Fate/Stardust Vendetta―星屑の復讐僤―― (ソクリ)
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Stardust Vendetta七星側キャラクター紹介

メインの敵側となる七星側の紹介です


「世界とは、我らがハーンによって東洋と西洋が繋がった時に初めて生まれた。それより千年、我らは待ち続けてきた。今こそ、我らが王に聖杯を捧げる時だ」

 

星 灰狼(シン・フィーラン) 男性/31歳

 

 七星序列一位『兵力特化』、漢服に身を包み、メガネをかけた黒髪短髪の理知的な男性。

 大陸に渡った七星の祖先たちが生み出した中華七星宗家の現当主。日本における源平合戦の折に大陸に渡った七星の祖先たちは、中華へと至り、歴代王朝に暗殺者として仕え続けることによって、現代にまでその権勢を保ち続けてきた。

 王朝と言う概念が喪われた現在の中華に置いても、『星一家』と名前を変え、イタリアンマフィア『ステッラ家』との繋がりが噂されるなど、裏から世界を支配する者たちとの繋がりを保ち続けている。

 最も、彼らが真に仕えるのは歴代王朝でも中華と言う国でもなく、かつて自分たちを流浪の旅から救ったたった一人の王にである。

 星 灰狼という名は大陸に渡った祖先が王より与えられた名であり、星一家の歴代当主は総て当主就任と共にその名前を継承する。加えて『回生』と呼ばれる特殊な継承方法によって、彼らは初代灰狼の記憶と意思を連綿と受け継いでいった。

 総てはかつての恩義へと報いるために。かの大陸制覇へとかける願いを成就させるために、自分たちは存在し続けるのであると。

 聖杯に掛ける願いは、『侵略王の受肉』であり、サーヴァントとマスターの願いが完全に一致している稀有な例である。

 侵略王の手勢、そして来たる聖杯戦争のために用意された人造七星の軍団を駆って、レイジたちの前に立ち塞がる。レイジにとって乗り越えなければならない大敵である。

 

「覇気が足りぬ、狂気が足りぬ、敵を蹂躙せんとする気概が足りぬ。貴様は英霊なのだろう。せめて敵わずとも我が喉元に喰らいつくだけの意思を絞り出してみよ」

 

ライダー 真名『チンギス=ハーン』

男性/秩序・中庸/筋力C耐久D敏捷A+魔力B幸運A宝具A+++

 

 たなびく黒髪と鼻下に伸びる髭を生やした狼のごとき鋭き眼光を備えた獣のごとき人物、されど、その言葉は闘争を前提とした理知を備え、多くの者たちを引きつけ闘争へと駆り立てるカリスマ性を持ち合わせた騎兵のサーヴァント。

 真名は『チンギス=ハーン』、かつて『侵略王』と呼ばれ、歴史上陸地における最大支配版図を築き上げた大モンゴル帝国初代皇帝。

 己の配下である騎馬民族、そして島国より大陸へと渡った暗殺一族を引き連れ途方もなき侵略戦争を続けていき、ユーラシア大陸そのものを席巻した人物。世界の歴史とは、侵略王が西と東の世界を蹂躙したことによって繋がったとも言われるほど、世界に大きな影響力を与えた人物である。

 己に平伏した人物に対しては親交を深めるが、敵対者には冷酷無比、残虐極まりない戦いを以て蹂躙する闘争の中において真価を発揮する王。

 聖杯に捧げる願いは世界踏破のための受肉、生前はついぞ踏破することが出来なかった寿命と言う概念を踏破し、今度こそ己の手で世界帝国を築き上げることを目論み、マスターである灰狼と共にセプテムを新たなる戦争の橋頭保として扱わんとする。

 

「人の身では七星の血と記憶の強度に耐えられぬ。ならばこそ、人体の限界を越えなければならぬ。七星に相応しき肉体を生み出す、それが己の命題故に」

 

 カシム・ナジェム 男性/43歳

 

 七星序列二位『知力特化』、魔術師における三大組織ともいえるアトラス院に所属するアラビア出身である七星の血族。その全身は総てが鋼鉄によって覆われており、脳以外のあらゆる部分を己の手で生身から鋼鉄へと移植した全身サイボーグとも呼べる存在。

 アラビアへと流れた七星の血族がアトラス院に所属する魔術師一族と添い遂げたことで生まれたナジェム家は、七星の血を選ばれし者の証と捉え、その血を最大限に活用することを自分たち一族の命題とした。その流れを汲み、一族でも有数の錬金術師であるカシムが出した結論は、人の肉体では七星の血を全て活用するには強度が足りないという結論であった。かくして、持ち得る知識と錬金の技術を掛け合わせ、己の肉体をも捨てて、ナジェムの命題を彼は解き明かさんとする。

 召喚したキャスターを錬金の師とみなし、己の理想たる肉体の完成を望む。魔術師としての完成形ともいえるロイ・エーデルフェルトを敵視し、彼を超えることによって、己の研究の有用性の証明を目論む。

 

「うぬら、人はまこと面白きよな。天と地より与えられしその肉体を捨て、己の理想を形にせんとする。神にでもなったつもりか? もっとも、妾好みではあるが」

 

 キャスター 真名『???』

女性/秩序・中庸/筋力E 耐久D 敏捷E 魔力EX 幸運C 宝具A++

 

 手に地球儀のような球体が刺さった杖を持ち、黒色のフード付きロープに身を包んだワイン色のウェーブかかった髪の妙齢の女性。人体の黄金律ともいえるほど女性として整ったプロポーションを持つ。

 己を錬金術の母であると名乗り、マスターであるカシムに力を与える形で、さまざまな研究の手助けを行い、道具作成や魔術の展開など、七星の陣営にとっての屋台骨を支える役割を果たしている。

 本人自身は生粋の魔術使いであり、戦闘は得意としていないが、曰く戦えないわけではなく、単に戦闘と言う行為を好んでいないというだけであると語る。

 カシムの目指す人間が理想とする肉体の完成を戯れとしての面白みであると語り、それが完成することを目指す。彼女にとって聖杯戦争はあくまでも楽しみの余興に過ぎない。万能の願望機などなくとも、彼女の錬金術は世界を手にしているのだから。

 

「七星は血と共に生きる一族、どれだけ足掻いたところでその運命からは逃れられない。桜子さん、貴女の幸福は私が否定してあげます」

 

 七星散華(ななほし ちるは) 女性/19歳

 

 七星序列三位『武力特化』、嫋やかな黒のボブカット、ノースリーブとミニスカートに改造された和服を身につけ、その上に真っ赤な羽織を着こむ常に笑みを絶やさない少女。

 日本における七星宗家の次期当主であり、既に日本内部では七星に寄せられる多くの暗殺依頼を、未成年の立場でありながらこなしている。

 七星宗家は、多くの分流を生み出した七星に置いて、暗殺稼業にのみ身を置いてきた。それは七星の血が何処までも魔術師或いは戦闘者を殺めることに特化しているが故に、その伝統を守り続けていくがためである。

 彼女は常に笑顔を絶やさない。それはそれ以外の表情を作る必要がないから。七星宗家にとっての継承者とは、連綿と受け継がれていく七星の血に内包された歴代の仕手たちの力を完璧に使いこなすためだけに存在する「器」と呼ぶにふさわしい存在である。

 自我などいらない、個性もいらない。ただ、七星の血を十全に扱い、力に振り回されない身体能力があればそれで足りる。故に彼女は七星の血の最大効果を発揮することができる生身の人間であるとも言いかえることができる。序列二位のカシムとは違うベクトルでの七星の完成形と言えるだろう。

 多くの面で、遠坂桜子とは対極的な位置に存在する少女、七星の名を連ねる者でありながら、七星を捨てようとする桜子とは熾烈な戦いを繰り広げていくことになる。

 

「フラウが躍ると、みんなみんないなくなってしまうの。悲しい、フラウはただ……みんなと一緒に遊びたいだけなのに」

 

 アサシン 真名『????』

 女性/混沌・悪/筋力D 耐久B 敏捷A 魔力A 幸運E 宝具B+

 

 漆黒のドレスを身に纏い、頭には赤いバラが装飾されたストロー帽子を被った少女。その表情はどこか虚ろで、世界を見ているようで見ていない、言葉も他人に向けた言葉であるのかも疑わしいが、マスターである散華とのコミュニケーションだけは違和感なくこなすことができる。

 彼女が歩みを進める先には常に死が押し寄せてくる。彼女はただ踊り続ける。共に踊る相手を求め、彷徨い、そして死の荒野がその背中には広がっていく。

 技術により相手を暗殺すると言う意味でのアサシンではなく、ただそこに存在するだけで相手を殺めることができる存在。故に暗殺者である散華との相性は最高であると言ってもイイ。

 基本的に他者に好まれないサーヴァントではあり、最も相性として噛みあわないであろうライダーからはことのほか好かれている。

 聖杯に掲げる願いは『見知らぬ誰かと共に踊ること』、彼女が生前、決して果たすことが出来なかった願い、己の存在の否定になったとしても叶えたい願いである。

 

「七星の血の宿命に国も命も捧げるのなら、私達はどうして明日を夢見るの。セプテムは私たちの国、この国を変え、この血の宿命を乗り越える。目指すべきはそこじゃないの?」

 

 リーゼリット・N・エトワール 女性/21歳

 

 七星序列四位「感覚特化」、セプテム国第一皇女、雪のような白い長髪と白と青を基調としたドレスを纏った姫。一国の姫ではあるものの、彼女もまた七星の血に連なる者として、戦士としての才覚を持ち合わせている。10年前及び5年前の二度にわたるスラム掃討戦の陣頭指揮を執り、これを鎮圧したことで国民からも非常に人気が高い。

 自身の護衛騎士であるヨハン・N・シュテルンとは5年前のスラム掃討戦の中で出会い、本来であれば粛清されるはずだった彼を自身の騎士として召し抱えている。それは自分と同じく七星の血を引く者であり、殺すしか自分の道はないと言う彼に違った景色を見せたいと言う思いがあればこそである。

 聖杯に掛ける願いは『七星の血を消し去り、只人としての生を生きること』、セプテムと言う国が産まれた意味とは真逆の願いであり、セプテムを始めとした世界制覇を目論む灰狼の目論みとは相反するため、敵対する7騎を倒した後は、七星内部での衝突は必須であると言える。

 それでも、かつてに抱いた理想を彼女は諦めずに邁進する。その歩む道のりの中で、星屑の復讐者によって多くの者を奪われていき、そして行き着く先は―――

 

「この戦のどちらが正しく、どちらが誤っているのか。それは騎士が断ずるものではない。私は、己の仕える主に勝利を献上する。それこそが騎士の本懐でしょう」

 

 ランサー 真名『???』

 男性/秩序・善/筋力B 耐久B 敏捷B 魔力E 幸運A 宝具B+

 

たなびく金髪と城壁を思わせる白亜の鎧に身を包んだ騎士、その傍らには常に彼の愛馬がおり、さながら人馬一体というべき戦闘スタイルを誇っている。

 生前は多くの王に仕え、自身の人生の終焉までのほとんどを王に仕える騎士として過ごした。彼の驚くべき点はその騎士としての人生の中で、記録されうる限り一度の敗北もなく、彼を馬上から下ろすことが出来た者はいないとう点であろう。

 その技量は聖杯戦争に召喚された14騎の英霊の中でもトップクラス、単純な白兵戦闘に置いては誰と向かい合ったとしても、優位を取って戦うことができるほどである。

 聖杯に掛ける願いは『主の願いの成就』、多くの王に仕えてきたランサーだが、決してそれらの王総てが幸福のままに人生を終えたわけではない。王に仕える者として、王の願いを叶えることこそが自身の大願であると考えている。

 そういった在り方からマスターであるリゼとの関係は良好、アーチャーのマスターであるヨハンには騎士としての武芸を教え、師弟の関係を築いている。

 

「七星である以上、俺は殺しの運命から逃れられない。けれど、リゼが俺の殺しに意味をくれた。だから、リゼの願いを叶えることが俺の夢だ」

 

 ヨハン・N・シュテルン 男性/23歳

 

 七星序列五位『生存特化』、パーマがかった赤髪に、目の下にうっすらと浮かぶ隈がトレードマークの青年、セプテム王家の護衛騎士としての正装に身を包む清廉たる騎士としてはいささか空気が安穏としている。

 彼は本来、王家の護衛騎士に慣れるような人間ではなかった。スラムで生まれ、己の親すらも知らない、ただ知っていたのは己の身体に流れる七星と言う特異体質による殺人衝動。スラムでの生活はその日を生きることができるかどうか、ただ生きることだけに特化した力の使い方は、彼に追い込まれれば追い込まれるほど、限界を超えた力を発露させる下地を作り上げた。

 5年前のリゼによるスラム掃討戦により、王国軍に敗北、本来であれば処刑されるはずであったが、リゼの計らいによってそのまま彼女の護衛騎士に召し抱えられる。

 どうして、自分がそのような立場になったのかは知らない、正史が掛かった状況でなければ強さを発揮できず、それでも出来ることは殺しの技術だけ。そんな半端者に光を与えてくれた者の為に彼は戦う。そこに騎士道以外の感情があることを自覚しながらも。

 聖杯に掛ける願いは『七星の血の根絶』、己の人生に深い影を落とした七星の血を忌み嫌うと共に、彼女を過酷な運命から解放してやりたいと思うがために。

 

「友よ、君の誇りがこの弓に力を与えてくれる。どうか、天の星々より見てほしい。我が弓矢の煌めきを!」

 

 アーチャー 真名『???』

 男性/中立・中庸/筋力D 耐久A 敏捷D 魔力C 幸運E 宝具A

 

 ブラウンヘアの短髪に、クラス名に恥じない巨大な弓、そして片足に包帯を巻いたやせ形の筋肉質の青年、全身の必要な個所を鍛え上げた筋肉によって放たれる弓矢の一撃は、あらゆるものを貫くが、本人の本質は至って穏やかな性質であり、人を殺めるよりも怪物退治をしている方が性に合っていると口にするほど。

 生前の傷を背負う感じに継承しているため、極端に敏捷性が悪く、動きながら攻撃を続ける戦術ではなく、敵の攻撃に晒されながらも逸話に残るほどの耐久力を以て耐え凌ぎ、相手を破壊すると言う戦法を取る。

 彼自身の知名度はそれほど高くはないが、彼が生前に親交が深かった英雄の宝具を継承していることによって、こと対人戦闘に置いては無類の強さを発揮する。反面、生前の出来事からアーチャーには珍しく単独行動をきらう傾向にある。

 敵方のセイバーとはその由来から面識があり、自身の手で倒すことを求めていく。

 

「俺達ステッラは勝ち馬に乗る。星の悲願が果たされるか、リゼお嬢の願いが勝るのか、どちらでもいいのさ。忠義も大義もない、所詮、金に餓えたただのハイエナなのさ」

 

 ヴィンセント・N・ステッラ 男性/38歳

 

 七星序列六位『財力特化』、イタリアに拠点を置くシチリアンマフィア『ステッラファミリー』のボス、黒いストライプのスーツの下に赤いシャツを着こみ、整った髭と三白眼が特徴の男性。

 大モンゴル帝国の遠征により東欧にまで至った七星の血族たちは、セプテムを建国する者たちと西欧にまで足を運ばせ、勢力を拡大した2つの勢力へと別れて行った。

 ステッラファミリーはセプテムを裏から支援する最大の組織であり、長い時間を掛けて、バチカンや米国のマフィアなど裏社会の影響力がある者たちと密接に結び付き、此度の聖杯戦争を開催するきっかけとなったセプテムの対外政策への資金源を供給する役割を担っている。

 ヴィンセント自身は七星の血族ではあるものの、他のマスターたちに比べれば魔術的な才覚は高くはない。しかし、星家やセプテム王家だけではない世界規模の繋がり、対外的な示威行為への資金、武器供給への手菅、そして灰狼、リゼのどちらが勝ったとしても旨みを手にすることができる立ち位置に滑り込むことができる見極めと、こと魔術の絡まない分野においては七星の中でも最も厄介な相手であると言える。

 聖杯に掛ける願いは特にない。強いて言えばファミリーの更なる発展と己の私腹を肥やす事ではあるが、それらは聖杯戦争に勝利すれば自ずと手に入るモノであると考えている。

 もっとも、彼は己が最終的な勝利者になるつもりはない。勝ち馬に乗り、旨みだけを貰っていく。長き時間は彼らから大望よりも己の幸福を優先させた。そのためであれば、あらゆる非道も辞さない。そうして生きてきたのだから。

 

「我―――大英雄、故に―――無敵なり!!」

 

 バーサーカー 真名『???』

 男性/混沌・狂/筋力A+ 耐久B+ 敏捷B+ 魔力D 幸運D+ 宝具B+

 

 獅子の毛皮を身に纏い、巨大な棍棒を武器として握った狂戦士。2メートルを超える巨躯の持ち主であり、生前の頃から、その圧倒的な武力で敵対する者たちを蹂躙してきたが、バーサーカーとして召喚されたことによって、その破壊力には拍車がかかっている。

 己をギリシャの大英雄ヘラクレスの化身であると激しく信奉し、その絶対的な事項陶酔によって、相手からの言葉を遮断するある種の精神汚染に対する絶対的な強度を持ち合わせている。

 聖杯に掛ける願いは、己の絶対的存在であるヘラクレスへと至ること。総てを破壊する圧倒的な武力を以てそれを体現せんとする。

 マスターであるヴィンセントとの意思疎通は非常に困難ではあるが、ヴィンセント自身もバーサーカーを己の手駒としてしか考えていないため、野放図な破壊活動を黙認されている。

 

「もう一度、何もなかったあの頃のように、平和で笑いあえるような世界になればいいのにね、レイジ……」

 

 ターニャ・ズヴィズダー 女性/15歳

 

 七星序列七位『????』、ロシア南方の村出身の少女、レイジとは同じ村の出身であり、数年前の七星による襲撃により、村を焼かれ、運よく生き延びることが出来たものの、レイジ同様に七星によって捕らえられ、人造七星の人体実験の検体として扱われる。

 多くの人間たちが実験に耐えることが出来ずに自我が崩壊していく中で、奇跡的に適合を果たしたターニャは七星の一員として迎えられ、セイバーのマスターとして聖杯戦争に参加する。

 聖杯に掛ける願いは、『何もかもがなかった元通りの平和な世界で生きる』こと、最早ボロボロに崩されてしまった彼女の世界を取り戻すには、聖杯に願う他なく、その為には13の英霊たちを全て倒すほかにない。

 

「変わらんよ、ライダー。儂もかつては救世主と呼ばれたこともあった。しかし、敵から見れば貴様と同じく侵略者だ。覇を競う王となった時点で儂もお前も同じなのだ」

 

 セイバー 真名『???』

 男性/秩序・善/筋力A+ 耐久A 敏捷B 魔力B 幸運B 宝具A++

 

 黄金色に輝く鎧と兜を纏った壮年の男性、その体躯は2メートルを優に超え、戦場に佇むだけで味方を鼓舞し、敵兵を怖れさせる戦の中に生まれ、戦の中を駆け抜けた覇王のカリスマを持つ英霊である。

 そうした様子からライダー同様に恐るべき王であるように見えるが、その性質は寛容、生前は多くの国を征服したが、決してその文明を壊すことなく、同和を図り、尊重を重んじたことから、多くの民より喝采が上がったほどである。

 右腕には円筒がはめ込まれており、その円筒を翳すことによって黄金の光が発せられ、それを使用することで攻撃や防御に応用することができる。

 己のマスターであるターニャに対しては、同情的な想いを抱いており、彼女の願いが叶うために戦うことを第一としている。そのため、必ずしも、七星主流派と願いの向かう先が同じであるとは限らない。

 最も、彼には彼なりの願いがあり、それはターニャ自身にも伏せられているようだが……

 



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Stardust Vendetta味方側キャラクター紹介

こちらは主人公側の陣営となります。


「復讐は何も生まない。だったら、俺は総てを忘れて生きて行けと。この屈辱も虚無も全てを忘れて、明日を夢見ろと? そんな夢物語が許されるか」

 

 レイジ・オブ・ダスト 男性/14歳

 

 本作主人公、燃え盛る炎のように跳ね上がった黒髪に、紺と黒の衣装、同色のモッズコートを身に着け、黒色の手袋、背中に剣を携えた少年。その表情はどこまでも薄暗く、己の目的を果たすこと以外に何の興味もないという様子を浮かべている。

 レイジという名前自体も偽名であり、直近の数年間の記憶も定かではない。ただ、記憶として残っているのは、生まれ育った村を焼かれた記憶と、手を離してしまった大切な少女の姿、そして、自分たちから総てを奪った「七星」という存在の名前だけである。

 求めるのは、自分たちに災厄をもたらした七星たちの殲滅、彼らを殺戮し、大切な少女の笑顔を取り戻すことができるのならば、己の命すらも躊躇しないと決め、彼はセプテムの地へと舞い戻った。

その身体には実験によって与えられた人造七星の力、そして七星を喰らい殺すための魔術が与えられており、七星殺しの魔術使いともいえる。

 セイヴァ―と呼ばれる謎の男より与えられた、15騎目のサーヴァント、アヴェンジャーと共に、彼は殺戮の世界へと飛び込んでいく。

その先には地獄しかないと知りながらも、彼は心の中で願う、復讐の先には地獄しかない、そのような結末は認めない。地獄を越えた先には、必ず花を咲かせることはできる。そんな結末が待っているのだと。

 

「少年よ、為すと決めたのならば最後まで戦い続けよ。途中で諦めることこそ、最大の悪であると知れ」

「小僧どもだけに任せてはおけまい。もっとも、儂は戦う事が出来ればそれで十分じゃが」

「復讐なんてどうでもいい。ただ、君と言う人が救われるのかどうかそれが知りたいんだ」

 

 アヴェンジャー 真名『???』『???』『???』

男性/秩序・中庸/混沌・中庸/秩序・悪/筋力C耐久C敏捷B魔力C幸運B宝具B

 

 汗血馬を駆る鎧を着こんだ壮年の男性、白髭を生やし、一枚布を身体に巻きつけた老人、黄色の衣を纏った病的な隈を浮かべた青年の三人で構成されるハイ・サーヴァント。

 通常は鎧を着こんだ壮年の男性が主人格としてレイジと共に行動するが、必要に応じて老人と青年が身体の主人格を握り、主人格の変更と共に身体も変質を起こす。

 セイヴァ―より直接与えられたサーヴァントと言う由来から、本来の正規的なサーヴァントとは異なり、それぞれの霊基がつぎはぎのように足され、ギリギリのバランスの上に成り立っている。

