を飲み込み爽やかな笑みを見せて受け入れた。唾を吐き捨てる? そんな外道、結婚式で居るのか? 信じられなーい。

 

落ち着け。まだ焦る時間じゃない。結婚式の流れで隙が見つかればすぐに逃げてやる。最悪、士道は南無三。

 

神父は大樹と美九を見て口を開く。

 

 

「お祈り———以下略」

 

 

「神に殺されるぞ神父」

 

 

省略しやがったぞコイツ!? 時間短縮か!?

 

 

「式辞———以下同文」

 

 

「お前は本当に神父か?」

 

 

一体何が以下同文なのか分からない件について。

 

 

「誓約———誘宵 美九。あなたは健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」

 

 

「誓います」

 

 

断る。誓わないぞ俺は……! 断って終わりにしてやる! うおおおおォォォ!!

 

 

「楢原 大樹。あなたは健やかなるときも、不死の病に侵されたときも、誘宵 美九の喜びに喜び狂うときも、絶望の悲しみのときも、奴隷になったときも、捨てられたときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを命懸けで助け、その命ある限り、真心を尽く()()()()

 

 

「まさかの命令形!?」

 

 

しかも俺の誓約だけ過酷じゃないですかねぇ!? でも断ればいいだけの話だ!

 

 

「だが断———!」

「誓いますねぇ!? 分かりました続けます!!」

 

 

———何だこの最強の神父は。

 

俺よりデカい声で神父は式を進行し始めた。強引過ぎてビビっている。

 

次は確か指輪の交換だったか? 残念だがそんなモノは無い。っと思っていると絶対に用意してあるから注意しろ俺。用意していたら投げ捨てる。これに限る。

 

 

「指輪交換———ですが、二人の強い愛に指輪などこの場には不要です。飛ばして誓いのキスを」

 

 

教えてくれ。俺は一体どこで何をすればこの場を乗り切れたのか。

 

 

「新郎、ベールをあげて誓いのキスを」

 

 

それだけはできない。何があっても、それだけは譲れない。

 

士道の首に十香の剣が近づけられる。士道が必死に首を横に振っている。自分の命より、俺のことを心配してくれるなんてな。

 

 

「だーりん。結局、女の子は来なかったですねぇ」

 

 

美九は自分でベールを上げて俺の首の後ろに手を回して顔を近づけた。

 

 

「だから言ったんですよぉ? だーりんへの愛は私が一番って」

 

 

「……まだ分からないか?」

 

 

「えッ?」

 

 

大樹は勝ちを確信したかのような笑みを見せながら告げる。

 

 

「俺は嫌われても見捨てられても、彼女たちを愛し続けることをここに誓う」

 

 

「ッ……だーりん!!!」

 

 

美九が怒りの声を上げたその時、

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォン!!!

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

爆音が轟いた。

 

式場の後方。大きな扉が爆発して吹き飛んだ。

 

ファンたちが驚く中、大樹は笑みを見せた。

 

 

「……二亜の力がアンタに通用しないせいで遅れたわ」

 

 

声が聞こえた。その声に俺は全て納得できた。

 

救出が遅れたのは俺自身のせい。俺の行動が分からないせいだった。

 

 

「あー、それはすまん。それと悪い、今回は俺じゃ解決できそうにない」

 

 

「許さないわよ? でも、今は私たちに任せなさい」

 

 

「はい」

 

 

フッと笑みを浮かべた大樹は静かにその場に正座した。

 

煙の中から現れたのは白いウェディングドレスを纏った七人の女の子。

 

美琴、アリア、優子、黒ウサギ、真由美、ティナ、折紙。彼女たちが入り口に立っていた。

 

 

(対抗心燃やしてウェディングドレスを着るとか、ウチの嫁可愛い過ぎるだろぉ……!)

 

 

大樹はニヤニヤしながら彼女たちの姿を記憶にしっかりと刻んだ。

 

しかし、そのニヤニヤした表情はすぐに消える。

 

この状況をもう一度捉えて欲しい。俺が美九に囚われ、嫁が助けに来る状況だ。

 

で、有名映画のワンシーンで結婚式で新たな新郎が登場して新婦を(さら)って行く。性別は違えど状況はまんま同じだな。

 

 

———俺ヒロインじゃないから。主人公だからね?

 

 

完全に立場が逆。理想からかけ離れすぎて泣ける。美琴たちが美九に捕まり俺が結婚式に乗り込む役の方がやりたかった。欲を言えばそのまま無限の彼方へランデブーしたい。

 

虚ろな瞳でアホなことを考えていると、

 

 

バチバチガシャアアアアアアアン!!

 

 

閃光。ファンたちを薙ぎ払う電撃が飛んだからだ。

 

美琴の体から放出された電撃だと即座に理解した。同時にファンの男たちが宙を舞う姿を見て大樹は事態の深刻を察した。

 

 

「……え? まさか……」

 

 

———かなりキレてる感じですか?

 

そう考えた瞬間、足と手の震え出し、汗が止まらない。こ、これはさらに大変なことになったのでは!?

 

 

「アンタが美九ね……あたしのパートナーに手を出した覚悟はできているわよね?」

 

 

ウェディングドレスのスカートの中から二丁の拳銃を取り出したアリア。その嬉しい一言ですが、顔が怖い。

 

 

「大樹君……今日は抑えれないかも」

 

 

優子はCADを構えながらニッコリと黒い笑みを見せた。バイオレンス優子誕生の瞬間である。

 

 

「ええ、ありえないですよ……黒ウサギたちの大樹さんを奪うなんて……!」

 

 

頼む。【インドラの槍】はさすがにやり過ぎだから抑えてくれ。俺まであの世に逝く。

 

 

「大樹君! この後は私とかしら!?」

 

 

真由美の笑顔と(あお)りに俺は逆に安心したよ。黒ウサギは真由美を見ない。冗談だから。敵は真由美じゃないぞ。こっちこっち。

 

 

「大樹さんの為に、私は撃ちます」

 

 

逃げろ美九! 狙撃されるぞぉ!? あの狙撃銃はヤバい改造がしてあるのが遠目からでも分かる! ティナもガチだぞ!

 

 

「絶対に、許さない」

 

 

折紙が一番のガチだ!? 精霊とCR-ユニットの同時展開だぁとぉ!?

 

冗談でも洒落でも警察でもFBIでも済まない。このままだと本気で第三次世界大戦まで起きる勢いだぞ!?

 

精霊たちも武器を構えて戦闘できる態勢だ。ファンたちは巻き込まれ邪魔にならないように、一目散に逃げ出している。俺も逃げたいよ。

 

 

「くく、愚かな! 姉上様に逆らうとは!」

 

 

「嘲笑。耶倶矢たちに勝てると思っているのですか」

 

 

二人の霊装と天使が光輝いた。耶倶矢の右肩から生えた羽と夕弦の左肩から生えた羽が合わさり弓の形状を作り上げた。

 

耶倶矢の巨大な槍———【穿つ者(エル・レエム)】は矢となり、夕弦の鎖と刃が付いたペンデュラム———【縛める者(エル・ナハシュ)】が弓の弦となる。

 

八舞の二人が誇る一撃———吹き荒れる暴風と共に最強の矢が放たれた。

 

 

「「【颶風騎士(ラファエル)】———【天を駆ける者(エル・カナフ)】!!」」

 

 

ヒュゴオオオオオォォォ!!!

 

 

教会の長椅子と床を破壊しながら女の子たちに向かって突き進む矢に大樹は目を見開いて驚愕した。

 

 

チンッ……

 

 

僅かに聞こえた金属を弾く音。

 

矢の先に立っているのは美琴。指で弾いたのは一発の銃弾。銃弾は宙を舞い、美琴の手へと帰って来るように落ちる。

 

正座していた大樹は急いで走り出し耶倶矢と夕弦の頭を乱暴に掴んで自分と一緒にその場に伏せさせた。

 

刹那———鼓膜を破るような雷撃と爆音が轟いた。

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!!

 

 

「「「いやあああああァァァ!!??」」」

 

 

三人の悲鳴が響き渡った。

 

超電磁砲(レールガン)が矢を破壊して天使ごと吹き飛ばした。二人の精霊と大樹の頭上の髪を掠める。ハゲるぅ!?

 

超電磁砲(レールガン)を避けるとそのまま後方の十字架を木端微塵に破壊。壁に大きな穴が開いた。大樹の咄嗟の判断が無ければ……考えるだけでも恐ろしい。

 

命を救われた二人は大樹の顔を怯えながら、安心した表情で見ていた。救世主の大樹は一言だけ告げる。

 

 

「大丈夫。抵抗しなければ生きることはできるはず」

 

 

———つまり抵抗したら死ぬと脅した。

 

武器と天使を同時に失った双子は降伏するように大人しくなった。

 

 

「よし、洗脳されているのに聞き訳が良いのはポイント高いぞ。このまま俺と一緒に逃げようぜ」

 

 

「大樹。間違って当てたくないからそこに正座しなさい」

 

 

「はい。待ってます」

 

 

逃げればきっと美琴は俺に当てるだろう。大人しくするべきだ。

 

その場に二人の精霊と一緒に正座。降伏のポーズだった。

 

次に動き出したのは十香。剣を振り上げ黒ウサギへと斬りかかる。

 

 

「次は私だ!」

 

 

「ッ……!」

 

 

対して黒ウサギは冷静に槍の刃で剣を受け流す。十香は続けて剣を振り続けて槍の破壊を試みる。

 

高速で繰り広げられる剣と槍の戦い。二人の戦いは激しさを増す。

 

 

「どわぁ!?」

 

 

お? 士道が巻き込まれて吹っ飛んだ。

 

宙をクルクルと舞いながらこちらへと飛んで来る。

 

 

「何してんだよっと」

 

 

「うぐッ」

 

 

士道の体をを受け止めてその場に降ろす。まぁ反省しながら正座して落ち着けよ。

 

自分の隣に士道を正座させていると、

 

 

ガチンッ!!

 

 

黒ウサギの槍が十香の剣を上に弾き飛ばした。同時に黒ウサギは踏み込み十香との距離を縮めた。

 

 

「ジャコさん!」

 

 

ドンッ!!

 

 

【インドラの槍】を右手に持ち替えて左手でギフトカードを取り出した。十香の体を強く押して怯ませると同時に距離を無理矢理取らせた。

 

 

『【白炎(はくえん)剣輝(けんけん)牢篭(ろうろう)】!』

 

 

その隙にカードから白い炎と一緒にジャコが姿を見せる。黒ウサギのギフトカードに隠れていたようだ。

 

白い矢がジャコと共にに飛び出し、十香を結界で囲み閉じ込めた。

 

 

「くッ!」

 

 

ガチンッ! ガギンッ!

 

 

十香は何度も剣で結界を叩くがビクともしない。ヒビも以前のように入らない。

 

精霊相手に圧倒している光景に大樹は開いた口が塞がらない。

 

 

『フンッ、前回の失敗の原因は大樹の力が俺にも影響していたことだ。もう割ることはできん』

 

 

「それでも抵抗するなら黒ウサギは遠慮なく攻撃を開始します。結界の開閉はジャコさんが握っていることをお忘れなく」

 

 

結界で閉じ込めた相手にインドラの槍を投げ込むとかどんな鬼畜ですか。

 

多分投げ込むぞ。十香が抵抗すれば本気で黒ウサギは投げ込む。

 

 

「これ以上、黒ウサギの手を(わずら)わせないでくださいね?」

 

 

「ッ!?」

 

 

トドメの黒い笑みで十香の闘志が消えた。蝋燭(ろうそく)の火が消えるようにじゃない。ボギッて折る感じで消えた。十香の悲鳴が聞こえたような気がする。今日の嫁は一段とヤバい。

 

剣を落として消滅させる十香の姿を見たジャコは引き攣った顔で結界を解除。隣に居る黒ウサギに怯えていた。

 

 

「十香。こっちは安全だぜ」

 

 

涙目になった十香は一目散に正座している俺たち三人の所へと飛び込んで来た。よしよーし。怖かったよな。俺も見てて怖かった。もう大丈夫だぞ。

 

十香を三人で慰めていると、急に四糸乃のことが心配になった。今までの流れに出て来ていない女の子のことを考えると……!

 

 

ドゴッ!!

 

 

「ごっほッ!?」

 

 

突如腹部に衝撃が走った。

 

俺の腹に飛び込んで来たのは涙を流した四糸乃。心配していたが遅かったか……!

 

四人で四糸乃の頭を撫でながら四糸乃の飛び込んで来た方向を見てみると、真由美、ティナ、折紙の三人が居た。何をやったんだお前ら。

 

俺と目が合うと一斉に視線を逸らした。この世にはやって良いこととやってはいけないことがあるからなお前ら?

 

とりあえずあの三人は四糸乃に後で謝らせる。絶対にだ。

 

 

「残ったのはアンタだけよ?」

 

 

「覚悟はできているわよね?」

 

 

アリアと優子が並んで美九へと近づく。怖い顔のせいでせっかくのウェディングドレスが台無しだよ。誰か残念な花嫁たちを止めて。

 

 

「結婚式を邪魔するなんて不愉快な人ですねぇ。だーりんの言う通り可愛いですが、残念ですよぉ」

 

 

この状況だと非常に否定しにくい。辛いな。でも可愛いから許されるだろ?

 

 

「でも大丈夫ですよぉ。私の話を聞けば納得して諦めますからねぇ」

 

 

そうだ。美九には声だけで人を操ることができる。無効化できる俺とは違って女の子たちには無い。

 

不安な表情で女の子たちの顔を見る。すると美琴は少し得意げな顔を見せた。

 

 

「なら、やってみればいいじゃない?」

 

 

「……何ですって?」

 

 

「だから精霊の力で従わせることができるならやってみればいいじゃないって言ってるのよ。できるなら、ね?」

 

 

美琴は人指し指でクイクイッと挑発した。カッコイイ! 素敵! 抱いて!

 

その発言に頭に来たのか美九はウェディングドレスの上から霊装を纏い天使を顕現させる。

 

 

「【破軍歌姫(ガブリエル)】!!」

 

 

———ヴォオオオオオオオオオオオオオオォォォォ!!!

 

 

式場に演奏が響き渡った。

 

美琴の挑発を疑っているわけではないが、俺は急いで神の力を解放して精霊の力を無効化しようとするが、

 

 

「くそッ……!」

 

 

無効化できる範囲が前よりも狭い。近くに居た精霊たちだけしか守れなかった。

 

演奏を聞いてしまった美琴たち。彼女たちに駆け寄る為に立ち上がると、

 

 

「うるさい」

 

 

「「!?」」

 

 

俺と美九が同時に息を飲んだ。

 

美琴は鼓膜を破るような響く演奏にイライラしていた。操られている様子など一切無い。

 

周りを見渡せばアリアたちも無事だ。その光景に驚かないわけがない。

 

 

「え? 全員、俺側に来てしまった系? コングラッチュレーション」

 

 

「それは冗談でもやめなさい……」

 

 

優子に嫌な顔された。本気で嫌がっているから泣きそうになる。

 

 

「大樹君。アタシにそんな力があるわけないでしょ? むしろ大樹の力よ」

 

 

「俺の?」

 

 

優子はそう言うとウェディングドレスのスカートを膝の上まで上げて、太股(ふともも)を露出させた。

 

そこには黒いレッグホルスターが装着され金色の短剣があった。大樹はその輝きに目を見開く。

 

 

「エロ過ぎぐぶッ!!」

 

 

「け、剣を見なさいよ!?」

 

 

剣のことなど一切見ていなかった。大樹は優子を見て鼻血を撒き散らしている。優子は顔を真っ赤にしながらスカートを下げた。

 

(なま)めかしいというより純粋にエロかったと表現するのがいいだろう。撫で回したい太股とはこのことか。

 

それにしてもウェディングドレスとの組み合わせは本当に素晴らしいモノを俺に見せてくれる。ぜひ結婚式は西洋式でお願いします。

 

 

「じゃ、ジャコから貰った俺の【神刀姫】だろ? 形が変わっていても分かる」

 

 

大量の【神刀姫】を取り込んだことが功を成したか。確かにこれなら美九の洗脳から逃れることができる。

 

鼻血を止める為にティッシュを鼻に詰めていると、真由美が手を振っていることに気付く。

 

真由美は俺が気付いたことを確認すると、隣に居たティナと一緒に自分のスカートを膝上まで上げた。

 

 

ブバッ!!

 

 

凄い勢いで鼻血がまた出た。出血多量で死にそう。もう死んでもいいや。

 

 

「ちょっと!? アタシたちは大樹君を助けに来たのよ!?」

 

 

真似された優子が怒る。大樹の反応を見て満足した真由美とティナは悪戯に笑っていた。

 

 

「黒ウサギだって上げたことがありますよ!」

 

 

「何を競っているのよ!?」

 

 

黒ウサギを必死に止める美琴。二人が争っているせいでチラチラと太股が見えてしまっている。駄目だ、血が止まらない。

 

 

「私なら全部下げれる」

 

 

「「「「「それは駄目!」」」」」

 

 

最後には全員で折紙を止めることになる。耳を疑うような折紙の発言に驚いたおかげで鼻血が止まった。

 

 

「う・る・さあああぁぁぁいッ!!」

 

 

大きな声で入って来たのは美九。しまった。太股に夢中で美九のことをスルーしていた。

 

 

「だーりんの為なら私は全部脱げますからぁ!」

 

 

これもスルーしていい? 女の子の視線がグサグサ刺さるから。

 

……逆に波に乗るべきか?

 

 

「俺も美琴たちの為なら脱げるぜ!?」

 

 

『ただの犯罪者だ馬鹿』

 

 

ですよね。変態でした。あッ、美琴たちに引かれてる。酷い。同じことを言っただけなのに。

 

 

「大体精霊の力が効かないから何ですかぁ!? どうせあなたたちはだーりんのことを愛していないことには違いないんですからぁ!」

 

 

鍵盤に手を置きながら美九が叫ぶ。ペンライトを持ったファンたちが動き出した。

 

『愛』というワードに美琴たちは顔を赤くするが、大樹は違う。

 

 

「何でそう言える? 証拠はあるのか?」

 

 

「逆に聞きますよだーりん。愛されている証拠はあるのですかぁ?」

 

 

美九は余裕の笑みを見せているが不安な気持ちだということはすぐに見抜いた。大樹は告げる。

 

 

「あるに決まっているだろ」

 

 

「ッ……じゃあ見せてくださいよぉ!?」

 

 

 

 

 

「女の子がウェディングドレスを着てここまで助けに来てくれたんだ。それ以上、何が必要だよ?」

 

 

 

 

 

その言葉に美九の表情が凍り付いた。

 

簡単に言われた言葉だが美九は何も言えなかった。否定も言い訳も、できなかった。

 

美九は一歩一歩、首を横に振りながら下がった。

 

 

「違う……違う……違いますもん!」

 

 

「美九!」

 

 

頭を抑えながら否定する美九。光を纏っていた霊装が怪しく光り始めた。

 

ウェディングドレスが黒いオーラと共に染まっていく。異質な空気が漂い始めた。

 

 

「まさか……反転!?」

 

 

士道の言葉に大樹は心の中で舌打ちをする。絶望の(ふち)に沈んだ時に起きる精霊の転換現象のことだ。

 

モヤモヤと煙のように体から霊力が溢れ出している。触れば害がありそうなくらい不気味なオーラだった。

 

精霊の力に美九の苦しそうな声が聞こえる。あの黒いオーラが激痛を生み出し美九を襲っているのだ。このままでは不味い、どうにかしなければならない。

 

恐ろしい光景に全員が固唾を飲んで見守る中、一人の男は美九に向かって歩き出している。

 

 

「———違うことは何一つ無い」

 

 

天使の演奏が大樹の精神を破壊しようとするが全く効いていない。爆音で耳の鼓膜をブチ破ろうとしても通用しない。

 

大樹の体に白銀の光が纏い、煙を打ち消していた。

 

 

「その現実から目を背けたい気持ちは分かる。好きな人に振り向いて欲しい……俺だって何度も思ったことがある」

 

 

近づけば近づく程黒い煙は濃くなり視界を曇らせる。大樹の体を(むしば)むように煙が張り付くが、歩みは止まらない。

 

 

「無責任な俺を許せとは言わない。でもな美九。前に……次に進む後押しだけはさせてもらう」

 

 

「そんなのッ……イヤぁ……!」

 

 

美九が頭を抑えながら首を振る。そして黒い煙は美九の衣装に一点収束する。

 

黒い霊装を完成させて纏った美九の瞳には光は無い。虚無的な目はこの世のありとあらゆるモノに意味や価値など無いと語っていた。

 

 

———ギィゴォオオオオオオオオオオオオオオォォォォ!!!

 

 

巨大な金属塊の天使は大樹に向かって爆音を放つ。世界の終わり———到底音とは言えない何か聞かされた大樹は表情を歪めた。

 

周囲に居た人たちも気絶する人が続出する。ジャコが結界で守るも、女の子たちは耳を塞いで苦しんでいた。

 

 

「うるせぇ!!! 今美九と話しているだろうがぁ!!」

 

 

バギンッ!!

 

 

大樹の怒鳴り声が式場を反響した。天使の出す音が小さくなるくらい大きな声で。

 

 

「邪魔をするな! これ以上美九の人生を滅茶苦茶にさせるか!」

 

 

パイプオルガンの天使は歪な音を立てながら静かになってしまう。鍵盤は動いているのに音が鳴らなくなってしまっていた。

 

 

「———【絶滅天使(メタトロン)】!」

 

 

大声と共に放たれた精霊の力。大樹の髪が白髪に変わり目を見開く。

 

 

「折紙!」

 

 

「ッ!」

 

 

大樹が名前を呼ぶと折紙はCR-ユニット【ブリュンヒルデ】の持つ長柄の槍武器を大樹に向かって投げた。

 

槍を両手でキャッチすると大樹は投擲の構えをした。

 

 

「【神格化・全知全能】!!」

 

 

槍先に収束していた光が神々しく輝く。巨大な黄金翼を羽ばたかせ、刃は大きく鋭くなる。

 

精霊と神を合わせた絶対の一槍。止まることを知らない暴虐的な一撃。

 

渾身の力を込めた腕で、その槍を天使に投擲する。

 

 

「うおおおおおおおォォォォ!!!」

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォォォ!!!!

 

 

投擲された最強の槍は金属塊を粉々に吹き飛ばした。天使としての効力を完全に潰し消されていた。

 

光が式場を包み込み視界を真っ白にしていた。その光に美九は閉じることなく涙を流した。

 

 

「俺はお前の気持ちに応えることができない」

 

 

美九の目の前まで歩いて来た大樹は残酷な言葉を突きつける。

 

 

「でもお前は俺と違って多くの人の期待に応えることができる。誰よりも輝くことができる。その『声』が、その『歌』が、『誘宵 美九』がある限り!」

 

 

カチッ……

 

 

美九の首にネックレスが付けられる。大樹が神の力で作った精霊の力を無効化するネックレスだ。

 

何も映さない瞳に光が宿る。彼女の双眸(そうぼう)には大樹が映っていた。

 

 

「———俺は一切合切、美九を否定しない」

 

 

「だーりんッ……!」

 

 

「もしお前の人生を世界が否定するなら、俺は世界を変えてやる」

 

 

美九は大樹の胸元に顔を埋めて泣いている。それでも大樹は続けた。

 

 

「お前は俺を踏み台にしろ。あの最高の歌をもっと世界に届けろ」

 

 

指で美九の涙を拭き取り小声で指示を出す。美九は驚いて聞くが、すぐに笑顔を見せた。

 

ボロボロに崩れた式場。沈む夕日の光が二人を照らす。

 

結ばれない二人に、最後の幕が降ろされようとしていた。

 

 

「永遠に大っ嫌いですよぉ……だーりんッ……!」

 

 

「それでも俺は永遠にお前の味方だ、美九」

 

 

そう言って、美九は右手を振り上げて勢い良く振るった。

 

 

バチンッ!!

 

 

———美九の平手打ちが大樹の頬を襲った。

 

 

________________________

 

 

 

———事件は解決した。

 

 

え? 暴動まで起きてニュースまで報道されたのにどうやって解決したのか気になる? 簡単だよ簡単。

 

いつもと同じように。何も変わらず。俺は俺。そうそう、こんな感じ!

 

 

『———以前アイドルを脅した悪魔のテロリスト、楢原 大樹は逃亡しており、警察も増員して捜索に当たっています』

 

 

安定の自己犠牲。またテロリストになったよ(笑)。

 

日課のように、息をするように問題を起こす俺はもはや天才。いや天災。爆裂(ばっくれつ)爆裂(ばっくれつ)、らんらんらーん♪

 

ニュースには俺をビンタする美九が映っていた。この暴動を抑えるには偽物の元凶が必要とされた。全ての様子を見ていた【フラクシナス】が全国のテレビ局などに根回しし、美九の力でファンたちの記憶を捏造。完全犯罪を完遂していた。

 

特に原田君には馬車馬の様に働かせた。俺を殴ったことをかなり反省しているようで、誰よりも働いた。でもさ、俺を犯罪者に仕立て上げるのやめろよ。一番良い手で乗った俺も悪いかもしれないけどやめてよ。本当に反省しているのか疑う。

 

 

「ま、【フラクシナス】から出ないからいいけどー」

 

 

長方形の炬燵(こたつ)の中に入った大樹はミカンを食べながらニュースを見ていた。

 

人を駄目にするというが、もう既に駄目なテロリストなら存分に入っていいよね。マイナスとマイナスをかければプラスになるっていうじゃん。

 

 

「本当に良いと思っているの?」

 

 

俺の右隣りで湯呑(ゆの)茶碗(ちゃわん)に熱いお茶を注ぎながら優子が聞く。

 

 

「全然構わない。外寒いし」

 

 

「……外でデートできないわよ?」

 

 

———俺も反転する勢いで絶望の淵に叩き落とされたよ。

 

両手で顔を抑えながらシクシクと泣く。辛過ぎる……あんまりだぁ!!

 

 

「別に場所を変えれば大丈夫じゃない?」

 

 

「さすが美琴。じゃあ今からパスポート作りに行こうか?」

 

 

「外国まで逃げるの!? 作りに行けばそれこそ捕まるわよ!?」

 

 

左隣に座った美琴に冷静にツッコまれる。大丈夫、それを含めて外国に行く算段が頭の中にあるから。

 

 

「私は……もう少しこのままで構いません。大樹さんが居ればどこでも良いですから」

 

 

「天使!」

 

 

俺の膝の上に座ったティナが天使の様に微笑みながら言う。俺は綺麗に剥いたミカンを丸ごとティナにあげた。

 

 

「ティナの気持ちも分かるわ。私もこのままゆっくりしていたいから……」

 

 

「アタシもよ……」

 

 

美琴と優子は俺に(もた)れかかる様に距離を詰めて密着した。二人は漫画本を持ちながらリラックスしている。こうしてゆっくりすることを二人は好んでいることを俺は知っている。

 

分かる。気持ちは凄く分かる。よし、転職しよう。

 

 

「……自分、このままニートになって良いですか?」

 

 

「え? まず大樹ってニートになれるの?」

 

 

「何だその難解な言語は」

 

 

逆にニートになれない理由って何? ニートになるには資格でも必要なのか?

 

美琴の言葉に戦慄していると、優子が納得したように頷く。

 

 

「確かに一瞬で大金を稼げる人がニートにはなれないわね。それに大樹君。アタシたちがお金が欲しいって言ったら稼ぐでしょ?」

 

 

「そりゃ当然粉骨砕身(ふんこつさいしん)で働———ニート無理じゃね俺?」

 

 

「でしょ?」

 

 

優子たちの言う通りだった。ニートって難しい。

 

 

「大樹さんが凄いせいで何故かニートが凄い職業みたいな感じに聞こえます……」

 

 

「大樹が成れない職業って相当よね」

 

 

「ニートって凄いのね」

 

 

「適当過ぎるだろお前ら……」

 

 

ビックリするくらい気怠(けだる)さがこっちに伝わる。まぁいいか。

 

俺は三人の天使に囲まれ幸せを味わう。

 

ああ……永遠に続け、この素晴らしい時間よ!

 

 

 

 

 

「———だあああぁぁぁぁありいいいィィィん!!!」

 

 

 

 

 

———平和破壊者系アイドルが現れた! 攻撃、攻撃、攻撃、防御を選択した。

 

ドアを勢い良く開けた美九に美琴と優子、ティナは一斉に飛び掛かり抑えた。俺は頭を抱えて嘆いている。

 

 

「何でアンタがここに居るのよ!?」

 

 

「もう終わったわよね!?」

 

 

「帰ってください!」

 

 

「あぁん! 私だけ仲間外れは嫌ですよぉ!」

 

 

勇者はお前を仲間にした覚えはない。馬車で寝てろ。

 

三人で抑えられる美九だが、様子がおかしい。むしろ自分から抑えられに行っている気がする。

 

 

「ンモー! だーりんの女の子は可愛過ぎますねぇー! コホー! コホー!」

 

 

何だこの得体の知れない変態は。

 

嫁の体に顔を埋めて荒く息をしだしたぞ羨ましい。さぞ幸せな気持ちになるだろうな。

 

美九の行動に女の子たちは顔を赤くして急いで引き剥がそうとした。

 

 

「なッ!? 黒子みたいなこと、してるんじゃないわよッ!?」

 

 

「ちょっと!? アタシが悪かったからやめて!?」

 

 

「だ、大樹さん! 助けてください!?」

 

 

えー? 助けるより参戦したいっていうのが本音だけどー?

 

その時、抑える力が弱くなる隙を見つけた美九は三人の女の子から振り切り、大樹へと飛び掛かった。

 

突然の襲撃に驚くが、余裕で避けることができる。

 

 

炬燵(コタツ)バリア!!」

 

 

「あぁん!」

 

 

炬燵のテーブルをひっくり返して盾にする。残念だったな。神の力が弱くなっても、反射神経は最高だ。

 

 

「だーりんのいけずぅ」

 

 

「ねぇねぇ? 俺のこと、嫌いになったよな? アイドルどうしたの? 何でここに居るの? 全部まとめると、帰れ」

 

 

「意地悪なだーりん……これはこれであ———」

 

 

「クネクネしてんじゃねぇよ」

 

 

熱烈にテーブルに頬擦りする美九。顔を赤めながら身をよじらせていた。

 

女の子の視線が痛い。どういうことか説明しろっと目で訴えられるが、こっちが知りたいです。

 

 

「私、気付いてしまったのですよだーりん」

 

 

よし! それ絶対気付いちゃいけないことだと言う前に分かったぞ!

 

 

「だーりんの愛する女の子も、私が許して愛せば良い事に!」

 

 

「やめてください」

 

 

「だーりんは平等に愛してくれるんです! なら私も平等に愛してだーりんの愛を———!」

 

 

「ホントやめてください!?」

 

 

一体どんなことを考えたらこんな超理論に辿り着く!?

 

 

「だーりんのことを考えれば、ですよぉー!」

 

 

「人の思考をドヤ顔で読むなよ!?」

 

 

ガタッ!!

 

 

テーブルの守りが緩くなった隙を美九はまた見逃さない。テーブルをどけて大樹に抱き付いた。

 

豊満なバストが大樹の顔にすっぽりハマり、死期を悟った。

 

 

「大樹ぃ……!」

 

「大樹君……!」

 

「大樹さん……!」

 

 

「待ふんだッ!」

 

 

俺は美九の胸から顔を離して誤解を解く。

 

 

「俺は胸の大きさとか全然気にしないから!!」

 

 

バギッ!!

 

 

———相手が気にしていることを学べ大樹。

 

 

________________________

 

 

 

美琴たちに許して貰った後、三人は買い物に出かけた。というか俺を残して女の子たちだけでショッピングに出掛けたよ。まぁ俺はテロリストで外を歩けないから仕方ないよな。

 

アニメを見ながらボーっとしていると、炬燵の中で右隣に入った美九が幸せそうにミカンを食べている。

 

 

「だーりん、あーん!」

 

 

「パクッ、ペッ!!」

 

 

「だーりん!?」

 

 

必死に嫌われるようにしているけど無理のようだ。

 

美九は大樹が吐き出したミカンを見て、

 

 

「……これは食べた方が好感度———」

 

 

「それをやったらアイドルどころか人として何かもう終わるから」

 

 

結局俺が食べることになる。

 

 

「そんなことでは駄目ですわよ。大樹さん、あーんですわ」

 

 

左隣ではミカンを口に咥えた狂三が待っていた。とりあえずいつ入って来たのかは置いておこう。俺がする行動はただ一つ。

 

 

醤油(しょうゆ)か? ウニが食いたいのか? 付けてやるよオラ」

 

 

「んむッ!?」

 

 

オラオラ! 俺の醤油が飲めないのかオラァ―――チッ! 付ける前に食べやがったか!

 

 

「でしたら海苔(のり)がありますよだーりん?」

 

 

「非常に言いたくないが挑戦意識が高い奴、俺は好きだよ」

 

 

完璧にウニ軍艦。でも遠慮する。他人の不幸を見る方が俺は好きだから。

 

この駄精霊共のせいでゆっくりできない。俺に安息の地は無いのか。また宇宙まで行く? 火星に住んじゃう? あ、消したんだった。

 

とりあえず無断侵入して来た二人はどうしてやろうか。そんなことを考えていると、

 

 

「大樹は居るかしら?」

 

 

扉を開けて入って来たのは琴里。飴を舐めながら大樹たちを見て表情を引き攣らせた。

 

 

「どうやって入って来たのよ……」

 

 

「意外。琴里ちゃんがクロだと思っていたのに」

 

 

「私はいつだってシロよ」

 

 

はいダウト!!!!

 

 

「そんなことより大変よ。士道が幻覚を見始めたわ」

 

 

「え? 薬でもやった? 覚醒剤? 本気剤?」

 

 

「やるわけないだろ!? って本気剤!?」

 

 

琴里の後ろから反論して来たのは士道。居たのかよ。本気剤はアレだよ。覚醒するんだよ。経験者は語る、マジで何か覚醒する。何か分からないけど本気になる。うん、完全に危ない薬だこれ。飲みたい方は夾竹桃(きょうちくとう)に聞いてください。

 

 

「むむっ、だーりん、今他の女の子のことを考えていましたねぇー」

 

 

「怖いから思考読むのホントやめろ。司波兄妹かよ」

 

 

体が震えて来ちゃうよ。ガクガクブルブル。

 

 

「空に奇妙な物体があるんだよ。それを琴里に言っても信じてくれないんだ」

 

 

「薬———」

 

 

「違うって言っているだろ!」

 

 

「まだ『薬』ってしか言ってないだろ!!」

 

 

「逆ギレ!?」

 

 

「まだ人がボケているでしょ! 邪魔するなよ!」

 

 

「えぇ!?」

 

 

怒りながら大樹は士道の胸ぐらを掴み、ガクガクと揺らすのだった。

 

 

________________________

 

 

 

———何事に置いても、行き過ぎたモノはトラブルを引き起こす。

 

 

それは———集まり過ぎた力。

 

それは———強過ぎる思い。

 

それは———過剰な欲望。

 

 

集中には必ずバランスを保つ為の反動が訪れる。

 

 

「—————楢原 大樹」

 

 

少女の声は、振り子を揺らした。

 

 

———神が下す理不尽な判決に、誰も気付けぬまま。

 

 

ガコンッ……

 

 

———最後の物語は、ゆっくりと動き始める。

 





悔い改めろって友達に言うと、お前が悔い改めろって言われます。否定できないのが辛いです。


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正義の反逆者 神話ディストラクション

ちくしょうもうバレンタインの季節が来やがった!

今年もチョコを貰っているリア充は爆発しろと思いました。


五河 士道が幻覚を見ている疑いがある.

 

よって「ちょっと俺が診ようか? 大丈夫、痛くないから」と言うと士道は半泣きで拒否して来た。そんなに嫌なのか。俺も泣くぞ。

 

士道の言うことを信じて空の確認をしよう。艦橋の方に皆で行くのだが、

 

 

「お前らくっつくな。歩きにくい」

 

 

「そうですよぉ。離れてくださいよぉ」

 

 

「あらあら? 私のことではありませんよ?」

 

 

「お前ら二人共だボケナス」

 

 

美九に右腕、狂三に左腕を掴まれていた。とても歩き辛い。

 

俺が嫌な顔をしても二人は笑顔を見せるだけ。何だこの鉄壁の守りは。崩せる自信が無いのだが。俺って何かした? そんなに凄いことやりました?

 

艦橋に着くとクルーたちが既に調べ上げてくれていた。結果を聞く前に、

 

 

「人に見えねぇ物を見えるなんて、さすがです兄様! 真那(まな)はまだ修行が足りねぇですね!」

 

 

「いや……そういうのとは違う気が……」

 

 

また新キャラ増えているよ。しかも兄様だとぉ!?

 

 

「士道。実はお前って俺よりヤバい奴だよな……」

 

 

「どういう意味だ!? ちょっと待て!? 引くな!?」

 

 

彼女の名前は崇宮(たかみや) 真那。後頭部で括った髪の色は士道とそっくり。左目の下の泣き黒子が特徴的な女の子だった。

 

実際、士道と真那の血縁関係らしい。生き別れの兄妹という涙ボロボロ零れる展開だったそうだ。へぇー。

 

 

「義理の妹に実の妹か。士道は妹萌か? いや四糸乃のことを考えるとロリコンの可能性———」

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

「何でこういう時だけ全員大樹の言葉を信じているんだ!? おかしいと思わないのか!?」

 

 

全員から「Oh…」みたいな顔をされていた。疑われても文句が言えない状況になったお前が悪い。理不尽? そういう世界なんだよ今は。女の子、正義、絶対。以上。

 

 

「解析結果、出ました! 士道君はロリコン———ゲフンゲフン。確かにその座標から球形に放出される微弱な霊波が観測されています」

 

 

「今余計なことをしましたよね中津川さん!?」

 

 

ナイス! ゴー☆ジャス。俺と中津川は親指を立てた。

 

しかし、本当にあるのか。しかも微弱な霊波で球体? どういうことだ?

 

 

「本当にあるのね……」

 

 

「士道は薬を使っていない……ならあの事件で脳に負担がかかって目がおかしくなっているのかもしれないな。琴里ちゃん、医療室の使用許可を」

 

 

「分かったわ」

 

 

「話を聞いていたのか二人とも!? 機械でちゃんと確認できたんだろ!? どうしてそんなに俺を異常者扱いする!?」

 

 

琴里ちゃんも士道をいじって楽しんでいるようだ。タララタッタッタ~♪ 仲間が増えました。

 

 

「微弱な霊波しか確認できないので物体の有無は判断できません……もし観測するなら———」

 

 

「やめとけ。分からない物に不用意に首を突っ込むのは良くない」

 

 

観測した球体の中に入ろうとするのは良くない。刺激するのも。

 

微弱な霊波でも、原因が全く分かっていないのだ。ここは慎重に事を進めるべきだ。

 

 

「……大樹君をあの空間に飛ばせば解決できるのでは」

 

 

「誰だ今ボソッと鬼畜なことを言いやがったのは」

 

 

出て来い。しばく。

 

ポキポキと手を鳴らして犯人を捜していると、艦橋に新たに二人が入って来た。

 

 

「呼ばれたから来たぞ」

 

 

「今度は何?」

 

 

クルーたちが着ている服を着用している原田とフリルの付いたお人形さんのようなドレスを着た七罪だった。

 

原田の目には元気が無く、七罪の顔は不機嫌そうだった。うーん、呼ばない方がよかったこれ?

 

 

「あ、ああ……実は士道が奇妙な物体を見つけてな……」

 

 

「なるほどな。じゃあ後は俺に任せてくれ」

 

 

「え」

 

 

ちょっと待て。様子がおかしい。原田君? 大丈夫ですか? もう朝ですよ?

 

 

「お前は疲れているだろ? 心配するな、全部俺が片付けておいてやる」

 

 

「いや、あの……疲れているのはお前……もしかして、美九のことを気にしているのかな? な?」

 

 

お、俺としては「ふざけんな!?」「やめろぉ!!」と元気に反抗して欲しいのですが? 無理かな?

 

 

「フッ、気にしていないに決まっているだろ。ただ———」

 

 

原田は自重するように笑みを見せた後、呟いた。

 

 

「———世界の罪は、俺の罪だ」

 

 

「誰か!? お医者様はいられませんか!? ウチの親友が(うつ)病なんです! 助けてください!」

 

 

原田の変貌に大樹は今日一番の焦りを見せた。大樹は原田のことを何度も心配していた。

 

 

「お腹空いていない!? 喉は乾いていない!? 大丈夫か親友!? 誰もお前を責めたりしないからな!?」

 

 

「そういえば……昨日からご飯が喉を通らなくて———」

 

 

「今からお前に最高の料理を作って来る!!!」

 

 

大樹は猛スピードで艦橋から飛び出した。その光景にクルーたちは唖然とする中、原田は右手で顔を隠しながら呟いた。

 

 

「———計画通り」

 

 

「「「「「なん……だと……!?」」」」」

 

 

———その場に居た原田以外の人間が、戦慄した瞬間だった。

 

 

________________________

 

 

 

大樹の作った最高の料理に全員が涙をこぼした。

 

本気で作り上げたモヤシご飯がこんなにも美味しいと思う日は二度と来ないだろう。

 

原田は大樹に対して心が痛くなってしまい、元気が出たという設定に急遽変更。

 

 

「げ、元気百倍! 原田ですよ!?」

 

 

(今度は頭がおかしくッ……クソッ)

 

 

原田の空回りした元気に大樹は悔いるように落ち込んだ。原田の額からダラダラと汗が流れる。

 

 

「完全に失敗したわね……もういいわ。無視よ無視。解析を続けなさい」

 

 

———原田は最後に嘘をついていたことを白状するが、大樹には信じて貰えず、後に心が痛む優しい待遇を受けることになるのは別の話。

 

琴里が指示を出してから数分後、解析が終了した。

 

 

「霊波が集まっていますが、新しい精霊ではないようです」

 

 

クルーの言葉に琴里たちは驚く。当然だ、新しい精霊でないならあの物体の霊波は一体誰が?

 

その疑問に答えてくれるのは令音だ。

 

 

「これは一見複雑な波長をしているが、要素を分解してみると十香や四糸乃、八舞姉妹、二亜、そして琴里。一つ一つが今までシンが封印して来た精霊の霊波と同じだと分かった」

 

 

「何ですって!?」

 

 

つまり士道にしか見えない愛の結晶と言う解釈でオーケー? 違う? あ、はい。

 

 

「99.6%。同じです。解析官の言われる通りです」

 

 

「球体は琴里たちの霊力で作られている可能性がある」

 

 

「私たちの……」

 

 

なるほど。じゃあ、

 

 

「何だぁ、全部司令の悪戯だったんですかぁ。もう、人騒がせ何ですからぁ!」

 

 

「琴里ちゃんたら、お茶目さん♪ 愛の結晶を顕現させていたんだね!」

 

 

神無月と大樹は琴里の頭をツンツンと人差し指で揺らす。琴里ちゃんは当然怒り、

 

 

「フンッ!」

 

 

ゴギッ!!

 

 

「ひぎぃ!? 地味なのありがとうございますッ!!」

 

 

琴里は神無月の人差し指を飴の棒を使ってゴキゴキと曲がらない方向に曲げた。神無月は苦悶の表情ではなく、笑みを見せた。キモッ。

 

次に琴里は大樹の腕を掴み足払い。

 

 

「ウラァ!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「うがはぁ!? 凄いの来たぁ!?」

 

 

まさかの背負い投げ。俺だけ威力が最高に大きかった。

 

それだけで終わらない。琴里は倒れた大樹の背中に乗りながら顔を手で抑えつけ、大樹の曲がった右足を太股で抑え込んだ。

 

グッと顔が引っ張られてオットセイの様に体が曲がり、背骨がボキボキと鳴り出す。

 

 

「死ねぇ!!!」

 

 

「死ぬぅ!!!」

 

 

「あれは伝説の技!? ステップオーバートーホールドウィズフェイスロック!」

 

 

レベルの高い技を繰り出されて驚愕する一同。何で俺だけここまでされるの!?

 

 

「でも……でもッ……微かに……ほんの微かに……後頭部に胸の膨らみがッ……」

 

 

「もっと死ねぇ!!!」

 

 

「あああああああああああああああああああァァァァ!!!」

 

 

———ゴギボキゴキッ!!

 

 

________________________

 

 

 

チーン……

 

 

悪は滅んだ。燃え尽きた大樹を見た琴里は右腕を空に向かって突き出し勝利宣言。拍手が聞こえた。

 

 

「……それで、解決方法は何ですか?」

 

 

「精霊の感情が形になったと私は見ている」

 

 

「感情……ね……」

 

 

琴里がその感情がどんなモノなのか聞こうとする前に、美九が勢い良く手を挙げた。

 

 

「はい! 私には分かりますよぉ!」

 

 

美九が喜々として答えを述べる。

 

 

「ズバリ嫉妬の感情! だーりんを独占したい気持ち、私には凄く分かりますからぁ! というわけでだーりん、デートに行きましょう!?」

 

 

「却下」

 

 

また女の子を怒らせてたまるかッ。全力で拒否するわ。

 

 

「ええ、分かりますわ。私も、大樹さんを食べ———独占したいですからねぇ」

 

 

「お前まだ諦めていなかったの?」

 

 

やらないから。俺の体は、俺と将来を誓った女の子だけだから。絶対にあげないから。

 

 

「仮に霊波が精霊の嫉妬の感情だとしても、一体どうすれば対処できやがるのです?」

 

 

「そこはもう決まっているだろ。士道が精霊たちの嫉妬を解決する———」

 

 

「———デート、というわけね」

 

 

真那の質問に俺が答えようとする。意図を汲み取った琴里が答えを先に口にする。

 

 

「羨ま死ね」

 

 

「今日も大樹の殺意が高い……」

 

 

士道が嫌な顔をしながら俺から距離を取る。いいですねー、こちらは外に出ることが許されないテロリストですかねー。うふふふ……!

 

 

「精霊たちは無意識に士道君を独占したいという気持ちがあるのは確かなはず。その嫉妬はストレスへ変わるモノです……私もある日、突然妻が家財道具と一切と共に消え失せてしまったという苦い経験も———」

 

 

川越(かわごえ)! アンタの離婚話はいいから!」

 

 

「川越、今度一緒に飲みに行こう。俺が、御馳走するから……」

 

 

琴里が冷たくても、俺は優しく接する。川越にハンカチを渡しながら肩を叩いた。

 

 

「結局、みんな士道君が好きなわけですし。デートやりましょうよ」

 

 

「うッ……」

 

 

中津川の指摘に顔を赤くした琴里が言葉に詰まる。そしてここぞとばかりに原田を除く男性陣は琴里を煽り始める。

 

 

「「「「「デート! デート! デート!」」」」」

 

 

「や、やめなさい!? 何よそのコールは!?」

 

 

「「「「「「お兄ちゃんとデート! お兄ちゃんとデート!」」」」」

 

 

「あ、アンタたちねぇ……!」

 

 

琴里が手を出す前に散開。男性たちは一斉に逃げ出した。

 

その後琴里が鬼の形相で追いかけるが、大樹だけは最後まで捕まらなかった。

 

 

「……引き続き球体の調査はするとして、並行して精霊たちのストレス解消にかかろう」

 

 

「デートですよね……分かりました。じゃあ明日皆で出掛けますね」

 

 

令音の発言に士道が頷くが、原田は納得がいかない顔をしている。

 

 

「うん? それじゃ意味が無いだろ? 独占したい気持ちが精霊たちにあるって話だから、毎日一人ずつデートしないといけないだろ」

 

 

「そ、そうだった。大変だな……」

 

 

士道の目が既にお疲れモードに入っている。連日騒動が彼にもストレスを与え溜まっていた。

 

 

「お? 話はまとまったか?」

 

 

琴里から逃げていたはずの大樹が戻って来た。士道は引き攣った表情で聞く。

 

 

「こ、琴里は?」

 

 

「クルーを生贄にすることで俺は逃げれた」

 

 

「相変わらずの鬼畜っぷりだな」

 

 

死んだ目で納得した原田だった。士道たちは逝ったクルーたちに合掌した。

 

 

「一人一人順番に希望通りのデートをしてあげるんだ。その時間はシン。君はその彼女だけのモノになる。それが見えない球体にどんな効果を及ぼすのかは分からない」

 

 

「何もしないよりはマシじゃねぇの。俺は関係無いし」

 

 

「拗ねるなよ」

 

 

令音が士道に言いつけると、大樹は拗ねながら肯定した。原田の同情する顔にイラッとするが、頼みたいことがあるので抑える。

 

 

「原田。しばらく外国に行く予定があってな。女の子たちのこと、頼んでいいか?」

 

 

「待てテロリスト」

 

 

「やめろその呼び名。透明になって飛んで行くからバレねぇよ」

 

 

「そ、そうか。だとしても唐突だな。どこの外国に行く? 何をするんだ?」

 

 

「観光地巡り。お土産は買って来る」

 

 

何かを誤魔化すように大樹は笑う。手を振りながら艦橋を出て行った。

 

それから士道は一週間、精霊たちのデートの日々を送るのだが、その間、大樹が帰って来ることはなかった。

 

 

 

________________________

 

 

 

———【オリンポス山】

 

 

大樹はギリシャのテッサリア地方にある山に来ていた。標高約2900メートルでギリシャでは最高峰とされる。

 

ゴツゴツとした足場の悪い岩肌の山頂。大樹は登山服など着ておらず、私服に黒いコートを羽織っているだけだ。

 

景色が一望できる場所に立った大樹は背負ったリュックを地面に置く。

 

 

「やっぱり違う……」

 

 

大樹は確信しながら空を見上げ、右手を掲げた。

 

 

「ッ!!」

 

 

そして拳を握りながら創造する。空を覆った雲を消滅させるイメージを!

 

 

ゴオォッ!!!

 

 

上空の雲は一点に収束して消えていく。まるで異次元に吸い込まれる様に消滅した。

 

青い空が広がる。山頂から見える景色が先程より鮮やかになった。

 

 

「……むしろ、上がっているな」

 

 

———失った神の力が、元に戻った。

 

いや、それ以上に力を手に入れている。この山頂に居続けるだけで、神の力は格段に上がった。そのことに大樹は嬉しい気持ちが半分、不快な気持ちが半分と言った難しい心情だった。

 

大樹はが訪れたのはギリシャだけではない。オリュンポス十二神に関わる建物や書物、場所を巡った。そして最後に辿り着いたのはオリンポス山。

 

この山の(ふもと)に訪れただけで空気の違いを感じ取ることができた。登ってみれば自分の持つ神の力が一気に回復し、驚いているわけだ。

 

 

今回の目的、それは【神】だ。

 

 

残った神の保持者は俺と双葉———リュナだけだ。彼女を倒せば全てが終わる。

 

 

「そう思えないのは俺だけか……?」

 

 

この神の起こした騒動。保持者の決着で終わるとは到底思えないのだ。

 

保持者は俺を狙った。理由は俺に力を与えている『ゼウス』を殺すこと為に必要な手順だから。

 

 

『保持者は自分のいた世界に干渉できない。お前が今まで戦った保持者たちも、同じだ』

 

 

ガルペスの言った言葉を思い出す。保持者たちは自分の世界に復讐をしようとしていた。復讐をする為には、俺と神ゼウスを殺す必要があったことは理解できていた。

 

ただし、二人を除いて。

 

まず保持者としてリュナは少しおかしい。まず他の保持者と違い記憶が無い事だ。誰かに操られていると見ていて、ガルペスを倒せば一石二鳥で終わりかと思っていたが、どうも違う気がする。

 

 

『奴はどこにいるか知らん。だが、この世界にはもういない。そして、お前の命を狙うだろう』

 

 

ガルペスがリュナの記憶を消したわけではなさそうだった。なら何故従っていた?

 

疑問は多く残るが……とにかくリュナとの再戦と終戦の時は近い。覚悟を決めなければいけない。

 

そしてもう一人。原田のことだ。

 

仲間だと信じて疑うことはない。だが、そのうち明らかにしなければならない。

 

 

『俺を、信じてくれ……!』

 

 

あの言葉は、嘘なんかじゃない。『ホンモノ』だった。

 

アイツが自分で言うその時まで、俺は待つ。疑うことなく、信じて。

 

 

「……コーヒーでも飲むか」

 

 

コーヒーカップにコーヒーの粉を入れて、水筒に入れたお湯を注ぎ香りを楽しむ。うん、コーヒーの匂いが凄い。以上。ソムリエには向いていないな俺。

 

しかし、味は極上の味わいなのは分かる。わざわざ【フラクシナス】から落とした大金で買ったコーヒーは違うな。絶景を見ながら最高のコーヒーを飲むのは素晴らしいな。

 

お湯は冷めないのかって? おいおい、お湯を水筒に()れたのは10分前だぞ? そんなに早く冷めないだろ?

 

 

「メェ」

 

 

「へいへい、ミルクだよな」

 

 

リュックから顔を出した黒い毛並みの小さいヤギに大樹は暖かいミルクを皿に注いで差し出す。

 

山を音速で登っている途中、崖から足を滑らせ落ちようとしていたヤギを保護したのだ。足を滑らせたのも、右前足が怪我をしていたからだ。

 

動物の医療学も頭の中にあるので治療してやり、治るまで保護しているのだ。まぁ軽い怪我だから1日も経てば歩けるようになる。

 

 

———さて、話を戻すか。

 

 

神を調べる為にわざわざここまで足を運んで来たのだが、神の力を回復させるという点は計算外だが、幸運と言えよう。さすが『オリュンポス十二神の居所』と呼ばれる山だ。

 

もしかしたら他の世界でも、神の関わる場所に訪れればこのような現象が起きたのかもしれない。気付くのがかなり遅かったがな。

 

 

「神の力が回復する(イコール)()()()()()()()で、間違いないよな?」

 

 

むしろ何か無いと怖い。逆に見つからないとビビる。

 

ヤギの入ったリュックを再び背負い、神の力で眼を神格化させる。

 

視界が全てを捉えれるように切り替わり、辺りから自分と同じように不思議な力が地から溢れ出しているのが見えるようになる。

 

力の源はこの山全体。しかし、山とは別に不思議な力を感じ取る。

 

 

「……何もない」

 

 

視線の先に何もない。岩しかない場所から不思議な力を感じ取っているのだ。

 

つまり、そこに何かが隠されている。

 

 

「【秩序支配神の世界翼(システムルーラー・ワールドフリューゲル)】」

 

 

大樹の背中から黄金の翼が広がり羽根を一帯に散らせ、山に神の雨の如く黄金の羽根が降り注いだ。

 

隠されていた力が打ち消され、今まで見えていなかった正体が明らかになる。

 

 

「うおッ……」

 

 

隠されていたのは巨大な神殿だった。

 

目の前に現れたのは古代神殿。中心の建築物を囲むように立った柱には古代文字のようなモノが刻まれている。世界資料でも見たことのない神殿に大樹は驚く。

 

 

「メェ!?」

 

 

「お前はここで待ってろ。ちょっと危ない歓迎もあるからな」

 

 

鳴き出すヤギに声をかけながらリュックを地面に降ろす。

 

 

ズシンッ! ズシンッ!

 

 

大地を揺らすかのような震動。腹に響く重い音に大樹は神殿へと歩き出す。

 

 

ドゴオオンッ!!

 

 

『オオオオオォォォ———!!!』

 

 

柱が盛大に砕け散り、その後ろから岩の巨人が姿を見せた。

 

黄金の金塊を身に纏い、大樹の数十倍はある巨体が立ち塞がった。

 

まるでこの神殿の守護者のように、番人のような佇まいに並みの人なら(おく)して逃げるだろう。

 

だが、大樹は違う。

 

 

「売ったら高そうだな」

 

 

———余裕の表情で巨人を見上げていた。

 

ポケットからギフトカードをゆっくりと取り出し【神刀姫(しんとうき)】を握り絞めるが、

 

 

ドゴンッ!!

 

 

大樹の頭上から巨人の右拳が振り下ろされた。拳圧で突風が吹き、地面に大きな亀裂が生まれる。

 

しかし、巨人の拳は大樹を潰すことはできなかった。

 

 

「重ッ……くないな。うん。普通」

 

 

巨人の拳を防いでいる大樹が逆に驚愕していた。

 

大樹は右手一本で受け止める。左手に刀を持ちながら巨人の攻撃を防御していた。

 

巨人が自分の体重を拳に乗せて大樹を潰そうとするが、ビクともしない。

 

 

「そらよッ」

 

 

ザンッ!!

 

 

左手に握った【神刀姫】で巨人の体を横に一閃。斬撃の傷痕から黄金の光が弾け飛んだ。

 

巨人の覆った金塊が黒色に腐り、巨体がボロボロと崩れ落ちた。大樹の一撃が巨人を動かしていた不思議な力を消したからだ。

 

一撃必殺とはまさにこのこと。

 

 

「……この巨人だけか? セキュリティ対策大丈夫かよ。セ〇ムしてますかー?」

 

 

こんな神々しい建物にあの巨人一体だけとは……神も赤字で苦労しているのか?

 

まぁ今はそんなこと関係ない。突撃あるのみ。1、2、3、4、ア〇ソック! お宅の留守番、突撃!

 

 

「……簡単には進まないか」

 

 

フォンッ!!

 

 

古代文字が刻まれた柱から魔法陣が浮き出る。全ての柱から浮き出る魔法陣を見た大樹は刀を構える。

 

魔法陣から現れたのは純白の鎧に身を固めた騎士。右手には大きなランスを持ち、左手には魔法陣が刻まれた正方形の盾を構えている。

 

一番目に付くのは背中から生えた白い翼。まるで天使を連想させるかのような姿に息を飲んだ。

 

その魔法陣から次々と騎士が出撃する。その勢いは止まることはない。

 

 

「わざわざ日本から来てやった客に腰を抜かすような歓迎に、感謝するぜ」

 

 

———ここに神の手掛かりがあることを大樹は確信する。

 

尚更(なおさら)引けない。()ぎ倒してでも進ませてもらう。

 

大樹は【悪神の真紅(クリムゾン・アジ・ダカーハ)】を羽織り、空いた片手に【神銃姫・火雷(ホノイカヅチ)】を握り絞めた。

 

 

「ジャコ!」

 

 

『今回は骨のある相手か?』

 

 

ギフトカードから飛び出したジャコの毛並みは既に白銀に染まっている。俺の力が戻ったこともあり、ジャコも強化されているのだ。

 

 

「骨どころか肉すらないような相手だけどな。準備運動にはなるだろうよ」

 

 

鎧の内側は恐らく空洞。不思議な力によって動かされている鉄の塊だ。

 

そんな存在が自分たちより劣っているとは全く思わない。

 

 

「三分だ。三分でケリを付けるぞ」

 

 

『いいだろう』

 

 

———大樹の宣言と同時に、騎士たちは一斉に大樹たちに襲い掛かった。

 

 

________________________

 

 

 

———大樹の宣言通り、勝負は三分で着いた。

 

当然勝利したのは大樹たち。圧倒的な強さで騎士たちをねじ伏せた。

 

大樹とジャコの体には傷が一つもない。無傷で完勝したのだ。

 

ボロボロの残骸に成り果てた騎士の鎧が辺りに散らばり、魔法陣を描いた柱は全て砕け折れていた。

 

 

「ガルペスの作ったロボより弱いって……もしかして、ここってハズレ?」

 

 

『それはないだろう。お前の力に似た不思議な力をこの先から漏れている』

 

 

「……そうか」

 

 

骨というより小骨だった。喉に引っかかったら辛そう。

 

 

『私はしばらく眠る。次の戦いに備えてな』

 

 

「ああ、お疲れ」

 

 

ジャコは再びギフトカードへと戻り、眠りについた。

 

次の戦いか。そうだな。俺もその準備する為にわざわざここまで来たんだ。

 

瓦解した柱の横を通り抜けながら中心へと向かう。歩けば歩く程、不思議な力が強まるのを肌で感じ取った。

 

中心にある建物の中に足を踏み入れた。神殿中は何も置かれてなく、古代の壁画が目に付くだけの空間だった。

 

 

「……それで隠れているつもりなら、まぬけにしか見えないぞ」

 

 

『なるほど。天使を打ち破るその実力は確かのようですね』

 

 

女性の声が響き渡った。何もない空間からうっすらと隠していた姿を見せる。

 

白い衣を身に包んだ彼女は綺麗な素足で地面に降り立つ。背中には小さな翼が生えている。

 

そして一番目立つのは頭の上にある光の輪。天使のイメージで一番印象付ける『天使の輪』があるのだ。

 

 

「私の名は『————』と言いますが、人間には理解も発音できない名前ですので———」

 

 

「『————』」

 

 

「———えッ」

 

 

「言えるんだが。どうしてくれんだお前」

 

 

また一歩人間から遠ざかったぞ。現在人間からダッシュで遠ざかっている奴にこれ以上やめろよ。

 

驚いた表情でこちらを見る天使。エメラルドの様に綺麗な瞳に俺は腐った目で見返す。何見てんだコラァ! メンチ切ってどうする俺。

 

彼女は咳払いをした後、金色の髪を揺らしながら後ろを向く。

 

 

「に、人間ではないのですね。人は見た目に……いえ、外見で判断するのは良くないですね、ええ」

 

 

「おい。何で気をつかう。俺が悪いみたいな感じにするのやめろ」

 

 

コイツ一発殴ってやろうかと考えていると、彼女は俺の方をもう一度じっくりと見た。

 

そしてグルグルと素足で俺の下へ駆け寄り見る。グルグルと俺の周りを歩きながら見る。見る。見る。見る。そろそろ俺の体に穴が開くぞ。見過ぎだ。

 

 

「なるほど……あなたの保持者はゼウス様ですね」

 

 

「ッ……やっぱり知っているのか」

 

 

「名を聞いても?」

 

 

「楢原 大樹だ。お前らの言葉で言うなら『————』だ」

 

 

「なッ!? 天界語が分か———って全然違うじゃないですか!?」

 

 

うん、適当。それっぽく真似しただけ。

 

 

「はぁ……私の名はこの世界で近い言葉で言うなら『リィラ』です」

 

 

「は? お前の『————』は日本語で近い発音ならウ———」

 

 

「ふふ、言ったら天界処刑しますよ?」

 

 

「———すいませんでした」

 

 

女の子に酷い名前は駄目だよね。反省します。

 

頭を下げて謝った俺に対してリィラは溜め息をつく。

 

だが、今度は見るだけでは飽き足らず、ペタペタと俺の顔を触り始めた。

 

 

「今度は何だ? 俺の顔はイケメンか?」

 

 

「天界ならイケメンの部類でしょうが、この世界では……ふッ(笑)」

 

 

「喧嘩売ってんのか?」

 

 

鼻で笑いやがったこのクソ天使。その羽根、残らず(むし)ってくれよう!

 

泣かそうかと思っていたが、彼女の目を見てあることに気付いた。

 

 

「お前……目が見えないのか?」

 

 

「……そこに気付くとは、大樹様は医療学にも精通しているのですね」

 

 

リィラは無理に笑みを見せた。

 

天使がそんな顔をするなと言いたいが、冗談では済まされないことがあるらしい。

 

彼女は一歩距離を置くとまた後ろを向く。そして、白い衣を脱ぎ始めた。

 

 

「ちょッ!?」

 

 

浮気しちゃダメだ大樹! 目を手で隠せ! ああ! でもやっぱり指の隙間から見ちゃう! 男の子だもん!

 

 

「これが———悪魔の呪いです」

 

 

「は?」

 

 

彼女の背中を見た瞬間、背筋が凍った。

 

背中は綺麗な肌なんてものは無かった。ドス黒く染まった肌に赤色の文字が描かれていたからだ。

 

黒い肌は肉体の腐食。赤色の文字は、血だ。

 

吐き気を催す光景に絶句していると、彼女は振り向きながらまた無理な笑みを見せた。

 

 

「我らの最高位に君臨する神、オリュンポス十二神でも治せぬ呪いです。今の天界は、この呪いのせいで天使たちを苦しめています」

 

 

「ま、待て! 理解が追いつかない。天界ってそもそも———」

 

 

「順を追って話しましょう。まず天界とは私たち天使と神が存在する世界です。保持者ならば、来たことがあるはずです」

 

 

ゼウスとの初対面の時か。あの場所が天界か……!

 

全ての始まりの場所だ。俺はもう一度、あそこに行きたいと思っていた。

 

 

「神の数は信仰の数だけ、天使の数は世界の数だけ居ると言い伝えでありますが、今は違います」

 

 

「待て。信仰の数だけ神が居るって言うのは()()()()()()()()()()()()()のことでいいのか?」

 

 

つまりこの世界の神と別の世界の神は一緒じゃないのか?と聞いているのだ。この世界でのゼウスと全世界でのゼウス、どちらが正しいのか。

 

例えばα(アルファ)世界に居る神を神αとする。そしてβ(ベータ)世界に居る同名の神は神α本人なのか、全く違うβ世界だけに存在する神βなのか。どちらが正しいのか、それが聞きたいのだ。

 

 

「その答えは合っていますが、オリュンポス十二神は違います。十二神の神は、十二神だけです」

 

 

「……なるほど、他の神はたくさん居るが、十二神は違う、という解釈でいいな?」

 

 

「はい。それで話の続きですが———」

 

 

彼女の言葉は、耳を疑う程のことだった。

 

 

 

 

 

「———十二神を除いて、神はほぼ全滅しました」

 

 

 

 

 

「……………嘘だろ」

 

 

一瞬、脳がフリーズした。思考が停止したのだ。

 

意味が分からない。どういうことなのか、考えが追いつかない。

 

 

「天使も私ぐらいでしょうか? 運が良くて後数十人、残っているぐらいでしょう」

 

 

「いや待てよ。おかしいだろ……俺が戦って来たのは世界を守る為だ……その中に、神も守る為でもあったはずなんだよ!!」

 

 

積み上げて来た物が一気に破壊された。それを怒らずにいられなかった。

 

何より死んだという事実が、俺の心をかき乱していた。

 

 

「ここまで来て神は死にました!? 舐めるのもいい加減にしろよ!!」

 

 

「だから大樹様が最後の希望なのです!!」

 

 

叫びながら俺の胸ぐらを掴むリィラ。その剣幕に押されるが、リィラは気にせず続ける。

 

 

「出会っているはずです! ソロモン72(ななじゅうふた)(ばしら)の悪魔に! 彼らの親玉である『邪神』を止めない限り、神は死に、天使は生まれない!」

 

 

「邪神……!?」

 

 

「大樹様は天使より遥かに強い保持者です! 他の方々もそうなのでしょう!? 時は来たはずです!」

 

 

———嫌な予感がした。

 

体が寒さに震え出す。この寒さは、嫌な奴だ。

 

過ぎってはいけない最悪が、頭の中をグルグルと支配している。

 

 

 

 

 

「十二人の保持者たちの力を合わせて、邪神を討伐する時が!!」

 

 

 

 

 

———その言葉に、本当の絶望を味わった。

 

今まで積み上げて来た物が壊れたとかそういうモノじゃない。積み上げて来たのは、『不幸』だ。

 

 

ドサッ……

 

 

腰が砕けた。膝から崩れ落ちた俺にリィラが必死に声をかけるが、何も耳に入ってこない。

 

十二人の保持者? もう残っている保持者は俺を含めて二人だ。原田がどうかも分からないのに。

 

邪神の討伐って何だよ。保持者を救って終わりのゲームじゃないのか?

 

 

———保持者は神を殺すんじゃなかったのか?

 

 

———裏切りを止めるんじゃなかったのか?

 

 

———敵は、保持者じゃなかったのか?

 

 

その時、原田の言葉を思い出した。

 

かなり前の出来事だ。それは箱庭で火龍誕生祭で原田がゼウスの目的を話した時のことだ。

 

 

『そもそも、大樹は見つかるわけは無いんだ。ゼウスの力があれば敵の目から欺くことは簡単。なのに何で見つかったんだ……!?』

 

 

繋がるんだよ、そこに。

 

 

もし、今までの事が無駄だとしたら? 邪神を倒す目的から遠ざかる為だとしたら?

 

 

 

 

 

———本当の敵が誰なのか、裏切者が誰なのか。

 

 

 

 

 

「———ふざけるなよぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!! ゼウスがああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああァァァァァ!!!!」

 

 

 

 

 

 

耳を(つんざ)くような咆哮が、轟いた。

 

怒り以上の感情が現れていた。その顔は憎悪にも見えた。

 

握り絞めた拳から皮が剥げ落ち、血が噴き出す。食い縛った歯から嫌な音が漏れていた。

 

それが気付いてはいけない答えなのか、突然建物の壁画が同時に動き出し魔法陣を生み出した。

 

 

「何故天界魔法が!? 邪気を感じていないのに、これは!?」

 

 

先程と同じように魔法陣から鎧の騎士が現れるが、今度は上位版なのか鎧の色が黒かった。

 

騎士から溢れる力は先程の騎士より倍。白い騎士より遥かに強いことを物語っていた。

 

数は一気に膨れ上がり大樹とリィラを囲む。

 

 

ゴオォッ!!

 

 

騎士たちは一気に大樹へと攻撃を仕掛ける。リィラの手から魔法陣が描かれるが、間に合いそうになかった。

 

息を荒げる程叫んだ大樹は、

 

 

 

 

 

「———それでも、俺は信じてやる……!」

 

 

 

 

 

ピタッ……

 

 

騎士たちの動きが静止した。

 

大樹は自分の体の寸前で止まった騎士のランスに触れながら続ける。

 

 

「まだ決まったわけじゃない……可能性だ。ここは我慢する……だからお前らも、止まれよ」

 

 

黒い騎士たちは数秒静止した後、後ろに下がり魔法陣へと帰って行った。

 

 

「嘘……意志を持たない彼らが言うことを聞いた……!?」

 

 

リィラは驚きながらその光景を見ていた。

 

大樹は一度深呼吸をしてリィラを見る。

 

 

「少し落ち着きたい。外で絶景を眺めながらコーヒーでも飲まないか?」

 

 

大樹はリィラの背中を叩きながら外へと出て行く。リィラはポカンッと大樹を見ていたが、

 

 

「ま、待ってください! 私は呪いがあるせいで聖なる加護を受け続けないと死んで———!」

 

 

「ふーん」

 

 

「———軽ッ!? って行かないでください!? 話を聞いて———えッ?」

 

 

その時、自分の体を痛みつけていた感覚が無い事に気付く。

 

リィラは正面に魔法で鏡を出現させて自分の背中を見る。

 

 

「……そんなことが……!?」

 

 

美しい肌の背中から生えた翼。その背中に呪いなんてモノがないことに気付くのだった。

 

 

________________________

 

 

 

外に出ると暗くなっていた。どうやらあの空間と外の時間は違うようで、携帯端末を開くと時間の進みが早いことが分かった。

 

猛ダッシュでヤギが俺に突撃したのはビックリした。「お前今までどこに行ってたバカヤロー!」って感じで腹に突進された。痛いよ馬鹿野郎。

 

焚火を【神刀姫】で起こし、冷めたお湯を温める。熱くなったらコーヒーを二人分作り、隣に座ったリィラに渡す。

 

 

「ホラよ」

 

 

「ありがとうございます」

 

 

ヤギを抱きかかえたままリィラはコーヒーを受け取る。その時大樹は彼女が白い衣一枚で外に出ていることに気付いた。

 

 

「さすがに寒いだろ? 毛布あるから体を覆っとけ」

 

 

「私は天使の力で大丈夫ですけど……いえ、貰います」

 

 

ヤギと一緒に、リィラは毛布で身を包む。

 

毛布を受け取ったことを確認した後、空を見上げた。

 

星空が広がっていた。日本じゃ見られない綺麗な星空が。

 

 

「スー、ハー、スー、ハー」

 

 

怒りに満ちていた心が落ち着く。何も考えられなかった頭が回るようになる。

 

 

「メェ……」

 

 

「スー、ハー、スー、ハー」

 

 

「リィラ、コーヒーのおかわりはいるか?」

 

 

「スーハー」

 

 

「さてはお前変態だな?」

 

 

この野郎。一心不乱に人の毛布を嗅ぎやがって。お前のその緩んだ顔、酷いぞ。

 

毛布を嗅いだリィラはキリッと表情を引き締めると、

 

 

「大樹様は隠れモテ体質ですね」

 

 

「嗅いで分かるとか犬かお前。隠れモテ体質って新しいなおい」

 

 

「オリュンポス十二神様方でも治せない呪いを一瞬で治したのですよ! そして最高位の保持者で顔はワイルドなイケメンと来ました! これで惚れない天使はどこにいるんですか!」

 

 

「解説やめろ!? 俺には愛する嫁がいるんだぁ!!」

 

 

体が(かゆ)くなるようなリィラの説明に大樹は(もだ)え苦しむ。

 

これ天使なの? 本当に天使なの? 天使に擬態(ぎたい)した変態じゃないの!?

 

大樹の『愛する嫁』という言葉にリィラは驚愕。背景に稲妻が見えるくらい衝撃を受けていた。

 

 

「天界では一夫多妻が多いですよ」

 

 

「クソどうでもいい情報ありがとう」

 

 

神と俺を同類にするのは(しゃく)(さわ)る。俺は神と違う! 言うなれば神とは別の存在だ。よって今日から大樹神と呼んで貰おうか! そうだな……純愛の神、大樹神がいいな。フッ、神社で奉られたい名前だろ?

 

……おふざけはこの辺でいいかな?

 

 

「リィラ。俺がこれまで通った道を話す。気を動転させないでくれ」

 

 

「……分かりました」

 

 

毛布をグッと強く握り絞めながら真剣な表情に切り替わる。俺は今までのことを話した。

 

時間にして二時間。細かく説明しているうちに、みるみるとリィラの表情が悪くなっていた。

 

途中、コーヒーのおかわりなどを挟んで休憩させたが、混乱はしていた。

 

 

「———以上のことを考えれば、本当の敵がゼウスの可能性がある。そういうことだ」

 

 

「ありえません……それは、絶対にッ……!」

 

 

「まだ決まったわけじゃない! 落ち着け、俺の勝手な妄想だ……」

 

 

呼吸を乱れさせてまでパニックにならないように頑張っているリィラに俺は両肩に触れる。震えている体を何とか落ち着かせようとしていた。

 

 

「も、申し訳ないです大樹様。体の震えが……」

 

 

「悪いな。そうなっても仕方が———」

 

 

「スー、ハー、スー、ハー……落ち着きました」

 

 

「何で毛布嗅いだ? 何でキリッとした顔になる? お前実は結構余裕があるだろ?」

 

 

完全に終わってる。この天使駄目だ。堕天使してるよ。いや駄天使だ。悔い改めろ。

 

 

「話を戻すぞ。俺の推測が正しいとは絶対に限らない。だから、お前の知識を全部教えろ」

 

 

「知識、だけではないですよね?」

 

 

「……一つ、知りたいことがある」

 

 

大樹は口にする。

 

強くなるために。守るために。

 

 

「———【最終制限解放(エンド・アンリミテッド)】」

 

 

「なッ!?」

 

 

「せっかくここまで———」

 

 

言葉を続けようとした時、あることを思い出した。

 

 

「ああ———ここまで来た……」

 

 

何を勘違いしている大樹。

 

お前は———自分という存在を否定する人間じゃないだろ。

 

 

「そうだ……ああそうだ!! 俺はここまで来たッ!!」

 

 

積み上げた物が崩れた? 今までの事が水の泡になった?

 

ふざけるなよクソッタレが! 俺の人生や思いに無駄なことは一切無い!

 

大切な人たちの人生にも、思いにも、無駄なことはどこにも無い!

 

 

「神が裏切った? 邪神を倒す? んなこと最初からどうでもいいんだよ!」

 

 

俺は俺だ! 道具でも操り人形でも都合の良い生贄でもない!

 

神が俺たちの存在を否定するなら、俺はお前らを何百倍も否定してやる!

 

邪神が世界を喰うってんなら、俺が何千倍もブチのめしてやる!

 

 

「———俺たちの通った(生涯)を、神と邪神(お前ら)なんぞに否定させるかッ!!」

 

 

大樹の胸から神々しい光が放たれる。

 

彼の瞳に一切の迷いは見られない。全てを救う。その(こころざし)が知らないリィラでも分かった。

 

投げられたのは神の仕組んだ悪戯の(さい)なのか? 邪神の仕組んだ悪質の賽なのか?

 

どちらの目が良く出ても、大樹は止まらない。

 

 

「俺の大切な人たちを傷つける奴らは、俺がぶっ飛ばす!!」

 

 

正義の反逆者は———そんな二つの賽を踏み潰す。

 

 

「……人の身では耐えることは難しいですよ? 保持者でも最悪———死にます」

 

 

「これまで俺が何度死にかけて何度死んだか、聞かせてやろうか?」

 

 

大樹たちは立ち上がり、再び神殿の方へと歩き出す。

 

 

「メェ」

 

 

「お前も来るのかよ……」

 

 

背負ったリュックにヤギを入れて歩き出した。

 

 

________________________

 

 

 

 

「———ただいまああああああああああァァァ!! マイハニィィィイイイイイ!!」

 

 

「「「「「おかえりなさいッ!!」」」」」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「げぼらぼあッ!?」

 

 

涙を流しながら女の子にハグをしようとしていた大樹に、強烈な蹴りが全身に叩きこまれた。

 

 

「痛い! 何で蹴ったの!?」

 

 

「何で……ですって!?」

 

 

美琴は大樹の胸ぐらを掴み、怒鳴った。

 

 

「———二週間も帰って来なかったら怒るに決まっているでしょうがぁ!?」

 

 

「すいませんでしたぁごぶはッ!!!」

 

 

美琴に良い拳を貰って再びノックアウト。大樹は負けていた。

 

アリアにも、優子にも、黒ウサギにも、真由美にも、ティナにも、折紙にも、怒られた。正座をして耳と足が限界になるまで怒られた。

 

 

「どうして置いて行ったの? 大樹君、普段なら———」

 

 

「危険だから。登山したし、空飛んだし、俺テロリストだし、一人も省きたくないし、集中していたかったし、それから———」

 

 

「凄い言い訳の量ね……」

 

 

真由美は魔法を発動しながら呆れていた。凍えるぅ!!

 

怒るのも当然。連絡を取らずにずっと修行をしていたからな。お土産もセンスが無いと怒られた。

 

 

「大樹。これは?」

 

 

アリアは銃を俺の眉間に突きつけながら問う。

 

 

「お、お土産です」

 

 

「このチョコが?」

 

 

「はい……」

 

 

「これはOKよ。でも次からが問題よ」

 

 

アリアは次のお土産を見る。

 

 

「これは?」

 

 

「……………ヤギだ」

 

 

「おかしいでしょ!?」

 

 

ですよねー。

 

連れて来たのは例のヤギさん。お土産にしたつもりはないけどね。

 

 

「しかも翼が生えているんだけど!? ヤギなのこれ!? 本当にヤギなの!?」

 

 

「メェ」

 

 

ライオンと同じくらい立派な毛並みになっており、勇ましさを感じるようなヤギに変わっていた。

 

 

「ヤギ……だった」

 

 

「過去形!?」

 

 

修行をしていたら偶然俺の【神格化・全知全能】を浴びてしまって———神に近い存在のヤギとなった。

 

それだけ俺の力が規格外になった証拠なんだこのヤギは。あの可愛いヤギはもういない。

 

 

「もういいわ。最後のお土産よ。こ・れ・は?」

 

 

一番怒っていた。そうですよねぇ……うん、分かってた。俺も、これは駄目だと思っていたから。

 

 

「何って———天使だよ」

 

 

「リィラです♪」

 

 

「「「「「もう意味が分からない!!」」」」

 

 

俺も分からないよ! お土産が天使!? 聞いたことねぇよ! だからコイツもお土産にしたつもりはない!

 

でも聞いてくれ! 仕方ないんだよ!

 

 

「話を最後まで聞いてくれ! そしたら分かり合える! 愛し合えるはず!」

 

 

「浮気の言い分なんて聞きたくないわ!」

 

 

「優子さん!? お願い聞いて! 浮気じゃないから!」

 

 

優子に泣きつく大樹の姿はもはや情けなかった。

 

そんな大樹の肩に手を置いた黒ウサギと真由美は笑顔で告げる。

 

 

「「頑張れパパ!」」

 

 

「その呼び方は嬉しいけど不吉な予感だぞ!?」

 

 

呼び方に愕然としていると、ティナと折紙が笑顔で告げる。

 

 

「「頑張れあなた!」」

 

 

「その呼び方は超嬉しいけどティナは年齢アウト! 折紙は手に持った『よく分からない何か』を置け!」

 

 

———だがしかし、俺は正座しながらまた説教された。

 

———その説教が終わった後、話を聞いてくれるようになった。

 

 

「———つまり外国で二週間も修行をね……」

 

 

「……………うん、まぁ、ソウダネ」

 

 

「それだけじゃないわよね?」

 

 

美琴さん鋭い。俺の完璧なポーカーフェイスから気付くなんて素敵。

 

ここで誤魔化しても俺の体の傷が増えるだけなので観念する。

 

 

「修行の時間、なのですが……」

 

 

女の子たちは気付いていた。

 

大樹の髪が結構伸び、大人びていることに。二週間で変われるような姿じゃない。

 

大樹の代わりにリィラが説明する。

 

 

「実は神殿内での時間はある程度、自由に操れるのです」

 

 

「そういうことですか。箱庭にも似たような現象を聞いたことがあるので納得できます」

 

 

黒ウサギがうんうんと頷きながら納得していた。

 

 

「それで、二週間はどのくらいの時間を過ごしたのですか?」

 

 

「「……………メェ?」」

 

 

突如二人は馬鹿になった。ティナの質問を誤魔化すように首を横に傾げた。

 

もちろん、それを許す人はここに居ません。

 

 

カチャッ

 

 

「言った方が身の為」

 

 

「言う! 言うから! 言うから武器を下げてぇ!!」

 

 

折紙の低い声に大樹は号泣。脅しに関してはアリアと同じくらい強かった。

 

 

「———半年だ」

 

 

大樹が告げた言葉に女の子たちは驚愕する。女の子たちは二週間という時間、大樹に会えなかった。しかし、大樹は半年という時間、女の子たちと会えなかったということだ。

 

帰って来た時に泣きながら抱き付こうとした理由に合点した。しかし、それだけ修行に時間を使うことが解せなかった。

 

 

「どうして?」

 

 

「もう二度と後悔しない為に。そして、絶対に俺の大切な人たちを奪わせない為に」

 

 

真剣な表情で答える大樹。尋ねた優子は唇を少し噛んだ後、

 

 

「そう……なら、仕方ないわね。……いいわよ」

 

 

「へ?」

 

 

優子は頬を赤くして両手を広げた。

 

 

「頑張った、のよね?」

 

 

「優子おおおおおォォォ!!」

 

 

「「「「「なッ!?」」」」」

 

 

当然大樹は優子をギュッと抱き締めた。頭を何度も撫でながら優しく、そして強く抱いた。

 

この後、俺は死んでも後悔はしない。そんな覚悟で優子を抱き締めたのだが、

 

 

「それなら私も抱いて構わない」

 

 

「折紙いいいいいィィィ!!」

 

 

「「「「「なッ!?」」」」」

 

 

「ちょっと大樹君!?」

 

 

優子の次に折紙を抱き締めてやった。頭を撫でると何故かお尻を触られているような気がするが、気にしない。

 

この後、無残な死を遂げても俺は後悔しない。そんな覚悟で折紙を抱き締めたが、

 

 

「それなら黒ウサギだって問題ないですよ!」

 

 

「私も大丈夫です!」

 

 

「黒ウサギ!! ティナ!!」

 

 

二人一緒に抱き締めてやった。もはやハグテロリスト。無差別ではないが、嫁を抱き締め回っていた。

 

 

「美琴! アリア!」

 

 

「まだ言ってないわよ!?」

 

 

「ちょっと!? やめなさい!?」

 

 

問答無用で美琴とアリアは抱き締めた。自分から言いそうにないので俺から出向いた。

 

 

「だ、大樹君? 私も居るのよ?」

 

 

「一周回って優子おおおおおォォォ!」

 

 

「「何でよ!?」」

 

 

「嘘だよ真由美! 愛しているぜえええええェェェ!!」

 

 

「もうッ! 大樹君ったら!」

 

 

最後に悪戯して真由美を抱き締めてやった。バカップルと言われても、俺は褒め言葉としか思えないから。

 

一瞬でイチャイチャワールドが展開されたことにリィラは驚いていたが、

 

 

「流石大樹様! 女の子を手懐(てなず)けるのがお上手ですね!」

 

 

「あははは、おい皆。あのクソ天使、縛ろうぜ」

 

 

「え? じょ、冗談ですよね? まさか———あッ」

 

 

「メ、メェ……!?」

 

 

天使の(いじ)め方は簡単。体をロープで縛って吊るす。そして頭上に浮いている天使の輪を奪う。

 

 

「だ、大樹様!? 慈悲を! 慈悲を!」

 

 

「さぁて、俺の一発芸を披露(ひろう)するぜ。この天使の輪、目隠しで投げると必ず誰かの腕に入れることができますよ~」

 

 

「大樹様あああああァァァ!?」

 

 

———天使は自分の輪をこうやって馬鹿にされることが一番嫌らしい。輪を奪われるくらいなら裸で踊る方がマシだと本人は言う。

 

まぁコイツの裸踊りとか興味無いし。嫁に殺されるし、良い事ないから。

 

 

「天使の輪で、キャッチボール……じゃないね。キャッチリングしようぜ!!」

 

 

「ごめんなさああああァァい!!!」

 

 

________________________

 

 

 

天使を虐めるという神々の遊びをした後、俺は修行で更に強くなったことを話した。「もう十分強いでしょ……」と呆れられていたが、俺は妥協しない。一切な!

 

 

「この天使を連れて来た理由は———大樹の使役する力の一部になったから、ということでいいのね?」

 

 

「YES! 大樹、嘘言わない!」

 

 

「浮気じゃないのね?」

 

 

「優子。俺はそんなことをしないぜ」

 

 

「自分の状況を本当によく分かっているのかしら……」

 

 

頭に手を当てながら優子は溜め息をつく。うん、ごめん。嫁が多くてごめんなさい。

 

優子が納得した後、ヤギを撫でていたティナが尋ねる。

 

 

「このヤギもですか?」

 

 

「いや、それは別にいらん」

 

 

「メェ!?」

 

 

ペット感覚で育てていたからなぁ。あと毛布代わり。

 

捨てられるかと思ったのか、ヤギはスリスリと俺の顔を頬擦りする。うーん、可愛いけどなぁ。

 

 

「【神獣(しんじゅう)】として飼われてはどうですか大樹様?」

 

 

「【神獣】か……いや、俺は無理だな」

 

 

リィラの提案に大樹は首を横に振った。女の子たちは【神獣】が何かと聞こうとするが、それを察したリィラが説明する。

 

 

「神が飼うペットの様なモノですね。ほとんどの神には優秀な【神獣】がいます。伝承では、ゼウスは山羊(ヤギ)の『アマルテイア』に育てられたと伝えられています。それに見習ってはいかがでしょうか?」

 

 

「俺の【神獣】はもう居る………………ジャコが」

 

 

少し照れながら理由を言う大樹を見た女の子たちはニヤニヤと笑みを見せていた。

 

 

「デレた」

 

 

「デレたわね」

 

 

「ええ、デレたわ」

 

 

「YES、デレました」

 

 

「デレたのね!」

 

 

「デレましたね」

 

 

「ビデオは撮った」

 

 

「やめろぉ!!!」

 

 

何度も言われた。ツンツンと俺の顔を指で突かないでぇ! ビデオの確認をしないでぇ!

 

それより今はヤギだろ!? コイツの処遇だ!

 

 

「名前はあるのですか?」

 

 

「ギリ太郎」

 

 

「「「「「え゛ッ」」」」」

 

 

「だ、大樹さん……それはあんまりでは……」

 

 

全員に戦慄されて引かれた。黒ウサギが俺の肩を叩きながら首を横に振る。馬鹿な。

 

 

「良いじゃんギリ太郎。可愛いだろ、ギリ太郎。どこが悪いんだギリ太郎」

 

 

「大樹。あんたのネーミングは最悪よ。覚えておきなさい」

 

 

美琴に叱られた。そんなに駄目なのか。

 

 

「ギリ太郎は神器としての器もあります。大変優秀ですのでジャコ様と一緒に【神獣】にされては?」

 

 

「経験が浅過ぎる。俺の無茶苦茶な力について来れるのはジャコだけだ。ギリ太郎じゃ無理がある」

 

 

「アンタたち……本気でギリ太郎にするつもりね……」

 

 

美琴はギリ太郎を可哀想な目で見て撫でていた。これじゃまるで俺が悪魔の様だ。

 

 

「では【守護獣(しゅごじゅう)】に?」

 

 

「ああ」

 

 

「【守護獣】? 【神獣】とはどう違うのかしら?」

 

 

アリアの問いにリィラは説明する。

 

 

「【神獣】が神の右腕とするなら、【守護獣】は神の大切なモノを守る役割があります。人も物も、そして領域も。【守護獣】はその命を懸けて守り通します」

 

 

「最初からその為に連れて来た。優子を守る為にな」

 

 

「あ、アタシ?」

 

 

「優子が弱いって言うわけじゃないからな? 適性可能性が一番高いからなんだ」

 

 

「適正って……もしかして」

 

 

優子は首から下げたペンダントを見る。神から貰った物だった。

 

それを見たリィラの表情が真っ青になった。

 

 

「そ、それは【森羅万象(しんらばんしょう)(かぎ)】!? 何故あなたがそれを!?」

 

 

「鍵だと?」

 

 

優子を守る為のアイテムじゃないのか? リィラの驚きを見れば嘘じゃないようだが……何の鍵だ?

 

 

「リィラ。これを知っているのか?」

 

 

「……上位階級の天使でも、特位階級の天使でも知らないでしょう。ですが、私は知っています」

 

 

「確かお前は下位だったよな?」

 

 

「私は呪いを受けた生き残りですよ?」

 

 

なるほどな。知っているのは生き残りだけというわけか。

 

 

「【森羅万象の鍵】とは、世界と天界を繋ぐ為に必要な鍵のことです」

 

 

「何だとッ!?」

 

 

目指している場所に行く為に必要な鍵と言われて驚かないわけがない。

 

 

「鍵は十二個。十二神がそれぞれ一つ、管理しているはずです。保持者を世界に飛ばすのに必要な道具でもあります」

 

 

「……それ以外の方法は?」

 

 

「私が知る限り、天界と世界を行き来する方法はその鍵だけです」

 

 

何て物を優子に渡しているんだ神は! 正気とは思えないぞ!?

 

もし敵が【森羅万象の鍵】の存在を知れば最悪だったぞ。神も守る結界なんざ必要無くなる。俺を倒す必要も。

 

 

「ならもう一つ質問だ。世界と世界を渡る為にも、それは必要か?」

 

 

「それは違います。【森羅万象の鍵】は天界だけです。世界と世界の行き来は様々な方法があったはずです」

 

 

美琴たちを世界に飛ばしたリュナの黒い矢。原田の描く魔法陣。俺の創造する神の力で世界を行き来する。ガルペスもどうにかして移動できたはずだ。リィラの言うことは正しいだろう。

 

しかし、どうしても解せないことがある。何故優子にそれを渡した?

 

無謀としか言えない行為だ。俺たちを天界に招きたいならそんな渡し方はしないはず。

 

敵の手に落ちたらどうなって———まさか落としたかった?

 

……考えてはいけないことをまた考えてしまう。

 

 

「……………」

 

 

考えても答えは出て来ない。

 

必ず理由はあるはずなのに。無意味なことは絶対に無いのに。

 

最近、難しい事ばかり考えさせられる。完全記憶能力で覚える勉強より何倍も苦痛だ。

 

 

「……とりあえず優子様はギリ太郎に名を授けてください。まぁ名はギリ太郎ですが」

 

 

「名? 名前をあげればいいの?」

 

 

「はい、ペンダントを握り絞めながらギリ太郎と呼んでください。それだけで成功か失敗します」

 

 

リィラの肯定に優子は表情を引き締めて、名前を叫んだ。

 

 

「『白雪(しらゆき)』!!」

 

 

「「ギリ太郎じゃない!?」」

 

 

大樹とリィラがショックを受けていた。女の子たちは当然と言わんばかりの目をしていた。

 

 

シャンッ!!

 

 

優子の掛け声と共にギリ太郎———もとい白雪の体が白く光る。

 

白雪の内側から力が溢れ出す。いや、増幅していた。

 

 

「メェ!!!」

 

 

カァッ!!

 

 

ヤギの体から溢れる光はさらに強まる。腕で覆わないと目が見えなくなってしまうかもしれないくらい強い光だった。

 

 

「……え? このヤギ、ビビるくらい力が膨れ上がっているのは気のせいか?」

 

 

「わ、私が知る限り特位級の天使を越えています……これって神級……」

 

 

大樹とリィラの顔が真っ青になっていた。女の子たちも驚愕している。

 

二本の角が渦の様に捻じれて黄金色に輝く。毛並みは神々しさを感じる白色。

 

下手をすれば今のジャコと互角の力を感じ取ることができた。

 

 

「ゆ、優子? いつから人間をやめ———」

 

 

「やめてないわよ!? むしろアタシ以外がやめているでしょ!?」

 

 

「「「「「異議あり!」」」」」

 

 

優子も中々やめていると俺は個人的に思う。普通の人間は、ヤギをこんなに強化できません。

 

 

「メェ……!」

 

 

ゴゴゴゴゴッ……!という文字がヤギの背後に見えてしまうくらい強くなっていた。怖いよお前。お父さんは認めませんからね!

 

そんなヤギに少し怯えてしまう優子だが、

 

 

「し、白雪? よろしくね?」

 

 

「メェ!」

 

 

頭を撫でると白雪は気持ちが良さそうな表情になった。それが優子の心に響いたのか、わしゃわしゃと白雪を撫で始めた。羨ましいなギリ太郎め。

 

 

「大樹も撫でられてたい?」

 

 

「折紙。俺はそんなこと考えていないぞ」

 

 

「大樹さん。膝を曲げているせいで説得力が皆無ですよ」

 

 

折紙の言葉に大樹は首を横に振るが、ティナの指摘で台無しになった。待って、同情で頭を撫でるのやめて折紙。ティナもやめてぇ!

 

———その後、全員に撫でられたことは言うまでもない。

 

 

________________________

 

 

 

リィラは大樹のギフトカード、白雪はペンダントのクリスタルから出し入れ可能というビックリ仰天の話があったが、特に中身がそれだけなのでカット!

 

で、半年の修行———もとい二週間の間、士道はちゃんと対処できたのか気になった。あの球体は消えたかな?

 

しかし女の子たちに聞くと、目を逸らされながら微妙な顔をするので何か起きたことを確信できた。ウチの嫁も嘘が下手だな。

 

【フラクシナス】の艦橋へ向かうと、モニターには士道が十香とデートしている場面が映し出されていた。

 

しかし、十香は元気そうだが士道が疲れ切った顔をしているのは気のせいか? うん、絶対体調悪いな。笑顔がちょっと引き攣ってる。

 

 

「あら? 帰って来たのね」

 

 

「まぁね。お土産は後で皆で食べてくれ」

 

 

「毒ね」

 

 

「おっと信頼度0なのかな? ん?」

 

 

琴里ちゃんの切れ味は相変わらず凄い。半年でも変わら———二週間だった。俺だよ半年は。

 

 

「それで、まだ士道のデートは終わっていなかったのかよ」

 

 

「十香で最後よ。二週目は、ね」

 

 

「は? 二週目?」

 

 

「士道は全員と一人ずつデートをしたわ。全員でデートもやったわ」

 

 

おいおい、まさか……!

 

 

「球体は、それでも消えなかったわ」

 

 

「あちゃー……」

 

 

デートで全てが解決する話じゃなかったけ?

 

 

「士道には続けてもう一度一人ずつデートをさせているわ。それで今日、十香が二回目のデートで最後だから二週目が終わるのよ」

 

 

疲れている原因が判明した。

 

でも士道、毎日デートとは羨ましいな。俺もデートしたい。キャッキャッうふふなイチャイチャデートしたい。

 

だって半年だよ? ハグじゃ足りないよ? ラッキースケベ20回分は欲しいよ。むしろ毎秒ラッキースケベが起きて欲しい。一秒に一回、どこでもドアでし〇かちゃんのお風呂に突撃するくらいのペースで。キャー! の〇太さんのドスケベ魔王!

 

 

「それで、球体は?」

 

 

「安心しなさい。消えていないわ」

 

 

「お前お兄ちゃんとデートしたいだけだろ」

 

 

何を安心すればいいんだ。あの疲れた士道を見ろよ。三週目は死ぬぞ。

 

 

「大丈夫よ。明日は全員でデートするから」

 

 

じゃあ明日死ぬよアイツ。

 

 

「俺も調べていいか? デートで死ぬ人とか可哀想だから」

 

 

「その必要は無いぜ」

 

 

クルーと一緒に俺が調べようとするが、一人の男に止められる。

 

 

「お前……………えっと、ここまで来てるけど名前が……!」

 

 

「忘れているのか!? 嘘つけ!?」

 

 

原田がツッコミを入れる。まぁ絶対記憶能力があるからな。

 

クルーの制服を着た原田だった。馴染んでいるな。

 

 

「実はデートした精霊の霊波が消えないは、他の霊波のせいだ」

 

 

「他の霊波? 一体誰の……………もしかして」

 

 

大樹は気付く。二週目に突入してもダメだった。他にデートしていない精霊と言えば———!

 

 

「七罪か!!」

 

 

「そこは折紙だろ!?」

 

 

半年ぶりに良いツッコミを貰った。さすがだぜ。

 

で、当然原田の言葉に折紙が食い付く。

 

 

「詳しく」

 

 

「お、おう……あの霊波にはお前のもあったから———」

 

 

「大樹とデート?」

 

 

「まぁ……そうなる」

 

 

「よっしゃあああああああああァァァ!!!」

 

 

大樹の叫びが部屋に響き渡った。ガッツポーズで喜んでいた。

 

アホみたいに喜ぶ大樹を見た折紙も、隣で無表情でガッツポーズをしている。

 

 

「だけど……問題はそれだけじゃないんだ……」

 

 

その言葉は大体来ると思っていたよ大樹さんは。大抵良い事には悪い事がついてくるの。知ってる。

 

 

「折紙の霊波……七罪の霊波……それから———狂三と美九の霊波も発見した」

 

 

「進化した俺の神の力、見せてやるよ。ちょっと消してくる」

 

 

「無暗に手を出すなって言ったのお前だろ!? 本当にできる可能性があるからやめろ!!」

 

 

「リィラ!! 俺たちの力を試す、良い実験台があるぜ!」

 

 

「大樹様、天使の力は私欲で使うのは……」

 

 

「て、天使!? どういうことだ大樹!?」

 

 

原田に説明するの忘れていた。カクカクシカジカ。

 

 

「———というわけ。お前も一応天使だろ? 自称&詐欺天使」

 

 

「ぐぅ……あの、そこは……頼む」

 

 

「ガチ土下座されると俺が困るんだけど!? 軽いノリで返して!?」

 

 

「大樹様、こんな汚い天使、私は知りません」

 

 

「もうやめて!? 原田のライフはゼロだから! 大丈夫だよ原田!? 俺は何があっても味方でいるから!?」

 

 

———原田が立ち直るまで時間が少しかかった。

 

 

「いらねぇ……後者マジいらねぇ……」

 

 

「そんなこと言わないでくれ。お前がデートしなきゃ———」

 

 

「俺が何とかするから、ね?」

 

 

「ね? じゃねぇよ。頼むから暴れるな」

 

 

くッ、本当にアイツらとデートするのかよ。

 

女の子たちの様子をチラッと見ると、よし怒っている。一瞬で分かった。

 

覚悟を決めた俺は両手を上げて降参のポーズを取ろうとするが、

 

 

「問題無い」

 

 

折紙が俺の手を握った。

 

 

「異端者には最初にデートをさせて良い」

 

 

い、異端者って……うん……そうだね。うんうん、それもまたア〇カツだね。

 

 

「———その後、私たち全員でデートをすればいい」

 

 

神の提案か、そう思った。

 

一度に全員とデート!? 何て素晴らしい言葉なのでしょうか!?

 

 

「私たちのデートが、負けるわけがない」

 

 

「……はぁ、別にいいわよ。仕方ないことでしょ」

 

 

折紙の言葉に折れた美琴が溜め息をつきながら言う。おお! 分かってくれるのか!

 

そうと決まればデートプランを立てなければ! 究極で完璧で至高のデートを!

 

 

「しかし、条件がある」

 

 

折紙の一言に、全員の動きが止まった。

 

今まで無理難題を吹っかけて来た前科持ちの彼女。思わず身構えてしまう。

 

 

「デート内容は私が決める」

 

 

それは際疾(きわど)い。

 

信じて大丈夫? 悪い方向に進まない? ダメだ、フラグしか立たない。

 

 

「折紙、それは安全か?」

 

 

「………………問題無い」

 

 

「今の間は何!? ねぇ今何考えたの!?」

 

 

俺と目を合わせてくれない折紙。どうやら平和に終われないらしい。

 

美琴たちも助けてくれない。ドンマイっと言いたげな表情をするだけ。

 

クルーたちも自分の作業に戻らなきゃとか言いながら俺を助けない。

 

 

「大樹。頑張れよ」

 

 

この時、原田の励ましは心に痛かった。

 

 

 





残酷極まりないバレンタインで被害があった方々。

今年も言いましょう。さぁ皆で感謝の言葉を送りましょう。


———ありがとう、母。


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最強降臨 デート・オア・デッド


ガルペスのラスト並みに文字数が大変なことになりました。

凝縮したデート回をどうぞお楽しみください。デートと言えるのか分かりませんが。


「非常に不満だが、お前とデートすることになった。内容はお前に任せるが、常識を逸脱したら容赦無く殴る」

 

 

「あぁん! 女の子相手でも容赦がないだーりん、ドSで素敵ですぅ!」

 

 

頭大丈夫か? デートコースに病院を追加しても俺は文句言わないぞ? むしろ勧めるレベル。

 

現在俺が居るのは美九の楽屋だ。部屋には二人しか居ないが、いざとなれば天使のリィラを召喚して逃げる。最終手段としてリィラにはダイナマイトでも持たせて盛大に自爆して貰おう。

 

アイドル衣装を着た美九は事の経緯(いきさつ)を聞いて喜んでいた。

 

 

「だーりん、早速行きましょう! 外を一緒に歩きましょうよぉ!」

 

 

「あ、無理無理。俺、お前のせいでテロリストだから。デート内容、この部屋だけにしてくれ」

 

 

「それデートじゃないですよぉ!?」

 

 

仕方ないじゃん。捕まるもん。アレだよ、お部屋デートってやつだ。

 

 

「大丈夫。その為にたくさん用意したぜ」

 

 

「も、もしかして……! 部屋でエッチな事を———!?」

 

 

「トランプだろ? UNOだろ? オセロに将棋、それから遊〇王に———」

 

 

「だーりん!? デートが嫌になりそうですよぉ!?」

 

 

フッ、誰がそんなことを部屋でするか。浮気ダメ、絶対。

 

……本当はこのまま時間切れを狙いたいのだが、それじゃ駄目だ。空に浮かぶ球体とやらを解決するには、美九を満足させる必要がある。

 

 

「外は人が多い場所は無理だ。少ない場所ならデートに行ける」

 

 

「決めました!!」

 

 

早いな!? 別にいいけど!

 

 

「温泉に行きましょうよだーりん! 山奥なら人も少ないはずですからぁ!」

 

 

「……いいぞ。連れて行ってやる。俺はマッサージ椅子に座っているから」

 

 

「そろそろ泣きますよだーりん!?」

 

 

それは卑怯だろ。

 

 

「水着を着ますからぁ」

 

 

「……ギリギリアウトのような気がする。はぁ、分かったよ」

 

 

最終的に折れてしまう。俺は甘い奴だから。

 

美九は俺の言葉に瞳を輝かせると、意気揚々に準備を始める。

 

 

「すぐに準備をしますからねぇ!」

 

 

「服を俺の目の前で脱ぐなぁ!!」

 

 

———何はともあれ、美九とのデートが始まった。もう疲れたよパト〇ッシュ。

 

 

________________________

 

 

 

山奥の温泉宿に着いた。まさか九州まで旅行することになるとは思わなかった。

 

幸運な事———不幸かもしれないが、今日の宿は俺たちだけだそうだ。独占できる温泉は気が楽で良いが、コイツと一緒という時点でゆっくりできる気がしない。むしろ身の危険を感じる。

 

美九の()(まま)に付き合うとこうなるのか。

 

頂上に雪が積もった山が一望できる窓を眺めていた大樹。隣ではご機嫌に自分の歌を歌う美九が居た。

 

 

「ねぇだーりん、早速温泉に浸かりましょうよぉ」

 

 

「もう少しゆっくりしたらな」

 

 

「むぅ……美九の我が儘を聞いてくれるんじゃないのですかぁ?」

 

 

「馬鹿。一体嫁に何千回土下座したと思っている」

 

 

「せ、千……!?」

 

 

その数の多さに美九は戦慄していた。まぁ冗談だけど。本当は760回、土下座した。意外としてるぞ俺。

 

 

「せっかく家族風呂を予約したのにぃ……」

 

 

「お前何てことを」

 

 

美九は俺の嫁が怖くないのか。前に抱き付いていたことを思い出し、大丈夫という事実に気付く。美九って実は凄い?

 

ってそんな話は置いておく。

 

 

「お前が俺の事が大好きなのは十分に分かった。でも、線引きはする」

 

 

少し強めに言い過ぎたか? そう思うが、

 

 

「じゃあ美九は水着じゃなくて、タオル一枚でもいいですよぉ」

 

 

「俺の話を聞いてそれを言えるのか……」

 

 

俺とお前の間に引いてある線はどこ? そもそも線自体が無さそうだけど? 帰って来ーい。

 

お互いに水着は着る。美九にしっかりと説明した後、俺たちは風呂へと向かった。

 

途中、顔を隠しながら客に気付かれないように警戒していたが、誰一人俺のことを気にしようとしなかった。

 

ここまで来ると目立たないのか? 都合が良いから別にいいけど。

 

風呂に着いたら音速で着替える。目にも止まらなぬ速さの着替えだった。

 

 

「じゃあ先に入ってる」

 

 

「だーりん!?」

 

 

一緒に着替えるとかアウトだろ。風呂ですらアウトなのに、チェンジどころか試合が終わって乱闘が始まる。

 

説得の末、美九には水着を着せることができた。ちなみに湯船に浸かっているが、もし水着を着ていなかったら舌を噛み切ると脅している。

 

 

「あ゛あ゛……いぎがえ゛る゛ぅ……」

 

 

「半年の間、湯船に浸かることはなかったからですからね」

 

 

そうなんだよ。山では冷たい水を浴びるという苦行を乗り越えていたからな。

 

 

「って何でお前が居るんだよ」

 

 

タオルを体に巻いたリィラが湯船に紛れ込んでいた。リィラは妖艶な笑みを見せながら俺の肩に頭を乗せる。

 

 

「美人な天使に興奮しないのですか?」

 

 

「ハッ、胸無し妖怪が。何度も俺の水浴びに突撃して来やがったクセに、興奮すると思うか?」

 

 

「ええ? 喧嘩ですか? 天界処刑ですか?」

 

 

「悪い。言い過ぎた。天界処刑だけは勘弁してくれ」

 

 

トラウマになったぞ天界処刑。神でも恐れるよアレは。

 

 

「今は美九と二人じゃないと不味い。隠れていろ」

 

 

「仕方ないですね」

 

 

リィラの体は光の粒子になって姿を消した。それと同時に扉が開く。

 

 

「だーりん、美九の登場ですよぉ!!」

 

 

「よし、じゃあ俺は上がるから」

 

 

「だーめ、ですよぉ。お背中を流させてくださいねぇ」

 

 

黄色の布に赤いリボンが付いた水着を着た美九。約束は守っているので問題無いと思っていたが、ヤバいことに気付いた。

 

暴力的なスタイルだ。黒ウサギと張り合えるレベルでデカイ。水着じゃ駄目だ。宇宙服を持って隠して来い。

 

 

「さっき秒速で綺麗に体は洗ったけどな」

 

 

「やぁーん、だーりんたら、い・け・ずぅ」

 

 

俺の頬を指で突きながら体を(よじ)らせる美九。ちょっとイラっとした。

 

 

「私がちゃぁーんと、私スポンジで洗ってあげますからねぇー」

 

 

「それをやったら俺は冗談抜きで死ぬから頼むやめてくれ」

 

 

「ぶー」

 

 

文句を言っていたが、大人しく美九はタオルで俺の背中を洗い始めた。

 

 

「……だーりんの背中、傷だらけですねぇ」

 

 

「……嫌な思いさせて悪いな」

 

 

「そんなことないですよぉ?」

 

 

大樹の体のあちこちには傷痕が多く残っている。

 

本来なら傷痕も残さず治癒できる力を持っているが、できない理由を知っている大樹は美九に謝る。

 

だが、美九は首を横に振った。

 

 

「ちゃんと大切な人を守っている証拠ですからねぇ。しっかりと綺麗に洗いますよぉー」

 

 

「……お前ホント良い奴なのに、何で俺の事が好きなんだよ」

 

 

「何か言いましたかぁ?」

 

 

お湯で俺の体を流す音のせいで美九には聞こえていなかったようだ。

 

 

「何でもない」

 

 

「あ! だーりん!」

 

 

泡を湯で流した後は湯船に浸かる。美九が追いかけるように隣に入るが、思わず視線を逸らしてしまう。

 

 

「ふぅー……やっぱり大きなお風呂は良いですねぇ」

 

 

激しく同意。山で作った水風呂とか泥風呂とか、全然違う。匂いからお湯の質まで何もかもが違う。もうあの山に登りたくないが、こっちの山は何度でも登りたい。

 

 

「それにしても、銭湯には詳しいようだな? ここを自信持ってオススメしたから凄いと思ってな」

 

 

「それはもう! 同性同士の裸の付き合い……それはめくるめく甘美な世界! 夢と希望のアバンチュール———!」

 

 

「よし、もう黙れお前」

 

 

湯が汚れる。(よこしま)な心は山の滝にでも流して貰え。邪な心が一瞬で死滅できる滝なら知っているぜ。その貧弱な体であの滝に打たれたら多分死ぬと思うけど。

 

 

「……お土産はどうしようかなぁ」

 

 

「だーりんだーりん、この旅館にあるお土産がですねぇ———」

 

 

湯船に浸かりながらこれからのデートコースを話した。

 

それから美九のコンサート、俺の修行、過去の事、様々なことを湯船に浸かりながら話した。

 

そう———長い間、話し続けたのだ。

 

 

「だ、だーりん……私は世界一のアイドルにぃ……!」

 

 

「のぼせたか……」

 

 

顔を真っ赤にした美九を抱えながら、俺たちは湯船から出た。

 

 

________________________

 

 

 

美九の着替えはリィラに任せて俺は飲み物を買いに行った。

 

休憩室に戻ると浴衣に着替えさせた美九とリィラが座っていた。美九はまだ頭がフラフラしているようだ。

 

 

「美九の様子は?」

 

 

「安心して下さい。安静にすれば問題ないです」

 

 

「だ、だーりん……」

 

 

リィラの報告に俺は安心する。すると美九が俺に向かって手を伸ばしていた。

 

 

「馬鹿野郎。無理に俺と付き合うからだ」

 

 

「だってぇ……」

 

 

美九の手を握りながら隣に座る。買って来た水を渡そうとするが、美九は俺の膝に頭を置いて体を休め始めた。

 

 

「おい」

 

 

「いいじゃないですか。今日くらいは許しませんか?」

 

 

「便乗してリィラも来ようとするな」

 

 

この膝はお前らの枕じゃねぇよ。というか男の膝枕とか需要が無いと思うが?

 

火照った体のせいか美九は熱そうにしている。浴衣を邪魔そうにしていた。

 

はだけた浴衣から見える肌。(あで)やかな首筋から反則級の胸へと視線が移ってしまう。

 

 

「おらッ!!」

 

 

「大樹様!? 自分の顔を殴らないでください!?」

 

 

制裁(自分)。俺はすぐに驚くリィラに視線を移した。

 

美九とは正反対。うん、美九と違って凄くスラリとしているな。

 

 

「……お前が隣に居てくれて助かった」

 

 

「天界処刑」

 

 

処刑はされなかったが、リィラからもパンチを一発食らった。

 

水を飲みながら俺は美九の胸元にバスタオルをかける。悪いが体を冷やすわけにはいかない。湯冷めは体調不良の原因になる。

 

 

「大樹様、私は口が堅いですよ?」

 

 

「何もしないからな?」

 

 

大樹は美九に対して(いや)しいことはしなかった。少しうるさいリィラは天使の輪を奪うことで黙らせた。本当に天使の輪って大事なんだな。泣きそうになるなよ。

 

 

「だーりん……」

 

 

「……少しだけ、顔色が良くなったな」

 

 

「せっかくのデートが台無しに……」

 

 

弱々しい声で泣きそうになる美九。握る手の力が強くなる。

 

 

「お前なぁ……満足するデートしないと意味が無いって【フラクシナス】が言ってんだぞ?」

 

 

「大樹様、あまり責めるのも……」

 

 

「は? いや、責めてねぇよ」

 

 

「え?」

 

 

「え?」

 

 

「……これからどうするのですか?」

 

 

「デート続行だろ? 美九が満足していないからな」

 

 

美九とリィラが驚いた表情を見せていた。

 

 

「つまり大樹様———ツンデレですね?」

 

 

「今のやり取りで何を感じ取ったお前は?」

 

 

意味が分からない。何が『ツンデレ』だったのか教えてくれ。

 

 

「だーりん……嬉しいですぅ……!」

 

 

「何でお前は泣くんだよ……?」

 

 

美九が涙を流す理由を理解できない大樹は焦る。

 

 

(思い人とのデートが中止なんて最悪ですよ。それが続行ですから喜ぶ決まっています)

 

 

リィラは二人のやり取りを微笑みながら見ていた。

 

 

________________________

 

 

 

急遽、宿に休むことから泊まることになったが、美九と二人だけで部屋とか危ない。よってリィラを常時召喚して俺の傍を離れないようにする条件を呑ませた。でもダイナマイトは握ってくれないらしい。

 

夕飯を食べた後は三人でテレビを見たり、トランプやUNOで遊んだ。

 

日付が変わるまで遊び尽くした後、最も危険な就寝の時間が来た。

 

そして、早速問題が発生した。

 

 

「何で布団が一つしかない……!!」

 

 

どこをどう探しても、布団は一つしか見つからなかった。仲の良い夫婦が使うような大きな布団しか。

 

この宿はそんなに貧乏なのか!? いや絶対に違う!

 

他の部屋から布団を貰おう。もしくは女将と戦うことまで考えていたのだが、

 

 

「ああっと大変です大樹様! 右手が暴走して扉に天界魔法の結界が!」

 

 

「こっちに来いポンコツ」

 

 

犯人が分かった瞬間、殺意が()いた。【神刀姫】を出しながら俺はリィラを手招きした。

 

 

「大樹様!? お仕置きにしては随分と本気なのでは!?」

 

 

「お仕置き? おいおい冗談だろ?」

 

 

大樹の顔は極悪人と同じだった。狂気を彷彿(ほうふつ)させるような顔で、刀の刃を舌で舐めながら告げる。

 

 

「———処刑に決まっているだろ?」

 

 

「調子に乗りました! どうか慈悲を!!」

 

 

ここで天使(ポンコツ)を斬れないのは残念だ。天使(ゴミカス)を消すと美九と二人っきりになってしまう。

 

天使(ボケナス)の処遇はまたの機会として、【神刀姫】をギフトカードに直す。

 

 

「俺は座布団を並べて寝る。お前らは仲良く布団に入って寝ろ。風邪だけは引くなよ」

 

 

「だーりん、だーりん」

 

 

「何だ」

 

 

「今日は私が満足するデートじゃないと駄目ですよねぇー?」

 

 

「……………それは卑怯だぞ」

 

 

美九の言うことに理解するのに三秒かかった。

 

意味が分かった瞬間、大樹の額からドッと汗が噴き出した。

 

 

「さぁだーりん! 熱い抱擁(ほうよう)を交わしてあげますからぁー! 全然私は、ベリーグゥです!」

 

 

「ベリーバァトゥだこっちは! いらんわ! クソッ、完全にやられた……!」

 

 

「大樹様、大人しく私たちと寝ましょう?」

 

 

「その子どもをあやす様な言い方はやめろ! というかお前は何でそっち側についた!?」

 

 

美九とリィラは布団に入り、二人の間に空いたスペースをトントンと叩いている。

 

普通の男なら顔を赤くしながら喜んで飛び込むだろう。鈍感主人公でも、渋々入るだろう。でも俺は違う!

 

 

「だが断る!!」

 

 

「「えぇ!?」」

 

 

ハッキリと断った。そして、

 

 

「よーし、寝るぞー」

 

 

美九とリィラの間に寝て、布団の中へと入った。

 

 

「「えぇ!?」」

 

 

「さっきから驚き過ぎだお前ら」

 

 

そんなに騒いでいると寝れないだろ? 何かおかしいことをしたか?

 

 

「大樹様、頭のおかしいことをしていますよ」

 

 

「お前は一度本気で絞めないと分からないようだな? 俺はちゃんと断った。そのことが大事なんだよ。つまりこの状況は不可抗力。仕方なかったと美琴たちに説明する」

 

 

まぁ説明したところで「それで?」みたいな感じで流されて死ぬと思うけど。

 

 

「詐欺臭いですね……」

 

 

「うるせぇ。文句あるならお前は出ろ。むしろ表に出ろ。天使は病気になりそうにないしな」

 

 

「あの優しかった大樹様は一体どこへ!? 最近私に対して辛辣(しんらつ)ですよ!」

 

 

最近、お前の素性が分かったからな。それなりの態度で接している俺を崇めろ。そして悔い改めろ。

 

パァッと花が開くように美九は笑顔になり、俺の腕へと抱き付く。逃げるように美九とは反対方向に移動しようとするが、リィラが邪魔をする。

 

 

「もういいです……大樹様の不幸を祈ります。必殺、浮気現場の激写!!」

 

 

「ちょまッ!? 人の携帯で何写メ撮ってんだゴラァ!!」

 

 

カシャッ☆っと気持ちの良い音と共に携帯端末に写真が保存される。大樹のポカンッとした顔、リィラと美九はピースを決めていた。コイツら……!?

 

 

「送信されたいですか!? 大樹様、観念してあああああァァァ!?」

 

 

リィラが天使の輪が盗られ、俺の手の中でミシミシと嫌な音が鳴る。

 

神の魔法? 天界魔法? 怖くないね。これでリィラを倒せる。さすが下級天使、俺の力が無いとクソ弱い。

 

ギフトカードから【神刀姫】を取り出して本格的に天使の輪を虐めようかと思うと、

 

 

「送信しますねぇー」

 

 

「「え?」」

 

 

美九の声に大樹とリィラの動きが止まった。

 

振り返ると舌をチロッと出しながらウインクする美九が居た。その手には携帯端末。

 

大樹はリィラが送信するとは思わなかった。リィラ自身も、その勇気はない。何故なら———

 

 

((あッ、これ死んだ……))

 

 

リィラと大樹、二人は写真を見られれば女の子に絞められると分かっていたから。

 

真っ青になった二人に美九は小悪魔な笑みでルンルンと携帯端末を握っていた。

 

 

「さぁだーりん、寝ましょうねぇー」

 

 

「そうだな……()るか……」

 

 

「ええ、()ましょう……」

 

 

大樹とリィラは死んだ目で布団に入った。美九は嬉しそうに大樹の腕に抱き付くが、リィラは体を震わせながら大樹の腕に抱き付いた。

 

 

「俺だって……誰かに抱き付きてぇよ……」

 

 

大樹の体は震えていなかったが、目からホロリと涙がこぼれた。

 

 

________________________

 

 

 

「……頼む、節度を持ってデートをしてください」

 

 

「大樹さん。ズタボロになった体で、頭を下げながらそう言われると、無茶できないのですが……」

 

 

無茶しないでください。そうお願いしています。

 

大樹の体は戦争にでも行った後かのようなに、体がボロボロになっていた。

 

美琴たちの前で正座しながら全ての罪を告白し、懺悔(ざんげ)した。隣でリィラも反省していたが、膝の上に重石を乗せられた俺の方が辛かったぞ。

 

懺悔を終えた後、今日は狂三とのデートです。交差点で土下座したら風の如く駆け寄ってくれた。あまりにも可哀想だったからすぐに出て来たらしい。

 

 

「デートは嬉しいのですが、その……病院に寄ります?」

 

 

「お前の優しさがここまで心に()みるとは……」

 

 

今日のデート、狂三に対して優しくしようと思った。

 

ギフトカードを取り出し、傷を一瞬で(いや)すと同時にデート服に着替える。

 

 

「あら? それって……」

 

 

「ああ、士道の通っている学校の制服だ。もう高校生の年齢じゃないからなぁ……」

 

 

十九歳だからなぁ。あと半年経てば二十歳だぜ? 時間が過ぎるは早いな。

 

きっと学校の制服を着ることはもうないだろう。だから今日は———!

 

 

「学生気分で、街を歩こうぜ」

 

 

女子制服を狂三に見せながらニッと笑みを見せた。

 

狂三はフッと笑みを見せながら、

 

 

「大樹さん、どこで盗みましたか?」

 

 

「今日は怒らないぞ。大丈夫、自分の力で作ったから」

 

 

狂三は思う。それは無駄な力の使い方だと。

 

 

________________________

 

 

 

———学生がするデートってなぁに?

 

 

「知るかボケ」

 

 

「大樹さん、落ち着いてくださいね?」

 

 

学生時代まともな恋愛なんてしませんでしたが何か!?

 

大体普通の学校に通ったことすら無かっただろ。銃を乱射したり、召喚獣で戦争したり、魔法を学んだり、普通の学校ってどこにあるんだよ!? この世界にはあるよ! 変なキレ方をしているな俺。

 

 

「そもそもデートって何だよ……この世界に来てからデートが何か考えさせられるんだが……」

 

 

「デートはそんな複雑なモノではないですよ」

 

 

本当に? 士道たちのデートを見たけど凄かったよ。the・デートって感じだった。

 

 

「……デートって何だ?」

 

 

「大樹さんが聞いているのは内容じゃなくて、難しいことですよね?」

 

 

頭が痛くなって来たぞ。駄目だ忘れよう。デートとは楽しいことだ。うん、それでいいや。

 

 

「学生が行く場所ねぇ……学生ってお金があまりないから高い店には行かないよな?」

 

 

「大樹さん、手持ちのお金はどれくらいですか?」

 

 

「無人島が買えるくらい?」

 

 

「が、学生はそんなに持ちませんよ……」

 

 

引くなよ。いつものことだろ。

 

 

「じゃあこれからカラオケに行こう!」

 

 

「おー! 朝まで歌うわよ!」

 

 

「まじひくわー」

 

 

「「何が?」」

 

 

三人の女子高生が目の前にあるカラオケ店に入って行くのが見えた。

 

俺と狂三は店の前に置かれた看板を見ると、平日料金でかなり安い値段が記載されていた。

 

 

「あー、確かに放課後、行った記憶があるなぁ」

 

 

「大樹さん、学生割引もありますよ。でも……」

 

 

「学生手帳の提示必須か……3分待ってろ。作って来る」

 

 

「お待ちを。お待ちを!!」

 

 

狂三は急いで大樹の腕を掴んだ。それでも大樹は行こうとするので背中から抱き付いて止めた。

 

 

「放せよ」

 

 

「犯罪ですわよ!?」

 

 

「フッ、いいじゃん。俺はテロリストだぜ?」

 

 

「吹っ切れたら終わりですわよ!?」

 

 

大樹は狂三の押しの強さに諦める。諦めて平日料金、割引無しでカラオケ店に入ることにした。

 

飲み放題のジュースを部屋に持ち込んで曲を選ぶ。そしてストレスを発散するように歌った。

 

 

「———勝ち取りたい! ものもない! 無欲なバカにはなれない!」

 

 

大樹君、久々にハッスルしちゃいました。大声で歌うの気持ち良い!!

 

 

「———ひとりでに熱い衝動! 募らせていく!」

 

 

(ちくしょう俺より上手いなコイツ!)

 

 

狂三も案外楽しんでくれたようだ。最後は一緒に懐かしい曲を歌ったりもした。

 

採点モードも試したが全敗した。ちょっと悔しい。

 

熱唱していると、あっという間に二時間は過ぎてしまった。

 

 

「次は~♪ どこに~♪ 行こうか~♪」

 

 

「次も~♪ 大樹さんに~♪ 任せますよ~♪」

 

 

ちなみに二人は既にカラオケ店から出ている。道行く人たちから白い目で見られるが、テンションが高いせいで気にならない。

 

しかも大樹は歌の採点に負けた罰ゲームでハゲカツラと鼻眼鏡を装着しているせいで怪しさMAXである。

 

 

「では、くじで決めます」

 

 

「引きます」

 

 

「デデンッ!! なんと———漫画喫茶です!」

 

 

「「……………」」

 

 

何か微妙な空気になった。

 

 

________________________

 

 

 

カラオケで気分上々↑↑だったが、次に漫画喫茶と来ると何か違う気がする。

 

あまり騒いで良い場所ではないので、この(たかぶ)ったテンションを維持するわけにはいかない。しかし、くじで決まったので行くことになる。

 

俺と狂三は手を繋いだままカラオケ店から徒歩二分の場所にある漫画喫茶へと入った。

 

店員に嫌な顔をされながら対応されたが、俺はドヤ顔で対応してやった。性格悪いな俺。

 

 

「漫画を見るかアニメを見るか……いや、ここは映画を見よう!」

 

 

「いいですわね。それで何を見るのですか?」

 

 

「ガ〇パン、艦〇れ、暗〇教室、それから———」

 

 

「見事なまでに大樹さんの趣味に傾いていますわね……」

 

 

狂三には分からないか。ガル〇ンはいいぞ。

 

 

「普通に洋画でいいか」

 

 

「打倒ですわね」

 

 

狂三と選んだ映画のDVDを取り、飲み物と食べ物を部屋へと運ぶ。

 

部屋は小さいが、椅子はフカフカで快適に過ごせそうだ。並んで座ると肩が密着するのは仕方ない。漫画喫茶は大体どこもこんな感じだろう。

 

 

「意外と狭いですわね」

 

 

「広い部屋じゃないと嫌か?」

 

 

「大樹さんが隣に居ればどこでもいいですわ♪」

 

 

「鼻で笑えるレベルの言葉をどうもありがとう」

 

 

「それはさすがに泣きますわ」

 

 

泣くのはホラー映画を見た後にしてくれ。

 

選んだホラー映画のパッケージを見る。題名は『絶望の絶望へ』と書かれている。どんだけ落とされるんだよ。絶望し放題か。某超高校級の絶望さんが歓喜するようなタイトルだな。

 

下の方にR-18の表記はもちろん。心臓の悪い方、一般人、ホラー要素に多少強い方は閲覧をご遠慮くださいと書いてある。『一般人』どころか『多少』の耐性だと駄目なのか。

 

裏を見るとあらすじ。それから大きな字で書かれた忠告「絶対的なホラー耐性をお持ちの方だけ見てください」と来た。

 

いやいや、どんだけ怖いんだよ。その言葉が怖いわ。

 

 

「今の内に聞いておくぞ。本当に見るのか?」

 

 

「ええ。もしかして大樹さん、怖いのですか?」

 

 

「パッケージの忠告で俺はこんなにビビったことは無いぞ。中身は相当なモノと思うが……」

 

 

狂三はニコニコしながらDVDからディスクを取り出し、パソコンの横に備わった機器に入れようとするが、

 

 

カチャカチャッ

 

 

「手が震えてるぞ」

 

 

「す、少し部屋が寒いせいですわ」

 

 

狂三は何度もディスクを入れられないでいた。余裕で暖房入っていますよ。

 

代わりに俺がディスクを入れると、狂三は目にも止まらぬ速さで俺の腕に抱き付いた。

 

 

「だ、大樹さん……体が震えていますよ」

 

 

「だからお前だよ」

 

 

もう見るのやめない? 楽しいジ〇リでも見ようぜ? 心がポカポカする名作を見ようぜ?

 

 

コンコンッ

 

 

いざ視聴を開始しようかと思うと、扉がノックされた。ついでに狂三の体がビクッてなった。本当に大丈夫なのかコイツ。

 

 

「お客様。お聞きしたいことが……」

 

 

「どうぞ?」

 

 

店員の声だった。店員は震えた声で、

 

 

「お客様の借りた『絶望の絶望へ』の視聴をよろしいのでしょうか?」

 

 

「……何か問題が?」

 

 

「……お気をつけて視聴ください!!」

 

 

「どんだけヤバいんだよこのDVD!?」

 

 

おい店員が逃げたぞ! ダッシュで逃げたぞ! ヒィとか言いながら逃げたぞ!

 

もうやめた方がいい気がして来た。諦めよう。内容は凄く気になるが、トラウマ確定の映画を見る勇気はない。

 

パソコンの電源を消そうとしたその時、狂三は俺に何か小さなモノを渡した。

 

 

「大樹さん……もし、大変なことになりましたら記憶をこれで消してください」

 

 

「チャレンジャーだなお前!?」

 

 

渡して来たのは精霊の力が込められた弾丸だった。どんだけ全力だよ。

 

ここまで覚悟を決めているなら見てやるよ。……俺も手が震えて来たぞ。

 

気が付けば俺たちは二人で一つの布団入り手を握っていた。そして、スタートボタンを押した。

 

 

———開始30分、既に20回は叫んでいた。

 

 

『お前の絶望おおおおおおォォォ!?!?』

 

 

「「———きゃああああああ!!??」」

 

 

『テメェの頭の中だよおおおぉぉぉ!!!』

 

 

「「———ああああああァァァ!!」」

 

 

予想を遥かに大きく超えていた。怖いという次元じゃない。恐ろしかった。

 

これを考えた人間は人間じゃない。悪霊か悪魔だ。とてもじゃないが人が作れるような作品じゃない。

 

 

映画は———二時間。俺たちは抱き合いながら泣き叫んでいた。

 

 

________________________

 

 

 

———本気で一度死んで記憶を消そうと思った。しなかったけど。

 

ギリギリ何とか耐えた。最後がハッピーエンドじゃなかったら多分リアルで死を覚悟した。狂三も俺の服で涙をぬぐっている。服の胸辺りは凄いビショビショだけどな。後で着替えよ。

 

 

「……生きているか」

 

 

「……今日は……今日だけは一緒に寝て欲しいです……」

 

 

完全にノックダウンである。

 

実際俺も今日だけは人の温もりを感じながら寝たい。一人じゃ無理。トイレも多分無理。

 

最強でも勝てない映画とか、帰ったら原田と士道に見せよう。被害者を増やしてやる。

 

 

「……ゲームセンター行こうぜ。このままじゃ駄目になる」

 

 

「……もう少し待ってくださいまし」

 

 

いいよ。全然待つよ。いくらでも俺の胸を貸してやるよ。

 

狂三が調子を取り戻すまでにパソコンでこの作品と作者について調べた。なんと作者は不明。とある監督が偶然家から掘り出したノートに書かれていることを再現したという。少々強引な場面が多々あるのはそのせい———つまりその監督の偶然を恨めばいいのか。くたばれとある監督。

 

偶然でこんな恐怖を植え付けられるのか。何て物を掘り出していやがる。あと書いた奴は絶対悪魔だぞ。

 

 

「お客様! 救急車が表に止めています! ささ、急いで!」

 

 

「うるせぇオラァ!!!」

 

 

「ごばぁ!!??」

 

 

———大樹の八つ当たりは、店員へと向けられた。

 

 

________________________

 

 

 

 

———しばらく死んだ目でショッピングをしていた。通行人に何度も声をかけられたが。

 

ビショビショになった服は漫画喫茶の更衣室でもう一着のカッターシャツに着替えて、デートを再開した。

 

 

「随分と大きいな」

 

 

「最近オープンしたみたいですわ」

 

 

ゲームセンターの前に置いてある看板を見ながら狂三は俺に教える。次のデート場所はここでいいか。

 

 

「そう言えば昼飯は大丈夫か?」

 

 

「大樹さんは、食べれますか?」

 

 

「無理。とりあえず今日は飲み物でいい。今日は固形物を食べれない」

 

 

まさかあの映画が食生活まで害するなんて。救急車を呼ばれた理由が分かったよ。今日は狂三にも、栄養のある飲み物を作ってやろう。

 

 

「まぁ遊ぼうぜ? 金ならいくらでもある」

 

 

「学生気分はどこに行ったのでしょうか……」

 

 

そんな余裕消えたわ。今は心を癒すことに専念したいわ。

 

 

________________________

 

 

 

「はぁ……はぁ……やるな……!」

 

 

「大樹さんこそ……さすがですわッ……!」

 

 

大樹と狂三が不敵な笑みを見せる。周囲はざわざわと大勢の客が集まっていた。

 

二人は対決していた———ガンシューティングゲームで。

 

宇宙から攻めて来たエイリアンたちを倒すゲーム。二人プレイで協力できるのが、問題はそのスコアである。

 

 

「大樹さん、このスコアで勝負をしませんか?」

 

 

「……こういうゲームは俺の得意分野だぞ。やめとけ」

 

 

「あらあら? 負けるのが怖いんですか?」

 

 

「あ?」

 

 

戦争勃発(ぼっぱつ)。大樹は最初から本気で挑んでいたが、狂三も上手かった。いや、名人レベルだった。

 

さすが銃を持つ精霊と言うべきか、この俺と張り合うとは……だが!

 

 

「最後に勝のは俺だ!!」

 

 

「いいえ、私が勝ちますのでご安心を!」

 

 

画面は凄まじいことになっていた。敵のエイリアンがどんな形で奇襲を仕掛けても一秒も経たずにクリティカルショットを決められ絶命する。地球の平和は余裕で守られていた。

 

ステージ毎にスコア表示がされるが、ほぼ僅差でどちらも勝負を譲ろうとしない。注目はお互い命中率100%というスコアと全ての銃弾がクリティカルということ。そして———

 

 

『ゴギャアアアアア!!!』

 

 

ドゴドゴドゴオオオオオォォォガキュンガキュンギンギンギンゴオオオオオォォォ!!!

 

 

『———ギョボヴァヤギャラブグシャベギャアアアアァァァ!?』

 

 

———ボスの討伐タイムが10秒以下という記録。その記録は客たちを盛り上げていた。

 

 

「すげぇ!! 何だあの男女!?」

 

 

「最短記録を大幅更新だぞ! 何者なんだよ!?」

 

 

動画撮っている者も居るほど、彼らのプレイは凄かった。

 

さらに二人がやっているゲームは特にガンゲーム界で特に難しい難易度のゲームだった。それを知っている人たちは驚いた表情で大樹と狂三を見ていた。

 

 

「フッ、俺がお前より格上なことを見せてやるよ!!」

 

 

大樹は銃を両手で構えると、エイリアンの股間だけを狙い始めた。当然クリティカルの文字が出ている。

 

 

「「「「「Oh……!」」」」」

 

 

「ッ……やりますわね。ですが!」

 

 

狂三は銃を回転させて右手、左手、右手、左手と踊り舞うようにエイリアンを倒し始めた。カッコ良く魅せるプレイに客たちは大興奮。

 

 

「野郎……だったら!」

 

 

大樹は学生服のネクタイを外し、目隠しするようにネクタイを頭に巻いた。そして、銃を構えてエイリアンを次々と倒した。

 

 

「音だけで敵の動きを把握できる俺を越えれるか!?」

 

 

「「「「「な、なんだって!?」」」」」

 

 

「やりますわね……!」

 

 

激闘が繰り広げられていた。

 

フィールドは大樹と狂三がエイリアンを挟み撃ちする展開へと進む。このステージは仲間に銃弾を当てないように敵を倒すのが目的だが、

 

 

ガキュンッ ガキュンッ

 

 

大樹と狂三のHPが初めて削れた。

 

お互いに相手の銃弾が当たったのだ。

 

シンッ……と場が静かになる。大樹と狂三は同時にお互いの顔を見てニッコリと笑みを浮かべる。

 

 

「手が滑った☆」

「手が滑りましたわ☆」

 

 

刹那———銃弾が飛び交った。

 

 

「上等だゴラァ!!」

「上等ですわ!!」

 

 

(((((じ、地獄が生まれる!?)))))

 

 

大樹と狂三の撃ち合いが始まった。エイリアンを倒す為の銃弾がぶつかり合っていた。

 

間に入って来たエイリアンは瞬殺。文字通り溶けていた。

 

全ての銃弾を味方にプレゼント。即リロード。また味方を撃つ。

 

エイリアンがどれだけ入って来ても瞬殺。それでも二人は相棒を撃っていた。

 

 

『グハハハ! 地球の英雄よ! 我は———!』

 

 

「邪魔だクソ犬!」

「邪魔ですわ!」

 

 

『———最強将ギャアアアアァァ!!』

 

 

「「「「「ボスが一瞬で消えた!!??」」」」」

 

 

途中でボスが登場して死んでも、二人は撃ち合っていた。しかし、ボスが倒されたことでステージは次の場面に進む。

 

 

「チッ、殺し切れなかったか」

 

 

「仕留め損ないましたわ……」

 

 

(((((この二人超怖ぇ!!!)))))

 

 

________________________

 

 

 

『———ば、馬鹿な!? この私が死ぬわけがぁ!?』

 

 

「クソッ! ボスが弱すぎてスコアが稼げなかった!」

 

 

「骨がありそうでしたが……中ボスでしたか……!」

 

 

(((((ラスボスが第二形態に行けずに死んだぁ!?)))))

 

 

ラスボス瞬殺。二人はそんなことに気付かないままゲームを最後まで終えていた。

 

ゲームクリアの文字とエンディングが始まると大樹と狂三は驚愕する。

 

 

「ゲームクリア!? スコアは!?」

 

 

客たちが息を飲んで見守る中、エンディングが終わる。

 

それと同時に最終スコアが表示される。

 

 

だいき ——— 6008500点

 

くるみ ——— 6007000点

 

 

「ヒャッハ————————!! よっしゃああああああああああ!! ざまああああああああああああァァァ!!」

 

 

「くぅ……!!」

 

 

大喜びの大樹と涙目の狂三。最低な男に敗北した可哀想な女の図になっていた。

 

もちろん客たちからのブーイングの嵐。大樹を非難するのだが、

 

 

「黙れ撃つぞ」

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

一言で黙らせた。客が弱いわけではない。大樹が強過ぎるのが悪い。

 

客を静かにさせた後、大樹は腕を組みながらゲスな笑みを浮かべる。

 

 

「さぁて……勝者は敗者に何でも命令できる、だったな?」

 

 

「大樹さん、手加減をしてくださいね」

 

 

「大樹さんはいつも全力で生きている素晴らしい人だから無理だな」

 

 

「帰って来てくださいまし!? 優しい大樹さん、帰って来てくださいまし!?」

 

 

「優しい俺が今考えていること、教えてあげようか? 映画『絶望の絶望へ2nd(セカンド)』を一人で見るか、今日は一人で真っ暗な部屋で寝るか、それとも———」

 

 

「大樹さん! 何でもしますから、どうかそれだけはやめてくださいまし!?」

 

 

「馬鹿野郎。俺はエロい願いは絶対にしないから安心しろ」

 

 

「今の選択より断然そっちの方がいいですわ!?」

 

 

俺も裸で町内一周するか、あの映画を一人で見るかを選ぶなら裸で町内を迷わず選ぶ。むしろ全裸で日本を旅する方がまだ良い。それだけあの映画はヤバかった。

 

 

「俺の命令は———」

 

 

「大樹さん! 大好きですからね!? そんな人を———」

 

 

「うるせぇ!! 蹴り飛ばすぞ!!」

 

 

(((((この男、最低だ!?)))))

 

 

「ごほん! 俺の命令は———士道たちの、アイツらのことを頼みたい」

 

 

「……………」

 

 

大樹の真面目な声に狂三は静かに聞いた。

 

 

「守ってやりたい気持ちで一杯だが、それは無理だ。でも心配で仕方がないから、お前に頼みたいんだ。見守るだけでもいいからさ」

 

 

「それは、本気で言っているのですか?」

 

 

「ああ、狂三にだけにしか頼めないことだ。なんだかんだ、お前とは付き合いが長いしな」

 

 

「私と士道さんがどういう関係なのかは知っているのでしたら……無理ですわ」

 

 

「じゃあこうするのはどうだ? その約束を守ってくれるなら、今度はお前が何でも俺に命令できるってのは」

 

 

「……何でも?」

 

 

「危険なことも俺は引き受けるぜ。危険な恋だけは勘弁して欲しいけど」

 

 

「なら———」

 

 

狂三はガンシューティングの銃を大樹の胸に突き付けた。

 

 

「———その命でも、ですか?」

 

 

真剣な表情に大樹はフッ笑みを浮かべた。

 

突き付けられた銃を右手で握り絞め、自分の心臓に来るように銃口を移動させる。

 

 

「お前が本当に心の底から望むなら、こんな命、いくらでも散らせてやるよ」

 

 

その言葉に狂三は驚きながら大樹の顔を見ていた。

 

大樹が「ん? ほら何か言えよ?」的な顔で狂三に顔を近づけられると、顔を赤くした。

 

 

「ず、ズルいですわ……こんなの卑怯としか……!」

 

 

「それが大樹クオリティ」

 

 

「や、やっぱり駄目ですわ! これは無かったことにしてくださいまし!」

 

 

「———お前の願いの為なら、俺の命なんて安い」

 

 

「—————ッ!!??」

 

 

大樹が耳元で囁くと狂三の顔が先程より真っ赤になった。

 

 

(((((何だこのチョロイン!? すげぇ可愛い!!)))))

 

 

ちなみ客は歓喜していた。

 

 

「お前が『はい』か『YES』のどっちかを言うまで虐めるぞ」

 

 

「ノー、ですわ!」

 

 

「よろしいならば戦争だ」

 

 

大樹は狂三の手を掴み移動する。狂三は抵抗しようとするが、神の力が常時発動して精霊の力が使えない。

 

 

「だ、大樹さん!?」

 

 

「手始めにホラーガンシューティングをやろうか。安心しろ。あの映画ほど絶望するゲームではない」

 

 

「ギブアップですわ!? 参りましたから!?」

 

 

「ダイキ、ニホンゴ、ワカリマセーン」

 

 

容赦のない大樹は狂三をホラー要素たっぷりのゲームへと連れて行った。何度も泣かれたが、大樹はご満悦のご様子だったと客たちは涙を流しながら少女を見守った。

 

 

________________________

 

 

 

そして———次の日。

 

 

「さて———楽しい二日間だったかしら?」

 

 

「滅相もございません」

 

 

バチバチッと電気を弾き飛ばしながら正座した俺を見下すのは美琴。笑っているのか怒っているのか、顔は怖くて見れない。ただ見ちゃ駄目な気がする。

 

 

「楽しかったはずよ。こんなにイチャイチャしている証拠もあるのだから」

 

 

背後で銃をカチャカチャと扱う音が聞こえる。アリアは美九とのスキャンダル写真と狂三とのプリクラを見ながら言っているのだ。

 

 

「先にデートすることは許したわ。でも、違うでしょ?」

 

 

優子に肩を叩かれれば俺は一生懸命、首を縦に振ることしかできなかった。

 

誰かに助けを求めたり逃げようとすれば、

 

 

「大樹さん? 黒ウサギの耳は絶好調ですよ?」

 

 

———背後からグサァ!!とインドラの槍が飛んで来るかもしれないから諦める。

 

 

「アリアさん、大樹さんはどの銃弾までなら大丈夫ですか?」

 

 

「.460ウェザビー・マグナム」

 

 

ティナの質問にアリアは即解答する。待てアリア。それゾウやサイどころかクジラも一撃で屠れる威力があるヤツ。かなり危ないヤツだから。

 

この包囲網から逃げれる自信は無い。できるだけダメージを少なく受けて死ねるかが問題になってくる。死は確定している時点でおかしいだろ俺。

 

 

「そんな大樹も、私は好き」

 

 

「「「「「抜け駆け禁止!」」」」」

 

 

折紙の急な告白に俺の心はポカポカ。つい口元が緩んでしまうが、バレたら不味いので必死に堪える。

 

 

「そんなことよりデートの内容は決まった」

 

 

『そんなこと』で済ませる折紙さんマジパネェ。でも、デート内容は超気になります。期待と不安で一杯ですが。

 

 

「聞かせてくれ。明日に備えて寝れないくらいのデートを期待しているぜ」

 

 

「……デートはもう始まっている」

 

 

「「「「「えぇ!?」」」」」

 

 

これには全員驚愕。説教と折檻のせいで既に外は暗く、月がもうすぐ昇ろうとする時間だ。今から夜のデートってロマンチックだが……おっとアレだけ修行をしたというのに煩悩が次々と生まれるぞ。凄いぞ変態(大樹)

 

 

「大樹に質問。異端者Mとお風呂デートをした。間違いは?」

 

 

「今からデートという名の粛清が始まるのか? 本当に反省しているからね?」

 

 

異端者Mは美九のことだな。ああ、デートして分かったよ。デート中の男を笑顔で虐める異端者だ。経験者の俺が保障する。

 

 

「間違いは?」

 

 

「ありましぇん……」

 

 

今デートが始まっているんだよね? 女の子から冷たい視線を浴びているよ? デートにあるまじき事態だよ? 本当に大丈夫?

 

その時、黒ウサギのウサ耳がピンッと伸びた。顔は赤くなり、折紙の意図を読み取ったらしい。

 

 

「折紙さん……まさかと思いますが……」

 

 

「水着でお風呂に入ったと聞いた。なら、その上———私たちは裸の付き合いをするべき」

 

 

———久々に勢いのある鼻血が出た。

 

女の子たちが頬を真っ赤に染める。大樹は血で顔を真っ赤に染めた。

 

無表情で語る折紙に美琴とアリアは急いで掴みかかる。

 

 

「無理よ! 絶対に無理!」

 

 

「駄目に決まっているでしょ!?」

 

 

「何故?」

 

 

「恥ずかしいからよ!? 何で平気な顔していられるの!?」

 

 

「見なさいあの顔を! 想像しただけでニヤニヤしているのよ大樹は! 絶対に危ないわ!」

 

 

美琴の言うことは理解できるが、アリアの言葉は泣きそう。そんなに信頼が無いのかって今までの行動を振り返れば当然だわ。

 

 

「だ、大樹さん? まだ生きていますか?」

 

 

「結構ギリギリ」

 

 

黒ウサギに介抱されながら折紙たちのやり取りを見守る。それにしても、意外なことに優子が反対勢に着かず、真由美とティナと一緒に居ることにビックリだ。

 

……………そういえば優子と一緒にお風呂に入ったことがあったな。ぶはっ。

 

 

「……大樹さんの鼻血が止まらないのですが」

 

 

「黒ウサギ。それは放っておいていいわよ」

 

 

優子さん辛辣(しんらつ)ぅ。

 

そんな会話を繰り広げていると、向うにも動きがあった。

 

 

「愛し合う人とお風呂に入るのは当然」

 

 

「当然じゃないわよ!?」

 

 

「いや当然だ」

 

 

「血で真っ赤に染まった大樹(アンタ)はドヤ顔で何を言っているのよ!?」

 

 

折紙に便乗する俺。美琴に強く否定されてしまったが俺は諦めない。男なら未来の妻とお風呂に入りたいと思うのは当たり前だろ!!

 

 

「私には、あなたたちの言葉は言い訳にしか聞こえない」

 

 

「ど、どういう意味よ。一体何を言い訳するのよ」

 

 

ビシッと折紙はアリアの体を指差す。次に美琴の体を指差す。

 

謎の指差しの後、折紙はとんでもない言葉を口にした。

 

 

「お風呂で好きな人に体を見せる———その自分の体に自信がないと」

 

 

それはやべぇって。

 

 

「「あ?」」

 

 

美琴とアリアの威圧の声に思わず俺の鼻血もストップ。優子たちも青ざめた顔で折紙を見ていた。

 

早くフォローしないと!っと以前の俺なら即座に美琴とアリアを褒め言葉を言うのだが、経験から得たことがある。何を言っても最後は墓穴を掘って俺は殺されると。

 

何も言わないせいか、優子と黒ウサギが俺の真剣な表情を見て驚いていた。

 

 

「だ、大樹君? ど、どうしたの?」

 

 

「だ、大樹さん? 今、ここが死ぬポイントですよ?」

 

 

「好きな人の死様を見たいのかお前らは」

 

 

知っていたな? いつも俺が墓穴を掘って馬鹿することを! 何で今まで言ってくれないの!?

 

俺の悲しい顔から伝わったのか、真由美は俺の肩をポンッと叩く。

 

 

「二人を責めないで大樹。口止めされていたから言えなかったのよ」

 

 

「そ、そうなのか? でも一体誰に……?」

 

 

「私の口からは言えないわ。でも、犯人はこの中に居るわ!」

 

 

「じゃあお前だよ」

 

 

疑う余地も無い。現行犯逮捕から裁判飛ばして牢獄に入れることができるくらい疑わない。

 

 

「……おかしいわね。何で分かったのかしら」

 

 

「自分の演技に自信があったのか……俺と同じで駄目な部類だぞ」

 

 

「自分がないことは自覚しているのね……」

 

 

見破られる回数の多さから自覚できたというのが正しい。

 

真由美の頬を引っ張っていると、俺の腕をティナが引っ張っていた。

 

 

「大樹さんが馬鹿正直に言う言葉がいけないんですよ」

 

 

「褒めているのに!?」

 

 

「逆です。褒めている、からですよ」

 

 

「へ? どういうこと?」

 

 

嬉しそうに笑顔を見せるティナに俺の頭の上には?がたくさん浮かぶだけ。優子と黒ウサギ。そして真由美はティナに向かって人差し指を口に当ててそれ以上は言ってはいけないと合図を送った。

 

 

「待って。教えてくれよ。俺たち、夫婦だろ?」

 

 

「夫婦でもそれは駄目よ。とにかく、大樹君はこれから墓穴を掘って欲しいわね」

 

 

「つまりその度に死ねと?」

 

 

「それは全然違うけど……もうそれでいいわ!」

 

 

「俺は良くねぇよ!?」

 

 

その時、折紙たちに動きがあった。

 

 

「———上等よ。入ればいいんでしょ……!」

 

 

耳を疑うような言葉が美琴から口から出ていた。俺は目を見開いて驚いた表情になる。

 

 

「か、簡単な話よ。お風呂に入るだけならね……!」

 

 

「美琴の言う通りよ。お風呂ぐらい、一緒に入れるわ!!」

 

 

美琴とアリアが無理をするように言う。一体どういう会話をしていたのか凄く聞きたいです。

 

これは大丈夫なの? 湯船、真っ赤に染まらない? 俺の血で染まったりしないよね?

 

不安気な表情で折紙を見るのだが、

 

 

ビシッ

 

 

親指を立てて来たぞ。何がOKなのか全く理解できない。

 

優子たちの顔色(うかが)うが、満更でもないご様子。頬を赤くして目を逸らされると、俺も照れてしまう。

 

 

(待て待て!? もしかして本気でやるの!? 冗談で済ませる話かと思っていたのに!?)

 

 

女の子に囲まれてお風呂とか……間違いが起きるに決まっているじゃないか! 逆に起こすのが大樹さんだと考えないの!?

 

 

「きょ、今日はやめないか? 心の準備が……」

 

 

「大樹さん。女の子がここまで言っているのですよ? 怖気づいてはいけません」

 

 

ティナの言葉は俺の心に突き刺さる。童貞には厳しい壁があることを分かって欲しい。

 

 

「万が一、問題が起きても黒ウサギには抵抗する力があるので心配しないでください」

 

 

その脅しは俺の煩悩を瞬殺するには十分だった。

 

 

________________________

 

 

 

 

———鼻血が3回ほど勢い良く出た。

 

頭がクラクラで死にそうになったが、超人はその程度では死なない。

 

原因はもちろん、女の子とのお風呂である。宣言通り、タオル一枚で入って来たのである。

 

俺も腰にタオルを巻くように指示されたが、女の子も本当に一枚で来るからビックリ仰天。鼻血がブシャー。

 

まさかお風呂で介抱されながら入る時がもう来るとは思わなかったよ。

 

 

「大樹さんは女の子に免疫が無さ過ぎですよ……」

 

 

「うぅ……そうかもしれないが、多分違う。美九の時は鼻血なんて一度も出なかったから女の子に免疫がないわけじゃなくて……………何でもない」

 

 

容易に想像できる続きの言葉を言わない大樹。隣で一緒に浸かっていた黒ウサギたちの顔がさらに赤く染まる。

 

大浴場の湯船で並んで浸かる。一瞬、女の子の仲の良い光景に見えるが、俺という異端者が居て完全にアウト。

 

左隣に居る折紙が俺の腕の筋肉やら腹筋やら、触っているが無視。元々折紙を満足させるデート?だから何も言うことはない。

 

 

「でもそれより下は駄目だ」

 

 

「チッ」

 

 

「「「「「コラァ!!」」」」」

 

 

何故か俺が湯船の中で正座して怒られた。もういいよ、どんな理由を並べても、俺が悪くなくても、俺が悪いんだよ! 分かったか!?

 

 

「ちくしょう……何でお前らはそんなに可愛いんだよぉ……!」

 

 

「何で悔しそうに言うのよ……」

 

 

俺の嘆きに優子は苦笑いで返す。タオルを一枚しか巻いていない女の子たちの前にした俺はさっきから顔を手で抑えてばかりだった。

 

 

「しっかりと見て記憶に刻まなきゃいけないのに……! 童貞の俺には厳しい世界だぁ……!」

 

 

「指の隙間からチラチラと見ているの、バレているわよ」

 

 

アリアの指摘に大樹の体が硬直する。すぐに顔を上げて知らないフリをするが遅かった。

 

 

「大樹さんのエッチ……」

 

 

「ぐはぁ!?」

 

 

ティナの突き刺さる言葉に大樹は涙を流した。

 

 

「エロい俺でも嫌いにならないでくれぇ……!」

 

 

(きら)ッ……ち、違いますよ大樹さん!? 嫌いになんかなりませんよ!」

 

 

「ほ、本当か? エロい男は女の子に嫌われると聞いたから俺……」

 

 

「そんなことで嫌いにならないですよ」

 

 

「そ、そうか……」

 

 

ティナの笑みを見て大樹は一安心する。その様子を見ていた真由美が目を細めながら疑問を口にする。

 

 

「大樹君。むしろグイグイ行くべきよ。今ここで」

 

 

「ぶふッ!!」

 

 

突然の無茶振りに大樹は吹き出す。それに同意して頷く者、顔を真っ赤にする者、女の子の意見は別れていた。

 

 

「できるか!!」

 

 

「『———全部終わった後、一ヶ月以内に答えを出して、行動を見せる。必ず良い形で———』」

 

 

「や、ヤメロォ―――――!? 恥ずかしいセリフを掘り出すな!? まだ全部終わってないからな!?」

 

 

「答えは分かっているのよ! 尚更(なおさら)待てないわ! 大樹君! それくらいの甲斐(かいしょう)性をいい加減見せなさい!」

 

 

無理! まだカッコイイセリフ考えている途中だもん! 告白するロマンチックな場所も頑張って決めているもん! まだ完璧じゃないから言えません! あと風呂場で言えるセリフじゃないから!

 

 

「ごめんなさい! でも見せる時まで待って! お願い!」

 

 

「折紙!」

 

 

真由美が折紙の名前を呼ぶと同時に俺の腕を掴まれ動きが封じられる。裏切者!

 

この程度なら余裕で振り切れる。が、折紙は俺が抵抗できないように腕を組んで来た。この状態で抵抗すれば折紙の腕が怪我をしてしまう。完全にやられた!?

 

 

「止めてくれ! この痴女二人を止めてぇ!」

 

 

「誰が痴女よ!?」

 

 

「それは心外」

 

 

「否定できるのか!? この光景を見て!?」

 

 

折紙と真由美が俺のタオルを奪おうとしているこの光景! アウトでしょ!

 

 

「ちょっと!? 本気(マジ)で取れちゃう!? タオル落ちちゃうから!?」

 

 

神の力———【創造生成(ゴッド・クリエイト)】でタオルを何度も生み出していた。一枚、また一枚と剥がされても生成している。

 

 

「ちょっと何よこれ!?」

 

 

「間違いを起こさない俺の意志だ!!」

 

 

「何カッコ良く言ってるのよ!?」

 

 

真由美と折紙が不機嫌そうな顔になる。折紙はこれ以上しても無駄だと思ったのか、俺を解放する。

 

それより、俺はジト目で美琴たちを見る。

 

 

「何で助けてくれないんだ……」

 

 

「大丈夫と思ったからよ」

 

 

「そうね。甲斐性がないのは知っているし」

 

 

「大樹君ってアタシとお風呂に入る時も目隠しするくらいだったわよね」

 

 

美琴、アリア、優子の順で俺の心にグサグサと言葉のナイフを投げて来る。泣きそうになるが、ここはグッと堪えて男を見せる時だ!

 

 

「見せてやるよ……俺が男ってことを……!」

 

 

「「「「「えッ……」」」」」

 

 

手始めに俺は甲斐性を見せろと言った真由美に近づき、体に巻いたタオルを握った。

 

真由美の顔が一気に真っ赤になるが、俺はキリッと真剣な顔で告げる。

 

 

「どうした? 甲斐性を見せてやるから、タオルから手をどけろよ」

 

 

「ま、待って!? 急にそんな準備が……!」

 

 

「10、9、8、7、6……」

 

 

「べ、別の方法よ! これじゃなくていいから! タオルは駄目よ!?」

 

 

逃れたか。それでいい。俺も女の子のタオルを引き剥がす度胸は無い。

 

でも男を見せることぐらい、俺はできる!

 

女の子のタオルを脱がさなくても、俺は男だと証明できるのだ!

 

 

「別の方法……いいぜ、見せてやるよ……!!」

 

 

ガシッ!!

 

 

俺は男———いや、漢だあああああァァァ!!

 

 

「これが男の証拠だあああああああああああああああああああァァァァァァ!!!!」

 

 

———自分の腰に巻いたタオルを勢い良く引き剥がした。

 

 

________________________

 

 

 

 

「お前ホント馬鹿だろ?」

 

 

真顔で言う原田。その言葉に大樹は涙を上に流した。

 

 

———大樹は天井から吊るされていた。頭に血が上りそう。

 

 

背中には『変態は反省しています』と書かれた紙が貼られている。

 

女の子の前で自分の裸を晒したのだから変態なのは間違いない。男を見せたというより息子を見せた。何を言っているんだお前。

 

 

「甲斐性を見せろって言われても、恋愛経験の無い俺がどうしろって言うんだよ。はじまりの街から出たばかりの勇者に向かって「伝説の剣を見せろ」って言っているのと同じだぞ」

 

 

「同じじゃねぇよ。規模違い過ぎるだろ」

 

 

「見せるしかねぇだろ。自分の持つ下の伝説の剣を」

 

 

「勇者ただのクソ変態サイコ野郎じゃねぇか」

 

 

「大体あのまま女の子に手を出すことはできないぞ。女の子に手を出すなら、俺は俺を出すまでだ!」

 

 

「お前がクソ変態サイコ野郎だよ」

 

 

どうやら俺と原田の意見は合わないらしい。

 

 

「じゃあお前はどうする? 七罪から男を見せろって言われたら」

 

 

「お前の様に自分の下半身を見せることは絶対にねぇよ」

 

 

ド正論に俺は何も返せない。その通りだった。

 

 

「……それに俺はお前と違う」

 

 

「は? 何が違———」

 

 

「だ・い・き? ちゃんと反省しているかしら?」

 

 

「ヒィ!?」

 

 

アリアの低い声に俺の背筋は凍る。

 

原田に助けを求めようとするが、既に逃走していた。あの野郎!?

 

体を回転させると、そこにはワンピースみたいなネグリジェ姿で腕を組んで仁王立ちしたアリアが居た。

 

 

「あ、可愛い……じゃなくて反省しています! もう脱がないから許して!」

 

 

「そ、そこまで怒ってないわよ……」

 

 

「殺さないでぇ!!」

 

 

「馬鹿! あたしを何だと思っているのよ!?」

 

 

大袈裟にすることで話を逸らそうとするが、アリアには通じなかった。

 

 

「……どうせあの場を切り抜けるなら自分が代わりになればいいと思ったんでしょ」

 

 

「うッ……」

 

 

鋭い。アリアの勘は毎度当てて来るので顔に出てしまう。

 

ため息をつきながらアリアは俺を縛っていたロープを解き、解放した。

 

 

「デートはまだ終わっていないそうよ」

 

 

「アレだけのことがあって続行か……嬉しいような……申し訳ないような……」

 

 

「……喜んでいた方が、あたしたちは嬉しいわよ……」

 

 

「えッ、今何て言っ———」

 

 

「な、何でもない! 行くわよ!」

 

 

アリアは大声で怒鳴るとすぐに歩き出してしまう。

 

急いで立ち上がった俺は後を追いかけながらアリアに声をかける。

 

 

「喜んでいたら嬉しいんだろ!? 俺、すっげぇ嬉しいよアリア!」

 

 

「なッ!? ちゃんと聞こえているじゃない馬鹿!!」

 

 

「ぐへぇ!?」

 

 

アリアに蹴られて吹っ飛ぶ。クリティカルヒット!

 

 

「次は風穴よ!」

 

 

倒れる俺に向かってアリアは舌を出してベー!っと子どもっぽい怒り方をして歩き出した。

 

 

________________________

 

 

 

 

「———絶対に睡眠不足になるぞ俺」

 

 

巨大なベッドに寝ている俺は天井を見上げながら呟いた。

 

パジャマに着替えたら後は就寝。だがデートは続いていると言われたらこうなることは予想できていた。

 

美九や狂三の時とは違い、隣で寝ているのは自分の大好きな人だ。心臓がバクバクと鼓動が止まらないのは当たり前だ。

 

腕に抱き付く折紙と真由美。優子はティナを抱きかかえながら寝ているが、俺と真由美の空いたスペースに優子とティナがすっぽりと入っている。

 

美琴と黒ウサギは頭同士がくっつくように寝ている。髪からシャンプーの良い香りが鼻に入って俺の眠気を吹っ飛ばす。永遠に夢を見ることができないよ。

 

前もこんな状況になったことがあるが、やっぱり寝れるかぁ!! 無理に決まっているだろ!?

 

 

「なのに……何で寝れるの……?」

 

 

安眠。快眠。爆睡だぜ。隣に居るのは誰だと思ってんだお前? 楢原さんだぞ? チェケラッチョ、大樹チョ。

 

もし俺が寝ている間に胸を揉んでも知らないぞ? できないけどな!

 

しかぁし! 君たちは薄着で寝ているせいで俺はそれを見放題だ! 見えても事故案件で処理してやる!

 

 

「顔がニヤついているわよ……」

 

 

「ハッ!? 起きていたのかアリア……」

 

 

急いで目を逸らすと真由美の隣で座っていたアリアがジト目で俺を見ていた。

 

吊るされたくないので話を急いで逸らすことにする。

 

 

「そう言えばアリア、お前に言いたいことがある」

 

 

「な、何よ?」

 

 

「何で少し距離を取っている。一緒に寝てくれよ」

 

 

「一体どこによ……もうキッチリ埋まっているじゃない。別にあたしはいいわよ。譲るわ」

 

 

「アリアが大人の対応だと……!?」

 

 

「十分あたしは大人よ!」

 

 

「「シーッ……!」」

 

 

二人は同時に口に人差し指を置く。大声は駄目だ。せっかく寝ているのに邪魔するのは良くない。

 

というわけでジェスチャーを交えながら小声で話す。

 

 

「Heyアリア、カモンカモン」

 

 

「ね、寝ないわよ。そもそもどこに寝れる———」

 

 

呆れるアリアに対して大樹は仰向けになったお腹と胸を目配せして言う。

 

 

「俺の上が空いている」

 

 

「馬鹿なのかしら?」

 

 

馬鹿なのですよ? 俺に常識は通用しません。

 

アリアは顔を赤くしながら首を横に振った。それでも大樹はカモンを連呼する。

 

 

「アリアだけ仲間外れは嫌なんだよ」

 

 

「仲間外れじゃないわよ。ちゃんとここに居るわ……」

 

 

「……何でも願いを叶えるから頼むよ」

 

 

「必死過ぎるわよ……!?」

 

 

お前の為なら世界征服もしてやる! そんな気持ちです。

 

アリアは皆がちゃんと寝ているか確認した後、視線を俺に向ける。綺麗な赤紫色(カメリア)の瞳から本当に良いのかを聞いていた。

 

頬を朱色に染めたアリアに俺も顔を赤くなってしまうが、頷いて誤魔化した。

 

 

「こ、後悔しても遅いわよ……」

 

 

「後悔?」

 

 

「後で重くなってキツイって言っても、どかないから」

 

 

「永遠に俺と一緒に居ろとは言うかもな」

 

 

「ッ…………それ以上変な事を言ったら風穴ッ」

 

 

ウチの嫁、ホント可愛いよぉ! どうしてそんなに可愛いの? さらに惚れてしまうやろぉ!!

 

アリアはゆっくりと俺に近づくと、仰向けになった体の上にアリアの小さい体が乗る。

 

アリアの体が重い? どこが? 永遠に乗せていられるぞ。それくらい軽かった。

 

 

「んっ……」

 

 

アリアは恥ずかしそうに俺の胸に耳を当てながら寝る体勢になる。アリアの頭が目の前にあることに心臓がさらにバクバクとなる。ま、不味い!

 

 

「心臓……凄いことになっているわよ」

 

 

「ね、寝れないか? すまん……」

 

 

アリアはフッと笑みを見せた後、俺の胸をトン……トン……とリズムよく優しく叩いた。

 

赤子を寝かしつける時の仕草に似た行為だが、不思議と安心感があった。胎児の時に聞いた母親の心音を聞いていた経験の疑似体験とかで安心できると言われていたが、馬鹿にできないな。

 

 

「将来……」

 

 

「ん?」

 

 

「将来……あたしたちって……その……」

 

 

「何だよ今更。何でも聞いてくれ」

 

 

「うぅ……け、結婚するのよね?」

 

 

盛大に吹きそうになった。

 

 

「きゅ、急にどうした……」

 

 

普段のアリアから出て来る言葉じゃない。大樹は焦りながら尋ねる。

 

 

「ど、どうせあんたのことだからここに居る全員と結婚するつもりなんでしょ?」

 

 

うん。モチのロンです。

 

 

「真由美と折紙はもうOKサイン貰った様なモノだし、他の親に土下座しに行く覚悟を決めないとな」

 

 

まだ会っていないが、折紙の親は元気らしい。事情があってあのマンションから引っ越しをしたらしいが。

 

容易に想像できる。OKサインを出すことを。ただ、折紙だけじゃないということになるとなぁ……不味い予感が。

 

 

「ど、土下座……あんたらしい前提ね……」

 

 

新情報。土下座って俺らしいってさ。

 

 

「……多分あたしの所が一番苦労するわよね」

 

 

「そうか? 一番楽そうだけどな」

 

 

「あたしの家系を知っても?」

 

 

「うん? かなえさんからOK貰えば結婚できるだろ?」

 

 

「そうはいかなわよ。ママは喜んで良いって言うと思うけど、他が———」

 

 

「安心しろアリア。あの世界での俺は、英雄だぞ」

 

 

アリアの目が死んだ魚の様な目になる。何でだよッ。英雄の権限を使えば余裕だろ? シャーロック馬鹿野郎も俺を助けてくれるに違いない。

 

 

「それはしっかり聞いたわよ。相当無茶したってね」

 

 

「無茶か……それだけアリアのことが大切だったんだよ」

 

 

「……バカッ」

 

 

「ああ、馬鹿だよ。俺はきっと将来は嫁馬鹿、親馬鹿、家族馬鹿になるだろうよ」

 

 

「……そう」

 

 

アリアは俺の顔を見ると満面の笑みを見せた。

 

 

「———楽しみね」

 

 

「……アリアは何か、前より素直になったよな。超嬉しい」

 

 

「あんたが浮気しなければもっと素直になっていたかもね」

 

 

「スイマセン……」

 

 

俺が謝るとアリアはクスクスと笑った。

 

そして、アリアは俺に顔を近づけると右頬の横に頭を置いて寝始めた。

 

 

「おやすみなさい、大樹」

 

 

チュ……

 

 

そう呟いた瞬間、首元に柔らかい感触を感じた。

 

キスをするかのような音。というかキスの音だった。

 

 

「!?!!?!?!!??」

 

 

唇じゃなくてもキスはキスだ。突然の出来事に大樹は混乱していた。

 

嬉しい気持ちが膨れ上がるが、恥ずかしいという気持ちも膨れ上がる。というか最高という気持ちが爆発しています!!

 

アリアの温もりを感じながら俺はニヤニヤしながら寝ようとする。

 

 

「「「「「……………あッ」」」」」

 

 

「……………」

 

 

ふと目を開けて周囲を確認したら、女の子は全員起きていた。

 

ニヤニヤ顔から真顔に変わってしまう。

 

完全に目撃されていた。俺とアリアがイチャイチャしていた瞬間を。

 

一瞬怒られると思っていたが、全員の目を見て分かった。これは違う。いつもツンツンしているアリアがデレているのを楽しんで見ていたのだ。

 

 

ツンツン、ツンツン、ツンツンツンツン

 

 

アリアを除いた女の子全員が俺の顔や体を指で軽く突いている。「ねぇどんな気持ち? 今どんな気持ち?」と聞いているようだった。うぜぇ……!

 

恥ずかしさで顔が赤くなるが、俺は精一杯の抵抗をする。

 

 

「……し、シーッ」

 

 

静かにするようにジェスチャーすると女の子たちは頷き、さらに俺との距離を詰めて来た。何か思っていたことと違う。でも嬉しいからそれでいいや。

 

そんなことが起きていても———アリアは幸せそうな顔で気付かず寝ていた。

 

 

________________________

 

 

 

ざわざわ……

 

 

現在、俺はショッピングモールの洋服屋に居た。

 

もちろん、今日もデートである。折紙の作ったプラン通りに進行中。

 

しかし、周囲は騒がしく、いろんな人に指を指されたりしている。

 

何故こんなに俺が目立っているのかというと、

 

 

「だ・か・ら! 大樹には黒色の方が———!」

 

 

「帽子なんて駄目よ! あたしは今の髪型の方が———!」

 

 

「知的にするために眼鏡をかけても———」

 

 

「黒ウサギからすれば、もっと大人びた服装を———!」

 

 

「ねぇ大樹君。このマフラーなんてどうかしら———」

 

 

「意外と緑色の服も似合うと私は思い———」

 

 

「大樹にはもっと攻めの姿勢を見せて欲しい———」

 

 

女の子が俺の服を選んでいるからだ。

 

着せ替え人形リ〇ちゃんばりに着替えさせられているのだ。それが凄く疲れてしまう。

 

お客さんから見れば異様な光景だろう。女の子たちが一斉に俺の服装を選んでいるのだから。モテているとか人気者とか言える雰囲気でもない。

 

 

「「「「「大樹(君)(さん)!!」」」」」

 

 

「か、勘弁してぇ……!」

 

 

日頃から変なTシャツを着ていることを反省した瞬間だった。

 

 

________________________

 

 

 

「つ、疲れた……」

 

 

服を大量購入した。しかも全部俺。なのに女の子たちは満足そうにクレープを食べている。

 

これから毎日、オシャレな服を着ることになるだろう。俺の普段着は寝巻へと変わり果てるのであった。完。

 

……しかし、まだまだデートは続きます。続。

 

 

「……………」

 

 

椅子に座りながら隣に座った女の子たちを見る。美琴とアリアはどっちが美味しいか食べさせ合いっこして、優子はティナにクレープを食べさせている。真由美は黒ウサギにあることないことを言って困らせている。折紙は俺のクレープを食べて———おいやめろ。

 

そんな平和で幸せな時間に俺は笑みをこぼしてしまう。

 

 

「ッ……」

 

 

その時、誰かの視線を感じ取った。

 

表情には出さずに気付かれないように俺を見ている者を盗み見る。

 

 

(アイツは……)

 

 

白の制服にピンクの学校バッグ。小さな金色の星が付いたネックレスを身に着けている金髪のサイドテールの女の子。そう、ストーカー2号!

 

 

『いえ、精霊ですわ。ですが私たちとは少し違う存在と言いますでしょうか……』

 

 

狂三の言葉を思い出す。あの精霊の正体は全く掴めていない。どうする? 捕まえるか?

 

謎の少女の視線は俺のようだが、違う。

 

 

(クレープが欲しいのかアイツ……)

 

 

いつもの俺なら買って餌付けして捕まえて拷問して全部聞き出してやるが。鬼畜だな俺。

 

でも女の子が居るからな。誤解されてまた怒られる未来が見える。

 

俺は女の子たちにトイレと嘘をついて離席。彼女たちから見えない場所まで移動すると、

 

 

「こういう時に使えるのがパシリだ」

 

 

「天使です」

 

 

指をパチンッとならす。するとリィラが姿を見せた。俺と同じように女の子たちからオシャレな服を着せさせられたリィラが華麗に登場。天使の輪と羽根は隠し消している。

 

 

「あそこに女の子が居るだろ?」

 

 

「もう浮気ですか……」

 

 

「ある程度話は聞いているはずだよな? 泣かすぞ」

 

 

この天使は一回一回俺をからかわないと死ぬ病気でも(わずら)っているのか。

 

 

「周囲の警戒だ。ジャコも連れて行け」

 

 

足元から伸びている俺の影がリィラの影へと伸び、ジャコの移動が完了した。リィラは頷き、一般人に紛れてその場から離れる。

 

俺も戻ろうとするのだが、携帯端末の着信音が鳴る。電話に出ながら歩いていると、

 

 

『大樹。霊波の球体に変化が見られたわ』

 

 

「琴里ちゃんか。折紙の霊波が消えたんじゃないか? 残りは七罪ぐらい———」

 

 

『それなら終わったわよ。アンタが旅行している間に』

 

 

「なん……だと……」

 

 

俺は携帯端末を落とし、その場で膝から崩れ落ちた。

 

グッと悔しい気持ちを抑えながら俺は涙を堪える。

 

 

「最高のいじりイベントがぁ……!」

 

 

『喧嘩売ってんのか!?』

 

 

携帯端末から原田の声が聞こえた。許さねぇ。俺がいないうちに素敵な面白イベントを終わらせるなんて……!

 

 

『そんなことより事態は悪化したわ』

 

 

「悪化? 良好に進んでいると思っていたが……」

 

 

『霊波の消失は良好どころか完全に消失できたわ。()()()()()()()()()、ね』

 

 

琴里の言葉に眉を(ひそ)める。意図を掴めることができた大樹は問う。

 

 

「ま・さ・か、新しい精霊の霊波とか?」

 

 

『ええ。全く新しい精霊の霊波でこっちは大変よ』

 

 

なるほどなるほど。新しい精霊ね。しかも琴里ちゃんたちが見たことも会ったこともない精霊の霊波が球体に残っちゃったかー。うわー、これは手詰まりで大変だなぁー。

 

一度深呼吸をして、俺は振り返る。

 

 

「……………」

 

 

そして、ストーカー2号の姿を発見する。

 

 

(100%あの女の子だろおおおおおォォォ!!!)

 

 

頭を抱えながら俺は心の中で叫んでいた。

 

心当たりが多過ぎて胸が痛い。どう考えてもどう転がっても、あの女の子としか思えない。

 

 

『霊波の強さが大きくなっているの。あまりモタモタしている暇がないわ』

 

 

(そんな!? 今すぐデートをやめて、あの子と仲良くしろと言っているのか!?)

 

 

究極の選択。愛する人とのデートを取るか、パンドラの箱級のヤバい霊波の球体を消滅させるか、選ばなければならない。

 

 

(そ、そんなの……決まっているけど……くっ!)

 

 

究極の選択というより、そちらを選ぶことを余儀なくされている。

 

そうだ。諦めよう。もう慣れているだろ? だったら———

 

 

「琴里ちゃん。何か分かったら伝えてくれ。すぐに行くから」

 

 

『はい!? ちょっと待ちな———!』

 

 

ピッ

 

 

俺は携帯端末の電源を落とし通話を終了した。

 

清々しいまでに、彼の表情は輝いていた。

 

 

「俺の心が叫んでいる。愛する人とデートをしろと!」

 

 

———大樹は普通にデートを続行した。

 

 

________________________

 

 

 

 

———携帯端末の電源を完全にシャットダウンして、デートの邪魔をできないように防いだ。

 

 

もちろん美琴たちの携帯からも着信が来るので甘い言葉を(ささや)いたり、積極的な行動で誤魔化した。物理的にデートに介入しようとして来たラタトスクのクルーは全員邪魔する前に倒した。ハンバーガーの包み紙を丸めて投げれば丁度良く意識を奪えるから便利。

 

 

「ふぅ……」

 

 

デートを満喫している大樹。頬がだらしなく緩んでいた。

 

霊波の球体? なにそれ美味しいの?

 

今食べているパフェは超美味しいよ! クルーが唐辛子を入れようとしたけど、代わりに俺がクルーの口の中に入れてあげたよ。やったね!

 

しかし、女の子たちの表情は微妙な感じになっていた。

 

 

「ど、どうした?」

 

 

クルーの討伐は黒ウサギでもバレないくらい上手くできたと思うのだが……

 

 

「だ、大樹さん。あの、聞いてもいいですか?」

 

 

「な、何だよ」

 

 

顔を引き()らせた黒ウサギは俺の隣を指差す。

 

 

 

 

 

「大樹さんと一緒にパフェを食べているお方は……誰ですか……?」

 

 

 

 

 

「……………え?」

 

 

すぐに俺は指差された隣を見ると、そこには金髪の女の子が居た。

 

彼女は俺のパフェを一緒に食べていた。目が合うが、彼女はパフェを食べ続ける。

 

 

(し、しまったあああああああああァァァ!!??)

 

 

完全にノーマークだったストーカー2号! 邪魔するクルーたちのせいで忘れていたよ!

 

しかも近ッ!? 何で気付かない俺!? 鈍感に鈍感を重ねたド鈍感さだよ!

 

 

「お前何してんの!? ねぇ何してんの!?」

 

 

パフェを取り上げて問い詰める。彼女はシュンと取り上げられたことに落ち込むが、俺はそんなに甘くない! 隣に座られる程、視野は凄く甘かったがな!

 

 

「この際、良い機会だ。お前のことを聞こうと———!」

 

 

「大樹君。まさかデート中に他の女の子を口説くわけじゃないわよね?」

 

 

「———滅相もございません真由美様。大樹はいつでもあなた様のモノです」

 

 

即座に真由美の前で方膝を着き忠誠を見せる。アリアに銃を突きつけられたりするが、俺は必死に弁明した。

 

 

「———もういいわよ。わたしたちのデートをする為に今日は頑張っていたのでしょ」

 

 

最後は美琴が電源の入った携帯を俺に見せて笑みを見せる。ば、バレていたぁ……。

 

アリアたちもそれを分かっていたようで、うんうんと頷いていた。ヤバい、恥ずかしい。

 

 

「……全然気付かなかった」

 

 

「意外とチョロいわよね折紙って……」

 

 

どうやら折紙は知らなかったらしい。美琴の指摘に俺は頷く。そこが折紙の可愛いところでもある。

 

そんな会話していると、隣に座っていた女の子の姿が消えていることに気付く。すぐに見渡すと女の子は店を出ようとしてるところを発見する

 

 

「捕まえろ! 奴は霊波の球体の最後の精霊だ! 無理矢理にでも首輪して霊力を抑えれば後はこっちのもんだ!!」

 

 

「大樹君? 少し話があるけどいいかしら?」

 

 

「あ、違う。今のは言葉の(あや)で、霊力を抑えるネックレスをああああああァァァ!!」

 

 

________________________

 

 

 

 

優子に散々怒られた後、半泣きで逃げた女の子を探した。ぐすん。

 

あえて美琴たちと別れて、別々に探すことにした。理由は、

 

 

「リィラ!」

 

 

「この街の丘です。彼女はそこに向かっています」

 

 

「ナイス!」

 

 

すぐに姿を見せたリィラが報告する。ギフトカードを取り出し【悪神の真紅(クリムゾン・アジ・ダカーハ)】を羽織り飛翔する。姿を消した状態なら問題を起こすことなく飛べる。

 

リィラも俺の肩に掴まり一緒に飛翔する。リィラが指さす方向へと飛ぶと、彼女の姿を見つけた。

 

 

「止まれ!」

 

 

「ッ!!」

 

 

「きゃッ」

 

 

飛んだ勢いを殺さないまま、彼女の前に着地する。が、慣性の法則に順応できなかった天使はそのまま横に吹っ飛んで行った。

 

 

「「………………」」

 

 

草木に向かって飛んだ天使に女の子は戦慄しているが、俺は無視することにした。

 

 

「聞きたいことはたくさんある。そろそろいいよな?」

 

 

「———おめでと」

 

 

「……………は?」

 

 

初めて女の子が口を開いたと思ったら突然祝福された。大樹さん、誕生日は今日じゃないよ?

 

 

「どうやら私と【雷霆聖堂(ケルビエル)】の出番はないみたい」

 

 

「ケル……何だそれ。ポ〇モンか?」

 

 

「全然違う」

 

 

あ、はい。

 

彼女は空を見上げる。そこは士道が球体が見えると言っていた場所だ。

 

霊波の集まりの正体が【雷霆聖堂(ケルビエル)】なのか?

 

 

「私は万由里(まゆり)。【雷霆聖堂(ケルビエル)】の管理人格」

 

 

万由里は続ける。

 

 

「一つの場所に霊力が一定以上集約された時、私は自動的に生まれる。器がそれに値するのか確かめる為に」

 

 

「器……士道のことか」

 

 

霊力を吸収して精霊を救う存在———士道を器と言うのは中々合っている気がする。

 

 

「それとあなたも」

 

 

「俺はそんなにホイホイ女の子にキスできる度胸はねぇ!!!」

 

 

「そ、そういうわけじゃなくて……」

 

 

はい、万由里が困っているので少し黙ります。

 

 

「器としてアンタはイレギュラーだった。でも一応監視する必要があった」

 

 

まぁ俺の力で精霊の力を無理矢理封じ込める俺は完全にイレギュラーだわ。

 

 

「そしてアンタたちを監視した結果、現時点に置いてシステムの発動は必要ないと判断したわ。私と【雷霆聖堂(ケルビエル)】の役目は終わった」

 

 

「そうか」

 

 

大樹は真剣な表情で万由里に尋ねる。

 

 

「それで、この後はどうする気だよ」

 

 

「……あとは存在の構成を分解し、『無』に還るだけ」

 

 

「………………」

 

 

大樹の口元が少し引き締められた。万由里は淡々(たんたん)と言葉を続ける。

 

 

「判断が終われば消滅する。私はそういう風にできている」

 

 

「それがどうした」

 

 

「え?」

 

 

「俺はそんな説明書に書いてあるようなことを聞きに来たわけじゃない」

 

 

強い意志が込められた言葉なのは理解できた。しかし、大樹の意図を掴めない。

 

万由里はそれでも自分の為に言っていることは分かった。

 

 

「……何でかな。最後にアンタと話がしたかった」

 

 

「ッ……だから俺が言いたいのは———!」

 

 

ゴオォ!!!

 

 

万由里から黄金色の光が放たれ突風が吹き荒れる。大樹は腕で風を防ぎながら叫んでいるが、風が掻き消している。

 

 

「……………」

 

 

その時、万由里が何を思っていたのかは分からない。ただ、何かを思い出しているように見えた。

 

胸元が開いた黒いドレスの霊装を身に纏い、白い翼と黄金色の四枚羽根を広げる。

 

そのまま上に飛翔して大樹に最後の言葉を残す。

 

 

「さよなら、大樹」

 

 

———しかし、簡単には終われなかった。

 

 

カッ!!

 

 

「「ッ!?」」

 

 

空が輝き始めたのだ。太陽よりも眩しく発光していた。

 

そして次の瞬間、空に巨大な球体が姿を見せた。

 

それは様々な色に変化し、形をぐにゃぐにゃと変えていた。

 

 

ゴオォ……!!

 

 

最後は小さな球体に収束し、巨大な四枚の翼を広げた。

 

下からは尾の様なモノも伸び、不気味な姿をしていた。

 

 

「おいおい……本当に判断は大丈夫だったのかよ!?」

 

 

「【雷霆聖堂(ケルビエル)】!? 何で!?」

 

 

万由里の驚く声に対して【雷霆聖堂(ケルビエル)】の小さな球体に一つの穴が開く。

 

 

ギュンッ!!!

 

 

そこから(いかづち)の如くエネルギー砲が射出された。威力は丘を吹き飛ばす程のだとすぐに判断できた。

 

 

「クソッタレが!!」

 

 

大樹は自分の拳と拳を勢い良くぶつけると足元に魔法陣が展開する。

 

 

「【天空支配神の福音(ヘヴンルーラー・ゴスペル)】!!」

 

 

バチバチガシャアアアアアアアン!!

 

 

大樹の拳から黄金色の雷が生み出され、そのまま【雷霆聖堂(ケルビエル)】の攻撃を相殺した。

 

その成功に大樹は笑みを見せる。

 

 

「よっしゃ! 天界魔法式に発動できたぞ!」

 

 

「まだ来ますよ大樹様!!」

 

 

後ろから飛び出したのはリィラ。正面に魔法陣を展開すると同時に【雷霆聖堂(ケルビエル)】の攻撃がぶつけられる。

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!

 

 

「原典の天界魔法だって、まだまだ捨てたモノじゃないですよ!」

 

 

バチンッ!!!

 

 

雷霆聖堂(ケルビエル)】の攻撃はリィラの魔法陣によって反射される。そのまま【雷霆聖堂(ケルビエル)】に攻撃が当たるが、

 

 

「無傷ですか……威力を上乗せして返したのですが」

 

 

『大樹! 簡単にはいかないようだ』

 

 

リィラが苦虫を噛み潰したような表情になると、足元の影からジャコが姿を現した。

 

ジャコの助言に大樹は頷く。

 

 

「なるほど! じゃあお前ら万由里を守る為にここに待機で!」

 

 

「何故そうなるのですか!?」

『何でそうなる!?』

 

 

「えー、だって最近、戦ってないよ? そろそろ読者は俺の戦闘シーンを望んで——」

 

 

「こんなにシリアスな場面でメタ発言!?」

 

 

馬鹿野郎。ここから俺のカッコイイ戦闘を見せる時だろ。パワーアップした俺の力を存分に振るう良い機会だ。

 

精霊らしい万由里を守る為に俺は彼女に下がるように指示しようとする。が、

 

 

ガシャンッ!!

 

 

「あッ……」

 

 

「「『……………』」」

 

 

万由里は鳥かごの様な牢屋に囚われていた。【雷霆聖堂(ケルビエル)】の一部だとすぐに分かる。

 

上部に付いた翼が広がり、そのまま大空へと羽ばたき万由里を連れ去り飛んで行った。

 

 

「おいマジか」

「マジですか」

『マジなのか』

 

 

茫然と【雷霆聖堂(ケルビエル)】に誘拐された万由里を眺めていた。

 

万由里を閉じ込めた鳥かごは【雷霆聖堂(ケルビエル)】の下へと帰り球体と合体。そんな状況を理解した瞬間、ドッと汗が噴き出た。

 

 

「不味くない? この状況?」

 

 

「……あの【雷霆聖堂(ケルビエル)】という敵の力が膨らんだのを感知しました」

 

 

『……来るぞ』

 

 

雷霆聖堂(ケルビエル)】の周囲にある歯車が勢い良く回転する。同時に光のエネルギーが一点に集中していた。

 

【ラタトスク】の迅速の対応で空間震警報が街で響き渡っているが、少し遅い。もしあのエネルギー砲が拡散して撃たれたら街は火の海へと変貌する。

 

 

「だったら、こっちも全力で行くだけだ!」

 

 

大樹は【神刀姫】を取り出して構える。リィラとジャコは頷き、光の球体へと姿を変える。

 

二つの球体は大樹の胸の中へと入り、大樹に力を分け与えた。

 

 

「行くぞ!!」

 

 

ヒュンッ!!!

 

 

風を切る音と共に大樹は飛翔した。音速を超えた速度で【雷霆聖堂(ケルビエル)】に向かって飛んだ。

 

その姿を捉えることのできない【雷霆聖堂(ケルビエル)】。大樹が消えたようにしか見えなかった。

 

大樹が目の前に来た瞬間、エネルギー砲を射出しようとするが遅い。

 

 

ゴオォ!!

 

 

大樹の持つ【神刀姫】の長さが一瞬で100メートルを越える太刀へと形変わった。

 

天使リィラの持つ天界魔法は人の(ことわり)を超越する能力上昇系と悪災を断つ遮断系の天界魔法が使える。下級天使でこの力なら、特級はどんだけ強いんだよ。

 

リィラの天界魔法のおかげで刀は強固になっていた。

 

 

「ジャコ!!」

 

 

ギャンッ!!

 

 

刀が黒色に染め上げられ、さらに強化される。最強の刀をその上を行く最強へと進化させた。

 

凝縮された力は、最高の形で大樹が引き出す。

 

 

「一刀流式、【風雷神・極めの構え】!」

 

 

落雷の如く、【雷霆聖堂(ケルビエル)】の上から刀を振り下ろした。

 

 

「【號雷(ごうらい)静風(せいふう)】!!」

 

 

ザンッ!!!!

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!!

 

 

雷霆聖堂(ケルビエル)】の球体を縦から一刀両断。蓄積(ちくせき)させていたエネルギー砲ごと斬り捨て誤爆させた。

 

凄まじい爆発の衝撃が波紋のように広がる。

 

 

「きゃあああああァァァ!!」

 

 

万由里の悲鳴が聞こえるが、既に大樹の腕の中なのでご安心を。

 

斬撃したと同時に万由里を捕らえていた鳥かごも破壊して爆発する前に救出していた。

 

崩れた【雷霆聖堂(ケルビエル)】から距離を取った大樹は万由里に声をかける。

 

 

「おい大丈夫か! 意識はあるか!? 元気はあるか!? 漏らしてないか!?」

 

 

「してないわよ馬鹿!!」

 

 

よぉし! 俺の顔に右ストレートを一発入れることができるくらい元気があるな! 普通に痛い!

 

くぅ……大人しい性格をしているかと思っていたが、全然違う。お、オラを騙したな!?

 

 

「万由里! あの馬鹿デカイのを止めるにはどうすればいい? あの攻撃じゃダメみたいだぞ」

 

 

大樹の視線の先。【雷霆聖堂(ケルビエル)】は崩れた本体を一点に吸収させていた。どうやらまだまだ戦うことはできるようだ。

 

大樹の質問に万由里は険しい表情で答える。

 

 

「……難しいわ。全ての精霊の感情———全霊波を受け取った天使なの」

 

 

つまりあの天使は十香、四糸乃、狂三、耶倶矢と夕弦、美九、折紙、七罪、二亜の霊力を受け取っていた天使だから凄く強いって言いたいんだね。わーい! たーのしー! 舐めんな。

 

 

「どうしよう……この世界のラスボスみたいな奴が登場しているんだけど」

 

 

「器の大きさにも影響するから、アンタのせいで相当の力を———」

 

 

「追い打ちやめろ」

 

 

もう分かったから! 俺が悪いんでしょ!? 知ってるから! ちゃんと解決するから!

 

 

「そもそもアレはお前のだろ? 何で制御できていない」

 

 

「それは……」

 

 

「……あー、言わなくていい。言うのは倒す方法だけでいい」

 

 

言葉を詰まらせた万由里に大樹は首を横に振った。万由里は気を取り直して口を開こうとするが、

 

 

ギュルギュルル……

 

 

雷霆聖堂(ケルビエル)】に変化が起きた。

 

 

ギャシャンッ!!

 

 

球体から巨大なドリル状のような物が突き出し四枚の翼を広げた。

 

必殺の一撃が無意味に思えるほど球体の傷は再生して完治していた。傷痕など一切どこにも見えない。

 

見た目が恐ろしいせいか、ヤバイ雰囲気なのが素人でも分かる。

 

 

「絶ッッッッッ対ヤバいだろアレ……!?」

 

 

「【雷霆聖堂(ケルビエル)】……まさか、【ラハットヘレヴ】!?」

 

 

ドリル状の先端に先程とは比べものにならないくらいのエネルギーが集中する。

 

 

(本気で迎え撃てば耐えれる。でも衝撃だけで街が吹っ飛ぶぞ!?)

 

 

刀を強く握り絞めながら構えるが表情は(すぐ)れない。街を救う方法を模索するが何も思いつかない。

 

モタモタしていると頭の中にジャコの声が響き渡る。

 

 

『大樹! 神の力で天使ごと消せ! このままで街が消えてしまう!』

 

 

「……それだけは駄目だ」

 

 

『何だと!?』

 

 

『……大樹様、まさかと思いますが、万由里様を?』

 

 

こういう時だけ天使の勘は鋭い。大樹の苦笑いは肯定を意味していた。

 

万由里の存在は霊力によって生まれた精霊だと推測できた。

 

 

———『一つの場所に霊力が一定以上集約された時、私は自動的に生まれる』

 

 

推測を裏付ける根拠として万由里の言葉は十分だった。

 

ならば、あの天使を消した時、万由里はどうなる? 消えてしまうじゃないのか?

 

 

「大樹! 策があるなら手遅れになる前に早く!」

 

 

「今考えている!」

 

 

万由里に急かされる。大樹は唇を噛みながら行動に移す。

 

精霊の力を持つ万由里は宙に浮ける。万由里を離した後、刀を構える。

 

 

「とにかく軌道を真上にズラす! タイミングを合わせろ!」

 

 

『くっ……仕方ないか』

 

 

『大樹様! 敵の攻撃まで残り2秒です!』

 

 

「十分だクソッタレ!!」

 

 

シュンッ!!

 

 

もはや瞬間移動にしか見えない速度で【雷霆聖堂(ケルビエル)】のドリル状の真下に潜り込む。

 

【神刀姫】をさらに一本増やして両手に握り絞めて構える。

 

 

「うおおおォォらあああッ!!」

 

 

ガチンッ!!!

 

 

刀の二撃が真下から直撃する。【雷霆聖堂(ケルビエル)】は凄まじい勢いで上を向くように弾き飛ばされた。同時に射出しようとしていたエネルギー砲が空に放たれる。

 

 

ギュアゴオオオオオオオオオオオオォォォォ!!!!

 

 

「ッ……!!」

 

 

巨大な光の柱が空に向かって伸びた。目を潰すかのような閃光と共に、エネルギー砲の放った衝撃がビリビリと全身に伝わった。

 

衝撃だけで街のガラスが何百枚も割れた音が聞こえた。予想を遥かに超える強さにゾッとしてしまう。

 

 

「ふ、ふざけるなよコイツ……!?」

 

 

無茶苦茶な威力に大樹は焦る。ここまで強いエネルギー砲が放たれると思っていなかった。

 

雷霆聖堂(ケルビエル)】の追撃が来る前に大樹は刀を投げて翼を破壊しようとする。

 

 

「リィラ!!」

 

 

『お任せを!』

 

 

投擲した刀に空中に展開した魔法陣が当たる。当たると同時に刀の投擲速度と回転速度が上昇して、刀は四枚の翼を粉々に斬り刻んだ。

 

 

「オラァッ!!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

雷霆聖堂(ケルビエル)】が態勢を崩している隙を狙い右足で蹴り上げた。凄まじい蹴りの衝撃を受けた【雷霆聖堂(ケルビエル)】はさらに上空へと吹き飛ぶ。

 

足に激痛が走るが、我慢して万由里の下へと戻る。

 

 

「キツイ! もう無理! 帰る!」

 

 

「アンタ……何者よ……」

 

 

「そのくだりの続きは結構。耳が弾け飛ぶくらいは聞いたから言うな」

 

 

余裕そうな会話をしているが、本当はそんな暇など無い。既に【雷霆聖堂(ケルビエル)】は態勢を整えて馬鹿デカイ歯車をこちらに飛ばして来ている。

 

 

「しつこい!!」

 

 

ドゴンッ! ドゴンッ!

 

 

ギフトカードから【神銃姫・火雷(ホノイカヅチ)】を取り出して迎撃する。歯車は盛大な音と共に崩れた。

 

歯車の破片が雨の如く街に降り注ごうとするが、

 

 

『大樹様!? 街が———!』

 

 

「大丈夫だ。間に合ってる」

 

 

リィラの焦りの声に大樹はフッと安心するように笑みを見せた。

 

街の上空には大規模な魔法陣が出現し、落ちて来た破片を消滅させていた。

 

 

「【フラクシナス】の汎用独立ユニット【世界樹の葉(ユグド・フォリウム)】が間に合ったようだな」

 

 

街のガラスぶっ壊した時点で間に合ったもクソもないけど。

 

世界樹の葉(ユグド・フォリウム)】の障壁がある限り、ちょっとの飛び火程度なら街に降ることは無いだろう。

 

 

「で! どうする? ア〇フル!」

 

 

『古ッ』

 

 

天使ちょっと黙れ。あの頃からチワワが人気で———今はそんな話はどうでもいいわ。

 

万由里は難しい表情で俺の顔を見た。

 

 

「まだ足りない……」

 

 

『大樹の馬鹿みたいな火力でもか!?』

 

 

「一言余計だろお前」

 

 

驚きながら俺の隣に姿を現すジャコ。しかし、その驚きに万由里は首を横に振った。

 

 

「【雷霆聖堂(ケルビエル)】を消滅させるには外部からの一撃に加えて、霊力の供給を止める行動を同時に行う必要がある!」

 

 

「完全にゲームボス仕様の敵に脱帽です」

 

 

外部からの一撃は問題ない。足りないのは霊力の供給だ。

 

 

『供給しているのは、貴様じゃないのか?』

 

 

「ッ……ええ、そうよ」

 

 

『なら話は簡単だ。大樹、その女を———』

 

 

「殺せとか消せとか言ったら俺流の天界処刑な」

 

 

『こッ———これを、どうにかして、どうにかしろ』

 

 

完全に他人任せな発言だが許そう。言おうとしていた言葉より何倍もマシだ。

 

 

「どうして……」

 

 

「胸クソ悪い展開は大ッ嫌いでな。物語で辛い後にはハッピーエンドで終わるのが一番大好きなんだよ」

 

 

「これは物語でもおとぎ話でもッ———!」

 

 

「現実なら尚更だ! 物語やおとぎ話なら、好きな時に魔法や科学で、超展開で簡単に生き返れる! でも現実はもっと厳しくて……甘くないんだよ」

 

 

「ッ……」

 

 

「死ぬ時は死ぬ。殺される時は、殺される。そういう現実だってことを、思い知った時があった」

 

 

大樹は万由里の瞳をジッと見る。何かを確かめるかのように彼女を見ていた。

 

 

「だからと言って、俺はそれを受け入れるつもりはない」

 

 

ザンッ!!!

 

 

万由里を見ながら【雷霆聖堂(ケルビエル)】に斬撃波を飛ばす。攻撃を仕掛けようとしていた【雷霆聖堂(ケルビエル)】は前方が爆風で遮られてしまい中断する。

 

 

「全てを救うために、俺は理不尽な現実をぶっ壊し続ける」

 

 

その言葉に万由里は目を見開く。

 

 

「お前は———万由里はどうする?」

 

 

その問いに万由里はすぐに答えることはできなかった。

 

雷霆聖堂(ケルビエル)】は攻撃を仕掛けようとしているが、大樹は動かない。万由里の答えを待つために。

 

 

『このッ……大馬鹿が!』

 

 

『援護しますジャコ様!』

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

雷霆聖堂(ケルビエル)】の放つ小型雷撃の乱射が大樹たちを襲うが、ジャコの炎とリィラの天界魔法が守っている。

 

長くは耐えることはできない。それでも大樹は余所見すること無く、表情一つ崩さない。

 

 

「私は……」

 

 

万由里の中で様々な感情が渦巻いた。

 

 

———『俺はそんな説明書に書いてあるようなことを聞きに来たわけじゃない』

 

 

何と言葉にすればいいのかサッパリ分からない。戸惑っていた。

 

———万由里は、ずっと監視していた。

 

彼らは楽しくデートをしていた。

 

嬉しそうな顔を見ていると、胸が痛くなった。

 

 

『———俺は一切合切、美九を否定しない』

 

『だーりんッ……!』

 

『もしお前の人生を世界が否定するなら、俺は世界を変えてやる』

 

 

辛い現実を乗り越えようとする姿に憧れ、万由里の心は大きく揺らいでいた。

 

 

「私は……霊力の結晶体……封印を施せばッ……天使は消えて……ッ?」

 

 

気が付けば万由里の頬には涙が流れていた。

 

頭の中ではどうすればこの状況に終止符を打てるのか分かっている。それを口にすればいい。

 

なのに、自分の口は言う事を利かない。

 

 

 

 

 

「———嫌に決まっているじゃない……!」

 

 

 

 

 

そうすれば自分も消える。それが嫌で嫌で仕方なかった。

 

 

———『胸クソ悪い展開は大ッ嫌いでな』

 

———『物語で辛い後にはハッピーエンドで終わるのが一番大好きなんだよ』

 

———『お前は———万由里はどうする?』

 

 

投げられた一つ一つの言葉が、行動が、嬉しくて仕方なかった!

 

 

「羨ましかったッ……ずっと考えないようにしていたけど、皆が羨ましかった……!」

 

 

万由里は、嫉妬していた。

 

この感情のせいで【雷霆聖堂(ケルビエル)】は暴走して皆を傷つけようとしている。

 

嬉しそうな顔でデートをする女の子に、辛い現実を一緒に乗り越えようとする姿に、嫉妬していた。

 

どんな理不尽にも手を伸ばしてくれる大樹と士道。その手を自分にも向けてくれることをずっと期待していた。

 

でも、それは無理だと諦めていた。

 

自分は意味無き存在で、与えられて良い存在じゃない。なのに、

 

 

「消える為の存在だった私にッ……意味をくれると言うのッ……?」

 

 

万由里は手を伸ばそうとするが、ひっこめてしまう。

 

自分一人で良いことを、もし被害を拡大させてしまうようなら……。

 

そんな恐怖から大樹の手を取ることを怖がってしまった。

 

 

「生きることに、意味なんて必要ねぇよ。探して生きるのが立派なだけだ」

 

 

だが、大樹はその手を無理矢理掴んだ。

 

そのまま自分の方に引っ張り、正面から堂々と告げる。

 

 

「今は、言葉だけで十分だ」

 

 

「ッ……私は」

 

 

大樹の微笑みに、万由里は決壊した。

 

涙をボロボロと零しながら、不可能な現実を口にしてしまう。

 

 

「救ってよッ……皆と一緒に、生きたいからッ……!」

 

 

「最初からそのつもりだ馬鹿野郎」

 

 

その瞬間、ジャコとリィラの守りが崩れた。

 

しかし、その前に大樹が立ち塞がり刀を振るった。

 

 

ザンッ!!!

