そのウマ娘が“白銀の突風”と呼ばれるまで (乃亞)
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登場人物紹介

第2Rまで書き終わって私気づいたんですよ。「こういうのあった方がいいのでは?」と。というわけで書きます。
随時更新予定ですのでちょくちょく内容増えたりたまに減ったりするかもです。多分頻繁に更新するんで適当な時に覗いたら「え、こんな情報あったっけ」ってなるかもしれません。備忘録も兼ねてるから許して…許して…。

また、書いた時点で第2Rまでのネタバレがあります。一応配慮はしてますがお使いの媒体によっては貫通するかもしれません。第2Rまで未読の方はご注意ください。


12/12追記 ピスタチオノーズの項目を追加しました。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……私はスバルメルクーリ、それだけ」

 

 

名前:スバルメルクーリ(Subaru Mercure)

 

学年:中等部

 

所属寮:栗東寮

 


 

誕生日:5月9日

 

身長:145cm

 

体重:計測をサボったため不明

 

スリーサイズ:B75・W49・H75

 


 

得意なこと:誰もいないところに行ってサボること

 

苦手なこと:人混みの多いところに行くこと

 


 

耳のこと:400mくらいの範囲なら虫の動く音も正確に聞き分けられる

 

尻尾のこと:母親からのしつけで、毎日ちゃんとブラッシングを欠かさない

 


 

靴のサイズ:左右ともに20.0cm

 


 

家族のこと:母親はどこかのG1を勝利したことがあるらしい

 


 

マイルール:他人を自室に絶対に入れない

スマホ壁紙:プリクラのツーショット(マヤノトップガンに設定された)

出走前は…:控室で必ず片足爪先立ちを5分ずつする

 


 

 

 ウマ娘のなかでも非常に珍しい“佐目毛(さめげ)”という区分の美しい銀髪を腰あたりまで伸ばし、それと同じような銀眼の持ち主。左耳に金色の花型の髪飾りをつけている。子供の頃はその髪のせいで巫女にされそうになったことがある。

 

 

 生まれは日本だが、途中で実家のあるフランスに引っ越しした経歴の持ち主で、日本語フランス語英語の3言語が話せる。日本よりもフランスで暮らしていた時間が長いせいで日本語で喋る前に少し考える癖がある。

 

 

 レースは基本逃げか追込の両極端。ファンからはその派手なレース展開で人気だが、本人は基本SNSどころかスマホをほとんどいじらないのでそのことをあまり自覚していない。

 

 本気で走る時は異様に低い体勢で走るが、これが可能なのは彼女の天性のバランス感覚の良さと後天的な指導の賜物。他の人が見様見真似でやっても普通は走れずに転ぶくらいの前傾姿勢で地を這うように走れる。ただし、この独特な走り方と良すぎる耳のせいでバ群に入れられるのが非常にニガテ。

 

 

 普段から授業やトレーニングをサボっていることが間々あるが、これが許されているのはトレセン学園の入試の成績がトップだったことと、先生が耳のことを知っていて配慮してもらっているため。意外と提出物は全て出しているし定期試験の成績もマヤノトップガンとトウカイテイオーと競うくらいのトップ層。

 

 

 …稀に英語を日本語に翻訳する問題をフランス語で答えるとんちんかんをやらかすことがあるが本人曰く「……次の文を訳しなさいとしか書いてないのが悪いでしょ」とのこと。最初やらかした時は先生が涙目でフランス語を翻訳して採点しており、以降のテストでは『日本語に』という前置きが必ずつけられるようになった。それでもボーッとしているとたまにフランス語で書いてしまうことがある。

 

 

 趣味らしい趣味はあまりないが、川の近くや屋上で空を見てぼんやりすることが好き。ぼーっと空を眺め続けていたらいつのまにか5時間たっていたことがある。

 

 

 栗東寮の部屋は1人部屋。隣部屋はマヤノトップガンとトウカイテイオーの部屋。非常に押しに弱く、彼女らやチームメンバーのゴールドシップらの押しの強さに流され続けている。

 

 

 普段は滅多にやらないが料理やスイーツ作りも普通にできる。フランスにいた時に暇すぎてじじ様に教えてもらったのがきっかけ。正確な時間感覚やバランス感覚はここでさらに研ぎ澄まされた。

 

 

 本人は否定するがかなりの甘党で、特にブドウとメロンが好物。このことが料理やスイーツ作りをやるモチベーションになったのはいうまでもない。

 

 

 

 



 

 

 

 

 

 

「私こそがピスタチオノーズですわ!至宝の頂へ…参ります!」

 

 

 

名前:ピスタチオノーズ(Pistachio Nose)

 

学年:中等部

 

所属寮:美浦寮

 


 

誕生日:4月6日

 

身長:162cm

 

体重:もちろん、完璧ですわ!

 

スリーサイズ:B91・W57・H85

 


 

得意なこと:整理整頓、自己管理

 

苦手なこと:煽られること

 


 

耳のこと:寝る前に10分くらい温めるのがマイブーム

 

尻尾のこと:怒ったりムキになるとものすごく良く振り回す

 


 

靴のサイズ:左:26.5cm 右:27.0cm

 


 

家族のこと:父親が休みの日はずっとチェスや将棋で遊んでもらっていた

 


 

 

 キリッとした抹茶のような緑の目と日本人離れした高い鼻を持つ旧家のご令嬢。肩までかけた濃い鹿毛の髪の毛先をゆるーくロールさせるのがマイブーム。左耳に名前にもなっているピスタチオのきのみを模した金色の髪飾りをつけている。

 

 

 生まれも育ちも日本で父親は将棋のプロ棋士。趣味として将棋やチェスなどのボードゲームを嗜むようになったのはこのため。この父親に溺愛された結果、少し高飛車に育った。

 

 

 授業はレースの都合による公欠を除いて皆勤で、学業も概ね優秀。テスト前はニシノフラワー並みにノートを見せて欲しいとみんなに頼られるほどしっかりと理解しているが、「お世辞にも綺麗な発音じゃない。今まで何を聞いてたの?」とスバルメルクーリに煽られた結果、英語の発音に少しだけ苦手意識ができてしまった。

 ……少しのフランス語訛りがあるとはいえほぼほぼネイティヴな発音ができるメルクーリと純粋な日本生まれ日本育ちのピスを比べるのが悪いというのは本人のプライドが受け入れられなかった模様。

 

 

 レースは基本先行か差しで最後の末脚が持ち味。末脚を発揮するときの右足の踏み込みが他のウマ娘と比べてとても重く強いため、片足だけダメになったシューズの残骸が沢山あった。現在は担当トレーナーの東条ハナの口ききで蹄鉄周りを特注にしたことでダメになる頻度は減った…らしい。

 

 

 スバルメルクーリと初めて会ったのは入学試験のレースだったのだが、メルクーリがそのことをレース展開やレース前のやりとりなどを本当に一切何も覚えてなかったため、チームリギルの選抜レースで初めて会ったことにしている。その選抜レースでは追込バとしてスバルメルクーリをマークしていた結果、大逃げでスタートからぶっ飛んでいった彼女に対応できずに8バ身差の2着で惨敗した。その次の選抜レースで見事1位を取ってリギルに入りを決めた時におハナさんにスバルメルクーリのことを聞いたら、こめかみをピクピクさせていたので聞かなければ良かったと後悔した。

 

 

 

 



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間話 エイプリルフール:April FOOL

お久しぶりです、リハビリがてら間話の投稿です。本編はもうちょっと待ってくださいな。

え、エイプリルフールはもう過ぎた?そんなぁ。

時系列的には本編のかなり後の話になります。
それでは今回もよろしくお願いします。


 春眠暁を覚えず、という言葉がある。元々は孟公然(もうこうねん)の春暁という詩の一節で、春の朝の暖かさについつい寝過ぎてしまうというような意味だったような気がするけど…それはさておき。

 

「……さて、やりますか」

 

 

 今日は4月1日。二度寝ができるほど暇じゃないのだ。

 

 

 〜〜〜

 

 軽く体を伸ばしながら食堂に行くと、見慣れた薄紫の長髪がコーヒーカップ片手に読書していた。…あっ、目があった。

 

「あら、メルクーリさん。珍しいですわね、こんな朝早くに」

「……おはよ、マックイーンさん。ジャージってことはこのあとトレーニング?」

「えぇ、テイオーとこの後併走の予定ですわ。……当のテイオーはまだ寝てるようですけど」

「……あー、テイオーの同室はマヤノだしなぁ。こりゃ2人ともお寝坊かもね。……相席してもいい?」

「えぇ、もちろん」

 

 

 

「朝ごはん、朝ごはんっと……あっ」

 

 カフェオレをもらってきてマックイーンさんの隣に座りつつ、ポケットから朝食用のビスケットを取り出してからジャムを持ってくるのを忘れたのに気づいた。……貰いに行くのも面倒だしこのまま食べよっと。

 

 ビスケットをひとかけら食べてからカフェオレをひとくち。うん、おいしい。そこまでしてから怪訝そうな目で見てくるマックイーンさんに気づいた。

 

「……マックイーンさん、どうしたの?」

「その…朝からビスケットですの?」

「……おいしいよ?」

「いえ、そうではなくて…。食べ合わせとか」

「欲しいの?」

「は、はぁ!?欲しいとかそんなことは全く考えてま「でもこれ甘くて美味しいし腹保ちもいいよ?」……」

 

 

 片目を閉じていたずらっぽくいうと、マックイーンさんは露骨にソワソワし始めた。…なにこの可愛い芦毛。

 

「……これ1人で食べきるのはちょっと多いかもなぁ」

「ひ…1人分じゃないならしょうがありませんわね。私でよろしければお手伝いさせてくださいま」

「まぁ、明日食べればいっか。……ん、マックイーンさんなんかいった?」

「……いえ、なにも」

 

 ……ふ、ふふっ。

 露骨に耳が立ったり折れたりするマックイーンさん、わかりやすすぎる。

 

「……なんてね。どうぞ、マックイーンさん」

「いいんですの?メルクーリさんの朝ごはんでは…?」

「さっきも言ったけど、これ1人の1食分じゃないから。朝ごはんたくさん食べる習慣もないし、何よりマックイーンさんも食べたいんでしょ?」

「…では、お言葉に甘えてさせていただきますわ」

 

 

 お澄まし顔してるのはいいけど尻尾振ってたらバレバレなのよ、マックイーンさん。というかそもそも貴女が甘いもの好きなのは公然の事実じゃんか。

 

 

 

 ビスケットもカフェオレもすっかり食べきって早15分。ちらほらと生徒が朝食を食べに来てはいるものの、長髪をポニーテールでまとめた流星が目立つ奴もオレンジのふわふわ髪も来る気配が全く感じられない。ちなみにさっきスペさんがグラスさんと信じられない量のご飯を積み上げて通って行った。なにあれ……?

 

 

 

 それはそうとして…。

 

 

 

「…来ませんわね、テイオー」

「……寝坊だねぇ。春休みだし、2人で夜遅くまでおしゃべりしてたんじゃない?」

 

 

 2人してため息を吐く。…このままマックイーンさんを放置するのもなんか違う気がするしなぁ。しょうがない。

 

「……その、私で良ければ併走つきあうけど?」

「いいんですの?」

「…朝ごはんいっしょに食べてくれたお礼ってことで。部屋に戻って準備してからになるからついでに2人も起こしてみる。ちょっと待ってて欲しい」

「よよよ…!メルクーリさん、貴女って方は…!」

「……なんか違くない、それ?ともかくちょっと待ってて」

 

 

 マックイーンさんの背中をそっと叩いて部屋に急いで戻る。

 

 

 …よし、まず一つ。

 

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 ささっとジャージに着替えた私は、シューズを片手に隣部屋の前に立っていた。

 

「……おはよー。お2人さん、起きてる?」

 

 

 ………。

 

 ……………。

 

 …………………。これ、起きてないよね。

 

 思いっきり耳を澄まして周りに誰かいないか確かめる。……いないね、ついでに目の前の部屋からは規則正しい寝息が2つ。

 

 ……よし、やるか。

 

 小袋からそっと針金2本を取り出して鍵穴に差し込む。ここを押して…ここを…よしっと。んでここを回せば……開いた。雑音を極限まで減らして…っと侵入完了。

 

「「もう食べられないよぉ…」」

 

 

 …2人とも何の夢を見てるのさ。だいたいわかるけど。いやはや、こんなに気持ちよさそうに寝てるのを起こすのはちょっと気がひけるけど…。カーテンを開けながら少し大きな声を張ってみるか。

 

 

「……スゥゥッ。おはようございまーす

「「わわわっ!?」」

「……うるさ」

 

 

 強烈な音波に耳をやられる。……やるんじゃなかった。

 

 

 

 

「……テイオー、なんか忘れてない?」

「ん?なんかって……あっ!!」

「…そういうこと。マヤノは完全にとばっちりだけどね」

「……むー」

「ごめんってば。……もとはといえばお寝坊さんが悪いと思うんだけどね」

「あはは…ボク、準備してくるね」

 

 まだ半分くらい夢の中にいるままほっぺたを膨らませるマヤノの髪を撫でる。

 

「…ってことで私は今からマックイーンさんと併走するんだけど、マヤノも来る?」

「…うん、マヤもいく〜」

「……先に顔洗っておいで。眠いんでしょ?」

「…うぅん。ちょっと待ってて〜」

 

 

 先に洗面台に行ったテイオーについていくようにとことこ歩いていくマヤノを見送って一息つく。…あ、LANEでマックイーンさんに報告しなきゃ。

 

 

 5分後…。

 

「お待たせ、メルちゃん!待った待った??」

「……かなり待った」

「ぶっぶー!こういう時は『待ってないよ』って答えるのがオトナなんだよ!」

「待ってない待ってない」

「もー!メルちゃんのいけず!」

「………なんでさ」

「あー、昨日マヤノとオトナ談義してたからマヤノはしばらくそういうモードだと思うよ」

 

 

 洗面台で髪をまとめているテイオーの声に思わずこめかみに手を当ててしまう。

 いつも思ってるんだけどオトナ談義って何なんだ…。マヤノと会ってから随分長くなるけどこればっかりはちっともわからない。マベさんのマーベラス並みにわからん。

 

「っとと、おっまたせ〜!行こっか!ひっさしぶりのマックイーンとの併走だぁー!」

「……待たせてるんだから早く行こ」

 

 

 テイオーとマヤノの背中を軽く押して部屋から出る。

 

 

 

 これで3つか。

 

 〜〜〜

 

「…遅くなってごめん。……ところでマックイーンさん、それはどういう状態なの?」

「…私が聞きたいところですわ…」

「やぁやぁメルさんや、朝早くから人員集めご苦労!」

 

 

 3人でマックイーンさんに指定されたコースに着くや否やマックイーンさんの隣でセグウェイに乗っているゴルシを見つけ、呆れた目で見る。どういう立場なのさ、それは。

 

「それじゃみんな集まりましたし、併走しましょうか。ゴールドシップさん、ゴール判定は任せましたわよ」

「あいわかったマック婆ちゃん、白とか黒とか紅とか全部つけちゃうぜ!」

「「「……婆ちゃん??」」」

「気にしないでくださいまし!どうせエイプリルフール特有の奴ですわ!」

「そんなこと言うなよマックちゃんや、寂しい……どうした、メル?」

「……えっ?あっいや…あははは。はやくやろ?ね?」

「…むむむ〜?」

 

 

 ……やばいやばい、危うくバレるところだった。胡乱げな目で見てくるゴルシとマヤノを手でひらひらとかわしてコースの中に入る。……外からでいいや。

 

 

「よーし全員入ったな。位置について…用意、どん!」

 

 

 

 

 

 

「……はぁ、はぁッ…マックイーンさぁ…!」

「いきなり3600mは聞いてないよ…マックイーンちゃぁん…」

「……私とマヤノに関しては巻き込まれただけだし、そもそも私にはちょっと長すぎるし……なんで…」

「あら、私を待たせたんですから走る距離くらいは私の自由になって当然でしてよ」

 

 

 ……あー。内心ではしっかり怒ってたのね。とはいえ流石にこの距離は……キツい……。

 

 思わず大の字で寝転がって他の3人をチラッと見る。最強ステイヤーの名を欲しいままにしてるマックイーンさんは当然として…意外とマヤノもそこまで消耗してないのね。んでその2人に比べるとテイオーが少し消耗してる感じかな、大の字にはなってないけど。

 

「おーい、大丈夫かぁメル?」

「……大丈夫…じゃない…って言ったら…どうなるの?」

 

 

 セグウェイに乗りながら寄ってきたゴルシに減らず口を息も絶え絶えに返す。そういえばゴルシも長距離走れるタイプだったよね。……はぁ、ステイヤーは毎レースこんな距離走ってるのかぁ…。

 

 なんてぼんやり倒れて眺めていると、セグウェイを降りたゴルシがマックイーンの背後に立って髪の下に手を入れてごそごそ。

 

 …あー、これはまずいかも。

 

「…どうかしましたの、ゴールドシップ?」

「ちょっとそのまま動くな…よっと!」

「ひゃんっ!いきなり何してくれますの!?」

「あーいや、これこれ。お前たちが走ってる時にチラッと見えてな…って何だこれ」

「これは……魚のシール?」

 

 ゴルシの手でひらひらしているのは魚のシール…というよりは魚の紙切れにシールを貼り付けたやつ。

 

「あれ、テイオーちゃんもなんかついてるよ?」

「えっ!?取って取って!」

「そう言うマヤノさんも何かついてましてよ、取って差し上げますわ」

「マックイーンとテイオーとマヤノにはついていて、メルにはついてないな」

「「「メルちゃん(メルクーリさん)……?」」」

 

 ……あー、これは撤退したほうがいいかも。ちょっとまだ息戻ってないんだけど、これから起こるであろう悲惨な未来を回避するために体にムチ打たなきゃ…!

 

 

「……飲み物買ってこようかなぁ。ってことでまたッ!」

「「「……逃がすなッ!!」」

 

 

 〜〜〜

 

「………」

「「「……ジーッ」」」

 

 

 すぐに捕まりました。疲れが取れてない状態じゃ面白半分に追ってきたゴルシを含めたステイヤー気質3人と無敵のテイオー様には勝てるわけありませんでした。四方を囲まれて逃げるに逃げられません。助けてください。

 

 

「メルちゃん」

「…はい」

「説明、して?」

「…エイプリルフールなので、イタズラしてみました。他意はありません。ホントはスピカ全員に貼ろうなんて思ってません」

「どうやって貼ったんですの?私、全く気づきませんでしたわ」

「…マックイーンさんは食堂の別れ際に、2人は部屋を出る時に。…こんな感じで」

「…うおっ!?マジかよ」

 

 

 手品にもならない小細工で素早くゴルシの背中に魚の紙切れを貼り付ける。…みんなに見られてる前じゃさすがに気付かれるけど、そうじゃなきゃ意外とバレないんだよね。

 

「……ちなみに。魚の裏側はもう見た?」

「「「裏側?」」」

「なになに……ふむ、『17:30分、栗東寮キッチン前にお越しください』……?」

「……まぁ、そのまんまだよ。キッチン借りて料理作るから来て」

 

 

 そう。この魚はただの魚ではないのだ。イタズラに付き合ってもらったお礼として晩ご飯の招待状も兼ねてるってわけ。元々は実家での慣習みたいなものだけどそれはおいといて。

 

「…スピカのみんなは元々呼ぶ予定だったから、それ以外で呼びたい娘いるなら呼んでいいよ」

「…いいんですの?材料費とか出しますわよ?」

「…暇つぶしみたいなものだしいいよ。ほかにお金使うことあんまりないし」

「ねね、マヤはメルちゃんのお手伝いしたい!いいでしょ、ね?」

「…じゃあお願いしよっかな。マヤノはセンス良いし、楽させてもらうね」

「ホント!?やったー♪」

 

 

 喜ぶマヤノに尻目に、脳内で2人で作る時の料理工程を思い浮かべる。……多分調理時間は1時間くらいは短くなるかな。

 

 

 

 ……そう思っていた時期が私にもありました。

 

 

「今日はここに来ればおいしいフレンチを楽しめると聞いたのだが」

 

 

 

 その日私は思い知った。芦毛の怪物の脅威を。提供(サーブ)した瞬間に空き皿になってくることの恐ろしさを…。

 

 

 

「…トレセン学園でやろうと思ったのが間違いだった」

「…メルクーリさん、本当に材料費はいいんですの?結構な量作ってましたわよね?…あ、あとソルベのおかわりってございまして?」

「……これで最後ね。あと材料費は…少しだけお願いしてもいい?」

 

 

 なんとか死守した私の分をちょもちょもと食べながら、ため息をつかずにはいられなかった。

 

……二度とやらない。




キルロード君、パドックで良いなって思って仲良い人にオススメしたらとんでもないことになって笑ってしまったの巻。

お気に入り登録、感想、評価等々いつもありがとうございます。
それでは次回もよろしくお願いします!


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間話 スバルメルクーリ誕生日記念

低気圧に負けた…私は弱い…。今からでも5月9日47時ってことになりませんか?…無理、ですよねぇ。
1日遅れの誕生日記念、あるいは怪文書。エイプリルフール同様、時系列的には本編のかなり後の話になります。

それでは今回もよろしくお願いします。


「メルちゃんメルちゃん!今からデート行こ!」

「……はい?」

「見たい映画あるんだー☆メルちゃんも一緒にテイクオーフ!」

「……あーれー」

 

 

 久しぶりのおやすみの日。いつものようにお昼寝をしようと屋上に行こうとしていた私はマヤノに呼び止められたかと思ったのも束の間、半ば引きずられるように外に連れ出されてしまった。

 

「……あのー、マヤノさん?聞きたいことが2、3点あるんですけど…」

「ちょっと上映まで時間ないから走るよメルちゃん!」

「あっ、ちょっと!……はぁ、しょうがない」

 

 〜〜〜

 

 寮から1番近い映画館に着くなり、ささっとチケットを交換してきて食べ物まで買ってきているマヤノを私は肩で息をしながら見守っていた。かなり速いペースで20分は走ってたはずなのになんであんな元気なの……?

 

「ギリギリセーフ!!やっぱり映画鑑賞にコーラとポップコーンは欠かせないよね☆」

「……はぁ、はぁ…。で、どれ観るの?」

「んとね…これ!はーいうぇーいとぅーろーでんじゃーぞーん!」

 

 

 あー、これ新作出てたんだ。昔お母様と一緒に見たけど、戦闘機がびゅんびゅん飛び回って戦ってるのがカッコいいやつだよね。

 

 

 ちなみに私、映画館で映画を観た記憶がほとんど…というか全くない。耳のことがあったから映画を見るっていえば実家のホームシアターで見ることを指してた。

 

 …まぁ、いっか。たまにはこういうのも。今はこの耳も昔よりはうまく扱えるようになったし。

 

「はい、これメルちゃんの分!」

「……ん、おいくら?」

「いいからいいから!1番いい席とったんだ〜♪」

 

 

 なにより。目の前の親友がこれだけワクワクしてるのを見て嫌な気持ちになるわけがないよね。

 

「……入ろっか」

 

 

 〜〜〜

 

「ん〜〜〜よかった!!F-14ってやっぱりカッコいいなぁ〜!!メルちゃん知ってる?F-14ってね、可変翼の動きが猫の耳の動きに似ていることからトムキャットって呼ばれてるんだって!」

「……知らなかった。マヤノは詳しいね」

「えっへへ〜♪マヤねマヤね、この映画楽しみにしてたから色々調べてたんだ!あとはねー、スタントマンを使わないで主役の人本人があのアクションやってるんだって!」

「……本当にヒト?お母さんがウマ娘だったりするのかな」

 

 

 マヤノの話を聴きながら映画に集中しすぎて食べきれなかったポップコーンをフードコートでつまんでいると、ぱしゃり。隣でシャッターを切られてしまった。

 

「ふに"ゃっ。……まーたそうやって写真撮る」

「メルちゃんのご飯食べてる写真って反響すごいんだよ?ウマスタにあげていい?」

「……撮られてあげるから。ウマスタにあげるのは一緒に写ってる奴にしなよ」

「わーい!アイコピー♪」

 

 

 寄ってきたマヤノがカメラを構えるのに合わせてひょこっと顔を傾ける。これくらいの角度なら撮りやすいでしょ。

 マヤノが自撮りのボタンを押そうとしたその時、タイミング悪く電話の通知がひょこっと画面上に出てきてマヤノの手がブレてしまった。

 

「あちゃー、あとで撮り直そ?ね?ね?」

「……早く出てあげな。言われなくても待ってるからさ」

 

 

 ……そういえば私、映画館に入るときにスマホの電源切ったきりだったな。写真もらったら久しぶりにウマスタに投稿しとこっかな。

 

『マヤノと映画を観に行きました』…ってね。

 

 

 〜〜〜

 

 あの後、夏に向けての新作コスメを見たいというマヤノに付き合っていたらあっという間に夕方。

 

 

 …なんだけど、当のマヤノの様子がさっきからちょっとおかしい。コスメの店に入っても蹄鉄ショップに入ってもずっとソワソワしっぱなしで落ち着かない。そのくせ何かあったのか聞いても「な…なんでもないよ!?」の一点張り。それはなにかある子の動きなのよ。

 

 

「……マヤノ?」

「わっひゃい!」

「なんだそりゃ。…じゃなくてそろそろ帰ったほうがよくない?寮長に怒られるのは嫌でしょ?」

「……わわ、もうこんな時間!…そろそろ大丈夫かなぁ

 

 一体なにが大丈夫なんでしょうか。小声で聞こえないようにしてるのはわかるけど、聞こえてるからね?

 

 こういう時のマヤノは大体なんか隠し事してるんだけど、いかんせん本人が真っ直ぐな子だから隠せてない。というかマヤノに限らず私の周りには嘘とか隠し事が苦手な子が多くない…?

 

 

「……マヤノさーん?」

「えっ!?あー帰ろっか!」

 

 

 〜〜〜

 

「マヤちんメルちゃーん、ランディーング!」

「……危なかったぁ。最悪窓から入っちゃえば良いけど、面倒だしね」

 

 

 結局行き同様に走るハメになっちゃったけどそこは流石にG1を勝ったウマ娘。玄関に滑り込んだ私たちはフジ寮長に苦笑いされながらもなんとか事なきを得た。

 

 軽く伸びをしながらチラリとマヤノを見る。……今なら行けそうかな。

 

 

「……ふぁぁ。映画面白かったね」

「ほんと!?オトナの映画館デート作戦、大成功だね!」

「ほんとほんと。んで何隠してたの?」

「えっとね、ゴルシちゃんにお願いしてメルちゃんの部屋をこっそり開けて……ってあっ!」

 

 

 手で口を覆うマヤノをジトっと見ながら高速で思考を回す。今不穏な言葉が聞こえたんだけど。私の部屋を、どうしたって?

 

『おうメル!今日からお前の部屋はこの『GGS』な!ゴー(G)ャス!ゴール(G)ド!シ(S)プ!略してGGS!あ、改装費用として5640万円を頂戴しまーす!』

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………。

 

 こうしちゃいられない!何やってくれたんだゴルシの奴!

 

 その時の私の表情はレースでも出ないような鬼気迫るものだった、と後にゴルシは語っていた。

 

 

はぁぁぁぉぁぉぁぁぁぁぁッッッッ!!!

「あっ!!待ってメルちゃん!」

 

 階段を5段飛ばしで一気に駆け上がり、自分の部屋の前に仁王立ちをしながら耳を澄ませる。

 ……中にいるのは、テイオーにゴルシに…マックイーンさんもいる?っていうかスピカの面子ほぼ全員いない?まさかチームぐるみでGGS計画を…!!

 

 

 ……ふぅ。息を深ぁぁく吸い、年一回出すか出さないかの大声を出しながら私はドアを開けた。

 

 

くぉぉぉぉらぁぁぁぁぁ!!!!……ってあれっ?」

「んぉ、なんだなんだ?…ってメルじゃねぇか、よく帰ってきたな!」

「……ええっと。GGS計画は…?」

「は、じーじーえす計画ぅ?なんだそれ?」

 

 

 完全に脳内が空白で満たされて立ち尽くす私に、うしろから追いかけてきたマヤノが話しかけてきた。

 

「はぁ、はぁ…。メルちゃん速いよぉ…!」

「……マヤノ、これは?」

「んぁ、マヤノまだ説明してねぇの?」

「説明しようとしたら先にいっちゃって…。メルちゃん、今日の日付わかってる?」

「そりゃあ5月9日……ってあっ」

「そうですわ、今日はメルクーリさんの誕生日…って貴女自分の誕生日忘れてたんですの!?」

「だからマヤノにお願いしてメルちゃんを外に連れ出してもらって、その間にボクたちが誕生日会の準備を進めてたんだ!はい、帽子!」

 

 

 ゴルシの後ろからひょっこり出てきたテイオーに帽子を被せられ、『本日の主役』と書かれたタスキをかけられながら部屋の中に連れ込まれる。

 

 依然として頭が真っ白な私が部屋の中央に入ったのを確認してからゴルシが音頭を取り始めた。

 

「はい!それではメルの誕生日を祝しまして…ってこれじゃ宴会だな、ミスミース。それではみなさん声を合わせまして、お誕生日おめでとう!メル!」

「「「「「「おめでとう!!」」」」」」

「……ええっと」

 

 

 ……実家でも誕生日は祝ってもらってたけど、どっちかというと身内で静かに祝ってもらってたからこういう感じのは初めてというか。…その、慣れてないというか。

 

 

 

 …えへへ。ちょっと、いやかなり嬉しい。だからちゃんとお礼は言わなきゃ、だよね。

 

「…ありがと、みんな」

 




ちなみに私乃亞は誕生日が長期休暇とダブってたせいで大学生になるまでこういう誕生日会の経験がありませんでした。

ヴィクトリアマイルはデアリングタクトさんを応援してます。(本当はジェラルディーナさんが来て欲しかった顔)
NHKマイル?知らん知らん、あんな毎年のように荒れるレース真面目に考えるだけ損ですわぁ…!

お気に入り登録、感想、評価等々いつもありがとうございます。
それでは次回もよろしくお願いします!


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プロローグ
プロローグのプロローグ:The Sun Also Rises? Or Not?


リハビリがてら筆を取ってみました。続くかどうかは私の気力と皆様の感想次第みたいなところです。


 ……いつからだろうか。私が走ることが嫌いになったのは。

子供の頃は確かに走ることが好きだったはずなんだけどな。

 

 

 ピンと立ったふたつの耳、そして普通の人間にはない尻尾。そして普通の人間をはるかに凌駕する脚力を2つの足で支える存在。いわゆる"ウマ娘"と呼ばれる存在である私は、そのウマ娘の中でも特に珍しいとされる輝くような銀髪と銀の目、そして銀の尻尾を持っていた。生まれた時には周りが騒ぎ立てて神社の巫女にされそうになったっけか。

 

 

 どうやらお母様はG1を制覇したこともあるウマ娘だったらしく、その血を引き継いだ私は通っていた幼稚園や小学校はおろか、現役を引退したウマ娘のお姉さん(かなり強調してた)が近所の公園で主催していた小さな大会でもほぼ負けたことがなかった。

 

 

『ねーねー!お姉さんはなんで走ってたの?』

 

 

 いつかそのお姉さんに聞いたっけか。お姉さんはちょっと驚いたあとにいつものようにニッコリ笑って返してくれた。

 

『そうねぇ、私に夢を見てくれるファンの人たちとか後輩のみんなたち。私に夢を見せてくれたトレーナーさんやチームの仲間たち。いろいろ理由はあったかもしれないけれど、やっぱりゴール板を1番で駆け抜ける瞬間が1番楽しかったからかな?』

『わたしもわたしも!1番になるのが1番楽しい!』

『やっぱりウマ娘はみんな1番になるのが好きなのよねぇ。……そうね、あなたはもう少し大きくなったら中央に行ったらどうかしら。あなたなら必ず試験には合格できるし、絶対楽しいわよ』

『ちゅうおう??てれびにでれる??お姉さんみたいにすごい人になれる?』

『ふふっ、そうかもね』

『じゃあわたし、ちゅうおう行く!それで1番になってずっと楽しくくらしたい!』

 

 

 

 

「……はぁ、バ鹿みたい。何が『1番になってずっと楽しく暮らしたい』だ。夢だけじゃなくて現実見ろよ私」

 

 

 どうやら私は夢を見続けている間に走る理由やら子供の時の夢やらをそっくりまとめておっことしたらしい。

 そしてそれらをまとめておとしたと気づいた時には既に夢中で走らせていた足は止まっていた。……いや、元から走ってさえいなかったのかもしれない。

 

「いっちにー!いっちにー!いっちに!」

「んー??」

 

 朝から授業をサボって屋上で雲が流れるのを見ながらボーッとしていたのだが、どうやら授業は既に終わってトレーニングの時間が始まっていたらしい。どこかのチームのトレーニングの掛け声やらゲートの開閉音、ストップウォッチの音に至るまで大小たくさんの音が校庭から溢れ出していた。

 

「……元気ねぇ。なんでみんなそこまで頑張れるのかしら」

 

 

 そうとだけ呟くと、私こと"スバルメルクーリ"は高等部らしき先輩から貰ったチーム勧誘の紙を飛行機の形に折りたたんで、そのまま屋上から投げた。

 

「…あらま」

 

 

 ちょうどいい感じに追い風が吹いたのか、紙飛行機はスィーっと綺麗に飛んでいってそのままどこかに行ってしまった。少しは目を通しておいた方が良かったのかな。まぁ、いいか。




お気に入り、評価、感想等諸々していただけると、して下さった方々がアプリでの育成で練習上手とか切れ者とかを引きやすくなるかもしれません。
嘘です。ファインモーションとかキタサンブラックとかを入れてイベントを引く確率を上げてください。
最近はバンブーメモリーを使って空回りゲート難Bランクゴルシを育成しようとしてますがうまくいきません。助けてください。


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プロローグ:Please save me and dump my vanity.

とりあえずプロローグは書けました。続くかどうかは私の気力と皆様の応援次第みたいなところです。


スバルメルクーリが屋上で紙飛行機を飛ばしている頃、トレセン学園の生徒会室では3人のウマ娘が真剣な顔をして1枚の資料に目を通していた。

 

「ゴールドシップも大概だが。問題はスバルメルクーリ、彼女だ。フジキセキ、彼女は栗東寮だろう?何とか呼び出すことが出来ないのか?」

「いやそれがね、彼女が寮に帰ってくるのをほとんど見たことがないというか。どうやら毎日帰ってきてはいるらしいんだけどね」

「ッ……!!本当に彼奴は何を考えて行動してるんだか…!!」

 

 

困ったように笑っているのが栗東寮の寮長フジキセキ。対照的に眉をひくつかせながら渋面をつくっているのが女帝こと生徒会副会長エアグルーヴ。

まぁ無理もない。理事長印の指示書には『捜索ッ!スバルメルクーリを見つけ出し、選抜レースに出場させろ!』という文言と共に彼女の写真が載せられていた。

 

というのも中等部のスバルメルクーリといえばトレセン学園内で"いるにはいるけど探そうとしたら見つけられないウマ娘"として有名で、トレーニング場はおろか普段の授業にもあまり出ないためにある種の都市伝説と化しつつある存在だからだ。

 

トレセン学園に入学してからのレースの公式記録もなし、連絡先もなし。どうやら課題や定期試験だけは郵送で提出しているらしい謎のウマ娘をどうやって探せばいいのか。そこまで考えて彼女、いや生徒会長にして日本で初の7冠ウマ娘、皇帝シンボリルドルフはニコりと微笑んだ。

 

「私に考えがある」

 

 

〜〜〜〜〜〜〜

 

 トレーニングの活気で騒がしくなってしまったトレセン学園をそそくさと後にして、私は河川敷でのんびりしていた。今のこの時期は暑すぎず寒すぎないため、河川敷で寝るにはちょうどいいのだ。

 

 おまけにここはちょうど橋の下で人もウマ娘もごく一部の例外以外寄ってこない穴場スポットのため、私的にはありがたい場所だった。

 

「…はふ。頑張ってる人を見たら疲れちゃったし。ここでのんびりしよう」

 

 

 川は好きだ。山に降った雨が何の憂いも縛りもなく、そこに生きている生き物たちを包み込むように、あるがままに流れるから。

 ふと水面に目を向ける。名前もわからない川魚たちがその流れに逆らいつつ、それでもどこか楽しそうに泳いでいた。

 

「ねぇ、君たちはなんで泳いでいる(はしっている)んだい?」

 

 当然だけど魚はなにも答えない。ただそこで泳いでいるだけ。だけどそれで良かった。それがある意味私の求めてたものだから。私は魚を眺める。魚はそんな私に関係なく泳ぎ続ける。この場はそうやって完結していた。それでよかった。

 

 その空間に満足していたからか、それとも本能のどこかで"この人は大丈夫"と安心していたからか。私は直前になるまで後ろに人…いやウマ娘が来てることに気づかなかった。

 

「メルちゃん?」

「ッ!?……なんだスズカさんか。驚かさないでよ」

 

 

 そう言いながら振り返ると明るい栗毛を腰の辺りまで伸ばし、前髪を目にかからないくらいの長さで揃えたウマ娘、サイレンススズカさんがニコニコしていた。

 

「また学校サボってるの?」

「サボってない。今日は屋上で空を見てたから登校はしたもん」

「そっか」

「スズカさんこそトレーニングサボったんじゃないの」

「私は今日は元々おやすみの日なの。だから私もおやすみ。隣、座るね?」

 

 

 それだけ聞くとスズカさんは私の隣に体育座りですわりこんだ。どうせ私がイヤだと言っても座ったんだろうな。

 

 スズカさんと初めて会ったのは入学してすぐのとある日の帰り道。今日みたいに川沿いでのんびりしてる時にたまたま目があったのが初めましてだったんだけど互いにウマが合ってたまにこうして会うくらいの間柄になった。授業もトレーニングもほっとんど出てない私には数少ない友人の1人って認識。先輩だけど。

 

「……」

「……」

「……ねぇ、スズカさん」

「ん?」

「スズカさんはなんで走ってるの?」

「……うーん」

 

 

 普段ならこんなこと聞かないんだけど、今日はなんだかこういうことを聞きたい気分になった。というか聞かなきゃいけない気がした。

 

「なんて言えばいいんだろう。…私は走るのが楽しくて、好きに走りたいから走ってる……?」

「ずっと前を走って1着になるのが好きってこと?」

「……うーん、そういうことになる…?うーん……」

 

 

 多分本能的に走るのが好きってことなのかな…?スズカさんの1番得意な走りは逃げウマからも逃げる大逃げ。ある種典型的なウマ娘の極地みたいなところがあるのかも。

 清々しいまでにウマ娘の本能に従えてるスズカさんを見て、私は……少し羨ましくなった。

 

 

 

 ……私にウマ娘としての価値はあるのだろうか。私は本当にウマ娘なんだろうか。そんな取り留めのない想いが浮かんでは消えて…そんな繰り返しを引き裂いたのはやっぱりスズカさんだった。

 

 

 

「ねぇ、メルちゃんは走るのは好き?嫌い?」

「……えっ!?わ、私?っあぁ、そうですねぇ……。好きですよ、きっと」

「そっか」

 

 

 …またやっちゃった。変に空気を悪くしたくないから自分の気持ちにフタをして相手に送り出しちゃう。

 自分をごまかして。他の人や観衆から逃げて。ウマ娘らしく走ることもせずに私は一体何をしてるんだろう。

 

 

 多分スズカさんは私が思ってもないことを言ったことに気づいてる。そんな使い潰したシューズより薄い見栄を張って私は何がしたいんだろう。

 

 

……私は一体何がしたいんだろ。…この心はどう癒せばいい?

 

 




お気に入り、評価、感想等諸々していただけるとして下さった方々がアプリでエルちゃんやグラスちゃんのガチャでいい結果がでるかもしれません。
嘘です。無理のない呼吸(かきん)を心がけて楽しくガチャしましょう。
配布のゴルシさん完凸すればものすごく強くないですか?レースボーナスがなかったような気がしますけどそれを他のサポカで補えばかなり必須級かも?って思いました。ええ。


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第1R 前を向かないウマ娘
第1話 着色: pigmentation


自分の予想以上のUA数、お気に入り数をいただけてびっくりしている次第です。
2日から3日に1話更新できたらいいなぁという気持ちで書いていきたい気持ち。


「……なにこれ?」

 

 

 スズカさんと別れてから帰ろうとしたら、なにやら私の部屋の前に寮長のフジキセキさんがいた。というかぶっちゃけ張り込んでいた。

 

 ……そういえば学園の校門前にエアグルーヴさんが張り込んでたな。誰探してるんだろうって思ってたら私だったのか。仕方ない、窓から入ろうかな。

 

 

〜〜〜〜〜〜

 

 

 

「……いや、なんでよ」

 

 一旦寮から出て外から入ろうとしたら生徒会長サマ、つまりシンボリルドルフさんが外で私のことを張っていました。なんで生徒会総出で私を探してるのさ?大捕物かなんかか。

 

 ……いや私がサボってるからか。不良生徒を取り締まるのが生徒会の役割と言われたら私の口からは何も言えないや。たしかに大捕物だ。

 

 

「……なんの用ですか?」

「君がスバルメルクーリだな。唐突だが君には次の選抜レースに出てもらうことになった。またそれに際し、君には少なくとも選抜レースが終わるまでの間監視をつけることになった」

「…………はい?」

「監視役は君の隣の部屋のトウカイテイオーとマヤノトップガンに頼んでおいた。なにか不便があるなら彼女らに言うといい」

「いやちょっ」

「あぁ、トレーニングも彼女らと一緒にやってもらう。2人とも優秀な子たちだから相手にとって不足はないはずだ」

 

 

 ちょっと待て。この7冠は何を言っているんだ。選抜レース?監視役?どこを切り取っても理解できない。そこまでする意図が分からない。

 

 

「……嫌だと言ったらどうなりますか?」

「君の学園での居場所はなくなると思ってくれていい。つまり、退学だ」

「それでいいと言ったら?」

「…ん?」

「今すぐここから出て行くと言ったら?って聞いてるんですよ」

 

 

 言った瞬間、しまったと思った。自分が隠してた醜い部分を露呈してしまった。しかもよりによって中央トレセン学園の生徒会長、7冠のシンボリルドルフに向かってだ。

 

 

 スズカさんの時といい、どうにも今日は虫のいどころが悪い。聞かなくてもいいことを聞き、言わなくていいことを言ってしまう。どうにか止めなくちゃ。

 

 

 ……そうは思っても止まらないのが今日の私の口で。

 

「私はあなた達と違う!走ることが好きなわけでも大層な目標があるわけでもないッッ!!それなのに勝手にレースなんかに出させないでくださいよ!!!」

 

 次の瞬間、私の視界が横にブレた。状況的にも会長サマが私をビンタしたのだろう。私の左頬がジンジンしているのがその証拠だ。

 

 言っていいことと悪いことがあるのは私でも分かる。そしてこれは完全に言っちゃならないことだ。少なくとも誰もが夢やら目標やらに向かって走ってるここトレセン学園ではこの言葉は禁句。なぜなら選抜レースに出たくても出られない奴だっているんだから。

 

「今すぐここから出ていく?それができるならもうしているだろう。なのにそれをしていないということは出来ないからに違いない。いいかスバルメルクーリ、甘えるな。君のソレは甘えに他ならない。いいか、次の選抜レースに出ろ。出ないならこの学園から出ろ。こちらからの通達は以上だ」

「……」

「……叩いたことは謝罪する。では、レースでの好走を期待させてもらう」

 

 そう言い残し、私に背を向けて帰る生徒会長サマを見送ることしか私には出来なかった。

 

 

〜〜〜〜〜〜

 

 

 

「ボクはトウカイテイオー!テイオーってみんなに呼ばれてるからキミもそうしてよ!」

「マヤはねぇ、マヤノトップガン!マヤノとかマヤちんって呼んでね!」

「……スバルメルクーリ。好きに呼んで」

「「じゃあメルちゃんだ!よろしくね、メルちゃん!」」

 

 

 仕方なく寮の部屋に戻り、部屋の前で張り込みを続けていたフジキセキさんに紹介されたのはどこか生徒会長サマ(シンボリルドルフ)を小さくしたようなウマ娘とくせっ毛気味の明るい栗毛のウマ娘。多分二人とも中長距離でかなり走れるタイプだと思う。

 

 まあいいか、テキトーに逃げられるでしょ。

 

 と、思ってたのに…。

 

 夜こっそり抜け出そうとするとマヤノトップガンが眠そうな目をこすりながら「メルちゃん、こんな遅くにどこ行くの~?」って聞いてくるし、朝は朝でトウカイテイオーが私の部屋の合鍵を渡されたのか「おっはよーメルちゃん!今日は授業も一緒に受けよ!」って私が抜け出す前に突貫してきた。二人とも同じクラスなのか…知らなかった。

 

「…あら?」

「…メルクーリさんじゃない?珍しいわね」

「やっぱり可愛いよね、メルちゃん」

 

 二人から強引に抜け出すのはさすがに厳しいから仕方なく教室に登校するとクラスのみんなの目が私一人に突き刺さってきて辛い。何なら担任の先生すら驚いた顔を一瞬見せたの、私気づいてるからね?

 

 

「日本におけるクラシック3冠を……じゃあスバルメルクーリさん答えてください」

「皐月賞、東京優駿、菊花賞」

「はい、正解です。この中の皐月賞ですが…」

 

 …久しぶりに出席した授業は、その、なんというか。

 予想以上に基本的な内容で面白くなかったとだけ言っておく。




A○emaで今なら日曜日までアニメ1期が全話無料で見られるのに気づいてしまった。マックイーンとゴルシの絡み好き。一気見ですわ!パクパクですわ!
見ながらアプリやってますけどイベント完走するのキツくないですか…?キツくない、そうですか…。
改めまして感想、お気に入り、評価、UA本当にありがとうございます。嬉しいんでもっとくれるともっと喜びます。


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第2話 制限:limitation

アプリでフォローしてる方がいつのまにかイベントの新規サポカヘイローを完凸しててびっくりした朝にお届けです。よろしくお願いします。


「……」

「メルちゃん柔軟は終わった?じゃあボクと併走しようよ!」

「あっ、テイオー抜け駆けずるい!終わったらマヤともやってねメルちゃん!」

 

 

……。

…………。

………………。

戻ってきてしまった、またこのターフに……。

 

 授業が終わった瞬間に抜け出したはずなのに、気づいたらトウカイテイオーとマヤノトップガンが両隣でニコニコしてた。どういうこと?

 そしてまた気づいたらジャージに着替えさせられ、ターフの上でマヤノトップガンに押されて柔軟をさせられた上でトウカイテイオーと併走をすることになってた。

 

 

 ターフを走るなんて本当にいつぶりだろうか。入学試験の時に走ったのは覚えてるんだけどそれ以来かな。さすがにそれはない…と言い切れないくらい走ってない気がする。

 

 

 仕方ないので少し前を走ってるトウカイテイオーを観察する。跳ねるような軽さを伴った走り方から見るに相当体が柔らかくてバランス感覚が優れてるって感じかな。小柄な体格から出る瞬発力も相当スゴいかもしれない。

 

 次に併走したマヤノトップガンは、すごく器用な走り方だ。相手を見て戦い方を変えられるタイプのウマ娘。私がうまく逃げられなかったのもこの観察眼のせい……だと思う。

 

 

 

 1600mをトウカイテイオーとマヤノトップガンの2人と2回ずつ。最後に3人で1回。合計8000mを走ったんだけど、相変わらずターフの上は…はぁ。

 

「はぁ…はぁ…。メルちゃん、速いね!ボク、びっくりしちゃった!」

「……あ、ありがとう?」

「はぁ…、マヤもう疲れちゃった〜。ちょっと休憩しよ?」

「う、うん。じゃあ飲み物とってこよ「「あーっ!メルちゃんまた逃げようとしてる!?」」…ちぇっ」

 

 

〜〜〜〜〜〜

 

「…はちみーの屋台?」

「そう!ボクはちみー好きなんだー!店員さん、はちみつ硬め濃いめ多めで!」

「テイオーちゃんホントにはちみー好きだよねー。あ、私は普通で!メルちゃんは?」

「…じゃあ普通で」

「はーい、こちらになります!ありがとうございました!」

 

 

 しっかり両脇を2人に挟まれて2時間半くらい走りこんだ後の帰り、そのまま帰ろうと思っているとトウカイテイオーがどうしても寄りたい所があるといって譲らないから3人で寄ることにしたんだけど、どうしても寄りたい所ってはちみーの屋台か。はちみつ硬め濃いめ多めってどういうことなの?濃いめ多めはまだしも硬めって…?

 

「……トウカイテイオーはなんではちみー好きなの?」

「はちみーはね、朝飲んでも夜飲んでも美味しい飲み物なんだよ!」

 

 

 それは微妙に受け答えになってない気がする。マヤノトップガンと一緒にはちみーを受け取って一口飲む。たしかに美味しいけど少し甘すぎる気がした。これを硬め濃いめ多めで飲むトウカイテイオーはどんだけ甘党なんだ。

 

「ていうか〜!メルちゃん!」

「?」

「ボクのことトウカイテイオー、トウカイテイオーって長くない?テイオーって呼んでよ!」

「あーっ!それマヤも思ってた!マヤのこともマヤノって呼んで!!」

「…えっ?いやそうい「「3、2、1、はい!!」」………テイオー、マヤノ」

 

 

 私がおかしいのかもしれないけど、ウマ娘って全体的に距離感近くない?そんなことない?そんなぁ。

 

「そういえば今日、なんか練習見にきてる人多くなかった?カイチョーも来てたしびっくりしちゃった」

「……そうなの?いつもはあんなに多くないの?」

「うーん、普段はもっと少ない気がするなぁ。あ、でもでもマヤわかっちゃった!メルちゃんが目的なんだ!」

「……は、私?」

「普段トレーニングに来ない人がトレーニングに来たらみんな気になっちゃうよね」

「……ふーん、道理で」

 

 ……道理でイヤにうるさかったわけだ。

 

 

〜〜〜〜〜〜

 

 トウカイテイオーの言っていた通り、カイチョーこと皇帝シンボリルドルフは副会長エアグルーヴを伴ってスバルメルクーリたち3人の練習を見に来ていた。周囲には幻のウマ娘を一目見たいというウマ娘たちの他、有名チームのトレーナーも数多く視察に来ているあたり、スバルメルクーリの注目度の高さが窺える。

 

「やけに観客が多いですね。これまでトレーニングをサボっていた奴に対する注目度ではない」

「ふっ、エアグルーヴは手厳しいな。だが彼女、スバルメルクーリにはそれだけ注目されるだけの理由がある」

「……彼女に向けて『甘えるな』と手厳しく叱責したのは会長では?」

「ははは」

 

 

 そう話している間に3人の併走トレーニングはひとまず終わったらしく、3人はなにやら集まって話している。その間にトレーナーたちの品評会も始まったようだ。

 

「なぁ、今の併走どう見えた?」

「スバルメルクーリは完全に調整不足ですね。一回もトウカイテイオーとマヤノトップガン相手に勝てませんでしたし」

「相手があの2人なのを差し引いても一回も勝てないのはなぁ。少し期待しすぎたか」

「次の選抜レース、1番の注目株だと思ってたんだけどなぁ」

「スバルメルクーリより、あの子(モブ娘)の方が期待が持てるな」

「あっ、その子は私も期待してたんだよね〜」

 

 

 

「…というのが世間の評価というやつか。エアグルーヴ、君はどう見た?」

「……トウカイテイオーの軽い足捌き。マヤノトップガンの変幻自在な動き。これらに比べるとやはり見劣りするかと。とてもではないですが、サボってたのをわざわざあの2人を監視につけて練習させる意味はないように感じました」

 

 

 エアグルーヴの意見にシンボリルドルフは瞑目したまま頷いた。まぁ無理もない。スバルメルクーリの走りは傍目から見て精彩を欠いているようにしか見えなかった。……気づくのはそれこそシンボリルドルフのような超一流くらいなものだろう、と言うくらいには。

 

「……よし、では聞き方を変えようか。スバルメルクーリの走った併走、テイオーとマヤノトップガンとの着差は把握しているか?」

「着差、ですか。そうですね…全て大体2バ身だったかと思いますが……まさか!?」

「そのまさかだ。スバルメルクーリはあの併走トレーニングで全力を出していない。息が一切上がってないのがその証拠だ。彼女はテイオーとマヤノトップガンに対し、2バ身を常にキープしていて走っていた」

「…そんな器用なことができるのですか?」

「意識的か無意識かは彼女のみ知る所だろうが、理事長からもらった資料にはこんなものが載っていた」

 

 

 本当はあまり見せてはならないものかもしれないが、と思いつつシンボリルドルフはエアグルーヴにその資料を見せる。

 エアグルーヴがその資料を覗いたところ、どうやら入学試験の成績が細かく記載されているようだった。

 

 将来を嘱望されていたり、もうチームに入っていたりする名だたるウマ娘たちがいる中、その1番上に『スバルメルクーリ』の名前が記載されていた。

 

 

 




本編より前書きと後書きの方が何書けばいいか分からない説、ありません?
感想、お気に入り、評価等々ありがとうございます。正直予想以上の伸びを見せていてウマ娘というコンテンツの強さをひしひしと感じてる今日この頃。


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第3話 真珠星:Spica

A○emaの2期一挙配信を見ていたら投稿がびっくりするほど遅れました。すやっすやマヤノ可愛かったですはい。


 久しぶりのトレーニングをした次の日、私はマヤノに朝早くからドアをバンバン叩かれる新手の叩き起こしを受けていた。

 

「メルちゃん早く早く!マヤ、限定の洋服見に行きたいの!」

「……マヤノ、私眠いんだけど。なんで私も行かなきゃいけないのさ」

「テイオーちゃんはチームメンバーの応援にいかなきゃいけないらしくて、今日メルちゃんを見れる人がマヤしかいないの!だから一緒に着いてきて欲しいの!」

「……行かないって選択肢はないの?」

「…………ダメ?」

「………………はぁ。分かったから少し待ってて。行く準備するから」

「やったー!!メルちゃん優しいね☆」

 

 

 私の監視などという人に押し付けられたものでマヤノが楽しみにしてたであろうショッピングがフイになるのも少しかわいそうだなと思ってしまい、思わず行くと言っちゃった。決してマヤノに言いくるめられたわけじゃない。

 

 …というかテイオーってチームに入ってたのか。それすら知らなかったんですけど。

 

 

「お待たせ。どこに行くの?」

「おー、ちゃんと似合ったコーデしてるね!マヤも今度真似したい!んでね、ここの限定セット見てから、こことこことここのお洋服見てそしたら……」

 

 …どうやら思った3倍は時間もお金もかかりそうだ。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜

 

「たっくさん見れた、楽しかった〜!」

「…そっか、ちゃんと見たいもの見れたなら良かった。私は少しお腹減ったかな」

「じゃあご飯食べに行こ!この近くマヤの好きなレストランあるからそこでいい?」

「そこにしよっか」

 

 2人で思い思いの服を見ていたら結構時間が経っていたのでレストランでご飯休憩をすることにした。ちなみにマヤノは好みの洋服を2着、ヒールを1足買って満足げにしていた。

 

 信号待ちになったのでふと上を見上げると、どうやら中山レース場でレースがあるようで電光掲示板に中継が映されていた。それをぼんやり眺めていると見覚えのある栗毛のウマ娘がファンに向かって手を振っていた。というかスズカさんだ。今日レースだったからこの前お休みだったんだね。

 

「あ、スズカちゃんだ!1番人気なんてすごいなー!メルちゃん知ってる?スズカちゃんとテイオーちゃんって同じチームなんだよ?」

「…え、そうなの?」

 

 

 知らないから知らないと返したらマヤノにしては珍しそうな憐れみのようなものを込められた眼差しを返されてしまった。知らないんだからしょうがないじゃん。

 

「スズカちゃんとかテイオーちゃんとかが所属してるのがチーム〈スピカ〉っていって、最近メキメキと成績を伸ばしてるチームなんだよ!チーム〈リギル〉にも近いうちに追いつくかもしれない強いチームなんだって!」

「……ふーん、マヤノってそういうことにも詳しいんだ。大人のレディってやつ?情報屋さんだね」

「…確かにマヤは大人のレディになりたいけど、これは他のウマ娘もみんな知ってることだと思うよ?チーム勧誘のビラとか貰わなかった?」

「もらったけど内容読んでないし、ほぼ全部紙飛行機にして飛ばした」

 

 

 さっきから私は事実を素直に言っているだけなのにマヤノからの評価の下落が止まらない。具体的にいうと憐れみの目がそろそろバカにする目になりつつある。なんでさ。

 

 なんて言ってたらどうやら出走時間になったらしく、スズカさんを含めた15人がゲートに入って出走準備を整えていた。

 

「メルちゃん、このレース見てからにする?」

「…そうする」

 

 

 

 

『サイレンススズカだサイレンススズカ!グランプリウマ娘の貫禄ッ!!!』

 

「早かったね、スズカちゃん」

「…そうだね。他に駆け引きをする選択肢さえ取らせない強い走り方だったね」

 

 レースはスズカさんが余裕の1着。ゴールした後に寄っていた観客席でテイオーも確認できた。その横の棒付きキャンディを舐めてる男の人がトレーナーなのかな。

 正直スズカさんが最初に抜けた時点で着順が決まったようなものだったので、余計に自分の空腹を強く感じるようになっていた。

 

「お昼ご飯、食べに行こっかマヤノ」

 …まぁ、今のレースのスズカさんの動きはすごく参考になった。選抜レースはこれで行けばいいか。

 

 

〜〜〜〜〜〜

 

 同時刻、中山レース場。

「おめでとうスズカ。気持ちよかったか?」

「はい、ありがとうございます」

「ウイニングライブまでにしっかり体を休めるように」

「はい!」

 

 

 サイレンススズカの勝利を見届けたトレーナーはトレセン学園に戻ろうとしていたが、そこでトウカイテイオーに声をかけられた。

 

「ねぇねぇトレーナー!」

「ん、どうしたテイオー?」

「新しいチームメンバー増やす気、ない?」

「……はぁ?」

「今度の選抜レースに出るんだけどさ、見てみない?うちのチーム(スピカ)に向いてると思うんだ」

 




いつも毎度のことながら読んでいただきありがとうございます。感想、誤字報告、評価等々もいつでもお待ちしてます。
ちなみに私がアプリでの実装を1番待っているのはサトノダイヤモンドさんです。ちなみに実装された時用の資金は宝塚記念に貯金しておきました。心の中の逆張りオタクがクロノジェネシスを回避しました。ぴえん。


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第4話 誰が為に:For whom

低気圧に完全敗北した乃亞ですどうも。やっぱり想定の時間に書きあがらなかったよ…鱗滝さん…サンダンガワルイ!


 ……うるさい。

ターフに立つ時いつも感じる、感じてしまう私の偽りのない想い。

 

トレーニングの時なら走る時の掛け声。

それにあわせたトレーナーの指示。

 

 これらの大きな声はもちろん、他の子が一気に加速するときの踏み込みの音や息継ぎの音、それにストップウォッチを操作する音みたいな小さな音までありとあらゆる音が耳に入ってくる。私の体調次第では近くにいるウマ娘の心臓の拍動の音まで聞こえてくるっていうだからやってられない。

 

これがレースの時になれば、それはもう最悪の一言に尽きる。

 

選手に歓声を送るファンの声。

スピーカーから流れる実況解説の人の声。

週刊誌や新聞のカメラのシャッター音。

 

 その他にもありとあらゆる音が加わり、私の耳に地鳴りや爆発のように殴り込んでくるからだ。

 そりゃもちろん、みんなが悪意を持ってこれらの音を立てているわけじゃないなんてのは分かってる。それでも私はこれらの音がどうしても"うるさい"と感じてしまうのだ。

 

『うるさい、静かにしてくれ、私に構わないで、私に好きに走らせろ!!』

 こう思い始めてから、どうしようもない私の歪み(ひずみ)は始まってしまったのかもしれない。

 

 

 …で、なんでこんなことをぼんやりと振り返っているかというと。

 

「…選抜レースってこんなに観客多かったっけ」

「……マヤハナニモシラナイヨ?」

「ボクモナニモシラナーイ」

 

 どうやら露骨に動揺し始めた2人をじっと見つめてみる。マヤノはあっちこっちに視線を散らして尻尾を激しく揺らしており、テイオーはこれでもかというくらいに小さくなって鳴りすらしない口笛を吹きはじめた。

 

「マヤノ、テイオー」

「「ひゃ、ひゃいっ!!」」

「私に隠し事してるよね?ちゃんと話してくれたら今なら許してあげるけど、どうする?」

「「…はい」」

 

 すっかり小さくなってしまった2人から話を聞くことには、どうやらマヤノとテイオーが配信で私が選抜レースで走ることを話したらそのアーカイブが奇妙な伸びをしたからそのせいかもとのこと。あとテイオーは自分のチームのトレーナーに私のことを話したらしく、そこからトレーナー間で広まったかもしれないらしい。

 

「ごめんねメルちゃん、こんなに話題になるとは思わなかったの!」

「…良いよ、正直に話してくれてありがとね。テイオーもそんなにちっちゃくならなくていいよ」

「…ホント?気にしてない?」

「気にしてないって言ったら嘘だけど大丈夫、怒ってないよ。観客が多くてもやることは変わらないしさ。それに…」

「「それに?」」

「2人は良かれと思ってやってくれたんでしょ?だったらその期待に応えてあげる。スタンドで応援しててくれると…その、嬉しいかなって」

「う…うん!頑張ってねメルちゃん!応援してるから!」

 

 そそくさと捌ける2人に手を振ってレースの準備をする。…多分2人は私のことを応援するためにやってくれたんだろう。例えレースが、そして走ることが嫌いだとしても。それでも彼女らがしてくれた期待に応えるくらいはしてもいいのかもしれない。

 

 

〜〜〜〜〜〜

 

 今日の選抜レースは芝の1600メートルで、いわゆるマイルと呼ばれる長さのレースになっている。スタートするとすぐ緩い下り坂になっていて、コーナー前で少し上ったらコーナーでまた下る。そして後半は上っていくという長さ以上のスタミナを要求されるコース…とさっきマヤノがくれたメモには書いていた。

 芝の状態も悪くない。走りやすい良バ場といって問題ないだろう。

 

「スバルメルクーリさん、出走の準備をしてください。8枠15番です」

「はい」

 

 教員からもらったゼッケンを付けてゲートの中に収まる。

…やっぱりレースは嫌いだ。本番の重賞なら観客は今の比にならないくらいに増えるし、相手のウマ娘の息遣いもうるさい。それでもマヤノとかテイオーとかみたいに素直に応援してくれる人の為なら…まだ走れるだろうか。走ろうと思えるのだろうか。

 

 全員の出走準備が整い、目の前のゲートが開かれた。それはつまり私のとても久しぶりのレースがスタートしたということだった。

 

 

〜〜〜〜〜〜

 

 チーム〈スピカ〉のトレーナーは出走明けのサイレンススズカとなんか付いてきたゴールドシップと一緒に選抜レースの行われるターフに来ていた。

 

「なぁートレーナー、なんで選抜レースなんか見にきたんだ?」

「いやぁそれがな、テイオーが見に行こ?って言うから来たんだが肝心のテイオーがいないんだが…」

「おっまたせぇー、トレーナー!こっちはマヤノで、見てほしいのはあの目立つ銀色の15番のゼッケンの子!スバルメルクーリって言うんだ!」

「ほう、スバルメルクーリって「メルちゃん?」…なんだ知ってるのかスズカ?」

「はい、たまにおしゃべりするくらいですけど…走ってるのは見たことないかも…?」

「ってかトレーナーこそ知らねぇのか?スバルメルクーリって言ったら授業にもトレーニングにも滅多に顔を出さないで有名なトレセン学園七不思議入り一歩手前の奴だろー?」

「でもねでもね!この前ボクとマヤノと一緒に併走トレーニングした時すっごく速かったし走ってて楽しかったからトレーナーにも見てほしいんだ!」

 

 チームメンバーからの情報に僅かに顔を曇らせながらも、トレーナーはストップウォッチに手を掛けた。




いつの間にボカシなんて機能が入ってたんだ、このサイト…ってことで使ってみました。
感想とか誤字報告とか評価とか諸々いただけると嬉しいです。


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第5話 制圧:The Skewer

七夕ということで19時ちょうどに投稿します。七夕と内容は一切関係ありませんが、よろしくお願いします。


 ゲートが開くと同時に私は出…なかった。なぜならこのレースの最適解は()()()()()()()()()()から。なんならスターティングポーズすら取ってなかったし。私を見て勝ったと思ってる相手もいるみたいだけど、まぁ見てなよ。

 

 周りが我先にと駆け出したのを見つつ私はスタートを切る。うーん、マヤノのメモ用紙に書いてあった通りのなだらかな下り坂だ。先頭の子たちが必死に逃げてるのがよく見える。

 

 

 先頭の2人組から大きな集団になってるところまでが大体2バ身。そこから最後尾の私まで大体7バ身差だから先頭まで9バ身。そして集団は縦に伸びてるからコーナーを抜けたあたりで集団の後ろの方は差しに行く予定なんじゃないかな。

 

 それなら、こっちもそろそろ行こうか。先頭はちょうど上り坂を登りきって第3コーナーに差し掛かる場所でちょっと落ち着いてる感じ。それで集団が坂に対応できる子とできない子が分かれ始めたくらい。集団からあぶれそうな子の息は……乱れてる、掛かるか掛からないかの瀬戸際かな?じゃあこちらから少し乱してみようか。

 

「どうもこんにちは、そしてさようなら」

「「ヒッ!?!?」」

 

 はい2人掛かりました〜。自分の脚質に見合った走り方をしないから乱されるんですよ〜。

 

 そしてここでコーナーに差し掛かるわけだから体勢をさらに低くして、歩幅を少し狭くする。

 体勢を低くするのは集団から抜け出そうとしてくる子の当たりに負けないようにするため。重心が高いとぶつかった時にバランスを崩しやすくなるしそもそも体をぶつけられやすいからね。体格に恵まれたわけじゃない私の精一杯の対策ってね。

 歩幅を狭くするのは細かいステップをすることで丁寧にコーナーを抜けるため。正三角形より正方形の方が、正方形より正五角形が円に近いのがわかれば感覚的に受け入れられる。

 

「「「むーりー!!」」」

 

 明らかにコーナーを抜けるのが苦手そうな子達を一気に抜きつつコーナーを抜ける。先頭の2人とは…3バ身くらいかな?最後の直線が上りだから表情までは見えないけど息のつき方的には少し疲れてきたくらいかな?ま、いいか。大外からまとめて全員抜こう。それをするために最初露骨すぎるくらいに手を抜いたんだから。

 

「「えっ!?」」

 

 集団の前の方をまとめてちぎってスパートをかけた私に先頭の逃げ2人は驚きの声をあげている。定石的には多分逃げが優位なんだろうね、このコースなら。まぁ私は駆け引きとか一切付き合う気ないんで。そこのところは、ごめんね?うるさくてやってられないのこっちは。1人おいすがってるみたいだけどまぁ関係ないし。

 

「ぅゎぁ」

 

 はい聞こえてるよテイオーさん、どこにいるかわからないけど人の走りでドン引きするのやめようね。私耳いいから聞こえてるよその呟き。なまじ少し仲良くなったから捕捉しやすいよその声。…って考えてたらもうゴールじゃん。

 

「まぁ…ざっとこんなもんでしょ」

 

 ちらっとタイム確認したら1:37.7って見えたんだけど、これどれくらいのスピードだっけ。ま、いっか。久しぶりに本気で走ったし、とりあえずクールダウンするかぁ。

 

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

「おい…おいおい。これマジかよ」

 止められたストップウォッチを見たトレーナーは思わずうめいた。後続を6バ身まで離した挙句にタイムは1:37.7。とてもじゃないがトレーニングをろくにしてないウマ娘が出せるタイムじゃない。しかもゲートが開いた時は出遅れて最後尾にいたのに、そこからするするっと駆け引きすらさせずにごぼう抜きしていったのだから手がつけられない。こちらもまた駆け引きをさせないタイプのスズカとは若干違った天賦の才を見せつけられた気分になっていた。

 

「なぁトレーナー、アイツのあの走り方。()()()()()()?」

「あっそれはボクも思った!併走の時はあんな走り方じゃなかったのに」

「…そうだな」

 

 そして特筆すべき点はゴルシやテイオーの言う通り、他のウマ娘と比較にならないくらい彼女の加速するフォームの重心が低かったところだ。ともすれば他の子が降ってる腕が頭に当たるかもしれないくらいに。あんな加速方法ができるとすれば股関節、膝関節、足の関節が異常なほどに柔らかいことが前提条件でそこから……!トレーナーは考えることを放棄した。

 

「んぁぁーもうクソっ!ゴルシ、スバルメルクーリをテイオーとスペとウオッカとスカーレットを使って拉致してこい!あんな逸材を放置する奴がどこにいるか!あれは争奪戦ものだぞ、しっかり取ってこい!マヤノトップガンも手伝ってくれたらスイーツ奢る!」

「ラジャー!よっしゃあぁぁぁ!幻の鮭児の収獲だぁぁぁ!」

「それはシャケの名前だけどね」

「スイーツ奢ってくれるの!?アイ・コピー☆!マヤに任せて!」

 

 こうして本人の預かり知らぬところで大捕物計画が始まったのであった。

 

「……でもメルちゃん、そんな簡単に捕まるかなぁ」

サイレンススズカの呟きをまともに聞いていた者は残念ながらいないようだ。




現状のメルちゃんはアプリなら
逃げ:?? 先行:?? 差し:?? 追込A
短距離:?? マイル:A 中距離:?? 長距離:??
ゲート難、バ群嫌い、引っ込み思案、ささやき、末脚みたいなことになってそう。
バッドスキルとかいう無限の勝ち筋。みんなもSSRバンブーメモリーデッキに入れて空回りゲート難Bランクゴルシ作ろうね。私は諦めました。


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第6話 勧誘と逃亡:Hide and Seek (前)

完全に低気圧にやられて更新が遅れました。ぴえん。
あと今回長くなっちゃったんで前後編で分けることにしました。ぴえんぴえん。
後半はそのうち上がります。よろしくお願いします。


「スバルメルクーリ!ぜひ我々のチームに来てくれ!君のその素質を私なら開花させることができる!!」

「君なら三冠でもトリプルティアラでもなんでも狙える!そのためのプランはもうそろえてあるんだ!だからぜひうちのチームに!」

「あなたならお母様も超えられるウマ娘にもなれるわ!私のチームならデータは完璧よ!」

「…………お引き取りください。今はそれだけしか言えません」

 

 クールダウンを済ませ、着替えをしてから更衣室を出た瞬間これだ。出待ちとか本当に趣味が悪いしうるさいったらありゃしない。これだから選抜レースなんか出たくなかったんだ。どうせ皆私が欲しいっていうより、"G1勝者の娘を育て上げた"って実績が欲しいって言葉の裏が見え見えで、誰も彼も自分のことしか考えちゃいない。そんでもって最後、新手のオレオレ詐欺か何か?

 

「話だけでも聞いてくれないかな?大丈夫、そんなに時間かけないから」

「連絡先だけでも!!」

「…今日のレースの反省などをするので。失礼します」

 

 しつこいなこいつら。中等部のいたいけな女の子を沢山の大人が囲むって言う絵面、冷静に考えてまずいからね?

 髭の配管工よろしく三角跳びの要領で壁を蹴ってトレーナーたちのそこそこ厚い壁を乗り越える。あっと驚くトレーナー連中を尻目に私はそそくさと退散することを選択した。付き合ってられないったらありゃしない。気性難とでもなんとでも言っておいてくださいな。

 

 

〜〜〜〜〜〜

 

 追いかけてくるトレーナーたちをなんとかやり過ごして練習場を抜けたら、テイオーとマヤノが並んで待っていた。本当に私なんかにつきっきりで暇なの?まぁ待ってくれてたのは嬉s…いやなんでもない。なんでもないし何もない。

 

「おっかえりーメルちゃん、すっごく速かったよ!ま、ボクには負けるけどね!」

「ただいまテイオー、『ぅゎぁ』って言ってたの聞こえてたよ」

「うげ…バレてる、なんで聞こえてるのさ」

「メルちゃんすっごく耳いいもんね!おかえり!」

「なんで知ってるのさマヤノ。ただいま」

「……ねぇねぇメルちゃん。ボク宿題教室に忘れちゃったから、一緒ニモドラナイ?」

「ん、いいよ」

「(…テイオーちゃん、また最後の方棒読みだったけどメルちゃんが気付いてないみたいだしいっか)」

 

 

 …一緒に行動し始めてそんなに日にち経ってないはずなのになんでここまでウマが合うんだろう。まぁ多分あのカイチョー様のことだ、ここまで計算づくでも何も不思議じゃないんだろうけどそれはそれで掌の上で転がされてるみたいでなんかムカつく。

 そんなことを考えていたからか、なんだか教室に戻ることで話が進んでいたらしい。

 

(……ん?)

 

 そもそも今日宿題なんて出されてたっけ。国語は無いし歴史もない、数学は…授業自体なかったなそういえば。ほとんど授業出てないからどのくらいの頻度で宿題出るのかとかそもそも曜日ごとの科目とか全然わからないけど、今日宿題が出たなんて記憶ないぞ。…ちょっと怪しい?

 

(…………んん??)

 

 いつも通って…る?

 …。

 ……。

 ………。

 めんどくさいから通ってることにしよう、通ってる道にこんな看板あったっけ。

『チームスピカ  入部しない奴はダートに埋めるぞ』……?いや血文字って不穏すぎるし、ダートをそんな使い方しちゃダメでしょ。ニンジンみたいにウマ娘を埋め、るな……?

 

(…………………んんん???)

 

「…チーム、スピカ」

「「ぎくぅ!!」」

「テイオー、これってあなたのチームよね?何か知ってる?」

「ぃ…ィェ、ナニモシリマセンヨ???」

「……。マヤノは?テイオーから何も聞いてない?」

「…マヤ、わかんないかも。スイーツなんて何も知らないもん!ぁ…」

 

 ……2人ともすっごいわかりやすいよなぁ。最大限良い言い方をすれば素直とも言えるけど。

 

「私、部屋に戻ろうかな」

「えっ、でもボクの宿題が「なんの教科?」…ええっと…」

 

 …ここまでわかりやすいのも考えものだと思う。心理戦で負けそうだし。……はぁ、2人置いて帰るか。きびすを返して…っとと。

 

「あ、すいませんいきなり振り返っちゃ……って?」

「スカーレット、ウオッカ、スペ。やっておしま…って速っ!?」

 

 これは…アレだ、誘拐だ!多分私をズタ袋で誘拐するつもりだ!マヤノは入ってないはずだけどスイーツに釣られてる。看板からして話通じなさそうだから本気で逃げないと…やられる!ニンジンになっちゃう!寮の門限?そんなもの知るか!ニンジンになるよりマシだ!!

 私は素早く間を抜けて外へ逃げ出した。誰だってニンジンになりたくないでしょ?

 

 …多分その時の逃げをタイム計測したら選抜レースよりも大分速いタイムが出ていたと思う。それくらい必死に逃げたことだけは強調しておく。

 

 

〜〜〜〜〜〜

 

 はぁ…はぁ…疲れた。6人から追われるなんて流石に聞いてないよ。ただでさえ久しぶりに本気でレースを走った後だったのにもう一本、いやもう三本くらい走ったくらいの疲労感なんだけど。テイオーはシンプルに速いし、マヤノは私の先回りをしてきたし、ズタ袋組は見た目の威圧感がすごかった。

 

 結局まけたのかどうかわからないけどいつものおサボりスポットに来てしまった。川の静かなせせらぎが早鐘を打っていた私の心臓を落ち着けてくれる。

 

「メルちゃん?」

「!?……あぁ、スズカさんか。ってスズカさん!?」

「ふふっ、今日のメルちゃんは賑やかね」

 

 口元に手を添えて笑うのたおやかでかわいいと思うけど、今はそういうことじゃなくて。確かスズカさんもスピカで、ってことは私を追いかけて…。

 

「もしかしてスペちゃんたちに追いかけられた?」

「…うん」

「あの子達も悪気があってやってるんじゃない…と思うわ。トレーナーさんも含めて、メルちゃんと一緒に走りたくてやってるのよ」

「…そうですか」

 

 とりあえず捕まえてくる気がなさそうなのでスズカさんの横に座る。私も疲れたし、そんな中でスズカさんまで追ってこられたら流石に勝てない。ニンジンは…回避したと思いたいなぁ、必要以上に汚れたくないもん。

 

「選抜レース、お疲れ様。本当に速かった」

「…ありがとう。久しぶりにまともに走った気がする」

「…楽しかった?その久しぶりのレースは」

「……楽しめた、と思う」

「そっか」

 

 スズカさんは本当に話を聞くのが上手いと思う。こっちの話を否定しないで聞くだけ聞いてくれる。どっかのバカ達(トレーナー共)と違う。そして最後は『そっか』って相槌を打ってくれる。だから私もちょっと話そうかなって気になるんだろう。

 

「……ねぇ、スズカさん」

「なあに?」

「スピカのこと、教えてよ」

 

あれだけ無茶苦茶な勧誘をするチームにスズカさんがいる理由が知りたい。そう思うのはなにもおかしくないと思うんだ。




スズカとおしゃべりしてニコニコしてもらいたいだけの人生でした。
私事ですが、明日の朝9時から始まるウルトラマントリガーが楽しみで仕方ないです。
いつものことではございますが感想、お気に入り、誤字報告、UA等々本当にありがとうございます。励みになってるのでもっとください()。


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第7話 勧誘と逃亡:Hide and Seek (後)

ギリギリ魔王ゴルシを取れた深夜にお届けです。よろしくお願いします。


「スピカについてって、トレーナーさんのこと?チームのこと?」

「どっちも」

「うーん…じゃあまず最初に私のことから教えた方がいいのかしら…?うーん、そうねぇ…私がスピカに所属する前、リギルにいたのは知ってるかしら?」

「リギルって確かあのシンボリルドルフ…さんがいる学園最強の?」

「そう、そのリギル。その入部試験に勝って入ったんだけど、おハナさんの指導が合わなくて、走るのが楽しくなくなっちゃったの」

「合わなくて?悪くてじゃなくて?」

 

 そんな指導されたら私ならそのトレーナーのことを許さないかもしれないのに、スズカさんの言葉にはそんな感情なんか1ミリも無い。多分本当に嫌ってない、それどころかありがたく思ってるのかもしれない。

 

「そう、合わなくて。メルちゃんは私の走りのスタイル分かる?」

「…逃げウマからも逃げる大逃げ。最初から最後までずっと先頭を走るスタイル」

「そう、大逃げ。でもこの走り方は怪我のリスクがあるから、おハナさんは私にスタミナを管理して走り方を教えようとしてくれてたの。…でも私にはあんまりそれが合わなくてね。そこで走るのが楽しくなくなっちゃったの」

 

 走るが楽しくなくなった…すごい覚えのある話だ。でもスズカさんにそんな時期があったなんて今の走ってる姿からはとてもじゃないけど考えられない話だ。

 

「…その時に会ったのがスピカのトレーナーってこと?」

「えぇ。もうチームに所属して指導も受けてるウマ娘に、他のチームのトレーナーが『好きに走った方がいい』ってアドバイスを送るなんて、普通ならタブーなのにね。でもトレーナーさんの言ってたように好きなように走ったら、足も軽くて、先頭でずっと走れて。久しぶりに先頭の景色を見ながら楽んで走れたの」

「それでスピカに移籍して今の走り方を確立したんだ」

 

 私の問いにスズカさんは本当に嬉しそうに頷いた。

 スズカさんにとって走る楽しさを思い出させてくれた人、それがスピカのトレーナーってことなんだろう。そういう意味ではスズカさんとスピカのトレーナーはまさしく人バ一体っていうやつになるのかな。

 

「それでトレーナーさんのことよね、うーん…。基本的に私たちの走りたいレースに合わせてプランとかトレーニングを組んでくれるし、好きなように走らせてくれる人、かな?」

「…ふーん」

「指導もなんというか…その、独特なものは独特というか。私、トレセン学園に入ってツイスターをやらせるトレーナーを初めて見たわ」

「…うーん?」

 

 ツイスターって丸の上に手足を置く、あの…?平衡感覚のトレーニング、ってことなのかなぁ、よくわかんないや。

 

「でも私たちにしっかり向き合ってくれて、私たちに必要なことを指導してくれる良いトレーナーさん、だと思うわ」

「…そうなんだ」

 

 …スズカさんがここまでいうんだからまず間違いなく悪いトレーナーじゃないんだね。なら、まだ…。

 

 

〜〜〜〜〜〜

 

 そのあとチームメンバーの話をしてもらったり、重賞レースの話をしてもらったりしていたら、ふとスズカさんが何かに気づいたような顔をして話しかけてきた。

 

「そういえばメルちゃん、バ群の中とか知らない子に周りを囲まれると、うるさいって感じたりイライラしたりするタイプよね?」

「……はい、でもなんでそれを」

「最初はたまに会う子くらいにしか感じてなかったんだけど、授業もトレーニングもサボってこういう静かなところにいるから、もしかしたら?って思ってたの」

「はぁ」

「でも、1番感じたのは選抜レースを見た時かしら。メルちゃん、駆け引きとか全然しないで自分の走りたいように走ってたわよね?それを見て、スタイルは違うけど私みたいだなって思っちゃって。それでなんとなく私と似てるんだってわかったの」

「あー…なるほど。でもスズカさんと私の間には決定的な違いがあると思う」

「そうなの?」

 

 小首を傾げるスズカさんって可愛いよね。なんか小動物チックな可愛さがあると思う。…じゃなくて。

 

「スズカさんは走ることが好きで、レースが好きなことが好きだよね。でも私は…そんなことを口が裂けても言えない。レースも好きじゃないし、なんなら走ること自体も好きじゃない。ウマ娘の風上にもおけない、どうしようもないウマ娘なの」

「…うん」

「……でも。でも、そんな私でもまだ走るべきだと思う?私はまだ走れると思う?」

 

 多分私は…迷ってる。いつの日か投げた紙飛行機のように、明確な目標がないままスタートしてしまったから。だからスズカさんみたいな目標とかやりたいこととかがしっかりしている人に憧れてしまうのかもしれない。

 スズカさんはそんな私の葛藤を知ってか知らずかニコッと笑ってくれた。

 

「そうね、それを決めるのはメルちゃん次第かな?…少なくとも私は今日の走りを見てメルちゃんと走りたくなったけどね」

「スズカさん…」

「それと気付いてる?メルちゃん、前は『走ることが嫌い』って言ってたのが今日は『好きじゃない』に変わってることに」

「あ…そ、それは言葉のアヤというかなんというか…」

「ふふっ、メルちゃんって素直じゃないのね」

「んにぁぁぁっ!スズカさんのバ鹿!あほ!先頭民族!……はぁ。連れてって」

「…えっ?」

「私をスピカのトレーナー室に連れてって。私は私の目で決める」

 

 いつの間にか太陽が沈んで月が登り始めていたのに気付いたのはおサボりスポットを出てすぐのことだった。

 

〜〜〜〜〜〜

 

 死屍累々。今現在のスピカのトレーナー室を表すにはその一言で充分であった。大の字で倒れ込むもの、壁にへたり込むもの、そしてソファに沈み込むもの。それぞれがそれぞれの休息の仕方を取っていた。

 

「スバルメルクーリさん、速すぎますって…」

「追い込んだと思ったら木の上に登ったり、いきなり切り返したり、予測不可能だぜありゃ」

 

 スペシャルウィークとゴールドシップの言うことにスバルメルクーリ捕獲隊に参加していた残り4人が頷く。そしてそんな6人を尻目に各寮の寮長に外出の連絡をとりながら謝るトレーナーがいた。

そんなトレーナー室にノック音が響いた。

 

「失礼します。トレーナーさんいま…すね」

「あれ、スズカどうした?こんな時間に」

「ふふっ、ちょっとトレーナーさんに会いたい人がいるっていうから連れてきたの」

「えっ、俺に?別に構わんが…」

 

 トレーナーが許可を出すとサイレンススズカは外にいる人を手招きして呼んだ。

 

「…おいで」

「うん」

 

 そうして入ってきたのは先ほどまでみんなが血眼になって探していたスバルメルクーリ、その人であった。

 

「…スバルメルクーリです。ねぇ、トレーナー。私このチームに体験加入させてもらうから」

「あ、あぁ…「「「「「「ええぇぇっっっ!?!?!?」」」」」」」

 

 あまりに突然の大声に思わず耳を塞ぎながらスバルメルクーリは呟いた。

「いや、いきなりうるさっ」

 




最近の育成、特に出す予定じゃなかった弥生賞とか目黒記念とかに出走させてしまうんですよね。体操着はいい文明。健康的な体操着も、タイツ込みの怪しい魅力の体操着も、丘陵部があっても、平原でも、良いのです。
良いのです(強調)
お気に入り、誤字報告、感想等々いつもありがとうございます!おかげさまで楽しく書かせていただいてます、本当に。


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第8話 標:asterisk

いつのまにか評価バーに色ついてるし、UA5000超えてるし、お気に入りが3桁行ってるし、なんか色々びっくりしました。いつも本当にありがとうございます。これからも精進します。


 次の日の朝。私とマヤノはテイオーに引っ張られてスピカの部室に連れ去られていた。

 

「はい、お前ら挨拶!」

「「「「「「「ようこそ、チームスピカへ!」」」」」」」

「…スバルメルクーリ。よろしく」

「マヤはマヤノトップガン!ユー・コピー?」

 

 …いや朝から元気すぎない?しかもみんなハモってるし。ちなみにマヤノは昨日部室で入ることを宣言した時に『マヤもこのチーム楽しそうだから入る!』とかなんとか言い出して半ば強引に入った。

 

「さて、メルクーリとマヤノはこれからメイクデビューをして、トゥインクル・シリーズに乗り込んでいくわけだが。そこで2人の目標を聞かせて欲しい。お前たちはどんなウマ娘になりたい?」

「マヤはね、キラキラワクワクするウマ娘になりたいの!そのためにトレーニングもレースもライブも頑張る!」

「キラキラなウマ娘か…良い目標だな!メルクーリは?」

「私は……。うーん……?」

 

 目標…かぁ。私の目標ってなんだろう…?チームに体験入部という形とはいえ入ってなお、私には夢と言えるものも目標と呼べるものも見つかってない。…一体目標ってなんだ…?この前はテイオーとマヤノのために走ったけど……いつでもそういうわけにもいかないし。

 

 テイオーは憧れのシンボリルドルフを超えること。マヤノはキラキラワクワクするウマ娘になること。スズカさんは…観てくれる人に夢を与えられるウマ娘になること…だっけ?それに比べて私は…なんのために走るんだろう。わからない。いやまぁ昨日の今日で見つかるくらいなら今までこんなに悩んでないんだけど。

 

「………うーん……わからない、です」

「…昔のスズカにちょっと似てるな、お前。じゃあよし、メルクーリの今後の目標は『目標を見つける』だ!何も夢や目標がない奴が勝てるほどレースは甘くない。まずはしっかりそこから決めよう」

「…はい」

 

 見つけられるのだろうか。何もかもが空っぽな私に。

 

「……ウマ娘の登録名には規定により2種類あります。1つは本名をそのまま登録名にするパターン、もう1つは……スバルメルクーリさん?聞いてますか?」

「………はい」

 

 何もかもが上の空のまま、午前の授業は半分以上サボってしまった。

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 退屈な授業が終わって、私とマヤノは柔軟しながらトレーナーからの指示を聞いていた。

 

「さーて2人が入って最初のトレーニングだが、メルとマヤノにはまずインターバル走を走ってもらう」

「「インターバル走?」」

「そう、インターバル走。特定の距離を俺が指定したタイムになるべく合わせて走ることだ。今回は…そうだな、2000mを4分10秒で5回走ってもらおうか。インターバルは4分でこのサイクルを5回続けてもらう」

「えーっ!ちょっと遅くない?マヤもっと速く走れるもん!」

「ふっふっふ、マヤノはそう思うか。メルクーリはどう思う?」

「…走れと言われたら走る…ります。それだけ」

「お前なぁ…」

 

 このトレーナー、思った以上に眉に感情が出るのね。綺麗な逆ハの字になってたね、今。

 

「マヤノ、いける?私はいけるよ」

「うん、いっくよ〜!メルちゃんにも勝っちゃうもんね!」

「トレーナー、タイム測って」

「お、おう。…行くぞー。よーい、ドン!」

 

 マヤノと2人で駆け始める。…ラフな併走トレーニングとも、何もかもがうるさい選抜レースとも違う独特な緊張感。そして少し水を撒いたのかな、蒸せ返るような芝の匂い。……結構嫌いじゃない。

 

 トレーナーは4分10秒で2000mって言ってたけど、割と難しいと思う。皐月賞のタイムの大体倍くらいの時間設定だからあんまり速く走りすぎても、ゆっくり走りすぎてもいけない。いけない…んだけどマヤノがちょっと速いな。

 

「マヤノ、ペース落として。速すぎる」

「えーなんでー?速く着くのは良いことじゃないの?」

「正確に走るのが目的なんだと思う。今のペースだと3分どころか2分58秒ペースだからもっとゆっくり行こう」

「…ふーん、まぁメルちゃんが言うならそうするけど…!」

 

 〜〜

「このペースだと4分20秒か、ちょっと上げよう」

「アイ・コピー!いっくよー!」

 〜〜

「このペースは速いか、3分50秒ペースだから落とすよ」

「えぇ〜!」

 〜〜

「ちょっと遅い。4分17秒ペースだからほんの少しあげるよ」

「…はぁ、はぁ」

 

 〜〜〜〜

「よーし、2人ともお疲れさん!よく頑張ったな」

「…はぁ、つ、疲れた…」

「はい」

「さーて、インターバル走の結果だが」

「1回目4分7秒、2回目4分11秒、3回目と4回目4分10秒、5回目4分15秒でしょ?」

「……せ、正解だ。すごいなメルクーリ」

「これくらい誰でもできるでしょ?」

(((いやそんなわけない)))

 

 マヤノとトレーナーと側で見てたテイオーが怪訝な目で私を見てるけど、これくらいきっちりと体内時計合わせてないと門限ブッチで捜索願出される。それは面倒じゃん?

 …それはさておき、いくらゆっくり走るとはいえほぼぶっ通しで10000m走るのはかなり疲れる。横のマヤノなんか疲れすぎて地面にハグしてるしな。

 

「このあとは?」

「…そうだな、とりあえずクールダウン前に気持ちよく走ってみるか」

「わかっ…りました。マヤノ、いこう?」

「……ちょっと待って、もうちょっとだけでいいから」

 

 ……とりあえず地面にハグしてるマヤノをひっくり返しておこうか。




メルちゃんの身長とか誕生日とかのデータ…いります?いつ出せばいいかわからなくなっちゃいました()
評価、感想、誤字報告、お気に入り等々いつもありがとうございます。助かってます。


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第9話 夢幻: oneirodynia

アプリのサークルに入ってないばっかりにマックイーンとかライスのストーリーのSSRの完凸が出来なくて泣いてしまった日曜夜にお届けです。ブライアンの4章楽しみですね。


トレーナー→メルちゃんの呼び方を変更させてもらいました。本筋とはあんまり関係ないかもしれませんがよろしくお願いします。


「あ、そういえばメルクーリ今週末空いてるか?空いてなくても空けてもらうんだが」

「えっ?まぁ、空いてr…ますけど」

「なら予定入れるなよ、デビュー戦入れたから」

「……はい?流石に早すぎません?」

「大丈夫大丈夫、お前のレベルなら何も考えなくても勝てる勝てる!」

 

 チーム練習後にトレーナーから話があるって言われたから来たらコレだよ、何考えてんだこの人。

 

「そんでデビュー戦勝ったら次は朝日杯だな、12月の」

「……はぁ」

「朝日杯の前にいちょうステークスにも出てもらうぞ」

「………はぁ」

「そんで年が明けたらクラシックに本格参戦だ!メルクーリならクラシック三冠も夢じゃない、まずは皐月賞のために弥生賞出るか」

「…………はぁ」

「…本当にスズカに似てるなぁお前、レースに対してのやる気以外」

「私は…。私は目標(ユメ)を見つけられるでしょうか?」

「さぁな、それはメルクーリ次第だ。俺たちトレーナーにできるのは夢を叶えさせてやることだけだからな。そのためにもメルクーリははやく走って目標を見つけてくれよ、頼むぜ」

「……はい」

 

〜〜〜〜〜〜

 

 

「……ということで今はチームスピカに入ってます、体験入部という形ですが」

『あら、スピカですか。新進気鋭のいいチームに入りましたね。どのような場所であろうと学ぶこと、学べることはたくさんあるはずです』

「…ご存知なんですね、チームスピカを」

『あなたが通っている、そして私が通っていた学園のチームです。調べない方が無理があると言うものでしょう?』

「…そういうものですか」

『いいですか、メルクーリ。学びなさい。レースに関することでも、それ以外のことでも、何かを成すために学園に通いなさい。ゆっくりでいいんです、歩みを止めずにいることに意味があります」

「…分かってます」

『あなたが言葉に詰まる時、本音を隠していることくらい分かっています。あなたが少しでもレースに対して前向きになったこと、これでも嬉しく思っているのですよ』

「……」

『…その様子だとまだ完全に前向き、というわけでもないようですね。…大体あれはあなたの「そのことを、その言葉を私に向けて言うなッ!!…失礼しました、言葉が悪くなりました」いえ、こちらこそ言う必要のないことでしたね。デビュー戦、楽しみにしています。好きなように走りなさい、メルクーリ。必要以上に考えすぎてしまうのはあなたの悪い癖ですよ』

「…はい。夜分遅くに失礼しました、お母様」

 

 ……はぁ。久しぶりに連絡したらこれだ。

 私の大切なお母様。元競走バでG1を勝ったこともあるお母様。私がまぁ裕福な暮らしといって差し支えない生活が出来ているのはお母様のおかげといっても過言じゃないけど、でもやっぱり少し余計なことを言ってくるのは少し堪える。……その影響を逆に受けてか、私は言うべきことを言えない性格になっちゃったけど。

 

 『歩みを止めずに』…か。こんな私が歩みを進めたところで何があるというんだろう。前には崖しかないのに。…いや前どころか前後左右どこを見ても先なんて見えやしないのに。歩むべき道どころか歩んできたはずの道さえ見えてないのに先になんてどうやって進めばいいのだろう。

 

 

 ……あーもうやめだやめ。お母様にも必要以上に考えすぎるのは私の悪い癖と指摘された直後なのにこれだからイヤになる。ちょっと外の空気でも吸ってこよう。

 

 

 

「……ふう」

 

 寮の屋上からトレーニング場をぼんやり眺める。そろそろ寮の門限なのにも関わらずトレーニングをやめないウマ娘たちがいる。多分チームであらかじめ届出を出したんだろうな。どうやら今からタイムを測るっぽいことを話している。2000mを測るのか。皐月賞か秋の天皇賞か、はたまた秋華賞?どの想定なんだろう。

 

 

 ……トレーニングを頑張る名前も知らない1人のウマ娘にふと幻視を見てしまった。今走ってる子のフォームがアイツに似ている、いや似ていたから?さっきお母様と話してそのことを思い出したから?