 最も、それは弱小の英霊が重ね合わされたと言うわけではなく、壮年の男性と老人は復讐という点において世界でも有数の英霊であり、青年もまた他者に悪意を向けると言う点では有数の英霊であると言える。

彼らが為してきたことをレイジは決して糾弾しない。己が七星に復讐をするための道具として使えるのであれば、彼らが何を想おうとも拘泥しない。アヴェンジャーもまたレイジの復讐が止まらぬ限り、力を貸し続ける。聖杯への願いを託すには、彼らは既に終わってしまった者たちであるが故に……

 

「このセプテムの地を薄汚い七星の血族たちから解放する。そして聖杯戦争という大義名分を以て、私はこの地を治める王となる。君もその家族も既に不要なのだ、リゼ皇女」

 

 タズミ・イチカラ― 男性/41歳

 

 セプテム王家に古くから仕える大貴族イチカラ―家の現当主、数年前に他界をした父から当主の座を明け渡されたが、その当主交代劇には多くの噂話が付きまとっており、一説には、当主となるために父を暗殺したのではないかとも噂されている。

 此度のセプテムにおける聖杯戦争の主催者の1人でもあり、七星側と対峙する陣営側の纏め役として、王都から離れた領内に保有する城に参加者たる6人を集めている。

 聖杯戦争における願いをセプテム国の繁栄であると口にしながらも、その腹中には己がセプテム国の王となる野心が芽生えている。七星の血族に支配されたセプテム国より七星を滅ぼすために聖杯戦争を利用する。大義名分が与えられたクーデターは、聖杯戦争におけるサーヴァントの召喚が現実となったことで、彼に未来絵図を浮かばせるに足りる地盤を築き上げた。

 もっとも、彼は知らない。聖杯戦争がただの一方的な殺し合いではないことを。己もまた戦争の参加者の1人となったことを。

 

「軽薄な男はあまり好みませんね。千の言葉で飾り立てるよりも一つの武勲で、己の気品を示してみてはいかがですか? 戦士としても殿方としても、私はそちらのほうが信頼できます」

 

 ランサー 真名『???』

女性/秩序・善/筋力C+ 耐久B 敏捷A 魔力D 幸運B 宝具A+

 

 タズミ・イチカラーによって召喚されたサーヴァント、漆黒の全身スーツと上半身には鎧をまとってる女戦士。肩に付かない位置で切りそろえた漆黒の髪に濡れたような黒曜の瞳を持つ。性格は温厚、控えめである一方、優れた機知も持ち合わせている才女。忠義心に篤く、素朴で飾り気がなく、下からも上からも信頼されるタイプ。

 武器は両腕それぞれに握った双槍であり、生前はこの双槍を振い、一つの軍団の長として、戦場を駆けぬけた。

 タズミ自身の野望に付いては見抜いているものの、自分を召喚したマスターである以上、その命令に従うのは戦士として当たり前の事であると考え、従っている。

 七星側のアーチャーとは、直接的な面識はないものの、懐かしい感覚を覚える相手である。

 

「お前と同じだアーチャー。俺もまた恥知らずにも生き残り続けてきた。だから……俺は死に場所を求めているのかもしれないな」

 

 エドワード・ハミルトン 男性/30歳

 

 タズミ・イチカラーによって招集された6人のマスターの1人、胸元の開いたシャツに、テンガロンハットを被った無精ひげを生やした人物。

元は聖堂教会に所属する代行者であったが、とある封印指定の魔術師を鎮圧するための戦いにおいて、仲間たちが全滅、命からがら生き残ったものの、次の任務に置いても同じように自分以外を残して仲間の代行者たちが全滅したことによって、聖堂教会の中でも死神のあだ名をつけられ、聖堂教会を去った。

その後は、フリーの魔術師狩りの傭兵として、代行者時代のつてを頼りながら、生計を立てていたが、ここでもやはり多くの知人をなくすことになり、自分自身の抗えない呪いのようなものを背負っていることを自覚する。

 タズミの誘いに乗り、聖杯戦争に参加したのも、己の死に場所を求めての事であり、自分が最後まで聖杯戦争に勝ち残るとは考えていない。もしも、生き残ってしまったとすれば、願うのは己の身体に降りかかった呪いを解除することであろう。最も、そのような呪いが本当に存在しているのかすらも分からない。

 アーチャーとは互いに深い悔恨を持つ者同士として気が合い、どのような結末を迎えたとしても、互いに恨むことは無いようにしようと約束し合う。

 基本的には物静かでマイナス思考であるが、同じ陣営の八代朔姫にはその様子をイジり倒され、常々彼女のテンションに巻き込まれていくが……

 

「僕は悪魔に魂を売ったことで報いを受けた。あまりにも恥知らずな行為だった。その贖罪が出来るのなら、エドワード、君に力を貸そう」

 

 アーチャー 真名『カスパール』

 男性/中立・悪/筋力D 耐久E 敏捷C 魔力B 幸運C 宝具A

 

 マスケット銃を持ち、近世の猟師服に身を包んだ青年、その表情は諦観と後悔に塗れ、どこか疲れ果てた枯れ木を思わせる。

 真名は、カスパール、ウェーバーの歌劇『魔弾の射手』に登場する、悪魔と契約した猟師。猟師仲間のマックスに撃てば必ず的中する悪魔の魔弾を渡し、彼と彼の婚約者を亡き者にしようとした人物。魔弾は全部で7発あり、6発までは射手の狙った物に当たるが、

最後の一発だけは悪魔ザミエルが狙った者に当たるという呪いがかかっていた。

 最後の銃弾で悪魔ザミエルが選んだのはカスパールであり、彼はその因果が巡るようにして魔弾によって命を落とした。

 それが悪魔のささやきによるものであったのか、自分自身が悪魔に魂を売ったからの末路だったのか、もはや彼にも分からない。あるのは果ての無い後悔と贖罪の意識だけであった。

 戦闘スタイルは己のマスケット銃を使った射撃と、魔弾の射手の逸話にもなった7発の悪魔の銃弾、6発は必ず相手に的中させ、7発目だけは外した場合に必ず術者が命を落とす。なお、原典からこの銃弾は他者に明け渡ることもできる。

 聖杯に掛ける願いは、『マックスへの贖罪』、かつての己の過ちの清算をこそ心よりのぞんでいる。

 

「これはチャンスさ。ステッラを出し抜いて、俺達のファミリーがこのセプテムを裏から牛耳る。イチカラーの旦那には感謝してもしきれないねぇ」

 

 ジャスティン・ドミルコフ 男性/44歳

 

 タズミ・イチカラーによって招集された6人のマスターの1人、赤髪のオールバックに成金趣味の金色のネックレスと色合いが強いスーツを着込み、葉巻を常に外さない男。

 その正体は、アルバニア・マフィアの一員であり、セプテムの対外政策における武器調達を行ってきた武器密輸人。タズミ・イチカラーとは過去より個人的な親交があり、彼が国獲りを実行するに当たって、同志の1人として招聘された。成功の暁には、対抗組織であるステッラ家を完全に排除し、裏の取引を一気に担うことが約束されている。

 尊大にして横暴、己が世界の主役であることを疑わない性格であり、この聖杯戦争でも徹底的に他者を利用して、甘い汁を吸う事が出来れば過程がどうであろうと構わないと考えている。裏社会の中で魔術とのかかわりはさほど深くはないが、ドミルコフ家は過去には、魔術師の家系の傍流でもあり、魔術回路自体は身体に存在している。

 アサシン召喚の経緯は単純な強さよりも、自分との相性、親和性を見込んでの召喚である。

 

「やれやれ、こんな大舞台に召喚されて、古今東西の英霊どもと争えと。ドミルコフの小僧も無茶な要求をしてくれるもんだ」

 

 アサシン 真名『アル・カポネ』

 男性/中立・悪/筋力C 耐久C 敏捷C 魔力D 幸運B 宝具C

 

 やや肥満気味な体型ではあるが、高級なスーツと白帽子を被った貫録のある人物、ジャスティンがマスターではあるものの、傍目に見ればアサシン自身がジャスティンを従えているようにも見える威光を放っている。

 真名は『アル・カポネ』、1930年代、禁酒法時代のアメリカ・シカゴにおいて密造酒の製造・販売、売春業、賭博業等を行い暗躍の限りを尽くした伝説のギャング・スター。

 直接的な戦闘力自体は皆無に近いものの、暗躍や交渉、あるいは情報遮断と言った搦め手においてこそその真価を発揮する。

 聖杯に掛ける願いは『二度目の生』、生前の失敗を糧に、再び暗黒街のトップへと躍り出ることを目論んでいる。ジャスティンにとってはまさしく相性の上で最高とも呼べる人物ではあるが、その実、ジャスティンはアサシンと共に最後まで勝ち抜くことを望んではいない。どこまでも都合よく立ち回るための駒としての認識であり、それが両者にとって薄氷の上を渡るような関係性であることは言うまでもない。

 

「ハッピーエンド上等!!どれほどの絶望が襲い掛かって来たとしても、諦めなければ道は必ず開かれるってことを、今から俺が教えてやるよ!!」

 

 アーク・ザ・フルドライブ 男性/35歳 真名『???』

 ???/秩序・善/筋力C 耐久A++ 敏捷B 魔力B 幸運A+ 宝具EX

 

 炎のように逆だった青髪と反比例するように整えられたスーツ、そして服の上からでもわかる筋骨隆々の体躯をした男。飄々とした態度を浮かべながらも、その言葉の一つ一つには確固たる芯が宿っており、己が一度決めたことは何があろうとも遂行する意志力を持ち合わせている。

 タズミによって招聘されたマスターの1人であり、本人は魔術協会からの推薦で呼ばれたと告げるが、魔術協会にはアークと呼ばれる人物のデータはなく、あらゆる提出された情報が偽造された謎の人物。何よりも、彼の特異性はサーヴァントと自身の肉体が融合していると言う点にある。

 真名は明かされていないものの、彼のサーヴァント、ライダーは金属生命体のような何かであり、それがアークの身体に文字通り装着されることによって、サーヴァントとしての戦闘力を発揮する。言わば、戦闘のスタイルや技法自体はアーク自身に頼り切る形にはなるモノの、圧倒的な強度とアーク自身の膂力と技量によって、並のサーヴァント程度であれば征圧することができるほどの戦闘能力を有している。

 己をハッピーエンド至上主義者であると語り、どれほどの劣勢であろうとも、誰かを犠牲にしての勝利ではなく、活路を見出し、生存の道を模索する。それは最も困難な道を歩む聖者の如くであるが、その在り方こそが自身の核であると彼は語る。

 レイジたちの一団では、総合的な戦闘能力はロイに次ぐ2番手、七星を倒し、その先に待ち受ける黒幕を揉み通し、彼は幸福なる結末を模索していく。

 

「魔を払うんが神祇省の役割なら、調子こいとる絶対神なんて放置しとくわけにはいかんやろ、七星の企みなんぞどうでもえーわ。うちらの目的はアフラ・マズダ一択、それを忘れんときな」

 

 八代朔姫(やつしろ さき) 女性/18歳

 

 神祇省最大派閥『京都大陰陽連』筆頭家八代の次期当主、ピンク色の制服に白と黒のパーカーを羽織ったピンク色の髪の少女。右目の下の泣きほくろが特徴。

 陰陽師として天性の才能を持ち、さまざまな式神や詠唱無しでの陰陽術の使用を可能としている。ただし、性格は傲岸不遜、非常に口が悪く、態度も尊大であるが、どうにも運が悪く、悪態が自分に帰ってきがちであるため、桜子を含めた神祇省の面々には世話を焼かれている。

 かつて、秋津市で起こった聖杯戦争では図らずも聖杯戦争に関わり、その最中で絶対神アフラ・マズダの存在を感知、神祇省として看過できない存在であることを見越し、この10年間、その存在を追い続けてきた。

 セプテムにおける聖杯戦争にはタズミからの招待を受けての参加となるが、その実、アフラ・マズダの反応をセプテムで検知し、絶対神を討滅するための絶好の機会であるとして参戦を決めた。

同様の目的を持つ桜子を護衛として推挙したのも朔姫自らの事で、言葉には出さないものの、桜子の実力に全幅の信頼を寄せている。

 契約しているキャスターとは友人同士のような間柄であり、さながら悪友のような関係を築いている。レイジを始めとして暗くなりがちな面々を取りもつムードメーカーの立場でもある。

 

「え、姫も、姫もそっちの方がいい!!姫も朔姫ちゃんと一緒にレディーファーストの権利を主張する!!」

 

 キャスター 真名『???』

 女性/秩序・善/筋力E 耐久E 敏捷D 魔力A+ 幸運A 宝具A+

 

 脇の部分が露出した巫女服と赤袴を基調としたミニスカート、鮮やかな金髪をサイドテールに結んだ少女、契約者である八代朔姫とは友人のような間柄で接している。

 明朗快活、元気満点、自分を姫と呼び、少女特有の我儘さを醸し出す姿はサーヴァントのそれと言うよりも、朔姫自身が連れてきた護衛の陰陽師か何かのようにすら見える。しかし、少女特有の恥じらいは持ち合わせ、あけすけなく言いたいことを口走る朔姫に対して、動揺してしまう一幕も見られる。

 彼女自身はキャスターの英霊だけに戦闘を得意とするわけではない。しかし、自身の巫術による天候操作や最も得意とする結界術の使用によって、レイジたちの一団の中でもトップクラスの防御力を有する。オールマイティに富んだ朔姫と組んでの防衛戦闘に徹すれば、例え一騎当千の英霊であろうとも、彼女たちの結界を突破することは難しい。

 生前に決して不遇の生を送ったわけではないことから、聖杯に掛ける特別な願いを持ち合わせてはいない。朔姫のアフラ・マズダ打倒に対しては理解を示しており、彼女の力になるために手を貸している。

 

「ラインの黄金、それがバーサーカーと私を引き合わせてくれたんだろうね。お互いに報われないね、苦労するよ」

 

 ルシア・メルクーア 女性/24歳

 

 タズミによって招集された6人のマスターの1人、スリットの入ったトゥニカと頭を覆うウィンブル、胸元にはロザリオを身につけた見た目からわかるクリーム色の髪のシスター、勿論、ただのシスターであるわけもなく、聖堂教会の現役代行者である。

 生まれつきの体質として、人の思考や行動を色で判別できる眼と類まれなる反射神経を持ち合わせ、その二つを組み合わせた超反応を駆使した戦闘スタイルが特徴、武器は腰に提げた二挺拳銃であり、遠近両面において戦闘を可能としている。

 幼年期には、自身の眼に映る世界を受け入れることが出来ず、他者から迫害される人生を送ったこともあったが、神様から与えられた贈り物であると開き直り、自分の力を最も幸福に使用することができる場所を探した結果、聖堂教会に行き着いた。

 理由こそ利己的なモノではあるが、他者を重んじ、誰かの助けになりたいと言う気持ちは嘘偽りのないものであり、私利私欲に塗れたタズミの態度を内心では嫌悪している。

 召喚したバーサーカーの境遇を案じ、彼が救われる道を模索しようとするが……

 

「俺はいつかは討ち果たされるモノ、マスターがどれほど言葉を尽し、令呪を使おうとも悪竜と言う運命からは逃れられない。いっそのこと、完全に狂っていればよかったものを」

 

 バーサーカー 真名『ファヴニール』

 男性/混沌・狂/筋力A 耐久A 敏捷E 魔力B 幸運E 宝具A

 

 全身を竜の鱗のような鎧で覆った黒の偉丈夫、その指には黄金の指輪がはめ込まれ、派の半分が凶暴な肉食獣の牙のように変質している。

 寡黙にして強壮、狂戦士の英霊でありながらマスターとの意思疎通を可能としているが、己をいずれ倒されるべき存在であると定義し、聖杯の獲得を目論む素振りを見せることはない。

 真名はファヴニール、北欧神話に名高き悪竜現象の化身。人間として意思疎通ができる状態の彼は、理性と言う枷を嵌められた状態であり、彼の本質は悪竜というただ暴れまわり、総てを滅ぼす竜そのものである。

 戦闘時に置いては宝具を解放することによって、悪竜そのものへと変質し、マスターとの意思疎通は不可能となり、ただ目の前の敵を滅ぼすだけの存在へと変貌する。

 戦略的な行動を取ることが出来なくなる反面、その攻撃力と防御力は圧倒的であり、彼を討滅するには、竜殺しの剣と並び立つほどの宝具を使わなければ撃破することは不可能であろう。

 

「理解をするよ、同じ兄として妹の身を第一に案じるのは当たり前のことだ。君の逸話や憎悪などよりも、その一点こそが最も信頼に足りると思っている。俺達は上手くやれるだろうと確信したよ」

 

 ロイ・エーデルフェルト 男性/33歳

 

 タズミによって招聘された6人のマスターの1人、ブラウンヘアの紺色の魔術師ロープに身を包んだ男性。秋津において行われた聖杯戦争の勝利者であり、エーデルフェルトの再興を果たした10年前の聖杯戦争における最強のマスター。

 聖杯戦争終了後は、エーデルフェルトの家を出て、世界放浪の旅に出ていたが、その圧倒的な魔術の才覚は衰えることなく、その才能を買ったタズミによって七星との決戦の切り札として招聘を受けた。

 ロイ自身はセプテムの情勢などには欠片も興味はないが、対峙する相手が七星であること、10年前から自分がどれだけ強くなることが出来たのか、そして、予感に過ぎないが、10年前に対峙した彼女ともう一度再会することができるのではないかという思いから参加を決めた。

 得意とする魔術は10年前と変わらずの流体制御、契約を果たしたセイバーとの流れるようなコンビネーションを以て、レイジたち一団の中で圧倒的な強さを発揮する。

 かつては敵として対峙した桜子とは、今作では背中を預け合う仲として全幅の信頼を寄せるが、同時に桜子を生かして帰すことを自分に課していく。

 

「「我ら導き星―――人の子よ、空を仰げ。我らが照らす光の先へと進むがいい」」

 

 セイバー 真名『ディオスクロイ兄妹』

 男性・女性/混沌・中庸/筋力A 耐久A 敏捷B 魔力C 幸運C 宝具B

 

 ロイによって召喚された、兄カストロと妹ポルクスの二人組のサーヴァント。二者で一個の英霊。ギリシャ神話における双子神としての特性を持つ神霊級のサーヴァントであり、ロイと言う絶対的なマスターの存在もあり、その実力を遺憾なく発揮できる。

 兄であるカストロは、神から人へと零落させられた過去から、人間に対して無差別な憎悪を抱いているが、本質が似通っていたからか、ロイに対しては皮肉を口にするものの、あからさまな悪意を見せる素振りはない。ポルクスは目が離せない兄を支えるしっかり者の妹として、ロイにとってはむず痒い存在であると言える。

 聖杯によって失われた神格を取り戻すことができればと考える想いもあるが、同時にそれは自分たちの来歴を崩してしまうことでもあることを理解しているため、必ずしも聖杯に執着しているわけではない。

 

「七星の宿命も、私自身の運命も捻じ伏せる。私の帰りを待っている人がいるから」

 

 遠坂桜子 女性/28歳

 

 10年前の秋津市で行われた聖杯戦争のマスターであり、七星の血族、旧姓七星桜子。現在は同じくマスターであった遠坂蓮司と結婚し、遠坂家当主の妻となった。なお、あくまでも籍を入れただけであるため、式はあげていない。

 聖杯戦争終了後、自分の身体の中に宿っている七星の血を制御するための術を手にするために、神祇省の門を叩き、八代朔姫や香椎唯那の下で修業と実戦経験を積んだ。此度の聖杯戦争はその時の縁もあって、朔姫の護衛と言う形で参戦を果たすこととなった。

 戦闘スタイルは10年前よりもなお洗練された七星流剣術と無から有を生み出す七星の魔術体系、そして神祇省にて学んだ式神に七星の魔力を乗せることで、形に出来るイメージの範囲を一気に広げることを可能とし、擬似的な分身を生み出すことも可能となった。

 セプテムにおける聖杯戦争は彼女にとって大きく二つの意味がある。一つは、七星の暴走を止めること、そしてもう一つは母から続く因縁であるアフラ・マズダを倒すこと。

 その二つを果たすためにセプテムへと乗り込んだ彼女はそこで一人の少年と出会う。レイジ・オブ・ダスト、七星を殺すために生きる少年。決して幸福になることはないであろう少年の姿に桜子は心を痛め、彼を気に掛けていくことになるが……

 




サーヴァントのスキル等の詳細なモノは後程上げさせていただきます。

UCの頃からの読者の方はまた長い付き合いになると思いますが、よろしくお願いします。

新規の方は、楽しんでもらえると幸いです。

次回からはプロローグです。


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第0話「Philosophyz」①

UCからの皆さま、1カ月の間、お待たせしました!

