どうして俺が鬱ゲー世界にTS転生して幼馴染ポジションになってるんですか? (雪谷探花)
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第一章
1-1


「おはよう。うんうん、初々しいねえ」

「からかうなよ。……おはよう」

 

 俺はどこにでもいる平凡な女子高生、新道(しんどう)つかさ(TS転生原作知識ありチート持ち巨乳美少女)。

 『トワイライト・ライン』の世界ですくすく育った。

 今俺にからかわれたのが原作主人公、葦野孝也(あしのたかや)

 どうクリアしても世界をバッドエンドに突入させるイカれた奴だ。

 こうしてるとそんな事しそうにないのにな。

 

「あ。ほら、ネクタイ曲がってるよ?」

「お、おい!」

 

 遠慮なく近づいてやる。

 ネクタイは別に曲がっていなかったがこれは確認のため。

 こんな風に慌てるならまだ大丈夫、なはずだ。

 

 転生したのがこの世界だったと気付いた時、俺は随分と泣き叫んだ。

 赤ん坊だったからあやされただけで済んだが。

 きっかけはニュースだった。

 『トワイライト・ライン』『ラキュター』『プリテーション』といった特徴的な言葉と、『フェイス』と呼ばれる脅威が存在するという事実が俺に確信させた。

 絶望のあまりぐったりして、心配した母に病院に連れていかれたりしたものだ。

 何やら湧いてきたチートで精神を安定させなければそのままどうにかなっていたかもしれない。

 癒し効果もあるチートで気楽に生きられるようになった俺は、一種の諦めの境地に達していた。

 俺にはどうやら戦闘能力が皆無なようだったし、戦える事、さらに活躍できる事にリスクが発生する世界でもある。

 だったら精々慎ましく人生エンジョイして、やばくなったらさっさと人生からおさらばする準備だけして生きよう。

 そんな達観した幼女をしてた俺の前に現れたのがこいつ、孝也だ。

 同姓同名の可能性はもちろんあった。しかし黒髪と印象に残る金色の瞳が同じだった。髪や瞳が色々カラフルな世界だが、いや、だからこそ黒髪金目で名前まで同じというのは出来すぎてると思った。

 さらに出身地まで設定と同じ東京。

 俺はこいつが主人公だと思うことにした。

 

 前世で攻略情報を漁っていた時、一つのネタを見た事があった。

 明かされている主人公の設定は少ない。プロフィールと『高校の入学式で能力に覚醒し、暴走した』というもの。

 これ自体は主人公が戦いに身を投じる事になる理由付けに過ぎない。

 しかし、どう考えても性格の悪い製作者がわざわざ設定した『暴走』。

 これはバッドエンド確定フラグがたったというのをいやらしく見せつけてるのではないか、というのが趣旨だ。

 真実ならば開始時点ですでに手遅れだと突きつけるだけの悪趣味なネタ。

 前世の俺は、まあそんな事もあるかもなと流した。

 今の俺はそれに希望を見出した。

 エンディング後の世界は悲惨だ。

 家族やみんなが酷い目に遭うなんて嫌に決まってる。平和なんて大好きだ。

 それに絶望の未来を知りながら生きるのも辛い。

 いくらチートを常時発動して精神を落ち着け続けていても、ネガティブな感情が浮かばないわけではなかった。

 せっかくのチャンス。思い切ってチャレンジしてやろう。

 とはいえ、入学式の前に何か予兆があるかもしれない。

 だから俺は、とりあえず孝也を監視する事にした。

 何かあったらすぐにわかるように。

 反応を見るためにまとわりついたり、色んな所に連れ回したりもした。正直鬱陶しかったと思う。

 しかしストレス的なものは俺のチートで緩和させられるし、リラックスさせて心も解きほぐせる。俺の全力のお願いは百発百中だ。悪いがこちらも未来がかかっていたんでな、遠慮なく行かせてもらった。

 その結果は、今日まで大した変化なし。

 強いて言えば、胸に視線が向かう事が多くなった程度だろうか。

 まあこいつも思春期だし、俺も大きく育った。仕方ないという事で許してやってる。

 

 原作の孝也はなんというか、人間味が薄い部分がある。

 その上内心は一切明かされない。だから何を考えているかわからない。

 作中でも指摘されるぐらい空気が読めない事がある。

 喜怒哀楽やリアクションも自然に湧き出たものというより、その場に応じて作って見せているようだった。

 言動を選択肢で決定するというゲームの性質から生まれた感想なのかもしれない。

 けど、それでも俺が知ってきた孝也と原作の孝也は別人にしか思えない。

 

 だから今日の入学式がきっと勝負になるはずだ。

 そして賭けに勝った暁には、あいつは原作と違う展開を歩む事になるだろう。

 それがどういう未来に繋がるかは知る由もないが、少なくとも俺はやるだけやったという達成感と、未来は未確定という当たり前を手にして生きる事ができる。

 孝也はまあ、色々大変だと思うが、美人や良い奴がいっぱいいる所だ、エンジョイしてくれ。

 俺はハッピーエンドを祈りながら日常を過ごさせてもらう。

 元々原作にいない存在。問題もないだろ。

 俺の身体能力もチートも過酷な戦いにとてもついていけない。置いて行ってくれ。

 

 今日、具体的に何が起きるかは一切わからない。

 予兆もなかったし。

 だからどうしても行き当たりばったりの形になる。

 けど俺のチートで何とかできるはずだ。

 まあ即死しなきゃどうにかなるだろ。大丈夫大丈夫!

 

 

*

 

 

 つかさが僕をじっとのぞき込んでいる。

 彼女は昔からたまにこうする。

 普段だったら慣れたものだから、胸が高鳴る程度で済む。

 でも、この距離はまずい。

 吐息を感じそうな近さ。

 もし、もし抱き寄せたなら、そのままキ、唇が触れてしまうかもしれない。

 なめらかな唇。透き通るような肌。キラキラと輝く目。柔らかな雰囲気を作り出す顔立ち。

 鼻孔をくすぐる匂い。シャンプーだろうか。ボディーソープかもしれない。

 やばい。生唾を飲み込んでしまった。

 はっきり言ってつかさは美少女だ。

 一目惚れしてから小学生、中学生とずっと一緒だけど、ずっと美少女だった。

 これから先もずっと美がつく表現をされるだろう。

 いつも幸せそうで、楽しそうで、怒ったところなんて見たことがない。叱られた事はある。困ったような顔をして。それを見ると僕はもう二度としないという気持ちと、もっと困らせたいという気持ちがせめぎ合ってちょっと大変な事になる。

 

「あ、ごめんごめん。はいオッケー。じゃあ行こっか」

 

 胸元を軽く叩かれた。

 つかさが離れ、歩き出す。

 

「ああ……。悪いな」

 

 もう手遅れだろうがカッコつけて礼を言う。

 つかさはニコリとするだけだった。

 彼女は色々と世話を焼いてくる。ベタベタしてくるわけじゃないが。してくれても全然いいのだが。

 色んな理由で一緒にいて、一緒に過ごした。

 勉強をしたり、買い物に行ったり、遊びにも行く。僕の判定では反論を即却下するレベルで完全にデートだ。

 つかさにとって僕が何なのかはわからない。いや、わからないは嘘だ。物凄い期待してる感情がある。

 もしかしたら、つかさも僕を好きなんじゃないか。

 何とも思ってない奴とここまでずっといるなんてしないだろう。少なくとも僕に理由は思い当たらない。

 告白しようと何度思ったかわからない。

 つかさは当然のようにモテる。何度も告白されてきている。

 その度に、言いようのない焦りと後悔が生まれる。

 だけどつかさは、全部断った。

 漏れ聞いた返答は、ごめんなさい、お受けできません、今はそんな気持ちになれません。で統一されていた。

 好きな人がいるかという質問には一切答えないらしい。

 仲の良い女友達なら知っているのかもしれない。でも僕の耳に入る事はなかった。

 告白を先延ばしにしている理由はシンプルだ。

 今のつかさは恋愛をするつもりがないんじゃないかという予想を振り切れない。例え保留でも一度断られたら僕は木っ端微塵になる。今の関係も壊してしまうだろう。

 そして、惰眠を貪る勇気は都合の良い未来を夢見ている。

 つかさが僕を好きなら、向こうから告白してくるかもしれない、待っていればいい。今は耐える時だと。

 でもそれじゃあダメだってわかってる。

 勇気を叩き起こして踏み出そう。今の関係から一歩。そうしたらどうなるか。わかる。わかるが、いや、今となりにつかさがいる状態ではっきりわかるのは危険だ。歩けなくなるかもしれない。

 高校生活が凄まじい青春になる事は確かだ。

 今日だ、今日告白しよう。絶対にしよう。

 入学式が終わったら、一緒に帰る。

 その時に。

 

 

*

 

 

 血が飛び散る。

 大きな音が響く。

 悲鳴がいくつも上がる。

 生徒たちが逃げ惑う。

 警察をと教師が叫び、『インター』をと別の教師が叫ぶ。

 例年通りだった入学式は恐慌に落ちた。

 

 取り残されたのは立ち尽くす葦野孝也と、血まみれで倒れている新道つかさだけだった。



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1-2

 わかる。

 これらの情報がわかる。

 しかし価値のない情報ばかりだ。

 力があるのはあれだけか。

 反応は微少だ。

 偽装の可能性がある。

 力を試しておきたい。

 これらを踏み越えて行くのは問題になるはずだ。

 隙間を通っていく。

 

「えっ」

「なに、ちょっと」

「葦野……? 何してんだ?」

 

 価値のない音声情報が増えてきた。

 それは気付いたようだ。

 立ち上がり近づいてくる。

 弱いままだ。

 力を隠す型ではないのか。

 これらは攻撃によって殺すと活動を制限してきたり攻撃対象にする。

 今がこれの上限だと仮定して死なない程度に加減が必要だろう。

 これの腹部に腕を突き刺す。

 攻撃行動への反応は見られない。

 肉体の抵抗はなく容易に貫通する。

 脆い。

 これはなんだ。判断できない。

 生命活動は維持しているようだ。

 これに掴まれた。

 腹部というのは突き刺すと掴みかかられるものなのか。

 痛みというものがあれば、これらは苦しみや恐れといった表情をするはずだ。

 これは穏やかといった表情をしている。

 情報の間違いか。

 穏やかといった表情のこれらに対しては微笑みでいれば良いはずだ。実行する。

 困惑といった表情だ。

 違うようだ。表情に関する情報が不足している。一旦中断する。

 力を流し込まれているな。知らない形だ。こういうものもあるのか。

 確認が必要だ。

 これとは一旦距離を取る必要がある。蹴り飛ばしておく。

 加減はこれぐらいでいいようだ。

 砕け散らずに椅子という物に当たりながら転がっていく。

 情報が大幅に増えた。

 悲鳴や逃走によるものだ。無視する。

 異常がある。

 意識が鈍化していく。いや活性だ。

 あれの力か。新しい。欲しいな。なるほど、あれはつかさだ。なんであんな所で倒れて? なんでこんな騒がしいんだ? 僕の手に、これは血? わからない。つかさが血まみれだ。うるさいな。なんで一人一人はっきり聞こえるんだ。僕がやった? つかさを? わからない。するわけないだろう。でも手についてるのはつかさの血だ。なんでわかるんだ?

