我が名はマドカ。聖剣に選ばれし✝︎漆黒の黒騎士✝︎ (めど)
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That's no My name, IS the “Jet-Black Knight”
プロローグ:
.
アポフェニア(Apophenia)とは
特に意味を持たないもの、あるいは単なる偶然から規則性・関連付けといった何らかの意味を勝手に見出そうとする知覚作用のこと。
『原作の人そこまで考えてないよ』を斜に構えて格好良く言いたい時、または上からレッテルを貼りたい時に用いられる。
無論、二次創作者や熱心な考察勢に『このアポフェニア野郎』とか『絶対』に言ってはいけない。
2020年。日本、ISシェア率一位から没落。
2021年。国際連合、『
2022年。ISの生誕から十年目。
2022年。世界初の
「……やはり、いつ読んでもこの『月刊インフィニット・ストライプスVol.111』は格別だ。ディケイド記念号に相応しき、上質な特装カバーで包まれたまさに聖書と呼べる一冊……こいつだけは永久保管の価値がある」
「それ、昨日出たばっかりじゃない」
「『局長』のこともちゃんと書いてあるからな、ほら。10ページもあるぞ」
「知ってる。これ以上見たら私、老眼になっちゃうわ」
2022 3/2 Fri
IS学園入学式まで、残り一ヶ月。
アメリカ合衆国北西部、ジョージア州アトランタから飛び立ち14時間が経過した。
雲の上にて陽に照らされるは、熟れたワインレッドのプライベート・ジェット。
雑誌を見せびらかす少女にとって、
機内で一睡してからというもの、退屈と時差呆けでバターみたく溶けてしまうところだったが。その『聖書』とやらが、上手いこと食い繋いでくれた。
「ほら、始まったわよ」
「む、来たな」
『皆さんおはようございます。副編集長の
ふと、テレビに映ったニュースを見ると。
ISの歴史がビッシリ長々書かれた、情報誌の最大手こと『月刊インフィニット・ストライプス』。その副編集長が直々に、今年で創立八周年を迎える
「っクククク……面白くなって来たじゃないか。この体も、血肉と闘争欲しさに震えてきたよ」
「そう」
馬鹿みたいに砂糖と
その武者震いは、邂逅と対峙への期待だ。
これからたくさん出会うであろう、まだ見ぬ好敵手へ募らせる高鳴り。今すぐ『国家代表候補生』という大義名分のもと、暴れたくて仕方がない。
黒髪から伸びるツノめいた二本のアホ毛が、ピンと立っていた。
「……ちゃんと成長してくれたら、良いのだけれど」
「何か言ったか局長?」
「あなたがちょっと心配なだけよ」
「フッ、私を誰だと思っている? 局長と師匠に鍛え上げられたこの力、そしてこの『聖なる魔剣』さえあれば恐れるものなど……」
突如立ち上がり、構えた少女の右手が輝く。
たちまち光の粒子が集結し、機械の鎧即ち『IS』を纏い始めたその手のひらから。
剣の柄を抜き出して──
「うん、部分展開いらないから。危ないから」
──出なかった。
紅帯びる黄金髪を広げた、先ほどから少女に『局長』と呼ばれ続ける女が制止。
戦闘時以外における、ISの無断展開は漏れなく世界平和裁定『アラスカ条約』違反。偉い人のお叱りも不可避だ。……ただし、車の法定速度程度には度々無視されるのが実情。
「おっとすまない。……手綱を握っているとはいえ、我が愛機が暴れ馬であることに変わりないな……」
「はいはい、そろそろ着くから大人しくしてて頂戴」
それ故か、局長の声色は酷く冷めて。
反省の色が一切伺えない彼女に対し、最早怒りなど沸かず諦観の域。この手の野暮には随分と手慣れている様子ですらあった。
「そういえば、貴女の担任が晴れて織斑千冬さんに決まったわけだけど」
「うむ」
「生身の彼女と専用機に乗った貴女がやりあえば、どちらが勝つのか──」
「当然、ミス・ブリュンヒルデに決まってる」
「今はISに乗っていないって聞いたけど?」
「大陸では『絶望』なんて異名で慄かれた程だ。その手刀でエアーズロックに亀裂を入れたという噂も聞く。丸腰であろうと関係ない。私のこの力を以ってしても、打破は困難……」
「だからここで専用機出すの、やめてね」
べっこうのサングラスに付いたゴミを拭き取るのと同じくらい、他愛のないやり取り。終点が見えてくるまでの、『家族の』暇潰しだった。
おまけに全く笑えないが、この女は天丼まで熟知している。
と、モニターの画面が切り替わり。
アナウンスが介入すると、ガイドビームによる誘導が開始。IS学園への着陸ルートを示す放物線が、ご丁寧に表示されている。
「見えてきたわよ」
「……おぉ、そうか……アレが、アレがそうなのか局長……いや、
雲をかき分けた自動操縦のジェット。それにつられて、身を乗り出した少女の輝く目に映るは。『超法規的独立国家』と名乗る浮上都市。
他国や組織による干渉を受け付けない無私不偏の箱庭へ、今。
二人を乗せた紅い鉄塊が──降下した。
Vol.1
眩しき風に招かれて、船旅が終わる。
刹那、機体は蜃気楼を靡かせた。丸い窓が並ぶ長身の側面には、世界に誇る一大企業『
そしてその代表取締役……ではなく。
副社長を務めるは、退役から義肢装具士・デザイナー等転々とキャリアを経て。
元・US軍『
スコール・ミューゼル。
That's no My name,
IS the “Jet-Black Knight”
「お昼には戻ってるから、面談が終わり次第またここで。気をつけて行ってらっしゃい」
「あぁ、勝ってくる」
開く扉は、新天地上陸完了の合図。
視界にかかった強烈な白光が収まると、学園のシンボルに相応しきオブジェクトが遠くに。
無限の空を貫かんと聳え立つ『ひとつ螺旋の塔』こそ、今を羽ばたく少女たちを手招く自由の象徴だ。
だが、こちらも自由を冠する申し子として。
日本を出し抜き、ISシェア率一位の覇者となった超大国の威信を背負い。少女はここに立っている。
さぁ、始めよう。
遥か無限の彼方へと至る英雄譚、即ち
『
風を抱き、夢を抱き、決意を抱き。
時の狭間で、未知なる一歩を踏みしめて──
「ここからだな。私の栄光へのだスタァッ!?」
──
「……何やってるの」
「」
丁度蹴り落とせそうな背後にいた、スコールが視線を下すと。パンツ丸見え逆さまガニ股女の、滑稽極まりない姿が露わとなっている。
頭の中で壮大なオープニングのイントロでも流していたのか。けれど残念、不協の転調を迎え、無音と化したに違いない。
溜め息からすかさず、スコールは問う。
「……あなたの使命は?」
「愛と平和」
「ちがう」
「……未来に君臨する、っ、第四世代IS『ゴールデン・ドーン』完成に向けた、データ収集……」
即座に返答を、否とされながらも。
黒いトレンチスカートに付着した土埃を払いながら、少女は立ち上がる。
「そう。接触対象には?」
「丁重に慎重に、フレンドリーに。切磋琢磨においても最大の好敵手となるよう導く」
「生き残るためには?」
「利用出来るもの全てを利用する」
勝負服ともいえるであろう、一番気合の入った私服で──身も心も、最高に満たされたコンディションで挑む。常に勝率が5割を下回る、この特級技能試験特有の醍醐味であった。
無論、これはプロモーションの意図も込められているが。
彼女たちは時に、己の存在誇示のため。アイドル、グラビア、演者等の活動も惜しまない。
たかが出歩くための布一枚でも、
「誰であっても?」
「決して見捨てない」
「逆境を見たら?」
「それでもなお、『逃げず・挫けず・諦めず』。
その一方で。
少女の服装は太陽の熱と光を集めるのに最も効率的な、全身黒。まさに漆黒。
春先であろうと年々、気温が上昇する昨今で。よくもまぁ、こんな暑苦しいに決まっている格好を選んだものだ。
けれどそれが。
彼女の選んだ、一番の拘りなのだろう。
さて。
階段を降りる毎に一つ、一つと問うたスコール。彼女は抱擁の如き慈悲を込めるかのように、少女の両肩へそっと手を置いた。
今一度、『あの日』の誓いを
「……私たちとの約束、覚えてるわね?」
「フッ、勿論──『何があっても必ず生き抜くこと』。例え捨て石にされようと、死に触れようと、生きることさえ願えば……運命は一筋の光となり、必ず味方する。未来は常に、私たちの手の中だ」
「よろしい」
軍役時代から続く、鉄の掟を模した解答。
かつて死の淵から生還した、スコールの信条でもあった。『生きることから逃げるな』と、全ての教え子に唱えたつもりだ。
堂々たる返しに満足したスコールは、少し名残惜しそうに、手を離す。
しかし、少女の方は今更隠す気もないと言いたげに、正直だ。まだ何か物足りないといった様子で──
「局長」
「なぁに?」
「いつもの『アレ』、頼む」
──あぁ、確かに忘れていた。
どこかへ送り出す際には、ほぼ毎回。
それを言ってもらわなければ一日が始まらない、そんな、弦担ぎのような。
二人だけの、不思議な決まり文句があった。
「またやるの? しょうがないわね……
“
すると、「カッ」と。
酷くわざとらしい、指代わりの舌鳴らし。
小さな少女は振り向くや否や、同じべっこう色のグラスから瞳を覗かせて。
「……“
「えぇ、“
──2022年。ISの生誕から十年目。
力を証明した者は栄光の階段を登り、力なき者は涙を飲んで粛々去る、そんなある日。
選ばれた者が日夜麗らかな熾烈を極める中、ひときわ
異常を放つ一人の少女が。
そのいきり立った頭角を現した。
勝利宣言、勇往邁進。
始まりの一歩目を踏み直せば、常に無敵の思考回路。
その後間もなく、定刻に降り立った特別試験監督を相手に。洗礼祝した聖なる初陣を繰り広げたのだが……
結果は説明せずとも、察しが着くだろう。
あ
公式戦 IS Champion Ships──0勝
世界選手権大予選 IS GrandPrix──審査落ち
代表候補交流戦 Duel Season──0勝
世界ランキング──圏外
ビギナーマイスターランキング──累計最下位
IS学園特級技能試験──成績最下位
IS学園特級技能試験──特別待遇制度脱落
敗因:搭乗ISの突発的発火による自爆行為
通算戦績──3勝
……体調不良による不戦勝一回含む
彼女の名はマドカ。
マドカ=ウォヴェンスポート・ミューゼル。
『史上最低最悪』と名高い
最弱の予備代表候補生である。
あ
.
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Vol.1 前編:その女、"厨二病"につき。
クラスメイトは『
.
ついにこの日が来た。
遍くガイアに咲いた春の芽吹きが知らせる、待ちに待った歴史的瞬間。新たな聖剣伝説の始まり。
我々はサード・ステージを迎えた新時代に君臨し、世界を覆した彼の目撃者となる──
初めましてだな、諸君。
我が名は──なに? 「お前の顔は見飽きた」、「前と顔の作画が違う」、「原作みたいに何回再始動するんだよ」だって?*1 最後の方は何を言っているのかさっぱり分からんが……些細なことか。
私と君たちは間違いなく、今日が初対面の筈だ。見飽きた顔だなんてそんな筈はない。
つまりアレだ、かつて君たちが目にしたであろうソレはきっと、他人の空似じゃないか?
安心しろ。
『世界には自分とそっくりな人間が三人いる』、なんて通説があるくらいだからな。間違いは誰にでもあるさ。
……まぁ、他人とはいえ何かの縁だ。
せっかくなのでこの私が代弁しておこう。──「今まで覚えていてくれてありがとう」、とな。フッ、中々奇妙で面白い役回りをさせてくれる。
それでは改めて、
──初めましてだな、諸君!
我が名はマドカ。
マドカ=ウォヴェンスポート・ミューゼル。
政府の特命を受け、この幾万もの競争倍率を誇る独立国家機関『IS学園』へと招集された──現在八名存在する
今日は4月2日、栄えある入学式。
アラスカ条約に加盟する国の意志決定のもと選出された我々代表候補生にとっても、新たな旅路となる。
見てみろ、周囲の眼差しを。
候補生であろうとなかろうと、みな揃って闘志の炎を宿している。ただならぬ決意と複雑絡み合う想いが、灼熱地獄を撒き散らす真夏の太陽のようにジリジリ伝わってくるぞ。
ッフフ。これは、想像以上だな。
「まさに、“
「皆さん入学おめでとう! 私は副担任の
『………………』
しーん・・・
「……え、えっとぉ」
「──なるほど。俗に言う回文になっているのか。
例えるなら、“
“
『…………は ?』
ふと思ったことを呟いただけだ。
けれど私の思っていた以上に、代表候補生の存在感は強大なもので。早々、関心深き眼差しを一斉に向けられたようだ。
……やれやれ。私より注目すべき"時の人"が、すぐ側にいるのだが。少々目立ち過ぎてしまったな。
「……き、今日から皆さんは、この学園の生徒として共同生活を送ることになります。ご存知の通り、IS学園は全寮制。授業だけでなく、放課後も常に生徒と一緒です。時に競い合い、時に助け合って。かけがえのない素晴らしい三年間にしましょうね!」
『………………』
しーん・・・・・・
「──うむ、その通りだな。国家代表を目指すのも結構。メカニックを極めるのも結構。我々の選択肢は千差万別だ」
『…………は ? ? ?』
「じゃあお前もう専用機降りろ」
「何故君がデカい面をしてるのか、私には理解に苦しむね」
「馬鹿野郎誰が喋れっつったんだよ」
「いちいちうるせぇ奴だなお前は本当に、そろそろ逝くか?」
「死ね(ド直球)」
「…………くだらないですわ」
私の言葉に感銘を受けたのか、何やらどよめいているな。
当たり前のことを言ったに過ぎないのだが……まるでなろう系主人公になった気分だ、心地よく清々しい。これも人気者の
「……じゃ、じゃあ自己紹介を始めましょうかっ。えっと、出席番号順で……」
「はーいっ! 出席番号一番、
立ち上がったファースト・レディは、一言で表せば『快活』。
確かに、
ブリュンヒルデに近き『
前回はオーストラリアのシドニーで開催されたが、この私ですらチケットを勝ち取れなかった程。結局、我が家のシアタールームで鑑賞会となって──
「……くん、"織斑"くんっ!」
「──っ、あっ、は、はいっ?!」
──っと、主役のお出ましだな。
私の隣にいた
さて……何故こんなところに男がいるのか。
本来、IS学園は女しか立ち入りの許されない秘密の花園だ。何せIS自体、
発端は今年の二月中旬。
丁度、暴太郎戦隊ドンブラザーズの制作発表後だったか……前代未聞の適性が発覚した。
世界で唯一の
かくしてその正体、その姿……その人物とは。急かさずとも私が教えてやろう。
彼の血統に流れるは、超越者の遺伝子。
かつて『
その偉大なる異名も無数に。
『絶望』『怪物』『一刀修羅』『世界総大将』
『正典一番星』『全空覇者』『究極生体CPU』
『
そして『
そう。
知らぬ者などこの世に誰一人としていない、あの
巷ではついに、『
紳士淑女の皆様ご存じ、
「……お、織斑一夏です。その、色々あってISを動かせるようになっちゃって、気付いたらここにいて……」
慎重に言葉を選びながら、手探りの立ち回りを試みる、といった面持ちだ。
周りの教師含めた他三十名は、全員が女だからな。うむ、この状況を物語のタイトルにするなら、『クラスメイトは全員女』が適当だ。
しかも、全てを穿つ魔眼の如き視線が集中十字砲火となり。その重圧は、彼にとって測り知れないものだろう。
「……まだ、実感はないんですけど。でも、叶えたい『夢』に近付くため、男子なりに頑張るつもりです」
「……よければ、その夢を伺っても?」
山田副担任の問いに、ひと拍。
自己紹介の醍醐味にして目玉だ、他の生徒の眼差しも、最高潮の光を帯びている。
少しだけ俯いた当の彼は、思慮の浅瀬に浸る刹那を望んだのか。約二秒、瞬くように目を閉じた。
そして、
「……世界最強の弟として。
『絶対英雄』になることです」
──!!
激震、戦慄。ハイテクノロジーに満ちた教室の温度が、明らかに変わった。
私にはわかる。
織斑一夏は、確かな決意に満ちている。
まだ経歴もなく、資格もなく。
累計稼働だって最大二ヶ月にも満たない新参者だ。けれど間違いなく。私は彼の朱い瞳に、歴戦の強者を幻視した。
やはり、ブリュンヒルデの血の兆しか。
それとも、噂に聞くヴァルキリー遺伝子*2とやらか?
女尊男卑がまだ根深いのか、周りは「本気で言っているのか」、なんて顔をしているがな。
良いだろう、興奮させてくれた礼だ。
嘲笑と侮蔑が、水晶のように純粋な君を覆い尽くすその前に。
私が決意の後押しをしてやる。
「──私にも夢がある」
順番違い? お前はキリ番から?
今この場においては、そんなくだらない枠組みに平伏す愚か者ではないということを……直々に教えてやろう。
道を開けろ。ここからは私のステージ、私がルールだ──一つ。
「君と同じく、最強のISマイスター……つまりブリュンヒルデとなり、人類の躍起に貢献すること」
──二つ。
「苦難に直面する、弱者の希望となること」
──三つ。
「そして我が国の信条と愛と平和に誓い──昨今に蔓延る邪悪な人類差別の中でも、いつの日か。全人類が手と手を繋ぎ合わせられる、真の平等を証明せし未来を創り上げることだ」
私の視線は既に、ここにいる全員へ。
「一歩引いた目で見届ける」選択をした山田副担任の暖かな気遣いには、感謝だ。
「初めましてだな、諸君。刮目せよ」
さぁ残るは、トドメのひと押し。
聖剣に仕える無法者として名乗りを上げろ。
それが、『
「我が名はマドカ=ウォヴェンスポート・ミューゼル。歳は14、2月29日生まれ。趣味はサボテンの飼育と株分け──というのは冗談だ。自由の鐘を鳴らすべくアメリカ政府の特命を受け、飛び級入学で推参した」
『…………』
「因みに好物は肉──あぁ、忘れていた。義姉であるレイン・ミューゼルの跡継ぎとなり、
それだけ言い切って、私は元いた所定の座へと腰を下ろした。
……よし、決まったぞ。
この達成感を誰かと共有したいところだが、今は主役に全てを譲ろう。立つ跡に決して穢れを残さぬ不死鳥の如く、引き際も肝心だ。
「今、生徒会長になるとか意味不明な言葉が聞こえたんだけど。コラ画像が喋ってる?」
「なんであんな奴がレイン様の妹なのか、コレガワカラナイ」
「ミューゼルの面汚しが……」
「あいつIS界隈の荒らしっすよ」
「でも公式戦全敗じゃん。そんなんじゃ甘いよ」
「(存在が)ギルティ……!!」
うむ、やはり掴みは大事だな。
『三話切り』なんて面白い言葉が日の本にあるように。物語だって最初から皆に親しまれるよう、全力の愛嬌を出さなければ──誰も見ないし手に取らないだろう。
まさにファースト・インプレッションにおいてもそう。『能ある鷹は爪を隠す』、『遅咲きの花』なんてルーズな時代はとうに終わったらしい。いやはや、今年になってようやく理解してきたよ。
「──おい」
今や爪を剥き出しにして、自分から殴り込む勢いでなければ。
失墜だって、風前の灯の如く一瞬だ。一気に自分自信が無価値なものとなる。
それでは栄冠を称した『
「聞いているのか、おい」
今までは力を隠していたが、もう過去の話。
これからは私も、内なる『
スパーン!!
──刹那。
不可視の天誅が下ったのか、それとも神の雷か。はたまた、私が探し求める"あの組織"による強襲か。
我が視界は、束の間のブラックアウトを迎えてしまった。
世界大会『モンド・グロッソ』優勝者には『ブリュンヒルデ』
世界大会大予選『ISGP』優勝者には『
想像以上にきつい。
これは決して、『ある日いきなり女子校にぶち込まれる羽目になった』、『教室に入れば終始ジョン・ウィック2のポスターみたいに360度から視線を浴びまくっている』──という状況だけを指した表現ではない。
その真意のウェイトを占める存在こと、彼の隣に座る少女が。
世間一般の目線で語れば、俗にいう『すげーキツい人』にカテゴライズされるからだ。
(うわぁ……)
関羽ならぬ、呂布ならぬ。
曹操の如き無慈悲を垣間見て。
栄えある『唯一』を手にした、この物語の主人公を務める少年。織斑一夏は。
誰よりも大癖の強いマドカ=ウォヴェンスポート・ミューゼルへの処断に対して、限りなくドン引きに近い歪曲の表情を浮かべていた。
まさか本当にサボテンの飼育と株分けが趣味の女子がいるとは思わなかった、結局冗談だったけど。いや、そうじゃなくて。
世界最強として新時代の頂点に君臨し続けた、姉・千冬による鉄槌を間近で拝んでしまったのだ。
語り尽くされた幾多の逸話を鵜呑みにすれば、その一撃で首が吹き飛ばされても何ら不思議ではない。幸い、マドカは脳細胞が25万匹ほど死滅する程度に収まったのだが。
「もう一度問う、ウォヴェンスポート・ミューゼル。その巫山戯た格好はなんだ」
「本物の千冬様よ!!」
「私、教師ガチャで千冬お姉様を引くために下北沢から来ました!!」
「嘘つくなリコリン、私は埼玉!」
「お姉様のためならアっ逝く逝く逝く逝く逝く基本逝くッ」
「ほ、ほ、ほ、ほわぁぁぁぁぁぁっ!!(メジロブライト) Foo〜ッ!!(サイレン)」
「もう気が狂うほど、気が狂う!!!」
「ママ生きててよかったぁ……!(感動の物語)」
化け物を始末した英雄の帰還めいた、周囲から湧き上がる歓喜。
マドカに対する先までの罵倒とは程遠き、黄色い悲鳴をバックグラウンドとして。
「……っ。私は見ての通り、背が低い。それ故、存在感を示すために改造を施しました」
間もなく復活したマドカは、零度の眼差しをものともせず率直に答えた。というのも。
「──今朝、明らかに学園の制服ではない不法侵入容疑者の通報を受けた。犯人は貴様だ」
彼女が身に纏うは、白を基調とした由緒正しき学園指定の──否。明らかに白とは無縁の、
座席を見れば分かるが、四隅を奪われた負け確定のオセロのような盤面だ。
「……確かに制服のカスタムは自由だ。だが勘違いするな。規定には『
「……私としたことが、意図せず歴史に名を刻んでしまったか。お手を煩わせて申し訳ない、ミス・ブリュンヒル──」
今度はくすくすと、小さな笑い声に変わる。
正に恥晒し、醜態。結局、嘲笑と侮蔑で覆い尽くされたのは、唯一の彼ではなくこいつの方だった。
──しかし、当事者が訳のわからない解釈から謝罪を紡いだ次の瞬間。
千冬の一声により、外野が静まり返る。
「貴様にブリュンヒルデと呼ばれる筋合いはない。
私の前で、
最終警告。
決意を込めた明確な敵意は、いずれ。
まるで『教師と生徒』の形式的な関係を、入学初日から容易く踏み越えるかのように。
『ブリュンヒルデ』として幾多の戦姫を葬った、元日本代表・織斑千冬の脈打つ右手が。マドカの襟元を強く、強く掴んでいた。
「お、織斑先生……!?」
「千冬、姉──」
勝手に出しゃばったマドカに困惑していた山田先生が制止を試みるが、無理だ。見えないだけで、断絶の壁がそこにある。
今にも顕になりそうな、『黒き意思』。
目が合った時から、フラッシュバックが止まらなかった。呑気に授業を始めている場合ではない、
──けれど。
こちらは術を失っている。
「ッ、──」
堪えろ。
今はアスリートでも英雄でもなくなった、ただの一教師として。
無意味と言わんばかりに、この現状を受け入れて。この手を離さざるを得ない。
それがいかに嘆かわしく、歯痒く度し難いことか。
「……来週までに作り直せ。これは命令だ」
「了解した、全身全霊を以て善処しよう。ミス──いや、織斑教諭の仰せのままに」
その一方で。
マドカは屈託のない、または助走をつけて殴り飛ばしたくなる笑顔でいる。
普通の女子共なら、この覇王色の覇気を浴びた時点で失禁しながら白目を剥き出しにするだろう。
脅しとも見て取れる威嚇射撃だったが、マドカにはどうやら。全く通用していない。
彼女は元より、人間を含めた生物に嫌われる才能だけは随一であった。
初っ端からここまで
「私の顔に何か? 髪に付いた白い『コレ』なら、ただのメッシュですよ」
「……それ以上喋るな。これより
他人とは到底思えない、バグった距離感の二人だが。
『マドカ』というありふれた三文字が、『織斑』の出自に深く関わることを。そして千冬が彼女を見るなり、感情の奴隷一歩手前となった理由を。
この時の一夏はまだ、知る由もなかった。
まぁ、それはそれとして。
マドカ=ウォヴェンスポート・ミューゼル。
この際、米国出身のクレームを考慮してミューゼルは割愛しよう。
重度の厨二病にして『
Vol.1 前編
その女、"厨二病"につき。
.
【本題の弁明】
大変長らくお待たせしました。本日より
結論から申し上げます。
まず一年半前の2021年5月に遡りますが、私「旧:激熱西方歌詞姉貴」こと「めど」は身体をぶっ壊して鬱病を患っていました。多分クッソ汚いこの世の終わりみたいなコンテンツとのクロスオーバーも書いていた筈です。
それから薬漬けの療養を経て手癖が戻っていない状態で半ば無理矢理書いたのが、2021年8月9日より投稿を始めた本作となります(リメイク一回目)。大変ご迷惑をおかけしたこと、改めてお詫びします。
当時は再度の推薦を含め、温かいコメントで出迎えて頂いたことを嬉しく思っていたのですが、同時に焦りも出ていました。
後から読み返してみればやりたいこととやるべきことが支離滅裂で見るに堪えない惨状だったと思います。旧作末期より酷い。現在並行でコミケ活動として参加している同人イラストも、病み上がりの際はサタンのケツの穴の中で地獄の炎で燃え尽きてしまえばいいと言わんばかりの絵柄の劣化でした。脳の萎縮かな?
それからようやく落ち着いて考えた結果。納得のいくまでやり直したい思いもあったので、再度のリメイクを去年5月から決断いたしました。まるで二回再始動してから打ち切りになったGX版のキャッチコピーみたいに。
ただし今回はルーキー狙いの再投稿とか間違い探しみたいなごく一部の改稿による全く無意味なロンダリングとか姑息な真似は無しにして……かと言って今までの感想や応援、推薦をまたもや無碍にするのも無礼の極みだと考えました。
よって既存の話のみを順に削除し、今ある実績を十字架として掲げながらまた一から
・変更点
タグの追加
全 話 書 き 直 し。随時削除予定の既存話はサブタイトルに「(旧)」を記載
一部内容を旧作と統合(プロローグ部分が該当)
1話を5000〜10000文字から変更。1セット約30000文字前後に再定義。「完成次第"おおよそ三話"に分割して連日投稿」の方式に変更
話数の方式やら出だしやら特殊タグやら変えたつもりです。今回の話の冒頭も、今まで応援してくださった方への感謝と身勝手なお詫びとなっております。
因みに削除した話は全てバックアップ済みですので、ご希望であれば(誰得)メッセージで承ります。
ついでにコミケの経験を活かせればと、可能な限り挿絵も追加したいと思っています。コスパの無駄の塊ともいえる超絶異常悪辣演出要素は特殊タグと組み合わせてもっと最悪にやっていきたい所存です。
不定期連載ではございますが、再度生まれ変わった拙作を、今後とも何卒よろしくお願いいたします。
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クラスメイトは『
A, ISの劇中年が2022年だから
.
「ふむ、おかしいな。おかしいぞ」
「あいつさっきから何ブツブツ言ってんだ……」
「近寄らない方がいいよ」
「私たちまで巻き添えになるしね」
「でもアイツ
「それは……そうなんですが……」
全ての従来兵器を無力化した強靭・無敵・最強のパワードスーツ、IS。
ベイブレードや超次元サッカー、デュエルモンスターズの如く、今やISこそが世界の絶体的中心だ。その大いなる力の資格者たちが、此処に集結している。
……本当に、女性専用車両ならぬ
そのために私は去年、国際連合が発表した『
私が所属する『Meusel Material』も、いち早く資金援助しているからな。公認アンバサダーとしては私や師匠が適任だろう。
……しかし中々、採用通知が来ない。
もう五回も応募したのだが、競争倍率がかなり高いらしい。*1
五次選考の通知は偶然にも、今日の9時から1時間以内──残念ながら、タイムオーバーだ。
だが私は諦めないぞ。
不屈の黒炎をナメて貰っては困る。
気長に粘り強く、時の激流に身を任せ。来たるXデーを待とうじゃないか。
「そうだな……2035年*2にもなれば、真の平等が実現するやもしれん。その日が楽しみだと思わないか、織斑一夏よ……む、いないのか」
任務遂行がてら、迷える子羊へ語りかけようとしたが……対象は既に、教室から失せているではないか。
この手はなるべく使いたくないのだが、仕方がない。窓際の隅っこから熱い視線で私の噂をしている、『良識あるファンたち』に教えを乞うとしよう。
「やぁ。そこで私を『視て』いる君たち、
「ひぇ!」
「終わり! 閉廷! 以上みんな散開!!」
「“What the silly ass goddamn bull
「クンナ! クンナ!」
──どうやら、このクラスは恥ずかしがり屋が多いらしい。
アラクネの子散らすが如く。私のサービスすら拒んで、ファンたちは逃げてしまった。
皆して、どこぞの感染症ガイドラインみたいな一定のソーシャル・ディスタンスを維持している。*4
まぁ無理もないか。
代表候補生とはエリート中のエリート。同じ屋根の下で相席するだけでも奇跡、それはそれは幸運なこと。我が生涯の好敵手ことセシリィも、よく口にしていたな。師匠だって絶大な人気を誇る余り、目が合っただけで気絶した奴がいたとも聞いたぞ。
「やれやれ。本部からの接触命令というのも、早急に片付けたいのだが」
我々は本来、孤独であるべき存在だ。
となればこの退屈も、私への試練の一つかもしれないな。っフフ。
今は束の間の休息時間だ。今後の作戦を練りながら、また『聖書』でも読み直すか……
「ふわぁ〜、っ。きょうもねむねむの顔で、しらけぎみ〜……およ、まどっきーだぁ〜」
「確か台湾代表候補の
ッ、何者だ貴様!?」
ふっはっ!
おいおい、余韻すら与えてくれないのか。反射的に
にしてもぬかったな。この私としたことが。策士であるこの私が。
死角からの来訪を予知できなかったとは。
「まどっきー、おもしろい格好してるよね〜。もしかして、おーだーめーど、ってやつです?」
「私が撒いておいた『伏魔の領域』*5に、土足で入ってくる奴がいるとは……久々だなこの感覚は──まさか」
ガイアが我に、新たな会敵の瞬間来たれりと囁いている。
この得体の知れない女は尋常ではない、危険だと。我が封印されし
「……先の答えだが、企業秘密だ。それよりも、この私が感知できなかったステルス……かなり手慣れの曲者と見た。だが私の『幻魔心眼』を以ってすれば、貴様の正体など手に取るように解るぞ──ほう。貴様、
あらかじめレッグポーチに忍ばせておいた、長年共に生きた愛刀を引き抜き差し向ける。
こちらは臨戦態勢万全だ。
「おぉ〜……」
青ざめたか、だろうな。
コイツは『幻魔界』において、数え切れない罪人共の血を啜ってきたのだから。ムラマサやオニマルといった妖刀というやつだな。こびり付いた亡者の気配を感じ取ったのだろう。
「さて、まずは名乗って貰おうか」
さもなくばこの『
「んーとねぇ、おりむーが『のほほんさん』って呼んでたから、のほほんさんでいいよぉ」
ノホ=ホン……『
「いかにも中東に潜伏する暗殺者らしき名前……ふん、読めたぞ。やはり貴様はあの組織──『
「……およよ〜? もしかしてたっちゃんさんのこと、知ってる?」
「『
『
暗部の情報は掴んでいたが、それがボスの
兎にも角にも。
IS学園に蔓延る『闇』をこの目で捉えた。
幻魔界から追いかけて早六年、ようやくその答えが見つかる。そして私の予測に、狂いはなかった。
──本来、公の場で使うのは私のポリシーに反するだろう。
が、止むを得ない。決断の瞬間だ。
「貴様が組織の刺客なら──もう語るまでもない。正々堂々、『アレ』で決着をつけるぞ」
黒きシルクグローブを脱ぎ捨てた、我が右腕。普段はミューゼルが開発した特殊包帯で縛り付けている。
こうでもしないと、特級禁呪と謳われた第二の
ノホ=ホンも幻惑の構えを取った。とうとう尻尾を出したな、
闇を以って闇を切り裂く
「いくぞッ、つど──」
「あ、ちょっと待って〜」
「なんだ貴様、『
異能者の我々が対峙するに相応しき決戦の大舞台、『
しかも暗黒空間が垣間見える袖から魔導書取り出しただと?
それとも、まさかとは思うが。今更この形式を「知らん」とは言わせないぞ。
「えーっと、ふむふむ。なるほどなるへそ。整いました。続けていいよ〜」
こけ脅しか、味な真似を──良いだろう、後悔させてやる!
「あいつここでISバトルやるの?」
「無断展開の報告してさっさと殺そう(退学にしよう)ぜ!」
「その必要はありませんわ」
「えっ……あっ、もしかして、オルコットさん自らが……!?」
「サスガダァ……」
「そういう意味ではなくて……文字通り『必要がない』、と言っているのです──
だってアレは、
かくして、新たな闘いが始まった!!