 …いや、きっと疲れてるからだろうな。ただでさえ最近監視がつくわ、出る気のなかった選抜レースに出させられるわ、チームに入るわで見えない疲れが溜まってたのかもしれない。

 

 

 

 …アイツは一緒に走ってる私がイヤになるくらい速かった。フォームも周りの状況を常に俯瞰できる理想的なフォーム。それで周りをよく見て私が加速しようとする二歩前で加速する嫌らしさもあった。それでいてゴール前で外から見てる人にはわからないくらいにわずかに手を抜いて私に抜かせ、自分は常に2位を取り続けてた。

 

 

『メルは最後まで速いね』なんてのうのうと宣いながら。

 

 

 

「…あっ」

 

 フォームが似ていたその子のペースが乱れ、アイツの幻視が一気に気化した。アイツならここからさらに加速できるだろうが、それと比べるとストライドが短くて余計な力がはいってる分、体力の消費が多くなってしまったのか、そもそも体力に難があったのかわからないけど、彼女はもうバテバテな状態で走っていた。

 

「…最悪、ホント今日はなんなんだ」

 

 今日…というより今月は厄日が固まってるに違いない。帰ってさっさと寝よう。

 

 




なんで良馬場になってくれないの…。お客様の中に天気の子はいらっしゃいませんか?
感想、誤字報告等々お待ちしてます。いつもありがとうございます。


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第10話 開闢か劫末か:The Beginning/The Ending

急に暑くなってバテてしまった夜中にお届けです。
洗濯物が乾くのは良いんですけどいかんせん暑すぎますわこれは。ぴえん。


 トレセン学園には三女神様の像というものがある。なんでも私たちウマ娘の始祖と呼ばる三柱の女神様を象った像らしく、祈ったウマ娘を勝利へ導くとか像の前で祈れば先輩ウマ娘の祈りの力が宿るとか…とにかくまぁそんなウワサ話が絶えない。

 

 …正直、私からすればバ鹿バ鹿しい話にしか聞こえない。

 

 三女神に祈った重賞未勝利のウマ娘がその次の月の重賞で勝った?元々素養があって、それがトレーナーの指導か自分の気づきで開花しただけだ。

 

 祈れば自己最速タイムが縮まった?地道なトレーニングがそのウマ娘に合ってて実力が伸びただけだ。

 

 …どれもこれもいわゆるプラシーボ効果って奴。三女神様の像に祈るという"クスリ"がそのウマ娘たちにいい効果を及ぼしただけの話。

 

 三女神様なんて正直まやかしだとしか思えない。

…いくら才能に恵まれていても。いくら自分をよくしようも努力していても。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 それはある意味平等な話だとは思うし、その平等を保っているという意味では神様はもしかしたらいるのかもしれないけど。

 

 でも。でも、もし神様がいるのだとして。その神様が私たちの運命を変えられるのだとしたら。

 

 

 

 私はその神を一生、いや死んでも。ずっと呪い続けるに違いない。そう思った。

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

「……クーリ。メルクーリ。起きろ、会場着いたぞー」

「……んぅ……?」

「だから、会場!新潟レース場に着いたぞ」

「…あぁ、トレーナーか。おはようございます、連れてきてくださってありがとうございます」

 

 …どうやら車の中で寝ていたらしい。しかもなんかとびっきりの悪夢を見ていたような気さえする。

 そもそもレース出走当日朝の4時に寮を出発なのがおかしいと思うんだけどスピカではたまにあることらしい。首の寝違えとか足が固まってたりとかはしてないからいいけどもししていたら歴代でも屈指のしょうもない理由での出走取消になっていたかもしれない。

 

 外を見ると本当に新潟レース場に着いていたようで、ちょっとした出店が出てたり、レース目当ての人がちらほら歩いてたりしていた。G1どころか重賞ですらないメイクデビュー戦によくもまぁ来るなぁ。

 

「ったく、他の奴らはお前を応援するためのベストポジションを取りに行ったり、焼きそば作る準備をはじめたり……大丈夫か、メルクーリ?」

「何が?」

「いやお前、汗すごいぞ?体調でも悪いのか?」

 

 トレーナーにそう言われてやっと体にべったりとまとわりついている服に気づいた。着替えはあるから全然いいけど、早く着替えたいなコレ。

 

「……トレーナーのヘンタイ」

「なんでだよ!俺は運転してただけだぞ!」

「…早く着替えたいし、控え室に荷物持っていくの手伝ってくれない?」

「あ、あぁ…」

 

 トレーナーの心配そうな目がイヤに突き刺さる。なんもないってば、本当に。

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

「「「おお〜」」」

「いや、これ体操服なのよね。いつも着てるのよ」

「いやゼッケンつけたら一気にかっこよくなったから、ついね」

「メルちゃん、マヤたちみんなで応援してるから頑張ってね!」

「トレーナーさんが『メルクーリが勝ったらスイーツを奢ってやる』って言ってましたし、私たちを助けると思って頑張ってくださいまし!」

 

 私の控え室に来てくれていたテイオーとマヤノ、あとメジロマックイーンさんがそれぞれの励まし方をしてくれる。メジロマックイーンさんは名家メジロ家のご令嬢さんにしてスピカのアップの時の掛け声を「スイーツ!スイーツ!」にした戦犯の1人…らしい。ちなみにもう1人の戦犯はスペシャルウィークさんとのこと。欲望ダダ漏れなのよ、この子たち。

 

「テイオーとマヤノはありがとうだけど…。マックイーンさんは初セリフがそれで本当にいいの?」

「…!!っんん、みんな応援していますわ。思いっきり勝ってきてくださいまし!」

「…ふふっ」

 

 正直マックイーンさんをいじるゴールドシップさんの気持ちがよくわかる。反応が大きくていじりたくなるのよ。

 

「…よし、服の乱れもないし大丈夫かな?とりあえず走ってきます」

「そういえばメルクーリさんはパドックでの魅せ方ってご存知ですの?貴女が来てからパドックの見せ方の練習なんてやってた記憶がないのですが…」

 

 パドックで見せるとかあったなぁ、そういえば。なんかいい感じにカッコつけて見に来た人を沸かす奴ね。…というかあのトレーナー、走り以外教えてるのだろうか。入ってからずっと走る系のトレーニングしかやってないんだけど。

 

「スピカのライブ練習担当はボクだからね〜。…ってメルちゃんライブの練習もやってないじゃん!どーしよう、カイチョーにまた怒られちゃう…」

「さぁ、それはどうでしょう?そもそもライブに出るかもわからないしねぇ…」

「それはそうだけどメルちゃんが負けるとは思えないなぁ…」

「スイーツ食べたいもんね、マックイーンさん」

「もうそれは忘れてくださいまし!」

 

 顔を真っ赤にしてぷりぷり怒るマックイーンさんを見てるとなんだが気が抜けそうになる。

 …さて、そろそろ時間かな。

 

「行ってきます」

「「「いってらっしゃい!」」」

 

 〜〜〜〜〜〜

 

『さぁ、注目の1番人気!4枠8番、スバルメルクーリ!いまやリギルに匹敵すると名高いチームスピカからこの娘がデビューです』

『デビュー戦とは思えないほど落ち着いていますね。これは好走が期待できるのではないでしょうか』

 

 パドックに出てきて堂々とアピールするスバルメルクーリを見てトレーナーは安堵していた。レース場に着いた時の尋常じゃない汗の量から緊張でガチガチになったかと思っていたのだが、どうやら杞憂で済んだようだ。

 多少目は死んでる気がするが、ジャージを脱ぎ捨ててお手本のようなロンダートとバク転を披露してから愛想を振りまいていた。

 

「おいおいパドックでの魅せ方完璧じゃないかあいつ。あんな柔らかいロンバクできるとか知らなかったわ」

「あっははは!パドックでアクロバットやるとかメルクーリの奴やるな!今度アタシもやるか!」

 

 それはやめてほしいトレーナーだったのだが、まぁゴルシだし好きにやらせるしかないと諦めた。

 

 一方のパドック上のスバルメルクーリはアピールタイムが終わるとさっさと捌けてどこか遠くの空をぼんやりと眺めていた。

 

(あっ、やっぱりパドックの上はうるさかったのね)

 それを見たサイレンススズカはなんとなく彼女の考えていることがわかってしまったようだ。




……ほんとはね?今回レースもライブも終わらせる予定だったんですよ?蓋を開けたらレースすら始まらなかったですぴえん。次回はライブまでやりたいです。……やりたいです(鋼の意思)

お気に入り、感想等々いつも励みになってます。本当にありがとうございます。


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第11話 デビュー戦:Make Debut

シチーさんのダート適正落とされてて泣いた夜にお届けです。
うちの学園はオグリさんもカサマツから転入してきてないし、アメリカからタイキさんも来てません。ファルコさんもいません。ぴえん。


ジュニア級 メイクデビュー

 新潟 芝 1800m

 

『国民的スポーツエンターテインメント、トゥインクルシリーズ。実況は私相場と、解説は待元さんでお送りします』

『よろしくお願いします』

『本日はまず初夏の風が吹き渡る新潟レース場から、メイクデビュー戦をお届けします』

『この日を今か今かと待ち望んだ娘たちが今日も集いました。どの娘も好走を期待したいですね』

『来年のクラシックに向けてのスタートダッシュを迎えた16人のウマ娘たちがそのゲートを開かれるのを心待ちにしています新潟レース場。雨もなく綺麗な良バ場発表となっております』

 

 

 パドックでのお披露目タイムも終わってレース開始前の最終チェックとして体を伸ばしたり軽くダッシュをしているとそんなスピーカー音が聞こえてきた。…どうやら中継も始まったらしい。それにあわせて少し観客の歓声が上がったようで、やっぱりうるさい。

 

 今日の新潟レース場はカラッとした青空が広がって芝の状態も綺麗。良バ場発表もさっきされたようだ。初夏の風が吹き渡って、走ると気持ちが良いかもしれない。

 

 

『さて待元さん。今日のこのレースですが特に注目の娘っていうのはいますかね?』

『そうですねぇ、私は4枠8番のスバルメルクーリに注目しています。所属がチームスピカというのもそうですが、パドックでの柔らかな身のこなしやスタート直前のダッシュを見ていると惚れ惚れとしてしまいました。1番人気に推されているのも納得です』

『なるほど、ありがとうございます。さて、そろそろファンファーレ、ゲートインの時間です』

 

 ファンファーレか、耳塞いでおこう。そうでもしないと目眩を起こして倒れそうだし。…塞いでいても地鳴りのようなうるささが隙間から入ってきてイヤになる。

 …終わったか、パッと見観客が沸いてるし。奇数番がゲートイン始めたし。

 

『さぁ各ウマ娘のゲートインが進んでおります。落ち着いたゲートインになっております』

『嫌がる娘も出ていませんし、落ち着いたメイクデビューになりそうですね』

 

 係の人に促されてゲートに入るとスズカさんやテイオーたち、チームスピカの面々が見えた。見えたんだけど…何アレ。

 

 まずゴルシ。何そのハッピと立ち売り箱、駅弁でも売るの?次にゴルシ、なんでルービックキューブ持ってんの?最後にゴルシとトレーナー以外、なんでみんな私に向けて波動砲撃ってるの??トレーナーもなんか疑問持ちなよ…。

 

「「「「「「「勝てー、勝てー」」」」」」」

「「スイーツ、スイーツ!」」

 

 …食い意地張ってる2人がいたことは覚えておこう。

 

『各ウマ娘、ゲートイン完了!スタートの準備が整いました』

 

 あ、ゲート開くらしいし走る準備するか。

 ゲートが…開いたっ!

 

『スタートしました!横一線、綺麗なスタートの中で飛び出たのは1番人気スバルメルクーリ!』

 

「「「「「「「「……えええええええっ!?」」」」」」」」

「おいトレーナー、アイツの脚質って追込なんじゃねぇのかよ!」

「…いや、本人からは特にコレが得意!とかは聞いてないからレースの中で見極めようと思ってたんだがな。流石に予想外だぞコレは…」

「「あわわわわ、スイーツが!」」

 

 ……やっば、余計なこと考えてたら飛び出しちゃったわ。しかもこれ以上ないくらい綺麗なスタートだし。

 …しょうがないからこのまま逃げようかな。せっかくだしタイムアタックでもするかぁ。

 

 

『さぁポーンと前に出たスバルメルクーリ、どんどん加速していきます!リードがもう3バ身4バ身…どんどん離していきます!』

『新潟の長い直線でこれだけ加速するとコーナーを曲がるときに大回りになりやすいので少し心配ですね』

『さあ前半600mの通過が…34秒9!?とても速いペースとなっております新潟レース場メイクデビュー戦。先頭は依然スバルメルクーリのひとり旅となっております、後ろのウマ娘たちは追いつけるのか!?』

 

 コーナー前から上り坂になってるのか、このコース。少し歩幅を狭めて曲がる準備をするか。

 

『さぁ先頭のスバルメルクーリ、コーナーでもほとんど減速しません!速い、速いぞこれは!後続とはもう8バ身はあるでしょうか!』

『驚きました、これはレコードを期待できるかもしれません』

 

 うわぁ、第3コーナーの途中で下り坂になってるのずるいなぁ。第4コーナーで体が振られないように気をつけなきゃ。

 

 …にしても今日のターフは本当に走りやすいなぁ。肌に心地いい風が当たって気温よりは涼しいし。…っとと、このコーナー本当にきっついな。まぁここを抜けたらあとはずっと直線だし、体勢を低くしてペースを上げるかぁ。

 

『止まらない止まらない!スバルメルクーリの快速が止まらない!体勢をさらに低くしペースを上げました!』

『後続はそろそろペースを上げないと間に合いませんよ』

 

 コーナーを抜けたらあとはゴールまで600mくらいの長い直線を走り切るだけ。…一気に加速しようかな。後続は…大分遠いな、これなら差されない。

 

『誰も来ない!誰もついてこれない!…圧倒的、スバルメルクーリ!今1着でゴールイン!タイムは1分48秒9!コースレコード、言うまでもなく大差です!これはお見事!初夏の新潟に鮮烈な新風が吹き荒れました!待元さん、このレースいかがでしたか?』

『いやぁ、我々の想像を超えるスピードを目の当たりにしました。今からでもクラシックの三冠の最有力候補といって差し支えないでしょう』

『新潟レース場芝1800mメイクデビュー戦、1着は8番スバルメルクーリ、2着は3番……』

 

 

 …ふう、気持ちよく走れた。とりあえずスピカの面々に挨拶だけしとこうかな。

 

「メルちゃーん!ナイスラン!」

「レコードおめでとうございます!」

「ありがと、みんな。…マックイーンさんとスペさんはスイーツ食べられてよかったですね」

「「ええっ!?聞こえてたんですか(の)!?」」

「『スイーツ、スイーツ!』ってやってましたもんね、もちろん聞こえてました」

 

 真っ赤になっているスペさんとマックイーンさんを放置しつつ、私はトレーナーに向き直る。トレーナーはトレーナーで何か言いたいことがありそうな顔をしていたから。

 

「どうでしたか?私の走りは」

「…正直、驚いた。追込が得意なもんだとばかり思ってたからな」

「あははは…」

 

 まぁ間違ってはいないんだけどね。追込は1番前の動きを見ながらそれに合わせる感じで、逃げはなりふり構わずうるさい音から逃げる感じ。どっちが得意とかどっちが苦手とかはない。…バ群に飲まれなければ、ね。

 

「メルクーリ、後で細かい話はするからとりあえず来てくれた方にアピールしとけ!ひとまずお疲れさん」

「……あぁ、はい」

 

 …それもそうか。

 とりあえずターフの真ん中に戻った私は観客席に向かって大きくにこやかな感じに手を振ってやった。

 それに沸きたったレース場はやっぱりうるさかったけど、それでもやってよかったとは思えた。

 




……鋼の意思、不発。どんなスキルも発動しなきゃ持ってないのと同じですよと。ライブまで書いたら文字数が…ね?その…ね?うん(自己諦念)

感想、お気に入り登録、UA等々いつも本当にありがとうございます。いつのまにかお気に入り150件突破してました。いえーい。
次回は本当にライブ、書きます。書かせてください(鋼の意思)


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第12話 勝利の後に:Winning Live Ⅰ

4連休初日の夜にお届けです。
…本当は昨日清書が終わってて送り出せたはずだったんです。まぁ送り出せなかったんですけどね。ぴえん。
それではよろしくお願いします!


 控室に戻った私は、トレーナーのケアを受けながらライブの曲目を確認していた。…ってこの曲かぁ…。

 

「さてメルクーリ、改めてデビュー戦お疲れさん。どっか痛かったり張ってたりしてないか?」

「……大丈夫。どこも健康そのものだと思う。…普段からレース終わりにこんなにケアとかしてるの?」

「いや?メイクデビューでコースレコードなんて大それた記録をだしたどっかのおバ鹿さんがいたからな。筋肉へのダメージが多いかもしれんと思った俺の特別サービスだ!…にしてもこのトモ、どうなってんだ?しなやかで柔らかいかと思えばきっちりしまってる所はしまってるし…」

 

 触り方がケアのそれから完全に逸れてるんだけど。うんうんとか頷いてるし。

 

「…この足で蹴られたいってこと?お望みなら本気で蹴るけど」

「ヒェッ」

「…ウソだよウソ。色々めんどくさいしやらないって」

 

 一気に顔が青ざめたトレーナーを見てちょっとため息を吐く。ニンゲン相手に本気で蹴ったら怪我じゃ済まないでしょ。…済まないでしょ?

 

「…で?なんでこんなことやってんの?」

「…だーから言ったろ?ダメージ入ってないか不安になったんだって」

「それだけじゃない。レース前からずっと不安そうな顔してたの気づいてるんだよ私は」

 

 そこまで言うとトレーナーはため息を1つついて頭をかいた。…そういえば今アメ舐めてないなこの人、珍しい。

 

「レース前の移動中に寝ながら異常な汗をかいていたこと。そんでレースはいきなり飛び出して逃げ始めたこと。そんでもって()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。これだけ重なれば不安にもなる」

「…そっか、焦った顔をしてたか。それでトレーナーはそれに気付いてた。顔を下げて重心もかなり落として走ってたのに、めざといね」

「まだまだなってから時間が経ってないけどな、俺はお前のトレーナーだ。そういう細かいことにも気づくんだよ」

 

 なるほどなぁ、トレーナーはよく見てるね。私のことも、多分それ以外のチームメンバーのことも。普段割とテキトーそうなトレーニング内容だけど不満がでないのもそういう観察眼の賜物なのかもしれない。

 

「トレーナーから見て、今日の私はどんな感じに見えた?」

「…まるで()()()()()()()()()()()()()()()みたいな焦った顔だった」

「………そっか」

「なぁメルクーリ、どうしたんだ?俺が力になれr 「大丈夫」…でも」

「大丈夫だから。とりあえず気にしないで。お願い」

 

 誰かと競り合いをして、負けた時か。……そっか。本当によく見てるな、トレーナーは。ってそれよりも。

 

「ねぇトレーナー、1つ聞いてもいい?」

「なんだ?」

「ウイニングライブの曲、変えることって出来ない?」

「……………。は?」

 

 

〜〜〜〜〜〜

 

「メルクーリー!!!これからも頑張れよぉー!!!」

「応援してるから!!三冠ウマ娘になれよぉーー!!!」

「………はぁ、うるさ」

 

 ライブの曲を変えるのは普通に無理でした。まぁそうだよね。私1人の好き嫌いで直前で変えられるほど甘くない。できるとしたら引退ライブくらいなものだろう。

 

「………♪」

 

 今日のウイニングライブの曲は"ENDLESS DREAM!"。ジュニア級のウイニングライブといえばコレ!みたいな感じの曲だけど…ねぇ。

 

 夢や目標なんてものを無くした私には何というか、ウイニングライブの曲目って眩しすぎる。夢にむかって駆けだせる時点で恵まれてると感じてしまう。

 

 そんな卑屈な私にこういう曲を歌わせるなんてなんというか、私への当て付けかな?って思ってしまう。本当にほかの娘が歌った方が絶対曲に合ってると思う。

 

 

 …いやわかってる。"ウイニング"ライブなんだから勝者が歌うような歌になるのはわかってる。それに合わせることができない私が悪いのだ。

 

 それとも神がウイニングライブで私が歌うことが分かっていてこの曲を設定したんだろうか。そしてこうやって歌っている私を嘲笑(わら)ってるのだとしたら。

…そうだとしたらやっぱり私は神が嫌いだ。心からそう思った。

 

「……♪。…ありがとうございました」

『『『うぉぉぉぁああああ!!!!』』』

『おめでとう!』

 

 軽く一周してペコリとお辞儀をする。そしてそそくさと逃げるようにライブ会場から出た。……ぅあーもう、本当に耳が潰れちゃう。

 

 

 ちなみにだが、次の日の記事に表情が完璧に死んでいる私が撮られていて表紙にされていたそうだ。知るかそんなこと。

 

 〜〜〜〜〜〜

 

「おつかれ〜メルちゃん!ライブしっかり踊れてたね!」

「無表情で振り付けだけはカンペキだから逆に怖かったけどね」

「ただいま。マヤノとテイオー」

 

 もうすっかりおなじみになった2人のお出迎えに少しだけ安心して控え室に向かう。

 

「いつライブの練習なんかしてたの?夜こっそりとか?」

「実家でお母様に一通りやらされたからそれが残ってた。最近の曲以外は全部踊れると思う」

 

 多分あのうまだっちとかなんとか言ってる奴以外は歌えるし踊れると思う。

 そんなたわいないことを話していると控え室の前に着いた。…早く部屋に戻って寝たい。なんてことを思っていたらマヤノとテイオーに扉を塞がれた。

 

「…なにしてんの、2人とも」

「行くよメルちゃん、びっくりしないでよ!マヤノ、行くよ!!」

「アイ・コピー!☆」

「……?」

 

 2人で思いっきり開けた控え室にはスピカのメンバー全員とトレーナー、そしてありったけのご飯が用意されていた。あの…着替えはどこで…?

 

「メルクーリ、メイクデビュー勝利おめでとう!」

「「「「「「「「おめでとう!!」」」」」」」」

「そ・し・て!メルクーリの勝利を祝して、かんぱーい!」

「「「「「「「「かんぱーい!!」」」」」」」」

「……あ、ありがとう?」

 

 いつの間にかにんじんジュースの紙コップを持たされてパーティ帽子も被らされてました。…いや、みんな元気すぎる。私しか走ってないとはいえ、みんな朝4時に起きたんだよね?そこからお昼寝なしでこんなに騒げるの?

 

 …いやにんじんジュースは美味しいけども。新潟のお米は美味しいしにんじんハンバーグに合うけども。にんじんケーキもにんじんジュースももっと欲しいけども。

 

 唐突に始まった食事会は2時間以上続き、食い意地が張ったスペさんがお腹を丸く膨らませて満足げにしていたことをここに記録しておこうと思う。




このサイトの楽曲使用の規定がよくわかってないから歌詞を出しませんでしたが、例の棒立ち曲です。
メルちゃんの雰囲気が少し暗い→せや、ご飯会をして少しでも盛り上げよう→いけ、スピカの面々!!→よっしゃー!やったらーい!
これをあっという間にできるトレーナーとメンバー(特にゴルシ)は間違いなく空気読みの達人だよねって話。あると思います。
次に簡単なメルちゃんのプロフィールを投稿したら第1章はキリがいいし終わりにしようと思います。感想、お気に入り登録、UA等々本当にありがとうございます。


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第13話 トレーナーの憂鬱: Apprehension

キャンサー杯を何も考えずにオープンリーグにしてたら特別移籍をやってたせいで出せる娘がいなくて絶望した真夜中にお届けです。
ゲート難ゴルシしか勝たんのよ、ええ。
それではよろしくお願いします。


 スバルメルクーリがデビュー戦を勝った翌日、トレーナーはチームでの練習をオフにしてトレーナー室にこもってスバルメルクーリの出走日程を考えていた。

 

「…うーん。マイル路線を突き進むのもいいが、やっぱあの才能ならクラシック三冠ウマ娘を狙いたいよなぁ。菊花賞の距離がアイツにとってどうなのかまだまだ分からんから確定とまでは言わないけどかなり良い線行くだろ」

 

 ……本来ならこのトレーナーはこういう出走日程を決める時はそのウマ娘の意思を最大限汲んで決めるタイプなのだが、当の本人が『………走れと言われたら走る。嫌だけど』というスタンスなので仕方なく1人で組んでいるのである。

 

 …それにデビュー戦での異様に焦った顔。本人は気にするなと言っていたし、その言葉に有無を言わせない雰囲気があった。そして何よりその後にバ鹿なことを言ったためにその場はなにも言えなかったが、あの表情はトレーナーの気を揉むには充分なものだった。

 

「……あいつの考えてることが分からん。どうしてやるのが正解なのかねぇ」

 

 トレーナーがうんうん唸っていると不意に横からマグカップが差し出された。

 

「…休みの日に精が出るわね」

「…おぉ、おハナさんじゃないか。最強チームを率いる最強トレーナーさんがウチなんかの偵察に来るなんて暇なのか研究熱心なのかどっちなんだい?」

「…どう捉えてもいいわよ」

 

 そう言いながら自分用のコーヒーを準備しているのは東条ハナ。おハナさんとチームメンバーから親しみを込めて呼ばれるこの女性は、このトレセン学園に数あるチームの中で特に最強との呼び声が名高いチーム《リギル》のトレーナーである。

 

 そんなおハナさんはトレーナーが先ほどまで唸っていた日程表をチラリと見ながらマグカップにコーヒーの粉を注いでいた。

 

「それ、スバルメルクーリの出走表?」

「まぁな。まだアイツに確認とってないからまだまだ確定してないけどな」

「貴方もよく次から次へと問d……癖のあるウマ娘を取るわねぇ」

「うっせ」

 

 …今、おハナさん『問題児』って言いかけてやめたな、と思いながらトレーナーは差し出された苦い液体を飲む。…舐めていたアメとの相性が最悪でちょっと後悔したようだ。

 

「スバルメルクーリ、ね。貴方何を考えて引き取ったの?」

「何って、選抜レースでいい走りをしたからスカウトしようと思ったらスズカが連れてきたんだよ」

「…そういうところだ。正直あの子はスズカの比じゃないじゃじゃウマ娘よ?分かっているの?」

「もうかなり思い知らされてるよ。…というかやけに詳しいな、メルクーリのこと」

 

 そう話を振ると、おハナさんは想像以上に苦々しい顔を見せた。もしかしてそのことを警告しに来てくれたんだろうか、などと呑気な考えをしていたトレーナーにおハナさんはタブレットを出し、スバルメルクーリのデータの引き出して提示した。

 

「んー、なになに。スバルメルクーリ、中等部、栗東寮、身長145cm。靴のサイズは左右共に20.0cm。体重は検査をサボって不明。誕生日は5月9日…なぁおハナさん、この情報必要か?」

「変なとこだけピックアップしないでちょうだい。…私のチーム選抜レースに出た子のデータは全て管理しているのよ。この意味がわかる?」

「……えっ?」

 

 全くの初耳の情報にトレーナーは思わず聞き返した。つまりスバルメルクーリはリギルの選抜レースに出たことがあるということ。選抜レースに出ていながら所属していないとなれば、トレーナーの中での結論はひとつだけであった。

 

 

「まさか、負けたのか?メルクーリが?」

「まぁそう思うわよね」

 

 …おハナさんの肩がわなわなと震えて、トレーナーにはおハナさん後ろに噴火直前の火山が見えるような気がした。そしてその幻想はあながち間違いではなかった。

 

「……選抜レースで他の子全員を後ろから追込みでぶち抜いてゴールした挙句、『…ただの暇潰しです。チームに入る意思は一切ありません』とか言ってさっさと帰った大バ鹿娘がいるのよ、ええ!!どこのウマ娘だか、わかるかしら!?!?おかげさまでその選抜レースで走った娘を全員不合格にせざるを得なかったんですけどねぇ!?一体どこのウマ娘かしら!!」

「……うわぁ……」

 

 選抜レースでぶっちぎりの実力を出せて、なおかつリギルの管理主義に全く合わなさそうで、さらにチーム加入を拒否しそうなウマ娘にトレーナーは心当たりがあった。というかどう考えてもアイツ(メルクーリ)の仕業だった。

 

「……はぁ、嫌なことを思い出させてくれるわ。ともかくそこのスペックの欄を見ればわかる通り、スバルメルクーリはしっかり制御できればクラシックなんて遊んで勝てるくらいの逸材よ。制御できれば、だがな」

「んなことはわーってるんだけどなぁ、いまいちあいつをやる気にしてやれてないんだよなぁ……っとこの特記事項はどういうことだ?」

 

 スバルメルクーリの項目を下にスクロールしたトレーナーは1つ気になる項目を見つけた。その内容は『非常に耳が良い』というウマ娘共通の特徴でしかなく、とてもじゃないが下の方に書いておく事項のようには見えなかった。

 …のだが、おハナさんはその質問に思わず何かを思い出したかのように頭に手を当ててため息をついた。

 

「あの子の聴力はちょっと特別でね。ウマ娘の中でも特に良いらしいのよ。具体的にはこの部屋の中に小さなハエがいるとしたら、どこにいるかとか何匹いるかとかは集中すれば聞き取れるらしいわ」

「…それはすごいな。耳が良いとは思ってたがそんなに良いとは思わなかったわ」

「あの子、追込がメインでたまに逃げみたいなスタイルで先行とか差しはしてないでしょ。あれはおそらくバ群の中に入ると他のウマ娘の走る音以外にも心臓の鼓動やら息遣いやらが耳に入るから嫌いなんだろう」

「なるほどなぁ」

 

 正直メルクーリを見ていればその兆候はあったな、とトレーナーは思い返した。デビュー戦の時もファンファーレの時は耳を塞いでいたし、そもそもスズカと初めてこの部屋に来た時も、来る前はスペとかゴルシから逃げるために静かな場所に行った結果スズカと会ってお喋りでもしてたんだろう。

 トレーナーはもう一回データを上から下まで軽く見返し、タブレットをおハナさんに返却した。

 

「ありがとな、おハナさん。参考になったわ」

「貸し1」

「…しゃーないか、今度給料が入ったら奢る」

 

 それだけ聞くとおハナさんはコーヒーを飲みきってトレーナー室を出…る手前でトレーナーに振り返った。

 

「スバルメルクーリ、彼女は間違いなくダイヤモンドの原石だ。ただし色々ヒビが入っている、と頭につくがな。うまくやれば大きな実績を残せるだろうが下手なことをしたらまず間違いなく一気に壊れるぞ。よく見て手綱を握ってやれ」

「…おハナさんは優しいな」

「次はターフの上であの大バ鹿娘と戦えることを祈っている」

 

 それだけ言い残しておハナさんはトレーナー室を後にした。残されたトレーナーは1人呟いた。

 

「ヒビの入ったダイヤモンドの原石、ねぇ」

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

「……へっくし」

「おうおうどした?誰かにウワサされたか?それとも木星からデータを受信したか?」

「そんなゴルシさんじゃあるまいし、別の星から受信なんてできるわけないじゃん」

「へふはん、はふぇひふぁひほふへてふぶぁはいね?」

「スペさんは口の中のもの食べ切ってから喋りなよ、聞き取りづらいし」

 

 木星はともかく、誰かが私のウワサをしてるのはあるかもね。私たちスピカの面々は全員オフということでみんなでスイーツを食べに行っていた。どんだけこの娘たちはスイーツに飢えているのか。私も好きだけど。なお後日、スペシャルウィークとメジロマックイーンの体重管理にトレーナーが頭を悩ませていた。…なんかごめんトレーナー。




3000字越え。こんなつもりじゃなかったのに…。とりあえずここまでで第1Rは終了です。
正直プロットも何もない状態で書いてきたんで少しプロットを考えてから第2Rを出したいかもしれない…。こんなに読んでいただけるとは思ってなかったんです。びっくり。
毎度のことですが感想やお気に入り登録、UA等々本当にありがとうございます。励みになってます。気づいたらUA10000を超えてました。びっくり。


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第2R それがたとえ茨の冠でも
第14話 隔靴掻痒:Unexpected


お久しぶりです、ゆっくり休めました。
第2R開幕です、よろしくお願いします。

4/4、少し修正させていただきました。


 …夜は好きだけど嫌いだ。いきなり何を言ってんの、と思うだろうけど本心だ。

 

 私が夜を好きな理由。車通りや起きている人が減って静かになって夜風が気持ちいいから。こっそり寮から抜け出して軽く走るのも、屋上で星を眺めるのも悪くない。トレセン学園の屋上は思ったよりキレイな星空が見えるしね。

 

 反対に私が夜を嫌いな理由。物音がしなくて余計な情報が入ってこない代わりに余計な思考(ノイズ)が入ってしまうから。有り体に言えば思い出したくないことを思い出してしまうから。

 

「……はぁ」

 

 最近私にしてはしっかりトレーニングをして、あまつさえメイクデビューを制したせいだろうか。トレセン学園に入る前、つまりまだ私がレースなんてモノに憧憬(ユメ)を見ていた時のことを夢で見てしまう。

 

 

『おかあさまよりたくさんのG1で勝ってみんなの前で踊るの!そしたらみんなが笑顔になっちゃうんだから!その時になってシットしないでね、おかあさま!』

『はいはい、それじゃあ踊る時に恥ずかしくないように簡単なステップの練習をしましょうね』

『はい!えへへ…』

 

 …うるさい。

 

『…あら、どうしたの?そんな切羽詰まったような顔をして』

『背が伸びなくて不安なんです。ちゃんと早寝早起きはしているんですよ、それなのにあんまり伸びなくて…。どうすればもっと身長が伸びて速く走れますか?』

『…うーん。身長がいつ伸びるか、どのくらい伸びるかっていうのは個人差も大きいから具体的には答えられないわねぇ』

『じゃあ。身長が伸びなかったら、私はレースは勝てませんか?』

『…貴女はどう思う?』

『そんなことないです!身長は確かにレースに勝つためにあった方がいいし、欲しいとは思ってますけど、それで勝ち負けが全部決まったらつまらないじゃないですか!』

『ふふっ、正解。貴女のバランス感覚と聡さなら…そうね、多分モノにできるわね』

『…???』

『背が低いことがアドバンテージになる。そんな走り方を知ってるから教えてあげるわ』

 

 ………うるさい。

 

『メルちゃん!コーナーを曲がる時に歩幅を少し縮めた方が曲がりやすいかも!』

『そうなの?……おっ、ほんとだ!これで私たちまた速くなれるね!でもなんで教えてくれたの?これを知ってるか知らないかで大分違いが出るように感じるんだけど』

『メルちゃんはさいきょーのライバルだから!一緒に他の誰もついてこれないくらい強くなって、トーキョー優駿の最後の直線でスパート勝負したいから教えちゃった!』

『…ふふっ、トーキョー優駿って。日本ダービーね、日本ダービー』

 

 

 ……うるさいうるさいうるさい!!!どいつもこいつもレースなんていう茹だった幻想(ユメ)を見やがって、むしゃくしゃするったらありゃしない。……頼むから私の頭から出ていってくれ!

 

 …頼むから。私から離れていってくれないか(私を許してくれないか)

 早くこの夢が醒めればいいのに。醒めたらきっと…。

 

 

 

 イヤな夢ばっかり見せてくる夜はやっぱり嫌いだ。…それでも嫌いきれない、それどころか好きな私がいる。一体本当にどうしてだろうか。考えても考えてもその答えは見えてこないけど、確実にわかることは一つだけあった。

 

「…また寝不足コース確定だ、これは」

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

「……ぷぁ」

「メルちゃん眠そうだね、はちみー飲む?」

「……うん、飲む」

「てゆーかメルちゃん髪も整えてないじゃん!キレーな銀色の髪なのに勿体無い!マヤが梳いてあげるからほらこっちにおいで!」

「……うん」

 

 テイオーからはちみーを渡され、後ろに回ったマヤノに髪を梳かれ、どこから出したかわからない可愛い髪留めでまとめられる。朝なのに相変わらず2人は元気だなぁ。てかこのはちみーあっっま。これが固め濃いめ多めってやつかぁ。

 テイオー曰く『マヤノも朝強いタイプじゃない』って話だったはずなのに全然違うじゃないか。ちなみに私は1週間くらいずっと寝坊し続けててそのたんびにマヤノとテイオーに起こされている。

 

「…はい、完成!これでメルちゃんもオトナのレディだね!」

「……うん、ありがとマヤノ」

 

 横からひょいっと差し出された鏡を見るとハーフアップ?にまとめられた銀髪といつもの眠そうな目つきが私を迎え入れていた。この髪型を歩きながらまとめられるマヤノはやっぱり器用なんだなぁ。

 

「あ、おっはよ〜たづなさん!」

「トウカイテイオーさん、マヤノトップガンさん、スバルメルクーリさんおはようございます」

「たづなさんおはよ〜☆」

「…おはようございます」

「スバルメルクーリさんは今度のサウジアラビアロイヤルカップの事前インタビューの申し込みが来ているので放課後に職員室に来てくださいね」

「………ぶぇ?」

 

 サウジアラビアロイヤルカップ…?あー、いちょうステークスのことか。トレーナー本当に用紙出したんだ、知らなかった。しかもそれでインタビューかぁ、めんどくさいなぁ。サボっちゃおうかな。

 

「ちなみに、サボったら地の果てまで追いかけますよ?いいですね?」

「…はい」

 

 こわっ、たづなさんこっわ!秘書って相手の心も読めないとダメなの?しかも笑顔から表情全然崩れないし、秘書怖すぎるでしょ。

 …とりあえずサボるのはやめておこう、ここでサボったらなんか命を刈り取られる気がする。

 

 

 

「……むむむむ」

「どうしたのマヤノ、そんなに唸って。メルちゃんになんか感じた?」

「メルちゃん、なんだかつまんなさそう…」

 

 〜〜〜〜〜〜

 

「……ねぇ、トレーナー。なんか言うことは?」

「わりーわりー☆言うの遅くなっちゃったわ!アーオモッタヨリホウドウジンオオイナー」

「………はぁ…」

 

 いやいやいや。こんなに取材陣が多いって聞いてないんだけど。パシャパシャですわ!じゃんこんなの。そりゃあたづなさんも逃げるなって言うよね。

 トレーナーの後ろに着いていって壇上に立って一礼する。パシャパシャの速度があがってシャッター音が非常にうるさい。

 

 

「それではこれより、スバルメルクーリさんへの公開取材を開始します。質問のある方は挙手の上、指名されてからお願いします。……ではそちらの方からどうぞ」

「ウマ娘新報の佐藤です。スバルメルクーリさん、初めての重賞レースとなりますが、意気込みの方をお聞かせください」

 

 意気込み……?えっと……。

 

「……ええっと、「初めての重賞ではありますが、必要以上に気負うことなく自分の走りを貫きたいと思います」…ます」

 

 横目でチラッとトレーナーを見るとニッと笑って親指を立ててきた。これ、文章回答で良かったのでは…?

 

「週刊ウマ娘の田中です。先日新潟レース場で行われたメイクデビューではコースレコードという我々の度肝を抜く走りを見せてくれました。今回のレースでもそのような走りを期待してもよろしいのでしょうか?」

 

 新潟のコースレコード…?そうだったっけ…?新潟…新潟…!

 

「あ、えっと…新潟はお米が「コースレコードに関してはとくに意識してませんが、最善を尽くせるようトレーナーと調整をしていくつもりです」…です」

 

 …えーーっと、これ私いる?必要かなぁ…?

 

「月刊トゥインクルの乙名史です。トレーナーさんはスバルメルクーリさん、彼女をどのようなウマ娘だとお考えでしょうか?ぜひそのお考えのほどをお聞かせください!」

 

 お、ラッキー。私への質問じゃないじゃん。トレーナーはどう答えるのかな?

 

「こいつは身体の体幹、バランス感覚が優れていて勝負勘も悪くない。非常に高い水準で走れるウマ娘です。しっかり実力を発揮できれば三冠だって通過点になりうるくらいの優秀な子なので、俺はその個性を支えてやるのが仕事だと思ってます。クラシック三冠路線、こいつから目を離さないでください!」

「えっ待っ「す、すすす……素晴らしいですッ!担当ウマ娘を信じて疑わないその姿勢、感服いたしました!担当ウマ娘のためならば粉骨砕身、たとえ全財産を失っても支えるという覚悟ですね!?」………????」

 

 いきなり何を言い出してんだコイツ(トレーナー)って思ってたらなんか記者も共鳴して訳の分からないことを言い出した。それに乗じて記者会見のボルテージもなぜか上がり始めてしまった。というかそれ以前に!いつのまにかクラシック三冠路線に進むのも決まってることになってるの全く納得行かないんだけど!トレーナー???

 

 その後も何個か質問に対して(トレーナーが)答えて最後に写真を撮って会見は終了になった。いやほんとになんだったのこの時間…?なんか私の思ってない方向にばっかり転がっていく…。




おやすみ中にお気に入り200件超えてました!これからも頑張ります。誤字等ありましたら報告してもらえると幸いです。

水着のダイスちゃんなんとか完凸できて良かったなって気持ち。ギリギリでしたね、ええ。


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第15話 (心)技体:Without pride

難産。この一言に尽きました。
それではよろしくお願いします。


 取材が終わった直後、チームの部屋に戻った私はとりあえずトレーナーを正座させていた。

 

「……トレーナー()()、私がなぜこれ程まで怒っているか、わかってる?」

「ヒィィィィッ!」

「…メルちゃんって怒ったらあんな感じなんだね。ボク知ーらないっと」

「銀髪がふぁぁって広がってて見た目だけならキレーなのが余計怖いね…。マヤもすぐメイクデビュー控えてるし、トレーニングしてこよっかなー」

「あっおいお前r「よーしそういうことならアタシたちが特別稽古をしてやろーう!行くぞみんなー!」……」

 

 

()()()()()()()()()()()()、チームメンバーがみんな部屋からはけてくれたので改めてトレーナーに向き直る。いやー、持つべきものは理解力のある仲間だよなぁ。

 

 

「さて。さっきの質問の答えは出ましたか?言っておくけど、理由は一つとは言ってないからね?」

「ええっと…取材の予定を入れたことを言い忘れてたからか?」

「はいまず1つ。もう少し報告早めにしてもらわないと対応考える時間とかも欲しいから困る。次」

「…サウジアラビアロイヤルカップの出走申請を出したのを報告してないことか?」

「それも本当は文句言いたいけど、前に出すぞって言ってたから良い。そうじゃなくて」

「……わからん」

 

 マジか、マジで言ってるのかこの人。本当にわからない顔してるけど……そっかぁ。

 

「勝手にクラシック三冠路線確定させて、挙げ句の果てに通過点って言って他の娘を煽るとか何を考えてんの???そもそも私はそこまで走るとは言ってない!!!」

「走るよ」

「はい?」

 

 

 わたしの剣幕にも全く退かず、真っ直ぐに私の目を見て言い切るトレーナーに逆に私が怯んでしまった。

 

 

「スバルメルクーリはクラシックを走って三冠を取る、いや俺が取らせる。これはお前がチームに入ってきた時からの俺の目標だからな。そのためにお前にトレーニングさせるしサポートもする。それがトレーナーってもんだ」

「そんな勝手な…」

「勝手も勝手さ、俺はお前たちウマ娘に夢を見てるからな。……なぁメルクーリ、()()()()()()()()()()()()()?」

「……ッ!!……いいよ、わかった。今回のサウジアラビアロイヤルカップは乗せられてあげる。朝日杯もどうせ出走登録するんだろうから走ってあげるしそれまでのトレーニングは付き合う。…けど、クラシック三冠路線はしばらく保留にしてほしい」

 

 

 その言葉を最後に私はトレーナーに背を向ける。…怯えてる、ねぇ。トレーナーってやっぱり凄いな。

 確かに、私は走る…もっといえばレースのターフに立つことに怯え、レース中は異様に焦っているんだろう。

 

 

 …自分で言うのもおかしな話だけど多分間違ってない。私はきっと、あの時から一歩も進めてないまま。言ってしまえばそこに立ち尽くしてるだけ。そこから一歩踏み出すには、私は多くのものを見過ぎたし、何よりも聴きすぎた。

 

 …ホント、バカみたい。

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 同時刻、生徒会室では先程の会見、つまりスバルメルクーリとそのトレーナーの会見がテレビに映し出されていた。

 

 

『……しっかり実力を発揮できれば三冠だって通過点になりうるくらいの優秀な子なので、俺はその個性を支えてやるのが仕事だと思ってます。クラシック三冠路線、こいつから目を離さないでください!』

『えっ待っ……』

 

 

 わずかに目を見開くスバルメルクーリと笑顔のスピカのトレーナー。その対比を見ながらエアグルーヴはシンボリルドルフに質問を投げかけた。

 

 

「…スピカのトレーナー、随分と大きく出ましたね。スバルメルクーリにそこまでの才能が…?」

「可能性があるかないかでいえば……ある、な。エアグルーヴ、あの時なぜ理事長はスバルメルクーリ君を捕らえ、選抜レースに出させるように言ったと思う?」

「それは…入学試験でトップだったウマ娘をそのままにしておくのはもったいなかったからでは」

「そうだが、それだけじゃない。言い方は悪いが、トレセン学園はレースをより一層盛り上げるための偶像(アイドル)が欲しいんだ。かつて私やテイオーがそうだったように、クラシック戦線を駆け抜ける一条の光が現れることをファンは待ち望み、その光が他の光(ライバル)と交差することでさらに大きな光が生まれることに焦がれている。ただその偶像を作るにはクラシック三冠という響きは想像以上に大きく重い。何せ人生で一度しかないクラシック、ウマ娘なら誰しもが目指す檜舞台(ひのきぶたい)だ。まず出走できるだけで一流という舞台で三度頂を取ることは並大抵の器では不可能なのは言うまでもない」

 

 

 目を伏して語るシンボリルドルフ。その脳裏にあるのが彼女のクラシック戦線の記憶であろうことはエアグルーヴにも理解できたが、その道がどのくらい辛く険しい道なのかまではわからなかった。

 

 

「言ってしまえばトレセン学園の入学試験というのは中央でそのウマ娘がどれだけ輝けるかを測るためのもの。その試験で最も優秀だったものを神輿に担ぎ上げるのは至極真当ということだ。まぁ、チームスピカのトレーナーはそういった事情とは関係なく、ただ自分のチームのウマ娘をファンに向けてアピールしようというだけだろうがね」

「なるほど…。ただ、スバルメルクーリ本人はそのクラシック三冠に関して全く乗り気でないように映りましたが」

「そうだな。スバルメルクーリ君はいわゆる心技体のうち、技は私にも真似が難しいような天性のものを持っているし、体も悪くはない。ただ彼女は心、すなわち中央のウマ娘として走る矜持が全くもって欠けている。あれでは勝てて1つ、ともすれば3レース全て掲示板すら怪しいかもしれない。彼女の事情は知っているが、そこで足を止めてしまうようなただ速いだけのウマ娘が勝ち抜けるほど中央のクラシックは甘くない」

「…なかなか手厳しいですね、彼女に」

「期待の裏返しと言ってくれ。チームスピカのトレーナーはアレで担当のウマ娘のことはしっかり見ている。本番までにどのくらいスバルメルクーリ君の心をレースに向かせるか見ものだな」

 

 

 いつのまにかスバルメルクーリの会見のニュースは終わり、テレビ画面は最近の特集が映し出されていた。どうやら巷では4色に光る液体を用いた謎のパーティグッズが流行り出しているらしい。アグネスタキオンが裏で手を引いてたりしないか密かに懸念するシンボリルドルフであった。

 

 




レオ杯の準備?知らない子ですねぇ……。
お気に入り、評価、感想等いつもありがとうございます。


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第16話 調整: regulation

レオ杯勝てなくて泣きました、私は悲しい…。サポカガチャもう少し引くべきかぁ…。とりあえず次のチャンピオンズミーティングはオープンリーグに戻ります、ぴえん。
本編もよろしくお願いします。


 サウジアラビアロイヤルカップは東京レース場で行われる1600mのマイル区分のレース。

 距離的な話をすればメイクデビューの時より200m短くなっているから、追込で走るなら勝負をかける位置を考えないと届かないこともある……のかなぁ、多分。

 

 …というかスタートとラストの長い直線といい、左回りといい、3コーナー前の登り坂といい、これ新潟のコースと似てるよね。実際の芝の状態とか気候とかの要素があるから単純な比較は出来ないけど、走りやすさの面でいえば似たようなレース場の方が走りやすい。マックイーンさんが好きらしい野球で例えるとホーム球場のマウンドの方がビジター球場のマウンドより投げやすいのを考えればわかりやすいかも。

 

「よーしメルクーリ、次はゴルシと併走だ!ゴルシ行けるか?」

「おっけ。よーし行くぞメル!アタシの追込の極意をお前に授けてやろーう!」

「…わかった」

 

 そんな私は今トレーナーの指示のもと、ゴルシとマックイーンさんの2人と交互に併走トレーニングをしている。なんでも『追込と逃げができるなら、後はそれを先輩の走り方を見ながら洗練させるか!』とのことらしい。本当なら逃げはスズカさんの方が適任なんだけど、本人のレースの関係で今はアメリカに行っているために代役としてマックイーンさんに白羽の矢がたった。

 

 レースに少しでも関わったことがあれば誰でも知っている話だが、追込と逃げは根本的に走り方が違う。スタートが1番大事な逃げに対して、仕掛けるタイミングが1番大事な追込。ハナを取り続けることが求められる逃げに対して最後にまとめて薙ぎ払うことを求められる追込。

 

 この2つを交互に入れ替えれながら走るっていうんだからそりゃもう疲れる。ゴルシもマックイーンさんも普通に速いから力を抜く暇を与えてくれないし、なんならこの2人は入れ替わりで休憩してるから元気なのに対して私は走り通し。そろそろ疲れてきた…。

 

「オラオラオラァ!面白くなってきたぜぇ!」

「……ッ!」

 

 …まずい、ゴルシが中盤でスパートをかけてきた。ゴルシの恵まれた体格から繰り出されるスパートは歩幅が大きくて踏み込みが強い。アレでよく最後まで保つな、とは思うけどアレで保つからゴルシはゴルシなんだろうね。……じゃなくて!

 

「……ふッ!!」

「ん?おおっ!?」

 

 より一層体勢を低くして前に行ったゴルシを再び射程に捉える。コーナーを抜けるときに外に出て一気に差し切…あれ? 

 …思ったより伸びない。私の感覚だとゴルシのすぐ後ろにつけるはずだったんだけど、まだ数バ身離されている。もう1段階上げなきゃ追いつけない…!!

 

 前を猛然と走るゴルシの外に広がって一気に追い抜こうとする…がやっぱり今ひとつ伸びない。

 結局私とゴルシとの差は2.5バ身離れた状態でゴール代わりに突っ立っているトレーナーの前を通過した。

 

「ゴーーール!!たまには本気出さなきゃな!…っていてっ!」

「……はぁ、はぁ。やっぱりゴルシ速い…っていたっ!」

 

 ゴールして息を戻していたらトレーナーとマックイーンさんが駆けてきてトレーナーは私の、マックイーンさんはゴルシの頭にそれぞれ手刀を落としてきた。

 

「もう何周もしてるのにそこから本気で走るバ鹿がいるか!怪我したらどうするんだ!」

「…………いや、でも最初に仕掛けたのゴルシだし」

「ゴールドシップさん?本気はナシってトレーナーさんに言われてましたわよね?少しは自重してくださいまし!」

「だってよぉ〜、メルが速いのが悪くねぇか?あんだけ速いとアタシも本気出したくなっちゃうじゃねぇか、な?マックイーンもそう思うだろ?」

「……メルクーリさんが速いのは認めますが、今回はあくまでメルクーリさんの調整のため。そこを忘れてはいけません!……それはそうとメルクーリさん、今度機会がありましたらぜひ私とも走っていただきたく…いたっ!」

 

 あっ、今度はマックイーンさんにトレーナーの手刀が落ちた。

 

「お前までそっち側行かれたら収集がつかなくなるだろうが。…メルクーリは今日のトレーニング終了だ。それ以上走ったら本格的に怪我しかねない。あとお前最近寝れてないだろ、どうした?」

「……星や夜景が綺麗だからつい眺めてしまって。ごめんなさい」

 

 さらっと寝不足見抜かれてるの怖っ…。とりあえず理由の半分だけ言っておいて、ちゃんと寝られるように寝る前ににんじんのスープ用意しようかな。

 

「…わかった。くれぐれも無理はしないでくれよ。ゴルシとマックイーンはメルクーリについて行ってやれ、少し目を離すとどっか行きかねないからな」

わかりましたわ(オッケー)

 

 

 

 トレーニングからの帰りの途中、トレーニング場前にたい焼きの屋台が来ていた。さっきからゴルシがソワソワしてると思ってたけど、屋台が来るのを知ってたのかな。

 

「なぁマックイーン、メル!たい焼き食って帰ろーぜ!」

「食べませんわ!私はともかくメルクーリさんはレース前でしょう、体重の調整が必要な時期なのにたい焼きなんか食べてたら太ってしまいますわ!」

「とかなんとか言って〜ホントは自分が太りそうだから嫌なんだろ?なーなー、メルはどうだ?たい焼き食べてぇよな?な?」

 

 マックイーンさんを攻略するために私に矛先が向いたね。まぁゴルシの遠回しの気遣いって奴なんだろうし、素直に受け取ろうかな。

 

「…食べたい。甘いの好きだし、誰かが変に本気出させたせいでお腹減った」

「よーし決まりだな!ほらマックイーンも食べようぜ、なぁ〜」

「もう、仕方ありませんわね。…でもメルクーリさんは本当に大丈夫ですの?ゴールドシップさんに合わせてあげてるんだったら無理しなくてもいいんですのよ?」

「大丈夫。私はむしろレース前に少し食べないとダメだし。……もうゴルシ注文してるしね」

 

 そういってチラッと屋台の方を見やるとニッコニコ顔のゴルシがメニュー表を指差してあれこれ注文していた。あそこまでされてたらもうしょうがないよね。

 私とマックイーンさんは目を見合わせて少し笑ってからゴルシの元に駆けていった。

 

 その後、私がクリームのたい焼きを食べている間にゴルシとマックイーンさんはヒミツ味という名のからしのたい焼きを押し付けあっていた。仲良いなぁ。




ハーフアニバーサリーの福袋はファル子さんが来てくれました。ダートが潤うね!
毎度のことですが、感想、お気に入り、UA等々ありがとうございます!


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第17話 挑戦状:The Rival

いつの間にか9月になっていてびっくり。そしてレオ杯なんだかんだBリーグではありますが1位になっててびっくり。
今回もよろしくお願いします。


 ゴルシとマックイーンさんによる鬼のようなシゴきを乗り越え、今日はサウジアラビアロイヤルカップ当日。………なのだが、その前に。

 

 

 

「今日はついにマヤのメイクデビューの日!燃料満タン!離陸準備オーライ!トレーナーちゃん、しっかりマヤを見ててね!」

「よーし、その調子ならしっかり勝ちに行けそうだな。お前の好きなように走ってこい、マヤノ」

 

 

 

 そうなのです。私の走る前にマヤノのデビュー戦があるのです。私が2人にしごかれている間、マヤノはこのレースのための調整をウオッカさん、スカーレットさん、そしてテイオーに手伝ってもらっていた。

 そんなマヤノはもうすでにパドックでのお披露目も終えてレース準備…マヤノ風にいうのなら離陸準備も万端なようで、トレーナーやメンバーからの応援をニコニコしながら聞いていたかと思うと急にこっちに向き直った。えっと…なんでしょう?

 

 

「メルちゃんメルちゃん!」

「どうしたのマヤノ?」

「マヤのレース、見ててね?」

「え?まあ準備しながらになるけど」

「いいから、そこのテレビのモニターでちゃんと見てて!……ね?」

 

 

 ……その時見たマヤノの目は、出会ってから見たことがないほど真剣だった。

 

 

「…うん、わかった。私が言うまでもないと思うけど、勝っておいで」

「……!!うん!マヤちん、テイクオーーフ!!」

 

 

 ぴょーんと軽やかに弾むような足取りでレース場に出ていくマヤノを見て、私は何となく彼女の勝利を確信したのであった。

 

 

 ~~~~~~

 

 

『秋も深くなってきました東京に今日もメイクデビューを迎えたウマ娘たちが集いました。来年のクラシック戦線に向けていいスタートダッシュを切れるのはどの娘でしょうか!』

「始まりましたわね、マヤノさんのデビュー戦の中継。……マヤノさんは無事に勝てるでしょうか?」

「アタシたちはそこまでしっかり見れてるわけじゃねぇけどその代わりにウオッカとかスカーレットとかが見てたんだろ?ならヌルいことはしないだろ」

 

 

 ゆっくりレースに向けた柔軟を続けている私の横で、ゴルシとマックイーンさんの二人がまったりしていた。

『……二人は直接見に行かなくてもいいの?』ってさっき聞いた時には、『目ぇ離したらお前どっか行きそうだろ?だからアタシたちが見守ってやろうってことだ!!』『とかなんとか言っておりますけど、ゴールドシップさんはメルクーリさんのことが心配なんですのよ。かくいう私もメルクーリさんには勝っていただきt……いたたたっ!ゴールドシップさん、私の頬をつねらないでくださいまし!!』『余計なことを言うのはこの口かぁ~~!?』とかなんとかじゃれ合いを始めていたんだけど落ち着いたようだ。

 

 さすがに二人のじゃれ合いを見るのもなれたので足の爪を整えながら成り行きを見守っていたのだが、どうやら『私も含めた3人で今度フルーツパフェの専門店に行く』という結論に落ち着いていた。本当に仲がいいんだろうなぁと思うと同時になんで私も一緒に行くことになったのかは考えるだけ無駄だし考えることをやめた。何より提案したゴルシもされたマックイーンさんも満足げだったし、私が口をはさむのは無粋ってヤツだ。私も甘いもの好きだし。

 

 

『堂々の1番人気はチームスピカからの出走となりました、1枠1番マヤノトップガンです!先ほどのパドックでは元気いっぱいな様子を見せてくれました。チームスピカは来年のクラシック戦線に2人のウマ娘が出ることになりますね』

「ずずず…この緑茶うっめぇなぁ」

「メジロの実家から持ってきた緑茶ですわ。不味いはずがありませんわ」

「いや、本当にくつろぎすぎでしょ2人とも」

「「メルもどうだ?(メルクーリさんもどうですの?)」」

「……レース終わったらもらう」

 

 

 二人と文字通りの茶番をしていたら、どうやらゲートインが始まっていたようだ。テレビ画面はゲートに入っていくウマ娘たちを映していて、その中にはマヤノの姿もあった。

 

「ほら、ゴルシもマックイーンさんも始まるよ」

『各ウマ娘、ゲートイン完了しました……スタートしました!!さぁ勢いよく飛び出したのはマヤノトップガン!!』

「おぉ~、やるなマヤノ!」

「キレイな飛び出しですわ、ゴールドシップさんも教えてもらったらどうですの?」

「うるせ~」

「………」

 

 

 …ゲートが開くと同時に勢いよく飛び出したマヤノの様子に()()()()()()()()()んだけど、さすがに気のせいだよね?

 

『さぁ先頭は1番人気マヤノトップガン。快調に飛ばしていきます!』

『これは大分ペースが速いですね、少しかかり気味かもしれませんが最後まで保つのでしょうか』

「……なぁ、これって」

「……えぇ、これは」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()でマヤノはぐんぐん加速してほかのバ群からはすでに4バ身くらい離していた。ゴルシとマックイーンさんがそろって私を見る。……うん、2人も気づいたのだろう。なんでマヤノが私に『見ててね』なんて言ったのか。

 

 

「最初の3ハロンに思いっきり突っ込んでタイムが35秒1、か。これ、私の新潟(デビュー戦)の記録に挑戦してるね、わざわざ私の走り方に寄せてきてるし」

「なんというか、マヤノさんらしい挑発の仕方ですわね」

 

 

 マックイーンさんの言う通り、この短期間で私の走り方の真似をある程度再現できてそれを挑発に使うのはなんというかマヤノらしいといった感じだね。

 テレビ画面では先頭をひた走るマヤノがコーナーを抜けようとしているところを映していた。私よりも髪が短い分、歯を食いしばっているのが分かりやすい。そりゃそうだ、マヤノ自身の走り方じゃなくて私に最適化した走り方をマネしているんだから体への負担は普通に走るよりも大きいはずだ。

 

 

『マヤノトップガン!速い速い!最後の直線でも伸びる伸びる!後ろとは6バ身は離して今ゴールイン!圧倒的な力を見せてメイクデビューを制しました、マヤノトップガン!来年のクラシック戦線での活躍がより楽しみなものになりました!2着は……』

「……さすがだったなマヤノのやつ。んで、どうすんだメル?」

 

 

 “どうすんだ”ってのはそのまま、マヤノの挑戦に乗るかどうかって話だよね。

 周りがよく見えているマヤノのことだ、メイクデビューを制してなおレースに対して気持ちが乗らない私にヤキモキしてたんだろう。そんな私を見ても一緒に走りたいと思ってくれたんだ。…マヤノはいい子だね、ホントに。

 再び画面に目を向けると、勝利の喜びに顔をほころばせながら観客に向かって手を振っているマヤノの笑顔が映っていて、私にはそれがひどく眩しく見えた。

 

 

「悪いけど私はあれに乗れない。もちろんマヤノの気持ちはうれしいけどね。……そろそろパドックの時間だし軽く走ってくるね、マヤノが帰ってきたらおめでとうって伝えておいて」

 

 

 でも、私はマヤノのそのまっすぐな挑戦(きたい)に応えることができない。…もちろんマヤノに責任があるわけじゃなくて、私が全面的に悪いんだけどね。走ることに前向きじゃない奴を相手するにはマヤノの才能は役不足ってヤツだよ、正しい意味で。

 何か言いたそうな二人に背を向けて部屋を出る。…せめてマヤノが一緒に走りたいと思ってくれただけの走りの準備くらいはしないとね。

 

 

 ~~~~~~

 

 メルクーリが出ていき扉がパタンと閉まった後、ゴールドシップとマックイーンは二人して顔を見合わせた。

 

 

「ったく、メルって本当に素直じゃねえよなあ。あいつの尻尾見てたか、嬉しそうにブンブン振りまわしてたぜ?」

「ええ、本当に。でもきっとマヤノさんもそのことはわかっているんじゃないですの?その上で『見ててね』って言ったのでしょう」

「考えすぎなんだよ、考えすぎ!もっと柔らかく受けとりゃいいのにな」

「それを言いたいならあなたはもう少しマジメにやってくださいまし。あなたとメルクーリさんが足して半分になればちょうどよくなるんでなくて?」

「うるせー」

「…メルクーリさんは大丈夫でしょうか」

「お、心配なのかマックイーン?…信じて待ってようぜ、それが仲間ってヤツだろ」

「……ええ」

 

 

 ゴールドシップの言葉に同意したマックイーンは手持ち無沙汰になり、控室のお菓子をつまもうとしたがそれを察知したゴールドシップに没収されてしまい、しゅんとしてしまうのはまた別の話。




アオハル、全然システム理解してないのに評価点だけ高いの取れちゃうの怖い……。
お気に入り250件突破してました。毎度のことながらありがとうございます。


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第18話 10月の風:The Oct. Wind

新しいライダーが始まると季節が変わったなぁって感じる今日この頃。これも全部ディケイドって奴のせいなんだ、おのれディケイド!
…取り乱しました、今回もよろしくお願いします。


 10月のターフの上はみんなが思っているよりもかなり寒い。春夏の時期は心地よかった風が9月くらいから段々冷たくなっていき、10月にはもう肌を突き刺してくるかのような寒さに変貌しているというわけだ。今日は晴れているからまだ良いが、これが雨やら雪やらが降ってしまうともうやってられない。寒い、濡れる、走りにくいの3拍子揃って良いところがない。

 

 ……ともかく、肘まで覆う大きめな手袋を持ってきていてよかった。寒さが少しだけ解消され、指先も冷えなくてちょうどいい。

 

「……ふッ!!」

 

 軽く息を吐いてギアを上げる。私が思っているように加速していき……私が思った通り、()()()には届かないままゴール板を駆け抜ける。……やっぱり届かなかったか。

 

「そろそろパドックだぞ」

「あ、トレーナー」

「…どうだ、行けそうか?」

「……大丈夫。勝ってくるよ」

 

 

 いつのまにか来ていたトレーナーに水とタオルをもらって息をつく。……そっか、もうパドックの時間か。思ったよりも時間が進むのが早いな。

 

 

「そういえば、マヤノ速かったね。あの走り方はトレーナーの指示?」

「…いや、あいつの意思だ」

「……そっか。慣れない走り方でほぼ確実に足先とかふくらはぎとか色々なところが張っちゃってるだろうだから、私がパドック行ってる間にしっかりケアしてあげな。…タオルと水ありがとね」

「おう。しっかりアピールしてこい」

 

 

 トレーナーにひらひらと手を振ってパドックに赴く。……とりあえずお疲れ、マヤノ。

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

『3番人気は8枠9番、スバルメルクーリ!』

『前走のメイクデビューでは他の娘に影すら踏ませない圧倒的な走りを見せてくれました。初めての重賞レースということで人気こそ3番ですが、十分に勝利を期待できますよ』

 

 パドックに現れ、前回と同じアクロバットを綺麗に決めるメルクーリを見ているテイオーとウオッカ、スカーレット。3人ともマヤノのメイクデビューの調整につきっきりでメルクーリをしっかりと見るのは実は久しぶりだったりするのだが、メルクーリの僅かな変化に気づいていた。

 

 

「……メルちゃんなんか良いことあったのかな?少し雰囲気が柔らかい気がするんだけど」

「そうかー?俺にはいつも通りのメルクーリって感じしかしないけどな。少し尻尾振ってるくらいか?違いと言えば」

「…アンタも違いわかってるじゃない。それはそうとして2人ともメルちゃんの方見てみたら?」

「「…えっ?」」

 

 スカーレットの言葉で再びパドックの方を見たテイオーとウオッカ。するとそこにはこちらを突き刺すように睨むメルクーリの姿があった。

 

 

「げげ、聞こえてんのかよ!なんつー地獄耳だメルクーリの奴!」

「と、とりあえず手を振っておこっか…。メルちゃんがんばれー!」

「「がんばれーー!!!」」

 

 

 推しのアイドルにするかのように手をブンブンと振る3人を見て、控室からチームに合流するために戻ってきたゴールドシップは呆れながら呟いた。

 

 

「何やってんだ?おまえら…」

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 

 …。

 ……。

 ………。はぁ。

 

 雰囲気が柔らかくなった?好き勝手言ってるテイオーたちには後で軽くお仕置きをプレゼントしようかな。

 

 パドックから出ながらさっさとジャージの上着を羽織る。重賞レースだからか、カメラの数も観客の数も段違いに多くなって本当にうるさいったらありゃしない。G3でこのレベルなんだからG1になると………。考えるのはやめようか…。

 耳カバーを付ければこの騒音も少しは軽減されるけど、あくまで気休め程度。そして騒音の代わりに耳カバーの衣擦れの音が耳に入ってきてイライラするからつけるのをやめた。

 

 

「………はぁ」

 

 

 賑やかなパドックから離れ、ぼんやりと空を見上げてみる。もしかしたら今晩は寮の屋上から良い感じに星が見えるかもしれない。温かいにんじんスープでも作って見るのもアリかもね。

 

 

「みてみてママ!あの銀色のお姉ちゃん、きれー!」

「そうねぇ、綺麗ねぇ」

「……?」

 

 

 意識を観客席側に移すと、何やら最前列の黄金色のウマ娘の親娘が私の話をしているらしい。……ちょっと悪戯しようかな。

 

 

「こんにちは、観戦?」

「わ、銀色のお姉ちゃんこっちにきてくれた!すっごいねママ!」

「こーら、挨拶してくれたんだから挨拶を返しなさい!」

「こんにちは!さうじあらびあろいやるかっぷを見に来ました!」

「そっか」

 

 

 ……私も小さい時は多分こんな感じだったんだろうなぁ。母上に『レース見たい!』ってせびって連れてきてもらったっけ。…まぁでも母上は私の耳が良すぎるのがわかってたからほとんど連れて行ってくれないか、行っても個室がほとんどだったけどね。

 

「…レース前なのにわざわざすみません」

「いえいえ。…将来はトレセン学園ですか?」

「トレセン学園!絶対行く!それで1番のウマ娘になるの!」

「…娘がこう言って聞かなくて。努力しても届くか届かないか、ってくらいレベルの高いところなのに…」

「あはは…」

 

 

 ……金色の髪といい、親御さんを困らせるところといい、アイツにそっくりだなぁ。

 もう一回娘さんの方に目を合わせる。願わくば、その希望の瞳が曇らんことを。

 

「…トレセン学園に行きたいの?」

「うん!」

「そっか。…何か聞きたいこととかある?1個だけ答えてあげる」

「うーん……。あ、お姉ちゃんがトレセン学園に入ったコツを教えてほしいな!」

 

 

 トレセン学園に入るコツって…難しいことを聞くなぁ。……うーん、これかなぁ。

 

「よく勉強して、よく走る。それで…自分の体のことをよく勉強することかなぁ」

「自分の体のこと?」

「どんな走り方が合うのか。どのくらいの距離でちゃんと走れるのか。あとは……どうすれば怪我しにくくなるかとかかな」

「うーーん???」

「つまり、体を大切にしてあげてってこと。先生とかお母さんとかに言われてない?」

「あ、よく言われる!わかった!からだ、大切にする!」

 

 

 素直ないい子だなぁ。でも走ってたら楽しくて忘れるんだよね、多分。そこで大事なのが親御さんだったり先生っていう管理してくれる人の目。

 

「娘さんのこと、しっかり見てあげてください。私から言えるのはこれだけですから」

「本当に…ありがとうございます。レースの方頑張ってくださいね!」

「あはは…。ではそろそろ失礼します」

 

 

 ……本当は『夢はきっと叶いますよ』だとか『絶対合格できますよ』みたいな歯の浮くような言葉をかけてあげられたらいいんだけどね。私にはそんな言葉を口にする資格がないから、他の人に言ってもらいな。

 

 さて、パドックも終わったっぽいしそろそろレースか。出るからにはまぁ頑張ろう。少し元気出たし。




サトノレイナスさん秋華賞回避が非常に悲しい…。
UA、お気に入り、感想などなどいつも励みになっております。ありがとうございます。


もしかしたら夜に2回目の更新あるかも…?


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第19話 サウジアラビアロイヤルカップ:SARC

前回夜更新できると言ったな?アレは嘘だ、眠気と布団には勝てなかったよ…。
今回もよろしくお願いします。


GⅢ サウジアラビアロイヤルカップ

 東京 芝 1600m

 

 

『さわやかな秋晴れが広がる東京レース場から本日のメインレース、サウジアラビアロイヤルカップをお送りします。かの無敗三冠ウマ娘、皇帝シンボリルドルフや女帝エアグルーヴも名を挙げた超出世レースです』

 

 

 ターフの上で軽く弾んだり軽く踏み込んでみたりして芝の状態を確認しているとどうやら中継が始まったらしい。

 にしても芝も良し、天気も晴れ。……絶好のレース日和だなぁ、スズカさんなら『気持ちよく走れそうね』とかなんとかいってどっかに走っていくかも。

 

 

『例年にも増して観客の多い東京レース場GⅢサウジアラビアロイヤルカップ、間もなくファンファーレです!』

 

 あ、そうですか。耳を塞いでおかないと。数瞬後にやってくる音の波に備えて耳を塞いで、ついでに目を瞑る。

 

 

 …自分のいつも通りの心臓の拍動が耳に刺さる。この拍動を聞く度に私がまだ生きている…生き永らえていることを突きつけられる。

 15秒くらい経っただろうか、少し歓声が落ち着いたので私は目を開けて耳を元に戻す。全くもって本当に賑やかだねぇ。

 

 1番の子がゲートインを始めているから私もゲートの方に行こう。

 ……既に心拍数が上がって緊張真っ盛りっていう子が多いね。まぁゲートインでぐずらないでくれればなんでもいいけど。

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜

 

「なぁゴルシとマックイーン。メルクーリに何した?」

んぁ?(はい?)

「いやぁ、パドック行く前にアイツと少し話したんだがな。マヤノの応援に行く前と少し変わってたからお前らがなんかやったのかと思って」

 

 

 メルクーリがゲートインしている頃、スピカのトレーナーはマヤノトップガンのケアを終えてチームの元に戻っていた。当のマヤノトップガンは『ウイニングライブのためのお色直しをするからメルちゃんのレースはテレビで見るね!みんなはメルちゃんの応援に行ってあげて!』と言って1人で控室に残っていた。

 

 

 当の質問をされたゴールドシップとマックイーンは2人で顔を見合わせ、そして吹き出した。

 

「何したって…フルーツパフェと緑茶じゃね?」

「ですわね、どこからどう見てもパフェと緑茶ですわね」

「……はい?」

「ほらほら、もうレースが始まりますわよ!トレーナーさん、メルクーリさんを応援いたしましょう!」

「お、おう…」

 

 

 狼狽えるトレーナーをよそに、サウジアラビアロイヤルカップの始まりを告げるゲート音が響いた。

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

『各バゲートイン完了。……スタートしました!!全員目立った出遅れはありません!』

 

 ゲートが開くと同時に飛び出した私はあえて最後方に下がり、相手の出方を耳で伺うことにした。緊張してる人たちが揃って掛かる可能性が高くて、新潟の時みたいな逃げだと呑まれる可能性が高いからね。

 

 案の定、我先にとハナを取り合う逃げウマたちが突っ込んで行った。アレに追いかけられるのは流石に気分が悪くなりそうだ。

 

 前に突っ込んだのが10人のうち3人、中段が5人。後方が私ともう1人って感じかな。……さて、どう出ようか。

 

『さぁ先頭から最後尾まで7バ身ほどで第3コーナーに入ります。最初の600mのタイムが34秒9!この馬場らしい速いタイムで入りました』

 

 …34秒9?思ってる以上に速いな。ジュニア級限定とはいえ流石重賞レースってことだね。…まぁ想定内だけど。私が逃げるならテン3のタイムは34秒前半を出す。

 

 …最初の600mを過ぎる頃に下り坂があり、息をつくことが難しいのがこのコースの特徴。そしてその下り坂でスタミナを使い果たすと、最後の直線の上り坂バ群に呑まれてしまう……らしい。座学でマックイーンさんがなんか言ってた気がする。横でゴルシが『いいか?中山の直線は短いぞ!いいな?』って連呼してたからなんとなく覚えてる。そしてその時にマックイーンさんとこんなやりとりもしたな。

 

 〜〜〜〜〜〜

 

『いいですかメルクーリさん、この特徴から差しや追込みが勝ちやすいって思われがちですが実際は違いますの。実際には先行や逃げの方が勝ちやすいのでしてよ。なんでかわかりますか?』

『…マイルの距離の短さでは差し切れないから?』

『それもそうですがもうひとつ。レース中盤までにスピードが緩んでしまうと先行や逃げが一息つけてしまい、彼女らが最後まで保ってしまうのです』

 

 なるほどな、と思うと同時になんでマックイーンさんがこんなにマイル距離のレースのことに詳しいのか少し気になった。…ちょっとカマかけてみようかな?

 

『……へぇー。マックイーンさんよく知ってるね』

『当然ですわ!各レース場の特徴を理解することがメジロ家としての当然の嗜みですもの!』

『…ちなみにどちらのイクノさんから教わったの?』

『もちろん同室のイクノさんですわ!……あっ』

『………』

『………』

 

 

 マックイーンさん、語るに落ちる。……暴いたら暴いたでちょっと気まずくなるのやめない?

 

『…マックイーンさん』

『お、おっほん!ともかくもし追込で勝とうと言うなら、私達から授けられる策は1つですわ!ゴールドシップ!』

『んあー?なんだー?』

『貴女のロングスパートをメルクーリさんに見せてあげるのですわ!』

『????』

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 

『おっとここで最後方からスバルメルクーリが一気に突っ込んできた!中段のバ群をまとめて抜き去って前の集団に迫っています!!』

 

 

 下り坂を利用してまとめて中段を抜き去る。ごめんね、君たちと遊ぶ予定はないんだ。

 

 

「ふッッ!!!!」

 

 

 マックイーンさんが提示して、私がOKを出したレースプランがこれ。最初から全開で走り通して、中頃で息を入れようとしていた逃げ組に最後方からロングスパートで突っ込むことで息つく暇を与えずに抜き去る。その後は後ろから来るであろう他の娘に気を取られずに一気に突っ切る。

 その時の状況を再現するためにマックイーンさん(逃げウマ)を追いかけたあとにゴールドシップ(追込ウマ)に追いかけられるなんていう併走メニューを組んでいたらしい。

 

 

「「「む、無理ー!!」」」

 

 第4コーナー手前でさっと先頭グループを捕まえて一切ならぶことなくハナに立つ。後ろの娘たちの心臓の拍動的にここからさらに踏み込むには少し時間がかかりそうなのでコーナーを利用してそのまま一気に引き離す。

 

 

『一気にまとめて薙ぎ払ったスバルメルクーリ!脚色は衰えるどころか鋭くなる一方!後続はついて来られるでしょうか!』

 

「「「「「「いっけーー!!」」」」」」

 

 ……思ったよりもコーナー明けの上り坂がキツいな。苦しいまではいかないけど、こんなことを毎回やってるゴルシってやっぱりすごいんだなって再確認するくらいにはキツい。

 

 

『さぁスバルメルクーリの後ろからは5番の……が追ってきていますがまだ5バ身以上離されています!』

 

 

 新潟の時より距離だけでいえば200m短いんだけどこれ絶対嘘っぱちだよ。これかなり体力使う!!キッツい!!!……でも、アイツなら!!

 

 

『脚色が衰えないスバルメルクーリ、今ゴーーール!!!初めての重賞レースを見事に勝利で飾りました!2着は5番……』

 

 

 …まだ届かないとしてもッ!!

 

 

おぉーーい!メルクーリ!終わったぞ、勝ったんだぞー!

どこまで行くのメルちゃーーん?

「……えっ?」

 

 遠くに聞こえたトレーナーとテイオーの声にふと我に帰ると、ゴール板を遥か遠くに置き去ってしまっていたらしい。気づいたら掲示板の方も全て確定してしまっていた。…小走りで戻ろうか。

 

「あのー。はい、ただいま。宣言通り勝ったよ」

「おかえり〜メル。1600mプラスアルファのレース、楽しかったか?」

「かなり恥ずかしかったからやめて…」

 

 

 チームメンバーの元に戻ったらほぼ全員にニヤニヤされてました。ゴルシとかテイオーは全くニヤニヤ笑いを隠そうとしないし、マックイーンさんは笑いを隠そうとはしてるけど全く隠せてないし。ウオッカさんとスカーレットさんだけだよ、普通ににっこりしてくれるの。普段からジト目って言われがちな目がもっとジト目になりそう。

 

 

「改めて、初めての重賞制覇おめでとうメルクーリ。脚は大丈夫か?ライブそのまま出来そうか?」

「大丈夫。…みんなも応援ありがとね」

「おいおい、それをいうのはアタシたちじゃないだろ?カッコつけて来い!…ププッ」

「ゴルシは笑いすぎ!まぁ言ってることは間違いないんだけどさ」

 

 

 それだけ言うと私は観客席の方に改めて向き直った。それで盛り上がる観客を見ても実感は全くないけど、これが私の重賞初勝利の景色なんだよね。そう思うとなんとなくこの景色が大事な気はした。




同じレースに出てる子の名前が出ないのはまぁそれなりの理由があったりなかったり。
お気に入り、感想等々いつもありがとうございます。


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第20話 秋の夜空の一等星:Fomalhaut

めっきり寒くなってきましたね…って書こうと思ったら普通に昼暑くて汗をかいた罠。
今回もよろしくお願いします。


 ゴルシとマックイーンさんのしごきを乗り越え、私はジュニア級とはいえ中央の重賞レースを制覇したウマ娘になった。あんまり自覚ないけど。これがどういう意味を持つのかというと……。

 

「スバルメルクーリさん!サウジアラビアロイヤルカップ勝利おめでとうございます!今のお気持ちを一言でお願いします!」

「次の出走予定はもう決まっていますでしょうか!出来れば教えていただきたいのですが!」

「年末のジュニア級のG1レースに出走という噂が出ていますが、G1レースとなりますと勝負服のデザインなどが気になるところです。スバルメルクーリさんは勝負服のデザインについてもう注文等は済ませたのでしょうか!」

「チームスピカはG1を制したウマ娘が多く所属しておりますが、そのことに関して気負いのようなものなどはありますか?」

 

「………えーっと」

 

 

 有り体にいえば囲み取材を受けています。勝利ウマ娘インタビューというヤツで、雑誌の他にも何やらテレビのインタビュアーもいるっぽい。新潟の時もあったことはあったけどここまでじゃなかった。流石にシャッター音を鳴らして撮るような人はいないけど、それを差し引いてもうるさいし気疲れしちゃうんだけど。

 

 …どうにかならないかな、これ。って思ったらトレーナーがゴルシに俵担ぎされながらこっちきてくれてるけど、これじゃお姫様抱っこじゃなくてお米様抱っこだね。あんまりな光景にインタビュアーの人たちも揃ってトレーナーの方に向いてるんだけど、このトレーナーに尊厳はないのかな。…無いか、可哀想に。

 

 

「あーすんません!こいつまだこういうの不慣れでして!出走予定等は後ほどスピカの公式ウマッターで投稿します!メルクーリはとりあえずここのインタビューは『今の気持ち』だけ答えとけ!」

「あ…うん」

 

 

 トレーナーの声に再びカメラがこっちに向くのを感じた。…物好きだなぁ、世間も。重賞初めて勝っただけのウマに関心なんてないでしょ…。

 

 

「えっと…勝ててよかったです。次も頑張ります、よろしくお願いします」

 

 

 一礼して控室に向かって歩を進める。勝負服、かぁ…。って待ってゴルシ、なんで私も俵担ぎするの?右にトレーナー、左に私でこれでバランスが良いな!じゃないのよ。いやホントに待ってホントにこのまま戻るの?待って待ってマックイーンさんとかテイオーも笑ってないで助けてお米様になっちゃう!!!!

 

 

 後日発刊された新聞やら雑誌やらに勝った時の写真と同じくらいゴルシに担がれた写真が使われていて、ゴルシとおはなし(鉄拳制裁)したのは言うまでもないよね。

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 

「ん〜、疲れた体にはにんじんスープが染みるなぁ」

 

 レースの後のアレコレを全て終わらせて寮に戻る頃には辺りはすっかり暗くなっていた。秋分の日をとうに超えてどんどん夜が長くなる時期だからまぁ当然なんだけど。

 そしていつものように寮長のフジキセキさんの目をかいくぐって屋上に出てぼんやりとしていた。うーん、やっぱり静かなところが私の性に合う。…別にスピカの面々の騒がしさが肌に合わないわけじゃないけど、やっぱりこっちのほうが好きなのかもしれない。

 

「………」

 

 目を閉じて今日のことを思い返す。東京レース場に集まった沢山のレースファン。彼らがあげる歓声やカメラのシャッター音。初めてのレースにドキドキしてる娘たちや重賞レースに挑む娘の緊張した拍動の音。スタートを告げるファンファーレ。そしてそれを見る小さな黄金色のウマ娘のキラキラした瞳。

 

 

 誰も彼も全て輝いていた。輝きすぎていて…やっぱり私には不釣り合いだと思った、思ってしまった。

 例えるなら、完璧なフレンチのフルコースのヴィアンド(主菜)の皿にハエが飛んできたかのような言いしれない嫌悪感。それを私自身に感じてしまった。

 

 そのハエがレースに勝って、あまつさえ次はG1レースに出るというのだ。憤懣やるかたないとはこのことを言うんじゃないだろうか。

 

 

「…ホント、なんでなんだろうなぁ」

「……メルちゃん、何がなんでなの?」

 

 

 誰に届けるでもなかった言葉に返答が来たことに少し驚いて後ろを見る。そこにはマヤノが少し肩で息をしながら立っていた。バレないように気をつけて抜けたのになぁ。

 

 

「…今日はお疲れさま、マヤノ。なんで私が屋上にいるのがわかったの?」

「寮のキッチンから少しにんじんスープの匂いがしたから」

「にんじんスープの匂いがしたら私が屋上にいるの?他の子がにんじんスープ作ってたかもしれないよ?」

「他の子はみんな寮の晩ご飯の時間に間に合って晩ご飯を食べてるか遠征で今日は帰ってこないかのどっちかだから。それにメルちゃんは今日晩ご飯食べてないからメルちゃんだなってわかっちゃった」

「……降参。マヤノは鋭いね」

 

 

 言われてみればまぁ確かにと思えるけど、それでも普通は気付かないでしょ。すごいなぁと思いつつ、私はマヤノをこっちに呼び寄せた。

 

 

「正解商品というにはちょっとチャチだけど、このにんじんスープいる?」

「…いる」

 

 

 予備のマグにスープを注いでわたしながら私は夜空を見上げる。秋星の代名詞、フォーマルハウトが輝いていた。秋のただ1つだけの一等星。孤独な秋の1つ星。

 

 

「…それで、何がなんでなの?」

「答えないとダメ?」

「ダメ」

 

 

 マヤノらしからぬ強い言葉に思わず横を向く。思えば最初、屋上に来た時からちょっと怒ってたのか。ちょっと語気が荒かった気がしなくもない。…もっとも、私の横で頬を膨らませているマヤノは怖いというよりはかわいいの方が強い気がするけど。

 

 

「…教えなきゃダメでも教えない。私1人のナイショ話って奴だよ」

「……どうしても?」

「どうしても」

 

 にべもなく言い切る私。それでもマヤノは私から目を逸らさない。少し強い風が私達の髪を揺らしながら吹き抜けていった。

 

 

「…メルちゃんってさ。冷たいようで優しいけど、色々隠してるよね」

「……あんまり人付き合いが得意じゃないからね」

「それも嘘。何かを隠すためのタテマエだよね」

 

 

 ……マヤノは鋭いなぁ。さっきのスープの件といい、周りをよく見てるしそこからよく考えてる。今のやり取りだって即答してきた。

 

 

「今日のレースだってそうだよね?マヤの走りを見ててくれてて、その上で走り方を変えたよね?」

「…アレは元々追込でプランを立ててたから追込で行ったよ」

「逃げのプランも立ててたよね?メルちゃんは準備はちゃんとするタイプだもん」

「……なんでそこまで知ってるのよ」

「わかるよ、メルちゃん友達だもん!」

 

 

 ……なるほどね、マヤノがここまでプリプリしてる理由がわかった。マヤノは悩んでる人を見逃せないんだ。そんなマヤノの目に私は『何か悩んでいるのに誰にもその悩みを打ち明けずにずっと抱えて悩んでる人』みたいに見えてるっぽい。それでなんで打ち明けてくれないの?って怒ってるんだ、きっと。

 

 

「…メルちゃん」

「ん?」

「メルちゃんが逃げるなら、マヤが絶対に追い込むから!メルちゃんが追い込むならマヤは逃げるから!だから…マヤとライバルになって!そしたら絶対マヤもメルちゃんもキラキラなウマ娘になるから!」

「…はぁ」

 

 

 マヤノはこういうことスッと言えるんだもんなぁ。そんなに真っ直ぐ私を見て言ってくれるのにここで突っぱねたら私が悪い人みたいになるじゃん。

 ……いや私は間違いなく悪い人だけど。

 

「………」

「………」

 

 

 全然目を逸らす気配がないなこの子。ウマ娘の子って変な所で意固地な所ある子、多いよねぇ。

 ………はぁ、負け負け。根負けだよ。

 

「……私は好きなようにしか走らないよ」

「うん」

「走りたくなかったら走らないし、そうじゃなくても走らないこともあるかもよ」

「うん」

「それでいいなら、マヤノも好きなように走りなよ。……その、友達でもライバルでも良いからさ」

「……!!うん!うんうん!よろしくね!メルちゃん!!」

「…はぁ」

 

 

 ニコニコしながら擦り寄ってくるマヤノを宥めながらポットの中身を確認したら中身がもうほとんど残ってなかった。…まぁ元々1人分と思って作ってたしなぁ。仕方ないか。




メルは押しに弱い!(素振り)メルは押しに弱い!(素振り)

ヨカヨカ…スプリンターズSを駆け抜けるあなたが見たかった…。
いつものことながらお気に入りやUA等々感謝です、ありがとうございます。


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第21話 天高くウマ娘肥ゆる秋:Sweets Time

はい、本日2更新目です。
ヴァルゴ杯…?知らないですねぇ…。
今回もよろしくお願いします。


「ふーん、マックイーンさんは実家のために走ってるんだ。あ、これ美味しい」

「まぁそうなりますわね。…ゴールドシップ、そっちのパフェを取ってくださいます?」

「……2人とも、太るぞ?」

「「何か言った(何か言いました)?」」

「イヤナニモイッテナイデス」

 

 

 サウジアラビアロイヤルカップが終わってはや数日、私とマックイーンさん、あとゴルシの3人はトレセン学園の近くのスイーツ屋さんに来ていた。トレーナーが「今日は全員休み!」と宣言してからなんだかテンションの高いゴルシに拉致されるまで、たった30分の出来事だった。ちなみになんでかわからないけど個室に通された。私、個室のあるスイーツ屋さんって初めてなんだけど。

 

 

「クラシック三冠より天皇賞に重きを置く、そういう家系もあるんだねぇ。…あ、店員さん。秋のスペシャルマロンパフェをお願いします」

「名家の矜持、というものでしてよ。…私はフローズンピーチパフェをお願いいたしますわ」

「…なぁおい、そろそろ辞めとかないか?アタシがトレーナーに怒られるんだけど…」

「「ゴルシ、うるさい(ゴールドシップさん、お黙りなさい)」」

「……はぁ」

 

 

 レースの前に(勝手に)一緒に行こうとは言っていたけど、まさか本当に行くとは思ってなかった。しかも提案したゴルシが『可愛い後輩の祝勝会だ!アタシとマックイーンが全額負担してやろーう!!』なんて言った時はマックイーンさんと顔を見合わせて耳を疑ったよね。私、耳いいけど。マックイーンさんは完全にとばっちりじゃんと思ったけど、なにやら黒いカードがチラッと見えたので気にしないことにした。

 

 

「こちら、スペシャルマロンパフェとフローズンピーチパフェになります」

「「ありがとうございます!!」」

「…どう言い訳すっかなぁ」

「ゴールドシップ?貴女は食べなくていいんですの?」

「……お前らが食ってるの見てたら腹膨れてきたわ」

 

 

 ……ゴルシが1つ食べる間に私達3つくらい食べてるんだけど、ゴルシって甘いの苦手なのかな。

 

 

「…あら、このパフェも美味しいですわね。そういえばメルクーリさんはいつウイニングライブの練習をしてらっしゃいますの?デビュー戦といい、今回といい振付が完璧で驚きましたわ」

「お母様が子供の時から指導してくれたから体に入ってる。私のお母様、昔レースに出てたらしいんだよね。G1も勝ったことがあるらしいよ。…栗美味しい」

「えっ?メルクーリさんのお母様もG1を勝ったことがあるんですの?」

 

 パフェを頬張りながら喋っていたら私のお母様の話に話題が移ってきていた。そんな大した話できないんだけどな。

 

「……らしい。お母様はあんまり自分が走ってた頃のこと教えてくれなかったけど、一回だけ勝負服のお母様がトロフィー持ってる写真を見せてもらったことがあるんだよね」

「へぇー、どのトロフィーだったんだ?流石に写真見ればわかんだろ?」

「というかメルクーリさんのお母様の名前を検索すれば出てくるのではなくて?」

 

 

 ゴルシの質問にうんうんと頷きながら続けるマックイーンさん。まぁそうだよね。私も小さい時によく探したもん、似たようなトロフィー。

 

 

「………それが。全然知らないし見たこともないトロフィーだった。盾じゃなかったから絶対天皇賞じゃないし有マとか宝塚でもないんだよね。名前に関しても本名と登録名が違うらしくてデータが出てこなかった。…トロフィーに関してはきっと昔のデザインとかなのかなぁとは思うけど、なにせ昔のことを話さない人だからよくわからないんだよね」

 

 

 探偵に調査を依頼するとかデータベースを見るとかすればまた新しい情報が出てくるのかもしれないけどね。もっともそこまでする意味もないし、何よりお母様自身が隠してるものをわざわざ暴くのも何か違う気がしたから余計な詮索をしてない。

 

 

「…なんだか話を聞いてるだけでもメルクーリさんと似てるのがわかりますわね」

「…えーっと?それはどういう意味で言ってる?」

「ふふっ。さて、どういう意味でしょう?ゴールドシップもそう思いますわよ…ゴールドシップ?」

「…ゴルシ?」

 

 マックイーンさんの声にふと目を向けてみると、なぜか遠い目をしているゴールドシップがいた。

 

「……んぁ?わりぃ、あんまりにもお前らがパフェを食い過ぎてたからその…伝票が、な?」

 

 重なりすぎてひらひらというよりはバサバサって擬音が似合う感じで伝票を振るゴルシ。さっきまで全然見てなかった気がしたんだけど…そんなに衝撃的なお値段になってたのか。

 

 

「…私も出すよ?たくさん食べさせてもらったし。2人にだけ払わせるのもなんか申し訳ない気が」

「んあー後輩の祝勝会なのにその後輩に払わせるわけないだろ?変なとこで気ぃ使うんじゃねえよ」

「そうですわ、ここは私たちにお任せ下さいまし」

「いやお前も食ってた側だろ、何被害者みたいな面してんだ」

「なっ!?」

 

 

 …個室で良かったのかもなぁ。今のゴルシとマックイーンのバ鹿騒ぎを普通のお店でやったら出禁になるよ、多分。

 

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 

「……落ち着いた?」

「…えぇ、面目ないですわ」

「…アタシ何も悪くなかったよな?ウマッターでアンケート取ってやろうかな」

 

 

 しゅんとしてるマックイーンさんとそれと反対に耳をしぼってるゴルシを見比べる。……ホントどっか似てるよね、この2人。……ってあっ。

 

 

「…トレーナーから次の出走レースをスピカのウマッターアカウントで投稿しとけって言われてたの忘れてた」

「「えっ…」」

「というか私ウマッターもウマスタもやってないから放置してたんだけど。もしかしてまずい?」

「まずいかまずくないかでいうとまずいな、かなりまずい。ちょっとウマホ貸してみ、アカウント作ってやるよ」

「あっ」

 

 

 くっそ、ゴルシの体格が良すぎてウマホを取り返せない…!なんでコイツ身長170センチもあるの?全然届かないんだけど!!マックイーンさんも『しょうがない』みたいな顔で食後の紅茶啜り始めたし…!

 

「か、え、せ…!ゴルシィ…!!」

「アカウントできるまで返しませーーん!!そしてもうアカウントがもう出来まーす!これで通知をオフにしてっと、よーしこれでメルも立派なウマッタラーとウマスタグラマーだ!そんでこれがスピカのIDとパスワードだ、投稿の時は最後に名前入れて投稿しろよ!ほいっ!」

「出来ました?なら私もフォローさせていただきますわ」

 

 そうこうしてる間にゴルシはウマッターとウマスタのアプリのインストールを済ませてID登録まで済ませやがった…器用な奴め…!

 帰ってきたウマホを見ると『スバルメルクーリ @Pleiades_Mer』という文字といつ撮ったか覚えてないマヤノとテイオーと3人のプリクラ写真が貼られていた。これがアイコンなのかな。

 

 …もっとマシなのあるでしょ、って思ったけど私が写ってる写真これしかないな。他の写真は全部風景写真だし、写真自体全部で20枚も撮ってないし。ゴルシが少し呆れた表情してた理由はこれか。

 

 

「…ウマッターもウマスタもやってない、自撮りも撮ってないってなんのためにウマホ持ってんだメルちゃんよぉ」

「……電話と地図、あと天気予報のためだけど」

「…かぁーっ!これだから常識知らずのお嬢様は。いいか、今日のことをちゃんと投稿すること!アタシとの約束だぞ!」

「…なにを投稿すればいいの?」

「『ゴルシとマックイーンさんとご飯行きました』とでも言っとけ!ほらマックイーン、写真撮るぞ!」

 

 

 言いたいことを言うが早いか、ゴルシはマックイーンさんを引き寄せて「びすぴーす」という合図を出してシャッターを下ろしていた。

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 その夜、ウマッターに2つの投稿が行われた。

 

 

 【公式】チームスピカ!@Spica_info

 スバルメルクーリの次回出走予定レースは朝日杯フューチュリティステークスを予定しています。よろしくお願いします。(スバルメルクーリ)

 

 

 スバルメルクーリ@Pleiades_Mer

 ゴールドシップさんにやれと言われて始めました。ゴールドシップさんとメジロマックイーンさんとご飯に行きました。

(1枚の画像を表示)

 

 

 困惑したような表情のメルクーリとそれを満足げな表情で挟んだ2人の画像を添付した初ツイートは瞬く間に拡散され、7万回のリツイートと『メルクーリちゃん』、『ゴルシ』、『マックちゃん』、『120億』などがトレンドに載る事態になったが当のメルクーリは全く気づくことなくウマッターを閉じていたのだった。




次回は間話的な何かだと思います。次回もよろしくお願いします!


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間話 トゥインクルシリーズが好きな民の巣窟(1)

宣言通り間話です。
本日3回目の更新ですので、前話を読んでない場合はそちらを先にお読みください。

ミスとかあったら一旦下げるかも(掲示板形式を初めて使った顔)


【朗報?】来年のクラシック、スピカが席巻しそう【悲報?】

 

1:芝に風吹く名無し ID:K0bawYb4T

スピカ→サウジアラビアロイヤルカップでアホみたいなロングスパートで周りをぶっちぎって快勝したスバルメルクーリ、同日のメイクデビューをニコニコで制したマヤノトップガンの2人をクラシックに送り出す模様

リギル→ピスタチオノーズを送り込むことが明言されているが、デビュー戦でマヤノトップガンに負け2着

カノープス→チームが絶賛G1の呪い中

その他のチームもパッとしないし、これ来年はシニア組しかおもんないまであるぞ

 

 

2:芝に風吹く名無し ID:0tGEfoV4e

メルクーリは人気出るやろ、銀毛であそこまで走れるのはマジで珍しい

マヤノ含めて一部の諸兄が元気になりそうやね

 

3:芝に風吹く名無し ID:/x8nc2pFk

>>2

銀毛?芦毛じゃねぇの?てか何が違うんだ?