 

 

たった一撃で、銀色の衝撃波で【雷霆聖堂(ケルビエル)】の放つ小型雷撃が全て撃ち落される。そのことにジャコたちは驚いた顔をしていた。

 

 

『今のは……!』

 

 

「顕現せよ———【絶滅天使(メタトロン)】」

 

 

大樹の髪は白銀色に変わる。羽織っていた【悪神の真紅(クリムゾン・アジ・ダカーハ)】も白銀色に染まった。今の斬撃波は精霊の力を織り合わせた力だとジャコは気付いたのだ。

 

精霊の力を纏った大樹はゆっくりと刀を【雷霆聖堂(ケルビエル)】に向ける。

 

 

「【神の領域(テリトリー・ゴッド)】」

 

 

バチンッ!!!

 

 

大規模に展開された魔法陣と同じく、【雷霆聖堂(ケルビエル)】が結界に閉じ込められた。

 

その光景に姿を見せたリィラはハッと気付く。

 

 

「霊力の供給をこんな形で断つなんて……!」

 

 

『だが足りん! どうやって破壊する!?』

 

 

ジャコの疑問は言わずともリィラは分かっていた。

 

神の力で、無茶苦茶なことで、困難を乗り越えて来た男だと。

 

 

『中に入って破壊したとしても、結界を解いた瞬間、最初みたいに再生するはずだ!』

 

 

「だろうな。でも、こんな無敵な奴でも限界があるんだよ」

 

 

『限界だと? 一体何の事を?』

 

 

「万由里が()()()()()()()雷霆聖堂(ケルビエル)】は再生して復活するんだろ? だったら簡単だ」

 

 

大樹の言葉の意図を汲み取れないリィラと万由里は何も言えない。しかし、付き合いの長いジャコは気付き驚愕した。

 

 

『まさか!?』

 

 

「【雷霆聖堂(ケルビエル)】が万由里の()()()()()()()()()()話だよな?」

 

 

「「ッ!?」」

 

 

既に大樹は【雷霆聖堂(ケルビエル)】の真下に移動しており、右脚で蹴り上げようとしていた。

 

 

「第二回目———宇宙旅行だゴラああああああああああああああァァァァァァ!!!」

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!!!

 

 

鼓膜を破るかのような轟音と共に結界ごと【雷霆聖堂(ケルビエル)】を蹴り上げた。それを追うように大樹も空に向かって飛翔した。

 

凄まじい速度で雲を突き抜けてあっと言う間に大気圏を突破した。

 

黒い空と青い海が見える境界線に、大樹たちは居た。

 

雷霆聖堂(ケルビエル)】は状況が分かっているのか、急いで結界から脱出しようと攻撃を仕掛けるが、結界はビクともしない。

 

 

「霊力の供給をシャットダウンしたんだ。無限から有限になったせいで、無駄に暴れることができないんだよな?」

 

 

使い切れば消滅。そのまま供給できない場所に居るなら再生できずに終わり。

 

雷霆聖堂(ケルビエル)】の敗北は、目前に迫っていた。

 

 

「万由里のことなら任せろ」

 

 

大樹の右手には【神刀姫】が握られ、

 

 

「———【滅殺皇(シェキナー)】」

 

 

左手には金色の持ち手に銀色の刃の剣を顕現させていた。

 

 

「二刀流式、【神花(しんか)桜雲(おううん)の構え】」

 

 

神の力と霊力が二本の刀に注ぎ込まれて刀身が白銀色に染まる。

 

太陽よりも眩い光を刀に宿らせながら、大樹は結界をバク転するように蹴り上げる。

 

距離を十分に取った瞬間、逆さまの状態から斬撃波を繰り出した。

 

 

「【桜刀(おうとう)神斬(しんざん)】!!」

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォォォ!!!!

 

 

刀から放たれた銀色の二撃。結界ごと【雷霆聖堂(ケルビエル)】を包み込んで宇宙の彼方へと吹き飛ばした。

 

霊力の供給を宇宙からできるなら【雷霆聖堂(ケルビエル)】は復活できるだろう。しかし、その様子は全く見られなかった。

 

宇宙の塵と化した【雷霆聖堂(ケルビエル)】を見送った後、大樹は【悪神の真紅(クリムゾン・アジ・ダカーハ)】を翼に変えながらゆっくりと下降した。

 

 

「……懐かしいなぁ」

 

 

こうして落下するのは何度目だろうか。

 

最初はあんなに怖がっていたのに、今は寝ようか考えてしまうくらい余裕を持っていた。

 

 

ゴオォッ!!

 

 

雲を突き抜けて街が広がる。弁償金とか請求されたらどうしようとか、考えていると、こちらに向かって飛んで来る人影があった。

 

 

「あん?」

 

 

「大樹!!」

 

 

天使の翼を広げた万由里だった。気付くのが遅れたせいで焦ってしまう。

 

 

「ば、馬鹿!? ぶつかるげぇほぉッ!?」

 

 

案の定、ぶつかった。

 

万由里は勢い良く大樹を抱き締めて空に浮いていた。

 

 

「馬鹿ッ……何であんな無茶するのよッ……!」

 

 

「アレが無茶なレベルなら俺はそれ以上に無茶なことを———」

 

 

「心配させないでよ……!」

 

 

「あー、すまん……悪かった」

 

 

「顔面スライディング土下座で謝って……」

 

 

「えぐいわ」

 

 

本当に心配しているのかお前。

 

万由里の頭を撫でようと思ったがやめた。意外と元気あるから必要ないと思う。

 

 

「まぁこのまま終われないから丁度いいか」

 

 

「ッ……どういうこと?」

 

 

「自分で言ったクセに、分かっているだろ。お前は霊力で生まれた存在なんだろ? このまま危うい状態のままじゃ、何かの拍子で消えてしまうことぐらい」

 

 

目を見開いて驚いていた万由里は大樹から目を逸らした。また辛い顔をする万由里に大樹は笑みを見せながら頭を撫でた。

 

 

「アホ。黙って消えるのは一番良くねぇよ。それに、俺は消させるつもりもない」

 

 

万由里を抱えたまま大樹は下降する。ジャコとリィラの元まで戻る。

 

 

「大樹様!」

 

 

「リィラ。ちょっと力を貸してくれ。天界魔法の発動に協力して欲しい」

 

 

「ッ! 大樹様、まさか神の禁忌(きんき)に触れて———」

 

 

「神なんざ関係ねぇ。人の道理を外れるなら上等。一人の女の子も救えない馬鹿野郎にはならない」

 

 

それにっと大樹は続ける。

 

 

「この世界に神はいない。というわけで今日から俺が神な。崇めろ」

 

 

「なんとバチ当たりな……!? 神罰が下っても仕方ない危ない言葉を……でもそこが素敵です大樹様!」

 

 

リィラは万由里の足元に天界魔法を発動する。いつもと違い魔法陣が赤く輝いている。

 

 

「な、何をするの?」

 

 

「折紙や琴里ちゃんとかって人間から精霊になったのは知っているよな」

 

 

その言葉だけで大樹が何をしようとするか分かってしまう。

 

大樹は出現した魔法陣に触れると力を注ぎ込んだ。

 

 

「任せろ。俺の創造に、不可能はない」

 

 

その笑顔に万由里は驚いていたが、笑みを見せた。

 

 

「うん……信じてる……」

 

 

「あ、でもブサイクになったらマジでごめん。なるべく今のお前に近づけるけど……ね?」

 

 

「不可能はないんじゃないの!?」

 

 

魔法陣から光の柱が空に向かって伸び、万由里を包み込んだ。

 

その様子を見ていたジャコはこう思っていた。

 

 

———お腹空いた。早く帰りたい。

 

 

 

________________________

 

 

 

 

「おかしい」

 

 

大樹は両肘をつきながら手を(あご)に置いていた。

 

 

「何がおかしいのよ」

 

 

「お前だよ」

 

 

隣に座っていた万由里が聞くが、即座に俺は答えた。

 

白い制服に身を包んだ万由里にジト目を向ける大樹。万由里はドリアンパンという絶対に不味いであろうパンを食べている。

 

 

「……ちなみにお味の方は?」

 

 

「意外とイケる」

 

 

「嘘だろ」

 

 

んッと食べかけのドリアンパンを向けられる。半信半疑でそれを口にする。

 

 

「……不味くはない。でもパンに挟む必要はあるのかこれ?」

 

 

「それを言ったらこのパンの価値は終わりよ」

 

 

何故購買のパンはここまで商品に攻めの姿勢を見せるのか。普通に食パンの方が美味しいわ。

 

そろそろ状況説明に移ろう。ここは士道の通っている高校———都立来禅(らいぜん)高校だ。

 

ちなみ現時刻は深夜1時である。はい、不法侵入ですね。

 

教室の一室に大樹と万由里は席に着き、ダラダラと過ごしていた。

 

 

「なぁ、もう帰ろうぜー」

 

 

「駄目よ。まだやりたいことが山ほど残っている」

 

 

「何だよ、窓ガラスをバッドで叩き割り回るのか?」

 

 

「アンタの頭でもいいわよ」

 

 

「よくねぇよ」

 

 

おい待て。霊力をちょっと漏らして脅すなよ。そんな威力で頭を殴られたら命が消えちゃう。

 

万由里はため息をつきながら、今度は大樹をジト目で睨んだ。

 

 

「そもそもアンタがあんなことをしなければ……!」

 

 

「仕方ないだろ。外見は似せても感触は触らないと無理無理。むしろ硬いおっぱいになら———すいませんでした嫁に連絡するのはやめてぇ!!」

 

 

万由里の携帯電話を必死に取り上げる。何発か顔に良いパンチを食らったが、連絡阻止に成功した。

 

あの日、俺は人として犯してはいけない禁忌に触れた。

 

 

———万由里を『精霊』としてではなく、『人』へと創造したのだ。

 

 

生命をこの手で創り出したと言っても過言では無い。むしろその通りだ。

 

 

(例えそれが駄目だとしても———俺には見捨てる選択は無かった)

 

 

万由里は自分自身の意志がある。感情がある。俺たち人間と何も違わない。

 

救う為の理由なんて必要なかった。

 

 

「……何よ」

 

 

「いや、命の恩人にこの仕打ちはあんまりじゃないかと」

 

 

「じゃあ大樹の命の恩人が変態だったら同じことを言えるかしら?」

 

 

「俺が悪かった」

 

 

万由里が怒っているのは、俺の創造が原因だった。

 

リィラに力を貸して貰いながら俺は万由里を『人』として創造していた。しかし、外見は見れば創造できる。髪の色、肌の色、瞳の色、見れば良いだけの話だ。

 

だが、ここで問題発生。体の柔らかさが全く創造……いや、想像できなかった。

 

身長や腕の長さは分かっても、肌は鉄の様に硬くない。胸が超合金だったら俺は泣くぞ。万由里も泣くと思う。

 

一から『人』を創造するのだ。体の機能は医学で分かっていても、髪の匂いや唇の柔らかさまでは知らない。

 

リィラの顔を見た。彼女は涙を流しながら首を横に振った。

 

賢い俺は全てを理解した。

 

 

———ああ、犯罪者確定コースなんだなこれ。

 

 

……後は想像に任せるが、越えてはいけないラインのギリギリまで足を突っ込んでいたことをここに書き記す。

 

 

(散々罵った後は責任を取ってデートしろとか……俺のこと好きなの? 嫌いなの? どっちなの?)

 

 

……答えは分かっているので考えないでおこう。

 

 

「それで、後は何がしたいんだ? 警備員もそろそろ起きるぞ」

 

 

「あの警備員が一体何をしたというのよ。それと、ハンカチで眠らせるのってフィクションだけだと思っていたわ……」

 

 

「安心しろ。俺の化学は最強だ。あのオッサン、起きたら健康以上に健康になる化学薬品だ」

 

 

「ツッコミ所が多過ぎるわよ」

 

 

それが大樹スタイル。俺の知人は万由里を除いて全員適応していると思うぞ。

 

 

「そうね……授業を受けてみたいな」

 

 

「よし、今から保健体育の授業を始める。まず第二次成長期———どっから持って来たそのバッド」

 

 

「そこにあったわよ。殿町(とのまち)って書いてあるわ」

 

 

殿町って奴、絶対に許さねぇ。

 

学校を舞台にした深夜の鬼ごっこが始まった。

 

 

 

________________________

 

 

 

「はぁ……はぁ……精霊は反則だろ……! こっちは生身で逃げてやったのに……!」

 

 

「アンタこそ……余裕の顔で逃げないでよね……!」

 

 

疲れ切った状態で二人はまた教室に居た。大樹は教卓に座り、万由里は席にうつ伏せになっていた。

 

呼吸を整えた後、万由里は手を挙げる。

 

 

「はーい大樹先生。質問です」

 

 

「はーい、何ですかー」

 

 

「人を好きになるってどういうことですか」

 

 

「エロです」

 

 

「叩き具合が足りなかった?」

 

 

「暴力反対! んなこと真面目に答えれるか恥ずかしい」

 

 

大樹は拒否するが、万由里の強い眼差しに観念する。

 

 

「……一緒に居たいって気持ちが大切じゃねぇの」

 

 

「……ふーん、大雑把ね」

 

 

「気が付いたら好きだった。誰にも渡したくないくらいにな」

 

 

いや違うなっと大樹は続ける。

 

 

「多分、好きって言うより愛しているんだよ」

 

 

「何が違うの?」

 

 

「さぁな。辞書に書いてあるようなことしか言えねぇよ。そうだな……簡単に言うと、誰よりも好きだってことだよ」

 

 

楽しそうに語る大樹を見て万由里は笑みを見せる。

 

 

「矛盾しているわね。アンタ、嫁が何人もいるクセに」

 

 

「ばーか、全員愛しているに決まっているだろ。俺を常識に当てはめるな」

 

 

「そう、じゃあ私も一つ言う事があるわ」

 

 

万由里は立ち上がり、教卓の上に座った大樹の背後に回り込む。そして、そのまま後ろから背負われるように抱き付いた。

 

 

「おいッ」

 

 

「私を救ってくれてありがとう」

 

 

万由里はそう呟いた。そして、右頬に柔らかい何かが当たった。

 

その感触を大樹は知っている。自分の手で触ったこともあれば、何度もされたことがある。

 

 

「おまッ!?」

 

 

「何? 足りないの? スケベ」

 

 

「かちーん……おう、そうだよ。足りねぇよ。オラァ! もう一回来いよ! やってみろよ! 今度は真正面からバチ来い!!」

 

 

「やるわけないでしょ。馬鹿なの?」

 

 

「おっしゃキレた。表に出ろ。トラウマ級の罰ゲームを体に刻んでやるッ」

 

 

大樹が振り返り万由里に手を出そうとした瞬間、両手で顔を触られた。

 

 

 

 

 

「———大好きよ、ばーかッ……!」

 

 

 

 

 

今度は額にキスをされた。

 

それと同時に自分の顔が濡れたことに気付く。大樹の体は自然と止まっていた。

 

数秒の時が流れ、ゆっくりと顔を上げると万由里は制服で目を何度も擦っていた。

 

 

「いつかッ……アンタが後悔するような良い女になっても知らないからねッ」

 

 

「……ああ、その時はたっぷり後悔させてくれ」

 

 

———綺麗な月明かりが二人を照らしていた。

 

 

「「ばーか」」

 

 

そして、教室から二人の男女の笑い声が聞こえた。

 





DVDの映画は軽く20回は見ました。私もあんなデートがしたい(血涙)


次回———大樹フルラヴィング

デート・ア・ライブ編、あと二話で終わる予定です。


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大樹フルラヴィング

もうすぐで三年!?

この小説を続けることができたのは読者様の応援があったからです!

感謝。圧倒的感謝。

この小説を今まで見てくださり、ありがとうございました!!

そして! これからもよろしくお願いします!



万由里の事件から一週間の時間が流れた。

 

途中でデートを投げだしたことには何も怒られず、あまり無茶するなと注意をされたぐらいだ。腕一本は覚悟していたが、大丈夫なようだ。

 

それから忙しい日々が続いた。士道と同じように毎日女の子とデート三昧だ。朝早く起こされてはすぐにデート。帰って来たらそのままデートに出発。寝る時も明日のデートの話をしながら寝る。

 

 

———そんな忙しい日々は悪くない。むしろ最高。ご褒美。生きがい。

 

 

ただちょーっと修羅場気味になりやすいのは勘弁して欲しい。間に挟まれたらとりあえず正座するしかないんだよ。どうすればいいのか分からないから。甲斐(かいしょう)無しでごめんなさい。

 

あと狂三とか美九とか万由里が途中乱入して来るのもやめて欲しい。その時はとりあえず土下座から入ることしかできないから。男は辛いよ。

 

 

「だ、大丈夫か? 本当に切れるのか?」

 

 

「あ、ああ。任せてくれ」

 

 

大樹は鏡の前に座り、背後には士道が立っていた。手にはハサミを持っている。

 

別に士道は大樹を殺そうとか脅しているわけではない。伸びきった髪を切って貰おうとしているのだ。

 

不安な表情で士道を見ている大樹。士道は苦笑いで大樹の髪を切った。

 

 

「それにしても、本当に伸びたな」

 

 

「これでも雑に切った方だぞ」

 

 

「そうなのか? じゃあ何で俺に頼む?」

 

 

「……リィラのハサミ使いで俺が血を流したからだ」

 

 

「あッ」

 

 

察するな。散髪で血の雨を降らす美容師なんて恐ろし過ぎるわ。ジョニー〇ップが真っ青な顔するくらい酷いハサミ(さば)きだったわ。

 

それから士道は丁寧に大樹の髪を切った。血を一滴も流すことなく、無事終了する。これが普通なんだよな。

 

以前の大樹と全く同じ。大樹は自分の髪をワックスでオールバックにして、キリッとカッコつける。

 

 

「やっぱりこれだな」

 

 

「ああ、似合っているよ」

 

 

「サンキュ」

 

 

「でもいいのか? 黒染めしなくて」

 

 

大樹の髪は普通の人と違ってかなり異常だ。若いにも関わらず数十本の白髪があり、右のこめかみは緋色に染まっている。

 

どこの二次元キャラクターだよっとツッコミを入れたいくらいだが、本人は首を横に振った。

 

 

「どうせならアリアと同じ髪の色がいいな。折紙と一緒でも良いし。どうせなら全員分の髪の色を合わせた———」

 

 

「最後は絶対にやめておいた方が良いぞ……」

 

 

どうやら俺と士道は気が合わないらしい。士道も精霊たちの髪色を真似すればいいのに。

 

 

________________________

 

 

 

その日の夜。デート&修羅場をくぐり抜けた大樹は自室で天界魔法の練習をしていた。

 

そもそも天界魔法は天使たちが使う奇跡のこと。天使によって使える魔法は違く、便利であったり、一歩間違えば大変なことにもなるような奇跡もある。

 

そんな魔法を大樹は修得しているわけではない。大樹が練習しているのは天界魔法式に神の力を酷使できるようにすることだ。

 

先程言った通り天界魔法は奇跡だ。そして、奇跡を起こすことに自分の力が消耗することはない。つまり例えるなら———MPの消費無しでメラ〇ーマを連発できたり、充電無しで永遠にゲームをすることが可能になるのだ。天界魔法ってすごーい! たーのしー!

 

 

「ぜぇ……はぁ……ぜぇ……はぁ……!」

 

 

まぁこんなに息切れしているので、あまり上手く進んでいないのは明白である。フレンズによって得意なことは違うから。

 

構造を理解しても発動までのプロセスが甘かった。数学の公式を理解しても、テストで解けなければ意味が無いのと同じ。

 

何度も挑戦をしているが、体力を大きく消費しているだけ。奇跡なんて吹っ飛んでいた。

 

 

「大樹様。今日はここまでにしましょう」

 

 

天界魔法の練習に付き合ってくれたリィラが声をかける。無理のし過ぎはを止めてくれていた。

 

大樹は素直に頷き、息を大きく吐く。疲労した体をベッドに投げ出して体の力を抜いた。

 

 

「だぁ! ……キツイな」

 

 

「ですが、いくつかの奇跡は成功しています。この調子なら上達するはずです」

 

 

「……上達するだけじゃ勝てないだろ」

 

 

「確かにそうですが……」

 

 

大樹の言葉にリィラは難しい表情になる。

 

 

「『神の行いは全て奇跡』———そう教えたのはお前だろ、リィラ」

 

 

「……………」

 

 

無言は肯定を意味する。修行の時、教えて貰った知識の一つとして記憶していた。

 

神の行いは全て奇跡———人を生き返らせるのも、人を殺すことも奇跡となる。

 

幸福にするのも、不幸にするのも奇跡。最低な運命を神が決定するのも奇跡になる。

 

指先一つ動かすことも奇跡。(まばた)きするのことも、息をすることも、神の奇跡なのだ。

 

 

「神が死なないのも奇跡。衰えないのも奇跡。そうだろ?」

 

 

「神は奇跡の絶対存在です。そのような存在を気にすることは———」

 

 

「そんな奇跡の塊共が死んだ。奇跡なんかぶっ壊す奴の手によって」

 

 

敵の強大さを物語っていた。大樹が気を引き締めて天界魔法の練習をするのはその為だ。

 

 

(ふざけたことに、『邪神』という奴もいるらしいからな。神にぶん投げたいところだが、居ないからな)

 

 

神の尻拭いというより、自分の尻拭いだ。保持者の半分は俺のせいでもある。責任を取るという言い方は少し違うが、けじめはつけないといけない。

 

神や自分が弱いとは言わないが、まだ強くなる必要がある。絶対に、必要だ。

 

 

「……悪い。気を詰め過ぎているかもな」

 

 

「いえ。大樹様の(こころざし)は立派だと思います」

 

 

嫌なことに付き合わせてしまっても、リィラは嫌な顔一つしない。むしろ笑顔で返してくれるほどだ。

 

……良い天使に一瞬見えてしまうのが怖い。本性を知っている俺からすればこれは天使じゃない。堕天使だ。いや駄天使だよ。

 

 

「あと、大樹様のハーレムも立派だとリィラは———」

 

 

「おいクソ天使。顔。顔がヤバイ。殴って直してやろうか?」

 

 

多分、悪魔の生まれ変わりとか言ってくれたら普通に信じるけどな。

 

 

 

________________________

 

 

 

———事件とは突然起きる。

 

予期できない場合が多い。

 

というわけで、

 

 

「———大樹様が眠ったまま、起きなくなりました」

 

 

リィラの報告に、その場に居た全員が固まった。

 

ここでツッコミを入れたり、リアクションを取るのが普通なのだが、予想を遥かに斜めな状況に何もできなかった。

 

昨日まで元気に笑っていた大樹。そんな彼はベッドでスヤァと深く眠っていた。

 

 

バチンッ!!

 

 

状況を理解できていない一同に対して、リィラは大樹の頬をビンタした。しかし、大樹は目覚めない。

 

 

「このように何をしても起きません。脅迫や誘惑、それから天界処刑も試してみましたが、無意味でした」

 

 

「起こす途中で殺したんじゃないわよね……?」

 

 

リィラの説明に美琴は嫌な顔をする。原因がありそうな天使を全員がジト目で見ていた。

 

 

「わ、私は何もしていません! こっそり隣で一緒に寝て、大樹様の頭を抱いたら『硬い』とか寝言でふざけたことを抜かしたから天界魔法をぶちかまして何か変なことになったとかそういうわけではありません!!」

 

 

有罪(ギルティ)。数秒後、リィラは天井に吊るされた。

 

アリアと真由美のコンビで取り調べが行われ、リィラから洗いざらい吐かせた。処遇は後、今は解決を急ぐとする。

 

 

「リィラの使う魔法の特徴から、大樹は通常より深く眠らされたのが一番ありえる推測かしら」

 

 

「何をしても起きないのは大樹君の力が強いせいね。どうして平和に過ごせないのかしら……」

 

 

真由美の言葉に全員が頷いた。問題発生が多過ぎである。

 

 

「とにかく、方法を探しましょ。このまま起きないのは困るわ」

 

 

「YES! 黒ウサギも手伝います!」

 

 

優子の提案に黒ウサギは張り切り、グッと両手でガッツポーズする。

 

 

「その必要は無い」

 

 

しかし、バッサリそれを切り捨てるのが折紙。彼女は大樹の元まで近づき、顔を近づける。

 

 

「真実の愛、つまりキスをすれば生き返らせることができる」

 

 

「そんなことを言うと思っていました!」

 

 

「大樹さんは死んでいませんし、キスをしても血が止まらなくなって悪化するような気がします!」

 

 

近くに居た黒ウサギとティナが折紙を止めた。同時に全員で折紙を抑え込んだ。

 

 

「全く……白雪姫じゃないのよ? そもそも男女逆じゃない」

 

 

「優子さん、優子さん。白雪姫は別にキスをされて生き返ったわけじゃないですよ。(ひつぎ)を揺らした拍子に白雪姫は喉に詰まっていたリンゴの欠片を吐き出して息を吹き返したのですよ」

 

 

「嘘……」

 

 

黒ウサギの補足説明に優子は戦慄。そこに真由美が追い打ちをかける。

 

 

「ちなみに眠れる森の美女のいばら姫はキスして目覚めたわけじゃないわ。ちょうど100年の呪いが偶然、その時に解けただけで愛とか———」

 

 

「やめて! これ以上、夢を壊さないで!?」

 

 

優子だけじゃなく、美琴やティナも耳を塞いでいた。

 

その隙に折紙は大樹に近づこうとするが、アリアが止める。

 

 

「駄目よ」

 

 

「チッ」

 

 

アリアの静止に折紙は舌打ちをする。一瞬銃を突き付けたくなったが、我慢する。

 

本格的にどうするか考えていると、吊るされていたリィラが提案する。

 

 

「大樹様の意識世界に皆様を飛ばすことは可能ですよ? 最初からそうお願いするつもりでしたので」

 

 

「最初に言いなさいよ!?」

 

 

美琴の怒鳴り声にリィラはすぐに謝罪するが、反省しているようには見えなかった。

 

 

「というわけで飛ばします。皆様、大樹様をよろしくお願いします!」

 

 

「ちょっと!? まだ準備が———」

 

 

アリアが止めるよりも先に、リィラの天界魔法が発動した。

 

彼女たちの足元に魔法陣が現れ、大樹の寝ている大きなベッドへと投げ出される。

 

青白い光と共に、美琴たちの意識は深い眠りへと落ちて行った。

 

 

「……………ふぅ」

 

 

吊るされた縄をほどいたリィラは息を漏らす。しっかりと全員がベッドで眠っていることを確認すると、一歩ベッドから距離を取り、その場で片膝を着く。

 

 

「神よ……どうか……」

 

 

———天使は亡き神に祈りを捧げた。

 

 

________________________

 

 

 

 

———20※▽年 H月 あr日

 

 

———∑れ時 @?分 23秒

 

 

———場所 高高高高高高校………… 

 

 

 

バチンッ!!

 

 

「「「「「ッ!!」」」」」

 

 

映像が切り替わるように黒一色から景色が変わる。

 

目の前にあるのは黒板。机と椅子が並び、教卓の前には先生らしき人物が授業を教えていた。

 

それを熱心にノートを取る生徒、居眠りする生徒、小さい手紙で交換する生徒、様々な生徒が周囲に座っていた。

 

 

「これが大樹の夢……?」

 

 

美琴が呟きながら辺りを見渡す。

 

自分は学校の制服を着ており、隣には困惑するアリアも居る。後ろを振り返れば優子と折紙の姿も発見できた。

 

 

「———以上の公式から落下するボールの重力が分かるわけだが……楢原、解いてみろ」

 

 

「うっす」

 

 

「「「「!?」」」」

 

 

一番前の席を座っていたのは大樹。学校の制服を着ており、なんと眼鏡をかけていた。

 

黒髪オールバックなのは変わらない。しかし、どこか雰囲気が違った。

 

 

「mg=Wの公式をg=W/mに入れ替えれば良い訳ですよね」

 

 

「正解だ。さすが学年主席だな」

 

 

「「「「!?!?」」」」

 

 

大樹の解答に先生は満足気に頷き、生徒たちから拍手が送られる。

 

物理の問題を大樹が解いた。そのことに美琴たちは戦慄していた。

 

数学や物理、とにかく数字に弱いいつもの大樹じゃないのだ。

 

 

「で、でも今の大樹ならできるかもしれないわ……」

 

 

「そ、そうね。驚くことはないわ」

 

 

異常物体=大樹で証明完了。落ち着くことができた。このことを大樹が聞いたら涙を流しながら笑顔を見せるだろう。

 

続けて美琴とアリアがコソコソと話をする。

 

 

「ここが大樹の夢の様ね。大樹は普通に起きてるみたいだけど……」

 

 

「まずは居ない者を探しましょ。黒ウサギと真由美、それからティナが心配よ」

 

 

キーン、コーン、カーン、コーン

 

 

授業の終わりを知らせる鐘が鳴る。先生が宿題を生徒に出して退出した。

 

休み時間となると、優子と折紙が二人に近づいた。

 

 

「これからどうするの?」

 

 

「今そのことを話していたの。まずは真由美たちを探しましょ」

 

 

優子の質問に美琴が答えるが、折紙はあまり良しとしなかった。

 

 

「ここは夢の世界。迂闊(うかつ)に離れるのは危険のはず。昼休みまで待つべきだと私は思う」

 

 

「……確かに一理あるわね。この後、また授業があるなら今のうちに……」

 

 

折紙の言葉にアリアは頷き、大樹の方を向く。

 

大樹は椅子に座りながらんーっと背を伸ばしていた。話しかけるなら今がチャンスだと美琴たちは近づくのだが、

 

 

「———大樹」

 

 

「ッ!」

 

 

一人の女子生徒が大樹に話しかけた。大樹はその女の子に笑顔を向けて手を挙げていた。

 

折紙は唇を小さく噛むが、他の三人は驚愕した表情で見ていた。

 

 

「リュナ……!」

 

 

黒い長髪をなびかせた女の子の名をアリアは口にする。

 

美琴とアリアは知っている。忘れるわけがない。大樹と離れ離れになった元凶がそこにいるのだから。

 

真由美はガストレア戦争で最悪な現状を作り上げた危険な存在だと認識している。

 

イマイチ、ピンッと来ない折紙にアリアは説明する。

 

 

「彼女は……双葉よ。大樹から聞いたことがあるでしょ」

 

 

「ッ……!?」

 

 

折紙の表情が大きく変わる。良い事を聞いた顔では無いことがすぐに分かる。

 

四人は大樹と双葉の様子を見ることにした。

 

 

「今日も部活?」

 

 

「まぁな。全国大会が決まったんだ。気合を入れて今日も頑張るよ」

 

 

「大丈夫なの?」

 

 

「当たり前だ。俺を誰だと思っている。二連覇王者だぞ?」

 

 

「えー」

 

 

「えー、って何でいつもお前はそうやって返すんだよ」

 

 

何気ない会話で花を咲かせる二人に女の子たちは無言でいた。

 

許せないとか、嫉妬しているわけではない。

 

もう叶わない現実だということを、彼女たちは知っているからだ。

 

 

「もう、昔は私の方が頭が良かったのに」

 

 

「昔は昔。今は今。残念だったな」

 

 

「残念? 嬉しいよ?」

 

 

「……そうかよ」

 

 

「それよりお昼の話だけど、今日は早起きしてお弁当を———」

 

 

ガタッ!!

 

 

大樹は目にも止まらぬ速さで教室を出て行った。双葉は逃げる大樹に驚いて追いかける。

 

 

「ま、待って!? 今日は間違えていないから! 砂糖と塩はもう間違えていないから!」

 

 

「うるせぇ! その前にハンバーグの色を青色に変色させる原因を見つけろ!」

 

 

新情報。双葉は料理が駄目だった。

 

 

「お、追いかけるわよ!」

 

 

アリアの言葉にハッとなる三人。教室から出て二人を追いかけようとする。だが、

 

 

バチンッ!!

 

 

 

________________________

 

 

 

———9999年 99月 99日

 

 

———αお時 !3分 五*秒

 

 

———ば所 屋上………… 

 

 

 

黒ウサギが目を開けるとそこは大空が広がっていた。

 

自分の着ている服が違うことに気付くと同時に、大樹の夢の中へと入ったことを確信した。

 

周囲を見てみると、学校の屋上のようだった。

 

 

「ここが大樹さんの夢……」

 

 

一見、誰も居ない屋上のようだが、黒ウサギは見抜いていた。

 

屋上にある貯水槽の裏側に人の気配があることを。

 

黒ウサギはゆっくりと歩き、貯水槽の近くに寄る。すると会話が聞こえて来た。

 

 

「———この曲は?」

 

 

「アニメだな」

 

 

「この曲も?」

 

 

「アニメだな」

 

 

「アニメばっかり」

 

 

「別にいいだろ。好きなんだから」

 

 

一人は大樹の声。もう一人は女性の声。その声が誰なのか黒ウサギはすぐに分かった。

 

 

(リュナ……双葉さんですね……)

 

 

決して許せる存在じゃない彼女と大樹が仲良くしている。複雑な気持ちで黒ウサギは二人を見ていた。

 

大樹と双葉はイヤホンを片方ずつ分け合い、音楽を聞いていた。

 

 

「また新しくアニメが始まるから楽しみだ」

 

 

「いいの? テストも近いのに」

 

 

「うッ……そ、それは……」

 

 

「また数学で赤点を取ったら留年でしょ」

 

 

「……タスケテ双葉サン」

 

 

「ふふッ、今度奢ってね」

 

 

「はぁ……バイトでも始めようかなぁ」

 

 

二人の会話に黒ウサギはジッとその場で聞いていた。

 

残酷過ぎる夢の世界。それが黒ウサギの心を痛みつけていた。

 

 

バチンッ!!

 

 

________________________

 

 

 

———%102年 0&月 21日

 

 

———まU時 3>分 五*秒

 

 

———バ初 m46通り………… 

 

 

 

 

いつの間にか、景色が変わっていた。

 

どこにでもあるような道。夕暮れの道に、真由美は立っていた。

 

前には学校の制服を着ている大樹の姿が見える。その両隣には、

 

 

「……お兄ちゃん、汗臭い」

 

 

「すっげぇ傷ついた。奈月が反抗期だ。陽、助けて」

 

 

「お兄さん、今日の晩御飯は何ですか?」

 

 

「妹たちが俺をいじめるんだけど!? どう思う双葉!?」

 

 

「面白い」

 

 

「そうだろうな! クソッ!」

 

 

その光景に真由美は酷く心を痛めた。

 

エレシスとセネス。いや、陽と奈月だ。

 

二人は中学生の制服を着ており、大樹と一緒に歩いている。その様子を隣で双葉が楽しそうに見ている。

 

 

「大樹君……」

 

 

真由美は、その場で首を振りながら目を逸らした。

 

 

「大丈夫。私は好きだからねー」

 

 

「あー! 双葉姉さんズルい! お兄ちゃんはあげないからね!」

 

 

「その通りです。私だって大好きですからあげません」

 

 

「痛い痛い痛い!? いろんなところを引っ張るんじゃねぇよ!?」

 

 

———笑い声が響き渡る。その声を真由美は受け入れることはできなかった。

 

 

________________________

 

 

 

———うぇごぎふえ年 あじょh月 jさほfあ

 

 

———おぁh時 kがいk えけおふぁ

 

 

———あkごい —————00 

 

 

 

「スーパーアルティメットドラグーン!」

 

 

「馬鹿者!」

 

 

バシッという痛い音と共にティナの意識が覚醒する。

 

道場の様な場所で、床には大樹が頭を抑え、一人の女性が竹刀を大樹に突き付けていた。

 

腰まで長く伸ばした赤いポニーテールに、ティナの目が見開かれる。

 

 

「変な技を作るな! 禁止だ! ウチを何だと思っている!」

 

 

「必殺鬼胸無し斬りッ!!」

 

 

「ぶっ殺」

 

 

大樹と竹刀で戦っている女性にティナは唇を噛んだ。

 

女性は———楢原 姫羅だったから。

 

フルボッコにやられた大樹は姫羅の尻に敷かれていた。

 

 

「どうだい? もう言わないってアタイに誓う?」

 

 

「誓う! 誓うからどいてくれぇ!!」

 

 

実現不可能の師弟の関係に、ティナは何も言えなかった。

 

練習が再び続行されるが、見る気も起きない。

 

 

「大樹さん……!」

 

 

耳を塞いだティナの小さな声と共に、視界が暗転する。

 

 

バチンッ!!

 

 

________________________

 

 

 

———    年   月   日

 

 

———  時   分   秒

 

 

———        …………… 

 

 

 

 

気が付けば女の子は集合していた。

 

全員顔色は良くない。悪い物を見て来たかのような悲しい表情だった。

 

 

「皆さん……大丈夫ですか?」

 

 

黒ウサギの言葉に全員が頷く。しかし、誰も喋ろうとしなかった。

 

真っ白な空間に大きな扉が一つだけ。この先に誰が居るのかは明白だった。

 

最初に扉に触れたのは美琴。彼女は振り返り確認する。

 

 

「いいわよね?」

 

 

答えを聞くまでもなかったが、全員がしっかりと頷いて答えてくれた。

 

美琴は手に力を入れる。大きな扉はゆっくりと重々しい音と共に開かれた。

 

 

扉の先は———大草原が広がっていた。

 

 

青い空と白い雲。天気は快晴で、太陽が眩しかった。

 

真っ直ぐに進めば盛り上がった丘の様な場所が見える。そこに大樹は座っていた。

 

全員がゆっくりと大樹へと近づく。

 

 

「———リィラが余計なことをしたようだな」

 

 

最初の一言がそれだった。

 

大樹の周りには数百枚の写真が草の上に落ちていた。そこには先程見せられた思い出の光景が映し出されている。

 

美琴たちは、あれからいくつもの『ありえない現実』を見せられた。心が痛くなるような、泣いてしまうような辛い現実ばかりだった。

 

 

「……今まで見せたのは俺の夢だ。叶うことのない、無理な現実だ」

 

 

大樹は立ち上がり手に持った双葉とのツーショット写真をグシャリと潰した。

 

 

「やっぱり弱いな……俺の心は」

 

 

「そんなこと……」

 

 

「美琴。俺は最低なんだよ」

 

 

大樹が首を横に振る。辛そうに何度も首を横に振った。

 

 

「美琴が好きなのに、アリアが好きなのに、優子が好きなのに、黒ウサギが好きなのに、真由美が好きなのに、ティナが好きなのに、折紙が好きなのに———」

 

 

大樹は手を額に当てた。

 

 

「———俺はまだ、乗り越えれない……」

 

 

そして、手に持った写真を引き裂こうするが、できなかった。

 

クシャクシャになった写真は大樹の手から落ちてしまう。

 

 

「大樹……それは必要なことなの?」

 

 

「必要だ。俺は双葉……いいや、リュナを相手にした時、手加減をして逃げるような無様な姿を見せるかもしれない。殺す勇気が———」

 

 

「違うわ」

 

 

アリアは否定した。大樹の落とした写真を拾い上げる。

 

 

「悩んでいることはね、しっかりと向き合っている証拠よ。逃げていないわ」

 

 

「……………」

 

 

大樹は答えない。アリアの拾った写真も受け取ろうともしなかった。

 

 

「……ねぇ大樹君」

 

 

優子の声に大樹は振り返らない。しかし、優子は続ける。

 

 

「これから、どうするの?」

 

 

「……………」

 

 

沈黙する大樹に優子は泣きそうな表情になる。大樹は下を向きながらゆっくりと答える。

 

 

「本当は……このまま、この世界に居て暮らせば良いんじゃないかと思った。神のことも、保持者のことも、全部忘れて、投げ出してしまえばいいんじゃないかと少し思った」

 

 

「大樹君……」

 

 

「分かっている。停滞すれば世界が危ない……保持者で戦える俺しかいない今、そんなことはできない。でも……」

 

 

彼女たちは大樹の考えていることを分かっていた。

 

彼が迷っているのは、

 

 

「大樹さん。黒ウサギたちのことが心配なんですよね?」

 

 

「ッ……何で分かるんだよ」

 

 

「黒ウサギも同じだからです。それに、大樹さんはいつもその事ばかり考えて悩んでいますよ」

 

 

黒ウサギの言う通り、大樹は美琴たちの事を心配していた。

 

大樹はやっと振り返るが、顔を合わせようとしなかった。

 

 

「過酷で、危険で、最悪な道だ。そこを歩くために俺は強くなった。でも、絶対に守れるという保証は無い……いつものようについて来て欲しいと言えるような———」

 

 

「———この世界って大樹君の夢なのよね」

 

 

唐突に話を変え始めた真由美に大樹は困惑する。

 

 

「そ、そうだが……急にどうした?」

 

 

「ねぇ大樹君。どうして私たちが夢に出て来なかったのか、分かる?」

 

 

「え……?」

 

 

真由美の質問に大樹は答えられない。よく考えてみても、分からなかった。

 

そんな大樹に真由美は微笑んで答える。

 

 

「それはね、夢じゃないからよ」

 

 

「……どういうことだよ」

 

 

「馬鹿ね。そんなことも分からないの?」

 

 

真由美は大樹に近づき、大樹の手を両手で握り絞めた。

 

 

「私たちは夢なんかじゃない。夢では終わらないわ」

 

 

「ッ—————」

 

 

「ここに居る。ずっと傍にいるわ」

 

 

「……現実だから怖いんだよ。これ以上、失って無くなれば———!」

 

 

「大樹さん」

 

 

ティナが名前を呼んで止める。

 

 

「らしくないです。いつもの大樹さんじゃないですよ」

 

 

「いつもの俺って何だ!? 本当の俺はいつも……いつも……!」

 

 

真由美の手を振り払い、両手で頭を抑える。苦しむ大樹に折紙が近づき、その体を抱き締めた。

 

 

「大丈夫。私は、どんな時でも大樹を信じている」

 

 

焦燥(しょうそう)で狂わせていた瞳が正気に戻る。糸が切れたかのように大樹の体から力が抜けていた。

 

 

「———何でバレた」

 

 

そこにはいつもの大樹が居た。折紙の体を抱き寄せて苦笑いで皆に問いかける。

 

 

「今の演技は一番上手かったかもしれないわね」

 

 

フフンッと自慢げに美琴が笑みを見せる。アリアたちも騙せていないことに大樹は少しばかりショックを受けていた。

 

 

「本物と嘘を混ぜたのに、リィラの天界魔法で完璧のはずだったんだが……勝てないな、ホント……」

 

 

今回の一件はリィラと大樹の仕業だった。最初から魔法の失敗など嘘。

 

それを彼女たちは途中から見抜いていたのだ。

 

 

「でしょうね。でも気付いたわ。決定的な間違いを言ったおかげで」

 

 

アリアに指摘され、大樹は自分が言った言葉を思い出す。しかし、答えは出て来そうに無かった。

 

首を横に振ってギブアップ。答えは優子が教えてくれた。

 

 

「『殺す』ことなんて、大樹君には無理なはずよ。それに全部、救うって決めたんでしょ?」

 

 

「……ああ、そうか。だったら、全部間違っているな」

 

 

微笑みながら答える優子を見て大樹は負けを認める。

 

リュナに対して手加減や逃げる、命を奪う問題じゃない。俺はアイツを救うと心に決めた。その気持ちは今でも揺るがない。

 

 

「リィラ」

 

 

「聞いています」

 

 

大樹が名前を呼ぶとリィラが姿を見せた。天使の翼を大きく広げた彼女は女の子たちを見渡した後、頷く。

 

 

「大樹様がどれだけ彼女たちを愛し、愛されているのかは理解しました」

 

 

愛というワードに顔を赤くする一同。大樹は「まぁな」と腕を組んで何ともないように見せているが、顔は赤い。

 

 

「ですが、言葉や思いだけでは……私は納得できません」

 

 

「納得……?」

 

 

黒ウサギがどういう意味なのか教えて貰う為に大樹の顔を見る。

 

大樹は複雑そうな表情で事情を話す。

 

 

「次に行く世界で、神の糸口を見つける」

 

 

「……確実に見つけるのね」

 

 

『見つかるかもしれない』と大樹は言わない。彼女たちの表情に緊張が走る。

 

 

「ああ、絶対だ」

 

 

「……どこの世界に行くのか、当然知っているのでしょう?」

 

 

不安で震わせた唇を動かし、真由美は大樹に訊ねる。大樹は一呼吸置いた後、答えた。

 

 

 

 

 

「———俺の生まれた世界だ」

 

 

 

 

 

「「「「「ッ!」」」」」

 

 

「これは俺の勘だが、リュナもそこに居ると思っている。だから———」

 

 

「だからこそ、私は彼女たちをこの世界で保護することを提案します」

 

 

リュナの強い言葉が大樹の発言を被せる。大樹はリュナを睨むことはなく、否定することもなかった。

 

そんな横暴な提案に、彼女たちが乗るわけがなかった。

 

 

「ふざけないでください。そんな提案は反対ですッ」

 

 

「ティナ様、相手は神から力を授かった保持者ですよ? 大樹様の足を引っ張る結果になるだけです」

 

 

慈悲の無いリュナの発言で、大樹とリュナがこれから行おうとすることを大体予測できた。

 

大体の事を察した折紙が声を漏らす。

 

 

「だから試す……?」

 

 

「その通りです。もちろん、思いは立派です。私が大樹様に言うことは何一つございません。ですが、力は別です」

 

 

「……………」

 

 

リィラの言葉に大樹は黙っていた。彼もまた、それを危惧しているからだ。

 

万が一、美琴たちがリュナに襲われた時、抵抗の有無で命運は変わる。彼女たちがそれぞれ力を持っていることは分かっているが、保持者レベルの話になれば話は変わる。

 

だから大樹はリィラの言葉を簡単には否定できなかった。それに言葉は厳しくても、彼女も天使として美琴たちを心配してくれているのは確かだ。

 

 

「分かったわ。よーく、分かったわよ」

 

 

緊張から解放されたかのように息を大きく吐き出しながら美琴は大樹に近づき、トンと胸を叩いた。

 

握り絞めた拳と美琴の顔を交互に見ながら大樹は困惑する。

 

 

「えっと……何が?」

 

 

「弱いから大樹の足を引っ張るんでしょ。なら私たちが強いことを証明すればいいだけの話よね」

 

 

「正解です。なので———」

 

 

美琴の言葉にリィラが頷き説明しようとするが、

 

 

「大樹。これだけは言っておくわ。私たちは、あんたが思っているより、弱くないわ」

 

 

「ッ……それは俺も分かって」

 

 

「美琴の言う通りよ。分かってないわ全然」

 

 

大樹が否定しようとするが、アリアは首を横に振った。

 

少しカチンッと来る。分かっているからリィラがあーだこーだ言うわけで、自分も心配しているのだ。

 

 

「大樹君」

 

 

優子に呼ばれて大樹はハッと我に返る。

 

 

「大樹君に……神様に貰ったペンダントが無かったら私が一番弱いと思うの。ううん、誰よりも弱いの」

 

 

「優子……」

 

 

「でもね、負けないわ」

 

 

強い意志が現れた声に大樹は言葉を失う。

 

迷いを捨てた優子の瞳を見た大樹は釘付けになる。

 

 

「大樹君の傍に、ずっと居たいから」

 

 

優子の言葉に同意するように彼女たちは頷く。その光景に大樹は嬉しさに涙を零しそうになるが、男なので我慢する……我慢、する。

 

 

「う゛ん゛……俺もずっと一緒にい゛だい゛……!」

 

 

「だ、大樹さん……いえ、何でもないです……はい」

 

 

黒ウサギは何とも言えない心情で、そっと大樹にハンカチを渡した。

 

 

________________________

 

 

 

リィラと大樹が創り上げた夢の世界———『モルペウスの箱』と呼ばれる天界魔法だ。

 

この空間は人の意識を閉じ込める天界魔法なのだが、使い方を変えれば便利快適ワンダフルとリィラは語る。

 

王道な使い方としてストレス発散。心の中にある悪や負の感情を浄化することができる。さらに夢の中に深く入り込めば短い睡眠時間でも十分に睡眠を取ることもできるという。

 

そして俺はこの天界魔法を使い修行もした。つまり、

 

 

「この仮想世界は現実に一番近い夢の世界だ。ここで勉強すればその分、現実でも知識が身に付いた状態で目覚めることができる。技を考えれば現実で実践練習ができる」

 

 

大樹が説明している途中だが、これから何をするのかはある程度察した。

 

 

「この世界で怪我をしても、痛みを感じても現実は無事というわけね」

 

 

「……美琴、痛いのは痛い。甘く見ないで欲しい」

 

 

「分かっているわよ」

 

 

美琴は拗ねるように顔を逸らす。

 

全員が理解したのを見たリィラは後ろに巨大な扉を出現させた。

 

 

「準備ができましたらこの扉を入ってください。その瞬間、戦闘を開始します」

 

 

「相手はあなた?」

 

 

僭越(せんえつ)ながら」

 

 

折紙の質問にリィラは体を前に傾ける。

 

天使の実力は大樹やジャコぐらいしか知らないだろう。保持者の大樹程でもないだろうが、大樹の右腕———ジャコに続く『左腕』の実力はあるだろうと彼女たちは推測する。

 

天界魔法という人知を超えた能力を持っている、そして本物の天使であることには変わりない。

 

リィラはその場で姿を消し、扉の奥へと消えていった。

 

 

「大樹。リィラの実力はどの程度なの? 詳しく教えなさい」

 

 

「え゛」

 

 

突然アリアの質問が始まった。敵の強さを一番知る大樹に聞くことに周りは驚く。

 

 

「そ、それってアリなのかしら……」

 

 

「優子、別に禁止されていないのよ。それに準備しなさいと言われたから準備しているだけよ」

 

 

さすが武偵と周りは感心する。敵の強さを事前に知ることは大事だと思い知った。

 

大樹は全員にリィラのことを教える。

 

 

「アイツは下位の天使だ。天使の中でも弱い天使だった」

 

 

「『だった』ね……それで?」

 

 

「俺の力を受けた影響でめちゃんこ強くなってる」

 

 

「「「「「最悪」」」」」

 

 

「あの……全員から(さげす)まれる目で見られると大興奮どころか大泣きしそうなのですが……そんな目で見ないでぇ!!」

 

 

また涙を流す大樹であった。

 

それから知っている天界魔法のことを聞いて対策を練る。大樹は細かく丁寧に優しく教えるが、

 

 

「アイツ……何か企んでいるに違いない。十分に気を付けてくれ」

 

 

真剣な大樹の表情から本気が伝わる。女の子はその思いを受け止めて力強く頷いた。

 

 

「……本当は隣で見守りたいが、遠くから見ている」

 

 

「隣は邪魔です」

 

 

「ティナが反抗期に入ったよぉ!!」

 

 

「大樹さん。もう見送りはいいので」

 

 

「黒ウサギが辛辣ぅ!!」

 

 

大樹を置いて準備を整えた美琴たちは扉へと向かう。

 

最後までいつもの自分を見せてくれた大樹。彼に見えないように女の子たちは笑みを浮かべる。

 

 

「またわざとやっているわね」

 

 

「それが大樹君のいいところよ」

 

 

アリアと真由美の言葉に皆がクスリと笑う。

 

扉に手を掛けたのは折紙と黒ウサギ。二人は頷き合うと、扉を勢い良く開いた。

 

扉の先に広がるのは高層ビルの街。大通りの道の先にはリィラが待っている。

 

 

「お待ちしておりました」

 

 

「意外ね。不意打ちを警戒していたけど、残念ね」

 

 

全員が武器を構える中、リィラの口元は笑った。

 

 

「いえ、警戒して損はありませんよ」

 

 

ガリガリガリッ!!

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

コンクリートを削るような音が聞こえた瞬間、事態に気付いた黒ウサギが叫ぶ。

 

 

「下から来ます!!」

 

 

黒ウサギは優子の腕を引きながらその場から跳躍して逃げ出す。折紙はワイヤリングスーツを展開、真由美は魔法で跳躍して浮遊魔法を展開した。

 

ティナは狙撃銃をリィラに反撃の構えを取りながら跳躍している。

 

五人がそれぞれ回避している中、美琴とアリアは逃げ出そうとしなかった。

 

 

「行くわよアリア!」

 

 

「任せなさい!」

 

 

美琴の合図でアリアは上に向かって一発の銃弾を放つ。その銃弾は緋色を纏い、空へと向かう。

 

 

カクンッ

 

 

しかし、銃弾の軌道は大きく変わる。

 

銃弾は美琴の放つ電撃と繋がっており、そのまま真下へと急降下する。

 

 

「ちぇいさーッ!!!」

 

 

ドゴンッ!!!

 

 

銃弾は何十倍もの威力が膨れ上がり、地面に叩き付けられた。まるで大砲が放たれたかのような音にリィラは驚愕の表情を表に出す。

 

コンクリートの地面に大きなヒビが生まれる。下から攻撃を仕掛けて来たモノごと破壊しながら。

 

 

(やはり大樹様に知られていますね……ですが、禁止にしなかった理由はこれですよ)

 

 

不意打ちの天界魔法を破られたリィラは攻撃を仕掛けようとするティナに向かって手を向ける。すると目の前に魔法陣が出現した。

 

 

バチンッ!!

 

 

ティナの放つ銃弾は魔法陣が受け止めた。簡単に攻撃を受け入れてくれないことはティナも承知していることだが、こうも簡単に止められるとは思わなかった。

 

 

「そこッ」

 

 

「ッ!」

 

 

ガチンッ!!

 

 

風を切る様な速度でリィラの懐に入り込んだ折紙。レイザーブレイドでリィラの胸を貫こうと狙うが、魔法陣が妨害した。

 

 

「返します」

 

 

「「ッ!」」

 

 

バチンッ!!

 

 

ティナの弾丸と折紙の剣が魔法陣によって弾けるように跳ね返る。弾丸はティナの狙撃銃のスコープを破壊し、剣は砕けるように折れた。

 

リィラは怯ませた二人に時間を与えない。隙ができた二人に天界魔法を叩きこもうとする。

 

 

「させないッ!」

 

 

フォン!!

 

 

避難したビルの屋上から優子の大声が聞こえる。

 

彼女の声と共にティナと折紙の足元に魔法陣が描かれる。構築した魔法は『対物障壁』。銃弾も防ぐことができる魔法の障壁だ。

 

リィラの手から天界魔法が繰り出されようとするが、優子の予想は外れることになる。

 

 

ゴオォ!!

 

 

天使の翼をリィラは飛翔した。障壁で守られた二人を無視して上空へ、ビルの屋上へと。

 

リィラに狙いを付けられた優子は息を飲む。

 

魔法のタイミングをズラされ、無防備になった優子に攻撃を仕掛けるリィラは完璧の動きができていた。だが、

 

 

「———最初にアタシが狙われるって読んでいたわ……!」

 

 

「ッ! しまっ———!?」

 

 

震えた声で告げる優子の言葉にリィラは迂闊な行動だと悟った。

 

 

シュピンッ!!

 

 

優子が首から下げたクリスタルを握り絞めると、四角形のガラスの箱に包まれた。

 

何一つ通さない絶対の壁。魔法よりも強固に造られた守りにリィラは急いで逃げようとするが、

 

 

フォン!!

 

 

真由美の魔法が発動する。リィラを閉じ込めるように展開した対物障壁。普通に発動すればリィラを捉えることは不可能だろう。しかし、今のリィラに一瞬の隙が生まれたことで成功した。

 

 

「今よ黒ウサギ!!」

 

 

「くっ!」

 

 

最後に決めるのは最高火力を秘めた黒ウサギの最強恩恵———天雷を纏う【インドラの槍】。

 

溢れ出すように感じる神気にリィラの表情は曇る。轟く雷鳴、電撃が槍先に収束する。

 

 

(最初で最後の一撃です! もう此処で決めるしかありません!!)

 

 

全霊を込めた黒ウサギの一撃が撃たれる。

 

 

穿(うが)て! 【疑似神格・梵釈槍(プラフマーストラ・レプリカ)】!!」

 

 

ゴオオオオオォォォ!!!

 

 

解き放たれた必勝の槍。第六宇宙速度で猛進する一撃にリィラは魔法陣の壁で防ごうとする。

 

それはあまりにも愚かな行為。絶対の勝利を受け止めることは、敗北を意味する。例え天使でも、その『絶対』を打ち破ることは不可能。

 

 

「———【概念拒否(ノー・ノーティオ)】」

 

 

言葉一つ、魔法一つ、力一つで愚かな行為は消える。

 

 

パシィンッ!!

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

必勝の槍が、止まる。

 

リィラを囲むように四方の魔法陣が展開するが、槍は糸も簡単に魔法陣を砕いた。次の瞬間、凄まじい衝撃でリィラを貫こうとした。

 

だがリィラは槍を両手で掴み止めた。矛先はリィラには当たらず、射貫くことはできなかった。

 

信じられない光景に黒ウサギの表情が真っ青に変わる。それは美琴たちも同じだった。

 

絶対の勝利を受け止めることは、敗北を意味する———その意が消滅しているからだ。

 

 

「大樹様の力は全てを無効化するほど強力なモノです。対して私は悪災を断つ程度の力しかありません。ですが———」

 

 

バギンッ!!

 

 

リィラは両手で最強の槍を真っ二つに折る。ゴミと化した武器をその場に投げ捨て、天使の翼を大きく広げた。

 

 

「———今の私は違います。今の攻撃、黒ウサギ様の『必勝』という概念を消しました」

 

 

「なッ!?」

 

 

説明に息を飲む黒ウサギ。インドラの槍は一瞬でただの槍へと変わったのだ。そんな攻撃でリィラは一生倒すことはできないだろう。

 

 

「この障壁はジャコ様では破れません。唯一破れるのは大樹様だけです。そんな壁を、あなた様方は破れますか?」

 

 

天使は見下す。憐れんだ目で絶望する少女たちを。

 

越えられない壁はあまりにも分厚く、高過ぎた。

 

 

________________________

 

 

 

天界魔法は基礎魔法でも相手が人の身であるなら十分な威力を出すことができる。

 

リィラは次々と炎球や氷の槍、落雷など美琴たちに容赦無く飛ばしていた。

 

一方的な攻撃だった。突破口が完全に塞がれた状態が続き、防衛を強いられた彼女たちは疲労が溜まるだけだ。

 

特に優子と真由美は立ち上がれない程疲れ切っていた。サイオンが枯渇していた。

 

 

「……まだ続けますか?」

 

 

「当たり前でしょッ……!」

 

 

バチバチと電撃を弾き飛ばしながら美琴は立ち上がる。怪我をしてもなお、彼女たちの闘志が消えることはなかった。

 

 

キンッ……

 

 

美琴はポケットからコインを取り出し指で弾いた。

 

しかし、超電磁砲(レールガン)は一度試し通じていないことを全員が知っている。リィラは呆れるように魔法陣を前方に出現させる。

 

 

「折紙! お願いッ!!」

 

 

「【砲冠(アーティリフ)】!」

 

 

美琴の背後には折紙が居た。彼女は精霊の力を解放して、ワイヤリングスーツから霊装を纏う。

 

王冠型の翼がコインの周囲を回転する。白銀に輝き始めるコインに美琴の一撃が加えられた。

 

 

バチバチガシャアアアアアアアン!!!

 

 

地面を抉りながら音速を超える速度で突き進む超電磁砲(レールガン)にリィラは瞬き一つしなかった。自分を守るように【概念拒否(ノー・ノーティオ)】が展開しているからだ。

 

 

バチンッ……

 

 

魔法陣に直撃した瞬間、コインはゆっくりと回りながらリィラの手元へと落ちた。

 

どんなに威力を上げても掻き消える。そんな光景を嫌と言う程、この戦いで思い知っている。

 

 

「お返しです」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

リィラの展開魔法が発動してコインが銃弾の様に飛ぶ。女の子たちに向けって放たれた攻撃に黒ウサギが立ち塞がる。

 

 

ドシュッ!!

 

 

「くぅッ……!」

 

 

「黒ウサギ!?」

 

 

既に武具と防具の恩恵を失った彼女は生身の体で受け止めるしか方法は無かった。

 

優子たちの顔から血の気が引く程、鮮血が盛大に飛び散った。

 

倒れる黒ウサギをアリアが抱き止めるが、体勢を崩して地面に倒れた。

 

 

「好きにはさせませんッ!」

 

 

「ッ!?」

 

 

ティナがリィラに銃を構えた瞬間、即座に天界魔法をティナに向けて放った。

 

狙撃銃の銃身が折れ曲がるような衝撃波をまともに浴びてしまう。狙撃銃はティナと一緒に後方へ吹き飛ぶ。

 

 

「ティナちゃんッ!?」

 

 

疲労した体に鞭を打ってでも、優子は小さな体を飛び込んで受け止めた。

 

ティナを守る為に。自分の体が地面から落ちてでも(かば)った。

 

 

「優子さん……!」

 

 

「アタシは平気よ……ッ!」

 

 

痛々しい怪我にティナは顔を歪める。だが優子は無理な笑みで安心させようとしていた。

 

 

「……………」

 

 

血を流す女の子たちを見ても、天使は同情などしない。

 

普段見ているリィラとは大違いだった。

 

圧倒的な力。理不尽な力。そんなモノを前にしていると再認識する。

 

 

(……冗談ですよね)

 

 

しかし、リィラの内心では焦っていた。

 

何度でも立ち上がる彼女たちを見て。

 

 

「アリアさんッ……黒ウサギなら大丈夫ですッ」

 

 

「それでも無理は駄目よッ……」

 

 

互いに肩を貸しながら立ち上がるアリアと黒ウサギ。その瞳から闘志の炎は消えていない。

 

二人だけじゃない。全員がリィラを倒そうとする意志がヒシヒシと伝わる。

 

 

「ティナちゃんッ……負けちゃ駄目よッ」

 

 

「分かっていますッ」

 

 

立つことができない優子でも戦おうとしていた。武器が壊れたとしてもティナは諦めていない。

 

 

(大樹様自身の持つ思いは素晴らしいモノでした。他の人では見れないと思っていましたが……あなた様方で見てしまうとは少し予想外です……!)

 

 

気を引き締める為に魔法陣を更に多く宙に展開する。油断しないように、リィラは彼女たちから決して目を離さなかった。

 

 

「さすが天使ね……これ以上、打つ手があるのかしら?」

 

 

「顔は諦めていないけど?」

 

 

息を切らしていた真由美だが、優子と笑い合っている。

 

 

「当然、ですッ。諦めるにはまだ早い時間です……!」

 

 

「そうね……まだ行けるわ!」

 

 

「YES! 黒ウサギたちなら勝てます!」

 

 

壊れた狙撃銃を杖替わりにしながら立ち上がるティナ。小さい体でも諦めないティナを見たアリアと黒ウサギは頷く。

 

 

「—————!」

 

 

その時、美琴の頭の中に、一つの考えが浮かんだ。

 

バチバチと電撃を散らしながら美琴は深呼吸する。隣では折紙が意識を集中させて精霊の力を高めていた。

 

その様子に美琴は折紙に尋ねる。

 

 

「気付いた?」

 

 

美琴の言葉に折紙は力強く頷いた。

 

二人は、天使リィラの最強の壁———【概念拒否(ノー・ノーティオ)】の弱点を見つけた。

 

 

「皆、聞いて欲しいことがある」

 

 

折紙の声に全員が耳を澄ませる。

 

作戦を立てようとする彼女たちをリィラは許さない。反撃の種を潰すために攻撃を仕掛けようとする。

 

 

バチバチガシャアアアアアアアン!!

 

 

しかし、美琴の放出する電撃がそれを邪魔する。

 

 

「させないわよ!」

 

 

「こちらのセリフです」

 

 

魔法陣から怒涛の攻撃が放たれる。リィラの攻撃手数は先程より増していた。

 

それにも関わらず美琴は激しく応戦する。ついに見つけ出した突破口を塞ぐわけにはいかなかった。

 

だが現実は非情。天使の猛攻に美琴は十秒も耐えることができなかった。

 

 

「十分よ!!」

 

 

アリアの握り絞めた二刀流の刀。緋色に染まった刀身でリィラの攻撃を弾き飛ばした。

 

早い復帰にリィラは驚く。作戦を放棄したならおかしいことではないが、自信に満ちた表情を見てそれは違うと頭を動かす。

 

魔法陣を展開して攻撃準備に取り掛かる。

 

 

「見てなさいリィラ! これがあたしたちの全力よ!」

 

 

アリアの掛け声と共に、彼女たちは立ち上がる。

 

概念拒否(ノー・ノーティオ)】の突破は絶対に不可能だとリィラは分かっている。それでも、不安になるのは何故か。

 

急いで彼女たちを攻撃しようとするが、用心深くなってしまったリィラは行動に移せないでいた。

 

 

バチバチガシャアアアアアアアン!!

 

ギャンッ!! ギャンッ!!

 

 

一帯を破壊する勢いで解き放たれる美琴の電撃と、全方位から幾千幾万もの破壊力を帯びた粒を放つ【日輪(シェメッシュ)】がリィラを襲う。

 

しかし、【概念拒否(ノー・ノーティオ)】に死角はない。球体状に魔法陣を作り上げて完全に隙間を無くした状態で身を守った。

 

作戦にしては、あまりにも惨め。呆れ溜め息を吐きそうになるが、

 

 

シュンッ!!

 

 

次の瞬間、その息を飲むことになる。

 

アリアは右手に持っていた剣を逆手に持ち、そのままリィラとは真逆の後方に投擲した。

 

突然の行動にリィラは混乱するが、すぐに理由が分かる。美琴と折紙の攻撃は囮だったと。

 

 

フォンッ!!

 

 

優子と真由美は少ないサイオンを合わせることで魔法を発動する。発動した魔法は———逆加速魔法【ダブル・バウンド】。

 

刀の柄が魔法陣に当たった瞬間、反発して射出された。

 

刀の先はリィラを狙っている。威力はまだ弱いと認識するが、

 

 

「貫けえええええェェェ!!」

 

 

「ッ!?」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

射出された刀の柄に黒ウサギの宙返りの蹴り———オーバーヘッドキックが叩きこまれた。

 

気迫を込めながら吠えた蹴り。爆発したかのように速度を上げる刀。『月の兎』の脚力は常識破りだった。

 

刀は緋色の流星となり、リィラを撃ち抜こうとする。

 

 

(やはり弱点を見破られていた……!)

 

 

概念拒否(ノー・ノーティオ)】の弱点、それは———消せる概念は一つだけということだ。

 

黒ウサギの【疑似神格・梵釈槍(プラフマーストラ・レプリカ)】は『勝利』の概念を消した。ゆえに投擲された槍の威力を消すことはできなかった。

 

美琴の超電磁砲や銃弾は『力』の概念を消すことで無力化にした。ゆえに優子と真由美の魔法を無効にするためには違う壁を張り直さないといけなかった。

 

コインを返す時も『抵抗』という概念を消すことで威力を増して飛ばすことができた。ゆえに反撃が魔法陣に触れた時、今度は自分が最悪な目に遭うことになる。

 

 

(この刀を止めるには『力』の概念を消せば良いことです。ですが、そうなるとアリア様の色金の力を秘めた刀、そして美琴様と折紙様の『異能』が通ることになります……)

 

 

同時に二つの概念を消すことはできない。確かにこのままでは攻撃が通ってしまう。しかし!

 

 

「【概念拒否(ノー・ノーティオ)】!」

 

 

シュンッ……

 

 

概念拒否(ノー・ノーティオ)】に刀が直撃した瞬間、消滅するように刀は姿を消した。

 

単純な話だとリィラは心の中で笑う。『攻撃』の概念を消すだけでいいのだと。

 

 

「折紙! 黒ウサギ! 行くわよッ!!」

 

 

———その油断がリィラを危機に(おとしい)れた。

 

 

美琴の掛け声と共に彼女たちは跳躍と飛翔していた。突飛な行動にリィラの目は見開かれる。

 

既に三人はリィラの頭上へと場所を移動していた。リィラは反撃の魔法を発動することができず、何故そんな無謀な行動をしているのか理解できなかった。

 

 

(そんなッ!? 『攻撃』を通すことは不可能———まさか!?)

 

 

狙いに気付くまでの時間。それはあまりにも遅過ぎた。

 

リィラが新たな概念の壁を張り直そうとするが、その前に三人は抜けて来た。

 

 

ドンッ!!

 

 

「くッ!!」

 

 

三人はリィラに()し掛かるように落ちた。苦悶(くもん)の表情でリィラは落ちない為に必死に耐えた。

 

彼女たちから『攻撃』する概念は消滅している。二度とこの戦いで攻撃をすることを禁じられた。

 

そんな捨て身の特攻だが、『拘束』という概念は消えていない。

 

 

「リィラさんッ……あなたなら必ず混ざり合わせた概念を上手く一つで消すと信じていました……!」

 

 

「『物質』の概念で消されたら私たちは完全に終わっていた。でも、アリアの力を警戒してそれはやめた……!」

 

 

リィラに体重をかけながら黒ウサギと美琴は苦しそうに笑って見せる。折紙と合わせて三人の体重を乗せているにも関わらず、天使は少しだけしか落ちない。

 

 

「———これなら、戦える」

 

 

「そん、な……!」

 

 

折紙は隠し持っていたCR-ユニット『ブリュンヒルデ』を身に纏った。機材の重量は3人の体重を遥かに超える重さ。押し潰されるかのような重さにリィラの体は急速に落ちる。

 

 

(不味い———!?)

 

 

このまま落下すれば球体状に作り上げた結界に触れてしまう。自分の落ちる体に合わせて結界を移動すれば済む話だが、リィラにはできない。大樹の様に神の力を自在に操る力を持っていないからだ。

 

壁に触れればリィラは三人と同じように『攻撃』が封じられる。それだけは避けなければいけなかった。

 

結界を消す———それは彼女たちの狙いのはず。無と化した天使を地に落とした勝機があると! ならば!

 

 

「『重量』の概念を消せばいいだけです!!」

 

 

天使と三人の体が壁に触れた瞬間、その場に浮くように体が止まった。

 

重量がゼロになった今、紙よりも、軽い存在になり宙に浮いてしまった。当然、リィラは笑みを見せて三人は苦悶の表情を———?

 

 

「チェックメイトです、リィラさん」

 

 

彼女たちは———勝利を確信した表情をしていた。

 

黒ウサギの言葉にリィラは目を疑う。地上から浮いた自分を狙う遠距離はアリアやティナの持つ銃くらいだ。しかし、ティナの銃は壊れ、アリアの火力では自分を打ち破るには足りない。

 

優子と真由美のサイオンは枯渇して魔法は使えない。美琴と黒ウサギ、そして折紙の三人は絶対に攻撃することは不可能。

 

 

「———この勝負、貰いました」

 

 

真下にはティナが銃———『右手』で作った銃を構えていた。

 

人差し指の先から青白い光が溢れ出し力を集中させていた。

 

その光景にリィラは愕然(がくぜん)とする。この時、リィラはティナの持つ瑠瑠神の力の存在を忘れてしまっていた。

 

最初からずっと使わず、どんな危険な場面でも温存していた。その一撃を、勝利の一撃にする為に。

 

 

(【概念拒否(ノー・ノーティオ)】……間に合わない!?)

 

 

概念の壁を突き抜けた直後、すぐに展開することはできない。

 

リィラは【概念拒否(ノー・ノーティオ)】を諦め、拘束する彼女たちから逃れようとする。しかし、

 

 

「全然痛くないわよ?」

 

 

「ッ……!」

 

 

リィラの拳は美琴たちに当たるが、『重量』を失った拳はダメージを通さない。自分の判断がここまで自分の首を絞める結果になるとは思わなかった。

 

しかし、まだ詰めが甘いとリィラは魔法を発動しながら思う。

 

 

ゴオォッ!!

 

 

手から天界魔法を発動。暴風が吹き荒れるように風を纏い、一気に上へと上昇した。

 

ガラスが砕け散る音と共に美琴たちは無理矢理引き剥がされ、ビルの壁に叩きつけられる。

 

 

「逃がしませんッ!! 【瑠璃(るり)懸巣(かけす)】」

 

 

「遅いですッ!!」

 

 

蒼色の弾丸がリィラの胸を貫こうとするが、リィラは体を捻ることで回避した。

 

『重量』を失ったせいで体にかかる負担が大きい。体が引き千切れそうなくらい無理をしているが、それでもリィラには勝機がある。

 

空から勝利を逃した彼女たちを見下す。自然と笑みがこぼれる。

 

ギリギリの戦いだった。しかし、勝利は自分であることは間違いない。

 

 

 

 

 

リィラの勝利は———間違いない、そのはずなのに。

 

 

 

 

 

「メエエエエエェェェ!!!」

 

 

目前に攻める黄金の角を最後に、リィラの視界はブレた。

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!!

 

 

「かはッ……!?」

 

 

凄まじい衝撃が体にぶつけられる。痛みを感じる前に、呼吸が止まった。

 

攻撃の正体を見た瞬間、リィラは自分の愚かさを思い知った。

 

彼女たちの本当の切り札は、最高のタイミングで切られた。その策に気付くことはできたはずなのに、リィラは完全に失念していた。

 

 

「白雪!! お願いッ!!!」

 

 

優子の応援に神級の力を持った白雪の体毛が白金色の輝きを放つ。

 

黄金の角が天使の力をねじ伏せる。圧倒的な力で、上から潰すように。

 

優子のことを誰よりも弱いとリィラでも思っていた。そんな彼女の隠し持った必殺の一撃に天使は破れる。

 

 

 

 

 

「【破壊の猛威(ヴートディストラクト)】!!」

 

 

 

 

 

超音速の突進はリィラを戦闘不能まで追い込むには十分の威力を備えていた。

 

概念拒否(ノー・ノーティオ)】の出す暇すら与えられない。リィラの残す手を無慈悲にブチ壊した。

 

空に一閃。黄金の流星が駆け流れると同時、リィラの意識は暗闇に落ちた。

 

天使の力が消えたことで、『モルペウスの箱』も崩れ、美琴たちの意識もスッと消えるように落ちる。

 

 

________________________

 

 

 

 

美琴たちが目を覚ますと、抱擁(ほうよう)されていることに気付く。誰がとは、もはや考えるまでもない。

 

大樹は指先を使って無理にでも全員を抱き締めて待っていた。

 

 

「寿命がゴッソリ削られた」

 

 

「心配し過ぎよ……馬鹿」

 

 

大樹の頭を美琴は優しく撫でる。どれだけ大樹が心配していたのか伝わる。

 

 

「もう大丈夫だ。悪は滅した」

 

 

天井からロープで吊るされた天使を見て、どれだけ大樹が心配していたのか嫌と言う程伝わる。

 

 

「ああ! そんな大樹様! 私は良かれと———!」

 

 

「粉砕玉砕大喝采」

 

 

バギッ!!

 

 

大樹は容赦無く、両手で天使の輪を粉々に砕いた。

 

 

「ああ! あああ! あああああ! あああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 

絶望と悲観を混ぜ合わせたかのようなリィラの泣き叫びに女の子たちの表情は引き()る。大樹は手でゴリゴリと粉状になるまで天使の輪をすり潰す。

 

 

「【概念拒否(ノー・ノーティオ)】なんて反則技を使いやがって……最初に話した時は使わないって言わなかったか? おん? 覚悟はできているよな?」

 

 

「だ、大樹君? アタシたちは無事に認めてくれるんでしょ? だからその……ね?」

 

 

以心伝心。優子の言葉を聞かずとも、大樹は理解している。

 

 

「分かった。今から沈めて来る」

 

 

「うん、違う」

 

 

以心伝心? いいえ、全く大樹には伝わっていなかった。

 

ロープで結ばれたリィラを担いで本気で沈めに行こうとしていた。

 

 

「ま、待ちなさい!?」

 

 

「どうしたアリア!? 一発殴っておくか!?」

 

 

「鬼畜過ぎるわよ!?」

 

 

暴走気味に鬼畜になった大樹の目は本気。相当怒っていることが分かる。

 

黒ウサギと真由美が大樹を必死に止める。それでも抵抗して天使の羽根を千切るなど恐ろしいことを口にしたので、全員で圧し掛かり止めた。

 

 

「な、何事だ!?」

 

 

この騒動に気付いた原田が慌てた様子で部屋に入る。そして彼らを見て、

 

 

「……………いや何事だよ!?」

 

 

「原田ぁ!! その天使を……!」

 

 

「だ、大樹!? 大泣きしている天使がどうするんだ!? 助けば———」

 

 

「東京湾に沈めろぉ!!」

 

 

「はあああああァァァ!? 何でだよ!?」

 

 

その後、精霊たちの手を借りてやっと事態を収束させることができたという。

 

仲直りの為に、天使の輪は大樹が復元してあげたそうだ。

 

 

 

________________________

 

 

 

「認めます。大樹様と、その大切な方々に忠義を尽くすことを再び誓わせていただきます」

 

 

片膝を床に着きながらリィラは頭を下げることで事態は収拾した。

 

次の世界———俺の世界に帰る。出発するのは約一週間後。その間にできる準備は整える。

 

この世界でやり残したことが無いように、俺は行動を開始した。

 

 

「———というわけで、手始めにお前らの戦闘力を削ったわけだ」

 

 

社長室の机の上で足を組みながら座っているのは大樹。部屋は荒れ果てているが、服には一切の傷が無い。

 

女の子が選んでくれたジャケットを気に入っているのか、嬉しそうに何度も服を確認している。

 

 

「ば、化け物……!」

 

 

ドアの近くでは全身に白金の鎧を纏った金髪碧眼のエレン・ミラ・メイザースが息を切らしていた。

 

窓の外からは黒煙がいくつも立ち上り、バンダースナッチの残骸ばかりが転がっている。

 

そう、ここはデウス・エクス・マキナ・インダストリー日本支社。DEM社だ。

 

大樹の正面、社長室の椅子に座っているのはアイザック・レイ・ペラム・ウェストコット。顔色一つ変えず、大樹を見ていた。

 

 

「ふむ……」

 

 

ウェスコットはパチパチと拍手して大樹に笑みを向けた。

 

 

「仕方ない……これは完敗だ。お見事だ、ナラハラダイキ。我々の精鋭がまさか()()()()()()()()()なんて」

 

 

「余裕そうだな? 何を企んでいる?」

 

 

「まさか? 君がここを襲撃することだけは分かっていたのに、我々は手も足も出なかった。大損害だ」

 

 

「……………」

 

 

大樹の鋭い眼光にウェスコットは動揺一つしない。不気味な雰囲気に舌打ちする。

 

 

「こっちには俺という最強が居る。忘れるな」

 

 

「ああ、肝に(めい)じるよ」

 

 

大樹は机を蹴り飛ばして乱暴に部屋から出て行く。焦ったエレンがウェスコットを守るように立つが、大樹は全く見向きもしなかった。

 

 

「———よろしかったのですか?」

 

 

「構わない。それに……いや、何でも無い。都合が良さそうだ」

 

 

「……?」

 

 

「それよりも、これからの為に復興を急いで欲しい。被害は尋常じゃないはずだ」

 

 

ウェスコットの指示を聞いたエレンは急いで部屋から出て行った。

 

再び窓に目を向けて、ウェスコットは笑みを見せる。

 

 

「しばらくは大人しくしよう。でも、二度目はない……そうだろ?」

 

 

野望に満ちた瞳が、惨状の地を見下していた。

 

 

 

________________________

 

 

 

激しい戦闘を繰り広げた翌日、コタツに入りながらCADを改造していた。

 

優子と真由美のCADだ。専用の機械がこの世界に無いので、俺が機械を自作して頭の中に入った魔法を入れ込むという……もうこの時点で人間をやめているなー。もっと前からやめてるって? 殴るぞ☆

 

……そろそろ人間卒業ネタはもういいかな。

 

 

「大樹」

 

 

CADの整備をしていると、折紙が隣に座って来た。

 

オシャレな服装をしているので、これから出掛けるのだろうか? ハッ!? まさかデート!? 急いで終わらせないと。

 

 

「どうした?」

 

 

「頼みたいことがある」

 

 

「何だ?」

 

 

ドライバーをクルクルと回しながら聞く。

 

 

「両親に合って欲しい」

 

 

ズグシャッ

 

 

「あああああ!!!」

 

 

ドライバーが手に捻じれ刺さった。あまりの激痛に悲鳴を上げてしまう。

 

本来なら病院待った無しの大怪我だが、大樹なので大丈夫。

 

 

「きゅ、急にとんでもないことを言うなよ」

 

 

「私は準備できている」

 

 

「戦闘準備しかできてないよ俺?」

 

 

「大丈夫、婚姻届ならここに」

 

 

「落ち着け」

 

 

「あとはハンコだけ押せばいい。役所には私が届ける」

 

 

Chill out(落ち着け)!!」

 

 

________________________

 

 

 

 

そんなわけで折紙と一緒に両親の実家へと(おもむ)いた。

 

突然の来訪は大丈夫なのかと心配していたが、折紙が既に行くと連絡していたらしい。あの時点で行くことが決定していたのか(戦慄)

 

ウチの嫁はかなり強引なのは分かっているが、時々斜め上を行くときがあるよな。

 

 

「娘を頼んだ」

 

 

「会った瞬間にそれ言われたら逆に困るのですが」

 

 

折紙の父に涙をホロリと流しながら言われた。土下座して頼む前にそれ言う? どんだけ信頼されているんだよ。

 

しかし、重大な話が残っている。それは———俺が折紙だけでなく、六人の女の子と結婚しようとしていることだ。

 

もし俺に娘が居たとしよう。とても可愛い娘が突然、何股もする男(もはや俺)と結婚すると言い出した。

 

当然、俺はソイツをぶっ飛ばす。問答無用でぶっ飛ばす。絶対にぶっ飛ばす。いいか? ぶっ飛ばすぞ俺は。

 

 

(どれだけ殴られても痛くないから俺はいいけど……認めてくれるかなぁ……)

 

 

居間の椅子に座りずっと笑顔でいる父と母。折紙は俺にピッタリとくっついている。

 

この幸せ空間を今からぶち壊すと考えると、手汗と背汗が凄い。もうびしょびしょ。逃げたいよ。

 

でも……俺は決意した! 全員幸せにすると! ならば———男を見せろ大樹!!

 

 

「お父さん! 実は俺、折紙だけじゃなく他の女の子とも結婚するつもりです!!」

 

 

「知ってる」

 

 

「うそーん」

 

 

出鼻を(くじ)かれて昔のアニメの様に椅子から転げ落ちる。

 

ハッハッハッと両親は笑いながら言う。

 

 

「そもそもウチに来る前から浮気していたかもしれないとか言っていたじゃないか」

 

 

「折紙から全部聞いていますよ。皆のことを愛していると。フフフッ」

 

 

おー恥ずかしい。顔が熱いぜ。今なら額でお湯を沸かせそうだ。

 

 

「君なら絶対に娘を幸せにしてくれる。確信しているから任せれるのだよ」

 

 

「お父さん……」

 

 

「まぁ最初聞いた時は母さんと一緒に荒れたけど、今は大丈夫だ! ハッハッハッ!」

 

 

おっと背筋がゾッとしたぞ。でもそれが普通の反応だ。

 

そのタイミングで訪問しなくて良かったと心の底から思った。

 

 

「今日は泊まって行くのだろう?」

 

 

「はぁ……まぁ……」

 

 

「そうかそうか」

 

 

折紙の父親はふぅ……と小さく息を吐くと母と目を合わせて頷いた。

 

 

「折紙……父さんと母さんは夜になったら出掛けないといけない。分かるな?」

 

 

「ッ! 分かった」

 

 

「おい待て何だその一家の意気投合。え、夜だって? 俺は嫌な予感がするから友達を呼んでもいいか?」

 

 

「大樹君。この家に私たち以外の人が入ると死ぬ病気を(わずら)って———」

 

 

「適当過ぎるだろ」

 

 

俺もよく同じようにアホみたいな言い訳するけど。それは無理がある。

 

この両親、折紙の血筋だとよーく思い知らされる。お二方のせいで折紙は……素敵な女性になりましたよ! クソッ、愛しているがゆえに否定できねぇ!!

 

 

「そういうのはまだ早いと俺は———」

 

 

「おおっと!? 迎えのタクシーが来たみたいだ! 母さん、後は二人に任せよう!」

 

 

「そうね! じゃあ私たちは明日の昼頃に帰って来るからお願いね!」

 

 

「———待てコラァ!?」

 

 

目にも止まらぬ速度で支度して家を飛び出す二人。あまりの唐突さ、そして折紙の妨害のせいで二人を逃がしてしまう。

 

 

「……………」

 

 

「……………」

 

 

二人は目を合わせる。この空間は、昼まで二人だけしかいない。

 

ドクドクと心臓の鼓動が早くなる。緊張に耐えかねた俺は———!

 

 

「もしもし誰か助け———!?」

 

 

「その携帯電話の妨害用の電波は設置済み」

 

 

「ちきしょう俺の負けだ!!!」

 

 

(たま)らず携帯端末を放り投げた。

 

 

________________________

 

 

折紙の強制アーンの食事を長い時間を掛けて終えた後はお風呂。湯船が俺の鼻血で真っ赤に染まるかと思っていたが、なんと折紙は何も仕掛けてこなかった。

 

扉に天界魔法を無駄に使用してしまい、解除するのが大変だった。自業自得だな。

 

折紙が先に風呂に入ったので、後は寝るだけなのだが……

 

 

「何をしている」

 

 

「受け入れの準備」

 

 

折紙を探して寝室。折紙の両親に用意された俺の寝場所に折紙を見つけた。

 

暗闇の空間。敷かれた布団の上に折紙は居た。ただし、服を着ていない。

 

生まれたままの姿になっている折紙に俺は真顔で聞くが、無表情で聞いたことを後悔する返事が返って来た。

 

 

「服、着ろよ」

 

 

「………………着た方が興奮———」

 

 

「違うわ」

 

 

心臓に悪い解釈をしないで貰えます?

 

 

「脱がしたい?」

 

 

「おやすみ」

 

 

平行線に話が進みそうにないのでドアを閉めた。

 

部屋ならまだある。天界魔法をドアに施して今日は寝よう。うん、それがいい。ここで折紙とエロシーンに突入したら、美琴たちの修羅場&俺のフルボッコシーンにも突入しちゃう。

 

 

「大樹」

 

 

ドア越しから折紙の声が聞こえた。ドアノブに手を掛けながら聞く。

 

 

「どうした」

 

 

「……大樹君」

 

 

「ッ!」

 

 

いつもの折紙と違う声音。久々に聞いた名前の君付けにビックリする。

 

 

「折紙……」

 

 

「大樹は、どんな私が良いのか……時々分からなくて混乱する」

 

 

「……どんなお前でも、俺が大好きなのは変わらねぇよ」

 

 

「ッ!」

 

 

それは悪魔ベリアルと戦った後、折紙に言った言葉だった。

 

忘れるはずのない言葉を思い出した折紙は扉を開ける。

 

 

バサッ

 

 

しかし、開けた瞬間Tシャツのようなモノが顔にぶつけられた。折紙はそれが大樹が着ていた服だとすぐに分かった。

 

 

「服を着るなら一緒に寝る。俺には折紙と同じくらい好きな人がいるんだ。分かってくれ」

 

 

「……うん」

 

 

大樹は目を逸らしながら告白していた。折紙は急いで服を着て大樹の腕を抱き付くように掴む。

 

そのままベッドまで連れて行かれ、押し倒されるようにベッドの上で寝る。

 

 

「今日は寝させない」

 

 

「今までの流れに何故逆らう」

 

 

「違う……話がしたいだけ」

 

 

「ッ……そうか」

 

 

大樹はフッと微笑み、話を始めた。

 

二人は睡魔が襲ってくるまで様々な事を夜中まで話した。

 

 

________________________

 

 

 

折紙の両親に子どもはいつなのか何度も聞かれてうんざりした。ホント元気だよな折紙の両親。

 

【フラクシナス】に帰った後はとりあえず、

 

 

「まずは俺からは何も言わない。この姿を見て察してくれ」

 

 

「いつもの土下座で安心するわ」

 

 

腕を組んだ美琴に呆れられていた。土下座から始まる謝罪術。出版したら売れそう。俺と同じ境遇の人たちに対して役立つことを書くわ。幅が狭いよ。

 

この世界を去る前にやるべきことをやったと言ったら納得してくれた。ふぅ……いつもボコボコにされる大樹さんじゃないぞ。

 

しかし、火種はいつも傍にあることを忘れていた。

 

 

「大樹とは夫婦。やるべきことはやった」

 

 

「その言い方は不味いよね!? 両親に認められたことだからね!? エロいことごばがはぁ!?」

 

 

やっぱりいつもの大樹さんだったぜ。ちくしょうが。

 

女の子たちをなだめた後、俺は原田の所に行っていた。もちろん、転生の話だ。

 

原田の部屋の扉を開けようとした瞬間、誰かが走って出て行った。

 

それが泣いた七罪だと分かると、追いかけることはできなかった。

 

 

「いいのか?」

 

 

「大樹か……俺にはまだやるべきことがある」

 

 

声をかけるが、椅子に座った原田は元気がないように見えた。

 

 

「この世界でやることはやった」

 

 

「エロい方もか!?」

 

 

「お前しばくぞ!? やってねぇよ!」

 

 

「もう俺はしばかれた後だ。やってないのに……!」

 

 

「知るか!!」

 

 

調子が戻ったかな? ニヤニヤと顔を見ていると、原田は気を(つか)われていることに気付いた。

 

 

「……悪い」

 

 

「気にするな。それより転生の話をしようか」

 

 

「ッ……ついにか」

 

 

「ああ、ついにだ」

 

 

目を合わせて互いの決意を確認する。

 

俺たちはここまで来た。残る保持者はリュナのみ。

 

 

「転生先は俺の居た世界。できるよな?」

 

 

「ッ……ああ、できる」

 

 

原田は何かを言うとするが、言えなかった。多分、大事なことだろう。

 

しかし、そこは急かさせない。原田が言いたい時に言わせる。そして、真剣に話を聞くのがいいだろう。

 

 

「大樹。その前に話をしなきゃいけない人がいる」

 

 

「誰だ?」

 

 

「宮川だ」

 

 

原田の言葉に大樹は思い出す。原田と同じ天使だと言っているが、本当はどうなんだろうか。天使はほぼ全滅していると聞いているが、生き残りだろうか。

 

助けてくれたこともある。世話になったから信頼しているが、聞きたいことも山ほどある。

 

 

「行こうか———宮川 慶吾(けいご)の所に」

 

 

俺たちは立ちあがり、その場を後にした。

 

 

 

 




またシリアスに近づきつつある……?

ふざけたい気持ちをグッと抑えて、ギャグの自重が始まります……!


次回 『帰るべき世界の原点』


タイトルが既にシリアスで草生えます。自重することができなかった時は許してください。


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帰るべき世界の原点

デート・ア・ライブ編。最終話です!!!


———宮川 慶吾。

 

アイツとの出会いは俺が転生したばかりの頃、原田とデパートに買い物に行った時だった。

 

白衣を着て実験を見せていた。核爆弾の威力すら打ち消す水の開発。ぶっつけ本番の演説の後はポリスメンが連れて行かれて終わった。最終的に助けられたのは確かだが。

 

最初は『僕』とか言っていたクセに何故か次に会った時は文月学園で生意気な先輩として登場。口調も『俺』に変わっており、痛い目に遭った。まぁ最後は? 俺がね? 勝ったけどねぇ!

 

それで次に会ったのは箱庭の火龍誕生祭。美琴たちを転生させられて意気消沈していた時に原田と共に現れた。黒髪から白髪になっている姿を見た時はビックリした。ストレスかな? 拷問された金〇君かよ。

 

それからそれから、嫁がガルペスに襲撃を受けた時に守ってくれた。ガルペスを圧倒していたと聞いたが、まぁ俺の方が強いよね? 神だもん。何度でも言う。

 

で、俺がいない間でもガストレアとの戦争に助力してくれたと。良い奴だな。

 

だ・け・ど! 七罪と初めて会った後が問題だ。俺と原田、ガルペスとリュナのタッグバトルが展開している時に奴は現れた! 黒髪で!!

 

どんだけ髪を染めているんだよぉ!!! アイツに対して一番のツッコミはそこね! 髪! 染め過ぎぃ!

今時の若者でもそこまで染めないよ。

 

―――とまぁこんな感じでアイツとの回想シーンは終わる。俺のせいで酷い回想だったな。反省はしてない。

 

 

「でもお前が俺を殴る理由にはならない…!」

 

 

「十分だろクソッタレ」

 

 

宮川は現在進行形で俺に殴りかかろうと胸ぐらを掴んでいる。

 

事の発端は単純。宮川が「俺をどう見る」と聞いたので正直に答えた所、殴られそうになっている。

 

 

「俺は悪くねぇ!!」

 

 

「犯人は皆そう言うんだよ大樹! 謝っとけ!」

 

 

原田が仲裁するが宮川は止まらない。まぁ悪いのは俺だからな。馬鹿正直に話すのもダメだと言うことを学んだ。

 

 

________________________

 

 

 

宮川が居た場所は街のビルの屋上。俺たちを待っていたかのように佇んでいた。

 

白いコートに身を包み、黒髪になった宮川は俺を見ていた。で、先程の下りをすると。

 

 

「―――それで、話が合って来たんだろ」

 

 

「ああ」

 

 

宮川の言葉に頷く。話を切り出したのは大樹だった。

 

 

「お前は結局、どこまで知っている? 何者なんだ?」

 

 

「天使の存在を知っただろ。俺は人から天使に『昇天』した存在だ」

 

 

「天使なのは本当なのか……」

 

 

人間から天使へ―――『昇天』することはリィラから聞いている。保持者の俺程ではないが、稀な存在としているらしい。

 

……本来ならここで原田に聞くことがあるのだが、俺は踏み出せなかった。

 

 

「目的は裏切者の暴走を止めることだ。十分か?」

 

 

「不十分だ」

 

 

バッサリと大樹は切り捨てた。宮川の視線が鋭くなる。

 

 

「———『邪神』の存在だ」

 

 

「……辿り着いたのか」

 

 

キンッ!!

 

 

―――大樹の刀と宮川の銃がぶつかりあった。衝撃波で地面にヒビが入るが、両者は武器をぶつけたまま動かない。

 

突然の出来事に原田は置いて行かれる。目を疑う光景に動けなかった。

 

 

「知ってること、全部吐けよ。神だろうが天使だろうが、隠し事をして俺たちを見下し笑う奴は許さねぇ」

 

 

「……『邪神』は、冥府神(めいふしん)ハデスのことだ」

 

 

「ハデス……!」

 

 

オリュンポス十二神の隠れた一神の名を聞いて大樹は歯を食い縛る。

 

敵も味方も神と来た。ふざけた野郎共の馬鹿騒ぎに巻き込まれた俺たちを何だと思っている。

 

 

「この戦いは地下の存在とされる神の反乱だ。ハデスは保持者を利用してゼウスたちを抹殺しようとした」

 

 

「利用……? ガルペスの背後にハデスが居たということか?」

 

 

「いや、ハデスが仕掛けるよりも先に保持者が問題を起こした」

 

 

言うまでも無く、ガルペスのことだと分かった。それなら話が繋がる。ガルペスが他の保持者たちを背後から操っていたことを知っているのだから。

 

 

「神は保持者をハデスの対抗策にするつもりだった。それが根元から折られたから、違う手段を用いた」

 

 

「違う手段?」

 

 

「一人の保持者に、十二神の力を注ぐことだ」

 

 

その時、目眩に襲われた。

 

言われた言葉が衝撃的過ぎて、理解することを脳が拒んでいた。

 

構わず宮川は続けた。

 

 

「保持者から神の力を全て奪う。それが神の出した最後の———」

 

 

バギンッ!!

 

 

宮川の銃が粉々に砕け散る。大樹の【神刀姫】は宮川の頬を切っていた。

 

血が下へと流れ落ちる。動揺を一切見せない宮川は大樹を正面から見ていた。

 

 

「舐めるなよ……! それを知っていて、俺にやらせたのか……!」

 

 

「知った所で何が変わる?」

 

 

「大樹! もうやめろ!!」

 

 

間に入って来た原田が腕を使って大樹と宮川を引き離す。大樹は苦しそうに下唇を噛んでいた。

 

 

「……ガルペス=ソォディアは保持者の力を奪い回っていた。そんな危険な存在を倒したお前なら、と神は考えている」

 

 

「……そうか、分かった分かった」

 

 

刹那———大樹から神の力が溢れ出した。神々しく光輝く右手を前に出して、宮川に宣言する。

 

 

「———ハデスの野郎と、一緒にぶっとばす。クソ神共は一発殴らねぇと気が済まねぇ」

 

 

親指を下に向けて、神共に対して宣戦布告した。

 

 

「大樹……!」

 

 

「原田。お前が止めろよ。止めなきゃ神殺しの汚名がついちまう」

 

 

力を抑えた大樹は歩き出す。宮川は後ろから声をかける。

 

 

「質問は終わりでいいのか?」

 

 

「手掛かりは一応ある。今更何を聞いても、絶対に神はぶん殴る」

 

 

「……そうか」

 

 

宮川は目を伏せて血を拭き取る。そこには傷が残っていなかった。

 

原田と大樹は振り返ることなく、その場を後にした。

 

 

________________________

 

 

 

「フッ!!」

 

 

力を込めて拳を前に突き出す。すると衝撃波と暴風が同時に渦を巻いて放たれた。

 

翼を羽ばたかせて体をコントロールする。上空五千メートルで鍛錬をするのは自分くらいだろうか。

 

雲の上で一人、集中して戦いに備えていた。

 

 

(ジャコとリィラの力は完全ではないが、九割は使いこなせている。だけど……)

 

 

最後の壁である―――【最終制限解放(エンド・アンリミテッド)】は未だに使えない。

 

ガルペスが見せた圧倒的な力は今でも思い出せば体が震える。神の全てを一点に収束させた力は凄まじいモノだった。

 

 

「はぁ……焦っても仕方ないが、危機感は覚えねぇとな」

 

 

深呼吸して落ち着く。すると同時に携帯端末から着信音が鳴り出す。

 

 

「もしもし?」

 

 

『アタシよ。今どこにいるのよ?』

 

 

電話の相手は琴里ちゃん。空の上と答えたらドン引きそうなので、少しオシャレな感じを出してみる。

 

 

「月光に照らされ、輝く白き床を踏みしめて———」

 

 

『空ね。はいはい、今すぐ帰って来なさい』

 

 

動揺する素振りを見せるどころか、呆れられている件について。というか何で分かった。

 

 

「何かあるのか?」

 

 

『逆に何か無いと思うのかしら?』

 

 

「新しい返しが来たなおい。何があるのか教えてくれよ」

 

 

『もちろん、大樹が困ることでしょ?』

 

 

「あ、当たり前のように言われたぜ……」

 

 

『すぐに来なさいよ』

 

 

そう言って電話の通話が切れる。いつもの流れだとアレな感じになるが、帰ろう。帰らない選択肢はバッドエンド行きな気がする。

 

翼を消して、空から急降下して【フラクシナス】へと落ちた。

 

 

________________________

 

 

 

 

「というわけで、第一回『大樹君、士道君、二人の愛を奪い合い大会』を始めます!」

 

 

「「ちょっと意味が分からない」」

 

 

突然ハイテンションで隣で宣言するのは中津川。俺と士道は首を横に振った。

 

【フラクシナス】の大きな一室は無数のモニターに囲まれ、バライティ番組のような部屋に変わっていた。一体何が起きているのか俺と士道は理解できなかった。

 

 

「ルールの説明は不要ですね。名前の通りなので」

 

 

「一番いる。俺たちが」

 

 

「はぁ……各種目で女の子が大樹君か士道君を奪いに来ます」

 

 

「溜め息溜め息」

 

 

殴りたくなる衝動を抑えているが、女の子が奪いに来るというワードが気になった。

 

 

「つまり———嫁が俺を奪いに来るのか?」

 

 

「YES」

 

 

「神イベキタこれ」

 

 

中津川と友情の握手をかわす。それを士道は微妙な表情で見ていた。

 

 

「おい士道! お前の大好きな女の子が奪いに来るんだぞ!? もっと喜べよ!」

 

 

「だって……いつもと同じように嫌な予感が」

 

 

「さぁ始めましょう! まずは『鬼ごっこゲーム』です!」

 

 

中津川が宣言すると、壁に備え付けられた大きな画面にバン!と映し出される。

 

ルールが記載されていた。女の子が俺と士道を追いかけるらしい。女の子が俺か士道にタッチすればポイントが手に入る。最終的にポイントが一番高い女の子が勝ちというゲームだった。

 

 

「一番ポイントの高い女の子には大樹君か士道君を選ぶことができます。そして、何でも一つだけお願いすることができます!」

 

 

「ガタッ」

 

 

「鼻血が出てるぞ大樹」

 

 

受け身とは新しい。一体何を要求されるんだ俺!!

 

 

「さぁ始めましょう! フィールドは【フラクシナス】の中です! スタート!」

 

 

開始のアラームが鳴ると同時に扉が開く。そこには女の子たちが待っていた。

 

だが、大樹と士道は明らかに不自然なモノを目撃する。

 

士道が中津川に尋ねると同時に大樹は全力で逃げ出した。

 

 

「大樹!? えっと、アレは何!?」

 

 

「何ってプラカードのことですか?」

 

 

全員女の子は首からプラカードをぶら下げている。十香は『一分間膝枕』で、四糸乃は『前からハグ』とか書かれている。

 

中津川は笑顔で説明する。

 

 

「説明不足でした。捕まったらプラカードの要求に必ず答えてください」

 

 

「ああ、なるほど……」

 

 

士道は苦笑いでその場から逃げ出した。

 

先陣を切ることに成功したのは折紙と黒ウサギ。彼女のプラカードにはこう書かれていた。

 

 

―――『砲冠(アーティリフ)

 

―――『インドラの槍』

 

 

「ふざけるなよクソがあああああああああァァァ!!」

 

 

完全に殺しにかかっていた。

 

 

 

________________________

 

 

 

 

「待ってください大樹さん!? どうして逃げるのですか!?」

 

 

「逃げるに決まっているだろ!?」

 

 

どうやら黒ウサギたちはプラカードに書かれた文字が見えないようだ。そりゃそうだ。分かっている状態で俺をタッチするなど非道過ぎる。ドSのレベルちゃう。

 

黒ウサギと折紙の猛攻を避けながら後ろ向きに逃げ出す大樹。すると背後からアリアが襲い掛かって来た。

 

プラカードの内容は———『風穴』。

 

 

「死んでたまるかああああああァァァ!!」

 

 

「ちょっと!? 何で避けるのよ!?」

 

 

その場で体を無理矢理ひねらせてアリアの手からも避ける。根性と意地で耐え抜いていた。

 

神の力を使う程のことじゃないが、使えば負けな気がする。何か負けな気がする! 大事なことなので二回言いました。

 

 

「動かないで大樹!」

 

 

「待ちなさい大樹君!」

 

 

後ろから美琴と真由美が追いかけて来た。プラカードの内容は———『超電磁砲(レールガン)』と『ドライ・ブリザード』だって!

 

……自分、泣いてもいいですか?

 

 

「何でだ! どうして俺たちは愛し合えないんだ!」

 

 

「逃げなければいい話しでしょッ!」

 

 

「無理ッ!」

 

 

アリアの手を避けながら涙をホロリと流す。同時に大きく後ろに跳んで距離を取る。

 

その瞬間、足元に魔法陣が浮かび上がった。魔法に気付いた時には遅く、体が床に張り付いた。

 

 

「ぐぅ!? 優子の魔法か!?」

 

 

「当たりよ!」

 

 

魔法を発動した優子が走って来る。『破壊の猛威(ヴートディストラクト)』のプラカードをぶら下げた恐ろしい女の子がこっちに来る。

 

 

「死ぬ!? それ死ぬ!? 一番死ぬ!?」

 

 

「何を恥ずかしがっているのよ!? いつもの大樹君なら大丈夫なはずでしょ!」

 

 

「勘違いしてる!? 恥ずかしさで死ぬんじゃない! 物理的に死ぬの!」

 

 

運営陣め! 俺が自分から女の子に突っ込むことを考慮して、こんな外道なプラカードを作りやがったな!

 

右手を床に叩きつけて魔法陣を砕く。急いで立ち上がり走り出すが、前方からティナが迫っていた。

 

プラカードの内容は———『キス』……だと!?

 

 

「俺の嫁はティナだあああああァァァ!!」

 

 

「「「「「なッ!?」」」」」

 

 

両手を広げながらティナを抱き締めようとする。ティナも両手を広げて俺に抱き付こうとしていた。

 

そして、近くまで来たことで気付く。『キス』の前に小さな文字が書かれていることを。

 

 

『士道がティナに―――キス』

 

 

全知全能である神の力を使い、最強の動きで俺はティナの抱き付きを回避した。

 

 

「大樹さん!?」

 

 

「安心しろ、ティナ」

 

 

神の力を解放した俺は笑みを浮かべながら約束する。

 

 

「例えこのゲームが死ぬまで続くとしても、俺は未来永劫、絶対に捕まらねぇ!!!」

 

 

「凄いショックを受けましたよ大樹さん!?」

 

 

泣きそうな顔になるティナ。分かってくれ、お前に捕まった時、一番泣くのは俺だ。

 

とにかく、これで嫁に捕まるわけにはいかなくなった。これは俺の負けで良い。今は神の力を解放して絶対に捕まらないことだけに集中する。

 

廊下を全力で駆け抜けて逃げる。部屋の一室に身を潜めようとした時、

 

 

「見つけましたわよぉ」

 

 

狂三の声にゾッとする。全力でその場から跳んで後ろに下がる。

 

そこには狂三の姿があった。両手を広げて俺を捕まえようとしていた。

 

嫁と同じならとプラカードを恐る恐る見ると———

 

 

「大樹さん、捕まってくださる?」

 

 

―――『一分間、後ろからハグ』

 

 

一瞬、狂三に飛び込みそうになった自分を殴りたい。

 

罠だ。これに飛び込めば浮気確定。裁判で死刑になる勢いだ。

 

安心した所にそれを持ちこむのは卑怯だろ。童貞の俺にそんなプラカードを見せるのやめろよ。

 

 

「見つけましたよだーりん!」

 

 

「そこから動かないで!」

 

 

振り返れば美九と万由里が走って来ていた。二人のプラカードは———『一分間膝枕』と『一分間恋人繋ぎ』だった。

 

 

ガスッ!

 

 

一歩前に踏み出した自分を殴った。誘惑を断ち切るんだ俺。

 

挟み撃ちにされそうな状況で考える。何か、良い方法はないかと。

 

 

(プラカード……?)

 

 

その時、大樹の脳に電撃が走った。

 

何故女の子はプラカードをぶら下げているのか。そこに意味があるとするなら———俺は嫁を愛せる。

 

 

シュンッ!!

 

 

風を切るような速度で大樹は美九と万由里の間を駆け抜ける。

 

 

「え?」

 

 

「ちょっと?」

 

 

美九と万由里は気付く。自分の首からぶら下げたプラカードがなくなっていることに。

 

そして、ニヤけた顔で大樹は叫ぶ。

 

 

「これで嫁とラブラブだああああああァァァ!!」

 

 

「「「な!?」」」

 

 

プラカードの交換。どうして今まで気付かなかった。

 

これを嫁にあげて使えば無敵最強じゃないか!

 

プラカードを自分の首からぶら下げて女の子を探しに行く。ルール上、プラカードを要求に応えるのは俺でも良いはずだ! ダメとは聞いていないからな!

 

そう、どっちでもいいのだ。

 

 

「クックックッ、この3つならインドラの槍程度、等価交換どころかお釣りが全然出るくらいだ……」

 

 

常識どころか頭のネジが数十本飛んでいる大樹。善からぬ妄想ばかりするせいで、女の子のプラカードを奪えば回避できることに気付いていない。

 

廊下を音速で駆け抜けるとすぐに黒ウサギを見つけた。

 

 

「だ、大樹さん!? それは……!?」

 

 

「イチャイチャ3分間セットだ」

 

 

「何でドヤ顔なんですか!? どこから手に入れて……そ、それは黒ウサギとしても嬉しいですが、黒ウサギも持っていますからね!」

 

 

「黒ウサギ、それでイチャイチャは絶対に無理だ」

 

 

お互いに顔を赤くする。あ、アレ? 黒ウサギにタッチするだけでいいのに、何か恥ずかしい。凄く恥ずかしい。

 

ビビっているのかな? 足が動かない。

 

 

「だ、大樹さんの方から来ると調子が……」

 

 

「お、おい! それを言うのは卑怯だろ……!」

 

 

何だこの空気!? いつもの俺はどこ行った!? 女の子を押し倒すぐらいの勢いがあってもいいだろ!?

 

 

バシュンッ!!

 

 

突如左右の頬に何かが掠った。頬から血は出ていないが、電撃と銃弾だと分かった。

 

振り返ると、心臓が凍り付くような恐怖に襲われた。

 

 

「大樹……アンタはやっぱり胸が大きい子がいいのね……」

 

 

「風穴よ……その煩悩、消してあげるわ……」

 

 

「待ってくれ。俺は美琴やアリアともラブラブな関係を……!」

 

 

その時、地面に魔法陣が出現した。また優子の魔法か!?

 

急いで逃げ出そうとするが足が凍り付き、そこから動けなくなった。

 

真由美との魔法連携。本来ならお互いに打ち消し魔法は起動しないはずなのに、彼女たちはお互いを阻害しないように魔法を発動する高度な技を使っていた。

 

 

「おぼッ!?」

 

 

顔から床に倒れる。手も床に張り付くように凍り付き、動けなくなった。

 

神の力を使って脱出しようとするが、既に遅かった。

 

全員が俺を囲むように立っている。ニコニコと黒い笑みを見せながら俺を見ていた。

 

 

「待って……話を……!」

 

 

「最初から全員で捕まえれば良かったのよ」

 

 

「優子の言う通りよ、私たちは大樹君のことが好きなんだから」

 

 

優子と真由美は魔法を解く気配はない。必死に首を横に振るが、

 

 

「無理だって! 一人なら耐えれるけど全員は無理! 死んじゃうから! ホント死んじゃう!」

 

 

「大樹さんなら耐えれます」

 

 

「大樹がどれだけ鼻血を流しても、私の気持ちは変わらない」

 

 

「違うから! そのプラカードはイチャイチャすることが———頼む!? 全員のタッチだけはあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 

とにかく―――大樹は全てのプラカードの要求に従った。

 

 

________________________

 

 

 

ボロ雑巾のようになった大樹は死んでいた。床に倒れて「我が生涯に悔いはない」と言い残して。

 

全ての攻撃を受けた後はお待ちかねのイチャイチャ3分間セット、計21分を体験した。意識が朦朧とする中、大樹は幸せを感じてその人生に幕を下ろした。

 

 

「士道君は無傷でしたね」

 

 

「いや大樹だけ厳しかっただけですよ」

 

 

士道は疲れた表情をしているが、女の子とイチャイチャしたことには変わりない。大樹が生きていたらぶっ飛ばしていた。

 

 

「さて、次のゲームは『王様ゲーム』!!」

 

 

「っしゃオラあああああァァァ!!」

 

 

「生き返った!?」

 

 

大樹の体は無傷同然になっているが、服はボロボロである。しかし元気は最高潮に達している。

 

 

「ルールは簡単。全員参加型の王様ゲームをするだけです。ただし一本だけ退場カードがあるので気をつけてください。最後の二人で王様を引いた者が勝者です」

 

 

「なるほど、1ゲームごとに一人脱落していくのか」

 

 

「そして大樹君か士道君が最後に残った場合は、女の子に何でも命令することができます!」

 

 

「エロイベ来たこれ」

 

 

「はぁ……」

 

 

大樹と中津川のテンションは上がるが、士道のテンションは下がるばかり。

 

全員が部屋に集まり輪を作る。一斉にカードを引き、番号か王様か、もしくは退場するのか。

 

 

「「「「「せーの! 王様だーれだッ!」」」」」

 

 

王様―――時崎 狂三

 

退場―――誘宵 美九

 

 

「私ですわ♪」

 

 

「がびーん! だーりんに悪戯できないまま終わるのですか!?」

 

 

「終われ」

 

 

クソ、危険な奴Aが王様を引いたが危険な奴Bは退場したか。

 

番号を確認すると『4』の数字。一人退場したから番号は残り全部で17の番号がある。その中から狂三が選ぶ確率は低い!

 

 

「では偶数の番号で話し合って、一人の服を三枚脱がしてください」

 

 

「おい卑怯だろ」

 

 

「……【フラクシナス】の乗務員からの判定はアリと来ました!」

 

 

運営クソか。でも誰かがやれば良いわけで俺じゃなくても———待てよ。

 

 

「おい偶数の奴ら、手を挙げろ」

 

 

すると美琴、アリア、黒ウサギ、ティナ、十香、四糸乃、耶倶矢が手を挙げた。

 

そこに士道はいない。俺を含めた八人の誰かが三枚の服を脱ぐしかないのだ。

 

そう、誰か、が。

 

 

「なるほど、そういうことか」

 

 

―――俺は上着を全て脱ぎ、ズボンを脱ぎ捨てた。

 

パンツだけの変態、ここに降臨。おかしい、どうして番号を当てられてもいないのに早速やられているのだ。

 

 

「ご、ごめん……!」

 

 

そう言いながら美琴は口を抑えた。何故笑う。ちょっと泣くぞ?

 

黄色のボクサーパンツと傷が残った体はどこも笑う要素ないと思うが、まぁ気まずい空気になるよりマシか。

 

 

カシャッ

 

 

「おい誰だ今写真撮った奴。出て来い折紙」

 

 

「……知らない」

 

 

犯人捜しをする前に犯人を見つけてしまった。王様引いたら消して貰おう。

 

 

「大樹さんのたくましい体はゲームが終わるまで、晒してくださいまし」

 

 

「狂三……お前は絶対に後悔させる」

 

 

その前にコイツだけは許さねぇ。

 

全員が再びカードを引く。

 

 

「「「「「せーの! 王様だーれだッ!」」」」」

 

 

王様―――四糸乃

 

退場―――時崎 狂三

 

 

「あ……わ、私が、王様……です」

 

 

「テメェ逃げやがったなぁ!!!」

 

 

「いえいえ、残念ですわ。大樹さんはあとパンツだけですのに……」

 

 

退場したことを心の底から感謝した。狂三を残すのはヤバいな。はー、良かった。

 

そして王様は優しく安全で安心させてくれそうな四糸乃。少し恥ずかしそうに命令を出す。

 

 

「よ、四番が五番に後ろから……は、ハグで」

 

 

意外と攻めるな。というか『4』は俺じゃん!?

 

不味い!? ここで嫁が来ないと危険だ……もし他の女の子になってしまったら―――死!?

 

 

「ご、五番は俺だけど……四番は誰だ?」

 

 

「……………」

 

 

男に抱き付くくらいなら、女の子に抱き付いて殺されたかった。

 

後ろから士道を抱き締めた瞬間、鼻血を噴き出しながら二亜は絵を描いた。その絵はさすがに見れなかった。

 

女の子たちが絵を見て顔を真っ赤にしている。絶対に見れない。

 

命令が終わった後、士道と俺はその場でorzで絶望した。

 

 

「もう嫌……」

 

 

「何で裸で抱き付かれたんだよ俺……」

 

 

両者の心はズタボロにされていた。楽しくない、この王様ゲーム。

 

だがそれでも続く。全員がカードを引いた。

 

 

「「「「「せーの! 王様だーれだッ!」」」」」

 

 

王様―――本条 二亜

 

退場―――黒ウサギ

 

 

嵐の王様(テンペストキング)が来たぞおい。命令が恐ろしいのだけど。

 

 

「フッフッフッ、時代が来たようだね……」

 

 

「く、黒ウサギ的には安心しました……」

 

 

邪悪な笑みを見せる二亜とホッと安堵の息をつく黒ウサギ。俺も退場したいけど、王様がしたいから抜けれない。

 

 

「少年(ツー)の番号は十番なのは精霊の力で見抜いている!」

 

 

「反則だろそれ!? というか俺に関しての情報は見れないはずじゃ……!?」

 

 

「いつから少年(ツー)だけの情報を見たと錯覚していた?」

 

 

「ハッ!? 周りの番号を全部確認して俺を特定したのか……って全員知ってるの!? チートじゃん!?」

 

 

凶悪過ぎる力に運営に反則だと言い張る。中津川はうーんっと悩んでいる。これは押せる!

 

 

「少年(ツー)に対して命令する!」

 

 

「———セーフ!」

 

 

「この野郎!!!」

 

 

何で俺ならOKしちゃうのかな!?

 

 

「少年(ツー)は番号を選んで、手の甲にキスをする!」

 

 

「なん……だと……!?」

 

 

突き付けられた命令に戦慄する。何故俺はこんなに命令ばかりされているのだと。

 

選ぶのは当然嫁の番号。しかし、番号が分からない。

 

 

(運に任せるしかない……)

 

 

俺ならシャッフルするカードは見れば分かる。だが完全記憶能力の対策をされた状態でカードは配られている為、見抜くことはできない。

 

 

「———四番だ!!」

 

 

「えっ」

 

 

四番は万由里だった。

 

 

「やっちまったああああああァァァ!!!」

 

 

両手を顔で隠して叫ぶ。女の子たちからの視線がグサグサと刺さり痛い。死ぬほど痛い。

 

万由里は左手で髪の毛をいじりながら右手を俺に出す。頬を朱色に染めて待っていた。

 

殺せ。もういいから、殺してくれ。

 

 

「な、何恥ずかしがっているのよ」

 

 

「恥ずかしい? そうだな、俺は愛する女の子の期待に応えれずに恥ずかしいよ……」

 

 

「……そう」

 

 

万由里は拗ねた表情でボソリと呟く。

 

 

「前は私からしたんだから、今度は大樹からしなさいよ……」

 

 

「ちょ」

 

 

タイムタイムタイム。タイム、イズ、タイム。(とき)は時間なり。意味が分からないけど待ってほしい。

 

俺はすぐに両手を挙げて降伏のポーズ。何とか銃や魔法を向けられた状態で収まった。

 

アリアがゴミでも見るかのような目で俺の額に銃口を当てた。

 

 

「吐きなさい」

 

 

おろろろろっと本気で吐きそうな勢いで全てを話した。何度も謝って何度も頭を地に付けた。カッコ悪いなぁ俺。

 

 

「まだ私にするキスが残っているわ。話は後にして」

 

 

万由里が俺を庇うように前に出た。それ不味いと首を何度も高速で横に振るが、万由里は続ける。

 

 

「大樹にキスして欲しいなら、王様になればいいだけの話でしょ? 違う?」

 

 

「そ、それとこれは別よ!」

 

 

「別でもいいけど———」

 

 

美琴の反論に万由里は告げる。

 

 

「———もし私が王様になったら、大樹の唇にキスするわ」

 

 

爆弾どころか核爆弾が落ちた。

 

口がポカーンと開く。美琴たちに対して宣戦布告をしたようなモノだ。

 

修羅場だ修羅場だと二亜は喜んでいるが、周りは怯えているぞ。

 

 

「……そう」

 

 

優子の短い声に俺の全身が震えた。怖い……今まで一番怖い。

 

 

「でも残念ね。大樹君はアタシたちの方が良いって思っているわよ?」

 

 

「っ……!」

 

 

優子の煽りに万由里は目を細める。本当にヤバい修羅場じゃないか。

 

ガクガクと震えていると、真由美が俺の肩に手を置いた。

 

 

「な、何だ……?」

 

 

「大丈夫よ大樹君。はやく万由里さんの手にキスして来て」

 

 

「いや、でも……」

 

 

反対の肩に手が置かれる。置いたのは折紙。

 

 

「未来永劫、彼女に触れることはない」

 

 

怖い。ただ、ただ、怖い。

 

万由里と美琴たちが睨み合う中、俺は万由里の右手を震えた両手で触る。そしてカサカサになった唇で手の甲に触れるか触れないかの距離を保ちキスをする。

 

 

「んぐぅ」

 

 

万由里は手の甲を俺の唇に押し付けて来た。不意打ちにしっかりと万由里の手にキスをしてしまう。

 

姫君に騎士がキスをする。それがパンツだけの男が美少女にキスって……犯罪だろこれ。

 

その光景に美琴たちは息を飲む。彼女たちの反応に万由里はドヤ顔で返した。

 

 

「修羅場だよ少年! 面白くなって来たぁ!」

 

 

「俺、もうやめたいんだけど」

 

 

俺もやめたいよ。パンツだけの男を取りあう絵面のヤバさを理解して欲しい。

 

退場のカードを引きたい。台風の目になっている俺が抜ければこの修羅場を止めることができるはず。

 

 

「「「「「せーの! 王様だーれだッ!」」」」」

 

 

王様―――夜刀神 十香

 

退場―――神崎・H・アリア

 

 

「よしッ!」

 

 

十香の王様には俺もグッとガッツポーズ。だがアリアが抜けてしまうのは痛い。

 

悔しそうな顔で退場のカードを見た後、俺の顔を見る。そして口パクで『風穴』と告げた。その八つ当たりは喜んで受けるから許して。

 

 

「六番は私に美味しい食べ物を持って来る!」

 

 

「超平和」

 

 

凄く安心する。でもね、六番は俺なんだよ。確率がおかしいなぁ。

 

 

________________________

 

 

 

十香にお腹一杯になるほど料理をした。久々にやりがいのある料理をしたぜ。

 

食べている十香も幸せな顔だから俺もやる気が最高にマックス。こういう子には永遠に料理を振るってあげたい。

 

 

「再開するわよ」

 

 

琴里の言葉に全員が頷く。

 

 

「「「「「せーの! 王様だーれだッ!」」」」」

 

 

王様―――鳶一 折紙

 

退場―――夜刀神 十香

 

 

「私」

 

 

平和の退場。そしてこの中で一番王様をやってはいけない者が王となった。

 

でも番号を知らない折紙は迂闊な行動はできないはず。ハードルの高い要求はしないだろう。

 

だが折紙は考える素振りを見せることなく、番号と命令を告げた。

 

 

「三番の大樹は私に―――」

 

 

「何で俺の番号を見抜いてる!?」

 

 

「匂い」

 

 

言葉を失った。意味不明過ぎて。

 

しかし、折紙は続きの言葉を言わない。迷っているように見えた。キスを要求するんじゃないのか?

 

 

(まさか……)

 

 

俺が良い形で答えを出すと言ったことを覚えていて……キスすることを自重しているのか?

 

でも万由里はキスをしようとしている。だから迷っているのか?

 

 

「折紙……」

 

 

「大丈夫。キスはしない」

 

 

決意を固めた折紙は告げる。

 

 

「大樹と〇〇〇(ピー)する」

 

 

「よし! 無駄な考えをしていたな俺! 却下!!!」

 

 

キスよりも大変なことを言い出した。女の子たちは顔を真っ赤にしている。

 

折紙は首を傾げている。何故?と言った感じで。

 

 

「駄目だろ。普通に駄目だろ。ほら、あの運営でも手をバツにしているだろ」

 

 

中津川は必死に腕でバツを作り止めていた。

 

折紙は適応されないと分かると、命令を変える。

 

 

「なら―――キス『で』我慢する」

 

 

「キス『を』我慢するんだよ」

 

 

勘違いだった。折紙は折紙だった。

 

結局、折紙の命令は『一分間抱き締める』に落ち着いた。一ヶ月抱き締めるは無理だからな!

 

 

「はぁ……終わらないかなこのゲーム」

 

 

士道の言葉に激しく同意する。

 

だがゲームはまだまだ続く。

 

 

「「「「「せーの! 王様だーれだッ!」」」」」

 

 

王様———八舞 耶倶矢

 

退場―――四糸乃

 

 

「ようやく来たか、我らの時代が! 命令は……」

 

 

どうやら考えていなかったようだ。勢いだけは良かったな。

 

とりあえず平和の天使である四糸乃がこの場から退場できたことは嬉しい。守りたい、その笑顔。

 

 

「二番が四番に……えっと、『愛してる』って百回言う!」

 

 

「適当な上に二番は俺だから!? ちょっと待て!? 何で俺はこんなに当たるんだよ!?」

 

 

全て俺が当たっていることに文句を言うが、誰も言えない。

 

不正がないことは彼女の顔を見れば分かる。だからこそ運が悪いことに呪うしかない。

 

 

「驚愕。四番です」

 

 

「だから不味いってそれぇ!!??」

 

 

夕弦が言うとまたまた視線が俺の体に突き刺さる。アリアの言う通り、風穴が開いちゃうから。

 

だがキスよりはマシだ。恥ずかしいが、百回『愛してる』と言えば終わる。

 

 

「はぁ……愛してる愛して愛してる愛してる愛してる―――!」

 

 

気怠そうな半眼で俺の告白をジッと見ている夕弦。周囲から女の子にも見られている。これ、拷問の一種だよね。

 

 

「——愛してる愛してる愛してる愛してる!! ぜぇ……ぜぇ……死ぬッ……!」

 

 

地味にキツイ命令だった。適当に命令するのやめてくれ。

 

息を荒げながら夕弦の方を見ると、

 

 

「解答。士道だったら駄目でした」

 

 

「うるせぇ知ってるんだよクソぉ!!」

 

 

少しは褒めろ! それはそれで困るけど!

 

ゲーム続く続く。最後の勝者が残るまで。

 

 

「「「「「せーの! 王様だーれだッ!」」」」」

 

 

王様———八舞 夕弦

 

退場―――本条 二亜

 

 

悦喜(えつき)。今度は夕弦のターン」

 

 

「ありゃりゃ、今度は少年に仕掛けようと思ったのに」

 

 

ようやく嵐は去った。二亜の言葉を聞いた士道はブルッと震えて、ホッとしていた。チッ、一度くらい痛い目に遭えよ士道。

 

 

「苦悩。今度は……五番が三番に『結婚して』と百回言います」

 

 

―――さすがにおかしい。だって五番が俺ですから。

 

三番の耶倶矢は少し驚いているが、俺はこの怪しい状況について考える。

 

 

「八舞 耶倶矢、俺と結婚して。お前は可愛い結婚して。話をしていて結婚して。楽しい結婚して」

 

 

「へ!?」

 

 

さっきと同じじゃつまらないので、耶倶矢には特別に褒め言葉を混ぜながら結婚してと言った。

 

女の子のレーザー光線級の視線を浴びるが、俺は番号を当てられた原因を探る。

 

 

「———というわけで結婚して。はぁ……時間が凄いかかったけど」

 

 

「~~~~~!!!」

 

 

耶倶矢は床に倒れてジタバタと悶えていた。可愛い生物発見。

 

女の子に軽蔑されるような視線を受けるが、一つの策を気付かれないように打つ。

 

 

「「「「「せーの! 王様だーれだッ!」」」」」

 

 

王様———木下 優子

 

退場―――五河 士道

 

 

「やっと来たわね。それじゃあ……」

 

 

優子は悩むように視線を動かした後、

 

 

「そうね、六番が———」

 

 

「お! やっと外れてくれたぜ」

 

 

「———え?」

 

 

大樹がカードを優子に見せると、そこには『5』が書かれていた。そのことに優子は大きく驚くと同時に万由里も驚いていた。

 

 

「私も五番を持っているのだけれど……」

 

 

「あ? じゃあ運営のミスじゃねぇの? 仕切り直しにしようか」

 

 

気まずい空気の中、大樹だけが元気に振舞っている。周囲の女の子たちは静まり返ってしまうが、もう一度カードを引き直した。

 

 

「「「「「せーの! 王様だーれだッ!」」」」」

 

 

王様———七草 真由美

 

退場―――八舞 耶倶矢

 

 

「そ、そうね……番号は七番で———」

 

 

「ちなみに俺は一番だ」

 

 

カードを見せると真由美は表情を引き攣らせた。同時に士道も『1』のカードを持っていることを皆に知らせる。

 

「なるほどなるほど」と大樹はうんうん頷くと、笑顔で告げた。

 

 

「鏡か」

 

 

ビクンッと女の子たちの体が震えた。

 

振り返ると暗くなった画面が俺の背中を映し出していた。目の前のことに集中し過ぎて、こんな単純なことに気付かなかった。

 

 

「それで見えなかったら二亜にアイコンタクトを送ればいいだけの話だもんな?」

 

 

「あーバレてる?」

 

 

逃げようとしている二亜を逃さない。目を泳がせている彼女の前に立ち退路を断つ。

 

 

「別に怒っているわけじゃない。それに、無防備だった俺が悪いからな」

 

 

十香や四糸乃たちはそんなことをせずに俺を当てたからな。断定的に決めつけはよくない。

 

だけどっと言い、大樹は邪悪な笑みを浮かべた。

 

 

「———ここからは、本気出すわ」

 

 

―――ここからは、ずっと俺のターンだ。

 

 

________________________

 

 

 

右目を黄金色に輝かせた大樹の言葉に周りの人間は息を飲む。

 

大樹は中津川の方を向くと、

 

 

「ルール変更だ。今から脱落者は全員復活。脱落者はなしにして、王様を引いた奴が自分の勝ちを宣言するか、命令するかにしろ」

 

 

「え? いやそれは……」

 

 

「しろ」

 

 

「はい」

 

 

【神刀姫】を取り出して脅す。中津川が何度も縦に首を振った。

 

カードがシャッフルされて全員が引く体勢に入る。

 

そこで黒ウサギが苦笑いで大樹に尋ねる。

 

 

「酷い命令はダメ、ですよ?」

 

 

「……………」

 

 

無言の大樹に戦慄する。そして、カードが引かれた。

 

 

「「「「「せーの! 王様だーれだッ!」」」」」

 

 

王様———楢原 大樹

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

全員が参加しているにも関わず、引き当てたのは大樹。間髪入れずに命令する。

 

 

「3番は4番を、4番は5番を、5番は3番の尻を一緒に十回叩く」

 

 

「「「なッ!?」」」

 

 

顔を真っ赤にしたのはアリアと優子、そして万由里だった。大樹は早くしろと言っている。

 

 

「な、なんて命令しているのよ!?」

 

 

「俺のパンツよりはマシだろ? それともパンツが良いなら命令し直すが?」

 

 

本気で言っている大樹にアリアは愕然とする。

 

嫌々な顔をした彼女たちは相手のお尻を叩けるように円を作って立つ。腰を少し低くして、顔を真っ赤にした。

 

 

パンッ! パンッ! パンッ!

 

 

「「「んっ……!」」」

 

 

乾いた音が何度も響き渡る。小刻みに震えた三人は息を少し荒げながら命令に従っていた。

 

それを見る女の子たちの顔も赤かったが、

 

 

「次はだ~れかなぁ~」

 

 

大樹の声を聞いた瞬間、真っ青に変わった。

 

命令が終わるとアリアと優子、そして万由里は大樹を涙目で睨み付けるが、

 

 

「ん?」

 

 

凶悪な笑みを見せた。思わず顔を背けてしまう。

 

 

「じゃあドンドン次に行こうか」

 

 

「「「「「せーの! 王様だーれだッ!」」」」」

 

 

王様———楢原 大樹

 

 

ペロペロと美味しそうに王のカードを舐める大樹。それはおかしいと誰かが抗議の声を上げるも、

 

 

「証拠出したら認めるよ。まぁ無理だろうけどな」

 

 

カードの番号を知る不正とは違って、王のカードを引くことは容易に想像できなかった。

 

大樹に王を引かせない為に、次の手を考えるが、

 

 

「2番はスカートが短いメイドのコスプレ、7番はスク水、9番はバニーガールだ」

 

 

真由美はメイド、美琴はスク水、狂三はバニーガールのコスプレに着替える。三人はそれぞれ着た服を気にしながら顔を赤くしていた。

 

 

「何でこんなに短いのよ……!」

 

 

「最悪だわ……ホント……」

 

 

「ど、どうしてこんな大胆な服が……」

 

 

戸惑いと羞恥が混じり合う三人だが、大樹はゲームの続行を待っている。

 

カードをまた引こうとした時、アリアが待ったと止める。

 

 

「大樹。アンタは最後に引きなさい」

 

 

「いいぜ」

 

 

「———え?」

 

 

「いいぜ。先に引きなよ。俺は最後に引くから」

 

 

あっさりと許してしまう。カードを引くときに小細工を仕掛けたかと思っていたアリアは驚く。

 

全員がカードを引いた後、最後に残ったカードを大樹は表にする。

 

 

「王様おーれだ」

 

 

王様———楢原 大樹

 

 

「「「「「なッ!?」」」」」

 

 

計画通りとでも言いたげな顔で王のカードを見せびらかす夜〇月がそこに居た。

 

 

「俺を誰だと思っている? 神様仏様女神様にハナクソを飛ばせるような男だぞ?」

 

 

何が言いたいのかは分かるが、それではただのクソ野郎である。

 

 

「さぁ……ゲームはこれからだぜ?」

 

 

それから一時間、大樹の独壇場と化した王様ゲームが繰り広げられた。

 

 

________________________

 

 

 

連続32回の王のカードを引き続けた大樹は満足そうな顔で勝利宣言した。誰一人まともな服は着ておらず、無害だった精霊たちも後半は巻き込まれていた。

 

最後に王のカードを引けた理由を聞くと、

 

 

「リィラの天界魔法で俺の幸運を最高に引き上げただけだ。ま、運も実力の内って言うし良いよな」

 

 

———がっつり卑怯な不正していた。

 

 

「うぅ……大樹さんに、傷物にされました」

 

 

「黒ウサギ。誤解を生む言い方はやめろよ。俺は『2番が5番のスカートの中に頭を突っ込む』としか言ってないだろ」

 

 

「2番が駄目なんですよ!?」

 

 

美九は駄目か。大丈夫、知ってる。

 

 

「別に俺は何もしていないし? 王様だから、命令しただけだし?」

 

 

「本気であの憎たらしい顔に風穴開けたいわね……!」

 

 

アリアが銃を俺の顔を狙う。当たらないけどやめてくれ。

 

 

「もー、だーりんとイチャイチャできないなら意味がないですよー」

 

 

「安心しろ。自分の命を粗末にする真似はしない」

 

 

「してるわよ馬鹿」

 

 

美九の文句に冷静に返すが、美琴のツッコミに何も言えなくなる。そ、粗末にしているわけじゃないもん! ちょっと体を張らなきゃいけなかっただけだもん!

 

 

「はぁ……何の為の王様ゲームよ……」

 

 

「ええ、もう企画倒れですわ」

 

 

「あ? 万由里、狂三。まるで俺とイチャイチャしたかったように聞こえるぞ? おん?」

 

 

王になった気分の余韻が残っているせいか強気に出る。しかし、万由里と狂三はクスリと笑い出した。

 

 

「そうじゃないの?」

 

 

「私たちはそのつもりでしてよ?」

 

 

「……いや、そういう冗談……ちょっと待とうか」

 

 

顔を背けて待ったする大樹。不覚を取られた愚かな男は耳を塞いで部屋の隅に逃げる。

 

 

「あーあーあー、嫁を愛してる愛してる。超ラブラブ。よし」

 

 

「よし、じゃないわよ。今の自己暗示は何よ」

 

 

琴里にツッコミを入れられるが、簡単に説明する。

 

 

「浮気防止の自己暗示。琴里ちゃんも使うだろ? お兄ちゃん愛してる愛してる。超ラブラブって」

 

 

ゴスッ!!

 

 

思いっ切りグーで殴られたよ。その場に倒れるが、琴里への反撃は止まらない。

 

 

「はあああ! お兄ちゃん大好き! くんかくんか! もうらめええええって言ってるだろ!?」

 

 

「【灼爛殲鬼(カマエル)】!!」

 

 

本気で殺されそうになったので【秩序支配神の世界翼(システムルーラー・ワールドフリューゲル)】で打ち消す。

 

だが物理攻撃は消せなかったので、パンチの連打を顔面で受け止めることになる。

 

 

「ぐふッ」

 

 

「次はもぐわ」

 

 

お股がゾッとした。

 

琴里をからかうのはやめた後、肩にポンッと手が置かれる。

 

 

「大樹君? 琴里ちゃんで誤魔化そうとしても無駄よ?」

 

 

優子の顔を見て俺は正座する。不意打ちでドキッとしたことに関して反省していた。

 

うん、駄目だよね。好きな女の子の前で他の女の子にトキメクなんて。

 

 

「別にいいわよ。私は全然構わないわ」

 

 

「だーりんはだーりんですからねぇー」

 

 

「むしろ大樹さんらしいですわ」

 

 

すると後ろから万由里、美九、狂三が俺に抱き付くように近づいて来た。こればかりはドキッより、ゾッとした。

 

目の前では怒気のオーラを漂わせる優子たち。ふーん?言い訳することはある?と目で聞かれているようだった。

 

 

「お、お前ら!? 本気で大丈夫か!? 俺だぞ俺!? 男を見る目がないぞ!?」

 

 

「大樹さん!? それだと私たちが見る目がないことになりますから!?」

 

 

ティナのツッコミにハッと我に返る。本当だ、嫁を凄いディスってる!?

 

自分の発言を反省していると、美九は更に抱き締める力を強めてきた。

 

 

「いいじゃないですかー! だーりんが何人も愛する人を作っても許しますよー? 私も愛してくれれば満足ですし……だーりんと一緒に愛する女の子とも合法的にイチャイチャできますからー!」

 

 

心が広いってレベルじゃねぇ。何かもうヤバい。

 

 

「それが大樹だから私も気にしないわ。私はのけものにはしないで欲しいと思っている」

 

 

「大樹さんの良い所の一つですわ。嫌とは思わないですもの」

 

 

万由里と狂三も張り合うように力を強める。柔らかい感触が体を包み込み、体が熱くなるのを感じる。

 

その時、大樹は強める力と同時に震えていることにも気付いた。

 

 

「……なぁ、この企画ってどういう意味だ琴里?」

 

 

「ッ……どういう意味って?」

 

 

「まさかと思うがお別れ会の代わり、とか言わないだろ?」

 

 

琴里は黙ったまま目を逸らす。無言の肯定を意していた。

 

周りもシンッと静まる。気を遣っていたことを理解した大樹は、

 

 

「———くだらねぇよ」

 

 

呆れるように溜め息を吐いた。

 

そして抱き付いた三人を抱き上げて立ちあがる。

 

 

「くだらねええええええええええええェェェ!!!」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

そのまま全員を巻き込むように走り出し、無理矢理全員を抱きかかえた。

 

最後は山のように積み上がる女の子たちに押し潰されてしまう。

 

 

「きゅ、急に何なのだ!?」

 

 

「驚愕。突然何をするのですか」

 

 

十香と夕弦が大樹の体の上に乗りながら文句を言うが、大樹はそれでも叫んだ。

 

 

「くだらねぇんだよ!! 俺は、大好きなお前らと最後なんざ絶対にありえない!」

 

 

叫ぶ言葉に全員が聞く。大樹は大声で何度も言い聞かせた。

 

 

「世話になった全員に『ありがとう』って、『これからもよろしく』って、爺さん婆さんになるまでずっと馬鹿みたいに笑う日々を送るのが俺の理想だ!」

 

 

今までの出会いに感謝し、これからも感謝をする。

 

 

「これで終わりじゃねぇ! これからも終わりはねぇ! 永遠に『よろしく』するんだよ!!」

 

 

息を切らしながら言い切ると、大樹はグッと手を掴んだ。

 

 

「だから、元気出せよお前ら」

 

 

―――誰かが嗚咽を漏らしながら返事をした。

 

誰が泣いていたのかは分からない。身動きの取れない状況の中、確認するのは困難だった。

 

そのまま泣き止むまで、誰一人動こうとしなかった。

 

 

________________________

 

 

 

「でもな、限度はあると思うんだよ」

 

 

大きなベッドで寝ている大樹は独り言のように呟く。いつものように寝巻に着替えて寝るのだが、美琴やアリアが隣に居ることはおかしくはない。おかしいけど、おかしくない。

 

でも、美九と狂三、万由里が居るのはおかしいと思うの。

 

三人は薄いネグリジェを着ており、密着していた。絶対に許されない行為なはずなのに、今日だけは特別だと美琴たちは許してしまったのだ。

 

冗談かと思っていたらこれだ。嘘でもなかった。

 

女の子たちは張り合っているせいか体中が痛い。そんなに強く掴まなくても大樹さんは逃げませんよ。

 

 

「モテ期だなぁ。嬉しいけど、複雑な気持ち」

 

 

「顔がニヤけていますよ」

 

 

寝ていたはずのティナの指摘に固まってしまう。お、起きていたのか。

 

ティナは俺の顔を覗くようにジト目で見ていた。

 

 

「大樹さんはどうしようもない変態さんです」

 

 

「否定はしない」

 

 

「してくださいッ」

 

 

ズビシッと頬を指で突かれる。もう立派な変態に変わり果てたよ。

 

ふとティナの指に突かれてあることを思い出す。

 

 

「ティナ。新薬の抑制剤の調子はどうだ?」

 

 

ガストレア因子を宿したティナは常に抑制剤を打つ必要がある。今まで使っていた抑制剤は効力を上げていたが、俺の知識と顕現装置(リアライザ)を用いて新たな新薬の開発に成功していた。

 

 

「はい、アレから抑制剤を一度も使っていない状態で検査したところ……」

 

 

「どう、だった?」

 

 

「———浸食率が変動しませんでした」

 

 

思わず大声で歓喜の声を上げそうになっていた。

 

呪われた子どもたちの呪いを封印することができたと言って過言では無い。ガストレア化を完全に止めた証拠なのだ。

 

新薬の効力――—それは諦めていた遺伝子情報の凍結だ。

 

ガストレア因子は遺伝子情報を書き換える。その大事な情報を固定することで浸食を止めることができたのだ。

 

更に部分的凍結できるので体の成長も止めることなく浸食を防げる。体が子どものままだと大変だからな。いろいろと。

 

百年後の近代技術でも、魔法でも、叶えることができなかった。それが今、叶ったのだ。喜ばないわけがない。

 

ティナをグッと抱き締めて喜びを分かち合う。ティナも抱き締め返していた。

 

 

「これで延珠ちゃんたちも……」

 

 

「もう原田に頼んである。明日、帰って来るから……!」

 

 

「大樹さん……ありがとうございます」

 

 

「礼なんていらねぇよ。ここまで来れたのは皆のおかげだ。俺が生きていなきゃ叶わない願いで終わった」

 

 

「……そうですね、言葉はいらないですよね」

 

 

―――ティナは顔を近づけて俺の頬に優しく口付けをした。

 

 

「これでいいですよね?」

 

 

「ッ—————!!」

 

 

最高な可愛さに俺はティナを強く抱きしめる。

 

 

「お前はホント可愛いなおい!」

 

 

「だ、大樹さん……声が大きいですッ」

 

 

おっと。ここで起きると非常に不味いよな。

 

もぞもぞと女の子たちは動くが、起きている様子はない。

 

 

「……明後日には大樹さんの世界に」

 

 

「ああ、そこに手掛かりがある」

 

 

抱き締める力を強めるティナに俺も抱き締める力を少し強める。

 

不安な気持ちになるは当然だった。安心させるように俺は笑う。

 

 

「俺の家に着いて、間違っても俺の部屋は入らないでくれ」

 

 

「はい、燃やします」

 

 

よし、言葉が通じていないな。燃やすとはどういうことだ?

 

 

「……エロ本とか持ってないし」

 

 

「……あるんですね」

 

 

見破られる素振りを見せてもいないのに!?

 

 

「私は何もしませんよ」

 

 

「そ、そうか? なら大丈夫―――」

 

 

「皆さんに報告するだけです」

 

 

「———それ大丈夫じゃないやーつ」

 

 

両親が死んだ俺の部屋を片付けていますように。心の底から願うしかなかった。

 

 

________________________

 

 

 

「まーる書いてちょん♪」

 

 

「誰がドラ〇もんを書けと言った」

 

 

魔法陣で遊ぶのはもちろん俺。楢原 大樹以外に居ると思うか?

 

 

「完成———円周率の最後の数字の導き方!!」

 

 

「ノーベル賞待った無しの数式を書くな!? というかこれマジか!?」

 

 

いや嘘だけど。

 

適当に書いた数式に打ち震える原田を無視して俺は荷物を背負う。魔法陣の前には士道を始め、【フラクシナス】のクルー、精霊たちが集まっていた。

 

女の子たちは最後の別れを告げているのを遠くから見ていると、

 

 

「当たるか」

 

 

「くっ、腕を上げましたねだーりん…」

 

 

美九の抱き付きを回避する。続けて狂三と万由里も来るが避ける。

 

ジーッと無言で見られるが、平気な顔でいると寂しそうな表情に変わった。それはズルいだろ。

 

 

「はぁ……ホラよ」

 

 

両手を広げた瞬間、前からの衝撃に耐えれず床に倒れた。

 

 

「ぐはぁ!? 殺す気で抱き付くなぁ!? おい馬鹿!? 首が締まってぇ……うっぷ」

 

 

チーンといつものようにお亡くなりになる大樹。苦笑いで士道は見届け、琴里は溜め息を漏らした。

 

 

「変わらないな」

 

 

「ええ、良い意味か悪い意味なのか分からないけど」

 

 

「ハハッ、そりゃ良い意味だろ」

 

 

笑ってないで助けてくれませんかね。

 

 

「それよりも、ちゃんと帰って来なさいよ?」

 

 

「うむ! 大樹の料理はまた食べたいからな!」

 

 

「そうね十香。帰って来たらこの世界の料理を全部食べさせてくれるわよ」

 

 

「ハードル上げ過ぎ案件」

 

 

俺が動けないことを良い事に無理矢理十香は約束した。指切りまでされると破れないな。

 

 

「嘘ついたら鏖殺公(サンダルフォン)千本よ」

 

 

「もはや殺戮(さつりく)

 

 

絶対に破れない約束がここにある。

 

 

「先生!」

 

 

「うお! サル君!!」

 

 

『猿の神手』と呼ばれる医者———猿飛 真。

 

電話でお礼を言った後は「マジで猿神(ゴッドモンキー)じゃんww」と笑うと「ええ! なれました!」と喜ばれて反応に困る出来事があった。それでいいんかーい。

 

 

「今帰って来ました!」

 

 

「世界中の飛び回っているんだろ? やるじゃねぇか」

 

 

「はい! あの日から自信を付けることができました! 先生のおかげです!」

 

 

「別に背中をちょっと押しただけだ。ほんのちょっと」

 

 

「いやいやいや、崖から突き落とす勢いで押してましたよ」

 

 

「何冷静にツッコミ入れてんだよ。完全に俺人殺しじゃねぇか」

 

 

「向うでも頑張って……いえ、大樹ってください!!」

 

 

「新しい用語作ってんじゃねぇぞ」

 

 

『大樹ってください』と言われても分からねぇよ。何? 人外? また求めているの? どんだけぇ。

 

 

「へいへい、それじゃあ行くか」

 

 

「なぁ大樹」

 

 

魔法陣をずっと見ていた原田が声をかける。さすがに数式が嘘だと分かったか。

 

 

「これにこれ足したら、出るよな?」

 

 

———円周率の最後の数字、分かっちゃったよおい。

 

 

 

________________________

 

 

 

 

———光輝く魔法陣に足を踏み込む。

 

士道たちに別れを告げながら転生した。また来ると言い残して。

 

 

「———なん、だと!?」

 

 

気が付いた瞬間、俺はベッドの上に居ることに気付いた。

 

空から落ちていない!? 水にも濡れていない!? そんな馬鹿な!?

 

 

「水を浄化する核を用意したのに……!」

 

 

「騒がしいわねぇ。また猫でも暴れているのかしら?」

 

 

「ッ!?」

 

 

部屋の扉が開き、現れた女性に大樹は目を見開く。

 

 

「………………だいちゃん?」

 

 

「お……お……お……!?」

 

 

少しボサついた長い髪にエプロンを付けた四十代。

 

俺は、大声で叫んだ。

 

 

「オカン!!!??!!???!!」

 

 

———最初に出会うのが、自分の母親だった。

 






———楢原家の真実

———双葉の真相

———最後の黒幕


【原点世界終章・楢原家編】




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原点世界終章・楢原家編
やっぱりウチの家族は!



大樹の家族が満を期して遂に登場(笑)



「久々にうまかっちゃん食べるわ」

 

 

「どんどんあるわよ~」

 

 

インスタント麺なのに美味い豚骨ラーメンをオカンが作る。それを勢い良く食べていた。

 

まぁちょっと待て。おかしいだろとツッコミを入れてくれるのは嬉しいが、まぁ状況を説明しよう。

 

 

「オカン! 俺は死んだぞ!」

 

 

「だから知っているわよ。何度も言わせないでちょうだい」

 

 

———つまりこういうことだ。

 

え? 分からない。ハッハッハッ、俺も俺も。

 

意味が分からないよ。まるで遠出して来た息子が帰って来た反応だよこれ。

 

 

「待て待て。死んだ=なうで生きている俺=超異常、おk?」

 

 

「オッケー牧場よ~」

 

 

よし、会話が成立しても進まないから諦めよう。

 

ラーメンを食べ終わると、姉の部屋の扉が開いた。腰まで伸ばした黒髪の女性が俺を見て驚いた顔をしていた。

 

 

「だ、だいちゃん!?」

 

 

幽姉(ゆうねぇ)…!」

 

 

楢原家の長女は俺の顔をがっしりと掴むと涙を流した。これだよ! この反応が普通なんだよ!

 

 

「だいちゃんが不良になった!? 髪の色がおかしいよ!?」

 

 

「ふぅー! 期待した俺が馬鹿だったぜ!」

 

 

もう馬鹿になっていた。

 

ウチの家族はズレているようだ。俺がそうだから納得できるけど、皆がまともなら俺もまともな人間としては……ならないけど緩和されると思うの。

 

年中白い着物を着ている姉に対して、最初から常識を求めることがおかしかったのだ。

 

 

(とりあえず家族のことは放っておこう。もっと大事なことがあるだろ)

 

 

壁に貼られたカレンダーを見ると、二年以上の月日が経っていることが分かる。アニメが凄く溜まっているのだろうなとか、全然考えてないから。

 

携帯端末をテーブルの下で開く。着信はないが、一応無事だということを女の子たちにメールする。原田は大丈夫と確信しているから送らない。面倒くさいとか全然思ってないから。

 

 

「姉貴と姉御は?」

 

 

「二人はしばらく帰って来ないわよ~」

 

 

「オトンもか?」

 

 

「フッフッフッ、さっきメール招集したから絶対に帰って来るわ!」

 

 

「……オトンの出張先はどこだよ?」

 

 

「北海道」

 

 

鬼かよ。

 

福岡県と距離があり過ぎませんかね? しかも今からって、もうおやつの時間だよ? 本当に今日中に帰って来れるの?

 

 

「はぁ……部屋に戻るわ」

 

 

「だいちゃんの部屋、綺麗なままにしてあるよ! だから、ね? 髪の色を……」

 

 

〇〇〇(ピー)

 

 

「お母さぁん!!?!?!!」

 

 

下ネタをぶつけただけでオカンに泣き付く幽姉。オカンは「小学生だってよくチンチンって言うでしょ? それがレベルアップしただけよ」と言っていた。俺は小学生のレベルアップした存在として見られているのか。

 

自分の部屋に戻ると、懐かしい光景に思わず涙がポロリと出てしまう。

 

どうしてオカンはあんなに元気なの? 俺は不思議で仕方がないよと言った感じの涙が。

 

 

「———そう来るか」

 

 

本棚を見ると不自然に空いた空間が目立つ。漫画やラノベを入れている本棚だが、その空間にはある本が入っていた。

 

 

「『とある』も『アリア』も、『バカテス』までも無いな」

 

 

転生した世界———『原作本』が消滅していた。

 

パソコンの電源を入れて検索する。予想通り、何もヒットしなかった。

 

 

「『箱庭』の世界も魔法の世界も、絶対にあると思うんだけどなぁ……」

 

 

探しても調べても、見つからないなら仕方ない。次の手掛かりを探そうとするが、

 

 

「ハッ!? エロ本を燃やさなければ…!」

 

 

大事な使命を思い出す。神への手掛かりは置いといて。

 

そんなことより証拠を隠滅しなければいけない。消滅レベルで隠蔽(いんぺい)しなければ女の子にバレる。

 

ベッド下に腕を入れて棒状のレバーを手前に引く。次に壁を軽く蹴り飛ばそうとするが、壁をぶっ壊してしまいそうなのでコンコンと手で叩く。

 

 

ガタンッ

 

 

天井のパネルが一枚だけ落ちる。それをキャッチした後は部屋の扉の鍵を閉める。

 

 

「うおっ……埃まみれじゃねぇか」

 

 

別に燃やすから状態は気にしないが、部屋が少し汚れてしまう。

 

死んだじいちゃんから教えて貰った仕掛けだった。からくり屋敷のような家で助かった。二年間、守り切ったんだなお前。

 

 

ガチャッ

 

 

「だいちゃん! やっぱり黒髪にしよ!? 手伝ってあげ……る……から……」

 

 

「————は?」

 

 

閉めたはずの鍵が全く俺のプライバシーを守り切れていない件について。

 

どうやら鍵は施錠することができないようになっていたようだ。気付くのが遅すぎた。

 

抱きかかえた秘蔵を見た幽姉は髪染めをボトボトと床を落としてしまう。

 

言い訳できる自信はなかった。思いっ切り本の表紙が見られているのだ。あはーんな内容の表紙を。

 

汗をダラダラと流して硬直する俺。幽姉は無言で扉を閉めて叫んだ。

 

 

「だいちゃんがおっぱい星人変態野郎になったああああああああァァァ!!」

 

 

「やめろ馬鹿姉えええええええェェェ!!!」

 

 

________________________

 

 

 

———母親と姉の前でエロ本を燃やす気持ちって分かりますか?

 

 

「あ—————————ん、死にたい」

 

 

リビングのソファで寝ていた。やらなきゃいけないことがあるのに、家族からのダメージが強過ぎてやる気ゼロ。

 

幽姉は俺の部屋にまだ残っていないか探索している。アレ以上何も出て来ないのに疑われていた。

 

 

「ププッ、ざまぁないわね」

 

 

「母親が言う言葉じゃねぇ」

 

 

テーブルの上に置かれたせんべいを食べながら俺を見て笑う。

 

この場から逃げよう。美琴たちも探さないといけない。体を起こして立ち上がると、

 

 

「ただいま、母さん」

 

 

———オトン帰ってキター。

 

スーツに身を包み、オールバックの髪型で登場する。鼻下のヒゲを触りながらドヤ顔で部屋に入って来た。

 

凄いな。一体どうやってこんなに早く帰って来れたんだい?

 

 

「久しぶりだな、大樹」

 

 

「オトンもそういう反応かよ……帰って来るの、早くないか?」

 

 

「運良く飛行機をキャンセルした客が居てな、すぐに乗れたんだ」

 

 

「キャンセルねぇ……そりゃ運が良い事だ」

 

 

「ああ。でもキャンセルした人をちょっと分厚いお札で叩いてしまったが、良い結果に転んだよ」

 

 

———おいマジかお前。

 

 

「お前何やってんの? 金の力でキャンセルさせただろ?」

 

 

父親だろうが関係無い。お前は一体何をやっているんだ。

 

 

「安心しろ。お前が死んだ時に下りた保険金だ」

 

 

「息子の死んだ金で何やってんだよ!? 最低だぞ!? 俺より最低な奴は何人も見たけど、オトンも入るぞ!?」

 

 

「あら? 私たちそのお金で家族旅行、ハワイに行ったから、全員最低だわ☆」

 

 

「冗談だろ!? って写真を見せるな!? ホント最低だな!?」

 

 

おおおおおいいいいい!? フリーダム過ぎるだろ俺の家族!

 

血筋なのか! 俺が人外やら馬鹿やら大樹やら呼ばれるのは血筋だからなのか!

 

 

「ホラ大樹。土産だ」

 

 

「いらねぇよ……って何で東京バナナ出すんだよ!? 北海道に行ったんじゃないのかよ!?」

 

 

「残念だったな。中身は違う———鹿せんべいだ」

 

 

「狂ってんのか!? せめて白い恋人にしとけやぁ!!」

 

 

楽しそうに俺をモテ遊ぶオトンとオカン。いやアカン。こんな両親、女の子に見せられない。

 

その時、女の子たちのことを思い出して気付いた。

 

 

———俺の嫁が七人も居るって普通に不味くない?

 

 

「どうしたのだいちゃん? 汗が流れているけど?」

 

 

「ああ、震えているぞ? 体調が悪いのか?」

 

 

「な、何でもないよ。俺、行くところがあるから———」

 

 

逃げるように部屋から出ようとする。だが、

 

 

———ピンポーンッ♪

 

 

インターホンが鳴った瞬間、心臓が止まりそうになった。

 

オカンが玄関に迎えに行くと、聞き覚えどころか、知っている声が聞こえた。

 

 

「初めましてお母様。大樹君の婚約者、七草 真由美です!」

 

 

———可愛い小悪魔が先手必勝を仕掛けて来た。

 

 

 

________________________

 

 

 

 

突如俺の家に訪問して来たのは真由美。

 

椅子に座り戦慄した表情で真由美を見る両親。隣に座る俺も違う意味で震えていた。

 

 

「だ、だいちゃんに……美人の女の子……!?」

 

 

「か、かかかか母さん、手が震えてお茶が全部私にかかっているよ……!?」

 

 

オカンのお茶はオトンの膝にこぼれ、オトンは鹿せんべいをひらすら割っていた。落ち着けお前ら。

 

 

「驚くことじゃないだろ? 俺だって良い歳なんだからよ」

 

 

「大樹君。必死に携帯を操作しているのは何故かしら?」

 

 

真由美に指摘されても俺はやめない。他の女の子にウチには来ないで欲しいことを誠実に伝えていた。

 

まだ大丈夫。焦る時間じゃない。このまま真由美の紹介だけして、目的を果たせばいいだけの話じゃないか。息子の死んだ金でバカンスを楽しむ馬鹿野郎に話すことは無い! ややこしくなる前に終わらせてみせる!

 

 

「そ、それで……婚約者ってどういうことかしら? ちょっっっと気が早いと思うのよ……」

 

 

「私の両親の許可は貰いました」

 

 

ぐはぁっと血を吐く母。そんなに衝撃的なことか?

 

 

「だ、大樹ですよ!? こんな息子で、本当に良いのですか!?」

 

 

「大樹君『が』良いんです。大樹君じゃなきゃ駄目なんです!」

 

 

ごはぁっと血を吐く父。失礼だなおい。釣り合わないことくらい、最初から分かってんだよ。愛でカバーしてんだよ。男は熱いハートで勝負してんだよ。

 

 

「か、母さんたち……今日の夜は出掛けるわね……」

 

 

「やめろ」

 

 

そういうのいらない。とても困るから。

 

ホラね、両親に見えないように真由美が俺の腕をつねるから。何故断ったと目で訴えているから。ちょっと童貞に厳しいからやめてちょんまげ。

 

 

「もういい。それよりもだ。どうして俺が生きていることに驚かないのか説明———」

 

 

———ピンポーンッ♪

 

 

「———できなくても良い。それは恥じることではないから安心して道を歩こう! 我が行く~道を~……」

 

 

「どこに行くのよ。だいちゃん? だいちゃーん?」

 

 

オカンの静止を振り切り玄関の扉を開く前に覗き穴を覗く。

 

 

ピカァ!!!

 

 

「バルスぅ!!??」

 

 

視界が真っ白に染まる。何者かが覗き穴に光を当てたのだ。

 

盲目状態でも俺は扉を開ける。犯人は六人の内の誰かだ。

 

気配でそこに居ることは分かっている。扉を開けて犯人を別の場所に連れて行こうと両手を伸ばすと、

 

 

———柔らかい感触が手に包まれた。

 

 

「あッ」

 

 

右手と左手。右はとても大きい、左は少し小さい。なるほど、二人で来ちゃったかぁ。

 

分かるよ。うん、この感触。ちょっと待ってね。えっと、

 

 

「黒ウサギと折紙だろ?」

 

 

「このお馬鹿様!!」

 

 

パシンッ!!

 

 

気持ちの良い音が響き渡る。俺の頬に衝撃が走った。

 

背後では女性の胸を触っていた息子を目撃していた両親。二人は戦慄した表情で一部始終を目にした。

 

 

 

________________________

 

 

 

その後、無事に全員が俺に家に来訪した。俺は無事じゃないが。

 

次々と現れる女の子に驚いた顔をするオトンとオカン。同時に軽蔑の眼差しで息子を見ていた。

 

畳のある広い座敷に移動して、女の子が座布団の上で正座して並んでいる。正面には両親が正座をしていた。

 

その間———女の子たちの前に居る大樹は土下座をする男が居た。

 

 

「全員と結婚します」

 

 

ゴスッ! ゴスッ!

 

 

オトンに一発。オカンからも一発。腹パンされた。

 

 

「おぐぅ!? む、息子の腹にパンチする!? ビンタじゃないの!?」

 

 

「無刀の構え、【黄泉送り】!!」

 

 

「ぐへぇ!?」

 

 

オトンの一撃は後ろの壁にまで吹っ飛ぶ威力だった。オカンの腹パンに比べると何十倍も違う。

 

だが神の力を手に入れ、数多の強敵を撃ち倒して来た大樹さんには効かない。嫁の仕置きの方が何百倍も恐ろしいわ。

 

 

「大樹! 貴様はそこまでクズになったのか!?」

 

 

「息子の保険金で無駄金する父親に言われたくねぇ!!」

 

 

「半分冗談に決まっているだろ!」

 

 

「半分本気なのかよ!」

 

 

親父からもう一発、【黄泉送り】を受ける。この日本では一夫多妻制は許されていない。だから親に怒られるのは当然だということは理解している!

 

 

「その息子が悪いのか!!」

 

 

「股間を蹴ろうとするな!? こっちの息子は悲しいくらい何もしてねぇよ!」

 

 

ホント悲しいからやめろ。

 

 

「あ、あの……黒ウサギたちは……」

 

 

「大丈夫よ。もう安心して。大樹より良い男は星の数より居るわ」

 

 

地球が大変なことになるわ。戦争なんてアホなことは起きないだろうな。

 

黒ウサギの手を握り絞めるオカン。微妙な表情で黒ウサギは対応していた。すまねぇ。

 

 

「大樹より良い男なんていない。私の両親も認めてくれている」

 

 

「お、折紙……!」

 

 

「それは大樹の演技だ! 騙されてはいけない!」

 

 

オトンのこと、嫌いになるわ。俺が愛する人を騙す? ハッ、無いな。というか無理だな!

 

 

「確かに大樹はあたしたち以外に女の子とすぐ仲良くしますが、私たちのことを大好きだと言ってくれました!」

 

 

アリアの言葉にジーンっとなるはずだったのに、余計な一言があるせいでオトンはフルパワーで俺を撃退しようとする。その点は反省しているから悪化させるのはやめてください!

 

 

「こんなに良い子たちを騙して、心を痛めないのか貴様!!」

 

 

「現在進行形で痛んでるわ!」

 

 

「それに貴様……!」

 

 

オトンはティナの方を向くと、血が出る程歯を食い縛った。

 

 

「こんな小さい子まで騙して生きて帰れると思うなよロリコン息子がぁ!!」

 

 

「うるせぇ!!!! ティナも大好きだから仕方ねぇだろうがぁ!!」

 

 

どれだけ犯罪だと言われ続けたと思っている! 今更引き下がれるわけがねぇだろ!!

 

 

「それに、どんだけ悩んだと思っている!?」

 

 

ドンッと胸を張りながらオトンに告げる。

 

 

「俺は最低だよ本当に! 馬鹿なことに、愛していると分かったのは失って初めて気付いた! でも失っても愛する人を追い駆け続けることができたのは、本気で愛していると心の底から理解したからだ!」

 

 

恥ずかしいセリフなんかじゃない。俺の正直な気持ちをオトンにぶつける。

 

 

「言葉にできないくらいすっげぇ大好きなんだよ! 永遠に抱き締めたり手を繋いだりイチャイチャしたいと四六時中思ってんだよ! キスされたいとかおっぱい揉みたいとか、考えるに決まっているだろ!!!」

 

 

「この馬鹿息子がぁ!!!!」

 

 

オトンに向かって思い叫ぶと、顔面に強い衝撃が走った。

 

だからこそ、俺はオトンをはっ倒すことにする。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

顔面で受け止めた拳に対して頭突きをする。オトンの骨が折れてしまうかもしれないが、そんなヘマをする父親じゃない。

 

 

「むッ!?」

 

 

即座に拳を引いて俺の頭突きの威力を受け流す。俺の鼻からポタポタと血が流れるが、オトンの手は赤く(にじ)んでいた。

 

 

「……腕を上げたな」

 

 

「今の一撃を避けるとか、どんだけだよ……」

 

 

神の力は使わなくても、人の腕なら簡単に折れる一撃だった。どんな反射神経しているんだよ。

 

 

「……母さん、少しだけ席を外そうか」

 

 

「そうね。夕飯の買い物に行きましょ。今日はあなたの財布が耐えれるかしら」

 

 

「待つんだ母さん。正直、今月は厳しいからやめよう。頼む、ハー〇ンダッツを大量に買うのだけは……!?」

 

 

オトンとオカンは座敷から出て行ってしまう。突然の退室に戸惑っていると、原因はすぐに分かる。

 

 

「「「「「ッ~~~~~!!」」」」」

 

 

「Oh……」

 

 

美琴たちの顔が真っ赤になっていることに気付いた。しまった。全然気にすることなく正直な感想をぶちまけてしまった。

 

本当に最低じゃないか。女の子の目の前でキスどころかおっぱい揉みたいとか宣言しちゃってるよ。恥ずかしすぅいいいいい!!

 

その場でジャンピング土下座。調子こいてすいませんでした。

 

 

「ちょ、ちょっと安心したわね……大樹君がそんな目で見てくれているのを知って……」

 

 

優子は自分の髪を触りながら恥ずかしそうに言う。すいませんすいません。

 

 

「た、確かに見られているのは分かっていたけど……そんなに堂々と言われると」

 

 

真由美は胸を隠しながら頬を赤くする。すいませんすいません。

 

 

「……キス、したいんだ」

 

 

美琴の言葉に俺は大声で謝罪した。

 

 

「ホントすいませんでしたぁ!!! 俺は欲望に忠実な馬鹿野郎ですぅ!!」

 

 

気を遣われる優しさが、一番心に来るモノだと初めて知った。

 

 

________________________

 

 

 

「———だからと言って改める気はないのね……」

 

 

「すまん」

 

 

美琴に膝枕をされた俺は幸福を味わっていた。苦笑いで他の女の子たちも俺を見ている。

 

 

「次は私」

 

 

「はいはい」

 

 

美琴は俺の頭を動かして折紙の膝上に乗せる。全く、罪な男だぜ!

 

ニヤニヤとだらしない顔でいると、アリアがキョロキョロと辺りを見ながら尋ねる。

 

 

「それよりも、手掛かりは見つけたの?」

 

 

「ああ、ちょうどこの部屋にある」

 

 

俺は部屋の奥に飾ってある額縁を指差す。それは土地の所有権を証明する紙だった。

 

 

「ここから北にある山はウチが所有している。一度だけ、行ったことがあることを思い出した」

 

 

「思い出した?」

 

 

「『———この場所を忘れるな。忘れても、思い出せ。必ず、お前が必要とする場所だ』」

 

 

夢で見た———いや、思い出したことを口にする。

 

額縁には楢原家が所有していると書かれているわけじゃない。『神野宮(しんのみや)家』と書かれている。

 

 

「楢原じゃないのですか?」

 

 

「楢原はオトンの苗字。『神野宮』はオカンの苗字だ」

 

 

黒ウサギの質問に答える。そして死んだ祖父はオカンの父親だ。

 

 

「死んだじいちゃんに会ったことがあるんだよ。その山に迷い込んだ時にな、『川』を見たんだ」

 

 

「ッ! もしかして、手掛かりというのは……!」

 

 

「『三途の川』の先は黄泉の国だろ? 神のお家に遊びに行くなら近いと思わないか?」

 

 

今まで奇想天外な人生を歩んで来たんだ。天国に続く道がある程度じゃ驚くことは無い。不思議でも無い。

 

そして、偶然とは思えない。俺の家系や土地の所有。家族の驚かない反応。何かあることは間違いない。

 

 

「それと、一緒に来て欲しい場所がある」

 

 

震えた手で折紙の手を握る。この確認だけはどうしても傍に居てくれる人が欲しかった。

 

事の大事を察した折紙たちは頷く。手を繋ぎながらある場所へと向かう。

 

 

「ここだ」

 

 

開けたのは薄暗い畳の部屋。その奥には仏壇があるのを確認する。

 

遺影でイエーイしている自分の顔を見て思わず笑いが出てしまう。

 

 

「ったく、もっとマシな写真はなかったのかよ」

 

 

「大樹らしいわ」

 

 

美琴の言葉に激しく同意。俺らしいな。

 

近くには遺骨があるのを確認する。それを見た俺は生唾を飲み込む。

 

 

「大樹さん……私たちは」

 

 

「大丈夫だティナ」

 

 

女の子たちに見えないように遺骨を開ける。中に骨があることを確認すると、すぐに俺は元に戻す。

 

———洗面所に駆け込み、吐いてしまった。

 

 

「はぁ……はぁ……!」

 

 

想像以上にキツイ。自分の胸をグッと掴み、何度も吐いてしまう。

 

女の子に背中をさすられながら胃に溜まった物を全て吐き出す。

 

自分の体が遺骨に入っていた。それが溜まらなく不愉快で気持ちが悪い。自分の体が気持ち悪くて仕方なかった。

 

 

「この体は……何だよ……ふざけるなよッ」

 

 

「大樹、よく聞きなさい。あんたの体がどんなことでも……」

 

 

「違うんだよアリア……俺は、この体で皆に近づいたことが許せないんだよ……!」

 

 

「バカッ、そんなこと気にするわけないでしょ……」

 

 

後ろから強く抱き締められる。自分じゃない体に触れて欲しくない。

 

だけど———今は触れて欲しくて仕方なかった。

 

その優しさを蹴り飛ばすことはできなかった。アリアを抱き締め返すと、全員が俺の体に触れてくれた。

 

 

「覚悟は決めていたのにな……!」

 

 

「良いのよ。そんな小さい事、忘れてしまっていいわ」

 

 

優子の言葉に俺は何度も頷いた。

 

 

________________________

 

 

 

両親が帰って来た頃には調子を取り戻していた。ソファに寝転がり真由美とアリアの手を握っていた。

 

二人は大人しく俺と一緒にテレビを見ているが、大事な任務を果たしていた。

 

 

「あらあら、上手なのね」

 

 

「YES! 店を経営していたことがあるので」

 

 

キッチンに立つのは黒ウサギたち。オカンの夕飯の支度を手伝っていた。

 

これで分かるだろう? 料理が大変になるのを防ぐ為に俺はアリアと真由美を引き止めているのだ。

 

キッチンに立つティナとアイコンタクトをかわす。

 

 

『絶対に行かせないから安心しろ』

 

 

『大樹さんが作った方が早いと思います』

 

 

『俺の料理とティナたちの手作りに比べたら、俺の料理はゴミ同然だろ』

 

 

『大袈裟です』

 

 

これが大袈裟ではないんだよティナ君。俺からすれば神料理だもの。フォッフォッフォ。

 

正面に座るオトンの視線が痛いが、口が弾け飛ぶよりはマシだ。

 

 

ダンッ!!

 

 

その時、部屋の扉が勢い良く開き、幽姉が飛び出して来た。

 

 

「大変! お父さんの部屋にも同じ仕掛けをあったから調べてみたら出て来た!」

 

 

何やってんのオトン。

 

椅子から勢い良く跳ぶオトン。バク転しながら全力で逃げ出した。老いを見せないとは、まだまだ元気あるな。

 

まぁそれをオカンは逃がさないよな。

 

 

スコーンッ!!

 

 

オカンはおたまを投げ飛ばしてオトンの後頭部を直撃させる。そのまま拘束されるオトン。良い歳して何をやっているんだ。

 

 

「息子と同じねあなた! エロ本を隠す場所まで同じなんて!」

 

 

「誤解だ! 捨てるタイミングをずっと見失って……!」

 

 

二人はそのままどこかへ行き、俺は溜め息を漏らす。

 

 

「あーあ、何やってんだか」

 

 

「ねぇ大樹。お母様が言ってたエロ本ってどういうことかしら?」

 

 

真由美の肩を掴まれた俺は諦める。やれやれ、俺まで巻き込まれちゃったよ。

 

 

________________________

 

 

 

「頼むからやめてくれ。俺もオトンも、男なんだ。もう見逃して」

 

 

「土下座までされると困るよだいちゃん……」

 

 

幽姉のエロ本探しをやめてとお願いする。とりあえずはやめてくれるらしい。

 

お願いし終えた後、女の子たちが不思議な顔をしていることに気付いた。

 

 

「ねぇ大樹、急にどうしたの?」

 

 

「どうって……エロ本探す馬鹿姉にやめてくれってお願いしているんだろ」

 

 

美琴の言葉に俺は首を傾げてしまう。すると幽姉は何かを察した様にオカンとオトンを呼びに行った。

 

不思議そうな顔をしている女の子たち。姉の存在に何を思ったのだろうか。

 

すると真っ赤な手形が頬に付いたオトンが戻って来た。

 

 

「そろそろお前にも話す時が来たようだな」

 

 

「思いっ切りビンタされてるじゃねぇか。真顔で言うのやめろ」

 

 

「実は幽のことなんだが———」

 

 

「無視して続行するのかよ」

 

 

 

 

 

「幽霊だから彼女たちには見えないんだ」

 

 

 

 

 

「そんなアホな冗談もいい加減にして———今何て言った?」

 

 

「幽は幽霊なんだ。私も微妙にしか見えていながな」

 

 

真相を確かめるべく、俺は幽姉に触る。柔らかい感触。うん、触れられるな。ちなみに腕を触っているから勘違いしないように。

 

 

「大樹は今、その……姉の胸を触っているの?」

 

 

「腕だよ!? 何で姉の胸を触らなきゃいけないんだよ!?」

 

 

ドン引きた表情でアリアが俺から距離を取っていた。日頃の変態が生んだ誤解だった。

 

だがアリアの言葉で確信することができた。幽姉のこと、本当に見えていないのだと。

 

 

「……マジなのか」

 

 

「だいちゃんが遂に……家族は全員知っているのに、ようやく知るんだね……!」

 

 

「楢原家の家族は俺をのけものにするのが得意なフレンズなんだね」

 

 

涙をポロポロと流す幽姉。驚愕の新事実に涙も出ない。

 

いつまで経っても歳を取った様子を見せなかった姉、まさか死んで幽霊になっていたとか。

 

 

「それと幽は四百年生きている霊だ。血筋は全くないぞ」

 

 

何でやねん。

 

 

「はぁ!? なら何で俺を姉として騙していたんだ!?」

 

 

「それがお前の特別な血筋だからだ」

 

 

そ、それが本題か。唐突に真面目になるのやめて欲しいかな。

 

とりあえず幽霊に怯えている女の子たちに危害はないことを伝える。いや、あのね? 幽霊でも姉でも、俺は見境なく女の人の胸を揉んだりしないから信じて。

 

 

「本来、幽の存在は母さんとお前の姉しか見ることができないのだ。私はギリギリ見えるが、お前はハッキリと見えるし触れることができる」

 

 

「……その幽霊を見れることに心当たりがあるんだが」

 

 

ガルペス=ソォディアの妻、エオナ=ソォオデアを思い出した。その時、俺は彼女の霊体を見ることができた。

 

それが関係しているというのなら疑う余地はない。

 

 

「幽霊見えちゃう系の血筋なのか」

 

 

ここで知る真実に驚いてしまう。オカンに対して謎が出て来たぞおい。

 

落ち着くために茶を飲むと、オトンはあっさりと真実を教えてしまう。

 

 

「母さんの家系は『陰陽師(おんみょうじ)』だ」

 

 

「ブフゥッ!!」

 

 

思わず茶をオトンの顔面に噴き出してしまう。〇〇系とか見えちゃうとかのレベルじゃねぇ!? ガチガチの本業じゃねぇか!

 

オカンに拭かれながらオトンは説明する。

 

 

「『神野宮(しんのみや)家』は有名ではないが、四百年以上も続く家系だ。幽は母さんの守護霊だったのが、お前が見えてしまうからウチの子という設定にした」

 

 

「何十年も騙されるくらい壮大な設定だったよちきしょう……」

 

 

「本来、生んだ男には力は宿らないはずだったのだが、お前は例外だった。それと二人の姉はしっかりと受け継いでいるぞ」

 

 

「姉御たちもずっと俺を騙せていたことが凄いよな……」

 

 

「母さんはお前も陰陽師にしようかと(たくら)んでいたのだが……」

 

 

「剣道してて良かったああああああ!!」

 

 

まさか帰宅部を勧めていた理由はそれか! 頭が痛くなる説明に溜め息を漏らす。

 

オトンの家系は常人越えた剣術だが、オカンは陰陽師と来たか。

 

酷く驚かず、すぐに冷静になれるのは今まで歩んだ人生が波乱過ぎたせいか?

 

 

「母さんは特別な陰陽師でな———神託を授かることができる」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

オトンの告げる言葉に俺たちはギョッと驚いてしまう。神の手掛かりはここにもあった。

 

 

「お前が死んだ後、母さんは神託を授かり神に選ばれたことを知ったのだ」

 

 

「ちょっと待て!? じゃあ俺が帰って来たことは……!?」

 

 

「神託を授かり———近日、お前がここに帰って来ることを知っていた」

 

 

俺が死んだこと。突然俺が帰って来たこと。

 

———全部知っていたから驚いた反応を見せなかったのか!?

 

しかし、オトンはまだ続ける。

 

 

「それに、大樹は神に選ばれるのではないかと、少しだけ予言していた」

 

 

「……は?」

 

 

自分の耳を疑う。オトンの言葉にオカンも同意するように頷いていたのだ。

 

 

「選ばれるって……何で……」

 

 

「もう気付いているのではないか? 母さんの家系より、父さんの家系は『異常』だということ」

 

 

楢原家の初代——―姫羅は箱庭に行く程の実力を持っていた。

 

神と同等に戦い、魔王に狙われる程の頭角を見せ、最後は最も高い壁だった初代を乗り越えた。

 

異常なのは分かっている。だけど、そんな形で異常とだけは言われたくなかった。

 

 

 

 

 

「———『楢原家』はこの世界の人間ではない。転生者だということを」

 

 

 

 

 

———特別なのは、自分だけではなかった。

 

 

 

 

 





ちょいちょい割り込むシリアス。これからもそんな感じでよろしくお願いします。


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呪われた血筋

ま、ま、まさかの....れ、れ、連続更新...

(*^^*)ニコパァ


「初代から受け継がれた剣技。そして常軌を逸脱した身体能力。この世界ではどれだけ努力を重ねても、この世界で手に入れることができる人間はいない」

 

 

オトンの語る言葉に真っ青な顔で聞く大樹。嘘を言っているような素振りは一切なかった。

 

オカンの陰陽師の家系から始まり、オトンの転生者の話。頭が一向に回らず、受け入れることができなかった。

 

 

「母さんとは出会うべき存在で、出会うべきではない存在だった」

 

 

「……転生者だからか?」

 

 

「少し違う。『転生者』という存在は母さんの神託を聞いてから知った。前から自分の家系が異常だということに気付いていたからだ」

 

 

オトンは振り返る。そこには祖父と幼い俺が映る写真が飾って置かれていた。

 

 

「父は何も語らなかった。だが剣技だけは熱心に教えた。いや、必死に教えていたのかもしれない」

 

 

オトンは俺の顔を見た。真剣な表情で。

 

 

「神に選ばれるその時を、待っていたのかもしれない」

 

 

「何だよそれ……」

 

 

気が付けば俺は父親の胸ぐらを掴み殴りかかろうとしていた。

 

 

「何だよそれ!!!」

 

 

自分が積み上げ来た大切な物———人生そのものが否定されていた。

 

神に選ばれる為に俺は剣技を磨いていたわけじゃない! こんなものがあるせいで双葉は死ぬ結果になった最低な汚物だと後悔もした!

 

それでも手を放さなかったのは大切な人を守る為だ。無くしたくない記憶の為に握り続けた!

 

 

「大樹!?」

 

 

「俺は……! 俺はそんなモノの為に剣を握り続けたんじゃねぇ!!」

 

 

どれだけの思いが託されているのか理解していない。姫羅からも受け継いだ意志も、この手にあることを!

 

 

「この剣は……オトン(アンタ)から受け継いだ剣は、そんなくだらない野望を思って使っていない!」

 

 

「……お前は優しいな。それと一つ、断言しよう」

 

 

オトンは胸ぐらを掴んだ手を握り絞めた。

 

 

「私も、息子を不幸せにする為に教えた剣では無い」

 

 

「そうじゃなきゃ縁をぶっち切っているところだ」

 

 

「だが現状はこうなっている。神の悪戯かは知れないが、私は私のやるべきことをする」

 

 

オトンは立ち上がると、道場の方へと歩き出した。

 

 

「大樹。一人で来なさい」

 

 

「……というわけだ」

 

 

フッと笑みを見せると、大樹も立ち上がった。女の子たちは笑顔で見送るのだが、

 

 

「神の力を得た俺に勝てると思うなよオトン……!」

 

 

「さっきまで言ってることが全然違うわよ……」

 

 

美琴に良いツッコミを貰うが、当然使うわけない。『俺が持つ俺』の全力を持って倒すだけだ。

 

大樹がいないくなると、オカンは楽しそうな表情をしていた。

 

 

「さぁて、だいちゃんのアルバム、見たい人は手を挙ーげてッ!」

 

 

———1秒も経たず、全員が挙げた。

 

 

大樹は知らない。自分の黒歴史の塊を母が大事に隠し持っていたことを。

 

 

________________________

 

 

 

———竹刀と竹刀がぶつかるだけで風を揺るがすような衝撃が走る。

 

常人の身体能力限界を越えた両者の剣(さば)きは凄まじいモノだった。

 

 

バシンッ!!

 

 

「このッ……!」

 

 

「ッ!」

 

 

オトンの一撃はとてつもなく重い。一撃で守りを崩され、油断すればすぐに一本取られてしまう。

 

神の力を抜きにしろ、自分の身体能力は死ぬ前よりずっと向上している。

 

それでもオトンは俺の上に居た。叩きのめすように、剣を振るっていた。

 

 

「一刀流式、【(ハヤブサ)の構え】」

 

 

「なッ!?」

 

 

オトンが踏み込み距離を詰めた瞬間、竹刀は消える。あまりの速さに目で追うことができなかった。

 

 

「【鳥落(とりおと)し】」

 

 

スパンッ!!

 

 

オトンの繰り出す竹刀の突きが頬を掠めた。熱が走ると同時、頬から血を流す。

 

その光景に驚いたのは自分ではなく、オトンだった。

 

 

「今の攻撃を避けるか……」

 

 

「目で追えないなら、直感に頼るしかないからな……!」

 

 

突き刺さろうとする竹刀に柄で横から衝撃を与えた。それだけで僅かにオトンの竹刀の軌道をズラすことに成功したのだ。

 

 

「というか、何だ今の」

 

 

「お前が死んだ後、何もしていないように思ったか?」

 

 

「思うよ。息子の保険金でワイハ行くような奴が修行しているとか微塵も思わねぇよ」

 

 

「ハワイとワイハ、あとお土産のことは忘れろ。恥ずかしい」

 

 

「恥ずかしいなら最初からやるな!!」

 

 

オトンは再び構えるが、また自分の知らない構えを見せて来た。気を引き締めて構えるが、

 

 

「次はもっと速く斬る。一刀流式、【熊鷹(くまたか)の構え】」

 

 

「何ッ!」

 

 

オトンが踏み込んだ瞬間、今度は姿まで消した。

 

 

スパンッ!!!

 

 

「【鳥落し】!!」

 

 

またしても突き。今度は全力の一撃を竹刀にぶつけて軌道を曲げた。すると曲げた軌道は道場の床を壊す程の威力だった。

 

その光景に両者は驚く。

 

 

「おまッ……オカンに怒られるぞこれ……」

 

 

「今逃げれば間に合うか? 大樹、お前が足止めをしてくれるなら父さんは———」

 

 

「情けないことを言うなよ。俺の力を使えば直せるから。頼むから気をつけてくれ」

 

 

「すまん」

 

 

創造生成(ゴッド・クリエイト)】で床を修復する。神の力に関してはスルーする辺り、この人は普通じゃないんだなと改めて認識する。

 

床が元通りになると、竹刀を構える。

 

 

「どうやら速さを上げた程度ではお前に通じないようだな」

 

 

「当たり前だ。どれだけ修羅場くぐって来たと思っている」

 

 

「父さんは一夫多妻を認めないから———」

 

 

「そっちの修羅場は置いとけよ」

 

 

「行くぞ大樹。成長したお前を見せてみろ」

 

 

「ッ……いいぜ!」

 

 

オトンから溢れ出す殺気。いや、竹刀に込める気迫がビリビリと伝わった。

 

本気の一撃を溜めているのだ。ならばこちらも、全力で答えるまで!!

 

 

「一刀流式、【犬鷲(いぬわし)の構え】!!」

 

 

「ちょっとタイム」

 

 

俺は構えた竹刀を下げた。オトンは不思議そうに俺の顔を見ていた。

 

ハッキリと言わせていただく。これは大事で、気になることだから。

 

 

「あのさ……鳥、多くね?」

 

 

「悪いか?」

 

 

「いや悪くないよ。俺もカッコイイと思う。でも一応な。ちなみ、あと何段階くらい速くできるの?」

 

 

「二段階だ。【(ツバメ)の構え】と続き、最後は【(シギ)の構え】が最速だ」

 

 

「遅くなってんだよぉ!!!」

 

 

これだけはどうしても言いたかった。とても大事なことだから。

 

 

「分かる!? 順番が完全に逆なんだよ!? 鳥はどんどん失速しているのに、オトンの剣は速くなるっておかしいでしょ!?」

 

 

「そうなのか……じゃあ隠技の【駝鳥(ダチョウ)の構え】も考え直した方がいいのか」

 

 

「もはや飛んでねぇよ!? 走ってるだろうが!?」

 

 

「一番グッと来たのは【皇帝企鵝(コウテイペンギン)の構え】なんだが……」

 

 

「だから飛んでねぇよ! 鳥から離れろ! どんだけ好きなんだよ!」

 

 

オトンの鳥好きを知って複雑な気持ちになってしまう。何だこれ。真面目に戦っていたはずなのに、オトンがボケ始めたぞ。

 

今度はこっちの技を見せてやる。鳥じゃない、最強の技を!

 

 

「一刀流式、【嫁の構え】!!」

 

 

「待て」

 

 

何故か止められた。竹刀を床に落として両手を前に出したオトンに俺は首を傾げる。

 

 

「どうした?」

 

 

「恥ずかしくないのか?」

 

 

「何を今更。余裕だわ」

 

 

「そうか。でも戦う父さんは恥ずかしい」

 

 

「おいおい。七回攻撃、ちゃんと避けて貰わないと困るんだが」

 

 

「別に人数と攻撃回数の心配をしているわけじゃない。単純に———」

 

 

「愛している」

 

 

「愛の深さも別の話だ」

 

 

とりあえずやめろと言われたのでやめることにする。それにしても、真面目な戦いは家出したようだ。

 

 

「……変わったな」

 

 

「何が?」

 

 

「今のお前なら、双葉ちゃんのことを教えてもいいだろう」

 

 

「ッ!」

 

 

オトンの言葉に俺は息を飲む。オトンは話を続けようとするが、俺は首を横に振った。

 

 

「双葉のことなら、思い出したよ」

 

 

「ッ……そうか」

 

 

オトンは目線を下に落とした後、懐から鍵を取り出し、俺に向かって投げた。

 

 

「これは……」

 

 

「許可は取ってある。彼女の家の合鍵だ。二人が家を空けている内に……行きなさい」

 

 

「……でも俺は」

 

 

「二人は君を心配していた。恨んでいない。そして会う必要は無い。互いに時間は必要なのだから」

 

 

「……行ってどうするんだよ」

 

 

「違う。行ってどうするのかを決めるのだ」

 

 

強く鍵を握り絞める。神への手掛かりは手に入った。これ以上、探す必要は無い———やっぱり違うよな。

 

 

「ありがとう、決着を付ける為にパンツでも盗んで来るわ」

 

 

「勝手にすればいい。だがその前に———」

 

 

オトンは床に落ちた竹刀を握り絞めて構える。

 

真剣な表情に驚きながらも、オトンは低い声で告げる。

 

 

「一刀流式、【無限の構え】」

 

 

かつて『極めれば斬れぬモノも斬れる』と称された究極の技を構えた。

 

 

 

________________________

 

 

 

「———これがだいちゃんの小学生の時ね」

 

 

大樹の母が見せるアルバムをガン見する女の子たち。

 

 

「———中学生時代もあるわよ」

 

 

「……一緒に写っている写真がないわね」

 

 

「YES。抜き取られている形跡があるので恐らく双葉さんの写真は……」

 

 

「あらあら? 双葉ちゃんのこと、知っているの?」

 

 

美琴と黒ウサギの会話に大樹の母は更に写真を取り出す。今度は大樹と双葉のツーショット写真ばかりが出て来た。

 

 

「あの子が記憶喪失なのはもう知っているのよね?」

 

 

「一応……ですが」

 

 

優子が小さな声で肯定すると、大樹の母は寂しそうに話を始めた。

 

 

「あの子の家も、ちょっと複雑だったのよ」

 

 

________________________

 

 

 

 

俺は夜の街を歩いていた。

 

オトンと話し終えた後、すぐに家から出た。鍵を握り絞めたまま。

 

日は沈み街灯だけが道を照らす。コツコツと足音を立てながら、幼馴染の家へと向かっていた。

 

しかし、その歩みはふと止まる。

 

 

「……出て来いよ」

 

 

「……………」

 

 

気配で分かっていた。隠れていた者は素直に俺の前に姿を現す。

 

黒い長髪をなびかせる。綺麗な姿に俺は動揺することはなかった。

 

 

「俺たちが最後の保持者みたいだぜ、リュナ」

 

 

———双葉が姿を見せた。

 

薄い白い衣を身に纏った彼女に身構えることはない。何故なら彼女からは殺気と言ったモノが一切感じられないからだ。

 

笑いながら声を掛けるが、リュナは黙ったままだった。

 

 

「……言葉にしなきゃ、分からないぞ」

 

 

「……これから、どこに行くのですか」

 

 

無表情で聞いているはずなのに、声音は悲しそうだった。

 

答えを躊躇(ためら)ってしまうが、ここで逃げてはいけないと俺の心が告げている。

 

 

「俺の幼馴染、双葉という女の子の家だ」

 

 

リュナの表情が変わる。驚きを露わにして聞いていた。

 

手ごたえを感じた俺は、一歩前に踏み出す。

 

 

「一時休戦しないか? 死んだ幼馴染の所に行くんだ。近くで争うのはやめたいんだよ」

 

 

「……私も、行かせてください」

 

 

「ッ! ……ああ、それがいい」

 

 

これからどう転ぶのか、俺には分からない。それでも、進んでいることは確かだった。

 

双葉が隣まで歩いて来る。透き通るような綺麗な瞳が俺の目を見ていた。

 

 

「—————ッ……」

 

 

だけど、俺は彼女の本当の名前を呼んであげることはできなかった。

 

 

________________________

 

 

 

 

阿佐雪(あさゆき)』と書かれた表札を見て変わっていないことを確認する。目の前には一軒の家があるが、庭の手入れは全くされていない。

 

オトンから貰った合鍵を使い扉を開ける。暗い廊下と綺麗に並べられた靴を見て、人が生活していることを物語っていた。

 

電気を付けると、リュナが何かに気付く。

 

 

「手紙……」

 

 

「見せてくれ」

 

 

リュナから受け取ると、それは双葉の父が書いた手紙だった。

 

そこには俺のことが書かれていた。オトンから事情を聞いているから好きに見て欲しいと。

 

それから謝罪の言葉、感謝の言葉。胸が痛くなる思いで全てを読み切る。

 

 

「そういえば、双葉の母さんは早く亡くなって……」

 

 

玄関から上がると俺は仏壇を探した。

 

今思えば、双葉の家に上がるのは初めてだった。家の前には何百回も来たのに、俺の広い家で遊ぶことが普通だったからな。

 

リビングの隣の部屋に入ると、そこには双葉と一緒に母親の写真も飾られた仏壇を見つける。

 

 

(……………?)

 

 

その時、妙な感覚が俺に訴えて来た。

 

遺影は何もおかしくはない。でも、何か不自然な感じに思える。

 

 

「これが……彼女の母親ですか」

 

 

リュナは自分と同じ顔が仏壇に置かれていることより、微笑んだ母親を気にしていた。

 

違和感のことは忘れ、双葉の言葉を思い出す。

 

 

「優しい人って双葉は何度も話した。髪を伸ばしているのも、母親を真似していたんだよ」

 

 

知っていることを話すとリュナは自分の髪を触り始める。遺影をジッと見つめ、何かを考えていた。

 

 

「……先に見て来ていいか?」

 

 

「いえ、私も行きます」

 

 

リュナはすぐに振り返り、次の部屋へと歩き出した。

 

次に向かったのは双葉の部屋だった。三つ程部屋を開けて探していた。

 

 

「ここか」

 

 

薄いピンク色のカーテンとベッドの布団で判断する。デスクを見れば中学時代に使われていたノートがポツンと置かれている。

 

中学生にしては綺麗な字でまとめてあり、しっかりと授業を聞いていたことが分かる。

 

本も多かった。俺がオススメした小説もいくつか置かれている。貸したマンガ本も一緒に置かれていた。

 

 

「……大事に読んでくれてたのか」

 

 

双葉の物に次々と触れて見る。出会った頃からの思い出が噴き出すように頭の中を流れる。

 

彼女の笑顔が、脳裏から離れなくなった時、

 

 

「—————ッ……!」

 

 

嗚咽をこらえるが、床に何度も涙をこぼしてしまっていた。

 

双葉の事を忘れて、高校生活を送っていた自分を情けないと思ってしまう。どんなに辛くても、双葉まで逃げることはなかったはずだ。

 

 

「ッ……!」

 

 

それでも俺は、ここに立っている。

 

立ってしまっている。決着を付ける為に、忘れてしまっていた双葉の為に、俺は踏み込んで自分の気持ちに答えを出さなければならない。

 

答えを待っている人が居る。俺にも、双葉(お前)にも。

 

 

———振り返るとそこには黒いパンツを手に持った双葉が居た。

 

 

「……ごめん、何やってるの?」

 

 

穿()こうと思いまして」

 

 

「……パンツを?」

 

 

「パンツを」

 

 

「……え? まさか、穿いてないの?」

 

 

 

 

 

「はい」

 

 

 

 

 

新事実———ずっとリュナはノーパンだった。

 

脳がフリーズしてる。頬を少し朱色に染めた彼女は一度部屋を出て、すぐに戻って来る。穿いたのか、パンツをやっと穿いたのか。

 

 

「……何て言えば良い!? 俺は何て言えば良い!? 分かんねぇよ!?」

 

 

「?」

 

 

パンツに対しての答えは得ることができなかった。

 

最後に虚ろな目で部屋を見渡すが、不自然な感覚がまた俺に襲い掛かる。

 

 

(やっぱり違和感がある……何だ?)

 

 

仏壇で見た時と同じだ。何か不自然だと感じてしまう。

 

飾られた写真の額縁を見るが、どうも正体が掴み切れない。

 

 

「……あッ」

 

 

写真を見て思い出す。双葉とその父が映る写真とは別に、双葉ともう一人の女性が映っている写真を見つけた。

 

再婚していたのだ。違和感の正体は双葉の父は再婚していることだったのか。

 

見慣れない女性だったから気付かないで———あれ?

 

 

(遺影での違和感と違う……?)

 

 

何でこんなに胸が痛む? 何故俺はここまでモヤモヤとした気持ちになる?

 

 

———振り返るとそこには黒いブラジャーを手に持った双葉が居た。

 

 

「もういいだろ!?」

 

 

 

________________________

 

 

 

双葉の部屋を見た後はすぐに家を出た。他の部屋を見る必要は無い。

 

両親がいつまでも綺麗にあの部屋を残していたことに俺は複雑な気持ちになる。どう捉えればいいのか分からない。だけど、俺は感謝している。

 

鍵を閉めた後はポストに入れて返す。阿佐雪家を後にした。

 

しばらく道を歩く。後ろからリュナが付いて来るが、何を言えば良いのか分からなかった。

 

 

「学校」

 

 

リュナの呟きに足が止まる。

 

 

「学校の場所を教えてくれませんか?」

 

 

「行きたいのか?」

 

 

俺の質問に頷いて肯定する。少し考えた後、

 

 

「分かった。俺も行くから」

 

 

「お願いします」

 

 

俺たちは何度も双葉と登下校した道を歩き始めた。

 

高校時代の二年と更に二年、四年という歳月が経っても、この道はあまり変わっていない。

 

コンビニができたとか、綺麗な家が建てられたとか、それぐらいだけしか変わっていない。

 

中学校に辿り着くと、自然と目から涙が出て来ていた。

 

 

「懐かしいなクソッ……」

 

 

「……………」

 

 

涙を拭き取ると、暗闇に支配された学校に侵入する。

 

正門を飛び越え、扉の鍵は武偵で学んだ技術を活かして開錠。

 

全く変わっていない靴箱、緑色の廊下を歩き始める。

 

 

「二階だ。最後は二階の奥のクラスだ」

 

 

四階ある内の二階まで階段を上り、奥へと進む。机の中から教科書が飛び出しているのを見ると笑いが出てしまう。置き勉とは、また懐かしいな。

 

双葉と一緒だったクラスに辿り着くと、扉をまた開錠して侵入する。

 

 

「……ここだ」

 

 

窓側の奥の席。前と後ろで並んでいた。

 

後ろを見ればいつも彼女が笑っていた。後ろから鉛筆で(つつ)かれ、小さな手紙を投げられ、勉強を教えて貰ったこともあった。

 

剣道部で居場所を無くした俺に、彼女はいつも優しい笑みを見せて俺を受け入れてくれる。

 

 

もし———双葉が生きていれば……俺は……。

 

 

ガタンッ

 

 

崩れるように椅子に座る。右手で顔を抑えて双葉との記憶を思い出していた。

 

流れるように、噴き出すように、記憶が蘇る。蘇れば蘇る程、床に涙を落としていた。

 

 

「最低だ……」

 

 

双葉が生きていれば? そんなことがあるわけないのに、俺は何を考えた。

 

大切な人が居るのに、愛する人が居るのに、俺は何を考えた。

 

 

「どうして……何で……!」

 

 

無表情で俺を見るリュナに乱暴に掴みかかった。

 

 

「———俺の心を掻き乱す真似をするんだよぉ!!!!」

 

 

理不尽な物言いにリュナは押し倒されても、何も言わなかった。

 

 

「お前が俺を殺しに来ればいいのに……! どうして何もしない!? 攻撃すれば、俺はお前を楽に……何でだ!? 何でだ!? 何でだよぉ!?」

 

 

何度も訴えるように言うが、彼女はそれでも口を開かない。

 

 

「どうにかできると思っていた! でも……いざ目の前にしたら刀どころか拳一つ握れねぇんだ! お前を救うと決意したのに、お前は……お前は……!」

 

 

パチンッ!!

 

 

頬に衝撃が走った。

 

攻撃というより、それはただのビンタだった。

 

そう、怒った女の子のビンタ。

 

 

「———私は、思い出したかった……それだけなのに!!」

 

 

初めて見せた彼女の怒りに呆然としてしまう。俺を押し退け、そのままどこかに走り去ってしまう。

 

 

「それだけって何だよ……」

 

 

追い駆けないといけないのに、足が動かない。

 

 

「お前のそれだけは……俺に取っちゃ……」

 

 

それでも、唇を噛み切ってしまう程の力を込めて立ちあがった。

 

 

「重過ぎるんだよッ……馬鹿野郎がぁ!!」

 

 

逃げたリュナを———双葉を追い駆けた。

 

 

________________________

 

 

 

「———再婚……」

 

 

大樹の母から双葉の両親が再婚したことを話す。優子の呟きに大樹の母は首を横に振った。

 

 

「死んだ母親の望みは父と娘が幸せに暮らせること。それを一番に望んで欲しいと言ったそうよ。『私と娘を愛してくれる人を見つけた』、だから再婚したそうよ」

 

 

「……双葉さんは認めたのですか?」

 

 

「ええ、再婚相手はそれだけ良い人なのよ。今も父を支えているのだから」

 

 

大樹の母はアルバムをめくりながら懐かしそうに語る。

 

 

「だから失った時、父は自殺しようとして大変だったわ」

 

 

「じ、自殺ですか!?」

 

 

「でも踏み留まった。再婚した奥さんのおかげでね」

 

 

失った物が多過ぎた。責任を感じた父は命を投げ出そうとしたらしい。奥さんに助けて貰った後、大樹の父が顔をぶん殴って酒を飲ませて泣かせたと語る。

 

 

「彼はずっと死を乗り越えていない。でも、無理に乗り越える必要も無いのよ」

 

 

「……大樹さんは乗り越えようとしていますよ?」

 

 

黒ウサギの言葉に大樹の母は笑みを見せる。

 

 

「結局はどっちでも良いのよ。乗り越えて忘れずに強く生きるか、乗り越えずに心に繋げて強く生きるか。どっちでも変わらないわ。一番駄目なのは逃げて忘れようとすること。だいちゃんにはいつか教えようとしたけど、自分で向き合い始めたのよね」

 

 

「……難しいです」

 

 

「そうね。おばさんも、全然分からないわ」

 

 

ティナの言葉に同意する大樹の母。でもっと続ける。

 

 

「ウチの息子は壁を乗り越えても、壁を大事にする子よ」

 

 

________________________

 

 

 

「ジャコ! リィラ!」

 

 

『全く……探せばいいのだろう?』

 

 

「久々の出番ですよ! 張り切ります!」

 

 

ジャコは空を駆け抜け、リィラは白い翼で羽ばたく。俺は【悪神の真紅(クリムゾン・アジ・ダカーハ)】を纏い飛翔する。

 

町の空を音速で飛び回り探すが、どこにもいない。

 

 

(考えろ! リュナがどこに行くのか……双葉がどこに行くのか!)