 静かになってきた。みんな出ていったのか。僕から逃げたみたいだ。みんながそう言ってる。

 

「孝也……」

「つかさ!」

 

 つかさ。よかった……。わかってた生きてるって。

 辛そうだ。いいのか? 僕が近づいて。外で五十嵐が僕がつかさを殺そうとしてるって言ってる。誰だ五十嵐って。

 つかさが起き上がろうとしている。

 僕は動けない。どうすればいいかわからない。

 ふらふらとしている。息も荒い。

 一歩一歩近づいてくる。血は、もう出てないようだ。

 やっぱり僕だ。僕がつかさを傷つけた。

 なんでかはわからない。記憶がない。でも間違いないだろう。

 そうとしか思えない。

 じゃあダメだ。また記憶が飛んで同じような事をしてしまうのかもしれない。

 後ずさる。

 

「孝也。大丈夫……大丈夫だよ」

 

 動けなくなる。つかさは、つかさはどこまでも追ってきそうだ。あんなに優しい顔で。あんなに辛そうなのに。僕が逃げたらずっと辛いままだ。

 怖い。近づけない。遠ざかれない。固まったままの僕をよそに、つかさはもう目の前まで来ている。

 そして、僕を抱きしめた。

 つかさの体温を感じる。その温かさが、恐れを解きほぐしていくようだった。

 

「ほら。大丈夫でしょ……?」

「ああ……そうだな……」

 

 混み上がった安堵に思わず抱きしめると、つかさの体がきしみ悲鳴が上がる。ダメだ。僕の体はもう、変わりきってしまっている。

 

「ごめん。僕はやっぱり……」

「ううん。孝也はもう大丈夫。そんな顔できるんだから。それに、少し力が強くなっただけじゃない」

「つかさ……」

「力なんてずっと前から孝也の方が強いでしょ? だから、大丈夫。何も変わらないよ」

「でも……いや、そうだな。ありがとう、つかさ」

「いいよ、これぐらい。だから、今だけは私を離さないで」

 

 できるだけゆっくりとつかさを抱きしめる。

 つかさの体をぎゅっと自分に押し付ける。

 きしみも悲鳴も上がらない。

 あんな事をしてしまったのに。つかさは優しいままだ。

 それなのに僕は涙さえ流れない。苦しみも悲しみも怒りもめちゃくちゃに湧き上がっているのに。心はどんどん穏やかになっていく。そんな感情はどんどん消えていく。

 怖い。自分で自分が。

 つかさは大丈夫って言ってくれたけど、やっぱり僕は、おかしいままだ。

 

 

*

 

 

 もう大丈夫か? 大丈夫だな?

 あぶねえあぶねえ。ギリギリすぎたわ。

 咄嗟に回復と痛みの緩和に全力出してなかったら意識持ってかれてたな。

 殺すつもりじゃなさそうだったのが救いだ。

 

 わざわざ俺を狙った理由がはっきりしないのは気がかりだが。

 知り合いだからか? それなら同じ中学の奴が同じクラスにいたはずだ。そっちと迷ったっていい。いや、標的を確定してから動いたならまっすぐ来てもおかしくはないか。

 それ以外だと、チートを感知されたのか?

 クソ、俺のチートがどう分類されるかわからないからどうにも判断できねえ。

 『プリテーション』感知に引っかかったならまだいいが……。

 ああダメだ情報がなさすぎて考えても埒が明かない。今更どうしようもない部分だ、後回しにしよう。

 

 今はそんな事よりできるだけ孝也を癒してやらないとな。

 ひどい顔だったからな……。幼馴染の腹ぶっ刺して蹴り飛ばしたんだ。喧嘩なんかしたことない奴だし、なんだかんだ優しい奴だ。自我を取り戻してからの衝撃も大きかっただろう。

 もうじき『インター』が来るはずだ。それまではこのままでいてやろう。

 状況としては典型的な覚醒時の騒動。処理もその方向でされるはず。少々腹をぶち抜かれたが回復したし、死傷者なしという結果は上々だ。法的な配慮があっても、周りからの扱いや、何より本人の心境も全然違うだろうからな。

 

 これからの事は考えなくちゃならない。

 ゲームと現実の孝也の違いの理由がわかった。

 確定バッドエンドの理由もだ。

 代わりに当てが外れた。

 どでかい収穫もあった。

 そのせいで俺も何とかして『インター』に入らなくちゃならなくなったが。

 

 クソ製作者め……。

 『暴走』じゃねえじゃねえか!



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1-3

 『インター』に保護された俺たちは別々に移送される事になった。一応被害者と加害者の関係だしな。俺は気にしないし大丈夫と言ったが、俺以外の全員が反対したので別にごり押すようなもんでもないから受け入れた。

 着いた先では検査と面談だ。あらかじめ『プリテーション』に目覚めたと申告しておいたので、順調にいけば俺も明日には『ラキュター』認定される。

 順調になんて行くわけないんだが。

 ラキュターの特徴として、身体能力の異常強化と固有能力『プリテーション』の発現がある。

 ちなみにこのプリテーション、使うと光る。

 だから超強くて特別な力持ってて使うと光れば問答無用でラキュターだ。

 ところが俺はこのうちの二つがない。

 身体能力は一般人だ。運動は得意な方だが、あっさり世界記録の半分以下のタイム叩き出す速さで走れたりしない。

 光りもしない。でないと常時発動してる俺は常に光り輝く女の子になるからな。

 さらにプリテーション扱いされる予定の俺のチートもかなり異質だ。いくつかできる事を明かしたが、どれも非常識な物だ。

 まとめると、俺はラキュターっぽさが一切なくてプリテーションっぽくない何か変な能力持ってる子だ。おかしすぎるな。対応を協議したくなる。

 だから詳しい話はまた後日として一旦家に帰されるのもおかしな話ではなかった。

 

「つかさちゃん!」

 

 インターの職員に送り届けてもらった俺を待ち受けていたのは母さんからの抱擁だった。

 玄関で不安そうにしていたからこうなるのはわかっていた。

 

「ただいま、お母さん。心配かけてごめんね」

「どこか痛い所はないの?」

「大丈夫。大丈夫だよ」

「そう……よかった……本当に……本当に無事でよかった……」

 

 俺にしてやれる事は抱きしめ返す事と、思い切り癒してあげることぐらいだ。

 

「つかさ」

「お父さん……」

 

 父さんが心配そうに頭をなでる。

 

「おかえり、つかさ。体は、体に……いや、安心した」

「うん。ただいま」

 

 父さんは頷くと職員の方へ行き話し始めた。

 

「でも不思議ね、つかさちゃんを見たら心配なんて吹き飛んじゃった」

「そうだね。私もお母さんを見たらほっとしちゃった」

 

 笑い合った母さんの目は赤かった。泣いていたのだろう。

 

「ごめんね。制服、ボロボロになっちゃった」

「いいのよ制服なんて。あなたが無事でさえいれば」

「……ごめんね」

「つかさちゃん?」

 

 ごめんな。俺はこれからもっとボロボロになりに行く。そばにはいられないから心労はかけっぱなしになるだろう。でもやる。

 

 『暴走』は覚醒したばかりのラキュターがプリテーションを強制発動してしまう事で起きる様々な騒動の事だ。

 『トワイライト・ライン』でラキュターは大まかに戦闘、支援、分析の3タイプに分類されていた。

 

 戦闘タイプは一番物理的な被害が出やすい。

 『フェイス』という、一体で町一つ平気で壊滅させるような化け物相手に対等以上に渡り合うタイプだ。プリテーションも兵器並みと言って良い。ゲームでは周囲一帯を吹き飛ばしてしまったキャラも登場した。

 

 支援タイプはわかりづらい。

 主に周囲に影響を与える能力を持つタイプだが、対象にできるのはラキュターかフェイスのみとされる。そのため幸いな事に被害は出づらい。このタイプは定期的な調査や自己申告、覚醒したと同時に異常強化される身体能力や発光現象等々で発見される形になる。

 

 分析タイプはパニックを起こす。

 このタイプは周囲の情報を収集し、解析する事ができる。全開放で実行した場合、取捨選択すらできずに周囲の情報がまとめて頭に流れ込む事になる。そのせいでパニックを起こし、強化された身体能力で暴れてしまうというのがよくあるパターンらしい。

 

 ゲームで孝也は分析タイプに目覚めたとされていた。

 だから俺はパニックを鎮めてやれば場をおさめられると思った。きっと暴れた時にしでかした事が心の傷になってバッドエンドに繋がるんだろうと考えていた。

 だが、あの時の孝也はとてもパニックを起こしたように見えなかった。発光もしてなかった。

 主人公らしく驚異的な精神力ですぐさま冷静になれた可能性はある。

 ただその場合、あいつは冷静になると俺に死ぬかもしれない暴力を振るいに来るという事になる。あいつはそんな奴じゃない。

 俺が思い至った可能性は『フェイス化』だ。

 ゲームでフェイス化はプリテーションを酷使する事へのペナルティとして起こる。戦闘終了後も解消されない永続変化だ。起きるのは人体の変異。体が人の物でなくなっていく。戦闘が激化し続けるゲームにおいて逃れられないが、軽度のフェイス化であれば能力上昇などの恩恵もある。ただし、一定以上進行すると例外なく永久離脱する。それも敵に回る形で。