 

 

5:芝に風吹く名無し ID:lOPGrEvy5

>>3

芦毛は簡単に言えば生まれた時に鹿毛とか栗毛の奴や。スピカで言ったらゴルシとかマックイーン、他ならオグリとかタマモも芦毛やね。銀毛はいわゆる佐目毛(さめげ)って奴でメラニンが普通なのに毛が銀色なんや。白毛との違いはメラニンの数で白毛はメラニンが少ないんやで

横レススマソ

 

 

8:芝に風吹く名無し ID:tMAVE12cx

有識者来たわね。

 

 

11:芝に風吹く名無し ID:Z8dQH5A7g

メルクーリの何がやばいってデビュー戦で大逃げ打ったかと思えば次のロイヤルカップで追込で纏めてごぼう抜きしたところ

マジで脚質適正が見えん

 

 

13:芝に風吹く名無し ID:d8aKqh6jb

なんならマヤノも脚質が自在疑惑あるぞ、デビュー戦後のインタビューで沖野が『大逃げ打つとは思ってなかった』とかぬかしてた

 

 

17:芝に風吹く名無し ID:k09ssoo+x

>>13

は?

 

は?

 

 

20:芝に風吹く名無し ID:XHcjH8Zjg

>>13

ファーwwwwwそんなん他のチームどうやって対策するんや

 

 

26:芝に風吹く名無し ID:0qzNIrBZD

>>20

簡単やで、マヤノとメルクーリの共倒れを待つんや

 

 

37:芝に風吹く名無し ID:43JqIqWWV

>>26

芝生える、来年のクラシック終わりやね(ゲッソリ)

 

 

45:芝に風吹く名無し ID:7MRlsw0nV

メルちゃんメディア対応あんまり得意じゃなさそうなの、レースの時とのギャップあってすこ

反対にマヤちゃんはメディア対応しっかり出来てるのすこ

 

 

50:芝に風吹く名無し ID:EqqnfuKQP

メルクーリはなんか耳が良すぎてうるさい所が苦手みたいなウワサがあるな。実際ロイヤルカップのファンファーレの時も耳ガチガチに塞いでたらしいし。

 

 

62:芝に風吹く名無し ID:nLDZMyg6T

>>50

それ不安要素じゃね?ダービーとか絶対走れないだろ

 

 

86:芝に風吹く名無し ID:2abSu8AHR

はいここでロイヤルカップの日現地だった俺がバ場入場っと。

個人的な所感ではマヤノもメルクーリもG1複数勝できるぞ、マジで

モノが違う

 

 

103:芝に風吹く名無し ID:hQJVhoQLW

>>86

裏山、どんな感じだった?

 

 

111:芝に風吹く名無し ID:2abSu8AHR

>>103

マヤノは走る直前までニッコニコだったのにスタートした途端に一気にマジ顔になって大逃げかましてた。メルクーリはぽやーっとしてるなと思ったら一気に加速してった。あっという間にトップスピードに入ってそのままぶっ飛んでった。

2人ともライブはうまかったよ、アドリブとかサービス多めのマヤノに対してダンスと歌が完璧なメルクーリって感じの違いはあった。

あとカメラに写ってなさそうなところで言うならメルクーリは小さい子に優しかったな、見に来てた小さいウマ娘の子に笑いかけながら目線合わせてお喋りしてた。

 

 

124:芝に風吹く名無し ID:6liEllFX6

>>111

なにそれ可愛いな

 

 

138:芝に風吹く名無し ID:HnRHLfaa3

てかメルクーリもマヤノも割と小さくね?沖野ついにロリコンに目覚めたんか?

 

 

147:芝に風吹く名無し ID:vSgP4hCf4

>>138

マヤはロリじゃないし、メルもロリじゃないぞ

 

 

148:芝に風吹く名無し ID:7kdWb9HmP

出たわね。

 

 

150:芝に風吹く名無し ID:aBrdGSKO2

あの体格でロリじゃないは少し無理がありませんかね…

 

 

152:芝に風吹く名無し ID:vSgP4hCf4

いいか、ロリは体付きではない。精神性なんだよ。常に護ってやらねばと庇護欲を掻き立てられるのがロリなんだよ。わかるか?

 

 

156:芝に風吹く名無し ID:uYFOjt0ie

わかんねぇから巣に帰ってくれ

 

 

211:芝に風吹く名無し ID:3ptM5t723

【速報】スバルメルクーリ、ウマッターとウマスタを開設

マックイーンとゴルシとご飯に行った写真をアップした模様

 

 

212:芝に風吹く名無し ID:0XQOfipZ4

>>211

!?

 

 

215:芝に風吹く名無し ID:7YB9abf7B

>>211

マジか、というか今までなかったのか

通りでマヤノと比べて知名度低いわけだ

 

 

251:芝に風吹く名無し ID:GLIL/A3A2

お、あったあった

これか

 

 スバルメルクーリ@Pleiades_Mer

 ゴールドシップさんにやれと言われて始めました。ゴールドシップさんとメジロマックイーンさんとご飯に行きました。

(1枚の画像を表示)

 

 

 

254:芝に風吹く名無し ID:rvTuJHoNt

>>251

君有能って言われない?

メルちゃんかわいい

 

 

260:芝に風吹く名無し ID:k9PX4iNpw

うおおおおおお!!!!

 

 【公式】チームスピカ!@Spica_info

 スバルメルクーリの次回出走予定レースは朝日杯フューチュリティステークスを予定しています。よろしくお願いします。(スバルメルクーリ)

 

 

261:芝に風吹く名無し ID:x9hK1MBM/

>>260

ついに情報が来たわね。ってかマジでSNSやってなかったんだなってことがよくわかるわ

多分まとめて投稿したんやろな

 

 

262:芝に風吹く名無し ID:b0kOT+jxM

ゴルシにウマホ取り上げられてインストールされたんやろなぁ、見える見える

 

 

263:芝に風吹く名無し ID:vSgP4hCf4

ゴルシに俵抱えされてたの可愛かったよな、バタバタしてて

アレは少しロリを感じた

 

 

265:芝に風吹く名無し ID:1e3bXMAoQ

>>263

おいさっきまでのロリの定義どこにいったんだよ

 

 

269:芝に風吹く名無し ID:d7JFPNc7r

メルクーリの次戦が朝日杯ってことは、マヤノはホープフルでてくるか?

 

 

272:芝に風吹く名無し ID:bnlpxpgdk

>>269

かもな、まずジュニアのG1を荒らしにかかるんやろな

 

 

273:芝に風吹く名無し ID:0J42gBDNE

てかメルクーリのアイコン、テイオーとマヤノとの3人のプリか?

かわいい

 

 

275:芝に風吹く名無し ID:W4V8ghlaa

>>273

これも大方テイオーかマヤノのどっちかが撮ろうって言ってそれに付き合ったんやろなぁ

 

 

276:芝に風吹く名無し ID:6WHNrxYd8

>>275

解釈一致すぎて芝、さてはオメー沖野だな?

 

 

280:芝に風吹く名無し ID:aU6UiR7HD

来年のクラシック戦線も楽しみですなぁ

 

 

 

〜〜〜〜〜〜

 

「…さっきからくしゃみが止まらないんだけど。アレルギーとか特になかったはずなんだけどなぁ」




ちなみにメルちゃんは掲示板という存在自体を知りません。なぜならネットへの興味が薄いから。
今回もありがとうございました。なんか一気に評価2つくらい増えててびっくりしました。


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第22話 勝負服:For the GradeⅠ

ヴァルゴ杯負けて泣いてます、ぴえん。
グラスさんとフジさんと魔改造ファル子さんは頑張った、うん。
今回もよろしくお願いします。


「……身体計測ぅ…?」

「そうだ、身体計測。メルクーリとマヤノには今から身体計測を受けてもらう!」

「「……???」」

 

 レース明けの練習初日。午前の授業をサボって屋上で寝ていた所をマヤノに捕捉され、部室に引っ張られた私と引っ張っていったマヤノにトレーナーが告げた謎の言葉、身体計測。

 

 ……。

 …………。

 ………………いや、なんで?

 

 

「…お疲れ、私帰って寝るわ」

「マヤも帰ろっかなぁ。ごめんねメルちゃん引っ張っちゃったりして、練習しないんだったらマヤもコスメ見たかったんだぁ」

「待ーて待て待て!!!!これは大事なことなんだよ!お前たちに今一番必要なことと言っても過言じゃない!」

「季節外れにも程があるでしょ、なんでこの時期に身体計測なんかしなきゃいけないのさ」

 

 

 普通身体計測って4月の最初にやるものだし実際やったでしょ?……いやまぁ私途中で面倒になって帰ったけど。いつの間にか郵便受けに入れられてた結果報告の紙を見たら半分くらい空欄だったはず。

 呆れて三白眼になってる私と疑問符が4つくらい浮かんでそうなマヤノを見て溜息をつくトレーナー。

 

「…いいかお前ら、お前らの次走は何だ?」

「朝日杯」

「マヤはホープフルだったよね?」

「ということはだ。なんか必要なもんあるよな?」

 

 

 ……あー、そういうこと。横のマヤノもどうやらわかったらしい。尻尾をブンブン振ってる。

 

 

「「勝負服(だね)」」

「そうだ!ウマ娘は本格化を迎えると体格が一気に変わることもあってな、4月の身体計測の時のデータが役に立たないことがあるわけ。そこのズレを調節したり、より合ったモノを作るために初めてのG1レースが決まったら改めて採寸するのが慣わしになってるんだよ。そういうことだからわかったら早く着替えろ〜、早くしないとその分トレーニングできねぇぞ〜」

「トレーナー、説明終わったー?こっちの準備はできてるわよ!」

 

 

 なんでかわからないけどドヤ顔のトレーナーを後押しするかのように巻尺を持ってスカーレットさんが入ってきた。裏でもう準備してるのね。

 

「ってことだ、早く着替えるんだぞお前ら」

「アイ・コピー!ほらほらメルちゃん、早く着替えよ?」

「あっ、ちょっとマヤノ引っ張らないで…元気すぎるでしょ」

 

 

 …この部屋で着替えるわけなんだから引っ張ってもしょうがないのに気づいてマヤノ。私の制服は引っ張っても脱げないの、っていうかトレーナーは早く出てけ!

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 

「…ほい、マヤノの身長は143センチ、メルの身長は145センチか。お前らちっちゃいなぁ、早くアタシみたいに成長しろ〜?にんじん食べてるか?」

「…うるさいゴルシ。170センチって何食べたらそんなになるのさ」

「鯛とか?」

「…聞かなきゃよかったね、メルちゃん」

「……うん」

「ほらほらお前たち椅子座って腕伸ばせー、測るから」

 

 

 私とマヤノの身長を測りながら微妙に煽ってくるゴルシを見上げる姿勢になって私は溜息をつく。ゴルシめ、実際にプロポーションがモデル顔負けだから困る。そういえばこの前ゴルシの勝負服を見たけど、真っ赤な服に白いグローブとスパッツ、胸のあたりをベルトで締めるといういかにもゴルシらしい派手な服だった。

 

 

「そういえばメルちゃんは勝負服のデザインはどんなのお願いしたの?マヤ、気になるなぁ〜?」

「………」

「あれ?メルちゃん??」

「…まだ教えない。マヤノは?」

「マヤはねぇ〜、パパとママに見せたら『若い時のパパみたいでカッコイイね』って言ってくれたの!」

「……パパみたいなの?」

「うん!マヤのパパはね、パイロットなの!それで小型ジェットに乗せてもらったことがあるんだけど、その時のワクワクを勝負服に込めたの!」

「…いいね、それ」

 

 

 勝負服は着られる舞台が限られてて、有マとか宝塚みたいなG1だけ。つまりレースに出たいウマ娘にとっては最高の晴れ舞台なので、それはもう思いを込めてデザインを仕立てるウマ娘が多いんだとか。『勝負服のデザインをするのはいいですが、それで授業をサボらないように!』って先生は言ってたらしいし、昔の話だけど『憧れの結晶を具現化するのが勝負服です。しっかり考えてデザインなさい』なんてお母様に口酸っぱく言われたっけ。

 

 

「……私もそれなりに考えたから。来たら見せ合いっこする?」

「するする!メルちゃんの勝負服を最初に見られるってことでしょ?したい!」

「いいわね、2人。アタシ達もあんなことしたわね」

「絶対オレの方が良かったけどな」

「なんですってぇ…!?」

 

 

 後ろの方で私達のデータを指示通り記入してたスカーレットさんとウオッカさんがデータそっちのけでいつも通りの取っ組み合いを始めてテイオーとマックイーンさんが仲裁に行った。…うーん、いつも通りだなぁ。

 

「…ふふっ」

「?」

 

 

 …もしかしたら私もみんな(スピカ)に毒されてるのかもね。それがいいのか悪いのかは知らないけど。




評価が赤くなっててびっくりしてます、本当にありがとうございます。
ヴァルゴ杯ダメだった代わりに神戸新聞杯でステラヴェローチェとレッドジェネシスの推し馬たちが12フィニッシュしててニコニコしちゃいました。
改めて感想、評価etcありがとうございます。次回もよろしくお願いします!


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第23話 いつものスピカ:sudden relay

なんか昨日めっちゃUA多いなあって思ってたらどうやら日間ランキングに載ってたらしいです。ありがとうございます。
それでは今回もよろしくお願いします。


 最近はあのレースの日よりも気温が1段階さがっていて、ジャージを着ていても少し肌寒く感じるようになってきた。いよいよ冬が来るな…と思いながら私はボヤいた。

 

「…なんで私が」

「マヤはメルちゃんと対戦できて嬉しいけどね♪」

「メルちゃーん、準備大丈夫?マヤノは強いけど関係なくやっちゃいなさい!」

「マヤノー!いくらメルクーリと言っても遅れを取るなよーー!」

 

 そう、なぜか私とマヤノは身体計測をしていたと思った次の瞬間にターフの上に立っていたのだ。私は赤、マヤノは白のバトンを手にしながら。一体なんでこんなことに…。

 

 ……話を整理しようか。さっきまで私とマヤノは勝負服の作成のために身体計測をしていた。そこでスカーレットさんとウオッカさんがいつもの取っ組み合いを始めた。それを仲裁するためにテイオーとマックイーンさんが突っ込んだら今度はその2人が小競り合いになって被害が拡大。いやなんでそこが競り合うの…?

 

 それを面白そうに見ていたゴルシの『お前ら一旦決着つけてみたらどうだ?』の一言で一気にヒートアップした4人が私とマヤノをターゲットオン。スカーレットさんとマックイーンさんが私を、ウオッカさんとテイオーがマヤノをそれぞれ拉致(スカウト)して即席チームが結成された。いやなんで私たち巻き込まれてるの…?ちなみに隣にいたマヤノはそれはもうこれ以上ないくらいの笑顔でやる気満々だった。もうこのチームがわからない、わからないよ私は。

 

 流石に止めるだろうと思っていた頼みの綱のトレーナーも『いいんじゃねぇの?普通のレースとは違う勝負感とか連帯感が鍛えられるだろ』とこっちもなぜか乗り気。最初に仲裁案を出したゴルシをスターター兼ゴール判定係に、補習に引っかかって遅刻してきたスペさんをタイムキーパーにそれぞれ任命してさっさとリレーの準備を始めてしまった。いやなんで止めないの…?

 

「んじゃ改めてチームスカーレット対チームウオッカのチーム対抗リレーのルール説明するぞー!1人あたり1200メートルの計3600メートル走って勝敗をつける!そこのスペがタイム測るから手ぇ抜くなよ!ちなみに勝ったチームにはトレーナーからご褒美としてパフェが贈られる!…もっとちなみに言うとアタシはパフェを貰える!スペは補習で遅刻したからナシ!以上だ!存分に争え!」

「えぇーっ!ゴールドシップさん、それは酷いですよ!」

 

 ……ふーん、スイーツねぇ。いや私は別に欲しくないし欲しくなったら全然自分で食べに行くけどマックイーンさんがスイーツ大好きなのはこの間のスイーツ会でよくわかったしスカーレットさんもきっとスイーツ好きだろうし少し頑張ろうかなぁー??いや全然、ホント全然いらないけどね?

 

 

「マヤノ」

「どしたのメルちゃん?」

「悪いけど、勝たせてもらうね」

「……!!マヤが勝っちゃうもんね!」

「お?珍しくやる気だなメル!んじゃ行くぞー」

 

 

 バトンを手の上で回して体の調子を確かめる。…よし、悪くない。スターターのゴルシの音を耳で捉えながら集中力を高める。

 

 

「よーい……スタート!」

「ふっ!」

「わっ、流石メルちゃん!…でも負けないよー!」

 

 

 ゴルシが旗を振り下ろした音と全く同時に飛び出す私に対し、マヤノがうまくついてきたのが聞こえる。…さてはこれ、マヤノは私が逃げを選ぶのわかってたねこれ。まぁ1200メートルなんて短距離で追込は選ぶの躊躇うよね。

 

 マヤノは少し後ろで上手く私を風除けに使ってセーブしてるけど、そのままだったら私もう行くよ?なんて思ってたら残り500メートルくらいでマヤノの足音が重く変わった。……来るね。

 

 

「あんまりメルちゃんだけに美味しい思いさせたくないよね!マヤちん、テイクオーフ!!」

「メルクーリさん頑張ってくださいまし!マヤノさんが後ろから来てますわよ!」

「いけーマヤノ!メルちゃんなんか一気に差しちゃえ!」

 

 

 …これ思ったよりもマヤノの加速のキレがいいね。じゃあこれなら…!

 

「…ふッ!」

「あっ!?」

 

 

 詰まった距離をもう一度少しだけ広げて次走のマックイーンさんにバトンを渡す!

 

「…よろしく!」

「お任せあれ!」

 

 …あれっ?渡した時に触った手が少しだけもっちり……いや流石に気のせいか。

 

 

「テイオーちゃんごめん!お願い!」

「天皇賞の時よりは近いからダイジョーブ!」

 

 

 マックイーンさんが行ってすぐにマヤノとテイオーがバトン渡しを終わらせてテイオーが走り出していった。……うーん、テイオーの足がかなり軽いね。

 

「お疲れマヤノ。まず一勝ってことで」

「…むー、あそこで行けば追いつけると思ったのになぁ。次は負けないもん!」

「それはどうだろうねぇ」

 

 

 膨れっ面のマヤノをターフの外に連れ出してレースの展開を見守ることにした。思ったよりペースがあがらないマックイーンさんに対して快調そのもののテイオー。

 ギリギリ追いつかれないくらいかなぁってぼんやり眺めてたら異常なスプリントで一気にマックイーンさんに追いついてきたところで2人ともバトンタッチ。勝負はスカーレットさんとウオッカさんの2人に託された。

 

 …にしてもマックイーンさん、全然スピードが乗ってこなかったな。以前本人から長距離(ステイヤー)気質だって話は聞いてたけどそれにしたってスピードあがらなさすぎだよね、これ。まさか…ねぇ?これ以上詮索するのはマックイーンさんのためにもやめておこうかな。

 

 マヤノにドリンクを渡しながらレースに目を向ける。ちょうどスカーレットさんとウオッカさんが競り合ってハナを取りに行ってるところだった。元気だなぁ、2人とも。

 

 

「スカーレットさんとウオッカさんってよく喧嘩してるけど仲良いよね」

「マヤ少し前までトレーニングに付き合ってもらってたから知ってるんだけど、2人ってそっくりなんだよ!マヤに教えるときは息ピッタリだったのに2人で話してる時はケンカばっかりしてるんだ〜。ケンカップルたまらん!ってデジタルさんが言ってたけどどういう意味なのかな??」

「……わかってるだろうけど絶対に2人には言わない方がいいよ、それ」

 

 

 競り合いながら『アタシの方が速い!』『いやオレの方が速い!』って言い合ってるのが耳を澄ませなくても聞こえてくるし、本当のレースなら失格になりそうな衝突の仕方してるけどアレがあの2人のコミュニケーション方法なんだろうね、よくわかんないけど。……あ、もつれながら2人一緒にゴール板駆け抜けた。

 

 

「ただいまの勝負…両チーム引き分け!敗者トレーナーとスペ!トレーナーはスペ以外の全員にスイーツを奢ること!」

「なしてぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 写真判定もなしにゴルシが全部決めちゃったけど、まぁゴルシだし。ゴール判定をゴルシに任せたトレーナーが悪いよね。あとスペさんは…ドンマイ。勉強はちゃんとやった方がいいっぽいね。

 

 

 後日、スペさん以外の全員にコンビニで買ったらしいシュークリームが悲しそうな表情をしたトレーナーから配られた。マックイーンさんがなんとも言えない顔でそれを見つめていたのに気づいたのはゴルシと私だけだと思う。




ヒント:脚質適正、バッドステータス

今回も読んでいただきありがとうございました。感想評価お気に入り等々も感謝です!次回もよろしくお願いします!



めっちゃびっくりしました、なんかいきなりめちゃくちゃお気に入りとかUAとか増えてるんだもん。本当にありがとうございます。


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第24話 淡い緑の輝き: Pistachio Nose

ウマ娘世界、ハロウィン早くないですか…?アレ10月末のイベントでしたよね…?
シンプルかつあらゆる意味でクリークさんが怖いなと思いました、はい。
今回もよろしくお願いします。


 今更な話ではあるが、ウマ娘のレースというのはれっきとしたスポーツ興行の1つとして世界的な人気を博していて、その中でも日本のトゥインクルシリーズというのはレベルが高く、大きなG1レースともなると世界中から挑戦者が来るものもある。

 

 そんな日本のトゥインクルシリーズであるが、今現在の重賞レースの種類は150あるかないか。それに対して日本の中央トレセン学園の生徒数は2000人を超える。これがどういうことを表すかというと…。

 

「メルクーリさん、サウジアラビアロイヤルカップ勝ったんだって?すごいね!走り方のコツ教えてよ!」

「メルクーリちゃんあの追込の仕方かっこよかった!次の朝日杯も追込なの?」

「メ〜ル〜、今からマックイーンいじりに行こうぜ〜」

「………」

 

 

 四方八方から注目の的にされてます。あとゴルシはそこにしれっと混ざらないで。注目される側のウマ娘でしょ、あなた。

 一応ごめんなさい、また今度と謝ってから教室を出る。……なんでこんなに最近騒がしいんだ?やってられないってことで私の絶好のサボりスポットその1こと屋上に行こうとしたんだけど……。

 

 

「あっ、スバルメルクーリちゃんだ!思ったよりちっちゃくて可愛いなぁ」

「あの子が学園七不思議寸前の子?目立ちそうなのに不思議ねぇ…」

「あの体ですごい逃げもすごい追込もできるんだって!憧れるよねぇ〜」

「………ッ!」

 

 

 なんだ?なんで?なんでなんだ…?なんでこんなに異常な目の引かれ方をしているんだ…?流石にこの状態で屋上にいってサボろうものならエアグルーヴさんがすっ飛んで来るに違いない…!そうなると少し、いやかなり厄介だ…。

 

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 …帰るか、やってられないこんなの。校外なら流石の女帝様も追ってこないでしょ、多分。

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

「…ふぅぁあ、少し勝ったくらいで騒ぎすぎでしょ」

 

 なんとかかんとか注目されずに荷物をまとめて抜けてきたけど、流石に疲れた。河川敷にでも行ってゆっくりしようかな。

 

 

「あら、もう帰るのですか?ずいぶんお早いお帰りですこと」

 

 

 ……どうやら今日の私は本格的に厄日らしい。なんか私だけ厄日多くない?あくびをして細めていた目を開いてチラッと見上げると、濃い茶色の髪に黒い耳、名前通りの木の実を模した耳飾りを左耳につけ、抹茶を思わせる色の瞳をたたえたウマ娘が校門の横で私を見ていた。

 彼女はピスタチオノーズ、私の同期……らしい。あんまりにも突っかかって来るから流石に名前は覚えた。

 

「…止めに来たの、ピス。相変わらず良い子ちゃんだねぇ」

「貴女が私との勝負から逃げるから追ってるだけでしてよ!」

「私が逃げる?アンタが追いつけないの間違いでしょ?まぁ、そもそも私はアンタと勝負なんかした記憶ないけどね」

「…貴女って人は…!!」

「怒った?あー怖、帰るわ」

 

 

 …なんでこんな時にコイツに出くわすのか。結構速いからイヤなんだよコイツ。さっさと逃げよう、昔の中国の偉い人も逃げろって言ってたし。

 

 

「待ちな…さいッ!メルクーリさん!」

「待てって言われて待つほどアンタと仲良くないわ!ついてくんなッ!!」

「なにを……ッ!」

 

 

 確かコイツ結構良いとこのお嬢様なはずなのに全くその気品を感じさせないんだよね。マックイーンさんを見習えマックイーンさんを。

 とりあえず真剣に逃げようかな…!

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

「はぁっ…はぁ、っ!やっと止まりましたわね!!」

「……いつまでついて来るのさ」

「貴女が勝負に負けるまでですわ!覚悟なさい!」

「…はぁ」

 

 

 逃げ続けてなんとか予定通り河川敷まで来たけど、ピスは執念というかなんというかともかくここまで追ってきた。何がそんなに彼女を突き動かしてるのかわからないけど怖いよ。

 

 私とピスタチオノーズ…ピスが最初に出会ったのは彼女曰くリギルのチーム選抜レースの時らしい。らしいってのは私の方は特に認識してなかったからなんだけど、どうやらその時に私に負けたのを根に持っていて、それなのに私がリギルに入らずにのんびりしてるのにピスが腹を立てて突っかかってきたのが始まり。どうやらその次の選抜レースでリギルに入れたらしいしそれで良いじゃんって私は思うんだけど、どうやらそういうことじゃない、とは彼女の弁。

 

 …うーん、全くもってよくわからない。目の敵(ターゲット)にするなら私じゃなくてもっと強い人相手にすれば良いのにね。ちょうどリギルの先輩にいい人いるじゃん、会長サマとか怪鳥サマとか。

 

 

「私、年末のG1は阪神ジュベナイルフィリーズに出すっておハナさんに言われたの。これがどういう意味かわかりますの?」

「…知らないよ、いきなり追っかけてきて言いたい放題な奴め。私は疲れてるの、早く帰ってくれない?」

「……私はおハナさんに『今の実力ではまだ貴女やマヤノトップガンさんに追いつけない』って思われてるってことよ。だから貴女たち2人の出走するレースに私を出してくれなかったのよ」

 

 

 …きっと体を震わせてるんだろうなぁ、見なくてもわかる。あからさまにプライド高そうだもんコイツ。

 

 

「だから今日はメルクーリさん、貴女に宣戦布告しにきましたの!」

「……はぁ?」

「良いですか、その素晴らしく良い耳をかっぽじってお聞きなさい!!私は来年必ず貴女を超えて見せますわ!その時に吠え面かいても知りませんことよ!」

 

 

 …あーやだやだ。熱いねぇ、このお嬢様。季節考えなさいよまったく。…いやそろそろ本格的に寒くなるから暖房的な意味では合ってる…?まぁいいか。

 

 

「……はぁ、ちなみにピスさんや。気付いてる?」

「???何のことですか?」

「時計見てみ。……もう昼休み終わるよ」

「えっ…?あっ!貴女って人は…!帰りますわよ!ほら早く立ちなさい」

「いや私は帰らないけど?トレーニングオフだし。ほらほら、早く帰らないとこわーい怖いリギルのトレーナーに怒られるよ〜??」

「…ヒッ!覚えておきなさい!」

「…ふっ、おやすみなさい」

 

 さっきまでの勝ち気な態度はどこへやら、一気に顔を青くしたピスがUターンしてトレセンへの道を本気ダッシュして行った。『覚えておきなさい』なんて捨て台詞を本気で言う人、本当にいるんだねぇ。

 

 ちなみにここからトレセン学園は最短でも信号機が5つあるから今から昼休みの時間内に帰るのはほぼ無理なんだよね。…もしかしたらあいつの足なら間に合うかもしれないけど、その場合は無駄に走って消耗したことを怒られるんじゃないかな。つまり、この河川敷にたどり着いた時点で私の勝ちってわけ。

 

 

 物凄い勢いで走り去ったピスの方向を見ると、爆走してるピスとそれに驚いてるヒトが遠くに見えた。掛かりまくってるなぁ。

……それにしてもなんでこんなに注目を浴びてるんだ。同じチームのマヤノはともかく、ピスとか他の人にまであんなに見られる意味がわからない。…とりあえずここには誰もこないだろうし、ゆっくり寝よう。




機嫌が悪い時って煽りスキル少し上がるよねって話。
ピスちゃんの元ネタは名前を前後に分けたらわかりやすいかもしれませんが明言はしません。ほぼ別物だし。
いつものことですが感想、お気に入り、評価、誤字報告等ありがとうございます。
それでは次回もよろしくお願いします!


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第25話 新たな戦いへの招待券:full-dress uniform

長距離のチャンピオンズミーティングは1番プレイヤーの手持ちが問われるから私みたいな小市民には勝てない…。
おとなしく好きな子だして楽しもうと思います。
それでは今回もよろしくお願いします。


 マ子にも衣装、という言葉がある。ウマ娘の子供のように可愛らしいものに衣装を着せれば完璧って意味らしいけど、なるほどなぁと思う。

 ……で。なんでこんなことを考えているかというと。

 

「どうどう?似合ってる?カッコいい?」

 

 

 それは目の前のマヤノの勝負服が彼女に完璧に合ってるからに違いなくて。思わず私は少し前の記憶がフラッシュバックした。

 

 〜〜〜

 

「寒くなってきていよいよ冬って感じだね!メルちゃん冬の食べ物で何が好き?」

「…うーん、定番といえば定番だけどお鍋は好きかも。マヤノは?」

「マヤもお鍋好きー!ボーノちゃんと一緒にちゃんこ鍋作るんだ〜♪今度一緒に作る?」

「…みんなと一緒にね。……にしてもこんなに寒かったっけ日本って…?」

「ちょっと今年は寒いかもね、早く部室入ろ!」

 

 

 一緒にスピカの部室に入った私とマヤノはすぐに違和感に気づいた。…なんでみんな集まっててしかも私たちに何とも言えない緩い笑みを浮かべるんだろう?

 

「よーしマヤノとメルクーリ来たな、今日はお前たちにいいものが届いてるぞ!」

「…それって」

「そう!遂にお前たちの勝負服が届いたんだよ!さ、一回着てみろ!」

「いやトレーナーは外でろよ、メルもマヤノも女だぞ。てかスペの時もやったろこのやりとり」

「懐かしいですねぇ、そのやりとりも。あ、私たちも外で待つので2人で着てみてください!着られたら私たちに見せてくださいね!」

「あ、あっ…。えっ?」

 

 

 誰か着るの手伝ってくれたりとかはしないんかい!…ってツッコむ隙すら与えずにツッコむ相手がもう出て行ってたから口には出さないけど。

 

 〜〜〜

 

「メルちゃん?メルちゃーん??」

 

 …はっ、何考えてたんだろ私。

 部室に残されたマヤノと私はじゃんけんで順番を決めてお互いがお互いの衣装を着るのを手伝うことにした。もっとも着る服を手渡しするとかくらいしかやることなかったけどね。

 

 改めてマヤノの勝負服を見る。身体計測の時に言っていた通り、パイロットが着ているような濃い緑のフライトジャケットに黄色のチューブトップを合わせ、白いホットパンツに焦げ茶のオーバーニーソックスでまとめた勝負服は活動的なマヤノにピッタリだと思う。……強いて言うならおへそが出てるから冬は寒そうで心配になるくらい。この服で雪の日に走ったら次の日は風邪ひきそうだよねぇ。

 

「メルちゃーん?もしもーし?」

「…あぁ、ごめん。カッコいいし可愛いよ、マヤノにぴったりないい服だね」

「えへへ…。メルちゃんはマヤ検定2級、ごうかーく!」

「…ありがとうだけど、マヤ検定ってなに…?」

「マヤ検定はマヤ検定なの!…じゃメルちゃんもお着替え、する?」

「…するかぁ」

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

「……」

「うわぁ…!わぁ…!」

 

 

 ……あるぇーー?こんなにフリフリにしたっけぇ…?というか材質こんなに薄かったっけぇ…?なんというか…その、恥ずかしいです…。お願いだからマヤノはそんなにキラキラした目で見ないで…!

 

 私が描いた勝負服の絵はこんな感じ。まず上半身には白いシュミーズを着てその上から紅の肩当てがついた長袖のボレロを着込む。それでボレロにつけた肩章から紐を通して表が照り返しがないシルバーグレー、裏が紅色をベースにしたバラの刺繍を施したマントを右肩に羽織る。いわゆる片マントっていうやつ。

 最後にシュミーズに一緒についてるタイの根本、つまり首元に紅白のまだらのバラを模したチョーカーをつけて、白いドレスグローブを両手につければ終わり。

 

 それで下半身はもっと簡単。白い短パンを履いた上から青味の強い藤色のコルセットスカートを履いて、薄手の白いストッキングを履けば終わり。

まぁ、そのいわゆるちょっとしたドレス服風の勝負服って話で終わりだったはずなんだ……!

 

 それなのに実際届いた服を着たら想像の5倍背中が空いてるし、短パンは短いフレアパンツに変わってるし、コルセットスカートは想像の3倍ふわっふわしてるんですけど…!恥ずかしいから私の絵では背中は空けてないし、スカートもふわっふわさせてないのに…!どうして…??わざわざフリフリのパンツまで用意しやがって…!

 

 ってあれ、勝負服の入ってた袋の底になんか紙があるな。なになに…?『スバルメルクーリさん、貴女のアイデアを貴女に合うように少しだけ改変させてもらいましたわ』

 

……。

…………。

………………。

¿¿¿???

 

 

「……ぁぅぅ…」

「大丈夫!メルちゃん王子様みたいで似合ってるから!一回しっかり立ってみて!」

「…はずかしい…はずかしくて消えそう……」

「メルちゃーん?メルちゃーん?」

 

 鏡を見なくてもわかる。今私の耳はあっちゃこっちゃ忙しく回ってるに違いないし顔は真っ赤。マジかぁ、これ着て走るのかぁ…。嫌か嫌じゃないかでいえば嫌じゃないよ?全然嫌じゃないけど、可愛すぎて私には不釣り合いというかなんというかこんなふわっふわスカートの衣装は私よりもっと可愛い子が着るべきな衣装な気がするというかあーもう少しデザインセンスが私にあればよかったなぁというか衣装デザイナーにお願いすればよかったなぁいくら記憶の中のお母様がこんな感じだったような気がするとはいえなんかもうちょいあったような気がするというかその衣装デザイナーの改変があったからこんなことになってるのかもっといえばお母様はお母様私は私なんだから私らしく無難な奴にしとけばよかったかnぱちん!

 

 …ぱちん?

 …ふと目の前を見ると、マヤノが私の耳の前でうるさすぎないくらいの柏手を打っていた。

 

「メルちゃん!」

「……はい」

「落ち着いた?」

「……はい」

 

 

 マヤノにぐぐっと近づかれて目をみられる。そのオレンジの目に全て飲み込まれるような気がして、一気に思考が冷静になるのがわかる。

 

「いい、メルちゃん。メルちゃんの勝負服、ちゃんと似合ってるよ。堂々としてればちゃんとかっこいいから堂々としよ?」

「…頑張る」

「じゃあじゃあ、2人で自撮りを…パシャッ⭐︎」

「えっ」

「やったぁ!2人の勝負服の自撮り撮れたーー!今送るね!」

「えっ」

「ほら、マヤもメルちゃんも完璧でしょ?心配しなくて大丈夫だよ!メルちゃん可愛いんだから!」

 

 …どうやらマヤノは自分の目に視線を釘付けにして背後からウマホを構えていたらしい。それを理解した頃には私のウマホに既に画像が送信されたという通知が来ていた。それを開くと状況を理解できずにきょとんとした私の顔としっかりウインクをしてばっちり決めたマヤノの顔が写っていた。これで本当に大丈夫??

 

 …どうやらマヤノに一本取られたらしい。これは負け…なのかなぁ。

 

「マヤノ〜メル〜そろそろ着られたか?そろそろ外寒いんだけど!」

 

 

 ゴルシの寒そうな声に私はマヤノと顔を見合わせた。そういえばみんなを外に待たせてるの忘れてた。とりあえずみんなを中に入れてあげよう。マヤノの顔を見るとマヤノもどうやら同じ考えだったらしい。

 

「「おまたせ!!」」

 

 

 




この章を進めるにあたって1番大切かつ難しい所、勝負服の描写でした。詳しく描写しようと思うと却ってわかりづらくなっちゃうけどでも細部までこだわりたい…ってなるのに、語彙力も服装の知識もないから難しい、ぴえん。

スプリンターズSと凱旋門賞見て心を癒そう…癒せるかな…メイケイエール…。
感想、評価、お気に入り登録いつもありがとうございます!次回もよろしくお願いします!


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第26話 彼女を輝かせるための布石:Trainer's distress

宝塚の時よりクロノジェネシスさんが体感シロノジェネシスさんになってた気がする。ドイツのトルカータータッソさんおめでとうございました。
それでは今回もよろしくお願いします。


「よーしじゃあ次は背中合わせで腕組んでみるかー!!あーそうそう、いいぞいいぞー!次はそのままこっち指差してみろ!あーいいな、メルもマヤノもカメラに表情ちょうだいちょうだい!」

「…なにこれ?」

「…マヤもわかんない」

 

 

 マヤノと2人で着替え終わって扉を開けて一番目を引いたのはサングラスをかけてジャージを脱いでプロデューサー巻きをしたゴルシだった。寒いって言ってたの絶対それが原因じゃん…。

 そしてそのままずんずん部屋の中に入るが早いか「よーしお前ら、この天才カメラマンゴールドシップ様に全て任せな!」とかなんとか言ってこのトンチキな撮影会が始まった。

 

 私もマヤノもこれでもかというほどにぱしゃぱしゃ撮って満足したかと思いきや今度は2人一緒に撮影するとか言い始めて今に至る。トレーナーも止めようとしないあたり何か考えがある…あるのかなぁ。多分あるんだろうけど。

 

「お、トレーナー!これとかいいんじゃねぇか?」

「ん〜どれどれ…。おお、いいなこれ。これとこれとこれをピックアップしとけ」

「おっす!」

 

 

 …どうやらようやく満足したらしい。現像をするために部屋を出て行ったゴルシを見送りつつ思わずぺたりと椅子になだれ込んだ。……ってゴルシが現像をするの??

 

「トレーナーちゃん、あんなに写真撮って何かに使うの?」

「あぁ、取り敢えず今度月間トゥインクルの取材があるからそこで提供する写真が欲しいってのと、あとはメルクーリのメディア対応の練習だな。ありのままのお前もファンは知りたいだろうが、最低限はできるようにしないとな」

「…はい」

 

 

 メディア対応ねぇ…。マヤノはそういうの好きそうだし実際上手いと思う。選抜レースの時に配信をしてるみたい話もしてたし。

 私?昔はそういうのに憧れてた時期はあったけど今はそんなに見なくなっちゃったからなぁ。ウマッターもウマスタもゴルシに言われるまでやってなかったんだからさもありなん、って感じでしょ。そういえば最初に投稿してから触ってないんだけどどうなったんだろう、変なことなってなきゃいいけど。

 

「さて、今日はこのまま少し座学をしてからジャージに着替えて練習するぞ。メルクーリは2回、マヤノは1回レースに出たわけだが2人とも次のレースは一味も二味も違うレースになる。さて、なんでかわかるか?」

「…これまでは2レースとも左回りだったのが今回は右回りになるから」

「マヤは初めての重賞レースだし距離も少し伸びるからそこが不安かも〜」

「…お・ま・え・ら!今着てるものは何か答えてみろ!」

「えへへ〜勝負服!マヤわかってるよ、G1だからファンのみんなの声援も大きいしライバルも強いんだよね!どんなレースができるかすっごく楽しみ!」

「………あー」

 

 隣のマヤノの自信満々な表情を見る限り、どうやらしっかりわかった上でボケたらしい。正直私からはマヤノみたいな答えは出せなかった。左回りか右回りの次点で関東か関西かの違いって答えるところだったし。

 

 

「……メルクーリ?お前さてはわかってなかったな?」

「ぃえっ?全然完璧にかっちりとわかってましたよ…?」

「お前なぁ…」

 

 トレーナーの呆れた目がイヤに突き刺さる。ついでにマヤノにも。…なんだかやけに私だけマヤノに呆れた顔で見られることが多い気がする。多分ゴルシよりも呆れた目で見られる頻度が高いと思う。それは流石に不満なんだけどなぁ…。

 

「…まぁ、見てくれる人が多いって話の次に右回りの話はしようと思ってたわけなんだが。お前らも知ってる通り、東京レース場以外はほぼほぼ全部右回りだ。しっかり右回りの練習をしておかないと自分の実力を出せずに負ける。そこでだ!今日からお前たちにはこれをやってもらう!他のメンバーは先に準備をしてやらせてるからそれに混ざれ!」

 

 

 なんかドヤ顔のトレーナーに渡されたプリントを眺めると『今日からお前も右回り!チームスピカ直伝!右回りプログラム!』という文字と懐中時計の絵が描かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …センスねー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …はっ!思わず絶句してしまったのは許してほしい。マヤノもあんまりいい顔はしてなかったし多分共通認識だと思うんだ、これ。多分懐中時計の絵は時計が右回りだからなんだろうけど…ねぇ。

 

「…着替えよっか、マヤノ」

「あっ……うん、そうだねメルちゃん。流石にマヤもこれはどうかと思うの」

「まぁ待て待て、表紙はともかく中身は「「さっさと出て、トレーナー(ちょっと出てて、トレーナーちゃん)!!」」ちょっ!」

 

 

 話が長くなりそうだったのでこの前のゴルシみたいにトレーナーを俵抱えして外に出してあげた。

 ……着替えるかぁ……。

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

「着替え終わったけど、みんなに混ざれば良いのね?」

「おう、先輩の言うことは聞くんだぞ〜」

「…トレーナーは?」

「俺か?俺はゴルシが現像した写真を確認しないといけないからな。先に行っててくれ」

「メルちゃんお待たせ!一緒に行こ?」

「うん」

 

 

 着替えが終わったメルクーリとマヤノを見送りつつ、トレーナーはわずかに目を細めた。

 

 2人ともジュニア級らしからぬ技術と強みを持っているのは言うまでもない。レースでいろんな作戦を採れるというのは相手にマークされにくかったり、レース場や馬場に合わせた走り方を選べたりするという点で送り出すトレーナー的には安心できるのだ。

 

(…だがなぁ、メルクーリは危うすぎるんだよなぁ)

 

 

 今日だってそうだ、マヤノはわかった上でメルクーリにのってボケたんだろうが、メルクーリは本気で右回りと左回りの問題だと思っている表情をしていた。つまり、彼女はG()1()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということになる。

 

 本来、自分の教え子にこういう言葉を当てはめるべきではないのだろうが、このままではいつか彼女は間違いなく()()()。その前にうまく折り合いをつけられるようにするのがトレーナーである自分の役目であることを自覚していた。

 

 …そもそもの話、メイクデビューもサウジアラビアロイヤルカップも本当ならあそこまで大差で勝てるようなレースではなかったようにトレーナーには見えていた。それでもぶっちぎりで勝ったのは(ひとえ)に彼女の才能の大きさによるものだともいえるが。

 

 

(……ただ、ああいう鈍感さっていうのはどんなレースでも自分を見失わない強さにもなり得る。現にアイツはこれまでのレースで我を通したレースをすることで勝ってきたわけだし、ある意味自分のことを理解してるといえる…か?

…多分『これまでのレースで一緒に走った奴わかるか?』って聞いても『わからないです』って返ってくるんだろうなぁ…。それはそれでこっちは困るんだが、俺のやることとしてはあいつのあのブレない鈍感さを上手く活かしながら、なおかつ勝負に向かう気持ちを養わせる。…難しいなぁ、『ヒビの入ったダイヤモンドの原石』たぁおハナさんもよく言ったもんだ)

 

 

「おーいトレーナー!写真上手く現像できたぞ!」

「おーうサンキューゴルシ。どれどれ…おお、やればできるじゃねえか」

 

 ゴルシから出来立ての写真を受け取る。マヤノとメルクーリが背中合わせでピースをしながらウインクをしている写真がしっかりと輝いていた。

やればできるじゃねえかという言葉に反応してドヤ顔をしているゴルシに内心でお前じゃねぇよと思いつつ、トレーナーは懐から新しい棒付き飴を取り出した。




サポカの凸アイテム取るの大変すぎて泣きました、ぴえん。
感想、お気に入り登録、評価、誤字訂正等いつもありがとうございます。なんかいつのまにかお気に入り600件突破してました、びっくり。
それでは次回もよろしくお願いします!


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第27話 蓮の国の夢:lotusland daydream

秋華賞が楽しみで出走する予定のお馬さんの過去のレース見てたら1日2投稿できませんでした、ぴえん。
ソダシさんはやっぱり映えるけどユーバーレーベンさんも綺麗で良いのよね、シロイアレノムスメさんですし。
それでは今回もよろしくお願いします。


『おはようございます、お婆様』

『おはようメル、今日も早いわね』

『はい。この後またルゥと遊びに行くと言ったら、行く前にダンスの練習をしなさいとお母様に言われたので今からやってきます!』

『ふふふっ、メルは若いわね。怪我に気をつけてしっかりやりなさいね』

『はい!』

『知ってる?お母さんにダンスを教えたのは他でもない私なのよ』

『えっ、そうなんですか?』

『えぇ。あの娘はメルよりもじゃじゃっ娘だったからねぇ、教えるのが大変だったのよ?練習中にどこかに逃げだしたり適当に踊ったりなんかは日常茶飯事だったんだから。あ、お母さんにこのことを喋ったのは内緒よ?』

『はい!…ふふっ』

 

 

 

 …あぁ、これは夢だ。わざわざ確認しなくてもはっきりとわかる。今よりも視点が低いし、そもそもトレセン学園じゃなくて実家の廊下だし。なんなら目の前にいる綺麗なウマ娘は私のお婆様だし。

 

 そんなことをぼーっと思い返していると夢の中での私と婆やは廊下からバルコニーに出て外を見上げていた。うーん、気持ちのいいくらいの快晴。静かに風がさわさわと森を吹き抜ける気持ちのいい音が私の耳を撫でる。…気持ちいいなぁ。

 

 

『今日も気持ちのいい天気になりそうですね』

『そうねぇ、傘は要らなさそうね』

『…よかったぁ、雨はあんまり好きになれないですし』

『…折角だし、メルにいいことばを教えてあげましょう。“雨のあとは必ずよい天気がくる”』

『……???』

『雨が降ることは辛く苦しいこと。でも雨が降ったあとにはすっきりと晴れて、虹がかかることもあるわよね?どんな辛いことも必ず終わっていいことがあるって言葉なのよ』

『…今の話、なんか関係あった?』

『なかったかもねぇ』

『…ふふっ、行ってきますね』

『はい、いってらっしゃい』

 

 

 

 

 お婆様に手を振って駆け出す。きっといつものようにお母様がいるダンスの練習部屋に行くのだろう。そしてその後にアイツ…ルゥと走りに行くんだろうな。

 

 …意識がだんだんはっきりしていくのを感じる。どうやら今日の夢はここまでらしい。上から白い光が降りてきて夢の映像が薄ぼけていく。

 

 

 

 

 ……この夢が終わらなければいいのに。そうすればきっと…。

 

 

 

 

 〜〜〜

 

「……なんか夢を見ていた気がする」

 

 

 なんの夢を見てたのかいまいち覚えてないけど。寝覚めがあんまり良くないのをみるかぎり多分昔のことを思い出してたんだろうな。

 そばにあるウマホを光らせると、06:30という無機質な表示が私を照らした。どうやら今日の私は見た目だけなら健康優良児らしい。…起きるかあ。

 

 カーテンを開けると雲ひとつない青空が広がっていた。どうやらまだまだ秋晴れが続くらしい。その日差しの眩しさに少し目を細めながら私は軽く伸びをした。

 

 …そういえば今日は取材の人が来るんだっけ。早く終わればいいなぁ。

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

「今回はわざわざこのような場を用意していただき、ありがとうございます」

「いえいえ、こちらこそ担当ウマ娘を取材していただけるのはありがたい限りです。本日はよろしくお願いします」

 

 

 真ん中に座ったトレーナーがお辞儀をするのに合わせて私とマヤノもお辞儀する。対面に座っている人は『月刊トゥインクル』の記者さん。名前は…確か乙名史さんだったかな、前のサウジアラビアロイヤルカップの取材の時にもいたのを覚えてる。

 

「さて、まずはスバルメルクーリさんのお話からお聞かせください。まずは簡単なところから!にんじん以外で好きな食べ物は?」

「…ぶどうです。フルーツ全般好きです」

「あぁ、美味しいですよねぶどう。ちょうど旬な時期ですもんねぇ。じゃあ次はご自分の思う長所をひとつあげてみてください」

「長所…バランス感覚ですかね。親指と人差し指、中指の3点で倒立ができるくらいバランス感覚に自信はあります」

 

 

 今は勝負服でスカートだからできないですけどね、と付け加えて少しだけ笑う。流石に雑誌に無様なパンツ姿は載せたくない。

 

「なるほどなるほどバランス感覚ですか。たしかにスバルメルクーリさんの走り方を見ていると姿勢がとても低くて体幹の良さを感じさせてくれますよね。この低い体勢からの加速を使ってメイクデビューでは一回も先頭を譲らない逃げで、反対にサウジアラビアロイヤルカップでは第3コーナーからスパートをかけて最後方からまとめて抜き去る追込でそれぞれ勝利しましたね。レースでの走り方としてはすこーし異質なように見えますが、このスタイルに行き着いたきっかけというのはありますか?」

「きっかけ…。うーん」

 

 

 きっかけ…かぁ。まぁそれくらいならいいのかな。

 

「…昔実家にいたころに色々教えてもらったのが元になっています。きっかけといえるかはわかりませんが」

「なるほどなるほど…ご実家での経験が元になっているんですね。もう少しご実家のことをお聞きしたいのですが大丈夫でしょうか?」

「……実家の者に確認とってないのであんまり話せませんが、祖母も母も競走バをしていたらしいです。詳しいことは教えてもらえませんでしたが」

 

 

 …ジャーナリストってホントに筆記早いんだなぁ。私が話し終わるのとほとんど同時に書き終わってる。

 

「…ふむ、では次の質問をさせてください。スバルメルクーリさんがクラシック三冠最有力という見方をしているファンが早くも出てきていますが、スバルメルクーリさん本人は三冠についてどうお思いでしょうか?」

 

 

 あー………、うん。取材って時点でこの質問は正直来るとは思ってた。ってかクラシック三冠最有力ってどこの誰が言ってるんだ、初めて聞いたわ。マヤノなんじゃないの?チキンなピスはクラウン路線でしょ。リギルのチーム方針知らないけど。

 

 

「………うーん、正直まだなんとも言えません。トレーナーに出ろと言われたら出るくらいの感覚です。…オフレコにできませんか?」

「あはは…、分かりました。じゃあこっち聞こっかな!マヤノトップガンさんは同じクラシックを戦う仲間なのと同時にライバルでもありますよね。そんなマヤノトップガンさんに対しての印象を教えてもらえますか?」

 

 

 マヤノの耳がこっちに向いたのが見なくてもわかる。…尻尾ブンブン回すのって意外と音大きいよね。

 

「マヤノの印象…か。元気でみんなのことをよく見てるし気を使ってくれるから…なんて言うんだっけ、気の置けない仲?です」

「好き?好き?」

「なんでマヤノが聞く側に回ってんのさ。………………好きだよ

「!!!…わーい!マヤがプロポーズされちゃった!!」

してない!…ターフの中での印象は勝負勘がすごく良いので最後まで気が抜けないなって思ってます」

「なるほどなるほど、ありがとうございます。ふふっ、仲が良いんですね。それでは次にマヤノトップガンさんに色々聞いていこうと思います」

 

 

 …言わなきゃよかった、顔が赤くなるのを感じる。マヤノ?見なくてもぴょんぴょん跳ねてることくらいわかる。

 

 

 

 その後、マヤノとトレーナーが乙名史さんの質問に何か答えていたのはわかっていたが碌に聞いてなかった。理由?知らない知らない、私は何も知らないから。

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

「…では今回の取材はこのくらいで終わりにしたいと思います、お疲れ様でした。最後にスバルメルクーリさんとマヤノトップガンさんは少しだけ写真の撮影にお付き合いください!」

「…はい」

「えーっと、この取材の記事は12月初週発売の『月刊トゥインクル』に掲載予定ですが、事前にトレーナーさんの方に掲載予定の記事をお渡しして確認の方をしていただく予定ですのでよろしくお願いします」

「はい、こちらこそありがとうございます。お前らも挨拶!」

「ありがとうございました☆楽しみだね、メルちゃん!」

「…ありがとうございました。……恥ずかしい

 

 

 少し現実に帰ってきたところでちょうど取材が終了していました。…酷い目にあった、本格的に。

 

 

 …これが世間様の目に晒されるの?

 

 

……。

…………。

………………。考えるのやめよう。

 

 

 

 12月初週に予告通り『月刊トゥインクル』が発売され、チームメンバーはもとよりチーム外のメンバーからもしばらく温かい目で見られたことを追記しておく。




次回は月刊トゥインクルの記事を予定してますが、もしかしたらそれに掲示板の民の反応集が加わるかもしれません。加減で決めます。
そして毎度のことですがお気に入り登録、感想、評価、誤字訂正等々ありがとうございます。
それでは次回もよろしくお願いします!


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間話 トゥインクルシリーズが好きな民の巣窟(2)

予告通り記事と掲示板の民の反応集です。
いつのまにかUAが4万超えててびっくりしました。
今回もよろしくお願いします。


【速報】12月の月刊トゥインクルにメルクーリとマヤノの特集記事掲載

 

1:芝に風吹く名無し ID:vCpLydxJZ

ソースはウマッター

【公式】チームスピカ!@Spica_info

マヤだよ!マヤとメルちゃんのインタビュー記事が月刊トゥインクルさんの12月号に載るから確認してね⭐︎勝負服も先行公開になるからチェックしてほしいな!(マヤ☆)

 

 

2:芝に風吹く名無し ID:BztGsJvMO

>>1

うおおおおおお!!!

 

 

5:芝に風吹く名無し ID:toSXqVaF+

マヤノの個人アカウントとメルクーリのアカウントでも投稿来たぞ!

 

マヤ☆@Maya_topgun

こんにちマヤヤー☆スピカのアカウントでもお知らせしたけど、月刊トゥインクルさんの12月号にマヤとメルちゃんのインタビューが載るよ!インタビューの時のメルちゃん可愛かったなぁ〜!インタビューの時に一緒に撮った写真もアップしちゃう☆

(1枚の画像を表示)

 

スバルメルクーリ@Pleiades_Mer

月刊トゥインクル12月号に私とマヤノさんのインタビューが掲載されます。よろしくお願いします。

(1枚の画像を表示)

 

 

8:芝に風吹く名無し ID:ZNgjofiIk

>>5

マヤメル?メルマヤ?ふーん、てぇてぇやん

 

 

9:芝に風吹く名無し ID:nDerYptDE

>>5

メルクーリのこの写真の撮り慣れてない感よ

マヤノが撮り慣れてるから余計際立つね

 

 

12:芝に風吹く名無し ID:QF4MTayHh

メルクーリこれ2投稿目かよwwww最初に投稿してから見てすらねぇんじゃねぇの?

 

 

15:芝に風吹く名無し ID:YoICJVSrv

>>12

この投稿の少なさから助かる命もあるんだぞ。せめてチームメンバーくらいはフォローしとけよとは思うけどな

 

 

18:芝に風吹く名無し ID:zN7v2W+oU

マジやんけwwwスマホ触るのが習慣に無いんやろなぁ

 

 

19:芝に風吹く名無し ID:Ib3iZPwyW

普段この2人にテイオーとかマックイーンとか加わって遊んでるんやろか。…あぁーいいなぁ、ワイもトレセン学園入りたかったわ

 

 

22:芝に風吹く名無し ID:6ZvVx8fol

>>19

ヒト耳隠せてねえぞおっさん

てかトレセン学園もピンキリなんだよなぁ

 

 



 

月刊トゥインクル12月号

時代は自在?期待の来年度クラシック戦線特集!

 

[特別独占インタビュー1]文●乙名史悦子

スバルメルクーリ、マヤノトップガン

「変幻自在、自分たちのスタイルは崩さない」

[特別独占インタビュー2]文●文田翔五

ピスタチオノーズ

「世代最強への誓い」

 

年末特集1 トゥインクルシリーズの歴史を変えた『3人の生ける伝説』

 

年末特集2 有マ記念を読み解く「年末の祭典、中山の直線に想いを馳せる」

 

特別連載 トレセン学園の『キミの愛バのグルメ!』

No.7 ビワハヤヒデ、ナリタタイシン、ウイニングチケット

 

 

 


 

 

 

[特別独占インタビュー1]

スバルメルクーリ、マヤノトップガン

「変幻自在、自分たちのスタイルは崩さない」

 

毎年のようにライバル関係やドラマでファンの心を鷲掴みにするトゥインクルシリーズのクラシック戦線。その前のジュニア級で早くも来年度のクラシック三冠が有力視される規格外のウマ娘がチームスピカから2人現れた。スバルメルクーリ、マヤノトップガン。ターフの上では競い合い、ターフの外では笑い合う2人のレース観やその素顔に迫った。

 

 

(2人で背中合わせになって腕を組んでいる画像)

 

 

まずはこの2人の特徴とも言える走り方について2人に聞いたところ、こんな答えが返ってきた。

 

スバルメルクーリ(以下、スバル) 「昔実家にいたころに色々教えてもらったのが元になっています」

マヤノトップガン(以下、マヤノ) 「マヤはね〜、ピピっ!って来た走り方で走ってるの!」

 

 

一見真逆のような2人の答えだが、そこには1つ共通点があると彼女らのトレーナーは言う。

 

スピカトレーナー(以下、トレーナー) 「こいつらはかなり我が強いんですよ。自分の信条に合わないことはやらないんです。マヤノはヤダヤダとゴネるしメルクーリに至ってはいつのまにかいなくなってたりするからなぁ…。ご褒美とかで上手く折り合いをつけるのが大変です」

 

 

そんな2人だが、クラシック三冠について聞くとマヤノトップガンから意外な答えが返ってきた。

 

マヤノ「ん〜、クラシック三冠はできたらもちろん嬉しいけど、そこで終わりじゃないからこだわりすぎてないって感じ!でもでも〜マヤもメルちゃんも狙ってないわけじゃないよ!隙があったらばびゅーんって取っちゃうし、メルちゃんが相手でも手加減ナシだよ!」

 

 

(可愛く敬礼ポーズをとるマヤノの画像)

 

 

それでは2人が出走を表明している冬のジュニア級G1についてはどう思っているのだろうか。スバルメルクーリが少し考えながら考えを口にしてくれた。

 

スバル「せっかく自分には勿体無いくらいの勝負服を作ってもらえたので、それの正式なお披露目っていう意味でも貴重だと思ってます。私もマヤノもしっかり準備しています」

 

 

(左手の握り拳を胸のあたりに当てて目を瞑っているメルクーリの画像)

 

 

まさに仲間でライバルを体現する2人。ではこの2人のターフの外での様子はどうだろうか。

 

スバル「マヤノは元気でみんなのことをよく見てるし気を使ってくれる、気の置けない仲です。お休みの日にみんなで遊びに行くってなったらテイオーも含めた3人で遊んだりもします。それ以外にも同じチームの人と遊びに行ったりします」

マヤノ「メルちゃんはね、とっても優しいしマヤのおしゃれ研究も一緒にしてくれるの!それでねそれでね、お料理が上手なんだよ!にんじんスープを作ってくれたことがあったんだけどそれがとっても美味しかったの!」

 

 

元気なマヤノトップガンと物静かなスバルメルクーリ。一見太陽と月のように対照的に映る2人だが、そこには確かな友情関係とライバル関係が成り立っていた。2人は互いのことをこう評した。

 

 

スバル「マヤノは勝負勘がすごく良いので最後まで気が抜けないなって思ってます」

マヤノ「メルちゃんは自分のペースでぴゅーんって飛んでいっちゃうから追いかけるのが大変なの!一緒に走る時いっつもワクワクするんだ!」

 

 

彼女ら以外にもスペシャルウィークやサイレンススズカ、トウカイテイオー、メジロマックイーンなど数々の実力者を導き、見守ってきたチームスピカのトレーナーは2人をどう指導しているのか。彼はいつものように飴を咥えながら話した。

 

 

トレーナー「こいつらはいろんな戦術を自在に取れるのが何よりの強み。走る直前に戦術を変えるなんてザラなんで俺がやることといえば本番に気持ちよく走らせるためにお膳立てすることだけですよ。結局スペ(※1)やテイオー(※2)に指導してることとそんなに差はありません」

 

 

クラシック戦線を自在に、鮮やかに駆け回る2人の足音はもう近い。


※1スペシャルウィーク。日本の総大将として名を馳せているウマ娘でチームスピカ所属。主な勝利レースは日本ダービー(G1)、天皇賞(春)(G1)、ジャパンカップ(G1)など。

※2トウカイテイオー。パドックなどで行う軽やかなステップがテイオーステップと呼ばれ親しまれているウマ娘でチームスピカ所属。主な勝利レースは皐月賞(G1)、日本ダービー(G1)、有馬記念(G1)など。

 

 



 

 

月刊トゥインクル12月号感想スレ

 

1:芝に風吹く名無し ID:njL3OWWh6

語ろうや

 

 

2:芝に風吹く名無し ID:hl/mmE5xs

とりあえずマヤちゃんとメルちゃんがめっちゃ仲良くてめっちゃバチバチなのはわかった

ピスちゃんは…うん

 

 

4:芝に風吹く名無し ID:Z6Htu5Qtb

メルクーリ「ライバルはマヤノ!」

マヤノ「ライバルはメルクーリ!」

ピスタチオ「」

なぜなのか

 

 

7:芝に風吹く名無し ID:aWS2r+xcQ

>>4

そら同じチームの仲良い奴がライバルだったらわかりやすい目標になりやすいしなぁ

残当

 

 

10:芝に風吹く名無し ID:k1UiZWtmb

スピカって同じチームにライバル作ってる奴多いよな。テイオーとマックイーンとか、ウオッカとスカーレットとか

 

 

11:芝に風吹く名無し ID:Dbf9e6//X

てか勝負服よ

毎度思うがデザインの人有能では?

 

 

13:芝に風吹く名無し ID:X1Hm05lY/

>>11

基本そのウマ娘が着たい服の案を出してデザイナーが形にしてるらしいぞ

 

 

17:芝に風吹く名無し ID:Dbf9e6//X

>>13

マジか、中央のウマ娘って有能すぎん?

 

 

20:芝に風吹く名無し ID:9Rspm47r8

>>15

全国から入学志望者が集まる競争率の高い入学試験を合格してさらにチームに所属できて国内最高のG1に出れる奴らやぞ

可愛い顔してハイスペやでほんま

 

 

21:芝に風吹く名無し ID:eCjnhHxmx

マヤちゃんのおへそを出したこととメルちゃんのドレス風の服にふわふわスカートを合わせたことに、ただひたすらの感謝を

 

 

23:芝に風吹く名無し ID:02NsXwq3a

BNWのグルメ、マジで美味そうだったな

 

 

24:芝に風吹く名無し ID:kR1S4FxoR

>>23

「キミの愛バのグルメ!」は大体どっかのレース場の近くだから観戦のついでに行けるのが良いよな

味もしっかり美味いし

 

 

25:芝に風吹く名無し ID:a94sjAdFm

>>24

しかもちゃんと値段が学生がしっかり食べられるリーズナブル帯なのが良い

 

 

27:芝に風吹く名無し ID:IszXYgQVB

メルとマヤノのインタビュー、取材したの乙名史ちゃんか

また盛ったんやろなぁ

 

 

31:芝に風吹く名無し ID:wgUHjrQXK

>>27

盛らない乙名史ちゃんは乙名史ちゃんじゃないからな

 

 

32:芝に風吹く名無し ID:VajcqoSqB

メルとマヤのレースを分けるのは分かるけど、別チームのピスもぶつからないのな

 

 

 

34:芝に風吹く名無し ID:N2bVARJUr

>>32

この間のメイクデビューでマヤちんとピスたんが直接対決してマヤちんが勝ったからそこ考慮したんかな

 

 

37:芝に風吹く名無し ID:HZQnvLW0/

皐月賞かその前の弥生賞でぶつかるまでお預けだろうな

 

 

40:芝に風吹く名無し ID:3ixlVLTzc

メルって今までマイルしか走ってないけど2000とか2400とか行けんの?沖野がわざと出してないの?

 

 

41:芝に風吹く名無し ID:pkB42xIz4

>>40

マイルの中盤からロングスパートかけられるんだからスタミナ的には余裕あんじゃね?あるとしたら沖野があえて出してないかメルクーリ自身が何かあんのかのどっちかだろ

 

 

43:芝に風吹く名無し ID:5zEr/6xyM

マヤちんの配信たまに見てるけど可愛いぞ、ゲームもうまいしゲストで色んなウマ娘が出てくれるぞ

メルも一回テイオーと出てたぞ、本人はあんまりわかってなさそうだったけど

 

 

46:芝に風吹く名無し ID:viOnnmJa3

>>43

アレほんま芝生えた、ビデオ通話かなんかとずっと勘違いしてたよな

んでわからないまんまにんじんスープ作ってみんなで飲んでんのほっこりした

 

 

 

〜〜〜〜〜〜

 

「メルクーリ!そこでスパートかけろ!」

「……ッ!」

「マヤノ!メルクーリについていけ!」

「アイ・コピー!いっくよー!」

 

 後ろから感じるマヤノの気配を振り切って一気にスパートに入る。より体を低く、より歩幅を大きく。最近はめっきり寒くなってきて身体に当たる風の質が変わってきたなぁ。

 

「よーーし、そのままクールダウンしたら今日は終わりだ!お疲れ様、メルクーリ、マヤノ!」

 

 

 ゴール板を駆け抜けてゆっくりと体勢を戻しながらダウンをする。吐く息が白くなっていて思わず空を見上げた。

 遠くのビル陰に斜陽が入り込み、そして落ちるのが見える。随分と早くなったな、いつのまにか電灯がついてるしいよいよ冬本番って感じがする。

 

 

 

………冬かぁ。

 

 

 

 

「メルちゃん速いなぁ…メルちゃん?」

「…ん?」

「何か考え事?」

「大丈夫。大丈夫だから、柔軟して戻ろうか」

「…うん」

 

 半ば自分に言い聞かせるようにして誤魔化した私にマヤノの不思議そうな眼差しが突き刺さった。大丈夫、きっと大丈夫だから。

 




例によってうまくいってなかったら手直しして出し直します。
プレビューではうまくいってたんですけど不安なものは不安なのです。
毎度のことですがお気に入り、感想、誤字報告等いつもありがとうございます。
それでは次回もよろしくお願いします!


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第28話 寒い季節に温かな差し色を:Buono!

すっかり寒くなってきましたがいかがお過ごしでしょうか。私は低血圧で死にかけです。
それでは今回もよろしくお願いします。


「……ふぁぁ…」

 

 

 朝の日差しが眩しくてふと目が覚める。最近はすっかり寒くなってしまって朝起きるだけでも億劫になる。ただ寒いんじゃなくてありとあらゆる隙間から差し込んでくるかのような寒さというか、ともかくこの寒さは慣れる気がしない。

 

「…ねむい」

 

 

 手を伸ばして机の上のリモコンを操作し暖房をつける。生温い風が一気に吹いてきて思わず目を細めてしまった。……起きるかぁ。

 暖房をつけたばかりの部屋はまだ薄寒くて目がすぐに覚めた。今日は……何かあったっけ。無いなら面倒だしサボ「メルちゃんおきてるー?」……?

 

 

 コンコンとノックされた扉を開けるとテイオーがニコニコしていた。いや最初の話し声でわかったけどね、テイオーは特にわかりやすい声質をしてるし。

 

「おはようテイオー。朝早いね」

「メルちゃん、今日サボろうと思ってたでしょ」

「……はい?」

 

 

 なんで気付くのさ、早いとか遅いとかの次元じゃなくてエスパーだよそれはもう。

 

 

「にっしっし、メルちゃんわかりやすいからねぇ〜。ということで一緒に学園へごあんな〜い!その前にとりあえずご飯食べに行こ!」

「えっ、ちょっ暖房が……ああっ」

 

 

 そのまま私はルンルンなテイオーに連れて行かれてしまった。…アーメン、暖房。

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

「あっ来た来た!おはようメルちゃん!」

「お、ウワサの銀色のウマ娘さんじゃん、キラッキラしてるねぇ」

「マーベラース!」

「…えーっと」

 

 

 テイオーに引っ張られて来た食堂にはマヤノと……ええっと、誰だっけ。テイオーの同期の子とその同室の子…確か名前は。

 

 

「ナイス姉ちゃんさんとスーバラシさん?」

「…ナイスネイチャちゃんとマーベラスサンデーちゃんね、メルちゃん」

「あっはは…どもども、ネイチャでーす。よろしくね」

「マーベラース!」

「…スバルメルクーリです。よろしくお願いします」

 

 

 改めて姉ちゃん…じゃなくてネイチャさんとマーベラスさんを見る。鹿毛で赤いイヤーキャップを付けたのがネイチャさん。ゆるーい雰囲気を纏わせながらもしっかりと周りに目を配っているのがわかる。気配りが上手いんだろうね。んでその隣がマーベラスさん。目がキラッキラしててまるでしいたけみたいなんだけど、どういうシステムなの…?というか……すごいな。色々と。

 多分2人ともどっかで見たことがある気がする。…多分。

 

 

「……で、何で私呼ばれたの?」

「メルちゃんこの前お鍋一緒に食べよって言ってたじゃん?」

「あぁ、勝負服の試着の時の話ね。したした」

「それを今からしまーす!ということでこっちこっち!ちなみにボーノちゃんが今お鍋の用意をしてくれてまーす☆」

「……えっ?」

「まぁ言いたいことはわかるけどとりあえずこっち来なさいな。こういうときのマヤノたちは止まらないからとりあえず来るお鍋食べよ?」

 

 

 マヤノとネイチャさんに招かれ、テイオーに押されて椅子に座る。…朝ごはんにお鍋って重すぎない?私基本朝ごはんはビスケットとか甘めのパンとかで済ませてるんだけど私がおかしいの…?

 

「あっ、ちなみにボーノちゃんはお鍋の作り方の配信してるらしいから変なこと言わないように気をつけてね!」

「配信?…この前やってたビデオ電話みたいな奴?」

「「「ぶッ!」」」

「……???なんか変なこと言った?」

「朝早くにお鍋をみんなで食べる…マーベラスだね★」

「はぁ…」

 

 

 えっと…誰でもいいので誰か解説役いませんか?この中だと多分まともよりなネイチャさんは何がツボに入ったかわからないけどずっと笑ってるしこの場面では頼りにならなそう。

 …どうやら素直に待つ以外に選択肢は無いらしい。

 

 

「おっ、みんな揃ってるね〜。ということで今回の朝ボーノは素敵なゲストさんが沢山いるよー!」

「マヤちんでーす!」

「テイオー様だよ!」

「どもども、ネイチャさんですよ」

「マーベラース!」

 

 

 本当にお鍋と具材を持ってきたヒシアケボノさん(名前はマヤノに教えてもらった)がウマホで何か話しかけるとみんながそれに呼応して自己紹介した。その光景にキョトンとしてたら十の眼差しが私に突き刺さった。……えっと。これは私も自己紹介しろってことで合ってるのかな。

 

「おはようございます。スバルメルクーリです」

「っていうことで今日はこの6人で塩ちゃんこ鍋を作っちゃうよ〜」

「「「わーい!」」」

「おー」

「…おー」

 

 

 …えっと。さっきからずっと思ってるんだけど、なんでちゃんこ鍋なんでしょうか。口に出すのはあからさまに無粋だから言わないでおくけど。

 

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

「そして〜この鍋蓋を開けると!」

「「「完成だ〜!!!」」」

「お〜、なかなか美味しそうですなぁ」

「ほぇぅ〜」

 

 

 みんなで料理…という名の具材放り込みを終わらせて煮込んで早数十分。アケボノさんが鍋つかみをつけて開けるとそれはそれは立派なお鍋が完成していた。塩ちゃんこ鍋…というものがどんなものか知らないけど多分これが完璧な塩ちゃんこ鍋なんだろう。思わず気の抜けた声が出てしまったけど誰も聞いちゃいないでしょ。

 

「それじゃこれをみんなによそって…はい!」

「「「「「いただきまーす」」」」」

 

 

 もそ、もそ。鶏肉のお団子をお箸で摘んで口に入れる。瞬間、ふんわりとお肉とお出汁のエキスが口の中に広がった。

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

「…で「「「「おーいしーい!」」」」しーい

 

 

 びっくりした、みんな急に大声出すじゃん。朝からすごい元気だなぁ。…わかるけど。朝からこんなあったかいお鍋食べたら元気にもなる。にんじんも食べてみよう。

 

 

 もそ、もそ。

 …甘くておいしい。すこし甘めの人参でも使ってるのかな。もそ、もそ。

 

「「ちゃんこ〜♪ちゃんこ〜♪みんなでいっしょにちゃんちゃんこ〜♪」」

 

 マヤノとマーベラスさんがニッコニコで歌うのもわかる。それくらいの活力を与える力がこのちゃんこ鍋にはある。もそ、もそ。おいしい。もそ、もそ。ぱしゃっ。

 

 

 ……ぱしゃっ??

 

 

 音のなった方を見やるとしてやったり、と言う表情でウマホを振るテイオーがいた。

 

「にっしっし、気の抜けた表情のメルちゃん撮影せいこーう!」

「…変な表情してない?」

「さーて、どーでしょう?答えはボクのウマホにのみあるのだー!」

「……後で見せな」

 

 

 どーしよっかなぁとか言いながらお鍋のおかわりを注ぎ始めたテイオー。これ絶対見せる気がない奴だよね、後でなんとかしよう。マヤノとかうまく巻き込めば勝ちは固いでしょ。その横で「…いやはや若い子たちは元気ですなぁ」とか言ってるネイチャさんはどう言う立ち位置なんですかね。テイオーと同期なんじゃないの、あなた。

 

 

「今回は食べる子がみんなウマ娘だったからにんじんを多めに入れたんだけど、白菜とか大根とかでも全然おいしいからみんな好きな具材で試してみてね!みんな、ボーノ?」

 

 

 みんながニッコニコで食べてる横でアケボノさんが電話相手の人に色々説明しながらこっちに話を投げてきた。…これはアレだ、流石にわかる。

 

 

「「「「「ボーノ!」」」」」

「よかったー!ということで朝から元気に食べられちゃう、とってもボーノなちゃんこ鍋でした!みんな見てくれてありがと〜。ぜひぜひ作ってみてね!」

 

 

 ウマホに向かって手を振るアケボノさん。どうやらビデオ電話が終わったらしい。何分も喋り続けながら料理してたの朝から元気だなぁ。もそ、もそ。

 

 

 いつの間にか空っぽになっていたお鍋を見てびっくりするのはまた別の話だし、そのお鍋を洗うのを手伝ってから学校をサボるためにこっそり逃げようとしたらそれを見透かされてたのか、テイオーとマヤノに見つけられるのもまた別の話。




ちゃんこ鍋で鶏肉が多い理由って牛とか豚だと手足が地についてるってことでお相撲的に縁起がよろしくないかららしいですね。
箸休め的な話なはずなのに箸動かす話になったのは仕様です。気にしないでください。
いつものことですが感想、お気に入り登録、評価、誤字報告等ありがとうございます!
それでは次回もよろしくお願いします!


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第29話 敵情視察:Juvenile Fillies

チャンピオンズミーティング、勝てる気しません。追込マヤノにオールインしようかな…。
秋華賞の前になんか書いとるわ!くらいのノリでお読みくださいな。
それでは今回もよろしくお願いします。


 12月の第2日曜日の阪神ジュベナイルフィリーズ。第3日曜日の朝日杯フューチュリティステークス。そして年末のホープフルステークスの3レースはジュニア級のレースの最高峰(G1)として、そして来年度のクラシックの趨勢を占う重要なレースとして位置づけられている。

 

 

 それだけに世間の注目度もかなり高く、トレセン学園の掲示板では誰もが知る年末の祭典(グランプリ)である有マ記念のポスターの横や下にこの3レースのポスターが設置されるのはもはや恒例行事となっている。

 

 …なっているのだが。まさか私が朝日杯のポスターの写真撮影の被写体(モデル)になるとは考えてもなかった。マヤノとかピスとかと一緒に被写体をやらされたんだけど、これが日本全国にばら撒かれてると思うとゾッとする。

 

 

 ……女性カメラマンの『これで撮影は終わりです!いい写真が撮れたのでポスターになるのを期待して待っててくださいね!』って言葉に既にイヤな予感はしてたよ?してたけどさぁ、こんな時だけ当たらなくていいじゃん!『おお、よく撮れてるじゃねぇか!数枚やるから実家にも送っとけ!』なんて宣ったトレーナーに手を出(グーパン)さなかったのは本当に褒められていいと思う。

 …お母様に送らずに紙飛行機にして飛ばせばよかった…。いやそれだと誰かが拾っちゃうから余計ダメなのか。

 

 

 そんな感じに怒りにふるふると震えていた私にトレーナーが上機嫌で言った。

 

 

「そうだメルクーリ、阪神レース場の特徴を勉強してこい!生で」

「……はい?」

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 そんなわけで私はウオッカさんとスカーレットさんの3人で朝日杯の前週の阪神JFを観戦に来ていた。

 

 東京から新大阪まで新幹線に乗ること2時間半。迷路を抜けて阪急に乗り揺られること更に30分。私はげんなりとした表情を隠しすらしてなかった。ケンカするほど仲がいいとは良く言うけど、この2人は窓側に座るのはどっちだとか、お昼ご飯を何食べるかとか取り敢えずみたいな感じで絶えずケンカが続く続く。

 

 新幹線の車内で騒がれたら他のお客さんの迷惑になると思って仕方がないから真ん中に私が入ることで解決しようと思ったんだけど、そこで身長160cmオーバーの2人に対して145cmしかない私。この身長差によって何が起きるかというと…。

 

「俺の方が朝早く起きた!」

「アタシの方が準備は早かった!」

「ぁぅぅ…」

 

 

 …ちょうど耳のあたりに2人の口元があるわけで、両側から大きな声が飛んできた私はふらっときてしまった。

 

「「あっ、メルちゃん(メル!)ごめんなさい(ごめん!)!」」

「……大丈夫」

 

 

 この2人がケンカを始めても二度と仲裁なんてことを考えないようにしよう。…そう固く誓ったのだった。

 そしてやっとの思いで着いた阪神レース場には、ジュニア級の最初のG1ということでお客さんもたくさん入っているらしい。

 

 

「いやー着いた着いた!なんか好きなんだよなぁ、ココ!」

「あら、珍しく気が合うわね。外回りコーナーが特に走りやすいのよねぇ」

「……疲れた、レース出るより疲れた」

 

 

 どうやらレース場に良いイメージを持っているらしい2人に着いていきながら思わず愚痴る。…あのやり取りを帰りも聞かなきゃダメなのだろうか。…いけない、思わず意識が遠くなってレースどころじゃなくなっちゃう。

 

 

「…ん?あれってチームスピカのウオッカとダイワスカーレット、それにスバルメルクーリじゃね?ピスタチオノーズの偵察かな?」

「えっ!?マジじゃん、初めてこんな近くで見た!」

「来週の朝日杯、応援してますよ!頑張ってください!」

 

 

 ……げんなりしていたらどうやら一般の人からの注目を浴びていたらしい。やっぱり銀髪って目立つのかな。…ちょっと隠れよっと。

 

「ん?メルどうした?」

「……いいから、そのまま行って」

「??…あーなるほどな。よいしょっと!」

「えっ!!ウオッカさん!?」

「…って軽ッ!?ちゃんと食ってるのかメル?」

「食べてるよ!……じゃなくて!」

 

 

 なんで私はウオッカさんの後ろに逃げられたかと思ったら肩に担がれてるんでしょうか。隣のスカーレットさんもなんか手を振ったりどこからか取り出したペンでサイン描いたりしてるし。誰かなんとかしてぇ…。

 

 

「ほらほら、なんかカッコいいこと言ってやれよ!」

「……頑張りまーす」

「お前なぁ…」

「…あーもう!恥ずかしいから早くレース場に入ってッ!!スカーレットさんも行くよ!!というかなんで私を肩に担いだのさ!!」

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

「おぉ〜これが関係者室ってヤツかぁ!」

「アンタねぇ…くれぐれも暴れないでよ」

「はぁー???お前が先に暴れるから俺はそれを止めてんだろ!?」

「なんですってぇ!?」

 

 

 また2人がケンカを始めたけど、さっきの教訓を生かして無視を決め込んでターフのコースを見下ろすことにした。

 …思ったよりコーナーは緩やかだ、トレセン学園のターフより大分緩い気がする。…あそこでゲートイン待ってるのはピスだな。アイツの勝負服は撮影の時にも見たけど鼻にテープ貼ってるのはナリタブライアンさんリスペクトか何か?チームの先輩だし。

 

 

「メルちゃんどう?何かわからないことある?」

「…芝の状態が知りたいかもしれない」

「あー、いい着眼点だぜそれ。この時期のここの内枠はあんまり入らない方がいいな、思ったより荒れてんだ。俺も走った時は大変だったぜ」

「そうね、外に出た方が走りやすいとはアタシも思うわ。見ての通りコーナーが緩いでしょ?だから外に抜け出した方が楽に走れるのよ」

「…ふーん」

 

 

 あ、ファンファーレ始まるな。密閉された部屋だけど、少し耳閉じておこっと。

 

「なぁスカーレット」

「なにウオッカ」

「…これ誰勝つと思う?」

「そうねぇ…13番の子、かしら」

「なんか今日は妙に話が合うな、俺もそう思う」

 

 

 13番って誰だ…ってピスじゃんか。そんなに傍目から見て突出してるんだなアイツ。

 

「…なんでそう思うの?」

「着いた直後にあの子が走ってんの見たんだけど、走り方が分かってる奴の走り方だったのよ。リギルでしょ、あの子」

「多分普通にぶっちぎるぜ、アイツ。マヤノと一緒のレース出てた奴だろ?あの時もすげぇ差しだったんだぜ?マヤノもアホみたいな大逃げでさっさと差をつけてなきゃ負けてたかもな」

 

 

 2人の解説を聞きながらじっとゲート入りを見る。ゴネる子もおらずに綺麗にスタートが…切られた。

 スカーレットさんが部屋のスピーカーを少しいじったらしく、解説の音が聞こえてきた。

 

『さぁ1番人気ピスタチオノーズは後方からのレースとなりました。先頭から最後方まで7バ身ほどの前半は46秒で流れます!』

 

 2人が解説した通り、内枠の人が走った後はターフが少しえぐれて舞っている。本当に荒れてるんだなぁ。ピスは中団からすこし離れた位置で走っている。

 …なんて見ていたらそのピスが少し笑ったような気がして、踏み込みが一気に速く強くなった。…あぁ、これは2人に言われるまでもない。ピスが勝つ。

 

 

『コーナーを抜けて外から13番ピスタチオノーズだ!ピスタチオノーズが一気に捲ってきた!そのまま差し切ってゴールイン!!!やりました、ピスタチオノーズ!末脚爆発!見事1番人気に応え、1つ目のG1の冠を手に入れました!阪神ジュベナイルフィリーズはピスタチオノーズ!ピスタチオノーズです!』

「っかぁー、予想したのは俺らだけどアイツやるなぁ!俺が勝った時より上がり3ハロン速いんじゃねぇか?」

「アンタねぇ…メルちゃんを不安にさせてどうすんのよ。…どう?イメージはできた?」

「………はぁ」

 

 ピスのあの走りを真似をする気は一切ないけど、あのコース取りの仕方はほぼ完璧だったことは見てるだけでよくわかった。

 

 ウィナーズサークルに向かいながらニコニコで手を振るピス。それを眺めて椅子に座りながら伸びて天を仰ぎ見る私。…ムカつくわぁ。

 その体勢のまま目を開くと部屋の壁に『世代最強へのファースト・アプローチ  マヤノトップガン』、『勝ちへの嗅覚は鈍らない  ピスタチオノーズ』というポスターと一緒に『燦然と輝く白銀  スバルメルクーリ』と書かれたポスターが飾られているのが逆向きの視界に入りこんだ。…この前撮った奴じゃん。

 

 …はぁ、恥ずかしい。伸びなんかするんじゃなかった。

 




なんとは言わないけど挟まっちゃダメなんです、いいですね?
そして毎度のことですがお気に入り登録、感想、評価、誤字訂正等々ありがとうございます。
それでは次回もよろしくお願いします!


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第30話 冬の曇り空と少女の夢:Her distortion

チャンピオンミーティング、わかってた話ですが全く勝てなさすぎて悲しくなりました。
週末の菊花賞は推しの子が2頭出走するのでそれを応援したいと思います。
それでは今回もよろしくお願いします。


 夢。

 時には叶えたい目標のことを指したり、またある時には寝ている時に見る虚像だったりするもの。

 

 …昔の偉いヒト曰く、『ヒトは、そしてウマ娘は夢を見、夢に生きる生き物』らしい。なんでも寝ている時に見る夢にも全部意味があるとかないとか。例えば花畑を走る夢を見た時には恋愛運が上がったり、逆に花が散る夢を見た時には身近な人と別れる暗示だったりするらしい。

 

 

 

 ……では。自分の昔のことばかり見てしまう私の夢には、いったい何の意味があるんだろう。

 

 

 〜〜〜

 

 とある病院の部屋。汗で塗れたお母様とタオルに包まれた私、そして助産師のお姉さんがいた。

 

『よく頑張りましたね!元気なウマ娘ちゃんですよ!綺麗な銀色のウマ娘ちゃんです!』

『……よかった、無事に生まれてきてくれてありがとう』

『…にしても銀の髪なんて珍しいですねぇ。私も長く仕事してますが、神社の巫女さんのウマ娘ちゃん以外で初めて見ましたよ!』

『昔から銀髪の子は珍しくて生まれただけで吉兆とされてきましたものね。でもそんなことなんか関係なく私の子ですもの。きっと優しい子に育ちますわ』

 

 

 ーーやめて。

 

 〜〜〜

 

 またある時。私はとあるウマ娘と話をしていた。

 

『わたしはメルクーリ!メルって呼んでね!あなたは?』

『わたしは…その…』

『んー?』

『………フルールドール、です』

『うーーん、じゃあルゥちゃんだ!よろしくね!ルゥちゃん!』

『……えっと、よろしくお願いします。…メルちゃん』

 

 

 ーーーーやめて!!!

 

 〜〜〜

 

 また別の時。私の家にルゥが来た。

 

『メルちゃん、遊びに来たわ!』

『いらっしゃいルゥちゃん!今日は何する?』

『お庭借りて走る練習がしたいわ!東京のトレセン学園ってすごいレベル高いんでしょ?』

『わかった!じゃあ練習のシューズとってくるね!』

『あっ、待って!なんかお母様がメルちゃんにお話ししたいことがあるんだって』

 

 

 ルゥの後ろからよく似た大人のウマ娘の方がにゅっと顔を出した。その大人は先にルゥを外に出して私と2人きりになった。

 

『えっ…?あっ、ルゥのお母様ですね!ごきげんよう!』

『はじめましてメルクーリちゃん。…その、ありがとうね』

『???どういうことでしょうか?』

『あの子があんなにいい笑顔をするようになったのは貴女と出会ってからだから。だからありがとうね』

『私こそ!ルゥと一緒に遊べていつも楽しいです!』

 

 

 その言葉を聞いて大人のウマ娘は心からの笑顔を向けてくれた。それを見て、届かないとわかっていても叫ばずにはいられなかった。

 

 ーーーーーーやめてッ!!!!」

 

 

 目が覚めた私の目に飛び込んできたのはいつもの寮の部屋。……また昔の夢を見てたのか。

 

「…へっく!……うへぇ」

 

 

 どうやら寝ている間にドッと汗をかいてしまったらしい。…シャワー浴びよう…。

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

「「「たこ焼き!お好み!かにどーうらーく!」」」

「お前らなぁ…今日はメルクーリのレースの応援に来たんだぞ?あとマヤノは今度すぐレースだろ!!」

「えー!マヤ、関西のご飯食べたいもん!たこ焼きとか!」

「……たこ??」

 

 

 ニッコニコで謎の歌を歌ってるマヤノ、テイオー、ゴルシに呆れながら隣を見るとだっらしない顔を晒しているスペさんとマックイーンさんがいた。このチームはもう走るレースじゃなくて大食いレースにでも転身した方がいいのではないだろうか。

 

 …思わず私が空を見上げると、ほぼ1週間ぶりにきた阪神レース場は満天の曇り空だった。どこまでも締まらないなぁ…。……とはいえ、雪が降らなかっただけましってことにしようかな。うん、そうしよう。

 

 ってボーッとしてたら立ち止まってしまっていたらしく、後ろのスカーレットさんにぶつかってしまった。

 

「…あっ、ごめんスカーレットさん」

「大丈夫、メルちゃん?初めてのG1で緊張しちゃってる?」

「おいおいスカーレット、お前じゃないんだから大丈夫だろ〜。な、メル?」

「何ですってぇー??」

 

 

 ある意味いつも通りなスカーレットさんとウオッカさんに安心する。なんたって先週見たような小競り合いを今日の新幹線でもずっと続けてるんだもん。

 

 ……そういえば、あいも変わらず当日入りなのはトレーナーがホテル代出せないからなんじゃないかと最近疑いはじめてるんだけど、そこんとこどうなんだろう。

 

「よーし、メルクーリはパドックの準備のために着替えてこい!お前らもそれを手伝ってやれ!」

「「「「「「はい!」」」」」」

 

 

 〜〜〜

 

「よし、ちゃんと着こなせてるな」

「…ついこの前測ったばっかりなんだから着られないわけないでしょ」

「…今度スペにそれ言ってみ?」

「えっ??」

 

 

 最後に手袋をしっかりはめて手に馴染ませつつ、ゴルシの軽口に付き合ってたらなんかスペさんに刺さる発言をしてしまったらしい。一体何があったのさ。

 

 鏡の前に立って身だしなみの違和感がないか確認してるけど…普段の服より見なきゃいけない所が多くて大変だな、これ。

 

「よーしメル!こっち向け、こっちだ!そんでピスピースってやってみ?」

「あっゴルシちゃんずるい!こっちだよメルちゃん!」

「………2人とも何してんの?いや変なとこでカメラ構えてるテイオーもいるから3人か」

「ぴぇっ……バレてた!?」

「…カメラ構える暇あるなら、変なとこないか見てほしいんだけど」

 

 

 なんでテイオーはそんなコスプレ衣装を持ってるのさ。スーツはまだいいとしてそのサングラスは…ふふっ。

 

「えっ、なんでボク笑われてるの!?そんなに変だった?」

「大丈夫だテイオー。お前はいつも変だよ」

「ぷぷぷ、ゴールドシップさんに言われたら終わりですわよ」

「にっ!?ゴルシにマックイーンまで!!」

 

 

 …………素直に自分でチェックした方が良さそうだね、これは。って思ってたら隣からシャッター音が響いた。隣を見るとニッコニコ顔のマヤノがしたり顔でピースしていた。

 

「…この前も撮ったよね、マヤノ」

「えへへ〜、カッコかわいいメルちゃんと写真撮れちゃった!……大丈夫、変なとこは無いよ、メルちゃん。あとはお披露目の時にマントを飛ばしすぎなきゃ完璧でーす◎」

「……マントは気をつける」

「ちなみにマントはテイオーちゃんの受け売りだからお礼言うならテイオーちゃんに言ってあげて!」

「わかった」

 

 

 そういえばテイオーの勝負服にもマントが付いてるんだっけ、あんまり知らないんだけど。

 …ふと気づけば私は喉元の紅白のまだらのバラのチョーカーに手を当てていた。……大丈夫、きっと大丈夫。

 

 

「……行ってくる」

「行ってらっしゃい☆」

「頑張れ!メルちゃん!」

「おう!一発かましてこいメル!」

「ファイトですわよ!」

 

 

 みんなの声を背に私は控室を出た。そしてパドックまでの廊下の向こうまで誰もいないのを確認して目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……あぁ、全て私なんかに相応しくない。

 朝日杯なんて大きな舞台(G1)も。この勝負服も。マヤノとかテイオーとかみたいな優しい友達も。

 

 

 この場所はそれはそれは眩しくて……やっぱり私なんかには相応しくないよ。こんなことを口に出したら多分マヤノとかテイオーとかはぷりぷり怒るーーいや、怒ってくれるんだろうけど、その優しさが却って眩しく感じちゃう。

 

 

 

 光を浴びるべきでない私なんかが日の元に晒されている事実。これが苦しくて苦しくて仕方ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だから。

 

 

 

 

 

 

 

だから
 
だけど
私は…。




日刊ランキング、2日も載せてもらったみたいです。正直、物凄く嬉しいという気持ちとそれ以上の困惑でいっぱいです。
これも皆様のお気に入り登録、感想、評価、誤字訂正等々のおかげだと思います。本当にありがとうございます。
それでは次回もよろしくお願いします!











日刊9位って何事ですか!?!?目を疑いましたよ、本当に。


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第31話 出走直前:11th-hour running

菊の前に出したかったんです。本当はもうちょい早く出せる予定だったんです。私は弱い…。

それでは今回もよろしくお願いします。


『本日のメインレース、朝日杯フューチュリティステークス!7枠14番からは注目のこのウマ娘が出走です!堂々の1番人気、スバルメルクーリ!』

『デビューから2戦、いずれも違う作戦を取ってきましたが今日はどういう作戦で走ってくれるのか。目が離せませんね』

 

 

 幕が開くと同時に見えた光景は阪神レース場のパドックを埋め尽くす勢いの人、人、たまに小さなウマ娘の子。

 

 いつものように軽くアクロバットをこなし、最後にマントをさっと放り投げるとどっと歓声が湧き上がった。…あーもう、耳が痛くなるってば。ホントに。

 

「メルクーリ!やったれ!」

「行けぇぇぇっ!」

「「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」」」」

 

 

 …えーっと。阪神レース場に来る人がすごいのか、G1という大舞台がそうさせるのかわからないけど熱気がすごい。

 

 一礼してマントを回収し、台から降りる。…マヤノから聞いたテイオーのアドバイスのおかげで変な所に飛ばさずに済んだし、後で感謝しとこ。

 

 

「あっ!銀色のお姉ちゃんこっちきた!わーい!」

 

 

 …ん、この声は…。目を向けるとサウジアラビアロイヤルカップの時に少しおしゃべりした黄金色のウマ娘の親子がいた。前回は東京で今回は阪神なのにまた会えるとは思ってなかったんだけど、冬休みで遠征したのかな?

