【短編集】とあるクラスの生徒たち (冷笑)
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悲しい顔
後で編集を加える可能性大です。
それでは、お楽しみください。
私には悲しい顔が似合うらしい。
教室の隅っこに位置する席。そこが私の居場所だった。ただ無言で、悲しい表情を浮かべながら遠くの景色を眺めているのである。別に、何かを見ている訳ではない。私は賑やかなクラスの雰囲気の中、異質な空間を作るのが好きだった。
これは私の、私だけの空間。周りの人は関わりを避けたいのだろう。私の近くに人が寄ってくることはない。まれに、心配した委員長や先生が声を掛けてくることはあれど、一言二言話すだけだ。
基本的には何を言われても、何をされても無言のままで居続ける。それが私の日常だった。
涼しい風が吹いている。雲ひとつ無い快晴で、ここ数日の中でも良い天気だった。校門のほうにはちらほら生徒が来はじめている。私は朝早くから学校にいるので、生徒が投稿してくる時間帯はある程度把握していた。
この学校にたいした知名度はない。自称進学校ぐらいしか語ることはない。そのせいか、将来のイメージが定まっていない人の方が多いようで、勉強より思い出作りを重視している印象だ。
比較的自由な校風だからか、個性的な生徒も多いように思う。私は目立たない普通の人間だけど。
変わらない日常を繰り返す。でも、つまらないわけじゃない。私の行動がクラスの人に影響を与えるのを知っているからだ。
「ねぇ、あの子失恋したって聞いたんだけど。」
「そうなの?私はいじめられてるって聞いたよ?」
「違うよ。ほんとは虐待を受けてて、ガセネタで隠そうとしてるの。」
何もしなくたって、私の設定は勝手に築かれていく。それも、だんだん不幸な方向へ。親を巻き込んでしまうのは申し訳なく思うけど、結局は根拠のないゴシップでしかないので問題ないだろう。
噂話が一体どこから生まれているのかは知らない。今年に入って数ヶ月、最近は私の噂話がたくさん流れている。誰かが意図的に拡散しているのかもしれない。理由は分からないけれど、私にとっては都合が良い。おかげさまで、居心地はずっと良くなった。人との関わりを避けたい私にとっては嬉しいことだ。
私は彼女たちの話し声が聞こえて傷ついているふりをする。勘違いを加速させて、出来るだけ不幸な人間だと思い込んでくれるのを狙う。
もしかすると、私の行動は人の気を引きたいだけなのかもしれない。不幸な人間で居れば、心配してくれる人が居てくれるから。そうだとすると、私はいわゆる天邪鬼なのだろうか。自問自答を繰り返したって答えは見つからない。むしろ、やればやるほど分からなくなってしまう。
私がこんなことを始めたのは去年からだ。ちょっとした好奇心だった。私は人と話すが苦手なので、孤立したかったのかもしれない。
それで、この立ち位置が好きになってしまった。この空間の居心地の良さに私は依存してしまったのだ。理由はあるのだけれど、上手く言葉に出来ない。自己表現力の低さには常に辟易する。
女の子たちの会話を聞きながら、人間ってなんでも理由付けしたがるよね、とか考えてぼーっと時間を過ごしていく。このまま、変わらない日常が過ごせたならどれだけ良かったのだろうか。この時、私の予想以上にクラスには変化が起こっていた。
ある日のことだ。台風でもないのにかなり強めの大雨で、川の流れがグラウンドに数本出来上がっていた。教室に電気はついていたけれど、その蛍光灯の眩しさと外の薄暗さが微妙な不安感をもたらす。
いつもなら早めに学校に来ている緋炉くんがいなかった。緋炉くんとはこのクラスの委員長で、私に話しかけてくる数少ない生徒の一人だった。私の隣の席の男子が「体調不良で休んでんじゃねーの。天気悪いし。」と喋っているのが聞こえてくる。緋炉くんが学校を休むのは今年に入って初めての出来事だ。ひどい風邪になってしまい、人に移さないよう安静にしているのかもしれない。彼が休んだ理由を知りたくて、ホームルームが始まるのをただひたすらに待っていた。
教室のドアが開いた。瞬間、クラスの皆がどよめく。先生はまっすぐ教卓に進んでいく。正面に、私たちの方に顔を向けた。明らかに何か悪いことが起こったということが先生の表情から察せられた。
「皆さん、おはようございます。」
先生はどこか掠れた声で挨拶する。続けて、外れてほしかった予感が当たったことが伝えられた。
「皆さんに、残念な話があります。今朝、緋炉さんが自室でーー」
ああ、どうしてこんなことに。
「ーー自殺して亡くなりました。」
「おはよう。」
「......。」
ホームルームが始まる前の時間帯。