 その時に表示されるメッセージが『精神がフェイス化してしまった』だ。

 表示される顔も全て表情の抜け落ちた能面のような物になる。

 まるであの時の孝也のように。

 俺が導き出した結論は、孝也は精神のみがフェイス化した、だ。

 ゲームでの孝也は肉体の変異が起きない。全裸だと思われるイベントで変異の起きてない体を羨ましがられるシーンがあるほどだ。

 わざわざラキュターとして活動する効果は絶大だ。指揮官として盤面を支配する孝也は好きなようにラキュターを死に追いやり、望むがままフェイス化させられる。

 ゲームシステムもそれを後押しするような設計だった。

 全く笑わせる話だ。ゲームではフェイス化せずに使い続けられる奇跡のプリテーションとされていた。そりゃそうだ。とっくにフェイスになってりゃフェイス化なんてしない。絶対に死なせてはならない存在として守られ、仲間たちは絆を紡いだつもりになって未来を信じて散っていく。

 人類の希望として全てを託されるのが人類の敵のフェイス。

 どうやらフェイス側にとってはどう転んでも確定ハッピーエンドなゲームだったらしい。

 

 だが俺はやってやった。

 フェイス化の解除までできるとは思っていなかった。癒す能力だと思ってたからな。

 でもそれができるなら話が変わる。前提をひっくり返せる。

 孝也はゲームで見せたような能力を発揮する事はできないだろう。ゲームシステムとして表現されていた異常な有能さを再現させたらどうなるかなんて火を見るよりも明らかだ。

 なら俺がその穴埋めをしてやる。

 やってやるよ。

 

 警報が鳴る。日没だ。今日も『トワイライト・ライン』が現れる。

 

 

*

 

 

 東京湾沿岸、フェイス襲来線『トワイライト・ライン』。

 インター所属の防衛班がフェイスの群れを待ち伏せていた。

 違和感に気付いたのは全員。即座に対応を始める。

 

「おいおいとんでもねえな! 俺らは眼中にねえってか!」

「待て雷轟(らいごう)! 出し惜しみしろ!」

「言ってる場合かよ!」

 

 雷轟と呼ばれた男が光を発する。

 自分を無視して突き進む狼型の個体にすぐさま追いつき胴を殴りつけると爆音と共に吹き飛ばす。続いて飛び越えようとした個体を掴み横をすり抜けようとする個体に投げつけまとめて殴り逆方向にステップして間合いに入った個体を蹴り飛ばすと飛び退き着地と同時に拳を突き出す。衝撃波が多数の狼型を飲み込みバラバラにして吹き飛ばした。

 

「やむを得んか……! 被害が出れば死んでも死に切れん」

 

 光の鞭が熊型を打ち据え二つにする。鞭はまるで意思を持っているかのようにうねり獲物の頭を貫通しながら動き回る。

 

香坂(こうさか)、ブーストだ」

「はいはーい」

 

 香坂と呼ばれた女のまとった光が脈打ち輪となって広がっていく。それに触れたラキュター達の光が増す。

 動きがより速く、鋭くなる。

 刀を持った少女が悲痛な表情で走り回り一太刀でフェイスを切り捨てていく。

 腕を上げた少年が手を握ったりジェスチャーをするたびにフェイスは握りつぶされ捩じ切られる。 

 空を一本の光線が貫きフェイスだった物が落ちてくる。

 

 それまで目の前のラキュターを襲う事しかしなかったフェイスが、突如それを止めどこかに向かおうとし始めた。

 何かが起きている。だがそれを考えるべきは今ではないし自分でもない。今はただ突破を食い止める事に死に物狂いであるべきだ。第二防衛班班長遠野(とおの)理耀(りよう)は生きるために、生かすために光の鞭を操り続けた。



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1-4

 頭痛がする。

 

飛島(とびしま)、始めてくれ」

 

 頷いた飛島さんがジョギングを始める。

 その前を同じ姿の幻影が同じようにジョギングする。

 飛島さんが突然飛び込み前転をした。

 幻影はそのまま走り続けていた。

 失敗だ。

 

「もう一度お願いします」

 

 痛みが増す。

 飛島さんが今度は歩き始める。

 幻影もその一歩前を歩く。

 幻影は分裂し立ち止まる物としゃがむ物、バク転する物、そのまま歩く物に増えた。

 飛島さんはバク転して幻影の一つと重なった。

 失敗だ。

 

「もう一度、お願いします」

 

 集中しろ。わかっているはずだ。

 飛島さんは頷くとまた歩き出す。その前を幻影が歩く。

 幻影が立ち止まりこっちを向いてサムズアップした。

 飛島さんは幻影とズレた位置でサムズアップした。

 失敗だ。

 頭がきしむ。顔がゆがむ。でもその方がいい。

 痛みや苦しみをはっきり感じる方が人間らしい気がする。

 もう一度だ。

 

「ここまでにしておこう」

片桐(かたぎり)さん……でももう少しで」

葦野(あしの)。一度成功すればいいという訳ではないんだ。焦るなとは言わない。だが私たちは有限だ。一回一回を大切にしなければならない」

「……はい」

「飛島。ご苦労だった」

「うーっす。じゃ、ちょっとお茶でも汲んできますよ。葦野くんは紅茶でよかったか?」

「あ、はい。でもそれなら僕が」

「いいっていいって。それじゃあちょっくら行ってきまーす」

「ああ。頼む」

 

 飛島さんを見送る。自然とため息が漏れる。こめかみを押す。

 今日もうまくいかなかった。

 僕が今受けているのはラキュターとしての訓練、と言っていいのだろうか。ラキュターは暴走を乗り越えて自身のプリテーションを把握し、操れるようになる。僕は暴走時の記憶がなく、そのせいかプリテーションも碌に操れなかった。

 

「葦野。君のプリテーションは大きな可能性を秘めている。馴染むまでに時間を要するのもおかしな話ではない」

 

 片桐さんの顔は、どこまでも真剣だった。

 

「それに私たち分析タイプのプリテーションは五感を拡張し酷使する。慣れない間は違和感や不快感から使いこなせない者も珍しくはない」

「はい……ありがとうございます……」

「なに、ただの事実だ。知識として持っておけばいい」

「……はい」

 

 ここの人達は優しい。でも僕はうまくそれを受け取れずにいる。

 優しくされるたびに、つかさを思い出してぎこちなくなる。

 最後に見たつかさの顔が脳裏に焼き付いてる。僕と一緒にいたいと言ってくれたつかさの優しさを僕は拒絶した。またどうにかなってしまって傷つけたらと思うととても一緒にはいれなかった。

 でも結局あんな辛そうな顔をさせてしまった。拒絶した事でまたつかさを傷つけた。

 あの顔を見た後、色んな物、本当に色んな物が溢れてきて、僕はようやく泣けた。僕はようやく人間に戻れた気がした。

 もし、もっと早く涙を流せていたら、あの時つかさの手を取れたのかもしれない。

 そんな後悔が、優しくされるたびに浮かぶ光景が、僕にそんな資格はないと突きつけてくる。

 

「お待たせしましたー!」

 

 飛島さんが戻ってきた。

 

「はい、紅茶」

「……ありがとうございます」

「片桐さんにはコーヒー」

「ああ、ありがとう」

「そんで俺は紅茶とクッキー」

「……飛島」

「わかってますって。みんなで食いましょ」

 

 紅茶の香りを吸い込む。緊張が緩んでいく。一口飲めば苦みが温かさに乗って体に広がっていく。

 少し、落ち着いた。

 

「うん、美味しいな。どこのクッキーだ」

「あっやっぱり気になりますか。俺も気になってた所なんですよ」

「おい」

間宮(まみや)ちゃんに分けてもらったやつなんで、後で聞いときます」

「そうか、頼む」

「はい了解。ああそういえばさっきそこに新入りの子いたんですけどびっくりしましたよ! もうかわいいのなんのって! アイドルだったのかな? オーラっていうんですかね。存在感が凄い凄い」

 

 心臓が跳ね上がる。もしかしたら。

 つかさからラキュターになったという連絡は来ていた。僕は何て返せばいいかわからなくてそのままにしてしまっている。もうここにいてもおかしくない。

 

「その、どんな子でした……?」

「お! いいぞぉ葦野くん! そうだなあ、髪は茶色っていうか、ああちょうどこの紅茶みたいな色かな。それで長くてふわふわって感じ。顔立ちもこう優しそうだなーって雰囲気で、でも気が弱そうには見えなかったな。目鼻立ちがはっきりしてたからかも。手足もすらっと長くてねえ、それでだな葦野くん、なんとお胸がな」

 

 つかさだ。

 わかってたはずなのに、心臓が張り裂けそうになる。頭痛が激しくなる。吐きそうだ。つかさがここに、明日には死んでもおかしくない場所にいる。世界で一番つかさと縁遠いはずの場所に。

 

「飛島。席を外してくれ」

「ええ!? あ、あれ? 葦野くん? ああ……。ええと……すまない!」

「いえ……」

「いやいや本当にすまない! 今度メシおごるから! 片桐さんすいません!」

「いい。静かにな」

 

 飛島さんが慌ただしく出ていこうとする。

 ぱっと思い浮かんだ。一つ、聞きたいことがある。

 

「飛島さん! ……あの……つかさは……その子は元気そうでしたか」

「……ああ! とても元気そうだったよ! 間違いない!」

 

 飛島さんが出ていった後、もう話し声も消えたはずなのに余韻のようなものが残っていた。

 少し時間が経って、それさえも消えた。

 

「すまない葦野。飛島は気を回しすぎる癖があるんだ」

「……いえ。いいんです。元気そうだって、わかりましたから」

 

 そうかという安心とやっぱりという危惧があった。

 つかさは強い。僕なんかよりよっぽど。辛くても、苦しくても、きっと明るく振舞えてしまう。守りたい。せめて危険から遠ざけたい。でも、僕にそんなこと思う資格があるんだろうか。

 

「葦野。君たちの事情は聞き及んでいる」

「……はい」

「君は負い目を持っている」

「はい」

「その子の事は大事か」

「はい」

「その子の事は好きか」

「えっ」

 

 片桐さんはまっすぐと僕を見ている。恥ずべきことなど何一つないというように。

 僕は……。

 

「……はい」

「守りたいか」

「……僕にそんな事を思う資格なんて」

「葦野。私は資格の有無などを聞いているのではない。事実を聞いている。守りたいか」

「……はい。守りたいです」

「そのために全力を尽くせるか」

「はい」

「そのために生きられるか」

「はい」

「ならば、そのための力を一つ一つ付けていこう」

「……はい」

「そのための力を私たちは貸そう。私たちはそうしてきた。そうして生きてきた。君たちのための未来もその先にあるのだと私は信じている」

「片桐さん……」

「だからそう思い詰めるな」

「……ありがとうございます。なんだか……」

 