 

「…こんにちは。また会ったね」

「銀色のお姉ちゃんこんにちは!今日はあさひはいひゅーちゅりてぃーすてーくすを見に来ました!」

「フューチュリティステークスね、ちょっと難しいけどね」

「それでねお姉ちゃん!今日も勝てる?」

「…それはどうかなぁ。レースに絶対はないからねぇ」

 

 

 目線を合わせてあげると、とんでもないことを聞いてきた娘さんに思わず苦笑いをしてしまう。隣の親御さんも少し困っちゃってるじゃん。

 

「…実はですね、うちの子ったらすっかり貴女のファンになっちゃって。『月刊トゥインクル』も欲しい!って言って聞かなくて、買わせていただきましたよ」

「あはは…ありがとうございます。かなり恥ずかしいんですけどね…」

「いえいえ、隣のマヤノトップガンさんと一緒に綺麗に写ってましたよ!……それでなんですけど、もしよろしければここの空いたスペースにサインとかいただけたりしませんか?」

「ぁ……はぁ」

 

 

 親御さんからペンと一緒に渡されたのは私とマヤノが表紙の『月刊トゥインクル』。

 

 …実は実物を見たの初めてなんだけど、こんな感じに写ってたんだ。マヤノが可愛いからなんとか私も誤魔化せてる…誤魔化せてるのかなぁ。

 

「えっと…私の写ってるとこの空いてる場所に書けばいいの?」

「そこ!そこに書いて!」

「………よし。これでいい?」

「やったぁ!ありがと、銀色のお姉ちゃん!」

「…今日は寒いからあったかくするんだよ。じゃあ、そろそろ行ってくるね」

「うん!がんばってね!」

 

 

 ぴょんぴょん飛び跳ねてる娘さんに苦笑いしながら親御さんに会釈する。……若いっていいなぁ。世間的には私も全然若いんだろうけどね。

 

 〜〜〜

 

 時計の針は少し巻き戻ってパドックからスバルメルクーリが出てくる時。トレーナーとスカーレット、ウオッカの3人はスバルメルクーリのパドックの状態を見に来ていた。ちなみにスペシャルウィークは我慢できずに食べ物を買いに行ってしまった。

 

『7枠14番からは注目のこのウマ娘が出走です!堂々の1番人気、スバルメルクーリ!』

「おっ、メルの番だな!」

 

 

 幕が開いていつものように軽快なアクロバットをするスバルメルクーリを見て、しかしトレーナーは眉を顰めた。

 

「…んんん?」

「なによトレーナー、いきなりメルちゃんを見て唸っちゃって」

「…あーいや。なんでもねぇよ」

 

 

 トレーナーから見たスバルメルクーリの調子は、正直なところ普段とそこまで変わりのないものだった。

 ……変わりのないはずなのに、どことなく違和感があるように見えてそのチグハグさがなんとも言えなくトレーナーには不気味に映った。

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

『曇り空が広がる阪神レース場、なんとか天気はもちこたえて良バ場発表となりました。本日の阪神レース場メインレース、朝日杯フューチュリティステークス!まもなくファンファーレです!』

 

 

 もうファンファーレね、耳塞いでおこう。

 ……ふぅ、レースももう3回目になるのかぁ。しかも今日は日本国内最高ランクのG1。…よくもまぁここまで走ってるよ、ホント。心からそう思う。

 

 耳を塞いでいても聞こえる拍手と歓声が落ち着いた所で耳を戻す。さすがG1と言うかなんというか、拍手の音が段違いで耳を塞いでなかったらふらっとキテた、危ない危ない。

 

「……ふっ」

 

 

 軽くジャンプしてから思いっきり踏み込む。白いローカットパンプスの裏に感じる芝の感触。肌全体に当たる冷たい風。そして阪神レース場の景色。……きっとスズカさんなら『晴れてる方が走ってて気持ちいいわね』とか言ってるに違いないね。

 

 ……にしてもさっむい…!ちゃんとアップしたんだよ?アップしててなお寒いってどんだけ寒いのさ…。こんな日にここでレースやるとか考えた人、正気じゃないでしょ絶対。ウマ娘をなんだと思ってるんだろう。

 

 元々寒いのに、そこに山から吹き下ろす冷たい風まで加わるとかなんで昔の人はここにレース場建てたんだろうって感じは否めないよね。どういう仕組みなのか全然わからないけど、意外と高い勝負服の防寒性能がなきゃ指先凍っちゃうよこれは。

 

 ゲートインしてる子の中には私より薄着のウマ娘もいるけど、もしかしてロシア出身だったりする?寒くないの?

 

「「「「「たこ焼き〜!お好み〜!かにど〜〜ら〜く!」」」」」

「……で、なにやってんだろあの人たちは」

 

 

 もう今日はそれ言い続けるのね。…というか屋台で買ってきた食べ物持ちながらそれ言うのはどうなのスペさん。

 

『次々とゲートインが進んでおります阪神レース場。先週の阪神JF(ジュベナイルフィリーズ)ではここ阪神レース場で注目のピスタチオノーズが見事に勝利を飾りました。さぁジュニア級のG1勝利に向けて2人目の勝ち名乗りを挙げるのは誰か!』

 

 

 係の人に促されてゲートの中に入る。…ゲートの中はちょっとはあったかいかなって期待した私がバ鹿だった、網目だから風なんか入り放題じゃんね。

 

 

 ゲートの中で目を瞑る。……初めてのG1レース、そのゲートが開くのはもう寸前に迫っていた。




次回、メル出走。
私がダービーの時から推してたレッドジェネシスさんはなんでいきなり1番人気になってしまったのか…。
いつの間にかお気に入り900件超えてました。本当にありがとうございます。感想、評価、誤字報告もいつもありがとうございます。
それでは次回もよろしくお願いします!


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第32話 朝日杯:Futurity Stakes

小市民、ライブラ杯で勝つの巻。何戦何勝ですかって?40戦6勝ですが?Bグループですが?ぴえん。
今回かなり長くなりました。
それでは今回もよろしくお願いします。


GⅠ 朝日杯フューチュリティステークス

 阪神 芝 1600m

 

『最後に16番イニシエイトラブがゲートに入り、各バゲートイン完了。……スタートしました!おっと1人出遅れたのは3番ハンズクラップか?注目の1番人気、スバルメルクーリは今日は後方からのスタートです!サウジアラビアロイヤルカップの再現となるか?』

 

 

 …先週見た阪神JFのレース展開と今日の私のコンディションから考えて、今日は追込を選ぶべきだと思った。理由は3つ。

 

 まず先週のレースを見ていると逃げを打っても後方から差してくるウマ娘にはあんまり圧になってなかった。コーナーが緩いから後ろから簡単に差せるって意識があるんだよね。大逃げでレコードタイムのペースまで出せるなら話は変わるんだろうけど、今日はちょっと…。ピスの奴も後ろから悠々と差してたのは先週見たし。

 

 次に、今日の私はありがたいことに1番人気に推してもらってるみたいだから前に出るメリットがあんまりない。有力な選手が前にいるよりも後ろにいるときの方が相手にとってはいちいち後ろを向いて確認しなきゃいけなくなってストレスになる。銀髪が目立ちやすいことは先週のウオッカさんに肩車された時にも改めて痛感したし、なおのこと前に出ない方が良い。……と思う。

 

 最後に1番大きくて単純な理由。完璧なスタートを切れる気がしなかったから。16人レースの14番はかなりの外枠。あんまり逃げには向いてない場所だからそれに抗ってまで強引に逃げに拘る理由がない。

 

 だから今日は1番後ろから追込むことを選択し……あれっ?

 

 

 

 

 

()()()()()()()()1()()()()()()()

 

 

 

 〜〜〜

 

「お、スタートゆっくり出たなメルの奴。今日は追込でいくんだな!」

「先週見に行った時に教えた甲斐があったわね!」

 

 

 スタートを見たチームスピカの面々はひとまず安堵の表情を浮かべていた。…トレーナーとマヤノトップガンの2人を除いて。

 

「…やられた」

「……これ、メルちゃん大丈夫かな…」

「どういうことですの?最後方からまとめて差し切るのはメルクーリさんの十八番でしょう」

「…お前らには話してなかったか。メルクーリの強さの秘訣って奴を」

 

 

 メジロマックイーンの質問にトレーナーは渋面を崩さずに答え始めた。

 

 

 〜〜〜

 

『さぁ上手く先頭に立ったのは6番ツクツクホーシ。冬の阪神に季節外れのセミ襲来となるか!先頭から最後方までは9バ身ほどのやや詰まり気味のレース展開となりました朝日杯フューチュリティステークス。第3コーナーに入ります!』

 

 

「メルクーリは…今回は差しか?ここにきてさらに新しい作戦を持ってくるのかよ、本当に器用なんだな!」

「…でもちょっと苦しそうじゃね?流石にG1にぶっつけで新戦術はまずかったんじゃねぇか??」

 

 

 

「……ッ!」

 

 

 …落ち着け、落ち着け私。私は私の走り方で走り切った方が1番速いんだから。一旦後ろにいる奴に抜かせて落ち着こう。そのためにまず意識を少し後ろに…

 

「…ひっ、ひっ、ひっ」

 

 

 …全然伸びる気配ないんだけど。もしかして逃げウマなの、あの子?それで思いっきり出遅れて焦ってるって……こと?てことは…もうここからペースあげていかないと、この気持ち悪さから逃れられない?

 

 

 

 ……。

 

 

 …………。

 

 

 ………………。

 

 

 ……………………あぁもう。

 

 

 

 

 

「ふっざけんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッッ!!!」

 

 

 〜〜〜

 

 トレーナーは新しく飴を取り出しながら解説を始めた。

 

「まず一般的に、レースに出るウマ娘は出走前からどう走るか、大体どの位置を走るかとか作戦を決めるだろ?これがいわゆる脚質ってやつだ。かなり大まかに分類すれば4つに分けられるんだが、テイオー言ってみ?」

「そんなの簡単だよ、逃げ、先行、差し、追込の4つでしょ?」

「正解だ。じゃあ次に、この4脚質をウマ娘に負担がかかりにくい順番に並べてみろ。じゃあゴルシ」

「んなもん差し、追込、逃げ、先行の順に決まってんだろ」

「おう、ゴルシの言ってる順番で合ってる。差しが1番負担がかかりにくい理由は終盤までレース場の風の煽りを受けにくく、自分でペース配分を考えるんじゃなくてバ群のペースにあわせながらレースを進めていくからだ。バ群から少し離れてロングスパートを切っていく追込よりも、最初から自分の好きなペースで走れる代わりに後ろからのプレッシャーを受け続ける逃げよりも、バ群の前の方に陣取って風の煽りをうけながらもペースを考慮しつつ最適な抜け出しタイミングを待つ先行よりも、差しが優れてる点はそこだ」

 

 

 トレーナーの解説を聞きながらメジロマックイーンは思った。基本的にいつも冷静で頭の切れるスバルメルクーリなら差しでも上手く走れるのではないか、と。チームスピカでも類稀な末脚で相手を差してG1を勝利した経験もあるスペシャルウィークは思った。脚質ってそんなにいろいろ考えることあるんだぁ、と。

 

 

「ただ、メルクーリの走りと差しは絶望的な相性の悪さだ。なんでか分かるか、マックイーン」

「……いえ」

「まぁ、メルクーリも秘密主義的な面があるからな。知らなくてもしょうがねぇか。…アイツのあの走りを支えてるのは耳だ」

「…耳?」

「そう、耳。おハナさんから情報をもらって俺も確かめたが、メルクーリはとても耳が良い。いや、良すぎるって言ったほうが正しい表現か。その耳に他のウマ娘の位置どりやらスパートをかけるタイミングやらが音という情報として全部入ってくるからあの低い体勢での走り方をキープしながらロングスパートにスムーズに繋げられるって寸法だな」

「…逆にいうとね、微かな音もはっきり聞こえちゃうメルちゃんは雑音に囲まれたらかなりストレスが溜まっちゃうの。……あんな風に」

 

 

 トレーナーの言葉をマヤノトップガンが引き取る。ちょうどスバルメルクーリがペースを一気に上げたところだった。ロングスパートというには少し長すぎる、第3コーナー入り直後のことだった。

 

 〜〜〜

 

『おっと、ここで早くも1番人気スバルメルクーリが外に出て上位に進出を始めたぞ!』

 

 

 …気持ち悪い。

 

 ……気持ち悪い。

 

 

 ……っぁぁぁぁぁああああ気持ち悪い!!

 前からも後ろからも絶え間なく他人の心臓の鼓動が聞こえてきて気持ち悪い!!

 前からも後ろからも知らないウマ娘の芝を踏み込む音が聞こえてきて気持ち悪いったらありゃしない!!

 

 

 前だけとか後ろだけとかならまだ我慢できる。前だけなら耳を絞って一気に抜かせば良いだけだし、後ろなら誰も追いつけないくらい踏み込めばいいだけ。だけど前後両方から聞こえてくるのはダメだ、我慢できない!ずっと頭の中をかき混ぜられているかのような不愉快な感覚になる。

 

『スバルメルクーリ、外から一気にバ群を抜いて先頭を捉えようというところですがこれは流石に掛かり気味か?』

『ちょっとこれは暴走ですかねぇ、最後まで保つといいのですが』

 

 

 掛かり?暴走?知らないよそんなこと!!そもそも私がトゥインクル・シリーズ走ってんのがお門違いなんだからさぁ!!

 

 

「あぁぁぁぁぁもううるさいうるさいうるさいッ!!」

「「ヒッ!?!?」」

 

 

 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!!!!寒いし晴れてないし風強いし!なんでこんな時期に走らされてるんだ私は!!!

 

 

 〜〜〜

 

「…でもあれくらいならまだましな暴走なんじゃないかなぁ。あの状態のメルちゃんと一緒に走るのはマヤも気が引けちゃうけど……」

「……まぁな。暴走とはいえ他のウマ娘の進路妨害をするわけでもなく、逆にメルクーリがバ群の中に捕まったわけじゃないしな。あの調子ならギリギリ保つかもなぁ。というかマヤノはよく知ってたな」

「マヤ、メルちゃんとよく遊んでるからなんとなくわかっちゃった。メルちゃん人混みキライだし、囲まれたらイヤなんだろうなって」

 

 

 トレーナーとマヤノトップガンの話を聞き、メジロマックイーンは得心がいったと頷き、ダイワスカーレットは心配そうにスバルメルクーリを見ていた。

 

「……あぁ、だからスイーツ一緒に食べに行った時に個室に通されてちょっとホッとした表情してたんですのね」

「…とりあえずメルちゃん応援しよっか。耳がいいならアタシたちの声が聞こえるでしょ?」

「そうだね!がんばれー!メルちゃーーん!」

「スイーツもありますわよー!!ゴールドシップさんが奢ってくれるらしいですわよー!」

「ちょっ!?なんでアタシが奢るんだよ!メジロ家の力見せろよマックイーン!」

 

 

 〜〜〜

 

 …スイーツもあるって応援はどうなの、マックイーンさん。でもそのあんまりにもあんまりな応援のおかげでかなり落ち着けた。

 えっと、第4コーナー終わりの最後の直線に入るところか。そのまま外に流れて逃げてる子を差し切ろう。

 

『第4コーナーを抜けて先頭は依前ツクツクホーシ!だが阪神の直線は長いぞ!1番人気スバルメルクーリも大外から狙っているぞ!』

『スバルメルクーリは大分落ち着きましたかね、体の力みが取れたように見えます』

 

 

 …正直今日はこれ以上内に入るとまたイライラしちゃうだろうし、このまま外で走ろう。

 阪神のゴールまでの直線は2ハロンと少し。上がり3ハロンで全力を出すにはちょっと…いやかなり体力が足りない。となると最後の1ハロン、200mの上り坂に全てをかけるしかないな。

 

 

 ……バ群は大分ばらけてきてる、外を選んだのは多分正解だ。現に少し聴いただけでまたちょっと気分が悪くなってきた。…もう少しだけ我慢、もう少しだけこの下り坂で息を入れよう。

 

 

『大外からスバルメルクーリ!逃げるツクツクホーシ!16番イニシエイトラブもバ群からでてきた!!阪神レース場の最後の直線は我慢比べの様相を呈してきました!』

 

 

 〜〜〜

 

「結局、メルクーリの必勝パターンは“レースをしないこと”なんだよ。逃げにせよ追込にせよ、勝負したらアイツはただの速いウマ娘になる」

「もぐもぐ。レースをしないこと、ですか?」

「そう、レースをしないこと。アイツが1番速い時は逃げにせよ追込にせよバ群に入らずに自分で自由にやる時だ。これは最初のインターバル走の走り方を見てたら分かる。あの年で時計なしで正確にラップタイムが分かるのは子供の時からそういう走り方をしてて身体に染み付いてるからだ。スズカも割と似たタイプだがこういうタイプは周りを意識すると急に伸びなくなる。要は、ああいうタイプは好きに走らせた時に真価を発揮できるタイプってことだ」

「…それってメルちゃんに全部放り投げってこと?」

 

 

 マヤノトップガンの鋭い質問に思わずトレーナーは目を背けた。実際にはある程度しっかりトレーニングメニューを考えてはいるものの、ここでそれをいうのは野暮だということを理解していた。

 

「…はははは。レースももう終盤だぞ、冷静さを取り戻したメルクーリは強いからマヤノは特によく見てろ!……一緒に走りたいんだろ?」

「……うん!アイ・コピー☆」

 

 

 内には逃げる6番、中からはバ群を抜けてきた16番、そしてスバルメルクーリは定石から大きく外れた大外から。阪神の外回り1600mは最後まで混戦模様を呈していた。

 

 

 〜〜〜

 

 …なんとか息を入れられた。

 阪神の最後の1ハロンは200mで2mも上る急坂。直線が短いで有名な中山の次くらいじゃなかったっけ。ウオッカさんもスカーレットさんも『あの坂はキツい』って口を揃えてたし覚悟はしてたけど…キッツい!

 

『さぁまだ逃げるツクツクホーシ、差しに行くスバルメルクーリとイニシエイトラブ!外からイニシエイト!外からイニシエイト!さらに大外からメルクーリだ!』

 

 

 ……足が重い、口が鉄臭い、音が気持ち悪い!これも私が後ろにウマ娘がいただけで掛かったのが原因。…控室戻ったらうがいしなきゃな。

 

 耳を横に向ける。競っている2人の足音をもう一度聴く。芝に蹄鉄が当たる音、心臓が早鐘のように打ち付けられてる音。あと、この音は…?この音は…!!

 

 

 〜〜〜

 

 

『……メルちゃんは大丈夫だった…?』

『落ち着いて!大丈夫だから!ゆっくり息をして、ね?電話はもうしたから!』

 

 

 

 〜〜〜

 

 

 ……ゔッ!!控室に戻るまでは…我慢しなきゃ……!でもその前に……!!

 

 

 

 

『ここで来た!ここで来た!スバルメルクーリが来た!一気に加速してツクツクホーシを差した!イニシエイトラブもついていくが追いつけないか!外からだ!外から来たスバルメルクーリが一気に差し切ってゴーーーールイン!!!やりました!スバルメルクーリ、自慢の末脚で無傷の三連勝!G1まで一気に届いた!春のクラシック戦線、大注目のこの娘が1番人気に応えました!!2着はイニシエイトラブ!3着はツクツクホーシ!』

 

 

 なんとか差し切った……?勝ったの?

 

 

 

 ……よかった。

 

 

「…はぁ、はぁ。ちょっとそこの銀髪!!」

「……はい?」

「次は、次は絶対勝つから!!」

「……はい」

 

 

 さっきまで競ってたうちの1人……多分イニシエイトラブの方から挑発を受けたけどそっちじゃない。そっちじゃないんだよ。

 私は競り合ってたもう1人の方。…確かツクツクホーシっていったっけ。

 

「…貴女」

「………?」

 

 

 〜〜〜

 

『阪神レース場朝日杯フューチュリティステークス、勝者はスバルメルクーリ!ターフの上では互いの健闘を讃えあうように会話をしています!!』

 

「……んんん??」

 

 

 トレーナーはスバルメルクーリが最後に競り合った3人と話し合っている光景を見て眉を顰めていた。これまでのレースでは全くやらなかったことをやっている、ということもある。だがそれ以上にスバルメルクーリの表情が全く浮いておらず、むしろ今にも泣き出しそうなくらいに沈んでいることがトレーナーには気になった。

 

 しばらくすると会話の輪は解け、スバルメルクーリがこちらにやってきた。

 

 〜〜〜

 

 私はとりあえずスピカのみんなのいるところに行った。みんな笑顔で待ってくれてるから応えなきゃ。

 

 

「……ただいま。トレーナー、みんな」

「「「「「「「おめでとう!!」」」」」」」」

「ぅぅう、元気だねみんな。……ありがとう」

 

 

 みんなの元気な声にちょっと頭がふらふらする。酸欠もすこしあるのかも。

 そのまま私はトレーナーに向き合った。

 

「よく頑張ったなメルクーリ。ウィナーズサークルには勝者に相応しい顔で立てよ」

「…わかってる。トレーナー」

「ん?どうした?」

「……後で少し話をしたい。個別で」

「…わかった」

 

 

 …よし、今の私にできることはやった。とりあえずウィナーズサークルに行ってお礼をしてこよう。

 

 

 〜〜〜

 

 ウィナーズサークルに着くと、もうインタビューの人が来ていた。…インタビュー、やっぱりちょっと苦手なんだよなぁ。

 

『さぁ!今年の朝日杯フューチュリティステークスの勝者が来てくれました。スバルメルクーリさん、優勝おめでとうございます』

「えーっと、…ありがとうございます」

『今日はどういうことを意識してレースに挑まれましたか?』

「……そうですね、今日は寒いから体を冷やさないようにしてました」

 

 

 私が答えるとスタンドでは笑いが起こった。…いたって真面目に答えたのになぁ。

 

『……なるほど!そんな寒い今日は差しでレースで挑まれましたね、何か理由とかはありますか?』

「……たまたまそういうかいてん?…あー違う、展開になってしまいました。反省です」

『そこからツクツクホーシ、イニシエイトラブの3人での競り合いになりました。どういった心境で競り合ってましたか?』

「……頑張るぞー、みたいな?ちょっとよくわかりません」

 

 

 ……なんでちゃんと答えてるのにスタンドから笑いがおこってるの??よくわからないや。

 

 

『これで無傷の三連勝になりました。世間では無傷のクラシック三冠ウマ娘やトリプルティアラというものも期待されると思いますが、メルクーリさんは三冠についてどのようにお考えでしょうか?』

「おぉーっ!よく聞いた!ええでインタビューの姉ちゃん!」

 

 

 インタビュアーの人の質問にスタンドのお客さんも沸き立ってあれこれ騒ぎ始めた。…いやホントに困るってそういうの。

 

 

「…………なんとも言えません。トレーナー…さんとそ、相談しつつ絞っていこうと思っています」

『では、最後に次走に向けてファンの皆さんに一言お願いします!』

「…えっ、あっ…。あのー、はい。本当に寒いのであったかくしてください。……次走…?あーその、えっと。はい。頑張ります」

『ということで勝利者インタビューでした!スバルメルクーリさんありがとうございました!』

 

 

 ……やっぱりインタビューダメだった……。とりあえずお礼だけはしないと映像を見たお母様から怒られそうだしなんとかしなきゃ…。

 

「…よいしょ。ありがとうございました」

「メルクーリ、おめでとー!!!」

「よう走ったわ!ライブも楽しみにしとるで!!」

 

 

 一回転してカーテシーをすると観客はなんだか盛り上がってくれたみたいでよかった。

 ……控室にもどってちょっと休憩しなきゃ……。




脚質云々に関してはまぁそんなものなのか…くらいに思ってください。
いつものことではございますがお気に入り登録、評価、感想、誤字報告等いつもありがとうございます。
それでは次回もよろしくお願いします!


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第33話 後悔と決断:Regret / Decision

重馬場すぎて筆が120億tになりました、お待たせしました。
私は…!良馬場が…!書きたいッ…!!
…取り乱しました。それでは今回もよろしくお願いします。


 インタビューとその後の写真撮影をなんとか終え、私は控室に戻っていた。

 …体が重すぎてこのあと着替えてウイニングライブやるのとか考えたくないよ。まぁやらなきゃやらないで映像を見たお母様から鬼のように怒られること間違いなしだからやるしかないんだけどさ。

 

「はぁ…」

 

 

 目を閉じて今日のレースを振り返る。

 …スタートして後ろを確認した時からマックイーンさんのスイーツ発言で力が抜けるまでの暴走。

 

 

 

 無様。暗愚。蒙昧。……いや、どんな言葉でも表せないくらいの醜さだったに違いない。

 

 

 

 ……出遅れた子も、普通に走っていた子も、ベストを尽くしていたんだと思う。予定外のことが起きて勝手に昔のことを思い出して荒れたのは私。悪いのは私なのだ、いつだって。

 

 

「………ぇゔッ!!」

 

 

 思い出しただけでまたあの時の気分の悪さが戻ってきたことにも、あの時のことを乗り越えられない自分にも失望する。()()()()のはかなり久しぶりだけど。……口、もう一回濯ごっかな。

 

 

 〜〜〜

 

 重たい体に鞭を打ってなんとかライブ衣装に着替え終わると、それを見計らったかのように控室のドアがノックされた。

 

「…メルクーリ、入っても大丈夫か?」

「…うん」

 

 

 扉を開けて入ってきたトレーナーにインスタントの紅茶を渡しながら席に着く。

 

「…足は大丈夫か?爪とかまで確認したか?」

「……大丈夫。爪も割れてないし骨も折れてない。…多分」

「ライブが終わったら一応医者に診てもらうからな。…ったくうちは怪我しても素直に言わない奴が多すぎる。テイオーとか俺が医者に見せなかったらあのまま隠してたんだろうなぁ」

 

 

 ぽりぽり頭を掻きながら愚痴るトレーナー。そしてお茶を一口。…アメとは飲み合わせが悪かったかもね。

 

「……」

「……」

 

 ……。

 

「………」

「………」

 

 

 …………はぁ、根負け根負け。

 

「……はぁ、聞きたいことがあるんでしょ?」

「…パドックの時からずっと調子悪かったろ」

「なんでわかったの?」

「なんとなく、トレーナーの勘って奴だけどな。今思えば表情が少し固かったし、お客さん多くて気負ったか?」

「……うん」

 

 

 入れたお茶を飲む。暖かい液体が私の心の震えまで解してくれるような気がした。

 

 

「…怖かった。四方八方から聞こえる鼓動(おと)が。耐えられなかった。大きくなっていく歓声(ふあん)が」

「……」

「……わからなかった。みんなが私によくしてくれる理由(わけ)が。私が走ってる理由(わけ)が。全部ぐちゃぐちゃになった。全部ぐちゃぐちゃで……余計わからなくなった。わからなくなって、すごい気持ち悪くなったんだ…多分」

 

 

 …言うまでもなくこれは私の弱さ。私の脆さ。私の……後悔。覚悟を持って走ってるウマ娘とそうでない者との差って奴を痛いほど感じた。……あんな大きな声援を受け止められるほどの力は、今の私にはなかったわけで。

 

 

 ……今は決断できなくても、そろそろピリオドを打つ場所くらいは決めなきゃダメなんだと思う。あの声援はきっとそういう次元に私がもう立っているということの証左。

 

 

「……ねぇトレーナー。私がチームに体験加入してすぐのこと、覚えてる?」

「目標を見つけろって話か?」

「そう。……ここまでみんなとトレーニングして、レースも三戦も出してもらった。だけど、まだ私の中に目標と呼べるようなものは見つけられない。……まぁ目標なんてものが元々なかったのか、それとも失くしてから再発見できてないのかは置いといてね」

 

 

 私は真っ直ぐにトレーナーを見る。…私の決断を伝えるために。

 

 

「だから、半年。来年の6月末までにしっかりとした目標を見つけられなかったら、トゥインクル・シリーズでの成績に関わらず辞める。チームスピカも、トレセン学園も。そこまではマヤノとの約束もあるし走るよ」

「んなっ!?おい、メルクーリ!「もしかして食い扶持とか気にしてる?それなら大丈夫。…ほら私銀髪じゃん?銀髪のウマ娘ってあんまり生まれなくて、生まれたら吉兆の(しるし)ってことで神社の巫女さんに引っ張りだこなの知ってるでしょ。ほかにも銀髪のウマ娘ってだけで引く手数多だから大丈夫だよ」……」

 

 

 ま、神様なんてカケラも信じてないけどね。信じてる人を否定する気も無いけど。

 

 

 沈黙が支配していた控室を破ったのはドアをノックする音だった。

 

「すみません、スバルメルクーリさんはいらっしゃいますか?」

「……はい」

「ウイニングライブのステージの準備ができたのでリハをしたいのですが…」

「…わかりました。わざわざありがとうございます、もう少しだけ準備が必要なのでそれが終わり次第行かせていただきます。……てことで話はおわり。半年で終わるかそれ以降も続くかはわからないけど、そこまではひとまずよろしくね、トレーナー」

 

 

 外していた耳飾りを左耳に付け直し、椅子から立って軽く柔軟しながらトレーナーに話す。こういうのなんて言うんだっけ…。神のみぞ知る?……はぁ、皮肉な表現ですこと。

 

 

「なぁ、メルクーリ。2つだけ聞いていいか?」

「…いいけど、変なことだったら答えないよ?」

「このタイミングで変なこと聞く奴がいるか!……ったく、1つ目だ。ゴール直後にツクツクホーシの所に行って何か話してたろ。あれは何を話してたんだ?」

「多分右足のどこかにヒビが入ってるだろうからその喚起。最後競り合った時に異音が聞こえた」

「じゃあ2つ目。……本当に良いのか?」

「…??半年で終わるかどうかってこと?」

「あぁ。メルクーリはそれで納得できるのか?」

「……………うん。そこまでで出なかったらきっとずっと出ないから、そこで終わり。それで良い…いや、それが良いと思う。タイミング的にも体験加入から大体1年くらいだしね」

 

 

 思いっきり伸びをして両頬を叩く。重い話はここまで。体も重いけど、ウイニングライブはしっかりやらないとだし。

 

 

「…行ってくる。職員の人待たせるのもあんまり良くないし」

「…おう、笑顔でやってこいよ」

「うん」

 

 

 今日の曲は…そうか、また『Endless Dream』か。…終わらない夢を連れてどこまでも、ねぇ…。まぁ歌いますけど。

 

 〜〜〜〜〜〜

 

「……はぁ〜」

 

 

 スバルメルクーリが去った控室に残ったトレーナーは思わず深く息を吐いていた。

 大体今の会話で彼女(スバルメルクーリ)の思うところは分かった。

 

「見え見えの痩せ我慢をするのはウマ娘共通の特徴か何かかねぇ」

 

 スバルメルクーリが部屋を出る前に伸びをした時、袖が僅かに濡れていたのをトレーナーは見逃していなかった。それ以外にもサインは出ていた。

 

 ウマ娘にまつわる諺として『耳は口ほどにモノを言う』というものがある。ウマ娘の耳はそのウマ娘の感情をよく表すという意味だが、スバルメルクーリにももちろんそれは当てはまった。

 

 それはトレーナーが一つ目の質問をしてスバルメルクーリがそれに答えた時。スバルメルクーリは無自覚だろうが耳を忙しなく動かしていた。…おそらく“ケガ”というものに反応していたのだろう。返答も彼女にしては珍しい早口での返答だった。

 

 

 あとはレース中に包囲された時の対策についてだが…追込も逃げもスピカにはプロフェッショナルがいる。あいつらに任せておくのが解決への最適解であろうことをトレーナーは感じていた。2人とも自分の感覚(センス)で走る時に調子が上がるタイプでスバルメルクーリとの相性も良い。

 

「…まずはあいつの資料を全部確認するかぁ」

 

 

 何をするにせよ、彼女のことをしっかり知る必要がある。彼女の過去に、彼女の禁忌に触れる必要がある。

 当たり前といえば当たり前だが、チームスピカのトレーナーにスバルメルクーリを見捨てると言う選択肢は始めからあろうはずもなかった。ひとまずはおハナさんあたりに頭を下げるところから始めようか。

 

 

 

 残り半年。トレーナーにとっても、スバルメルクーリにとっても大切な6ヶ月が始まろうとしていた。

 

 




次かその次くらいで2章は終わりです。ちなみに本作は3章か4章構成を予定しています。予定は予定なので変わる可能性も大幅にありますが。

お気に入り、評価、感想、誤字報告等々いつもありがとうございます。誤字に関してはよく無言で直してるのは許して…許して…。なんならたまに勝手に直してるところあるのも許して…許して…。

UAも6万を超えててびっくりしました、本当にありがとうございます。
それでは次回もよろしくお願いします!


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第34話 降誕祭:Christmas(前)

良馬場書きたすぎてどうしようもなくなったので、つまりそういうことです。前後編です。前後編書いてマヤノのホープフル書いたら二章終わり!そんな感じです。
それでは今回もよろしくお願いします。



2021/11/21 予告していた通り、公開していた中編と合併しました。そのまま合併したため、内容に変更はございません。


「……へくちっ!」

 

 …東京の冬って本当に寒いと思う、本当に。特に夜はほとんど雪が降らないのが不思議に感じるくらい。

 実家もそこまで降る方じゃなかったからちょっと期待してたんだけどなぁ。今日も東京は突き抜けるような快晴です。

 

「メルちゃん風邪でも引いた?」

「…いや、体動かしてないから寒くなっただけ。そういうテイオーこそ寒くないの?」

「うーん、今日はまだあったかくない?」

「…そうかなぁ」

 

 

 朝日杯の直後に受けた診察で『うん、どこも異常ないね』という診断をもらった私は、トレーナーの判断で少なくとも年内のハードトレーニングは無しということでジョギングとかスタートの練習とか軽めの練習しかしていない。今日もテイオーと柔軟メインのトレーニングをのんびりとしている感じ。当然だけど走るのと比べて体はあったまってこないよね。

 

 

 …これだけ軽いことしかしないならさっさとサボり決め込んでもよかったんだけどね。ただ、朝日杯の後にあんなことを言った手前、ある程度はしっかりとやらないと筋が通らないのかなぁって思ったのが半分。

 

 

 

「マックイーンちゃん!ゴルシちゃん!もう一回!」

「精が出ますねマヤノさん、…行きますわよ!」

「しゃーねぇ!カワイイ後輩のためだ、行くか!」

 

 

 ……向こうでホープフルステークスへの調整をしてるマヤノとか今一緒に柔軟してるテイオーとか、とにかくスピカのみんなの走りを見ようと思ったのがもう半分。みんなの走り方からなんかヒントを得られるかもしれないし、丁度良い機会な気がする。

 

 体格を生かした大きなストライドで一気にまくるゴルシ。教科書に載ってるかのようなお手本の走り方のマックイーンさん。そしてそれを見ながら一瞬で自分に合うように改良しながら走るマヤノ。…多分足音的に少し強く踏み込むように変えたのかな。

 視線を横に移すとテイオーが私の横で二つ折りになっていた。こんだけ体柔らかかったらそりゃあんな軽快な走り方ができるわけだ。

 

 

「テイオーってホントに体柔らかいよね」

「にっしっし!ボク前屈の記録持ってるからねぇ、柔軟には自信ある…って何そのポーズ!?」

「蛍」

「訳わかんないよー!」

 

 …テイオーはなんか言ってるけど、前屈の記録って何…??ホントにあったとしてテイオーならホントに記録持ってそうで怖いな。……前屈って競うものだっけ。

 

 

「あーそうそうメルちゃんってさ明日の夜、予定ある?」

「…明日の夜?なんで?」

「ほら、今日の日付知ってる?」

「23日……あー、なるほど」

「そーそー、みんなでクリスマスパーティやるからメルちゃんもどうかなって」

 

 

 そういえば今日は23日か。つまり明後日は降誕祭(ノエル)…つまりクリスマス。…お母様にもしっかり連絡しないとなぁ。…朝日杯の時も連絡してないし、すっごく気が乗らない…ってかいつから連絡してないっけ。…手紙送ってるからいいかなって思ってたけど、そろそろまずいよなぁ…。

 

「おーい、メルちゃん?」

「わっ」

 

 

 柔軟に飽きてターフの上でぽーっと大の字になっていたらテイオーにおもいっきり覗き込まれて思わずびっくりしてしまった。テイオーとかマヤノってこういう時ぐいぐいくるからたまにびっくりする。

 

「どうしたの?」

「いや、実家にしばらく連絡してないなぁって思って。クリスマスパーティね、用意する」

「やったー!じゃああとで一緒にプレゼント見に行こ!」

「…わかった」

 

 

 …クリスマスに友達と遊ぶのっていつぶりだっけ。実家の時は基本家族パーティだったしなぁ。

 

 

 大の字のまま空を見上げる。クリスマスプレゼントって何渡せばいいんだ…??空に答えの1つでも浮かんでればいいんだけど、答えどころか飛行機雲一つすら浮かんでない。

 

 

 (こたえ)の1つくらい浮かんでればいいのに。あー、なんだかお昼寝したい気分になってきた。思ったより太陽が眩しいから寝づらいんだろうけど。

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

「「はちみーはちみーはっちっみー!」」

「…元気だね2人とも」

「もー!メルちゃんはクリスマスをわかってない!クリスマスを1番楽しんだウマ娘こそが、オトナのウマ娘になれるんだって!」

「…それはネイチャさんの受け売り??」

「え?なんでわかったの???」

 

 

 練習が終わってすぐにテイオーとマヤノに拉致されました。練習が終わって私服に着替えて学園を出てはちみーを買ってショッピングモールに着くまでなんと40分。…2人ともフットワークが軽すぎるよね。はちみーおいしー。

 

 

 …きっと私が見張っておかないとマヤノが大事なレース直前なのに甘いものとか美味しいものとか食べすぎてお腹を丸くする気がする。だから今日こそは私が監視役なのだ。いっつも見張られてばっかりだけど。

 

「…で、2人は何を見たいの?」

「ボクはね、新しい靴とか蹄鉄とか見たいかなぁ。あ、あとケーキ!はちみーケーキとかあるかな!?」

「うーん、まずコスメでしょ?お洋服でしょ?あとあと、ケーキは欠かせないよね〜!」

「「それと〜!プレゼント選び!」」

 

 

 ハモリうますぎでしょ2人とも。…じゃなくて!

 

「じゃあ洋服からね。ケーキは最後に時間が余ったら見よっか」

「「おー!!」」

 

 

 …これで時間切れを狙ってケーキを買わせずに買い物を終わらせるぞ…!

 

 〜〜〜

 

「あ!この靴とか良くない!?ボクのサイズあるかな…あった!よーしこれ買っちゃおーっと!」

「……」

 

 〜〜〜

 

「あっ!こないだシチーさんがオススメしてたコスメだ!これとこれどっちがいいかなぁ〜!むむむ、こっち買っちゃおーっと☆」

「……」

 

 〜〜〜

 

「あっ、メルちゃんテイオーちゃん!このお洋服どうどう?オトナなマヤちんの魅力がアップ〜☆って感じしない?」

「ボクはこれが欲しいかなぁ。どう思うマヤノ、メルちゃん?」

「……」

 

 〜〜〜

 

「よーし、あとはプレゼント選びしてケーキだ!」

「マヤねマヤね、ケーキ屋さんにも目星つけてるんだー☆」

「……えっと」

 

 

 まっっっずい!マヤノもテイオーもなんでこんなに選ぶの早いの!?あらかじめ欲しい物を決めてたのかな!?じゃあ早いのも仕方ない…じゃなくて!

 

 このままだと…

 

『どうしよメルちゃん!!レース前なのにケーキ食べすぎちゃった…』

『ボクも食べすぎてお腹出ちゃった…もう食べられないよ…』

 

 ……まずいまずいまずい!トレーナーからは私の管理不行き届きを怒られるし、マックイーンさんとかスペさんとかはスイーツ食べたがるし、ゴルシはゴルシ。

 

 

「んじゃ15分後にあそこのカフェの前で集合ね!遅れるなら連絡すること!」

「アイ・コピー☆」

「……んん」

 

 

 2人のお腹と私の名誉を護る戦いが始まる…!!

 

〜〜〜

 

「…どうしようかな」

 

 クリスマスプレゼントの選定をしながらなんとかマヤノとテイオーの意識をケーキから外すまでは行かなくても食べすぎないようにしないといけない。しかもアイデアを出す制限時間が15分ぽっきり。

 

 ……とりあえずプレゼント選びしながら考えよう。時間に余裕ないし。

 

 

 まずはパーティに出す用のプレゼントから考えよっか。あんまり大きい物は持って帰りづらいし、貰う相手のことを考えてナシ。かといって鉛筆とかノートとか渡すのも…ねぇ…?蹄鉄もサイズ合わなきゃ使えないし…。

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………。

 

 …プレゼント選びって難しくない?何を出せばいいんだろう。

 

 ……ショッピングモールだし一旦看板でも見ようかな。何売ってるか確認してから買う物を選ぼう、そうしよう!

 

「……むぅ」

 

 …名前がオシャレだったり難しかったりで何売ってるかあんまりよくわからない。…どうしよう。というかそもそもこのショッピングモールが大きいからお店の数も多すぎる…!

 

「あれ、あの子スバルメルクーリちゃんじゃない?ほら、あのベージュのトレンチコートの!みんなでお買い物かな?」

「えっ…マジでメルクーリじゃん!テイオーもマヤノも見かけたし、仲良いんだねぇ〜」

 

 

 ……えっ?

 看板と睨めっこしてたらなんか後ろで私の話をしてる人がいました。…この間の阪神JFのときの反省を生かしてトレンチコートに黒いキャップを合わせて髪を隠したんだけど。もしかしてあんまり効果ない…?

 

 いや待て、これはチャンスなんじゃない?あの女の人2人に聞けばきっといいアイデアがもらえるのでは…?

 

 

…あの

「えっ…私たち?」

はい。えっと…つかぬことをお聞きしますが、クリスマスプレゼントに友達からもらえて嬉しいものって何ですか?

「えっと…、友達からもらえて嬉しいものかぁ…。そういえばこれこいつから貰った奴だけど結構長く使えるしいいんじゃない?」

「あー、それあげたの2年前とかじゃなかった?」

 

 

 …あーなるほど、それならまだ大きさに融通がききそうだしそれにしよっかな。

 

すいません、ありがとうございます!

「…えっと、誰に渡すの?」

「…?パーティの時にくじ引きか何かで決めるみたいです

「…あー、気をつけてね?」

「……??はい、わかりました。ではすいません、失礼します

 

 

 …あんまり時間がないけど、アレを買いながらマヤノとテイオーの気を逸らす策を考えなきゃ…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…うわぁ!マジで綺麗な銀髪じゃん」

「しかもめっちゃ速いねぇ〜、あれがG1ウマ娘の実力かぁ…!」

「てかさ、私たちさ」

「うん」

「「話しかけられちゃった〜!!」」

 

 

 

 

 

 〜〜〜

 

 …よし、パーティ用のプレゼントは買えた。あの女の人たちには感謝しないとね。それで問題はあの子達なんだけど、さっきからアイデアが浮かんだり沈んだり。

 

 要はケーキの代わりになるようなものを先に渡しちゃえばいいんだよ、きっと。だから2人の好きなものを考えてプレゼントしちゃえばいいんだ。…と思ったんだけど……。

 

 マヤノの好きなものといえば…甘いものとか飛行機…?うーん…。

 テイオーの好きなもの…はちみーとか会長サマ(シンボリルドルフ)…??うーーーん……。

 

 

 私にどうにもできないことかスイーツくらいしか思い浮かばないし、方針転換するしかない気がする。つまり、私が何か考えて選ばないといけない。

 …迷惑にならないかなぁ。私、人にプレゼントなんてほとんどしたことないんだけど大丈夫かな。

 

 なんて考えながらぽーっとお店を眺めていると、とあるアクセサリーショップに目が止まった。

 正確にいうとそのショップのマネキンがつけているペンダントに。

 

「…わぁぁ」

 

 

 …あのペンダント綺麗だなぁ。マヤノの黄色、テイオーの青色もあるしちょうどいいんじゃない?走る時の邪魔にもならないようにもできるし…これにしよっかな。

 

 

あのー、すいません

「はい、いらっしゃいませ」

これとこれ、ください。できたらプレゼント用のラップもしてもらえると嬉しいです

「かしこまりました!…お客様の分はよろしいですか?」

「……えっ?いや、あの…私には似合わないので

「いえいえそんなことないですよ!こちらの商品とかお客様にピッタリお似合いですよ!」

「…いや、えっ…あの

「プレゼントはお友達にですか〜?それでしたらみんなで合わせたほうがゼッタイ良いですよ!」

「……えっと…あの…。はい…

「ありがとうございま〜す!」

 

 ……流れで銀色の奴まで買うことになっちゃった…。るんるん気分でラッピングしてる店員をどこか他人事のように眺めてた私は当然なあることに気づいた。

 

 

 …これ、私が払うんじゃん。普段あんまり使ってないから貯金はあるけど。

 

「お名前どうなさいますか?」

「……あっ、黄色い方をマヤノで、青い方をテイオーでお願いします。銀色のは名前いらないです

「はーい、お会計こちらになります!」

「…はい」

 

 

 …時間やばいけどまぁあの2人だし、大丈夫かな。ウインドウショッピングしてるでしょ?特にマヤノ。

 

「はーい、お待たせしましたお客様!こちらになります!」

「…ありがとうございます」

「ありがとうございました〜!」

 

 

 …とりあえず急ぐだけ急ごうっと。もう遅れかけてるし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれっ、マヤノとテイオー……??で、あの銀髪って…!!あれ、私とんでもない子に接客しちゃった…?」

 

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

「おっ、帰ってきた!」

「おかえり、メルちゃん☆いいの見つかった〜?」

「……頑張った」

 

 

 …2人とも時間内に帰ってくるとか早くない?絶対に時間延長すると思ってたんだけど、そんなにケーキ食べたいの…?

 

「とりあえずこのカフェ入ろ!マヤね、ここのブラックコーヒー飲みたいんだ☆」

「ボクもブラックコーヒーくらい飲めるし!メルちゃん入ろ?」

「…うん」

 

 

 ……2人ともわざわざ“ブラック”ってつけるあたり、コーヒー苦手なんだろうなぁ。私?ふっふっふ…。

 

 

 

「…うっ」

「……うへぇ…」

「……………にがっ」

 

 

 ………コーヒー苦手なんだよね。紅茶は好きだしよく飲むんだけど、コーヒーはあんまり美味しく飲めない…。にがいよぉ…。まぁ?2人にはおくびにも出しませんけど?

 

「マヤノもメルちゃんもこの味はまだ早いんじゃないの〜?」

「そういうテイオーちゃんこそダメなんじゃないの〜?顔が苦しそうだよ〜?」

「…………2人とも意地を張るのはやめた方がいいよ。私くらい味わって飲めるくらいになってから飲みなよ」

「「それはないと思う(な〜)」」

「にぇっ!?」

 

 

 むむむ…と3人で見合う。…もしかしてここが切り札の切り時なんじゃないかな?

 

「…あーあ、素直じゃない2人にはプレゼントあげられないなぁ〜。…ちゃんと選んだのになぁ〜。残念だなぁ〜」

「「えっ」」

 

 

 ……いやなんでそこで2人とも動きを止めてじっと見てくるのさ。

 

「……何さ、2人とも」

「…ボク、砂糖とミルクでも入れようかなぁ!いろんな味を楽しめるのがオトナだもんね、マヤノ!」

「うん、うんうん!これはこれで美味しかったけどお砂糖とミルクを入れるのも美味しいよね!はい、メルちゃんもお砂糖とミルクどうぞ!」

「……うん、ありがとう」

 

 

 マヤノからずずいっと押されたお砂糖とミルクを入れてから飲む。…これなら飲めるや。

 ちらっと2人を見ると、2人とも笑顔でコーヒーミルクを飲んでいた。…ネイチャさんにちょろかわ…って思われるのも納得だよね。

 

 …何はともあれ、ケーキからは意識を外せたから私の勝ちなんじゃないかな。流石にコーヒーだけで太るわけないし。いやぁよかったよかった。

 

「「じーーー」」

 

 

 …2人の目線がすごく刺さるんですけどね。……あっ、コーヒー飲み終わっちゃったし帰ろうそうしよう。

 

「じゃ、飲み終わったし私帰りた「そ・れ・で!メルちゃんはマヤたちに何をプレゼントしてくれるの?」「ボクも気になるなぁ〜〜??」ゎっゎっゎっ」

 

 

 席を立とうとしたら左右から肩を掴まれて着席させられました。ホントなんでそういう時だけ息ピッタリなのさ。……言うほどこういう時だけかなぁ、似たもの同士って言った方が正しいかも。

 

 

 なんかじりっじりっと2人からレースの時よりも強い圧をかけられてる気がする。普段他人の圧をあんまり感じない私が言うんだ、間違いない。掛かってしまっているかもしれません、うまく息を入れられたら良いのですが。

 

「……えっと、その。落ち着いてくれると嬉しいんだけど。私このままじゃ動けないしこのままなら潰れちゃうんだけど。…渡すから」

 

 

 …いてて、やっと解放された。2人の力どうなってるの…?あーいや、私の力が弱いだけか。

 

「…えっと…その、さ。2人にはいつも迷惑かけてばっかりだしさ。…あーいや迷惑かけてるのは2人だけじゃないんだけど。特に2人にはなんというか…いや、うん。…えぇっと」

 

 

 …渡すことは考えてたんだけど、渡すときに何話すか全然考えてなかった。…ええっと、こういう時って何言えばいいんだっけ。

 

「Merc……じゃなかった。えっと…いつもありがとね。マヤノ、テイオー」

 

 

 鞄からプレゼントを出してマヤノとテイオーに渡す。…これだけなのになんかむやみやたらに遠回りした気がする。

 

「やったー!ありがとメルちゃん、中開けていい?」

「…いいよ。マヤノもどうぞ」

「…わぁ…!!」

「あ、もう開けてるのね」

 

 

 …2人とも包装のラップを剥がすの丁寧で早いなぁ。んで2人ともペンダントやっぱり似合ってる。あくまで個人の感想だけど。…多分目の色と合わせてるからだと思う。何はともあれ2人も嬉しそうだし、買ってよかったんじゃないかな。

 

「…何渡そうか迷ったんだけど、なんか2人に似合う気がしたからこれにした。………なんでか私の分まで買わされたけど」

「えーっ、なんで出さないのさ!メルちゃんもつけよーよー」

「…私はいいの」

「良くないから、ほら☆」

 

 

 …さっきのことを考えると私がつけるまで身動きが取れなくなるやつだコレ。…仕方ない、つけるかぁ。

 

「………はい」

「「…おおー」」

 

 

 ペンダントをつけた私に拍手する2人。…どういう光景?

 

「…あぁもう、恥ずかしいから拍手やめて。疲れたし帰ろ?」

「あっ!それなんだけど…」

「メルちゃんにマヤとテイオーちゃんからプレゼントがありまーす!…っていってもこれから作ってもらうんだけどね☆」

「……えっ??」

 

 

 全然何も聞いてないんですけど。さっきの変な圧とは打って変わってニコニコな2人に両手を引かれてカフェを出ることになった。…一体どういうことなんでしょう。

 

 

 〜〜〜

 

 

「…えっと。ここは」

「じゃーん!耳カバー専門店!メルちゃんにぴったりかなって思って!」

「おとといマヤノとオトナの作戦会議をして決めたんだ!ケーキって言えば甘いもの好きなメルちゃんはついてきてくれるでしょ〜?マヤノはホープフルあるからケーキちょっと我慢しないとダメなの、気づかなかった?」

「…いや、気づいてたけど。まさかこういうことだとは思ってなかっただけで」

 

 

 ……これっていっぱい食わされた、って奴?

 っていうか甘いもので釣れると思われてるの私?…マックイーンさんほどじゃないと思うんだけど、むぅ。

 

「予約するの大変だったんだけど、メルちゃんの名前を出したらすぐにオッケー出たんだ☆」

「…予約必要なの、ここ!?」

「そりゃぁ人気のお店だし、クリスマスシーズンだもん!ほらほら入って、もうお金は払ってるから!」

 

 

 あっちょっと引っ張らないでテイオー、私まだこの状況に対応できてないから…!マヤノも…あぁ、ニコニコしてるわ。ペンダント似合ってよかった…じゃなくて!

 

「あーーれーー」

「すいませーん!予約したスバルメルクーリでーす!」

「いらっしゃいませ、お待ちしておりました。スバルメルクーリ様でよろしいですか?まずお耳のサイズから測らせてもらいますのでリラックスしてお掛けください」

 

 

 …やけにふかふかな椅子に案内されて困惑してる私をよそにテイオーとマヤノはハイタッチしていた。

 

 

「やったねテイオーちゃん!大人のサプライズプレゼント作戦、大成功だね!」

「折角だしボクとマヤノの目の色と合わせて右を青、左を黄色にしたらどう?」

絶対やめて!!…あっ、すいません…。髪と同じ色でお願いします。……縫糸はテイオーの言った通りでいいので」

「ふふっ、仲がいいんですね。かしこまりました」

 

 

 そこからトントン拍子で進んでいく耳当て作りに、私はただ座ってことの成り行きを見守ることしか出来なかった。

 

 

 〜〜〜

 

「ではすいません、こちらの方をかけてみてください。お耳の方、いかがでしょうか?」

「………すごい、全然衣擦れしない。かと言って聞こえづらくもないし外れないし」

「よかったです。いやぁ、あのサイレンススズカさんの後輩さんが訪ねてくるとは思ってませんでした!腕によりをかけて作っちゃいましたよ」

「……ん?」

「「あっ」」

 

 

 完成した耳カバーを試しに付けてみながら話をしていると、なにやら大事そうな一言が。2人とも凄い勢いで目を逸らしたんだけど、さては勝手にスズカさんの名前使ったな?

 …後でごめんなさいしとこうか。

 

「お直し等はいつでもお受けしますのでお気軽にご相談くださいね。代金の方もこちら既にいただいておりますので本日はこれで終わりになります」

「……あぁ、はい。ありがとうございます」

 

 

 お辞儀をしてお店を出るとまた2人が引っ付いてきた。…にしてもほんとにすごいなこの耳カバー。お辞儀しても脱げなかった。

 

「メルちゃんメルちゃん、こっち向いて」

「…??」

「よし!…ウマスタにあげていい?これ」

「……見せて」

 

 

 パシャッ。マヤノの方を向くと、狙い定めていたらしくウマホの…自撮り?で写真を撮られた。

 撮られた写真を見ると狙ってたマヤノはともかく、横のテイオーまでちゃっかりピースしてるんですけど。これは反応速度の違いなのか単に慣れてるのか。…なんかぽーっとした顔をしてる私と決め顔してるマヤノとテイオーって構成、多くない?まぁいっか。

 

「…ん、いいよ」

「やったー☆ウマスタ〜ウマスタ〜」

 

 

 なにやら文章を打ってるマヤノを見ながらショッピングモールを見回す。クリスマスシーズンなのにどこもかしこも人、人、人。元気な人たちで溢れかえっててびっくりする。

 

 

 

「……日本(こっち)のクリスマスってすごいね」

「毎年こんなもんじゃない?」

「…そうなの?」

「当たり前じゃん!毎年こんな感じじゃんね、マヤノ」

「うん!メルちゃんってあんまりクリスマスに外出たりしなかった?」

「…うん。家族で集まってご飯食べて木を飾り付けて終わりだったし、みんなそれが普通だったよ。なんかマーケットでご飯食べるとこもあったらしいけど私は…ほら、人混みあんまり得意じゃないから」

「なんか外国みたいな過ごし方するんだね、メルちゃんの実家」

 

 

 

 

 ……あれ?2人ともなんか不思議そうな顔してるけど言ってなかったっけ。それともなんか変な言い方したかな、私。

 

 

 

 

「…私の実家、フランスだけど」

「「……えっ?」」

「言わなかったっけ?私の実家はフランスにあるって。生まれたのは日本だけど。日本とフランスの国籍もってるんだよ、私」

「「……ええええええっ!?!?」」

 

 

 …あれ、この反応は知らなかったっぽい。別に隠すことでもなんでもないしなぁ。

 軽くフリーズしたマヤノとテイオーを再起動するのに数分かかったのはここだけの話。私はともかく、2人が寮の門限に遅れるのはちょっとまずいから少し焦ったよね。

 




衝  撃  の  事  実  (当社比)

メルちゃんの秘密の1つ(本人は秘密にしてる自覚なし)です。でも節々にちょっと出してたから気づいてる人はいるかも。

いつのまにかお気に入りが4桁に乗ってて毎度のことながらびっくりしています。拙文を読んでいただき、本当にありがとうございます。
それでは次回もよろしくお願いします!


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第35話 降誕祭:Cristmas(後)

二次創作のガイドラインがこのタイミングで設定されるということは、おそらく新規追加のウマ娘が来るんだろうなぁって思って見てました。黄金世代ならエアジハードとか待ってるんですけどどうですか?jihadが単語として厳しい?…そんなぁ。
それでは今回もよろしくお願いします。


 マヤノとテイオーとプレゼントを買いに行った次の日。

 

 

「「「「「「メリークリスマース!!!かんぱーい!!!」」」」」」

 

 

 はい、クリスマスパーティ当日です。メンバーは私、マヤノ、テイオーのほかにネイチャさん、マーベラスさん、アケボノさんのいつぞやお鍋を食べた人たち。アケボノさんはさっきまでまたビデオ通話してたけど、料理が終わるとほぼ同時に終わったらしい。友達が多いんだなぁ。

 

「いやはや〜今年ももうこんな時期ですかぁ。なんというか、寮に入ってから一年が過ぎるのが早いといいますか」

「うんうん!マーベラスってことだね!」

「……えっと、ネイチャさんって中等部だよね…?」

 

 

 なんだか見た目に似つかわしくない発言をするネイチャさんはクリスマスツリーっぽい色合いのサンタ服。ついでにいつもの耳カバーには星の装飾が付いていてクリスマスツリーっぽさを高めてる。

 マーベラスで全てを解決しようとするマーベラスさんはトナカイっぽい色合いの服にツノっぽい耳飾り。ツインテールのボリューム感も相まってどちらかというとトナカイっていうよりはヘラジカみたいになってるのはいいのかな。

 

「ぶーぶー!マヤもご飯いっぱい食べたい!」

「あはは、流石にあたしも食べすぎない方がいいかなって思うなぁ〜」

「マヤノはホープフルあるでしょ。代わりにボクが食べておくから安心してよ」

「ヤダヤダヤダぁ〜!」

「………ホープフル終わったら私とテイオーで何か作ってあげるから、我慢して」

「えっ」

 

 

 口を尖らせてるマヤノはなんか天使のリングと羽がついた服を。困ったように笑うアケボノさんは雪だるまのようなワンピースを。そしてテイオーは真っ赤な服に白い付け髭を付けていた。…まぁにんじんジュースでお髭はすぐに汚れちゃったけど。

 

 …そう、みんなクリスマスのコスプレ?をしています。クリスマスツリーにトナカイ(ヘラジカ)、天使に雪だるまにサンタクロースという、まぁよくもまぁ被らなかったねって感じの面々。……2ヶ月前(ハロウィン)のときもこんな感じのことしてなかった?あの時はレース明けで疲れてたから休みの日はおサボりスポットでずっと過ごしてたけど。

 

 

「…ホープフル終わったら、なんでも作ってくれる?」

「いやそこまで期待しないで欲しいんだけど。……まぁ期待に添えるようにはする」

「さっすがメルちゃん!!まるでちゃんとしたシスターさんみたいだね!!」

「………はいはい、写真撮っておいで。私はちょっとご飯食べるから見てたら食べたくなっちゃうよ?」

「えへへ、はーい!」

 

 

 私のオススメに従って写真を撮りに行ったマヤノを見送り、思わずため息をつく。

 

 …鏡見たくないなぁ。

 

 いきなりだが話は1時間くらい前に遡る。

 

 

 〜〜〜

 

「…今日も晴れ。雪は降りません、っと」

 

 

 ぼんやりと外を眺めながら思わず呟く。お母様に見せてもらったアルバムには雪景色の日本が写っていたから少しだけ期待していたんだけど、やっぱりあんまり降らないらしい。…札幌とか新潟とかに行かないと見れないのかな。

 

 コンコン、という音でふと現実に引き戻される。…2人分の足音だったから多分マヤノとテイオー。次点で…マックイーンさんあたりも微妙にありえるかも。

 

「メルちゃーん、今大丈夫?」

「…大丈夫」

 

 

 マヤノの声ってことは2人目は多分テイオーだよね。…集合時間にはまだ早いはずなんだけどどうしたんだろ?椅子から立ち上がってドアを開ける。

 

「どしたの?」

「はいメルちゃん確保〜!マヤたちの部屋までごあんな〜い!」

「…えっ?」

「ボク達の部屋からそのままパーティ行くからプレゼント取っておいで!」

 

 

 ……ええっと。これはどうするのが良いんだろうか。っていうか貴女たち隣の部屋でしょ。

 

「ほらほら!早く準備しないと間に合わないから!」

「間に合わないって…ご飯作って食べるだけでしょ?んでその後にプレゼント交換やるんじゃないの?」

「ぶっぶー!メルちゃんは日本のクリスマスをわかってない!その調子だと制服で行こうとか思ってたでしょー?」

「………」

 

 

 いや良いじゃん制服。フォーマルな場でもちゃんと認められるよ?…言わないほうがよさそうだけど。

 てこでも動かなさそうな2人を見て仕方なしに室内にプレゼントを取りに戻る。流石にこの時期に廊下に立たせてるのは忍びないし、そのせいで万が一マヤノが風邪でも引いて出走取消にでもなろうものなら…考えるだけでも怖い。

 

「…これで良い?」

「よーし、メルちゃん確保してしゅっぱーつ!」

「…はぁ」

「とうちゃーく!」

「…うん、そうなるよね」

 

 

 5秒もかからずに私の連行は解除された。いやまぁ隣部屋だしそうなるのは目に見えてたんだけどさ。

 

 そういえばマヤノとテイオーの部屋って見たことあったっけ。……ないなぁ、多分。他人の部屋に入った記憶も自分の部屋に入れた記憶もない。

 

 

 部屋に入って右側の額縁に『TOP GUN』って書かれたポスターが、左側には会長サマ(シンボリルドルフ)のポスターがあるってことはつまりそういうことなんだろうね。

 

「じゃあやろっか!」

「……???」

「「じゃん!けーん!」」

「……ぽい」

 

 

 グー、パー、パー。見事に私の1人負けである。なんのじゃんけんなのか全くわからないまま負けたんですけど。

 マヤノとテイオーのじゃんけんはテイオーの勝利。

 

「じゃあボクはこれ!」

「あー、サンタさん取られちゃったかぁ。じゃあマヤはこれ!メルちゃんはこれ着てね!」

 

 

 マヤノから渡された服を手にする。黒いローブみたいな服とそれと合わせるようの頭巾。それに黒いハイソックスまで渡されたんだけどこれって…。

 

「…修道服??」

「のコスプレ衣装でーす!メルちゃんには今日はこれを着て過ごしてもらいまーす!」

「……えっ???」

 

 

 これ着るの??ホントに?仮装祭か何かと勘違いしてない?いや仮装祭でも私は着ないような服だけど。

 

 だって修道服なのにミニスカートだし髪まとめるやつもないしでこれは一体どういうことなんでしょう。清貧(de pauvreté)って言葉は日本では存在しないらしい。おかしいな、お母様からもらった日本語辞典には載ってたはずなのに。

 

「じゃあまずこういうのに慣れてないメルちゃんから着替えさせちゃおっか!」

「…えぇ」

「アイ・コピー☆じゃあメルちゃんバンザイして!」

「……せめて自分で着替えさせて欲しい」

 

 

 私がなんとか引き出せた妥協点がこれだった。よよよ…。身だしなみの確認をしてるときにマヤノとテイオーがウマホを向けてた気がしないでもないけど、気のせいってことにしたい…。

 

「ボクもマヤノも着替え終わったし、行こっか!」

「……本当にこの格好で行くの…?せめて髪まとめた方が修道服っぽくない?」

「メルちゃんは髪出してた方が綺麗でカワイイからいいの!行こっ?」

 

 

 天使とサンタさんに連れられる修道女って言葉の響きだけはなんかの絵画にありそうだよね、あはは……はぁ。

 

 

 〜〜〜

 

 …んくんく、にんじんジュース美味しいなぁ。ケーキもほどよく甘くて美味しいなぁ。恥ずかしいから鏡見たくないなぁ。

 

「………はぁ」

「どしたー?幸せが逃げちゃうぞ〜?」

「…ネイチャさん」

 

 

 思わずため息を吐いてしまったら横にクリスマスツリー、もといネイチャさんが横に来た。

 

「…こういうたくさんの友達と過ごすクリスマスって初めてで。もちろん楽しいんですけど…その、これ恥ずかしくて」

「いやいや何をおっしゃいますかメルクーリさんや。完璧に着こなしてるじゃないですか〜」

「……マヤノとテイオーが渡してきたんですよこれ。元々制服で参加する予定だったのに…」

 

 

 ぱくり。…このお肉、美味しいなぁ。さすがアケボノさん。

 ぱくぱく現実逃避している私とネイチャさんの視線が重なった。…どうやらじっと見られてたらしい。

 

「なんか、ちょっと意外だな」

「…んえ?」

「メルちゃんってさ、大逃げか1番後ろから追込かみたいなわかりやすく派手なレースするじゃん?パドックの時もすごいアクロバットするし、派手なことだったり目立つのが好きなのかなってネイチャさんは勝手に思ってたわけですよ」

「………」

「でさ、実際に話してみたら全然そんなことないというか、むしろあんまり目立とうってタイプじゃないじゃん?そこらへんがなんか意外だなって」

 

 

 …なんか盛大な思い違いをされていたらしい。…いやまぁ言いたいことはわかる気がするけど。普通にレースするなら多分先行策とか差しとかが割と王道だもんね。私はやったことないけど。ぱくぱく、クリームシチューも美味しいなぁ。にんじんしっかり煮込まれてるし。

 

「…もしかしてネイチャさんの私への第一印象ってみんな持ってたりします?」

「さぁ、そこまではわからないけど…。学園のメルちゃんのイメージってちょっと前は七不思議一歩手前の子ってところから、今は派手なレースでジュニア級のG1を無傷で勝ったすごい子ってなってるんじゃない?」

「……七不思議??」

 

 

 …一体なんの話だろう、全く身に覚えがない。いやまぁそもそも世間の評価みたいなものをあんまり知らないんだけどさ。

 

「…ネイチャさん、もうちょっと詳しく聞かせ「メルちゃん!ネイチャちゃん!そろそろプレゼント交換会やろ?」…わかった」

「ほいほーい、今行きますよー。…また今度、お喋りする?」

「…うん」

 

 

 マヤノの呼び声にはっと気づき時計をふと見る。…いつの間にか結構話し込んでいたらしい。食べかけのご飯を持ちながらネイチャさんと一緒に向かうことにした。

 

 〜〜〜

 

 クリスマスパーティがお開きになった直後、私は実家のお母様にテレビ電話をかけていた。

 

「…という感じで友人とクリスマスパーティをしました。プレゼント交換会で貰った自撮り棒?なるものをいただきましたのでテイオー…あぁ、プレゼントを用意してくれた友人に使い方を教えてもらってこうやってテレビ電話をしてみてます」

『良い友人を持ちましたね。その耳カバーも友人に作ってもらったものでしょう?』

「はい。私のためにわざわざ予約までしてくれたみたいです。ありがたい友人を得ました」

『…ふふっ』

「…??どうしましたかお母様」

『…いえ、ちゃんと学園生活を楽しめているようで少し安心しました。…ときにメルクーリは交換会に何のプレゼントを出しましたか?』

「交換会なるものがあまり想像がつかなかったのでマフラーを出しました」

 

 

 私が答えると画面のお母様はピタリと動きが止まった。…あれ、ちょっと回線が重いのかな。

 

『メルクーリ』

「…?はい」

『マフラーをプレゼントするということの意味、わかってますか?』

「…え?暖かくなるし今の時期にちょうど良いかなぁって思って出しました」

『…はぁ。今度からはちゃんと調べてから渡すこと。いいですね?』

「……えっと、はい」

 

 

 …もしかしてやっちゃった?誰が貰ったんだっけ私のプレゼント。

 

 〜〜

 

「…えへへ、メルちゃんが選んでくれたマフラーあったか〜い☆」

 

 〜〜

 

 …まぁ、大した話じゃないでしょ。今度から気をつけよう。

 

「…気をつけます」

『あぁそれと、話は変わりますが年末年始はどうするのですか?帰ってくるなら空港に迎えは手配できますが』

「……いえ、こちらに残ります。そちらに帰るのは最短で半年後だと思います」

『……そうですか。くれぐれも無理はしすぎないように。朝日杯、映像見ましたがかなり無理しましたね?』

「……怪我とかは無いです」

『…頼れるものに頼りなさい、それができる環境がそこにはありますから。…ではこのくらいで。おやすみなさい、メルクーリ』

「…はい、おやすみなさいお母様」

 

 

 お辞儀をして電話を切る。…頼れるものに頼る、かぁ。

まぁいっか、お風呂入る準備…あっ。マヤノとテイオーの部屋に私の制服置きっぱなしだわ。取りに行こうっと。

 

「マヤノ、テイオー。そっちに私の制服…あっ」

 

 

〜〜〜〜〜〜

 

 ホーム画面に戻ったスマホを見て思わずスバルメルクーリの母親はため息をついた。

 

「……また褒められなかったぁ〜」

 

 

 この娘にしてこの親あり。スバルメルクーリの母親もまた、口下手なのであった。

 

 本当は朝日杯での勝利をしっかりと褒めたかったし、コスプレ衣装が似合ってることも伝えたかったのに伝えきれずに電話を切ってしまうこの人は間違いなくスバルメルクーリの母親なのであった。

 

「ショウとかテンちゃんならどう言ってたかしら…意外とリンちゃんがこういうの1番うまいかもなぁ…。久しぶりに電話しようかな」

 

 

 スマホをそのまま操作し電話帳を広げた。かつて共に切磋琢磨した仲間と久しぶりに話すのも、悪くない。そんなことを思ったメルクーリの母親だった。




Tips:マフラーをプレゼントで贈ることは『あなたに夢中(くびったけ)』を意味するぞ!気をつけるんだ!

次回諸事情で投稿遅れます。マヤノのホープフルです。
お気に入り登録、感想、評価、誤字報告等々いつもありがとうございます。
それでは次回もよろしくお願いします!


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第36話 太陽は誰がために輝く:Why the Sun Shinin'_For?

ということで予告通りホープフルです。レース描写は難しいなぁ(白目)
それでは今回もよろしくお願いします。


「…体調は??」

「ばっちり!体も軽いし、どこまでも走るよ!」

 

 

 クリスマスパーティが終わって数日。年末の祭典(グランプリ)が終わった中山レース場に私たちは来ていた。…っていっても用があるのはマヤノだけで私たちはその付き添いだけど。

 

 ジュニア級最後、そして今年最後の芝のG1レース、ホープフルステークス。中山レース場の2000mコースを使うこのレースはクラシック初戦の皐月賞と同じコースであることも相まって有望なウマ娘が多数出てくる……らしい。中山の短くてキツい坂を最初と最後の2回も登ることになるし、見た目以上にスタミナを使うんだろうなぁ…って想像はつく。

 

「……本当に寒くないの??」

「もう〜、メルちゃんは心配性だなぁ。大丈夫だから見てて!それに…」

「それに?」

「マヤがみんなを照らす太陽になるから大丈夫!あっ、ケーキのこと覚えてるよね?」

「…はいはい。約束したからね」

 

 

 勝負服に着替えたマヤノを改めて見る。おへそも出てるし、やっぱり寒そうな格好……じゃなくて、本当に調子は良さそうだ。

 にしても、マヤノが太陽かぁ。…まぁ合ってる気はする。元気だし、みんなに平等に優しいし、何より色も近いしね。

 

「…それじゃ、私は観戦席戻るから。…頑張って、応援してる」

「うん!マヤちん、テイクオーーフ!」

 

 

 マヤノとハイタッチしてから控室を出る。…どうせクリスマスのあとだし、未開封の生クリームくらいあるだろうし、果物を買えばまぁ普通に作れるかな。

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 

『年末の中山レース場に新しい風が吹く大一番、ホープフルステークス。このレースでの勝利を来年のクラシックに繋げたいところ。ピスタチオノーズ、スバルメルクーリに続くウマ娘はどの子か!』

 

 

 うわっ、もう中継始まってるじゃん。早めに戻らないとスタートを見れないかも。人混みになるべく入らないように色々考えてたのが完全に裏目に出ちゃったわけだ。

 …っていうか正直少し迷ってます。みんなが喋ってる声の方に進んでるんだけど、観客が多くて思ったように進めない。

 

すいません、ちょっと失礼します

「おっと、ごめんねお嬢ちゃん…ってえっ!?」

 

 

 多分ここを抜けて本バ場の方に出ればいるはず……わわっ、と。なんかすごい沸いたな。

 

『注目はやはりこのウマ娘でしょう!堂々の1番人気!1枠1番マヤノトップガン!』

「マヤちゃん来た!」「マヤノだ!」「頑張れーー!!マヤノー!!」

 

 

 ……静かなところ行きたい……。マヤノが応援されてるのは嬉しいし、私も応援してるけど。それでも耳元の近くで大きい声を出されると頭がクラクラしてしまうのだ。

 

…ごめんなさい、通してください

「マヤノ頑張……ええっ!?」

 

 

 ……観客のボルテージが上がってるからちょっと場所が分かりづらいけど…多分、この辺!

 

「…やっと出れた、って痛っ。ごめんなさい、人混みから抜けたばっかりでぶつかっちゃいました」

「いたた……って、メルクーリさん?」

「……はぁ???」

 

 

 やっと開けた場所に出られたと思ったのも束の間、濃い茶髪に緑の目を湛えたウマ娘とぶつかってしまった。ってか知人じゃんか。

 …なんでピス(ピスタチオノーズ)がここにいるんですかね。

 

「…何をしているんだピス。……ってその子は」

「…………Pourquoi(なんで)?」

 

 

 …ピスの奴から距離をとって周りを見てみると、パンツスーツを着こなしたメガネの女性を中心にたくさんの視線が私を貫いていた。

 

 ……えーっと。

 

 ……この人たちって、言うまでもなくチームリギルだよね??奥の方にいるの会長サマ(シンボリルドルフ)だし、ピスの隣にいる2人は確かスペさんの同期で…えーっと、グラスワンダーさん?とエルコンドルパサーさんだし。

 

 ………お母様、スピカの皆様、どうやら私の生涯はここまでらしいです。助けてください。

 

 〜〜〜

 

「…はぁ、そういうこと。ピス、グラス。スバルメルクーリをスピカのところに連れて行ってやれ。ほら、あそこだ」

「「はい!」」

「…スバルメルクーリ」

「……はい」

「…色々言いたいことはあるが、来年の中山(ここ)で待っている。それまで首を洗って待ってなさい」

「……はぁ」

 

 

 …なんとか死なずにスピカの所に戻れるようです。怖かった、すっごく怖かった。

 だってしょうがないじゃん。暇潰しで適当に参加したレースがトレセン学園の最強チームの一角の入部レースだとか知らなかったもん。それを知らずに勝って入部しなかったらそりゃ多少は気まずくなるって訳で。元々チームなんて興味もなかったし、入ろうとすら思ってなかったもん。

 

 ピスとグラスワンダーさんに挟まれて歩く。2人とも私よりは大きいからすぐに道が開いて歩きやすい。特にピス、なんでアンタが身長162cmもあるんだよ。

 

「あーそうそう、メルクーリさん」

「何」

「私、トリプルティアラを取りますから。来年の中山…つまり有マまで直接対決はお預けですわ。せいぜい有マに出られない〜なんて泣き言を言わないくらいには頑張って下さいまし」

「…アンタには重いんじゃないの、トリプルティアラなんて。ってかない、ありえないわ。冗談は笑える範囲だけにしときなよ、被られるティアラが可哀想だから」

「な…なんですってぇ…!!?」

 

 

 ピスの奴を見上げながらあっかんべーをしてやる。…にしても、来年の中山ってそういうことだったんだ。多分あのトレーナーからの指示か提案なんだろうな。

 

「…ふふっ、ピスちゃんはスバルメルクーリさんと仲がいいんですねぇ」

「えっ…そ、そんなわけないですわよグラス先輩!このあんぽんたん銀髪と仲良くなる要素なんて0ですわ、0!」

「…私の銀髪でアンタの顔が反射した?だとしたらごめんね、ここにはあんぽんたんに相応しいウマ娘は1人しかいないっぽいよ」

「な!に!を!言ってるのかしらこの方は!私たちがここまで連れてきてあげたのに!」

「私はグラスワンダーさんに付いてきただけ。……何しにきたの?」

 

 

 私の煽りに顔を真っ赤にして怒るピスとそれを見てニコニコするグラスワンダーさん。…っとと、やっとトレーナーが見えた。

 

「…ただいま、トレーナー」

「ったくやっと帰ってきたか、どこ行ってたんだ?」

「…人が多すぎて戻るのに時間がかかった上に戻った場所がリギルの所だった。向こうのトレーナーの計らいでグラスワンダーさん……とピスタチオノーズに送り返してもらった」

「はぁ!?」

「どうも〜」

「…ご機嫌よう」

「あー、悪いなグラスワンダーにピスタチオノーズ。もう始まるしここで見てくか?…メルクーリは今後しばらく誰か一緒についてもらって行動すること」

「……えっ?」

「しっかり見とけよ?何せ皐月賞と同じコースなんだ、得られるものは多いぞ。ゴルシ、メルクーリを見張っとけ」

「あいよ」

「ぁぅ…やめてゴルシ、歩けるから…」

 

 

 …納得がいかない、私はちゃんと戻ろうとしたのに…。てかゴルシは私を片手で担ぎ上げるのをやめてほしい。もう片方の手でルービックキューブを回してるのは一周回って器用だけどさ。グラスワンダーさんはもうスペさんと合流して何か話し込んでるし。

 

「ほいっと、ここなら見えるだろ」

「…むぅ」

「おかえりなさい、メルクーリさん。なんていうか…その、災難でしたわね」

「…ただいま、マックイーンさん」

 

 

 マックイーンさんの気の毒そうな視線がちょっと刺さって泣きそうになったのを振り払ってターフを見る。マヤノは…いた、髪色が明るいから目立つね。

 

「今日はマヤノさんはどんな走り方をする予定ですの?」

「……さぁ、マヤノの心次第だろうし。…というかまだいたんだピス」

「もうその挑発には乗りませんわよ。…私、あの子に逃げられて負けましたの。それの対策をするために末脚を磨いて…」

 

 

 なんか語り始めたピスを無視してマヤノを注視する。…ゲート入り直前に周りをよく見てるし、多分バ群の前目につけようと思ってる気がする。

 

 逃げなら相手とか一切気にせずに走るだろうし、追込ならレース中に相手を確認できる。つまり今確認する必要があんまりない…と思う。私は逃げか追込しか出来ないからどっちみちあんまりああいう確認を取ったことないなぁ。

 

 

 …もっとも器用なマヤノのことだし、周りの様子を確認してから走り方を変える可能性も全然ありえる。1枠1番で最初にゲートに入るから見れるうちに見ておこうってことなのかも。

 

『さぁゲートインが始まりました。1枠1番のマヤノトップガンから順にゲートインしていきます』

「…なぁメル?そろそろ横にいる奴紹介してくんね?」

「……?あぁピスタチオノーズ、ただのアホ。それだけ」

「なっ!もうちょっとマシな紹介はないのかしら!……失礼いたしました、ピスタチオノーズですわ。チームはリギルですの、よろしくお願いいたします」

 

 

 …外面(そとづら)だけはマシなんだよね、ピスって。まぁ別になんでもいいけど。…どうやら全員ゲートに入ったっぽい。さぁマヤノはどうするのかな。

 

『各ウマ娘、ゲートイン完了。スタートしました!!』

 

 思ったよりまとまったスタートでマヤノは…前の方にやっぱりついたね。7番と16番が先頭争いで思いっきり前に行ったけどそれについて行かなかったのは間違ってないと思う。逆にいうと最初坂なのにあの2人よく行ったなぁ。コーナーまで少し距離があるからそこまでに先頭を取り切りたいんだろうけど、あのペースで出たら最後の坂きつそうじゃない?

 

 

 第2コーナーに入って逃げ2人との差は大体8バ身くらい。マヤノは思ったよりペース抑えて入ったね。これ以上離されると危ないかも…ってラインギリギリを走ってる。

 

 ……いや追込の時の私はもっと離されてるって言ったらそうなんだけど。

 

「よーしアタシたちと練習した通りのペースだな、マックイーン!」

「ええ、さすがマヤノさんですわね。メルクーリさんといい飲み込みが早い子たちですわ」

「……教育熱心な夫婦かなにか?」

 

 

 ゴルシとマックイーンさんの漫才を聞き流しながらレースを見守る。…ずっと思ってるけどこの2人ってすごいよく似てるよね。

 

…レースは前半の1000mを1分1秒ペースか。相変わらずマヤノはバ群の1番前について逃げた2人を冷静に見てる。…かと思ったらバ群から出そうな子を目で牽制してる…のかな?ちらっと見てる。見られた子は少し怯んだのかバ群の方に戻っていく。

 

 …うわぁ、ほんとに器用だなマヤノ。いつそんな技術覚えたんだか、あるいは無意識なのかな。

 

 …今のやりとりでわかったことは、あのバ群をマヤノが管理してレースを進めてるってこと。バ群から出たくてもマヤノのせいで出辛い他のウマ娘はだんだんとストレスが溜まってちゃんとした実力が出にくくなりそうだ。

 

 

「マヤノさんはあれが厄介なんですのよね、前に出ようとする時にちらっと見られると気になりませんこと?」

「…さぁ?」

 

 

 ピスの渋面を見る限り、どうやらデビュー戦でピスはマヤノの視線に怯まされたらしい。なんだかんだ言ってコイツ(ピス)の実力は低くないし、コイツがそういうならそうなんだろうけど、こればっかりは実際にレースしないとなんとも言えないかな。

 

『さぁ先頭は悠々2人旅のまま第3コーナーへと差しかかります。後ろから9番マスターオブタイムが前へ進出を始めたか?バ群が崩れそうです!』

 

 …そろそろ動き出さないと逃げられるけど…わかってるなぁマヤノ。実況の声を聞いてか元々その予定だったかはわからないけどコーナーに入る前にバ群からうまく飛び出して追撃体勢に入った。ギアが明確に一段上がったのが見て取れる。

 

 中山の直線は短くて険しいってのは有名な話。早めに距離を詰めておくに越したことはないだろうし、マヤノはそれが出来るだろうしね。

 

「いい位置ですわよー!」

「よーし行けー!マヤノー!…ほらメルもボーッと見てないでなんか言ってやれ!」

「…えっ?あっえっと…」

 

 

 じーっとレースを見ていたら、突然ゴルシからキラーパスを出されたんですけど。ええっと…。

 

 マヤノはうまく第3から第4コーナーを曲がってるけど、逃げてる7番と16番が思ったより垂れてこなくてまだ5バ身くらい差がある。そんで逆に後ろの9番が良い位置に付いてるからこれも怖い。

 …うーん、坂の前で逃げてる2人の後ろにつけるくらいしないと流石に間に合わない…と思う。

 

『さぁ7番フレームタイタンと16番ナイトマチルダ逃げる逃げる!それに追い縋るのは1番マヤノトップガンですが2人との差はまだある!さぁ、中山の坂は短いぞ!後ろの子は間に合うのか!』

 

 

 …マヤノの表情もちょっと苦しくなってきたかも。前との差を少しずつ詰められてはいるけど、後ろからもまだ来るかもしれない。

 

「…ばれ」

 

 

 必死に前を追いかけるマヤノに、私は自然と声が出ていた。

 

 

 

「頑張れ!!マヤノ!!行きなさい!!」

 

 

 

 

 私が言う資格があるのかはわからないけど。それでも友達の応援くらいはしっかりやりたいじゃん?

 

「いっくよー!マヤちん、テイクオーフ☆」

 

 

 私の応援が聞こえたのか、それとも単に仕掛けどころだと思ったのかはわからないけどマヤノの口元が少し引き締まった。かと思うと、これまでよりさらにマヤノの体勢が低くなって一気に加速をした。相手も登り坂も関係なしといった感じの思い切った加速で前の2人を一気に捉え、競り合いすらさせずに前に飛び出した。

 

『マヤノトップガンが来た!マヤノトップガンだ!中山の登り坂を一気に登った登った!そしてそのままゴールイン!お見事マヤノトップガン!1番人気に見事応えて王道のレース運びで1着!!2着は16番ナイトマチルダ、3着は9番マスターオブタイムが入りました!!!』

 

 

 …あの加速方法。マヤノの体格に合うように変えられてるけど、基礎的な部分は多分私のスパートの掛け方だよね。10月のデビュー戦の時はただのモノマネだったのにいつのまにか自分のものにしてるよ。……すごいなぁ。

 

「マヤちん大勝利☆みんな応援ありがとーー!」

 

 

 雲一つない青空の下で観客席に向かってニッコニコで両手を振るマヤノ。それに盛り上がるファンの人たち。

 …本人が目標にしてる通り、まさにみんなを照らす希望に満ちた太陽(Hopeful Sun)といった感じがして……私にはそれがすごく(まばゆ)く見えた。

 

「…はぁ、マヤノさんは本当に強いレースをしますわね」

「…強いよ、マヤノは。それは私が1番分かってる」

 

 

 普段絶対に意見が合わないであろうピスとも意見が合うくらい強くて堂々としたレース運びだった。おめでとう、マヤノ。

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 ホープフルステークスの次の日。私とテイオーとマヤノの3人は寮備え付けのキッチンに集まっていた。マヤノの前には沢山の料理が並べられていた。…並べたの私だけど。

 

「わぁ…!これ全部食べていいの!?ホントに?」

「いいよ、約束したしね。…マヤノから見て右から順にニンジンのポタージュ、エビのマリネ、鶏肉のコックオーヴァン。まぁ、名前なんてなんでもいいんだけど」

「つまみ食いしたけど、どれもホントに美味しかったからね!マヤノも早く食べなよ!」

「……テイオー、つまみ食いしたの?」

「…あっ」

 

 

 …テイオーはあとでこちょこちょの刑ね。なんかごそごそやってるとは思ってたけどさ。

 

「……それはともかく。ホープフル勝利おめでと、マヤノ。クリスマスパーティの時我慢させちゃったから、実家で食べてたクリスマス料理を用意したよ。今は冷やしてるけどケーキも用意してるから後で用意するね」

「これ全部メルちゃんが用意したの?」

「聞いて驚かないでねマヤノ、メルちゃんってば実は昨日の夜からこっそり仕込んでたんだよ?」

「えっちょっと」

 

 

 なんでそれを知ってるのさテイオー。一言も言った覚えがないんですけど。ていうかそれ分かっててつまみ食いしてたのかこのウマ娘。油断も隙もないっていうのはこういうことを言うのかな。

 

「そりゃ朝手伝いに来た時からあれだけ準備できてたらわかるよ〜。おかげでボクがやることがあんまりなかったんだからさ」

「……ッ!そ、それはなんでも良いからともかく早く食べなマヤノ!私が料理なんてやるの滅多にないんだから!」

「えへへ〜、いただきます!」

 

 

 ニヤニヤしてるテイオーは後で本格的になんか仕返ししてやる。…テイオーの方が絶対に力が強いからやり返されるかもしれないけど。

 

「…あっこのスープ美味しい!何使ったらこんなに美味しくなるの?」

「……出来合いのものだよ」

「あーっ、メルちゃん尻尾揺らしてる〜!照れてるんだ〜!」

「テ   イ   オ   ー  !! !!」

「あはは!メルちゃん怒った〜、にっげろ〜!!」

 

 

 …とりあえずあの大あんぽんたんをひっとらえてから私たちもご飯食べようかな。もちろん、意地悪するテイオーは少なめで。

 

 

 数十分後、疲れ果てた顔をしている2人と満面の笑みを浮かべているマヤノが仲良く切り株のようなケーキ(ブッシュドノエル)を食べているのを見て、たまたま通りかかったマックイーンさんが羨ましがるのは別の話。




第2Rはここまで!
この後は断章的なものをいくつか挟んでから第3Rに入ろうと思ってます、よろしくお願いします。
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それでは次回もよろしくお願いします!


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断章
間話 トゥインクルシリーズが好きな民の巣窟(3)


前話でシャレにならないガバをした乃亞です。

ピスのトリプルクラウン発言をトリプルティアラに修正させてもらいました。本当に申し訳ない。ダスカの育成してる時に気づいて慌てて修正しました。
断章その1、掲示板回的なアレです。
今回もよろしくお願いします。


【新年】クラシック戦線実況総合スレpart5986【あけおめ】

 

1:芝に風吹く名無し ID:DvuGNxRD1

前スレ埋まったのでとりあえず

 

 

4:芝に風吹く名無し ID:iRceB/URD

最優秀ジュニア級ウマ娘って誰になるん?メルクーリ?マヤノ?

 

 

8:芝に風吹く名無し ID:b6MULM6Bt

>>4

流石にメルクーリだわ。戦績がG1含む3戦3勝は強い。G1勝った3人のうちピスタチオはマヤノに負けてるしそのマヤノは2戦しか出てないし

 

 

11:芝に風吹く名無し ID:j3BN/lwmy

メルクーリなぁ…朝日杯FSのレース内容、速いは速いけど脆さも出てたよな

 

 

12:芝に風吹く名無し ID:/z72cnLAv

初っ端から掛かりまくったけど能力ゴリ押しでなんとか勝ったスバルメルクーリ

ジュニア級らしからぬ王道のレースをして着差以上の強さを見せて勝ったマヤノトップガン

そのマヤノトップガンにデビュー戦で逃げ切られたものの着実に上手いレースを覚えていってるピスタチオノーズ

この差よ

 

 

17:芝に風吹く名無し ID:FX3/A2tIT

メルクーリ、強いは強いけどレース中の勝負に対する気迫みたいなのがあんまり見られないのがすごく勿体無いわ

そこさえ出せればシンボリルドルフ以来の無敗の三冠まであり得そう

 

 

19:芝に風吹く名無し ID:fVQAn2siI

あの掛かりまくってなんとか勝った朝日杯でも1番のピンチはレース中じゃなくてレース後の勝利インタビューだったという風潮

 

 

20:芝に風吹く名無し ID:5AQfeKaMd

>>19

メルクーリのアレは一周回って可愛いからいいんだよ

 

 

21:芝に風吹く名無し ID:HO2SUnluN

ジト目の子があわあわしてるの可愛いだろーが

 

 

23:芝に風吹く名無し ID:dd2urDXjC

(ㅍ_ㅍ) …えっ、あっ…あのー、はい。本当に寒いのであったかくしてください。……次走…?あーその、えっと。はい。頑張ります

 

これほんま草

 

 

27:芝に風吹く名無し ID:1Yj1vkK86

【超天然】▼スバルメルクーリちゃんのインタビュー まとめてみた【かわいい】

この動画、ほとんどの時間「えーっと」とか「あのー」とかなのかわいい

 

 

29:芝に風吹く名無し ID:HwACfMbHi

マヤちゃんのインタビューのうまさ半分くらい分けてあげて欲しい

 

 

34:芝に風吹く名無し ID:fYC9vQNMi

Q.次走については?

メル「あー、その。……えっと、はい。…頑張ります」

マヤ「決まったらマヤのウマッターとウマスタで発表するから待っててね!」

ピス「次走に関しては桜花賞に直行、またはトライアルのチューリップ賞のどちらかですわ。詳細はリギルの公式アカウントで発表しますわ」

今年の三強のメディア対応の差が一眼でわかる質問

 

 

36:芝に風吹く名無し ID:ZmsF/uBwv

>>34

ピスちゃんホンマしっかりしてるな

 

 

37:芝に風吹く名無し ID:OoI7ADkl7

メルちゃん速いは速いんだけど、このまんまだと見事に「銀髪の呪い」に囚われそうだよなぁ

 

 

39:芝に風吹く名無し ID:gPfN4nSml

>>37

芦毛以外の銀髪の子がクラシックシニア勝てないって奴か

昔は芦毛も入ってたのになぁ…オグタマにマックちゃんとかが出てきて一気にぬけてったけど

 

 

44:芝に風吹く名無し ID:OoI7ADkl7

>>39

それそれ、そもそも中央の重賞走れるレベルの佐目毛とか白毛のウマ娘が出てこないのもあるけど出てきてもなかなか勝てないって奴

 

 

49:芝に風吹く名無し ID:zTJQ/UtvB

毛の色が悪いおじさん「銀髪の子は銀メダルを想起させるからレースでの縁起が悪い!白髪の子は白紙を想起させるからレースでの縁起が悪い!」←これ

 

54:芝に風吹く名無し ID:eXUgv/Cpg

あ  ほ  く  さ

 

 

55:芝に風吹く名無し ID:GYMsEGqis

てか沖野はそろそろマヤノとメルクーリどっちを三冠路線出すのかはっきりしろよ

 

 

57:芝に風吹く名無し ID:6FVJqmI4B

>>55

沖野はウマ娘の走りたいレース最優先だから回避とか全く考えてない定期

 

 

62:芝に風吹く名無し ID:RfiqhSWWu

これは置物、おハナさんをみならうべし

 

 

66:芝に風吹く名無し ID:wLuK0AQOK

マヤちゃんとメルちゃんのウマッター更新きたぞ

 

 

68:芝に風吹く名無し ID:NQAAhyLF9

マヤ☆@Maya_topgun

あけましておめでと〜☆今年はマヤの年にしちゃうから目を離さないでね!メルちゃんとテイオーちゃんとのスリーショット☆

(一枚の画像を表示)

 

スバルメルクーリ@Pleiades_Mer

あけましておめでとうございます。マヤノさんとテイオーさんとスリーショットを撮りました。

(一枚の画像を表示)

 

 

71:芝に風吹く名無し ID:Kzxd6OWlM

>>68

まさかこの3人で1番背高いのテイオー…?テイオーってちっちゃくなかった?

 

 

73:芝に風吹く名無し ID:MoyloGjLr

>>71

テイオーは確か150だからマヤノとメルはそれ以下ってことになるな

 

 

76:芝に風吹く名無し ID:lqeNIKxMy

>>71

ちっっっさ

そりゃピスちゃんと3人で写真撮ったらピスちゃんが背高すぎて浮くわ

 

 

79:芝に風吹く名無し ID:Nbv1COK/8

唯一抜きん出て並ぶものなし(物理)

 

 

80:芝に風吹く名無し ID:NQFiiPERz

メルちゃんマヤちゃんがかわいい系の子なのに対してピスちゃんだけ美人さんタイプだからしゃーない

 

 

83:芝に風吹く名無し ID:S9xRinbkv

あの写真、ピスタチオが頭一つ分抜けてたからな

 

 

88:芝に風吹く名無し ID:e9lA0F2po

誰の頭が大きいって?

 

 

93:芝に風吹く名無し ID:nF96iozZV

>>88

おはハヤヒデ、こんな時間からこんなとこ見るもんじゃないぞ

 

 

98:芝に風吹く名無し ID:TJNR5lHUU

予想だとメルが次走弥生賞でマヤノが皐月直行なんだっけか?メル走らせすぎじゃね?

 

 

102:芝に風吹く名無し ID:rpH0yqdrk

>>98

でもFSから直行だとメルクーリが中距離未経験で皐月賞乗り込むことになるし…っていうガバガバ予想だぞそれ

参考にならん

 

 

105:芝に風吹く名無し ID:2DwR90Pm0

これマヤノをFS→弥生にしてメルをホープフル出せば全て解決した話じゃね?

 

 

107:芝に風吹く名無し ID:L4nRz2YRp

>>105

唐突な正論パンチはNG

マヤノがマイルだと短い可能性もあるしな

 

 

111:芝に風吹く名無し ID:T4lsHf+4I

単にメルクーリがティアラ路線でマヤノが三冠路線なんじゃねぇの

こないだの月刊トゥインクル見てたら2人ともクラシックにこだわりが強いようには見えなかったし

 

 

112:芝に風吹く名無し ID:YOBQ0tDdu

マヤだよ☆@Maya_topgun

そういえばね!この前ホープフルステークスに勝った時にメルちゃんに作ってもらったの!美味しかったぁ〜☆

(1枚の画像を表示)

 

 

114:芝に風吹く名無し ID:u1fvD/VKY

>>112

ふぁ!?

 

 

116:芝に風吹く名無し ID:CbCILfsgj

>>112

は?これメルクーリが作ったの?は??

 

 

117:芝に風吹く名無し ID:+3MEIpS0S

ガチなフランス料理で芝生える

 

 

119:芝に風吹く名無し ID:KjcrC2Br2

えっ…?……ママ?

 

 

124:芝に風吹く名無し ID:V0l5B1b6q

>>119

通報した

 

 

125:芝に風吹く名無し ID:v0vDyGwTa

>>119

逮捕

 

 

129:芝に風吹く名無し ID:FmIltHczA

メル本人が何も言わないのがガチ感あるな

 

 

130:芝に風吹く名無し ID:37JEex5TT

あっ…

▼朝日杯FS3着ツクツクホーシが右脚骨折…復帰戦は青葉賞か

 

 

131:芝に風吹く名無し ID:laOwuLnPO

>>130

あーやっぱりかぁ。最後全然伸びなかったもんな

 

 

134:芝に風吹く名無し ID:7B7Q5ka/K

レース直後になんかメルちゃんとイニシちゃんと話してたのってこのこと?

 

 

138:芝に風吹く名無し ID:ISWMT+EM6

いやぁ、まっさかぁ…

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜

 

「……やだ」

「もう!やだやだ言ってないで行くよ初詣!!」

「やだやだやだ!!」

「……マヤノ、メルちゃんの左腕持って。ボク右腕持つから」

「アイ・コピー☆」

「…させない」

「あっ!メルちゃんが逃げた!追うぞー!!マヤノはレース明けだからゴルシあたりに連絡しといて!」

 

 

 年明けたばっかりなのに外なんか出たくないんですけど。しかも買い物とかならともかくよりにもよって神社とか1番行きたくないんですけど!!

…力勝負になったら多分勝てないのでこれは逃げるしかないよね。

 

 

 それから約2時間後、ゴルシに見張られながらマヤノとテイオーに挟まれているメルクーリが神社前で確認されたという。

 




断章はあくまで断章なので5話もないと思います。…多分。
お気に入り登録が1100件超えてました、本当にありがとうございます。評価、感想等々もいつもありがとうございます。

それでは次回もよろしくお願いします!