アメリカ合衆国アトランタに聳える一大
それまで義肢や美術モニュメントの製造に注力していたが、2014年よりIS事業への参入開始。代表取締役はスコール・ミューゼルの『妹』。学園へ輩出した専用機持ちは現在、レイン・ミューゼルとマドカ=ウォヴェンスポート・ミューゼルの二人。
しかし、武装開発支部長であるスコールが第三者に殺害予告を受けるほどの『マドカの度重なる国辱的未勝利によるライセンス及びスコア不振』が問題視され、現在ISコア再分配候補企業に上がっている。
保有ISコア数はナンバー010、079、096の三つ。
幻魔界。
それは、全ての生きとし生けるものに眠る潜在能力を覚醒させた──
すなわち《b》『
……と、いうのは真っ赤な大嘘。
この世で唯一、
マドカ=ウォヴェンスポートが発した不可解な単語の羅列は、全て存在しないもので構成されている。
「私の背後を取った、その無謀と豪胆の紙一重……憎き敵ながら褒めてやろう」
「えへへ〜、それほどでも〜」
「だがその油断が命取りよ、覚悟しろノホ=ホン!!」
至極当然だった。
何故なら彼女は、弱冠14歳という中二の賞味期限が残っている上で、現実と夢の区別が分かっていない極度の厨二なのだから。
思い出断捨離療法等で治療しても、後遺症で苦しむ者が後を絶たないのが実状だ。マドカに関しては診察不能な、末期の最たる例。
因みに。
幻魔心眼とやらは合成鉱物アメトリンのような、彼女の瞳が由来である。
ひとつの瞳に色が混在する場合でも同じく定義されることから、彼女は世の厨二病なら誰しもが羨む『
「のほほんさんくろすちょっぷびーむ!」
「なにッ!? ぐあああああああああッ!!?」
──どうやら、もう決着がついたらしい。
いたいけな首筋が見え隠れする、タートルネック目掛けて飛び掛かったマドカであったが。全て本音、のほほんさんの術中。
鶴の構えからダボダボの袖を交差させた彼女が放つ、NGバツ印または存在お断りの見えないザナディウム光線によって。
マドカはその邪悪極まりない心身を、光の速さで聖水を顔射された吸血鬼の如く焼かれてしまった。
「お、おのれ……何故、だッ……」
「むっふっふ〜、まどっきーの負けで〜す」
空中で仰け反って、小刻みに震えて。
成人男性が真似すれば、間違いなくこむら返りを発生させる姿勢だった。
そして
「だ、だがこれは始まりに過ぎないぞ……ノホ=ホン、私というパンドラの箱を開けてしまった貴様は、必ず後悔するだろうよ……!!」
完全に第一話でやられそうな三下の演技だ。周囲は害虫を見るような目をしているし。
孤独を名乗る分際で誰よりも目立ちたい主人公ムーブを欲する割に、随分と真逆な噛ませ役に回りたいらしい。
「ねぇ、あいつの席の床に撒かれた白いの何?」
「覚せい剤!!(孫gong)」
「く す り ^ ~」
「やっぱりキメてんじゃねぇか……」
かくして、バニッシュメント・ディス・ワールドを丸パクリした妄想バトルは、呆気ない最後を迎えた。
直後、『
これ以上は頭の中が汚染されるので、マドカのボトルネックぶち抜き面子掘り下げもここまでにしておこう。
──遡ること、約八分前。
構内屋上にて幕を開けた、本当のはじまり。
「……えっと、久しぶりだな、箒」
「う、うむ。一夏こそ……」
手が届きそうで届かない、絶妙な距離で。
後ろ髪を掻く少年と、横髪を弄る少女。
焦ったい雰囲気を醸し出す二人は、この物語における本当の主人公だ。
あんな厨二病オリ主がしゃしゃり出なくとも、本来の『インフィニット・ストラトス』は勝手に歯車を回し始める。というのは置いて。
「もう俺たち、六年も会ってないんだよな」
「そう、だな。……厳密には、五年と十五日」
「えっ?」
「な、なんでもない」
人間の細胞は、六年で全て入れ替わるらしい。
つまりそれだけの歳月があれば、理論上は同じ人間でも全く別人に見える、というよくあるうらしま的な錯覚に多少の筋が通る。年頃になり、おめかしを覚え始めた女性なんかは特にそう。厨二病の発症も例に漏れないが。
(……まずいな)
(……まずいぞ)
両者、そっぽを向いて。
全く会話が弾まないことの、気まずさからなのか。否、もっと単純な答えだ。
(思ってた以上に幼馴染が美人になり過ぎてて、接し方がわからない件について)
(想像以上に幼馴染が男らしくなっていたので、正直直視できそうにない)
((どうすればいい???))
相思相愛の両片想いか?
公式敗北CP*9がよ……
なんて事実陳列罪に相当するちくちく言葉は、絶対禁句だ。
イマドキのラノベタイトルみたいな正に高校生並みの感想を渦巻く二人は、赤面のまま。
何とか静寂を斬ろうと、一夏が舵を取る。
「……そ、そういやさ、箒」
「な、なんだ?」
「剣道の全国大会、優勝したんだよな。お、おめでとう」
「!? なっ、なぜそれを知ってる!?」
「いやまぁ、ネットで見たと言いますか、新聞で見たと言いますか……」
二又のポニーテールを靡かせた大和撫子ガールこと
幼馴染で女らしからぬ武士口調で割とすぐ手が出るという、キレた爆鱗竜バゼルギウスと同程度に全身弱点だらけのクソデカ負け属性センターヒロインに与えられた特権だ。別段珍しくもなんともない。
「だ、だがっ、あの時の私の名前は、要人保護プログラムで……」
「見たらすぐ分かるさ」
「えっ?」
「へ、変な意味じゃないからな! こう、あの太刀筋というか竹刀捌きというか。間違いなく箒だって、俺、すぐ分かったよ」
「そう、か……」
だが織斑一夏はどうだろうか。
彼は果たして、こんな初っ端からヒロインに赤面するような、呆気なく幼馴染に靡くような男であっただろうか。
もしそうであれば、今世紀に渡り本当にホモに仕立て上げられる野獣のSSが出現するなんてそのようなことがあろうはずがございません。
本人からすればマドカに名誉毀損されたのほほんさんと同じく侮辱に値するのだが、実際の彼の性欲の程は裸の女を前にしてズボンの下でマグナムを形作れるくらいは残っている。
詳しくはサンデーGX版の第五巻を舐め回すくらい読んでみよう。Amazonなら大体607円くらいで売ってる。
「…………」
「…………」
「「……あ、あの」」
で、二人の会話は、今だに歯切れ悪い。
こうなればお約束、譲り合いの精神が発動するのだが。そこは一夏が「順当に」と全力全霊で譲り倒すことで、遅延が解決した。
ただし次に投げかける問いは──箒はかなり気まずそうではあるものの、口を開く。
「本当に、
「
「っ!」
「──が、正しいのかもな」
微塵の迷いなき、即答だった。
その茨を踏む覚悟をずっと、ずっと前から決めていた。
むしろその時が来るのを、待ち構えていたかのような。
「だって俺、他の誰でもない
「偶然じゃ、ない……」
「まぁ、俺がそんなこと分かるわけないけど」
その真意を知るのはきっと、箒の"姉"である
三年前の失踪後は指名手配を受け、絶賛海外逃亡を続けていると言われている。
現在の所在に関しては、『ドバイで隠遁しながら質疑応答でスパチャを稼いでいる』とか、『Twitterを開設してからラボの写真一枚だけで1000万のフォロワーを集めた』とか、『特に見所のないバトオペとディアブロの配信を延々垂れ流している』とか、あることないこと言われ放題なのが現状だ。本題に戻ろう。
「こんな俺にも、強くなれる資格があるなら。必ずこの手を伸ばし切って…… 千冬姉が見た世界一の景色を、掴み取りたいんだ」
まるで、己の使命であるかのように。
頂点を標すであろう果てなき全空に、拳を掲げ。強く握り締める。
──けれど、彼の朱い双眸には。
憧憬や、純真といった無垢の輝きが"全く見えない"。
人は六年で別人になると前述したが、まさにそれだ。目の前で夢を語る織斑一夏は、
先まで頬を掻いていた少年とは全くの、別人の姿をしていた。
故に、箒は。
「まぁ、アレだよ。男として、家族の名前に泥を塗るわけには──もう次の授業か」
「あっ……」
「積もる話は、また後にしようぜ」
幼馴染として、その決意の根幹を尋ねようとしたが。残念ながら。
定刻通りの余計な予鈴で、遮断された。
「言い忘れてた。これからよろしくな、箒」
「あ、あぁ! こちらこそ、よろしく頼む」
とは言え、ふと笑いかけた彼の顔を見ると。
名残惜しさも即座に吹き飛んで、つい表情が緩んでしまう。
らしくないと、分かっていても。
…………。
酷く大袈裟かも知れないが、
「時を経て二度と会えないと思っていた彼と再会する」以上に、幸福なことなどないだろう。断言できる。
間接的ではあるが、姉がもたらしたISに人生を破壊されたのは事実。これまで一家離散を伴う監視措置を受けてきた。
生きた心地のしないその空白期を乗り越えた先に、こうして奇跡に等しい願いが叶ったのだ。一生分の願いを使い果たしたと言っても、過言ではない。
故に箒は、一夏の
この五年と十五日で。
一度は関係を断たれた箒が知る筈のない、同じ空白が恐らく。
見えない『何か』に、追い詰められたかのような。実体の疑わしい「何か」に囚われていることを、その瞬きに察した。
「……一夏」
揺れる陽炎。
再会できたことが、こんなにも嬉しいのに。なぜこんな、複雑な感情が湧き上がるのか。
彼の瞳を見て自覚した、心の奥の『不可解なつっかえ』を……篠ノ之箒は、拭い切れない。
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クラスメイトは『
……これで1話分ってマジ?
.
「……やっぱ、全っ然わかんねぇ」
時刻、
あっという間に初回授業が終わり、窓の向こうは夕暮れの赤い兆し。生徒はみな、一目散に寮へ駆け込む──ということはなく。それぞれの放課後を過ごすことだろう。
バカデカい島を丸ごと改造し尽くしたこのISアカデミーは、いわゆるアフター・ファイブを充実させる設備に抜け目ない。
そんな中、教室でひとりぽつんと。
机に顔面をへばりつかせ、項垂れる男がいた。織斑一夏以外に誰がいるのか。
「
ISと
語感が似ただけの全く非なる二文字だが、同じ路線で数駅跨いだら。
費用全額免除を賭けた徹夜の受験勉強が災いし、寝惚けて会場を間違えた。なんて嘘松のような盛大なうっかりが、ISとの運命的遭遇に繋がったのだ。
昨日どころか今朝のことのように、一から十までハッキリ覚えている。
IS適性が発覚してから即、『国際IS査問会』と名乗る黒服共に囲まれ、黒塗りの高級車に拉致されて。
かと思えば、突如飛んできたIS学園関係者が黒服共を薙ぎ倒して、今度は白塗りの高級車に拉致されて。
……黒服のそれは、詐称だったらしい。ホイホイついて行ったらと考えると……ぞっとする。
恐ろしく座り心地の良い後部座席で、当時の一夏は賢しく悟った。今までの努力とこれから描く展望全てが、ISの介入で水泡に帰したと。
かつて箒を含む篠ノ之家が受けた措置と待遇差はあれど、『重要人物保護プログラム:Ⅲ』の発動。それに付随した強制入学の宣告が、何よりの証明だった。
「……まぁ、考えてもしょうがないよな」
当の本人は現実に嘆く間も無く、とっくに諦観を終えていた。
何故か。言うまでもない。唯一の家族が勝ち取った、誇りと尊厳を守るためだ。
その先に、苦難の道が待ち構えていようと。
苦渋の決断で受験勉強を全て棄却し、自分なりに新たな予習へと励んだ。けれどそれは、『予習したつもり』に過ぎなかっただけ。見通しが甘かっただけ。
はっきり言って、僅か二ヶ月足らずでISの全てを頭に叩き込むなど……狂人の沙汰でしかないのだが。そう言い聞かせることでしか、あの時の一夏は現実を直視できなかった。
「どこで何を過ごそうと、日々を充実させるのはお前自身──強いて言えば、『求めよ、されば与えられん』──そういうことだ」
「……千冬姉。それ砂糖じゃなくて塩だけど──あだっ!?」
「話を折るな馬鹿者。とにかく。これから出逢うISに、強く望むといい。『あいつら』が好む隣人は、夢を持つ人間だからな」
ふと、入学前の千冬の言葉が過ぎった。
夢と決意を抱き続ける。
どれだけ綺麗な、絵空事だとしても。どれだけ格好悪くとも。
世界最強と血を分かつ、自分なら。
「……大丈夫だ、俺なら」
だから不可能は無い。
やろうと思えば何とかなる。
丁度、明日は休日。本格的なカリキュラムが始動するまで、少しだけ猶予がある。
まだ間に合う筈だ。今度こそ、ゼロから一歩を作るために。
「えっ、と、確か図書館が……」
ここらで反省会を切り上げ、帰宅の準備にかかる。鞄から地図を取り出そうとした。
と、その時。
「“
「えっ?」
ひとりでに開くオートの扉。
一夏が振り向くと、そこには大胆不敵な暗黒微笑浮かべる、混色の
そして顔を見せた威光の如き茜が逆光となり、言霊を説く黒い人塊と化す。
「やはり君は、我が組織と共に世界の裏側の均衡を護る素質がある。私と来ないか? 暁の幻影円卓──『ファントム・タスク』に」
「……えっ?」
全てを分かりきったような口振りと共に、ちっせぇ影をとき解いた少女。
呪われたアニメ二期*1を三話切りしなかった方ならご存知の通り、『ファントム・タスク』とはロケット団並にろくでもない非道の限りを尽くすかと思えば別にそうでもなかったりする、割と人間味の溢れた悪のガバガバ秘密結社のことを指すのだが──それは追々の話になるだろう。
とにかく。
『それ』を自称する時点で頭のおかしな、著しく常軌を逸した思考能力を持つ、あるいは薬物を摂取したか洗脳されていると思われても仕方のない、カルト軍団の総称なのだ。
そして、『入学早々各好感度がマイナスを振り切った逆なろう系』ことマドカ=ウォヴェンスポートは──そいつらを正義と悪の狭間に生きる、ダークヒーロー集団と勘違いしていた。
「……信じられない、といった顔だな。まぁ無理もないか。だが私は決して、怪しいホモ・サピエンスではないと──あっ、ダッ!!?」
どんがらがっしゃーん。
ねっとり気味に一歩、また一歩と、マドカは一夏に接近。しかし三歩目で挫いた。
プロローグでもそうだったが、やけに転ぶのはヒール付き漆黒ブーツが原因だ。解けた長紐を毎回、思い切り踏んでいる。
「だっ、大丈夫か?」
「大丈夫だ、問題ない」
「丸出しの海老反りで言われてもな……」
「安心しろ、君に近付いたのは
「それは本当にすまん」
今回は派手に行き過ぎたようだ。
躓いた拍子に教卓を張り倒し、中の紙類を見事にぶちまけた。織斑千冬大先生に見つかれば、ブチギレだけでは済まない。
「詫びになるかどうかだけど、一緒に片付けるからさ。ほらいくぞ、せーので上げるから」
「ギブ・アンド・テイクか、良いだろう」
「「せーのっ」」
女だけでは、ましてや非力貧弱に部類されるマドカ一人では、この事態収拾に少々手こずるだろう。だがそこに男が加われば、軽々だ。
「……いやぁ、助かった。やはり君は、私の見込んだ通りの男だな」
「特別なことは何もしてないんだけど……っし、とりあえず片付いた……ん?」
「末永き友好の証さ。この学園における、初めての友へ」
「お、おう……」
散らばったプリントの束を揃え、所定の位置に戻し終えると。
突然マドカは、未だに黒いシルクグローブを纏う右手を差し出した。流石に六時間以上の着用となると、汗水で蒸れていそうである。
恐る恐ると握ると──
(…………なんか握る力強くなってない?)
「改めて自己紹介しよう。我が名はマドカ=ウォヴェンスポート・ミューゼル。アメリカ代表候補生。これは秘密だが、聖剣に選ばれし漆黒の黒騎士にして序列七番末席のカリバー・セブンスを担っている。間違いなく
「ちょちょちょちょちょちょ待て待て意味がわからない」
想像以上に固かった右手で拘束しながら、マシンガン自分語りを始めた。
この女は別の世界に住んでいるのだろうか。誰もが「は?」と返すであろう、同じ地球に住む人間とは思えない意味不明な単語の捲し立てに。一夏は一時停止を所望する。
「ッふふ、つい悪い癖が出てしまったな。だが気にするな、悪いようにはしない」
「……あー、俺は織斑一夏。よろしく──」
「忘れるなよ、私は君を常に
「へ?」
ベラベラと秘密を明かした次は、二本のピースサインを一夏の眼前に。
「122年前にこの世を去った、フリードリヒ・ニーチェはこう遺した──
“
──とな。私が君を視るのと同じように、私もまた、組織に『視』られているのさ……」
「? ? ? ? ? ? ? ? ? ?」
同じISパイロットからの評判がすこぶる悪い大半の理由を占めるのが、この通訳すら匙を投げる遣り取りにある。
空想と現実を交ぜた無駄なお喋りのせいで、まともな会話ができないのだ。挨拶を交わしたその時点で、殆どが意思疎通を諦めたという。
「君は人類の希望になるかもしれない、とても貴重な存在だ」
「希望……?」
「そう。不本意に弱者とカテゴライズされた、強き漢たちのな。この先命を狙われることもなんら不思議ではない……その点、私と手を交わしたことは実に幸運だったな。下心で忍び寄る虫共を見かけたら、師匠に負けじと面倒見の良いこの私が排除してやろう」
まぁ、『根はいい奴』なのは確かだろう。
彼女はISが誕生しようがしまいが2022年に顕著になった『女尊男卑』*2という、サイゼリヤで焚き火したがる偏りまくった思想の影響を全く受けていない。
代表候補の
「その、今日が初対面なのに、どうして俺にそこまで?」
一夏も怪しさMAXの知らない人に着いて行くような、馬鹿丸出しではない。入学前のいざこざで流石に学習した。
故に、まるで血の繋がった兄妹のような距離の詰め方で妙に馴れ馴れしいマドカに対する疑念が晴れない。
「君のファン第一号となるため──と言えば聞こえは良い。けれど、建前だとしたら?」
「……それって」
「ハッキリしておくのも今後のためだな。私は君との接触を本国に命令されている。君の適正値と戦闘データが目的だ。私以外の生徒も、
──さもなくば、いずれこうなる」
「っ!?」
ミューゼルが提案した対人関係の矯正法その一、質問には素直に答えるのが筋。故に長ったるい前置きを終えると。
本音を察した一夏の心臓に、マドカは例の
「冗談だ。手荒な真似をしたな」
「あっ、あぁ……」
マドカも喧嘩を売りに来たわけではない。友達が少ないので仲良くなりたいのが本心だ。
経年劣化の傷だらけで若干へたれて曲がってすらいる玩具を、レッグポーチに納める。収めようとした。
「ん、入らんな、この」
もたもたするな。
「よし入った……とまぁ、そういうことだ。何なら、男に化けて君のあらゆる情報を盗もうとする産業スパイが出てくる──なんて与太話も有り得る。用心しておくことだ」
「……でもそれって、入学前の身体検査でバレるもんじゃないのか?」
「鋭いな、確かにそうだ。実は暗殺計画が立った故に保護目的で入学、とかな。それくらいの目的がなければ、学園の門は簡単に通れないだろう」
ご丁寧に半年以上の未来まで、物凄いネタバレを口にしている気がする。今更か。
この辺りのツッコミは揚げ足取りをしたところで「Q.そうはならへんやろ→A.なっとるやろがい」を繰り返すのがオチだ。SF好きの諸君も大人しくハイスピード学園ラブコメの部分を堪能しよう。
「どうした?」
「……いや。もし女が男になったとしたら、男でも心は女だったら。ISの起動ってできるのかなって……」
「LGBTQQIAAPPO2Sにまで精通しているとは、素晴らしく幅広い視点を持っているな。やるじゃないか」
「なんて?????」
「ただ、量子変換技術を用いた遺伝子の編集が可能なら、誤認という形で理論上は通る。私を引き取った『ドク』はゲノム研究に精通していたから、そういう話もよく小耳に挟んだよ……む、やはり見つからないな。仕方がない、日を改めるか」
不審な仕草で、自分の机の中をガサゴソと漁り始めるマドカ。
が、お目当ての
「遺伝子組み替え食品なら、多少聞いたことがあるだろう? そいつを人間に応用すれば、最近流行りの
「……流行ってるの?」
「昨今のネットノベルのランキングはTSが総なめしていると聞いたが、環境が変わったのか?*3」
「俺そういうの読んだことない……」
「何ッ、ならば魔法少女リリカルなのはとか全く知らないということか!?」*4
インターネット老人会。
年齢的には千冬の世代がブッ刺さりだが。
というかISの同期の魔法少女なら、どちらかと言えばまどマギだとかそれはさておき。こんな昔話をしたところで誰も幸せにはなれない。心にぽっかり空いたまま取り残された、もう存在しない栄光と虚無の表れに過ぎないのだから。
「強き心を得るために履修しておいて損はないのだが……よし、今度Blu-rayを貸してやろう。Vivid Strikeまであるから少し長いが、見てしまえばあっという間だ」
「……えっと、気が向いたら、頼むよ」
「ふッ。今の君は、少し生き急いでいるような目をしているからな」
「っ」
思わず一夏は、目を逸らした。
前触れなく核心を突くことに関しては、定評があると。それが自慢であるかのように、マドカは薄っぺらい胸を張る。
人の心に易々と土足で入り込む様は、簡略で『無礼』という。
「逃げ道が必要なら、私を呼ぶと良い。最強への道は果てしなく長いからな……」
逃げ道なんてあるのか。
今は言葉狩りの如く、否定的な文言が胸に突き刺さった。
重々承知していた。
『一番弱い』立ち位置に、いることくらい。
知恵も能力も、正規の一万倍率をくぐり抜けた他の全員に大きく劣る。天秤にかければ、吹っ飛ぶのは自分だ。
けれど、
「『
今、自分に必要な『生存戦略』を。
果たしてマドカ=ウォヴェンスポート・ミューゼルは、熟知しているのだろうか。
頼ってもいいのだろうかと、一夏は揺れ動いていた。
と、そこに。
「──そうだろう、
隠れてないで出てきたらどうだ」
マドカは教室の外から『視』ているであろう、第三者の気配を察知していた。
のほほんさんに背後を取られ、隙を晒したことを猛省したのか。誰よりも機敏だった。
看破された主も黙っていない。
このような邂逅を、本来は望んでいなかったが。呼ばれたなりに筋を通すべく、華々しさから程遠い入室を選んだ。
「やはり君だと思っていたよ。久しぶりだな、セシリィ」
「あなたに用はありません」
拒絶の第一声と共に。
黄金の巻き髪が揺れる。
真白の肌を覆う茜とは対照の、吊り上がった蒼き双眸が瞬く。
「私がそんなに恋しかったのか?」
「わたくしの目的はあなたではなく、
再度拒絶。顔も合わせず靴を鳴らす。
冷徹。麗美。高潔。高貴。
その克己的佇まいが、次元の違い、格の違いを物語っている。
ひと目見た刹那、一夏は視界を奪われた。
「連れないな、セシリィは。本当は会えなくてちょっぴり寂しかったのだろう、戦いたかったのだろう。決着もまだ──」
「
今のご時世の
けれど男を見下すような、浅はかな傲慢さを感じない。偏見に遥か勝りし強者の纏いが、マドカへの態度に
「……盗み聞きの件に関しては、この場を借りてお詫び申し上げます──そして初めまして、織斑一夏さん」
少々不気味なくらい丁寧に。スカートの端を摘んでお辞儀をする様は、まるで。
童話の世界だけに存在する姫や令嬢を想起させた。
「……確か、欧州最強のルーキーとか、で」
「流石にご存知でしたか。世界最強と血の繋がりを持つ殿方にお会いできて、光栄で──」
ようやく口を開いた一夏にとって。
マドカとは180度以上違う応対の彼女は。イギリス代表候補生セシリア・オルコットは。
非現実的な世界へと誘う──
「
「全然違います」
✕
教室の温度が1か2くらい下がった。
「…………」
「…………」
「どうした、セシリィを見て惚れたか?」
「黙りなさい穀潰し。……きっと今のは、わたくしの聞き間違いですわね。えぇ、そうですとも。
貴族たるもの寛大で、常に優雅であれ。オルコット家の家訓にも刻まれてある。これぞノブリス・オブ・リージュの精神。多分。
ひとまずセシリアは、百歩譲り自分の耳を疑ってやることにした。
「…………ッスゥ、あぁ、その」
一夏も目を泳がしながら、記憶のネジを巻き直す。間違いなく、ISの勉強の最中で。雑誌かネットで目にしたことがあるのだ。
彼女が慈悲に恵んだ挽回のチャンスをみすみす見逃すなんて、ただの阿呆。次こそ。
「……じゃなくて、イ──」
「!」
「──
「全然違いますわ」
✕ ✕
惜しい。いや惜しくない。
ちょっと(メルカトル図法から見て右下に)ズレてるかな……。
せっかくの挽回を無碍にした己の愚鈍っぷりに、頭を抱え始める一夏。
対してセシリアは両手を机に置いて、青ざめた。絶望している。
「わ、わたくしを知らないだなんて、いいえ、何かの間違いですわ……120%有り得ない……」
「世界は広い。だが、未知の事態に遭遇するのも、また違った発見があって面白いぞ」
「“
うっかり母国語が出てしまった。
名誉のために補足しておくが、一応。来日した際にはかなり手厚い歓迎を受けたし、今朝の教室でもジャパニーズ・クラスメイトに囲まれた。そのため知名度には誰にも負けないくらい、自信があったのだ。
少々ナルシズムな考えが許される程度には、彼女の地位と名声は本物である。けれど一夏にとってはどうだ。二回も玉砕した。
「………… 」
「…………」
「✝️…………✝️」
なんとか言え。
あとカメラ目線やめろ、マドカ。
因みに揺れの特殊タグで存在を主張している真ん中がセシリア。イギリス代表候補生にして、入試主席のエリート中のエリートの、セシリアである。
「……っ、い、一応、共和国では、ありませんのよ?」
ほら回答権が三本も入った。
さて、これがラストチャンスか。
現実を認めたくないあまりに。彼女はここにきて、最大のヒントを提示する。
「……連邦、なわけないもんな。じゃあ王国か……?」
(……はぁぁぁぁっ…………ッッ)
が、これ以上は時間の無駄か。
嗚呼、認めたくない。亡者の山に降り立つ龍の腐食化ブレスの如きクソデカ溜め息を吐いて、決着をつけるなんて。
この茶番がミリオネアであれば、全てのライフラインを使い果たしてもなおヒントを乞食する状態と同じだ。
「……ユナイテッド」
「──思い、出した!」
「!!!」
最後はほぼ答えを言っているようなものだが、ようやく。
点と点が全て繋がり、指を鳴らしたその確信的様相を見て。無茶苦茶嫌々ながら誘導を促したセシリアは、「勝った」と激情を抱く。
「……ッフフ。やったな、セシリィ」
「…………ふん」
やりましたわ。投稿者:英才エリートお嬢様
尖った容姿に反して、中身が結構ユルユルだった。しかも『勝ち』にこだわり過ぎて随分とハードルが低い。判定も謎。
「そうと決まれば、あなたが今思い浮かべたその国の名を。わたくしに聞かせてくださる? さぁ勿体ぶらずに」
今、湧き立つ心の中では。
後光が差し込んで薔薇の花弁が舞い、本人も令嬢らしからぬはしたないガッツポーズを掲げている。英雄の証も流れてる。
急かされた一夏もはっきり頷いて、人差し指に明瞭を添えて答えた。
「
✕ ✕ ✕
スリーアウト。あなたの負けです。
半ギレどころか全ギレ。とうとう逆鱗に触れてしまった。というか最後はもはや欧州ですらない。欧米か(激寒ギャグ)。
仏ならぬ、女神の顔も三度までと。芸人のような連続ボケめいたミステイクは、神経を逆撫でるだけだ。
「私の出番か。セシリィの所属はイギ──」
「わたくしの所属はユナイテッド・キングダム、つまりは
「あっ、はい…………」
「良・い・で・す・わ・ね?」
屈辱を味わったセシリアは。
あくまでその麗美を崩さぬまま、無知なる男に詰め寄って釘を刺す。青筋ならぬ赤筋を立てた笑顔なので、余計に怖い。
「あっ、みなさんまだ教室にいたんですね」
と、そこに割って入る自動ドア開閉の音。
振り向くと二人の影。山田真耶と織斑千冬の教師陣だった。
「少し心配していましたが、三人とももうすっかり仲良くなったようで──」
「それはないですわね」
「えぇ!?」
「あぁ、違いない」
「織斑先生まで!?」
しかし、ものの数秒で。二声目が出落ち。
「……それより、先生方が来られたということは、何かご用件でも?」
「そ、そうでしたっ。この度織斑くんの寮生活が決定したので、ルームキーの手続きをしようと思いまして……」
「荷物は私が手配している。必要そうなものは
「あ、うん、どうも、千冬姉……」
「すぐに終わりますので、少しだけ織斑くんを借りますね」
一夏を手招くと、山田先生は業務用のスマホに入力を始める。
諸々の支払いや入室は全てIC化した生徒証に紐付けされており、殆どの施設はタッチしてやれば通る仕組みとなっている。噂ではamiiboを誤って上書きして死ぬほど怒られた馬鹿がいたとか。
「そうです、ここに生徒証のIDを入力して……はいっ、これで完了です!」
「ありがとうございます。『1025』か……」
「でしたらわたくしはこの辺りで、失礼させて頂きますわ。もうすぐお稽古の時間ですので」
「……け、稽古?」
確かに、気が付けば一時間経過していた。そろそろ暗くなる頃合いだろう。
各自解散の時間だが、セシリアはまだやることがあるらしい。そもそも、入学初日から容赦無い過密なスケジュールの合間を縫って、わざわざ一夏に会いに来たのだ。流石は代表候補生のエリート、か。
「また後日、お話し致しましょう」
「どうやら御開きのようだな。そうだ、織斑一夏。帰りにこの私とちょっとした校内探索でもしないか。武勇伝を聞かせながら──」
「み、道草食べちゃダメですからねっ!」
「山田先生の言うとおりだ。図に乗るなよ、ウォヴェンスポート」
食べる道草なんて、校舎から寮の推定50弱メートルまで自生していないのだが、マドカが隣なら話は別だ。しかも千冬に引き止められた。強制的に。
首根っこを掴まれたまっくろくろすけは、実は体重が40を超えた試しがない。いとも簡単に力のまま、引き寄せられる。
そうして千冬が耳打ちしたのは──
「私の弟にくだらんことを吹き込んでみろ、もう一度地獄に叩き落としてやる」
「?」
──並大抵の人間なら、国家代表すら気絶するであろうドス赤黒い忠告だった。
しかし残念ながら、マドカ本人があまり事の重大さを理解していないようで。とぼけた顔でいる。
教師二人に続いて、セシリアも教室から出ようとしていた。が、そこは漆黒の黒騎士だ。隙あらばしぶとくしつこくアプローチしていく。
「……しかし今日から特訓とは、相変わらずストイックだなセシリィ。どうだ、今夜暇なら気休めに一杯──」
「あなたとわたくしが親しく馴れ合うなんて、200%有り得ない」
ノーサンキュー。
それだけ吐き捨てると、去ってしまった。
まさに、追い討ち。玉突き事故。尋常じゃないマドカの憎まれようは、一体何なのか。
「……ひょっとして、嫌われてるのか……?」
「ふっ、どうだかな。だが、例え嫌われていたとしても、だ……
けれど。
一つだけ、世の理よりも確かなことがある。
それは、どんなに罵倒されようと威圧されようと、平然としていられるこのウルツァイト窒化ホウ素*5並みのメンタルがなければ。
マドカのように最弱を掲げて全世界で生き恥を晒しながら、代表候補生面なんて
彼女は常に、全く動じない。
セシリアとはまた違った自信に満ちた彼女は、実は凄い奴なんじゃないかと。一夏がマドカの潜在能力を疑ったところで。
波乱の初日が、邪険な終わりを迎えようとしていた。
なお。
1025室の住人は、一夏だけではない。
最後に「一夏と同室」という破格の人権を得た篠ノ之箒と、もうひと騒ぎあったと。締めとして追記しておく。
それは
もう
マドカ
待たせたな。さぁ遂に始まったぞ、『我が名は†漆黒の黒騎士†』!
???
それ旧タイトルですけどね。実質投稿三回目ですし、路線変更も──
マドカ
んッ、誰だ!? ……気のせいか、まぁいい。次は満を持して、我が師匠が登場するぞ! なにっ、恋人もいるだと? つまり姉上が増えるということか!
???
何故彼女が『ダリル・ケイシー』と名乗らないのか……それも明らかになるでしょう。多分。
次回 Infinite Stratos Fun Fiction
.
◆ 織斑一夏
零和の人類がドンブラ粉をキメようとした矢先に出現した我らが主人公。合法体罰を目撃して開いた口が塞がらない。曇りそう
◆ 織斑千冬
もう曇ってない?
"織斑"家繋がりで『マドカ』とは因縁のある世界最強の究極人類。詳しくは12巻を買ってください!
同じ名前をした同じ顔の女を見た瞬間に情緒がめちゃくちゃになって「えぇ……」と思って腹いせに殺そうとしたんですけれど(誇張表現)。コナーを躊躇なく射殺するハンクくらい敵意が限界突破している
◆ マドカ=ウォヴェンスポート・ミューゼル
初日から不審者認定を受け教師の頭を悩ませたピカピカの厄介クソボケ一年生。自分を超人気者と勘違いしている精神異常者
◆ セシリィセシリア・オルコット
三年近くマドカに付き纏われている可哀想な人
因みにストレスが溜まり過ぎた結果、連続稼働時間が原作の200%くらい多い
◆ スコール・ミューゼル
ただのおばさん
不具合でマドカのママになった
◆ 舞台設定
Q, この世界どうなってんの?
A, 織斑千冬が第二回モンド・グロッソを棄権せず二連覇してしまった世界線。親の顔より見た一夏が亡国機業に拉致されて腹筋ボコボコにパンチ食らってついでに半殺しにされる「織斑家崩壊闇堕ちif」でよくあるやつ
もうめちゃくちゃに各国代表の姉ちゃんに辛酸を舐めさせ合い、クソ環境と言わしめ、二回も零落白夜を出した。もう一度やりたいぜ。そのため一夏くんに対するプレッシャーが上方修正されています。誘拐事件はきちんと起きているので安心!
因みに本来不戦勝で二代目ブリュンヒルデになる筈だった真の人類最強ことイタリア代表アリーシャさんは、千冬にボコられて負けました。その後千冬がプレミアム殿堂入り(引退)したことにより夢物語が終わったので、彼女も後追いで引退してます
実は近々転勤で引っ越す予定で(ただし転勤先はまだ知らされていない)、散らかり放題から同人野郎らしい部屋作りとかしてみたいと思う次第です。目的と手段が逆になったインフルエンサーモドキみたいな部屋に住みたい……
次回の連日投稿は来週になりますが、その次辺りで既存の旧話を全て削除する予定となっております。そうなれば脱皮完了ですね
変わらず20時22分投稿となります
それでは次回第二話を、お楽しみにください
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皆様のおかげです、応援ありがとうございます……!
.
『ちょっとお待ちなさいッ!!
何ですのコレはッ!!?!?』
ハイスピード学園厨二病バトルコメディ
ここに始動!