 なんだか、涙が出てしまった。

 

「元気が出ました」

「そうか」

「後で飛島さんにも謝っておきます」

「そうか。そうしてやってくれ」

 

 つかさ。

 僕はプリテーションを使いこなす。そしてきっと君を守る。



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1-5

「いやだ! 久慈堂(くじどう)さん! 久慈堂さん……! やめて……! やめて!」

 

 叫び声が響く。

 顔は誰だか判断はつかない。でも知っている。

 私はそれを無視する。何をするかは決まっている。

 どんな顔をしていただろうか。

 その子にはどんな風に見えていたのだろうか。

 酷く冷酷に見えていたのだろうか。

 目には怯え、悲しみ。憎しみもあったのかもしれない。

 みんな理解していたはずだ。でも、だからといって耐えられる訳でもない。

 その子が叫ぶ。懇願する。誰かと同じように。

 

「これ以上化け物にしないで!」

 

 夢。まただ。

 時計は三時。汗。気持ち悪い。シャワー。

 バスタオルだけ持っていく。

 体に熱いシャワーを叩きつける。

 何もかも汗に混ざって流されてしまえばいいのに。

 いっそこのまま溶けてしまいたい。

 だめ。迷惑がかかる。私の力はここに残しておかなければならない。みんなの助けになれる凄い力だと無邪気に喜んでいた頃が恨めしい。呪いじゃない。

 死が恐ろしい。その後に起こる事が。でも、生きる事にはもう疲れ切ってしまった。今の私は黄昏に魅入られた生きた亡者だ。

 指が首筋の鱗に触れる。おぞましい。怖気を震う。

 ああ、シャワーももうやめてしまおう。考えすぎてしまう。

 

 残滓のような習慣が身支度を整えさせる。

 ひどい顔。遠野(とおの)君達と未来を語りあった頃とはかけ離れて、見る影もない。

 不便な体。薬も碌に効かない。酒に逃げる事もできない。何もわからなくなれればいいのに。

 無駄に頑丈な体。なのに心は柔いまま。慣れてくれたっていいのに。夢はいつだって一番無防備な時に責め立ててくる。

 ああ、お腹が空いた。耐えられない程に。

 どれだけ心が弱っても、食欲は大量の食事を要求する。こんな時、お前達の事などどうでもいいのだと、身の内に巣食う化け物がせせら笑っているように感じる。

 夜明けが近い。もうじきみんなが帰ってくる。その前に食堂に行ってしまおう。

 何を食べようか。どうでもいい。適当に頼めば、適当に出てくる。

 噛んで、飲み込んで、流し込んで。美味しいのか。不味くはない。味なんてわからない。温かさだけで食事を進める。

 遠くに騒がしい気配を感じる。みんなが帰ってきた。呼ばれなかったという事は、今日も上手く乗り切ったのだろう。

 あいつらの変化。急にどこかを目指しだした。そのせいで、私たちの消耗は増した。

 どうせ悪い事が起きる。これまでに良い変化なんて一つもなかったんだから。

 部屋に戻ろう。ここにいたって居心地が悪いだけだ。途中、疲れた様子の子たちとすれ違った。挨拶をされて挨拶を返す。名前は全員知っている。でも意識したくなかった。

 

「お! 久慈堂さんじゃん! 丁度よかったぜ!」

 

 体が硬直する。聞き覚えのある声。

 

雷轟(らいごう)君……」

 

 二班だ。遠野君の班。

 じゃあ、遠野君も……いた。

 厳しい顔だ。心配している顔。やめて。そんな顔しないで。

 

「治療班がいっぱいいっぱいだったからさ! 先にメシ食おうと思ってたんだよ! 悪いけど治して貰えねえか?」

「ご、ごめんなさい。……私、今日非番だから」

「え? でもよ」

「よせ、雷轟」

 

 朽木(くちき)さんはいなかった。あの子もケガをしてしまっているのだろうか。さっきの夢がフラッシュバックした。

 

「久慈堂……」

「ごめん! もう行くね!」

 

 ほとんど叫ぶように言って逃げる。早足になる。走る。部屋に飛び込む。暗い部屋。散らかった部屋。座り込む。

 

「ごめんなさい。ごめんなさい」

 

 どこに向けてかもわからない。どこにも行かない謝罪の言葉。

 

「遠野君……。遠野君、樹音(じゅおん)片桐(かたぎり)君、深狭霧(みさぎり)さん」

 

 呪文のように繋げる名前。あの頃の、自然に溢れる笑顔でいられた頃のみんな。

 

「私もう無理だよ……。どうすればいいの……。助けて……。助けて……。誰か……。お願い……」

 

 希望なんてない。何も見えない真っ暗な部屋で、私は泣き続けるしかできない。

 

 

*

 

 

 ゲームシステムの話をしよう。

 『トワイライト・ライン』ではHPMP方式が採用されている。

 HPはヒットポイント、MPはメンタルポイントとされていた。

 HPがゼロになれば死んでロスト。すなわち永久離脱する。蘇生方法はない。

 MPはスキルを使ったり使われたりすると消費する。ゼロになる事にペナルティはない。

 プリテーションは人間側のスキルだ。プリテーションを使うとフェイス化が進行するというのは、MPを消費するとフェイス化が進行すると理解しておけば間違いない。消費されたMPが多ければ多いほどフェイス化の進行も早い。恐らく隠しパラメータとしてフェイス化値のようなものがあり、それが一定値以上になった時に肉体の変異等が発生するのだろう。

 スキルは、物理攻撃でなく、対象に影響を及ぼす場合、自身と対象のMPを消費して発動する。

 対象を燃え上がらせるスキルを使うと、自身と対象それぞれのMPを消費するという形だ。

 自身のMPが足りないとそもそも発動できないが、対象のMPが足りない場合はその分だけ効果が減少する。

 攻撃力アップなどの支援スキルは双方の消費MPが低く抑えられているため使いやすいが、フェイス側が使ってくると厄介だ。

 

 トワイライト・ラインでもHP回復手段は用意されている。

 当然対象のMPも消費して回復は行われフェイス化が進む。

 他の支援スキル等と同じように自身の消費MPが低く抑えられているものの、肉体を再生させるという性質からか、対象の消費MPが多めに設定されていた。

 

 一つ、お手軽大量経験値ゲット方法を紹介しよう。

 トワイライト・ラインでは行動によって経験値が得られる。計算式は置いといて、ざっくり言うと、HPかMPを大量に消費するかさせればそれだけ経験値が多く稼げる。

 MP消費が発生する状況があまりに多いという仕様上、どうしても主要キャラクターの温存を考えなければならない。そこで活躍するのが汎用キャラだ。いくらでも補充できる戦闘要員と考えてもらっていい。

 彼らは加入時のレベルがその時の所属メンバーの平均値で決まるため、平均値を可能な限り高くしたい。そこで回復系プリテーションの出番だ。汎用キャラを敷き詰めて、そこに強力な範囲回復を放てば、経験値はがっぽりだ。レベルが上がりやすいゲームなのでガンガン上がる様は爽快感すらあった。後は適当に討ち死にしてもらえばいい。もっと強い汎用キャラをノーリスクで加入させられるのだから。

 

 そして久慈堂(くじどう)叶夢(かなめ)というキャラクターは、作中随一の回復に特化した性能を持っていた。

 

 ゲームではかなりお世話になったが、現実で会うとなんというか危なっかしい。

 ふらふらだ。

 隈も隠しきれてない。

 

 ようやく基地に来れたが、想像以上に限界が近いのかもしれない。

 孝也も既読スルーしやがってるから、またどうにかなってるかもしれねえし。……あいつと二人っきりで会うのはやめておいた方がよさそうだ。念には念を入れて人前で会って先手必勝で癒すしかねえ。

 

 それにしても、ゲームではくたびれたお姉さんって感じだったがとんでもねえ。今にも倒れてしまいそうだ。

 交流イベントではプリテーションを使う事、命を助ける事と同時にフェイス化させてしまう事への絶望がよく語られてたはずだ。そんな感じの選択肢が多かった記憶がある。

 そんな人が現実でその苦しみを味わうなら、とんでもなく疲弊してるのは当然だった。

 けどもう大丈夫だ。俺なら久慈堂さんの助けになれる。なんてったって俺のチートさえあればフェイス化を解消させられるんだからな!

 よっしゃ! それならとっとと癒し尽くすか!



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1-6

 フェイス化の治療法が見つかった。

 そんな噂を何度聞いたか知れない。

 本部の人が言っていたらしいなんて流言飛語とか、フェイスをたくさん倒せばいいらしいなんて履き違えもあった。

 それを毎回否定する損な役回りなのが目の前の人だった。

 

「フェイス化の治療法が見つかった」

 

 だから、その人の言葉を鈍り切った頭が飲み込むのには時間がかかった。

 

「本当、なんですね……?」

 

 つまらない冗談を言う人だけど、心を踏みにじるような悪ふざけはしない人のはず。

 

「うん。まだまだ検証は必要だけどね。少なくとも肉体の変異については解消されているようだ」

 

 ついに。ようやく。やっと。いまさら。

 本当に色んな事があったから。本当に色んな事を思い出してしまう。

 でも、よかった。これで、みんな救われる。

 投薬だろうか、手術? 時間はどれくらい必要かかるんだろう。大人数に行えるんだろうか。実用化までのハードルは? 協力できる事ならなんでもしたい。被験者になれというなら喜んでなる。何かあるから私に話したはず。

 

「それを何故私に?」

「うん。さっき紹介した子がいただろう? 新道(しんどう)くん。あの子の面倒を見てあげて欲しいんだ」

「え?」

 

 わざわざ会ってこんな重要な話までして頼む事がそれ?