新規の方は長くお付き合いしていただけると嬉しいです。

いよいよ連載開始です。


祗園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。

 

娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。

 

おごれる人も久しからず、唯春の夜の夢のごとし。

 

たけき者も遂にはほろびぬ、偏に風の前の塵に同じ。

 

 一つの時代が終わりを迎えようとしていた。日本という国の流れが大きく変わろうとしていたのだ。

 

 時は源平の血で血を争う内乱の世、戦が終わり、新たなる武家の政権が生まれる前夜、とある者たちが落ちのびるようにして、島国から大陸へと抜け出した。

 

 彼の一族の名は―――『七星』、平家に味方した者も源氏に味方した者も、追われるものは諸行無常の嘆きを帯びて、勝者となった一族の者たちとの決別を果たした。

 

 何も決して珍しい話ではない。敵と味方に分かれ、一族が相争うなどと言うことはこの時代には珍しくない。そうあることこそが一族を存続させると言う意味ではもっとも生存率が高いのだ。

 

 彼ら七星は一言で言えば、暗殺一族である。古来より続く魔術師を討つために生み出された暗殺一族である彼らは、時の権力者に寄り添い、人の手にはありあまる多くの魔術師を闇に葬ってきた。それが彼らの生業であった以上、そこに感情を挟む余地もなく、彼らは常に屠り続けてきた。

 

 故にこそ、源氏と平氏、ともに明日を勝ち取る可能性がある者たちが真っ向からぶつかり合った以上、彼らは双方に分かれ、生き残るための最善を模索した。どちらが勝とうとも、七星という一族が権力の中枢から離れることだけはないように。命を奪う相手を与えられなければ、彼らは野生の獣と何ら変わりなくなってしまう。

 

 それでも、どちらかが勝てば、どちらかは敗北する。彼らにとっての誤算は敗残した一族の者たちの多くが土に還りながらも、生き残った強者たちが存在していたことだ。

 

 生き恥を晒し、勝利を掴んだ一族の下へと戻ることはできない。当たり前だ、七星とはどこまでも主がいなければ意味をなさない一族、敗残者を引き入れれば、七星に余計な火種を持ち込むことになる。さりとて、敗北者を匿ってくれる者などいない。

 

 いや、よりはっきりと言えば、匿われていたのに生き残ったのだ。もはや向かう先はこの日ノ本の中のどこにもない。決断の時は迫っていた。

 

 すべては七星の血を後世へと残すために。遥か古代より連綿と受け継がれてきた血の記憶を途絶えさせぬために、宛もない大陸への旅路へと羽ばたいた。

 

 死地を探すための旅路である。自分たちの死に場所を探すためだけに彼らは、島国を飛び出し、果てなき大陸への旅路へと躍り出た。

 

 そして、辿り着いた中華の地、そこで彼らは―――運命と出会った。暗殺一族にして武芸者である自分たちを必要とし、数多の戦乱へと誘う者との出会いである。

 

 源平争乱より十数年の時が経過し、大陸を放浪しながら戦乱の時代の中を生きながらえてきた七星の一族は、運命的な出会いを果たす。

 

 『侵略王』―――苛烈なる戦いの人生をそう呼ばれた、蒼き狼の化身と呼ばれる男との出会いであった。

 

 後に―――大モンゴル帝国の躍進と言われるかの『侵略王』に見出された暗殺一族は、彼の軍団と共に大陸中を駆け巡り、その道程の中で世界中へと広がっていく。

 

 侵略王は彼らを必要とした。連綿と受け継がれてきた七星の技を、魔術を、知識を大陸征服の為に心から必要とし、彼らを厚遇し続けた。

 

 無論、その結末は歴史に刻まれたとおりに。人が寿命に抗う事が出来ぬように、かの侵略王も総てを駆け抜ける前にその生涯を終えた。

 

 されど、彼らは諦めなかった。血で血を繋いでいく妄執の一族は、大陸へと渡った自分たちを救い、在り方を与えてくれた王に誓う。

 

 必ずや世界を、どれ程の時間が経過しようとも、我らは必ずこの大遠征を完遂させて見せると。

 

 強く強く願った。それから幾星霜の時間が過ぎた。気付けば、千年の時が過ぎようとしていた。もはやかの大帝国は過去の存在へと風化し、世界そのものの在り方が大きく変容を遂げようとしていた。

 

されど……、されどである。その意思は、その妄執は今もなおこの世界に生き続けていた。

 

――東欧・セプテム国――

「――――告げる」

 

 手を翳すその前方に魔方陣が敷かれ、そこから明滅する光が漏れていく。それが儀式としての機能が問題なく魔方陣の中で始まったことを意味し、言葉を発した男性も、その後ろで状況を見守る全身を機械の鎧に包んだ男とフードを被った女、そして同様に白いロープに身を包んだ長髪の男性も、その場の全員が魔方陣の行方を見守っていた。

 

「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

 その言葉を口にする男は、漢服に身を包み、メガネをかけた黒髪短髪の理知的な様子を伺わせる男性であった。その表情に遊びは何処にもない。何処までも真剣に、この魔方陣より浮かび上がって来るであろう存在を前にして、一切の非礼無きようにと、己の全身全霊を掛けて召喚の口上を口にしていく。

 

「はてさて、運命はあやつに微笑んでくれるのかのう」

「微笑むだろうさ。もはや己には何ら関係のないことではあるが、我ら一族はこの悲願の為に血を次代へと残し続けてきた。ならば叶うだろう。でなくば、ここにまで足を運んだ甲斐がない」

 

 女は笑い、男はただその光景の行き着く先を見据える。ただ、言葉の流れは異なっていても、双方ともに、これより起こるであろう想定通りの出来事が起こってくれる方が面白いと踏んでいることに間違いはない。

 

「誓いを此処に。

我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」

 

 魔方陣が一層の明滅を放っていく。この空間の中に溜めこまれていた魔力総てが魔方陣の中に吸い込まれていくかのように、魔方陣の中から黄金のエーテルが浮かび上がっていく。それは急速に形を整えていきながら、人間の姿へと転じていく。

 

「――汝三大の言霊を纏う七天、

抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!

 

 その姿が誰のものであるのかは召喚が完全に完了するまでは分からない。召喚をすると目論んでいる相手が生前にしようとしていた「手綱」を召喚の媒体として利用したとしても、本当に目的の相手を召喚できるのかはそれこそ、やってみなければわからないのだから。

 

 しかし、男は――星灰狼(シン・フィーラン)は確信を覚えていた。己は必ず自分の求めているサーヴァントを、王を召喚することができるのだと。

 

 今日という日を迎えることにこそ意味があった。何せ、彼の人生は今日この時を迎えるために用意されていたと言ってもいい。

いいや、彼だけではない。彼の父も、祖父も、そしてもっと以前の先祖たちも誰も彼がこの時の為に生きてきたと言ってもイイだろう。

 

 故に―――その妄執ともいうべき願いに奇跡が応える。たった一度の機会を与えてやろうと。再起の機会がここに舞い降りる。

 

 黄金の光と白煙が周囲一帯を包み込む。召喚を果たした男自身さえも思わず顔を守るように腕を前に出した様子であったが、黄金の光が錬成した人体は、果たして確かにその形を得ていた。召喚は成功したのだ。

 

 そして、灰狼はすぐに、己の膝を地面へと突き合わせ、召喚したマスターであるにもかかわらず、臣下の礼を目の前にサーヴァントへと向けた。

 

「問おう―――貴様が、余を呼び寄せたマスターか」

 

「否―――私はマスターに非ず、偉大なるハーンよ。私は貴方の従者、幾星霜の時が過ぎ、盛者必衰の理が世を変えたとしても、なおも変わらず、我が忠心はただ1人の為に。

 我が名は―――星灰狼、我が主よ、我らは約束を果たしに来たのです」

 

 部屋の中に月光が差しこんでくる。月光がその傅く者と佇む者を分け隔てなく照らし、さながら自然のスポットライトのようにその場を照らし出していく。

 

 その様子だけでも、この儀式における召喚が完全な形で成功したことは間違いないだろう。

 

「灰狼……、異なことを口にする。それは余が我が腹心へと与えた唯一の名、それを貴様は何故名乗り、臣下の礼を取る?」

 

「我らが偉大なるハーンより与えられし名を、どうして我々が捨てられましょうか。我々は誓いました。偉大なるハーンが望みし世界帝国の成就、それを果たすまで我らはこの意思を忘れぬようにと、この血脈だけではなく、その名前をも受け継いできました。

 私は貴方に仕えた初代灰狼から数えて19代目―――貴方の願いを叶えるために中華にて雌伏の時を過ごしてきた灰狼の末裔です」

 

 星灰狼―――その名は目の前に立つ人物の固有の名前を意味するだけではない。かつて、島国より飛び出した暗殺一族を纏め上げた人物は、草原の王である侵略王へと謁見し、その実力を以て信任を得るに至った。

 

 彼らの実力は凄まじいものであった。数を揃え部族を統一するまでの侵略王にとって彼らの戦力がどれ程自分を支えてくれたのかを忘れることはなかった。

 

 故に―――侵略王は彼に名を与えた。灰狼、モンゴルに置いて蒼は時に灰という言葉で言いかえられる。

 蒼き狼と言う異名を持った侵略王にとって、灰狼の名を与えることは暗にもう一人の己であると言う意味を持つ称号であり、彼なりの最大の賛辞を与えたことに他ならなかった。

 

 島国から落ち延び、大陸で死に場所を探し求めるだけであった彼らにとって、その与えられた名前の尊さがどれ程であったのかは未来を生きる人間たちにはわからない。

 

 ただ……、星家は歴代当主たちが、灰狼の名前を襲名し、特殊な方法でその記憶と記録を引き継いでいった。叶えることができるのかもわからない誓い、再び侵略王と共に世界制覇に乗りだし、今度こそ必ずや世界を踏破して見せようと言う誓いを愚直に守り続けてきたことこそが、彼らの誓いがどれ程重いものであったのかを証明することに他ならないのではないだろうか。

 

 召喚されたサーヴァント、ライダーは灰狼の臣下としての姿勢を値踏みするように見つめてから、咳払いを一つして。

 

「その魔力の痕跡、確かに貴様は七星の末裔であることに間違いはなかろう。灰狼の魔力の痕跡は昨日のように覚えている。なればこそ、貴様が奴の末裔であると言う事も理解はできる。ならば、貴様は余が聖杯に願う思いも十分に理解できような」

 

「己の受肉による世界制覇でありましょう。『侵略王』チンギス・ハーン、それとも、初めて出会った時のように、テムジン様とお呼びした方がよろしいでしょうか?」

 

「くくっ、それは余と彼奴の思い出よ。貴様が名を襲名したところで奴であることはなかろう。であれば、そのような気安さは不要だ。星灰狼、我が主にして我が臣下よ。余は貴様と共に新たなる戦場を駆けぬけることを誓おう!!」

「はっ……ありがたき幸せに」

 

 『侵略王』チンギス・ハーン、説明不要なほどに世界に知れ渡ったその名こそ、世界の歴史の中で陸地における最大版図を獲得した大モンゴル帝国の創始者。

 

 モンゴル系の遊牧民族に生まれ、中華世界、アジア世界だけではなく、イスラム世界、ヨーロッパ世界にまで侵略を続け、多くの文明を滅ぼし、世界を呑み込んでいった恐るべき王こそが、目の前の人物であった。

 

 そもそもが人に傅くような存在ではないのだ。もしも、灰狼が臣下ではなく、尊大な魔術師然として接しようとしていれば、彼は間違いなく牙を剥いたことだろう。

 

 しかし、主との関係はライダーにとって最も理想的な関係であり、魔術師として圧倒的な歴史を誇り、個人としても素晴らしい才覚を持つ灰狼はこれより先に聖杯戦争を戦いぬくうえで重要な要素となる。

 

 侵略王は尊大であり、苛烈であり、冷酷無比な戦い方が出来る存在ではあるが、その牙が敵も味方も全て巻き込んで伸ばされるわけではない。臣下の礼を尽し、利用価値が明確に存在しえる相手に対して、抑えつけるような手法を取るのは愚物の手法。

 

 己をサーヴァントと言う役割に押し込んだのも世界制覇の為の一歩として、許容しなければならない問題であると言うのであれば、敢えて受け入れよう。

 

「ふむふむ、そなたがかの有名なる『侵略王』チンギス・ハーンであるか。その貫禄、肉体、そして身体の中に宿る魂、どれをとっても一級品、そなたほど、天に愛されし人もまた特別であろうて。妾は聖杯戦争の趨勢などにはまったく興味もないが、そなたが果たすであろう世界征服という言葉には酷く興味があるぞ。人が見る夢、俗な欲望こそ、世界を回す源である故な」

 

「――――女、貴様もまた英霊か」

 

 不遜に、敬意など欠片もなく、己の立場を慮ることなど全くない語り口で、フードを纏ったロープに身を包み、その手に地球儀のような球体が特徴的な杖を握った女が話しかけた。

ライダーは灰狼へと語りかけていた時よりも、遥かに低い声音を以て女へと己の所在を問う。

 

「聞かずともわかっておろうに。サーヴァント:キャスター、マスターはこの隣におる唐変木よ。妾もこやつも基本的に己の事にしか興味がないのでな、許せよ、侵略王。不遜な物言いは己に対する絶対の自信ゆえ。英霊などと言う矮小な立場に落し込まれたのだ。それくらいの無作法は許してもらわねば割にあうまい」

 

「故に許せと。面白い女だ。己の事にしか興味がないと言うのならば、我に身を委ねてみるがよい。知りえなかった世界を教えてくれよう」

 

「愉快なことを口走る。天命に背くことも出来んかった人間が妾に世界を語るか、その驕りはもはや傲慢ともいえようが、憤怒を覚えるよりもなお愉快であると告げておこうか。

 そなたの物言いは妾への不敬ではあれど、今の妾は肉の身を得たものであれば、そなたに身を委ねてみるも悪くはないかもしれぬな。努々、そなたに恥をかかせぬようにせねばな」

 

「―――面白い、愉快だな。灰狼の末裔よ」

 

 まるで、褥を共にすれば喰われるのはお前の方であると口にする異様さにその場の全員が思わず口ごもる。『侵略王』の逸話を知っても尚、それを口にすることのできる不遜さに、思わずライダーは口元に笑みを零した。

 

 強い戦士と強かな女は嫌いではない。役に立つし、敵に回れば蹂躙する喜びを得ることができる。

 

「はッ、此度の聖杯戦争は些か特殊であります。召喚される英霊は14、過半数へと減らしたが後に通常の聖杯戦争の如く、最後の1騎を決めるために戦うと言うもの。我々とキャスターは共に相手の7騎を滅ぼし尽くすために動きます」

 

「些か敵方は不憫ではあるがな、他の英霊5騎にどのようなものがおるのか、知らぬが、少なくとも妾と侵略王が敵におると言う事実、大抵の英霊にとっては絶望的なおぞましさであろうよ」

 

「キャスターよ、貴様は聖杯を欲するのか?」

 

「――――否、妾は聖杯など欲しはせぬ。そも、万能の願望機など、妾ならばいかようにも実現は可能よ。妾やこやつは錬金術師。己の力量を以て世界の神秘を覆そうとする者たちであれば、己の手で願いを叶えなければ、初志を貫徹することも出来まい。

 安心せよ、侵略王。どのように聖杯戦争の盤面が転がろうとも、妾は聖杯をお前にくれてやろう。そうでなければ、貴様ほどの英霊の召喚の場に立ちながら手を出さぬと言う愚行を犯しはせぬわ」

 

「あくまでも同盟の形を組むこととなるが、己たち七星は、かつて貴殿に拾われ、世界へと散らばった。その恩義に報いるために此度の聖杯戦争を勝ち抜くと決めた。言うまでもなく、それぞれの思惑があることは間違いないが、少なくとも己とキャスターは灰狼と貴殿に聖杯を渡すことに異論はない」

 

「なるほど、理解した」

「王の意向を聞くこともなく、我々の方針を押しつけるような形になった非礼は詫びさせていただきます」

 

「構わぬ。要は順番の問題だ。灰狼の末裔が口にしたように、まずは敵方の7騎を滅ぼす。後に、同盟相手たちで雌雄を決する。どだい、万能の願望機などというものを手にするのだ。誰もが従順であろうはずもない。貴様らもな、キャスターよ」

 

「くく、そう、戦意を向けるな。むず痒くなってしまうではないか」

 

 ライダーは灰狼たちの望む方向性を否定することはなかった。彼にとっては口にしたように所詮、順番の問題にすぎなかった。己に逆らう者たちは総て滅ぼし尽くす、それをどこから攻めるかどうかの話しでしかないのだから、そこで機嫌を損ねる理由などあるはずもない。

 

 よって、ここにライダー陣営とキャスター陣営の公然とした、あるいは秘密裏の同盟は締結された。彼らが口にしたように他の陣営にとっては、この強大な2体のサーヴァントが手を組んでいる状況は、自分たちの願いを叶えるうえで最悪と言ってもいい展開であるかもしれない。

 

「灰狼の末裔、か。して……つがいはどうした?」

 

「…………、あくまでも私は灰狼の名を継いだものです。初代灰狼そのものではありません。オウカ様は初代灰狼と共に最後まで添い遂げました」

 

「そうか……、時とは幾星霜が連なる我らを以てしても覆せぬもの。時に寄り添い、時に残酷に我らへ世界の意思を伝えるものであればこそ。灰狼の幸福を余は祝福し、そして桜花がおらぬ灰狼であるそなたに些かばかりの落胆を覚える。赦せ、末裔よ」

 

「構いませぬ。我らは限りなく近くありながらも決して初代にはなれぬ身。されど、貴方様の現界を以て、我らは一つの壁を突破しました。ここからは私が、19代目の灰狼が、初代様の覇業を引き継がせていただく所存です。その果てに、必ず我々はその身の限界すらも超えることができると信じております」

 

「良き心胆を耳にした。貴様が灰狼の覇業を継ぐと言うのならば、末裔などと口にするのは些か似つかわしくはなかろう。灰狼よ、余と共に時代を超え、再びこの大地に舞い戻った我が臣下よ。余と共に駆けることを許す。貴様が描いた絵図を以て、再び余の覇道の舞台を整えよ」

 

「―――御意、ありがたきお言葉にございます」

 

 契約は結ばれ、令呪は灰狼の腕に刻まれる。最も、その令呪にどれほどの意味があるだろうかと主従は考える。互いの立場が逆転したとしても、今ある主従の形こそ、彼らはあるがままの是であると捉えている。

 

 大陸に渡り、いつかの覇道を心持ちにして、家を繋げてきた「星家」、かつての名を捨て、世界へと散らばった七の血族たちはまもなく、このセプテムへと集ってくる。

 

 その時こそが―――かつての誓いを果たす時に他ならない。

 

「王よ、ご覧いただきたいものがあります」

 

 灰狼は、立ち上がり、月光が差し込む部屋から足を進め、廊下へと渡り、そして地下へと降りていく。

 その後ろにライダーとキャスター、マスターであるカシム・ナジェムが入る。その地下へと降り立つとキャスターが杖で地面をトンと叩くと、一瞬にして地下総てに光が灯された

 

 そこは先ほどまでの部屋とは異なり、明確な明かりに照らされた部屋であった。大きく開かれた広間、しかし、その部屋の中は異様な光景であった。

 

「ほう、これは……」

 

 無数に並べ立てられた培養漕、その一つ一つに人間が管によって結び付けられており、この場において生命そのものが管理されている様子が見て取れた。

 

「我が星家が培ってきた遺伝子操作の技術、アトラス院とカシムの研究によって実現した人体改造技術、そしてキャスターの錬金術を合わせ、我らが悲願、人造七星は遂に実現の域へと至った。

 王よ、これが私からあなたへと捧げる新たなる兵士たち、そしてこのセプテムより始まる新たな覇道の原動力となりましょう」

 

 人造七星―――本来、七星の血脈に連なる者たちでしか使う事が出来ない七星の血、特殊な血継限界であるその魔術回路を、後天的に移植した人間たち。

 

言わば改造人間であり、同時に、七星と言う特異な力を人種も性別も生まれが違えども、平均的に力を与えることができる技術が確立したことを意味している。

 

 七星と言う魔術師たちの一族がいかに圧倒的であったとしても単一個人に世界を制覇することはできない。必ず世界の抑止力、意思の力の前に屈する。世界とはそう簡単に崩れるほど脆いものではないのだから。

 

 しかし、数を揃えればどうか。七星という圧倒的な力を、軍隊として構成することが出来ればどうだろうか。加えてその指揮官が歴史に偉大な名を残した者であったとすればどうか。

 

 時代は幾星霜の内に流れていくモノ、であれば、かつてと同じように戦った所で勝算はない。勝つに足りるだけの要素を繋ぎ合わせなければならないのだから。

 

「我が眷属たち、スプタイらを呼び出し、そして灰狼らと同じ血を持つ者たちが集えば、それはまさに一騎当千。聖杯を手にし、寿命のくびきから解き放たれれば、今度こそ、我らは世界を踏破することができるだろう。

 胸が躍る、聖杯を手にした先には彼奴らと共に駆けぬける日々が待っているのだと思うとな」

 

「お気に召して戴けてなによりです。では、王よ。今暫しの時間をお与えください。英霊たちが集いし時には、この地より再び戦を、あの草原を駆け抜け、未開の地へと駆け抜けた日々を取り戻しましょう」

 

 灰狼は再び頭を下げる。彼にとっての願いの一つはここに叶えられた。故にさらなる願いを叶えるために動くだけである。

 

 その様子を遅れてやってきた最後の1人、セイヴァ―のサーヴァントは眺め、薄く笑みを零す。

 

「10年、我々からすればほんの瞬きのような時間ではありましたが、ようやく此処にまで来ることが出来ました。我らが主よ、まもなく貴方を降誕させることができる。その暁にはどうか、その光を以て、この世界をお救いだください」

 

 誰もいない中空に語りかけるその姿は余人には何を意味しているのかもわからない。しかし、声を掛けられた相手は確かに理解をしている。

 

 まもなくだ、まもなく、今度こそ、もう一度世界へと降り立つが時が来る。

 

『こちらの準備は間もなく終わる。君も来るのだろう、久方ぶりの再会をしようじゃないか―――――桜子』

 

 




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第0話「Philosophyz」②

今回も七星側陣営のプロローグです。


 ――夢を見ていた。

 

 ――覚えているのは炎の記憶、燃え盛り、苦悶の声を叫びながらも必死に生きるためにもがく人々の姿を、私はよく覚えている。

 

 燃え盛る街、セプテム国の病巣にして必要悪のたまり場でもあったスラム街は、今や国家軍による浄化作戦によって、風前の灯へと変わらんとしている。

 

 スラムに住む多くの人間たちは叫んだ。この現状を生み出したのはお前たちだと、この国の成立起源は歪そのもの、それが人間の歪みにまで及んでいるのだと。

 

『殺戮一族が!! お前たちの国に生まれたことが不幸の始まりだ!!』

 

『お前たちは我らの文化を奪った。土地を奪った。それだけでなく今度は命まで奪うのか!!』

 

『血塗られた皇女、どれだけ見目麗しくしていようとも、お前は悪魔だ!! あの王たちと何ら変わりはない!!』

 

 燃え盛る街の中で幾度となく叫ばれた声、それを無視してこの身は、目的を遂行するためにその血塗られた手を振り下ろす。普通の人間だったら、きっと心が折れてしまうのだろう。自分の境遇を嘆いてしまうのだろう。

 

 でも、私は七星だから――――誰かを殺めることを是として、それを受け継いできた一族の者として、心が擦り切れようとも、砕けるなんてことはない。この身の中に宿っている七星の血は冷酷に、機械的に、命令を実行していく。

 

 為政者として、闘争者として、客観的に見れば理想的な在り方であるのかもしれない。情に流される事無く、自分の決めたことを無私のままに実行することができる。蓄積された経験は鍛え上げれば鍛え上げるほど、己の実力を底上げしてくれる。

 

 そう、どれだけ心が冷え込んだとしても何も気にすることはない。私はセプテム国の皇女として、七星の血に連なる者として為すべきことを為しているに過ぎないのだから。

 

『奴だ、奴を殺せ――――王族だからって、怖れることはない!! あいつは大して実戦の経験もない! 俺達の意地を見せてやれ』

 

『どうせ死ぬのなら道連れにしてやるよ』

 

 よって、それは七星の血というものを過信しすぎてしまっていた自分の過失なのだろう。

 スラムの浄化作戦、七星の人間としてはあまりにも楽観的な戦い、それが逆に自分の人生の中で大きな節目になることをあの時の私は、何も知らなかったのだから。

 