 

 

いや、考えても分からないはずだ。俺は最後まで、アイツのことを理解してやれなかった。

 

……なら感じろ。神経を研ぎ澄まして彼女の力を見つけろ。

 

 

「—————北の方……!」

 

 

体を回転させて方向転換。そのまま音速を超える速度で飛翔し始める。

 

次第に力が強まるのを感じる。リュナに近づいている証拠だった。

 

町は灯りが多くなる街へと変わり、港へと変わる。海の先に居ると知ると、リュナがここまで移動したことに心当たりが生まれる。

 

闇に包まれた海の上を飛翔する。そして、リュナの姿を見つけた。

 

白い翼を広げた彼女は俺の姿を見ると逃げるように上昇する。雲を突き抜けて上へと目指していた。

 

当然追いかける。リュナより速い速度で雲を突き抜けて彼女を捕まえる。腕を掴むと痛みを感じた。

 

 

バチンッ!!

 

 

「ッ!」

 

 

「私は思い出せない!」

 

 

黒い電撃がリュナを守るように弾け飛んでいる。自分の手は血に濡れており、今の攻撃が普通じゃないことを見抜く。

 

 

「どれだけあなたと関わりがあったとしても、今の私は『阿佐雪 双葉』ではない! 神の保持者、リュナとして私はあなたを倒すだけ!!」

 

 

白い翼は漆黒に染まりリュナの顔に赤い紋章のようなモノが浮かび上がる。血で描かれていることが分かるとゾッとした。

 

顔から首へ、そのまま全身に描かれる赤い紋章。不気味な光景に呼吸を忘れてしまう。

 

 

「【最終制限解放(エンド・アンリミテッド)】!!」

 

 

漆黒の弓が顕現してリュナの手に収まる。十字に広がる弓はリュナの体より十倍は大きい。

 

闇より黒い翼が広げられると、後方に無数の魔法陣が出現する。そこから新たな弓が姿を見せ、矢を構えた。

 

 

 

 

 

「———【厄病の狩猟女神(Katastrophe Artemis)】」

 

 

 

 

 

左目には紅色の魔法陣が浮かび上がる。天使のような姿はもうどこにもない。

 

その姿に大樹は歯を喰い縛る。涙を見せながらリュナと向かい合った。

 

 

「思い出せないから、何だよ……」

 

 

右手を伸ばし、グッと強く握り絞める。

 

 

「そんなことより、もっと大事なモノがあるだろ!!」

 

 

制限解放(アンリミテッド)】———【神装(しんそう)光輝(こうき)

 

黄金の翼が舞い散り、神の衣を身に纏う。白銀の着物から神聖な力が溢れ出しリュナの表情を歪める。

 

 

「俺だって思い出せなかった! それでも進んだ! 進んで進んで、あとで後悔して、失って……それでも俺はここに居る! 歩いて来た道には、失うだけじゃなく、それだけ多くの物を得たから!」

 

 

「展開、【悪夢の弓(ボウ・ナイトメア)】!!」

 

 

魔法陣の数が一気に膨れ上がる。リュナの背後一面は漆黒の弓で埋まり、矢が装填される。

 

 

「【漆黒の矢(ダークネス・アロー)】!!」

 

 

バシュンッ!!!

 

 

百を越え千を越える。矢を放たれた瞬間には次の矢が装填され放たれる。

 

矢継ぎ早に繰り出す攻撃に大樹は右手を払うだけで防ぐ。

 

 

「【神の領域(テリトリー・ゴッド)】」

 

 

大樹の持つ最強の結界が矢を打ち消す。球体の結界にヒビ一つ入らない光景にリュナは絶句する。

 

それでも黒い矢の嵐は止めることはない。更に弓を増やして火力を上げる。

 

 

「今ここでお前との因縁を終わらせる。そして、ここから始めるんだ!」

 

 

握り絞めた右拳を引き絞り、神々しい輝きを放つ。リュナは警戒を高めて矢の数を増やすが、結界を破るまでには(いた)らない。

 

 

「天界魔法式、【天空支配神の福音(ヘヴンルーラー・ゴスペル)】!!」

 

 

ゴオオオオオォォォ!!!

 

 

輝く拳から放たれたのは巨大な竜巻。矢を巻き込み雲を捻じれさせる。暴風の吸い込みに体が引き千切れそうになる。

 

宙に展開した弓は粉々に砕け散り、攻撃の手段を潰された。

 

 

「もう一発だ!!」

 

 

(連発!?)

 

 

リュナは翼で自分を守るように覆う。

 

しかし、再び強風が吹き荒れるかと思いきや、突如竜巻は凍り付いてしまう。

 

 

バギンッ!!

 

 

竜巻の風に巻かれていたリュナの全身に氷が纏わりついている。必死に抵抗しようにも、全く動くことができない。

 

凍り付いた幻想的な竜巻にリュナの呼吸は止まっていた。

 

 

バチバチッ……バチバチッ……!

 

 

凍った竜巻の中心に大樹が拳を握り絞めて構えている。拳からは電撃が弾け飛んでいた。

 

再び放たれようとしているのだ。【天空支配神の福音(ヘヴンルーラー・ゴスペル)】が。

 

天界魔法式に発動する———奇跡を使った神技に尽きること無し。

 

永遠と無限を約束された力に、リュナは圧倒されていた。

 

 

 

 

 

「———来いよ、お前の幼馴染はもう逃げたりしないぞ!!」

 

 

 





だからと言って明日更新できると思わないでくださいね!


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「お前が/あなたが——好きだった/好きです」

シリアスぅ……

ギャグが無い事に土下座です。


「———展開ッ!」

 

 

バシュンッ!!

 

 

リュナの叫びで氷の竜巻の外に漆黒の弓が出現すると同時に矢が放たれる。

 

氷の竜巻を破壊して脱出を試みると同時に大樹への攻撃。だが大樹は全く避けようとしなかった。

 

 

「最初に出会った時、お前の攻撃が俺の刀をすり抜けたよな」

 

 

そして、黒い矢は大樹の体を突き抜けた。

 

血を流すことなく、無傷のままだった。その光景にリュナの表情が更に歪む。

 

 

「『光の屈折』を利用した攻撃だろ。手応えのない攻撃も、お前の力の仕業だと見抜いている」

 

 

リュナの光の矢は光を操り姿を捻じ曲げたり消したりすることができたのだ。黒い矢は闇に紛れて僅かな光を避けている。だが、あの時の雑魚の俺から成長した今の俺とは違う。見抜くことは容易かった。

 

攻撃手段を見抜かれたにも関わらず攻撃を続行するリュナ。氷の竜巻から逃げ出すリュナに対して大樹はただ右手を前に出した。

 

 

「【神の領域(テリトリー・ゴッド)】」

 

 

パチンッ

 

 

そして大樹が指を鳴らすだけで結界に閉じ込められる。そして右手を握り潰すようにグッと握り絞めた。

 

 

「———【神爆(こうばく)】」

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォン!!!

 

 

リュナを幽閉した結界内で白い光が発光して爆発した。衝撃波がここまで伝わるが、リュナの力は膨れ上がっていることを感じ取る。

 

 

「『死を撒き散らせ』『絶望の声を聞け』『(けが)れた名を刻め』」

 

 

「……ッ!」

 

 

リュナの低い声を耳にした瞬間、それは絶対に聞いてはいけないモノだとすぐに分かった。

 

聞こえないように後ろの飛んで回避しようとするが、体に激痛が走った。

 

 

グシャッ……!

 

 

「かはッ……クソが!」

 

 

腕の肌が赤黒く変色して血を流していた。口から溢れ出す真紅の液体を吐き出し、結界に閉じ込めたリュナを睨み付ける。

 

 

「『全てを(むさぼ)り尽くせ』———【死への記憶(デスメモリー)】」

 

 

そして、脳がグチャグチャにされるような激痛が襲い掛かった。

 

両手で頭を抑えて耐えるが、あまりの痛みに気が狂いそうになる。

 

だけど、同じようにリュナが苦しんでいるのを目にする。

 

 

(自分も……かよッ……!)

 

 

(おのれ)を巻き込んでの攻撃に苛立っていた。リュナは何度も自分の頭を結界に叩きつけている。

 

その光景に、何かが吹っ切れた。

 

 

「ぶっ壊れろおおおおおおォォォ!!」

 

 

雄叫びと共に神々しい輝きを放つ拳を突き出す。

 

 

バギンッ!!

 

 

全てが崩れ去る音が聞こえた。気が付けば大樹の結界も、脳を食らっていた痛みも消えていた。

 

大樹の持つ神の創造———全てを打ち消す力が振るわれたのだ。

 

 

「そ、そんな……まさかッ……!」

 

 

つまり———リュナの力も全て消えてしまっているのだ。

 

背中から生えた黒い翼、体中にある赤い紋章、武器である弓までも。

 

全てを消し飛ばしていた。

 

天界魔法式、【秩序支配神の世界翼(システムルーラー・ワールドフリューゲル)】。

 

持続的に発動するのではなく、一発を広範囲に発動した。一度消すだけでいいのなら、力を消費せずに消す。ただそれだけ。

 

 

「【無刀の構え】」

 

 

驚きで動けないリュナの背後には既に大樹が居た。体を回転させて蹴りを放とうとする。

 

 

「【地獄巡り】」

 

 

ドゴッ!!

 

 

凄まじい衝撃がリュナを襲う。横腹に容赦無く蹴りは入り、リュナの体を急激に降下させて雲を突き抜ける。

 

落下速度は恐ろしく、すぐに海面へと体は叩きつけられた。

 

 

「……【神の領域(テリトリー・ゴッド)】」

 

 

後を追い駆ける大樹。雲を突き抜けた瞬間、結界を張ると、

 

 

バシュンッ!!

 

 

闇に染まった海から無数の黒い矢が放たれる。結界は矢を打ち消し、またしても大樹にダメージを与えることができていない。

 

 

「『死を撒き散らせ』『絶望の声を———』!」

 

 

バシャンッ!!

 

 

海面から飛び出すと同時に再び呪いの言葉を聞かせてきた。しかし、同じ手は通じない。

 

 

「ソイツは聞き飽きてんだよ! 喝ッッ!!!!」

 

 

ドゥンッ!!!!

 

 

ビリビリと鼓膜が破けてしまうかのような大音量にリュナは思わず耳を塞いでしまう。

 

声だけで神の攻撃を打ち破る大樹にリュナは絶望するかのような顔に変わる。本気を出してなお、大樹はまだ本気の片鱗(へんりん)すら見せていない。

 

武器を出していないのだ。刀を一度も見せてないことにリュナは激怒する。

 

 

「ああああああああああァァァァ!!!」

 

 

叫びと共に漆黒の弓が周囲に展開する。今までの中で一番数が多いが、大樹は動揺一つ見せることはなかった。

 

 

「【神刀姫(しんとうき)】」

 

 

一本の刀を握り絞めて、振るうだけだった。

 

 

ズバンッッッ!!!

 

 

一閃。大樹の一撃は矢を跳ね返し、弓を破壊した。

 

海面が大きく割れ、海底の地面に奈落が生まれてリュナの体は底へと叩きつけられた。

 

 

ザザァッ!!

 

 

海は激しく荒れる。海水は奈落に流れ込み波は狂うように揺れた。

 

右手だけで刀を振るったその一撃は天地を揺るがした。それだけ重い一撃だった。

 

 

「……………来るか」

 

 

再び【神の領域(テリトリー・ゴッド)】を発動するが、

 

 

「ッ!?」

 

 

大樹は本能に従って刀を前に突き出した。

 

 

バギンッ!!!

 

 

刹那———結界は砕け散り、突き出した刀に鋭い衝撃が走る。

 

即座に衝撃を受け流し後方に飛ばす。飛んで来たのは『赤い矢』だった。

 

 

「……マジかよ」

 

 

———両腕が折れている。

 

戦慄していた。今の一撃、刀を構えていなければ死んでいたかもしれないということを。

 

海面を睨み付けると、闇から赤い海へと変わっていた。恐ろしい光景に息を飲む。

 

 

ザパァッ!!

 

 

海面から飛び出したのは巨大な骨の檻。その中にはリュナが捉えられ、(はりつけ)にされていた。

 

体から血を流し、牙の様な鋭い骨がリュナの体中を突き刺していた。

 

 

『カ……カララッ……カララララッ……』

 

 

「テメェ……!」

 

 

檻の上部には王冠を被った骸骨(がいこつ)が口をパカパカ開閉して笑っていた。リュナに刺さった骨は骸骨に繋がっている。

 

骸骨は一つじゃない。両隣には獣の頭骨、横に平べったい頭骨がある。両隣は人間の骨では無いことが明らかだった。

 

 

「猫と蛙の骨……? まさか!?」

 

 

『我ガ名ハ……魔神バアル……』

 

 

ソロモン72(ななじゅうふた)(ばしら)の序列一番———バアル。

 

猫と王冠を被った人間。そしてカエルの頭を持ち、体は蜘蛛(クモ)だと知られているが、様子がおかしい。何故骨の状態だ? それが本来の姿……だとは思えないな。

 

 

『呪エ……奴ヲ殺シ、我ヲ解放シロ……!』

 

 

「———ああああああァァァ!!!」

 

 

ミシミシと鳴る音と共に深々と骨の牙がリュナの体に刺さる。強く強く、骨が突き刺さる彼女の体を見た大樹は刀を握り絞めて振るおうとするが、

 

 

『コロスゾ?』

 

 

悲鳴を上げるリュナにバアルは鋭い牙を心臓に向けた。大樹は下唇を噛み、体を止める。

 

光の速度で移動して背後から奇襲———駄目だ。一撃であの幽閉した(おり)を破壊したとしても食い込んだ骨までは破壊できそうに思えない。間に合わない。

 

力を打ち消した所で状況は変わらないだろう。むしろリュナの力を弱めて危険に晒すだけだ。

 

 

(クソッ……何でソロモンの悪魔がこのタイミングで来やがった……!)

 

 

やはり悪魔を使役しているのはガルペスだけではない。他に居ることを明らかにしていた。

 

俺の知っている『契約』が正しいのなら契約者を裏切らないはず。目の前の光景を見ればリュナが契約者ではないことはことが推測できる。

 

 

『我ノ為ニ、我ノ為ニ、我ノ為ニ!』

 

 

「あああァァ……あぁ……!」

 

 

(おびただ)しい血の量がリュナの体中から流れる。手を出すことのできない状況に手が出る程グッと手を握り絞めていた。

 

 

『復活ヲ! コノ手ニ!!』

 

 

(急げッ……急げ急げ急げ急げぇ!!!)

 

 

頭の中で叫ぶように何度繰り返す。リュナの意識が落ちる所を見た瞬間、怒りの沸点が越えた。

 

 

———バシュンッ!!

 

 

『カララッ……?』

 

 

「ッ!?」

 

 

俺が体を動かすよりも先にバアルの頭部が消し飛んだ。突如横から突き抜けて来たのは白い光の光線だった。

 

バアルは唯一残った骸骨の下顎から声が発せられていた。しかし、何が起きたのか理解していないように見えた。

 

隙を見せたバアルに大樹は逃さない。

 

 

ゴオォッ!!!

 

 

光の速度でバアルとの距離をゼロにする。音速で繰り出される拳はバアルの骨を砕け散らした。

 

 

バギンッ!!

 

 

リュナを突き刺していた牙を握り潰す頃にはバアルの骨は粉々になってしまっていた。リュナを抱き込みバアルから距離を取る。

 

 

『オオオオオォォォォ……!』

 

 

粉々になったバアルの骨粉。だが一点に収束するように集まり始めた。

 

何百と越える数の【神刀姫(しんとうき)】を周囲に展開する。リュナを抱き締めたままバアルを睨み付ける。

 

やがて収束した骨は形を変える。人に近い形へと。

 

 

『……不完全だが、十分だろう』

 

 

白色の肌をした悪魔が呟く。血の様な赤黒い鎧を身に纏い、右手には禍々しい鎌を握り絞めていた。

 

 

『クックックッ、改めて名乗ろう。我が名は魔神バアル。ソロモン72柱の序列一番の悪魔』

 

 

「……リュナに何をした」

 

 

『少し力を分けて貰っただけだ。我の肉となることは光栄で———』

 

 

ズバッ!!!

 

 

刹那———バアルの白い腕が斬り飛ばされた。

 

バアルが目視することができない速度で射出された【神刀姫】。腕を斬り飛ばし、鮮血を散らした。

 

 

『———貴様……!? この我を……?』

 

 

ズバッ!!!

 

 

バアルが何か言う前よりも速く、構えるよりも速く、刀はバアルの右足を奪った。

 

 

『ぐぅ……があああああァァァ!!??』

 

 

「よくも俺と幼馴染の喧嘩を邪魔してくれたな」

 

 

痛みに苦しむバアルは急いで大樹から距離を取ろうとするが遅い。既に【神の領域(テリトリー・ゴッド)】に閉じ込められていた。

 

 

『馬鹿なッ……!? 不完全とはいえ、我は邪神様の力と神の……!』

 

 

「覚悟はできているよな?」

 

 

血に濡れたリュナを抱きかかえたまま、神の力を更に解放する。

 

海の波が荒れ、暴風が巻き起こる。収束した雲にはバチバチと雷鳴が轟いていた。

 

バアルの余裕は、消し飛んでいた。

 

 

________________________

 

 

 

———『壁を乗り越えても、壁を大事にする』

 

 

大樹の母が言った言葉に女の子たちは微笑みながら頷いた。

 

保持者との戦いがそれを証明している。

 

復讐に染まり切った遠藤 滝幸(バトラー)に憎しみをぶつけるのではなく、救いの為に正面からぶつかり戦った。

 

周囲から新城 陽(エレシス)を認められない怒りに満ちた新城 奈月(セネス)を救う為に命を懸けて、最後は二人の妹として勇敢な姿を見せて戦った。

 

愛する人に会う為に罪を犯した姫羅()を許し、それでも大樹(弟子)は救う為に貧弱な体で立ち向かった。

 

最後はあのガルペス=ソォディアまで救い出した。彼もまた愛する人たちの為に、怒りの炎を燃やし世界を憎んだ。それを止めることができたのは大樹だけだった。

 

そして彼らを乗り越えた大樹は忘れていない。あの時の双葉のように、ずっと深く胸の奥に刻んでいる。

 

 

「それにあの子は、忘れても忘れられないのよ」

 

 

「……何がですか?」

 

 

首を傾げながらティナが聞くと、大樹の母は楽しそうに答えた。

 

 

「だいちゃんの髪型だけど、アレはお父さんを真似したわけじゃないのよ」

 

 

「……前に剣道の面を被る時に伸ばすと邪魔になるから髪を上げているって言っていた気がするわ」

 

 

「記憶が失った後だからそんなことを言うのよ。おばさんたちはちゃんと知っているのよ」

 

 

美琴の発言に母は違う違うと手を横に振る。

 

 

「双葉ちゃんに『カッコイイ』って言われたことがあるからずっとあのままなのよ。思い出すと懐かしいわぁ。顔を真っ赤にして帰って来たからしっかりと覚えているのよ」

 

 

大樹の母はグサァっと女の子たちに静かにダメージが入っていることに気付いていない。

 

 

「その日から毎日髪を上げ始めてねぇ。本人は『別に』とか『邪魔だから』とか言い訳してて可愛かったわぁ」

 

 

そうして大樹の母は大樹の小さい頃の写真をたくさん取り出す。どれもオールバックをした大樹だった。

 

 

「それに双葉ちゃんのこと、しっかりと覚えていると感じたのは花見の時かしら」

 

 

「花見?」

 

 

微笑みながら大樹の母は懐かしそうに話す。

 

 

「桜の木よ。大樹は必ずそこを選んでいたのよ」

 

 

________________________

 

 

 

ドゴンッ!!

 

 

『ゴハッ……!?』

 

 

バアルの体は【神刀姫】でズタボロにされていた。無数の剣が突き刺さり、四肢を引き裂かれ、意識を保つのが精一杯だった。

 

対して大樹は()()()動いていない。【神刀姫】を飛ばし操り、【天空支配神の福音(ヘヴンルーラー・ゴスペル)】で天候を操るだけ。身動きは一切していない。

 

———圧倒的力の差がそこにはあった。

 

 

「緋弾も精霊も使っていないのにお前は負けそうだな。それだけ弱いんだよお前は」

 

 

『貴、様ッ……!』

 

 

「邪神だろうが神だろうが関係ねぇよ。テメェはリュナを……双葉を救わず殺そうとしたんだ」

 

 

再び【神の領域(テリトリー・ゴッド)】に幽閉されるバアル。焦り狂うように結界を叩き脱出しようとするバアルだが、ヒビ一つ入らない。

 

 

「その汚い手で幼馴染を触るなクソ悪魔! ———【神爆(こうばく)】!!」

 

 

『やめろおおおおおおおお!!??』

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォン!!!

 

 

白い閃光。結界の中が爆発で満たされる。

 

雲の上でも衝撃波は波まで揺らした。ビリビリと自分にも襲い掛かるが、保持者の俺たちには全くの無害だ。

 

バアルを倒したことを確認するとリュナを抱きかかえたまま飛翔する。当然、傷を治す為に飛んでいた。

 

 

「どう、して……」

 

 

小さな声が聞こえた。リュナが俺の胸を弱く叩き抵抗していた。

 

 

「どうして……助けるのですかッ……」

 

 

「うるせぇ! 黙ってろ!」

 

 

リュナの声を掻き消すように速度を上げる。だが不意にその体は止まる。

 

翼となった【悪神の真紅(クリムゾン・アジ・ダカーハ)】を翻して急停止。正面には鳥の大群のようなモノが近づいているのを目視した。

 

 

「クソッ……!」

 

 

鳥の大群なら全然良いが、残念ながらアレは鳥ではない。

 

 

『『『『『オオオオオォォォォ!!』』』』』

 

 

———悪魔の大群が、こちらに向かって来ていた。

 

この世のモノとは思えない姿をした悪魔が一斉にこちらに向かって来ている。数は少なく見積もっても五十はいる。

 

ソロモン72柱が全総力を持って仕掛けて来た。この最悪なタイミングで。

 

しかし、その後ろから白と黒の流星の如く駆け抜ける姿も確認した。

 

 

ドシュンッ!!

 

 

悪魔の中を突き抜けた二つの白黒。その正体はリィラとジャコだった。

 

天使と獣は俺の横に来ると身構えた。

 

 

「申し訳ないです大樹様。手こずりました」

 

 

『悪魔と戦って随分と遅くなった』

 

 

「今来たから許す。俺もバアル程度の悪魔に刀を使ったからな」

 

 

リィラとジャコは「おいマジか」と言った顔をする。この男、ソロモン72柱の悪魔相手に武器無しでも勝てると思っているのだ。

 

 

「リュナ……双葉を頼んでいいか?」

 

 

「それは構いませんが……悪魔は?」

 

 

リィラに双葉を抱きかかえさせた後、前を向いた。

 

神の加護(ディバイン・プロテクション)】を使い全ての怪我を回復する。

 

 

「ジャコ。行くぞ」

 

 

『フッ、久々だな』

 

 

ジャコは光の球体へと姿を変えて大樹の胸の中へと入った。【悪神の真紅(クリムゾン・アジ・ダカーハ)】の色が真っ白に変わり、大樹の髪も白く染まる。

 

 

「【白炎(はくえん)剣輝(けんけん)牢篭(ろうろう)】」

 

 

手の中に現れたのは巨大な弓。リュナの使った弓よりも遥かに巨大だった。

 

十字に広がる弓。装填される矢には神々しい輝きが纏っていた。

 

 

バシュンッ!!!

 

 

———白銀の矢が解き放たれた。

 

音速を超えた光の矢は一瞬で悪魔たちを正方形の結界に閉じ込めるように飛翔した。

 

悪魔たちが戸惑うのが見えるが、構わず弓を光の大剣に変化させて突撃した。

 

大切な幼馴染を守る為に剣を振るう。

 

 

「———うおおおおおォォォ!!!」

 

 

________________________

 

 

 

闇の様に黒い海から白銀の光が溢れ出していた。

 

港からでも大樹が戦う姿を見ていた原田は右手の黒い龍の(あぎと)を解く。右腕が赤黒く変色していたが、痛みに苦しむことはなかった。

 

バアルに不意打ちを与えたのは原田だった。前の自分なら構わず助けに行っていただろうが、その足は動かなかった。

 

 

『何を恐れている?』

 

 

ヨルムンガンドの声が頭の中に響く。原田は首を横に振って否定していた。

 

 

「何も怖くねぇよ」

 

 

『お前は酷く怯えている。あの者に会うことを』

 

 

原田はずっとあの時の言葉を思い出していた。

 

 

———空っぽの俺を殺してくれて、ありがとよ。

 

 

折紙を助ける時、大樹は言葉にせず確かに伝えて来た。

 

自分がこの世界で生きた大樹を殺したことを知っている。それでも大樹は自分を信頼している。

 

待っているのだ。真実を話す時を。

 

 

『……人間とは難しい生き物だな』

 

 

「そうだな……難しいな」

 

 

原田は目を離さない。目に映る光景をずっと脳に焼き付けていた。

 

 

「同族で傷つけ合い、騙し合い、仲良く生きるのはごく一部だけ。自分の生きる星すら壊そうとしてしまう。他の生物からすれば馬鹿だと思われるだろうな」

 

 

でもと原田は続ける。

 

 

「素晴らしく、美しいって思うよ」

 

 

『……そうやって生きるのも、また難しいモノだ』

 

 

「ああ、ホント難しいな」

 

 

そんな難しい生き方をしているにも関わず、一人の男は愛する者の前では笑顔を絶やさない。初対面に握手を求め、悪には正義の鉄拳。

 

自分勝手でも、己を貫き通す信念は曲がっていない。

 

 

「———難しい奴だ」

 

 

________________________

 

 

 

「———ハァッ!!」

 

 

ズバンッ!!

 

 

光の斬撃波が悪魔を断つ。大樹は猛獣の様に暴れていた。

 

普通の人間が見れば悪魔を閉じ込めた檻の中は地獄だと見る。だが悪魔たちは一匹の獣が入って来た瞬間、それは違うと叫ぶ。

 

———悪魔が居る檻に閉じ込められたのは自分たちだと。

 

 

『ギィギャァッ!?』

 

 

『そ、ソロモン72柱がッ……神々が恐れる私たちが、こんな奴に……!?』

 

 

次々と斬られる同胞たちを震えた声で見る悪魔たち。反撃を試みる悪魔も居るが、全く歯が立たない。

 

 

ズバンッ!!

 

 

大悪魔を一撃で(ほうむ)り去る大樹を止める者はいない。猛攻に悪魔たちは太刀打ちできないでいた。

 

 

「【終末の時(クローズ・ワールド)】!!」

 

 

悪魔の力が大樹にぶつけられる。黒い衝撃波が大樹に当たり悪魔が下衆な笑みを見せるが、

 

 

「それが、どうしたぁ!!」

 

 

バギンッ!!!

 

 

咆哮と共に消し飛ばす。悪魔の力をモノともしなかった。

 

屈することのない戦士に悪魔たちは戦慄する。そして後悔した。

 

 

「【制限解放(アンリミテッド)】!!」

 

 

———楢原 大樹という男を怒らせ、戦ったことを。

 

 

「———【神格化・全知全能】!!」

 

 

大樹の振るう大剣から神の光が溢れ出す。悪魔を打ち滅ぼす正義の光が解き放たれた。

 

 

________________________

 

 

 

光輝く光景にリュナは目を奪われていた。

 

リィラに抱きかかえられたまま、大樹の戦う姿を(まばた)きすることなく見ていた。

 

悪魔たちに立ち向かうその姿に、リュナは心まで奪われようとしていた。

 

 

「あッ……」

 

 

違う。

 

 

「あ……あぁ……!」

 

 

奪われようとしているのではない。自分はもう、奪われていたのだ。

 

大樹の背中が、あの時と重なる。

 

 

「大樹……」

 

 

桜の木の下、一人で竹刀を振っていたあの時と。

 

真剣な表情で練習をしていた。強くなろうとする姿が自分には誰よりもカッコ良く見えたのだ。

 

 

「大樹……大樹ッ……!」

 

 

———そう、一目惚れだった。

 

会う前から、自分は好きだった。

 

思い出した。全てを、思い出した。

 

 

「私は……!」

 

 

 

 

 

私の名前は———阿佐雪 双葉。

 

 

 

 

 

この世界で、私が最初で最後に、あなたを好きになった人。

 

 

涙をボロボロとこぼしながら、好きな人を見ていた。

 

 

________________________

 

 

 

ソロモンの悪魔を全て倒した後、大樹は急いでリィラの元に戻るが、様子がおかしいことに気付く。

 

リュナの体が輝き始めているのだ。保持者たちが救われるように。

 

 

「何でだよッ……俺はまだ何もッ……」

 

 

リュナ———双葉を抱きかかえて涙を流す。彼女もまた、涙を流していた。

 

役目を終えたリィラは姿を消す。ジャコもギフトカードへと帰った。

 

 

「今まで……私を助けようとしてくれていた……それだけで、十分なの……!」

 

 

「ッ……リュナ、お前……!」

 

 

大樹の顔に双葉が触る。優しく触れた手は温かった。

 

その手に重ねるように大樹は触れる。涙で濡れた手で。

 

 

「双葉ッ……ごめん……!」

 

 

「私も、ごめんね……!」

 

 

「お前が謝ることなんてねぇよ! 俺はずっとお前のことを……!」

 

 

「忘れてないよ……私も、大樹も……こうして覚えている」

 

 

双葉の言葉に俺は強く抱きしめた。その優しさに、どれだけ救われたか。

 

昔からずっと変わらない大切な幼馴染だった。

 

 

「双葉……迎えに来るのに、遅くなっちまった……!」

 

 

「ううん……」

 

 

「どれだけお前が待っているのか……知っていたのに……!」

 

 

「ううん……ううん……!」

 

 

首を何度も横に振る双葉。それでも言葉を続ける。

 

 

「お前を失った時、後悔した……何もできない自分は、最低だと思った……」

 

 

それでも、同じなんだ。

 

 

「———失って大切だと気付いてしまう……鈍感野郎だッ……!」

 

 

「……桜の木」

 

 

双葉の呟いた言葉にハッとなる。

 

 

「また、見たいな……」

 

 

「……任せろ」

 

 

すぐに【悪神の真紅(クリムゾン・アジ・ダカーハ)】の翼を広げて飛翔する。暗い海の上を飛翔した。

 

大切な幼馴染の願いを一つでも多く叶えたい思いを胸に。

 

 

「大樹の腕……温かいなぁ……」

 

 

双葉の呟きは、風によって掻き消された。

 

 

________________________

 

 

 

 

桜の木。

 

 

それは俺と双葉の始まりとも呼べる。

 

 

———俺と双葉が最初に出会った場所だから。

 

 

「……双葉」

 

 

名前を呼ぶと双葉は目を開ける。そこには思い出の場所だと分かるが、桜は咲いていなかった。

 

木は伐採されていた。切り株だけがそこに残り、周囲の草も花も刈られて何もなくなっていた。

 

無情な景色に双葉は残念そうに見ているが、笑みを浮かべた。満足しているようにも見えた。

 

だが、大樹は諦めなかった。

 

 

「ッ……!!」

 

 

大樹は地面に【神刀姫】を突き刺した。刀身から黄金の光が溢れ出す。

 

 

「少しだけで良い。一瞬でも良い。お前の……双葉の願いを叶えてくれぇ!!」

 

 

そして、視界が真っ白の光で埋め尽くされた。

 

大樹の叫びに応えるように、景色は一転した。

 

 

「……あぁ」

 

 

双葉はまた涙を流した。

 

 

———桜の花びらが、盛大に舞った。

 

 

桃色の花弁は輝き、木はあの時と同じようにたくましく成長していた。

 

周囲には花が咲き、綺麗な光景が広がっていた。

 

 

「また……見れた……!」

 

 

桜の木の下。大樹に抱かれたまま一緒に景色を眺める。

 

それが双葉にはどれだけ嬉しかったことか。

 

 

「他にも言ってくれ。お前の願いは、俺が全部叶えて見せる」

 

 

「贅沢だなぁ……凄い嬉しいよ……」

 

 

泣いて笑う彼女の顔に大樹も同じような表情になる。この時を邪魔する者はどこにもいない。

 

永遠に続けと、二人は思ってしまう。だけど、時間はそれを許さなかった。

 

双葉の体が強く輝き始めてしまう。大樹の顔が歪み、強く双葉を抱き締めた。

 

 

「双葉ぁ……!」

 

 

「あのね……いっぱいお願いがあるの」

 

 

「言ってくれ! 全部、言って欲しい! 俺は、双葉のことが———!!」

 

 

 

 

 

そして、大樹の口は双葉の唇で塞がれる。

 

 

 

 

 

不意打ちのキスに大樹は反応できなかった。いや、反応できたとしても、抵抗する意志はなかっただろう。

 

数十秒。少し長いキスをした後、双葉は悪戯が成功するように笑った。

 

 

「あの子たちには、最初だけは取られたくなかったから……!」

 

 

「双葉……!」

 

 

「でもね、あの子たちを愛してあげて。私は、違うよ?」

 

 

その言葉の意味に大樹は俯いてしまう。

 

だが、彼女の為に無理に笑うのだ。

 

 

 

 

 

「お前が好き()()()……!」

 

 

「あなたが好きです……!」

 

 

 

 

 

過去の出来事にする。それが双葉の願い。

 

幼馴染の好意に大樹は応えることはできなかった。

 

自分は愛する人を、双葉以外で見つけてしまったから。

 

 

「嬉しい……両想いだったんだ……」

 

 

「ごめんッ……もっと早く俺がッ……言えれば……!」

 

 

「早く言ったら、駄目だよ……」

 

 

双葉は大樹の涙を拭き取るように頬を撫でる。

 

 

「あの子たちを、大切にできないじゃん……」

 

 

「ぐぅ……ひぐッ……ごめんッ……!」

 

 

双葉は考えてしまう。

 

もし大樹と恋人になることができたらと。

 

高校のこと、デートのこと、友達に二人のことをからかわれて、喧嘩してもすぐに仲直り。

 

大学に行けばもっと楽しくなって、いつかは結婚する。

 

子どもを産んで、育てて、大樹は良いパパになるとか…………ああ。

 

 

———涙が止まらない。

 

 

ずっと一緒に過ごしていたかった。こんなにも大好きな人と一緒になれる女の子が羨ましくて仕方なかった。

 

 

「大樹ぃ……お願いッ……救って!」

 

 

求めるように大樹を抱き締める。強く、強く、今まで触れなかった分を埋めるように。

 

 

「———皆を救って……!」

 

 

「誓う! 俺は絶対に幸せにする! 絶対だ! だから———」

 

 

双葉は、嬉しくてたまらなかった。

 

 

「———あとは俺に、任せろぉ!!!」

 

 

鼓膜を破れるかのような大声に双葉は涙を流しながら笑う。

 

 

そして、またキスをする。

 

 

最後の我が(まま)を大樹にぶつけた。そして———

 

 

「ッ……双葉ぁ……!」

 

 

それを最後に、双葉の体は消えた。

 

 

喪失感に絶望しそうになる。

 

 

でも、それだけは駄目だと歯を食い縛る。

 

 

彼女の温もりを抱き締めながら、声に出して泣いた。

 

 

 

「—————————————ッ!!!」

 

 

 

叫んだ。

 

 

ちょうど日の光が昇り始めていた。

 

 

何度も彼女の名前を叫び、涙が枯れるまで泣いた。

 

 

あの日を後悔するのではなく、前に進む為に。

 

 

双葉の為に、全ての涙を使い切る。

 

 

願いを叶える為に、愛した者の存在を二度と忘れない為に。

 

 

———俺は、泣き叫んだ。

 



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この戦いの果てに…

今日で連続投稿は終わりです。頑張ったので許してください。


涙を枯らし切った後、俺は歩き出していた。

 

フラフラとした足取りでは無い。しっかりと前に進んでいた。

 

一歩一歩。もう迷わないように。

 

幼馴染に笑われないように、恥じた生き方をしないように。

 

 

「進めているよ……双葉……」

 

 

アイツは立派な俺を望んでいるのだから。

 

川を辿り海へと目指す。海岸に出ると、一人の男が待っていた。

 

スポーツができそうな坊主頭で似合わない白い服。俺の姿を見て安心するように息を吐いていた。

 

 

()れているな」

 

 

「……ああ、そうだな。今日は良い天気だこと」

 

 

目の下が腫れていることを無理にでも誤魔化そうとする大樹に原田は笑ってしまう。

 

大樹は言わなければいけないことを原田に話す。

 

 

「あの攻撃、お前が助けてくれただろ」

 

 

「少し遅かったけどな。まぁ一発だけ殴られても文句は———」

 

 

「ありがとう。本当に助かった」

 

 

冗談を言わずに正面から礼を言う。大樹は頭を下げて原田に感謝した。

 

それだけ原田は大樹たちに対して救った。

 

———尻尾巻いて逃げた自分の行いを肯定したのだ。

 

 

「……俺は、逃げていたんだぞ」

 

 

「それでもお前に感謝している」

 

 

原田は額を手で抑える。器の大きい男に呆れてしまったのだ。

 

 

「お前は……はぁ」

 

 

何かを言おうとするが、無駄だと思いやめてしまう。

 

 

「悪いな、いつも面倒かけて」

 

 

「やめろやめろ。もう分かったから。この件は終わりだ」

 

 

原田は海岸の砂浜を歩き出す。それに大樹が後ろからついて行く。

 

波の音が心地良い。戦いと涙に疲れた自分を癒してくれているようだった。

 

 

「……俺が話すのは保持者のことだ」

 

 

「……とうとう俺だけになったな」

 

 

「ああ、お前だけだ」

 

 

寂しそうに言う大樹に原田は頷くが、

 

 

「でも———元保持者ならここに居る」

 

 

「……………」

 

 

振り返った原田の表情は覚悟を決めていた。

 

何かを決心した親友に大樹は気を引き締める。

 

 

()()()は騙され裏切られた。多分だがガルペスに襲われたんだろうな」

 

 

「俺たちって……」

 

 

「俺の他に四人、死んだ保持者が居るって話はしたよな?」

 

 

「……ああ。でも遺体は五人って話だったな」

 

 

「……その一人は俺だ。唯一生き残りで力を失った保持者だ」

 

 

「じゃあ天使とかっていう話は嘘か?」

 

 

「そうだな。でも、今の俺の位置としてはそこが正しいと思う」

 

 

原田は朝日で光る海を見る。

 

日が昇り美しい朝日を見ることができるが、彼の心は洗われないようだった。

 

 

 

 

 

「———俺は、最後まで何もやっていない」

 

 

 

 

 

その言葉は、あまりにも重かった。

 

大樹の心の中をすり抜けるが、虚しさが残る言葉だった。

 

そんなことはないと簡単に否定できなかった。

 

 

「それは……」

 

 

「お前ばかりに……お前だけに頼ってしまった。情けないと自分でも思う。でもな、お前に救われたことは良かったと思っている」

 

 

いいやと原田は続ける。

 

 

「大樹だからこそ、俺はここに居れるんだ」

 

 

「……当たり前だ。何もしていない? ふざけんなアホ、絶望の(ふち)から俺を救ったのはお前だろ」

 

 

美琴たちを守れなかった時、自暴自棄になるまで落ちた俺を救ったのは原田だった。

 

周りからの励ましもあったが、原田の希望ある可能性に俺は再び歩き始めることができた。

 

 

「どれだけ世話になったと思っている。最初から最後まで、お前に助けられている」

 

 

だから大樹は、原田の言葉を否定する。

 

 

「———お前は、最後まで頑張った」

 

 

「……そうか」

 

 

大樹は原田の口元が嬉しそうにしていたことを見逃さなかった。

 

 

________________________

 

 

 

大樹の母から語られる大樹と双葉の話。

 

桜の木の下りが終わった瞬間、女の子たちには砂糖水を飲まされる気分で聞いていた。

 

 

「———それでだいちゃんがね、双葉ちゃんを自転車の後ろに乗せるんだけどね!」

 

 

何故なら大樹と双葉のラブラブな話だからだ。

 

話を聞いてゴハァッ!!と血を吐く女の子たち。実際には吐いていないが。

 

 

「ごふッ」

 

 

「大変です! 折紙さんの意識が!?」

 

 

「AED! AEDを!」

 

 

ただし、折紙は本当に重傷だった。ティナと優子は慌てていた。

 

 

「もうすっごい可愛かったの! ホラ、だいちゃんと双葉ちゃんが手を握って寝ている———」

 

 

「「「「「ゴハァッ!!」」」」」

 

 

今の一撃は全員に効いた。もう超効いた。スペシャル効いた。

 

眠った大樹と双葉が映る写真———手を繋ぐ威力は絶大だった。

 

楢原家のリビングは死屍累々(ししるいるい)と化していた。

 

 

________________________

 

 

 

 

「ヘックシュン!! ……何かウチが大変なことになっている気がして来た」

 

 

「急に何を言い出すんだお前?」

 

 

砂浜に座りながらコーヒー缶を飲む。突然意味不明なことを言い出す俺に原田はドン引き。やめろよ、そんな目で見るなよ。そんな気がするんだから仕方ないだろ。

 

 

「話の続きだが、俺が死ねばゼウスの守る結界が無くなる話は本当だと言ったな」

 

 

「ああ、それは本当だ」

 

 

「……何が嘘なんだ?」

 

 

「邪神という存在は、俺も途中から聞かされた」

 

 

「ッ!」

 

 

今更何故黙っていたとは聞かない。俺に教えることができない理由があったと分かるからだ。

 

 

「続けろ」

 

 

「ガストレア戦争の後、色金(イロカネ)を回収しに行った時だ。その時に話を少しだけゼウスから聞かされていた」

 

 

「あの時か……」

 

 

「お前に教えようとしていたが、教えることはできなかった」

 

 

原田の告げる言葉は、驚くことだった。

 

 

「———誰かに邪魔をされたんだ。記憶に鍵を掛けるみたいに、思い出せなかった」

 

 

「邪魔をされた!? 誰に!?」

 

 

神に聞かされた直後の邪魔となると、神に近い存在たちを疑ってしまう。もし敵が神側に居るのなら最悪なことが予想される。

 

 

「分からない。ガルペスかもしれない、だけど……ヤバいくらいの負のオーラを感じた」

 

 

当時のことを思い出す原田の顔は強張っていた。原田の手を見るが、震えていた。

 

 

「感じたことのない恐怖だった。ソロモンの悪魔ってレベルじゃない。本当の闇をこの体で味わったはずなんだ……!」

 

 

本当の闇……ここまで怯えて話す原田に疑う余地はない。

 

ソロモンの悪魔だってそうだ。ガルペスが居ない今、背後に居るのは邪神という存在だけ。

 

奴は完全に俺を殺そうとしていた。もし原田の助けがなければ俺は双葉を救うこともできず、最悪な結果で終わることになっていただろう。

 

敵の攻撃タイミングは完璧だった。二人の油断したタイミングを狙われていた。

 

 

「……大丈夫だ。そうやって今まで乗り越えて来たんだからよ」

 

 

「……頼もしいな」

 

 

「神への手掛かりもある。世界と天界を繋ぐ【森羅万象の鍵】も優子が持っている。決戦は近いが、問題無い」

 

 

悪魔だろうが何だろうが関係無い。大切な人を傷つけた奴らに一発殴らないと気が済まない性分だからな。

 

 

「だからお前が俺をどんな形で騙していたとしても、俺は許す」

 

 

大事なことは口にした方が良いと大樹は思い、原田に伝える。

 

 

「お前が助けてくれたことは変わりないからな」

 

 

「———ありがとよ」

 

 

________________________

 

 

 

「「「「「ちーん」」」」」

 

 

「あらあら? どうしたのかしら?」

 

 

大樹の母が語る双葉と大樹のイチャイチャ猛攻に女の子たちはノックダウン。止めてくれる大樹(レフリー)はこの場にいない為、こんな悲劇が生まれてしまった。

 

 

「どうして……こんな残酷なことに……!」

 

 

「勝っているはずですよ……黒ウサギたちが進んでいるはずなのですよ……! ですが……!」

 

 

「双葉さん、恐ろしい子……!」

 

 

「……………」

 

 

美琴と黒ウサギ、真由美が苦しんだ声で言う。折紙は完全に沈黙していた。

 

 

「風穴よ……! 帰って来たら、風穴なんだから……!」

 

 

「そうね……風穴よ……!」

 

 

アリアと優子は静かに怒りの炎を燃やしていた。本人がここに居れば理不尽だとツッコミを入れていただろう。

 

 

「だいちゃんたら、モテモテねぇ」

 

 

事情を知らない大樹の母だけが気楽に女の子たちを見ていた。

 

 

________________________

 

 

 

「うッッ!!? ……俺も今、闇の力を感じた気がする。まさかこれが!?」

 

 

「絶対違うな」

 

 

突如震え出した大樹。砂浜に穴を掘って隠れようとする馬鹿に原田は冷静に返す。

 

二人で穴を埋めた後、砂浜に座り会話を始める。

 

 

「……それで話の続きなんだが、おっぱいとお尻のどっちが好きとかというより———」

 

 

「それは完全に違うな。コーヒーもう一本買って来るから落ち着け」

 

 

プシュッとコーヒー缶を開けて再び飲む二人。落ち着いた大樹は会話を始める。

 

 

「……気にし過ぎだ馬鹿」

 

 

大樹の言葉に原田の表情は驚いたモノに変わる。

 

 

「俺を殺したから何? いいか? 今の俺は全世界の中で最も最強に可愛い超スーパーレディの嫁を七人も居るんだぞ!? お前が殺さなかったら、今の俺は……………きっと廃人だ」

 

 

最後の言葉は原田の胸に大きく圧し掛かる。大樹の事情を知っている原田は否定することはできなかった。

 

 

「それに俺は死んでないし? 死んでも生き返っちゃう系男子だから仕方ねぇだろ」

 

 

「生き返っちゃう系男子って何だ。ただのゾンビだろそれ」

 

 

「最強無敵と呼ばれる俺のようなゾンビが~?」

 

 

「いてたまるか! 何言わせんだお前!?」

 

 

クックックッと笑いを堪える大樹。原田は重く考えていたことが馬鹿に思えて来てしまった。

 

 

「お前……ホント良い奴過ぎるだろ」

 

 

「今更気付いた? でも男に差し出す貞操はねぇから死ね」

 

 

「ぶん殴んぞテメェ」

 

 

『ガチホモと聞いて』

 

 

「「帰れぇ!!!」」

 

 

天使が一瞬姿を見せたが消えた。大樹と原田のコンビネーションで即座に帰らせた。

 

 

「お前、アレと同類でいいの? 天使やめちまえよ。職業偽るならニートの方がずっとマシだよ」

 

 

「ニートは絶対に嫌だが……クソッ、あまり否定できねぇ」

 

 

「俺とお前で世界征服する魔王に就職しないか?」

 

 

「お前が言うと洒落にならないからやめろ」

 

 

「世界を平和にしようぜ」

 

 

「魔王の言う言葉じゃないんだよなぁ」

 

 

大樹らしい魔王だがと考えてしまう自分が恥ずかしくなる原田だった。

 

 

「悪友で良いんだよ。お前は俺を何度だって騙せば良い。俺はお前を平気で蹴るし売るし見捨てるし死ねって言うし中指立てるし馬鹿にするし一生童貞野郎とか貶すこともする」

 

 

「ぶっ殺すぞ」

 

 

「さすがに俺は殺し切れないぞ」

 

 

短剣が手の横の砂に突き刺さる。ゾッとするが親友が本気で刺すわけがない。

 

 

「別に回復するからいいよな?」

 

 

「目がガチでビビる」

 

 

大樹は走り出し、原田は追いかけた。青春ドラマのように走る二人は、

 

 

「ハッハッハッ、待てよ、ぶっ殺すからよぉ~」

 

 

「ハッハッハッ、絶対に逃げるぅ~」

 

 

———とても殺伐としていた。

 

 

________________________

 

 

 

朝日が昇るのを縁側に座り見ていた大樹の父。手には折れた竹刀が握られていた。

 

その竹刀を大切そうに握り絞める父に、

 

 

「幽か?」

 

 

「はい」

 

 

「そんな所で立っていないで、こっちに座りなさい」

 

 

「……もう、隣に座っています」

 

 

「……………うむ」

 

 

白い着物を身に着けた幽霊が父の隣に座っていたことに気付かなかった。本当に微かにしか見えていないことが明らかとなっている。

 

幽は父の握る竹刀に気付き、微笑む。

 

 

「だいちゃんは、大人になったんだね」

 

 

「ああ、私たちが思うよりも立派になって帰って来た」

 

 

嬉しそうに口元を吊り上げる父に幽は笑みを浮かべる。自慢の息子を楽しそうに語る父を見るのは久しぶりだったからだ。

 

 

「小さい頃から厳しく指導して来たが、成長は早いな」

 

 

「二刀流の才能でしょ?」

 

 

「ああ、しっかりと教えを守っていた。私を越えてな」

 

 

父は立ち上がると空を見上げる。

 

 

「今日は良い天気だ」

 

 

雲一つ無い空に、父は悲しそうな目で空を見ていた。

 

息子の知らない真実を隠していることに、罪悪感を感じていた。

 

 

________________________

 

 

 

大樹と原田はまた砂浜に座っていた。疲れた様子でコーヒー缶を飲んでいる。またコーヒーかよ!

 

 

「カフェインの取り過ぎなんだが……何でコーヒー缶ばっかなの?」

 

 

「あ? 俺はオレンジジュースにしたけど?」

 

 

「テメェ」

 

 

別の買って来いよ!と文句を言いながら飲み終えたコーヒー缶をゴミ箱にシュート! 超、エキサイティング!

 

 

「お前……軽く1キロはあったぞ」

 

 

「余裕だわ」

 

 

原田の飲み終えたオレンジジュースもゴミ箱にシュート! 超、エキサイティング!

 

嫌な顔をする原田だが、笑っている。暗い表情は消えていた。

 

 

「はぁ……反則だろ」

 

 

「まぁな」

 

 

「……俺の神は『太陽神アポロン』だ」

 

 

「唐突だな。まぁゆっくり話せよ」

 

 

ゼウスの息子の神と来たか。偶然か必然か、どっちだろうな。

 

 

「力を奪われた俺に残ったモノは、僅かな神の力を宿した短剣だけだった」

 

 

「僅か?」

 

 

「日本の神『天照大神(アマテラス)』から力を授かったんだ。俺たち保持者は様々な世界を巡ることで力を付けるんだよ。この能力もなッ!」

 

 

砂浜に落ちていたゴミの缶を投げ飛ばす。地面に当たるとスーパーボールの様にバウンドして飛んで行く。学園都市で原田が見せた力を思い出す。

 

 

「すっかりお前の力のこと、忘れてたわ……」

 

 

「ま、まぁ……ジャンプとかマッハを越えた速度を出すのに使っていたんだけど……目立たないからな」

 

 

「Welcome to ようこそ大樹パーク!」

 

 

「人外に巻き込むな」

 

 

入園を拒否された大樹はショックを受ける。ドッタン、バッタン大騒ぎできないらしい。

 

大樹の勧誘を無視した原田は構わず話を続けた。

 

 

「そうして残った力で足掻いた。足掻いて足掻いて足掻いて、追い詰められた時———お前が来た」

 

 

ヒーローの如く、空から降って来た馬鹿野郎だった。

 

 

記憶を失った状態でお前と向かい合わせた神の意図が分かる。

 

 

こんな馬鹿正直に正義を振りかざす男前を見れば、誰でも憧れてしまう。

 

 

復讐に染まった愚か者でも、お前の様な馬鹿になりたいと夢を見てしまう。

 

 

倒すことのできなかった敵を倒し、泣いた者の背中を叩き、助けを求める声に向かって走る姿に———

 

 

———俺も変わりたいと思った。

 

 

愛する者の為に剣を振るい、拳と拳をぶつけ合って分かり合い、平和に馬鹿騒ぎするお前に憧れないわけがない。

 

 

世界に取ってのお前は最後の救世主。

 

 

俺に取ってのお前は、最後の希望。

 

 

そんな重いプレッシャーでもお前は笑う。周りに心配させないように、お前はいつでも笑う。

 

 

「ハッ」

 

 

「あ?」

 

 

思わず笑いが出てしまう。

 

 

『よろしく。俺は楢原 大樹だ。空から落ちてきた神だ』

 

『………俺、人間だけど?』

 

『またつまらぬものを斬ってしまった』

 

『見つけたぞ、突破口を……!!』

 

『明日のゲームは頼んだぞ』

 

『はぁ……あのな黒ウサギ。そもそも原田が落ちたのは俺がそう落ちるように仕組んだからだぜ?』

 

『……原田。あと一回だけ、俺はお前を信じる』

 

『でもまぁ、よくやったな原田。後は、任せろ』

 

『———空っぽの俺を殺してくれて、ありがとよ』

 

 

親友との記憶が一気に脳裏を駆け巡る。どれだけの感謝を重ねても、礼を尽くすには足りなかった。

 

 

「———ホント、難しいな」

 

 

「?」

 

 

今更になって、『ありがとう』の言葉すら出て来なくなってしまった。

 

 

だけど、分かる。

 

 

この馬鹿は、そんなありふれた言葉など全く求めていないことを。

 

 

「———そしてお前も、難しい奴だ」

 

 

最後の感謝を胸に秘めたまま、原田は最後の仕事をするのだ。

 

 

________________________

 

 

 

「それにしても、多いですね……」

 

 

大樹と双葉の写真だけでない。家族との写真も多く残っていた。

 

アルバムの数は数十冊を超えている。娘と息子への愛情が伝わるが、姉が大樹をいじめている写真が多くて苦笑いだった。

 

 

「たった一人の弟だからね。可愛がってしまうものよ」

 

 

女装までさせている写真を見ると、母の言葉を疑ってしまう女の子たち。半泣きしている大樹が可哀想に思えた。

 

和やかな雰囲気で写真を見る女の子たち。大樹の帰りが少し遅いと思っていると、

 

 

「嘘……」

 

 

顔を真っ青にした優子が写真を手に取り、戦慄していた。

 

 

「何を見ているのかしら?」

 

 

優子の後ろから写真を覗く母。酷い驚きに気付かないまま母は答える。

 

 

「あら? 双葉ちゃんの弟さんね。懐かしいわぁ、写真に映っているの、珍しいのよ」

 

 

「弟さんですか?」

 

 

気になった黒ウサギが優子の写真を覗くと、優子と同じように顔色を変えた。

 

 

「これって……!」

 

 

「双葉ちゃんの両親が再婚したでしょ? 母親にも事情があってねぇ……」

 

 

ガタンッ!!

 

 

優子は母の話を聞くことなく走り出した。黒ウサギが急いで後を追いかける。

 

 

「優子さん!?」

 

 

「黒ウサギ!? ちょっと!?」

 

 

美琴が止めようとするが、優子の落とした写真が気になってしまい追いかけることはできなかった。

 

 

(駄目……そんなの駄目なんだから!!)

 

 

必死に走り出す優子。大樹がどこに居るのかも知らずに、足は動いていた。

 

事情を知った黒ウサギが優子を追いかける。彼女もまた、止めることはできなかった。

 

 

そして、最悪の結末を、迎えようとしていた。

 

 

________________________

 

 

 

「———原田?」

 

 

手を見れば真っ赤に染まっていた。

 

俺に体を預けて原田が倒れている。そう、倒れているのだ。

 

急に立ち上がったかと思えば倒れて来た。振り返って何かを言っていたのに、原田は俺に倒れて来た。

 

そして、何故か血で濡れていた。

 

 

「原田? なぁ原田」

 

 

じわじわと白い服が真っ赤に染まる。

 

原田の呼吸が止まっていることも分かった。

 

 

「冗談だろ……おい、起きろよ」

 

 

何度揺らしても反応が無い。何度声をかけても返事が無い。

 

手を胸に置けば心臓の音も聞こえない。

 

それじゃまるで、死んでいるようじゃないか。

 

 

「原田……なぁ……」

 

 

信じられない光景に、大樹は声を荒げる。

 

 

「おいッ……起きろよ!」

 

 

 

 

 

———既に息を引き取っていることぐらい、分かっていた。

 

 

 

 

 

「ふざけるなよぉ!!!」

 

 

目の前の現実を、受け入れることができなかった。

 

 

「起きろぉ! 起きろって言ってんだよぉ! 何寝てんだよぉ!!」

 

 

枯らしたはずの涙が溢れ出す。さっきまで笑っていた親友が死んでいる現実を受け入れずにいた。

 

 

「もう最後まで来たんだぞ!? あと少しだろ!? お前と俺が神をぶん殴って、邪神も倒してッ……!」

 

 

神の力でどれだけ傷を癒しても、蘇生しようとしても、原田が目を覚ますことはなかった。

 

悔いのない笑みを見せながら、安心でもさせるように眠っていた。

 

安らかに眠る友を、自分は見送ることしかできなかった。

 

 

「それからッ……最後にッ……!」

 

 

「最後に死ぬんだろ。お前も」

 

 

________________________

 

 

 

女の子たちは血相の色を変えて写真を見ていた。

 

そこに写真に映る男に、驚きを隠せないでいた。

 

 

———双葉と一緒に写る義理の弟の存在を。

 

 

彼女たちは知っていた。その男の名前を。

 

知らないわけがない。大樹も知っている男なのだ。

 

 

「父親が母親に暴力を振るう最低な奴で大変な思いをしたのよ。再婚したのが双葉ちゃんのお父さんで本当に良かったと思うの」

 

 

「ごめんなさい、今はそんなことより聞きたいことがあります」

 

 

真剣な表情をした真由美が写真を取り出し、写真に映る義理の弟に指を指した。

 

嘘だと言って欲しい。でも本当なら———大樹が危ないと。

 

 

「———彼のことを教えてください!」

 

 

「え、えっと今は遠くで暮らしているわ。でも何年も帰って来てなくて、会っていないって聞いて……」

 

 

________________________

 

 

 

 

「お前も死ねばいい」

 

 

そんなことを言いながら砂浜を歩き、大樹たちに近づいて来た。

 

涙を流した大樹は原田を抱えたまま()()()者を睨み付ける。

 

原田の心臓は銃弾で貫かれていた。黒い煙が神の力を阻害し、傷を癒せないようにしていたのだ。

 

 

「何でだよ……!」

 

 

「それが邪魔だからだ」

 

 

「邪魔、だと……!?」

 

 

「邪魔で邪魔で仕方なかった。利用価値はあったが、お前の目の前で殺すことが俺の目的だからな」

 

 

「ふざけるなぁ!!」

 

 

バシュンッ!!

 

 

音速で射出さらる【神刀姫】に敵は全く動かない。右手に握り絞めた銃を構えて迎え撃つだけ。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「がぁ!?」

 

 

刀はいとも簡単に弾かれ、大樹の左目が撃ち抜かれる。血が飛ぶが、大樹は歯を食い縛り耐えた。

 

目に激痛が走るが、大樹は睨み付けることをやめない。

 

親友を奪われたことに激怒していたのだ。許す気など毛頭ない。

 

 

「よくも……よくも騙したなぁ!!!!」

 

 

________________________

 

 

 

「———阿佐雪の前の苗字でしょ? 間違いないわ」

 

 

大樹の母が教える真実に、女の子たちは信じられないでいた。

 

 

耳を疑い、何かの間違いだと頭の中で否定し続けた。

 

 

名前を聞いた瞬間、女の子たちが一斉に走り出し家を出る。

 

 

愛する人の———大樹の危険を感じ取ったからだ。

 

 

『ちゃんと覚えているわ。名前は———』

 

 

「大樹ッ!! お願いだから! お願いだから……!」

 

 

必死な声で美琴が願う。アリアたちも同じ願いだった。

 

 

全員が大樹の生存を願う中、大樹は敵の名前を憎悪を込めて叫んでいた。

 

 

________________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「宮川ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不敵な笑みを見せて立つのは———宮川 慶吾(けいご)

 

 

最後の裏切者は、大樹の傷ついた姿に笑っていた。

 

 

銃口を大樹に向けて、闇の力を纏った銃弾を解き放った。

 

 

 

 

 

________________________

 

 

 

 

『———慶吾君よ。そう、宮川 慶吾君!』

 

 

大樹の母は懐かしそうに、その名前を口にした。

 

 

 

 

 



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原点世界終章・黒幕編
裏切りの憎しみ


二カ月分の土下座。

今回でハッキリと分かりました。大いに分かりました。


大樹ってキャラ、相当話が創りやすいことにです。


他の主人公にすると、どうも上手く行かないので苦戦しました。そこはギャグで誤魔kゲフンゲフン。

お待たせしました、原点世界終章・黒幕編の開始です。


父親(クソ野郎)の拳が何度俺の体を傷つけ、母を泣かせたのか。今はもう覚えていない。

 

小学生高学年になった頃、家に帰ると父親が母の首を絞めていた。

 

衝撃的な光景に動けないでいると、母は落ちていた皿で父の頭を殴り死から逃れる。

 

咳き込み苦しむ母に、怒り狂った父親はナイフの様に鋭くなった皿の破片を握り絞めた。

 

脳裏に残酷な光景が広がる。もしあんな物で殴られたら、母の命が奪われる。

 

嫌な光景を目にした俺は、あの感覚だけは今でも覚えている。

 

 

———カチリッと自分にスイッチが入った。

 

 

気が付けば父親は苦しみながら倒れていた。腹部を必死に抑えて、血走った目で助けを求めていた。

 

そんな無様に転がる父親を自分は見下していた。まるで汚物でも見るかのように。

 

握り絞めた包丁と同じように、父親の腹と床のカーペットは真っ赤に染まっている。

 

死にそうな顔で助けを求める父親に、無慈悲に包丁を振り下ろそうとするが———母親が泣きながら俺の腕を掴み走り出したせいでトドメは刺せなかった。

 

それ以来、父親と会うことは無かった。

 

悪夢ような家庭内暴力の日々。そんな日々に終止符が突如打たれた。

 

警察や様々な大人たちが俺たちの心配や話を聞いていた。しかし、それが酷く嫌で、苦痛だった。いや屈辱以上の地獄だった。

 

今までずっと助けてくれなかったクセに。

 

後になって「もう大丈夫だ。私たちが助けた」だと抜かす。

 

ヒーロー気取りのポンコツ共が、憎くて仕方なかった。

 

ふざけている。あまりにもふざけている。

 

 

「遅過ぎるだろ……!」

 

 

まだ小学生だと言うのに。いや、小学生だったからこそ、周囲の人間に異常な嫌悪感を覚えた。

 

それから他人を軽蔑し、同族なのが心底嫌になるになる。

 

母以外の人間を、『喋る汚物の肉塊(ゴ ミ)』としか思えなくなった。

 

 

________________________

 

 

 

———あの日から母は笑わない。

 

家に帰っても母が一日中話すことが無い方が多い。だが母の気持ちは十分に理解しているつもりだった。

 

だから俺は何度も無理をしても話しかける。すると母の口元が少しだけ緩むのだ。それだけで俺は嬉しかった。

 

返事は無くても、母の笑顔を見れるだけで満足だった。

 

そんなある日、母が誰かに会いに行くのを目撃した。

 

ずっと着ることのなかったお洒落な服を身に着けて出掛けている。不審に思ってしまうが、母は笑顔で「行ってきます」と言う。そんな顔をされたら俺も笑顔で見送るしかない。

 

理由はすぐに判明した。高校時代の友達と会っていると母は話してくれた。

 

母から振る話題に俺はやっぱり嬉しくて仕方なかった。

 

日に日に元気になる母に、俺は嬉しくて仕方なかった。

 

 

「こんにちは、慶吾(けいご)君」

 

 

だけど、母親が男と仲良くすることだけはして欲しくなかった。

 

大人の男は見たくなかった。あのクソ野郎の顔と被ってしまう。

 

憎いという気持ちが大きかった。握手しようとして来た手を思いっ切り叩こうとする———だけど脳裏にこびりついた母の悲しむ顔が、それを邪魔した。

 

母と男が仲良くすることを邪魔できなかった。

 

母を笑顔にする男に、嫉妬していたのかもしれない。

 

 

「こんにちは!」

 

 

「……………」

 

 

「こんにちは!」

 

 

笑顔で俺に何度も挨拶をする同い年の女の子。男の(むすめ)———双葉だった。

 

男の母親は既に他界。娘と父だけで生活していると聞いている。

 

双葉の挨拶をガン無視する。男の(むすめ)と仲良くなれば母と男がくっ付いてしまう。小学生でも分かった。

 

だから無視する。

 

 

「こんにちはッ!」

 

 

ベシッ!!

 

 

「ぶふッ!?」

 

 

すると強い張り手が飛んで来た。

 

頬を叩かれた俺は何が起きたのか理解できなかったが、双葉の仕業だと分かるとすぐに怒る。

 

 

「何するんだよッ……!」

 

 

「私の友達が教えてくれたことだよ。無視する奴は殴って挨拶すれば必ず返って来るって」

 

 

無視する奴から返って来るのは拳だと分からないのか。教えた奴はきっと馬鹿だと断言できる。

 

さすがにこの状況で暴力を振るのは不味い。向うは何も気にしていないが、俺とコイツが喧嘩をすれば仲直り———もとい嫌な展開になる気がするからだ。

 

更に無視してどこかに行こうとすると腕を掴まれる。

 

 

「遊ぼ?」

 

 

「嫌だ」

 

 

最低に嫌な顔をすると彼女は目を細めて呟いた。

 

 

「お姉ちゃんの言うことが聞けないの?」

 

 

「…………………お姉ちゃん?」

 

 

突然のことに思わず聞き返してしまう。すると同い年である双葉は説明する。

 

 

「誕生日が二月二十二日でしょ? 私は二月十二日だから、お姉ちゃんでしょ」

 

 

十日しか変わらないのだがというツッコミを入れたいが、

 

 

「ホラ呼んで。双葉お姉ちゃんって」

 

 

年下扱いする双葉にウザいと感じていた。

 

普通にウザい。厚かましいと。

 

だけど、初めて母以外の人から相手にされた。

 

 

「ねぇねぇ、ゲームしよ?」

 

 

虐待されていた頃は友達を作らず話さず、遊ぶことを一切しなかった。その後も一切関わろうとしなかった。

 

何故? 答えは単純。もう関わりたくないから。

 

人を完全に疑い信用しなかった。仮面を被ることもしない。いつも本気で嫌だと相手に分からせていた。

 

しかし、その対応が双葉には効かない。どうやって接すればいいのか分からない。そもそも女の子との遊びなんてもっと知らない。

 

 

「いや、俺は……」

 

 

「男の子なら持っているでしょ! 遊〇王!」

 

 

———普通に絶句した。

 

 

「……も、持ってるのか?」

 

 

「友達が一人でしているから私も買って貰ったの。持ってないの?」

 

 

「持ってないけど……いや」

 

 

女の子が喜々として持つモノではないとさすがに知っている。

 

カードゲームとは予想できなかった。トランプやUNOならまだしも、遊戯〇か。

 

 

「じゃあ貸してあげるからやろ! 今ね、その友達に全勝しているからこれからも負けたくないの」

 

 

「じょ、女子で流行っているのか?」

 

 

「全然? 男の子だけど」

 

 

その友達が可哀想だと思った。女の子に負けているのはさぞ悔しいだろうと。

 

ルールを教えてくれるが、確実に分かったことがある。

 

可愛い容姿をしているが、騙されない。

 

 

「———大嵐を発動して自分の罠カードを破壊! そして破壊されたカードの効果で生贄にするモンスターを特殊召喚して、青〇の白龍(ブルーア〇ズ・ホワイト・ドラゴン)!」

 

 

———ズレてる。他の女の子より。

 

 

「そして融合を使って———青〇の究極竜(ブルーア〇ズ・アルティメットドラゴン)を召喚!」

 

 

———というか強過ぎる。

 

 

 

________________________

 

 

 

 

それから双葉とは何度も男と一緒に会った。

 

 

「スマ〇ラしよ!」

 

 

その日はガノン〇ロフにボコボコにされた。俺のピ〇チュウの%が二百越えるまで遊ばれていた。

 

 

「今日はエアライド!」

 

 

本気でピンクの悪魔だと、その日は思い知った。どんなに能力を上げても負けるってどういうことだ。ハイドラ乗っても負けるとか普通思わない。

 

 

「ポケ〇ン!」

 

 

伝説のポ〇モンを使っているのに何故か負けた。ドユコト。

 

双葉は女の子の遊びというより男の子の遊びを多く知っている。いや、合わせているように思えた。

 

彼女の親友といつも遊んで完勝しているらしい。いつか嫌われるぞと警告すると、最近は手加減してあげているらしい。

 

 

『それでも勝つけどね!』

 

 

———負けさせる気はないらしい。

 

親友の可哀想な話を何度も聞いた。いともたやすく行われるえげつない行為に何度も引いた。

 

 

「慶吾君、お菓子買って来たんだ。双葉と一緒に食べないかい?」

 

 

「……………ありがとう、ございます」

 

 

そしていつの間にか俺は男の顔を見ても、平気でいられるようになった。

 

男は何度俺が失礼な態度を取っても怒ることは無かった。事情を知っているから優しくしてくれたのだと大きなってそれに気付く。

 

双葉は本当に俺の姉のような存在———と本人は思っているようだが俺は同い年の女の子としか思えなかった。

 

 

 

________________________

 

 

 

———母は再婚した。

 

切り出された結婚話に母は泣きながら話した。

 

俺の意志を無視して結婚したいと話したが、母が幸せになるなら俺は否定しないと言うと、母は嬉しそうに泣いてくれた。

 

男の家で暮らす生活が始める。同時に双葉とも暮らすことに自分も嬉しさを感じていた。

 

 

「よろしくね」

 

 

「……ああ」

 

 

母が笑顔を取り戻すに連れて、俺も笑顔を取り戻しつつあった。

 

中学に上がる頃には母はいつも笑うようになった。

 

双葉とは学校が違うが、俺も友達ができ始めていた。

 

食卓で自分たちのことを話す時間は、幸せだったと思う。

 

ただ、双葉の話す『大樹』という男の話題だけはどうも好きになれなかった。

 

 

 

________________________

 

 

 

最悪の事件が起きたのは———中学三年の時だった。

 

 

———頭に包帯を巻いた双葉が家に帰って来たのだ。

 

 

ちょうどその時は両親がいなかった。彼女は無理な笑みを見せて事情を説明した。内容は、大樹という男に殴られたこと。

 

 

「大樹が犯罪者になるのだけは駄目だから。あんな奴らなんかに大樹の人生をめちゃくちゃになんか…」

 

 

「……んだよ、それ」

 

 

気が付けば俺は叫んでいた。

 

 

「何だよそれ!!!」

 

 

人生の中で初めて叫んだのかもしれない。双葉は驚いた顔をするが、構わず怒鳴った。

 

 

「アイツなんか放っておけよ! くだらねぇことで怪我してんじゃねぇよ!」

 

 

「それは…!」

 

 

大樹という男にあのクソ父親と重ねてしまう。女に(かば)われるどころか傷つけたことに怒りが収まらない。

 

 

「ふざけんじゃねぇ……あんな野郎とは縁を切れよ!」

 

 

「……嫌だ」

 

 

震えた声で、双葉は拒絶した。

 

首を何度も横に振り、自分を見て怯えていた。

 

 

「そんなこと、できないよッ……!」

 

 

まるで———クソ父親に怯える母の姿が重なった。

 

原因は自分だと分かっているのに認めれない。自分は違うと何度も否定する。

 

そんな目で俺を見るな。逃げ出すように部屋から出ようとする。

 

 

「どこに行くの!?」

 

 

「放せよぉ!! 俺は違うッ……悪いのはあの男だろ!」

 

 

「ッ……大樹は悪くない! お願い、私の好きな人を傷つけないで!!」

 

 

 

 

 

———カチリッと自分にあのスイッチが入った。

 

 

 

 

 

「———ぁ……」

 

 

俺の腕に掴みかかった双葉を振り払った。勢い良く振り払った。

 

彼女はそのまま後ろに倒れる。本棚のある方に倒れる瞬間は、今でも脳裏に焼き付いている。

 

 

———激しい物音と共に、本棚が崩れる瞬間は、今でも夢で見てしまう。

 

 

本棚の下敷きになった双葉を今でも覚えている。ゆっくりと血が床を浸透する時間は今でも恐怖を感じている。

 

 

「—————————————俺は違うだろ?」

 

 

自分の首を絞めながら否定した。

 

目の前の光景を否定した。

 

自分の目を抉り取るように、耳を引き千切るように、出来事を否定した。

 

 

———叫び声を上げながら俺はその場から逃げ出したことも、俺は覚えている。

 

 

 

________________________

 

 

 

 

靴も履かずに飛び出した。豪雨の中、俺は叫びながら駆け抜けた。

 

逃げるように、山の奥へと。足から血を流しながら、肺を殺すまで走ることをやめなかった。

 

 

「ごぼッ……うぇげぇ……!」

 

 

山の森まで走った俺は嘔吐(おうと)する。酷い目眩と寒気に襲われるが、頭の中は双葉の死だけが支配していた。

 

 

「俺は……俺はただ……!」

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!!

 

 

「ごふッ!?」

 

 

突然の熱風に体は無様に転がる。大木に叩き付けられ咳き込んでしまう。

 

状況を確認しようとするが、信じられない光景が広がっていた。

 

 

———森が黒い炎に包まれていたのだ。

 

 

理解できない光景に呆然とする。しかし焼けるような熱さに正気に戻る。

 

 

「何だよこれ……!」

 

 

森から抜け出そうとするが、大きな物体につまずいてしまう。

 

立ち上がろうとするが、つまずいた物体に息を飲んだ。

 

 

———真っ黒に染まった焼死体だった。

 

 

まだ息はあるのか動いている。だが不気味で仕方なかった。

 

再び恐怖に襲われる。その場から一目散に逃げ出そうとする。

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!!

 

 

二度目の熱風。黒い炎の壁が逃げる道を閉ざす。

 

後ろに倒れるが、自分の右腕と左足に激痛が走る。

 

 

———右腕と左足が、燃え尽きていた。

 

 

愕然とする光景に叫び声も上げれない。声を失っていた。

 

その場から動けずにいると、何かが近づいて来ていた。

 

 

「一般人も紛れていたか」

 

 

それは男性の声。歩いて来たのは白衣を着た男だった。

 

短い黒髪の男から黒い炎が立ち上っていた。その右手には焼死体を引きずっている。

 

 

「お前……!?」

 

 

「残念だがお前は助からない。恨むなよ」

 

 

白衣の男がそう告げると、足元から黒い炎が弾ける。拡散した炎を浴びると激痛が走った。

 

全身が殺されている。そんな感覚を味わいながら、自分の不幸を恨んだ。

 

これは自分の罰なのだとも考えた。

 

だけど、それ以上に恨む奴がいた。

 

 

———その存在を、許したくないくらいに。

 

 

「【戦車(チャリオット)】!!」

 

 

地面に這いつくばったまま見上げると、そこには黄金の甲冑を身に纏った騎士が現れた。

 

白衣の男に向かって白金色の二輪の馬車が突っ込み、男の体を吹き飛ばす。

 

 

「同胞だけでなく、無実の人間まで巻き込むか!?」

 

 

騎士は男のようで声を荒げている。あの二輪馬車の勢いは凄まじかった。

 

 

「ここで断つ……お前の野望もここで———!」

 

 

土煙の中から白衣の男が現れるわけがない。死んでいるか、重傷のはずだ。

 

しかし、その常識はたやすく打ち破られる。

 

 

「【霊魂を煉獄に運ぶ者(プシューコポンポス)】」

 

 

ドスッ!!

 

 

———騎士の上半身と下半身が真っ二つに別れた。

 

これでもかというくらいの血を撒き散らしながら命を散らす騎士。(おぞ)ましい光景に体が死んだように硬直する。

 

生暖かい大量の鮮血を顔に浴びて、思考が止まった。

 

 

不武瀬(ふぶせ) 利紀(としのり)。貴様の力も頂く」

 

 

倒れた死体に近づくのは白衣の男。その体は無傷のまま。

 

ありえない光景に恐怖的絶望をした。

 

死体から光の球体が浮遊し、白衣の男はそれを掴み取る。

 

 

「……まだ息があるのか」

 

 

瀕死(ひんし)状態の自分を見下す男。その眼に、憎悪を抱いた。

 

 

———コロセ。と頭の中に声が響く。

 

 

あの眼は、あの眼と同じ。

 

 

———コロセ。もう一度響く。

 

 

クソ親父が、俺に向けていたあの眼だ。

 

 

———コロセ。コロセ。連呼するように、響き渡る。

 

 

死んだように、悲しそうな眼を母を忘れはしない。

 

 

———コロセ。コロセ。コロセ。そして、脳を支配するように響いた。

 

 

「……ざけ……ろ……!」

 

 

「何?」

 

 

———カチリッと自分を殺すスイッチが入った。

 

 

———最後は双葉の姿が重なった。

 

 

 

 

 

「ふざけろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおォォォ!!!!」

 

 

 

 

 

 

ゴオオオオオォォォ……!!!

 

 

自分の体から黒い煙が溢れ出す。失った腕と足から放出されていた。

 

次の瞬間、燃え尽きた腕と足が元に戻る。しかし、冷静が戻ることはなかった。

 

 

ゴスッ!!!

 

 

鈍い音が拳から聞こえる。白衣の男を真正面から殴りつけていた。

 

殴った手が一瞬で燃え尽きる。無謀な攻撃に白衣の男は驚きながら嘲笑(あざわら)う。

 

 

「ッ……何を馬鹿なこと……貴様も神の力持ち———!?」

 

 

刹那———白衣の男の左腕が宙を舞った。

 

鮮血が飛び散る中、真っ青になった顔で硬直する白衣の男。

 

 

「—————ッ!!」

 

 

その眼に映るのは黒い炎を纏った青年。ボロボロになっていたはずの青年(悪魔)

 

相手の姿と自分の体を見て気付く。

 

恐怖のどん底に蹴り落とされるぐらい———自分は浅はかで愚かだと。

 

 

「貴様ッ……貴様ああああぁぁぁあああ!!??」

 

 

白衣の男が叫び声を上げる。まるで何もかも奪われたかのような絶望した表情へと豹変(ひょうへん)する。

 

白衣の中から武器を取り出そうとするが、それよりも早く動いた。

 

 

『———【生命略奪(ライフ・ヴァンデラー)】』

 

 

自分の声では無い。白衣の男の声でも無い。

 

悍ましい、恐ろしい、吐き気のする声で悪魔が呟いた。

 

 

黒い闇が一帯を支配する———これが最悪の物語の始まりだ。

 

 




このギャグの少なさ、文字の少なさ、お分かりいただけただろうか。


慶吾君、超難しい。

大樹君、超書きやすい。


……キャラ設定って大事だなぁと思いました。


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死神の鎌を研ぐ

ギャグをブチ込みたい(誠実)


黒よりも黒く、真っ黒よりも漆黒に。

 

闇よりも深く、深淵に沈んでいた。

 

光など無い。夢も希望も無い。そこには何も無いのだ。

 

 

『光栄に思え。貴様は選ばれた人間なのだから』

 

 

自分の体が支配される感覚に襲われる。抵抗する意志は消え、呑まれるまま従う。

 

だが、無意識の奥に眠る本能が束縛の鎖を引き千切る。

 

 

———カチリッとスイッチを入れて解き放つ。

 

 

「がはッ!?」

 

 

喉の奥まで溜まった赤黒い液体を吐き出すと同時に意識を取り戻す。

 

起き上がれば黒一色に染められた森の中だった。

 

 

「……ッ!」

 

 

呆然としている場合じゃない。自分はここで白衣の男に襲われたことを思い出す。

 

燃え尽きたはずの自分の四肢が元に戻っていることには驚かない。一目散に走り出そうとするが止まってしまう。

 

 

———そこに白衣の男の死体があるのだから。

 

 

真っ赤に染まった白衣の男。その光景が、双葉と重なる。

 

 

「あッ……あぁ……ぁぁぁああああ!!」

 

 

激痛に襲われる。脳が暴れ出すような感覚に叫び声を上げた。

 

何をどこで間違えて———自分はここに居るのか。

 

どれだけ道を誤ればいいのか。

 

どれだけ罪を重ねればいいのか。

 

どれだけ、死体を築き上げればいいのか。

 

 

『落ち着け。貴様は何も悪くないだろ』

 

 

「!?」

 

 

頭の中に響く声に痛みが治まる。

 

辺りを見渡すが人影は見えない。必死に探すが、声は笑っているだけ。

 

 

『クハハハッ、見えるわけがないだろ。我は貴様の頭の中に居るのだから』

 

 

「頭の、中……!?」

 

 

耳を疑う発言に吐き気がする。

 

自分の頭の中に何かがいることに酷い嫌悪感を覚える。今すぐ頭を割って引きずり出したいと思ってしまうほど。

 

 

上野(うえの) 航平(こうへい)……いや、ガルペス=ソォディアは器として未熟。あまりにも小さ過ぎた』

 

 

何を言っているのか何一つ理解できない。それでも声は響くのだ。

 

 

『僅かに奴の中に残った愛とやらが邪魔をする。最高の復讐(ふくしゅう)とは本当の闇と本能で生まれるモノだ』

 

 

「お前……さっきから何を……」

 

 

『———恨んでいるのだろ? 最愛の女を傷つけた男のことを?』

 

 

その発言に言葉が詰まる。

 

自分の全て知っているかのような発言だった。

 

 

「……お前の力を借りずとも、人ならいくらでも殺せる」

 

 

『最高の答えだ。だがそれでいいのか? 殺すだけでいいのか? 苦痛で絶望だけで復讐してしまうのか?』

 

 

「何が言いたい?」

 

 

『貴様が望むなら、愚か者には最高で最悪最低の死を捧げよう』

 

 

ゾッとする恐怖の声で、自分の名を明かす。

 

 

『———冥府神(めいふしん)ハデスの名の下に約束しよう』

 

 

———ハデス。自分の中に居る者の正体は神だった。

 

 

『魂に救済など不要! 罪には罰を与えて罰を叩きつける! それは死よりも恐ろしい本当の死! 死んでも死んでも死んでも死に切れない死を与え続ける絶対の死!』

 

 

声を荒げる度に脳に激痛が走る。頭を抑えながらハデスの声を聞いていた。

 

 

『何十何百何千何万何億何兆の死を———愚か者に与えることを約束しよう』

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……!」

 

 

危険だということはビリビリと全身に伝わる。しかし、神ハデスが嘘をつくとも何故か思えなかった。

 

ただ、ただ、ただ、双葉を殺した自分が許せなかった。

 

ただ、ただ、ただ、双葉を殺した奴を許せなかった。

 

 

(今日まで生きて分かったはずだ。この世界は腐って、人間関係は反吐が出る……)

 

 

———俺は悪くない。

 

悪いのは全て———お前たちだろ。

 

 

『貴様にもう一度問う。愚か者は———誰だ?』

 

 

 

 

 

「———全ての人間が、殺し尽くしたいほど憎い……!」

 

 

 

 

 

『素晴らしい……!』

 

 

闇を受け入れた瞬間、激痛が収まった。

 

それが正解だと導かれるように、自分の選択を決めた。

 

 

『ならば復讐しよう! 我の野望の為に、貴様の為に———神も人類も、皆殺しにするのだ……!』

 

 

周囲の草木が滅びる。男と神を恐れるように死んでいく。

 

 

『さぁ、世界を血で洗い流そう』

 

 

死の風が、一帯を殺していた。

 

———憎しみの鎖に縛られた男は、自分の世界を壊し始めた。

 

 

 

________________________

 

 

 

 

———意識は深い闇の中へと落ちて行った。

 

深淵とも呼べる場所でただ一人、憎悪だけを膨らませていた。

 

冥府神は言った。『全ての感情を憎悪のみにすることで真の力を手に入れることができる』と。

 

 

「—————」

 

 

現実の世界など忘れて、憎い感情をふつふつと(たぎ)らせる。

 

ただ殺意を。ただ復讐を。ただ、ただ、ただ、己の感情を変えていた。

 

———まるで化け物のように。

 

次に意識が覚醒するのにどれだけの時間が経ったのかは覚えていない。

 

覚えているのは———あの感覚で目醒めたことだけ。

 

 

そう———カチリッとスイッチを入れて目覚めるのだ。

 

 

「……どこだここ」

 

 

目を開ければ見覚えのない一室。グチャグチャにゴミが床に落ちており、異臭が漂う。酷い生活を送っているように見えた。

 

 

『貴様ならそろそろ戻って来る頃だと思っていた』

 

 

頭の中に響く声。懐かしく不愉快な声の正体———冥府神ハデスだった。

 

 

『目覚めるまで我が代わりに貴様の生活を送ってやったからな。まぁ酷い世界だなここは』

 

 

「……どこだここは」

 

 

『東京だ。貴様は家を出て学問に専念することになっている。親元から離れた方が好都合だからな』

 

 

「学問? 一体何を受けるつもりだ?」

 

 

『ネイルアーティスト』

 

 

「……………あ?」

 

 

『だからネイルアーティストだ。爪の』

 

 

「……………いや、は?」

 

 

理解が追いつかなかった。この冥府神、一体自分に何をさせるつもりだったのだろうか。

 

 

『分からないか? 爪にアートを———』

 

 

「そういう意味じゃない。何故そんな道を選んだのか……」

 

 

『馬鹿か貴様。冥府の下僕どもは爪が長い奴が多くてな。それで人気者になったら冥府神として我は鼻が高いではないか』

 

 

馬鹿は一体どっちなのだろうか。絶句して何も言えなかった。

 

 

『どうせ今から貴様には関係ない話だ。我と共に、復讐を果たすのだろう?』

 

 

「……ああ」

 

 

再び憎悪の炎を燃え上げる。あの男を殺したい感情が心の中で暴れ回っていた。

 

 

『だが悪いニュースがある。神を先手を仕掛けて来た』

 

 

「……どういうことだ」

 

 

『———楢原 大樹は死んだ』

 

 

ドンッ!!!

 

 

耳を疑う言葉に思わず拳を机に叩きつける。机は粉々に壊れて床に穴が開いた。

 

 

『落ち着け。敵対する神がコチラに勘付いたわけではない。貴様と同じように(こま)を選んだようだ』

 

 

「駒……? まさか」

 

 

『この世界にはいない。だが、他の世界で生きている』

 

 

冥府神は確信しているようだった。

 

それでも疑う必要は無い。自分が利用されていたとしても構わない。

 

あの男を———楢原 大樹を殺せば十分なのだから。

 

 

『すぐに殺しに行くか?』

 

 

「……いや」

 

 

宮川 慶吾は思い付く。

 

この憎悪が、彼に最高の提案を思い付かせたのだ。

 

 

「最低最悪で最高の絶望を与えて、ぶち殺す……!」

 

 

もはや人間が考えるを遥かに超えた残酷。

 

殺戮以上の残酷な死を。

 

積み上げた希望を根から引き千切るような、踏み潰してやると。

 

 

化け物の様な思考をする慶吾に———冥府神は笑った。

 

 

 

________________________

 

 

 

 

冥府神の話を簡単にまとめるとこうだ。

 

この世界以外に他の世界があるということ———つまり異世界だ。それらの異世界は『原点世界』、自分たちの住む世界から神の手によって生まれた世界だ。

 

そこに復讐すべき男が転生したと冥府神は語る。だから追いかけろとのことだ。

 

しかし、すぐに殺してはいけない。そこで冥府神は提案する。ならば一度、様子を見に行こうと。

 

 

「何故だ?」

 

 

『理由は見れば分かる。お前は焦るはずだ』

 

 

冥府神に身を任せると転生して貰える。本来なら最高神の力が無ければ不可能な力だが、冥府神にはできるという。理由は教えてくれなかった。

 

気が付けば人混みの中に立っていた。デパートのような建物の中に一瞬で移動したことに今更戸惑うことはない。

 

 

『デパートの放送室に行け』

 

 

理由は答えてくれないだろうと踏み、慶吾は従う。

 

案内板を見ながら放送室前まで辿り着くが、当然係の人が見張りとして立っている。

 

 

『くっくっくっ、できるだけ騒ぎを起こしたくない。行けるか?』

 

 

「……なるほど」

 

 

冥府神は試そうとしていた。慶吾がどれだけの力を振るえるのかを。

 

実践練習の意図を察した慶吾はゆっくりと近づく。何も警戒していない係の人はこちらに向かって来る慶吾をチラリと見るだけ。

 

周囲に人は数名。その数名の視線が自分から外れた瞬間、憎悪を膨れ上がらせた。

 

 

ドンッ……

 

 

係の人に憎悪の睨みをぶつけると、目玉を裏返してその場に倒れようとする。慶吾は倒れようとする係の人を片手

で放送室の中へと引き吊り込んだ。

 

当然、放送室の中にも人はいる。女性スタッフが何事かと驚いているが、同じように憎悪の睨みをぶつけた。

 

女性は一瞬で意識を手放しその場に倒れる。手早く制圧した光景に冥府神は満足していた。

 

 

『やはり貴様は最高だ。暴力無しで制圧するとは…!』

 

 

「血が見たいお前には残念だと思うが?」

 

 

『そうだな。我としてはその二人は(くい)で壁に(はりつけ)にして残酷な死の芸術を世界に魅せしめたいが……今回は騒動を起こしては厄介だからな』

 

 

「ハッ、悪趣味過ぎる」

 

 

鼻で笑い飛ばしながらこれから何をするのか冥府神に身を任せる。すると、マイクを掴んでボタンを押した。

 

 

ピンポンパンポーーーーーーーーーーーーーーーン

 

 

「今から一階の休憩大ホールで伊瀬(いせ)医科高校の生徒、三年、宮川 慶吾の研究ショーが始まりす。ふるってご参加してください」

 

 

———この駄神は超馬鹿なのだろうか?

 

 

ピンポンパピ、ピンポ、ピンポンパンポーン

 

 

「何考えてんだお前」

 

 

『貴様は見ているだけで良い。あとは我に任せろ』

 

 

「ふざけろ。そもそも何をする気だ」

 

 

『楢原大樹の前でとりあえず馬鹿してみる』

 

 

「死ね」

 

 

『まぁ落ち着け。既に騙す算段を立てている』

 

 

「黙れ。自分から恥をかきに行くわけないだろ」

 

 

『変装もする』

 

 

「白衣着るだけで変装とかいよいよ頭大丈夫かお前」

 

 

『うるせぇ!! 我に従えゴミ!!』

 

 

「テメェ……ぐぅ!!」

 

 

抵抗することができない慶吾。駄神に体を預けることを後悔することになる。

 

 

________________________

 

 

 

「こんにちは、宮川 慶吾です」

 

 

人生史上、最悪の黒歴史が始まった。

 

ここに居る観客は誰も冥府神の挨拶だとは思わないだろう。

 

 

「私が長年研究してきたモノが遂に完成しました。それをここで発表したいと思います! どうぞ!」

 

 

誰だコイツというツッコミはいらないだろう。そもそも何をする気なのか分からない。

 

赤い布が掛かった大きな四角形が運ばれてきた物に観客たちは拍手する。一体いつどこで用意したのだろうか。

 

 

「これが僕が開発したものです!」

 

 

一人称に吐き気を覚えるが、この場に楢原 大樹が居るのなら仕方ないことだが死ね。冥府神死ね。

 

布を取ると箱の中は水が入っていた。しかし、水だけしかない。

 

 

「これは僕が作った特殊な水です。この水はどんなモノでも吸収する水なんです」

 

 

観客と同じように慶吾も正体を見破れない。次の瞬間、冥府神は爆弾を落とす。

 

 

「論より証拠。そして、これを見てください」

 

 

そう、文字通り———

 

 

「核爆弾です!」

 

 

「「「「「なにいいいいィィィ!!!」」」」」

 

 

———爆弾を観客に見せて来た。馬鹿だ。この神、相当狂っている。

 

楢原大樹もきっと自分のことを馬鹿な奴……頭が逝ってる奴だと思っているだろう。

 

 

「お、落ち着いてください! これは本物ではありません!」

 

 

焦った演技をする冥府神。観客が慌てる姿を楽しんでいるようだ。

 

 

「レプリカです。半径1500メートルしか爆発しません!!」

 

 

「「「「「わああああああァァァァ!!!」」」」」

 

 

冥府神が心の底から喜んでいるのを感じる。だが俺は冥府神に対して呆れを感じている。

 

 

「これを今ここで爆発させます!」

 

 

「「「「「やめろおおおおォォォォ!!!」」」」」

 

 

やめろと言ってやめる奴では無い。だって冥府神なのだから。

 

問答無用でスイッチを入れた。

 

 

「これで15秒後には爆発します!!」

 

 

「「「「「おいいいいィィィ!!!」」」」」

 

 

観客の絶望を味わいながら水槽に爆弾を投げ入れる。死なないよな? 仮に爆発したとして、俺は無傷で済むよな?

 

そんな疑問に冥府神は心の中で答えてくれる。

 

 

『ギリギリ生きれる。多分だけど』

 

 

『百回死ね』

 

 

冥府神は俺の言葉を気にすることなく続ける。

 

 

「大丈夫です!!爆発しません!!」

 

 

そんな言葉に観客は少しだけ笑顔になろうとするが、ここで落とすのが冥府神クオリティ。

 

 

「ぶっつけ本番ですが問題ありません! 成功します!」

 

 

「「「「「おおありじゃあああァァァァ!!」」」」」

 

 

全くその通りである。

 

まさに現場は世紀末。泣く者、怒る者、祈りを捧げる者、渾沌(こんとん)としていた。

 

そして爆弾は爆発しようとする。が、

 

バフンッ! と間抜けな音だけを残して爆発した。

 

つまり、実験は成功を意していた。

 

 

「せ、成功したあああああァァァァ!!!」

『く、くそおおおおおおおおおおおお!!!』

 

 

表の感情と裏の感情が全く合っていない件について。

 

 

「「「「「よかったあああァァァァ!!!」」」」」

 

 

負の感情を得られない冥府神にとって屈辱的なことらしい。爆発しないことは分かっていたが、万が一で爆発して死者を出したかったと冥府神はのちに語る。情緒不安定か。

 

その後、馬鹿な芝居を続けて最後はポリスに捕まり大団円を迎えた。

 

 

ドゴッ!!

 

 

冥府神は警察官の後頭部に頭突きして意識を奪う。手錠は力で破壊して拘束を解く。

 

 

「……何がしたかったんだ結局」

 

 

『フン、もうすぐここはテロリストの襲撃がある。一人の男に爆弾を持たせている』

 

 

「……それが?」

 

 

『分からんか? 楢原大樹の実力が見えるうえに下手すれば大量の死者を出すかもしれない舞台だぞ? 見たいだろ?』

 

 

「……悪趣味だ」

 

 

しかし、慶吾は遠くからその光景を見ることになる。楢原 大樹の実力を。

 

ショーを行った場所で事を待つと……冥府神の予言通り、覆面のテロリストたちが襲撃した。学生を人質にして立て籠もり始めていた。

 

その光景を冥府神の力———『千里眼』でテロリストたち居る場所から離れた所で見ていた。

 

 

(何だよコイツ……!?)

 

 

楢原 大樹の力に慶吾は圧倒されていた。人間技じゃないことを平気でこなす姿に戦慄していた。

 

一見デタラメな攻撃だが適切な順番で敵を倒している。ふざけた力の強さが目を掠めさせているのだ。

 

 

『オリュンポス十二神の中で最も神力を持つゼウスの保持者だ。今の貴様じゃ無理と思わないか?』

 

 

「……………」

 

 

『少しは理解したか? 貴様がこれからどうするべきなのか』

 

 

「……ああ、よく分かった」

 

 

このままじゃ駄目だ。この力を更に自分の物にして、高みを目指さなければならない。

 

冥府神の目論見通り慶吾は強くなることを決意する。悪意と復讐を胸に秘めたまま、拳を握り絞めた。

 

さて、本来ならここで慶吾たちは立ち去るのだが、イレギュラーな事態が起きる。

 

 

「おい、テロリストに持たせた爆弾とやらはどこにある?」

 

 

『……おかしい。誰かが持っているはずなのだが』

 

 

冥府神が困惑している。呆れてポケットに手を突っ込むと、そこには硬い異物が入っていた。

 

取り出してみれば『爆☆弾』とアホな神が書きそうな紙が貼られた物体だった。

 

 

「……………」

 

 

『千里眼』を使い大樹たちの様子を見る。そこには———実験で使ったはずの核爆弾を持っている人質たち。

 

 

「「「「「ああ、こいつはやばい」」」」」

 

 

同感である。

 

 

『クックックッ……やばい我らも逃げないと死ぬ』

 

 

「死ね!!!」

 

 

この冥府神、本当はクソ使えない奴なのではないかと思い始める慶吾。こんなにもデカデカと爆弾と書いた物をどうやったら渡し間違える。

 

 

「走って逃げれる距離じゃねぇだろ!」

 

 

『仕方ない……冥府神の力を最大解放すれば何とか……だが』

 

 

「……何だ」

 

 

『それだと我消えちゃう』

 

 

「消えて良いから使え」

 

 

そして冥府神と言い争う。断固最大解放する気はないようだ。

 

自分たちの隣にある水槽にあの爆弾を入れることができるなら何とか大丈夫だと思うが、距離を考えれば無理だろう。

 

その時、人質側に異変が起きる。もうすぐ爆発しようとする爆弾を大樹は掴み、

 

 

『いっけえええええェェェ!!!!!!』

 

 

大きく振りかぶって爆弾を投擲(とうてき)した。

 

慶吾は気付く。投げた方向は自分たちの居る場所だということ。そして次第に聞こえて来る音。

 

 

ドンドンドンドンッ!!!

 

 

———こちらにバウンドして飛んで来る爆弾を目撃する。

 

 

『ぎゃあああああああ!?』

 

 

「なッ!?」

 

 

あの馬鹿は投擲してこの水槽の中に爆弾を入れるつもりだったのだ。

 

そんなことができるのか。神の力を手に入れた保持者はそれだけ力を———

 

 

バゴンッ!!!

 

 

爆弾は盛大に水槽を外し、地面をバウンドした。

 

 

〇〇〇(ピー)! 〇〇〇〇(ピー)!!』

 

 

冥府神が汚い言葉を吐き散らしながら乱心のご様子。爆弾は未だに駆け巡っていた。

 

一刻も早く水槽に爆弾を入れることを要求される。だが爆弾の速さは常人には捕まえることは困難。

 

そう、常人には。

 

———慶吾の中で憎悪が渦巻く。膨れるように増大した。

 

無意識から生まれた対抗心の炎。黒い(もや)が腕を包み込んだ瞬間、

 

 

ガシッ!! ザパァン!!

 

 

常人には掴まえることのできない速度で飛び回る爆弾を一瞬で掴み水槽の中に叩きこんだ。

 

黒い靄に包まれた腕に慶吾の反応は薄い。しかし、冥府神の心は大きく動かしていた。

 

 

(コイツッ……どれだけ我を楽しませるつもりだ……!)

 

 

冥府神の力をこうも早く使ったことに驚いていた。不完全の力でも、現段階で既に上野 航平を越えようとしているのだから。

 

元々復讐に囚われていた男を記憶を持たせたまま転生させて、器にしようとしていたが、この男は間違いなく適正が遥かに上。

 

 

「……おい、逃げるんだろ」

 

 

『ああ、()()()

 

 

冥府神の含みのある言葉に慶吾は口端を少しだけ吊り上げる。よく分かっているじゃないかと答えるように。

 

 

『予定変更だ。貴様には更なる高みに手を伸ばさせて貰う』

 

 

「何だ? 元々低かったのか?」

 

 

『違うな。危険な近道をした方が貴様の為になると思ったからだ』

 

 

「………………」

 

 

危険というワードに不快な顔をしない。むしろ笑みを返す程の余裕を持っていた。

 

 

『少し小細工する必要がある。天界に行くぞ』

 

 

「……俺の聞き間違いか?」

 

 

『驚く程でもないだろ?』

 

 

冥府神は(ささや)く。

 

 

 

 

 

『———神に裏切者がいることくらい』

 

 

 

 

 

「……………くはっ」

 

 

冥府神の発言は、とても愉快な言葉だった。

 

宮川 慶吾は、ただただ落ちる。奈落の闇へと、心を捨てて。

 

 

そして——―狂気の笑みを浮かべるのであった。

 

 




よし、ギャグってる! この調子で次回もギャグりますよ!


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裏切りのクズ

はい、ギャグてんこ盛りです。シリアスなんて0.3くらいある方が良いんですよきっと。


冥府神の力で世界を転生する。まるで息をするかのように簡単に、だ。

 

目を開けると広がる光景に思わず言葉を失う。

 

『楽園』———この場所を表現するのに一番合う言葉だった。

 

神光如き空から差す薄明光線が浮遊大陸を照らす。絵の中にでも入ったことを錯覚させるような神の庭園に目を奪われていた。

 

自分の立つ場所は浮遊大陸が多くある中でも遠く低く、孤立した場所だった。木々が少しあるだけの大陸に、一人の神が立っていた。

 

 

「ようこそ、我が友よ」

 

 

ニッコリと神の微笑みに誰もが魅了される———そんな力を感じ取った慶吾はゾッと恐怖する。

 

この神はヤバいと頭の中で叫んでいた。

 

 

「私は神ヘルメス。オリュンポス十二神の一人、ゼウスの使い」

 

 

ヘルメスは白い衣を風になびかせながら、腰を曲げる。

 

 

「そして———世界を変える神になる者です」

 

 

神々しい笑みは、最底辺の悪魔が見せる狂笑へと変貌(へんぼう)する。

 

体が岩石のように酷く固まる。それほど衝撃を受けてしまった。

 

頭の中で冥府神は『おー怖い怖い』と平気な態度を取っている。同時に自分が恐怖していることも分かっているはずだ。

 

 

「さて、早速ですが話を(うかが)いましょう。長い時間は怪しまれるので」

 

 

「ッ……裏切り者ってお前のことで間違いないのは分かる」

 

 

「神に向かって『お前』とは命知らずですね。まぁ良いでしょう。確かに『私たち』は神の裏切者でしょうね、客観的に見れば」

 

 

再び最初の笑みへと戻すヘルメス。ヘルメスの単独行動ではないことは少し予想できていたが、客観的という言葉に理解できないでいた。

 

 

「私は変えたいのです。今の堕落しきった神たちを」

 

 

「堕落?」

 

 

「ええ、堕落です。人間の死んだ魂を保持者にする行為は実に素晴らしいと思います。私たち神のサポート、理不尽な運命も保持者のおかげで変えることができます」

 

 

ヘルメスは『神が都合良く理不尽な運命を消すことは難しい。何故なら世界に亀裂を入れるから』と説明してくれるも、イマイチ理解できない。

 

 

「そうですね……例えば温くなったお風呂があるとします。これを気持ちの良い温度まで温めるには世界の人々には不可能とします。そこで神が温めようとするのですが、お風呂が沸騰すれば最悪ですよね?」

 

 

「……強過ぎる力は世界を壊すって言いたいのか?」

 

 

「ご名答。ですが保持者はそのお風呂を誰でも満足できる温度まで温めてくれる。つまり世界に亀裂を入れることなく救えるのです」

 

 

「そもそも亀裂ってのは何だ? そんなに不味い物なのか?」

 

 

「神の力は本来、冥界への扉を封じる為だけに使う物です」

 

 

ヘルメスは浮遊大陸を見上げる。どの大陸よりも大きく、遠く、高くある場所を見ていた。

 

 

「冥界の扉を封じておかないと悪魔たちが世界を滅ぼしてしまうのですから、神たちは必死に封じているんですよ今も」

 

 

「……話が見えない。どこに神が堕落した部分がある」

 

 

「あるじゃないですか、そこに」

 

 

ヘルメスは淡々と告げる。

 

 

「———悪魔を全員ぶっ殺せばいいのに、何故封印ばかりにこだわる」

 

 

凄まじい怒りの含む言葉が吐かれた。

 

ヘルメスは恨めしそうに浮遊大陸を眺めながら続ける。

 

 

「堕落している。悪魔などにビビっている神が、どれだけ愚かなことなのか……」

 

 

『クックックッ、それだけの為に冥府神をこの世界に引き吊り出すなど……狂った神だ』

 

 

「黙れ。私は私の正義を貫く。例え保持者を汚役を押し付け、神を無様に蹴り転がしても、最後に笑うのは私たち神だ。堕落した神でもゴミクズの悪魔でもない、本当の神だ」

 

 

常軌を逸脱した存在が描く、常軌を逸した空想。それがどれだけ冥府神には笑えることなのかヘルメスは知らない。

 

そして、宮川 慶吾もまた心の中で笑っていた。

 

 

———壊したい、この愚かな神の描く夢という物を。

 

 

「……結局少し話してしまいました。それで用件を」

 

 

ふぅと小さく息を吐くと、頭の中から冥府神の声が響く。

 

 

『楢原 大樹の行く先を知りたい。いや、できれば乱したいのだ』

 

 

「意図が分かりませんね」

 

 

『ゼウスの保持者が強くなることを許容するのか?』

 

 

「……あの保持者はマークする必要がないでしょう」

 

 

冥府神が理由を聞くよりもヘルメスは馬鹿にするように答えを口にする。

 

 

「正直無駄です。彼は神に対する適正が皆無なのですよ」

 

 

『馬鹿な』

 

 

「そんな馬鹿な話が実際にあるのです。今の彼の肉体は生きていた時と全く同じで、わざわざ新しい体に魂を入れるのではなく、用意した超人的肉体を現世で火葬(かそう)させたのですから」

 

 

『……ならそのままなのか?』

 

 

「ええ、そんな貧弱な体にゼウスは力を与えたのです。本来なら現状の三十倍は強い肉体が手に入ったはずですが」

 

 

冥府神とヘルメスの話に疑問は多く残るだろう。しかし、慶吾には都合の良い展開になったようにしか思えない。

 

楢原 大樹という人間を殺しやすいことには違いないのだから。

 

 

「まぁ一応監視はします。裏で暗躍する天使まがいの者もいるようなので」

 

 

『用件はまだある』

 

 

「いいでしょう」

 

 

冥府神の要件は俺たちの考えを遥かに超えていた。

 

もっとも残酷な死を大樹に与える。それが慶吾の願いなら、冥府神は更なる死の絶望を与える神なのだ。

 

 

『—————』

 

 

「それはまた……」

 

 

ヘルメスは少し思考した後、頷いて見せる。

 

 

「あなたの提案に乗るのは(しゃく)ですが、許可しましょう」

 

 

『我らもやるべきことがある。貴様もせいぜい足掻くが良い』

 

 

「……ゴミが。一番に殺すので楽しみにしてください」

 

 

ヘルメスは最後まで黒い笑みをしながら姿を消した。同時に視界が真っ白に染まり、再び転生することになる。

 

 

________________________

 

 

 

———それから俺は人を殺し続けていた。

 

 

「ひぐぅッ……やめ———!?」

 

 

「があああああああァァァ!!??」

 

 

「たすけッ……て……!」

 

 

転生した世界は大樹が来ない場所だと予測された世界だった。冥府神は自分を鍛える為に人を殺し続けろと命令して来た。

 

日本でもない国で戦いに身を投じていた。危険な場所だろうと、喜んで足を運んだ。

 

 

ガガガガガガッ!!

 

 

殺意をぶつけるように敵が一斉に射撃する。銃弾が廃墟の壁を削り壊すように何度も撃たれた。

 

それでも慶吾は前に進む。黒い拳銃を右手に持って、歩き続けた。

 

雨のように降り注ぐ弾丸。当然体に直撃するが、そこに痛みはない。

 

足が動かなければ足を撃たれたと思う。

 

視界が悪くなれば目を潰されたと思う。

 

口の中で鉄の味がすれば、吐血したんだと思う。

 

 

———ただ、それだけのこと。

 

 

ドシュッ!!

 

 

命の糸をブチブチと斬っていく感覚。それを何度も繰り返す。

 

撃つ。撃つ。撃つ。そして撃つ。

 

奪う。奪う。奪う。そして奪う。

 

死ね。死ね。死ね。永遠に死んでろ。

 

———そして何度も繰り返す。

 

振り向けば死体の山。遠くを見れば援軍。前を向けば怯える軍勢。

 

 

「……弱いな」

 

 

『敵の攻撃が貴様の回復力に追いついていないからな。我の力も更に高まっている』

 

 

「……ああ、それは分かる」

 

 

次の瞬間、慶吾の拳銃が変化する。

 

黒い渦が銃を包み込み形を大きく変え、銃身は長く、二回り大きくなった長銃へと。

 

そこから冥府神の力が溢れ出していた。

 

 

「【邪悪な暴風(シュトゥルムベーゼ)】」

 

 

ゴオオオオオォォォ!!

 

 

銃口から放たれたのは嵐の弾丸。廃墟の街の風穴を開けるが如く渦巻いた。

 

敵を巻き込み、瓦礫を巻き込み、街を破壊し尽す光景に冥府神は興奮する。

 

 

『クハハハハハッ!! 最高だ! 貴様は最高だぁ!!』

 

 

その光景に———慶吾も笑みを見せていた。

 

血で汚れた顔は、まさに悪魔だった。

 

 

________________________

 

 

 

それから転生を何度も繰り返し自分を鍛えた。

 

殺意を燃やし続ける日々。そんな堕ちた日々に、予定外な敵も登場するわけで……

 

 

「……ぁぁああああああ、やっと来たな冒険者! 毎日毎日毎日毎日ッ! 俺の城に爆裂魔法を撃ち込んでいる頭のおかしい大馬鹿にいい加減頭に来ていたところだぁ!」

 

 

黒い鎧に頭の無い騎士。しかし、右手には頭部がある。まるでデュラハンのような化け物だった。

 

転生した先には確かにモンスターが居たりした。が、人間と同じように撃ち殺していた。だが、コイツは何だ。

 

転生して目の前にあった城に入ればこの歓迎の仕方。初手キレるってどういうことだ。

 

 

「俺が魔王の幹部と知っていて喧嘩を売っているのはよぉーーーっく分かった! だが、ネチネチネチネチと遠距離攻撃は卑怯だろ!? どうせ雑魚しかいない街だと放置していたが、ポンポンポン魔法を撃ち込みきおって……!」

 

 

「待て。それは俺じゃ———」

 

 

「問答無用! あの街に住む冒険者は全員皆殺しにしてやる!!」

 

 

大剣を片手に距離を詰めようとするデュラハンに俺は銃を右手に持ち、

 

 

バンッ! バンッ! バンッ!

 

 

「ほげぇ!!!」

 

 

———結構弱かった。

 

距離を詰める前に甲冑の関節部を狙う肉体を破壊する。肉体がない可能性を考慮して鎧を凍らせたのだが、すぐに動くことができなくなり、その場に倒れてしまう。

 

 

バンッ! バンッ! バンッ!

 

 

「し、死体蹴りとはッ……いい度胸ッ……ひああああああああ!!」

 

 

最後は動けなくなったデュラハンを炎で(あぶ)った。鎧が溶け始め、かなり大変なことになっている。

 

 

「チッ、ダメか。何故か死なない」

 

 

「アンデットにどういう攻撃をしている貴様!? 浄化というより業火する奴など貴様ああああああああ!?」

 

 

愉快に素敵な鎧へと溶かしてやろうとする。ゲラゲラと冥府神が笑っていると、提案をする。

 

 

『その大剣、貰ったらどうだ? 中々上物だぞ』

 

 

「そうだな」

 

 

「鬼か!? 俺の悲惨な状況を知ってまだ地獄を見せるつもりか!?」

 

 

「魔王の幹部だろ? なら———」

 

 

慶吾は無慈悲に告げる。

 

 

「———ちょっとは雑魚幹部らしく、『俺は幹部の中でも最弱のゴキブリ以下の存在、上にはウジ虫以上の幹部が貴様を殺す』くらいの遺言残せ」

 

 

「鬼だ貴様!!!???」

 

 

「どうせお前がいくら足掻いたところで、最後は頭をサッカーボールにされて死ぬ運命だろ」

 

 

「さ、さっかー?」

 

 

「お前の頭で蹴って遊ぶことだ」

 

 

「あ、あるわけないだろ!? 魔王の幹部だぞ!? 戦っている最中にそんな余裕があるわけないだろ!?」

 

 

うるさい敵に殺意も失せてしまう。こういう奴、本気で嫌いだ。

 

結局、大剣だけ貰い転生して場所を変えることにした。

 

 

 

________________________

 

 

 

 

転生する場所は適当だった。とりあえず転生して、そこから敵と戦う。

 

そんな武闘派な考えで転生をすれば失敗することもある。

 

 

「世の中がつまらないんじゃないの。貴方がつまらない人間になったのよッ!」

 

 

このチビはいきなり何を言っている。

 

小学生の様な容姿をする生徒会長。わざわざタスキに『私が生徒会長!』と書いてあるのがウザい。

 

隣に座る男は真剣な表情で告げる。

 

 

「つまり突如現れた謎の男がつまらないと?」

 

 

「それはない。登場の仕方に関しては杉崎の告白より百倍は印象に残った」

 

 

「馬鹿な!?」

 

 

杉崎と呼ばれた男が絶望する。涙を流しながら俺の顔を睨み付けていた。撃っていいのだろうか。

 

 

「会長の言う通りだ。アタシも謎の男の登場の仕方には少し惚れる」

 

 

深夏(みなつ)まで!? ギギギギギギッ……!」

 

 

深夏と呼ばれた女がグッと拳を握っていた。何だコイツ。というか呪い殺してやる!と言わんばかりの目で俺を睨むコイツ、本当に撃っていいか?

 

 

真冬(まふゆ)もです! これはもう杉崎先輩とねっとりじっくり絡む運命的な出会いとしか———!」

 

 

「「ねぇよ!!」」

 

 

「息ピッタリです! ということは体も!?」

 

 

「「ねぇよ!!」」

 

 

ゴッ!!

 

 

何度も俺の言葉を重ねる杉崎をぶん殴る。それにしてもこの女、腐っているのか!?

 

 

「い、いきなり殴られた……被っただけなのに」

 

 

「キー君が被っているのは皆知っているわよ」

 

 

知弦(ちづる)さんの言う意味は理解しないでおきます」

 

 

「ヒント、下」

 

 

「やりやがったなチクショウ! いや被ってないですから! ホント被ってないですから! ……ねぇよ!!」

 

 

俺を見て言うな杉崎(ゴミ)

 

 

「まぁいいわ! 会議を続けるわよ!」

 

 

「すげぇ! ウチの会長、怪奇現象が起きても平常運転してるぞ!」

 

 

「今日の議題は……………ゴミを捨てる学生にどう注意するか」

 

 

「「「「地味ッ!」」」」

 

 

「会長さんよぉ!? 謎の男が現れたのにこの議題はねぇだろ!? もっとこう……地球について考えようぜ!?」

 

 

「規模が大き過ぎるよ! 今度は私たちが手に負えないよ!」

 

 

「と、とりあえず聞くだけ聞きましょ? ね?」

 

 

杉崎が気まずい表情をしながら俺に意見するように促す。そんな問題、簡単に解決するだろ。

 

 

「全員殺せ」

 

 

「「「「「殺意高過ぎぃ!!」」」」」

 

 

「やばいですよこの人! この学校どころか世界が違う気がします!」

 

 

真冬の意見に全員が頷く。的を得ていて少しビックリしてしまう。まさにその通り、転生者なのだから。

 

 

「……た、確かにブラック・ラ〇ーン辺りに居そうなキャラに見えるわね」

 

 

「失礼な質問ですが……何人ほどやりましたかねぇ……?」

 

 

知弦の発言に杉崎が腰を低くしながら尋ねる。殺している前提で聞くのか。その通りだから困る。

 

全員から汗がダラダラと流れているが、ハッキリと嘘をつくことなく答える。

 

 

「もう数えてない」

 

 

「「「「「これガチだ!?」」」」」

 

 

ギャーギャーと騒ぎ出す生徒会。慶吾は溜め息を吐きながら生徒会室を出て行く。

 

いや、転生して世界から出て行くことにした。

 

 

________________________

 

 

 

しかし、外ればかりではない。

 

アレは例外。例外中の例外。ゴミ箱に入れてくれて構わない。

 

 

ガギンッ!!

 

 

「チッ……!」

 

 

「ッ!」

 

 

銃身と剣がぶつかり合う。同じくらいの歳の女の子とは思えない力を発揮していた。

 

そして金髪が風になびく。その光景に危険を感じると後ろに跳ぶ。

 

 

ドゴンッ!!!

 

 

暴風。その瞬間、強い衝撃が体を襲い、岩壁へと背中からぶつかる。

 

ダメージを与えられたことに驚きと興奮が止まらない。敵は、強かった。

 

少女は蒼色の軽装に包まれ、細身の体からどこから力を出しているのか見当もつかない。

 

しかし、強いのは事実。

 

金眼金髪の女剣士は風を纏いながら追撃を仕掛ける。今度は、さっきより大きい!

 

 

「【リル・ラファーガ】」

 

 

「【残酷な雪崩(グラオザーム・ラヴィーネ)】!」

 

 

刹那———女剣士の速度が音を突き破る。

 

閃光の剣が慶吾に向けられた。

 

対して慶吾は氷の弾丸。冥府神の力を発揮している弾丸は女剣士の剣先に直撃する。

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!!

 

 

しかし、弾丸は砕かれる。

 

暴風が地面に亀裂を生み出させ、閃光の剣が慶吾の右腕を斬り飛ばす。

 

慶吾に取って致命的な怪我だった。初めての致命傷。

 

 

ドゴッ!!

 

 

「くぅッ!?」

 

 

女剣士の腹部に拳が叩きこまれる。それは自分の力の何倍も越えた威力だ。

 

軽装の鎧にヒビを入れるほど。いや、違う!?

 

 

(攻撃が鎧をすり抜けて!?)

 

 

ドゴンッ!!

 

 

凄まじい衝撃が女剣士の体を吹き飛ばす。今度は女剣士が岩壁に叩きつけられた。

 

痛みに苦しんでいる暇はない。カチャリと耳に聞こえると即座に回避行動を取る。

 

 

ゴオオオオオォォォ!!

 

 

自分が元居た場所が真っ赤に燃え上がる。業火が肌をピリピリと感じさせていた。

 

判断が遅れていれば消し炭にされていた。そんな安堵と恐怖を同時に噛み締めていると、

 

 

「—————」

 

 

———目の前から迫り来る悪魔に気付く判断が遅れる。

 

 

右腕を無くした悪魔は笑っていた。強者と戦える喜びを、死を感じている恐怖を、殺意と殺意がぶつかる瞬間を、慶吾の心は燃え上がっていた。

 

 

ドゴオオオオオオオオオォォォォン!!!

 

 

殺意を乗せた一撃は先程の一撃を遥かに超えていた。倍以上の破壊力に女剣士は岩壁に叩きつけられると吐血する。

 

しかし、同時に慶吾も血を吐き出していた。

 

 

『限界だ。相手が悪かったな』

 

 

右腕の損傷は大きかった。意識を保つだけでも苦しい。

 

 

「まだだ……俺は殺すまで……!」

 

 

『敵の仲間がここに来る。そうなれば死ぬぞ』

 

 

冥府神の忠告に歯を食い縛りながら戦いを放棄する。しかし、女剣士はこちらを睨んだままだ。

 

 

「逃げるの……?」

 

 

「次は殺す」

 

 

その言葉を残して、逃げるように転生する。

 

最後に女剣士の仲間の声が少しだけ聞こえた。

 

 

アイズ……と。

 

 

________________________

 

 

 

幾多の戦いを乗り越えて、死の恐怖を何度も味わった。

 

強者なんて生温い。最強で満足するわけがない。

 

凶暴な怪物をなぎ倒し、猛者を圧倒する日々。

 

数え切れない程の命を奪っていた。

 

 

『随分と平和ボケした世界に行ってるじゃねぇか』

 

 

「ゼウスの意志ゆえに」

 

 

苛立った声でヘルメスに問う冥府神。ヘルメスは笑みを崩さないまま答えていた。

 

楢原 大樹が転生した世界は平和の一言で片付けれるような世界だった。

 

学園生活を楽しむ姿に慶吾もまた苛立っている。

 

 

「壊しに行きますか? 無駄な時間を過ごすことになりますが……」

 

 

『どうする? 貴様が決めろ』

 

 

ヘルメスと冥府神の質問に俺は笑みを浮かべて答える。

 

 

「当然、壊す」

 

 

『くはッ、やはり我の器は最高だな…』

 

 

冥府神もまた、実に面白そうに笑っていた。

 

 

 

 




※察している方が多いと思いますが、一応。


『この素晴らしい世界に祝福を!』

魔王幹部 ベルディア

『生徒会の一存』

生徒会長 桜野 くりむ
副生徒会長 杉崎 鍵
      椎名 深夏
書記 紅葉 知弦
会計 椎名 真冬

『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』

剣姫 アイズ・ヴァレンシュタイン


ギャグの為に微登場、お疲れ様でしたぁ!!


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踏み外す一歩

シリアス「ただいま」


『とりあえず殴れ』

 

 

「ああ」

 

 

「おぼぉ!?」

 

 

「んひぃ!?」

 

 

文月学園の学生を二人程殴って気絶させる。一人から制服を剥ぎ取ると冥府神の力がもう一人に与えられる。

 

憑依と呼ばれるモノを行っているのだ。俺とは違い不完全だが、操れる程度のことはできるらしい。

 

 

「お、オデ……長谷川(はせがわ) 智紀(ともき)……ウンババウバッホラオラオハー」

 

 

「馬鹿やっていないで行くぞ」

 

 

制服を着て変装すると同時に学園長室へと向かう。それから冥府神の洗脳、コンピュータ技術の改竄(かいざん)を冥府神に任せた。

 

 

「意外だな」

 

 

「馬鹿め。地獄の世界でも今ではネットがないと社会が回らないのだから当然だぞ」

 

 

「近代社会取り入れてる地獄ってもはや何だ」

 

 

ある意味恐怖を感じる地獄だった。鬼や悪魔がカタカタカタカタカタカタカタカタカタカと一心不乱にキーボードを叩く姿はもはや狂気。

 

 

「この世界も腐っているな。毎日残業? ボーナスなし? 愚か! 地獄では残業なし、ボーナスは当然! そんなブラック企業しか存在しないぞ!」

 

 

「もはや天国」

 

 

人間がその職場を知ったら競争率がぐんと上がるな。というか人間が地獄に就職って何だ。いや何だ。ホント何だ。

 

 

「これで怪しまれることなく清涼祭に参加できる」

 

 

「アレはどうする? 試験召喚獣だったか? テストは受けていないぞ?」

 

 

「どの道、貴様の点数など低いだろう。回答欄が全て殺伐としていそうだ」

 

 

「あ?」

 

 

どうやら冥府神は点数も改竄しているようだ。当然、楢原 大樹に勝てる点数を設定している。

 

見下された物だ。一体どう考えたら俺を頭の悪いガキだと思いやがる。

 

 

「……問題を一つ出そうか」

 

 

「……何だ」

 

 

「兄が弟より20分早く家を出ました。兄の歩く速度を3km、弟は自転車で追い駆ける速度を12kmとする。追いつくにはどれだけの時間が必要か———」

 

 

「狙撃して兄の足を止める。そうすれば五分で着くな」

 

 

「………………………………………………………………………………正解だ」

 

 

冥府神は苦悶の表情をしていることに、慶吾は気付かなかった。

 

 

「クックックッ、これは楢原の召喚獣じゃないか」

 

 

「……何をする気だ」

 

 

楢原の召喚獣は武器が銀色に輝いた剣で二刀流。黒い短ランを着ており、中には白いTシャツが着た装備。そのTシャツに文字を書いた。

 

———『紳士』と。

 

 

「ガキかお前」

 

 

「こういう楽しいことは、我、やめられぬ」

 

 

「ガキ」

 

 

________________________

 

 

 

楢原 大樹のサポートしている天使———元保持者である原田 亮良に挑発的な態度を取った後、自分の失敗に気付く。

 

 

「チッ、思わず宮川で名乗ってしまった」

 

 

「気にすることはない。同姓同名くらい、よくあることだ」

 

 

冥府神(コイツ)が余計な馬鹿をしたせいで、楢原は自分のことをアホの子だと思っているに違いないことをポンコツ神は気付いていない。お前の核爆弾のせいだぞポンコツ……!

 

……今更騒いだところで失敗を消すことはできない。

 

絶望に落とすことだけ考えろ。圧倒する力で、ねじ伏せる。生きる力を失えば、それはそれで潰しがいのある人間の完成だ。

 

 

———しかし、結果は最悪。潰されたのは自分だった。

 

 

Aクラス

 

楢原 大樹 28291点

 

原田 亮良    21点

 

 VS

 

Aクラス

 

宮川 慶吾  8971点

 

長谷川 智紀 8470点

 

 

「———俺たちをバカにしたことを後悔するんだな」

 

 

ちゃぶ台でボコボコにされる召喚獣。その光景は酷く不愉快で、最悪で……憎かった。

 

何故コイツは絶望しない。

 

何故コイツは臆しない。

 

何故コイツは、折れない!!!!

 

 

(……我としては、結果が良ければ問題ない。そう、十分な成果だ)

 

 

冥府神は敗北と屈辱に押し潰されそうになっている慶吾に笑みを浮かべる。

 

殺意がふつふつと高まるのを感じていた。それは今まで以上の殺意が。

 

化ける。最強の悪魔以上の、冥府神以上の存在へと化けると。

 

勝利した者と敗北した者の違い。意志の違いで、強さは変わる。

 

どちらに転がった方が良いのか、明白になるほどの豹変を慶吾は見せた。

 

 

________________________

 

 

 

 

ドゴオオオオオオオオオォォォォ!!

 

 

慶吾の蹴りは怪物の腹部に凄まじい衝撃を与えた。二十メートルはある巨体がくの字に曲がり、そのまま後ろから倒れる。

 

 

『ありえぬ……!? こんなことは……!?』

 

 

百を越える黄金の腕が慶吾を捕まえようとする。しかし、慶吾は軽々とそれを回避して再び倒れた怪物と距離を詰める。

 

 

『ま、待て!? 降参を———!?』

 

 

「【暴君の大虐殺(デスポート・メツェライ)】」

 

 

———なんとかの神と呼ばれていた物を肉塊へと還す。

 

血で全身が濡れることも気にしない。ただただ目の前にある肉を潰して命を奪う。

 

そんな命を奪う行為に慣れてしまう。動揺など、今更しない。

 

神の命を潰した所で『だから?』としか思えない。

 

 

「次」

 

 

『ギュグガァアアアアアアアアァァァ!!!』

 

 

鼓膜の潰さんばかりの遠吠え。巨大な竜がコチラに敵意を向けながら炎を吐き散らす。

 

それに対して慶吾は銃を構えて一発の弾丸を放つだけ。

 

 

ドゴンッ!!!

 

 

それだけで炎を吹き飛ばし、竜の頭部を木端微塵にする。

 

———弱い。

 

 

「次……」

 

 

コイツも———弱い。

 

 

「次ッ!」

 

 

コイツもアイツも———弱い弱い。

 

 

「次ッッ!!!」

 

 

コイツら全員———弱い弱い弱い弱い弱い!!!!

 

 

「クソがああああああああァァァア!!!」

 

 

最後は———積み上げた死体の山の上で叫んでいた。

 

圧倒的な強さで全ての敵をねじ伏せていた。

 

怪物だろうが神だろうが、強者だろうが猛者だろうが、最強と名乗る愚か者だろうが。

 

宮川 慶吾には、虫を潰す程度の存在でしかなかった。

 

 

「はぁ……はぁ……!」

 

 

『……素晴らしい、とは言えないな』

 

 

冥府神の声は冷めていた。荒れ狂う慶吾の姿に、少し失望していた。

 

力は想像以上、だが感情は最低だった。

 

 

「次だ……次はもっとッ……!」

 

 

『ッ……転生だ。来るぞ』

 

 

冥府神の声にハッと我に返る。振り返れば転生の光が輝いていた。

 

銃を構えて敵に近づこうとする。冥府神が「待て!」と叫んでいるが本人には聞こえない。

 

 

「—————」

 

 

銃を敵に突き付けた瞬間、慶吾の心は更に乱れることになる。

 

銃を突きつけた相手は———双葉だったのだから。

 

 

「ぁ……が……!?」

 

 

綺麗な黒い長髪。顔は見間違えることはない。

 

白い衣に包まれ、黒い弓を握り絞めた双葉に言葉が出なかった。

 

 

「おやおや、この程度で動揺するとは……冥府神の保持者もゴミですね」

 

 

双葉の背後から現れたのはヘルメス。ニヤニヤと気味の悪い笑みを見せている。

 

冥府神の声が響き渡る。

 

 

『何だこれは?』

 

 

「嫌だなぁ、私は保持者を早急に選べと彼女に頼んだだけですよ? 文句なら彼女に———っと、もう彼女はいないのでしたね」

 

 

『……()ったのか』

 

 

「ええ、邪魔だったので。あまり変な動きをされても困るので」

 

 

邪魔だったから殺した。それは慶吾も同じようなことを何度もして来たが、ヘルメスとは全く違う。

 

慶吾の戦いは長く高い壁———障害があるから破壊した。いや、飛び越えるよりも破壊する方法が一番だったから。扉が開くのなら何もしない。

 

しかし、ヘルメスは違う。壁に扉があるにも関わらず破壊したのだ。扉の開け閉めが面倒だからという理由だけで。

 

この神もまた、狂っていた。まるで自分の道に石が落ちていることすら認めないくらい最低な神だった。

 

冥府神が彼女の存在を双葉から推測して教えてくれる。オリュンポス十二神のアルテミスのことだと。

 

しかし、一つの疑問が残る。神が死んだ状態での保持者はどうなるのか? それをヘルメスに対して質問すると、

 

 

「特に問題はありません。死んだ者のことなど考える時間なんて勿体無い———」

 

 

ドゴンッッ!!

 

 

そこまで告げるとヘルメスは壁に叩きつけられていた。

 

胸ぐらを掴んでいるのは慶吾。ヘルメスは笑みを崩さない。

 

 

「だから私は関係ありません。あぁでも少しだけ要望で『哀れな死に方をした者』で操りやすいように記憶を消して———」

 

 

「黙れよ」

 

 

ヘルメスの笑みが終わりを迎えた。

 

そこには恐怖。ただただ恐怖と絶望だけが残されていた。

 

絞め上げられる首にゾッとするヘルメス。慶吾の顔を見た瞬間、心の底から本気で殺されると感じたからだ。

 

———理性や本能、何もかもの錠が壊れた顔付き。

 

神たる存在が怯えてしまっている光景に冥府神は笑うこともできなかった。

 

 

(何だ……殺意や絶望でもッ……コイツの感情は……!?)

 

 

彼の中で渦巻いているのは純粋な『怒り』だと理解した。

 

人としてタガが外れたはずの男が見せる感情に冥府神の動揺は収まらない。

 

 

(何故だ……そんな感情じゃこの力は増幅しない……操ることもできな———まさか!?)

 

 

宮川 慶吾の中を渦巻いている感情が、冥府神の力を越えたことを物語っていた。

 

殺意や憎悪なんてものより、彼の怒りが己の力を増大させていた。

 

 

「ぁ……がぁ……!?」

 

 

『やめろ! まだコイツには利用価値がッ……!』

 

 

頭の中に響く声でハッと我に返る。首を絞めていた手を緩めてヘルメスを地面に降ろす。

 

苦しそうに咳き込むヘルメス。最初は睨み付けようとするが、先程の光景を思い出したのか、慶吾の存在に怯えているようにも見えた。

 

最初に見えていた笑顔は、仮面のような笑みへと変わり果てていた。

 

 

「ッ……これだから冥府神の……いえ、もういいです」

 

 

触れることが怖くなったのか、ヘルメスは急いで用件を話す。

 

 

「彼女の保持者はいなくなりました。自由に動かせる駒……人材ですので好きにどうぞ」

 

 

駒という言葉を後悔しているようだったが、慶吾は何も行動を起こそうとしない。代わりに冥府神は話を進める。

 

 

『ならば我があそこで指示した奴に渡せば良い』

 

 

「……私の保持者に?」

 

 

『ああ、ガルペス=ソォディアなら必ず世界を乱す』

 

 

冥府神がヘルメスに頼んでいたことだった。慶吾の前、冥府神の元保持者である上野 航平———ガルペス=ソォディアをヘルメスの保持者にすること。

 

そしてガルペスを筆頭に他の保持者を部下にして神を殲滅(せんめつ)するという目的を与える。

 

 

「解せませんね。冥府神のあなたが捨てた男なのでしょう? そこから希望を与えて、神の脅威に辿り着くなど思えません」

 

 

『逆だ。だからこそ、あの男は這い上がる』

 

 

冥府神の声は、笑っていた。

 

 

『次は何もかも捨てる。奴は全てを捨てて、この戦いに喰らい付く。絶対に』

 

 

「……そうですか」

 

 

ヘルメスは理解しがたいと言いたげな顔でその場から離れようとする。その後を双葉が追いかけようとする。

 

 

「彼女の名前は『リュナ』とします。ゼウスの保持者に元の名を隠した所であまり意味はないのですが、他の保持者がそうしている中、彼女だけしないというのは不自然ですからね」

 

 

「それともう一つ」とヘルメスは最後に付け足す。

 

 

「この世界に彼が仕掛けてきましたよ。ゼウスの保持者『楢原 大樹』は更なる強さを手に入れようとしています」

 

 

「ッ!」

 

 

慶吾の表情が更に歪む。そのことにヘルメスは少し急いで目の前に黄金の扉が出現させて開く。白い空間にリュナと一緒に逃げるように入り、消えて行った。

 

黄金の扉が最後まで消えるのを待った後、慶吾は拳をグッと握り絞める。

 

 

ドゴオオオオオオオオオォォォォ!!!!

 

 

その拳を地面に叩き付けた。

 

拳から血が噴き出し骨が砕ける。力任せに殴りつけたせいで腕の骨まで壊す威力だった。

 

巨大なクレーターと何百メートルまで続く地割れ。慶吾の怒りを表しているようだった。

 

冥府神の力で怪我は回復するが、怒りは収まらない。

 

 

「殺してやるッ……あの神も……奴も、絶対に……!」

 

 

———冥府神すら予期できぬ方向へと物語は進みだしていた。

 

 

________________________

 

 

 

———【箱庭】

 

 

その世界に慶吾は少し前から来ていた。楢原 大樹が転生するよりも前に。

 

【ペルセウス】と【ノーネーム】の大樹たちがギフトゲームをしている所を冥府神の力を使って遠くから見ていた。あまり近くに寄るとバレると冥府神に忠告された。

 

 

『確かに強いな。ふざけている余裕があるせいか、イマイチ強さが分からないが……』

 

 

ゼウスの保持者としてどの程度の実力なのか。それを確かめる為に見に来たのだ。

 

だが実際は【ノーネーム】の大樹たちが圧勝でゲームを終えようとしていた。精霊アルゴールを使ったにも関わらず【ペルセウス】はボロボロになっている。

 

 

「ルイオス。お前の負けだ」

 

 

「……くそッ」

 

 

大樹の勝利宣言にルイオスが悔しそうに唇を噛む。ここまで足を運んだ結果がこれだと———実につまらない。

 

 

「おい」

 

 

『ククッ、分かっている』

 

 

口端を吊り上げた慶吾の希望に応えるように冥府神の力が発動する。禍々しいオーラを放つ銃弾を銃に込めて、右手に握り絞めて構える。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

遠距離からの狙撃———銃弾は不可視になりアルゴールの体中に取り付けられた拘束具のベルトを消滅させた。誰にも気付かれることなくゲームに干渉する。

 

 

『さぁ……始めよう!!』

 

 

「あぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃァァァ!?」

 

 

アルゴールの奇怪な叫び声で、ゲームは再び始まる。

 

今度こそ、大樹の力を図ろうとしていた。

 

 

________________________

 

 

 

「———【一葉(いちよう)風鈴閃(ふうりんせん)】」

 

 

まさに閃光。光の速度で駆け抜けた大樹はアルゴールを突き刺し、後方の壁どころか闘技場を破壊した。

 

 

「まさか覚醒した【アルゴルの悪魔】を倒すとは………」

 

 

『ああ、少し驚きだな』

 

 

冥府神は同意するように呟いているが、

 

 

「最強の神の【保持者】、か………果たしてそうかな?」

 

 

慶吾は嘲笑っていた。

 

 

「その力が冥府の神の【保持者】に勝てるのか?」

 

 

『……危機感はないのか?』

 

 

「……危機感?」

 

 

白亜(はくあ)の宮殿が崩れゆく光景に慶吾は溜め息を漏らしていた。

 

 

「———この程度でか?」

 

 

それは強さに対してではない。弱さに対して呆れていた。

 

期待外れもいいところ。更なる強さを手に入れようとする姿に見えるのか?

 

慶吾は一言だけ感想を呟く。

 

 

「舐めているのか?」

 

 

嘔吐しそうなほど自分に甘い。そんな大樹に軽蔑と侮蔑の感情しか湧かない。

 

殺意や敵意を向ける相手にもならない。飛んでいる虫が周囲をウロチョロしているだけでいちいち殺意なんて湧くはずがない。

 

 

『我は貴様の感想の方が舐めているようにしか思えないがな』

 

 

冥府神は大樹の戦いに危機感を心の底から感じていた。だから慶吾の発言に驚いていた。

 

 

「神の力を最大限に扱い切れていない」

 

 

『馬鹿な。あの状態で使いこなしても我らが困るだけだ』

 

 

状況を飲み込めないのかと冥府神は不審に思う。しかし、慶吾の異変に気付くことに遅れたことを後悔する。

 

 

「意味は当然ある」

 

 

『何だ?』

 

 

 

 

 

「それだけ強くなければ———潰す意味がないだろ」

 

 

 

 

 

その言葉を聞いた瞬間、冥府神はゾッとするような恐怖を覚えた。

 

慶吾は大樹を単純に殺さないとは言った。しかし、殺し方に関してあまり冥府神は理解していなかった。

 

いや違う。理解したつもりだったから、気付くのが遅れたのだ。

 

 

「どれだけ足掻いても無駄だと思い知らせる。奴には絶望して、殺すんじゃない。絶望しながら殺し続ける……!」

 

 

頭のネジが数本外れたという話ではなかった。

 

 

「奴の目の前で奴の大事な物を壊し殺す……自分の人生全てを否定させるくらい絶望に叩き落とす……!」

 

 

———狂人や殺人鬼の考えすら超越した危険な思考回路。

 

 

「貴様の持つ神の力がゴミ同然だったと分からせてやる……!」

 

 

冥府神すら呼吸を忘れる———【冥府神】への一歩を踏み出していた。

 

 

 



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殺戮的破壊的感情衝動

ギャグ「さよなライオン」


再びヘルメスと合流した後、慶吾は冥府神の言葉を無視して作戦を提案していた。

 

人の道を踏み外した作戦如きに今更冥府神やヘルメスが顔を歪めることはない。しかし、慶吾の溢れ出る殺意に驚きを隠せないでいた。

 

 

「———楢原 大樹に関係する周囲の人間を全員ぶっ殺せ」

 

 

「……何を思ってそんなことを? あまり目立つ行動は避けて———」

 

 

ヘルメスの問いに慶吾は答える。

 

 

ドゴッ!!!

 

 

「ゴハッ……!?」

 

 

「うるせぇよ。黙って従え」

 

 

———黒い(もや)(まと)った拳をヘルメスの腹部にめり込ませながら。

 

神の身体は糸も簡単に吹き飛ぶ。壁にぶつかり口から血を流していることに気付くとヘルメスは震えて怯える。

 

 

「な、何故ッ……神の領域に踏み込めるはずが……!?」

 

 

無様に咳き込む神を慶吾は見下す。

 

 

「全てを壊せ。お前の全てが壊されたくなければな」

 

 

その時、慶吾の髪の色が変色する。黒から白へと、まるで吸い取られるように変貌(へんぼう)する。

 

同時に人と神の立場が逆転する瞬間だった。

 

大雑把な指示にヘルメスは頷いてその場から消える。完全に恐怖に負けた神の姿に冥府神は———笑えなかった。

 

本来なら神を嘲笑い、馬鹿にして、腹を抱えれる光景だった。それが今では戦慄しているのだ。

 

 

(今の攻撃……冥府神の力が一切使われていなかった……!?)

 

 

宮川 慶吾が生み出した力———それは慶吾の力を一番知る冥府神すら理解していない力だったのだ。

 

まるで殺意を具現化させているような攻撃だった。髪の色が変わるのは身体能力が力に付いて行くことができず、精神力がすり減ったことを物語っていた。

 

あのヘルメスが人間の一撃で沈もうとする威力に冥府神は素直に喜ぶことができない。

 

 

(何故我はこんな……いや、読めないからか?)

 

 

慶吾の考えは冥府神には分からない。そのせいで追い込まれたような感覚に(おちい)るのではないかと。

 

 

「見物しに行くぞ」

 

 

『……何だと?』

 

 

「この目で見たい。奴が絶望に呑まれる瞬間を……!」

 

 

悪意の塊は、神の想像を越える程、肥大化していた。

 

 

 

________________________

 

 

 

「———ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああァァァァァァァァ!!!!」

 

 

叫び声を上げながら膝から崩れ落ちる楢原 大樹を見ていた。

 

大切な存在が目の前で消される瞬間に、慶吾の心は昂っていた。

 

絶望と後悔、己の小ささを知った瞬間、人は弱くなる。誰よりも醜く、酷く、脆く、ゴミのように。

 

だから———そこから這い上がれと慶吾は願う。

 

その先で本物の強さを手に入れて、元凶たる自分を殺しに来いと。

 

最強の自分がボロボロになる瞬間を、迎えて欲しいと。

 

 

「……どうした?」

 

 

隣から声を掛けて来るのは自分と並走する坊主頭の男。原田 亮良という人物だった。

 

その男はゼウスの操るもう一人の保持者と言っても良いくらいの存在。以前ヘルメスが言っていた『天使まがいの者』がコイツだった。

 

そして冥府神は知っていた。この男が———太陽神アポロンの元保持者であることを。

 

だが力はガルペスの手によって奪われたまま。残念なことに原田はガルペスのことを全く知らないまま奪われたと冥府神は笑いながら話していた。

 

この男は戦うことを諦めず、天使として最後の希望である大樹をサポートしているのだと判明もした。

 

 

『何故殺さない?』

 

 

冥府神の疑問に、たった一言だけ慶吾は答えを出す。

 

———楢原 大樹を強くするのに必要だからだと。

 

 

「嫌な予感がする。急ぐぞ」

 

 

慶吾の言葉に原田は頷いて速度を上げる。自分も天使でゼウスの保持者を助けに来たと嘘をついた。天界への根回しはヘルメスが解決してくれている。

 

完璧な状態で、奴に近づくことができる。絶望に染まり切った奴に。

 

 

『ッ……待て。アレは死んでいない、転生したみたいだ』

 

 

(……何だと?)

 

 

原田に気付かれないように怒気を心の中で燃やす。つまらない結果だけは避けたかったが、前方に見える光の柱に原田が呟いた。

 

 

「クソッ、転生されたか。回りくどいことを……!」

 

 

冥府神の言葉は正しかった。原田の発言で肯定された。

 

 

『ヘルメスの仕業か? この状況はガルペスが望むわけが……』

 

 

導き出される考察はただ一つ。冥府神の手のひらの上で踊り続けることを良いと思わなくなったヘルメスが仕掛けて来たということ。

 

殺すのでもなく、助けるというわけでもなく、転生させるという手段。

 

ヘルメスはリュナを操ることができることを知っている。転生させることは可能だが、無視できないことが一つだけある。

 

 

『転生はゼウスの許可のみだけのはず。我の様な力が他のオリュンポス十二神にあるはずがない』

 

 

(……もし、ヘルメスが俺たちを裏切っていたとしたら?)

 

 

『ッ!?』

 

 

(元々、ゼウスが俺たちの動きを把握する為にヘルメスというエサをぶら下げていたら、話は変わるんじゃないのか?)

 

 

『それはない! 我が天界に転生することができたのはヘルメスの悪意から成り立つ———!』

 

 

(ヘルメスがシロなら、考えられる答えは一つだけだな)

 

 

慶吾は表情を悪魔の様に歪ませる。

 

 

(———リュナ。ゼウスは保持者に細工を仕掛けたとしか思えない)

 

 

『ッ……ヘルメスめッ……失敗したのかッ!』

 

 

(奴と合流した後はリュナの対処だ。ゼウスの支配下に置かれ続けているのは不味いだろう)

 

 

状況は劣悪だと冥府神は思うが、またしても慶吾の表情は違うモノだった。

 

ニヤリと不敵に笑っている———余裕の表情だった。

 

 

________________________

 

 

 

———吐き気のする光景だった。

 

 

大樹の絶望は浅すぎたモノだった。憎悪や殺意なんて湧かない、人生を諦めた自殺者に変わり果てていた。

 

そして大切な人が転生したことを聞くとすぐに立ち直る。その早さに苛立って仕方なかった。

 

扉の見張りを放棄して歩き出す。イラついたこの気持ちをどうにかしたかった。

 

 

「機嫌が随分悪そうだな」

 

 

声を掛けて来たのは逆廻(さかまき) 十六夜(いざよい)。【ノーネーム】の中で大樹と同じ桁外れの力を持つ男だった。

 

 

「何の用だ」

 

 

「別にお前にはねぇけどよ。大樹に会おうと思って」

 

 

「この先に居る」

 

 

「おお、サンキュー」

 

 

刹那———十六夜の拳が慶吾の顔面に叩きこまれた。

 

 

バシイィィィン!!

 

 

それを受け止める慶吾。大きな音が出るが、背後に備え付けられたロウソクの火が全て消える程の風圧まで抑え込んだ。

 

拳を受け止められた十六夜はぎこちない笑みを見せる。

 

 

「ハッ、こんなあっさりと止められるとはな」

 

 

「……何の真似だ?」

 

 

「隠しているつもりだろうがバレバレだ。お前、大樹がボロボロになっている時に———何笑ってんだ?」

 

 

怒りをぶつける十六夜に、慶吾は不敵な笑みを見せていた。

 

ピリピリとした空気に包まれる。しかし、十六夜はすぐに腕を引いた。

 

 

「テメェ……!」

 

 

「俺は強者を求めているだけだ。アイツに関わることがどういうことか一緒に居たなら分かるだろ? お前も同じじゃないのか?」

 

 

背後から睨まれたまま慶吾は歩き出す。十六夜は自分の力の危険を感じて身を引いた。さすがに冥府神とまでは分かっていないようだが。

 

 

『始末しないのか?』

 

 

「あの男は何も言わないだろう。愉快な友達を信じて背中を押す男だ」

 

 

慶吾は更なる闇へと手を伸ばす。利用に利用を重ね、使える物は使い潰すまで使う。

 

 

________________________

 

 

 

 

冥府神の力で見破った洞窟の入り口へと入る。その先から感じ取る力を頼りに、導かれるように進んでいた。

 

 

「———分かったわ。このゲーム、受けさせて貰うわ」

 

 

そして扉の先に居る女を見つけた。

 

このゲームを荒らす為のターゲット。久遠(くどう) 飛鳥(あすか)の姿を。

 

汚れたドレスで何かを決意するように踏み出そうとする女に慶吾は声を掛ける。

 

 

「いい心構えだな。吐き気がするぜ」

 

 

「ッ!?」

 

 

急いで振り向く飛鳥。怯えた顔を見せるが、戦おうとする意志はあるようだ。

 

 

「本当なら放っておいてもいいが、十六夜(あいつ)は厄介だからな」

 

 

「……ッ!」

 

 

大樹を地獄に突き落とす算段に十六夜の存在は邪魔な物だ。計算を大いに狂わされると分かる。

 

 

「あすか!逃げて!」

 

 

その時、周囲に散乱していた精霊が一斉に自分の体を包み込む。炎に呑まれたかのような激しい痛みに———呆れた。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

「きゃッ!?」

 

 

冥府神の力を暴発させて周囲に攻撃する。それだけ精霊を吹き飛ばすことができたが、殺すことまでには至っていたない。

 

 

「チッ、逃げ足の速い奴らだ……」

 

 

「『そこを動くな!』」

 

 

その時、飛鳥のギフトも発動する。体が動かなくなると警戒したが———これも期待外れ。

 

 

(ゴミかよ……)

 

 

「嘘ッ…!?」

 

 

平然と歩く慶吾に飛鳥は戦慄。後ろに下がり逃げようとしていた。

 

 

「何だその貧弱な力は?」

 

 

格上の存在がそんなに怖いのか? それだけの都合の良い力を持っておいて、使いこなせいとは……この雑魚を利用する価値は無いのでは?

 

 

『我の力を与えれば少しはマシになるだろう』

 

 

「……まぁいいか」

 

 

冥府神の力で長銃を生み出す。そして銃口を飛鳥に向けた。

 

 

「俺が分けてやるよ、力を」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

飛鳥の額を黒い銃弾が撃ち抜く。そのまま後ろに倒れることなく、飛鳥の意識は闇へと落ちる。

 

赤いドレスは黒く染まる。力に浸食するように変わった。

 

それを見届けた後、慶吾は出口へと帰る。

 

 

「これならそのゲームも楽勝だろ」

 

 

———これから起きるゲームに、少しだけ期待と楽しみにしていた。

 

 

________________________

 

 

 

それを埋め尽くす隕石が街に降り注ごうとしていた。

 

逃げ惑う者共に慶吾は苛立っていた。楢原 大樹は負けようとしていたからだ。

 

 

『駄目だな。この場を離れるべきだ』

 

 

隕石が落ちればこの街はただじゃ済まない。荒れ地へと還るのは間違いない。

 

撤退しようと立ち上がった時、衝撃的な光景が広がった。

 

 

「———創造する」

 

 

黄金色に輝く翼が空に広がった。

 

隕石の真下に広がる幻想的な翼に目を奪われる。それが大樹の背中から伸びていることが分かると慶吾は撤退をやめる。

 

ボロボロで血塗れになった大樹は手を隕石に向けると、

 

 

「消えろ」

 

 

黄金の翼が隕石を包み込み、神々しく輝きを放った。

 

 

『これはッ……!?』

 

 

冥府神が驚きの声を上げるのも無理はない。先程まで空を埋め尽くした隕石が———消滅したのだ。

 

役目を終えた翼は小さくなるが、大樹の本当の力を見てしまった。

 

ゼウスが保持者として選んだ理由が、分かった気がした。

 

 

「———これだ」

 

 

慶吾は両手を広げる。求めていた物がそこにあると喜ぶように。

 

 

「もっとだ……今以上に、これ以上に、神を越えた最強になれ!」

 

 

楢原 大樹の最強を、この手でねじ伏せることに意味がある。

 

最低最悪で最高の絶望を与えて殺すことで、自分の存在意義がある。

 

全てを後悔させて、自分の人生を滅茶苦茶にした奴の人生を、破壊し尽したい!

 

 

「それを壊すことに、意味がある!!!」

 

 

その為になら人を殺そう。

 

殺人鬼に、狂人に、殺戮の快楽を追い求めるクズにでも堕ちよう。

 

冥府の底へでも、堕ちて見せよう!

 

 

———冥府神の保持者の笑い声が響き渡る。

 

 

その声を聞いている者は、ニヤリと笑う冥府神だけだった。

 

 

 

________________________

 

 

 

あの光景に満足した後、慶吾はリュナと原田が戦う場面に遭遇する。

 

原田は遠距離攻撃を多彩に仕掛けるリュナに苦戦している。距離を縮めようと凄まじい速度で迫ろうとするが、回数を重ねる内に速度は落ちていた。

 

 

『不完全か』

 

 

冥府神の呟きに納得する。

 

そもそも元保持者がそれほどの強さを維持できることがおかしいのだ。後方支援(バッグ)に強い者がいることは確実だ。

 

 

「今の内にリュナに接触するべきか?」

 

 

『終わった後で構わん』

 

 

反対するような意見は無いので慶吾は大人しく待つことにする。

 

敵の動きは鈍い。今から動けば二人を瞬殺することは簡単だろう。

 

しばらく様子を見ていると、二人の攻撃がぶつかり、同時に大きく距離を取ることになる。その隙を慶吾は見逃さない。

 

 

ゴオォッ!!!

 

 

全てを置き去りにする疾走。一直線に原田の背後に向かって宙を爆速した。

 

原田に気付かれる前に背後の死角へと立つ。そして黒い(もや)を纏った右足で原田の背中を地面に沈むように蹴り飛ばした。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

一瞬の一撃。意識を簡単に闇へと落とさせた。命を奪えば計画が狂う為、手加減はしている。

 

リュナは特に反応することなく、頭を下げようとする。

 

 

「助力に感謝し———」

 

 

「する必要はねぇよ」

 

 

ガキュンッ!!

 

 

顔を見ることなく胸に一発の弾丸を撃ち込む。

 

突然の攻撃に反応できることなく、そのまま後ろから倒れる。すると黒いオーラがリュナを襲い出して苦しみ出した。

 

冥府神が支配しているのだろう。後は任せて待てばいい。そう、待てばいい。

 

ふと———助けたいという感情が湧き上がった瞬間、銃口を自分の頭に突き付けた。

 

 

ガキュンッ!! ガキュンッ!! ガキュンッ!!

 

 

「クソがぁ……!」

 

 

溢れ出す血と暴れ出す痛み。そんなことは眼中に無く、湧き上がった最低の感情に苛立っていた。

 

コイツは、双葉じゃない。

 

いや、双葉のことはどうでもいいはずだ。

 

為すべきことをする。今、俺が、やらなくちゃいけないこと。

 

 

(———何で俺は……)

 

 

ガキュンッ!!

 

 

「……………こふっ」

 

 

最後の弾を自分に撃ち込んだ瞬間、疑問は既に飛んで行った。血を吐き出して立ち上がる。

 

冥府神の力で傷が癒えると、リュナも立ち上がり傷を治す。

 

 

『何をしている? 貴様の役目は分かっているだろう?』

 

 

「……黙れ」

 

 

首を横に振って全てを忘れる。

 

慶吾は転生して、更なる悪巧みに手を伸ばそうとする。

 

 

———何の為に復讐をしているのかを忘れたまま。

 

 

 



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滅びゆく世界の中で、小さな光は…

ギャグ「ずっと裏でスタんばってます」


冥府神の保持者は更なる力を追い求めて———世界を壊し始めた。

 

 

転生しては世界を壊す。破壊を重ね、殺戮を繰り返し地獄を作り出す。

 

 

そこでは強者も正義も悪も関係無い。邪魔をする奴は命を奪うだけ。

 

 

剣を振るう者に死を。銃を向ける者に死を。逃げ惑う者にも死を。そこに生を宿らせているのなら、命火を刈り尽すのみ。

 

 

選ばれた勇者すら無力。聖剣すら腕力で折る。悪魔もゴミ。魔王は雑魚。

 

 

どれだけ才に恵まれた最強でも、正面からねじ伏せる。そして絶望の中で死ねと銃を向けた。

 

 

どんな世界も、地獄が始まり全てが無に還る。

 

 

どれだけ強者を並べようとも、蹂躙(じゅうりん)される。

 

 

神に祈ろうとも、その声は届かない。

 

 

悪魔に魂を売ろうとも、答えてはくれない。

 

 

そうして世界は一つ。また一つ。そして一つと———冥府神の保持者は、世界を滅ぼして行った。

 

 

________________________

 

 

 

ゴゴゴゴゴゴオォォォォッ!!!

 

 

紅蓮の炎と蒼海の氷。二色の巨大な竜巻が大地を破壊しながら突き進む。

 

一方は業火で全てが灰に、もう一方は時間が止まったかのように氷結する。

 

荒れ狂う二つの竜巻の正体は二頭の巨竜。紅い鱗を持つ竜と蒼い鱗を持つ竜だ。

 

移動するだけで山は簡単に切り崩し、全てを黒灰に、もしくは凍り付ける。災厄の竜だった。

 

 

グシャッ!!

 

 

しかし、青き竜の氷が弾け飛んだ。同時に滝の様に流れ出す赤い血が氷を赤く染め上げる。

 

咆哮の様に痛みに絶叫する竜。それでも血の勢いは止まることはない。

 

 

「落ちろ」

 

 

———冥府神の保持者の猛攻が収まらない限り。

 

下から上へと鱗を削り肉を斬らせながら突き進む。体は竜の返り血で真っ赤に染まっていた。

 

青き竜の頭部に来た瞬間、握り絞めていた銃に更なる力を宿らせる。

 

 

「【死すべき運命の炎(シュテルプリヒ・フランメ)】」

 

 

ガキュンッ!!

 

 

竜の頭部は一気に黒い炎に包まれる。中から溢れ出す血まで黒い炎に引火し、巨体の全体から黒い炎が燃え始めた。

 

それに気付いた赤き竜が炎を巻き上げながら攻撃を仕掛けようとする。だがその前に、身動きが取れなくなる。

 

 

「【残酷な雪崩(グラオザーム・ラヴィーネ)】」

 

 

ガキュンッ!!

 

 

業火はピタリと止まる。まるで時間を止めたかのように。

 

竜の巨体どころか炎すらも凍らせる銃弾。赤き竜は自分の死を理解しないまま命を落とす。

 

青き竜も肉体を全て灰に還し、骨だけとなる。地獄の様な痛みを受けながら死を迎えた。

 

死体となった竜の上に慶吾は立つ。その表情に感情はない。

 

 

「———雑魚が」

 

 

呆れるように呟いた。

 

慶吾の殺した竜は『神龍』と呼ばれる程の最強種を誇っていた。人類が永遠に倒すことのできない竜として存在していた。

 

そんな偉大な竜を雑魚の一言で片づけた。

 

実際、慶吾が竜の様な最強を相手にしているのは今に始まったことではない。

 

しかし、人類最強から最強神とまで呼ばれる存在を殺して来た彼には、この竜は雑魚としか思えなかった。

 

 

『———貴様はまだ、力を追い求めるのか?』

 

 

冥府神の問いに「当然だ」と返す。すると冥府神は続ける。

 

 

『貴様の力は桁違いや次元の違いを遥かに超えている。別世界という言葉すら当てはまらない』

 

 

「……それが?」

 

 

『———どこまで追い求めるつもりだ』

 

 

 

 

 

「———果て」

 

 

 

 

 

たった二文字。しかし端的な答えに冥府神は愕然と言葉を失う。

 

最強や頂点というありきたりな言葉じゃない。明白でハッキリとした目的地。その道は神の道よりも長い。

 

人の見る世界じゃない。神すら、冥府神の見る世界でもない。

 

その先にある世界。いや、その先に続くのならそこが果てとは言えない。

 

行き止まりの壁すら無い。『本物の果て』を慶吾は見ていた。

 

 

「人も神も悪魔も、どんな存在すら辿り着けない場所だ」

 

 

自分で言いながら、慶吾はすぐに「いや違う」と否定する。

 

 

「お前らが見えも考えも感じることもできない……そんな場所だ」

 

 

その目標を喜ぶかのように慶吾の内側に秘めた力が増幅する。その光景に、冥府神は何も言えない。

 

 

気が付けば立場は逆転。

 

 

そんな状況に、冥府神は笑うことをやめた。

 

 

 

________________________

 

 

 

大切な存在を奪われて絶望に落ちた男。

 

それでも奴は深淵の底から這い上がった。オリュンポス十二神の希望である楢原 大樹。

 

転生して世界を潰し回る慶吾にも、飽きを感じる時がある。淡々とアリを潰す作業に意欲を感じる方がおかしい。

 

大樹の居る世界を特定するのは簡単。神の力を強く感じる世界に導かれれば良い。

 

冥府神の力を借りて転生する。姿を隠して探すと、学校の校門の様な場所で、丁度大樹とテロリストが戦っていた。

 

テロリストは水で形成された馬に(またが)り大樹と戦闘を繰り広げる。

 

 

「神の力か?」

 

 

『海神ポセイドンだ。ヘルメスと行動している愚かな神でもある』

 

 

「……ヘルメスにポセイドン、か」

 

 

更に明かされる裏切り者の正体。慶吾には心底どうでもいい情報だった。

 

テロリストたちは銃を乱射。魔法陣の様なモノを大樹に向かって発動しているが、奴には効いてない。

 

以前と違い、蒼い炎の刀で敵を圧倒する大樹。バタバタと倒れるテロリストに慶吾は大樹にも呆れた。

 

 

「殺さないか」

 

 

命を奪わない甘さに反吐(へど)が出る。強くなろうという意志が全く見えなかった。

 

大樹が全員のテロリストを無力化した後、学校の方へと戻って行く。同時に慶吾は姿を現して銃を構える。

 

 

「随分と無様にやられてんなオイ」

 

 

マヌケな面で白目になった髭面の男は実に笑えた。

 

 

『……どうやらテロリストも殺すことを目的に襲撃しているわけではないな』

 

 

「あーあ、どいつもこいつも臆病者ばっかだな。はやく殺せよ」

 

 

温い世界に、嫌気が差す。

 

慶吾は右手に持った長銃を男の眉間に狙いを定める。銃からは冥府神の力が溢れ出していた。

 

 

『もう一度か?』

 

 

久遠(くどう) 飛鳥(あすか)は失敗したが……次は行けるだろ?」」

 

 

『……我には見えんな』

 

 

慶吾は不敵に笑う。ただただ笑う。

 

冥府神には見えない光景が、慶吾には見えていた。

 

殺し損ねたテロリストが大樹の大切な存在の命を奪った瞬間、全てのガタが外れて狂う可能性に賭ける。

 

しかし、上手くはいかないだろう。ならば今回は、お前が強くならなければ危険だと不安を煽るだけで良しとする。

 

 

「次はあいつじゃない。女を殺せ」

 

 

ドゴンツ!!

 

 

引き金を引いて、慶吾は転生する。

 

楽しみは後に。最高から絶望へ蹴り落とす為に。

 

 

________________________

 

 

 

時は進む。

 

海神ポセイドンの保持者と炎神ヘパイストスの保持者が楢原 大樹とぶつかったとの情報がヘルメスから受け取った。予想より早い衝突だった。

 

当然、遠い場所から見ようとする。双子の保持者は大樹に圧倒していたが、最後は大樹の大切な存在がきっかけで逆転。今度は大樹が双子の保持者が圧倒的な力を見せる番だった。

 

そして最後にトドメを刺すことは無い。楢原 大樹はまだ甘い世界で生きていた。

 

 

しかし、面白い事が起きる。

 

 

白衣を着た男———ガルペスの登場だ。

 

冥府神の保持者からヘルメスの保持者へと変わった男だった。

 

ガルペスは大樹の様に甘くない。裏切者に、死を与えた。

 

腕を双子の体に突き刺し、風穴を開ける。同時に保持者の力を奪って行った。

 

 

「また同じことをしているのか……」

 

 

『力を溜めるなら一番の近道なのだろう』

 

 

破壊力の高い攻撃を受けてもガルペスの体は再生する。更に奪った力で大樹を翻弄していた。

 

ガルペスは大樹を殺すことはせず、斬られた腕だけを持ち帰り離脱した。

 

その後を慶吾は追いかける。すると手に持った大樹の腕をカプセル容器に詰めて不気味に笑った。

 

 

「相変わらずお前は気持ち悪い奴だな。俺なら即捨てる。もしくは燃やす」

 

 

「ッ!?」

 

 

声を掛けると驚いた反応を見せる。俺の姿を覚えているのか、冥府神の力を感じたのか、ガルペスは表情を歪める。

 

 

「貴様ッ……!!」

 

 

「おー怖い怖い。力を奪われた奴って全員こんな気持ち悪いのか?」

 

 

「無駄口を叩くな。今ここで……」

 

 

「俺を殺せるってか? お前から奪った冥府神の力。そんな力を持った俺に、お前は本当に勝てるのか?」

 

 

挑発するように笑うとガルペスの表情が更に強張るのを見逃さない。

 

 

「ッ……!!」

 

 

歯を思いっきり噛み、ガルペスは怒りを抑えていた。それが滑稽(こっけい)で……

 

 

「今に見てろ……貴様らは全員俺が殺す」

 

 

「……くはっ……ははッ……ハッハッハッハッ!!」

 

 

———思わず笑ってしまった。

 

久々に声を出して笑った。

 

 

『クックックッ、捨て駒なりの意志だろう……!』

 

 

冥府神も同様に笑っている。

 

あまりにも惨めで、あまりにも愚かで……無様としか言いようがない。

 

 

「裏切られた神に復讐か!?根に持つんだな上野(うえの)君よぉ!?」

 

 

「その名前で俺を呼ぶな」

 

 

挑発にガルペスは乗らない。しかし、見下せばその冷静さは糸が切れるように簡単に失われた。

 

 

「じゃあ下の名前か? 航平(こうへい)君にするか? ザコと書いて航平と読ませようか?」

 

 

ガシャンッ!!

 

 

背後に機械兵器の様な物が降り立つ。自分の想像とは違った形で攻撃を仕掛けて来たが、やることは変わらない。

 

 

「ハッ、ゴミが」

 

 

鼻で笑い飛ばす。

 

右手に黒い長銃を握り絞めて早撃ち。威力を落とさず、狙いを正確に、そしてガルペスの戦意を奪う程の力を見せつける。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

機械兵器の胴体に風穴を開ける。中のコードがいくつも(うごめ)いているが、冥府神の力は再生など許さない。

 

 

ゴオオオオオォォォ!!!

 

 

全てを無に還す黒い渦が機械兵器を飲み込んだ。まるでブラックホールにでも吸い込まれるように。

 

 

「ッ!?」

 

 

ガルペスの目の色が明らかに変わるのを逃さない。

 

抉れた地面や状況から何かを推察しようとしているが、ガルペスは答えを出せていないようだ。

 

 

『コイツをどうする気だ?』

 

 

(捨て駒でも使えることがある)

 

 

冥府神の問いに心の中でそう返す。

 

 

「これが、実力の違いだ。お前がどんな神の力を持とうとも、俺には勝てない」

 

 

「ッ!」

 

 

歯を食い縛りながら憎悪に満ちた目で睨むガルペス。その心意気を、慶吾は買うのだ。

 

楢原 大樹は、まだ弱い。それでも弱い。

 

奴が強くなるには、ガルペスを踏み台するのが早い。

 

 

「楢原 大樹を殺すのは、俺だ」

 

 

言う必要のないことまで喋ってしまう。それはもう自分に言い聞かせる呪詛の様な言葉に変わっていた。

 

ガルペスが更なる力を手に入れて、大樹の前に立ち塞がることを望む。

 

そして、潰えろ。復讐できないまま、静かにと。

 

 

________________________

 

 

 

最強の力を手に入れた。それでも転生しては世界を破壊し続ける。

 

当然邪魔はあった。世界を守る為に天界から降りて来た天使にも出会った。

 

神々しい天使の翼を持つ人の形をした存在。だが慶吾の前では全くの無力。

 

羽根が千切られ、真っ白な体を鮮血で染め上げられる光景を何度も繰り返した。

 

 

「……さすがに気持ち悪いな」

 

 

何十万ものの返り血を浴びている慶吾。人ですらない怪物の返り血も浴びている。慣れた異臭でも、気分が良い物ではない。

 

転生した先で適当に着替えよう。そう思い冥府神の力を借りて転生する。

 

深夜の洋服店に忍び込む。冥府神の力を使い監視カメラから認識されないようにすると、厳重に絞められたドアを幽霊でもあるかのようにすり抜けた。

 

適当な服を乱暴に掴んで神の力を附与(ふよ)させる。ただの服では一回の戦いで消し飛んでしまうからだ。

 

黒のジーパンに黒のコート。着ている服は闇へと消した。

 

 

「……………」

 

 

ふと鏡の前で足を止める。

 

白髪は血で汚れきっている。どんよりと(よど)んだ目が合う。

 

 

『ッ……大樹は悪くない! お願い、私の好きな人を傷つけないで!!』

 

 

———ガラスの破片が手に深々と突き刺さった。

 

大きな音を立てながら砕け散る鏡。頭の中で響く声を必死に掻き消そうとしていた。

 

それでも双葉(アイツ)は消えない。頭の中から、消えようとしてくれない。

 

 

「俺は……俺は……本当は……!」

 

 

今度は何度も頭を割れた鏡に叩きつける。額から血が飛び散っても、慶吾の思考は———ボロボロに崩れる。

 

全てを忘れたはずなのに、何度も蘇るのだ。

 

 

『———よろしくね』

 

 

———双葉の笑顔が、いつまでも離れない。

 

何度も彼女の笑顔が思い出される。脳の奥から湧き上がるように流れ出していた。

 

忘れたはずの記憶も、消したはずの感情も、覚えている感触も。

 

何度も何度も何度も何度も、思い出せと叫ぶように叩き付けられる記憶の拳。

 

頭を振れば出て来る思い出は加速する。目を閉じれば光景は鮮明に。

 

黙っていれば耳に声が響き———そして理解するのだ。

 

楢原大樹の戦い方を見て、生き方を見て、気持ち悪いから吐き気を感じていたのではない。

 

 

周囲を幸せにする奴に、嫉妬していたと気付いてしまった。

 

 

双葉が奴に惹かれた理由を知ってしまった。そして自分の過ちも知る。

 

 

それは取り繕っていた悪意も。

 

 

ドス黒く荒れていた考えも。

 

 

ほんの一瞬……刹那の(ほころ)びを見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「———お前だけが居れば……良かっただけなのに……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし———それを冥府神は許さない。

 

涙を流す愚か者に激痛を与える。脳に杭を打ち付けるように、何度も何度も激痛を与える。

 

冥府神の力で、馬鹿な考え事を消す。黒く、真っ黒に、闇に。

 

どれだけ消そうとしても、二度と見えないようにする。

 

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」

 

 

白く染まっていた髪が黒く戻る。

 

まるで白かったモノが、闇に飲み込まれるかのように。

 

 

『貴様はそのまま堕ち続けろ!! そのまま! 我の下で操られ続ければ……』

 

 

「黙れぇ!!! 俺はぁ……!!」

 

 

抵抗するように銃を右手に出現させる。そして銃口を口の中に突っ込み、

 

 

バンッ!!

 

 

引き金を引こうとするが、黒い煙が噴き出すと同時に右腕が弾け飛ぶ。銃は口に咥えたまま、左手で引き金を引かせようとするが、同じように左手も弾け飛んでしまう。

 

 

「———ッ!!」

 

 

バギッ!!

 

 

両腕を失った直後、銃を噛み砕いて冥府神の力を暴発させる。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

焼けるような喉の痛みと共に薄れゆく意識。

 

それでも慶吾は———『抵抗した』のだ。

 

彼の人生の中、どんな時よりも自我を爆発させた。

 

 

『何故屈しない!? 貴様は【絶対悪】だ! 最底辺の人間だと分かった今、何故抗おうとする!?』

 

 

記憶の復元は冥府神の仕業だった。自分の身も危険だと判断した冥府神は体を乗っ取ろうとしたのだろう。

 

だが、慶吾は折れなかった。

 

喉が潰れて声が出ない。それでもハッキリと言える。断言できることがある。

 

悪に堕ちたからこそ、正義を潰そうとすることに意味がある。

 

 

———正義の勝利が、自分の間違いを肯定するからだ。

 

 

だから慶吾は願う。薄れゆく意識の中で必死に。

 

次に目を開けた時、『自分』は死んでいる。『間違った自分』が世界を滅ぼすのだろう。

 

 

「ごふッ……!!」

 

 

尋常じゃない血を吐き出しながら、もがき苦しむ。

 

 

だが、慶吾は笑う。

 

 

それは———悪魔でも冥府神に侵された笑みでは無い。

 

 

宮川 慶吾の持つたった一つの笑み———ざまぁみろと冥府神を嘲笑ったのだ。

 

 

そして最低なことを願う。

 

 

憎き奴に、自分の過ちの尻拭いを。

 

 

———双葉に救いの手を差し伸べて欲しいことを。

 

 

 

 

 

……………冥府神の力は、容赦無く、慶吾の心を壊し喰い尽した。

 

 

 




 
 
 
 
 
 
ギャグ「……裏で……スタん……ばってます……」


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嗤イ狂う悪魔どモ

シリアス「おめーの席ねぇから」

ギャグ「あ?」

シリアス「お?」


―――悪夢を見ていた気がする。

 

 

……と言っても、何とも言えない夢だった。何故ならどんな夢を見ていたのか覚えてないからだ。ハッと我に返ると、周りが酷く荒れていたのだ。

 

自分の体は無傷。綺麗な服を着ている。この惨状は、自分が誰かをまた殺したのか。ならば()()に付着した血は、誰かの返り血なのだろう。

 

だがその答えは、スッと胸に落ちることはなかった。気持ちが悪いくらい納得ができない。

 

 

『―――気は済んだか? 行くぞ』

 

 

冥府神の言葉が自分の行動を自然と推測させる。

 

モヤモヤとした頭を振り払うように慶吾は頷く。そしてまた転生する準備をする。

 

 

(―――俺は……)

 

 

心の中に穴でも開いたかのような感覚。それに悩ませれば頭の奥が激しく痛んだ。

 

最後は考えることを諦めてしまう。自分には必要のない感情だと踏みにじって。

 

奇妙な夢は、自分の大事な物を奪って行ったような気がした。

 

 

________________________

 

 

 

 

突如原田から助けて欲しいと連絡を受けた。内容を聞けばガルペスが攻撃を仕掛けたとのこと。

 

関与すべきかどうか迷った末、ガルペスは大樹の大切な者たちを殺そうとしていると冥府神から教えて貰った。

 

 

———その役目は、自分でなければいけない。

 

 

絶対的な復讐は、人の持つ大切な物を目の前で壊すと。慶吾はその役目をガルペスに譲ることなどできなかった。

 

 

滑稽(こっけい)だな、ガルペス」

 

 

バキバキバキバキンッ!!

 

 

ガルペスの攻撃を簡単に妨げる。百の銀色の槍は一斉に砕け散った。

 

長銃の速撃乱射。神業の領域に踏み入れた業にガルペスは表情を歪ませる。

 

 

「また貴様か……!」

 

 

怒りの形相へと顔を変えるガルペス。その怒りを増幅させるために、後の為に、慶吾は嘲笑う。

 

 

「ハッ、面白れぇツラしてるな。パーティーでも始まるのか?」

 

 

「ッ!! ……いいのか?ここに貴様がいる理由は、命令されたからだろう?奴のピエロなのだろう?だったら死人が出るのは不味いはずだ」

 

 

しかし、ガルペスはニタリと笑みを見せて来た。なるほどと心の中で納得している。

 

 

『―――勘違いか』

 

 

(奴は俺が冥府神の力に飲み込まれていると思っているのか……馬鹿馬鹿しい)

 

 

『ここで死人が出ることが不味い―――つまり奪おうとする莫大な力が無くなることだ』

 

 

慶吾と冥府神は呆れていた。自分の力はガルペスの何百倍もあるということを、当人は全く気付いていないということ。

 

 

「俺にひれ伏せ。ひれ伏さないなら今すぐ爆撃を開始させ―――」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

うるさい口は、一発の銃弾で黙らせた。

 

空に爆風が広がり、赤い炎が燃え上がり、そのまま黒い残骸へと成り果てる。

 

それはガルペスが操縦していた戦闘機だった。

 

 

「それで、爆撃が何だって?」

 

 

「ッ……!!」

 

 

ガルペスの怒りは爆発した。

 

 

「また貴様は俺の邪魔をするのか!?宮川あああああァァァ!!」

 

 

心の中で、慶吾は嘲笑う。

 

足元にも及ばない雑魚が、絶対的な存在に抗う光景に。

 

 

________________________

 

 

 

「クソッ!!」

 

 

ドンッ!!

 

 

下唇を思いっ切り噛み締めた楢原 大樹。苛立ちをぶつけるように壁を叩いていた。

 

ガルペスとの戦いは大樹たちの登場により阻害された。しかも大樹の大切な者―――神崎・H・アリアの存在も奪われた。

 

たかが大切な者を一人奪われた程度で、こんなにも感情を揺さぶられるのか。慶吾には少し予想外に思えた。

 

 

『クックックッ、哀れだな』

 

 

冥府神が(わら)う。それに釣られる様に―――いや、何故か笑えなかった。

 

その異常に慶吾はハッと我に返る。そのことに誰も気付いていないようだ。

 

慶吾は原田の静止を無視して部屋から出て行く。

 

 

『どうした?』

 

 

冥府神の問いに嘘の答えを吐く。

 

 

「外に……東京エリアの外にうじゃうじゃ集まっていやがる」

 

 

『……ガストレアだったな。アレは良い。元が人間なせいか、負の感情が常に我の体を刺激している』

 

 

喜ぶ冥府神に吐き気を覚えながらも、慶吾は先程の違和感を考えている。

 

しかし、どう考えても憎しみの感情、憎悪しか湧かない。

 

 

「攻めて来るだろうな」

 

 

『恐らくな。そして楢原 大樹は戦争に加担しない。我はそう予想しよう』

 

 

「理由は?」

 

 

『緋緋神とやらの別世界の神への対処法はこの世界には当然無い。そして同時にこの世界とは別に新たな保持者が出現したのを感じ取った。新米保持者だが……強いな』

 

 

「何?」

 

 

『我らの方が圧倒的に強い。だが楢原 大樹以上の存在だ。奴は必ず楢原 大樹の邪魔をするであろう。そしてあのまま戦っても、例え神の力が復活しても負ける可能性が出て来た』

 

 

「待て。神の力が復活ってどういう意味だ?」

 

 

『奴は今、自身の力を封じられている。それも強力だ』

 

 

―――その言葉に、慶吾の言葉が詰まる。

 

 

「……俺が見た限り、奴の制限は武器だけのように見えた」

 

 

『違うな。神の力もほとんど抑えられている。我の目に狂いが無いのは分かるだろう?』

 

 

冥府神は、こんなことでくだらない嘘をつかない。

 

だから―――楢原 大樹の力は着実に上へと向かっていることを物語っていた。

 

 

(神の力をほぼ抑えられた状態のまま、緋緋神と戦ったという事実は揺るがない……!)

 

 

歯の奥からギリッと嫌な音が漏れる。しかし、それは自分が望んだことでもある。

 

ニヤリと口端を吊り上げ、そして見極める為にある案を冥府神に出す。

 

 

「戦争に加担する」

 

 

『理由は?』

 

 

「吐き気がするかもしれないが奴らから信頼を得る。そして戦争を引き伸ばす」

 

 

『伸ばす?』

 

 

「俺の推測が正しいなら奴はどん底からでも這い上がって来る。その間に、こちらはガルペスを焦らせよう」

 

 

『……相変わらず貴様の考えは、狂っている』

 

 

冥府神は呆れているが、楽しそうに笑い声を上げていた。

 

 

________________________

 

 

 

―――戦争開始の合図はモノリスの崩壊だった。

 

 

雪崩の如く進軍するガストレア。食い止める為に人類は必死に攻撃に徹底する。

 

そんな中、モノリスの外の上空千メートル。二人の男が戦闘を繰り広げていた。

 

何度も爆発するように燃え上がる火炎。雨の様に降り注ぐ武器。その正体は二人の保持者。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「ぐぅッ!?」

 

 

痛覚遮断(しゃだん)したガルペスに攻撃のダメージは無い。しかし、銃弾はガルペスの動きを鈍くする役目で十分だった。

 

太股(ふともも)を撃ち抜かれた箇所から血が飛ぶ。白い衣服を赤く染めた。

 

 

「貴様ッ……!」

 

 

「出し惜しみなんて真似はやめとけ。本気で来ないと死ぬぞ」

 

 

「くッ!」

 

 

予定通り、慶吾たちはガルペスを焦らせていた。

 

挑発的な言動でガルペスの攻撃を触発(しょくはつ)させる。動きを鈍くしたにも関わらず、攻撃をしなかった意味をガルペスに分からせたのだ。

 

―――自分は余裕だ、と。

 

 

パンッ!!

 

 

ガルペスの傷口から泡のような物が溢れ出し、体を包み込んだ。すると泡は弾け飛び、同時に無傷のガルペスが姿を現す。

 

表情が硬い事から不利だということは頭で理解しているのだろう。

 

 

「【ソード・トリプル】!!」

 

 

虚空から銀色の剣が生成され投擲(とうてき)される。その速さは慶吾に取ってあまりに遅い。

 

 

ドゴンッ!! ドゴンッ!!

 

ガチガチンッ!!

 

 

冷静に剣の軌道を予測し弾丸を当てる。二本の剣は粉々になり、残り一本をわざと残す。

 

 

「ッ……」

 

 

体を反らして剣を回避する。同時に剣を間近で観察して息を飲んだ。

 

 

(弱い……神の力を使いこなせていないのか?)

 

 

『多くの力を持っても、使いこなせていないならゴミ同然。個々が全て弱いならそれはただの烏合の衆。最強の一つを持つ者の方が圧倒的に強いのは道理だ』

 

 

(コイツに時間はまだまだ必要ということか)

 

 

「【死すべき運命の炎(シュテルプリヒ・フランメ)】」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

腹の底に響くような重い銃声。赤黒い炎でガルペスの体を飲み込んだ。爆発がガルペスの体を灰になるまで燃やし尽くそうとする。

 

しかし、炎の中から感じる神の力に異変に気付く。

 

 

「……なるほどな」

 

 

『貴様が()()()()炎を相殺するならポセイドンの力を使うはず……使わないということは……』

 

 

ガルペスの力は―――あの程度の火力を相殺する力まで至っていない。

 

防御に徹したガルペスに呆れてしまいそうになる。このままでは簡単に大樹に負けるだろう。

 

 

ダンッ!!

 

 

黒煙の中からガルペスが更に上空に向かって飛び出す。その背中からは白い翼が広がっていた。

 

口端を吊り上げて笑うガルペスの顔は、余りにも滑稽(こっけい)だった。

 

 

「【制限解放(アンリミテッド)】!!」

 

 

「ッ……!」

 

 

しかし、不完全ながらも【制限解放(アンリミテッド)】の境地までは至っていた。そのことに少しばかり驚く。

 

ガルペスが右手を挙げると虚空から二輪馬車が現れる。炎と鍛冶の神、ヘパイストスの力だ。

 

 

「【戦車(チャリオット)】!!」

 

 

紅い炎で生み出された二頭の馬は鳴き声を上げながら走り回る。二輪馬車に乗ったガルペスは左手に【アイギス】、右手にはポセイドンの力で生み出した【三又(みまた)(ほこ)】を握り絞めた。

 

 

「【制限解放(アンリミテッド)】!!」

 

 

「何ッ?」

 

 

『ほうッ……』

 

 

ガルペスの言葉に慶吾は眉を寄せ、冥府神は面白そうに声を漏らす。

 

光の粒子がガルペスの体を覆うように集まり、形を作り上げていく。それは英雄の守護神と呼ばれる神―――【アテナ】の力だった。

 

 

「【守護神の鎧(アテナ・アーマー)】!!」

 

 

光の粒子は白銀の鎧と変質し、顕現させた。

 

最強の鎧を装備したガルペスの姿に慶吾は素直に驚いていた。

 

如何なる刃も貫かせない無敵の鎧。

 

如何なる衝撃をも殺す絶対の鎧。

 

ゆえに、如何なる敵から守る完全無欠の鎧。

 

 

 

 

 

―――だが、中の人間は雑魚であることは変わらない。

 

 

 

 

 

『貴様は徹底的に潰す。この戦いに、後悔するがいい』

 

 

アーメットヘルム越しから聞こえるガルペスの声に慶吾の耳に届かない。

 

 

『あの屈辱を、貴様にも与えてやる。降臨せよ、【ガーディアン】』

 

 

ガルペスの背後から続々と現れる未来兵器。個々の力はガルペスの最強を収束させた艦隊なのだろう。

 

 

「チッ、お得意の機械いじりか……」

 

 

その光景に宮川は舌打ちをする。何度も考えさせるなと、呆れていた。

 

 

「……ダメだな、これは」

 

 

 

 

 

―――ゴミはいくら積み上げても、ゴミだということ。

 

 

 

 

 

銃を握り絞めると同時に慶吾の体に闇色のオーラを纏う。禍々しい光景にガルペスの余裕は一瞬で霧散。息を飲んだ。

 

 

『何だ……それは……!?』

 

 

「俺が圧倒的な力を見せればお前は全てに絶望するだろう」

 

 

冥府神の力にガーディアンの動きが何故か止まる。予期せぬ不可解な現象に鎧越しでもガルペスが酷く焦っていることが分かる。

 

 

「お前を殺害する方法は山ほどある。だが、お前の存在がこの世界から消えること……そしてお前の死体が戦争を大きく変えるのならば―――」

 

 

そして―――開かれてはいけない扉が、ほんの少しだけ開く。

 

見てはいけない扉の奥が、ガルペスに本当の絶望を見せた。

 

 

「―――憎しみに満ちた魂は別世界に見逃す。肉体だけ、ここに捨てて行け」

 

 

二つの黒い銃を握り絞めた慶吾の姿は変わる。白い髪は闇の様に黒く染まり―――冥府神を凌駕(りょうが)した。

 

 

 

 

 

 

 

「【拒絶する世界(ヴァイガーン・ヴェルト)】」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

________________________

 

 

 

目の前にはガルペスの死体があった。

 

 

ガルペスを殺したが、完全ではない。心臓を取り除き、そのまま別世界に転生させたのだ。

 

あの男の体は心臓が残っていればいくらでも元通りになるくらい人間をやめた改造を施している。そのことを冥府神の力を通じて知った慶吾は二つの問題を同時に解決する策を立てた。

 

まず二つの問題について。一つ目はガルペスがまだ弱いということ。それは時間を掛けるほかないだろう。この世界に留まり続けるのは不味い。楢原 大樹と直面するには早い。

 

二つ目の問題は大樹側の士気を高めること。ガストレアと緋緋神の力が強大で、負ける見込みが大きい点についてだ。これは大樹の帰還、もしくは人類の粘り具合が重要になる。

 

 

「同時に解決するにはコイツの死体を奴らに見せることだ」

 

 

『なるほど、一番の脅威が無くなることは士気を上げることになるうえ、奴に時間を与えることができて悪くない。だが問題は……』

 

 

そう、問題は『ガルペスの死に大きく懸念(けねん)する』こと。

 

誰も奴の死に納得はしないだろう。しかし、奴の存在が大きいおかげで擦り付けることができる。

 

 

「緋緋神に押し付ける。懸念は解消されなくても抑えることはできる」

 

 

策としては完璧ではないが上出来だと冥府神も頷く。

 

だが、これを良しとしない者が居る。

 

 

「あまり舐めた行動をしないで貰えます?」

 

 

「ッ!?」

 

 

背後から聞こえた声と同時に殺気が襲い掛かる。振り返りながら距離を取ろうと下がるが、

 

 

グシャッ!!

 

 

鋭い剣刃が右肩から左脇腹大きく引き裂いた。

 

 

「がぁ……!?」

 

 

鮮血が噴き出すと同時に感じたことのない激痛に襲われる。あまりの痛みに膝から崩れ落ちてしまった。

 

ゆっくりと見上げるとそこにはガルペスの神―――ヘルメスが立っていた。

 

アダマス製の曲刀『ハルペ』から血が滴り、握り絞めたヘルメスの表情は恐怖と怒気でグチャグチャになっていた。

 

 

「神聖な領域を土足で踏み込むだけでなく……人間如きが神を蹴り飛ばすだと……!」

 

 

姿をよく見ればヘルメスの左腕は(いびつ)に曲がりくね、右の眼球は潰れている。

 

満身創痍の神を見て察する。慶吾の力は保持者の神にすら影響を与えていたのだと。

 

 

「ふざけるな……ふざけるなよッ……このクソがクソがクソクソクソクソ野郎ッ、こんのおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 

ビギッ!!

 

 

『ハルペ』からガラスにヒビが入るような音が響く。直後、慶吾の頭が割れるように激痛が走った。

 

今度は頭を地面に打ち続けていた。痛みで人格が狂いそうになっていたのだ。

 

その光景にヘルメスは狂うように笑い始める。

 

 

「フゥッハッハッハッハハハハハッ! どうだ神の力は!? 闇の力に対して強い武器をわざわざお前に使ってやっているんだ! 光栄に思え!」

 

 

『何のつもりだ……』

 

 

冥府神の問いかけにヘルメスの笑みがスッと消える。

 

 

「お前らの役目は終わりだ。最初は使い潰すと思っていたが、必要のないゴミはとっとと捨てるべきだ。神の私に害を与える物はいらん。ゴミから強烈な異臭がする前にな?」

 

 

『貴様……!』

 

 

「この私に二度も屈辱を……! お前は簡単に死ねると思うなよ!!」

 

 

ビギビギッ!!

 

 

『ハルペ』から更に嫌な音が漏れ始める。そして脳だけじゃなく全身が発狂するように激痛に襲われる。

 

脳がグチャグチャに破壊され、全身の神経は全て狂い、肉体は朽ち果てる。

 

 

グシャッ!!

 

 

「あ?」

 

 

―――はず、だった。

 

 

ヘルメスは、自分の背中を逆さまに見ていた。

 

 

「簡単に死ねる、か」

 

 

慶吾の言葉が耳に届いた瞬間、状況を理解し始める。

 

違う。逆さまなのは自分だ。

 

 

「簡単に死ねたら、ソイツはすぐ楽になるだろうな」

 

 

視界が広がる。ヘルメスの前に膝を着くのは慶吾ではない。

 

冥府神の力を解放して

 

慶吾の前に倒れようとしているのは自分だった。

 

 

「神は、(もろ)いな」

 

 

 

 

 

頭部を失った自分(ヘルメス)が、慶吾の足元に倒れた。

 

 

 

 

 

「そんな馬鹿―――」

 

 

最後にヘルメスが言い残そうとしていたが、慶吾は躊躇(ためら)うことなく頭を踏み潰した。

 

この程度の力で倒されるわけがない。自分が今までどれだけの地獄を見て来たのか、コイツには理解できなかったのだろう。

 

全く要らない死体。銃を取り出しすぐに火葬した。必要なのはガルペスの死体のみだ。

 

ガルペスの遺体を持ち上げると、冥府神が話を切り出してくる。

 

 

『遂に来たな。神にすら影響を与える力まで到達することに』

 

 

「ヘルメスはかなり弱っていたな」

 

 

『当然だ。ここぞとばかりに強く負荷を与えたのでな』

 

 

自慢げに話す冥府神に慶吾は小さく笑う。

 

 

「まだだ……まだ、行けるだろう?」

 

 

最初はただ強さを求める慶吾に嫌な目で見ていた冥府神だが、記憶を無くし、今の状態で高みを目指す慶吾には期待をしていた。

 

 




ギャグ「ギャグ……ギャグはいりませんか?」

「フン、シリアスなら買ってやる」

ギャグ「シリアスは……売ってません」

「じゃあ次回もシリアスだな」

ギャグ「そんなぁ……うッ」バタリッ


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復讐者たちは力を呑み込む

ギャグ「ちょっと通りますよー」


街の中から立ち昇る緋色の火柱は雲を突き抜けた。

 

戦争を終わらせる最後の一手。戦を司る神―――アレスの保持者を見事倒した楢原 大樹は更なる力を手に入れ、強くなって帰って来た。

 

木々の隙間から見える巨大な火柱を目撃した宮川(みやがわ) 慶吾(けいご)は苛立ちをあらわにしながら舌打ちをする。

 

 

「……チッ」

 

 

『全ては見せないか……本気を出す必要がないのは分かるが、惜しいな』

 

 

楢原 大樹は全力を見せていない。敵の強さを未知のまま放置したくなかった。

 

足元には体をボロボロにしたリュナが倒れて気絶している。彼女は大樹の一撃だけで敗北した。

 

 

『無事に楢原 大樹の強化は成功……いや、それ以上か? 貴様の筋書通りだな。あとはガルペスの―――』

 

 

「戦争も無事に終わった。これでもシナリオ通りって言うのかよ」

 

 

『違うのか? ……ああ、なるほど』

 

 

冥府神の疑問はすぐに解消される。この戦争が無事で終わることが問題だった。

 

死人が出てない―――それは楢原 大樹に対して憎悪や復讐心と言った悪感情が湧かないことを意味していた。

 

しかも巨大な壁を乗り越えたようで精神的な問題はより一層難題な物へと変わった。

 

緋緋神との接触も嫌な物だった。危うく冥府神の存在に気付かれる所だった。今度からは注意しなければならない。

 

慶吾は足でリュナの体を揺する。意識が戻る気配は全く見せない。

 

 

『落ちているな。完全に』

 

 

「……もういいか。結構終わっているし、時間の問題か」

 

 

既に計画は最終段階まで近づいている。

 

待ち遠しい。ああ待ち遠しいと憎しみを燃やしながら呟く。

 

 

「あと一人。いや、二人になるのか? ここまで長かったからな」

 

 

脅威となる保持者はガルペス。期待はしていないが、リュナの存在が大きくなる可能性も考慮する。

 

ここまで来る時間は長かった。とてつもなく、長かった。

 

リュナをその場に残して立ち去る。抱えて運ぶ真似なんて論外だった。

 

それにコイツは一応ガルペスの下僕(げぼく)でもある。そんな光景を見られてしまえば計画は台無しになる。

 

 

『だが邪魔な存在がいるだろう? 元保持者である原田 亮良もな』

 

 

「気付いていないうちに、死んでもらう。それがいいか」

 

 

騙されている内に、変な行動をしない内に、奴には死んでもらう。

 

慶吾と冥府神は順調な計画に思わず笑みを浮かべていた。

 

 

 

________________________

 

 

無人の街。真っ赤な血で汚れた建物が並ぶ街の中に一人、慶吾は立ち尽くす。

 

それは怪物が食い散らかした後だった。決して慶吾が殺戮行為をしたわけではない。手遅れだったのだ。

 

十数メートル越える怪物の頭部を銃弾で撃ち抜き絶命させる。最後の獲物を倒した直後、

 

 

『フム……』

 

 

「ッ……何だ今のは」

 

 

脳の奥からビリッと感じた不快な痛みに慶吾は思わず足を止めた。冥府神は謝ることなく続ける。

 

 

『いつの間にか悪魔の書がガルペスの手に渡っていたようだ』

 

 

「悪魔の書?」

 

 

『グリモワール。悪魔召喚方法を記述した本だ。如何にして入手したかは分からないが、奴も本気を出そうとしているようだ』

 

 

うんうんと納得するように頷く冥府神。慶吾は不機嫌な声で説明を求める。

 

 

「結局はどうなる? この痛みは何だ?」

 

 

『我の使役していた悪魔が盗まれただけだ。72も居ると難しいものなのだ』

 

 

部下の裏切りを軽々しく受け止める冥府神に呆れるしかない。頭痛の鬱陶(うっとう)しさのせいで苛立ちが増してしまうが、

 

 

『所詮は契約で縛られる程度の強さしか持たぬ。優秀な我の下僕(げぼく)と比べるなら』

 

 

「ハッ、世界に足を踏み入れることもできない存在が優秀か……閉じ込められている連中の頭は随分とお気楽だな。閉じ込められ過ぎて壊れたか?」

 

 

『くだらん。扉を開けば世界の終焉など簡単。満遍(まんべん)なく死の風を運び、何一つ残らず大地を粉砕してくれよう』

 

 

冗談を言っているように聞こえなかった。神からすれば人間の抵抗は赤子同然、虫以下なのかもしれない。

 

運命に抗うことも許されず、奇跡は無意味と化す。善人面した愚かなヒーローは全て皆殺しにするだろう。

 

絶対巨悪の根源。想像を遥かに超えた根深さに、神々は頭を抱えて絶望するだろう。

 

 

『命ある全てに永久(とこしえ)の眠りを。形ある物全てに無の存在を。我が野望は、大いなる死への誕生を望む者……!』

 

 

脳の奥から溢れ出す闇の力に呑まれそうになる。更なる底へと引き吊り込もうとする冥府神に慶吾は銃を取り出して空に向かって威嚇(いかく)するように発砲する。

 

 

「……黙れ」

 

 

『……少し遊びが過ぎたようだな』

 

 

僅かに顔色を悪くしけ慶吾を見た冥府神は静まる。昂らせた感情を抑えた。

 

弱みを握られたくない慶吾は呼吸をすぐに整えると悪魔との契約について聞く。

 

 

「契約って言うのは普通、破れば死ぬような物だと思っていたが……違うのか?」

 

 

『いや間違っていない。契約とはそういう風にできている』

 

 

「……裏があるのか」

 

 

『契約する中で抜け道や抜け穴を作ることは悪魔が最も重点することだ。当然、契約する人間にそんな穴を作らせるような真似はしないがな』

 

 

「……悪魔、盗まれたって先———」

 

 

『例外はある』

 

 

「……………」

 

 

それ以上踏み込んでほしくないのか声を被せて来た。慶吾は白い目を向けたまま黙る。

 

 

『貴様が受ける痛みに苛立つのも分かる。だからこそ、そのまま()()()

 

 

「は?」

 

 

冥府神の忠告に一瞬思考が止まる。

 

 

ドンッ!!!

 

 

背後から聞こえて来た重々しい音に振り返る。そこには地に伏せた怪物と同じくらい巨大な物体。

 

黒色の装甲に覆われた球体。表面には不気味な模様が白色で描かれている。

 

禍々しさすら感じさせる異様な物体に銃を強く握り絞める。これが味方とは到底思えない。

 

 

「何だコイツは?」

 

 

『噂をすればとやらだ。悪魔の書グリモワール―――【レメゲトン】の本体だ』

 

 

―――どこからどう見ても『書』の感じがゼロだった。

 

本に土下座するレベルでページはめくれそうにない。

 

 

『気をつけろ。貴様は十分強いが、アレは厄介だ。72(ななじゅうふた)(ばしら)の悪魔、全ての契約を記した物だ。言いたいことはもう分かるだろう?』

 

 

その時、レメゲトンに描かれた模様が不気味に光る。紫色に発光した模様は複雑な魔法陣へと変わる。

 

 

「それを先に言えッ!?」

 

 

慶吾は声を荒げながら回避行動を取る。レメゲトンを中心に波紋(はもん)の様に地面から黒紫の槍が突き出して来ていた。

 

地面を埋め尽くすような槍の床を回避したが、槍は建物の壁からも突き出していた。

 

 

ガシュッ!!

 

 

横腹を掠めるように槍先を避ける。右の肘打ちで槍を破壊するが、愚策だった。

 

壊した槍の中から黒い(ほこり)の様な物が舞ったのだ。

 

それは日常的に嗅いでいる硝煙の臭い―――火薬だった。

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!!

 

 

埃の正体を見破ると同時に爆炎が慶吾の体を包み込む。突き出した槍ごと建物と地面を破壊した。

 

レメゲトンは無傷のまま。新たな魔法陣を描き始めていた。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

しかし、魔法陣は破壊されてしまう。装甲の上から描いていた魔法陣は黒煙から飛んで来た銃弾によってグチャグチャになっていたからだ。

 

 

ゴオォッ!!

 

 

銃弾の次に飛んで来たのは黒いオーラを纏った慶吾が迫る。銃口をレメゲトンに向けるが、それを許さない。

 

 

迂闊(うかつ)に突っ込むな!』

 

 

「!?」

 

 

冥府神の警告に慶吾は回避行動を取る。

 

即座に風の銃弾を発砲し、銃口を起点とした場所から一気に真下に下降する。

 

次の瞬間、慶吾が居た場所が真っ赤な炎に包まれた。

 

 

『まだだ!』

 

 

「クソがッ!」

 

 

炎の中から無数の黒い目玉が飛び出す。充血させた気味の悪い目玉はギョロギョロと動きながらこちらへと飛行して来る。

 

 

ギュンッ!!

 

 

目玉は黄色い光線を射出した。光線を回避しようとするが、数が多い。光線が服に掠ると瞬時に燃え上がり始めた。

 

コートを脱ぎ捨てながら銃を両手に握り絞め、高速で動き回る目玉の動きを見切る。

 

 

ドゴンッ! ドゴンッ!

 

 

重い銃声が何度も響く。銃弾は一つも外れることなく目玉を撃ち抜くことに成功する。

 

地面に着地しても安心できる時間は無い。すぐに飛び上がると再び黒い槍が地面から襲い掛かって来る。

 

銃弾で槍を壊して防ぐが、レメゲトンの攻撃は更に増す。

 

 

ゴオオオオオォォォ!!

 

 

レメゲトンの黒い球体の横から蒼い炎が燃え上がり、二本の腕を形作った。

 

グッと握り絞めた二つの拳が慶吾へと襲い掛かる。

 

 

ドゴンッ!! ドゴンッ!!

 

 

灼熱の炎は酸素を一気に食らう。爆発と炎上が慶吾に大きなダメージを与えた。

 

後方に吹き飛ばされながら冥府神の力で回復を急ぐ。真っ黒に焼けた体が元に戻る。

 

一瞬の油断を許さない怒涛(どとう)の攻撃に顔を歪める慶吾。このままじゃ(らち)が明かない。

 

 

バチバチッ!!

 

 

新たな攻撃を仕掛けようとした時、敵が更に新たな攻撃を仕掛けて来た。

 

レメゲトンの魔法陣から青白い電撃が一直線に慶吾の体を感電死しようとする。

 

 

「―――――」

 

 

全身を襲う激痛に慶吾は憎しみの感情を静かに爆発させる。

 

体を纏っていた電撃を冥府神の力で吹き飛ばす。そのまま電撃をレメゲトンに返すように冥府神の力も乗せた。

 

しかし、余波で建物を破壊する程の威力をぶつけたにも関わず、レメゲトンはビクともしない。

 

 

『これほどの力を……そんな……いやまさか!?』

 

 

冥府神の焦りに慶吾も気付く。レメゲトンの中から溢れ出るような力の大きさが異常だと。

 

 

『撤退だ! 今の貴様では手に負えん!』

 

 

「どういうことだ」

 

 

『アレは()()悪魔の契約を集めたレメゲトンじゃない! 他の世界の契約すらも集合させている! つまり強化に強化を重ねた【究極】の存在だ!』

 

 

72柱の悪魔だけじゃない。()()()()()()()()まで契約させた『究極体のレメゲトン』だ。

 

球体から千手観音(せんじゅかんのん)の様に黒い翼を広げるレメゲトン。翼には赤い魔法陣がびっしりと描かれていた。

 

ゾッとするような光景に冥府神は撤退するよう強く言うが、慶吾は違った。

 

 

「これだ」

 

 

『……………は?』

 

 

―――ただ一人、狂喜していた。

 

 

「俺がコイツを手に入れることができれば、俺は更なる強さを得ることができる!!」

 

 

この時を待ちわびていた。アレからずっと待ち焦がれていた。強さの『果て』を目指す為に必要な最後のピースを。

 

数え切れない程の人を、怪物を、化け物を殺し続けた。

 

悪を潰し、正義を潰し、秩序を破壊して行った。

 

無力な神も、無能な悪魔も、どんな大きな存在も消し去った。

 

だが―――宮川 慶吾は『力』を手に入れることができなかった。

 

それは何故か? 理由は分かっていた。

 

 

「器だ! この溢れ出す力は俺の体だけじゃもう収まり切れなくなった!」

 

 

―――力の貯蔵。『無限』を手に入れても、それを内に閉じ込めることができなければ『無限』ではない。今の慶吾は無限の内の一部にしか過ぎない。

 

そして、目の前に居るのは自分に取って好都合な存在でしかない。

 

 

ガガガガガゴンッ!!