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断章 トレーナーの奮闘 その1

フジキセキさんが最後まで虹の欠片くれなくて遅れました。
断章その2、スピカのトレーナーがメインになる話…のはずです、うん。
それでは今回もよろしくお願いします。


「マヤノは併走メインで…んでメルクーリは水泳トレーニングを…っと」

 

 

 スピカの新年会が終わった後、トレーナーがPCを叩いて今月の練習予定表を作成しているとトレーナー室のドアをノックする音がした。

 

「失礼するわよ」

「おっ、来た来た。あけましておめでとう、おハナさん」

「はいはいおめでとう。…で、これでいいのかしら?」

「おっ、どれどれ…。いいねぇ…」

 

 

 部屋に入ってきたおハナさんから渡されたのは表紙に『スバルメルクーリ 極秘資料』と書かれた紙の束。

 

「あの子、本当に大丈夫なの?朝日杯の走り、とてもじゃないけど平静ではなかったわよね。それでも勝っちゃうのは流石だけどね」

「…それをなんとかするためのコレってわけよ。おっ!さっすがおハナさん、欲しい情報が揃ってるわ」

「…変わらないわね。それじゃ私もダンスレッスン見なきゃいけないから帰るわ。貸し1で」

「…変わったさ。貸し了解っと」

 

 

 紙をひらひらさせておハナさんを見送るとトレーナーはもらった資料を読み始めた。

 

「…生まれが日本で、途中でフランスに移住…ねぇ」

 

 

 日本の小学校に入学後、半年ほどでフランスに移住してそこからの記録が一切なし。5年でフランスの小学校を卒業したらしいことのみが書かれている。

 次の詳しい記載はトレセン学園の入学試験。

 

 

(筆記試験と実技試験が首位…芝2000mの上がり3ハロンが34秒2ってマジかよコレ。下手すりゃ入学時からG1レベルじゃねぇか。多少面接試験に難があったらしいが、帰国子女なことを考えれば充分。これなら当然新入生代表になる……んん?入学式は飛行機の都合が合わずに欠席、新入生代表スピーチを実技2位のピスタチオノーズが代行って……アイツなぁ…)

 

 

 思わず呆れた顔をしていると、再びドアをノックする音がした。

 

「お忙しいところ失礼します、駿川です」

「あーたづなさんか、鍵は空いてますからどうぞ」

 

 

 ドアを開けて入ってきたのはお正月なのにも関わらずお馴染みの緑の服を纏った駿川たづな。せっかくのお正月なのにこの人も忙しい人だなぁとトレーナーは思っていた。

 

「スバルメルクーリさんは…いませんか。では後ほど彼女にもお伝えしていただいてもよろしいですか?」

「ん?メルクーリがなんかしましたか?」

「いえいえ、悪い話ではなくむしろ朗報です。実はこの度、スバルメルクーリさんのジュニア級での活躍が評価されまして、URAよりスバルメルクーリさんを『最優秀ジュニア級ウマ娘』として表彰するという通達がございました!」

「…えっ?本当ですか!?」

「こちらがその通達書です♪」

 

 

 たづなの発表に思わず目を丸くして通達書を受け取る。全くそのことを考えていなかったが、確かに3戦3勝、うちG1を含んだ重賞2勝はジュニア級の成績としてケチのつけようがないものである。

 

「いやぁ、ありがとうございます。メルクーリの奴にもちゃんと伝えときますんで日程はいつになるか教えてもらっていいですか?」

「表彰式は今週末になりますので、コメント等をあらかじめ準備しておくようにお伝えください!あ、あと」

「…あと?」

「 絶 対 にサボらないようにキツく言いつけて下さいね?」

「ヒッ、ワカリマシタ」

「ふふっ。では、失礼しますね。改めておめでとうございます!」

 

 

 たづなの笑顔の裏にある底知れない圧に冷や汗が止まらないトレーナーであった。

 

 

 〜〜〜

 

『……わかった。式典用のドレスがあるからそれを準備しておく』

「おう、よろしくな。…台本もしっかり練っとけよ?たづなさんめっちゃ怖かったからな?」

『………うん』

 

 

「…はぁ」

 

 

 スバルメルクーリへの電話を切って息を吐く。さきほど神社までトウカイテイオーやマヤノトップガン、ゴールドシップたちに引っ張られてげんなりとした表情をしていたウマ娘と同じ、銀髪をたたえたウマ娘の声はいつもなんら変わりが無かった。

 

 

 …朝日杯で彼女が見せた脆い面は、それ以降は表面上顔を見せていない。逆にいうと、あの朝日杯のレースは彼女の鍍金(メッキ)を剥がすほどの出来事だったということになる。

 

 おそらく鍍金が剥がれる原因となったトリガーは2つ。

 1つはレース序盤、バ群の中で見せた彼女の脆さ。…そしてもう1つ、最後の三つ巴での競り合い。

 

 トレーナーがパソコンを操作すると1つのニュース記事が現れた。

▼朝日杯FS3着ツクツクホーシが右脚骨折…復帰戦は青葉賞か

 〜〜

『……ったく、1つ目だ。ゴール直後にツクツクホーシの所に行って何か話してたろ。あれは何を話してたんだ?』

『多分右足のどこかにヒビが入ってるだろうからその喚起。最後競り合った時に異音が聞こえた』

 〜〜

 

「あのウマ娘が骨折、ほぼ4ヶ月休養ねぇ…」

 

 

 結果的にあの時スバルメルクーリが話していたことがそのまま的中した形となっていた。

 …いくら耳が他のウマ娘よりもいいと言えど、レース中の競り合っている相手の怪我の位置まで特定するのはとてもじゃないができない…はずだ。

 

「…まさか、な」

 

 

 脳裏に浮かんだとある可能性をそのまま記憶の箪笥にしまっておく。きちんとした証拠がない限りとてもじゃないが信じられない。だがそれでも彼女の耳なら、というくらいの可能性論。

 

 

 

 …その可能性を確信に変えるために、“スバルメルクーリ”を知る必要がある。このデータ群よりも深い領域で。

 となればまずやる事はひとつ。

 

「…いきなりで申し訳ございません、チームスピカのトレーナーと言えば分かっていただけるでしょうか」

『…インタビューと同じ声ですね。娘がお世話になっております』

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

「……やっぱり人混みは嫌いだ」

 

 

 なんで新年早々、うるさいところに顔を出さなきゃいけないんだか。マヤノとテイオーに貰った耳カバーはある程度の効果を発揮してくれてるけど、それでもうるさいものはうるさい。

 

 今はチームメンバーと別れ、1人でおサボりスポットその2こと河川敷で寝転んでぽーっと空を見上げていた。さらさらと流れる川のせせらぎがとても心地よくてついつい寝てしまいそうになる。

 

「…はぁ」

 

 

 ふと目を開いて空を見ると、新年でも相変わらず通常運行中の雲がそよいでいて、その雲の隙間に、ふと今にも消えそうなほどに痩せ細った月が浮いていた。

 

 夜の月とくらべたら余りにも弱々しくて青白く見えるそれに手を翳して掴み取ってみようとしたけど、その行為が完了する前に既に月はまた雲に攫われて姿を隠してしまっていた。

 

 

 

 …今年の6月までに目標を見つけるとトレーナーに啖呵を切ったのはいいけど、どうすれば見つかるのか、見つけられるのか。…全然見当すらつかない。

 

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………。

 

 

 昔はなんで走ってたんだっけか。

 〜〜

『ルゥ、次は左周りで1600m走ってみない?』

『はぁ…はぁ。…うん、やろ!今度はメルちゃんでも最後まで抜かせないくらい早く走るから!』

 〜〜

 

「ぅ

 

 

 ……軽忽に“昔”なんて言葉を出すからすぐこうなる。

鼓動がイヤに早くなって心臓がキュッと痛くなるような感覚に苛まれ、私は伸ばしていた手を地面に叩きつけた。ぱふ、という軽い音と一緒に雑草が少し舞ったのが目の端で見えた。

 

 

 …何はともあれ、とりあえずは表彰式用のコメントを考えることから始めようかな。たづなさん、怖いし。

 




ジャパンカップ、海外G1の子も来てるみたいでなかなかに配当がおかしいことになってますね。
海外G1勢vs歴代ダービー馬は中々に熱い気もするけど個人的にはグランドグローリーが怖いです。Cデムさんだし。
またランキング載せてもらったみたいです。いつもありがとうございます。お気に入り登録、感想、評価等々も本当にありがとうございます。
それでは次回もよろしくお願いします!


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断章 緑眼の貴婦人は口を尖らす

クリスマスマヤノ、すっごくかわいいんですけど。財布が壊れる音がしました。
断章その3、ピスちゃんことピスタチオノーズさんのお話です。おぜう様です、多分。
また、今回一部フランス語が出てきます。文法等でおかしいところがありましたら遠慮なく教えていただけると幸いです。
それでは今回もよろしくお願いします。


「今日の練習はここまで!各自疲れを溜めないよう念入りにクールダウンをすること。あとピスは話があるのでクールダウン後に私のところに来なさい」

「「「「「はい!!」」」」」

 

 

 …珍しいですわね、おハナさんが練習後にわざわざ呼ぶなんて。今まであったかしら。

 

「ピスちゃん、また何かやらかしたんですか?」

「何もやらかしてないですわ!そもそもまたって何ですの?またって!」

「ピスちゃんはグラスに信用されてないデース!」

「エールー??」

 

 

 グラス先輩をおちょくったエル先輩がどつかれているのを尻目に(わたくし)は呼ばれた理由を考えてみる。……新年早々、何か粗相をしてしまったかしら。

 

 〜〜〜

 

 クールダウンを終わらせ、制服に着替え終わった私はおハナさんのトレーナー室の前に立っていました。…さっきからずっと考えてはみたのですが、さっぱり身に覚えがないのでおハナさんの口から何が飛び出すか戦々恐々ですわ。

 

「ピスタチオノーズですわ。おハナさん、入室してもよろしいでしょうか」

「鍵は空いているから入りなさい」

「…失礼いたしますわ」

 

 

 おハナさんのトレーナー室はいつ見てもしっかりと必要機材や各種データが綺麗に整っていて、几帳面なおハナさんの性格が写し出されているみたいですわね。

 

「わざわざ練習後に呼んですまなかった。そこに座りなさい」

「ありがとうございます。…えっと、私何かやらかしましたか?」

「あぁいや、そういうことではない。これを見せた方が早いな」

 

 

 おハナさんからいただいた紙を受け取り、文字を読む。

 

「…えぇっと、『ピスタチオノーズ殿、貴女のジュニア級での走りを評価し『最優秀ジュニア級クイーンウマ娘』として表彰する』…。おハナさん、これって!」

「あぁ、たづなさんから渡されてな。おめでとう、ピス。私もお前のことを誇らしく思っている」

 

 

 おハナさんからのお褒めのお言葉をいただき、思わず笑みが溢れてしまう。いけませんわ、エゴを出しては淑女が廃りますの。でも…ふふっ。嬉しいですわ。

 

 

「世間では私とマヤノさん……あとはメルクーリさんの3人で三強って言われてますが、これで私が一歩前に出ましたわね!」

「…あー、そのことだが」

「???」

「最優秀ジュニア級ウマ娘はスバルメルクーリだ。表彰式で顔を合わせることになるが、くれぐれもケンカしないように」

「…………はい、わかってますわ」

 

 

 ……あ・の・ぎ・ん・ぱ・つ〜〜ッ!!!腹立たしいですわ!100歩譲ってマヤノさんならまだ許せますわ、…デビュー戦で負けてしまいましたし。でもよりにもよってあの銀髪に掻っ攫われるなんて!!

 

 た…確かに!!メルクーリさんはデビューから無敗でFSを含む3戦3勝ですがね!!重賞もジュニア級のウマ娘では唯一2勝ですが!!

 っかァ〜、許せませんわ!!!極めて個人的な理由でむしゃくしゃしますわ!!!

 

 …いけません、いけませんわ。あのあんぽんたんのことを考えるとストレスでどうにかなりそうですの。いいですのピスタチオノーズ、ここはしっかりと切り替えなければ。

 

 

「…表彰式のコメントはあらかじめ考えておきますわ。改めまして、この賞の受賞はおハナさんの指導のお陰ですの。今年もご指導、ご鞭撻のほどよろしくお願いいたしますわ!」

「まずはチューリップ賞。取りに行くわよ」

「はい!では、失礼しますわ」

 

 

 …ふぅ、これからも頑張らなければ!…ってあら?

 

「ピスちゃん。クイーンウマ娘受賞おめでとうございます〜」

「おめでとうデース!!今日はお祝いデース!!」

「あら、グラス先輩にエル先輩。…聞き耳立ててたんですか?」

 

 

 お辞儀をしてトレーナー室を外に出ると、グラス先輩とエル先輩が待ってくださっていました。このお二方に限らず、リギルの諸先輩方は私をよく見てくださります。たまにグラス先輩は怖……いえ何でもありませんわ。……グラス先輩の視線にビビったとかそんなことではありませんから!

 

「…ふふっ。とりあえず食堂に行きましょうか。私、お腹ぺこぺこで」

「えっ?…あぁ、はい。御相伴に与らせていただきますわ」

 

 

 〜〜

 

 食堂でにんじんハンバーグ定食をいただいて先輩方の席に行くと、グラス先輩もエル先輩も山のような大量のご飯を用意していらっしゃいました。…見てるだけで少し胸焼けがしそうですわね…。

 

「…あ、相変わらずすごい量を食べるんですわね」

「私の友がよく食べる方でして。それにつられちゃいました〜」

「グラスはスペちゃんのことが…痛っ!?脇腹を突くのはやめて欲しいデース!!」

 

 

 スペちゃんって…スペシャルウィーク先輩のことですわね。確かスピカ…マヤノさんとあんぽ……もとい、メルクーリさんの所属してるチームですわね。

 ……今日はやけにメルクーリさんの話題に繋がりますわね。

 

「ピスちゃんはクイーンウマ娘受賞、本当におめでとうございマース!」

「え、えぇ。ありがとうございます」

「あら〜?おめでたいことの割にはあんまり浮いた顔をしてませんね。どうかしましたか?」

「いや…その。スピカのメルクーリさんが最優秀ジュニア級ウマ娘が受賞したとのことで…」

「あぁ、あのピスちゃんと仲のいい銀髪のウマ娘デスね!」

「仲良くないっ!!……ですわ」

 

 

 …エル先輩をつつくグラス先輩の気持ちがわかった気がしますわ。まったくもう、あのあんぽんたんと仲が良いわけがありませんのに!

 

「ふふっ。ピスちゃんはスバルメルクーリさんのこと、何かと意識してますもんね」

「意識してな……いこともなくもないといえばそうなのですが…。むぅ…」

「なんでそんなに意識してるんデスか?」

 

 

 興味津々そうに聞いてくるエル先輩とそれを止めないグラス先輩。ちょうど良い話のタネにはなることですしお話ししましょうか。

 

「最初に会ったのはここの入学試験ですの」

 

 〜〜〜

 今日の調子はすこぶる良いですわ!良すぎて私自身もびっくりですの。

 …直前に確認したところが試験問題に出てきたり身体能力測定も自己ベストを連発したり向かうところ敵なしですの!

 これならトレセン合格はおろか、主席合格も狙えるのではなくて?

 

「そのためにも…まずはこのレース試験をぶっちぎりで勝ってみせなくては!おーっほっほっほっほ!!」

 

 

「あの緑の目の子、すごくない?ちょっとレベルが違いすぎるっていうか…」

「…本当に私たちと同い年なの?体格も大きくてちょっとチートじみてるっていうか」

「…それでは次の出走グループの方、準備してください!」

「あっ、あの子次走るみたいだよ!!」

 

 

 えぇえぇ、私を注目(みて)なさい。いずれG1を沢山獲得することになる伝説のウマ娘の伝説の幕開けなんですから。

 

「……Endormi.(眠いなぁ) Le décalage(やっぱり) horaire n'est pas (時差ぼけって)bon pour vous.(体に良くないよね)

 

 

 ……隣の銀髪の子って私と同じ出走レースでしたわよね?やる気あるのかしら。さっきから気のない欠伸を連発してらっしゃるし、英語?で何か呟いてらっしゃるし、日本に土地勘のない外国人かしら?

 ……美人ですわね、髪色以外はあんまり外国人という気はしませんが。

 

「ええっと…へ、ヘイ!しるばーへあーど(silver-haired)がーる(girl)ないす(Nice)とぅー(to)みーちゅー(meet you)はぶあ(Have a)ぐっどれーす(good race)!」

「……えぇっと。日本語で問題ない、です。しばらく日本から離れてたので日本語を思い出してる途中です。だから日本語の方が嬉しいです」

 

 

 …へ、へぇ。流石は日本の中央トレセン学園。海外からの帰国子女も多くいらっしゃるということですわね!…にしても帰国子女さんにもしっかり通じる英語を話せる私、やはり素晴らしいのではなくて?

 

「あ、あらそう。レース試験の出走の準備は出来てらして?次ですわよ」

「……はい、ありがとうございます。あなたもですよね?」

「えぇ、良いレースにしましょう。銀髪さん」

「………はぁ」

 

 

 ……この方、本当にやる気あるのかしら。帰国子女ですから英語はできるんでしょうけど、筆記試験も苦戦してそうですし、体格もお世辞にもあんまり良いとは言えませんし。記念受験か何かでしょうか?まぁ相手が誰であろうと全力を出すのが私の務めですわ。

 

 ゲートの前にとぼとぼと向かっている銀髪さんがふと私の方を振り返ってますが、何かあるのでしょうか。

 

「……レースの前に一つだけアドバイスしますね」

「…お聞きしますわ」

「……知らない言葉を話してる人に無理に英語で話しかけない方が良いですよ。教養がないのに無理をしてるバ鹿だと思われますし、そもそもコミュニケーションが通じない可能性もありますので」

「は……はぁ!?!?」

「……意識してないけど多分さっき私が口に出してたのはフランス語です。英語なんか教養として問題なく話せる程度しかおぼえてませんし」

「…ふぬぬ…!」

「……知らない人にいきなり『ヘイ!』とか今時タチの悪いバ鹿なナンパでも言わないと思いますよ」

 

 

 こ…この銀髪今なんと…!?言うに事欠いてバ…バ鹿ですって!?しかも2回も言いましたわよ!折角人が親切にしてやったというのになんと恩知らずな…!私並みに美人とはいえ、これを許したら矜持が揺るぎますの!これはレースでぶっちぎってわからせてあげるしかありませんわね!!

 

「ピスタチオノーズさん、ゲート入りお願いします!」

「え、ええ…」

 

 

 なんだか釈然としないままゲート入りを促された私。…切り替えですわ!

 

 〜〜

 私は計画通りスタートからずっと好位置をキープ、前の方たちは少し疲れの色が見えてきてますわね。…あの小癪な銀髪はどこか後ろの方をえっちらおっちら走ってるのでしょう、影も見えませんわ!

 

 で、あれば…!

 

「行きますわよ、覚悟なさい!」

「「えっ!!?むーりー!!」」

 

 

 あっという間に前の方々を抜き去って残り3ハロンですわ!このまま私がぶっちぎって圧勝ですの!おーっほっほっほ!口に出したら疲れるから出しませんが!

 

「やっぱりあの子レベルが違うって!」

「まるで重賞レースみたいなスパートの掛け方だぁ…すっご」

 

 

 えぇ、えぇ!そうでしょうとも!私の走りを見て讃えなさい!崇めなさい!これがいずれG1レースを総なめにするピスタチオノーズの走りですことよ!

 

 …なんて今思えば慢心でしかないことを思ってましたの。その慢心を引き裂いたのはあの白銀の突風でしたわ。…本当に癪ですけど。

 

「うわっ、大外からもう1人突っ込んできた!…って速っ!?」

「あっ、あの子も身体能力検査凄かった子だ!銀髪の子って珍しいから目立ってたよね!…って体勢ひっく!?」

 

 

 …えっ、外から?なんですって?って思う暇もなく私を抜き去った銀髪はそのまま私含めた全員をぶっちぎってゴール。2000mを2分2秒3とかいう化け物みたいなスピードで駆け抜けていきましたわ。私は2着、生涯で最も悔しい2着ですの。

 

 レース終了直後、私はあの銀髪に近づきました。

 

Bien(うーん), c'est comme ça(こんな感じかな)

「…はぁ、はぁ。もし、そこの貴女!名前!」

「……はい?」

「名前を教えなさいな!」

「……スバルメルクーリ」

「…スバルメルクーリさんですわね、覚えましたわ。それでは私の名前も覚えてくださいまし。…こほん、私はピスタチオノーズ!しかと胸に刻みなさい、いずれ貴女を負かすウマ娘の名ですわ……っていない!?!?」

 

 

 …くぅ〜〜!!覚えておきなさい、スバルメルクーリ!私は覚えましたわよ!!!

 

 〜〜

 そんな入学試験からはや数ヶ月。私たちはトレセン学園入学式を迎えていましたの。桜並木がとても綺麗で私たちの入学を祝ってるみたいですわ。

 

「あっ、ピスタチオノーズさんだ!試験の時すごかったんだよあの子!」

「ごきげんよう。本日からは同じ学舎の学徒、共に研鑽いたしましょう。よろしくお願いいたします」

 

 

 …どうやらすっかり私の評判は同級生に広まってるようですわね。さて、スバルメルクーリさんはどこにいらっしゃるのかしら。

 …正直に言いましょう。入学試験の時の私は驕りがありました。その驕りを叩き潰してくれた感謝と、宣戦布告をしにこの学園に来たと言っても過言じゃありませんのよ。

 

「あの、銀髪のウマ娘さんをお見かけしませんでしたか?背がこれくらいのちんちくりんの子なのですが」

「あっ出た、めっちゃ速かった銀髪の子でしょ?あんだけ速かったんだから生徒会からスカウト受けて早めに来てるとかじゃない?」

「うわー、ありそうそれ。いいなぁ…私もシンボリルドルフさんに直接スカウトされたいなぁ」

「あんたはまずおべんきょーどうにかしないと!」

 

 

 …そうだとしても流石に誰も見てないのはおかしくないですの?あの目立つ銀髪ですわよ?そんなことありえます??

 

「ピスタチオノーズさん!!」

「ひゃっ、ひゃい!!??」

 

 あの方は…理事長秘書のたづなさんでしたわよね。息を切らして走って来て一体どうしたのでしょうか。

 

「ちょっとお時間いただいてよろしいですか!?」

「えっ、えっと…はい。すみません、失礼いたしますわ。改めまして、私はピスタチオノーズと申しますの。これからもよろしくお願いいたします」

「…なんか大変そうだね、なんか手伝えることがあったら教えてね」

「えぇ、その時は頼らせていただきますわ」

 

 

 ひとしきり挨拶を終えてたづなさんについていきます。い、いったい何が起きてるのでしょう…??

 

 〜〜

「は、はぁ!?新入生スピーチ!?」

「はい…いきなりな話で本当に申し訳ないのですが…。元々新入生スピーチを行う予定だった子が今日の式までに来られなくなってしまって…試験での成績が2番でしたピスタチオノーズさんに白羽の矢が立ったと言いますか…」

「…ええっと」

 

 

 初めて直に見た気がするたづなさんは、すごい狼狽えていらしてトレセン学園のパンフレットの落ち着いてた方と同じ人物とはとても思えませんの。

 

「あの…私でよければスピーチの1つや2つくらいやらせていただきますが、その代わりに1つ教えてくださる?」

「え、えぇ。答えられるものであれば答えますよ」

「…元々スピーチをやる予定だった方ってどなたですか?」

 

 

 半分くらい確信をもって投げかけた質問は、その通りに答えが返ってきましたの。

 

「それくらいなら…。元々スピーチする予定だった方はスバルメルクーリさんと言いまして、フランスからの帰国子女の方なんですけど…元々搭乗予定だった飛行機が大嵐で欠航になってしまって来られなくなってしまったんです」

「……ですわよね」

 

 

 ……あ・の・ぎ・ん・ぱ・つ〜〜ッ!!!やむを得ない事情とはいえなんか許せませんわ!!なんか癪に触りますわね!この憤懣をどこにぶつければいいのかしら!?

 …落ち着きなさいピスタチオノーズ、これはチャンスなのです。あの銀髪のお零れとはいえど折角零れ落ちてきた大任。。やらないわけにはいきませんわ。

 

「…はぁ、わかりました。私でよければやらさせていただきますわ」

 

 〜〜〜

 

「……とまぁ、これが私とあの銀髪との出会いですわ。その後は先生から出された課題や試験問題を学校に滅多に来ないメルクーリさんの寮の部屋に届けたり……。あら?これって私体の良いパシリではなくて??」

 

 

 そんなことは無いと…思うのですが。スピカに入ってからは割と学校に来てますし、休んだ日に届ける役目をマヤノさんやテイオーさんがやってくださりますしパシリではない!……ハズですわ!

 

「…というかなんですの今のメルクーリさんの体たらく!入学試験の時にアレだけ私をコケにしておきながら、あの程度の走りなんて絶対に許せませんわ!私の倒すべきライバルならもっと速くなってもらわなければ困るんですの!!」

「ふふっ、やっぱり仲が良いんですね〜」

「入学試験の時からっていうことはアタシとグラスみたいな仲ってことデスね!つまり仲良しデース!」

 

 

 …あらぁ??この先輩方、私の話本当に聞いてたのかしら。どこを切り取ったら今の話に仲良い要素があったのでしょう?いつのまにか山のようにあったご飯もすっからかんになってますし…。ってあらら?あれは…マヤノさん?

 

「あっ!ピスちゃんだ!ねぇねぇメルちゃん知らない?初詣にみんなで行ってその帰りなんだけどいつのまにかいなくなっちゃってて!!Limeも反応しないの!」

「…新年早々何をやってるのかしらあのあんぽんたん。ですがそうですわね…今日の天気的にどこかの河川敷で昼寝でもしてるんじゃなくて?流石にどこかまでは分かりかねますが…」

「河川敷かぁ…むむむ…あっ!わかっちゃった!ありがとねピスちゃん☆」

「え、えぇ。お気をつけて…ってなんですのグラス先輩、エル先輩!!」

「いえいえ〜」

「やっぱり仲良いデスね!」

「仲良くなんかないですわ!!」

 

 

 …なんだか納得いきませんわ!なんで私があのあんぽんたんと仲良い扱いをされなくてはいけませんの!?遺憾ですわ!!とりあえず先輩方、『私たちは分かってますよ』って表情をやめてくださいまし!

 




コントレイルさんのラストラン、圧巻でした。…欲を言えばもう少し走っている姿を見たかったですが。
グランドグローリーも5着入着しててなんか安心しました。
来週はソダシさん…と言いたいところですが、個人的にはジェラルディーナさんの方が気になってます。
毎度のことですがお気に入り登録、感想、評価、誤字報告等いつもありがとうございます。
それでは次回もよろしくお願いします!


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第3R 月乙女に差す陽光
第37話 表彰式:ceremony


今年の阪神内枠はやっぱりダメですわ!ダメですわ!早く京都を改修してくださいまし!
…ふぅ、落ち着きました。ジェラルディーナ…。

ここまでを断章に入れるかどうか迷ったんですけどメルちゃん視点だしいっか、ということで第3R開幕です。
それでは今回もよろしくお願いします。


「……んんぅ」

 

 

 カーテンの隙間から差し込む、どこか霞んだ陽の光にゆっくりと目を開ける。……眠い…。

 

 ……すぅ、すぅ。

 

 

 

 ……カーテン開けなきゃ。

 

「……んにいぃ

 

 

 …寝起きで力の掛け方がよろしくなかったらしい。少しだけ開けようとしたカーテンは私の意思を一切無視して端までレールを転がっていき、結果白く強い暁光が私の視界を覆うことになった。

 

 

「…………まぶし」

 

 

 …二度寝しよっかな。というかそもそもなんでこんな朝早く起きたんだ、私。新年最初の週末だしゆっくり寝たい……週末?

 

 …記憶に何か引っかかるものがあるんだけど……週末……あっ。

 

 

『台本もしっかり練っとけよ?たづなさんめっちゃ怖かったからな?』

 

 

 …年度代表ウマ娘の表彰式って今日じゃん。はぁ…起きるかぁ。笑顔の裏にハンニャを飼ってそうな秘書の顔を思い浮かべたら目も覚めてしまった。

 

「…はふ」

 

 欠伸をしながら軽く目を擦り、机の上に置いてた耳飾りとペンダント、あと耳カバーを身につける。

 化粧?しないよそんなの。そもそも道具を1つも持ってないしね。ドレスだけ持っていけばそれでいいんじゃないかな、多分。

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

「…♪…♫」

 

 

 私は控室で衣装チェックをしていた。…表彰式に出たいとは全く思わないけど、綺麗な服を着れるのは嬉しいよね。

 

 今日の私の服は瑠璃色ベースのレース柄をあしらえた長袖のワンピースドレス。昔お母様に駄々をこねて買ってもらった私のお気に入り。

 

 …式典用だから滅多に着られないんだよねぇ、これ。ちゃんと着こなせてるかな?

 

 あんまり行儀は良くないけど、気分が良いから着衣の乱れの確認も兼ねて黒のヒールのリフトで回っちゃおうっと。あくまで乱れの確認だからね、他の意図はないからね。

 

「……♬…♪…♫」

 

 

 一回転、珍しく纏めた髪型が変に崩れてないか確認。二回転、ドレスにほつれがないか確認。三回転、明るい紫の髪色のウマ娘が私を見てニコニコしているのを確認。……ってえっ??

 

「ふふっ。上機嫌ですわね、メルクーリさん」

「……にぇッ!?マ、マックイーンさん!?……一体いつからそこに?」

「メルクーリさんが鏡でドレスの確認をしている時からですわ。そんなに気にしなくてもちゃんと着られてますわよ」

 

 

 そういうマックイーンさんはいつもの緑色をベースにしたドレスとそれに合わせた羽織り物を完璧に着こなしている。マックイーンさんはシニア級の受賞だったよね、確か。

 

「……そう。…こほん、マックイーンさんも似合ってると思う」

「ふふ、ありがとうございます。鼻歌でも歌いたくなる気分ですわね♪」

「やめてよ!」

 

 

 マックイーンさんの話を聞くと、そろそろ表彰が始まるから呼んでこいとトレーナーに言われたらしい。そういえばジュニア級から登壇してクラシック、シニアって順番に表彰するんだっけ。

 ……トレーナーが直接来なくて良かったってことにしよう、そうしよう。

 

「思ったより緊張してないようで良かったですわ」

「…私ってそんなに緊張しいに見える?」

「まぁその……マイペースではありますわね」

「…じゃあさっきの見なかったことにできる?」

「交換条件として私にロールケーキを作ってくださいまし♪」

「……買った方が多分美味しいよ?」

「メルクーリさんの作ったロールケーキが私は食べたいのですわ」

「……そう」

 

 

 てこでも引かなさそうなマックイーンさんに思わずため息をつく。そんなにクリスマスの時作った奴が羨ましかったのかこの人。

 …まぁ、背に腹はかえられないから従うしかないんだけど。

 

「…わかった、今度作るからさっきのは忘れて。それでいい?」

「えぇ、ええ!私は何も見てませんわ!ささ、表彰式の方に行ってくださいましね!」

 

 

 あからさまに調子があがったマックイーンさんに見送られて控室を後にする。…まぁケーキ1つで醜態をチャラにできるなら安い…ってことにしとこう、そうしよう。せっかくドレス着てるんだし。

 

 〜〜〜

 

「…で、なんでトレーナーはいつもの服なのさ」

「なんでって、あくまでお前らの表彰だしな。俺たちトレーナーは付き添いでしかない」

「…リギルのトレーナーはちゃんとスーツだけど」

「おハナさんはいつもスーツだろうが!よそ(リギル)よそ(リギル)うち(スピカ)うち(スピカ)!」

「……はぁ」

 

 

 …せめてヒゲくらいどうにかしなよ、もう時間的に無理なんだろうけど。今だけはピスのことが少し羨ましい。…たまたま視線があったピスにあっかんべーしてやろ。

 

「なっ!?」

『さて、次は『年度代表ウマ娘』の表彰に移ります。まずはジュニア級で選出されましたお二人に登場していただきましょう!年度代表最優秀ジュニア級ウマ娘のスバルメルクーリさん、年度代表最優秀ジュニア級クイーンウマ娘のピスタチオノーズさんです!』

「……ふぅ、よし」

 

 

 これ以上ないくらい素晴らしいタイミングです司会者の方。ピスの表情が微妙に歪んだタイミングで呼んでくれてありがとうございます。

 

『改めまして年度代表最優秀ジュニア級ウマ娘の紹介です。新潟レース場でのメイクデビュー戦ではコースレコードを記録しての圧勝。そこからサウジアラビアロイヤルカップ、朝日杯フューチュリティステークスを連勝しG1を含む無傷の三連勝を記録しましたスバルメルクーリさんです!』

「……ありがとうございます」

「おめでとうございます。でも朝日杯はどったんばったん、ギリギリでの勝利でしたわね」

「あ?」

 

 ピスの奴、小声で私を煽ってきたな?いいよ、アンタがそのつもりなら私も考えがある。

 

『続きまして年度代表最優秀ジュニア級クイーンウマ娘の紹介です。デビュー戦こそ2着でしたがそこから2連勝!阪神ジュベナイルフィリーズでは衝撃的な末脚を見せての勝利、ピスタチオノーズさんです!』

「光栄ですわ、ありがとうございます!」

「マヤノトップガンデビュー戦、6バ身差の衝撃」

「なんですの…!?」

 

 …ぷぷぷ、怒った怒った。煽られるのに弱いんだから煽らなきゃいいのにね。まぁ私は煽るんだけどさ。

 

「お前らなぁ…」

「…はぁ」

 

 

 後ろのトレーナー2人がため息ついてるのはまぁいいとしてインタビューに集中しなきゃ。…あらかじめ用意したコメントでなんとかなるかわからないけど。

 

『まずはこのお二人からコメントを頂こうと思います。まずはスバルメルクーリさんからお願いします』

「……あ、はい。スバルメルクーリです。……えっと、この度はこのような栄誉ある賞に選出していただいてありがとうございます」

 

 

 インタビューは長すぎず短すぎず、だったよね確か。…どれくらいが長いのか良くわからないけどこんなもんじゃないの?お辞儀したら拍手してくれたし、間違いではない…はず。

 

『メルクーリさん、まずは年度代表最優秀ジュニア級ウマ娘に選出されたと聞いた時の感想をお聞かせください』

「……あー、えっと……その、ちょうどお外で日向ぼっこしてる時にトレーナーさんから電話が来て知ったんですけど。……その、まさか私が選ばれるとは思っていませんでしたのでびっくりしました」

 

 

 私の返答にちょっと笑いが溢れてるんですけど。…なんかおかしいこと言ったかな?

 

『ファンの間ではメルクーリさんと隣にいるピスタチオノーズさん、そしてメルクーリさんのチームメイトのマヤノトップガンさんの3人で今年のクラシック三強という声が出ています。メルクーリさんから見てこのお二人はどんなウマ娘ですか?』

「…ぁぅ……えっと……マヤノさんとはとても仲のいいチームメイトとして、ピス……タチオノーズさんとは他のチームとして、それ以外の方も含めてその………せったさくま?していけたらなって思ってます」

切磋琢磨(せっさたくま)ですわね、さくまって誰ですの?」

「…うるさい、噛んだだけだし。いーッ!」

「…貴女って人は…!」

 

 

 ……うるさいもん、噛んだだけだもん。そんなに笑うことないじゃん記者の方も。バ鹿にした笑いじゃないからいいけどさ。

 

『それでは次にピスタチオノーズさんにお聞きします。最優秀ジュニア級クイーンウマ娘に選ばれた率直なお気持ちをお願いします』

「とても光栄でありがたい気持ちでいっぱいですわ。この栄誉ある賞に恥じないよう、これからも頑張りたいと思いますわ」

 

 

 私と入れ替わるように前に出て受け答えをしているピスをじっと見てみる。…ちっ、煽られなきゃ外面はホントいいんだよなピスの奴。堂々とした受け答えだし、つっかえないし。……背も高いから見栄えがいいし。

 

『ピスタチオさんにもメルクーリさんと同じ質問をしたいと思います。お隣のメルクーリさん、そしてデビュー戦では惜しくも敗れてしまいましたマヤノトップガンさんのお二人はどのようなウマ娘ですか?』

「2人とも私にはない才能を持っている方ですの。とても高い、超えるべき壁であり、得難いライバルですわ」

「んー??」

 

 

 …なんか調子のいいこと言ってるよあの良い子ちゃん。ってあれ、記者の視線がこっちに向いてるんですけど。…もしかして声に出てた?あ、あはは…。澄まし顔しとこっと。

 

『えーー、最後にお二人には今後の目標を書きたいと思います。まずはピスタチオノーズさんからお願いします!』

「もちろんトリプルティアラですわ!そのためのステップレースとしてまずはチューリップ賞に出ますので是非応援のほどよろしくお願いいたしますわ!」

 

 

 ピスの宣言に場内がおお…というどよめきに包まれる。…私も同じこと思ったけど。ていうかこの後に私喋るの?ハードル上がりすぎじゃない?

 

『それではスバルメルクーリさん、今後の目標をお願いします!』

 

 …うっわー、記者の目が大きいこと言えって目になってるよ…。具体的にいえば三冠?やだやだ、こんなことになるなら先に言いたかったんですけど。

 

「……えーっと、私は私の思う理想の走りができるように頑張りたいと思います。……はい、なんかピス……タチオノーズさんとは規模が違うかもしれないんですけど、はい。…えっと、次走はチームスピカの公式ウマッターで発表させていただきますので、そちらの方をお待ちください」

『はい、ありがとうございました!登壇いただきましたのは最優秀ジュニア級ウマ娘のスバルメルクーリさんと最優秀ジュニア級クイーンウマ娘のピスタチオノーズさんでした!皆様改めて拍手をお願いします!』

 

 

 …なんとか乗り切った、かな。記者の方の拍手に答えるようにお辞儀をして壇上からゆっくりと降りる。

 

 

 表彰式の会場から出てしばらくすると、頭をポンポンと軽く叩かれた。

 

「おつかれさんメルクーリ、前よりは話せてたんじゃないか?」

「…本当にそう思う?」

「…まぁ最後はもうちょっと具体的に言えたらなお良かったかもしれないけどな」

「……かもね」

 

 

『私の思う理想の走り』…ねぇ。言った自分が思わず笑っちゃうくらい薄っぺらい発言。ホントはピスぐらい愚直に『クラシック三冠取ります!』とか『G1を10勝します!』とか言えたら良いんだろうけどね。

 

 …私にはそんな絵空事を描く資格はないよ。

 

 

 〜〜〜

 

『メジロマックイーンさん、昨年も“名優”の名に恥じない堂々とした走りでした!今年はさらにライバルが増えると思いますが、どのような走りを見せてくれますか?』

『もちろん、メジロ家の名に恥じない走りを皆様の前でお見せいたします。可愛い後輩も増えたことですし』

 

「……音量2でちょうどいいな、これ」

 

 表彰式でどっと疲れた私は控室のテレビをなんとなく流しつつ、紅茶を飲んでぽーっとしていた。マックイーンさんはさすがと言うかなんというか、取材慣れしてる感じがすごいなぁ。直に会って話す時よりなんとなく輝いて見える。

 

 

 …この後受賞者全員でURAに載せる用の写真撮影あるんだっけ。マックイーンさんはシニア級での受賞だからそろそろ準備しなきゃ。この次にドリームシリーズのウマ娘の表彰があってその後すぐだもんね。

 

 とか思ってたら控室のドアをノックする音が響いた。…トレーナーやマックイーンさんはまだテレビ画面に映っている。……誰だろ、心当たりがないんだけど。ちょっと泳がせてみるか。

 

 しばらくじっと見ているとまたノックが2回…と今度は声も聞こえてきた。

 

「メルクーリさん、いるんでしょう?出てきなさいな」

 

 

 ピスじゃん、はい解散。出る意味ないから無視無視。

 …さーて準備しよっと!ドレスに変なシワ寄ってないかな、ヒールは大丈夫かな、身だしなみはっと…。

 

 ガチャリ。控えめに開けられたドアから緑の目が2つ覗いて私を確認した…と思ったらずんずん入ってきた。遠慮のない奴め。

 

「こら、メルクーリさん!いるなら返事しなさいな!」

「…しーっ、まだ表彰式は終わってないからね。お静かに」

「あ・な・た・ね・ぇ〜!!!!」

 

 

 …アホのピスが騒ぐからマックイーンさんが何喋ってたか聞こえなくなったんですけど。テレビ画面を見たらお辞儀してるし、どうやら終わったらしいのは見てとれた。

 

「年明け早々なんなのさやかましい。…てかこの前マヤノを私のおサボりスポットに誘導したでしょ、ほっぺ膨らませながら来たんだけど」

「アレは私は河川敷としか言ってませんわ。そこからはマヤノさんが探し当てたんですわ」

「そこまで言ったらマヤノはわかっちゃうの知ってて言ったでしょ。…あぁ無理か、ピスは頭カッチンカッチンだからわからないかもねぇ。じゃあしょうがないから許してあげよう」

「……ふぬぬぬ…!!」

 

 

 ホントに煽りに弱いなこのウマ娘。……そんなんでトリプルティアラ取れるの?とは言わないでおいてあげよう。

 

「はいはい、ふぬふぬ言ってないで正気に戻りなよ。この後写真撮影だから呼びにきたとかでしょ?」

「誰のせいで…はぁ、まぁいいですわ。…そこでちょっと回ってみなさいな、身だしなみの確認をしてさしあげますわ」

「アンタが?…まぁ別にいいけどさ」

 

 

 ピスから少し距離を取って障害物がないか確認する。……そうだなぁ、軸足は左でいいかな。よいしょっと。

 

「ほら、どう?」

「…身だしなみの確認で回りなさいって言って高速でグランフェッテをするおバ鹿さんがどこにいるんですの!!やけに軸がぶれなくて綺麗なのが腹が立ちますわね……じゃなくて止まりなさい!!」

 

 

 …へぇ。グランフェッテ知ってるんだ、たまにはやるじゃんピス。仕方ないからゆっくり回ってあげようか。

 

「……はぁ、問題ないですわ。そろそろ出ます?」

「どうせすぐトレーナーと合流するけどね。……一応見てもらったお礼は言っとく、ありがと」

 

 

 テレビの電源を切ってさっさと部屋を出ると、ピスは「あっちょっと!」とかなんとか言いながら着いてきた。

 

「いいこと?来年、私はトリプルティアラを携え、貴女にも勝ってここに戻ってきますわ。吠え面かく準備はできていて?」

「ほえー」

「もう!!…ともかく、負けるときになって泣いても知りませんわよ」

「ふーん。……じゃあ、今試してみる?」

「…はい?」

「私に一度も勝ったことのないピスに突如降りかかる初勝利のチャンスです。さーいしょはグー、じゃんけんほい」

「!!!」

 

 

 いきなりのじゃんけんに慌てたピスはチョキ、それに対して私はグー。言うまでもなく私の勝ち。

 

「残念でした〜、初勝利はまたもやお預け!」

「…くっ!」

 

 

 こんな調子でピスをおちょくっていたらトレーナーに見つかって軽く頭を小突かれました。…解せぬ。

 

 

 

 




表彰式はプロ野球のゴールデングラブ賞とかの授賞式をイメージしたらわかりやすいかもしれません。(独自設定)

次話ですが、諸事情により少し更新間隔が開く可能性が高いです。
登場人物紹介の更新(ピス)や細かい部分の手直し等はする予定なのでちょこちょこと覗いてみたら少し変わってるかもしれません。
毎度のことながら、感想、お気に入り登録、評価等々いつもありがとうございます。
それでは次回もよろしくお願いします!


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第38話 水面を漂う:floating on water

もう今年2週間しかないってウソでしょ…?
阪神JFはウォーターナビレラさんを応援してました。朝日杯はベルウッドブラボーさんに期待してたんですけど回避…。

登場人物紹介の所でこっそりピスを更新してます。もう少し内容増やす可能性はあったりなかったり。
それでは今回もよろしくお願いします。


「いいぞ〜メル!最後のターンをしたらすぐに必殺スクリューだ!」

「……それ、絶対水泳じゃ、ないよね」

 

 

 年明け最初の練習日。私たちは温水プールで水泳トレーニングをしていた。ちなみにゴルシだけは何故かスクール水着の上からジャージを羽織ってサングラスを装着してるんだけど。完全に泳ぐ気ないよねアレ。ビーチでパラソルの下に引きこもってるセレブかなんか?

…ちゃんとサマになってるのが1番納得いかない、なんだあのプロポーション。反則でしょ。

 

 

 指先に壁が軽く当たるのを感じ、最後の50mに向けて39回目のターンをしてゆったりと水を蹴る。

 ……ふぅ、疲れたんですけど。さっきゴルシにつっこまなきゃよかった…。

 

 

(『持久力がグングン伸びる!プールトレーニング』ねぇ……。あのトレーナーのネーミングセンスでよく真珠星(スピカ)なんてオシャレなチーム名をつけられたな…)

 

 

 あのネーミングセンスのない指示書によると、今日は2000mを3セットも泳がないといけないらしい。

 …目標タイムがないとはいえ、とてもじゃないけど新年最初の練習じゃないと思う。私が水泳嫌いだったら確実にサボってた。

 

 

 なんてぼんやり考えながら泳いでいたら指先にコツッと何かが当たる感覚がした。…これで1セットかぁ。

 

「……はぁ、はぁ…」

「一旦休憩だメル、上がってこい」

「…うん」

 

 

 勢いをつけてプールサイドに上がり、髪を絞っていると、急に頭上にドリンクのボトルが置かれた。それと同時にタオルケットで私の髪が包まれてわしゃわしゃされ始めた。言うまでもなくゴルシの仕業だ。ボトルが落ちる前にさっと取っておいて良かった。

 

「よくやったッ!感動したッ!」

「……ゴルシは泳がないの?」

「アタシか?アタシはライフセーバーだからな、泳ぐときはお前たちが溺れた時だけだぜ」

「…ふーん」

 

 

 意外と力加減が上手いゴルシに為されるがままにしながらもらったドリンクに口をつける。……長時間水泳用なのかちょっと濃い目に作られてるな、これ。

 

 ぼんやりとプールを眺めていると、マヤノとテイオーとマックイーンさんの3人がバ鹿みたいな飛沫を上げながら思いっきり競り合っていた。そういえばあの3人はレースなのか。あのトレーナー、何も考えてないような顔してよく考えてるよなぁ。

 なんでスペさんが飛び込み台に上がってるのかは全く意味がわからないけど。

 

 

 私とマヤノの2人の目下の目標になっている皐月賞への調整としてトレーナーはプールトレーニングの指示を出しているわけだけど、その指示の細かい部分は私とマヤノじゃ多分違う。

 

 今までのレースでスピード的には問題がないけど、マイル戦しか出てなくて距離的な不安がある可能性がある私には心肺機能をあげるために長い距離を継続して泳がせるトレーニングを指示した。

 反対に皐月賞と同じ中山レース場、同じ2000mのホープフルステークスを余裕を持って走り切ったマヤノは距離的な不安はあんまりないからテイオーとかマックイーンさんと競り合わせながら泳がせることでスピードを意識させてるんだろう。

 

 

 

「…よし、髪まとまったぞメル!このまましばらく休憩な!」

「……うん。ありがとう、ゴルシ」

 

 

 ま、そんな立派なトレーニングを組んだトレーナーはいまプールにいないけど。なんかやることがあるらしくて管理をゴルシに一任してた。こんな所に1人だけ男がいるのも…って話なのかもしれないけどね。…ま、深く考えても仕方ないか。

 

「にしてもメルって綺麗な泳ぎ方するよな、最後の方もそこまでペース落ちてなかったろ」

「……あんまり意識したことないけど、そう?」

 

 

 …泳ぐのはまぁ嫌いじゃない。実家にいたときは近所の池でたまに泳いでたしね。長時間泳ぐのも慣れてるといえば慣れてる。

 …というかむしろこういった温かいプールで泳ぐことの方が慣れてない。

 

 

 ぼんやりと水面を眺めているとさっきの3人の立てた波のほかにもう2つ、大きな波が立っていた。

 

「私の方が速かった!」

「いいや、俺の方が先に手をついた!」

「「ぐぬぬぬぬぬ!」」

 

 

 顔を上げるとスカーレットさんとウオッカさんがこちらの逆サイドから上がりながらいつものように何か言い争っていた。……泳ぎ終わった直後なのに元気すぎない?

 

 

 …じゃなくて!

 

「…ゴルシは!いつまで私の髪でわしゃわしゃしてるのさ!髪まとまったんじゃないの!?ていうかまた泳ぐんだしそこまで気にしなくて良くない!?」

 

 

 〜〜〜

 

「……はぁ、はぁ………これで2セット目終わり。…疲れたぁ」

 

 

 壁にゆったりと手をついた後、休憩がてら目を閉じてぼんやりと浮かんでいると視界に影が差した。……瞼を開くと目を焼きかねないほど明るい、逆さまの太陽が私を見下ろしていた。

 

「お疲れメルちゃん!これで終わり?」

「………お疲れ、マヤノ。あと一本同じ距離泳ぐよ」

「じゃあじゃあ、マヤも最後メルちゃんと泳ぐ!どれくらい泳ぐの?」

「…皐月賞と同じ距離」

「えっ」

 

 

 水から上がって一息つく。…流石に4000mも泳ぐと体がちょっと重い。疲れた体に濃いドリンクが染みるなぁ。

 

「はい!メルちゃんのタオル!」

「…ありがと、マヤノ」

 

 

 とてて、という音が聞こえそうな足で寄ってきたマヤノからタオルを受け取って髪を軽くまとめる。

 

「メルちゃん、今日どれくらい泳ぐの?」

「…2000mを3セット。合計6000mだけど、まぁ楽しいよ」

 

 

 軽く欠伸をしながら伸びをする。…おお、今のスペさんの飛び込みは綺麗だなぁ。ノースプラッシュっていうんだっけ、さっきの休憩の時よりも洗練されてきてる気がする。何回もやる意味は相変わらずわからないけど。

 

「…なんかちょっと意外だな〜」

「……??何が?」

「そんな大変なメニュー、メルちゃんならめんどくさがってサボりそうだなって思っちゃった」

「…私をなんだと思ってるのさ。っていうかそもそもサボろうと思ってても『メルちゃん!年明け最初の練習一緒に行こ!プールだって〜!』って言いながら部屋の前に張り付いてたのはどこの隣部屋の2人さ」

「えへへ〜☆」

「…むぅ」

 

 

 何も反省してないっぽいマヤノを軽く小突く。……朝早くからこそこそこそこそドアを叩きながら囁かれたら流石に根負けするでしょ。うるさすぎないように声を小さくしたりドアを叩く音をしぼったりして無駄に芸が細かいし。

 

 

 

 ……なんだかんだ練習をサボってるのは私だから、ホントに反省しなきゃいけないのは私…??あれぇ…?

 

 ……考えないようにしよう。

 

 

「…メルちゃんって変なとこでマジメだよね」

「…えっ?」

「だってそうだよね?メルちゃんって練習に来ないことはあっても、練習に来たら練習中はサボらずにちゃんとやってるもん!」

「………気のせいだよ」

「あっ、マヤわかっちゃった!メルちゃんってもしかして「あー、マヤノがそんな変なこと言うからトレーニング終わりたくなってきたなー」…わわわっ!マヤ、何もいってないもん!」

「……トレーニングを最後まで終わらせたいなら、一緒に最後の2000m泳ぐこと。じゃなきゃ今日は疲れたのでやめまーす」

「えへへっ、アイコピー!負けないよ!」

「……元気だねぇ、マヤノは」

 

 

 …勝ち負け考えながら2000mなんてとてもじゃないけど泳げないと思うんだけど。そんなことを思いながら私は体を伸ばし始めた。

 




短いけど許して…許して…。更新間隔開くのも許して…許して…。トレーナー技能試験?サジタリウス杯?知らない知らない…。
感想、お気に入り登録、評価等々いつもありがとうございます。励みになってます。
それでは次回もよろしくお願いします!


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第39話 白いウメ、黄色いミモザ:About to come spring

めりーくりすまーす(棒読み)

ウマ娘のアプデでどうやらサークルに関するアプデが入ったようで。どうやらデイリーミッションにサークルに関するミッションが追加されましたね。
……えっ!?それって!!サークルに入ってない私はこれから一生デイリーミッション全クリのジュエル30個が貰えなくなるって…コト!?(違った)
まぁ、ソロプレイヤー気質が強い私はサークルの相互監視的なシステムが苦手なんで入る気もまたないんですけどね。おかけでマックちゃんすら完凸できてませんよ、ええ。


…話が逸れました。それでは今回もよろしくお願いします。




 とある晴れた早朝、たまたま早く目覚めた私はどこへ行くでもなくふらふらと散歩をしていた。この時期のちょっと冷たくて澄んだ空気、結構好きなんだよね。

 

「……♪…♫」

 

 

 山道…とまでは言わないけど少し急な坂を鼻唄交じりにのんびり歩いていると、ちょっとした広場とベンチを見つけた。

 

 広場に植えられてるのは…ウメかな?樹に白い花がぽつぽつと咲き始めていた。

 …つくづく日本の季節感にはびっくりする。少し前まで手が凍るかと思うくらいには寒かったはずなのに。…結局、雪を見れなかったのは少し心残り。

 

 

 辺りに誰もいない中、ぼんやりと益体のないことを思いながら手袋を取ってみたら、外気は思ったよりも冷たくてぞわりと体が震えた。…どうやら冬はまだまだ終わる予定はないらしい。

 

 

 すぐに手袋をつけるのもなんか違うなと思いつつ、行き場のない両手をポケットにしまって樹上の白珠をどこか呆然と眺めていると、とててと駆けてきた何者かに後ろから視界を塞がれた。

 

「だーれ「…おはよ、マヤノ」だ…って早いよメルちゃん!」

 

 

 すぐに当てた私に少し拗ねたように頬を膨らませたジャージ姿のマヤノが隣に来た。

 

 

 ……早いも何もこんないたずらを私にしようとする時点で候補は絞られるんだよ。私は交友が広い方じゃないし。

 

 まず私にイタズラをしかけそうな人ってだけでゴルシとかテイオー、マヤノ辺りに候補が絞られるわけで、そこから手の位置とか体格でゴルシを外せる。

 

 

 そこからテイオーとマヤノの判別に関しては……正直ズルをした。2人とも私と5cmも違わないから体格で判断しきるのは流石にすこし難しい。難しいから…(ズル)を使った。流石に同じチームでトレーニングしてるわけだし、走ってる音で誰かなんてのは大体判別がつく。テイオーとマヤノは足音の間隔がほんの少しだけ違って……ってなんでもいっか。

 

「…マヤノは朝からホントに元気だねぇ」

「ネイチャちゃんが『朝から元気な大人のレディがモテる』って言ってたから頑張って早起きしてるの!」

「…あぁ、なるほど」

 

 

 またネイチャさんに変なこと教わってるよこの子…。結構イタズラ好きだよねネイチャさん。

 

「で、メルちゃん何見てたの?」

「…あの白いウメ。あんまり実家じゃ見ないし」

「あっ!ホントだ!ってフランスじゃ見られないの?」

「…うん。もうじきミモザ……えっと、アカシアの黄色い花が綺麗に咲く頃だと思うけど、梅とか桜とかはほとんど見なかったなぁって」

 

 

 あんまり騒がしい所は好きじゃないけど、それでもミモザの黄色い花を見るために街に行くのは好きだったなぁ。色が綺麗だし、匂いもふんわりとしてるし。

 

 それと比べたらこの白いウメは花の数こそ少ないかもしれないけど、ひとつひとつに存在感というか、気品を感じるというか。ともかくミモザが咲いてるのとは別の魅力があるんだよね。…詳しいことは知らないけど。

 

 

「………」

 

 

 ベンチから立ち上がり、近くのウメの木を目を閉しながらそっと触れる。ゴツゴツとした幹に生命を感じる気がした。

 

 

 ………こういうのはほどほどに見るだけに留めるのが私の身の丈には合ってる。花を育てようとしたら枯らしてしまうのが(メルクーリ)だから。こういうものは記憶の海にそっと浮かべてふとした時にカンショウするくらいがちょうどいい。

 

 

「………」

「…むぅ」

 

 

 かしゃっ、という音が背後からしたので目を開いて振り向くと、マヤノがさっきよりもさらに拗ねた顔でスマホを向けていた。

 

「メルちゃんってば、たまに今みたいな怖い顔するよね。マヤはメルちゃんのその顔キライ!!キラキラじゃない!」

「……怖い顔?」

「マヤの前ではその顔キンシ!!ユーコピー?」

「……アイコピー」

 

 

 すっかりヘソを曲げたマヤノをほっとくわけにもいかず、寮まで一緒に帰った私はそのまま屋上にでも行って二度寝しようと思っていた。思っていたのに…それを察知していたマヤノとテイオーの2人に教室に連行されてしまうのであった。

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 退屈な授業をなんとか凌ぎ、私はトレーナー室でトレーナーと仮の出走スケジュールを組んでいた。

 

「……はぁ」

「どうした、メルクーリ。さっきから溜息ばっかりじゃないか。体調悪いなら休みにするか?」

「…大丈夫だからさっさと決めよ。皐月賞のトライアルから決めるんでしょ」

「あ、あぁ…。まぁメルクーリの場合は朝日杯を勝ってるから優先出走権を取りにいくっていうよりは長さに慣れてもらうって面が1番大きい」

 

 

 ……今から出られる皐月賞と同じ長さくらいのレースって言えば数えるほどしかないし、中でも中山レース場で開催されるのは1つしかないと思うんだけど。これじゃ決めるというより確認じゃん。

 

「…弥生賞ね」

「おう、昔から多くのG1ウマ娘を輩出した名レースだ。ここで中山特有の短い直線と坂を体感してもらおうと思ってる」

「……ふーん」

 

 

 資料になにかを書き連ねてるトレーナーをぼんやりと眺めながらもらったお茶を啜る。…あちち、もうちょっとさませば良かった。

 

「よし、と。弥生賞が終わったらすぐ皐月賞だ。弥生賞で出るであろう課題を元にトレーニングを組むからそのつもりでな」

「……トレーナーって、本当にトレーナーだったんだね」

「…ったく、お前から見て俺はどう見えてたんだよ…」

「…レースの作戦指示はいつも『好きに走れ』、技術指導もほぼなし。むしろもうちょっとトレーナーらしくしてもいいのに」

 

 

 …もっとも、それが私に合ってないってわけじゃないけどね。なんて思ってたら不意にトレーナーが資料から目を離して私に向き合った。

 

「…あのなぁ、メルクーリ。お前はもうちょっと自信を持て」

「……自信?」

「お前の走り方…いや、走り『型』は俺が口出すまでもなく完成されてるんだよ。お前の体格とか並外れた体幹とかを考えたら、体勢を低く落として歩幅を大きくしながらスパートってのは最適だし目線を下に落とすデメリットもお前の並外れた耳の良さがあるから無視できる。だから基礎トレに力を入れられるんだけどな」

「はぁ…」

「…ったく、本当にどんな奴から教えてもらったんだか。おかげで俺が教えられる技術(コト)なんて数えるほどしかないし、小手先で教えられるものじゃないんだよ。んでそんなものよりも圧倒的にお前に足りてないのはコッチ」

 

 

 そう言ってトレーナーは自分の左胸をトントン、と叩いた。メンタル、あるいは心技体でいう心ってことかな。

 

 

「ソッチに関しては例外を除いて一瞬で身につくものじゃねぇし、むしろどんどんいろんなことを経験していかないといけないわけ。ともかく、次は弥生賞。お前の好きなように走ってこい!」

「…わかった」

 

 

 …心、ねぇ…。コース研究でレースの映像を見たり、ほかのチームメンバーが走ってるのを見てるとイヤでも分かる。

 

 

 レースに勝ったウマ娘は笑顔を。

 負けたウマ娘は悔しさや涙を。

 併走トレーニングから帰ってきたウマ娘は楽しそうな表情を。みんなが心から浮かべてる。

 

 

 

 それに比べて私はどうだろう。最近で言うなら朝日杯で勝ったとき、心から笑えてただろうか。サウジアラビアロイヤルカップは?デビュー戦は?選抜レースは?いつものトレーニング中は?

 

 

 きっと出してから時間が経ったジャガイモのスープ(ビジソワーズ)の表層のようなうっすい膜で笑顔を貼り付けてたような気がする。

 

 

 …結局、覚悟が決まってないのがここまで響いてるってことなんだと思う。ならいつ決まるの?って言われたらなにも言い返せないけど。

 

「メルクーリ」

みゃっ」

「考えすぎだし焦りすぎ。これでも飲め」

「…うん」

 

 

 もらったにんじんジュースに口をつける。…やけに酸っぱいなと思ったらレモンが入ってるやつだこれ。




忙しくて書けない期間に他の方の作品読んでると文章と展開の美しさに語彙力がログアウトする奴。

小説情報確認してたらUAの桁が1つ増えててお気に入り件数も1300件超えててびっくりしました。いつも本当にありがとうございます。そのタイミングで相変わらず重バ場ちっくなのはもうなんかしゃーないかなって。
評価、誤字報告も含めいつもありがとうございます。
それでは次回もよろしくお願いします!


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第40話 不安の種:Anxiety

 

「おぉ、あれがスバルメルクーリか…」

「流石は最優秀ジュニア級ウマ娘、なんかこう洗練された雰囲気というかどっしりとしたオーラを感じるなぁ」

「風に銀髪を靡かせてるのが絵になるわねぇ…あの子が今年のクラシックの中心になるウマ娘かぁ…」

 

 

 ウマッターで弥生賞への挑戦を発表してはや数日。私たちが練習している坂路コースに報道陣がこれでもかと集まっていた。…いや多すぎない?

 ……ただぼんやり空を眺めてるだけでこれだ。練習の邪魔にならないように配慮してひそひそ言ってるって気遣いはわかるけどその音量じゃ私には聞こえちゃってる。

 

「メル、嫌ならアイツら全員まとめて蹴散らすぞ?」

「……邪魔はしてないんだからほっといていいよ」

「でもメルちゃんにはあの人たちの話し声聞こえてるんでしょ?」

「……大丈夫だから。トレーナーも慣れろって言ってたでしょ」

 

 

 心配そうに見るゴルシとマヤノをあえて無視して爪先で坂路コースを軽く蹴るとウッドチップがパラパラと舞った。それが落ちるのを確認してから私たちは走り出した。

 

 

 

 …マヤノのホープフルを現地で見たりレース場のデータを見て思ったけど、私と中山レース場の相性はあんまり良くない。ほぼ確実に。

 

 

 まず私の取り得る作戦は2つ、追込か逃げ。これはまず変えられない。変えられるならこんなにうだうだ考えてない。なのでまずこの2種類の作戦で弥生賞、ひいては皐月賞の展開を考えてみる。

 

 

 まず重賞で使った追込で考えてみると34コーナーのコンパクトさがちょっと目につく。これまで追込で走った東京レース場の1600mと阪神レース場の外回り1600mはどれもコーナーが若干ゆるくて最後の直線で大外に出やすかったんだけど、中山レース場のコンパクトさだと出にくそうだなぁっていうのが正直な感想。

 

 

 じゃあ逃げれば良いじゃん!…というわけにもいかないのが悲しいところで、今度は2000mというこれまで私が走ってない長さがキバを剥く。新潟の1800mはほぼほぼアップダウンのないほぼ平坦なコースだったから逃げるのがすごい楽だったんだけど、今回はそういうわけにもいかない。

 

 

 …確か入学試験は2000m走ったと思うけど、そんなことより日本語のカンを取り戻すことを優先して色々考えながら走ってたからぶっちゃけあんまり覚えてないんだよね。逃げたのか追込んだのかすらさっぱり覚えてない。そもそもトレセン学園の芝コースってそんなに激しいアップダウンないし。

 

 

「ふぃー、んじゃちょっと休憩して芝コース……ってメル!?」

「……」

 

 

 …そして追込をするにしても逃げをするにしても立ちはだかる最大の難関。私が中山レース場が苦手そうだと判断する障壁。

 

 

 中 山 の 直 線 は 短 い ゾ ☆ !!

 

 

 ……はぁ。

 実際問題これが1番の壁になるんだよね、結局。中山レース場の長さ310m、勾配5.3mの直線は追込むにはあまりに短く、逃げるにはあまりに絶壁すぎる。

 

…ロンシャンみたいにコースの最初だったら倍の急坂でもまだいいのに、ここはゴール手前って悪意あるよね?

 

 

 …突然中山レース場の上にピンポイントで隕石が落ちてきて修理のために東京レース場で代替開催にならないかなぁ…。絶対ならないけど。

 

 

 マヤノのホープフルを参考にしようにもあれは見事なまでにレースを支配した先行策なわけでほとんど参考にならない。というかなんなのマヤノのあのレースさばき。

 

 

 逃げた娘はしっかりと目で捉えつつ、後ろから抜こうとする娘にチラッと視線をやることで抜け出しにくくするとかやってることが器用すぎる。ついでに私の加速も模倣(パク)られてるし。

 海千山千のシニア級ウマ娘ならできる奴がいるかもしれないけどジュニア級であんなレースできるのはマヤノくらいじゃない?…聴覚とか諸々を加味しても少なくとも私にはできないなぁ。

 

 

 …どちらの作戦を取るにしても坂に慣れ、坂に負けないスタミナを得ることが先決ということで坂路トレーニングを数こなしてるんだけど……だんだん坂路コースが赤い壁みたいに見えてきた。ウッドチップが入った坂路コースは芝よりもダートよりも随分と軽いはずなのになんかあんまり進んでる気がしない。

 ていうかそもそも今何回目の坂路だっけ。異常に足に疲れが溜まってるんだけど。

 

 

「…ルちゃ……ねぇ、メルちゃんってば!」

「……マヤノ?とゴルシも」

「…ったく。メル、このあともあるのに坂路走りすぎだ!言っても止まらねぇし、マヤノもアタシも追いかけるハメになったんだからな!」

「……えっ?ごめん」

 

 

 …どうやらあれこれ考えているうちに指示された回数を超えていたらしい。いつの間に?

 

「練習にも熱入ってるな、スバルメルクーリ」

「あれだけ坂路やっても息の入りがかなり早いですね。この後の併走にも注目だ」

 

 

 ……だから聞こえてるんだってば。どっから見たらそうなるのさ。…あぁ、蚊帳の外か。

 

 ぼんやりと報道陣に視線を向けていたのも束の間、いきなり回転して私の目は青空しか写せなくなった。

 

「ほら休憩しに戻るぞ、っと!」

「…えっ?ねぇゴルシ!」

「しっかしホント軽いなぁメル。ちゃんと食ってるのか?」

「…食べてるから下ろしてよ!!」

 

 

 いつもいつもこの恵体のウマ娘はなんで隙あらば私を担ごうとするのか。

 

 〜〜〜

 

 休憩後、本番を想定した芝2000mで私たちは走っていた。

 3人のうち、追込想定で私とゴルシが走ってる関係で逃げ想定か先行想定かはわからないけどマヤノがポツンと前に残っている。大体7バ身くらい離れたところにゴルシ、そこから3バ身くらい離れて私。

 

「……っし、行くか!」

 

 

 これ以上離されるとマヤノにそのまま行かれると思ったのか、ゴルシがストライドを大きくする。…私も少しついていこうか。

 

 トレセン学園のコースは中山レース場ほどコーナーがコンパクトじゃないからここから大外に出るのにはそこまで苦戦しないんだけど、それじゃ想定練習にならない。本番を想定するなら…今かな。

 

「…ふぅぅっ!」

 

 

 前のゴルシを外から抜きながら前のマヤノを目指す。…ここから本気の加速をすればゴール50m前くらいには抜けるはず。

 ……そう思って一気に体勢を低くした瞬間だった。

 

 

 

《 ーーまたそうやって自分の醜さ、愚かさを全部棚に上げて踏み躙るんだ 》

 

 

 

 

「…!?」

 

 

 脚が進まないような感覚に囚われて思わず加速体勢を元に戻す。そんな私の横をスピードが乗ったゴルシが一気に駆け抜けていってマヤノに追いついていった。…やっぱり私の勝負をかけるタイミングは間違ってなかったらしい。

 

 2人がゴールしてから大体6バ身くらい離れてゴールするとゴルシとマヤノが駆け寄ってきた。

 

「どうしたメル?行けるタイミングで行かなかったろ?」

「…いや、なんでもない」

「でもお前さっき「大体分かったから今日はもう休む」…あっ、おい!」

 

 

 軽く伸びをしながら報道陣に一礼しつつスピカの部室に戻る。……寮に戻る前に甘いものでも食べようかな。

 

 




ここで今年の投稿終わらせるのもなんか暗い気がしたんですけどこれを新年一発目に出すのもそれはそれでなぁという気がしたんで投稿。

今年1年間、本作を拝読いただき誠にありがとうございました。来年も頑張ります。
それでは次回もよろしくお願いします!


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第41話 春の嵐に心乱され:Turbulent Air

あけましておめでとうございます、やっと出せた…。
前回の内容が暗めだから早めに出したみたいな話しましたけど、1話2話でストーリーの空気が変わるわけもなくて泣きました。
それでは今回もよろしくお願いします。


「……んんぅ…」

 

 

 朝の日差しとちょっとした肌寒さに体が震えて私は目を覚ました。……普段だったらすぐに二度寝を決め込むんだけど、今日はダメだよなぁ。この後移動あるし。

 

「………はぁ、仕方ないし起きるかぁ」

 

 

 起きながらデジタル時計を叩いて光らせる。……5時45分か。結構ちゃんと寝られたな。

 

 

 部屋の電気をつけて思いっきり伸びをする。…こういう時1人部屋なのは勝手が効くからかなり楽。2人部屋だったら相部屋の子が起きるまで待たなきゃいけないし。

 

 

 ……とりあえずご飯食べて、それから部屋に戻って持ち物を一つずつ確認できたらトレーナーの運転する車に乗って行こう。

 

 

 

 ……千葉県、中山レース場に。

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 

「………」

 

 

 静寂に包まれた中山レース場の控室で私はぼんやり出番を待っていた。さっきまで外が慌ただしかった気がするけど、今は大分落ち着いたらしい。何かあったのかな?

 

 

 3月第二週の日曜日に中山レース場メインレース。G2、弥生賞。クラシック三冠路線の開幕戦みたいな位置付けのこのレースはマヤノが勝ったホープフルと、そして皐月賞(ほんばん)と同じレース場、同じ距離。

 

 

 …ゴルシから聞いたんだけど皐月ってmai(5月)のことらしいね。avril(4月)は卯月らしい。なんでさ。

 

「……んんぅ……」

 

 

 シューズの蹄鉄は確認した、髪飾りもしっかりとつけた。耳カバーもしてる。手袋は……どうしよう。朝もさっき外出た時も薄手の手袋でそんなに寒く感じなかったし、走る時には汗をかくだろうからかえって邪魔になる気はするけど…サウジアラビアロイヤルカップからずっとつけてるし。…一応持っていくだけ持っていこうかな。

 

「………うぬぅ………」

 

 

 目を閉じてさっき見てきたターフを思い返す。…思ったより芝は軽そうだったけど、その代わりに思ったよりも4コーナーの出口の芝がちょっと傷んでたのが少し気になった。アレじゃ思いっきり踏み込んでも土が撥ね飛ぶだけかもなぁ…。

 

 

 

 

 ……逃げた方がいい?

 あの急坂を2回とも先頭で走りきれる?初めての中山レース場で、今まで経験したことのない2000mで?それは流石に見通しが甘いんじゃないだろうか。2周目の急坂で少しでもヨレたら余裕を残してた子に差されかねない。

 

 

 

 

 ……じゃあ自分の末脚を信じる?

 直線は急坂込みで310mしかないけど本当に届く?しかもあのコンパクトなコーナーで外にでられる?内を強引に突こうとしても芝は傷んでるし、何よりバ群に突っ込むのは私の耳とメンタルが保たないのは私自身が1番わかってる。

 

 

 

 …うーん……。

 

 

「…って!メルちゃんはいつまでそのゆったりスピン続けるの!!」

「……んんぅ……ってマヤノ?いつの間に?」

「むーっ!さっきからずっといたよ!!」

 

 

 本当にいつの間に?と思いながら目の前のマヤノを見る。……ちょっとぼんやりしすぎてたかなぁ。

 

「…メルちゃん、ホントに大丈夫??もうパドックだよ?」

「……えっ??」

 

 

 回るのをやめて壁付きの時計を見ると出走時間の35分前、パドックお披露目の5分前を指し示していた。…あれぇ、着替え始めた時は1時間くらい前なのにいつの間にこんなに時間が経ってたんだ…?

 

「……行ってくる」

「いやメルちゃんは8枠9番だから最後の方でしょ!というかゼッケン忘れてる!!」

「…えっ?あっ…」

「もー、しっかりしなよメルちゃん!」

 

 

 ……だからわざわざ来てたのね。

 マヤノから『9』とかかれた赤いゼッケンを受け取ってジャージの上から着用する。最後に髪を外に出して…っと。

 

 

「おー、今のだけ見てたらオトナっぽい!」

「…だけって。私は普段からちゃんとしてるでしょ」

「えっ?」

「…ん?」

 

 

 ……テイオーといいマヤノといい、たまに私を三白眼で見るのはやめてほしい。そんなにおかしいことは言ってない……と思う。

 

 

 〜〜〜

 

『中山レース場、本日のメインレースはG2弥生賞。次は圧倒的1番人気、昨年の最優秀ジュニア級ウマ娘が登場!無傷の4連勝を目指して8枠9番!スバルメルクーリです!』

 

 

「………いやいやいや、過剰すぎない?ってうるさっ、しかも風つよすぎ…」

 

 

 遠くまで流されないように軽くジャージを放りながら愛想笑いを浮かべて手を振ると、これまで経験したことのないくらいの歓声が沸いた。…耳カバーしてなかったら卒倒してたかもしれない。

 

 

『前走の朝日杯では直線での強さを存分に発揮して見事にG1ウマ娘となりました』

『逃げるのか、追い込みなのか、見当がつかないのが彼女の強みにもなっています。初めての中山でどんなレースを見せてくれるのか、期待です』

 

 

 そそくさとジャージを回収して一礼する。……もしかして朝日杯の時より人来てない?

 

 

「メルクーリちゃーん!!頑張ってー!!」

「ぅわわっ……ありがとうございます

 

 

 ステージから降りながら声をかけてくれた方に軽く手を振る。『お披露目はファンの方との交流の1つ、しっかりアピールしなさい』ってトレーナーにもお母様にも言われたっけ。

 

 

「メルクーリ!今日はアクロバットしないのか〜?」

「……あはは、いつもありがとうございます」

 

 

 ……流石に今日は風が強くて怖いからバク転出来ないかなぁ…。パドックで怪我して競走除外は割と笑えない。なんなら今怪我したら皐月賞も出られなくなるオマケ付きだし。

 

 

 足は重くない。昨日もちゃんと寝たし、寝つきもいつも通り。だから調子は悪くないはず。天気も風が強い以外は総じて晴れ良バ場だしちゃんと実力を出し切るだけ。

 

 

 

 ……そう、それだけ。

 

 

 

『……以上で出場ウマ娘のパドックお披露目は終了です!出場するウマ娘はターフの方に移動をお願いします』

 

「……ふぅぅ」

 

 

 深ぁーく息を吐いて空を見上げる。…また少し風が強くなってきたけど、これが春一番って奴なのかな。

 

 

 

『トゥインクルシリーズG2、弥生賞!まもなく発走です!皐月賞に向けて勢いをつける勝利を飾るのはどのウマ娘か、注目です!』

 

 

 ……『トゥインクル(ひかりかがやく)』シリーズ、かぁ。つくづく私に相応しくないネーミングだと思う。

 

 

 

 

 

Ça ne me(彼女を) convient pas qui(殺してしまった) l'a tuée.(私なんかには)

 

 

 

 

 

 

 パドックからレースコースに移動して芝の感触の最終チェックをする。いわゆる返しウマって奴。

 そこでは中山の急坂を逆に下るんだけど、これがかなり楽。当たり前だけどね。

 

 …今回だけでいいからコース左回りにしません?

 

「来た!去年の最優秀ジュニアウマ娘!三冠筆頭候補!」

「メルクーリちゃん!頑張って!」

 

 

 ファンからの声援に手を振りながら応えつつ、内ラチ側をゆっくりと…ほぼ歩くくらいに踏みしめる。……今日は()()()かなぁ。

 

 

 




無料10連期間でファイン殿下とアヤベさんのSSR引けてホクホク顔。…キャラ?ちょっと何を言ってるかわかりません。
短距離チャンミは芝S距離適正Sのブルボンさんにお願いしてるんで育てる時間が短縮されました、ラッキー。
評価、感想、誤字報告等いつもありがとうございます。
それでは次回もよろしくお願いします!


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第42話 弥生賞:Japanese2000 Guineas Trial(前)

年始早々ワグさんで横になり、ロンちゃんの屈腱炎で天地が逆になってスノフォさんで地面に頭が刺さりました。
早すぎるよ…
弥生賞は前後編でやります。
それでは今回もよろしくお願いします。


GⅡ 弥生賞

 中山 芝 2000m

 

 

『春の青空が広がる中山レース場、皐月賞のトライアルレースとなる本レースに今年も10人の優駿が集まりました!』

『本日の中山レース場は絶好の良バ場、速い展開が予想されますよ!』

 

 

 ファンファーレに向けて絞っていた耳をゆっくりと戻し、じっと目の前を見る。係の人が準備しているゲートのその向こう、まるで緑の壁のような中山の急坂がそこには鎮座していた。

 

『3番人気はこの娘、シレーヌボイスです』

『年明けから調子を上げてこの弥生賞の舞台まで来ました。初めての重賞となるこのレースでも実力を発揮できるか、注目ですね』

 

 

 ……私はなんでまだ走り続けているんだろう。負けてないから?チームスピカにいるから?それとも…。

 

 

 あの皇帝サマ(シンボリルドルフ)に選抜レースに引き摺り出されてから元々おかしかった私の人生がさらにおかしくなった気がする。

 

 

 マヤノとテイオーと出会った。そこからチームスピカのみんなと出会った。……それとあわせてピスの奴が突っかかってくる回数が増えた気がするけどまぁそれはいいや、ピスだし。

 

 

 交友関係の広いマヤノたちに引っ張られてネイチャさんとかマべさん、ボノさんと出会ってクリスマスパーティまで一緒にした。マヤノとテイオーにはオーダーメイドの耳カバーまでもらっちゃったし。

 

 

 ……正直、誰も彼も優しすぎ。そんなに優しくされたら誰だって勘違いするよ、ここにいて良いんだって。……そんなわけないのに。

 

 なんというかこう…暖かい夢。…それも自分の罪過にすら向き合えていない愚か者が見るには充分すぎるくらいおめでたい夢でも見てる気分になる。

 

 

 

 …そういえば、3月って夢見月って言い方もするんだっけ。今見てるのは現実?夢?それとも……悪夢?

 

 

 

 

「………」

 

 

 

 

『2番人気は…おっとここで1番人気のスバルメルクーリにアクシデントか?ゲート入りを促されても一歩も動きません!』

『これまでのレースではゲートを嫌がっている印象はなかったんですがねぇ、どうしたんでしょうか』

『これは発走が少し遅れるかもしれません。早くも波乱の展開となりそうな今年の弥生賞、今しばらくお待ちください』

 

 

 

 

「……リ選手。メルクーリ選手」

「…………!?はっ、はい」

「まもなくスタートですのでゲート入りをお願いします」

「…はい。すみません」

 

 

 強めに肩を叩かれてふと我に返ると既にゲートインが始まっていた。…これ、私のせいで偶数番の子のゲート入り遅れてる?ちらっちらっと見られてるんだけど。

 

「…皆さんもすいません」

 

 

 一言謝ってからそそくさとゲートに入ると観客席からなぜか拍手が送られてきた。もしかしてそんなに時間かかっちゃった…?

 ……じゃないじゃない、レースに集中しなくちゃ。

 

 

 隣の10番(大外)の娘がゲートに入るのを確認して体勢を低くし、同時に目線を足元に落とす。……ゲートが開く瞬間にその音をしっかり耳に捉えるために。

 

『少し時間がかかりましたがスバルメルクーリもしっかり入りました!他の娘もしっかりとゲートに入っていきます。最後に10番のギャグナンテが入りまして各ウマ娘ゲートイン完了……G2弥生賞、今スタートしました!』

 

 

 ゲートの開く音と同時に思いきり飛び出す。そう、今日の作戦は逃げ。

…それも多分大逃げに分類されるような後先のない逃げ。

 

 

 結局、中山の急坂への確かな対策は最後の最後まで作れなかった。作れなかったからこそ発想を転換することにした。

 …つまり、最後の急坂に入る前に2位との差を大きくつけることでレースを終わらせる。そのために返しウマでゆっくりと歩いて内ラチ側の芝の確認もした。

 

 

 ……スタートから第3コーナーに入るまでで大体1200m。そこまでを69秒台で一気に突っ込む。あとは芝のいいところ、いわゆる経済コースを使って一息ついて最後の急坂をなんとか越えればいい。

 

 

 

『スタートと同時に一気に前に出たのは1番人気、9番スバルメルクーリ!今日のメルクーリは前!前です!どんどん加速していますがこれは最後まで保つのでしょうか』

『これは大逃げでしょうか、非常に思い切りましたね。まるで短距離かのような加速です』

 

 

 スタートから1ハロンを思いっきり出た後、聳え立つ急坂を一気に駆け上がる。……これは、想像以上にキツいかもしれない…。

 後ろの集団は…少し控えてるのか、はたまた逃げウマがいないのかはわからないけどちょっと距離空いたな。

 

 

『勢いよく突っ込んでいったスバルメルクーリを追うバ群という形になりました今年の弥生賞。スバルメルクーリ、前年度の最優秀ジュニア級ウマ娘がハイペースの大逃げを打ちました!』

『スバルメルクーリは去年の新潟レース場のデビュー戦を逃げに逃げてレコードを出してますからその再現になるか、注目ですね』

 

 

 ……走ってみてしっかり体感できたけど、中山レース場の坂のキツさには数字以上にキツく感じさせるカラクリがある。

 

 それは……一言でいうなら登り坂の緩急。

例えばゴール板直前100mは坂が比較的緩くなったり、かと思えばゴール板から1コーナーまではかなりキツくなったり…といった風に登り坂と一口にいっても種類があって、ずっと同じ角度の坂を登るよりもずっとペース配分が難しいし、余計に体力を使わされる。

 

 さっきあげた第1コーナーなんかは登り坂な上にコーナーだしで正確なペースを刻んで走るのがかなり難しい。

 

「……っくぁ…はぁ…」

 

 

 …というかそもそも私の体格と走り方がこの登り坂にあんまり合ってないんだよね。

 

 トゥインクルシリーズに出走するようなウマ娘の中で私はあんまり恵まれた体格じゃない。

 その差を補うために歩幅を大きくして半ば跳ねるように走ってるんだけど、これで中山の急坂を登るともろに足に負担がくる。

 

 …じゃあ歩幅縮めればいいじゃん、って思うかもしれないけどそんなに簡単じゃない。普段の走り方と歩幅がまるっきり違うからスピードが全然出ないし、そうなったらバ群に飲み込まれてしまう。一回飲み込まれたらずっとダメになることくらいは私が1番分かってる。

 

 

 急坂を一気に走りきることによる足への負担と慣れない走りで凡走をしながら心に負担をかけることのどっちを天秤を取るかで足への負担を取った、ただそれだけのこと。

 

 

 後ろは…ホントに来ないな。6バ身くらい離れてない?コーナーだから正確な距離はわかんないけど、多分それくらいの足音の遠さ。

 

 

 最初の3ハロンは体内時計で大体35秒くらい。登り坂で、これならかなりいい……とおもう。ここから下りだから……もっと差をつけなきゃ。

 

 

『さぁ向こう正面に入って依然として先頭はスバルメルクーリ!中山の登りをものともしない走りでテン3ハロンを……35秒1!後続とは早くも6バ身、7バ身ほど突き放しました!中山のビジョンには異様な光景が写っています!』

『前と後ろで随分と離れましたね。これは後続のウマ娘はいつ勝負するのか、難しいレースとなってきました』

『2番手争いは3番シレーヌボイスと7番イニシエイトラブ!それに続いて6番エンプレスビー、2番人気4番ラモールはバ群後方で足を溜めてます!』

 

 

 当然だけど、レース場を1周するときに急な登り坂があれば、それと同じような下り坂がある。

 

 

 中山レース場でいうなら、私がいま走ってる2コーナーから向こう正面、バックストレッチまでが下り坂になる。

 

 

 

 ……この3ハロンを34秒で、はしりきる。走って……逃げて……

 

 

 

 

 

 

にげきれる?ほんとうに?

 

 

 




重馬場的なタグつけた方がいいかなって思ってこのサイトの検索に『重馬場』って打ち込んだらほぼ全部『愛が重馬場』というタグだった件。『愛が重馬場』タグの作品は読むけど今回に限っては違う、そうじゃない。恋愛要素は(現状)ないです。

評価、感想、誤字報告等本当にありがとうございます。
それでは次回もよろしくお願いします!


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第43話 弥生賞:Japanese2000 Guineas Trial(後)

チヨちゃん可愛くないですか?めっちゃスポ根展開かと思ったら節々でちゃんこするのずるいわぁ…。
評価バー見たら赤いのが完凸(?)しててとてもびっくりしました。普段だったら後書きに書く内容なんですけど格別の感謝を、ということで前書きに。
それでは今回もよろしくお願いします。


『ここでさらにペースを上げたのは先頭のスバルメルクーリ!中山の下り坂を利用しながらぐんぐん差を広げています!これはオーバーペースなのか、それとも年度代表ウマ娘の格の違いなのか!』

『普通のウマ娘なら完全にオーバーペースですが、最後まで保つんでしょうか。後続のウマ娘もそうですが、先頭のスバルメルクーリにも難しいレースとなりました』

 

 

「……はぁ、はぁ…ッ!!」

 

 

 春特有の生暖かな風をせなかにうけ、くだり坂を一気に駆け下りる。少し視線を右に向けると赤と白のしましま棒を目の端に捉えた。多分上を見れば「10」って書かれてるんだろうね。フォームが崩れるから視線は上げないけど。

 

 

 ……やっと半分なのか……。

 

 

 

 

『前半1000mを超えましてタイムは……57秒1!57秒1です!スバルメルクーリ、衝撃の57秒台!短距離レースではありません!文字通りの殺人ペース!いったいどこまで保つのか!どこまで保たせるのか!』

 

 

 ……後ろの走る音が大分とおくなった、気がする。

 さいしょの1200mで勝負をつけようとけっしんした時点で苦しくなるのは覚悟してた。

 

 

 中山の1200mといえばスプリンターズステークス。内回り外回りの違いはあるけど、69秒っていうのはその勝ち時計とほぼおなじタイム。そこからさらに800m走るんだからそりゃあ苦しくならないわけがない。

 

 

 …って言ってもさすがに前半でここまでくるしくなるとは流石に思ってなかったけど。さっきから思考がうまくまとまってない、ような感じがする。

 

「……っくッ!!」

 

 

 …もうずいぶん前から肺は引き絞られてるみたいにいたいし、気分なんかずっとわるい。それでもなんとか最初の想定通りに後ろとは差をつけることには成功した。

 

 

 白む視界の右端でなんとかハロン棒の赤白を捉える。…ってことは残り4ハロン、ここから34コーナーに入って最後の直線に入るのか。

 ここまでのラップタイムは……体感69秒5。予定より0.5秒遅れて入ったけどこのリードなら……!

 

 

 

 

 

 ーーー本当に勝てると思ってる?

 

「ッ!?」

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 

 ………あれっ、ここはどこ?

 

 さっきまで中山レース場を走っていたはずなんだけど、ここには芝の緑どころか何もない。…そう、何も。

 

 

 上下左右が無機質な…何色といえばいいんだろう。星すら見えない深夜の闇っぽいような気もするし、魚も生きられないくらいの深海の闇のような気もするし…とにかく暗い空間に私は立っていた。

 

 

 ……この空間は何か変だ。

 何が変ってそもそもさっきまで走ってた中山レース場じゃなくなってることもそうだけど、それ以上に周りが暗くてうまく空間認識できないのに私の銀髪や手脚だけはしっかり見えるのがおかしい。

 

 

『スバルメルクーリ』

「……は?誰?」

 

 

 突然背後から声をかけられて思いっきり飛び退く。…飛び退こうとした、の方が正しいのかな。頭が後ろに下がったって思っただけでピクリとも動けてないなんてこともあるかもしれないけど全くわからない。

 

 

 ……というかホントに誰だコイツ。私の耳でも声をかけられるまでいることに気づかなかったんだけど。

 

 

 妙にくぐもった声にモヤがかかったようないまいち掴めない実体。……ホントになんなんだこれ。

 

 

『スバルメルクーリ、もう一度聞くよ。…本当に勝てると思ってる?』

「………それは。後ろとも充分離れt『でも想定より0.5秒…いや、0.6秒遅れてるよね』…ッ!!」

 

 

 黒いモヤがかった人影……とりあえず"存在"って名前をつけておこう、本当に存在してるかどうかはさておき。ともかくその"存在"はゆらめきながら私に近づいてきて、馴れ馴れしく肩を組んできた。

 

 

『答えられない?じゃあここではっきりいってあげる。…メルクーリ、貴女はもうレースでは勝てない。この弥生賞も、この先の皐月賞も他のレースも貴女が出たレースの1着は他の子だよ』

「……いきなり出てきて随分な挨拶じゃない?そういうこと言いたいなら名前くらい名乗ってから言いなよ」

『私の名前?変なこと気にするねぇ……そんなの分かってるクセに』

 

 

 …分からないから聞いてるんだけど、こっちの話は一切聞く気なし、ね。しかもやけに断言してくるし。

 

 

 ……なんかコイツを見てると無性にイライラする。

 

 

『本当はわかってるでしょ?…貴女が勝てない理由だって』

「…………」

『気まずい時、自分の分が悪い時、貴女はいつも黙りこむ。じゃあ見方を変えてみよっか?今貴女が走ってる弥生賞の相手9人のうち、対戦経験があるのは何人?』

「……は?それは……」

『答えられない。貴女はそんなこと考えたことないもんね。じゃあ次の質問。今日の弥生賞、追込じゃなくて逃げ……それもバ鹿みたいハイペースでの大逃げを選んだ理由は?』

「………中山の最後の急坂の前でレースを決めきるため」

『ぶっぶー。それもあるにはあるだろうけど、1番の理由は違うでしょ。貴女は逃げを選んだんじゃなくて()()()()()()()()()()()()()()、違う?』

「……ッ」

 

 

 ……追込を選ぶことが出来なかった、という"存在"の言葉に思わずビクッとしてしまう。

 

 

 

『最初のきっかけは朝日杯フューチュリティステークス。シンガリを取れなかったことで自分のペースを作り損ねた貴女は、レース中冷静さとはかけ離れた無様なレース運びをして、それでもなお勝った。……()()()()()()()って言ってあげようか?』

「………」

『そしてもう一つ、そのレース(朝日杯)で最後に競り合ったツクツクホーシの骨折。貴女はその耳で彼女の骨が折れる音をレース中にしっかりと聞き取れてしまった。そこから貴女は無意識下でこう思った。"私の無様で醜いレース運びで、また他の子のこれからを踏み躙った"って』

「……めろ」

『まぁしょうがないよねぇ、競り合いとかバ群の中で走るのとか嫌いだもんね。それも昔の……』

「やめろッッ!!!」

『おっと…』

 

 

 …思わず掴みかかろうとした私を軽くいなした"存在"にますます苛立ちを抑えられなくなってくる。クソ、なんでも知ったような口ぶりで話すのが気に入らない。

 

 

『急に大声出さないでよ、うるさいなぁもう。…話が逸れたね、貴女が追込を選べなかった理由だっけ。決定打は報道陣が入った中でマヤノトップガンとゴールドシップとの3人でやった本番想定の2000mレース。マヤノトップガンを捕らえるためにスパートを掛けようとした時に貴女は朝日杯の最後の競り合い(トラウマ)を思い出して足が固まってうまく動かなくなった。でしょ?』

「…そ、れは」

 

 

 ……なんで。

 

 なんでコイツはそんなことまで知ってるんだ…。

 

 

『中山レース場で逃げを選ぶならどうだの、追込みならどうだの、返しウマで芝の感触がどうだの。ギリギリまで悩んでるフリをしてたけど、結局追込で脚が固まって動けなくなることがチラついた貴女は大逃げを選んだ。まぁ…それはそうでしょ。大逃げなら誰の足音も気にする必要がなく走れるから。ただそれだけのこと。ただし、ぶっつけ本番で大逃げなんか普通は失敗するのわかってるから普段のメンタルならやってないとは思うけどね』

「……ぁっ」

 

 

 確信めいた"存在"の言葉に息が止まる。返す言葉に詰まる。何かを言い返さなきゃダメなはずなのに、その言葉が見つからなかった。

 

 

『動揺してるところ悪いけど最後の質問。ここまで色々聞いてきたけど結局貴女が勝てなくなるのはここに起因するよね。……スバルメルクーリ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?』

「……それ、は」

『自分では言えない?じゃあ私が代わりに言ってあげる。無いでしょ。スバルメルクーリ、貴女は一回たりともそんなことを思って走ったことは無い。レース場の特性を見て、自分の中で使える脚質を選んでっていうことはやってても、それは貴女がイライラせずに走るためでしかない』

「……あ、あぁ…」

『そもそも貴女、日本(ここ)に来たのだって()()()()()ためでしょ。過去から逃げて、自分の醜さを直隠(ひたかく)しにして。だから届かない。だから目標なんて見つかりようもない。分かってたはずでしょ?それとも優しい友達に囲まれて、ジュニアで3連勝して最優秀ウマ娘なんてものに選ばれたから錯覚してた?このままずっと当然のように勝ち続けられるって』

 

 

 "存在"の黒いモヤの中からほんの一瞬だけ見えた銀色の目に射竦められた私は。体が固くなって落ちていく錯覚に囚われ、"存在"の言葉をただ聞くことしか出来なかった。

 

 

『過去から逃げ続ける貴女にはこれからのレースで勝つための資格(ちから)自覚(こころ)も足りてない。そこに気付けない貴女は2度と勝つことはない。…まずは弥生賞で貴女の浅慮の仕儀を見届けなよ』

 

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 

『先頭のスバルメルクーリ、大失速!大失速です!中山の坂を前にあれだけあった差がみるみるうちに詰まってきています!詰めてきたのはラモール!ラモールだ!それに続いてイニシエイトラブも追ってきている!先頭はこの3人に絞られました!』

 

「……はっ!」

 

 

 いつの間にか3.4コーナーを抜けて最後の急坂に差しかかっていたことに気づいた私はスパートを掛けようとして…気づいた。

 

 

 壁のように立ちはだかる中山の急坂に。

 

 

 バックストレッチでは追い風(フォロー)だった強い風が向かい風(アゲンスト)になっていることに。

 

 

 そして……私の脚がのびないことに。

 

 

 まるでスパートを掛けることを体が拒否するかのように、脚が重く、加速体勢もままならない。マヤノとゴルシの3人で走った時よりも、重く。

 

 

 ーー過去から逃げ続ける貴女にはこれからのレースで勝つための資格(ちから)自覚(こころ)も足りてない。

 

 

 

 ……あぁ、そっか。

 

 

 

『スバルメルクーリは伸びない!後ろからラモール!!ラモールが差し切り体勢で突っ込んでくる!イニシエイトラブも追ってくる!』

 

 

 私の右後ろから黒い短髪のウマ娘がサッと入ってきてそのまま追い抜いていく。左後ろからはいつかどこかで見たようなウマ娘が黒い髪のウマ娘を捕らえようと追い抜いていく。

 

 

 さらにその後ろからは……来ない。私を追い抜いた2人以外はついてこられなかったらしい。私のめちゃくちゃなペースに無意識で巻き込まれたのか、ほかのウマ娘のプレッシャーとかで潰し合いが起きたのかは私の知ったことではないけど。

 

 

『先頭はラモール!ラモールです!イニシエイトラブはわずかに届かず2着!3着になんとかスバルメルクーリが入りました!1番人気スバルメルクーリは3着!無敗のジュニア級最優秀ウマ娘は3着!三冠路線にニューヒロインが現れました!』

 

 

 ……ラ・モール(la Mort)ね。……どういう思いでそういう名前をつけたんだろうね、貴女は。

 

 

 薄れゆく視界の中で思ったのは、無様なレース展開に対する反省でも自分のこれからについてでもなく、そんな取り留めのないものだった。

 




ラモール(la Mort):フランス語で「死神」を意味する言葉。

前書きにも書きましたが評価50件、お気に入り1400件ありがとうございます。びっくり。本当にびっくり。そんな感じです。
そんなめでたい時に書く内容が多分過去1重めなのはなんかもうそういうものなのかなって。

それでは次回もよろしくお願いします!