「ん………」

「ああ、ようやく起きたか。随分と魘されていたぞ、昔の事でも夢に見たか」

 

「ヨハン、くん……」

「何度か声を懸けたんだけどな、いつになっても起きないし、魘されているし、まぁ、いつもの事かと思ったから、起きるまで待っていた」

 

「じゃあ、迎えに来てくれた王子様の声で目を覚ましたのかもね?」

「なら、ノータイムで起きてくれ。こっちだって王族にもしものことがあったら、罷免ものだ。特に加冠の儀をまもなくに控えた皇女にもしものことが会ったらなんて考えると、ゾッとする」

 

「ふふっ、ヨハン君の困っている顔を見たら目が覚めた。これなら、毎日魘されている方が目覚めがいいかもしれないわね」

 

「強がるなよ……、いい加減にさ、宮廷魔術師にでも頼んで、忘れたらどうなんだ。皇女がいつまでも過去の傷に囚われているなんて、反対派からすれば恰好の的じゃないか。過去の嫌なことを忘れられるのは人間の脳の特権だ。自分から苦しむなんて、どうかしてる」

 

「どうかしてなきゃ皇族なんてできない。スラムの事は忘れちゃいけないこと。あの日に私は一度死んで、生まれ変わったの。忘れることが人間の特権だとしても、忘れないこともまた人間の脳の特権。

 それにヨハン君こそいいの?私がスラムのことを忘れたら、ヨハン君との出会いのことを忘れちゃうかもしれないんだよ?」

 

「むしろ、忘れてくれ。昔の事なんて忘れてくれた方が清々する」

「強がってるのは、ヨハン君も一緒だね♪」

 

 朝から小気味よい会話をして、気分が落ち着いたところでベッドから体を置きあがらせる。魘されていたと言われただけあって、寝間着は汗で濡れていて、不快とまでは言えないけれども、気分としてはよろしくない。

 

 この後の公務のことを考えれば、そんな姿で人前に出ることもできない。幸い、まだ時間は許される範囲であるし、一度湯あみをしてから、部屋を出るべきだろう。

 

 先ほどから会話を続けている赤髪の青年、目元に隈を作ったパーマかかった髪の人物は、ヨハン・N・シュテルン、私、リーゼリット・N・エトワール付の護衛騎士である。

 

 本来の護衛騎士が皇女の部屋の中に入ってくるなんてことは許されないこと、身分の違いから騎士の立場をはく奪されてもおかしくないけれど、皇女の特権として認めさせている。

 

 ここは、この部屋の中だけは私の聖域、皇女としての仮面を被る必要もなく、ただのリゼでいられる場所だから、そこで畏まった態度なんて取ってもらいたくもない。

 

 そうでなければ、護衛騎士の立場を与えた意味もないのだから。

 

「これから、湯浴みするけど、覗かないでね」

「覗くと思っているのか?」

 

「思ってないから言ってるの。意気地なし」

「立場を考えろ」

 

「立場がなければするんだ?」

「いいから、早くしてくれ。ただでさえ、必要最低限の接触にしろと言われているんだ。公務に遅れるようなことがあったら、僕が騎士団長に何を言われるのか分かったものじゃない」

 

 からかい甲斐のある自慢の騎士と言葉を交わしながら、湯浴みの準備を進めていく。

 

 本来であればメイドがやるべき仕事であるけれども、ヨハン君がいるこの部屋の中に他の人間を入れるほど、私も無粋じゃないし、これくらいのことは自分で出来る。

 

 皇女だからって何であろうと人任せと言うのは少し都合が良すぎるから、自分で作業を進めていく。

 

 ヨハン君も流石に分を弁えている。私としては……うん、飛び込んでくるくらいの気持ちでいてくれてもいいと思っているんだけどな。気を遣わなければいけないのは分かっているけれども、私が何の為に君を護衛騎士に取り立てたのかは考えてもらいたい。

 

「そもそも、ランサーに声をかけさせればいいじゃないか。僕よりも彼の方が騎士として遥かに上等だ」

「自分の仕事を放棄するつもり? 私は皇女として君に命令を与えたはずなんだけど」

 

「この部屋では、堅苦しいことは出来る限り考えないでほしいと命令したのも君だよ」

「随分、生意気になった」

 

 顔だけ出して、抗議の視線を向けるとヨハン君は此方を見ることなく視線は窓の外へと向けている。

 

「君がそう望むのならそうする。従順な人形が欲しいのなら、なおのことランサーに頼んでくれ」

「ランサーなら、お父様に呼ばれて謁見中。聖杯戦争が近いのだから、私だけの都合で拘束は出来ないの」

 

 ドキリとする言葉を口にする癖に、自分がどんな態度でいるべきなのかはまったく分かっていない様子がどうにも気に食わない。自分が認められていることにもっと気付くべきだと私は思う。

 

 聖杯戦争……、ヨハン君との会話の中で出てきた言葉が、私の中で鬱屈とした思いを抱かせる。その意味をお父様から聞かされた時に、私は既に聖杯戦争から離れることを許されなかった。

 

 頭から身体へと流れていく熱湯が、淀んでいた思考をクリアにさせていく。微睡んでいた方が幸せなんじゃないかと思うことはあるけれども、セプテムの第一皇女として、そんな弱い姿を見せることはできない。

 

(聖杯戦争は、私達セプテムの人間にとって大きな転機となる。お父様たちが口にしたこと、理解できないと言うほど、子供でいるつもりもない。結局、私達は七星、その運命から逃れることはできないんだから)

 

 七星の運命がいよいよ私達に追いついた。生まれた時から漠然と伝えられてきた言い伝え、いずれ来ると言われてきた荒唐無稽なおとぎ話はよりにもよって、私とお父様の代で実現を迎えようとしている。

 

(昔なら、何の疑問も持たずにその運命を受け入れることが出来た。でも、今は……)

 

 心の中に巣食う迷いそのものが、私の想いの答えを出しているに等しかった。セプテムは私たちの国、私達が導いていかなければならない場所、それを……かつての約束が全てに優先されると言うのは些か乱暴が過ぎるんじゃないかと思わずにはいられない。

 

「私は、どうするべきなんだろう……」

 

 呟く言葉に応えてくれる人は誰もいない。いいや、求める答えを返してくれる人はいるだろう。けれど、それが答えであるとは限らない。

 

 皇女リーゼリットの出すべき答えとリゼの求める答えは違うのだから。

 

 今日も憂鬱な一日が始まろうとしている。

 

・・・

 

 公務はそつがなく進行した。皇女である私はあくまでもお父様の代理で、お父様が出る必要がない程度の公務を肩代わりしているに過ぎない。

 

 国民たちは、私が顔を出せば、気持ちよく笑顔を向けてくれる人もいるけれど、貴族たちはむしろ、私しか顔を出さないことに対して不満を向ける者の方が多い。

 

 このセプテムは成りたちからして、決して歓迎された生まれた国ではない。土着の民族たちを退け、侵攻によって定着した人間たちによって生み出された王国であるだけに、民族同士での対立は過去から常に日常と隣り合わせだった。

 

 私達が謳歌しているこの日常だって、私たちの先祖たちが長い年月を費やしながら、少しずつ融和を繰り返していくことによって得られた平穏だ。その融和の最中で貴族となった者たちの中には、明らかに王族へと不満を持つ者たちもいる。

 

 王族を倒し、自分たちがこの国の王にならんとする者たち、私達が七星の魔術師であり、簡単に追い落とすことができないと言う、それだけの理由で守られている薄氷のような平和。

 

「おや、リーゼリット皇女、公務ですかな、加冠の儀を間近に控えて精が出ますな」

 

「タズミ様……、いいえ、私など国王陛下に比べれば。少しでも国王陛下や皆様のお力添えになることが出来ればと日々精進をしておりますが、足を引っ張るばかりではないかと、若輩者の誹りを受け手も仕方がありません」

 

「何を言いますかな、皇女殿下に置かれましては、我々も幼少のころからよく知っております。貴女様の努力も愛国の想いも、我々はよく存じ上げておりますとも。国王陛下も加冠の儀を執り行う事が出来る年齢にまで成長されたことを、喜んでおりました。

 あのような国王陛下の姿を見ておりますと、陛下もまた我々と同じ人の子であることを思い出し、一層陛下のお力にならねばと奮起するところですよ」

 

 タズミ・イチカラー公爵、セプテム土着の貴族であり、古くからの魔術協会ともつながりを持っているセプテムにおける大貴族の1人である。そして土着の貴族であると言うことからも分かるように、彼は王族排斥派の最右翼の1人、ここで私に話しかけてきたのも嫌がらせ以外の何物でもない。

 

 もっとも、それが分かっていても嫌な顔をしているようでは皇族の仕事など務まるはずもない。努めて笑みを零し、公爵と形ばかりの談笑へと花を咲かせる。

 

 談笑に意味がないことなど互いによく分かっている。私達にとって重要なことは全く別の所にあるのだから。

 

「して、国王陛下から直々にお話を伺った訳ではないため、非礼をお詫びの上で聞かせていただきたいのですが、早晩行われる聖杯戦争成る儀式、皇女殿下も参加されるとのお話を耳にしました」

 

「事実です、聖杯戦争はこのセプテムの未来を担う者たちの決闘、国王陛下の名代として、私も参加させていただきます。若輩の身ではあれど、全力を尽くし、セプテムの輝ける栄光を手にして見せるつもりです。確かイチカラ―公爵様もご参加になられるとお聞きしておりますが」

 

「恥ずかしながらその通りでございます。しかし、我が方の参加者たちは既に集い始めているが故に、皇女殿下は我々とは対の側にいる模様。皇女殿下に置かれましてはゆめゆめ無理をすることの無きようにお願いします。皇女殿下の命はセプテムの発展に必要不可欠なのでありますから」

 

「ありがとうございます、公爵。しかし、先ほども言いましたように、私も全力を尽くすつもりです。その上で敗退した暁には、頼らせていただくこともあるでしょう」

 

「そうですな。何にしても、皇女殿下もお気をつけていただきたい。どうにもキナ臭い話が耳に飛び込んでくるのですよ、国王陛下が周辺諸国との安定のために行っている軍備増強、聖杯戦争に合わせて、どうにもよろしくない者たちがこの国に入り込んでいるとのうわさも聞きます」

 

「それは魔術師たちと言うことですか?」

「ええ、あるいは……国王陛下の信を得た者たちであるのかもしれませぬな。しかして、先ほども申しあげたように国王陛下も人の子、であれば、信を置けるものが必ずしも、このセプテムに繁栄を齎す者であるかどうかはわかりませぬ」

 

 ああ、それはこの地へと来訪してきている七星の魔術師たちのことを言っているのだろう。彼らからすれば、この聖杯戦争を通して、私達ごと七星の魔術師を葬り去ることができるのならば、それに越したことはない。

 

「いけませんよ、公爵。それ以上は国王陛下の不敬に当たります。もとより我々はセプテムの繁栄を手にするために、清濁を併せ持つ覚悟を以て聖杯戦争を開始することを誓い合ったはずです。もしも、我々を脅かすような存在が生まれるのであれば、それは私達王族、あるいは公爵たち貴族によって誅されるべき、そうではありませんか?」

 

「………、確かにその通りでありますな。互いに気を付けるとしましょう。寝首をかかれるようにな。くはははははは」

 

 耳障りな笑い声を轟かせながら、公爵はようやく私の視界から消えてくれる。挨拶1つでここまで時間を潰すことができると言うのはある種の才能なんじゃないだろうかと思えてしまう。

 

「セプテムのため、か……」

 

 ただ、公爵の口にすることの総てが的を外した言葉であるわけではない。

 

(裏切り者であることに間違いはない。私達はこれから私たちの愛したセプテムに騒乱を放とうとしている。この地に集った英霊14騎、一騎当千の力を持つと言う英霊がそれだけの数を揃えて、果たしてどれだけの被害が出るのかもわからない)

 

 公爵が口にするように、外から訪れた七星の人間たちは決してセプテムの状況に対して深入りして手加減をするなどと言うことはしないだろう。自分たちの目的のためにはあらゆる犠牲を強いる。魔術師とはそういう存在であることは私もよく理解している。

 

 正しいこととは何であるのだろうか。定められた運命に従うことが正しいのであるとすれば、今、ここで抱いているモヤモヤとした焦燥感は、私にとって覚えるべきではない感情と言えるのだろうか。あるいは……信じているモノにこそ裏切られることこそが私たちの運命であるのだろうか。

 

(嫌な想像をしている、物事を悪い風に考えてしまうのは私の悪い傾向ね)

 

 思わず頭を抱えてしまいそうになる。見えている答えを自分で必死に見えなくしているようなそんな感覚……

 

「ヨハン君やランサーたちの様子でも見に行こうかな」

 

 現実から少しでも逃げ出したい、そんな思いを胸に、足を進めていく。

 

・・・

 

 セプテム宮殿での中庭、そこに剣戟の音が鳴り響く。ぶつかるのは二つの剣、騎士の名を襲名する者たちは互いの武威を披露するように戦意を叩きつけ、赤髪の青年が勇猛果敢に飛びこむが、純白の鎧を纏った金髪の騎士を相手にあっけなくその攻撃は弾かれてしまう。

 

「くそっ――――」

「良い太刀筋だった。初めて出会ったころに比べれば格段に身体の動かし方が備わってきている、成長しているよ、ヨハン」

 

「あんたに勝てなくちゃ意味がない」

「いかに君が手練れであったとしても、私はサーヴァントだ。おいそれと簡単に勝たせるわけにはいかないとも。それに君の本質は別の所にある。生命が掛かった状況の中でこそ発揮される真価は模擬戦では発揮されない。訓練で満点を取ることができる人間よりも本番で潜在能力を発揮できる存在の方が私が恐ろしいと思うが」

 

「反論はしないよ。僕はそうやって今日まで生きてきた。だけど、聖杯戦争が始まる以上、自分の生死が掛かっていなくちゃ本気を出せないなんてのはナンセンスだ。それじゃあ、リゼを守り通すことも、彼女の願いを叶えることもできない」

 

「心配せずとも、彼女は私が必ず守って見せるとも」

「リゼの護衛騎士は僕だ……!」

 

 尻餅をついて、無抵抗な姿であると言うのに、今にも飛びかかってきそうなほどの気迫を籠めてヨハンは、リゼが契約したサーヴァント:ランサーに向けて言い放つ。

 

 そこにあるのは今の自分の立場への固辞と執着心だ。実力が伴っていないから諦めろなどと言われて簡単に首を縦に触れるほど、自分の心は安くはない。そのように宣言しているようにも聞こえ、ランサーはふぅと息を零した。

 

「負けたよ、君の彼女に対しての気持ちは十分に理解した。それが騎士道であれ、恋慕であれ、主に仕える者として護国の剣となる気概に変わりがないことを改めて認識したとも」

 

「僕の気持ちなんてどうでもいい、どうせ何かが成就するなんてない。今、こうしているだけでも奇跡のような巡りあわせの結果なんだ。だったら、それに縋るしかない。無い物ねだりをする気はないさ。殺人鬼が騎士なんて呼ばれるようになったんだ。上等だって受け入れなくちゃやっていけないさ」

 

 ヨハン・N・シュテルンにとって、この世の総ては絶えず地獄だ。生まれた時から持ち得てしまった人を殺すために特化した業は、その時から彼の人生を決定づけた。

 

 生きるために殺し、死にたくないから命を奪ってきた。そんな地獄のような時間に比べれば、今の時間がどれ程恵まれたモノであるのかを彼は忘れてはいない。

 

 リーゼリット・N・エトワールは命の恩人であり、自分の見たことのない世界を見せてくれた導き手だ。縋って執着して何が悪い。他人の夢に自分の生き様を掛けて何が悪い。

 

「君は臆病で死を厭うているのに、強くなろうとする意思に一切の躊躇がない」

「当たり前だ、死にたくないからな、これしかできないんだ。だったら、極めるしかないだろう」

 

「手加減はしないぞ」

「誰がしろって言った……!」

 

 再びぶつかり合う鉄と鉄の音が中庭に響いていく。その様子は連日のように続いている。リゼのサーヴァントとして召喚されたランサーはその鎧と剣の捌き方からもわかるように中世に生きた本物の騎士である。

 

 ヨハンからすれば遥かに格上の存在であり、半ば二人の関係は知らず知らずのうちに師弟のような間柄であった。もっとも、互いにそれを真正面から指摘すれば否定するのだろうが。

 

 ヨハンの強くなりたいという思いはランサーにとっても好ましいものである。その気持ちの原動力がどんなものであれ、行動そのものに貴賎はない。己のマスターを守るために修練を積みたいと言うことに、断る理由が何処にあるのか。

 

「君はどんなサーヴァントを召喚するのか決めたのか」

 

「どんな奴でもいい、結局は戦うための武器だ。巧く使える奴ならどんな奴でもいいさ」

 

「そう一方的なモノでもないと思うが……、キミが召喚する相手であれば、無道へと走る存在ではないだろう」

 

 鍔迫り合いながらも互いに向ける言葉にはある種の軽口が乗せられていた。いずれ、状況が進行すれば、互いに敵対し合うかもしれない者たち同士であると言うのに、そこにはある種の共感が見出されていた。

 

「まったく……、自分のマスターよりも他のマスターと仲良くなっているなんて、失礼なことね」

 

 そんな二人の様子を遠目から眺めるリゼは、思わずため息を零してしまう。別に本気で苛立っているわけじゃない。

 

ただ、ヨハンの闘う理由は言うまでもなくリゼだ。彼はリゼの理想を叶えるために戦うことを決めた。本人から直接に言葉として伝えられなかったとしても、長い付き合いなのだから、様子を見ているだけでもそれは分かってしまうことだ。

 

(他人に信じてもらう事が出来ているのに、自分自身がそれを本気で信じることが出来ないのなら、それは酷い裏切りなのかもしれない)

 

 この国に生まれた人間として、この国の皇女として、七星の血の運命を呪う者として、ただ宿命のままに聖杯戦争を戦いぬくことが正しいことであるのか、リゼにはどうしても答えを見出すことができない。聖杯戦争が始まってしまえばなし崩し的に総ては終わりへと向かってしまうのだろうか……

 

「よぉ、リゼお嬢ちゃん。浮かない顔をしているな。理由は分かるが、皇女がそんな顔をしていたら宮殿の人間たちが訝しむだろう。笑顔を見せておけよ、作り笑いだろうとなんだろうとな」

「ヴィンセントおじ様……」

 

 声を掛けられて漸く近づかれていたことに気付く。本当に気が抜けていたのだと思わず自分の無防備さをリゼは恥じるが、その相手が窮地の人物であるだけに、反応は決して毒々しいものではなかった。

 

 黒いストライプのスーツの下に赤いシャツを着こみ、整った髭と三白眼が特徴の男性。眩いブロンドヘアは一見すれば、この宮殿の中で異質な存在であることをこれでもかと言うほどに主張しているのだが、不思議とそれを感じさせない空気を醸し出している。

 

 ヴィンセント・ステッラ、セプテム王家の暗部と深いつながりを持つシチリアンマフィアに連なる人物、そしてリゼやヨハンと同じく七星の血に連なるモノである。

 

「考えても答えなど出ないさ。結局、最後は強い方が勝つ。そして灰狼は紛れもなく勝つための布陣を敷いている。リゼお嬢が自分を貫きたいのならそれを踏み越えるしかない」

「貴方は、どう思っているの?」

 

「俺達ステッラは勝ち馬に乗る。星の悲願が果たされるか、リゼお嬢の願いが勝るのか、どちらでもいいのさ。忠義も大義もない、所詮、金に餓えたただのハイエナに過ぎないからな」

 

 軽薄に、けれど、自分たちの利益が備われることだけは絶対にない選択ができる強かさを彼らは持っている。伊達にヨーロッパに根付いた七星にて最も繁栄をした者たちであると言うだけのことはあると言うことか。

 

「おっと、いつまでも世間話をしている場合でもなかったか。今日の用事はリゼお嬢様ではなく、国王陛下に対してだった」

「お父様に? 聖杯戦争の事ですか」

 

「ああ、その通り。最後の1人がようやく到着したんでな。自分たちの計画にご執心の灰狼やカシムの旦那に代わって、俺が案内をしていると言う訳さ」

 

「あら、その方がリーゼリット皇女殿下様ですか。お美しい方ですね、やはり一国の皇女ともあると、一目見るだけでも気品を感じます」

「―――――――」

 

 突然声が聞こえた。気を抜いていたわけでもないのに、その聴こえてきた声の主が自分たちの傍に来ていたことにリゼは全く気付くことが出来ずにいた。

 

 東洋人であろう少女は自分と同年代か或いは少しばかり下の年齢か、着崩したような和服に身を包んだ黒髪の少女は、笑って挨拶を口にした。

 

「お初にお目にかかります。七星宗家より代表してまいりました、七星散華と申します。長いお付き合いになるかもしれませんが、何分田舎ものですので、不作法は寛容な心で見ていただけると嬉しいです」

 

 そう底冷えするほどに感情のない笑みを浮かべる少女だった。もしも、心を殺して人を殺めるだけの機械になるのだとすれば、こんな風になるのだろうと思えるほどの。

 

 役者は揃いつつある。それが聖杯戦争の始まりが近いと言うことの何よりの証拠である。

 

 時間はない、すべては定められた運命のままに流れて行こうとしているのだから。

 




次回のプロローグは桜子回!