4月3日。日曜。
例年より少しだけ余暇を与えられた新入生徒諸君は、外出するも良し、上級生に挨拶回りするも良し、校内を巡るのも良し。それぞれの休日を……の、前に。
その後のマドカがどうなったか、少し時間を巻き戻して覗いてみよう。
「
4月2日土曜。
午後、23時。
「──よし、とりあえずこんなものか」
一夏の特例措置以前に部屋指定があったにも関わらず、そいつは自ら隔離を申し出たと言わんばかりに。
「うむ。ここなら朝の修練場も近い。人の通りも比較的少ないし、巧く利用できそうだ。我ながら上出来な位置取りだな」
四桁の番号が貼られた部屋、ではなく。
巫山戯た新拠点は木々並ぶ芝の上。土足で踏み入り鉄杭を打ち。
この時点で門限破りと資産損壊を含めた多重校則違反に該当するのだが、ひと仕事やり切ったと額を拭う。
「後は高台なんかを作れば……いや、いっそワイヤーで吊って樹上式にするのもアリか」
童心を忘れない厨二病らしく、彼女はMinecraftを開けば真っ先にツリーハウスを作りたがるタイプだ。木材に執着したがる。
今の気分は、さながら。
「名付けて、『牡猫ムルの人生観』……フッ、ちょっと派手すぎるかな?」
見付かれば粛清。想像なんて容易い。どこまでバレずにやり過ごせるか。
ミューゼルが軍役時代の着想を得て開発した、『携帯式光学迷彩ドームテント』を。
矮小の業人マドカ=ウォヴェンスポートは、他の誰の許可もなく。勝手に設置していた。
と、ここまでが昨日の出来事。
それから暫く、マドカの幻魔界活動限界である『
午前9時を迎えても、一年寮にマドカの姿はない。今頃、ラジオ体操代わりにドンブラダンスでも踊って──
「みんなぁぁぁぁ!!
おっはよおおおお!!」!!!
『うるせぇ!!』
うるせぇ!! ──失礼。
真っ赤なカチューシャがよく似合う、自称ウザキャラ。第九巻で挿絵まで貰った優遇ネームドモブの一人こと、
「ふわぁぁぁぁ……のほほんさんはまだねむねむなんだよぉ〜」
「ごめん本音……勲章集め全然終わらなくて……」
──私、岸原理子! 青春真っ只中の、ぴちぴちぴっちの15歳!
昨日から世界一と名高い名門校『IS学園』の生徒になったんだけど、私の担任はなんとなんと! あの伝説の『ブリュンヒルデ』こと織斑千冬様!
しかも千冬様の弟の一夏くんもクラスメイトになったし、これって運命で結ばれてる……って、コト!?
今日もいい天気だし、朝からお通じバリバリだし、気分はウルトラハッピー── 「ぶえっ!!?」
「おっと」
まるでプリキュアの主人公のような自分語りから疾走を止めなかった岸原だが、階段近くで強制終了。
案の定、出会い頭による衝突事故だ。
「いったぁ〜い……あぁ、メガネが……」
古典的の極みたる3の字と化した目で、地面をまさぐる様はこのご時世。ヤバい奴にしか見えない。
スカートの中を覗き込まれたと勘違いして、通りがかった生徒がみな悲鳴を上げている。
「──悪い、オレの不注意だ。怪我ないか?」
「わ、私もつい舞い上がっちゃって……」
「こいつだろ。大事なもんは」
過失なき10:0被害者から差し出された、衝撃一つで折れそうなか細いフレーム。
岸原の眼鏡で間違いない。吹っ飛ばされたにも関わらず、奇跡的に無傷だ。
「おぉ、み、見える。見えるぞッ……! どうもありがとう──えっ」
「良かった、壊れてないようで。じゃ、楽しい
刹那、時が止まった。奪われた。
去りゆく親切の後ろ姿。その正体を目に焼き付けて。岸原は思わず、その場でへたれ込んだ。メスの顔になった。
「どったのリコリン、腰抜かして。ひょっとして漏らした?」
「ちがわいっ!」
「どうだか」
最後の通りすがりにして埼玉出身のお友達、
日常茶飯事なのか、応対はドライなもので。慣れた扱いだ。
「そんなことより聞いてよ聞いてよバルクホルンちゃん。今さっき廊下の角で超絶イケメンさんとうっかりバッタリ会ったんだよね。そしたら誰だったと思う? あのレイン様だったんだよっ!! 目と目が合った瞬間に堕ちた、完全に私はフォーリン・ラヴしちゃった……これはもう告白しに行くしか──」
「いやバルクホルンじゃないし。私、谷本癒子さんだし*5。というか、あの人はやめといた方が良いよ」
谷本が指す方向には、先ほどの彼女が。しかし、すぐに視界から消えた。何処からか湧き出た無数の外野共が被さって、見えないのだ。
そうして一分もしないうちに、人混みが激増。はっきり言ってクッソ邪魔。
客寄せサーバルキャットの比にならないほどの、完全包囲された状況が出来上がった。
『レイン様、私を彼女にしてくださいっ!』
「恋人がいようと関係ないです!」
「(あなたと会うまで)ずっと耐えてたんですよ。そしたらだんだん、気持ち良くなっちゃって……」
「Hな看護してください!」
「愛をください!」
「喋りたい……(切実)」
求婚めいた愛の告白が殺到する。
直立の人間すら圧殺しかねない怒涛の様は、まるで血肉を食らい尽くそうとする
「……オレもう相手いるからさ。恋人は一人って決めてんだ。ごめんな」
「ほらね」
けれど彼女は、節度と理性を弁えていた。同時に谷本の証明が完了した。
同性婚が世界的に認められた昨今、ホモだろうがレズだろうが珍しくも何ともない。が、流石に。99人も恋人を作ったどこぞのオランダ代表候補生のような度胸を、彼女は持ち合わせていなかった。それだけの話だ。
「……終わった。私の初恋。ゆっこ、慰めて」
「嫌です……」
「どうじでぞんなごどいうおおおおお」
「てか昨日織斑くんが初恋って言ってたじゃん……そっちにしなよ……」
「だっでじのののざんどでぎでるっでぎいだもおおおおん」
倒れたまま喚き散らす猿の人形のように駄々をこねるも、時は遅い。
誰宛の紙袋を背負った彼女を、岸原は。秒で振られた有象無象と共に、黙って見送るしかなかった。
──が。
突如、彼女は振り向いた。
「──あぁ、そういや誰でも良いんだが」
『はい!!』
「ハイ!!!」
「いや返事すんのかい」
そりゃ応えるに決まってる。逆に問うが、応えない理由が存在するのか。とでも言いたげだ。
しかし、その次の言の葉で。
一同は現実から背いた絶望の眼差しに豹変し、粛々と解散する運びとなる。
「マドカ=ウォヴェンスポート・ミューゼルっつー、イキった髪したこんくらいのチビ。あいつオレの
彼女の名はレイン・ミューゼル。3年1組。
『
緊急有事の際は自由戦闘権限を一任された、『
付け加えると元・学園最強。
すなわち元・『生徒会長』。
ミューゼル・マテリアルに所属する彼女だが、専用機持ちでありながらまともに試合で勝てた試しがない。
そのせいで『ミューゼルの面汚し』『能天気の子』『最弱全敗の馬鹿無能』『自分を代表候補生と思い込んでいる精神異常者』『モンドグロッソ忖度部門王者』『Tier467』『はずれ』等、
刃牙ハウスを建設できるくらいの蔑称を保有している。
日曜の絶妙な活動時刻といえば、午前10時。例の見逃し配信にわざわざ合わせて。*6
ミューゼル・エディションと銘打った案件用ワイヤレスイヤホン、更に同じく、案件用投影モバイルモニターと。無駄に金の掛かった構えで
確かにやる気だけは満々だが、脳内に校則の概念が存在しない破茶滅茶野郎である。
そうでなければ、専用機持ちのくせに誰よりも抜きん出た惨敗記録保持者になる筈もない。セシリアとは真逆のIS人生を歩んでいる。
公式戦、たったの三勝。
その尽くの敗因は『自爆』。
非専用機持ちの量産機にすら勝てない、見るも無惨な操縦技能と。
マイスター・ライセンスの修得及び維持条件は何故か企業並びに政府承認の特例が適応され、未達成事項を悉く素通り。
全てが謎に包まれたその生態系を調査する者は後を絶たないが、一切の報告が表に上がって来ない。
これは前代未聞の有り得ないことで、アラスカ条約加盟国の間でも由々しき問題として取り上げられた。
そのヤバさを例えるなら、有権者の面白半分で政治家に成り上がったものの、一度も国会に出席しないまま何の実績も残さず満期を迎えた詐欺師の如き国家反逆行為に相当する。
何時殺されてもおかしくない状況下で、今に至るまで。
身の程を理解していないマドカ本人が御体満足で生きてこれたのは、正直奇跡に等しい。これもまた、誰よりも抜きん出た悪運であろう。
「──よう、チビスケ」
そして自分の世界に入り込んでいるので、背後から誰が来ようと全く気付かない。気付こうとしない。
未だにソーラン節よろしく腰を深く落とし、右腕で波打っている。
「…………終わったか。おい、気付け」
そうして腕をぶん回した後に、ロックンローラーの如く天高く指を掲げ。
ぴたりと静止したところで、声の主は一連の終わりを察した。物理的接触を決断し、イヤホンを引っぺがす。
「──何奴だ!! ッ、師匠!? どうして此処が!」
「変な奴が公園で踊ってるって苦情聞いたらお前しかいないだろ」
『苦情を授かりし反英雄』ことマドカ=ウォヴェンスポートの師匠。
そんな世界一のお人好しは、同じくミューゼルに所属するレイン・ミューゼルただ一人。
彼女もまた、マドカとは真逆の人間であった。……というかマイスターに至る九割のISプレイヤーは、マドカとは真逆だ。
「てか、なんつー格好してんだお前は」
「鍛錬用の正装、と言って頂きたい」
「小学四年の裁縫箱みたいなコレが?」
べっこう色のサングラスに、過激な刺繍が施されたドンキに売ってそうな黒のジャージ。
背中には『天上天下唯我独尊』と、不遜傲慢な文字に囲まれた黄金の龍が躍っている。不良高校の卒業式に持っていけばウケるかも。……で、右手の黒いシルクグローブは外せないらしい。
服飾ブランドも経営するミューゼルにあるまじき、その論外激ダサファッションに対してはもちろん。貶しが入った。が、例えは言い得て妙。
きっと誰しもが、通り得る道だ。
ドラゴンやらペガサスが印刷されたエプロンとかリュックとか彫刻刀の箱とか、ちょっと厨二病だった時期の皆さんも経験したに違いない。後日「普通のを選べば良かったのに」と、お母さんに小言で殴られるのがセットである。
まぁ、それはそれとして。
「……にしても、ちったぁ背伸びたのかよ?」
「あれから0.5cmほど加算されたぞ」
「それアホ毛が伸びたとかじゃないよな」
いつものように、わしゃわしゃと大雑把に撫でてやる。
二人の対面する頻度は、レインの入学から年4、5回程度に激減していた。故にそれなり久しい再会であったが、マドカの身長はやはり変わっていない。出会った時から、ずっと小さかった気がする。
「あぁ、そうだ……ほらこれ。昨日違うやつ着てきただろ」
「む、これは…………!!」
要件その一として、レインはマドカへ紙袋を手渡した。
どうやら先ほどのアレは、こいつ宛のものだったらしい。
「ミス・ブリュンヒルデにオーダーされた純白の生地、それに漆黒の外套まで……満場一致の完璧な正装じゃないか!」
「お前が昨日持ってったやつ、叔母さんとこで作った採寸用らしい。そっちが正解だとさ」
「何ッ、つまりサンプルだったのか?」
中に入っていたのは。
白を基調としながら黒の大襟を際立たせた、その上真っ赤なラインを添えた国宝級のエレメント。『これ以上のデザインは未だ存在しない』と嫌味たらしく言わしめた、本来の歴史ある由緒正しき、IS学園制服そのものだった。おまけでパーソナルカラーのベスト付き。
これで不審に及ばなければ、文句無しに構内を堂々闊歩出来るであろう。寧ろこれが無ければ、教室出禁ですらあった。
「黒い方はどうする? 要らないならオレから渡して──」
「……いや、アレは記念に貰っておこう。お気に入りなんだ」
そっちはどう考えても処分した方がいいと思うが、制服の問題はひとまず解決された。
「お返しと言ってはなんだが……どうだ、師匠も一杯」
「ん? ……あぁ、これコーヒーの臭いか。気が利くじゃ…… !!!???」
おもむろにマドカは。火にかけた漆黒ケトルから注がれた、お子様舌が到底飲めない目覚めの漆黒を手渡す。が。
それらは本来、『この場』に持ち込んではならない類であった。
考えてみればこいつ、ゴリゴリに芝の上で木に火ィ点けて燃やしてんじゃねーか。
「なッ、ま、まさか毒でも!?」
「ちげーわ!! 何やってんだお前!!?」
「? 朝の一杯を温めていただけだが。何か問題でも?」
「いやダメに決まってんだろココどこだと持ってんだバカじゃねぇのか!?」
すんでのところで正気に戻ったレイン。
勿体ない真似だが、ぶんどったケトル諸共。黒い液体を火のもとへ叩きつけた。
じゅわあああー、と。もはや心地良さすらある蒸気の立ちこもり、及び蒸発の炸裂音だ。欧州式の焚き火スタイルコーヒーは、こうして呆気なく露と消えた。
因みにこの公園区画は原則、火器使用厳禁である。ISの使用なんてもっての論外で、看板までブッ刺さっている程。
「…………あー」
「師匠?」
と、いうことは。
快晴に渡る雲の流れよりも、目の前に広がる湖畔の流れよりも、ごく自然な。かつて『掟は破るためにある』と胸を張ったマドカから導き出された、ただ一つの事実が頭を過る。悪寒が走った。
「……お前、昨日どこで寝た?」
誰よりもこいつの奇行蛮行を目の当たりにしてきたレインは、何となく察していた。
出来れば今後も末永く、的中して欲しくない予感である。
いやしかし、マドカはこう見えて立派な高校生。飛び級だが。
まさか未だにそんな馬鹿げたことをしでかそうなんて、流石に無いだろうと。もう卒業したよなと、一抹の希望的観測に縋ろうとする自分もいる。頼むから何もするなと──
「何処って、あそこのテントで一睡したが?」
「……は?」
──当然、そんな浅はかな希望は叶うわけもなく。
それまで見えていなかったテントが、マドカの指パッチンで
「おま、部屋は……えっ、は? なんで?」
「? この学園の内情を調べ尽くすなら、却って不便でしょう?」
「っ〜〜──……後でブリュンヒルデにシバき倒されても知らねーからな……」
何故部屋が用意されているのに敢えて野宿しようと思ったのか。何故
一瞬でも期待した自分がクソバカだったと、レインは眉間を摘んだ。
イカれた行動を起こさないよう、また面倒を見る羽目になったと。残酷に確定した瞬間でもあった。
……残り一年しかないが、ミューゼルの未来のためだ。叔母さんも困ってるだろうし。
義姉として、お目付け役をやるしかない。
「……よく聞けよ。こんなこと言いたくねーんだけどな。お前は昨日から、寮で決まった部屋で寝泊まりする筈だったんだよ。つまりテントは禁止。野宿はするな。分かったか?」
「ッ!?!?!?」
「何をそんなに驚いてんだよ」
「私には潜入捜査とデータ収集の任務が……」
「んなもん中でやりゃ良いだろ……」
ぶっちゃけ社内の人間はマドカの成果をアテにしていないし、弾除け以上の働きをしてくれる奴なんてそこらに腐るほどいる。
新型専用機のプロトタイプに載せるだけの、ただひたすらに出来の悪い生体CPUとして利用されているだけだ。一切の責任を問わない人体実験として、たまたま都合のいい部品があっただけの話。それでもおかしな話である。
剥奪支持派も多数いる中で、何故性懲りも無く『IS学園入学』というチャンスを与えられたのか。
「とりあえず、全部片付けるぞ」
「まぁ、師匠がそういうなら……」
「オレじゃなかったらどうするつもりだったんだよ」
実のところ、後には退けないような。
『家畜に情が湧いてくる』のと似たような、呪いめいた知らぬ間の依怙贔屓があるのかもしれない。或いは。
「……ったく。手塩にかけたら溶けるような義妹を持つと、義姉は苦労するもんだ」
「私はナメクジじゃないぞ」
「クソザコナメクジ呼ばわりされてんのは事実じゃねーか。……ゴミ袋あるか?」
「無論だ、私を誰だと思っている?」
「バカ」
真実は深き闇の中だ。
比較的上流の家庭に育ち、愛され、しがらみなく。不自由ない生活を送ってきた。……けれどこうして、事実陳列の軽口を投げる『レイン・ミューゼル』ですら。
貴重なISコアの資格者にマドカが選ばれた、本当の理由を知らない。
「ほんっと、朝から何やってんだろーな。今日はちゃんと寮に帰れよ」
「善処しよう」
たった半日足らずで、テントも解体されて。
残ったのはどうしようもない焼け跡と、信用が虚無の辺獄まで落ちた応答。
「──って、今日はこんなコトしに来たわけじゃねーんだ。ほら、これ捨てたらとっとと行くぞ」
「む、師匠
「ちげーよ」
先からずっと、ボケとツッコミの洪水が巻き起こっている。
常人ならとっくに酸欠となるところだが、特別な訓練を施されたレインからすればまだ序の口。朝飯前。話を続ける。
「お前、まだ学園の中身全然知らないだろ。叔母さんの頼みでな、このレイン様が直々に案内してやるって話」
「そ、それはつまり……共同任務と? そうか、私の単独行動が縛られるのも合点がいく……そうだったのか……遂に師匠と!」
「ついでにオレのツレとか、紹介してや──」
『レイン様っ!!!』
「げっ」
そうして独り言を受け流した矢先に、これだ。
冒頭とはまた違う求愛集団が、レインの居場所を嗅ぎ付けて大量発生した。
「卍レイン親衛隊卍」と書かれた変な鉢巻巻いてる奴とか、コンプリートフォーム21みたいにプロマイドを大量に貼り付けたクソダサマント女とか、ヤバいのが混じっている。
「モンスターハウスだッッッ!!!」
「お前マジで黙ってろ」
「こんな休みの日までゴミ拾いだなんて……」
「学園がいつも綺麗なのは、レイン様のお陰だったんですね……!」
「全生徒の鑑……」
「恋煩いしちゃうよぉ?」
「(課外貢献度が)太過ぎ……!!」
「あぁ(一見粗暴そうでそうない姉御肌×超マジメ優等生のギャップに)おっぱい感じちゃう……」
「先輩、好きっす!!」
しかも不始末を処分しただけで、たまたまゴミ袋を担いでいただけで。盛大な勘違いを受けている。
何故かこいつらは、勝手に感極まってレインへの好感度を爆上げしていた。基本的にIS学園の生徒は物凄く頭が良いのだが、推しを目の前にすると知能が著しく低下する傾向がある。
旬を過ぎたナーロッパ諸国民のモブに負けじと劣らない。
「…………ん」
「?」
「"とにかく逃げるぞ。二手に別れっから、お前は建物が見えるまでひたすら真っ直ぐ走れ"」
「"ふっ、承知した"」
こうなれば出番となるのが、久々のアレ。
未確認超越生命体共に鼻で笑われるような、意味不明なハンドサインによる二人だけの意思疎通だ。
「"よし、行け"」
「スゥぅ……──ふははははは!! さぁ来るがいい
「まぁお前んトコには誰も行かねーけどな……じゃ、そういうことで。Bye」
『コ゜ッ゜ッ゜!゜!゜(絶命)』
『ウ゜ッ゜!!??!? ……あぁぁ、待ってレイン様〜!!』
どうせいあいしゃのうさつウインク
ぶんるい:とくしゅ
タイプ:.ほのお.
むこうに ならず かならず あたる。
あいては 「メロメロ」の じょうたいに なる。
さらに 1/2の かくりつで ひんしに なる。 クソ技。
うまく にげきれた。 ▼
内半数、一撃必殺判定で吐血による失神。が、もう半分は耐えた。
当然こいつらはマドカなど最初から眼中にないので、群れバトルの回避はレインの撒き次第となる。
本当に誰一人としてマドカを追いかけようとしないので、エンカウントすら不成立だ。まるで常時むしよけスプレー状態。哀れな道化。
「……ふん、我が瞬足に臆したか。それとも少し、本気を出し過ぎてしまったか──む、アレが師匠の指す『建物』……ISアリーナか」
数分後。
文字通り愚直な直線に進んだマドカは、アリーナに突き当たる。あろうことか、本当に人間外れのスピードで公園を駆け抜けてしまった。
実に数百メートルの距離を自転車以上自動車以下の速度でぶっ飛ばしたマドカであったが、その秘密は『靴』にあった。
「しかしまぁ、この『
かつてガキ共の陸王として平成の世に流布した『速く走れるヤツ』*7を大改造した、ローラーシューズを履いていたのだ。
無論、学園の規則には『指定された場所・通路以外でのローラー、スケート、車両、IS等に類するものの移動手段の利用を禁ずる。』と記載されている。
これで校則違反が『制服』と門限無視火器使用資産損壊込みの『野宿』とプロローグの『学園領空圏内におけるIS無断展開』を含めて、何度目であろうか。
「さて、今のうちにフォームチェンジと参るか……とうッ!」
重なりし罪科の業は。
よく厳しめを自称した揚げ足取りに選ばれるであろう、ISで人をぶん殴る傷害行為や国辱*8一発分に匹敵する。
影に隠れた自覚なきマドカは、全てのガラクタを収納したトランクを置き。ノミの如き跳躍を経て──
「は゛ぁ゛っ……はぁ、“
「師匠、待っていたぞ」
──またしばらくすると。
肩で悪態を吐きながら、レインが到着。至るところに枝やら葉やら被った様相から、あの区画の中で激走を繰り広げたことが窺い知れる。
「んでお前……いつの間に着替えたのか……」
「早着替えは私の108個ある得意技の一つ。もうお忘れですか?」
レインの言う通り、さっきの芋ダサジャージから一転。
指抜きグローブ、革ジャン、チェッカー柄スカート、ロングブーツの格好付けフルセットを揃えていた。……右手だけは変わらず、黒のシルクグローブを着けている。
その上で憎たらしいドヤ顔と共に腕を組んだ、マドカのお着替えタイムはわずか0.05秒に過ぎない。では、癒着プロセスをもう一度見てみよう……なんてやってる場合ではなかった。
「……まぁいいや。今度こそ行くぞ、時間押してるしな」
規模は計六つある中で最大。実技試験にも採用されたドーム状の新・第一競技場を尻目に、やっとのスタートを切ろうとしていた。
これから汚名を払拭する常識人として、レインはマドカを先導しなければならない。
「にしても光栄ですよ。まさか『
「何をそんな大袈裟に────」
だが、そんな彼女にも秘密があった。
「────おい」
「何でしょう?
「テメェ今何つったよ?」
人には、知られたくない過去がある。
人には、忘れられない秘匿がある。
そして人には、決して明かしてはならない黒歴史がある。
レイン・ミューゼル。
3年1組、元・生徒会長。
2023年予定の三回モンド・グロッソ参戦に王手を掛けた、アメリカ代表候補生。そしてマドカ・ウォヴェンスポートの剣術指南役。
またの名を『
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非の打ちどころのない、憧れの的。
1000年に一度の美貌。
そして全ての嫉妬すらそのハンサムな甘いマスクと均整の取れたプロポーションを以ってガチ恋慕に変えてしまう、合衆国を代表するに相応しいスーパー・パイロット。それがレイン・ミューゼル。
スコール主導の軍隊教育を経た彼女は、『
それからはもう引火したガソリン、揺れたニトログリセリンだ。勢力図の制空権を圧倒的実力差で勝ち取り、爆発した支持のままトップルーキーの座に君臨していた。
コアナンバー010の
──ロシア代表の
学園最強の称号でもある生徒会長、及びそれに追随する上級生・教師陣で構成された機動部隊の総称。
学園に侵入した脅威存在との自由戦闘権限、並びに第三回モンド・グロッソより
ああああああああ
死にたい死にたい死にたい!!!
ただいま、レイン・ミューゼルが顔面流刃若火の悶絶少女と化した。
『英雄視された義姉の功績を最も容易く万象一切灰塵に帰した女』ことマドカと同じく、中学二年の頃までは。それはもう『厨二病』として故郷ワイオミング州にてブイブイ言わせては暴れまくった。
現在は羞恥の出口を求めて、頭の中でぐるぐる暴れまくっている。
「行かないのか、師匠?」
「……良いかよく聞け。その耳かっぽじってよーく聴け」
今までで、人生で一番ドスを効かせた忠告だった。
これはミューゼルがマドカに向けて啓示したミッションよりも、遥かに大事なことだ。
「その『カリバー』って単語、これから何があっても二度と使うなよ。絶対だ」
『ッ!?!?!?!?!?』
「だから何をそんなに驚いてんだよ」
「な、ならダリル・ケイシーという名は」
「それこそダメに決まってんだろーが!!」
口を滑らせた『ダリル・ケイシー』という名は、今やレインにとってはただの忌み名。そんな奴はこの世にいてはならない。
本人はシュウ・サウラみたいなノリで幻魔界での異名を生み出したに過ぎなかったが、恐らく死んだ後も墓場まで持って行くであろう、『後悔』の一つだ。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ師匠! まさか引退したというのか!? なら封印した『炎帝魔剣シリウス』の後継者は一体誰に──」
「声デケぇんだよバカタレ!」
そしてこれが『後悔』そのニ。
かつて二人で考案した、
「今日からおれは、『焦焔将ダリル・ケイシー』……さぁ、お前の名を聞かせて貰おう」
「わがなは『かりばー・せぶんす』……せかいのきんこうを、かげでまみもるそんざい」
「よし……おれたちは、人類の自由と──」
「へいわをまもる」
「「『
登場12歳のレインと9歳のマドカは、傘をぶん回しては飛天御剣スタイルやアバンストラッシュ、卍解やらサンダーストームヘリックスに興じたものだ。一生懸命ノートに必殺技を書き殴ったし、変身ポーズの練習なんかもやった。戻そう。
まぁお察しの通り、名乗りの由来は『
本来は第二次世界大戦期に発足され、約80年に渡り現代まで暗躍し続ける秘密結社──と、囁かれていたのだが。
マイクロチップが大好きな某陰謀論者の標的になってから、酷く滑稽で陳腐な御伽噺の存在になってしまった。それだけではない。
実はイルミナティやフリーメイソンのようなカルトはおろか……詐欺グループや貧困ビジネスやハッカー集団や無料漫画転載やや商標登録や転売屋や企業wikiや公金チューチューのような悪意の塊から、『壺』といった極悪宗教団体に対してもこの組織名が一種の記号であるかのように濫用されている。逮捕された奴らは皆揃って『亡国機業』を自称するのだ。この世の終わりみたい。
したがってこんなご時世に名乗りを上げるマドカは、入管審査で「アイ•アム•ザ・カルトテロリスト」と阿保面で発信しているのと同義だ。
「……あのな、オレもう高三なんだぜ? お前の好きなキュアムーンライトだって高二で終わってんだよ。つまりもう封印したいんだ。何もかも終わり。流石のお前だってソレが理解できないパッパラパーじゃないだろ?」
「やけに怖い顔をしているぞ、師匠」
「こっちはお前が何時いらんこと言わんか冷やッ冷やなんだよ」
そして悲しきかな。
幼いレインもまた、都市伝説と囁かれた亡国機業を。悪を以って悪を制す、正義の集団と勘違いしていた。で、ご覧の通り。
見事高校生デビューを果たした彼女は、そこで初めて組織の実態を認知して。その思い出を虚無の辺獄に葬り去ったわけだ。まさしく失望と、卒業の瞬間であった。
「もう一回言うぞ。オレがダリル・ケイシーやらカリバー・フォースやらフザけた名前振りかざしてたのは過去の話だ。その口溶接されたくなかったら二度と喋るな。良いな?」
未来を左右する未曾有の隕石、地獄の業火、死人の復活、人の生贄、40年の暗黒めいた黙示録的地雷が降り注げば。
誰だって不穏因子の排除なり、釘の一本や二本ブッ刺したり抹殺したくなるものだろう。
洗っても擦っても永久に落ちないタトゥーをその身に宿したレインは、握り潰す勢いでマドカの両肩を掴んでいた。
「師匠」
「なんだよ?」
「後ろがガラ空きだ」
「あ? 何寝ぼけたこと言って──」
「せんぱーい!!♡」
「ぐぉぉぉぉおおおおおお!?!?!?」
故に。
背後から突進するひとつの影に、最後まで気付かなかった。
「ぐぁ、腰やった……腰を……」
「ひどいじゃないっスか先輩! せっかくの挨拶なのにうちを置いていくなんて!」
「そ、それはすまん……いつからいたんだ?」
「ずーっと後ろからつけてたんスよ、えへへ」
覆い被さり、そのまま抱き付いたままの小さな影。
半身不随になりかねない悪質タックルを受けたレインとは、随分と親しい様子だ。
「……あぁ、そうか。つまり敵の裏の裏をかいて、敢えて本名で活動していると。流石は師匠」
「も、もうそういうことに、しとくわ……」
いつまで自分の世界に入っているつもりだと。……いや、もういいか。
これがフィクションでなければ腰椎をぶち壊しかけた犯人に介抱されながら、レインは『彼女』を紹介してやる。
「……マドカは初めてだよな。こいつはフォルテ・サファイア。まぁ、なんというか……オレの
「その通り!!」
小悪魔的な笑みを浮かべるそばかすの少女、フォルテ・サファイア。2年2組。
公式戦開催地のアテネで知られる、ギリシャ代表候補生だ。そうでなければ、レインの伴侶など到底務まらない。
「先輩の愛しい愛しいハニーなんスよ。ねー?」
「ねー……じゃない。悪ぃ、ハズいわ」
「ノリノリじゃないスか。やっぱ相性良好ってことで?」
先まで年長者の威厳をぶち撒けていたレインだったが、すっかり夫婦漫才のリードにたじたじである。
黒い三つ編みおさげを結ったフォルテのリボンは、赤と青が交わりし紫。つまりレインのローポニーを結ぶソレと、お揃いのものだ。
実にカップルらしい、見事な仲睦まじき匂わせっぷりで──
「ほう、恋人か……」
「で、この子っスよね。先輩が言ってた──」
「えぇ、そうですとも。我が名は」
「
──今日はデカい声の罵倒が、よく通る。
マドカが顔を覗かせるも、口を閉ざしたレインは目を平泳がせ。ガン無視を決め込んだ。
「師匠? ……師匠、何故目を逸らす?」
「知らん。オレは知らん」
面子を見れば。
学園史上最強コンビで知られる百合の間に割って入る、酷く不躾な女。
祝福するが如き快晴のみ及第点の休日は、始まったばかりだ。
「えっ、なんスか今の」
「アイキャッチは必要であろう?」
「いらねーよ」
まだ戦っている様相すらロクに描写されていないが、アイキャッチにまで罵倒されている。
来たる実戦において、その蔑みは裏切りとなるのか。まぁ、遠くない未来の話だ。結果はすぐにわかる。
「……やっぱり死にたくなってきたな」
「穏やかじゃありませんね、師匠」
「おめぇがラブライブの真似事で路上ダンスした際にトラックに撥ねられかけたのを思い出したんだよ」
「良いなぁ、仲良いんスね二人とも」
最後の学園生活として、後釜の世話を兼ねた道案内をスコールに頼まれた訳だが。
はてさてこの厨二病をどうしてくれようかと、有効期限三年の矯正方法を考えあぐねていた。同じくかつて厨二病だったレインは、フォルテに貰ったタオルで冷や汗を拭きながらげんなりしている。
「先輩、水いります?」
「……あー、うん、もらう。サンキュ」
何せこいつは、一度目を離せば止まらない暴走ラジコンのような奴だ。しかも小バエの駆除に手榴弾を使うような奴だ。
何時ぞやの定例会食でも、ダンスパーティでも、あろうことかオルコット家主催のお茶会でもそうだった。何度叔母が頭を下げて腰を痛めたかわからない。
大体、公の場で効果音を口ずさみながらS.H.Figuartsテンペスタ*1片手に走り回るクソボケが何処にいるんだと。いた。
酷な話で、責任の所在──つまり尻拭いは決まって大人だ。
機関銃のような外野の罵詈雑言を。百戦錬磨であれどもう若くない一身に受ける
「で、師匠は何処まで進展したのです?」
「んあ、何が?」
「ッフフ、とぼけても無駄だ……やるべきことはもう全部やり終えたのでしょう?
星空の下でハネムーンとか、
聖なる泉の上でまぐわいとか」
「ブフゥッ!!!???゛・∵.゜」
気休めに貰った液体を二度も無駄にした。どうしてくれる。
盛大にみずタイプの技を吹き出した元来ほのおタイプのレインは、そのままむせてうずくまった。顔だけでなく、目まで真っ赤にして。
「せ、先輩!?」
「ヴェ゛ェッヘッ゛、ェ゛ッヘッ、ざけんなお前……
ン゛ン゛……!? ヴェッフェェッ!!!?」
死霊の雄叫びのような酷いむせ方だ。
これが食い物だったら、全部吐き出している自信がある。
「失礼、図星だったか」
「……ン、ン゛ンッ!! ……や、逆だよ。てかこんなこと朝から言わせんな」
「うちは別に気にしないっスよぉ。だって既成事実は見せつけてこそなんで、こんな風に」
「!? おいちょちょちょちょ待て、待て! 今はダメだって! 汚ねーぞ!」
「え〜」
「いや、『え〜』、じゃねーから!」
更に起き攻めでノックダウンさせようとした主は、フォルテ。
その身長差からは想像できない腕力で、突如レインを引っ張り、自分の顔まで近付けて──言わずとも想像がつくだろう。寸前で拒絶されたのだが。
これが元・学園最強と謳われた彼女の現在にして末路だ。惚気の塊である。
危うく義妹が見ている前で、最強リザードンを蹂躙するが如く。カピカピになるまで絞り吸い尽くされる*2ところだった。
「ぶー、先輩のけち」
「そっ、そういうのは二人だけの時に、やるもんだろ、もう……」
「じゃあ今夜は覚悟っスね」
意外にも、攻めはフォルテらしい*3。
「師匠がそこまで奥手だったとは……」
「……まぁ、
「結構真面目なんスよ、先輩は。それでいてうちのことを大事に大事にしてくれる、優しい未来のフィアンセなんス」
それはそれはもう氷のお城のような、重度の箱入り娘故に、だ。
家元の許しが出るまで決して手を出さないよう、レインは心臓に誓いの剣を立てていた。
付き合って半年近く、フォルテもそろそろ焦れったいようで。が、こうして腕にしがみつかれようが、柔らかいソレをわざと擦り付けられようが、めちゃくちゃ我慢強い。
多分男だったら生理現象には抗えないので、女で良かったと心底痛感している。
「こう見えてプラトニックな関係を心掛けてんだよ……え、えっちとか、まだしてねーし……」
「なにっ」
そしてこれが理性の証明。
まだ“mouth to mouth” までしかしておらず、“fuck each other” なんて以ての外。
ミューゼル式の三半規管強化訓練よりも遥かにキツい、生殺しの拷問であろう。
「なんと嘆かわしい……それでもカリ」
「だからその話するなっつったろブッ殺すぞ」
「『カリ』ってな〜んのことっスか?」
「!?!?」
非常無心で口を滑らせた命令全無視クソ野郎の胸ぐらを掴んでいると、フォルテがひょいと割って入った。
悪意のある言葉の切り抜き方は、まるで下ネタに一喜するありきたりな貞操観念逆転女子に見立てたような。
「え、えっとだな……かり、そう! 狩り、この後『ひと狩りいこうぜ』って話だよ! こ、今度モンハンの新作*4出るから、ゲームしたくて仕方がねぇんだとよ、は、ハハハ!」
「マドカちゃんモンハンやるんスか?! 丁度金冠集めまだ終わってなかったんで手伝って欲しいっス!」
で、頭をフル回転させた結果。
マーヴェリックの操縦並に、クッソ強引な話の曲げ方だ。しかも何故か回避に成功している。
「なら三人でやるしかないな。こんなこともあろうかと、モバイルモニターとキャプチャーボードの予備を四人分用意してある。つまり全員大画面だ」
「あぁ良いっスね〜」
「……こいつすぐ三落ちしてクリアどころじゃねーから、一応言っとく」
あっっっっぶねええええ!!