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間話 トゥインクルシリーズが好きな民の巣窟(4)

【実況】チームスピカ実況総合スレpart506【上げません!】

 

5:芝に風吹く名無し ID:vtJbb/8yR

メルクーリの次走、弥生賞で確定

 

 

8:芝に風吹く名無し ID:jZ8V9JQzV

ま?

 

 

11:芝に風吹く名無し ID:eIJrZva5Q

>>8

【公式】チームスピカ!@Spica_info

スバルメルクーリの次走予定のレースは弥生賞です。よろしくお願いします。(スバルメルクーリ)

 

スバルメルクーリ@Pleiades_Mer

チームスピカの方でも告知しましたが、次走は弥生賞の予定です。よろしくお願いします。

 

 

13:芝に風吹く名無し ID:R9okiA6dS

相変わらず簡素すぎるwww

 

 

16:芝に風吹く名無し ID:uCH/GMhyH

今回写真もなかったってことは1人で投稿したのかな?

えらい!

 

 

21:芝に風吹く名無し ID:CmGGrmXJ6

てことは皐月賞はマヤノトップガン対スバルメルクーリ?

 

 

26:芝に風吹く名無し ID:OeFFl8fON

ス  ピ  カ  内  戦

 

 

27:芝に風吹く名無し ID:qz6TP+TBu

ス  ピ  カ  ロ  リ  大  戦

 

 

30:芝に風吹く名無し ID:85AfO58Ra

>>27

三銃士の中で1番テイオーが身長が高いという事実

 

 

33:芝に風吹く名無し ID:ArnxFg4DS

ジト目銀髪ゴルシに連れ去られる系天才ロリっ子のメルちゃんと末っ子快活系変幻自在天才ロリっ子のマヤちゃんの2人と不屈の天才トウカイテイオーは別カテゴリだろ

 

 

36:芝に風吹く名無し ID:3UIRhX9bq

>>33

マヤノのウマスタ見てみろ

ちゃんと中等部だから

 

 

37:芝に風吹く名無し ID:NuHXpNl55

ちゃんと中等部ってなんだよ

 

 

40:芝に風吹く名無し ID:4bMGhJ4x6

メルクーリは弥生賞逃げるのか追込むのかどっちなんだろうなぁ

 

 

44:芝に風吹く名無し ID:r2RFaoI+d

>>40

デビュー戦の逃げは他の陣営を騙すフェイクだろ

追込みだよ

 

 

49:芝に風吹く名無し ID:tKWdoJ2ho

>>44

フェイクでコースレコード出されてたまるか!

逃げるよメルは

 

 

53:芝に風吹く名無し ID:HKU21PFvP

意外や意外、先行策を打つね

 

 

58:芝に風吹く名無し ID:8tYPYQxl2

……じゃあ差しで

 

 

63:芝に風吹く名無し ID:W3IobHbnC

こんな風に相手陣営を惑わすのがメルクーリとマヤノの作戦なんやで

 

 

65:芝に風吹く名無し ID:wtPSn0KuP

本人絶対そこまで考えてないと思うよ

 

 

70:芝に風吹く名無し ID:mgnXWBWid

衝撃のデビュー戦

仰天のサウジアラビアRC

暗雲の朝日杯FS

さぁ弥生賞は?

 

 

73:芝に風吹く名無し ID:HSvrLSk5o

>>73

圧巻で頼む

 

 

80:芝に風吹く名無し ID:oWHvzAIhU

>>73

スピカ初の3冠ウマ娘誕生を確信させてくれ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

564:芝に風吹く名無し ID:wFHCk9ErY

お、弥生賞パドック始まったな

 

 

568:芝に風吹く名無し ID:xd99LyCyt

メルクーリ何番?

 

 

569:芝に風吹く名無し ID:FXy4P9UVd

>>568

9だからまだ来ないね

 

 

574:芝に風吹く名無し ID:ajfgSlY/B

うわ、ラモール絶好調そうだなぁ

 

 

578:芝に風吹く名無し ID:6f3yvrGuQ

>>574

完全に仕上がってる感やばいよな

 

 

586:芝に風吹く名無し ID:SD5GSApgH

次か

 

 

591:芝に風吹く名無し ID:7Cc6ZfvE+

…んん??

 

 

592:芝に風吹く名無し ID:k8nB2Cvf9

あれっ

 

 

593:芝に風吹く名無し ID:m5yDhT9rf

アクロバットせんな

 

 

595:芝に風吹く名無し ID:Tw0YZza+y

>>593

現地なう

風強いからアクロバットやめたっぽいけど、それ抜きにしても表情あんまり良くない

 

 

596:芝に風吹く名無し ID:k8nB2Cvf9

だよなぁ、大丈夫かなぁ

 

 

601:芝に風吹く名無し ID:F+nBsDs8L

髪がめっちゃ風で靡いてて芝

空気抵抗凄そう

 

 

604:芝に風吹く名無し ID:UvyQgQlC3

出走する10人の中で際立って背がちっちゃいのに髪は1番長いのな

風強いのデバフじゃね?

 

 

605:芝に風吹く名無し ID:oHWeWSVtd

>>604

その理論だとビワハヤヒデが普段から大分不利背負ってることになってるけど

 

 

607:芝に風吹く名無し ID:8CDIm+AI0

???「誰の頭が大きいって?」

 

 

610:芝に風吹く名無し ID:zYpBjZKtt

言ってない定期

 

 

611:芝に風吹く名無し ID:Tw0YZza+y

ほい、お前らの好きそうなメルの写真撮れたぞ

(一枚の画像を表示)

 

 

613:芝に風吹く名無し ID:d7RNeBpXx

>>611

風で靡いた髪を抑えるだけで絵になるのすげえなぁ

 

 

615:芝に風吹く名無し ID:XgruyZqou

>>611

かわいい

 

 

619:芝に風吹く名無し ID:iJayWl/8S

さぁ、返しウマだ!

 

 

622:芝に風吹く名無し ID:1jiKpE5gn

手袋外して手で芝確認するとか念入りだなぁ

 

 

627:芝に風吹く名無し ID:6FZDZDZrh

お、スピカ面子も応援来てるな

メルクーリ本人は全然気づいてないけど

 

 

632:芝に風吹く名無し ID:kaPwkMkEQ

>>622

初めての中山、今年初戦、初めての2000m、って色々考えることあるんじゃね?

 

 

 

646:芝に風吹く名無し ID:l6aLSiO5I

あれ?

 

 

649:芝に風吹く名無し ID:HZwOn7Wyx

おいおいおいおい

 

 

654:芝に風吹く名無し ID:60P7FNvhg

あかん、固まった

 

 

658:芝に風吹く名無し ID:L3RCc7AKG

係員に促されても動かないのはマズイ

 

 

661:芝に風吹く名無し ID:8yxcaqZb6

頼むメルクーリ、動いてくれぇ…

 

 

664:芝に風吹く名無し ID:Qw0OLSmV/

再起動きた

 

 

669:芝に風吹く名無し ID:zB30x4Im9

丸々1分半フリーズしてたな、セイウンスカイより長い?

 

 

670:芝に風吹く名無し ID:PcLwRmwAJ

>>669

長いしスカイは促されたら渋々入った

 

 

673:芝に風吹く名無し ID:LViMJSFIM

行け!メルクーリ!

 

 

685:芝に風吹く名無し ID:B7C9sVEFY

おっ、いいスタート

 

 

689:芝に風吹く名無し ID:ECW9mLEz2

スタート完璧で前出たな、逃げるのか?

 

 

691:芝に風吹く名無し ID:Nqydk0+TH

行け行け行け、突っ込んだれ!

 

 

695:芝に風吹く名無し ID:Ln0l2w72H

デビュー戦以来の逃げかな?

 

 

699:芝に風吹く名無し ID:B7C9sVEFY

軽々と坂越えたな、ちょっと落ち着くかな?

 

 

704:芝に風吹く名無し ID:IQxGEySh2

……んんん??

 

 

706:芝に風吹く名無し ID:0VPG8DjDR

逃げっていうより、大逃げ??

 

 

708:芝に風吹く名無し ID:Nqydk0+TH

確かに行けとは言ったけどここまでやれとは言ってねぇ!

 

 

712:芝に風吹く名無し ID:QUFdZbJyl

そこまで離さなくていいから一息入れてくれ…

 

 

717:芝に風吹く名無し ID:6K1G6B3Cy

57秒1!?!?

 

 

719:芝に風吹く名無し ID:lfKlx/ot8

は?

 

 

は?

 

 

722:芝に風吹く名無し ID:wO5GVFlFS

いや画面おかしいけど

 

 

724:芝に風吹く名無し ID:B7C9sVEFY

ツインターボの七夕賞よりもスズカの中山記念よりもペース速い…

 

 

727:芝に風吹く名無し ID:d5JkvCxQB

>>724

あかん、メルクーリが死んでまう

 

 

731:芝に風吹く名無し ID:Nqydk0+TH

待って

 

お願いだから待ってくれ

 

 

735:芝に風吹く名無し ID:DVKobGlYm

メルクーリの走り方だと髪が長くて表情見えないのが余計に不穏すぎる

 

 

740:芝に風吹く名無し ID:tlDDRg3Sa

本当にどうしたんだメルクーリ

 

 

745:芝に風吹く名無し ID:njsnlSDEt

1200mを69秒6で通過

後ろ30バ身くらい離れてない?

 

 

748:芝に風吹く名無し ID:pPgadLmU6

怪我だけはやめてくれよ…なんでそんなに速く走るんや

 

 

751:芝に風吹く名無し ID:Me3rPHs4j

メルクーリのせいで後ろのペースガッチャガチャになってるな

 

 

754:芝に風吹く名無し ID:Hlw35D7S4

あっ

 

 

757:芝に風吹く名無し ID:mQr2uFo+L

マズい、完全にガス欠じゃん

 

 

761:芝に風吹く名無し ID:PahNKO/ld

頼む、最後までなんとか粘ってくれ

 

 

766:芝に風吹く名無し ID:BRczBD6XU

後ろからラモールちゃんとイニシちゃん来てる…

 

 

770:芝に風吹く名無し ID:mYx7hYDGl

ラモールちゃんはヤバい、中盤までどこいるかわからなかったからちゃんとペース守ってたっぽい

 

 

775:芝に風吹く名無し ID:NpMZ8G2Ys

メルちゃん加速体勢もままならないくらいつかれきってる…

 

 

778:芝に風吹く名無し ID:NCALjrrAb

こんな状態で最後の坂とか無理だよ…

 

 

779:芝に風吹く名無し ID:jbCCm40a5

ああぁぁぁぁ

 

 

781:芝に風吹く名無し ID:5szC/lW3B

伸びない…

 

 

783:芝に風吹く名無し ID:pyh+UqTSX

ラモールちゃんの末脚すごいな

 

 

785:芝に風吹く名無し ID:ilYMsuqBL

競り合いすらできずに抜かれた…

 

 

787:芝に風吹く名無し ID:sBPDifIwn

3着かぁ

 

 

789:芝に風吹く名無し ID:gnLC5pMJR

なんとか完走できたか、お疲れメルちゃん

 

 

791:芝に風吹く名無し ID:xh23QqtWd

えっ、

 

 

794:芝に風吹く名無し ID:BKFZ5lUtp

おい、嘘だろ

 

 

796:芝に風吹く名無し ID:B7C9sVEFY

やめてくれ

 

 

801:芝に風吹く名無し ID:IfKA87+Qs

え、怪我?

 

 

803:芝に風吹く名無し ID:rtiaZ7HlZ

スピカ面子みんな来た

 

 

804:芝に風吹く名無し ID:182+5uMBg

え、何?どしたん?

 

 

806:芝に風吹く名無し ID:swSqhCWUi

>>804

メルちゃんが完走直後に倒れこんだ

 

 

810:芝に風吹く名無し ID:W+dGptMWY

やだ

 

 

814:芝に風吹く名無し ID:+g8tSyuh/

医務室直行

 

 

815:芝に風吹く名無し ID:yhfaEGz9G

どんな表情でウイニングライブ見ればいいんだ…

 

 

818:芝に風吹く名無し ID:n4h84KGDe

普通に逃げてれば勝てただろうになんでわざわざ大逃げしちゃったんだ…

 

 

821:芝に風吹く名無し ID:njsnlSDEt

メルちゃんのラップタイム

12.1-11.6-11.5-10.9-11.0-12.5-12.0-12.4-13.0-13.9

タイム2:00.9

上がり3F39秒3

上がり4F51秒3

手計測だけどそんなにズレてないはず

完全にガス欠だと思うけど、最後の1ハロンは特に脚が重そうだった

 

 

824:芝に風吹く名無し ID:52wBLHpyI

>>821

やってることヤバいって

 

 

825:芝に風吹く名無し ID:zrYOn3PyI

>>821

テン2〜5ハロンが正確すぎる

 

 

827:芝に風吹く名無し ID:+ZEofdwcu

>>821

逆噴射えげつないな

 

 

831:芝に風吹く名無し ID:kJsln4xEl

>>821

そら(そんなペースで先頭走ってたら)そう(ゴール直後に倒れる)よ

 

 

835:芝に風吹く名無し ID:Tw0YZza+y

場内大荒れです

やばい、泣きそう

 

 

836:芝に風吹く名無し ID:pyh+UqTSX

>>835

現地ニキ、その…なんというか…どんまい

 

 

838:芝に風吹く名無し ID:l2PlHvbY7

早めに情報だしてくれ…頼むぞ沖野

 

 



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第44話 過去の代償の精算:Pay aTonement from paSt impruDence

カプリコーン杯のBリーグ決勝、123番人気独占してたんですよ。嫌な予感がするなぁって思って結果見たらブルボンさんとキングさんは出遅れるわ魔改造距離S追込嫁マヤノさんは固有出せないわで負けました。私は悲しい。(カレンチャンオグリボーノ未所持勢)

あ、今更ながら「シリアス」タグ追加しました。
それでは今回もよろしくお願いします。


ーー分かってるつもりだった。

 

 

 小さい頃…それこそ生まれた時から、珍しい銀の佐目毛(さめげ)のせいで注目をされた。

 

 

『佐目毛の子は三女神様の御使いの子。お祭りの時に祈りを捧げる巫女(めかんなぎ)になって三女神様の言葉を伝えてほしい』

 

 なんてことを神社とかお寺の人に言われたのも一回じゃない。そのたんびにお母様が鬼のような殺気を出して「この子は三女神様の子じゃなくて私の子です。お引き取りください」って言って追い払ってたっけ。

 

 

 やがて私は日本の小学校に通うようになった。日本の小学校でもウマ娘、それも明るめの銀髪の子なんて私以外にはいなかった。だからまた注目された。

 

 …注目されること自体は昔は嫌いじゃなかったし、その注目に見合う努力をしようと思った。だから勉強もそれ以外のことも一生懸命頑張った。

 

 

 半年くらいで小学校で習う内容がなんとなくわかるくらいにはなったし、お母様とかその友達のウマ娘の方から走りの基礎を教えてもらったりもしてた。

 

 …私の耳が他の人よりいいのを自覚したのはその辺りだった。なにしろ授業中に椅子に座ってれば授業をしている先生の声も体育の授業で歓声を上げる生徒の声もだいたい聞こえたから。

 

 

『1キロメートルは1000メートルだったよね。じゃあ2キロメートルは2000メートルになるよね』

 

『はーい、じゃあ県庁所在地を覚えたかテストするよ〜。地図帳しまってね〜』

 

『じゃあ『追』って漢字を使う熟語がわかる子!』

 

 1学年に2つクラスがあったから合計12クラス。その全部のクラスの声を聞き分けて何をやってるのかぼんやり聞いてた。

 

 

 そんなことを半年くらい続けてたある日。私は3個隣の教室のひそひそ声を聞き取った。

 

 

『一年生のウマ娘の子にメルクーリちゃんって子がいるじゃん?あの子勉強もできるし走るのも速いんだってね』

『ママが言ってたけど、あの子はウマ娘の三女神様のお使いなんだって。大切にしないといけないんだって』

『えっ、そうなの?じゃあ大切にしてたら何かいいことあるかな?』

 

 

 

 そんな噂が学校全体に行き渡って、周りの私を見る目がちょっと変わった。具体的にいうと友達に向ける眼差しから何かをありがたがるかのような眼差しに。……正直に言うとアレはちょっと気持ち悪かった。私を見てるようで私を見てないのが分かったから。

 

 

 そのあたりからだろうか、私が人の目……特に知らない大人の目を避けようと心がけながら行動し始めたのは。まぁ銀髪のウマ娘ってだけで注目されちゃうし、当時は身の隠し方とか理解してなかったからあんまり効果はなかった気がするけどね。

 

 

 結局そんな目で見られることに身体よりも先に心が疲れちゃったらしく、学校の日の朝は目覚める度に微熱が出るようになった。

 そのことを不審がったお母様から普段学校で何をやってるのかを詰問されたから全部正直に話した。

 

『メルクーリ、私の仕事の都合で来週引っ越すことになったからお友達と挨拶してきなさい』

『えっ?どこに行くんですか?』

『…その、フランスよ。実家でお仕事をすることになったわ』

 

 

 次の週、私は小学校を辞めて実家(フランス)に移住することになった。…思えばあの時のお母様も鬼のような厳しい表情をしてたような気がする。熱で意識が朦朧としてたからあんまり覚えてないけど。

 

 

 

 フランスの実家はパリとかマルセイユみたいな都会からは離れた、少しのヒトとウマ娘が生活してるようなのどかな村の近くにあって耳のこととか学校のこととか一切気にせずに生活できた。

 執事のおじいちゃんとか教育係のお姉さんとかからは勉強とか料理を、お母様とかお婆様からは走りとかダンスを教えてもらってた。

 

 

 アイツと会ったのもフランスに行ってからのこと。日本で見た誰よりも優しく、誰よりも速く、そして…誰よりも波長があったからすぐ仲良くなった。…ライバルっていうのはきっとアイツみたいなのを言うのかもしれない。

 

 

 ……私の良すぎる聴覚の矯正みたいなこともした。『知ってる人の声』と『それ以外のうるさい声』くらいのフィルタリングはできるようになったのはこの矯正のおかげかもしれない。あんまり効果があったとは思えないけど、それでも昔だったら自分の理解できるほぼ全部の情報をそのまま処理してて今よりもストレスで爆発してたに違いないから。

 

 

 

 日本にいた時から色々教えてくれてたお母様の友達も暇を見てわざわざフランスの実家まで来て、お菓子をくれたり遊んでくれたりした。お母様は友達が来る時には決まって張り切ったご飯を作ってたからそれを楽しみにしてたのもあるけどね。

 

 ご飯が終わった後は決まってお母様とその友達がお酒を飲みながら昔のことをおしゃべりしてるのを聞いてた。その時のお母様とその友達の顔がみんな楽しそうだったから、私も自然とトレセン学園に行きたいなと思った。

 

 

 そこから私のとった行動は至ってシンプルでわかりやすかった。まず走る技術を上げようと思っていろいろ本を読んだり実際に走ったりした。フランスの実家は結構広かったし、学校にも通ってないし、それを試す相手もいた。…だから自分の思うがままにやりたいことをやれた。

 幸いなことにお母様もその友達もG1を勝ったことがあるウマ娘だったらしく、勉強の材料にも困らなかった。

 

 

『メルクーリちゃんはせっかく耳がいいんだからわざわざ顔上げなくていいんじゃない?目じゃなくて耳で相手を確認する練習してみよっか。…ちょっと見ててね』

『ボクみたいな怪我をさせたらキミのお母さんからしこたま怒られちゃうからね。コーナーを曲がる時にやっちゃいけないことは教えてあげる』

『うーん、メルちゃんみたいなタイプでしたら競り合うことを考えるよりも自分のペースで正確に走れるようになった方がいいかもしれませんわね。…ケーキでも作ってみませんか?』

『……アンタら、私の子に変なことは教えないでよ?あとリンちゃんはケーキ食べたいだけでしょ』

 

 

 そんなことをしてたらあっという間に5年なんか過ぎて日本のトレセン学園の入試を受ける年になっていた。

 久しぶりに日本に帰って受けたトレセン学園の入試も普通に終わって帰ってきた。……これもまた久しぶりに聞いた喧騒の音でちょっと疲れたけど。

 

 

 実家に帰ってしばらく後、トレセン学園から合格通知が来てお母様と一緒に見たら首席合格と書かれていたのには思わずびっくりしてしまった。帰国子女だからテストが多少甘めの採点だったのかもね、知らないけど。

 

 多少は浮ついた気持ちもあった。久しぶりの日本への長期間滞在に、久しぶりの学校。…しかもいつもお母様たちが楽しそうに話してたトレセン学園。

 もしかしたら私が生きてる中で1番喜んだのはこの時かもしれない。

 

 

 

 そんなに浮ついてたからなのか。はたまた好事魔多しってやつなのか。

 

 ……その後のことは、思い出したくない。

 

 

 

 ともかくアレからどうしようも無くなって逃げるようにフランスを後にした。…ハネダ行きの飛行機の中で毛布を被りながら私は痛感していた。

 

 

いつも悪いのは私だって。

 

 人より耳が良くなければ。人の目を私が気にしなければ。

 

 …私が光に触れ、そして消さなければ。

 

 

 

 

ーーだから、分かってた。

 

 

 光を消した本人である私が…私なんかが今更勝利だとか栄光だとか求めても与えられるわけがないことくらい、分かってた。

 

 

 

 

……その、つもりだった。

 

 

 

 

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 

「……ん」

 

 

 目を覚ますと見慣れない白い電灯が目を刺した。…あれ、何で寝てるんだ私。枕とかベッドの感覚もちょっと違うし。

 

 

 確か弥生賞を走ってて…。

 

 〜〜

『先頭はラモール!ラモールです!イニシエイトラブはわずかに届かず2着!3着になんとかスバルメルクーリが入りました!1番人気スバルメルクーリは3着!無敗のジュニア級最優秀ウマ娘は3着!三冠路線にニューヒロインが現れました!』

 〜〜

 

 ……そっか。負けたんだ、私。そしてそのまま倒れて医務室か病院に搬送された、と。

 

 ふと左腕に重みを感じて視線を向けると、見覚えのある明るいオレンジの癖っ毛が私の腕を枕にしていた。

 

「……何やってんの、ホント」

 

 

 寝てるマヤノを起こさないようにゆっくりと起き上がっていると、その物音を聞きつけたのかトレーナーが部屋に入ってきた。

 

「おはよう、メルクーリ。ほら、これでも飲め」

「……ありがと。…ウイニングライブは?」

「もう終わってるよ」

「……そっか。これは一体どういう状況?」

「1人にしたらダメ、私がついてるって言って聞かなくてな。起きたら優しくしてやってくれ」

「……うん」

 

 

 トレーナーからにんじんジュースの缶をもらって開ける。…これ『冷た〜い』じゃないの?ちょっとぬるくなってる。

 

 …あぁ、そっか。買ってから時間が経ってるってことか。

 

 

 マヤノの反対側に座りながらトレーナーは私に紙を渡してきた。なになに……診断結果ってこと以外は全然わかんないや。

 

「発作性の心房細動、つまり心臓の不整脈だそうだ。これまでで1番長い距離を1番速いペースで走ったことで心臓に強い負荷が掛かったことが原因っていう診断だ」

「……心臓」

 

 

 目を閉じて耳を傾ける。……とく、とくという鼓動が3つ。1つだけ…トレーナーだけ少し音が速いあたり、ここまで走ってきたらしい。

 

「発作性だから再発はほぼないって話だが、明日もう一回医者に診てもらうことになってる。……体がおかしかったりはしないか?」

「…うん、大丈夫だと思う」

 

 

 にんじんジュースの缶を置き、空いた方の手でマヤノの髪をすきながらトレーナーの質問に答える。…多分体自体は大丈夫だと思う。バ鹿みたいなハイペースで走ったからか体が少し重いけど、それだけ。

 

 

「……その、さ」

「ん?どうした、メルクーリ」

「……ごめん、トレーナー。また迷惑かけた。ハイペースの大逃げ打っておいて後ろから差された挙げ句、そのハイペースのせいで心臓に負荷が掛かって病院にお世話になるとか大バ鹿だ。だから、ごめん」

 

 

 マヤノを起こさないように髪を右に流しながらトレーナーに顔を下げる。…一体どれくらい迷惑をかけたら気が済むのか、自分自身に呆れてしまう。

 

「……あのなぁ、メルクーリ。顔上げろ」

 

 

 呆れたようなトレーナーの声に顔をあげる。まぁそりゃ誰が見ても呆れ…

「いいか、メルクーリ。俺はお前たちチームスピカのトレーナーで、お前はチームスピカに在籍してるウマ娘だ。迷惑の1つや2つくらいかけてくれよ」

「……は?」

「まず1週間ゆっくり休んで、そこから様子を見ながらこの後のことを一緒に考えるぞ」

「…いや、ちょっと待ってよ。無茶な走りをした私を怒らないの?」

 

 

 ……いよいよトレーナーの考えてることがわかんない。悪いのは私なのに。

 

「俺がお前に『好きに走ってこい』って言って、お前は好きに走った。だろ?お前は指示通りちゃんと走ったんだ。どこに怒るところがあった?」

「……えっ。いや、でも…」

「とりあえず今日は休んで、この後のことは明日の診断を受けてから決めるぞ。……俺の指導不足で辛い走りをさせたな、悪かった」

 

 

 ……いやいやいや。なんで目の前のこの人は私に頭を下げてるの??どこからどう見てもあの無様な走りは完全に私の自業自得なのに。

 

 

 思考が真っ白になっているうちにトレーナーは私の頭をポンポンと叩いてから外に出て行ってしまった。

 

 

 部屋に取り残された私は何をするでもなく、少しだけ残ったにんじんジュースを飲むしかなかった。…やっぱりぬるいんだけど、これ。

 

 

 

 飲み切った缶をどうしようかぼんやりと考えていると、左のオレンジ髪がもぞもぞと動き始めた。…小さい動きが多くて起こしちゃったかな?

 

「ぅぅん……メルちゃん?

「……おはよ、マヤノ」

 

 

 寝ぼけ眼の視点がゆっくり私に合ったかと思うと、いきなり突っ込んできた。…胸元に、物理的に。

 

「ぷぁっ」

「もぉー!メルちゃんのおばかさん!!おたんこにんじん!!マヤがどれだけ心配したと思ってるの!!」

「うわわっ、マヤノ落ち着「マヤだけじゃないもん!テイオーちゃんもゴルシちゃんもマックイーンちゃんも!みんな心配したんだからね!」わぷぁぷぁぷぁぷぁ」

 

 

 全く力の入ってないぽこぽこパンチを成す術もなく受けながら、私はマヤノの話を聞くことにした。

 

「メルちゃんは全然気づいてなかったと思うけど、マヤずっと見てたんだよ?今日だけの話じゃなくて、プールの時も朝の散歩の時も坂路の時もずっと!!…じゃなきゃメルちゃんがここじゃないどこかに行っちゃいそうだったから!」

「………」

「今日だってスタートしてからずっとビューンって行くメルちゃんを見ててマヤ、モヤモヤーってしてたんだよ?ずっと辛そうに無理してるのがマヤにはわかっちゃったから!」

「………うん」

「ゴール直後に倒れたメルちゃんを見てマヤは……アタシは!友達でライバルがいなくなるかもって思って、キューっとしたんだよ?」

 

 

 …いつの間にやらぽこぽこパンチは止んでいた。代わりに潤んだオレンジの双眸が私を真っ直ぐに射抜いていた。

 

「メルちゃん、マヤ…怒ってたんだよ」

「……うん」

「心配も、したんだよ」

「……マヤノ、ごめ「なぁに、メルちゃん?よく聞こえないからはっきり言ってほしいなぁ〜」……ありがとう、心配してくれて」

「マヤ、もうあんな走りは見たくないよ?」

「……頑張る」

「もー!メルちゃんのいじわる!」

 

 

 煮え切らない私の答えにまた頬を膨らませたマヤノに思わず苦笑いをする。

……本当に素直で優しい子だと思う。目は腫れてるし、涙の後だって隠せてない。普段ならちゃんと簡単なメイク道具を持ってきててささっと直せるのに、だ。

 

 

 マヤノの視線に根負けして外に目を向けると、もう月が昇り始めていた。本当に長い時間倒れてたんだなぁ。……ってあれっ?

 

 

「…で、マヤノはこの後どうするの?明日は朝から学校だよね」

「…あっ」

 

 

……なんにも考えてなかったのね。

 

 




ヒスイ地方で命懸けの冒険してくるので次回は今しばらくお待ちいただけると幸いです。

感想や評価いつもありがとうございます。励みになっています。
それでは次回もよろしくお願いします!


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第45話 目に見えた顛末、見えぬ光明:Obviously things/Hidden lights

お久しぶりです。展開に悩みながらヒスイ地方に旅行行ってました。クリアはしてません。
簡単な説明回、みたいなもの()です
それでは今回もよろしくお願いします。


 

「ヤダヤダヤダヤダ!メルちゃんと一緒にいないとヤダ!」

「メルクーリはともかくとして、マヤノは怪我してないだろ?学校あるんだし帰るぞ」

「ヤダヤダヤダ!」

 

 

 弥生賞の次の日。目覚めた私が見たものは、病室でマヤノとトレーナーが対峙している光景…というよりはマヤノが一方的に駄々をこねてる光景。

 

「…マヤノ「メルちゃんは黙ってて!今マヤはトレーナーちゃんにコーギしてるの!」……はい」

 

 

 ……どうやら私には発言権がないらしい。しょうがないからトレーナーが用意してくれたっぽい差し入れでも食べてようかな。

 

「今のメルちゃんにはマヤがついてなきゃダメなの!メルちゃんの診察が終わるまで待って一緒に帰る!」

「お前たち来週期末テストだろ。今日授業に出なくて補習なんか引っ掛かったら皐月賞に出られなくなるかもしれないんだぞ?」

「ヤダヤダヤダ!テストなんかすぐ解けちゃうもん!」

 

 

 何が出てくるかな……っと、これは…??おかかのおにぎり?へぇー、日本っぽいね。真ん中から破ったらぱりぱりの海苔がご飯に巻かれるのもすごいよなぁ……っと、いただきます。

 

「それにテイオーちゃんとかネイチャちゃんとかに範囲教えてもらえればいいもん!」

「全教科それやったらテイオーもナイスネイチャも困るだろ?自分の勉強時間を削ることになるんだから」

「ヤダヤダヤダヤダ!」

 

 

 …妙にお腹減ってると思ったらそう言えば私、昨日のお昼から何も食べてないじゃん。そりゃ流石にお腹減るよね。…はむっ、おいしー。

 

「流石にここが阪神とか京都だったら俺も何も言わねぇよ。だけどここ中山だからすぐ帰れるし、ちゃんと帰って授業受けたほうがいいんじゃないか?」

「マヤ前のテスト全部高得点だったもん!」

 

 

 ……一生懸命無視しようとしてたんだけど流石に平行線が過ぎない?マヤノが勉強できるのもそうだし、トレーナーの心配も分からなくもないし。

 …これは私の出番かな?

 

「……私はマヤノからテストの範囲聞きたいけどなぁ」

 

 おにぎりを食べながらぽつりと呟くとマヤノの動きがピタッと止まった。……掛かったね。

 

「メルちゃん」

「…ん?」

「期末テストの範囲マヤに教えて欲しいの?」

「……教えてくれるならね。あーでも確かにテイオーとかネイチャさんとか普通に学校行ってるし、2人から教えてもらおうかなぁ」

「もー、メルちゃんはしょうがないなぁ!マヤが教えるからメルちゃん待っててね!ユーコピー?」

「……アイコピー」

「トレーナーちゃん!車出して出して!」

「えっ…あっおい!」

「……マヤノは元気だねぇ」

 

 

 ……こりゃネイチャさんも『チョロかわ』って言うわ。さっきまでの駄々コネから一転、足取り軽く病室の出口に駆けていったマヤノを見て自然と頬が緩んだ。

 

「…ありがとな、メルクーリ。だけどお前も診察まで軽く勉強しとけよ。授業たまに出てねぇの知ってるぞ?」

「……気が向いたらやる。まぁ向かないと思うけど」

「お前らなぁ……点数はちゃんと取れてるのか?」

「……はぁ。私のスマホある?」

 

 

 まるで口うるさい先生みたいな心配をするトレーナーに内心呆れながら私の荷物を取ってもらう。その奥底に眠っていたスマホを出して電源を入れ……うわ、お母様から電話の通知がたくさん来てる…。後で折り返し電話しなきゃ。

 

 んで…あったあった。写真のアプリを開いてトレーナーに手渡す。

 

「……はい、これ。今年の定期試験の全部の成績表の写真だけど」

「なんでそんなもん写真撮ってんだ…?」

「……トレーナーは私の実家がフランスなのは知ってるよね。トレセン学園から定期テストの成績は実家に郵送されるんだけど、流石にフランスまで送るってなると届くまでに結構時間が掛かっちゃうんだよね。……だからこうやって写真で毎回先にお母様に送ってる」

 

 

 私のスマホを受け取ったトレーナーの目がみるみるうちに丸くなっていく。

 まぁそりゃそうだよね、普段から授業サボってる奴がテストで軒並み1位を取ってたらびっくりするでしょ。

 

 ふっふっふっ、見たかトレーナー。サボっても特別扱いされるのにはちゃんと理由があるのだよ。

 

「……試験科目のほとんどはフランスにいた時に勉強してたから。そこらへんは軽くおさらいして、残りの数教科やるだけで普通に1位取れる。だから心配無用。マヤノを学校に連れてってあげて」

「…おう、安心したというか意外だったというか。とりあえずマヤノを送って帰ってくるから暴れずに待ってろよ?」

「……トレーナーも診察来るの?」

「あのなぁ…当たり前だろ。レース中のアクシデントなんだから」

「……ん。ご飯食べてぼんやりしとく」

 

 

 それだけ確認するとトレーナーはマヤノを追いかけて病室を出て行った。大変なんだなぁ、トレーナーも。

 

 

 ……さて、先にお母様に電話しとこうかな。今ならお母様もギリギリ寝る前でしょ。

 

 えーっと、電話はこれか。ぽちっとな。ってもう繋がったんだけど。

 

メルクーリ!大丈夫なんですか!?何回電話したと思ってるんですか!

「ひっ……おはようございます、お母様」

 

 とんでもない大声に思わず電話を切りかける。おにぎりが喉に詰まったらどうするつもりだったのさまったく。

 

「…倒れて病院に運ばれて寝てました。体はこの後診察です。倒れた原因は心房細動」

『それは貴女のトレーナーさんから聞いてます。…倒れた時にどこか腫れたりしていませんか?筋肉痛(コズミ)は?』

「多分大丈夫です。体は少し重いだけでどこかが痛いというのはないです」

『……そうですか』

「…はい」

 

 

 …トレーナーが先に電話してたのね。じゃあ私連絡する意味あった…?

 

『……メルクーリ、これだけは覚えておきなさい』

「……はい」

『もう貴女の脚は貴女だけのものではありません。貴女のことを応援してくれる友人やファンの想いも乗せて走れ、とまでは言いません。…ただし、もう少しだけ貴女自身を労わりなさい。……この後に続く言葉はわかりますね?』

「……………自分のことを軽視するのは貴女の悪い癖です

『ええ。……メルクーリ、これまで貴女には要らぬ負担をかけてしまいました。親としても、1人のウマ娘としても貴女には楽しく学生生活を送って欲しいのです。……レース出走、よく頑張りました。体の方は診察後にまた報告をしなさい』

「………はい、失礼します。連絡が遅れて申し訳ありません」

 

 

「……はぁ」

 電話を切って一息つく。

 ともかくお母様が思ったよりも怒ってなくてよかった。

 

 ……私自身を労わる、ねぇ。何をしたら労ったことになるんだろう。

 

 

 というかそもそも私が私を労わる資格なんてあるのだろうか。

 

「……はぁ」

 

 

 残っていたおかかのおにぎりを一気に食べ切って差し入れを漁る。

 ……飲み物入ってないじゃん。しょうがない、ミルクかなんか買ってこようかな。

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

「……ミルクとおにぎりって食べ合わせあんまり良くないね」

「なんでそんなおかしな食べ合わせをしてるんだよ…」

「……どっかの誰かの差し入れに飲み物が入ってなかったからだけど」

「悪かったって」

 

 

 同じ日の昼下がり、私はトレーナーと病院の待合室で診断結果を待っていた。…って言っても怪我とか何もないと思うんだけど。

 

 …ちなみにミルクとおにぎりの食べ合わせがあまりにも悪すぎてナースコールを一回押しちゃったのは内緒である。

 

『スバルメルクーリさん、診察室にお入りください』

「おっ、呼ばれたな。ほら行くぞメルクーリ」

「……ん」

 

 

 

 

「お待たせしましたね。スバルメルクーリさんとトレーナーさん」

「……いえ、こちらこそありがとうございます」

「それで…どうですか?体のどこかに異常が出てたりしてないですか?」

 

 

 固唾を飲みながらお医者さんを見る。お医者さんはレントゲンとか何やら難しそうな紙やらを並べながら……そしてニッ、と笑った。

 

「レントゲンにも異常なし、心拍数も通常通り。レース後の軽い筋肉痛以外は()()健康そのものですね」

「……そうですか」

 

 

 ……だから言ったのに、体はどこもおかしくないって。まぁ倒れた私が全面的に悪いんだけどさ。

 

「ということでスバルメルクーリさんは退院。筋肉痛用の湿布を用意しておきますのでそれをもらってからトレセン学園に帰る準備を進めておいてください」

「……わかりました。ご迷惑をおかけしました」

「患者さんを診るのがお医者さんの仕事ですから。それじゃ、コレ持ってお薬もらってきてください」

「……はい」

「先行ってろメルクーリ。俺は再発防止のために色々確認することがあるからな」

 

 

 ……要は詳しく心房細動が起きた原因とかが知りたいとかそんなところかな。チームメンバーが頻繁に倒れられたらチームとしても良くない噂が出るかもしれないしね。まぁいっか、先にお薬貰ってこよっと。

 

 

 〜〜〜

 

 スバルメルクーリが去った後、トレーナーと医者の間にはやけに重苦しい空気が漂っていた。

 

「……で?やけに()()って部分を強調していましたが」

「まずはちょっとこれを見ていただけますか?」

「なになに……これは両方ともメルクーリのエコー写真か?」

「はい。これは朝日杯の時に撮ったものと昨日撮ったものなんですけど…どっちが昨日撮ったものだと思いますか?」

 

 

 トレーナーは2つの写真を見比べる。…どちらもそこまでダメージは見受けられないのだが、片方に黒い塊が若干多く見受けられる。朝日杯(1600m)弥生賞(2000m)、どちらがよりダメージを受ける可能性が高いかを考え、黒い塊が多い方を指さした。

 

「…そうなんですよ、普通はそうなんです。今回のスバルメルクーリさんの場合はそれまでに経験のない2000mであんな爆発的な逃げをしたんだからより一層筋肉の方に負担がかかってるはずなんです。……でも昨日撮れたエコーはこっちなんです」

「…は?」

 

 

 そう言うと医者は呆気に取られるトレーナーを尻目に、一見綺麗な方の写真を手に取った。

 

「朝日杯の時の写真はわかりやすいんです。最後にスバルメルクーリさんを含む3人がスパートをかけながら競り合いをして、そこでダメージが入ったと考えられます。それに対して今回撮れた写真はやけに綺麗……というよりは綺麗すぎるんです。少なくともレース直後に撮れるものではない」

「…それで?」

「流石にこれはおかしいということでURAさんの弥生賞のパトロールビデオを見させていただきました。……ここですここ」

 

 

 医者の提示したタブレットを覗き込むと、昨日のスバルメルクーリの大失速の場面がスロー再生されていた。相変わらず長い髪で表情は見えないながらも後ろからの差がぐんぐん縮まっていく光景にトレーナーはイヤな悪寒が過ったのを思い出した。

 

「…この最後の中山の坂を登るところでスバルメルクーリさんが2回首を下げてますよね。この動きって普通は痛みや疲労によって足がうまく前に出ない時に足を見る動きなんですよ」

「それなのに足に異常がないのがおかしい、ってことですか?」

「…はい。結果的に心房細動で倒れてはいるんですが、足的にはまだ余裕がある状態でスパートをかけることに失敗していることになります」

 

 

 頷く医者を見ながら、トレーナーは報道陣をいれての公開練習のことを思い出していた。

 逃げるマヤノトップガンを追おうとして一瞬加速体勢を取ったスバルメルクーリ。しかし結局追わずに流して2000mを走り終えてそのままクールダウンに入っていた。

 

 

 あの時も今回もサウジアラビアRCや朝日杯で見せた末脚を使わなかった。

 

 

 ……いや。使わなかったのではなく、使えなかった?

 

 

「…まさか、あいつ」

「……スバルメルクーリさんのトレーナーさん、正直にお話します。スバルメルクーリさんはなんらかの要因によってイップスを発症している可能性が高いです。そこの解決ができないうちはレース、特に今回負けた中山レース場と前走の阪神レース場で開催のものは出走を回避することを強くお勧めします」





シリアスタグ、独自設定タグってこういう活かし方であってますか?

感想や評価、お気に入り登録いつもありがとうございます。できれば高評価ください()
次回もよろしくお願いします。


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第46話 勉強しましょ?:Shall we study?

ちょっとした箸休め回。ずっと重いと胃もたれしちゃうからね?
メルちゃんって耳飾り左耳だから体操着がブルマなんですよね。つまり弥生賞とかロイヤルカップとかブルマで走ったんですよね。他意は無いですけど。
それでは今回もよろしくお願いします。


 病院から帰った日の夜。私はまたというかいつものようにというか、ともかくマヤノに拉致されてテイオー共々勉強会という名のお菓子パーティに参加させられていた。

 

 ……マヤノにもテイオーにも、ついでに今はいないゴルシにももう指で数えられないくらいの回数引っ張り回されてるから拉致されることに関しては諦めた。レース出走直後に走るわけにもいかないし。倒れたし。…はぁ、はちみーチョコうまぁ。

 

「それでねそれでね!数学はこことここが出るって言ってたんだけど、マヤ的にはこっちの方が多めに出ると思うなぁ」

「……そうなの?」

「こっちの問題の方がちょっと解説の時間長かったもん!でねでね、この問題の解き方はね〜♪」

 

 

 …いつになくテスト勉強に対してやる気を見せるマヤノを見ながら思わずテイオーと顔を見合わせる。マヤノが勉強できるのは知ってるけど、流石にお菓子に目もくれずに鼻唄混じりに問題を解いてるのは見たことがない。

 結果としてテスト勉強をするマヤノを私とテイオーでお菓子を食べながら見守るような構図になってるんですけど。…このにんじんぷりんも口溶けが滑らかで美味しいなぁ。

 

「……ねぇテイオー。なんでこんなにマヤノ元気なの?…このにんじんぷりんおいしいね」

「ボクに聞かれても…今日ずっとこんな調子だし。…でしょ?メルちゃんのお見舞いにって思って買ったんだ〜。折角だし今日一緒に食べようかなって」

 

 

 …そっか、テイオーも心当たりがないのか。となると病室での会話でここまで掛かってることになるんだけど。まさかこんなにやる気になるとは思ってなかった。

 

「メルちゃんホントに体大丈夫なの?…このポッキー食べていい?」

「……うん、湿布もらっておわりだった。…ん、どうぞ」

 

 

 私がこっそり病院で買っていたいちごポッキーをそっとテイオーに渡そうとすると上からひょいっと回収された。…つられて前を見るといつの間にか問題を解き終えたマヤノが私たちの前に仁王立ちをしていた。

 

「もー!メルちゃんもテイオーちゃんもひそひそお喋りしてないでテスト勉強しよ!メルちゃんはいくらレース直後とはいえお菓子食べ過ぎ!ぼっしゅー!!」

えっ?ぁぁっ…、私のいちごポッキー…」

 

 

 …一体いつからその伊達メガネをつけたんだい、マヤノさんや。ハーフリムなところに並々ならぬこだわりを感じるけど。

 

 

 〜〜〜

 

()()()()はマヤノから各教科のテストの範囲と彼女独自のヤマを聞いてる時に不意に放たれた。

 

「でね、マヤ的には英語はむしろメルちゃんに教えてもらいたいな〜って思ってるんだけど、解くコツとかあるの?」

「……えっ、そこ私なの?ろくに授業受けてないけど」

「あー!この中で1番英語できるのメルちゃんだし、ボクも教えてほしいかも!」

 

 

 ……えぇ。2人とも英語の成績は悪いどころかむしろいい方じゃん。解くコツって言ったって何教えればいいのさ。

 

「……えっと」

「「わくわく」」

「……なんでそこ噛み合うの。大したこと教えられないんだけど」

 

 ……2人からの期待の眼差しが痛い…。何を教えればいいんだ、これ…?

 

「ほらほら、テスト前にこれやってるとかあるでしょ?単語集とか」

「…………何も」

「文章題は?どうやって解いてるの?」

「……どうやってと言われても日本語とやってることあんまり変わらないよ。書かれてる文章を読んでそのまま答えるだけ」

「じゃあこれは?」

 

 

 マヤノから渡された紙に目を通す。…ふむふむ、なるほど。

 

「……要は『イギリスやアイルランドのウマ娘のレース』についての話で、どのくらいの規模でとかどんなレース傾向が…みたいなのが書かれてるね。…確かファインモーションさんがアイルランドの王家なんだっけ」

「えっ、もう読めちゃったの!?メルちゃん文章読むの早くない?」

「……英語は大体最初に主語が来て次に動詞が来るから慣れれば読みやすいの。後ろの言葉は最初の主語と述語をわかりやすくするための補足説明…みたいなものっていうか」

「「???」」

 

 

 …ダメだ、あんまり伝わってない。普段から流れでやってることを説明するのは……難しい。

 

「……うーん、日本語だと『私はりんごが好きです』みたいに文章の真ん中で情報を増やしていくんだけど、最後まで聞かないと好きか嫌いかわかんないでしょ?それに対して英語は"I like apples"って言って動詞を先に置いて好きか嫌いかを明確にしてから、何が好きなのかって情報を増やしていく……って言えば分かる?」

「むむむ…じゃあこれは?」

 

 

 今度はテイオーから渡された紙に目を通す。あー、うん。大体わかった。

 

「……後ろの情報が単語じゃなくて文だからわかりにくいんだけど、主語と動詞は変わんない。『あの蹄鉄は高い』っていうのが基本の情報で、蹄鉄の説明として『貴女が見ていた』ってのがついてくるから『貴女が見ていたあの蹄鉄は高い』ってなる」

「「ほへー…」」

「……多分」

「じゃあこれは?」

「これはどうなの??」

「……うええ

 

 

 〜〜〜

 

 

「じゃあ今日は終わり!続きは明日やろ☆」

「「……明日もやるの…?」」

 

 

 マヤノの宣言と同時に私とテイオーは机にへたり込む。……つ、疲れたぁ。学園入ってからここまで勉強らしい勉強をしたのは久しぶりかもしれない。

 

 教える側がここまで疲れるとは思わなかったし、なぜか途中から教科が変わって国語の現代文まで教える羽目になってたのは抗議してもいいのかな?…というか2人のほうが日本語使うのに関しては明らかに上手いでしょうに。

 

「……で、どうしてマヤノはそんなに期末テストやる気なのさ。パパッと高得点取るタイプでしょ?」

 

 

 机に倒れ込んだままマヤノに素直な質問をぶつける。私の知る限り、マヤノはここまでしっかり対策するタイプじゃない。…というよりむしろ「わかっちゃった!」とかいってさらっと解き終わるタイプじゃん。

 

 当のマヤノはん〜、とかいいながら人差し指を顎に当てながら困り眉になっていた。

 

「たまにはこういうのも良いかなぁ〜って。それにそれに!メルちゃんと一緒に皐月賞走るのに変なところで引っかかってられないなって!」

「……私、その前に多分ゲート再試験だけどね」

 

 ……弥生賞のレース映像をまだ見てないし、自分では全く自覚してないんだけどね。発走を遅らせておいて再試験がないというのは流石にありえないというのは自分でもわかってる。

 

 テストの次は試験ですか。…イヤだなぁ。

 

「ゲート試験なんかメルちゃんならへっちゃらでしょ?マヤ、メルちゃんにもゼッタイ負けないから!皐月賞頑張ろうね⭐︎」

「……これでも私、初めて負けた直後なんですけど」

「……2人で盛り上がってるところ悪いんだけど、ボクもいるんだよね」

「テイオーちゃんは次走大阪杯だよね」

「…応援してる」

「…もー!!ボクもマヤノとメルちゃんともう一回皐月賞走る!それで三冠ウマ娘になる!」

「「テイオー(テイオーちゃん)、どうどう」」

 

 

 ふんすっ!と拗ねるテイオーの口にはちみーのチョコを入れながら、こっそり私のいちごポッキーを取り返したのだった。

 

 

 

 二週間後、返却されたテストの成績の順位を見てどこかのピスが悲鳴をあげてたらしい。

 

「なんで順位が2つも下がってるんですのー!!?」

 

 




お気に入り1450件、UA13万。いつも本当にありがとうございます。誤字報告もいつも助かってます。
それでは次回もよろしくお願いします!



…バレンタインの話は書いてたけど没にしちゃいました、ごめんなさい。その辺のイベントまとめた話は間話で作りたいところ。
メルちゃんは片手で渡してくるタイプってとこだけは覚えててください。


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第47話 春愁、色を纏いて:Spring Meditation

アクエリアス杯、勝てなさすぎてポカリスエット派になりそう(憤慨)(スポドリ飲めない)(俊足)(コーナー加速で差をつけろ)

オグリ無い、デジも無い、チョコも夏も無い!(無ぇ)
モンク無い、和服ない、ファル子倒せない(ねぇ!)
勝ち目ない、勝ち目ない、勝った勝ち目ない!
はーい解説動画探して

……今回もよろしくお願いします。


「スバルメルクーリさん、準備お願いします!」

「……はい」

「…なぁ、メルクーリ。本当に今日じゃなきゃダメなのか?」

「……怪我してないんだから。こんなのさっさと終わらせるって。逆にトレーナーはなんでそんなに私がゲート再審査を受けるのに乗り気じゃないのさ」

「お前が本調子じゃないのは一眼見りゃわかるからだよ。別に今日じゃなくてもう少し間を開けてからでも「いいから!今日受ける」…はぁ。……少しでもおかしかったら止めるからな」

「……ん」

 

 

 トゥインクル・シリーズにはレースの公平性を期すため、あるいは円滑な進行を妨げたウマ娘への制裁のために再審査という制度がある。

 

 例えば出走直前にストレスのあまりゲートを蹴り付けてゲートを開かなくしたり、あるいは狭いところに耐えきれなかったためにゲートをくぐり抜けたりしたウマ娘にはゲートの再審査を。レース中に思いっきり他の娘とタックルしたり逸走したウマ娘には平地の再審査を…といった感じ。

 

「……はぁ」

 

 

 私は予想通りというかなんというか、弥生賞でのゲート入りの遅れがあまりにも長かったためにゲートの再審査判定を受けていた。ゲートの再審査は2回ちゃんとゲートに入ってスタートするだけ。そこまで難しい試験じゃない…はず。

 

 

 再審査になったのは……まぁしょうがない。なぜか弥生賞の映像を見ることにいい顔をしなかったトレーナーをあの手この手でなんとか説得してゲートインまで見た私が断言する。……アレは流石にひどすぎる。

 

 〜〜〜

「……ファンファーレの時から動いてないね」

「ここからピクリとも動かなくなるから見てるこっちは冷や冷やだったんだからな?」

 

『2番人気は…おっとここで1番人気のスバルメルクーリにアクシデントか?ゲート入りを促されても一歩も動きません!』

『これまでのレースではゲートを嫌がっている印象はなかったんですがねぇ、どうしたんでしょうか』

 

 

「……本当に動かないね」

「…もういいか?」

「……いや、ゲートインまで見ていいって話だったじゃん」

 

 

『解説には日本中央トレセン学園元トレーナー、南陽(みなび) (こと)さんにお越しいただいています。南陽さん、スバルメルクーリが完全に固まっていますがこの原因というのは何か考えられますか?』

『いやぁ、本人に聞いてみないとちょっとわからないですねぇ。風が気になるとかバ場が気になるとか色々原因はあると思うんですけど…』

 

 

「……いやほんと動かないね」

「何回言うんだよメルクーリ」

 〜〜〜

 

 

 シューズのほつれが無いかを確認してから弥生賞の時と同じ、9番のゲートにゆっくりと入る。……というかただの13R(再審査)に人集まりすぎじゃない?

 

 

 スピカのメンバーはまぁ分かる。ネイチャさんとかマーベラスさんが来てるのも……仲良くしてくれてるしまだわかる。それ以外のよく知らない人がちょくちょく見にきてるのはなんなのさ。トレーナー、ウマ娘合わせて30人くらいいるけど。……あと角の隅で隠れてるつもりなのか知らないけど耳と尻尾見えてるぞ、ピスタチオノーズ。あんたもよく知らない人枠だからな。

 

 

「メルちゃーん!落ち着いて!」

「平常心よ平常心!」

「邪魔なゲートなんて蹴り上げちま…むぐむぐむぐ」

「ゴールドシップさん!」

 

 

「……はぁ。ゲート蹴り上げたら合格不合格の前に足怪我するでしょ」

 

 なんかいつも通りに応援…?してくれるスピカのメンバーに苦笑いしながらいつものようにスタート体勢を取る。

 

 

 1回目は……逃げ想定で一発でしっかりと出よう。…最善のスタートのために体勢を落として…ここかな。

 ガコッ!というゲートの音とほぼ同時にスッと出ながらぐんぐん加速していく。弥生賞の時よりもいいスタートだったかも。

 

 

 走りながら脳内で皐月賞のシミュレーションを軽くしてみる。

 ……このスタートをできるなら多分私が1番前。中山の2000mは枠番の有利不利は割と少なめだし、実際に弥生賞は外枠から強引にハナを奪えた。

 

 皐月賞に出てきそうなメンツの中でまず間違いなく私のことを一番知ってるのはマヤノ。マヤノなら私が見えない位置に行ってマークできなくなるのが1番怖いだろうから3.4番手の好位、もしかしたら2番手で追ってくるかもしれない。

 

 

 ハナを取ろうとはしてこない。弥生賞でのあのハイペースを見てわざわざついてこようなんて……うーん、マヤノならそれも可能性としてはなくもない気がする。作戦を自分の心一つで変えられるってやっぱり厄介だなぁ。私?先行と差しはムリだし、自在じゃないと思う。

 

 

 ……私が後ろからレースをした時は?

 恐らくバ群のコントロールをしつつ、マヤノ自身が良いと思ったタイミングで飛び出すんじゃないだろうか、ホープフルの時と同じように。恐らくその時は私のマークを最後のコーナー前まで切ってくる。私の後ろからのレースっていうのはバ群を避けて最後方からのマクリだってことはマヤノはわかってるから序盤はマークする必要がないってわけだ。

 

 他の娘に関してはきっと私のことを前走で心房細動を起こした娘という認識しかないだろうから私が前に出ようが後ろにいようが関係なく走るに違いない。多少は私が前に出ることでバ群が伸びるかもしれないけどそれだけだと思う。

 

 

「はい、じゃあ2回目やるので戻ってきてください」

「……はい」

 

 

 …コーナー前で緩やかに減速し、ゲートの方に進路を戻す。ってあれ…、コーナー前?結構長いこと考えながら走ってたと思うんだけど。今のスタートができて逃げなら第1コーナー途中までは走れてる想定だったんだけど。

 

 

 ……もしかして、感覚がずれてる?久しぶりに走ったから?

 

 ……うーん。今そこを直す時間はないし、とりあえず再審査の方をさっさと終わらせちゃおう。あんなに無様でボロボロだったとはいえ、せっかく弥生賞で優先出走権も確保したんだし、皐月賞に出るためにもこんなのさっさと終わらせないとね。今日失敗したらいよいよ後がなくなって除外処分になっちゃうし。

 

 ゲート再審査が終わったらまずはこの感覚の誤差を無くすところから始めなきゃ。勝負どころでこの感覚のズレは致命傷になりうる。

 

 

 ……。

 ……………。

 ……ってあれ…?

 

 

 

 

 

 

 なんで私、ここまで意固地になってるんだろ。

 

 

 

 目的を見つけるために今年の6月までは少なくとも走る、それはいい。

 だけどそれは既に走る目的を見つけてその夢に向けて一生懸命に努力している他の娘を踏み躙ってまでやっていいことなの…?

 

 

 

 私なんかが?

 

 

 

 ……()()()()()()()()()を望むのが赦されない立場なことくらい、ほかの誰よりも私自身がよくわかってるはずなのに。

 

 

 

 そんな私が、あろうことかクラシックの初戦に向けてじゅんび???

 

 

 

 ……あれ、

 

 なんで、わたし、ここにたってるんだろ

 

 

 

 ほかのこならともかくわたしが、わたしふぜいがのうのうとたっていいばしょじゃないくらい、わかってたのに

 

 

 

 ごめん、なさい

 

 

 ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい

 

 

 

「……ッ!!ッはァ、ハぁッ!!」

「……ルクーリ、メルクーリ!…すいません、再審査は中止でお願いします!」

 

 

 〜〜〜

 

 気がつくと私はスピカの部室のパイプ椅子に座らされ、背中を撫でられていた。

 

 

 2回目のゲートの記憶がないあたり、多分ダメだった…んだろう。ゲートに入ったのか入る前にダメだったのか、それすら思い出せない。

 

 ……ただ、それでもみんなの心配そうな表情を見てれば察せられる。

 

 あっ、ダメだったんだって。

 

 

 ……まさか再審査すらダメになるなんて、ね。

 

 

 まともにゲートすらこなせない。みんなに口を大にして言えるような目標も何もない。挙げ句の果てにレース直後に心房細動で倒れて病院直行。

 こんなのがトゥインクル・シリーズに出て、あまつさえ最優秀ジュニア級ウマ娘に選出??三文芝居でももうちょっと頑張れるんじゃないの?

 

 

 ……まぁ、うん。ピリオドを打つべき時が来た、単にそういうことなんじゃないかな。思ったより三月(みつき)ほど早くなったけど、それはそれ。終わりにしよう、取るに足らない一文芝居を。

 

 そうと決めたらそれにふさわしい表情で、具体的には笑顔で。

 

「……あはは、ダメだったわ。ごめんトレーナー、ごめんみんな」

 

 

 ……あれぇー、私の笑顔ってそんなに説得力ない?全然空気変わらないんですけど…。あのゴルシですら何を言っていいのか迷ってる表情してるんですけど。

 

「……次はパスできるようにするから。今日は一旦帰って寝るね」

 

 

 …その次が来ることはきっとない、けど。

 

 部屋を出ようとする私に声がかけられたのはその時だった。

 

「なぁ、メルクーリ。ちょっとドライブ行かないか?」

「……は?」

「ドライブだよ、ド・ラ・イ・ブ。ちょっと帰るの遅くなるから着替えて外泊許可証出してこい!」

 

 振り向くと、いつもの胡散臭そうな笑顔と一緒に車のキーをクルクル回してるトレーナーが真っ直ぐに私を見ていた。

 

「……教え子をナンパとか正気?」

「ちげぇよ!早く準備してこい!!」

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 言われた通りに着替え、外泊許可証を出し、フジキセキさんに「キミが外泊許可証を出すなんて…!」と驚かれてからトレーナーの車に揺られることはや数時間。窓から見える夕暮れの景色は都会のそれからとっくに山間のそれに変化していた。

 やることも特になかった私はリクライニングを倒し、ぼんやりと天井を眺めていた。

 

「……前から思ってたけど、トレーナーって思ったより運転丁寧だよね」

「ウマ娘を乗せるためには必須なんだよ、こういうの。お前の聴覚が鋭いみたいに揺れに敏感なウマ娘もいるわけ」

「……ふーん、大変なんだね。…トレーナーも」

「まぁな…っと、着いたぞメルクーリ。前見てみろ」

 

 

 トレーナーに促され、ゆったりと体を起こした瞬間だった。目の前の光景から私は目を離すことができなくなった。

 ……故郷で見ていた光景(もの)とどこまでも違うはずなのに、どこか近いような気がしたから。

 

「……わぁぁ…!」

「流石にお前の実家の近くの再現とはいかないけどな、悪くないだろ?」

 

 

 人っ子ひとりいない湖と、それを囲むような桜の木々。窓を開けてみると、木々の合間をさわさわと吹き抜ける風とわずかな鳥の鳴き声以外には何も音がない静かな空間がそこにはあった。

 

「外出てみるか?」

「…いいの?」

「もちろん、ここが目的地だからな」

 

 

 トレーナーが答え終わるよりも早く、私は車を飛び出し湖のほとりに向かって歩みを進めていた。

 

っぱはえーなぁ、メルクーリ。怪我すんじゃねぇーぞ!」

「わかってる!」

 

 

 湖のほとりに立って風を感じる。…実家の近所よりは湿度が高いような気がする。でもそんなにイヤじゃない湿度。

 

 …実家にいた時もこういう風に近所の湖で休憩してたなぁ。朝から走って、湖とか川のそばで休憩がてらお昼ご飯を食べて、夕方まで走る。そのそばには大体あの子がいて……。

 

 

 背後にトレーナーが来たのが音でわかった。…数時間運転し通しだったのに疲れを見せないあたり、このヒトも大概おかしいと思う。

 

「……よく知ってたね。私がこういう所が好きだって」

「ちょっと前にお前の親御さんに電話してな。お前の好きそうな場所を聞かせてもらったんだ」

 

 

 いつの間にお母様とそんなやりとりをしたのさ。そういえば入院したこともお母様は知ってたし、生徒情報かなにかの資料に載ってるのかな。

 

 …ふぅ。

 意を決して私はトレーナーに振り向く。

 

「……ねぇ、なんで?」

「最近のお前は色々限界そうだったからな。本当は先にリフレッシュさせてからゲート再審査にしようと思ってたんだがな」

じゃなくて!……なんで私にここまでしてくれるの!?……わたし、なんかに…ぁぅっ」

「あのなぁメルクーリ、そんな当たり前のことを聞くな」

 

 

 私の頭にぽんと手を置きながらのトレーナーの言葉に私の言葉は途中で遮られた。

 

「俺はお前…っていうかお前たちのトレーナーだし、お前らのファンだからだよ」

「……は?ファン?」

「お前の走りに俺だけじゃなくてたくさんの人が魅せられてるんだぞ?気づかなかったか?」

 

 

そういって見せてきたのは…ウマッター?のフォロワー数??52,168フォロワー……ってそんなに私フォローされてるの?数えるほどしか投稿してないのに?

 

「…なん、で。こんなに」

「それくらいお前の走りに夢を見てる人が多いってことだ。……ちょうどいいからメルクーリにも俺の夢を教えてやる。マヤノとメルクーリが来る前に他のメンバーには言ったんだけどな。。俺はな、お前たち全員が走るレースが見たいんだよ!メルクーリ、もちろんお前もだ」

「…私たち全員…?そんなの「無理じゃない。俺はみんなを信じてるからな」……それ、は」

 

 

 なんてはちゃめちゃな夢だろう。しかもトレーナーだけではそれは達成し得ない夢だ。フルゲートが18人だとしたら私たちで半分占領することにもなる。

 

 なのに…それ以上に。その夢を語る時のトレーナーの表情がなんというか…その。決意に満ち溢れてる気がして、羨ましく思えた。思えてしまった。

 

「……その。いい夢、なんじゃないかな。多分」

「だろ?もちろんお前も「だけど、その夢に私はいらない。……というよりはいちゃいけないよ、確実に」…どうしてだ?」

 

 

 真っ直ぐに見つめてくるトレーナーに、私はため息を1つついて覚悟を決める。……もう、逃げも隠れもできないかな。

 

 

「……私ね、殺しちゃったの。大切だった友達を」




前書きを書いたのが3日前、後書きを書いてるのが投稿直前。…その間何やってたかって…?聞かないでください(泣き)(魔改造失敗) (Bグループ3位)

アプリウマ娘一周年、おめでとうございます。誰でもいいので新規の子下さいお願いします何でもはできません。

お気に入り登録、感想、誤字報告いつもありがとうございます。本当に助かってます。

それでは次回もよろしくお願いします!


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第48話 告解:The ancient memory

花粉くんきついし3月やること多いしで遅れました。決してヒスイ地方でともしびが見つからなくて困ってたわけじゃありません、はい。攻略サイトなしで見つけきったとかそんなことありません、ええ。

いわゆる過去話。前後編の予定です。シリアス注意です。
それでは今回もよろしくお願いします。


「……トレセン学園に入るために日本に帰ってくる直前。私は1人のウマ娘を殺しちゃったの。それもとっても慕ってくれてた大切な娘を」

「……どういうことだ?」

「もちろん物理的に殺したわけじゃないよ?そんなことをしてたらトレセン学園になんか通えてないよ」

 

 

 …そう、物理的に殺したんじゃない。でもだからこそ、私は赦されない。赦されることなんてありえてはならない。

 

 

 

 彼女は今こうして話を続けている間もずっと()()()()()()()から。

 

 

 

「……ねぇ、トレーナー。走るために生まれてきたウマ娘が"死ぬ"のってどういう時だと思う?引退をする時?それともそのウマ娘の命が消える時?」

「…それは」

「私はそうじゃないと思うの。……たとえ思うように走れなくて引退をしたとしても、寿命を迎えたとしても、その走りを誰かが……誰かが覚えてくれてたらその人達の中でその娘は死ぬことなく、生き続けられると思うの」

 

 

 すぅっ…と軽く息を吸って、吐く。都会とも実家とも違う匂いの空気が肺の中にすっと入り、出ていった。伸びをしながら私は左耳の耳飾りを……金色の花型の飾りを取ってトレーナーに見せる。

 

 

「私がいつもつけてるこの耳飾りの金色の花さ、フランス語で直訳するとFleur d'or(フルールドール)っていうんだよね。…昔、交換したんだ。仲が良かったウマ娘と。『お互いにプレゼントした耳飾りをつけて、一緒に世界で一番美しいレース場で走ろう』って言い合ってさ」

「じゃあそれがお前の…「出来ないんだよッ!!」……メルクーリ……」

「……ごめん、大声出して。出来ないの。私のせいで。……さっきの質問の答えね。走ることを心の底から望みながら、それすら許されずに競技者としての道を閉ざされること。私はこれが"死ぬ"ってことだと思ってる。そういう意味で私は完全にあの娘を……フルールドールっていうウマ娘を殺したの」

 

 

 耳飾りを左耳に戻してトレーナーに向き直る。

 …これは私の罪の告解。ホンモノと違ってしたところで赦されることなんてないけど。

 

 

「ルゥが得られるはずだった栄光の道を永久(とこしえ)に奪ったから。だから私は栄光を掴む資格なんてないし、勝ちたいと思うことも赦されてはならないの」

 

 

 

 

「そんな、こと」

「あるんだよ。……トレーナーはさ。お母様から私のこと、どのくらい聞いたの?」

「…お前が実家のフランスに帰った理由は聞いたが、そこから先は『メルが直接話すまで待ってあげてください』って言われてな。そこからは何にも」

「……そっか、じゃあそこから話そっか」

 

 

 

「むかーし、むかし。とある田舎に移り住んだ銀色のウマ娘がいました」

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 その田舎は雑音ひとつないのどかで空気のとても澄んだ場所でした。天気が荒れることも少なく、ヒトが来ることもそれほど多くない。……そんな場所で初めに銀色のウマ娘は実家のかかりつけのお医者様からの診察を受けました。

 

『うーん、心因性の発熱ですね。要は過剰にストレスを受け続けたことが原因の生理的反応です。娘さんの場合ですと聴力が良過ぎることが原因の1つとして考えられますので、まずはその聴力を上手く使いこなすための練習をすると少し改善するかもしれませんね』

『つかい、こなす?』

『例えば、知ってる人の声と知らない人の声だと知ってる人の声の方が鮮明に聞き取りやすいよね?それは君が無意識に知ってる人の声と知らない人の声を区分けしているからなんだけど、これを意識的にやってみよっか』

 

 

 そうして銀色のウマ娘はある程度知ってる声と知らない声を区別するための練習を始めました。とは言ってもここは実家。お母様やお婆さまをはじめに、基本的には知ってる人の声しか聞こえてきません。

 これでは練習にならないなぁと思っていたある時、表門の方から何やら知らない声がしました。

 

『……あのー

 

 銀色のウマ娘は家族の誰よりも耳聡くその声が聞こえていたので、お母様に相談しました。

 

『お母様お母様、玄関にどなたか来ていますけどお客様ですか?聞いたことのない声ですけど』

『…えっ、お客様なんて来る予定あったかしら。私が見てくるから貴女はここにいなさい』

 

 

 その時、自身ですらも何故かはわからないまま銀色のウマ娘はお母様の服の袖を摘み、そしてこう言いました。

 

『私もついていってはダメですか?』

 

 珍しい様子の銀色のウマ娘に驚いたお母様ですが、銀色のウマ娘の目を見て首を縦に振りました。

 こうして銀色のウマ娘と金色のウマ娘は出会うことになりました。

 

『わたしはメルクーリ、メルって呼んでね!あなたは?』

『わたしは…その…』

『んー?』

『………フルールドール、です』

『うーーん、じゃあルゥちゃんだ!よろしくね!ルゥちゃん!』

『……えっと、よろしくお願いします。…メルちゃん』

 

 運命、あるいは必然とでも言うべきだったのでしょうか。何はともあれ銀色のウマ娘にとっては初めての同年代のウマ娘の友人。彼女にとっての運命が大きく動き出した日には違いなかったのです。

 

 〜〜

 

 それは銀色のウマ娘と金色のウマ娘が知り合ってから数日経った日のことでした。家の近所の湖で軽いピクニックのようなことをしながら2人でお喋りをしていたときのことでした。

 

『…へぇー、メルちゃんってニッポンから来たんだ。ニッポン、知ってるよ!たまにこっちのレースに来て良いレースするよね、ニッポンのウマ娘』

『っていってもあんまり勝ってるイメージないけどね。ルゥちゃんレースに興味あるの?』

『興味あるっていうか…ちょっと走ってみる?』

『……お、自信ある感じ?』

『うん、今日は大丈夫。じゃあ、あそこの桟橋までね』

 

 

 こうして唐突に銀色のウマ娘にとってフランスでは初めてのレースが決まりました。出走者は2名。距離は大体500mくらいのごっこ遊びみたいなものですが、それでも銀色のウマ娘は負けるとは一切思っていませんでした。銀色のウマ娘のお母様やその友達のウマ娘の方に走りの基礎はあらかた教わっていてその全員から『速いね』と褒められていた彼女は自分の脚を疑うことすらなかったからです。

 

 

 突き抜けるような晴天の下、木の実が落ちるのを合図にして2人は駆け出しました。

 ぽーんと先に前に出たのは銀色のウマ娘。ほらやっぱり、私に勝てる娘なんているわけない。そんなことを思いながら悠々と脚を進めていました。

 

『このまま逃げ切っちゃうもんね!』

 

 

 半分を過ぎて3バ身くらいの差をつけていたため、銀色のウマ娘はほぼ勝利を確信していました。

 

 …その時でした。突然後ろから聞こえる踏み込みの音が大きく、重くなったのは。

 

『……よし、ここからッ!』

『…えっ?えええっ!?』

 

 

 シューズに蹄鉄を打ち込むときのように重く鋭い音がしたかと思うや否や、後ろから一気に金色のポニーテールが突き抜けていき、そのまま桟橋まで駆け抜けていきました。言うまでもなく銀色のウマ娘の惨敗、金色のウマ娘の圧勝でした。

 

 遅れること2バ身ほど、銀色のウマ娘は息を整えることすら忘れて金色のウマ娘に問いかけました。それほど銀色のウマ娘にとっては今のレースが衝撃的だったのです。

 

『はぁ、はぁ。ルゥちゃん…速くない?』

『……けほ。私、こっち来る前はユース入ってたから』

『ゆーす?』

『…ようは将来レースに出ることを夢見てるウマ娘の中から優秀な娘を育成する場所みたいな感じ』

『……ええっ!?ルゥちゃんそんなすごい子だったの!?』

『…もうやめたけどね』

『なんでやめたの?』

 

 

 銀色のウマ娘は不思議で仕方ありませんでした。だって目の前のウマ娘は自分をあっさりと交わすだけのすごい実力があったから。それだけにそのユースなるものを辞めた理由がわかりませんでした。

 それに対して金色のウマ娘は湖を眺めながらぽつりと一言。

 

 

『…環境が合わなかったんだよね〜』

 

 

 ほぼ同年代のはずなのに、その声は銀色のウマ娘には重く聞こえました。

 

『…えっと、ごめんね。今のはデリカシーなかった』

『あー違う違う、重くとらえないで!メルちゃんはほんとに悪くないの。っていうか逆にメルちゃんが速くてびっくりしちゃった』

『…ホント?』

『ホントホント。スタートが上手くてフォームも悪くないからびっくりしちゃった。最後に本気出さなきゃあのまま負けてたよ』

『…やっぱり私って速いのかぁ。にへへ…』

『……調子乗ってると今日みたいに足元すくわれるよ〜?』

『…はい』

『…でもホントに速かった!メルちゃん自信持っていいとおもうよ』

 

 

 ようやく息が戻った銀色のウマ娘は、金色のウマ娘の隣に座り込んで顔を覗き込みました。

 

『…なに、どうしたのメルちゃん?』

『決めた!ルゥちゃん、私のライバルになってよ!』

『…えっ?』

『ライバルだよ、ラ・イ・バ・ル!それでいつか2人でG1レース出ようよ!』

 

 

 金色のウマ娘の目が僅かに大きくなるのを銀色のウマ娘は見逃しませんでした。

 

『…メルちゃん、それは私に勝てるって思ってるってことでいい?』

『ふっふっふ。私、先生はたくさんいるから!負けないよ?』

『……ふーん、じゃあたくさん練習して強くなって戦おっか。世界で一番美しい…ロンシャンで』

 

 

 こうして、銀色のウマ娘と金色のウマ娘は互いの耳飾りを交換しました。銀色のウマ娘は金色の花の耳飾りを左耳に、金色のウマ娘は銀色の(しずく)の耳飾りを右耳にそれぞれつけて指切りをしました。

 

 

 ーー2人でG1タイトルを取り合う、そう誓いあって。




ゲームに推定エアジハードくん出るってマジ?あの世代のお馬さんで一番好きな子なんだけど?全然天井するけど?なんだぁ…?

感想や評価本当にいつもありがとうございます!
それでは次回もよろしくお願いします!


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第49話 黄金に煌る貴女へ:Dear Fleur...

久しぶりの本編更新。
過去話は前後編でしっかりまとめる予定だったんです、本当ですよ?
……中編です。
それでは今回もよろしくお願いします。


 2人でG1を取り合う。そう誓ってからというもの、銀色のウマ娘と金色のウマ娘は来る日も来る日も一緒に走ったり遊びに出かけたり。住んでいる地域で『いつも仲良く2人でいる金銀ウマ娘コンビ』として評判になるのにはそう時間はかかりませんでした。

 

『おっ、君はぷぅちゃんのところの娘さんだね?金色の子は今日はいないのかい?』

『こんにちは、ルゥちゃんならこの後うちに来て一緒に勉強をする予定です!……えっと、ぷぅちゃんって…?』

『あー、ぷぅちゃん自分の競争バ時代のことあんまり話してないのか。あそこのお屋敷の娘さんだよね?』

『あ、はい!スバルメルクーリっていいます!』

『おうおう、元気で非常によろしい!形の良いにんじん採れたからちょっと持っていきな!つってもウマ娘が食べるにはちょっと少ないかもしれないけどな』

『えっ、いいんですか?こんなにいっぱい…?』

『いいのいいの。キミの所のお家には俺たちいつもお世話になってるし、若いんだからそんな細かいこと気にすんな!』

『…じゃあ遠慮なく、ありがとうございます!』

 

 

 

『あ、来た来た。ルゥちゃーん!!おはよー!!』

『おはよ…ってその大量のにんじんどうしたの?』

『朝のランニングの途中でもらった!』

『……また変なこと言ってない?』

『変なことってなにさ?』

『…メルちゃん、たまに言い回しがおかしいから』

『むむむ…あ、なら綺麗なフランス語の言い回し教えてよ!インタビューで変な言い回ししたら恥ずかしいし!』

『……私、メルちゃんより年下なんだけど?』

『いいからいいから!……にへへっ』

 

 

 空気の澄んだ田舎で仲の良いヒトやウマ娘と過ごしていくことで銀色のウマ娘の体調は見違えるようによくなり、日本にいた時のような発熱症状は少しずつ頻度を減らしていき、移住して半年も経った頃にはほぼほぼ見られなくなっていました。

 

 

 〜〜〜

 

 それは銀色のウマ娘と金色のウマ娘が出会ってから早1年。いつものように午前の併走を終わらせてお昼ご飯を食べている時のこと、にんじんのサンドイッチを食べながら唐突に金色のウマ娘が口を開きました。

 

『…メルちゃんさ、一回逃げ以外試してみない?』

『えっ、なんで?私そんなに逃げ向いてない?』

『そんなことはないんだけど…というかむしろ基礎のスピードが高いからうまいんだけど…

『えへへ、それほどでも〜』

『……ッ!!あー、もう!なんでそんなに耳いいのさ!……耳?もしかしてメルちゃん…』

『うん、バ群の中入っちゃうと競争相手の心音とか息を吸う音とか全部聞こえて気分悪くなっちゃうんだよね。だから誰よりも前をとり続けないとダメって思ってるんだけど…ルゥちゃんにはあんまり勝てないんだよねぇ』

 

 

 銀色のウマ娘が愚痴る通り、この1年間で銀色のウマ娘が金色のウマ娘に模擬レースで勝つ確率は高くて3割ほど。金色のウマ娘が元々ユースに入っていたことを考えてもかなり低い勝率なのはいうまでもありませんでした。

 

『……うーん、なるほどねぇ。じゃあそんな悩めるメルちゃんに問題。なんでメルちゃんに私は安定して勝てているでしょうか?』

『えっ?それはルゥちゃんの方が速いからじゃないの?』

『…あのねぇ。純粋なスピードだけでいったらメルちゃんかなり良い方だと思うよ。それでも勝率があがらないのには理由があるの。ちょっと考えてみて』

『んんん……あっ!私が逃げることをルゥちゃんがわかってるから対策しやすい!』

『……1つ、正解かな。メルちゃんが先に行くことを前提として、いつプレッシャーをかける…具体的に言えば息遣いを変えてメルちゃんの耳に届かせたり、踏み込みの強さを変えてメルちゃんを焦らせたりとか…を併走の前に考えてそれを実践してる。……もう何個かあるんだけど、わかる?といっても、これは自分では気付きにくいことかもしれないけどね』

『…んー、降参。1個目でもかなり気付くのに時間かかっちゃったし、その辺は詳しいルゥちゃんに教えてもらいたいなぁって』

『…いいでしょう』

 

 

 そういうと金色のウマ娘はどこから取り出したのかわからない謎のメガネを装着して話しはじめました。

 

『まず、メルちゃんの逃げはスピード任せすぎ。頑張りすぎって言ってもいいかな。普通の逃げは最初にハナを取ったら、息を入れたりラストに向けてスピードを緩めたりするの。そうじゃなきゃマイルどころか短距離でも体が保たなかったり最後に一気に抜かれちゃうから』

『ふむふむ』

『それと比べると、メルちゃんの逃げは最初から最後まで全力で走り続けてるでしょ?だから私が少し惑わせたり焦らせたりっていう技術の影響を受けると一気にペースが落ちるの。だからまずメルちゃんは脚を溜めるって感覚を掴んだ方がいいと思う』

『脚を溜める、かぁ。文章とかレースの中継とかでそういうものがあるのはわかってるんだけどねぇ…』

『……次に、メルちゃんはもうちょっと体幹を鍛えた方がいいと思う。今は私が逃げをやらないから問題になってないけど、本当のレースでは逃げのウマ娘がハナを主張したり、最後の直線で自分の走路をこじ開けようとしたりする時にぶつかられることも少なくないから……ってことで』

 

 

 言葉を切って謎のメガネをくいっと上げた金色のウマ娘を銀色のウマ娘はサンドイッチを食べながら眺めることしかできませんでした。

 

『メルちゃん、貴女には今日から追込の練習をしてもらいます!』

『……えっ??』

 

 〜〜〜

 

 お昼ご飯を食べ、勉強を一緒に終わらせてから2人はまた併走をするために外に出ていました。

 

『実際ね、メルちゃんには追込とかまくりって戦法は合ってるはずなのよ。長く脚を使えるし、息を入れたり脚を溜めるのが1番重要な戦法だから嫌でもその辺の感覚は身につくわ。…あとは最初に最後方に控えれば耳の負担もそこまで大きくないんじゃない?』

『…うーん、でもさ。後ろからだとバレてたら抑えるために囲まれたりしない?もちろん警戒されるくらい私が強くなったらって前提だけど…』

『……自信ないんだ?』

はー!?あ・り・ま・す・ぅー!!今に追込を覚えて最後に抜いてやるんだから!』

『……ふふっ、期待してるね。あと、囲まれたらどうするのって話だけどさ』

『…なにさ』

『そのための逃げ、でしょう?逃げと追込み。その2つの戦法を自由に選べるウマ娘がいたら、そのウマ娘をマークするのはとっても難しいわ。なにしろ選択権は脚質を選べる方にあるんだから。あとは……うん。実際にやった方がわかることもあると思うし、走ってみよっか。少なくとも前半は私の後ろで走ってみて…行くよ!』

『え!?あっ、ちょっと!』

 

 

 先に走り始めた金色のウマ娘を追うために慌てて銀色のウマ娘は走り始めました。序盤に金色のウマ娘を視界に捉えてのダッシュが初めてだった銀色のウマ娘は、彼女の走りを見て驚きました。

 

 

 頭の上がり下がりが少なくて、常に周囲を俯瞰で見れるフォーム。一切無駄がなく彼女の体にあった走り方。

 

 

 そして何よりも、あたたかな陽射しに照らされて楽しそうに駆ける金色のウマ娘が光のように眩しくて、見惚れてしまっていました。

 

 

キレイだなぁ……

 

 

 

いつの間にか沈みかけている太陽の下、併走を終えた2人のウマ娘は湖のほとりで寝転がって空を見上げていました。

 

『……けほ、けほ。どう、追込の感覚掴めそう?』

『全然分かんなかった…。本当にモノにできるの、これ』

『…こればっかりは何回も練習したり見たりしないと出来ないからゆっくりやろう、メルちゃんには時間もあるし、先生もいるし。私も教えられることは教えるよ』

『ありがとね、ルゥちゃん。にしても疲れたぁ。……空、キレイだね』

『…この時期は星がよく見えるから。もう1時間も経てばもっとキレイな星空が見えるよ』

『だねぇ〜。…でも私はこのくらいの時間が好きかも』

『なんで?』

『えー、なんかルゥちゃんっぽいじゃん!キレイな夕日の色に合ってるしさ!』

『……おバ鹿なこと言わないの。ほら、帰るよ』

『もうちょっとだけ休憩しよ、私疲れちゃったし。ほーら、ルゥちゃんも!』

『ちょっと…!はぁ、まったくもう』

『どうせならこのまま星が出るまで一緒に休憩……ってもう寝てる!?』

 

 

 結局その日は2人の母親にきっちりと絞られた後、一週間の勉強漬けを命じられてしまったのでした。

 

〜〜〜

 

 こうして銀色のウマ娘は追込の練習を続けつつ、元々の逃げも伸ばしていきました。時には金色のウマ娘から、またある時はお母様やその友人からのアドバイスを自分のものにしていき、少しずつですが確実に実力をつけていきました。

 

 そして実力をつける度に少しずつ、少しずつ金色のウマ娘との模擬レースの成績が少しずつ良くなっていき、2人が出会ってから5年も経つ頃には銀色のウマ娘と金色のウマ娘の実力はほぼ伯仲と言えるほどになりました。

 

 

 

 

 ……ただし、その頃から2人のウマ娘には変化が生まれました。銀色のウマ娘が確実に日本のトレセン学園に進学するために練習を増やす中、逆に金色のウマ娘が練習に来る日が緩やかに、しかし確実に減っていったのです。

 

 

『……今日もルゥちゃん、おやすみかぁ』

『こーら、メル!ぼやっとしながら走るとケガするぞ〜?ねぇぷぅちゃん?』

うちの子(メルクーリ)の前でぷぅちゃん呼びしないでってば。…でも、そうね。いい、メルクーリ?貴女がケガするのも良くないですが、もしそんな状態で他の娘とぶつかったらとんでもない事故につながります。……フルールさんのことが気になるのはわかりますが、走る時くらいは気を引き締めなさい』

『……はい』

 

 

 

 

 冬の空気が匂い始め、銀色のウマ娘が受験のために日本に行く準備を進めていたある日、久しぶりに会った2人のウマ娘は軽くジョギングをしながら話していました。

 

 

『……久しぶりになっちゃったね、メルちゃん。どう、調子は?ニッポンに帰るのは聞いてるけどちゃんと合格できそう?』

『勉強の方はまず間違いなく大丈夫!…でも、レース形式で走るのがちょっと自信ないかなぁ』

『……私が保証する、絶対大丈夫。追込も完成したし、今のメルちゃんならどこでも絶対に通用するから自信持って、ね?』

『えへへ…ありがと。っていうかルゥちゃんこそ最近来ないけどどうしたの?もしかして私に配慮とかしてる?私は全然そういうの気にしてないっていうか、むしろいない方が調子崩れるっていうか…』

『あー…。いや、まぁその。私も来年進学だし、色々あるんだよね』

『私に手伝えることがあったら言ってね?…って言っても勉強かお料理くらいしか出来ないけどね』

『……うん。その時はよろしく』

 

 

 次の週、銀色のウマ娘は何事もなく日本ウマ娘トレーニングセンター学園の受験に合格したのでした。

 

 

 その頃になると銀色のウマ娘の目標も少し変化が生まれました。すなわち、『G1を取り合う』というものから『日本で最も強いウマ娘になって、フランスで最も強くなった金色のウマ娘と凱旋門(ロンシャン)で競う』ことに。

 

 

しかし、その目標(ひかり)を消してしまっていたのもまた銀色のウマ娘なのでした。

 

 

 




皐月賞ね…パドックとか芝傾向とか考慮して友人に予想公開したら、順番まで完璧に3連当たってたの…。お金?賭けてませんよ?はぁ…。

感想や評価本当にいつもありがとうございます!
それでは次回もよろしくお願いします!


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第50話 東岸にて、君を想い嘆く:From past Mercure

お待たせしました、後編です。
内容かなり重めなんでそういうの苦手な人もそうでない人も読む時は注意してください。(新規獲得を諦めてる顔)

GW?知らんけど?はぁ…。

それでは今回もよろしくお願いします。


「……知ってる、トレーナー?(きん)ってさ、とっても綺麗で貴重だけど……それ以上にとっても脆いんだよ。私たち(ウマ娘)が本気で叩けば簡単に潰れるし、他の金属と混ざれば簡単に色は(くす)んじゃう。銅と混ざれば赤くなるし、鉄と混ざれば緑に。そして…水銀(Mercure)と近づけば、吸い込まれて消えちゃうってわけ」

 

 

 湖の桟橋の先端に立ち、水平線の先を眺めながら私はそっと肩をすくめる。翼が折れた鳥のようなひどく歪なシルエットを背後に残しながら、私は言葉を続けた。

 

 

「それは銀色のウマ娘が日本ウマ娘トレーニングセンター学園に進学する直前に起こりました」

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 日本へ渡航する準備中の銀色のウマ娘はゆったり回りながら思考を巡らせていました。

 

 

『…ふーん。空港に着いたら職員さんが来てくれるから、その人に軽い手荷物以外預けちゃえばいいんだ。だとすると入学式のスピーチの原稿と小銭入れと…一応カードも分けておけばいっか。あと日本語の本も持っておいて…』

『メルクーリ。日本に着いたらまず最初に…ってまたそれ(回転)やってるのですか?』

 

 

 銀色のウマ娘が回転を止め、正面に向くと彼女の母が少し困ったような表情でドアの横に立っていました。

 

『お母様のおかげで随分軸がぶれなくなりました!』

『そういうことを言いたかったんじゃないんですけど…。それで日本に…』

『着いたらショウさんとテンさん、リンさんが空港で待ってくれてるから一緒にケータイ電話を契約しに行って、契約した電話番号をお母様に教えればいい、ですよね?』

『…貴女にとってはうるさくて鬱陶しいモノでしょうが、現代社会で生きるには必要なものです。リンちゃんならしっかりしてるでしょうから、音が出ないように設定してもらってカバンの中にでも入れておきなさい』

『はーい、わかってまーす』

『あとは……そうね。わかっているとは思いますが、日本はここの何百倍もヒトがいます。ヒトがいる所は音が大きい、わかりますね?……くれぐれも気をつけて少しずつ馴染んでいくように』

『うん。…ありがとね、お母様』

『…夜はフルールさんと星見でしょう?スープを用意しましたから寒くない格好をして一緒にお飲みなさい』

『はーい!』

 

 

 

 その夜。銀色のウマ娘が湖のほとりにシートを貼ってぼんやりしていると後ろから聴き慣れた足音が近づいてきました。

 

『あっ、来た来た!ルゥちゃーん、こっちこっち!にんじんスープもあるよ〜』

『…夜なのに元気すぎ。途中で寝ないでよ?』

『えへへ…ルゥちゃんと久しぶりに会えると思ったら昨日ゆっくり寝られちゃって』

『それはそれでどういうことなの…あっこれ美味し』

『お母様がなんか気を遣ってくれたんだよね、フルールさんにも渡しなさいってうるさくて』

『…メルちゃんが作ったんじゃないのね』

『私の料理の先生はお母様とお婆さまだから、実質私が作ったみたいなものだよ?』

『……逆じゃない?メルちゃんのお母様が言うならまだ分かるけど、メルちゃんが言っちゃダメじゃない?』

『そうかなぁ…』

 

 

 用意してもらったにんじんスープが底をつき、2人でゆったりと寝転びながら星を見上げている時に銀色のウマ娘は呟きました。

 

『私、やっぱりここ(フランス)の夜空好きだなぁ』

『なんで?ニッポンでも見れるでしょ?』

『うーん、少なくとも日本のトレセン学園がある東京はクルマも多いし、夜遅くまで電気ついてるところも多いからとてもじゃないけどこんなには見えないと思うよ。…正直言って日本にいた時の記憶なんてもうほとんど残ってないけどね』

『…そうなんだ』

『ここは星がこんなに綺麗に見えるし、木々が揺れる音が心地いいし、余計な雑音もないし。私はとっても好きだよ、ここ』

『……』

『あとはねぇ……言うのやーめた!』

『……えっ。変なところでやめないでよ、気になるじゃん』

『ルゥちゃんにはぜぇぇぇーったい言いませーん♪…って痛っ!なんで脇腹突っつくのさ!?』

『…お仕置き』

『えぅっ、いたっいたたっ!ごめっ…ごめんってば!』

『……ぷっ、ふふっ』

『『あはははっ!!』』

 

 

 ひとしきり笑い合い、大の字に寝転がって星を眺めていると、すぐ隣から消えいりそうな声が聞こえてきました。

 

『…ねぇ、メルちゃん』

『ん?』

『……なんでニッポンのトレセン学園に進学するの?』

『…えっ?』

『今のメルちゃんならこっち(フランス)の芝の方が合ってると思うし、ニッポンに行く理由なんてなくない?』

『………』

『…しかもニッポンってメルちゃんのことを避けてたヒトたちがいる国でしょ?私はメルちゃんのお母さんが少し聞いただけだけど、そんな国に戻る理由なんてなくない?……なのにメルちゃんはニッポンに戻ることを選んだ。フランスじゃなくてニッポンを。なんで?』

『………うーん、そうだなぁ』

 

 

 銀色のウマ娘はひょいっと跳ね起きて金色のウマ娘に向き合い、そして口を開きました。

 

『……よくうちにさ。うちのお母様の友達、来てるじゃん。お母様は自分が走ってた時のことを私にほとんど話してくれないんだけどさ、友達が来た時だけは楽しそうに話してるの。いつもの2倍くらい料理も奮発してさ。それ見てたら私も日本のトレセン学園に行ってみたくなったんだよね』

『…それなら!フランスのトレセン学園に進学してもおんなじような経験できるんじゃない?』

『それは確かにそうなんだけどさ。実際私もルゥちゃんとフランスのトレセン学園に通うのも良いかなって思った。…ま、学年は変わるけどね。でももうひとつの理由があったからそれはやめた』

『もうひとつ?』

『…実はさ、私にも1つ夢が出来たんだよね。最初に走った時にさ、Prix de l'Arc de Triomphe(がいせんもんしょう)で一緒に走るって目標立てたじゃん。あれ、ちょっとだけ変更で』

『……えっ』

『私が先に日本でデビューして、日本で最も強いウマ娘の1人になる。それで日本の代表としてフランスの最強格になってるルゥちゃんに挑む。……そっちの方がなんかかっこいいじゃん』

『…なれるの?日本最強のウマ娘に』

『もちろん…って言いたいところだけど、正直分かんない。ルゥちゃんの言う通りまずは日本の芝に慣れなきゃいけないだろうし、耳の問題だってやっとなんとなくのフィルターをかけられるくらいになっただけ。日本に戻ってどうなるかは分かんないしね。……でも、私は挑戦してみたい』

 

 

 そよぐ草木の音さえやんだ星の海の中。銀色のウマ娘の言葉だけが静かに、しかしはっきりと響いていました。

 

『ルゥちゃん知ってる?日本のファンって本当に()()()()()。悪い意味じゃなくて熱狂的って意味でね。それだけ私たちの走りに熱狂してくれる国民性なんだよ、日本人って。その熱狂の中心になって、ロンシャンで待ってるルゥちゃんと…世界最強をかけたレースに挑む。そのためのムシャシュギョーの場所として日本を選んだんだ。…もちろん生まれた国だからっていうのもあるけどね』

『……そっか』

『だーかーら、ルゥちゃんもちゃんと修行すること!最近なかなか併走に来てくれなくて、お姉ちゃん寂しかったんだぞ!』

『…メルちゃんはお姉ちゃんってタイプじゃないよ』

『なんでさ!私の方が年上だよ!?』

『そういうところ。……でも、そっか。ちゃんと聞けてよかった』

『私もちゃんと伝えられてよかった!…日本の方角はあっち。もう一週間もしたらあっちに飛んでっちゃうなんて、まだ実感ないや』

 

 

 その時の金色のウマ娘がどんな表情だったのか、銀色のウマ娘は思い出せません。

 

 それは銀色のウマ娘が金色のウマ娘のことを見ていなかったから。空の向こうに想いを馳せるあまり、周囲のことなんて全く見えていなかったから。

 

『うん、待ってる。……メル姉

『ん、なんか言った?』

『なんでもない。寒くなってきたし今日はもう帰ろ?』

『そうだねぇ、もうニンジンスープもないし。後片付けはすぐ終わるからちょっと待ってて!』

『……ふふっ』

 

 〜〜〜

 

 そしてフランスから日本に渡航する予定の日の朝。銀色のウマ娘はわずかに開けた窓の隙間から流れ込む、普段とは違う音を耳にして目覚めました。

 

『……ぅぅん…?』

 

 

 重くて激しい雨の音。やけに強い風の音。

 

 

 そしてそれらに遮られながらも聴こえてくる、()()()()()()()()()()()()()

 

 

『……んぇ…?』

 

 

 普通のウマ娘なら絶対聴こえないほどの微かな音。その微かな音の波が銀色のウマ娘の鼓膜を叩き、彼女はえも言われぬ不安に苛まれました。

 

『……行か、なきゃ』

 

 

 気づいたら銀色のウマ娘は外に飛び出し、降りしきる雨の中、金色のウマ娘の家に向けて必死に脚を進めていました。

 

 

『……ゥッ…!』

 

 

 激しい雨風で息継ぎがうまくいかなくなるのも。

 

 

『……はぁ、はァッ!』

 

 

 着ていたネグリジェどころか長い銀の髪や尻尾が泥だらけになるのも。

 

 

『……ッッ!こんなもの!』

 

 

 最後には履いていた練習用シューズすら投げ捨てて、銀色のウマ娘は走り続けました。

 

 

 走って。

 

 走って。

 

 

 走って(はし)って(はし)って(はし)って(はし)って(はし)って(はし)って(はし)って。

 

 

 金色のウマ娘の家の前で銀色のウマ娘を待っていたのは、わずかに残る鉄臭い匂いとぬかるんだ土を車が出て行った跡。

 

 そして。

 

 

『……ぁっ、かはッ、はぁッッ!!』

『……メルクーリさん、よね?どうしたのよその格好…ってもしかしてサイレン、聴こえちゃったのかしら?』

 

 

 金色のウマ娘ではなく、そのお母様でした。

 

 

 〜〜〜

 

 ボロボロの銀色のウマ娘を家にあげて温かいお茶を渡しながら、金色のウマ娘のお母様は話し始めました。

 

 金色のウマ娘の真実を。

 

『……うちの子ね、生まれつき体が弱かったの。脚の形とか胴の長さとかじゃなくて。肺周りが、ね?搬送されるのもこれが1回目じゃないの』

『……えっ?でもルゥちゃんは一言もそんなことを…』

『言わないと思うわ。ルゥは貴女と一緒に走るのが本当に好きだったから。練習を見てもらってたぷぅちゃん…じゃなくて、貴女のお母さんに伝えるのはなんとか頷いてもらったんだけど、貴女本人には絶対に伝えないで、って睨まれちゃってね。多分、貴女に教えたら手を抜かれちゃうって思ってたんだと思う』

『……そん、な』

『元々こっちに移住したのも、ユースで練習してる時に肺出血で病院に搬送されたのが原因なの。それで退院するときに貴女のお母さんにこっちで静養するようにおすすめされてこっちに来たのよ。…ほら、ここって自然豊かで空気綺麗だし身体を休めるのにはちょうどいいのよ』

 

 

 金色のウマ娘のお母様の話を聞きながら、銀色のウマ娘は初めて一緒に走った時の会話を思い出していました。

 

 〜〜

『……けほ。私、こっち来る前はユース入ってたから』

『ゆーす?』

『…ようは将来レースに出ることを夢見てるウマ娘の中から優秀な娘を育成する場所みたいな感じ』

『……ええっ!?ルゥちゃんそんなすごい子だったの!?』

『…もうやめたけどね』

『なんでやめたの?』

『…環境が合わなかったんだよね〜』

 〜〜

 

『私たちも走る時間と距離をルゥに制限させて慎重に見てたんだけど…』

『…肺出血が再発、してしまったと?』

『…ええ』

 

 

 銀色のウマ娘はもらったお茶を手に取ろうとして、自分の体がひどく震えているのに気付きました。金色のウマ娘の身体を壊したのは自分が練習に付き合わせたから。その事実に他ならぬ銀色のウマ娘自身が理解してしまったからです。

 

 銀色のウマ娘は半ば(くずお)れるように床に頭を打ち付け、謝罪の言葉を口にしていました。

 

『……ごめん、なさい。私のせいです。私がルゥと一緒に練習したからダメージが蓄積して…』

『いいえ、メルクーリさんのせいじゃないわ。むしろ貴女と会って、一緒に走り始めてから目に見えて元気になったんだから。日本のトレセン学園に貴女が進学するって聞いてあの子、日本語の勉強始めたのよ?『ニッポンのレースの中継をニホンゴで聴くの』って言って』

 

 

 だからね、と区切られた後の言葉は呪い、あるいは毒のように銀色のウマ娘を縛りつけることになりました。

 

『日本に行っても頑張って、輝いてほしい。……あの子の分まで』

『…………

『ルゥならきっとそう言うし、私も心からそう思ってる。…だから、お願い』

 

 〜〜〜〜〜〜

 

「……そしてその数日後。銀色のウマ娘は失意の中、逃げるようにフランスから飛び立ち、日本トレセン学園に通い始めましたとさ。おしまい」

 

 

 骨折、屈腱炎…そして肺出血。いずれも発症すれば自身の走る能力の低下は避けられず、レース引退するウマ娘も少なくない怪我や病。そんな肺出血で複数回病院に搬送されたルゥが競走バとしてトゥインクルシリーズにデビューできる可能性は……ほぼない。簡単な話、レースに出るためのきつめのトレーニングに体が耐えられない。

 

 銀色のウマ娘と出会ってなくてもデビュー出来てないかもしれない。でも出会いさえしなければ、静養がうまくいっていれば。

彼女はきつめのトレーニングにも耐えられる身体を手に入れて今頃は一線級で活躍……って未来があったかもしれない。そのわずかな可能性に賭けることさえルゥは出来なかった。いや、銀色のウマ娘がそのわずかな可能性を摘み取ってしまった、と言った方があってるか。

 

 

 

 ……兆候なら、あった。

 

 走った直後にたまに咳き込むこと。フランスに行ってから本格的な練習を始めた自分と比べて、ユースで専門的な指導を受けていたはずなのに息の入りがやけに遅いこと。…そして少しずつ練習に顔を見せなくなったこと。全て体の不調が治りきってないことが原因だったんだなって今なら簡単に予想できる。

 

 

 そのサインに気づかず、自分のやりたいことばっかり言い続けた挙句にルゥの競走バとしての生を殺したのは紛れもなく銀色のウマ娘。有毒な水銀(メルクーリ)が、脆い金色の花(フルールドール)を侵し、潰した。それだけの話。

 

 

『日本に行っても頑張って、輝いてほしい。……あの子の分まで』

 ルゥのお母様がどんな思いでそんな言葉をかけてくれたのかはわからない。でもその言葉は銀色のウマ娘には刺さってしまった。とても悪い方向に。

 

 正直、責められた方が楽だった。『貴女と関わったからうちの子は競走能力を喪った』と責められたかった。それは紛れもない事実だし、むしろ責められるべきだ本人も思っていたから。でも現実にはそうならず、むしろ励まされたことによってかえって銀色のウマ娘は歪んでしまった。

 

 

 そこからしばらくの記憶は断片的なものしか残っていない。きっと脳が記憶の保存を拒否したんだと思う。いわゆる心的外傷(P T S D)の症状の1つに解離性健忘って奴があるらしいから多分それなんだと思う。

 

 そんな断片的な記憶の中でも、ルゥのお母様が病院に行くために車を運転していったのを呆然と見送っていたら、家からじいやが飛んできて大きなタオルに包まれながら連れ帰られたのはなんとなく覚えている。

 

 私の様子を重く捉えたお母様はしばらくの仕事をキャンセルして、一緒に日本まで着いてきたっぽいけど、乗った飛行機の中の記憶なんて当然残ってない。多分食事も摂らずにずっと泣いていた…と思う。気づいたらハネダに着いていて、気づいたら携帯(スマホ)を持たされて、そして気づいたらトレセン学園の寮の部屋の中でぼんやりと外を眺めていた。

 

 

 残された水銀は金を侵してしまった、という事実に耐えられずに心に仮面(めっき)をつけた。

 

 他人と関わったらその人を不快にさせたり、果てには壊してしまう。それは幼かった銀色のウマ娘でも理解できた。だから同じ過ちを繰り返さないように、他人と関わら(つぶさ)ないで済むように積極的な自分を殺し尽くした。他人の視界に入らないように前から興味を持って勉強していた視線誘導や視線逸らしなどの技術を本格的に身につけた。

 

 

 誰もいない場所はとても楽だった。誰か近づいてきそうな物音がしたら先に移動してまた1人でぼんやりとする。私の聴力なら脚なんて使わなくても簡単だった。入学前からの付き合いのあるウマ娘なんて日本にはいないし、追いかけられることもなかった。

 

 

 それでもどうしても仮面(めっき)を付けられない場所はあった。……夢の中だ。夜寝ている時、夢の中ではフランスにいた時のことがランダムにフラッシュバックすることがあった。2人で遊んだり併走してる夢ならまだ当たりの夢。ひどいものだと白い服を血でべったりと濡らしたルゥが私のことを追いかけてくるものもあった。

 そんな時は寮の窓から抜け出して、朝日が登るまで耐えるしかなかった。……私にとっては悪夢でしかなかったけど、彼女の選手生命を殺したんだから仕方ないと割り切るしかなかった。

 

 そうやって私は少しずつ今の"スバルメルクーリ"を作り上げていった。昔の銀色のウマ娘とは反対の"寡黙で、暗めで、自分のやりたいことを押し付けないスバルメルクーリ"を。

 

「……はぁ。嫌な話聞かせてごめん」

 

 

 ため息をつきながら私はトレーナーに向き合う。…こんなに人に自分のことを話したのはいつぶりだろう。

 

「……失望した?年度代表に選ばれるようなウマ娘がこんな見下げ果てたクズで。わかったなら、もういいでしょ。1年くらい迷惑かけっぱなしでごめん。これでも分かってはいたの。大切な親友を潰した私が勝利とか栄光とか求めちゃダメだって。そんなものを得る資格なんか持ち合わせてないって」

「……」

「……元々デビューする気なんて全然なくて、中等部卒業したら退学しようと思ってたからチームなんて興味もなかったけど……居心地は、よかったよ。みんな優しいし、マヤノなんかライバルになってほしいとまで言ってくれた。あの時は濁しちゃったけど……ホントは嬉しかったんだ」

 

 

 ……ライバルみたいなことは最後まで出来なかったけどね。無様なゲート試験やらかしたせいで皐月賞もまず出られないし。

 

 

 …でも、仕方ない。そう、これは仕方ないんだ。

 

 

 結局、あの時から何も変われてないのは朝日杯で競り合った娘…ツクツクホーシさんが潰れた時に痛感した。

 …このまま茫々とやってまた他の娘を潰してしまったらと思うとゾッとする。だから仕方ない。

 

「だから…今までありがと、トレーナー。こんな私にG1を勝たせてくれたのは間違いなくトレーナーのおかげだと思う。これ以上は…身に余るって言葉じゃ足りなくなるから。だから私はここで終わりでいい」

 

 

 そう言ってトレーナーにお辞儀をしようとして…目から何かが溢れそうになって慌てて後ろを向いて空を見上げた。

 

 

 

 ……止まって。スバルメルクーリにそんなものは許されない。潰してしまった他の娘のことを(わき)に置いてのうのうと走ることなんて許されちゃいけない。

 

 

 ……止まりなさい。4戦3勝、入着1。重賞も2勝して、表彰までもらったじゃないか。十分すぎる成績だ、これ以上は望んではならない。

 

 

 ……止まれッッ!!身のほどを知れスバルメルクーリ。本来ならアンタはデビューすらしない予定だったでしょ。

 

 

 

 

 …だから。

 

 

 

 

 だから……!