 新人教育なら私なんかより間宮(まみや)さんの方がいい。あの子はそういうのが得意だから。

 話が繋がらない。

 

「……どうしてでしょうか」

「ああ、そうか。すまないね。今話した治療。彼女のプリテーションによるものなんだ」

 

 プリテーション。

 話は繋がった。どうしてそんなむごい繋がり方を。

 プリテーションは有限だ。それはつまり、救いが有限という事だ。

 それを知らないはずないのに何でそんな軽く言える? 絶望でしかないというのがわからない? そんな馬鹿な。

 私たちは諦めと淡い希望の間で耐えている。バランスを崩してしまう事だってある。

 そんな時に救いをちらつかされたら、それが限りある物だと知ってしまったら。

 起きるのは、救いの奪い合いだ。

 あっけなく何もかもが崩れ去るだろう。

 それを。

 

「待った待った! 落ち着いてくれ。君が危惧するところは大体わかる」

「どういう、事でしょう」

「新道くんにはプリテーション使用後に毎回検査を受けてもらっている。何といっても未知のプリテーションだ。負荷がどれ程のものかもわからないからね。それで彼女はフェイス化しない可能性がある事がわかった」

「な……!」

「もっとも、これは現在の使用頻度でという話だ。それに被治療者の経過観察も注意深く行わなければね」

 

 そんな事があり得るのか。あり得ていいのか。

 

「本当に興味深いよ。検査結果は確かにラキュターだと示しているのにね。ああそうだ気を付けてあげて欲しいことがあるんだ彼女の体の事で」

 

 体? やはり何かあるの? 病弱とか?

 

「彼女の体、かなり脆い。そうだね……。ラキュターでない女性の体と同等ぐらい、と言えばわかるかな」

 

 つまり、それは、一般、そう一般的な……普通の、人間、の体、に近い、という事だ。

 

「これは驚くべきことだ、彼女は単純な回復能力と認識していたがそ」

 

 うらやましい、と思う気持ちはある。

 

「れならば身体能力の説明がつかない、彼女は」

 

 でも、それ以上に背負わなければならないものの果てしない重さを考えてしまう。

 

「恐らくプリテーションを分解しているんだこれは固」

 

 無理やりこんなところに押し込まれて、自由を削られ続けて過ごさなければならない。それだけでも辛いのに。

 

「有プリテーションのみならず身体能力の強化が、いわば基礎的プリテーシ」

 

 知ってしまえばもう手放せない。誰もが求めるだろう。意思を無視してでも。それが権利であるかのように。

 

「ョンであるという説の補強となるものであってつまりフェ」

「博士!」

「あ? ああ……すまないすまない、少々熱が入ってしまったようだね」

「新道さんの件、確かに承りました」

「そうかい? 助かるよ。いやーよかった。これで安心だ。それじゃあ行こうか」

「え? どこへでしょう」

「見学さ」

 

 

*

 

 

 久慈堂(くじどう)くんが泣き崩れている。

 異形になった部分が人間の物に戻っていく光景は、僕が考える以上に彼らラキュターにとって大きな意味を持つのだろう。彼女のような人には特に。

 

「はい、これでもう大丈夫ですよ」

「ああ、ああ……俺の足だ……」

 

 新道くんが背中をさすってやっている。

 被治療者との直接接触は最小限にと言っておいたはずだが。まああれぐらいはいいだろう。

 彼女の役目は終わりだ。立ち上がりこちらに来た。

 泣きじゃくっている久慈堂くんが気になるようだ。

 

「お疲れ様」

「あの……」

「いいよいいよ。うれし涙だ。存分に流させてあげるといい」

「そうですか……うれし涙……」

 

 おや。新道くんはいつも朗らかだが。今は嬉しそうだった。

 ハンカチを差し出したら抱きしめられてしまっている。助けを求める顔は困っていた。

 

「場所を移そうか。立てるかい? 久慈堂くん」

 

 新道くんの検査が終わるまで、静かな場所で温かいものを飲んでいれば久慈堂くんも落ち着いていた。

 

「みっともない姿を見せてごめんなさい。改めまして、久慈堂(くじどう)叶夢(かなめ)よ。よろしくね、新道さん」

「はい。よろしくお願いします。新道つかさです」

「うん。新道くん、何か困った事があれば久慈堂くんを頼ればいい。久慈堂くんもよく気にかけてあげてほしい。慣れない環境で不安も多いだろう」

 

 二人の返事を聞いて頷く。

 

「あの」

 

 新道くんは久慈堂くんをちらりと見て僕に言う。

 なるほど。

 

「だめだよ」

 

 許可なく能力を使用することは禁じていた。僕が目を光らせ続ける事はできないから、首をかしげている久慈堂くんに引き継いでもらう必要がある。

 

「新道くんはケガや疲労の回復もできるんだ。それを君に使いたいということだね」

「そんな……。新道さん、あなたはそんな事しなくていいのよ」

「そんな事じゃないです! 久慈堂さん、凄く、その、辛そうです」

「辛くなんてないわ。もう辛くないの。あなたのおかげ。だから、その力はあなたじゃなければ助けられない人のために使ってあげて。ね?」

「はい……」

「ありがとう。新道さんは優しいのね」

「いえ! ……優しくなんて。ただ、自分にできる事をやれるだけやりたいんです」

「そうなの……。そう……。なら、私にもあなたの手伝いをさせて。そういう事でいいんですよね」

「うん。ある程度はこちらで決めさせてもらうけどね」

「それじゃあ!」

「だめよ」

 

 久慈堂くんは責任感が強く、やるべき事を曲げずにやれる人だ。……だからこそああなってしまった部分はあるが。新道くんに専念させれば本来の彼女を取り戻していけるだろう。

 新道くんは安易に能力を使おうとする傾向があった。しかし、きっぱり言われれば無理に押し通そうとはしない人だ。久慈堂くんならブレーキ役になれる。

 

 彼女がもたらした能力は三つ。対象を選ばないケガの治療。対象を選ばない健康の増進。フェイス化の治療。

 フェイスに干渉できるならば、彼女は間違いなくラキュターのはずだった。

 しかし新道くんから得られるデータは全て、彼女がラキュターではない事を示していた。

 ラキュターではないはずのラキュター。何かがある。気付けていない何かが。

 今の僕には彼女をラキュターだという事にするしかできなかった。

 あまりにイレギュラーだ。しかし能力は典型的な回復特化、その拡張でもある。

 このような事が続くならば、いつか終末のトリガーとされる精神系プリテーションも現れるのだろうか。



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1-7

 スイーツ最高!

 ふわふわのスポンジの上にたっぷりのクリームと果物を載せて巻いたロールケーキは絶品で、フォークで押し切り、口元に持っていく時に果物の香りが鼻孔をくすぐるのがたまらない。

 口に含むと、まず感じるのがしっとりやわらかなスポンジ。

 それを噛めばクリームの甘みと果物の酸味のハーモニーが広がっていき、幸せに口内を満たしていく。

 思わず顔もゆるみほころぶ。

 ロールケーキなんて食べ慣れてるしなー、なんて思ってた俺が間違っていた。

 残った甘みを紅茶の苦みで流すのもたまらない。

 ストレートにしておいてよかった。こっちで当たりだ。

 さわやかになった口内がすぐに次の一口を求めてフォークが止まらない。

 あっという間になくなってしまった。

 おかわりは、どうしようか。

 いや、どれだけ美味くても食べ過ぎれば飽きも来る。少し足りないぐらいが一番なんだろう。

 でもなー! もうちょっと食べても大丈夫なんだけどなー! どうすっかなー!

 クスクス笑う声が耳に届く。叶夢(かなめ)さんだ。

 これ恥ずかしいやつじゃん。

 

「気に入ってくれたみたいね」

「はい……すみません。夢中になっちゃって」

「いいのよ。むしろ嬉しいぐらい」

 

 叶夢さんはかなり元気になったみたいだ。日に日に顔色も良くなって、クールビューティな頼れるお姉さんって感じになった。後怒ると怖い。

 俺たちは名前で呼び合う事になった。叶夢さんから提案してくれた。結構フランクな人だったらしい。でも怒ると怖い。

 あれは検査を段々簡素化していけると聞いた後の事だった。これでフェイス化解除後の安全確認取れれば本格始動だねみたいな話をしてた。

 そうなりゃさっさと全員やった方がいいし、俺はチート使えば不眠不休で動き続けられるからそんな感じでやっちゃいましょっかーってちらっと言ったら物凄い形相になった。

 始めは人数多いし大変だろうけどかかっても一か月ぐらいだから大丈夫って言った瞬間ガチ説教ですよ。

 こうなるといきなり触って癒して宥める訳にもいかないからどうしようもない。

 美人のブチギレ顔怖すぎる……。はい、もう二度と言いません。申し訳ありませんでした……。

 でも可能な限り備えておきたいのも確かだ。いざとなったらやるしかねえ。

 何だよその場のラキュター無視して移動しようとするって。設定狂ってんのか?

 絶対やべえ感じになっちゃってるじゃんあっち。

 

「つかささん。そろそろ」

「はい」

 

 休憩時間も終わりか。

 腹ごなしにてくてく歩いて次の目的地へ到着と思いきや途中の角でエンカウント。

 

「あら、深狭霧(みさぎり)さん」

 

 え? 深狭霧さんって深狭霧(みさぎり)真二郎(しんじろう)? ラキュター最強の人じゃん。

 深狭霧真二郎は支援タイプにも関わらずたゆまぬ努力と強靭な意志で並み居る戦闘タイプを押しのけて物理最強の座に登り詰めた人だ。

 こういうの好きでしょ? という声が聞こえてきそうな設定だが大好きなので問題はない。

 とにかく能力値が高く、通常攻撃でちょっとした戦闘タイプのプリテーションのダメージ量を超えてくるので手軽に暴れさせやすい。ただ攻撃手段が単体直接攻撃オンリーという欠点もある。

 

 そしてそんな深狭霧さんと一緒に現れた君は葦野(あしの)孝也(たかや)くんだね! やっほー正気? どうして目を逸らすんだい? ばつが悪そうな顔するって事は大丈夫そうだけど許さねえ。いいか? こっちには深狭霧さんがついてるからな? 妙な事したら即ボコボコだぞ? いいな? わかったか? じゃあ一瞬で極楽気分にしてやる!