モニター+キャプボ四台持ちとなると色違い厳選異常者かと疑うほどの用意周到さだが、またしても。レインは心の奥底で叫びたがっていた。
それもその筈。初めての恋人にだけは、自分の黒歴史を知られたくない。何ならバレた瞬間に中退してもいいとすら思っている。
最悪の場合が訪れた暁には──
──なんてことになりかねない。
原作10巻61ページみたいな絶望顔でドン引きするフォルテの顔が思い浮かぼうものなら、その時点で既にマジでBADな地獄である。死んだ方がマシ。
「ねね、マドカちゃん。なんか今日の先輩、具合悪くないスか?」
「無理もない。敵の気配を常に察知し続けているのだ。来たるべき闘いに備えて……」
「はえー……」
まぁフォルテはフォルテで納得してくれたようなので、暫くそのような災厄は訪れないだろう。多分。
「……あぁそうだ。お前のクラス、伝説の山田パイセンいるだろ」
「副担任のことか?」
「マジですげーからなあの人。オレ、リスペクトしてっから。教師になってなかったら、去年のヴァルキリーはあの人以外に考えられねぇ」
「なんだと」
なるべく黒歴史から遠ざけようと、話は変わって一年一組の副担任について。
妙に子供っぽいダボッとした黄色いワンピース姿、それとズレた眼鏡から、どちらかといえば頼りにならさそうなルックスをしているが……人は見かけによらないというもの。
齢20を迎える今年から副担任として、千冬の補佐をしている山田先生だが。彼女は元・日本代表候補生である。しかも千冬の後釜になる一歩手前だったらしい。
は? 高校の教員免許がそんな歳で取れるわけねぇだろガバガバじゃねぇかという野次が飛んでくる頃合だが、一応。IS学園の教員免許取得は理論上18から19が最短だそうだ。アラスカ条約云々で定められているとか何とか。知らんけど。いくらでも言い訳は考えてやるからこの拷問を受け入れろ*5。
「山田先生は『
「……絶対、ニュアンス間違ってるよな」
後日、輝かしい異名が1年教室にて言いふらされることが確定したところで。本人はなるべく隠したいらしいが。
「ところでなんでパイセン呼びなんスか?」
「一番乳でけーじゃん」
「うわー単純」
「とにかくお前も、あの人を敬えよ。甘く見てるとイタイ目見るからな……着いたぞ、ここだ」
フォルテが隣にいる故か追っ手も現れず、無事に最初の目的地に辿り着いた。
第六アリーナ。
位置的には新第一アリーナのすぐ近くで、高速戦闘機動訓練──毎年九月に開催される市内レース用の設備が整っている。地下は学園中心のシンボルタワーへ繋がるトンネルも増設されており、『最もカネの掛かったアリーナ』と揶揄されることも少なくない。
上級生の御用達ということもあって、専用機のテスト飛行には持って来いの場所だ。
「ほらよ、ちゃんと整備班に挨拶しな」
「おぉ……おぉおぉおぉ! 素晴らしい、これが我らの拠点……ヴァリアント……!!」
「そんな大した名前付いてねーよ」
子供のように目を輝かせ、無邪気に駆け回りはしゃぎまくるマドカ。
本来、一年は自由な出入りを許可されていないが……
特に優秀極まりない代表候補生の場合、企業スカウトや代表試験等でアリーナの利用が優先されがちだ。三年に至っては最も実戦向きの第六アリーナで、あらかじめ専用機を待機させているのが殆ど。ついでに専属の整備班も移動させている。
「ま、お前の専用機も頑張ったら、ここで手厚く面倒見てもらえるさ──」
「お疲れ様です、レインさん!」
「フォルテさんもご無沙汰してます!」
と、丁度向こうから出迎えてくれた。
レイン曰く、筋金入りのファッキンISナード共。休みの日にも関わらず、学園一を誇っていい自慢の整備チームが揃っていた。
「よう、オレの相棒どうなってる?」
「この通り、バッチリだよ」
無論、レイン専属の整備班は二・三年で構成されており、首に掛けた名札を見れば大体わかる。赤色の帯が三年で、黄色い帯が二年。
そしてその背後で……『一年』を示す青い名札を提げた二人が、物凄く申し訳なさそうにこちらを見ていた。
──否、二人だけじゃない。
「あの子たちは?」
「あぁ、先輩にも紹介しますよ」
活発そうな青髪の子と、逆に運動とは無縁そうな……言うなれば、のほほんさんのような雰囲気を放つ、黒髪の子。
二人とも、レインを目の前にしてガックガクだ。
「うちの新入り内定。整備科志望の京子ちゃんと、フィーちゃんです!」
「「は、初めましてっ!」」
目線が全く合っていない。それもそうか。
何せ、文化祭に催される『ミス・インフィニット・ストラトス』を、勝負にならない得票差で二連覇した後に
「この子たち、もう二級資格持ちなんだって」
「う、打鉄とラファールを弄るくらいなら、出来るでありますっ!」
「お、おなじくであり、ます〜!」
特別に招待されたということは、相当期待されているのだろう。
プレイヤー志望でなくとも、IS知識は候補生にも劣らない。まるでIS博士だ。機体のセミスクラッチやチューニングなんかではこの先、下級上級問わずお世話になるはずだ。
「へぇ、そりゃ将来有望だな。今のうちにオレのカッコいい相棒、たっぷり見とけよ」
「良かったっスね。コレ写真とか撮ったら高くついちゃうから、たっぷり拝んでおくと良いっスよ」
「おいおい売りもんじゃねーんだぞ」
「っふふふふふ……これが師匠のIS……また一段と改造を施したようだな」
「あー言ってる側で撮ってら…………
で、まだいるだろ、
そろそろ出てきてもらおうと、格納扉に向かって声をやった。
実は
「…………えー、ばれちゃいましたぁ……」
「あぁー! 探してた『気配』ってこの子たちっスか。流石は先輩……」
多分違う。
観念したのか、影からひょっこり出てきたのは小さい狐……ではなく。初日のマドカをお手玉にしたのほほんさんと。
「ほらかんちゃ〜ん。恥ずかしがらずにぃ〜ふにゅにゅにゅにゅぅぅ……」
「ちょっと本音っ、ひっぱらないで……!」
「もう〜シャイだなぁかんちゃんは〜」
「だ、だってレイン先輩も、いるから……その」
水色の髪に特徴的なヘッドギアを付けた、眼鏡の少女。
しかし、ややこしい奴がここにいる故、挨拶も束の間。のほほんさんに気付いたマドカが、またもや
彼女は今だに、超能力因子保管機関の刺客。
厨二病にとっての宿敵だ。
「やっほ〜まどっき〜」
「ノホ=ホン!? 貴様ァ、何しに此処へ来たッ!」
「貴様呼ばわりすんなアホが、マジ失礼だぞ」
「アダッ!」
第二ラウンドを許可なくおっ始めようとしていたが、恐ろしく速い縦チョップで強制終了した。
レインの
「んで、誰かと思ったら
「あ、ああああああああの、わわわわわわ私」
「とりあえず落ち着こう、震えすぎて作画崩壊してる」
彼女の名は
1年4組、日本代表候補生の
「本音ちゃんも来てたんだね〜」
「もとかいちょーの挨拶は、ふぃっふぃーに先越されちゃったけどね〜」
「ん〜、癒し系枠三人目か……」
「……あと一人は?」
「え、ここにいるじゃないスか」
「えっ」
「えっ?」
それまで彼女の情報、ましてや存在は。
時折、指定暴力団と疑われた戦国から代々続くと云われた名家更識の秘蔵っ子故か、一切明らかにされていなかった。
それが一夏の適正発覚を撃鉄としたのかは定かでない。が、日の丸を白星に返り咲かせるという"栄光の再起"は、誰もが望んでいること。家元の命を受け、満を持して現れた。
その先の道は
「……そうか、君があの更識家の。だがノホ=ホンと絡んでいるということは、グルなのか……?」
「お前ちょっと黙ってろ」
「……あなたのことも、よく知ってる」
「!! ……っフッ、いや、何も驚くことはないか。暗躍とはいったものの、こうして表舞台に出てしまえばそう分析せずとも──」
──Wikipediaより、引用」
へ へ
イ ・
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ス ・
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チ ・
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突然ミニガンばりの事実陳列罵倒を一言一句寸分狂うことなく放ったものだから、のほほんさんと言われた本人以外の一同が絶句していた。
この女、この中で一番控えめな立ち回りなのに一番容赦ない。
そして残念ながら、全て本当のことだ。ニコニコ大百科にほんわかレス推奨と記載されるだけのことはある。
おまけにマドカ本人ではなくマドカの異常狂信者がコメントで自演したせいで大炎上したこともあった。悲しい事件だったね*8。
「よもやそこまで私を検索していたとは……流石だな、更識簪。よき
「……正直、あなたのことは嫌いじゃない。……ちょっとだけ、勇気とか分けて貰ったし」
「うんうん、それとまどっきーはねぇ〜……んーと、なんだっけなぁ…………ぁ! 『かりかりのてんむす』なんだよ〜」
「??????????」
恐らくのほほんさんは、簪に「カリバー・セブンス」と言いたかったのだろう。全く伝わっていないが。
「それって美味しいんすか?」
「あー乗るな乗るな」
「美゛味゛し゛い゛ぞ゛!゛!゛」
「おめぇもリュウソウレッドの真似しなくて良いんだよ」
「レイン先輩も、特撮観るんですか……!?」
「…………あっ。ぁっ──ッスゥゥゥゥゥ、た、たまたまな。テレビつけたらたまたまやってたんだよ。うん」
「い、今やってる、ドンブラザーズとかは……」
「……面白いって、ネットでよく見るよな」
※プリキュアも仮面ライダーも戦隊も全部欠かさず観てます。理不尽な放送延期にもマジギレしました*9。サンダーゲイル大好き。……違う、そうじゃない。
しまった、と。内なるレインは両手で頭を抱えた。
無理のある誤魔化し方は、親に部屋を見られてオタク趣味がバレた息子のソレである。悪夢そのものだ。
「あ、あの……良かったらここにサイン、貰えますか……?」
「あっ、あぁ。いいぜ、そのくらいなら」
……ファインプレー、簪嬢。
活路を見出していけると踏んだのか、推しであろうヒーローのステッカーがぺたぺた貼られたケースから……某林檎マークのタブレットを取り出した。
「直接書いて頂ければ……」
「えっいいのか?」
なんかこれもジョージ狩崎が使ってそうだなと思いながら……うわ、しかもM12proチップモデル*10だ。高いやつ。
快く受け入れる以外の選択肢がなかったが、まぁ、昔話の打ち切り料と思えば安い。簪がサイン用にと渡した金色のマーカーを走らせ、ひと想いに刻印してやった。
「──、よし。これで良いか?」
「〜〜っ!! ありがとう、ございますっ! 一生、忘れません……絶対に……!!」
感激のあまり泣きそうになっている。
いつの間にか、レインは簪にとっての『ヒーロー』となっていたようだ。
そんな経緯もあって、簪も例に漏れず。
憧れのレインを目標として、殻を破る努力をしながら日々研鑽していた。心臓が張り裂けそうなのを抑えて、内気な自分を変えるために本人へ突撃したのだ。
「で、では私はこれで、失礼しますっ……先輩、これからも応援してます! いつかお姉ちゃん倒してくださいっ!」
「あっ、まってぇかんちゃ〜ん! 整備の紹介終わってないぃ〜! あ、ばいば〜いまどっきー、また明日〜」
「ふん、敵同士というのに馴れ馴れしい奴だな……残念だが、私にハニートラップは通用しないぞ」
「お前が一番馴れ馴れしいわ」
言いたいことを吐き出し終えると大きく一礼し、照れ隠しなのかそそくさと去ってしまった簪。超スロースピードで追い掛けるのほほんさん。
しかしこのままでは、『アンチのほほんさん』なんていうIS二次創作で有り得ないタグをつける羽目になりかねない。どんなオリ主だ。白い篠ノ之束ですら理解に苦しむだろう。
「……じゃあ、次行くか」
「そっスね」
「っフフ。次は何が、私を楽しませてくれるかな。なぁ、カリバー・フォ──」
「てめぇ死ぬまで焼れたいらしいな」
珍道中は、もうちょっとだけ続く。
.
なおこの後メル・ゼナのamiiboが亡国機業の手によって高額転売されるのは言うまでもない
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「もしかしてその子
新しい部員!?!?!?」
「違う違う、顔近いからな
今日はラッキーカラーが青なのか、よく青い髪の女に出くわす。
整備班と別れ、訪れた場所はスポーツセンター。第六アリーナ付近に併設されている。
IS以外のスポーツ活動が盛んに行われており、エステやらジムやらなんでもござれだ。教員すらスキマ時間で愛用している程。
で、時間の都合上レインたちが最後に向かったのが──
「はじめましてっ! グリフィン・レッドラム、レインと同じ3年生です! みんなからはグリ姉とかグリちゃん先輩とか呼ばれてるから、マドカちゃんも好きに呼んで良いよっ!」
──人工芝が敷き詰められた、サッカー部のグラウンドだ。
感情のままにマドカの両手をブンブンさせた、天真爛漫な褐色少女。サッカー部の大将を務める彼女はレインと同級生で、ブラジル代表候補生。ここまでくると代表候補生も大して珍しくないのでは? と訝しむのが自然の摂理だが、そんなことはない。
「お、おぉ……我が名は……ん? 待てよ。レッドラム……
「おい待てや」
目を離した隙にこれだ。
マドカがまた要らぬことを言うものだから、レインは首根っこを掴んだ。
「アームド・ヘルヘイムも禁止な。次喋ったら殺す」
「ッッッ!?!?!?!?!?」
「お前もうわざとやってんだろ」
初対面で人を暗殺者扱いするわ人殺し扱いするわで、どうかしている。もはや馴れ馴れしいではなく『舐め舐めしい』の域に達している。
水を差すが、グリフィン・レッドラムのスペルは“Griffin
「あーむど……?」
「なんスか?」
「わ、フォルテちゃんも久々〜! 元気してた?」
「グエっいきなり、ど、どもっス……」
首を傾げ、口元を最後のギリシャ文字に変えたグリフィンであったが……フォルテを見た途端に忘却。興味のスライドが異様に速く、そのまま全身凶器と言えるダイナマイトボディで抱き付いた。
絞められた方は生弾頭の感触が直に当たり、滅茶苦茶不快な表情を浮かべている。
彼女はノーブラ族。下着は常に下だけ。
「はぁ…………ん、どうしたフォルテ」
「他人の胸ってどうやったら縮むんスかね」
「え」
そしてフォルテのうわ言は、切ない。
「──これは」
「マドカちゃん、サッカーに興味ある? 良かったら部員募集してるからさ、入ってみない?」
「……ふっ、この
「あっ、おい」
転がったボールを足で拾い上げ、器用にリフティングしてみせたマドカ。何を思ったかそのまま走り始めた。
もうこの時点でレインは不穏な空気を察していたが、止めたところで今更。
「──へぇ、リフティング上手いじゃん。
そんな中で誰よりも早かったのは、グリフィンだ。重度のサッカーバカ故に、180点のスマイルで肉薄してきた。なんか不穏な言葉もおまけで。
土足でフィールドに侵入したマドカの前に瞬足で立ちはだかったその姿は、歓喜と狂気ふたつの性質を併せ持つ。
「やっぱり入部の素質あるよね、あるよね!? ISもいいけどそんなことよりサッカーやろうよ!」
「我が108の特技はリフティングに留まらずだ、とうッ!!」
「飛んだ!?」
しかし、この程度で気圧される漆黒の黒騎士ではない。
厨二病の思考テリトリーは地上、否、空中。非常識で超次元的な大跳躍で、グリフィンのブロックを"無視"した。
ゴールはガラ開き。
となれば──既にシュート体制に入ったマドカが、逆光に。右足を天掲げたあの逆さま、まさしくオーバーヘッドだ。
「そしてこれが、ダーク・ストライカーと呼ばれた我が必殺!!」
「おぉっ!」
「あぁ……」
「先輩?」
「頭痛が痛くなってきた」
「風邪っスか!? ロキソニンもあるっスけど!」
「ごめんそれじゃ治らねーんだ」
期待の大型新人に、グリフィンが10カラットの眼差しで手に汗握る一方。タイムマシンを作って過去の自分を抹殺したくなったレインは地獄の空を仰いでいた。
「食らえ! オレの必殺──バーニングヘルファイア改!!」
「あぁ……」
忌々しい過去と重なった悪しき刹那、着地を一切想定されていない位置エネルギーを以て。
標的のゴールネットに向かって放たれるは、幻覚か現実か。突風を纏っていた。
「喰らうがいい──
オーバーマドカサイクロンッ!!」
かくして、黄金ならぬ漆黒の右足から繰り出された破滅の魔弾。
目にも止まらぬスピードで加速し、今。全てを灰燼に帰す冷酷無比の威力を乗せて、普遍の門を突き破り──!!
「──あ。これ多分跳ね返って顔に当たるやつだ」
「見るがいいっ!
これ
ガッ」
「──以上が、マドカ=ウォヴェンスポート・ミューゼル及びMeusel Materialに関する現状報告になります」
『お疲れ様。今はまだ様子見、って感じね……後は私から織斑先生に伝えておくわ』
「承知いたしました」
『……危ない綱渡り、させちゃったわね』
「いえ、お嬢様のためならば」
午後21時、IS学園生徒会室。
灯りのない薄暗の中、投影の光に照らされた二つの影があった。
彼女達の背後には、総括の一声に含まれた『それら』に類する山積みの部外秘資料が。
マドカ=ウォヴェンスポート・ミューゼル、そしてこんな奴を堂々と世間に輩出してくれた、ミューゼル家そのもの。
それら全てのデータ、即ち入学前から
本人の経歴は勿論、戦闘記録、家族構成、血縁、組織図──ひいては、所属企業の全従業員リスト、アメリカ政府の関与、ミューゼル家の軍役記録と過去数十年の動向に渡り──つい先ほど送られた、『自分で蹴ったボールを反射で顔面にぶち込んだ間抜けな映像』を含め。
表裏問わずに炙り出たものは、洗いざらい調べ尽くされた状態である。
『うーん……改竄を疑うべき、かしらね』
「間違いないかと」
『なーんかどれもこれも出し抜かれた感じなのよねぇ。久々に火が点いちゃうかも』
結論を言うと、現状は『何も無い』。
水難事故で両親を亡くしてから、孤児院に預けられた過去以上のものは……何一つとして、千冬が納得するような確証がなかった。
『いっそのこと米軍の船乗っちゃう?』
「……あの、くれぐれも無茶は。我々もいますので」
『あん、心配性ね
投影の向こう側にいる彼女が、常に携帯している扇子を開く。達筆で『外柔内剛』。
自分でそれを言うかと横槍を入れたくなるが、『
『後は……
「はいは〜い! たっちゃんさんのために、頑張って取ってきました〜」
『え、えぇ……頑張ったのはよく分かったわ……虚ちゃん、お願いできる?』
「? 本音、ちょっと見せて──……はぁ。これ、あなたから読んでもらえる? 電気点けるから」
「かしこまり〜」
呆れた顔で照明のスイッチに手を伸ばす。不本意ながら、二つの顔が
そこにはのほほんさん──否。
ここでは生徒会書記 布仏 本音と改めるのが適当か。
昨日に続いて簪の虚無的勲章集めに付き合わされていた本音だったが、風呂を口実に抜け出して来た。故に今の格好は、黄色い帽子まで着けた寝間着そのもの。完全にオフ。雰囲気をシリアスにしてやったのに全くやる気がない。
そして本音の
3年1組 生徒会会計
彼女ら姉妹は、公私共に生徒会長を補佐する大事な『指先』。
その主従関係は学園だけでなく、生まれながらのもの。一族単位で先祖代々仕えてきた。
で、『たっちゃんさん』から虚へ。
でもって虚から結局本音のもとに返ってきたのは、一冊のメモ帳に書かれた"ある内容"だったのだが──
うわきったね! クソだ……。
常人が読むには根気を強いられる文字列だった。『たっちゃんさん』すら慄いたこの書記とは思えない脅威的な字の汚さ故に、暗号として若干重宝されていたりとか何とか。
多分100年後も現存していれば『ノホ=ホン・コード』と称され、あらゆる科学者が妄想を抱きながら人生と時間を無駄にしてまで解析するに違いない。
『本人しか解読できないのは、まぁ、良くも悪くもって感じなんだけど……』
「……後で
「んーと……あっ、これだぁ」
二人が固唾を呑もうとする中で。
こんな場所でもいつものように、恐ろしいほどにのほほんとした本音は、栗みたいな口を開く。
「ではでは、私から結論を言いますと……
まどっきーはやっぱり、
『ふぁんとむ・たすく』だと思いま〜す」
「!」
『……続けて?』
「私たちの活動、まどっきーはもうお見通しって感じでした〜」
不可解な疑問だったのだ。
何故、マドカが『一切口外していない自分たちの所属』を、知り尽くしていたのか。
「──貴様、
「おぉ〜……」
先日の茶番、マドカは確かにそう言った。
こう見えて己が使命は、晴れて日本代表候補生となった四組──『更識 簪』の護衛。
並びに、彼女へ危害を加える可能性があると判断した暫定脅威存在の監視、そして記録蒐集。
そう。
マドカ=ウォヴェンスポート・ミューゼルは、新編された生徒会の第一級監視対象。
そのために、マドカの入学予定が発覚した12月の時点で、予め
実力行使で座から退かせたが、当時の学園最強となればやはり一筋縄ではいかない。
しかも
「……お嬢様、これは」
「たっちゃんさんの言い付け、多分当たってる気がします〜」
『……本音ちゃん結構勘が鋭いからなぁ……でもそうなると、いきなり尻尾を出してきたわねぇ』
『妙に意味深な振る舞いで思慮深いと思わせて、実は何も考えていない馬鹿かも知れない』という前情報を持って、本音は彼女との接触を図った。
今思えば、撤回すべき余計な先入観だったかも知れない。こんな初対面で、
それに。
「暗部の情報は掴んでいたが──
それが
裏社会の当主に仕える『お屋敷の人間』。
その肩書きは、一部の人間しか知らない筈。しかも、
どういった経由でこちらの情報を手に入れたのか。やはり、マドカを引き取ったミューゼル家そのものが絡んでいるのか。
「うんうん、めもめも……っと」
あの後、マドカの茶番に付き合うために用意していた、カンペの束に追記した。……走り書きだった故にぐっちゃぐちゃなのだが。
訳のわからん呪文も公式戦や立会の記録等で仕入れた情報の通りだったが、全て『油断させて懐に潜り込む故の振る舞い』と考えれば。割と辻褄は合う。
軍仕込みの教育か、相当長い訓練を経て無能のフリをした道化を演じているのだろうか。
そう考えると、なんだか少しだけ。立ち回りが自分と似ている気もした。
『しんぱしー』、とやらか。
(いやぁ〜まどっきーも中々やりますなぁ〜……なんちゃって)
誘導するようにあえて当主の名前を出して、カマを掛けたのは正解だった。手始めの探りとしては、上々の収穫かも。
千冬にしばかれる寸前のマドカを、誰も真意を読めない笑顔で眺めながら。
至極くだらない妄想バトルは、その実。互いに新たな敵対関係を予見していたのだ。
「……正直、早急に帰って来て頂きたいのが本望です」
『その辺は"なる早"でちゃあんと掛け合ってる……って、言いたいところなんだけど。ごめんなさい、もうちょっとだけ大事なお仕事が残ってるの』
もはや、あらゆる容疑を掛けられた奴に関する議論など時間の無駄だ。
アメリカに直接デカい面はできないものの、それでも対応を急かす各方面からの苦情。完全なるイレギュラー。しかも相手は、どういう思考をしているのか『
これは痺れを切らした米国の、学園に対する単なる嫌がらせか。
刻一刻と、処遇の猶予が迫ってきていた。
しかし、滅多に姿を現さないことからサボり魔と誤解されがちな彼女にも、立場上の仕事がある。
その証左に現在、彼女はIS学園ではなくロシア連邦に滞在していた。
その理由は自身の血縁。
アラスカ条約調印より始まった取引。
原産国ルクーゼンブルクの認可を無視した、違法な
ロシアに潜伏している
人類史上最年少でSランク適正が発覚した、
『Project Mの残滓』として生まれたデザインチャイルドの養成。
……もっとも、そのM計画とやらが何なのかは
とまぁ、その他諸々
「……まぁ言うまでもなく、妹様の身に何かあれば……」
『もちろんその時はブッ殺すに決まってるじゃない。簪ちゃんに手を出すなら、おねーさん神様仏様全人類世界の全てが相手でも容赦しないわ。全部投げるから』
「……そうですか」
もちろん、簪の身に何かあれば話は別。国境とか領空とかそんなものはどうだっていい。
故に『処刑不可避』の文字が全く冗談じゃない。当然の如く、純日本人なのか疑わしい真っ赤な瞳が結論を物語っていた。
今はまだ、けれど。
仮にマドカが簪に危害を加えたとなれば、その時点でIS学園は百割死刑裁判所と化すだろう。しかも『地獄の業火に焼かれてもらう』と言わんばかりに千冬も飛んでくるし。人類種の天敵ルート並にどんどん敵が増えていくね。
「けど、仲直りは早めにしておいた方が良いですよ。亀裂が増える前に」
『うっ……』
「話さないとわからないことだって、山ほどありますし」
『うううっっ……!!』
それはそれとして、虚が意識外の角度から個人的な助言を投げかけた。
ズブリと言われた彼女にとってそれは。どんな針や刃物で刺されるよりも痛い、並々ならぬ悶絶を伴うちくちく言葉だ。
『で、でも簪ちゃん、まさかあんなにおねーさんと映画に行くの嫌だなんて、思わなかったから……!!』
「それ多分映画が原因だと思うんですけど……」
『だってちゃんと簪ちゃんが好きなヒーローモノの映画だったのよ!? もう絶対私嫌われてるってことじゃない!!!』
声以外も迫真の様相で、酷く取り乱した。レインを退ける程の強キャラオーラが全て嘘のように。
彼女は簪が絡む不幸に関しては自分が100%悪いと、一方的に卑下しがちだ。例え自分が一切関係なくとも、断固として真実を認めようとしない。虚もメンヘラモードになったこいつを宥めるのはマジで面倒なので、これに関しては半日も掛けて原因を調べ上げた。
そして答えは単純だった。当初の推測通り、元凶は映画そのもの。
渡そうとして叩き落されたチケットに書かれた文字は
仮面ライダーオーズ10th
復活のコアメダル*2
……既に通過した地獄煉獄を二度も進んで味わえるほど、簪は極度のマゾではなかった。
屋敷でそのタイトルを見た途端、Cyberpunk 2077のようなグリッチ色彩を帯びたまま金切り音の絶叫マシーンと化してマジ狂い。
専用機を貰って会見予定があったにも関わらず、あまりの解釈違いと精神的ショックで入学前までずっと引き篭もっていたという。ただでさえ去年のバルカン&バルキリーで体調を崩していたのに。かわいそう。
『…………ぐすん』
「……話戻しましょうか」
『……えぇ、そうね……』
咽び泣くのは後。
今は物理的にも、遠く離れた関係だが……まぁ、軋轢はその内解決するはずだ。……二学期にもなれば。
『……
「目ぼしいところで言えば、最近多発しているISの強奪未遂事件でしょうか」
『主犯格が"ルフィ"って名乗ってるアレ?』*3
「違います生徒の安全に関わる問題なので真面目にやってください」
『じょ、冗談よ冗談……けれどもし、"そんな時"が来てしまったのなら……
再び緊迫が巡り、一同は透色の言葉を待つ。
主はくすりと、その雪国を背に。澄み渡る笑みを浮かべた。
閉じては開くと、瞬く間。
扇子の文字列は、敵対と認定した存在への無慈悲を表す、『執行』へと切り替わる。
彼女の名は、更識家十七代目当主──
「この学園の
『そのように振る舞う』。それだけの話よ」
ロシア代表 序列12位
IS学園 生徒会長
────────────────
……そして言うまでもなく。
のほほんさんは、盛大な誤解をしている。
IS
すなわち
マドカ
私とセシリィは、
勝負まで7日。となればやはり、あの方の力を借りるしかなかろう。なぁ、師匠!
レイン
いや、なにこれ? 何?
マドカ
次回予告だ、中々洒落てるだろう?
レイン
なんか、お前がこの前書いてたあの変な小説みたいだな……。
マドカ
だがウケは良いぞ。先日、ハメルピアの日刊ランキングを確認したら99位に入っていたのだ。
これも、
レイン
は、はァ!!??
次回 Infinite Stratos Fun Fiction
ビフォー・アフター・セブンス
.
.
◆ 舞台設定②
"スコール・ミューゼルが記録上死亡しなかった"世界線
筆者がどうしてもスコールを味方側に入れたかったので、死者として記録される運命をねじ曲げました。多分原作は軍役時代に致命傷食らってから亡国機業に拾われたと思うんですけど(雑魚考察)
今作のスコールは肉体改造の違法若作りを施されておらず、肩腰の痛みと白髪と老いを憂うキャリアウーマンになってもらいました
◆ ミューゼル家
原作では忌み名らしい。かわいそうなので表社会に出てもらうように改変した
炎の家系の正体は行く先尽くを焦土に変える戦争屋とかパイロキネシスを使える超能力者とか諸説あるが、本作はそれらを参考に違ったキモ解釈を出したい
◆ レイン・ミューゼル
マドカの義姉。イメージcvはモードレッド
今作ではダリル・ケイシーやら炎の家系は9割妄想の産物と化しているため、恥ずかしい記憶を持った一般生徒となった。要は原作の彼女のあらゆる要素が反転している。レインオルタ
原作
ダリル・ケイシー
コードネーム:レイン・ミューゼル
亡国機業所属の悪いやつ
炎の家系ことミューゼルに課された呪いの運命を受け入れ、学園と敵対
本作
レイン・ミューゼル
黒歴史の二つ名:焦焔将ダリル・ケイシー
亡国機業をかっこいい集団と思い込んでいた恥ずかしいやつ
表舞台で活躍するミューゼル家のご令嬢として、一時学園最強にまで上り詰める
呪いも無ければ覚悟も決まっていないので原作より弱体化
◆ フォルテ・サファイア
レインの彼女。宇崎ちゃんの下位互換とか言うな。イメージcvはマシュ
アーキタイプ・ブレイカーにて専用機のフルカラー版全身図と武装がようやく明らかになった人。因みにレインは戦闘グラフィックもIS立ち絵も実装されなかったせいでストーリーでも終始半裸の哀れな変質者と化していた
◆ グリフィン・レッドラム
誰?
とっくの昔にサービス終了したアーキタイプ・ブレイカー初出。ゴリラモンドみたいな専用機まで持ってるのに12巻のルクーゼンブルクのヒロインに負けじと劣らず突如生えてきためっっっちゃくちゃ影が薄い人。でも大丈夫(倫太郎)、もっと影が薄い地球外生命体がいますので……
◆ かんちゃん
廃人
今現在、復活のコアメダルを記憶から消すためにモンハンの勲章集めばっかりしてる。しかも打鉄弐式のコンソール画面でウマ娘とSky Leapを開いてメイクラと古戦場を地獄周回してる
◆ たっちゃんさん
映画が原因でかんちゃんに拒絶された可哀想なお姉ちゃん
この世界線では既に打鉄弐式が完成しており原作7巻のような勘違いの軋轢が無いのに、この様。運命は変えられない。かなしいね
因みにメディアミックスの気まぐれで"たっちゃんさん"の他にも"たてなっちゃん"と呼ばれることもあるが、筆者は"たっちゃんさん"呼びがすき
◆ のほほんさん
マドカの宿敵。マジでマドカを監視してました……
馴れ馴れしく近付いたのも全部任務のため。仲良くなりたい気持ち自体に偽りはないが、マドカがマジの悪人で始末するとなったとしたらそれはそれで仕方がないよねと、割り切っている(マドカが皆さんご存知のマドカだった場合、実は生徒会で一番危険な綱渡りをしている)
今後の動向も全て筒抜けだし、後述されるマドカの部屋にもカメラと盗聴器を仕掛けてます
◆ 虚さん
のほほんさんのメモはとりあえず没収した
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3月:引越し→4月:インフル→5月:資格試験
6月:古戦場(?????)→7月-8月:C102
ということでいつもの如くまたコミケ出てました。なんとお陰様で売上が過去最高とのこと(隣で集計してました)。これがISの底力かッ……
ちなみに次回冬コミはIS2期10周年本──!!
【宣伝:ISのえほん梅(サークル主TwitterXリンク)】
.
ここはわたくしの
どいてくださる!?
いいや私だな、君にはまだ早い
わたくしですわ!
私だ
わ・た・く・し・で・す!!
……フッ
だったら決闘で決めようじゃないか
みんなも、この後の代表決定戦を
期待するといいぞ、首を洗って待っていろ
望むところで──
お待ちなさいそれでは今後の趣旨が変わって
さぁどうなる第三話!