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第0話「Philosophyz」③

お待たせしました、前作主人公桜子回です。


――ヨーロッパ・エーデルフェルト家――

「10年前には、ついぞ考えたこともなかったわね。まさか憎き七星の一族が、我が栄光あるエーデルフェルト家の敷居を跨ぐなんて」

 

「許可は神祇省と主人を通して、貰っているつもりなんだけどなぁ」

 

「ええ、それは勿論。正式な訪問の手続きを貰ったのであれば、こちらとしても歓迎しないわけにはいかないでしょう。親交深き仲ではないとしても、聖杯戦争に手を染めてきた者の1人として、遠坂家当主の夫人を招くくらいの度量は私だって持ち合わせています」

 

 紅茶の香しい匂いが鼻腔の中に入り、並べられた調度品との調和によって、ただそこにいるだけでも、どこか王族の宮殿の中にいるような場違いな感覚を思わせる部屋の中、まさしく貴族と言う存在の居城と言うのはこのような場所を指し示すのだろうと思わせる最中に、二人の女性が対面で座っていた。

 

 決して朗らかな友人同士という間柄には見えず、さりとて、敵対する者同士が利害を合わせるために死地に赴く気持ちで対峙しているように見えるわけでもない。

 

 珍しい形での緊張感を佇ませながら、この屋敷の主と本来であれば決して訪問者になりえなかった相手は10年ぶりの再会を果たしていた。

 

 ――屋敷の主の名は、リーナ・エーデルフェルト、魔術の名門エーデルフェルト家の当主であり、この10年の歳月を経て、緩やかな没落へと進み始めていたエーデルフェルトに再び栄華の時代を甦らせた才女である。

 

 ――そして、訪問者の名は遠坂桜子、日本・秋津市の裏の支配者ともいえる遠坂家の当主夫人である彼女は、本来であればこのエーデルフェルトの家の敷居を跨ぐことすらも許されない相手であった。

 

 何故なら、彼女の旧姓は「七星」、今より25年前の聖杯戦争にてエーデルフェルトの当主を倒し、エーデルフェルトの名を地の底にまで追い落とした相手の娘こそが彼女なのだ。10年前の折には、七星とエーデルフェルトは再び激突し、その結果としてエーデルフェルトは再興の道を辿ることとなった。

 

 いわば、その時の当事者同士なのである。七星によって没落していくばかりであった可能性を持つエーデルフェルト側からすれば、桜子に敷居を跨がせることなど、本来であれば絶対に認めることができない筈である。何も姓が変わったからなどと言う詭弁を通して許しを得られるほど、エーデルフェルトと言う家の歴史は浅くはない。

 

 では、何故、今このような対談が許されているのかと言えば、やはり当主であるリーナの鶴の一声によって実現されたといえるだろう。

 

 言うなれば、これもまた宣言なのである。もはやエーデルフェルトにとって、七星などと言う存在は過去の傷に過ぎない。今更その因縁を持ち出して、一族の恥を晒すような無作法を、生まれ変わったエーデルフェルトが犯す道理など何処にもないと自身に、そしてエーデルフェルトの一族に宣言しているようですらあった。

 

 これは生まれ変わったエーデルフェルトの決意の現れであり、それを示していることに他ならない。ならばこそ、両者ともに、この場を取り持つことが出来たことによって得られるものが生まれてくる。

 

「それで要件は? まさか、10年ぶりに昔話をしに来たわけでもないでしょう?」

「それはそれで私としては悪くはないけれど」

 

「お断りよ。貴女と語ることなんて憎らしいことしかないもの」

 

「まぁ、それは同感。10年前の自分を振り返ってみると、色々と恥ずかしい思い出ばっかり浮かんでくるし。良い思い出ばっかりだったわけじゃない、むしろ苦しいことの方が多かったとは思うけれど、私は少なくとも嫌とは思わないかな。

 今の私があるのは、10年前にあの聖杯戦争に巻き込まれたから。そして、貴女のお兄さんと出会ったからでもあるわけだから」

 

「感傷ね、私が相手では不服だった?」

 

「まさか。自分で言ったでしょ? 遠坂家を相手にしているんだって。なら、こちらも同じ、エーデルフェルト家の当主に訪問を申し込んだの。お互いに昔の思い出に浸るだけではいられない。そうでしょう、リーナさん」

 

 桜子の言葉に、リーナは紅茶に口をつけながら、半目を開き、彼女を見る。10年前は世界の事なんて何もわかっていない、自分の事ばかりの小娘に過ぎなかった。ただ七星の力によって、自分たちと渡り合っていた典型的な才能に愛されただけの少女。

 

 それは自分の兄ととても似通っていて、必死に修練を積んだ自分などよりも遥かに兄に目を向けられていた様子は、かつてのリーナにとっては言葉には出さないまでも明確な嫉妬の対象だった。

 

 他人に嫉妬すると言う感情は何も恋慕の感情から生まれるだけではない。認めてほしいと思っている相手に対して、より目を掛けられている相手に向けるものとて嫉妬の対象ではあるのだから。

 

 ただ、10年前に比べて互いに心の余裕が出来た。桜子は聖杯戦争を通して自分の出自を知り、多くの知己を得て、互いに認め合ったパートナーを得た。

 

 リーナは兄と家から与えられ続けてきた劣等感を払しょくし、自分自身の実力を以てエーデルフェルトを建て直した。

 

 だからこそ、互いに直接的な言葉にしなくても、10年前の出来事を過去の出来事として割り切ることができる。そういう前提の上に成り立った対面であるからこそ、言葉は流ちょうに流れていくのだ。

 

「世間話をしに来たわけではないでしょう。用件を聞きましょう」

 

 リーナが先を促すと、桜子は自身の荷物の中から、一つの封筒を取り出す。その封筒を皮切りにして幾つかの小物がテーブルの上に置かれた。

 

「用件は二つ、一つは10年前の聖杯戦争の折に秋津市に残されたセレスティーナ・アルブレヒトの遺品をアルブレヒト家に返還したいと思っています。

 10年前から、ノルンちゃんを通してずっと私が管理していたのだけれど、やはり、本来の家族の下に返すべきだと思って。ただ、私ではアルブレヒト家に対して伝手があるわけでもないので、主人と相談をした結果、エーデルフェルトを頼るべきだろうと考えた次第です」

 

「私達は体のイイ使用人ではないのだけれど……、ですが、いいでしょう。そのようなほんの少しの手間を掛けるだけで済ますことができる用事であれば、こちらとしても断る理由がありません」

 

「………」

 

「何ですか、珍しいものでも見るような顔をして」

 

「いや、失礼なことを言ってしまうと、本当に受け入れてもらえるとは思っていなくて」

 

「遠坂に借りを作ることができるのならば、この程度の事は容易いことでしょう。まさか、自分の妻の頼みごとを知らぬ存ぜぬを通す当主でもないでしょうからね」

 

 あっさりと後々に借りを変えさせる算段があると言う様子のリーナに桜子は丁寧に頭を下げて、セレスの遺品を渡す。

 リーナが約束を反故にすることはないだろうと踏んでいるし、桜子としては大きな荷物を漸く下ろすことが出来た気持ちでいた。

 

 それまで緊張感から口をつけずにいた紅茶に口をつけると口の中で広がっていく酸味とほのかな甘みの調和に桜子は無意識に目を見張ってしまう。

 

「美味しい、ですね」

 

「当たり前でしょう、客人に出すものに手を抜くようなことをするものですか。日本人は遠慮をすることがそのまま美徳であるように思っていますけれど、差し出されたものに手を付けない方が失礼ではなくて?」

 

「面目ない……」

 

「それで?これだけのために訪れたなんて話ではないでしょう。用件の二つ目、本題の方の話しをしなさいな」

 

 リーナから先を促すように告げられ、紅茶のカップを置き、コホンと桜子は咳払いをすると、彼女の言うように本題へと話を進める。

 

「私やリーナさんが当事者となった聖杯戦争から既に10年、聖杯戦争を企画したアフラ・マズダは何ら傷を負うこともなく私達の前から消え去った。そして、魔術協会や聖堂教会、そして神祇省からも新たな聖杯の反応が感知されたと私たち、遠坂の家にも連絡がありました」

 

「ええ、当然、聞き及んでいるわ、セプテム国において聖杯の反応あり、此度の聖杯戦争は反応した聖杯の魔力の大きさからも、過去最大の規模での戦いになるだろうとね」

 

「一応聞いておきますけれど、エーデルフェルトは?」

 

「これまで聖杯戦争がセプテムと言う国で行われた形跡は一度もなかった。加えて14人のマスターによる聖杯を巡る戦い、明らかに裏の意図があることは明白、一度は聖杯を掴んだ我々がそのような見え透いた災厄へと足を踏み出すと思う?」

 

「……安心しました。できることならエーデルフェルトとは事を構えたくありませんでしたから」

 

「その口ぶりからすると、貴女は参加するの? 興味があるわね、どちら側で?」

 

「私はマスターとして参加はしません。聖杯戦争から数年間、神祇省に所属していたことがあったので、そちらでマスターとして参加する方がいるので、その護衛として参加します」

 

「………そう。私は貴女はマスターとして参加するのだと思っていたわ。10年前の貴女なら、迷わずに参加していたでしょう?」

 

 リーナの言葉に桜子は目を伏せ、それから微笑を浮かべる。

 

「私はこの10年間、苦しいことも楽しいこともたくさん経験してきました。勿論、七星の血があることで不当な扱いを受けたこともあるし、七星の血があったからこそ解決できたこともあります。ただ、自分の人生を俯瞰的に捉えて、今の自分は幸福です。

 万能の願望機という力を求めて、誰かを貶めるのではなく、私は主人と……蓮司と一緒にこの血の宿命と向き合って行こうと決めました。いずれ迎えるかもしれない新たな命の為にも、七星の血を抑制することは、私たち遠坂の命題です」

 

 その言葉は10年前の彼女が自分自身の中で浮かび上がっていた自分自身の人生への向き合い方の一つの答えであった。

 

 七星桜子にとって七星の血とは幸福も不幸も同時に与え、同時に掴むために存在した力、彼女にとってはただ呪うだけの力ではなかった。

抗えない血の宿命よりもなお強い人の愛を彼女は知っている。だからこそ、聖杯の力によって自分の人生を打破するのではなく、自分たちの力で幸福になることを選びたいと願っている。

 

 かつて自分の家族たちが、万能の願望機に頼らずとも、桜子の人生を守ろうとしたように、今度は自分たちが次の世代の為に尽くす時なのだと思う事が出来ている。

 

「そう、立派ね。結局の所、人間一人の人生が聖杯と言う万能の力によって願いを叶えたとしても総ての願いが叶う訳じゃない。最後に自分を納得させることができるのは、自分が自分の人生で何をしたか。願望機任せですべての願いを叶えたところで、必ずそこには虚しさが生まれるものよ」

 

 リーナの零す言葉はエーデルフェルトとしての言葉ではなく彼女自身の言葉であろうか。桜子はリーナの過去を知らない。エーデルフェルト家に10年前まで潜んでいた闇の深さを知りはしないし、リーナと彼女の兄との間に広がっていた不穏すらも聞かされれば驚きを覚えるほどであろう。

 

 ただ、その言葉にリーナが単純に栄光あるエーデルフェルトの当主として上だけを向いて生きてきたわけではないことは理解できた。それをあえて聞きただすような無粋さを今の桜子は持ち得ない。しばしの静寂の時間を得てから、桜子は話を続ける。

 

「ただ、聖杯戦争自体に参加はしなくても、この聖杯戦争の裏には間違いなく私たちの聖杯戦争に介入してきた存在がいるはずです」

 

「善神アフラ・マズダ、私も10年前にその声を聴きはしたけれども、俄かには信じがたいわね。聖杯の中に潜んだ神、そんなものが……と思う事もおかしいのかしら。聖杯を手にしたエーデルフェルトからすれば、この世界の万物に何が潜んでいようとも、それはありえると考えるべきなのだから」

 

「私の母は聖杯を掴み、アフラ・マズダを封じました。けれど、あの神がいつまでもその状態に甘んじているようには思えない。この10年は空白の時間、彼にとってはその目的を達するための準備期間であると私は思っています。

 セプテムの聖杯がアフラ・マズダにとって目論見があるがために開かれるのならば、私は今度こそあの神と決着をつける。それが、私の目的」

 

「………そう、結局、貴女は10年前とその根は変わらないわね。荒唐無稽ともいえる理想を叶えることに邁進する姿は何一つ変わっていない」

 

「美点だと思っているので」

 

「臆面もなく良く言うわ。けれど、桜子、貴女が神祇省側に立つと言うことは、セプテムに集っている『七星』と対立すると言うこと。その意味は分かって?」

 

 リーナが口にした言葉に、桜子も目を細め、意を決したように言葉を続ける。

 

「そこは私も聞いておきたかった所です。七星は日本で生まれ、そして大陸に渡った者たちもいる。それは父や兄からも聞かされました。そして神祇省にて、セプテムは世界各地に散らばった七星の一族が建国した国であるとも」

 

「そうね、そしてセプテムはこの10年の間に周辺諸国に対して外圧的な行動を取り続けている。国内でもその不穏な行動には批判が多く生まれ、国王派と土着の貴族派で内部分裂が起こっているとまで聞くわね。それはとても不自然なこと、現代国家としてそのような示威的行動を取り続けていれば周辺国からも睨まれて自分たちの立場が悪くなるばかり。

 それでも、この10年、セプテムは常にその行動を取り続けてきた」

 

「そして、聖杯戦争の舞台となった」

 

「私にはこの10年のセプテムの行動は総て、聖杯戦争を見越して行われていたようにしか見えない。あの国は七星によって生み出された。此度の聖杯戦争はセプテム国内に置いては国王派の七星と反対派の魔術師たちの国家の方向性を問うための戦という一面もあると聞くわ」

 

「さきちゃ―――姫様も確かに言っていました。おそらく、自分たちは最初から撒き餌の立場に過ぎないんだろうって」

 

「………大陸に渡った七星たちは、細い糸で常に繋がり続けてきた。中国の「星家」、イタリアの「ステッラファミリー」、中東の「ナジェム」、そしてセプテムの「エトワール王家」、星の名を冠するそれぞれの一族は、それぞれの成長を果たしながらも、何かしらの目的のために繋がり続けている。その目的こそが、此度の聖杯戦争が開かれる理由とも繋がっているのかもしれないわね」

 

 エーデルフェルトとしても此度の聖杯戦争については徹底的に裏を洗った。前回の聖杯戦争の間隔は15年、対して此度は場所を変えての10年間隔、あきらかに異常であり、魔術協会とも歩調を合わせて、その真贋を確かめるためにあらゆる手を尽し、結果として参加を見送ることとした。

 

 理由など言うまでもないだろう、セプテムと七星、そしてその裏にある存在、最初から此度の聖杯戦争は総て七星のために開かれる戦であり、呼びこまれた外部の者たちは総て当て馬に過ぎない。そのような予測が立てられる程度には、歪な聖杯戦争であり、勝ち残ったとしても、その聖杯が自分たちが獲得したあの聖杯と全く同じ存在であるのかすらも怪しいと来れば、参加を見送るのは当たり前の判断であったと言えよう。

 

「だから、気をつけなさい桜子。貴女と同じように魔術を無力化し、魔術師を断つための刃を秘めた魔術師が7人、彼らは共通の目的のために徒党を組んで攻撃を仕掛けてくるわ。セプテムに向かうと言うことは自ら死地に飛び込むことも同然」

 

「ありがとう、リーナさん。リーナさんからそんな言葉を貰えるなんて、それだけでもここまで来たかいがありました」

 

 ニコリと笑う桜子にリーナは毒気を抜かれる想いだった。どれだけ脅したところで彼女は引き返すようなことはしないだろう。その向こう見ずこそが桜子の強さであり、自分たちに並び立つほどの実力を発揮する源泉となったのだから。

 

 カップの中の残り少ない紅茶を口に含み、空になった紅茶を用意された皿の上に乗せると、桜子は改めて頭を下げた。

 

「今日は貴重な時間を作ってくださってありがとうございます。10年ぶりで、親交を温めるほどでなかった私に気を掛けてくれて本当に感謝しています」

 

「別に。気紛れよ……、10年も経てば互いに気持ちも変わるモノでしょう?」

「……はい」

 

「…………」

「リーナさん?」

 

 続く言葉が何かあるのかと思われた折に、リーナはどこか忙しなく目線を動かし、何かを言うべきかどうか迷っている様子が見えた。その様子が不思議に思えて桜子は疑問の声を投げ、リーナはその声に観念したように息を零した。

 

「七星桜子、先ほど、貴女に借りが作ったと言いましたね。一つ、こちらからも貴女に頼みたいことがあるの」

 

「私に? できることであれば何でもおっしゃってください!」

 

 桜子が胸に手を当てて、任せてほしいと言う様子を浮かべると、リーナは立ち上がり、調度品の引き出しの中に供えられた宝石箱のような小物を取り出す。

 

 それをテーブルの上に置き、小物の蓋を開けばそこには、蛇のような何かが巻き突いた柱のようなものの、石片がいくつか収納されていた。

 

「セプテムの貴族派はあなたたちのように多くの実力ある魔術師たちに声を掛けているそうよ。七星に勝るためには圧倒的な力を持つ魔術師たちの協力が必要不可欠であると理解しているのでしょうね。

 ならば、必ずあの人にも……、ロイ兄様にも招待の声はかけられているはず」

 

 ロイ・エーデルフェルト、10年前の聖杯戦争の最終的な勝者、エーデルフェルトの当主としてその圧倒的な魔術の才覚を以て、聖杯戦争の勝利者となった稀代の天才魔術師である。

 

 聖杯戦争が終わったのちには、自身はエーデルフェルトの当主の座を降りて、世界放浪の旅に出ている。

 

「ロイの居場所、リーナさんでもわからないの?」

 

「ええ、知らないわ。努めて調べようとも思っていなかったしね。私達エーデルフェルトにとってロイ兄様は過去の人、もしも、ロイ兄様に頼るようなことがあっては、私達エーデルフェルトはロイ兄様と言う力に頼って、分裂しかねない。

 10年を経て、エーデルフェルトは一つに纏まろうとしているわ。あの人は自分で自分の人生を開くために家を出て行った。なら、私が今更、足取りを追う必要なんてないもの」

 

「信じているんですね」

 

「ええ、世界で最も強い兄ですもの。信じない理由が無いわ。ただ……、そんな兄様をしても此度の聖杯戦争は何が起こるのかわからない。兄様が参戦して来ると知れば、必ず七星たちはその対策をしてくるでしょう。何せ、エーデルフェルトと七星はかつての聖杯戦争で最後を争いあった者同士なのですから」

 

 ロイ・エーデルフェルトが七星の戦場に出てくる可能性は非常に高い、ましてや聖杯戦争で七星に勝つことを祈念すれば、ロイを封殺するための手段を考えることは至極真っ当であると言えるだろう。

 

 如何にロイが最強の魔術師であるとしても、人間であることに変わりはない。絶対に死なないなどと言う保証がない以上、七星は勝つために彼らなりの最善を尽くして来ることだろう。

 

「七星桜子、貴女にはこの触媒をロイ兄様に渡してほしいの。兄様はおそらく、現地でサーヴァントの召喚を行うでしょう。何せ、誰を召喚したとしても十全に活躍させることができるのが兄様なのだから。

 けれど、最善を尽くすのならば、兄様に相応しい英霊を召喚しなければならない」

 

「だから、この触媒を使って召喚をしてほしい、そういうこと?」

 

「エーデルフェルトは此度の聖杯戦争に一切関与するつもりはありません。貴女とこうして顔を合わせていることだって、個人的な話でしかありませんから。

 もしも、ロイ兄様が既にサーヴァントを召喚しているようであれば、それで構いません」

 

「もし、そうであったとしても、これをロイに渡す事だけはさせてもらいます。リーナさんの想いが詰まったものだから。きっと、ロイもそれが手元にあるのなら、余計に奮起すると思いますから」

 

 そんな折に、桜子の持っている携帯電話に着信音が鳴る。リーナに目配せをしてから、桜子が電話に出ると耳障りな甲高い声が聞こえてきた。

 

「はい、もしも――――」

『おらぁ、桜子、お前、いつまでうちらを待たせとくんや。ええ加減に合流せぇや!!』

 

「ちょ、朔姫ちゃん。今、エーデルフェルト家で大事な話をって―――」

『姫様って呼べ言うとるやろ、しばくぞ、ほんまに!! ちゃっちゃか切り上げてほよセプテムに来いよ、お前はうちの護衛やろうが!』

 

「今日一日は暇を貰うって言ったじゃない、無茶言わないでよ……」

『冗談や、冗談、挨拶みたいなもんやろ、ただ、来るならほんま、はよしてくれ。たぶん、今日、明日には始まるで』

 

「――――――」

『こっち側もキナ臭くなっとる、初回くらいはうちも姫も持ちこたえられる思うけどな、タズミのアホがデカい面しとる限りは上手くいくもんも上手くいかへんからな。桜子の力が必要になるんは間違いない、頼むで!』

 

 などと言いたいことを言いきって、桜子のクライアントである八代の姫は自分勝手に電話を切ってしまう。

 

 思わずため息を零したくなるが、桜子も彼女が直接連絡を入れてくるなど、思ったよりも悪い事態になりかねないのだろうと長い付き合いで理解できている。

 

 本当に開戦まであまり時間は残されていないのかもしれない。どれだけ早くセプテムに到着することが出来たかによって、状況が変わるのならばすぐにでも出立しなければ。

 

「行くのね」

「ごめんなさい、持て成してもらったのに、こんなにいきなり――――」

 

「構わないわ、元々、貴女なんて家に入れること自体が異例なんですから。さっさと出て行ってくれた方が清々するわ」

 

 などとリーナは悪態をつく。桜子は託された小箱を持ち物袋の中に収納し、リーナへと一例をしてから、部屋の扉へと進んでいく。

 

「桜子」

 

 扉に手を掛けようとした時に、リーナの声が背中越しに届く。

 

「――――兄様のことを、どうかお願いします」

「リーナさんの想いはちゃんと届けます。安心してください、私だって10年前とは違いますから」

 

 最後の言葉を交わしあって、桜子は応接の部屋を出ていく。廊下を歩き、玄関を出て、広い広い庭を出れば―――欧州の風が桜子の頬を、髪を伝っていく。

 

「さて――――行くか。あたしにとっての10年の為に、私にとっての未来の為に」

 

 セプテムへと足を進める。そこは果たして地獄なのかあるいは全く違う景色が見えるのか、桜子にとっての10年ぶりの聖杯戦争が間もなく始まる。

 

 そして、七星としての因縁を終わらせるための戦いが……

 




次回でプロローグである0話は終了です!

Twitterやってます。SVのこぼれ話などを載せています
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第0話「Philosophyz」④

プロローグもラスト、レイジ君回です!


 問おう―――進む先に待っているのが地獄であったとしても、先へと進むことだけが立ち上がるための活力になるのだとすれば。膝を折らぬ限り、何度でも己の身体を突き動かす原動力へと変えることができると言うのならば。

 

 それが、復讐や殺戮と言う愚かしいほどの間違いの先にしか、見出すことができないモノは一体どうすればいいのだろうか。

 

 願いを叶えるために、笑顔へ辿り着くためには何があろうとも殺さねばならない奴がいる。そいつの願いを踏みにじり、噛み砕き、完膚なきまでに叩き潰さねばならない相手がいるとして……、そんな願いに端を発した行為に手を染めた者は、果たして幸福になれるのだろうか?