 

 

 

 

「………おねがいだから、とまってよ……ッ!」

 

 

 ……なんでだよ。なんで止まってくれないのさ。分かってた話じゃないか。内心(こころ)では決めてた話じゃないか…ッ!!

 

 

 そんな震える私の肩に大きく、温かいゴツゴツとした手が置かれた。

 

「…なぁ、メルクーリ。本当にそれでいいのか」

「………いいの…ッ。いいからっ」

「そうかぁー?…俺にはやめたくないって言ってるようにしか見えないけどな」

「……ッ。そんなこと…」

「いいかスバルメルクーリ、お前には強くなる権利と義務がある」

「……ぇ?」

「今俺が決めた。……安心しろ、次のお前のレースはレコード勝ちだ」

 

 

 あんまりにもあんまりな言葉に思わずトレーナーの方を見ると、トレーナーはいつものように()()()と笑っていた。

 

「そのための用意は全部俺がする。メルクーリは言われたことをとりあえずでいいからやればいい。……ちょうどあいつもこっち帰ってくるしな。だから……お前の次走はNHKマイルカップだ。4週間まるっきり練習禁止にするからその間に本能スピードの振り付けでも確認しとけ。そっちの指導は俺にゃ出来ん」

「…………はぁ」

 

 

 ……こういうところ、本当に良くない。流されすぎでしょ、私。思わず仰いだ西の(そら)にはおうし座の散開星団、プレアデス星団が火星といっしょに輝き始めていた。

 

 

 

 




プレアデス星団を日本語で言い換えると少しだけ幸せになれるかもしれません。

明日(5/9)はこの小説の主人公、メルの誕生日です。もう一回言います、メルの誕生日です。
つまり……頑張ります。

毎度のことですがお気に入り登録、感想、評価等々いつもありがとうございます。更新頻度はあげたい気持ちはあります。(あがるとは言えない)

それでは次回もよろしくお願いします!


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第51話 どうして、どうして、どうすれば:Why,Why,How

 

 

「おかえり、ポニーちゃん。いいリフレッシュになったかな?私としては毎回ちゃんと外出届を出してほしいんだけどね」

「……どうも」

 

 

 夜遅くまでわざわざ待っていたらしいフジキセキ寮長の苦笑い混じりの苦言をやり過ごしつつ自室に戻った私は、そのまま力なくベッドの上に倒れ込んだ。

 

「………はぁ。なにやってんだかなぁ、私」

 

 倒れ込んだまま目に入る光をぼんやりと左手で覆った私から出たのは重めのため息。……別にため息ついてるのは今に始まったことじゃないけどさ。にしても今日のはありえないでしょ。

 

 

 ペラペラと昔のことを喋った挙句、泣きじゃくるとか…ないわぁ。

 

 

 その後のトレーナーもトレーナーでしょ、何がどうしたら『次のレースはレコード勝ちだ』なんて言葉が出てくるわけ?ちゃんと担当ウマ娘の話聞いてた…?

 

 

 ……しかもさぁ。『少なくとも6月まではお前はチームスピカだからな、いうことは聞いてもらうぞー』とかなんとかいいながら付け加えてきた指示が…まぁ、うん。

 

「……はぁ」

 

〜〜〜〜〜〜

 

 それは寮に帰る車の中、リクライニングを完全に倒してぼんやりとしていた私に唐突に宣告された。

 

「あーそうだ、言い忘れてたわ。練習禁止期間はチームの手伝いをやること」

「……手伝い」

「あと授業はちゃんと出席すること。授業中暇だからって寝るなよ?」

「……授業、ねぇ」

 

 

 学校にしばらく通ってなかった私がいうのも変な話だけど、トレセン学園の授業のレベルはお世辞にも高いとは言えない。というか低い、悲しいことに。

 少なくとも私にとっては送られてくる宿題に一度目を通せばやってる内容の理解を完全にできるレベル。

 

 しかも午後はチームなり専属なりに分かれてレースに向けたトレーニングに割かれ、金曜日は土曜日に近畿とか地方とかでレースがある娘が公欠扱いで学校に来ないから授業にならない。

 こういった兼ね合いもあって授業の進行ペースはかなり遅い。遅すぎて世の中でいう春休みなんてものはなく、普通に授業が入ってる。せいぜい入学式周りで少しおやすみがあるくらい。

 

 ……ま、大阪杯とか高松宮記念、クラシックのトライアルレース。URAには春のレースがたくさんあるし、トレセン学園でも春の感謝祭があるからどのみち一般学生のような春休みはないんだろうけどね。

 

 

 話が少し逸れたけど、それだけ授業進行が遅いにも関わらず、定期テストの平均点はとんでもなく低いし、なんなら落第寸前で慈悲をもらうウマ娘がいるらしい。初めて受けた定期試験の平均点を見た私の口は15分くらい開きっぱなしだった。なんで日本を5年以上離れてた私の国語の点数が学年上位なの?…みたいな感じで。

 内容わかってない子たちは授業の進行ペースが遅すぎて逆に前の内容との関連付けが出来てないんでしょ。授業の進行ペースが遅すぎるのも考えものだよねぇ。

 

 

 ……とまぁ色々並べたんだけど、結局私の感想はこれ。

 

 

 授業出るの、めんどくさぁ。

 

 

 行きたい時に行くのはいいけど、行く気分じゃない時に行くのは苦行でしかない。…そして今の私はとてもじゃないけど行く気分じゃない。当たり前といえば当たり前だと思うけど、ゲート再試験なんかに落ちた次の日にニコニコしながら学校に行くようなメンタルは持ってない。

 

 

 げんなりしてることをめざとく読み取ったのか、トレーナーは更なる釘をさしてきた。

 

「お前のところの担任にちゃんと来てるか確認取るからな?」

「…………はぁ」

 

 

〜〜〜〜〜〜

 

「……ないわぁ。これはない」

 

 

 ……正直、これっぽっちも気乗りしない。ぶっちゃけ言われなかったらまたしばらくサボるつもりだったというか…帰仏準備するつもりだったんだけどなぁ、療養という名目で。

 

 

 顔に翳していた左手をゆっくりと体の下部に降ろす。すなわち、左の肺と心臓のある位置へ。

 私が呼吸をするたびに肺は上下し、私の意思に関係なく心臓は鼓動を続けている。嘘みたいに生命活動を維持する、等身大の私がそこにいた。

 

 

 ……どうしてこんなことになったんだろう。私は一体どこで間違えたんだろう。これでも一応日本でやり直そうとはしたんだけどなぁ。

 

 

 世界でも有数のウマ娘関連興行の発展国、日本。この国では私のことを知ってる人なんてお母様の関係者くらいしかいないから、昔のことを綺麗さっぱり捨てて1からスタートできる…そう必死に思おうとしてた。

 

 まぁ、そんなこと無理だったんだけど。

 

 

 入学直後の模擬レースで後ろから一気に捲ってゴールした時、私は先団から抜け出していたルゥの幻影(イメージ)を抜かすことができなかった。それにもかかわらず、ゴールした私に教官やスタンドで見ていた名前も知らないトレーナーから紡がれる言葉は、身の丈に合わない賞賛だった。

 

 

 

『おお、入学直後の模擬レースでこの末脚のキレ!これならもう少し体が完成すればG1も夢じゃないな!』

…末脚がキレてたとしても理想に負けてちゃ意味ないじゃん。

 

『息の入りも悪くないし、レース直後も落ち着いている。大舞台に上がる準備はもうできてるな』

…落ち着いてるんじゃなくて落ち込んでるだけ。大舞台?知らないよそんなの。

 

『体は少し小さいけど優れた体幹。仕掛けどころを間違えない勘の良さ。おまけにとても珍しい佐目毛。まさしく神に愛されたウマ娘ね』

…神に愛された?仮にいたとして、私のことを愛してるわけがない。本当に神がいて私を愛しているというなら、一番の親友を奪うなんて暴挙はしないでしょ。…いや、奪ったのは私か。

 

 誰にも聞こえないくらいの声で自然と声が漏れた。

 

『……気持ち悪い』

 

 気持ち悪い。観客の歓声が。他の娘の走った直後特有の早鐘のような心音が。

 

 そして何より。走りを一から教えてくれた最愛の親友を殺しておきながら、のうのうと身に余る賞賛を受ける私自身。本当ならこの賞賛は私じゃなくて金色のウマ娘(フルールドール)のもの。それを分かっていながらターフの上に立つという選択をしている私自身が気持ち悪すぎて許せなかった。

 

 

 こんな想いが根底にあったからだろう、トレーニングに行く足が遠くなった。トレーニングに出る気がなくなると、聞かなくてもわかる授業に出る意味もより一層見出せなくなった。そして教室に行かずに学園の屋上とか学園外の川の近くでぼんやり過ごすようになった。

 

 

 

 そんな状態からいろんな想定外が重なってスピカに入り、マヤノとかテイオー、マックイーンさんたちの走りを最初に目にした時、はっきり言うと羨ましかった。末脚が速いとかレースメイクがうまいとかそんな小手先のことじゃなくて、もっと根本的なもの。自分の目標をしっかり持ち、自分の誇りや家族の使命を胸にしてその成就のために研鑽を積む姿はとても美しかった。私が背負っているのは罪とか咎とかそんな感じのものだったから余計にそう見えたのかもしれない。

 

 

 スピカのみんなは優しいからこんな私でも仲良く接してくれた。私も居心地がいいからそれに流されてしまった。それがいけなかった。結果として朝日杯で私はまたルゥの時と同じ過ちを繰り返した。未来あるウマ娘を再び潰して得た栄光なんか、これっぽっちも欲しくなかった。

 

 

 弥生賞の直後。心房細動で倒れた時、やっとこれまでの罪の報いが来てくれたと思ったし、そこに不満や悔しさみたいなものはなかった。マヤノを悲しませたのだけは申し訳なく思ったけど、それもこれも全部私が悪いんだから受け入れなきゃいけなかった。

 

 

 気づけばろくにゲートすらできなくなっていたし、やめるのに躊躇いはなかった、というかむしろそれが本望だったはずだった。

 

 

 …そのはずだったんだけどなぁ。

 

 

「……なーにやってんだろうね、本当に」

 

 いっそこのままさっさと荷物の準備をしてフランスに帰れたらどれだけ楽だろう。本当に帰ってやろうかな。

 

「……はぁ」

 

 

 ……無理だよなぁ。マヤノとかピスなんたらとかが先回りして私を逃してくれない絵面が簡単に想像できる。

 

 

『もぉー!メルちゃんのおばか!どこ行こうとしてたの!』

 

 ……マヤノと鉢合わせしたらまた怒られるか泣かれるかする。あのぽこぽこパンチ、威力よりも心に刺さるから受けたくないなぁ。

 

 

『あらー?どちら様かと思えばゲート前で固まるのがお得意なスバルメルクーリさんではないですか、また逃げるんですの?』

 

 ……サボってピスほんじゃかと顔を合わせたらまず間違いなく煽られる。あの外面だけ完璧お嬢様に煽られるのを想像するだけでイラッとしたんだけど、どう責任取らせてやろうか。

 

 

 心の底からピス某はどうでもいいけど、こんな私のことをライバルとまで言ってくれたマヤノには義理を通さなきゃいけないのはさすがに分かる。

 

「……しょうが、ないから。あしたは…いく…かぁ…がっこう」

 

 

 ……思ったより体が疲れてたのか、心が疲れてたのか、それとも両方なのか。取り止めのない思考を続けていた私は長い銀髪をまとめることすら出来ず、いつの間にか深い眠りに落ちていた。

 

 

 

「……はぁ、やっちゃった」

 

 次の日の朝、荒れ放題な髪を見てため息混じりにお風呂に行く私の姿を見られて『銀色のウマ耳の貞子がいる』と通報されたのは別の話。しょうがないじゃん、無理に髪直そうとするよりはお風呂行ったほうがいいし、視界悪くても耳でカバーできるから視界を確保する必要がないんだもん。

 

 




今年の!ダービーは!セイウンハーデス!
今年の!ダービーは!セイウンハーデス!
作者はシルバーステート産駒を広く応援しております。

お気に入りや評価、感想等々いつもありがとうございます。いつの間にやらお気に入り1700、感想110件等々いろんな節目を過ぎていました、感謝!

それでは次回もよろしくお願いします!


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第52話 大海を手で塞くがごときこと:Uncontrolled

 

 

 朝風呂に浸かった後、髪をちゃんとセットし直した私は1人でトレセン学園に登校していた。

 

 

 …思えばかなり久しぶりな1人での登校。大体マヤノとかテイオー、たまにネイチャさんとかと一緒に登校するか、サボるかの2択だったから逆に新鮮だなぁ。

 

 当のマヤノにはLANEで『先に行ってて。必ず行くから』と報告済み。髪が長いと髪を乾かすだけでも20分、オイルで髪を整えるのにまた10分、尻尾のケアにまた20分…と大変だし時間がかかる。私が朝風呂を好きなのにやらない…というかできない理由の9割がここ。単純に夜じゃないと時間がなくてやってられないってわけ。ま、今日はしょうがないけど。

 

 いっそのことウオッカさんとかスペさんみたいにある程度短くしてやろうかと思ったこともあるけど…もったいないからやめた。これでも私は自分の髪は好きだし大切なのだ。ルゥにもマヤノにも褒められたし。

 

 

 朝ご飯のビスケットをつまみながら空を見上げる。昨日の夜の星空をそのまま引き継いだみたいな雲ひとつない快晴。川原で寝てよし、屋上で寝てよし、公園のベンチでぼんやりするもよし……うーん、絶好のサボり日和なんだけどなぁ。

 

「あっ!スバルメルクーリだ!」

「……ん?」

 

 

 取り止めのない思考の海から半ば強制的に引き戻されて横を向くと、小学生くらいの女の子とその母親らしき人が私を見ていた。かと思うと女の子がとてとて寄ってきて白い定期入れとペンをこちらに差し出してきた。

 

「ねね!サインちょうだい!」

「…お名前は?」

「ミコ!」

「…ミコちゃんね。ミコちゃんへ……っと。ん、どうぞ」

「わー!ありがとー!」

 

 

 定期入れとペンを返した後、少し屈んで女の子の頭を撫でていると母親の方も頭をかきながら寄ってきた。

 

「あはは…すいませんねメルクーリさん。うちの娘、貴女のデビュー戦からずっとファンでして。ぱかプチも全部揃えるって言って聞かないんですよ」

「…あはは、ありがとうございます……んん?

 

 

 …ぱかプチ?全く知らない話が入ってきたんだけど。グッズ販売決まってたの…?

 

 

 ……トレーナーさぁ。ホウレンソウって知らないのかな、あのヒト。

 

「その…心臓の方は大丈夫ですか?」

「…えっと。現状大丈夫なんですけど、一応皐月賞は回避の方向で動いてます」

「あらら…でもメルクーリさんの体の健康が一番なので、またすごい走りを見せてくださいね、私も応援してるので!ほら、ミコも挨拶」

「ばいばい!レースがんばってね!感謝祭も行きたい!」

「……ん、ありがとね」

 

 

 大きく手を振る女の子の頭をもう一回撫でてから私は再び学校へと歩みを進み始めた。

 

 

「……『もう貴女の脚は貴女だけのものではありません』、かぁ」

 

 弥生賞で倒れた後にお母様にかけられた言葉が、今なら少し理解できる気がした。

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

「ということで!もうすぐ感謝祭です!何かやりたいものがあれば手を挙げてから言ってね!話し合いもしていいよ!」

 

 

 本来なら一限の始まる時間。教壇に立っていたのはヒトミミの教員ではなく、仁王立ちのウマ耳の学級委員長でした。…なんでさ。

 ……真面目に授業受けようかなと思ったらこれ。おかしいなぁ、私がもらった時間割には数学って書かれてたはずなんだけどなぁ。

 

 心の中でため息をつきながらぼんやり窓の外を眺めていたら、いきなり私の視界が暗く覆われた。…こんなイタズラをこのタイミングでやるのは大体決まってる。

 

「だーれだ!」

「……声はマヤノ。手で私を覆ってるのはマベさん」

 

 

 覆っている手を軽く小突いて外させると…やっぱり。完璧に当てられて少し膨れてるマヤノといつでもどこでもニコニコのマベさんの2人が背後に立っていた。

 

「むー、メルちゃん当てるの早すぎ!なんでわかったの?」

「…このタイミングでこんなイタズラを私にするのはマヤノくらいでしょ。んで前にやった時、私に当てられてるから変化球でくるのは予想がつくじゃん?」

「ぶーぶー!」

 

 ぶーぶーて。当てなかったらそれはそれで膨れるでしょうに。…マヤノの性格も考えたらこれくらい誰でもすぐにわかる。マヤノはいい意味ですごく純粋だからね。

 

 本気で私に当てさせる気がないなら手で覆う役を私とは関わりの薄い人にすれば良いのに、それをしないところにもマヤノの優しさが出てる。マベさんならそこそこ私も知ってるし、可愛いイタズラの範疇で終わるからね。

 

「…んで、どうしたの?」

「あっそうだった!感謝祭何やるー?」

「どんなマーベラスをつくろっか☆」

「……外の川辺で昼寝。人混みとか騒がしいのが苦手なの、マヤノも知ってるでしょ?」

 

 模擬店やら模擬レースやらミスコン、お悩み相談に占いの館…果てにはグラウンドを使った神経衰弱までなんでもアリなのがトレセン学園の学園祭。滅多にない一般客への解放日ということもあってそれはそれは盛り上がる。ついでにURAが販売している関連グッズの売り上げもそれはそれは盛り上がる。

 

 ……盛り上がるんだけどさぁ、音がいちいち大きくて耳というか体調に悪いし、人が多すぎてクラクラするから当然のように不参加(サボり)決め込んでたんですけど。免罪符ってわけじゃないけどこれでも一応病み上がり扱いだし。

 

 そんなあくび混じりの私の言葉に、先ほどから膨れっぱなしのマヤノバルーンは更に膨らみを増した。…破裂したらどうするんだろ。

 

 

「えー、もったいない!!せっかくファンのお客さんがたくさん来るんだよ!?キラキラなマヤたちを見てもらお?ね?」

「キラキラ☆メラメラ★マーべラース!!」

 

 ……うん、マヤノとかマベさんはこういうタイプなのは知ってた。お祭りとかイベント大好きだし、イベントがなければイベントを作れば良いじゃないってタイプ。

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………さて。どうしたものかな、これ。

 

 勘違いしてほしくないのは、マヤノとかマベさんとかがイベントに参加するのを止めたいわけじゃないってこと。それは思う存分楽しんでほしいし、そのために何か足りないってなったら裏でこっそり手伝うのもやぶさかじゃない。だから適当な言葉で丸め込んでマヤノたち共々サボらせるのはナシ。…こっちの方が簡単なんだけどね。

 

 私の到達目標はあくまで私のみが学園祭当日にうまくサボれるように画策すること。……どう手を打てばいいかな。まずはこの膨れっぱなしのバルーンをしぼませないと。

 

「……ねぇマヤノ?マヤノは聡明で賢い『オトナ』のウマ娘だよね?」

「んぇ?いきなりどしたのメルちゃん」

「…少なくとも私はマヤノが『オトナ』のウマ娘だと思うけどなぁ〜。そんな『オトナ』のマヤノさんなr「授業中に失礼いたしますわ、スバルメルクーリさんは…あっ、いましたわね。たづなさんから言伝を預かっておりますので、ちょっとお借りしますわ」……チッ…今行きます。ごめんねマヤノ」

「いってらっしゃーい!…えへへ、マヤがオトナのウマ娘かぁ〜」

 

 

 軽くマヤノの髪を撫でて席を立った私は、一瞬だけ全力の圧を教室の外に向ける。…そばにいた娘が一瞬震えてたような気がしたけど気のせいってことにしておこっかな。それか私自身が震えてたか。…そういうことにしておこう、うん。

 

 

 

 教室を出た私は最悪のタイミングで呼び出してくれたクソお嬢さ…もとい、ピスタチオノーズを普段の3割増しのジト目で見上げる。…本当に最悪のタイミングで来てくれたよ、うん。

 

「来ましたわね。…その、体の方は大丈夫ですの?」

「蹴っていい?」

「なんでですの!?……まぁいいです、たづなさんからの言伝ですわ。『学園祭で前年度のURA賞表彰のウマ娘を集めたステージを行いますので、当日は勝負服の準備をしておいてください』…とのことですわ」

「なんでそんなことを…」

「…企画の立案をしたのが理事長様らしいですわ。それで海外挑戦中で日本にいない方以外は全員参加させるみたいですの」

「……ムチャなことを」

 

 ……全くもって何やらされるかの見当がつかない。基本的に全員参加ってことは得意な距離もバ場もまちまちだろうから走らせることはないだろうけど…。私はともかく、目の前のピスはクラシック戦線初戦を控えてるわけだし。私はこれでも病み上がり扱いだし。

 

 

 ……というか。

 

「そんなの出たら私サボれないじゃん、出たくないんですけど…。ピスが私の分まで頑張れば解決じゃない?」

「…今の一言でなんで私が言伝を預かったか、全て見当がつきましたわ。お目付役ってことですのね、コレ」

「やっぱり一発蹴らせてくれない?気がおさまらないんだけど」

イ・ヤ・で・す・わ!!…まったく、スピカさんはどうやってこのじゃじゃウマを制御してるんですの…?」

 

 ぎゃあぎゃあとうるさいピスを無視して思考を巡らせる。うーん、なんとか出ないで済む方法はないかなぁ。寮に引きこもる…のは使えないか、引き摺り出されるのがオチ。外に逃げるのは…なくはないんだけど、学園祭に来るお客さんの影響でいつもよりも人の目が多くなるからいつものようにはいかないのが予想つく。

 

「むむむ…」

「あーもう、何考えてるかわかりませんがとにかく伝えましたわよ!い・い・で・す・わ・ね!?」

「…はぁ、聞くだけ聞いたから教室戻りなよ。一応授業時間中でしょ」

「えぇ、ではまた。……ご自愛くださいましね?」

 

 

 なんかやけに優しかったピスの奴が教室入るのを確認してから、がっくりと肩を落とす。

…最近、まったくもって何もうまくいかないんですけど。これが厄年ってやつ?

 

「せめてこれ以外のイベントは回避できるようにしなきゃ。そのためにマヤノをうまくノせてたのに、本当に最悪のタイミングで来てくれたよあの緑目め…」

 

 …さて、切り替え切り替え。いつまでも廊下に立ち尽くしてるわけにもいかないし、こっそり戻るかぁ。

 

ほっ、と軽く息を吐いてからそーっと教室の後ろから入るとほぼ全員の目線がこっちに向いた。…そんなに目立つ動きだった?

 

「……えっ。なに?」

「ね?ねっ!?メルちゃん、メイドさんにピッタリでしょ!?」

「………はい??」

 

 尻尾をぶんぶんと振り回しているマヤノの発言に目を白黒させ、前の黒板の文字を見る。

 

 

 ……『決定!! メイド喫茶!!』

 

 

 ………???

 

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!???」

 

 

 厄年だ、これ。メル、わかっちゃった。




ということで学園祭ですね、ええ。数話の予定()です。

チャンミはオグリとクリオグリに一生負け続けました、辛いです。強すぎんねん…!リアルダービーは予想当たったのに…!
セイウンハーデス?あの子は推し枠なので別ということで一つ。

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それでは次回もよろしくお願いします!


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間話 トゥインクルシリーズが好きな民の巣窟(5)

【クラシック】 弥生賞 反省会スレ 【トライアル】

 

1:芝に風吹く名無し ID:fE98it7bw

次スレが必要なら>>950が立てること

特定のウマ娘への過度な誹謗中傷はNGで

 

 

2:芝に風吹く名無し ID:v3gI+njtJ

ラモールの末脚を見て確信した

こーれ、三冠ウマ娘です

 

 

7:芝に風吹く名無し ID:7fBXCjT/2

ス、ス、スバルメルクーリwwwwww

 

 

なにしてんねん…ほんまに…

 

 

11:芝に風吹く名無し ID:pGVqA4bZW

しれっと3着確保されてて芝枯れる

皐月賞のチケット1枚無駄に消えましたと

 

 

13:芝に風吹く名無し ID:GSVczIZDv

レース後コメント来たぞ

 

1着 チームアケルナル ラモール

「今日はかなり大変でしたが、仕掛けどころを間違えずに抜け出すことができました。とてもレベルの高いメンバーの中で一位を取れたのはトレーナーさんのおかげだと思います。皐月賞でも自分の展開に持ち込めるようにまたトレーニングを重ねていきます」

 

チームアケルナル 坂本T

「仕上がりはかなり良かったです。レース直前に自分のレースに徹するようにアドバイスしましたが、結果的にそれが良い方向に働いたと思います。(今日みたいな展開は)あんまり経験できるものではないので、彼女のキャリアの浅いうちに積めたのは財産だと思います。(次走は)もちろん皐月賞。ベストパフォーマンスを出させてあげられるように頑張ります」

 

 

19:芝に風吹く名無し ID:GSVczIZDv

2着 チームアルクトゥルス イニシエイトラブ

「朝日杯で2着、弥生賞で2着。悔しいですが、まだまだ足りないところだらけなのは百も承知です。今の私にできることを一つずつやって皐月賞では今日よりも良い走りを見せたいです」

 

チームアルクトゥルス 松本T

「うーん、イニシにとってはかなり難しいレースになってしまいました。そんな中でもしっかりと2着に入れるのが彼女の強み。展開がハマればG1勝利も夢じゃない素質を持っているのでうまく伸ばしてあげたいです。もしかしたら距離がもう少し長い方がイニシは楽に走れるかもしれません」

 

 

23:芝に風吹く名無し ID:5WNoaBx6A

3着 チームスピカ 沖野T

「ちょっとメルクーリの難しい部分が全面的に出てしまった。(大逃げについて)俺の指示。メルクーリ自身や彼女のことを応援してくれているファンに申し訳ないことをした。(レース後の転倒について)精密検査はこれからだが、おそらく心房細動。次走は本人とよく話し合ってどうするか決めるが、現状白紙。決まり次第パカッター等で発表します」

 

 

25:芝に風吹く名無し ID:QQL+G50D/

ラモールとイニシ、ハプニング直後なのにしっかりウイニングライブやってて偉いなって思った(小並感)

 

 

28:芝に風吹く名無し ID:z39ve7jX+

>>25

その辺学生なのにようやっとるわ

 

 

31:芝に風吹く名無し ID:GTt0PmZRV

昨年度代表ジュニアウマ娘、スバルメルクーリさんの本年度初戦wwww

 

・ゲート入り前、約2分立ち尽くして発走遅延

・かと思えば完璧なスタートからの加速で1000m57秒1の超ハイペース大逃げ(参考 ターボの七夕賞:1000m57秒4、スズカの金鯱賞:1000m58秒1)

・最後はガス欠でなんとか3位入線…からの転倒、気絶。ウイニングライブを待たずに病院直行

・当然のごとくゲート再審査、パスできなきゃ皐月賞は出禁

 

 

 

34:芝に風吹く名無し ID:oIanObmVC

>>31

レース壊れるわこんなん

ヘリオスのマイルCSのタイムよりも1000m通過速いし

 

 

35:芝に風吹く名無し ID:KgwAfu3JG

こ れ は ひ ど い

メルクーリのバカ逃げであからさまに掛かったウマ娘も多かったしなぁ

 

 

36:芝に風吹く名無し ID:ltvpNesDV

シレーヌボイス推しワイ、メルクーリのバカ逃げでシレーヌボイスが潰されブチギレ

なおゴール直後に真顔になる模様

 

 

38:芝に風吹く名無し ID:fKp+kLSD0

>>36

しゃーない、調子良かったもんなシレーヌ

それでも4着だから皐月賞は出走できるでしょ

 

 

41:芝に風吹く名無し ID:1W9d0NqjE

今年の皐月賞

優先出走権持ち

 

ラモール

イニシエイトラブ

(スバルメルクーリ)

 

トライアルを使わずに直行(予想)組

 

ノザワカット(前走:東スポ2歳S1着)

マヤノトップガン(前走:ホープフル1着)

ナイトマチルダ(前走:ホープフル2着)

ノザワストレート(前走:シンザン記念1着)

 

ここから若葉とスプリング組が入る感じかね

 

 

42:芝に風吹く名無し ID:LGEypxSYu

のざのざしてきた

 

 

43:芝に風吹く名無し ID:UXiFMii9x

ノザスト皐月なん?NZTだと思ってたけど

 

 

45:芝に風吹く名無し ID:wpz9cztC4

両睨みだろうね

 

 

49:芝に風吹く名無し ID:KuklUN7nu

メルクーリの本質はマイラーおじさん「メルクーリの本質はマイラー」

 

 

50:芝に風吹く名無し ID:OWzRXQCOM

メルクーリの本質はマイラー「おじさん」

 

 

58:芝に風吹く名無し ID:o9yj625If

おじさん「おじさん」

 

 

59:芝に風吹く名無し ID:LI+yyFL35

へんたいふしんしゃ出たな

 

 

60:芝に風吹く名無し ID:43qB5nEMO

まぁでも2000走る走り方ではなかったわな

かといってマイラーかと言われると…そうかな…そうかも…

 

 

68:芝に風吹く名無し ID:HfDW2g66o

>>23

これ沖野責任被りに行った感じか?スピカって担当ウマ娘に走法の指示ってほとんどやらないだろ

 

 

73:芝に風吹く名無し ID:owivkWeCE

>>68

サイレンススズカの大逃げも沖野が指示したんじゃねぇの?

 

 

76:芝に風吹く名無し ID:HfDW2g66o

>>73

ちょっと違う

スズカがまだリギルにいた時に沖野から「好きに走ってみろ」って言われたスズカがおハナさんの指示を無視してやったのが大逃げの始まりなはず

だから今回も「好きに走れ」って指示だったんじゃないかなって、結果はアレだけど

 

 

81:芝に風吹く名無し ID:IGIPVy3R4

あらためてウマチューブで弥生賞見返してるけどすげぇな、メルクーリの大逃げ

そしてこれを見ながら全く掛からないラモールの冷静さよ

 

 

86:芝に風吹く名無し ID:xsm1Ikdev

お、動画上がったか

見られなかったんだよな、仕事で

 

 

87:芝に風吹く名無し ID:IGIPVy3R4

>>86

一応、最後閲覧注意とは言っとくわ

 

 


 

 

【実況】チームスピカ実況総合スレpart532【上げません!】

 

506:芝に風吹く名無し ID:Dnv7I9YaO

もうゲート再審査に出てくるとか怪我はなかったんだな、よかったよかった

 

 

507:芝に風吹く名無し ID:mKmjge2/K

無難にクリアできるでしょ

ゲート入るのゴネただけで出るの自体は完璧だったわけだし

 

 

510:芝に風吹く名無し ID:TVdrRAC5C

…ちょっとわかりにくいけど機嫌悪そうじゃね?

 

 

511:芝に風吹く名無し ID:+J3Qjh0qy

>>510

縁起でもないからやめろ

 

 

513:芝に風吹く名無し ID:TVdrRAC5C

>>511

微妙に右足が前掻きしてるようにみえる、本人も気づいてなさそうだけど

 

 

518:芝に風吹く名無し ID:Av+7/7vvU

銀色の毛ヅヤもあんまりよく見えないなぁ、もう少し期間明けてからじゃあかんかったんかね

 

 

522:芝に風吹く名無し ID:7wABgcmH+

弥生賞……ってかサウジの時から思ってたんだけど、メルちゃんの身長でブルマは…その…

 

 

525:芝に風吹く名無し ID:Lvf1KNsj7

>>522

逮捕

 

 

529:芝に風吹く名無し ID:jqS2ZdKHO

ん?

 

 

534:芝に風吹く名無し ID:Q9/97TBds

おっとこれは…

 

 

541:芝に風吹く名無し ID:SZjxTOihp

沖野と喧嘩…?言い合いしてね?

 

 

549:芝に風吹く名無し ID:aj04Nstbu

これがメルの難しいところですか…?

 

 

557:芝に風吹く名無し ID:VNAGlp+RY

髪めっちゃ逆立ってるんですけど、スバルメルクーリってもしかして気性難?

 

 

564:芝に風吹く名無し ID:MueWUrUjw

>>557

気性難ってタイプじゃなさそうなんだけどなぁ

 

 

572:芝に風吹く名無し ID:FlHvp0WZd

(ㅍ_ㅍ)……えーっと、その。……気性難じゃないです。

 

 

573:芝に風吹く名無し ID:mZw67sQuA

>>572

ちゃんと再審査に集中してもろて

 

 

579:芝に風吹く名無し ID:qbDEl7BEu

よし

 

 

581:芝に風吹く名無し ID:vcVrRAFdM

入った!

 

 

586:芝に風吹く名無し ID:lqi2qwC8c

相変わらずスタートは上手い

 

 

592:芝に風吹く名無し ID:JQtsnSKZ3

さすがに再審査のスタートで本気は出さないか

 

 

595:芝に風吹く名無し ID:fscvMjWyv

レースじゃないし一応病み上がりだし本気出すわけないやろ

 

 

596:芝に風吹く名無し ID:zyRdaE9A6

あれ

 

 

598:芝に風吹く名無し ID:du43VYrut

ん…??

 

 

606:芝に風吹く名無し ID:WX4LawGMu

どうしたどうした

 

 

615:芝に風吹く名無し ID:SYAlBaT/H

首ひねってんな

 

 

622:芝に風吹く名無し ID:FXCILXSY3

え、なんかおかしなとこあったか?

 

 

624:芝に風吹く名無し ID:vH0IMYTL1

>>622

なかった…と思うんだけどなぁ

 

 

633:芝に風吹く名無し ID:XiVuFUxaY

…立ち尽くしたんだけど

 

 

637:芝に風吹く名無し ID:NlF2skP6G

(アカン)

 

 

640:芝に風吹く名無し ID:TVdrRAC5C

やっぱり本調子戻ってなかった…無理しちゃダメなんだってば

このままだと獅子座の悲劇の繰り返しになるって

 

 

641:芝に風吹く名無し ID:YQ5z9RGUY

www.ura.jp.goods/

このタイミングでメルマヤピスの3人のぱかプチの発売告知来たんだけど

 

 

643:芝に風吹く名無し ID:85EP0cc/I

>>641

最悪のタイミングすぎる…

 

 

650:芝に風吹く名無し ID:ft70sd2UZ

>>641

本物メルクーリの体型が細すぎてちょっと再現できてなさそう

 

 

655:芝に風吹く名無し ID:xe1eEfXP7

沖野とスピカメンバー出てきた

 

 

659:芝に風吹く名無し ID:w+JXnrEF0

これは……

 

 

665:芝に風吹く名無し ID:/7naXFEGg

×マーク出してるな…

 

 

669:芝に風吹く名無し ID:jroOehlT6

思ったより事態は深刻なのでは…?

 

 

676:芝に風吹く名無し ID:zf/1Z4AJE

メルもそうだけど、こうなってくるとマヤが心配になってくる

仲いい子が調子崩すとドミノ倒し的に…みたいなのあるし

 

 

679:芝に風吹く名無し ID:lilCcACkQ

デビュー戦の時の別格感が凄かっただけに残念すぎる

普通に走るだけでどんどん後ろが遠くなるの見て三冠を確信したんだけどなぁ

 

 

680:芝に風吹く名無し ID:w2vchySsH

また元気に走ってくれるのを待つしかないなぁ

 

 

 



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第53話 喜怒こもごも、春の空:Le ciel de printemps

 

 

「えーっと……メル?」

「………何か?」

「あー…その〜…アタシとマックイーンのタイムを測ってほしいなぁ〜なんて思ったり思わなかったりしてんだけど…」

「………ん、準備して」

「さ、さんきゅな!……おいおい何やったんだ、トレーナーの奴

「……多分、今日の授業時間のことですわ。私も見ていましたが、正直タイミングが悪かったとしか

位 置 に つ い て !

 

 

 トレーナーから渡されたストップウォッチをカチカチッと操作しながら、チームスピカのお手伝いこと私は心の中で首を傾げる。

 

 ……なんか今日の練習はいつもより静かだ。決して大きい方じゃないはずの私の声がやけに通ってるし。そのせいか知らないけど、ゴルシの奴もなぜかものすごく真面目にトレーニングやってるし、明日は季節外れの槍でも降るのかもしれない。

 

 

「…はぁ。そんなわけあるかー、ってね」

 

 2人を視界の端に留めつつ空を見上げ、何回目になるかわからないため息をつく。槍どころかカミナリすら落ちてきそうにない澄み切った青空しか広がっていなかった。

 

 

 

 ただでさえ理事長が発起人らしい何をやるのかよくわからないステージに出させられるのが勝手に決められていた上に、さらに追加で学園祭の催し物に参加させられるのはゲンナリとかグッタリとかという次元を超えていた私は、当然猛抗議をした。

 

『メイド喫茶』なるものが何を指し示してるのか説明を受けたけど、あんまり何言ってるのか理解できなかったし、その少ない理解の範疇ですらやりたくないという判断を下すには充分すぎた。

 

 ……なのになぜかこれをマヤノがゴリ押ししてきた。何があの娘の琴線に触れてたのか、そこまでゴリ押ししようという気にさせたのかさっぱりわからない。

 

 〜〜〜

「…あー、あのーマヤノさん?私あんまり表立って動きたくないんだけど」

「ダメ!メルちゃんはキラキラしてるんだからもっと前に出なきゃ!」

「…そもそもメイド喫茶って何さ」

「知らないの!?じゃあマヤが教えたげる!メイド喫茶はねぇ〜、こんな感じのフリフリのメイド服を着てお給仕する喫茶店!」

絶 対 嫌 だ !

「マヤも着るから!!一緒にやろ??ねっ?」

「嫌だ」

「…終わったら一緒にスイーツバイキング行くから!ね?」

「…………裏で料理ならやってもいいよ。表出て給仕は「だっさなきゃまっけだよ最初はグー!じゃーんけーんぽん!」……なっ…」

「マヤの勝ちー!一緒にやるから!ね?」

 〜〜〜

 

 ……なーんで私はチョキ出しちゃったんだか。喜ぶマヤノ、沸き立つクラスルーム。熱くなる私の頬。

 怒ってないですよ?ええ、怒ってないですとも。結果として私たちが両方ヒラヒラな服を着て給仕をやることなんか全く気にしてませんとも。

 

 当のマヤノはトレーナーと作戦会議。座学のあと、皐月賞に挑む時の心構えみたいなのを勝ったテイオーと敗れたスペさんの2人から教わるらしく、その2人は軽めのトレーニングを終えて部室に引き上げて行った。

 …引き上げるときに安堵の表情浮かべてた気がするけど気のせいでしょ。

 

 

 青空から視線を戻し、バックストレッチでマックイーンさんに追いつこうと捲り始めたゴルシをぼんやりと眺める。…普通ならそこからで間に合うだろうけど、相手がマックイーンさんだからなぁ。そこからじゃ多分届かない。…今スピード少し緩んだけど、それはどういうことなのさ。

 

 前を行くマックイーンさんの走りは安定してるように見える。……先行策なんか考えたこともないから調子の良し悪しなんかさっぱりわかんないけど。

 

 

 マックイーンさんが有利なまま3コーナーに入った時、背後から声が掛けられた。

 

「よっ、ちゃんとやってるか」

「……ゴルシとマックイーンさんの時計測ってるとこ。マヤノの座学はもういいの?」

「あいつはホープフルで同じコース走ってるし、飲み込みも早いしな。実際のところ言うことなんてあんまりないんだよ」

「…ふーん。で、申し開きは?」

「……。何の話だ?」

「…ぱかプチ」

あぁ、そっちか。いやぁ〜言うタイミングがなくってなぁ、あとでURAから来たテスト品見るか?」

「…ん」

 

 …今口の中で『あぁ、そっちか』って言ってたんだけど他にも何か隠してるのかこのヒト。見た目通りの胡散臭いことやるんじゃないよまったく。好奇心はウマ娘も滅ぼすらしいし、これ以上は何も言わないけどさ。

 

 新しいアメを咥え直したトレーナーは私の持ってるストップウォッチを覗き込む。ちょうどマックイーンさんが先頭で駆け抜けたタイムは3200mを3分21秒ちょうど。クビ差くらいでゴルシが2番手。……やっぱ捲りきれなかったね。20mくらい捲るタイミングを速くするか、謎の減速がなければまた違った結果だったかも。

 

「ふーん、中々やるじゃねぇかあいつら」

「……ゴルシの仕掛けがあんまり良くないように見えたけど、思ったより距離詰まった」

「そこら辺はマックイーンの伸びの問題だろうな、よく見えてるじゃないか」

「…誰でもわかるでしょ」

「………あーそうだ。ここに来たのは買い出しを頼みたくてな。2人にドリンク渡したらこのメモ帳に書いてあるのを買ってきてくれ、お手伝いさん」

「……はぁ、しょうがない…って多くない?」

「いやぁ〜悪い悪い。事務作業が立て込んでてな」

 

 渡されたメモ帳の内容に軽く目を通すとテーピング道具からいつもトレーナーが咥えてる飴の箱、さらには何に使うのか見当もつかないサイズのレジャーシートまでびっしりと書かれていた。

 

 …運動がてらこまめに買い出しに行くって発想は無かったのかな、これ。

 

 

 

 

「なぁマックちゃんや〜、もっかいやろうぜもっかい〜」

「何を言ってるんですの、今走ったばかりでしょうに…」

「いやぁ…行ってやろうって思った時に、なんか首筋に冷たいのが這ってな?うまくスピードに乗れなかったんだよな」

「本当に何を言ってるんですの…」

「……2人とも何やってんのさ。これ、ドリンク」

「あら、メルクーリさん。ありがとうございます」

「おっ、サンキュなメル。…なぁなぁ、メルも見たくねぇか?最強のアタシ」

「…何言ってんのさ」

「さっきのアタシはまだ第1形態。本気のアタシを知りたいってんならもっかい相手しなマックイーン!そんでもっかいタイム測ってくれメル!」

 

 

 腕を回しておかしなポーズをとりながら自身ありげにするゴルシをマックイーンさんと2人で眺める。身長高くてスタイルいいからわけのわからないポーズでも映えるなぁ。…言ってること?無視でいいや、買い出しの量多いし。

 

「……私は買い出し行くから。マックイーンさんもほどほどにね」

「え、えぇ…」

「…ゴルシは仕掛けるならもうちょい早く、仕掛けたらゴールまで緩めちゃダメでしょ。ゴルシは長く強い脚使えるんだし。走るなら15分ぐらいはあけなよ、怪我するから」

 

 

 併走終わってからのゴルシの歩き方とか見てるけど、傷めたとかこむら返りとかとにかく怪我につながってそうな歩き方はしてない。それだけにさっきの減速の説明がつかないんだけど…ま、怪我じゃないならいっか。

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

「……で、2人はなんでついてきてるわけ?」

「いや〜メルって体小さいし、たくさん買って帰るのも大変だろ?一緒についていってあげるのが先輩の務めってワケよ。…ふむふむ、髪が長いからいろんな結び方ができるなぁ」

「とまぁ何をしでかすかわかったものじゃないですから、監視役ですわ。幸い今日のトレーニングメニューは終わってますし、トレーナーさんにも許可は取りましたからその辺りは心配しないでくださいませ」

「……おつかいに心配してついてくる親か何か?」

 

 

 過保護というか心配性というか。…実際量多いからめんどくさかったけどさ。メモ帳を軽く見直しつつ、さっきから長いこと私の髪で遊んでるゴルシを尻尾で払いのける。

 

「…うーん、とりあえず3人いるし手分けして効率よく終わらせたいな。ってなるとマックイーンさんは…」

「なぁメル!たい焼き食べようぜたい焼き!」

「…とりあえず2人いるし手分けして効率よく終わらせたいな。ってなるとマックイーンさんは南の蹄鉄屋さんの買い出しをお願いしてもいい?リストはこれね」

「ふむふむ…了解ですわ。リストの蹄鉄がない場合や買い出しが終わりましたらLANEで報告いたしますわ」

「…わかった、気をつけてね。…んで残りを私が」

メ〜ル〜、メルさんや〜…

「…ふ、ふふっ」

 

 

 賑やかしに来た白いのを軽く無視してマックイーンさんに担当をお願いしていると、いつのまにか近くの木の裏に移動していたらしい白いの…もといゴルシがとんでもない顔芸をしながら近づいてきたのを見て思わず吹き出す。

 

「……買い出しできるのね?」

「おう!一切合切まとめてアタシに任せな!」

「…よしよし、じゃあゴルシには東と北の買い出しお願いしようかな。リストまとめるからちょっと待って。…えーっと」

「…なんか、ちょっとだけ変わったなメル」

「……ん?」

 

 

 メモを書く手を止めずにゴルシの方を見やる。…私が変わった?どこが?

 

「なんていうか…少し喜怒哀楽が見えやすくなったな、うん」

「…ゴルシが私に慣れただけでしょ、バカなこと言わないの。ちなみにゴルシの分量が1番多いけど、遅れたら置いて帰るからね」

「なっ…はぁ!?」

「……よしと、これがリストね」

「よっしゃ行ってくる!」

 

 

 リストを受け取るなり真西にすっ飛んでいったゴルシを見送る。そっちじゃないんだけどなぁ。っていうかそっちは私の行く方角だったんだけど。

 

 

「……たい焼き、ね」

 

 …ついてきてくれたお礼にこっそり買うくらいはしてもいいかもしれない。私も好きだし、甘いの。

 

 




シャフリさん、PoW勝ったら日本帰ってきてくれないかなぁ…。F4とタイトルホルダーが待ってるぞ!()

お気に入り登録、評価、感想などなど、いつもありがとうございます。
それでは次回もよろしくお願いします!


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第54話 汝、十日の菊に成る勿れ:Not to be late

 

 

 "十日の菊"。私が子供の頃、お母様が口癖のように呟いていた言葉の1つ。私がお母様に現役の頃の写真を見せてほしいとねだった時に必ずと言っていいほど登場するフレーズ。どういう意味?って聞き返したらお母様は少しだけ顔を背けてこう言ってたっけ。

 

『何をするにしても、あるいは何をしないのも。タイミングが大事ということです。…くれぐれも私のような"十日の菊"になってはいけませんよ、メルクーリ。それさえわかっていれば私の現役時代の写真なんて見る意味はありません』

 

 

 私への走りの指導でも、お母様は走り方とかコーナーの曲がり方とかの実演は友人に任せて頑なに自分でやろうとはしなかった。

 じゃあ何を指導したのかというと、私に最もあったゲートの出方とか私にあった末脚のきりかたとか。……要はタイミングの指導、ってとこになるのかな。

 

 

 少しずつ上手くなっていく私を見ながら、『…はぁ。私も現役の時にこれができてたらねぇ…』なんて小さく呟いて寂しげに笑ってたのは今でも記憶に残ってる。

 

 

 

 皮肉なことに、今の私は再審査に落ちるくらいゲートがダメになり、末脚がさっぱりきれなくなっているけど、それでも使えるものがあった。正確な時間感覚だ。お母様の指導の賜物でわたしの体内時計は10回連続で指定された秒数にストップウォッチを正確に止められるくらいには正確になった。

 

 

 …話がちょっと逸れたけど、要はお母様の教育の賜物として私も割とタイミングは大事なんだなっていうのは理解してるってわけ。

 

 

 さて、ここで問題です。

 

「…ぃよっし、勝ち!これで今日は俺の3勝2敗1引き分けだぜ!」

「…はぁ!?アンタが勝ちに数えてる3回のうち2回目は同着だったわ!だから今のところは2勝2敗2引き分けよ!」

「はぁ?アレは俺の方が前でてた!」

「はぁ!?…あったまきた!もう許さないわ、次の併走で決着つけてあげるわ!目にもの見せてあげるんだから!」

「スカーレットこそ負けても泣くんじゃねぇぞ〜」

「「ぐぬぬぬぬ……!」」

「……」

 

 

 お手伝いを初めて早数週間、何となく仕事に慣れてきた私の今日の仕事はスカーレットさんとウオッカさんの2人の併走を見ながら、程良いタイミングで休憩を入れさせるってものなんだけど。

 

「「メル(ちゃん)!タイム測って!」」

「……一旦休憩入れた方が……行っちゃった」

 

 

 絶えず小競り合いを続けてる2人に、どのタイミングで休憩を告げればいいんでしょうか。…見ての通りのやる気に満ちた2人を程よくコントロールする術を私は知らない。

 

 もちろん悪いことじゃないんだよ?あの2人で併走させたら競り合う時間が長くなって結果的に好タイム連発するし。悪いことじゃないんだけどさぁ…。

 

 〜〜

「俺の方が朝早く起きた!」

「アタシの方が準備は早かった!」

「ぁぅぅ…」

 〜〜

 

 あの2人を止めるの1人でやるのはちょっと話が違うといいますか。阪神レース場に視察に行った時を思い出すといいますか。

 

「……用意、はぁ」

 

 互いを睨め付けながらも走る体勢が整った2人を見計らい、私はため息混じりにストップウォッチを持った手を振り下ろした。

 

 

 〜〜〜

 

「……うーん??」

 

 首を傾げながらストップウォッチに目を落とす。テン3ハロンのタイムはっと…、やっぱり落ちてる。2人とも疲れてるじゃん。そりゃそうだよ、ちゃんとした休憩1回しか挟まずに合計7本目の1600mだもんこれ。それでも36秒台出すのはさすがというかなんというか。

 

 それはそうとして2人ともよくみれば汗すごいし、ゴール直後に倒れられても困るからドリンクとタオル持ってゴール板の近くに移動しとこう。

 …あの調子だと今日の併走はこれで終わらせた方がいいかもしれない。時間のノルマは2人ともクリアしてるし、何よりも怪我されると困る。…とするとトレーナーに報告する文章も考えておこう。ほとんど定型文だけど。

 

 

 ……もしかしなくても大分お手伝いさんが板についてきてない、私?

 

 

 コーナーを回りつつ、上がりに向けて息を整えようとしているスカーレットさんと、額の汗を拭いつつ前を積極的に狙っているウオッカさんを見ながら邪魔になる前にそそくさと移動する。

 

 

 …前を張り続けるスカーレットさんと後ろから末脚で一気に差しに行くウオッカさん。この光景を今日だけでもう7回見続けてるわけなんだけど、私からしてみればよくずっと同じ戦法が取れるなぁ…と思うわけで。

 

 

 当たり前といえば当たり前なんだけど、トゥインクルシリーズはスポーツとしての一面がある。スポーツとしての一面があるということは戦術と対策ってものがそれなりに体系づけられているというわけで、マークする相手が逃げるとわかってたら逃げウマ対策を相手陣営は打ってくるし、後方から捲ってくるとわかってればその対策を相手はこしらえてくる。

 

 向こう(ヨーロッパ)のラビットっていうチーム戦術なんか特にわかりやすい。強くて力のある相手の逃げウマ娘を牽制しつつ、味方の本命ウマ娘が勝てるようにゲームメイクする。…そのためにラビットを務めるウマ娘はマーク相手の癖を調べたり、本命のウマ娘がやりやすいペースにキープする練習をしたり、果てにはウマ娘の心理学まで勉強するっていうんだから恐れ入る。

 

 ま、日本では好まれない戦術らしいけどそれはさておき、ここまで戦術を張り巡らせて勝ちにいっても限界はあるし、徹底マークが全く苦にならないウマ娘ももちろんいる。

 

 それはマーク外の相手からの未知の一撃だったり、マーク相手がいわゆる本番に強いタイプの娘で想定以上の実力を出されたり、…その日の気分や展開次第で自在に戦法を変えることができてマークをそもそも張りにくいタイプだったり。あとは単純にマーク対象のウマ娘が役不足でマークしたくてもできなかったり。

 

 未知(inconnue) 想定外(lnattendu)の方は鍛えてどうこうと言う話じゃないから置いといて、自在(librement)というのはそれだけで強みになるんだから練習するだけしとけばいいのに…。多分これを言っても気ままに走るゴルシと直感的にそのレースの最適解の戦法を解っちゃうマヤノ以外には賛同してもらえないけどね。

 

 少なくとも私はそういう風に向こうで教わってきた。お母様からも。……ルゥからも。

 

 

『百回やって百回勝てるくらい万全に準備して、それでも負けるのがレース。だから私たちは百回やって二百回勝てるくらい準備するの』ってしたり顔で言ってたっけ、ルゥの奴。

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 ……今の私をルゥが見たらなんていうだろ。逃げも捲りもできなくなった無様な私を。

 

 

 

 …フルールドール。光を簒奪し、偽りの光を放つだけの月並みな私と違う、暖かな太陽の光をたたえた黄金の花。貴女の走姿に、双眸に、そして優しい心根に私はきっと焦がされたんだ。

 

 

 その光を消した私のことなんか赦さなくていい。恨んだままでいい。その責は私が全て背負わなきゃダメだから。

 

 …だから、あの心根だけはそのままなルゥでいてほしい。そう思ってしまうのは、わたしの「「うぅぅぅおりゃぁぁぁぁぁぁ!!!」」

「!?!?!?……あっ

「「どっち!?」」

 

 ぼーっと物思いに耽ってたせいで2人が来るのに気づかなかった私はストップウォッチを止めるのが少し遅れてしまった。大体0.21秒くらい。というかゴール後の減速が終わるや否や、2人してこっちに凄い勢いで振り返るのはやめてほしい。怖いよ。

 

「……これは微妙、かなぁ。でもタイムは着実に遅くなってるから今日は併走ここまでにして。休憩終わったら外周走っておいで」

「ちょっと不完全燃焼だけど…そうね、わかったわ。メルちゃんも外周ついてくる?」

「……2人だけで行かせたらまた本気出しちゃいそうだし、後ろからゆっくりついていこうかな。ん、ドリンクとタオル」

「さんきゅなメル。…しゃーねぇ、今日の勝負は引き分けってことにしといてやる」

「はいはい、望むところよ。いつでも返り討ちにしてあげるわ」

 

 

 なんだかんだで仲良く休憩に入る2人を見てそっと胸を撫で下ろす。なんだかんだで仲良くないとあそこまで小競り合いできないよね。

 

 

 本当はスカーレットさんとウオッカさんのどっちが勝ったか、ぼんやりとだけど間近でみてた私はわかってる。…けどそれを明言したらまた一悶着起きそうだし、あえてぼかした。

 

 …こういうのを日本では言わぬが花って言うんだっけ。

 ドリンクとタオルを2人に押し付けながら、私は今日の役目をおえたストップウォッチをスタートの状態に戻した。

 

 

 

 

 休憩も十分に取った後、校外に出た私たちはクールダウンを兼ねてゆっくりと川のほとりを走っていた。…どうせトレセン学園に戻るまでは暇だし、前から気になってたことでも聞いてみようかな。

 

「……スカーレットさんもウオッカさんも競うのは良いけどさ。どうせなら万全な状態で競った方がいいんじゃないの?」

「チッチッ、わかってねーなぁメルは。いつどんな時でも勝つのがカッケーんじゃねぇか。なぁスカーレット」

「アンタの価値観なんて知らないわよ。…でもそうね、いつどんな時でも勝つってのには同意ね。1番のウマ娘になるには大事なことだわ」

「……それは、万全な状態で勝つのは当たり前ってこと?」

「ま、それが理想だけどな。実際はどんなに万全でも負けることはあるけど、その時に『万全じゃなかったから』ってぴーぴー言い訳するのはダッセーだろ?」

「……そっか」

 

 

 …なるほどな、だからか。へへっと鼻をかくウオッカさんとそれに並びながら走るスカーレットさんを見ながらやっと合点がいった。

 

 

 なんで私がチームスピカの皆に受け入れられ、そして私もそれを享受していたのか。

 

 

 ……具体的にどこっていうのはわかんないけど、気質というか根本的な部分が一緒なんだ。ルゥとスピカのみんなって。

 

 

「メルちゃんは練習復帰するの学園祭の後よね。アタシでよければ併走でもなんでも付き合うわよ!」

「あっ、ずるいぞスカーレット!いいかメル、復帰したらいの一番に俺と併走な?」

「……その前にゲート再審査のための練習なんだけどね」

 

 

 夕陽の中、3人でゆっくりと走る。…やっぱりバ群の中は苦手だ。私以外の2人の靴の音、心臓の音。絶えず聞こえる雑音(ノイズ)。うるさいったらありゃしない。

 

 …でも。たまに聞こえる調和された音は嫌いじゃない。そう思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 






初投稿からちょうど1年らしいです。1年はや…いや私の投稿ペースが遅いのか。

拙速、拙文、説明不足の3セツが揃った拙作につきあっていただき、本当にありがとうございます。
いつのまにかお気に入りが1750件越えてました、ちょうど私の母校くらいの方がお気に入り登録してるとかびっくりしすぎて夏バテしてました。夏まだなのに。感想や誤字報告、評価等々もいつもありがとうございます。

完結までなんとか頑張ろうと思うのでこれからもよろしくお願いします。


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第55話 祭りの前日:The Eve of The Fest

 

 

 イベントの前日っていうのは () () () () () なんとも言えない高揚感がつきものなわけで。そういうの大好きなマヤノなんか、さっき『メルちゃんメルちゃん!明日に向けてみんなでオトナの会議しよ!マヤの部屋で!』なんて言いながらはちゃめちゃに尻尾を振り回していたわけだけど、"オトナの会議"って言葉自体が……それ以上は言わないでおくけどさ。

 

 マヤノ以外のクラスメイト……もっといえば学園全体がそのなんとも言えない高揚感を無意識に共有しながら、教室の飾りつけやら小物の確認やらそれぞれに割り振られた仕事をウッキウキでせっせとこなしている。

 

 大体の日本中央トレセンに通うウマ娘はイベント大好き、団体行動得意、身体スペック高めの3点セット。全体での準備開始となったお昼からぼんやりと窓を眺めてるだけでも学園の風景があっという間に変わっていく、そりゃもうとんでもないスピードで。30分くらい目を離しただけで何もなかったところに屋台の2つ3つが完璧な状態で出来上がってるといえばどれだけ早いかわかるだろうか。…杜撰な建て方してないか心配になるよね。

 

 

 さて、さっきなんで () () () () () なんてわざわざ強調したでしょうか。

 

 

 …答えは簡単。私は楽しみという気持ちより、げんなりとかぐったりという気持ちの方が強いから。

 

 もちろん、みんなの楽しみって気持ちは分かるし否定する気もないよ?私も幼い頃、降誕祭の前日(クリスマス・イブ)の夜はなかなか寝付けなかったし、それを見て少しだけ困った表情を浮かべたお母様に寝かしつけられたことだってある。その時の高揚感に近い奴ってのは分かってる、共感できてないだけで。

 

 

「……それじゃメルクーリちゃん、お客さまが来た時にはなんて言葉をかければよかったんだっけ?」

「…………はぁ。オカエリナサイマセゴシュジンサマ(おかえりなさいませご主人様)

 ナンメイサマデゴキタクデショウカ(何名様でご帰宅でしょうか)』」

「さすがメルクーリちゃん、もう内容完璧に頭に入ってるね。…えっと、メルクーリちゃんのシフトは初日のステージが終わった後と二日目の午前の予定だからそのつもりでお願いね。特に初日は大変だろうから休憩はしっかり取ってね」

「……ん」

 

 

 こんなの(メイド)やらあんなの(ステージ)やら、私の知らないところでぽんぽん増やされてたらそりゃあげんなりもするしぐったりもするでしょ?

 

 

 そう、今日は学園祭前日。西日が差し込むにつれて段々と装飾が整っていく教室の隅で、私は漏れ出しそうになるゲンナリオーラを必死に内々に仕舞い込んでいた。

 

 〜〜〜〜〜〜

 

「わぁ、メルクーリちゃんウエストほっそ!あたしなんかちょっと食べただけでお腹ついちゃうから羨ましい〜」

「うーん、メルクーリさん綺麗な銀髪だからヘッドセットは黒の方がいいかな…?」

「うーん、Sサイズでもちょっと丈余っちゃうか。裾合わせるからちょっと待っててね」

「……はい」

 

 私を含めたメイド役の面々はマニュアルを頭に入れさせられたかと思ったら、教室の隅に作られたパーテーションの中に放り込まれ、衣装合わせという名のお人形状態にされていた。…どうしてこんなことになったんだか。

 

 私以外のメイド役……マヤノとかマベさんとかはとっくに衣装合わせもマニュアルのテストも終わってメイド服なるものでわーきゃーしてるわけだけど、さすがというかなんというか。めちゃくちゃ可愛くて似合ってた。本人らには言わないけど。

 

「…はぁ」

 

 私用にセットしている途中の服の肩口をひょこっとつまんで体の前にあてがい、衣装係の採寸を待つ。黒地のワンピース系のドレスの上に白いエプロンドレスを合わせたような格好なんだけど、なんでこんなにスカートがもこもこしてるの…?というかこれが給仕服……?ニッポンヨクワカラナイ、コワイ。……いや私全然普通に日本生まれだけど。

 

 

 ちなみに私だけが遅いのは、さっきまでステージの方の顔合わせと簡単なリハーサルに参加させられていたからであって、決してサボっていたわけじゃない。サボりたくて仕方なかったけどやんわりとマックイーンさんに見張られてたとかそういうことじゃない、決して。

 

 …ちなみにそのマックイーンさんは去年のシニアの年度代表ウマ娘。午前は私と同じステージに出て、午後はテイオーとなにやらメインステージで『学園祭限定! TMライブ対決!!』なるスピカの企画に出るらしく、テイオー共々当日にほとんど仕事がない飾りつけ係ということになっていた。

 

 

 なお、これを聞いて思わず私の口からこぼれた『…なにそれ、ずるいんですけど』という抗議も、『…私もステージ出ることになってるんですけど』という陳情も無かったことにされました。…どうして?

 当のテイオーとマックイーンさんの2人からはきまずそうな視線を向けられたんだけどそういうことじゃないのよ。貴女たちも着なさいよ、そして私と同じ恥辱を味わいなさいよ。

 

 

 …そんなことを考えていたからなのか。服を採寸係に返して椅子に座った私の左頬に、唐突に誰かの人差し指が突き刺さった。…このタイミングでこんなことやる子なんてかなり絞られる。

 

「どもどもー、メルちゃん専属スタイリストのネイチャさんですよっと」

「……むぅ、なにするのさ」

 

 

 サボることも裏で調理係に徹することも許されなかった私の唯一にして最後の抵抗が『私の髪をいじるのはナイスネイチャ』という指名をすることだけだった。…ある程度気心もしれてるし、手先も器用だから変なことにはならないという信頼の中での判断だったんだけど、ネイチャさんもそれを受け入れてくれたのは不幸中の幸いというかなんというか。

 

 …決まった後にこっそり『ご指名ありがとうございまーす。…アタシもメイド服着るのは恥ずかしいクチだからさ、メルちゃんが指名してくれて助かりました、なんてね?』とか耳打ちしてきたのはちょっとむむっ、って感じたけど。一緒にメイドやらせるのが正解だったかぁ…ってね。

 

「ほーら、メルちゃん可愛いんだから膨れないの」

「…また調子いいこと言ってる。ネイチャさんこそこういうの(メイド服)似合うんじゃないの?」

「あはは…アタシは遠慮しとくわ、メイド部隊じゃないしね。…さてと、メルちゃん髪質が結構素直だしお手入れもちゃんとしてるからいろんな髪型試せるねぇ」

「…ある程度はネイチャさんに任せるけど、カットはナシってわかってるよね?」

「もちろん、ネイチャさんにまかしとき」

 

 

 本物の美容師のような手つきで私の髪を軽くいじるネイチャさんに任せ、軽く目を瞑る。……いやホントにうまいなネイチャさん、『アタシ実は弟いてさ。こういうの慣れてんだよねー』とか言ってたけど、慣れてるとかそんなレベルじゃないじゃん。自己評価どうなってんの…?

 

「ほい、ポニーテール」

「……」

「んで、これがツインテールね」

「……」

「かーらーの、お団子ふたつかんせーい」

「……遊んでるよね?」

「いやいやまさかー」

 

 

 お人形遊びの延長線上だったよね今。少し目を開けたら案の定ちょっと悪い顔してるし。髪が長すぎるからか知らないけどお団子のサイズ少し大きいし。

 頑なに視線を合わせてこないネイチャさんをじとーっと見ていると、パーテーションの外から声をかけられた。

 

「メルクーリちゃん、お直し終わったけど着れるー?」

「あーいいよいいよ、持ってきちゃって〜」

「…なんでネイチャさんが答えるの。…服着てるから入って大丈夫」

 

 ひょこっと入ってきた採寸係の子から服を受け取って広げる。確かに少しだけ丈は短くなった……のかなぁ、傍目にはあんまりわかんない。

 …そしてもう一つわかんないことがあるんだけど。

 

「……自称私の専属スタイリストのナイスネイチャさん」

「はいはい、なんじゃら?」

「…着方わからないから着せて。…あ、貴女も合ってるかどうか残って確認して欲しいんだけど…」

「おっけー、んじゃ服脱ごっか」

「……ネイチャさん、それは気色悪い」

 

 

 言葉選びが悪いネイチャさんに苦言を呈しながらジャージを着崩す。…にしてもホントにどう着るんだコレ…?明日、ステージ終わって戻ってきて勝負服からこれに着替えて?しかも髪型も変える…??ちょっと考えただけでも意識が飛びそうになったんだけどどうしてくれようかなホントに。

 

 ……まぁ、仕方ない。労働ってことで割り切るしかないか。労働には対価がつきもの、さーて誰にスイーツ奢ってもらおうかな?そうとでも思ってないと乗り切れないよコレは。

 

 

 

 

 

 2人に文字通り手取り足取り手伝ってもらい、ネイチャさんに髪を整えてもらうこと15分。やっと着付けが終わった私は立ち上がってくるりと一回転し、2人の前でピタッと止まりスカートの裾を軽く持ち上げてお辞儀(カーテシー)をした。…勝負服よりもスカート丈がかなり長いから思ったよりふんわり広がるなコレ。

 

「……サイズはぴったりだけど。ほつれとかない?」

「ないよ!いやぁ流石メルクーリちゃん、なんでも似合うね!」

「……おぉ、さすがというかやっぱりというか」

「…なにその感想」

「いやぁ…これアタシの責任結構重いカモ、なーんて思っちゃいまして」

「……んん??ちゃんと出来てるんじゃないの?」

 

 

 … ネイチャさんが何に気を揉んでるかよく知らないけど、変なところはないんじゃないの?隣で採寸係の娘は控えめな拍手してるし。

 

 

「とりあえず完成だから少し動き回って髪型崩れないか確かめてみてよ。ダメだったらもうちょい考えてみるから」

「……ん」

 

 

 ネイチャさんの指示に従って軽く首を横に振ったり縦に振ったり。…うーん、解けたり崩れたりってのはなさそうだけど、いかんせん普段纏めたり結んだりしないからどのくらい動かしたら崩れるかわかんないんだよなぁ。

 左に採寸係の娘、右にネイチャさん。左に採寸係の娘、右にネイチャさん。左に採寸係の……あれ?いないんですけど。

 

「みんなー!メルクーリちゃん完成したから見てあげて!」

「…えっ。……えっ!?」

 

 

 何やってくれてんの採寸係(このこ)!?そんなこと言ったら……あぁ…作業の手が止まったし、一部…というかマヤノとマベさんあたりはこっち寄ってきてるんだけど。仲良い人の足音がわかるのも考えものだよねぇ…、今まであたり前だったから何も感じてなかったけどさ。

 

 

 …ひっじょーに出たくない…。注目浴びたくない…。出るのが下手なタイプのゲート難?…うるさいよ。

 採寸係の娘がパーテーションの向こうから手招きしているのを見て、思わず前搔きが出てしまう。

 

「……何やってくれちゃってんのさ…。余計出づらいじゃんか…」

「ほーら、どうせ明日と明後日みんなの前出るんだから行ってこーい」

「……あっちょっ…」

 

 背後のネイチャさんからかるーく前に押し出され、パーテーションの中から出てしまう。前掻きしてたから踏ん張れなかった…。

 

 抗議しようと振り向くと当のネイチャさんはすすす…と姿見をこっちに寄せてきていて、いつもと違う服、いつもと違う髪型ですっかり赤くなった私がそこに反射(うつ)っていた。

 

 

 

 ネイチャさん曰く、両サイドを三つ編みにして前に垂らし、残った長い後ろ髪を根本でひとつ結びにした上で2段階に折り、それぞれ紅いリボンで巻いてる…らしい。

 何言ってるかわからない?そもそも私も理解してないからね。普段髪にリボンもゴムもヘアピンもつけないウマ娘にはさっぱり理解できない領域の世界なのよ。

 

 普段後ろに感じる髪がなくてうなじがスースーするのがすごい違和感だけど、それ以外はなんともない。…というかよくこんな綺麗に仕上げたなぁって感じ。当然私1人ではとてもじゃないけどできない。こんなの技術的にできるとしてもめんどくさくてやってられないでしょ。

 

 ちなみにそんなことをやらかした犯人…もといネイチャさんは姿見を寄せた後、おそらく私の髪型をイメージするのに使ったであろうスケッチブックをめくりなにやら書き込んで…『もっとドードーとして前向こ!!』……うるさいわ!誰のせいだと…!!

 

 

 そこまで回った私の思考に割り込むように、オレンジと黒の髪の毛が視界に割り込んできた。

 

「メルちゃんすっごいキラキラしてる!一緒に写真撮ろ!?ね?」

「いつもと違うメルちゃん、キラキラでマーベラース!」

「!?!?……あーもう。……Après moi le déluge(もうどうにでもなれ)

「ん?メルちゃん今なんか言った?」

「……言ってない」

 

 

 いつもの三倍くらいはウキウキしているマヤノとマベさんのコンビを皮切りにメイド係の娘のプチ撮影会が開催されてしまったのを、私はどこか他人事のように流されるしかなかった。

 

 

 ……この辱めをあと2日、しかも一般のヒトにうけないといけないの?………うそでしょ?

 

 とりあえずマヤノとマベさん、ネイチャさんにはスイーツ奢らせよう、そうしよう。

 




宝塚記念のパンサラッサさん、最初の5ハロンつっこんだなぁって思ってたらアレよりもメルちゃんの弥生賞が速かった件。そら倒れますわ。

髪型わかりづらい…かもしれないんですけど、か○や様の後ろ髪のまとめ方を想像してもらえれば後ろ髪に関してはほぼそれです。普段髪が長い娘のうなじって魅力的ですよねっていう。

毎度のことですがお気に入り登録、感想、誤字報告、評価等々いつもありがとうございます。いつもすごいなぁ…と思って眺めてます。

それでは次回もよろしくお願いします!


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第56話 感謝祭:The Fest(1)

 

 

 

『ここがトレセン学園かぁ。初めて来たけどでっけぇ…』

『あっママ!あのウマ娘って去年の京都新聞杯勝ったウマ娘さんだよね?話しかけに行きたい!』

『トレセン名物、にんじんハンバーグ!にんじんハンバーグはいかがですかー!?』

 

 

「………」

 

 

 ……目の前にマックイーンさんが1人、2人、3人…。

 

『今ならお化け屋敷10分で入れまーす!たまに本物が出ると好評のお化け屋敷、どうでーすかー!』

『現役ウマ娘の記録にチャレンジ、好記録が出たらスカウトもあるかもなスポーツテストの受付はこちらでーす』

『焼きそば〜焼きそば〜、ゴルシちゃん印のレッドホット風焼きそばはいらんかね〜?』

 

 

「…………」

 

 

 ………37、38、39……。

 

 

『まもなく、最初のライブステージが始まりまーす!座席は……えっ埋まっちゃってる?』

『ウマチューブのトレセン学園公式チャンネルでも配信しまぁす!通路の方は開けてくださぁい!』

『おいおい、なんだこのメンツ…。シャドーロールの怪物ナリタブライアンに女傑ヒシアマゾン、名優メジロマックイーン…天才少女ニシノフラワー…今年のクラシック組のスバルメルクーリとピスタチオノーズまでいるとか気合い入れてるな』

『なになに、“年度代表ウマ娘格付けチェック”…?海外挑戦組はいないけど、国内にいる去年の年度代表ウマ娘は全員集合してるのか…!』

 

 

「………」

「…そろそろ出番ですわよ、メルクーリさん。落ち着いてくださいまし」

「………ごじゅうんぇ?……おはよ、マックイーンさん。結局黒い方にしたんだ」

「おはようございます、メルクーリさん。白い方は午後に着ることにいたしましたの。そちらの方が色の収まりも良いですし」

 

 

 困ったようなマックイーンさんの声にはっと気がついて立ち止まる。……どうやら無意識のうちにまた回っていたらしく、足元を見ると割としっかり抉れた砂の跡がくっきりと残っている。……やっちゃったなぁ、靴ちょっと汚れちゃった。

 

 今日は感謝祭初日。まだ開門してから2時間くらいしか経ってないし、その間は着替えとか待機しかしてないはずなのにもうお疲れモードな私ことスバルメルクーリです。

 

 マヤノとテイオーにもらった耳カバーの下にさらにもう一つ耳カバーを用意して一応ちゃんと音対策をしたのに、それをしっかりと凌駕してくる在校生のウマ娘らしき案内の声やらわざわざトレセン学園に来たヒトの歓声やら。

 ……すごく寮に帰りたい。今なら誰もいなくてまだ静かだろうし。

 

 マックイーンさんの隣のイスにぺたんと座り込んでため息をつくと、困ったように笑われて頭をポンポンとされてしまった。解せない。

 

「……はぁ、なんで私がステージなんかに出なきゃいけないのさ…」

「これも普段応援していただいているファンの皆様への恩返しですわ。それはメルクーリさんもわかっているのでしょう?サボるだ何だと言いながらもちゃんと来ているのが証拠ですわ」

「……むぅ。マヤノとテイオーが逃してくれなかっただけだもん。あの2人、そのためだけに『オトナの会議』とか言って夜通し私を拘束したんだよ?ヒドくない?」

「…寝てませんの?」

「……すやっすやだったけどさ。後で来たらしいネイチャさんに写真撮られてた」

 

 

 マックイーンさんと小声でお話ししながら控室の中のウマ娘を観察する。……昨日マヤノに色々聞いておいたおかげで顔と名前は一致する、なんとか。

 

 

 私たちの反対側で草…?枝…?を咥えて腕組みしてるのがナリタブライアンさん。…これは流石に私も知ってる。リギルの三冠ウマ娘の1人、怪物ナリタブライアン。対面で話したことはないけど、私が学校のどこかで昼寝(サボタージュ)してる時にふらっとやって来て片膝立てて寝始めるのを何回か見たことがある。

 …来てから15分以内に彼女を探しに生徒会連中とかマヤノとかが来るのはどうにかしてくれないですかね。面倒ごとに巻き込まれたくないから毎回私が移動してたわけなんだけど、冷静に考えたらおかしい気がする。

 

 

 そのブライアンさんの隣でなんか世話焼きをしてる日焼けしたウマ娘がヒシアマゾンさん。美浦寮の寮長でリギルなのは知ってたけど、マヤノ曰く料理上手らしくて、肉しか食べない偏食気味のブライアンさんに野菜を食べさせてるらしい。親か何か?

 ついでにお弁当の写真も見せてもらったけど、デフォルメされたウマ娘の周りに色とりどりの飾り付けを施してなんとか野菜を食べさせようという苦心が見てとれるお弁当だった。もう一回聞いていい、親か何か?

 あとは……どうやらタイマンが好きらしい。なにそれ。現に控室に入ってから5回は『タイマンか!?』という言葉を発してるとおもうけど、そんな便利な言葉だっけ、タイマンって。

 

 

 視線を右に移して、1番端っこ。おバ……もとい、ピスの奴と話してるのがニシノフラワーさん。飛び級の子ってのは知ってたんだけど、マヤノ曰く『メルちゃんとはちょっと違うけど似てるタイプの凄いコ!』らしい。似てるのか違うのかどっちなのさ。

 曰く、この子も料理うまいらし……もしかしてボノさんあたりも含めてマヤノは周りに料理上手が集まるおまじないでもかけてる?それとも私が思ってるよりトレセン学園の生徒の女子力が高いのか。

 ちなみにこのニシノフラワーさん、私がこそこそ控室の隅でぼんやりしてる時にわざわざ『あの、今日はよろしくお願いします』って挨拶しにきてくれた。ちゃんと見習うこと…なんでピスはいきなりこっちに視線向けるのさ、まだ何も言ってないじゃん。

 

 

 そのピスが控室にいる最後の回答者。おばか。それ以上も以下もない。なんか視線向けてきてるしあっかんべーしてあげよっと。

 

 

 この4人にマックイーンさんと私で計6人。全員去年の表彰ウマ娘……らしいんだけど、正直マックイーンさんとピス以外あんまり印象ないんだよねぇ。こういうところをマヤノとかテイオーあたりに『メルちゃん他の子に関心持たなすぎ!もったいない!』って怒られてるんだろうなぁ。

 

「……ふぅ」

 

 

 深く息を吸い、そっと吐く。…レース以外でこうやって大々的にヒトの前に立つのなんて初めてだし、外はずっとうるさいし、なんというか…気持ちも体もふわふわしてずっと落ち着かない。

 

 隣のマックイーンさんに視線を戻すと、わざわざ持ってきたらしいティーカップで紅茶を飲みながらリラックスしていた。堂々としてるというか普段と変わらないというか……流石だなぁ。とてもじゃないけどそんな気分にはならないや。

 

 またやることがなくなってぼんやりと天井を眺めていると、がらりら。控室のドアが開いて“運営”の腕章をつけた子が入ってきた。

 

 

「まもなく本番なのでスタンバイお願いしまーす」

「さて。行きますわよ、メルクーリさん」

「……ん」

 

 

 優雅なティータイムを終わらせたマックイーンさんに半ばひっつくように控室を後にする。

 

 ……今からでも誰かと変われないかなぁ。いやまぁ変わったところでメイドさんなんだけどさ。

 

 

 〜〜〜

 

『……はーい、お待ちどうさん!今からトレセン学園感謝祭メインステージ、『年度代表ウマ娘格付けチェック』を始めるで。司会はウチ、タマモクロスや!どうぞよろしゅう!』

『解説はオグリキャップだ、よろしく』

『タマモー!いったれー!!オグリに負けるなー!!』

『おーう、オグリはこの後の大食い競争にも出るみたいやし応援したってや〜。ってちゃうねん!このステージはウチ司会でオグリ解説やねん!話聞いとった!?』

 

 

 耳に流れ込んでくるステージの歓声を聞きながら、私は舞台袖の壁に体を預けて目を閉じていた。……ホントに耳カバー二重にしててよかった、頭割れちゃうよこんなの。

 

 今お客さんと漫才みたいなやり取りをしているのが今日の司会、タマモクロスさん。『白いイナズマ』ってニックネームで特に関西のファンに支持されてるウマ娘らしい。んで私より背は低いけど高等部の先輩だから()()()()()間違えないように……ってところまでがマヤノとテイオーからの情報。…私を何だと思ってるのさ、あの2人は。

 

 んで解説が…オグリキャップさん。マヤノとテイオーから聞いた話だと…カサマツってところからの転入生で、スペさんに匹敵するか越えるくらい良く食べるウマ娘……だったかな?確かになんかいっつも食べてるイメージはある…かも。焼きそばかなんかいっつも持ってない?

 

 

『…まぁええわ、ほな早速チームごとに登場してもらうで。まずはクラシックを同時期に沸かせたこの2人や!シャドロールの怪物ナリタブライアン様!女傑ヒシアマゾン様!!』

 

「行くぞ、アマさん。…勝ったら肉食べ放題、忘れるなよ?」

「ヒシアマ姐さんが嘘つくと思うかい?ほら行った行った!」

 

 

 ブライアンさんを突っつくようにして最初に呼ばれた2人がステージに向かうとステージから割れんばかりの大歓声が上がった。さすが三冠バ、トゥインクルシリーズが国民的スポーツになってるこの国では人気にならないわけがない。

 

 ……というか肉に釣られたのか、ブライアンさん…。そしてなんであの2人の会話を聞いてモジモジしてんのピスは。

 

…ブライアンさん、カッコいいですわ…!

 

 …あぁ、そういう。いつだったか忘れたけど、ブライアンさんに憧れてリギルの試験受けただとかレースの時に鼻になんかつけてるのもリスペクトだとか…まぁこっちが聞きもしてないのにまぁペラペラ話してたっけか。

 

 

『次はこの2人!スプリントを駆け抜ける小さな天才少女、ニシノフラワー様!緑眼の貴婦人、ピスタチオノーズ様!』

 

 

 …うわぁー、手と足同時に出てるよピスの奴。あそこまで緊張してるの見ると落ち着くわぁ。…って全然緊張なんかしてないですけどね、私は。ホントに。あーホントに緊張なんかしてないしする要素ないもんねぇ、勝負服着てステージ出るだけだしどこに緊張する要素が「……メルクーリさん?」…ぅぃぇッ!?」

「表情がさっきからずっと固いままですが、もしやきんち「してない。緊張なんかミリもしてない」あー…」

 

 

 マックイーンさんは私の顔をまじまじと覗きながら形のいい眉をハの字に寄せ……たかと思うとこほん、と咳払い一つ。

 

 

「メルクーリさん」

「…はい?」

「その、これはゴールドシップさんの受け売りですが。『こういうのは楽しんだもん勝ちなんだからしっかり楽しんでこい!』…ですわ」

 

 

 言うだけ言ってそっぽを向くマックイーンさん。……いやいやいや、なんでゴルシの声真似そんな上手いの……?直に見てなきゃ判別つかないくらいのクオリティの高さだったと思うんだけど…。

 

「……えぇ?ちょっと……えぇ…?」

「と・も・か・く!何かミスしそうになっても私がカバーしますので、貴女は大船に乗ったつもりで楽しんで参加なさいということですわ!」

「……えっと」

『…さあ、最後はこの2人や!メジロ家の至宝、メジロマックイーン様!白銀のニュービー、スバルメルクーリ様!』

「……あーもう、ホントにカバーしてよ?」

「えぇ、おまかせを」

 

 

 マックイーンさんの手を取って2人でステージに向かう。…体の震えは少しだけ収まったような気がした。

 

 

 〜〜〜

 

 

「マックイーンさぁぁぁん!」

「メルクーリちゃーーん!」

 

 

 ステージに立った私とマックイーンさんを迎えたのはいっそ痛いほどの歓声と拍手だった。というか本当に会場を埋め尽くすくらいヒトいるじゃん、怖ぁ…。

 

「あのー…メルクーリさん。こっち…」

「……あ、ごめんなさい。私もこういうの慣れてなくて…」

 

 

 少しおどおどしたスタッフの娘に案内されて席に着くと一旦拍手やら歓声やらが静まって注目がタマモクロスさんの方に向いたのがわかった。……こういうイベントに来るのって男のヒトばっかりだと思ってたけど、女のヒトやら子どもやらも結構来るんだなぁ。ちょっと意外。

 

 

「さて、最後の2名様が席に着いたところでルール説明や。今日集まって頂いた6名様はいずれも昨年度の年度代表ウマ娘を受賞した、押しも押されもせぬ一流ウマ娘。そこで今回は一流ウマ娘の皆様なら間違えようのない選択クイズを用意させてもらったで!」

「間違えることはないと思うが、もし万一間違えてしまうとランクが下がって椅子と靴がグレードダウンしてしまうから気をつけてほしい」

「なんでそないに台本読みが固いねん…。まぁええか、早速一問目行こいこ!」

 

 

 タマモクロスさんの一言が終わるや否や、スタッフの娘からパーティグッズのアイマスクを手渡された私たちはそれをおずおずと付ける。…私、実はアイマスク好きじゃないんだよなぁ。ちょっと蒸れるし。…これで大丈夫かな?失笑漏れてるのは…私じゃないか。

 

 

「ゔぁー、みんな変な顔しとるなぁ…。じゃなくて、一問目はにんじんの判別をしてもらうで!ウマ娘はみんな好きなにんじんなんやけど、今回はトレセン学園産特別にんじんとそこら辺で買ったにんじんの2つを判別してもらうで!」

「トレセン学園産特別にんじんはうちの理事長が手塩にかけて作った秘蔵のにんじん。栄養価も味もそんじょそこらのにんじんの比にならない…というウワサの逸品。しかも今朝収穫した新鮮なものを用意したらしいぞ。今日は素材本来の甘さを活かすためにバターとハチミツでグラッセにして提供するぞ。詳しいレシピはトレセン学園公式チャンネルをチェックだそうだ。…なぁタマ、これは私は食べられないのか?」

「お前が食うてどないすんねん!というか始まる前に一緒に食うたやろ!2人ともはずしたわ!」

 

 

 ……キャロットグラッセで食べ比べ……??はぁ…?

 グラッセって知ってるかなぁ、ステーキとかハンバーグの横にそっと置くやつだよ?日本料理でいうところの甘露煮。砂糖やらバターやら結構使う料理、つまりにんじんの判別をやらせるには向いてない料理なんですけど…正気?

 

 

 …マックイーンさん、あとはお願いね。貴女と言う大船がいて本当によかった。名声とかまっっったく興味ないけど、こんな私のことを一年くらい置いてくれてるスピカの名前に泥をベタベタに塗り込むのは流石に気が引けるし。立つ鳥跡をなんたら、ってヤツだね。

 

 

「…とと、喋っとったら全員の準備ができたで。それでは一流ウマ娘の皆様、Aからお食べください!」

…それではAでぇす、失礼しまぁす

 

 

 舌ったらずな声と同時に左肩をちょいちょいと突かれ、口の中に甘いものが放り込まれる。…もぐもぐ、もぐもぐ。

 

 

 ……おいしい。

 

 普通においしいグラッセなんですけど。どう判別すればいいんですかねこれ。…ほんの少しだけにんじんの甘みが強いような気がするけど、もう片方のを食べないことにはなんとも言えないし。

 

「ほな次、Bをお食べください!」

…Bでぇす、どぉ〜ぞぉ

 

 

 スタッフの子にまた甘いものを放り込まれ咀嚼する。…もそもそ、もそもそ。

 

 

 ……うん、おいしい。

 

 これもちゃんとおいしいグラッセですけど。…Aと比べたらにんじん自体の甘みは多分控えめ。でもちゃんとにんじんらしい甘みはあるし、風味でいったらこっちの方があるような気がしなくもないんだけど……。

 

 

「よーし、両方食べてもらったし一流ウマ娘の皆様はアイマスク取ってええで!AとB、どっちがトレセン学園産特別にんじんか決めてや!」

 

 

 …えっ、これ判別するの?いやいやいやいや。無理だよ?

 なぁーーーんにもヒントないよ?AもBもおいしいことしかわからないもん。当てる方は今朝収穫したらしいけど、それだけでわかるわけ……ん??

 

 

 

……だとしたらこっちかなぁ……?

 

 

 

 

「…さぁいくで!AとB、どっちがトレセン学園特別にんじんでしょうか!札をあげてください!」

 

 

 

 A ナリタブライアン、メジロマックイーン、ピスタチオノーズ

 B ヒシアマゾン、ニシノフラワー、スバルメルクーリ

 

 

 ……マックイーンさんAだぁ……これは外したなぁ。いけすかないピスの奴もAだし、お嬢様がそういうならそういうもんなのかなぁ。

 

 

 

「おぉー、綺麗に別れたなぁ。……じゃあAにしたメジロマックイーン様、何か根拠とかある?」

「…そうですわね。悩ましかったですが、どちらかというとAの方がにんじんの甘みを強く感じましたわ。ですのでこれはAと判断させていただきましたわ」

「…そんなマックイーン様のチームメイトのスバルメルクーリ様はBを選んだということで、理由の方を教えてもらっても?」

 

 

 私と同じくBを選んだらしいスバルメルクーリさん………スバルメルクーリさん!?私じゃんかそれ、なんで振るのさ!