 

 

*

 

 

 ……大胆なのね、つかささん。

 つかささんは深狭霧さんが連れていた男の子をぎゅっと抱きしめると、すぐに離れのぞき込むようにしている。

 恐らくあの子がつかささんの幼馴染だという葦野くんだろう。

 

「彼女が?」

「はい」

「……なるほど」

 

 二人が見つめ合っている。

 

「なんだか」

「うん?」

「つかさは凄いな」

「そう?」

「ああ。つかさのおかげでごちゃごちゃしてたものが全部吹き飛んだ」

「そっか。すっきりした?」

「すっきりした」

「ならよかった。目を逸らされた時はどうしてやろうかと思っちゃったよ」

「うっ。……ごめん」

「でもそれなら、もう大丈夫だね」

「ああ、もう大丈夫だ。……つかさ、ずっと言いたかった事があるんだ」

「うん」

「僕はつかさを守る。絶対に守ってみせる」

「……うん。ありがとう。じゃあ私は孝也を助けるよ。何があっても助ける。だから一緒に頑張ろう」

「そうだな。わかった。頑張ろう、一緒に」

 

 二人のやり取りを見て深狭霧さんはしきりに頷いている。

 

「かっこいいな」

「はい?」

「二人がだ、かっこいい関係だろう?」

「かっこいいとは少し、違う気がしますが」

「そうか?」

「はい……。多分」

 

 また、妙な事を言い出す人だ。

 

「まあいい。お前もいい表情になった。懐かしい表情だ。彼女のおかげだろう。感謝せねばな」

「そうですね……」

 

 つかささんのおかげ。それは凄く感じている。私だけじゃないだろう。だから少し気がかりがある。

 何というか、つかささんは凄く人気なのだ。当然ではある。諦めるしかなかったフェイス化をただ一人治せる人間。特別視されるのも無理はない。ただ、あの子は献身的で物腰も柔らかいし、美人だ。そのせいでこう、とにかく好かれる。想像以上に。例えばこの光景を見られるとちょっと危険な事になりそうだ。葦野くんが。

 治療してほしいと言う要望はわかる。つかささんも望んでいる事だし、私も早くみんなが治療を受けられるようになってほしい。

 だが、すでに熱心なファンのようなものや積極的にアプローチをかけようとする人が出始めている。彼女が多くの制限を受けながら治療を始めて数日でこれだ。これからどうなるかを考えると少々気が重い。

 彼女の負担にならないようにそういうのからは私がガードしている。まるでアイドルとマネージャー。でももしかしたら、本当にそうなる未来もあるかもしれない。そんな他愛ない事を考えて、自然と笑みがこぼれた。



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1-8

 東京湾沿岸、フェイス襲来線『トワイライト・ライン』。

 

「あんま無駄遣いすんなよ?」

「わかってるって」

 

 ラキュター達はそれまで身を投じていた仄暗い消耗戦から解放されつつあった。

 彼らにとって明日はもはや悪化の一途ではない。

 

「お出ましみたいだ」

 

 日暮れと共に発生するトワイライト・ライン。その陽炎のような揺らぎの向こうからフェイスはやってくる。

 現れるのは人の顔を模したような面をつけた存在。獣を思わせるが、どこか歪な異形の姿。

 夜明けと共にトワイライト・ラインが消失するまで、交代を繰り返しながら時たま現れるフェイスを狩り続けるのが彼らの役割だった。

 現れたのは人を模したような存在。

 胴と頭が大きく、手足は細く尖っている。

 これまでに一度も現れたことのない姿だった。

 

「新型だ! 浅井は退避! 報告しとけ!」

「あいよ!」

「杉野! 止めるぞ!」

「了解!」

「残りは散開! フォロー頼む!」

 

 現れたのは一体。

 それまでのフェイスであれば問題なく対応できた。

 倒しきれなくても足止めさえできれば、そう考え動く。

 新型から「ふおん」と嫌に耳に残る音が発せられた。

 その場にいた全員が体内をズタズタにされたような痛みを感じ血を吐き出す。誰も立ってはいられなかった。

 新型は鈍い動きで通り過ぎようとする。

 しかし頭を吹き飛ばされた。

 

「クソが……! ナメんじゃねえぞ……!」

 

 浅井が血反吐を吐きながら絞り出した一撃で、新型は倒れ伏した。

 

「くたばんじゃねえ……! こっからだろうが俺たちは……!」

 

 浅井の体が光を帯び、輪になり広がっていく。それに触れたラキュター達に光が灯る。

 生きている。体の修復が始まる。

 ほっと息を吐く。

 厄介な新型だ。浅井は考える。

 だがこれまで通り、面を破壊すれば済むようだ。

 対応策は遠距離攻撃になるだろう。脆いし動きは遅い。ただの的だ。

 さらに自身が動ける程度のダメージで済んでいるのは他より遠くにいたからだと判断した。

 トワイライト・ラインから何が出てくるかわからない以上、今後は全員の初期配置が後方になる。

 遠距離攻撃ができる奴の負担が増す。幸いな事にフェイス化の治療ができるという少女のおかげで使い潰すような事にはならないだろう。

 だが、負担が極端に偏るのは気に食わなかった。

 浅井は一度ため息を吐くと、兎にも角にも報告しなければと考える。通信機が壊れてないことを祈りつつ使用しようとした時、新型が蠢いているのを感じた。

 即座に攻撃に移ろうとしたが遅かった、新型から何かが射出され、衝撃で吹き飛ばされる。

 遠くでいくつもの衝突音がする。

 

「クソ……! 指令室! こちら第四班浅井! 応答しろ!」

 

 通信機は沈黙を保ち続けた。

 

 

*

 

 

 朦朧から意識を取り返す。

 痛い。ちぎれそうな痛み。そんな事今はどうでもいい。

 

「つかささん!」

 

 返事はない。やめて。

 

「つかささん!」

 

 それだけはダメだ。

 

「返事をして!」

 

 壁を突き破ってきた何かにつかささんは反応できていなかった。当然だ。私でもギリギリだった。でもかばえたはず。咄嗟に体は動いてくれた。なのに。

 

「どうして……」

 

 つかささんは動かない。

 きっと深いケガがいくつもある。

 血が服を染めている。

 這っていく。

 少しでもそばに。

 なぜこんな。

 私たちはこれからなのに。

 そうだ。

 私には力がある。

 回復の力。

 ありったけをつかささんに。

 光がつかささんに触れて、何もない。

 光は灯らない。

 つまり。

 死。

 違う!

 そうだ、つかささんにプリテーションは効かない。

 つかささん自身で治せなければ手遅れになる。

 

「つかささん! 聞こえる!? つかささん! お願い……!」

 

 たどり着いた。

 微かだが息をしている。

 生きている。

 手を握る。

 強く。

 

「つかさ!」

 

 目はぼんやりとだが私を捉えている。

 生きている。

 

「治癒をして! ケガを治すの! あなたのケガを!」

 

 薄っすらとほほ笑んだ。

 意識はある。これなら。

 体が修復されていく。痛みが消えていく。

 つかさは私のケガを治そうとしていた。

 

「違う! あなたの! つかさのケガを治して!」

 

 ちゃんと聞こえていた。ゆっくりとだが、今度こそケガが治っていく。

 よかった。これで。でも治りが遅い。意識がはっきりとしていないせいだろうか。

 気を失ったら終わりだ。私は名前を呼び続けた。

 

 

*

 

 

 めっちゃしんどい。

 頭がぐわんぐわんするし気持ち悪い。

 反響しまくる狭い部屋で大音量聞かされてる感じ。

 何これ二日酔い?

 まさかな。

 なんだろ。まあいいか。考えるのもだるいわ。

 リラックスしよ。

 

「つかさ!」

 

 え?

 

「治癒をして!」

 

 叶夢(かなめ)さんじゃん。うわ、めっちゃ傷だらけ。どしたの。

 泣きそうな顔してんじゃん。俺嫌なんだよそういうの。

 よしよしちゃんと触れてくれてるな。じゃあ癒すか。

 

「違う!」

 

 どういう事?

 

「つかさのケガを治して!」

 

 俺? 何で? 身に覚えないわ。

 あるわ。

 俺めっちゃケガしてんじゃん!

 あっぶねえー!

 何があったんだよ怖えよ!

 爆発事故?

 これ気絶してたらそのまま死んでたな。

 場所意識しないと治癒発動しないからな。

 マジ助かったわ。ありがとな叶夢さん!

 あーでも、集中できねえ。

 頭打ったか?

 とりあえず、頭と胴体か? 優先的にやるか。

 

 

*

 

 

 はらはらしながら呼びかけを続ける久慈堂(くじどう)は、ボコリと何かが湧き出る音を聞いた。

 久慈堂は自身を一気に治すと、立ち上がり警戒する。

 

「何……こいつ」

 

 全身が細く、うねうねと動く。嫌悪を感じる挙動。

 業腹だが、と久慈堂は考える。新型だろう。そして、フェイスは全てどこかに向かおうとしている。こいつもそうなら、何もしなければ捨て置かれるだろう。この破壊を生み出した存在ならば、下手に刺激する事はできない。つかさのケガが治っていないのだから。

 睨みつけられている新型は、びくん、びくんと体を震わせると、真っ二つになった。

 そして倒れたかと思うと、体を修復させ二つに増え立ち上がる。

 それを繰り返し始めた。

 まずいと思った時には手遅れだ。久慈堂の戦闘能力は低い、手元に武器もない、新道(しんどう)も動かせない。棒立ちするしかなかった。

 そして、新型がこちらを向いているのに気づいていた。否、正確には。最悪の展開になってしまったと久慈堂は唇を噛む。

 新型の狙いは新道つかさだ。

 ちらりと新道を見る。まだ時間がかかりそうだ。

 増え終わったのか、新型は形を変え、あるいは逆に融合し、狼型等の既に知られている姿になっていく。

 その間に変形しないままの新型が一体が前に出て、腕を伸ばし突き刺して来た。避ける事はできない。狙いはあくまで新道だ。何とか弾くが同時に深く切り裂かれた。

 新型はまるで嘲笑するかのように体を震わせてさらに一撃放つ。

 何とかしのぐ。また体を震わせる。

 変形を終えたフェイスが二人を取り囲んでいく。

 だが攻撃してくるのは一体だけだった。

 

「腹の立つ。なぶり殺しにしようっていうの」

 

 だが久慈堂は笑った。遊びたいなら遊ばせてやる。なぶりたいならおもちゃになってやる。こちらには回復がある。いくらでも付き合ってやる。少しでも時間を稼ぐ。そう決意した。

 次の一撃。

 しかしそれは久慈堂には届かず切り飛ばされた。

 新型が悲鳴とも威嚇ともつかない絶叫を発した。

 

「黙れ」

 

 一瞬で切り刻まれた新型はそのままチリとなって消えた。

 

「遅くなった」

深狭霧(みさぎり)さん……!」

「無傷とはいかないか。許せんな」

 

 二人を一瞥した深狭霧は表情を一段と険しくする。

 

葦野(あしの)、準備はできているな」

<はい>

 