 

 

両手の銃を連射してレメゲトンに攻撃を仕掛ける。最初はビクともしない相手だったが、徐々に上がる連射速度に連れてレメゲトンの球体が揺れ始めた。

 

黒い槍が慶吾の攻撃を阻害しようとするが超連射から生まれる銃弾の余波によって破壊されていた。

 

 

「【残酷な雪崩(グラオザーム・ラヴィーネ)】! 【邪悪な暴風(シュトゥルムベーゼ)】! 【死すべき運命の炎(シュテルプリヒ・フランメ)】!」

 

 

絶対零度の猛吹雪。災害暴風の嵐。最後は全てを焦土と化す業火が放たれた。

 

今まで傷を付けなかった黒色の装甲は段々と傷や(へこ)みを増やし、歪な音まで鳴り出していた。

 

レメゲトンがどれだけ抵抗しようとも、反撃を仕掛けようとしても、慶吾の猛攻はそれらを受け付けない。

 

圧倒されていた者が、今度は圧倒をしていたのだ。

 

全ての弾丸を撃ち尽くした後、凄まじい衝撃を耐え続けた銃は遂に壊れて両手から落ちてしまう。

 

 

「―――【暴君の大虐殺(デスポート・メツェライ)】!!」

 

 

それでも、慶吾の猛攻は止まることはなかった。

 

握り絞めた拳からドス黒い闇が轟々と燃え上がった。そして刹那―――慶吾とレメゲトンの距離がゼロになる。

 

右手の一撃から、終わりが始まる。

 

 

ドゴオオオオオォォォンッ!!!

 

 

連打の嵐。先程の余波で起きた衝撃とは比べ物にならない。一つ一つの拳は恒星を砕かんばかりの力で振るわれていた。

 

レメゲトンを覆っていた最硬度の装甲が簡単に剥がれて行く。再生をしようと魔法陣をいくつも出現させるが間に合わない。

 

やがて球体だったレメゲトンは小さく、平べったく、惨めな姿へと変わり果てていた。

 

 

「―――――!!!」

 

 

声にならない雄叫びと共に、最後は両手を握り絞めて叩き落とした。

 

地面には巨大なクレーターが広がり、レメゲトンは破壊された。

 

しかし、破壊されたのは表面上のレメゲトン。内部に隠れた本体は壊していない。

 

息を荒げながら慶吾は黒い残骸に右手を突っ込む。

 

 

バチバチッ!!

 

 

黒い雷が一帯を暴れ回る。慶吾の腕に激痛が走るが、それでも掴んだ。

 

掴んだ手で残骸から引き抜くと、そこには黒く光る剣。刀身は半分先から折れており、ボロボロになっていた。

 

 

「―――クハッ」

 

 

思わず笑みがこぼれる。

 

これを握り絞めた瞬間、自分の中にある全てが変わった。

 

溢れ出している力を剣に注ぎ込むと、奪われてしまうかのような力に直面する。同時にやはりこれだと確信する。

 

どれだけ注ぎ込んでも、どれだけ奪われても、この剣は()()()()()。まるで宇宙空間に物を投げているかのような錯覚にも陥ってしまう。

 

そう———満たすことなど到底できないほど。

 

 

『……骨折り損に終わったな』

 

 

「いいや? 最高の成果だろ」

 

 

その時、剣が黒く輝き始めた。

 

刀身は禍々しいオーラを纏い、地面が大きく揺れて———世界が、怯えていたのだ。

 

 

『馬鹿な……貴様はどこまで我の予想を裏切れば……!』

 

 

空は真っ赤に染まり、自然が枯れる。水は黒く染まり、生き物は死に絶え、世界が破滅へと走り始める。

 

剣はあらゆる物を取り込んでいた。貪り。喰い尽し。殺し繰り返す。

 

 

ゴオオオオオォォォ……!!

 

 

「お前の願望を満たさせてやる……だから力を貸せ!!」

 

 

―――冥府神の力を纏った剣は進化する。世界を闇に葬る為に。

 

 

 

 

 

「俺は、『全て』を殺す!!」

 

 

 

 

 

 

________________________

 

 

 

 

「―――【死すべき運命の炎(シュテルプリヒ・フランメ)】」

 

 

 

気持ちの悪い機械兵器を撃ち落す。すると注目はこちらに集まった。

 

大樹、原田、ガルペス、そしてリュナ。四人の戦闘に乱入する。

 

 

「み、宮川か!? お前……何でここに……?」

 

 

『我の力で辿って来た、なんて馬鹿なことは言うなよ』

 

 

言うか。

 

 

「空間震があったからだ。歩いて様子を見に来たらこの様だったがな」

 

 

冥府神のせいで大樹に対して強く言ってしまうが、気にすることはない。敵なのだから。

 

すると大樹の額に青筋ができた。そして、

 

 

「おい中二病」

 

 

殺害動機としては十分な暴言を口にした。

 

 

「……それは俺に言っているのかゴミ?」

 

 

「いやーごめんごめん! 髪が白くなったり黒くなったりしているから、もしかして発病したのかなぁ~って思ってたんだよ!」

 

 

本当にこの場で殺してやろうかと思った。後ろに計画が無ければ瞬殺している。

 

 

『くッ……うぅッ……!!』

 

 

冥府神が必死に笑いを堪えている。コイツは後で殺す。

 

 

「発病したのはお前の頭の中だろ。ウジでも湧いてんじゃねぇのか」

 

 

「そう怒るなよ? それでさ、今はアレなんだよな? 『うわー!? 白い髪に染めていた俺はずかしいっ!』って時期なんだよな?」

 

 

……落ち着け。言わせるだけ言わせていればいい。弱者の遠吠え程度、気にする必要は———

 

 

「でも言動がアレだよな。『歩いて様子を見に来たらこの様だったがな(キリッ』 あれ、中二病が抜けていない証拠ですよね(笑)」

 

 

「殺す」

 

 

ドゴッ! バキッ! ドゴンッ! ガキュンッ! バンバンッ! カキンッ!

 

 

『喧嘩をしている場合か!?』

 

 

大樹のよく分からない生き物―――ジャコが仲裁に入ろうとするが、この拳は止まらない。本気じゃないだけ有り難く思え。

 

 

『いいぞもっとやれ!』

 

 

この冥府神はもう駄目だ。

 

 

「ウェーイ! 中二病ウェーイ!」

 

 

「絶対に殺すッ!!」

 

 

もうキレた。多少だが冥府神の力を使いぶん殴る。その憎い顔、絶対に歪めると。

 

 

「いい加減にしろ貴様らッ!!」

 

 

その時はガルペスの存在をすっかり忘れてしまっていた。

 

 

________________________

 

 

 

ガルペスとの戦闘はつまらない物だった。全くの成長を見せず、時間が足りていないことを物語っている。

 

……いや、時間の有無の問題ではないのかもしれない。見込み違いだったのだろう。

 

 

『また上げているな奴は……』

 

 

大樹の持つ最強の刀が万の数まで増幅して射出される。超火力をぶっ放す大樹にガルペスは圧倒される現状。

 

格の違いどころか次元の違いまで見せつけられている始末。焦り追い込まれたガルペスは神の力を解放する。

 

 

「【制限解放(アンリミテッド)】!!」

 

 

『愚かな……』

 

 

その行動に冥府神が呆れた声を出す。慶吾も同じ気持ちだった。

 

不完全なまま自分の手を明かす行為は愚策としか言いようがない。自分の持つ手札を公開して、強さの上限まで知られてしまう。

 

対して大樹は本気を出していないおかげで手札の枚数から強さの上限まで知られていない。先程の攻撃はチラリと一枚のカードを見せた程度でしかない。

 

 

『ムッ?』

 

 

大樹とガルペスの戦いに決着が着こうとしたその時、両者の間に一人の人間が出現した。

 

白い仮面に黒いローブを身に纏った者の正体は確認できない。しかし、その黒い者から溢れる力を感じ取り気付くことができた。

 

トンッと大樹の腕とガルペスの腕を掴んだ瞬間、二人は眩い光と共に姿を消した。

 

 

『これは……驚かされたな』

 

 

突如現れた男の正体―――それはガルペス本人。

 

どういうわけなのか、この世界に二人のガルペスが居たことになるのだ。

 

 

『ガルペスだがガルペスではない……面白い、面白いぞ!』

 

 

こんな状況でも楽しんでいる冥府神に慶吾は溜め息を吐きそうになる。ここで呆れると場違いな態度で目立つのでしないが。

 

 

『何者だッ!?』

 

 

「今のは何だ!?」

 

 

ジャコが吠え、リュナと戦闘していた原田が戻って来る。逃げたリュナの後を追って事情を聞くことは容易だが、知りたいことがある。

 

そう―――このガルペスの実力を。

 

 

「同時に攻撃するぞ……!」

 

 

短剣を構えた原田が合図を出そうとする。ジャコと一緒に構えるが、フッとガルペスは目にも止まらぬ速さで距離を詰めて来た。

 

反応できる速度だが原田たちがついていけていない。合わせる必要があった。

 

敵のナイフが自分たちの喉に当てられる。原田とジャコの表情は蒼白だった。

 

 

「……コイツは、最悪じゃないのか?」

 

 

『ああ、後悔するが仕方のないことだ。これなら利用価値は倍以上あった。仲間にできないのが残念だ』

 

 

惜しい事をした。ここまで実力を底上げするなら、他の役目を誘導して押し付けておけば良かった。

 

神々との戦争でも十分―――駒以上の働きを見せていたはずだ。

 

ガルペスは恐怖で怯える原田たちをナイフで斬りつける攻撃などせず、その場から逃げ出す。その意図は読めないが、彼らには恐怖を与えることができた。

 

 

『楽しみだ……楢原 大樹との戦いは世界を揺るがすぞ!』

 

 

そんな中、冥府神だけが楽しそうに笑っていた。

 

大好きなことは破壊と破壊。悪の根源は世界が壊れることを望む。しかし、慶吾はあまり見たいという気になれなかった。

 

もし楢原 大樹がガルペスを倒した瞬間、それは認められてしまうのだ。

 

 

―――『悪』は『正義』に負ける、ということを。

 

 

 





ジャコ『……先程からジロジロ何見ている』

慶吾「黙れ。俺は猫派だ」

ジャコ『!?』

原田「そ、そうか。飼っていた経験でもあるのか?」

慶吾「ない。だが家の庭に住み付いていたから名前を付けていたことがある」

ジャコ『フン、ダサい名前なのだろう』

原田「それお前が言う?」

慶吾「ケンシロウ」

ジャコ・原田「「!?」」


ユアッシャー……



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「――終わらせよう、全てを」

大樹とガルペスがどこに消えたのか―――それはこの世界の過去だった。

 

慶吾が手を出すことのできない場所に飛ばされていたのだ。だからと言って大樹たちの後を追う気にはない。

 

ただ待つだけで良い。必ず奴らは行動を起こすと確信していたから。

 

そして予想通り、ガルペスはソロモン72(ななじゅうふた)(ばしら)を使い大樹に攻撃を仕掛けた。

 

結果も予想通り……というのは(しゃく)だが、大樹の勝利。人質を取ったところで勝率が大きく上がるとは思わない。それどころか大樹の闘志に火を点けたぐらいだ。

 

 

「いよいよソロモン72柱を使って来たか……」

 

 

『クックックッ、強力な悪魔だけは引き抜いていたようだな。だからと言って貴様の力が(おとろ)えるわけでもない』

 

 

大樹たちから遥か遠くから見ていた慶吾が呟くと冥府神も肯定しながら笑う。その距離は肉眼どころか機械を使っても目視できない距離だが、冥府神の力はそれを可能にする。

 

 

『どうする? これからの戦いに介入するか、否か』

 

 

「……これからガルペスがどう出るか……だが、やることは変わらない」

 

 

小さく手を挙げると、背後に白い衣を身に纏った双葉———リュナが姿を見せる。

 

 

「最後の時は近い。どうせガルペスは何も言わないだろう。先回りしていろ」

 

 

「はい」

 

 

無表情で返事をしたリュナに、慶吾は冥府神にも分からないように下唇を噛んだ。

 

 

『……先回りさせておくのか』

 

 

「ああ、俺が殺してやるよ……こんな汚い世界」

 

 

徐々に整う最後の舞台。

 

大団円なんてクソッタレな言葉は、存在しない。

 

あるのはただ一つ。バッドエンドのみ。

 

―――殺戮と絶望の先にあるのは、死体の山だ。

 

 

________________________

 

 

 

―――大樹とガルペスの戦いは地球の外。宇宙での戦闘だった。

 

 

大量『神器』の投入、何百年先の未来科学、人間が生き抜けない環境。

 

そんな場所で戦うことで勝率の上昇を図り、ガルペス自身も強化されていた。

 

複数持つ神の力を使いこなし、『神器』を越える『悪神器』の生成、そして【最終解放(エンド・アンリミテッド)】の極地まで到達していた。

 

最初はガルペスの圧倒かと思われていたが、やはり大樹はそれを覆す。

 

 

「―――【神装(しんそう)光輝(こうき)】!!」

 

 

次は大樹が圧倒的な力でガルペスを叩き潰していた。何年という時間を費やしたガルペスに対して、大樹は数十分という時間で成長する。それがどれだけ恐ろしいことなのか。

 

 

『……これで最後か』

 

 

地球から戦いを見ていた冥府神が呟く。やっとここまで来たと感じていた。

 

慶吾も同じく目を閉じて同じ感想を持っている。どれだけ待ちわびたのか。

 

 

『あとは楢原大樹を殺せ。一度だけで……一瞬で良い。冥府への扉を開ければ貴様は完全たる力を手にすることができる』

 

 

「ああ、分かっている」

 

 

『準備に取り掛かる。ここまで来たなら確実に、外堀から埋めるぞ』

 

 

冥府神と宮川 慶吾の殺戮―――『神殺し』は加速する。

 

終焉へのカウントダウンは、もう間もなく……。

 

 

________________________

 

 

 

最後まで察しが良い男だった。

 

最後に奴は俺と接触しに来た。内容は『どこまで知り、何者なのか』。

 

無難な答えとして『昇天。人から天使になった者』と嘘をつく。

 

すると奴は邪神についても知っていた。都合が良いと本物の情報を与えて俺に対する注意を消そうと思った。

 

 

気が付けば『一人の保持者に、十二神の力を注ぐこと』、と口から出ていた。

 

 

現状から騙せる最高の一言だった。神の真意など知ったことでは無い。

 

ただ奴の決意を揺らがせることは容易だった。簡単に信じた。

 

これで絶望の(ふち)に叩き落とせる。そう思っていた。だが、

 

 

「———ハデスの野郎と、一緒にぶっとばす。クソ神共は一発殴らねぇと気が済まねぇ」

 

 

親指を下に向けて、神共に対して宣戦布告した光景に吐き気がした。

 

何故折れない。

 

何故戦おうとする。

 

利用され、不幸な結末しか迎えない世界でそれでも抗う奴に―――楢原 大樹に苛立つ。

 

それだけ残して奴らはどこかに行く。憎しみに満ちた自分を残して。

 

 

「―――――!!」

 

 

奴に斬られた頬から、自分の唇から血が零れる。それだけ強く噛み締めていた。

 

ここまで我慢して来た。

 

復讐する為に。己の欲望のままに、奴を殺す為に。

 

 

「楢原ッ……大、樹ッ……お前だけはぁ……お前だけはぁ!!!」

 

 

________________________

 

 

 

原点世界に先回りしていたリュナの目的は大樹を疲弊させること。

 

どうせ勝つことはできない。リュナ相手に大樹は本気を出せない。

 

大切な存在をいつまでも忘れることのできない奴は、弱いままだ。

 

永遠に雑魚。その(もろ)(はかな)い理想を抱いたまま、絶望に呑まれ死ね。

 

そんな光景が広がるはずだった。

 

宮川 慶吾の予想はいつも裏切られる。そう、簡単に。

 

ソロモンの悪魔をリュナに取り込ませて確実に、絶対に、大樹を肉体的から精神的、徹底的に弱らせることができる。

 

そう、できる!

 

なのに、なのに、なのになのになのに!!!!

 

慶吾の目に映る光景は、あまりにも残酷な美しさだった。

 

 

 

 

 

―――桜の木の下で、涙を流しながら唇を重ねる二人だった。

 

 

 

 

 

 

 

________________________

 

 

 

 

―――どこから間違えていたのか。

 

 

―――生まれた時から、生きていた時から、不幸で汚れた人生だった。

 

 

―――最初は何を目的として動いていたのか、もう覚えていない。

 

 

―――ただ……ただ……心が燃える様に痛い。

 

 

―――どうして自分じゃない。どうして自分ばかり。

 

 

―――都合の良い時だけ、俺は世界から弾き出される。

 

 

―――都合が悪くなれば、世界は俺を押し付ける。

 

 

―――『復讐だ』と頭の中に響く声に、思わず笑った。

 

 

そうだ、復讐だ。

 

それしかない。

 

それだけを頼りにして生きて来たはずだ。

 

この憎しみは、復讐で消化するしかない。

 

 

________________________

 

 

 

 

「殺す……殺すんだ……!」

 

 

右手に黒銃を顕現させて大樹に向かって歩く。

 

その足取りは不安定で、目は血走っている。

 

体から溢れ出す憎悪。歩くたびに周囲の草木は枯れ、コンクリートや街灯は脆く腐敗する。

 

 

「お前だけは……お前だけはぁ!!!」

 

 

背後から一発の銃弾を浴びせようとした瞬間。

 

全てを奪われた者が、全てを奪った者を殺す瞬間。

 

その瞬間、頭の中が真っ白になる。

 

 

「―――――」

 

 

銃の射線上に、原田が立ち塞がった。

 

自分に対して向けられた微笑みは、全く理解できない。

 

大樹が死体となった原田に向かって叫んでいる。それが右から左へと抜けてしまう。

 

 

「―――――」

 

 

呆然と立ち尽くしてしまう。自分が行動を起こして置いて、何が起きたのか分からない。

 

 

「―――――まさか、知っていたのか……」

 

 

だとしても、どこでそれを知る機会がある? どこで自分の正体を―――!?

 

ありえないことに気付く。それでも、それでも、慶吾は憎悪を膨らませるのだ。

 

 

「……そうだとしても、お前は———」

 

 

震えた唇で、死者を冒涜する。

 

 

「―――愚か者だ」

 

 

そして復讐の為に、大樹に向かって歩き始めた。

 

どう足掻いても、何をしても、無力だ。

 

 

「最後に死ぬんだろ。お前も」

 

 

それを今、お前に教えてやる。

 

―――最後の裏切者として。

 

―――冥府神の保持者として。

 

―――双葉の弟として。

 

―――復讐の時。楢原 大樹を殺す者として。

 

銃口を大樹に向けて、闇の力を纏った銃弾を解き放った。

 

不敵な笑みを見せながら、復讐者としての礼儀を。

 

例えそれが、後悔の海に沈み切った笑みだとしても。

 

 

宮川 慶吾は―――壊れた笑いを見せ続ける。

 

 

『さぁ!! 全ての世界が破滅する瞬間を見届けよう!!』

 

 

―――冥府神と共に、狂うのだ。

 

 

________________________

 

 

 

 

―――ほとんどの人は自身を嘘で固めて生きている。

 

 

真実という名の本物と、虚言という嘘を入り混ぜたのが自分だった。

 

神の保持者として選ばれた時、俺は人生のやり直しができると思っていた。

 

―――しかし、結末は最悪な物だった。

 

身内の裏切り。死んでゆく仲間たちに、何もすることができない自分。

 

無力な自分に、希望なんてない。

 

絶望の中に沈む……それでも、神は言うのだ。

 

 

『世界を救う為に、楢原 大樹を殺すのだと』

 

 

何も言わずそれに従い、大樹を殺した。

 

理由もなく、ただ声に従うだけ。神に洗脳されるように行動していた。

 

神がそこに行けと言えば行く。記憶を捏造されることに抵抗することなく、自分を演じ、嘘を吐く。

 

それが人間だ。それが正義で、悪を討つのだと。

 

しかし、目の前に居る人間は違った。

 

 

楢原 大樹は、己の持つ正義を疑うことなく仲間を助けていた。

 

 

仲間だけじゃない。他人だって、何だって助けるヒーローだった。

 

嘘で身を守る男じゃない。立派な姿に、俺は決めることができた。

 

 

―――俺は、俺のやり方で、大樹を助ける。そして世界を救うと。

 

 

会ったことのない神から声は続く。それは信じるが、行動は俺の信じた道を行く。

 

だからあの日、見てしまった光景に希望を持とう。

 

 

「ふざけろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおォォォ!!!!」

 

 

あの絶叫は今でも耳に残っている。

 

闇に呑まれた世界の中、ただ一人の青年が涙を流して抗う光景。

 

神に記憶を消され忘れていた。どうして今まで思い出せなかったのか後悔していた。

 

それでも、最後は思い出せたんだ。

 

例え手遅れになろうとも、最後まで俺は俺の生き方を貫きたい。

 

 

―――大樹を守り、慶吾(お前)が救われることを祈る。

 

 

だから安心しろ。そう最後に笑うのだ。

 

そして心の中で謝る。最後まで戦えなくて悪い、と。

 

 

「―――少しは兄さんに近づけだろうか」

 

 

憧れの兄に微笑み、

 

 

「どうせなら、七罪に告白しとけば良かった」

 

 

後悔の波に揺さぶられ、

 

 

「悪くない人生だったなぁ……」

 

 

神々しい光の中に、意識は落ちて行った。

 







原点世界終章・黒幕編 完。


次回、最終章開幕。


【最終決戦編 英雄はただ一人…】


神々の戦いに終止符を打つのは、どちらなのか。













―――と、シリアスで絞めたい感じもありますがそろそろ解放したいです。もちろん、ギャグです。

最終章はシリアス全部振り。ギャグが存在していたかどうか怪しいレベルで無い気がします。

なので、発散しましょう番外編。何でもアリの、何でも詰め込んだ、あの伝説的な感じで!!


というわけで『絶対に動揺してはいけない24時! 世界なんてクソくらえ!』


シリアス忘れて書きますよ! 超書きますよ!


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最終番外編 絶対に動揺してはいけない24時!
バスの中で絶対に動揺してはいけない24時!


作者から一言。


―――「カオスワロタ」


「「「ホントクソ」」」

 

 

声を揃えたのは今回の被害者―――三人の男たち。

 

この物語でぶっ飛んだ行動、神すら恐れるような奇行を繰り返す主人公―――楢原(ならはら) 大樹(だいき)

 

サブ主人公的な位置で大体ツッコミ役、まぁまぁ出番がある―――原田(はらだ) 亮良(あきら)

 

この物語の黒幕だと判明したけど、これからはギャグ要員―――宮川(みやがわ) 慶吾(けいご)

 

そんな可哀想な三人―――大樹&原田&慶吾、彼らは感想をそれぞれ述べる。

 

 

「いや何、このタイミングで? 黒幕の話からの俺たちの最後の物語が始まるんだよな? 良い流れなのに何で? 俺の出番が少なかったこと以外に関しては良い流れだと思うけど?」

 

 

「確かに。最近俺の出番も少なかったことに関してはいろいろ文句は言いたいが、流れは普通そうなる」

 

 

「出番出番うるさいぞお前ら……だが流れは同意する。(しゃく)だが」

 

 

「余計な一言が多いんだよ。中二」

 

 

「まぁまぁ、そういうなよ。中二の言うことも間違ってないんだからよ」

 

 

「本編に入る前に死にたいようだなお前ら?」

 

 

ビキビキと額に青筋を浮かべる慶吾。すぐに大樹が首を横に振った。

 

 

「馬鹿お前ッ、本編で死んだ奴の前でそれは……プッ」

 

 

「クッ……それは、悪かった……!」

 

 

「死者を冒涜してんじゃねぇぞお前ら」

 

 

今度は原田がキレそうになる番だった。

 

一触即発な空気に包まれる中、三人に声を掛ける者が居る。

 

 

「はい、(みにく)い争いはそこまでにしましょうか」

 

 

振り返るとそこには執事の様な恰好をした男。金髪のショートカットに見覚えはあった。

 

そう、神デメテルの保持者であるバトラーだ。

 

 

「さて、今回の集まって貰った理由なのですが―――」

 

 

「「待て待て待て待て待て!!」」

 

 

何もかも無視して話をしていた自分たちも結構悪いが、これは無視できない。

 

大樹と原田が必死に説明をバトラーに求めていた。

 

 

「どういうこと!? 黒幕のコイツと一緒に居る時点でいろいろとアウトなのに、お前が出て来たらスリーアウトのチェンジだよ!?」

 

 

「だから世界観壊し過ぎだろ!? もっと大切にしようぜ!? 突然のこの〇ば!でも、この番外編でもよぉ!」

 

 

そんな言葉にバトラーは一言。

 

 

「今までの番外編を振り返って見てください。ほら、もう既にゲームセットでしょ?」

 

 

「「ですよね!!」」

 

 

納得の一言だった。もう終わった後ならどうでもいいか! いやならねぇよ。

 

難しい顔をする大樹と原田を無視してバトラーは話を始める。

 

 

「今回の企画は簡単。三人は『動揺して』はいけません、24時間」

 

 

「パクリかよ。というか年末じゃねぇぞ今? 何? もしかして、この話の投稿日は12月31日だったりする? というか『笑う』よりキツイだろそれ……」

 

 

「笑ってもアウトです。常に『無』を意識してください」

 

 

僧侶(そうりょ)かよ。何? 今から修行でもするの?」

 

 

バトラーはニッコリと笑みを返すだけ。怖いよ。

 

 

「全員が敵だと思ってください。我々仕掛け人はどんどん動揺するよう仕掛けますので」

 

 

「もしかしてお前だけじゃねぇの!? まさかあの双子とか大樹の師匠とかガルペスとか―――」

 

 

「何だそのカオス!? 動揺通り越して心臓止められ命まで狩られそうなんだけど!?」

 

 

原田と大樹がガクブルと震えだす中、慶吾だけは冷静。まるで興味が無いように見えた。

 

 

「くだらん。こんな企画、俺は帰らせて―――」

 

 

「ここで帰ると最悪なことが本編で起きますよ」

 

 

「……………例えば?」

 

 

黙っていた慶吾が小さな声で聞くのだが、恐ろしい答えが返って来た。

 

 

「最後の戦い、途中でウ〇コを漏らします」

 

 

慶吾の表情がゾッとするくらい凍り付いていた。それはあんまりだろ……。

 

これは帰れない。というか帰らないで。最後の戦いで漏らされてもこっちが困るから。どういう反応をすればいいのか分からないから。何て声をかければいいのか混乱するから。

 

俺の顔を一度チラリと見た後、慶吾は帰るのを諦めてくれた。表情は暗いが、気にしないでおこう。俺も触れない。

 

 

「それと動揺するたび、ペナルティが()せられるので注意を」

 

 

「やっぱケツバット?」

 

 

「いえ、ケツロケットです」

 

 

「「「ロケット!?」」」

 

 

不穏な言葉にビックリする三人。どういうことなのかと聞くと、やれやれとバトラーは呆れるように説明した。

 

 

「三人は常人ではありません。ケツバット如きでは罰にはならないでしょ? なのでケツロケットです」

 

 

「ふざけるなよ!? じゃあ神の力を使わないからケツバットにしてくれ! 原田と慶吾も力を抑えるから!」

 

 

「それは困ります。力は存分に発揮してください。ケツロケットを生身だなんて……下半身、無くなりますよ?」

 

 

「どんだけ強いんだよケツロケット!?」

 

 

「もう説明はこれくらいでいいでしょう。さて、観光バスが来ましたよ。ここからは彼女に任せます」

 

 

バトラーは最後にそう告げて帰って行った。どこにかは分からないが。

 

そもそも公園に居るのにバスが入って来れるのか? どこから来るのかキョロキョロと見渡していると、

 

 

シュピンッ!!

 

 

眩い光が一帯を包み込む。目を開けるとそこにはバスが出現していた。

 

そして、そのバスは黒い毛皮で覆われている。まるで―――!?

 

 

「「「猫バス!?」」」

 

 

『猫ではない。鬼だ』

 

 

その聞き覚えのある声に大樹たちは驚愕する。

 

 

「「「ジャコバス!?」」」

 

 

なんと黒犬のバスの正体はジャコだった。お前も刺客なのかよ!

 

 

「大樹様!」

 

 

バスの中からはリィラが手を振っている。バスガイドの衣装を身に纏っていることから敵だと判明した。本当に見方がいなくて悲しい。

 

……待て待て、今の数十秒で三回くらい動揺してしまっている。この調子だと、ケツが死ぬどころか本当に下半身吹き飛ぶのではないか?

 

 

「皆様の案内は私、リィラが。よろしくお願いします」

 

 

『バスの中に入った瞬間、始まる。気を引き締めろ』

 

 

お前の中に入るの超絶嫌なんだけど。めっちゃ抵抗あるんだけど。

 

それでも慶吾はフンッと鼻で笑うとバスへと乗車する。

 

勇気があるなぁ。もうケツロケットが来るかもしれないのに。

 

 

『早くしろ』

 

 

乗車を(しぶ)っているとジャコに睨まれてしまう。原田と一緒に嫌な顔でバスに乗車する。

 

中は普通のバスと同じ。真ん中にある横並びの席に並んで座る。慶吾、原田、大樹、リィラの順だ。

 

客は誰もいないと思っていたが、後方に二人の先客が居るようだ。だが姿が良く見えない。

 

しかし、声は聞こえた。

 

 

「クックックッ、我の選んだ保持者は最高ではないか?」

 

 

「じゃが、お前さんよりこちらが強いようだぞ?」

 

 

―――冥府神とゼウスの声だと、慶吾と大樹は気付いてしまった。

 

 

刹那———尻に強烈な一撃が走る。

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

「「ぐはぁ!!??」」

 

 

「うおぉ!?」

 

 

椅子に座っていた大樹と慶吾が突如吹っ飛んだ。バスから飛び出す程の勢いに原田は驚愕する。つまり―――

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

「いだぁ!!??」

 

 

原田も同じように吹っ飛んだ。

 

三人の尻からは煙が立ち昇っている。それだけ威力があったのだ。

 

苦悶の声を漏らしながら大樹はふかふかの毛皮の床に倒れながら叫ぶ。

 

 

「ぅ……最初から凄いの出してくるなボケぇ!!」

 

 

「ぐぅ……奴め、許さないからな……!」

 

 

「はい、危ないので座ってくださいね。発車しますよ」

 

 

リィラの言葉と同時にバスは動き―――走り出す。うわぁ、結構酔うぞこれ。映画の理想とは全然違う。

 

尻を抑えながら椅子に座ると、原田が小さな声で尋ねる。

 

 

「おい……どうして動揺したんだよお前ら」

 

 

「「……………」」

 

 

小声で尋ねる原田に俺と慶吾は目を合わせる。うん、そうだよな。そんなゲームだもんな。

 

そして———潰し合いも始まる。

 

 

「「ああ、実は―――」」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

―――理由を聞いた原田はもう一度、ケツロケットを味わった。

 

 

________________________

 

 

 

バスはしばらく走っていると、停車した。思わず嫌な顔になる三人。

 

 

「はぁ……不幸だ」

 

 

「それを言うなら俺だって不幸だぞ」

 

 

乗車して来たのは二人の男子学生。一人はツンツン頭の上条(かみじょう) 当麻(とうま)。もう一人は遠山(とおやま) 金治(キンジ)

 

今度は動揺しない。これから何でも登場するに決まっている。というか神というインパクトが強過ぎたから何でも来るだろ。

 

 

「いーや、俺の方が不幸だ。インデックスの世話がどれほど大変なのか……」

 

 

「馬鹿を言え。俺なんて銃を振り回す奴らに追いかけられているんだぞ毎日」

 

 

はいはい、不幸不幸。というか何を言われても動揺しないぞ。どうせロクでもないことしか言わないつもりだろ。

 

この展開から察するに、とんでもない不幸でも言うのか?

 

 

「だけど、一番の不幸って言ったら―――」

 

 

「ああ、一番の不幸は―――」

 

 

上条とキンジは声を揃えて告げる。

 

 

「「―――俺たちのヒロインを取られたことだよな」」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

「やり方が汚ねぇ!!!!」

 

 

床に倒れながら悔しそうに叫ぶ大樹。その光景に原田と慶吾はニヤリと笑っていた。

 

 

「俺の『幻想殺し(イマジンブレイカー)』とかもう全然凄くないよな。大樹の必殺技に似たようなのあるし」

 

 

「俺の超人的な動きも大樹には余裕だし、目立てることがないよ……」

 

 

「「はぁ……不幸だ」」

 

 

溜め息を吐く二人に大樹は黙ってプルプルと震えながら椅子に座る。おのれぇ。

 

 

「上条さんも、超能力があればなぁ」

 

 

「超能力者でも不幸な奴が居たよな」

 

 

「ああ、アイツか」

 

 

今度の話は三人がピンと来ていない。誰か居たのかと。

 

 

「作品内ではオリジナル能力―――」

 

 

「番外編まであって強いのに出番が少ない―――」

 

 

「「―――【永遠反射(エターナルリフレクト)】!」」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

「そ、そんなこと言うなよぉ!!」

 

 

原田が吹っ飛ぶ番だった。やり方がホント酷いよな。

 

俯いて床に倒れている原田。毛皮の床が濡れているような気がした。

 

 

「俺たちより不幸な人間は結構居るんだな」

 

 

「だな。元気出して行くか」

 

 

そう言って元気を出す上条&キンジ。バスが停車すると降りて行った。

 

しかし、代わりに入って来た者が居る。そう、新たな刺客だ。

 

タッタッタッとバスの中に入って来たのは桜色の髪の少女だ。

 

 

「RPGゲームで大事なのはレベルなんかじゃない! 装備! アイテム! つまり金なのよ!」

 

 

―――碧陽(へきよう)学園生徒会長、桜野(さくらの)くりむだった。

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

この登場に慶吾がケツロケット。いやマジかお前。これは耐えろよ。

 

まさか黒幕の話でチョロリと出て来た奴まで来るとは思わなかった。

 

しかも『金』とか夢も希望もない発言に大樹と原田は苦笑いだ。

 

 

「ドラ〇エも、F〇も、装備が駄目ならすぐにHPが減って死ぬの。レベルの暴力が許されるのはポ〇モンだけよ!」

 

 

「あー分かる。テイ〇ズとかテクニックが一番大事だけど武器が弱かったら長期戦になるからなぁ。ポケ〇ンもとりあえずレベル上げればジムも四天王も行けるし」

 

 

会長の有り難い?言葉に大樹はうんうんと頷く。

 

すると桜野はビシッと慶吾に指を差す。おっとまさか!?

 

 

「そう! あなたに足りない装備は眼帯と包帯なのよ!」

 

 

「あぁッ!?」

 

 

「「ブホォwww!!」」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

桜野が取り出した道具に慶吾は怒り、大樹と原田は同時に噴き出すように笑った。そして三人の尻から強烈な一撃も噴き出していた。

 

何度も食らう衝撃に三人の表情はここで激変する。

 

 

「というか尻! 本気で痛いぞ!? ヤバいこれ無理ぃ!」

 

 

「こんな状況で24時間!? 絶対に尻が消えるぞ!」

 

 

「おのれ……冥府神の力が使えれば……!」

 

 

大樹は涙目、原田は蒼白、慶吾は怒気に染まっていた。

 

それでも桜野は行動を続ける。先程取り出した眼帯と包帯を慶吾に付け始めたのだ。

 

今度はグッと堪える。慶吾は無心なのか凄い顔になっている。いや本当に無心なのアレ?

 

しかし、ちびっ子会長の猛攻は止まらない。標的は原田へと移る。

 

 

「そして、あなたに足りない装備は髪よ! ロンゲのカツラをあげるわ!」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

「「「クソォッ!!」」」

 

 

動揺するに決まっているだろ! 原田なんか涙ボロボロじゃねぇか!

 

坊主頭にスッと違和感バリバリ全開のロンゲのカツラを被せられる。この流れだと俺も来るか……!?

 

 

「最後にあなた!」

 

 

「そ、それは!?」

 

 

「金よ!」

 

 

直球だな! しかし動揺までには至らない。セーフだ。

 

 

「これで整形すればバッチリよ!」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

これには原田と慶吾がケツロケット。その後は毛皮の床を叩いて爆笑していた。

 

装備云々(うんぬん)の話どころじゃなかった。装備する人を変える金を渡されてしまった。どんだけブサイクだと俺に言いたいんだ。

 

だが動揺―――落ち込みはしたがセーフ判定。だけどすっごい悲しい。

 

 

「さて! 装備は整ったわね! 今から私の生徒会を集合させて会議をするわよ!」

 

 

まだ来るの? もうお腹一杯なんだけど!

 

すると四人の桜野と同じ学校の制服を着た学生がバスへと乗車する。

 

 

「ハァイ、副会長のルイオスだ。今回だけ特別だぜ」

 

 

「同じく副会長の蛭子(ひるこ) 影胤(かげたね)

 

 

「書記は私、ヒルダよ。(ひざまず)きなさい愚民共」

 

 

「……会計、ガルペス=ソォディアだ」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

三人は同じことを思う―――メンバー選出が卑怯過ぎると思いませんか?と。

 

まさに悪のオンパレード。ここに一つの悪の組織が誕生していた。特に最後アウト。

 

右から桜野、ルイオス、影胤、ヒルダ、ガルペスの順で並ぶ。パない。迫力がパないです先輩。

 

 

「いやぁーまさか僕がお呼ばれするなんてね」

 

 

「同感だ。まさか私がこの場に来ることになろうとは」

 

 

「ほほほほほっ、どうせなら夜に呼んで欲しかったけれど特別に許す」

 

 

三人は足を組んで悪い笑みを見せている。ペルセウスの坊ちゃん、仮面が不気味な男、吸血鬼と来て、トドメはマッドサイエンティスト。悪役バッチリOKです。

 

するとガルペスが静かなことが目立つ。よく観察すると何かを呟いていた。

 

 

「あ…………た…………」

 

 

上手く聞き取れない。こちらは顔を合わせて確認するが原田と慶吾も首を横に振っている。

 

ガルペスの異変に気付いた会長は声を掛ける。

 

 

「はい静かに! ガルペス、発言は大きな声で!」

 

 

バッとガルペスは顔を上げて大きな声で叫んだ。

 

 

「―――あんパン、食べたぁい!!!!」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

―――もう嫌だこれ。

 

キャラ崩壊ってレベルじゃない。人格破綻(はたん)。こういう方向で攻められるとキツい。いろいろと。

 

動揺しまくりで辛い。逆にどうやって動揺しないでいられるんだこの状況。

 

 

「う、うん……そうだね」

 

 

引いてる。会長さん引いてるから。

 

白衣の懐からゴソゴソとパンを取り出す。あんパン持っているのかよガルペス。

 

 

「おい……アレって―――」

 

 

その時、何かに気付いた慶吾は俺たちに小声で教える。

 

 

「―――カレーパンだぞ」

 

 

「「あんパンじゃねぇのかよ!?」」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

大樹と原田の尻に衝撃が走る。ああちくしょう! しょうもないことでケツロケット食らったじゃねぇか!

 

慶吾は満足気な笑みを見せている。こんな小さな事でも本格的な潰し合いが始まっているようだな。

 

仕掛けたい気持ちは山々だが、ここで泥沼になるのは不味い。今回はスルーしよう。

 

 

「今日の議題はこれよ!」

 

 

ババーン!と会長の桜野の手には『生徒にポイ捨てをさせず、ゴミの分別を意識させるには?』と書かれていた。

 

……普通の議題だ。ぶっ飛んだ事でも書いてあるかと思っていたが―――生徒会のメンバーがぶっ飛んでいるから同じか。うん。

 

 

「最近僕のコミュニティもゴミの分別はしっかりとできるように工夫していてね」

 

 

ルイオスの意見に嫌な予感は感じるので警戒は怠らない。

 

 

「ゴミの分別を間違った瞬間、電撃が全身に走るようなギフトがあってね。箱庭では人気だよ」

 

 

「怖いよ!? うちの高校には絶対に付けれないから!」

 

 

まだ序の口と言った所だろう。ケツロケットは誰も炸裂していない。

 

 

「駄目だね。それじゃ分別より死体が増えてしまうよ」

 

 

次は影胤。そこが問題じゃない。というかお前の意見の方が死体を増やしそうだけどな。

 

 

「罰を与えるんじゃない。絶対にさせないようにするんだよ」

 

 

「へぇ? 同じ副会長として聞きたいね」

 

 

「ルイオス君の意見は捨てた後に罰が起きる。ならば逆の意見を提案する」

 

 

あ、ダメな気がする。

 

 

「分別を間違えた者がどうなるか……一人を吊るし上げて全校生徒の前で悲惨な目に遭わせ―――」

 

 

「物騒だよ!? そんな殺戮的な学園じゃないよ!」

 

 

会長は即座にバツを手で作り意見を却下する。ようこそ実力主義……いや、ようこそ天下一武道会へ。

 

 

「どうして物騒なことばっかり提案するの!? もう次の意見!」

 

 

「即座に首チョンパ」

 

 

「次ッ!!!」

 

 

ヒルダの意見も蹴られる。知ってた。

 

最後に残ったのはガルペス。あーあ、制服の上から着ていた白衣にパンくずやらカレーが付いてる。ホント何してるのお前。

 

 

「……とある大学生がこんな話をしていた」

 

 

急にどうしたお前。

 

 

「女の子からパンツをもらうにはどうすればいいか、と」

 

 

いやホントどうしたお前。

 

 

「彼らが出した答えはこうだ―――女の子からもらったものをパンツに加工する」

 

 

「天才かよ」

 

 

「天才じゃないよ!? ただの変態だよ!?」

 

 

キリッと真面目に答えるガルペスにこの俺も真顔になってしまう。会長がツッコミを入れているが、ガルペスは結論を出す。

 

 

「つまり根元から考え方を変える。そう……ゴミを分別するのではなく、ゴミをパンツに変えることだ」

 

 

「意味が全然分からないんだけど!?」

 

 

「会長。まずは話を聞いてからだ。私はゴミを分別させることを生徒に意識させるという点を変える。私が二つのゴミ箱を用意するとする」

 

 

「えっと、うん……」

 

 

「一つはゴミをパンツに変える。もう一つは学校に設置された分別ごみ箱」

 

 

ガルペスの目はキラリと輝いた。

 

 

「これで男子生徒たちは女子生徒のゴミを貰うことでその子のパンツが作れる! 女子のゴミを分別せず捨てるという愚行に出る男など存在しないだろう! むしろ喜々としてポイ捨てされた女子のゴミを拾うはずだ! 何故ならそこに落ちているのはゴミではない、パンツなのだから!」

 

 

「「天才かよ!」」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

叫ぶと同時に大樹と原田のケツに衝撃が走る。しかし、ガルペスのターンは続く!

 

 

「これにより女子学生は無暗にゴミのポイ捨て、分別しないで捨てることはないだろう! 何故なら分別しなければ男たちにパンツを手に入れられるのだから!」

 

 

「「天才かよ!!」」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

再度炸裂。慶吾がゴミでも見るかのような目で俺たちを見ているが、ガルペスの勢いは止まらない。

 

 

「ここで思うことがあるだろう。男子だけ得をしていると……その心配はない。女子生徒は復讐することが可能なのだ。何故なら男のゴミは全て白ブリーフに変わり、掲示板に貼りつけて全校生徒に見せることができる! 好きなシミをつけてな!」

 

 

「ま、まさか!?」

 

 

「フンッ、これで校内のゴミ問題は解決したということだ」

 

 

「「天才かよおおおおおォォォ!!」」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

三度目。凄まじい意見に俺たちの尻は崩壊寸前。

 

周りの生徒会メンバーは―――いや引いてる。ドン引きだった。ヒルダとか慶吾と同じ目をしている。

 

会長も馬鹿馬鹿しくアホアホしている意見に大反対なのだが、否定しにくい。困っている。

 

こんなクソみたいな意見が通るのか。学園終わったなとか考えていると、ガルペスはフッと得意げな笑みを見せながら呟く。

 

 

 

 

 

「―――そんな素敵な装置ができればの話だがな!」

 

 

 

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

―――まだバスの移動中だというのに、三人はこの先の展開に耐えれる気がしなかった。

 




現在のケツロケット回数

楢原 大樹 11回

原田 亮良 13回

宮川 慶吾  8回


原田「大樹より多いとか……大丈夫かこの先」

大樹「目指せ三桁」

慶吾「やめろ」


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学園都市で絶対に動揺してはいけない24時!


作者から一言。


―――「学園都市じゃなくても良くね?」


「―――というわけでお疲れ様でした。学園都市に到着です」

 

 

ニッコリ笑顔のリィラは三人を案内するのだが、ゲッソリ顔の男三人の足取りは重い。

 

たった数十分の移動だけでケツロケットを何度も食らった。しかも威力は抜群と来た。

 

バスから降りるとそこはビルが多く並ぶ発展した街―――学園都市が広がっていた。いやいや何でだよ!?というツッコミは自分の体力と尻を削るだけなので何も考えない。

 

ここにも俺たちの尻を狙う刺客がいるのだろうと考えるとお腹痛い。頭も痛いな。尻はもっと痛いけど。

 

 

「ここでは昼ご飯を賭けたバトルをして貰いますよ。やりましたね!」

 

 

「「「何でだよッ!?」」」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

あぁん!っとこのようにちょっとツッコミを入れただけでケツロケットが来ちゃうから辛い。マジ卍。この企画、冗談抜きで恐ろしい。

 

仲良く三人で受けた激痛に(うめ)いていても、リィラはそれを気にすることなく説明する。

 

 

「バトルと言っても三人で殴り合うわけじゃないです。学園都市に居る超能力者(レベル5)を倒した数で順位を決めることで食事のランクが変わります」

 

 

はえ? それって美琴とか居る感じ? 絶対に倒せないんだけど? 倒す未来どころか結婚する未来しか見えてない。いやこれは俺の願望だった。

 

……いざとなれば原田&慶吾(コイツら)()るか。(コロ)(コロ)ンブス。卵みたいに割ってやるよ。

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

「早く始めたいとうずうずして殺気を出す大樹様には惚れ惚れとしますが、まだ説明の途中ですよ」

 

 

あちゃー、感情的になり過ぎちゃった♪ テヘペロ♪ 尻痛ぇ……。

 

 

「勝負内容は敵から出されるので従ってください。敗北すると点数が入らず、その場で終了です」

 

 

「向うが有利設定か。一人も倒さず負けると絶望的だな……」

 

 

「フンッ、勝てばいいだけの話だ」

 

 

原田と慶吾が説明についてそれぞれ感想を述べる中、大樹は真剣な表情で質問する。

 

 

「第三位辺りからエロい勝負を要求されても文句は言われないですよね?」

 

 

「エロい勝負を要求されると思っている自信満々のお前に文句があるわ」

 

 

「おいおいマイク。冗談だろ? アメリカンジョークくらいベトナムでやってくれ」

 

 

「言ってる意味が分からない上に誰だよマイク。ツッコミ忙しいネタはやめろ」

 

 

原田はうなだれて呆れていた。ワンチャンあるかもよ、ワンチャン。出会った瞬間に瞳と瞳が合う。その瞬間に気付———いや何か違うわ。とりあえずアレだ。良い感じの雰囲気になってそのまま―――!

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

「やっべ、妄想だけで動揺するとか最低だな俺」

 

 

「普通に引くわ」

 

 

________________________

 

 

 

―――こうして始まった昼飯を賭けた戦い。普通にコンビニで買いたいけど無理ですね。

 

当然団体行動などしない。個人で動いた方がポイントを稼げると思ったからだ。裏切りも怖いしな。

 

 

「さぁて、誰が最初の相手だ?」

 

 

街の中を走っていると、一人の男が立っているのを発見する。ちなみに参加者と超能力者(レベル5)以外は周辺に誰もいないとのこと。だから超能力者(レベル5)の一人だろうと確信できる。

 

よし、まずは一人。美琴じゃないのが残念だが、手加減はしないぜ!

 

 

「見つけたぜ! って大樹もか!?」

 

 

同時に横から原田の姿も見えた。チッ、同じタイミングで見つけてしまったか。

 

先に勝負を仕掛けたい所なのだが、原田の方が近い。これは不味―――ん? 原田の足が止まった。あれ?

 

それどころか男を見た瞬間、回れ右をして逃げ出している。あれあれ?

 

 

「正面から堂々と、真剣勝負は実に良いこと。真面目に相手と向き合うことで見えて来る物も多い。だが負けた時、0点になった者は―――」

 

 

男はゆっくりと振り返る。その顔を見た瞬間、俺の足は止まっていた。

 

 

「―――容赦無く、補習ぅ……!」

 

 

文月学園の講師、西村(にしむら) 宗一(そういち)―――またの名を鉄人と呼ぶ。

 

どうやら運営はFクラスという地獄からとんでもない怪物を呼び出したらしい。

 

 

「リアリィ……?」

 

 

「もちろん敵前逃亡は許されない。さぁ楢原、学園都市第七位(一日)との勝負だ!」

 

 

「(一日)って何だよ!? やっぱ超能力者じゃねぇのかよ!」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

「忘れてたぁん!!」

 

 

尻に衝撃を受けながら鉄人と相対する。鬼の補習とか絶対に受けたくねぇ!

 

 

「クソッ、最初に戦う相手じゃないだろ……!」

 

 

「そうワクワクするな。勝負内容を発表するから」

 

 

ワクワク? なるほど、この全身がビクビクと震えて視界がブレて息が全く整わない感覚。そうか、この気持ちが、この昂りこそがワクワクなわけねぇだろが恐怖だコノヤロー。

 

補習だけは無理。肉体的とか精神的とかじゃない。人間という概念から無理だと否定してるから。これで補習だったら舌噛んで退場してやる。

 

 

「勝負内容は楢原に取って嬉しい物かもしれないな」

 

 

「嬉しい?」

 

 

「ああ、『原田か宮川、どちらかの勝負を敗北に導くこと』だ」

 

 

シュピーンっと、俺の目が怪しく光り、口元がニヤリと笑う。

 

 

「つまり二人の勝負に乱入して敗北させて来いと?」

 

 

「もし楢原が勝てば一石二鳥だな。だが失敗すれば楢原の負けだ」

 

 

うっそーそれぇってマジぃ? 超俺向きな内容じゃん。楽しい妨害が始めれるじゃん! ヒャッハー!

 

 

「制限時間は特にない。ゲームが終わればそれまでだが……まぁ気にすることはない。それでは試験、始め!!」

 

 

「よっしゃー!!」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

昂った感情は尻を刺激した。

 

 

「また忘れちゃってたぜ!!」

 

 

―――大樹は喜々と原田が逃げて行った方へと走った。

 

 

________________________

 

 

 

 

「危なッ、大樹は鉄人の背後から近付いたから気付いてないだろうなぁ……ざま」

 

 

原田は走りながらニヤニヤと逃げれたことに笑っていたが、この状況が如何に危ないかも理解した。

 

この学園都市に居る超能力者(レベル5)超能力者(レベル5)じゃないこと。バスの中で起きたカオスさで気付くべきだった。

 

他にも鉄人級のヤバい奴がいるのだろう。戦うにしても選ぶ相手を間違えないように―――

 

 

「「あッ」」

 

 

―――和服を着た美人に遭遇した。

 

彼女は男を(とりこ)にするようなパァっと笑顔を見せて、サァーっと原田の顔は悪魔でも見たかのように青く染まった。

 

『トレーナーとトレーナーの目が合ったら勝負!▼』と〇ケモン的な流れに原田は逃げれない!

 

 

「いざ勝負! 敵前逃亡はもうなしやで!」

 

 

「このゲーム、狂ってやがる!!」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

忘れてた! でも動揺するんだ! この人……この人だけは!

 

 

「学園都市第六位(一日)、司馬(しば) 美織(みおり)。運がええな?」

 

 

「よくねぇよ……! そもそも今日自体が最悪だ……! あと(一日)って何だよ……!」

 

 

「勝負内容は簡単やから。心配せんでもええ」

 

 

微笑む美織に原田は笑顔になれない。バスの中で見て来た光景が頭から離れられないからだ。

 

パチンッと美織が指を鳴らすと街の景色に変化が訪れる。道や建物の中に多くの人が出現したからだ。

 

 

「これは……ホログラムか?」

 

 

「正解。学園都市の科学は凄いんやな」

 

 

彼女はそう言いながらゴソゴソと傍に置いてあったリュックを引きずる。かなり重いようだ。

 

 

「勝負内容は簡単。ウチの武器の試作運用、つまり試し撃ち。制限時間有りのな」

 

 

「え? お前との撃ち合いか?」

 

 

「違う違う、ホラはよ武器持って」

 

 

美織に無理矢理ショットガンを渡されてしまう。待てよ、ホログラムの人間を出したということは?

 

……あまりよろしくない勝負内容を予想してしまう。

 

 

「じゃあ10分間、武器を放ち続けて貰うから頑張ってな!」

 

 

ホログラムの人間に向かって美織が指を差す。予想通りの内容に原田は息を吐く。

 

 

「やっぱりか……まぁ、それくらいなら?」

 

 

だが明白で簡単な行動を要求されただけ。美織の言う通り、武器をぶっ放すだけで良いのだろう。少々気が引けるが、相手はホログラムの人間。人形と変わらないのだ。

 

気軽に、落ち着いてホログラムの人間に向かって銃の引き金を引いた。

 

 

ドゴンッ!

 

 

『がぁはぁ!?』

 

 

引き金を引くと同時にリアルな反応を取り出すホログラムの人間。

 

腹部から血が流れているのに地面を濡らしていないのはホログラムの人間である証拠……証拠なのだが。

 

 

『た、助けてくれぇ!?』

 

『嫌だぁ!! 死にたくない!!』

 

『ああああ! ああああああ!』

 

 

「ストレス半端じゃないんだがぁ!?」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

動揺するに決まっている。これは酷い……残酷過ぎる。

 

騙された。そして()められた。こんな状況下で冷静に武器を放つことなど、動揺するなとか無理な話だ。

 

 

ドゴンッ! ドゴンッ!

 

 

怒号と悲鳴が響き渡る中、無の感情を意識しようとする。これはホログラムの人間。平常心、平常心。

 

 

『お願い……殺さないで……!』

 

 

『ママッ……死んじゃやだぁ!』

 

 

平常心……平常心だ。

 

 

『だ、誰か!? 助け―――!』

 

 

へい……ジョウ……震?

 

 

「……………これ、ホログラムなんだよな」

 

 

「当たり前や。生きている人間じゃないから安全安心」

 

 

『いやああああああァァァ!!!』

 

 

いや―――本気でキツい。

 

俺は何か凄まじい試練を受けているのか? こう……主人公が大きな壁を越える為に甘さを捨てる的な……ホントこれ何?

 

凄まじくストレスが溜まる。というか泣けてくる。俺は一体どうしてこんな酷いことを……!

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

「ただの地獄じゃねぇかぁ!!!!!!!」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

―――10分間、地獄の様な光景とケツの痛みに耐えながら、原田は銃を放ち続けた。

 

ちなみにその後受けた回数は12回。後半は無心で撃ち続け、大切な物を無くした気がした。

 

そんな原田を影から見ていた大樹は二回程、ケツロケットを受けて逃げ出していた。あんな地獄を邪魔することは無理と言い残して。

 

 

________________________

 

 

 

一方慶吾は建物の壁を垂直に走り、一気に奥へと進んでいた。重力を無視した様な走りは街の最奥まで駆け抜けることに成功する。

 

そして同時に発見する。屋上に居る女の姿を。

 

 

「見つけたぞ」

 

 

慶吾は屋上に降り立ち女に話しかける。女の姿は―――小さかった。

 

子どものような容姿。着物風の服に真っ白い髪。そして内側から溢れ出す強者のオーラに慶吾は驚いた顔になる。

 

 

「私の相手はおんしか―――学園都市第二位(一日)、白夜叉(しろやしゃ)

 

 

―――箱庭の超巨大商業コミュニティ【サウザンドアイズ】の幹部だった。

 

 

「……なるほど、お前が殺し合う相手か。それから(一日)って何だ」

 

 

白夜叉が隠している力に慶吾はニヤリと笑みを見せる。すると白夜叉は戦慄していた。

 

 

「アホなのか……おんし、今の流れから殺し合いなんて馬鹿なことをすると思うのか……!?」

 

 

今度は慶吾が戦慄する番だった。

 

 

「……勝負内容はそれにしろ」

 

 

「嫌なのか? 楽しい勝負は?」

 

 

「絶対にやめろ」

 

 

その言葉に白夜叉は満面の笑みを見せた。凶悪な笑みと言っても過言ではないくらいに。

 

 

「馬鹿だなおんしは! 『やるな』と言われたら『やる』のが常識だろうに!!」

 

 

「テメェ!!!」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

感情的になってしまった慶吾にケツロケット。更に笑いながら白夜叉は勝負内容を発表する。

 

 

「せっかくの勝負! だが内容はそこまでふざけてはおらんよ」

 

 

パチンッと白夜叉が指を鳴らすと、屋上の床から円形のテーブルが現れる。

 

その知っている形に慶吾は呟く。

 

 

「ルーレット……?」

 

 

「勝負内容は36分の1をどちらが先に当てるか……どうする?」

 

 

簡単だろ?と言いたげな顔で白夜叉は悪い笑みを見せる。だが慶吾は鼻で笑い飛ばし、番号を告げた。

 

 

「1」

 

 

「ほう?」

 

 

「興が覚めた。運次第の勝負など……くだらん」

 

 

「なら―――球はおんしが投げれば良い」

 

 

その発言は慶吾の眉を動かした。

 

 

「なんだと?」

 

 

慶吾が球を投げる―――つまり狙った場所に球を入れることができるということだ。

 

冗談で言っているわけではない。白夜叉は本気だった。

 

 

「注意点として球を投げた後、球の妨害はルール違反とする。もちろん、私もだ」

 

 

妨害無しのゲーム。慶吾の勝利が決まったようなモノ、目の前のゴミ箱にゴミを入れるくらい簡単なゲームだ。

 

慶吾はしばらく黙り思考してしまう。白夜叉が企んでいることを探ろうとするが―――やめた。

 

 

「球をよこせ」

 

 

「うむ」

 

 

パチンッと白夜叉が指を鳴らす。すると球は目の前に出現して落ちる。

 

ルーレット台の手前に出現した銀色の球を慶吾は手にする。同時にルーレット台を回し、球を転がした。

 

 

「決定的なミスだな」

 

 

「おんしに球を渡したこと、か?」

 

 

「違うな」

 

 

慶吾は口端を吊り上げながら答え―――ルーレット台に銃口を突き付けた。

 

 

「この俺がルーレット台に恩恵(ギフト)を与えていたことに気付いていないと思ったか?」

 

 

「ッ!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

銃弾がルーレット台に当たると黒い煙を立ち昇らせる。台に施された恩恵を消しているのだ。

 

白夜叉が妨害する必要がないのは当然だ。球の位置を操作する細工が台にされているのだから。

 

 

「なるほど、おんしは馬鹿などではない……」

 

 

回転する球が『1』の穴に入ろうとした時、

 

 

「―――立派なギャグ要員だ」

 

 

「は?」

 

 

ガキュンッ!!

 

 

―――球が砕け散った。

 

遠方から狙撃された球に反応ができない。銃弾が球を粉々にした光景に慶吾の目が点になる。

 

銃弾が飛んで来た方向を振り返る。二百メートル先、ビルの屋上に奴が立っていた。

 

 

「草」

 

 

―――長銃を構えた大樹だった。

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

今更あの距離から精密な射撃を見せることに驚くことはない。邪魔されたことに驚いているのだ。あと尻が痛いことも驚かない。

 

勝負に水を差すことに何の意味が―――まさか最初から仕組まれていたのか?

 

そんな時間は無いはずだ。ゲームが始まってから時間が経っていない。

 

 

「おんしの負けだな? この勝負、私の勝ちとする!」

 

 

「ふざけるなよ。お前は番号を宣言してない上にどこの穴にも―――まさか」

 

 

「確かに()()()()()()()()()。どこの穴にも落ちていないということが()()()()()()()()?」

 

 

―――負けた。それだけは理解した。か・な・り、()に落ちないが。

 

だが何故、大樹が協力したのか理解できない。

 

ビルの屋上からこちらへと向かって来る大樹を睨み付ける。それに気付いた大樹は親指を下に向けて答える。

 

 

「大草原不可避」

 

 

「殺すぞ」

 

 

「俺もゲームに参加できるんだよ馬鹿め。何故なら俺のゲーム内容は―――」

 

 

大樹から聞いたのは鉄人との勝負内容。それが自分の勝負を邪魔された理由だった。

 

コイツがすぐに行動して、勝負の邪魔を即座にすることができるなら―――可能だと話がつく。

 

苛立ちを必死に抑えながら大樹の話を聞いていた。話を終えた大樹がニッコリと微笑みながら告げる。

 

 

「はいザマああああァァ!!!」スパアアアアアァァァン!!!

 

 

尻に衝撃を貰いながら馬鹿にしていた。そんな姿が一番馬鹿だと二人は心の底から思った。

 

 

『宮川 慶吾―――脱落 〇成果なし』

 

 

ズキズキと痛む尻を抑えながら大樹は白夜叉に向かってグッジョブ。

 

 

「ナイスだ白夜叉。これでコイツより良い飯が食える。というか今の無様な姿でご飯三杯はいける」

 

 

「覚えていろよ貴様……」

 

 

隣では殺気を溢れ出した修羅が睨んでいるが大樹はアウト・オブ・眼中。全く見ていない。

 

すると白夜叉は首を横に振って笑みを見せる。

 

 

「礼を言うのはこちらだ。手間が省けたからの」

 

 

「……………ん?」

 

 

その時、大樹の額からドッと汗が流れ出した。

 

手間が省けた? まるで俺を最初から探していたかのような―――あ、逃げた方がいいのかな?

 

 

「敵前逃亡は駄目だぞ?」

 

 

「ですよね」

 

 

だが(おく)することはない。白夜叉のゲーム内容は分かったのだからビビることはない。

 

……怖がる必要は無いのに、何故こんなにも嫌な予感がするのか。

 

 

「そうそう―――ゲーム内容は()()()()()()じゃから」

 

 

「パードゥン?」

 

 

ババ抜き? ゲーム内容が変わっているのですが?

 

しかも皆で? まさか慶吾も含めて三人でやるの?

 

……大丈夫。まだ勝てる見込みはある。全然余裕。ババ抜き程度、お前らに負けることはない。

 

その時、両肩に手を置かれた。

 

 

「やぁ大樹君。久しぶりだね。アリア君とは夫婦関係以上に仲良くなっていると推理しているけれど?」

 

 

「こんな形で大樹さんに挑戦できること、僕は嬉しいですよ」

 

 

振り返るとそこには紳士的な服を着た男と薄茶色のローブを着た男の子が居た。

 

一人は大っ嫌いな男。もう一人は大樹の所属するコミュニティのリーダー。

 

 

「学園都市第位四位(一日)、シャーロック・ホームズだ」

 

 

「学園都市第位五位(一日)、ジン・ラッセルです」

 

 

―――運営の連中はトチ狂っているなオイ。

 

二人の顔は笑顔だが、大樹の顔は苦笑い以上にキツイ表情だ。

 

 

「シャーロックは死ね。ジン、とりあえず落ち着けよ」

 

 

「相変わらず酷い人だ。だけど、このゲームが終わる頃には大人しくなると推理しよう」

 

 

「大樹さんに借りを返す(仕返しする)ことができるのなら、もちろん参加しますよ」

 

 

ヤバイ闇が深いコイツら。特にジン、黒いオーラが出てるわ。絶対根に持っているだろ。俺が問題起こしまくったこと。全部十六夜辺りが悪いから見逃してくれ。

 

白夜叉が懐からトランプを取り出す。そして大樹は察するのだ。

 

 

「あー、さすがに負けたわこれ」

 

 

―――『楢原 大樹―――脱落 〇成果 一人』

 

この理不尽な四対一の戦いに大樹の勝利は無に等しかった。

 

歴史的有名な天才名探偵。最強の問題児たちを抱え込む【ノーネーム】のリーダーを務める神童。

 

そんな二人を加え、元魔王と呼ばれた白夜叉と慶吾も相手にしないといけない。

 

大樹は最後に呟く。ただのクソゲーだったと。

 

 

________________________

 

 

 

「嘘だろお前ら……」

 

 

大樹と慶吾が脱落した。そんな話を聞いた原田は驚愕していた。

 

脱落した二人は原田の元に行き報告。原田の後をついて行くことにした。

 

 

「いや、何で来るんだよ……動揺して尻痛むだけだぞ、大人しく待機室に行けよ」

 

 

「俺は第三位が美琴であると信じている」

 

 

「お前だけ無事でいるのは気に食わん」

 

 

「個人的事情過ぎるなお前ら。まぁいいか」

 

 

特に拒否する理由はない原田は歩き出す。その後ろから大樹と慶吾がついて来るのだが、悪い顔をしていた。

 

 

(馬鹿が! テメェも道連れにする為に行くんだよ!)

 

 

(無事で済むと思うなよ……手は出せなくても、口は動くのだから)

 

 

それはもう(みにく)い醜い―――潰し合いが始まろうとしていた。

 

そんな雰囲気(内心はすっごい黒い)中、原田たちはついに出会う。

 

学園都市最強―――本物の第一位に。

 

白い髪に赤い瞳。整った顔立ちに張りのある肌。灰色を基調とした衣服に身を包んだ男。

 

 

一方通行(アクセラレータ)……(一日)の奴らに居場所盗られなかったのか……」

 

 

大樹が余計な事を言っているが、原田は息を飲んで声を掛けようとする。

 

しかし、彼らは忘れている。このイベントが常軌を逸しているということを。

 

そして参加者は、更に逸脱しているということ。

 

 

 

 

 

「―――空前絶後のォ! 超絶怒涛の超能力者ァ!」

 

 

 

 

 

「「「!?!!??!?!???」」」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

尻に痛みを感じながら状況に混乱する三人組。

 

一方通行の変貌に驚きを隠せていない。

 

 

「ロリを愛し、ロリに愛された男ォ!!!」

 

 

「おいやべぇぞアレ!? 冗談抜きでやべぇ! 本気でやべぇから!!」

 

 

大樹が声を荒げながら青ざめている。原田と慶吾も、この光景は非常にキツイ。

 

 

「ロリ、ロリコン、フェミニスト、全ての幼女の生みの親ァ!!」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

「鬼畜犯罪者じゃねぇかよ!? 破壊力半端じゃねぇぞ!?」

 

 

原田たちの尻が猛烈に衝撃を受け続ける。落ち着けるわけがない。

 

一方通行(アクセラレータ)の暴走は、それでも止まらない。

 

 

「例えこの身が朽ち果てようと、ロリを求めて命を燃やし、燃えた炎は一番星となり、見るもの全てを笑顔に変えるゥ!!」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

「笑顔どころかッ……恐怖に染まっているんですけどッ……!?」

 

 

「おい!? 誰か止めろ! 尻がッ……! くッ!」

 

 

大樹の渾身のツッコミでも一方通行(アクセラレータ)は止まることは知らない。慶吾も限界が近いのか焦っている。

 

プルプルと震える三人に、トドメの一撃が繰り出されようとしていた。

 

 

「そォう、この俺はァ!! サンシャィィイン、一方通行(アクセラレータ)……」

 

 

体を大きく反らす一方通行(アクセラレータ)に三人は警戒する。何をして来るのか全く予想できない。

 

一方通行(アクセラレータ)は、狂喜に叫ぶのだ。

 

 

「いィえええええええええェェェェ!!!」

 

 

「「「ブホォwwwww」」」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

結局―――最後は笑ってしまった。

 

噴き出すように笑った三人。耐え切れるわけがない。こんなの……卑怯だッ……!

 

地面をバンバンと叩いて笑いを堪えている。笑いのツボの急所に刺さったようだった。

 

 

「……何で俺がこンなことやってンだよ」

 

 

一方通行(アクセラレータ)から怒りや哀しみと言った感情は伝わってこない。ただただ虚しいという雰囲気だけが漂っていた。

 

 

________________________

 

 

 

腹筋と尻を痛めた三人。気が付けば一方通行(アクセラレータ)は姿を消していた。『なし』という紙切れを残して。アレが勝負なら完全にこっちが敗北だった。原田め、運の良い奴。

 

トボトボとお腹と尻を抑えながら歩く。ここで大樹は原田と一緒に来ることを後悔していた所、ザッと目の前に現れる女の子を見て大樹の目の色は変わる。

 

 

「これが最後の勝負よ!」

 

 

そう、御坂 美琴の登場によって。

 

 

「学園都市第三位の―――!」

 

 

「待ってましたああああああァァァ!!」スパアアアアアァァァン!!!

 

 

テンション爆上げする大樹に周囲は「あー」と言った感じになる。声には呆れの感情が含まれている。

創造生成(ゴッド・クリエイト)】によって『美♡琴』と書かれたうちわを手に持ち、『美琴命』と背中に大きく書かれた法被(はっぴ)を羽織っている。ハチマキも巻いて、アイドルを応援する者と化していた。

 

しかも一瞬だったからなお気持ち悪い。無駄の無い無駄な動きとはこのこと。

 

 

「……は、恥ずかしいからやめてくれるかしら?」

 

 

電撃をバチバチと辺りに振り撒きながら大樹を睨み付ける。頬がほんのり赤いが大樹は真顔で答える。

 

 

「俺に取って美琴を応援することは世界を救うことより大事だ」

 

 

「おいやめろ主人公。言って良い事と言っちゃいけないことがあるだろ」

 

 

「ぶっちゃけ世界救うより嫁と結婚する日はいつにするかの方が気にしていたり―――」

 

 

「もう黙れ。ホント黙れ」

 

 

「というかエッチは―――!!」

 

 

バチンッ!!

 

ドゴッ!!

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

顔を真っ赤にした美琴にビンタされて後方に吹っ飛んだ後、原田の追撃パンチを貰い、そのままケツロケット。3combo!

 

 

ビシッ!!

 

 

「K.O.」

 

 

「おふぅ! おふぅ…! おふぅ……! ぉふぅ…………」(エコー)

 

 

地面に倒れた俺に慶吾がトドメの一撃。両足で踏みつけて地面にめり込ませる。

 

残念ながら死んでいない。少しだけ静かになるだけだ。

 

 

「気を取り直して勝負よ。内容は私の言葉に動揺しないこと。五回あるうち、一回でも動揺しなかったら勝ちよ!」

 

 

「嫌なの来たなぁ……バスの中を思い出すとエグいからな」

 

 

うんうんと頷く慶吾。それでも美琴は容赦無く始める。

 

 

「行くわよ!」

 

 

「動揺しなければいい……そうだ、何を言われても無言を貫き通して―――」

 

 

「大樹と原田ってホモカップルよね」

 

 

「「―――んなわけあるかぁ!!!」」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

最初から失敗する原田。大樹も追加でケツロケットを受けていた。後ろではプルプルと慶吾が必死に笑いを堪えている。

 

 

「ヤバいな!? 最初から飛ばして来たな!?」

 

 

「まだ最初よ? 一番弱いと思うけど……」

 

 

「十分強いけど!? 序盤の雑魚戦からデス〇ークかセ〇ィロスぶつけられた気分だったわ!」

 

 

どれだけ文句を言っても勝負は続く。美琴が言う前に原田は精神統一して心を落ち着かせる。

 

 

「次よ。原田はロリコンである」

 

 

「だろうな」

 

 

「……………」

 

 

大樹が肯定しても原田は目を閉じたまま口元を緩ませた。二回目で動揺しないことに大樹と慶吾は面白くなさそうな顔をする。

 

だがこの程度で終わる程、勝負は甘くなかった。

 

美琴は悲しそうに目を細め、小さな声で呟く。

 

 

「そう、違うのね……じゃあ七罪とは遊びだったのね。酷い、最低よ……」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

―――これは辛い。

 

原田はそのまま両膝を地に着いて首を横に振った。一生懸命、否定していた。

 

大樹と慶吾は空を仰ぐ。笑ったらケツロケットだ。笑っちゃ駄目だと必死に耐えている。

 

 

「次よ、大樹より女癖の悪い人」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

「頼む、やめてくれ」

 

 

「「くぅ……!」」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

三回目に入る前にケツロケットを食らう原田。真顔でやめろという原田に大樹と慶吾も笑ってしまう。卑怯だ、今のは卑怯。俺たちはお前の不幸を見ると笑ってしまうのだから。

 

これは無理だ。勝てる気がしない。こっちも飛び火している始末だ。

 

 

「原作なら七罪は士道と結ば―――」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

「美琴。その発言は原田のダメージは大きいけど、俺の方はもう致命傷レベルだから」

 

 

原田と同時にケツロケットを受ける大樹。慶吾は顔を手に当てて必死に笑いを堪えているからムカつく。

 

これで四回も失敗しているわけだが……ラストの結果は目に見えている。一番えぐのが来る。

 

終わったな。原田の敗北しかありえない。

 

 

「さ、最後は……その……」

 

 

だがしかし、歯切れの悪い様子を見せる美琴に大樹たちは眉をひそめる。

 

何かを躊躇するような、何かを言いたくないような、そんな様子だ。

 

もう後が無い原田は真剣な表情で待ち構えている。慶吾も後ろから唇を噛んで見守っている。

 

沈黙が続く中、遂に美琴は最後の言葉を告げる。

 

 

 

 

 

「―――動揺してみて、今()()()()?」

 

 

 

 

 

「「「……………」」」

 

 

……………。

 

 

大樹「……………」(ゆっくりと顔を上げる)

 

 

原田「……………」(靴ヒモを結び直し始める)

 

 

慶吾「……………」(振り返り誰かいないかを確認)

 

 

美琴「……………」

 

 

……………。(何と表現すればいいのか分からない)

 

 

大樹「……………」(慶吾の脇腹を小突く。どうにかしろよと)

 

 

慶吾「……………」(大樹の足を踏む。お前がどうにかしろと)

 

 

原田「……………」(誰でもいいから助けてくれ的な顔をしている)

 

 

美琴「……………ぐすっ」(泣きそう)

 

 

その瞬間、大樹は原田の胸ぐらを掴んだ。

 

 

「動揺しろ。チ〇コ斬るぞテメェ」

 

 

「いや理不尽過ぎるよなぁ!?」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

「―――ってしまったぁ!!??」

 

 

「「いえーい!」」

 

 

結局原田のケツロケットが炸裂(さくれつ)した。大樹と美琴はハイタッチして喜んでいた。

 

 

『原田 亮良―――脱落 〇成果 一人』

 

 

―――こうして無事?ゲームは終了した。

 

しかし、彼らの地獄(企画)はまだまだ続く。

 

このゲームも、生温いお遊びに過ぎないのだから。

 

 

「はぁ……もうおうちに帰りたい」

 

 

最後に原田は泣きそうな声で呟いた。激しく同意。

 




現在のケツロケット回数

楢原 大樹 28回

原田 亮良 39回

宮川 慶吾 16回


大樹「おいおいおい」

慶吾「死ぬなアイツ」

原田「司馬のゲームが一番悪質だったわ……はぁ」


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武偵任務で絶対に動揺してはいけない24時!

作者から一言。


―――「面白くなくても流行りを取り入れて抵抗する―――ネタで」


―――昼食。

 

再びジャコバスに乗った三人は膝の上に置かれた弁当を睨んでいた。まるで親の仇でも見るかのように。

 

まず慶吾の弁当。白飯の上に魚の頭が乗せられているだけの超手抜き最低弁当。こんな料理、料理人が見たらゾッとするだろう。というか頭だけというのが最悪である。

 

次に原田。最後まで残った者だというのに彼が渡されたのはセブ〇イレブンに売っているおにぎり三個。シャケ、ツナマヨ、ひじき。慶吾より何倍もマシだが、貧弱過ぎる。

 

そして大樹。彼はハート柄の布に包まれた弁当を渡されていた。紙切れが挟んであるが、内容は不味かった。

 

 

『一人一品、作りました♡ あなたの愛人より』

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

衝撃どころか恐怖すら感じる一文に大樹はケツロケット。突然の事に慶吾と原田は驚いていた。

 

 

「は? 一番まともそうな弁当を貰っておいてどうしたお前」

 

 

「ど、どどどどどうもしてねぇよ!」

 

 

「あからさまだなおい」

 

 

大樹の手はガクガクと震え顔は青ざめている。何かあるとしか思えないだろう。

 

 

「ただ……アレだアレ! この状況を(嫁たちに)見られたら殺されるんだよ!」

 

 

「いやどんな弁当だそれ!? でも確かにヤバいな!?」スパアアアアアァァァン!!!

 

 

まるで弁当に強盗された宝石でも詰められているかのような発言に原田はケツロケット。大樹は汗を流しながら弁当を開けようとしていた。

 

カパッと開くと―――何十品にも及ぶ数の料理が敷き詰められていた。

 

 

「うおっ、豪華だなお前……何で俺とこんなにも差が―――」

 

 

「う、う、うわああああああああ!!??」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

「だから何でだよ!?」スパアアアアアァァァン!!!

 

 

絶叫する大樹に原田も動揺してしまう。先程から巻き込まれ過ぎている。

 

 

「(嫁に)殺される! 絶対に(嫁に)殺される!」スパアアアアアァァァン!!!

 

 

「だから何でか理由を―――」

 

 

「おかずがいっぱいあるからに決まっているだろ!!」スパアアアアアァァァン!!!

 

 

「分かるか!」

 

 

何度もケツロケットを受けているにも関わらず一向に冷静にならない大樹。その隣では魚の頭を食べる慶吾は無の感情だというのに。

 

 

「ちくしょう! 色とりどりのおかずだな!? 辛い物から甘い物、揚げ物から煮込みまで全部あるじゃねぇか!?」スパアアアアアァァァン!!!

 

 

「自慢にしか聞こえない発言なのに、何でコイツはケツロケット受けてんだろ……」

 

 

―――終始大樹はビビりながら昼飯を食べていた。あと半分美味しくて、半分ヤバかったと大樹は感想を残している。

 

 

________________________

 

 

 

「―――というわけで武偵高に到着です」

 

 

昼飯を食べた後、ジャコバスは東京武偵高校に辿り着いた。リィラの案内で学校の中へと入って行く。

 

階段を上がり、一つの教室に通されようとした時、リィラは笑顔で告げるのだ。

 

 

「ここではおやつを賭けたバトルをして貰いますよ。セカンドステージですよ!」

 

 

「いらない。全力でいらない。指でもしゃぶっているので帰らせてください」

 

 

「それはそれで引くわ」

 

 

全力拒否の意志。全力否定で首を横に振った大樹。原田もツッコミを入れているが、同じように首を横に振っている。もちろん慶吾も。

 

 

「ルールは今回も簡単です。まずは4人で1チームを作ります。大樹様は右の列の一番後ろ、真ん中が原田様、左が宮川様」

 

 

「やっぱスルーするよな。知ってた」

 

 

「三人は座ったまま動いてはいけません。仲間に指示を出すだけ許されます」

 

 

「……指示って?」

 

 

大樹が聞くとリィラは周りを見渡しながら説明する。

 

 

「ここは武偵の学び舎。様々な学科があり、様々な専門分野があります。そう、任務の内容はもう見えていますね?」

 

 

「いや、これぽっちも見えないんだが……」

 

 

「―――つまり教師の暗殺です」

 

 

「永遠に盲目だわ俺たち」

 

 

何がどうなって殺人沙汰になるんだ。おかしいだろ。

 

 

「とにかく大樹様たちは教師を暗殺してください。……まぁ無理だと思いますが」

 

 

「おい。運営側が無理とか言うと教師がやべぇ奴だと予想できたからな? もう何来てもおかしくないからやべぇ奴呼んでいるよな?」

 

 

「―――では、ご武運を」

 

 

この切り替えの良さである。俺たちは嫌な顔で教室へと入って行った。

 

そして後悔するのだ。教師を見る前に、チームのメンバーを。

 

 

・大樹極悪チーム

(つかさ) (はじめ)

伊熊(いくま) 将監(しょうげん)

時崎(ときさき) 狂三(くるみ)

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

「マジかぁ」

 

 

不良の格好をした学ラン姿の眼鏡と大男。その後ろにはスケバンに眼帯の格好をしたヤバい子。うーん、修羅み深い。

 

 

「アイツ、ハズレを引いたな」

 

 

ケラケラと笑う原田。しかし、その表情はすぐに凍り付く。

 

 

・原田問題児チーム

逆廻(さかまき) 十六夜(いざよい)

久遠(くどう) 飛鳥(あすか)

春日部(かすかべ) 耀(よう)

 

 

「「「ウェルカム」」」

 

 

「もっとハズレ引いたぁあああああ!!!」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

絶望の声が響き渡った。明らかに大樹より危険なメンバーだったからだ。

 

 

「馬鹿が」

 

 

そんな二人を嘲笑う慶吾。この流れなら一番マシなのは自分だと確信するが―――当然裏切られる。

 

 

・慶吾動物チーム

〇インデックスのペット『スフィンクス』

〇レキの武偵犬『ハイマキ』

吉井(よしい) 明久(あきひさ)

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

「……………使えねぇ」

 

 

「ちょっと待って!? 僕のことはスルー!? スルーでいいの!? というか動物と同一視されていることに怒りを通り越して泣きそうなんだけど!?」

 

 

結局、三チームとも最悪な構成に変わった。

 

しかし、こんな状況下でも順応力の高い男は波に―――ノリに乗るのだ。

 

 

「クチャ、クチャ、クチャ、クチャ……」

 

 

学ランに着替えて服装を乱し、グラサン掛けたオールバックの男。背中には『嫁命』と書かれた文字が()われ、ガムを噛んでいる大樹の姿である。

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

そんな適応した姿に変わり果てた大樹を見た原田と慶吾はケツロケット。動揺を隠し切れていない。

 

 

「なんや坊主? ぶっ殺すぞ」

 

 

「お前のそういう所、こういう時は羨ましいな」

 

 

その時、学校のチャイムが鳴り響く。授業開始の合図だった。

 

 

「―――同時に君たちの絶望の合図になると推理しよう」

 

 

そう―――シャーロック・ホームズ、二度目の登場である。

 

 

スッ……

 

 

この時、机の上に足を置いていた大樹はすぐに姿勢を正してガムを飲み込んだ。グラサンに関しては消えている。

 

 

「無理だわ。アイツを暗殺するとか絶対にできない。まだ惑星を全力で砕く方が希望を持てる」

 

 

「人間やめてる発言やめろ」

 

 

「……………」

 

 

大樹だけではない。原田と慶吾も諦め顔だった。

 

この圧倒的最低最悪絶望のメンバーで、最強の名探偵を暗殺することができるのか。

 

 

「次回、原田死す。デュエルスタンバイ!」

 

 

「死ぬかぁ!」スパアアアアアァァァン!!!

 

 

________________________

 

 

 

シャーロック・ホームズの授業時間は僅か30分。内容はメソポタミア文明の発展という一部にしか食い付かない内容だった。正直、つまらない。

 

 

「―――とにかく行動だ。狂三、何発かシャーロックの頭に撃て」

 

 

「暗殺も何も直球ですわね。ですが嫌いじゃないですわッ」

 

 

ドゴンッ!! ドゴンッ!!

 

 

突然の発砲に驚く一同。武偵よりも殺伐している。

 

しかしさすが名探偵。黒板の方を向いたまま銃弾を避け続けて見せた。

 

 

「正面から堂々とは! 芸の無いリーダーには罰が必要のようだ」

 

 

「え?」

 

 

シャーロックが教卓の机に手を伸ばし何かを押した瞬間、大樹の体に異変が起きる。

 

 

ジジッ……バチバチバチバチッ!!!

 

 

「あばばばばばばばばッ!?!?」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

なんということでしょう。大樹の体に電気が走っているではありませんか。

 

そんな光景を見た原田たちは当然動揺。電撃を受けている大樹もケツロケットを受けている。

 

この光景に原田と慶吾は理解してしまった。失敗はケツロケット並みの罰を受けるということ。

 

 

「へ、下手な動きは禁物かよ……」

 

 

「……………(終わったな)」

 

 

原田は指示を出さず、慶吾に関しては諦めた。

 

―――その選択すら愚かだということに気付かずに。

 

 

「よし、作戦名!」

 

 

「『こんな狭い空間なのだから』!」

 

 

「『適当に攻撃すればいずれ当たる』」

 

 

勢い良く十六夜たちは立ち上がり机の上に置いてあった鉛筆や消しゴムを凄まじい速度で投げ始めた。

 

 

「も、問題児ぃ!!??」

 

 

原田は前提を間違えていた。そもそも指示を出した所で言う事を聞くかどうか分からない人たちが仲間だということに。

 

『指示を出さない=行動しない』ではない。『指示を出さない=自由に行け=じゃあガンガン行こうぜ』なのだ。

 

問題児の攻撃をシャーロックは華麗に避ける避ける。黒板は丈夫なのか傷一つ付かない。

 

 

「これもまた正面からとは……罰ゲームだよ」

 

 

シャーロックがポチッとボタンを押す瞬間を捉えた原田は全身に力を入れて耐えようとする。

 

しかし、原田の座った椅子は電気椅子ではない。

 

 

シュゴオオオオォォォ!!

 

 

「は?」

 

 

原田の座った椅子から煙が噴き出す。そして椅子は浮き始め、

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!

 

 

そのまま天井に向かって飛んだ。

 

 

「え!? 首の骨、逝ったんじゃねアレ!?」

 

 

「ッ……!」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

原田の頭が天井にぶっ刺さる瞬間を目撃した大樹と慶吾はケツロケット。逆に原田は何も対応できずに天井に刺さった。

 

 

「おいおい、椅子に推進力エンジンでも積んでいたのか」

 

 

「さすが私たちのリーダーね。体を張るわ」

 

 

「リーダー万歳」

 

 

問題児たちがしみじみと感想を言っている中、慶吾の額から汗が落ちる。

 

―――次は自分の番なのでは?と。

 

バッと前を向いて確認する。そこには椅子の上に行儀良く座った犬、原田の死を青ざめた顔で見届けている馬鹿。

 

 

「ニャー」

 

 

ビリビリッ……ビリリリリッ……

 

 

―――教卓の上でシャーロックの本をビリビリに引き裂いているスフィンクス。

 

シンッと静まり返る教室。そして聞こえる主人公の声。

 

 

「グッバイ中二」

 

 

「このッ!!」スパアアアアアァァァン!!!

 

 

その時、慶吾の頭上の天井がパカッと開く。天井から落ちて来る物体に全員の目が見開いた。

 

それは不幸なことに何十枚のカードだった。

 

トランプでも遊〇王のカードではない。模様とか日本語文字とかではなく―――ルーンと呼ばれるカードだった。

 

 

ゴオオオオオォォォ!!!

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

―――突如、慶吾の体が燃えたことは言うまでもない。死ぬことは無いだろうが、やり過ぎではないだろうか。落ち着け、ステイ、ステイル。

 

 

「ええええええェェェ!? 僕らのリーダーがぁ!? しょ、消火器! いつも試験召喚戦争で使ってるの持って来て!」

 

 

『いつも』は不味いだろ。大丈夫かFクラス。まだAクラスだよな? もう堕落した?

 

焦る明久にシャーロックは微笑みながら声を掛ける。

 

 

「安心したまえ。彼は君より十倍は丈夫な体だ。死なない死なない」

 

 

「なーんだ、それなら安心安心―――しないですよ!? どんだけ僕を馬鹿だと思っているんですか!?」

 

 

「チーム分けで推理したが?」

 

 

「ちくしょうこの教師最低だ!」

 

 

知ってる。どっちも。

 

ハイマキがスフィンクスの首根っこを口に咥えて移動している。ホント偉いよなハイマキ。あんなペットが欲しい。ジャコという生意気なペットじゃなくて。

 

すると今までの流れを見ていた司 一、もといはじっちゃん。眼鏡をクイッと左手で上げながら告げる。

 

 

「やれやれ、もっと頭を使うべきだ」

 

 

おっとこの流れは失敗かな? 電気椅子、結構痛いからやめろよ?

 

 

「任務はこの教室に始まる前から始まっている!」

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!

 

 

その時、教卓が爆発した。

 

文字通り爆散。爆弾が仕掛けてあったようで煙と破片が教室に飛び散る。うわぁこのクラス酷い。学級崩壊レベルじゃない。国崩壊レベルで危ないよクラスメイト。

 

 

「それも推理済みだよ」

 

 

「何だと!?」

 

 

まぁ生きてるよな。逆にアレで死んだら俺との戦いは何だったんだみたいな話になるから。

 

あーあ、また電気に耐えないといけないのか。そんな残念な気持ちでいると、パチンッとシャーロックは指を鳴らす。

 

 

コトンッ……

 

 

―――机の上に置かれたのは紫色の物体だった。

 

皿の上にあるからといって料理だと決めつけてはいけない。例えフォークとナイフが置かれていても、料理だと思ってはいけない。

 

紫だぞ? 圧倒的な紫だぞ? 背筋が凍り付く程の威圧感だぞ? 料理から威圧感出るとか半端じゃないぞ。

 

 

「食うわけないだろ?」

 

 

「それが大樹君の大好きな女の子が目隠して作った料理でもかね?」

 

 

「―――うめえええええええごばばびぶぶばばびぼぼぼっぼっぼっぼぼびッ!?」

 

 

「逝った!? 姫路さんを越えるような料理を一気に逝った!? なんて男なんだ君は!」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

料理を一気に食した大樹。体が何度も痙攣(けいれん)した後、机に突っ伏して意識を手放した。ちなみに目隠し料理はアリアと真由美の料理を足した物だ。軽くヤバい。

 

壮絶過ぎる光景に周りはドン引き。唯一明久だけが彼の勇姿を称えた。

 

しかし、こんなアホみたいな光景で閃いてしまう問題児が居た。

 

 

「なるほど、毒殺で行こうか」

 

 

「良い案ね」

 

 

「問題なし」

 

 

「おいコラ待て問題児三人組。やめろ、成功するわけねぇだろ」

 

 

十六夜たちはカバンからコップとジュースを取り出しながら準備する。それを原田が必死に止めていた。

 

 

「大丈夫だぜリーダー。今までの俺たちを見たら分かると思うが―――」

 

 

「完璧に、完全に、素晴らしく―――」

 

 

「超エリート、箱庭の次期エースストライカーで―――」

 

 

ビシッと三人は親指を立てた。

 

 

「「「―――優秀な三人だ!」」」

 

 

「ツッコミ所が多過ぎる上に絶対に違ぇええええええ!!」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

チーム内の悪ノリで原田のケツがやられている時点で団結力は皆無。ただただ原田が可哀想に見えた。

 

原田の努力も虚しく、十六夜は席を立つ。手にはジュースの入ったコップが握られている。

 

もしアレに毒が入っているなら飲むわけがない。正面から毒殺する馬鹿がここに居るとは思わ―――

 

 

バシャッ!

 

 

「オラァ! 原田様からの宣戦布告だぁ!!」

 

 

―――訂正。ジュースをシャーロックにぶっかける大馬鹿が居た。

 

 

「うぉい!? 何でぶっかけた!? せめて飲むよう(すす)めろ!?」スパアアアアアァァァン!!!

 

 

「精一杯我慢したが限界だった」

 

 

「テメェ!!!」

 

 

バシャッ!

 

 

「ほら! ウチのリーダーのジュースが飲めないのかしら!?」

 

 

今度は飛鳥。更にシャーロックにジュースをぶっかけていた。

 

 

「や、やめろぉ!? 追い打ちに二発目はもう不味―――!」

 

 

バシャッ!

 

 

「もう一発」

 

 

「―――ファーwwwww!」スパアアアアアァァァン!!!

 

 

ついに原田が壊れた。頭を抱えて奇声を上げている。

 

ニコニコ笑みを崩さないシャーロック。それでも彼の指はパッチンは怒りが籠っていた。

 

 

(パチン)ッ!!

 

 

「ヤバい! 完全に今までの音と次元が違う! 殺意があったよ殺意!」

 

 

その時、原田の足元がカパッと開く。抵抗することもできなかった原田は椅子と一緒に落とし穴の底に落ちてしまう。

 

同時に頭上からザパァと滝の様な音を耳する!

 

 

「―――硫酸(りゅうさん)

 

 

「やっぱりガチで殺しに来てたぁ!!!」

 

 

開いた足元の穴は再び閉じ、原田の悲鳴は掻き消える。

 

一人、脱落どころか逝った。天に召されたぞ。

 

 

「……………」

 

 

慶吾は行動を起こす気は無かった。むしろ起こすことに自分が痛い目に遭うのだと悟ったのだ。

 

 

「爆弾も効かないのでしたら、どう攻略すれば良いのでしょう」

 

 

「狂三の力が切り札だな。はじっちゃんと将監はポイだな。大人しくしてろよ無能」

 

 

「「殺すぞ!!」」

 

 

司や将監は机に置いてあった文房具をひらすら大樹に投げるが「ウェーイウェーイ」と体を揺らすだけで余裕の回避。

 

この状況でも大樹は諦めていなかった。それは何故か? 言うまでもない。

 

―――あのクソムカつく名探偵は反則技を使ってでも殴らなきゃ気が済まないからだ。当然だな。

 

 

「クソッ、だったらワザと失敗でも―――!」

 

 

「狂三! 反逆者裏切者は全員殺して良し! 躊躇(ちゅうちょ)無く引き金を引け!」

 

 

「ふざけるな!? って本気で撃とうとするな君!」

 

 

足手まといを一掃するチャンスの逃す。

 

慶吾は行動を全く取ろうとしていない。諦めているのか、気合が入っているのは明久だけのようだ。

 

 

「まだ諦めるのは早いよ。僕にはこれがある!」

 

 

明久の腕に装着された腕輪に俺は思い出す。あれは『白金の腕輪』!

 

 

「試験召喚獣召喚、試獣召喚(サモン)!!」

 

 

明久が詠唱した瞬間、虚空から明久の召喚獣が現れる。相変わらず愛らしいキャラなのだが―――うん。

 

 

化学

 

Fクラス 吉井 明久 32点

 

 

「逆に安心するわ」

 

 

「失敬な! これなら高い方だし、歴史ならもっと高いんだからね!」

 

 

言い訳しながら召喚獣を操る明久。風を切るような速さでシャーロックを翻弄しようとするが、意味はないだろう。

 

 

「そこだぁ!!」

 

 

「推理通り」

 

 

ドスッ!!とシャーロックの杖が召喚獣の腹部に刺さる。召喚獣の持っていた武器の木刀はシャーロックに全く届いていない。

 

しかも容赦なく一撃を入れていた。思わずシャーロックに声を荒げてしまう。

 

 

「馬鹿野郎!? 観察処分者の明久は特別で召喚獣と痛覚をリンクしてんだぞ!?」

 

 

「なんと。それは推理できていなかった。テヘペロだね」

 

 

「よし確信犯だな。最低だよお前」

 

 

明久が大丈夫かと見てみると、プルプルと震えながらお腹を抑えていた。

 

 

「この程度……Dクラスまで落ちて地獄を見た時に比べれば、平気だよ!」

 

 

(たくま)しいけど落ちたのかAクラス。マジか」

 

 

「僕は悪くない! 雄二がパンツの事を気にするのがいけなかったんだ!」

 

 

一体どんな状況だったのかすごく気になる。

 

 

「それと忘れてはいけない罰ゲームだ」

 

 

「―――――」

 

 

慶吾の顔、何かこう……表現しにくい。何とも言えない絶望というか唖然しているというか……とにかく可哀想。

 

 

パリンッ!!

 

 

突如窓ガラスを突き破って来た巨大な丸太。慶吾の体にぶち当たり、そのまま廊下へと向かい、

 

 

ゴスッ!!

 

 

「ごあッ!? 何で俺まで!?」スパアアアアアァァァン!!!

 

 

同じ横列に居たせいか原田がいないせいか。慶吾の体は大樹も巻き込んで廊下へと投げ出された。

 

遂に三人のリーダーが教室から消えてしまった。

 

残り時間は15分。果たして、クリアできるチームは現れるのか?

 

 

________________________

 

 

 

五分後、なんと三人は帰って来た!

 

衣服のほとんどを溶かされた原田は再び椅子へと這い上がり、廊下から水浸しになった慶吾が現れ、窓からはメイド服を着て右手にはツルハシを握っている大樹。

 

この五分間で壮絶な事をしたことが予想される。特に大樹に関しては意味が分からない。

 

 

「まさか刺客が外にも居るとは思わなかった……」

 

 

「お互い、見ない内に大変なことに遭ったようだな……」

 

 

「……ああ」

 

 

目のハイライトが消えそうな勢いで暗くなっている三人。しかし、大樹は違う。

 

 

「絶対に倒す……いや殺せと俺のゴーストが(ささや)いている!」

 

 

「俺は諦めているけどな。三チームの中で一番実力があるが……」

 

 

気合十分な大樹に対して原田は諦めモード。複雑そうな表情で十六夜たちを見ているが、

 

 

「問題はリーダーにあるということ」

 

 

「「うんうん」」

 

 

「あーはいそうですねうんうん」

 

 

十六夜たちの挑発に原田は適当な返事で首を上下するだけ。

 

 

「もちろんそれでも抵抗する―――拳で」

 

 

「色んな意味でやめとけ。そもそも動くことを禁止されているだろ」

 

 

原田の忠告に大樹はうっと息を詰まらせる。シャーロックへの怒りがその事を失念させていた。

 

 

「……………」

 

 

「えっと、僕達は……」

 

 

「何も、するな」

 

 

「あっはい」

 

 

慶吾と明久の会話で察する。先程の罰ゲームがどれほどのトラウマを植え付けられたのか……あちらは完全に諦めていた。

 

 

「大樹さんと力を合わせることができれば【刻々帝(ザフキエル)時間神の惨劇(テーテン・クロノス)】が使えて楽だったのでしょうに」

 

 

「それな。世界の時間を止めればクソ名探偵をボッコボコにできたのに。余裕で」

 

 

「なにそれ初耳こわすぎ」

 

 

「動揺していない辺り、どうせ「大樹だもんな(笑)」で済ませているだろ」

 

 

「自分で言ってて悲しくないか?」

 

 

慣れた。

 

 

「うちのチームは狂三を主軸に戦うしかない……あと二人が残念なのがなぁ」

 

 

イラッとする発言に司と将監が大樹を睨み付ける。何だよ文句あるのかよと聞くと将監は机の上に足を置きながら言い訳する。

 

 

「夏世が居れば楽勝に決まっているだろ!」

 

 

「おっと不覚にもキュンと来る発言に動揺するところだった。お前ホント良い奴。許す」

 

 

「僕だってフィフが居ればあの司波 深雪と互角に渡り合えるのだぞ!」

 

 

「何それすげぇ! めっちゃ気になる!」スパアアアアアァァァン!!!

 

 

結局ケツロケットを食らう羽目になってしまう。それだけ気になる内容だった。

 

二人の頼もしい言葉に心が温かくなるのを感じると同時に、口にしてはいけないことを口にしてしまう。

 

 

「でも相棒がいなけりゃ雑魚じゃねぇか」

 

 

「「テメェ!!」」

 

 

心にグサァッと刺さる発言に司と将監に沸点は爆発。大樹と喧嘩し始めた。

 

そんな様子を無の心で見守る原田。そろそろかなと頭の中で予想していると、

 

 

「「「ガタッ」」」

 

 

「待てコラ」

 

 

問題児たちが動き出そうとしていた。原田の顔は一瞬で修羅へと変貌する。

 

 

「ジッとしていろ。動くんじゃねぇ。いやホント頼むから無理だから」

 

 

「実は俺『じっとしていると髪が逆立ってしまう病』なんだ」

 

 

「じゃあ私は『じっとしているとリボンが本体になってしまう病』」

 

 

「じゃあ私は『じっとしているとスライムに――――』」

 

 

「動く気満々だということは確信した」

 

 

泣きそう。原田は罰ゲームを怖がっている。裸になって以上、これから何を獲られるのか堪った物じゃない。

 

 

「というかお前ら本気を出したら勝てるだろ! あの探偵は確かに強いが、本気を出した三人なら―――!」

 

 

「違う、違うんだ」

 

 

どこか悲しそうな表情で十六夜が原田の肩に手を置き首を横に振る。

 

 

「根本的に違う。本気を出すとか出さないとかの問題じゃない」

 

 

「じゃあ、何だよ」

 

 

「――—腹を抱えて笑い死にそうなくらいのリーダーの不幸が見たい。ただそれだけだ」

 

 

「もう君たちに殺意を抱き過ぎて発狂しそうなんだけど。サイコパスの領域に踏み込んでいるから」

 

 

「だから俺たちを信じて待っていてくれ……よし、行って来るぜ!」

 

 

「このチーム、一番鬼畜だと思う」

 

 

その時、喧嘩していた大樹は気付く。ネギを握り絞めた問題児の三人組がシャーロックに襲い掛かり、罰で原田が再び開いた床の底へと落ちて行く姿を。

 

彼は忘れない。あのやり切れない何とも言えない、というかもう嫌だと言いたげな顔を。

 

 

「大樹」

 

 

原田は残す。親友に最後の希望を託すのだ。

 

 

「お前も俺と同じ目に遭え」

 

 

違った。何か絶望だった。黒い方を渡された。

 

穴の底から凄まじい叫び声が聞こえて来た気がするが気にしない。シャーロックをどうやって暗殺するのか真剣に考える。

 

 

「……やっぱり【七の弾(ザイン)】だろうな」

 

 

「そうですね。彼の動きを止めなければ無理な話ですから」

 

 

狂三の弾丸でシャーロックの動きを止めるのだが、結局弾丸をシャーロックに当てなくてはならない。

 

 

「まぁ二人も捨て駒があるんだから大丈夫だろ」

 

 

「この……いや、もういい。とにかく僕達があの先生の動きを止めればいいのだろう?」

 

 

「何なら倒してもいいな?」

 

 

「ああ、狂三が隙を見て撃つから頼んだぞ」(将監の言葉がフラグなんだけど)

 

 

二人の男は立ち上がる。司は緊張した顔で、将監はポキポキと手を鳴らしてシャーロックに近づく。

 

そんな二人に聞こえないように狂三に耳打ちする。

 

 

「最悪、貫通してでもシャーロックに当てろ」

 

 

「大樹さんが最悪ですわね」

 

 

―――まぁ結果的に二人の男が宙に浮く感じで失敗したけどね!

 

 

「まさかシャーロックが先にアイツらを盾に使うとはなぁ」

 

 

「まさか私の銃弾を弾いて大樹さんに当たるとは思いませんでした」

 

 

ちなみに俺も動けない。跳弾して自分に来るとは全く思わなかった。無様な男たちですまない。

 

 

「さぁ大樹君、罰ゲームの時間だよ!」

 

 

「お前、俺が嫌な目に遭っている時が一番楽しそうだよな」

 

 

「そうだね!」

 

 

「良い顔で肯定しやがったクソ……」

 

 

シャーロックが例の如く指を鳴らす。すると教室のドアが開き、一人の少女が姿を現す。

 

 

「ふぁ!? あ、アリアさん!?」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

武偵高校の制服を着たアリアの登場に大樹が酷く動揺する。同時に狂三が「サヨナラ」と言い残して影の中へと消えて行く。見捨てられた!?

 

 

「い、いや大丈夫! 俺被害者だから! 今回何も悪い事をしていないから! 愛で分かり合った夫婦を裂くことなど―――!」

 

 

「大樹君。今日のお昼に食べたお弁当は美味しかったかい?」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

今世紀最大にゾッとした瞬間。シャーロックにやめろという顔を見せるが、

 

 

「あの後ね、アリア君が洗ったんだ。君の弁当箱」

 

 

「ちょっとおおお!? 何してくれちゃってんの運営!? プライバシーの侵害!」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

ガキュンッ!!

 

 

右頬とお尻にビリッとした痛みが走る。銃声が聞こえたのはアリアの握る銃からだ。

 

頬からタラリと一滴の血が流れる。大樹の汗はダラダラ流れている。

 

 

「そうね、愛で分かり合った夫婦なら隠し事なんてないもの。ねぇ大樹。話し合えば分かるはずだから、ね?」

 

 

「待った! 完全に不利だから! 毎回馬鹿な所で口を滑らせるような主人公だから! やばいって! 夫婦円満から夫婦銃弾されるぅ! というか動けないから逃げることもできねぇ! 狂三! マジで……ホント助け……!」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

「何を言っているのか全く理解できないけど、僕もいつかあんな目に遭うんじゃないかと不安になる……何故だろう」

 

 

明久が真面目な顔で悩んでいるが慶吾はスルー。大樹の悲鳴を聞きながら窓の外を見ていた。

 

銃声が何度も響き渡り、次第に大樹の声は静かになる。というか泣き声が……気のせいだろう。

 

 

「ふぅ……やっと動ける。けど」

 

 

「助ける義理はねぇ」

 

 

司と将監は大樹を助けることなく着席。見捨てた。

 

 

「フッフッフッ、皆打つ手が無いようだね」

 

 

「何度も言わせるな。余計なことはするな?」

 

 

「安心して。僕に秘策がある」

 

 

「いい。しなくていい」

 

 

慶吾が嫌がる素振りを見せても明久は実行する。問題児と同じくらい問題を起こす生徒。シャーロックは警戒するのは当然なのだが、

 

 

「というわけで皆でお茶会しよう!」

 

 

「は?」

 

 

明久がカバンから取り出したのは美味しそうなクッキーの袋。たくさんある袋を皆に配り始めた。

 

シャーロックも一応受け取り、他の生徒も受け取っている。そして明久が一番初めに食べ始まる。

 

 

「いっただきまーす。んぐんぐ……あれ? 先生は食べないんですか?」

 

 

「……………」

 

 

慶吾は異変に気付く。シャーロックが不思議そうな顔でクッキーを見ていたのだ。

 

 

「……推理はできている。できているが、理解できない」

 

 

「何?」

 

 

「これには毒がある。確実にあるはずなのに、彼が渡した時、殺意どころか悪意すらなかった。心拍も変わらず、表情も変えていない」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

今まで見せなかったシャーロックの姿に慶吾は動揺している。お尻が痛い。

 

名探偵はクッキーを取り出してじっくりと見ている。困惑しているようにも見えた。

 

 

「何故―――私は食べも平気だと思っている」

 

 

「食べないなら僕が貰いますよ?」

 

 

「……フフッ、これは僕への挑戦状かな」

 

 

シャーロックは不敵に笑っていた。明久に向かって首を横に振る。

 

 

「お茶に毒があるのかね?」

 

 

「うっ」

 

 

シャーロックの言葉に水筒を取り出そうとした明久の表情が歪む。

 

パサパサした菓子を食べれば水分が欲しくなる。そこを突いた毒殺なのだろう。

 

 

「クッキーは囮。それならこの行動で動揺しない点に理解できる」

 

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 

「謝ることはない。君は武偵の才能がある。この私を騙せそうなまで追い込んだのだから」

 

 

シャーロックは満足気にクッキーを口にした。

 

それを見た司も、将監も、問題児も、皆でクッキーを食べ始める。

 

その時、慶吾は気付く。前に座った犬と猫がクッキーを食べようとしないことに。

 

 

バタンッ!!

 

 

そして―――シャーロック・ホームズは前からぶっ倒れた。

 

 

「ごふッ」

 

 

「!?!!??!?」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

突然の出来事に慶吾は混乱。目を疑う光景が広がっていた。

 

 

「「「「「ごはッ!?」」」」」

 

 

バタンッ!!

 

 

それだけじゃない。クッキーを食べた生徒たちが一斉に倒れている。

 

恐怖現象に明久がユラユラと立ち上がる。

 

 

「どうしの皆? そんなに美味しかったのかな———姫路さんの料理」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

「明久……お前、まさか!?」

 

 

ボロボロになった大樹がお尻を抑えながら震えた声を出す。アリアに馬乗りされているが、問題無い。

 

すると明久は片手で顔を抑えながら笑った。

 

 

「馬鹿め! 姫路さんの料理に耐えれるのは毎日食べて鋼の胃袋になった僕たちだけだ!」

 

 

「相変わらずFクラスは壮絶な日々を送っているな! というかシャーロックは何で騙された!?」

 

 

「そ、そうだね……僕も、推理が……」

 

 

プルプルと小刻みに震えながら床に倒れている名探偵。明久はドヤ顔で語る。

 

 

「先生は言ったじゃないですか。殺意も悪意も感じないと……当たり前ですよ。僕たちは()()()()()()()殺意も悪意も全く感じないですから」

 

 

武偵高の強襲科(アサルト)よりやべぇよFクラス。

 

 

「確かにお茶には激辛タバスコを入れています。でも、姫路さんのクッキーの方が百倍殺傷力がある。ゾウですら殺せる化学兵器がね!」

 

 

「見事、だ……」

 

 

「どこがだよ……」

 

 

何も後悔していないかのような顔で意識を手放すシャーロック・ホームズ。毒殺されても生きている超人が一般人の作る料理で落ちるとか本来なら洒落にならない。

 

 

「かと言って、僕も全然無事じゃないけどね。ごふっ」

 

 

そして勇者アキヒサも、その場に倒れるのだった。

 

先生を暗殺するどころか生徒まで巻き込んでいる。生きているのはわずか数名と二匹。

 

 

「もうやだこの企画」

 

 

結果は慶吾チームの勝利。おやつを手に入れるだけで大切な物をたくさん失った。

 

勝者であるはずの慶吾の表情は、かなり複雑だった。

 

 




現在のケツロケット回数

楢原 大樹 44回

原田 亮良 48回

宮川 慶吾 24回


大樹「よし、次のターゲットが決まったな?」

原田「何かに目覚めるまで叩いてやるよ」

大樹・原田「———ケツロケットで」

宮川「来いよクズ共」


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試験対戦で絶対に動揺してはいけない24時!

作者から一言。


―――「めちゃ可愛いベルファストって知ってる?」



見事?任務に成功した慶吾には大樹特製デザートの一品。幻のチーズケーキが贈呈された。

 

三ツ星シェフが発狂するレベルの美味しさ、世界が認める至福の味、チーズケーキの次元を超えたチーズケーキ。

 

高級食材で調理されたケーキの価格は推定一千万円。大樹シェフは「一般人は手を出してはいけない。廃人になるからな」と震えた声でコメントした。

 

 

「ッ—————」

 

 

慶吾はそれを口にした瞬間、涙をこぼした。

 

 

「世界を、救おう」

 

 

「ぶっ壊れた!?」

 

 

「俺の料理なら当たり前の反応だが、ここまでとは予想できなかったぜ!」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

三人が尻を更に痛めて騒ぎ出す。そんな騒動がバスの中で数十分起きていた。

 

 

________________________

 

 

 

「———続いて文月学園に到着です。皆様、お疲れのご様子ですが、まだまだ続きますよ?」

 

 

「聞きたくなかった」

 

 

リィラの口から聞かされた残酷な真実に大樹は顔に手を当てて涙を流すしかない。原田と慶吾の目は既に死んでいた。死んだ魚の目に限りなく近い。

 

案内されたのは文月学園のFクラス。今はAクラスに連れて行かれても喜べる気がしない。待っている地獄は変わらないのだから。

 

見える。扉から邪気が溢れているのが。ああ、こんなにも(おぞ)ましい教室だったのか。

 

 

「今からこの教室で———」

 

 

「あー開きたくない! 武偵高と同じ展開が予想されている! 今度は死人がさっきより倍は出る!」

 

 

「ギリギリ死人はいなかったけどな」

 

 

リィラの説明に耳を塞ぐ大樹。死人は出ていないと原田は言うが、意識不明者が出たことは口から言わない。

 

 

「大丈夫です大樹様。今回はもっともっと簡単。少しだけ特殊なだけで———『安全な』学力テストを行って貰います」

 

 

「「「嘘だぁ!!!」」」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

ひぐ〇しネタってまだ通じる? いや、そんなことより俺は信じない。この俺、楢原 大樹の直感が言っている。『おいおいおい』『アイツ死ぬわ』みたいな感じで俺を見捨てやがる! 自分の直感に見捨てられるとか新し過ぎて……もう別に驚かないわ。

 

 

「一応聞いておくが、今回は何を罰ゲームを賭けるんだ? 慶吾の手に入れた菓子は、ある意味毒物だったぞ」

 

 

「忘れろ」

 

 

「そうだそうだ。黒幕が世界を救うとかどんな急展開だよ。主人公交代かと思ってビビったぞ」

 

 

「忘れろ」

 

 

「次は宮川様の様な失態を見せるような物を賭けるわけではありません」

 

 

「わ・す・れ・()

 

 

「最後の文字に殺意込め過ぎ。分かったからやめろやめろ。オールバックの髪を前後に擦らないで」

 

 

あのヘヴン状態から今の慶吾に戻すのにどれだけ苦労したか。ただでさえ信用できるのは己だけなので、これ以上敵を作るわけにはいかない。素直に忘れる。はい忘れた忘れた。完全記憶能力? 知らないことにしておいて。

 

 

「次のゲームを有利に進める為の布石と言いましょうか。特に大樹さんは一位を取らないと後悔しそうです」

 

 

「むむ、むむむむむ、これは次も危険だと言っていますねぇ」

 

 

「……何のモノマネだ」

 

 

「いや俺に聞くなよ。大樹に直接聞けよ。大体……宮川は俺と大樹の関係を何だと思っている」

 

 

「……………ホ」

 

 

「言うな殺すぞ」

 

 

「お前らどっちも殺意高過ぎぃ! あと古畑〇三郎を知らないとかゆとりかよぉ!」

 

 

大樹がツッコミを入れると、慶吾は真顔で答える。

 

 

「相〇派だ」

 

 

「〇棒は別にきのこの山とたけのこの里みたいに対立してねぇよ? 俺も見たけど」

 

 

「太〇にほえろ!派は俺だけか?」

 

 

「原田!? お前何歳だ!?」

 

 

ここの奴らはズレている! 俺しかまともな奴はいねぇのか!

 

 

「おい。今自分はまともな人間とか思っただろ」

 

 

「お、思ってねぇし!」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

「どれだけの付き合いだと思っている。顔に出てんだよ……あと尻」

 

 

「出てねぇよ!」

 

 

「いや顔の形を手で変えようとしている時点でバレバレだろ……」

 

 

「———話がかなり脱線しているので戻しますね。では教室の中に入ってください」

 

 

リィラの不思議な力で無理矢理教室の中へと入れられる。何だこの神の力でも抗えない力は!?

 

 

「……というか動揺しないなお前たち」

 

 

「結構慣れた証拠だろ。今の会話でケツロケット食らったか宮川?」

 

 

「……いや」

 

 

「戦争か? デッド、アンド、デッド?」

 

 

「アホ。今の状態なら二対一でお前が不利だぞ」

 

 

馬鹿な会話を繰り広げながら教室の中を見渡す。古びた畳にヒビの入った壁。

 

しかし、そこには誰も居ない。武偵高のような不良問題動物は見えない。

 

 

「ちゃぶ台……懐かしいな」

 

 

「これで勉強とかビックリだよな」

 

 

「……………」

 

 

三つ横に並んだちゃぶ台に窓側の左から大樹、原田、慶吾の順に座る。黒板には何も書かれていないが、待っていれば始まるだろう。

 

それまで暇なので動揺しない遊び、しりとりで遊んだ。まぁ俺の完全記憶能力を利用して原田に『ぷ』で全部返したがな。ワンチャン動揺してくれると思ったが、時間が来てしまった。

 

 

ガララララッ

 

 

ノックも無しに突如開けられたドア。そこから顔をのぞかせたのは、

 

 

「バァ」

 

 

人体模型を抱きかかえ、幽霊のような美人の医者―――室戸(むろと) (すみれ)が登場した。

 

 

「「ギィヤァアアアアアアアァァァ!!!」」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

恐怖で絶叫したのは大樹と原田。特に大樹は酷く、窓を開けてリバース。思いっ切り昼に食べた物を吐いていた。

 

 

「は?」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

慶吾は大樹の異常な怯え方に動揺。原田はガクガクと震えながら教室の後ろまで逃げていた。

 

 

「解剖されるぅ! 解剖されるぅ! ガストレアにされるぅ!」

 

 

「お、おげぇ――――――――――――――!」

 

 

「素晴らしいリアクションをありがとう。あとはこれが人体模型じゃなく、エリザベスだったら私は満足だったのだがね」

 

 

ニコニコの笑みを見せる室戸は初めて会う慶吾に近づいては挨拶をする。

 

 

「初めまして室戸 菫だ。死体になる時は歓迎するからいつでも言ってくれたまえ」

 

 

「なるほど、狂人か」

 

 

「狂人の方がまだマシだ! そいつは平気な顔で死体から出て来た食べ物を俺たちに渡すような変態だ!」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

口元を拭きながら叫ぶ大樹。さすがの慶吾も動揺する伝説に引いていた。

 

 

「でもロリ太郎君はアレから三回は口にしたよ?」

 

 

「安らかに眠れロリ見」

 

 

「酷い言われようだな。被害者可哀想だと思わ―――思わないよな。思わないからこんな非道できるもんな」

 

 

「何一人で納得しているロリ田」

 

 

「おいやめろ。お前もロリ原だから?」

 

 

「それwwwお前のことwwwじゃねぇかwwwダブルロリの原田www」

 

 

「さぁ戦争だ」

 

 

ガチギレするなよ。二割くらいの冗談だろ。

 

 

「さて、交流も仲も深め、そのまま死体魅惑まで深めたいがそろそろゲームの時間だ」

 

 

「ぜひそのまま全て深めないで良いですよ先生」

 

 

「ちなみに私は君の死体に一番興味がある」

 

 

「死ぬまで聞きたくなかった」

 

 

大樹が酷く落ち込んでいるが、教卓から室戸が取り出したのはプロジェクター。黒板に映されたのはクイズ番組でも始まるかのような場所だった。

 

赤、青、緑の三つの席に大樹たちは何となく察する。最初に声を出したのは原田。

 

 

「もしかして、あそこに座って問題を答えるのか?」

 

 

「甘いな原田。それなら俺たちはここに連れて来る意味は無い。恐らく……」

 

 

「あの席に誰かが座る。俺たちは何かしらの予想をする」

 

 

「ふむふむ。これだけ賢いと脳の解剖は必須だな……」

 

 

「「「……………」」」

 

 

すぐに黙り出す三人。大樹は逃れる為に馬鹿を演じる。

 

 

「ぱぱいや」

 

 

「やめろ。そのあたまのわるいひとの顔はやめろ」

 

 

はい、すいません。

 

反省していると室戸が説明を始める。

 

 

「今から赤、青、緑の三色にそれぞれ二人の生徒が座る。どの色が一番正解数が多いのか予想してもらうのだよ」

 

 

「先生。個人的に黄色が好きなので赤の代わりにお願いします」

 

 

「いや緑にしとけよ……何で一番赤を―――」

 

 

その時、プチッと映像が暗転する。数秒後にはまた同じ光景が映し出されるが、赤色の席が黄色に変わっていた。

 

 

「仕事早ッ」

 

 

「大樹君は黄色。じゃあ二人は何色かね?」

 

 

「原田が消そうとした緑」

 

 

「何でわざわざ俺のこと言う。別に青でいいが……」

 

 

ブツブツと文句を言いながら色を選ぶ原田。特に揉めることなく決まった。

 

 

「早くて助かる。では生徒の登場だ……そうそう、言い忘れていたけれど君たちが動揺する毎にポイントがマイナスされるから注意したまえ」

 

 

「「「え?」」」

 

 

パンパカパーン、パンパカパンパカパン、パパーン!

 

 

最後の最後に嫌なことを告げた室戸。それについて問いただす前にクイズ番組のように軽快な音楽が鳴り出した。

司会者席のような場所に立ったのはなんとあのロリコン。

 

 

『えー、このゲームの司会をするのはって誰だロリコンってテロップ出した奴は!?』

 

 

ロリコン―――もとい里見(さとみ) 蓮太郎(れんたろう)だった。

 

ちなみ俺たち三人は小馬鹿にするように指を指して笑っていた。あの慶吾ですら鼻で嘲笑うレベル。

 

 

『ったく、早く終わらせねぇとな。じゃあ黄色チームからの紹介だ』

 

 

「頼む! まともな奴! 真面目な奴! とにかくサイコパス要素が無ければいいです!」

 

 

大樹の祈りは果たして届くのか!?

 

 

『黄色チーム、一人目はAクラスの秀才美女! 何故か弟の方が人気のある木下 優子だ!』

 

 

『その紹介はやめてくれる!?』

 

 

「よっしゃあああああああああ―――!!!」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

文月学園の制服に身を包み、頬を赤くした優子の登場に大樹は全身で喜びを表現した。とりあえず尻で分かる。

 

 

『そして二人目は男を駄目にするメイドナンバーワン! 愛するご主人様の為に来た、リサ・アヴェ・デュ・アンク!』

 

 

「———あああああああああんんんん!?!?」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

「面白い反応ばかりすんな。こっちまで食らうわ」

 

 

この数秒でケツロケットを二度も食らう大樹。混乱状態に陥っていた。

 

 

『旦那様……いえ、大樹様の為にリサは参りましたよ!』

 

 

「やべぇよこれ……優子にいろいろとバレて芋づる式に全員知れ渡るパターンだ……弁当の件もあるのに、どうしよ……」

 

 

「さっきまで喜んでいた奴に見えないよな」

 

 

頭を抱えてちゃぶ台に汗をボタボタ流す大樹に原田は苦笑。すると優子がこちらに手を振っていた。

 

 

『大樹君、見てる? 黄色を選んだわよね? ちゃんと分かっているわよ!』

 

 

「超見てる! 世界の命運より優子のこと見てるから!」

 

 

「「おい」」

 

 

『———弁当の件も、アリアから聞いたから後でね!』

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

「……………」

 

 

「「くっ……!」」

 

 

突然満面の笑みから無言の真顔で黙り出す大樹に原田と慶吾は必死に笑いを堪えている。ケツロケットを気にしているわけではない。

 

理由はすぐに判明する。言い辛そうな雰囲気で蓮太郎が説明してくれるからだ。

 

 

『……悪い知らせだ。今の紹介だけで選んだ奴が三回も動揺したせいでマイナス3ポイントからゲームが始まることになる』

 

 

『『えぇ!?』』

 

 

「あッ、やばッ」

 

 

そう、ポイントがマイナスされることだ。勝つ為には動揺しないことが大事だと原田と慶吾は察したのだ。

 

 

『まぁその人らしいと言えばその人らしいな。馬鹿な意味で』

 

 

「あのロリコン覚えてろよ」

 

 

『次は青チームの紹介だ』

 

 

「大樹が結構良いチームを引いたから……嫌な予感が……」

 

 

唇を噛みながら祈る原田に蓮太郎は紹介を続ける。

 

 

『青チーム、一人目はこんなにいじる予定じゃなかった! 作者がちょっぴり好きだったポニー! 別名、西城(さいじょう) レオンハルト!』

 

 

『違ぇ!! 別名違うからな!? 本名だからなそれ!?』

 

 

文月学園の制服を着た魔法科高校の生徒がここで乱入! 原田選手は微妙な顔で何も言えないぞぉ!

 

というか蓮太郎、ノリノリの自己紹介だな。ちょっと楽しそう。

 

 

『二人目は悲劇のヒロイン!? 明かされなかった別れ際、しかし夫は死んだみたいだぞ、七罪(なつみ)!』

 

 

『やめてええええええェェェ!!!』

「やめろおおおおおおォォォ!!!」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

同時に頭を抱え出す悲劇の二人。同じ反応で同じ動きをするもんだから笑いそうになる。というか紹介が結構えぐい。

 

 

『まぁ落ち着け。人生のスタートは知らないが、黄色よりポイントは減点されていない。ゲームは良いスタートを切れそうだぞ』

 

 

―――アイツ鬼か。

 

いや、違う。野郎、楽しんでいやがるな。……何かストレスでも溜まっているのか?

 

次は慶吾の紹介。ここまで良い流れが来ている。つまり、だ。

 

 

「「さてと、オチ担当の番か」」

 

 

「撲殺するぞ」

 

 

何故か自分たちが最初に来たおかげか安心できた。武偵高の経験で分かる。とびっきりのオチが。

 

 

『最後は緑チームの紹介だ』

 

 

「勝ったな」

 

 

「貰ったな」

 

 

「お前ら……何でそこまで自信を持てるのか理解できん」

 

 

ドヤ顔で勝利を確信していると、慶吾は額を抑えながら呆れていた。

 

 

『緑チーム、一人目! 何度も出て恥ずかしくないんですか? シャーロック・ホームズ!』

 

 

「「な、何ぃいいいいいいいいい!!??」」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

激しく動揺する大樹と原田。ちゃぶ台の上に乗った慶吾は高らかに右手を空に向かって掲げていた。

 

 

「馬鹿な!? 奴は死んだはずだぞ!?」

 

 

「完全に白目剥いていたはず……ゾウすら殺せる兵器に耐えたというのか……!?」

 

 

『ふむ……恐らく二人は私に対して疑問に持っていると推理できる。ならば答えよう』

 

 

名探偵はクスリッと笑みを見せながら推理を教えるのだ。

 

 

『とある美人の医者に助けられた……そこまで言えば分かるんじゃないかな?』

 

 

「「目の前に居るマッドサイエンティスト(医者)ことか!?」」

 

 

「ハッハッハッ、死体にしちゃうぞ☆」

 

 

思わぬ伏兵に大樹と原田は汗を流した。このクイズ番組みたいなゲームに参加してはいけない奴ランキングでナンバーワンに輝く奴だぞ。

 

まさか助かっていたとは……相変わらずしぶとい奴め。

 

 

『まぁ、まさか死体の胃袋から取り出したサラダを御馳走されるとは推理できなかったけどね』

 

 

『……ドンマイ』

「それはドンマイ」

 

 

経験者の蓮太郎と大樹の声が重なる。それだけは同情する。ホント。

 

 

『それと私は少ししか力を貸せない。大樹君のように全てを片付けれるような最強っぷりには期待しないでくれたまえ。もう一人に期待してくれたほうがいい』

 

 

「さりげなく俺を人外扱いするのやめてくれる?」

 

 

『っと二人目の紹介に移るぞ』

 

 

大樹の声が届くわけでもなく、紹介は再開される。

 

 

『ここで登場するのか!? 複雑な関係のままなのに!? いいの!? 本当にいいの!?』

 

 

緑チームの二人目に、大樹と慶吾は目玉が飛び出るくらい仰天した。

 

文月学園の女子制服を身に纏った、あの方の登場に!

 

 

『———阿佐雪(あさゆき) 双葉(ふたば)!』

 

 

『あははっ……い、いえーい?』

 

 

「「&%(}*+L‘>sk!!?:?」」

 

 

「二人揃って言語崩壊!?」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

三人が同時にケツロケットを食らうが、大樹と慶吾の動揺は計り知れない。

 

 

『かなり複雑な関係の間に居るよな。結局、どっちが好きなんだ?』

 

 

『えぇ!? そ、そんな直球で来るの!?』

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

「何だこの二人。どんどん減点してやがる。これは勝てるな」

 

 

顔を赤くする双葉に少し考える素振りを見せる。その姿に大樹と慶吾は同時に座る。

 

 

「「考えるまでもなく俺だな――――あぁん?」」

 

 

「ッ……油断したら笑うわこれ」

 

 

同じ発言で同じ反応をする二人。間に挟まれているからなお辛い原田。

 

どんな答えを出すのか双葉を待っていると、人差し指を口に当てて、

 

 

『ひ、秘密?』

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

「無理だッ……この二人、面白過ぎるだろッ……!」

 

 

心臓に激痛が走ったかのような胸を抑える大樹と慶吾。ケツロケットまで食らう姿を見たら原田も噴き出してしまう。室戸医師はゲラゲラと腹を抱えて笑っている。

 

 

『あー、全チームに悪い知らせだ。青チームの減点が4、緑チームの減点は3点。黄色が……7点の減点』

 

 

『大樹君!?』

『大樹様!?』

 

 

「ごめん。本当にごめん」

 

 

両手を合わせて謝る。差が開き過ぎて申し訳ない気持ちで一杯です。向うでは俺だと言われていないのに、完全にバレていた。

 

 

『とりあえず分かりやすいように青チームは-1、緑チームは0、黄色チームを-4とする。まぁ頑張れ』

 

 

適当に見えてしっかりと進行する司会者。次はルール説明に移る。

 

 

『これから出される問題の数はたったの3つだ。それぞれ3つの解答をすることができるが、全部正解しても1ポイントしか手に入らない。逆に3つの解答の中で一つでも正解すればいいというわけだ』

 

 

「……え? 全問正解しても届かないじゃね? これって負けが決まった感じ? 俺、動揺し過ぎて終わった?」

 

 

大樹が泣きそうな顔で原田と慶吾の顔を見ている。二人は当然「ざまぁ」と言った感じで大樹を無視して映像を見ていた。

 

 

『とにかく問題を聞いた方が早く理解できるだろう。というわけで第1問!』

 

 

ババンッ!と出されたキラキラのパネル。そこには問題内容が書かれている。

 

 

【誰がチームを選んだのか予想を当てよ!】

 

 

「そういうことか」

 

 

問題内容を見て納得する原田。

 

 

「つまりこの問題の正解は黄色が大樹、緑が宮川、青が俺というわけで、一人でも当てればいいのか」

 

 

「そういうことだな」

 

 

慶吾が同意して頷く。だが、大樹の表情だけは違う。

 

———このゲームが下位の大逆転と上位の大転落を秘めているのか。察したのだ。

 

 

『黄色は確実に当てれるからラッキー問題だな。あとの二人を当てても、ポイントの増加は変わらない』

 

 

司会者の言う通り、()()()()()()()()()()()()()。だから痛い目を見ることになるのだ。

 

一分という短い時間の中、三つのチームは答えを書き終える。

 

 

『そこまで。黄色チームの解答からだ』

 

 

「ふぅ、これは大樹の負けだな。ホッとするぜ」

 

 

原田がニヤニヤと悪い顔で煽るが、大樹の表情は落ち着いていた。

 

まるで、ここからでも勝つ事ができるとでも言いたげな。

 

 

『まずは黄色チームの予想は誰だ?』

 

 

『当然、大樹よ』

 

 

優子の答えは正解。祝福のファンファーレが鳴り響き、マルだということを教える。

 

 

『正解だ。それじゃあ次は青の予想は誰だ?』

 

 

『はい。これは少し考えましたが、リサは答えに辿り着きました』

 

 

そして、このゲームの恐ろしさが顕現する。リサは笑顔でとんでもない答えを口にするのだ。

 

 

『青チームは、巨乳が大好きな坊主頭さんです!』

 

 

「はぁあああああああああああ!?」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

リサの嘘適当の解答に原田は立ち上がり動揺してしまった。その瞬間、ポイントは変動する。

 

 

『始まったか……青チームが動揺で-1ポイントだ』

 

 

「し、しまった!? これって……!?」

 

 

「遅かったな? やっとこのゲームの本当の恐ろしさに気付いたか」

 

 

ゴゴゴゴゴッ……!と圧倒的な威圧感で話す大樹。原田は生唾を飲み込んだ。

 

 

「ポイントの増加は1ポイントだけだ。だがな、減点だけは無限にされる……動揺し続ければな?」

 

 

「クソッ! べ、弁明の余地はないのか!」

 

 

原田が焦る理由は全員が分かっている。七罪の表情がかなり不機嫌になっているからだ。

 

ここでの会話は向うには届かない。今度は大樹がざまぁという顔をしていた。

 

 

『最後に緑チームの予想だ』

 

 

次に動揺するのは慶吾の番なのかもしれない。下唇を噛んで動揺しないように耐えていた。

 

するとリサが申し訳なさそうな顔で手を小さく上げる。

 

 

『緑チームの解答なのですが……口にするのも生理的に嫌で、答える価値もないのでパスでお願いします』

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

貫いた! 慶吾の心をブレイク! 凄いぞあの毒舌メイド!

 

 

『緑チームも動揺で減点だ。この問題が理解したか、青チーム?』

 

 

『『うっ』』

 

 

蓮太郎が青チームに視線を移すと、気まずい表情になるレオと七罪。

 

 

「おいおい、まさか……?」

 

 

『青チームは全問正解。真面目に解答していたから飛ばすぞ』

 

 

原田は顔を手に当てて複雑な表情になる。レオと七罪は苦笑いで言い訳する。

 

 

『ま、まぁとりあえずポイントは入ったからな。動揺しなければポイントが増加していたけどな!』

 

 

『巨乳好きが悪いのよ。私たちは全然悪くないわ』

 

 

「……………」

 

 

何だこの淀んだ空気。別々の部屋だというのに感じ悪い。

 

 

『最後に緑チームの解答だ』

 

 

『私たちの答えはシンプル。緑は宮川君、黄色は大樹君だね』

 

 

「ん? 俺のいじりはいらないのか?」

 

 

意外にも俺の解答も正解させてしまう緑チームのシャーロック。最後に青チームの予想を言おうとするが、ここは双葉が笑顔で言うのだ。

 

 

『———青チームは大きなおっぱいが好きな人!』

 

 

「もうやめてくれぇ!!!」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

集中狙いされる原田。更に緑チームが減点される。どんだけ胸の話でいじられてんだよ。

 

 

『不正解だ。何だ何だ? 青チームを選んだ奴はそんなに胸が好きなのか?』

 

 

『リサは大樹様にしっかりと聞いたので間違いありません』

 

 

『私も大樹君からちゃんと聞いたら間違いありません』

 

 

「嘘つけ!? メイドに関しては大樹を信じ過ぎ! 双葉に関しては絶対におかしいだろ!?」

 

 

「「気安く名前を呼ぶなおっぱい星人」」

 

 

「ホントやめろよぉ!!」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

尻を抑えながら叫ぶ原田。目には涙が溜まっていた。そして減点されるポイントに大樹と慶吾は口元を緩めていた。室戸医師は遠慮なく大笑いだ。

 

 

『一問目から中々凄まじいな。青チームは-3、緑チームは0、黄色チームは-3となった。もう同列じゃねぇか』

 

 

「くっ、動揺するな動揺するな」

 

 

「そうだ、揺れるのはおっぱいだけ」

 

 

「うるせぇ黙れ主人公やめちまえ」

 

 

酷い言われよう。俺より強い主人公っているのかな? 鬼畜お兄様居たわ。

 

 

『二問目だ。どのチームも逆転と最下位になれるチャンスはあるから頑張れよ』

 

 

最下位は遠慮したいな。

 

ババンッ!と再び出されたキラキラのパネル。

 

 

【三人が最近買った高額商品】

 

 

「これは……当てにくいだろうな」

 

 

大樹の感想に原田と慶吾も同じことを思っていた。

 

 

「というか時系列―――いや、あまり触れない方が良いな。俺は漫画本の大人買いくらいか」

 

 

原田が急いで首を横に振った。触れると面倒だから。そして高額商品を教え合う。

 

 

「大樹は?」

 

 

(かま)

 

 

「は?」

 

 

「本格ピザとか作りたいから上質なレンガとかで作ってたんだよ窯を」

 

 

「……値段は?」

 

 

「四千万円」

 

 

「ピザに本気出し過ぎじゃねぇ!?」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

『……あー、解答の記入中に悪いが、青チーム減点だ』

 

 

『『何してんの!?』』

 

 

レオと七罪が顔を上げてビックリしていた。

 

些細な小話でも減点を狙う大樹。その被害を受ける前に慶吾はすぐに会話を終わらせる前に先手を打つ。

 

 

「ガル〇ンとまど〇ギの円盤」

 

 

「「お前そんな趣味あったの!?」」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

『黄色、青、減点』

 

 

『あっちで何が起きてんだよ……』

 

 

呆れるようにレオが呟いていた。すいません。

 

 

『時間切れだ。途中何故か減点があったが、解答の時間だ。今度は緑チームから解答』

 

 

『緑は簡単、ガ〇パンとま〇マギの円盤』

 

 

サラッと正解してしまう双葉に他のチームは驚愕していた。そりゃビックリするわ。

 

 

『だ、大樹君たちが驚いてたのはこれなのね』

 

 

苦笑いで優子は納得する。でしょ? 仕方ないでしょ?

 

 

『青チームの解答はシャーロックさんが答えます』

 

 

『世の中、推理通りにいかないことも多い。でも意図して外すことも優しさだと思っている』

 

 

シャーロックの前置きに複雑な表情をする原田。動揺しないように警戒していた。

 

 

『だから答えは———エロ本を一冊ということにしよう』

 

 

「え゛」

 

 

本というワードしか合ってない。もちろん不正解だと蓮太郎は言うが、シャーロックは無理をした顔で告げるのだ。

 

 

『不正解で良い。半分正解でも、半分が不正解なら、それは間違っているのだから』

 

 

「ちょっと待て!? まるで俺が大量のエロ本を購入したみたいな感じになっているんだけど!? 本という概念しか合っていないんですけど!?」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

『……あー、青チームが減点した』

 

 

『図星ってことなの……?』

 

 

「待ってくれ七罪!? 勘違いしないでくれ!?」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

『……減点だ』

 

 

『……そう。分かったわ』

 

 

「もう早く終われよこのクソゲーム!!」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

一気に三回も減点される青チーム。えぐい。やり方がえぐい。おっぱいの下りからここまでやられるとか。

 

 

『最後は黄色チームだが、阿佐雪君に任せるよ。正解を知っているみたいだからね』

 

 

「ちょっと? こっちまで流れ弾が来るの? 先に青チーム潰そうよ?」

 

 

大樹が首を横に振って嫌がっているが、双葉は解答するのだ。何故か頬を赤く染めて。

 

 

『実はね、大樹君にお願いしたんだ。誰の為じゃなく、私だけの為に作ってって……』

 

 

『『え?』』

 

 

「え?」

 

 

黄色チームの優子とリサの表情が固まる。俺の表情も萌え要素が一切ないくらいあわわわわってなってるからね。

 

 

『料理なんだけど……ピザが欲しいって頼んだら———窯までわざわざ作っちゃったの。だからね、黄色チームの答えは窯、だよね?』

 

 

「ええええええェェェ!!??」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

まさかの正解だった。内容は全くの嘘だが、窯という答えは合っている。

 

一体どうやって当てたのか考えて見るのだが、すぐに分かる。

 

 

『ピース』

 

 

「しゃああああああああろぉっくうううううう!!」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

ピースする名探偵に大樹は大声を出していた。シャーロックが答えを出して、双葉に偽りの出来事を足したのだ。なんて悪質! そこらの詐欺より性格が悪いぞ!

 

対して優子とリサの表情が怖い。説教で済むレベルじゃなくなってますね! 何であんな黒いオーラが出せるんですか!

 

 

『正解だ。それと黄色チームは-2ポイント』

 

 

正解だということが尚更不味くなっている。どうやら二問目は先に解答した方がかなり有利だったらしい。

 

弁明も良い訳も、ピザのことまで話せないなんて。原田の気持ちがすっごい分かる。

 

 

『次は黄色チームの解答の番だ。まだ青チームの正解は出ていないから頑張れよ』

 

 

「今からでもここを飛び出して正解を言いに行きたい」

 

 

「気持ちは分かるが落ち着け。無理に決まっている」

 

 

原田の肩を叩く大樹。人類最強ですら不可能だと遠回しに言われているようだった。

 

 

「……というか黄色チームは大樹が窯を買ったことを知ら無さそうだったぞ? 高額商品なのに。大丈夫か?」

 

 

「いや……大丈夫も何も、通帳の残高は———」

 

 

「あっ(察し)」

 

 

「その顔やめろ」

 

 

(あわ)れむような、可哀想な奴を見る顔にイラッとする。

 

 

「それに大丈夫。俺と優子は心が通じ合う程、お互いに好きなんだから間違うわけ———」

 

 

『ごめんなさい。大樹君なら惑星を買っていると思っていたわ』

 

 

「———優子さぁん!? 俺のことなんだと思っているの!?」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

大樹に対する認識が、かなり大変なことになっていた。

 

黄色チームの解答途中だというのに減点される黄色チーム。他のチームは大笑いだ。

 

 

『ちなみにメイドの答えも個人的に気になるな』

 

 

蓮太郎の言葉にリサは申し訳なさそうな顔で答える。

 

 

『世界、でしたので不正解です……』

 

 

「大して変わんねぇ! 何でそんなにズレてんだよ!? 確かにあの時は世界と戦ったようなモノだったけど……あんまりだろ!」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

蓮太郎が黄色チームの減点について話すと優子とリサは可愛くテヘッと詫びていたが、優子は超許すがメイドは許さん。罰としてお仕置き―――とか喜びそうだからやめとこ。

 

 

『自分のチームの答えを当てれないのはピンチだな。青と緑の解答で頑張ってくれ』

 

 

『いえ、他のチームに関してはリサが完璧に当てていますのでご安心を』

 

 

「え? ウチのメイドがエロ本とアニメ円盤とか当てれるの? マジかよ」

 

 

「漫画本って言ってんだろ」

 

 

リサの自信に半信半疑だが、彼女はズバリと言い当てるのだ。

 

 

『原田様は漫画本の大量購入と言った所ではないでしょうか』

 

 

『お見事、正解だ』

 

 

蓮太郎が素直に称賛する。のだが……リサの様子がおかしいです。

 

 

『内容は過激ですので……言わなくてもいいですよねっ?』

 

 

「だからまるで俺がエロ本購入したみたいな流れやめてくれますぅ!?」

 

 

うがぁー!っと頭を掻いて動揺する原田。もちろんスパアアアアアァァァン!!!っとケツロケットを受けている。

 

 

「ちなみに何を買った?」

 

 

「ToLO〇Eる、ゆらぎ荘の幽〇さん」

 

 

「よくそれで弁明できると思ったなエロ坊主」

 

 

駄目だコイツ。手遅れだ。

 

 

『そして緑チームの円盤も合っています』

 

 

『……………え?』

 

 

おぉっとここで司会者、顔面蒼白。一体何を見たのでしょうか。

 

 

『いや、違う……だろ?』

 

 

『同じです』

 

 

何だ何だ。蓮太郎が首を横に振っているのにリサは自信満々に肯定している。

 

 

『えぇ……じゃ、じゃあとりあえず……答え……言わなくてもいい……言わない方がいいかもしれない』

 

 

どんだけ歯切れが悪いんだよ。一体どんな解答をした。円盤だからUFOってオチはないよな?

 

 

 

 

 

『リサは答えます———オ〇ニーグッズだと!』

 

 

 

 

 

―――とんでもねぇ下ネタぶち込んで来たぞあのメイド。

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

当然慶吾は戦慄していた。ポカーンと口を開けながら真っ青な顔。人ってこんな表情もできるのか。

 

 

『『『違うよね!?』』』

 

 

会場全体からの全否定。その気持ちは我々も同じです。だが「いいえ」とメイドはそれを否定する。

 

 

『そんなわけありません! 優子様と七罪様はまだ(けが)れを知らない女性だから男の性欲を理解していのです!』

 

 

「……優子はちょっとイケない方向で穢れているけどな」

 

 

ボソッと呟いた大樹の声は二人には届いていない。

 

 

「詳しく」

 

 

「黙れクソ医者」

 

 

一番いらない奴の耳には届いていた。

 

 

『待て待て!? 同じ男で同年代の俺が言うが、あんまり過ぎやしねぇか!?』

 

 

レオの反論に慶吾が何度も頷いていた。

 

 

『? ……ポニー様は、ポニー様ですから関係は全くないのでは?』

 

 

『どういうことだよ!? 本当に何!? 俺のポニーってどんなカテゴリに属しているんだよ!?』

 

 

ポニーはポニーだろ(適当)。

 

 

『アニメの円盤をそんな風に言うのは失礼じゃないのか? というか正解したんだから素直に引いてくれてもいいじゃないか?』

 

 

『あっいえ、緑チームの方がそういう人なのでそう答えています。青チームがそう言う解答をしていたら素直に下がりますよ』

 

 

『えっと、つまり……緑チームを選んだ奴が変態だと?』

 

 

勿論(もちろん)です』

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

「あのメイド、絶対に殺してやる……」

 

 

「そうやってリサの手の平の上で踊らされているんだよお前は」

 

 

何百人と殺せてしまうくらいの殺気をバンバン出しているが、室戸医師は平気そうな顔をしているので放置する。

 

 

『……話がヤバイ方向に行きそうだから解答終了! 次だ!』

 

 

さすが蓮太郎。危うく収拾不可能な領域まで足を踏み込む所で話を無理矢理曲げた。

 

その声に応えるように元気よく立ちあがったのはレオ。グッと拳を握りながら答えた。

 

 

『黄色と緑は当然外したが、青チーム自身の解答は自信あるぜ! ズバリ、漫画本の大人買い!』

 

 

「ポニィーッ!」

 

 

両手を挙げて喜ぶ原田。喜びを全身で表していた。

 

 

『正解! どうして分かったんだ? 趣味の話でもしたことがあるのか?』

 

 

『実は前にい〇ご100%を貸したことがあってな。漫画好きだからな、アイツは』

 

 

『『『『『……………』』』』』

 

 

―――軽い沈黙に包まれているぞ会場。

 

ドヤ顔で語っているレオだが、こちらの空気も冷めていた。

 

 

「お前はジャンプのエロ枠を抑えなきゃならない使命感でもあるのか?」

 

 

「そんなわけないだろ」

 

 

「……もし乳首描写禁止になったらどうする」

 

 

「編集者を皆殺し」

 

 

「狂気のサイコパス変態だよお前」

 

 

「別にいいだろ! 思春期の男なら当然の反応だ! むしろお前はどうなんだよ!」

 

 

「逆ギレかよ。いや、俺はコンビニで堂々とエロ本買える男だから……」

 

 

「何でそこは恥ずかしがらない!? ふざけるな〇〇〇野郎!!」

 

 

「リサの下ネタを越えた発言はやめろ」

 

 

俺たちの会話に室戸医師は大爆笑。腹筋が死にそうになっているが、無視無視。

 

会場はどうなったのか気になる。蓮太郎が上手い切り返しできていればいいが……

 

 

『待て。いち〇100%は神作だと俺も思う。責めないでやってくれ』

 

 

「「お前も流れに乗るのか!?」」スパアアアアアァァァン!!!

 

 

「激しく同意」

 

 

大樹と慶吾にはケツロケット。原田は力強く頷いていた。何だコイツらの団結力。蓮太郎も変態になるぞ。というかまたマイナス点だちきしょう。

 

 

『これ以上の追及はなしにする。馬鹿な事を言った奴は司会者権限でマイナス10する』

 

 

『『『『『横暴だ!?』』』』』

 

 

いや力でねじ伏せるなよ。どんだけ好きなんだよ。俺も好きな作品はあるが、そこまでするのか。

 

 

『解答の続きをしてくれ青チーム。間違いでも続けて構わない』

 

 

『ああ、大樹のとこだろ。黄色チームは無難にゴムと考えてた』

 

 

「無難って言葉を辞書で調べろゴラァ!! 童貞に何てことを言い出してんだ!?」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

サラリと最低最悪なレオの発言に俺は立ち上がった。クソッ、優子とリサの反応は———ん、意外と薄い?

 

 

『大樹君にそれは……ないわよ』

 

 

『さすがにリサもないと……』

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

それはそれで酷いと思いませんか? 俺の事をよく分かっているのは伝わりましたが、あんまりでしょ。

 

しかし、それはこのゲームで最大の悲劇を生む引き金となった。

 

 

 

 

 

『———確かに、大樹のファーストキスはッ……私だから……きゃっ!』

 

 

 

 

 

「「「ブフォ!!!!!????」」」

 

 

『『『『『!!?!?!!?』』』』』

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

双葉の発言で三人の男は噴き出した。ケツロケットも見事に受けているが、見事にとんでもないことになろうとしていた。

 

優子とリサの表情はもう言葉で表現できないくらい怒っている。大樹は頭を抱えながら叫んでいた。

 

 

「本編でも一番言っちゃいけないことを言いやがったぁ!!」

 

 

「不味いだろ!? 大樹が女の子たちと破局する未来が少し見え―――!」

 

 

「やめてくれぇ!!!!!」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

大樹と原田が大声を上げながら二度目のケツロケットを受ける中、慶吾もケツロケットを受けていた。

 

 

「そうだ———分子レベルまで切り刻んでやる」

 

 

ただし―――おっそろしぃ呪詛を吐きながら近づいて来た。

 

 

「待て待て待て! アレは感動シーンだろ!? 許せるキスという奴で別に浮気とか―――!」

 

 

「大樹! 普通に言い訳が苦しいぞ!」

 

 

「うるせぇ死人! 童貞確定のお前に何が分かる! 悔しかったらおっぱいの一つでも揉んで見せろ!」

 

 

「はい戦争! よし宮川! 俺もコイツを殺す! 分子レベルじゃ温い! 概念存在が消えるまで切り刻むぞ!」

 

 

「双葉に手を出した罪、お前らの命で償え!!」

 

 

「大樹じゃなくて、何か俺も巻き込まれたぁ!?」

 

 

スパアアアアアァァァン!!! スパアアアアアァァァン!!! スパアアアアアァァァン!!!

 

 

何度もケツロケットが炸裂する中、会場でも騒ぎが起きている。

 

 

『どうして大樹君はいつもいつもいつも! 一緒にお風呂まで入ったのに、どうしてあんなに奥手なのかしら!? 大事にしたいならもっと強引に―――!』

 

 

『酷いです! リサもお情けが欲しいというのに、先に他の女性に手を出すなんて……リサは、リサは……!』

 

 

『お、落ち着いて!? 大樹君はその……ヘタレだから! その時になればきっと―――!』

 

 

「ってほとんど俺のことじゃねぇか! あああヘタレな俺を許してぇ!」スパアアアアアァァァン!!!

 

 

________________________

 

 

 

 

『……あのさ』

 

 

蓮太郎が呟いた。

 

 

『減点の限度にも、普通さ、あるだろ?』

 

 

黄色チーム -85点

 

青チーム  -60点

 

緑チーム  -57点

 

 

『『『『『すみません』』』』』

 

 

「「「……………」」」

 

 

会場は全員が腰を90度に曲げて謝罪。大樹たちは尻から煙が出る程の重傷を負っている。

 

あの騒動だけで彼らの尻は燃える様に力尽きていた。

 

 

『……とりあえず騒動が起きる前の点数に戻す。無茶苦茶になり過ぎだ』

 

 

『『『『『すみません』』』』』

 

 

「「「……………」」」

 

 

無論、室戸医師は笑い過ぎて死にそうになっている。

 

 

黄色チーム -13点

 

青チーム  -10点

 

緑チーム   -4点

 

 

おいおい嘘だろ。今の騒動で72回もケツロケット食らったの? ヤバいだろ。

 

 

『ここで確認したいことがある。大樹、生きてるか?』

 

 

「命の危険がある罰ゲームってかなりヤバイよな。生きてる生きてる」

 

 

その時、原田と慶吾は目を疑った。とんでもない光景を目の当たりにしたのだ。

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

「は? どうしたお前ら?」

 

 

「だ、大樹……本当に大丈夫、なのか?」

 

 

「……無理はするな」

 

 

いきなり心配されて怖いんですけど。

 

会場のモニターも戦慄していることに気付いた。どうやら俺の姿が一時的に映されているようだが、異変に気付いた。

 

 

「え」

 

 

―――尻から大量の血を流している自分の姿を見て。

 

 

『あー……大樹? 生きているよな?』

 

 

蓮太郎の顔は真っ青。尻に手を当てると生暖かい感触と―――もうやめよう。

 

思考放棄した俺は高らかに叫ぶ。

 

 

「【神の加護(ディバイン・プロテクション)】!!」

 

 

一瞬で尻の怪我を回復する。そして血に濡れた服を脱ぎ捨てると同時に、

 

 

「【創造生成(ゴッド・クリエイト)】!!」

 

 

神の力で服を創り出す。文月学園の制服に早着替えした。

 

 

「心配するな! ちょっとウ〇コを漏らした程度だ!」

 

 

「いや真っ赤だけど……想像を絶する赤さだけど」

 

 

震える程ドン引きしている原田。脱いだ服はモザイクをかけなくてはいけないレベル。すぐに【神刀姫】を取り出して焼却した。

 

会場は静まり返っている。まるで葬式でもあったかのような雰囲気だ。

 

 

「……いつものように規格外な俺を見て笑えよ」

 

 

『そう、だな……そうだよな』

 

 

歯切れの悪い返事はやめなさい里見君。無理している感じ出さないで。同情の眼差しでこっちを見ないでぇ!

 

とりあえず尻から血がブッシャー事件は閉幕。席に着いてゲームを再開する。

 

 

『青チームが緑の解答をするんだよな』

 

 

『悪いが俺たちは疲れた。パスで良い』

 

 

レオたちは首を横に振りながら解答を投げる。蓮太郎もそれには納得していた。

 

 

『黄色と同じでゴムって書いている時点で答える気ないだろ』

 

 

『大樹より線はあると見ている』

 

 

「アイツも殺すべきだな」

 

 

動揺はしなかったものの、慶吾の怒りは買っているようだ。さすがポニー。

 

次で最後の問題となる。最下位はもちろん俺。いやもちろんじゃないから。ヤバいって。負けたくない。

 

 

『最後の問題は特別に正解すれば3点。まぁこれだけ差があるなら問題無いから……大樹頑張れよ』

 

 

「俺の尻を思い出すな尻を」

 

 

(ケツ)だけに?」

 

 

「原田。殴るぞ」

 

 

『問題はこれだ!』

 

 

蓮太郎の呼びかけと共に現れる問題内容。だが突如、画面が暗転した。

 

機械の故障かと疑っていると、室戸医師が立ち上がった。

 

 

「ここから、君ッ……たちにもッ……参加するゲームッ……くふッ……!」

 

 

「「「笑ってんじゃねぇよ」」」

 

 

恐らくこのゲームで一番楽しんでいるのは彼女だろう。人の不幸を笑いやがって。

 

 

「今からこの学校内にある問題を探して来て貰う。制限時間もあるから注意したまえ」

 

 

「ッ! なるほど、多く探して多く見つけて、多く答えることができたら逆転を狙えるのか!」

 

 

大樹の言葉に室戸医師は頷き、原田たちは渋い顔をした。大樹でも逆転できる可能性があることに嫌だと思うのは当然。

 

 

「それと朗報だ」

 

 

―――室戸医師の一言。それは三人の殺気を爆発させるのに十分だった。

 

 

「暴力は有りだそうだ」

 

 

「【神刀姫】」

 

 

「【天照大神(アマテラスオオミカミ)の剣】」

 

 

「【冥銃ペルセフィネ】」

 

 

ゲーム開始一秒後には血を流す争いが始まろうとしていた。

 

大樹は両手だけじゃなく背後にも【神刀姫】を大量に展開している。原田も黄金色の輝きを放ちながら威嚇している。慶吾は禍々しい片手銃を握り絞めている。

 

 

「冗談だ」

 

 

「「「チッ」」」

 

 

この学校どころか世界が大変になるような喧嘩をさせるわけがない。三人は舌打ちしながら武器を直した。

 

 

「さて、ゲームを開始するのだが……問題が発生した」

 

 

「あ? 何だよ」

 

 

「次回に続く」

 

 

「えー」

 

 

―――『次回! 大樹、爆散! お楽しみに!』

 

 

「変な予告出してんじゃねぇよ」

 

 

「お前も俺に対してやっただろ」

 

 

 





現在のケツロケット回数

楢原 大樹 137回

原田 亮良 116回

宮川 慶吾  90回


「「「狂ってやがる」」」




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連続問題で絶対に動揺してはいけない24時!

作者から一言。


―――「明らかに一人違うんだわ」


【問題】

 

『第二次世界大戦でドイツ軍が得意とした爆撃、機甲師団の連携による戦術を何でしょう』

 

 

楢原 大樹の答え 「電撃戦」

 

先生のコメント 正解です。相変わらず歴史などの教科は強いですね。

 

 

宮川 慶吾の答え 「超大虐殺」

 

先生のコメント 戦術名を答えてください。

 

 

原田 亮良の答え 「スーパーキングボルトファイア」

 

先生のコメント 適当過ぎる解答も控えてください。

 

 

室戸 菫の答え 「ゾンビアタック」

 

先生のコメント 戦争でゾンビは出て来ていません。

 

 

________________________

 

 

「―――このクソォ!!」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

尻を叩かれながら紅蓮の炎の中を駆け抜ける。先程まで普通の廊下だったはずなのに、おかしいだろ!

 

新しい服は燃え尽き、パンツだけになってしまう主人公。火災の原因は目の前に居る敵のせいだ。

 

 

「やっふうううううゥゥゥ!!」

 

 

ランタンを持ったカボチャのお化けが道を邪魔している。そう———コミュニティ【ウィル・オ・ウィスプ】、ジャック・オー・ランタン。

 

ウィラ=ザ=イグニファトゥスの大傑作ギフトと呼ばれる不死の怪物。到底、常人が相手にできるわけがない。

 

 

「こんのッ!!!」

 

 

とっくに大樹は『常人』の枠から外れているが。

 

全てを灰にする火炎程度じゃ大樹には無力。炎の中を突き進み、ジャックの頭を掴んだ。

 

 

「【神爆(こうばく)】!!」

 

 

「ちょッ―――!?」

 

 

そこまで本気になる!?という言葉は言えなかった。既に視界は白銀の世界へと飲み込まれてしまっていた。

 

大樹たちが戦うのは禁止されているが、彼らと戦うことは禁止されていない。その説明をされていない状態でジャックに遭遇したため、先手を取られてしまった。

 

だが、ここまでだと大樹は笑う。

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!

 

 

廊下が盛大に爆発するが、何かしらの恩恵が働いているのか窓しか割れていない。校舎に対してどんな恩恵を使っているというより、ジャックを校舎内に配置しているクレイジー運営に文句を言いたい。

 

ジャックを倒した大樹はその場で一息をつく。窓から飛んで行ったジャックがここに戻って来ることはないだろう。

 

 

「こ、この教室か? ジャックが守っていたのは……」

 

 

パンツだけになったが、問題の確保を先にするべきだろう。気配は無いが、横取りされる可能性だってある。

 

教室に入ると机が一つ。その上にはパネルが一枚置いてある。それに触れるとアナウンスが流れた。

 

 

『最初に問題を手に入れたのは大樹だな。それじゃあ―――って何で裸だ!?』

 

 

「蓮太郎か……え? まさか向うで中継されている感じ?」

 

 

ふと教室の後ろを見ればFクラスで見たモニターが設置されている。気まずい表情の蓮太郎を見て察する。

 

 

『……ああ』

 

 

「そうか……まぁ別にいいけど。ここに来る途中、燃やされたんだよ」

 

 

普通の人間は燃えたら死ぬ。器用にパンツだけ無事なのは大樹だけである。

 

蓮太郎にパネルをめくれと指示されたのでめくる。そこには問題が書かれていた。

 

 

【VS魔王アジ=ダカーハ。勝つのはどちらか予想する】

 

 

「いやちょっと待って洒落にならない」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

トチ狂っているとしか思えない問題内容に大樹は顔面蒼白。首を何度も横に振って駄目だと言っているが、

 

 

『……というわけで大樹には今から魔王アジ=ダカーハと戦って貰う。黄色チームはどちらが勝つか予想してくれ』

 

 

「待ってよおおおおおおおお!!!」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

既にポイントを獲得しても±0まで動揺している大樹。パンツ一丁の規格外が更なる規格外に挑むゲームに同情するしかない。

 

しかし、優子は違った。

 

 

『負けるわけないわ。だってアタシの……』

 

 

頬を赤らめて、恥ずかしそうに告げる優子に、大樹の心は変わる。

 

 

『だ……旦那様……だもんッ……』

 

 

「来いよ魔王。もう一度お空の星屑(ほしくず)にしてやるからよ」

 

 

『……自分で言ったけど、やっぱり大樹君チョロイわよ』

 

 

人類最終試練(ラスト・エンブリオ)だろうがローストビーフだろうが関係無い。全員叩きのめす。

 

アジ=ダカーハでもミ〇ター(あじ)っ子でもかかってこい。まとめて相手になる。

 

……こうして大樹は別空間に飛ばされ、アジ=ダカーハと戦うことになったのだ。

 

世界崩壊級の戦いは、残念ながらカット多めである。

 

 

________________________

 

 

 

【問題】

 

『人が生きていく上で必要となる五大栄養素を全て書きなさい』

 

 

里見 蓮太郎の答え 脂肪、炭水化物、タンパク質、ビタミン、ミネラル

 

先生のコメント お見事です。意外と博識なのですね。

 

 

西城 レオンハルトの答え 炭水化物、水、食欲、睡眠欲、性欲

 

先生のコメント 途中から欲求に変わっていることに気付いてください。

 

 

木下 優子の答え 脂肪、タンパク質、ビタミン、ミネラル、大樹

 

先生のコメント あなたが楢原君の影響を受けつつあることに心配し始めています。

 

 

楢原 大樹の答え 美琴、アリア、優子、黒ウサギ、真由美、ティナ、折紙

 

先生のコメント 木下さんの答えを見た後、そんな気はしていました。

 

 

________________________

 

 

 

「ぜぇ……はぁ……ぜぇ……はぁ……!」

 

 

息を荒げながら廊下をズンズン進む原田。彼の服はびしょびしょに濡れており、散々な事になっているのは見て分かる。

 

 

「ね、ねぇ? 本気じゃないでしょ? 遊びで水を大量に流しただけだから、ね?」

 

 

「廊下に激流をぶちかますのが遊びか……ほう」

 

 

涙目で震えた声を出すのは水の女神(笑)のアクアだった。彼女はこちらに走る原田に向かって滝のように水をぶつけたのだ。

 

最初はゲラゲラと女神あるまじき爆笑を見せていたが、怒気を纏い水を蒸発させた原田に戦慄することになった。

 

 

「反省するわ。ごめんなさいして仲直り―――」

 

 

「激流が遊びなら……ちょっとのことは大丈夫だろぉ……!」

 

 

「あああああ待って! 調子に乗った私が悪かったから止めて! お願いだから出番が全くなかったとかもう気にしてないから止めてぇ!!」

 

 

―――原田は容赦無く、アクアを窓から投げ出した。時速九十キロ。距離にして二キロ。水の女神が大好きな湖に向かって投擲した。

 

 

「……この部屋か」

 

 

水浸しになった部屋へ入ると、中には一つの机が置かれている。机の上に置かれているパネルが問題なのだろうと推測する。

 

 

『……次に問題を手に入れたのは原田だな』

 

 

やけにテンションが低い蓮太郎の声。教室の後ろにはモニターがあるが、様子がおかしい。

 

 

「どうした? 次ってことは最初じゃないのか」

 

 

『……最初は大樹が手に入れた。人類最終試練(ラスト・エンブリオ)って奴と戦っているんだが……』

 

 

「問題ってそんなに難易度高いのか!?」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

ゲームしているだけなのに世界を救おうとしている奴が居る。それがビックリで仕方ない。

 

まさかと俺もか!?と原田はふと思い、パネルを急いでめくる。

 

 

【狙撃】

 

 

「——————は?」

 

 

たった二文字。簡単な言葉だけが書かれていた。

 

しかし、身体能力の高い原田はすぐに自分が狙われていることを察する。

 

 

ガキュンッ!!

 

 

間一髪。服を脱ぎ捨てて防御に使った。銃弾は服を貫通し、原田は逃げることに成功。

 

 

『今から十分間、狙撃手がお前を狙うから全力で逃げてくれ』

 

 

「くっ、大樹よりマシか」

 

 

魔王と戦うより百万倍マシな条件に原田は口元を緩ませる。しかし、モニターに映る狙撃手一覧に表情を歪ませた。

 

 

『今回の参加者はレキ、セーラ・フッド、ティナ・スプラウト、福山(ふくやま) 火星(ジュピター)、時崎 狂三、サトウ カズマ、大樹製作自動照準狙撃マグナムブラスターだ。最後は機械だが気にするな』

 

 

「気にする気にする気にするからなぁ!!??」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

―――難易度設定を明らかに間違えていると原田は確信した。

 

レキとセーラは狙撃の名手なのでまだ良し。ティナも火星(ジュピター)さんも全然許せる。だが精霊の力を持った奴と出番が一回しかなかった奴、そして大樹の置き土産はくたばれと思った。

 

 

『ここで全ての弾を避けることができたならポイント獲得だが……青チームはどう予想する?』

 

 

レオと七罪はお互いに顔を合わせた後、頷いた。

 

 

『『無理(笑)』』

 

 

『だそうだ……くっ』

 

 

「絶対に避けてやるからなぁ!!!」

 

 

嘲笑う奴らに原田は激怒。意地でも避けてやろうと本気を出す。

 

しかし、銃弾の雨、矢の雨、ビームの雨、特に大樹の製作した精霊の霊力を使った機械は原田の身を焦がしたのであった。無念。

 

 

________________________

 

 

【問題】

 

味噌(みそ)に足りない栄養素と、それを補う為に味噌汁に入れると良い具材の例を挙げなさい』

 

 

リサ・アヴェ・デュ・アンクの答え ネギ、タマネギ、春菊(しゅんぎく)。ビタミンCが含まれる野菜など。

 

先生のコメント 完璧な解答です。楢原君以来の調理点数が高いです。

 

 

宮川 慶吾の答え レモン

 

先生のコメント 味噌汁には合いません。

 

 

西城 レオンハルトの答え ビタミン剤

 

先生のコメント 力技で解決せず、食材で答えてください。

 

 

楢原 大樹の答え 嫁の愛情

 

先生のコメント ロマンチックに答えても駄目です。点数の高かったあの頃の君はどこへ行ったのでしょう。先生は少しガッカリです。

 

 

 

________________________

 

 

 

 

「フッ!」

 

 

ズシャズシャッ!!

 

 

地面から突き出される黒い槍を回避する慶吾。連続で繰り出される攻撃を紙一重で避けている。

 

敵対するのは【箱庭の騎士】と呼ばれた純血の吸血鬼―――レティシア=ドラクレア。

 

呼吸に合わせて攻撃を回避し続ける慶吾。しかし着実にレティシアとの距離を縮めていた。

 

 

「やるな! だが、これならどうだ!」

 

 

彼女の影から作られる攻撃の刃に慶吾は目を見開く。攻撃の勢いが更に増したのだ。

 

影の槍の数、一撃一撃の重み、強者による圧撃が慶吾を襲う。

 

 

「ッ!!」

 

 

しかし、慶吾もまた強者の一人だ。

 

 

ゴシャッ!!

 

 

無数の槍が慶吾の体に突き刺さる。痛みに顔を歪めることなく影の中に手を入れた。

 

不快な音と共に、何かを掴む慶吾にレティシアの表情が変わる。

 

 

(ギフトを掴んだ!?)

 

 

対して慶吾は不敵な笑みを浮かべた。

 

影の中に手を入れたまま、ブンッ!とそのまま腕を横に振るう。するとレティシアから伸びた影も曲がり、レティシア自身も動かされる。

 

よろめくレティシアに、慶吾は隙を逃さない。

 

 

ガチャッ!!

 

 

「—————」

 

 

一瞬。目を離しただけで、レティシアは慶吾の姿を見失った。

 

そして一瞬。後頭部に銃口を突き付けられていることを理解した。

 

僅か一秒にも満たない油断がレティシアの敗北へと(いざな)われたのだ。

 

 

「何をッ……したんだ……」

 

 

「言うと思うか?」

 

 

慶吾は告げる。銃口を更に強く突き付けながら。

 

 

「———本編が控えているのに、番外編で言うと思うか?」

 

 

レティシアは絶句した。メタい。

 

 

「……撃たないのか?」

 

 

「……いや」

 

 

慶吾は更にもう片方の手に銃を握り絞める。二挺拳銃をレティシアの後頭部に突き付けて、

 

 

「番外編で死んでも、本編には影響が無いと聞いた。覚悟して———」

 

 

ダッ!!!!

 

 

全速力でレティシアは逃げ出した。

 

銃を乱射して慶吾は逃がさないようにしたが、さすが箱庭の騎士。器用に弾丸を影に取り込んで抑えていた。

 

 

「チッ」

 

 

時間が惜しいと感じた慶吾は追いかけることはしない。教室の中に入り、置いてあるパネルを取ろうとする。

 

 

『意外と遅かったな。三人の中では最後だぞ』

 

 

蓮太郎の声が響く。アナウンスと共に、後ろのモニターに映像が出されていた。

 

あの最悪の二人より遅い事に苛立った様子を見せるが、

 

 

『まぁ一人は世界の命運が懸かるような奴と戦っているし、一人は弾丸のハチの巣になったから、一番ポイントが多い緑チームは多分大丈夫だろ』

 

 

「……………」

 

 

最早何も言うまい。「いつものことだ」と片付けていれば良い。

 

今手に触れているパネルがとても不安な気持ちにさせるが、めくらなければ始まらない。

 

動揺しなければ……この勝負は余裕で勝てるのだから。

 

 

【ポッキーゲーム VS安川(やすかわ) 刻諒(ときまさ)

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

さて、余裕とは一体何なのか?

 

貴族のような豪華な装飾品を身に着けた男。名古屋武偵男子校———【(フラト)】と呼ばれた最強武偵。

 

かつて大樹と共に世界を敵に回した仲間の一人。彼は堂々とポッキーを口に咥えながら入室。

 

 

「さぁ勝負だ! 軽く一箱分はできるぞ!」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

ダッ!!!!

 

 

超本気の全速力で慶吾は逃げ出した。

 

 

________________________

 

 

【問題】

 

『幼い頃に親しくしていた人の事を何と呼びますか』

 

 

木下 優子の答え 幼馴染。

 

先生のコメント 正解です。

 

 

里見 蓮太郎の答え 社長

 

先生のコメント 違います。

 

 

楢原 大樹の答え 大切な存在だったのに、今では悪魔にしか見えません。

 

先生のコメント 何故感想を? それと何があったのですか?

 

 

宮川 慶吾の答え 元気にキャピキャピしている姿を見ると頭が痛い。

 

先生のコメント だから何があったのですか?

 

 

阿佐雪 双葉の答え 幼馴染。

 

先生のコメント (大樹と書かれた答えが消されていることには触れないで置きます)

 

 

________________________

 

 

 

―――三頭龍の咆哮が轟く。

 

鼓膜どころか建物すら破壊する衝撃に大樹はビクともしなかった。まるで効いていない。

 

光輝く刀を横に振るう。音速を超える斬撃波が三頭龍の胴体を引き裂こうとしていた。

 

 

ザシュッ!! ドゴオオオオオオオオォォォ!!

 

 

最強の魔王は避けない。大樹の斬撃を正面から受け止めてニヤリと笑う。斬撃の余波で三頭龍の背後は何もかもが真っ二つになっているにも関わらず。

 

三頭龍の無傷に大樹は舌打ちをした。

 

 

「……何か強くなってねぇか?」

 

 

『無論。悪は潰えれば潰える程、(のち)に返り咲く。語り継がれる非道は伝説へと成る……英雄の話など人の心には残らん。恐怖による支配、残虐の数々の方が頭に残るのは道理』

 

 

「確かに。良い事は忘れやすいが、恐怖は絶対に忘れない。だけど、やっぱり駄目だな」

 

 

首を横に振りながら大樹は否定する。刀を両手に握り絞め、悪の魔王に立ち向かう。

 

 

「恐怖を乗り越えてこそ、人は強くなる。全員がいつまでも臆病なままでいると思うなよ!」

 

 

『ククッ、クッックックッ……そうだ、そうだ。我が(しかばね)を踏み越えし英雄は、他とは違う』

 

 

―――魔王アジ=ダカーハは、超越(ちょうえつ)する。

 

最強の英雄に牙を立てる。その体に恐怖を刻む為に、心を打ち砕く為に、挑戦させる。

 

人類最終試練(ラスト・エンブリオ)の魔王として、絶対悪を討ち倒す最強の為に、魔王は覇者となる。

 

 

ドクンッ……!

 

 

三頭龍の白い体が真紅の色へと染まる。血よりも赤い、紅の肌へと。

 

 

『……………一つ聞こう』

 

 

「何だ?」

 

 

魔王の問いは、簡単な物だった。

 

 

 

 

 

『———何故裸なのか』

 

 

「うるせぇ黙れ殺すぞボケナス馬鹿野郎」

 

 

 

 

 

英雄が残っている装備は土で汚れたパンツのみ。伝説の鎧とか要らないから。

 

服を燃やされた後にここに飛ばされたのだから仕方ないだろう。服を生成する時間も無いまま戦闘になったのだから。

 

 

「じゃあ着ていいか?」

 

 

『……早急にな』

 

 

アジ=ダカーハの許可を得た俺は服を着る。ただし、着るのはTシャツではない。

 

―――最強の服だ。

 

 

「ありがとよ、【制限解放(アンリミテッド)】」

 

 

『ッ!?』

 

 

白銀の着物に身を包み、緋色の長い帯を巻いた最強の鎧———神の衣を身に纏った。

 

既に逸脱した常軌から更に逸脱する力。規格外へと進化する。

 

 

「【神装(しんそう)光輝(こうき)】!!」

 

 

―――英雄は再び、伝説を作ることになる。

 

 

________________________

 

 

 

【問題】

 

『物体Aを燃やすと二酸化炭素と水が発生しました。物体Aを答えなさい』

 

 

楢原 大樹の答え 有機物

 

先生のコメント 一瞬あなたの名前を見ただけでバツを付けようとしました。正解です。

 

 

原田 亮良の答え 情熱

 

先生のコメント この解答は嫌いじゃないです。

 

 

西城 レオンハルト アナコンダ

 

先生のコメント 『物体A』は『アナコンダ』の『A』ではありません。

 

 

安川 刻諒の答え とりあえず大樹君

 

先生のコメント どんな信頼の仕方をしているのか見当も付きませんが、『とりあえず』の使い方を間違っています。

 

 

________________________

 

 

 

 

「酷い目に遭った……」

 

 

銃弾と矢の嵐にボロボロになった原田。最初の三分は避けることができたが、大樹の置き土産が最悪過ぎた。精霊の力を弾丸にできるとかチート過ぎる。

 

 

「……ん?」

 

 

廊下を歩いていると、仁王立ちしている二人の影を発見する。

 

 

「光の使者、ガストレアブラック!」

 

 

「光の使者、ガストレアホワイト!」

 

 

黒と白の衣装に身を包んだ。彼らの正体は———!

 

 

「「二人はガスキュア!!」」

 

 

「—————うっ」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

一瞬、原田の呼吸が止まりかけた。

 

 

「闇の力の(しもべ)たちよ!」

 

 

―――白い衣装をフリフリの付いたドレスを着ているのは片桐(かたぎり) 玉樹(たまき)

 

 

「とっととお家に帰りなさい!」

 

 

―――黒い衣装を着ているのが薙沢(なぎさわ) 彰磨(しょうま)

 

二人が決めポーズを取って待ち構えていた。

 

ストレートに言おう。マジキツイ。ガストレアを相手するより何倍もキツイ。

 

 

「……何でオレっちたち、こんな衣装を着てんだろ」

 

 

「言うな。考えたら終わりだッ」

 

 

どうやら顔色が悪いのは原田だけではなかった。彼らもまた被害者だった。

 

サングラスを掛けた男とバイザーを被っている男。目の保養どころか目に攻撃を受けるレベル。

 

しかし、この場で一番の被害者は怒りで我を忘れかけていた。

 

 

「目が……汚れるだろうが……!」

 

 

「「あッ」」

 

 

原田から溢れ出す殺気に二人の〇リキュアは察する。これ死んだわと。

 

野太い二人の男の悲鳴が廊下に響き渡った。

 

 

________________________

 

 

 

【問題】

 

『四大悲劇と呼ばれるシェイクスピアの戯曲(ぎきょく)を全て挙げなさい』

 

 

シャーロック・ホームズの答え ハムレット、リア王、オセロ、マクベス

 

先生のコメント 正解です。ですが名前は有名な探偵の名を使わず、自分の名前を書きましょう。

 

 

楢原 大樹の答え 原田、七罪、まさかの展開、南無三

 

原田のコメント おい。

 

 

原田 亮良の答え 慶吾、双葉、まさかの展開、南無三

 

慶吾のコメント おい。

 

 

宮川 慶吾の答え 楢原、結婚、まさかの展開、永遠の独身

 

大樹のコメント おい。

 

 

遠藤(えんどう) 滝幸(たきゆき)(バトラー)の答え 楢原ット、原田王、宮川セロ、ケツロケット千回

 

大樹・原田・慶吾のコメント

 

おk 表に出ろ。

 

 

________________________

 

 

 

一方、慶吾は敵を倒して二枚目のパネルを手に入れていた。ポッキーゲームなんて無かった。

 

 

【三つの料理の内、一つを食せ!】

 

 

『説明は不要だな。文字通り、今から教室に三つの料理を運ぶ』

 

 

蓮太郎の言う通り、三つの料理が運ばれて来る。しかし、料理は箱の中に隠れており、見えないようになっている。側面に番号が張られているぐらいだ。

 

 

『まずは一番。料理製作者は———姫m』

 

 

「パスだ」

 

 

姫路 瑞希(みずき)という名前を聞く途中から首を横に振る慶吾。危険察知が早い。

 

 

『そ、そうか……二番目の料理は———姫路が』

 

 

「ちょっと待て」

 

 

まさかの二回目。慶吾はストップをかける。

 

 

「どういうことだ?」

 

 

『……一番目の料理は姫路が目隠しで作った鍋。二番目は姫路が選んだ食材をミキサーにかけて作ったジュースなんだ』

 

 

「……………まさか」

 

 

『三番目の料理は……その……姫路の自信作らしい……』

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

―――究極完全的に詰んでいた。

 

どれを選んでも毒物を口にすることになる。大樹すら死に追いやると呼ばれる地獄の料理に慶吾は顔面蒼白。これが本当の『デッド・オア・デッド』。

 

このパネルを入手した時点で、彼の死は確定していたのだろう。

 

尻の痛みに顔を歪めながら、僅かな可能性を探ろうとする。

 

もし生き残ることのできる可能性があるのなら、目隠しなのではないか? 食材を適当に鍋に入れた『闇鍋』なら何とかなるのでは?

 

 

「……一番」

 

 

『……………本当に良いのか?』

 

 

―――宮川 慶吾、恐怖で息が止まりそうになる。

 

蓮太郎の表情は硬いどころか怖い。それを選んでしまえばバッドエンドに行きそうなくらい嫌な予感をさせていた。

 

ならばと慶吾は番号を変える。

 

 

「二番、に……する……は?」

 

 

モニターを見ていた慶吾の体が凍る。そこに映っていたのはミキサーだった。

 

ただし、それはドロドロに溶けて壊れたミキサーだ。

 

 

『……二番のジュースは特殊な素材で作られたコップに入れてある』

 

 

―――料理で器具が溶ける事案はテロと変わらない。むしろ化学兵器を作っているのでテロだ。

 

一番はヤバい。二番もヤバい。三番は決定的にヤバイというのに人生終わっている。

 

慶吾は考えることを放棄する。精神が耐え切れないと確信したからだ。

 

 

「……三番。三番にしてくれ」

 

 

『……………ああ』

 

 

蓮太郎は言わない。三番目の料理が最も危ないことを。

 

運営に指示されたのだ。三番の料理を食べさせるように。だから、仕方ないことなのだ。

 

三番目の料理。箱を開けると―――死と絶望と闇を混合させた物体が皿の上に置かれていた。

 

見た目は『楽園』と答えておこう。そう表現するしかない。逆にどう表現すればいいのか分からない。

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

匂いは素晴らしい。どうやら鼻は一瞬で殺されたようだ。

 

 

『……異世界の食材を贅沢に全てを使った料理の一品だ』

 

 

蓮太郎の言葉に鳥肌が止まらない。絶対にヤバイ。

 

皿の横には腐敗しかけた紙切れが一枚。そこには料理に使われた材料が書かれていた。

 

 

『魔術書三冊、火薬百グラム、濃塩酸少々、濃硝酸少々、水樹の苗一本、CAD一機、マカロン三つ(室戸医師提供)、飴玉(あめだま)、梅酒』

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

―――もう意味が分からない。

 

半分以上が食材じゃない件について。本をぶちこむ料理など聞いたことがない。火薬は調味料ではない。塩酸と硝酸で王水が完成している。水樹の苗は箱庭の恩恵で食い物ではない。CADに関しては機械物。室戸医師から提供されたマカロンは絶対に死体から出て来た物。唯一飴玉と梅酒だけが食材とは言えないがまとも食材だ。

 

 

『……どうやら姫路は全てが異世界の食材だと信じているせいで、こんな酷い事になったようだ。一番も二番も酷いが』

 

 

「……ゲームの辞退は?」

 

 

蓮太郎は泣きそうな顔で首を横に振った。

 

慶吾は絶対に口にしようとしない。するわけがない。自分から自殺するような行為を行うわけがない。

 

しかし、慶吾の手は動いていた。皿へと手を伸ばしている。

 

 

「ッ!?」

 

 

『めんご』

 

 

「め、冥府神ッ……貴様ぁああああああああ!!!」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

―――この日、尊い命が散ると同時に、新たな勇者が誕生したのであった。

 

蓮太郎は語る。恐らく、アレは人が世界の中で一番むごい死に方だと。

 

人に殺されるよりも、ガストレアに食われるよりも、絶望の中に立たされるより、一番酷い死に方だろう。

 

 

『……大樹級にヤバいパネルだった』

 

 

蓮太郎の言葉は、もう慶吾の耳には届かない。

 

 

________________________

 

 

 

【問題】

 

『次の英文を過去の文にしなさい。 I live in Tokyo.』

 

 

木下 優子の答え I lived in Tokyo.

 

先生のコメント 正解です。過去形を使った言い方の他に『I used to live in Tokyo.』も正解です。簡単でしたね。

 

 

原田 亮良の答え I live in Edo.

 

先生のコメント 東京の過去が江戸だったと伝えたいわけじゃありません。

 

 

吉井 明久の答え I live in Meizi.

 

先生のコメント そういうことじゃありません。

 

 

原田 亮良の二度目の答え I live in Naniwa.

 

先生のコメント 難波(なにわ)は大阪です。

 

 

吉井 明久の二度目の答え I live in Earth.

 

先生のコメント 地球で原点に戻らないでください。

 

 

 

________________________

 

 

 

―――魔王の一撃はまさに黙示録(もくしろく)の一ページに刻まれる規模だった。

 

咆哮すれば山は吹き飛び海は荒れる。死の産声が次第に聞こえるだろう。

 

竜の鉤爪(かぎづめ)が振り下ろされれば大地は裂け、雲は割れる。世界崩壊の足音が近づくのを耳にするだろう。

 

そして魔王の姿を目にすれば最後。明るい光を放っていた命の(ともしび)は掻き消えるだろう。

 

誰も勝つことが許されない。前に立つ事すら不可能とされる魔王に、一人の男は確かに立っていた。

 

 

『―――ガァアッ!!!』

 

 

三頭龍の(あぎと)が喰らい付こうとする。天地を食い砕く、獰猛(どうもう)な牙が遂に向けられた。

 

 

ドゴッ!!!

 

 

『ゴガッ……!』

 

 

その咢に怯むことも、臆することも無く、英雄は拳を下から空へと上げた。

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!

 

 

音が遅れて響き渡る。三頭龍の体は浮き、無防備な体を晒すことになる。

 

 

「【無刀の構え】」

 

 

魔王の一撃は山を砕く。だが英雄の一撃は―――

 

 

「【神殺天衝(しんさつてんしょう)】!!」

 

 

―――星々を砕く流星だ。

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!!!

 

 

『グゥウウウウウウッ!!??』

 

 

魔王の強靭(きょうじん)な肉体は簡単に(へこ)み、(はる)か後方へと吹き飛ばされる。

 

大樹の放った一撃に苦しむ三頭龍。人の体から自分とは桁違いな力を持っていたことに再度驚くことになる。

 

―――そうだ、この力に自分は敗北したのだ。

 

三頭龍はあの敗北からここまで這い上がって来た魔王なのだ。これがくだらないゲームの一部だとしても、三頭龍は二度目の敗北を許さない。

 

 

『フンッ!!』

 

 

息を噴き出すと同時に力を解放する。飛ばされた体は停止し、両腕を広げる。

 

紅い肌が更に赤く、赤く、黒に近い色へと染まる。赤黒い体に変貌していた。あの白い肌の面影はどこにもない。

 

悪行を為すことを目的とし、暴威を振るう為に生み出された魔王なのだ。

 

 

『【アヴェスター】起動―――相克(そうこく)して廻まわれ……!!』

 

 

(疑似創星図(アナザー・コスモロジー)】か!)

 

 

一度使用されたことのある大樹は察する。同じ口実に遠くから身を構える。

 

しかし、大樹の予想は糸も簡単に裏切られる。最悪な方向へと(こま)を進められるのだ。

 

火を尊び崇拝する『拝火教(ゾロアスター)』の加護を受けた絶対悪の炎は、神すら灰にする。

 

その炎が、更なる進化を遂げて爆誕する。

 

 

『【疑似創星図(アナザー・コスモロジー)崩壊終焉(カラプスエンド)】!!』

 

 

―――紅き三頭龍から放たれた獄炎。その地獄の業火は世界を包み込んだ。

 

 

________________________

 

 

 

【問題】

 

『ゾロアスター教が偶像の代わりに神聖視している礼拝の対象を答えよ』

 

 

楢原 大樹の正解解答 火。

 

 

 

原田 亮良の答え 刀。

 

大樹のコメント ワンピー〇ちゃうぞ。

 

 

宮川 慶吾の答え ……幻影の覇者?

 

大樹のコメント ……ああ、ゾロ〇ークか。いやポ〇モンも違うから。

 

 

西城 レオンハルト 機動戦士ガ〇ダ―――

 

大樹のコメント ゾ〇アットでもねぇよ! よく古いの知ってんな!

 

 

________________________

 

 

 

汚いプリ〇ュアを消毒(物理)した後、原田はパネルに置かれている教室に着いた。

 

まだ整わない呼吸で、息を荒げながらパネルを手に取る。

 

 

【サイコロ拷問】

 

 

「もうやだ……このゲーム、一番辛い……!」

 

 

泣きそうな声で顔を隠す原田。それでもゲームは続いてしまうのだ。

 

 

『ゲーム内容の発表だ。今から七罪にサイコロを一回だけ振って貰う。出た目の拷問を受けて貰うから覚悟してくれ』

 

 

原田は祈った。それもう祈りに祈りを捧げるくらい祈った。大樹の命を差し出すから助けてくれとも願った。

 

お願いだから優しくしてくれ。お願いだから生きさせて。

 

……まぁそんな願いが通じていたら、今までこんな悲惨なことにはならないだろうけど。

 

 

《1.ビリビリ! 結構痛いよ電気椅子!》

【インドラの槍】の電撃を拷問に活用することのできた画期的な電気椅子。極上の拷問を味わうことができます。ドM歓喜。

 

《2.アツアツ! マグマおでん》

五河 琴里製作のおでん。摂氏1200度を維持したまま食べれるおでん。これでリアクション芸人も、更なる人気間違いなし。

 

《3.絶対零度ツイスターゲーム》

白夜叉の協力の元、マイナス273℃の四色サークルマットの作成に成功。一度でも手か足を置くと二度と外れないので気を付けてプレイしてください。

 

《4.インデックスの禁書目録読書会》

インデックスが様々な本を音読します。今回の内容は禁書目録。聞くと普通に死にます。

 

《5.破滅の檻》

十分間、現在戦闘中の楢原 大樹と魔王アジ=ダカーハの世界にあなたを投げ入れます。(たわむ)れるのも良し、逃げるのも良し。しかし運営は一切の責任は取りません。

 

《6.スペシャル!》

拷問回数が一つ増えます! やったね!

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

―――まだ本物の地獄に落ちた方がマシだった。

 

地獄以上の絶望な内容に原田は涙をボタボタと流す。【インドラの槍】なんて大樹みたいにホイホイ受けて良い程、生温い威力じゃない。おでんに関しては口どころか体まで溶ける。絶対零度は凍って二度と動かなくなる。インデックスの音読は殺意が一番高い。普通に死ぬのか。破滅の檻は本気で死ぬだろう。というかまだ戦っているのか。最後は絶対に出してはいけない目だった。

 

 

「頼む七罪! 6以外……6以外じゃないと……死ぬッ!!」

 

 

『どれでも普通は死ぬからね!?』

 

 

驚きの声を上げているが原田の耳には届かない。必死に神へと祈りを捧げている。

 

蓮太郎にサイコロを渡される七罪の表情は硬い。しかし、六分の一を早々出すことは無いと首を横に振り、勇気を振り絞って(さい)を投げた。

 

 

―――当然、結果は『6』が出る。

 

 

「びゃあああああああああああああああああッッッ!!!」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

―――壊れた悲鳴を上げた。

 

彼もまた、地獄へと落ちて行くのだった。

 

 

________________________

 

 

【なぞなぞ問題】

 

『何も考えずに穴の下に居ると、何が見えるでしょうか?』

 

ヒント 何も考えないことを漢字で表すと?

 

 

阿佐雪 双葉の答え 窓

 

先生のコメント お見事です。何も考えない=無心=ムシン=『ム心』が『穴』の下に来ると『窓』という漢字になりますね。少し意地悪な問題でした。

 

 

楢原 大樹の答え あ た ま の わ る い ひ と

 

先生のコメント 鏡でも見ているのでしょうか?

 

 

原田 亮良の答え 拷問を受けた後なら自殺願望が見えて来ます。

 

先生のコメント 拷問を受けていませんし、見えてはいけません。

 

 

宮川 慶吾の答え そこはきっとゲロ袋

 

先生のコメント 吐かないでください。

 

 

吉井 明久の答え 穴

         無

         心

 

先生のコメント 力技で来ましたか。もう少し頭を柔らかくすれば見えていたかもしれないですね。

 

 

西城 レオンハルトの答え 穴無神

 

先生のコメント 宗教を不用意に増やさないでください。

 

 

土屋(つちや) 康太(こうた)の答え アナ ル

 

先生のコメント あとで職員室に来るように。

 

 

 

________________________

 

 

 

「……………」ピクピク…ピクッ……

 

 

―――宮川 慶吾は未だに倒れたままだった。

 

 

 

________________________

 

 

 

【問題 前編】

 

『楢原 大樹が女性との付き合いが下手な理由を答えなさい』

 

 

 

大樹「問題絶対おかしいだろ!?

 

 

 

御坂 美琴の答え 大樹は基本的に奥手。何かきっかけが起きるか、こちらから進めないと大樹は動かない。わたしたちを傷つけたくないという思いは立派であるが、慎重すぎるがゆえに―――

 

大樹のコメント 真面目に答えられてる!? ちょッ!? 本気でやめて!

 

 

神崎・H・アリアの答え 普段は女の子の前では良い所を見せようとするクセに、近寄ろうとすると距離を取るクセがあるのが問題ね。優しい仕草を見せているは、もしかしてわざと?

 

大樹のコメント 心がえぐれるぅ! 羞恥で存在が消えそうになるんだけどぉ! 違うの! ちょっと意識して恥ずかしくなっただけだから!

 

 

木下 優子の答え じゃあ最初に駄目な男を演じているのもわざと? 助けられた時に心を奪われてしまうのは、計画通りだったというの?

 

大樹のコメント さりげなく『心奪われた』って言うのやめて! 俺もちゃんと奪われているから! 世界の命運より君たちをずっと見ているから! もうこれでいいですか!

 

 

黒ウサギの答え 大樹さんがそんな器用な人に見えますか?(笑) 黒ウサギたちは大樹さんだからこそ、惚れたのですよ?

 

大樹のコメント あああああああああもおおおおおおおおおッ!!! 可愛いなおい!

 

 

________________________

 

 

 

魔王の業火は世界を灰にした。

 

文字通り、見渡す限り炎で埋め尽くされた世界が視界一杯に広がっている。生き物一匹、生きることを許されない世界へ変貌したのだ。

 

三頭龍の赤黒い体は未だに燃えている。黒い炎が身を包み込み、溢れ出る力を抑えきれず、持て余してしていた。

 

しかし、三頭龍の肉体には大きな傷があった。右肩から左脇腹にかけて斬られた傷がある。

 

 

『……フム』

 

 

三頭龍の首はそれぞれ別の方向を向いている。魔王はまだ探していた。

 

 

「―――上だよ馬鹿野郎」

 

 

『ッ!?』

 

 

ガギンッ!!

 

 

咄嗟(とっさ)の判断。頭上から聞こえた声にアジ=ダカーハは瞬時に防御態勢を整えた。両腕を交差して大樹の刀を受け止める。

 

しかし、攻撃は予想より何倍も重かった。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

三頭龍の足元に巨大なクレーターが生まれる。地面が大きく割れ、少しばかり足は地に埋まっていた。

 

一切合切の刃を通さない鋼のような腕がミシミシと嫌な音を立てている。刀が腕を斬り落とそうとしているのだ。

 

 

「オラァッ!!!」

 

 

ゴッ!!

 

 

『ぐッ!?』

 

 

刀を受け止めることに集中していたせいか、大樹の横蹴りに反応が遅れた。三頭龍の真ん中の首が九十度に折れ曲がる。

 

決定的な一撃には程遠い威力だが、三頭龍の見せる一瞬の隙が生まれた。

 

 

ズシャッ!!

 

 

生々しい音が響き渡る。三頭龍の左腕が切断されたのだ。だが左腕を犠牲にすることで右腕の切断は逃れる。

 

血の付いた大樹の唇がニヤリと笑う。だが三頭龍もまた、反撃の時を逃さない。

 

 

『ガアァッ!!』

 

 

「チッ!!」

 

 

左右の首が大樹を向き、龍の口を大きく開く。大樹を噛み潰すには距離が少し開いているが、全く関係なかった。

 

三頭龍の口の中には闇のような黒い炎が灯っていた。大樹に向かって吐き出そうとしていたのだ。

 

 

(避けれないッ……!)

 

 

アジ=ダカーハの牙を警戒したことが(あだ)となった。距離を僅かに開いていたせいで(あぎと)に攻撃を叩きこむこともできない。

 

回避不可。攻撃は間に合わない。ならばと大樹は刀に神の力を注ぎ込む。

 

 

ドスッ!! ドゴオオオオオオオオォォォ!!

 

 

大樹は持っていた刀を投擲。三頭龍の右の首に突き刺さり、そのまま闇の炎を誤爆させた。

 

三頭龍の左の口から遂に闇の炎が放たれる。

 

 

ギュォオオオオオオオオッ!!!

 

 

凝縮された力は光線のように放たれた。黒色の炎は大地を絶望の地へと染め上げるだろう。

 

 

「―――ハッ」

 

 

強大な力を前にしても、英雄から笑みが消えることはない。

 

 

「【神銃姫・火雷(ホノイカヅチ)】!!」

 

 

黄金の長銃を握り絞めて迎え撃つ。

 

 

「【神雷弾(しんらいだん)】!!」

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォッ!!!

 

 

銃口から放たれた一発の弾丸。宇宙すら貫く矛へと成った。

 

二つの力がぶつかる。神の奇跡すら超越した力に、悪魔すら泣き喚く恐ろしい力に、両者は一歩も譲らない。

 

 

「おおおおおおおおおおおおォォォォ!!!」

 

 

『オオオオオオオオオオオオォォォォ!!!』

 

 

世界のバランスをひっくり返してしまうような爆発が、両者を包み込んだ。

 

 

 

________________________

 

 

 

【問題 後編】

 

『大樹という言葉を使って楢原 大樹がここまで女の子に手を出さない理由を答えなさい』

 

 

 

大樹「だからおかしいだろ!?

 

 

 

七草 真由美の答え ヘタレ大樹君。

 

大樹のコメント 一言でまとめられた!? ごめんなさいねヘタレで!

 

 

ティナ・スプラウトの答え 大樹さんとの身長差があるせいかと。

 

大樹のコメント どちらかというと年齢だわ。

 

 

ティナ・スプラウトの二度目の答え ……アリアさんよりはナイスバディになりますよ。

 

大樹のコメント 頼むから本人の前では言わないでね。

 

 

鳶一 折紙の答え 私たちの持つ大樹力が不足しているため。

 

大樹のコメント また新しい用語を……ホント作るやめて? 恥ずかしいから。

 

 

御坂 美琴の答え 大樹力が足りないかもしれない。

 

神崎・H・アリアの答え 大樹力不足。 

 

木下 優子の答え 大樹力が無いせいね。

 

黒ウサギの答え YES! 大樹力ですね!

 

 

大樹のコメント なんで君たち普段から使っているような感じで解答してるの!?

 

 

________________________

 

 

 

『―――次は黄色だ』

 

 

「う、う、動けぇええええ!! 俺の右手あああああああ!!!」

 

 

絶対零度ツイスターゲーム、なう。

 

 

________________________

 

 

 

【問題】

 

『「シンプルさは究極の洗練である」で有名な言葉を残したイタリアのルネサンス期を代表する史上最高の芸術家の名を答えなさい』

 

 

リサ・アヴェ・デュ・アンクの答え レオナルド・ダ・ヴィンチ

 

先生のコメント 正解です。彼の名は有名でありますが、彼の残した言葉は世間にあまり知られていないようです。

 

 

吉井 明久の答え モナリザ

 

先生のコメント 惜しいッ。それは彼が描いた絵です。正しくは『モナ・リザ』です。

 

 

原田 亮良の答え ダ・ヴィンチちゃん

 

先生のコメント 馴れ馴れしい上に性別も違います。

 

 

楢原 大樹の答え もしかしたら俺

 

先生のコメント 違うと断言します。

 

 

________________________

 

 

 

「……………」ピクピク…ピクッ……

 

 

―――宮川 慶吾は未だに倒れたままだった。

 

 

 

________________________

 

 

 

【問題】

 

『あなたが思う歴史史上最強の人物を答えなさい』

 

 

 

ほぼ全員の解答 楢原 大樹

 

 

大樹のコメント あ、うん……

 

 

 

 

________________________

 

 

 

「………………ごふッ」

 

 

血を吐き出しながら片膝を地に着く。目の前に居るアジダカーハも両膝を着いていた。

 

互いに重傷を負う程のぶつかり合いだった。一帯は終焉と呼べるほど死んだ大地へと変わり果てている。

 

 

(心臓はまだ動いている……下手すれば死んでいたな……)

 

 

【神装・光輝】が身を守ってくれなければ敗北していただろう。体の骨は何本か折れているが、まだ生きている。

 

一方、三頭龍の方も無事ではない。強靭な体はボロボロになっており、両腕は無くなっている。大樹より重傷に見えた。

 

 

『……………二度目の敗北は———』

 

 

「あ?」

 

 

ゴシャゴシャッ!!

 

 

不気味で不快な音を立てながら三頭龍の方が(うごめ)く。体中に赤い光の線が走る。

 

 

『―――ありえない』

 

 

バシュンッ!!!

 

 

両肩から放出する赤い閃光。辺りを()ぎ払うように弾け飛んだ。

 

腕で顔を隠しながら衝撃に耐える。風圧は凄まじく、気を緩めれば飛ばされそうになる。

 

 

『我が屍を踏み越えし英傑よ! 再び絶対悪の御旗を掲げる魔王を、討ち倒して見せよ!!』

 

 

赤い閃光は収束して三頭龍の巨腕へと変わる。頭上には『拝火教(ゾロアスター)』の象徴とされる爆炎が広がった。

 

三頭龍の咆哮と共に炎は一点に収束する。人類未来を終わらせる最後の炎と化す。

 

 

「【神刀姫】」

 

 

対する英雄は銃を直して二本の刀で挑む。

 

黄金色のオーラを身に纏った大樹は静かに歩みを進める。

 

 

「二刀流式、【神花(しんか)桜雲(おううん)の構え】」

 

 

刀を下に向けて魔王を睨み付ける。逃げることは絶対に無い英雄の姿に三頭龍は迎え撃つ。

 

人類史の全てを白紙に返す―――世界を灰にする一撃だ。

 

覇者の光輪(タワルナフ)】を越えた正真正銘、三頭龍の持つ最強で最後の一撃。

 

 

 

 

 

『―――【覇王の陽炎輪(カタストローフェ)】!!!』

 

 

 

 

 

 

絶対悪の名の下に振り下ろされた怒りの鉄槌(てっつい)

 

崩壊した星(ブラックホール)すら消滅させる極超新星(ハイパーノヴァ)の如く、降り注ぐ獄炎の一撃に大樹は一歩も後ろに下がることはない。

 

握り絞めた刀、己の持つ力、人の可能性まで。

 

全てを救うと決意し、全てを信じた英傑の一撃は人類の誰よりも重かった。

 

 

 

 

 

「―――【桜刀(おうとう)神斬(しんざん)】!!」

 

 

 

 

 

正義ではなく、悪でもなく、大樹という名の下から放たれた一撃。

 

その刀から放たれた黄金色の一撃は魔王の一撃を軽々と包み込んだ。

 

神々しい光は世界だけじゃなく、闇の宇宙すら包み込む。

 

永遠に届くことのないブラックホールの先まで、人類史の未来まで。

 

どこまで―――きっと光は届くだろう。

 

 

ザシュッ!!!!

 

 

「これで、俺の勝ちだ」

 

 

『―――――見、事だ……』

 

 

―――大樹の握り絞めた刀は、三頭龍の体を引き裂いた。

 

 

________________________

 

 

 

【問題】

 

『耐久競技トライアスロンの三種目を答えなさい』

 

 

里見 蓮太郎の答え 水泳、自転車ロードレース、長距離走

 

先生のコメント 正解。アメリカで初開催された比較的新しい競技でした。

 

 

原田 亮良の答え 走る、疾走、失踪

 

先生のコメント マラソンです。最後は逃げています。

 

 

吉井 明久の答え 雑魚戦、中ボス、魔王

 

先生のコメント RPGとは全く関係ありません。

 

 

________________________

 

 

 

バチバチッガシャアアアアアアアン!!!