 

 そう、月並みな言葉ではあるが、復讐は何も生み出さない。幸福になる資格を与えてくれるような免罪符では決してない。

 

 大切な誰かを失った悲しみに端を発した復讐によって為した行為が生み出すのは幸福な結末ではなく、むしろ、新たな復讐の連鎖に他ならないのだから。

 

 ましてや、それが一国の闇に巣食う者たちを相手取るのであれば、単一個人による闇討ちなどで果たせる可能性は限りなく低い。

 

 多くの人間を巻き込み、多くの涙を流させなければ、叶えることはできないと当たり前に分かってしまう。そんなことは誰が考えたとしても間違っているだろう、道徳に反する。到底許されることではない。

 

 だから、多くの人間は我慢をする。必死に仕方がないことだったのだと。より多くの平和と幸福を願うのなら、それが一番正しい選択であるのだと。

 

 けれど……、ああいや、だからこそ。それならば、逆に問おう。いいや、こう問わねばならないだろう。

 

 一度でも何かを失った者は、涙を呑んで総てを忘れるしかないのか?

 

 故郷を、家族を、あの幸福を……笑顔に溢れていた日々を。残らず闇に葬り去られた不条理を、寛大な心を以て、俺は許さなければならないのか?

 

 お前は正しい、賢いのだと称賛されて。これで良かったなどと慰めるなどと、そんなこと―――ふざけるな、認められるか。そんなお題目は糞喰らえだ。

 

 だからこそ、見つけなければならないだろう。地獄の先に花を咲かせることができる方法を。闇の果てへと踏み入りながら、それでも再び追い求めた陽だまりへと辿り着ける道筋を。

 

 ああ、そうだ。忘れてはならないことがある。あの日の記憶を、総てを失ったあの日。

 

 ――覚えているのは火の景色、何もかもが燃え盛り、何もかもが消えていく破滅の記憶。

 

 ――覚えているのは故郷の景色、炎に包まれる前に確かにあった懐かしい故郷の記憶。

 

「急げ、逃げろ……!」

「待って、待ってよ■■■■■■、まだ、お父様とお母様がいるの! 一緒に来てもらわないと……!」

 

「そんな時間はない。お前だけだ、お前だけを連れていくので精一杯なんだ、ターニャ!」

 

 走る、走る、必死に走る、わき目も振らずに、燃え盛る故郷に目をくれることもなく走っていく。

 

 一度でも足を止めてしまったら、もう身体を動かすことが出来なくなるほどの現実が実感を伴ってしまう前に、あまりにも衝撃的な出来事に心がマヒしてしまっている間に、傍らの少女の手を取って必死に足を進めていく。

 

 突然の出来事だった、あまりにも唐突だった。奴らは突然村へと現れて、無差別に村を襲った。

 

 泣き叫んだ人の首が飛んだ、立ち向かおうとした大人の顔が吹き飛んだ。そのうちに火の手が上がり、ほんの少し前まで、長閑で日々の変化なんてほんの少しあるかどうかも分からないような場所であった故郷は一瞬にして、その光景を様変わりさせていくこととなった。

 

「嫌だよ、みんな大変なんだよ、私達だけなんて――――」

「我慢しろ、我慢するしかないんだ。だって――――」

 

 だって、俺じゃ勝てないから。ターニャを守るために立ち上がって、おとぎ話の英雄のように襲撃者たちを蹂躙することが出来たとしたら、どれほど気持ちがいいだろうか。

 

 けれど、そんなことは起こりえない。ただ、俺の命が無為に失われてしまうだけ。

 

 そんなことは認められなかった。自分の命が失われるのは怖くない。だけど、俺の腕を掴み、必死に足を動かす幼馴染の少女が危険に晒されるのならば、俺は何があろうとも守らなければならない。

 

『ターニャを、頼む……、もう、君しか――――』

 

 先ほど耳にした声が脳内で再生される。身体が半分に砕けたターニャの父より託された言葉がリフレインし、今にも折れそうな足を必死に立たせて足を進ませていく。

 

 ターニャがその残酷な真実を知れば、きっと泣き崩れて、もう動けなくなってしまうだろう。だから、振り向かせるわけにはいかない。総てを振り切って、彼らが諦めるほど遠くにまで逃げなければならない。

 

 逃げた後はどうするのかなど考えている場合ではない、そんなものは後から考えればいい。

 

「大丈夫だ、絶対に。きっと、全部上手くいく……!!」

 

 彼女に言い聞かせる。むしろ、自分に言い聞かせるように告げた言葉に握る手の力が一層強まっていく。それが言外に彼女の想いを告げているように思えて、崩れ落ちそうだった足にもう一度力が入る。

 

「あーあ、捜したぜ。まったく、これだから無差別に暴れるなんてのはナンセンスなんだ。獲物が怯えて逃げて行っちまう。取り逃していたら、俺らが責任を取る羽目になっていたんだ。そろそろ鬼ごっこは終わりにしようぜ、少年?」

 

 パンと乾いた音が鳴ると、握っていたはずの腕の力が一気に抜けた。何故かと視界をそちらに向ければ、自分の腕から血が流れている。そして程なくして鈍い痛み、自分が打たれたのだと理解し、足を踏み外したことによって、俺は遂に膝を屈して地面に倒れてしまった。

 

「がっ――――」

「苦労したぜ、嬢ちゃんの姿が見えない時にはてっきり、うちの連中が殺しちまったんじゃないかと思ったぜ。勘弁してくれよな、クライアントに殺されちまうぜ。

 ま、時間はかかったが、嬢ちゃんは確保」

 

「嫌、嫌、あなたたち誰なの、どうして、こんなことを!」

「そりゃ、嬢ちゃんが七星に連なる人間の1人だからさ。いずれ、嬢ちゃんの力が必要になる。だから、これは運命なんだ、そんな運命を生み出してくれた神様って奴を呪ってやってくれ」

 

 こともなさげに襲撃してきた男たちの頭目であろう人物は、自分たちの目的がターニャにあったことを明かす。

 彼女1人を確保するためにこの現状を生み出した。彼女がもしも早く見つかっていれば、こんなことにはならなかった? ありえないだろう、この連中がそんな半端なことをするはずがない。

 

「村の連中は皆殺しにしろ、証拠一つ残すなよ」

「待、て……、ターニャを、放、せ――――ごっ!」

 

「元気がいいねぇ、兄ちゃん。俺は結構、お前のことを評価しているんだぜ? あの状況で形振り構わずに必死になって逃げるなんてことができるなんて、随分と勇気がある。ただの無謀だなんていう奴もいるかもしれないが、むしろ俺は歓迎したいね」

 

 腹を蹴りつけられ、口から唾液混じりの唾が噴き出す。苦みと甘みが混ざり合って不愉快な匂いが口の中に広がり、それが自分の惨めさを一層引き立てる。

 

「嫌だ、助けて、どうしてお父様とお母様は来てくれないの!? 嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 

 泣き叫ぶ彼女の声だけが、耳に響く。こんなことにしたくなかった、あんな慟哭を聞かないようにするために必死になったっていうのに、ほんの少しの暴力が襲い掛かって来ただけでそんな決意は踏みにじられていく。

 

 こうなると分かっていたから、必死に逃げていたのに。見つかってしまえば、この様だ。見逃してもらえる理屈をいくら吐きだそうとしても、決まりきった結果へと向かっていくだけの悪鬼どもは、どんな言い訳を並べ立てたところで変わりはしない。

 

「悔しいか、兄ちゃん?」

「――――――――」

 

「おい、コイツも連れて行け」

「いいんですか。先ほど村の人間は皆殺しにしろって」

 

「いいんだよ、『星家』からは何人か素体になりそうなやつは連れて来いって指示を受けていただろ。めぼしい奴は全員攫ったが、活きがいい眼をしているんだ、ここで殺しちまうには勿体ない」

「なにを、話して、いる――――」

 

「うん? そうだなぁ、運が良ければ、お前は姫様の騎士になることもできるって話しだ。守りたかったんだろ、助けたかったんだろ? だったら、必死になって生き延びてみろよ、そうすりゃ、細やかな幸福くらいは取り戻すことができるかもしれないぜ?」

 

 それは悪意に塗れた言葉だ。甘い言葉で誘惑して、自分自身の心を諦めさせるために与えられる悪魔のささやきだ。

 

 でも、それに抵抗するためには、俺はあまりにも無力すぎた。ターニャが攫われたことで、此処まで必死に繋ぎとめていた心の支えが崩壊してしまった。

 

 意識が途切れていく。動かさなければいけない身体はまるで全身に鉛が据え付けられたかのように、ぴくりとも動かない。かすれていく視界の中で、最後まで燃え盛る村の光景が目に焼きつくように浮かび続けていた。

 

 何が正しい選択だったのだろうか。俺はどうすればターニャを守ることが出来たのだろうか。いいや、むしろ、選択の余地などなかったのだろうか。

 

 奴らが、この村を襲撃に来た時点で、俺達の運命は決していて、逃げ出したたったの数分間だけが俺達に与えられたほんの僅かな猶予だったのだとすれば、それはあまりにも儚い抵抗だ。命を磨り潰す事態を気紛れ程度の間隔で改められたのだとすれば、果たしてそこで命を失っていた方が幸福だったのだろうか。

 

 わからない……、わからないが、こうも考えることはできないだろうか。

生きていることが出来なければ、何も為すことはできないのだと。燃え盛る炎を見ていることしかできなかった、守りたかった相手の手を掴むことが出来なかった、逃げることしか選択することが出来なかった自分、何もかもが自分自身を汚泥の中に引きずりこんでいく。

 

 許せない、認められない。なんだこれは……俺達が何をした? どうしてこんな結末を認めなければならない。

 

「然り、総てはキミの無力がために。立ち向かう力を得ることなく、ただ逃げることしかできなかった獲物に狩人へと抗う術が与えられるはずもない。

 故にこそ、キミの怒りは真っ当だ。奪われたのであれば奪い返さなければ帳尻が合わない。善悪の概念で言えば紛れもなく彼らこそが悪だ。君の義憤はむしろ善の怒りであると断じることに過言はなかろう」

 

 かつての記憶に心が煮えたぎる。この数年間、一瞬たりとも忘れたことはない。多くの記憶をなくし、身体中を好き勝手に弄られて、もはやどこまでが元の自分であったのかなど分からないけれど、自分が自分であるという認識だけは間違いなく持っている。

 

 あの燃え盛る村の光景を忘れたことはない。彼女の慟哭は今でも耳に残っている。

 

 何よりも―――ああ、許せないのは立ち向かえなかった自分であると思っているから。

 

「問おう――――力を欲するかね?」

 

 それは悪魔の囁きだ、あの時のように甘い夢を与えて破滅へと誘うための言葉だ。

 

 何せ、その与えられた力は誰かを守るための力ではない。そんな誰もが憧れるおとぎ話の勇者になれる資格を既に自分は喪失している。大切な人の手はもう自分の掌からすり抜けてしまったのだから。

 

 だから、与えられた力が発揮されるのは何処までも、誰かを害するための力に他ならない。奪われた者を奪い返すためだけに与えられる悪逆の力。

 

 そんなことはわかっている。わかっているけれども――――

 

「ああ、俺はそれを欲する。俺から総てを奪った奴らへの復讐を果たすために。俺に残ったたった一つの憎悪を形へと変えるために」

 

「委細承知―――では、キミはこれよりレイジ・オブ・ダストと名乗るが良い」

 

 まるで洗礼を与える聖職者のごとき男は物知り顔の態度を崩すことなく、聞き慣れない言葉を口にする。

 

「レイジ、オブ、ダスト……?」

 

「然り。単にアベルと呼ぶのでも構わんのだがね。やはり、名前と言うものは侮れない。与えられた名前こそが君に力を与えると私は思っている。

 であれば、キミは七つの星より分かたれた星屑、地へと落下するその間際に放たれる一瞬の閃光―――そのような在り方こそが望ましい」

 

「総てを燃やし尽くすのであろう、己の総てを奪った者へと裁断を下す復讐者へと成り下がるのであろう? それは悪鬼の所業だ、およそ人の為すべきことではない。

 故に―――人の名前など必要あるまい。君はただ、七星に復讐を果たすためだけの存在、それをまずはカタチにしてみようと言うことだよ」

 

「ああ――――構わない」

 

 元より、俺の人生の総てはあの日に奪われ尽くした。例え、たった一人で全てが消え去った荒野の中に立たされて、生き残ったのだから、これからは前を向いて違う人生を生きて行けなどと、そんな器用なことができるほどの立ち回りなんてできるはずもない。

 

 だから、これでいい。そうだ、俺は復讐者となろう。奴らが奴らの事情で俺の人生を、大切な人たちの人生を、踏み潰したように、俺は俺の事情で奴らの願いと人生を踏みにじろう。

 

 もはや二度と戻れぬかつてに未練はない。それは懐かしいほどに輝かしく記憶に刻まれているから。だから……、宝物には蓋をして、俺は前を向いて行こう。

 

 今度は嘆くことがないように、あの日の無力を倍返しで叩き付けてやるために。

 

「では―――君に彼らを授けよう。どのように扱うのか、どんな立場で参戦するのか、それは君の好きにすればいい。選択肢は多くはないだろうが、キミが狙う者たちもまた己の願いを叶えるために全身全霊を以て聖杯戦争に臨む。

 何を選ぶべきなのか、何を為すべきなのか、ゆめゆめよく考えたまえ。彼らは決して狩られるだけの弱き動物ではないのだから」

 

 目の前に魔方陣が浮かび上がる。そこから生じる黄金色のエーテルが実像を結んでいく。

 何が起こっているのかわからない。そもそも、目の前で得意げに話をしている相手のことだってよく分かっていない。

 

 俺が分かっていることは、この男が俺に復讐の機会を与えてくれると言うことだけ。もはやボロ雑巾のように打ち捨てられた自分の人生にもう一度意味を与えてやると告げられたに等しい。だから、その手を掴んだ。悪魔を滅ぼすには悪魔に魂を捧げるしかないのだから。

 

 聖杯戦争―――七星の連中が自分の願いを叶えるために始める儀式、一つの国を巻き込んで、自分たちの願いの為に再び開かれる殺戮の宴。

 

 魔術のことなど分からない、他の参加者のことなど何一つとして知らない。

 

 ただ、聖杯戦争に参加することで七星の連中と対峙することができると言うのであれば、他に何も言うことはない。

 

 それがどれ程困難であろうとも、どれほどの死地であろうとも、七星を滅ぼすと言うこの意思に僅かばかりの変化も考えられないのだから。

 

 収束していく黄金色のエーテルがやがて、三つの実像を結んでいく。それらは三つの人の形を保ちながら、やがて影が重なるようにして一つの人間の姿へと変わっていく。

 

「少しばかり手心を加えさせてもらった。いかに君の憎悪が激しかろうとも、いかに君の英霊が強かろうとも、彼ら総てを相手取るとなれば些か不利であることは否めないだろう。

 君が彼らをどのように扱うのかは腕の見せ所だ。是非とも、我が神への捧げる供物たる物語を期待しているよ」

 

 まるですべてが自分の思い通りに進んでいるとでも言わんばかりの態度を浮かべながら、その男は姿を消した。誰であるのかもわからない。何故、俺に手を貸したのかもわからない。気付けば奴はそこにいて、俺には知りもしない知識が与えられていた。

 

 利用されているのだろうと言うことは分かる。奴には奴の目的があって、そのために俺を七星へとぶつけようとしている。勝手にしろ、最初から勝算のない戦いに飛び込むのならば、使えるものはすべて使うしかない。

 

 俺に与えられた力、そして今、俺の目の前に立つ者たちの力、その総てを結集しなければ奴らを―――七星を滅ぼすことはできない。

 

「小僧――――貴様が、余の、いいや、我らのマスターであるか?」

 

「………知らない。俺は聖杯戦争のマスターなんてものになったつもりはない。俺はただ、俺の復讐を果たすだけだ。そのためにアンタたちの力を借りたい。それ以外に俺から言う言葉はない」

 

 目の前に立つ鎧を着こんだ偉丈夫に対して一切怖れを為すことなく言ってのける。怖がってなどいられない。恐怖なんて感情は捨て去らなければ到底前に進めない。

 

『くはは、愉快、愉快だなァ、これは。聖杯戦争のサーヴァントとして召喚しておきながら、主であるのかも知らない。自分は復讐することしか考えていないなどと口走る。英霊への態度を何一つ弁えていない生意気な小僧だ』

 

 まるで影のように偉丈夫の横にうっすらと姿を見せるのは、白髭で口周りを覆った老人であった。しかし、その眼光は偉丈夫と変わらず鋭く、年齢とその凶暴さがまるでそぐわない。

 

「悪いのか」

 

『いいや、悪くない。むしろ、貴様のようなクズでもなければワシらを召喚することなど出来んだろうさ。儂は怨敵との戦に生涯のほとんどを費やした。目を見ればわかる、小僧よ、貴様も儂の同類だ。怨敵を滅ぼすことができるのならば己の人生など知ったことではないと言い切れる狂人よ』

 

『勝手に君たちの理屈で話を進めないでもらえるか。僕は正直うんざりしている。こんな場に呼び出されて、狂ったマスターのサーヴァントにされるだなんて、罰を与えられるにはあまりにも救いがない』

 

 老人の態度とは対照的に、俺に対して露骨に拒絶する態度を浮かべたのは青年の影だった。何処か病的に何かに怯えるような様子を浮かべているその少年は、神聖であるように見えて、されど、どこまでも退廃的な様子を浮かべている。その二律背反、矛盾した様子こそが、その青年の本質であるかのように。

 

『何じゃ、お前さんは随分と消極的ではないか。一つの身体に押し込められたとわけだが、我らは共にアヴェンジャー。故にお前さんもそうした英霊であろうに』

 

『復讐者……か。悪い冗談だね、僕はどちらかと言えば、復讐される側だ。許されざる罪を犯した。その罪に対して復讐をされると言うのならば分かるけれども、僕が復讐をする側だなんてそれこそ、悪い冗談にも程がある。

 だから、僕らのマスター、キミにも言っておこう。君が進む先に幸福なんて訪れない。あるのはただ滅びだけだよ』

 

「そんなものは分かっている。だが、ならば、奪われてきた俺に全て諦めろと? 何もかもを忘れて、記憶に蓋をしなければ幸せになることができないなどと、そんなものは糞喰らえだろう」

 

 ああ、そうだ、復讐は何も生まないなんて……お呼びじゃないんだよ、そんな苔の生えた古臭い慣用句は。憎しみは捨てない。奴らは決して許さない。

 

 怒りを燃やして殺し尽くそう。ただの1人も逃がしはしない。

 

 そして、知らしめてやらなければならない。復讐と言う血によって舗装された道の先にあるものが地獄でしかないとしても、そこにだって花は咲くんだっていうことを。

 

 その先にこそ―――彼女の笑顔を取り戻すことができるんだと俺は信じているから。

 

「………少年よ、名を聞こう。これよりは長い付き合いになるだろう」

「レイジ、レイジ・オブ・ダスト。奴らを、七星を喰らい尽くす星屑の怒りだ」

 

 人である己の名前など忘れた。そんなものにこだわっていたら、俺は奴らを殺し尽くせない。真実、七星を喰らい尽くす存在へと変貌するために、与えられたその名前を己の名として背負う覚悟を示す。

 

『随分とへんてこな名前じゃのう』

『偽名でしょ、その名前こそが、彼にとっての洗礼。生まれた時に与えられた名前よりもなお、重要な意味を持つ名前なんだろうさ』

 

「……理解した。レイジ・オブ・ダスト、我らが主よ。そなたの復讐に力を貸すことはやぶさかではない。何せ、我らは復讐者。その胸に宿している怒りの炎、その意味を理解できぬわけではない。我らはそなたの理解者となろう。地獄の果てに堕ちていくそなたに寄り添い続けよう」

 

「最後まで付き合うと?」

「それがサーヴァントと言うものの責務であればこそ」

 

 メインの人格である偉丈夫はこの中でもっとも落ち着き払ったうえで、俺の目的を歓迎してくれている。

 

 ああ、そういう態度を出してくれるのはありがたい。余計なことに時間を使っている暇なんてない。弄繰り回された体はいつ、ダメになるのかもわからないのだから、奴らを殺し尽くすためには駆け抜けなければならないことは自分でも嫌と言うほどに理解している。

 

「改めて、我らはアヴェンジャ-、そして我が真名は『ティムール』、復讐という大義を掲げ、大陸を駆け抜けた王である」

「ティムール……」

 

 その言葉に勝手に自分の中に知識が湧きあがっていく。かつて、広大なる領土を生み出した遊牧民族たちの末裔として産み落とされ、己の手によって再び大帝国を創り上げた男、後にティムール帝国と言う名で中央アジアからイランまでを征服し尽くした蒼き狼を継いだ者たちの1人。

 

「少年よ、為すと決めたのならば最後まで戦い続けよ。途中で諦めることこそ、最大の悪であると知れ」

 

 そう、これが出会い。俺とアヴェンジャー、復讐を標榜する者たちはこうして出会い、そしてセプテムへと足を進める。

 

 総てを壊すために。奪い返すために。そして花を咲かせるために。

 

 誰かの願いなどどうでもいい。俺はただ……、総てを壊すことでしか何かを変えることはできないのだから。

 

 これは――――七つの星より堕ちた星屑の復讐譚である。

 

第0話「Philosophyz」―――終了

 

 次話予告

「物騒なことを言うものではないぞ、ジャスティン・ドミルコフ。我々はただ返還してもらうだけだ。薄汚い暗殺一族に奪われた我らが国土をこの地に住まう者たちの手に取り戻す。奪いたいのはむしろお前の方だろう」

 

「総てに勝利して、私と我が王は聖杯を掴む。故に……、キミが自分の願いを通したいと思うのならば、勝って見せるしかない。我々は七星―――戦でこそ、その在り方を証明できるのだから」

 

「軽薄な男はあまり好みませんね。千の言葉で飾り立てるよりも一つの武勲で、己の気品を示してみてはいかがですか? 戦士としても殿方としても、私はそちらのほうが信頼できます」

 

「あいつ、ほんまにウチのこと舐めとるわ。誰のおかげで聖杯戦争に呼んでもろうたと思うとるんや、マジで。権力使って、秋津市囲い込んだろうか、うちは姫やぞ、姫!!」

 

「これより開かれる決起集会は我らの心を一つにするための一幕であり、諸君らには不退転の決意を抱いてもらいたい。この決起集会が終わった後に、我々は―――七星討伐の為に、王都へと打ってでる!!」

 

「さて、兵は揃えた、舞台は整えた。ならば、ここからは汝らの出番だな、皇女よ。名折れなどと言わせぬようにしてくれよ。この戦は、この地における『侵略王』の初陣であるのだからな」

 

「こりゃ、腹を括らんとマジでいかんかもしれんな」

 

第1話「Stardust Dreams」

 




各話サブタイトルは、この話を作る上で参考にした楽曲からとっています。歌詞を見ていくと徐々に話の骨格が見えてくるかも?