“
「……はぁぁっ…………っ」
4月4日。早朝、5時30分。
公園区画をなぞるジョギングコースを、明けの桜が手招く。
生真面目な常連含むその僅かな人影の中で、深い呼吸を駆け足に重ねる少年が一人。
織斑一夏。世界唯一の男性IS資格者。
「見て、あれ一年の織斑くんだよね?」
「がわ゙い゙い゙な゙ぁ゙い゙ぢがぐん゙」
「もう(我慢できないから)行っていーい?」
「ダメです」
「ハァ~?オマエガサキイッテドウスンダヨワタシガゼンゼンキモチヨクネェジョンヨ」
彼の朝は、どの新入生よりも早かった。
基礎体力をつけるルーティーンは入学確定段階から、否。それよりもずっと前から日常に組み込んでいた。入学当日すら変わらず。
そうして何時しか、目が覚めれば勝手に。彼の身体は走ることを求めていた。何の因果で、幼馴染と相部屋になってしまった次の日も、そして今日も抜き足で。
ある種の逃避なのかもしれない。けれど。
後先何も考えずにただ、ひたすら。
「…………っ、ふぅ、っ」
そう。
今日から本当に始まってしまうのだ。
自分以外女しかいない、生理的地獄たるこのIS学園での生活が。絶対英雄を目指すための、確固たる一日が。
故の高揚、それとも焦燥か。いつもより、呼吸のペースが乱れていた気がする。必要以上に力んでいた。
「あ、織斑くんだ。織斑くんすき」
「でも好きな子いるらしいよ。諦めるアル」
「は? 誰だよ(半ギレ)」
「知らなーい」
「…………」
手合いは眼中になく、汗を拭う。
一度呼吸を整えて、振り払うように。また走り出した。
学生寮周辺のみになるが、自主トレのコースになりそうな場所は大体把握した。
島の一画なだけあってか、広さも誇らしい。『何でも出来そう』、といった具合だ。
(……にしても、昨日一昨日と色々ありすぎたな……)
1025。同室はまさかの箒。
開けた瞬間に
結局は罰として、後日。図書館でパシリ役を一日中やらされた。『ISについて調べたいことがある』なんて、やはり流石はISの母たる篠ノ之束の妹だと感心したりもした。
一夏も勤勉な(と思い込んでいる)箒に負けじと、国家代表の試合アーカイブから調べてみたのだが……パンドラの箱を、開けたような気分だった。
空に交わった戦乙女の姿。
国の威信を賭けて闘争に興じた、激動の姿。
そして、それらを捻じ伏せた──姉の姿。
無論、その中には。
想い半ばで、倒れる者が。
思わぬ不運で、夢が潰えた者が。
意に反して、再起不能と下された者が。
穿った見方をするなら──全戦無敗・絶対の二冠を掲げた織斑千冬が、皮肉にもそれらの悲劇をもたらしたと言える。
けれど、それが摂理だ。
敗者なき勝者など存在しない。
それを体現して見せた千冬のように、全てのプレイヤーが花々しい成果を飾り、全人に讃えられるなんて──
当然、ISマイスターにも選手としての寿命がある。
それでもなお、自らの誇りのため。祖国のため。夢のために。挑んではまた、無情に消えていく。
執念の躍動に魅入られた一夏は、命を燃やすかのようなその熾烈模様に。終始絶句していた。拗ねた箒にしばかれるまで。
今まではこっそり録画しておいた、千冬の試合しか観た試しがない。視野が狭かったと痛感している。
(けど……俺もいつか『あの空』に立ちたい。千冬姉みたいに)
だからこそ、一日でも早く。
ISに相応しい──
目的は、夢は、誓いは。その先にある決意は。自らの心を突き動かす。
故に、異常とも言える強烈な英雄願望を抱く一夏にとって、今は。立ち止まるわけにはいかない。
「あ、織斑くんだよね? おはよっ」
「おはよぉ〜ふぁぁ」
「……えっと、相川さんと如月……さん、だっけ?」
と、そこに。
同じクラスの相川清香と、彼女のルームメイトである
方やハンドボール部、方や登山部志望とのこと。早朝のウォームアップが被っても、何ら不思議ではない。
「そういや織斑くん、部活とか入る予定ある?」
「……あー、全然決めてなかったなぁ」
「じゃ、じゃあハンドボール部とか、どう、かなっ」
正直、部活に関しては何も考えていないのが実状だが。フリーと聞いた矢先に、相川がもじもじし始める。
『ひょっとしてトイレにでも行きたいのか』とかデリカシーのない疑問符を浮かべていると、如月が耳打ちした。
「そんなに深く考えなくていいよ。キヨちゃんが君のこと狙ってるだけだから」
「ちょっ!?!? なななな、何勝手に変なこと言ってるのさ!?!?」
「あれ興味ないの? さっきすごい勢いでアタックして良いか了承取ってたじゃん」
「い、いや、それは……じゃ、じゃあサラちゃんはどうなのって、話になるけど?」
「予約が埋まってるって聞いたけど」
「え」
「ええ」
こう、ピシッと。
何かが割れる音がした。
「そんな…………ソンナ……」
「ソーナノ」
相川さんの全ステータスが下がった
相川さんのやる気が下がりまくった
相川さんは「偏頭痛」になってしまった
「慰めてやるから元気出しなって──ん? ねぇ、あれミューゼルさんじゃない?」
「うぅ、全然励ましになら…………えっ?」
意図も容易く轟沈した相川に、助け舟を差し伸べようとするが。如月の視線は後ろに90度近く曲がっていた。
こんな時間からあの厨二病が? 無い無い。寮からここまでの移動時間を加味すれば、あいつの漆黒時間込みの計算と噛み合わない。遅くても21時には寝ていることになる。
そんな品行方正なお子様のような規則正しい夜など過ごしている訳が
「いやいやサラちゃん、流石にあの子がこんな朝早くに──」
「いやだって、ほら」
鳴らない言葉を
もう一度描いてェェェェェ!!
い た 。
……とりあえず一夏ら一同は。
世界中に反省を促された、そのひと筋の閃光を見なかったことにした。
せっかく予習しようと思っていたのに、ペンが進まない。朝の多分マドカらしき人物の謎ダンスが、頭から離れないのだ。
まぁ2021年のインターネットミーム頂点に輝いたわけだし、強烈な印象を植え付けるのも仕方ないね。*2
お蔭でイナーシャルキャンセラーとかアクティブなんたらとか広域うんたらとか、今覚えようとしている用語が何一つ入ってこない。
やはりこういうのは、「私を呼べ」と言ってくれたマドカ本人に聞くべきか。……いや、余計にあの謎ダンスが邪魔してきそう。となれば箒か、最悪あのイギリス──
「ほう、勤勉なのだな」
「ぅわぁッ!!?」
噂の主が急に出てきたものだから、一夏はデカ声で飛び退く。そういやこいつの座席は一夏の隣だった。
今度こそちゃんと白い制服を着た、『近い将来生徒会をも敵に回すであろうIS学園第一級監視対象』ことマドカ=ウォヴェンスポート・ミューゼル。
ぶっちゃけこいつは一夏にダル絡みをしている場合ではない。最悪、退学どころかお縄を言い渡される可能性があるからだ。*3
箇条書きが乱立した彼のノートを、舐めまわすように眺める。するとまたもや、分かり切ったかのような口振りで紡いだ。
「決して挑戦を恐れず、精神の向上を失わないその姿勢……フッ、中々いい心構えだ。我ら
「────」
何なんだ、その上から目線は。
言うまでもなく、セシリアは心のドアを施錠しているのでガン無視。目も合わせない。同じ空気を吸うことそのものが、屈辱的な拷問。
「で、随分とうなされていたようだが……何か分からないことでも?」
「……正直、何も」
「なるほど、これは重症だな」
「…………はぃ」
クソカード診療所のような宣告から、しれっと一夏の机の角に腰掛けている。足浮いてるし。
クソデカペンタブレットのようなやたらガチャガチャした机の見た目はともかく、確かに丁度ケツ置けそうな絶妙な形だ。が、周囲の生徒はマドカへの殺意を顕にしているぞ。
「なんで織斑くんにベタベタしてるんだよ、お前ノンケか?」
「田舎(ワイオミング)少女はスケベなことしか考えないのか」
「死にたいのか?」
「この野郎醤油瓶……!!」
「朝敵に討たれろ」
とまぁこのように、マドカの評判は海を空を超え、世界中に遥々と知れ渡っていた。
流石、今年でアンチスレが1040件に達しただけのことはある*4。
そもそも、こいつが変な踊りさえしなければ良かっただけのこと。
「ふむ。少し待ってろ……よし。君にこいつを授けよう。私からのささやかなプレゼントだ」
苦悶を見かねたマドカは、すぐ隣の自分の机から使用感のある古びたノートを取り出した。
「私の師匠──レイン・ミューゼルは君も知っているだろう? 入学式で謝辞を述べた生徒代表の」
「──とまぁ、形式的な挨拶はここまでにして。歓迎するぜひよっ子ども。改めて、レイン・ミューゼルだ。これからお前らに守ってもらいたい約束が三つあるから、よーく聞いとけ。まず──」
一夏は思い出す。
金色の髪で、自分と同じデザインの制服を着た碧い目の。
やや粗暴な口調でありながら、周囲の女子生徒を一瞬で虜にした……元・IS学園最強。
「これは師匠のお下がりになるが……座学から実践まで、ISに必要な知識は大抵そこに書いてある。記憶しておくといいぞ」
「お、おう……サンキュ……」
フィンガージェスチャーを用いらなければ二分も会話が持たないマドカは、こめかみに指をトンと。煽ってんのか。
一応、彼女の落書きでない……というのはなんとなく一目でわかった。
「……おぉ」
──なるほど。
青で書かれているのはその方が覚えやすいから……なのだろうか。聞いたことはあるが真偽は知らん、が。
確かに元・学園最強の直筆なだけあって、自分のような極東面の猿でも分かりやすいまとめ方だ。物凄く失礼だが、マドカが書いたとは到底考えられない。
シールドエネルギーのダメージ計算式やら
皆してこの為に。わざわざ世界標準と化した日本語を学んでいると考えると、何かこう、感慨深いところがある。というのは置いて……時折、ページの角や隅に。
こいつが追記したであろう、謎の呪文みたいな落書きが気になるところだが。それも置いておこう。
「──こほん。わたくしも拝見して良くって?」
「!」
「ごきげんよう、織斑一夏さん」
と、そこに現れたのはセシリア。
一夏に対する営業スマイルは相も変わらずだが、憎きマドカが突っ立っているというのにどういう風の吹き回しか。
「おはようセシリィ。やはり私のモーニングコールが恋しいか」
「かのミューゼルさんが残した手記とは、コレのことです?」
「あ、あぁ、はい……」
やはりガン無視だった。
一夏が恐る恐る手渡すと、持ち主の了承なくパラパラと捲る。食い入るように見開いたかと思えば直後に眉をひくつかせたりと、手短ながら忙しい様子。
異様な集中力を無駄に発揮して瞬く間に読み終えると、またマドカをちらと見る。
「どうだ君も参考になったろう? まさに
誇らしげに最後まで言い切る前に。
セシリアはブリティッシュ由来の皮肉たっぷりの意を込めて、そいつを閉じて返すと。
「──“
豚に真珠、猫に小判、馬の耳に念仏。
最悪の現代語変換をするなら、『マドカにIS』が適当だろう。
文句のつけようがないこれほどの代物を携帯しておきながら。ミューゼルの英才教育を施されている筈のあいつが。公式戦においてあのザマなのが、まっっっっったく理解できない。
“
“
「君の戦いをずっと近くで見てきた。それが逆境超えし者の境地とやらだな、感服に値する」
「!」
「だが私も、自由の国の申し子。同じマイスターのライバルとして、私は私の"究極"を目指すつもりだ……無論、負けるつもりはない」
「……わたくしも、同じ気持ちですわ」
今や穢らわしい、手を交わしたあの日。
──本来なら。
崇高の頂を目指す自分にとって、申し分なき最高の好敵手と……なれたかもしれないのに。
「──ということだな。君も孤高でありながら組織に身を置く『
「もし差し支えなければ、ですが。何が分からないことがあれば、わたくしが教えて差し上げますわ。そこの宇宙人と違って、わたくしはれっきとしたエリートですから」
何度公式戦で滅多討ちにしたか、ぶちのめしたか。それでも次は、次は、次こそはと。散々裏切られてきたのだ。
今更何を期待しようと、時間の無駄なのは承知している。故に。やはり悉くガン無視。
改めて事実を叩き付けるが、セシリア・オルコットはマドカ=ウォヴェンスポート・ミューゼルが大嫌いだ。
弱いくせに強者を気取る。
無知なくせに媚をへつらう。
学習しないくせに御託が多い。
そして此処に居座るくせに、気高く在ろうとしない。
最も気分を害した、吐き気を催す邪悪の必要十分条件全てを兼ね備えた、ただ一人の女。それが目の前の、無意味な自分語りを続ける世界の面汚し。
そんな救いようのない業人を尻目に。一夏は刹那の思慮のち、再び口を開く。
「一つ、ある」
闇中、線光を引くようにふと思い浮かんだ疑問。
素直な応対を前にされては、清涼剤を浴びたが如き晴れやかな気分となる。セシリアは入学初日のように、続けさせた。
「なんでしょう?」
「
どんがらがらがっしゃーん。
そこは「代表候補生」じゃないのかというツッコミはさておき、教室にいる全員がずっこけた瞬間だった。
「……そ」
「そ?」
「それは本人に聞いてくださいなッ!!」
「すみません」
丁寧極まりないフラグ回収。天丼大盛り。
なんかここに来てからずっと謝っては仕切り直してばかりな気がする。
確かに残念ながら、DYNAZENONの存在しないサブタイトルみたいな疑問の答えは。他人に聞いたところで疑問が増殖しやがるだけだ。
「……ん、ん゛ん゛っ!」
「はい、息を吸って。心を込めてもう一回」
「じゃ、じゃあ」
となれば、伺いは一つ。
「
────蒼き双眸が煌と。
やはり、あんな奴とは違う。
強さを直向きに、見えない答えを愚直に求めようとする、その熱を帯びた眼差し。
性別など関係ないのだ。『男の分際で』と非生産的バイアスをほざく輩もいるこのご時世で、彼は……そう、これだ。これこそが。セシリアの好む、強い人間の『瞳』。
だから
血筋を見れば瞭然、相手として不足無し。鞍替えするには満を持した頃合いだろう。
「……ふふっ。至極、簡単なことです」
蒼き双眸を輝羅と、
何も難しい話ではない。ISだろうがそうでなかろうが、全て同じこと。何時だって勝負の世界は──
「同じ志を持つ敵を全員蹴落として、『代表候補の
── “KILL or BE KILLED.”
『蹴落とす』か『蹴落とされるか』の、二択なのだから。
「あぁ、それと。わたくし達の土俵に立つおつもりなら、『序列の昇格』もお忘れなく」
「……序列?」
「平たく言えば世界ランキングだな。説明しよう」
「……チッ……ふんっ」
また邪魔が入る。
補足を垂れ流そうとするマドカに、小さく舌打ちしては爪を噛み。そのままセシリアは、席に戻ってしまった。
『
「国家代表候補、及び
「序列一位は知っての通り、
四種ある階級の頂点こそ。
未だ破られたことのない、たった一人、個人にのみ与えられた栄誉。……なのだが。
「……同時に
「えっ?」
「織斑千冬の引退後に制度が少し変わってな。序列一位は現在、
きっぱりと、首を縦に振る一夏。
それが何を意味するのか。今後二度と現れないであろう、無敗のまま退いた絶対英雄を讃えるための特例措置か。或いは。
ここらの話は、インターネット上では半ば不敬な玩具と化している。
国家単位で偉い奴が介入しても不思議ではないとか、利権、上級国民、EOSの発端、全身IS人間、影武者、クローン千人、天竜人、etc。なんか一部当たってる気がしなくもないが、篠ノ之束と同じく変な考察が大量に蔓延った始末だ。まるで原作みたいに。
ただし節度を守れなくなったら、二次創作の捏造を原作と思い込んで語ってしまう超悪いオタクみたいになっちゃうぞ。*6
「地上最強のすぐ下には、その王座を虎視眈々と狙う8人の猛者が居る。人は彼女らを『
「定刻だ、席に付け」
「……続きは後で話そう」
更なるうんちくを述べようとするも。冷徹鉄仮面マシーン国家代表殺し、織斑千冬の登場で打ち切り。
「っと。そいつは思う存分有効活用してくれ」
生徒一同がそそくさと着席する中、マドカが顎で指した覇者の聖典。煽られるがままに一夏は続きを捲る。
すると隙間から、一枚の紙がひらひらと落ちた。不審に思い裏返すと──
「げェっ」
「ホームルームを始めるが……織斑、どうかしたか」
「いや、何も!」
絶句も束の間。
見られたら最後、ロクでもない未来が故。一夏は咄嗟にソレを隠す。
「……? くれぐれも、あまり騒ぐなよ」
妙な動きに首を傾げる千冬だが、今回は見逃してやる。
そして一同が静まり返ったのを見計らって、再び。冷たい唇を開くと。
「──さて、本題に入る」
お待たせしました。
ここからが皆様ご存知、親の顔より見飽きた歴史的様式美。
引き金となるこの一声が無ければ、IS学園の序章は始まらないというもの。
紡がれるは無論──
「お前たちには今から、クラス代表を決めてもらう」
──開戦の予兆が、遂に訪れた。
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.
「クラス代表とは名の通り、各学年の組ごとに選出された代表を指す。面倒事を任された委員長のようなものだ」
うむ、上出来だ。
次に私の出番がしばらく無ければ、この前置きを存分に使うとしよう。
──おっと、今はそんなことをしてる場合じゃなかったな。
やぁ、全国459億9694万人*1のマドカ=ウォヴェンスポート・ミューゼルファンの諸君。
長らく振りですまなかったぞ。
何せ前回から約五ヶ月、こいつがアニメならもうワンクール以上も空いてしまったからな。まるで万策尽きて完走された世界線のウルトラマンネオスのように──ん? 時間的に1日ぶりの間違いだって? フッ、それもそうだな。無闇矢鱈と第四の壁を破壊するのはよそう。*2
みんなも、一万字の三人称ばかりに辟易してそろそろ私の
ただし。私に宿った幻魔の瞳に魅せられないよう、用心することだな。
「えぇ……面倒事かぁ……」
「は? 千冬様の命令だぞ? どれほど貴重なものかゆっこはお解りでない?」
「うるさいよリコリン」
「お前らやかましいぞ」
「「……うっす……すみません……」」
ことに善悪が重なった場合、ミス・ブリュンヒルデは後者から話すタイプらしい。
一部の生徒は明らか顔に出ていたが、それとは真逆で、『あの千冬様の頼みならば』と乗り気な強者もいる。まぁ両方とも、忠告されるオチなのだが。背後の二人みたいにな。
「無論、イベントや諸々の会議にも出てもらうが……直近でいえば、再来週だ」
黒板に目をくれてやると、各クラス代表の戦闘記録と思わしき画面が投影される。ほう。
「前期クラス代表トーナメント。代表の生徒が一対一の真剣勝負で競い合う、最初のISバトルイベントです!」
「あっ、レイン様だ……」
「レイン先輩!? 何してんすか、(フォルテ先輩と結ばれるの)やめてくださいよ本当!」
「いやもう学園生活終わりにしたいんですよね」
「でも私の恋心は……もう一生無いねんで? わかるこの罪の重さ?」
「(嫉妬心で)狂う^〜〜〜!!!!」
「おい、黙れ」
『 』
その中に師匠や師匠の恋人が映っていることから、間違いない──いずれにせよ、私の勇姿も記録される運命だろう。
「やりたい奴は挙手しろ。誰でも構わん。自薦他薦も自由だ」
「はい、織斑くんを推薦します!」
「はいはいはーい! 私も織斑くんが良いでーす!」
「いや早っ、!? てか俺が!?」
織斑一夏:5票
ふゥん、いきなりカウントされたな。
生徒は全員で31人だから……残り20と半数。珍獣だからという理由で選ばれてしまっては、いささか不本意か。
だが選ばれた以上、拒否権はないだろう。敬愛せし姉の前で、そんなことが出来るとも思えない。男児たる故の、世知辛さだな。
「だって面白そうだし?」
「男だし!」
「映えるし!」
「諦めるアル」
「この状況で、お前に自由はない」
軽快な五拍子は無慈。
まぁ、自薦他薦問わずの時点で予想出来たが……織斑一夏には少し荷が重すぎるかな?
仕方がない、代表候補生である私の力で少し票を分散させてやろう。
「失礼。このマドカ=ヴォヴェンスポート・ミューゼルは、自らを推薦させて貰う。私に賛同する者がいるなら、今がチャンスだぞ?」
「チッ」
「お、織斑先生……?」
マドカ=ウォヴェンスポート・ミューゼル:1票
織斑一夏:10票
うむ。
立ち上がって宣言するや否や、皆黙り込んでしまった。指折りの刻を数えるも、自分以外のポイントが加算される気配が無い。
……やれやれ、こうも恥ずかしがり屋ばかりだとはな。
「戦績がね……」
「ガバガバどころかスカスカ。無芸者の末路」
「まったくトレなしテクなし操縦センス、ドン引きなのよね」
「ミューゼルをクビになる恐れはないのかな?」
「弱い子」
「哀れ」
「はーい、まどっきーに一票いれま〜す」
『!?!?!??????』
マドカ=ウォヴェンスポート・ミューゼル:2票
私に対する畏怖の囁きをかぎ分けて、追加の票を付与したのは……あろうことかノホ=ホンだった。
おい貴様、どういうつもりだ……この私を挑発しているのか? 策士であるこの私を、『ダシ』にしようと企んでいるのか?
何を考えているか微塵も読めないその風体、やはり
間違いなく、"裏切りの魔剣士"について何かを握っている。
今はまだ推定無罪だが……。
貴様の正体が明らかになり次第、我が魔眼射程に入れば即ッ! 始末してやる……!
「…………やるしか、ないか」
如何にしてノホ=ホンに立場を理解させ、我がISの錆にしてくれようかと思考を巡らせていたところ。織斑一夏が呟いた。……そうか、君は意を決したか。
腹を括り始めた、その時だった。
「分かった、じゃあ俺が──」
「ちょっと、よろしくて?」
「!」
「……ふッ」
やはり君が来たか──セシリィ。
永遠の好敵手の名乗りに、少し笑みが溢れてしまう。
真の主役は最後にと。演出家としても抜かりない君のことだ、必ずこのタイミングで出ると思っていたよ。
「わたくしセシリア・オルコットも、
ほう……私を差し置いて最強とは、また大きく出たな。
その言の葉に説得力があるのは事実。
何せ君は、序列24位。『トップ・オブ・ディース』の序列17位こと──レイン・ミューゼル師匠へと近付きつつあるのだから。
私の序列は、だと?
その事だが、少し残念な事実があってな。
どうやらこの私の潜在能力が常軌を逸脱する余り、
よって、今の私は何処にも属さない正体不明の枠組み、だそうだ。
故に私は、特異な存在である織斑一夏の気持ちを。多少なりとも理解しているつもりだ。
「……どうした相川清香、私の頭にゴミでも付いてるかな?」
「えっ、い、いや、何も……」
左隣に座る出席番号一番、相川清香が絶句していたので正気に戻してやる。
さっき言ったろう。魔眼に魅せられたら、
「確かに、物珍しいという理由で彼を推薦するのは一理あります。ですが今後の学内イベント──優勝したクラスにはどのような施しがあるか、皆様ご存知でいらして?」
そんな茶番も束の間。
セシリィお得意の演説が始まったようだ。
振り向いた織斑一夏に、華麗なウィンクを送る。心臓を鷲掴みにするその仕草、威風堂々と相まって男共からすれば恐怖以外の何者でもないだろう。
だが、今のセシリィの思惑は……ふッ。私と同じ考えのようだな。嬉しい──
「例えば、次に行われるクラス
「やっぱり私せっしーにしまーす!」
「のほほんさんが裏切ったぁーっ!」
「だってデザート食べ放題だし!」
セシリア・オルコット:1票
マドカ=ウォヴェンスポート・ミューゼル:1票
織斑一夏:10票
────貴様ァ!!
裏切り者、もとい記念すべきオルコッ党……とでも名付けておこうか。その一はノホ=ホン。*5
生粋の甘味処好きなら誰もが、学食スイーツに靡いてしまうだろう。各国から腕利きのプロが集うと聞く。
……が、奴の場合は真意が読めない。
いずれにせよ。
無意味な箔付けでこの私を愚弄したこと、必ず後悔させてやる……!!
「それに冬季の総括対抗戦では、ISGPの特等席無料招待券なんかも」
「わ、私オルコットさんにします!」
「相川さん!?」
「だってGPの特等席だよ? 特等席だよ!? いっつも転売されるんだよ!!? あぁ思い出しただけで……!!」
「お、おちついてキヨちゃん……」
……その二は出席番号一番。 趣味はスポーツ観戦なだけあって、見事堕ちた。
興奮気味に訴えているが、確かにチケット転売は厄介だな。
「さぁ皆様、このわたくしに清き一票を……あぁ、そうでした。秋に開かれるキャノンボール・ファストの景品は──」
「じゃあ私もオルコットさんにしようかな……」
「(織斑くんが)勝つ(のは)……難い……」
「辞めんな。何のために千冬様を推してきてん」
「うーんやはり千冬様の弟だし裏切る訳にはいかんな、そうだろバルクホルンちゃん」
「だからバルクホルンじゃないし、谷本癒子さんだし。私はオルコットさん派かなぁ」
「は?」
『モノで釣る』というアクセントを加えただけだ。が、それだけで外野は盛り上がった。
状況を俯瞰してみれば……この空気は見事、セシリィに操作されているとも見て取れるな。
手段を選ばず、君臨を目指す孤高の姿──やはり、ゲームメイカーの異名は伊達ではない。
セシリア・オルコット:7票
マドカ=ウォヴェンスポート・ミューゼル:1票
織斑一夏:13票
「……流石はセシリィ、何時の間にか鰻登りの支持だ。だが、私がいることを忘れてもらっては困るな」
「自薦含めてもお前が最下位なんですがそれは……」
「(算数が)哺乳瓶……」
「へ な ち ょ こ」
「────95戦95勝。無論、わたくしがあなたを下した回数です」
……懐かしい記録だな。
だがそれは、次の96戦目への布石に過ぎない。
他国の干渉を許さんこの晴れ舞台なら、心置き無くリミッターを外して君と本当の──
「もうわたくしはあなたを信じない」
──ん?
セシリア・オルコット:9票
「わたくしは更なる高みを目指すため──ISの修練のために、此処にいます。決してあなたのような、宇宙人とサーカスするためではありません」
セシリア・オルコット:10票
ひとつ、またひとつ。
セシリィが言の葉を紡ぐ度に、得票が自ずと増えていく。彼女への同意が加速していく。
つまりこれは、私への宣戦布告か……やはり君は最高の好敵手。面白い、続けてくれ。
「それすら理解せず、この『誉れ』ある聖域を踏み荒らすようでしたら──」
セシリア・オルコット:11票
銃口に見立て、此方へ人差しを向けるセシリィ──かと思えば、飛来した銃弾を捻る如く。爪先をめり込ませ、強く握り締めた。
その真白な拳に。私への熱い想いを込めて。
「
セシリア・オルコット:14票
……決めたか。
ものの数分で、セシリィは二倍の得票を遂行。見ろ、織斑一夏の支持を呆気なく超えてしまったぞ。
周囲も料理人解体殺戮ショーの始まりのような、喝采の拍手で歓迎している。
「やっぱ、我々の代弁をしてくれるオルコットさんを……最高やな!」
「あ げ る わ あ な た に」
「気持ちよかったんだよね、よかった。じゃあ、(クソ雑魚予備候補は)死のうか(ン・ダグバ・ゼバ)」
「あぁ Heil Heil Heil…………(敬礼)」
「(国が)違うだろぉ?」
セシリア・オルコット:15票
無論、ここに至るまで。
実績とカリスマ性……そしてこのクラスの女子共が、
全てセシリィの計画通りといえるだろう。
彼女も私と同じく、策士の適性が非常に高いことで有名だからな。*7
──さて、残り二票。
投票権を持つ最後の二人は、織斑一夏と……篠ノ之箒か。
「………………」
織斑一夏:14票
……ふッ。
どさくさに紛れて追加したか、全く以てシャイなウブ子だな。
目を泳がせているが、私にはお見通しだ。そもそも君が彼を好いて肩入れしているのは、周知の事実だというのに。
「残りはあなただけです、織斑一夏さん」
「────まさか、
「であれば、
「っ! ここで俺が自薦すれば──」
こちらもとうとう、気付いたようだな。
一本食わされた顔で振り向き、
そう、君は術中にハマったのだ。
本来は私が仕掛ける筈だった、データ収集の為の口実。少し可哀想な真似をせねばなるまいが……これも祖国の特命の為だ。
君の実力を試させて貰おう。
「そう。わたくしとあなたが同列になり」
「つまりじゃんけんで」
「“
「あっはい」
──っ、クククク……。
いや、失礼。水晶のような純粋さ故、無意識に口角が吊り上がってしまったらしい。
世界の裏側で暗躍する我々にも、あんな無垢な時代があったのだと、な。
「あなたも中々、お察しの悪い方で……前世で唐変木と罵られた覚えは?」
「…………」*8
「……わたくしを弄ぶなら、もう少しユーモアを磨いてから──」
「んん゛っ」
「───お説教している場合ではありませんわね」
そうだな。
ミス・ブリュンヒルデが痺れを切らし始めている。悠長な尺を使っていられるのも今の内だ。
時間切れで刃向かおうものなら、片ッ端から首を刎ねられかねない。そうなればこの箱庭は、瞬く間に返り血の死海と化すのだが……まぁ、最悪の場合は創造と破壊を司る我が禁術で『無かったこと』にしてやるとも。
「立候補するかしないか──先ほど言い損ねていましたが、撤回しますか?」
「…………いや、男に二言はない。俺も自薦する」
セシリア・オルコット:15票
織斑一夏:15票
マドカ=ウォヴェンスポート・ミューゼル:1票
一同、ざわめき。
これにて
整然としたこの並びは、波乱による偶然だっただろうか──否。幾千の可能性から導き出された収束、必然だ。
こうなれば、セシリィはもう止まらんぞ。
「……織斑先生、わたくしから一つ──」
「好きにしろ。
「──えぇ、感謝いたします」
一見廻りくどく、蛇足に見えた一連の顛末。
しかし、過程をすっ飛ばしては美しくない。それがセシリィなりの、筋の通し方。
「……山田先生、少しだけ席を外す」
「皆様。このままでは決着がつきそうにありませんので──決戦投票を提案したいと思います」
折角良い落とし所に入ったというのに、此処で
寧ろアレか。そういった駆け引きに、ミス・ブリュンヒルデは微塵も靡く筈もなく……というワケだな。手厳しい……っと。
「至ってシンプル。わたくしと織斑さんと……そこにいるウォヴェンスポートさんも含めて。
チェック。またの名を『詰み』。
助け舟を出そうとしているのかと、当初織斑一夏は思っていたのだろう。しかしそれは、
「この場をお借りして、改めて伺います。織斑一夏さん……」
あとはもう、赤子を捩じ伏せるより簡単だ。
トドメの決め言を添えるだけで、四方八方を塞いで紡ぐものなら……確変の蒼き風が、勝手に吹き荒ぶ。
「わたくしと一曲、踊って頂けますか?」
女尊男卑という世間をしろ示すように、男を叩きのめしたいのか。
単に圧倒的な力を、翳したいのか。
それとも振る舞いに反して、格下狩りが趣味なのか……さぁ、どれだと思う?
セシリィの目的は、最初からただひとつだ。
可能性に満ちた彼と一戦、交える。祖国の命やらお構い無しにな。
……何故お前如きに解るか、か。フッ、愚問だな。
これでも沈みゆく夕日のもと、殴り合いをした仲だぞ。それに、私の本心だって──同じ感情を抱いているさ。
「…………────」
差し出された
「──その覚悟、承りましたわ」
運命を受け容れたかのように、迷いなく掴み取った。
打って変わって、眼差しは鍛え上げられた真剣そのもの……やはり、聖剣士に相応しい。
手を交わす両者。
私も混ざろうとしたが、咄嗟に払われてしまった。
その拍子に、乾きの音が教室に木霊するが……やれやれ、セシリィはツンデレなところがあるからな。
「あなたがISの世界から消え去ることは、世界中の誰もが望んでいること。ならばわたくしの手で、ひと想いに葬ってあげましょう。白日の下に晒し上げます」
白き日の下、か。
だが、私は漆黒。決して白には染まらない、光在るところに揺蕩う影。
足元を飲まれぬよう、気を付けることだ。
「……せめてわたくしが絶対英雄となるための、
ふッ、それはどうかな。
「言っておきますが。あなたに本気を出したことなど一度たりともありませんので」
私も同じさ。
この真の
──どうした織斑一夏。明後日の方角を見ながらそんなに青ざめて。
何か良からぬ未来でも幻視したのだろうか。であれば、私の幻魔心眼と
因みに皮肉の投げ合いのことなら、安心しろ。日常茶飯事のじゃれ合いに過ぎな
「学園がなんだって?」
……そういうことか。
「……んんっ。教室の一つや二つくらいは」
「教室がなんだって?」
「……例えですよ、ミス・ブリュンヒル」
PERFECT KNOCKOUT
CRITICAL HEADSHOT!
ちょうど一年前から計95回も勝負を挑まれたりとマドカにダル絡みされているが……仮想空間での模擬戦闘・AI予測を含めると対マドカ戦のみ述べ4003勝分くらいの瞬殺パターンを専用機に記録している。
つまり操縦者がマドカである限り、
セシリアが敗北することは300%有り得ない。
「……オルコット、織斑。……そしてミューゼル。お前たち三人の決選投票は、代表決定戦として執り行う」
いつの間にか戻った千冬がマドカを始末し終えたところで、ようやく結論。
で、マッスル化と鋼鉄化が常時上乗せの会心の一発をぶち込まれたそいつは。無事に伸びている。安易に滾らせるとこうなるので、知っておこう。
「ところで。ハンデはどうなされますか?」
「ハンデ? えっと、俺が」
「わたくしがですけど」
「えっ」
「えっ」
……。
幾度となく気まずい雰囲気を醸し出してきた両者。肝心なところは絶対に外さない、百発百十弱中の地雷の踏み抜き。
故にセシリアの頭痛が酷くなりつつあるのも、残当の運びである。
「……オーバースペックの専用機を使うなんて、アンフェアの極みでしょう。ですので、同じ条件で戦う。わたくしの日本語ちゃんと通じてますか?」
多分想像に委ねている限りは頓珍漢な答えが返ってきそうなので、行間なく一から十まで説明した方が良いのかも知れない。セシリアは諦観していた。
それすなわち、学園に配備された訓練機では、どう足掻いたって
人を選ばないオーソドックスなモデルでありながらも、訓練機は型落ちの第二世代が主流。
一方、セシリアの所有する専用機は……言わずもがな。正直、背比べをしようにも話にならないのが明らか。
「無論どのような足枷があっても、お二方を倒せると確信していますので……不得意な日本製【打鉄】でも構いませんわ」
秒速でケリをつけても良い、が。本国のお偉いさんに怒られるのは、セシリアも不本意。この戦いそのものが、織斑一夏の第一期戦闘データ収集も兼ねているからだ。
故に、諸々の事情を含め。極めて合理的に譲歩している。
「……いや、ハンデは──」
「少し口を挟ませて貰おう」
けれど、一夏は逆の考えだった。
セシリアがくれてやった数少ない『勝ち筋』を、自らの意思で拒絶しようと──その矢先、千冬の口が開く。
「手前の敷居を下げてやるのは勝手だが……オルコット、その必要はない。
「つまり織斑くんにも専用機が……ってコト!?」
「ええやん、なんぼなん? 車でいえばどれくらいだ?」
「そちら、専用機の開発予算は平均14兆3000億円となっております」
「14兆!?(国家転覆予算)」
外野が物凄く適当なぼったくり数値を宣っている。ぶっちゃけ遠からず、な気がする。
ただでさえ速度がマッハ2から修正されまくったり曖昧なのに*9、一々考察していると頭がおかしくなるがもう手遅れだ。
「場所は第三アリーナ、一週間後の六限目を利用する。オルコットは代表候補生として、こいつらに手本を見せてやれ」
「えぇ。わたくしの実力が陶酔でないことを、今一度証明しましょう」
「……ミューゼル、貴様の殺生与奪は私が握っているも同然だ。少しでも不審な動きをすれば、人であることを辞めさせてやる」
因みにマドカはあと一時間気絶したまま。
「最後に織斑。お前には午後から──『倉持技研』へ行って貰う。迎えが来るからそのつもりでいろ」
再び周囲がざわつく。一夏もその宣告に息を呑んだ。
事の重大さを伺えば、誰もが『逆に何故驚かないのか』と返すだろう。日本で、否。全地上を探しても、倉持を知らぬ人はいないと揶揄される程。
つまり──
「お前の専用機が、完成したそうだ」
──かつて千冬が所属していた、世界最大クラスのIS企業に招致されたことを。
そして、織斑一夏が現時刻を以て。日本予備代表候補生となることを意味していた。
.