 

 

「アババババババババッ!!??」

 

 

電気椅子に座った原田は震えた声で悲鳴を上げていた。電気というより雷だった。

 

しかし、意外と平気な顔をしている。全身しもやけするより余裕があった。

 

 

『……原田。悪いが悲報だ。時間は十分も続くらしい』

 

 

「アバァ―――――――――――!!??」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

________________________

 

 

 

【問題】

 

『幸せの象徴とされる四つ葉のクローバーには誠実、希望、幸運、愛と葉の一枚一枚に意味が込められていると言われています。では「五つ葉のクローバー」に込められた「花言葉」を答えなさい』

 

 

里見 蓮太郎の答え 財運、経済繁栄(はんえい)

 

先生のコメント お見事。正解です。希望、健康、知恵、愛、財運の意味が込められており、百万分の一の確率で見つけることのできるクローバーだそうです。

 

 

藍原(あいはら) 延珠(えんじゅ)の答え 貧乏から金持ちになる一手だと蓮太郎が必死に探し―――

 

先生のコメント 深くは尋ねません。

 

 

西城 レオンハルトの答え 悪魔

 

原田 亮良の答え 悪魔

 

先生のコメント これは意外。実は「不幸」でも正解です。地方によっては隠し持っていると五枚目の葉っぱには悪魔が宿ると言います。

 

 

吉井 明久の答え 鉄人

 

土屋 康太の答え 鉄人

 

先生のコメント 君たちはあとで生徒指導室に来るよう西村先生から伝言を預かっています。

 

 

楢原大樹の答え ブ〇ック・クローバー見ている人なら悪魔だと答えるはず。

 

先生のコメント あの二人がどうして答えることができたのか理解しました。

 

 

________________________

 

 

 

「……………」ピクピク…ピクッ……

 

 

―――宮川 慶吾は未だに倒れたままだった。

 

 

 

________________________

 

 

 

【問題】

 

『オートマッチク拳銃の命中精度に関わる要素を書きなさい。またリボルバー拳銃で弾道を安定させる条件も書きなさい』

 

 

先生のコメント 申し訳ありません。テストに全く関係のない物騒な問題が出題されていました。こちらのミスなの誤解答、無記入に関わらず正解にしたいと———

 

 

神崎・H・アリアの答え 命中精度はバレル長、マズルブレーキ、薬室精度で決まり―――

 

里見 蓮太郎の答え ―――短銃身のリボルバーなら弾道はライフリングで安定する。

 

先生のコメント ―――答えれるあなたたちに先生は恐怖を感じました。

 

 

吉井 明久の答え 素人にはきっと理解できないので答えません。

 

土屋 康太の答え 普段から使わなければ得られない感覚。馬鹿には扱えない。

 

先生のコメント やっぱり君たちは無得点にしたいと思います。

 

 

楢原 大樹の答え 全身の神経を研ぎ澄ますことで狙いを定めることができ、弾道は神の力の放出によって変幻自在にすること。

 

先生のコメント 病院をオススメします。

 

 

________________________

 

 

 

 

「――やっと戻って来れた……」

 

 

魔王アジ=ダカーハを打倒し、見事生還を果たした大樹。全裸になってしまっていた大樹は【創造生成(ゴッド・クリエイト)】で服を生成して着る。いつもの一般人Tシャツだ。

 

まだクリアした数は一つだけ。時間を多く掛け過ぎたので挽回するにはとても足りないはず。

 

 

『―――大樹』

 

 

その時、アナウンスが入った。蓮太郎の声に俺は振り返る。

 

 

『ゲーム終了だ』

 

 

はいおかしい。幻聴だろ今の。怪我が酷かったのかな?

 

 

「いや待っ……魔王のだろ?」

 

 

『全ての』

 

 

「……嘘やん」

 

 

モニターにはゲーム終了の文字がデカデカと映っている。大樹は声を荒げた。

 

 

「まだ一個しかクリアしてないんですけどぉぉぉぉおおおお!!??」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

久しぶりのケツロケット。地獄に帰って来たことを実感させる。

 

また減点しているが気にすることはなかった。今更減点を気にした所で最下位だった俺があの二人に挽回できていると思わないからだ。

 

 

『……それじゃあ結果発表に移るぞ』

 

 

無慈悲に始まる結果発表。蓮太郎の声は大樹にはもう届かない。諦めて机の上で寝始めていた。

 

 

『結果は———1位、黄色チーム!! マイナス14点』

 

 

「何ィィィィィいいいいいい!?」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

『マイナス15点! それでも一位だ』

 

 

飛び起きながらケツロケット。動揺しちゃ駄目だ。まだ減点が続いている。何が起きているか分からないが自分が一位だということだけは理解する。

 

どういうことだ。アイツらに何か起きた?

 

 

『二位、青チーム! マイナス16点!』

 

 

危ない。動揺したら同列になってしまうところだった。

 

 

『……訂正、マイナス17点』

 

 

原田(お前)が動揺してどうする。馬鹿か。

 

 

『三位は緑チーム! マイナス11点だが、途中脱落で失格だ』

 

 

「何があった!?」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

『……黄色と緑、両方とも減点だ』

 

 

そりゃビックリするわ! 脱落って何だよ!? 魔王より強い敵と当たったりしたのか!?

 

 

『―――ここからはリプレイ動画を流す。減点方式も停止するから存分に動揺してくれ』

 

 

痛いのは嫌なので動揺しないように気を付ける。モニター画面には俺たちがどんなゲームをして来たのか簡単にまとめられていた。

 

大樹と三頭龍の壮絶な戦い、原田の狙撃やサイコロ拷問、慶吾の恐怖のポッキーゲームや暗黒物質の食事。

 

鑑賞中―――軽く三回はケツロケットを受けた。特に慶吾が姫路の料理シーンはモザイク入りでも凄まじかった。

 

 

「……ん、まぁ……とりあえず感想を言うなら」

 

 

大樹は汗をドバドバ流しながら告げる。

 

 

「どうやら俺が一番簡単な問題を拾ったようだな」

 

 

『『『『『それは絶対にない』』』』』

 

 

会場から全否定されました。そんな声を揃えて言わなくても……。

 

 

「……………」

 

 

『ど、どうしたの大樹君? 急に真顔になって……』

 

 

「優子。俺さ……」

 

 

優子に向かって大樹は堂々と告げる。

 

 

「アイツらと同じようにギャグをせず、クソ真面目に戦っていたこと、結構後悔している」

 

 

『あ、うん……勝ったから良いんじゃない? それに……』

 

 

どこか寂しそうな表情をする優子。一体何を思ったのだろうか。

 

 

『私たちが罰ゲーム受けなくて済むから』

 

 

普通にロクでもないことだった。そんな優子ちょっと見たくなかった。

 

 

『罰ゲームの内容は簡単だ。二位と三位のチームにはバライティ番組でよくあるやつだ。珍味を食べて貰う』

 

 

ち、珍味かぁ……! 可哀想に……シャーロックはざまぁ。

 

虫か動物の何かでも食べされられるのかなぁ……うわぁ、想像するだけで嫌だ。シャーロックはざまぁ。

 

モニターには二つの箱が会場に運ばれている。あの中に珍味が入っているらしい。

 

蓮太郎が重々しい表情で箱を開ける。

 

 

『『『『『え?』』』』』

 

 

「うっっっわぁ………」

 

 

―――箱の中から出て来たのは暗黒物質(ダークマター)。絶対に食べ物じゃないことが明らかだった。しかもどこかで見たことがあるぞ。

 

 

『緑チームの宮川 慶吾が選ばなかった一番と二番の料理だ。……つまり姫路の作った料理というわけだ』

 

 

それ珍味じゃない。チーン味だ。死ぬから。

 

 

『おい冗談だろ……三番であんな悲惨なことになったんだぞ……!』

 

 

『う、ううう嘘でしょ……!?』

 

 

ガタガタと震えるレオと七罪。料理に恐怖していた。

 

 

『に、二度目はさすがに勘弁したいかなぁ……』

 

 

『ドッキリだよね!? 嘘だよね!? ここで大樹が登場して食べてくれるとか……!?』

 

 

シャーロックの顔色も悪く、双葉は動転してしまっている。登場してもそれは食べねぇよ。苦しんで死ぬくらいなら舌噛んで死ぬわ。

 

 

『……大樹君、本当にありがとう。また命を救われたわね……!』

 

 

『リサは、一生メイドとしてあなた様の傍にいます……!』

 

 

おいおいおい。涙流しながら感謝されてるんだけど。何かあんなことで好感度爆上りなんだけど。嬉しいけど複雑な気持ちだわ。

 

―――その後、地獄のような光景が広がった。途中、七罪と双葉の為に体を張ったレオとシャーロックが少しカッコ良かった。絵面は最悪だったけどな。

 

 

________________________

 

 

 

「……………」ピクピク…ピクッ……

 

 

―――宮川 慶吾は最後まで倒れたままだった。

 

 

 

 




現在のケツロケット回数

楢原 大樹 145回

原田 亮良 126回

宮川 慶吾  96回


大樹「さっきトイレで尻を見て来たんだが……」

原田「おいおい。また血が出ていたとかじゃ……」

大樹「二つに裂けてた」

原田「普通だよ馬鹿野郎」

宮川「……………」

大樹「……死んでるのか?」

原田「逆に生きてると思うか?」

大樹「なるほど?」



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またバスで絶対に動揺してはいけない24時!

作者から一言。


―――「流行ネタが多過ぎてネタに困らない今日この頃」(つまりパクリ)


―――地獄からの帰還。そして地獄へと向かう。何だこの無限ループ。いい加減終わってくれ番外編企画。本当に体が耐えられないから。

 

再びジャコバスに乗るのだが、疲れているせいか何度も溜め息が出てしまう。隣では原田———顔以外全身を包帯で巻かれたミイラ男と化している―――が怖い顔をしていた。

 

 

「拷問……して、やりたい……!」

 

 

「何かサイコパスになって帰って来たよウチの親友」

 

 

少し殺気を抑えてくれませんかね?

 

 

「大樹様! 出番ですよ! ドMの大樹様ならwin-winの関係ですよ!」

 

 

「リィラ。頼むから黙るか降りるか死んでくれ」

 

 

「ドSな大樹様、ゾクゾクします……!」

 

 

駄目だこの変態。頭の中終わってる。

 

終わっていると言えば死んでいる奴も居たな。

 

 

「……………」

 

 

白目をむいて座っている慶吾だ。おい黒幕、お願いだからしっかりして。主人公、めっちゃ困っているから。そんなことで本編終わるとか嫌だからね。

 

姫路の料理がここまで酷いとは……明久たちの胃袋が鋼になるのも頷ける。普通は死ぬから良い子は真似しないように!

 

 

「ある意味、何も知らないまま次のゲームに参加できると思えば楽かもな」

 

 

「あっ、次のゲームまでは放っておきますが、始まると黒ウサギ様の【インドラの槍】で強制的に起こすことになるので———」

 

 

「怪我人には優しくして。俺がちゃんと起こすから」

 

 

「……拷問で?」

 

 

「普通に起こす!」

 

 

何で俺以外狂ってんだここ!? ボケれねぇじゃねぇかよ! 前回真面目に戦ったんだぞ!? ボケさせろぉ!!

 

行き場の無い怒りを心の中で叫んでいると、バスが停車した。

 

ビクンッと驚く俺と原田。まさか……来るのか!?

 

 

―――ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか?

 

 

来ちゃうよなぁ! そうだよな! 動揺させるのがお前らの仕事だもんな! クビになれ!

 

カツカツと歩いて来たのは冒険者のような装備をした―――

 

 

「間違っているに決まっているだろ! 俺は普通の生活を送りたいんだよぉ!!」

 

 

―――遠山 キンジの登場である。めっちゃ怒ってる。

 

 

(一番向いてそうで一番向いてない複雑な奴が来たぁ!!!!)

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

これには俺と原田はケツロケット。また来たのかお前。

 

 

「この辺りにゴブリンが逃げて来たはずだが……どこに行った?」

 

 

「「隣にゴブリンみたいな性格をしている奴なら居るけどな」」

 

 

よし、原田と声が揃った。

 

 

「「上等だゴラァ」」

 

 

「ギギィ」

 

 

胸ぐらを掴んだ時、バスの後ろから少し低い声の棒読みが聞こえた。

 

振り返るとそこには棍棒を握り絞め、頭からツノを生やした―――凄まじい殺気を出した(えん)が腕を組んでいた。

 

 

「「そんなゴブリンが居てたまるかぁ!!??」」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

強過ぎるだろ!? 役の振り方間違ってんぞ!? 何かキンジもビビってるじゃねぇか!

 

 

「ひ、ヒスらなきゃ……!」

 

 

「普段めっちゃ嫌がっている奴がヒスがってんぞおい!? 白雪(しらゆき)辺り呼べよ!」

 

 

その時、ドタドタとバスの中に入って来た。僧侶のような恰好の少女は杖を掲げる。

 

救世主! これでキンジがヒスれる可能性がある!

 

 

「助けに来たのじゃ!」

 

 

―――違った。男の娘だったわ。いや性別秀吉(ひでよし)だったわ。

 

 

「木下!」

 

 

それでもキンジの表情は明るくなる。なるほど。

 

 

「ヒスるのか……秀吉で」

 

 

「いや男だろ!?」

 

 

冷静にツッコまれた。ワンチャンあるかと思った。もしこの場に優子が居たら超喜ぶ展開になったかもな。

 

 

「俺たちも居るぜ!」

 

 

「待たせたなキンジ!」

 

 

秀吉の後ろからドタドタと走って来る男たち。戦士分の装備と魔法使いの格好をしている。

 

戦士の武藤 剛喜。それから魔法使いの上条 当麻の登場だ!

 

ニヤリと笑いながら並ぶ四人。その光景に大樹は頷いた。

 

 

「うん無理! このパーティ、全滅するわ!」

 

 

閻に勝てない。天と地の差だわ。レベルと装備を整えて出直して! というか転生しなきゃ無理だ!

 

 

「というか魔法使い! お前が一番何もできないだろ!」

 

 

「上条さんの得意分野を忘れたんですか? どんな魔法でも消せる! よくある最強パターンだろ!」

 

 

「相手を見ろぉ! ゴリゴリの武闘家レベルだぞ!! 絶対魔法とか要らないタイプだからな!」

 

 

原田の忠告に当麻たちは余裕の笑みを消さない。駄目だ。個人個人が終わってる。

 

 

「フンッ」

 

 

「「ぐはぁ!!」」

 

 

ホラ見ろ秒殺。武藤と当麻が一撃でバスの外へと飛ばされた。ホント雑魚。

 

 

「一撃じゃと!?」

 

 

「ざ、ザオ〇ル! ザ〇ラルを使うんだ!」

 

 

「そ、そんな呪文を台本………覚えてないんじゃが!?」

 

 

今台本って言った?

 

キンジが悔しそうな顔をする。どうせ生き返らせても肉壁にもならない気がするけどな。というかド〇クエ仕様なのか。

 

 

「じゃあ何が使える!?」

 

 

「ファー〇トエイド、キュ〇、レ〇ズデッドじゃ」

 

 

テイ〇ズだな。完全にテイル〇だわ。

 

 

「レイズデッ〇だ! それが復活の呪文だ!」

 

 

「じゃがどっちを先に復活させる!? 二人目は次のターンじゃぞ!?」

 

 

ターン制なのね。律儀だな。

 

 

「魔法使いだ!」

 

 

「魔法使いって良いのかアレ?」

 

 

キンジの言葉に秀吉は頷き詠唱する。レ〇ズデッドと叫ぶと、バスの中にドタドタと入って来た。復活の仕方に笑いそうになる。

 

 

「―――魔法が使えなくても、俺は魔法帝になってみせる」

 

 

完全に死んだ当麻の声では無かった。入って来たのは古()びた大剣を右手で握り絞めた男。

 

魔法科高校の制服を身に包んだ―――

 

 

「この戦いの最後は、魔法騎士団『黒の暴牛(ぼうぎゅう)』が勝つ!」

 

 

―――鬼畜お兄様、司波(しば) 達也(たつや)だった。

 

 

「「いやお前ア〇タじゃねぇだろぉ!!??」」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

完全に成り切っているつもりだろうか? あのキャラクターと全く正反対の奴なんだけど。

 

 

「待ってろよユ〇!」

 

 

「それっぽいこと言ってもアウトだろ!」

 

 

「確かに〇ノと違って俺は不出来だ」

 

 

「そんな馬鹿な」

 

 

「でも俺は魔法を無効化にすることができる。別にこの剣が無くても」

 

 

「だろうな。頼むからその剣の存在意義を落とさないで」

 

 

「それに分解とか再生とかしか使えない……ああ、魔法が得意じゃないな」

 

 

「やっぱ使えるのかよ結局。十分強いよ」

 

 

「大樹と同じように富士山を消すくらいしか、俺にはできない」

 

 

「だから十分だろゴラァ。俺とお前は同類だよ化け物」

 

 

「それでも俺は、絶対に魔法帝なってみせる!」

 

 

「なれるよ。多分なれる」

 

 

「ゴブリンなんて倒している場合じゃない! すぐに帰ってトレーニングをしなければ……待ってろ、深雪!」

 

 

そんなことを叫びながらバスから降りる達也。ってええ!?

 

 

「「「「いや帰るの!?」」」」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

キンジたちと一緒にツッコミを入れてしまった。クソッ、何て的確な一撃なんだ。

 

というか〇イズデッドの無駄撃ちで終わっている。このパーティ、次で終わりかな?

 

 

「ま、まだだ!」

 

 

キンジが懐から綺麗な水の入ったビンを取り出した。ライフボトルか何かか?

 

 

「フェ〇ックスの尾!!」

 

 

「「どこが!?」」スパアアアアアァァァン!!!

 

 

突然のファイナルファ〇タジー要素にビビる俺たち。クッ、地味にケツロケットが……!

 

 

「頼む! 帰って来てくれ、魔法使い達也!!」

 

 

「完全に上条さん見捨ててられてて草」

 

 

「おいやめてやれよ……死者の冒涜ブホォ!」スパアアアアアァァァン!!!

 

 

「冒涜しているのはチミだわ原田君」

 

 

途中で笑うとか最低かよ。草とか言ってる俺も酷いけど、一番はお前だよ原田。

 

その場でビン(フェニック〇の尾)を床に叩きつけるキンジ。使い方それで合ってるの? 違う気がする。

 

 

「帰って来たぜ……上条さんがパワーアップしてな!」

 

 

はい、残念なお知らせです。

 

 

「武闘家に転職したぜ!」

 

 

武闘家の服を着た上条さんが帰って来ました。お強い達也さんはどこかに行ってしまったようです。

 

 

「「ッ……………!!」」

 

 

両手を顔に当てて悲しむキンジと秀吉。お前らも最低だな。

 

 

「歯を食い縛れよ最強」

 

 

ここでその名言来るぅ!?

 

 

「俺の最弱は……」

 

 

拳をグッと握り絞めた上条は閻に向かって走り出す。そして、

 

 

「ちっとばっか響くぞぉ!!!」

 

 

全身全霊を込めた一撃。上条の拳は閻の腹部に炸裂した。

 

 

ゴッ……

 

 

「……………」

 

 

「フンッ」

 

 

ゴシャアァッ!!!!

 

 

「こっちが響いたぁ!!!!」

 

 

「「と、当麻ぁ!!」」

 

 

「「ブフォwwwww!!」」

 

 

返り討ちにあった当麻にキンジと秀吉は悲鳴を上げる。俺たちは同時に噴き出した。

 

完全に腹筋を殺して来ている流れだ。尻も痛いし、勘弁してくれ。

 

バスから投げ飛ばされる当麻を見たらもうお腹が痛い。ホント面白いからやめて。

 

 

「れ、レイズ〇ッドじゃ!」

 

 

秀吉の言葉にキンジは頷く。すぐに詠唱するのだが……もうまともな奴が来る気がしない。

 

その時、秀吉の持つ杖が俺の方へと飛んで来た。思わずキャッチしたが、ナニコレ。

 

 

「ま、まさか!?」

 

 

「で、伝説の魔法使いじゃ! そんなところに居たとは……!?」

 

 

「おい大樹。お前魔法使いらしブホォ!!」スパアアアアアァァァン!!!

 

 

「だからお前はいつまで笑ってんだよ。どういうことだ? 魔法というか神の力しか振るえないけど?」

 

 

俺の質問にキンジは真剣な表情で答える。

 

 

「いや真の魔法使いだ。間違いなく」

 

 

「……………根拠は?」

 

 

 

 

 

「伝説魔法使い……それは女性と関わる経験が豊富にも関わらず、純潔を守り続けた最強の『童貞』を貫いた男のこと!」

 

 

 

 

 

「あ?」

 

 

「ンッッッ……ブホォwwww!!」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

そっちの魔法使いね。なるほどなるほど。よぉく分かった。

 

 

「よし、お前ら全員ゲームオーバー画面が見たいようだな。冒険の書まで消し飛ばしてやる」

 

 

キンジが真剣に答えているが、横では秀吉は口を抑えている。原田に関しては下品にゲラゲラと笑い始めていた。

 

 

________________________

 

 

 

 

「なぁ。俺だけ本気で殴ることなくない? なぁ」

 

 

「うるせぇ。双撃すんぞ」

 

 

「いや死ぬわ」

 

 

あの後、全員をフルボッコにした。閻は見逃し、秀吉はデコピン。キンジはぶん殴り、原田には【神殺天衝】した。罪悪感はない。清々しい気持ちだ。

 

アレだけの騒動があったにも関わらず、未だに隣では死んでいる慶吾。本当に生きているのか不安になる。

 

 

「……停まったな」

 

 

「ああ、最悪だ」

 

 

原田の言葉に俺は頭を抑えながら悲しむ。バスがまた停車したのだ。

 

今度は何だと様子を見ていると、

 

 

「いやぁ、今日も大漁大漁! (もう)かったなぁ!」

 

 

「「いッ!?」」スパアアアアアァァァン!!!

 

 

バスの中に入って来たのは大樹の師匠であり先祖である人物―――楢原 姫羅(ひめら)だった。

 

この登場に当然驚く大樹と原田。口が大きく開いていた。

 

 

「駄目ですよ姫羅さん。あまり無茶しないでください」

 

 

姫羅と一緒に乗車して来たのは士道(しどう)だ。精霊の力を封印することができる男、五河(いつか) 士道だった。

 

何だこのコンビ。いろいろとツッコミを入れたい。

 

 

「別にいいだろ? それより見てみな。この大量の男子制服の第二ボタン」

 

 

「「何取ってんだお前ら」」

 

 

使う用途が全く見当が付かん。男の子を困らせるのやめろ。卒業式の青春の為に必要なボタンだぞ。

 

 

「俺は……まぁまぁですかね。女子生徒の黒の右靴下、少なかったです」

 

 

「「ホント何取ってんだお前ら!?」」スパアアアアアァァァン!!!

 

 

士道に至っては犯罪だから。マニアック過ぎるだろ。右靴下だけって何だよ。

 

 

「まぁお前の仕事はライバルが多いからな。そう落ち込むことはないよ」

 

 

ライバルも士道級の変態じゃねぇか。世界観終わってんな。

 

 

「あら?」

 

 

その時、バスの後方で席を立つ者が居た。そう言えば全く見ていなかった。ゴブリン役をしていた閻すら気付かなかったからな。というかいろいろと大き過ぎて気にならないんだよ後方。

 

 

「久しぶりですね、姫羅さん、五河さん」

 

 

「お前は……!」

 

 

「司波 深雪……!」

 

 

「「マジかぁ」」

 

 

魔法科高校の女子制服を身に纏った美少女の登場に驚く。

 

ちょっと? 全然気付かなかったけど? というかさっきお兄様、下車しましたけど大丈夫ですか? あなたを追い駆けに行きましたけど?

 

 

「五河さんの収穫は少ないですね……もしかして、私が狩り尽した後に行ったのですか?」

 

 

「ライバルお前かよ!?」スパアアアアアァァァン!!!

 

 

「ゆ、百合か!?」スパアアアアアァァァン!!!

 

 

酷いライバルに俺たちは驚くが、原田がズレている件について。何だコイツ。窓から捨てたい。

 

 

「喧嘩なら買うが?」

 

 

「姫羅さんと戦う理由はありませんが……いいですよ。力の差を見せつける良い機会ですので」

 

 

何でノリノリで好戦的なのかな? というか絶対巻き込まれるパターンじゃん。

 

 

「姫羅さん……」

 

 

「安心しな。アタシが負けるわけないだろ」

 

 

「随分と余裕ですね。勝負内容は……良いですね?」

 

 

深雪ぃ! こっちを見るなぁ!

 

おい待て。馬鹿、ふざけんな。ロクな目に遭わないことぐらい分かるからやめろ。

 

 

「ではそこの二人から奪うことで、よろしいですか?」

 

 

「「よろしくねぇよ」」

 

 

深雪の提案に首を横に振るが、姫羅と士道は縦に首を振った。馬鹿野郎。

 

勝負が成立したせいで警戒をより一層高める。何を奪う気だコイツら。俺はTシャツでボタンは無いし、靴下は灰色だぞ。……うーん、それでも嫌な予感しかしないね!

 

 

「じゃあアタシはだい……元気そうな少年から―――」

 

 

「私はだい……オールバックの男の子から―――」

 

 

その時、深雪と姫羅の言葉が止まる。何で俺だよどっちとも。大樹って言おうとするな。

 

 

「いやいや、そっちの男の子にしろよ」

 

 

「いえいえ、姫羅さんがそちらをお願いしますよ」

 

 

俺の右肩を姫羅が強く掴み、左肩は深雪が掴んだ。ギチギチと嫌な音が聞こえ始める。

 

 

「い、痛い痛いイタタタタタッ!?」スパアアアアアァァァン!!!

 

 

「大樹の犠牲で俺は救われたのか……フッ」

 

 

「おい原田! 安心していないで俺を助けッ……肩超痛いッ!?」

 

 

右肩は女の子が出せる力じゃない! 左肩は冷たくて痛い! 何で俺を取りあってるの!? どっちでもいいじゃん!

 

 

「アタシは大樹の師だ! 弟子の面倒を見るのは当然だろ!」

 

 

「そんなことはありません! 私だって大樹さんのこと、お兄様の次に想っていますから!」

 

 

「アタシだって旦那の次に想っている!」

 

 

「何だその次って。複雑な気持ちになる俺のことを考えて。次ってやめろ次って」

 

 

早く勝負しろよぉ! どっちがどっちでも良いから!

 

 

「今回バスでの犠牲は大樹か……むふっ」

 

 

「何余裕ぶってんだ原田? お前も俺が直々に地獄落としてやるから安心しろ」

 

 

「隙あり!」

 

 

「あッ!?」

 

 

言い合いから最初に止めたのは姫羅。原田を睨み付けていた俺は油断していたが、姫羅の高速な動きは見えていた。

 

彼女の手は俺へと、伸びている。

 

―――ただし、服でも靴下でも無く、手が向かう先はズボン。股間辺りに手を伸ばそうとしていた。

 

 

「……どうして避けるんだい、大樹?」

 

 

「いや避けるに決まっているだろ変態。何考えているのお前……」

 

 

神の力を解放すると同時に回避することに成功する。額から動揺の汗が流れてしまっている。

 

 

「パンツの方がポイント高いからな」

 

 

「基準どうなってんだよお前らの職業!?」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

俺のパンツなんて飲み終わった缶ジュース級に需要が無いぞ。女の子なら別かもしれないが。

 

姫羅ばかり警戒していると深雪の方にも動きが合った。即座に右手を床に叩きつけて魔法陣を砕く。

 

 

『ごはぁ!!!!????』

 

 

「あ、すまんジャコ」

 

 

ジャコバスの悲鳴が聞こえた。あとでぶっ殺すとか呟いているような気がしたが、今は深雪だ。CADを構えたまま不服そうな顔をしている。

 

 

「……次は【ニブルヘイム】で行きます」

 

 

「ジャコ死ぬからやめてあげて」

 

 

「なら刀は良いよな?」

 

 

「全然良くない。ジャコ死ぬ」

 

 

無抵抗だと俺が死ぬよりジャコが先に死ぬだろこれ。むしろ抵抗した方がジャコと俺、生きて行ける気がして来たわ。

 

必要に俺だけ狙うことに苛立ってしまうが、この状況をどうすればいいか悩んでいると、名案が閃いた。

 

 

「そうか……そうだよな」

 

 

世界観が無茶苦茶なのは理解した。ならば―――あとは適応するだけでいいのだろう。

 

 

「かかって来いよ」

 

 

挑発するように手をクイクイッと招く。深雪と姫羅が攻撃を仕掛けようとした時、

 

 

「―――カウンターでお前らのパンツ、盗むからよ」

 

 

「「「「―――――」」」」

 

 

空気が凍った。深雪と姫羅の顔が赤くなるのが見て分かる。士道と原田は正気を疑っていた。

 

 

「別に犯罪じゃなさそうだから、靴下も脱がして嗅いでも問題ないのだろう?」

 

 

「いや大問題だろ……」

 

 

原田が首を横に振っているが、効果は出ていた。姫羅と深雪の動きは完全に止まっている。

 

フハハハハッ!! これは勝った! 的確な一撃だと確信でき―――

 

 

「……大樹なら……まぁ家族みたいなもんだし」

 

 

「私もそこまで……お兄様の方が恥ずかしいと思うので」

 

 

「あっは、狂ってるわこの二人」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

―――全然動揺してない。

 

俺は諦めのお手上げ、原田も「嘘だろ……」と戦慄している。特に深雪、何故家族の方が羞恥心あるんだよ。

 

ホントどうしようと窮地(きゅうち)まで追い込まれた俺。その時、

 

 

「はーい、警察でぇす」

 

 

バスの中に一人の女の子が乗車して来た。婦警の格好をした女の子に大樹は一瞬嫌な顔をした。

 

 

「どうして嫌な顔をしたのかなぁ?」

 

 

「り、理子? 別に嫌な顔はして———」

 

 

顔が触れるか触れないかまで近づけて来た理子。怖い。心を読まれて怖いよ。

 

理子の登場で更にややこしくなりそうな気がした。しかし、

 

 

「はい逮捕ー」

 

 

「はい?」

 

 

「え?」

 

 

ガシャンッという音が響く。姫羅と深雪の両手には手錠が掛けられていた。

 

理子は二人を引っ張りながら満面の笑みを浮かべる。

 

 

「窃盗罪だよ」

 

 

「「いや、えッ!?」」

 

 

「「「えええええェェェ!?」」」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

酷く驚く姫羅と深雪。この展開は予想できなかったわ。

 

連れられる姫羅と深雪。二人は当然反論する。

 

 

「ま、待つんだ! 士道の方が大罪だろ!?」

 

 

「そうです! 士道さんだって変態ですよ!?」

 

 

仲間とライバルを売るなお前ら。反論しろよ。

 

やっぱり駄目な集団だったのか。普通に捕まるじゃねぇかよ。

 

士道が気まずそうな顔をしている。これは何か理由がありますねぇ。

 

 

「だって合意で靴下を取っていたんだもん。精霊たちから」

 

 

そりゃ収穫少ないけど捕まらないですねぇ! だって皆士道のことが大好きだもん!

 

姫羅たちは違うようでこのまま警察署に連れて行かれるだろう。何やってんのホント。

 

 

「あ、そうだ」

 

 

理子は何かを思い出したように手錠を取り出す。そのままガシャンッと俺の両手に掛けた。

 

 

「―――ん? んんんん? はあああああああああ!!??」

 

 

「ブフッ!!」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

突然の逮捕に叫ぶ俺。その光景に噴き出す原田。二つの尻にケツロケットが炸裂した。

 

 

「大樹きゅんは、理子の物だもん!!」

 

 

「あー! 何で皆の愛はこんなにも歪んでんだろうな!!」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

涙を流しながら叫んでいた。連れて行かれる深雪たち。こっそりとバスから降りる士道。必死に手錠を外そうとする大樹。

 

 

「ちょッ!? 神の力が使えない!? しかもピッキングできねぇ構造だこれ!?」

 

 

「クソ雑魚ナメクジ奴ぅwwww!!」スパアアアアアァァァン!!!

 

 

「原田ぁ!!!!」スパアアアアアァァァン!!!

 

 

________________________

 

 

 

カチャカチャとずっと続く音。大樹が必死に手錠を開けようとしていた。ピッキング道具もない状況だとほぼ不可能だが、諦めなかった。

 

 

「駄目だ……このままだと最悪な未来しか予想できない……!」

 

 

「……………」

 

 

股間を抑えた原田は一言も喋らない。先程、神の力を失っているにも関わらず大樹に負けたので黙っているのだ。笑いを堪えている人間に対して容赦なく金的を一発蹴られた。アレは男なら誰でも死ぬ可能性の高い攻撃だった。

 

 

「―――やはり俺たちの青春ラブコメはまちがっている」

 

 

「「うぐぅ……!」」

 

 

絶望のお知らせ。聞こえて来た声に俺たちは表情を悪くした。

 

男の声はバスの外から。いつの間にかバスは停車していた。『たち』ということは複数来るのか。

 

 

「……青春したいな」

 

 

涙をホロリと流す男―――坂本(さかもと) 雄二(ゆうじ)の登場である。

 

 

「「……………」」

 

 

これには黙る俺たち。同情するしかない。彼は霧島(きりしま)という確定した嫁が居るのだから。

 

文月学園の制服ではなく、緑色のTシャツに『青春を謳歌したい一号』と書かれている。絶対に二号三号居る奴だわ。

 

 

「別に良いんだ。翔子(しょうこ)は美人だし、俺も好きという気持ちはある。ただ―――ちょっと女性店員と話しただけで嫉妬して拷問するのはどうかと思うんだ……」

 

 

あ、愛が重いぜ。

 

 

「……明久よりマシか」

 

 

二人居るから二倍だよな。二倍重いぜ。

 

落ち込んだまま俺たちの正面に座る雄二。次に入って来たのは二号。

 

 

「単純に、女の子と遊びたかった」

 

 

―――武藤 剛喜、再登場である。

 

二号は一号より重かった。そもそも女の子との関わりが無い奴だった。これはキツイ。目を逸らすしかない。

 

 

「いや、友達からはよく良い奴だから大丈夫って聞くけどさ。何が大丈夫なんだよ。女の子と手を繋いだこともない俺が―――」

 

 

「「「やめろぉ!!!」」」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

これには雄二も含めて叫び止めてしまった。辛い、辛いぜ!

 

雄二に慰めながら隣に座る武藤。俺はお前が良い奴だと知っている。アメリカでの戦争、忘れてないぞ。

 

次に入って来たのは———とんでもない大物だった。

 

 

「俺もできれば、青春を謳歌したかった」

 

 

十師族、十文字(じゅうもんじ)家次期当主、十文字 克人(かつと)の登場だった。

 

 

「「ブフッ!?」」スパアアアアアァァァン!!!

 

 

これには大樹と原田は驚愕で噴き出してしまう。何で来るのかな!?

 

 

「いやいやいや! 人気者だろ!? 学校では三巨頭とか言われているんだろ! モテただろ!」

 

 

「妙に男からの人気が高かった……女子生徒は……その、風紀委員長に持って行かれてな」

 

 

「ここで摩利(まり)出て来るのかぁ! ちくしょうあの悪魔風紀委員長!」

 

 

「……座っていいか?」

 

 

雄二たちはどうぞどうぞと誘導する。あーあ、座っちゃったよ。明らかに駄目なメンツが揃うはずだった椅子に。

 

ここで十文字の登場と来ると……まだ来るのか。四号、きつくないと良いが。

 

 

「―――間違えた青春……私は良い響きだと思うわ」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

声だけで大樹がケツロケットを受けていた。原田がギョッとした表情で驚いている。

 

まさか来るのか……理子が来たからその内来るのではないかと内心思っていたが……!

 

 

「つまり性春……女の子たちがア―――」

 

 

「違うわぁ!!」「その通りだぁ!!」

 

 

―――夾竹桃(きょうちくとう)の登場である。やったぜ(涙目)。

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

ガスッ!!とケツロケットと同時に原田の頬をぶん殴った。さっきからコイツは百合推しでうざい。もう黙らせないと。

 

 

「そうね、女の子同士も良いけど、大樹と精春が送りたかったわ」

 

 

「字が違う。帰れ」

 

 

「おい大樹。女の子に冷たい態度を取るなよ」

 

 

「雄二、テメェはブーメランだ!」

 

 

「せっかくの交流をなんてことを……!」

 

 

「武藤は何かすまん!」

 

 

「……………」

 

 

「無言でCAD構えてんじゃねぇぞ! お前はそんなに好戦的だったか!?」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

最後の十文字には耐え切れずケツロケット。数の暴力で俺だけを狙うなんて……!

 

 

「女の子同士の仲良し(意味深)は俺も興味がある」

 

 

「私たち、仲間ね」

 

 

原田と夾竹桃に関してはもう何も言うまい。無駄に体力を使うだけだ。

 

夾竹桃の青春はどこがまちがっているんだよ。そのまま原田と一緒に消えて七罪に殺されてください。

 

 

「ちなみに次の作品は大樹も好きそうな作品なの。アリア×黒ウサギで———」

 

 

「夾竹桃。俺たち、仲間だよな?」

 

 

(てのひら)返し。なにそれ超見たい。R-18指定なら絶対に買う。

 

 

「大丈夫? 刺激、強いけれど」

 

 

「むしろ最高」

 

 

グッと親指を立てると夾竹桃と握手する。この瞬間、同盟は組まれた!

 

 

「大樹さん? ちょっと黒ウサギたちが目を離した隙に何をやっているのですか?」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

この瞬間、同盟は崩れたのだった! 何で居るの!?

 

ポンッと叩かれた肩。そのままメシメシッと力が入っている。振り返れば扇情的(せんじょうてき)なミニスカートと美麗(びれい)な足をガーターソックスで包んだ少女が立っていた。

 

ピョコピョコと動いたウサ耳は可愛らしいが、笑顔で怒る表情は恐怖しか感じない。あっちゃー、全然気付かなかった。

 

 

「大樹さんに会いたいなぁと黒ウサギは真摯(しんし)な想いでこのバスに途中から乗ろうとしたのですが、まさか大樹さん? そんなことはございませんよね?」

 

 

「奇遇だな。俺も黒ウサギと同じ気持ちだから安心してくれ」

 

 

「そうですか。では、弁当の件について詳しくお話をお願いできますか?」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

駄目だ。弁当、全員にバレてるこれ。

 

それでも取り(つくろ)う。黒ウサギを褒める方向で。

 

 

「く、黒ウサギたちが作った弁当の方が何百倍も美味しいに決まっているじゃないか」

 

 

「アリアさんと真由美さんに伝えておきますね」

 

 

「ごめん、俺が悪かった」

 

 

抵抗することを諦めた俺は切り替えが早い。その場に正座して謝るのだから。

 

その光景に雄二たちは順番に言葉を並べる。

 

 

雄二「お ま た せ」

 

 

武藤「い つ も の」

 

 

原田「知 っ て た」

 

 

夾竹桃「日 常 風 景」

 

 

十文字「爆発しろ?」

 

 

大樹「覚えていろよお前ら。十文字もよく知ってんなおい」

 

 

黒ウサギ「大樹さん?」

 

 

大樹「はいすいません」

 

 

________________________

 

 

 

 

『青春を謳歌したい四号』まで登場した。+黒ウサギまで登場したが、まだまだ乗ろうとしてくる奴は居た。

 

隣で黒ウサギが座っているので弁当の件について関わった人間が登場しないことだけを祈る。そして五号が入って来た。

 

 

「―――やっと会えたわね」

 

 

「んなッ!?」スパアアアアアァァァン!!!

 

 

その登場に動揺したのは原田だった。五号は―――七罪だったからだ。

 

 

「……ポニーとシャーロックはどうなった?」

 

 

「そこで白目で寝ている奴と同じ状況よ」

 

 

よし、今度こそシャーロックは殺した!

 

わさっとした髪に憂鬱そうな双眸が見事にダサイTシャツと合っていた。うーん、残念! 可愛いのに残念だ!

 

 

「何でここに!?」

 

 

「誰かさんのせいで青春を謳歌してないからでしょ」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

決まったぁ! これは原田選手、思わず片足を地に着けたザマァ!!

 

 

「さっきのゲームも負けるし」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

「変な物を食べさせられようとするし」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

「今日は最悪よホント」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

ここぞとばかりに原田にケツロケットが連続ヒット。いいぞもっとやれ。そのまま俺と同じように血を流してしまえ。

 

 

「でもまぁ……直接会えたことは……嬉しいかな

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

連続ケツロケットにちょっと引いて来た。ほぼ間隔無し。絶え間なくケツロケットを受けている原田。

 

 

「あ、あんな威力を百回以上も……だ、大樹さん、お尻は大丈夫ですか? 黒ウサギで良ければ見ますが?」

 

 

「大丈夫。問題無いからズボンから手を離して」

 

 

真っ青な顔をした黒ウサギと真っ赤な顔で照れる男の俺。なんという図だよ。

 

途中、お尻から血が出たような気がするが問題ない。しかし、この手錠のせいで神の回復力を発揮することはできないだろう。ここから慎重に、動揺しないようにしなければ……。

 

 

「そうね。私が治療するから見せなさいッ」

 

 

「それ毒だろぉ!!」スパアアアアアァァァン!!!

 

 

言ってるそばからお尻に良くない刺激が走る。もう真っ二つに割れるから、らめぇ!

 

バスの中が騒然とする中、最後の男が乗車する。

 

 

「―――青春とは嘘であり、悪である」

 

 

その時、場の空気が凍った。

 

 

「青春を謳歌せし者達は常に自己と周囲を(あざむ)く。全て彼らのご都合主義でしかない」

 

 

戦慄に近い沈黙が続く。大樹たちの額からはドッと汗が流れていた。

 

 

「なら、それは欺瞞(ぎまん)だろう。嘘も欺瞞も秘密も詐術も糾弾(きゅうだん)されるべきものだ」

 

 

バスの窓から見える髪と死んだ魚の目をした男を見て、彼らは確信する。

 

 

「―――彼らは悪だ。ということは逆説的に青春を謳歌していない者のほうが正しく真の正義である」

 

 

バスの中に居る全員が立ち上がった。

 

 

「結論を言おう」

 

 

そしてバスの中に入って来た男の名は———比企谷(ひきがや) 八幡(はちまん)の大登場だ。

 

 

「―――リア充爆発しろ

 

 

「「「「「本物だぁ!!??」」」」」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

声を揃えた大声にビクッと驚く六号(大本命)。大樹と原田は片膝をバスの地面に着けて(こうべ)を垂れる。

 

 

「「サインくださいッ!!」」

 

 

「「「「「お願いしますぅ!!」」」」」

 

 

「い、いやちょっとそういうのはアレだから。出番は今回だけだし、アレがアレしてアレだから無理だから……」

 

 

―――最強の二人は、最強のぼっちの大ファンである。

 

一号も二号もサインを必死に求め、三号はノリに合わせて、四号と五号の目はキラキラ輝いていた。

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

しかし、全員のサイン拒否は、普通に泣いた。

 

 




現在のケツロケット回数

楢原 大樹 173回

原田 亮良 152回

宮川 慶吾  97回 ←


大樹&原田「「死んでたのに何か一回増えとる」」

慶吾「最後、ファンなら当然」

大樹&原田「分かる」


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箱庭旅館で絶対に動揺してはいけない24時!前編!

作者から一言。


―――「まーた来たよクリスマス。はいはい、どうせ俺はボッチですよっと。……べ、別に泣いてないんだからね!」


とある偉人は言った。

 

―――人間の言葉のうちで「私は知りません」ほど情けない言葉はありません。

 

フローレンス・ナイチンゲールの名言に心に響く。感心と納得、偉人の一言は凡人の言葉とはやはり違う重みがある。

 

しかし、そんな素晴らしい名言に大樹は首を横に振った。

 

 

『ようこそ! 箱庭旅館へ!』

 

 

―――人間は、未来永劫、永遠に知らなければ良かったと思えることもあるのだ。

 

山のような大きさに、雲まで突き抜ける巨大木造建築の旅館を前に、大樹は泣きそうになった。

 

現在地は箱庭。旅館の利用者は自分たちを含め―――修羅神仏から悪魔、精霊までが集まる地獄の宿と化している。RPGの魔王城より恐ろしい外見だ。

 

更に、このクソ企画の仕掛け人たちも居るはずだ。既にアジ=ダカーハ級の魔王が出ているので何でも有りだろう。

 

例え、突如綺麗な夜空から隕石が落ちて来ても別におかしくはないだろう。

 

例え、神々同士の派手な喧嘩に巻き込まれても仕方ないだろう。

 

例え、魔王に襲撃されてもドンマイとしか言いようがないだろう。

 

例え悪魔に呪いをかけられても、精霊の悪戯で全てを失っても、同類に殺されそうになっても、同情されない世界―――いや、宿だ。

 

 

「それでは皆様、最高でオモシロオカシイギフトゲームの時間です! 知っての通り、神々を含めた者達とのゲームです!」

 

 

満面の笑みを浮かべたリィラの言葉に、二人の男が叫んだ。

 

 

「「知るかぁあああああああ!!!!」」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

―――箱庭最大級の宿『ハコシロ』に宿泊するのだった。

 

 

 

________________________

 

 

 

「絶望よ、来たれ」とサタンが言っているような気がした。そんなサタン程度では今のシャドバじゃ勝てない。MP稼ぐなら超越するんだ。俺もこの宿を超越して次の場所に行きたい。

 

手錠を掛けられた俺は死んだ目で巨大宿を呆然と見ている。隣の包帯人間の原田は絶望を前に目が死んでいる。更に隣に居る慶吾は本当に死んでいる。何だこの死にかけ三兄弟。ファミレスにも入れねぇよ。

 

 

「説明させていただきます。皆様の宿泊場所は『ハコシロ』の最上階です。つまり、最上階を目指します」

 

 

「リィラ。野宿でも全然構わないぞ」

 

 

「外には神獣を解き放っています」

 

 

猛獣ってレベルじゃなかった。普通に野宿の人間どころか神すら殺す気満々じゃねぇか。殺意高過ぎるだろ。

 

だが残念だったな! 神獣程度、俺が負けるわけ―――あッ。

 

 

「その為の手錠かッ……!」

 

 

「今なら神獣のテクで大樹様なら三秒でイクでしょう♪」

 

 

卑猥な言い方やめろ。だけど確かに天国まで三秒で逝くわ。

 

 

「原田様と宮川様も負傷しているので数で押されると負けますよ」

 

 

「俺は負傷したが、一人は致命傷だぞ。死んでるし」

 

 

原田の言う通り、マジで起きる気配が微塵も無い。死んでいるだろこれ。

 

するとリィラが途中から乗り合わせた黒ウサギに目配せする。あーあ、何度か起こしたけど俺の力じゃ駄目だったからなぁ。仕方のないこと。

 

 

「「安らかに眠れ」」

 

 

黒ウサギが【インドラの槍】を取り出した瞬間、雷が死体に落ちたのだった。

 

 

________________________

 

 

 

「―――最悪の目覚め()

 

 

「おお、生き返ったけど体調悪そうだな。誤字ってるぞ」

 

 

アフロ髪にボロボロの服になった慶吾。頭を抱えていた。記憶が雷と一緒に吹っ飛んでいたのでここまでの事を説明した。動揺することもなく、うんうんと大人しく頷いていた。

 

 

「……今からここを登るの()

 

 

「ああ、そういうことだ。あと誤字ってる」

 

 

駄目だ。今回も慶吾(コイツ)は駄目だ。

 

 

「そして前回のゲームの順位が、このゲームを有利に進める鍵となります」

 

 

リィラが用意したのは七つの駒。どこかで見たことのある駒だ。というかそれ―――

 

 

「皆様には好きなサーヴァントを選んで貰います!」

 

 

「「「それFa〇e」」」

 

 

完全にアウト案件。左から剣、弓、槍……もういいや。セイバーアーチャーランサーライダーキャスターバーサーカーアサシンです。はい、七騎の駒がありますよ。完全にパクってますよこれ。

 

 

「一位から順に選んで頂きますが、一位は三騎、二位と三位は二騎しか選べません」

 

 

「よし!」

 

 

「大樹様は手錠を掛けられているので下手な行動を取ると死ぬので気を付けてください。ええ、本当に」

 

 

「……よ死!」

 

 

「泣くなよ」

 

 

嬉しい気持ちから悲しい気持ちに落とされた俺の気持ちを察した原田。最後、釘を刺されるほど危険なようだ。

 

 

「それでは選んで頂きます! 大樹様!」

 

 

「ランサーの黒ウサギ一択だろぉ!」

 

 

「ま、まぁさすがに気付いていましたよね……YES! 黒ウサギに任せてください!」

 

 

天にも昇るような清々しい気持ちで選択した。これで黒ウサギじゃなかったら舌噛んで自殺してた。マスターが自害しちゃうのかよ。この人でなし!

 

 

「選んだら俺たちが危険だよな?」

 

 

「ああ、別に一位だったとしても選ばない()

 

 

「意識高いお前ら、嫌いじゃないぜ。あとまだ誤字ってる」

 

 

原田と慶吾の小声話に大樹は親指を立てる。皮肉で言ったつもりなのにご機嫌な大樹に二人は少し引いていた。

 

次に選択するのは二位の原田。顎に手を当てて慎重に考える。

 

 

(方向性もヒントも全くないからなぁ……剣を使う人、弓を使う人……)

 

 

ちなみにバーサーカーは絶対に選ばないと決めている原田。絶対にロクなことにならないと踏んでいた。

 

 

「ええい、王道に選ぶしかねぇ! セイバーだ!」

 

 

原田が駒を握ると、言葉に応じて参上する。

 

 

「30代目―――ジャンヌ・ダルク。この【魔剣(デュランダル)】、存分に振るわせて貰う」

 

 

部分的に体を覆う西洋の甲冑、氷のような銀髪は二本の三つ編みをつむじ辺りに上げて結っている。

 

サファイアのような瞳と目が合った原田は歓喜の声を上げる。

 

 

「よっしゃあ! 全然普通だ!!」スパアアアアアァァァン!!!

 

 

「どんな喜び方をしている!? 失礼だろ!?」

 

 

分かる。その喜び方は間違っていないぞ原田。当たりだ。

 

これでセイバー枠とランサー枠が埋まった。次は慶吾の番だが、

 

 

「バーサーカー()

 

 

「「ッ!?」」スパアアアアアァァァン!!!

 

 

慶吾の迷いの無い選択に大樹と原田は驚愕。二人が一番選ばない駒だった。何度も言うが、あと誤字ってる。

 

明らかにハズレ騎としか思えない。絶対に自由に暴れる奴が出て来る。十六夜とか達也とか、規格外が出て来てもおかしくないレベルの駒だ。

 

血迷ったか。大樹と原田はやれやれと言った感じで目頭を押さえている。

 

慶吾が乱暴に駒を握ると、ニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

「お前らを巻き込んで不幸にするならコイツだ()……!」

 

 

「「テメェ!!」」スパアアアアアァァァン!!!

 

 

あの野郎! 最初から俺たちの邪魔する前提でサーヴァント選ぶ気だったな! あと誤字!

 

駒が光輝き、中から現れたのは―――恐ろしい狂人(バーサーカー)だった。

 

 

「……上野(うえの) 航平(こうへい)―――と前世の名を名乗るより、原点となるガルペス=ソォディアと名乗るべきか……だが『やっちゃえバーサーカー!』と幼女に言われたいので真名は隠すことに―――」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

「また出た! 狂人じゃなくて狂医学者(マッドサイエンティスト)じゃねぇか!!!」

 

 

「いや発言的にコイツ、ただのロリコンだったぞ今!」

 

 

「なん……だと……!?」

 

 

全員がここまで動揺するのは無理もない。序盤から最強クラスのモンスターが召喚されたのだから。ガチャで例えるならマー〇ン。コイツの力、スキルもぶっ壊れてるから。

 

 

「フンッ、F〇Oでも俺と同じような奴が居ただろ」

 

 

「ナイチ〇ゲールと一緒にするなボケ! お前は可愛くも無ければ人気もねぇだろうが!」

 

 

親指を下に向けながらガルペスに大ブーイング。俺に続いて原田も一緒に野次を飛ばしている。慶吾は二人の後ろでグッと拳を握っている。

 

 

「……ならばナース服を着てから出直すとしよう」

 

 

「俺たちが悪かった。だから毎晩悪夢を見てしまうかのような恰好だけはやめてくれ」

 

 

「俺たちが悪かった。もう吐き出す物が無いくらい凄く疲れているからやめてくれ」

 

 

全力で首を横に振る。骨の駆動の限界まで越えてるほどの速度を出しながら首を横に振った。残像が見えるだろ?

 

とんでもない奴が登場して来たが、まだ駒は残っている。次は再び大樹の番。

 

 

「黒ウサギが前に出るなら後ろからの援護が必要になる。よってアーチャーだ」

 

 

「盾役は力を封じられた雑魚大樹が居るからな。妥当な判断だろう」

 

 

「ああ、黒ウサギには絶対傷一つ付けさせない」

 

 

「……この線で大樹を馬鹿にするの、もうやめよ」

 

 

原田の言葉に納得していたが、突然原田の表情が暗くなる。急にどうした。黒ウサギの頬が赤くなるのは分かるが、どうしてお前は落ち込んだ。……慶吾は無言で中指を立てるな。

 

弓の駒を握ると輝き出し、一人の少女が現れた。

 

 

「……………」

 

 

「……………」

 

 

「……………」

 

 

「……………」

 

 

「……………?」

 

 

「いや、何か言ってくれよ。レキが来てくれたの嬉しいけど」

 

 

弓じゃなく狙撃銃を握り絞めている弓兵。武偵高校の女子制服を着てヘッドホンも付けている。頼もしいのだけど……うーん、全然普通だからオーケー! 下手に変な奴が来たら来たで尻が痛くなるだけだからね!

 

 

「ジャンヌと俺が前に出るなら、こっちも後方支援が欲しい。となると……キャスターだろうな」

 

 

原田が駒を掴むと、嫌な予感がした。こう……バスでの流れが影響している気が―――あっ。

 

 

「―――残念だったな大樹君! 私だ!!」

 

 

「うっわ!? 出て来やがったよ風紀の悪魔が……!」スパアアアアアァァァン!!!

 

 

魔法科高校の制服を着た女子生徒。風紀委員長の渡辺(わたなべ) 摩利(まり)の登場。めっちゃ笑顔でこっち見てるんだけど。キャスター選ばなくてホント良かった。……敵になったらなったで嫌だけど。

 

 

「存分に大樹君の邪魔ができる大義名分ができたな!」

 

 

「堂々と俺に言うなよ。原田、何か令呪的な何かで止めろ」

 

 

「令呪を持って命ずる。大樹を泣かせ」

 

 

「お前ら許さん」

 

 

こっちもお前らをぶっ潰す大義名分ができたからな。覚悟しろよ。

 

原田チームと睨み合っていると、慶吾は気にせず選ぼうとする。

 

 

「ライダーとアサシン……俺の選択で一位が選ぶ最後の騎も変わるのか」

 

 

「そうだな。俺の最後の騎はアサシンが欲しい。だからライダーを選ん―――」

 

 

「アサシン」

 

 

「―――うん、まぁするだろうな。俺も言われたらそうする。どっちでも良いけど」

 

 

慶吾が駒を握り絞めると、現れたのは黒一式のセーラー服を着用し、胸元に赤いリボンをつけている黒髪の美人。

 

 

「私がアサシンな理由を聞いていいかしら?」

 

 

「おい運営。とんでもねぇ暗殺者呼んでるぞ」

 

 

天童(てんどう) 木更(きさら)の登場である。お疲れ様です社長。今日も元気に働いています。

 

 

「普通、セイバーじゃないの? 刀と言えばセイバーでしょ? 病弱な人とか、二刀流の人と同じで良いと思うの」

 

 

「確かに二刀流の方の胸の大きゲフンゲフン……残念だったな。アサシンにも刀を持った人が居るのでござるよ」

 

 

「大樹さん? 今、変な事を言おうとしませんでしたか?」

 

 

失言だと気付いて咳をしたのにちゃんと気付いていらっしゃる。黒ウサギのウサ耳は地獄耳だな。

 

 

「で、俺が最後にライダーか。緊張するなぁ……良い流れから落とされることが多い展開だから……怖いな」

 

 

「「期待」」

 

 

「あの鬼畜生マスター共、覚えてろよ」

 

 

ハズレ駒が未だに無い。ライダーの戦力も十分だと思うが……ええい! 何とかなるさ!

 

駒を握り絞めると、光の中から姿を現したのは―――精霊だった。

 

 

「フフッ、大樹なら必ず選んでくれると思ってた」

 

 

「Oh……」

 

 

胸元が開いた黒いドレスの霊装を身に纏い、白い翼と黄金色の四枚羽根を広げた精霊の名は―――万由里。

 

タッタッタッとリズム良く走りながら霊装を解くと、金髪のサイドテールに白い制服を身に纏う。そのまま大樹の腕を掴んだ。

 

 

「なッ!?」

 

 

「いッ!?」スパアアアアアァァァン!!!

 

 

黒ウサギと俺が驚きで息を詰まらせる。あぁっと不味いですよこの流れ!? 【雷霆聖堂(ケルビエル)】に乗るからライダーになったの!? 凄い無理矢理感!

 

 

「「すー」」

 

 

「原田たちは覚えていろよ……!」

 

 

何がナイスだ。悪いだろ、バッドだよ。

 

対抗するように反対の腕に黒ウサギが抱き付くが、感触とか楽しむ余裕はない。修羅場な上にギチギチと嫌な音が腕から聞こえている。お互いに対抗心を燃やしているせいで、間に居る俺は燃え死にそう。

 

 

「準備は整いましたね。それでは、ゲーム開始を宣言させて頂きます!」

 

 

『ギフトゲーム名 【Climb The Castle】

 

 

・ゲーム概要

 

 箱庭旅館『ハコシロ』の最上階到達を目指す。

 

 

・参加者側の勝利条件

 

 チームを代表する『楢原 大樹』『原田 亮良』『宮川 慶吾』。以上の者の内、一人が最上階に辿り着いた時点で勝利とする。

 

 

・参加者側の敗北条件

 

1.チーム代表の三人の内、一人も最上階に辿り着けない場合。

 

2.チームの全滅。ただし、チーム代表のみの戦闘不能はゲーム続行。サーヴァントの戦闘不能は、ギフトゲームの離脱とする。再戦、途中参加は不可。

 

 

宣誓 上記を尊重し誇りとホストマスターのリィラの名の下、

          ギフトゲームを開催します 【無】印』

 

 

 

「―――では皆様、一位を目指して頑張ってください!」

 

 

リィラの宣言と共に、全員が走り出した。

 

 

 

________________________

 

 

 

―――箱庭旅館『ハコシロ』の最初の間。

 

旅館の玄関から堂々と前から侵入する。最初は原田たちと争うメリットはないので仲良く入ったのは良いが、

 

 

「ようこそ! 箱庭旅館『ハコシロ』へ! 君たちを歓迎するよ!」

 

 

広々とした玄関には一人の男が空中から見下していた。その男の事はよく知っている。

 

 

「ルイオス……最初から【ペルセウス】のコミュニティかよ……!」

 

 

亜麻(あまいろ)色の髪に聖霊殺しの鎌【ハルパー】を握り絞めている。翼の付いた具足【ヘルメスの靴】のおかげで空を飛翔できている。

 

【ノーネーム】でギフトゲームを挑んだ時とは全く違う。これは……!?

 

 

「気を付けろ!! 囲まれているぞ!!」

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

大樹の大声と共に全方向から攻撃が仕掛けられた。雨のように降り注ぐ矢に全員が驚きながら対応していた。

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

「ケツロケットも気を付けないとダメージ受けるとかクソ仕様だよなホント」

 

 

原田の愚痴には俺も同意。ホントこの仕様はふざけていやがる。尻が痛いよ。というか!

 

 

「クソッ! コミュニティ全員、不可視の(かぶと)持ちかよ! しかも全部本物と来やがった!」

 

 

「黒ウサギには通じませんが、レキさんが……!」

 

 

音も臭いも遮断する強力な恩恵持ち。【ペルセウス】のコミュニティは今、全盛期を越えていた状態で俺たちの前に立ち塞がっていた。

 

大樹と黒ウサギには通用しない不可視。しかし、レキには厳しい状況下だろう―――

 

 

「風の流れで分かりますので」

 

 

―――とか思っていたけど全然大丈夫だったわ。

 

 

「広範囲に攻撃すれば当たるだろう。防御も任せろ」

 

 

「なるほど、下手な鉄砲も数撃てば当たる、か。なるべくサイオンを枯渇させないよう、私は気を付けるよ」

 

 

ジャンヌと摩利の頼もしい言葉に原田は感激している。今まで恵まれなかったからな、チーム編成。

 

 

「「……………」」ゴゴゴゴゴッ……!

 

 

「えっと、後ろに居るわね?」

 

 

慶吾とガルペスの威圧が凄まじ過ぎて木更が遠慮している。木更も敵に多少の攻撃を与えるくらいはできると思うが……何だあの二人。怖い。強者であるはずの木更の存在価値が残念なことになってる。

 

というか総合的に見て、【ペルセウス】に苦戦することなくね?

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!!

 

 

【ペルセウス】との交戦。やはりこちらが有利に事を進めていた。

 

ルイオスの指示は的確で指揮官として優秀。コミュニティの長としての威厳を見せることができていた。

 

しかし、神すら恐れる規格外の塊には、相手が悪かったとしか言いようが無い。

 

 

「な、何でこっちが一方的に!? いくら何でも強過ぎないか!?」

 

 

ルイオスが酷く驚くのも無理はない。ホント相手が悪かったな。

 

追い詰められたルイオスは残った部下を後ろに下げる。代わりに自分が前に出ると、

 

 

「今だ、アルゴール!!!」

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

ルイオスの合図に全員が察知する。気配がする先は奥の壁。別の部屋だった。

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!!

 

 

つまり―――【アルゴールの魔王】が、壁の奥で待ち伏せしていたのだ。

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

「ビビらせるのもやめろぉ! ケツが死ぬぅ!」

 

 

赤い光線が壁を破壊しながら俺たちを狙う。神の力が使えない俺では迎え撃つことはできない。尻も痛い。

 

星一つの力を背負う大悪魔―――『精霊』はルイオスの切り札だ。それを最初からでは無く、完璧なタイミングで奇襲する形で入れている。恐ろしい程の成長ぶりだ。

 

 

「さすがだルイオス! だが、一つだけ見落としている!」

 

 

全員の意表を突いた攻撃なのだろう。しかし、たった一人だけ例外がある。

 

 

「黒ウサギの耳は、しっかりと捉えていました」

 

 

「ッ!? アルゴール!!」

 

 

異変にいち早く気付いたルイオスが血相を変えて名前を呼ぶ。だが遅い。

 

既に黒ウサギの手には最強の槍が装填されているのだから。

 

 

「目には目を、歯に歯を、奇襲には奇襲を。帝釈天(たいしゃくてん)の加護を持つ槍……穿てば必ず勝利する槍を確実に当てる為に、あなたには撃たず取って起きました」

 

 

「じょ、序盤から普通飛ばさないだろ!? まだ上には僕達より……!」

 

 

「ええ、ですから―――この局面で想定されないこの攻撃は強い、ですよね?」

 

 

こちらは最初からルイオスの事を舐めた覚えはない。あの時とは違うのはこちらも同じだ。

 

全力で、正々堂々と正面から勝利を勝ち取ろうとしているのだ。

 

黒ウサギの言葉にルイオスは苦笑した。

 

 

「ああクソッ、四桁の道のりは長いな」

 

 

「大丈夫だ。こんな化け物揃いに正面から勝とうとしたお前らなら、希望はあるぜ」

 

 

大樹の言葉を最後に、激しい閃光が部屋を支配した。

 

拘束具に繋がれていない魔王でも、その一撃を掠らせてしまえば終わりなのだ。

 

 

「―――穿(うが)て、【インドラの槍】!!」

 

 

________________________

 

 

 

「―――って階段が長ぇッ!?」スパアアアアアァァァン!!!

 

 

最初の敵を撃破した後、上へ続く階段を見つけて登り出したのだが、長い長い長い。無駄に壁に沿って螺旋(らせん)状になっているので全く上へと登れていない。神の力が使えるならピョンピョンと飛んですぐに着くのに……!

 

原田たちは北欧神話の毒蛇の怪物【ヨルムンガンド】の乗ってさっさと行くし、慶吾たちはガルペスの用意した機械兵器に乗ってスゥーと飛んで行ったし、何だこの奇天烈な光景は。

 

 

「大樹。少し強引だけど私の【雷霆聖堂(ケルビエル)】に乗れば?」

 

 

「いや、止めておこう。敵がどこから見ているか分からん上でわざわざ霊力を消費して的を大きくするのは良くない気がする。それに、先に行った奴らが上手い具合に片付けてくれれば楽できるだろう」

 

 

「……意外と考えているのね」

 

 

「意外とか言うなよ。俺は知的キャラで通っているはずだぞ」

 

 

「さすがにそれはない」

 

 

「それは無いと思いますよ……」

 

 

おおっと。黒ウサギと万由里は完全否定だ。心外すぎて悲しいですぞ。

 

こうして大樹チームは遅れて自分たちのペースで階段を上り続けた。

 

―――そして同時刻。原田チームと慶吾チームが第二の間に辿り着いた。そこには下とは違う雰囲気が漂っている。

 

 

「フッフッフッ、ここはそう簡単には通さないぞ」

 

 

「だ、誰だ!?」

 

 

第二の間に現れたのはある意味、彼らに取って強敵と言える者達だった。

 

 

「何故なら勝負内容が料理対決なのだからな!!」

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

戦闘勝負以外にあるのかよ!?というツッコミをする前に敵が登場する。

 

白と青を基調としたメイド服に身を包んだ者達は自信満々の登場だった。

 

 

「これはまるで我々メイドの為にあつらえた様なゲーム」

 

 

―――【ノーネーム】のメイド長、レティシア=ドラクレア。箱庭の騎士はどこに行ったのだろうか。

 

 

「私たちの修行の成果、とくとご(ろう)じるがいいわ」

 

 

―――火龍誕生祭に襲撃を仕掛けた元魔王。元【グリモワール・ハーメルン】のペスト。ちなみに洋食派。

 

 

「キャベツの千切り以外なら任せておけ」

 

 

―――トリトニスの大滝に住んでいた蛇の水神(大樹と十六夜がボコったことのある相手)、白雪姫。千切りキャベツは五時間かけてもできなかったが、和食派である。

 

 

「……いや、この三人は戦闘でも十分強そうだけど」

 

 

原田の言うことに周りは頷く。逆に料理対決にして良かったのか不安になる。

 

しかし、メイドはまだ居た。

 

 

「リサ・アヴェ・デュ・アンクです。お手柔らかにお願いします」

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

―――恐らく一番の強敵であろう。メイドの鏡……メイドの中のメイドとも言える人物だ。

 

原田と慶吾は彼女が如何に強敵かを知っている。そのせいで動揺してしまった。

 

スカートをちょっとつまんだ作法に敵を含めた全員が驚愕する。

 

 

「こ、これが本物のメイド……!」

 

 

「同じ服を着ているのにどうしてこんなにも違うの……!?」

 

 

「何て完璧な仕草……いや、声ですら魅了されてしまうようだった!」

 

 

最初に登場したメイドの三人は両膝を地に着いた。

 

 

「「「負けた……!」」」

 

 

「何か自爆している奴らが出て来てるぞ。確かに凄いのは俺たち素人でも分かるけど」

 

 

 

________________________

 

 

 

 

「―――料理対決のお題はカレー! 犠牲……………審査員はこの二人に任せる」

 

 

「「今犠牲って言わなかった!?」」

 

 

リサの励ましで立ち直ることができたレティシア。料理のお題と審査員を紹介するのだが、完全に縄で縛られている審査員。

 

一人は吉田(よしだ) 幹比古(ミキヒコ)。もう一人は吉井 明久だ。二人は真っ青な顔で抵抗している。

 

 

「どうして僕がこのポジションなんだ!? 普通はレオだろ!」

 

 

「そうだそうだ! 雄二をここに呼べぇ!」

 

 

逆にそっちにしたらしたで二人の名前を呼ばれるだけだろう。無限ループって怖い。

 

原田たちは気の毒そうに二人を見ていたが、ゲームに集中するようにする。

 

 

「私たちメイド組の料理は問題無くご褒美なのだが、向うのチームがな……まぁ頑張って食してくれ」

 

 

「なんて酷い連中なんだ!」

 

 

レティシアが同情の眼差しで審査員を見ていた。幹比古の悲痛な叫びは誰にも届かない。

 

お題はカレー。一般的な家庭なら代表的な料理とも言える。嫌いな人はほぼ居ないだろう。

 

料理の材料は巨大な冷蔵庫、冷凍庫、その他諸々の場所から何でも仕入れることができる。どんなカレーでも作ることは可能なのだが、幅が多いゆえに問題を起こすチームが現れる。

 

 

「栄養が高ければいいだろう」

 

 

レトルトカレーにカプセル剤や錠剤、薬品をドボドボ入れ始めるガルペスだ。その光景に慶吾たちは目を逸らし、審査員たちは激しく文句を言う。

 

 

「ちょッ!? 馬鹿なのか君は? 不味いに決まっているだろ!?」

 

 

「それは人が食べれる物じゃないのよ!? 僕達はモルモットでもないからね!?」

 

 

そんな言葉がガルペスに届くことはなく、料理は作られていた。モルモットでも拒否するレベルだ。

 

後ろから木更が口を抑えながら見ているが、止める気は起きないようだ。

 

一方原田チームは平凡だった。以外にもジャンヌと摩利は料理経験がある。しかし敵のメイドたちと比べると、どうしても劣ってしまう。

 

 

「一番の強敵はリサだよなぁ……大樹のメイドがどうしても強い」

 

 

「こちらが出せる美味しい料理を作るしかあるまい」

 

 

「そうだな。食材も品質が良い物を厳選して美味しくするしか……今の所、その方法しかないな」

 

 

恐らくチーム内で一番真面目にゲームに取り組んでいるだろう。その素晴らしいチームワークに審査員たちはニッコリ笑顔。

 

 

「アレが普通なんだよね」

 

 

「皆が普通じゃないから仕方ないよね、他のチームは」

 

 

どうして世界はこんなにも残酷な事になったのだろう、と訳の分からないことまで審査員は考え始めていた。それもそのはず、慶吾チームの方から漂う臭いは既に悪臭だからだ。決してカレーの匂いでは無い。

 

そんな危ない感じで、各チームの料理は進んで行った。

 

 

________________________

 

 

 

「ん……カレーの匂い? ……うッ」

 

 

階段を上がっていると、何故かカレーの匂いがする。しかし、嗅覚の良い大樹はすぐに鼻を抑えた。

 

 

「カレーの匂いに紛れてヤバイの入ってないか!?」

 

 

「え!? 黒ウサギたちには分かりませんが……」

 

 

「私も分からないわね」

 

 

黒ウサギと万由里は鼻をすんすん鳴らしているが、レキは鼻と口を抑えていた。

 

 

「風が……怯えています」

 

 

「その発言で上がかなり大変な事になっていると察した」

 

 

レキの言葉で確信を持つことができた。既に上ではとんでもないことが起きているのだろう。

 

そして次のフロアまで辿り着いた時、男たちの悲鳴が聞こえた。

 

 

「「ぎゃああああああァァァ!!!」」

 

 

「この声……幹比古と明久か!? 明久はまた犠牲になっているのか!?」

 

 

テーブルの上で白目をむいた男が二人、幹比古と明久だった。口から茶色の液体が流れ出していて汚い。めっちゃ汚い。

 

二人の前に置かれている料理はカレー。しかし、明らかにカレーではない。

 

 

「うわッ……何だこのゴミは……!」

 

 

カレーのルーにはカプセル剤、錠剤と言った薬物がぶち込まれいた。人間の食べ物ではない。怪物でも嫌だと言うレベルだろう。

 

 

「馬鹿を言うな。栄養に関してはどの料理よりも完璧だ。見ろ。二人の顔色が良いだろ?」

 

 

「確かに驚くほどに真っ白だな。生きているとは全く思えないくらい白さだ」

 

 

料理でも人を殺すとは……ガルペスに新たな属性が追加されたな。どうして俺の周りはこう料理が下手な人が多いのだろか。

 

それより危険な状態に陥った犠牲者(審査員)に衛生兵が駆け付ける。というか狂っているけどガルペスは一応医者だぞ。助けろよ。

 

 

「患者はここか?」

 

 

「「達也!?」」スパアアアアアァァァン!!!

 

 

突然の登場に驚く大樹と原田。今度は白衣を着て医者に成り切っていた。意外と忙しいですねお兄様。

 

達也は二人の脈を図ると、険しい表情になる。ゆっくりと懐から拳銃形態のCADを取り出し、銃口を頭に突き付けた。

 

 

「今、楽にしてやる」

 

 

「早まるな早まるな。可哀想だから助けてやれ」

 

 

お兄様ったら、気が早いんだから!

 

「冗談だ」と達也は言いながら魔法で治療を開始する。だからお前の冗談は一番通じないって。

 

二人の回復を待っている間にここで何が起きたのか経緯を聞こうとしたのだが、

 

 

「あのメイドたちと料理対決することになってだな」

 

 

「すげぇ。たった一文で全てを察した」

 

 

料理対決というワードは俺たちに取ってパワーワードかもしれない。この地獄の現状を全て把握させることができた。

 

お題はカレーだということは分かる。だが審査員に出されている物が完全にカレーのカテゴリーから外れている。薬物と大して変わらない。

 

 

「治療は終わった。だが後遺症が残っているようだ」

 

 

達也の魔法による治療は終わったらしい。確かに二人は椅子に座り復活していることが分かるが、

 

 

「カレー……怖い……!」

 

 

「姫路さんの料理とはまた違って……脳が溶けるみたいな感覚が……!」

 

 

「後遺症というよりアレはトラウマだな。体は正常だが、心に問題がある」

 

 

「なるほど。記憶を消せばいいのか」

 

 

「万能なのは素晴らしいが、アイツらが普通に可哀想だからやめてやれ」

 

 

そもそも普通のカレーを出せばいいだけのゲームなのに……今ならレトルトカレーの方が百万倍美味く感じるだろうな。

 

 

「次は私たちの番だな」

 

 

「「ヒィッ!!」」

 

 

「落ち着け落ち着け。メイド組にはリサも居るからな……………リサ!?」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

「大樹様!? リサの存在に今気付いたのですか!?」

 

 

明久と幹比古の背中を安心させるように撫でていると気付いてしまった。さっきから誰か俺に近いなぁとか思っていたけど黒ウサギか万由里だと思って気にしていなかった。ああ! そんな目で見ないで黒ウサギ!

 

 

「だったらアイツらには無理だろ。チーム見てみろよ。女子力が俺以下しかいねぇよ」

 

 

「大樹君。私たちの女子力と君の女子力(爆)と一緒にしないで貰いたい」

 

 

「不快な事に摩利の表現が正しいと思っている俺が居る」

 

 

でも爆って何だよ。爆発でもするの? 俺の女子力怖ッ。

 

だが相手に取って不足無し。料理に関してリサは強キャラ。俺も腕が鳴るぜ。

 

 

「このメイドは男を完全に駄目にする素質があるからな。料理に関しては俺と張り合えるレベルだ」

 

 

「それは凄いな……それで、君も駄目になったのか」

 

 

「摩利。俺は元々駄目だったから効かないぞ?」

 

 

「何の自慢にもならないぞ?」

 

 

「ええい! ゴチャゴチャ話さず、私たちメイドの料理を括目するが良い!」

 

 

白雪姫がドンッと幹比古たちの前にカレーを置く。良い匂いが幹比古たちの表情を緩ませる!

 

 

「「食べれる料理だ!!」」

 

 

「お前ら見てるとこっちが心痛いわ」

 

 

今まで食べれない料理ばかり食べて来た乞食(こじき)のような発言のようだった。悲しい。

 

メイド組が出したカレーはカツカレー。王道のカレーに王道トンカツを組み合わせた料理。まさに大王道のカレーだった。

 

カツの肉とカレーの味が絡み合う口の中。そこはまさに―――食の銀河が弾け飛んでいた。

 

 

「「ゴバッ!!??」」

 

 

―――違った。口の血が弾け飛んだ。

 

 

「「「「「ええええええェェェ!!??」」」」」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

そのグロテスクな光景に全員が驚愕の声を荒げた。今の流れで死人が出るとは誰も思わなかっただろう。

 

突然起きた殺人現場に唖然とする。しかし、一人だけ真っ青な顔をしている人が居た。

 

 

「………………ごめん、私かも……」

 

 

病原菌(ペスト)混入させたな!?」

 

 

なんという手の込んだ毒殺。ペストさんやべぇっすわ。ぱねぇっすわ。

 

白雪姫がガグガクとペストの肩を揺らすが、一大事なのはレティシアだった。

 

 

「食中毒騒動……業務上過失致死……」

 

 

「どうするんだレティシア殿がショックのあまり崩れ落ちたぞ!」

 

 

「し、仕方無いでしょ! 今マスク持ってなかったんだもの!」

 

 

「大体病原菌(ペスト)の塊が普通に家事を(にな)っている事自体おかしいわッ!!」

 

 

「神霊差別よくない! つーか何でアイツら即発してるのよ! 火龍誕生祭ではあんなの一人も居なかったわよ! ひ弱過ぎるでしょ!?」

 

 

「恐らく先程食べた私の薬物が病原菌(ペスト)の活動を加速させた可能性がある」

 

 

「「コンボ繋いでる!?」」

 

 

「うるせぇよお前ら!? た、達也ぁ!! 急いでくれ! これはガチで死ぬかもしれないからぁ!!」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

ケツロケットを食らいながら大声で達也を呼んでいると、更に深い傷を負った者が居た。

 

 

「ちーん……」

 

 

「り、リサあああああァァァ!!??」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

床に倒れて白く燃え尽きているメイド発見。レティシアより重傷だった。

 

リサを抱えると、小さい声で俺に何かを訴えていた。

 

 

「どうした!?」

 

 

「リサは……とんでもないことをしてしまいました……」

 

 

「大丈夫だ安心しろ! ギャグで人は死なねぇ!」

 

 

「凄いメタいこと言ってんぞあの主人公」

 

 

原田の事は無視して首を横に振る。しかし、リサは違うと言う。

 

 

「実はリサ……リサは……!」

 

 

遂にとんでもないことをリサは口にする。

 

それは確かに必要な行為。必要な行為だったがゆえに、リサは失敗したのだ。

 

 

「―――あのカレーを、味見しました……」

 

 

「リサもペストかよおおおおおォォォ!!!!」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

一番平和な戦いだったはずが、下の階より犠牲者を出してしまっていた。

 

 

________________________

 

 

 

結局、料理対決は勝利した。

 

物理的な攻撃が審査員を二度程殺したが、最後は俺の本当に光る黄金カレーと原田たちの普通に美味しいカレー、慶吾たちの五分で作れるレトルトカレーを審査員に食べさせて勝利した。

 

というよりメイド組は白雪姫とペストしか残っていない為、カレーを出すことができず戦えなかったのだ。最後まで抵抗してお茶漬けを出した努力は認めよう。

 

一番に勝利したが、結局原田と慶吾に再び追い抜かれて置いて行かれる。長い階段をまた登ることになるが、あることに気付いた。

 

 

「そうだ。ギフトカードは使えるんだから【悪神の真紅(クリムゾン・アジ・ダカーハ)】で飛べるじゃん」

 

 

三人から「今更言う?」みたいな顔をされる。申し訳ない。

 

真紅の布地は四つの翼を形作り、俺の体に掴まるように言うと、

 

 

「おぐぇ!? 普通腕だろ!? 首は絞めるなよ!? 女性関係で殺されるサスペンス始まっちゃうからぁ!」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

黒ウサギと万由里の顔に挟まれながら抗議する。しっかりと掴まれた肩から掴まれたので腕に胸の感触があるが、それどころではない。命の危険だ、窒息死する。

 

 

「だそうですよ! 万由里さんは精霊の力で登って来てください!」

 

 

「あなたは自慢の足があるでしょ! 精霊の力を温存する為に譲りなさいよ!」

 

 

どちらも譲る気は無い。むしろ力が入っていた。

 

レキは大人しく俺におんぶされる形で乗っているので楽なのだが、残念ながら両隣りが苦しい。このままの状態が続けばいずれ違う意味で楽になるかもしれないが、それは二度と帰って来れなくなるので駄目だ。

 

ここは強引にでも、飛ぶ体勢にさせて貰う!

 

 

「分かった分かった! どっちとも肩に掴まれ! 飛ぶぞ!!」

 

 

黒ウサギと万由里を無理矢理引き離し、二人のお尻を持ち上げる。自然と二人は肩に手を置く形になるのだが、顔は真っ赤。当然、文句を言う流れになるが、

 

 

ゴオオオオオォォォ!!!

 

 

それは飛翔することで彼女たちの声を打ち消した。

 

黒ウサギの文句も、万由里の悲鳴も、何も聞こえない。このまま上のフロアまでゴーゴーゴー!

 

 

________________________

 

 

 

 

先に着いた原田チームと慶吾チーム。最初の間と同じ広さの空間だが、そこは既に第三の間は乱戦になっていた。

 

 

「それは罪! この数を前にして策を弄することを怠ったことを後悔させましょう!」

 

 

二メートルある体格は禍々しい鎧に包まれ、長い赤髪から黒い角を見せる人型……いや、悪魔だった。

 

ソロモン72柱(ななじゅうふたばしら)、序列68番の悪魔―――ベリアルだ。

 

 

「吾輩たちの集結に為す術がないだろう!」

 

 

小さな体に黒い軍服を着た子どものように見えるが、悪魔だ。序列11番―――グシオン。

 

 

『カ……カララッ……カララララッ……』

 

 

王冠を被った骸骨(がいこつ)が口をパカパカと開閉して笑っている。猫の骨と蛙の骨、蜘蛛の体を持つ悪魔。序列1番のバアルだ。

 

その他にも悪魔はたくさん居る。序列8番のバルバトス。序列18番のバティン。序列5番のマルバス。序列21番のモラクス。序列24番のナベリウス。序列31番のフォラス。序列39番のマルファス。序列57番のオセ。序列59番のオリアス。序列64番のフラウロス。

 

総勢72の悪魔―――ソロモン72柱集結である。

 

 

「一気にハードル上がり過ぎだろ!!」

 

 

短剣を振るいながら文句をブチ撒ける原田。それぞれ特殊な能力を持つ悪魔たちに翻弄(ほんろう)されていた。

 

絶え間なく繰り出される攻撃に防御態勢を強いられる原田チーム。この空間を突破するだけでクリアだと扉の前に書いてあったが、前にすらまともに進めない現状。

 

 

「悪いな」

 

 

「くッ!」

 

 

最初に突破したのは戦力が一番期待されている慶吾チーム。慶吾とガルペスの圧倒的火力に悪魔たちは怯み、木更は確実に悪魔を一体一体狩っていた。苦戦する原田の横をニヤリと笑いながら慶吾は走り抜けた。

 

 

「ッ……限界だ! 撤退しよう!」

 

 

「散らばった悪魔たちがこちらに集中すれば終わりだ! その前に態勢を―――!」

 

 

ジャンヌの作り出した氷の壁は今にも崩れそうになり、摩利はサイオンが尽きかけている。悔しそうに歯を食い縛る原田は逃げることを決定した。

 

だが、その逃げる瞬間の緩みが原田たちの首を絞めた。

 

 

パリィンッ!!!!

 

 

氷の壁を突き破って来た巨人の悪魔。背を向けていた原田の胴体を乱暴に掴み取った。

 

抵抗しようと短剣の力を発揮させようとするが、体が急激に冷たくなり、全く手が動かなくなった。

 

 

「このッ……!」

 

 

「そのまま握り潰すのですガープ! それで愚かな人間は許されるのですから!」

 

 

巨人の握る手の力が強まり、体からミシミシと嫌な音が聞こえ始める。原田の身に激痛が走ろうとしたその時、

 

 

ドゴッ!!

 

 

「グガッ……?」

 

 

巨人の(あご)に衝撃が与えられ、握っていた原田を放してしまう。巨人にあまりダメージは無いが、脳を揺らした一撃は原田を救出するには十分だった。

 

 

「大樹、か……」

 

 

「不満か? 可愛い女の子じゃなくて悪かったな」

 

 

巨人の顎を蹴り上げたのは手錠を付けた男。口元をニヤリと笑みを見せる大樹だった。

 

攻撃を繰り出した後、大樹は空中で無防備になり、巨人の反対の手に捕まりそうになる。

 

 

ザシュッ!! バチバチガシャアアアアアン!!

 

 

その前に巨人の腕には槍が深く刺さった。電撃を纏った槍は激しい閃光と共に巨人の体を焦がした。

 

黒ウサギの投擲した槍を分かっていた大樹はそのまま近くに居た悪魔の懐に潜り込む。悪魔が視線を下に落とした時には大樹の姿は消えていた。

 

 

ガチンッ!!

 

 

「ギギャッ!?」

 

 

「神の力でも壊せない無駄に硬い手錠だ。んで、首を絞められた感想は……絞めているから言えないか」

 

 

手錠で悪魔の首を絞める大樹の顔は悪い。他の悪魔が驚いて近づけていない。

 

 

ガキュンッ!!

 

 

首を絞めた悪魔の眉間に風穴が開く。一切の迷いがない銃弾に大樹はすぐに行動を移す。

 

人質を無くした大樹に悪魔たちが一斉に襲い掛かろうとする。頭上から飛び掛かる悪魔たちに大樹は見向きもしない。

 

 

ギュオォッ!!

 

 

直後、悪魔たちの真横から青白い光線が放たれた。腰を少し落とすだけで大樹はしっかりと避けている。

 

一秒と経たずに燃え尽きる悪魔たち。光線の威力の凄まじさを物語っていた。

 

万由里の攻撃も、大樹には分かっていた。お互いに目を合わせて頷いている。

 

一切言葉を交わすことなく、黒ウサギからレキへ、万由里に続く連携に原田たちは驚きを隠せない。この短時間で組み上げられたチームワークの良さは二つのチームより群を抜いているだろう。

 

 

「あんなに綺麗に連携が取れていることに凄いって思うが……」

 

 

「ああ、一番凄いのは大樹だな」

 

 

「……本当にあの手錠は力を封じているのか? 気持ち悪いくらい動いているぞ」

 

 

原田からジャンヌ、摩利まで奇怪な目で見られてしまった。感想が相変わらず酷い。

 

すると後方では黒ウサギたちも親指を立てている。レキまで裏切られたことがショックだわ。ノリが良いな。キンジの影響かこの野郎。

 

円を描くように七人が背合わせ、悪魔たちと対峙する。囲まれている状況になるが、大樹はいつも通りの調子で笑って見せる。

 

 

「大丈夫? 助ける? おっぱい揉む?」

 

 

「いいか大樹。お前の胸を触って喜ぶのはそこに居る黒ウサギだけだろ」

 

 

「黒ウサギに飛び火するのはやめてください!?」

 

 

「なるほど。じゃあ俺の胸を触っていいから黒ウサギの胸を触っていいか? 等価交換だ」

 

 

「黒ウサギの胸と大樹さんの胸を等価にしないでください!?」

 

 

「相変わらず天才かよ」

 

 

「お馬鹿ですよ!!!」

 

 

大樹と黒ウサギの会話に原田にも余裕が現れた。周りもクスクスと笑っている。

 

この中で最も戦力として見込めない者が一番頼りになっていた。

 

 

「な、楢原……大樹だと……!」

 

 

「おっと? 見覚えのある悪魔が多いな……これはこれは―――」

 

 

パキパキと手を鳴らしながら悪魔染みた笑みを浮かべる大樹。青ざめた悪魔たちが更に怯える。

 

 

「―――グチャグチャになるまで殺しておk、という解釈で良いよな?」

 

 

「ヒェ!? よっぽどあなたの方が悪魔です!! 大罪です!!」

 

 

「何故そんな悪魔的な解釈をする!?」

 

 

『ファッ!?』

 

 

面白いまでの反応をする悪魔。しかし、彼らは狡猾(こうかつ)な存在であることも忘れてはならない。

 

 

「ぐききき……!」

 

 

「しまった!?」スパアアアアアァァァン!!!

 

 

悪魔の一匹が原田の背後を取り、そのまま首と腕を掴んで拘束した。……それと、ケツロケットも一緒に食らいながらだとシリアスな雰囲気がゼロであることも記載する。

 

悪魔の有利勢。人質を取るような形にグシオンの顔に笑みが戻る。

 

 

「よくやった! さて、どうする!? このまま戦うと言うなら私はこの坊主男を殺すぞ!」

 

 

「いいよ」

 

 

グシオンの警告に大樹は頷いた。下卑た笑みを浮かべていたグシオンは———

 

 

「「「「「……………えッ!?」」」」」

 

 

―――ポカーンと口を開けてしまう。他の悪魔たちもだ。

 

当然これには大樹の仲間たちも驚く。悪魔たちも驚愕を隠せていない。

 

原田が涙目になる中、大樹は呆れるように溜め息を吐いている。

 

 

「ソイツ一人の為に黒ウサギが危険な目に遭うなら余裕で捨てるわ」

 

 

「ですよねー……はぁ」

 

 

原田の顔が一気に老けた気がした。大樹の言葉に呆気に取られる悪魔たち。しかし、それは見栄を張っているだけに違うないとグシオンは頭を振る。

 

 

「フンッ! 強がるのも今の内だ。私たち悪魔は本気で殺―――」

 

 

ザシュッ!!!

 

 

その時、原田を捕まえていた悪魔の額に槍の先が突き刺さった。【インドラの槍】を大樹が手錠を掛けられた手で投げたのだ。

 

 

バチバチガシャアアアアアアアン!!!

 

 

「あばああああああああッ!!??」

 

 

「ぐぎゃあああああああッ!!??」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

血が噴き出す前に強烈な電撃が放出された。威力の大きさに原田と悪魔は叫び声を上げた。

 

その光景に大樹を除いた全員が「えぇ……」と呟いた。大樹は「汚ねぇ花火だ」と呟いている。

 

悪魔よりも悪魔。人質ごと敵を(ほうむ)ることを躊躇(ためら)わない人間が居た。

 

 

「よし、次だ」

 

 

「「大悪魔か!?」」

 

 

ジャンヌと摩利の言葉はあんまりだと思う。俺が悪魔? ノンノン、ワタシ、天使。皆の為に頑張ります。

 

 

「私たちのリーダーを切り捨てて置いて次に行くのか!?」

 

 

「落ち着けジャンヌ。リーダーの戦闘不能でもゲームの続行はできる。二人は存分に盾や(おとり)に使うべきなんだよ」

 

 

「だから悪魔か!? 解釈の仕方が酷いぞ!?」

 

 

二人の信じられない会話に悪魔は懲りずに人質作戦を続けた。今度は後方から人質を連れて来た。

 

 

「ならば……コイツだ! 下の階から拾って来たコイツならどうだ!」

 

 

「ちょちょちょとちょっと待て!?」

 

 

連れて来られたのは【ペルセウス】のルイオスだった。怪我をしていたので包帯を巻いているが、叫んでジタバタできる程元気だ。

 

 

「箱庭では貴様の配下らしいが、弟分のような物だろう? だったら切り捨てることは―――!」

 

 

「コイツは馬鹿か!? 何を見ていたんだこの悪魔は!? 親友すら切り捨てる男が僕を救うわけないだろ!」

 

 

ピンポンピンポーン。大正解。

 

見事正解したルイオス君には万由里の砲撃を進呈しまーす。

 

 

「万由里」

 

 

チュドーンッと盛大に爆発するルイオスと悪魔。躊躇(ちゅうちょ)するどころか顔色一つ変えなかった。

 

三度目の正直。悪魔たちは最後の人質も見せた。

 

 

「な、ならばこれを見ろ! これは現在走り抜けている宮川チームの通路を起爆する装置だ!」

 

 

この時点で大樹のことをよく知る友人たちは裏切ることを確信した。

 

大樹の「やったぜ」という小さい呟きを逃さない。大樹の行動を予測できてしまった周りの人たちは下を向いている。

 

 

「やめろー。アイツらは関係ないだろー」

 

 

クソみたいな演技を始める大樹。大きな声を出せば騙せると思ったら大間違いだ。

 

 

「ああ! それは罪……罪です! 仲間の大事さに気付かなかった……愚かな自分を恨みなさい!」

 

 

いや、まず敵が馬鹿であることが間違いだった。

 

 

「爆発しちゃイヤー」

 

 

「そうだろうそうだろう! 爆発を止めたいなら土下座でも―――!」

 

 

「同情する価値もねぇ奴の為にするわけねぇだろ。ぶっ殺すぞ」

 

 

「―――いや急にどうした!?」

 

 

情緒不安定な大樹にグシオンは酷い驚き顔を見せる。悪魔たちのリアクションが面白くなって来た。

 

訳が分からなくなった悪魔に大樹は瞬時に近寄る。気を緩ませ過ぎ。簡単に距離を詰めることに成功する。

 

そのまま起爆装置を奪い取り、何も考えることなくカチッと押した。

 

 

「「「「「えええええェェェ!?」」」」」

 

 

「手が滑ったぜ」

 

 

「嘘つけ」

 

 

悪魔たちは大樹を見て驚き叫んだ。コイツは悪魔なのか!?と。

 

直後、頭上から凄まじい轟音が部屋全体に響き渡る。そして威力の大きさに全員が察する。

 

天井から落ちて来る無数の瓦礫(がれき)。三人程人影が見えた気がした。

 

そして、ポンッと納得するように大樹は手を叩く。

 

 

「上の階を爆発するんだから、そりゃ落ちて来るわな。すまん」

 

 

「お前が一番悪魔だよこの野郎!!!!」スパアアアアアァァァン!!!

 

 

________________________

 

 

 

天井が爆発したことで【悪神の真紅(クリムゾン・アジ・ダカーハ)】を使い飛翔。再びレキを背負い、黒ウサギと万由里は俺の肩に掴まり、二人を持ち上げる為にお尻を触ったことで鋭いビンタを二発。両頬に真っ赤な手形が残っている。仕方ないじゃん、安全に飛行する為には必要な行為だったもん。俺は悪くない。世界が女性の尻を触ることを禁止したことが悪い。

 

今度は一位を独走できると思っていたのだが……まぁ俺のことが嫌いなら追いかけてくる奴が居るよな。

 

 

「だあああああああああいぃきいいいいいいいいいいいいいいッッッ!!!!」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

「原田の顔が修羅(しゅら)ってるわ」

 

 

『ヨルムンガンド』が凄まじい速度で登って来た。壁に穴を開けて這うように登っている。

 

原田はもちろん、ジャンヌと摩利も乗っている。ヤバイ、このままだと殺されるわ。

 

 

「【創造生成(ゴッド・クリエイト)】……………コイツをやるから許せ!」

 

 

大樹は原田に向かって投げるのだが、明らかに受け取れる速度ではない。敵に投擲するような速度だった。

 

当然、原田はその程度見切れないわけじゃない。片手で受け止めることができる。しかし、

 

 

グチョッ!!!

 

 

「……………」スパアアアアアァァァン!!!

 

 

「……………」

 

 

「……………」

 

 

原田の手から拡散するように弾け飛ぶ半液体。後ろに居たジャンヌと摩利の顔にも付いている。

 

サァーと青ざめた顔になるのは黒ウサギと万由里。大樹とレキは真顔だった。

 

 

「だ、大樹さん? 何を……投げたのか一応聞いても?」

 

 

「ローション。きなこ味」

 

 

「お馬鹿!!!!!」

 

 

「洒落になってないわよ!? めちゃくちゃキレているわよアレ!!」

 

 

原田だけでなく、ジャンヌと摩利も怒っている。氷とか魔法とか、めっちゃ飛んで来る。

 

泣きそうな黒ウサギと怯えた万由里がガクガクと肩を揺らす。すると大樹は思いつめた表情になった。

 

 

「確かに最初は味方しようと思った。でも、ここまで来る時、いろいろあったことを思い出してさ」

 

 

クソみたいな企画からバスの中、学園都市、武偵高校、文月学園、そして箱庭。

 

でも気付いてしまった。この流れで、味方が増えてもあまり意味が無いことに。

 

……まぁ簡単に言えば、こういうこと。

 

 

「……ストレス発散かな」

 

 

「一番最低な解答を頂きましたよ黒ウサギは!?」

 

 

「捕まった辺りから仲間にはなれないかなっと」

 

 

「見限るの早過ぎませんか!? まだ助ければどうにか―――!」

 

 

「黒ウサギ。一つ、大事な事を教えてやる」

 

 

真剣な表情に思わず黙ってしまう黒ウサギ。どうせロクでもないことを発言すると分かっているのに、聞いてしまった。

 

 

「俺はこのクソみたいな企画では、人を殺すことを躊躇(ためら)うことはないッ!!」

 

 

「この物語の主人公で一番言っては駄目な発言ですよーッ!!??」

 

 

「救うなんてもってのほか! 他人は蹴り落としてでも、俺は生き残るッ!!」

 

 

「本当に一番言っては駄目な発言ですよーッ!!??」

 

 

黒ウサギが泣きながらダメダメと言うが、俺の心は変わらない。ホント生き残りたいんです。

 

 

「それがテメェの最後だぁ!!!」

 

 

「言い争ってる場合じゃないわよ!? ヤバイのが来たわよ!」

 

 

『ヨルムンガンド』の口から吐き出される光線を回避しながら飛翔する。気を抜けば爆風だけで、もみくちゃにされそうになる。

 

 

「くらえ! ローション!!」

 

 

「もうやめてください大樹さん!?」

 

 

「じゃあオ〇ホでも投げておくか。一人家で寂しくするんだな!!」

 

 

「ホントやめてください大樹さぁん!!!」

 

 

「欲しがりめ!! それでも満足できないお前はダッチワ〇フまで欲しいのか!!」

 

 

「大樹さあああああああんッ!!!」

 

 

黒ウサギの悲痛な叫びに投擲を中止。投げた物は太陽の威光で全て燃やし尽くされた。何だアイツ。オジマ〇ディアスかよ。

 

物は燃えてしまったが、代わりに原田の怒りは最高潮に達したようだ。

 

 

「BU-KKO-RO-SU」

 

 

「何かアイツ言語捨ててるわよ!?」

 

 

万由里の言葉に汗がダラダラ流れる大樹。相当キレていらっしゃる。

 

『ヨルムンガンド』の這う速度が上昇する。攻撃の激しさも増した。

 

 

「見えたぞ。次のフロアだ」

 

 

約十秒後にはぶつかりそうな天井。黒ウサギたちが何かを抗議する前に、大樹は速度を上げた。

 

後方から迫る『ヨルムンガンド』の光線を引きつけて回避。天井に穴を開けた。

 

そのまま速度を最大まで引き上げ、瓦礫を避けながら次のフロアへ突撃する。

 

 

「うおッ!?」

 

 

その時、【悪神の真紅(クリムゾン・アジ・ダカーハ)】に異変が起きた。

 

恩恵を消されるかのような感覚。宙に投げ出された俺たちは地面へと落ちようとする。

 

 

「恩恵が無効化されたのか! この高さでの着地は足が折れる! 黒ウサギ、万由里!」

 

 

「YES!」

 

 

「分かってるわよ!」

 

 

俺の呼ぶ声に万由里はレキを抱き、精霊の力を使って飛翔する。黒ウサギは体勢を立て直し、俺をお姫様抱っこする形で地面に着地した。

 

 

「……何だろう。この、違うって感覚はあるのに良いなって思う自分が居る、この……何だこの気持ち! 恋か!?」

 

 

「腕の中でパニックになられると困りますよ。黒ウサギも、この複雑な気持ちどうすればいいんですか。恋ですか?」

 

 

「殺意衝動よ」

 

 

「「それは絶対に違う」」

 

 

黒ウサギと一緒に顔を赤くしていると万由里に邪魔される。恋の気持ちで殺すとかサイコパスじゃないか。

 

サイコパスと言えば、サイコパスの形相で襲い掛かる奴が居るな。

 

 

「大樹ィィイイイイイ!!!」

 

 

拳を握り絞めて殺意のオーラをバンバン出している原田が飛び掛かって来た。黒ウサギが避けようとするが、必要は無くなる。

 

ピタッ……と不意に原田の体が硬直した。その事に原田は驚き、大樹は確信した。

 

 

「何ッ」

 

 

「やっぱりか……」

 

 

「『一切の争いを禁ずる』という特殊な空間です。ようこそ、お相手は私たちです」

 

 

カツカツッと靴を鳴らしながら近づいて来た燕尾(えんび)服を来た男。バトラーだった。

 

後ろには全身をローブで隠し、フードを深く被っている人たちが数人。身長はバラバラだ。

 

 

「ば、バトラー……」

 

 

「下では物騒な争いばかりでしたからね。ここでは穏便にしましょう」

 

 

確かに物騒だった。玄関での戦闘から、死人が出た料理対決、悪魔たちの大行進。本当に全て物騒だな。

 

凄まじい形相で必死に殴ろうとする原田をチラチラ気にしながらバトラーに尋ねる。

 

 

「私たちにミニゲームで二勝できた方から通って良いことにします。順番は大樹チームからですね」

 

 

「……もし、ここで負けたら?」

 

 

「ゲームオーバーになりませんが、一階から登り直しです」

 

 

「チッ、嫌な事をするなよ……」

 

 

「ここは宿の半分ですから。他のチームと差を付けたいなら頑張ってください」

 

 

不敵な笑みを見せるバトラーに舌打ちする大樹。パチンッとバトラーが指を鳴らすと、両手の中に白い箱が現れる。

 

 

「―――さて、まずはどんなゲームをするのか選んで貰いますよ」

 

 

To Be Continued……

 

 




現在のケツロケット回数

楢原 大樹 189回

原田 亮良 168回

宮川 慶吾 103回


大樹「全員三桁おめでとう」

原田「白目で言うなよ」

慶吾「コイツに関しては次で二百越えるな」

大樹「やっぱりね、双葉の騒動が一番辛かった。数も一番稼いだし」

原田「というかこの旅館の半分でこの濃いさって……難易度が上がるならこれから先って」

慶吾「言うな。もう、何も言うな」


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箱庭旅館で絶対に動揺してはいけない24時!後編!

作者から一言。

―――「こう考えるんだ。クリスマスってのはゲームのイベントで最も美味い事が多い日なのだと。彼女とか遊んでいる場合じゃない、そういう日なのだと」


『―――You Win!! Perfect!!』

 

 

という画面に大満足する大樹。一度のダメージも食らうこともなく勝利を収める。俺のラ〇ナは最強だ。

 

対してツ〇キは終始ボコボコにされて負けていた。チャージする時間すら与えなかったな。

 

どよーんッと黒いオーラを発する対戦相手。絶望したかのように落ち込んでいた。

 

 

「ど、どうして理子の攻撃が全部ガードされるの……だいちゃん、チート使ってる?」

 

 

「馬鹿め。勝負はする前から決まっていたんだよ」

 

 

「キャラ性能とか言わないよね?」

 

 

「機体の置き方だ。隣でお前の手元を見ながら戦えるなら余裕だわ。予測も読みもクソもねぇ」

 

 

「普通にズルいんですけど!?」

 

 

勝負をする前はあんなに意気込んでいたのに、意気消沈していた。「理子が勝ったら一つだけ何でも言うこと聞いてね?」とか余裕の会話をしていたのに。俺の動体視力(隣を見る)を舐めていたのが理子の敗因だ。

 

 

「これで一勝。もう一度勝てば通れるんだよな?」

 

 

「ええ。ですが、ここから二回連続で負ければ終わりですが」

 

 

バトラーの笑みは崩れない。少しは焦ってくれた方が面白いのに、面白くねぇ奴だな。

 

箱の中に手を入れてカードを引く。次のゲームは『ビリヤード』だった。

 

 

「黒ウサギに任せてください! ビリヤードには少しばかり自信があります!」

 

 

「そうだな。万由里はやったことがないし、レキにやらせるか」

 

 

「何故黒ウサギをスルーしたのですか!?」

 

 

「嫌な予感がしたからだよ! 今まで見て来たがレキはかなりのチートキャラだぞ! ビリヤードくらい簡単に勝てる! 変に気合を入れる黒ウサギは嫌な予感しかしねぇ!」

 

 

ワーワーワーワーと黒ウサギと言い合いになるが、最後は上目づかいのお願いでノックアウト。レキがルールを知らないという決定的な点があることで黒ウサギがやることになった。

 

ちなみに、こっそりとレキに聞いてみた。

 

 

「今から黒ウサギがあの棒で白い玉を突くんだが……一度で全部の玉をポケットに入れることは可能か」

 

 

「……………」

 

 

無言のレキはしばらくビリヤード台を眺めた後、頷いた。

 

 

「はい」

 

 

―――黒ウサギ。頼むから負けないでくれ。ここでお前が負けたら凄く後悔することになる。というかレキ、チート過ぎない? ……追い打ちに、俺に細かく説明されても全然分からないからな。力でゴリ押す俺には理解できない領域の説明しないでくれ、レキ様よ。

 

 

「ま、待ってくれ!? ビリヤードはやったことがねぇ!」

 

 

「すいません、クジ引きの結果ですので。ちなみに、誰もやったことがないのでご安心を」

 

 

「何で箱の中に俺たちが不利になるカードを入れてあるんだよ!」

 

 

「すいません、ネタ不足で」

 

 

「舐めてんのか!?」

 

 

……どうやら敵はFクラスの代表、坂本(さかもと) 雄二(ゆうじ)らしい。

 

文月学園の制服を着崩し、複雑そうな顔でビリヤード台へ近づく。俺も近づいてからかいに行く。

 

 

「よぉカモ。最近、畳が恋しくなって来ているらしいな」

 

 

「大樹か……お前が戻って来てくれるならクラスを下げる真似なんてしねぇよ」

 

 

「あん? 俺の力が無くてもあの馬鹿共なら抵抗する方法なんていくらでもあるだろ。訳アリでAクラスを放棄したのか?」

 

 

「アイツらにはプライドが無いからな。土下座から靴舐め……終いに……いや、この話はやめよう。実は三年の連中がちょかいをかけてきてな。まぁ何とかなるさ」

 

 

終いに何するんだよアイツら。怖いなFクラス。

 

雄二の発言に安堵する。また誰もがド肝を抜く作戦を考えているのだろう。もう一回くらい、アイツらと一緒に暴れたいな。

 

 

「―――あとはFFF団さえ、抑えることができれば」

 

 

「それは難易度高いな」

 

 

厄介度で言えばあの集団はどのクラスの中でもトップクラスだからな。ホント厄介だから仕方ない。厄介さに関してはAクラスだわ。

 

そんな会話を終えて、まずは雄二のブレイクショット。カコンと気持ちの良い音と共に固めた玉がランダムな配置に変わる。

 

 

「そうそう、ルールは簡単にします。順番にポケットに落とすだけ。複雑な事はいりませんので」

 

 

「黒ウサギ。無理はしなくていいぞ。相手は初心者らしいからな。ブレイクショットで分かった」

 

 

「くッ」

 

 

バトラーの説明にニヤニヤする大樹。雄二が険しい表情するのは明白。黒ウサギが確実に一個入れることができるなら、雄二がミスした瞬間にこちらの勝利が決まる。雄二の表情から一切の動揺は見られなかったが、打ち方が素人だと物語っていた。そもそも最初のコソコソ話が聞こえたからな。

 

 

「分かっていますッ。簡単な位置なのでミスは絶対にしません」

 

 

不満そうに頬を膨らませながら黒ウサギはキューを構える。

 

打ち方はお手本になるような格好……格好……ガーターベルト。うん、やっぱりエロいな。というかあの打ち方、暴力的な谷間が更に強調されて上から見え―――!?

 

 

グサッ!!

 

 

「「め、目がぁ!!!」」スパアアアアアァァァン!!!

 

 

「よくも私の隣でそんな真似ができたわね」

 

 

両目を指で刺された俺は床をゴロゴロと雄二と一緒に転がる。万由里さぁん酷い! というか何で雄二も食らってる。

 

 

「浮気は駄目」

 

 

「居ない奴の声が聞こえるぞぉ!!」

 

 

居るわ。見えないけど多分居るよ。あなたの未来の奥さん。

 

 

バコオオオォォォン!!!

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

突然の破壊音に驚く。今度は何だ何だ!?

 

目を開けて見ればビリヤード台の半分が壊れていた。奥の壁にはヒビが入り、穴が開いている。

 

ビリヤード台の半分が無事な場所に黒ウサギは折れたキューを構えたまま呆然としていたが、俺と目が合うと、

 

 

「ち、力加減を間違えちゃいました☆」

 

 

ウッホ、マジか。ウチの嫁がとんでもないゴリラだった。

 

 

「俺みたいなことをするなよぉ!!」

 

 

「凄く心外ですが、今回は黒ウサギが悪いので謝ります! ごめんなさい!」

 

 

後ろでは原田たちがゲラゲラと笑っている。俺たちの不幸を本当に嬉しそうにするな。

 

やっぱりレキを出しておくべきだった。本能で嫌な予感を感じた時は素直に従うべきだ。

 

 

「情けないぜ大樹! 裏目に出たようだな!!」

 

 

「雄二。こっちこっち。そっちは壁だからな」

 

 

情けない。壁に向かって指を向けるなんて。目が潰されているのだから仕方ないのだろうが。

 

 

「一対一、これで次の勝負で決まりますね」

 

 

「お・ち・ろ、ヘイ! お・ち・ろ、ヘイ!」

 

 

バトラーの笑みに引き()らせる表情。外野の原田の変な掛け声に苛立ちが増しそうだ。

 

次のゲームは勝たなければ……! そんな必死になることで状況は更に悪化することになるのだ。

 

 

「次のゲームはですね……『乳首当てゲームです』」

 

 

「中学生か!」スパアアアアアァァァン!!!

 

 

何なのこれ!? もっとカッコイイことしないの? 頭脳戦とかシンプルだけど相手の行動を読んだりとか……もっとこう……ノー〇ーム・ノーライフ的なことしようよ!

 

 

「まずは誰が出るのか選んで貰います」

 

 

「馬鹿が。俺に決まっているだろ」

 

 

「大樹さん。また不純な目的で———!」

 

 

「いやいやいや待てよ!? 今回は違うだろ!?」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

今回は図星を突かれたから動揺したわけじゃない。誤解を受けたから戸惑ったのだ。

 

 

「逆に黒ウサギがゲームに出て、相手の男に触られたら嫌だろ! それは俺も嫌だ! そんな男は分子レベルまで消滅させて殺す」

 

 

「……こ、今回は筋が通ってますね」

 

 

「今回だけじゃねぇよ! 大体だよ!」

 

 

「いつもと言わない辺り、大樹さんらしいですよ……はぁ、もし対戦相手が女の子でしたらどうするのか聞いても」

 

 

「もちろん乳首を触る」

 

 

「穿て! 【インドラの―――】!!」

 

 

「ちょちょちょちょ!? だから待てよぉ!!」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

弁明の余地が無いのは理不尽! 槍が投擲される前に黒ウサギを止める。

 

 

「ここで負けたら一階に落とされるんだぞ! 今まで通って来た道を通って、コイツらに追いつけると思うのか!?」

 

 

「大樹さんのアホみたいな規格外な力を使えば、追いつくことなんて朝飯前です!」

 

 

「手錠おおおおおおォォォ!!!」

 

 

グリグリと黒ウサギの頬に手錠を押し付ける。忘れるな! 俺は今、無能なんだ!!

 

大樹の行動にそうだったと黒ウサギは思い出す。反論することはできないが、ささやかな抵抗として手で大樹の頬を押し返す。

 

 

「……俺と黒ウサギは出れない。ということで万由里。レッツゴー」

 

 

「殴り倒すわよ」

 

 

今度は万由里から拳をグリグリと押し付けられる。バランスを崩して後ろから倒れ、万由里は怒ったまま俺の上に乗った。

 

 

「何で私は良いってなるのよ! このウサギがそんなに大事!?」

 

 

「YES!」

 

 

「良い笑顔で言ってんじゃないわよ!!」

 

 

「ゴハッ!? 殴るのは反則ぐふッ!? れ、連続で名倉ぁ!? あぐッ、おごッ!?」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

何度も殴打されるが止められる気配がない。万由里も黒ウサギが止めないことを不審に思い、チラッと見ると、

 

 

「……これが本命の愛、ですよ」

 

 

ドヤ顔の黒ウサギ。さすがの俺もちょっとイラッと来た。可愛いから許すけど。

 

だが万由里は相当頭に来たようで、そのまま俺の首を絞め始めた。ちょッ、死ぬ。ヤンデレお断り。このままだと逝くから。普通に殺されそうになっているんだけど。

 

 

「あんなッ……あんなだらしない下品な胸をぶら下げている子がそんなに良いの!?」

 

 

「だらしなッ……!? 何てことを言うのですか!?」

 

 

「それでもちゃんと引き締まっている体がエロいんだろうが! ホラ! この脇腹から上にかけて―――」

 

 

「真面目な顔で答えるのはやめてください! もういいですから! 大樹さんが出て良いですからやめてください!」

 

 

全く必要のない争いに周囲の人間の目は冷たかった。何だよ。文句あるのかよ。いつものことだろ! 笑って許せよ!

 

 

「私が出なくていいのですか?」

 

 

「レキ。ここで俺がお前を出した瞬間、女の子から集団リンチされる。君は綺麗なままで居てくれ。鈍感な誰かさんの為に」

 

 

「微妙に鈍感な人が何を言っているのですか。ですが、レキさんを出さないことは評価します」

 

 

微妙に鈍感って……結構鋭い方だと思っていたのですが? 鈍感主人公みたいなことはしてない気がするのですが? 気のせいだったのか!?

 

 

「ではこちらの対戦相手を決めましょうか……まぁ、クジ引きですが」

 

 

「バトラー、来いよ。テメェの乳首ごと心臓を貫いてやるよ」

 

 

「さぁ命を懸けた乳首当てゲームの対戦相手は……この人だ!!」

 

 

お? 一瞬だけ顔色が悪くなったなアイツ。フハハ、ざまぁねぇぜ!!

 

 

「―――あの、その……できれば」

 

 

「……………フッ、言うな。何も言うな」

 

 

対戦相手はもじもじと恥ずかしそうに、けれど怯えている様子も見えた。

 

例え女の子でも容赦しない。そう決意していたのに、一瞬揺らぎそうになる。

 

大樹は女の子の前に立ち、両手の人指し指を立てる。

 

 

「悪いな、白雪。お前がキンジなことが好きなのは分かっている」

 

 

「……どうしても、駄目なの?」

 

 

そう、対戦相手は白雪。星伽(ほとぎ) 白雪だった。

 

武偵高校の制服を着ている彼女の胸は黒ウサギと張り合えるくらい大きい。今からこの指で突くと考えると……いや、もうやめよう。

 

 

「ああ。俺は……最低な人間だからだ」

 

 

この番外編では人を殺すことも躊躇(ためら)わない。親友すら蹴り飛ばした男だ。この程度……俺の障害にもならない。

 

 

「……では先行、大樹チームから」

 

 

バトラーの開始の合図でゲームは始まる。周りの人たちは静かに見守っていた。

 

ある者は耐え、ある者は静かに怒り、ある者は―――期待していた。

 

カッと目を見開き、一歩前に踏み出す。大樹はそのまま両手の人指し指を―――!

 

 

グサッ!!

 

 

「できるわけねぇだろうがぁよおおおおおォォォ!!!」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

―――自分の鼻の穴にぶっ刺した。同時におびただしい鼻血の量が勢い良く噴き出した。

 

同時に周囲から歓声が沸き上がる。それは味方からも、敵からも、大樹の選択に興奮していたのだ。

 

 

「大樹さん、黒ウサギは信じていました!」

 

 

「私はゲームが始まる前から大樹チームの敗北を信じていました!」

 

 

「一応優しい主人公のお前なら絶対にやると思った!」

 

 

「よッ、チキン大統領! ヘタレ王!」

 

 

「ゴミクズ野郎! とっとと一階に落ちて死ね!」

 

 

歓声じゃないな。ほぼ暴言を吐かれている。褒めてくれるのはごく僅かの人間だけ。

 

 

「ありがとう! 初めては……ううん、全部キンちゃんにあげたいから……!」

 

 

「眩しいー……目を潰せば良かったかなぁ……」

 

 

こんなに健気な女の子の乳首とか触れるか。触る前に自分の指、折るわ。鼻は突き刺したけど。

 

頬を赤らめた白雪は懐に入れていたキンジの写真を見ながらニコニコしている。何だこの可愛い生き物。はやく貰ってやれよキンジ。

 

と、そこで異変に気付くのだ。

 

 

「……………あら?」

 

 

何か……体が落下していないですか?

 

ふと隣を見れば泣きそうな顔でこちらを見る黒ウサギ。反対を見れば呆れた顔をしている万由里。少し離れてレキも落下しているのが見える。

 

顔を上げれば宿から顔を出して手を振っている奴らが居る。それが原田たちだと分かると、叫び声を上げた。

 

 

「って一階からのやり直し方、雑過ぎるだろおおおおおォォォ!!」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

大樹たちは旅館から強制的に放り出されてしまっていた。

 

地上まで千メートル。並みの人間が絶対に助からない高さから落下していた。

 

 

________________________

 

 

 

「ふぅ……清々しい気持ちだ」

 

 

目の前で忽然(こつぜん)と消えた大樹たち。キョロキョロと探していると、大樹たちの悲鳴が外から聞こえて来た。

 

ゲームに敗北した大樹は一階まで戻されることになっていたが、その戻し方はとても心が洗われたかのように気持ちが良い。

 

 

「……おい。さっき馬鹿が落ちて行ったぞ」

 

 

「おお、無事だったのか」

 

 

後ろから走って来たのは慶吾チーム。大樹の手によって一度悪魔たちが居る場所まで落とされていたが、追いつくことができたようだ。

 

原田はニコニコとした表情で説明をする。

 

 

「悪は滅びた」

 

 

「喧嘩を売っているのか?」

 

 

「違う違う。お前じゃない。言い直すと……大樹は死んだ」

 

 

「吉報じゃないか」

 

 

主人公の死を喜ぶ親友と悪役。まるで大樹が悪の親玉だったかのような雰囲気だ。

 

パチパチとバトラーが拍手をしながら二人に歩み寄る。

 

 

「面白い光景でしたね。次はあなた方の番ですよ」

 

 

「野郎……いいぜ、俺は大樹のように甘い人間ではないからな!」

 

 

「犬が。調子に乗るなよ」

 

 

そうして次は原田チームの挑戦。ゲーム内容は―――これだ!

 

 

「『スッポンポンパラダイス。真夏の虹色乳首。魅惑(みわく)の大雪祭』ですね」

 

 

「意味が分からねぇ上に乳首ばっかだな!?」スパアアアアアァァァン!!!

 

 

「ちく……び、ばっか……!?」スパアアアアアァァァン!!!

 

 

原田のツッコミと一緒に戦慄する慶吾。彼らのケツもまた、無事で済むかはまだ分からない。

 

 

________________________

 

 

 

「いやー、死ぬかと思った」

 

 

「大樹さん。腕、折れてますよそれ」

 

 

プラーンと木の枝に垂れ下がる大樹。両腕もプラーンと折れて垂れ下がっている。確かに激痛だが、死ぬよりマシだろう。

 

あの高さから無事?なのは万由里の早急な対応のおかげだ。天使を発現させて黒ウサギとレキを捕まえ、俺を掴み損ねた。……だからこういう状況。速度が激減したのはいいけど、それでも両腕折れてるから。痛いから。

 

 

「ごめん……滑った」

 

 

「……まぁ良いよ。これよりすんごい怪我したことあるし……死んでも生き返るから」

 

 

「ごめん、何を言っているのか分からないんだけど」

 

 

「これが大樹さんクオリティってことですよ」

 

 

「黒ウサギのまとめ方の雑さに俺は悲しいよ」

 

 

黒ウサギと万由里に木から地へと降ろして貰う。旅館の入り口どころか近くの森に落とされるとは……神獣もウロウロしているなら早く旅館に戻った方が良いな。

 

 

「よし、行くぞ!!」

 

 

「大樹さん! それは足も折れていますよ!? 無理しないでください!?」

 

 

地を這いながらカッコイイ声で皆の士気を上げようとしていたが、駄目そうだ。俺の死期だけが絶好調のようだ。

 

ちょっと!? 全身ボロボロじゃないですか!? 全然助かってないじゃん! ゾンビみたいになっているよ!

 

 

「何で元気なのよ大樹……」

 

 

「うるせぇ! 今までの戦いからすればこの程度の怪我で弱音は吐かないんだよ! 俺を倒すなら神の力を完全に封じるなり、嫁に嘘を吹き込んで俺を正座させるなりしないと負けねぇんだよ!」

 

 

「あっそう」

 

 

リアクション薄ーい。そんな冷たい目で見下さないでください。黒ウサギも呆れないで。

 

その時、レキは狙撃銃を構えた。後方に構えたまま、レキは小さな声で呟く。

 

 

「敵です。大きいです」

 

 

おいおいまさか……!?

 

ドシンッ……ドシンッ……と重い音が腹の底から響く。前方からゆっくりと大きな影が近づいて来ていた。

 

 

『グォゴガァアアアアアアァァァァ!!!』

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

獣の咆哮に呼吸が止まるくらい動揺した。

 

姿を見せたのは四十メートルはあろう巨体。山のような牙に、大地のような毛皮。四足歩行の獣はオオカミに似ているが、大きさは圧倒的に違う。

 

唖然とする一同。黒ウサギがその名前を口にする。

 

 

「ま、まさか……神オーディンを食らったと言われる神獣……!」

 

 

「ほ、北欧神話のフェンリルじゃねぇかそれ!?」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

泣きそうな声で告げられる驚愕の事実。大樹が大声を上げると、フェンリルもまた、耳を(つんざ)くような咆哮をする。

 

 

『グォゴガァアアアアアアァァァァ!!!』

 

 

凄まじい暴風が吹き荒れて森の木々が全て薙ぎ倒される。吠えるだけでこの威力。

 

神すら食らう神獣に勝利の文字はない。敗北の一手から戦いは始まるのだ。

 

 

「無理だろこれ!? とっとと逃げるぞ!?」

 

 

黒ウサギが俺の体を掴んで跳躍、万由里はレキと一緒に【雷霆聖堂(ケルビエル)】に乗る。

 

だが敵も簡単には逃がさない。大きな口を開き、赤黒い光の球体を大きくしていた。

 

 

「で、デカイの来るぞぉ!!!」

 

 

刹那―――全ての音が掻き消えた。

 

視界を埋め尽くす閃光と全身に突き刺さる激痛の衝撃。人の意識が簡単に吹き飛ぶ威力だった。

 

数十秒後、気が付いた時には地面に倒れていた。いち早く目を開けた大樹は驚愕する。

 

 

「ッ……なんて威力だ……!」

 

 

視界が安定すると、目の前に広がるのは絶望の光景。生い茂っていた森が一瞬で消し飛び、大地を割っていた。

 

魔王アジ=ダカーハのようなデタラメな破壊力。神獣の強さは旅館に居る奴らとは桁違いだった。

 

 

「……黒ウサギは!?」

 

 

急いで辺りを見渡そうとした時、体にずっしりと重みを感じた。恐る恐る目を移すと、そこには怪我をした黒ウサギたちが圧し掛かっていた。

 

三人は俺を守るように覆い被さっている。レキと万由里は気を失い、黒ウサギは(まぶた)を閉じそうになっている。

 

 

「ばッ……馬鹿!? 何をやってんだ!? 俺なんかの……!」

 

 

「それは、聞き飽きましたよ大樹さん。黒ウサギたちのこと……よく分かっているクセに……」

 

 

微笑みながら言う黒ウサギ。それは決して無理した笑みではなかった。

 

黒ウサギはそのまま大樹の顔横まで体を動かし、頬と頬を合わせる。「それに……」と呟いた。

 

 

「ギャグで……人は死にませんよ」

 

 

「……………」

 

 

そのまま大樹に体を預けて眠るように気を失う。大樹の表情は―――変わった。

 

手錠の付いた腕で黒ウサギを寝かし、万由里とレキも隣に寝かせた。折れた足で立ち上がり、傍に落ちた黒ウサギのギフトカードを拾い上げる。

 

 

「そうだな。ギャグで死なねぇよな」

 

 

『グォゴガァアアアアアアァァァァ!!!』

 

 

凶悪な咆哮が再度轟く。すぐそこまでフェンリルが迫っていた。

 

 

「死なねぇけど、痛かったはずだ」

 

 

大樹の握り絞めていたギフトカードが光出す。空中に【インドラの槍】が放り投げられると、口で槍を掴んだ。

 

 

ドシュッ!!!

 

 

「調子に乗るなよ駄犬」

 

 

―――そのまま槍で自分の腕を切り捨てた。

 

手錠の付いた腕が落ちる直後、大樹の腕は元通りになっている。神の力を強引な方法で取り戻したのだ。

 

 

『ッ!?』

 

 

大樹の殺気にフェンリルが怖気づく。身を低くし、尻尾が垂れ下がっていた。

 

【インドラの槍】を握り絞めた右手が更にグッと絞め直す。槍先からは神獣すら恐れる神の(いかづち)が暴れ回っている。

 

 

「俺の大切な人に……友達にも手を出したんだ」

 

 

このゲームに置いて、絶対に本気にさせてはいけない男が本気になる瞬間。

 

積み上げられた土台は崩壊し、神や仏も、鬼や悪魔も、止める術を知らない。

 

ここから先はゲームというお遊びは終わる。始まるのは、本気の(たたか)い。

 

 

「大丈夫。ギャグで死なねぇよ……ちょっと痛ぇ思いをするだけだぁ!!!」

 

 

神獣よりも何十倍も小さい雄叫びにも関わらず、フェンリルの足腰が砕けた。

 

フェンリルの頭部に向かって超跳躍をした大樹。そのまま眉間に槍を叩きこんだ。

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!!!

 

 

第三宇宙速度を越え、亜音速を越え、音速を越えた。その衝撃は隕石よりも重く、神獣を(ほうむ)るには十分……いや、過剰(かじょう)な威力だった。

 

 

―――祝。楢原 大樹、遂に本気を出す。

 

 

________________________

 

 

 

 

「―――これで終わりだ! ブ〇ック・マジシャンでダイレクトアタック!」

 

 

「そんなッ!? この執事デッキが負けるなんて……!」

 

 

ライフポイントがゼロになったバトラーは両膝を地に着いて敗北を嘆く。原田はドヤ顔で最後の決めゼリフを告げる。

 

 

「お前の敗因は、手札が全て上級モンスターだったことだ!」

 

 

「盛大に手札事故起こしていたからな。あの執事デッキ」

 

 

慶吾の解説と共に進められた決闘。知識のない人たちでも楽しんで見ることができた。意外と説明上手な慶吾である。

 

原田チームは二勝一敗。無事に上へと進むことができるようになる。途中、ジャンヌのお絵かきがあったが、忘れることにした。

 

 

「では、次のチーム……いえ、最後のチームなのでしょう」

 

 

「フンッ、奴が再び戻って来ると思わんのか?」

 

 

「外に解き放った神獣は強力です。例え箱庭の神々が持つ力でも、突破することは不可能」

 

 

自信満々に語るバトラーに慶吾の口元が少しばかりニヤリと笑う。

 

 

「そうか……ソイツは良い事だ」

 

 

「それよりも自分の心配をしたらどうです? 対戦内容は……『単位上等!暴走数取団』」

 

 

「古いなッ」

 

 

「というわけで執事をやっていますが今日はガンガン飛ばしていくのでよろしくぅ!!」

 

 

「「「「「よろしくぅ!!」」」」」

 

 

「何かゾロゾロと来たぞ」

 

 

「ちょ、ちょっと!? 私もテンション合わせないといけないのかしら!?」

 

 

ヤンキー服に着替えたバトラーの後ろから来たのは暴走族のような格好をした人たち。ガルペスは呆れ、木更は焦っていた。

 

 

「……黒幕とか色々言われて、番外編でこんな扱いされているが、本編ではそんなことは一度もねぇからぁ! よろしくぅ!!」

 

 

「「「「「よろしくぅ!!」」」」」

 

 

「「ッ!?」」

 

 

早速順応する慶吾にガルペスと木更は驚きを隠せなかった。大樹菌が感染していると見た。

 

 

________________________

 

 

 

下から「ブンブンブブブン!」と盛り上がった声が聞こえて来る。原田たちは気にすることなく急いで上へと向かう。

 

旅館の半分は攻略完了。慶吾チームが下で足止めされている内に差を付ける。ヨルムンガンドの速度を更に上げた。

 

 

「……雰囲気が変わったな」

 

 

「寒い……のは標高のせいではないな」

 

 

ジャンヌと摩利の会話に原田は頷く。緊張するが、気合を入れ直す必要がある。

 

 

「ここに来るまで辛い道のりだった。特にソロモンの悪魔辺り。あんな化け物を詰め込んだ部屋があるなら……」

 

 

「上にも同じような部屋も、か。あまり考えたくないな」

 

 

「サイオンは枯渇しないよう気を付けるが、できることなら休憩は挟みたい」

 

 

他のチームとは違い、真面目に作戦会議をする原田たち。実は一番まともな編成なのかもしれない。

 

しばらくすると次のフロアが見えて来た。ヨルムンガンドから降り、次のフロアへと走る。

 

そこは聖堂のような部屋で、圧倒されるくらい広大だ。

 

 

「そこで待ち受けるのは、私だぁ!!」

 

 

聖堂の中心に建てられた十字架の下に現れたのは一人の女性。驚く程美しい女性は腕を組んで待っていた。

 

世界の人間が嫉妬するような輝く金髪。白銀の薄い衣を身に纏い、緑色の帯とたくさんのリボンを身に着けている。

 

手には巨大な弓を握っているが、全く脅威(きょうい)を感じさせない優しそうな風貌(ふうぼう)にジャンヌと摩利は戸惑うが、原田だけは狼狽(うろた)えていた。

 

彼女の内から溢れ出す力に覚えがある。いや、自分自身がよく知っている力だ。

 

 

「ここを守るのは私、狩猟(しゅりょう)の女神と呼ばれた―――!」

 

 

「あ、アルテミスだとぉ!!??」スパアアアアアァァァン!!!

 

 

「ちょっと! まだ自己紹介の途中なのよ! 頭を地に着けて清聴しなさい!」

 

 

ここで本物の神が登場したのだ。驚かない人間が居るわけがない。

 

人類が永遠に対峙することを許されない存在が今、目の前に立っているのだ。

 

箱庭に置いて神との遭遇は珍しい事ではない。だが、ただの人の身である者が勝てるかどうかと聞かれれば当然、不可能に近い。十六夜たちのように恩恵を得た人間ではなければ打倒することはできないだろう。

 

 

「女神アルテミス! この私を倒せと無理難題は言わないわ。この私の横を、一人でも駆け抜けることができたなら見逃してあげる」

 

 

「何?」

 

 

「だってそうでしょ? もしかして、私に勝てると思って?」

 

 

「……………」

 

 

アルテミスの言い分は正しい。平気な顔で神に喧嘩を売る馬鹿は一人ぐらいだ。神殺しの名など到底貰えないだろう。

 

それにっとアルテミスは付け足す。

 

 

「本編で死んだ分、ここで思い知らせるわ。私は決して弱くないって」

 

 

たたた大変だ。この女神、自分から地雷を踏み抜いて行くタイプの人間だ。面倒臭い。

 

そんなネガティブな発言に原田たちは微妙な顔をしつつも、作戦を立てる。

 

 

「俺が駆け抜ける。援護を頼んでいいか」

 

 

「神、か……私の氷がどこまで通じるか不安になるが……やれるだけのことはやろう」

 

 

「具体的にどこを駆け抜けるのか、ルートも決めておこう」

 

 

アルテミスに背を向けてコソコソと話し合う三人。女神はそれを見つつ、背後に高貴な椅子を用意して座る。

 

 

「いつでもいいわよ。来なさい」

 

 

「舐めやがって……痛い目見ても泣くなよ」

 

 

二つの短剣を両手に持った原田が走る構えを見せる。クスクスと小さく笑うアルテミスは右手を挙げた。

 

 

「女神に対して無礼よ。それに、舐めているつもりは無いわ。座っている方が撃ちやすいもの」

 

 

―――聖堂を埋め尽くす程の翠色(みどりいろ)の魔法陣が展開される。

 

 

「んなッ……!?」スパアアアアアァァァン!!!

 

 

「『我が一矢(いっし)は破壊の風を束ねた一撃。この一矢が新たな平和を築くなら、十を持って悪を討ち、百を持って世界を変える』」

 

 

アルテミスの詠唱と共に魔法陣が輝き始め、回転し始める。危険を察した原田は尻の痛みなど気にならない。とにかく必死に前へ向かって走り出した。

 

そして最後の一節。アルテミスは右手を振り下ろした。

 

 

「『千を越え、万を放つ時! 偽りの汚れた秩序を砕く!』———【狩猟女神の狂撃(ルナティック・アルテミス)】!!」

 

 

ヒュゴオオオオオオオオオォォォ!!

 

 

全ての魔法陣からそれぞれ竜巻のような暴風が吹き荒れた。聖堂に並べられた椅子が風圧だけで、一瞬の内に木屑と化す。

 

慈悲無き一撃に原田の体は簡単に天井へと舞い上がり、凄まじい一撃の矢を次々と体に受ける。

 

 

ドゴッ!!

 

 

「がはッ……!?」

 

 

天井に叩きつけられた時には、既に体はボロボロ。血で視界が塞がってしまっていた。

 

神が放つ渾身の一撃に、為す術無く敗北したことに原田は愕然とする。

 

一歩も動くことなく勝利した女神を呆然と上から見ることしかできなかった。

 

 

「さて、次はどう来る?」

 

 

(あで)やかな脚を組み替えながら女神は問うのだった。

 

 

________________________

 

 

 

忍者の格好をした慶吾一行。バトラーに一度も負けることなく勝利していた。「赤い臓器」「赤い液体」など不吉な言葉ばかりだったが、それでも慶吾たちは強かった。木更はついて行くのが精一杯である。

 

 

「……里見は無いな」

 

 

「ああ、論外だ」

 

 

「もういいでしょ!? 私が悪かったわよ!」

 

 

道中は木更いじりだった。木更の番で「黒いイケメン」と回って来た時、「里見君!」と堂々と言ったことを慶吾とガルペスは首を横に振っていた。ちなみに正解例は「松崎し〇る」である。

 

顔を赤くしながら木更は戦闘を走る。後ろで慶吾とガルペスが追い駆けるが……

 

 

「……無いな」

 

 

「ああ、問題外だ」

 

 

「本当にやめてくれるかしら!?」

 

 

その時、ちょうど次のフロアに辿り着いた。

 

木更がドアに手を掛けようとした時、すぐに手を放した。

 

 

「……何、この嫌な感じ」

 

 

危険をいち早く感じ取っていた木更は刀に手を置く。慶吾たちの表情も険しい。

 

 

「……どけ」

 

 

バコンッ!!

 

 

ドアを開けたのは慶吾。手で開けず、右足で蹴り飛ばした。

 

盛大に吹き飛ぶ扉の先に、悲惨な光景が広がっていた。

 

 

「……ッ……お前か」

 

 

「随分とボロボロだな」

 

 

服はズタズタに引き裂かれ、頭から血を流した原田が片膝を着いて座っていた。

 

聖堂の後ろにはジャンヌと摩利が居る。軽傷だが、力を使い果たしたのか満足に動けそうにない。

 

 

「む、次のチームも来たか」

 

 

「誰だ」

 

 

「私はアルテミス! 狩猟の女神、アルテミスだとも」

 

 

女神は王様が座るような椅子に脚を組んで座っている。微笑みながら名乗り上げた。

 

木更が絶句する中、慶吾とガルペスの反応は、

 

 

「フンッ」

 

 

「ハッ」

 

 

「かちーん……女神を鼻で笑うとは良い度胸ね……」

 

 

慶吾とガルペスは鼻で笑い飛ばすのだ。そんな失礼な態度にアルテミスは笑みを引き攣らせていた。

 

右手を挙げて魔法陣を展開する。神の力を感じ取った慶吾たちは構える。

 

 

「やっと小骨がある相手が来たな。せいぜい楽しませろよ、自称女神?」

 

 

「くッ……調子に乗るなッ!!」

 

 

狩猟女神の狂撃(ルナティック・アルテミス)】が人に向かって無慈悲に放たれる。想像を絶する破壊力に木更は後ろに下がるが、

 

 

「ぬるい」

 

 

「そこだ」

 

 

ガキュンッ!!

 

パチンッ!!

 

 

たった一発。銃を握り絞めた慶吾は前に向かって撃った。それだけで慶吾の周囲の暴風は静かになった。

 

ガルペスも同じく、指を鳴らすだけで周囲の空気がシンッと静まり返る。その異常な光景にアルテミスは動揺する。

 

 

「な、何を……!」

 

 

「風を殺した」

 

 

「貴様の攻撃は矢で無く、主体となるのは矢を(まと)う神風だ。風力エネルギーの半分を奪い、ぶつけて相殺した。ただの矢では効かん」

 

 

実に簡潔で意味が分からない慶吾の言葉とちょっと理解しようとしたが、それでも分からないガルペスの言葉。つまり何も分からない。

 

アルテミスの表情から余裕が無くなると思えば、すぐに笑みを取り戻す。

 

 

「少しばかり本気を出すわ」

 

 

椅子から立つと同時にアルテミスを中心とした旋風が巻き起こる。

 

爆発的に膨れ上がる神の力。ビリビリとした感覚と共に全身で感じ取ることになる。彼女はまだ、本気の半分すら出していない。

 

これが神なのだと改めて自覚される。原田の顔は険しいが、慶吾たちは変わらない。

 

 

「そよ風程度で、俺を止めれると思うなよ?」

 

 

余裕の態度。慶吾の挑発にアルテミスは力を解放する。

 

 

「『無限の地獄を想像し、終りの風を束ねし一矢』———!!」

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!!

 

 

アルテミスの一撃が放たれようとした時、聖堂の壁が破壊される。

 

破壊の一撃はそのまま反対側の壁も突き抜けた。突然の出来事にその場に居た人間の動きが止まる。

 

 

「よぉ」

 

 

絶対に聞こえるわけがない声に原田たちは絶句する。それはあまりにも早過ぎたからだ。

 

 

「結構早い再会だったな、お前ら」

 

 

―――人類史上最強の男、楢原 大樹の登場である。

 

背から黄金の翼が伸び、口には一本の刀を咥えていた。両脇には怪我をしたレキと万由里。そして黒ウサギを背負っている。

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

「う、嘘だろ……!?」

 

 

「ッ……」

 

 

瞳に映る光景を疑ってしまう原田と慶吾。尻を痛めながら驚いていた。

 

 

「……なんか、人類が終わりそうだわ」

 

 

「その感想はイラつく。木更、あとで覚えておけ」

 

 

最後のチームの乱入に木更は頭を抑えていた。人間をやめている人たちが聖堂に大集合しているのだから。

 

攻撃を邪魔されたアルテミスも嫌な顔をするが、調子を取り戻す。

 

 

「別にいいわよ、手間が省けたわ。まとめて吹き飛びなさい!!」

 

 

「大樹! ソイツは神の―――!」

 

 

ヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュッ!!

 

 

原田が忠告する前にアルテミスの攻撃が射出された。巨大な魔法陣から放たれる七色の矢が大樹を狙う。

 

狩猟女神の狂撃(ルナティック・アルテミス)】の上位互換。手を塞がれている大樹には防ぐ術がないかと思われた。

 

 

「あん?」

 

 

しかし、大樹は動くことなく攻撃を全て綺麗に打ち消した。当たる直前で矢は消えてしまっている。

 

聖堂全体に舞った黄金の羽根がアルテミスの攻撃遮断(しゃだん)。神本人すらの力も抑えたことに原田たちは唖然とした。

 

 

「め、めちゃくちゃ過ぎる……!」

 

 

「くっだれねぇ攻撃だな。神の力がこの程度ならお笑い物だぜ」

 

 

神罰待った無しの侮辱発言にアルテミスの額に青筋が浮かぶ。美しかったあの女神の笑みはとうに消えてしまった。

 

 

「あ、あまり調子に乗らない方がいいわ……ここから先は神々の領域なのよ。私の力を一度抑えた程度で……」

 

 

その時、アルテミスの言葉が止まった。

 

大樹はアルテミスの言葉などガン無視。背負っていた女の子たちを聖堂の壁際まで運び終える。そして、振り返って一言。

 

 

「何? 俺に言ってんの?」

 

 

「ばあああああああああ!!! そのふざけた態度を取ったことを後悔させてあげるわよ!!」

 

 

女神様が壊れた。頭を掻きながら奇声を上げていた。

 

同時に神の力が爆発的に増加するのも感じ取った。怪我を負った原田はジャンヌと摩利を抱えて大樹の後ろまで走り、慶吾とガルペスはジッと戦いを見守る。

 

 

「『人類史の秩序は今壊れた! 世界に終焉の風を吹かせた大地に新たな命を産み落とす! この創世は、神の一矢から動き出す!』」

 

 

アルテミスが持つ弓が黄金の輝きを放つ。ゆっくりと翼を広げるように弓は四方に伸び、聖堂を埋め尽くす様な魔法陣が描かれる。

 

神の行いは全てが奇跡。人類が奇跡を越えることなどは有り得ない。

 

 

「『慈悲深き世界へ、再生の祈りは届く! 神の目は、今見開かれた!』」

 

 

全身全霊。神の奇跡、奇跡の矢が大樹を貫こうとした時、大樹もまた、神の力を解放する。

 

 

「———【滅殺皇(シェキナー)】」

 

 

右手に金色の持ち手に銀色の刃の剣を顕現させて握り絞める。神との圧倒的な力の差を、大樹は埋める。

 

 

「剣技も、天界魔法も、使うまでねぇよ。駄神がぁぁぁああああああ!!!」

 

 

ザンッ!!!

 

 

男の咆哮と共に銀色の光を放つ剣を垂直に振り下ろす。叩き落とした地面から閃光が走り、爆発した。

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!

 

 

大地を割るような衝撃波が聖堂の崩壊と共に、女神アルテミスに向かって突き進む。

 

小さいとアルテミスは嘲笑(あざわら)う。威力はこちらの方が遥かに上回っているからだ。

 

 

「―――【地母神の奇蹟(アグ・テミニシス)】!!」

 

 

キュュ……シュギュゴオオオオオオォォォ!!

 

 

一点に収束された矢が放たれた。大樹の衝撃波とは比べ物にならない破壊力。差は火を見るよりも明らか。

 

聖堂のステンドグラスが盛大に弾け割れ、壁には大きな亀裂が生まれる。

 

フロア全体が地震のように大きく揺れるが、恩恵でも施されているのか建物が崩壊する気配はない。

 

 

ガッッッドゴオオオオオオオオォォォ!!!!

 

 

二つの力がぶつかり、更なる衝撃波が生まれる。聖堂の壁は完全に吹き飛び、旅館の上からのフロアは宙に浮く形になった。

 

互いの力は一歩も譲らず、均衡(きんこう)を保つように激しくぶつかり続けている。しかし、徐々に大樹の方が押されていた。

 

 

「そのまま終わらせてあげるわよッ!!」

 

 

「そうか、じゃあ頑張れよ」

 

 

だが、大樹の表情は全く険しくなかった。額から汗を流すアルテミスとは真逆、余裕を持った表情だ。

 

次の瞬間、大樹の左手に新たな武器が握られる。

 

 

「受け取れよクソ女神。【インドラの槍】に【神格化・全知全能】を使った―――【焉焉終の雷槍(ゾン・ラグナロク)】だ。正真正銘、神の命運すらぶっ刺すぞ」

 

 

「―――――嘘、でしょ……」

 

 

「いやいやいやいやいやいや!? この短時間で何で急激に強くなって帰って来てんのお前!? ホント何なのこの展開!?」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

穿(うが)てば必ず勝利する【インドラの槍】では神の奇跡を破ることは不可能だった。神の奇跡は敵対する者の勝利を捻じ曲げ、自分が優勢になる流れ―――逆転の奇跡まで変えることができる。

 

だが大樹の持つ槍は違う。それを握り絞めているだけ勝利へと導き、穿てば絶対の勝利を約束された神の奇跡、神の命運すら貫ける必殺の槍。いや、神殺しの槍なのだ。

 

 

「というかそんなモノを解き放ったら旅館まで吹き飛ぶぞ!? アルテミス、降伏だ! 降伏しなきゃ全員死ぬぞ!」スパアアアアアァァァン!!!

 

 

「くッ! 分かったわよ! あんな化け物みたいな槍、まともに受けたら神格失うどころじゃ……!」

 

 

原田の忠告にアルテミスは攻撃をやめようとするが、大樹の様子がおかしい事に気付く。

 

まるで攻撃をやめた瞬間、槍を投擲しようと構えている。

 

 

「待って……嘘よ……だってこんなに綺麗な女神に……刺さないわよね?」

 

 

「簡潔に言う。死ね」

 

 

「だ、誰か助けて!! 人殺しを……この神殺しを止めてぇ!」

 

 

遂に泣き出した女神様。助けを乞われても慈悲無き大樹の宣告に原田はお手上げ。ゆっくりと両手を合わせた。南無三。

 

 

「お願い!! そんな物騒な物が刺さったら神でも死ぬの!?」

 

 

「お前は豚の命乞いに耳を貸すのか?」

 

 

「うぅ……か、貸すわよ! 神は全てを平等に救うの!」

 

 

「そうか。俺もそうだ」

 

 

「ッ! じゃあ―――!」

 

 

「でも死ね」

 

 

「なんなのよコイツーッ!!??」

 

 

頭を抱えて喚いている女神様。正面から話し合いなど最初から無意味。

 

慶吾たちも攻撃の被害に遭わないように大樹の後ろへと移動。原田もジャンヌと摩利を抱えて避難。

 

 

「適当に詠唱でもしてみるか……『体は嫁で出来ている』」

 

 

「やっぱ止めろ。あのマスター、一番やっちゃいけねぇことをしようとしていやがる」

 

 

「『血潮は愛で心は硝子(ガラス)』」

 

 

「心が硝子なのは知ってた。ああ、もう好きにしろッ」

 

 

「『(いく)たびの修羅場を越えて全敗』」

 

 

「そうだな。そっちは負けているよな、全部」

 

 

「『えっと………この体は、嫁への愛で出来ていた』!!」

 

 

端折(はしお)るなよ!? せめて全部言え!」

 

 

「というわけで【焉焉終の雷槍(ゾン・ラグナロク)】、そーいッ!!」

 

 

無邪気に適当に、軽快なステップで進み投擲した。女神の顔が凄まじいことになるが、閃光に包まれ見えなくなる。

 

 

―――音が消える程の爆発と衝撃。聖堂は綺麗に吹き飛び、アルテミスも消えた。

 

 

 

________________________

 

 

 

 

―――神々との乱闘。いや、一人の男が神々に挑んでいた。

 

黄金色のオーラを放つ神の顔に膝蹴り、美しい女神の腹に正拳突き、幸運を司る神に牙を剥いた。

 

千の腕を持つ神の顔を壁に叩き付け、三つの顔を持つ神の頭にそれぞれ頭突き、女神だろうが容赦はしない。

 

悪魔すら恐れる所業を大樹は恐れることなく倒し続けた。もう彼には止まることを知らない。

 

太陽や月の神も、大地や空の神も、あらゆる神を打倒する。神殺しを越えた存在になりつつあった。

 

 

「オラァ!!!」

 

 

ドゴンッ!!!

 

 

右手と左手で神の顔を(わし)掴み、そのまま地面に叩き付けた。隕石でも落ちたかのような衝撃で周囲に居た神たちも吹き飛ぶ。

 

女神アルテミスは上位の神で、ここに居る神とは少し劣るが、それでも相手をしているのは神そのもの。

 

人類の伝説として語られる者達が集っている場に、規格外の人間(怪物)が暴れていた。

 

 

「【神羅万象(シン・ラ・バンショウ)】!!」

 

 

「【月光月斬(げっこうげつざん)】!!」

 

 

「【スルトの剣】!!」

 

 

一撃一撃が世界を影響する規模の攻撃。神々の一斉攻撃は、世界の終わりに等しい。

 

しかし、人類史最強の男はそれらを無に還す。

 

大樹の周囲に舞った羽根が神の力を打ち消し、衝撃すら大樹に通らない。

 

 

「【神爆(こうばく)】」

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!

 

 

手を握るだけで攻撃して来た神々が白い光の爆発に飲み込まれる。衝撃の凄まじさが神の生存性を消している。

 

人類最強もまた、一撃で神を打倒していた。むしろ神の一撃や二撃程度では大樹は倒れないだろう。

 

 

「【焉焉終の雷槍(ゾン・ラグナロク)】!!」

 

 

再び投擲された槍は神の集団を一瞬で蹴散らす。最後に残った神はただ一人。

 

 

「無理です無理です。最初から大樹様に勝てると思っていませんですし、そもそも天使ですよ私。頭おかしいですよ」

 

 

「おかしいのはお前の頭もだよ……リィラ?」

 

 

残ったのは神ではなく天使だった。

 

全ての神をたった一人の男が蹴散らした。しかも天使が最もお仕えする男にだ。

 

涙を目に溜めながら両手を挙げて降参のポーズ。

 

 

「違うのです違うのですよ! 私は最後の敵として登場しますが、数々の神の困難を乗り越えて来た大樹様の癒しとなるよう「やっぱり俺はお前が必要だ!」とか言われたくて―――」

 

 

「俺は必要ないと思うから()っていいよな?」

 

 

「このクセになる扱いの雑さ! じゃなくて、優しい対応とか少しはないのですか!? 最初は呪いを治してくれて……優男だったではありませんか」

 

 

「知らん。今回は俺にスイッチが入った事を後悔しろ」

 

 

「元を辿れば大樹様が乳首触らなかったことが負けの原因ではありませんか!! 乳首を触っていれば無事にアルテミス様の所に辿り着けていましたよ! 乳首様!」

 

 

「乳首乳首うるせぇよ!? 誰が乳首様じゃボケ!」スパアアアアアァァァン!!!

 

 

尻が痛くなる事に苛立ちも増す。リィラはとっとと始末するべきだな。

 

 

「隙アリ!!」

 

 

「テメェッ!」

 

 

その時、リィラの足元に魔法陣が出現し、姿を消したのだ。

 

油断していた。【秩序支配神の世界翼(システムルーラー・ワールドフリューゲル)】の発動が遅れてしまう。

 

覚えてろ。次に会った時が貴様の最後……というかリィラって仲間だよな? 俺たち、何で殺し合いしてるんだろ。

 

 

「おいおい……ここ、旅館なんだよな?」

 

 

後ろから原田が歩いて来る。神々がそこら中に倒れ、物や壁は破壊され、酷い有り様だった。

 

 

「まだ上があるみたいだが、ゴールは近いだろう。あースッキリした」

 

 

「神でストレス発散するのはお前くらいだろうな」

 

 

体を伸ばしながら原田の横を通り、黒ウサギを迎えに行く。

 

既に意識を取り戻した黒ウサギたちは惨状に顔を引き攣らせている。だが大樹の顔を見た後、パァと花を咲かせたように笑顔になる。

 

―――分かっている。ちゃんと分かっているとも。

 

大樹は両手を大きく広げる。理解した黒ウサギは頬を赤くするが、大樹に向かって走った。

 

ドンッとした衝撃と共に抱き締める。

 

 

「さすが大樹。やっぱり私よね」

 

 

「おい冗談だろ」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

抱き締めていたのは黒ウサギではなく、万由里だった。大樹の顔がサァーッと青くなる。

 

選ばれたのは万由里でした。おいおい、お茶選ぶどころかコーヒー選んでいるよ。

 

ゴゴゴゴゴッ……!と背景に描かれそうなくらい黒ウサギは威圧感を出していた。怒っているねぇ。

 

 

「違うッ……ちょっとよく見てなくて……この流れで来るとか思わないじゃん……」

 

 

「いつもいつも……大樹さんは黒ウサギを煽っているのでしょうか?」

 

 

「そんなわけないだろ!? 俺はいつも黒ウサギのことを―――!」

 

 

「じゃあ黒ウサギもそうしますよ! 今から原田さんに抱き付いて来ますからぁ!!」

 

 

「「ちょっと待てぇ!?」」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

同時に原田と大樹の尻に衝撃が走る。痛みを堪えながら抗議する。

 

 

「待て待て!? それ誰が得をする!? 特に俺は大樹に殺されるからやめろぉ!」

 

 

「黒ウサギ!? 抱き締めるから戻って来て! 何時間でも何日でも、ベッドでも!」

 

 

「セクハラ! 知りませんッ、大樹さんも人の気持ちを知ればいいんですよ!」

 

 

黒ウサギの走りは止まらない。原田はこちらに走って来る美少女が巨大な爆弾にしか見えない。当然逃げ出すが、大樹の行動が最悪だった。

 

 

「させるかぁ!! 【焉焉終の雷槍(ゾン・ラグナロク)】!!」

 

 

「ふざけるなよこの野郎おおおおォォ!!!!」

 

 

チュドーンッ!! スパアアアアアァァァ………!

 

 

大樹の放った一撃は原田を見事に消し飛ばした。ケツロケットの音がゆっくりと聞こえて来るのは笑える。

 

仲間を切り捨てる速度は悪党よりも早かった。読者よ、これがこの作品の主人公だ。

 

標的を無くした黒ウサギは大樹の顔を見ることなく()ねている。思わず首を吊りそうなくらいショックを受けるが、ゆっくりと黒ウサギに近づいた。

 

 

「いや……その……俺がここまで頑張ったのは……ああもう!」

 

 

オドオドと情けない男だが、最後は勇気を振り絞った。

 

黒ウサギの肩を掴んでこちらを向き直させ、

 

 

「あッ」

 

 

強く抱き締めた。

 

珍しく男らしい行動に黒ウサギの顔が真っ赤に染まる。同じように大樹の顔も真っ赤になっている。

 

だが数秒後には離す。今度は大樹が背を向ける番だった。

 

 

「黒ウサギたちが一番だ。その……あとで美琴たち抱き締めても怒るなよ」

 

 

「は、はい……」

 

 

付き合いたてのカップルみたいな初々しさ。甘ったるい空気に万由里は溜め息が出てしまう。

 

レキは相変わらず無表情だが、ジッと観察するように見ていた。あと原田は死んだ。

 

 

「何だこの空気は」

 

 

それを壊すかのような後ろから登場する慶吾。ガルペスと木更も、ジト目で大樹を見ている。

 

 

「は、原田を殺しただけだ。言わせんな恥ずかしいッ」

 

 

「照れながら狂気な発言をするな。だが、これで原田チームは完全に全滅したな」

 

 

「そうだな」

 

 

次の瞬間、大樹と慶吾は殺気をぶつけた。

 

 

「一位で上に行くのは俺たちだ。ここで決着付けようぜ」

 

 

「ハッ、上等だ」

 

 

一歩も譲らない殺気のぶつけ合い。ガルペスを除いたメンバーが後ろに下がってしまう。

 

 

「ほ、本気なの!? 本編でも戦ってないのに、ここで戦って大丈夫なの!?」

 

 

木更の唐突なメタ発言だが、黒ウサギもうんうんと頷いている。

 

確かに、ここで戦えば本編では大変なことになるだろう。ならば―――慶吾と目を合わせて頷く!

 

 

「「ジャン、ケン、ポンッ!!」」

 

 

「「「えぇ……」」」

 

 

あ、勝った。

 

 

________________________

 

 

 

箱庭旅館最上階。

 

見事一位で通過した大樹は最高の部屋が用意された。和室から見える雲の絨毯(じゅうたん)と満月。高度一万メートルの旅館とかどこの世界もねぇよ。それをぶっ壊しまくった俺は最低だな。

 

絶景を眺めながら風呂に入ることもでき、フカフカのベッドも完備。高級旅館だったのかここは! 絶対にロクでもない場所だと思ってた!

 

夕食は俺の方が美味く作れるが、とても豪華だ。浴衣に着替えた俺は夕食を楽しむ―――皆と一緒に!

 

 

「乾杯!!」

 

 

「「「「「乾杯!」」」」」

 

 

一つのテーブルに美琴、アリア、優子、黒ウサギ、真由美、ティナ、折紙が囲んでくれる幸せ空間。この時間はケツロケットは発動しないため、動揺し放題。最高の一時を過ごそうとしていた。

 

 

「何か幸せ過ぎて……涙出て来た」

 

 

「ゲームが辛かったからよね……」

 

 

「あたしも見て酷いと思ったわよ」

 

 

美琴とアリアに頭を撫でられてしまう。思わず赤ん坊のように甘えたくなるが、見損なわれたくないので自重する。

 

 

「甘えていいのよ?」

 

 

「バブゥッ!!」

 

 

真由美の優しい声に俺は飛びついた。尊厳? 知らん、捨てた。

 

膝枕されながら頭を撫でられる。幸せを噛み締めていると、ハッと我に返る。美琴たちを恐る恐る見ると、

 

 

「……まぁ今日くらいは?」

 

 

「YES。今日だけ、です」

 

 

怒られない……? 優子と黒ウサギの許しに涙がポロっと零れる。

 

 

「しゅき……」

 

 

「優しくしたら優しくしたで大樹さんってば……面白いですよね」

 

 

「可愛い」

 

 

ティナと折紙に笑われてしまうが、全然嫌じゃない。むしろ最高。もっと褒めて褒めて。

 

ここまで頑張った……苦労が報われた。

 

好きな女の子に囲まれて食事をする。食べ終われば楽しいお喋りタイム。

 

こんな時間が永遠と続けばいいのに……と思っていると、

 

 

『―――出発は明日の早朝です。まだまだ企画は続きますよー』

 

 

リィラ(お前)ホントふざけんなよゴラァ!!!

 

 

「はぁ!? おまッ、24時間じゃないのか!? もう終わりのはず―――!」

 

 

『もう終わり?とか思っていませんか? ()()()()()()()()()()()はまだ6時間しか経っていませんよ? 四分の一くらいしか経っていないのですよ!』

 

 

「舐めとんのか!?」

 

 

『やーい! 大樹様の悔しそうな顔が想像できますよ! あ、ちょッ!? 旅館で【焉焉終の雷槍(ゾン・ラグナロク)】はやめてください!?』

 

 

最低最悪な放送を耳にしてしまうのであった。天国から地獄に落とされた大樹は、絶望の表情で膝を地に着いた。

 

……余談だが慶吾が案内された部屋も少しばかり豪華だが、ケツロケットは終わらない。ので、

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

「……………」

 

 

放送を聞いただけで動揺し、寂しい尻の音が部屋に響いた。

 

そして、今回最下位だった原田。残念なことに、部屋に刺客が送られてしまう。

 

 

「コッコッコッコッ」

「ココーッ」

「コケコッコォー!!」

 

 

「嘘だろ……」スパアアアアアァァァン!!!

 

 

朝の遅刻防止対策。ニワトリが五十匹、部屋で放飼いされたのだった。

 

 




現在のケツロケット回数

楢原 大樹 202回

原田 亮良 176回

宮川 慶吾 105回


大樹「まぁ先に二百越えるのは俺だと確信していた」

原田「俺も越えるだろうなぁ……お前はやっと百を越えたのか」

慶吾「途中、死んでいたからな」

大樹「俺もああなるくらいならケツロケットだわ」

原田「さすがに同情する」


次回―――手抜きのメリー・クリスマス! 幸せリア充なんて撲殺撲殺ぅ!


大樹&原田&慶吾「これは酷い」


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一時の休憩 ザ・手抜きのクリスマス

作者からの文句。


―――「クリスマスなんて消えちまえぇええええええ!!!」


※注意、台本形式です。手抜きです。反省はしていない。全てはクリスマスが悪いのですから。

 

 

引き続き旅館の最上階から。大きな炬燵(こたつ)に入った大樹一同。夕食を終え、お風呂に入り終わり、この時間がやって来ました。風呂に関しては想像にお任せします。はい、では―――皆様ご一緒に!

 

 

大樹「メリー・苦しめリア充共よぉ!!」

 

 

美琴「盛大なブーメランよ」

 

 

大樹「ぐへぇ!!」

 

 

アリア「それで、この時間は何? せっかくのクリスマスに最初から酷い始まりだったけど」

 

 

大樹「全員がサンタコスしてくれていることに興奮を隠せなくて……つい」

 

 

優子「『つい』で多くの人を敵に回すのやめてくれるかしら……アタシたちもこっそり入っているのよ」

 

 

黒ウサギ「そうですよ。もっと自覚を持った発言を―――」

 

 

大樹「どれだけ清く正しくしていても、昔の俺なら『死ね』『爆散しろ』しか言えない」

 

 

黒ウサギ「―――メリー・クリスマス!!」

 

 

大樹「誤魔化した!? そんなに返しが思い付かなかったのか!? もっと誰かリア充の味方してやれよ!」

 

 

真由美「摩利とか友達が彼氏を作った時はイライラするでしょ? 自慢とかしてくるから」

 

 

大樹「おっと初手から真由美が黒いぜ! だが風紀の悪魔の自慢は俺も腹が立つ!」

 

 

ティナ「……これが幸せになることの代償なのでしょうか」

 

 

大樹「子どもに対して全く良くない教育でごめんね!」

 

 

ティナ「いい加減、子ども扱いするのやめてください。撃ちますよ」

 

 

大樹「ティナも違う方向で黒くなってるぅ! 落ち着いて皆! 今日は心が穏やかになる魔法の言葉があるでしょ!? せーのっ!」

 

 

折紙「トリック・オア・トリート」

 

 

大樹「それ終わってるから!? もう二ヶ月前にお菓子配り終えたからな!?」

 

 

美琴「早速ぐだぐだになって来たわね……」

 

 

黒ウサギ「今回のツッコミは大樹さんに任せましょうッ」

 

 

大樹「嫁のボケに俺一人で全部対処するの!? 別に俺は志村 新〇君並みにツッコミ力無いけど!?」

 

 

優子「その恰好でツッコミキャラっていうのも……ねぇ?」

 

 

大樹「優子。誰も触れないようにしてきたことを言わないでくれよ。用意された衣装がこれだったんだ。サンタは君たちだけだった」

 

 

アリア「上半身裸に茶色のズボンを穿()いて、頭にツノを付けただけの手抜き。この小説だけじゃなく、大樹も手抜きされたわね」

 

 

大樹「アリアも遂にメタ発言して来たよ! 収拾つかねぇ! 俺もボケたいのに!」

 

 

黒ウサギ「黒ウサギのハリセン、貸しましょうか?」

 

 

大樹「俺に愛する人たちの頭を叩けと!?」

 

 

黒ウサギ「別にそこまで驚かれるような事を言いました!? 大袈裟ですよ!?」

 

 

真由美「むしろ今まで私たちが遠慮なしでツッコミ入れて来たわよね。魔法とか」

 

 

大樹「まぁ俺が嫁に入れるのは〇〇〇(ピー)だけにして―――」

 

 

嫁’s「「「「「は?」」」」」

 

 

大樹「すいませんでした。自分でも酷い下ネタだったと思っています……痛い痛い、ハリセンで叩かないでぇ」

 

 

ティナ「……大樹さん、少し聞き取れなかったので―――」

 

 

大樹「周りに殺されるからやめて」

 

 

折紙「……隣の部屋で教え―――」

 

 

大樹「そっちは死んでも止めるわ」

 

 

美琴「あーもう! 全然話が進まないじゃない!」

 

 

大樹「アババババッ! (しび)れるからやめて!?」

 

 

アリア「普通なら死ぬわよ。普通なら」

 

 

大樹「強調ありがとう。今回は『クリスマス特盛スペシャル。夜のぶっちゃけミッドナイト』らしいぞ」

 

 

黒ウサギ「夜のミッドナイトって何ですか……どんだけ夜深いんですか」

 

 

真由美「ぶっちゃけって……具体的には何を言うの?」

 

 

大樹「……『実はこの本編、最初は女の子だけ連れて行ってハーレムする予定じゃなかった』とか」

 

 

嫁’s「「「「「えぇ!?」」」」」

 

 

大樹「そんな感じの爆弾を投下し続ける」

 

 

美琴「ちょっと待って!? クリスマスにそんなことをしていいの!? 番外編史上で大樹の最初の誕生日の話の方がまだ良いと思うわよ!」

 

 

大樹「そんなことを言っちゃ駄目だぁ! 確かに作者もネタが無いからと言って内容があまりにも薄過ぎて、投稿したことを後悔していたけど、そんなこと言っちゃ駄目だぁ!」

 

 

黒ウサギ「結局全部ぶっちゃけているじゃないですか!? せっかくのクリスマスにメタ発言を連発するのですか!?」

 

 

折紙「……止まるんじゃねぇぞ?」

 

 

大樹「折紙のオタク度の進行具合にかなりの不安を覚えるが原因が俺なので気にせず続けるぞ。最初はアリアと優子じゃなく、キンジや明久でも連れて行くことを考えていたらしい。キンジは戦闘で、明久に関しては話の展開として絶対に面白くなるだろうからな。特に俺のオモチャとして」

 

 

アリア「……じゃああたしがキンジに勝った理由は?」

 

 

大樹「当時、作者がアリアのこと、大好きだったから」

 

 

アリア「そ、そう……嬉しいけど、大樹の前だから喜んでもいいのかしら?」

 

 

大樹「作者に嫉妬する。殺したい」

 

 

優子「生みの親になんてことを……もしかしてアタシって」

 

 

大樹「流れが完全に女の子になったから急遽アンケートを取って変更。話を書き直したそうだ」

 

 

優子「……聞かなくて良かったわね」

 

 

大樹「そういうなよ。作者だって緋弾のアリアではリサやメヌエットのことが好きになったけど最後はアリアを選んだし、バカテスでは秀吉のことが大好きだったんだぞ」

 

 

アリア「ありがとう大樹。作者のことが一気に嫌いなったわ」

 

 

優子「奇遇ねアリア。アタシも弟に負けていたことに腹が立ったわ」

 

 

大樹「やったぜ。魔法科高校の劣等生では深雪、デート・ア・ライブでは美九となっていた。理由は黒髪妹キャラ大好き、美九に関しては黒ウサギの巨乳以外キャラ被りしないと……酷いなオイ」

 

 

真由美「嫌いになったわ」

 

 

折紙「私も」

 

 

大樹「美琴、黒ウサギ、ティナは変わらずのまま。こう……今聞くと凄いな」

 

 

美琴「ぶっちゃけ過ぎて引くわよ……本編のラスト前なのよこれ」

 

 

黒ウサギ「ま、まぁ落ち着きましょう! どんなシナリオでも、最初と違うこともあったりするものですよ! せっかくクリスマスなので気楽に聞きましょう?」

 

 

大樹「ちなみに『最初はハーレムルートにするつもりはなかった』っていう爆弾も抱えてあるぞ。まぁキンジとか明久選んでいるなら確かになかっただろうな。美琴と結ばれることになったんじゃないか?」

 

 

黒ウサギ「……これは黒ウサギも怒りますよ」

 

 

大樹「どうどう。どんなシナリオでも最初と違うこともあるんだろ?」

 

 

黒ウサギ「そんなことを言う者は【インドラの槍】を刺しますッ」

 

 

大樹「はいブーメランサーの黒ウサギ。ウチの嫁がどんどん黒くなってんだけど。今日はブラック・クリスマスなの?」

 

 

ティナ「……まだ、あるんですか?」

 

 

大樹「当然……おい嫌な顔をするなよ。俺だって嫌だよ。男とラブコメするとか、ふざけるなとしか思えねぇよ」

 

 

優子「それは番外編で」

 

 

大樹「絶対しねぇよ。開幕舌噛んで死ぬわ。次の爆弾は……うおぉ……これも言うのか」

 

 

真由美「『デート・ア・ライブ編の後にIS《インフィニット・ストラトス》をする予定だったが……』……読みたくないわよ私」

 

 

折紙「『双葉との決戦舞台がISの世界だったが、【大樹の嫁、増え過ぎて辛いよ問題】にぶち当たり断念』」

 

 

大樹「折紙に読ませるなよ。そしてこれも酷い」

 

 

アリア「別にもっと削っていいのよ?」

 

 

黒ウサギ「アリアさん!? 削るなら黒ウサギまでが適切ですよ!」

 

 

真由美「ちょっと!? 勝手に私たちを除外しないでくれる!?」

 

 

ティナ「裏切りです! 自分たちが先だったからって余裕の顔をしないでください!」

 

 

美琴「もうッ、冗談でしょ? アリアも(いじ)めないの」

 

 

アリア「分かってるわよ。アレだけのことがあったもの。あたしも、皆のことが大事よ」

 

 

大樹「うぅ……俺は幸せ者だなぁ……」

 

 

優子「……ちなみにヒロイン予定だったのは『シャルロット・デュノア』……()()で、胸が大きい子ね」

 

 

ティナ「大樹さん?」

 

 

大樹「いや俺ぇ!!?? えッちょッ!? 今の悪いの俺じゃないよね!? (とが)めるのは作者の選び方だよね!? 絶対俺は関係ないよね!?」

 

 

優子「もしくは学園の()()()()更識(さらしき) 楯無(たてなし)』……また胸が大きい子ね?」

 

 

真由美「大樹君?」

 

 

大樹「だから俺ぇ!!?? 関係無いからな!? 全く悪くないからな!?」

 

 

アリア「話の構成としては私たち、ISの機体に乗れるみたいよ」

 

 

美琴「ISの技術で私の戦闘力が格段にアップするとか……ティナの狙撃銃がフラクシナスとの技術を融合させて凄まじいことになるとか……大樹みたいになりたくないわね」

 

 

大樹「泣きそう。あッ、俺も乗れたりしないの!? これだけ物語で天才の力を発揮しているんだから専用機体とか―――」

 

 

アリア「どう足掻いても大樹は乗れなくて一週間泣く予定らしいわよ。私たちのISに全力を注ぎこんで残念な気持ちを慰めるって」

 

 

大樹「―――ホント泣きそう。主人公しか乗れないよな、やっぱり」

 

 

真由美「そのあと私は華麗に生徒会長の座を奪い」

 

 

ティナ「男装していたシャルロット・デュノアを追い出すのですね」

 

 

大樹「登場していない人物に何てことを! 嫌いなのは分かったからやめてやれ!」

 

 

折紙「……大樹」

 

 

大樹「あん? 何だこれ……って」

 

 

折紙「原田 亮良の真のヒロイン」

 

 

「「「「「ええッ!?」」」」」

 

 

大樹「そうだった……! 本編でISをすることが無くなったから、ヒロインが七罪に変わったんだった!」

 

 

美琴「誰なの!?」

 

 

アリア「―――『ラウラ・ボーデヴィッヒ』!」

 

 

「「「「「なんとッ!?」」」」」

 

 

大樹「結局アイツ、ロリコンじゃねぇか! 最低だな!」

 

 

ティナ「大樹さん。そのブーメランは私のことも巻き込んでいるのでやめてください」

 

 

真由美「い、意外……なのかしら?」

 

 

黒ウサギ「原田さんのことも謎が多いですが……過去の事を考えると、合うのでしょうか?」

 

 

大樹「ふざけたことに作者は主人公の俺より原田のことが好きだからな。大雑把には考えてあるだろ、けっ」

 

 

アリア「拗ねないの。……にしても、凄いのが出て来たわね」

 

 

優子「『ダンまち』や『ロクでなし』、『Fate』に『俺ガイル』もやってみたかったと言う位だから、不思議じゃないわよ。たまたまISをやらなかったって話でしょ」

 

 

黒ウサギ「ズバッと言いましたねぇ……番外編では我慢し切れず『このすば!』を無理矢理入れましたからね」

 

 

ティナ「……もう言い出したら切りがないですね」

 

 

折紙「仕方のないこと」

 

 

大樹「その通り。とりあえず、この話は終わりだな。次のぶっちゃけ、行くか」

 

 

美琴「できる限り、本編に影響が無いようにお願いしたいわね」

 

 

大樹「……この番外編がある時点で駄目だろ。黒幕がギャグ要員と化してるんだぞ」

 

 

美琴「……手遅れなのね、何もかも」

 

 

真由美「クリスマスってこんなに酷い日だったかしら」

 

 

大樹「ここだけだろうな、悲惨なクリスマス。んで―――『イチャイチャシーンが少ないのは作者の力量不足。ToLOVEる並みに入れたかった……すまない』……ホント、もっと頑張れよぉ!!」

 

 

嫁’s「「「「「……………」」」」」

 

 

大樹「はい。ゴミでも見ているかのように睨まれています。ちくしょう……」

 

 

美琴「作者曰く、ヒロインと何度も壁を乗り越えて、お互いに恋心を芽生えさせる展開が好きらしいから……気付いたらそういうシーンは少なめになっていたんでしょ」

 

 

アリア「『とりあえず』感が強かったからね。思い出したかのように入れてたわね」

 

 

真由美「……単に色気が無かっただけじゃないの?」

 

 

美琴&アリア&優子「「「あ?」」」

 

 

大樹「ちょちょちょ!? 急に喧嘩しようとしないで! 真由美! 俺は、美琴たちのこともエロいと思っている! 特に今回のサンタ服のミニスカ―――!」

 

 

アリア「アンタは話が進むたびに恥が無くなっているのよ!!」

 

 

大樹「ぐふッ!? 違う、遠慮なく愛してると言える仲まで進んだ証だ!」

 

 

折紙「なら、私は大樹の〇〇〇はとても立派だったと褒めるべき?」

 

 

大樹「狂気だろ!? めっちゃ嫌なんですけど!?」

 

 

優子「そういうことよ。褒めるならもっと別のことを……」

 

 

大樹「可愛いというありきたりな言葉で片付けたくない!」

 

 

美琴「それで結局エロいで片付けているでしょ!」

 

 

大樹「ぐぅ……じゃあ具体的にどうエロいか言えばいいんですかぁ!?」

 

 

黒ウサギ「何故逆ギレしているんですか!? 大樹さんがもっと素直に褒めるだけでいいんですよ! エロから離れてください!」

 

 

大樹「それがッ……少し、恥ずかしいというか……」

 

 

黒ウサギ「えッ……あッ……そ、そうですか……」

 

 

真由美「ちょっと!? 何でそんな雰囲気になるのかしら!? 最近大樹君は黒ウサギとイチャイチャし過ぎじゃないかしら!?」

 

 

ティナ「そうですッ。キスだって黒ウサギさんが先じゃないですかッ」

 

 

大樹「バッ!? それは禁句ッ……ひぃッ!」

 

 

折紙「大樹。説明」

 

 

大樹「いや、あの、具体的には俺じゃないというか……俺なんだけど記憶だけでその……」

 

 

折紙「なら、私とするのも問題ないはず」

 

 

大樹「本編でもやってないことをここでするの!? 不味いだろ!?」

 

 

ティナ「次は私もお願いします」

 

 

大樹「折紙の後ろに並んでもしないからぁ! 一度落ち着いてくれ!」

 

 

真由美「大樹君の浮気者!」

 

 

大樹「笑いながらクッション投げてんじゃねぇ!」

 

 

優子「大樹君の浮気者!!」

 

 

大樹「逆に本気で投げられると心が痛む! 説明するから! カクカクシカジカ!」

 

 

黒ウサギ「つまり、本妻は黒ウサギということです!」

 

 

大樹「腹黒ウサギやめろおおおおおぉぉぉ!!!」

 

 

美琴「はぁ……もういいわよ。別にぶっちゃけた話じゃなかったわよね。大樹の方がぶっちゃけていたわよ」

 

 

アリア「あっちで大樹はもみくちゃにされているから私たちだけで進めましょ」

 

 

美琴「ロクなのが無いわね……『ネタの勢いは『脳コメ』と『生徒会の一存』にお世話になりました』って」

 

 

アリア「あのネタが多かったわね。バルス」

 

 

美琴「大樹が何度も叫んでいたわ」

 

 

アリア「ホラちょうど―――『痛い痛い痛い!? おい折紙ッ!? 何で服を脱いでッ……黒ウサギさん!? 目を潰そうとしないで!? あああああバルサミン!?』———変えたわね」

 

 

美琴「急に化学物質になったわね」

 

 

アリア「目を潰されたけど、まぁ折紙の裸を見るよりはいいでしょ」

 

 

美琴「……一緒にお風呂に入って居たら、大樹が転生して入って来たこともあったわね」

 

 

アリア「クスッ、懐かしいわ。今では気にしないのに」

 

 

美琴「馬鹿ッ、今でも恥ずかしいわよ」

 

 

アリア「それだけあたしも慣れたってことでしょうね」

 

 

美琴「……何かズルいわね。一番最初に出会ったのは私なのに」

 

 

アリア「大丈夫よ。これから、でしょ?」

 

 

美琴「……フフッ、そうね」

 

 

大樹「こっちでは壮絶な修羅場なのに、あっちは幸せな空間だな。俺もそっちが良いなぁ?」

 

 

美琴&アリア「「嫌よ」」

 

 

大樹「嘘だろ」

 

 

優子「大樹君! まだ話は終わってないわよ!」

 

 

ティナ「そんなに胸が大きい人が好きなら私だって希望がありますよッ。延珠(えんじゅ)さんより成長しているんですから」

 

 

大樹「全く……俺は胸の大きさなんて気にしないのに……腕が千切れるから引っ張らないで」

 

 

黒ウサギ「大樹さんはおっぱい星人だって言ったじゃないですか!」

 

 

真由美「そうよ! ッ……大樹君は……っぱい……星人よッ……!」

 

 

折紙「あなたたちは一度引くべき。私たちには勝てない」

 

 

大樹「とりあえず爆笑している真由美! お前はこの戦いから身を引けぇ!! イタタタタッ!?」

 

 

________________________

 

 

 

慶吾「―――静かにしろ貴様らあああああああッッ!!!」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

Oh…Oh…Oh…Da…お前と~♪

 

 

当麻「今は分からないことばかりだけどー」

 

 

キンジ「信じるこの道を進むだけさー!」

 

 

明久「……………」(チーン)

 

 

十六夜「いいぞお前ら! もっと声を出せ!!」

 

 

達也「どんな敵でも味方でもかまーわないッ」

 

 

蓮太郎「このー手を離すもんか―――!!」

 

 

士道「真っ赤な誓いぃぃぃぃ!!」

 

 

主人公’s「「「「「Foooooo!!」」」」」

 

 

当麻「いいぞ士道! キャラなんて気にするな!」

 

 

キンジ「だんだん楽しくなって来たな!」

 

 

達也「ああ、不思議な感覚だ」

 

 

蓮太郎「俺もだ! よし、次はお待ちかね……」

 

 

十六夜「クハッ、俺様の番だ!!」

 

 

主人公’s「「「「「Yeah!!」」」」」

 

 

慶吾「いい加減にしろよ貴様らあああああァァァ!!!!」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

―――慶吾の部屋には既に刺客が送られていた。主人公たちのカラオケ大会開催なう。

 

 

 

________________________

 

 

 

コッコッコッコッコッコッコッコッコッコケーッ!コッコッコッコッコッコッコッコッコッコッコッコッコケーッコッコッコッコッココッ!コッコッケコッコー!コッコッコッコッコッコッコッココケーッコッコッコッコッコケーッコッコッコッコッコッコッコッコッコッコッコッコッコケーッコッコケーッコッコッコッコッコッコッ

 

 

原田「あぁーたま、おかしくなるわああああああァァァ!!!」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

原田の部屋でもニワトリの大合唱が繰り広げられていた。布団に入り必死に寝ようとしているが、無理である。

 

 

原田「全員クリスマスのチキンにしてやろうかぁ!!!」

 

 

ニワトリA「来るが良い、愚かな人間よ」

 

ニワトリB「我らは神より恩恵を与えられし至高の存在」

 

ニワトリC「貴様程度、一匹も狩れると思うな?」

 

ニワトリ神「控えろ人類。創世の時は来る」

 

 

原田「―――はい、すいませんでした」

 

 

________________________

 

 

 

大樹「ッ……何か近くから神の力を感じた」

 

 

アリア「アンタはまず痛みを感じなさい。腕が芸術的よ」

 

 

大樹「点数は?」

 

 

アリア「3点」

 

 

大樹「芸術って難しい」

 

 

美琴「痙攣(けいれん)具合が足りないなら協力するわよ」

 

 

大樹「ウチの嫁の口からとんでもないワードが出て来たぞおい」

 

 

優子「せっかくのクリスマスでしょ。首を1225度くらい回しましょ」

 

 

大樹「えぐいえぐい。千切れる千切れる」

 

 

黒ウサギ「では槍を()えましょう」

 

 

大樹「添えるどころか刃先が思いっ切り俺の方を向いているんですが」

 

 

真由美「チェストォ!」

 

 

大樹「チェストォォォオオオ!!??」ゴハァッ

 

 

ティナ「ああ……大樹さんが見るも無残な姿に……」

 

 

折紙「可哀想に」

 

 

大樹「まぁその程度じゃ死なない体になっているから問題無いんですけどね……トホホ」

 

 

折紙「……可哀想に」

 

 

大樹「慰めて折紙ぃ!」

 

 

折紙「……どっち?」

 

 

大樹「普通に膝枕して頭を撫でて貰えればそれで良いです」

 

 

折紙「クリスマスなのに?」

 

 

大樹「そういう感じの誘惑やめてくれないですか!?」

 

 

美琴「駄目よ折紙。大樹はクリスマスツリーにするんだから」

 

 

大樹「待って。クリスマス仕様のお仕置き、やめてください。(はりつけ)にされて飾りつけされそうなんだけど」

 

 

アリア「じゃあ袋に詰めて大樹を配り回るのかしら?」

 

 

大樹「何を!? 俺の何を配り回るの!?」

 

 

優子「心よ」

 

 

大樹「配り終えて、最後は心を無くした哀れな男へと……残酷ぅ!!」

 

 

黒ウサギ「……こんな感じの会話を、終わりまで続けるのですか?」

 

 

大樹「しょうがないだろ。ぶっちゃけ、ネタが尽きたんだから。これ以上ぶっちゃけると本編死ぬぞ」

 

 

真由美「何でこう……いえ、もういいわ。それが私たちなんでしょうね」

 

 

ティナ「ああッ……私も悟ってしまったじゃないですか……」

 

 

大樹「ああッ……女の子たちの目が死んじゃってるッ……アニメじゃ絶対に見せれないくらい死んでるッ……!」

 

 

アリア「アニメなら絶対にしないから安心しなさい」

 

 

大樹「遠回しにここでなら何でもして良いという風潮はやめてください」

 

 

美琴「……元々漫画とか結構見るけど、大樹の影響でアニメも見るようになったわ」

 

 

アリア「凄く分かるわ。ついつい大樹に誘われて一緒に見ちゃうのよね」

 

 

美琴「そうそう、文月学園に通っている時とか多かったわ。放課後も休日も」

 

 

大樹「君たちは頭が良いから勉強をあまりしなかったよな。俺は頭に叩きこむだけだったから別に寝る前に教科書読むだけで済んだが……」

 

 

優子「……美琴とアリアがAクラスなのは納得だけど、Fクラスに大樹君が居るのは正しくて間違いね」

 

 

大樹「うーん、言いたいことが分かってしまう自分が嫌になるな」

 

 

ティナ「ズルいです。私も大樹さんと一緒にイチャイチャしながら見たいです」

 

 

真由美「あ、私もお願いね」

 

 

大樹「そうかそうか。じゃあ初心者に優しいアニメ、『ヨスガノソラ』から―――ぐへぇ!!」

 

 

折紙「ここに居る子どもたちには、まだ早い」

 

 

美琴「大樹の選び方が悪いことは予想できるけど……最後! 今なんて言った!?」

 

 

アリア「一応言うけど折紙とあたしは同い年よ!? 子ども扱いするのはティナで十分でしょ!?」

 

 

ティナ「だからやめてください!?」

 

 

黒ウサギ「あ、アハハハッ……黒ウサギから見れば皆さん子どもですよ。ここは大人の魅力が一番持っている黒ウサギに―――」

 

 

「「「「「おばあちゃんは黙ってて!!」」」」」

 

 

黒ウサギ「今の発言は黒ウサギでもブチギレてしまいますよ!!!!」

 

 

大樹「はい修羅場ですね。あーあ、どうしてこうなった……痛ッ。大人しく初心者向けのアニメ言えば良かった。よく考えたらここに居るの、妹じゃなくて嫁だわ。おんなへんの部首しか合ってないじゃん」

 

 

黒ウサギ「あああもうッ、【インドラの槍】!!」バチバチッ!!

 

 

大樹「ブフォ!? やり過ぎだ馬鹿ウサギギャアアアアアアァァァ!!!」

 

 

真由美「ああッ、大樹君が見るも無残な姿にッ……!」

 

 

折紙「……からの?」

 

 

大樹「はい復活。ついでにサンタ服を創造して着ました」

 

 

美琴「……本編でもこんな感じじゃないよね?」

 

 

大樹「安心しろ。さすがに『うぐッ、中々やるな……!』と苦しそうに言うから」

 

 

アリア「でも全然効いてないなら同じじゃない」

 

 

優子「雰囲気で誤魔化すって一番酷いじゃないのかしら……」

 

 

大樹「まぁ黒幕の強さがどれくらいかだよな。この物語で一番強いと思うから」

 

 

優子「思うからって……一番強くないといけないでしょ……」

 

 

黒ウサギ「話の途中すいません、黒ウサギの派手な必殺攻撃が最も簡単に処理されている気がするのですが。一番酷い扱いなのではないですか?」

 

 

真由美「もう飽きたわ」

 

 

黒ウサギ「真由美さん!?」

 

 

ティナ「というわけで引退ですね。お疲れ様です」

 

 

折紙「次の大樹で頑張って」

 

 

黒ウサギ「ちょっとお待ちを!? どうして大樹さんのお嫁さんから(はぶ)かれているのでしょうか!? 次の大樹さんとは一体!?」

 

 

大樹「俺の大好きな黒ウサギを省かないで! というか次の俺って何だよ!」

 

 

美琴「さぁ? 次の大樹は『生徒会の一存』『俺ガイル』『妹さえいればいい』『ニセコイ』『ラブライブ!』の世界を行くのよ」

 

 

大樹「全部平和! 俺の有り余った力はどこにぶつければいいんだ!」

 

 

アリア「大樹の言うリア充じゃないの? 爆発して欲しいんでしょ」

 

 

大樹「俺が爆発させたら殺人犯だろ! 世界観ぶち壊しだ!」

 

 

嫁’s(((((今までぶち壊して来た人が何を……)))))

 

 

大樹「おい!? 今『今まで世界観を平気な顔で壊して来た奴が今更何を言ってんだか』みたいなこと思っただろ!?」

 

 

優子「どうしてそういう所は鋭いのよ!」

 

 

黒ウサギ「その鋭さを恋愛に向けてください!」

 

 

大樹「あ、いや、すいません……アレ? 何で俺が謝る立場に……?」

 

 

黒ウサギ「大樹さん。デートで黒ウサギがオシャレをして来ました。まず何をします?」

 

 

大樹「ホテルへ、ヒィィウィィゴ――――!!」

 

 

黒ウサギ「大樹さん!!!」

 

 

大樹「すいません冗談です! 真面目に答えます! 最初に服装とか褒めます!」

 

 

黒ウサギ「では何と褒めますか? このサンタ服でも良いですよ」

 

 

大樹「エロいです………あッ」

 

 

真由美「ホラ大樹君! また言ってる!」

 

 

折紙「弁明の余地、無し」

 

 

ティナ「私には言ってくれないのに、黒ウサギさんには言うのですね……」

 

 

大樹「グサグサと心に突き刺さるけどマジで俺が悪いから反省する……!」

 

 

黒ウサギ「では改めて……しっかりと褒めてください!」

 

 

大樹「エロい服を着るなよ黒ウサギ!!」

 

 

黒ウサギ「まさかの説教!? で、ではどんな服を着ればいいんですか!? 初めてデートして来たあの白い服は―――」

 

 

大樹「二番目にエロいわ!!」

 

 

美琴「待ちなさい!? 二番目って何よ! 一番のことも知っているの!?」

 

 

大樹「一番エロいのはウェディングドレス。三番目がいつも着てる服だな」

 

 

アリア「黒ウサギ……アンタ、どんな露出をした結婚服を着たのよ!」

 

 

折紙「詳しく話すべき」

 

 

黒ウサギ「何故か黒ウサギがアウェイに!? 違います! カクカクシカジカ!」

 

 

大樹「つまりドスケベ衣装だった」

 

 

黒ウサギ「仕返しですか!? 刺しますよ!?」

 

 

大樹「槍をこっちに向けないでぇ」

 

 

真由美「これは有罪ね。黒ウサギは自分の体を使って大樹君を誘惑し過ぎよ。これからは露出の少ない服を着なさい」

 

 

黒ウサギ「前半のことにツッコミを入れるとキリがないので流しますが、露出の少ない服と言われましても……大樹さんが好きな服で露出が無い服って何ですか?」

 

 

大樹「俺の好きな服を着てくれることに嬉しさが溢れそうになるが、ピンポイントな質問だな……」

 

 

美琴「露出を少なくするなら『短パンは別に違うぞ』……大樹、コイン貸して」

 

 

大樹「おかしい。完璧な正論だったはずなのに」

 

 

アリア「それで、何かあるの?」

 

 

大樹「うーん……モビルスーツ?」

 

 

黒ウサギ「服じゃなくて戦闘機ですよそれ!? どうしてデート行くのにガンダムに乗らなきゃいけないのですか!?」

 

 

大樹「だったら俺はザクに乗るから」

 

 

黒ウサギ「そういう問題じゃないですよ!?」

 

 

真由美「そうよ。黒ウサギがザクよ」

 

 

黒ウサギ「お願いですから話をややこしくしないでください!?」

 

 

大樹「露出の少ない服……露出の少ない服……そんなこと言われてもなぁ。もう何でも良いよ」

 

 

黒ウサギ「ムッ、それは黒ウサギに魅力が無いということ……ですか?」

 

 

大樹「泣きそうな顔するなよ。黒ウサギは絶対的に可愛い。どんな服を着ても、きっと可愛いに決まってる」

 

 

黒ウサギ「……だからズルいです。大樹さんはいつもいつも……」

 

 

真由美「じゃあ(ふんどし)でも大樹君は大丈夫なのね」

 

 

黒ウサギ「黒ウサギが大丈夫じゃないですよ!?」

 

 

大樹「イケる」

 

 

黒ウサギ「お馬鹿!!」

 

 

美琴「……そろそろ言うけど『ぶっちゃけ』はどこに行ったのかしら」

 

 

アリア「完全に消えたわね」

 

 

大樹「せっかくのクリスマスだ。不謹慎な会話は自重しようじゃないか」

 

 

ティナ「そう言えば大樹さん。クリスマスプレゼントは無いのですか? 背後にあるデカイ袋が目立つのですが……」

 

 

大樹「ああ、何か後でクリスマスプレゼントを配れってバトラーに言われた……次のステージで使うって」

 

 

ティナ「クリスマス……終わった後なのにですか……」

 

 

大樹「むしろ年が明けたのに、だよ。もうホント大丈夫かよ番外編」

 

 

真由美「うふふ、楽しみね。大樹君からのプレゼント。キスとかでも良いわよ」

 

 

大樹「いや、パンだな。クロワッサン」

 

 

真由美「何でよ!?」

 

 

大樹「冗談だ。で、皆に聞きたいことがあるのだが―――プレゼント、何が欲しい?」

 

 

嫁’s「「「「「ッ!」」」」」

 

 

折紙「当然キス」

 

 

大樹「キス以外で」

 

 

折紙「なら〇〇〇〇」

 

 

大樹「そうやって言葉の穴を突くの止めて貰います? 性なる夜にするな。作者も一部の読者も泣いてるから」

 

 

美琴「そ、それ以外なら……いいの?」

 

 

大樹「ドンと来い。何でも創造することができる超万能サンタだZOI!」

 

 

アリア「世界のサンタを敵に回す発言ね……何でもなら、そうね……大樹。あたしのウェディングドレスとか用意できるかしら?」

 

 

大樹「一時間待て。世界最高のウェディングドレスを作るから」

 

 

アリア「普通に今作りなさい! 大袈裟よ!」

 

 

大樹「嫌だ! 絶対に妥協するか! 例え世界の命運が危ういとしても、俺は最高の花嫁衣装を作り上げる!」

 

 

アリア「それは世界を救いなさい! 別に、その……結婚式まで楽しみにしてるというか……普通でいいの!!」

 

 

大樹「クリスマスプレゼントありがとうございまボゴッ!? ツンデレパンチもありがとう!」

 

 

美琴「……傍から見ると酷いわね」

 

 

優子「もしかしてアタシたち、無意識にあんな感じなことがあるのかしら……」

 

 

大樹「ホイ完成! アリアのサイズにピッタリ合うと思ゴロパッ!?」

 

 

アリア「何で知ってるのよッ……ってツッコミは要らないわよね」

 

 

大樹「いや殴った後に言われても……」

 

 

真由美「凄いわね……私も欲しくなって来たわ」

 

 

ティナ「大樹さん、私も欲しいです」

 

 

折紙「私も」

 

 

大樹「任せろ。ホイホイホイ! 完成!! 綺麗だよ……皆ぁ……!」

 

 

アリア「何で泣き出すのよもう……」

 

 

優子「新郎って言うより親ね」

 

 

美琴「……ねぇ大樹。私もそれ欲しいけど……少しだけお願いがあるの」

 

 

大樹「フリル多め? ちゃんと作るぞいんッ!? 何か拳で語るの多くない!?」

 

 

美琴「く、口に出すからよ馬鹿!」

 

 

大樹「す、すいません? まぁとりあえず、ホイ!」

 

 

美琴「わぁ……」

 

 

優子「……美琴のキラキラした目を見てるとアタシも欲しくなったわ。ねぇ大樹君」

 

 

大樹「(はがね)の錬金術師に死角無し」

 

 

優子「間違っても鋼のウェディングドレスを作らないでよ? 防御力は求めてないわ」

 

 

大樹「硬い花嫁って新しいなおい。ホイ完成」

 

 

黒ウサギ「何でしょうか……これはウェディングドレスの流れなのでしょうか?」

 

 

大樹「黒ウサギのウェディングドレスは別にアレを越えれる気がしないから無理だわ」

 

 

黒ウサギ「だから黒ウサギだけ除け者にしないでください!? 黒ウサギもウェディングドレスを着たいです!」

 

 

大樹「俺の想像力じゃ無理だ……創造するにも……俺のエロじゃ足りない……ハッ!?」

 

 

黒ウサギ「お、思い付きましたか!? この際、多少エロくても構わないので―――!」

 

 

大樹「俺がウェディングドレスを着るから、黒ウサギは新郎のタキシードを着よう!!」

 

 

黒ウサギ「狂気の発想!?」

 

 

優子「……意外と有りじゃない? 大樹君の花嫁姿」

 

 

黒ウサギ「狂気の発想(ツー)!?」

 

 

大樹「じゃあ白無垢(しろむく)は?」

 

 

美琴「和式の結婚式かぁ……そうね、黒ウサギなら似合うわよきっと」

 

 

黒ウサギ「そ、その発想は無かったです……では白無垢を」

 

 

大樹「ポポポ~ン、はい完成。……凄い……黒ウサギがすっげぇ可愛い……特にウサ耳が……何と言うかその……しゅき」

 

 

真由美「もうッ、こっちは『しゅき』じゃないのかしら?」

 

 

大樹「違う、だいしゅきだ」

 

 

アリア「馬鹿なのかしら」

 

 

ティナ「むしろ馬鹿だから、ですよ」

 

 

折紙「大樹も着替えるべき。新郎新婦で並んで写真を撮りたい」

 

 

大樹「クリスマス要素ゼロになるじゃん。結婚式要素になってんぞ。そうだなぁ……フォッフォッフォ。全員抱き締めて袋に詰めたい―――は駄目か。と、とにかくサンタは強欲なんだよ!!」

 

 

優子「無理矢理ね……」

 

 

大樹「聖なる夜万歳! サンタは夜な夜な可愛い女の子の家に忍び込んで袋に詰めるんだよ!!」

 

 

真由美「ただの誘拐犯よ!?」

 

 

大樹「もうそれでいいよ!」

 

 

ティナ「開き直らないでください!?」

 

 

大樹「はいはいメリー・クリスマス!! 皆大好きだから……愛してるから……とにかく結婚してくれぇ!!」

 

 

美琴「ちょっと!?」

 

 

アリア「ど、どこ触ってるのよ!?」

 

 

優子「落ち着きなさい!?」

 

 

黒ウサギ「う、動きにくいので逃げれないです!?」

 

 

真由美「きゃぁ!?」

 

 

ティナ「つ、強いです……力じゃさすがに勝てない……」

 

 

折紙「でも……幸せ」

 

 

美琴「うぅ……納得いかないけど……認めたくないわよぉ!!」

 

 

________________________

 

 

 

慶吾「無限大な夢のあとの~♪」

 

 

主人公’s「「「「「Yeah!!」」」」」

 

 

慶吾「何もない世の中じゃ~♪」

 

 

主人公’s「「「「「Fooooooo!」」」」」

 

 

明久「……ハッ、僕は何を……というかこの状況は一体……!?」

 

 

 

________________________

 

 

 

 

原田「オラァ!!!」

 

 

真ニワトリ「遅いッ」

 

 

原田「まだまだぁ!!」

 

 

ニワ=トリ「フッ、来い!!」

 

 

 

―――と言った感じで、どこも楽しそうなクリスマスでした。めでたしめでたし。

 

 

 

 

 




現在のケツロケット回数

楢原 大樹 202回

原田 亮良 199回

宮川 慶吾 155回


大樹「 ど う し た 」

慶吾「気にするな」

原田「コッコッコッコッコッコッコッコケッー」


大樹「いやいやいや……マジでどうした」

慶吾「歌っただけだ」

原田「コケコッコォー!」


大樹「……クリスマス怖い」



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聖夜配達で絶対に動揺してはいけない24時!

作者から一言。


―――「インフルの予防接種は受けよう!」




「―――というわけで皆様、メリー・クリスマス!!」

 

 

「おい。もう年明けているぞ。あけましておめでとうございますって言え」

 

 

バトラーの元気な呼びかけにジト目で睨み返す大樹。幸せな時間を過ごし、ゆっくりと睡眠を取ることができたが、朝起きれば地獄が待っていた。まだ尻に痛み残っているぞ。

 

いつものジャコバスで移動した後、何故かまた夜になっている世界に到着。サンタ服に着替えさせられた俺は、目の前のことより隣が気になった。

 

 

「……どうしたお前ら?」

 

 

「コケー」

 

 

「あまり喋らせるな……喉が痛い」

 

 

「いやホントどうした? この言語崩壊している奴より事情を話せるだろお前」

 

 

「……カラオケだ。文句あるか?」

 

 

「文句より理由が知りたいわ」

 

 

「……もう黙れ」

 

 

「えぇ……」

 

 

慶吾君、今日は様子がおかしいよ! 一段と!

 

そして言語崩壊した———原田君は群を抜いておかしい。

 

 

「おいどうした親友。この一夜で何が起きた? あれか? クリスマスの夜に負けた感じか? 俺は大勝利をおさめたが、お前もしっかりしろ! お前には七罪が居るはずだ! 本編でお前は死んだから意味は無いがな!」

 

 

「コケコッコォーッ!!」

 

 

「医者を呼べ! これだけ煽っても反撃しないってことはマジでヤバイってことだぞ!?」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

クリスマス明け……いや、新年明けのケツロケットはやはり主人公で始まるのだった。

 

とりあえず精神的にやられている原田君の治療をする。荒治療になるが、ニワトリのままでいるよりはマシなはずだ。

 

 

「というわけで拳!!」

 

 

「判定。クリティカル」

 

 

「TRPGやってるわけじゃねぇぞ。しかもクリティカルするな」

 

 

ゴシャッ!!

 

 

原田の顔にえげつない一撃が叩きこまれる。本当にクリティカルに当たったじゃねぇか。

 

そのまま後方に吹き飛ぶ原田。数秒後、ムクッと上半身が起き上がる。

 

 

「我、起床」

 

 

「お前、キショい」

 

 

駄目だ。完全に頭狂ってる。この親友はもう手遅れだ。

 

 

「冗談だ。すまん、ニワトリの神と一緒に部屋に居たせいで……」

 

 

「「!?」」スパアアアアアァァァン!!!

 

 

まだ頭がおかしいと疑ったが、事情を聞いて納得……納得できるか。何でニワトリの神と一緒に一夜過ごすんだよ。しかもクリスマスに。

 

 

「お疲れ様です。やはりゲームをする前に正気になって貰わないと進行するのに困りますからね」

 

 

「SAN値チェックさせているのお前らだろ?」

 

 

「今日のお前はTRPGネタで推すな?」

 

 

黒幕の宮川君、TRPG好き説。

 

 

「何があった黒幕……ニワトリの口癖より酷いぞ」

 

 

「「それはない」」

 

 

「それではゲームの説明をします。皆様、サンタさんになりましたね?」

 

 

「待て。それについて俺から質問がある」

 

 

バトラーの説明をストップするのは原田。額を抑えながら手を挙げていた。

 

 

「どうぞ」

 

 

「―――何故俺はトナカイだ」

 

 

「それを言うなら俺は血に濡れた黒いサンタ服だぞ」

 

 

「まぁ待て。主人公の俺はこんな真冬なのにブーメランパンツ一丁だ。サンタ要素どこ?」

 

 

「―――すまない。トナカイで良い」

 

 

トナカイの格好をした原田。既に何人か殺害した後のような黒いサンタ服を着ている原田。もはやサンタ関係ねぇよと赤いブーメランパンツを穿き、帽子を被った全裸の変態は大樹だ。主人公の扱い雑過ぎて泣ける。

 

 

「順を追って説明しますと、原田さんの衣装は配りミス。宮川さんの衣装はガルペス=ソォディアの(いき)な計らいです」

 

 

「ミスって……茶色と赤を間違えるのか?」

 

 

「粋な計らいだと? ただ生きてる人間殺して来ただけだろ」

 

 

原田と慶吾は溜め息を吐きながら諦める。残るは俺だけだが……さて。

 

 

「で、俺は? このパンツだぞ。納得する弁明できるだろうな?」

 

 

「はい、嫌がらせです」

 

 

「何で真顔で言えるのお前? こっちは戦争起こしても良い勢いだぞおい」

 

 

キレそう。

 

 

「正確には大樹さんのことが大好きな人たちからの嫌がらせです。もちろん、弁当を作った件の人たちと言えば良いでしょうか?」

 

 

「良い性格してるなアイツら!!」スパアアアアアァァァン!!!