 通信機から激情を抑え込んだ声が返ってくる。

 

「始めるぞ」



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1-9

<フェイス残数25。情報共有開始します>

「了解。殲滅する」

 

 鋭く踏み込み横薙ぎの一閃。身動き一つ取れずフェイスが切り裂かれる。

 

<残22>

 

 分析タイプのラキュターが持つ能力の一つとして、知覚の共有がある。

 共有した対象を端末とし、情報を取得することができる。

 

 今まさに駆け出さんとする二体の狼型の一体を切断し、その勢いでもう一体の前足を切り飛ばし転ばせる。

 剣を引き寄せ突きを放ち奥の鳥型を始末する。

 

<20>

 

 分析タイプは五感の内適性があるものを拡張し情報を取得、処理した上で一定範囲内にいる仲間と共有できる。

 

 低く速く跳ぶ。途中で前足を失い倒れた狼型に刃を当てる。

 

<19>

 

 葦野(あしの)孝也(たかや)が持つ適正は5つ。五感全てを用いた分析を行える可能性があった。

 

 体をひねりながら左足で着地しそのまま回転、刃がきらめく。

 

<14>

 

 一つの感覚を拡張しただけでもその負担は強烈なものになる。普段意識する事すらできない微細な情報を明確に把握する。それも広範囲で。共有する人数が増えるとその分の負担は共有を担保する分析タイプが負う。

 

 走り出し刃を突き出すと狼型に刺さる。素早く抜き蹴り飛ばす。熊型に当たり後ろにいた狼型を巻き込んで吹き飛ぶ。

 

<13>

 

 だが葦野は拡張された五感のすべてを掌握した。

 

 剣を逆手に持ち替え振り返る事なく背中越しに刺す。そこから走り体勢を崩した熊型を駆け上がりながら狼型もろとも両断する。

 

<10>

 

 そして得たのが超高精度な未来予測。極めて精密な情報解析は未来を視せる。そして未来視もまた、共有される。

 

 熊型を足場にして飛び上がると壁に着地し剣を脇に構えた。壁を蹴り鳥型を切り裂きながら突進する。狼型の集団の前に飛び込み正確無比に貫いていく。

 

<2>

 

 それで終わりではない。未来は揺れ動く、一歩進めば、剣を一振りすれば大きく変わってしまう。だから共に視る。一歩の先を、一振りの先を。選択の先に編み出される未来への道を。

 

 新型が突き刺そうと伸ばした腕をすくい上げるようにして斬り、距離を詰めると頭部を半分にする。

 

<1>

 

 守るべき二人の前まで歩いていく。

 

 深狭霧(みさぎり)は視ていた。停止したと錯覚するほどの密度の時間。その中で葦野が指し示す道。瞬間瞬間の判断では得られない最適化された行動。全てが数値化されていた。フェイスの力も、自らの一振りさえも、どれだけの力を振るえばフェイスを仕留められるかも。

 しかし、ただ委ね、乗りさえすれば運ばれる道ではない。全力で駆けなければ道は細り、絶える。

 深狭霧は自身に宿る力がトワイライト・ラインの向こう側へ行くことを望んでいるのに勘付いていた。そこに待ち受けるものに打ち勝てはしないという事にも。だが、葦野の存在によって考えを改めた。

 そして実戦を経た今、確信を得た。葦野の意思が明確なビジョンとして共有された。

 

「終わりだ」

 

 地面に剣を突き立てた。不快な悲鳴が上がる。

 

<0>

 

 勝利。それが葦野が視る未来の名だ。

 

 

*

 

 

 何かやべえ事になってんなと思ったら終わってた。

 深狭霧さん大活躍って感じだったんだろうな。

 できれば観客席とかで見たかった。

 何してたか全然わからん。

 でももう体は治ったしお礼ぐらい言っとかないとな。

 

「つかさ、まだ動いたら」

「お礼だけ、言わせてください。……深狭霧さん」

 

 振り返った深狭霧さんは息一つ乱れていない。

 物凄く動き回る音してたけどまだまだ余力ありそうだ。

 

「助かりました。ありがとうございます」

「ああ。礼は受け取っておく。無理に動くな」

「もう大丈夫ですよ」

 

 どちらかというと叶夢(かなめ)さんにがっちりつかまれて動きづらいぐらい。ちょっと痛い。

 離してもらえません? ダメ?

 さっきからこう、言いたいことあるけど言葉選びまくって言えないみたいな感じになってる。

 正直めっちゃ気になる。

 どうにかなってんの俺。服は、まあちょっと汚れたり破けたりしてるけど。破れ具合がダメージでお色気脱衣するゲームみたいになりかけてるけど。そういう感じでもないしな。

 俺がザコすぎて次なんかあったら死ぬわ、とかかな。確かに痛感したわ。でもあれイレギュラーすぎない? これから毎日あんなとかは流石にないよね? 俺がどうこう以前に基地が穴だらけになるぞ。

 もっとも、すぐ対策練るだろうしそうすりゃ俺が巻き込まれる事もそうないだろ。

 戦闘に関しては隠れるぐらいしかできんぞ俺は。

 変に動いて標的にでもなったら足引っ張るどころじゃねえしな。

 まあ賢い人も強い人もいっぱいいるし大丈夫だろ。

 孝也も頑張ってるみたいだしな。

 ゲームのあれにどれくらい近いんだろ。

 孝也のプリテーションの効果で戦闘中の画面の数字とかキャラにも見える設定だったからな。

 初見の時、攻撃したら数字出てきたんですけど! とか驚かれて俺も驚いたわ。それ見えんの!? ってなったからな。

 移動キャンセルして元の場所に戻るとかダメージ予測とか敵味方のステータスチェックも全部孝也のプリテーション扱いだったからな。

 現実だとどんな感じなのか俺も体験してみたいわ。

 無理だけどな。



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1-10

「『トワイライト・ライン侵攻作戦』。準備はできたという事か」

「いや、時間がなくなった。今回の件でね」

新道(しんどう)つかさか。人間を範囲に含めた能力に加えフェイスの誘引。規格外だな」

「ラキュターも人間だ」

「定義論をするつもりはない。囮としてはどうだ」

「難しい。はっきり言って身体能力は僕たちより劣る。君はフェイスに集中攻撃されて生き残る自信はあるかい?」

「ないな。だが決定事項だ。これ以上の損壊は許容できない」

「それを伝える身にもなってもらいたい。容赦のない殺意をぶつけられる場所に帰るのが怖いよ。確認のためにフェイスに狙わせる必要があると言った時にどんな目で見られたか想像できるかい」

「上手く乗り切るんだな。その程度できなくては支部長の座は預けておけん。ラキュターの貢献でフェイスの被害が外に出る事はない。このストーリーの維持は絶対だ。だが今回でそれが揺らいだ」

「なんとかなるんだろう?」

「しなければならないの間違いだな。お前と同じだ」

「……やれやれ。確かに理に適ってはいるんだ。今回で改めてわかった。フェイスの攻撃を耐え切る防護など非現実的だとね。逆に崩壊に巻き込まれるリスクが高い。だからあえて野外での誘引。彼らは死に物狂いで守るだろうね」

「そうだ。元よりフェイスに対処できるのはラキュターのみ。ラキュターの能力が最大限発揮される状況を作る」

「うん。新道くんの誘引能力が高ければ高いほどフェイスの行動は単調になり対応もしやすくなる。生存確率が上がる訳だ。そして彼女のおかげでラキュターの能力使用制限は取り払われた。彼女の生存が勝利で死が敗北。全くもってわかり易い。でも、いつまでもそんな事続ける訳にもいかない」

「それでこれか。葦野(あしの)孝也(たかや)を主軸とした攻略戦。未来視の共有者、まるで狙ったかのように現れたな。時計の針は進んだと見るべきか?」

「そうだね。一度に存在し得る上限とされたラキュターの人数が一人分更新された訳だしね。ここから一気に動くかもしれない」

「難儀な事だ。新道つかさがラキュターであるというのは間違いないのか」

「暫定的に、というのは変わらない。だけどフェイスに攻撃対象として認識されていた訳だからね。これもまたラキュターの特徴だ」

「状況証拠だな」

「僕たちにあるのはそれだけさ」

「腹立たしい事だ」

「それに彼女の存在はこれから大きくなり続ける。にも関わらず明日死んでもおかしくない。彼らは彼女の死に耐えられないだろう。そして死ねば」

「力を奪われる」

「そう考えるべきだ」

「確かに能力は特異だ。必要性もわかる。だがそれだけではあるまい。何を恐れている」

「やっぱりわかるかい? まいったね。……確かに彼女は特別な子さ。その能力も人格も」

「人格? 何かあるとは聞いていないが」

「問題はない。いや、だからこそ逆に問題だらけなんだ」

「回りくどいな」

「簡単な話さ。彼女は朗らかな子に見える。愛情を注がれ何不自由なく育ち暴力から遠い生活をしていた子が持つ朗らかさだ。そしてその朗らかさが、これから化け物の目の前に放り出し襲われてもらうと命令されてもそのままだったらどうする? それどころか笑って快諾して見せたら?」

「常軌を逸しているな」

「彼女には保身がないんだ。あまりに軽々しく死地に飛び込もうとする。そしてそこに揺らぎがない。まるで何かに抑制されているかのように」

「……なるほど。なるほど、そういう事か。そうなってしまうか」

「そう。つまり彼女は、新道つかさは、精神を制御できる能力を有している可能性がある。それも全人類を対象にできる物が」

 

 

*

 

 

 『俺』という存在の全ては『私』に変換されて出力されていく。

 

 喋り方、笑い方、歩き方、座り方、食べ方。あらゆる所作が俺からかけ離れていく。

 まるで新道つかさはこうである、というかのように全てが塗りつぶされていく。

 いつからこうなのかはわからない、初めからそうなのかもしれない。

 でもそれならそれでよかった。

 周囲の状況を読み取るだけでよかった。後は浮かぶ役割に沿うだけだ。

 俺でないものであり続けるストレスはあるはずだった。精神と肉体の齟齬から生じる違和感は常にあるはずだった。

 だけどそれらは俺に突き刺さる前に刈り取られている。

 俺は守り続けられている。

 

 『私』という存在は全てを変換して『俺』に入力していく。

 