 思わずオグリキャップさんを見返すと、こくん。…頷かれたけど。いやいやこくん、じゃないが。

 

 

 

「……あー、その、えっと。どっちも美味しかったけど、最初の説明で『今朝収穫した』ってオグリさんが言ってたんで風味が強く残ってる方なのかなって思ってBに…。甘くするだけならハチミツの量とか煮込み時間で調節効くと思うし…。……さっぱりわかんない

 

 

 …やば、めちゃくちゃ声震えてるんだけどこれはどうしたらいいんですかね。観客席からもちょっと笑い声聞こえるし…。あーもうホントにマックイーンさんなんで一緒じゃないのさ!というかピスタチオノーズ、アンタは笑うな!

 

 

 

「なるほど…両方それっぽい意見いうとるけど、ここで見てる皆さんはこの2人のどっちかが間違いってことを念頭において見ててや。ほな結果発表、いくで?」

 

 

 タマモクロスさんとオグリキャップの2人を会場中が固唾を飲んで見つめる。…靴脱ぐ準備しとこうかな、当たってる気しないし。

 

 

 

「正解のにんじんは……B!Bのにんじんがトレセン学園特別にんじん!Aはその辺で買ったにんじん!」

 

 

「……えっ??」

「なっ!?」

 

 

 …当たっちゃった。それと同時に崩れ落ちるマックイーンさんとピス。

ってことはあれ…?私の大船、沈んだ……?

 

 

 

 ……どうしましょう。

 

 

 

 

 

 






スランプ×流行病感染×その他もろもろの結果1ヶ月更新なし。お待たせいたしました…。なるもんじゃないですねぇ、色々と。

ちょっとしたお知らせを何個か。
その1、この小説のメインキャラ、スバルメルクーリの(捏造)史実やエピソードをふらっと投稿する三次小説的な何かを本アカウントでちょろっと書いてみてます。(本話投稿時は短編として1話のみ投稿済み)

本作をご覧になっていただいた上での閲覧を前提としているため、各種ネタバレや馬の時代の話を敬遠したい方は閲覧を回避していただけると幸いですが、気にしないよという方はそちらの方も読んでいただけると嬉しいです。

その2、使用頻度不明なツイッターを一応開設しました。フォローしてもらえると更新情報とかウマ娘関連のつぶやきが見れたり見れなかったり。

その3、レオ杯勝てません。助けてください。どんなレースでもオグリがすっ飛んできて一位取ってっちゃうの、オグリ持ってない民からするとキツすぎて芝なのよ。


毎度のことですが、評価、お気に入り登録、感想等々いつもありがとうございます。励みになります。
それでは次回もよろしくお願いします!


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第57話 感謝祭:The Fest(2)

 

 

 

 

 

トレセン学園感謝祭総合スレ

 

1:芝に風吹く名無し ID:85yjVbvzv

本スレはトレセン学園感謝祭の総合スレです。

《外部リンク》

URA公式

www.ura.jp

トレセン学園公式

www.japantraining.ed.jp

トレセン学園公式ウマチューブ

www. umatube.com/YtKrVuien

 

 

2:芝に風吹く名無し ID:85yjVbvzv

メインステージ公式配信URL

ウマチューブ

m.umatube.com/watch?v=baengGwAeMa

ウマウマ生放送

https://live.umavideo.jp/watch?v=42qiTbCmSa_

 

5:芝に風吹く名無し ID:YKVuuiRmr

今年ももうこの時期か、これ終わると本格的にクラシック始まる感あるよな

 

 

6:芝に風吹く名無し ID:rAMO7D5L7

今日のステージはウマ娘格付けチェック、大食いバトル、TMライブ対決、ちょこっとトレセン学園の4本か

 

 

9:芝に風吹く名無し ID:Ipo8sfOAF

これまじ?

 

『年度代表ウマ娘格付けチェック』

出走ウマ娘

タマモクロス《MC》

オグリキャップ《MC》

ナリタブライアン

ヒシアマゾン

メジロマックイーン

ニシノフラワー

スバルメルクーリ

ピスタチオノーズ

 

 

12:芝に風吹く名無し ID:NPzIEUxgk

>>9

メ、メルクーリ!?

沖野さぁ…意外な所でってのはこういうことかよ、ダートかと思ってたわ

 

 

17:芝に風吹く名無し ID:SVUll/6xe

>>9

ブライアン!?!?メルクーリ!?!?

こういうのに積極的に出るイメージあんまりないんだけど…よく出てくれたな2人とも

 

 

23:芝に風吹く名無し ID:nvFq60akr

あのぶっ倒れた弥生賞の次の公式の場登場がこれは芝3200

だからオグタマ以外当日発表だったのか…?

 

 

29:芝に風吹く名無し ID:q0iQMrT9i

 

マヤ☆@Maya_topgun

こんにちマヤヤー☆今日はついに感謝祭当日!マヤはクラスの出し物でメイド喫茶をやるよ☆来られないみんなにメイドさんのお裾分け♪

(2件の画像を表示)

 

スバルメルクーリ@Pleiades_Mer

お久しぶりです、前走は申し訳ございませんでした。

本日の感謝祭のステージとクラスの出し物に出ます。よろしくお願いします。

 

今日のこの二つの投稿からしてメルちゃんもメイド服を着る……??

 

 

34:芝に風吹く名無し ID:eQ9WrIaRx

ヴェッ

 

 

37:芝に風吹く名無し ID:ys0UCcIje

1人死んだな

 

 

41:芝に風吹く名無し ID:rFdvta7FE

相変わらずメルちゃん簡素やなぁって思ってたら後半で爆弾落としてるやないかい!

 

 

47:芝に風吹く名無し ID:jPdPb8p0H

ワイは知ってるんや…メルちゃん本人はほとんどSNSに興味ないんだけど、テイマヤコンビに促されて更新してるんや…

多分タイピングも遅い方でゆっくり更新しようとしてるのをテイマヤコンビがニコニコしながら見守ってるんや…

 

 

51:芝に風吹く名無し ID:fasMWNYz7

いきなりどうした

 

 

56:芝に風吹く名無し ID:ldbmGGa2M

まーた本人の知らないところで話題を掻っ攫っていってる…

 

 

60:芝に風吹く名無し ID:PvknixqEw

大食いバトル、またオグリ対ライス対スペの模様

この3人についていける子いる?

 

 

64:芝に風吹く名無し ID:RJU2ffxRy

>>60

グラスがよく食べるってエルがインタビューで答えてなかった?その後エグめの肘打ちされてたけど

 

 

96:芝に風吹く名無し ID:UOIa98g93

お、配信枠始まった

 

 

100:芝に風吹く名無し ID:oy0r+S2d9

このぱかプチのCMのナレ、ハヤヒデとブライアンじゃん

君ら完売なんだけど

 

 

107:芝に風吹く名無し ID:b9mKawjRO

軒並み再販待ちなんだよなぁ…

シービーとかオグリとか予約販売が4ヶ月待ちらしいじゃん、生産体制強化して(はぁと)

 

 

117:芝に風吹く名無し ID:Pf4KraNqg

なお現地販売用はある模様、ちな現地

 

 

126:芝に風吹く名無し ID:FRRuebVUr

>>117

裏山、何買ったん?

 

 

131:芝に風吹く名無し ID:Pf4KraNqg

>>126

ライアン様とネイチャちゃんの制服ぱかプチ、マジでギリギリだったわ。新発売、先行販売組なんてとてもじゃないけど買えなかったよ

 

 

139:芝に風吹く名無し ID:qe03z7JU2

しっかり買えてて芝

 

 

143:芝に風吹く名無し ID:NnNIOSaNw

 

 

149:芝に風吹く名無し ID:jegq2IuaO

オグタマ!

 

 

158:芝に風吹く名無し ID:idOS0mIwB

漫才コンビ定期

 

 

160:芝に風吹く名無し ID:P/ENScrHA

話の掴みが漫才のそれなんよ

 

 

164:芝に風吹く名無し ID:u+CoTLd9I

でもこの2人、レース出てきたら鬼みたいな表情で走るんだぜ?

 

 

166:芝に風吹く名無し ID:pr3kXij9T

大食いの応援って何すればええんや…

 

 

175:芝に風吹く名無し ID:RI84fGViu

お、入場

 

 

182:芝に風吹く名無し ID:blPsJZe0d

ブライアンとヒシアマさん、やはり顔がいい

 

 

186:芝に風吹く名無し ID:yFlvudabY

(…みんないいのでは?)

 

 

194:芝に風吹く名無し ID:MobE2ei9i

ちゃんとみんな勝負服じゃん、眼福眼福

 

 

197:芝に風吹く名無し ID:SasBmLQjY

フラワーちゃんとピスちゃん!!

 

 

199:芝に風吹く名無し ID:3FWngxc31

ピスちゃん、これで中等部ってマジ?でかくね…?

 

 

204:芝に風吹く名無し ID:s4D18wjFT

タマモクロス 140cm

オグリキャップ 167cm

ナリタブライアン 160cm

ヒシアマゾン 160cm

メジロマックイーン 159cm

ニシノフラワー 135cm

スバルメルクーリ 145cm

ピスタチオノーズ 162cm

 

ピスちゃんこの中だと2番目やね、というか高身長多いな…

 

 

205:芝に風吹く名無し ID:uNuIJesY5

ピスちゃんがフラワーちゃんと並ぶとそれはもう親子なのよ

 

 

213:芝に風吹く名無し ID:+I/EIhY9+

でもピスちゃんが今年クラシックでフラワーちゃんシニアなの、頭バグるな

 

 

223:芝に風吹く名無し ID:/m8/VS5Yp

ピスちゃん腕と足同時に出ててかわいいね

 

 

225:芝に風吹く名無し ID:+dG0JyxIM

そらそうよなぁ、まだまだこういうの慣れてないだろうにオグタマとかブライアンとかと一緒に出るんだもんな

 

 

230:芝に風吹く名無し ID:/QHU/tu1x

というかブライアンに憧れてリギル入ったらしいじゃんピスちゃん

 

 

237:芝に風吹く名無し ID:sRXqPxRsq

あら、手を繋いで入ってきた

 

 

242:芝に風吹く名無し ID:Z9MaysQxh

さっきの2人が親子ならこっちは姉妹っぽい、2人とも髪型ロングだし

 

 

250:芝に風吹く名無し ID:0PBEuoY08

固まったwww

 

 

260:芝に風吹く名無し ID:Nrbl2nTQo

芦毛のオグタママックちゃんと並んでもわかりやすい銀髪とかすげーな

 

 

264:芝に風吹く名無し ID:pAjRE0Vyv

新潟のメイクデビュー生でみたけどマジで段違いに白いというかなんというか…オーラあるんだよな

 

 

271:芝に風吹く名無し ID:ctWRYMmqR

レース中の写真撮っても髪長いしフォームが超前傾姿勢だしであんまりいい写真撮れないんだよなぁ、メル

アワアワしてるインタビューは逆にシャッターチャンス

 

 

273:芝に風吹く名無し ID:3/K/9RZ5U

いつものルール説明

 

 

279:芝に風吹く名無し ID:nw7Y2TXg0

勝負服の靴→トレセン学園のトレーニングシューズ→普通のトレーニングシューズ→スリッパ→ボロボロの靴定期

 

 

286:芝に風吹く名無し ID:jjXpSNwqD

やっぱりにんじんからか

 

 

296:芝に風吹く名無し ID:7kDndV4F5

グラッセかぁ…

 

 

299:芝に風吹く名無し ID:NQj9Nu6e0

相変わらず一問目から当てさせる気があんまりない

 

 

307:芝に風吹く名無し ID:HB1fCv3lI

ウマ娘の食ってる顔っていいよなぁ…目隠しさせられてるけど

 

 

315:芝に風吹く名無し ID:8YMIJWVtg

6人のウマ娘がにんじんグラッセを食べてるのを見守る現地300人とウマチューブ同接40万人とかいうシュールな絵面

 

 

329:芝に風吹く名無し ID:DBRTs0tm9

お、半々かぁ 今年は頑張れそうか…?

 

 

338:芝に風吹く名無し ID:LWLGpV4YM

これBなんだろうなぁ、Bあげた面々が料理勢すぎる

 

 

340:芝に風吹く名無し ID:rpdPUtE93

>>338

ヒシアマ姐さん→わかる

フラワーちゃん→わかる

メルクーリ→???

 

 

341:芝に風吹く名無し ID:8L7AWxYbB

やばい、マックイーンの話がフリにしか見えないwww

 

 

350:芝に風吹く名無し ID:FCfqW4Dqq

>>340

マヤちゃんとかテイオーちゃんがたまにあげてる洋食の写真、あれメルちゃんが調理してるらしいよ

 

 

352:芝に風吹く名無し ID:rpdPUtE93

>>350

めちゃくちゃガチ勢じゃねーか…

って打ってたらちゃんとガチで料理できる人の話始めて芝

 

 

360:芝に風吹く名無し ID:IFGyi437x

(ㅍ_ㅍ) ……あー、その、えっと。

 

さぁマックちゃんとピスちゃんの顔が青ざめてまいりました

 

 

364:芝に風吹く名無し ID:0PBEuoY08

相変わらずたどたどしいけど、選ばなかった方もちゃんと褒めつつ選んだ方の理由をちゃんと説明してるあたりちゃんと良い家の出なのがわかるな

 

 

368:芝に風吹く名無し ID:dZNPqaHM+

はいB

 

 

376:芝に風吹く名無し ID:E/4nEXaHI

マックちゃんとピスちゃんひっくり返ったwww

 

 

382:芝に風吹く名無し ID:sYhd6OIK8

なんで当てたメルちゃん自身も驚いてるんだ…

 

 

386:芝に風吹く名無し ID:MP9MWwMFN

いやでもグラッセで3人残るのはすごいわ

 

 

388:芝に風吹く名無し ID:1ap8ZPhXK

ブライアンちょっとふてくされてるの可愛いな

 

 

400:芝に風吹く名無し ID:utol0Fk4t

さぁ2問目

 

 

418:芝に風吹く名無し ID:sND4cut4c

サイン色紙問題きたぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!

 

 

433:芝に風吹く名無し ID:N5fQqi87K

お前らウマッターの準備できたか?

 

 

456:芝に風吹く名無し ID:GhGIB0tkg

今北産業

 

 

467:芝に風吹く名無し ID:QdtbPl1ya

>>456

今から色紙問題

『去年のダービーのファンファーレを担当した音楽隊の演奏を当てろ』

ウマッターで正解したアカウントから抽選で24人にサイン色紙プレゼント

 

 

480:芝に風吹く名無し ID:s/gfeetAY

同接57万…当たらんやろこんなん

 

 

488:芝に風吹く名無し ID:r5co24Mfb

Aうっま

 

 

510:芝に風吹く名無し ID:2Vhl7OItm

何を基準に聞けばいいかわからーん

 

 

532:芝に風吹く名無し ID:w4dzbuI//

こーれ、Bやね。Aは入りが少し固かった

 

 

546:芝に風吹く名無し ID:eabzB2CDG

うーん、Aで

 

 

562:芝に風吹く名無し ID:NgHnVXHH/

ブライアンとフラワーちゃんがAで他Bwwww

 

 

563:芝に風吹く名無し ID:KjCc5ibfr

フラワーちゃんメルちゃんばぶばぶ

 

 

570:芝に風吹く名無し ID:4/bmGjV6P

>>563

はい逮捕

 

 

575:芝に風吹く名無し ID:jGAgwm8S2

(この中でダービー出たのブライアンだけじゃね…?)

 

 

597:芝に風吹く名無し ID:d5wlXRgdb

まじか、ブライアン勝った

 

 

611:芝に風吹く名無し ID:dzDP6JVvd

これが三冠ウマ娘よ

 

 

639:芝に風吹く名無し ID:Cgd8urH80

マックイーンとピス、もうスリッパなんだけど最後まで保つ…?

 

 

649:芝に風吹く名無し ID:N/jvQPTOL

生花!?

 

 

661:芝に風吹く名無し ID:neIOe8VA8

ここにきての新ジャンル

 

 

681:芝に風吹く名無し ID:sUD8e3slL

師範代とグラスなら流石にわかるんじゃねぇの…?

 

 

707:芝に風吹く名無し ID:1ytrDyW4h

あーなるほどな、テーマをトレセン学園にすることで条件をなるべくイーブンにしたのか

 

 

723:芝に風吹く名無し ID:kQ5CznwlL

AとB同時に見せてくれるんか

 

 

740:芝に風吹く名無し ID:wOeKZE0iY

何見ればええんやこれ

 

 

747:芝に風吹く名無し ID:w4dzbuI//

Aはトレセン学園…というかトゥインクルシリーズの生花っぽくね?Bの方がトレセン学園内部のことに踏み込んでるような気がする

って自信満々に言ってさっきのファンファーレ問題ミスったけど

 

 

750:芝に風吹く名無し ID:raI4MMwkA

>>747

解答者もブライアンとフラワーちゃんしか当てられてないからしゃーない

 

 

757:芝に風吹く名無し ID:oc6NIVZ1U

フラワーちゃん珍しく自信ありそう、園芸好きだからかな?

 

 

764:芝に風吹く名無し ID:fcJG5u6il

Aマックイーン、ピス、メル

Bブライアン、ヒシアマ、フラワー

 

 

768:芝に風吹く名無し ID:uc5mru6ix

あっマックイーンとピスまっずいなこれ

 

 

782:芝に風吹く名無し ID:mRxm4jWUK

マックちゃんが多少抜けてる時があるのは知ってたけどピスもその系譜なんか…??

 

 

794:芝に風吹く名無し ID:stlt4w4rl

フラグにしか聞こえないwww隣のメルクーリの顔が青ざめてきた

 

 

804:芝に風吹く名無し ID:JFnv0cOj3

ブライアンその枝、自家栽培なの!?

 

 

807:芝に風吹く名無し ID:01kg9f+aZ

あーあーもうボロ靴じゃん2人

 

 

822:芝に風吹く名無し ID:1nrkzxtaz

ここまでパーフェクトなのはフラワーちゃんだけか

 

 

825:芝に風吹く名無し ID:WZvIjEJNB

0ミス:フラワー

1ミス:ヒシアマ、ブライアン

2ミス:メルクーリ

3ミス:マックイーン、ピス

 

ここまでの成績置いとくぞ

 

 

839:芝に風吹く名無し ID:WCXADFmmd

ほう…ぶどうジュースですか

 

 

853:芝に風吹く名無し ID:ItAlFidFU

メルクーリ耳ぴーーんなっとるけど

 

 

864:芝に風吹く名無し ID:vOIl4c5Ao

露骨に期限良くなったなメルクーリ、ぶどう好きなんか

 

 

874:芝に風吹く名無し ID:iQWSHBb+U

(ㅍ_ㅍ) ぶどう!ぶどう!

 

 

885:芝に風吹く名無し ID:KqVRdh7lf

あそこまでテンション上がったメルちゃん割とマジで初めて見たな

そしてその横でひっそりテンション上がってる名優のそっくりさん

 

 

889:芝に風吹く名無し ID:mVymAet78

に、2万!?!?

 

 

900:芝に風吹く名無し ID:hC7lk6mlg

ボトル一本2万の葡萄ジュースとかもうそれワインじゃん…

 

 

903:芝に風吹く名無し ID:eD/ASH3y0

2万でおかしくなってるけど180ml600円も大概お高いジュースなのよ

 

 

909:芝に風吹く名無し ID:Jhj8YBi+O

ボトル2万vs180ml600円vsコンビニの葡萄ジュース

 

 

912:芝に風吹く名無し ID:7L7lEvATA

流石にコンビニの奴選ぶ奴はいないでしょ…

 

 

916:芝に風吹く名無し ID:602LzD4So

Aはすこしとろみがあるっぽいな

 

 

919:芝に風吹く名無し ID:FaGOihaLD

…これメルクーリ見てたらわかるんじゃね?にんじんの時も正解のやつ食べてる時に尻尾揺れてたし

 

 

923:芝に風吹く名無し ID:5jzxjHhtf

AもBも尻尾揺れてるな…本当にただぶどうが好きなだけかこれ

 

 

927:芝に風吹く名無し ID:G6isj0TCi

本人は尻尾揺れてるの気づいてなさそうなのが笑う

 

 

931:芝に風吹く名無し ID:RDCPGjPxj

あっCだ

 

 

932:芝に風吹く名無し ID:d4Gajf3td

Cだわこれ

 

 

940:芝に風吹く名無し ID:XK/eIFgYl

ブンブン尻尾でめっちゃわかりやすいな

 

 

947:芝に風吹く名無し ID:KQgqyai2M

Aヒシアマ、フラワー、マックイーン

B ブライアン、ピス

Cメルクーリ

 

…あれ?メルクーリさん??

 

 

953:芝に風吹く名無し ID:1dj4zdTUL

ピスとマックイーンどっちかサヨナラじゃんこれ…2段階ならメルクーリもか

 

 

959:芝に風吹く名無し ID:n1IDOKukR

C!C!C!

 

 

966:芝に風吹く名無し ID:UyZt2uCge

メルちゃん一人勝ち!!

 

 

973:芝に風吹く名無し ID:HU2/ihbTS

あっ…グッバイマック、ピス

というかピス2段回落ちじゃんか

 

977:芝に風吹く名無し ID:qbtnJ4/Ao

4人かー今年は少ないなー

 

 

985:芝に風吹く名無し ID:WNMRByjRO

いつものやつ

 

 

992:芝に風吹く名無し ID:7YQovf+fU

サンキューオグリ

 

 

1000:芝に風吹く名無し ID:BvycMEDsm

次ラストなのね

 

 

 〜〜〜〜

 

「…ほなしゃーない!マックイーンとピスの2人はボロの靴のそっくりさんで復活しよか、衝立戻してええで!」

「ありがとうございます、ありがとうございますタマモさん、オグリさん!」

 

 

 司会のタマモさんとオグリさんに土下座でもしそうな勢いで直角お辞儀を繰り返す2人。ドッと盛り上がる観客。ニッとわらうタマモさん。

 

 

 ……いやいやいや、なんでマックイーンさんはこんなにぺこぺこするのうまいのさ。しっかりと鍛えてるから止まる部分は止まってお辞儀一つとってもキレがあるなぁ…じゃないのよ。大船に乗ったつもりで楽しみなさいって言ってた姿はどこに行ったの?

 

 

 舞台袖からスタッフ係の子が出てきて衝立を戻しているのを見ながら軽く観客に手を振る。…っておお、振り返してきたじゃん。元気だなぁ。

 始まった時と比べたら、耐性というか環境への適応というか…なんとなく心の余裕はできてきたような気がする。…気のせいかもしれないけど。

 

 

 ……それにしても衝立の演出、すごかったな。

 タマモさんがなんかボタンを2個押したかと思ったらマックイーンさんとピスの前の板が捲れて衝立に早変わりしたんだけど、どういう仕組みなんだアレ。

 隣のオグリさんが『安全に配慮した演出です』って札を持ってたから多分見た目だけ派手で安全なんだと思う。……風圧がマックイーンさんの隣の席の私の席まで来てたのも多分気のせい、うん。

 

 

「よーし、衝立も直ったし最終問題いこか!お題は……肉や!」

「この問題も3択だが、最終問題なのでハズレを選んだら2段階ダウン、大ハズレを選んだら即アウトになる。特にふたりはさっきみたいなことにならないようにしっかり選んでほしい」

 

 

 …また食べ物!?量食べてないけど胃がもたれるって。…美味しいから嫌じゃないけどさぁ。

 そそくさと1問目と同じ目隠しをつけながらタマモさんの説明を注意して聞く。似た形式の1問目にんじんは説明の中にヒントあったし。ファンファーレと生花?知らない知らない、普段から聞いてないファンファーレの違いなんて分かるわけないし生花なんて文化はフランスにはない、どや。

 

「今回当ててもらうのは…超高級和牛!またしても理事長がポケットマネーで今回のためだけに購入したサーロインをみんなには食べてもらうで!…メモによると理事長は今回の経費の件でたづなさんにこってり縛られたらしいで、おーこわ」

「タマ、今からでもなんとかしてこの後の大食い競争の食材をこれにするべきじゃないか?私はそう思うのだが」

「お前やスペが本気出して食うたらなんぼなんでも理事長がたづなさんに殺されてまうわ!アホなこと言うてないで続き読み!」

「私は本気で言ってるのだが…」

「え・え・か・ら・つ・づ・き・!」

「……ハズレとして今回は豚肉、大ハズレとしてクマ肉を用意させてもらった。流石にこれは間違えないだろうっていう問題設定だからみんなで仲良く正解して最後に告知をしてもらいたい」

 

 

 ……はい?クマ…?クマってあれだよね、森にいるおっきな動物だよね。鍛治職人に弟子入りするのは……半人半クマかアレは。

 

 

 ………えぇ……アレ食べるの…?というか食べられるの…?

 

「準備は…できとるな。ほんなら早速Aから食べてもらうで!」

Aでぇす、失礼しまぁす

 

 

 さっきと同じように左肩をつつかれ、口を開く。放り込まれたモノをゆっくりと咀嚼……する前に違和感に気づいた。

 

 なんか……匂い、すごくない?牛肉ってこんなに匂うものだっけ。口の中で数回転がしてゆっくり噛み切るとお肉の旨みというかなんというかがドッと溢れてきた。

 

 うーん、美味しいけど流石にこれは牛じゃないでしょ。野生味…っていうかどうかは知らないけど、なんというか()()()()()()()()がするから……これがクマ肉なんだと思う、うん。牛とか豚じゃこんな味は出せない。

 

 …これでAが正解だったらどうしようね、ホント。

 

「次はB、よろしく頼む」

…はぁい、Bでぇす

 

 

 オグリさんの声から程なくしてまた口の中に肉が放り込まれる。……あー多分これ豚のバラ肉だこれ。実家でこういうお肉使って何回ブレゼとかリヨンとか作ったと思ってるのさ。……完成前に勝手に圧力鍋の蓋開けて、『ブレゼは完成まで蓋を開けちゃダメって言ったでしょ!』なんて怒られたっけなぁ。

 

 暇つぶしの手なぐさみとはいえ料理やっててよかったわホント。……食べ物関係しか当たってないけどね。

 

 

「…よし、じゃあ最後C!」

失礼しまぁす、Cでぇす

 

 

 入れられたCのお肉を口の中で転がす。……うん、完璧に牛肉。間違えようがない。脂の味が全然違う、言うことないくらい牛。

 

「解答者の皆は決めたら目隠し取ってええで…ってメルクーリ早っ!もうわかったん?」

「……はい。間違いない…はず」

 

 

 目隠しを横に置き、ゆっくりと観客を眺める。

 

 ……つくづく思う。なんでこのたくさんの観客の前にいるのがあの子(ルゥ)じゃなくて私なんだろうって。なんで走ることが好きだったあの子の競走生命は始まる前に終わらされ、残された私は終わりさえ迎えられず、ここで生き永らえているんだろうって。

 

 

あっ、目が合った…!メルクーリちゃーん!」

 

 

 目が合って嬉しそうに手を振ってくれる観客に私はーー

 

 

「……」

 

 

 ーー曖昧に薄く笑って小さくお辞儀を返すことしか出来なかった。

 

 

ふっふっふ。さーすがにこれはわかりましたわ。運営さんも優しいですわね、最後が1番簡単でしたわ

 

 

 能天気な小声が聴こえてきて思わずそっちに顔を向けると、そこには『完全にわかりましたわ!』みたいな表情で意気揚々と目隠しを取ってるなんちゃってお嬢様(ピス)がいた。

 ……自信満々なこと言うなら大きな声で言えばいいのに。ちなみに目隠し取ったのアンタが一番最後だよ。

 

 

「さぁ、全員答えは決まったみたいやな。いくで…泣いても笑ってもこれが最後!AかBか、はたまたCか!6人全員一斉にどうぞ!!」

 

 

 A ピスタチオノーズ

 B なし

 C ナリタブライアン、ヒシアマゾン、ニシノフラワー、メジロマックイーン、スバルメルクーリ

 

 

 ……ウソでしょピス…?アンタ今まで何食べて生きてきたの?流石にこれ間違えるのは…えぇ…。

 当のお嬢様は自信満々に出してから左右を見回してどんどん顔が青ざめていってるわけなんだけど、なんでAにしちゃった?

 

 

「あー…、こらまた極端な分かれ方になったなぁ。んじゃ多数表から聞いてみよか。ブライアン、なんでCにしたん?」

「…食っててCが一番牛のような味がした。それで充分だろう?」

「相変わらず簡素やなぁ。…さて。チームの先輩はこう言うてるけど、どう思う、ピス?」

「…なっ!…なっ!?いやいやいや、えぇっ!?一番ジューシーだったのがAだったのでAなのだと思ったのですが…ウソですわよね、皆さん?」

「ウソなわけがないだろう。Aはどう考えてもクマ肉だ、食う前からわかる」

「ピス……アンタ、量ばっかりじゃなくて味わって食うのを覚えた方がいいんじゃないかい?このヒシアマ姐さんがお弁当作ろうか?」

 

 

 リギルの先輩2人に少し呆れられて目を回し始めたピスだけど、ホントによく食べる。私が朝ごはんで日仏英の3カ国語の新聞を読みながらビスケット4つとホットミルクを食べきる間に山盛りのご飯とにんじんソテーの定食をぺろりと平らげて()()()()でおかわりを貰いに行くくらいにはよく食べる。

 ヒシアマゾンさんが作る弁当がどんな感じなのかってのは昨日見たマヤノの写真からしか想像できないけど、多分物足りないんじゃないかな…。

 

 …ってこれトレセン学園の内情知ってる人しかわからないヤツじゃん、タマモさんもいつ止めるべきかみたいな表情してるし、一応アレ(ピス)の同期として介錯してあげよっかな。

 

 

「……タマモさん、もういいんじゃないですか」

「あー、ほな最後の正解発表行こか…」

「あっちょっとお待ちになって!?まだ私は諦めて「最終問題!!正解は…C!Cが超高級和牛!Aがクマ!Bは豚!いやぁーー!!!

 

 

 ……1つだけいい?実は思ったより余裕あるでしょ、アンタ。板の立つ風圧を少しだけ髪に感じながら、私はそう思わずにはいられなかった。

 

 

「……ということで、これで全てのチェックが終了だ。最高成績は…1ミスのフラワーだな、おめでとう。フラワーには最高成績賞として今日一問目に食べてもらったトレセン学園産特別にんじんを1ヶ月分贈呈されるそうだ」

「フラワーほんまにおめでとさん!ほな最後に順番に告知とか感想とか貰うで!まずは今日は振るわなかったピスから!」

「…今日はとても悔しかったですわ。ですので必ず来年リベンジしに戻って……」

 

 

 ……なんかすっごい疲れた。椅子に座ってからほっとんど動いてないはずなんだけどねぇ…。

 

 この後は着替えて髪型変えてメイドさん……?

 

 

 

 はぁ……?

 

 

メルー?

 

 

 ………はぁ、やるけどさ。

 一応これ終わってから1時間くらい休憩あるんだっけ。ビスケットはカバンに入れてるしどっか空いてるとこで食べるかぁ。

 

 

 空いてるとこってどこだ…?大体の場所お客さんいるし、お客さんの立ち入り禁止のとこには生徒がいるし。

 

 

 …うー「メ!ル!「んにゃぁ!?」…今起きたんか?告知やこ・く・ち!」

「あっ……えっと。その…クラスでメイド喫茶、やってます。私もこの後お給仕します。その、よろしくお願いします。あとはー……えっと、次走?……一応、NHKマイルカップを予定してます」

「はいお願いしまーす!最後にフラワー、告知よろしゅう!」

「はい!今日はせんぱいの皆さんと一緒に…」

 

 

 ……顔が赤くなるのが自分でも分かる。もう少しメディア対応とかインタビュー対応の練習した方がいいかなぁ。

 

 

「はい、フラワーおおきに!ということで最後駆け足になったけど、これで『年度代表ウマ娘格付けチェック』は終わり!まだまだ学園祭は続くから最後まで楽しんでな!ほなさいなら〜!!」

 

 

 

 舞台袖から控え室に戻る前にタマモさんに謝りに行ったら、『ああいう場所慣れてないんやろ、しゃーないしゃーない。レースで()うたら手加減無しやで』って返されました。

 

 

 結局タイムキープも完璧だったらしいし、なんというか…場慣れしてる先輩って凄いんだなぁ。そう思わずにいられなかったよね。

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 

「……いただきます」

 

 

 勝負服からジャージに着替えた私は、空いてる場所を探そうとして……諦めた。なんといってもお昼前だからどこもかしこも食事を求めて並びまくりの混みまくり。特に食堂なんか『普段トレセン学園生が食べてる食事を味わえる』ってことでお客さんがたくさん来て90分待ちらしい。耳で拾っただけで未確認の情報だけど。

 

 

 困った私が選んだ食事場所は…控室。これが意外と理に適ってて、関係者以外立ち入り禁止エリアだからほとんどスタッフ以外誰もいない。なんで最初にここを思いつかなかったのかってぐらいお誂え向きなんだよね、ここ。ほらこうやって私の電話が鳴ってるのにも気づける……電話鳴ってる?誰…?

 

 

『マヤノ』

 

 

……あー、すんごい嫌な予感するんだけど出なきゃダメ?

 

 

…出るよ、出ますよ、出るけどさ。マヤノだし。

 

 

「……どしたの、マヤノ〜」

『もしもしメルちゃん!?今すぐ教室来れる?』

「……へ?」

『なんか10分前くらいからすっごくお客さん増えちゃって、パンク寸前なの!』

「…………」

 

 

…ほらね?

 

 

 

 




まさかの一万字越え。お待たせしました。
ニエル賞…良いところはあったんだけどなぁ…とか思ってたらこんな時間になってました、ごめんなさい。


毎度のことですが評価、お気に入り登録、感想等々いつもありがとうございます!
それでは次回もよろしくお願いします!なるはやで出します!


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第58話 感謝祭:The Fest(3)



おまたせ、待った……?


 

 

 

 

 

 

 

 

「……いやいやいやいや。一体なんでこんなことになるのさ」

 

 

 マヤノの連絡を受けてからきっかり8分。なんとか教室の前に辿り着いた私の目の前に広がっていたのは夥しいと言っていいくらいのヒト、ヒト…たまにウマ娘。…これホントに私の教室?ドッキリじゃなくて?

 

 

「メイド喫茶は現在約90分待ちでーす!最後尾はこちらでーす!」

 

 ……最後尾のプラカード持ってるの私の採寸係やってた子じゃん。悲しいことにどうやらこれはドッキリでも夢でもないらしい。

 あーあ、即席準備したのがバレバレな90分待ちとかいう悪夢みたいなプラカード、見なきゃよかった。

 

 

「ここでしょ?メルクーリちゃんが言ってたメイド喫茶って」

「さっきマヤちゃんが並んでる人数確認してたしここで合ってるはず…ってほらアレ!」

 

 

 ……まっず。芦毛の子とか白毛の子がいるトレセン学園だったから視線誘導とか意識のすり替えとかでうまく誤魔化せてたけど、黒髪ばっかりの日本人の中に放り込まれたら銀髪は変装でもしてない限りどうしても浮くに決まってるじゃん。騒ぎになったらものすごく面倒なことになる…。

 …なんて思っていたらくるっと私の視界がいきなりブレた。

 

「はーい銀色のロングヘアは目立ちますよねー、かいしゅー」

「ぐぇっ…ネイチャさん?」

「あーすいませんね、メルちゃんは今からちょっとメイクしてからシフトに入ることになってるからもう少し待っててくださいな…って軽すぎっ!?毎日3食ちゃんと食べてる?」

「……たまに一緒に食べてるじゃんか」

 

 

 …いくらなんでも急に俵担ぎして連れてくのは違くない、ネイチャさん。やってることゴルシと一緒だよ。

 

 

 〜〜〜

 

 

「……マヤノから連絡来たから早めに戻って来たんだけどさ、何アレ?なんであんなことになってるの?」

「いやはや、なんといいますかねぇ。不測の事態のフルコンボ…的な?」

「……なにそれ」

 

 暴れてネイチャさんを怪我させるのも嫌だし、少しだけバランス調整すれば楽だし…ということで結局担がれたまま連れてかれた私はパーテーションの中で衣装の準備をしながら誘拐犯に事情聴取をしていた。

 

 

「いやぁ、感謝祭始まってすぐはそれなりに円滑に回ってたんですよ?それがお昼前になってきたあたりで客足が少しずつ多くなってきて少し並ぶようになってきたのね」

「……ん、それで?」

「そんで料理班が少しずつ手が回らなくなったところで、頑張ってたコンロが1つお釈迦になっちゃいまして。オムライスとかオムそばの提供が練習より遅れはじめたところで、20分くらい前に一気に大勢のお客さんが来ちゃって一気に100分待ち、てんやわんやになっちゃったというワケですよ」

「……20分くらい前、ね」

 

 ……。

 

 …………。

 

 ……あの行列、もしかして私がステージで告知したから?

 

 

 いやいやいや、流石にそんなわけないでしょ…?私がちょっと言っただけであんなに並ぶほどの人数が集まるわけないじゃん、何か他の要因があるはず。例えば…そう、食堂がおんなじくらいの時間の行列作ってたしあそこから流れてきた…とかね?

 

 

「……うぅん」

 

 

 ……そういうヒトもいるかもしれないけど、だからといって同じ時間並ぼうとは思わないよねぇ。

 

 分かってますよ、ええ。明らかにステージを見にきてたお客さんが来てる方が多かったですよねぇ。並んでたヒトたち、ちょっと前まで外にいたような汗のかき方してたし。ステージ見にきてた人の1割でも並んだらこうなりますよね、ええ。

 

 

 

 …はぁ、しょうがない。ちょっとは頭回しますか。

 

 今の大混雑の原因は大きく分けて2つ。料理班の機能不全と突発的なお客さんの増加。

 

 

 料理班の機能不全は予備のコンロが来れば解決……になればいいんだけどなぁ。多分それだけじゃないんじゃない?…一応パッと思いつく手はあるし、必要ならやるかぁ。

 

 

 んでお客さんの行列の方は…こっちもなんとかできる。メイド班でうまくやれば…みたいなところはあるけど、マヤノとかマベさんあたりに指示出せばうまくやってくれるでしょ。

 

 

「……ネイチャさん、何個か確認」

「ほいじゃら?」

「…予備のコンロとかってないんだっけ?」

「あー、エアグルーヴさんに許可もらって簡易コンロ買い出しに行ってもらってるからもう少しで届くはず」

「……ん。もう一つ、何人許可証を発行してもらってるの?」

「えっと…キッチンとメイド役のメンバーだけ、かな」

「……最後。髪やってもらってる間に確認するからメニューの調理マニュアル冊子見せて」

 

 

 解決…とまで行くかどうかはわからないけど、多少なりとも解消の方向には向かうはず。……ただし、それには私が文字通りの“()()”を出さないといけないんだけど。

 

 

 ……全力、ねぇ。

 

 

 

 私、こういうことやる性分じゃないんだけどなぁ。どっちかというとネイチャさんと同じチームの…なんだっけ、ツインなんちゃらさんの領分でしょ、全力全開ってさ。

 

「……はぁ」

 

 

 …まぁ、やるだけやりますよ。責任の一端、私にありそうだし。

 

 〜〜〜

 

 

「あっ!来たぞ、スバルメルクーリだ!」

「髪を上げてもキレイ…」

「メルクーリちゃん!こっち向いてー!」

 

「……どうも」

 

 

 ……この銀髪、そんなに目立つ?入ってきた瞬間にほぼ全部の視線こっち来たんだけど。とりあえず手は振っとくけど…これでいいのかな?

 

 

 さて…とりあえず午前のシフトで頑張ってた子がどうなってるかまず確認して…って思っているとぴょこっ。キッチンからオレンジ髪(マヤノ)のメイド服(トップガン)が飛び出してきたんだけど、出来上がり待ちか何か?料理持ってなくて良かったよ、ホント。

 

 

「……大丈夫、マヤノ?」

「メ、メルちゃーん…」

「……もうちょっと頑張れる?」

「うん…」

「……ちょっと耳貸して」

 

 

 結構お疲れの様子のマヤノに軽く耳打ちをしながら状況を確認してるけど…いやはや、なんというか。

 マヤノがここまで疲れてるのは数えるほどしか見たことないし、他の子も疲れてるのがなんとなくわかる。お客さんがいるから保ててるけど、いなくなったらみんな倒れない…?大丈夫そう?

 

「……んじゃそんな感じで。私は最初キッチンから手をつけるから」

「でもそれって…大丈夫なの?」

「…ん。頑張る」

 

 

 この状態なら予定通り最初に手をつけるべきは料理班。普段から料理に慣れてる子でもずっと料理を作り続けるのは辛いし、料理を普段やらない子は言うまでもなく辛いでしょ。

 

 

 

 ……はぁ、ホントにこういうのガラじゃないんだけどなぁ。

 

 

 

「……料理班のみんな、ちょっと聞いてもらってもいい?」

「あれ、メルクーリじゃん。ステージおつかれ…ってシフトには早くね?」

「……マヤノに呼ばれた」

「あー、さっき電話しに外出てたわそういえば。んで?どしたん?」

「…今から名前順に2人ずつ、20分の軽い休憩に入って。そのかわりシフト交代までの40分はちょっと仕事増えるけど頑張って」

「えっ?ちょい待ち、ただでさえ料理追いついてないのにここから人減らしたらウチら死ぬんだけど!」

 

 

 どうやら料理班のまとめ役らしい青鹿毛の子がまぁ当然な抗議の声を挙げる。…多分この子は普段から割と料理してる方だね、作業が1番滑らか……じゃなくて。

 

「……減った分は私がメイドもやりながら補う。マニュアルは着替え中に全部覚えたから大丈夫。…それよりみんなが休憩できてない方が問題だから。軽く走ってきたり好きなことやってリフレッシュしてほしい」

「えっ、メルクーリちゃんは大丈夫なのそれ?」

「……料理は元々やってるからできる。だからその……よければ任せてほしい」

 

 

 働き詰めで料理班全体の集中力が落ちてきてる…とか。コンロが減ってできる作業量が少なくなってるはずなのにキッチンの人数自体は変わってないから労働力の余剰ができてる…だとか。まぁ理由とか理屈は色々あるんだけど、それを言うよりは『リフレッシュした方がいい』っていう結果を伝えた方がいい…んじゃない?

 

 

 まとめ役の子は伝票がわりのメモ帳を見合わせながら…軽く息をついた。

 

「…っし、んじゃそーしよ。アカとアルは一旦休憩入って。メルクーリ、マジでちゃんと料理できるんよね?」

「……どれから取り掛かればいい?出来たらそのまま提供するから机の番号も教えて」

「3番机にオムライス2つで。チキンライスは出来てるから」

「…ん」

 

 

 …オムライスね。チキンライスは出来てるらしいから、卵2つと牛乳大さじ2杯に塩少々…を2セット。フライパンの加熱を先にしておいて……。

 

 

 

 ……の前に。1つ大事なこと、やらないといけないか。

 

 

「……ふぅ」

 

 

 この混雑を解決するのに必要な条件は2つ。1つはお客さん一人当たりの滞在時間の短縮なんだけど、これはマヤノたちに解決策を伝えておいたからじきに効果が出るはず。

 

 

 で、残りの一つが…メイド係の子が注文を受けてからお客さんに提供するまでの時間の短縮。…っていっても調理時間を短縮することはほとんど無理。決まった量を決まった時間で作るのが美味しい料理のコツってお婆様も言ってたし。

 

 ならどこを短縮するかというと…メイド係が注文を受けてからキッチンにその注文メモが来るまでの伝達の時間。ここのラグが少なければ少ないほどいいし、0になるならそれに越したことはない。…感謝祭くらいのお店の規模だと無理だから考慮する必要がないだけでね。

 

 

 ただしこの無理筋を通せる方法が私には1つだけある。そう、私にだけ。

 

 

 ……()()()()()使()()()()()、それだけ。

 

 

 つまり、普段は聞こえ過ぎで絞らないとまともに生活できないくらいの聴力を逆に利用して意識的に広げてしまおうってこと。

 これがちゃんと出来るなら何を注文してるか、あるいはどれを注文しそうかっていうかって言う会話が私には全部丸聞こえになるから、あらかじめ調理を始められる。んで出来た時にメモ帳に書かれた机の番号を確認して手早く提供できる…っていう寸法。

 

 

 まるっきり経験がないわけじゃない。レースの時は多少なりとも相手の発する音に対して意識してるし、それ以外でも…それこそ私がフランスに渡航するより昔。私が日本の小学校にいた時は音を絞ることが出来なくて結果的に全部の教室の音を聞きながら半年で6年間分の内容を全部頭に入れてたわけだし、あの時の感覚を戻せれば…。

 

 〜〜

『佐目毛の子は三女神様の御使いの子…』

『おぉ、この子が例の佐目毛の…!ありがたや、ありがたや…』

『あの子は神様の子なんだから変なことしちゃダメよ?わかった?』

 〜〜

 

「……ッ」

「メルクーリ?」

「……なんでもない。オムライス作るね」

 

 

 ……変なことを思い出すなスバルメルクーリ、目の前にやることがあるでしょ。そもそも日本こっちに戻ってくるときにあの辺のことはついて回るってお母様に言われてたし、私もそれを分かって戻ってきたんじゃん。今更でしょ。

 

 

 Tout se passera bien…大丈夫、出来る。私がやらなきゃいけないことをやるだけ。重く考えすぎずに、蛇口をひねるようにゆっくりと。

 

 軽く息を吸って…吐く。これを3回繰り返してから私は聴力の制限を……少しだけ解除した。

 

 

 

「このオムライスたべたーい!」

「サンドイッチを……じゃあ2つ、にんじんパフェを1つ、みたらし団子を1つで」

「にんじんハンバーグ、オムライス、あとコーラだね!えへへ、しょーしょーお待ちください!」

 

 

 ………うぅ…。やれるとか言わなきゃ良かった、音が頭に突き刺さってきて結構痛い…。あと最後のマヤノはどうしたの?さっきまでお疲れムードだったじゃん。

 

 …愚痴ってても始まっちゃったものはしょうがない、入ってくる音の量を少しずつコントロールしながら情報を整理、共有することを考えなきゃ。

 

「……サンドイッチとにんじんパフェ、みたらし団子。にんじんハンバーグにオムライスが別卓で追加注文入るよ」

「えっ…?う、うん分かった!」

「……そのあとはチョコパフェとバナナパフェの組、オムライス…は私がやるからいいとしてオムそばが2つかな。チキンライスは多めに私が作っとくから今溜まってる伝票の分が終わったらすぐお願い」

 

 

 ……寮の部屋戻ったらすぐ頭痛薬飲も。飲む元気があるかどうかわかんないけど。

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 

「…でねでね!メルちゃんが来た瞬間に料理が出来るのが早くなって、こうやってお喋りができるくらいの人数まで落ち着いたの!」

「…メルちゃん魔法か何か使った?」

「魔法のようなパフェ…?」

「……魔法なんか使ってないし、マックイーンさんはメニュー表にないものを頼まないで」

 

 

 私がキッチンに入ってから3時間後。さっきまでの混雑がウソのように空いた教室の隅に陣取るマヤノ、テイオー、マックイーンさんの注文を取りに私は来ていた。

 マヤノはシフト終わりに、テイオーとマックイーンさんはライブ終わりにそれぞれ直行してきてくれたということでありがたいね、ええ。シフト入ってくれたら楽できたのにとかそんなことは考えてないですよ、ええ。

 

 ちなみにとっくに聴力の制限はかけ直してる。あんなの一日中やってたら気がおかしくなるよ、ゼッタイ。よく昔の私はあんなのに耐えてたな…。

 

 …今はお客さんに余裕あるし、マックイーンさんはメニュー選びもうちょいかかりそうだし、ネタバラシ……というかカラクリの説明してもいっか。

 

「……マヤノ、私がキッチンに入る前に何言ったか覚えてる?」

「え、『それとなくパフェとドリンクをお客さんにオススメしてみて』ってやつ?覚えてるけど…」

「……ん、それ。パフェ…っていうか模擬店で出すようなデザートメニューはフードメニューより出すの簡単だし、お客さんも食べ終わるのが早くなるからお店の回転率が上がるの。結果として行列が多少は改善される…ってね」

 

 

 ついでにいえばドリンクメニューについてくるコースターにメイド係がサインすればお土産になるからまぁ満足してお客さんも帰るし。フードメニューと比べると段違いに楽なわけ。

 

 そういう循環を作っちゃえば後は簡単。後から入ってきたお客さんはドリンクメニューを頼めばサインもついてくるのがわかるし、ドリンクメニュー頼むならフードよりはデザートの方が合うってことでデザートメニューの方を頼む…って寸法。

 

 

「「「………」」」

 

 …ってここまで喋ってたらマヤノとテイオーの2人にすごいジト目を向けられてるんですけど。マックイーンさんはスイーツメニューから目を離せてないけどそれはそれでいいのお嬢様。

 

「えっと…メルちゃん?そんなこといつ考えてたの?」

「…着替えてる間に、メニューのマニュアル確認しながらね」

「メルちゃんってたまに何考えてるか分からなくて怖い時あるよね…」

「…テイオー?」

「えー、そうかなぁ。意外とわかりやすいよ?メルちゃんって褒められると尻尾揺れるし、なんかちょっとほわーっとするもん。今日もね、来てくれたお客さんに褒められたり応援されてるときにねぇ「マヤノー?」むー!むー!」

 

 

 とっさにマヤノの口を塞いで情報漏洩を防ぐ。……全く、油断もスキもない。っていうか、私って傍目から見て何考えてるかわからないの?

 

 午前の料理班の子たちからも交代のタイミングで「思ってたより感情豊かなんだね」やら「気難しい子だと思ってた」やら笑顔で言われたけど……私のことなんだと思ってる?

 

 

 ……割と平気で学校サボる、授業中も割とぼんやりしてる、気心しれてる子としか喋らない……あれ?私の方に非があるやつかこれ。よし、ボロが出る前に注文取ってキッチンに退散しよう、そうしよう。

 

 

「…んで、そろそろ注文決まった?」

「あ、ボクはオムライスとオレンジジュースで」

「マヤはねぇ…イチゴパフェとコーラフロート!」

「どのパフェも魅力的ですが…そうですわね、今日はチョコパフェにしますわ。ドリンクはコーヒーで」

「……あ、ごめんチョコパフェ売り切れてる」

「なんでですの!?」

 

 

 …まぁ特定のメニューに注文を偏らせたらそれだけ売り切れのリスクもあるんだけどね。こんな感じに。

 

「……はぁ。マックイーンさんはプリンパフェでいい?私が作ったげるからさ。……ちょっとだけおまけもできるし

「えー!メルちゃんマックイーンちゃんにだけずるい!マヤもマヤも!」

「…ん、マヤノにも負担かけちゃったしね。テイオーも少しだけならご飯増やせるけどどうする?」

「え、いいの!?ラッキー!」

「……ん、注文を繰り返させていただきます。オムライスが1つ、オレンジジュースが1つ。イチゴパフェが1つ、コーラフロートが1つ。プリンパフェが1つ、コーヒーが1つ…でよろしいでしょうか」

「はい、チーズ!」

し・な・い。では少々お待ちくださいませ。……シフト終わったら撮られてあげるからそれで我慢すること

 

 

 ……あの3人いつまで居座る気なんだろ。もし長居するならシフト終わりに私も自分用にパフェでも作って混ざるのもいいかもしれない。お昼ほとんど食べてないし、早めにきた分早めに抜けていいらしいし。

 

「お、メルクーリちゃんそれ注文?」

「……ん。チキンライスだけ作ってもらっていい?少しだけ量多めで」

「おー、りょーかい。他はメルクーリちゃんが作るの?」

「ん。そんな混んでないし……一応、チームメートの分だし」

「おっけー、じゃあチキンライスだけ作るね」

「…お願い」

 

 

 水洗いしたイチゴのヘタを取りながら…ぼんやりと思う。明日はあんなことするくらいまで混まなきゃいいんだけど。明らかに教室の大きさと列が合ってなかったし、何よりも2日連続であんなに来られたら私の体も耳も保たないし。

 

 

 まぁただ……こういうのも悪くはないかもな、たまにはね。毎日は絶対イヤだけど。

 

 耳のことももちろんあったけど、それ以上に……“親友の光を潰して輝いてるだけの偽りの光”でしかない私がこんな催し物なんかに出るなんておかしいって思ってたし、なんなら今でもその認識はあんまり変わってない。

 ……それでも今日みたいにお客さんに面と向かって褒められたり、応援されたりするのは嬉しかった、とっても。

 

 

 ……まさかマヤノはコレを見越して感謝祭に私を引き摺り出した……ってことはないか、流石に。裏で誰かが入れ知恵してたらあるかもしれないけど、それでも誰からの入れ知恵なのかまでは判別つかないしなぁ。

 

 

「メルクーリちゃん、チキンライス出来たよー」

「……わかった。そこに置いといて、あとはやるから」

 

 ……とりあえず私にできるのは1つ。今日と明日、しっかりとメイドさんをやることかな。

 

 

 

 

 

 

 




全くもって完全なスランプ。下書きの時はここでジェラルディーナさんの話をする予定だったのにいつのまにか秋華賞直前な罠。エリ女頑張ってくださいホントに…!


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第59話 復帰にむけて、一歩:Resume your step

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 

 

 

 アタシ、時々思うんだ。

 …もし、あの子と会えてなかったらどうなってたんだろって。

 

 

 重賞なんか目指せなかったかもしれないし、もしかしたらまだチームにさえも所属してなかったかも…なんてね。

 

 

 そんなアタシが今こうやっていちばんキラキラした舞台に挑めるようになったのは。間違いなくあの日……そう、トレセン学園の受験の日に魅せられちゃったから。

 

 

 1番後ろからスーパーホーネットみたいに、それこそ音さえも置き去りにしちゃうくらいのスピードで他の子みんなまとめて置いていった銀色の風に。

 

 

 あの風に追いつきたくて、あの風をいつか追い抜きたくて。だからアタシはここまで頑張れたんだ。

 

 

 だから……!

 

 

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 

「……はぁ」

 

 

 なんか最近……というか感謝祭が終わった後くらいから他の子から話しかけられることがすごく増えた。

「メルちゃんおはー、こないだの感謝祭マジで助かった!」だとか、「あっメルクーリちゃん!今度のテストのこの部分教えて!」…だとか。

 

 今日だってトレーニング用のシューズ持ってきてただけで「お、ついに本格復帰?頑張って!」とか「今度のレースは逃げ?追込み?」とか聞かれて困り果ててたところを、見るに見かねたらしいテイオーとマックイーンさんに助けられたわけで。一体何がどうなってんだか…。

 

 

「「「「「「「「いーち!にー!さん!しー!」」」」」」

「…はぁ、元気だねぇ」

 

 

 どこかのチームの掛け声を聞きながら軽く体を伸ばす。…今週末から春のG1レースが沢山あるからか、若干空気が張り詰めてるような気がしなくもない。

 

 さっきの話しかけてくるのも今週末に桜花賞があって、その次の週末に皐月賞があるから情報収集でもしてるのかな…って最初は思ってたんだけど、それもなんか変だよね。

 

 

「……ゲート再審査受かってないからどっちも出られないしねぇ」

 

 

 …というかスピカならマヤノがいるんだからさ。収集するならそっちの情報でしょ。私にはマヤノがどんな走り方をするかなんてわからない…というか、出走直前に決めてる節があるから分かりようがないというか。

 

 

 ちなみに身の回りでこの2レースに出るG1ウマ娘はもう1人いるわけで。

 ステージで正解0とかいう醜態を晒してたあのおバ鹿さんはどうやら走りの方は絶好調らしい。追い切りをこっそり見たけど、阪神JFの時よりもタイム的には速くなってたし、走りが力強くなってた。……本人には絶対言わないけど。

 

 

 自分でも絶好調っていう自覚はあるのか、『桜花賞に向けての厄落としはあのステージで終わりましたわ!』ってしたり顔で言ってたから『本当に厄落としてる?格じゃなくて?』って返してあげたら顔を真っ赤にして逃げていった。『覚えてなさいませぇぇぇ!』とか、どんな日本語教育受けてたんだか。つくづくおかしな奴。

 

 

「メールー!つーかまえたー!」

「…ふぎゃ」

 

 

 顔を真っ赤にして逃げるピスを思い出していると、背後からにゅっと伸びてきた手が私の口を覆ってきた。こんなことをやる知り合いは……ちょっとだけ増えたかもしれないけど、それでもこのタイミングはこいつしかない。

 

 

「……むぐむぐ。ほろほろ(そろそろ)ははさふぁいふぉ(はなさないと)はむほ(かむよ)ふぉふし(ゴルシ)

「ほらほら、ため息つくと体内から幸運が逃げるらしいぜ?ってことで今すぐ思いっきり吸い込め!幸運!」

 

 

 ため息ついてる時から見てたんかい。相変わらずとんちんかんなゴルシを振り解いて、わざと大きくため息をつく。

 

「……私に逃げられるほどの幸運なんて残ってると思ってるの?」

「さぁ?アタシは潜水艦じゃねぇからな、お前の体内の幸運の深さなんてわからん!」

 

 …幸運って深い浅いで測るものだっけ。ブレないというかなんというか。ゴルシだなぁ、って感じ。まともに付き合ってるマックイーンさん、すごくない?

 

 

「ま、んなことはどーでもいいんだけどよ。とりあえずはおかえり、だな」

「……ん。ただいまって一応言っとく」

 

 

 ニッ、って笑ってるゴルシの言う通り。今の私はジャージにトレーニング用のシューズを履いていつでも走れる格好をしていた。

 

 

 

 つまり、まぁ…その。なんというかな。

 

 

 

 ……また戻ってきてしまった、このターフの上に。

 

 

 

「っと、そんじゃアタシは地底のモグラを叩いてくるわ!」

「……どんだけ深くまで掘り返すつもりなのさ」

「そりゃ地底人と会うまでに決まってんだろ、何言ってんだ?」

「……。えっと」

「んじゃそういうことで頼むぜメル!」

「…えぇ」

 

 …私がおかしいのかなこれ。会話が噛み合ってる気がしなかったんだけど。当のゴルシはなんかやけにスッキリした顔でそばに転がってたハンマーを持って外に行ったし。何がしたかったの?

 

 

 ……。

 

 …考えるだけムダか、ゴルシだし。

 

 

 …にしても久しぶりだな、ホント。つま先で芝を軽く蹴ってから、軽く跳ねる。…うん、大丈夫そう。元々身体のダメージが原因ってわけじゃないから当たり前なんだけどさ。

 

 

「こっちに来てたか問題児。メールは確認しろって言わなかったか?」

「……え?」

 

 声をかけられて振り向くと、そこにはいつもの棒付きキャンディーをくわえてヘラヘラしてるトレーナーが立っていた。飴ばっかり舐めてて飽きないの……ってメール?

 

 

「……ケータイどこやったっけ」

「お前なぁ…」

「…うるさいから苦手なんだよね。多分カバンの中か部屋に置きっぱなしかのどっちかだと思うんだけど」

「返信こないからそんなもんかとは思ったけどさぁ、確認だけはしてくれよ?……さて、今日からはNHKマイルカップに向けてまたトレーニングを進めることになるわけだが…感謝祭期間はしっかり休めたか?」

「……なんか知らないけどステージとメイド喫茶のせいでほとんど働き詰めだった」

「……ってことはちゃんとファンと交流できたわけだ、ならよし

 

 

 …何がどう転がったら“ならよし”なのか。休めたっていうふうに聞こえたかな、割と真逆なこと話したつもりなんだけど。

 感謝祭の2日目も結局ものすごく混んじゃってシフト抜けるのが1時間遅くなったし、全然休めた気はしないよね。

 

 

「…で?何やらされるわけ?」

「ん?あぁ、そうだな。じゃあメルクーリに一つ問題だ。次のNHKマイル、メルクーリが勝つために1番足りてないものはなんだ?」

「……足りてないもの?」

 

 

 …足りてないもの。距離……はまぁ保つと思うんだけど。朝日杯とレース場は違うけど距離は一緒だし。というかもっといえばその前のサウジアラビアロイヤルカップが距離もコースも一緒なわけで。

 

 

 

『過去から逃げ続ける貴女にはこれからのレースで勝つための資格(ちから)自覚(こころ)も足りてない。そこに気付けない貴女は2度と勝つことはない』

 

 

 …弥生賞の時のチカチカした意識の中で…何か、誰かに言われたような気がする。大きさも声の特徴もさっぱりわからない、ぼやっとした何かに。するけど…、そこまでしか思い出せない。それどころか思い出そうとすればするほどすり抜けてく感覚がして…すごい気持ち悪い。なんだこれ。

 

 

「……むぅ」

「ま、こういうのはお前が自分で気づくしかないからな。強いて言うなら…それに気がつければ本当のメルクーリになれる!…かもしれんってとこか」

「…はぁ……」

 

 

 ……なんだそりゃ、本当の私……?何を言いたいのかさっぱりわからないんだけど、こういう時に限ってトレーナーはいつになく真面目な顔で言ってるから困る。

 

 

「と、いうことで今日からメルクーリにはしばらくの間特別講師を付ける。校門前に待たせてるからそいつと外に走り行ってこい」

「……特別講師?っていやいや、さっきの質問は…?」

「特別講師とトレーニングしてたら見つかる見つかる、安心しろ!」

「……はい…??」

「ほらほら、早く行かないと特別講師行っちまうかもしれないぞ。車とスピードの出し過ぎに気をつけて門限までには帰ってこいよ〜」

「…えぇ……」

 

 

 ……うちのトレーナー、やっぱり放任主義が過ぎない?最大限いいように解釈したら『走る感覚を取り戻すために外でフォームとか確認しながら思い出してこい』とかそんなとこだろうけどさぁ…。

 まぁ従うしかないんだけどさ。その特別講師さんとやらを待ちぼうけさせるのもなんか申し訳ないし。

 

 

「……じゃあ行ってくる」

「あー、あと来週末ゲート再審査だから!それまでには見つけてくれるとこっちとしても助かるからそこら辺よろしくな!」

「……はい?」

 

 

 それを最初に言いなよ。割と1番大事な奴じゃない、それ?

 

 

 〜〜〜

 

「…足りてないもの。足りてないものかぁ…ってん?」

 

 

 トレーナーに言われたことを反芻しながらぼんやり歩いていたらいつのまにか校門前までついてたわけだけど…。

 

 

「なるほど、タイキさんからも聞いてはいましたがアメリカにはそんな文化が…。ならばこの金鯱を取り付けた特製金箸を…!」

「ええっと。それはまた今度もらおうかしら」

 

 

 ……校門前にはウマ娘が2人。見覚えのないウマ娘が1人とすごい久しぶりに見たウマ娘が1人。…なるほど、そういうことか。

 

 

「あっ、やっと来た。…久しぶりね、メルちゃん」

「えっ!?この子が!?ははぁー、ホントにキレイな銀髪ですねぇ」

「…もしかして特別講師って」

「ええ、久しぶりに帰ってきたらトレーナーさんにお願いされちゃって」

 

 

 それは長期の遠征で長いこと日本を留守にしていた、数少ないチーム加入前からの私の知り合いで、今はチームの先輩ってことにもなるウマ娘。

 

 

「…じゃあ、行こっか。天気も良いし、きっと楽しいわ」

 

 

 栗毛を風に靡かせた、サイレンススズカさんだった。

 




マカヒキさん引退が普通に寂しいやつ。本当にお疲れ様でした。エアスピネルさんも無理しちゃダメなのよ?


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第60話 友人、或いは憧れの先:The aspiration You

 

 

 

 

 

 

 

 

 サイレンススズカ。元チームリギル、現チームスピカ所属の希代の逃げウマ娘。グランプリを含めた6連勝中に臨んだ秋の天皇賞で選手生命を危ぶまれるほどの大ケガを負うも、1年以上の長期休養を経て復帰、そして勝利。

 現在は日本を代表する現役逃げウマ娘としてアメリカのBCターフやら香港やらドバイやら、さまざまな海外レースを転戦中。

 

 走りの特徴はなんといっても大逃げ。逃げて差すと称される、スタートから一切先頭を譲らずにゴールまで逃げ切る走りでもってファンからは“異次元の逃亡者”と呼ばれている……らしい。いつだったか忘れたけど、スズカさんのことを調べるために読んだ雑誌にそんなことを書いてた。

 

 

「…“異次元の逃亡者”、かぁ

「…ん?メルちゃん?」

「んん、なんもない」

 

 

 …実はさ。最初にスズカさんと会ってからしばらくはそんなにすごいウマ娘だって知らなかったんだよね。そもそも最初に会ったのが授業をサボって河川敷で寝てた時だし。だから私の中での第一印象はあくまで、“寝てたらたまに来て、話し相手になってくれる…ちょっと変なウマ娘”って認識。

 

 もちろん、顔を合わせる時のスズカさんの格好が大体ジャージ姿だったってことと、走るときの踏み込み方から逃げが得意な現役ウマ娘なんだろうなぁって予想はついてたけど、むしろそれ以外のことは何も知らなかったし聞く気もなかった。

 

 ……気づいたのはスズカさんが怪我から復帰した直後。久しぶりに見かけたと思ったら踏み込みの音が少し変わってて、何かあったのか聞いて…って感じ。秋の天皇賞で事故が起きたのはどこかで小耳に挟んでたけど、まさかこんな身近に当事者がいたなんて…って驚いたよね。

 

 ルゥのこともあってレースに出る気もなければレースを見る気も起きなかったから他人のレース中継なんて数えるほどしか見てなかったし、数少ない見たレースは大体あの会長サマが勝ってて面白みも何も……テイオーが聞いてたら怒るな、コレ。

 

 

 …その辺のことはさておき、スズカさんがまた海外に行くっていうタイミングでちょうどチームスピカに入った私は、もちろんしっかりと間近で一緒に走るのなんて初めてなんだけどさ……!!

 

 

「ふふっ。久しぶりだけど、やっぱり日本の風も気持ちいいわね」

「…………」

 

 楽しそうに走るスズカさんの声を聞いて心の中でため息をつく。

 

 ……何あの人、めちゃくちゃ速くない?

 

 

 〜〜〜

 

 

「……ふぅ、お疲れ様。ちょっと休憩したら戻ろっか」

「…………ん」

 

 

 スズカさんの一言を耳にしてゆっくりとペースを落とし、膝に手をつく。……大体30分くらい外を走ったと思うけど、キッツいなこれ。追走で手一杯……っていうか追走すら出来ずにじわじわ離されていく。私が番手追走が苦手だとか復帰直後だとかそんなの関係ないくらいの実力の差……普通の自動車でスポーツカーにスピード勝負を挑んでるくらいの理不尽なヤツを感じてるんだけど。

 んで、当の理不尽ことスズカさんは割とケロッとしてると。……やってられない、ちょっと寝転がるかぁ。

 

 

「……はぁ」

「あんまりため息つくと幸せ逃げちゃうらしいわよ?よいしょっと」

「ゴルシと同じこと言わないでよ、縁起でもない」

「ゴールドシップからの受け売りだもの」

「………」

 

 

 寝転がってる私の横で座って()()()()ドリンクを飲んでるスズカさんを尻目にぼんやりと空を見上げる。…もう、誰のせいだと…。

 

 

 走る前に確認した指示メールには、復帰後最初の練習ってことでまず1時間を目安に外周を走って、その後1本だけ本番想定の左回り1600mを測り、最後に軽くゲート練習をするって感じのことが書かれていた。

 

 …大方軽いランニングを時間をかけてやることでしっかり足を温めて、そこから走る感覚を戻していこうっていう狙いなのはわかるけど、その併走相手がこの人(スズカさん)なのはちょっと性格悪いよなぁ、トレーナーも。

 

 

 ちょっと考えればわかることだけど、私みたいなバ群に入れないウマ娘とスズカさんみたいな大逃げが出来るウマ娘との相性は ()  ()  ()  () 悪い。

 

 逃げる想定でゲートを最速で出たとして、そこは逃げ同士。まず間違いなくハナの取り合いになるけど、大逃げを戦術として使えるウマ娘は大体普通の逃げウマ娘よりもトップスピードになるまで速いし…何よりハナの取り合い自体私が不向きすぎる。理由は簡単、私の体が小さいから。

 

 フランスとかイギリスほどの激しいのは無いにせよ、ハナの取り合いやらポジションの奪い合いで体がぶつかり合うのは日本でも普通にあるわけで、そうなったときに145cmしかない私の体じゃそれこそスズカさんぐらいの体格でも普通に押し退けられる。

 ハナの取り合いに負けた逃げウマ娘に待ってるのは番手追走のあっぷあっぷの苦しいレース。どんどん不利になっていって、掛かる可能性が高いのは私自身がよく知ってる。

 

メルちゃーん?

「……」

 

 じゃあ逆に後ろで控えてればいいじゃん、ってなるんだけど、後ろに控えるにはペースが速すぎて脚がぜんっぜん溜まらないか、脚を溜めても届かないかの二択。春の天皇賞とか菊花賞みたいな長距離レースならペースが流れるかもしれないけど、その距離になってしまうと流石に私の距離の適正の外に出ちゃうしね。

 

 私の見立て…というか直感だと、私がちゃんと走れる距離はおおよそ2400mまで、もう1ハロン伸びて2600mってなるとギリギリ誤魔化せるか誤魔化せないかは体調次第かなって感じがする。

 日本で言えば有馬記念とか目黒記念、海外ならフランスの夏のレース、ドーヴィ(Grand Prix)ル大(de)賞典(Deauville)あたりの距離までならぎりぎりロス込みでも走りきれるはず。…ただこれも多分スズカさんの距離の適正と大分被ってそうなんだよねぇ。

 

 うーん、知人の中で1番勝てるビジョンが浮かばない。20回やって1回まぐれで先着できるかどうか…もっと低いかも「えいっ」でぃどんく(dis donc)!?えっ、私今何された…??

 

 

「もう、全然聞いてないんだから。……大丈夫?」

「…何が?」

「久しぶりのランニングで体の調子おかしくなったりしてない?」

「元々ケガの休養じゃなくて心房細動が出たからだし。大丈夫だから気にしないで」

 

 

 …弥生賞の時みたいな超ハイペースで走った時にどうなるかはわからないけど、少なくとも今は心房細動の兆候はない。少し耳の意識を体の内側に向ければとく、とく、とくってうるさいくらいに動いてるのがわかる。

 

 私の答えにスズカさんは納得がいっ……てない?あれ、私聞かれたことにちゃんと答えたよね?

 

 

「…えっと。私何かおかしいこと言った?」

「言ってないけど…メルちゃん、気づいてる?走ってる時ずっと…その、苦しそうっていうか、険しいっていうか…とにかく難しい顔してるの」

「……難しい顔?」

「選抜レースの時はそんな顔してなかったから、どうしたんだろって心配になっちゃった。…うーん」

 

 …むむむむ。

 

 スズカさんがこういうタイミングで突飛なこととか茶化したことを言うタイプじゃないのはそこそこ付き合いがあればわかる。…わかるからこそ、“難しい顔”っていうのがどんな顔のことを言ってるのか分かんないんだけど、どうすればいいんですかね。

 

 

だとしたら……だからトレーナーさんは私に…

「……スズカさん?」

「…あ、ごめんね?そろそろ行こっか、色々見たいからペースはメルちゃんに合わせるわ」

えっ……わかった」

 

 

 何かを納得したらしいスズカさんに倣って軽く足を伸ばして走る準備をする。本音を言うともうちょっと休憩したかったけど。……走りたそうにうずうずしてるスズカさんを見たら何も言えないよ、流石に。

 

 

「あ、最後の3ハロンだけ勝負してみよっか」

「……えっ?」

 

 …訂正。それならもう15分くらいは休憩したかったんですけど。

 

 

 〜〜〜

 

 

 

 来た道を1ハロン20秒ペースでゆっくりと戻っているその道すがら。唐突にスズカさんが口を開いた。

 

「あ、そういえばメルちゃん」

「ん?」

「感謝祭のメイド服、見たわ」

「……えっ!?はぁ、なんで!?」

「トレーナーさんがLANEで送ってくれたわ、『今度帰ってくる時、メルクーリとちょっと併走頼むわ』って言葉と一緒に。ほら、マヤちゃんと一緒に映ってた写真」

 

 

 脳裏にアメを舐めながら『へへっ、悪りぃ悪りぃ』とかいってニヤけてるアメ舐めオジサンの顔がぼんやりと浮かぶ。……思ったよりイラッとくるな、あのヒトのニヤけ顔。

 

 …っていうかなんであの写真持ってんのさ、アレ持ってんの撮って送ってくれたネイチャさんか…あの場にいたテイオー、マックイーンさん…一緒に撮ったマヤノ………あー、ダメだ。思ったよりも送りそうな心当たりがありすぎる。帰ってから問い詰めてやらなきゃ。

 

 

「とりあえず記憶から消しといて、恥ずかしいし」

「ふふっ。…でも、安心したわ」

「……えっ?安心?」

「えぇ。ほら、メルちゃんってうるさい人とか騒がしい場所とか苦手じゃない?スピカって割といつも賑やかだしちゃんと馴染めるかな…ってちょっと心配してたの。私も海外に行くタイミングだったし」

「……あぁ、そういうこと」

 

 

 スズカさんの言うことに思わず頷く。…まぁ基本的に騒がしいよね、チームスピカは。マヤノもテイオーも基本ずっと元気だし、ゴルシは大体おかしいし、マックイーンさんはそれに大体巻き込まれてるし、スカーレットさんもウオッカさんも互いが絡むと急にうるさくなるし、スペさんはご飯が絡むと凄いし。んでおまけにトレーナーがアレ。むしろ騒がしくならない方がおかしい。

 

「…うーん」

 

 

 でも、まぁうん。それが嫌かと言われると、そうでもない自分は確かにいて。だから今もまだ残ってる…っていえばそうなのかもしれない。…つまり。

 

「……慣れたかな、大分」

「そっか。…じゃあメルちゃん、ちょっと前見てみて」

「…前?」

 

 スズカさんに促されるままに前を見る。前には大分大きくなってきたトレセン学園が……トレセン学園?

 

「気づいてた?実はトレセン学園までもう3ハロン切ってるのよ」

「えっ…あっ」

 

 さらっと言うなり一気に加速していくスズカさんに遅れること大体コンマ2秒。離れていく栗毛に追い縋ろうとしたけど…こりゃダメだ、トップスピードに入るまでが早くてどんどん離されてく。…やっぱり速いなぁ。そりゃあスペさんが憧れるワケだ。

 

 …にしても意識逸らし(トラッシュトーク)かぁ、そっかぁ。『色々見たい』ってそういう…。まぁ、ネタばらししてから加速してるあたり、普段全然やってないのが透けてる。

 

 普段は言語圏が違う所でしかも大逃げ打ってるだろうスズカさんのことだから、大方後ろでなんかやってるな…くらいの知識だったんだろうけど、私にはよく効くんだよね、この類のヤツ。

 

 …昔、ルゥの奴にたまにやられて膨れてたもんなぁ。

〜〜

『…ふぅっ!』

『…あ、メルちゃん、今日のディナーはにんじんソテーらしいよ』

『え、ホント!?』

『…うっそー、また引っかかった。耳が良すぎるのも良いことばっかりじゃないね…っと、私の勝ち!』

『ルゥちゃんずるい!そんなのあり!?」

『…んー、マナーはあんまり良くないけどね。やる子はやるし、特にメルちゃんは他の子よりも耳いいんだからこういうのも気をつけないと』

『……むぅーう』

『遊びでしか私もやらないからね?…でもこういうことをやる子がいるかもってことは覚えておいてね』

〜〜

 

 ……もしかしたら、ルゥが成長したら今のスズカさんみたいな感じだったのかな。そう思いながら悠々と先をいく栗毛の先輩を私は追いかけていった。

 

 




多忙多忙多忙ジェラルディーナジェラルディーナ多忙多忙ポケモン没稿サッカー多忙多忙没稿多忙ジェラルうわぁぁぁぁ年末年始!?!?

…お待たせしました、今年の目標は完結です。…去年も言ってなかったっけこれ。言ってたとしても忘れてください。

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第61話 全てを込めて、1から。:Return To One

 

 

 

 

 外周から戻ってから少しの休憩を挟んだ後。トレーナーとスズカさんに見守られながら私はターフの上に立っていた。

 …本番と同じ、左回り1600m。知らない距離でも知らないコースでもないし、少なくとも休養前と同じ程度は走らないと。

 

 

 

 

 

 ……って思ってたんだけどねぇ。

 

 

「……うーん」

 

 

 ゴール板を駆け抜けてゆっくりとペースを落としている私の口から思わず声が漏れる。……どうしようかな、コレ。

 

 

 スタートもそこまで良くなかったし、道中のラップもそこまで。なのにラスト3ハロンで伸びる脚も出ずに垂れ気味にそのままゴールしてしまった…って感じ。あくまで体感でしかないけど、ほぼ確実に去年のサウジアラビアRC(ロイヤルカップ)のときより3、4秒くらいタイムが落ちてる。スピードに乗る感覚がさっぱり湧かなかったし。

 

 

 サウジアラビアRCとNHKマイルカップはどっちも東京レース場(おなじコース)1600m(おなじ距離)。違いといえばサウジアラビアRCはジュニア級の秋のG3クラスでNHKマイルカップはクラシック級の春のG1クラスってところ。

 

 つまり、この半年以上の期間に本格化を迎えたり順調に伸び続けてる子が挑んでくるNHKマイルカップの方が当然相手のレベルが高くなってくるわけで、求められる走破タイムもサウジアラビアRCより速いものになってくる。

 

 …というのにコレじゃ全然お話にならないよなぁ…なんて思いながらゆっくり流していると、視界の端にストップウォッチを持ったトレーナーとスズカさんがまた見えてきた。…クールダウンで一周走ってたらしい。

 

 

「…ただいま」

「お疲れさんメルクーリ。少し外に寄れてたけど大丈夫か?」

「……ん、大丈夫」

 

 

 外ラチに寄って軽く脚を曲げ伸ばししてからジャンプする。…うん、体はどこも痛くない。脚も心臓もいつも通り。

 

 ……ただ、やっぱりというかなんというか。朝日杯の後からずっと狂いっぱなしの末脚は戻ってきてない。無理に使おうとすると逆に脚が固まって崩れそうな不愉快な感覚はそのまま。

 今日も4コーナー手前とラスト400mの2箇所で使おうとしてバランスを崩しかけたんだけど、どうやら外ラチにいたトレーナーにも目敏く見抜かれてたらしい。

 

 

「まぁでも、むしろ俺が思ってたよりは走れてる。本番でしっかり走るための練習なんだから引きずるなよ?…つってもお前さんのことだから気負っちまうよなぁ」

「……別に、そんなことないけど」

「気にしてる言い方じゃねえか。…いいから、少しずつ感覚を戻そう、な?」

「………」

 

 そういってへらっと笑ったトレーナーの隣にはさっきから小首を傾げ続けてるスズカさん。……何も言ってこないのはそれはそれでちょっと怖いんだけど。

 

 

 

 

 久しぶりのトレーニングが終わった後、最低限のケアを終えた私はぱたっとベッドの上に倒れこんだ。

 

 

 ……別段負荷の強いトレーニングをやったわけじゃないんだけど、じとーっとした疲労感が体にのしかかってきてる。

 このままじっとしてたらそのまま寝る奴だなぁって思いながらぼんやりしていると、こんこんと控えめに部屋のドアを叩く音がした。

 

 

 …こんな時間に珍しいな、わざわざ私の部屋を訪ねてくるウマ娘なんてマヤノテイオーの隣部屋組か見回りのフジキセキ寮長くらいしかいないんだけど。

 …で。マヤノとかならノックした後に外で「メールちゃーん!」とか声が聞こえるだろうし、フジキセキ寮長だったら私が居ても居なくても出てこないことくらい知ってるはず。トレセン学園は良くも悪くも騒がしいしどっかしらで騒いでる連中がいるから、黙ってれば別の部屋の見回りに行く。…つまりこのままボーッとしてて良い。

 

 …良い、はずなんだけど。

 

 

 こんこん。

 

 ………。

 

 こんこん、こんこん。

 

 …………。

 

 こんこん、こんこん、こんこん。

 

 

 ……いやいやいやいやいや、ちょっとノック長いし多いな!?一昔前のホラー映画でももうちょっと手心あったよ?

 …しょうがない。正直気乗りはしないし、体も重いけど出るかぁ。

 

 

「はいはいどちら様…ってスズカさん?」

「あっ、やっと出てきた」

「…いや、あんだけノックされたら出るしかないというか出ざるを得ないというか…。で、どうしたの?」

「今からちょっと夜のお散歩、いかない?」

 

 

 …どうやら私の特別講師さんは意外と強引なところがあるらしい。

 

 

 〜〜〜〜

 

 

「メルちゃんには、私にも思ったように走れなくて悩んでた時期があったのを話したこと…あったよね?」

「……うん」

 

 

 季節的には春といっても陽が沈んだらまだまだ寒い時期。薄めのカーディガンじゃちょっと肌寒かったなぁ…なんて思いながら隣にいるスズカさんに耳を向ける。

 

 …街灯に照らされてる横顔だけならどこかのファッション雑誌の表紙になりそうなスズカさんは元リギルのチームメンバー。その頃は瞬発力を活かした差しをやろうとしていたけど、うまくいかなかった…みたいな話は聞いたことがあった。…で、今話そうとしてるのは多分その頃の話。

 

 

「そんな時に東京レース場の地下バ道でトレーナーさんと会って、その時言われたの。『自由に走ってみろ、お前の好きなように』って」

「…それで大逃げを?」

「えぇ。…まぁ、後でおハナさんには叱られちゃったんだけどね」

「…それはそうでしょ」

 

 …脳裏にちらっと銀縁メガネの女トレーナーが浮かび上がる。あのヒトのことほとんど知らないけど、いかにもそういう指示をキッチリ守らせそうな厳格なオーラ出てるもんねぇ。『作戦はなし!』とか毎回やってるウチのトレーナーとは真逆、展開の予想とかバ場の状態を考慮して出走するウマ娘にどう走るかの指示を出すタイプっぽい。

 

 色々考えて後方待機の指示を出したはずの自分のチームメンバーがその指示を全部無視してとんでもないハイペースで先頭走ってたらあのトレーナーじゃなくても頭が痛くもなるのは簡単に想像できる。

 

 …というか、レース直前の他のチーム所属ウマ娘に声かけて走り方変えさせるってウチのトレーナーすごいことやらかしてるよね…。まぁ、スズカさん本人が満足そうだし、大人同士で解決した話題だろうから私がなにか言うのは無粋か。

 

 

 道の脇の自販機で立ち止まったスズカさんはにんじんジュースとスポーツウォーターの間で指をさまよわせながら少しバツが悪そうに頬を緩めていた。

 

「おハナさんは良い人だし指導が間違ってたわけじゃないのよ?でも、あの時の私にとってはトレーナーさんのあの言葉が救いになったのも本当のこと。…実際、スピカに移籍してから私は走ることが楽しいって思い出せたんだもの。…えっと、メルちゃんはぶどう好きだったよね。はい」

「…ありがと」

 

 今のスズカさんが楽しそうに走ってるのなんて見たらわかるし、なんなら見なくてもわかる。じゃなきゃわざわざ日本人には遠征費も言語の壁も高い海外遠征…というより海外滞在なんてしないし。

 差し出されたぶどうジュースを素直に受け取って軽く口をつける。…やけに甘く感じるなって思ったけど、そういえば練習終わってから晩ごはん食べてないや。

 

 

「…なんでこんなお話をしたかっていうとね、今日一日メルちゃんの走りを見て、なんというか…とても苦しそうだったからなの」

「…そんなに?」

「ええ。って言ってもそのままの意味じゃなくて……そのままの意味もちょっとはあるんだけど、それ以上にメルちゃんが何か色々背負い込みすぎてそれに体がついてきてない感じというか…」

「……」

 

 

 ……背負い込みすぎ、背負い込みすぎかぁ。

 実家(フランス)()したルゥのこと。朝日杯で競り合って骨折させたウマ娘のこと。

 それら全部を私1人で背負うのはきっとスズカさんの言う通り“背負い込み過ぎ”なのかもしれない。事実として弥生賞の後、心身の不調として表に出てきてるわけだし。

 

 

 …それでも、これは全部私の罪。私の過ち。

 だからその贖いは全て私が背負わなきゃ筋が通らない。例えそれで私が壊れたとしても、それは私の自己責任。むしろそのぐらいで…へぶっ。

 

「…はにふんのふぁ(なにすんのさ)ふぶふぁふぁん(スズカさん)

「メルちゃんが怖い顔してる時はふにふにしてあげてって、マ…じゃなくてとある子から教えてもらったから」

「…ふぅん。絶対マヤノだこれ…

「だけど…ふふっ、そうね。なんでトレーナーさんが私にメルちゃんのことを頼んできたのかわかったわ」

「……なにさ」

「…私に着いてきてみて」

「え…ちょっと!?」

 

 いきなりウマ娘専用レーンを駆け始めたスズカさんを呆気に取られていると…あっという間に5バ身6バ身…って結構な本気出してない!?

 

 …あぁッ、もう!!なんでさ!

 

 

 〜〜〜

 

 

 まだ少し寒い夜風を体に浴びながら、前をひた走るスズカさんを追いかける。ペース配分もへったくれもない、chat(おに) perché(ごっこ)の時みたいな全力疾走。

 前のスズカさんとの距離は…少しずつだけど縮んでる。ここから…もう少しだけペースを上げ…ればっ!

 

 

「はぁ、はぁッ…!追いついたッ!」

「…ふぅ、お疲れ様メルちゃん。どうだった?」

 

 

 前を走るスズカさんになんとか追いついてペースを落とすと、私の姿を確認したらしいスズカさんはゆっくりと止まって私に向き合い、問いかけてきた。

 

 どうもなにも、何が何だかさっぱり。いきなり走り出したスズカさんを追いかけただけだし。抗議の声も上げられないくらい疲れ切ってるから視線だけに留めるけど。

 …なんていう私の疲れ切った表情を読み取ったのか、スズカさんの表情が少し緩んだ。

 

「…ふふっ、でも久しぶりに思い通りに走れたんじゃない?」

「えっ?…あっ」

 

 ニコニコ顔で少しだけ肩を上下させてるスズカさんの指摘にハッとする。

 そういえばそうだ、最近ずっと感じてた脚が固まるような感覚にならずにそのまま前に進んでた…ような気がする。

 

「体の不調も心の不調も生き物だから絶対起こるわ。でもそういう時は一回初心に戻ればいいの。最初に思いっきり走った、その時に」

 

 

 話を聞きながら、目を閉じて私が最初に走った時…実家でルゥと一緒に走っていた時を思い出す。

 

 ……先頭を自分のペースで走る気持ちよさ。逆に一番後ろから風を一身に纏って前に出る感覚。自分の思い通りに走れてルゥに勝った時の喜びも、逆にルゥに追い抜かれた時の悔しさも…全部楽しかった記憶として私の(なか)に残ってる。

 

「もちろん使命のためとかチームのために走るのも間違ってないと思うわ。それで力が出るウマ娘もたくさんいると思う。でも、そればっかりに気を取られて、自分が楽しめずに力も出せないのはもったいないわ。まずは自分が楽しめる走りをしなきゃ、ね?」

「…自分が、楽しめる」

「トレーナーさん風に言うならこうかしら。…メルちゃんの思うように、自由に走ってみない?貴女が楽しんで走れるような状態にするために私たちも手助けするから」

 

 

 悩みとかしがらみとかそういうの一旦全部置いてね、と付け加えるスズカさんに私は内心でため息をついた。

 …一体どこまで見透かされてるんだか。

 

 

 

 

 

 

 

 




リバティアイランドもソールオリエンスも強すぎて泣いちゃった…


…また更新開いたけど終わりそう?大丈夫?


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第62話 映像研究:Movie researching

 

 

 

 

 

 

 スズカさんに“私の思うように走ってみたら?”と言われた次の日の放課後。トレーナーの部屋に呼ばれた私は着くや否やすぐにパイプ椅子に座らされていた。

 

 目の前には一世代前くらいの小さなパソコンと、何やら『メルクーリ用』と書かれたDVDのケースが2つ。1つだけ空箱になってるのはもうパソコンに入ってるからかな?

 

「えっと……なにこれ?」

「お前さんのレースの映像とか色々編集して比較できるようにしたモンだ。ちょっと見てもらおうと思ってな」

「別に良いけど…」

 

 …チラッとトレーナーの頭越しに作業デスクを見やる。なんか妙な甘い匂いがしてるのは気づいてたけど……ふーん、そういうこと。

 

「…メルクーリ?準備できたぞ?」

「んぇっ…あー、うん」

 

 

 トレーナーに促されて前を見ると新潟レース場の広い直線の中に何人かウマ娘がいて、その端っこに見慣れた銀髪が1人。…デビュー戦かこれ。

 サッと先頭をとってそのまま押し切ったデビュー戦、最後方からまとめて撫で切ったサウジアラビアRC。…この辺は私の思った通りのレースをできてるはずだけど。

 

 

 …にしてもやっぱりイヤに目立つな、レース中の私。長い銀髪と他の娘と比べても低い加速姿勢のせいでどこにいるか一発で分かる。この2レースは大逃げとシンガリからの大外一気っていう真逆の戦法で相手の裏をかいたから大丈夫だったけど…。

 

 

『……スタートしました!おっと1人出遅れたのは3番ハンズクラップか?注目の1番人気、スバルメルクーリは今日は後方からのスタートです!…』

 

 3レース目、朝日杯FS。背後の出遅れた娘に反応して思いっきり掛かってる自分の映像を見るの…しんどいなぁ。

 

 …というかレース中の私、いくらなんでも他の娘から見られすぎじゃない?

 他のウマ娘から見てもどうやらレース中の私の髪は目立つ…らしい。っていうのも他のウマ娘の目線の動きを見るに、どうやら上がっていく私のことを()()()()()()()()()()()()レースしていて、中には伸びない内コースに誘導しようとする娘までいるし…どんだけ注意向けられてんのさ私。掛かってる私があんまりにも怖かったのかビビってやめてるけど。

 

 

 で、こんなにマークされてても関係なしにそのまま外に出て差し切ってるんだけど。

 …どうやって勝ったのコレ。正直な話、自分でもちょっと意味がよくわからないんだけど…。

 

 

 とてもじゃないけどG1を勝ったようには見えない表情の私が外ラチ沿いにいるトレーナーたちの方へ足を向けたところで…ピタッと動画が止まった。なんかあるのかなとそばにいるトレーナーをちらっと見やると何やら思案顔。……あぁ、そっか。

 

 

 朝日杯の次は弥生賞ーー私が暴走した挙句、ゴール後に倒れたレース。その後は病院に突っ込まれて短期の休養に入った私はこの日の映像を見てないわけで。

 本当に私にコレを見せて大丈夫なのかどうか。あの日のことをフラッシュバックしないかどうか。そんなことを心配してる…って感じかな、多分。

 

 

 

 …はぁ、つくづくお節介なヒトだことで。

『足りないモノに自分で気づけ』なぁーんてこと言っておきながら私のために夜なべして映像を編集してるし、休養期間中にチームの手伝いをさせてたのも私が1人にさせないための配慮だろうし。お節介がすぎるったらありゃしない。

 

 

 ……期待、されてるんだろうなぁ。トレーナーにも、感謝祭に来てたヒトたちにも、通学路であったあの小さな子にも。

 

 

 …まったく、もう。

 

 

「…ほい」

「!?…あぁ、メルクーリ」

「あのさ。トレーナーは私の復帰に弥生賞の映像も絶対必要だと思って編集したんでしょ?……なら、見る。私の様子が明らかにおかしいと判断したら止めてくれればいいから。それでいいでしょ」

「…いいんだな?」

「ん」

 

 

 

 

 

『スタートと同時に一気に前に出たのは1番人気、9番スバルメルクーリ!今日のメルクーリは前!前です!』

 

『先頭のスバルメルクーリ、大失速!大失速です!中山の坂を前にあれだけあった差がみるみるうちに詰まってきています!』

 

『勝ったのはラモール!1番人気のスバルメルクーリは3着、無敗のジュニア級最優秀ウマ娘は3着!三冠路線にニューヒロインが現れました!…おおっと、そして今どうやらスバルメルクーリが倒れ込んでいるようです。入線後に何かあったのでしょうか、スバルメルクーリは倒れています』

 

 

 初めて映像で見た私の弥生賞の走りは……まぁ、ひどいというかなんというか。表情もずっと髪に隠れて見えないし。一切息が入る様子もないままずっと前に何十バ身も抜けた挙句、最後の4コーナーで既にフラフラ。

 

 

 …マヤノが病室に居残るわけだわ。改めて今度何かしてあげなきゃいけないかもしれない。

 

 

 

「とりあえずレース映像はここまでだが…どう思った?」

「……今整理するからちょっと待って」

 

 座っていた椅子の足を2つ浮かせながらぼんやりと思考を巡らせる。

 目立つのは朝日杯の序盤と弥生賞の暴走、言ってしまえば掛かり癖だよなぁ。映像だけ見れば段々悪化してるわけで、それを重く見たからトレーナーは私を休養させた…んだろうな、多分。

 …ただ、それだけ(かかり癖)を伝えるためにわざわざこんな編集した映像を見せる必要があるかどうか。他にも理由があるような気がするんだよなぁ。

 

 

「ちなみにもう一つレース日の映像を編集したやつあるんだが…」

「…もう一つ?」

 

 トレーナーの言葉に首を傾げる。出たレースは全部見たはずなんだけど…。

 

 

 

 

『次は圧倒的1番人気、昨年の最優秀ジュニア級ウマ娘が登場!無傷の4連勝を目指して8枠9番!スバルメルクーリです!』

 

「…えっと、とれーなー?」

 

 …何これ。

 ディスクを替えて再生したかと思ったら4分割された画面に私が4人。カメラに向かってなんかアクロバットのようなことをしてるのが右上、右下、左上、左下の順に動いたら止まったりしてるんだけど。

 いわゆるパドック映像ってのはわかる、わかるんだけど。

 

 

 ……えっと、何ですかこれは???

 

 

「…こんなの集めてどうすんのさ」

「まぁ見てみろ、これがデビュー戦の時のパドック」

「……ん」

「そんでこれがロイヤルカップの時」

「……はぁ」

「で、勝負服着てるこれが朝日杯で、今動いてるのが弥生賞」

 

 トレーナーの指し示した順に映像を眺める。…正直自分のパドック映像ってまじまじ眺めたことなかったんだけど…その、結構恥ずかしいなこれ。

 柄にもなくテンション上がって挙句にアクロバットやってる自分を見てどうしろと…?弥生賞はアクロバットこそやってないけど集中できてないの丸わかりだし。

 

 

「弥生賞の映像を見返してる時になんか違和感があってな。その原因に心当たりがないから俺なりに過去の映像を見返したり考えたりしてたんだが…パドックの映像を見てる時に1つ気付いてな…それが、これだ」

 

 そう言ってトレーナーは新しい棒付きキャンディを取り出して、映像の中の私の体…正確にいえば弥生賞のパドックの私のお腹周りをちょこちょことつついた。

 

 

 

 ……げっ。

 

 

「お前、デビュー戦からずっと体重減り続けてるだろ」

「………別に、そんなことないけど」

「本当にそうかぁ?この感じだとロイヤルカップの時がマイナス2キロ、朝日杯がマイナス9キロ、弥生賞の時はマイナスに「そんな減ってな……あっ」…やっぱりか」

 

 

 あまりにデリカシーのかけた言葉に思いっきりカバーの中の耳を絞って上を向く。これでも一応女子学生なんですけどね、私。

 

「あんまり無理な減量をしてるようにも見えなかったし、元々ウチに入った時から細いから気付くのが遅れちまったわけなんだが…量食うの苦手か?」

「……そんなことないもん」

「俺の見立てだとこの休み期間にまた減ってるように見えるんだが?」

「そんなことも…ない」

「じゃあ今日の朝飯言ってみ?」

「…………クッキー2枚

「…昼は?」

「………鶏肉とタケノコと野菜のポシェ…チクゼンニ、だっけ?よくわかんないけどおいしかった」

「…はぁ、決まりだな。ちょっと出かけるぞ」

「……話が見えないんだけど。どこにさ?」

「メルクーリにとっては地獄の特訓会場になるかもしれない場所。……さらば、俺の貯金…

「……???」

 

 ……なぜか辛そうな顔で財布を眺めてるトレーナー。いやなんで?

 

 

 

 

 

 

 

 




…なんでまたこんなに期間空いてんの?(クソ定期)


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