 

 

絶対前回のクリスマスの夜、嫁とイチャイチャしたことで根に持っているだろ! モテる男ってこんな仕打ちを受けるのだったか普通! 俺の知ってるモテ男のイメージと全然違うぞ!

 

 

「それでは改めまして……ゲームの説明をさせて頂きます。皆様には今からプレゼントを届けて貰います」

 

 

「サンタ服を着させられたら十分にその説明は納得できただろうな」

 

 

「ああ、トナカイの俺は納得できるが……」

 

 

「俺は悪人に死をプレゼント」

 

 

「裸の俺は女の子を襲いにプレゼントだな」

 

 

「おい。今からでも遅くない。この二人は着替えさせろ。あまりにも酷過ぎる。被害者も加害者も可愛そうなことになるぞ。特に大樹」

 

 

人殺しの狂笑を見せるブラックサンタと真顔で腰を前後に動かす変態サンタに原田はドン引きである。先程まで酷い精神状態だった自分より酷い有り様だ。

 

すると大樹は両手をパンッと叩き、創造した。

 

そうだったと原田は気付く。大樹の持つ神の力はどんな物質を作ることができるチート能力があるのだ。それならば問題となる衣装も———

 

 

「カイロ作ったわ。お前らも欲しいか?」

 

 

「ああ」

 

 

「いやいやいやいやいやいやいやいやいや!? それで服を創れよお前!? 神の力をもっと有効活用して!? 地味なことに使わないで!」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

思わずツッコミを入れてしまう。尻の痛みに原田は表情を歪めるが、大樹と慶吾はニヤリと笑っている。

 

 

(こ、コイツら……新年から堂々と潰し合いを……!)

 

 

この物語の主人公がやってはいけないことを平気でしたことに原田は額から汗を流す。黒幕と手を組むとは何事だ。

 

カイロを配った後、大樹は自分のサンタ服を創造する。バッチリと黄色のサンタ服に着替え、白い(ひげ)まで付けた。

 

 

「……おい。俺の服はどうした?」

 

 

「は? 何でお前まで作らないといけないんだ? 敵同士なのに」

 

 

「き、貴様……!」スパアアアアアァァァン!!!

 

 

違った。黒幕と手を組むどころか利用して裏切っていた。あの主人公、ゲス過ぎないか。

 

 

「えー、話の腰が何度も折られていますが私は怒らないです。新年の大笑いを期待しているので」

 

 

「それ苦しむの俺たちじゃなくて作者」

 

 

「メタ発言も多くなって来ましたので早々に説明します! 今から配る地図に印が付いています。どこからでも構わないので全ての子たちにプレゼントを配ってください。いち早く終えた者が勝利です。順位が高い者にはご褒美として———」

 

 

「朝ご飯は食ったから昼飯かまた?」

 

 

「―――サンタさんに『どんな願いでも叶えてくれる』クリスマスプレゼントです」

 

 

「「「!?」」」スパアアアアアァァァン!!!

 

 

その一言で三人の目の色が変わった。

 

 

「この小説のこれからの展開でR-18にしてくれって願いもか!?」

 

 

「本編に戻った頃には俺が生き返っていることもか!?」

 

 

「既に大樹に勝利して物語がバッドエンドになることもか!?」

 

 

「おっと、どれでも叶ったら大変なことになることばかりですね。はい、無理です。この番外編内で可能な願いをお願いします」

 

 

「「「じゃあお前殺す」」」

 

 

「どうしてそういう事だけ団結力を発揮するのでしょうかね」

 

 

……まぁ願い事が一つ何でも叶うのは良い事だな。もしかしたら———うん?

 

今、何でも叶うって言ったのか? 何でも、ってことは……!?

 

 

「―――このクソゲーから脱出することができるってことか!?」

 

 

「「!?」」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

尻を痛めながら驚愕する三人。ケツロケットとおさらばできるチャンスが到来したのだ。

 

 

「いや、そういう面白くないことはしないでください」

 

 

「お前の言う何でも叶う願いって制限され過ぎてないか?」

 

 

「せめて自分のケツロケットを誰かに肩代わりさせる程度に抑えてください」

 

 

「「「十分だ。お前に肩代わりさせるからな!」」」

 

 

「どうして私にこれだけの殺意が集まるのでしょうか……あなた方に酷い事、あまりしていないですよね?」

 

 

最初にお前が出て来たことが原因だな。あと旅館のゲーム。

 

何かゲームの進行役みたいな位置だったからなお前。黒幕に近いかなと……うん、八つ当たりだなこれ。

 

 

「とりあえず願いはゲームが終わった後で……それでは地図を渡します」

 

 

バトラーに手渡された地図は大きく……大きいというより日本が小さい?

 

 

「これ……世界地図じゃねぇ?」

 

 

「はい。世界地図ですが?」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

馬鹿野郎。どんだけ超人国際的なんだよサンタさん。知ってるか? サンタが世界中の子どもたちに配る為にはマッハ1900の速度でも30時間以上かかるんだぜ?

 

青ざめた顔で地図を見ていると、バトラーが笑いながら説明する。

 

 

「まぁ範囲は日本の一県だけですけどね」

 

 

(まぎ)らわしいわ!!」

 

 

「見にくいわ!!」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

「その反応を見る為だけに頑張って用意しました!ちなみに裏に拡大図が書かれていますので」

 

 

オーケー。テメェの命、惜しくないようだな。三人の尻の痛み分、お前の命を削るからな。

 

ポキポキと手を鳴らしながらバトラーに近づくが、人差し指を一本立てた。

 

 

「落ち着いてください。パートナーに嫌われますよ?」

 

 

「んだと……またチームか?」

 

 

大樹の質問にニッコリと笑みを浮かべる。スッとバトラーは懐から三本のくじを取り出す。

 

無言で目を合わせる三人。引けということだろうが……やっぱり嫌な予感しかしない。

 

 

「……同時に引くか」

 

 

「そう、だな」

 

 

「いくぞ……!」

 

 

シュッと同時にくじを引く。そこには名前が記載されていた。

 

まず原田の反応が早かった。何故ならパァッと華……花……いや草だろう。だって可愛くないもん。草を咲かせるように笑顔になったwwww。……これじゃ草を生やすだな。

 

 

夜刀神(やとがみ) 十香(とおか)! これは貰ったぜぇ!」スパアアアアアァァァン!!!

 

 

尻の痛みなど全く気にならないくらいの喜び方である。

 

一方、絶望顔になったのは慶吾。書かれている名前は———ハズレだった。

 

 

片桐(かたぎり) 玉樹(たまき)だとぉ……!」

 

 

「「それは草」」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

慶吾の額に血管が浮き出ている。俺と原田は床を叩いて笑いを堪えている。

 

そんな渾沌(こんとん)とする中、大樹の引いたくじは———ヤバイ結果だった。

 

 

「司波……深雪って……おま」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

同時に慶吾と原田が噴き出す。他人の不幸は(みつ)の味。しかし当事者は苦丁茶(くちょうちゃ)を飲んでいるようなモノ。大樹は凄い嫌な顔になっていた。

 

 

「それでは登場していただきましょう。どうぞ!」

 

 

バトラーの背後から走って来たのは三人のサンタ。

 

勢い良く最初に飛び出して来たのは十香。「夜刀神 十香・サンタフォーム!」と声を上げながら変身した。

 

 

「「「!?」」」スパアアアアアァァァン!!!

 

 

赤と白の霊装を身に纏った十香に驚く三人衆。不意を突かれた行動だった。

 

あの物騒な剣【鏖殺公(サンダルフォン)】の柄には金色のベルが月、先端には大きな袋が(くく)りつけられている。

 

 

「え!? 何!? 突然どうした!?」

 

 

原田が慌てて十香に聞くが、うむと頷くだけだった。

 

 

「サンタクロースの話を聞いてから、私もなりたいと思ってな。なんかこう、できた」

 

 

「あやふやだなッ!!」

 

 

曖昧(あいまい)な発言に原田が早速困っている。一番の当たりじゃなかったんですかね?

 

 

「遂にオレっちも登場! 弓月はいないが、負ける気はサラサラ無いぜ!」

 

 

「なら俺の為に、今すぐ退場して貰っていいか?」

 

 

「……もう仲間割れ?」

 

 

「違うな。これは協力だ。俺の足手まといになる奴を切り落とすのだから、な」

 

 

「クソファッキン!?」

 

 

無の表情で慶吾が銃をパンパン撃ち、玉樹は死に物狂いで逃げていた。仲良くなるの早いな。

 

……さて、そろそろ他人事ではなくなってきたぞ大樹君。前をちゃんと見るんだ。

 

 

「……よ、よぉ」

 

 

「なんと分かりやすい愛想笑いでしょうか。頬が引き攣っていますよ」

 

 

失礼な態度を取ったというのに深雪の顔は笑みを見せたままだった。

 

肩から胸元まで開いたサンタ服。膝下まであるスカート。やはり学校の男たちが全員ガン見するレベルで美少女だ。お兄様も男たちの目を潰す仕事が大変そう。

 

だから、あえて堂々と言おう。深雪に向かって、大樹はキリッとした顔で告げる。

 

 

「ウチの嫁のサンタ服の方が何倍も可愛くてエロイタタタタタッ!? 腹の肉をつまむなお前!」

 

 

「今の言葉、お兄様と一緒に聞いても?」

 

 

「すまなかった」

 

 

それお兄様にぶっ殺されるやつ。よく見れば深雪の眉毛がヒクつき、怒っているのが分かる。

 

 

「それでは新年も張り切って———死んでください!」

 

 

「バトラー。絶対に覚えていろよ」

 

 

三人は決意した。新年最初に血を流すのはバトラーにすると。

 

 

________________________

 

 

 

「―――サンタらしい能力?」

 

 

十香の話を聞きながら屋根の上を静かに疾走する。補足として寝ている住人を起こすとペナルティとして1点の減点。地図に記載された高ポイントを狙って行けば、対して痛くないが、大勢の住民が起きれば大惨事である。

 

隣では十香が宙を飛びながら元気に説明していた。

 

 

「うむ! 例えば今の私はトナカイに負けない速度で空を飛ぶことができる!」

 

 

(サンタクロースの大事な要素を自分から削って行くスタイル?)

 

 

「寝ている子どもに見つからないよう、身体を透明化することもできる!」

 

 

「それは普通に凄いな」

 

 

「そして袋は別空間に繋がっており、プレゼントをいくらでも運べるのだ!」

 

 

「プレゼントを全部預けて正解だった! 完全に当たりじゃねぇか今回!」

 

 

原田の表情が明るくなる。声のテンションも上がるが、盛大なフラグ回収をした。

 

 

「プレゼントの箱には霊力が詰まっているので、空から降らせると、街が光に包まれてクリスマスっぽくなる」

 

 

「―――んんッ?」

 

 

「そらに巨大な靴下を相手に被せて拘束する能力! 回転するクリスマスツリーを無尽蔵に打ち出す能力も———!」

 

 

「ただの破壊神じゃねぇか!!!」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

このサンタクロース、秩序と平和の破壊をプレゼントするつもりだったようだ。原田のツッコミに十香はハッとなり、一大事なことに気付く。

 

 

「火力不足か!」

 

 

「今の話の流れでマジで言ってる!? 逆だよね! 絶対に必要ないヤツだよね!?」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

「試しに開けてみるか?」

 

 

「ちょッ!? その箱は———!?」

 

 

無造作に投げられたリボンの付いた箱。原田の手に渡った瞬間、ビカッと視界を埋め尽くす様な美しい光が輝き出した。

 

 

「―――やれやれ、新年最初に血を流すのは俺だったか」

 

 

チュギュドゴオオオオオオオオォォォ!!!

 

 

こうして、初手で減点5万点以上を受けた原田であった。

 

 

________________________

 

 

 

爆発音に驚く玉樹。慶吾は振り向くことなく跳躍する。

 

 

「……どっちだ?」

 

 

「原田の方だろう」

 

 

神の力は感じ取れなかった。予想するなら十香の仕業だろうと慶吾は納得する。

 

壮絶な光景にサンタ服を引っ張られながら玉樹は溜め息を吐く。

 

 

(くろ)ボーイ。もう少し、マシな運び方はなかったのか?」

 

 

「黙れ」

 

 

慶吾は玉樹の後ろ首当たりの服を掴み、街を走っていた。他のチームに勝つ為にはスピードが命。どの順番でどの家に行くのか、それが大事だった。

 

直線距離での最短ルート。最高速度は玉樹が付いていけないので出していない。

 

このままでは負ける。そんな焦りが顔に少し出ていた。……だって一位になれば地獄から脱出できるのだから焦るに決まっている。

 

 

「……黒ボーイ。まずは左の家からだ」

 

 

「……?」

 

 

「最短ルートで得点を稼ぐなら左の家から行くべきだ」

 

 

一軒の家の屋根に降り立つと、玉樹の方を嘲笑うように慶吾は地図を見せた。

 

 

「最短ルートだぞ? 家々を直線で結んでいる。跳んで行ける俺に道も障害物も関係―――」

 

 

「関係無い上でオレっちは言っている。最短ルートなら、それは違うぞ黒ボーイ」

 

 

「……何が言いたい」

 

 

「黒ボーイの最短ルートは一軒一軒の家を結ぶだけの単純なルートだ。本当の最短ルートを出すなら()()()()()()()()()()()()()()ルートの選び方がある」

 

 

慶吾のルートは単純に近い家から順々に結んでいるだけ。玉樹が新たに赤いペンでルートを書く。

 

 

「このゲームにゴール場所はない。例えスタート地点近くまで戻ることがあっても、時間と無駄な距離を走る必要がないルートなら構わないことだ」

 

 

「ッ!」

 

 

玉樹の書いたルートは明らかに慶吾が書いた黒の線より短い。赤の線はそれだけ最短ルートだということが分かる。

 

 

「実はオレっち、あの【絶対最下位】に一日勉強を叩きこまれてな。酷い一日だったけど、戦い方に関しては考えさせられたよ」

 

 

「……………」

 

 

「ま、暗い話は置いておこう。今はアイツのおかげで、子どもたちに生きる最強の希望が生まれたからな!」

 

 

玉樹は立ち上がると、袋を持ち上げて笑う。

 

黙って聞いていた慶吾も立ち上がり、笑った。

 

 

「その意気なら速度を上げても問題無さそうだな」

 

 

「え゛」

 

 

残念ながら、悪い顔をした笑みだった。

 

 

「さっきの倍だ。死ぬなよ」

 

 

「いや、それとこれは話がぁふッ!!??」

 

 

問答無用で玉樹を担ぎ上げる慶吾。そのまま先程の倍の速度で跳躍した。

 

 

―――玉樹の意識は、何度も飛びかけていた。

 

 

________________________

 

 

 

 

大樹&深雪ペアは既に最初の家の屋根に付いていた。二階建ての一軒屋は地図に記載されている場所で間違いはない。

 

 

「―――ここが最初の家か」

 

 

(大樹さん、爆発に関してノーリアクションでしたね……)

 

 

「今までの出来事を経験していたら驚かねぇよあんなの」

 

 

「私の心を読むのはやめてください!?」

 

 

仕返しじゃボケェ!! いつも兄妹揃って読まれていたから読み返してやったぞお前の心ぉ!!

 

それはともかく、背負っていた深雪を降ろし、侵入口を探す。やはり煙突は無いようなので二階のベランダから侵入することにする。

 

 

ガチャガチャンッ

 

 

ハリガネ一本で十分。頑丈で複雑な構造をした機械セキュリティ。そんな対策は大樹の前では通じない。手慣れた手つきで窓のロックを解除した。

 

 

「大樹さん……その、あまり手慣れていると」

 

 

「うん、俺も今思った。自分のことなのに、コイツやべぇ奴だって」

 

 

だけど体に染みついた常人離れした技術は二度と離れることはない。何故なら頭が完全に記憶しているから。

 

そんなやべぇ奴と美少女サンタは部屋の中に侵入する。不法侵入じゃないよ。サンタだから合法だよ。

 

耳を()ませば近くから寝息が聞こえる。どうやら運良く目的はすぐに達成できるそうだ。

 

深雪にはここに居るよう指示。その後、暗い部屋の中を進みベッドの横まで腰を下ろす。

 

 

(部屋に入った瞬間、匂いで分かっていたが……女の子かぁ)

 

 

ベッドの上で寝ているのは女の子だった。背を向けるように横になって寝ているので顔は見えないが、女の子なのは分かる。

 

とにかく急いで終わらせて出よう。とんでもない事態が起きる前に。

 

ベッドの横に備え付けられた少し大きな靴下の中に手を入れて紙を取り出す。サンタさんから欲しい物が書いてあるはずだ。

 

 

大樹(だーりん)()()CD(キャラ別最低三パターン)』

 

 

「ッ……ぅッ……!」

 

 

駄目だ。気を抜いた所で突かれたせいで耐え切れない。

 

 

ドッ!

 

 

「んぐぅッ……んんッ」

 

 

「だ、大樹さん……!」

 

 

民家の中ではケツロケット(クリスマスバージョン)のおかげで音はいつもより大きくないが、痛みは倍。重い一撃に叫び声を上げそうになるが、我慢できた。

 

小声で深雪が呼んでいるが、俺は首を横に振って大丈夫だと伝える。

 

 

(だーりんっておま……美九(みく)じゃねぇかよ……!)

 

 

ちょうど寝返りを打つ女の子。その正体は誘宵(いざよい) 美九(みく)だ。

 

幸せそうな顔で、どうやって用意したのだろうか等身大の大樹の抱き枕に(よだれ)を垂らしながら寝ていた。

 

 

「あぁん……ダメですったらぁだーりん……」

 

 

(今すぐ見なかったことにしてこの場を立ち去りたいぞおい)

 

 

はやく帰ろう。とっととプレゼントを置いて―――あッ。

 

 

(俺の添い寝CDとか用意しているわけがねぇだろ……)

 

 

逆に用意してたら怖いだろ。どんだけ自分に自信持ってんだよ。

 

頭が痛くなるような問題に最初からぶち当たって行く。

 

とりあえず窓の近くに待機している深雪のところまで戻る。どうしたか聞かれる前に、美九の紙を渡した。

 

 

「……相変わらず罪な男ですね」

 

 

「やめてくれ。ここだけ他よりポイントが高いのはその紙のせいだな」

 

 

地図を広げながら確認する。確かに周辺の家より美九の場所のポイントが他より高かった。

 

 

「では作りましょう」

 

 

「嫌な上にどうやってだよ。ここで録音するとか、俺の声が聞こえて起きるぞ」

 

 

「そんな時こそ便利な魔法があるんですよ」

 

 

あー、音の遮断(しゃだん)ね。それならベランダで録音しても問題ないな!

 

 

「……いや、前提として録音するのが嫌だからな? ここはスルーして別の場所に―――」

 

 

「では叫ぶしかないようですね。今から大樹さんが逃げるなら私はお兄様への愛を叫ん―――!」

 

 

「やめろやめろやめろ」

 

 

急いで口を抑える。本気で叫ぼうとしたぞこのブラコン!

 

ここで美九が起きたら更に厄介なことになる。それを盾にされると非常に困るわけで……諦めるしかない。

 

 

「はぁ……添い寝を録音するにしても特殊な機械が必要だったけど―――」

 

 

「準備万端ですッ」

 

 

「―――危うくケツロケットしそうになった。頼むからそういう唐突なことはやめて」

 

 

深雪は運営の手先なのではないかと疑ってしまう。頼むから味方であってくれ。

 

一度ベランダに出て深雪に録音機を渡される。マイクが二つ。左耳と右耳で添い寝の仕方がうんたらかんたらっと説明されるが、結局俺は台本通り読めばいいだけの話。

 

 

「あ、再現しやすいように私が隣で———」

 

 

「絶対にいらない。お兄様に殺されるわッ」

 

 

深雪のいらない気配りを断り、一人マイクに向かって台本を読む。ちゃんと魔法を発動していろよ?

 

 

「……というかこの台本って誰が作ったんだよ」

 

 

そんなこと、無視すればいいのに。この時の俺は愚かだった。

 

気になってしまった俺は裏表紙の下に書いてある名前を見てしまう。

 

 

『五河 士道 中学時代の黒歴史』

 

 

「ブハッ」

 

 

ドッ!

 

 

「んぎゅッ……卑怯だろそれッ……!」

 

 

吹くほど笑ってしまった。申し訳ないが、これは耐えれない。

 

尻を抑えながら台本をめくる。今思えば自分で考えてマイクに吹き込んで置けば良かったと。

 

 

『―――この世界は、欺瞞(ぎまん)で満ちている。大人たちは腐敗しきっている。俺たちは、そうなっちゃいけない。示せパワー。(みなぎ)るワンダー。未来に立ち向かう足を止めちゃいけない―――』

 

 

ドッ!

 

 

無理。耐え切れない。

 

そのまま膝から崩れ落ちてしまった。ここまで来ると続きを見ることはできない。

 

頼るのはやめよう。この台本の作者の為にも読むことをやめる。

 

 

「もう自分で考えよ……はぁ」

 

 

そうして俺はマイクに自作の添い寝CDを作ることになってしまった。

 

―――大樹人生史上、とんでもない黒歴史を作っているとも知らずに。

 

 

________________________

 

 

 

初手大量失点した原田は膝を抱えて泣いていた。当たりだと思われていた人物がハズレだったからだ。当たりが爆弾を抱えているとは予想できるわけがない。

 

プレゼントを必死に配るも、現在のポイントはマイナス五万から切れていない。

 

 

「負けた……どう足掻いても負けた……」

 

 

さすがの落ち込みように十香も反省。気まずそうに原田の肩をポンポンと叩く。

 

 

「ま、まだゲームは始まったばかりだ! ここから頑張って逆転……さ、最下位にはならないかもしれない!」

 

 

自信がなかったのか一位にはなれないと思っているようだ。地味に辛い。

 

虚ろな目で原田は地図を取り出す。

 

 

「寒いから焚火でもするかぁ」

 

 

「燃やすのか!?」

 

 

ポケットからライターを取り出すトナカイ。十香が必死に止めようとするが、原田は燃やす気満々。火が触れる触れないかの瀬戸際で争っていると、

 

 

「―――?」

 

 

その時、変なことに気付いた。

 

原田は地図を頭上で広げる。後ろの世界地図が透けるように地図を見た。

 

 

「あッ……」

 

 

「ど、どうしたのだ?」

 

 

「ああああああああああああああああああああああああ!!??」

 

 

ドッ!

 

 

ケツロケットを受けながら立ち上がる原田。大声でまた民間人が数十人起きてマイナスになるが、どうでもよかった。

 

 

「まだ……まだ逆転の可能性があるぞ!!」

 

 

________________________

 

 

 

 

「お、お、お、おえぇ……」

 

 

「フンッ、順調だな」

 

 

民家のトイレに酔っ払い親父のようにリバースする玉樹。顔色はとても悪く、慶吾は気分が良かった。

 

現在トップを走る慶吾チーム。ポイントを荒稼ぎ、無茶なプレゼントは全て玉樹に任せていた。

 

 

「行くぞ。コイツのプレゼントは終わった」

 

 

「な、中身はなんだったんだよ」

 

 

「好きな女の子のパンツだそうだ」

 

 

「ホント最低な奴ばっかだな!!」

 

 

ちなみに五回目。サンタさんを何だと思っているんだこいつらは。

 

しかし、もっと最低な奴がサンタなのを寝ている奴らは知らない。

 

 

「同じように、母親のパンツを入れておいた」

 

 

「お前は鬼以上の最低野郎だ!!」

 

 

「フンッ、気付かれなければ良い話だ。ポイントも入っている。問題は指示通り本物のプレゼントを置くか置かないかだろう」

 

 

慶吾の言う通り、これでもポイントが入っていることだ。だからこんな最低なサンタが誕生してしまっている。

 

 

「寝ている奴が気付かなければいい話というわけだ。真面目にプレゼントを配る意味は無い」

 

 

さすが黒いサンタ。やることも汚いと来た。

 

玉樹はやれやれとトイレットペーパーで口を拭いていると、携帯電話を見て驚く。

 

 

「ファッ!?」

 

 

「どうしたファッキン野郎。一応男は腹パンして眠らせているが、他の奴らが起きるだろ」

 

 

「俺が見てない間に何やってんだ黒ボーイ!? というかこれだこれ!」

 

 

玉樹が見せたのは自分たちのチームのポイントだ。先程まで七千あったポイントは———全て消えてゼロになっていた。

 

 

「……………は?」

 

 

「ポイントが全部消えた! 何が起こったか分からないが、消えてしまったんだよ!」

 

 

「……………はぁ?」

 

 

メシッという音が額から聞こえた。完全にキレている顔になる慶吾の尻にドッ!と重く響くケツロケット。

 

―――近くに居た玉樹は悲鳴を上げそうになった。

 

 

________________________

 

 

 

「ポイントがああああああ!!??」

 

 

「無くなってます!?」

 

 

ドッ!

 

 

ケツロケットを受けた大樹は思わず五階建てのマンションの屋上から飛び降り自殺してしまう。六千あったポイントが消えたショックは大きかった。

 

深雪の浮遊魔法で助けて貰うが、深雪も同じくショックを隠し切れない。端末を見ながら額から汗を流す。

 

 

「い、今の間に何が起きたのですか……」

 

 

「……恐らく隠されたゲームシステムだろうな。俺たちのポイントをゼロにするとか……或いは」

 

 

様々な可能性が頭の中を巡るが、どれもピンと来ない。ヒントになる物が一切無いからだ。

 

どっちだ? 慶吾か? 馬鹿な原田か? 情報が少なすぎる……!

 

 

「大樹さん、もしかして地図ではないでしょうか?」

 

 

「なるほど」

 

 

地図を取り出し地面に広げる。変わったところは見当たらないが、何か隠されているに違いない。

 

上下逆さま、鏡の反転、火(あぶ)り、ヌッチャケフンブラパッパの踊り、様々な方法で地図を見るが、分からなかった。

 

 

「うーん、地図じゃないのか? プレゼントを配った家には何も無かったし……」

 

 

「大樹さん、最後の謎の踊りに付いていろいろと……」

 

 

「今は地図の秘密が優先だ。今度教えてやるから」

 

 

「いや、腕の関節が引くくらい気持ち悪いのでやめてください。教えなくていいですからね?」

 

 

裏の世界地図にも暗号は隠されていない。となると……最後は———アレだな。

 

 

「どっちかのチーム殴りに行こうぜ」

 

 

「暴力的な解決方法しかなかったのですか……」

 

 

誤解するな。別に好きで暴力を振るいたいわけじゃない。

 

俺はある結論に至っただけだ。敵をボコって話を聞いた方が早く済むと言う結論にな!

 

刀を舌で舐めながら遠くに居る標的を探知する。誰かの気配を感じ取った瞬間、この刀を超伸ばして斬殺する。いや殺したら聞けねぇわ。半殺し半殺し。

 

 

「魔法にも反応しない地図ですから、もしかして最初から見当違いなだけじゃ……」

 

 

ふと深雪は地図を空にかざした。月明かりが地図に当たり、

 

 

「あッ」

 

 

そして気付くだろう。この地図に隠された秘密に。

 

 

「大樹さん、透かすんです!」

 

 

「えびぇッ!?」

 

 

ドッ!

 

 

慌てて大樹の体を揺らしたせいで、舐めていた刀の刃が大樹の舌を盛大に切った。口からドバドバと致死量の血を流し、ケツロケットも一緒に受けていた。

 

 

「この地図、透かすと裏面の世界地図に描いてある首都とプレゼントを配る民家が重なるんです!」

 

 

「血めっちゃ出てるのにスルー!? でもお手柄だ! あとは言わなくても理解したぜ!」

 

 

自分が配った民家の家は裏面の首都とどこも被ってない。もしこれで次に裏面と重なる首都の場所に行き、ポイントを取り返すことのできるシステムがあれば、この説は正しいということになる。

 

 

「どうりで変だと思ったぜこの世界地図。星印の付いた首都が七個八個しかないからな」

 

 

「その星印がプレゼントを配る民家と全部被りますからね。合っていると思いますよ!」

 

 

「うっしゃ、行くか」

 

 

口からダラダラと血を流したサンタは、また民家の屋根を駆け抜けた。

 

 

________________________

 

 

 

 

一方、大樹が行おうとしていた「敵をボコって聞いた方が早く済むと言う結論」に辿り着いたバーサーカーが居た。

 

 

ギャンッ!!

 

 

「うおッ!?」ドッ!

 

 

「くぅッ!」

 

 

凄まじい衝撃波に原田と十香は力を受け流すようにナイフと剣を振るう。地味に尻が痛いのは無視。

 

後方に吹き飛ばされても敵から目を離さないように体勢はしっかり保たれているが、

 

 

ガチンッ!!

 

 

すぐに床を踏みしめて銃弾を防ぐ。気を抜けばナイフは弾かれ、体に風穴が開いていただろう。

 

銃弾が飛んで来た方向を睨み付ける原田。そこには重力を無視するようにマンションの壁に立っている慶吾の姿。

 

右手に握り絞めた黒銃から不吉なオーラが漂っている。何より苛立ちが慶吾から放たれていた。

 

 

「お前だな」

 

 

慶吾の一言に原田の体がピタリと止まる。

 

普通にバレていた。原田は思わず口元を一度引き締めて、はぐらかす。

 

 

「どうかな? 大樹だって可能性が———」

 

 

「違うと否定から入らない時点でお前は黒だ」

 

 

「―――あ、うん……」

 

 

せめて最後まで言い訳を聞いて欲しかった。

 

 

「いきなり攻撃を仕掛けて来て、何なのだ貴様!」

 

 

「フンッ、そういう割にはガードと同時に反撃の霊力もぶつけていたな」

 

 

待ってくれと原田は心の中で叫ぶ。自分は最初の攻撃に反応できなかったし、反撃どころか一方的に防御を強いられていた。なのに十香はガードした上に反撃していたの? もしかしてサンタフォーム最強?

 

 

「二対一だぞ。分が悪いと思わないか?」

 

 

原田の言葉に慶吾は下卑た笑みを見せる。

 

 

「雑魚が勢い付いたところで、雑魚が群れた程度で、この俺が尻尾を巻いて逃げるとでも?」

 

 

「だよなぁ……」

 

 

「断じて違う。踏み潰しがいがあるとしか思わないッ!!」

 

 

ドゴッ!!

 

 

マンションの壁に大きな縦の亀裂(きれつ)が生まれる。目を見開いた時には慶吾の姿は一瞬で消え、原田と十香の目の前まで来ていた。

 

 

「「速いッ!?」」

 

 

「お前らが遅いだけだ」

 

 

ドゴッ! バギンッ!!

 

 

右手に持った銃だけで原田のガードは崩され、邪気を(まと)った左手だけで十香の剣は折られる。

 

銃口が原田の眉間に向けられ、左手の手刀が十香の喉を狙う。

 

 

「ッ!!」

 

 

命の危険が迫ってくれていたおかげか、原田の思考と判断がかつてない回転を見せる。

 

 

パシッ!

 

 

自分の右足を左足で払い体を後ろに逸らす。同時に慶吾の銃弾をギリギリのところで回避した。

 

そのまま体が地面に倒れる前に、十香の足を乱暴に掴み、一緒に転ぶように引っ張った。

 

慶吾の手刀は無事十香に当たることなく、地面に倒れるだけに済む。

 

 

「チッ!」

 

 

ゴオォッ!!

 

 

だが慶吾の攻撃は止まらない。原田と十香の間に右足で踏み込み、黒色の衝撃波を出す。

 

 

「うぐぅッ!!」

 

 

「原田!!」

 

 

十香は霊装に守られたが、回避に徹していた原田が吹き飛ばされる。ゴロゴロと屋根の上を痛々しく転がり落ち、庭の池に落ちた。

 

 

「プハァッ! 寒いだろうがッ!!」

 

 

バシャァッ!!

 

 

すぐに水面から顔を出した原田は冷たい大量の水と一緒にナイフを投げ飛ばす。慶吾はナイフを人差し指と中指で刃を挟んで受け止めるが、

 

 

「―――――!」

 

 

目の前にはナイフの他にプレゼントの箱も投げられていた。

 

 

(水の中に隠していたのか!)

 

 

ドッ!

 

 

夜中の暗さのせいで気付くのに遅れた慶吾。尻も痛くなり、次の瞬間、

 

 

チュギュドゴオオオオオオオオォォォ!!!

 

 

大量のマイナスポイントを恐れぬ爆発が轟いた。その衝撃は慶吾が思わず腕を(おお)ってしまうほど。

 

 

「【天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)】———」

 

 

「ッ! 舐めるな!!」

 

 

聞こえて来た原田の声に慶吾はすぐに防御の体勢を取る。爆風で視界を奪われている今、原田は攻撃のチャンスだと思っているのだろう。しかし、それは悪手!

 

 

(攻撃を防ぐと同時に原田の位置を定める……あとは取って置きの銃弾を―――)

 

 

だが慶吾の予想は大きく裏切られる。

 

なんと数秒間、一向に攻撃が仕掛けられなかったのだ。まさかと慶吾が思った時には遅い。

 

 

「クソッ!!」ドッ!

 

 

ゴオッ!!

 

 

手で小さくなった爆風を払うと、周囲には誰も居ない。十香もだ。

 

撤退したのだ。攻撃を仕掛けると見せかけ、わざと慶吾に防御を強いらせたのだ。

 

完全に裏目に出てしまったことに尻の痛みを感じながら慶吾は舌打ちする。だが、慶吾の攻撃はこれで終わりではない。

 

 

「おい! 見ていただろ! どっちに行った!」

 

 

『九時方向だ。速かったが、オレっちは見逃さなかったぜ』

 

 

耳に付けた無線機から聞こえて来たのは玉樹の声。マンションの屋上から見張らせていたのだ。万が一、逃げられた時の予防線として。

 

 

「俺はこのまま追いかける。お前も移動して、距離を置いた位置から監視を続けろ」

 

 

『了解だ』

 

 

 

________________________

 

 

 

「えいえいッ」

 

 

ガスガスッ

 

 

「怒った?」

 

 

「ブヂギレ゛だ」ドッ!

 

 

「大樹さん!? 怒ったら駄目ですよ! まだ!」

 

 

大樹と深雪は無事、地図の謎を解いた後、目的の民家に辿り着いたのだが……居た者が最悪だった。

 

 

「えいえいッ」

 

 

ゴスッ

 

 

今度は杖で頬を突かれた。主人公とは思えない鬼の形相で大樹は襲い掛かろうとするが、深雪が魔法で止めているので無理だった。

 

 

「えいえいッ」

 

 

更なる追撃。ニコニコ笑顔で俺の腹を杖で突いているのは———シャーロック・ホームズだった。お前今回出番多過ぎ。単刀直入に言うと死ね。

 

 

「覚えていろ……必ずその面を汚物で汚しに汚した後、トイレの中に何百回も叩きこんでやる……!」

 

 

「ハッハッハッ、では無くしたポイントが倍で返って来るサービスはいらないと?」

 

 

「ギギギギギッ……!」ドッ!

 

 

歯を食い縛った主人公の顔がヤバイ。深雪は必死に大樹を落ち着かせていた。

 

 

「そ、それで私たちがポイントを取り戻すにはどうすれば?」

 

 

「簡単な話さ。皆と同じように私にもプレゼントをくれればいい」

 

 

「ちょっと大樹さん!? 何を投げつけようとしていますか!? 一度止まってください!」

 

 

対戦車擲弾発射器でシャーロックを吹き飛ばそうとしたが、察しの良い深雪に止められた。おのれ。

 

皆と同じようにプレゼントを配れと言われても、シャーロックにあげる物は何一つない。むしろ中指立てるくらいのことしかできない。

 

 

「……負けていいのですか?」

 

 

「あ?」

 

 

「ゲームに負けても良いのかと聞いています大樹さん」

 

 

深雪の質問に言葉を詰まらせる。嫌だ。負けたら大変なことになるもん。

 

だからと言ってコイツにプレゼントを……? 全人類世界を敵に回すより嫌なんだけど。

 

 

「さぁ大樹君。私にプレゼントを」

 

 

「覚えていろ……アリアとの結婚式はお前が絶対に来れない場所で開催してやる……」

 

 

「それは私に効く」

 

 

「子どもには『シャーロック・ホームズってゴミのような人間なんだ』って言い聞かせるからな……」

 

 

「今日一効く」

 

 

「おじいちゃんと呼んで貰えると思うなよ……絶対にクソジジィって呼ぶように教育するからな……」

 

 

「分かった。もうやめるから」

 

 

なんということでしょう。アリアを盾にしたら勝利したぞ。テレレテッテッテ~。

 

意外な勝利方法に右手を掲げる大樹。同時にプレゼントが決まった。

 

 

「ジェームズ・モリアーティ特集。天才名探偵にはできない、孫からの愛され方」

 

 

「ガフッ」

 

 

「大樹さん!?」

 

 

取り出した本を見た瞬間、シャーロックが吐血した。

 

宿敵にはできて天才の自分にはできない現実を突きつけた最高一品。アリアのために頑張るんだな!

 

 

「……推理しよう」

 

 

「あ?」

 

 

シャーロックはプルプルと震えた足で立ち上がり、ビシッと決め顔で告げる。

 

 

「君は最後、どう足掻いても負けるだろう!!」

 

 

「テメェ!!!」ドッ!

 

 

最後の最後に一矢報いるシャーロック・ホームズ。一番最低な推理を残して行きやがった!

 

本をぶん投げるが、向うは端末を投げて来た。思わず受け取るが、シャーロックはその間に逃げ出した。

 

パリンと盛大に窓を割りながら。必死かッ。

 

 

「くッ、逃げられたか」

 

 

「え、ええ……目的の物は入手できましたか?」

 

 

深雪の質問に俺は受け取った端末を見せびらかす。しかし、深雪の顔色が悪くなったことに気付く。

 

 

「お、おい……何だその『完全に負けた』みたいな顔は!」

 

 

急いで端末を見ると、そこには驚きの光景が待っていた。

 

そこには逆転の一手、失ったポイントを取り戻す―――

 

 

『今からポイント五倍デー!』

 

 

―――のではなく、クソッタレなポイント増加システムだった。

 

 

「あんのクソ野郎がああああああああああああああああああああァァァァァ!!!!」

 

 

ドッ!

 

 

最後の最後までしてやられた大樹。静かにケツロケットを受けて膝を着いた。

 

 

________________________

 

 

現在、大樹より先に隠しシステムの恩恵を受けている原田。内容は『ポイントの減点は一番近くに居る他のプレイヤーがポイントが0になるまで肩代わりする』だった。

 

大量の減点は大樹と慶吾で帳消しにした原田。逆転の糸口が見えたかのように思えたが、厄介な状況になっていた。

 

隠しシステム『他プレイヤーから自分のポイントを一切奪われない』『自分の減点を無効』と順調に手に入れていた所、慶吾に見つかったのだ。

 

その後は何とか逃げることができたが、再び見つかった。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「くッ……!」

 

 

両腕をクロスさせて慶吾の(かかと)落としを防ぐ原田。鈍い音と衝撃が広がり、アスファルトの道路に大きな亀裂が走る。

 

 

カチッ

 

 

微かに聞こえて来た小さな音に慶吾は反応する。急いで体を回転して防御の体勢を取る。

 

 

ギャンッ!!

 

 

原田は口に咥えていたナイフから赤い光線を出す。構えていた慶吾は銃身を当てて攻撃を逸らす。

 

 

ドゴッ!!

 

 

原田の反撃。一瞬の気を逸らした隙に慶吾の側頭部に回し蹴りを叩きこむ。

 

しかし、慶吾はそれを片手で受け止めている。人間の反応速度を越えた本能による防衛で原田の攻撃を防いでいた。

 

 

「終わりだぁ!!」

 

 

「何ッ?」

 

 

ズキュウウウウンッ!!!!!

 

 

原田の足から放たれた真紅の光線をゼロ距離から受けてしまう。

 

慶吾が反応できなかったのは当然のことだった。靴の中に仕込んでいた短剣の刃に気付かない限り、知らない限り、あの距離まで詰められれば避けることは不可能だった。

 

 

「なッ!?」

 

 

もし反応ができるとすれば、それは極限の反応速度―――神速のインパルスを持つ者だ。

 

 

「惜しいな」

 

 

赤い光線に包まれた慶吾の上半身は無傷。コンマ一秒にも満たない時間で、慶吾は黒いオーラで防御していた。

 

神の力を感じ取ってから防御の体勢を取る他、防ぐことのできない一撃。背筋が凍るように原田は戦慄する。

 

 

「ッ!!」

 

 

「そして遅いッ!!」

 

 

ガシッ!!

 

 

慶吾から距離を取ろうとするが、そのまま足を掴まれてしまう。慶吾は原田を乱暴に振り回し、地面に叩き落とした。

 

 

「ゴハッ!!」

 

 

肺の中にあった空気が全て吐き出されて(むせ)る。その一秒の隙に、慶吾は容赦なく追撃を仕掛けようとするが、

 

 

「チッ!!」

 

 

ガキュンッ!!

 

 

後方から飛んで来た大剣を銃弾で弾く。プレゼントの袋が括りつけられた十香の剣だった。

 

 

「これ以上、好きにはさせぬ!!」

 

 

「ハッ、かかって来い精霊!!」

 

 

サンタフォームからいつもの霊装に着替えた十香は慶吾に向かって斬りかかる。

 

―――ちなみに、サンタフォームで出した剣は消えていない。そのまま遥か彼方に飛んで行ったままだ。

 

 

チュギュドゴオオオオオオオオォォォ!!!

 

 

「ぎゃあああああああァァァ!!!」

 

 

盛大に巻き上がる爆発は、本来なら無視して戦闘を続行していたのだが、聞こえてはいけない悲鳴が聞こえて来た。

 

 

「……………」

 

 

「……………」

 

 

思わず顔を合わせる慶吾と十香。耳を澄ませると、

 

 

「だ、大樹さん!? 大樹さああああああん!!」

 

 

―――被害者を特定してしまった。

 

なんという確率。なんという奇跡。いや運命。まさか十香の剣がアイツに直撃して爆発するとは思わなかった。

 

確かにプレゼントの袋の中には霊力を詰めた爆弾があった。だが、だが、だが、普通大樹に当たるだろうか。

 

たまたま剣を投げた十香。たまたま大樹の居る方角に弾き飛ばした慶吾。たまたまそこに居た大樹。

 

 

「……そうかそうか……クソ探偵からお前らまで……どいつもこいつも、舐めた真似をしやがって……!」

 

 

ダラダラと汗が流れる十香。一目散に逃げ出した。

 

 

「まッ!? 俺を置いて行くな!?」

 

 

地面から急いで起き上がる原田。慶吾も逃げようとするが、

 

 

「―――よぉ」

 

 

「「ッッッ!!??」」ドッ!

 

 

既に時遅し。光の速度で原田の前に立ち、数本の刀が慶吾の周囲を浮遊していた。

 

ケツロケットを気にしている場合じゃない。怒りの炎で燃え上がった大樹が、血に濡れたサンタさんが笑顔で振り向く。

 

 

「今から本編以上に本気出すからな?」

 

 

―――この番外編で一番やってはいけないことをしようとしていた。

 

 

________________________

 

 

 

―――大暴走。

 

 

大樹の怒涛の攻撃に対して慶吾も猛攻を繰り返す。原田は全力の逃げの防御。

 

街が次々と破壊されるかと思ったが、善の心は辛うじて残っているのか空中で戦闘を繰り広げている。ただ騒音以上に轟いているため、この街の住人は全員起床。現在時刻、夜中の三時である。クソ迷惑である。

 

 

「あーあ、どうするのあれ」

 

 

「ええ、本当にどうしましょうか……」

 

 

玉樹と深雪が溜め息を吐きながら空を見上げる。凄まじい暴風が吹き荒れ、眩い閃光が何度も街の上を瞬く。

 

二人の隣では十香が反省するように正座していた。事の始まりが彼女だった為、深雪が叱ったのだ。

 

 

「オレっち的にゲームとして成立しないと思うが……」

 

 

「恐らく全チーム0ポイント……いえ、原田さんの所だけは違いますね」

 

 

十香は目を逸らすだけで何も言わなかったが、その態度が違うと物語っている。

 

だから二人の戦いの中で原田が逃げの一手なのはこのまま長引けば勝ちだと確信しているからだろう。

 

 

「まぁ今更、オレっちたちは隠しシステムに一度も触れていないから負けが濃厚だ。そっちは?」

 

 

「私も、ポイントが五倍に増えるだけですので……」

 

 

「それでも隠しシステムに多く触れていた原田チームが有利になるってわけか」

 

 

大樹が真面目にポイントを稼ぎ始めても、同じように原田もポイントを稼ぐだろう。追いつける可能性は低い。

 

 

「「……………あれ?」」

 

 

二人は気付いただろう。

 

実は逆転の可能性があるということに。簡単な事だった。

 

 

「もしかして、オレっちたち、利害が一致してる?」

 

 

「ええ、お互いに力を合わせたらどちらか一位になれますね……」

 

 

数秒の間、玉樹と深雪は目を合わせた後、

 

 

ガシッ!!

 

 

「組もう!!」

「組みましょう!!」

 

 

玉樹は急いで慶吾と連絡を取り、深雪は大声で呼んだ。

 

 

「黒ボーイ! まだ勝てる可能性がある!」

 

 

「大樹さん! ここから勝利できる方法を見つけました!」

 

 

二人は一緒に同じ言葉を叫ぶ。

 

 

「原田の野郎を大樹と一緒に倒せ!!」

 

 

「原田さんを宮川さんと一緒に倒してください!!」

 

 

「な、何ぃ!?」ドッ!

 

 

この言葉に原田は酷く驚く。まさかのコンビ結成に予想できなかったのだろう。

 

原田を戦闘不能にすれば、不利だった二つのチームが一位争いをするだけになる。

 

玉樹たちは隠しシステムを探しに行ける上に、深雪はポイントを稼げに行ける。

 

この二つのチームが手を組むことは原田に取って、一番やってほしくないことだった。だったのだが!!

 

 

「「死んでも組むかぁ!!!」」

 

 

「「えぇ……!」」

 

 

残念。無念。年中、仲の悪い二人には無理だった。

 

逆転の一手を自分から蹴り出した二人。原田がグッとガッツポーズする。

 

玉樹はガックシと肩を落とすが、深雪は違った。

 

 

「そうですか……大樹さんにはガッカリです」

 

 

なんということでしょう。美少女の額に合ってはならない物が———青筋を浮かべていた。

 

 

「原田さんの願いが『大樹さんの好きな人の唇』だったとしても、組まないのですね!」

 

 

「あ?」

 

 

「ファッ!? 誰がそんな命を投げ捨てるような願いを―――!」ドッ!

 

 

「名探偵の言う通り、大樹さんは負けるのですね! ゲームにも、お嫁さんにも! 無様ですね!!」

 

 

深雪の煽りに大樹の額にも青筋が浮かぶ。

 

 

「そんな大樹さんに朗報です! 私がお兄様と一緒に養ってあげますよ、ペットのジョンとして!!」

 

 

「ああ!?」ドッ!

 

 

「残念ですが結婚は無理です! 今の大樹さんは、生理的に無理ですから!!」

 

 

「俺だってお断りだこの野郎! 好き放題言いやがって……!」

 

 

「これで原田さんが大樹さんのお嫁さんを貰うのでボッチ確定しましたよ! 一生独身ですね!」

 

 

「いやだから俺はそんなことしないって!? 何でさっきから俺巻き込まれてんの!」

 

 

「ハッハッハッ、独身? 深雪、落ち着いて考えて見ろ。独身なのは意外とお前のような美少女だぞ?」

 

 

「こっちも凄い喧嘩の売り方して来たな!」

 

 

「私にはお兄様が居るので。大樹さんは誰もいないと思いますが」

 

 

「馬鹿め! これまでの本編を見てまだ言うか!」

 

 

「だって願いは何でも叶うんですよ?」

 

 

その時、大樹の体が凍るように止まった。

 

 

「番外編内だけでも、原田さんがお嫁さんに囲まれることって可能だと思いますよ」

 

 

「いや、だから、美琴たちは俺の……」

 

 

「大樹さんのことが好きでも、原田さんに奪われるんですよね。願いってそんな物じゃないですか」

 

 

「………………あ、吐きそう」

 

 

「ストレスマッハで溜まったのかお前!?」ドッ!

 

 

事の大変さを理解した大樹。今にも吐き出しそうなくらい辛い表情だ。

 

深雪はそれでも追撃をやめない。

 

 

「土下座をしても、助けないですからね。私にはお兄様が居るので」

 

 

「……い、いいぜ。別に一人で今からこの二人をぶっ飛ばせば———」

 

 

「ポイントが追いつければいいですね。では私は傍観に徹するので」

 

 

「……………」

 

 

深雪は大樹に背を向けた。大樹が無言で慶吾たちの顔を見るが「いや俺たちに意見求めるなよ」と顔をされる。

 

大樹は刀を握り絞めるが、自信がない。

 

この二人に勝つことじゃない。ゲームに勝つことだ。

 

 

「な、なぁ……原田」

 

 

「願わないぞ!? 心配するなよ!」

 

 

「だ、だよな……そう、だよな!」

 

 

「お、おう……」

 

 

「……………本当?」

 

 

「お前に殺されたくないから! 本当だから! な!?」

 

 

「……ギャグで死なないからって本当に願わない?」

 

 

「コイツ超面倒くさいな!!!」ドッ!

 

 

不安で仕方のない主人公。親友であるはずの男を疑っていた。あまりのうざさに尻が痛い。

 

 

「……なるほどな」

 

 

その時、この状況を面白がる男が居た。

 

 

「原田は黒だな」

 

 

「おまッ!?」ドッ!

 

 

「楢原 大樹。このゲームは潰し合いだぞ。口約束程度、俺たちは平気で破るだろ?」

 

 

「は、原田……お前……!」

 

 

「おい主人公!? 仲間を信じろよ!?」

 

 

「そうだな……じゃあ指を詰める程度くらい、親友ならできるよな?」

 

 

「大樹はヤクザか何かかよ!!」

 

 

「原田……詰めてくれるよな?」

 

 

「詰めるか!? どんだけ信用ねぇんだよ!?」ドッ!

 

 

拒絶された大樹は一気に青ざめる。本当に奪われると思いこんだのだろう。あと先ほどから尻が痛い。

 

 

「原田の最低ハーレム野郎がぁ!!」

 

 

「それお前が一番言っちゃいけないブーメラン!!!」

 

 

「見損なったぞお前! 七罪だけ、一人だけ愛せよお前!!」

 

 

「だからお前が言っちゃいけないや――――――つ!!」

 

 

原田が凄い心外そうな顔でツッコミを入れているが、大樹は焦り出した。

 

 

「どどどどど、どうしよう!? 原田に嫁が奪われる……アリアが、ティナが……!」

 

 

「うぉい!? 僅かに見えるロリコン線を消せテメェ!!」

 

 

「―――大樹さん」

 

 

その時、心優しい声が聞こえて来た。

 

 

「今なら、助けてあげますよ?」

 

 

「とんでもない茶番を見ている気がするぞ俺」

 

 

声をかけたのは深雪だった。原田が何かを言っているが、無視する。

 

 

「私に、お兄様と結ばれる願いをくれるなら、お手伝いしますよ」

 

 

「完全計画的犯行じゃねぇか!! 全ての流れが茶番だったのか! 大樹、騙されるな!」

 

 

「うるせぇ! 浮気野郎の言うことなんざ信じられるか!」

 

 

「んんんんブーメランッッッ!!」

 

 

頭を抱えて体をクネクネする気持ち悪い浮気の親友。大樹は急いで深雪の下に行き、コンビを再結成。

 

 

「逆転しましょう! 大樹さんの大好きな人を守る為に!」

 

 

「ああ!」

 

 

完全に騙されていると、誰に言われても今の大樹は信じないだろう。

 

今は、自分の身を心配するのが先だ。

 

 

「のあ!?」ドッ!

 

 

不意打ち。慶吾の攻撃に原田は驚きながらかわす。尻を痛めながら睨み付ける。

 

 

「これで良い……下手にお前が願いを叶えるより、ロクでもない願いを叶える方がずっとマシだからな」

 

 

「ま、まさか……」

 

 

「お前がケツロケットから逃げるより、あの女の願いを叶えた方が何倍も素晴らしいと思わないか? 共に地獄へ落ちて行こうか?」

 

 

(と、とんでもない形で利害を一致させやがったコイツらああああああ!!)ドッ!

 

 

それは慶吾と大樹が実質組んでいるようなものだった。二人は自分の願い事を捨てたのだ。

 

原田に叶えさせるくらいなら、深雪の願いの方が良いと大樹と慶吾は思ったからこそ手を組んだ。

 

 

「だ、だが残念! 俺は既に最強のシステムを手に入れている!」

 

 

「何?」

 

 

「『他プレイヤーの入手したポイントの二割が俺に入る』だ」

 

 

「なんッ……だと……!」ドッ!

 

 

ハッと尻を痛めながら気付く慶吾。視線の先は正座している十香。

 

彼女は一歩も動いていない。ではこの状況で自由に動ける者は———!

 

 

「あのクソ蛇(ヨルムンガンド)か!!」

 

 

「お前らと喧嘩している間も、俺は勝つ為の布石を置いていたのさ!」

 

 

「そんなに俺の嫁を奪いたいのか外道!!」

 

 

「お前はもう黙れッ!!」

 

 

そろそろガチでキレ始める原田。大樹のしつこさにイライラしていた。

 

 

「こんなクソゲーム、もう付き合えるわけねぇだろ! それと願いも決めたぞ! お前らに俺と同じニワトリの呪いをかけてやる!」

 

 

「「それだけはやめろぉ!!」」ドッ!

 

 

物凄い気迫で首を横に振る大樹と慶吾。尻を抑えながら泣きそうになっている。

 

深雪も原田の手に入れた隠しシステムの内容に唇を強く噛む。どれだけポイントを手に入れても二割のポイントが原田に加算される。しかもヨルムンガンドという駒も増えている。

 

勝負は目に見えてしまったか、敗北が濃厚になった。大きなポイントはこの周辺にない。どれだけ大樹が頑張ってポイントを集めても、恐らく原田のポイントには追いつけない。

 

ポイントも奪えない。原田の減点はほぼ不可能。既に勝利の一手を―――王手を打たれていた。

 

 

「―――まだだ!!」

 

 

「「「「「ッ!」」」」」

 

 

それでも逆転の一手を打とうとする男が居る。

 

残り時間、わずか十分。

 

どんな逆境からでも、盤面をひっくり返すような規格外な男が、まだ諦めていない。

 

 

「世界地図だ……ああそうだ、深雪!! 全力で移動と加速魔法を!!」

 

 

「ッ! はいッ!!」

 

 

「な、何をする気だ!」

 

 

こうなった大樹は最強の壁をまた一つ越えることを知っている。原田は急いで止めようとするが、

 

 

ガチンッ!!

 

 

「ハッ、あんな男は放って置いて、こっちで戦おうじゃないか」

 

 

「て、テメェ……!?」

 

 

そこに慶吾が立ち塞がる。原田の短剣と慶吾の銃が激しくぶつかり合った。

 

 

フォンッ!!

 

 

上空に移動魔法と加速魔法が同時に展開する。大樹は地面に巨大な亀裂を作る程の超跳躍を見せる。

 

 

「【神格化・全知全能】!!」

 

 

神の力を振るのは大樹自身。そして———深雪の魔法だ。

 

魔法陣が神々しく輝き、大樹の体に触れた瞬間、姿を消した。

 

 

………ォォォオオオゴオオオオオォォォ!!!

 

 

衝撃と暴風が遅れて一帯に襲い掛かる。深雪はスカートを必死に抑えながら、玉樹のサングラスが飛んで行く。

 

慶吾と原田は口を大きく開けながら、何が起きたのか考えていた。

 

 

「ど、どこに行ったんだアイツ……!?」

 

 

―――全員が呆然と立ち尽くすまま、ゲームはそのまま終了した。

 

 

________________________

 

 

 

 

「えーっと、結果発表です」

 

 

「「「「「えええええェェェ!!??」」」」」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

結局、大樹は帰って来なかった。そのままバトラーが額から汗を流したまま、状況を説明する。

 

 

「簡単に説明しますと、馬鹿な人はアメリカのニューヨークで発見されました」

 

 

「「「「「ええええええェェェ!!」」」」」

 

 

「クレイジー!! どうしてそんな場所に居る!?」

 

 

「どうやら世界地図に書かれた首都とまで行ってポイントを稼ごうとしましたが……」

 

 

「なッ!? 世界地図の首都もポイントの対象だったのか!!」

 

 

完全に盲点だったと原田は驚愕する。対して深雪は嬉しそうに尋ねる。

 

 

「で、では大樹さんのポイントは……!」

 

 

「変わりません」

 

 

「……………え?」

 

 

「いや、私言いましたよね? 範囲のこと。『まぁ範囲は日本の一県だけですけどね』と」

 

 

―――全員がズッコケた。

 

慶吾は床をバンバン叩いて爆笑している。アレだけカッコつけて置いてこのザマなのだから。

 

深雪は無言で顔を手で隠した。同じチームとして恥ずかしい。

 

 

「迎えはジャコとリィラが行っているので気にせず進行します。それでは結果発表です。とりあえず宮川 慶吾チームは……0ポイントで最下位です」

 

 

「フンッ、ハゲのせいでな」

 

 

「言ってろ。お前はそんな坊主(ハゲ)に負けてんだからな?」

 

 

「チッ」

 

 

慶吾が悪口を言うが、原田は余裕のニヤけ顔で返す。

 

 

「では一位……願い事を叶えて貰えるのは———5万ポイントを手に入れたチーム」

 

 

「……ん?」

 

 

その時、原田から大量の汗が流れた。

 

―――確か、4万程度しかポイントを手に入れていなかったような気がすると。

 

 

 

 

 

「大樹チームです!!!!」

 

「嘘だろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!????」

 

 

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

目玉が飛び出す様な驚きぶりを見せる原田。後方に十メートルくらい吹っ飛んだ。

 

何が起きたのか分からない一同。頭の上にハテナマークが浮かぶばかりだ。

 

 

「それでは勝利を収めた大樹さんにインタビューをして貰いましょう」

 

 

「―――やっぱりぃ、勝利を掴むのは主人公の俺なんっすよ。どれだけサブ主人公や黒幕が頑張っても、無理な領域があるんですよぉ」

 

 

そこには世界一ムカつく顔でインタビューを受けている男の姿が。ボロボロのサンタ服を着た大樹だった。

 

すぐに姿を見せた大樹に原田が掴みかかる。

 

 

「どんな不正をした貴様ぁ!!」

 

 

「不正? ノーノ―ノー、じ・つ・りょ・く」

 

 

「殺すぞぉ!!!」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

本気で殺されそうなので大樹は説明する。

 

 

「確かに俺は間違えた。アレだけドヤ顔で世界に旅だったのに、全く違ったからな」

 

 

「そうだ! お前は恥ずかしい間違いをしたはずだ! なのに……!」

 

 

「ポイントが逆転されている? いいや、違うな。バトラー、原田のポイントはいくつだ?」

 

 

「―――ちょうど1万ポイントですね」

 

 

「なッ!?」

 

 

4万あったポイントが減っていた。自分のポイントは隠しシステムのおかげで減るはずはないのに……!

 

 

「な、何をした……どんな手を使った!!」

 

 

「簡単なことだった。お前の完璧に守られてるポイントをどうにか減らす方法を考えたら、辿り着いたのさ!」

 

 

大樹は告げる。圧倒的な強者の考え方を!!

 

 

 

 

 

「―――過去に飛んで、お前の配ったプレゼントを全部グチャグチャにすれば良い事にな!!」

 

 

「不正だろこれぇええええええええ!!!???」

 

 

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

とんでもない非道が行われいた。サンタあるまじき行為に周りはドン引きである。

 

 

「お前は()()()()()()()。だがプレゼントを配ってポイントがあった事実を消せば、ポイントが無くなるのは道理」

 

 

「最低なゲームの穴の付き方をしたなお前!!」

 

 

「ついでに新しく俺がプレゼントを置けば原田の無くなったポイントが手に入る」

 

 

「ありなの!? これありなの!? めちゃくちゃ最低なんだけどこのサンタ!?」

 

 

スパアアアアアァァァン!!!

 

 

だから二割のポイントである1万ポイントが原田に入ったのだ。

 

バトラーは大樹の説明に首を横に振っていた。

 

 

「ええ、とても非道的で駄目だと思います私も」

 

 

「だろ!?」

 

 

「まぁ私は全然気にしないのでOKしました」

 

 

「まず運営が敵なのズルくない!?」

 

 

大樹に味方していた。これは酷いと慶吾と玉樹も頭を痛めている。

 

原田は唯一の仲間である十香に助けを求める。

 

 

「十香! お前も非道的だと思わないか!?」

 

 

「わ、私は街を壊したから……その……」

 

 

「そうだった! ごめんな! こっちも酷いことしたわちくしょう!」

 

 

大樹はとてもズルい作戦だ。だがこっちは物理的に酷い被害を出してしまっている。もう霊力をプレゼントに詰めないで欲しい。

 

 

「というわけで願い事を早速お願いします」

 

 

「約束はちゃんと守るぞ深雪……ぶっちゃけ俺も酷い事したと思っているから」

 

 

「反省するくらいなら最初からしないでくださいよ……私もこんな形で願いを叶えるとなると———」

 

 

罪悪感半端ないだろうな。大樹がすまんと謝ろうとすると、

 

 

「―――罪滅ぼしの機械が与えられて嬉しいです」

 

 

「へ?」

 

 

「私の願いはただ一つ」

 

 

俺たちは後悔することになるだろう。

 

この茶番は、ゲームが始まる前から続いていたということを。

 

 

「三人のケツロケットの数を五倍にします!!!」

 

 

「「「な、な、な、何ぃ!!??」」」

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

 

 

「ひぎぃ!?」

 

 

「ぎゃあ!?」

 

 

「ぐあぁ!?」

 

 

今までの威力の五倍のケツロケットが三人を襲う。あまりの痛さに前に三メートルくらい吹き飛んだ。

 

 

「ど、どういうことだ深雪! お兄様は捨てたのか!?」

 

 

「違いますよ。最初から、私たちの願いはこれなのです」

 

 

「わたし、たち?」

 

 

まさかと思いながら大樹は玉樹と十香を見る。

 

 

「へへッ、悪く思うなよボーイたち。オレっちもそうするつもりだったからな」

 

 

「う、うむ! そうだな! そうだったな!」

 

 

若干一名忘れていたっぽいな。最初からチームなのはこうして裏切る為か!

 

 

「ば、バトラー! テメェ!」

 

 

「はい! 私が全て仕組みました! 本来なら大樹さんは七草さんと組む予定がありましたが、変更しました!!」

 

 

「お前はマジで憎しみで殺てやる!!」

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

 

 

「ぎゃああああああ!!」

 

 

洒落にならない威力のケツロケットが大樹を襲う。絶叫するほど痛い。

 

動揺しないように必死に耐える原田と慶吾。あまりにも恐ろし過ぎる。

 

 

「それでは次のゲームの舞台に行きますよ。彼らは感染者なので気を付けてくださいね」

 

 

その時、酷い目眩が慶吾と原田を襲う。そのまま意識を刈り取られてしまった。

 

バタバタとガスマスクを付けた不審な部隊が部屋の中に突撃して来た。大樹は構えるが、二人は動かない。

 

 

「お、おい? どうした二人とも?」

 

 

「あ、これ大樹さんに感染した病原菌が死んでいますね。これだから規格外は……」

 

 

「「「「「マジかよ……」」」」」

 

 

「何でガスマスク付けた怪しい奴らにドン引きされてんの俺!?」

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

 

 

「ホント痛いからぁ!!」

 

 

「隙あり!」

 

 

ガシャンッと手錠をされた大樹。次の瞬間、首筋に何かを刺された。

 

 

パキッ

 

 

「バトラーさん! 注射の針が通りません! ゾウですかこいつ!」

 

 

「ええい! なら目から打ちなさい!」

 

 

「やめろぉ!! 素直に打たれてやるから目はやめろぉ!」

 

 




現在のケツロケット回数

楢原 大樹 237回

原田 亮良 231回

宮川 慶吾 176回


大樹&原田&慶吾「Zzzzz……」


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感染患者で絶対に動揺してはいけない24時!


作者から一言。


―――「俺は悪くねぇ! バレンタインとモンハンが悪いんだ!」


冷たい岩肌の壁に囲まれた部屋に閉じ込められた三人。少し息苦しいのはここが洞窟だからだろうか?

 

鉄製の(ろう)、何も置かれていない部屋。また神の力を封じる手錠を見ながら大樹は問う。

 

 

「―――生きてるか?」

 

 

「一応、な」

 

 

「妙に頭が痛いがな」

 

 

上から見ると凸型の空間。西の牢屋には大樹、北の牢屋には原田、東の牢屋には慶吾が入れられていた。

 

南には扉が一つ。恐らく出口だろう。

 

大樹の正面から見える慶吾の姿。頭を抑えながら気分を悪そうにしていた。

 

 

「まぁ……その、ウチの深雪がすいません」

 

 

「最悪なゲームだったな」

 

 

「ああ……酷い展開だった……」

 

 

今まで疑うことのなかったチーム関係。まさか敵のスパイだとは考えもしなかった。

 

空気が更に悪くなる。気まずいので話を変える。

 

 

「げ、ゲームの内容は理解しているよな?」

 

 

大樹の質問に原田と慶吾は頷く。ゲームの内容はこうだ。

 

 

『この中に感染者が居ます。至急感染者を見つけてワクチンを打ってください』

 

 

簡単なメモが一枚、部屋の中央に落ちていたのだ。牢屋の中からでも見える距離だ。

 

 

「多分だが、それぞれの勝利条件があるよな?」

 

 

「ああ、各自部屋の中に置いてあるメモが勝利条件だろう」

 

 

大樹の言葉に慶吾が補足する。ちなみに大樹の勝利条件は一番簡単。手に握りしめている紙を見ると、そこには『感染者にワクチンを打たせること』と書かれている。

 

 

「……この中に感染者を増やす、もしくはワクチンを打たせない、そんな感じの勝利条件だろうなお前らは」

 

 

「何だ? お前はワクチンを打たすことか?」

 

 

「ハッ、どうかな?」

 

 

危ない危ない。めっちゃ鋭いよアイツ。黒幕やべぇ。

 

ここでケツロケットしていたら大変なことになっていたが、動揺の範囲までは来ていなかったようだ。

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

 

 

「「……………は?」」

 

 

五倍ケツロケットが聞こえて来た。しかも原田の方からだ。

 

牢屋の中ではぐっだりして倒れている原田の姿。近くにコップらしき物が落ちている。

 

 

「「何があった!?」」

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

 

 

同時に大樹と慶吾にケツロケットが炸裂。あまりの痛みに思わず部屋の中を転げ回る。

 

 

「原田ぁ!! 返事をしろ!」

 

 

「一体何を飲んだ貴様ぁ!」

 

 

「げ、ゲボマズ……スープ……ガクッ……」

 

 

おい誰だよ原田にゲボマズスープ飲ませたの! ここにシ〇ベット・スエードでも居るのかよ! ソイツは手紙を届ける仕事はしてねぇぞ!

 

 

「……お前のとこのじゃないのか?」

 

 

「おいウチの嫁の料理をディスってんじゃねぇよ」

 

 

「いや、しかし……他に誰が居る」

 

 

「……………誰か居るさ」

 

 

(かば)うなら即答できるように考えとけ」

 

 

すいません。ド正論過ぎて何も言えねぇ。

 

 

(というか原田の部屋にだけ飲み物が置いてあったのか?)

 

 

自分の部屋を見てみるが何もない。大体椅子もテーブルも、家具一つすらない。

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

 

 

そして、慶吾の居る牢屋から激しいケツロケット音が聞こえて来た。

 

 

「っておい!? 今度はお前か!?」

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

 

 

ぐぇ!と自分も驚いたので巻き沿いをくらう。これだから反応を見る側は嫌だ! 絶対に飲みたくないけど俺がゲボマズスープ飲んで周りにケツロケットをぶつけたい!

 

 

「コイツはッ……クッキーなんかじゃないッ……殺人、兵器……ガクッ」

 

 

「なんかそれ昔食ったことあるぞぉ!! 記憶どころか脳に直接刻まれるレベルの味だからな!」

 

 

犯人の特定完了! 姫路の料理だぁ! 清涼祭の時に食って俺ですら体調を崩したことがあるぞ! 

 

……何か怖くなって来た! もしかして俺の部屋にも人を殺す毒物が隠し置いてあるんじゃないの!?

 

 

「ん?」

 

 

おおっと、ここで気付いてしまったぞ大樹選手。まさか天井に紙が張り付いているとは!

 

ゆっくりと警戒しながら紙を剥がし、裏面に書かれた文面を読む。

 

 

『No.01 感染者の味覚は狂う。どんな食べ物飲み物を口にすると劇物に変化する特徴有り』

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

 

 

(とんでもないヒントをぶち当てて来たぁ!!??)

 

 

完全にクロが二人居るよ! 感染の疑い大大大マックスなんですけどぉ!?

 

尻を抑えながらあわわわと震える。こんなことがあっていいのか!?

 

 

(いや、まだ気が早い!)

 

 

最初に書かれている『No.01』ということは『NO.02』『No.03』もあるはずだ。恐らく原田たちがそれを知っているはず。

 

巧みな話術が要求されている。上手く聞き出し、騙されないように警戒するべきだ。

 

 

「どうした大樹? 動揺しているみたいだが?」

 

 

原田の質問にギクッとなるが、完璧な返答で誤魔化す。

 

 

「実は感染者のヒントとなるような紙を見つけてだな」

 

 

―――は?

 

口が勝手に動いたことに大樹は額から滝のように汗を流した。

 

 

(あ、あれぇええええええええ!!??)

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

 

 

「いや、お前……ケツロケット受けてんじゃねぇか」

 

 

原田が疑いの眼差しで俺を見ているが、こっちは本気でビビっている。嘘をつけなかったことに動揺を隠せないのは当然。

 

 

「嘘か?」

 

 

「嘘じゃないぞ。『No.1 感染者の味覚は狂う。どんな食べ物飲み物を口にすると劇物に変化する特徴有り』ってな」

 

 

全部喋ったぁ!! 何やってんだ俺ぇ!!

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

 

 

「だから何でケツロケット……」

 

 

「半信半疑だな」

 

 

当たり前だろ。自分の口が勝手に動いて情報全部ゲロったんだぞ。馬鹿極めているぞこれ。

 

 

(いや、もしかしてこれ……まさかと思うが……!?)

 

 

―――大樹は自分が感染者なのではないかと疑い始めた。

 

 

________________________

 

 

 

『NO.02 三人の内、奇跡的に一人だけ感染者を早期発見に成功。ワクチンを打ったが、副作用として嘘をつけない症状有り』

 

 

この紙を見つけたのは慶吾だった。原田のゲボマズに便乗してクッキーを食べて、嘘をついてみたが、自分はワクチンを打たれていないことを確認した。

 

だが都合が良い。もしワクチンを打つならそのワクチンを既に打った奴を探せばいいだけの話だから。

 

慶吾の勝利条件は『感染者ではない者にワクチンを打たせること』なのだから。

 

 

(問題は嘘をつけない奴をどうやってあぶり出すか、だな)

 

 

今の所、確信を持てるようなアクションを起こした者はいな———

 

 

「実は感染者のヒントとなるような紙を見つけてだな」

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

 

 

「嘘じゃないぞ。『No.1 感染者の味覚は狂う。どんな食べ物飲み物を口にすると劇物に変化する特徴有り』ってな」

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

 

 

―――ああ、馬鹿(大樹)だな。

 

話ながらケツロケットを食らうなんて、それは正直に話していることに動揺していると言っているようなものだ。

 

こんな馬鹿な奴を探すゲーム、今まで一番簡単だったな。今まで散々な目に遭わせられたのだ。報復の時は来た。

 

 

「俺も見つけたぞ。『No.04 残念ながら記録に間違いがあった。今すぐNO.02のデータは破棄せよって』。誰か持っているんじゃないか?」

 

 

「俺は違うな。No.01だし」

 

 

「……………」

 

 

慶吾の背中はビッショリと汗をかいた。

 

間違いがある? 何が間違い? 嘘をつくことか? ワクチンを打ったことか? ええい、どういうことだ!?

 

無言でいると大樹と原田の視線が集める。何か言わなければ疑われるだろう。

 

 

「俺の持っている紙は『NO.05』だ。内容は、その……全く役に立たない」

 

 

「はぁ? 絶対嘘だろ、何か書いてあるだろ?」

 

 

大樹の問い詰めに慶吾は必死に脳を回転させる。そして、

 

 

「―――かゆ、うま」

 

 

「「ダウト」」

 

 

速攻でバレた。

 

 

「今日一番のしょうもない嘘だったぞお前」

 

 

「大樹より酷いんだなお前の嘘」

 

 

「原田。ここを出たら拳で話し合ってもいいからな?」

 

 

「手錠をしたお前なんか怖くねぇよ」

 

 

ここで口論する大樹と原田を見て名案を思い付く。慶吾はわざと観念するように話す。

 

 

「白状する。No.02を持っているのは俺だ」

 

 

「ほう? 内容は?」

 

 

「『感染者を確認。感染者は宮川 慶吾だ』って」

 

 

それでも大樹と原田から疑いの目を向けられる。しかし、言い訳の秘策がある。

 

 

「原田の言うことが正しければ俺は感染者じゃない。正しければな?」

 

 

「そう来るか」

 

 

後頭部を掻きながら大樹が溜め息を吐いた。これで俺に向けられた疑いが原田にも向けられた。

 

原田は俺を疑っているだろうが、この場をとりあえず掻き乱すことはできたはずだ。

 

あとは大樹にワクチンを打たせれば、勝利できるはず!と慶吾はニヤリと不敵に笑った。

 

 

________________________

 

 

 

『No.03 感染者にワクチンが打たれない場合、ケツロケットの回数が倍に増える症状を確認』

 

 

原田が手にした紙の内容がそれだった。今のケツロケットから更に倍―――つまり一回の動揺で十回分のケツロケットが味わえるようだ。確実に最後死ぬわ。

 

とんでもない秘密を知ってしまったと震えていると、なんともう一枚の紙を見つけたのだ。

 

 

『No.04 勝利条件を達成できない者は、厳罰としてケツロケットの回数を一回増やす』

 

 

ヒュー、恐ろしい。どうしてケツロケットばかりにこだわっているNo.03とNo.04さん。

 

こうなると負けられない。というか自分の勝利条件をもう一度確認する。

 

 

(俺の勝利条件は『楢原 大樹と宮川 慶吾の勝利条件を満たさないように邪魔をすること』だが……)

 

 

勝利条件の紙には補足としてこう書かれている。『楢原 大樹の勝利条件は感染者にワクチンを打たせること。宮川 慶吾の勝利条件は感染者ではない者にワクチンを打たせること』だと。

 

お気づきだろうか。どう足掻いても自分の勝利条件が満たないことに。

 

 

(誰にワクチンを打っても俺の勝利条件は絶対に達成されない。考えられる可能性として……二人の勝利条件を満たないようにすることができる手がある!?)

 

 

―――いや、ある! この二つの勝利条件の共通点、ワクチンを打つことだ!

 

 

(ワクチンを打つという前提の話が無くなった場合が俺の勝利だ! ワクチンの破壊、もしくはワクチンの中止……そういうことか!)

 

 

だが待てと思考をストップする。もし、もし、もしもの話だ。

 

 

(俺が感染者だった場合……大変なことになるんじゃないか?)

 

 

ケツロケットの回数が倍になる。むしろ勝利条件を達成するより失敗してワクチンを打たれた方が良いんじゃないか?

 

……もしかしたら両方を達成できるシステムがあるのでは?

 

大樹はケツロケットを受けながらNO.01を言った。慶吾の持っている紙が気になる。二人が本当の内容を言っているとは限らないが、自分の勝利条件の達成ヒントがあるに違いない。

 

 

(クソォ……どっちか馬鹿なことをしてくれねぇかなぁ……)

 

 

原田はそんなことを願いながら、二人の会話を聞いていた。

 

 

________________________

 

 

 

【━ 現 在 の 情 報 ━】

 

 

『No.01 感染者の味覚は狂う。どんな食べ物飲み物を口にすると劇物に変化する特徴有り』

 

 

『NO.02 三人の内、奇跡的に一人だけ感染者を早期発見に成功。ワクチンを打ったが、副作用として嘘をつけない症状有り』

 

 

『No.03 感染者にワクチンが打たれない場合、ケツロケットの回数が倍に増える症状を確認』

 

 

『No.04 勝利条件を達成できない者は、厳罰としてケツロケットの回数を一回増やす』

 

 

 

【━ 勝 利 条 件 ━】

 

 

・楢原大樹の勝利条件

 

『感染者にワクチンを打たせること』

 

 

・宮川慶吾の勝利条件

 

『感染者ではない者にワクチンを打たせること』

 

 

・原田亮良の勝利条件

 

『楢原 大樹と宮川 慶吾の勝利条件を満たさないように邪魔をすること』

 

 

 

________________________

 

 

 

 

「「「……………」」」

 

 

あれから進展はない。三人は静かに座っていた。しかし、睨み合っている。

 

もう仲間という意識はない。自分が感染者だった場合、どんな悲劇が起こるのか……一人は知っているが、二人は知らない。十分な恐怖になるだろう。

 

 

「……なぁ」

 

 

大樹がふと口を開いた。それは単純な疑問だった。

 

 

「―――お前らなら牢屋くらい開けれるだろ」

 

 

「「……………あッ」」

 

 

完全に盲点だった二人。原田と慶吾は驚きながら牢屋の鉄格子に触れる。

 

 

「そういえば破壊しようとしなかったな……アイツ、手錠しているからな。できないか」

 

 

「こういうことはアイツがやって、ドジを踏むからな。手錠で制限されていたか」

 

 

「アイツって俺のことだろ。堂々と言えよ名前くらい。絶対に許さないけど」

 

 

―――原田と慶吾が鉄格子に触れるが、二人は動かない。いや、待っていた。

 

 

「お前らさ、ビビってんの? 鉄格子壊すこと、ビビってんの?」

 

 

大樹の煽りに原田と慶吾は舌打ちする。原田は慶吾を様子見し、慶吾もまた原田を様子見していた。

 

 

「うわぁダサイダサイ。俺なら何の躊躇もなく行くけどね。主人公だから」

 

 

「馬鹿ッ、それでいつも泣くことになってんだろうが」

 

 

「はいはい、負け犬な上に本編死んだ君の言い訳は聞きたくないでーす」

 

 

「あ゛あ゛ぁ゛!?」

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

 

 

ドスの利いた声が響き渡り、痛みに(うめ)く声も響いた。

 

次のターゲットは慶吾。大樹は鼻で笑いながら指を差す。

 

 

「黒幕もビビってんだろ? お願いだから俺のライバルとか名乗るのやめてくれます? 汚名がこっちにも移るじゃん」

 

 

「あ゛あ゛ぁ゛!?」

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

 

 

原田と同じようにキレてはケツロケットを食らう慶吾。完全に大樹のペースに呑まれていた。

 

ニヤニヤとしながら二人を煽る大樹。原田と慶吾は同時に鉄格子を破壊しようとしていた。

 

 

「「そこで待ってろ! 今から殺す!!」」

 

 

「かかって来いやオラァ!!!」

 

 

そして、鉄格子を破壊しようとした時、悲しい出来事が起きた。

 

 

バチバチガシャアアアアアアアン!!!

 

 

鉄格子に二百万ボルトの電圧が二人に襲い掛かる! あまりの痛みに原田と慶吾は絶叫する。

 

 

「「ギャアアアアアアアアアァァァ!!??」」

 

 

「ざまああああああああああぁぁぁ!!!!!」

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

 

 

三人のケツに衝撃が走るが、一番痛いのは二つの罰を食らった原田と慶吾だ。大樹は床を転がりながら痛みに耐えているが、原田と慶吾はその場に倒れている。

 

 

「これだからお前らは馬鹿なんだよ! この物語は主人公の俺と俺の事が大好きなヒロイン以外はいりません。そのまま灰になって消えろ!!」

 

 

「大樹テメェ!!」

 

 

「貴様ぁ……許さん!!」

 

 

中指を立てながら挑発する大樹と完全にキレた原田と慶吾。この三人、この24時のゲームを通して最悪に仲が悪くなった。

 

その時、ガガッとノイズのような音が聞こえて来た。

 

 

『―――んだよ? 寝れない? 少し話……って一緒に寝るって!? いやいや、それは駄目、だろ』

 

 

「あ?」

 

 

「ん?」

 

 

聞こえて来た声は大樹の声だった。慶吾と原田が眉間にしわを寄せるが、大樹の顔色は悪い。

 

 

『そんな子犬みたいな顔するなよ……ああもうッ、分かった分かった。一緒に寝てやるよ』

 

 

「何で俺の添い寝CDが流れてんだよ!?」

 

 

「「ぶふッ」」

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

 

 

大樹は顔を真っ赤にしながら動揺し、原田と慶吾は噴き出した。

 

 

『す、少し近くないか? ……これが普通? いや……でも……恥ず、いだろ』

 

 

「やめろおおおおおォォォ!! 何てタイミングで悪用してんだよぉ!!」

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

 

 

大樹人生史上、とんでもない黒歴史が公開処刑されていた。二人はバンバン床を叩きながらお腹を抑えている。

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

スパパパパパアアアアアンッ!!!

スパパパパパアアアアアンッ!!!

 

 

時間にして三十分。キャラ別3パターンが流された。大樹はとにかくケツロケットの連続。原田と慶吾は過呼吸になりそうなくらい笑った。

 

 

『―――おう、とっとと寝ろ寝ろ。ったく、世話のかかる奴だぜ』

 

 

「うぅ……うぅ……あんまりだ……あんまりだろ……!」

 

 

今まで生きていた中で一番長い時間だった。これは地獄巡りの一つに追加しても良いレベルで酷い。どんな地獄の罰なら耐えれる俺でもこれだけは無理。ギブアップ。

 

 

『―――弟子の酷い一面を見てしまった』

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

 

 

なんということでしょう。大樹の師匠であり、先祖である楢原 姫羅(ひめら)の声を聞いた大樹はトドメの一撃も受けることになる。

 

精神的にも、お尻的にも、辛いよ。

 

 

『さて問題だ。早く答えた者が勝者とする』

 

 

「「「!?」」」

 

 

突然始まる問題に三人は飛び上がる。耳を澄ませて問題を聞いた。

 

 

『さて、先程流れた添い寝CDで大樹は何回女の子の髪に触れた?』

 

 

「「知るかぁ!!!」」

 

 

「6回だよちくしょうがぁ!!」

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

 

 

ケツロケットを食らいながらツッコミを入れる二人と正解する本人。ピンポーンッと正解の音が牢屋に響く。

 

すると大樹の背後からスッと一枚の紙が落ちて来た。手に取ると、そこには見覚えのある文面があった。

 

 

『NO.05 ゲームの最後にワクチンを投与する為の投票を行う。もし全ての票がバラけた場合、ワクチンの投与を中止とする』

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

 

 

(クソみたいな問題に正解したらすっげぇ重要なアイテムを手に入れたぁ!!??)

 

 

ゲームバランスって知ってる? それがね、グダグダだとクソゲーって言われるんだぜ? ちなみに超クソゲーな、これは。

 

 

「どうした大樹?」

 

 

「手に入れた物を言ってみろよ」

 

 

二人は大樹が紙を手にしたことを見ていた。しかし、内容は見えていないようだ。

 

ここで大樹は嘘を言うことはできない。二人にバレてしまうだろう。

 

だが、ここで気付いてほしい。嘘は言えないが、あることはできるということに。

 

 

「……………」

 

 

「おい大樹。黙ってないで……まさか」

 

 

原田は大樹が何も言わないことであることを察した。慶吾もまた、舌打ちして察する。

 

そう、大樹はこのまま黙り続けてしまう気満々だった。

 

口を開けば嘘を言えない。だったら喋らなきゃいいだけの話。それだけの話なのだ。

 

 

「あの野郎……」

 

 

「……まぁ良い。いつかボロを出すだろう」

 

 

情報共有することを断った大樹。少しばかり額から汗を流している。

 

本当にこれで良かったのか、今更になって考えてしまう。

 

 

(でもアイツらに一矢報いた感じがするからいいや。ザマァ味噌漬(みそづ)け)

 

 

―――結局そこに辿り着くゲス主人公。それでいいのか。

 

 

バンッ!!

 

 

今度は何事かと三人は警戒する。唯一出口に通じると考えられていた扉が勢い良く開かれたのだ。

 

 

ウゥ――――ウゥウゥウゥ――――!

 

 

法螺貝(ほらがい)の吹く音を響かせながら入って来たのは武者の鎧を装備した二人組。

 

 

「ルーンはこの部屋にあると知らせてくれた! 必ずここにある!」

 

 

「部下には周囲の警戒をさせる! 急ぐぞステイル!」

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

 

 

一人は長身の赤髪、ステイル=マグヌス。もう一人は福山 火星(ジュピター)だ。

 

二人組の登場に動揺したのは大樹。まさかのステイルとジュピターさんだったよちくしょう。

 

ステイルは刀を抜刀すると、大樹に近づいて話しかけて来た。

 

 

「おいそこの『最後は自分の命で世界を救い、ヒロインとはハッピーエンドは迎えられなさそうな爆笑主人公』そうなお前! 聞きたいことがある!」

 

 

「ぶっ殺すぞテメェ!!」

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

 

 

「くぅ……何だよ! 絶対そんなラスト迎えてやらねぇからな!」

 

 

「クッキーはどこだ!」

 

 

「は?」

 

 

「クッキーはどこだと聞いている!」

 

 

「いや、知らねぇけど……ん?」

 

 

あれ? クッキーってもしかして……?

 

 

「知らないか……ならば死ね!」

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

 

 

ステイルが刀を大樹の目の前で素振りすると、ケツロケットを受けた。何て理不尽!

 

 

「ちょっとぉ!?」

 

 

「「ッ……!」」

 

 

これには原田と慶吾も息を飲む。特に質問を聞いていた慶吾の顔色は悪くなっていた。

 

 

(まさかと思うが……試しに食べて嘘をついてみたあのクッキーのことか!?)

 

 

ダラダラと慶吾が汗を流す中、今度はジュピターさんが原田に近づいた。

 

 

「ええい! そこの『何だかんだ最後はハッピーエンドになると思っていたけど普通に死んだっぽい』顔をしているお前! 聞きたいことがある!」

 

 

「ぶっ殺すぞお前!!」

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

 

 

何度もいじられ続けているせいか、原田の形相がガチで怖かったと大樹と慶吾は思う。

 

しかし、質問には答えた。

 

 

「それならアイツが不味いって言いながら食っていたぞ」

 

 

「「何?」」

 

 

「くッ」

 

 

ガシャガシャと鎧の音を出しながら慶吾に近づく二人組。刀の先を慶吾に向けて質問を投げる。

 

 

「貴様、クッキーを食ったのか?」

 

 

「いや、違う……俺は」

 

 

「食ったのだな?」

 

 

「……クッキーはここにあったが、無くなっていた」

 

 

「「いやお前が食ったからじゃん。そりゃ無くなるだろ」」

 

 

「裏切るのかお前ら!」

 

 

「「最初から仲間だと思っていたらお前の頭の中はハッピーセット」」

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

 

 

慶吾から凄い睨まれるが、ヘラヘラとしている大樹と原田。武者の二人組は静かに判決を下す。

 

 

「―――死刑だ」

 

 

「は?」

 

 

「やっべぇ、凄い重い罪……プッ」

 

 

「大樹、人の、不幸をッ……笑うなってぇ」

 

 

想像を越える重い罪に慶吾は放心。大樹と原田は笑いを堪えている。

 

そして、全員から笑いが消える展開を迎えることになる。

 

 

「あれは詩希の作ってくれた大切なクッキーだ……!」

 

 

ジュピターさんが泣きながら事情を語る。白井 詩希。ジュピターさんのイニシエーターだ。あーあ、やっちゃったなアイツ。

 

ここでゲス主人公。火に油を注いだ。

 

 

「殺人兵器とか言ってましたよソイツ」

 

 

「貴様ぁ!!」

 

 

言ってはいけないことを言ってしまう大樹。慶吾が本当に許さないと顔をしているが、次の瞬間、

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

スパパパパパアアアアアンッ!!!

スパパパパパアアアアアンッ!!!

スパパパパパアアアアアアアアアンッ!!!

 

 

二人組が慶吾の前で刀を素振り始めた。その数、もうえぐい。見ているだけで吐きそうになる。

 

慶吾の絶叫は聞こえない。しかし、とんでもない数のケツロケットが加算されている。

 

笑っていた大樹と原田だったが、この光景にドン引き。恐怖すら感じている。

 

 

「さ、さすがにやり過ぎ……じゃないかな?」

 

 

「止めて、あげない? もう、十分だと思う……」

 

 

大樹と原田が声を掛けるが、武者の素振りは止まらない。ここに来て二人はやっと焦り始めた。

 

 

「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!? 死んじゃうからぁ!? ギャグで死なないけど死ぬぞ!?」

 

 

「確かに慶吾が悪かった! 頼むから許してやってくれ!」

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

 

 

大樹はガチャガチャと鉄格子を揺らし、原田は一生懸命に二人をなだめようとしていた。

 

ケツロケットの数が五倍となっている今、これは本当に不味いと大樹と原田は焦る。

 

時間にして一分の地獄。二人の刀が鞘に収まる。

 

 

「―――ここで問題。誰か、この愚か者の受けたケツロケットの数を答えなさい。正解できない場合、もう一度その数だけ叩く」

 

 

「「お願いだからもうやめてあげて!」」

 

 

ここで不正解は最悪である。大樹は急いで記憶を辿り、迅速に数え始めるが、涙が出始めていた。

 

 

「ヤバイ……数がえぐすぎて……涙出て来た……!」

 

 

「いいから答えろ大樹! そのえぐいのがまた始まるぞ!」

 

 

「うぅ……三百……十五回……!」

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

 

 

洒落にならない数に大樹と原田はケツロケットを受ける。315回。本当なら63回で済んでいたはずのケツロケット。それが五倍で315回。

 

 

「正解だ。撤退するぞ」

 

 

「ああ、その前に……」

 

 

ジュピターさんは急いで部屋を出て行き、ステイルはルーンをばら撒いた。お願いだからもう何もしないで。

 

 

「準備完了。では失礼するよ」

 

 

ステイルも退室。慶吾の牢屋の中を見てみるが、ぐったりとしている男を発見。

 

 

「……………」

 

 

「死ぬなぁ!!」

 

 

「生きろぉ!!」

 

 

「……う、うるせぇぞ……馬鹿共……!」

 

 

瀕死である。もうアイツは何もできない! バスケもできないよ安〇先生!

 

大樹は泣きながら部屋の中に落ちて来た紙を拾う。これだけは言おう。頑張ったアイツの為に公開しよう。

 

 

『NO.06 小麦粉150グラム、砂糖50グラム、塩一つまみ、ピーナッツバター40グラム、サラダ油30グラム、卵黄1個、ベーキングパウダー小さじ2分の1を用意して———』

 

 

「誰もクッキーの作り方なんざ知りたくねぇよ外道がああああああァァァ!!」

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

 

 

________________________

 

 

 

床に倒れたまま動く気配が全くない慶吾。運営は非道……道徳心なんて捨てたのだろう。

 

ガクブルと震える原田とボーッと天井を見つめる大樹。本当に最悪な牢屋にぶち込まれた気分だ。

 

 

『昼食の時間です』

 

 

「「「ヒィッ!!」」」

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

 

 

完全にトラウマだった。三人一緒に情けない声を出してしまう。

 

扉を開けて出て来たのはコックの服を着た―――真由美だった。

 

 

「遂に出番よ! さて、誰が一番先に欲しい―――」

 

 

「要らない。そういうの要らないから」

 

 

「大樹君!? そこは食い付く所でしょ!?」

 

 

自分から毒物にわーいと言って食べる頭のおかしい人はいないと思います。

 

原田と慶吾も首をブンブン横に振っている。あれは遠慮とかじゃない。人が持つ一番最低の断り方、拒絶だ。

 

 

「なぁ真由美。お前の為なら世界すら破壊することはできる。でも、こういうことはやめて」

 

 

「世界滅亡と私の料理で天秤にかけないで欲しいけど!?」

 

 

「登場するタイミング考えろ! 見ろ、アイツの姿! 黒幕が本気で泣きそうになっているんだぞ! もしこのことを知った状態で本編に戻ったら手加減してしまうわ!」

 

 

「確かに酷いくらい震えているわね! じゃあ安心して! 二人は別の料理で、私の料理は大樹君だけにあげるから!」

 

 

「よし! あの震えている奴、可哀想だから俺の分の料理を分けてあげてくれ! もう全部あげてもいいから!」

 

 

「言ってることがさっきと違うじゃないかしら!?」

 

 

ちくしょう! 上手く回避する方法が思い付かねぇ! このままだと真由美の料理を口にすることになる!

 

考えろ……考えろ……起死回生の手を!

 

 

「……そうね、そんなに嫌なら大樹君にあげないわ」

 

 

「えッ……それはそれで……嫌だな」

 

 

「なぁ大樹。お前、クソ面倒くさい男だろ」

 

 

原田に言われるが、それはそれで()に落ちない。誰かが食うなら俺が食べた方が良い。でも食べたくない。

 

 

「欲しいかしら?」

 

 

「ほ、ほ、ほ……ほ、欲っしないで欲しいない」

 

 

「言語崩壊して誤魔化すな」

 

 

「欲しいかしら!?」

 

 

「欲しいですちくしょう!!!」

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

 

 

だろうなっと予想できていた原田たち。ケツロケットを食らいながら屈する大樹に敬礼の意を示す。

 

原田と慶吾には美味しそうな食事(五河 士道シェフより)が配られた。美味い美味いと二人は食べている。

 

 

「大樹君にはね、バレンタインが近いから……」

 

 

「この場面を書いている時はそうかもしれないが、投稿した時にはとっくに終わっているぞ。あと昼飯にチョコなのか……」

 

 

「大丈夫よ! ちゃんと栄養も取れるようにしたから!」

 

 

頬を赤くする真由美と顔を青くして戦慄する大樹。食事をしているこっちが見たくない。

 

真由美から渡された食事は、ケツロケットを受ける程の衝撃的な物だった。

 

白米の上からチョコレートをトロリっとかけ、味噌汁?からは甘い匂いがする。何故か鮭は茶色の液体がかけられ、サラダは千切りキャベツではなく、チョコレートを細かく切り刻んだ物。飲み物はチョコ、デザートもチョコ。チョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコ―――うん、チョコレートパラダイス!

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

 

 

「鼻血が止まらなくなるわこれぇ!!!」

 

 

「うぉ……」

 

 

「茶色一色だな……」

 

 

頼むからホント待ってくれよぉ! どんなチョコの使い方をしているの!? F〇Oより酷いよ! さすがのセ〇ラミス様でも激おこプンプン丸だよこれ!

 

 

「大樹君、甘い物は好きでしょ?」

 

 

「好きだけど、これは『甘い』の領域を遥かに超えてますね!」

 

 

「まるで大樹君ね!」

 

 

「『人間』の領域を遥かに超えてるってか! うるせぇよ!」

 

 

もーどうするのこれぇ! 食うしかないよね! 食べるよちくしょう!

 

……口の中に掻き込もう。一気に食べてしまおう。

 

そして―――大樹は覚悟を決めた。

 

 

________________________

 

 

 

「今時の若い者は……天空の城ラピュ〇を見たことが無いらしい」

 

 

「そんな……バルスも知らないなんて!」

 

 

「ム〇カ大佐の名言をフリー〇ー様が言ったのではないか勘違いするほどじゃ」

 

 

「あんまりだ……あんまりだぁ……!」

 

 

「忘れるな大樹。バルスは、いつもお前の心の中にある……」

 

 

「じいちゃん? どこに行くんだよじいちゃん!」

 

 

「ト〇ロに会いに、じゃ」

 

 

「そこは城に合わせておけよじいちゃああああああん!」

 

 

 

________________________

 

 

 

 

「―――ハッ!?」

 

 

気が付けば俺は倒れていた。冷たい床が頬の温度を奪っている。

 

 

「お? 目が覚めたか大樹」

 

 

「お、俺は……一体……?」

 

 

「いや、一気に食べて気絶しただけだぞ?」

 

 

「普通のことのように言うのやめろよ原田。あー、酷い夢を見たな……」

 

 

頭がガンガンするほど痛い。口の中は吐きそうなくらい甘さに支配されている。

 

どうやら完食したようだ。我ながらよくやったと褒めたい。

 

薄れた記憶を思い出していると、ふと手に紙が当たる。

 

 

「そういえば……紙が落ちて来たな」

 

 

「また料理のレシピじゃねぇの?」

 

 

「それでいいや………………………」

 

 

「ん?」

 

 

原田に笑われるが、慶吾は大樹の様子がおかしいことに気付く。具体的に顔色が非常に悪い。

 

それもそのはず、大樹が手にした紙はとんでもない情報だったからだ。

 

 

『No.07 NO.01の感染症状のみ治療を可能とした薬を完成。ただし、感染者以外の者が飲むと問題は無いが、感染者には劇物のような酷い味になる。その後、症状は消えて味覚は元に戻る』

 

 

思い出して欲しい。NO.01の内容は『感染者の味覚は狂う。どんな食べ物飲み物を口にすると劇物に変化する特徴有り』だ。

 

つまり、誰が感染者かと言うと……ゲボマズスープを飲まされたと騒ぎ、昼食を美味しそうに食べていた奴ということになる。

 

というか慶吾は多分演技だな。クッキーは多分美味しかったと思う。

 

 

(感染者は原田、お前だったか!)

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

 

 

痛い痛い! し、しかし! しかしだ! 疑問が一つ残る。

 

そう、嘘をつけないこの症状。これがもし、感染者の症状だった場合、原田と自分の二人が感染しているのではないかと思ってしまう。

 

その場合、自分にワクチンを打つことで勝利条件も、感染をワクチンで抑えることができるのではないだろうか?

 

 

(くぅ……アイツらの持っている情報が知りたいぜちくしょう……すぐそこまで答えは来ているのに……!)

 

 

________________________

 

 

 

大樹がまた黙り出した。ワンパターンだが、アイツに取っては一番良い方法なのだろう。

 

 

((不味いな……!))

 

 

先程から大樹が情報を貰っている。一枚くらいクソみたいなレシピだったが、情報量が上なのは間違いない。

 

そこで、二人は大樹が寝ている間にある策を取っていた。

 

 

「情報交換、といこうか」

 

 

「ああ、そうだろうな」

 

 

慶吾と原田は紙を飛ばしやすい形に折り、互いの牢屋の中に投げ入れた。

 

 

『NO.02 三人の内、奇跡的に一人だけ感染者を早期発見に成功。ワクチンを打ったが、副作用として嘘をつけない症状有り』

 

 

(これで大樹が白……感染者じゃないことが分かるのか)

 

 

原田は手に入れた情報で感染者を絞る。一方慶吾は舌打ちをしていた。

 

 

『No.03 感染者にワクチンが打たれない場合、ケツロケットの回数が倍に増える症状を確認』

 

『No.04 勝利条件を達成できない者は、厳罰としてケツロケットの回数を一回増やす』

 

 

(クソッ……自分が感染者だった場合、洒落にならねぇぞ……!)

 

 

感染者を絞るより、慶吾は自身が追い込まれているのではないかと危険を感じる。

 

両方の失敗は最悪だ。先程のケツロケットは本当に死にそうで泣きそうだった。

 

 

「……………」

 

 

情報を交換したことを知らない大樹はただ無言を貫いた。何も喋る気はないようだ。

 

 

『デンデンデンデデッ、デンデンデンデデン!』

 

 

「「「?」」」

 

 

突然小さな声が聞こえ出した。声は段々と扉の奥から近づいて来る。

 

 

『デンッ、デンッ、デンッ!!』

 

 

登場したのはまたしても二人組。しかも、それは大樹に一番効いた。

 

―――黒ウサギと、まさかの男と組んでいたからだ。

 

 

「う、ウサギと(エム)のシンクロッ」

 

 

「私もケツロケットを受けたいお願いします」

 

 

ラタトスクの副司令、神無月(かんなづき) 恭平(きょうへい)である。

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

 

 

「「「これは酷い」」」

 

 

あまりの衝撃的な光景に三人は頭を抱える。耳と目を塞いでしまいたい。

 

顔を赤くした黒ウサギ。無理をしているのが分かるが、少しだけ応援してやりたい。

 

 

「ふ、副司令さんいつものやってみてん!」

 

 

「聞きたいですか私の武勇伝(ぶゆうでん)!」

 

 

「その凄い武勇伝を言ったげて!」

 

 

「ぅぅぅぅうん伝説ベストテンッ! レッツゴー!」

 

 

おいおいおい。結構古いネタを丸パクリ行くのかコイツら。というか神無月があっちゃんポジションで行くのか。

 

 

「道を歩けば歓声に包まれる!」

 

 

「裸ですから当然悲鳴!」

 

 

「「武勇伝、武勇伝、武勇デンデンデデンデン、レッツゴー!」」

 

 

―――まぁまぁ面白い。

 

 

「司令官の飴は買い揃えてる!」

 

 

「凄い! 罰を受ける為に全てハズレ味!」

 

 

「「武勇伝、武勇伝、武勇デンデンデデンデン、レッツゴー!」」

 

 

―――意外とセンスあるんじゃないかこの二人。

 

 

「部下には厳しく教育だ!」

 

 

「凄い! 罰の仕方はコスプレで訓練!」

 

 

「「武勇伝、武勇伝、武勇デンデンデデンデン、カッキーン!」」

 

 

―――まじ? まじか神無月。

 

 

「凄いですよ、副指令さん凄過ぎますよー」

 

 

「では次は黒ウサギさんがやってみてください」

 

 

「え?」

 

 

「大丈夫、あなたならできます。というわけで……黒ウサギさんの伝説ベストテン! レッツゴー!」

 

 

今度は黒ウサギがあっちゃんポジション!? というか嫌な予感がする!

 

 

「大樹さんに猛アタック!」

 

 

「彼は童貞ヘタレなので全く動じない!」

 

 

「「武勇伝、武勇伝、武勇デンデンデデンデン、レッツゴー!」」

 

 

「うるせぇよ!!」

 

 

思わずツッコミを入れてしまう大樹。原田と慶吾はホッと息を吐いていた。

 

 

「それでも大樹さんに猛アタック!!」

 

 

「既に三人、後に三人の嫁を持つ!」

 

 

「「武勇伝、武勇伝、武勇デンデンデデンデン、レッツゴー!」」

 

 

「ホントもうやめて黒ウサギ! ちょッ、涙目で見ないで!」

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

 

 

これには大樹も動揺する。完全に大樹を狙った攻撃だった。

 

 

「大樹さんとファーストキス!」

 

 

「凄い! ノーカンな上に双葉さんに奪われる!」

 

 

「武勇伝、武勇伝、武勇デンデンデデンデン、カッキーン!」

 

「ふぇえ……!」

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

 

 

「マジで俺が悪かったから許してくれ黒ウサギぃ!!!!」

 

 

決めポーズを決める神無月と泣きそうな顔でポーズを取る黒ウサギ。大樹はその場で土下座して額を地面にこすりつけていた。

 

原田は「あーあ、泣かした泣かした」と大樹を責め、慶吾は面白くなさそうな顔をしている。双葉の線が気に入らなかったようだ。

 

 

「しゃらくさぁい!!」

 

 

メキッ!!

 

 

「きゃ、きゃーってええ!? 自分を殴ってどうしたんですか!?」

 

 

黒ウサギを殴らず自分で殴ったぞ神無月。体張るなぁ。

 

 

「最終手段は押し倒すことです!」

 

 

「全くカッコ良くないですよ!?」

 

 

「はーい! 黒ウサギに押し倒される準備満タンです隊長!」

 

 

「大樹さんは黙っててください!」

 

 

「意味はないけれど、ムラムラしたからぁ~」

 

 

「勝手に絞めようとしないでください!?」

 

 

「とりあえず突然の問題です。アニメ『デート・ア・ライブ』第一話で司令官が穿()いていたパンツは何色でしょうか!」

 

 

「黒ウサギに知られていない酷い問題が!?」

 

 

「ピッ……………分からないなぁ」

 

 

「大樹さぁん!! 今答えようとしていましたね! あとで全員でお話しましょうね!」

 

 

「誤解だぁ!! 答えが合ってるか分からないし、そもそも見たんじゃない。見えてしまったんだ!」

 

 

「NO! 言い訳無用です!」

 

 

わーわーと騒ぎ出す大樹と黒ウサギ。答えるチャンスが回って来ている二人だが、

 

 

((ピンク……で合っているのか!?))

 

 

当然、答えを知るわけがない。答えは神無月や大樹みたいな変態しか知らないだろう。

 

原田と慶吾は目を合わせるが、お互いに答えて良いよと譲っている。

 

恥を捨てて答えるか、プライドを守り情報を捨てるか。究極の選択だ。

 

 

「そうですか! そんな大樹さんは浮気が大好きですか!」

 

 

「おーおーおー! そうだよ! もうそれでいいよ! 浮気が超絶大好きな人気主人公の大樹様で良いよ! 弁当で分かっただろ! 俺の事が大好きな奴が———!」

 

 

「―――ムキーッ! 今日という今日は怒りましたよ大樹さん!! 泣きながら顔面スライディングオーバーヘッドキャノンブラスト・今日は赤飯だ!土下座で謝っても———!」

 

 

「夫婦喧嘩くらい他所でやれや! あと最後の土下座は何だって!?」

 

 

口喧嘩はやがて刃傷沙汰に発展。涙目で黒ウサギは槍で大樹を突きまくるが、身軽に回避していた。

 

 

「そ、それ私にもお願いできませんか!?」

 

 

「アンタやられたら即死だぞ。快感通り越えてるついでに三途の川まで通り越えるぞ」

 

 

神無月が黒ウサギに馬鹿な事を頼んでいた。原田が忠告するが、神無月の耳には届かない。

 

 

「神の力が封じられているから勝てると思った? 残念! こちとら大樹という単語が作られるくらい最強クレイジーダイヤモンドなんだよぉ!」

 

 

「ちょっと席を外しますね皆様! 黒ウサギ、今から十六夜さんとデートをしに行こうと———!」

 

 

「必殺! 泣きながら『顔面スライディング空中十回転オーバーヘッドギガキャノン砲ブラスト・今日は赤飯とサンマの塩焼きだ!に眼鏡を添えて』土下座だぁ!!」

 

 

「もう土下座の概念ないだろそれ!? ってうわぁ!? うわぁ!?」

 

 

「き、気持ち悪ッ!? 何だ今の動きは!?」

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

 

 

黒ウサギの浮気に大樹は即座に反省。表現不可能な動きで土下座を繰り出した。原田と慶吾が動揺する程の土下座である。

 

最初の顔面スライディングで顔が血塗れだが、黒ウサギは頬を膨らませたまま許そうとしない。

 

 

「分かった! さっき言っていたキスをしよう! それが駄目なら雰囲気と流れを考えてデートもしよう! それでも許してくれないなら……そうだ、プロポーズするからそのまま結婚しよう!」

 

 

「本編崩壊待った無し展開を番外編でするなハゲぇ! ガン無視しろ黒ウサギ!」

 

 

「坊主ハゲのお前に言われたくねぇよ! 悔しかったら七罪に……おっと死人は結婚できないだったな。めーんご☆」

 

 

「お前は本当に、マジで、本気で、絶対に殺すッ!!」

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

 

 

ブチギレじゃないですか。ヤダー。

 

しかし原田の声は虚しく空振る。黒ウサギは満更でもなさそうな反応だったからだ。

 

 

「い、一日だけじゃ嫌ですッ……」

 

 

「分かった。で、どのくらいする? 俺は百年先まで予定は空いているけど」

 

 

「駄目だ! もう二人の世界に入ってやがる! 普通百年先まで予定作らねぇよ、普通の人間は真っ白だろ」

 

 

「普通の人間なら、な! 俺と黒ウサギは何百年も愛し合えるので!」

 

 

「開き直ったら一層性質(たち)悪いよな、お前!」

 

 

慶吾は呆れて会話から離脱。神無月は「問題……忘れてませんか?」と大事なことを呟いていた。

 

 

「で、でも駄目ですッ! そうやってまた浮気をするんですから!」

 

 

「大丈夫だ! 美琴たちだけしか愛さねぇから!」

 

 

「何も知らない一般人がこのセリフ聞いたら大樹最低だよな」

 

 

「原田はいい加減黙れ! というか死ね! いいか黒ウサギ。この俺、楢原 大樹は浮気をしないことを堅く誓います!」

 

 

ピロリロリーンッ!!

 

 

「「「……………ん?」」」

 

 

その時、今まで聞いたことのない音が部屋に響き渡った。

 

原田と慶吾が首を傾げる中、大樹だけは嫌な予感がした。

 

 

『えー、たった今新しいルールが追加されました。ケツロケット審査委員の方々が、楢原 大樹は浮気をしたと判断した場合、タイキックになります』

 

 

「ふぁッ!?」

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

 

 

突然の追加ルールに大樹は酷く動揺する。そして、

 

 

「「ざまああああああああああぁぁぁ!!!!!」」

 

 

ここぞとばかりに馬鹿にする原田と慶吾。人間、ここまで(みにく)い仕返しはそうそう見ない。

 

泣きそうな表情で黒ウサギを見る。騙されたことに絶望していると、

 

 

「く、黒ウサギのせいで……あの、大樹さん。黒ウサギは、その、知らなかったのですよ……」

 

 

「悪かった! 疑って悪かった!」

 

 

黒ウサギに裏切られていないことが大樹に取って唯一の救いだった。

 

 

(だ、大丈夫だ……俺は浮気しない。皆への愛を証明するんだ!!)

 

 

しかし、より一層大樹は気合を入れることができた。どんなに誘惑されても唾を飛ばせるくらいの勢いで―――!

 

 

「お願いですからそろそろ答えてください! 司令官のパンツは色を!」

 

 

「うるせぇ!! ピンクと白のストライプだろ! 今は俺の愛が試されているだろうが!」

 

 

先程から問題問題うるさい神無月に吠える大樹。今はそれどころじゃ———おや?

 

 

デデーン!!! 大樹、タイキック!

 

 

「……あッ」

 

 

「救いようの馬鹿ぶりにビックリだわ」

 

 

「馬鹿は学習しない。どれだけ頭が良くてもな」

 

 

原田と慶吾がニヤリと笑みを浮かべている。ダラダラと滝のように汗が流れる大樹に、裁きの鉄槌(てっつい)が下される。

 

 

「よぉ大樹」

 

 

「―――――」

 

 

部屋の中に入って来た男を見た大樹は絶句する。いやいや、それは一番駄目だろと。

 

登場したのは逆廻(さかまき) 十六夜(いざよい)。手にグローブをしているが、絶対に意味がない。

 

―――それタイキックじゃない。完全に命を狩りに来てる。俺からは報酬も素材も出ないからな。剥ぎ取りとかできないからな。

 

 

「待てェ!? 死ぬから! それ死ぬから!」

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

 

 

顔面蒼白で取り乱す大樹。それを見てゲラゲラ笑う原田と慶吾。神無月が指を咥えて羨ましそうにしているが、黒ウサギは両手を合わせて謝っている。

 

 

「田〇のタイキックでもここまで強い威力じゃないじゃん! ちゃんとプロの人を呼んでよ! タイキックじゃねぇよ! 命の場外ホームランキックだろ!」

 

 

「大丈夫だ。一割抑える」

 

 

「九割本気で蹴る気じゃん!?」

 

 

「仕方ねぇな。15パーセント抑えてやる」

 

 

「全然減ってねぇよ! おい馬鹿!? 俺を牢屋から出すながぁふ、あの、待ってお願い、やめ、やめっ……やめてくれぇええええええ!!!!」

 

 

その瞬間、大樹はケツに神の力を一点集中させた。

 

神の力を封じられているにも関わず、奇跡に近い偉業を成し遂げていた。

 

それは自分のケツを……己が尻を守る為に起きた刹那。

 

恒星を砕く威力すら耐えうるケツが、確かにそこにあった。

 

 

バギンッ!! ドゴオオオオオオオオォォォ!!

 

 

―――まぁ恩恵ぶっ壊すような最強様のね、十六夜のキックをね、完璧に受け止めれるとは言っていない。残念でした。

 

 

鼓膜の耳が破れるかのような音が轟いた。周囲に居た人たちは衝撃波で体が後ろに吹き飛びそうになる。

 

大樹の上半身は牢屋の壁の中にめり込み、意識を手放した。

 

さすがに、この光景には十六夜以外、誰も笑えなかった。

 

神無月が無言で大樹の部屋の中に一枚の紙切れを置くと、黒ウサギと十六夜も一緒に退室する。

 

 

「彼は特殊な訓練を受けてあります」

 

 

「よ、よい子はマネしないでくださいね! 絶対に!」

 

 

「えーっと、何だっけな。ペケポン?」

 

 

最後は酷い絞め方をする三人。原田と慶吾は、もうどういうリアクションをすればいいのか分からなかった。

 

 

________________________

 

 

 

 

「おーい! 僕ね、さっき姫路さんからチョコを貰ったんだ! 一緒に食べ———」

 

 

 

________________________

 

 

 

「うおぉ!? 明久それ死んでるぞ!?」

 

 

飛び起きるように生き返る大樹。だが上半身が壁に埋まっているせいで身動きが取れない。

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

 

 

「痛い痛い! ちょっと誰か助けて!」

 

 

「無様だな」

 

 

慶吾は鼻で笑うが、本人は冗談じゃないと必死に壁の中から出ようとしている。だが抜ける気配が全くない。それほど深くめり込んでいた。おのれ十六夜。

 

 

「ご、ご、ごおぉ!! ごおおおおおおおお! って本当に抜けねぇ! 岩に角が刺さったディ〇ブロス以上に抜けないぞこれ!」

 

 

狩猟(しゅりょう)チャンスか?」

 

 

「まずは尻尾から斬るか」

 

 

「前の?」

 

 

「当たり前だろ?」

 

 

「そこぉ! 不吉な会話するんじゃねぇ! 前尻尾ってお前完全に―――!」

 

 

ズボッ!!

 

 

会話しながら何度も力を入れていると、やっと脱出することに成功した。勢い余ってそのまま後ろに転がり、牢屋の鉄格子に後頭部をぶつける辺りさすが主人公。鉄板ギャグの回収を最後まで忘れない。

 

 

「うぅ……頭に響く痛さだ……!」

 

 

頭を抑えていると、原田と慶吾の様子が明らかにおかしかった。

 

 

「忘れていた記憶……思い出すのです」

 

 

「ルタラッタッタールタラタララの歌を」

 

 

「―――いやどうしたお前ら」

 

 

ギリギリケツロケットを回避する程度の動揺を見せる大樹。原田は大きく手を広げ、慶吾は何度もその場でジャンプする。

 

 

「神よ! 私は『ビア〇カ教』に入りました。フ〇ーラとかデ〇ラとか選ぶ鬼畜野郎には死の鉄槌を!」

 

 

「ごちうさ狂」

 

 

「わっけわかんねぇお前ら!!」

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

 

 

全く意味の分からない二人の発言に大樹にケツロケットが五ヒット。特に慶吾は威力が高かった。ピョンピョンしてんじゃねぇよ狂人が。

 

苦しむ大樹を見た二人は満足そうにニヤリと笑う。コイツら……俺を潰しに来ているな!

 

 

「……終盤に強いのは〇ローラだけどな。回復魔法って一番大事だからな?」

 

 

「よーし表に出ろ大樹。いつも下半身に聞いているお前なら分かってくれると思っていたが違うようだな。千切ってくれる」

 

 

「上等だゴラァ。誰がいつも下半身に聞いてんだおい」

 

 

お互いに牢屋の中から睨み合い中指を立てる。そして原田の視線が不自然な方向なのにも気付いた。

 

 

「チッ、馬鹿が」

 

 

舌打ちと小さな声で罵倒する慶吾。原田がしまったと気付いた時にはもう遅い。大樹の牢屋の中に一枚の紙が落ちているのを発見した。

 

 

「あ! パンツの答えか!」

 

 

「「タイキック! タイキック!」」

 

 

「うるせぇ!! パンツ発言程度で蹴られてたまるかぁ!!」

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

 

 

しっかりとケツロケットは回収する大樹。一瞬、本当にタイキックされるのではないかとヒヤッとした。

 

 

『No.08 非常事態発生。感染の疑いを持つ三人に与えた勝利条件の大きなミスを発見。二名の感染者の配った紙が交換されて配布されていた。至急、二名の紙の交換を急ぎ———『文字がペンで潰されている』―――結果、ゲームは続行される為、配布した紙の条件ではなく、本来の勝利条件で判断することを決定。二名の紙が交換されたことをここに記す』

 

 

「なッ!?」

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

 

 

盤上をひっくり返すような内容に大樹は驚きを隠せない。もしかして、俺の勝利条件が交換された可能性がある!?

 

そんなリアクションを見せた大樹に原田と慶吾は仕掛ける。

 

 

「どうした? 重大な事が書かれていたか?」

 

 

「ああ! 何でもあるぜ! いや、あるぜぇ!?」

 

 

「嘘をつけないこと、忘れてないかお前?」

 

 

思わず原田も呆れてしまう勢いのある答えに大樹は頭を抱える。普通に忘れてたわ。

 

 

「いや、これは、そうだな……条件次第でお前らにも公開しようと思う」

 

 

「……大樹が頭を使うと違和感半端ないな」

 

 

「原田には言わないでいいな」

 

 

「いつも神の力でゴリ押す大樹様。反省しました」

 

 

「絶対してないだろ」

 

 

「ハゲは放っておけ。それで条件は何だ? 持っている紙か?」

 

 

「ハゲ言うなよ!」

 

 

「お前らの勝利条件を言え。紙はいらない。髪は居る奴がいると思うが」

 

 

「大樹の次は坊主いじりか! 今度は俺が標的か!?」

 

 

「いいだろう。俺の勝利条件だ」

 

 

ピッと慶吾は大樹の牢屋の中に紙を飛ばす。それを広げて『感染者ではない者にワクチンを打たせること』の勝利条件を確認した。

 

即決した慶吾に原田は少し驚くが、新たな情報を得るには自分の手札を切らなくてはならない。原田も大樹の牢屋に紙を飛ばす。

 

 

「……………あッ」

 

 

そして、原田の勝利条件である『楢原 大樹と宮川 慶吾の勝利条件を満たさないように邪魔をすること』を見た大樹は全てを察した。

 

原田は見せるべきではなかった。大樹だけには。

 

 

―――紙が交換されたのは大樹と慶吾だ。大樹は確信した。

 

 

理由は簡単。だって自分の勝利条件を満たさない勝利条件ってどういうこと? 不可能じゃん。

 

慶吾と原田が交換する線もない。というわけで、

 

 

「黒幕。とりあえず原田は落とした。『No.08』と原田の勝利条件を渡すわ」

 

 

「はぁ!!??」

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

 

 

突然の裏切りに原田は唖然。紙を受け取った慶吾は急いで確認すると、ニヤリと笑った。

 

 

「なるほどな。勝利条件の謎は解明したな」

 

 

「ちょっと待て!? 俺にも見せろ! まさかと思うが……!」

 

 

ビリビリビリビリッ

 

 

嫌な予感は、いつだって当たる物だ。慶吾は紙をビリビリに破り捨て、悪党の笑みを見せた。

 

 

「おっと手が滑った」

 

 

「外道共がぁ!!!!」

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

 

 

―――そして、タイムリミットがすぐそこまで迫っていた。

 

 

________________________

 

 

 

【━ 全 て の 情 報 ━】

 

 

『No.01 感染者の味覚は狂う。どんな食べ物飲み物を口にすると劇物に変化する特徴有り』

 

 

『NO.02 三人の内、奇跡的に一人だけ感染者を早期発見に成功。ワクチンを打ったが、副作用として嘘をつけない症状有り』

 

 

『No.03 感染者にワクチンが打たれない場合、ケツロケットの回数が倍に増える症状を確認』

 

 

『No.04 勝利条件を達成できない者は、厳罰としてケツロケットの回数を一回増やす』

 

 

『NO.05 ゲームの最後にワクチンを投与する為の投票を行う。もし全ての票がバラけた場合、ワクチンの投与を中止とする』

 

 

『NO.06 小麦粉150グラム、砂糖50グラム、塩一つまみ、ピーナッツバター40グラム、サラダ油30グラム、卵黄1個、ベーキングパウダー小さじ2分の1を用意して———以上、クッキーの調理レシピ』

 

 

『No.07 NO.01の感染症状のみ治療を可能とした薬を完成。ただし、感染者以外の者が飲むと問題は無いが、感染者には劇物のような酷い味になる。その後、症状は消えて味覚は元に戻る』

 

 

『No.08 非常事態発生。感染の疑いを持つ三人に与えた勝利条件の大きなミスを発見。二名の感染者の配った紙が交換されて配布されていた。至急、二名の紙の交換を急ぎ———『文字がペンで潰されている』―――結果、ゲームは続行される為、配布した紙の条件ではなく、本来の勝利条件で判断することを決定。二名の紙が交換されたことをここに記す』

 

 

 

【━ 勝 利 条 件 ━】

 

 

・楢原大樹の偽の勝利条件

 

『感染者にワクチンを打たせること』

 

→ 『感染者ではない者にワクチンを打たせること』が本来の勝利条件。

 

 

・宮川慶吾の偽の勝利条件

 

『感染者ではない者にワクチンを打たせること』

 

→ 『感染者にワクチンを打たせること』が本来の勝利条件。

 

 

・原田亮良の勝利条件

 

『楢原 大樹と宮川 慶吾の勝利条件を満たさないように邪魔をすること』

 

 

 

________________________

 

 

 

『―――投票の時間です。ワクチンを投与すべき人間を選んで下さい』

 

『―――投票の時間です。ワクチンを投与すべき人間を選んで下さい』

 

『―――投票の時間です。ワクチンを投与すべき人間を選んで下さい』

 

 

各自の牢屋の前に現れた画面に原田と慶吾は驚いていた。投票システムのことを知っているのは大樹だけなので、当然の反応だろう。

 

画面の端にある『六十秒』の制限時間がカチカチと減って行く。最初にボタンを押したのは大樹だった。

 

 

『投票完了。しばらくお待ちください』

 

 

「ん? どうした二人とも? 早く投票しろよ」

 

 

大樹の言葉に嫌な顔をする原田と慶吾。

 

二人の勝利条件を知ったからにはこの投票の勝利方法は簡単に理解した。

 

感染していない者―――慶吾に打つことができれば俺の勝ち。

 

感染者の原田に打つことができたら慶吾の勝ち。

 

そして、三人の票がバラけたら原田の勝利だ。

 

 

(クックックッ、まさか俺が『俺』に入れるとは思うまい)

 

 

原田は俺か慶吾のどちらかに入れるはず。そして慶吾もまた、原田か俺に入れる。

 

もし嘘がつけないことが感染者の特徴なら、俺はワクチンを打たれるべきだ。これは勘だがm感染者であり続けるのは不味い気がする。(※感染者のままでいるとケツロケットの回数が倍になる)

 

 

(だから保険の俺。もしワクチンを打って感染者じゃなくても、俺は勝利条件を満たすことができる……完璧だ)

 

 

勝利をほぼ確信した大樹は、楽しむように二人を見ていた。

 

 

________________________

 

 

 

次にボタンを押したのは慶吾。

 

 

『投票完了。しばらくお待ちください』

 

 

(最初は大樹にワクチンを打てば勝てるはずだったが、感染者は原田だろう)

 

 

投票したのは原田。勝利条件が変わった今、大樹に投票する理由はない。アイツはワクチンを打っているのだから感染者ではないことは確定的。

 

この投票で勝負を決めるカギとなるのは、一番勝利条件が難しいアイツだ。

 

 

________________________

 

 

 

原田は制限時間ギリギリまで考えた。

 

 

『投票完了。しばらくお待ちください』

 

『―――全ての投票を確認。結果を発表します』

 

 

ついにボタンを押した原田は両手を合わせて願う。

 

情報も勝利条件も、不利な立ち位置だった。だからあとは神頼み。

 

 

 

 

 

『―――投票結果。楢原 大樹にワクチンを投与します』

 

 

 

 

 

「なんだと!?」

 

 

「マジか!?」

 

 

「なるほど」

 

 

 

原田に投与できなかった慶吾が驚き、ワクチンの投与が決まったことに原田が悔しそうな顔をする。大樹はふーんっと言った感じで対応していた。

 

まぁ大丈夫。とりあえず原田の勝利条件は潰した。あとは俺が感染者かどうかの———

 

 

「ちゅ、注射の時間ですよぉ」

 

 

「ほのか。大丈夫だからもっとリラックスして」

 

 

―――おっと大丈夫だ。血塗れのナース服で来た程度、俺は動揺しない。

 

光井(みつい) ほのか、北山(きたやま) (しずく)の二人が入って来た。

 

格好はアレだが、焦ることはない。

 

 

「大樹。セクハラしたらタイキックだぞ」

 

 

「何で俺がセクハラする前提なの?」

 

 

負けを悟ったのか原田がやる気のない声で忠告して来た。

 

牢屋の鍵が開けられ、ほのかと雫が注射を持って入って来る。

 

右腕をほのかに抑えられ―――煩悩滅却し始める。

 

 

(当たってるけど落ち着け。動揺すればケツロケットとタイキックの(ダブル)アウトだぞ)

 

 

すっげぇ弾力とか柔らかいとか気にするな。アレだ。ヘルシェイク矢野のことだけ考える。

 

 

「えっと、どこ?」

 

 

「多分この辺」

 

 

不安になる声が聞こえて来るが無視無視。早くチクッと注射してくれ。

 

 

―――ギュゥイイイイイイン!!!!

 

 

「待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待てストップだこの野郎ぉ!!」

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

 

 

無視できない音を耳にした。俺は急いで二人を止めた。

 

二人が持っているのは完全に注射じゃない。ドリルだ。壁に穴を開けるくらいの。おかしいだろ!!

 

 

「完全にドリルじゃねぇか! 注射じゃねぇよ! 薬も何も投与できねぇよ! 命の灯に風穴開くだけろ!」

 

 

「で、でも手順は間違っていないです!」

 

 

「手順をしっかりと踏んでも一大事だから! 手順自体がアウトだから!」

 

 

「そうよほのか。まずは慣らさないと」

 

 

「何を慣らすんだよ!? 痛みにか!? 痛みを慣らすのか!?」

 

 

「あ、そっか」

 

 

「ほのかぁ!! 納得できる部分がどこにもない、ま、待てぎゃあああああああああ!!!」

 

 

―――壮絶な光景に、原田と慶吾の顔は真っ青だった。

 

 

________________________

 

 

 

『宮川 慶吾の勝利条件―――失敗』

 

『原田 亮良の勝利条件―――失敗』

 

『以上二名はケツロケットの回数を一回増加します』

 

 

「―――フハハハハッ、ざまぁ……」

 

 

「こんなにも元気がない罵倒初めてなんだが」

 

 

ワクチンを投与された?大樹はぶっ倒れていた。あまりにも酷い光景だったせいで同情してしまう。

 

大樹の手錠も外され、牢屋から出ることできた。

 

 

『楢原 大樹の勝利条件―――成功』

 

 

「ハハッ、成功か……本当に成功か?」

 

 

本当に同情する。

 

 

『次に感染者―――原田 亮良の症状は悪化。ケツロケットの回数が倍に増える』

 

 

「うぐぅ……六回の倍だから……十二回って……ふざけるなよぉ……!」

 

 

「えげつないな……えげつない……」

 

 

原田は苦虫を噛み潰したような顔になるが、大樹を見た瞬間冷める。正直、大樹のワクチン投与が一番えげつない。

 

 

『最後に楢原 大樹』

 

 

そして、今日一番のえげつない瞬間です。

 

 

 

 

 

『―――二度のワクチン投与で感染菌が増殖爆発を確認。ケツロケットの回数が十倍になります』

 

 

 

 

 

「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!???」

 

 

「「!?!!??」」

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

 

 

当然のどんでん返しに三人は驚愕した。十倍―――つまり五十回だ。

 

 

シュパドゴオオオオオオンッ!!!!

 

 

想像を絶する痛み―――いや、創造神すら恐れる痛みだ。大樹の体は前に吹き飛び、壁にめり込んだ。

 

お尻から煙が出ている。その破壊力に二人は戦慄した。

 

 

「……いや、そろそろ死人出るぞ」

 

 

「本気で帰らせてくれ……!」

 

 

原田と慶吾の目から、ついに涙が落ちた。

 

________________________

 

 

追加報告

 

NO.09 二度のワクチン投与は感染菌の増殖爆発を促す作用を確認。絶対に投与を禁止すること。

 

NO.10 先生なら、必ずゲームに勝つと信じています。猿飛(さるとび) (まこと)医師より。

 

 

 

 

 

 




現在のケツロケット回数

楢原 大樹 442回

原田 亮良 313回

宮川 慶吾 542回


三人「本当にヤバイ」


大樹「マジで四桁行くぞこのままだと」

原田「というか俺のゲーム絶対にケツロケットの回数増えるじゃねぇか」

慶吾「せめてワクチンを投与していれば六回で済んだのかもしれないな」

大樹「俺の五十回に比べたらいいだろ? お? お?」

原田「えっと、その、すまん……」

慶吾「頼むから次で終わってくれ……」


次回―――番外編最終回。


三人「やったぁ!!!!!」


―――怒涛のケツロケットの回数!

―――敵は全員! 襲撃者は容赦無く噛み付く!


三人「……………」


―――目指せ! 夢の五桁!


三人「本気でやめろ!!」


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最後まで絶対に動揺してはいけない24時!

作者から一言。


―――「ヤバイです。大樹たちの物語が近々終わるのかと思うと泣きそう漏らしそう死にそうです」



―――現在の状況を報告。

 

 

原田 亮良のケツロケットの回数、一度の動揺につき12回。

 

宮川 慶吾のケツロケットの回数、一度の動揺につき6回。

 

 

 

楢原 大樹のケツロケットの回数、一度の動揺につき50回。

 

 

 

更に楢原 大樹の浮気を確認した場合、タイキックが追加される。

 

 

―――報告終了。最後のステージに移動します。

 

 

________________________

 

 

 

 

「―――というわけでこのゲームはやっと最後を迎えることができます。やりましたね! 作者も本編の最後までの流れをどうするか決めていましたが、完全に固まったそうですよ!」

 

 

「初手からメタ発言やめろ。だけど」

 

 

ジャコバスの中でリィラに聞かされた話に俺たちは同時に跳び上がった。

 

 

「「「うぅおおおっしゃあああああ!!!」」」

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

シュパドゴオオオオオオンッ!!!!

 

 

喜びのケツロケットに原田と慶吾は膝を着くが、大樹はバスの窓に突っ込んだ。威力の違いはここまで差があった。

 

だが変わったのはケツロケットの回数だけじゃない。団結力もだ。

 

 

「しっかりしろ大樹! 俺たちはもう少しで地獄から解放される!」

 

 

「もう俺は本編に戻っても黒幕として威厳(いげん)が全くないかもしれないが、ここが正念場だ!」

 

 

「俺なんか死んでいるからな! お前なら頑張れるだろ!」

 

 

「励ましているの? それとも慰めて欲しいのお前ら? とりあえず涙拭けよ」

 

 

そんなくだらない会話を続けていると、ふとバスが停車した。目的地に着いた―――

 

 

「おはよう皆! 今日も動画を見てくれてありがとう!」

 

 

―――忘れてた。俺たち(のケツ)を殺しに来る刺客が居たことを。

 

元気良く入って来たのはカメラを片手に持った士道。またお前かよ。

 

 

「知っていると思うけど一応自己紹介するよ。ユーチューバーのシドーと!」

 

 

「タッツー兄さんだ」

 

 

ここでまさかの司波 達也の登場。ズルいんだけど。

 

だが今までの修羅場をくぐり抜けて来た彼らは簡単には動揺しない。

 

 

「そして双葉ッチだよぉ!!」

 

 

だがすまん、それは俺と慶吾にむっちゃ効く。

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

シュパドゴオオオオオオンッ!!!!

 

 

幼馴染の残念な登場の仕方に俺と慶吾はケツロケット。大樹は再び窓に頭から突っ込んだ。本当に威力強い。

 

 

「さてタッツー兄さん。今日は何をするのかな?」

 

 

「超微脳派量子機器で出力した時に見られるアルゴリズムを理解し、逆算と三十六の数式の内に改竄(かいざん)された部分法定式と換算―――」

 

 

「さて双葉ッチ! 今日は何をするのかな!?」

 

 

今回も飛ばすねお兄様。演技だったの今の? 士道君の顔色普通に悪いけど?

 

 

「今日はカンガルーのペ〇スをシドー君が食べますよ!」

 

 

―――その発言に、車内の空気が一瞬で凍り付いた。

 

 

「いやちょっと待てぇ!? そんな話、聞いてないよ!? 大樹の好きな人をたくさん登場させてタイキックさせる企画じゃないの!?」

 

 

「それは俺がちょっと待てと言いたい」

 

 

というか酷い内容だなおい。話の始まり初手からチ〇コって……最近、番外編だからって下ネタオーケー感出てない? アウトだからね?

 

双葉の発言に顔を真っ青にする士道に達也が肩を叩く。

 

 

「安心しろシドー。口直しに食べたあとはヒツジ、ヤギ、牛と豪華な料理が食える」

 

 

「いやいや! それでも最初のカンガルーが凄く嫌だから! あとが良くても最初が嫌なんだよ!」

 

 

「ん? なら先にヒツジから食べるか?」

 

 

「いや先に食べても結局食うなら意味が無———」

 

 

「ヒツジのペ〇スから」

 

 

「結局用意してるの全部ペ〇スかよ!!!」

 

 

「「「ブフッ!!」」」

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

シュパドゴオオオオオオンッ!!!!

 

 

ちくしょう。今の流れは卑怯だ。

 

 

「とにかく駄目だ! 今日は普通の動画を撮ろう!」

 

 

「だから普通じゃないか。前回はコオロギとヤゴを食べたんだ。だったら次は今日やっている———」

 

 

「何でゲテモノ料理ばっか食ってんだよ! ここのユーチューバー過酷過ぎるだろ!」

 

 

「仕方ない。今日はシドー百パーセントで行くぞ!」

 

 

「服を脱がさないでぇ!!」

 

 

もう最初からカオスな空間になっていた。これから最後のゲームが始まるというのに、何だこの空気。

 

結局俺たちの目の前には服を脱がされ、銀色のトレーで股間を隠す士道の姿があった。もう可哀想だからやめろ。

 

 

「クソッ……やってやる!!」

 

 

「あーあ、士道に変なスイッチが入ったよ」

 

 

―――というか俺たち目ならどれだけ早くトレーをひっくり返しても目視できてしまうんだが?

 

 

「せいッ!!」

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

シュパドゴオオオオオオンッ!!!!

 

 

ホラね? 成功したのに俺たちは見てしまったから動揺したじゃん?

 

大体なんなのこの流れ。一つ言うけど、その裸の少年、主人公だからね? 俺の百万倍有名な主人公だからね? こんな扱いしちゃ駄目だからね?

 

 

「よし! スロー再生で投稿するぞ!」

 

 

「やめてくれぇ!!!」

 

 

泣きながら達也にしがみつく士道。トレーから手を放した瞬間、俺は高速で掴み、士道の股間を隠す。特に双葉に見えないように。

 

 

「優しいなお前」

 

 

「見てないで手伝って。士道に服を着せてやって」

 

 

________________________

 

 

 

 

とりあえず三人は逮捕された。うん、まぁ、うるさかったから窓から投げ捨てて追い出したけどね。双葉はさすがに停車して下ろしたけど、お兄様に関しては無傷だと思う。問題は士道が生きているかどうか。まぁ裸だから絶対に痛いと思う。

 

そして最後のステージに俺たちは到着した。ここが、最後……!!

 

 

『超絶ドキドキ! 死と死と死を乗り越えてラブラブ☆カップルメモリアル9!』

 

 

―――ホンマ頼むで。血と一緒にゲロ吐きそうなくらいキツイから俺たち。

 

目の前にババン!と出て来たモニター画面。いろいろとツッコミを入れたいところだが、疲れているからパス。

 

 

「ちなみに『死』が三回分繰り返しているのは三人の死を意味してます」

 

 

「リィラ。黙れ」

 

 

本気でイラっとしてしまう。じゃあ『9』は何だよって聞いてみたら、

 

 

「そんなゲームは(無いん)って意味です」

 

 

「死ね」

 

 

「聞かれたから答えたのにストレートに言い過ぎじゃないですか……?」

 

 

本当にくだらないことばかり考えるよなお前ら。というかどういう状況なんだ?

 

バスを降りた先は一軒家。普通に家の中に入り、俺たちは二階の一室に通されていた。

 

 

「最後のゲーム……そう、今から始まるのはエンドレス恋愛ゲーム! ヒロインとハッピーエンドを迎えるまで終わることができません!」

 

 

「すいませーん! タイキックされたくないのでヒロインに俺の嫁を追加してくださーい!」

 

 

「なるほど! 私の出番ですね!」

 

 

「ゴミに恋愛感情は抱けません。靴下の方がよっぽど恋できまーす」

 

 

「さすがの私も心が痛くなります!!」

 

 

うるせぇ。こっちは命懸けでゲームしてんだよ。引っ込んでろ。

 

 

「先に答えますとヒロインは多いです。もしかしたら大樹さんの嫁も居るかもしれません」

 

 

「よーし大樹! 刀を鞘に収めろぉ! 俺たちは絶対に手を出さないことを誓う! な!」

 

 

「当然だ。だから銃も下げろ馬鹿!」

 

 

「フー、フー、フー……野郎ぶっ殺してやる……!」

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

シュパドゴオオオオオオンッ!!!!

 

 

「大樹様たちが取り乱れていますがルールの説明をしますね! まず三人には学園生活を送って貰います!」

 

 

「チェストぉ!!!」

 

 

「ブフッ!?」

 

 

「貴様ぁ! 神の力を使うまでも無いだろうに……!」

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

シュパドゴオオオオオオンッ!!!!

 

 

「恋愛ゲームのように選択肢などが出て来るのでヒロインと仲良くなってくださいね!」

 

 

「ギャフッ!?」

 

 

「仕返しだおらぁ!!」

 

 

「クッ!? 巻き込むゴブッ!?」

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

シュパドゴオオオオオオンッ!!!!

 

 

「それでは最終ゲーム、スタートできゃふッ!?」

 

 

「くらえ! リィラロケットぉ!!」

 

 

「雑魚が!! 原田ミサイル!」

 

 

「うぉい!? やめぐへぇ!?」

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

シュパドゴオオオオオオンッ!!!!

 

 

________________________

 

 

 

満身創痍からはじまる学園生活。最後はリィラに泣かれたから反省してるぜ。

 

とりあえず俺たちはこの家から出て学校に行く。まずはそこから。ヒロインと遭遇しないと恋愛も何も始まらない。

 

 

「……最初は一緒に行くか。様子を見ながら」

 

 

「妥当だな」

 

 

「ああ」

 

 

制服に着替えた俺たちは扉を開けて部屋から出ようと———いや待て。

 

 

「よし。動揺せずに聞いてくれ」

 

 

「安心しろ大樹。俺も気付いた」

 

 

「……………どうしたお前ら」

 

 

慶吾は二人の姿を見て驚いていた。それも当然、制服が学ランとかそんなレベルじゃないからだ。

 

まず原田の格好。学ランなのは良いが、背中には『喧嘩上等』と赤文字で書かれ、ハチマキをしており、リーゼントのカツラを被っている。完全にヤンキー。

 

 

「原田はヤンキーポジションなのかもしれん。一応、キャラ作りしておいた方がいいかもな」

 

 

「俺がヤンキーって……普通はそっちだろ」

 

 

原田がジト目で慶吾を見ている。何故か慶吾は普通の制服に眼鏡を掛けているだけの格好だ。

 

そして一番の問題はやはり主人公。やってくれました。

 

 

「女子の制服はアウトだろ」

 

 

「自分で言っちゃったよ」

 

 

「中指を立てるな。今の時期はアレと同じしか思えん」

 

 

嫌そうな顔で慶吾は首を横に振る。その言葉に俺はニヤリと笑う。

 

 

「ポ―――」

 

 

「やめい」

 

 

速攻で止められた。早いよ。

 

とにかく着替えたいが、別の服は無い。これで行くしかないのだ。

 

 

「じゃあ、行くわよ」

 

 

「大樹。頼むから普通通りにしてくれ」

 

 

「フッ、馬鹿め。今の内に役になりきれていないと、痛い目を見るぞ眼鏡クイッ」

 

 

「……………行くぞオラァ!!」

 

 

はい、三人にエンジンが入りました。最終ゲーム、スタートです!

 

 

________________________

 

 

 

『眠たい目を擦りながら階段を下りてリビングに行くと、美味しそうな匂いがした』

 

 

「……何か出て来たぞ」

 

 

自分たちの視界には四角形の中に上の『』の文が書かれているのが見える。まるで恋愛ゲームのように。

 

原田は困惑していたが、いちいちリアクションを取っていたら体が持たないので無視することにする。

 

 

『俺の妹たちは早起きだ。こうして毎日朝食を作って貰っていることに感謝しながら扉を開ける』

 

 

【1.元気良く挨拶をする】

 

【2.ドアを蹴り破る】

 

 

「「「何か出て来た」」」

 

 

更に文の下には選択肢のような物まで出現した。というか1と2の態度の差が激しいだろ。

 

 

「自分の家のドアを蹴り破る日常って何だよ。ヤクザでもしねぇよ」

 

 

「完全に1だよな。多分だが、最初は分かりやすいように設定されていると……」

 

 

「……………そう思うか?」

 

 

いや思わない。ここで変化球を投げて来るのがウチのクソ運営。

 

だがその裏を書いて1ということもある。どうする?

 

 

「……恨みっこ無しで同時に選ぼうか」

 

 

「そう、だな」

 

 

大樹の提案に原田は頷く。続けて慶吾も頷いて覚悟を決めた。

 

 

【選択結果 大樹】

 

 

大樹「おはよう! 俺の愛する可愛い妹たちよ!」

 

 

デデーン!!! 大樹、タイキック!

 

 

大樹「いや待ってお願い今のは違うの。役になりきったから自然と―――」

 

 

蓮太郎「諦めるんだ大樹。さぁ尻を出せ。タイキックの時間だ! 隠禅(いんぜん)上下(しょうか)花迷子(はなめいし)三点撃(バースト)!!」

 

 

大樹「今度はお前かよ! ちょッ!? やめッ!? あ゛ああんんんんッ!??」

 

 

シュパドゴオオオオオオンッ!!!!

 

 

大樹「ケツロケットとのコンボはらめぇ!!」

 

 

 

【選択結果 原田と慶吾】

 

 

原田「おはよう」

 

 

慶吾「おはよう」

 

 

 

「―――おいカメラ止めろ。ハゲと中二が全然面白くないことしてる。俺の体を張ったネタの方が百万倍うけてるから」

 

 

「お前が馬鹿しただけだろ……」

 

 

「貴様は一回一回学習しようという気持ちはないのか?」

 

 

どうして俺だけこんな目に遭わなきゃいけないんだよ!!

 

 

奈月(なつき)「遅い! いつまで寝てるのお兄ちゃん!」

 

 

(ひかり)「おはようございますお兄さん」

 

 

シュパドゴオオオオオオンッ!!!!

 

 

クリティカルに動揺したのはもちろん大樹。新城(しんじょう) 奈月&陽の双子だからだ。

 

かつて保持者として戦ったセネスとエレシス。こんな再会の仕方、大樹にはそりゃ効く。

 

 

「ぐぅ……義理とはいえ一応妹だぞ……俺に取っちゃガチ妹じゃねぇか……!」

 

 

「ガチ妹って何だ……」

 

 

奈月「遅刻しても知らないからね!」

 

 

陽「今日は日直なので先に行きますね」

 

 

『優秀な妹たちは慌ただしく仕度して出て行った。テーブルの上には美味しそうな―――ゴキブリとタガメのフライが置いてある!』

 

 

「「「どこがだああああぁぁぁ!!??」」」

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

シュパドゴオオオオオオンッ!!!!

 

 

一斉にツッコミを入れる三人。ケツロケットの痛みなど気にしている場合じゃない。

 

 

大樹「全然美味しそうに見えないんだけど!? 完全に妹たちの嫌がらせじゃねぇか!」

 

 

原田「さっきの選択肢が悪いのか!? 2を選べば食パンだったりするのか!?」

 

 

慶吾「ふざけるな! こんな物、食えたものじゃないぞ!」

 

 

『タイやマレーシアでは立派な食材。タイ出身の俺からすればデザートのような物! うーん、良い匂い!』

 

 

大樹「駄目だ! まず主人公設定がイカレてやがる!」

 

 

『だけど、俺も学校に行くまでの時間が無い。朝食は抜きにするか……いや、愛情ある妹の料理を―――』

 

 

【1.それでも食べる!】

 

【2.遅刻は駄目だ。妹には悪いが、残して行こう】

 

 

このタイミングでの選択肢!? そんなの———決まっているだろ!

 

 

【選択結果 原田と慶吾】

 

 

「「遅刻は駄目だよな! 残す!」」

 

 

迷うことなく食べることを選ばない二人。急いで部屋から出て行くが、一人だけ違う奴が居た。

 

 

【選択結果 大樹】

 

 

大樹「お、お、お、おお俺はッ……アイツらの兄だから……裏切るような真似は……!」

 

 

妹のゲテモノ料理でも、重く受け取ってしまう馬鹿。青ざめた顔で椅子に座っていた。

 

勇者を部屋に残して原田たちは玄関で靴を履く。玄関のドアを開こうとした瞬間、

 

 

大樹「生はぎゃあらべらぼぼぎょッ!!」

 

 

シュパドゴオオオオオオンッ!!!!

 

 

リビングから絶叫とケツロケット音が聞こえたが、振り返ることなく学校へ向かった。

 

 

『バギッという音が聞こえた。原田と慶吾は、陽と奈月のフラグが折れた』

 

『テレテレー。大樹は、陽と奈月の好感度が上がった。しかし、今日一日体調不良で過ごすことになる。あと遅刻した』

 

 

________________________

 

 

 

「なるほど……選択肢でフラグを折るかどうか決まるみたいだな。今のは……まぁ、仕方ない」

 

 

「ああ、馬鹿に譲るとしよう」

 

 

ゲーム性を少し理解した原田と慶吾。通学路を走りながら謎を紐解いていた。

 

 

「パラメータも主人公のステータスも無し。もちろんセーブ&ロードも無し。何があるのか分からない……せめて何かのパクリだったらなぁ……」

 

 

「ハッ、それを期待したところでその話の筋通りに行くわけがないだろ」

 

 

「だよなー」

 

 

『急げ急げ! この調子で走れば間に合う……あッ!』

 

 

【1.ここを右に曲がれば近道だ!】

 

【2.いや! 通学路を守って真っ直ぐに行こう!】

 

 

再び出て来た選択肢に原田と慶吾は少しだけ息を詰まらせるが、即座に決める。

 

 

【選択結果 慶吾】

 

 

慶吾「余計な事はしない。ここは真っ直ぐだ」

 

 

『無事に学校に到着! 遅刻することはなかった!』

 

 

うんうんと結果に満足しながら慶吾は教室の席に座った。

 

 

 

【選択結果 原田】

 

 

原田「近道をしてヒロインと遭遇する! 王道だろ!」

 

 

『道を曲がった瞬間、ドンッと誰かとぶつかる』

 

 

原田「って結構痛ッ!?」

 

 

『あまりの衝撃に後方十メートル吹き飛ばされる。そのままゴミ置き場のゴミ袋の山に頭から突っ込んでしまった』

 

 

ガストレア「ギギギッ!(訳:ちょっと!? どこ見て歩いているのよ!)」

 

 

原田「えええええェェェ!? どういう展開だこれぇ!?」

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

 

 

(あり)をモデルとした三メートルはあるガストレア。背中には赤いランドセルを背負い、口には巨大な食パンんを咥えている。何だこのカオス。

 

 

『確か彼女の名前は……ガストレア。そうだ、ガストレアちゃんだ』

 

 

原田「何で主人公知ってんだよコイツのこと!?」

 

 

『他の女子生徒とは凄く違って目立つ。だから学校では有名人だ。特にその……大きい(´∀`*)ポッ』

 

 

原田「ポッじゃねぇよ! 大きいのは胸とかじゃなくて全部だろ!? 何も興奮するポイントはねぇよ!」

 

 

『学校美少女ランキングトップ10には入る!』

 

 

原田「もしかしてウチの学校はそんな風に最悪の狂気に染め上がってんのか!? 行きたくなくなったぞ一気に!?」

 

 

ガストレア「ギギッ! ギギギッギギッ!(訳:コラ! いつまで無視しているのよ! ぶつかったら謝るのが礼儀でしょ!)」

 

 

会話できないはずなのに会話できそうな雰囲気に原田は本気で焦っていた。このヒロインだけは落としてはいけない。キスシーンまで行ったら自分がガストレアになるバッドエンドしか見えない。

 

 

【1.そんなことよりホテルでレッツパーリィーしませんか?】

 

【2.そんなことよりホテルでオールナイトフィーバーしませんか?】

 

 

 

ブチッ!

スパパパパパアアアアアンッ!!!

 

 

口の中を噛み切ると同時にケツロケット。どう足掻いても絶望しか待っていない選択肢に原田は血の涙を流す。

 

最初から分かっていた。このゲームはとっくに常軌を逸脱し、狂っているということを。

 

だからと言って……こんな序盤から飛ばすか普通? いや、普通じゃないんだった。

 

 

【選択結果 原田】

 

 

原田「ぞんなごどよりホデルでレッヅバーリ゛ィーじまぜんが?」

 

 

『あまりに嬉しくて思わず血を吐き出しながらガストレアちゃんを誘う』

 

 

ガストレア「ギッ!?(訳:なッ!?)」

 

 

『突然の誘いに彼女は思わず頬を赤く染める』

 

 

原田「いや目が赤くなっただけだろ!? なんか殺されそうなんだけど!?」

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

 

 

ガストレア「ギッ、ギギギー!(訳:い、行くわけないでしょバーカバーカ!)」

 

 

『そう言って彼女は走り去ってしまう。追い駆けようと———』

 

 

ザグッ!!!

 

 

『―――何故か膝にナイフが突き刺さって動けない』

 

 

原田「ぐぅ、行かせねぇよ!?」

 

 

物語を進展させない為に体を張った。激痛に原田は顔を歪ませるが、ガストレアの好感度は下がったはずだ。

 

 

『だけど、ガストレアちゃんの好感度が少しだけ上がったようだ! 昼休みはガストレアちゃんに会いに行けるぞ!』

 

 

原田「ふざけんじゃねぇよぉ!!!!」

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

 

 

________________________

 

 

 

『―――ここは性魔法師聖矢(セインホー・セイヤー)学園!』

 

 

大樹「お前本ッッッ当に怒られてるぞ?」

 

 

『この学校の始まりは女神―――「マジでモロパクリはやめてね!?」———天空に輝く88―――「本気でやめろよ!?」———どこの国にも無い唯一無二の学園。そんな素敵な魔法学園さ!』

 

 

大樹「というか魔法学園なのかよ。普通に日常の学園じゃ駄目だったのか?」

 

 

『時は平成から何千億年先……暗黒から聖白に移り変わる。毛野彩度(ゲノ・サイド)無空間(いくうかん)を造り出した世界は平和を取り戻すが、戦争のぶつかり合いで残った魔力の粒子が世界中に蔓延(まんえん)していた。それを解決する方法として超ギガ日本の上から二番目の札幌政府は魔法学園を設立―――』

 

 

大樹「おーおーおーおー!? やめろやめろ!? 今更盛大な設定を作るのはやめろよ!? あと八割くらい意味が分からねぇよ!」

 

 

『つまり———世界の人々は恋愛をすることに命を捧げた!』

 

 

大樹「飛ばしたら飛ばしたらで意味が分からねぇ!!」

 

 

________________________

 

 

 

「……コラッ」

 

 

「あでッ」

 

 

『頭を叩かれて目を覚ます。周囲からクスクスと笑い声が聞こえる。どうやら授業中の居眠りがバレてしまったようだ』

 

 

「……あれ? 俺は確か……意識を失うくらいの酷い味付けがされたゴキブリを食って……」

 

 

「本当に食ったのか大樹」

 

 

「うッ」

 

 

隣ではドン引きしている原田と顔色を悪くした慶吾が居る。どうやら次の場面に進むことができたようだ。

 

(よだれ)と口の横に付いた何か茶色の足を取りながら先生を見る。

 

 

「……大事な授業の途中」

 

 

「……先生?」

 

 

目の前に立っていたのはムッツリーニでお馴染み、土屋(つちや) 康太(こうや)が立っていた。

 

黒板には保健体育で最も大事なことが書かれており、所々に血が付着している。

 

 

「……授業の続きを始める。第二次成長ブハッ!!」

 

 

「む、ムッツリーニ!!!」

 

 

シュパドゴオオオオオオンッ!!!!

 

 

ケツロケットの威力を利用して黒板に向かって飛んで行く大樹。急いで血を流す先生に駆け寄る。

 

 

「しっかりしろ先生!」

 

 

「……ぱ、パンツ……ギブ、ミー……」

 

 

「せ、先生? せんせええええええええ!!!」

 

 

「茶番見せられているこっちの気持ちを少し考えてくれないか?」

 

 

________________________

 

 

 

―――昼休み。

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

シュパドゴオオオオオオンッ!!!!

 

 

ここに来るまで何が起きたのか情報交換すると、案の定全員がケツロケットを食らった。特に原田のガストレアがヒロインだったことと、大樹の妹の料理の味の感想は。

 

そして、ここでも選択肢が要求されるのだ。

 

 

【1.学校を探索する】

 

【2.教室で勉強をする】

 

【3.妹に会いに行く】大樹限定イベント

 

【4.ガストレアちゃんに会いに行く】原田限定イベント

 

 

「最後だけ全く嬉しくないイベントだな」

 

 

「絶対に行かねぇよ」

 

 

「そろそろ行動するべきだな……」

 

 

大樹は原田に同情し、嫌な限定イベントに頭を抱えている原田。慶吾も少し行動を起こしてヒロインと遭遇するべきだと考える。

 

 

【選択結果 大樹】

 

 

大樹「妹に会いに行く! こういう場合、ヒロインと多く遭遇してハーレムしようとすれば痛い目を見るのは鉄板だからな!」

 

 

原田「だから本編を否定するような発言はやめろお前」

 

 

『朝食お礼ついでに妹に会いに行こう。あと明日はゲモノンティーニ・ノメロンプペラペララププにして欲しいとお願いしよう』

 

 

大樹「待って。全知全能の俺でも知らない単語が出て来たんだけど。明日またそういうの食うの嫌なんだけど」

 

 

『妹の居る階まで降りると、すぐに二人の姿を発見した』

 

 

奈月「あ、お兄さん」

 

 

大樹「今はスルーすべきか……おう! 朝ご飯、美味しかったぜ」

 

 

奈月「それは良かったです。獲れたての食材を使ったかいがあります」

 

 

やっべ、吐きそう。トイレ行っていい?

 

 

陽「そうだ。お兄ちゃんに会いたい人が居るんだけど」

 

 

大樹「何ッ、妹だけに絞る予定が狂うな……いや、ここは妹の前で新たなヒロインを振ることでフラグ強化を……」

 

 

陽「折紙って言うんだけど」

 

 

大樹「今すぐに会わせろ。妹なんてクソ喰らえだ!!!」

 

 

陽「急に馬鹿にされた!? どうして!?」

 

 

大樹「じょ、冗談だ。それよりも早く、プリーズ、ギブミー、マイ花嫁」

 

 

奈月「お兄さん、ちょっと変で怖いです……」

 

 

よっしゃぁ!! ここに来て最高のヒロイン登場だぜ!!

 

ルンルンと腕を振りながら待っていると、教室から学園の制服を着た鳶一(とびいち) 折紙(おりがみ)が本当に登場した。

 

パァッと笑顔になる大樹。折紙はビシッと親指を下に向けた。

 

 

折紙「―――お前を殺す」

 

 

大樹「」

 

 

シュパドゴオオオオオオンッ!!!!

 

 

何故か大好きな人から殺人予告されました。

 

ふぁ!? いつからこの物語はガ〇ダムWになったの!? 俺リ〇ーナになったつもりは無いんですけどぉ!?

 

 

【1.唾を吐き捨てて「かかって来い」と言う】

 

【2.命乞いをしながら財布を差し出す】

 

 

追い打ちをかけるように選択肢も来たよ! どうしよう!? 全く展開が読めないから何を選べばいいのか分からねぇ!

 

―――いや待て! 俺の後ろには妹たちが居る! 無様な兄の姿を見せることはマイナスに繋がるに違いない! ここは選びたくないが、強気で行くしかない!

 

 

大樹「ペッ! かかって来い」

 

 

『そう言って俺は()()()()()()()唾を吐き捨て挑発した』

 

 

大樹「馬鹿野郎おおおおおおぉぉぉ!? そこは廊下に吐き捨てろよぉ!? どうして折紙に吐き捨てたこのクズ主人公! クズ竜王でもそんなことしねぇよ!」

 

 

シュパドゴオオオオオオンッ!!!!

 

 

女の子に向かって一番してはいけない行為をしてしまった大樹。ケツロケットと罪悪感が同時に襲い掛かる。

 

折紙は顔に付いた唾を拭きながら笑い飛ばす。

 

 

折紙「フッ、威勢(いせい)のいい女は嫌いじゃないぜ」

 

 

大樹「口調で完全にキャラ崩壊してやがる……! だけど好感度はまだ大丈夫そう———ん?」

 

 

一瞬、大樹の脳内がフリーズした。

 

折紙の言葉をもう一度、頭の中で(よみがえ)らせる。

 

―――フッ、威勢のいい『女』は嫌いじゃないぜ。

 

 

大樹「って本当に女の子キャラなのかよ俺ぇ!!!」

 

 

シュパドゴオオオオオオンッ!!!!

 

 

よく見たら折紙も男子制服を着ているし! この服装、ちゃんと意味あったのかよ!

 

じゃあ妹とハッピーエンドしたら百合じゃねぇか! 完全にひっくり返ったぞ俺の計画!

 

 

折紙「じゃあな」

 

 

『何を満足したのか。折紙は清々しそうに去って行った。今後、折紙とのイベントが増える』

 

 

 

________________________

 

 

 

【選択結果 慶吾】

 

 

『見慣れた場所とは言え、散歩ついでに改めて学校を探索していた』

 

 

「……また窓が割れた音がしたな。どうせまた馬鹿が突っ込んでいるのだろう」

 

 

窓が割れる音を聞きながら歩き出す慶吾。積極的に行動し始めていた。

 

廊下から売店。売店から中庭。中庭から―――体育館裏まで歩いて来た。

 

 

「は?」

 

 

強制的なイベントだからと言って、体育館裏まで普通来るのか? そう怪しんでいた時、

 

 

チンピラA「よぉガリ勉。また金貸してくれよ」

 

 

チンピラB「俺の彼女が欲しい欲しいってうるせぇんだわ。いいだろ?」

 

 

慶吾「……なるほど。俺はいじめられている主人公系キャラか……」

 

 

顎に手を当てながらチンピラを観察する。こうして余裕が持てている理由は簡単。負けると一切思わないからだ。指一本動かすことなく殺すこともできる黒幕を舐めるな。

 

 

【1.財布を差し出す】

 

【2.ズボンを脱いで貞操を差し出す】

 

 

慶吾「……………………………………………………………………………………は?」

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

 

 

衝撃が強過ぎて意識が飛んでいた。あまりにもおかしい選択肢に思考が追いつかない。

 

 

『こんなチンピラでも学園内では上位の魔法師。教師並みに強い先輩とセフィ〇ス並みに髪の長い先輩だ。勝てるわけがない。せめてモモ・モモモのモ・モモモモモンぐらいの魔法が使えれば……!』

 

 

慶吾「は? は? は? は? はぁ?」

 

 

頭の上に数え切れない程の『?』が浮かんでいる。思考を追い抜く怒涛(どとう)の謎に混乱していた。

 

とりあえず選択肢を選ぶ。もちろんズボンは脱がない。

 

 

慶吾「すいません! これだけしかありません!!」

 

 

『謝罪と同時に服を全て脱いだ。財布と一緒に制服を先輩に献上(けんじょう)して土下座する』

 

 

慶吾「ふざけるな!! 結局脱ぐのか!?」

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

 

 

こんな情けない姿をあの二人が見たらどう思うだろうか。多分笑わないだろう。引くか同情されるかの二択。

 

 

『チンピラは財布と制服を持って立ち去った。このままでは教室に戻れない。今後行ける場所は服を着るまで無くなる』

 

 

慶吾「……まさか、詰み?」

 

 

________________________

 

 

 

【選択結果 原田】

 

 

『教室で勉強しました。あまりにも悪目立ちし、誰も話しかけて来なかった。学園での評判が下がった』

 

 

原田「……ヤンキーらしいことをしろってか。いや、それでも下がりそうな気が……」

 

 

原田の役は意外と難しいポジションだった。

 

 

________________________

 

 

 

―――放課後。

 

 

また昼休みと同様に選択肢を選ぶことになるのだが、その前に原田と大樹は話すことがあった。

 

 

「アイツはどうした」

 

 

「昼休みで何か起きたんだろ……ガストレアに食われたかも」

 

 

「本当にありえる話だから怖い。俺はこのまま一回も会いたくねぇよ」

 

 

「俺だって二度と会いたくねぇよ」

 

 

【1.一人で帰宅】

 

【2.妹と帰宅】

 

【3.折紙に喧嘩を売りに行く】大樹限定イベント

 

【4.ガストレアちゃんと一緒に帰る】原田限定イベント

 

【5.学校を探索する】

 

 

出て来た選択肢に二人は嫌な顔をする。

 

 

「いや大樹。お前もどうした」

 

 

「俺が聞きてぇよ」

 

 

手短に昼休みに起きたことを話した。原田は汗を流しながら「何でヒ〇ロになってんだよ……」とツッコミを入れていた。それな。

 

 

「とにかく折紙に喧嘩は売りたくない。妹との百合展開は絶対に難しいと思うし、というか俺が疲れそう」

 

 

「俺もガストレアに会いに行きたくない。妹とのフラグは折れたし……探しに行くか」

 

 

【選択結果 大樹と原田】

 

 

『学校の中を探索していると、裸の男を発見した』

 

 

大樹「何でだよ!?」

 

原田「何でだよ!?」

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

シュパドゴオオオオオオンッ!!!!

 

 

慶吾「……今回ばかりは恩に切る」

 

 

大樹「お前かよ!?」

 

原田「お前かよ!?」

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

シュパドゴオオオオオオンッ!!!!

 

 

連続ケツロケットはヤバイ。尻が本当に消し飛ぶ。特に俺、今ので百回受けたことになるからね?

 

眼鏡以外全て剥ぎ取られた惨めな姿で発見される黒幕。昼休みに起きた話を聞いて二人は同情した。

 

 

大樹「そ、そうか……大変だったな」

 

 

原田「体操服を持って来る。いや、ちょっと絞めて来る」

 

 

慶吾「気持ちは有り難いが、体操服が先だともっと有り難い」

 

 

教室から持って来た体操服を慶吾に着せると、作戦会議を開く。今回ばかりは仲間同士で傷つけあうわけにはいかない。今のように、詰みが入った瞬間、助けて貰えないからだ。

 

とりあえずイベントも終わり、家に帰宅するまで選択肢は出て来ない。今日の出来事を会話で広げる。特に役に成り切ることを重視するべきだと三人は考えた。

 

 

「二人は多分だが折紙とのフラグは無理な気がする……というかホモになるぞ。というか殺す」

 

 

「もう分かったから。もういいから。俺もヤンキーな行動しないと違和感半端ないからな。教室で浮いたし」

 

 

「選択肢が理不尽な分、慎重に選ぶ必要がある。簡単な選択肢でも」

 

 

妙に重みのある慶吾の言葉。気軽に探索したせいで裸にされたのだ。より一層慎重になるのは賛成だ。

 

そうして充実した作戦会議を終えた頃には家の前に着く。日はとっくに沈み、電灯が点き始める。

 

 

『あれ?』

 

 

その時、更なるイベントが待っていた。

 

 

『―――ドアの鍵が開いている。妹が鍵の閉め忘れをするなんて珍しい』

 

 

「……いやまさか」

 

 

大樹の額から汗が流れる。ドアを開けると、目を見開く光景が待っていた。

 

 

『泥棒が入った後じゃない。殺人鬼に襲撃されたかのような光景が待っていた』

 

 

「ッ……嘘だろ」

 

 

原田が驚くのも当然。玄関は酷く荒らされ、壁には大きな亀裂が走り、天井には穴が開いている。

 

 

『妹たちの名前を思わず叫びそうになるが、ここは我慢する。今叫んでしまったら、まだ居るかもしれない犯人に襲われたら最悪だ』

 

 

「意外と冷静か」

 

 

慶吾も散乱した靴を蹴りながら辺りを見渡す。

 

 

『嫌な汗が止まらない。とにかく、妹たちを探さないと……!』

 

 

【特別選択 全員】

 

 

『主人公のステータスや体調を全て同期します』

 

 

大樹「うぅ……お腹が凄く痛い……!」

 

 

原田「朝のか……」

 

 

慶吾「早速戦力が減ったな」

 

 

【特別選択2 全員】

 

 

『制限時間を設け、自由行動を解放します。目標は妹の安全確保』

 

 

大樹「くぅ……この程度の痛み、なんてことねぇ……!」

 

 

慶吾「気合だけで立ち上がるか団長」

 

 

原田「それが大樹の良い所。そのまま止まるんじゃねぇぞ。それで、どこから調べ―――」

 

 

大樹「二階だ」

 

慶吾「上だろうな」

 

 

原田「即答……り、理由を聞いていいか?」

 

 

大樹「壁の切り傷が玄関から階段のある廊下に続いているからだ」

 

 

慶吾「靴跡もな。土足で家に上がったせいで階段まで行った証拠を残してる」

 

 

観察力なら原田も負けないが、大樹と慶吾に関してはズバ抜けている。大樹に関してはお腹の痛みで全く集中できないはずだろうに。

 

 

大樹「二階に突撃ぃ!!」

 

 

原田「いやトイレに行くなよ!!」

 

 

________________________

 

 

 

『足音を殺しながら二階へと向かう』

 

 

グギュルゥルルルル……

 

 

「大樹。お腹の音も殺してくれないか」

 

 

「なるほど、ここで出せと?」

 

 

「ごめん、嘘」

 

 

『二階は自分の部屋と妹たちが共同で使っている部屋がある。どっちに行くべきだ?』

 

 

【1.自分の部屋のドアを開ける】

 

【2.妹たちの部屋を開ける】

 

 

【選択結果 全員】

 

 

大樹「下の穴を解放―――」

 

 

原田「馬鹿な事を言ってないで早く行くぞ」

 

 

慶吾「明らかにドアを蹴られた形跡がある自分たちの部屋だ。妹の部屋ではないだろう」

 

 

大樹「はぁ……どうせ中には悪党が居るんだろ? 勝てるのか?」

 

 

原田「いや……このゲームの流れから予想すると俺たちのケツに悪い展開が待っているはずだ」

 

 

慶吾「同意見だ。予想外な事を考えた方が良い」

 

 

大樹「パンツしか穿()いていない変態とか、パンツを被った変態とか、パンツを握り絞めた変態とか、その程度のレベルぐらいじゃ驚かないが……もっと上でも驚くか?」

 

 

原田「パンツばっかだな。まぁ確かに、どんな変態が出て来ても動揺しない自信がある」

 

 

大樹「だよな。むしろそんな変態が出て来たら笑うわ」

 

 

慶吾「ああ、だったらここは方向性を少し変えて来るのが普通———おい、ドアを開けるみたいだぞ」

 

 

『自分の部屋のドアを、勢い良く開けた!』

 

 

大樹「……………」

 

 

『そこには縄で縛られた二人の妹の姿があった!』

 

 

原田「……………」

 

 

『涙をポロポロと流し、兄の登場に声を上げるが、白い布で口を塞がれているせいで聞き取れない』

 

 

慶吾「……………」

 

 

『妹を襲った凶悪な犯人の姿も、そこにあった!』

 

 

犯人「……………」

 

 

『―――パンツだけ穿いた全裸の変態。パンツを覆面代わりにしている最悪の犯人が!!』

 

 

三人&犯人「「「「……………」」」」

 

 

信じられないくらい静かだった。盛り上がっているのは『』の文章だけ。

 

誰も目を合わそうとせず、妹たちだけが演技を必死にこなしていた。

 

 

(((やっべぇ……今の会話、絶対に聞かれていたわ)))

 

 

―――気まずい。とにかく犯人と気まずい空気になった。

 

この部屋に入る前に散々なこと言ったぞ俺たち。ヤバイ。本当に気まずくて逃げたい。

 

めっちゃこっち見てるよ犯人。すっごい見てる。マジ空気最悪。

 

 

大樹「あー、いや、あー……うん。ね?」

 

 

原田「あーはいはいはい。そうね。そう来るよね、うん。ね?」

 

 

慶吾「お前ら誤魔化し方下手くそか」

 

 

大樹「馬鹿お前、言うなよ」

 

 

原田「向うの気持ちを考えてやれよ」

 

 

慶吾「考えていたらこんな空気にはならなかったんじゃないか?」

 

 

大樹「いやそうだけどさー。言い方ってあるじゃん。ね?」

 

 

原田「そうそう。これだから強キャラの黒幕は駄目なんだよ……」

 

 

慶吾「チッ……なら行け。話しかけて来い」

 

 

大樹「いやそれはちょっと……めっちゃ見てるよこっち? 目、血走ってない?」

 

 

原田「アレは殺る。変に手を出したら殺されるって。もうやめとこ? ここはスルーして『』の文章に任せよう?」

 

 

犯人「……貴様はコイツらの兄か何かか?」

 

 

おっと? 俺たちの会話は聞かなかったことにしてくれるのか!?

 

 

大樹「無かった事にしてくれてる! よし乗ろう! この流れに乗ろう!」

 

 

原田「ああそうだ! 俺の……俺たちのって言った方がいいのかな?」

 

 

慶吾「今気にする所ではないだろ! とにかく貴様は何者だ!!」

 

 

ビシッと犯人に指を向けながら慶吾は問いかける。フッと犯人は小さく笑った。

 

 

犯人「私? ああ、私のこときゃ………………………」

 

 

大樹「えぇ……ここで噛むか普通……

 

 

原田「いや、マジかぁ……

 

 

慶吾「さすがにフォローできんぞ……

 

 

再び気まずい空気が漂う。ここからの切り返し方が誰も分からない。

 

 

犯人「……きゃ、キャーキャキャキャキャ! 俺の名前が知りたいキャ!?」

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

シュパドゴオオオオオオンッ!!!!

 

 

大樹「いでぇ!? クッソ何かキャラ変えて来やがった!?」

 

 

原田「冷静キャラ捨てたぞコイツ!?」

 

 

慶吾「だが話は進みそうだ! 何者だ貴様!」

 

 

『不敵に笑う犯人。パンツを被っているせいで素顔が分からない。男なのは確かだ……』

 

 

犯人「キャハッ! とぼけるなよ。俺たちのこと、実は知っているだろ? 毛野彩度(ゲノ・サイド)無空間(いくうかん)……それをぶち壊す組織―――亜阿唖亞(ヨンケツのア)の事をよぉ!!」

 

 

原田「え?」

 

 

慶吾「は?」

 

 

全く意味が理解出来ない。ポカーンと口を開ける原田と慶吾。

 

 

大樹「……あー、そーゆーことね。完全に理解したわ」

 

 

原田「嘘を言うなお前」

 

 

犯人「……………タイム」

 

 

おおっと!? ここで犯人、カメラを止めろと合図を出す。パンツの覆面を脱ぎ、そのまま床に叩きつけた。

 

 

「どうして僕はこんなに損する役ばかりやらされるんだぁ!!」

 

 

あちゃー! 犯人の正体は明久! 吉井 明久君だ! 馬鹿なお前だが、今回は頑張ったと俺は褒めたい!

 

 

「馬鹿な僕が、あんなにごちゃごちゃしたクソみたいな内容でも、頑張って覚えて演技していたんだよ! なのにどうして三人は知らないのさ!」

 

 

そんなこと言われても……困るわ。元々このゲーム自体がまともじゃない時点でアウトだろ。

 

 

「せっかくこの物語の主人公のライバルで、最後の黒幕なのに……物語の土台がぁッ、内容が酷過ぎるわぁ!!」

 

 

「「「激しく同意」」」

 

 

「どうして僕はパンツだけしか穿いたり着たりしかできない呪いにかかっているの!? しかも部下は物語中は全員インフルで休み!? 秘密基地は主人公が何度も訪れる花屋の隣にある散髪屋の地下ってどこ!?」

 

 

敵さん超カオス。秘密基地関しては何ミダラーだよ。

 

明久はどこから取り出したのか、台本をペラペラとめくりながらツッコミを入れている。そして最後のページになると、

 

 

「―――『最後はヒロインとしての役も可』ってふざけるなぁ!!!」

 

 

「「「ふざけるなぁ!!!」」」

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

シュパドゴオオオオオオンッ!!!!

 

 

明久と同時に声を荒げる。ケツロケットも荒ぶる荒ぶる。可じゃねぇよ。こっちは不可だよ。

 

 

「あと裏の裏の裏のボスに最後は殺されちゃうのかよ!!」

 

 

泣きながら物語をネタバレする明久。パンツで涙を拭いている姿はもう可哀想。

 

大樹は明久の肩を叩きながら励まし、原田は妹たちを救出。慶吾はこっそりと台本を奪い取った。

 

 

「今日はもう帰ろ? な?」

 

 

「うん……おうち帰る」

 

 

「ああ、それが良い。帰ったらモ〇ハンやろうな?」

 

 

「ぐすッ……歴戦手伝って」

 

 

「俺の超火力無属性鈍器ハンマーを舐めるな。任せろ」

 

 

「俺も、超会心火力特化の双剣で行くから」

 

 

「古龍など竜の一矢特化弓装備で余裕だ」

 

 

モン〇ンする約束したあと、明久は帰ろうとする。床に叩きつけたパンツを返し、玄関まで見送った。トボトボと裸で帰る明久の姿に、俺たちは涙が出そうになる。

 

 

「辛いのは……俺たちだけじゃない」

 

 

「大樹……」

 

 

「原田。俺、絶対にヒロインとハッピーエンドを迎えて見せる。何があろうとも」

 

 

「……ああ、そうだな」

 

 

フッとお互いに笑いある。そして、

 

 

 

 

 

「おい。明久(アイツ)倒したらヒロインの好感度を爆上げできるアイテム落とすらしいぞ」

 

 

 

 

 

―――原田は必死に大樹の体を抑えつけた。

 

折紙折紙と何度も最愛の女の名前を呼び続ける猛獣を、原田は必死に抑えつけた。

 

全ては、明久の命を守る為に。

 

 

________________________

 

 

 

結論から言うと台本を奪った意味は無かった。

 

何故なら次の日の朝にはヨンケツの組織が俺たちの家を異空間転移魔法で未来に吹き飛ばすという超展開が待っていた。ちなみに台本通りなら朝ご飯は魚の目玉ご飯というSAN値チェック待った無しの展開が起きる。

 

運営も必死だなと三人は溜め息を吐きながら外に出る。

 

 

「……未来に飛ばすって言ったよな?」

 

 

「……あの世界の未来がってことだろ」

 

 

「あの世界の未来は退化……いや、そういう次元じゃないなこれは……」

 

 

外に出ると、エンカウントするのだ。

 

 

『ピギィ!!』

 

 

『スライムが現れた! 戦闘開始!』

 

 

スライムA レベル1

スライムB レベル2

 

 

大樹 レベル1 体調不良

原田 レベル1

慶吾 レベル1

 

 

【1.たたかう】

 

【2.にげる】

 

 

「「「ゲーム性一気に変わったなオイ!?」」」」

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

シュパドゴオオオオオオンッ!!!!

 

 

恋愛どこに行った!? 突然のRPGはやめろ! 完全にクソゲーになってるぞ!

 

というか地味にスライムにレベル負けてる! あと体調不良まだ続いてるの俺? 妹の料理えぐくない?

 

選択肢を選ぶ前に、俺たちの前に妹たちが前に出て来る。

 

 

奈月「何ボサっとしているのよ!」

 

 

陽「危ないので下がっていてください」

 

 

奈月 職業 戦士 レベル65

 

陽  職業 僧侶 レベル67

 

 

「「「何でだよ!?」」」

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

シュパドゴオオオオオオンッ!!!!

 

 

何故か妹がもっと強い! もうこの環境に適応しているじゃん!

 

ワンパンでスライムを溶かす二人。更なるカオスな展開に俺たちは頭を抱える。

 

 

奈月「よし、じゃあ先に行くからね」

 

 

大樹「ど、どこに?」

 

 

陽「決まってるじゃないですか。学校です」

 

 

大樹「いや結局この世界にも学校あるのかよ!?」

 

 

頭痛い! もう何がどうなっているのか分からなくて頭痛いよ!

 

 

奈月「そうそう。聞いたわよ」

 

 

何か思い出したかのように奈月は原田のお腹を指で突っつく。ニヤニヤと笑いながら奈月は、

 

 

奈月「お兄ちゃん、ガストレアちゃんと仲が良いって」

 

 

原田「あああああああああああああああああ!!!!」

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

 

 

これは発狂案件。泣いて良いよお前。

 

次は陽が慶吾の前に立つ。無表情だった陽は、少し無理な笑みを見せる。

 

 

陽「何かあった時は、ちゃんと相談してください」

 

 

慶吾「……………」

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

 

 

お前も泣いて良いよ。完全にいじめられていることバレている上に、妹達に心配されているわ。これが一番何気にキツイ。

 

 

大樹「あれ? 俺は? 俺には何もないの?」

 

 

奈月&陽「人に唾を吐く人はちょっと……」

 

 

大樹「折紙じゃなくて妹のフラグがブチ折れてたぁ!?」

 

 

シュパドゴオオオオオオンッ!!!!

 

 

________________________

 

 

 

―――学校に向かう途中、何度かスライムとエンカウントした。

 

 

『大樹は体調不良で動けない!』

『原田の木刀での攻撃! スライムAを倒した!』

『慶吾の本の角で叩く攻撃! スライムBを倒した!』

 

『大樹は体調不良で動けない!』

『原田の木刀での攻撃! スライムAを倒した!』

『慶吾の本の角で叩く攻撃! スライムBを倒した!』

『大樹は体調不良で動けない!』

『原田の木刀での攻撃! スライムCを倒した!』

 

『大樹は体調不良で動けない!』

『原田の木刀での攻撃! スライムAを倒した!』

『慶吾の本の角で叩く攻撃! スライムBを倒した!』

『大樹は体調不良で動けない!』

『原田の木刀での攻撃! スライムCを倒した!』

『慶吾の本の角で叩く攻撃! スライムDを倒した!』

 

 

そうして三人はレベルが上がり、強くなった。

 

 

大樹 レベル4 体調不良

原田 レベル3

慶吾 レベル3

 

 

ガスッ! ドガッ! バギッ! ゴオッ!

 

 

そして、校門の前で俺は原田と慶吾にリンチされていた。

 

 

「ふざけるなよ! 何もしていない奴の方がレベル高いっておかしいだろ!」

 

 

「返せ無能! もしくは棺桶(かんおけ)の中に入っていろ!」

 

 

「やめてぇ! 教会もザオ〇ルも無い状況で殺さないでぇ! フェニックスの尾を手に入れてからにしてぇ!」

 

 

HPが赤色に変わった時、必死の命乞いのおかげで攻撃をやめてくれた。マジでゲームオーバーだけは怖い。

 

草原を抜けた先にあった建物は最初の世界で見たあの学校。これが変わっていないのならば、折紙やガストレアちゃんも変わっていないのだろう。

 

 

「……合法的にガストレアを殺したら経験値大量に入るかな」

 

 

「原田。やめろ」

 

 

洒落にならない領域まで来ている原田。多分デートすることになったら自殺する勢い。

 

学園に入っても選択肢は特に出て来なかった。出て来たのはやはり昼休み。

 

 

【1.学校を探索する】

 

【2.教室で勉強をする】

 

【3.折紙に殺されない為に対策を練る】大樹限定イベント

 

【4.ガストレアちゃんに会いに行く】原田()()イベント

 

【5.レベルを上げる】

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

シュパドゴオオオオオオンッ!!!!

 

 

ケツロケットの勢いを利用して、原田が教室の窓からフライアウェイしようとしていた。俺の技をいつ習得した。

 

 

ガシッ!!

 

 

「早まるな! まだ……まだ分からないだろ!」

 

 

「落ち着け! まだ序盤だ! 巻き返せる!」

 

 

それを大樹と慶吾が必死に止める。命を大事にして!

 

 

「俺がここで重傷をすれば……イベントは消えて……!」

 

 

「はい今すぐ武器を直して。首筋に刃を当てると危ないからね」

 

 

大樹たちは原田を何とか落ち着かせる。ブツブツ怖い事を呟いているが、今はスルーしよう。

 

 

「原田は大問題のイベントを抱えているが、お前もだよな」

 

 

「ああ……また裸にされるわけにはいかない」

 

 

慶吾がまた一人で行動すればまた追い()ぎに遭う可能性は高い。放課後、また慶吾を探すハメになる。

 

 

「折紙に殺されないように対策を練りたいが……ここは俺と一緒にレベ上げをしないか?」

 

 

「ふざけろ。体調不良のお荷物はいらん」

 

 

「チッ」

 

 

「お前……どさくさに紛れて寄生するな」

 

 

察しの良い奴め。この流れなら寄生できると思っていたのに。

 

 

【選択結果 大樹】

 

 

『折紙に殺されない為に何か対策を立てないと……』

 

 

「ああ、全く洒落にならない冗談だぜ」

 

 

『よし―――決戦に備えてガ〇ダムを買いに行こう!』

 

 

「それこそ冗談だよな? ……冗談だよな?」

 

 

斜め上とか明後日の方向とか、そんなちゃちなレベルじゃない。ゾンビが襲い掛かって来るからミサイルを買いに行こう!とか言い出してるレベルだから。

 

 

『そして、購買の横にあるガ〇ダム店に来た!』

 

 

「ガ〇ダム売ってる学校って何!? 一体どうなってんだよ!? 魔法要素はよ来いや!」

 

 

シュパドゴオオオオオオンッ!!!!

 

 

尻に良くない流れだ。ここは何が来ても動揺しないように一度落ち着いて、

 

 

店員(五河 琴里)「いらっしゃい。ガンダムより精霊の方が強いけどね」

 

 

大樹「マジで用意できそうな奴が店員だった!」

 

 

シュパドゴオオオオオオンッ!!!!

 

 

(だる)そうに接客するのは琴里。【ラタトスク】をイジってガ〇ダムを作ろうとした俺だ。金を出したら本当に用意しそう。

 

 

【量産型ザ〇 千円】

 

【ウイングガ〇ダムゼロカスタム 十億円】

 

【ユニコーンガ〇ダム2号機 バ〇シィ・ノルン 七百億円】

 

【ストライクフリーダムガ〇ダム 六兆円】

 

 

シュパドゴオオオオオオンッ!!!!

 

 

大樹「いや〇ク安ッ!? あと高過ぎるわボケェ!」

 

 

琴里「ウイングは安い方と思うわよ?」

 

 

大樹「ザ〇との間が開き過ぎだろ! 扱いの雑さに泣けるわ! スライム倒して所持金が余裕で足りてるからザ〇買うけど!」

 

 

琴里「いいの?」

 

 

大樹「フッ、今日から俺のことはシャ〇と呼べ。〇クとは違うのだよザ〇とは!」

 

 

琴里「折紙はユニコーン買ったけど?」

 

 

大樹「ちょっと待て!? ガチで殺しに来てない!? 愛する人、本気で殺そうとしてない!?」

 

 

シュパドゴオオオオオオンッ!!!!

 

 

ザ〇を買った所で瞬殺されそう! これが金の暴力か!

 

 

大樹「もういいや……とりあえずザ〇を買う」

 

 

琴里「毎度。じゃあ、細かいことは新入りに任せるわ」

 

 

新入り? また新キャラが来るのか?

 

 

ティナ「店長。彼はガ〇ダムに対する愛は合っても、ザ〇への愛は薄いです」

 

 

大樹「ブフッ!?」

 

 

シュパドゴオオオオオオンッ!!!!

 

 

ケツロケットと同時に吹き出してしまう。俺のヒロインがガ〇ダム店の新入りやってんだけどぉ!?

 

 

琴里「別に乗るのに関係ないでしょ。乗れないのはジオ〇軍くらいよ」

 

 

大樹「いや何でだよ!? 〇クなのに乗れないのかよジ〇ン軍!?」

 

 

シュパドゴオオオオオオンッ!!!!

 

 

ティナ「まず金髪でない時点で駄目です!」

 

 

大樹「シャ〇になれと!? というか〇ャアも〇オン軍だからな!? 乗れないだろ!?」

 

 

ティナ「『抱きしめたいな! ガンダム!!』くらいは言って欲しいです」

 

 

大樹「それグ〇ハムじゃねぇか! 今度はザ〇が迷子になってんぞ!」

 

 

ティナ「というわけで〇クを愛するグラ〇ムになってくださいね」

 

 

大樹「キャラ崩壊させてんじゃねぇよ!!」

 

 

シュパドゴオオオオオオンッ!!!!

 

 

怒涛のボケにツッコミを入れる大樹。ティナのキャラも崩壊しかけている。

 

 

ティナ「それと、今回私はヒロインとして無理ですよ。ギャルゲーでいう『落としたいけど落とせない購買の可愛い店員』の役なので。恋しようとするとバッドエンドになる先生くらい無理ゲーです」

 

 

大樹「ぎゃあああああァァァ!!!」

 

 

シュパドゴオオオオオオンッ!!!!

 

 

その前に、ヒロインとして崩壊していた。最後の言葉は大樹の精神に突き刺さった。

 

 

________________________

 

 

 

【選択結果(強制) 原田】

 

 

『あれは……もしかしてガストレアちゃん?』

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

 

 

原田の心臓と尻は限界に近づいていた。とっくに尻の感覚など無いが、ガストレアへの恐怖が半端じゃない。

 

 

『ん? 誰かと一緒に居る?』

 

 

「頼むからまともな人で頼むからまともな人で頼むからまともな人で!」

 

 

ガストレアと一緒に居る時点で望みは凄く薄いのだが、狂った世界ならまとな人が来てもおかしくない! うん、何を言いたいのか全く分からない! 狂っているのは自分かな!

 

 

ガストレア「ギッ……(訳:げッ)」

 

 

『目が合うだけで嫌な顔をされてしまう。少しショックだ』

 

 

原田「嫌な顔をしたいのはこっちだクソッタレ」

 

 

そして、肝心なもう一人に視線を移す。頼む!

 

 

魔神バアル「カララッ……誰ダ?」

 

 

原田「何でッ! 俺はッ! 人外ばっかりッ! 遭遇するんだよぉ!!」

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

 

 

頭を抱えて『ビィヤァァァアア!!』と狂気な叫び声を上げる原田。精神が壊れる一歩手前だった。

 

もはや解説不要。ソロモン72柱の序列一番の悪魔だ。というか女子制服を着た骨とだけ言っておけばいい。いちいち観察して言うことは無い。

 

 

『ばばばばバアル先輩だぁ!? 学校美少女ランキングトップ5には入る人がどうしてここに!?』

 

 

原田「もう嫌だぁ!! 美少女ランキングの二割が人外だなんて知りたくなかったぁ!!」

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

 

 

そのまま後方ブリッジして『アビョォォォオオ!!』と変質者待った無しの叫び声を上げる原田。もし近くに大樹たちが居たら絶対にケツロケットを受けていただろう。

 

 

魔神バアル「……何カ用? カララッ」

 

 

【1.ズボンを脱いで求愛アピールする】

 

【2.上半身裸になって彼氏無しアピールする】

 

 

原田「選択肢頭おかしいだろ! 何か脳〇メじゃねぇ!? 甘草じゃねぇぞ俺は!」

 

 

【3.何か巨乳になる】

 

 

原田「選択肢を増やすなよ!? あと意味が分からん!」スパパパパパアアアアアンッ!!!

 

 

【4.何か伸びる】

 

 

原田「いや何が!?」スパパパパパアアアアアンッ!!!

 

 

―――ええい! 俺は化け物にアピールなんてしないぞ!

 

 

『その時、胸に違和感を感じた。段々重くなるような……膨れるような……少し痛い』

 

 

原田「……4の方がよかったのかな」

 

 

ガストレア「えッ(訳:えッ)」

 

 

魔神バアル「エッ」

 

 

『二人の美少女の視線は自分の胸。手を当てて見れば、柔らかい感触が邪魔をした』

 

 

原田「……………フヒッ」

 

 

『そして、二人の美少女が目の前から姿を消した』

 

『巨乳―――凶乳になった。学園の評判が最低ランクまで下がった。ガストレアちゃんと魔神バアルのフラグが折れた。行動選択肢が大幅に減った。バッドステータス(うつ)病が追加された。称号《凶乳の変態ヤンキー》を手に入れた』

 

 

________________________

 

 

 

【選択結果 慶吾】

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

 

 

―――慶吾は泣きそうになった。教室で勉強していると周囲がざわざわと不穏な空気を漂わせていた。耳を澄ませてみると、原田の酷い事を聞いてしまった。

 

 

慶吾「何故そんなことになったアイツ……」

 

 

同情せざる負えない。ヒロインと遭遇しない自分より明らかに酷い結果だ。一体どこで間違え―――登校の近道か。いや、普通アレだけでヒロインが人外に決定するはずがない。それはもはや―――あッ。

 

 

慶吾「……そもそもクソゲーだった」

 

 

何故か納得してしまった。思わず握っていたペンを潰してしまう。

 

クソゲーだから主人公のヒロインを人外にして良い訳が無い。このゲームが終わったらまず運営から復讐しよう。次に大樹だ。原田は見逃す。

 

 

『勉強に集中……集中……集中……! ―――螺旋丸(らせんがん)を取得した!』

 

 

慶吾「何故だ」

 

 

________________________

 

 

 

―――放課後。再び集まり各自今日起きたことを報告する。

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

シュパドゴオオオオオオンッ!!!!

 

 

はい、全員がケツロケットを受けるいつもの展開でした。特に原田。

 

 

「「何で胸がある!?」」

 

 

「痛い痛い痛いッ!? 千切ろうとするんじゃねぇよ!?」

 

 

「クソッ!! 黒ウサギには劣るが、中々の大きさだ!」

 

 

「お前は何がしたいの!?」

 

 

持つべきじゃない者が持ったのだ。持ってない者に分け与えるべきだと大樹は悔しがる。

 

そして放課後の選択肢が俺たちを待っていた。

 

 

【1.一人で帰宅】

 

【2.折紙とガ〇ダムファイトする】大樹限定イベント

 

【3.学校を探索する】

 

【4.レベルを上げる】

 

 

「なぁ大樹。お前だけガ〇ダムのゲームしてないか?」

 

 

「否定できないから辛い」

 

 

ガ〇ダムファイト国際条約とか覚えさせられそうな勢いだよ。一瞬で覚えれるけど。

 

 

「だけど……そろそろ折紙と決着を付けないとな……このままだと進展しない」

 

 

「遂に殺すのか」

 

 

「外道主人公め」

 

 

「外道なのはお前らだろ。折紙を殺す時は永遠に来ねぇよ」

 

 

「ハハハッ、でもベッドの上で半殺しするんだろ?」

 

 

「原田さん!? 俺より酷い下ネタはやめて!!」

 

 

シュパドゴオオオオオオンッ!!!!

 

 

ガストレアにやられたせいか気色悪い顔を浮かべている。怖いよ親友。頼むからこっち側の世界に帰って来て。

 

慶吾も原田のやられ具合に引いてしまい、それ以上は何も言わなかった。

 

 

「フヒヒヒッ……今日は帰宅する」

 

 

「そ、そうか……お前は?」

 

 

「せっかく螺旋丸を覚えたからな。必要になるか分からないが、レベルを上げるとしよう。探索は危ないからな」

 

 

「レベ上げの方が命は危険だけどな。よし、じゃあ———また生きて会おう」

 

 

「実際お前のガ〇ダムが一番危険だろ」

 

 

慶吾の言うことに俺は耳を塞いだ。あー聞こえない! 俺は戦いに行くんじゃない。折紙の好感度を上げに行くんだ!

 

 

【選択結果 原田】

 

 

『帰宅した。妹の料理を手伝い、料理がグレードアップした』

 

 

原田「やっべ、余計なことしたからまたあの朝食みたいになった」

 

 

この家に生きて帰って来ても、夕食という名の地獄が待っていることを二人は知らない。

 

 

________________________

 

 

 

【選択結果 大樹】

 

 

『悲報―――ザ〇、三秒で負ける』

 

 

大樹「でしょうね」

 

 

武器を構える前に高速移動されて背後からズドン。はい終了と操作技術もクソもない。

 

目の前には全身モザイクした方が良いくらいの完全パクリしたユニコーンガ〇ダムが俺を見下していた。どうしてこういう所で本気を出すの運営。

 

 

折紙「……正しい戦争なんて、あるもんか」

 

 

大樹「確かに。お前は卑怯だ」

 

 

あーあ、番外編最終回はガ〇ダム一色だよ。俺だけだけど。

 

活躍できなかったザ〇から降りて俺は両手を挙げる。

 

 

『降参……そうするしかないのか……』

 

 

そりゃそうだ。生身で勝てるわけ———いや、勝てないことはないけどレベルがアレだから無理だと思う、うん。

 

 

【1.降参する】

 

【2.それでも戦う理由がある】

 

 

大樹「……ああ、そうだよな」

 

 

勝つことはできないことくらい、選択肢を選ぶ前から分かっていた。

 

だったら、俺がここから何をするのか。それを考えることが大事だろ?

 

 

大樹「ただの女子高生じゃねぇぞ。俺は、最強だ」

 

 

そして、大樹はガ〇ダムに向かって走り出した。

 

 

シュパドゴオオオオオオンッ!!!!

 

 

『次の瞬間、HPがゼロになった。所持金を全て失い、レベルが初期値に戻った』

 

 

―――やっぱり勝てないかぁ。流れで勝ち確だと思ったけど全然違ったわ。

 

 

大樹(死亡)「レベルってホントに大事だわー……」

 

 

予想通り、最初に棺桶の中に入ることになるのは大樹だった。

 

 

折紙「……………」

 

 

その棺桶を、折紙が持ち帰ったことは二人は知らない。

 

良い方向か悪い方向か、どちらかは分からない。だが、物語は着実に進んでいた。

 

 

 

________________________

 

 

 

【選択結果 慶吾】

 

 

『慶吾の本の角で叩く攻撃! スライムを倒した!』

『慶吾の螺旋丸! 子鬼を倒した!』

 

『慶吾は敵から銅の剣を手に入れた!』

 

『慶吾の剣での攻撃! スライムを倒した!』

『慶吾の螺旋丸! スライム乗り鬼を倒した!』

 

『慶吾は敵から鉄の盾を手に入れた!』

 

『慶吾の剣での攻撃! コールドマンAを倒した!』

『コールドマンBの攻撃! 慶吾は盾で受け流した!』

『慶吾の螺旋丸! コールドマンBを倒した!』

 

『メタルスライムが現れた!』

『慶吾の螺旋丸! メタルスライムには効かない!』

『メタルスライムの攻撃! 慶吾の急所に当たった!』

 

 

慶吾「ぐはぁ!!??」

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

 

 

順調なレベ上げかと思われていたが、経験値を大量に落とすメタルスライムに最悪の攻撃を受ける。

 

股間を抑えながら地面を転がる。みっともない黒幕の姿がそこにあった。

 

 

『メタルスライムは逃げ出した!』

 

 

慶吾「ぐぅ……! 最悪だ……!」

 

 

最後は踏んだり蹴ったりの結果で終わる。レベルは16まで上がり、武器と防具も手に入れた。お金も登校の時より比べものにならないくらい多い。

 

魔法や剣技もいくつか習得することもできた。内容はパクリばかりで酷いが、強いから文句を言えない。

 

 

慶吾「……俺だけ真面目にRPGゲームしていないか?」

 

 

注意、このゲームの終わりはヒロインとハッピーエンドを迎えることです。決して魔王を倒して終わるわけではありません。

 

 

________________________

 

 

 

―――異変に気付いたのは夜だった。

 

夕飯が変なのはスルーして、原田と慶吾は部屋で休憩していると大樹が帰って来ないことに気付く。

 

 

「死んだかな?」

 

 

「多分な」

 

 

しかし、慌てることも焦ることも無く、二人は冷静だった。合掌して大樹の冥福をお祈りする。どうせアイツも愛する人に殺されて本望だろうと探しに行くことは無かった。

 

というわけで、異変に気付いたのは大樹の方だ。

 

 

「……うん?」

 

 

棺桶の中で眠っていると、棺桶の(ふた)が開かれた。教会か呪文で生き返ることができたのかと考えるが、周囲の様子がおかしい。

 

 

「ここは……」

 

 

真っ白な空間。壁も天井もない世界。あるのは道を示すように真っ直ぐに続く赤い絨毯(じゅうたん)が続いていた。

 

 

「いや……花?」

 

 

赤い絨毯の正体は赤い花。白い花で埋め尽くされていた所に赤い液体が吹きかけられていたのだ。

 

異様と異常な光景に大樹はゆっくりと赤い花に触れようとする。

 

 

『まだそれを手にする時は早い』

 

 

「ッ! 誰だ!?」

 

 

頭の中に響く若い男の声。普通じゃない声の聞こえ方で分かっているが、一応辺りを見渡す。

 

誰も居ないはずなのに、男の声はまだ聞こえる。

 

 

『幸せな夢は見れた? 満足はしないだろうけど、それが良いと君は嘘をつけない』

 

 

「……………」

 

 

『大丈夫。君の意識は生きている。何度も何度も、死を乗り越えて来た君なら分かっているはずだ』

 

 

ふと後ろから眩い光が溢れ出した。次第に背を向けているのに目を潰すかのような強い光に襲われる。

 

 

『分かっているからこそ、戻らなきゃいけないと理解している。可能性も奇跡も、全てを超越して』

 

 

「お前は……誰なんだ」

 

 

『知る機会は必ずある。その時は分からないが、これだけは言える。君の味方だと』

 

 

その時、白で覆われた世界が晴れ上がった。

 

言葉で表現できないような美しい光景に、大樹は目を奪われる。

 

空想、理想、あらゆる不可能な奇跡を全てを具現化したかのような景色―――異世界が広がっていた。

 

 

『―――君が望んだ世界と、君の居る本物の世界。その決別と決着を!!』

 

 

________________________

 

 

 

ドゴンッ!!!

 

 

棺桶の蓋が天井高く舞い上がる。棺桶の中から白い花びらが数枚、舞い上がっていた。

 

蓋を蹴り飛ばして出て来たのは女子制服を着た大樹。スカートでもお構い無しに足を上げていた。

 

 

「ったく……全然意味分からねぇ」

 

 

頭を掻きながら愚痴をこぼす。それでも、大樹の足は動いていた。

 

 

「だけど、いちいち言われなくても分かってる」

 

 

棺桶の置かれている部屋は物置のような場所だった。扉は頑丈に鎖や南京錠でロックされているが、

 

 

「こんなクソみたいな世界、とっとと終わらせてやるよ!!」

 

 

拳を強く握り絞め、後ろに引く。同時に音速の壁を越えた速度で扉に向かって突き進む。

 

 

「【双撃(そうげき)神殺(しんさつ)天衝(てんしょう)】!!」

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!!

 

 

強固な扉は糸も簡単に吹き飛び、壁ごと穴を開けた。その威力は常人が絶対に出すことのできない力である。

 

物置の先にある部屋は巨大なカジノような空間だった。スロットやルーレット、トランプやチップが散乱したテーブルから見て分かる。

 

大音量の騒音の中、二人の声が聞こえた。

 

 

原田「だ、大樹!?」

 

 

慶吾「そんなところに居たのか!?」

 

 

横を見れば魔法の杖を握り絞め、巨乳バニーガールになった原田。隣にはちょんまげと和服を着た七罪の姿もある。

 

逆を見れば初音〇クの格好で銃を握り絞めた慶吾が居た。そして背番号114514の野球服を着た双葉がお姫様抱っこされている。

 

そして、人型サイズの量産型ザ〇がう〇い棒を構えて二人を囲んでいた。

 

 

 

 

 

大樹「どういう状況なんだよ!!

 

 

シュパドゴオオオオオオンッ!!!!

 

 

 

 

 

何一つ頭の中に入らねぇ!! どうなってんだよホント!

 

 

原田「一年間どこに行ってたお前!」

 

 

大樹「ファッ!? 一年だと!?」シュパドゴオオオオオオンッ!!!!

 

 

慶吾「状況を簡単に説明すると、ムビョブリ王国の反逆だ! 性魔法師聖矢(セインホー・セイヤー)学園は第二の毛野彩度(ゲノ・サイド)無空間(いくうかん)を防ぐための機関なのは知っているだろ! あとは俺たち選ばれし者(ジャ・ジャスティス)の出番というわけだ!」

 

 

大樹「分からねぇ!? むしろもっと分からねぇよ!」シュパドゴオオオオオオンッ!!!!

 

 

原田「そういうわけだ! 俺の巨乳も、朝食のゴキブリも全部、俺たちの運命だったのさ!」

 

 

大樹「どう考えてもコイツらがおかしいのに俺の異端者感パないな!?」

 

 

慶吾「話は後だ! 来るぞ!」

 

 

そう言って俺の方に集まる原田たち。どうやら戦闘開始らしい。はぁ、もう帰りたい。

 

 

原田 職業 宇宙魔法師(ギャラクシーキャスター) レベル245

 

七罪 職業 侍 レベル200

 

慶吾 職業 地獄狙撃手(ヘルスナイパー) レベル289

 

双葉 職業 野球選手 レベル250

 

 

大樹「強過ぎだろお前ら!?」

 

 

シュパドゴオオオオオオンッ!!!!