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第一章『深淵森都セレニウム・シルバ』
第1話「Stardust Dreams」①


本編開始、長いお付き合いになるでしょうが、よろしくお願いします!


――東欧・セプテム国首都『ルプスコローナ』王宮――

「騒がしいね、まるでレプスコローナ全体で謝肉祭が行われるかのようじゃないか、タズミ卿」

 

「国民たちの多くに祝福されている皇女様の加冠の儀を数日後に控えているのだ。何も知らぬ民衆たちは、そのめでたき日が近づいていることに喜びを覚えるだろう。

 もっとも、そのような日が本当に来るのかどうか、もしも、来なかったとすればこの空気も一変してしまうのかもしれないがね」

 

 東欧に位置する国家『セプテム』、かつて数百年前に、遊牧民族の大帝国の躍進によってこの地にまで移動をしてきたとある一族のとある目的によって建国されたその国の首都、『狼の王冠』を意味する街、ルプスコローナは本来の賑わい以上に、人々が街の中へと繰り出して、あわやこれより祝祭があげられるのではないかと思うほどの人ごみが形成されていた。

 

 セプテムの国民にとって、この数年間は決して安息の時間と言えるだけではなかった。

 セプテム王が10年程前より突如として始めた強硬的な対外姿勢。国内で言えば、必要悪のように見て見ぬふりをされていたルプスコローナに隣接するスラムそのものが二度の浄化によって、完全に沈黙した。

 数百年、水面下で王族と貴族が対立関係を続けながらも、国民たちの目線で言えば安寧が約束されていたのだ。それがここ数年間はどうにもキナ臭い。

 

 導火線に火がつけられてしまうのではないかという危惧を抱きながらも、日々の日常を過ごし続けている国民たちにとって、間近に控えた皇女の祝事は、自分たちの気分を発散させるための良い節目であるのだろう。

 

 その裏で、このセプテムそのものを揺るがしかねない事態が進んでいることを彼らは知らない。知る必要もなく、全てが終わった後に知るか、あるいは知らずのままに巻き込まれて被害をこうむるのか。どちらにしても当事者たちにとってはどうでもいいことである。

 

 人ごみの中を歩き、王宮への入り口にまで足を進め、セプテム土着の貴族、タズミ・イチカラーと彼の協力者であるジャスティン・ドミルコフは口元に笑みを浮かべた。

 

「さて、では宣戦布告と行こうか。聖杯戦争で雌雄を決しようとね」

「人が悪いな、タズミ卿も。そこははっきりと言ったらどうだね、いよいよ国を奪わせてもらうとね」

 

 往来のどこで誰が耳をそばだてているなどとは考えない。

赤髪のオールバックに成金趣味の金色のネックレスと色合いが強いスーツを着込み、葉巻を口に咥えたまま此処まで辿り着いた男、ジャスティン・ドミルコフはまるで自分がこの場の支配者であるかのように振る舞っている。

 

 ジャスティン・ドミルコフ―――タズミ・イチカラーが招いたタズミ陣営の一員である彼の本来の立場は、俗にアルバニアン・マフィアと呼ばれるギャング、反社会的勢力の一員である。何故、そのような人物とセプテム土着の貴族であるイチカラ―家に繋がりがあるのかと言えば、そこには近年、急速に推し進められている強硬な対外姿勢が根を張っている。

 

 いわゆる武器商人―――対外的な威圧を与えるには当然に武器が必要となる。国家として大々的に武器を徴発する姿勢を示せば、国際的な非難を免れることは出来ず、転じて武器を手にするのならば非合法的な手段に頼る必要が出てくる。

 

 マフィアと呼ばれる非合法的な組織から国家が金を払って武器を手に入れる。タズミ自身は同じ穴のムジナであると言う自覚はあるが、王族として国民に対してこれ以上の裏切りはないだろう。国民の血と汗の結晶でできた金貨が彼らの手元に横流しされているのだから。

 

 最も、何事も使いようである。王族が武装を増していくのであれば対立する者もまた武装を増やしていかなければ太刀打ちすることはできない。理屈としては簡単なことでああり、タズミがジャスティンと接触をしたのは、セプテムに流れている武器の出どころの内の半分を彼が担っていたからである。

 

「物騒なことを言うものではないぞ、ジャスティン・ドミルコフ。我々はただ返還してもらうだけだ。薄汚い暗殺一族に奪われた我らが国土をこの地に住まう者たちの手に取り戻す。奪いたいのはむしろお前の方だろう。ステッラが抱えている巨大な利権を奪い取ることが出来れば、お前たちはセプテムの裏の総てを牛耳ることができるのだから」

 

「ああ、そうだとも。だから、あんたには勝ってもらわないといけないわけさ、タズミ卿」

 

 タズミは笑みを浮かべる。これほどの大言を許可しているのも全ては自分自身を含めて不退転の決意を固めているからに他ならない。既に王宮より離れた自分たちの居城には、聖杯戦争に備えてこのセプテムに集わせた指折りの魔術師たちが控えている。

 

 魔術協会や聖堂教会、神祇省がこのセプテムの中に介入したいという思惑を抱えながらの参戦であることは十分に理解しているが、毒を食らわば皿まで。戦後処理を考えても、こちら側の陣営のリーダー格となるのは間違いなくタズミである。

 

 聖杯戦争の結末がどのようになろうとも、セプテム王族たちを聖杯戦争という大義の下に排除することが出来れば、タズミが既に声を掛けている同じ志を抱いている貴族たちの協力の下に、タズミは新たなセプテムを導く立場になるのだ。

 

 その青写真にジャスティンは乗った。元より、ジャスティンたちアルバニアン・マフィアが利権を独占するには王族と結託している対抗勢力を排除しなければならないのだ。

 

 聖杯戦争の結末がどうなろうと知ったことではないが、タズミに協力したと言う事実を以て甘い汁を吸うためには相応の働きをしなければならない。

 

 舌なめずりをしているわけではなく、当然の報酬を得るための算段をつけているだけに過ぎない。

 

 王宮を警護している騎士たちが仰々しくタズミたちに頭を下げる。獅子身中の虫を通すほかない彼らの心中やいかほどか。それとも、セプテムの未来を王族と共に憂える貴族として捉えられているのか。

 

(どちらでも結構だよ、あと数日が経てば、総てが変わるのだ。それまでの束の間の苛立ちなど、総ては勝利の美酒に酔わせるための肴に過ぎんということだ)

 

 王宮の長い通路を歩き、慣れた足取りで謁見の間へと進む。セプテムの貴族であれば幾度となく通ってきた王へと謁見を賜るための道、いずれはこの道を断罪の為に歩く時が来るのであろうと、野心を抱えた男は進んでいく。いずれは自分がこの通路を歩いてきた者たちを迎える側になるのだから。

 

 謁見の間を警護するように立っている騎士たちと視線が合う。騎士たちは無言のままに謁見の間の扉を開く。

 

「はっ、貴族様ってのはイイねぇ。何もしなくても扉が開くんだ。力を持つってのはこれだからイイ。誰だってこんなものは手放したくないよなぁ」

 

「謁見の間だぞ、無駄話はするな」

「はッ、承知しましたよ、主殿」

 

 茶化すようなジャスティンを一瞥して謁見の間へと足を進める。そこにはセプテム王の他に複数の人間が並んでいた。タズミは舌打ちしたくなる気持ちを必死に抑える。

 

 王に見下ろされるのはいい、そういう立場であり慣れているからだ、リーゼリット皇女も妥協はできる。あの凛々しくも気高き皇女はいずれ自分のモノにするつもりだ、生意気なくらいがちょうどいい。

 

 だが、他の連中は何だと言うのか。何故、王族でも貴族でもない者たちがこの謁見の間にて、まるで王の友であるかのような態度を浮かべているのか。

 

(星灰狼、ヴィンセント・ステッラ、どちらもセプテムを食い物とする害虫どもだ。奴らを排除せぬ限り、セプテムは七星の王国として使い潰されるだけ、この聖杯戦争で必ずや、お前たちを消し去ってくれる)

 

 星家そしてステッラ家、それぞれ中華とイタリアに居を構える闇の中で生きる者たちは、セプテム建国の時より、エトワール朝の王族たちと親交を密にしてきた。

 

 何故、セプテムがエトワール朝という東欧に由来する者たちではない王朝が今まで崩れることがなかったのか。それは秘密裏にエトワール朝を支援する者たちがいたからに他ならない。

 

 人種でも宗教でもなく、彼らは繋がり合った一族としての血脈を以て互いに支え合ってきた。大モンゴル帝国の躍進と共に世界へとその種を飛ばした七星の一族。

 

 決して表に出ることなく裏側からこのセプテムの屋台骨を支えてきた者たちは、聖杯戦争を迎えるに当たって、いよいよその姿を表に曝け出してきたのだ。

 

「突然の招集にもかかわらず王宮まで足を運んだこと、大儀であったな、イチカラ―卿」

「いえ、まもなく、セプテムの未来を決めるための儀式が始まるのです。であれば、これもまた儀式を円滑に進めるために必要不可欠な取り成しと考えれば、この程度の行幸は何ら苦ではありませぬ」

 

 既に老齢に差し掛かろうとしているセプテム国王はタズミの不遜な態度を咎めることはしない。タズミの翻意に王が気づいていない筈もないだろう。慇懃無礼な態度がタズミもジャスティンも無意識のうちに滲み出ているのだから。

 

 最も、だからといってタズミはこの場で自分の首が落ちることは間違いなくないだろうと踏んでいた。願いを叶えるための儀式である聖杯戦争は通常のそれとはどうにも異なるらしく、本来の数の2倍の参加者を必要とする。

 

 王族及び七星側で集めてきた参加者は7人、そしてタズミ側で7人が集った。言わば、タズミたちがいなければ成立しえない戦いであり、王族や七星が何を目論んでいたとしても、タズミの野心からの参戦が無ければ聖杯戦争は意味をなさず、いたずらに魔術協会や聖堂教会、あるいは秋津市の御三家の参戦を許していたかもしれない。

 

 タズミは彼らに感謝こそされど疎まれる理由など何一つない、だからこそ、このように堂々と王宮へと足を運ぶことができる。

 

「彼らが王が呼び寄せた参加者たちですか?」

「その通りだ、そちらの準備は何処まで進んでおる?」

 

「既に我々を含めて6人のマスターが到着しております。後1人を以て、我々側の聖杯戦争の準備も整いましょう」

 

「いよいよだな……」

「ええ、いよいよ我々セプテムが栄華を手にする時が来たのです」

 

 その栄華を手にする者は、紛れもなく自分であると腹の中で嘯きながらタズミは王との空虚な会話を続けていく。互いに腹の内では全く異なることを考えながら会話を続けていくのだから、救いようがない。

 

「イチカラ―卿よ、そちらの最後の1人が集った時こそ、聖杯戦争の始まりの合図、合図は魔術によって空を照らすこととする」

「聖杯戦争を実施する場所は既に我々の領内で用意をしております。この王都を危機に晒すことはありませぬ」

 

「手際が良いな」

「それが王命であれば、この程度、造作もありませぬ」

 

 勿論、自分の領内で戦闘を行うことがただ王都の人間に被害が及ばないようにするためではないことなど言うまでもない。無数の罠と、聖杯戦争の為に仕入れた魔術師との戦いにもなれた傭兵たち、自分たちの力を絶対であると過信している七星に連なる者たちを一網打尽にするのであれば、タズミは一切の私財を惜しまない。

 

 これより先に待っている栄光を考えれば、あらゆる代償を払ってでも勝利を求めることは決しておかしなことではないのだから。

 

 対外的な問題は総て王族たちの暴走とし、王族の秘密を明かし、そして己が勝利者としてこの国を統治する。

 

 なんとも素晴らしい夢ではないか。

 

「そなたら貴族たちには度々、手間ばかりを掛けさせる。あと暫しの間だ。あともう少しで我らセプテムはかつての悲願を果たすことができる。その悲願の達成を以て、我らの国は東欧を呑み込む絶対的な国へと変わろう。聖杯戦争はその狼煙を上げるための始まりに過ぎぬのだ。

 その先駆けの役目を担ってくれたそなたには感謝をしておる。必ずや褒美を取らせよう」

「勿体なきお言葉であります」

 

 深く深く頭を下げる。報酬など必要ないと思っているのだけは確かである。報酬は己の手で掴む。聖杯と言う絶対的な願いを叶えるための願望機を手にすることが出来れば、全知全能の存在へと己を押し上げることも出来よう。

 

「国王よ、我々は居城へと戻り、聖杯戦争の最後の準備に取り掛かります。共に明日のセプテムの未来を憂う者として、悔いの無い戦としましょうぞ」

 

 告げて、タズミとジャスティンは立ち上がる。立ち上がった頃合にジャスティンの視線がヴィンセントとぶつかり、ヴィンセントは苦笑を零し、ジャスティンは苛立ったような表情を浮かべた。

 

 その反応だけでも、ヴィンセントにとってはジャスティンが取るに足らない存在であると認識されているのは明白であっただろう。

 

 タズミとジャスティンの謁見が終わり、謁見の間より彼らが姿を消していく。そうしてしばらくすると、最初に聞こえてきたのはヴィンセントの含み笑いだった。

 

「くっくく、まるで王命に忠実な騎士のようなふるまいをしていやがる。腹の中にどす黒いものをいくつも抱えているってのに、イチカラ―卿は随分と弁が立つな。いやはや、海千山千の貴族様ともなれば、ああもふてぶてしくなければできもしないか。

 そりゃそうだ、聖杯戦争と言う戦いを利用して、自分が王になろうとするんだ。出し惜しみなんて当然にするはずもない!」

 

「ヴィンセントおじ様、口が過ぎますよ、ここは謁見の間、王の面前です。不穏な言葉は慎んでいただきたいのですが」

 

「そういうなよ、リゼお嬢様。皇女様にとってもありがたい限りじゃないか?

聖杯戦争を通して、邪魔ものを排除することができるのは何も、あちらさんだけじゃない。立場や駆け引き、積み重ねてきた業によって身動きが出来なくなった連中にとって決着をつけることができるのはいつだって戦争だけだ。

 勝った方が強い、願いを叶えられる、シンプルで良いじゃないか。表の世界を生きるアンタたちだってそれほどの大義名分を与えられれば好きに動けるんだからよ」

 

 笑う男、ヴィンセント・N・ステッラ、彼は確かにこの場に立つには最も似つかわしくない存在であるかもしれない。

 

 ジャスティンたちアルバニアン・マフィアと対立するシチリアン・マフィアとしてセプテム王家と過去より深く結びついた『ステッラ家』の顔役である彼こそが、セプテム王家の軍備増強、そして欧州の闇の中でセプテムの関係性を一定以上に引き上げることで、硝煙の匂いが際立つセプテムの対外的なバランスを保ち続けてきた。

 

 金と利権に塗れた男、されど、七星と言う血族たちの中で最も俗世での生き方を知り尽くした男は、下手な芝居を打つタズミと彼に乗っかって一獲千金を目指す見る目のない同業者の姿に先ほどまで笑いをこらえるので必死だったのだ。

 

「そう言わないでやればいいじゃないか、ヴィンセント。イチカラ―卿の翻意は我々全員が知ることだ。いいや、それも違うな。そうした翻意を抱いている人間であるからこそ、都合がよかったんだ。国王が彼に関心をしているのだって一面では正しいことだよ。

 我々はこれより聖杯戦争で敵役となる相手を倒さなければならない。その敵役に相応しい配役へとおさまり、相手となる者たちを集めてくれたんだからね」

 

「よく言うね、全て、お前とカシムの謀り事だろうが。俺も裏の世界では相応に悪事を働いてきたとは思うが、『星家』の元締めであるお前には負けるよ、なぁ、星灰狼、我らがハーンの片腕、この聖杯戦争を勝ち抜くことを約束された絶対的なる我らが七星の願いを象徴する者よ!」

 

 東欧に存在するセプテムの王宮には似つかわしくない中華の漢服に身を包んだメガネを懸けた黒髪短髪の男性はヴィンセントの溌剌な声に微笑を零す。何も答えないが、何も答えないことこそがこの場では何よりも彼の関与を意味する。

 

 タズミに与えられた聖杯戦争の情報も、タズミがここに聖杯戦争に参加する猛者たちをスムーズに集めることが出来たのも、何もかも、星灰狼という男がいずれ、開かれる聖杯戦争の為に己の配下やヴィンセントたちを動かしたからに他ならない。

 

 最初から総ては掌の上、であれば、彼らが今更、タズミやジャスティンの行動に驚くいわれなどない。

 

「リゼ皇女、不満かな?」

「………何故、そのようなことを?」

 

「あまり良い表情をしていなかったからね。イチカラ―卿に対して向けていた感情とはまた別の、自分自身の中に浮かんだ迷いに対してどう反応すればいいのかわからない、そのような様子が見て取れた。君の価値観からすれば、イチカラ―卿に我々が仕掛けたことは容認できない、そうではないかな?」

 

「セプテムの土着貴族たちの中には明確に、我々王族に敵対心を持ち寄っている者たちがいます。イチカラ―卿はその急先鋒とも言えます。彼らを静かにさせることが出来れば、王族と対立する派閥にも大きな影響が生まれるでしょう。そういう意味で、私は、灰狼殿やヴィンセントおじ様の策略を咎めるつもりはありません」

 

 タズミと言う人物の影響力は多かれ少なかれ、父やリゼ本人にとって悪影響を与える存在であることは間違いない。幾度となくその影響力を弱めようとしたが老獪な貴族は決して尻尾を見せようとしなかった。

 

 今回、あれほどまでに自分たちへの敵意を隠そうともしていないのは、それ自体が宣戦布告なのだろう。お前たち王族を引き摺り落す、聖杯戦争はそれを可能とする舞台であると、罠にハメられたことを何処まで理解しているのか、本質だけは間違いなく彼らも掴んでいる。

 

 ただ、自分でも理解している様に罠にハメたことも事実なのだ。これが本当に雌雄を決する舞台であるのならば真正面からの激突ではダメだったのかと、自分自身に問う想いがあることは嘘ではない。

 

「不満があるわけではありません。ただ、正しいのかを自分の中で呑み込めていないだけです。聖杯戦争は本来、魔術師たちが自分の魔術を駆使してサーヴァント共に戦い抜く儀式であると聞きます。そうした趣旨と些か外れてしまっている、そんな風に自分の中で思っている節があるのかもしれません」

 

「ならば、キミは自分の力で正しさを証明するしかない」

「灰狼殿……?」

 

「私とライダーは聖杯を掴む。それは私たちの中では決定した事項だ。そのために全力を尽くし、あらゆる敵を屠る覚悟でいる。だが、敵手が挑戦をしてくることを拒むつもりはない。イチカラ―卿も、彼が集めた魔術師たちも、そして……七星に連なる者たちも全てだ。

 総てに勝利して、私と我が王は聖杯を掴む。故に……、キミが自分の願いを通したいと思うのならば、勝って見せるしかない。我々は七星―――戦でこそ、その在り方を証明できるのだから」

 

「私は……」

「リゼよ、そこまでにするのだ。我々セプテムは偉大なるハーンの帰還を待ち、再び駆け抜けるためにここに国を創り上げた。最初からそれが我々の運命なのだ」

 

「………申し訳ありません、国王陛下」

 

 恭しくリゼは自分の父に頭を下げる、灰狼と事を構えたところで得られるものなど何もない、それが父であるセプテム国王の判断である以上、皇女の自分がその判断に対して異なる反応を示すわけにはいかない。

 

「灰狼、高尚な決意を口にするのは結構だが、実際の所、お前に勝てる奴なんていないだろう。この聖杯戦争は所詮、お前たちが勝つための舞台づくりだ。最初から最後までそういう風に仕上がった舞台だ。盛り上げてくれるのは結構だが、過ぎた謙虚はむしろ、毒にしかならんぜ」

 

「そうでもない……、この聖杯戦争、アベルも参戦する」

「――――――――」

 

 灰狼の言葉にヴィンセントは目を見開いた。反対にリゼは聞き慣れない単語を聞かされたことで不思議な表情を浮かべている。

 

「驚くことでもないさ、カインがいるのなら、アベルがいても不思議ではない。私は彼こそが、我々にとっての脅威になりえるのではないかと期待しているのだ。この聖杯戦争をただの約束された舞台ではなく、予測不能な舞台へと変えてくれるだろう」

 

「ふん、そうかい。ならば精々寝首をかかれないようにしないといかんな。俺のサーヴァントは気性が激しい。殺意や敵意なんてもんを向けられたら、こっちの命令を聞くこともしなくなるかもしれんからな」

 

「ああ、ヴィンセント、キミは私にとって必要な存在だ。背中には気をつけたまえ。誰が狙っているとも知れないからな。私もキミも、どちらかといえば人に感謝されるよりも恨まれる側の人間だからね」

 

「確かに、それは一理あるな。そういう意味ではリゼお嬢様の方がむしろ安全なくらいだ。なんだかんだで国民たちからは愛されているからな」

 

「皮肉にしては面白くないですよ、おじ様」

「皮肉ではないさ。事実を言っているんだ。そう怒るなよ、仲良くして行こうじゃないか。同じ七星として、さ」

 

 黒いストライプの下に着こまれた赤いシャツはこの謁見の間でも自分自身の存在感をアピールすることを決して止めない。軽薄な口ぶりと三白眼の眼で語るそれは、もしも子供の頃からの馴染みの相手でなかったとすれば、リゼにとっては警戒の対象でしかなかっただろう。

 

「では、改めて問おう。星灰狼、ヴィンセント・ステッラ、そして我が娘にして第一皇女リーゼリット、如何する?」

 

 国王の問いに灰狼は目を伏せ、ヴィンセントは軽薄に口笛を鳴らし、そしてリゼは無意識に自分の拳を強く握った。

 

「私は、リゼ皇女に一任しようかと思っています。セプテムの王族と貴族の問題はあくまでもセプテムの問題、それは聖杯戦争以前の問題でもあります。であれば、大将とするのは皇女が最も相応しいと私は捉えますが、国王陛下如何でしょうか?」

 

「リーゼリット、どうだ?」

「――――それが、国王陛下の意思であるのならば、異論はありません。開戦の火ぶたは私が切りましょう」

 

 タズミやジャスティンが想像しているよりもなお早い速度で状況は刻一刻と変化を始めている。それに彼らが気づくことができるのかどうか、それこそがこの場における謁見の意味、そして、個々人の運命を決める分水嶺に他ならないのかもしれない。

 

――東欧・セプテム国・『セレニウム・シルバ』・イチカラ―家居城――

 王宮より離れたセプテム国の中でも辺境に位置する領内の多くを深い森に覆われた地域、セレニウム・シルバの名で呼ばれるその地域の中にひときわ目立つ石造りの城が存在する。