私はいつも通り無言を貫く。そんな私に気を悪くせず、話しかけてくれる彼は珍しい存在だった。本当に心優しい男の子だった。
「明日は藤宮先生の誕生日なんだ。色紙を渡したいから、コメント書いてくれると嬉しいな。一言でかまわないからさ。」
手渡されたのは桜色の色紙だった。既に私以外のクラスメイトはコメントを書き終えている。几帳面に線で書く場所が分けられていて、私が書く場所がぽっかりと空いている。
私は「誕生日おめでとうございます」とだけ書いて、緋炉君に渡した。
「ありがとう。邪魔しちゃってごめんね。」
申し訳なさそうな顔をして謝る彼。謝らなくても良いのに。私のわがままに付き合わせているのだから、私が謝るべきだ。
「...大丈夫。」
緋炉君が一瞬、驚いた顔をした。それもつかの間、安心したのか笑顔で彼は語りかける。
「良かった。」
どうして無愛想な私にここまで気を配ってくれるのだろう。彼は変わりものなのかもしれない。
「じゃあね。」
彼は立ち去っていった。いつの間にやらクラスのグループに溶け込んでいる。
会話上手なのは憧れる。私の理想の生徒像だった。
帰りの会の終わり頃、緋炉くんが担任に色紙と何かのプレゼントを渡していた。
委員長らしく、クラスを代表して感謝の意を伝えていた。わざわざ用意してくれたのか、と担任の先生はとても嬉しそうにしていた。
拍手喝采。クラスは幸せなムードに包まれていた。
それが2日前の出来事だった。
彼はクラスのムードメーカーでもあり、彼を失った衝撃は大きかった。悩んでいる素振りが無かったにもかかわらず自殺したということもあり、クラスは後悔の念に苛まれていた。遺書は「ごめんなさい」の一言だけだったという。
突然の出来事だった。私にとって彼はクラスメイトの中でも一番関わりが深かった人物だった。正直、信じられなかった。
教壇の前に立った担任の先生はクラスの誰よりも傷ついているように見えた。全く相談も無かったという。自分が気づいていれば止められたかもしれないと、ひどく自分自身を追い詰めているようだった。
皆の前で謝罪をする先生。見ているのはつらかった。とても痛ましく見えて、耐えられなかった。先生だけのせいじゃないという声が聞こえた。先生はその言葉に出来るだけの笑顔でありがとうと言った。無理矢理笑っているのは誰でもわかった思う。
ホームルームを淡々と進めていく。表情はいつも通りに戻っていた。漸く切り替えが出来たのだろう。
すごい人だなと思う。少なくとも私には出来ない。クラスを不安にさせないために、感情をひた隠す。緋炉くんも優しいけれど、先生も生徒に対して献身的であったことを思い出す。このクラスの人たちは基本良い人ばかりだ。行事の時だってどのクラスよりも結束力が高いと言われていた。
なのにどうして、私はその輪を乱すようなことをしているのか。
ホームルームが終わった。クラスの雰囲気は確かに暗かったけれど、皆の心優しさが全面的に表れていて、少し緩和されていた。
気の利く女子生徒が花瓶を持ってきて緋炉くんの机に置く。信じたくないけれど現実だということを突きつけられるようだった。
先生は授業の準備をするからと言って教室を出て行った。私は、見逃さなかった。
去り際の、先生の表情は、
その表情は、私と、似ていた。
数日後、先生が学校を休んだ。代わりの先生がやってきて、ホームルームを始めた。体調を崩してしまったと言っていたけれど、間違いなく緋炉くんの出来事が関係しているのだろう。
クラスの皆も同じことを考えていたに違いない。少し休んでもらおう。クラスの皆はやはり優しかった。いつかきっと元気になって戻ってくる。本気で皆が信じていた。
でも、私は違和感を抱いていた。生徒のことを一番に考える先生が、生徒に心配をかけるような真似をするだろうか。あれだけ明るくふるまおうとしていた先生が、急に休むなんて何かあったに違いない。一体何があったというのか。まさか、誰かが先生に傷つけるようなことをしたのだろうか。でも、そんな人がクラスにいるとは思えない。このクラスの生徒ならなおさらだ。
それとも、彼の自殺した理由が分かったのだろうか。私たち生徒にはどうして自殺したのか聞かされていない。そもそも、どうして自殺してのか分からないと言われていた。その理由が先生にとってかなり衝撃的なものであったのかもしれない。
頭の中は先生のことばかりで一杯だった。今もなお、悲しい表情を貼り付けながら思考を巡らせている。周りの情報が何も入ってこなかった。
先生が帰ってくる。それは叶わなくなってしまった。
先生は翌日に退職してしまった。
私の空間が、皆の空間を侵していく。同化して一つになってゆく。
これは、私のせいじゃないよね?