 

 

ケツロケットが止まらねぇ! というか職業凄いな!? 一人だけ職業おかしいけど!

 

 

量産型ザ〇 レベル440 200体

《装備 うま〇棒 毎ターン終わりに最大HPの半分を回復》

《加護 ガ〇ダムへの復讐 毎ターン始めに攻撃力をアップ》

 

 

大樹「でも敵の方が強かったぁ!!」シュパドゴオオオオオオンッ!!!!

 

 

というか圧倒的に数も多いし! どうしてこんな強敵の塊に勝てると思ったのコイツら!?

 

 

七罪「ボス……」

 

 

原田「安心しろ! 世界を三度救った男だぞ? 負けるわけねぇ!」

 

 

双葉「ユーチューバーさん……」

 

 

慶吾「心配するな。俺は世界を三度潰した男だ。この程度、片手で十分だ」

 

 

どうして世界を三回救った男と世界を三度潰した男が〇クに負けようとしているんだ。呼び方から察するに双葉と慶吾の関係とか絶対酷いと思う。

 

 

大樹「はぁ……また棺桶行きかこれ?」

 

 

衝撃的なことが多過ぎて疲れた。やる気も起きないまま、戦闘が始まろうとしていた。

 

 

大樹 職業 救世主 レベル999

《加護 花の奇跡 物理ダメージ無効》

《加護 花の神秘 魔法ダメージ無効》

《加護 嫁への愛 毎ターン始めに攻撃力を倍化》

《加護 神の恩恵 異常状態完全無効》

《特性 威圧と威嚇 毎ターン相手は90%の確率で行動不能》

《特性 不屈の闘志 戦闘不能後、次のターンに復活》

 

 

大樹「チートみたいなステータスになってたぁ!?」

 

 

「「「「!?」」」」

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

シュパドゴオオオオオオンッ!!!!

 

 

これには味方も敵も驚きを隠せない。目玉が飛び出る程、驚愕していた。

 

 

『大樹の特性《威圧と威嚇》が発動! このターン、全ての敵は動けない!』

 

 

早速チートスキルが発動する大樹。何気に90%の確率しっかりと全員に発動してるし。

 

ターンは自動的に原田たちに回って来る。

 

 

『原田の宇宙魔法! 敵全体に200ダメージ!』

『七罪の抜刀術! 敵全体に60ダメージと出血状態を付与!』

『慶吾は銃を乱射した! 敵全体に平均250ダメージ!』

『双葉の魔球は外れた! 慶吾に70ダメージ!』

 

『大樹の拳攻撃! 一体のザ〇に79億8999万7851ダメージ!!』

 

 

大樹「むっちゃ強いな俺!?」

 

 

「「「「!?」」」」

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

スパパパパパアアアアアンッ!!!

シュパドゴオオオオオオンッ!!!!

 

 

規模が全然違うんですけど!? ディスガ〇アみたいな数字出てるんだけど!

 

―――そこからは大樹の無双だった。どれだけ原田たちが全体攻撃しても倒すことのできない〇クを大樹は一撃で()ぎ払った。

 

 

「大樹!! 進め!!」

 

 

原田の声で振り返る。そこには誰も居ない。

 

それでも、声は聞こえた。

 

 

「その先に時の逆転者(リバース・オブ・リミット)と呼ばれ続けた折紙が毛野彩度(ゲノ・サイド)無空間(いくうかん)に居る……お前を最終挑戦(ラストチャレンジ)を待っているはず———」

 

 

「うるせぇうるせぇ。折紙が居ることだけ言えばいいからもう」

 

 

結局このゲームの内容を一ミリも理解できなかったな。理解しようとすら思わなかったけど。

 

 

「原田! 慶吾!」

 

 

カジノの奥に新たな扉が現れる。その先に向かって俺は走り出した!

 

 

「待っていろよ!!!」

 

 

「……おう」

 

 

「フンッ」

 

 

________________________

 

 

 

「ウオオオオオオオォォォ!!!」

 

 

シュパドゴオオオオオオンッ!!!!

 

 

ケツロケットの威力を利用しながら疾走する。はいそこー。音速に勢い付ける意味あるの?とか言わない。

 

カジノの部屋を抜けると長い廊下が続いていた。カジノに居た敵と同じようにザ〇が配置されていたが、そのまま横を走り抜けて一掃した。

 

音速で走り続けているにも関わらず、廊下は終わりを見せない。それだけ長いのだ。

 

 

「……すぅ」

 

 

ふと、足を止めて息を大きく吸いこんだ。

 

人差し指を立てて、こう叫ぶのだ。

 

 

 

俺と結婚したい人、この指とーまれッ!!

 

 

 

―――なんということでしょう。七人どころかいっぱい出て来たぞ。

 

 

シュパドゴオオオオオオンッ!!!!

 

 

大樹「いや違うだろ!? ちゃんと上の流れを見てくれた!? 嫁だけが出て来る合図でしょ!?」

 

 

理子「だいちゃん! やっと理子と結婚してくれる気になった!?」

 

 

大樹「違ぇよ!」

 

 

夾竹桃「そうね。私も選んでくれないとおかしいもの」

 

 

大樹「違ぇよ!!」

 

 

美琴「私も?」

 

 

大樹「違ぇッ……くない!! 大好き!!」

 

 

美琴「今勢いに任せて否定しようしたわね」

 

 

すまない。流れの勢いで美琴たちは居ないと思ったんだ。

 

美琴のジト目を誤魔化しながら腕を引っ張りこちらに抱き寄せる。他の女の子にはしないから! 浮気なんてしないから! お願い信じて!

 

 

深雪「大樹さんなら必ず全員と結婚すると思っていました!」

 

 

大樹「その笑顔やめろ!! しねぇよ!!」

 

 

ほのか「……大樹さんッ……私は……私はッ……!」

 

 

大樹「ち、ちが……んくぅは……その……否定し辛ぇ!!」

 

 

メヌエット「これはダイキの妻になっても将来を推理できないわ。ダイキって何百人と結婚するの?」

 

 

大樹「勝手に三桁まで伸びてんじゃねぇよ!? 七人だ!」

 

 

アリア「……妹まで手を出して良いご身分ね?」

 

 

大樹「トンデモナイ、アナタタチダケ、アイシテル」

 

 

アリア「片言になるほど動揺すると説得力がないわよ」

 

 

今度はアリアを発見。しっかりと手を握り絞めてこちらに引き寄せる。銃口が俺の頬に突き付けられるが、気にせず嫁を探す。

 

 

リサ「リサはご主人の傍に居ればそれだけで十分。ただ、少しばかりお情けを頂ければ……」

 

 

大樹「アウトぉ!! 完全にアウトォ!!」

 

 

美九「私もだーりんとあんなことやこんなことを……!」

 

 

大樹「はいチェンジ! スリーアウトしたからチェンジしてぇ! 嫁にチェンジしてぇ!」

 

 

優子「そうよね。大樹君はいつも大きい子ばかり浮気するわね」

 

 

大樹「オッケー、心にデッドボールしたから許して」

 

 

不機嫌になっている優子を抱き寄せる。どこにも行かないように何度も謝った。美琴とアリアにも睨まれているのは気のせいだと信じたい。

 

 

狂三「でも最後は迎えに来てくれると私は思っていますわよ」

 

 

大樹「絶対に無理。浮気、ダメ、絶対」

 

 

万由里「これだけ愛人を揃えているのによく言えたわね?」

 

 

大樹「そういう風に言うの一番良くない」

 

 

黒ウサギ「……もしかして黒ウサギたちって」

 

 

大樹「やめろぉ!! 大丈夫だから! 嫁だから妻だから最愛だから心配しないでぇ!」

 

 

今度は黒ウサギに暴投された! 泣かないで黒ウサギ! ちゃんと愛してるから!

 

泣き出しそうな黒ウサギを抱き寄せて———間違って胸に触れてしまい何人からかビンタされる―――今度は俺が泣きそうになる。

 

 

大樹「嘘だろ……俺のモテ期、パない」

 

 

真由美「そうなの……実は私もモテ期だった頃は学校中の男子生徒から―――」

 

 

大樹「よし、一人残らず『真由美は大樹の嫁』だと分からせてやる。特に拳で」

 

 

真由美「今言ったこと、私たちも思っているからね大樹君? 特に大樹君に」

 

 

やだなぁ、ちゃんと分かっていますよ。そんな目で見ないで皆。

 

真由美の手を引こうとすると、向うから抱き付いて来た。張り合うように美琴たちも抱き付くので動きにくい。嬉しいので全然引き離そうとか思わないですけどね。

 

 

リィラ「ふふん、そして最後は私も選ばれることくらい———」

 

 

大樹「論外」

 

 

リィラ「即答するほどですか!?」

 

 

大樹「バーカバーカ! 調子に乗るなよ堕天使! 恋愛経験ナシのおこちゃまに俺が惚れる―――」

 

 

ティナ「……………」

 

 

大樹「ほ、惚れる……惚れる……俺はロリコンだぁ! ひゃっほい!」

 

 

ティナ「番外編史上、返しが一番下手ですよ。あと『おこちゃま』というワードに反応したわけではないので。な・い・の・で」

 

 

頬を膨らませて可愛く怒るティナ。俺の腕をつねりながら体を寄せて来た。

 

残るは折紙だけ。ここには居ないようなので再び廊下を美琴たちと一緒に走り出す。

 

手を繋ぎ、横に並んで、笑顔を見せ合って、最高の幸せに囲まれて、大樹の胸は焼ける程熱くなった。

 

抑えることのできないこの高揚感を、今すぐにでもさらけ出したい。

 

 

「さぁて、ハッピーエンドはすぐそこだッ!!」

 

 

終わりなき廊下の果ての先に、金色の扉が姿を見せる。大樹は躊躇(ためら)うことなく、扉を蹴り飛ばした。

 

 

「迎えに来たぜ折『待ってた』———抱き付くの早いな!?」

 

 

部屋の中に入ると同時に正面から抱き締められた。まだ決めゼリフの途中でしたけど。

 

 

「ど、どうして俺がすぐ来ることを分かっていた?」

 

 

「結婚したい人、この指とーまれって大樹の声が」

 

 

「ここに来るまで凄い距離あったけど!? どんだけ耳が良いんだ!?」

 

 

「あとは、私の大樹センサーで感知した」

 

 

「これまでの言動のせいで容易に否定できねぇ! あと恥ずかしいから他人には言わないでね! それ折紙だけだから!」

 

 

「え? あるわよ?」

 

 

「よぉし、常識人の美琴まで言い出したらキリが無いからやめろよ?」

 

 

「ここに居る皆、大樹センサーを持ってると思うわよ」

 

 

「アリア! 本当に、恥ずかしいからやめて!」

 

 

「じゃあ大樹君。私たちと同じように嫁センサーとか無いの?」

 

 

「何を言っているんだ優子。あるに決まっているだろ?」

 

 

「ま、真顔で言い切りましたね……大樹さん、そういうことです」

 

 

「駄目よ黒ウサギ。大樹君がおかしいんじゃないの。私たちが、大樹君サイドに染まり切ってしまったのよ」

 

 

「真由美さん? まるで俺が悪いように聞こえるけど? 気のせいですか?」

 

 

「私たちが居るにも関わらず、アレだけ浮気していたら悪い人だと———」

 

 

「よーしティナ!! 今日から俺はお前のパパになっちゃうぞ! ちなみに俺は悪いからママを作る気はないぞ!」

 

 

「―――良い人だと思うので私をママにしてください」

 

 

「俺から仕掛けて置いて言うのもアレだけごめん。その言い方だけはマジでやめて。完全に犯罪者だから俺。余裕で逮捕されるから」

 

 

「そんなことより、最後の選択肢」

 

 

「夫が最低な犯罪者になるかもしれない状況を『そんなこと』で済まさないでくれ折紙。というか最後の選択肢って」

 

 

【1.夢から覚める】

 

【2.このまま夢に囚われる】

 

 

―――最後の選択肢に、大樹は嫌な顔をした。

 

 

「……今までやりたい放題して来たことを全て夢オチにするの―——」

 

 

「大樹。それ以上はいけない」

 

 

折紙に釘刺されちゃったよ。爆発オチの百倍くらい最低だぞ。

 

 

「いつの間にか動揺してもケツロケットが発動しなかったからな。やっと終わりか」

 

 

「あッ」

 

 

その時、どこからか声が聞こえた。美琴たちの声じゃない。

 

何かに気付いたような反応だった。辺りを見渡すが誰もいない。

 

 

デデーン!!! 大樹、タイキック!

 

 

―――どう考えても遅すぎるだろうが。

 

 

「オーケー、運営殺す。詫び石どころか現金を渡しても絶対に許さない」

 

 

デデーン!!! 大樹、タイキック!

 

デデーン!!! 大樹、タイキック!

 

デデーン!!! 大樹、タイキック!

 

 

「ごめんなさい調子乗りました! 俺が悪かったから許してください!」

 

 

その場に土下座して命乞いする大樹。手の平扇風機(せんぷうき)とは呼んで良いので。

 

今の数を十六夜級の蹴りが連続で来たら死ねる自信がある。蓮太郎でも尻の骨が粉砕される自信がある。

 

 

「えっと……大樹。その……」

 

 

ふと後ろから美琴が何かを遠慮するような声が聞こえた。

 

 

「悪くないわよあたしたち。浮気された本人だもの」

 

 

「アタシならまだ良いけど……黒ウサギたちは洒落にならないんじゃ……」

 

 

アリアと優子の言葉を聞いた俺は察する。馬鹿な俺でも、何が起きているか理解した。

 

 

「シュッ、シュシュシュ」

 

 

「見て大樹君! 黒ウサギの蹴り、全然見えないわよ!」

 

 

―――タイキックするのは、どうやら嫁たちのようだ。

 

ウォーミングアップし始めた黒ウサギとお腹を抑えて笑う真由美。二人の手には意味の無いグローブが装着されている。

 

 

「うん……まぁ……えー」

 

 

「不満そうですね」

 

 

「いやだって……ティナは尻を蹴られて物語を終える主人公ってどう思う」

 

 

「結婚したいですね」

 

 

「嘘つけ」

 

 

ティナの目は赤くなっており、準備はできていることを語っていた。

 

 

「大丈夫。痛いのは最初だけ。あとは気持ち良くなる」

 

 

「折紙はどういうタイキックをしようとしてる? 普通に頼むぞ?」

 

 

大人しく『orz』の体勢を取り、尻を左右に振った。

 

 

「へい! ひと思いに頼むぜ! へいへい!」

 

 

「気持ち悪いからジッとしていなさい!」

 

 

美琴に怒られてジッとする。最後がこんなオチでいいのかと深刻に思う。

 

最後の選択肢は当然【1.夢から覚める】だ。

 

 

 

 

 

「―――俺にはまだ、やらなきゃいけないことがあるからな!!」

 

 

 

 

 

「その体勢で言ってもカッコ良くないわよ」

 

 

最後の決めゼリフはアリアに台無しにされた。そして、

 

 

シュパドゴオオオオオオンッ!!!!

 

 

―――壮絶な尻の痛みに長い夢から、覚めるのだった。

 

 




最終結果 ケツロケット回数



原田 亮良 661回




宮川 慶吾 740回





楢原 大樹 2692回





大樹「尻死んでない?」

原田「死んだ尻を嫁に向けていたと思うと……酷い」

慶吾「主人公やめろ」

大樹「……ファッキュー」





―――さて、私の持つ全てのギャグを解放し切りました。

大樹たちの物語は、いよいよゴールしようとしています。

最後の最後まで、大樹の挑戦は終わりません。いや、これが最後の挑戦なのかもしれません。

短く長い人生で手に入れた全てを賭けて、戦います。


原点世界終章・最終編


―――どうやら俺はたくさんの世界に転生するらしい、完結編。


―――開幕。





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原点世界終章・最終決戦編
英雄はただ一人…この日を最後に明日は来ない…


いよいよこの時が来ました。

大樹たちの物語が、ついに終わりを迎えようとしています。

最後までどうなるか分からない展開と結末。

最後まで何をするのか分からない大樹たちにご期待を。

そしてここまで読んでくださった方々に最高で最強の感謝を込めて、


―――この物語のラストを、書かせていただきます。


原点世界終章・最終決戦編をどうぞ。


―――この世界が、大切な人を殺した。

 

 

くだらない理由で、どうしようもない運命が、抗うことも許されず、無慈悲に命を奪って行ったのだ。

 

言葉は届かず、思いも届かず、一人の少女の願いは虚しくさびれた。

 

決して交わることのない二人が、それぞれの愚かな選択をする。

 

ある者はそれを忘れて———(いばら)の道から目を逸らした。

 

ある者は脳裏に強く焼き付けて———茨の道を選び、地獄まで足を運んだ。

 

しかし、正義は目を逸らした者に与えられ、地獄から生還した者を悪とした。

 

理不尽に不名誉な烙印(らくいん)を押されたわけじゃない。本人がそれを望んだからだ。

 

忘れていた事を思い出し、あらゆる大切な物を手に入れて『全てを救う』と決めた男。

 

大切な物を全て捨て、感情すら闇に消して『全てを壊す』と決めた男。

 

両者が争うことにそれ以上の理由は必要ない。

 

―――それが定められた運命なのだから。

 

逃れることも、絶対的不可能なのだ。

 

 

 

死ぬまで、戦うことしかできない不器用な男たちなのだ。

 

 

________________________

 

 

 

塩の香りより、焼けた臭いが鼻につく砂の浜。黒い煙が一帯に蔓延(まんえん)していた。

 

その中心に大樹は居た。左目からは血を流し、右目から涙がボロボロと地面に落ちる。しかし、決して悲しむ顔をしていなかった。

 

息を引き取った原田の体を強く抱き絞め、親友を奪った男に殺気を出しながら睨み付けている。常人が間に受ければ気絶。下手をすればショック死するだろう。

 

だが原田の命を奪った男―――宮川 慶吾は一切の動揺を見せない。不敵な笑みのまま、言葉を続けた。

 

 

「復讐の時だ。今からお前の全てを奪い、壊す……!」

 

 

「復讐だと……? このッ、ふざけるなッ!!」

 

 

ゴオォッ!!

 

 

大樹の叫びと共に吹き上がる暴風。砂と一緒に舞い上がり視界も同時に奪った。

 

神の力で慶吾の体を吹き飛ばそうとするが、

 

 

「フンッ」

 

 

大樹の攻撃を鼻で笑い、慶吾はつまらなそうに、手を横に払うだけで衝撃を簡単に消す。

 

辺りを漂う黒い煙が神の力を弱めているせいだ。もう一度撃った所でカウンター攻撃を受けるはめになる。

 

しかし、それを理解した上で大樹は行動したのだ。

 

 

ダンッ!!

 

 

余裕な態度を見せる慶吾の背後を天使のリィラが取る。天界魔法を即座に発動させ、魔法陣の中から光の矢が射出される。

 

 

「遅いな」

 

 

ゴオッ!!

 

 

振り返ることなく、見もせず慶吾は体を傾け、反転して避ける。しかも(かす)るか掠らないかのギリギリな避け方だ。

 

 

「避けろリィラ!!!」

 

 

危ない避け方をした理由はすぐに明らかとなる。黒いオーラを吹き出した銃を構えて、銃口をリィラに向けていたのだ。

 

リィラへのカウンター攻撃。防御する為の天界魔法が間に合わない。

 

 

『ガァッ!!!』

 

 

ガブッ!!!

 

 

構えた右腕にジャコが噛み付いた。大量の血が噴き出し、ジャコの黒い毛並みを赤く染めていた。

 

一瞬の隙が生まれた。リィラはすぐさま慶吾から大きく距離を取り、天界魔法を発動しようとする。

 

 

「……その程度か」

 

 

慶吾の表情を見たジャコは凍り付く。

 

威圧でも殺気でも無い。侮蔑(ぶべつ)と失望を含ませた狂気の目に、ジャコは噛み付いたことを後悔した。

 

 

「【生命略奪(ライフ・ヴァンデラー)】」

 

 

バシュンッ!!!

 

 

ジャコの体から黒い光が瞬いた。一瞬の出来事に大樹とリィラは何が起きたのか理解できない。

 

 

『ぐぅッ……まさかッ……!?』

 

 

———ジャコの毛並みが、白く変わり果てていた。

 

自身の力で白くなったわけではない。慶吾に力が奪われたかのように、ジャコは老いた。

 

痩せ細ったジャコの姿を見た大樹とリィラの中で感情が爆発する。

 

 

「「放せッ!!」」

 

 

ゴッ!!!

 

 

大樹は音速で慶吾と距離を詰めて正面から頭突きする。両者の額から血が流れ、大樹はジャコを奪い返した。

 

即座にリィラの天界魔法が発動する。頭突きでよろけた慶吾の真上から落雷が落ちる。

 

 

バチバチッ、ドガラシャアアアアアアンッ!!

 

 

砂塵を巻き上げ、直撃したことを最後まで確認していた大樹は跳躍して急いで距離を取る。敵がこの程度で終わるわけがない。

 

体勢を整える為に一度逃走を考える。原田を抱えながら慎重に逃げ出そうとする。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「あがぁッ!?」

 

 

重い銃声が聞こえると同時に右脇腹に激痛が走った。原田を落としそうになるが、何とか踏み留まる。

 

振り返って見てみれば銃を構えたまま慶吾がこちらに歩いて来ていた。無傷の体に大樹は舌打ちする。

 

確実に雷に当たったはずだ。その証拠に服の裾が少しだけ黒ずんでいる。完全に無効化する能力を持っているわけではない。

 

 

(―――なら……俺と同じなのか)

 

 

先程のリィラのカウンター攻撃を見た時から気付いていた。あの動きは今まで戦って来た保持者の中でも特殊―――俺や姫羅と言った者たちにしかできない洗練された動き。

 

バトラー、エレシスとセネス、ガルペスと言った神の力に任せた動きじゃない。

 

―――正真正銘、俺たちと同じように修羅場をくぐって来た者の動き。

 

 

「捨てたらどうだ? 逃げるのに邪魔だろ?」

 

 

「黙れよ……」

 

 

「持ち帰った所で生き返るわけじゃない。そのまま(みにく)く腐って———」

 

 

「黙れって言ってんだろうがぁ!!」

 

 

ガキュンッ!!

 

 

光の速度に達した【神銃姫(しんじゅうき)火雷(ホノイカヅチ)】の早撃ち。この距離なら絶対に目視することのできない。慶吾が避けることは不可能なはず。

 

 

「ッ……!」

 

 

しかし、銃弾は慶吾の頬を掠める程度で終わっていた。当たるには当たったが、軽傷で済んでいる。

 

その光景に酷く動揺していたのは、撃った本人だった。

 

 

(―――誘われていたことくらい普段の俺なら分かるだろ! 何やってんだ俺!)

 

 

避けられた原因は撃った大樹にあった。冷静さを欠いたせいで致命的なミスをしていた。

 

慶吾の挑発的な言葉に耳を貸したせいで銃弾に怒りを込めてしまった。本能や勘を研ぎ澄まし、僅かに感じ取って寸前で回避したのだろう。

 

 

ダンッ!!

 

 

再びカウンター攻撃を仕掛ける慶吾。大樹の銃弾を掠らせながらも攻めの姿勢を一切崩さない。

 

 

ドゴンッ!! ドゴンッ!!

 

 

黒い銃弾が大樹に襲い掛かろうとする。狙いの先は———冷たくなった原田の体。

 

大樹を激怒させるには十分だった。

 

 

グシャッ!!!

 

 

「ッ!」

 

 

原田に当たるはずだった銃弾は大樹の左腕にめり込んだ。

 

真っ赤な血が噴き出し、腕の骨が折れる音が聞こえた。だがおかげで原田の体に傷が増えることはなかった。

 

 

「【無刀の構え】」

 

 

次は大樹のカウンター。攻撃を受ける代わりに、真正面から突き進んだおかげで最短時間で慶吾まで距離を詰めることができた。

 

あらゆる感情が渦巻くの中、これだけは駄目だと大樹は心の中で叫ぶ。

 

 

(―――【憎悪の闘志】!!)

 

 

何であろうと、復讐しようとする相手に影響されて憎悪を抱き、復讐してはいけない。自分が復讐なんてすれば、今まで出会って来た保持者たちのことを否定してしまう。

 

僅かに残っていた正気で自分を取り戻す。許されない感情を一瞬だけ持つ。

 

そしてここで断ち切り捨てる。己の正義を貫く為にも、ここで絶対に断つ!

 

 

「【神殺(しんさつ)天衝(てんしょう)】!!」

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!!

 

 

神々が恐れる一撃が慶吾の顔に放たれた。凄まじい衝撃が一帯に響き渡る。

 

そのまま海の彼方に慶吾の体は吹き飛ぶ沈む。余波だけで、数秒海が割れていた。

 

 

「ッ……がぁあああぁ……!!」

 

 

殴った手が痛い。思わず膝を地に着いてしまうほど。

 

慶吾の体が頑丈だったわけではない。痛みの原因は、手を見て分かった。

 

―――化け物のように白く、老いたようにしわくちゃになっていた。

 

指の骨は全て粉々に砕かれ、血をダラダラと流れ出していたが、数秒で止まってしまう。

 

 

「大樹様……! 私はどうすれば……!」

 

 

駆け寄って来たリィラに俺は目を疑う。リィラの抱えたジャコは俺と同じように老いを悪化させていた。呼吸も小さく、まともに会話できる状態じゃない。

 

あらゆる天界魔法で回復を(ほどこ)した後なのだろう。無情にもジャコの体調は回復しているようには見えない。

 

苦しそうにしているジャコを見ていられず、だけどどうすればいいのか分からず、リィラはパニックに陥っていた。

 

 

(三対一の状況でこのザマか……!)

 

 

親友を失い、ジャコは重傷。さらに負けそうな状況に大樹は下唇を強く噛む。

 

悔しいという感情もあるが、一番は自分が情けない事だ。

 

また守れない。何度も猛省して乗り越えて来た壁なのに、今は山よりも高く思えた。

 

 

「【神の加護(ディバイン・プロテクション)】―――【神格化・全知全能】」

 

 

傷を瞬時に回復させ、左目と右手を回復する。続けてジャコに対して回復ではなく、力を与える行為で治療を試みる。

 

ジャコの体が神々しい光に包まれ、大樹は必死に力を送る。

 

 

「頼む……死ぬんじゃねぇ……!」

 

 

『……ゴフッ、ゴフッ』

 

 

息を吹き返すように大きく咳き込む。白くなっていた毛並みが少しだけ黒みを取り戻す。

 

 

「ジャコ!!」

 

 

『大きな声を出すな……頭に、響く……』

 

 

「心配させやがって……! もういい、あとは任せろ。リィラ、ジャコと原田を頼む!」

 

 

「まさか……一人で!? そんな無茶―――!」

 

 

「急げッ!!」

 

 

余裕のない一喝(いっかつ)にリィラは悔しそうに体を震わせるが、すぐに原田とジャコを抱えて白い翼を広げて飛び立った。

 

 

ガギンッ!!

 

 

その後ろから一発の銃弾がリィラを貫こうとするが、その前に大樹の刀が邪魔をした。

 

 

「お前の相手は俺だろ?」

 

 

「……それもそうだな」

 

 

いつの間にか黒く染まった海からゆっくりと歩いて来る慶吾。水に濡れたまま慶吾は銃を構え、銃口をリィラから大樹に向ける。

 

 

「次はしっかりと狙えよ。狙いを外した瞬間、お前の首を斬り落とす」

 

 

「……………」

 

 

力強く【神刀姫】を握り絞めながら自分の心臓を指差す。それを無言で慶吾は狙いを定めた。

 

先程の争いが嘘のように静かになる。互いに睨み合い、刹那の隙を見せない。

 

 

「―――—ハッ」

 

 

戦いの合図は、慶吾が鼻で笑った瞬間だった。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

重い銃声が響くと同時に黒い銃弾は容赦無く大樹の心臓を貫いた。強靱(きょうじん)の肉体を持った大樹の体に風穴を開ける程の威力だ。その光景に大樹ではなく、撃った本人が驚愕した。

 

防ぐことはできたはずだった。回避することもできたはずだった。だが大樹は一切の守りを捨て、攻撃を仕掛けた。

 

 

「おおおおおおおおォォォ!!!」

 

 

「くッ」

 

 

心臓を撃ち抜いたにも関わらず大樹は全くの怯みを見せない。雄叫びを上げながら距離を詰めて見せた。刀を上から振り下ろし、銃を握り絞めた慶吾の腕を斬り落とそうとしていた。

 

大樹の突撃に判断を遅らせてしまった慶吾。それでも斬撃を回避する為に後ろに体を引こうとする。

 

 

カクンッ

 

 

だが振り下ろされる刃は軌道を変える。縦から横に、慶吾の首を狙うように。

 

宣言通り、大樹は慶吾の首を狙っていたのだ。後ろに跳んだせいで軌道を変えた刀を避けることができない。つまり、

 

 

グシャッ!!!

 

 

「ぐッ!?」

 

 

身を(てい)しての防御が要求された。

 

慶吾は己の左腕を使って刀を受け止めた。刃は深くめり込み、血を勢い良く噴き上げる。

 

ガシッとそのまま刀身を掴み、大樹の動きを止める。そして右手の銃を大樹の額に向ける。

 

大樹と同じように自分の体を犠牲にすることで反撃の隙を作る。間髪入れずに引き金を引いた。

 

 

(———見えるッ!!!)

 

 

ドゴンッ!!

 

 

超反応で大樹は頭を傾ける。銃弾は額を撃ち抜くことなく、右耳を削る程度で終わる。

 

一撃一撃が必殺となる戦い。そんな必殺の攻撃を読み合い、次に繋げる為の防御をしなければならない。

 

どちらかがそれをやめれば、もしくはできなければ負ける。だからこそ、両者は止まらない。

 

大樹は左手をグッと握り絞め、慶吾は銃を握り絞めたまま右手を後ろに引き絞る。

 

 

「「うおおおおおぉぉぉ!!!」」

 

 

ゴォッ!!!

 

 

両者の拳が両者の顔に叩きこまれる。頭蓋骨を砕き、脳ミソをグチャグチャにするかのような重い一撃だ。

 

血塗れに、ボロボロになりながら大樹と慶吾は後ろに吹き飛びながら転がる。衝撃で両者は距離を取ることになるが、展開は慶吾が有利となる。

 

 

「【残酷な雪崩(グラオザーム・ラヴィーネ)】!!」

 

 

バギバギバギバギッ!!!

 

 

銃口の先から砂浜が凍り始める。地面から無数の氷の刃が突き出ながら大樹へと襲い掛かろうとする。

 

 

「一刀流式、【風雷神・極めの構え】!!」

 

 

強引に左手で地に着いて転がっていた体を止める。そして慶吾の攻撃に刀を振るう。

 

 

「【號雷(ごうらい)静風(せいふう)】!!」

 

 

キンッ!!!

 

 

光輝く刀を斬り上げて氷の刃を無に還す。氷の刃を砕くことはできたが、強烈な冷風が体を凍えさせる。だが、

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

そのまま刀を垂直に振り下ろし、今度は慶吾に向かって攻撃が襲い掛かる。

 

雷の悲鳴ような斬撃音と共に暴風の刃が一直線に荒れ進む。

 

 

「【邪悪な暴風(シュトゥルムベーゼ)】」

 

 

ゴオオオオオォォォ!!

 

 

慶吾の銃から放たれたのは嵐の銃弾。大樹の暴風を一歩も動くことなく相殺した。

 

 

「「……………」」

 

 

両者の実力は五角―――他人から見ればそう思うだろう。

 

しかし、お互いに分かっていた。自分たちの実力差を。

 

 

「つまらんな」

 

 

「ッ……」

 

 

呆れるように溜め息を吐く慶吾に、大樹は歯を強く噛む。

 

ボタボタと出血の量は大樹が多かった。こうして向かい合って意識を保っていること自体、大樹には辛かった。

 

 

「お前のような男の為に、双葉は死ななきゃいけなかったのか」

 

 

「は……?」

 

 

どうしてこのタイミングで彼女の名前が出て来るのか意味が分からなかった。

 

慶吾と双葉の間に接点は無かったはず。なのに、どうして名前を出した。

 

明らかな動揺を見せる大樹に慶吾はニヤリとまた不敵な笑みを見せる。

 

 

「苗字の宮川という名前は古くてな。本当は、阿佐雪(あさゆき)という苗字だ」

 

 

「なッ―――!?」

 

 

驚愕と同時に頭の中でバラバラになっていたピースが組み合わさるのが分かる。

 

双葉の家で感じた違和感の正体はこのことだったのだ。

 

 

「母の再婚相手の父。その娘が双葉というわけだ。つまり、双葉の義理の弟ということになる」

 

 

明かされる衝撃の事実に大樹は何も言葉が出ない。

 

頭の中が真っ白になり、呆然と立ち尽くしてしまっていた。

 

 

「あの日、双葉が死んだ時から……俺はお前を一度たりとも、一瞬も許した覚えはない」

 

 

「ッ……」

 

 

凄味をきかせた睨み付けに思わず一歩下がってしまう。

 

だが……だがそれでも、大樹は言うのだ。

 

 

「確かに双葉が自殺した原因は俺だ。俺のせいだ。けれど……」

 

 

―――これ以上、自分を縛る鎖は無い。

 

迷いも悩みも、あの桜の木の下で終わっている。いや、俺は始まったのだ!

 

前に進む為に流した涙に、嘘をつく様な真似はしない。

 

あの笑顔を、二度と忘れない為に!!

 

 

「俺は、お前を止める!!」

 

 

「何?」

 

 

「俺も同じように、お前のやったことは絶対に許すことはできない。だけど双葉は、お前の復讐を望んでいないことぐらい分かる!」

 

 

握り絞めた拳を前に突き出し、

 

 

「お前の復讐は、俺がここで終わらせる!」

 

 

そして、宣言する。

 

 

「お前を倒して、邪神も倒す。このくだらない戦いを終わらせてやる!!」

 

 

曇りの無い瞳をした大樹の姿に慶吾は酷くイラつかせた顔になる。だが、

 

 

「———愚かだな」

 

 

「お前よりマシだ」

 

 

「クハッ、お前は二つ、誤解していることがある」

 

 

その時、全身に嫌な物が走り抜けた。

 

恐怖や憎悪なんて物じゃない。それを越えた形容しがたい気配。

 

今まで戦って来た悪魔や保持者の持つ小さい物ではない。

 

気が付けば痛みを忘れて、足が震えていた。

 

 

「———邪神は、俺の中に居る」

 

 

「……嘘だろ」

 

 

一体どういう巡り合わせなのか。これが運命なのか。

 

双葉との関係性も、伏線のように回収される。

 

容易に信じられない。頭の中に入らないのに、自然とそうなのだと脳が理解してしまう。

 

吐き気を催すような強い殺気のせいで、分かってしまうのだ。

 

 

―――これが、邪神の力なのだと。

 

 

「……何でだ」

 

 

「同じことを言わせるのか?」

 

 

双葉との決着は付けたはずなのに、終わることのできない物語。

 

慶吾の復讐は、正当だと思い始めている自分が居た。

 

構えていた刀が自然と下を向けている。大樹の表情は今までの中で酷い物だった。

 

そして、追い打ちをかけるように大樹の心を乱す。

 

 

「……もう一つの誤解は、双葉の死だ」

 

 

慶吾の顔からは不敵な笑みが消えていた。代わりに、

 

 

 

 

 

「———双葉を殺したのは、俺だ」

 

 

 

 

 

―――悪魔のような、邪悪な笑みに変わり果てていた。

 

 

ドゴッ!!

 

 

「ゴフッ……!?」

 

 

慶吾の拳は大樹の腹部を貫いていた。口から血を吐き出し、呼吸が止まってしまう。

 

避ける以前に防ぐことすらできなかった。大樹が反応することのできない速度で距離を詰められ、殴られたのだ。

 

先程戦っていた時と力とは違う。隠し持っていた邪神の力を解放しただけで、この差。

 

 

「そうか。自殺……それは知らなかった。都合の良い事になっていたのか」

 

 

ゴッ!!

 

 

話しながら大樹を蹴り飛ばす。意識を刈り取るような衝撃を受けながら砂浜を転がった。

 

立ち上がろうとするが、体に力が入らない。老人のように、大樹の体は痩せ細っていた。

 

神の力で回復しようとするが、頭を踏み付けられて集中できない。

 

 

「お前は神の力で敵の力を封じることができるんだろ? 実は俺も同じようなことができる」

 

 

地に伏せながら慶吾の言葉を聞くことしかできない。もう指にすら、力が入らない。

 

 

「邪神の力で、神の力を殺す。これが———お前の勝てない理由だ」

 

 

ギリッと食い縛る。砂の混じった血を味わいながら、敗北を舐めさせられる。

 

 

「うぐぅ……ぁあ……ぁぁぁああああッ……!」

 

 

「抗え抗え。そして最後に気付け。無理だと知り、絶望しろ」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

右腕を撃ち抜かれ肩から千切れる。想像を絶する激痛が大樹を襲う。

 

 

ドゴンッ!! ドゴンッ!!

 

 

左腕、左足、右足と次々に容赦無く撃ち抜かれる。大樹の苦しむ姿を見るのを楽しむように。

 

 

「ああ、そうだ。最後は———お前の大切な人を殺すとしよう」

 

 

「ッッッッ!!!!!」

 

 

どんなことがあっても大樹に向かって絶対に言ってはいけない言葉。

 

死んだはずの力が、死んだはずの体から、大樹の怒りから力が放たれた。

 

 

「があああああああァァァ!!!」

 

 

ガブシャッ!!!

 

 

頭を踏みつけていた慶吾の足に噛み付いた。ジャコの噛み付きより、何百倍も強く。

 

この命が散ったとしても、させないという意志が、大樹の体を動かした。

 

 

「チッ!」

 

 

ドゴンッ!! ドゴンッ!! ドゴンッ!!

 

 

何度も銃弾が頭を撃ち抜いても、決して離さない。どれだけ殴られても、逃がさない。

 

 

キンッ!!

 

 

大樹の衣服からギフトカードが落ちる。同時に周囲に大量の【神刀姫】が展開される。

 

どんな絶望を前にしても、大樹は走り続けた。

 

どれだけ傷ついても、大樹は負けなかった。

 

そのたびに希望を掲げ、転べば立ち上がり続けた男だ。

 

 

「雑魚が」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

―――慶吾は、噛み付いていた足を撃ち抜いて切り離した。

 

何の迷いも無く切り捨てた自分の足。大樹が急いで反対の足に噛み付こうとするが、その頃には腹部に衝撃が走った。

 

 

ドゴッ!!

 

 

黒い光の柱が地面から飛び出て大樹の体を宙に舞い上げさせた。

 

朦朧(もうろう)とする意識の中、慶吾を睨み付ける。展開した【神刀姫】が全て撃ち落され、無慈悲に自分へと銃口を向けていた。

 

動くことのできない瀕死の体に、大樹は助かることができない。

 

 

「クソッ……タレがぁ……!」

 

 

―――もう叫ぶことしか、できない。

 

 

 

 

 

クソッタレがあああああああァァァ!!!!

 

 

 

 

 

「———終わりだ英雄まがい」

 

 

ドゴンッッ!!!

 

 

邪神の力を解放させた慶吾。銃口からは凄まじい威力の銃弾が放たれた。

 

視界の全てを埋め尽くす闇に大樹の体は呑まれていく。

 

体の感覚も、激痛も、意識も、気が付けば消え去っていた。

 

 

________________________

 

 

 

―――完全に殺した。

 

 

瀕死の状態になった楢原 大樹を確実に、死ぬ瞬間をこの目が捉えていた。

 

肉片どころか髪の毛一本も残さない。近くに落ちた大樹の右腕を銃弾で粉砕する。

 

復讐を成し遂げた。その事に狂ったように笑えばいいのに―――何故かできなかった。

 

残ったのは喜びでも哀しみでも怒りでも無い。『無』だ。

 

心に穴が開いたかのような激しい『虚無感』だけが残っていた。

 

 

『———見事。しかし、呆気なかったな』

 

 

世界を揺るがすはずだった戦いがこうも簡単に終わるとは予想できなかったのだろう。

 

慶吾が力を付け過ぎたがゆえの結果。第一の目的を達成したので冥府神はそれ以上言うことは無い。

 

 

『やっとだ……やっと天界に殴り込みに行ける。あとは冥府に続く扉を開ければ全ての世界は崩壊する!』

 

 

全ての保持者は消え、神を守る盾も結界も消えた。あとは自分が残った神を血祭りにするだけ。

 

 

『いや、その前に残党が残っていたな。殺すのだろう?』

 

 

もちろん冥府神が言う残党は大樹の大切な人たちのことだ。噛み付いた時の抵抗は、戦っていて一番恐怖を感じた。

 

とっくに切り離した足は再生し、片足だけ素足になっている状態だ。少し情けないが、気にすることはない。

 

 

「……どの道、全部の世界を壊すなら無駄な時間だ。天界に行こう」

 

 

『いいのか?』

 

 

「興が冷めた」

 

 

『……分かった。では行くとしよう』

 

 

目の前の空間が縦に裂けて闇が広がる。天界に行くまで少しだけ時間が掛かりそうだ。

 

 

『天界に着けばすぐに戦争が始まる。準備を怠るな』

 

 

「分かってる———【究極悪神器(レメゲトン)】」

 

 

慶吾の体は冥府神の力に包まれ、悪魔の力を増幅させる。

 

黒い煙がより一層強まり、一帯の地を腐敗させた。海は更に黒く染まり、空は夜のように暗く、植物は枯れ果てた。

 

死の風を纏い、不幸と絶望を呼び寄せる魔王の姿に変わり果てた。

 

闇のような髪色に、傷だらけの上半身には赤黒い紋章が刻み込まれ、背中には悪魔と冥府神の契約を象徴する羊の骨が刻まれている。

 

黒色のローブを羽織り、斜めに装着した二つのベルトには72の悪魔を使役する証として黒い宝石が埋め込まれている。左右には黒色の銃が装着されている。

 

 

「世界を終わらせる時だ」

 

 

―――全ての世界に、二度と明日は来ない。

 

 

________________________

 

 

 

 

(………………そうか)

 

 

―――静寂の闇に包まれた世界に、大樹の意識は漂っていた。

 

 

(———負けたのか……ダッセぇな)

 

 

絶望的な敗北。命の灯を完全に消され、世界から去ることになった。

 

このまま『あの世』に行くのを待つのだろうか。

 

……不思議と涙も出ない。ここに来るまでに泣き過ぎたからだろうか。

 

死に物狂いで慶吾を止めようとしたのに、今は美琴たちのことを考えても涙は出なかった。

 

 

(……俺のせいだよな)

 

 

正面からぶつけられた憎悪に大樹は立ち向かうことができなかった。慶吾が復讐に染まった原因が自分にあるというたった一つの理由で。

 

自業自得なのだろう。自分が逃げたせいで、この結果が生まれてしまったのだ。

 

 

『お前のような男の為に、双葉は死ななきゃいけなかったのか』

 

 

―――ああ、悔しい。

 

 

『あの日、双葉が死んだ時から……俺はお前を一度たりとも、一瞬も許した覚えはない』

 

 

―――めちゃくちゃ悔しい。

 

 

『———双葉を殺したのは、俺だ』

 

 

―――ただ、ただ、悔しいッ。

 

 

(違う……違うだろ!!)

 

 

負けたから、双葉を殺されたから、美琴たちに手を出そうとしているから、そんなことじゃない。

 

 

(———お前は、間違っている……!!)

 

 

 

 

 

―――双葉の思いに気付いてないことが、何よりも悔しかった。

 

 

 

 

 

(馬鹿野郎がッ……どうして分からなかった……! 俺とお前の話の食い違いが、()()()()()()()が明らかにしていただろッ……!!)

 

 

自分と同じ馬鹿野郎な男だ。復讐するほど双葉の事が大切だったなら、気付いてやれと激しく後悔した。

 

 

(双葉はッ……双葉はお前をッ……!)

 

 

言ってやりたかった。邪魔な神の力を抜きで、拳と拳で殴り合って、仲直りの一つでもしたかった。

 

 

(クソッ……クソがッ……クソッタレがッ……!)

 

 

自分ことも、これからの世界のことを、大事な人の事を考えても、泣くことは無かったのに———今はボロボロに流れ出していた。

 

馬鹿野郎な男ばかりだ。俺も、原田も、慶吾も。

 

三人とも、女の子の気持ちを理解してあげられない鈍感さだ。

 

 

(……ホント何をやっているんだ大樹(お前)は)

 

 

こんな意味も分からない場所でふわふわ浮いている場合じゃないだろ。

 

死んだから? 体が無いから? 勝てないから諦めるのか?

 

 

―――大樹(お前)の人生を、大樹(おまえ)自身が否定してどうする!

 

 

らしくね。ああ、こんなの、らしくねぇよ! こんなの、俺らしくねぇぜ!

 

 

(救うって決めたんだろ! どん底に落とされたぐらいで諦めるような奴だったか!? 違うだろ!)

 

 

どん底でも絶望でも、どんな時でも俺は絶対に這い上がって来たはずだ!

 

どれだけ醜い姿をしても!

 

どれだけ涙を流しても!

 

どれだけの後悔をしても、諦めの悪い俺だ!

 

だったら後は、分かっているはずだ!

 

 

(アイツは今、それを求めていることぐらい分かっているはずだ!)

 

 

本当に死んだなら、今この意識は何だ!? 俺には()()()()()()()()()()

 

この意識は、ガルペスで感じた時と同じだ。そうだ、

 

 

―――()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

意識をしっかりと保った頃には、視界は真っ白の光に包まれていた。

 

 

________________________

 

 

 

「「「「「―――大樹!!」」」」」

 

 

朦朧(もうろう)とした意識を覚醒させる大声に目をバッチリと開ける。そこには泣き顔で俺を見る女の子たちの姿があった。

 

 

「……生きてるのか?」

 

 

「馬鹿ッ! もうホント馬鹿ッ! どれだけ心配させるのよアンタは!」

 

 

泣きながら美琴にバチンッと頬を叩かれる。それでも俺の手を強く握り絞めていた。

 

 

「どこにも行かないでよッ……首輪するわよッ……!」

 

 

「アリア……でも待って。何かもう着けられてない? めっちゃ堅い首輪、着けてない?」

 

 

胸の中で泣き出すアリアに頬を撫でようとしたが、首に違和感があった。うん、着いてるね首輪。嘘だろおい。

 

 

「ぐすッ……もっと早く気付けば助けに行けたのに……ごめんなさい、大樹君……!」

 

 

「優子が謝ることじゃないだろ。俺が……俺が悪か―――今首輪にリード繋げる意味あるの?」

 

 

ボロボロと俺の顔に涙を落とす優子。手つきは何故か首輪にリードを繋げている。俺に触れてお願い。

 

 

「死ぬくらいならッ……いつでも黒ウサギが【インドラの槍】でしますからッ……勝手に死なないでください!」

 

 

「流れ完全に変わったわ。違うこれ。感動のシーンじゃねぇな。俺たちの『いつものシーン』になったわ」

 

 

目を腫らしていると思いきや、黒ウサギはギフトカードを俺にチラチラとわざと見せている。何だこれ。真面目に泣いてくれてるの美琴だけ?

 

 

「馬鹿ねッ……本当に泣いているわよ。分かるでしょ? 私たちが無理をしていることくらい」

 

 

「ッ……ごめん。本当に」

 

 

「いいのよ……いつものことだもの。私たちを心配させることに関しては天才―――あッ、優子それ以上絞めると大樹君の息の根がまた止まるわ」

 

 

「でも強めに絞めるべきでしょ?」

 

 

「それもそうね」

 

 

「返せ。俺の反省と俺の自由を、そして感動の涙を」

 

 

確かに無理しているのは分かるけど誤魔化し方があまりにも酷い。というか俺、裸なんだけど。

 

 

「どうして身ぐるみ剥がされているんだ」

 

 

「ぐすッ……最初から裸でしたよ?」

 

 

ティナの言葉に疑いそうになるが、うるうると涙を溜めた目を見て首を横に振る。

 

どうして最愛の人の言う事を信じない俺。信じてやれよ。

 

 

「そうか……じゃあ服を用意してくれないか?」

 

 

「え? 嫌です」

 

 

「え?」

 

 

「え?」

 

 

「……何で?」

 

 

「……は、裸の方が魅力的ですよ」

 

 

「こっち見て話せティナ。おい、いつから俺は裸族になった。服を寄越せオイコラ馬鹿嫁共」

 

 

「アンタは嫁馬鹿でしょ」

 

 

「アリアの言うことは否定しないが、最初の涙はどこに行った!? 決して嘘じゃないことくらいは俺でも分かるから! え、何!? 本当にどういう状況!? 何を無理して何を勘違いしてこうなった!?」

 

 

美琴たちの顔を見て説明を求めるが逸らされる。視線を合わせようとしない。しかし、顔が、頬が、赤いのを見逃さなかった。

 

そして、最後に折紙を見て心臓が止まりそうになる。

 

 

「―――どうしてお前も裸族なんだ」

 

 

「大樹に見られても問題無い」

 

 

目元を赤くしている折紙は、俺と同じように服を着ていない。答えになってないんだよなぁ。

 

 

「……生まれた時の姿になっているだけ」

 

 

「うんそうだな。で、俺は『何で』生まれた時の姿になっているのか聞きたいの」

 

 

全く状況が飲み込めない。

 

嫁たちの間から部屋の様子を見ると、そこは俺の部屋だとすぐに分かった。

 

自分のベッドの上で顔を赤くした女の子たちに縛られ、裸になった俺と折紙。

 

 

―――いやぁアカン。それはアカンぞ。

 

 

助けてぇ! 犯されるぅ!

 

 

「ホラ気付いたわよ! 縛って正解だったわね!」

 

 

必死に抵抗するが抑えられる。真由美の言葉で推測から確信に変わる。

 

 

「マジで!? マジでやる気!? 行動力の化身過ぎない!? どういう結論で辿り着いたの真由美さぁん!?」

 

 

「簡単な話よ。私たちを置いて死ぬくらいなら———」

 

 

「ごめんやっぱいい! 本気なのは理解した!」

 

 

「―――これからまた死に行くつもりでしょ! だったらいいでしょ!というわけよ!」

 

 

「あぁ!! 積極的で男らし過ぎる! どうして俺の嫁はこんなに歪んでしまった!」

 

 

「「「「「誰のせいよ!!」」」」」

 

 

「俺でしたすいません!! でもちょっと待って!? ティナとかアウトだろ! 無理だろ!?」

 

 

「今更何を言ってるんですか。大樹さんは……不可能を可能にして来たじゃないですか」

 

 

「超絶大馬鹿!? カッコイイ定番ゼリフを低ゼリフにするんじゃねぇ! キンジでもしねぇよ!! っておわぁ!? 脱ぐな脱ぐな!?」

 

 

本気で服を脱ぎ始め出す女の子たちに頭がクラクラし始める。さっきまで死んでいた奴になんてことをしようとするのチミら!?

 

 

「ちょ、ちょっと……ムードもクソもない上に俺の告白する宣言のガン無視いやいやそれは俺がいつまで経ってもしないのが悪いけど―――やっべ鼻血が出て来たらか中止にって時に鼻血が出ねぇ! いやおかしいだろ! ブッシャーって出てお願い! クッソ縛られているせいで鼻に指突っ込めねぇ! おいリィラぁ!! ジャゴォ! だ、助けて! 童貞卒業した大樹とか嫌でしょ!? キャラ的に無理でしょ!? 主人公にあるまじき展開ですよ! こんな時こそ邪魔が入るでしょ! このタイミングで両親が入って来るとかオチが……来ないねぇ!? ホントお願いだから、ちょっと待ってぇえええええええええええええきゃあああああああああぁぁぁ!!!!!!」

 

 

________________________

 

 

 

 

―――結論、死守した。やったぜお前ら。俺はまだ童貞だ。

 

 

残念ながら唇は数え切れない程奪われたが、下は大丈夫。

 

……大丈夫。マジで。ホント信じて(ボロンッ

 

……ちょっと本音を言うとね、冷静になったらね、どうして逃げたのかな俺。別にこの小説、冷静に考えたらR-15だからシーン書かないよね。朝チュンなるだけだよね。ホント童貞(こじ)らせ過ぎた男ってめんどくせぇな!! 俺のことだけどぉ!

 

あれだけいつも大口叩いて置いて何でチャンスを棒に振るのかな? 今すっごい後悔してる。

 

 

「……何か言うことは?」

 

 

涙目で自分の体を布団で隠す美琴。皆が不満そうに俺を見ている。そっちも卒業で———純潔を守るって言い方の方が良いのか。もうどっちでも良いよ。

 

 

「……おっぱいは小さくても良いなって改めて感心して———」

 

 

メキョッと拳が顔に刺さった。

 

 

「あと意外と俺はキスが上手いという気持ち悪い事に気付い―――」

 

 

メキョッと拳が顔に刺さった。

 

 

「やっぱティナはまだ早い」

 

 

ボゴッと割と本気の拳が顔に刺さった。

 

 

「―――皆の好意はちゃんと理解している。理解しているからこそ、俺の我が儘も理解して欲しい」

 

 

「―――だから行かせたくないのよ」

 

 

アリアの言葉に俺は黙ってしまう。何も言えない俺に、アリアは強く胸を叩いた。

 

 

 

 

 

「死んだのよッ!! 私たちが何もできなかったら、本当に終わりだったのよ!」

 

 

 

 

 

敵と戦い傷を負うより痛い言葉が耳に残る。ああ、痛い程分かっている。

 

俺が分かっているなら、アリアたちも分かっているのだろう。そう———全部分かっているんだ。

 

何も言わなくても、目を合わせるだけで意思疎通ができるくらい互いの事が好きな俺たちだ。

 

 

「好きだよアリア」

 

 

「ッ……誤魔化さないで……………あたしもよ

 

 

(マジで可愛いと思いませんか皆さん)

 

 

ツンデレじゃなく素直に言ってしまうアリアに俺は嬉しくて笑みをこぼす。

 

 

「何回キスをするよりも、言葉の方がずっと気持ちを伝えれるよな」

 

 

キスでも伝わることは否定しないけどっと大樹は付け足すと、アリアの手を取る。

 

ああそうか―――抑えることのできない気持ちを、言う時なのか。

 

 

「美琴、アリア、優子、黒ウサギ、真由美、ティナ……そして折紙」

 

 

胸に手を当てながら一人一人大切に名前を呼ぶ。

 

俺は頭を少し下げて、人生最大の告白をする。

 

 

 

 

 

「―――愛してます。俺と結婚してください」

 

 

 

 

 

握っていたアリアの手が強く握り絞め返すのが分かる。顔を下げたまま、言葉を続けた。

 

 

「世界中の誰よりもあなた方を愛しています。

 

幸せにすると約束しますから結婚してください。

 

ずっと一緒に居たいから結婚してください。

 

こんな情けない俺ですが、我慢して結婚してください。

 

頼れるお父さんになれるか自信は無いですが結婚してください。頑張ります。

 

死ぬ気で全力で守るから結婚してください。

 

だけど絶対に死なないと誓うので結婚してください。

 

よく他の女の子とトラブルを起こしますが、それでも一番は絶対にあなた方です。だから結婚してください。

 

最後に念を押して言います。超好きです超愛してます。結婚してください。

 

 

……今から危険な場所に行こうとしています。それでもついて来て欲しいと思っている最低な自分が居ます。

 

どうしても助けが必要です。一人で行けば死ぬことが、震えるくらい分かっています。

 

絶対に死ぬわけにはいけません。

 

だって―――あなた方と最高の結婚式を挙げる為に、死ねないのです。

 

結婚式はどんな世界よりも盛大に挙げたいです。呼びたい人も大勢にいます。

 

俺の花嫁だぁ!と自慢したいです。めちゃくちゃしてやりたいです。

 

 

……愛する人の為に、この世界は壊させない。

 

俺は愛する人の為に戦います。愛する人の為に俺は動いていることを分かってください。

 

確かにこのまま愛する人と逃げても良いと考えました。でも、それはできない。

 

 

このまま逃げれば―――あなた方の愛する男は消えます。

 

 

それは俺じゃない。負けた俺です。負け犬の俺です。

 

優しいあなた方ならそんな俺でも好きで居てくれることくらい分かっています。

 

ですが、それは『俺』じゃない。本当の『俺』は、そこにいない。

 

 

…………今、凄く怖いです。

 

戦うことも、失うことも、フラれることも、全部怖いです。

 

ですが、その恐怖を吹き飛ばすことができるかもしれない。

 

もし、この手を握り絞めてくれるなら―――俺の震えは止まります。

 

もし、この唇にキスをしてくれるなら―――俺の覚悟は決まります。

 

もし、このプロポーズをOKしてくれるなら―――俺は、絶対に死なない。

 

 

だから、最後にもう一度言わせてください。

 

 

―――俺と、結婚してくれ」

 

 

人生最大の告白を終えた。頭を下げたまま、俺は涙をこぼしているのが分かる。

 

なんて告白をしているのだろう。思ったことを口に出しただけで、こんな最高の最低で、酷い告白をしてしまうのか。

 

 

「ッ……」

 

 

―――告白で女の子をまた泣かせるなんて、罪な男だ。

 

 

「分かってるッ……分かってるわよ馬鹿ぁッ……!」

 

 

ああ、だよな。

 

 

「そんなことを言うって、最初から分かっていたわよ……どれだけの付き合いだと思っているのよッ……!」

 

 

美琴。君が最初に俺の手を取ってくれたよな。

 

短い時間の中、俺を選んでくれて、信じてくれて、凄く嬉しかった。

 

アリアを助ける時も、君が居なければ無理だった。今の俺は、君から始まったのだろう。

 

かつて最大の敵だったガルペスを倒せたのは、君を助ける為だ。それだけ俺は君を本気で思っていた。

 

 

「ホント美琴の言う通りよ……どれだけアンタのパートナーをやっていると思っているのよッ……」

 

 

アリア。その次に来てくれたのは君だったな。

 

大切な友として、俺と美琴と一緒に来てくれた時は本当に嬉しかった。

 

俺たちはきっと世界が認める最高のパートナーだ。背中合わせ(バック・ツー・バック)をした時は自分たちは無敵だと実感する程息が合っていた。

 

緋緋神での事件も、ガストレア戦争も、全部君の事を思うから頑張れたんだ。

 

 

「神様も酷いわッ……全部、アタシたちの大樹君に押し付けてばかりッ……!」

 

 

「ああ、ホント……一発殴ってやらないとな」

 

 

優子。君は、決して弱くない。

 

美琴たちのように能力は無い。アリアのように身体能力も無い。それでも、君の心は誰よりも強かった。

 

火龍誕生祭の時、君の告白は今でも胸の中に残っている。一度折れてしまったけど、それでも立ちあがれたのはあの言葉があったから。

 

魔法科高校の時、君が俺のことを忘れても俺が諦めなかったのはあの言葉のおかげだ。

 

そして、誰よりも努力をして俺たち助けてくれた。そんな君が大好きだ。

 

 

「ちゃんとッ……黒ウサギたちを、幸せにしてくださいッ」

 

 

「当たり前だ」

 

 

「約束ですよッ……コミュニティのことだってッ、あるんですから」

 

 

「この俺が本気を出せば一桁どころか頂点だって余裕だ」

 

 

黒ウサギ。君は、俺に希望をくれた。

 

大切な人たちを失い、戦うことも生きることも投げ出してしまった俺を君は見捨てなかった。

 

どんなに情けない姿でも……君の前なら見せることができた。本音を出して、助けを求めることができた。

 

優子を助け、アリアを助け、美琴を助けることができたのは君が最初に俺を好きだと言ってくれたからだ。

 

人生最大の博打―――【神影姫】の件も、信頼していたから君に託した。ウサ耳が無くても、君は必ず俺を助けてくれると分かっていた。

 

 

「もうッ……やっと言ってくれたわね。内容は、大樹君らしいから許すわ」

 

 

真由美。君は、俺たちをよく見てくれている。

 

いつも俺たちを(もてあそ)ぶ小悪魔だが、本当は俺だけじゃなく、『俺たちの繋がり』を一番に考えてくれているよな。

 

強い意志を持って家族と向き合い、俺と一緒に居ることを選んだこと。君に影響され、俺は皆を幸せにすることを強く思い直すことができた。

 

いつだって俺たちを支えてくれた。今度は俺も支える。お互いを支えるような関係を作ろう。

 

 

「ぐすッ……でも、凄く嬉しいですッ……」

 

 

ティナ。君も頑張ってくれたね。

 

ガストレアウイルスなんかに負けず、俺と一緒にアリアを救う手段を探してくれた。

 

鬼に体を乗っ取られ、最低な俺になっても追いかけてくれた。君が居なければ姫羅に勝つことは絶対になかった。

 

最初に出会った時、君は俺の事を『正義のヒーロー』と言ってくれた。そのことは、決して忘れない。

 

俺はいつまでも、君の帰る場所を守り続け、『正義のヒーロー』でいることを誓うよ。

 

 

「……折紙が、一番泣いちゃったな」

 

 

「ひぐッ……だっでッ……」

 

 

「うん、分かってる。小さい頃から、一番分かってるから」

 

 

折紙。君の嘘も偽り無い言葉の数々は本当に素敵だ。

 

小さい頃から知っていた。感情をあまり表に出さなくても、大きくなっても、折紙の芯は変わらない。

 

いつも言葉や行動で俺に迫ってくれて、本当に俺の事を思っていることが分かる。

 

だけど、俺の方から迫るのは少なかったよな。だから、今度は俺が我が儘を言おう。君を、誰にも奪わせないくらい強引に。

 

 

「―――返事を、聞かせてくれますか?」

 

 

全員の顔を見ながら、俺は返事を待つ。

 

涙を流していても、彼女たちは最高の笑顔を見せてくれた。

 

 

 

 

 

 

「「「「「―――はい、喜んで」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

________________________

 

 

 

 

「―――ちょっと考えたら裸のまま、俺たちは何をやってんだ」

 

 

「告白した後にそういうこと言わないで……」

 

 

美琴が恥ずかしそうに顔を背ける。よく頑張ったよホント。

 

とりあえず服を着た俺たち。ちなみに、全員Tシャツは同じである。

 

 

「ハッハッハッ! 久々の『一般人』Tシャツ! あんどぅ、『嫁LOVE』! しかも皆の名前入りだぁ!」

 

 

「流れで着たけど……あたしたちは『大樹LOVE』って堂々と書いてあるのよね」

 

 

「きょ、今日だけよ……今日だけ」

 

 

アリアと優子がすっごく脱ぎたそうにしている。

 

 

「恥ずかしがるなよ! もう俺たち……夫婦じゃないか」

 

 

「もうッ、大樹さんったら! 調子に乗らないでくださいよ~!」

 

 

「黒ウサギの言う通りよ! 大樹君……いいえ、パパとしての自覚を持ってよね!」

 

 

「分かってるってもー! パパ頑張っちゃうもんねー!」

 

 

意外にも黒ウサギがノリノリで、真由美は全く恥ずかしがっていないのだ。

 

……いや、ティナと折紙も嬉しそうに着て大樹にくっ付いている。どうやら恥ずかしいのは美琴たちだけとなる。

 

 

 

 

 

「―――いや世界の危機なのに何をやっているんですかぁ!!??」

 

 

 

 

 

ここでリィラの登場。血相を変えてツッコミを入れて来た。

 

 

「「「「「えー」」」」」

 

 

「まさかの嫌な顔された!? まさか私が常識人側になってツッコミする日が来ると思いませんでしたよ! しかも全員大樹様側に行った!」

 

 

「空気読めよ。まだイチャイチャしていたいんだよ」

 

 

「いやいやいや! そんな場合じゃないですよね!? 大樹様が死んだことで天界が———!」

 

 

「あとであとで。まだちゅっちゅっし足りないから。ねー!」

 

 

「「「「「ねー!」」」」」

 

 

「最悪だー!!! ただでさえ厄介な大樹様に女の子たちが仲間になったせいで世界史上性格が悪いですよ!? あと普通に気持ち悪いんですけどこの集団!」

 

 

部屋中に大量のハートが浮かんでいるように見える。

 

リィラは頭を抱えながら―――言ってはいけない事を口にする。

 

 

「―――原田様が死んでいるのですよ!!!」

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

ズゥゥゥゥゥゥゥゥゥウウウン…………!!!

 

 

大樹たちから一気に負のオーラが放たれた。先程のラブラブが嘘のように。

 

特に大樹。主人公どころか人が絶対にしてはいけない目で絶望していた。

 

 

「アイツは俺たちが前に進んでいることを望んでいるから笑顔でアイツに見送りたいと思っていたのにお前はどうしてそういうことを言うんだよ大体アイツが死んじゃったのは俺たちのせいだろ反応できなかった俺とジャコとお前だろうがそうだな俺たちが悪い―――死のう」

 

 

「「「「「うん……」」」」」

 

 

「―――めんどくせえええええええええええェェェ!!!!」

 

 

ついに、天使から敬語が消えた珍しい瞬間だった。

 

 

 

________________________

 

 

 

「いや、ちゃんと分かっている。リィラ、そう怒るな。アイツの為にも、暗いままじゃ駄目だろ?」

 

 

「真剣そうな顔をしている所悪いですが、女の子の体を抱き締めながら言うと説得力が全くないです」

 

 

「真面目な話をしよう―――そうだ……どうやって俺を生き返した?」

 

 

「おっぱいに顔を埋めながら聞くことですか!?」

 

 

「ぴぎぃ!?」

 

 

リィラに殴られてやっと反省する。その場に正座をしてリィラに話を聞く。

 

 

「まず大樹様は完全に一度死んでいます。蘇生もできないよう、遺体は残さず消されました」

 

 

急いで戻ったリィラが見た光景は大樹と慶吾が戦った跡。おびただしい血の量と一帯が死の地へと腐敗し切っていた。

 

次に優子が来た時にはリィラはどう言葉をかければいいのか苦悩した。察しの良い優子はすぐに泣き出して大変だったと語る。

 

 

「肉体からの蘇生は可能性はありますが、残った血からの蘇生は不可能。もしかしたらと思って試しましたが、できませんでした」

 

 

「ちょっと待て。不可能って分かっているのに何で試した。やっぱ言わないで良い」

 

 

ですがとリィラは真剣な表情で、俺の復活を説明した。

 

 

「———肉体の蘇生を可能とする希望が、この世界にありました」

 

 

「……この体は、まさか」

 

 

「いえ、正真正銘大樹様の物です。()()ですが」

 

 

そこまで言えば大樹も分かった。この体は———この世界にしかない唯一無二の体なのだから。

 

 

「……できたのか」

 

 

「はい―――()()()()()()()()()()()()()()

 

 

―――仏壇に置かれていた俺の遺骨。この体は、元の俺のモノになった。

 

アレだけ徹底した殺し方をしたのに、こんな蘇生の仕方は敵たちも考えはしないだろう。

 

しかしとリィラの話は続く。

 

 

「肉体の蘇生はできても、私には大樹様の魂を込めることはできませんでした」

 

 

「確か人には肉体とは別に魂があるんだよな。俺が何度も立ち上がれたのも魂が死んでいなかったから……そうだな?」

 

 

「はい。普通は絶対に肉体が死を迎えれば魂は黄泉の国に行きます」

 

 

「何で念を押して『普通は絶対に』とか言うの? ねぇ?」

 

 

「マジで常人には無理です」

 

 

「リィラがいじめるよぉ!!」

 

 

「私をダシにして女の子に抱き付かないでください! ブチ殺しますよ!」

 

 

「この数分ですっげぇ強くなったなお前」

 

 

「……大樹様と別れてからずっと涙が止まりませんでした」

 

 

「やっべぇ重い一言貰った。本気で反省しなきゃいけないじゃん」

 

 

「本気で反省するのでしたら私のことを嫁に貰うくらいの覚悟はしておいてください」

 

 

「それは無理。ホラ、めっちゃ睨まれてる」

 

 

「愛人でも、可」

 

 

「それでも諦めないの、か」

 

 

「話を戻しますと———大樹様の魂は……大樹様のお母様に戻して貰いました」

 

 

「ブフッ!?」

 

 

爆弾発言。突然の不意打ちに大樹は噴き出した。

 

ここで『陰陽師』の家系が出て来てしまうのかよ! やっぱ凄いなウチの家族!

 

 

「いぇい!」

 

 

扉を勢い良く開けてポーズを決めるオカン。歳を考えろ歳を。

 

 

「オカン……いや、そうだな。最初にお礼を言うべ―――」

 

 

「だいちゃんだいちゃん」

 

 

ありがとうと言おうとするが、オカンは俺の傍に寄り、俺にしか聞こえない声で尋ねる。

 

 

「孫の顔はいつかしら?」

 

 

「オカンのそういうところ嫌い」

 

 

「その……こういうことは口にしちゃいけないと分かっているけれど……喘ぎ声が聞こえなかったけど、どんなプレイを強要させ―――」

 

 

「ホント嫌いッ!!!」

 

 

うるさいので部屋から追い出す。どっか行け!!

 

 

「……えっと、話を戻しますと無事に大樹様の魂を戻して今の状態になります」

 

 

「ッ……原田は!? 原田も俺と同じように蘇生できたのか!?」

 

 

大樹の提案にリィラの表情は暗いままだった。ああそうかと納得してしまう。

 

 

「原田様の肉体は蘇生できました。ですが、魂が見つからないのです」

 

 

「……黄泉とやらに行ったのか」

 

 

「いえ、それが違うみたいなのです」

 

 

リィラに否定され、大樹は首を傾げる。

 

 

「お母様の話を聞けば魂はしばらく現世を当ても無く浮遊するはずなのです。時間が経てば黄泉に行くのですが……ちなみに大樹様の魂は黒ウサギ様の胸の間に挟まっていました」

 

 

「それいらない情報だな多分」

 

 

もじもじと黒ウサギが恥じる中、美琴たちからジト目で見られている。「小さくても良いんじゃなかったの?」とかボソボソと言われている。やめてくだちぃ。

 

 

「しかし、原田様の魂はどこにも浮遊しておらず、黄泉に行ったようにも思えないと。現状何が起きているのか分からないと言っています……最悪の可能性を上げると……」

 

 

「もういい。分かったから」

 

 

最悪の可能性―――魂ごと慶吾に殺された。もしくは未練もなく成仏したか。

 

いずれにしろ、原田に再び会うことは難しいと分かった。

 

涙が出そうになるが、上を向いてグッと堪えた。

 

 

「今は———世界を救いに行くだけだ」

 

 

このまま奴の好きにすれば、全ての世界に二度と明日は来ない。

 

双葉の死の真相も、双葉の思いも知ることなく奴は壊す。

 

だったら、俺はそれを止めよう。

 

保持者としてでなく、楢原 大樹として動くのだ。

 

 

 

 

 

―――全ての世界に、希望ある明日をもたらせる為に。

 

 

 

 

 

「アイツの好きな人の居る世界も、守ってやる」

 

 

だから、あとは俺に任せろ。ゆっくり休んでくれ……最高の親友よ。

 

 



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神に挑戦 To Challenge God


ギャグを挟まないと死んじゃう病の作者。



「―――よろしいのですか?」

 

 

「ああ」

 

 

空き部屋で静かに眠っていた原田と少し話をした後、すぐに準備をしていた。

 

頭の中では親友と過ごした記憶が凄まじい速度で駆け抜けていたが、いつまでも浸っている場合じゃない。

 

アイツの為に、今はこの足を前に出さないといけないのだ。

 

涙を堪えて、胸を張って、堂々と進むことを願っているはず。

 

リィラが心配そうに声をかけるが、俺は首を横に振って笑みを見せた。

 

 

「大丈夫だって。そんな顔するなよ」

 

 

「……そうですね。私も、いつまでも暗いままじゃ駄目ですね」

 

 

自分の顔をパンッと叩いて笑顔になるリィラ。だけど、彼女に言わなくちゃいけないことがある。

 

 

「リィラ。分かっていると思うが、お前はここで待て」

 

 

突き放すように告げられた言葉にリィラは動揺を見せるが、すぐに頷いた。

 

 

「―――はい。ここは任せてください」

 

 

「……文句はないのか?」

 

 

不自然なくらいに納得してしまったリィラに大樹が逆に動揺を見せてしまう。

 

 

「あります。ですが、先程の戦闘と大樹様の蘇生で力が枯渇してしまいました。このまま天界に行った所で足手まといになるでしょう」

 

 

それにっとリィラは悔いるように視線を下に向けた。

 

 

「ジャコ様の容体が……まだ……」

 

 

「……アイツは俺の右腕で、大切な仲間だ。リィラ。俺の左腕―――お前に頼みたい。俺たちは大丈夫だから、あとは任せろって安心させてくれ」

 

 

「凄く大変ですね。暴れますよきっと」

 

 

「これ以上死者を出したら俺はマジで立ち直れないぞ? 夜中なんて一人でトイレ行けないね」

 

 

「お供しますよ。便器まで」

 

 

「ドアの前までにしとけ変態」

 

 

冗談を言い合いながら俺とリィラは笑い合う。

 

空き部屋の隣ではジャコが休んでいる。寝ているからこちらには気付いていないだろう。

 

 

「……大樹様。最後の力として、これを」

 

 

リィラから渡されたのは刀身が折れた短剣だった。そこにリィラの天界魔法が発動し、元の形を取り戻す。

 

 

「ギフトカードは見つかりませんでした。大樹様の頭の中にあった色金も。恐らくですが、精霊の力との繋がりも、血の適合等も無いかと……」

 

 

元の体に戻ったが故に弱くなったと言いたいのだろう。

 

髪色も黒に戻り、体の傷は全て消えている。しかし、大樹は笑った。

 

 

「馬鹿だな。俺を誰だと思っている」

 

 

右手を横に付き出し、左手を上に向かって掲げる。

 

 

「いい加減、戻って来いよ―――【神刀姫】! 【神銃姫・火雷(ホノイカヅチ)】!」

 

 

バチバチッ!!!

 

 

閃光が弾けると同時に大樹の手にはあの武器が戻って来ていた。

 

右手には黄金色の鞘に黒い柄の刀が一本。左手には炎のような緋色の雷が銃身に装飾された黄金色の長銃。

 

 

「大樹様ッ……それはッ……!」

 

 

額から緋色の炎が燃え上がり、一瞬で髪を白銀に染め上げた。色金も、精霊も、大樹の体に宿っていた。

 

何も失っていない。形ある物は手や頭から消えても、心の中にある物は何一つ消えていない。

 

 

「リィラ。お前たちの力はしっかりとここにある」

 

 

ドンッと胸を叩きながら堂々と告げる。

 

大丈夫だと行動で示した大樹に、リィラはやっと安堵する。

 

 

「……とても、素敵です」

 

 

天使の微笑みで、世界を救おうとする英雄を褒めるのだ。

 

 

「だろ?」

 

 

―――再び大樹の髪色は黒色に戻るが、一部だけ緋色と白銀を残していた。

 

 

________________________

 

 

 

玄関で靴を丈夫に固定して履き、腰に巻いたホルダーに鞘と長銃を納める。

 

しっかりとオールバックを決め、堂々とした態度で家を出ようとする。

 

 

「準備はできたのか?」

 

 

「ああ」

 

 

後ろからオトンが声を掛ける。振り返らず俺は答えた。

 

 

「行って来ます」

 

 

「孫の顔はいつ―――」

 

 

「ホント両親揃ってやめろ!?」

 

 

「ん? 避妊し———」

 

 

「いい加減にしないとぶっ飛ばすぞ!?」

 

 

「こっちは年金を全額孫の為に使うと決めているんだ。お前のことより女の子たちの方が心配だ。うん、やっぱりお前一人で行って来なさい」

 

 

「シャオラァ!!」

 

 

親父に向かって全力でぶん殴る。衝撃で壁に穴が開くが、余裕で避けられた。チッ、ホントウチの家族人間やめてる。自分が人間やめていることに嫌なくらい納得させられるわ。

 

 

「真面目な話をするとだな―――無事には済まないだろう」

 

 

「……かもしれないな」

 

 

「だからこれだけ言っておく。絶対に悔いのない選択をしなさい」

 

 

俺に背を向けながら表情を見せないオトン。そんな姿に俺は笑ってしまう。

 

 

「ハハッ、分かってるよ。なぁオトン」

 

 

「何だ?」

 

 

「俺は生まれて来て幸せだよ。最高に」

 

 

「―――――」

 

 

「オトンが転生者? オカンの家系が陰陽師? 神に選ばれた? 正直どうでもいいわ」

 

 

オトンは大樹を驚いた顔で見ていた。

 

本当ならきっと恨み言の一つや二つ……いや、数え切れないくらいあっただろう。

 

それでも大樹は首を横に振って否定した。それは———親に対する愛ゆえにだった。

 

 

(俺が死ぬまでずっと目を離さず見てくれて、ここまで育ててくれた。恩を仇で返す馬鹿息子じゃねぇよ俺は)

 

 

扉に手をかけながら、オトンに見せつけるように俺は笑う。

 

 

「―――俺は今、世界が嫉妬するくらい超愛されてるから」

 

 

扉の先には女の子たちが待っていた。

 

笑顔で手を振る女の子たちの姿に、オトンは目をゆっくりと閉じる。

 

 

「……そうか」

 

 

オトンはそれ以上何も言わず、口元を緩ませて微笑んだ。

 

大樹も笑い、扉を絞めて女の子たちの下へ向かった。

 

 

「遅いわよ」

 

 

「悪い悪い。そうバチバチ怒るなよ美琴。というか女の子の準備って普通遅いと思うけどな」

 

 

「大樹さん大樹さん。ここに居る女の子たちは化粧を全くいらずの美人———」

 

 

「おっと黒ウサギ。さっき俺も世界を敵に回したが、君たちも世界の女性を敵に回す発言は止そうか」

 

 

サラッと自分も含めて言うのも凄い自信だよな。実際そうだけど。

 

美琴たちはリィラが用意した戦闘服に着替えていた。残り少ない最後の力を振り絞って天界魔法が付与されている。

 

ガチガチの鋼鉄のような戦闘服ではなく、黒色のアンダーシャツとアンダーパンツに上から短ズボンと防弾ジャケットに近い服だ。

 

女の子らしい装備だが、防御面が不安で仕方ないとリィラに言うと『百以上の耐性と身体向上が付与されています。優子さんでも簡単に大人を殴り倒せますよ』と言われたら多少不安も消える。

 

 

「黒ウサギは必要か?」

 

 

「い・り・ま・す! 具体的に言うと出会った時の大樹さんなら余裕で張り倒せます!」

 

 

「例えが怖いわ」

 

 

パワーアップしたことは伝わった。凄く。

 

全員戦闘民族になっちゃったなぁ。唯一俺の平和天使も今じゃ魔法を無尽蔵に放つ殺戮マシィーンの優子だもんなぁ。

 

そんな目で見ていたら優子はムッと眉を寄せる。

 

 

「魔法を使えばアタシも出会った時の大樹君なら消し飛ばせるわ」

 

 

「何で一回一回俺をぶっ飛ばした例えが出るの? もっと別のにしない?」

 

 

「もしかしたら七人の力を合わせれば倒せるかも」

 

 

「だからどうして俺を倒すの!? もっと旦那様を大事にして!」

 

 

優子がいじめるよぉ!と泣きながらティナに抱き付く。「よしよし、大樹さんは良い子ですよ」って頭を撫でながら慰められるからイケナイ何かに目覚めそう。主に頭にロリが付いて後ろにコンが付くアレ。

 

アリアと真由美は溜め息をつきながらやれやれと言った感じで、

 

 

「これが世界を救うって絶対に誰も思わないわね」

 

 

「むしろ救われた世界が可哀想かしら?」

 

 

「ティナちゅき」

 

 

もう目覚めた。他の女の子が冷めたいせいで。

 

で、あまりにも酷い絵面なのでカット。とりあえず全員準備は整ったこと報告する。

 

目的地は当然楢原家―――元神野宮(しんのみや)家が所持していた北の山だ。

 

 

「―――問題は『三途の川』を渡って天界に行くか、そのままゲームオーバーするかどうかだよな」

 

 

「アンタは何度でもコンテニューできるでしょ」

 

 

言うじゃないかアリア。実際できているから否定できない。

 

多分大丈夫だと思うが、万が一の場合もある。

 

 

「俺の手は離すなよ?」

 

 

グッと全員で手を掴まれる。ギチギチという音と共に痛みが込み上げて来た。

 

 

「痛い痛い痛い痛い痛い!? 普通に強いよ!? 何か恨みでもあるの!?」

 

 

「手だけじゃ不安ね。腕も組みましょうか」

 

 

真由美の提案に「確かに」と声を揃える女の子たち。ギュッと両腕をホールドされるが、再びギチギチという音と共に激痛が襲い掛かる。

 

 

「ぎゃあああぁぁ!! 柔らかい感触を楽しむ余裕がないくらい痛い!!」

 

 

「待ってください。まだ不安が残るので頭もガッシリと―――」

 

 

「頭蓋骨砕けるわぁ!!」

 

 

黒ウサギの悪魔的提案に叫んで拒否する。「確かに」じゃねぇよ!

 

 

「……意外と余裕があるわねあたしたち」

 

 

「いつも常識を覆す大樹と過ごして来た成果はここで使うのね」

 

 

「美琴とアリアの発言に俺は泣きそう」

 

 

「もう慰める時間は無いわよ。拒否した大樹君が悪いから」

 

 

「さりげぇなぁ~~~く、優子がぶっ飛んだ発言をしたことに泣きそう」

 

 

「黒ウサギは……その……外ではちょっと……!」

 

 

「そのエロウサギキャラいい加減やめい。そろそろ帰って来て。清楚だった黒ウサギが見たいから」

 

 

「大丈夫、皆パンツは白よ!」

 

 

「白=清楚じゃないから。あと真由美さん? もう別にパンツの色を聞いた程度じゃ興奮しないから。というかさっきまで裸だったのに何を今更———」

 

 

「実は穿いてません」

 

 

「ティナマジか!!??」

 

 

「と全力でスカートの中を覗こうとする嘘つきな大樹さんには見せません」

 

 

「穿いてたじゃねぇか!」

 

 

「い、今の一瞬で見たんですか……」

 

 

「私にも見えなかった早業。ぜひ私にも伝授させてほしい」

 

 

「伝授させても良いが、折紙は何に使うつもりだ?」

 

 

「私たちが考えた『旦那の107の浮気防止対策』に使う」

 

 

「俺の知らない所で壮大な計画がされていた件について」

 

 

―――いつもの調子で俺たちはふざけあって笑う。

 

どれだけ壮大で、どれだけ過酷で、どれだけ望みのない世界でも、俺たちはこうして笑い合う事をやめないだろう。

 

いつだって希望を切り開いて来たんだ。俺たちならできるさ。

 

 

「―――ったく、浮気はしないって言うのに……しかも終盤キスのゴリ押しだったじゃねぇか。恥ずかしいわ」

 

 

「対策を消しましょうか?」

 

 

「やめろ。キスして貰えないなら浮気する気がなくなるだろ」

 

 

「いや、それを防止するので意味が……何故でしょうか。どれだけ大樹さんに言っても無駄な気がしました」

 

 

「はい槍を置いてね黒ウサギ。一番目の武力行使はマジで効く」

 

 

「失礼ね。二番目は対話じゃない」

 

 

「拷問しながら説教じゃなかったか真由美? 絶対記憶能力舐めんな」

 

 

―――横に並んで笑いながら、俺たちは北の山を登るのだった。

 

 

________________________

 

 

 

山に登ると霧が出始めた。俺たちの行く手を阻むように、これ以上進むことを禁ずるように霧はどんどん深くなる。

 

それでも迷うことなく前を進む大樹。チラチラと後ろを確認しながら女の子が迷子にならないように気をつけている。

 

どうして迷わないのか疑問に思った美琴は大樹の服の裾を引っ張りながら聞く。

 

 

「ねぇ大樹。方角は合っているの?」

 

 

「俺の記憶に間違いはない。それから妙な力も感じるから確信している」

 

 

「妙な力?」

 

 

「神でも邪神でも無い……歪んでいるって言えばいいのか? 悪い、よく分からない」

 

 

闇雲に進んでいるわけではないと分かるが、大樹も不思議そうに感じる力を辿っているようだ。

 

周囲を警戒しながら歩き続けて数分。今度は霧が晴れ始め、目の前に黄色の鳥居が目に入った。

 

 

「ここだ……」

 

 

前に立てば黄色から黄金色に輝き始める鳥居。まるで俺たちを歓迎するかのような反応にここなのだと確信できる。

 

鳥居をくぐり、先にあるのは(やしろ)。 古びた木造建築の扉からあの妙な力が漏れている。

 

 

「力の無いアタシでも分かるわ……この先は危ないって」

 

 

扉の先から危険を感じ取った優子。それでも逃げようとはしなかった。

 

誰一人、この扉から目を逸らそうとしなかった。

 

ゆっくりと大樹が近づき、扉を開く。背筋を凍らせるような嫌な風が頬に当たり、目の前の光景に戦慄する。

 

 

「これが『三途の川』……!」

 

 

現世とあの世を分ける境目。それが目の前にあるのだ。

 

扉の先に部屋など無く、無限の暗闇が続くだけ。そして何より驚かせたのは数え切れない程の頭蓋骨だ。

 

びっしりと地面を埋め尽くす数だ。不気味に石の代わりに置かれている惨状。そして、

 

 

「これって全部……!」

 

 

「あまり見るな! ……壊れるぞ」

 

 

真っ赤に染まり切った川に浮かぶ人の数々。正気を保っていられなくなる光景に大樹は首を横に振った。

 

 

「……天界はもう地獄ね」

 

 

真由美の呟きは正しかった。

 

浮かぶ人の背からは———羽根が生えていたから。

 

そして背中にはドス黒く染まった肌に赤色の文字が描かれていた。以前リィラも同じ呪いに苦しめられていた。

 

川の中に入り天使の体温を確認すると大樹はハッと気付いた。

 

 

「まだ温かい……時間は経っちゃいないが……」

 

 

「大樹」

 

 

「分かってる。クソッタレ……足元を気を付けながら行こう」

 

 

辛そうな表情で天使から離れる。名前を読んでくれたアリアに頷いて大丈夫だと伝える。

 

 

「大樹」

 

 

「いや、大丈夫だって」

 

 

「大樹」

 

 

「………………もしかして」

 

 

「大樹」

 

 

「分かった。今、理解したから。ティナもそんなにジッと見ないで」

 

 

下半身までの深さしかない川だが、全てを察した。ティナを肩車して、アリアを背負った。そっちが大丈夫じゃなかったかぁ。

 

 

「名前を呼ぶだけで分かり合えるって、やっぱり最高のパートナーね」

 

 

「そだねー」

 

 

適当な返事をしてしまい、アリアに頬を引っ張られる。こんな時でも平常運転するのか俺たち。

 

 

「……大樹さん」

 

 

「どうしたティナ。まさかハゲてるとか言わないよな」

 

 

「それはギリギリ大丈夫です。それよりも———」

 

 

「タイム。ギリギリって何? もしかして結構危ないの? 俺ってハゲちゃっているの?」

 

 

「そんなことよりも———」

 

 

「男には『そんなこと』じゃ流せない重大な問題なんだよぉ! えぇ!? どうしてハゲているの俺!?」

 

 

「―――必ず救いましょうね」

 

 

先程の天使たちを見て改めて心に決めるティナ。その言葉に俺も笑みを見せながら頷く。

 

 

「ああ、救おう(毛根)」

 

 

「大樹さん? 今は髪の話はしていないですよね?」

 

 

「あ、当たり前だ。神の話だろ?」

 

 

「……分かっていますか?」

 

 

「もちろんです先輩。髪に誓って」

 

 

「絶対分かってないですね。もう頭のことは諦めてください」

 

 

「諦めねぇよ! 世界を救うくらい諦めねぇからな!」

 

 

『三途の川』を渡っているというのに、緊張感の持てない話だった。

 

 

________________________

 

 

 

鉄の臭いを我慢しながら川の中を進む。数十分間、暗闇に向かって進んでいた。

 

 

(不味いな……このまま長く続けば自分を見失うぞ)

 

 

―――終わりの無い歩みに正気を失う。あまりにも過酷な川の正体に大樹は気付き始めていた。

 

この速度で進み続けても———辿り着く頃には精神がぶっ壊れてしまう。

 

歩くことだけを考える人形にならない為にも、ここは一つ力を振るうしかない。

 

 

「『善人は橋を渡り、罪人は悪竜の棲む急流の川に投げ込まれる』……俺たちの知る『三途の川』とは随分違うよな」

 

 

「だ、大樹さん? まさかと思いますが……」

 

 

何かを察した黒ウサギが俺の腕を掴む。

 

 

「フッ、黒ウサギ。そんな力で俺を止めれると思うな槍はズルいからやめて」

 

 

黒ウサギの静止を振り切り、黄金の光を纏った右腕を前に突き出す。

 

 

「俺たちはどこからどう見ても、善人だろうがぁ!!」

 

 

若干一名、というか本人は怪しいラインであるというツッコミは誰もしない。

 

大樹の手の先から木の橋が造り上げられる。暗闇の先へ先へと勢いを殺すことなく次々と作られていた。

 

女の子たちが急いで橋の上に上がると、そこには四つん這いになった大樹がカッコイイ笑顔で、

 

 

「全員俺に乗れ! 走るぞ!」

 

 

「四足歩行で!?」

 

 

ンゴゴゴー! 大樹号発進!とか言っているのでマジっぽい雰囲気がある。

 

さすがに乗る方が嫌なので起立させる。そして全員が大樹に無理矢理乗った。

 

 

「……何か変わった?」

 

 

「見た目の良さ」

 

 

「……そうか」

 

 

前も背中も、肩、首、腕と全員を乗せているが、全く微動だにしない大樹。むしろ女の子の感触にドキドキしているくらいだ。

 

女の子たちの事も考えて音速で爆速はしない。せいぜい高速道路で車が走るくらいの速度橋の上を―――結構出てますねぇ。

 

 

ゴオオオオオォォォ!!!

 

 

木の橋を破損させながら走り抜けていた。橋を造る速度と同等の速度で走り抜けるが、もはや大樹ジェットコースターと言っても過言ではない。

 

 

「速いわよ!? ちょっと本当に速いわよ!」

 

 

涙目で美琴が抗議するが、大樹が止まる気配はない。むしろ加速しているように思えた。

 

 

「光が見える! このまま突き抜けるぞ!」

 

 

大樹の言う通り前方に小さな光が差し込んでいるのが見えた。しかし、光は一向に大きくなる気配を見せない。

 

 

「大樹さん! 遠ざかっています! ここは無理をしてでも…!」

 

 

「クソッ!!」

 

 

焦る黒ウサギの言葉に大樹は辛そうな顔になる。これ以上速度を上げれば人の耐えれる衝撃を越えてしまう。戦闘服の防御力を考慮した速度でも足りないのだ。

 

 

「早速私たちの番よ優子!」

 

 

「そうね! 行くわよ真由美!」

 

 

二人は頷き合うと魔法を展開した。大樹の足元、そして前方に魔法が構築される。

 

術式を全て記憶している大樹にはそれが何なのかすぐに理解する。

 

 

(振動魔法と収束魔法! 橋を壊さないように踏み込む衝撃を振動させて分散させ、前方には風を収束させて壁を作っているのか!)

 

 

凄いと素直に感心する。優子と真由美の魔法は大樹たちを完璧に守っていた。

 

行ける。確信した大樹はすぐに走る速度をグッと上げる。

 

次第に前方の光が大きくなり、大樹たちの視界を真っ白に包み込んだ。

 

 

 

________________________

 

 

 

光を抜けた先で三途の川は終わっていた。

 

川から上がるとあの有名な積み石―――『(さい)河原(かわら)』があった。

 

誰も石を積んでいないが、積み石は奥までずっと作られている。

 

また不気味な場所に出たと愚痴をこぼしていると、

 

 

「シャシャシャシャッ、我が名はソロモンシャボラァッ!?」

 

 

「あッ」

 

 

残念。序列72番の悪魔伯爵―――アンドロマリウスは大樹の不意打ちパンチで倒れた。

 

思わず声が出てしまう大樹。このくらいなら大丈夫と加減したが駄目だった。

 

 

「「「「「ええぇ……」」」」」

 

 

待ち構えていたであろうが大樹の前では関係無い。

 

口上セリフを考えながら河原の積み石で遊んでいたとしても、大樹は知らない。

 

(へび)の下半身を持った男は即座にやられたことに女の子たちは呆れて何も言えない。いつもの大樹としか感想がでなかった。

 

倒れた蛇男の悪魔の頭をガッシリと掴みながら大樹は問いかける。

 

 

「まぁいい。俺と出会ったことが運の尽きだと思え。お前に聞くことがある」

 

 

「シャシャ……残念だが教えないッシャ。どちらにせよ、我らの優勢―――」

 

 

「違う。どうやって殺されたいかだ」

 

 

「え」

 

 

思わず素で聞き返してしまうアンドロマリウス。大樹は左手に刀を持ちながら、

 

 

「バラバラにされたいか、焼き殺されたいか、選べ」

 

 

正義なんてない。アンドロマリウスは、大樹という人間がどういうものなのか思い知った。

 

 

「シャッ!? 普通は悪魔たちの場所を聞くだろ!?」

 

 

「興味無いね」

 

 

「それはあまりにも無慈悲だった。大樹の救いは悪魔に対して執行されない。何故なら彼はF〇よりドラ〇エの方が好きだった。特にイオ〇ズン」

 

 

「ベル〇ルク風のナレーションをするなッシャ!? というか銀〇! 今言う必要ないッシャ!?」

 

 

なんか折紙の援護?が来た。無表情で変なこと言わないで。確かにイ〇ナズンは好きだけど。

 

俺は怒鳴るアンドロマリウスに対してフッと笑みをこぼす。

 

 

「どうせ死ぬんだ。どうやって死ぬかくらい、選ばせてやりたいだろ?」

 

 

「コイツ本当に主人公ッシャ!?」

 

 

「それはあまりに無慈悲―――」

 

 

「もういいッシャ!?」

 

 

主人公に決まっているだろ。俺を中心に世界が回っていると言っても過言では無いね!

 

 

「ふふッ、私たちの自慢の旦那様よ」

 

 

「まさかの笑顔で自慢されたッシャ!?」

 

 

真由美さん……! 君たちも、俺の自慢の妻たちだよ!

 

っと赤面している場合じゃない。アンドロマリウスの頭を掴みながら問いかける。

 

 

「この場所で何をしていた? 俺たちを待ち構えていたわけじゃないだろ? その怪我なら」

 

 

「……シャシャシャ」

 

 

汗を流しながらニタリと笑みを見せる。その顔は喋る気はないと語っている。

 

ソロモンの悪魔(コイツら)は口が堅いくらい最初から分かっていた。だからと言って悪魔にどう殺されたいか選ばせるのも普通じゃない。

 

 

「積み石でナスカの地上絵を描いているし、誰かが居たのは確実だな」

 

 

「シャッ!? メッセージだけじゃなかったのかッシャ!?」

 

 

はい失言。しまったと顔色を悪くするアンドロマリウスの首に刀身を触れさせる。

 

 

「よし、メッセージを言いな。ここに何が書いてあったのか。ちなみに拷問はあまり得意じゃない。三秒で首が落ちるぞ」

 

 

アンドロマリウスは長い舌をゆらゆらと動かすだけで何も言わない。やっぱり黙るか。

 

ドゴッ!!と重い音が響く。大樹は腹部に膝蹴りを入れた。アンドロマリウスの背後にある積み石を全て吹き飛ばす程の衝撃が広がる。

 

意識を刈り取られたアンドロマリウスが地面に倒れる。情報は無いが、警戒した方がいいのは確かだ。

 

 

「時間を食ってしまった。急ぐぞ」

 

 

尋問科(ダギュラ)には絶対向いてない人間よね」

 

 

アリアの言葉に俺は知ってるとしか言い切れなかった。

 

メッセージか……味方か敵か、一体どっちだろうな。

 

 

________________________

 

 

 

悪魔を瞬殺した後、少し進んだ先に巨大な塔が見えた。

 

頂上を目視することができないくらいの高さに大樹たちは確信する。天界へと続く道なのだと。

 

目的地は近い。急いで塔の中に入ると螺旋(らせん)状の階段が目に入るが、

 

 

「いちいちお行儀良く階段を登る時間はねぇ! 飛ぶぞ!!」

 

 

色金の力でアリアのツインテールは緋色の翼になり、美琴と優子の肩を組みながら飛ぶ。折紙はCRーユニットと展開し、ティナを抱きかかえて飛翔した。

 

 

「待ってください大樹さん!? 黒ウサギは折紙さんの所に行きますから!」

 

 

「黒ウサギの意見に賛成よ! 私も大樹君じゃなくていいから!?」

 

 

「遠慮するなよ二人共。誰よりも速く飛んで見せるからさ」

 

 

「「いやああああああァァァ!!!」」

 

 

ゴオオオオオォォォ!!!

 

 

嫌がる黒ウサギと真由美を抱きかかえながらアリアと折紙を追い越す。むちゃくちゃ叩いて来るけど全然痛くない。

 

 

「ッ!」

 

 

塔の中を飛んでいると大樹は異変に気付く。すぐに刀を抜刀し、上に向かって投げた。

 

 

バチンッ!!

 

 

黒い閃光と共に刀が消し飛ぶ。大樹は敵の攻撃を防いだのだ。

 

見上げるとそこには悪魔大軍が大樹たちを待ち構えていた。行く手を阻むように陣形を組み上げ、数の多さで突破する道を確実に潰していた。

 

しかし、そんな大層な数で完璧に陣形を組んだとしても、大樹に対して意味が無いことくらい読者の皆様はご存知の通り、はい。

 

 

「ハッ、随分と舐められた事をするじゃねぇか」

 

 

鼻で笑いながらグッと右足に力を入れる。黒ウサギと真由美も、衝撃に備えて抱き付く力を強める。

 

大樹の右足から巨大な魔法陣が現れ回転し、そのまま悪魔たちに向かって蹴り上げた。

 

 

「【天空支配神の福音(ヘヴンルーラー・ゴスペル)】!!」

 

 

バチバチガシャアアアアアアアン!!

 

 

塔を揺さぶる程の雷鳴が激しく轟く。瞬く間に悪魔たちが一気に雷に包まれ、その身を焦がして落下し始める。

 

再び頭上を見上げた頃には立ち塞がる悪魔は一匹もいない。何千と居た悪魔たちは大樹の一撃で倒れたのだ。

 

美琴たちは表情を引きつらせながら雨の様に降って来る悪魔を避ける。

 

 

「あ、相変わらず無茶苦茶よ……」

 

 

「確か大樹の力って天界魔法式? それって奇跡だから持っている力を使わずにできるから……」

 

 

「待ってアリア。要するに大樹君はMP0で魔法が唱えれたってことかしら」

 

 

「無限に弾を撃ち続けることができるって言った方がいいかしら? もちろん弾はミニガンよ」

 

 

「た、例えで頭が痛くなりそうだわ……」

 

 

どうして俺の素晴らしい攻撃を一瞬も評価してくれないのかしら?

 

 

「……今の悪魔たちは全部ソロモン?」

 

 

「っぽいな」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

折紙の質問に頷くと全員に驚かれた。あ、そうか。

 

 

「どうして72以上も居るのかというと、多分だが他の世界のソロモン72柱を集めたと———」

 

 

「そういうことじゃないわよ!? 私たちが苦戦して来た相手の大軍を一撃で倒したのよ!?」

 

 

美琴の言葉に俺は首を傾げながら聞く。

 

 

「苦戦? ソロモン相手に? 冗談だろ?」

 

 

「美琴。もう大樹君は駄目よ。元々が駄目だったけど、超駄目なのよ」

 

 

「超駄目って何だよ優子。別にソロモンで苦戦したことはないだろ?」

 

 

「あったわよ! ホラ! あの時は………………………………」

 

 

「……………」

 

 

ポク、ポク、ポク、ポク、ポク、チーン。

 

 

「……何かあったわよ」

 

 

「完全に時間を無駄にしたな。これこそ超駄目だろ」

 

 

優子にジト目で睨まれることになるが、今の悪魔たちは本当に弱かった。

 

自分が更に強くなったこともあるが、単純に悪魔たちが弱いのだ。恐らくだが時間稼ぎする為に配置した悪魔なのだろう。

 

 

(敵が時間を欲しがっているなら、与えるわけにはいかないよな!)

 

 

当然大樹の考えていることは女の子たちも分かっている。ここは急ぐべきだと。

 

大樹達は頷き合い、再び塔の上を目指して飛翔した。

 

 

________________________

 

 

 

 

塔を登り切るのに時間はかかった。三途の川を渡る時よりも。

 

アリアの力の消耗は『共鳴現象(コンソナ)』で俺が分け与えることで問題はなかった。折紙のCR-ユニットも精霊の力を循環させることでほぼ無限のエネルギーを得ているので大丈夫だ。

 

一番の問題は肉体的の消耗―――体力だった。

 

上へ登る為に必要な力はあっても、肉体にかかる負担は蓄積するものだ。心配になった大樹は休憩を提案しようとするが、

 

 

「クソッ」

 

 

再び頭上に悪魔の大軍が降り注ごうとしていた。

 

悪魔たちが先手を取り攻撃を仕掛けて来る。大樹の手の先から巨大な氷の盾が出現し、攻撃を全て防ぐが、

 

 

「ヴォアッ!!」

 

 

氷の盾を避けて死角から女の子たちに攻撃しようとしている。そんな悪魔を大樹が許すはずが無い。

 

 

「その汚い手で俺の嫁に触るなぁ!!」

 

 

ドゴォッ!!!

 

 

たった一撃の蹴りで奇襲を仕掛けようとしていた悪魔たちを吹き飛ばす。黒ウサギと真由美を抱いているハンデを背負っていても、悪魔たちが対抗するには力不足だ。

 

 

「ハァッ!!!」

 

 

バギンッ!!!

 

 

氷の盾が盛大に砕け散り、氷の破片が悪魔たちに突き刺さる。力に任せたド派手な攻撃に大樹の勢いは止まらない。

 

大樹の後ろからも援護が飛んで来る。美琴の超電磁砲(レールガン)、アリアの【緋縅蝶(ひおどしちょう)】、優子の【エア・ブリット】、ティナの【瑠璃(るり)掛巣(かけす)】、そして折紙の【日輪(シェメッシュ)】。

 

次々と悪魔たちを撃退して行くが、体力が更に奪われていることに大樹は気が気で仕方ない。

 

 

「ぐぅ、次から次へと……!」

 

 

苛立ちながら上空を見上げると先程の数とは比べものにならないくらいの悪魔の軍団が降り注いでいた。

 

このままだと押し切られる。大樹は大丈夫だとしても、女の子たちが危ない。

 

 

「大樹さん! ここは突き抜けましょう!」

 

 

「皆! 大樹君の後ろに!」

 

 

黒ウサギの提案に大樹はすぐに意図を汲み取る。最も危険な手かもしれないが、一番の最善手とも言えた。

 

すぐに真由美の呼びかけに美琴たちは集まる。黒ウサギは【インドラの槍】を空に向かって構えたあと、大樹は黒ウサギの後ろから支えるように手を握り絞める。

 

大樹の背中から黄金の翼が大きく広がる。悪魔の軍勢に突っ込む準備だと悪魔たちも察している。

 

凄まじい数の防御する為の魔法陣が張られ、攻撃が仕掛けられる。それでも、大樹と黒ウサギの表情に絶望は一ミリもない。

 

 

「折紙、真由美を頼んだ」

 

 

真由美を折紙のユニットに乗せて任せる。そして、大樹と黒ウサギの力が爆発するように膨れ上がる。

 

ああ、この感覚……あの時と同じだ。ふと隣を見れば俺と同じことを思ったのか笑みを浮かべる黒ウサギの顔があった。

 

 

「行くぞッ!!」

 

 

「YESッ!!」

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォォ!!!

 

 

「「撃ち抜けェ!!」」

 

 

二人の咆哮と共に放たれた雷の神槍。悪魔の軍勢のど真ん中を撃ち抜き、閃光が悪魔たちを焼き殺し、衝撃は全ての悪魔を壁に叩き付けた。

 

本人たちすら想像を越えた一撃に思わず手を放しそうになる。だが、決して最後まで放すことはなかった。

 

 

「今だぁ!!」

 

 

大樹の叫ぶ合図と共にアリアと折紙が力を振り絞って軍勢に空けられた道を飛翔する。大樹も黒ウサギを抱えながら飛翔して駆け抜ける。

 

 

バギンッ!!

 

 

悪魔の軍勢が追って来ないように大樹は巨大な氷の盾で蓋をする。時間は稼ぐことはできるはずだ。

 

今のうちに上へ目指そうとするが、アリアと折紙の動きが止まっていることに気付いた。

 

美琴たちも何かを見て言葉を失っている。急いで大樹も駆け付けると、

 

 

「どうした二人共! 何が———!」

 

 

「これは……!」

 

 

大樹と黒ウサギも、思わず言葉を失った。

 

彼らの目の前に広がったのは、塔の頂上。そして、神光如き空から差す薄明光線が浮遊大陸を照らしていた。

 

そう、『楽園』だ。

 

この場所が、俺たちの最後の目的地―――天界なのだと。

 

 

「ッッッッ!! 意識を奪われるなぁ!!」

 

 

「「「「「ッ!」」」」」

 

 

大樹の大声に女の子たちの意識が戻る。あまりの神々しさに意識が遠のいていた。

 

常人には耐えることのできない光景。人が踏み込んではいけない領域なのはハッキリと今ので分かった。

 

あの大樹ですら意識が朦朧(もうろう)としていたのだ。それだけこの場所は神々しく見えた。

 

 

「もう、大丈夫よ。助かったわ」

 

 

頭を振りながら美琴が自分の調子を確かめる。一度乗り越えたからと言って油断はできないが、ひとまずは大丈夫みたいだ。

 

だが女の子たちの体力は削られている。大樹は先程できなかったことを提案する。

 

 

「……争う音は聞こえない。あの悪魔も追って来る気配もない。ここは体力を回復しながら慎重に進む―――」

 

 

『愚かな。貴様らはこれ以上進むことはできぬ』

 

 

頭上から聞こえて来た大きな声に、大樹たちはゾッとする。

 

 

ズシャドゴオオオオオオォォォン!!!

 

 

正面に巨大な物体が落ちて来ると同時に大津波が襲い掛かる。大樹は女の子たちを守るように前に立ち、

 

 

「【神の領域(テリトリー・ゴッド)】!!」

 

 

荒れ狂う波から必死に防御する。大した一撃では無いが、女の子たちに取ってこの一撃は危険だった。

 

ある程度の予想はできていた。波が全て消えた頃には、目の前には巨大な男が立っていた。

 

長く白い髭を生やした老人は蒼い鎧に身を包み、左右に【三又の矛】を握っている。

 

鋭い眼光が大樹たちを射貫き、全身が震える程のプレッシャーが体に圧し掛かる。

 

 

『ここが貴様らの墓場だ。海の藻屑(もくず)になるがいい』

 

 

最高神ゼウスに次ぐ最強の一柱。

 

海と地震を(つかさど)るオリュンポス十二神———『ポセイドン』が不敵な笑みを見せながら立ち塞がった。

 

 



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選択の時 誰の為に戦うのか

すっげぇギャグ書きてぇ。(本能)


戦意を失ってしまいそうになるほどの圧倒的な気迫を出しながら立ち塞がるポセイドンに誰も声が出ない。女の子たちは怯え切ってしまっていた。

 

それもそのはず。人類が絶対に勝つことができない者を目の前にしているのだ。到達することのできない領域を前にして、正気で居られる方がおかしい。

 

 

「予想はできていたぜポセイドン。お前が裏切者のことくらいはな」

 

 

『ふん。私の保持者だろ?』

 

 

その通り。ポセイドンの保持者はエレシス―――陽だ。奈月の二重人格にわざわざ干渉して来た時点である程度のことは察する。

 

 

「クソ野郎が……奈月の弱みを握って楽しかったか?」

 

 

『……役立たずに憤慨しているが?』

 

 

その言葉は大樹を怒らせるのに十分だった。一瞬でポセイドンの巨大な顔の前まで移動し、抜刀した。

 

 

「アイツらを(もてあそ)んだ事を後悔させてやる!」

 

 

バシュンッ!!!

 

 

『ぬッ!!!』

 

 

大樹の刀はポセイドンの持つ矛に防がれる。巨体なクセして俊敏に動いてやがる。

 

続けて二撃、三撃とポセイドンに刀を振るうが、守りを崩すには足りない。ニッと余裕の笑みをポセイドンは見せる。

 

だが、そんな余裕は消えることになる。

 

 

「二刀流式、【刹那(せつな)・極めの構え】」

 

 

右手と左手に刀を握り絞めて左右の腰に納刀する。大樹に一瞬の隙が生まれ、ポセイドンはそれを突こうとするが、

 

 

「【凛鱈(りんせつ)月廻(げっかい)】」

 

 

グシャリッ!! バギンッ!!

 

 

光の速度で抜刀した視認不可の斬撃がポセイドンを斬り裂く。斬撃波はポセイドンの片目を潰し、右手の矛を破壊した。

 

 

『ぐぅおおおおおおぉぉぉ!?』

 

 

痛みに苦しむ声を上げながら後ろに一歩下がるが、大樹の攻撃は止まらない。

 

 

「【無刀の構え】———【神殺(しんさつ)天衝(てんしょう)】」

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!!

 

 

ポセイドンの顔面に強烈な一撃が叩きこまれた。大きな歯が何本も吹き飛び、巨体を宙に舞わせた。

 

ドシンッ!!と地震を起こすような衝撃と共に倒れる神の姿に女の子たちは口をポカンと開けている。

 

人類の誰よりも、神の領域に触れていた大樹。神すら恐れる、常軌を逸脱した力を持っていた。

 

 

「———【鳳凰(ほうおう)炎脚(えんきゃく)】!!」

 

 

『調子に乗るなぁ!!!』

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

燃え上がる両足でポセイドンを踏みつけようとするが、水の壁が大樹を邪魔する。蒸発した煙と共に爆風が一帯に広がる。

 

倒れながらも態勢を立て直そうとするポセイドン。槍を引き絞り、宙で水の壁に足止めされている大樹の体を貫こうとする。

 

 

「【木葉(このは)(くず)し】!!」

 

 

鋭い刃を素手で受けながら瞬時に前へと移動し、水の壁をすり抜ける。

 

大樹の姿を見失ったポセイドン。急いで辺りを見渡そうとするが、

 

 

「二刀流式、【紅葉(こうよう)神桜(かみざくら)の構え】」

 

 

既にポセイドンの背後を取った大樹は逆手に持った刀を十字に重ねて構えていた。

 

一点に集中された力を、神の力を乗せて一気に解放した。

 

 

「———【双葉(そうよう)双桜(そうおう)】!!」

 

 

桜色の斬撃がポセイドンの背中を抉り取る。凄まじい衝撃にポセイドンの体は紙のように盛大に吹き飛ぶ。

 

桁違いの強さに次元を越えた戦いに発展していた。正真正銘、神殺しの名を受け取るに値する男だった。

 

完璧に決まった必殺の一撃。神といえど、無傷では済まないはず。

 

 

『クックックッ……』

 

 

しかし、神の低い笑い声に大樹の表情は険しくなる。

 

 

「……手応えがないな」

 

 

『貴様らが前にしているのは神だ。分かるか、最弱の人類たち』

 

 

ゆっくりと巨体が起き上がった時には、ポセイドンの傷は回復していた。

 

 

「そんな……ありえないです! 大樹さんの攻撃は確かに効いていたはず!」

 

 

黒ウサギの声にポセイドンはニヤリと満足そうに笑っている。女の子たちは目を見開く程驚いていた。

 

しかし、大樹は驚きを見せることなく、それが何か理解していた。

 

 

「『神の行いは全て奇跡』———絶対存在ってのはここまで厄介なのか……!」

 

 

『ひれ伏せ』

 

 

大樹たちにズシンッ!と重力が何十倍にもなったかのように体に負担がかかり、そのまま地に倒れてしまう。

 

起き上がろうとするが、重過ぎて動けない。あの大樹すら立てない状況だった。

 

 

『神の言葉は一字一句、奇跡がある。もう思い知っただろう? あとは貴様らがこの後、どうするか?』

 

 

「野郎ッ……!!」

 

 

『ふん、口を慎め。そのまま呼吸を止めろ』

 

 

「かはッ……!?」

 

 

ポセイドンの言葉に大樹の呼吸が不自然に止まる。

 

肺の中にある空気も全て抜け出し、着実に死が近づいていた。

 

 

「大樹!!!」

 

 

美琴の声が聞こえるが、大樹は抵抗できる様子が見えない。

 

愛する人が苦しむ姿を見て何もしないわけがない。女の子たちも伏せながらでも攻撃を仕掛けようとするが、

 

 

『羽虫程度の攻撃で、この神を打倒できるとでも?』

 

 

不可能だと言わんばかりの声に女の子たちは攻撃をやめようとしない。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

次々と攻撃がポセイドンに当たるが、微動だに反応を見せない。

 

神を倒す為の力が無い。壁の高さに思い知らされるが、誰一人攻撃をやめようとしなかった。

 

 

「大樹! しっかりしなさい!」

 

 

「大樹君!!」

 

 

アリアと優子の声が聞こえるが、視界がぼんやりとし始めている。耳や鼻から血を出す程、大樹は必死に意識を保とうしていた。

 

 

『無駄なことを……その(はかな)い繋がり、ここで断ち切って見せよう』

 

 

【三又の矛】が振り上げられる。矛は大樹に向かって振り下ろされようとしていた。

 

 

「大樹さんッ!!」

 

 

「大樹君ッ!!」

 

 

悲鳴のような声で俺の名前が呼ばれている。黒ウサギと真由美が必死に俺の方へと()っていた。

 

ティナと折紙も、俺の方へと名前を呼びながら近づいている。

 

 

『終わりだ、【海神の竜巻(ウェーブ・シュトローム)】!』

 

 

ポセイドンの足元から巨大な津波と共に竜の(あぎと)の形をした竜巻が襲い掛かろうとする。

 

女の子たちがどれだけの力をぶつけても破ることは不可能だと分かっている。それでも、一瞬も諦めなかった。

 

必死に這って、女の子たちは津波に呑まれる前に大樹の体にやっと触れることができた。手を強く握り絞めて、衝撃に備えようとする。

 

 

バシャアアアアアァァァン!!!

 

 

そして、女の子たちの目の前で津波と竜巻が真っ二つに両断された。

 

 

『むッ!?』

 

 

突然の出来事にポセイドンが動揺する。目を凝らすと大樹たちの前に誰かが立っていた。

 

その者は余裕だったと言わんばかりの表情で立っている。今の攻撃程度では自分を傷つけるには到底届かないと。

 

 

「余所見は命取りですよ」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

誰かを視認する前に横から巨大な岩の拳がポセイドンの頬に叩きこまれる。再び巨体は宙を舞い、吹き飛ばされる。

 

何が起きているのか分からなかった。ポセイドンが吹き飛ばされると同時に大樹の呼吸が回復する。

 

 

「ゴホッゴホゴホッ……マジで死ぬかと思った……! まぁ多分生き返ることはできたと思うけど!」

 

 

「あーあ、アタイの助けを台無しにする発言が聞こえて来るねぇ」

 

 

聞こえて来た声に大樹は思わず体が固まってしまう。

 

 

「嘘……」

 

 

「黒ウサギは、夢を見ているのでしょうか……」

 

 

ティナは目を疑い、黒ウサギは涙を流しそうになった。

 

大樹たちの前に立っていたのは、それだけ素晴らしい恩人だったからだ。

 

 

「また会えたね。アタイの大切な弟子」

 

 

 

 

 

「姫羅……姫羅、なのか……!?」

 

 

 

 

 

大樹も泣き出しそうな顔になってしまう。

 

腰まで長く伸ばした赤いポニーテール。そして赤い着物に刀を見て、間違いないと確信する。

 

困った顔で姫羅は大樹の泣き顔を見ながら問いかける。

 

 

「泣いている場合じゃないよ。まだ行けるね?」

 

 

「ッ……ああ、もちろんだ!」

 

 

「えっと、地味に僕たちの存在も忘れてませんか?」

 

 

姫羅の後ろから声を掛けて来たのは見覚えのある人物だった。

 

火龍誕生祭で激闘を繰り広げた保持者———バトラーだったからだ。

 

金髪のショートカットに執事服を着た男性。間違いなく、元デメテルの保持者である遠藤(えんどう) 滝幸(たきゆき)だ。

 

 

「は? は? は? は? は? は?」

 

 

「僕だけで驚くのはまだ早いですよ。ホラ」

 

 

バトラーが指を差した方向を向こうとすると、ドンッと左右に衝撃が走る。

 

小さな二人が俺に抱き付いて来た。それが分かると、察してしまった。

 

 

「あッ……!」

 

 

若紫色の髪が視界に入ると、大樹の目から自然と涙が零れ落ちた。

 

 

「また、会えたね……!」

 

 

「こんな日が来るなんて思いませんでした」

 

 

「な、な、奈月……陽ぃ……?」

 

 

あの日、二人を手放してしまった感触は今でも忘れられない。それが今、自分は掴むことができていた。

 

元ヘパイストスの保持者、セネス。そして元ポセイドンの保持者であるエレシスだ。

 

そんな二人の手を強く握り絞めながら大樹は涙を堪える。

 

 

「はばべんばばん! びべびゃびゃああああああ!!」

 

 

「ダメね。誰一人今の言葉を理解できなかったわ」

 

 

結局涙腺崩壊してしまう。美琴は笑いながら呆れていた。

 

 

「ふんッ、相変わらずだな楢原 大樹」

 

 

「そ、その声は……!」

 

 

姫羅、バトラー、奈月、陽と元保持者の流れでアイツが居ないわけがない。

 

元ヘルメスの保持者。そして裏切者の長を務めていた―――!

 

 

「ガルペス!!」

 

 

と、名前を呼んだのは良いが、

 

 

「久しいな」

 

 

振り返れば小さい子どもが腕を組んで立っていた。しかも声が渋い。

 

羽織っている白衣はサイズが全く合わず、地面にびったり着いている。確かにガルペスの面影はあるが、完全に子どもだ。

 

 

「「「「「え!?」」」」」

 

 

「子の姿は気にするな。『地獄術』に使うのに最適な容姿になったまでだ」

 

 

ガルペスはこちらに向かって歩き出すと、一冊の本を俺に向かって投げて来た。

 

 

ゴッ!!

 

 

「本の角ぉ!?」

 

 

投げた本は見事に大樹の額に当たる。角なので超絶痛い。

 

衝撃で本は広げられ、ページから無数の文字が空中に飛び回る。幻想的な光景に大樹たちは驚かされる。

 

 

「神の奇跡? 絶対的存在? 笑わせる。その程度でこの男が絶望すると思ったかポセイドン」

 

 

『貴様……まさか』

 

 

「愚かな。この男が繋げ続けていた縁は神すら戦慄する物だ。その証拠に、最低辺の人間をここまで心を動かしたのだ」

 

 

文字が赤黒く光り始め、大樹たちの足元に魔法陣が浮かび上がる。

 

 

「『森羅万象の奇跡は崩壊の兆し。身に宿るのは反逆の一矢』―――【崩崩崩(ゼン・ホウ)】」

 

 

バギンッ!!

 

 

自分の体から何かが弾け飛ぶ感覚に襲われる。決して痛みなどなく、神の力が弱まったようにも思えない。

 

美琴たちも大丈夫と頷くが、何が起きたのか分からないようだった。唯一、顔色を悪くしたのはポセイドンだ。

 

 

『やはりその力……閻魔(えんま)か!!』

 

 

「閻魔……まさか地獄って!?」

 

 

「そのまさかだ。地蔵菩薩(じぞうぼさつ)の化身―――閻魔大王の力だ」

 

 

得意げな顔でガルペスは答えを教える。大樹たちは開いた口が塞がらなかった。

 

聞きたいことは山ほどあるのに、バトラーたちはポセイドンと戦闘を始めた。燃える岩石、赤い氷の槍、不気味な青い炎、そして姫羅の音速を越える斬撃。

 

更に強くなった彼らは、大樹たちを助けに来ていた。

 

 

「詳しく話す時間はない。簡潔に言えば地獄から這い上がって来ただけだ。閻魔の力でしばらくは神の奇跡を無効化できる。ここは元保持者が食い止める。行け」

 

 

「一つだけ聞かせてくれ! どうして俺たちを……」

 

 

「忘れたか?」

 

 

ガルペスは背後から炎に包まれた巨大な魔神を召喚する。魔神とポセイドンは殴り合うが、ガルペスはこちらに顔を向けながら告げた。

 

 

「言ったはずだぞ。復讐は1度、諦めると。絶対に諦めるとは言っていない」

 

 

「ッ!」

 

 

「ここに居る者達の復讐の形は変わった。いや、貴様が変えたのだ」

 

 

それはもう、復讐というには違い過ぎた。

 

 

「こんな復讐で、貴様は不満か?」

 

 

「……不満なわけないだろ」

 

 

本当は両手を挙げて喜びたいくらい。嬉しい気持ちを抑えながら、大樹たちは前に向かって走り出した。

 

 

「絶対にッ、絶対に勝ってやる! 負けるんじゃねぇぞ!!」

 

 

「ハッ、こっちのセリフだ」

 

 

パチンッとガルペスは指を鳴らすと背後から先程の魔神が次々と現れる。ポセイドンが顔を歪める程の数だ。

 

 

「貴様はここに居る人間が、弱く見えるか?」

 

 

悪い顔をしていても、ガルペス=ソォディアは変わっていた。

 

大樹たちが走り去った後、バトラーはガルペスの隣に立つ。

 

 

「いいのですか? あの様子ですとメッセージが……」

 

 

「構わん。むしろ驚く顔が見れるかもしれん」

 

 

「あなたは……少し面白くなりましたね」

 

 

「殺すぞ」

 

 

「口の悪さだけは変わらないですね」

 

 

被っていたシルクハットを手に持ち、中から禍々しい剣を抜き出す。そして一瞬だけ抜刀して奈月に攻撃をしようとしていた水の槍を斬り落とす。

 

 

「気を抜いている場合じゃないですよ。感動の再会はまた後で。こちらも本気で行かないと負けますよ」

 

 

「わ、分かっているわよ! 私だって本気で———!」

 

 

「私たち双子はお兄さん大好きっ子なので大目に見てください」

 

 

「お姉ちゃん!?」

 

 

「いいねいいね。大樹は幸せ者だね。師であるアタイも嬉しいよ」

 

 

『汎人類が……神を前にしてその態度は何だ!!』

 

 

ズシャドゴオオオオオオォォォン!!

 

 

雷と水を融合させた津波が全ての魔神を飲み込み、ガルペスたちも飲み込もうとしていた。

 

 

「———開眼」

 

 

その時、姫羅の目が光輝いた。

 

 

シュンッ……ズバッッッ!!!

 

 

その刹那、姫羅の音速を越えた斬撃で一刀両断される。津波はガルペスたちを避けるように後ろへと流れて行った。

 

 

「神を前にしたらどうするか? そんなの、最初からアタイたちは決めている」

 

 

先程の穏やかな空気はとっくに消えていた。

 

 

「川の石遊びも飽きたことだ。それにチームワークも初期より断然に上がったはずだ」

 

 

「世界を別々に行動しろと命令したのはあなたですがね。まぁ丸くなったのでスルーしますが」

 

 

ガルペスは再び魔神を召喚し、バトラーは岩の鎧を身に纏う。

 

奈月は赤い炎を、陽は赤い水を、周囲に地獄術の魔法陣を展開する。

 

 

「アタイたちは神をブン殴る為に地獄から這い上がって来た。その見ているだけでイラつく顔、ぐちゃぐちゃにしてやるよ!!」

 

 

姫羅の抜刀を合図に、神との戦いが始まった。

 

これが救われた者達の、地獄から這い上がって来た者たちの逆襲だ。

 

 

________________________

 

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

神の力を解放した大樹の斬撃は悪魔の軍勢を蹴散らす。凄まじい速度で悪魔の数を減らしていた。

 

上へ上へと登るにつれて増える悪魔。個体も徐々に強くなっているが、それでも大樹には届かない。

 

 

「チッ!」

 

 

しかし、個体が強くなっているせいで撃ち漏らすことがある。大胆で大雑把さな攻撃の欠点。

 

だがその欠点を埋めるのは、大樹の大切な人たちだ。

 

 

「このッ!」

 

 

「【緋縅蝶(ひおどしちょう)】!」

 

 

「【エア・ブリット】!」

 

 

「真由美さんは右の悪魔を! ティナさんと折紙さんは左の悪魔をお願いします!」

 

 

「任せて!」

 

 

「絶対に当てます!」

 

 

「【絶滅天使(メタトロン)】」

 

 

大樹の撃ち漏らした悪魔を次々と撃破する。しっかりとカバーの利いた陣形を立てながら天界の先へと向かっていた。

 

 

「———そこだ」

 

 

ズバンッ!!!

 

 

不可視の攻撃、視認阻害の魔術、透明な体、いかなる手段を持っても大樹に攻撃を当てることができない。彼の間合いに一瞬でも入れば即座に一刀両断されていた。

 

 

「だ、大樹さん? その目は……」

 

 

いくら常識破りの技を繰り出して来たとはいえ、黒ウサギには少し様子がおかしいと分かっていた。その異変は、大樹の目に出ていた。

 

大樹の左目は、綺麗な蒼い左目に変わっていたのだ。

 

 

「何か……開眼した」

 

 

「「「「「……………へぇ」」」」」

 

 

「うっわぁ普通なら「えぇ!?」って驚くはずなのに「大樹ならしゃーない」みたいな顔されたわ」

 

 

どういう経緯で開眼することができたか不明だが、左目は天界の先へ行くたびに(うず)いていた。

 

戦いを求めている衝動とは違う。別の衝動が自身を動かしていた。

 

いつも敵がスローモーションで動いている時が多くあった。だが今は、それよりも遅い。

 

敵の攻撃から動き、目の動きまで、心臓の鼓動、思考まで()()()

 

 

「———ここだ」

 

 

シュンッ!!!

 

 

極限まで速度を上げた大樹の刀は、敵の心臓だけを切り捨てた。

 

 

ズバッ!!!

 

 

一斉に悪魔たちの口から血を吐き出し、命を刈り取られる。無傷の体に何が起きたのか理解することもできず、ただ死に絶えた。

 

この短時間でも強くなることをやめようとしない。まるでレベルの上限が無いかのように大樹は強くなり続けていた。

 

そして、開眼した目は大樹の力を更に高めることになる。

 

 

ザンッ!!!

 

 

瞬時に悪魔たちの背後を取り切り捨て続ける。光の速度で移動するデメリットを完全に克服したのだ。

 

 

(どれだけ速くしても見える! 行けるッ!!)

 

 

直進に一瞬で移動する。悪魔には大樹が瞬間移動しているようにしか見えないが、移動しながら斬られていることには絶対に気付くことができない。

 

目で捉えることのできない領域に、大樹は遂に踏み入れることができたのだ。

 

あまりの強さに後ろから優子が声をかけようとするが、

 

 

「ねぇ大樹君。その……」

 

 

「いや、違うな。ここに居る悪魔は命という概念が無い。放っておけば増えてッ……悪い」

 

 

優子が質問するより先に答えてしまう。大樹は優子の思考を見てしまっていた。

 

自分の考えていることを見抜いた大樹に驚いていたが、すぐに安心させるような笑みを見せる。

 

 

「大丈夫よ。今更気にすることなんてないでしょ」

 

 

「……ああ、ホントヤバいな……見え過ぎて怖い」

 

 

一体何を見たのか。大樹の頬は真っ赤になっていた。

 

大体の予想がついたのか、周りの女の子たちもニヤニヤしながら視線をぶつけていた。

 

 

「チョッ、ヤメ、オマ、見えるからやめろぉ!!!」

 

 

自分の好きな人に対して、天眼は弱点になると分かった瞬間であった。

 

 

________________________

 

 

 

どれだけ階段を駆け上がっても頂上は見えて来ない。永遠に続いているのではないかと錯覚させられるほど天界は上へ続いていた。

 

 

「……待て」

 

 

先頭を走っていた大樹が静止の声をかける。正面を見れば一人の女性———いや、違う。

 

 

『やはり来ましたか』

 

 

人と同じような声に聞こえるが、全く違うと脳が警告している。黒い衣を纏った女性の姿も幻覚だと分かってしまった。

 

大樹だけは正体を見破っていた。恐ろしい顔を仮面で隠し、痛々しい体の傷を隠し、存在すら隠している()()()()

 

 

『これは地獄術でも見えないはずですが……あなたは見えていますね』

 

 

「まぁな」

 

 

『なるほど……では明かしましょう』

 

 

その瞬間、大樹の後ろに居た女の子たちが正体が明白に掴めるようになった。

 

 

「何、なの……!?」

 

 

言葉を失う程、吐き気を催す程、あまりの醜さに恐怖した。

 

 

「……逸話ってのは信じるものじゃねぇな」

 

 

『いえいえ、そんなことはありません。ただ、逸話の先の話というのは残酷な物でして、知られないのですよ』

 

 

掠れた女性の声に大樹も思わず身震いする。

 

歪に何度も折れ曲がった両腕を前で縛られ、何十本のナイフが突き刺さった体。狂気に染まり切った顔は、こちらの正気を削る程怖い。

 

 

『私は冥界の女帝、ペルセポネ』

 

 

オリュンポスの神とは違う圧を放つ冥府の女神。あらゆる恐怖……名状しがたい恐怖の塊だった。

 

 

『本来なら地獄術を施されていない人間の精神を破壊するほどの姿なのですが……幸運でしたね』

 

 

「……地獄術って冥府神に対しても有効なのか」

 

 

『厄介極まりない……神と冥府神、二つの力に対抗する『第三の力』があることは存じていました。ですが、()()()出すとは』

 

 

ペルセポネの言う通り、このタイミングでガルペスたちの援軍は敵に取って一番痛いはずだ。ポセイドンを足止めし、地獄術で俺たちの進むアシストまでしてくれた。

 

 

「さすが閻魔大王じゃねぇか。それで、降参するか?」

 

 

『ご冗談を。計画の一部が狂った程度で諦めるとでも?』

 

 

「一部か……ポセイドンも安いな」

 

 

『あれは一部にも入りません。狂ったのはゼウスの保持者だけでなく、元保持者の帰還。そして———後ろの女の子たち侵入を許したことです』

 

 

狂気の瞳で女の子たちを見つめ、痛々しい音を立てながら体をよじらせる。まるで―――

 

 

『アア、コワシタイ……そのキレイな体をズタズタに……!』

 

 

「悪いが俺たちはアブノーマルな趣味はねぇよ。傷一つ入れさせるかッ」

 

 

抜刀して刃先をペルセポネに向けるが、笑われてしまう。

 

 

『フフフッ、いいのですか? もう始まっていますよ?』

 

 

ペルセポネは見上げていた。釣られて見上げると、そこには光は無かった。

 

神々しい光と光景は消え失せ、赤黒い空と悪魔たちの叫び声が何度も耳に届いていた。

 

 

『もうすぐ冥界と天界を繋ぐ扉が開かれます。我々が待ち焦がれた瞬間が……もう、すぐッ!!』

 

 

時間がない。タイムリミットが迫って来ていることだと分かっている。そして、ペルセポネと戦う暇など無いと言っていることも。

 

ここで突き付けられる選択肢に、大樹は下唇を強く噛んだ。

 

 

「大樹」

 

 

絶対に嫌だと思っているのに、彼女たちは察してしまうのだ。

 

刀を握り絞めた手に触れながら、アリアは銃を構えた。

 

 

「ここはあたしたちに任せて行きなさい」

 

 

「……ペルセポネは強いぞ。ポセイドンなんか比べものにならない」

 

 

大樹は真剣な表情で忠告するが、アリアは微笑んでいた。

 

俺を安心させるかのように、優子も手を重ね合わせる。

 

 

「怖いわよ。でも、大樹君も怖いんでしょ」

 

 

「……怖いな。また失うかもしれないと思うと」

 

 

だが、既に敵への恐怖は消えていた。今ある恐怖は、互いを失うかもしれないという怯えた心だけだった。

 

そんな馬鹿にされた言葉にペルセポネは絶句する。今まで自分の醜い存在がここまで眼中に入らないことはなかったのだ。

 

 

「大樹さん……黒ウサギたちは、もっと怖いことを言うかもしれません」

 

 

「そんなことあるかよ。その言葉は、俺の勇気だ」

 

 

しっかりと前を向きながら告げた大樹に黒ウサギは驚くが、すぐに頷いた。

 

女の子たちは声を合わせて、大声で大樹の背中を叩いた。

 

 

バンッ!!

 

 

「「「「「信じてッ!!」」」」」

 

 

「当たり前だぁ!!!」

 

 

大声で応えながら大樹は光の速度でペルセポネの横を駆け抜ける。少しの攻撃も当てることなく、完全に無視した走りだった。

 

防御の体勢に入っていたペルセポネ。大樹の行動を読むことができず、驚いていたが、

 

 

『フフッ……フフフッ、アハッハハッハッ!』

 

 

噴き出すように笑い出す。狂気的な笑みを忘れず、それ以上に狂うように、ギチギチと体を鳴らしながら笑った。

 

 

『見捨てたぁ。あは、なんて可哀想な子たち……やはり女というのはこういう生き方でしか———』

 

 

「何勘違いしているのかしら?」

 

 

真由美の鋭い声にペルセポネの笑みが消える。

 

 

「妻が夫を見送るのは当然でしょ? そして夫の帰りを待つのが妻の役目なのよ」

 

 

「私はずっと家に居てても構わない。仕事も家事も全部私がやる」

 

 

「折紙。少し黙ってて。お願い」

 

 

『……まるで』

 

 

「まるで私に勝つとでも?と言うのですか? 馬鹿なことは聞かないでください」

 

 

今度はティナが噛み付いて来た。銃口をペルセポネに向けながらティナは言い切る。

 

 

「勝ちますよ。大樹さんの為に」

 

 

『……調子に乗るな猿人類』

 

 

殺気を含んだ言葉に彼女たちは動じない。むしろ美琴はコインを指で弾きながら気を引き締めた。

 

 

「やっと本性を表したわね。けどいいわ。その方が戦いやすいからッ!!」

 

 

バチバチガシャアアアアアアアン!!!

 

 

まさかの不意打ち超電磁砲(レールガン)。当然の轟音に周りはビックリしていた。

 

土煙がペルセポネを包み込み、状況は分からなくなるが、黒ウサギは直撃したことは最後まで目視していた。

 

 

「だ、大樹に似て来たわね……美琴も」

 

 

「アリア。もうそれって褒め言葉としてしか受け取れないわよ」

 

 

ペルセポネに向かって銃を構えながらアリアは美琴を褒める?が、この程度で終わるはずが無い事は分かっている。

 

 

『【守護神の鎧(アテナ・アーマー)】』

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

煙の中から現れたのは黒光りする鎧を身に纏ったペルセポネ。驚いたのは無傷だったことではない。

 

先程使役した力が———神アテナの力であることだ。

 

 

『私は数え切れないほどの死を見て来た。そして手に入れました。死をこの体に刻むことで、受け入れることができると』

 

 

「嘘……そんなまさか……!?」

 

 

ペルセポネの力に黒ウサギの顔色が悪くなる。他の女の子たちにも理解できるように、ペルセポネは更に力を振るう。

 

 

『【戦車(チャリオット)】』

 

 

黒炎を纏った二輪の馬車が虚空から出現する。正真正銘、神ヘパイストスの力だ。

 

 

『【悪夢の弓(ボウ・ナイトメア)】』

 

 

手には漆黒の弓が握られ、黒い矢が装填された。神アルテミスの力。

 

 

バシュンッ!!

 

 

「ッ!」

 

 

今度はペルセポネの不意打ち。【漆黒の矢(ダークネス・アロー)】が黒ウサギに向かって放たれるが、即座に避けることができた。

 

 

『先程のお返しはこちらが本命です。【アース・ゼロ】』

 

 

上を見上げれば空を埋め尽くすような土の塊。いや、隕石と言うべきか。

 

神デメテルの力だった。これだけヒントを出せば分かるだろう。

 

神の力を同時に、そして様々に使うことができるペルセポネ。

 

 

『アッハッ』

 

 

―――彼女は死んだ神の持つ力を使うことができるのだと。

 

 

ズドォオオオオオオオオオンッ!!!!

 

 

無慈悲に落とされる巨岩。凄まじい衝撃と轟音が一帯を破壊し尽した。

 

 

________________________

 

 

 

「ッ!?」

 

 

背後から凄まじい音が聞こえて来た。思わず足が止まりそうになるが、止めることはなかった。

 

振り返ることもしなかった。どれだけ心配でも、大樹は止まらない。

 

何故なら、信じているから。

 

 

「信じてる……信じてるッ」

 

 

勝つ。絶対に勝つ。どれだけ凶悪であっても、負けるわけがない。

 

自分が一番、彼女たちを信じてやれなくてどうする。彼女たちは俺のことをどれだけ信じて来たと思っている。

 

この長く辛い時間の中、どれだけの幸せを探して来た。

 

 

「まだ……まだ足りねぇよ! そうだ、足りねぇ!」

 

 

共に過ごす時間も、記憶に残る思い出も、足りねぇ!

 

愛することも、唇を重ねることも、何もかも足りねぇ!

 

まだ終わりたくない。これで終わりじゃない。そのことも、彼女たちは理解している。

 

 

「終わらせない……世界は、俺が終わらせない!!」

 

 

彼女たちも終わらせない為に戦っている。だったら俺も戦うに決まっている。

 

例え隣に居なくても、脳に記憶が刻まれて居る限り、心が温かい限り、離れ離れになんてならない。

 

 

ザンッ!!!!

 

 

抜刀する瞬間すら見えなかった。背後から奇襲を仕掛けて来た悪魔たちを一刀両断する。

 

次第に重かった足は軽くなる。緊張は解け、不安は何もかも消える。

 

信じ切ることのできた男の足は、もう止まらない。

 

 

________________________

 

 

 

ズシャッ!!!

 

 

『ヌゥッ!?』

 

 

ポセイドンの体に強烈な斬撃が叩きこまれる。姫羅の一撃は確実にポセイドンの体力を奪っていた。

 

 

「【神速絶刀の構え】———アタイの最強、破れるものなら破ってみな!」

 

 

保持者の中でもズバ抜けた動きでポセイドンを斬り続ける姫羅。彼女の猛攻にポセイドンは一番厄介だと感じていた。

 

 

「土人形たちよ!」

 

 

正面から立ち向かう姫羅に対して横から攻撃を仕掛けるのはバトラー。土で作られた人形を操り、ポセイドンの体に纏わりつく。

 

 

土爆(どばく)!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

『ぐぅッ!!』

 

 

姫羅とは違い堅実的な戦い方をするバトラー。徐々にポセイドンの力を削る。地味に見えるが大事な役割だった。

 

 

「姫羅さん! 神を相手にするのですからもう少し慎重に!」

 

 

「男がそんなことを言うなよ! アタイの波にもっと乗って来な!」

 

 

「ああもう! セネスさん、エレシスさん、彼女のサポートを!」

 

 

「ええ!? ちょっと!? この女の血のせいでお兄ちゃんもあんな無茶するの!?」

 

 

「むしろそうじゃないと今のお兄さんじゃないので」

 

 

赤い氷がポセイドンの足を縛り、青い炎の塊がポセイドンの顔に直撃して爆発する。

 

双子の攻撃で再びポセイドンに隙が生まれる。その隙を姫羅が突かないはずがない。

 

 

ズバババババッ!! バシュンッ!!

 

 

右足から左腹部にかけて百を越える斬撃を繰り出す。そして肩を引き裂きながらそのままポセイドンの頭まで跳び、力を込めた斬撃をポセイドンの額にブチかます。

 

 

「ぜぁああああぁぁぁ!!!」

 

 

ズグシャッ!!!

 

 

『ぐぅあああああああ!!??』

 

 

痛みに絶叫する神の声が轟く。額から滝のように血を流すポセイドンは思わず膝を着きそうになるが、

 

 

「無様だな! これも持って行け!!」

 

 

倒れようとした先には悪い顔をしたガルペスが待っていた。地獄術で強化した右足でポセイドンの腹部を蹴る。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

爆発したかのような重い音と吹き飛ばされそうなくらい強い衝撃。ガルペスの一撃は姫羅よりも重かった。

 

後方に吹き飛ぶポセイドンを見ながら鼻で笑う。小さい体から出せる力ではないのは明白。

 

 

「アタイより先に適応するとは……やるじゃん」

 

 

「適応するというより合わせたというのが正しい。お前らのように服のサイズを決めるのではなく、自分に合わせただけだ」

 

 

「はー難しいことを言うねぇ」

 

 

「……難しいか?」

 

 

「もう一声」

 

 

「フム……楢原 大樹に女が群がる例えにしよう。お前たちは女が自分に群がる為には楢原 大樹のような人間になる必要がある。だが俺は俺自身が女の好みに合わせて群がらせたわけだ」

 

 

「急に気持ち悪い例えになったけど分かったわ」

 

 

ああ?とガルペスは姫羅を睨み付けるが、馬鹿な会話をしている場合じゃない。

 

 

『神の奇跡を消すか……愚かだ。実に愚かだ』

 

 

ボロボロの体でポセイドンは不敵な笑みを見せながら立ち上がる。自慢の白い髭も赤く染まり切っていた。

 

 

「どうやらゼウスが上手だったようだな。貴様らの策を見抜き、閻魔大王という駒を野放しにしたこと。そして、元保持者の存在を眼中に入れなかったことが貴様の敗因だ」

 

 

『笑止。貴様らの存在を見ていることが全て間違いだ』

 

 

ポセイドンはグッと右手を握り絞め、折れた三又の矛を投げ捨てた。

 

 

『神の力が通じぬならどうするか、決まっているだろう?』

 

 

「まさか貴様ッ!? お前ら!! 早くトドメを刺せ!!」

 

 

ポセイドンの意図に勘付いたガルペスが攻撃を仕掛けるように指示する。姫羅が音速で詰めて攻撃するが、

 

 

ガチンッ!!

 

 

「ッ……なんて硬さだい」

 

 

ポセイドンの体は姫羅の攻撃を弾く程の硬度を持っていた。先程とは全く別だ。

 

続けてバトラー、奈月、陽が攻撃を仕掛けるが姫羅と同じく通じていない。

 

 

「魔神共! 殺せ!!」

 

 

全属性の魔神を一斉に召喚して攻撃命令を出す。魔神の口からレーザー光線のような物が放たれるが、

 

 

『———悪魔に魂を売るまでだ!!』

 

 

ポセイドンを中心に黒い波紋が魔神たちを一瞬で消し飛ばした。

 

音も無く、衝撃も無く、気が付けばガルペスたちは地面を転がっていた。

 

 

「……最低だな。アタイはキレちまったよ」

 

 

ゆっくりと起き上がった姫羅。声音は低く、頭に血が上っていた。

 

オリュンポスの神は醜く変わり果てていた。

 

下半身は人の形を捨て、膨れ上がった胴体から(いびつ)で不規則に無数の腕が生えていた。虫の腕の形をしているが、骨で作られている。

 

腕とは違い、大きな四本の足が巨体を支えている。吐き気を催す化け物の姿に、全員が息を飲んだ。

 

 

『これが悪魔の力……素晴らしい……ベルゼブブの、チカラ、コレ、ガ……!』

 

 

唯一人の身を残した上半身の体。苦しそうに自分の首を絞めているのに、不敵に笑っていた。

 

狂っていると誰もが思っている。だが、狂っているのは事実。

 

 

『私ハ、王ニ、ナル……! ナラナケレバ、ナラナイ!』

 

 

頭部が(ハエ)のような頭に変わる。ポセイドンの面影はどこにも無かった。

 

体から数え切れない程の虫が排出される。神というには、あまりにも醜かった。

 

 

「それでも、殺意を持って殺さないと約束したはずです」

 

 

今にも斬りかかりそうになっていた姫羅の手を陽が止めた。姫羅もハッと我に返り、急いで刀を鞘に納めた。

 

 

「……危ない危ない。悪いね」

 

 

「いえ」

 

 

元ポセイドンの保持者である陽の思い。

 

例え道具として保持者にされたとしても、人格であった自分を生かしてくれた。

 

唯一、彼女だけは神ポセイドンを恨まない。

 

そして、彼女の手で神ポセイドンの野望を終わらせたいと願っていた。

 

 

「地獄に落ちても私は生きていた。今を、生きていた。その恩は、あなたの名誉を守る為に殺すことで返します」

 

 

しかし、彼女には足りない。圧倒的な力が。

 

神と悪魔の融合を越える力がどこにもない。姫羅にも、ガルペスにも。

 

ならばどうするのか? 決まっている。

 

 

「———力を貸してください」

 

 

答えを聞くまでも無い。答えを言うまでも無い。

 

陽の隣に立つ事で、答えを出しているのだから。

 

 

「勝機ならある。問題はそれまで耐えれるかどうかだ」

 

 

「確率は?」

 

 

ガルペスの言葉に姫羅は悪戯でもするかのように問いかける。バトラーたちがニヤニヤとしながら答えを待っていた。

 

 

「決まっている。百パーセントだ」

 

 

ガルペスもまた、笑って見せた。

 

 

________________________

 

 

 

冥界女帝ペルセポネの一撃で一帯が土の山ばかりできあがってしまっていた。

 

彼女は神の力で当然無傷だが、女の子たちは軽傷では済まないだろう。

 

そう思っていたが、簡単に裏切られる。

 

 

『その結界……その鍵は』

 

 

ペルセポネの視線の先には四角形の結界があった。中には無傷の女の子たちが入っている。

 

そう、優子の持つ【森羅万象の鍵】だ。一度切りの絶対防御をここで使ったのだ。

 

だが表情は険しく、今の攻撃は危なかったと語っていた。

 

 

『短時間でこの場所まで辿り着けたのはその鍵のおかげですか。納得しました』

 

 

「ッ……この鍵のこと、知っているのね」

 

 

『ええ、あと一個だけ……壊し損ねていましたから。これで全部になりますね』

 

 

ゾッとする声音に優子は一歩下がってしまう。それでも、心は戦っていた。

 

負けずとペルセポネを睨み付ける。優子の目には涙は無い。あるのは戦うという意志だ。

 

 

「この鍵は……神様がアタシに託してくれた物よ。絶対に壊させないッ!!」

 

 

―――残り十秒。この結界は解ける。

 

美琴たちは敵の攻撃に備えるのではなく、攻撃を仕掛けようとしていた。

 

 

フォンッ!!

 

 

―――残り五秒。真由美の魔法が発動し、結界の中が見えなくなる。ペルセポネの視認を阻害していた。

 

結界の中から様々な力が溢れていることはペルセポネには分かっている。

 

 

『無駄なことを……』

 

 

呆れながらいくつもの神の力を発動する。身に纏っていた鎧が外れ、変形して大きな盾になる。ペルセポネを守るように前に出た。

 

―――残り一秒。

 

結界が解ける瞬間、ペルセポネは嫌な予感がした。

 

―――ゼロ。

 

パリンッと割れるように結界が解ける。同時に魔法による視界阻害も消えた。

 

 

『ッ!?』

 

 

女の子たちの姿はほとんど消えていた。残っていたのは黒ウサギだけだ。

 

雷鳴を轟かせる巨大な槍を構え、眩い太陽の輝きを放つ太陽神の鎧を身に纏っていた。

 

自分の持つ恩恵(ギフト)を全開放した黒ウサギ。槍の柄には大樹の【神刀姫】が装着され、恩恵の最大限に発揮させていた。

 

そして、威力は更に跳ね上がる。

 

 

ギュゥイイイイイイン!!!

 

 

割れた結界が槍先に吸収されるように集まる。

 

同時に少し離れた場所から美琴は電撃を、アリアは緋弾を、優子と真由美は電撃の魔法を、ティナは瑠璃色金の力を、折紙は精霊の力を槍先に集中するように力を付与した。

 

ペルセポネが焦る程、力は収束していた。

 

 

(重過ぎるッッ……!!)

 

 

当然、黒ウサギに掛かる負担は尋常な物では無い。今にも腕が千切れそうなほど、槍は重かった。

 

それでも、彼女が槍を持てたのは大切に思う人たちが居たからだ。

 

これから先、ずっと一緒に居たいと思える人たちが居るからだ。

 

だから、黒ウサギは全力を振り絞る。

 

 

穿(うが)て―――!!!」

 

 

疑似神格・梵釈槍(ブラフマーストラ・レプリカ)】を越え、神の領域を軽々と踏み入れた槍は、解き放たれる。

 

 

 

 

 

「———【完全神格・梵釈槍(ブラフマーストラ)】ッッ!!!」

 

 

 

 

 

止めることも、避けることも、運命から逃れることも不可能とした速度で黒ウサギの手から絶対必勝の槍が解き放たれた。

 

最初で最後の一撃。この一撃に全てを賭けた。黒ウサギの右腕が壊れてしまうが、彼女は叫んだ。貫けと。

 

 

シュドゴオオオオオォォォ!!!!!!!

 

 

全てを掻き消す一撃にペルセポネは動けない。神の盾は一瞬で灰と化し、次々と神の武具が燃え尽きる。

 

狂気的な笑みが消え、彼女に恐怖が襲い掛かる。そして、最強の槍は彼女の胸に到達する。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

それは貫くというレベルではなかった。ペルセポネの体ごと吹き飛ばした。

 

粉々に、無残に、灰の一つ残すことなく、消し飛ばした。

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……!」

 

 

苦しそうに息を荒げながら黒ウサギは前を向く。使えなくなった右腕を支えながら、

 

 

「—————」

 

 

―――絶望した。

 

黒ウサギの前には、消し飛ばしたはずの神が立っていた。

 

しかもその姿は美しく、狂気に染まった顔も、体の傷もなかった。

 

まるで女神———黒い衣装に身を包んだ彼女は目をゆっくりと開けると、微笑んだ。

 

―――嫌な予感がした。黒ウサギは急いで後ろに跳ぼうとするが、

 

 

グシャッ!!!

 

 

地面から黒い槍が突き出し、黒ウサギの体に深々と突き刺さった。

 

鎧は簡単に壊れ、腹部から大量の血を流していた。

 

その光景に女の子たちは凍り付く。吐血する黒ウサギに、悲鳴を上げそうになった。

 

 

『あはっ』

 

 

そして、女神の綺麗な笑みは脆く崩れ落ちた。

 

狂気に染まり切ったあの表情に、戻っていた。

 



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第二の希望 地獄のヒーロー

こう、なんか、終わりがね、近づいているのがね、分かるよね(´;ω;`)


ドサッ……

 

 

「黒ウサギぃ!?」

 

 

地面から突き出た黒い槍が黒ウサギの腹部を容赦(ようしゃ)なく貫いた。大量の出血と共に体は後ろに転がり、動かなくなる。

 

急いで優子は黒ウサギの下に駆け付けて抱き寄せるが、どっぷりと血が付いた自分の手を見て顔は真っ青になる。

 

僅かに息をしているが、喋ることはできないようだ。それだけ黒ウサギは重傷だった。

 

 

『あっはあははああっは』

 

 

必殺の一撃を受けた冥府の女神ペルセポネの体は何故か無傷。むしろ綺麗な体に変わり、そこに立っていた。

 

だが美しい顔は(ゆが)み切り、狂気に染まった顔で笑い声を上げる。

 

 

『まず一人。次は———』

 

 

ゴギッと骨の折れる音。ペルセポネは自分の右手の指を折り、左手に黒い弓―――【悪夢の弓(ボウ・ナイトメア)】を展開した。

 

標的は黒ウサギを抱きかかえた優子。取り乱れているせいで敵が攻撃を仕掛けようとしていることに優子は気付かない。

 

 

ガキュンッ!!

 

 

だが弓に装填された黒い矢が一発の銃弾で壊される。

 

 

「させるわけないでしょ!!」

 

 

ガキュンッ!!

 

 

背後からペルセポネとの距離を詰めたアリア。銃を乱射しながらペルセポネの体を狙うが、避けられる。

 

近距離から何度も発砲するが、まるで銃弾の軌道を全て見えているかのようにペルセポネは避けていた。色金の力を使っても。

 

ユラユラと不気味で不快な動き。アリアは相手にしたことのない動きのせいで動きを予測して撃つこともできない。

 

 

「援護しますッ!」

 

 

ペルセポネの背後からティナと折紙が奇襲を仕掛ける。ティナはライフルの先に取り付けた【神刀姫】でペルセポネの喉を狙うが、やはり避けられる。

 

即座に折紙がブレードでペルセポネの足を切断しようとするが、また避けられる。

 

どれだけ攻撃を重ねても、ペルセポネに一撃も当てられなかった。

 

 

『フフフッ———開眼するとここまで見えてしまうのですね』

 

 

ゾッとする言葉に女の子たちの動きが止まる。顔を見ればペルセポネの左目は潰れており、右目は大樹と同じように青く光っていた。

 

 

『神アレスの力です。常人の開眼は全くの別……次元が違いますよ』

 

 

「ッ……だから何よ!!」

 

 

怒りに任せて美琴は電撃を放つが、ペルセポネに当たる前に黒い魔法陣が防いでしまう。

 

 

『勝ち目がないとハッキリ言ったつもりですが?』

 

 

「……何かイライラすると思ったら、似ているわあなた」

 

 

真由美の言葉にペルセポネが眉を寄せる。彼女は魔法を発動しながら叫ぶ。

 

 

「どっかの馬鹿な天使にね!!」

 

 

複数の【ドライ・ブリザード】を射出してペルセポネを狙う。

 

その攻撃を見たペルセポネは真由美の弱さに呆れながら魔法陣で防ぐ。

 

 

『天使……忌々(いまいま)しい。神の道具を私と同じと言うのはあまりに―――』

 

 

ペルセポネは自分の首を絞めながら地面を踏み付けた。

 

 

『———無礼だッ!!』

 

 

グシャッ!!

 

 

不快な音と共にペルセポネの足元から黒い槍が広がるように突き出る。近距離で攻撃していたアリアたちは回避するが、美琴たちは回避できなかった。

 

 

「あぐッ!?」

 

 

「ぁ……ッ!?」

 

 

美琴は左腹部を掠め、真由美は右太股に深々と突き刺さってしまう。

 

幸い二人は致命傷を避けることはできた。しかし、美琴の動きは鈍くなり、真由美は歩けそうにない。

 

 

『痛いでしょ……痛いわよね? 私も、(さら)われる前からずっと痛かったの! ずっとずっと!』

 

 

同情でもして欲しいかのような訴えにアリアは緋色の力を使って再び距離を詰める。

 

 

「いい加減にしなさい! このメンヘラ女!!」

 

 

『あっは!』

 

 

ガキュンッ! ガキュンッ! ガキュンッ!

 

 

アリアは銃に装填された最後の三発を発砲したあと、背中に隠した【神刀姫】で斬り掛かる。

 

ペルセポネは銃弾を避けるが、斬撃は避けなかった。

 

 

グシャッ!!

 

 

右腕で深々と受け止めて血を噴き出す。ペルセポネの血はアリアの顔に盛大にかかり、視界を奪われてしまう。

 

 

ドゴッ!!

 

 

「かはッ……!」

 

 

ペルセポネの膝蹴りがアリアの腹部にめり込む。肋骨(ろっこつ)が折れる音がアリアの耳にも聞こえた。

 

そのまま後ろに吹き飛び転がる。急いで折紙がアリアを受け止めるが、ペルセポネは間髪入れずに攻撃を続ける。

 

 

「【戦車(チャリオット)】」

 

 

「ッ!?」

 

 

ドガッ!!

 

 

ティナの真横から黒炎を纏った二輪の馬車が突然出現する。骨の馬に蹴られティナの体が吹き飛ぶ。

 

 

「【ソード・トリプル】」

 

 

ザンッ!!

 

 

「くッ!!」

 

 

ペルセポネの頭上に三本の黒い剣が出現し、精霊の力を使おうとした折紙に襲い掛かる。二本は避けることができたが、回避位置を見破られていたのか、三本目は右肩を引き裂いた。

 

 

『———【終焉樹(インフィニティ・ユグドラシル)】』

 

 

ペルセポネの背後に漆黒の闇を纏った巨木が根付く。闇の粒子が一帯に飛び散り、やがて粒子は黒い矢に変わり降り注いだ。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

回避不能の攻撃に周囲は黒い爆炎に包まれた。

 

最初に出来上がっていた山は崩れ、荒れ果てた地に変わり果ててしまう。見渡せば女の子たちが全員倒れていた。

 

 

『……あはは』

 

 

その光景を目にしたペルセポネは小さく笑う。すると傷はじわじわと()えてしまい、黒ウサギの一撃を受けた後と同じように綺麗な体になる。

 

 

『強者は弱者を痛めつけて笑いました。弱者は強者の笑う顔は嫌いです』

 

 

ポツポツと語り始めるペルセポネ。その手には最初に体に刺さっていた短剣が握られていた。

 

 

『だから———強者には笑わせない。自分の体を傷つけるくらいなら、私が傷つける』

 

 

グシャッ!!と不快な音を出しながら自分の体を刺す。腕に、体に、足に、次々と。

 

 

強者()には笑わせない。笑うのは弱者()だ。私の力は己を強いること―——自虐することで得られる【快楽自虐(デッドラフハート)】』

 

 

ペルセポネは自分の力の源の正体を明かす。明かした所で彼女たちに逆転されると思っていないのだ。

 

体をナイフに突きたて終えた後、体から出た血を舐めながら倒れた女の子たちを見下す。

 

 

『私が、笑うッ!!! この天界を壊して、ハデス様の為に、この身を尽くすと決めたのだから!!』

 

 

「———あなたの怒りはよく分かりました」

 

 

ペルセポネに話しかけたのは黒ウサギだった。傍に居た優子に肩を支えられながら立ち上がる。

 

 

『……回復したのですか。あの状況で』

 

 

「あの状況だからできたのよ」

 

 

反論でもするかのように優子は言う。冷たい目で見られるが、状況を思い出せば納得できてしまう。

 

 

『怒りに任せた攻撃ではなく、治療する為の囮……』

 

 

「攻撃の射線上にアタシと黒ウサギは居なかった。最初は単純にあなたがアタシたちを眼中に入れてなかっただけだと思っていたけど」

 

 

唯一黒ウサギのギフトカードを使うことのできる優子。黒ウサギの恩恵を使い、黒ウサギを治療したのだ。

 

ペルセポネは興味なさそうに視線を下に落とすが、倒れた女の子たちが次々と立ち上がる気配を感じて視線を上げた。

 

 

『……まさか、まだ戦うつもりで?』

 

 

「当たり前、でしょ……!」

 

 

額から血を流しながらバチバチと電気を纏う美琴。アリアも銃を弾丸を込めながら立ち上がり、片膝を着きながら真由美も魔法式の展開をしている。

 

 

「言ったはずですよ」

 

 

「あなたに勝つと」

 

 

ティナはその小さな体でもライフルを抱き締めながら立ち上がり、右肩を抑えながら折紙は精霊の力を発動させる。

 

誰も戦うことをやめなかった。負けるという気もなかった。

 

―――ペルセポネは、それが嘘では無いことを見てしまった。

 

 

『あ、あぁ……き、気持ち悪い……!』

 

 

「……逸話では冥府神ハデスがあなたを連れ去ったことが有名です」

 

 

ペルセポネが初めて取り乱しているにも関わらず、無視して黒ウサギは話す。

 

 

「神ゼウスはそれを許容しており、それを聞いた神デメテルは憤怒した。以降デメテルはオリュンポスを去った」

 

 

ペルセポネの逸話をゆっくりと掻い摘んで語り出す。ペルセポネは頭を横に振りながら聞いていたが、

 

 

「あなたはハデスの求婚を受け入れなかったはず。あなたに何が起きたのですか」

 

 

『違う!!!!』

 

 

大きな声で否定するペルセポネ。彼女は苦しそうに話し始める。

 

 

『それは()()()()()()()()()()()()!』

 

 

「神の嘘……いえ、それは」

 

 

『あなたの世界では嘘じゃない。でも、()()()は違う!』

 

 

ペルセポネの言わんとすることは分かる。いくつもの世界があることを黒ウサギたちは知っている。彼女たちが出会えたのはいくつもの世界を越えて来たからだ。

 

 

『最低な理由ですよ。オリュンポス十二神の席に座らせない為だけに、私を冥府に投げ捨てたのですから』

 

 

「席に座らせない為だけに?」

 

 

『確かにオリュンポス十二神の一柱になれば莫大な力を得ることができる。ですが、私は興味がなかった』

 

 

それなのにッ……と悔しそうにペルセポネは続ける。

 

 

『私を可愛がっていた先代のゼウスは席に座らせようとしていた。他の神が嫌がっていると分かっていたのに!』

 

 

バギバギッと自分の腕を折りながら怒りをぶちまける。

 

 

『他の神が私を消そうとするに決まっている! 目に見えた結果を、ゼウスは無視した! ポセイドンも、ヘルメスも、全員私を消そうとした!!』

 

 

「……冥府に落ちた理由は、神々のせいだったのですね」

 

 

『……冥府神は利用する為に私を拾った。私の価値などその程度しか見ていない。でも———』

 

 

ペルセポネは怒気を忘れ、狂気に満ちた笑みを浮かべる。

 

 

『———神に復讐できなら、何でも良い。例え体がどれだけ痛くても!!』

 

 

そう叫ぶと同時にペルセポネの体に血の紋章が体中に刻まれる。今更痛みなど感じない女神は、最後にナイフを心臓に突きたてる。

 

 

『私は何度死んでも絶対に死ぬことができない! この矛盾を【快楽自虐(デッドラフハート)】で活かし続けている!』

 

 

黒ウサギの攻撃は確かにペルセポネを殺した。しかし、彼女の死は絶対に無効化することはできない。

 

体が不死身というわけではない。『死』という概念そのものを消しているのだ。

 

大樹なら神の力を使ってペルセポネの力を封じることができただろう。瞬殺することができただろう。だが、彼女たちにはできない。

 

 

『———ふざ、けろ……』

 

 

なのに、彼女たちの目は死んでいなかった。

 

ペルセポネの体は何度も死んでいるせいで痛みなど感じない。恐怖心なんてとっくに消えた。

 

 

「「「「「ッ……!」」」」」

 

 

だが彼女たちは違う。

 

死んだこともない。ちょっとした痛みでも涙を流しそうになる。ペルセポネを前にしてからずっと恐怖心を抱いていた。小鹿のよう足の震えだって止まらないくらいだ。

 

なのに、彼女たちは逃げようとしない。

 

開眼したせいで見えてしまう。女の子たちの意志の強さに、ペルセポネは一歩後ろに下がってしまう。

 

 

(人類は絶対的存在を前にすればひれ伏し恐怖する……それなのにッ!!)

 

 

戦いに挑むことすら偉業と言えるべきなのに、彼女たちはペルセポネを打倒しようとしていた。

 

 

「同情する話です。とても辛かったと思います」

 

 

黒ウサギは【インドラの槍】を構えながら前に進む。優子の肩を借りずとも、一人で歩いていた。

 

優子もついて行くように歩き出す。どんな恐怖を前にしても、膝を折ることなく倒れなかった。

 

 

「ですが、世界は守らせて頂きます」

 

 

『ッ! まだ……まだ、言うの!?』

 

 

「言うわよ。何度だって」

 

 

顔に付いた血を腕で拭きながらアリアは銃口をペルセポネに向ける。ティナもライフルの銃口をペルセポネに向けていた。

 

折紙に肩を貸して貰いながら真由美は立ち上がる。そして、ペルセポネに告げる。

 

 

「私たちも引けない理由があるのよ。世界を守ることより、大事なことが」

 

 

『くッ……見えていますよ。そんなくだらない理由で———!?』

 

 

「「「「「くだらなくないッ!!」」」」」

 

 

ペルセポネも驚く程の大声で否定する女の子たち。

 

あの馬鹿は―――大切な人と過ごす為に戦っている。

 

あの大馬鹿は―――大好きな人と手を取り合う為に戦っている。

 

大樹は―――自分たちが歩んで来た大切な世界を守る為に戦っている。

 

そんな大事な事をくだらないと否定したペルセポネが許せなかった。何より、自分たちの愛する人を馬鹿にされたことが許されなかった。

 

 

『何なの……あなたたちは、何なの……!?』

 

 

―――初めてペルセポネは、力以外の物に恐怖というものを覚えてしまった。

 

自分には無い。彼女たちの胸に灯る感情の熱さに、正体不明の感情に怯えていた。

 

 

「馬鹿にしないで! くだらないのはアンタの方よ!」

 

 

『ッ……!』

 

 

美琴の言葉に苛立ってしまう。常人なら簡単に屈服させる程の睨み付けるが、彼女は一切屈服することはなかった。

 

 

「YES。美琴さんの言う通りですよ。あなたは分かっていながら、理解しようとしなかった。可哀想な人です」

 

 

黒ウサギの肯定にペルセポネは思わず手が出てしまう。ズタボロの右手を振るい、血の槍を黒ウサギに向かって飛ばす。

 

だが黒ウサギは一切避けることなく、その場に立っていた。

 

 

ズシャッ

 

 

血の槍は黒ウサギの右頬を引き裂き血を流させた。ペルセポネはニヤリと笑うが、笑みは消えてしまう。

 

 

「ゼウス様はオリュンポス十二神の席に座って欲しいと思うくらい可愛がっていた。なのに、()()()()()()()()()()()()()のですか?」

 

 

『—————』

 

 

黒ウサギの言葉にペルセポネの思考は止まった。まさか矛先が自分に来るとは思わなかったのだろう。

 

ゼウスを(とが)めるのではなく、ペルセポネを咎めた発言。黒ウサギは続ける。

 

 

「目に見えた結果でも、あなたに乗り越えて欲しいと思ったのでは? 他の神に嫌われても、あなたを大切にしたかったのでは?」

 

 

優しく問いかける言葉にペルセポネは何も答えることができない。口を動かすこともできない。

 

そんな酷い姿を見た黒ウサギは、当然怒るに決まっている。

 

 

(おろ)か者。何も考えず、ただ人の愛を否定する神が黒ウサギたちの邪魔をするなッ」

 

 

静かに怒った黒ウサギに美琴たちも驚いている。いつも感情的になっていることが多い黒ウサギにしては珍しい光景だった。

 

ギリッと歯を食い縛るペルセポネ。再び自分の体をナイフで傷つけ始める。

 

 

『うるさいうるさい……うるさいッ………うるさいッ……!』

 

 

先代ゼウスが可愛がった体が嫌で嫌で仕方ない。傷つけたくて壊したくて、殺したくて仕方ない。

 

だがペルセポネの表情は狂気に染まっていなかった。苛立ちと何かを後悔するかのような顔だ。

 

 

『何を恐れる……結局私には勝てない……そう、勝てない!!』

 

 

バギッとナイフが折れる。流れ出した血がペルセポネの体に紋章を刻む。それは悪魔の呼ぶための魔法陣だ。

 

 

『もう終わらせる! その勝ち切った顔を壊して、心も、体も、全部全部壊す!! アッハッハッハッ!!』

 

 

背中から禍々しい黒い翼が広がる。顔の半分は悪魔のように黒く崩れ落ち、人の形を壊していた。

 

左手は竜の鉤爪(かぎづめ)に変わり果て、全ての思考を戦闘に塗り替えた。

 

愛など、記憶など、何も考えない。考えるのは復讐と殺戮(さつりく)

 

 

「勝てない、ね……」

 

 

「どうしたの美琴?」

 

 

圧倒的な存在を前にしても、美琴は少し笑う余裕があった。美琴の考えていることは分かっていたが、アリアはあえて聞いてみた。

 

 

「大樹はいつだって(くつがえ)すわよ」

 

 

「……そうね、大樹君は覆すわ」

 

 

肯定するように優子は頷く。彼女たちはいつも近くで大樹を見ていた。

 

遠くから見る時もあった。それでもいつも心に響く物を見せられていた。

 

 

「YES。だから黒ウサギたちも覆しましょう」

 

 

「一応聞くけど、策はあるのかしら?」

 

 

黒ウサギは自信満々に告げた。そんな自信に溢れた黒ウサギに真由美が聞くが、黒ウサギはドヤ顔を見せるだけで何も答えない。つまり、策は無い。

 

 

「完全に思考が大樹さんですよね」

 

 

「ほ、褒め言葉として受け取ります」

 

 

「頬が引きつってますよ」

 

 

ティナに言われてしまい、黒ウサギのウサ耳はシュンと元気を無くす。

 

 

「策が無くても、大樹なら戦う」

 

 

折紙の言葉に、全員が頷いた。

 

どんなに無謀でも、どんなに手詰まりでも、王手を打たれても、大樹は諦めなかった。

 

無謀は勇敢に変え、手詰まりの壁をぶち壊し、王手の盤面をひっくり返し来た。

 

 

「だから、私たちも戦う」

 

 

大切な人が繰り返して来たことを、今度は自分たちがする番だった。

 

何も難しいことはない。単純なことだ。

 

バシンッと美琴は右手の拳で左手のひらを叩いた。

 

 

「行くわよ、皆!!」

 

 

「ええ! その意気よ!」

 

 

「大丈夫……アタシたちなら勝てるわ!」

 

 

「YES! この戦い、絶対に負けません!」

 

 

「ここが正念場よ! しっかり!」

 

 

「今度こそ撃ち抜きます!」

 

 

「絶対に負けないッ」

 

 

冥府の女神———ペルセポネを前にしても、七人の女の子は屈しなかった。

 

絶対的存在を打倒する為に武器を取り、戦意を剥き出しにした。

 

 

『———ありえない』

 

 

ペルセポネの言う通りだ。こんなこと、ありえない。

 

奇跡でも運命でもない。これは絶対に、ありえないのだ。

 

凶悪な姿を前にしても彼女たちは折れなかった。心はくじけなかった。

 

強く生きる女の子を目にしたペルセポネは、捨てたはずの思考と記憶を思い出してしまう。

 

 

『うぅ、ああぁ……ああああああぁぁァァァアアアアア!!』

 

 

叫び声を上げて無理矢理忘れる。それは思い出してはいけない。

 

ゼウスは言った―――『私はお前を―――』———やめろ!!

 

思い出さない為に、彼女は力を存分に振るった。

 

悪魔の力で傷ついた分を【快楽自虐(デッドラフハート)】に使い、溜めた力を解放した。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!!!!!

 

 

天地をひっくり返すような一撃を、容赦無く女の子たちに繰り出した。

 

 

 

『———【破滅の波動(カタストロフィーブレイカー)】ぁぁ!!!』

 

 

 

________________________

 

 

 

悪魔に魂を売った神ポセイドンの猛攻は元保持者を着実に追い詰めていた。

 

 

ドゴッ!!!

 

 

「ぐぅッ!!」

 

 

()ぎ払われた虫の巨腕が姫羅の体を後方に吹き飛ばす。受け身を取っているためダメージは少ないが、何度も受けていれば蓄積して負担となる。

 

特にバトラーたちは武術に関して才能はない。一度のダメージで体力をごっそりと削ることになる。

 

 

「はぁ……はぁ……土の鎧も、限界ですね……!」

 

 

息を荒げながらポセイドンを睨み付ける。纏っていた土の鎧がボロボロと音を立てて崩れ落ちた。

 

 

「ッ……大丈夫!?」

 

 

「ええッ、ですが……!」

 

 

双子は背中合わせで互いを守っていた。周囲には数え切れないほどの凶悪な虫たちが囲んでいた。

 

 

「……まだか」

 

 

表情には出さないが、ガルペスは焦っていた。この状態が長く続けば全滅すると分かっている。分かっているが、打開策が無い。

 

 

「はあああああぁぁぁぁッッ!!!」

 

 

ザンッ! ザンッ! ザンッ!!

 

 

血に濡れながら、虫の液体に塗れながら姫羅は必死に刀を振るう。

 

宙を飛ぶ虫を次々と両断し、ポセイドンとの距離を再び詰める。

 

 

『オオ……ゥオオオ……!』

 

 

ベルゼブブの力に取り込まれたポセイドンの無数の腕が姫羅に襲い掛かる。

 

 

ドゴンッ!! ドゴドゴッ!! ドゴオオオォォ!!

 

 

次々と地面を割るような一撃を回避する姫羅。開眼した瞳には、全てが見えている。

 

 

「これでも食らいな!!」

 

 

姫羅の【神速絶刀の構え】から繰り出される絶技。大樹すら目にしたことのない動きでポセイドンを斬る。

 

 

「【真刀悪断(しんとうあくだん)彗羅刃智偶天(すいらはちぐうてん)】!!」

 

 

―――右手の一振りは神速を越える。速さの一刀。

 

―――左手の一振りは地獄に落とす。強さの一刀。

 

 

ズバァンッッッ!!!!

 

 

―――二刀の斬撃を合わせることで悪を断ち、天に召す。これぞ最強の一撃なり。

 

凄まじい衝撃と共にポセイドンの体が頭の先から縦に裂けた。大きな傷口から盛大に不快な色の血を噴き出した。

 

 

『……………ニィ』

 

 

だが、怪我を負ったにも関わらず奴は不敵に笑った。

 

開眼した姫羅に見えていた。次に繰り出すポセイドンの一撃が。

 

 

「———クソッタレ……!」

 

 

そして、避けることのできない攻撃であることも見えていた。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

突如ポセイドンの体から噴き出した体液が大爆発を引き起こした。

 

爆炎は姫羅の体を包み込み、自分が生み出した虫すら飲み込んだ。

 

衝撃は凄まじく、爆風はガルペスたちの体を軽々と吹き飛ばした。

 

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォ!!!』

 

 

(おぞ)ましい雄叫びと共に爆発は広がる。爆発が止んだ頃には一帯が黒い炎の海へと化した。

 

 

「クソッ……姫羅さん!? 生きていますか!?」

 

 

バトラーは急いで倒れている姫羅を抱きかかえる。彼女は死にそうな顔で、

 

 

「ゴボゴオヴォロロホッホッ……めっちゃ血出たけど逆に大丈夫かも……」

 

 

「死にかけてるわ!!」

 

 

顔色は真っ青になり、体中の骨は折れている。今の爆発で生きていることが奇跡だった。

 

馬鹿みたいなことを言っているが、姫羅に余裕がないのはバトラーにも伝わった。

 

 

「治療をします。さぁ! 早くこの土を食ってください!」

 

 

「あ、アンタもノリが良いねぇ………………………マジで?」

 

 

「マジです」

 

 

ガチで土を食わされた。

 

姫羅が回復している間にガルペスは態勢を立て直そうとする。再び魔神を召喚し、地獄術で自身を強化する。

 

 

『王ニ……オウ、ニ、ナラナ、ケレバ……!』

 

 

ボォウッ!!!

 

 

漆黒の闇が自我を失ったポセイドンの口から溢れ出す。そして次の瞬間、魔神を薙ぎ払う光線が放たれた。

 

光線は巨体の魔神を一瞬で斬り裂き、消滅させた。その光景にはガルペスも額から汗を流す。

 

 

「フッ、こうも簡単に召喚した魔神を倒されると……へこむ」

 

 

「アンタも余裕ですね!? 土食うか!?」

 

 

「やめろ」

 

 

再びバトラーのツッコミが入る。追い詰められている連中に見えなかった。

 

 

「うぅえッ……土が口の中でえらいことに………………美味い」

 

 

「ねぇ? あの人の頭は大丈夫なの?」

 

 

虚ろな目で姫羅は土をモグモグ食べている。普通じゃない光景に奈月は不安になっていた。

 

ふざけている時間は終わりだとガルペスが告げると皆の目の色は変わる。ポセイドンの様子がおかしくなったからだ。

 

 

『オォ……オォオオ……【君臨セヨ、我ガ王(レイジング・ベルゼブブ)】』

 

 

周囲を飛び回っていた虫の死骸(しがい)が灰になり、ポセイドンの元に集まる。引き裂かれた体は元通りになり、膨れ上がっていた。

 

 

「巨大化……というわけではないな」

 

 

ガルペスが考察するまでもなく、明らかに悪い事が起きようとしていた。

 

 

「恐ろしい力が溢れ出しています。これが放出されてしまえば……!」

 

 

悪魔の力に怯えている陽。こうして話している間にポセイドンの体は二倍に膨れ上がっていた。

 

このまま力が膨れ上がれば天界を壊すレベルの爆弾ではない。何もかも無へと還り、全てが消滅する。

 

手を打とうにも下手に刺激を与えれば最悪なことになる。慎重な対策を要求されるが、今の彼らに手段は残されていなかった。

 

 

「———諦めない」

 

 

その言葉を口にしたのは、意外な人物だった。

 

カツカツと前に歩き出し、両手に小さな魔法陣を回しながら敵を睨み付けた。

 

 

「最初、ここに立っている理由は一つだった。これまで重ねて来た罪を償う為。それだけだった」

 

 

―――そう、ガルペスだ。

 

辛そうな表情をしながら両手を広げて魔神を(よみがえ)らせる。

 

 

「だが、今は違う」

 

 

しかし、魔神の数は今までに出して来た数より多く、力も膨れ上がっていた。

 

 

「先に行った大樹(希望)共の作る未来を見たいからだ」

 

 

「「「「ッ!」」」」

 

 

「なるほど……貴様らが()かれるのも分かる。この絶望的状況を何度もひっくり返すなら、気になって仕方ない」

 

 

地獄術を無理に使っているせいでガルペスの口からは血が流れている。その姿に、元保持者が動かないわけがない。

 

 

「そうですよ。私にも負けられない理由がある。お嬢様が生きている世界を守る為に、ここに立っている」

 

 

握り絞めた土の剣が変わる。ダイヤモンドのような輝きを放ち、熱を帯びた。

 

陽と奈月も頷き合い、手を握り合う。

 

 

「私たちも、負けられない理由があります」

 

 

「こんな奴なんかに、皆の希望は奪わせない!」

 

 

強く、離れないように。赤い氷の花が青い炎で包み込み、幻想的な光景を造り出す。本来なら反発する力がこの時だけは融合していた。

 

 

「越えろ……アタイも負けられないんだ……自分の限界を、越えろぉ!!」

 

 

目を閉じて集中していた姫羅は大声を出す。

 

開眼―――同時に全神経を限界を越えて研ぎ澄まし、刀に己の覇気を纏わせる。

 

結ったゴムは燃え、長い髪は炎のように揺れた。

 

 

「ああ、確かにこれは良い……」

 

 

誰にも聞こえないような小さな声でガルペスは呟く。

 

前世で忘れていた感情———今なら愛する人の顔から声まで、感情の一つ一つ思い出せる。

 

 

『オォォオオォォ―――――――!!!』

 

 

「皆さん行きますよ!! 【極怒(ごくど)廻錠土(かいじょうど)】!!」

 

 

ドゴドゴッドゴオオオオオォォォ!!

 

 

膨れ上がったポセイドンを中心とした周囲に岩の山が抑え込むように一斉に突き出る。

 

続けて魔神たちが山の上から隙間無く重なって抑え込む。

 

だが抑え込んだ爆弾は凶悪。抑えている魔神たちも悲鳴を上げ、今にも爆発しそうになっている。

 

 

「「燃えろ! そして凍えろ! ―――【煉獄(れんごく)真訶鉢特魔(まかはどま)】」」

 

 

双子が合わせた力は一瞬で山も魔神も、全てを凍結させた。赤き氷山を創造した。

 

周囲を飛び回っていた虫も、全て凍り付いて落ちる。絶対零度を凌駕した未知の氷結。

 

そして次の瞬間、魔神たちの最後の力と共に力を放出する。

 

 

ゴオオオオオオオオオオオオオォォォォ!!!

 

 

魔神たちの魂を燃料にして蒼き炎が中で燃え上がる。太陽の熱すら越えた常識破りの火力。

 

そして、人類が誰も到達することのできない速度で上空から振って来る超人が居た。

 

 

「受け取りなクソ神! これがアタイのッ……」

 

 

二本の刀が合わさり一本の刀となる。両手でグッと握り絞め、開眼した瞳は真紅に染まる。

 

姫羅の体は赤く、刀も朱く、全てが紅く輝く。たった今、赤い流星と成った。

 

 

「アタイの最後で、アタイの本気で、アタイの、一撃だッ……!!」

 

 

全身全霊―――己の持つ全てを賭けた一撃。

 

次は無い。自分の過去も未来も、全てをこの刀に掻き集めた。

 

小さい事も、些細な事も、想う人が繋いだ世界の為に、姫羅は叫ぶのだ。

 

 

「———【命刀神断(めいとうしんだん)彗羅刃智衝顛(すいらはちしょうてん)】!!」

 

 

一撃。

 

たった一太刀。

 

上から下への一刀。

 

青い炎を消すことなく、赤い氷を傷つけることなく、魔神を斬ることなく、山を砕かない静かな両断。

 

自分の命に代えて、姫羅は一刀両断した。

 

姫羅が地面に着地し、刀を鞘に納めた瞬間―――!

 

 

バギンッッ!! ビシッ!!!!!

 

 

抑え込まれていたポセイドンの体に亀裂が走った。膨れ上がった体から今にも中身が飛び散りそうだった。

 

だが爆発はしない。中に閉じ込められたポセイドンが苦しみもがいている。溜まった力を放出することができないのだ。

 

 

『オゴォ―――オオォ―――ォォオオオ!!??』

 

 

汚い声で必死に暴れようとするポセイドン。姫羅が斬ったのは、体でも力でもない。

 

一刀両断したのは、敵の引き金だ。

 

刀を鞘に納めた姫羅が地面に倒れる。二度と起き上がることのできない体になっても、表情はニヤリと笑みを見せていた。

 

必死に暴れるポセイドンを見たガルペスは驚きの声を上げる。

 

 

「まさか、敵の力そのもの……能力や機能を斬ったとでも言うのか……!」

 

 

「き、機能!? 物体じゃない!? そんなことが可能なのですか!?」

 

 

「ありえないに決まっている! だが、目の前で起きているのが事実だ!」

 

 

ガルペスの言葉にバトラーたちが驚いてしまう。

 

大樹のように敵の能力を消すわけではない。刀で敵の思考や機能を完全停止させたのだ。

 

何をどう斬ればそうなるのか、ガルペスですら永遠に解けない謎であろう。

 

一秒やコンマ、そういう短い時間のレベルではない。

 

次元が違う、神業、そういう技術のレベルではない。

 

今の一刀は教えることも、盗むことも、解説することもできない。誰にも真似をすることができない。そう、神ですら!

 

 

(―――光の速度で飛び回る米粒より小さい物体を刀で斬るレベル……神を越えた偉業だ!)

 

 

元保持者たちが造り出した(おり)から抜け出すことができないポセイドン。そのまま何もすることができない状態が続いていた。

 

 

「お、抑え込めた……?」

 

 

「……いや、駄目だ! まだ奴が居る!」

 

 

奈月の言葉にガルペスが否定する。視線の先はポセイドンの膨れ上がった腹部。大きく縦に裂け、ゆっくりと中からこじ開けようとする悪魔の手が出ている。

 

 

「今の一撃でポセイドンは完全に終わった! だがベルゼブブ(本体)が残っている!」

 

 

「そんなッ……!」

 

 

元保持者たちから安堵が消える。倒れた姫羅も悔しそうに歯を砕いた。

 

 

『ォォォォオオオオオオオオオオ!!!』

 

 

ポセイドンの咆哮と共に腹部から(おぞ)ましい両腕が突き出る。腹部の亀裂に生まれた深淵から赤い瞳がこちらをギョロリと見ていた。

 

 

「ベルゼブブ……!」

 

 

腹部から不快な音を立てながら巨大なハエの形をした顔を出す。不気味に光る赤い目が、元保持者たちに恐怖を与える。

 

獰猛(どうもう)な口が開き、ポセイドンを抑えていた魔神を食らい始める。

 

 

「不味いですよ! このままだと最後にポセイドンを食らう気なのでは!?」

 

 

ベルゼブブはこちらの力を吸収するつもりだ。そうなればポセイドンが召喚するより酷い状況に悪化するのは容易に想像できてしまった。

 

 

「ぐぅッ……ぁあ……!」

 

 

(……無理だ、楢原 姫羅は限界だ! だが打つ手はもう……!)

 

 

必死に体を動かそうとする姫羅。だが立ち上がることはできない。

 

その姿にガルペスは鬼才の頭脳をフル回転させるが策は思い浮かばず。

 

バトラーは闇雲(やみくも)に山を作り上げてベルゼブブの動きを止めようとするが止まらない。陽と奈月が必死にベルゼブブを燃やそうと、凍らせようとするが無意味。効いていない。

 

 

「―――ここまでか」

 

 

諦めるようにガルペスは呟いた。

 

 

「っと前なら簡単に諦めていた。遅いぞ」

 

 

だが、口元は笑みを浮かべていた。

 

絶望を前にした元保持者たちは後ろから歩いて来た希望を見て安堵する。

 

 

「待たせた。地獄ってのは案外広くてな」

 

 

バギンッ!!!

 

 

『ッッッ!!??』

 

 

その時、ベルゼブブの体に無数の魔法陣が描かれた。突如動かなくなった自分の体にベルゼブブは驚きの声すら出ない。

 

その希望は中国の道服に似た紅い衣装を身に纏い、木製の(しゃく)を手にしていた。

 

『王』と書かれた帽子を脱ぎ捨て、坊主頭が(あら)わになる。

 

 

「『森羅万象の奇跡は崩壊の兆し。身に宿るのは反逆の一矢』―――【崩崩崩(ゼン・ホウ)】」

 

 

己を守っていた神の加護を捨て、地獄の力を借りる。短剣を取り出し、背後に北欧神話の毒蛇の怪物が姿を見せる。

 

 

「詠唱省略―――同時に『閻魔大王』の名の下に制限を解放」

 

 

「は? ……いや待てッ!? まさか貴様、閻魔に力を借りるのではなく、閻魔そのものを!?」

 

 

「そうでもしなきゃ勝てない相手だろ? だったら俺は迷わず選ぶ。アイツもそうするだろ?」

 

 

ガルペスが汗を流すほど驚いているにも関わらず、声は落ち着いていた。

 

危険を察知したベルゼブブが口の中で力を溜める。希望を砕く為のエネルギーを放出しようとしていた。

 

背後に居たヨルムンガンドの黒い巨体は紅い光の粒となり、握り絞めた短剣を腕ごと包み込んだ。

 

 

 

 

 

「【———閻獄牙(えんごくが)】」

 

 

 

 

 

力を授かった右腕が赤き龍の(あぎと)へと変化する。禍々しく、荒々しい姿に誰もが恐怖を抱き、希望を見せられた。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

ベルゼブブの口から超高熱のレーザー光線が放たれる。ポセイドンを包み込んでいた元保持者の力を一瞬で溶かすほどの力だ。

 

それに対抗するは第二の希望。その名は———!

 

 

 

 

 

「今から俺が閻魔大王―――原田 亮良だぁ!!!」

 

 

 

 

 

シュドゴオオオオオオォォォォォォ!!!!

 

 

 

 

 

「———【無冠(むかん)光陽獄砲(サンライト・ヘルブラスト)】ぉ!!」

 

 

 

 

 

世界に轟かせる赤き咆哮。

 

紅き咢から放たれたのは灼熱地獄の熱を持った光線。ポセイドンの巨体よりも何十倍も大きい光線だ。

 

新たに生まれた地獄の王は全ての悪を焼き払う炎を解き放った。

 

神の奇跡も、悪魔の契約も、世界を脅かす存在全てに対して閻魔は許すことは無い。

 

 

『ゴォアアァォォオオオオアアアアアアァァァ―――!!??』

 

 

原田が来る時まで元保持者たちが必死に繋いでくれた。それを無駄とは言わせない。

 

 

「消し飛びやがぁれぇえええええええええええええええええ!!!」

 

 

この先に居る親友の為に、未来の希望の為に、原田は力を惜しみなく解放する。

 

反動で腕が千切れそうになっても、喉が潰れそうになっても、光で失明しそうになっても、ベルゼブブとポセイドンと、二つの悪の存在を決して許さない。

 

その場に居る全員の視界が真っ白に包まれ、衝撃波と爆風が体を吹き飛ばした。

 

だが言うまでは無いだろう。

 

最後は立ち上がり―――この戦いに勝った者達の喜びの叫びが響き渡ったことを。

 

 



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失った感情に響かせるのは一矢の思い


―――マジで皆好き。ホント好き。だから辛い。


冥界の女神であるペルセポネが放ったのは【破滅の波動(カタストロフィーブレイカー)】だった。

 

その一撃は触れるだけで全てに宿った命を枯らし、掠るだけで命を奪う。直撃すれば地獄よりも恐ろしい苦痛が待っている程に残酷な一撃だ。

 

莫大な範囲攻撃な上に自分も一緒に巻き込んでしまう攻撃だが、【快楽自虐(デッドラフハート)】を持った彼女には効かない。それどころか力を更に得ることができる。

 

 

『はぁ……はぁ……はぁ……うぐぅ』

 

 

慣れたはずの痛みなのに、何故か胸が張り裂けそうなくらい痛い。ズキズキと釘を打たれ続けているような感覚だ。

 

黒ウサギに突き付けられた言葉を無視することも、受け流すことができなかった。動揺で口に溜まった血が混ざった唾が呑み込めない。むしろ吐き出したいくらいだ。

 

 

『……………どうして』

 

 

そして、嘔吐(おうと)するよりキツイ光景が目の前に広がっていた。

 

 

『どうしてあの攻撃で無傷でいるのですか……!』

 

 

破滅の波動(カタストロフィーブレイカー)】は確実に女の子たちに直撃した。辺りは荒れ果て、天界の美しさを完全に掻き消した。

 

無様な恰好で転がり、真っ赤な池ができているはずだった。なのに!

 

 

「メェ!!!」

 

 

怪我した女の子たちを守るように現れたのは【守護獣】だった。

 

二本の角が渦の様に捻じれて黄金色に輝き、毛並みは神々しさを感じる白色。

 

名付け親の優子が呼び出した白雪(しらゆき)はペルセポネに敵意を向ける。

 

 

(神級……!? まだこんな隠し玉を……!)

 

 

予想外の出来事にペルセポネは自分の指を噛む。黄金の角が【破滅の波動(カタストロフィーブレイカー)】を正面から打ち消した。信じられないが、強い事は明白した。

 

 

『召喚! 【光喰い蝙蝠(リヒトイーター・ピピストレッロ)】!』

 

 

ペルセポネの足元から伸びる影が肥大化し、中から無数の蝙蝠(コウモリ)が飛び出す。一匹一匹が人と同じ大きさで、襲われたらひとたまりもないだろう。

 

 

「「「「「【破壊の猛威(ヴートディストラクト)】!!」」」」」

 

 

美琴たちは大声で合わせる。白雪の角が黄金色に輝き始め、前に向かって走り始めた。

 

 

「メエエエエエェェェ!!!」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

角の先から衝撃波が生まれ、周囲を飛び回っていた蝙蝠を()ぎ払う。そのまま奥に居たペルセポネの体に直撃した。

 

 

『ッ!?』

 

 

一瞬で体の骨が砕かれ、臓器ごと潰されたかのように肉が悲鳴を上げる。

 

冥府の女神は血を吐き出しながら地面を何度もバウンドしながら後ろに吹き飛ぶ。

 

 

『がぁッ……弾け飛べぇ!!』

 

 

ペルセポネが叫ぶと同時に上空を舞っていた蝙蝠の死骸から黒い煙が噴き出す。煙は広範囲に広がり、女の子たちは手で口と鼻を抑える。

 

毒か? それとも別の力か? 真由美と優子は魔法を発動して煙を除外しようとする。

 

警戒する彼女たちに、ペルセポネは壊れた顔で笑う。

 

 

『絶対に壊す! その顔を、ぐちゃぐちゃにしてやる! 【痛覚共感(リンクペイン)】』

 

 

グシャッ!!

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

ペルセポネが右の太股にナイフを突き立てた瞬間、美琴たちにも右の太股に激痛が走った。

 

ナイフは肉を抉るように、骨を折るように、乱暴に突き立てた。美琴たちは膝を折り、その場で痛みに絶叫した。

 

 

『その声! その声が聞きたかった! 勝てるわけがないのに勝とうとする哀れな自信を砕きたかったのですよ! あっは!』

 

 

一回、二回、三回とナイフを次々と体中に突き立てるペルセポネ。彼女に取って痛みは快楽に等しい行為。常人の体である美琴たちには激痛でしかない。

 

 

「ぅッ……あの煙を何とかしないと……!」

 

 

「分かってるッ……けどッ!」

 

 

「ッッッ!!」

 

 

毒素を含んでいる可能性もある煙。痛みに耐えながらティナが真由美たちの方を見る。頼りにされていることは分かっているが、痛みで魔法を発動させることに集中できない。優子は痛みで何もできない状態だ。

 

通常なら収束魔法の一つである【スモークボール】を発動して簡単に排除ができていた。たった数秒の遅れで全滅寸前まで追い込まれている。

 

傷は無いのに次々と体に激痛が走る。いつ痛みで気が狂ってもおかしくない。

 

 

「もう、これしか方法がないッ……!」

 

 

折紙は精霊の力を手の先に集中させて地面に向ける。これから何をするのか容易に想像ができた。

 

 

バシュンッ!!

 

 

一点に収束させた精霊の力を爆発させる。衝撃で体が吹き飛びそうになるが、爆風で煙を掻き消すことに成功した。

 

自身も傷つける手荒な方法だが、このまま敵の自虐ダメージを受け続けるよりはマシな結果だと言える。

 

 

『召喚! 【光喰い蝙蝠(リヒトイーター・ピピストレッロ)】!』

 

 

「ッ! また来るわよ!」

 

 

煙を消されたなら再び出すまで。ペルセポネの影からあの蝙蝠が姿を現す。

 

アリアは蝙蝠がこちらに近づけないよう発砲するが、先程のダメージの影響で狙いが定まらない。

 

俊敏な動きで美琴たちを翻弄し、煙が届く範囲まで飛翔すると、

 

 

『弾け飛べ……!』

 

 

ニヤリと笑った顔でペルセポネは呟く。蝙蝠は息絶え、死骸から黒い煙を散布した。

 

収束魔法の【スモークボール】で煙を集めようとするが、真由美と優子には無理だと判断してしまう。

 

煙は広範囲に、そして収束されないように渦を巻いて女の子たちを囲んでいた。

 

 

(もし優子と一緒に魔法を発動して一ヶ所に集めたら……!)

 

 

(他の場所の煙が動いてこちらに流れてしまう……!)

 

 

計算されたかのような煙の流れに真由美たちは下唇を強く噛む。決して蝙蝠は適当に飛んでいたわけではなく、女の子たちを追い詰めるように飛んでいたことが分かる。

 

ペルセポネがナイフを握り絞めて自分の体を自虐する準備をする。その姿に女の子たちの恐怖心が膨れ上がるが、

 

 

「黒ウサギ!」

 

 

「YES! そうはさせません!」

 

 

ツインテールの髪を翼のように広げて飛翔するアリア。二刀流の刀に緋色の力を纏わせ、回転しながら煙の中に突っ込む。

 

反対側では左手に【疑似神格・金剛杵(ヴァジュラ・レプリカ)】を持ち、右手に【神刀姫】を握り絞めた。そのまま煙の中に突っ込みながら体を回転した。

 

 

『やらせない!!』

 

 

グシャッ!!

 

 

「「ぐぅッ!!」」

 

 

ペルセポネの自虐がアリアと黒ウサギを苦しめる。だが二人の働きで道は開かれた。

 

女の子たちを囲んでいた煙が二つに分断された。その光景に優子と真由美は即座に魔法を発動させる。

 

それぞれ別れた煙を中心とした箇所に【スモークボール】を発動して二ヶ所に煙を収束させることに成功する。二人以外、煙に触れることはなかった。

 

 

『ッ……召喚!』

 

 

「三度目はないわよ!」

 

 

痛みに耐えながらアリアと黒ウサギも煙の中から脱出し、そのままペルセポネに斬り掛かろうとする。

 

 

『ッ!』

 

 

紙一重で斬撃を回避するペルセポネ。一度詠唱を止められるが、避けながらまた唱えれば良い。

 

そう思い再び口を開こうとするが、青い稲妻を覆った三叉の金剛杵がそれを許さない。

 

 

バチバチッ!! ガシャアアアアアァァァン!!

 

 

詠唱する自分の声が聞こえなくなるほどの雷鳴が轟いた。黒ウサギの持つ恩恵が落雷を起こし、直接的に詠唱の邪魔をしたのだ。そんなふざけた方法にペルセポネのイライラは積もる。

 

 

ガキュンッ! グシャッ!

 

 

『舐めるな! そんな物、とっくに見えてる!』

 

 

ティナの狙撃。ペルセポネの左頭から一発の銃弾が貫こうとするが、右手を犠牲にして受け止める。

 

この時点で既に銃による攻撃、刀による斬撃、魔法や恩恵、超能力から精霊の力まで、ペルセポネには全て効かないと分かっているはずだ。

 

それなのに、ペルセポネに対しての攻撃は止まらない。むしろ激しさを増していた。

 

 

『何故! 何故分からない!?』

 

 

何度も真正面から超電磁砲を掻き消し、色金の力は神の前では無力。

 

どんなに優れた魔法も、どれだけ素晴らしい恩恵も、神の前では無力。

 

 

『どうして無力だと理解しない!?』

 

 

いつの間にか敬語は消え、必死に声を荒げているペルセポネ。本性を露わにしたペルセポネに、折紙は静かに告げる。

 

 

「理解している。だからと言って私たちは現実をそのまま受け入れるわけにはいかない」

 

 

『ッ……ただの現実逃避ですか。弱者の逃亡に、興味はない!』

 

 

グシャッ!!

 

 

不快な音と共にペルセポネの足元から黒い槍が突き出て折紙に向かって広がる。

 

折紙は正面から精霊の力で対抗する。王冠型の翼を円環状に組み合わせて【日輪(シェメッシュ)】を使おうとする。

 

 

「逃げない。私の大好きな人が進んだように、私も進むッ」

 

 

バシュンッ!!

 

 

冥府の女神に負けない破壊力を帯びた粒を拡散させて敵の攻撃を潰す。

 

即座に爆煙の中を突き進んで距離を詰めるペルセポネ。こちらに飛翔して来るのが分かっているが、折紙は回避しなかった。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

『かは……ッ!?』

 

 

「メェエエエエエ!!!」

 

 

真下からの衝撃にペルセポネの呼吸が止まる。煙の中に隠れていたのは白雪だった。

 

ペルセポネの速度について行くことができる唯一の神獣。上空に吹き飛ばされるが、空中で体勢を立て直し、即座に攻撃に移す。

 

 

『ぐぅ! もう消えろ! ———【終焉樹(インフィニティ・ユグドラシル)】』

 

 

再び宙に漆黒の闇を纏った巨木が根付く。葉から闇の粒子が一帯に飛び散り、やがて粒子は黒い矢に変わり降り注いだ。

 

 

「その攻撃は当たらないッ!!」

 

 

ガッガッガッ! ガキンッ!!!

 

 

超スピードでペルセポネに向かって跳躍する黒ウサギ。通り抜ける隙間すら無い黒い矢の嵐を刀で弾きながら跳び回っていた。

 

黒ウサギの凄まじい身体能力の進化にペルセポネは息を忘れそうになる。

 

己の持つ全ての神経を研ぎ澄まして神へと挑んだ。その美しき姿にペルセポネは憤怒する。

 

 

『お前の攻撃も絶対に当たらない!!』

 

 

上から振り下ろした黒ウサギの斬撃を紙一重で避ける。僅かに掠ったペルセポネの髪が舞い散る。

 

左手に持った三叉の金剛杵を振りかざそうとするが、ペルセポネの蹴りが黒ウサギの腹部に入れられる。

 

 

ガキュンッ!!

 

 

『ッ!?』

 

 

開眼したペルセポネに初めて銃弾が当たる。左頬を引き裂いた瑠璃色の銃弾。

 

 

「弱点、見つけましたよ……!」

 

 

小型偵察機『シェンフィールド』無しでの1kmの狙撃。黒ウサギとの交戦時、コンマ一秒も満たない隙を狙撃した。

 

小さい体に蓄積したダメージは大人でも耐えれないほどの痛みなはず。ティナはそれを耐えながら狙撃を繰り返していた。

 

 

「なるほどね。見えていても、避けれなきゃ意味が無いものね。ちょっと考えれば分かることじゃない」

 

 

ティナの狙撃を見ていたアリアが納得するように頷く。二刀を鞘に戻し、二丁の銃を握り絞める。

 

開眼しても回避不可の攻撃を見切るには限界がある。そのことを周りにティナは伝えた。

 

 

『ッ……【守護神の鎧(アテナ・アーマー)】』

 

 

ティナの答えを肯定するかのように防御の態勢に移るペルセポネ。先程の調子なら『それくらい知られても良い』で済ませていた。なのに、今のペルセポネに余裕は消えていた。

 

 

(どうして……!? 私はここまで警戒する!?)

 

 

鎧に続いて体を高速再生して綺麗な体に戻す。【快楽自虐(デッドラフハート)】で得られる力を増幅させる為に痛覚が鈍くなったグチャグチャの体を一度リセットするのだ。

 

 

『……チッ!』

 

 

再生に気を取られていたせいで背後から攻撃を仕掛けようとする二人を見逃しそうになる。

 

美琴の電撃が足を狙い、優子の【エアブリット】が胸に当てようとする光景が開眼した目で見えている。

 

舌打ちしながら体を反転させて前方に紫色の魔法陣を出現させる。電撃も魔法も通さない防御魔法陣だ。

 

 

「せぇやぁ!!!」

 

 

『なッ!!』

 

 

ガチンッ!!

 

 

前方の攻撃の対策を張っていると頭上から奇襲を仕掛けて来たのは黒ウサギ。刀を振り下ろしペルセポネに渾身の一撃をぶつける。

 

斬撃は鎧の腕の装甲で受け止めて無傷だが、あまりの衝撃の強さに少しよろけてしまう。だが、問題は無い。

 

 

(右から左に一刀、そのまま回転して右下から左上に一刀! 二刀目の速度を上げるからと言って()()()()()が———!)