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授業二日目を終えて。
相変わらず全く意味不明な単語の連続で、精魂尽き果てた織斑一夏はさながら轢かれたカエルであった。
「やっぱ……全ッッッッッ然わかんねぇ……」
殺人的厚さのクソデカ参考書を頼ったものの、あえなく返り討ち。結局基礎がなっていないので、『パルスのファルシのルシがコクーンでパージ』を一々解読せねばならない状況だったという。
世の男共が同じ条件下で真似しようものなら『ネモ船長に空腸にノーチラス号を入れられた方がマシ』と、救いようのない感想を述べるだろう。
そんな、虚ろの像物と化した一夏を現実に引き戻したのは──隣から蠢く不快な雑音。主はもちろん、
「ふむ、これは中々困ったものだ。無機物の分際でこの私を翻弄しようとは……」
『菓子以下の価値しか持ち合わせていない実質人気0票』こと、マドカ=ウォヴェンスポート・ミューゼル。
なんというか、『見えそうな』体勢でガサゴソ鞄やら机の中やら漁っている。また漆黒パンティを晒すつもりか。
ぶつくさ呟きながら机の上を散らかしていくその様相に、一夏は死にかけの口角を更に歪めた。
と、ここでマドカの第七感が発動。
視られていると気配で感じ取ったのか、一瞬目が合った。
しかし生憎。今朝言われた通り、放課後は厨二病とお喋りしている暇なんてない。最後の力を振り絞って、軽い手の会釈で去ろうとした一夏だが、
「やぁ織斑一夏。君なら大体お察しだろうが、失せ物を探しているのだ。この通り何処にも見当たらないのだが、何か手掛かりを知らないか?」
当然こうなる。
話し始めた途端ボタン連打を強いられる妨害NPCのような口振りで、一夏にねっとりまとわりつく。
……幸か不幸か、その手掛かりとやらに心当たりはあった。
「……もしかして、これのことか」
「それだァッー!!」
集中線が欲しくなるような迫真のデカ声。
ただし、不審者以外の何者でもない。恥知らずの言動を観測した他の生徒は、瞬く間に一斉退去。まるで特別警報時の避難命令である。
「いやはや、助かったよ。これが無ければ危うく会社をクビになっていたところだった」
「……これ、で」
「何故ならこいつは我が専用機の設計書だからな」
「!?」」
疲れが吹き飛ぶ程度に、耳を疑った。
まぁ、アラスカ条約にはISの開示義務が記されているが──それにしても機密情報をベラベラと喋り過ぎだ。近年喧しいコンプライアンスのカケラも無い。
「ささやかな礼として、君に教えてやろう──
「……はい?」
『邪眼天士✝︎ブラック・ゼファー✝︎』だ」
「??????????」
「この継ぎ目すらない美しいフォルム。どうだ、最高にカッコいいデザインだろ?」
「この世の終わりみたいだ」
「ん?」
「いえ、なにも」
天に掲げられた、失せ物の全貌。
二回も目に焼き付ける羽目となったが、こんなものが立体化して良いのだろうか。多分良いはずがないと、一夏の勘が囁いていた。そもそもこんなISがこの世に存在してなるものか。
「お望みとあらば誕生秘話、『暗黒少女マドカ✝︎カリバー/エピソードZERO』を聞かせて──」
「織斑く〜んっ、倉持技研の方が正門前に来てるそうですよ〜!」
「アッ!」
このまま自分語りのドブに沈められると思われたが、山田先生の慈悲なる介入により遮断。
だからこんなことしてる場合じゃねぇんだよと、思わず一夏の喉元からスタッカート音が出てしまった。
「俺もう行くから、またな!」
「……そういえば、倉持技研だったか。君の専用機、首を洗いながら楽しみにしているよ」
急ぎ退室する彼を見送りながら、厨坊の落書きを懐に仕舞うマドカ。
「さて、そうと決まれば私も」
「──ミューゼルさん。少〜し伺いたいことがあるのですが、よろしいですか?」
きったねぇ机を片付けて、扉へ足を伸ばそうとしたその時。山田先生に肩を掴まれた。
彼女の瞳は恐ろしくにこやかだ。けれど、
「ミューゼルさんの入室記録が一部分だけ綺麗に見当たらなくて──恐らくですが丸二日、
「…………あぁ、そういうことか。少し鍛錬をしていて──」
「違いますよね?」
「えっ、ん、動けん何だこの握力は──」
「どうぞ、こちらにお掛けになって下さい」
もうめちゃくちゃに笑顔なのだが、普通にめちゃくちゃキレてます。
本来、この手の対峙は千冬の役目だ。しかしどうやら、山田先生のラインまで越えてしまったらしい。片手のみでマドカを拘束しているのが、何よりの証拠。
ということで、全生徒最速の個人懇談会が始まった。
補足:こいつは二回野宿している。
「…………あのですね、ミューゼルさん。まず初日は寮で確認事項があると連絡しましたよね。無断外出はもっとダメです……と言いたいのですが。ミューゼルさんが学園から出た痕跡すらないんですよ。一体どこで、寝泊まりしていたのですか?」
「すまない、山田副教諭。そろそろ師匠との鍛錬の約束が」
「終わってませんよね?」
舐め腐り切った返答が重なるにつれ、山田先生の青筋が増えていく。
立場故に、そして一国を揺るがす兵器の操縦者が集まる故に。庇護の安全性は、世界で最も厳粛でなければならない。7pay以下のガバガバセキュリティなんて死ぬほど馬鹿にされた日には、廃校もやむ無しだ。*1
「まだ私は着任して間もないですが、教員としての責務があります。万が一でも、大切な生徒が危険に晒されるなんてあってはならないんです……ミューゼルさんも、その一人なんですよ?」
かつて目前だった日本代表の地位を捨ててまで、学園に留まることを選んだ山田先生だからこそ。
……しかし最悪なことに、マドカの心には何も響いていない。古今東西、人の話を聞かない奴から勝手に無様な破滅の道を辿るのが常々だが、こいつがその典型例だ。
すまない師匠
山田副教諭に拉致された
あと1時間遅れる
あろうことか、網膜投影に留めたISの一極限定展開と
プロの犯罪者が喜びそうな任意設定をこの状況で、何食わぬ顔で平然と。山田先生には見えていないのが、余計にタチの極悪さを物語っているが──
「……話、聞いてますか?」
「無論」
「では何故、不必要に目が泳いでいるのですか?」
──否、普通にお見通しだった。
実は今のマドカ、普通に目の焦点が合っていない。心臓を捧げる手が逆だったコニー・スプリンガーみたいに。
「……少しだけお待ちを」
最後の手段として、山田先生はスマホを取り出す。
相手は『かわいい後輩』のレイン。どうせ連絡を取れる相手など彼女しかいないのだから、ソコを摘み取れば。しょぼい外堀など一瞬で埋め尽くされる。
突然の連絡ですみませんが、
急用で少しミューゼルさんを借ります……
ごめんなさい…><
しかも恐ろしく早い手刀並の、コンマ秒で返信が返ってきた。
五期生である山田先生とレインの年の差は2。つまりレイン入学の時点で三年だった訳だが……よく手懐けられている。
「これで今日は、最後まで語り明かせそうですね」
完了。
本物の暗黒微笑を浮かべながら、スマホを閉じた。まるで現役時代に得意とした戦法を彷彿とさせる。
「……?」
「レイン・ミューゼルさんに連絡しても無駄ですよ? たった今許可を得ましたので」
晴れてABCD包囲網の如く逃げられない状況を形成した山田先生──ただしこれにはどうしようもない、重大な欠点がある。
それは、嵌めようとした相手が卑怯・非道・卑劣を好む、
「……流石は、『
「はぁ、昔の話は──」
「次代のブリュンヒルデ候補共を雑魚散らしのように尽く封殺した『
『レインちゃんは戦車に轢かれても死なないんだよね?』
『ウッス!』
『氷の海に沈められても大丈夫だよね?』
『ウッス! アラスカの海に鎖と錘を付けられて海底2万マイルに沈められても平気ッス!』
『高圧電流にも耐えられるよね?』
『ウッス! いつもミューゼル製の筋電インターフェース武装で全身に電流流されて操縦訓練してまッス!』
『じゃあ全裸に手錠でクアッド・ファランクス一万発ノックもいけるよね?』
『ウッス! あっ、あぁーっ、ヤバいっスパイセン!!』
『出来なかったら?』
『檻の中に入れて沈めてください!』
『檻なんて用意しねーよ』
「──え、えっ?」
二つ名をバラされるのは時間の問題と割り切っていたが、不意の追い討ちに。山田先生の眉がひくついた。
好機。懐に潜り込むための一瞬の隙の糸を、録音を垂れ流したマドカは見逃さない。
「な、なぜあなたがそこまで」
「レイン師匠から概ねの事情は赤裸々に聞いていますよ。それはもう伝説として」
「!?」
これで『勝ったな』と思い込んでいるが故、凄ぇ嫌な笑みを浮かべている。
その一方で。目の前の何考えてるか分からん失礼な小僧が急に、自分の黒歴史をほじくり返しに来るとは予測していなかった。つまり拍子抜けするくらい、山田先生には有効過ぎる打点が入っている。
「そうですね、まずは倉持に並ぶ旧牧島重工の狂犬と恐れられた、貴女が最も輝いていた現役時代。後輩全員を従順な
「わーっ!! わーーっ!!
やめてください!!」
いつものマシンガン語りを始めると、全弾命中したのか。遂に山田先生が耳を塞ぎ始めた。
しれっと12巻の内容をしゃべくり散らかしているのは置いて、こんな意外なところにも……過去の忘却を望む哀れな懺悔人がいたとは。
「取引しよう、山田副教諭」
目には眼を。奥の手には、奥の手を。
利害相殺の頃合を確心したマドカは、停戦協定に持ち込む。
「私の望みはただ一つ。無断外出の件を帳消しにし、早々に解放して頂きたい」
「そっ、それとこれとは……!」
「さもなくば、新入生全員に漏洩させるのもやぶさかではないが……」
何たる理不尽の天秤。これでは誰もが耳にした日本一有名なクソ条約こと日米修好通商条約だ。
しかし仮にも教師である山田先生が、そんなバチクソしょうもない要求を公私混同で飲むはずもなく──
「わ、わかりました……」
「ふッ、決まりですね」
飲むのか……(困惑)
実は彼女、広報部に圧力を掛けてお願いして学生時代の問い合わせを黙秘させていたのである。
ちょっと『ハイ』になってしまった戦闘記録は全て削除済み、探りを入れたヤツはもれなく粛清。例え現存する三年に伺っても、濁った返事しか返ってこない。
普段は真面目で優しいISプレイヤーとして励んでいたつもりだったが、周囲は違った。
一度銃を握ってしまうと、比類なきド太い弾丸をお見舞いする戦闘快楽主義者に大変身! ──なんて、レイン含め地獄の使者か何かと勘違いしていた。実に、当時は世界二位と囁かれる程である。*2
「で、でも次は本当に絶対やっちゃダメですからね!!? 二度目はありませんから、約束ですよっ!」
「えぇ、
で、まさかの逆転勝利。
この後会議があるとのことで、山田先生は狼狽えながらも撤退した。
関われば関わるほど、わざと頭を混乱させてくる。被害者の声より抜粋。
戦わなければ生き残れない今日の操縦者各位からすれば、マドカの存在そのものがもはや精神的な侮辱、冷やかしであろう。
「っクク。さて、時間は有限だ。闇の光の速さの抜き足で参ろ」
「おい」
隠蔽を確固たるものとし、稽古の約束を果たそうと堂々勇退の意を示したマドカだが──
「今の話、詳しく説明してもらおうか」
──目先の保身で釈放はしてやった。してやったものの。
マドカの目論見にも重大な欠点どころかガバガバ過ぎる欠陥があった。それは、
結局のところ、双方互いに詰めが甘かった、それだけの帰結だ。
よって、マドカへの裁きは絶対不可避。
皮肉にも自らが用いた暴露を以て、因果応報の鬼が降臨した。
学生時代、当時の下級生全員がドン引きするくらいの
髪を切ってから急に大人しくなったので、在籍する二年生以降は本来の彼女を知る由もない。
「──ここが私のVIPルームか」
生命保険が適応されたら一生どころか数百回分の人生が遊び放題間違いなしな程度に。今日は無数の脳細胞が死滅した。
頭頂部に再度しばき倒された痕と思われる湯気を漂わせながら、マドカは学園が用意した正式な自室へ強制更迭。
結局レインとの稽古はお流れになり、それどころか反省文まで書かされる始末となった。
時刻は既に、19時を回っている。
「『1066』、か……実に良い響きだが
「うわ」
「あれが噂の……てか、あの部屋って」
「しっ、見てはいけません!」
扉の前でちんたらとぶつくさ言う度、人々が遠ざかっていく。それまでラフな寝巻きで出歩く名も無きモブ生徒が見受けられたが、マドカが来た瞬間に消え失せた。
「指定術式解錠。さぁ開け、原罪の扉よッ──ここからが、私の物語だ」
けれどメンタルだけは無敵なので、避けられようが陰口を叩かれようが何処吹く風だ。
在るがままにカッと見開き、よくもまぁ恥ずかしいセリフと無駄な動作を絡めて。解錠代わりに生徒証をかざす。
かくして、今更。
少女たちの余暇をもてなす、未知の領域へ足を踏み入れた。
「…………ほう」
視界に広がるパノラマ。充満したアロマの香りが、否が応でも鼻腔を擽ぐる。
配慮され尽くした何不自由ない設備も文句なし。
「っク、ハハハハ……私のためにこんなものまで用意するとは。中々分かっているじゃあないか」
冷蔵庫にあった見慣れないフルーツを根こそぎ吐き出し。
スターフルーツ、マンゴスチン、アテモヤ、市場に出回らないその他。制服のままベッドへ飛び込むと、ご丁寧に切り分けられたソレにフォークをブッ刺す。
「ほう、ポポーまであるのか。巫山戯た名前をしているが、幻と謳われた高級果実……実に美味だが、食べ過ぎは禁物」
「──誰かそこにいますの?」
「何奴だ!?」
ギィ、と軋ませ。誰もいないところでまたうんちくを垂れ流そうとしたが、鶴よりか細い一声で阻止された。
「もしかして、わたくしのルームメイトでしょうか? 少しお待ちになって、今出ますので」
「(来るなら来い……貴様が我が根城に姿を現すなら、この
声が聞こえたのはシャワールームの方角。蛇口を捻る音もした。あとは出てきた瞬間に引き金を爪弾き、スタングレネードとネットで捕縛する。
「織斑教諭、こいつが噂の不審者かな? 私がこの手で捕まえておきましたよ」
「何だとッ!? ……待て、今までの不穏な行動はまさか」
「えぇ、全てはこの為。時には味方すら欺くのが、私の邪道なのです。いずれ貴方にも、秘密を明かさなければならない時が来る」
「流石だな、マドカ!」
「私はお前のことを、誤解していたのかもしれないな……」
「流石だな!」
「先生、感激です……!」
不審者確保となれば、千冬や山田先生、流石だな!LINEスタンプbotと化した一夏*3からの評価は爆上がり、先の件も全て帳消しだろう。我ながら完璧な方程式が組めた、と自画自賛。馬鹿にしているとしか思えない。
ただし、声の正体を聞けば。
八つ裂きにされるのはお前の方だ。
「てっきり一人部屋と思っていたのですが……何やらトラブルがあったとか。いずれにせよ、あなたを歓迎いたしますわ」
「……ん? 君は──」
「このような格好ですが、改めまして。わたくしがルームメイトのセシリア・オルコットと──は?」
開く扉のその先に。
蒼き双眸、金色の髪、真白の肌をさらけ出した──『互いに』忘れる筈のない、悪戯な交わりを宿命付けられたシルエット。
「セシリィ! セシリィじゃないか!!」
「……は???」
だがそれは、最悪ならぬ
片や、同胞にして永遠の好敵手。
何たる奇跡にして、何たる悲劇か。
マドカのルームメイトは、否。被害者を主語にしよう。
なんとセシリアのルームメイトは、あのマドカだった。
「ふッ、これも運命……私と君は斬っても斬れない絆で結ばれている、ということだな。
「ブルー・ティアーズッ!!!」
今度こそ私と一緒に、究極をめざ」
1066年。
イギリスの歴史を変えたイングランド侵略戦争事変『ノルマン・コンクエスト』が勃発したこの年、ロンドンにて月よりも明るい火の星が観測された。
空に燃ゆる箒の彗星は後に、最悪の疫病・飢饉・災害・国崩しをもたらすと伝承され、古来より人々は不吉の化身と語り継いだ。
その結果がシアン化合物の毒ガスが散布され、全生命体が息絶えるとかインフルエンザの根源とかロクでもない諸説に繋がったとか。
つまり。
マドカはセシリアにとっての、ハレー彗星そのもの。故に、必然を以て。
「なッ何をすぐわぁぁぁぁ〜っ!!?」
暗転、反転。
怒りの鉄槌と化したセシリアの愛機。
世界一悲痛な渾身の雄叫びが、渡り廊下を波紋し、駆け巡ったという。
『
次
回
マドカ
ついに訪れた
???
ネタバレしましょう。マドカ=ウォヴェンスポート・ミューゼルは敗北します。
マドカ
しかし織斑一夏も負けてはいない。ミス・ブリュンヒルデから受け継いだ伝説の名も無き剣、『残光妖刀ユキヒラ』を抜錨したその時──我々の戦いに新たな予感を招いた!
???
思い切り名前あるじゃないですか。
マドカ
戰慄の
剣士たちの激闘を、不屈の勇姿を。君の目で確かめてくれ!
???
記載放棄した昔の攻略本みたいに言われても、という感じですが……少しはマシな操縦が出来るよう、願っています。
次回 Infinite Stratos Fun Fiction
決戦:汝は
──さて、始めましょうか。
全ては我が
.
◆ 舞台設定③
Q, なんかヴァルキリーの設定おかしくない?
A, 勝手に変えました。あぁ許し亭許して!(事後報告)
原作
モンドグロッソの部門優勝者
めちゃくちゃざっくり言えば総合部門優勝者のブリュンヒルデがグレイテストチャンピオンでヴァルキリーがグレイテストプレイヤー的なニュアンス。多分間違ってるが原作を読んでも部門が不明なのでこれくらい適当な解釈で良いんじゃないかな
本作
元ネタは十天衆。(八天衆やんけ!)
トップランカー、世界大会大予選優勝、無敗記録等により永久欠番を除く上位序列8名入りとなった者に送られる称号。一度でも称号を獲得したプレイヤーは選考を無視してモンドグロッソへの参加が可能
もちろん序列外の代表でも世界大会への出場が可能だがほぼヴァルキリーに狩られる。よって決勝トーナメントはヴァルキリーの独壇場と化しているのが実情
なお、予選中は試合結果で序列が変動するのでワンチャンあり。ただし第二回までは全員織斑千冬とアリーシャ・ジョセスターフの所有するインチキ単一仕様で薙ぎ倒された
因みに本作の第三回モンドグロッソ出場予定ヴァルキリーは
ジブリル・エミュレール
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※アリーシャさんはかつて最強のヴァルキリーの一角でしたが引退したので現在除外扱いとなっています
で構成されます。全て原作に登場したキャラクターなので、みんなも予想してみよう!
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※以下エピソードはリメイクに伴い順次削除予定※
(旧)汝は〖
ISのえほん 10th Anniversary Anime 1st Series 2011
※特殊タグの演出上、今回は挿絵表示のオンを推奨しています※
.
──織斑一夏がIS学園へ入学する、少し前。
倉持技研第二研究所は、山奥に設立された第一研究所から川を渡った先に聳える。
倉持といえばコアナンバー001〖
が、近年──千冬の引退により日本代表の後任が伸び悩むと、同時にその煽りを受けたのも事実。次のモンド・グロッソまでに代表が選出されなければ、政府からの予算が、なんてことも。
世界の主流は第三世代。
シェア率二位を支える第二世代〖打鉄〗では、いずれ限界が来るというもの。
大人の事情のゴタゴタに巻き込まれ、かつての栄光〖暮桜〗も凍結処分。低迷寸前でいた倉持であったが、ついに転機が訪れた。
今この瞬間。
その〖暮桜〗の後継となる、新型ISが誕生しようとしているのだ。
「……遂に、遂にだ。完成したぞ」
何故かスク水の上から白衣を纏う彼女の名は、
髪色もあって、まるで淡水にて自生するワカメの擬人化に見えた。
とまぁ冗談は置いて。
大事の際は決まって、水の中で天命を待つのが彼女のポリシー。これこそ冗談のようだが、本気でそう思っている。
「やりましたねヒカルノさん。この日が来ることを、みんな待ちわびてましたよ」
「いやぁ、今日という日は未来永劫語られるだろうよ。なぁリンダくん」
「
「亡きお母様の設計書を元に造り上げた新しいIS……その名もGX-01〖
「あの、
"リンダ"と呼ばれ間違えた女性の訂正をガン無視し、ヒカルノはスタッフに呼びかける。
「諸君らも喜びたまえ。倉持技研にとって記念すべき瞬間だ……これからもっと面白くなるぞ!」
『おおおおおおっ!』
「……お、おぉーっ……?」
右手を掲げ、それに呼応する一同。
「題して、"篝火ヒカルノ伝説"……私は
「や、だから
ただし輪那に対する誤称は、変わらずだった。
一方で、全工程オペレートが完了したキャリアから顔を出す、新たなISの〖待機形態〗──そのフォルムは。
「……ふふん!」
ISコアの元、すなわち
まさにこの時をもって。産声を上げたISを取り出すヒカルノは、結晶と同じ翡翠の瞳を煌めかせた。
「待っていたまえ、宇宙の遥か向こう側に眠りし、まだ見ぬ
その奥に映る未来は、人類に齎す新しい希望か。または一個人が抱く、底知れない野望か──
"きっと 逢えるよ"
"笑顔と涙を 抱いて"
"君と一緒に──"
「ふふふふ、はははは……あっはははははは! はははヴェっ、ェほッ、エ゛ッ、ヴェ゛ッ゛ふ゛ぇ゛ぇ゛ー゛ッ゛!゛!゛?゛」
☀
| ☀
| ☀
|
「授業を始めるが……その前に、クラス代表を決めようと思う」
4月4日。
例年よりほんの少しだけの猶予を終えて、いよいよ本格的なIS学園生活が始まる。
そして物語の歯車も。千冬の第一声から、全てが動き出した。
「クラス代表の義務は主に二つ。一つは会議の出席で、まぁ面倒事の引き受けだな」
「えぇ……面倒事かぁ……」
「は? 千冬様の命令だぞ? どれほど貴重なものかゆっこはお解りでない?」
「うるさいよリコリン」
「お前らやかましいぞ」
「「……うっす……すみません……」」
千冬は良いこと悪いことが重なった場合、後者から話すタイプだ。
一部の生徒は明らかに顔に出ていたが、それとは真逆で。あの千冬の頼みならばと、乗り気な者もいる。まぁ両方とも、注意されるオチなのだが。そこのツインテールと眼鏡みたいに。
「もう一つはイベントの出場だ。直近で言えば、二週間後に行われる学年別クラス対抗トーナメントに出て貰う……自薦他薦は問わない、やりたい奴は挙手しろ」
「はい、織斑くんを推薦します!」
「はいはいはーい! 私も織斑くんが良いでーす!」
「早っ、てか俺が!?」
自薦他薦の時点で悪い予感はしていた。刹那、確信に変わる暇さえ与えてくれない。
肩を張って身構えていた一夏であったが、その衝撃波はやはり大きい。
「だって面白そうだし?」
「男だし!」
「映えるし!」
軽快な三拍子は無慈悲なもの。
珍獣だからという理由で選ばれてはなんというかこう、どうなんだという気もする。
選ばれた以上、残念ながら拒否権はないだろう。それに、千冬の前でそんな巫山戯た真似はできない。ここでふと、箒の方を見るが……即座にそっぽを向かれた。知ってた。
「……っすぅぅぅ、やるしかないのか……」
「お待ちください」
ここで「やります」と言えばさっさと終わるかと、腹を括り始めたその時だ。
「わたくしセシリア・オルコットは、自らを推薦いたします」
このタイミングで颯爽と乱入してきたのは、誰よりも「代表」の二文字が相応しき女傑。セシリア・オルコット以外に誰がいるのだろうか。
昨日の調べ物でめちゃくちゃにやべーやつと認識していたお陰で、背筋が僅かに凍りつく。だがそんな悪寒とは裏腹に、セシリアの言の葉はまるで、救いのようだった。
「確かに物珍しいという理由で彼を推薦するのは一理あります。ですが今後のイベント、優勝したクラスにはどんな施しがあるか──ご存知でしょうか?」
一夏に華麗なウインクを送る。
どうもサラ・ウェルキン先輩といい、イギリス人のそれは妙な威圧感を兼ね備えているというか。心臓を鷲掴みにするのが上手いと、言えばいいのか。
「わたくしが代表になった暁には全戦全勝を保証すると共に、優越感ある最高の学生生活を約束しましょう」
と、セシリアは続ける。
まさか、集中砲火の如く自分に向いていた票を、分裂させる気なのか。
「例えば、次に行われるクラス
「私せっしーにしまーす!」
「のほほんさんが裏切ったぁーっ!」
「だってデザート食べ放題だし!」
裏切り者、もとい記念すべきオルコッ党その一は、モブ界のユダとして有名なのほほんさん。
生粋の菓子好きなら誰もが、学食スイーツに靡いてしまうだろう。何を考えているかわからない彼女ですら、ここでは至極単純だった。
「それに冬季の総括対抗戦では、ISGPの特等席無料招待券なんかも」
「わ、私オルコットさんにします!」
「相川さん!?」
「いやぁだってGPの特等席だよ? 特等席だよ!? いっつも転売されるんだよ!!? あぁ思い出しただけで……!!」
「お、おちついてきよちゃん……」
その二は出席番号一番、趣味はスポーツ観戦の相川さん。昨日のこともあってか見事堕ちた。どうやら特等席の件についてはよろしくない思い出があるらしく、興奮気味に訴えている。
隣の席の如月がなだめるまで続いたが、当然この転売も、例の「ファントム・タスク」の仕業である。転売するのは出来の悪いトリスタンだけにしておけと通告したいところではあるが、畜生はどこにでも絡んでくる。
「じゃあ私も、オルコットさんにしようかな……」
「あたしは織斑くん一筋なんだよねー」
「なんか迷ってきたな……」
「うーんやはり千冬様の弟だし、裏切る訳にはいかんな、そうだろバルクホルンちゃん」
「バルクホルンじゃないし、
「えぇっ!? それは、本当かい!?」
「なんでマスオ兄さんみたいな声になってんのさ」
外野も盛り上がってきた。
ただ、状況を俯瞰してみれば……この空気は見事、セシリアに操作されているとも見て取れる。
「セシリィがそこまで言うなら……ふっ、代表か、ならば私も参加しよう」
もちろん、セシリアが出てくるとなるとこの女が黙っていない。
額にでっかい絆創膏を貼り付けたアホ毛は、『ウィキペディアよりアンサイクロペディアが先にしゃしゃり出てくるインターネットおもちゃ女優』ことマドカ=ウォヴェンスポート。
「ちっ」
「お、織斑先生……?」
対して千冬のデカすぎる舌打ちに、ビビり散らす山田先生。
こいつの自薦は分かってはいたが、セシリアも呆れ顔である。何せ興味は失せているのだから。
「……言っておきますがウォヴェンスポートさん。わたくしは今まであなたに対して、本気を出したことなど一度もありませんわよ?」
念の為の忠告。が、それはかえって。
イキリ遺伝子が根付いたマドカを、炊きつかせる結果となる。
「ふっ、流石はセシリィ。だがそれは私も同じこと。この真の
──が。
「学園がなんだって?」
「……んんっ、教室の一つや二つくらいは」
「教室がなんだって?」
「……例えですよ、ブリュンヒル」
PERFECT KNOCKOUT
CRITICAL HEADSHOT!
会心の一発。
見事主任である千冬を滾らせたマドカは、
冷たい風がつんざいたその時点で、黙っておけばよかったものを。
「……織斑先生、提案があるのですがよろしいでしょうか」
「なんだ、言ってみろ」
突っ伏したマドカを尻目に、ここでセシリアが更に駒を動かした。
千冬も因縁めいた馬鹿を始末し終えてスッキリしたのか、快く承諾する。
「票が割れてしまったこのままでは、決着がつきません。そこで……わたくしと織斑さんと……ウォヴェンスポートさんも含めて、
「!!?」
助け舟を出そうとしているのかと、一夏は思っていた。しかしそれは、
ブリキの如く振り返る一夏。
そこには計画が整ったと言わんばかりのブリティッシュスマイルを浮かべた、それはそれは大変ご機嫌なご令嬢。
「この場をお借りして、伺います。織斑一夏さん……」
あとはもう簡単だ。
とどめの一言を添えるだけで、四方八方を塞いで紡ぐものなら……確変の蒼き風が勝手に吹く。
「わたくしと一曲、踊って頂けますか?」
要は、ハメられた。
運命付けられた理不尽な選択肢へのフォローに見えて、実態はより都合よく"理不尽"を仕向けたショート茶番劇。
彼女に対していつ無礼を働いたかと、一夏は一瞬脳を回した。
それとも女尊男卑という世間をしろ示すように、男を叩きのめしたいのか。単に圧倒的な力で捩じ伏せたいのか。振る舞いに反して雑魚狩りが悪趣味なのか。いずれも定かでないが、セシリアの目的はただひとつ。彼と一戦、交える。
「…………っ」
本能が忠告している。固唾を飲めば、無意識の情けない悪魔が、囁く。
昨日の予習で目の当たりにした現実が、思考にノイズがかった。
それもそう。
一夏の眼前に突き出されたのは、セシリア・オルコット直々の挑戦状。即ち強制敗北イベントの、地獄片道切符だ。
こうなってしまった以上、退いても恥。受ける先も恥。さぁどちらの茨に進もうか。
……と言っても、答えは既に決まっている。
「……わかった」
一夏が選ぶは、後者。
最初から後者しか、有り得ない。
「そこまで言われて嫌ですなんて言えるほど、俺も男として腐っちゃいない」
しっぽを巻いて逃げるなど以ての外。
世界最強の弟であるなら、当たって砕けてでも前進しなければならない。今までもそうやって、愚直に進み続けたのだから。
千冬は唯一の家族だ。本当の両親は顔も知らず、蒸発した。
比較されるのはもう慣れているが、姉の名が穢れるのは許されざると。16年の人生で根付いてしまったそれは、一種の強迫観念を意味するか。
「それが無謀であることを、理解なさった上で?」
「……"何も知らない"は、もう通用しない世界なんだ。だからこの勝負は、何があっても……」
「何があっても?」
「……出せる限りの全力で、挑むしかないと思ってる」
「なるほど……ふふっ、よろしいですわ」
胃が張り裂けそうだった。
けれど己が、織斑一夏であるなら。
自暴自棄でも、虚勢であったとしても。いずれこの壁は、必ずぶち当たらなければならない。
どの道、遅かれ早かれの酷な話だ。寧ろ。
望んでここにいる訳ではないが、自分なりの覚悟を表明する良い機会なのだろう。
出来るか出来ないかは、関わりなく。
……というか。
"逃げ"で醜態を晒そうものなら昨日のインターネット・マドカみたいになってしまうのが目に見えているので、どう足掻いても岐路には立てない。誰だってそうなるのは嫌だ。
「…………」
千冬は何も言わなかった。
正確に表現するなら──
「期待以上のお返事、何よりです。条件はどうします?」
「条件?」
「例えば量産機で、限りなくフェアに近づけるなり……端的にハンデと言った方が、ご理解頂けますか?」
「ハンデ……えっ? は、ハンデ……?」
「?」
「……い、いや、ハンデはいい!」
ほんの一瞬、セシリアの言っていることの意味が分からなかった。が、一夏は理解と同時に拒否する。
確かに今の状態はISもクソもない丸腰そのものだが……その三文字だけは、論外だ。
「オルコットさんも、マドカも、お互い真剣勝負でいこう」
「……その覚悟、承りました。決まりですわね、織斑先生?」
「あぁ、良いだろう……織斑、オルコット、ウォヴェンスポート。お前たち三人は一週間後、第三アリーナで模擬戦を行う」
対峙した二人の最終得票は、同数。
決戦は一対一対一の、バトルロイヤル方式へ持ち越しとなった。
そしてセシリアは、未だ伸び続けている0票女に対し、
「……くれぐれも、わたくしを失望させないでくださいね」
零度の眼差しで吐き捨てた。
セシリアにも好きな茶番と嫌いな茶番がある。それもマドカが干渉するかしないかだけで、本来の令嬢出力に関わる程の。
今回は絶好調……つまり逆を言えば。
意識が残っているだけで、また初日みたいな面子丸剥がれグダグダ茶番劇──"嫌いな後者"となっていただろう。
「以上だ。さて、授業に戻るが……特別講師としてある人に来てもらった」
決定事項は何事もなく。かと思えば、千冬の一声に応じて。
自動扉の向こう側で、映る影がやたらそわそわと動いていた──間違いない。教室の外に変なやつがいる。
「どうぞ、
「やぁやぁ諸君! どうやら代表云々も決まったみたいだね!」
そうして勢いよく現れたのは、冒頭で高らかに喉を痛めた女こと。
倉持技研の篝火ヒカルノだった。
.