新しい委員長が横暴だ、とか聞こえてくる。
委員長だった緋炉くんが亡くなってしまったので、副委員長が引き継ぐことになったらしい。
確か、去年のクラス委員長が彼ではなかったか。関わりが浅かったからよく知らないけれど、立派で責任感のある人だったように思う。クラスの結束力の高さは彼の功績でもあるのだ。
でも、こうして横暴と言われるのには訳がある。恐らく、緋炉くんと比べられているのだろう。緋炉くんと比べて、彼にはユーモアというか、雰囲気を明るくできるような人間ではないのだ。勿論、人と上手く話せない私とは違う。彼はなんというか、緋炉くんとそりが合わない人間だったから、真逆のタイプが急にクラスをまとめようとするとそのギャップに慣れないのだと思う。
彼の長所である真面目な性格が裏目に出でているのだ。責任感が強くて、クラスの皆が距離を置いている。
もっと良くなかったのは、あっさりとあの出来事を割り切ってしまったことだった。確かに、ずっとくよくよとしては居られないけれど、気持ちの切り替えが追いついていない生徒も多い。前向きといえばそうだが、彼は何か良くない考えを持っているように感じた。
そう例えば、彼は緋炉くんに嫉妬していたとか。
予想でしかないけれど、そう考えると色々説明がつく。だって、彼は緋炉くんに委員長の席を奪われたのだから。傲慢な人だとは信じたくもないけれど、彼の緋炉くんに冠する言動は冷めている様に思う。もしかして、彼が原因で自殺したわけじゃないよね?
もう一つ、気になることがある。
どうして今年は緋炉くんがクラスの委員長を務めていたのか。去年まで、彼は目立たない生徒の一人だった。それが今年になって心機一転したのか、明るく振る舞うようになったのだ。元からそんな人物だったのか、それとも演技なのかは分からないけれど、あまりにもイメージがかけ離れていて気が付かなかった。
委員長に推薦した人物がいたことも覚えている。彼女の名前は、、なんだけっか。人の名前を覚えるのは苦手だ。彼女は何か知っているのだろうか。
私に聞く勇気はない。
状況は悪くなる一方だった。新委員長と対立する生徒が現れてクラスは二分になったのだ。
クラスは既にばらつき始めていた。雰囲気が静かで冷たい気がして、居心地が悪かった。私とクラスの境界線はとっくの昔に崩壊している。私に止める手立てもない。行動力がない。
度々聞こえる言い争い。鋭い言葉で傷つけ合って、互いに消耗していく。
私は、何も出来ない。
気が付いたことがある。こうなったのは私のせいだということだ。誰かがクラスを不幸に陥れようとしているのだ。それも、私のために。
靴箱に便箋が入っていたのだ。この時期に入っていたのだ。嫌な予感がした。早まる心臓の鼓動。開けたくなかったけれど、見過ごすこともできなかった。
そして、私は封を開けたことを後悔するのだ。
「あなたのことが好きです。」
予想に反して、中身はただのラブレターだった。あまりにも簡素すぎる手紙が、逆に真剣に想われていることを感じさせた。
しかし、それには続きがあった。
「あなたのために尽くしてきました。」
誰だ。誰なの。私はそんなことを望んでなどいない。クラスが不幸になれば良いだなんて思ったことない。私の行動を勘違いして、誰かがこんな状況を作ったとでもいうのか。
私のせいで、緋炉くんは死んだの?先生が退職したのも?
違う。私は悪くない。悪くないはずだ。
だって、私は何もしてないじゃないか。ただ、曇った表情で窓の外を眺めてるだけ。それだけでしょ?それだけで、こんなことになってしまったの?
私は思い出す。彼女の言葉を。
ーーあなたには悲しい表情が似合っている
ああ、この時から結末は決まっていたのか。
元担任の先生が事故に遭って死んだらしい。それもきっと、私のせいなのだろう。
クラスに活気は見られない。立て続けに不幸が続いたせいか、他クラスから敬遠されるようになった。呪われてるんじゃないか。そんな噂がまことしやかに広まっていた。
さすがにマスメディアにも目を付けられ、世間からの視線も受けるようになってしまった。自殺が、いじめが原因だと脚色され、先生もひどい人間像に作り上げられていた。学校側は激しく抗議した。そんなことはなかったと。でも、過剰に反応するほど信じてもらえなかった。学校自体も非難を浴びるようになった。
このクラスから始まった不幸は、学校中に伝播した。誰かが仕組んだ不幸を発端として、広まってしまった。勿論、偶然の出来事もあっただろうけれど、立て続けに起こる不幸は本当に呪いのようにしか考えられなかった。
もう、十分だ。これ以上の不幸は必要ない。これ以上、悲しい顔だってする意味も無い。私の居場所はなくなってしまった。私の世界は壊れてしまった。
唯一、私に出来ることはーー
教室の隅っこに位置する席に私は座っている。ただ無言で、笑顔を浮かべながら遠くの景色を眺めているのである。別に、何かを見ている訳ではない。私は暗くて冷たいクラスの雰囲気の中、異質な空間を作るのが、好きだ。
これは私の、私だけの空間。周りの人は関わりを避けたいのだろう。私の近くに人が寄ってくることはない。誰とも、会話をすることはない。
無言のままで、居続ける。それが私の日常。
不定期ですが、他の話も投稿していきます。
宜しくお願いします。
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