 

 

それ以上、攻撃は当たらない。

 

開眼した目で一刀目を回避し、回転する黒ウサギを目にして、やっと自分がおかしなことを言っていることに気付いた。

 

―――このタイミングで『無駄な動き』をするのだろうか?

 

 

パリンッ!!

 

 

黒ウサギが体を回転すると同時に、紫色の魔法陣がガラスを割るような音と共に砕ける。

 

その光景を見た瞬間、最悪の未来が訪れることを見てしまう。

 

 

「その顔は見えてしまったようですね!」

 

 

『ッッ!!』

 

 

黒ウサギの言葉にペルセポネは悔しそうに歯を食い縛る。この黒ウサギの刀を受けても避けても、開眼して見た未来は変わらない。

 

 

グシャッ!!

 

 

鎧を砕き、横腹を抉るように一発の銃弾が貫いた。自分の体に傷がついたことにペルセポネの表情は怒りに染まる。

 

負傷の原因は黒ウサギの動きを全て把握したせいだった。無駄な動きまで見えていたペルセポネ。その無駄な動きが『ティナの攻撃を当てる為の誘導』だとまで気付けば無傷で済んだだろう。

 

心を乱され、目の前の敵に集中し過ぎていたことを後悔する。だから、女神は覚悟を決める。

 

 

『【完全弾道予測(パーフェクト・バレットアヴォイド)】、【不攻回避点(キャンセルアタック・ポイント)】』

 

 

敵を侮らず、己の慢心を消す。敵を殲滅するまで油断はしない。

 

足元に魔法陣が何度も浮かび上がり、自身を更に強化する。漆黒の鎧に悍ましい目玉が無数に浮かびあがり、骨の翼が背から広がる。

 

 

『【快楽自虐(デッドラフハート)】———【狂乱暴走(フレェンズィ・バーサーカー)】!!』

 

 

ペルセポネの体中から黒い血が弾け飛ぶ。鎧の中から滝のように溢れ出している。

 

劣等人間共に復讐の恐ろしさを刻み込む。何もかも歪んだ存在は、女の子たちに向かって猛進する。

 

―――この世界が終わるまで、狂気の女神は笑い続ける。

 

 

ドゴォッ!!!!

 

 

「くッ!!??」

 

 

「ッ!?」

 

 

一瞬で背後を取られた黒ウサギ。防御しようと思考した頃には体が『くの字』に曲がっていた。

 

超速度で吹き飛び、後方に居た折紙が巻き込まれる。そのまま一緒に吹き飛び、転がって行く。

 

 

「黒ッ―――!?」

 

 

アリアが名前を叫ぼうとした時には、ペルセポネが目前まで迫っていた。悪魔のような禍々しい黒く大きい手が、アリアの体を引き裂こうとする。

 

敵の速度に反応が追いつかない。回避行動を取ることができない。

 

 

「間に合えッ!!」

 

 

グンッ!!

 

 

悪魔の手が振り下ろされる前に、不意にアリアの体が横に向かって吹き飛ぶ。危険を感じ取っていた美琴が能力を使ってアリアの銃ごと引っ張ったのだ。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

手が振り下ろされた場所には巨大なクレーター。隕石でも落ちて来たかのような惨劇が広がっていた。

 

今の一撃を食らっていたらひとたまりもない。生から死への直結まで一秒もかからない。

 

 

『【(むくろ)の凶砲】!!』

 

 

ペルセポネの周囲に様々な種族の頭が出現する。人から動物まで、見たことのない頭蓋骨が次々と。

 

骨の瞳からは蒼い光が漏れ出し、口の中には黒い炎を溜め込んでいる。

 

 

「ッ!!」

 

 

危険を察知した折紙が【光剣(カドゥール)】で撃墜しようとするが、対処すべき頭蓋骨の数が多い。全ては撃ち落すことはできない。

 

 

シュゴオオオオオォォォ!!

 

 

骸の口から漆黒の光線が放たれる。光線は枝分かれして拡散し、女の子たちの避ける場所を消しながら突き進んだ。

 

回避不可の攻撃に耐えるしかない。各自で光線を叩き落とそうとするが、

 

 

『アッハッ!!』

 

 

「ぐぅッ……!?」

 

 

自分の放った光線を受けながらペルセポネは距離を詰めていた。折紙の体が地面に叩き付けられる。

 

ペルセポネは叩き付けた折紙をボーリングの球でも投げるかのような動きで転がし、近くに居た真由美にぶつける。

 

投げられた折紙の体は砲丸の(ごと)く。体の弱い真由美には無理があり、折紙と一緒に後方に吹き飛ぶ。

 

 

シュゴオオオオオォォォ!!

 

 

追い打ちをかけるように黒い光線が放たれる。ペルセポネの猛攻は一気に激しさを増した。

 

それでも対抗する。アリアとティナが狂人に向かって飛び込んだ。

 

乱射しながら距離を詰め、近距離戦闘でペルセポネを足止めしようとする。だが攻撃は先程強化したせいで見切られ、全て回避されている。

 

 

シュンッ! シュンッ!!

 

 

自分の光線で鎧は砕けていた。ならばとチャンスを突くのは当然。生身の体に一撃を入れる!

 

どれだけ攻撃が空振りしても手を緩めることはなかった。彼女たちはもう分かっているから。

 

 

「一回で駄目なら二回! 二回が駄目なら三回!」

 

 

「それでも届かないのなら、何度も挑戦するだけですッ!!」

 

 

大好き人と同じくらい諦めが悪いからだ。

 

そして遂にアリアの回し蹴りとティナの飛び膝蹴りがペルセポネの腕にめり込む。痛々しい音と骨の折れる音が聞こえるが、彼女に全く通じていないことはすぐに分かる。

 

折れた腕で二人の足を掴んで逃げられないようにする。そのまま骸の口はアリアたちを狙う。

 

 

「甘いッ!!」

 

 

ザシュッ!!!

 

 

己が身を犠牲にして攻撃するペルセポネが何を考えているのか見抜いていた黒ウサギ。口から血を流し、限界が近いというのにボロボロの体を酷使させていた。

 

刀と槍でペルセポネの両腕を肩から切断する。拘束から解除されたアリアとティナが急いで逃げようとするが、

 

 

ボフンッ

 

 

その時、拍子抜けな音がペルセポネの体から聞こえた。

 

アリアたちが振り返れば、切断された肩先から黒い煙が噴き出している。それが何か、アリアたちは分かっていた。

 

ペルセポネが召喚した蝙蝠の死骸が弾け飛んで生まれた煙と同じだからだ。

 

 

『【痛覚共感(リンクペイン)】』

 

 

「「「ッ!!」」」

 

 

攻撃を受けたのは意図的だと理解してしまう。黒い煙はアリアたちを飲み込もうとしていた。

 

光線を避けたとしても、ペルセポネに当たれば【痛覚共感(リンクペイン)】が発動してしまう。

 

逃れられない攻撃にアリアたちは痛みに耐えようとするが、

 

 

「絶対にさせない!!」

 

 

それより先に優子の魔法が発動する。霧散した黒い煙がペルセポネの体に集まり広がることはない。

 

だが、それをペルセポネが読んでいないわけがない。

 

 

グシャッ!!

 

 

「ぁッ……!」

 

 

ペルセポネが自分の首を絞めた時に気付くべきだった。悍ましい笑みと同時に不意の一撃に、優子は対応できなかった。

 

不快な音と共にペルセポネの足元から黒い槍が広がるように突き出る。それが優子の左腕と右足を貫いたのだ。

 

真っ赤な血が弾き飛ぶ光景に女の子たちは絶句した。彼女の倒れ行く姿がスローモーションで目に焼き付けられた。

 

 

「ぁ―――――あああああぁぁぁぁ!!!」

 

 

怒りの断末魔と共に黒ウサギの体から赤い稲妻が黒い槍を撃ち砕く。

 

神代の縫術(ほうじゅつ)で編まれた衣を身に纏い、天界中に雷鳴を轟かせた。

 

超高熱の雷が流血を蒸発させ、額には帝釈天の神紋(しんもん)が刻まれている。

 

神格の体現……いや、これは暴走に近い。

 

 

「【雷槍刀(らいそうとう)】ッ!!!」

 

 

バチバチッガシャアアアアアァァァン!!

 

 

神すら泣いて逃げ出す破壊力。威力は爆発的に跳ね上がり、ペルセポネの体を焼き焦がした。

 

だが灰にはなっていない。ペルセポネの歪んだ笑みは消えることはなかった。

 

 

『【痛覚反射(リフレクトペイン)】』

 

 

グシャッ!!

 

 

その瞬間、黒ウサギの意識は闇に落ちる。

 

絶叫を上げることも許されない痛みが黒ウサギの全身に走った。暴走していた神格は静かに眠り、体は前から倒れた。

 

一方ペルセポネは焼き焦げた体から綺麗な体に再生し、漆黒の鎧を身に纏う。蓄積させたダメージはゼロになり、振り出しに戻っていた。

 

 

「黒ウサギッ!!」

 

 

「優子ッ!!」

 

 

アリアと真由美は急いで倒れた二人の元に駆け付ける。優子は痛みに苦しみ、まともに戦える状態ではない。

 

黒ウサギの意識はないが、奇跡的に小さい呼吸をしている。

 

 

『【骸の凶砲】……!』

 

 

休む時間を与えない。下卑た笑みを見せながらペルセポネは無慈悲に攻撃を続けた。

 

無数の頭蓋骨が周囲に出現し、優子たちにトドメを刺そうとする。

 

 

「メエエエエエェェェ!!!」

 

 

だが黒い光線は白雪の角先から展開される白い魔法陣によって防がれる。守護獣の持つ力で疑似天界魔法を発動させていた。

 

 

『そんな疑似(ニセモノ)では止められないッ!!』

 

 

バリンッ!!!

 

 

漆黒の鎧を身に纏ったペルセポネが白雪との距離を詰め、魔法陣を殴りつけた。

 

たった一撃で魔法陣は砕け散り、同時に白雪の右角が折れる。

 

角の中に秘められた神の力が―――光と赤い血が弾け飛ぶ。美しく恐ろしい光景に美琴たちの顔色は青ざめる。

 

 

「ッッ!!」

 

 

声よりも体が先に動いたのは折紙。レイザースピア【エインヘリヤル】を取り出し精霊の力を極限まで引き出した。

 

先端に集中させた力を螺旋(らせん)に高速回転させて突き出した。

 

 

グシャッ!!

 

 

白雪にトドメを刺そうとしていたペルセポネの腹部を貫く。漆黒の鎧が再び容易に破壊されるが、先程とは違う異変に気付いた。

 

突き刺した鎧から浸食するように槍が黒く染まり始める。槍を抜こうとするが、黒い浸食は折紙の腕まで掴んでいた。

 

 

『【骸の凶砲】!!』

 

 

動きを止められた折紙に避ける術はない。随意領域(テリトリー)と【絶滅天使(メタトロン)】で防御するしかない。

 

しかし、頭蓋骨の数は今までの中で一番多かった。

 

 

シュゴオオオオオォォォ!!

 

 

何百と越える黒い光線が折紙に向かって放たれた。折紙の用意した壁は数秒で破壊され、何度も光線が直撃した。

 

吹き飛んだ折紙の体をティナが受け止めるが、勢いが強過ぎて一緒に後方へ吹き飛んでしまう。

 

次々と倒れる仲間たちに女の子の表情から恐怖が芽生え始める。いつ誰が死んでもおかしくない状況なのだ。

 

ペルセポネはその僅かな恐怖の感情を肌で感じ取り、笑みをこぼしていた。

 

 

『壊れてる壊れてる……! 私はその顔がもっと壊れて、グチャグチャになるところが見たい!』

 

 

抗うことのできない絶望に身を破壊される瞬間、諦めと脱力に壊れる精神、人としての本当の最後を見たい。

 

それが神なら尚更、死んでも見たいと狂う程思い焦がれる。

 

この戦いは終わった。勝利を手にしたと確信したペルセポネは彼女たちの顔を見て―――

 

 

『—————?』

 

 

―――言葉を失った。

 

 

「何驚いているのよッ……」

 

 

「もしかして、あたしたちが諦めると思ったッ……?」

 

 

声音に恐怖が混じっているのは分かっている。それでも、それでも!!

 

 

『何故、戦う……のですか!?』

 

 

もう、ペルセポネには理解できなかった。

 

神に戦いを挑む時点で敗北は決まっていたはずなのに、神を笑った時点で笑われるのは人類だと決まっていたはずなのに。

 

そう、決まっていた。『絶対』に。

 

盤上の駒を無視して土台を覆されたかのような衝撃にペルセポネの鼓動は早まる。

 

―――気が付けば、勝利への自信を崩されていたのは自分だった。

 

 

『む、【骸の凶砲】!!』

 

 

焦りながら頭蓋骨をさらに出現させて攻撃を仕掛けようとする。だが、

 

 

バギンッ! バギンッ! バギンッ!!

 

 

アリアは二丁の拳銃で乱射。美琴は電撃を巧みに操り銃弾を暴れさせた。

 

撃ち漏らした頭蓋骨は遠くからティナが狙撃する。折紙を庇いながら、戦っていた。

 

 

『何でッ……!?』

 

 

続けて頭蓋骨の数を増やし続ける。今まで以上の数を増やしているのに……ずっと増やしているのに……!

 

 

『折れ、ない!?』

 

 

攻撃の激しさは増している。光線の数も、手数も、誘導から囮、あらゆる手段を増やしているのに……!

 

敵の人数も減らした。味方を庇いながら対応できるはずがないのに……!

 

美琴の電撃は蒼色から紅く燃え上がるような電撃に変わり、アリアの銃弾は緋色の力で生成され、撃ち尽くすことのない無限の攻撃となっている。

 

瑠璃色と赤色の混ざった瞳から見える世界にティナの狙撃は神業を凌駕する。一度の狙撃で跳弾を繰り返し、頭蓋骨を何十個も破壊していた。

 

 

 

『どうして折れない!?』

 

 

ビギッ!という音と共にペルセポネの笑みが砕け散った。

 

追い詰めているはずなのに、追い詰められていると思えない異常な光景。

 

 

ビシッ!!!

 

 

『ッ!?』

 

 

突如頭蓋骨の光線がペルセポネの頬を裂いた。攻撃を見た方向を見れば真由美が魔法を発動していた。

 

優子と黒ウサギを庇いながら、痛みに耐えながら、サイオンが枯渇瞬間まで、彼女は戦っていた。

 

ついに―――ペルセポネは笑うことができなくなった。

 

 

『ぁ……』

 

 

そして同時にペルセポネが隠し持っていた力が失われた。

 

ペルセポネは言った―――強者()には笑わせない。笑うのは弱者()だ。

 

自虐して力を得られる【快楽自虐(デッドラフハート)】とは別に自分だけ笑い続け他者に笑わせない状況を造り出し続けることで得られる再生の力―――【狂笑拒断(ラッヘンレジェクション)】があった。

 

 

『ぁあ……あああはっ……あっはっはっはっはっ!?』

 

 

既に空笑いだった。先程のように心の底から笑えない。全く笑えない。

 

壊れたように足元がおぼつかなくなるペルセポネに女の子たちは不審に思うが、チャンスだとも捉えた。

 

頭蓋骨はペルセポネを守るように動いている。隙を突くのは今しかない。

 

 

「【()(おどし)(ちょう)】!!」

 

 

ゴオオオオオォォォ!!

 

 

アリアの二丁拳銃の銃口から二つの緋色の炎が射出される。巨大な蝶のような大きな翼が広がり、頭蓋骨ごとペルセポネを包み込んだ。

 

緋色の炎で身を焼かれるペルセポネは絶叫することなく頭を抱えて苦しんだ。焼き焦げた肉体は再生しない。

 

そう、再生しない。【狂笑拒断(ラッヘンレジェクション)】の完全停止を意味していた。

 

―――ペルセポネは、二度と笑えない状況まで落とされていた。

 

 

『違うッ……間違えるなッ……私は、私の方が、勝て……勝てる()()……!?』

 

 

いつの間にか確信は不安の感情で消えていた。不確かな物になっていたのだ。

 

 

『私が笑わないわけがない……負けるわけがないッ!!!』

 

 

ゴォッ!!

 

 

ペルセポネが叫ぶと同時に緋色の炎が消し飛ぶ。鎧も消滅し、強化された力も消滅した。

 

女神の笑みは消え、怒りに染ま切っていた。

 

闇のように黒い衣装を身に纏い、傷や火傷だらけの体で戦おうとしている。しかし、力は鎧を装備している時より膨れ上がっていることが女の子たちには分かる。

 

―――【光を破壊する女】と呼ばれた神は、今一度、希望と言う名の光を破壊する。

 

 

『【破滅の波動(カタストロフィーブレイカー)】!!』

 

 

再び天地を逆転させる一撃が放たれる。しかし次は前方に向かって力を解き放ち、自分は回避していた。

 

狂笑拒断(ラッヘンレジェクション)】の再生能力が使えない今、【快楽自虐(デッドラフハート)】を使う

には代償が大きい。

 

威力も最初の一撃に比べて小さいと女の子たちも分かっただろう。

 

 

「「「「【神刀姫】ッ!!」」」」

 

 

美琴、アリア、真由美、ティナのそれぞれが持つ刀が呼び声に応えるように前方に飛んで行く。

 

四本の刀は女の子たちを守るように刀身を交差させて敵の攻撃を防いだ。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

それでも凄まじい衝撃が後ろまで伝わる。気を抜けば意識が刈り取られそうになる。

 

 

バギンッ!!

 

 

そして、四本の刀が同時に折れた。

 

敵の攻撃を完全に防ぎ、役目を終えた刀は砕けて地に落ちる。

 

 

『顕現せよッ!! 破壊の象徴【ウルボロス】!!』

 

 

ペルセポネの叫び声で空が裂ける。天界という世界を破壊しながら現れたのは巨大な龍。

 

長い胴体が何度もうねり、輪を描いた龍。尻尾を口の中に入れているのは循環性を意味し、『無限』と『不老不死』を表していた。

 

 

『ヴォォアアアオオアオアオォアァオオオオオ!!!!』

 

 

破壊と創造を繰り返す化け物を相手に、女の子たちができる術は残されていない。

 

だが、誰一人諦めていない。何度でも言おう。

 

 

「【神刀、姫】ッ!」

 

 

「……【神刀姫】ッ」

 

 

「【神刀姫】ッ……!」

 

 

次は優子、黒ウサギ、折紙の元から刀が飛んで行った。

 

立てずに痛みで涙がボロボロ出ても、優子は戦うことをやめなかった。

 

既に死んでもおかしくない一番重傷の黒ウサギでも、立ちあがった。

 

CR-ユニットは壊れ、精霊の力が弱まっていても、折紙は武器を手にした。

 

 

グシャッ!!!

 

 

『ヴォ!? ヴォアアアオオアオ!? ヴォアオオオオオ!!!!』

 

 

三本の刀はウルボロスの尾を斬り落とし、ウルボロスは口に入れた尾を吐き捨てた。つまり、循環性の理は消えたのだ。

 

この機を逃すわけにはいかない。すぐに攻撃に移らなければいけない。そう頭では分かっているのに、

 

 

「「「「「ッ……!」」」」」

 

 

もう、女の子たちは動けなかった。

 

体に最後の限界が来ていた。

 

歩くことすら困難な女の子も居る。既に死んでいてもおかしくない女の子も居る。

 

今まで神と戦い続けていたことが『奇跡』だった。

 

だが奇跡を起こしていても、勝利の奇跡までは掴み取れなかった。

 

 

『……やっと、分かりましたか』

 

 

口調に落ち着きを取り戻したペルセポネ。息を荒げながら警戒はより一層強めていた。

 

余裕も傲慢(ごうまん)も無い。神と対等に戦い続けた女の子たちを明確な脅威と見ていた。

 

笑わないのは無謀に戦い続ける女の子たちに対しての恐怖ではない。

 

己の油断を断ち、己の真剣さを取り戻す為に笑うことをやめたのだ。

 

 

『ここまで戦えたことは人類に取って偉業となるでしょう。ですが、ここで終わりです』

 

 

ペルセポネの後方に多くの頭蓋骨が出現し始める。撃ち落されないように数を徐々に増やしていく。

 

数十秒で女の子たちを取り囲むように頭蓋骨で埋め尽くされた。光線を放つ準備は整っており、死がそこまで近づいていた。

 

 

『絶対に覆せない。あなた方が愛した人は、助けてくれませんよ』

 

 

ビシッ!!

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

その時、ペルセポネの頬から血が垂れ落ちた。

 

突如下から飛んで来たのは【神刀姫】の破片。その破片がペルセポネを襲ったのだ。

 

 

『……しつこいですね』

 

 

ペルセポネが腕を横に払うと、黒い炎が【神刀姫】を溶かした。

 

その光景に鈍器を殴られたかような衝撃が脳に走る。

 

―――また、助けられた?

 

 

「冗談じゃないわよ……」

 

 

口に溜まった血を飲み込みながら美琴は立ち上がった。

 

 

「どれだけ助けられたと思っているのよッ……もう、私たちは弱くないわよ!」

 

 

どれだけの傷を負っても、どれだけの期待を背負っても、血を吐きながら走っていた。

 

あの背中を押すこともできず、肩を支えることもできなかった瞬間は数え切れない。

 

だからこの戦いで愛する人の負担が減らせるなら、神と戦うと決めた。

 

 

「美琴の言う通りよッ……諦めるなんて、馬鹿なことはしないわよ!」

 

 

血に濡れた拳銃を強く握り絞め、アリアは美琴の隣に並ぶ。

 

泣いて、笑って、怒って、楽しい時を取り戻す。失って得られなかった物を、取り戻す!

 

 

「今度は、アタシたちが助ける番なのよ!」

 

 

立てなくても闘志は誰よりも燃やした。グッと痛みに耐えながら優子は前を向く。

 

この程度の怪我、愛する人が今まで負って来た怪我に比べれば掠り傷。その傷を癒す為にも、『これから』という時間が必要だ。

 

 

「YES! ですから、ここで死ぬわけにはいかないのです!」

 

 

恩恵を全て使い果たしても、黒ウサギは力を失った【インドラの槍】を握り絞める。

 

傍で見続けていたから分かっている。あの人が、これから何百という地獄を越えようとすることを。

 

自分たちが前にしているのはその地獄の一つにも満たない脅威。この程度で負ければ、見損なわれてしまう。絶対にそんなことはないが。

 

 

「覚悟しなさいッ! 神だからって、諦めないって言ってるでしょ!」

 

 

サイオンが枯渇しても、体が動き続ける限り真由美は戦い続けるだろう。

 

折れる度に立ちあがり続けていた。二度と失わないように、強く有り続けようとした。

 

他人から見たら歪んた正義かもしれないだろう。それでも己の信じる正義を貫き続けた。

 

 

「怖がっている場合じゃない! 私たちは、勝たなきゃいけない!」

 

 

瑠璃色の弾丸を狙撃銃に込める。絶対に外さない意志が表れていた。

 

不幸にする悪を断ち、誰でも幸せにする。そして世界すら何度も救ってくれる大好きな人。

 

その人の隣に立つ為に、生きなければならないのだ。

 

 

「今度は私たちが迎えに行く番。そして言わなきゃいけない。今度は私たちが―――」

 

 

折紙の言葉で全員が確信する。心は今、一つになったのだと。

 

 

「「「「「―――愛してるって!」」」」」

 

 

『ぁ……………!』

 

 

声を揃えて言った言葉にペルセポネの意識は揺れる。そして思い出される。

 

ゼウスは確かに言った。

 

 

―――『私はお前を愛している』と。

 

 

愛しているから、オリュンポスの席に座って欲しかった。

 

目に見えた結果でも、乗り越えて欲しいと思ったのは愛があったから?

 

他の神に嫌われても、愛しているから大切にしたかったのでは?

 

 

『や、やだぁ……壊してぇ! ウルボロスッ!!』

 

 

頭を掻きむしりながら絶叫する。

 

頭蓋骨から光線が、龍の口から真っ赤な炎が解き放たれようとする。

 

そして、視界が真っ白に包まれた。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

神々しい光の矢が頭蓋骨を破壊しながら飛び回る。最後はウルボロスの額を貫き、龍を撃ち落した。

 

 

『ヴォォアアアオオアオアオォアァオオオオオ!!??』

 

 

命の循環性を失った不老不死の龍。体がボロボロに崩れていき、消滅した。

 

何が起きたのかペルセポネは分からなかった。救われた女の子たちにも分からない。

 

 

「やっぱり羨ましいよ。こんなにも愛されているなんて」

 

 

美琴たちの背後から聞こえて来た声に呼吸は一瞬止まる。

 

聞き覚えのある声。忘れるはずがない。

 

 

「でも、大樹のことは私の方がもっと知っているけどね」

 

 

紅いドレスのような衣装を身に纏い、手には大きな赤色の弓を持っていた。

 

黒い長髪をなびかせ、神アルテミスの元保持者。

 

リュナと名乗り、敵として戦い続けた彼女の本当の名は―――!

 

 

「間に合って良かった。大樹が泣くのは私も嫌だからね」

 

 

―――阿佐雪(あさゆき) 双葉(ふたば)だ。

 

 

突然の登場に女の子たちは言葉が出なかった。ペルセポネも驚いて声が出ない。

 

それでもペルセポネの体は動いた。新たに頭蓋骨を出現させ―――!

 

 

「遅いよ」

 

 

ズバンッ!!!

 

 

光の如く双葉の弓から炎の矢が放たれ頭蓋骨を粉砕した。目にも止まらぬ速さにペルセポネは唖然とする。

 

その速さに、折紙はあることを口にした。

 

 

「泥棒猫」

 

 

「敵はこっちじゃないよ!?」

 

 

二人のやり取りに「ああ、そういえば」と女の子たちは思い出す。先に大樹に手を出したのは双葉なのだと。

 

危うく仲間割れが発生しようとしていたが、新たな戦力である双葉と組む。

 

同じ好きな人の為に、断る理由はどこにもない。

 

 

『ッッッ!!!』

 

 

歯を食い縛りながら戦おうとする女の子たちを見る。その光景にペルセポネには限界だった。

 

 

『そんなに愛が大切ですか!? 裏切られるかもしれないと思わないのですか!?』

 

 

「微塵も思わないわよ! ふざけたことを言わないで!」

 

 

美琴の強い反論にペルセポネは止まらない。

 

 

『アッハ! あなた方のような人間がどれだけ裏切られていたのか私は知っている! 死を受け入れて嘆きを聞けば分かることなのですから!』

 

 

「それが何?」

 

 

『―――――は?』

 

 

「あたしたちの大樹を、その裏切り者と一緒にしないで」

 

 

自信の強さという次元では無い。アリアは確信して「違う」と言ったのだ。

 

長い時間をかけて作り上げた関係に、今更ヒビなど入るわけがない。

 

 

『どうして……私は、私たちは裏切られて……!』

 

 

「そうね。裏切られた人たちは辛かったでしょうね。でも、あなたは違う」

 

 

優子に指摘された瞬間、ペルセポネの喉は干上がってしまった。

 

理解してしまっているからだ。先に裏切ったのは―――自分だということに。

 

 

「もう一度胸に手を当てて……考えて……ハッキリと分かるはずです」

 

 

黒ウサギの言葉にペルセポネは耳を塞いでしまう。

 

知ってはいけない感情が、知っていたはずの感情が、蘇ろうとしていた。

 

 

『か、【破滅の波動(カタストロフィーブレイカー)】ッ!!』

 

 

額から滝のように汗を流しながら腕を横に振るう。しかし、威力はどの攻撃よりも弱く、女の子たちの目の前で霧散する。

 

 

「私たちはその感情を大切にしたい。これからの人生で絶対に必要な物だから」

 

 

『ぁあ……あぁ……ああああああァァァ!!!』

 

 

落ち着いた声音で真由美が言うも、ペルセポネは聞きたくないと(わめ)く。

 

ゼウスが自分に向けて言った言葉の一つ一つが、脳に刻まれていた記憶が復活し始めている。

 

 

『【骸の凶砲】!!』

 

 

「それでも遅いよ」

 

 

頭蓋骨が出現する場所まで見切っている双葉。全ての矢を放った頃には頭蓋骨は全て砕けていた。

 

自分の頭を何度も叩き、折れるくらい腕を握り絞める。そして、痛いということに気付いてしまった。

 

 

『い、たいッ……!?』

 

 

体の痛みには慣れている。しかし、この痛みには身に覚えがない。

 

胸の奥底から湧き上がるズキズキと激しく訴えかけるような痛みに、ペルセポネは涙を流していた。

 

 

「確かに辛い道のりです。ここに来るまで数え切れない『痛い』傷を負いました」

 

 

『ッ……!』

 

 

「けれど、今は違う。私の隣にはそんな『痛い』を取り払ってくれる大好きな人がいる」

 

 

自分たちを守る為に真正面から戦い、一度も逃げることはなかった。ならば、自分たちも逃げるわけにはいかない。

 

強い意志を秘めたティナに銃口を向けられたペルセポネは後ろに下がってしまう。

 

 

「その為なら、私たちは戦える」

 

 

折紙の意志と同じだと証明するように、他の女の子たちも武器を構える。

 

どれだけ血で汚れていても、どれだけ痛みで苦しんでいても、どれだけ恐怖に飲み込まれそうになっても。

 

彼女たちは戦う。大好きな人の為に。

 

 

『私は、こんな感情でッ……!!』

 

 

「こんな感情でも、大樹は世界の誰よりも大切にして来た」

 

 

双葉が手に持つ弓が巨大化する。大きな火の鳥の翼のように、真っ赤に輝き始める。

 

 

「今からその大切さを彼女たちが見せてあげるわ。しっかりと見て―――!」

 

 

『黙れぇ! 黙れ黙れ黙れ黙れぇええええ!!』

 

 

バンッ!!

 

 

狂乱しながらペルセポネは地面に両手を叩きつけた。手の先から巨大な黒い魔法陣が広がり、中から大勢の悲痛な叫び声が聞こえて来た。

 

 

『死の嘆きを轟かせ! 復讐への肉体はここに在り! 這い出ろ、【骸の帝王(スカルエンペラー)】!!』

 

 

魔法陣がヒビ割れ、闇の中から這い出て来た骸骨の巨人。何億という人の骨で造られていた。

 

数え切れないほどの蒼い火の玉が骸骨の巨人の周りを浮遊する。玉からはあの人の叫びが聞こえている。

 

ウルボロス以上の大きさを持ち、美琴たちを見下す。巨大な頭骸骨はこちらを向き、今にも襲い掛かりそうだった。

 

 

『それでも私はッ! ここで終わるわけにはいかない! 後戻りは、もう許されないッ!!』

 

 

ペルセポネは蒼い炎を身に纏い、骸骨の心臓部に埋め込まれていた。

 

主が感情を爆発させると炎がさらに勢いよく燃え上がる。そして頭骸骨の口に黒い光が収束されていた。

 

 

『今の私はッ……愛されてはいけないッ!!!』

 

 

背中から歪に何本も骨の腕が伸びる。人という形を失い始め、何もかもが壊れているように感じる。

 

恐怖で逃げ出したくなる。けれど、逃げては駄目だと全員が思う。

 

ペルセポネは言った。私は愛されてはいけないっと。

 

 

「「「「「そんなことはない」」」」」

 

 

彼女たちが口にした言葉は、ペルセポネには届かないだろう。しかし、必ず届かせる。

 

 

「【地獄の弓(ボウ・ヘル)】———【制限解放(アンリミテッド)】」

 

 

骸骨の巨人に負けないくらいの大きさに広がる紅き弓。双葉の後ろから美琴たちが支える。

 

 

「ラストチャンス。世界の命運を賭けた一矢になるよ」

 

 

「全然負ける気がしないわ。完全に大樹のせいね」

 

 

美琴の一言に全員が笑う。追い詰められた状況とは思えなかった。

 

 

「……込めるのは力でも魔法でもない。『思い』だよ」

 

 

紅い弓は更に激しく燃え上がり、真っ白な輝きを見せた。

 

神々しく、美しく、敵対したペルセポネすら口を開けて感動してしまっていた。

 

 

「完成―――【救済(ヒルフェ)(かぎ)】」

 

 

それは悲しき女神を救う一つの手段。

 

彼女を苦しめる『死』という概念。『死』を恨み続ける魂の檻からの解放だ。

 

弓の輝きに骸骨の巨人は身の危険を感じたのか力の収束をさらに加速させる。

 

天界が激しく揺れ始め、空は歪み、何もかもが壊れ始めた。

 

 

『壊セぇ!!! 【死骸の怒砲(エルガーダー・ベグラーベン)】!!!!』

 

 

死者たちの怒りの咆哮が放たれた。

 

漆黒の光線はあらゆる概念を殺し、天界ごと世界を崩壊させようとする。

 

復讐の塊とも言える光線に、小さな一矢が正面から放たれた。

 

込められた矢はこの地に辿り着き、矢を放つまでの時間と思い。

 

愛する人と過ごして来た思い出を、これからの思いを、全てを乗せた一矢。

 

 

「―——よかったね、大樹」

 

 

双葉の呟きは誰にも聞こえることはない。既に矢に全てを込めた疲労が女の子たちに襲い掛かり、倒れてしまっていたからだ。しかし、全員生きている。

 

むしろ生きて居なければ困る。大樹の悲しむ姿は、二度と見たくないからだ。

 

矢に乗せられた思いの強さは双葉の想像を遥かに越えていた。

 

漆黒の光線を容易に消し飛ばし、骸骨の巨人の心臓部―――ペルセポネを貫いた。

 

 

「ぁあ……!」

 

 

人のような綺麗な声で、ペルセポネは涙を流す。

 

ペルセポネが最後に見た光景は、敗北や死ぬ間際に見る走馬燈ではない。

 

自分を最も愛してくれた人の、笑顔だった。

 

 

「私はッ……!」

 

 

骸骨の巨人が崩れゆく中、女神は誰もが綺麗だと言える泣き笑顔を見せていた。

 

その光景は双葉はしっかりと脳に焼け付けて、意識を手放した。

 

 

 

 






―――いよいよお前の番だよ主人公。かっこよく決めて来いよ。


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全世界の未来を賭けた決闘

―――ホント待たせてしまったすいませんでした。昨日めちゃくちゃ反省しました。

めちゃくちゃ書き直してめちゃくちゃ自分が納得するラストをめちゃくちゃ書けたので許してください。

本当にめちゃくちゃにどちゃくそにぐちゃぐちゃになるくらいめっちゃ反省しています。はい……


―――カチンッ

 

 

「……ふぅ」

 

 

小さく息を吐きながら刀を鞘に納めて再び走り出す。

 

大樹の背後には何十万と越える数の悪魔が地に落ちていた。広い場所に出た瞬間、待ち伏せしていた悪魔たちに奇襲を受けてしまうが、無傷で戦闘終了。失った物は時間くらいだ。

 

あまりの強さに泣き叫んだのは悪魔の大軍だった。彼が一太刀振るうだけで大勢の悪魔が地に伏せてしまえば嫌でも叫んでしまう。勝てるわけがない相手となんて戦いたくないはずだ。

 

 

「……随分と高いな」

 

 

また広い場所に出た。上を見上げれば先が視認できないくらい階段が続き、途中に大きな島々が浮かんでいた。

 

本当にラスボスのダンジョンみたいな場所だと笑ってしまいそうになる。

 

ダンッ!!と跳躍すると同時に【悪神の真紅(クリムゾン・アジ・ダカーハ)】を展開して飛翔した。

 

階段を一段一段踏みしめている時間はない。無視して上へと向かった。

 

 

ドクンッ……!

 

 

「ッ……この感じ」

 

 

絶対に忘れることはない。一度前にして、俺は敗北したのだから。

 

―――邪神の力だ。

 

美しかった天界の地は黒く染まり、辺りに黒い煙が漂っていた。

 

この先に、天界の最奥に奴は居るのだ。

 

 

「あれだけボコボコにされたってのに……何でだろうな」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

音速の突進で不意打ちを仕掛けて来ようとしていた悪魔を膝蹴りで撃退する。大樹の顔には余裕があった。

 

 

「全然負ける気がしねぇわ……っていつものことか」

 

 

膝蹴りで黙らせた悪魔をさらに蹴り飛ばし、そのまま隠れた悪魔を後ろに吹き飛ばす。

 

雑で無茶苦茶な戦い方に他に隠れていた悪魔たちが焦っているが、容赦はしない。

 

 

「準備運動もウォーミングアップもとっくに終わってんだけどな。新しい天界魔法の実験台にでもなるか?」

 

 

再び悪魔たちの悲痛な叫びが響き渡った。

 

________________________

 

 

 

最後の悪魔軍勢を倒した大樹は天界の頂上に辿り着いた。

 

見上げれば空はなく、宇宙もなく、神々しい光の空が広がっていた。しかし、大地の草や花は枯れ腐っている。

 

先に進めば巨大な円卓があり、十二個の席が囲んでいた。リィラに聞いた話を思い出せば【神の円卓】と呼ばれる神々の居場所だ。

 

 

「……………」

 

 

だが全ての椅子は無残に破壊されている。ある一席からは血が付着し、奥の方に続いている。

 

当然血が続いている方向から邪神の力を感じている。嫌な予感は、当たっているだろう。

 

急いで向かうことはせず、ゆっくりと警戒しながら歩いた。ポタポタと落ちた血を辿るように。

 

 

「ッ……これが……!?」

 

 

【神の円卓】の先にあるのは封印された【冥界の扉】。オリュンポス十二神とその保持者たちの力で守られている扉であり、天界と冥界を繋ぐ最悪の場所だ。

 

何千メートルを越える黒い扉は黄金色に輝く鎖で閉じられており、隙間から悍ましい煙がゆっくりと出ている。

 

そして同時に気付くだろう。扉の真下に居る二人の存在に。

 

 

「……来たか」

 

 

奴は―――宮川(みやがわ) 慶吾(けいご)は俺がこの場所に来ることを確信していたようだった。

 

闇のような髪色に、傷だらけの上半身には赤黒い紋章が刻み込まれ、背中には悪魔と冥府神の契約を象徴する羊の骨が刻まれている。

 

黒色のローブを羽織り、斜めに装着した二つのベルトには黒い宝石が埋め込まれ、左右には黒色の銃が装着されている。

 

 

(冗談だろッ……あの時とレベルが違い過ぎるッ……!?)

 

 

命を削るような威圧感に思わず怖気づいてしまう。無理にでも笑みを浮かべて見せるが、もう一人の存在に大樹から笑みは消える。

 

 

「ゼウスッ……!」

 

 

俺を転生させてくれた神であり、この騒動の中心となっている人物。

 

額と腹部から血を流し、白い服を赤く染め上げていた。倒れて小さく息をしているが、重傷なのは遠くからでも分かる。

 

 

ガスッ!!

 

 

その反応を見た慶吾はゼウスを俺の居る所まで蹴り飛ばした。急いで受け止めるが、体が光始めていることに気付く。その光が何を意味しているのか大樹には分かっていた。

 

 

「大樹……!」

 

 

「無理して喋るなよ。もういい……あとは俺に任せろ」

 

 

「……聞かないのか?」

 

 

寂しそうな顔で、涙を流しながら俺の顔に触れる。血に濡れたヨボヨボの手を、握ったことのある手を俺は掴み返す。

 

 

「もう全部分かってる。ありがと、()()()()()

 

 

あの日、三途の川で遭遇したのは偶然も奇跡でもない。必然的に出会うようになっていた。

 

神野宮家が所持する山が三途の川と繋がっている時点で何かあることは察していた。ゼウス―――じいちゃんと自分の関係を少しずつ紐解いて考えれば、自分の記憶が操作する必要性を理解してしまう。

 

途中からコンタクトを取れなかったのは他の保持者が動き出し、ポセイドンのような裏切り者が居たせいなのだろう。

 

ちゃんと分かっている。全部、分かっているから。だから、

 

 

「あぁ……やっぱり信じて良かった……自慢の孫だ……!」

 

 

大切な人との別れはとても短かった。

 

美しい光のベールに包まれた神の最後を見届けた。

 

腕の中にあった重みは消え、胸の奥にあった小さく大切な物が音を立てて割れたような気がした。

 

目の奥に溜まった涙をグッと堪え、下唇を噛み締める。

 

 

「これで【冥界の扉】を縛る鎖は消える。短い別れだったな」

 

 

「……お前は俺の家族に手を出したって分かっているよな? 分かっていて、こんなことをしたんだよな?」

 

 

「? 今更何を―――」

 

 

刹那———慶吾の視界では捉えることのできない速度で大樹が距離を詰めて来た。

 

 

ドゴォオッ!!!!

 

 

「ッ!?」

 

 

顔面に叩きこめられたのは怒りの拳。そのまま地面に叩き付けて大地に巨大な地割れを引き起こした。

 

 

「テメェは言ったな。邪神の力で、神の力を殺す―――上等だよクソッタレ」

 

 

拳はあの時のように負けていない。無傷のままの拳を保っている。

 

 

「神の力だって、邪神の力に負けてねぇんだよ! テメェらのくだらねぇ野望を、ここでぶっ壊してやる!!」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

そのまま慶吾の体を蹴り飛ばし、【冥界の扉】に叩き付けた。凄まじい衝撃が天界を揺らすが、慶吾は静かに俺を睨み付けた。

 

 

「次こそ終わらせてやるよ、最後の英雄」

 

 

黒色の銃を右手に持ちながら邪神の力を解き放った。

 

 

この瞬間―――全世界の命運を賭けた戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 

彼らに『正義』や『悪』など知らない。二人が戦う目的はただ一つ。

 

 

『世界を救う』か『世界を破壊する』か。

 

 

決して交わることは許されない。必ず衝突を迎える運命だったのだから。

 

 

 

________________________

 

 

 

二人の一撃一撃は必殺。ぶつかり合うだけで一帯が吹き飛ぶほどの衝撃が生まれる。

 

 

ガギッ!! ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

両者の拳が、両者の持つ武器が、【神刀姫】と【冥銃ペルセフィネ】がぶつかるだけで爆発するような衝撃が生まれていた。

 

 

「一刀流式、【風雷神・極めの構え】!!」

 

 

「やらせると思うかッ!!」

 

 

下から斬り上げようとすると刀の柄に銃のグリップで叩き落とされる。

 

慶吾に斬り上げることを阻止されたが、大樹は諦めない。下を向いた刀身を右足で強引に蹴り上げた。

 

 

「うおおおおおぉぉぉ!!」

 

 

ガギンッ!!

 

 

「チッ!!」

 

 

銃ごと慶吾の手をどかし、そのまま次の技に繋げて繰り出す。

 

 

「【號雷(ごうらい)静風(せいふう)】!!」

 

 

ザンッ!!!

 

 

振り下ろされた斬撃は慶吾の肉体を引き裂き血を流させる。

 

斬撃の衝撃と暴風が慶吾の体を後ろに吹き飛ばす。そのまま追撃を仕掛けようとするが、

 

 

「【残酷な雪崩(グラオザーム・ラヴィーネ)】!!」

 

 

バギバギバギッ!!!

 

 

銃口から放たれた銃弾は絶対零度の凍気を纏い、地面を凍らせながら大樹に向かって突き進む。

 

一瞬で大樹の片足を地面に固定すると隙が生まれる。慶吾は吹き飛んだ体を即座に回転させて態勢を整える。そして大樹との距離を詰めた。

 

 

ガギンッ!!!

 

 

再び刀と銃がぶつかり合うが、慶吾は同時に引き金を引いている。大樹の腕や足に被弾するが、

 

 

ガシッ!!

 

 

今度は大樹が慶吾の動きを止める番だった。銃を握っていた腕を掴み、そのままこちらに引き寄せる。

 

 

ドゴッ!!!!

 

 

「オラァッ!!!」

 

 

「ぐぅッ!?」

 

 

渾身の頭突き―――大樹の額は慶吾の鼻の骨を砕き、大量の血を流させた。

 

頭蓋骨どころか頭を吹き飛ばすほどの衝撃を耐える慶吾。苛立ちと憎しみを露わにした慶吾はやり返す。

 

 

「調子に乗るなッ……三下ぁ!!」

 

 

ドゴッ!!

 

 

「ゴフッ!?」

 

 

今度は慶吾の頭突き。大樹の額が割れ、慶吾と同じくらいの出血をするが、慶吾はさらに追撃を仕掛ける。

 

大樹の腹部に思いっ切り銃口を突き刺し、そのまま引き金を引いた。

 

 

「【死すべき運命の炎(シュテルプリヒ・フランメ)】!!」

 

 

シュゴオオオオオォォォ!!

 

 

赤黒い炎が大樹の腹部に風穴を開けながら放たれた。

 

想像を絶する痛みに大樹の表情が酷く歪み、口から血を吐き出す。

 

それでも、大樹は猛獣のように雄叫びを上げる。

 

 

「ぁがッ……ぁぁッ……ぁぁぁあああああああ!!!」

 

 

「何ッ!?」

 

 

この程度の痛みなどで、今更大樹を止められるわけがなかった。

 

今まで流して来た血を見れば、今まで感じて来た痛みを思えば、この程度の怪我はただの掠り傷!

 

 

「抜刀式、【刹那・極めの構え】!!」

 

 

音速を越えた速さで刀を鞘に納め、光の速度で抜刀する。

 

 

「【凛鱈(りんせつ)月廻(げっかい)】!!」

 

 

バシュンッ!!!

 

 

銃を握り絞めていた慶吾の腕に光が一閃する。そして、血を見るより先に腕が宙を舞った。

 

 

「ッ!?」

 

 

邪神の力を持った慶吾ですら目視することを許さない一刀。数秒遅れて斬り落とされた肩先から血が噴き出した。

 

 

(何だこの速度はッ……!?)

 

 

ドゴッ!!

 

 

「チッ」

 

 

身の危険を感じた慶吾は大樹を蹴り飛ばしながら切り落とされた腕を回収し、距離を取る。蹴られた大樹も怪我をしているせいか深追いはしなかった。

 

あの時に戦った大樹とは明らかに違う。ここに来る途中、全ての悪魔を奇襲させるように待機させて大樹にぶつけて疲労させたはずだというのに、全く疲れた様子はない。それどころか、

 

 

(神の力が増幅している……まさかと思うが……)

 

 

「この感じ……ああ、やっぱりそうだ」

 

 

慶吾の思考よりも、大樹は言葉にして明白にした。開眼した程度で慶吾との差は埋まらない。

 

神の力が増幅していたのだ。体の内から溢れ出す力が止まらない。

 

それも当然、何故なら大樹は保持者ではなく、

 

 

「どうやら俺は———『神』になったみたいだな」

 

 

―――神ゼウスの席を継いだのだから。

 

得意げな顔で告げると大樹の体は【神の加護(ディバイン・プロテクション)】を使って一瞬で回復する。しかも神の力をさらに増幅させて、だ。

 

握り絞めた拳から絶大なオーラを纏い、神々しさを見せつける。だが、

 

 

「……それがどうした?」

 

 

慶吾は自分の腕を元の位置にくっつけると、辺りに漂っていた黒い煙が全身の傷口を癒した。砕けた鼻も、元通りになっている。

 

 

「くだらない。その程度で俺が怖気づいてしまうとでも?」

 

 

「思わないな。だが、驚かせることはできるかもな」

 

 

刹那、慶吾はまた大樹の姿を見失うことになる。

 

それでも邪神の力を鎧を着るように纏い、防御に専念した。その直後、

 

 

「【無刀の構え】———【黄泉送り】!!」

 

 

「ぐぅ!!」

 

 

全身の骨を砕き壊すような衝撃が腹部に走る。一瞬で懐への侵入を許してしまった。

 

再び神々しい光を纏った大樹の手を慶吾は引き離そうと掴むが、

 

 

「―――【地獄巡り】!!」

 

 

ガスッ!!

 

 

「ッ!?」

 

 

掴まれた腕を軸にし、大樹の体は上下に反転する。そのまま右回し蹴りが慶吾の側頭部にブチ当たる。

 

脳を揺さぶられた衝撃で掴んでいた手を離してしまう。その隙を大樹は決して逃さない。

 

 

「―――【天落撃(てんらくげき)】! 【左天翼(さてんよく)】!」

 

 

両手を合わせて一つの拳を作り慶吾の頭部を地面に叩き付けた。地面に亀裂が生まれるが、そこから左足で蹴り上げて宙に浮かせる。

 

一切の手加減無し。容赦なく大樹は攻撃を繋げていた。

 

 

「―――【鳳凰(ほうおう)炎脚(えんきゃく)】!!」

 

 

両足から白い業火が燃え上がり、宙に浮いた慶吾の体を上から蹴り落とす。爆発するように炎は弾け飛び、白い炎を撒き散らしながら慶吾の体は地面に突き刺さった。

 

神の力を存分に使った連撃。一撃一撃が相手を本気で倒すという強い意志が込められていた。

 

巻き上がる土煙を睨みながら慶吾が立ち上がるのを待つが、

 

 

「―――【暴君の大虐殺(デスポート・メツェライ)】」

 

 

ドゴォッ!!!

 

 

目で捉えきれない超速度で大樹に迫り、今までの一撃を覆す憎悪の一撃が腹部にめり込んだ。

 

全身の骨に杭を打たれたかのような痛みが激しく湧き上がる。

 

 

(復帰が早い!? 回復速度が俺より遥かに上かよ!!)

 

 

血を吐きながら復讐に染まった男の顔を睨み付ける。顔に血は付いているが、傷はとっくに塞がっているようだった。

 

 

ドゴッ! バギッ! ガッ! ドゴォ!

 

 

完成された隙の無い慶吾の連撃に大樹は防御を強いられる。下手に、無理に反撃しようとすれば何倍も痛い返しに襲われるだろう。

 

 

「ガァッ!!!」

 

 

「ぐッ!?」

 

 

獣のように叫びながら攻撃する慶吾に大樹は呻き声しか上げることができない。

 

黒い煙は大樹の体を(むしば)み、赤黒い血で汚れ始め、痛々しくボロボロになっている。

 

だが、彼の目はしっかりと『生きて』いた。

 

 

「―――こんのッ!!!」

 

 

ガシッ!!

 

 

「ッ!」

 

 

最強と呼ばれ続けた男の名は伊達じゃない。相手の呼吸から目の動き、体の重心の動かし方から指の動きまで、全てを観察し、予測し、完璧な解答へと辿り着く。戦闘に置いて彼もまた強敵と戦い続けた一人。慶吾と肩を並べるには十分な強敵だった。

 

慶吾の蹴りを右手の甲で受け流し、一瞬の隙が生まれる。その隙に大樹は後ろに跳んで距離を取る。

 

逃がさないと追撃を仕掛けようとするが、慶吾は動かなかった。大樹は返り討ちにしようと狙っていたからだ。

 

 

「ハッ、それに気付くか普通」

 

 

「バレバレだ」

 

 

キツい冗談だと大樹は心の中で苦笑い。邪神の力が神の力を押しているのではない。慶吾自身の持つ力が、大樹と同じだということを思い知らされたのだ。

 

 

(俺と同じ数の修羅場を踏んでいる……いや、それ以上か……!)

 

 

今まで戦って来た保持者とは全く次元が違う。姫羅のような人との戦いに慣れた戦い方じゃない。自分より強い怪物を戦い続けた者の構えだ。

 

 

(次の手まで読まれている感じだ。このままだと常識破りな戦い方は逆に不利になる)

 

 

だからと言って定石通り打てばいいというわけではない。そんなことをすれば瞬殺されるのが目に見えている。

 

 

「ハッ」

 

 

「何がおかしい。気でも狂ったか」

 

 

今更何を考えている。今まで常識をブチ破り、理を覆し、皆を驚かせてきた。不可能を可能にして、俺に無理なことはないと示して来た。

 

世界を巡り巡って自分が手に入れて来た力は、この為にあるのだとよく分かる。

 

人々を救い、皆を笑わせ、世界を救う。そして、愛する人と未来に進む為に手に入れた力だ。

 

 

「強ぇよ。認めてやる、お前は俺より強い」

 

 

「……諦めるのか?」

 

 

「馬鹿言ってんじゃねぇよ。俺の諦めの悪さはお前が一番知ってるだろ」

 

 

口元に笑みを浮かべながら告げると、慶吾も口端を吊り上げた。

 

 

「ああ、知っている。その余裕を粉々に砕くのが俺だということも…!」

 

 

「そうかよ! 【無刀の構え】!」

 

 

慶吾は銃を回転させながら闇の光を銃口に収束させる。大樹の動きを完全に読み切り、撃ち抜く準備はできていた。

 

右足を前に踏み出して慶吾に向かって跳躍する。大樹の体は反転して慶吾に背中を向けていた。

 

あまりにも無防備な姿に慶吾は息を飲むが、引き金を引いた。漆黒の銃弾が大樹の背中から貫こうとするが、

 

 

「【木葉(このは)(くず)し・(あらため)】!!」

 

 

バシュンッ!!

 

 

銃弾が背中に当たると同時に大樹は姿を消す。気配で察知しているが、一瞬で慶吾の背後を取ったのだ。

 

 

「ッ!」

 

 

―――読んでいる。慶吾は大樹が背後を取ることを読み切り、振り返って銃を構えていた。

 

この反応速度なら大樹の攻撃を受ける前に反撃できると確信していた。だが、

 

 

「読めてねぇよ! テメェの考えは外れだ!」

 

 

「何ッ!?」

 

 

ガチッ、バギンッ!!

 

 

大樹は向けられた銃口に噛み付き、そのまま砕いた。全く考え付かない奇行に慶吾の動きは一瞬だけ止まる。

 

この戦いでその一瞬は致命的な隙のある時間。大樹は拳を握り絞め、慶吾の顔を思いっ切りぶん殴る。

 

 

「だらッッしゃああああああァァァ!!!」

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!!

 

 

桁外れな衝撃波が広がり、慶吾の体を目視できない距離まで殴り飛ばした。ただのパンチ。ゆえに純粋な爆発的な威力に『神殺し』の拳だといえる。

 

握り絞めた拳が激しく痛い。骨が折れ、血が流れている。殴る加減を大きく間違えていたが、大樹は笑みを崩さない。

 

 

「それでも、掠り傷程度とか抜かすんだろ……お前はッ」

 

 

「……ッ」

 

 

血で汚れた口元を手で拭い、口に入った血肉を吐き出しながら慶吾は睨み付ける。

 

その間に負傷した大樹の腕も回復するが、ついに『限界』が来てしまった。

 

 

「―――んぐッ、ゴフッ!?」

 

 

体の回復と同時に込み上げて来た吐き気を抑えきれず、そのまま地面に向かって吐き出してしまう。吐き出したのは赤黒い液体。血よりも汚い色の吐瀉物(としゃぶつ)だった。

 

突然の嘔吐に慶吾は目を細める。大樹の髪色が徐々に白く染まっていたのだ。

 

 

「クソッ…! このタイミングか……!」

 

 

最悪だと言わんばかりに苦しい声を上げる大樹に、慶吾はニヤリと笑った。

 

 

「ああ、そういうことか」

 

 

慶吾は大樹が苦しむ原因に気付いてしまった。大樹も「しまった」と口元を抑えながら後ろに下がる。

 

誰にも明かすことのなかった【神の加護(ディバイン・プロテクション)】の最大の弱点。負傷した体を完全回復する最強の技に代償があるということ。

 

 

「その回復は『自分で回復する』のか。神の力で細胞を極限まで活性化させた『超自然回復』なんだな?」

 

 

「ハッ、自分でも気付いたのが少し前のことなのに……よく分かってんじゃねぇか」

 

 

「―――ここまでか」

 

 

ドゴッ!!

 

 

会話の途中だと言うのに不意打ちを仕掛ける慶吾。だが大樹は反応することができず、腹部に膝蹴りを入れられてしまう。

 

 

「ぐぅッ!?」

 

 

「お前は限界だろ? 体に負担を掛け過ぎて、無理に戦った結果がこれだ。老死寸前まで老化が進んでいる始末」

 

 

ガスッ!!

 

 

そのまま側頭部をぶん殴られ、頭蓋骨が砕ける音が響き渡る。脳が飛び出していないだけでも奇跡だった。

 

 

「骨は脆く、筋肉は衰え、反応速度は鈍い。こんな攻撃に反応すらできないお前は終わりだ」

 

 

「……終わり、だと?」

 

 

地面に倒れた大樹の体がゆっくりと立ち上がろうとする。

 

全身から嫌な音が鳴る。脳がやめろと何度も警告しているのが分かる。だが!

 

 

「終わりなわけ、ねぇだろ……終わっていいわけがねぇだろがぁ……!」

 

 

―――やはり大樹は立ち上がる。

 

ボロボロになった体に神の力を纏いながら、無理矢理にでも立ち上がった。

 

 

「今俺がお前に挑んでいるのは世界の為なんかじゃねぇ。双葉とお前の為に戦っているんだ!」

 

 

「綺麗事を抜かすなッ!! お前の言葉など聞くに堪えん!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

慶吾は銃の引き金を引き、大樹の額に銃弾を飛ばす。先程の攻撃より何倍も早い銃弾に大樹は目で追うことができない。だが、

 

 

ガチンッ!!

 

 

「ッ!」

 

 

「自分の五感がお前の攻撃に追い付けないなら、第六感でお前の攻撃を防ぐ!」

 

 

視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚。老いで五感は使い物にならないと言うなら、自分が今まで戦いの経験で積んで来た物で戦う。

 

【神刀姫】で銃弾を叩き切り、一刀流式を構える。

 

第六感は己の持つ才能で開花させることのできる領域ではない。強さを極めた敵の動きをただの直感だけで見切れるのは未来予知をしているようなもの。

 

 

「何度も言わせるな! ボロボロになった貴様の体では追い付けない!」

 

 

残像を見せるような早撃ちを繰り返す。黒い銃を乱射して大樹の目の前に弾幕を張った。尽きることのない無限の弾丸が容赦なく大樹に襲い掛かるが、

 

 

(自分の力を奢るな! アイツに次の一撃を入れるには何もかも足りない!)

 

 

第六感だけで差を埋めることのできる相手ではない。刀を前に突き出し、死の弾幕に向かって走り出す。

 

 

「抜刀式、【刹那の構え】!」

 

 

右手とは別に、右腰に鞘を納めた刀を出現させる。右手の一刀流式を崩さず、左手だけで抜刀式の技を発動させる。

 

 

「【横一文字・絶翔(ぜっしょう)】!!」

 

 

ザンッ!!!

 

 

左手から放たれた斬撃波は道を作るように弾幕を消し飛ばした。【横一文字・絶】と【横一文字・翔】を組み合わせた横一文字の完成形。

 

弾幕を破られても慶吾に隙は生じない。むしろ刀を新たに出現させた時点で突破されることを読んでいた。

 

 

「無駄だ! 【邪悪な暴風(シュトゥルムベーゼ)】!」

 

 

猛風の弾丸が大樹の頭部を砕こうとする。銃弾を纏う風はカマイタチの如く。大樹の頬や腕が引き裂かれるが、両目は一切閉じることはなかった。

 

 

「【神の領域(テリトリー・ゴッド)】!」

 

 

ガチンッ!!

 

 

嵐の弾丸が大樹の目前で軌道を変える。神の守りは弾丸の軌道を逸らし、後方に飛んで行ってしまう。

 

あの攻撃を正面から受け止めていれば確実に守りは貫かれた。守りを警戒していた慶吾も、【神の領域(テリトリー・ゴッド)】ぐらい貫く自信はあった。

 

しかし、大樹は弾丸の軌道を逸らす僅かな角度を読み切り、守りを展開した。針穴に糸を通すような生易しい難易度ではない。

 

 

ガチンッ!!

 

 

大樹の刀と慶吾の銃が火花を散らしながら衝突する。歯を食い縛りながら睨み合い、

 

 

「貴様ッ……五感の制御をッ!」

 

 

動きに追い付くことができなかったはず大樹。慶吾には大樹が何をしたのかすぐに分かった。

 

直感で弾丸を受け流すことは不可能に近い。確実に流す為には『見切る』必要がある。その為に集中したのだ。

 

―――五感の内、視覚以外を捨てて。

 

 

「ッ!!」

 

 

五感のほとんどを失った状態での衝突はあまりに危険で無謀だった。力加減を間違えればすぐに隙を突かれ、一瞬で敗北する可能性だってある。

 

それにも関わらず、大樹は攻めることをやめなかった。

 

 

「こんのぉ!!!」

 

 

ガスッ!!

 

 

手元だけに集中してしまっている慶吾に、大樹はガラ空きになっていた額に頭突きする。互いの額から鮮血が飛び散り、顔を歪める。

 

 

「ッ……!?」

 

 

大樹のペースに呑まれると危険を察知した慶吾は一度距離を取る為に大樹の腹部を蹴り飛ばした。

 

蹴り飛ばされた大樹は何度か地面をバウンドして転がされるが、すぐに立ち上がり刀を構える。慶吾は呼吸を整え、流れた血を拭う。

 

 

「同じ手に引っかかるなんて……油断し過ぎじゃないか?」

 

 

「……黙れ」

 

 

「俺が追い付けないって? 絶対に追い付けないなら、どうしてお前は焦る必要がある?」

 

 

「ッ……」

 

 

慶吾の額から流れたのは血だけではない。焦りで流れた、汗もだった。

 

嫌なことを指摘されたせいで慶吾の頭に血が上る。

 

 

「【暴君の大虐殺(デスポート・メツェライ)】!!」

 

 

禍々しい漆黒のオーラを纏った慶吾。超速度による猛連撃を繰り出そうとするのは分かっている。

 

どれだけ見たことのある技でも、見切ることは不可能だと慶吾は確信している。だから使ったのだ。

 

 

(その自信満々な態度をブチ壊す! 姑息な手段も使わず、真正面から堂々と!)

 

 

戦いの流れを変えるにはここしかない! ボロボロになった体に鞭を打ち、大樹は待ち構える。

 

 

「剣術式奥義、【無限の構え】」

 

 

両手で刀を地面に突き刺し、思考を忘却する。

 

ここから先は剣の道―――無限へ至る為の戦い方。『極めれば斬れぬモノも斬れる』と称された究極の技。

 

一撃も許さない完全で完璧で、絶対の守りを見せつける。

 

 

ゴオォッ!!

 

 

そして、慶吾の拳が大樹の腹部に当たろうとした瞬間、

 

 

「―――【刀流導(とうりゅうどう)】」

 

 

ビシッ!!

 

 

大樹は突き刺したまま刀の柄で慶吾の拳を虚空へと受け流した。

 

受け流された慶吾の手は全く痛みを感じない。それもそのはず、まるで手を振り払うかのような動作で大樹は攻撃を避けたのだ。

 

続けて慶吾の連撃が始まる。次々と拳を大樹にぶつけようとするが、

 

 

パシッ、ビシッ、カッ、

 

 

右手、刀の柄、鞘と弱々しい力で受け流されてしまう。

 

地面に突き刺した剣を軸に、最小限の動きと動作で戦っていた。

 

先程まで圧倒的な力でねじ伏せていたにも関わず、今は覆していた。

 

 

(馬鹿なッ!? 何故反応できる!? 何故受け止めれる!?)

 

 

音速を越える弾丸も、岩石を粉々に砕く拳も、大樹の刀や手に当たれば何もかもが無へと還る。

 

人間が反応することのできない素早い攻撃にも対応し、どこにも流すことのできない力を霧散させる。虫の息だったはずの奴が、まるで復活したかのような動きに変わっていた。

 

 

「どうだ? 俺の自慢のオトンの剣は?」

 

 

「……いつまでも耐え続けれると思うな」

 

 

「耐え続けれる。それが、【無限の構え】だ」

 

 

傍から見れば大樹は今にも死にそうな姿に見えるだろう。だがこのまま戦い続けても、その血だらけの体は決して崩れ落ちることはない。

 

一切の無駄な動きを消失し、あらゆる全ての行動を最小限―――ゼロに抑えた動きをする構え。

 

例え僅かな体力でも、疲労することのない戦い方をすれば、胸に諦めない意志がある限り、彼は戦える。

 

 

「本気で来ないなら俺は構わない。本気を出す前に、お前をぶっ倒す」

 

 

「何度も言わせるな。その体では不可能だ」

 

 

「その不可能を可能にするのが俺だ。そして、俺の剣だ」

 

 

大樹の声に反応するように突き刺した刀が神々しく輝き始める。嫌な予感がした慶吾は急いで距離を取ろうとするが、一歩遅かった。

 

 

「この俺が反撃しないと思ったか? 馬鹿め、お前の攻撃は受け流していない。全身を循環させて、刀に乗せていることに気付かなかったか!?」

 

 

大きく前に踏み出しながら勢い良く刀を引き抜く。刀に流し込まれた力を爆発させるように【神刀姫】は更に輝きを増した。

 

―――刀に流し、力を導く。その次はどうするか。

 

 

「【刀解斬(とうかいざん)】!!!」

 

 

―――刀の力を解放し、敵を斬る。

 

剣の頂きに辿り着いた者が編み出した技。見えない先を、無限の道を目指した剣術。

 

 

ザンッ!!!

 

 

白い光の太刀が振り下ろされる。突然の反撃に慶吾はあらゆる攻撃で相殺しようとするが、

 

 

「【残酷な雪崩(グラオザーム・ラヴィーネ)】! 【邪悪な暴風(シュトゥルムベーゼ)】!! 【死すべき運命の炎(シュテルプリヒ・フランメ)】!!!」

 

 

邪神の力を出し切り、光の太刀を消そうとするが全ての弾丸は光に呑まれた。

 

光が弱まる様子は一切見えない。あの攻撃はただの剣術ではない。何かしら神の力を組み合わせた一刀だと見抜くが、思考は途切れる。

 

 

グシャッ!!!

 

 

「があぁッ、がはぁッ!!??」

 

 

致命的な一撃が慶吾の体に刻まれる。光の太刀は数千メートル先まで斬撃波を飛ばし、慶吾の体も吹き飛ばしていた。

 

 

(クソッ、全身が痺れてッ……神の席に座ってなけりゃ逆に俺が死んでいたぞ……!)

 

 

最強の一撃の代償に大樹の体は酷い痺れを残していた。

 

まるで全身の骨が凶暴な獣に噛み砕かれているような痛み。脳は絞め上げられて意識が飛びかけた。

 

呼吸を乱しながら斬撃波を飛ばした方向を見る。今の一撃は確実に当たった。死んではないと思うが、重傷まで追い込んだはず。

 

 

「はぁ……はぁ……くぅッ、【神の加護(ディバイン・プロテクション)】」

 

 

再び神の力を発動するが、限界が来ていることは変わらない。

 

 

「―――ごふッ……!」

 

 

赤黒い血を吐き出し、髪は生気を感じさせない汚い白色に変わり果てる。これが回復する方法だと誰も思わないだろう。

 

視界がまたぼやける。口の中で感じていた鉄の味は消え、全身の神経が死にそうになっているのが分かる。

 

 

「ッ……少しくらい休憩させろよな……!」

 

 

危険を感じ取った大樹は急いで刀を地面に突き刺して【無限の構え】をする。

 

ゆっくりとした足取りで近づくのはもちろん慶吾だ。

 

周囲に死の黒煙を撒き散らし、引き裂いたはずの体には大きな傷はあるが、不自然に出血は止まっている。

 

刻まれた赤黒い紋章のおかげなのか分からないが、憎しみの表情を見せながら慶吾は歩いている。

 

 

「……やってくれたな。今のは半分以上の悪魔が死んだ」

 

 

「身代わりか。お前一人じゃ耐え切れない一撃だったのか?」

 

 

「挑発のつもりか? それならこう返す」

 

 

不敵な笑みを見せた慶吾は新たに血のような赤黒い銃を握り絞める。慶吾の纏っていた空気がガラリと変わる。

 

今までとは違う、本気で殺しに来ると大樹は警戒する。

 

 

「【幻覚(ハルツィナツィオーン)】!」

 

 

ガギィンッ!!

 

 

勢い良く走り出すと同時に両手に握り絞めた銃の引き金を引く。歪な音を出しながら目の前で銃弾同士が直撃すると、慶吾の後ろから分身が何百と出現した。

 

いつもの調子なら偽物と本物の区別程度、一瞬で可能なのだが、

 

 

(何だ今の音ッ!? 頭の中がッ!?)

 

 

脳内で巨大な鐘を鳴らされたかのような酷い音が響いた。

 

戦いに集中しなければいけない状況にも関わらず、大樹の集中力は一気に削られてしまった。

 

 

「くぅッ!?」

 

 

見分けの付かない分身の攻撃を避ける。実態があるかどうかも分からないまま、とにかく攻撃を避けようとした。

 

 

ゴッ!!

 

 

「がぁ!?」

 

 

突如後頭部に鈍痛が走る。顔は地面に叩き落とされ、そのまま追撃に腹部を思いっ切り蹴り飛ばされる。

 

転がりながら態勢を立て直そうとするが、休む暇も無く分身が攻撃を仕掛けて来るせいで直せない。

 

 

(惑わされるなッ……本物を見逃すんじゃねぇ……!)

 

 

見ている光景は全て『幻覚』だ。あの時、後ろには誰もいないはずなのに後頭部に攻撃を受けた。嘘の世界を見せられているのは明白。

 

耳の奥に釘を刺されたような痛みが止まらない。あの銃弾のぶつかり合い―――そこから推測される一つの可能性に大樹の行動は決まる。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

左手に握り絞めたのは【神銃姫・炎雷(ホノイカヅチ)】。そのまま自分の顔の横まで移動させ、引き金を引いた。

 

銃声で鼓膜が弾け飛びそうになるが、脳の痺れが僅かに薄れていた。襲い掛かろうとする慶吾の幻影もいくつか消えて、幻覚を解く手前まで来ている。

 

 

(銃弾同士のぶつかり合いで生じた『音』による脳へのダメージ! ただの強烈な『酔い』だ! 醒めれば反撃ぐらい―――!)

 

 

「もう遅い!!」

 

 

ガギィンッ!!

 

 

再び頭の中で巨大な鐘を鳴らされたかのような酷い音が響く。視界が一瞬だけボヤけると、幻影の数が先程より増えていた。

 

このままでは二度と醒めなくなる。終止符を打とうと慶吾は銃口を大樹に向けようとする。

 

 

「ッ!?」

 

 

突如上空から一筋の赤い光が降り注いだ。慶吾の動きは止まり、頭を抱えた大樹の頭部を光は貫いた。

 

頭部から血などは噴き出さず、外傷は見当たらない。だが変化は起きた。

 

白くなっていた髪は赤みを帯び始め、緋色へと輝き始める。そこで慶吾は気付くだろう。

 

 

「『緋弾』か……」

 

 

額から緋色の炎が燃え始め、刀身や銃から緋色の炎が燃え移り始めた。

 

頭の中を(むしば)んでいた悪い物が焼却されるのが分かる。緋色の炎は体の怪我まで治そうと傷口にまで燃移っている。

 

 

「右刀左銃式、【臨界点・(ぜろ)の構え】」

 

 

緋色の力を込めた弾丸を何百発と放つ。弾丸が空中で飛んでいる間に、神すら捉えきれない斬撃を一閃する。

 

 

「【終焉(ラスト)(ゼロ)】」

 

 

キンッ……

 

 

抜刀していた刀を鞘に戻すと、斬られた弾丸は強烈な爆散を引き起こす。

 

緋色の炎が空間一杯に燃え盛り、全ての幻影を一斉焼却した。皮膚を焦がすかのような熱風が巻き起こり、視力を失ってしまうかのような瞬きを見せた。

 

 

「チッ!!」

 

 

「そこだぁ!!」

 

 

ガギンッ!!

 

 

業火の中を強引に突き進んで来た慶吾。二丁の銃と刀が交差する。

 

近距離で撃たれる銃弾を右手の銃弾で撃ち落し、身を翻して紙一重で避ける。隙が生まれるまで反撃を待った。

 

幻覚(ハルツィナツィオーン)】が破れたせいか慶吾の攻撃には焦りが見える。刀をグッと握り絞めたまま、憎悪に満ちた瞳から目を逸らさない。

 

 

キンッ!!

 

 

「ッ!!」

 

 

一瞬の隙を突いて大樹が地面に刀を突き刺した。再び【刀流導(とうりゅうどう)】を発動させると予感した慶吾は急いで距離を取る。

 

だが『後ろに下がる』という行為は、大樹が狙っていた行動だった。

 

 

ダンッ!!

 

 

なんと突き刺した刀を放置し、距離を取る慶吾に向かって走り出したのだ。【無限の構え】を露骨に警戒していたことが仇となった。

 

すぐに大樹の行動を止める為に銃弾を何発も撃つが、既に地面に突き刺した刀とは別の刀を握り絞めている。

 

次々と漆黒の弾丸を撃ち落としながら徐々に距離を詰める。そして緋色の炎を纏った右手の刀は轟々と激しく輝き燃える。

 

 

「【緋寒桜(ひかんざくら)】!!」

 

 

一刀を振るった瞬間、常人の耳では聞き取れない超爆音が空間に広がった。

 

人の想像どころか、神の創造を越える超巨大な緋色の火柱が二人を包み込んだ。

 

全ての神が下す鉄槌の一撃より遥かに重い。爆風を一瞬でも肌に当たれば灰になる熱量。一帯の空気が炎によって一気に死滅した。

 

 

「はぁ……はぁ……!」

 

 

刀を振るうと同時に大樹は【神の領域(テリトリー・ゴッド)】を発動していた。この結界の外側は空気のない世界が広がっている。いくら大樹でも酸素が無い空間では生きて―――宇宙で戦った経験を思い出す―――いけない……とは言えない……と思う。

 

 

(確実に当てた。これで終わってくれたら楽だが……!)

 

 

息を切らしながら前を見る。黒煙の中から感じる禍々しい気配は強まっている。

 

 

「がはッ……かふッ……!」

 

 

目に映った光景に驚愕する。空気が燃え尽きた世界で、奴は生きている。

 

黒焦げた半身の上から紅い紋章が何度も点滅を繰り返す。生きろ、生きろと心臓のように点滅を繰り返している。

 

 

「楢原ぁ……大樹ぃ……!」

 

 

焼き爛れていた顔が黒い煙に包まれると再生を始める。結界の外で呼吸ができていることが理解できなかった。

 

 

「『肺』を燃やした程度で、俺を止めれると思うな!! この身は既に、邪神と同体だ!」

 

 

「ッ……人間をやめてまで俺を殺したいのかよ!」

 

 

「当然!! 貴様の亡骸(なきがら)を足で粉々に踏み潰すまで、この復讐は終わらない!」

 

 

復讐を叫びながら慶吾は再び両手に銃を握り絞める。大樹も刀と銃で対抗しようとするが、

 

 

「【復讐者の呪い(レッヒャー・フルーフ)】!!」

 

 

慶吾の体に刻まれた紅い紋章が蠢き、形を変え始める。炎で黒焦げた部分を覆うように悪魔の紋章を描く。

 

肉が軋む嫌な音を立てながら焦げた腕を再生させるが、同時に自分の体にも異変が起きる。

 

 

「うぐぅ……がああああああぁぁぁぁ!?」

 

 

突然の激痛に握り絞めていた刀を地面に落としてしまう。自分の右腕を見れば、赤黒い紋章が刻まれていた。

 

 

(今度はそういう攻撃かよ……!?)

 

 

先程から対処し辛い攻撃ばかりだ。今度は自分の痛覚を敵にも与える呪い。

 

即座に右腕を斬り落とそうと考えたが、不用意に【神の加護(ディバイン・プロテクション)】を使えないせいで実行できない。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「ぐぅ!?」

 

 

腕を切断しないことを良い事に慶吾は攻撃を続行。銃声と同時に腕にまた痛みが走る。銃弾は当たっていないのに、腕に弾丸が貫かれたような痛みだった。

 

前を向けば慶吾が銃を自分の腕に撃っていたのを目撃する。額から汗を流しながら、狂気的な笑みを見せていた。

 

 

「痛ぇだろうが……!」

 

 

「そうだ、その顔だ。お前の苦しむ顔が、俺は見たいから悪魔に魂を売った!」

 

 

奇想天外、常識破りな戦い方をする大樹とは違い慶吾は狂気的な戦い方になりつつあった。

 

我が身を犠牲に敵を攻撃する―――何の躊躇いもなく。

 

 

「双葉を傷つけたお前が許せなかった。双葉を変えたお前が大っ嫌いだった。お前が笑って生きていることが憎かった!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

再び銃弾を自分の腕に撃ち込む。激しい痛みが腕に走るが、大樹は慶吾を睨み付けたまま倒れない。

 

 

「何故だ!? 何故お前なんかの為に、双葉は傷つけられなきゃならないんだ!?」

 

 

「……お前の言う通り、俺は双葉を傷つけた」

 

 

あっさりと罪を認める大樹。だが、彼の目は強い意志の炎のような光が宿っていた。

 

 

「他人を理解しようとせず、嫌な奴だと、最低な奴だと周囲の人間を勝手に決めつけて……双葉を巻き込んだしまったことは今でも忘れられない。だけど!」

 

 

ゴオォ!!

 

 

「―――――」

 

 

呪いを刻まれた大樹の腕が黄金色の炎に包まれる。浄化するように紅い紋章がゆっくりと消えていく。

 

あらゆる奇跡を跳ね返すはずの【復讐者の呪い(レッヒャー・フルーフ)】を無効化されたことに慶吾は言葉を失う。

 

 

「世界を巡って俺は変わった! そして変えて見せると誓った! いつまでも過去に囚われ続けるお前なんかに負けねぇよ!」

 

 

「貴様ッ……!」

 

 

「そして教えてやるよ。あの時―――双葉が命に代えてお前を救ったことを!」

 

 

「お前が双葉を気安く語るなあああああァァァ!!!」

 

 

叫び声を上げる慶吾の背後から数百を越える漆黒の拳銃が出現する。怒りを吐き出すように、怒涛の攻撃を繰り出した。

 

 

「【拒絶する世界(ヴァイガーン・ヴェルト)】!!」

 

 

白い世界を塗り潰すように、銃口から放たれた無数の弾丸。一発一発が命を狩り取る死神の鎌。どれだけ強靭な魂でも、邪神の前では屈服するしかない。

 

だが、神に選ばれた最強の男なら話は違う。

 

 

「剣術式奥義、【無限・極めの構え】」

 

 

「何ッ!?」

 

 

既に彼は数え切れない程の限界を越えて来た。どんな状況でも、この土壇場でも、彼の強さは無限そのもの。

 

才能から生まれた強さではない。ここまで最強を開花することができたのは―――いつも想う人がいたからだ。

 

 

「―――【刀流導(とうりゅうどう)(あらため)】」

 

 

ダンッ!!

 

 

逃げ場のない弾幕へと疾走する。慶吾を倒す為に、前へ。

 

大樹の気迫に慶吾は思わず一歩下がってしまう。そして自分が恐れたことに苛立つ。

 

 

「無駄だ! 神を喰らう邪神の力に敵うわけがない! そのまま砕け散れ!!」

 

 

更に銃の引き金を引いて火力を上げる。凄まじい破壊力を秘めた弾丸に、大樹は刀一本で挑む。

 

 

パシッ! ガギンッ! ビシッ! キンッ!

 

 

信じられない光景を目の当たりにする。刀は地面に突き刺さず、前へと走っていたのだ。

 

全ての弾丸は刀を砕くのに十分な力を秘めていた。なのに、刀は折れるどころか欠けることもない。

 

大樹に向かって放たれた銃弾は華麗に受け流され、体に傷一つ付けることなく後方へと流れる。

 

 

「馬鹿なッ……何故だッ……!?」

 

 

圧倒していたはずの状況が、完全に逆転されていた。相手はボロボロで回復する力も無いはずなのに、慶吾の頭には『敗北』の文字が過ぎり始めていた。

 

もう少しで大樹の間合いに入ってしまう。このまま()()()()()()ながら攻撃を続けて―――!

 

 

(下、がる……!?)

 

 

瀕死の敵に対して取る行動ではない。それは慶吾の持つプライドが許さなかった。

 

静かに握り絞めていた二丁の銃を地面に落とす。そして、狙撃銃のような真紅の長銃を生成した。

 

 

「殺す……ここで、終わらせるッ!!」

 

 

「ッ!」

 

 

鋭い殺意を肌で感じ取った大樹は弾丸を【刀流導(とうりゅうどう)(あらため)】で受け流しながら慶吾の異変に気付く。

 

絶対に避けるべきだと本能が叫んでいる。それでも、前に踏み出さなければならない。

 

救うと決めた大樹の矜持が逃げることを許さない。握り絞めた刀に力を流し込む。全身を循環させ、神の力も上乗せした必殺の一撃の為に。

 

 

「【狂気の災い(フェアリュックトハイト・ユーベル)】!!!」

 

 

「【刀解斬(とうかいざん)蒼天(そうてん)】!!!」」

 

 

ドゴンッ!!! ガギンッ!!!

 

 

銃声と共に亡者の叫び声が轟く。邪神の供物となった魂が大樹の命を貪ろうと襲い掛かる。

 

白い光の刀の先に真紅の銃弾が衝突した瞬間、自分の両腕が赤黒く腐り始めた。

 

このまま骨まで腐り、折れてしまえば一瞬で死ぬ。心が恐怖で染まり切りそうになってしまう。

 

 

「ぐぅ……がぁッ……!!」

 

 

「潰れろぉ! 潰れろおぉ! 潰れろおおおおおぉぉぉ!!!」

 

 

真紅の銃弾から悪霊が勢い良く溢れ出す。大樹の全身を強く掴み、噛み付き、命を奪おうとしていた。

 

 

「……ぅ……がッ……!」

 

 

だが大樹の命を奪うことはできない。

 

右手を刀身に置き、さらに力を入れる。それでも押し返せないなら、

 

 

「終われるわけがぁ、ねぇだろうがああああああァァァ!!!!!」

 

 

ガギンッ!!!

 

 

獅子の咆哮より轟く声音。大樹は自分の額を刀身にぶつけ、全ての力を注ぎ込んだ。

 

既に致死量を越えたはずの鮮血が宙を舞う。死んでいるはずの魂を燃やしながら邪神の力に牙をむく。

 

 

バギンッ!!!

 

 

「ッ!?」

 

 

【神刀姫】の刀身が折れると同時に必殺の弾丸が砕け散る。亡者の叫びも消え、大樹は慶吾の攻撃を押し返した。

 

信じられない光景に動きが止まってしまう慶吾。その一瞬で無残な体を酷使して大樹は前へと距離を詰める。

 

 

「くッ―――【狂気の―――】」

 

 

「遅ぇ!! 二刀流式、【紅葉(こうよう)神桜(かみざくら)の構え】!」

 

 

腐り切った腕は―――まだ微かに動く。全身の力を腕に注ぎ込み、限界を越える。

 

瞬時に両手に新たな【神刀姫】を展開。握り絞めると同時に逆手に持った刀を十字に構え、一点に全身全霊の一撃を集中させる。

 

 

「―――【双葉(そうよう)双桜(そうおう)】!!」

 

 

グシャッ!!!

 

 

桜色の斬撃に慶吾の血が混ざり飛び散る。慶吾の体ごと真紅の長銃を破壊した。

 

たった一撃で身代わりの悪魔が全て死に絶え、致命的な傷を負わせた。勢い良く後ろに吹き飛び、慶吾の意識は朦朧(もうろう)としていた。

 

 

「ぐぅ……がはッ……はぁ……はぁ……!」

 

 

口に溜まった血を吐きながら立ち上がろうとするが、膝に力が入らない。床に手を付けたまま、大樹を睨み付けた。

 

 

「はぁ……はぁ……ぐぅッ……はぁ……!」

 

 

刀を地面に突き刺し、重い体を支える。全身からおびただしい量の血を流す大樹は虫の息。

 

お互いが息を荒げながら睨み合う。自分から攻撃を仕掛けようとはしない。

 

均衡が破られない内に、大樹は口を開いた。

 

 

「双葉の死因……」

 

 

「何?」

 

 

「お前は、双葉の死因を知っているか?」

 

 

質問の意図が分からない。困惑した慶吾は口を開けなかった。

 

双葉の死因。それは自分が彼女を押し、本棚の下敷きにしたことだ。

 

本棚の下敷きになった双葉を、ゆっくりと血が床を浸透する時間を、自分の首を絞めながら後悔したことを鮮明に覚えている。

 

 

「双葉を殺したのは自分だと言ったな。お前は都合の良いことになっていたと口にしていたな」

 

 

怒りを含んだ低い声音。大樹は腐り切った手をグッと握り絞める。

 

 

「ふざけるなよ馬鹿野郎がッ。アイツの死因が自殺になったことにおかしいと思わねぇのかよッ」

 

 

「何が……言いたい……!?」

 

 

「まだ分からねぇのか……双葉は自殺したって言っただろ。警察が部屋を調べて『他殺』と判断せず、『自殺』と断定した。それだけ部屋は『自殺』だと自然な形だったと思わないのかよ」

 

 

「馬鹿な……いや、そんなことはッ!?」

 

 

そこまで口にすると、慶吾は察してしまった。大樹が何を伝えたかったのか。

 

目を見開き、手を震わせる。言葉にならない消えた感情が膨れ上がろうとしていた。

 

 

 

 

 

「―――お前は双葉を殺していない。双葉が、自分の意志で死を選んだんだ」

 

 

 

 

 

慶吾の中で、何かが壊れるような音が響いた。

 

 

「黙れッ……!」

 

 

「アイツは自分の意志で縄で首を絞めたんだよ! 他殺だと思われないように、お前が殺したとバレないように!」

 

 

「黙れ黙れ黙れッ!!」

 

 

「それがどれだけ怖いことかお前に理解できるか!? どれだけ人を深く愛せても、とても容易にできる行為じゃないくらい分かるだろ!? アイツの思いに気付いてやれよッ!!」

 

 

それが双葉の死の真相。義理の弟を守る為に命を絶った。

 

慶吾は頭を抑えながら苦しむ。血に濡れながら彼女は偽装工作をしたことを想像してしまう。

 

そして―――慶吾は愚かな勘違いをしていたことを後悔してしまった。

 

 

「ああああああああぁぁ!! もうッ、黙れよお前ぇ!!」

 

 

怒りに火が点くように叫び声を上げながら黒銃を握り絞める。そのまま大樹の眉間を狙おうとするが、

 

 

「どれだけ辛いことから逃げても、必死に目を逸らそうとしても、心のどこかで残っちまうんだよ」

 

 

「俺は逃げてない! 記憶を無くして過去から背いたお前とは違う!」

 

 

「ああ! 俺はお前とは違う! でもな、最低野郎なのは同じだ!」

 

 

ガキュンッ! カキンッ!

 

 

我を忘れるほど憤怒しているせいか、邪神の力があまり込められていない弾丸が大樹を襲う。針玉を握り潰すかのような痛みに耐えながら鉛のように重い腕を振り上げ、剣で銃弾を斬る……が、腕の力が足りずに手から剣が落ちてしまう。

 

それでも、大樹は伝えなければならないことを叫び続ける。

 

 

「俺たちはもっとッ……双葉のことを、『知る』べきだったんだッ!!」

 

 

「ッ……!?」

 

 

「双葉が好きな物で良い! 趣味でも本でも、苦手な物で良い! もっと知るべきだったんだよ! そして彼女の隠していた思いをッ、覚悟した意志をッ、伝えたい気持ちをッ……!」

 

 

あの桜の木の下で見せた双葉の涙が脳裏に過ぎる。たった二文字の『好き』だという言葉をお互いに伝えるのにどれだけの時をかけ、どれだけの世界を渡り歩いたか。

 

そして、その思いが報われないことの悲しさを大樹は知っている。だから二度と、知らないままでは終わらせたくない!

 

 

「『知る』んだよ!! 知らなきゃ何も始まらねぇ! 知らずに全部終わらせようとするな! 多くある世界のことを! 多くの人たちを! 俺たちが前に進むには必要なことなんだ! 真実から逃げてんじゃねぇよ宮川 慶吾!!」

 

 

「偉そうな口を利くな!! それを知ってどうする!? 双葉の思いを知って、何が変わる!?」

 

 

再び銃口を大樹の額に向ける。今度は威力が落ちないように邪神の力を込め、引き金を引いた。

 

 

グシャッ!!

 

 

「なッ!?」

 

 

「ぐぅおおおおおおぉぉぉぉ!!!」

 

 

腐り切った左腕を盾にしながら前に向かって走り出す。そんな力があるはずがないのに、大樹は戦おうとしていた。

 

 

「変わるに決まっているだろ! 俺は知った! 知ったからここに立っているんだ!」

 

 

「くッ!?」

 

 

右腕を大きく振りかぶり力をグッと込める。動揺していたせいか慶吾の防御が遅れてしまう。

 

ボロボロで脆い拳だろうが、体の限界だろうが、そんなことはどうでもいい!

 

ありったけの思いを乗せて、奴に撃ち込むだけで十分だ!

 

 

「双葉が願っているはずがねぇ! お前の不幸を、傷付く事を! 幸せを願っていることくらい分かれよ!!」

 

 

血が出る程歯を食い縛り、大馬鹿野郎の顔面に向かって拳を振るった。

 

 

「世界の為だけじゃない! 好きな女の子の為だけでもない! 俺はぁッ―――!!」

 

 

目を覚まさせるために、幼馴染が流した涙のために、知った思いのために、大樹は叫ぶ。

 

 

双葉(アイツ)が自分の命を懸けて守ったッ、馬鹿な弟を救う為に戦ってんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおォォォォォォ!!!!!!!

 

 

ドゴォオンッ!!!!

 

 

それは今までの攻撃の中で一番弱い攻撃だった。

 

大樹の渾身の一撃は慶吾の顔面に叩き付けられた。だが神の力も出せてない、人の出せる力の拳だ。

 

天界に来る途中の悪魔に傷を負わせることのできないひ弱な拳。

 

 

「ッ―――――」

 

 

だが、慶吾には強烈な一撃となっていた。

 

殴り飛ばされ地面を何度も転がる。両手から銃が落ち、呼吸が激しく乱れた。

 

朦朧(もうろう)とする意識の中、彼は()()()

 

 

「うぐッ―――――!」

 

 

遂に大樹も限界に達してしまい、そのまま前から崩れ落ちてしまう。

 

両者が倒れた状況の中、沈黙は続く。呻き声だけが静かに響いていた。

 

 

(やべぇ……意識が……!)

 

 

既に数え切れない程の限界を越えた戦いを繰り返している。意識は闇に落ちる直前。

 

衰弱しているせいで神の力だけでなく緋色も精霊も、【神刀姫】すら出せない。

 

両腕は腐り落ち、肩まで腐敗が進んでいる。辛うじて両足が付いているのは奇跡だが重傷だ。

 

 

(これで、終わってくれ……)

 

 

そう願いながら(まぶた)が落ちようとした時、

 

 

 

 

 

「―――【究極悪神器(レメゲトン)】」

 

 

 

 

 

ドクンッ……!

 

 

世界を破滅する鼓動が、低く響いた。

 

とてつもない憎悪に溢れた力に大樹は顔を上げる。そこには禍々しいオーラを纏った黒い大剣が地面に突き刺さっていた。

 

操り人形のように歪な動きで慶吾は立ち上がり、片手で握り絞めていた。

 

 

「なんだよ……それ……!?」

 

 

今までの物とは比べものにならない桁違いの悪意。大樹の直感が悲鳴を上げるほどアレは危険だと分かる。

 

全てを貪り、喰い尽し、殺戮を繰り返す。そんな悪を固めた最悪そのものだ。

 

 

「これが、世界を終わらせる剣―――冥界剣『ツェアファレン』」

 

 

三メートルを越える漆黒の両手剣。慶吾はゆっくりと地面から引き抜いた。

 

刀身に血を流せば喜び、肉を斬らせれば笑う。憎悪と憎悪、憎悪だけを取り込んだ悪の根源と言える剣。

 

大剣から邪神の力を受け取ると、嫌な音を立てながら慶吾の傷が回復していく。

 

 

(届かなかった……届かなかったのかよ……!)

 

 

これ以上、戦う力は残っていない。完全な圧倒的敗北に大樹は言葉が出ない。

 

刀を握ることすら、立つ事すら、敵意を向けることすらできない。何もできない現実に、静かに涙を流した。

 

 

(どうしてッ、どうしてだよッ……俺を殺したいくらい双葉を思っているなら、その心に響いているはずだろ……!)

 

 

後方から封印された【冥界の扉】が激しく音を立てていた。

 

鎖が壊れた今、世界が終わるのは時間の問題。もう打つ手がない大樹は心が折れ、諦めてしまった。

 

 

「もう引き返すことはできない。世界は終わらせる。終わらせる覚悟を決めて、俺はここまで来たんだ」

 

 

揺れる視界に朦朧とする意識の中、慶吾の声が聞こえる。

 

 

「……既に邪神が俺の体を蝕み、力にする為に食らう。そうすれば、世界は全て闇に呑まれるだろう」

 

 

「ッ……ちく、しょぉ……がぁ……!」

 

 

大剣から溢れ出す闇が天界を黒く塗り潰す。白い空間は不気味な漆黒へと変わり果てていく。

 

扉から悪魔の笑い声が、吐き出したくなるような不気味な咆哮が轟いている。耳を塞ぎたくなる状況の中、

 

 

ポタッ……

 

 

ほんの小さな水滴が落ちる音が大樹の耳に届いた。

 

顔を上げれば、信じられない光景を目にしていた。

 

 

「抗うことは、できない……ここで止まることは許されないッ。俺はぁ、世界を壊ッ……がああああああァァァ!!」

 

 

苦痛の叫び声を上げ、何かに抵抗するかのように大剣を落とそうとする。慶吾の不可解な行動は、ある意味を示していた。

 

彼の頬を伝い、地面に落ちているのは―――大粒の涙。

 

 

「黙れッ……黙れ黙れ黙れぇ! もう分かっているッ! だから頼むッ……楢原 大樹、俺をぉ……俺を殺せぇ……!!」

 

 

『やめろぉ!! 馬鹿な真似はするなぁ!!』

 

 

「ッ―――!!!」

 

 

扉の先から聞こえるのは邪神の声。必死に止めようとする声だ。

 

慶吾は頭を抱えながら発狂するように叫び声を上げる。次第に大剣から溢れ出る闇に呑まれていく。

 

 

「立てよぉ! お前の意志が本物だと証明しろぉ! ()()はもううんざりだぁ!!」

 

 

『何故だ!? 何故感情を取り戻して!?』

 

 

その瞬間、意識を覚醒させるかのように大樹の感情は爆発した。

 

 

 

 

 

「―――双葉の望んだ世界を、救ってくれぇ!!!」

 

 

 

 

 

グシャッ!!!

 

 

肉を押し潰すかのような音と共に慶吾の声は消えた。

 

闇の球体が慶吾を包み込み、中で蠢く。

 

 

『捨てろぉ!! お前に感情は不要! 破壊と殺戮を、それだけを考えていればいいのだ!』

 

 

グゥッ……!

 

 

その時、大樹の体が動いた。

 

限界を越え、絶対に立ち上がることのできない体のはず。なのに、彼は額を地面に当てながらグチャグチャになった足で立ち上がろうとする。

 

 

「いらないは、お前だクソ邪神ッ……!」

 

 

ゆっくりと、血塗れになった体を震わせながら立ち上がろうとする。

 

邪神は大樹の生命力にありえないと驚いていたが、両腕のない無様な姿に笑い声を上げる。

 

 

『クッハッハッハッハッ!! その体で勝てると思っているのか!? これは傑作だ! 神の席に座る者達は愚か過ぎて腹が痛いわ!』

 

 

「笑うんじゃ、ねぇ……!」

 

 

『愚か者を笑って何が悪い? 人間共は口では守ると言っておきながら脅威を目の前にすれば仲間を捨て逃げ、人質を取れば自分は見逃されると勘違いして素直に言うことを聞く。人質の犠牲になろうと前に立つ奴らは、死にかければ泣いて命乞いをする。正直者は馬鹿を見るとはッ……まさに人間が相応しい。クッハッハッハッ!』

 

 

人との繋がりを馬鹿にされたことに大樹は歯を食い縛る。腹の底から湧き上がる怒りは抑えきれなかった。

 

 

ドクンッ……ドクンッ……!

 

 

目を閉じれば心臓の鼓動音が聞こえる。自分が生きていることを何よりも証明してくれる。

 

そうだ、まだ生きている。生きているんだ。

 

 

「テメェは馬鹿にしちゃいけねぇことを笑った。その余裕、いつまで保っていられるか見物だな」

 

 

『何だと?』

 

 

アイツは最後の最後まで邪神に抵抗した。だったら俺も、こんな所で諦めて良いはずがねぇ!!

 

再び堅く決意し、前を向けば闇の球体から慶吾の姿が現れる。先程のような助けを求めた彼はどこにもいない。

 

 

「殺す……壊す……それが、俺のぉ……!」

 

 

「もう大丈夫だ。お前は、俺が止めて見せる」

 

 

―――慶吾の最後に見せた思いは、大樹の心に届いた。

 

それは人と人が『知り』、『繋がり』が生まれた瞬間だった。

 

 

『英雄ごっこはお終いだ!! 殺せッ!!』

 

 

「俺のぉ……望みだぁ!!!」

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!!

 

 

叫び声を上げながら慶吾が振りかざした大剣は地面に叩き付けられた。漆黒の空間が大きくひび割れ、天界中を震動させた。

 

強大な衝撃波が大樹に向かって襲い掛かる。避けることも耐えることもできない強烈な一撃に邪神は勝利を確信する。

 

 

「お前の意志……願い……全てを受け継ぐッ!!」

 

 

ダッ!!

 

 

両足に力を入れて前に向かって疾走する。血迷ったかと邪神は狂い笑うが、

 

 

ガリッ!

 

 

『貴様ッ!?』

 

 

飛び込んで噛み付いたのは慶吾の落とした黒銃だった。口内に激痛が走り、喉の奥から血が吐き出しそうになる。

 

だが、決して離そうとはしなかった。

 

 

(これが最後の戦いだ! だから……だから頼む!!)

 

 

銃から漆黒の光が溢れ出すと同時に衝撃波に呑まれる。

 

全身を引き裂くような激痛に耐え、両足が千切れて心臓が潰れても、大樹は意識を保っていた。

 

 

シュゴオオオオオォォォ!!!

 

 

星を砕くような一撃に一帯が荒れ果てる。今までの戦いが小さく思えるような強大な衝撃波だった。

 

 

「がぁ……はぁ……がぁ……はぁ……!」

 

 

『……くだらん。意味の無い抵抗程、興醒めなことはない。扉を壊せ』

 

 

息を荒げながら苦しむ慶吾に、邪神は扉を開けるように告げる。ゆっくりと扉に向かって歩き出す。

 

刹那———慶吾は命の危機を感じ取った。

 

 

ガギンッ!!!

 

 

「ッッ!!??」

 

 

「俺はいつだって期待を裏切るつもりはないぜ?」

 

 

即座に大剣を横に構えて防御する。紙一重で大剣は刀の攻撃を防いだ。

 

気配なく背後を取り、目にも止まらぬ神速の一刀。驚愕に慶吾と邪神の呼吸が止まるが、

 

 

ドゴンッ!!!

 

 

その直後、慶吾の腹部に強烈な弾丸が撃ち込まれた。強靭な肉体から血が弾け飛び、勢い良く後方に吹き飛ばされる。

 

 

『馬鹿なッ!? 何故ッ……何故生きている!?』

 

 

白銀の着物に身を包み、緋色の長い帯を巻いた大樹の姿に邪神は動揺する。神の衣である【神装(しんそう)光輝(こうき)】を身に纏っていた。

 

黄金の翼が周囲に舞い落ちる。神の力が復活していることを物語っていた。

 

 

「アイツが残してくれた銃には、俺たちの希望を残してくれたからだ!」

 

 

漆黒の刀身に白銀の紋章が刻まれた剣。それは【神刀姫】が進化した姿だ。

 

ただの刀ではない。慶吾の残した力と思いが刀に繋がり、響き、銃と一体化して『剣銃』になった。

 

絶対に交わることのないはずの力が奇跡の交差を果たした。長い刀身の横に長銃が組み合わさった最強の形。

 

 

「人との繋がりが俺に力をくれた! その証拠が―――【神刀姫・黒金(クロガネ)】だ!」

 

 

『そんな馬鹿なッ!? 邪神の一部を自分の力にできるはずが―――!?』

 

 

「お前なんかの力じゃねぇ!! アイツの力だ!!」

 

 

大樹の完全復活に危機感を持った慶吾は攻撃を仕掛けようとする。大剣で軽く地面を叩くと先程のような凄まじい衝撃波が大樹に襲い掛かる。

 

そんな攻撃に大樹は見ることなく【神刀姫・黒金】を横に振って衝撃波を相殺する。だが、

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!

 

 

即座に逆方向から衝撃波が大樹を包み込む。一撃目は囮だ。がら空きになった反対側から本命の二撃目の攻撃を仕掛けたのだ。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「ゴフッ!?」

 

 

しかし、ダメージを負ったのは慶吾だった。衝撃波の中から飛んで来た白い炎の弾丸に左肩を撃ち抜かれる。

 

すぐに邪神の力で回復するが、何が起きたのか理解できない。衝撃波に呑まれた大樹を睨み付けていた次の瞬間、

 

 

「―――【神刀姫・白金(シロガネ)】」

 

 

反対の手には白銀の刀身に真紅の紋章が刻まれた『剣銃』が握られていた。【神刀姫】と【神銃姫・火雷(ホノイカヅチ)】が融合した【神刀姫・黒金】と対になる武器。それが【神刀姫・白金】。

 

これで二刀流と二挺拳銃を同時に兼ね備えた最強の構えが完成した。大樹の闘志に点いた火がさらに燃え上がる。

 

 

「これが最後の戦いだクソ邪神! お前の思い通りには絶対にさせない!」

 

 

『貴様ッ……!』

 

 

英雄は再び立ち上がる。

 

最後に託された希望を握り絞め、慶吾に向かって刀を向ける。

 

全ての繋がりを断たせない為に、全ての思いを無駄にしない為に。

 

そして、愛する者の所に帰る為に負けるわけにはいかない!

 

 

 

 

 

慶吾(お前)も! 世界も! 皆も! 全て救ってハッピーエンドだ!!!」

 

 

 

 

 

―――全世界の未来を賭けた本当の最終決戦(ラスボス戦)は、ここから始まるのだ。

 

 

 



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英雄よ、全てを救え!


――最後の死闘。




―――全世界の命運を賭けた決戦が始まった。

 

神聖な力を持った神の一撃と邪悪な力を持った邪神の一撃。二つのぶつかり合いは歴代の神々の争いを凌駕(りょうが)していた。

 

 

「ぐぅッ!!」

 

 

「がぁッ!!」

 

 

ガギンッ!!!

 

 

大樹の二刀と慶吾の大剣が何度も交差する。まともに受け止めれば宇宙の星にでも押し潰されてしまうかのような剣の重さ。

 

新たに進化した【神刀姫・黒金(クロガネ)】と【神刀姫・白金(シロガネ)】を振りながら大樹は慶吾を睨み付ける。歯を食い縛りながら慶吾も冥界剣【ツェアファレン】で弾き返す。

 

 

ガギィンッ!!

 

 

互いに一歩も引かない。後ろに下がってしまえば永遠に前に踏み込むことができないと戦いの中で錯覚されてしまう。

 

刹那の油断も許されない。全神経を集中して、自分の持つ物全てを研ぎ澄ました。

 

 

「【無刀の構え】———【睡蓮花(すいれんか)】!!」

 

 

ゴッ!!

 

 

剣と剣が重なる瞬間、大樹の回し(かかと)蹴りが慶吾の側頭部に直撃した。視界が大きく揺れて足元がふらつくが、目を見開き敵を逃さない。

 

 

ドゴッ!!

 

 

大剣の柄が蹴った左膝を突く。タダではやられない慶吾の執念が生み出した反撃の一撃。

 

一度距離を取るのが定石だが、二人は攻撃を受けても引こうとしなかった。むしろ、

 

 

「「おおおおおおぉぉぉ!!!」」

 

 

ゴギッ!!!

 

 

雄叫びを上げながら痛みに耐え、両者の拳が腹部にめり込む。巨獣を屠る強烈な拳に二人の体はくの字に曲がり、後方に吹き飛ぶ。

 

 

ズザァ!!

 

 

空中で体勢を立て直しながら地面を滑る。慶吾が血を吐きながら前を向くと、

 

 

ガキュンッ! ガキュンッ!

 

 

体が逆さまになったまま、空中で【神刀姫・黒金】と【神刀姫・白金】の銃で追撃を仕掛けていた。舌打ちをしながら慶吾は大剣を地面に突き刺して盾にする。

 

重い衝撃を持つ銃弾に耐えながら反撃の隙を伺う。大樹が地上に足を付けた瞬間、慶吾は大剣を引きずりながら爆走する。

 

 

「【鋭撃(シュートス)】!!」

 

 

ゴオォッ!!!

 

 

大剣の剣先に邪神の闇が収束する。掴むことのできない光すら突き抜ける一撃が大樹に向かって襲い掛かる。

 

回避不可の絶大な攻撃に大樹は、

 

 

「剣術式奥義、【無限の構え】」

 

 

静かに目を閉じて武器を下に向ける。その行動に慶吾は馬鹿だと心の中で吐き捨てる。

 

慶吾の【鋭撃(シュートス)】は光と真逆にある闇そのもの。光を掴むことができないのであれば、闇もまた同じ。

 

人間どころか神すら不可能な理。防御に徹してダメージを可能な限り減らすのが正解なのだ。

 

 

「―――【刀流導(とうりゅうどう)廻光(かいこう)】」

 

 

ビシッ!!

 

 

「なッ!?」

 

 

慶吾の鋭い一撃は、空を突き抜けた。

 

二つの剣銃が大剣に触れた瞬間、透き通るように突き抜けた。大樹の体には傷一つ付けられていない。

 

 

(この短時間で技を進化させた……!?)

 

 

驚きを隠せない慶吾は身を翻して大樹を警戒する。そして信じられない光景は続く。

 

 

「【刀解弾(とうかいだん)】!!」

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!

 

 

次は大樹の番だった。銃口から数千を越える光の銃弾が慶吾に向かって雨が降り注ぐように放たれる。

 

慶吾には大樹のように闇を受け流すことはできない。当然、光もだ。

 

 

「ぐぅあッ!?」

 

 

無数の銃弾が全身を貫く。熱で焼かれるような激痛が走る。

 

大樹の力は邪神の力を押し潰している。傷はすぐに回復しているが、慶吾の表情には焦りがあった。

 

 

ダンッ!!

 

 

そして、既に大樹は光の速度で慶吾の目前まで移動していた。一瞬の油断がこのような結果を生み出す。【神刀姫・黒金】をゼロ距離からぶっ放そうとしてる。しかも、

 

 

「【神聖な新風(シュトゥルムハイリヒ)】!!」

 

 

煌めきを持つ猛風の鋭い弾丸が慶吾の体を吹き飛ばす。慶吾の力と大樹の力が組み合わさった技に邪神が怒り狂う。

 

 

『貴様ぁ!! 邪神を汚してタダで済むと―――!』

 

 

「何度も言わせんじゃねぇクソッタレ! これはお前なんかの力じゃねぇ!」

 

 

「ふざけるなぁ!!」

 

 

吹き飛ばしたはずの慶吾が叫びながら大樹の背後を狙う。回復を無視し、額から血を流しながら無理矢理攻撃を仕掛けようとしていた。

 

大剣を大樹の頭に向かって振り下ろす。常識破りの凄まじく重い剣を!

 

 

ガッッッギィン!!!

 

 

しかし、大樹は二本の刀をクロスさせて防いで見せた。地面に巨大なクレーターが生まれるが、腕すら折ることはできていない。

 

 

「馬鹿なッ!?」

 

 

「軽いな。軽過ぎるぜ慶吾!」

 

 

ガギンッ!!

 

 

大樹は糸も簡単に大剣を弾き返した。すぐにガラ空きになった慶吾の腹部を斬ろうとする。

 

 

(片手ッ……だと!?)

 

 

反撃するのは右手の一刀だけ。余りにも舐められた攻撃に慶吾は怒りを抑えきれない。

 

このまま大剣で受け流すことはせず、そのまま押し返してやると邪神の力を込める。

 

 

「おおおおおおォォォ!!!」

 

 

グシャッ!!!

 

 

だが大剣はまた簡単に弾かれてしまい、慶吾の腹部から血が噴き出した。

 

ありえない光景に慶吾と邪神の思考は凍り付く。そのまま慶吾の体に左手の拳が顔面に叩き付けられる。

 

 

「お前の剣には、重みが無いんだよぉ!!!」

 

 

ドゴッ!!

 

 

強烈な拳が炸裂した。地面に亀裂を生みながら慶吾の体は吹き飛ぶ。

 

圧倒されていることに危険を感じた慶吾は急いで回復する。今まで対等だったはずが、どうしてこのような追い詰められた状況になっているのか理解できない。

 

 

「剣に重みが無いだと……笑わせるな! 俺の復讐が、お前のような奴に……!」

 

 

「負けるに決まっているだろッ」

 

 

そう断言しながら大樹は前に進む。一歩。また一歩。確実に慶吾を追い詰めるように。

 

 

「俺がどれだけの思いを背負っていると思ってんだ! この剣には、星の数よりも多くの命が懸かっているんだ! 邪神程度の力で、この重さを越えれるわけがねぇだろうが!!」

 

 

様々な世界を転生して、いろんな人たちと出会い、大樹は成長し続けた。過去と向き合い、希望ある未来に向かって歩き出すこともできた。

 

その希望の未来を壊す? 冗談じゃない。

 

 

「もう二度と折れねぇぞッ。この剣も、俺の心も!!」

 

 

『くだらない! どれだけの人間が集まろうが絶対的な力の前では無意味! それを教えてやろう!』

 

 

「世界もろとも、潰すのが俺の目指す先だ! 邪魔をするなぁ!!」

 

 

封印された扉の先から邪悪なオーラがこちらに流れ込む。そのオーラを取り込むように慶吾の大剣に収束し始めた。

 

あの大剣が慶吾の持つ最後の武器。銃とは比べものにならない桁違いな憎悪を秘めていた。

 

禍々しい力が膨れ上がる。人を殺し尽くしたいと意志を持つように。

 

 

「お前を殺して全てを終わらせるッッ!!」

 

 

「終わらせるかッ! 世界はッ、俺が守るッ!!」

 

 

大樹の刀が神々しく輝き、慶吾の大剣は邪悪な闇に包まれた。

 

 

「【双葉(そうよう)双桜(そうおう)】!!」

 

 

「【極撃(シュラーク)】!!」

 

 

同時に前に踏み込み、剣が衝突する。その瞬間、嫌な予感がした。

 

 

バギバギバギバギッ!!

 

 

今まで押し負けることのなかった大樹の両腕が一瞬で粉砕した。

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!!

 

 

激烈な爆発が轟いた。互いが本気で振るった一撃は星々を砕くような破壊力。

 

その破壊力の中で、大樹と慶吾は辛うじて立つ事ができていた。

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……!」

 

 

「ふぅ……ふぅ……ふぅ……!」

 

 

『しぶとい奴めッ!? 生きていたのか!?』

 

 

呼吸を荒げながら両者は傷だらけになっている。慶吾の胸には深く斬り裂かれたバツ印の傷があった。

 

大樹の両腕の骨は粉々になっていた。むしろ骨が粉々になった程度で済んでいたことは奇跡だった。

 

慶吾の握り絞める大剣は常識破りな重さを持っていた。どうしてあの剣を持つことができているのか不思議で仕方なかった。

 

 

「ふぅ……! 俺の大剣を瞬時に避けたのかッ……!」

 

 

「何をッ……したッ……!」

 

 

「くはッ……単純なことだ。―――剣を()()()()

 

 

不敵な笑みを見せながら慶吾は大剣を軽々しく横に振るう。

 

 

「邪神の力で俺は剣の重さを一切感じない。だがお前にはこの剣の重さが分かるだろ? お前の思い程度ではひっくり返せない重さがぁ!?」

 

 

強く下唇を食み、押し負けた悔しさに顔を歪める。

 

その大樹の顔をさらに歪ませたい慶吾は、剣の秘密を告げる。

 

絶対に押し返すことはできない。それを、教える為に。

 

 

 

 

 

「【極撃(シュラーク)】の重さは、天文学的数字に到達するのだから!!」

 

 

 

 

 

「んなッッ!!??」

 

 

現実離れしたありえない桁数。それが今、目の前に存在するのだ。

 

どれだけの力を持っても、慶吾の大剣に勝つことができないことを実感させられてしまう。

 

 

「この場所が天界で幸運だったな! 地球程度なら簡単に砕けていた所だ!」

 

 

「……ハッ、俺が生きているんだ。地球はそんなに脆くねぇよ!」

 

 

「その余裕がいつまで続くか見物だなッ!?」

 

 

再び慶吾が攻撃を仕掛ける。跳躍して天文学的数字を持った大剣で大樹を潰そうとする。

 

受け止めれないなら避ければ良いだけの話。

 

だがその行動を慶吾が読まないはずがない。

 

 

「先程は()()の重さで振るった剣だ。今度は本当の重さを見せてやるッッ!!」

 

 

「テメェッ!?」

 

 

狂気的な笑みを見せながら慶吾の大剣が黒く光始める。大樹は狙いに気付き、避けることをやめた。

 

 

「まさかッ!? 天界を壊す気かッ!?」

 

 

「そのまさかだッ!! 全てを壊すと言ったはずだ! 【極撃(シュラーク)】!!」

 

 

全てを破壊し尽す邪神の大剣。その剣は天文学的数字に達した。

 

この下には愛する人たちが、失ってはならない仲間たちがいる。天界の崩壊に巻き込ませてはいけない。

 

 

(全力を出して押し返せるのか!? いや、無理だ!)

 

 

冷静に考えて不可能だと判断する。この不可能はどう足掻いても変えることはできない。

 

どれだけの状況を覆した大樹だからこそ、この状況の危険を一番理解していた。

 

無防備になった慶吾を倒した所で剣の重さは変わらない。だったら取る手段は一つ!

 

 

(可能な限り、威力を減らすしかねぇ!!)

 

 

例え自分が生きていても、守る物を守れていなきゃ意味が無い。それは自分の人生の中で最も大切なことだ。

 

これ以上、誰も死なせない! 原田を失った時から決意しているんだ。

 

 

「天界魔法式、【秩序支配神の世界翼(シルテムルーラー・ワールドフリューゲル)】!!」

 

 

世界を包み込むような巨大な翼が背中から広がる。邪神の力を弱めようとするが、ほんの僅かしか弱まっていない。

 

 

「小さい! 小さ過ぎるぞ、楢原 大樹!!」

 

 

「うるせぇよ!!!」

 

 

天空支配神の福音(ヘヴンルーラー・ゴスペル)】で超巨大氷山の一角や神災級の竜巻を大剣にぶつける。だが一瞬で氷山は砕け、風は消えて行く。

 

意味の無い攻撃が続いてしまった。それでも、大樹は止めることを諦めない。

 

 

双剣銃(そうけんじゅう)式、【四葉(よつば)の構え】!!」

 

 

両手に全ての力を注ぎ込む。強く跳躍して【悪神の真紅(クリムゾン・アジ・ダカーハ)】を広げて飛翔した。 

右手の【神刀姫・黒金】が黒く輝き、左手の【神刀姫・白金】は白く輝く。

 

永遠の平行線で混じり合うことはないはずの力が重なり合い、進化は加速する。

 

 

 

 

 

「【双葉(そうよう)黒白(こくびゃく)雪月花(せつげつか)】!!!」

 

 

 

 

 

 

今の大樹が出せる全身全霊の一撃。黒と白が交わり、振り落ちる大剣を受け止めた。

 

大剣が止まったことに慶吾は驚愕を見せるが、ニヤリと口端を上げる。

 

 

グシャリッ!!!

 

 

剣は折れずとも、大樹の体は耐えることができなかった。

 

天文学的数字を持つ大剣は、無情にも大樹へと振り下ろされる。

 

 

「終わりだぁッ!!!」

 

 

そして―――世界よりも先に、天界は崩壊し始めた。

 

 

________________________

 

 

 

天界全体を揺らした巨大な衝撃は一番下にいた原田たちにも影響があった。

 

すぐに大樹を追いかける為にもズタボロになった体を治療していたが、誰一人まともに立つことができない酷い揺れに襲われたのだ。

 

想像を絶する程の衝撃が上で起きていることが瞬時に分かったガルペスの顔色は青ざめていた。

 

 

「何て力だ……もう少し大きければ天界は一瞬で壊れていたぞ……!」

 

 

「無理をしないでくださいガルペスさん! 今のあなたは小さいんですから凄く遠くに飛んで行ってますよ!」

 

 

揺れの衝撃で飛んで行ったガルペスをバトラーがおんぶして回収。すぐに皆の所に戻る。

 

 

「お兄さんは大丈夫でしょうか……」

 

 

「は、早く助けに行こう! こんな怪我、へっちゃらなんだから!」

 

 

「そこの双子も大人しく待っていなさい! 同じく転がり過ぎですよ!」

 

 

地面が割れて開いた穴に必死に掴まる双子の奈月と陽はプルプルと限界そうにしている。ガルペスを乱暴に投げ捨てたあと、急いでバトラーは双子を助ける。

 

 

「全くッ……だらしない奴らだねぇベロゲボロディアスバァッ!? ゴビャガッハゴフッ!?」

 

 

「あなたが一番重傷なのですからもっと土を食べなさい!!」

 

 

「嫌だああああァァァ!! もっさもっさするの嫌だああああァァァ!!」

 

 

ガルペスは動けない姫羅に対して強引に土を食わせる。拷問に見えるが、立派な治療だ。誰がどう見ても土を食わせている最低ないじめだと言われようが、これは治療だ。

 

 

「ふざけてる場合かお前ら! 大樹が危ないかもしれないんだぞ!!」

 

 

「「「「「頭が地面に突き刺さった奴がまともなことを言う普通?」」」」」

 

 

原田に関しては頭が地面に突き刺さっている。どんな衝撃の受け方をすればこんな酷い光景が生まれるのだろうか。

 

とにかく全員が動ける状態になった後、即座に上に向かって走り出した。

 

 

「心配することはねぇ。それは俺たちが分かっていることだろ」

 

 

大樹と共に戦った者、敵対して戦った者、そして救われた者。

 

一人の男が作った繋がりがこの団体を作っている。過去の自分にこのことを言えば「絶対に嘘だ」と確実に信じないだろう。

 

バトラーに背負われたガルペスは鼻で笑うと、白衣から煙草を取り出して火を点ける。

 

 

「その通りだ。奴と戦ったからこそ分かる。奴はしぶとい」

 

 

「あの、煙草止めて貰います? 絵面的にも私的にも」

 

 

「根性焼きするぞロリコン」

 

 

「マジで叩き落としますよ」

 

 

真顔でキレるバトラー。そのやり取りに周りは笑ってしまっていた。

 

 

「アタイの自慢の弟子だ。神の一匹や二匹、ちょちょいのちょいだよ」

 

 

「はい、私たちの自慢の兄でもありますから」

 

 

「お姉ちゃんの言う通り、ババーンッ!と倒してくれるわよ!」

 

 

姫羅に続いて陽と奈月が大樹のことを褒める。バトラーもそれを肯定して、原田も頷いた。

 

だから今は、自分たちにできることをする。原田は短剣を取り出した。

 

 

「さてと、まだ悪魔の残党が残っているようだ。合流する為にも、速攻で終わらせるぞ」

 

 

元保持者たちは武器を取り出して構える。振り返れば悪魔の軍勢がニタニタと笑いながらこちらを見ていた。

 

その悪魔たちの中には苦戦することになるだろう上級悪魔がいることも感じ取っている。

 

 

「止まれクソ悪魔共! ここから先ッ、上には絶対に行かせねぇよッ!」

 

 

 

________________________

 

 

 

天界の中で最も被害が大きく出ていたのは冥界の女神ペルセポネとの戦闘跡だ。

 

山のように積み重なった瓦礫。揺れの衝撃で谷のような穴まで多く出現している。

 

 

「こ、こんな状況になるなんてッ……!」

 

 

「漫画かアニメでしか見ないと思っていたわよッ……!」

 

 

優子と美琴が苦しそうな声を上げる。彼女たちの怪我は酷かったが、それどころではなかった。

 

 

「わ、私……限界かも……!」

 

 

「真由美!? あなたが諦めたらあたしとティナは終わるからね!? 絶対に離しちゃ駄目よ!?」

 

 

真由美の腰にしがみ付いたアリアが力を入れながら首を横に振る。

 

 

「根性をッ……見せてくださいッ……私も、頑張っていますからッ……!」

 

 

「そうねッ……! この中で一番キツイのはティナなのよ……! 私がしっかりしなくちゃッ……」

 

 

アリアの腰にしがみ付いたティナの足は限界が来ていた。励まされた真由美も腕にグッと力を入れて、優子の腰に抱き付く。

 

 

「……尻尾が邪魔」

 

 

「黒ウサギのチャームポイントに文句を言わないでくださいッ! というか―――!」

 

 

黒ウサギの腰に抱き付いた折紙が文句を言う。さて、彼女たちの現状を説明しよう。

 

 

「一番キツイのは黒ウサギですよおおおおおォォォ!!」

 

 

———八人の女の子は断崖絶壁から落ちそうになっていた。

 

そして最悪なことにそれぞれが崖に掴まっているのではなく、縦に並んで掴まっていた。そう、漫画やアニメでよく見るアレだ。唯一崖に手を置いているのは黒ウサギだけ。

 

そこから順に折紙、美琴、優子、真由美、アリア、ティナ、双葉と腰にしがみ付いてブランブランと揺れている。一番下にいるティナは気を失った双葉を足だけで掴んでいる。

 

 

「だ、誰か助けてくださぁい! 黒ウサギの胴体が本当に千切れます! マジでヤバイです!」

 

 

「お願い黒ウサギ! 絶対に離さないで! あなたが離せば全員が奈落の底に落ちるのよ!」

 

 

「手を離す以前に千切れる問題があるのですよ!?」

 

 

優子の言葉に黒ウサギは泣きそうな声で叫ぶ。その言葉にムッとする者がいた。

 

 

「そんなことはない。大樹は私たちの体重は紙と同じと言っていた。つまり手を離すわけがない」

 

 

「めちゃくちゃ重い紙たちですねぇ!!!」

 

 

「「「「「重くないッ!!!」」」」」

 

 

軽く喧嘩が始まった。この中で一番重いのは黒ウサギだの、重いは胸のせいだと、あとで絶対に許さないだの、意外と余裕がある女の子たちだった。

 

だが幸運なことに騒がしいおかげで彼女たちの存在に気付く人たちがいた。

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

冷たい目で彼女たちのピンチを見ていたのは元保持者たち。悪魔の残党を蹴散らし、またボロボロな姿になっている。

 

そのことに女の子たちも気付き、静かになる。目と目が合い、静寂が生まれた。

 

元保持者たちは何と声をかければいいのか分からない。だが遠慮のないガルペスは煙草の火を消しながら、

 

 

「この危機的状況で何を遊んでいるんだお前ら」

 

 

「「「「「遊んでない!!」」」」」

 

 

一斉に否定する女の子たち。若干キレてた。

 

「アニメや漫画でしか見たことねぇよあんなの」と原田が口にすると、周りはうんうんと頷いて肯定する。そんなことは女の子たちが一番早く思っていた。

 

こうして元保持者たちに助けられて治療を受ける。当然だが土を食することは全力却下された。

 

何が起きたのか互いに情報を交換し、ガルペスは周囲を見渡し現状を把握する。彼の予測から導き出された答えは、

 

 

「ペルセポネの仕業か……ゆっくりと壊れ始めている。このままだと長くは持たない。何かしら手を打たなければ天界は俺たちごと消滅するぞ」

 

 

容赦無く告げれた真実に全員が息を飲む。この上では誰よりも命懸け戦っている大樹がまだいる。

 

そして、これ以上の話し合いはいらない。選択肢は『助けに行く』以外無いのだから。

 

即座に行動を開始する。バトラーは双葉を背負い、ガルペスは原田の背中に乗った。

 

 

「待てやマッドサイエンティスト」

 

 

「この頭のジョリジョリ感……戦いが終わったら商品化するのも有りだな」

 

 

「おい」

 

 

―――こうして大樹の『繋がり』で集まった彼らは走り出す。『繋がり』の中心点となった大樹を助けに行く為に。

 

 

________________________

 

 

 

 

二人が出した全身全霊の一撃。その衝突は星々の衝突より遥かに超えていた。

 

無謀だと理解してながら大樹は【極撃(シュラーク)】から逃げずに踏み込んだ。その姿はまさに英雄。

 

だが英雄は―――邪悪な力に敗北したのだ。

 

 

「ふぅ……! ふぅ……!」

 

 

左半身を失った慶吾は息を荒げながら大剣に寄りかかる。ゆっくりと傷を回復しているが、時間はかかっていた。

 

大樹の一撃は天文学的数字の重さを持った大剣を貫き、慶吾の左半身を斬り裂いた。半壊していた大剣も傷と同じで元通りなろうとしている。

 

慶吾の視線の先には、横たわった瓦礫に埋もれて横たわった大樹がいた。最後まで武器を手放さず、呼吸を止めていた。

 

心臓の音も聞こえない。聞こえるのは天界が崩壊し始める音だけだ。

 

 

「ふぅ……! これでッ、終わりだぁッ……!」

 

 

長い時間を掛けて体の回復と大剣の修復が終わると、その場から立ち去ろうとする。

 

目指すは封印された扉。邪神―――冥府神ハデスを解放する時が来た。

 

先程からずっと頭の中が何かに縛られているような感覚がする。忘れてはいけないことを忘れているような……。

 

それでも頭を抑えながら慶吾は扉に向かって進む。全てを終わらせるために。

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!

 

 

「ッ!?」

 

 

それなのに、終わることはできないのだ。

 

背後から聞こえた爆発音に戦慄する。額から汗を流しながら慶吾はゆっくりと振り返る。

 

 

「……馬鹿なッ……!?」

 

 

「はぁ……はぁ……! どうしたッ? まだ戦いはぁ……ぐぅッ……終わってねぇぞぉ……!」

 

 

―――武器を構えながら、大樹は立ち上がった。

 

左目は開いておらず、グチャグチャに折れ曲がったはずの腕で武器を握り絞めていた。

 

痛みに耐えながら震えた足で立ち、血でグショグショになった上半身の着物を脱ぎ捨てる。傷だらけの体を晒した。

 

 

「来いよぉッ!! 剣も心もぉ、まだ折れてねぇ!!」

 

 

虫の息にも関わらず叫ぶ大樹に慶吾の足は後ろに下がってしまう。

 

完全に仕留めたと確信していた。だからこそ、その結果を裏切られたことが怖かった。

 

慶吾が攻撃を仕掛けない内に大樹もまた神の力で回復しようとする。その行動に慶吾の顔に不敵な笑みが浮かび上がる。

 

 

「……無駄だ。今の俺は、お前の力を完全に封じる手がある」

 

 

慶吾の一撃は大樹の体に刻まれた。発動条件は十分。

 

手に闇を纏いながら大剣を握り絞め、詠唱を始める。

 

 

「『未来永劫、消滅不可の過去』———【再現(ザ・リバース)】!!」

 

 

グシャッ!!!

 

 

大樹の体から黒い光が溢れ出すと同時に血が噴き出す。あまりの痛みに声も上げれなかった。

 

握り絞めた武器から手を離し、力を無くした膝は崩れて再び倒れる大樹。何が起きたのか理解できなかった。

 

 

「過去の斬撃を再現する力だ。お前は体の傷を治し、斬ったことを無くそうとした。体から傷を消そうとしたんだろ? だから―――消えた傷を再現した」

 

 

「ッ……!!」

 

 

「お前の回復手段は完全に封じた!! もう諦めろ! 絶望しろ! そのまま死に絶えろぉ!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

その時、慶吾の視界が揺れた。

 

頬に鈍痛が走り、気が付けば地面に倒れていた。何が起きたのか一瞬、理解できなかった。

 

ゆっくりと立ち上がり、慶吾は大樹を睨み付ける。

 

 

「それがッ……どうした……!」

 

 

重傷で立つことができないはずの男が、倒れていたはずの男が拳を握り絞めていた。

 

油断していたとはいえ慶吾の顔に一発入れた大樹。限界の先……いや、その果てを越えて戦い続ける。

 

覚えてしまった血の味を吐き出し、歪な骨を音を鳴らしながら前に踏み出す。

 

 

「それがぁ、どうしたああああああァァァ!!!」

 

 

ドゴッ!!

 

 

今度は慶吾の腹部に拳が突き刺さる。だが身構えていた慶吾は糸も簡単に耐え切り、反撃する。

 

 

ゴスッ!!

 

 

「がふッ!?」

 

 

下から顎を殴り大樹の意識を飛ばそうとする。続けて頭部、腹部、太股と殴打し続けた。

 

大剣を使うまでもない。このまま甚振(いたぶ)り殺す。

 

 

「があぁ!!!」

 

 

「ぐぅ!?」

 

 

グシャッ!!

 

 

しかし大樹の猛攻はその程度は止まらない。自分の腕を盾にしながら獣のように食らい付いた。

 

膝蹴りが慶吾の指を折り、左拳で慶吾の頬を何度も殴る。一撃一撃は弱く、掠り傷程度しか与えることはできない。

 

 

「いい加減にしろぉ!!」

 

 

ザシュッ!!!

 

 

痺れを切らした慶吾は大剣を一閃。大樹の腹部が横に大きく裂け、後ろに転がる。

 

 

パシッ!

 

 

「ッ!?」

 

 

転がりながらボロボロになった手を地面に着いて空中で体勢を変える。まだ動ける大樹に慶吾は驚きを隠せない。

 

大樹の両手には落としたはずの【神刀姫・黒金】と【神刀姫・白金】が神々しく輝き始めていた。

 

 

ドゴンッ! ドゴンッ!

 

 

重い銃声が何度も轟く。漆黒の銃弾と白銀の銃弾を乱射した。

 

だが邪神の力を纏わせた大剣までは無意味。慶吾が力を込めて振り下ろすだけで凄まじい衝撃波は生まれ、飲み込まれた弾丸は全て粉々になる。

 

 

ゴオォッ!!

 

 

衝撃波で巻き起こった土煙の中から姿を現したのは大樹。体勢を低くしながらこちらに走り出していたのだ。

 

 

「貴様ッ!?」

 

 

「二刀流式、【神花(しんか)桜雲(おううん)の構え】!!」

 

 

再び振り返そうとする慶吾の腕を銃弾で止める。痛みは感じなくても、弾の衝撃で大剣を振り遅らせることはできた。

 

生まれた隙を逃さない。歯を食い縛り、強く足を踏み出して腕を振るう。

 

 

「【桜刀(おうとう)神斬(しんざん)】!!」

 

 

ザンッッ!!!

 

 

刀身は眩い光を放ちながら桜色に変わり、斬撃は慶吾の両肩を抉るように引き裂いた。

 

大樹を蹴り飛ばして慶吾は距離を取る。腕を切断できなかったことに大樹は舌打ちする。剣で付けた傷口から黒い煙が漏れ出していた。

 

 

「何故だ!? 何故お前はここまで諦めない!? 無駄だと、意味が無いと一番分かっているはずだ!?」

 

 

勝てるはずのない敵に挑み続ける大樹の行動原理を理解できない慶吾は嫌悪感をあらわにしている。もう一度【極撃(シュラーク)】を放てば必ず敗北すると大樹は分かっているはずだった。

 

無謀だと分かっていながら、立ち上がり続ける理由が慶吾には分からなかった。

 

 

「例え俺を止めたとしても、邪神の復活は止まらない! 必ず冥府神ハデスが世界を滅ぼす! なのにッ……!」

 

 

血だらけの英雄は虫の息。全身の骨は粉々に成り果て、肉体のほとんどはグチャグチャになった。

 

圧倒的な不利状況。奇跡の逆転も、会心の一手も、希望は残されていない。それなのに―――!

 

 

「何故だ!? 何故貴様は笑っていられる!?」

 

 

―――英雄の口元は、笑っていた。

 

 

その笑みは絶望の狂気に染まったわけではない。諦めて呆れていたわけでもない。

 

この戦いに敗北すると、彼は全く思っていないのだ。

 

だからと言って勝利を確信しているわけではない。大樹が笑っていられる理由は一つ。

 

 

「当たり前だ。お前を救える、希望が見えたからだッ!」

 

 

「何だと……!?」

 

 

大樹の頭の中で過ぎるあの声は今でも耳の奥に残っている。

 

 

『―――双葉の望んだ世界を、救ってくれぇ!!!』

 

 

心臓の鼓動は止まらない。この言葉が心の中で響く限り、静止することはない。

 

 

『ええい! 何をしている! 遊んでないでトドメを刺せ!』

 

 

邪神が怒るのも当然だ。この状況で【極撃(シュラーク)】を撃てば勝つのは必然。

 

絶対と不可能を覆すことのできない天文学的数字の重さ。どんな神でも一撃で屠る必殺だ。それなのに……!

 

 

(何だッ……この嫌な予感はッ……!)

 

 

死に体の男を見ているだけで、確信していた勝利が不安定にされる感覚に襲われる。

 

有利な状況から一瞬で蹴り落とされそうだった。額から流れる汗が止まらない。

 

 

「クソッ! 【鋭撃(シュートス)】!!」

 

 

慶吾が選んだのは突き。大剣の剣先にまた邪神の闇が収束する。

 

光すら突き抜ける一撃だが、大樹には通じなかった。だがボロボロになった大樹には通じるはずだと慶吾は考えていた。

 

 

ガギンッ!!

 

 

「ぐぅッ……がぁッ!?」

 

 

避けることのできない大樹は二本の刀身をクロスさせて【鋭撃(シュートス)】を受け止める。衝撃で後ろに吹き飛びそうになるが、耐え切った。

 

 

グシャッ!!

 

 

大剣を横に逸らすと同時に左脇腹を深く抉られる。だが肉を切らせて骨を断つチャンスだった。

 

鋭撃(シュートス)】を受け流されることを完全に頭の中から消えていた慶吾は息を飲む。急いで回避しようとするが、

 

 

「うおおおおおおおおおおォォォォォ!!!!」

 

 

ドゴォッ!!!

 

 

「がッ!?」

 

 

大樹の膝蹴りが慶吾の腹部にめり込む。そのまま右腕を引き絞り、慶吾の顔面を上からぶん殴った。

 

地面に巨大な亀裂を生みながら叩きつけられる。これだけの力が一体どこに眠っていたのだろうか。

 

 

「その希望を潰させるわけにはいかねぇ! ここで俺が倒れてしまえば、全部が無駄になっちまう!

 

 

最後の抵抗を見せた慶吾の姿を、この目で焼き付けたからには……!

 

 

「だから絶対にッ……!」

 

 

倒れた慶吾の胸ぐらを掴み空中に投げ捨てる。光輝く二つの刀身を横に振り、白銀の斬撃波を飛ばした。

 

 

「絶対にッ、負けるわけにはいかねぇんだよおおおおおォォォ!!!」

 

 

ズシャッ!!!

 

 

「ぐぅあッ!?」

 

 

白銀の斬撃波は黒い煙を霧散させながら慶吾の体を引き裂いた。

 

苦悶の表情を浮かべる慶吾。斬られた箇所を抑えながら空中で体勢を整える。そのまま大樹から距離を取りながら地面に着地した。

 

 

「もう十分だッ! 貴様の声を聞くだけで吐き気がする! 二度とその口を開けないようにしてやる!」

 

 

大剣を握り絞めながら【極撃(シュラーク)】を繰り出そうとする。あの技を返せる策も無ければ封じる手段も無い。

 

それでも大樹も武器を構える。勝てないと分かっていても、覆そうとしていた。

 

 

『大樹ッ!!!』

 

 

「ッ!」

 

 

その時、背後から聞こえた女の子たちの声に大樹は振り返る。そこには大樹を安心させる光景が待っていた。

 

ポセイドンとの戦いを任せた元保持者たち―――バトラー、奈月、陽、姫羅、ガルペス。

 

冥府の女神ペルセポネとの戦いを任せた愛する女の子たち―――美琴、アリア、優子、黒ウサギ、真由美、ティナ、折紙。

 

そして、死んだと思われていた原田の姿だけでなく、あの双葉の姿まであることに大樹と慶吾は驚きを隠せなかった。

 

 

「双葉!? どうしてここに……!?」

 

 

「ッ……!」

 

 

「もうやめて! こんなこと、私もあなたも望んでいないッ!」

 

 

変わり果てた慶吾の姿を見た双葉は涙を流しながら叫ぶ。痛々しい傷を負った大樹も、見ていられなかった。

 

彼女の予想外な登場に慶吾は苦しそうな顔をする。だが、額を抑えながら双葉を睨み付ける。

 

 

「黙れ! もうお前のことは関係ない!」

 

 

「慶吾……!」

 

 

「これは俺が望んだことだ! 全てを壊すことで、やっと俺は満たされる!」

 

 

大切な人の声はもう届かない。慶吾はゆっくりと大剣を持ち上げると空高く跳躍した。

 

今まで見た中で最も大剣が黒く光り始めた。【極撃(シュラーク)】が放たれようとしていた。

 

元保持者たちは尋常じゃない桁外れの力に青ざめる。女の子たちも危険だと分かっている。

 

 

「大樹ッ!? 逃げッ―――!?」

 

 

美琴が悲鳴のような声で大樹を呼ぶが、その言葉は止まる。

 

ずっと見て来た中で一番ボロボロになった体なのに、彼はまた『あの顔』をしているからだ。

 

 

―――『大丈夫だ』と、『任せろ』と、『いつもの顔』をしていた。

 

 

何度も見て来た顔。何度も見て救われた顔を女の子たちに見せていた。

 

圧倒的な存在として君臨する学園都市第一位を血を流しながら戦った顔を美琴は覚えている。

 

自分を奪い返す為に刀を握り絞め、シャーロック・ホームズに立ち向かった時の顔をアリアは覚えている。

 

誰も手の届かない不正された点数を堂々と正面からありえない数字で勝利してみせた顔を優子は覚えている。

 

火龍誕生祭で大切な人を失い、悲しんでも立ち上がって見せた時の顔を黒ウサギは覚えている。

 

九校戦の事件、大勢の死者を生み出す富士山の噴火を止める為に決意した顔を真由美は覚えている。

 

許されない罪を犯し、世界から弾き出された忌み子でも笑顔で手を伸ばしてくれた時の顔をティナは覚えている。

 

闇に閉じ込められ自分を見失った時、必死に戦いながら愛の言葉を叫んでくれた顔を折紙は覚えている。

 

 

「―――絶対に守る。救って来るから待ってろ」

 

 

そう告げて大樹は前を向く。

 

敵対した元保持者たちにも『あの顔』を覚えている。彼が守る為に戦う強さがどれだけのものかを。

 

世界を変えて、覆して、救って、全ての人を助ける英雄なのだと。

 

そして―――誰よりも一番長く英雄の隣に並んでいた双葉が、それを分かっている。

 

彼は誰かの為に涙を流せる優しい人だと。苦しんでいる人を見捨てない人だと。

 

 

「【極撃(シュラーク)】ッッッ!!!!」

 

 

覆すことのできない絶対的な数字―――天文学的数字の重さを持つ大剣が振り下ろされる。

 

世界の誰よりも世界を憎んだ男の、全ての憎悪を飲み込んだ大剣。

 

 

「双剣銃式、【七葉(ななつは)の構え】」

 

 

幸運と幸福の四つ葉から新たに生まれた三つの葉が加わると、意味は変わる。

 

七つの葉が意味するのは『無限の幸福』。それは大樹が掲げる『全てを救う』先にある世界の未来だ。

 

ここで散らさせるわけにはいかない。全世界の未来の幸せを賭けた戦いならば、ここで負けるわけにはいかない。

 

 

(この『繋がり』は、無限に広がり続ける! 慶吾、お前にも繋げる為に俺は勝つ!)

 

 

バサァッッ!!!

 

 

大樹の背から広がるのは虹色の巨翼。光輝く巨翼を天界一杯に広げ、二本の刀身が交差する。

 

 

 

 

 

「【双葉・黒白の無幻(むげん)神刀(しんとう)】ッッ!!!」

 

 

 

 

 

破壊と救済、全世界の命運を賭けた両者一撃がぶつかった。

 

衝撃は大樹の後ろにいた人たちがまともに立っていられないほど伝わっているが、大樹の巨翼が守っていなければ一瞬で闇に呑まれていただろう。

 

勝負は一瞬で決まるはずだった。慶吾の大剣が大樹の攻撃を押し潰して世界が終わる……そのはずだった。

 

 

「なんッ……でッ……!?」

 

 

―――大剣は、大樹の攻撃を押し潰すことができなかった。

 

空中で静止したまま大樹との攻撃がぶつかり続ける。二本の刀身は全く折れる気配を見せない。

 

体に限界が来ているはずの大樹も、倒れる様子は無い。歯を食い縛り、全身に力を入れたまま大剣を押し返そうとしていた。

 

 

ビギッ!!

 

 

その時、絶対に壊れるはずのなかった大剣に大きなヒビが入った。

 

ありえない光景に慶吾の思考は真っ白になる。勝利を確信していたはずなのに、負けることは絶対に無かったはずなのに、想像していた違う結果に慶吾は叫んだ。

 

 

「ふざけるなああああああァァァ!? こんなことがあっていいわけがないッ! 負けるはずが無いッ!!」

 

 

慶吾の体から闇のオーラが溢れ出す。そのオーラを大剣が食らい威力を上げようとするが、

 

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああァァァァァァァァァァ!!!!」

 

 

―――だが、ほんの少しも押し返すことはできなかった。

 

 

「お前の重さは邪神の力で得た力なんだろッ。だったら、俺はそれを打ち消す!」

 

 

「神程度で負けるわけがぁッ―――!」

 

 

「―――【刀流導(とうりゅうどう)廻神(かいしん)】」

 

 

「なッ!?」

 

 

神すら想像を絶する重さを刀身から全身に循環させて自分の攻撃に乗せて返していた。

 

 

(何でそんな体でッ……お前は進化し続けれるッ……!?)

 

 

人の限界を越えて、神の限界まで越えた。どこまでも先に行こうとしていた。

 

 

バギンッッ!!!

 

 

そして、大樹の攻撃に耐え切れなくなった大剣は砕け散った。

 

気が付けば大樹は誰にも手が届かない高みにいたのだ。

 

だが、決して慶吾のように孤独ではない。

 

彼には絶対に切ることができない『繋がり』がある。一人ではないのだ。

 

心構え一つで天文学的数字を覆した。大樹の剣の重みは、本物だった。

 

 

「がはッ!!??」

 

 

剣が砕けた衝撃で慶吾の体は宙を舞って地に落ちる。大樹の勝利に女の子たちは安堵の息を吐くが、

 

 

「まだだ! 油断するな!」

 

 

「認めてたまるかぁ!!!」

 

 

ガルペスが大声を出すと同時に慶吾は血を吐きながら地面を叩く。血だらけの手に砕けた大剣が歪に、そして禍々しく剣を再生させる。

 

両膝を地に着きながら大剣を地面に突き刺すと、黒い煙が周囲に広がる。天界を包み込むような勢いと今までとは違う煙の正体に気付いた大樹は女の子たちに顔を向ける。

 

 

「大丈夫だ。あとは任せろ」

 

 

「ッ! 大樹!!」

 

 

嫌な予感がアリアの足を動かすが、黒い煙が進路を塞ぐ。まるで大樹を闇の世界に幽閉するかのように壁を隔てた。

 

元保持者たちが壁を破ろうとするが、全く破れる気配が無い。

 

ここにいる猛者たちの力を合わせても壁の一枚も破れない。如何に大樹が強大な敵と戦っているのか思い知らされる。

 

 

「……お願い……無事に帰って来てッ……!」

 

 

ただ待つことしかできない。優子の祈りは、全員が同じ気持ちだった。

 

 

________________________

 

 

 

 

無限の闇が続いているかのような空間に閉じ込められた。だが大樹の持つ神の力がそれを許さない。

 

漆黒の闇から神の後光が差し込み、互いの姿が見えるようになる。

 

血だらけの二人―――大樹と慶吾は剣を構えながら向き合う。

 

 

「届いていいわけがないッ。この強さに、お前が辿り着いていいわけがない!」

 

 

極撃(シュラーク)】を破ったことで本当の焦りが慶吾には生まれてしまった。

 

大剣が黒く染まれば染まる程、慶吾の体に刻まれた紋章も黒く闇の色へと変わる。

 

 

「ここなら邪魔は入らない! ここにお前の守る物は存在しない!」

 

 

「……馬鹿野郎が」

 

 

口から血を吐き出しながら進化した二本の【神刀姫】を握り絞める。

 

 

「こんな壁程度で、俺たちの最強の『繋がり』は断たれねぇよ!」

 

 

「ならばこの手で、引き千切ってやる!!」

 

 

ダンッ!!

 

 

両者は同時に前へと踏み出す。二本の刀身と大きな刀身が衝突する。

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!!

 

 

超次元な力がぶつかり合う。未来永劫、混じることのない光と闇の衝突。

 

気を抜けば剣だけでなく、体も意識も吹き飛びそうになる。それだけ一撃が重かった。

 

 

「「うおおおおおおおォォォォ!!!」」

 

 

雄叫びを上げながら剣のぶつかり合いは加速する。互いに体から嫌な音が何度も響き渡るが、全く関係無かった。

 

それどころか剣は更に重くなり、力が膨れ上がっていた。

 

絶対に負けられない戦い。自分の命を、人生を、未来を投げ出してでも勝つ! それが慶吾の力の源だった。

 

 

「があッ!!」

 

 

「ぐぅ!?」

 

 

大樹の刀身を力で押し返し、無防備になった腹部に慶吾の蹴りが炸裂する。大樹の体はくの字に折れ曲がり、そのまま後ろに吹き飛ばされてしまう。

 

転がる大樹に容赦無く追撃を仕掛けようとする。跳躍して【極撃(シュラーク)】を落とそうとしていた。

 

 

「【刀流導(とうりゅうどう)廻神(かいしん)】!!」

 

 

ガギンッ!!

 

 

「チィッ!!」

 

 

転がりながら体勢を変え、空中で唯一【極撃(シュラーク)】に対抗できる技を繰り出す。

 

そのまま銃口を慶吾に向けて銃弾を放つ。

 

 

ドゴンッ! ドゴンッ!

 

 

重い銃声と共に二つの銃弾が慶吾の左腕を貫く。痛みに顔を歪めるが、大剣を離す程の痛みではない。

 

技を返されたからとはいえ、まだ攻撃のチャンスは残っている。

 

 

「【鋭撃(シュートス)】!!」

 

 

空中から滑空して大樹の腹部を貫こうとする。大樹も避けようと足に力を入れるが、

 

 

「ッ!?」

 

 

「限界か!!」

 

 

足が動かない。力を入れる感覚すら無くなっていた。回避できないことを見抜いた慶吾は威力を上げながら大剣に力を集中させる。

 

 

ガリッ

 

 

瞬時に回避不能だと判断した大樹は右手の【神刀姫・黒金】を口に咥えて、

 

 

グシャッ!!!

 

 

「んなッ!?」

 

 

「ぐぅッ、がああああああァァァ!!!」

 

 

空いた右手だけで大剣の一撃を直接受け止めた。血が勢い良く噴き出し、剣先は手の甲まで貫いていた。

 

それでも、腹部を突き刺すまでには至らない。あの鋭い一撃を右手だけで止めたことに慶吾は驚愕する。

 

 

「はぁ……はぁ……ああああッ!!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「がぁッ!?」

 

 

そして、大樹と慶吾の間で巨大な爆発が起きる。大樹の【神爆(こうばく)】を近距離で受けてしまった。

 

衝撃で後ろに転がる慶吾に大樹も容赦はしない。左手に握り絞めた【神刀姫・白金】を地面を抉りながら振り上げる。

 

 

ズゥシャッ!!!

 

 

【神刀姫・白金】の斬撃波が転がる慶吾の体を引き裂く。辛うじて大剣でガードしていたため、ダメージは小さく抑えられているが、瀕死に近い体には痛い一撃だった。

 

 

「ぜぇ……はぁ……! ぜぇ……はぁ……!」

 

 

「ふぅ……ふぅ……! すぅッ……ふぅ……!」

 

 

呼吸を乱しながら睨み付ける両者。死闘はさらに加速する。

 

 

ゴォッ!!

 

 

再び両者は踏み込んでぶつかる。今度は重く鈍い音が響き渡る。

 

 

「「あああああああァァァァ!!!!」」

 

 

剣が衝突すると同時に頭突きもぶつかり合った。

 

額の骨は砕け、血が飛び散る。そのまま力勝負へと持ち込む。

 

 

「負けるかあああああァァァ!!!」

 

 

「くたばれえええええェェェ!!!」

 

 

神の力が大樹の背中を押し、邪神の力は慶吾の背中を押した。

 

一歩も、一ミリも引かない力の押し合い。二本の刀身は神々しく輝き、大剣は禍々しく闇を強くした。

 

 

「世界は俺が守るッ!! 絶対に壊させないッ!!」

 

 

「どんな世界でも人は醜い! どれだけ周りが綺麗でもッ、土足で踏み荒らす奴がいる限りッ、俺たちの平穏は永遠に訪れないッ! 理解しているだろッ、双葉を奪った奴らのことを!」

 

 

憎悪を吸収した闇の力が強くなる。二本の刀身は徐々に押し返されてしまう。

 

 

「お前は恵まれていたから知らないんだ! 双葉に甘え続け、邪魔になる周囲を殺さないから殺された! 俺のような人間にも!」

 

 

「ふざッ、けるなあああああァァァ!!!」

 

 

今度は二本の刀身が光輝いて大剣を押し返す。

 

 

「確かに俺は恵まれた! この繋がりが俺の誇りだ! でもなぁッ、恵まれていないのはお前だけじゃねぇ! この世界にどれだけいると思っているッ! それを救わずに、壊すことで逃げてんじゃねぇよッ!!」

 

 

「最初に逃げたお前にッ、言われる筋合いは無いッ!」

 

 

「だから言ってるだろ! もう二度と逃げねぇって!!」

 

 

ゆっくりと光は闇を消し去る。大剣は徐々に押されて負けようとしていた。

 

 

「それにッ、逃がす気もねぇよ! 命を懸けて守った双葉の為にも、お前を救うッ!!」

 

 

そして、今まで動くことのなかった足が動く。

 

頭の中で巡るのは支えてくれた人たちの笑顔。

 

自分を応援する声が聞こえる。聞こえるはずがない壁を越えて自分の耳に入って来る。

 

大樹が一歩だけ前に踏み込み、慶吾が一歩だけ後ろに下がった。

 

 

「この戦いで、俺は負けないッ!!」

 

 

「黙れぇ!!!!」

 

 

それでも闇の力が一気に溢れ出す。大樹の後光を全て飲み込み、真の深淵へと誘う。

 

 

「【世界冥崩(ハーウェルト・デスフェアファル)】ッッ!!!!」

 

 

極撃(シュラーク)】を越えた世界を滅ぼす一撃を、二本の刀身が止める。

 

地面に巨大な亀裂が生まれ、衝撃で大樹の体が粉々に吹き飛びそうになる。それでも、大樹の足は一歩も引かない。

 

 

「この世界もろとも、終わらせてやるッ!!!」

 

 

「ぐぅッ!!!」

 

 

闇に呑まれ続けたせいで二本の刀身から輝きが失われようとする。耐えていた右足が、膝を着いてしまう。

 

 

「あぁッ……聞こえるぜッ……皆の声ッ!!」

 

 

闇の壁をブチ破るような声が、大樹の耳に届いていた。

 

 

『 大 樹 !!!』

 

 

「馬鹿なッ……!?」

 

 

その幻聴は慶吾の耳にも届いてしまった。そして二本の刀身が再び輝きを取り戻す。

 

 

『負けるなぁッ!!!!』

 

 

「うおおおおおおおおォォォォ!!!!」

 

 

闇の力を、光の力で返した。呑まれていた光は、闇を打ち消したのだ。

 

地に着いた足を動かし、もう一歩前に踏み出す。その瞬間、この勝負の勝敗を決めた。

 

 

「ッ!?」

 

 

「どんな理由を並べても、世界を終わらせていいわけがない! 俺たちがいる限り、世界は()()―――ッ!!」

 

 

ガギンッ!!!

 

 

二本の刀身が大剣を宙に吹き飛ばす。がら空きになった慶吾に攻撃が叩きこまれる。

 

 

 

 

 

「―――希望の光でッ、輝き続けるッ!!」

 

 

 

 

 

ズシャッ!!!

 

 

全身全霊を刀身に乗せた渾身の一撃が決まった。

 

慶吾の体が吹き飛ぶと同時に大樹も前から倒れた。

 

 

ドシャッ!! キンッ!

 

 

宙を舞った慶吾の体が地面に落ちると同時に大剣も地面に刺さる。力勝負に負けたことに慶吾は体を震わせた。

 

 

(分からないッ……負けることは無かったはずなのにッ……どこで、どこで間違えた!?)

 

 

必死に力を入れて立とうとするが、全く動く気配は無かった。

 

大樹も同じのようで呼吸しか聞こえない。立ち上がる力は尽きたようだ。

 

 

「……世界はまだ、お前を見捨てないッ」

 

 

「ッ!」

 

 

「俺がッ……俺たちがッ……見捨てないからだッ……」

 

 

信じられない大樹の言葉に慶吾の顔が酷く歪む。憎しみではなく、怒りでもない。

 

 

「ありえないッ……俺は邪神のッ……!」

 

 

「だから見ていろッ……その目に焼き付けろッ」

 

 

―――あの時に見せた顔。涙を流す顔だった。

 

そして、剣で支えながら大樹は立ち上がる。自分の勝利だと証明するかのように。

 

 

ゴオォッ!!

 

 

戦いの終幕に黒い煙の壁が霧散する。振り返れば大切な人たちの顔があった。

 

心配で涙を流し、安心で涙を流し、泣かせてしまった女の子たち。男たちは不安から解放されて安堵していた。

 

 

『クッハッハッハッハッ!! だがもう遅い!!』

 

 

バギンッ!! バギンッ!!

 

 

悪夢は終わらない。封印されていた扉が開かれようとしていた。

 

扉の隙間から邪神の声が轟く。深淵から紅い瞳が自分たちを見ていた。

 

女の子たちは恐怖に呑まれて足が震える。元保持者たちも息を飲んだ。

 

 

『役立たずだったが、十分な時間は稼いだ! 世界の崩壊は近い! クッハッハッハッハッ!!』

 

 

「クソがッ……!」

 

 

忌々しそうに慶吾が下唇を噛む。双葉が駆け付けて治療しようとするが、戦える傷ではない。

 

これ以上、邪神と満足に戦える者はいない。オリュンポス十二神が存在しない天界の崩壊も、世界の崩壊も、全てが時間の問題だった。

 

 

「皆で帰るハッピーエンドは、ちょっと無理だったか」

 

 

悲しい声で呟きながら、扉に向かって歩く者がいた。

 

傷だらけの体で、まだ戦おうとする者の姿に全員が止めようとした。

 

 

「ダメッ」

 

 

いち早く美琴が大樹の腕を掴んだ。人の腕とは思えない嫌な感触だが、離すわけにはいかなかった。

 

 

「お願いだからッ……行かないでッ……!」

 

 

泣きながら懇願する。しかし、悲しそうな顔で大樹は首を横に振った。

 

 

「皆を守る為には、行かなきゃいけないんだ」

 

 

「約束ッ……約束したじゃない!!」

 

 

溢れる涙を流しながら怒鳴る。子どものように駄々を捏ねる。

 

 

「どうしてよッ……もう消えないでよぉ……!」

 

 

大樹も目の奥に涙を溜めながら美琴を抱き締めようとするが、手は止まる。

 

 

「たくさん考えたよ。でも、思い付かない。皆が好きな世界を守るには、これしかないって」

 

 

「ふざけないで! あたしのパートナーはそんなことで諦めない!」

 

 

美琴の後ろからアリアが出るが、彼女の顔も泣いていた。

 

 

「結婚するって、皆で幸せになるって……やめてよッ……!」

 

 

「嫌よッ!! 大樹君ッ、お願いだから戻って来て!」

 

 

優子も俺の腕を掴む。今にも千切れそうな腕に、力強く掴んだ。

 

 

「コミュニティはどうするんですか!? 皆、大樹さんのことを待っているのですよ!」

 

 

「大樹君のいない世界に私たちが満足すると思うのッ!? 幸せになると思っているのッ!!」

 

 

黒ウサギも、真由美も、嫌だと涙を流して訴えていた。

 

 

「こんな終わり方ッ、絶対に嫌です!!」

 

 

「帰って来て大樹!! お願いだから行かないでッ!!」

 

 

ティナも、折紙も、泣かしていた。後ろにいる保持者たちも首を横に振っている。

 

 

「……ごめんな。でも、()()()()()()()()()()()

 

 

これまでの戦いに終止符を打つのは自分の役目だと、自分しかいないと理解している。

 

女の子たちの思いも分かっている。一番、分かっている。

 

だから、涙の別れはしたくない。

 

 

「俺がここで行かなくても、世界が終わる。それは絶対に幸せになれない。でも、ここで俺が立てば―――」

 

 

「ひぐぅッ……やめてよッ……お願いだからッ……分かってッ……るからッ……!」

 

 

泣き崩れた美琴に俺は言葉が一度止まるが、言い切った。

 

 

「―――愛する人の幸せは、守れるッ……」

 

 

「どうしてッ……こんなことにッ……!」

 

 

泣き崩れる愛する人を見て、自分がどれだけ愛されているのか実感する。

 

後ろにいる元保持者たちに目を向ける。顔を手で隠しながら原田が何度も頷いていた。「あとは任せろ」と。

 

原田は大樹が折り曲げないことを知っている。だから頷いていた。

 

 

ドゴッ! ドゴオッ! ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

封印された扉が何度も強い衝撃で揺れる。遂に扉の隙間から邪神の腕が伸びた。

 

禍々しく巨大な悪魔の手。尋常じゃない力が溢れていた。

 

 

「じゃあ帰って来てッ……絶対にッ……!」

 

 

「……その約束は、できない」

 

 

「ダメッ……そんなことじゃ……行かせないッ」

 

 

だが美琴の握る力は弱まってしまう。

 

頭の中で分かってしまう。大樹は必ず、このまま行ってしまうことを。

 

どれだけ泣いて止めても、世界を救いに行ってしまうことを。

 

 

「美琴」

 

 

大樹は名前を呼ぶ。

 

 

「アリア」

 

 

一人一人、大切な名前を。

 

 

「優子」

 

 

例えこの身が死んでも、必ず名前を忘れない。

 

 

「黒ウサギ」

 

 

過ごして来た幸せな日々と時間を。

 

 

「真由美」

 

 

この好きだという気持ちも。

 

 

「ティナ」

 

 

絶対に忘れない。永遠に忘れない。

 

 

「折紙」

 

 

最後に焼き付けたい。そして見せたい。

 

大樹は笑顔で涙を流す。

 

 

「―――ずっと愛している。大好きだ」

 

 

最後の告白に女の子たちは涙が止まらなくなる。

 

それでも大樹の気持ちに応えたい。女の子たちは何度も目をこすり、思いを伝えた。

 

 

「私も、大樹の事が大好きよッ……!」

 

 

「ずっと愛しているわ大樹……!」

 

 

「大樹君のこと、一番好きなんだから……!」

 

 

「YES……! 愛しています大樹さんッ……!」

 

 

「ありがとうッ……私も大好きだからッ……!」

 

 

「絶対に忘れませんッ……愛し合っていることをッ……!」

 

 

「愛しているッ……私も大好きッ……!」

 

 

そして、美琴の手が離れる。彼女たちの笑顔の涙に大樹は満足した。

 

後ろで双葉に支えられながら慶吾が情けない顔をしている。だけど、大丈夫だと顔を見せる。

 

 

―――振り返る必要は、無くなった。

 

 

前を向き、剣を握り絞める。

 

 

『虫の息の貴様に何ができる!?』

 

 

「できるさ。最後の最後に、超カッコイイ必殺技を決めるのが主人公だからな!」

 

 

ダンッ!!!

 

 

最後の力を振り絞って飛翔する。【神刀姫・黒金】と【神刀姫・白金】が神々しく輝き始める。

 

 

『神の力で今さら何ができる!?』

 

 

「できるさ―――【最終制限解放(エンド・アンリミテッド)】!!」

 

 

『何だとッ!!??』

 

 

最後の最後で到達した領域に踏み込むことができた。その力を今、解放する時が来た。

 

慶吾との戦いでも見たことのない神の強大な力に邪神は驚愕する。

 

天界の空に星のように光がいくつも輝く。その輝きは、自分たちが一番知る物だった。

 

 

「アレはッ……『世界』なのかッ……!」

 

 

「ああッ……大樹が行った世界……巡った世界が大樹に力を貸しているッ……!」

 

 

ガルペスの驚きに原田が涙を流しながら肯定する。自分たちは今、世界の奇跡を目の当たりにしていた。

 

世界から流れ出す光の筋が大樹の刀身に当たる。世界の奇跡を授かった刀身は虹色に輝き始め、大樹に力を与える。

 

 

『馬鹿なッ!? どこからそんな力がッ!?』

 

 

「覚悟しろ邪神! いや、冥府神ハデスッ! 世界は絶対に終わらせないッ!」

 

 

背中から黄金の巨翼が広がる。巨翼も世界の奇跡を受け、虹色に輝いた。

 

扉の隙間に向かって滑空する。邪神を天界など入れない! 世界は滅ぼさせない!

 

 

 

 

 

「これが【世界(せかい)(つるぎ)】だあああああァァァ!!」

 

 

 

 

 

シュドゴオオオオオオオオォォォォォッッ!!!!

 

 

虹色の剣は邪神の腕を簡単に貫いた。そのまま突き進み、扉の先へと進んで行く。

 

闇を引き裂きながら飛翔する大樹。邪神の悲鳴が轟くが、大樹は止まることはない。

 

 

『貴様ッ……こちらに来るつもりか!』

 

 

「お前が存在する限り、大切な人は笑顔にならない! だったら、お前をぶっ倒すまでだッ!!」

 

 

『死ぬ覚悟で来るつもりか! ならば返り討ちにしてくれる! 貴様を殺したあとでも遅くはない!』

 

 

「それはどうかなッ!!」

 

 

邪神の腕を扉の先まで押し返したあと、大樹は託されたゼウスの権限を使う。

 

封印の扉が光り輝き始める。周囲から白銀の鎖が生まれ、扉に絡まって行く。

 

 

『まさかッ!?』

 

 

覚えのある力と同じ。大樹の力を感じ取った邪神は驚きと焦りを見せる。

 

邪神の予想は当たっている。最後の力を振り絞ってやることは、扉の再封印だ!

 

世界を救うたった一つの道―――それは邪神を抑えながら冥界に行き、扉を封印するしかなかった。

 

 

『やめろおおおおおおおォォォォ!!!!』

 

 

「絶対にッ、ここは通さねぇえええええェェェ!!!」

 

 

このままだと不味いとやっと理解した邪神は必死に力を収束させて【世界の剣】を押し返そうとする。

 

 

ビギッ! バギギッ!

 

 

まだ残っていた肉が潰れる音、骨が折れる音、体が壊れ始める音が止まらない。

 

血を吐きながら、歯を食い縛りながら全ての力を使い果たそうとした時、

 

 

「「「「「負けるなああああああァァァ!!!」」」」」

 

 

「ッッ!!!」

 

 

背中を押す応援の声に、大樹の意識は覚醒する。

 

虹色の光が強まり、輝きを放つ。闇を打ち払う最強の光が大樹を味方した。

 

世界の声が大樹の腕を動かす。世界の声が大樹に力をくれる。

 

そして、女の子たちの声は大樹の心に響かせた。

 

 

『な、何だこの力はッ!? 一体どこからッ!?』

 

 

「世界はッ……俺が守るんだああああああああああああァァァァ!!」

 

 

ドゴオオオオオオオオォォォ!!!!!

 

 

何百倍にも膨れ上がる奇跡の力に闇は一瞬で消滅する。【世界の剣】は扉の先にいた邪神の胸に突き刺さる。

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッ!!!!!」

 

 

雄叫びを上げながら邪神に立ち向かう最後の神となった男。

 

全員が彼の名前を叫ぶ。泣きながら名前を何度も叫ぶ。

 

扉が閉まる瞬間、最後に見せた英雄の顔は―――笑顔だった。

 

 

ガギンッ!!!

 

 

―――世界を闇に呑み込む扉は、白銀の鎖によって封印された。

 

その瞬間、意識と視界は真っ白に包まれた。

 

 



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彼らの道は―――。

―――残酷にも、枝分かれしていた。




―――目を覚ますと涙を流していた。

 

 

それも普通じゃない。枕を濡らすほどの大粒の涙だ。

 

 

《彼女たち》は起きると()()()()部屋を見て安堵する。

 

 

とても怖い夢を見た―――いや、見ていたような気がする。

 

 

彼女たちの目覚めに親しい人たちが心配するが、彼女たちは「大丈夫」だと笑顔を見せる。

 

 

ベッドから起きると『いつもの日常』へと向かう。

 

 

―――心のどこかに空いた穴を埋めるように、日々を楽しむのだった。

 

 

 

________________________

 

 

 

 

「本当に大丈夫ですのお姉様?」

 

 

「大丈夫って言ってんでしょ。心配し過ぎなのよあんたは」

 

 

学園都市でも名門校である常盤台の制服を着た二人が道を歩きながら話していた。

 

波乱万丈な大覇星祭も終わり、学生たちはまたいつもの通学路を歩く日々がやって来た。

 

 

「きっと怖い夢を見たのよ。たまにあるでしょ」

 

 

「……お姉様に取って怖い夢って何ですの?」

 

 

「そうね……ゲコ太が世界から消えるとか?」

 

 

「えぇ……」

 

 

真剣な表情で自分に取って恐ろしい夢を語るのは御坂 美琴。その後ろで呆れた顔をしている茶髪のツインテールは白井 黒子だった。

 

 

「でも……もっと怖い夢を見ていた気がするわ」

 

 

どれだけ考えても、どれだけ思い返そうとも、美琴は夢の内容を思い出せない。

 

―――何も、思い出せない。

 

そんな暗い顔をする美琴に黒子は急いで話題を変える。

 

 

「そ、そうですの! お姉様が短期留学から帰って来てから、まだ初春たちに会っていませんでしたわよね! 今日はいつものファミレスでパフェでも!」

 

 

「……そうね。暗いことなんて忘れましょ」

 

 

―――短期留学。自分はイタリアに短期留学していた。

 

内容は常盤台の授業より一段上の内容()()()()()。どうして自分が短期留学なんてしようと思ったのか思い出せないが、()()()()()()()()()()()という思いがあったことは思い出している。

 

理由は分からない。でも、行かなければ後悔していたということは心のどこかで―――?

 

 

「お姉様? 授業に遅れますわよ?」

 

 

「……走れば間に合うでしょ」

 

 

「常盤台のエースが走って授業に向かうのは止めて欲しいですの」

 

 

それでも―――彼女の日常は、いつも通りに進んでいた。

 

 

 

________________________

 

 

 

ガギンッ!!

 

 

「アリアッ!!」

 

 

敵の拳銃をナイフで弾き飛ばしたキンジ。頼れる相棒の名前を呼ぶと、敵の背後にピンク色のツインテール少女が降って来る。

 

 

「テメェ!? 一体どこに隠れて―――!?」

 

 

「誰が小さいのよッ!?」

 

 

「いや言ってな―――ぐべらッ!?」

 

 

ドゴッ!!

 

 

正面から突入したキンジとは別に、建物の通気口から侵入して来たアリアは敵を蹴り飛ばした。顔面を思いっ切り。

 

事件を引き起こした犯人は「言って、ないのに……がくっ」と言い残して気を失う。これで事件は解決。

 

小さい体のアリアだから可能だったキンジ考案の作戦だったが、アリアはご立腹のご様子。敵を拘束したあと、キンジは恐る恐る声をかける。

 

 

「キレてる?」

 

 

「全ッ然ッ!!」

 

 

「いや嘘だろ……」

 

 

アリアの顔は笑顔なのに怒りのオーラを振り撒いていた。キンジはそれ以上、何も口にしなかった。

 

―――今の世の中はあまり良い方向に進んでいなかった。

 

()()()()()()()()()の活躍によって第三次世界大戦を阻止することはできた。だが世界の犯罪率は上昇しているのはある組織が動き始めたからだ。

 

その組織を追い駆け始めたキンジたち。だが得られる情報はゼロに近い物ばかり。

 

 

「ここもハズレ。手応えが無い時点で気付いていたけどね」

 

 

「そう文句を言いながら人助けをやめない美点は評価するぞ俺は」

 

 

「アンタはもう少しやる気を出しなさいッ」

 

 

ペチッとキンジの額にデコピン。「無茶言うなよ」と額を抑えながらキンジは後処理を始める。

 

ふと建物の屋上からアリアは外を眺める。そして―――胸に手を当てながら目を閉じた。

 

 

「第三次世界大戦……本当にたった四十人で四百万の数を覆せたの……?」

 

 

戦いは鮮明に覚えている。でも違うと直感は言っている。

 

何故なら『普通に』考えれば不可能な作戦。それなのに作戦を実行に移して、見事に成功していることに『おかしい』と感じないはずがない。

 

まるで何かの記憶を改竄されたかのような、違う物を見せられているかのような。

 

 

「……どうしてこんなにも寂しいのかしら」

 

 

綺麗な夜景を見ながら、『失った何か』を取り戻す為にアリアは今日も犯罪者に立ち向かう。

 

 

 

________________________

 

 

 

「雄二のせいでしょ! またFクラスに落ちたのは!!」

 

 

「人のせいにするんじゃねぇ明久! 古文9点は論外だろうがぁ!!」

 

 

「日本史が僕より低い奴には言われたくないですぅ!」

 

 

「「やんのかコラァ!!??」」

 

 

廊下から聞こえる二人の喧嘩にAクラスは微妙な顔になっている。一時期、こんな底辺な奴らに敗北していたことを思い出すと頭が痛い。

 

そのあとはお約束の流れで西村先生(鉄人)に見つかり逃げていた。静かになるのはもう少し先になるだろう。

 

 

「どうしたの優子? 久しぶりの学校なのに元気無いね」

 

 

クラスメイトの愛子が声を掛けてくれる。考え事をやめて優子は首を横に振った。

 

 

「ううん、ちょっと呆れていただけ。何でアタシたちはあんなにFクラスを警戒して、負けたのかと思って」

 

 

「不思議だよねぇ。凄くイレギュラーな人がいたと思うんだけど……」

 

 

自分だけじゃない違和感。優子は隣を見ながらもう一つの疑問も口にする。

 

 

「それに……クラスに二つも席が余っているの、おかしいと思わない?」

 

 

「そう? こんなに広い教室だから余分にあっても不自然じゃないと思うけど」

 

 

その点は全く気にしている様子を見せない愛子。だが優子だけは余った席を見続け、違和感の正体を探ろうとする。

 

 

「それでは授業を始めます。皆さん、席に着いてください」

 

 

高橋先生の声で考え事は中断され、目の前のことに集中する。

 

けれど優子は授業中、余った席をチラチラと見続けて、あまり集中することはできなかった。

 

空白のノートが、彼女の心情を写しているかのようだった。

 

 

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―――最底辺のコミュニティだった【ノーネーム】。それはもう昔の話だ。

 

巨龍との戦い、アンダーウッドの収穫祭、そしてヒッポカンプの騎手。様々な試練やゲームを【ノーネーム】は越えて来た。

 

 

「こ、こんなにも素敵なことになるなんて……!」

 

 

「ヤハハッ。ま、これくらい花が無いとコミュニティらしくねぇな」

 

 

復活することはないと言われていた荒れ果てた地は緑を取り戻し、たくさんの花が咲き誇っていた。

 

畑も多くの実が生り、食料に困り飢えることもない夢の生活が実現した。

 

黒ウサギが涙を流しながら感動するのも当然。十六夜は笑いながら緑の草を踏みしめる。

 

 

「恩恵ってのはこんなにも凄いとはな。どこまで俺を楽しませる気だこの野郎」

 

 

「最初はロクでもない問題児で先が思いやられると悲しかったですが……十六夜さんたちを信じて良かったです」

 

 

「今悪口言う必要あったか?」

 

 

「請求書、何枚あると思います?」

 

 

「……さーて、飯でも食いに行くか」

 

 

―――快晴にも関わらず、雷が轟いた。

 

バイオレンス黒ウサギが十六夜に制裁を加えたあと、空を見上げる。

 

異世界から呼んだ三人の助っ人。十六夜、飛鳥、耀。

 

 

(何故でしょうか……この虚しい気持ちは……)

 

 

この美しい光景を、一緒に見て欲しいと思う気持ち。

 

しかし、それが誰なのか分からない。確かにいたはずなのに、思い出せないでいた。

 

 

「く、黒ウサギ!」

 

 

「ジン坊ちゃん? どうしてそんなに慌てて―――」

 

 

「喧嘩!」

 

 

「たった一言で理解しました! あの問題児はどうして大人しくできる時間が無いのでしょうか!?」

 

 

黒髪から緋色の髪に染め上げると、怒りのオーラを全身に纏いながら弾丸のように飛び去る。

 

問題ばかり起きている日常だが、『いつもの』日常と変わらない日々だった。

 

 

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「会長? 会長!」

 

 

「えッ?」

 

 

「どうしたのですかボーッとして。何か書類に不備が?」

 

 

気が抜けた真由美に声を掛けたのは男子生徒だった。隣に居る女子生徒も不思議そうに真由美の顔を覗いていた。

 

彼らの持って来た書類に目を通したのだが、気が付けば上の空。真由美は咳払いすると、

 

 

「問題は無いわ。同好会は認めます。部活を設立したいなら人数を集めて部活連本部の方に申請すれば通るはずよ」

 

 

「ありがとうございます!」

 

 

頭を下げながら男子生徒は書類を受け取ると、元気良く退室していった。女子生徒もお礼を言いながら立ち去るのを見送ると、

 

 

「はぁ……こんな調子じゃ駄目ね」

 

 

溜め息をつきながら窓の外に目を配る。もうすぐ時期生徒会長を決める生徒会選挙が始まるというのに、自分のだらしなさに情けないと思っていた。

 

あの日―――大泣きしながら夢を見た日からだ。

 

大切な何かを奪われたかのような錯覚。起きてからも空っぽの手を見て涙が止まらなかった。

 

何故なのか? 理由は? 何一つ分からない。

 

 

「ねぇ……私は、何を失ったの?」

 

 

誰もいない部屋で真由美は独り言を呟く。当然、返事はない。

 

それがあまりにも悲しくて、涙が落ちそうになった。

 

 

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―――ティナ・スプラウトは狙撃銃を抱きかかえながら座っていた。

 

敵を待っているわけでもなく、任務を待機しているわけでもない。彼女はただ休んでいるだけだ。

 

彼女の休む理由は一つ―――狙撃の不調だった。

 

神業と評されるくらいの狙撃の精度を持つ彼女だが、既に三百メートルの狙撃すら外してしまっている。ガストレアとの戦いは『足手まとい』になっていた。

 

 

「……………」

 

 

―――世界は、変わろうとしている。

 

それは突然の出来事だった。抑制剤の新薬―――『D』と名付けられた抑制剤は世界をひっくり返す程の効力を持っていた。全ての『呪われた子ども』たちを救う希望だ。

 

ガストレア因子は遺伝子情報を書き換える。今までどんな治療も遺伝子に干渉することが不可能だったにも関わらず、『D』は遺伝子情報の凍結をするという新たな薬が生まれた。

 

更に部分的凍結できるので体の成長も止めることなく浸食を防げるという優れもの。百年後の近代技術でも、魔法でも無い限り叶えることができなかった夢の治療法が実現したのだ。

 

 

「ガストレアを……殲滅しなければならないのにッ」

 

 

あとはガストレアとの戦争に勝利するだけで世界は救われる。頭では分かっているのに、ティナの体は動かなかった。

 

グッと手を握りながら狙撃銃を抱き締める。彼女の綺麗な瞳から、涙が溢れ出していた。

 

 

「どうしてッ……こんなにも痛いのでしょうかッ……!」

 

 

無くなったはずの物が、彼女の心を傷つけていた。

 

 

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ウウウウウゥゥゥ―――――!!!

 

 

ビリビリっと耳に来るサイレン音が街一帯に響き渡った。

 

空間震警報を知らせる音。精霊がまた現れたのだと折紙は察するが、彼女は動かない。既に【フラクシナス】という安全な場所である空の戦艦に身を置いているからだ。

 

だからと言って動かないわけにはいかない。本当なら【AST】の一員として、精霊の一人として、出現した精霊と戦わなければならないはずだった。

 

しかし、彼女の精神状態は常に不安定なせいで戦うことを禁止されていた。まるで猛風に揺れるボロボロの吊り橋だと。

 

 

「ッ……」

 

 

下唇を噛み締めながら琴里の言葉を思い出す。士道に霊力を封印して貰わない限り、戦闘中に暴走する可能性があると。

 

過去に精霊の力が暴走して()()()()()()()たことがある。本当ならその時点で()()()()()()()()はずなのだが、彼女の心は揺れなかった。

 

どうしてなのか。理由は自分でも分からない。

 

 

―――首から下げた()()()ペンダントを強く握り絞める。

 

 

このペンダントは不思議なことに精霊の力を抑えることのできる代物。【フラクシナス】が用意した限りある代物で、これと同じ物を美九たちは持っている。彼女たちの霊力はそのペンダントによって抑えられている。

 

だが折紙のペンダントは破損しているせいで抑えることはできない。どこで壊したのか記憶に無いが、

 

 

「……………」

 

 

―――とても大切だった物だったことは覚えていた。

 

壊れたペンダントを握り絞めていると、自然と目から涙を流していた。

 

 

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―――そんな彼女たちの日常を覗いていた男は頭を抑える。

 

あまりにも心が痛い光景に握り絞めた拳から痛々しい音が漏れ始めている。ギチギチと強く、弱める様子は全くない。

 

まるで、自分の罪だとやったことを後悔するように。

 

 

「お前はずっとそのまま止まり続けているつもりか?」

 

 

背後から声を掛けられて振り返ると、そこには白衣を身に纏った子どもが呆れた顔をしていた。

 

 

「ガルペス……」

 

 

「世界の救世主が望む形だ。あの男が愛した女たちを幸せにする唯一の手段」

 

 

ガルペスは原田の見ていた大きな鏡を軽く叩く。すると鏡には七罪の姿が映し出される。

 

彼女は士道と共に新たに出現した精霊と戦っている。原田は黙ったまま「何が言いたい」と目線を送る。

 

 

「お前は選んだ。世界を元通りに、あるべき姿にすることを」

 

 

「……それなら、お前はどう選んでいたッ」

 

 

あの日、【冥界の扉】が封印された時を思い出す。

 

天界は崩壊することはなかった。半壊はしたが、消滅するまでには至らなかったのだ。

 

原田たちは奇跡的な生還に一度は喜んだ。しかし、大切な人を一人、失ってしまった。

 

自分の世界から太陽が消えてしまったかのような喪失感に、涙は止まらなかった。

 

 

「全部上手く行くって信じていたんだッ……誰も死なずに、皆が笑い合える最後になるってッ……だから地獄から這い上がって来てでも……!」

 

 

「人の心は脆い。だから、()()()()()()()()()

 

 

ガルペスの容赦のない一言に原田は歯を強く食い縛る。

 

目の前で愛する人が死んだ時の喪失感は、自分より酷いはず。女の子たちは泣き崩れてしまった。

 

天界を復興作業すると同時に彼女たちの治療もした。だが、どれだけ尽くしても無駄に終わった。

 

 

―――誰も、一歩も前に進むことはできなかった。

 

 

どれだけ知人から友人、家族に会わせても彼女たちの心は動かなかった。ボロボロに、壊れていた。

 

 

「……今まで数々の試練を乗り越えれたのはあの男のおかげなのだろう。だから、支えの無くなった心は崩れ落ちた」

 

 

「……大樹の存在は、俺たちに取って大き過ぎた」

 

 

「あの馬鹿野郎が……」と小さな声で呟くと、原田は額に手を当てる。

 

 

 

 

 

「―――お前のせいで、()()()笑えてないと思ってんだよ……」

 

 

 

 

 

「……………」

 

 

原田の落ち込む姿は見飽きていたガルペスは無言で鏡をまた叩く。そこには楽園と呼ぶに相応しい復活した天界の光景が映し出されていた。

 

更に白い翼の生えた天使が何十人も、天界に住んでいる様子が見える。

 

 

「世界の各地から集めた実験材―――有能な人材たちだ。オリュンポス十二神の新たな神になれる者もいるかもしれん」

 

 

「お前の実験は常に俺の部下が監視していることを覚えて置けよ」

 

 

口が滑ったガルペスは舌打ちをして説明を続ける。

 

 

「急いで空席を埋めるべきだ。既に元保持者が席に着いているが、俺は座る気はない」

 

 

「実験に時間を使いたくないからか?」

 

 

「……アホと永遠に落ち込み続けている()()()()()()()の部下になる気はない」

 

 

「アホって……リィラは凄いだろ。天使から神の席まで昇格する奴なんて前代未聞だろ」

 

 

「それはペットがいるからアホは神の席に座れたのだろうがッ」

 

 

かつて大樹の右腕と左腕だったリィラとジャコのコンビ。実力は大樹に鍛えられたおかげか、トップクラスだった。

 

 

「それに……」

 

 

「それに?」

 

 

「……撫でようとしたら噛まれた」

 

 

「子どもか」

 

 

完全な私怨に原田は呆れる。ジャコが嫌いになる理由は分かったが、

 

 

「あのアホは犬よりもっと性格が悪い」

 

 

「何でだ?」

 

 

「俺に会うたびに馬鹿にするのだ。この間は「あっ、大樹様にボコボコにされた偽黒幕の人じゃないですかwww背が小さいのは反省の意を込めてですかねwwwじゃあ私も手伝いますね。はい、犬のように靴を舐めていいですよwww」ってなッ!!!」

 

 

「それはもうキレていいよお前」

 

 

本当に性格が悪くなっていた。本当に神の席に座らせて良いのか迷ってしまう。

 

 

「だが本当に性格が悪いのはこの後だ」

 

 

「後? 煽った後のことか?」

 

 

「ああ。奴は散々俺の事を馬鹿にしたあと、大樹のことを思い出して鼻声になって涙目になる。だからその……何も言え返せなくなるッ」

 

 

「疑ってごめん。お前って良い奴だよホント」

 

 

神の席に座らせる理想の男はガルペスだと確信する。そして必ず座らせることを原田は決意した。

 

 

 

________________________

 

 

 

ガルペスからの報告をいくつか聞き終えた後、原田は封印された【冥界の扉】の前に立っていた。

 

扉の前には多くの花束が置かれ、世界を救った英雄を称える墓石まで作られていた。

 

誰もいないことを確認したあと、原田は目を閉じて話し始める。

 

 

「……こっちは数年の時が流れた。そっちは()()()経ったんだ?」

 

 

―――冥界の時の流れは天界の数十倍。数ある世界の中で最も早い流れの世界なのだ。

 

大樹ならすぐに帰って来ると信じていた。あんな別れ方をしても、見事に邪神を打ち倒して笑顔を見せてくれると。

 

しかし、どれだけ待っても扉が開くことは無かった。

 

 

「生きていると信じてぇよ……でも、どれだけ待たせるつもりだ……」

 

 

強靭な人でも百年以上生きることは難しい。例え神の力を持ったとしても、人が生きるには不可能な時間が経ったはずだ。

 

 

「……今日、やっと()()()が目を覚ました。お前が最後まで命を懸けて守った奴だ」

 

 

原田は持って来ていた花束を墓石の前に置きながら話す。その場に座り込み、

 

 

「アイツはもう道を間違えることはない……きっと、大丈夫だッ……」

 

 

―――視界が、ぼやけ始めた。

 

 

「なぁ大樹……俺はッ……俺はどうすればよかったんだよッ……!」

 

 

ポタポタと地面に涙が落ちていた。

 

ここに来るたびに原田は涙を流してしまう。この場では自分の弱さを見せてしまっていた。

 

 

「お前がいないせいで、女の子たちは永遠に幸せなんかなれねぇよッ……分かってんだろッ……!」

 

 

本当はやりたくなかった。最後の最後まで外道な手段は取りたくなかった。けど!

 

 

「お前が女の子たちの幸せを望むからッ……こうするしかなかったんだッ……!」

 

 

後悔しかない。ずっと後悔し続けている。その行為は絶対に正しいと原田自身が一番理解している。

 

けれど彼女たちの中に大樹が居る限り、彼女たちは笑うことができない。心の底から笑顔になることは永遠に訪れない。

 

だから、原田はガルペスに力を借りて彼女たちの記憶を消した。

 

世界も元あるべき姿に、真っ白な関係にして、全てを白紙にした。

 

 

「最低だッ……俺は、最低だッ……! 許してくれ、大樹ッ……!」

 

 

―――その泣いた背中を叩いて励ましてくれる大切な友人は、もういない。

 

 

「……………」

 

 

その光景を遠くから隠れながら見ていたガルペスは煙草に火を点ける。口から煙を吐いたあと、小さく呟いた。

 

 

「いい加減気付け。あの男は、お前を責めたりしないことを」

 

 

煙草を咥えたまま歩き出し、その場から離れる。

 

―――立ちながら見るのは疲れたと、空いた席にでも座ろうと。

 

 

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「―――なぁ新人」

 

 

「どうしました先輩?」

 

 

禍々しい黒い門には巨大な薔薇(バラ)(とげ)が絡み付き、侵入者を拒むように蠢いていた。

 

不気味な門の前には二つの影があった。一つは小柄で銀色の鎧を纏った先輩。頭部は無く、折れた剣をクルクルと手の中で回していた。

 

 

「本当に敵は来ると思うか?」

 

 

「来ると思いますよ。悪魔の予言だと魔女様は言っていたじゃないですか」

 

 

三メートルを越える一つ眼の巨人の後輩が答える。巨体の割りに声は小さく、背筋を伸ばして真っ直ぐ立っている。

 

先輩は大きなため息をついたあと、折れた剣を鞘に戻す。

 

 

「でもよぉ、何年待っても来ねぇじゃねぇか。次の邪神候補を決める戦争だってのに、今の冥界は平和過ぎるッ」

 

 

「いや、全然殺伐としていると思いますよ。ほら、この間はデーモンの軍隊を率いた邪神候補が死んだじゃないですか」

 

 

「誰が倒したのか分からねぇままだけどな。名乗れば一気に新たな邪神になる可能性があるってのに」

 

 

「冥府神の闇衣も盗まれて、一体どうなるのでしょうかね」

 

 

「さぁな。冥界なんて、こんなもんだろ」

 

 

「……もう邪神が消えてから三百年以上も経つのですね」

 

 

「最初は大騒ぎだったな。天界から乗り込んで来た馬鹿な神だと思っていたのに、まさか倒すなんて……衝撃的だったぜ」

 

 

「自分の命を引き換えに邪神を倒すなんて……神も相当―――」

 

 

「馬鹿な奴だろ。ハデスの代わりになる悪魔は冥界の中にいるってのに」

 

 

「……次の邪神、どうなるんでしょうね」

 

 

「さぁな」

 

 

会話で暇な時間を潰す門番たち。その時、後輩の目の色が変わる。

 

 

「……誰か来てます」

 

 

「何?」

 

 

「前方から堂々と。どこかの使者でしょうか?」

 

 

「馬鹿言えッ、俺たち悪魔がわざわざ宣戦布告なんてするわけないだろッ。体中に爆弾を取り付けた捨て駒に違いねぇ」

 

 

折れた剣を抜刀し、巨人は自分の身長と同じくらいの棍棒を持ち上げる。

 

小柄の身長でも目視できる距離まで敵は歩いて来ていた。攻撃を仕掛けるかどうか迷っていると、

 

 

「ここが『灼熱の魔女』と呼ばれる邪神候補の居る館か。センス無い外見だなぁ」

 

 

薄汚れた布を羽織り、身を隠した敵に警戒する。特に小柄の先輩は心の中で舌打ちをしていた。

 

 

(クソッ、俺の間合いをギリギリ回避できる距離で足を止めやがった……ただ者じゃねぇ!)

 

 

捨て駒などではないことに焦りを感じつつも、声を掛ける。

 

 

「何者だ? 何の用でここに来た」

 

 

「決まっているだろ。邪神候補を潰しに来た」

 

 

「先輩ッ」

 

 

「手を出すなッ。おい、こっちは十万を越えた悪魔が居る。まさか一人でやるわけではないだろ」

 

 

敵の目的はアホな宣戦布告。もしくは敵情を偵察しに来たはず。後者が可能性が高いが、向うは下手な真似はしないはず。

 

 

「何を言ってる。一人しかいないだろ、ここに」

 

 

「……その冗談は面白くないな」

 

 

「―――お前の剣じゃ、俺には届かない。冗談かどうか、試すか?」

 

 

「「ッ……」」

 

 

小柄の先輩だけでなく、巨人の後輩も危険を察知した。

 

布から漏れ出す殺意に恐怖を感じ取った。主である魔女よりもずっと強大な殺意。

 

小柄の先輩の手が震える。そして、震えながら敵に問う。

 

 

「な、名を……名乗れッ」

 

 

 

 

 

「―――楢原 大樹」

 

 

 

 

 

「「なッ!?」」

 

 

二人は知っていた。いや、冥界でその名を知らない者などいない。

 

三百年前。冥府神ハデスを討ち倒した神の名だ。

 

驚愕すると同時に、それは嘘だと確信する。

 

 

「ありえない! 三百年だぞ!? 生きているわけがないだろ!」

 

 

「だけど、こうして俺は生きている。全く、俺はどんだけ人間をやめれば気が済むのやら」

 

 

そして、一陣の風が吹く。敵が羽織っていた布は吹き飛び、姿を現した。

 

 

「―――悪が潰えるまで、俺という正義が死ぬことはねぇよ!!!」

 

 

 

 

 

―――()()()()は指を差しながら決めポーズを取った。

 

 

 

 

 

「「いや骨えええええェェェ!!!???」」

 

 

先輩と後輩は大きな声で驚いていた。完全に人の骨がそこに立っていたのだ。

 

 

「さぁ! かかって来い!」

 

 

「待て待て待て!? 人間をやめたというか人間の肉と皮が落ちただけだろ!? というか普通生きれないだろ!」

 

 

「冥界は遅れているなぁ。俺の居た世界は『まぁ大樹だからね』って納得していたぞ?」

 

 

「人の世界怖いな!?」

 

 

「先輩! 三百年前の強敵なんて勝てるわけが……!」

 

 

「何でビビってんのお前!? いやビビっておかしくない奴が目の前にいるけど!」

 

 

「慣れたら便利だぞ。ホラ、腕とか足とか骨だから取り外し可能だから小さなスペースに収納できる」

 

 

「コイツ普通に狂ってんな!!」

 

 

腕や足の骨を取り外しながら自慢するサイコパスに二人の体は震えが止まらない。

 

その時、門の薔薇がうねうねと動き始める。

 

 

「ん? 何だこの薔薇は?」

 

 

そして、花は口を開いた。凶暴な歯を剥き出し、ドロドロの涎を地面に垂らす。

 

 

「うぇ……骨しか無いのに俺を食う気かよ……」

 

 

「いや引くポイントそこか? だが、これ以上立ち入るのはやめておきな。この怪物はデーモンと同等の強さを―――」

 

 

ザンッ!!!!

 

 

その時、小柄の先輩の横に何かが通った。

 

前を見ればガイコツの手には茶色に錆びた刀を持ち、振り上げていた。

 

嫌な予感がした二人の門番は、ゆっくりと振り返る。

 

 

「悪いな。俺の肉は全部、デーモンにやられたから残ってないんだわ。というか骨に臭いが移るのは勘弁な」

 

 

―――細切れになった棘のツタが宙を舞い、薔薇の花弁が雨のように降り注いだ。

 

何百年と守り続けられた黒い門は粉々に吹き飛び、更地に変わり果てていた。

 

 

「……………は?」

 

 

何が起きたのか全く分からない。状況が飲み込めなかった。

 

 

「よしよし、回復したみたいだな。骨の生活も悪くないが、やっぱりこっちじゃないとな」

 

 

再び前を向くと、そこにはガイコツではなく冥府神の闇衣を身に纏った男が立っていた。

 

オールバックの黒髪に、不敵に笑う男の姿。錆びていた刀は銀色の輝きを取り戻し、神々しく輝いていた。

 

一瞬で勝つことのできない存在だと理解した門番は武器を降ろす。道を譲り、黙ったまま立ち尽くした。

 

戦意を失った者に刃を向ける趣味は無い。大樹は門番の横を通り抜け、館へと目指す。

 

 

「ずっと愛する人の為に世界を守るんだ。例えこの先何年、何十年、何百年、何千年、何万年、何億年……」

 

 

―――世界を救う英雄は、不滅だった。

 

 

「守って見せる。救い続けるこの思いは、絶対に変わらねぇよ」

 

 

―――どれだけの時間が彼を殺そうとしても、死ぬことはない。

 

 

「全冥界を敵に回す覚悟くらい、こっちに来た時からできてるんだ」

 

 

―――どれだけの悪意が彼を潰そうとしても、正義の形は歪まない。

 

 

「さてと、どうやら俺はまだまだ戦うことになりそうだな!! 今度は俺が邪神になって冥界をボランティア団体にするのも面白そうだな!!」

 

 

 

 

 

それが世界を救った英雄―――楢原 大樹なのだから。

 

 

 

 

 

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「え?」

 

 

聞き覚えのある声が聞こえた気がした。しかし、周囲に誰も人の気配は無い。

 

それもそのはず、深夜一時を過ぎた公園に誰かが散歩しに来るとは思えない。寮を抜け出して後輩たちに会いに行こうとする自分くらいがこの公園を通るのだから。

 

少し伸びた髪が風に揺れる。やっぱり自分には短い方が似合っていると考えながら歩き始める。

 

 

―――ふと、足が止まる。

 

 

何の変哲もない場所に目が釘付けになっていた。そこに誰かが待っているわけでもなく、落ち込んでいるわけでもなく、何も無い場所。

 

それなのに、彼女は寂しさを感じていた。

 

酷く、酷く、酷く、心が締め付けられるような痛い寂しさを。

 

 

「あれ……? どうして私ッ……」

 

 

何故か涙が流れ始め、止まらなくなった。

 

溢れ出る涙を何度も拭うが、涙が乾くことはない。

 

目は赤く腫れ始め、鼻先も赤くなる。情けない姿を後輩に見られなくて良かったと安堵していると、

 

 

「どうした? そんなに泣いて。嫌なことでもあったのか?」

 

 

後ろから男性に声を掛けられてビクッとなる。顔を隠すように振り返ると、

 

 

「……み、見なかったことにしてください」

 

 

「男は女に涙を流させたくない生き物なんだぜ。助けるのが当たり前で、ここでハンカチを渡せたら紳士」

 

 

男性は笑顔で白いハンカチを渡そうとする。それを受け取り、涙を拭いた。

 

 

「……ナンパならお断りです」

 

 

「ナンパじゃねぇよ。俺はよく浮気する男だと勘違いされるが、愛する人たちを裏切るようなことはしないッ」

 

 

「……たち?」

 

 

「俺には七人の嫁がいる」

 

 

その時、月明かりが二人を照らし出す。お互いの姿が、男性の姿がよく見えるようになった。

 

 

そして―――言葉を、失った。

 

 

オールバックの黒髪に、何故か似合わない学ランを着ていた彼は満面の笑みで語る。

 

 

「あ、今最低だと思ったな? だ・が・し・か・し! ロマンチックな結婚約束もしたんだぜ。どんな世界よりも盛大な結婚式を挙げるとか。永遠の愛を誓ったりとか。あとは……えっと、俺の童貞をどうにかするとか……いやしたっけ? してないっけ? いやもうしたことにするか。うん下衆の極み! まぁとりあえず、一番の約束は―――」

 

 

「ッ……ぅん……!」

 

 

「―――ずっと一緒に居るってことだよな」

 

 

「うんッ……うんッ……!」

 

 

「別に記憶が無くたって俺には関係無いね。だって、その流れはもうやったからな!」

 

 

「うんッ……ひぐぅ……!」

 

 

「んで、話は戻るけど泣いていた理由は? まさか男か!? 頼んでくれたら俺が成敗してやる!」

 

 

「……ええッ……そうねッ……馬鹿な男のせいよッ……!」

 

 

「だよなッ! というわけで死ゲボロォッ!? よし、ちゃんと殴ったから安心しろ!」

 

 

先程より涙をボロボロ流してしまう。もう二度と、この感情を、思い出を、全ての記憶を失いたくない。

 

それだけ彼女の思いは、嬉しく爆発してしまっていた。

 

ほんの少し男は涙を目に溜めながら左手を握る。そして、薬指に綺麗な指輪をはめた。

 

 

 

 

 

「―――悪い、すっげぇ遅くなったわ。愛してるぜ、美琴」

 

 

「―――馬鹿ッ……私もよッ……!」

 

 

 

 

 

ずっと会えなかった愛する人を強く抱きしめた。

 

 

「アリアも、優子も、黒ウサギも、真由美も、ティナも、折紙も。皆愛している。一緒に迎え行こう」

 

 

「ぐすッ……最初が私で良かったの……?」

 

 

「ああ、だって俺たちの始まりはここからだろ?」

 

 

「ッ……たまには素敵なことを言うのね……!」

 

 

「それならもっと素敵に決めたいと思うんだが……お、オーケー?」

 

 

「黙ってすればカッコイイいいのにッ……大樹らしいわ……」

 

 

「大丈夫だ。これでアリアの時は絶対に失敗しない。黙ってする」

 

 

そう言って大樹と美琴は唇を重ねた。今まで失った時間を取り戻すように。

 

こうして『楢原 大樹』は、約束を果たす。果たしに行くのだった。

 

 

―――これが、楢原 大樹の物語である。

 

 




―――けれど枝分かれした道の先は、また一本の道に繋がっている。



ここから先は作者のアレです。はいアレです。ちょっとイキってしまう自分語りという名の後書きです。

この物語を最後まで読んで下さった方々へ、ありがとうございますと感謝の言葉を送りたいです。それと、


ホントマジスーパーアルティメットお疲れ様でしたぁ!!


知っていますか? この物語の文字数。二百五十万越えているみたいです。教科書でもこんなに文字数ねぇよ馬鹿野郎。

読者方には本当に感謝と感謝、からの感謝と三段構えの感謝しかありません。こんな素人童貞の私の物語を読んで下さりありがとうございます。

物語は予想通りのハッピーエンド。ここでバットエンドにできる度胸はありません。

たまに自分の物語を読み返すことがあるのですが、特に最初の方を見ると、


ただでさえ酷い文なのに、もっと酷いから発狂しそうになるんです。


鋼の錬金術師に俺の心をガラスから鋼に変えて欲しいくらい恥ずかしい。リメイクしてやろうかこの野郎と考えたことはありましたが、自分はここから成長したのだとポジティブに考えて乗り切りました。

当然最初は批判のコメントがありました。ですが、私は全くに気にしなかったのです。


何故なら私はプロだから―――嘘です単に「うるせぇこの野郎。これが俺の小説じゃボケぇ」と思っていたので。


クソ野郎だった私は小説でよく見るオシャレな地の文や綺麗な表現ができない問題を全て効果音で解決するという荒技。とにかく人と人を喋らせて地の文を消す邪道。そして極めつけは小説で見つけた「あ、これいいな」という文を丸パクリするという犯罪的行為を繰り返して来た。


はい、いわゆる常習犯です。


しかし私は捕まらない。許される場所がここだから。

自由に自分の思ったことを書ける場所だから、この作品ができたのです。たまに心の無いコメントを貰いますが、そんな時は「黙れイ〇ポ野郎。他の小説を読め」と想いながら無視して書いて良いと思います。あと自分はイ〇ポじゃないです。

コメントで思い出しました。今までコメントを下さった方々、途中から返事を返せなくて申し訳ないです。面倒なわけじゃないんです。ただ、


物語の先の展開を読み取るレベル6クラスの超能力者の読者たち&軽くネタバレする未熟なイ〇ポな私を許してください。


コメントの方々を責めているわけじゃありません。むしろコメントをくれると私の執筆力が上がります。あまりの嬉しさに5から53万ぐらいに上がります。

ただ自分はあっと驚かせるような物語を書きたいので「こ、コイツ!? 俺の先を読んでやがる!?」と意地になって道で待ち構えている無差別ポ〇モントレーナー級に凄いことを書いてしまい、やらかしたと後悔したことが多々あったのです。特にラストは、そうなるわけにはいかなかったのです。

そして一番の問題は私。思わず先の展開を読ませるようなことを返してしまう私に一番の原因がありました。あと自分はイ〇ポじゃないです。

なので、コメントを下さった方々には本当に感謝しているので。エー〇みたいに涙を流して感謝しているので。

まだまだ書きたいことがあるのですが、軽く五千文字越えそうなので〆に入ろうと思います。思い出したら青い鳥の方で呟くと思いますので。


最後にこの作品の続編など、私の次回作などの話です。





申し訳ないです、この作品で終わりだと思います。





「思いますぅ? か~ら~の~?」と期待しても土下座で許して下さいと謝ることしかできません。もしかしたら、気が向いたら、番外編を少しだけ書くかもしれない程度です。

本当は大樹とヒロインでSAOをクリアする!とかダンまちとか俺ガイルとか、やりたいことはたくさんあったのですが、この作品で全てを出し尽くした私には続編を書ける自信がありません。

多くの人の期待に応えたい私ですが、どうか未熟な私を許してください。


もし……もしも、更新頻度が非常に遅く、酷い文才でも、期待してくれる方々が多いなら―――私は、また書きたいです。


そして、名前を出して良いという許可も取らない私を許して下さい。この作品の絵を描いてくれた『Hibiya』様にこの場を借りてお礼を言わせてください。あなたの絵は、私のやる気と書いて良かったと心の底から思うことができました。大樹をあんなにカッコ良く描いて貰った時は興奮が収まらなかったです。小説が途中でエターナルフォースブリザードしなかったのはあなたのおかげです。

他にもツイッターで応援や絡んでくれた方々にも感謝を。楽しい日々をありがとうございます。これからもどうか私と絡んで下さると嬉しい限りです。


これで本当に最後です。この作品を読んで下さり、本当にありがとうございます。

もし、どこかで違う形で会えたら、とりあえず笑ってください。


追記、普通に次回作が出ましたw


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