■ 織斑千冬 : マドカに対して殺意を向け続ける史上最強の世界最強女。なぜなら(皆さんご存知のあの)「???」に酷似しているから。クアンタみたいな魔法の横格を使って二回もモンド・グロッソをめちゃくちゃにした
■ 織斑一夏 : 真の主人公。なんとなくマドカの面影に千冬を重ねようとしている。やめろ
■ マドカ=ウォヴェンスポート : バカ
■ 篝火ヒカルノ : 千冬姉と束さんの同級生。暮桜の次期量産モデルを想定した白椿を完成させたてんっっっさい科学者。ちょっと待って?白式がないやん!どうしてくれんの?
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(旧)汝は〖
.
「さぁみんな、私の名を言ってみろ!」
『…………』
沈黙。クソ滑り。
教室にはたった一人の、艶がかったハスキーな声だけが反響している。妙に隙間風が寒い。
「……"倉持技研第二研究所所長・篝火ヒカルノ"さん」
「反応が一人だけかぁっ! まぁそうだよね。授業二日目だしまだみんなシャイだよね……そこのイギリス代表候補生のスーパーエリートお嬢ちゃん、わざわざフルで答えてくれてありがとうっ!!」
アラサー間近のいい歳した女を中心に渦巻く、閑散とした哀れな景色を見かねたのか……やや渋々とセシリアが答えた。答えてやった。
「気を取り直してと……んんっ。私の名前は篝火ヒカルノ。じゃあこれなら分かるよね? 世界最強の第一世代IS、そう! 知らぬ人などこの世にいないあのコアナンバー001〖暮桜〗──その開発に携わった偉大なる方といえば?」
「篝火ステラだッッ!!」
二問目に答えたのは、くたばり損ない。
第零世代〖白騎士〗に次ぐ"原初"の名を聞いた途端、ガバッと覚醒して目をカッとさせ。クワッと集中線を欲する面で、名乗り上げた。そしてドヤ顔、仁王立ち。
当然、周囲からは「なんなんだこいつ……」と。鉛のような冷ややかな視線を、ジョン・ウィック2みたいに浴びている。
「おっと、お目覚めがよろしい。キミは確か……アメリカのマドカ=ウォヴェンスポート・ミューゼルちゃんだね。色んな意味で有名だから知ってるとも!」
言うまでもなく、それは悪い意味しかない。
即落ち二コマ忍法刀と揶揄される無駄に目立つ凄惨な戦績を見れば、多少の名声はこうして海を渡るのだろう。最悪のお手本だが。
「よし、そんな優秀なキミたちには……10年後のお姉さんとの無期限宇宙旅行権をプレゼントしよう!」
そんな最悪な奴と同列に扱われたセシリアは、ほんの0コンマ間、表情を怪訝にした。
事情なんてこれっぽっちも知らない臨時教師は、そのまま二人に紙切れを渡す。
「いやー最近はどれもデジタルばっかりなんだけど、大事に取っておいてね」
「ほう……!」
「は、はぁ……」
手描きの似顔絵にハートマークまで付けて。お世辞にもイカしてるとは言えないその紙切れは、まるで幼児が作った肩たたき券か何かだ。
とにかくヒカルノは自由気ままだった。そろそろ千冬からの圧が掛かってくる頃だが──篝火ステラの名を聞いた途端のざわつきが、かろうじて中和している。
「うんうん、篝火ステラなら、流石に知ってるよね。いかにもタコにも、私はその篝火ステラの天才遺伝子を受け継いだ、一人娘なのだ! ポチっとぉ!」
反応に満足するヒカルノは、持っていたペンからしれっと写真を出力し、黒板に映す。
一面に現れたのは意外な人物。まだ学生であったヒカルノと、彼女の亡き母であるステラと……『
「!?」
「えっ!? あれって……!」
「……篠ノ之博士……」
「む、
︎︎“──宇宙から飛来した謎の物質『
“──2012年にISを『
“──事件後に解体された〖白騎士〗を礎に生まれた〖暮桜〗を以て、織斑千冬を絶対的な『
“──……そして三年前の2019年から、突如消息不明となった。”
それら全ては。
“変わり果てたこの世の元凶たるラプラスの生き写し”──
彼女は元々、倉持の研究所を借りてISの試作品を開発していた──と、ヒカルノは語る。当時彼女が抱いた「成層圏の向こう側」への夢・思想に賛同し、真っ先に援助を行ったのが、何を隠そう倉持であるからだ。
黒板の写真は即ち、黎明期に撮った貴重な一枚。おかげでざわつきが加速する。
「で、キミが織斑一夏くんだね……うん、中々にハンサムなボーイだぜ。お姉さんずっと外でスタンバってたから、会えるのを待ってたよ」
ヒカルノの視線は唯一の彼へ。
騒がしい外野をバックグラウンドとして、肩に手を置きながらこっそり耳打ちした。
「授業終わったら、お待ちかねのお楽しみ。二人でイイコト……しようぜっ」
「???」
「……あれ、聞いてなかった?」
「何を、ですか?」
「…………」
「あの……篠ノ之、さん、圧が……」
と、舐めまわすよう一夏にまとわりつくヒカルノを見て、箒がぷるぷるし始めた。竹刀があれば構える手前まで移行していただろう。
そんな、窓際から放たれた
「じゃあ今一度……君も日本予備代表候補生のマイスターとして、
「……えぇっ!!?」
「!」
それはさておき、先の今で急展開が連続して。
しかも都合が良すぎるものだから、一夏は耳を疑った。専用機と聞けば敵意剥き出しの箒も、驚きを隠せずにいる。
──選ばれた人間だけに許された"もの凄い代物"を、こんなにあっさりと?
「……おーりむーら先生ー? なんかボーイのリアクション大きすぎませんかぁ?」
「……あ、忘れてた……」
「おいッ!?」
どうやら千冬は、伝え忘れていたらしい。
「やっぱりか! そこ忘れるなよぉ! 結構どころかかなり大事なんだぞぅ!?」
「離せ。殴るぞ」
「はい」
馴れ馴れしく胸ぐらを掴んでシェイクし始めるヒカルノであったが、一撃の忠告で沈静化した。
よくもまぁ
「……ふん、いーですよーだ。どうせ私なんか、同年代のくせに
「なるほどな。つまりこれで、織斑一夏は
教壇にののじを描き、いじけヘラり始めたヒカルノを尻目に。
すっかり完全復活してしまったマドカが立ち上がり、どの面古参面で一夏を歓迎する。
「Welcome to the world.ようこそ、我らがマイスターの領域に」
「……まぁわたくしも、これで心置きなく……とでも言っておきましょうか。楽しみですわね」
「だな、セシリィ」
「あなたはまず恥と責任を覚えてください」
更識簪を含め、一年の専用機持ちはこれで四人となった。
中立的仮装戦場らしく、意欲ある実力者に対しては年中門出を開いているIS学園。一夏の存在もあって、今年は更に増え続けることが予想されるが──例年であれば
「いいなぁ織斑くん。私も専用機欲しいな〜」
「ついに千冬様の〖暮桜〗の跡取りが爆誕してしまうのか……最強コレ」
「私も織斑先生の妹になりたい人生だった……」
「…………」
羨望が突き刺さるこの状況を、どう飲み込めばいいのか。
たった数秒、されど数秒の言の葉で。一気に視界が変わったような気がして、一夏は喉を詰まらせている。単純なことなのに喜ぶべきかすら、わからない。整理できずにいた。
「一夏……?」
幼馴染としての勘なのか。
箒だけは、その異変に気付いている。
「……まぁいいや。ということで一限目はこの私がお送りしよう! ほら、織斑先生はチャチャッと会議へGO! 行った行った!」
「お前、後で覚えていろよ」
「……おぉ怖い怖い。さて!」
教室の混沌は続き、いつの間にか立ち直ったヒカルノ。手を振っては再度千冬を煽り倒して、退散まで持ち込んだ。
睨みを効かせた自動扉が閉まるや否や、パンっ、と手を叩く。一同が静まり返る。
「おっ、訓練されてるね。千冬センセの仕込みかな。山田副担任もこの時間は楽〜にして、どうか私のプレゼンをご堪能いただきたい」
「は、はいっ」
ここからは独壇場。
出来ればこの中から、栄えある倉持の次世代スタッフが……なんてやましい希望的観測を抱きながら、特別授業が始まった。
「そうだね……今日は一番最初の『時結晶』──ルクーゼンブルクに飛来した『レニユリオン第一隕石』の話からしよう」
専売特許はやはり、ISの起源。
◇
◇
「一体、どうしたというのだ」
「いやなんというか……実感が無いというか。でも専用機のことは、頭から離れなくて……」
午前が終わり、昼食は屋上にて。
白無き蒼に手が届く日を、心のどこかで待ちわびていた。なのに今は 、一層、遠く思える。
何が何だかわからないまま、来るところまで来てしまったものだから。まさか今更になって怖気付いのか。啖呵をきったのに。
一旦、頭を整理させて欲しい。
このまま芝生と日差しの心地良さに身を委ねて、いっそのこと眠ってしまいたい──とすら考える。まるで、現実逃避のサインだ。
「なんだろうなぁ……俺、代表候補生でも何でもないワケで、てっきり量産機で勝負すると思ってたからさ。出来れば、えっと、〖打鉄〗ってやつで」
「自信でもなくしたのか」
「恥ずかしながら、まぁ、そんなところっす」
「……贅沢な悩み、とやらか」
「……はぁ。千冬姉の弟なんだから、なに自己矛盾してるんだって話だよなぁ……」
「…………」
仰向けのまま、自ずと心境を吐露する。
やはり持つべきは、多少の
その相手とは六年もの空白を作ってしまったが、不思議なものだ。僅か三日で隔たりが消え失せている。
「……でも、物事には順序があるって言うだろ? 専用機だって、本当は段階を踏まないといけないって昨日分かったし……ほれでも貰うってなると、やっはり、嬉しくなるのか?」
「食べるか喋るかどっちかにしろ」
「ごめん」
「まったく……」
起き上がり、購買で買った焼きそばパンを頬張りながら……と、案の定怒られた。因みに箒は鮭おにぎり。
行儀悪く小腹を満たしても、頭の中のぼんやり、どんよりは中々晴れない。午前中のありがた〜い宇宙講義だってほとんど頭に入らなかったものだから、どうも調子が悪い。
「……別に」
「ん?」
「余計なこと、ではないか?」
茶を飲んで一拍。
すると箒の口から、意外な言の葉が返って来ってきた。
「"挑むしかない"と、セシリア・オルコットには言い切っただろう? だったら後は、何も考えず……」
"一生懸命に、一直線に、精一杯"
その方が、私のよく知る一夏らしい──と。
「なんか聞いたことあるような」
「……"織斑一夏の一は、一生懸命って感じの一"、だろう?」
「──……うっわ」
途端、一夏の顔に熱が走る。
それも羞恥の意味で。
「その恥っずかしいセリフ……あぁ、昔、言ったなぁ……なんで覚えてるんだよ」
「だって私は、幼馴染だぞ」
「幼馴染パワーですか」
「そういうことだ」
おもむろに距離を縮める箒は、どこかちょっとだけ誇らしげだ。
「いつだっけな……確か」
十歳にも満たない頃か。
習っていた剣道の帰り道で、変に格好付けて。そんなことを言った気がする。
よくもまぁ一言一句と逆に関心するが、こう、黒歴史を掘り返されてるみたいでアレだ。目を背けたくなる。
「……姉さんはいつも言ってた。"有史以来、人類が平等だった試しは無い"って」
「束さんが?」
そしてそのまま。
髪を弄る箒は、珍しく姉のことまで話し始めた……さっきかららしくない。いつもならもう少し、突き放した態度を取るはずなのだが。変なものでも食べたのだろうか。
というのも、偉業の代償として篠ノ之束は、家族をバラバラに引き裂いた。世界一の天災となった孤高の姉と、要人保護の巻き添えにされた孤独な妹──そう。六年前に一夏と別れた原因は、ISにある。
ヒカルノが見せた写真もそうだが、それ以前にも束が話題に上がる度……箒は誰とも目を合わせたくないのか、顔を俯せていた。
故に心の底では。
「なぁ、箒──」
先ほどは「一体どうした」と言われたが、そのまま返したい。
自分よりも遥かに様子が変だと察した一夏は、思い切って言及を試みたが、
「どうせお前のことだから、遠慮しているんだろう。大方、"専用機を求め努力している子に申し訳ない"とか……」
「──うっ」
「……"ぽっと出の自分がその枠を潰している"、とか」
「ううっ」
いきなり図星を突かれて、思考が停止した。
触ろうと思えばこれだ、全部心臓に刺さっている。まるでサボテン系女子……なんて言おうものなら、この屋上から投げ飛ばされるか。
「何か言おうとしたか?」
「いや、なんでもない……なんでもないです……」
「とにかく、お前は優し過ぎるのだ。特別であることはもう変えようがないのだから、開き直ってどっしり構えていろ……助けが必要なら、私がいる」
「箒……」
最後の一言は、そっぽを向いて。
妙な優しさを込めた彼女なりの激励に、一夏はちょっと感激してしまう。
ということは、まさか。
「も、もしかして、昨日のアレも俺の為だったりするのか?」
「……そ、そうだっ! だから今日は、私に感謝することだな」
(いや、あれは本当に思い付きの偶然だが……今はそういうことにしておこう、うん……これで好感度上がったかな……はっ!? ち、違う!)
「違う!」
「えっ」
理性介入のタイミングが、若干遅い。
煩悩とのリミックスで、頭の中が少し残念なことになっていたのは事実。事実ではあるが……センターヒロインとしての必要十分条件は、満たしたに違いない。
あくまで合理的に、一夏を奮い立たせてやるのが目的だ。故に、正当なのだ。そう、何も卑しいことなど──
「──なるほど、話は大体分かった」
「「ぅわぁッ!!?」」
うわ、出たよ。
二人だけの空間を破壊すべく突如生えてきたのは、何でもかんでも首を突っ込みたがる厨二病。何故か、双眼鏡を片手に。
本当に気配なくいきなり無から現れたので、驚嘆と共にひっくり返りそうになった。
「お、お前どっから出てきたんだ……!?」
「いやなに。
「貴様、何時のどこから私たちの話を盗み聞きしていた? おい」
本人はスパイごっこのつもりかもしれないが、とんだ迷惑。
マジギレする箒にネクタイを引っ張られ、締め付けられる。意識が飛ぶのも時間の問題だ。
「ほ、箒、そこまでにしといた方が……」
「……ふん」
「ッエ゛ッハァッ゛……!゛」
一夏に免じて手を離してやると、死にかけの土竜みたいに咽び喘いでいる。
箒が心を許し慈悲を見せるのは、あくまで彼に対してのみ。他人には容赦ない。個人的領域へ土足で上がり込んでくるような、不躾を極めた輩には……良かったな、マドカ=ウォヴェンスポート。1025号室なら頭かち割られてたぞ。
「死ぬかと思った……そうそう、織斑一夏。篝火博士が君を呼んでいたぞ。至急、授業をほっぽり出して第一アリーナに集合、とのことだ」
「……それって今すぐだよな」
「うむ、今すぐだな」
ムカつくくらい清々しい顔だ。
首をさするマドカは、どうやらパシりを任されていたらしい。要件すっとばして透明でコソコソしていた理由が尚更不明ではあるが。
どこにでもいてどこにもいない彼女の思考回路には、やはり理解に苦しむ。
「だったらもう行かないとな……じゃ、じゃあまた後で! サンキューな、箒!」
「あっ……」
残りのパンを胃袋に収め、走り去る一夏へ。箒は名残惜しそうに手を伸ばしかけた。
「そう走らなくとも、専用機は逃げないさ……で、どうだ篠ノ之箒。私が提唱した"引いてダメなら押してみろ作戦"、上手くいったか?」
と、唆した主が何かを発言している。
結果的に悪くない方向へ転んだが、箒がやけに気を遣っていたのはこいつのせい。
少しだけ遡ると──
「その歪んだ顔を見るに、篠ノ之束やISそのものを憎んでいるな?」
「なっ……お前に私の何が──」
「ッフッフッフ……わからん話でもないさ。だが困っている織斑一夏のためなら、
「──やぁ、そこの元気いっぱいなミューゼルちゃん! 織斑一夏くんを見かけなかったかい?」
「……"闇や憎しみを追い払えるのは、光や愛のみ"。そう、人は憎しみと向き合ってこそ愛を知る。愛を知ってこそ、真なる力に覚醒するのだ。それら紆余曲折を乗り越えた先に、闇を光に変えた先に、自分だけの新たな世界が待っている──どうだ、近道なら我ら
「あの、もしもーし? 篝火ですけどー、聞こえてらっしゃいますか」
──という、後半はほぼ一方通行なやり取りがあった。
偉人のうんちくを垂れ流し始めると最後、狂戦士の魂をインストールしたドラッグマシンと同じ脳になる。なので話を曲げることはできない。だからいつも自分語りが長い。
「……まずまずだと、思う」
「ふっ、そうか。後は君たちの幸を祈って、影から──」
「助言には感謝するが大きなお世話だ」
そして二度目の善意は、無事に切り捨てられる。
命が惜しければやめておけ。
今はこうして無差別なダル絡みが許されているが、篠ノ之箒が対象となると別だ。途端におふざけ厳禁な爆弾チキンレースと化す。
なぜなら、いつか全力で
■ 篠ノ之箒 : 一夏が大好きなので時には本心に忠実な選択肢を脳内に出現させる。独占欲が振り切れた結果、IQがバグって一番アテにならなさそうなマドカの助言にも耳を傾け始めた
■ マドカ=ウォヴェンスポート : 暇なのかミューゼル製試作透明マントを引っさげて一人かくれんぼをおっ始めた。これにより如何なる場面においてもサプライズマドカが解禁され、カリバーならぬ任意のストーカーにジョブチェンジ可能。みんなも隠れまどっきーを探そう!
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(旧)汝は〖
話が進まなすぎて自分でもイライラしてたんですが、一夏くん好きなので開き直ってもうちょっと一夏くんパート続けます。
※あとプロローグから追記とか修正とかしてます。お暇な時に読み返してみてください。
.
バカデカい島を丸々舗装して設立されたIS学園は、言うまでもなく広い。とてつもなく。校舎屋上から指定のアリーナとなれば、全力疾走でも最低10分以上は掛かるだろう。
最近は動く歩道の設置を検討しているらしいが、それもあくまで噂の域を出ない。
「待・っ・て・い・た・よ一夏くん!」
「……はぁっ、ども、お待たせしましたヒカルノさ──」
第一アリーナまで辿り着けば、肩で息をするのがやっと。そんな一夏が顔を上げれば、目の先鼻の先──多分変態だと思うIS技術屋が堂々と突っ立っていた。
ゴーグルを付けて、スク水の上から上着を羽織り、ずっぶずぶの濡れ濡れで。アスファルトに押印した足跡の数も凄い。
「いやー、実はウチのせっかちなスタッフ達がもうアリーナに集まっててね……放課後にと思っていたが、気が変わった!」
ツッコミを入れるその前に。
彼女が天に向けて指さすや否や、突風。さらに太陽を遮る、大きなプロペラの影ふたつ。
「あれは……」
「ウチのだよ。ここにあるやつ全部含めてね!」
ぱちん。
ゴーグルを外すヒカルノは、自己を賛美するが如く両腕を広げた。
アリーナに着陸しようとしているのは、倉持から飛んで来た輸送用ヘリコプター。ぶら下げたコンテナの中に、IS用の機材が詰まれている。
他にも見渡せば……入口付近でトレーラーが数台。倉持のスタッフと思われる大勢が、ひそひそ話しながらこちらを凝視して──他人事ではない大規模を、自覚を促すには充分過ぎる"圧"だ。
「みんなキミのために総力を上げているのだよ。もともと一日借りる予定だったし。さ、そうと決まれば始めようじゃないか、一夏くんカモン!」
「…………あの」
目を逸らしながら、恐る恐る口を開いた。
……手招きもそうだが、一々挙動が大袈裟だ。わざわざ視界に入るために反復横跳びまでかますので、
「なんだい? あ、もしかしてこのナイスバディに見とれちゃった? 気持ちは分かるよー、だってキミはまだ思春期真っ盛りの少年だからね! ほら、おっぱいだって結構自信あるんだぞ──」
「千冬姉に水着姿のヤバい変質者がいるって通報していっすか」
「待って」
何だかんだで、千冬は弱点らしい。
やれやれといった様子でヒカルノについて行く一夏であったが、やはり倉持スタッフの視線が痛い。こんな変態女郎と同伴させられることへの哀れみなのか、それとも。
「良いこと教えてあげよう。今日来てもらった私の仲間たちは、みんなIS学園出身だ。つまりジャパニーズ卒業生の進路は、大抵ウチになるってワケよ」
「へぇ……」
「……なんか興味なさそうだね、
「……!」
鋼鉄の絨毯へ足音を鳴らす中。
唯一の男にとって、聞き捨てならないフレーズが飛んできた。
将来、安定。
織斑一夏はその二文字に弱い。連続して並ぶと、毛が逆立ちそうになるくらい過敏に反応してしまう。
今となっては全て水の泡に帰したが、以前の一夏は。その二文字に縋って、人並みの勉強を必死にこなしてきたつもりだ。
「……お、釣れた釣れた。ちょいと調べさせてもらったんだけどキミ、藍越学園からお堅い公務員にでもなろうとしてたんでしょ」
「えっ、まっ、まぁ……家族のこともありますし」
「にしても藍越とISを間違えるとはね」
「……その話したらマジで千冬姉に」
「わかった、わかった! 無しにしよう!」
そう。
あの日、
ごく普通の学園生活を、"人並み"に謳歌していた……筈だった。
「でもまぁ、中学の時点でその志でしょ。結構ご立派だと思うけどね」
「……"夢が無い"とは、よく言われました」
「確かにキラキラは全くないね!」
今や使用済みにも満たないくしゃくしゃのちり紙となってしまった、「就職に強い藍越を出て、安定した職に就いて一家を支える」という未来予想図。
考えた当時は中学生だった。冷静に思い返せば、見通しだって甘かったかもしれない。が、男がIS学園に入学するなんてブッ飛んだおとぎ話よりかは、遥かに現実的だろう。
「だけど、今は違う。せっかくだし"普通"からはオサラバしてさ。もっとビッグな夢取りにいかね? って話をしたいんだよね」
「ビッグな、夢」
「まぁ最近だと
「…………」
丸聞こえだ。
このインフルエンサーみたいな超絶胡散臭い口ぶりでしか喋らない女こと篝火ヒカルノの真意が、イマイチ分からない。
政府から許しを得ているとはいえ、ひょっとして自分を利用する気満々でいるのかと。まだ、半信半疑の現状である。
「とにかく、だ。"キミがなりたいキミ"ってやつを、この倉持を通じて是非見つけて欲しい。我々はサポートするよ……さぁ着いた!」
だだ漏れの涎を拭くヒカルノが、そう言い切ると同時に。
暗い通路から光が差し込み、景色が広がる。そしてその先には──
「──……う、わぁ」
「どう、凄いだろ。天っ才だろ? 学園の許可貰うのだって、そりゃもう苦労したからね」
瞬く間に、つい先ほどの疑問が霧散してしまうほどの圧巻、圧倒。
競艇用、つまりIS同士の闘いが行われるバトル・フィールドには、外とは比べ物にならない『倉持』が集結していた。
「学園に配備した〖打鉄〗のメンテやら
簡易的ではあるが、そのあちこちで展開される作業現場は一種のラボと化している。アニメとか漫画でよく見る、巨大ロボットが出てきた時のそれそのものだ。
「みんな、彼を連れてきたよ!!」
「お疲れ様です所長。ちゃんとした服着て下さい」
「てかまーたプール入ってたんスか」
「恥ずかしいので今度からは水抜いてもらうようお願いしておきますね」
「次その格好でうろついたら所長だけ泳いで帰ってもらいます」
「みんな酷いな!!? こっちは素晴らしいインスピレーションのためにやってるのに!」
で、早々。ボロクソに貶されている。
野放しにしている時点で、倉持の面々は揃ってヤバいのかと疑いつつあった。だが実際は逆だ。ヒカルノの奇行に疑問符を提示できる極めて正常な環境であるのは、何よりの救いであろう。
一夏は安堵の意を込めて、乾いた苦笑を浮かべた。
「全く、偉大な頭脳を持つ私を敬ってくれる忠実なる賛同者は……いたいた。リンダくーん!」
「
ヒカルノが手を振るも、名前は相変わらず。
不憫にして不機嫌な女性がタブレット片手にやって来る。あと数回"リンダ"呼ばわりしようものなら、そのハイテクな板きれでどつかれるに違いない。
「紹介しよう。IS学園第二期生にして、最も優秀な助手であるリンダくんだ。因みに元日本代表候補生」
「だから……はぁ、もう良いです。初めまして、織斑一夏くん。
諦めた輪那は一夏に名刺を渡す。
名前のすぐ下には、『倉持技研第二研究所 打鉄弍式開発担当』と書かれていた。
「彼女には別の──"四組にいるキミの先輩にあたる子"の、専用機を任せていてね。納期まで死ぬ気で頑張った仲だ」
「あの
「言えてるね。最初逆オファーで来られた時は真っ先に身の危険を感じた……ってのは置いて!」
余談と共に配線を跨り、各整備室から集められた〖打鉄〗の数々を通り抜け。一同は真の目的地にて、足を止める。
エリア中央。
周囲の量産型とは明らかに違う存在感を放つ──特別な二機のISが、鎮座していた。
「こっちがそのリンダくん担当、〖打鉄弍式〗。今のウチの主流こと〖打鉄〗から正当進化させた、次期量産モデル。そして隣が……キミのIS」
空色のすぐ横で佇む『白』。
透明な結晶に覆われ、まるで凍りついたような異質の『白』。
それこそが一夏の。一夏だけの翼。
「不思議だと思わないかい? こんなにも殻に籠っちゃって……もうちょい近付いてごらん。チューしちゃうくらい。触ってもいいからね!」
「……これがおれの、IS……」
一瞬にして、視界を吸い込まれてしまった。
記憶をなぞって例えるなら、心奪われるあの感覚に似ている。
そんな一夏を後押しするかのように、ヒカルノは続けた。
「恐らくこの子は、キミと
「ヒカルノさん、大変です。緊急事態です」
「なんだいそんなに慌てて……落ち着いてコーヒーでも飲みたま──」
「〖白椿〗が自己凍結しました。こちらのアクセスを全て拒否しています」
「ぶフゥーっ!!? ちょ、ちょちょ待て待て待てよ、完成した次の日だぞ? そんな馬鹿なことが──な、なんじゃこりぁぁああ!!?」
「……うん、今となっては良い思い出だ」
「でもこれで治らなかったら多分私たちの首飛びますよね」
「…………」
聞かなかったことにしよう。
確かに、その無機質な鎧を更に覆い尽くす結晶からは、他者を寄せ付けない"隔たりのような何か"を感じた。時を閉ざした永遠で在りながら。
「……言い忘れていた。その子の名はコアナンバー046、GX-01〖白椿〗──キミのお姉さんがかつて操縦していた〖暮桜〗の後継機にして、倉持全ての力を注いだ正真正銘・最新最善の最高傑作だ」
「ヒカルノさん、忘れてませんか」
「……も、もちろん〖打鉄弍式〗も含めてね!」
「…………しろ、つばき」
正解かどうかは知る由もないが、ふと、一夏は解釈付けた。
この白いIS、〖白椿〗はきっと夢を見ている。たった一人の誰かを待ち続けて、眠り姫のように。そしてヒカルノの言葉が真に値するなら、その"誰か"とは恐らく、自分。
だからこそなのか、それからは無意識。
左手が外殻に、時結晶で造られた障壁に。
全く同じだ。
あの日、あの時、あの場所で。
一機の〖打鉄〗に手を伸ばし──
ついに一夏は、〖白椿〗との接触を迎える。
すると、刹那よりも速く。"それ"は襲来した。
インフィニット・ストラトスとは、 今から10年前──
お母様が遺した 記された小さなフラグメント・マップ
第三世代IS〖■■〗は コアナンバー001〖白騎士〗と同一の──
「完全」と「至上」、そして「愛」を込めて GX-01〖
全ISに対する決定的有効打を秘めた 究極の単一仕様能力『■■■■』──
|
手のひらを伝い、駆け巡るは
記録、すなわち第三者による
脳裏を貫き続ける無限の閃光。
start and fitting… 戦闘待機状態のISを感知 ISネーム、【ブルー・ティアーズ】
One-off Ability『■■■■』:Ready to Utilize
──たい、が』白『、にこそ── 行移次一 生誕:月4
ハワイ沖で試験稼働にあった軍用IS 【銀の福音】の暴走 あの女性は誰かに似ていた 白い、騎士あああああああ
──かすまし欲を力── 行移次二 化深:月7
殺してやる、織斑一夏 資格のない、者に、力は、不要
──め挑、に私── 醒覚:月01
Daisy, Daisy, Give me Your Answer Do Mode EXCALIBUR, Boot
──だのだん■、は夏一斑織── ■■:月21
|
途端、閃光が歪曲し、反転し、混濁した。
金属の高周波、けれど優しい音が聞こえる。
何故か、鏡に映ったような自分の姿が見える。
夜の帳が燃えて、白を、無を、照らしている。
そして閃光に飲まれて、明けない漆黒が来る。
それらは現時点で得るはずのない、
どう考えても現時点では辻褄の合わない、
見覚えのない逆巻の記録。記憶。異物。
加速するそれらを辿ると……否。
きっと、
けれど467で繋がったネットワークが包囲する、
"絶対量子空間"と
いつしか食らいつくよう
それら光の軌跡をひたすらに追いかけていた。
そして、
──Take off, INFINITE STRATOS── あ『この日をずっと、待っていたんだよ』あ
|
「!?」
──なんだ、今のは。
「約12秒間のトランス状態に陥った後、ISとのシンクロに成功。リブートはOK、アボートは無し。リモートもひっさびさに繋がった。よし、手応えはばっちり。150点!」
「韻を踏みまくるそんなヒカルノさんへ、これを」
「ん? はっはぁ……思った通り、タイム
暗転、明転。
ぼやけた視界が眩しい。
ヒカルノと輪那の妙な会話を拾って、一夏は自分の意識が現実に戻ったと認識する。
「この子は一夏くん以外の干渉を拒んでいた。それイコール、一夏くん本人がいないと、あらゆるシステムが起動出来なかったっ! これで証明された! やはり私は天才だ!!」
「首の皮繋がりましたね」
気付けば、目の前のISは"消えていた"。
否、正確に言い換えれば。"自分の左手だけが、ISを纏っていた"。
……つまりこれで、
驚く程に馴染んでいる。
通常、操縦者の身体や遺伝子の適合、即ち
まだ習ってもいないのに。何故か最初から、知っている。
「気分はどうだい?」
「っ、は、はい。大丈夫、です……」
「その様子だと、
翡翠が連なる時の腕輪に惹起され、目を合わせず答えた一夏。
ヒカルノはそんな彼の状態を即座に把握し、間髪入れずに当ててみせる。見透かされれば当然、振り向く。
「……どうして」
「"どうして分かるのか?"──それは私がただならぬてぇんっさい科学者だからッ! というのは大前提として」
隙あらば飄々。
天才を自称した後、こめかみを指で叩いた。
「ISと繋がった操縦者は、ありとあらゆる情報を
「人間の脳は100億メガバイトもの容量を有するなんて云われてますが……"ISはその比ではない"。ということです」
「その通りだ、リンダくん」
色々と遠回しだが、つまるところ。
今の一夏はあまり顔色がよろしくない。膨大なデータを脳髄が一気に読み込んだ結果、いわゆる"副作用"とやらに陥っていたのだ。偉い学者共は、これを"IS酔い"と説明する。
「今日はここまでにしておくのも手だが……どうする? 操縦訓練、してみる?」
無理をさせたところで、稼働データは十全な結果を得られない。
全てのスポーツにおいて言えることではあるが──特にISは。その身を預ける器こと、操縦者のコンディションが第一とされている。
意志のようなAIを持つISコア。
それらは操縦者を理解しようと試みる。人間とコアが同調しない場合……乱暴に言うと、
通説に従うのなら、このまま操縦してしまうのもあまり……"よろしくない"のだ。
しかし一夏の答えは、ひとつ。
「やります。やらせてください」
迷い無き即答だった。
逃げ場はとうに失ったこの状況下で。僅かなチャンスを掴み取らないのは、世界最強の血を引く男として……失格だろう。
「無理は禁物だからね、何かあったら直ぐに中止するけど」
「俺は千冬姉の弟なんで、このくらいでくたばったりしませんよ」
故に相応の覚悟を込めた眼差しで、返す。
どこからそんな自信が出てくるのか、一夏本人も誰かに問いたいところではある。けれど弱音を吐く時間はとうに終わった。箒が後押ししてくれた。それでいい。
勝負という厳しく残酷な世界が、世界規模で待ち受けているのなら。
情けない真似は、これから一瞬だって出来ない。セシリア・オルコットに勝つつもりで、進まなければいけない。後は決意だけだ。誰にも負けない、負けたくない確固たる決意さえあれば、馬鹿正直に、勝手に突き動く。
何故なら自分は、『織斑千冬の弟』だから。
「よしわかった、やろう」
ヒカルノはそんな彼を、快く受け容れた。
「ヒカルノさん?」
「本人がやる気なら、我々も付き合ってやろうじゃないか。それに男の子が必死に頑張る姿は、栄養になるよ」
彼について、大体分かった。
背負うものの彩が、単なる憧れとは違う。明らかに白でない。どこか危うい、一歩間違えれば"己の破滅"すら招く黒が混じって、
(……まだ、
自覚の有無は定かでないにせよ、千冬の幻影が常に付き纏っているように見えた。悪く言えば、囚われている。呪いのように。
だが──行動理念が姉という唯一の家族に基づくのは、嫌いじゃない。輝きと、ある種のシンパシーを感じた。
「まぁ私も、影を追い掛けてるようなものだし。偉大なる篝火ステラの娘であることを世に証明したいのも事実……結構私と一夏くん相性良好では? 幻のヒカルノさんルートとかワンチャンあるのでは?」
「声出てますよ」
「キミも良い歳だし興味無い? 同級生の弟との禁断の恋とか」
「私同性愛者なんで神に誓っても無いですね」
「あら残念」
「あと四半世紀生きてる人の発想とは思えないです。キツい」
「そこまで言うか!?」
かつて
そいつら化け物と同じ土俵に立ちたいと願う
「リンダくんにも手伝ってもらうけど、最終調整の準備はいけるかい?」
「……えぇ。〖打鉄弍式〗に追加した【山嵐】と【春雨】のチェックは、もう終わってるので」
「さっすが。仕事がお早い」
「お互い様ですよ」
輪那も観念してくれた。そうと決まれば。
教室を邪魔した時と同じように、パンッ! と手を叩く。
「よしみんな! 三時間後に一夏くんの操縦訓練おっ始めるから、整備班は作業が終わり次第撤収準備!」
スタッフは急ぐよう、けれど着実に手を速める。織斑一夏のお披露目となれば、黙って見逃す訳にはいかない。その勇姿を眼中に納めたい。皆、
「……せっかくだし〖コイツ〗を使うか」
「持って来ていたんですか」
「とーぜん」
頷くヒカルノが胸から取り出したのは、〖結晶の鍵〗。それもまた、ISの待機形態だ。
「それじゃ一夏くん、ISバトルのチュートリアル……
「──はいッ──えっ」
「えっ?」
「……えっ、何かおかしいこと言っ」
「いやだって、この流れなら普通
かくして次回、〖白椿〗の初陣。
◆ 織斑一夏 : 俺は俺が俺を見たのを見たぞ
◆ 篝火ヒカルノ : 変質者
◆リンダくん :
◆〖白椿〗: なんだぁお前は? 46番目のコアから開発した謎のIS。名前の元ネタはBlu-ray特典で判明した〖白式〗の初期開発コード。要は没名。ゼンカイザー没案のハカイザーみたいなもんでしょ(適当)
なお篠ノ之束が一切開発に関わっていないため、どう足掻いても本家〖白式〗の完全劣化品。当たり前だよなぁ?