 甘いものが好きだ。みんなの笑顔が好き。平和なんて大好きだ。

 悲しんでいる姿が嫌いだ。助けたいと感じよう。

 苦しんでいる姿が嫌いだ。救いたいと感じよう。

 未来の絶望がわかるなら、回避のために死力を尽くさない理由があるだろうか。

 恐怖、激情、苦悩、悲痛。

 まるで新道つかさはそうではない、というかのように全てが霧散していく。

 でもそれならそれでよかった。

 周囲の状況を読み取るだけでよかった。後は浮かぶ答えを信じて笑う。

 どうしようもない事のはずだった。抗えない絶望のはずだった。

 だけどみんなを苛んでいたものは刈り取られていく。

 みんなを助けられている。

 だから大丈夫。

 

 新道つかさは何かのための存在だ。

 『俺』がその役割を理解すれば、『私』は笑って奈落の底へ身を投げ出すだろう。



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第二章
2-1


 きらきら輝く海面が眩しくて、思わず手で遮る。

 人間の手が視界に入る。

 私の体は昔みたいに綺麗になった。

 本当にあっけなく。

 治った体に違和感があるのが歯がゆいけれど。

 奇跡というものは、いざ起こるとあまりに軽々と多くのものを覆していくみたい。

 現実感を置き去りにして。

 

新道(しんどう)。寒くはない?」

 

 そんな奇跡の担い手に声をかける。

 着慣れてないのがわかる制服は見慣れないデザインのものだ。

 持たされる役割によって制服は変わる。

 彼女だけの役割は、彼女だけの制服を生み出した。

 ただただフェイスの標的になり続け、逃げ続けるだけの役割。

 それが私たちを絶望から救い出してくれた女の子の今。 

 本部のバカみたいな理屈の生贄にされそうな女の子の今。

 

「ありがとうございます、朽木(くちき)さん。大丈夫です」

「本当? 新道の大丈夫は当てにならないって言われた」

「ええ!? 本当ですよ! 大丈夫ですって! ……あ」

「ふーん。まあいいけど。何かあったらすぐに言って」

 

 私たちの誰よりも脆く、誰よりも弱い。

 本当は誰よりも安全な場所にいないといけないのに。

 私たちにとって檻でしかないあんな建物を守らされている。

 消し飛ばしてしまいたい。

 そうしようか。今ならできる。

 衝動的に思って、みんなの顔が浮かんで歯止めがかかる。

 ああ、なんて煩わしいんだろう。

 大切だからこそ邪魔だ。

 好きだからこそ嫌いだ。

 これまでそんな事思わなかったのに。

 なんて不自由な心。

 思うがままに生きられないのは、心が思うがままにならないからだ。

 

「その、朽木さんこそ、どこか調子が……」

 

 いけない。思わず顔が歪んでいたみたい。

 緊張してるとごまかそうか。だめ、それだと不安がらせるかもしれない。

 新道からは頼れるように見えないと。

 頼ってもらえるようにならないと。

 もっともっと。

 ずっとずっと。

 

「何でもないよ。元々こういう顔」

「そうなんですか……」

「それにもうすぐ時間だから」

「……そうですね」

 

 上手くごまかせた。

 新道は表情を引き締めてトワイライト・ラインが現れる波打ち際を見ている。

 黄昏が近づくにつれ、私たちはどこか浮ついた、高揚した気分になる。

 そしてトワイライト・ラインの近辺にいないと、苦しささえ覚える。

 それが私たちラキュターが持つ特徴の一つ。呪いと呼ぶべき鎖の一つ。

 

 ……みんなは気付いているのかな。

 新道はその苦しさを、高揚を、消せる。

 あの時は久しぶりに自由を感じた。ううん、初めての解放感だった。

 一時的なものでしかなかったけれど。

 でもその時からだ。

 矛盾した気持ちが湧き上がるようになったのは。

 これまで感じなかった煩わしさの中に自由がちらついたのは。

 これまで捨てようなんて思いもしなかった事を捨ててもいいのかもって思えるようになった。

 自由な未来を想像できるようになった。

 みんなも気付いているのかな。

 私たちを縛っていた鎖は緩み始めている。

 やがて解放されるだろう。

 新道がそうしてくれる。

 だからもう誰も信じられない。

 そう思うとまだ苦しい。

 でも新道を奪われたら、私はここに置いてきぼりになってしまう。

 前みたいな身体に戻ってしまう。

 守らなきゃ。

 新道がいれば、新道さえいれば、私は自由になれる。

 新道が私の自由なんだから。

 

「安心して新道。私にはとっておきがあるの。危険は私が全部消し飛ばすから」

 

 私は誰よりもあなたのために力を使う。

 私は誰よりもあなたのために傷つく。

 そうすればあなたは誰よりも私に力を使ってくれる。

 だから私のすべてをあなたのために使う。

 だからあなたが欲しい。

 あなたを貰う。

 

 

*

 

 

 そのとっておきがリスク高すぎなんですよねえ……!

 ふんすふんすとやる気満々オーラ出してる朽木(くちき)明日香(あすか)ちゃんは俺にとっての特大の爆弾だ。

 いや俺限定じゃない、暴発したら……、被害がちょっと想定しきれないな。地球は大丈夫? ギリギリ形ぐらいは残る?

 流石にそこまではならないだろうと思いたいが。

 

 一皮むけたのかイケメンオーラに磨きがかかった考也(たかや)くんとお喋りしていた時に発覚した事だが、どうやらこの世界、MPがない。

 ゲームではプリテーションを使うのにMPを消費してた訳だが、この世界にそれがないという事は、プリテーション使い放題という事だ。

 俺のチートMP消費っぽいのないし無限に使えるじゃんすげーな流石と思ってたけどただの共通仕様だったらしい。なんだよ。

 で、ここで問題が出てくる。

 ゲームにはMPがあった。だからプリテーションの副作用であるフェイス化も、戦闘一回の進行に限度があった。

 ところが現実にそんなもんはないようだ。

 こりゃやべーという訳で、叶夢(かなめ)さんに聞いてみたら基本的にプリテーションの出力には上限があるっぽいというのがわかった。

 回復だったら回復量に上限があるよって事だ。

 これはゲームと同じだ。

 じゃあ上限突破しちゃうプリテーション持ちいたりするんですかねー。多分いるんだね。朽木さんがそうだよ。

 

 ゲームにおける朽木明日香のプリテーションは、消費MPを任意で決定しその値によってダメージと範囲が変動する攻撃だ。

 いっぱいMP使えばダメージいっぱい範囲もでっかいという訳だ。

 やりこめばラスボスでも一発昇天させられる理論上最強の必殺技の持ち主、それが朽木明日香だ。

 

 だからこそまずい。

 たった今、どこまで威力が出せるかもわからない、どこまで使ったら完全にフェイス化するかもわからないとっておきをばんばん使っていく宣言をされた。

 本当にまずい。

 俺はこれからしばらくは毎日命の危険に晒される予定だ。

 フェイスの侵攻は激化していく一方になる。

 量も質も上がり続ける。

 となると、そいつらを殲滅するために必要となる出力も上がる一方だ。

 朽木さんは頼りになる。本当に。なんなら俺は寝てたっていいぐらい。

 ただ、ちょっとやりすぎてフェイス化完了しちゃうとそのまま俺に不可避の即死攻撃が飛んでくる。

 何の因果か俺はフェイスから積極的に集中攻撃されるからな。

 当然フェイス化したラキュターからも狙われるだろう。

 

 もうMPという安全弁がないのは仕方ない。

 代わりとして作用するものがあればいい。

 フェイス化への恐怖心がそれに当たるはずだ。

 自分が自分でなくなっていくというのは単純に恐ろしい。

 それまで仲間だった存在が襲ってくるようになった経験もあるはずだ。

 自分もそうなってしまう。強烈な仲間意識を本能に植え付けられているラキュターにとってその恐怖は絶大なはずだ。

 少なくともゲームではそうだった。

 

 恐怖心に関しては疑いようもない。散々見てきたからな。

 俺ってこのために生まれてきたんだな……。なんてうっかり思っちゃうぐらい感謝される。これからも頑張ろう。

 仲間意識に関してはわからない部分が多すぎて考えようがない。

 でも、これで仲間が守れる、仲間のために戦えると泣いて喜んでいた人たちを信じたいのが正直な気持ちだ。

 まあこれまでのやり取りで良い人ばっかりなのはわかってるし、俺のチートで余裕できたしむしろ雰囲気良くなって一層仲良くなるんじゃないか?

 悪くなる要因なさすぎるしな。

 強いて言えば考也たちの方で致命的な失敗が起きた場合ぐらいか。これはまあ信じて待つしかない。

 とりあえず無事に帰ってきてほしい。でないと俺が死ぬ。

 

 それはさておき朽木さんだ。

 ゲームでは、思い詰めやすく、極端な行動に走ったりするキャラだった。

 暗く、無口でぼそぼそと喋る。

 自身のフェイス化を認識してからは、自分は醜く、汚れてしまったと思っている。

 ラキュターに覚醒する前は快活な性格で、将来の夢はアイドルだったらしい。

 それが将来を丸ごと取り上げられて、自由を奪われて死ぬまで戦わされる一生を強いられるようになった。

 それもあって、本部を憎悪している。

 そんなキャラだった。

 こっちの朽木さんはどうなんだろう。

 キャラとして知ってても、人として知っている訳じゃないからな。

 一番身近な叶夢さんだってとっくに知ってるキャラとはかけ離れてる。

 

 結構向こうから話しかけてくれるし、天然っぽい発言もちらほら出てる。

 本来の明るさを取り戻し始めてるのかもしれない。

 メンタル面では良い傾向なんじゃないだろうか。

 

 朽木さんのぶっ放しエスカレートを危惧してるのは俺だけじゃない。

 叶夢さんもあまりいい顔はしてない。

 ただ、俺の安全を考えると、朽木さんに一発ぶちかましてもらって討ち漏らしを各個撃破という作戦は否定しづらい。

 さらにトワイライト・ライン突入作戦実行中の今、戦力は可能な限り温存したいという本部の意向もある。

 朽木さんは留守番確定なのでちょうどいいとのことだ。

 何が起こるかわからない敵地に送り込むにはいささか不安定すぎるという真っ当な判断の結果、俺に命がけのミッションが一つ増えた。

 

 朽木さんがいい具合にセーブできる事を祈り続けるミッションだ。

 もっとやる気なくて嫌々やってます感溢れてる方が安心できてたなんて悲しすぎるわ。

 頼むからテンション上がってうっかりとかやめてくれよ。

 



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