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(旧)チュートリアル / vs倉持技研・上
「──来い、〖白椿〗!」
宣言通り、三時間後。
特注の倉持製ISスーツに着替えた一夏は、第一ピット内でISを
開放されたタイム
エネルギーシールド、装甲、スキンバリアー、そして最終セーフティ『絶対防御』の四層から成り、全ての従来兵器を無効化する強度を誇る。
「最強の兵器ISは最強の兵器ISでしか対抗できない」というドラゴンタイプみたいな理論を、たった10年で世界に刻み込んだ所以だ。
微細な意図でも即、読み取れられる。
こいつはどんなISなのだろう、装備は、特徴は……と、己が翼に意識を向けたならば。瞬時に必要最低限のコンソールが出現。
全天周囲、360度を見渡せる視覚補佐の総称『ハイパーセンサー』を通して──カチリと、秒針が進む如く。まだ完全に終わっていない処理を裏に巡らせながら、量子字列が駆き上がる。
凄く、
「再確認するが、気分はどうだい?」
「問題ないです。何時でも飛べます」
「よーしなら出撃だ。カタパルトに乗りたまえ」
いよいよ〖白椿〗の脚で、出撃に踏み入る。
スキャンデータから最適な型版を呼び出し、電磁固定とオプションで脚部が完全合致した。レールガンに似た仕組みだ。
理論上、どんなにふざけた下半身をしていようと問答無用で同速の競技指定射出が可能らしい。例え接地不能なフォルムであっても。
「えっと、直近のIS戦闘記録は……約1ヶ月前の特例技能試験か。リンダくんは手強いから、良い刺激になるんじゃないかな。ひょっとしたら、セシリアちゃんとマドカちゃん攻略の糸口に──」
と、
感知、メートル先。
自分のそれと同じく、これから"敵"となるISの情報も羅列。速すぎる。
けれど、適合した今なら──ラーニングが完了してしまった今なら、全て解る。追える。
次にヒカルノが口を開くまでの、僅かな束の間で。
「その子はコアナンバー017、〖
直後、ゲートの駆動音。幕が上がる。
これから何が起こるのか。イレギュラー同士の化学変化で、何を見せてくれるのか。期待で胸を膨らませるヒカルノは、拡声器を手に取って、
『じゃ、行っておいで!』
彼と、彼のISを送り出す。
『それにしても、ほんっと怪しい女だな……てか輪那ひよりって誰?あなぜ〖打鉄弐式〗が完成してる?あ……一夏に擦り寄る女オリ主?』 |
「……えっ?」
妙な声が、また聞こえた気がした。
一方、対角線の第四ピット。
時を同じくしてISを装着し終えた輪那が、静かに佇む。数年以来の空気を、研ぎ澄まされた全身で吸い込んでいた。
「……懐かしいですね、あの頃が。ISスーツも何年振りか……」
輪那ひよりは、この学園の卒業生だ。
久々に帰ってきたのだから、何か思うところがあるのだろう。デスクが中心の現在とは真反対な、汗水垂らした毎日だった。
風と駆け抜けた青春、躍動が、微かに蘇り──
「壁にぶつかって、負けて、負け続けて。後輩の真耶さんにも、あっという間に追い抜かれて……最後は
──今となっても。
彼女にとって、それは。
「……いけない。もう昔の話なのに」
「輪那さーん、準備出来ましたよー」
名残惜しいが、余計な過去は棄却する。
どこにでもいる圧倒的多数、海中の氷山。挫折して表舞台から退場した人間の話だ、今は必要ない。直属の後輩に呼ばれた輪那も、カタパルトに移動した。
「にしても……」
背部に追加されたカスタム・ブースターに目をやる。
操縦テストのモニタリングには毎度付き合っていたので、〖本来暮桜と対となるこいつ〗の仕様は把握していた。先週まで、
案の定、許容
今回ぶち込まれたパッケージ名は、"Otherwings of Vanguard Energy Revolve Scooter"──てぇんさいなヒカルノ曰く、和名︰高速先行用超回転出力加速装置。
無駄にくどいのでそれら頭文字を取ると……
「……試作型【
「
「抜け目が無いというか……まぁ、いいでしょう」
後で色々文句を言ってやろうかと考える輪那だが、区切りをつける。両者のセッテングはこれにて完了した。
『さぁついでに出撃コールもしちゃってくれ! ガンダムのパイロットみたいに!』
「うぇっ、え、えっと……」
「……はぁ。あの人は……」
確かにそっくりな声帯を……そんなことはどうでもいい。だってそんなことを言ってしまうと、ヒカルノも他人事ではないから。収拾がつかん。
再度拡声器から出た無茶ぶりに、両脚を固定されたまま慌てふためく一夏。呆れ果てる輪那。既にカウントダウンが始まっており、繰り下がるセグメントは無論止まらない。
「……ええい、ヤケだ!」
LAUNCH、CLEAR。
システムオールグリーンの証が点灯。カタパルトから伸びた仮想投影リニアレールに、始まりを示す暖かな光彩。
射出まで残り3秒、2秒、1秒──
「お、織斑一夏、〖白椿〗──」
「輪那ひより、〖零式・星鐘〗──」
「──行きますッ!」
「──発進します」
OPEN COMBAT。実験の始まりだ。
「さてさて、互いに良い結果を見せてくれよ〜」
折り畳みの椅子へ腰掛け、脚を組む。
それでいてヒカルノは、見るからにミスマッチなピンクのふわふわうさぎスリッパを履いていた。
腐っても技術屋として手に持つのは、稼働データをリアルタイム集計するIS用タブレット……ではなく。いつの間にか購買で買ってきたスルメ。まるで映画鑑賞だ。
「……どうも、ヒカルノさん」
「んっ。やぁ簪ちゃん、髪伸びたねっ」
ひょこっと顔を出しては、恐る恐る近付く影。
その正体は4組の更識簪。専用機〖打鉄弐式〗の件で、彼女も呼ばれていた。
「これ、リンダくんから。キミ考案の新しい装備も、インストール済みだよ」
「……あ、ありがとうございます」
ヒカルノは待機形態である指輪を、簪に渡す……何故か、結婚指輪用のケースに包まれていた。
ふと顔を見ると、ツッコミを待っている。目を輝かせて。
「──あれが、〖白椿〗……」
「……そう、簪ちゃんのライバルだね。二人で切磋琢磨しながら、ISを育ててくれると嬉しいな」
しかし、おちゃらけは通用せず。
全く興味が無いと宣告するかの如く、簪は視線を外へやったのだ。輪那に負けじと冷たい。
「もう少し、ここにいていいですか?」
「もちろんさ。やっぱり一夏くんのことが気になってしょうがな」
「輪那さんが操縦しているところ、初めて見るので……」
「あっそっちかぁ……ささ、簪ちゃんも座って。これ食べる? 結構イケるよ」
「大丈夫です、煎餅派なので」
「あ、はい、分かりました……」
こうも躱されてしまうと、流石のヒカルノも泣きそうだった。
鞄から出した袋を開ける簪は、元々かなりの人見知りだ。けれど輪那を含める専属の開発チームには、懐いているらしい。家族で一人だけ愛玩動物にシカトされたような、哀れな構図である。
ヒカルノとしては簪……更識家と末永く仲良くなっておきたいのだが、今日は諦めよう。
年寄り臭い駄菓子を一気に三本頬張りつつ、試合に集中する。
……で、その隅っこで。
「中々の諜報センスだな。やはり君も、
「か、勘違いするな。私はただ、一夏の様子が気になるだけだ……」
「やれやれ。素直なのか、照れ隠しなのか……」
舐めた茶番が始まった。
あまりにも幼いその脳みそから、タラのテーマでも垂れ流しながら。
『お姉ちゃん遂行候補生』ことマドカ=ウォヴェンスポートと篠ノ之箒は、ミューゼル印の迷彩を纏いアリーナに潜入していた。一枚のデカ布を二人が被っているので、少し窮屈そうにしている。というか、足もとが四本分見えている。
「とはいえ、やはりコイツを持ってきたのは正解だった。思う存分データの蒐集ができるぞ」
とか何とか抜かしているが、こんな馬鹿げた真似をしなくとも正面から普通に「見学しに来ました」と言えば、大抵通してくれる。
授業が終わってからホイホイ誘いに乗って着いてきてしまった箒であれば、無条件に歓迎されるだろう。マドカは知らん。
「……本当に、大丈夫なのか」
「安心しろ。闇に溶け込んだこの対暗殺用
「お前ら何やってるんだ」
「!? 千冬さ──!?」
「織斑先生だ馬鹿者」
爆速のフラグ回収。
気配から実態ある虚空を掴み、布を取り上げるまでたった3秒。
振り向く時にはもう遅い。ステルス強制解除の主はご存知、織斑千冬大先生だ。
「……篝火がくだらん真似をしないか見に来たというのに、それ以上にくだらん真似をしてくれる。篠ノ之もどういう風の吹き回しだ?」
「すみません……」
「ううむ、性能が足りないか……」
「あぁ?」
「お 前 も 頭 を 下 げ ろ」
通路まで連行され、仲良く正座待機。
風通しはよく、地面が妙にひんやりする。更に千冬のお叱りもあって、余計に温度が下がったかのようだ。……一名、全く反省していないド間抜けがいるのだが。
「厳重注意が欲しいなら今くれてやっても良いが……こいつはなんだ」
「こ、これは、その」
吐瀉物に塗れた雑巾をつまむ指で、透明な布切れを靡かせる千冬。こんなクソひよっこ共に特務を出した覚えも、隠密行動を許可した覚えもない。
当然、箒は言葉を詰まらせた。千冬を納得させるだけの、それらしき理由なんてないからだ。あるのは激しい後悔だけ。
「……」
「……すみません、今すぐ帰ります……反省書も書きます……」
「……はぁ」
これではどちらが悪者か、なんて。
阿呆らしいと吐き出し、しょうもない布をご丁寧に畳み始めた。光学迷彩といっても、多少の歪みで形は分かる……そういえば現役時代、全身ステルスという
「見たければ勝手にしろ、話はつけておく。くれぐれも、倉持の迷惑は掛けるなよ」
「ちふ……お、織斑先生……!」
今日のところはまぁ、悩める一夏の幼馴染ということで。特別に、寛大に、贔屓目に、多めに見てやることにした。その両手に持つ、"用意周到な差し入れ"に免じて、だ。
もちろん次は無い。グラウンドを千周するまで、奴隷のように走ってもらう。指だこがぶっ潰れるまで、反省も書かせる。
これでめでたしと言いたいところだが、
「……ふっ、私も見物と洒落込──」
「ただしウォヴェンスポート、貴様は駄目だ」
「!?!?!?!?」
. | MlSSlON FAlLED
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うつけものだけは、つまみ出された。
◇
◇
「初歩的な操縦は大丈夫そうですね」
「まぁ、なんとか……」
夕暮れは近い。
地上に別れを告げ、対峙する二人──結晶纏う白いISと、従来の和風と掛け離れた細身のISは、互いに茜を帯びつつある。ついでにやかましいOGギャラリーが、大勢。
経験の浅さ故にやや覚束ない一夏だが、しっかり滞空出来ているだけ良しとする。レッスン1は必要無し、となれば。
「なるほど、分かりました……今から"ある攻撃"を仕掛けます。一夏くんはそれを対処してから、私のシールドを削ってみて下さい」
ここからはレッスン2だ。
最大のヒントを宣言代わりとする輪那は、素手の状態。武器をまだ、
けれど──
「では、まず──」
『避けて!!』 |
「なに──!?」
アラートの色は、"注意"から"危険信号"へ。
視界を横取りする通知画面が塗り替えられた。刹那、輪那の右腕から何かが伸びる……
武装の量子形成を視認した一夏は、また同じ『声』が聞こえると同時に──
「ッ! あ、ぢょ」
──ヤケクソ気味に、真横に加速。
「うわぁぁぁーッ!!?」
「──
咄嗟の判断だった。
故に、コントロールが効かないまま。本当にスライドしたかのように、横一直線。
各スラスターも訳の分からない方向へ噴き出し、じきに逆卍の体勢で
「ヴゥ゛ッ゛!?゛」
『ぁぁ……一夏ぁ……ごめん、制御遅れた……』 |
上スマで大乱闘の場外に叩き出された、潰れたカエルの如く。ヒカルノも簪も、その他諸々も目を覆った。
物凄く間抜けだ。画面を粉砕してAlive A Lifeでも流してあげたい。
「……大丈夫ですか?」
「う、〖打鉄〗と、全然違う……何だこりゃ……」
『とりあえず、無事、だね……それにしてもこの既視感、まるでセシリア・オルコット戦の予行演習みたい……まさか……?』 |
「……さっきから、どっから声が出てるんだ……ま、まぁ、いいや……」
へばりついた顔面を一夏は引き剥がす。
その内聴覚を犯しかねない、謎の『声』が気になるところではある。が、後にしよう。対抗手段を探るのが先決だ。
(仕切り直しだ、織斑一夏っ。"あの時"よりも、もっと強く──)
振り向き様に、唯一登録された武器を召喚する。唯一とはすなわち、それだけが頼り。それだけが、自分にとっての
無論、そこからイメージするのは──きっと生まれた時から変わることのない、"世界で一番強い英雄のビジョン"。
──よし、出来た。
「平気です、まだ、やれます!」
構えるや否や、再度警告。
発砲。
「無言!?」
輪那の位置を肉眼で追った瞬間、全く容赦無き弾丸が降り注いだ。ハイパーセンサーの座標で確認していれば、全て躱せた筈だ。
彼女は表情一つ変えず、機械的な動作でトリガーを引いている。
「クソっ!」
『あの女撃ちやったな!?』 |
無茶苦茶な軌道で、とにかく回避。
空想科学読本なら確実に真っ二つと記載されるであろう殺人的加速が、再び一夏へ襲い掛かる。
機体制御によってブラックアウトはカット。それでもなお浴びせられる強烈なGは、心地良さとは到底無縁。吐きそう。
(どこかで切り抜けないと……!)
先の接触と合わせて、ヒットポイントに相当するシールドエネルギーが170飛んだ。
当然、0になった時点でバトル終了となる。確かにこれなら、"自分から壁に突っ込んで負ける"ケースも有り得るか。
「……くしゅん!」
「山田先生も花粉症か? ほら、ティッシュ」
「すみませんカレン先生、うぅ……」
……続けよう。
シールドエネルギー最大値は競技に基づき、一律で1000。リミッターを外せばパワーボンドなんて目じゃないくらい、余裕で20000やら30000やら超えるらしい。が、今はスポーツの話。
残り830。向こうの消耗はゼロ。状況、
「ッ、──……ん?」
……すり抜けた。
言うまでもなく、実行に踏み切ったのは初。"記憶の中"の見よう見真似で、バレルロールを試みた。全盛期の姉が試合でよくやっていた、同じく弾丸を描いたようなアレがふと、浮かんだのだ。
「お?」
二転、三転。減速は無し。
網膜投影で彼方の銃口を見据えながら、目映い空色の感覚で。思うがままに動いただけ。
失敗すれば、また壁に磔の刑だ。なのに何故か、連続で成功した。……偶然にしては、手応えが確かだ。
(思った以上に、身体が覚えている……? ラーニングのお陰? いけるのか……?)
『ふぅ、セーフセーフ。今度はちゃんと、上手くやったからね』 |
「今のを避けた……ほう」
もう二発くらい、輪那は当てるつもりだった。
ド素人には見えない、ただの
「……〖白椿〗に追いつくために、
ヒカルノのドヤ
随分、その最高傑作とやらに自信があると見て取れる……故の対抗心か。
少しだけ、口元が綻ぶ。
「……乗ってあげましょうか」
輪那が加速姿勢に入った。
開発者のお望み通り、【O.V.E.R.S.】の成果を見せてやろう。基本にして、けれど"その一瞬"で形成逆転すら狙える、『初見殺し的中級技能』と同じ原理で。出力を解放。
その時一夏は、射程から外れようとほぼ加減抜きにスピードを出していた。しかし、ほんの指折り数秒で──
「!?」
「並びましたね」
『速ッ、こっちは最高速のISなのに!?』 |
向い合う至近距離、同速を維持、輪那は熟練めいた背面飛行。強化推進のお陰か、えげつない砂塵が舞う。
そしてライフルを
「避けるだけが、ISバトルではありませんよ」
撃鉄は無慈悲に。
かつて置き去りとなった歴戦の火が、止めどなく吹き荒れる。
◆ 織斑一夏 : 幻聴と戦っている
◆ 輪那ひより : 必要以上になんか設定が膨れ上がった女。こいつのせいで文字数がめっちゃ増えた。リメイク前のヒカルノに代わり一夏くんとIS、しよう!
◆ 『声』 : リンダくん輪那をいきなり女オリ主扱いするヤバいテキスト。かなりうるさい
◆ マドカ=ウォヴェンスポート : 帰った
◆ O.V.E.R.S. : Output. Variable. Energy. Reverse. System.(大嘘)。VOBの著作権侵害。一夏の死因
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(旧)チュートリアル / vs倉持技研・下
これでモチベーションアップだ! OK, Let's GO!
4月!?!?
【挿絵表示】
「あ、あの」
「……来ると思っていたよ、篠ノ之箒ちゃん。見逃せないよね」
挨拶というか謝罪というか。
誠心誠意を以て、ピットまで顔を出した箒。ここまで来たなら一夏を出迎えてやろうと意気込んでいたが、正直、気まずい。
けれど安心して欲しい。どのような形であれ、ヒカルノは元々予期していた。「うちのネズミが紛れ込んだ」という千冬の、辛辣なお小言が来る前から。
「あ、お隣にいるのは更識簪ちゃんね。四組の日本代表候補生。めちゃ強だよ? 自慢の子です」
ぺこりと一礼する簪は、おにぎりの形をした煎餅を咥えたままだ。……煎餅?
凝視していると、勘違いしたのか。小動物のようにもぞもぞし始めて、袋から一枚取り出す。
「……食べる?」
「……い、いや……」
「そう……」
「じゃあ私のは!」
「……大丈夫です、篝火博士」
「ですよね」
だって、卑しさと図太さと厚かましさの極みであろう。箒は苦笑を混じえ、遠慮で通した。
なら仕方ない。残りを胃の中へ片付けようとする二人だが……
「そういやキミ、一夏くんのこと大好きなんだって? 朝からお熱い視線を送ってたし」
「へっ!?」
「……なるほど。つまり"それ"が、愛妻弁当……」
「ちが、こ、これはっ!」
……気が変わった。箸休めに茶化してやる。
事実を陳列された箒は、瞬間湯沸かし器か。顔面が真っ赤だ、湯気まで出てる。
表情の変化があまりにも分かりやすいので、ババ抜きをやらせたら面白いかもしれない。多分、めちゃくちゃ弱い。
「うんうん、良き青春をってカンジだね……!」
「……グッドラック」
「うぅ……」
トドメと言わんばかりに、サムズアップをシンクロさせた。凄く他人事っぽい割に、簪のノリが良い。
羞恥で体温が上がりっぱなしの箒は目を逸らす。手に持つ差し入れが加熱され、水筒の中身も生温かいスープと化しそうだ。
「まぁ、からかうのはココまでにしておこう。っと、リンダくん仕掛けたね」
「……【O.V.E.R.S.】って、キャノンボール・ファスト用に?」
「それはあくまで通過点さ。てぇんっさい科学者が掲げる最終目標はズバリ超天。宇宙間の超長距離ジャンプこと──」
束の間で試合が動く中、茜い空へ馳せるヒカルノの指先。一同は見上げる。
別界の領域、つまり『
「理論上極限とされる『
ここに居る者は皆、夢の途中。
◇
◇
「ぐ、ぉおおおっ!?」
目まぐるしき殺戮音と薬莢火花を排出した、強烈の極致たる弾幕。
慣性制御機構PICによって反動は相殺、増設された翼も地面に擦れることなく。消えた秀才、元日本代表候補生として──輪那は一夏を、着実に上へ上へと仰け反らせる。
「──……さて」
6秒。
目潰しと化したマズルフラッシュ共々、鉛の雨が止まった。合計300もの弾丸を撃ち尽くした。
全弾ブッ放して全弾命中など、普通の試合ならまずあり得ない。仮に「この距離ならバリアは張れないな」と言わんばかりに通してしまえば、四層の障壁は跡形も無くなるだろう。戦闘機から流用された【アヴェンジャー】や【クアッド・ファランクス】等が代表例か。
対IS仕様に製造されているということは、当然そうなってしまうことを意味する。
「……ッ、危ねぇ……!」
「ちゃんと防ぎましたか」
未だ無傷のまま、被弾率を確認。
ヒカルノの傑作が風穴だらけになるのもどうかと思ったが、武装耐久からして張り合いの心配は無用だ。正直ほっとした。
回避不能な場合の対処として、一夏の行動は模範的解答。そう、"物理的に防ぐ"。搭載された得物で防御すれば、その分本体へのダメージにカウントされない。
どうやら、シールドエネルギーの消耗は最小限に留めたようだ。
「傷一つ付いていない……凄いな、これが【雪片】……見た目は違うけど、
『伊達に名乗ってないよ。このくらいは余裕。そのまま突っ切って、あの女を斬り捨てることすら造作もない業物だからねっ』 |
掴む右手に、鼓動らしき力の奔流を感じた。
装甲に散りばめられたものと同じ物質が、刃を象っている。護拳を添えた柄から伸びた刀身は、日本刀に酷似したフォルムであった。それが真っ二つに割れ……否、変形か。漏出したタイム粒子が結晶化し、覆う形で巨大な刃を形成。
「で、アレは何です?」
『"
「うわだっさ倉持抜けますね」
『なんだとぉ!?』
「……他に何を混ぜようとしたんですか。ガンブレードとか、不穏な文字が見えたんですけど」
『当初の予定だとえーっと……アサルトライフルの【
「つまり失敗したと」
『──エールカラミティのアレみたいに砲身を柄にすればいける! と踏んだんだよ。でもジャムって木っ端微塵に爆裂しちゃった、テヘペロ。良い線行ってた気がするんだけど、どう思う?』
「テスターに逆立ちで
『……どうしてそんなロマンが無いこと言うのリンダく』
「
その銘は【
約六年もの間、織斑千冬の手によって──各国代表を片っ端から
ただしヒカルノの手腕で、倉持がリリースした歴代武装をデタラメに詰め込もうとした
『まぁ、あの女の言うことも一理あるね。【雪片】の良さを全て台無しにしようとしてたんだから。所詮 |
「? ???」
永遠にやかましい幻聴と自分を置いてけぼりにした開発者トークで、頭上にクエスチョンマークを浮かべることしかできない一夏。
「……失礼。続けましょうか」
ということで早速、輪那は
ISバトルの駆け引きは、1秒未満の世界。
銃であれば弾切れ、換装、或いは射撃そのもの。一つ一つの挙動には、必ず隙が生じる。けれど可能な限り打ち消す方法もある。今、輪那が行った『第二の中級技能』がそれだ。
「接近戦……ッ!」
「ビーム・チャクラム【テンペル・スウィフト】……らしいです。普通のブレードが見当たらなかったので、代用ですが悪しからず」
『えぇ……』 |
実に、十一話振りのキンキンキンキンキンキンキンキン──以下省略。
妙なフォルムをした扱いづらそうな武器の説明を、ご丁寧な連撃と同時に受ける。一切感情の篭っていない刃捌きだが、防ぐのに手一杯だ。説明だって大人しく聞いてられない。
「さぁ、反撃をどうぞ。ご待望の剣です」
「そ、それって、ッ、剣……い、いや、負けるかぁ……ッ!!」
一旦、元の
間合いといい、刃の重みといい、生身で真剣を握った時と似ている。幼少から剣道をやってきた身としては、これが一番しっくりくる。よく馴染む。後は己の剣技を、重ねるのみ。
複合コーティングが施された切っ先で、一夏は競り合いに順応していた。互いに紫電を交え、斬響を打ち鳴らすほどに。
「動きが良くなってきましたね、その調子」
戦闘中の輪那は無表情だ。
人形のような瞳に、光を映すことも決して無い。故にこの状況で褒められても、嬉しさより恐怖の方が勝る。
気圧されて、思わず返しの一太刀がブレた。
「惜しい」
「しまっ、ッ!」
手元のシルエットがまた変わった、嫌な予感がした──的中。今度は大斧、しかもジェットエンジンをくっ付けた巨影が、一夏を飲み込む。
反射的に身構えるが、武器が細身の状態では到底、受け切れない。
「
これが"一瞬"。
変形の猶予すら与えず点火した。目標激突地点は背後の壁。
約40度の降下を以って、押し通す形で一夏を連れ去る。【O.V.E.R.S.】との二重推進で発生する脅威的速度と衝撃で磔にされては、抵抗も、術も。
「がッ──!?」
「一夏ぁっ!!」
「こっちの方が素直ですね」
通り過ぎた箒の悲鳴。叩き付けられたのは2秒後。
大気を揺るがす破砕で亀裂が入り、景色が崩れ落ちるのと同じ所用時間だ。
「……悪く思わないでくださいね。これから一夏くんが出会うであろう多種多様の相手を想定した……デモンストレーションも兼ねてますから」
皮肉なことに。先程まで遠かった背後にめり込んでいても、ハイパーセンサーでよく聞こえる。
確かにこれは効果的な、けれどトラウマになりかねないスパルタンご指導である。軍隊式ブートキャンプを真似たのだろうか。
『加減』という概念が空気に溶け込むことすら許可されない、鬼のチュートリアルだ。
残りシールドエネルギー、三割。ハイパーセンサーを赤く染め上げた警告文で、心拍が極まる。
壁については心配ない。損傷すれば自動修復を始めると、待機中に教わった。いくらぶっ壊しても、殆どは試合中で元戻りになるらしい。
けれどISは違う。次に同じ攻撃を受ければ、即試合終了だ。
『いや、強過ぎだろあの女……山田真耶よりヤバいんじゃないの?』 |
「……いや、
さっきから誰かは知らないが。
自分にまとわりつく、幻聴と信じたい『声』に答えてやる。
「……はぁ、っ……」
積み上げられた瓦礫を払い除け、呼吸。
少しだけ︎︎"動き"が見えてきた。今ならいけるかも知れない。やれる。これは三度目だ。
ヒカルノが指す直近……二度目にISを起動した、あの日をもう一度思い出せ。悉くが分からないまま、試験担当『山田真耶』に滅多打ちにされたあの日を。
(……ほんと、酷かったけど)
以前、というか昨日。
レイン・ミューゼルは尊敬と畏怖の念を込めて、山田先生を"伝説"と称していた。
他の新入生徒は「まさか」と思うかもしれないが、一夏なら間違いなく、首を縦に振る。
──試合時間、29分46秒。
──シールドエネルギー差、990。
普段の彼女は真面目で優しい教師見習い。
しかし、一度銃を握ってしまうと……比類なき精密さでド太い弾丸をお見舞してくれる戦闘狂に大変身してしまうことを、一夏は知っている。
競技者としての本性──『
(それを今まで忘れていた……違う、目を背けていたんだよな)
もちろん理由はある。単純な理由だ。
千冬から継承した本気の剣技が、一切通用しなかったのだ。しかも、地上近接戦。
『……うそ』 |
『声』には記憶も筒抜けなのか。
いよいよ頭の検査を申し出たいところだが、確かに嘘であって欲しかった……自惚れていたのだろうか。
とにかく、自分史上最低最悪の結果に終わったことを、一夏は思い出したくなかった。多分、永遠にガチ凹みするから。
そりゃそうだ。気付けば視界が270度になって、プライドごと八つ裂きにされてしまったのだから。
──けれど、今日という日を以て。
全ての現実逃避は、結末を迎えた。
「……
己に言い聞かせる。決意を抱け、織斑一夏。
きっと二割も使いこなせていないであろうこの【雪片】に。『最強』でなければならない、この
「……輪那さん」
「?」
「俺は今から、出せる"全て"を出し切ります」
「……顔付きと
それが例え、格好悪い始末でも。
幾多の期待が込められた剣は激しく重い。だが、それでも。引き抜くしかない。誰かに強制されるわけでもなく、自らの意志で引き抜けばきっと。
「もし聞こえるなら……踏み出す力を貸してくれ、〖白椿〗」
『もちのろんっ!あさっきからずっと手助けしてるけど!』 |
身に纏う相棒も、応えてくれた気がした。
だから始める。
地位も、立場も、遺伝子も、力も、責任も覚悟も、全部ひっくるめて。相応しき人間になるための最適の最短、『最強の猿真似』を。
「その構えは……」
察しの通り、
六年前と三年前、そして今も変わらない……全ての憧れたる栄光を、脳裏に描いた。
一本の蝋燭から己の五臓六腑へと。炎が移り、行き渡るように。あの記憶、あの光景のままに、全身へと出力する。
名だたる強者を薙ぎ払った、雄々しき姿。
人々に夢を与えた、恐ろしき不敗の姿。
幼き自分の瞳に、輝きを灯した絶対の姿。
そう、確か──
そのひと振りだけで、ありとあらゆる可能性を滅ぼした。
「……なんだ、あれは……」
「ほぉ……千冬そっくりだ。にしても」
箒とヒカルノは、彼の異常を決定付けた。簪は煎餅をぼりぼり食ってる。
天賦を歪めた潜在の願望、虚の投影。
幻影を重ね、否。真に取り憑かせたその瞬間。
彼の虹彩は『灰』に干からびていた。
そして。
逆手持ちに左を添え、腰を落とし。眼と同じ『灰』に変わった、結晶刀身を以て。
居合の如き抜き放つ決殺は──篠ノ之流。
「 ────
刹那、斬響。
怪物宿しが、翼を爆裂させ──"見えない"。
『……えっ?』 |
「──おっと。
何故、素人の彼が
目の当たりにすれば皆揃えるであろう、ありきたりな疑問を。一陣烈風の音が、衝撃が掻き消す。
呆気に取られた彼女の耳元を、切り裂かれた空間の悲鳴が穿った。
『今何が起きた???』 |
「……えっ、いやいや、『
「………………」
「あぁ、簪ちゃんフリーズした」
「……じゃない」
「ん?」
「今のは、
究極の妖刀を模倣した、究極の自己暗示。
両者共に、加速した瞬間の出来事だった。
『その、さ。ちょこっと、ほんのちょこ〜っとだけ、手助けしたよ?あでもあそこまでやれとは言ってないよ!?』 |
結論を述べる。
輪那の得物と片翼を、一夏のひと振りが──違う。最早、一夏のひと振りとは呼べない残心が粉砕した。
「……『零落白夜』なら、ほぼアウト。おまけに
たった一撃で四割の装甲、六割のエネルギーを消し飛ばされた。レッド・アラートも一つから二つに。
しかも、一夏のソレより深刻な状態を意味している。著しいダメージレベル超過による操縦者保護機能は、障壁の第四層。
通常はあるまじき、『絶対防御』が発動した。
「……まぁ、アレだね。スピードに関しては流石は私、天才。と言いたいところだが……
どこか含みのある表情で、最後のスルメを噛むヒカルノ。しかし誰も反応しない。結構シリアスな顔で決めたのに。
仕方がないので、心配そうに一夏を見つめる箒の肩をポンと叩いてやる。
「大丈夫さ、彼なら。メイクデビューは始まったばかりだろ?」
「……はい」
さて。
【O.V.E.R.S.】の強化推進を容易く捩じ伏せた、〖白椿〗単体の最高速。けれど目を見張る本題は、それを駆る中身の方だ。
気休めで「大丈夫」と言ってしまったが、正直なところ……「何者だ、彼は一体」。
そもそも、"織斑"自体が一体何なのだ。なんて疑問符を浮かべる方が正しいのか──
「……ですが、まだバトルは」
──そうだ、まだ終わってない。
健在の左腕から【ラヴ&ジョイ】を呼び出し、銃口を一夏へ向ける輪那の姿が見えた。
同じくして、その瞬間を止める術は無く。幾点のバースト音が響いた
最後の一撃は当然、輪那だ。
残心から背を向けたままの彼に
不穏な要素が残るものの、稼働テストを兼ねた模擬戦はこれにて終了……なのだが。
「一夏くん?」
既に武装を解除した輪那が駆け寄る。しかし、一切の応答がない。
一夏はその場から、一歩も動かないまま。
「試合は終わったので、展開を解除しても……あっ」
顔を覗き込んで、ようやく理解した。察した。
直後、〖白椿〗の全装甲が独りでに霧散する。握り締めた【雪片】も。
パワードスーツの消滅によって、宙に浮いてから重量に従い落下。地に倒れた一夏は、今日はもう
「……すみません。たすけて、ください」
先程の反動で、一日に消耗する以上の体力を使い果たしたから。
陳列された魚のように見開いた目で、顔面蒼白。汗も尋常じゃない。
「一夏ぁ〜ッ!!!」
「うわ、早っ」
そんな彼の幼馴染は、なんとピットから飛び降りて。とんでもない速さで走って来た。
「どうしてこんな無茶を……!!」
「……とりあえず、運びましょうか」
彼の身に起きた現象は後に、誰かが名付けるだろう。例えば帰った奴とか。
身の丈と、蓄積されるべき経験を度外視して。持てる全ての力と引き換えに、「一撃だけ織斑千冬を完全にトレースする」。それが、織斑一夏が辿り着いた、一つの
「簪ちゃん」
「……担架と救急箱、ですよね。念のため」
「正解。悪いけどよろしくぅ! ……これはちょっと、長〜いお話コースかなぁ。だよね、
「……ここでは織斑先生と呼べ。何度も言わせるな」
簪は人一倍、気配に敏感だ。故に建前を読ませた。
彼女を一夏たちのもとへ向かわせ……残るは背後に現れたご本人。
「お母様が生きてたら……いや、いいか。こういうの、
「奇遇だ、私も同じことを考えていた」
いつしか待ち望んでいた、「遥か彼方」との真っ当なご対面。
学生だったあの日は、届きすらしなかったが……こんな形で。今日、叶ってしまった。
Q. エタった日数の範囲っていうのはどれくらいなの?
A. 110弱日でしょうねぇ。✕
A. 114日。
というわけで久々の初投稿になります。
もう(新年が)始まってる!
今年は2022年すなわち原作開始年、IS年です。
あと5年くらいはIS擦れるな!!
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