 

 さながら中世の領主が住まうような城であり、現代においては史跡として過去の情景を思い浮かべさせるために保存されているようにも見えるその城であるが、現在もその城はれっきとした居城として使用されている。

 

 タズミ・イチカラーを当主とするイチカラ―家代々の当主たちが使用されてきた居城、一見、古びた城であるかのように見えるが、その周囲には無数の魔力障壁が展開され、何も知らずに攻めてきた者たちは城の外壁に触れることすらできずに脱落をしていく仕様となっている。

 

 この辺境は国境線が近い、もしも、セプテムと言う国家が対外姿勢の結果として戦乱に巻き込まれることとなれば、この地は真っ先に戦場と化すのだ。

 

 故に防備は整えるだけの蓄えが必要であると言うイチカラ―家の発想は決しておかしなものではなく、セプテムにとっても最前線の拠点の防備を固めておくことは国家防衛の上で決しておかしな話ではない。もっとも、現代の時代にて突然、城を攻めてくるなどと言う展開は普通に考えれば有り得ない。

 

 時代は既に航空戦力や地上を高速で移動する戦力が実用化された時代、古びた城などそれこそ無視してしまえばいいのだから。

 

 そうした意味で、この城が本来の役割を果たすことはなく、居城の兵士たちもどこか平和ボケしていることは否定できない事実である。

 

 そんなどこか緩んだ空気が支配する居城の中で、城より睥睨することができる森の景色を窓より眺める者がいた。

 

 黒のスーツを着込んだ女性である。肩に付かない位置で切りそろえた漆黒の髪に濡れたような黒曜の瞳を持つその姿は、男装の上でありながらも、人目を引いて離さない。もしも、見目麗しいドレスに身を包んでいれば、それだけでその場の華を独占することができるとさえ見えるほどの美貌であった。

 

 最も彼女自身はそのような自分のことをことさら気に留めてはいない。むしろ、面倒な虫の相手をしなければならないだけ、億劫であるとも思えるところだ。彼女はあくまでも戦士、この城に生まれたプリンセスでもなく、囚われた姫君でもなく、此処を守るために呼び出された戦士なのだから。

 

「よぉ、あんた、サーヴァントだろ? タズミの旦那のところのかい?」

 

 故に呼びかけられた声に視線を向けると、そこには違和を覚える相手がいた。人間である。炎のように逆だった青髪と反比例するように整えられたスーツ、そして服の上からでもわかる筋骨隆々の体躯をした男は彼女から見ても、間違いなく人間であった。

 

 しかし、その身体の中に内包している魔力は、およそ人間のモノではない。むしろ、自分達サーヴァントと同じほどであることさえ思えるのだ。

 

 だからこそ、違和感を覚える。人間であるはずなのに、サーヴァントほどの純聖な魔力を持っている存在、その複雑な問題にどのような回答を出せばいいのかわからない。

 

「サーヴァント、ランサーです。あなたは我がマスターに声を掛けられた魔術師の方でしょうか?」

 

「ああ、そんなところだ。どうだい、お互いのことを知るためにも少しばかり茶でも飲まないか? 主がいないと言うのに、こんな辛気臭い森ばかりを見ていても気が滅入るだろう」

 

「生憎ですが、お断りしておきます」

「親睦を深めるためだとしても?」

 

「軽薄な男はあまり好みませんね。千の言葉で飾り立てるよりも一つの武勲で、己の気品を示してみてはいかがですか? 戦士としても殿方としても、私はそちらのほうが信頼できます」

 

 ぷいと視線を再び窓の方へと向けたランサーに対して男は怒りを向けるでも落ち込むわけでもなく笑みを浮かべた。

 

「はは、面白い。あんた、いい女だな。悪かったよ、俺の負けだ」

「おかしな人ですね、自分の目論みを破られたと言うのに、何処に面白がる箇所があったのですか?」

 

「何処にって、そりゃ、気持ちのいい態度を取ってくれる相手がいれば、それはこれから先が楽しみになるってもんだろう。自分の意志をはっきりと告げる、その上で、仲間である相手を立てることを忘れない。

 アンタの言う通りだ、無駄に時間を掛けて美辞麗句を並び立てるお茶会よりも、わずかな今の会話の方がよほど、その人物の真贋を言い当てている。いい仲間に恵まれたようで、こちらとしても頼もしい限りだ」

 

「そうですか、私はまだあなたの実力を知りませんから、そこまで喜ぶことはできませんけれども。機嫌がよくなったのなら、一つ質問をさせていただいてもよろしいでしょうか?」

 

「何でもいいぜ」

「貴方は魔術師ですか、サーヴァントですか?」

 

 直球な質問であった。迂遠な方法を取ることもなく、信頼してくれるのであれば、その信頼に応えてほしいと向けられた問いに男は口元に笑みを浮かべて言う。

 

「どちらでもあると回答しておこうか」

「は……?」

 

「俺はれっきとしたマスターだよ、タズミの旦那に見いだされて時計塔の推薦を受けてここに来ている。しかし、同時に俺はサーヴァントだ。俺と言うマスターに使役されるサーヴァントでもある」

「意味が分かりませんね、バカにしているのではないかと」

 

「要は一心同体なのさ、俺達は。魔術師の身体にサーヴァントの力、それを与えられたのが俺ってことだ。だから、どちらでもあるって答えたのさ。

 俺は人魔一体、マスターであり同時にサーヴァントでもある。随分と珍しいだろう」

 

「ええ、信じがたいと言う意味ではこれほどに珍しいものはない。しかし、同時に、そのような例外的存在を信じるべきなのかどうかという疑問も私の中には生じていますが」

 

 胡散臭いと言ってしまえばそれまでだろう。そもそも、彼が口にしてきた言葉が何処まで真実なのかすらも分からない状況の中で、いずれは敵対するかもしれない相手を騙すために言葉を紡いでいる可能性もある。

 

 もしも、総てを信じて、隠密、あるいは単独行動に長けるサーヴァントを引き連れているのだとしたら、その誤認は明確な敗因になりかねない。

 

「そういうな、信じてくれていいぜ。俺のモットーはハッピーエンドだ。此処に集った連中たちが一時であっても仲間と呼ばれる存在になるのならば、俺は仲間たちの為に全力を尽くす。共に目指した未来を掴むために全力で駆け抜ける。

 どうだ、歴戦の英雄よ―――あんたの眼に俺は二心ありと映るかい?」

 

 一切の躊躇もなく、言葉を淀むこともなく、彼女から視線を離すことなく告げられた言葉には熱があった。偽る心からはじき出された言葉にも熱は宿るかもしれないが、それは暗く淀んだ熱だ。少なくとも、彼からはそのような熱を感じられない。

 

 むしろ、その心を疑った彼女の方が目を逸らしたくなるほどの想いが彼を通して伝わってくるのだ。

 

「………、先ほども言った通りです。私は主の槍として、言葉で相手を判断するつもりはありません、武勲を持ってこそそれは証明されるべきでしょう。

 しかし、頭ごなしな疑いは貴方の心を蔑ろにするものだったかもしれない。それは謝罪させてください」

 

「いいってことさ。どうせそう遅くないうちに互いの実力ってものを嫌ってほどに見せることになるだろうからな。共に生き残ろうぜ、戦友としてな!」

 

 挨拶は終わったとばかりに、彼は彼女のもとを去る。元より見つけたから声を懸けた程度の間柄でしかないのだが、挨拶としてはこれで十分、そう判断したのだろう。

 

 ただ、そんな彼に声を上げたのは彼女の方だった。

 

「待ちなさい」

「何だ、まだ何か気に入らないことがあったか?」

 

「違います、戦友などと口にされたのであれば、互いに名乗るのが筋と言うものでしょう?

 私はランサー、我がマスター、タズミ・イチカラーによって召喚された英霊、我が双槍の誇りに掛けて、我が主と並び立つ者たちを守護する槍となりましょう」

 

「――――アーク・ザ・フルドライヴ、魔術師でありライダーのサーヴァントだ。気持ちのいい交流だった。戦の時には背中を預けさせてもらうぜ」

 

 己のあいさつを済ませて、今度こそアークはその場を去っていく。その様子にランサーは自分自身が持ち得ている知識ですらも凌駕してきた存在の登場に、やはりこの聖杯戦争が本来の聖杯戦争とはかけ離れた何かを秘めていることを理解させられる。

 

「どうしても、生前の頃を思い出させられますね。ですが、此度は負けるつもりはありません。ええ、二度の敗北はいりません。私にとっての生涯ただ一つの敗北こそが、私の英霊としての誇りであり、私の人生なのですから」

 

 誰に聞かせるまでもなく呟くランサーの視線は窓の外を向いている。けれど、その視線の先にある風景は、どこまでも広がる森に向けられたものではなかった。

 




タズミとジャスティンの死相がやばいんだが……

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第1話「Stardust Dreams」②

今回はタズミ側陣営の話しです。


――東欧・セプテム・『セレニウム・シルバ』・イチカラ―家居城――

「いや、ほんまに遅いわ。何しとるん? 普通にこんなことあるか? 遅刻かましてんじゃねーよ」

 

 セプテム国境付近の森林地帯セレニウム・シルバ、その領内には貴族側の聖杯戦争参加者たちを纏めるタズミ・イチカラーの居城が存在していた。

 

 タズミとジャスティンが自分たちの権勢を知らしめるために王都へと向かった頃、その城の中には、タズミによって集められた来たるべき決戦戦力の魔術師たちが集っていた。

 

 言い換えればタズミ側の聖杯戦争の参加者であり、まずは彼らを以て王族側の参加者たちを殲滅、その上でタズミが聖杯を獲得すると言う目論みである。

 

 敵側を倒せばその後は身内側での戦いが始まることは言うまでもないが、タズミはその点に関してはあまり心配をしている様子はなかった。

 

 身辺調査はくまなく行っている。タズミ手ずから、此度の聖杯戦争に呼び寄せた者たちは聖杯を獲得したいと言う心持ちが希薄なモノが多い。それぞれの事情は個々人によって異なっているのは言うまでもないが、セプテムを掌握したタズミが相応の報酬を与えれば聖杯を諦める可能性が非常に高い者たちを選んだのだ。

 

 それでも、それぞれの名前と経歴を聞けば、通常の聖杯戦争で優勝候補に推されてもおかしくないほどの存在を見つけ出しているのだから、タズミの調査力を侮ることは決してできないだろう。

 

 そうした参加者たちが集う居城の中にて、日本より来訪した参加者――八代朔姫は苛立ちを覚えていた。

 

 この居城の居心地の悪さにではない、勿論、森の中の居城は見栄えも悪く、外の景色は最悪、立場が立場なだけに外国に出ることなどこれからの人生で何度経験できるのかもわからないのに、このような辛気臭い場所に放り投げられた彼女の心中や察するに余りある。

 加えて、招待者のタズミに対しても決して良い感情を抱いているわけでもないが、そんなものは初日に顔を合わせて殴りかかりかけた時点で諦めた。

 

 彼女が今、最も苛立ちを覚えているのは、彼女が同行を呼びかけた従者がいまだにこの城の中には言っていないことであった。

 

「桜子はまだ時間がかかりそうなの?」

「あいつ、ほんまにウチのこと舐めとるわ。誰のおかげで聖杯戦争に呼んでもろうたと思うとるんや、マジで。権力使って、秋津市囲い込んだろうか、うちは姫やぞ、姫!!」

 

「単純に朔ちゃんに人望がないんじゃない?」

「ありえへんわ!! ウチの前では誰もが跪いて、頭を垂れるんやからな!」

 

「きゃはっ、目が泳いでますけど☆」

 

「ぬああああああ、従者も従者なら、サーヴァントもサーヴァント! 呼び寄せたタズミはクソ野郎やし、ウチのバカンスはどこ行ったんじゃぁぁぁぁぁぁぁ!!

 あのね、いけないんですよ、社会人にもなって、遅刻かましてるなんて言語道断、そんなもん、世間は許しても、ウチは許してはおけんのよ!」

 

「朔ちゃんってば、自暴自棄になってる、マジウケるんですけど……!」

 

 などと、好き勝手に騒ぐ。この居城の中の空気が八代朔姫と彼女のサーヴァントである金髪の巫女服少女、キャスターが連れ立ってから一気に騒がしく、そして明るくなったのは間違いないことだろう。

 

 落ち着き払った魔術師や貴族たち、そしてイチカラ―家の召使たちに比べれば、彼女たちは所狭しと騒いでいるだけに異色の存在と言えた。

 

 最も、そんな少女特有の姦しさを発揮している者たちをタズミが呼び寄せたのには当然に理由がある。

 

 八代朔姫―――日本における退魔機関『神祇省』における最大派閥『京都大陰陽連』筆頭家『八代』の次期当主にして、神祇省の姫である彼女は、日本の中でも指折りの陰陽師である。

 

 聖杯戦争本来の御三家である遠坂や間桐といった純粋な魔術師を除けば、その血統、そして持ち合わせる魔術回路の機能性で言えば、まさしく最強格をタズミは呼び寄せたと言っても過言ではない。

 

 神祇省側にしても朔姫は、組織の象徴たる存在、本来であれば日本で安全を絶対的に守られなければならない存在である。そんな彼女がセプテムへと足を運んだのには相応の理由があるのは言うまでもない。

 

 タズミの思惑に乗ったのも全ては神祇省として、このセプテムでやらなければならないことがあるからであり、従者に彼女を選んだのも全ては仕事を果たすためだ。リスクは当然に大きい、聖杯戦争そのものが魔術師同士の殺し合いであり、歴代の聖杯戦争は常に半数以上の参加者を無傷で終わらせてはいない。

 

 ましてや、此度の聖杯戦争の相手はかの「七星」の血を継承した者たちだ。いかに朔姫の魔術的素養が高かったとしても、最悪の場合はあっさりとおズレルかもしれないのだから。

 しかし、それはそれとして、彼女はあっけらかんとし、自分が思うままの感情をぶつけている。

 

「あかん、イライラしておっても、何も変わらんわ。寝る!」

「寝るの!?」

 

「いつ、何が起こるのかもわからないんやから、することないなら休んどくんは定石やろ、姫は別に好きにしておってええで」

 

「えぇ~、朔ちゃんと一緒じゃなきゃつまらないじゃん!」

「ガキみたいなこと言うなや、ウチよりはるかに年上やろ」

 

「全盛期なんです~~、朔ちゃんよりもほんのちょっとくらい年下の姿なんです~~」

 

「マスターやぞ!」

「友達感覚で接しろって言ったじゃん!」

 

 少し目を離せば、すぐに姦しい言い争いを始める二人は、どこに行っても騒ぎ放題であり、静寂なこの城の中ではとにかく目立つ。それこそ廊下の先の先まで聞こえてくるといっても間違いではないのだ。

 

 であれば、その声に耳を立てる者がいてもおかしくはない。

 

「ちょっと、ガールズチーム。また騒いでんの? ここ、ただでさえ静かなんだから、少しは空気読んでよね。空気を悪くする元凶がいないんだから、気分も楽だってのに、あんたたちが騒いでいるんじゃ気分もぶち壊しじゃない」

 

「なんや、女の黄色い声はいつ聞いても嬉しいもんやろ」

「お馬鹿、それは獣みたいにがっついている男連中だけでしょ? 同性の騒ぎ声を聞いて嬉しくなるほど、私は特殊性愛者じゃないっての」

 

 朔姫とキャスターの前に姿を見せたのは、スリットの入ったトゥニカと頭を覆うウィンブル、胸元にはロザリオを身につけた見た目からわかるクリーム色の髪のシスターだった。その傍らには寡黙にその様子を眺める黒衣の男がいた。言うまでもなく、彼女のサーヴァントである。

 

「ルシアさん、ちっす! 朔ちゃんが騒がしくてごめんなさい」

「お前もや!人のせいにすんなや!」

 

「はぁ、宗派が違うと言えども、これで神祇省の最大派閥のお姫様だっていうんだから、日本は平和で良いよ。ああ、バカにしているんじゃないから、勘違いしないでよ。あんたたちの騒がしさに気を楽にさせてもらっている時もあるわけだしさ」

 

「いつもこんなんやないっての。うちだって、お淑やかなお姫様モードでおる時もあるんや。腰抜かすで、ほんまに」

「へぇ、それは意外。お姫様モードやってみせてよ」

 

「無理」

「なんでよ!」

 

「今はオフや、あれ体力使うんよ」

「はぁ、そういうことにしておきましょうか。このまま、水掛け論を続けていても一生終わりにならなさそうだしね」

 

 朔姫の言葉に呆れ気味の反応を返す彼女は、ルシア・メルクーア、着こんでいる修道服からも分かる通りシスターであるが、ただのシスターではなく、聖堂教会の代行者としてこの聖杯戦争に参戦した者である。

 

 朔姫やキャスターと顔を合わせたのは数日前、タズミの居城には彼以外の6人のマスターの中では2番目に早く、既に城内部のほとんどの人間と顔を合わせている。

 

 タズミより、日本からは神祇省の重要人物が来訪すると聞かされていたルシアは、宗派は違えども、同じ神に仕える者として、どのような人物が姿を見せるのかと楽しみにしていたが、その期待は初めて出会った時に砕かれた。

 

 想像以上に生意気かつ口の悪い朔姫は、ルシアの頭の中に浮かび上がっていた神にその身を捧げる聖女のイメージを完全に崩してしまったのだ。

 

 以降、朔姫に対してのルシアの反応は一組織の重要人物に向けるものではなく、完全に年下の生意気な娘に向けるものへと変わっていた。

 

 これで朔姫が自分の立場を重視し、ルシアに対して本気で無礼だと思うような人柄であったのならば、この時点で仲間割れになっていてもおかしくはないのだが、朔姫も自然とルシアの態度を受け入れていた。

 

 当然、ルシアが朔姫にちょっかいを出せば、朔姫もルシアに対していきり立った言動を口にするのだが、それはもう二人の間では通常会話になりすぎてしまっていて、ことさらどちらかが遠慮をすることもない。

 

 まだ出会って数日の間柄であるとはいえ、両者ともに相手に対しての遠慮は全くない様子であることが見て取れる。

 

「うちらのことはええとして、ルシアの相棒は相変わらず辛気臭い顔しとるな。もっと笑顔を向けてやった方が親しみ持てるんやない?」

 

「余計なお世話よ、あんたたちみたいにうるさくてしょうがない奴もいれば、私達みたいにお互いの領分を大切にしているチームもいるって事。それとも、そこらへん、おこちゃまには分からないかしら?」

 

「誰がおこちゃまや。ウチらにとって重要なんは、ちゃんと戦力になってくれるんかどうかだけや。ただでさえ扱いづらいバーサーカーを召喚しとるんやから、友軍戦力としてちゃんと動くかどうかを知っておくことは重要やろ」

 

「ま、そうね。聖杯戦争としては異色のチーム戦、各人が何処まで周りをフォローできるのかはわからないけれども、初戦は間違いなく大規模人数同士の激突になる。チームワークをしっかりと発揮できる方が勝つのは言うまでもないことだものね」

 

「それをタズミに求めるんは期待しすぎ。ウチの見立てじゃ、緩衝剤になれるんはウチらとルシアたちだけや」

「意外ね、結構信頼してくれているんだ」

 

「そらな、人間誰しも向き不向きってもんがあるやろ。人間纏め上げるんだって才能がなくちゃできひんことやし。その点、ルシアは人を纏め上げるいうよりは人と人を繋ぐんが上手い。そういうんが出来る奴が一人味方にいてくれるんはこっちとしても心強い。だからこそ、お前らにしくじってほしくないんよ。そうなったら、ただでさえ仕事の多いウチの仕事が余計に増えてしまうからな」

 

「信頼してくれているんだか、厄介ばらいをしたいからなのか、評価が難しい所ではあるけれども、了解。お姫様に仕事をさせたとあっては、戦後の聖堂教会と神祇省の間にくだらないしこりを残してしまうかもしれないからね。精々、頑張って働きますか」

 

「ま、死なん程度にな」

「当然、素敵な男見つけて、ゆくゆくは海の見える静かな家で過ごすって夢もあるし」

 

「くっく、少女趣味やん、年齢考えろや」

「うっさいわね、こういうのは叶わなそうなことを夢見ておくものなのよ」

 

 などと、互いに言いたいことを口にし続ける朔姫とルシアとは対照的にキャスターとバーサーカーは互いに会話を重ねると言うことをせずに、無言で互いをけん制し合っていた。もとより、サーヴァント同士、いずれは戦いあう関係となるのであれば、言葉を交わしあう必要もないのだが、それにしても剣呑な空気は拭いきれない。

 

 それはキャスターの反応がどうであれ、常にバーサーカーから発せられている隠そうともしない殺気によるものであろう。特定個人に向けているのではなく、漏れ出ている殺気を隠すことができないとばかりの様子には、確かにバーサーカーと言うクラスが似つかわしいようにも思う。

 

 自我ははっきりしているのだろう。突然に襲い掛からない程度には抑えが効いている。あるいはルシアが何らかの魔術を行使することで抑え込んでいるのかもしれないが、何にしても敵と味方の見境がないほどの相手ではない。

 

 ただし、それだけだ。ほんの少しでも反応が変われば、ルシアの心持ち一つ程度でこのサーヴァントは突如として敵も味方も関係なく暴れるほどの凶暴性を有しているし、隠しているつもりもない。

 

 ルシアもおおっぴらに指摘されずともそれは理解しているのだろうし、朔姫だって分かっている。しかし、これより先に共闘をする仲間として、言わぬが華であることを互いが理解しているからこそ、あえて触れない。

 

 触れてしまえば、どれだけ灰色でも何らかの決着が必要になるであろうことは互いに分かっているのだから。

 

「おや、これはあまり来るべきではない時に来てしまったかな」

 

 そんな良いとも悪いとも言えない空気に変化を与える声は、朔姫やルシアたちとは別の所から聞こえてきた。丁度T字の通路となっていた彼女たちが立つ場所の逆方向から近づいてきた声は、キャスターとバーサーカーの剣呑な雰囲気に気付いたからなのか、努めて軽薄そうな様子を浮かべての声だった。

 

 中世からあるいは近世の猟師のような出で立ちをした青年と胸元の開いたシャツに、テンガロンハットを被った無精ひげを生やした人物。朔姫は初めて見る相手であったが、ルシアは既に知っているのか、ニコリと笑みを浮かべた。

 

「あら、エドワード殿珍しいですね。貴方がたが人前に顔を見せるなんて、依頼主のタズミ卿以外は極力関わり合いにならないようにしていると思っていましたけど」

 

「それはその通りだ。今のはアーチャーが勝手に声をかけただけさ。俺は別にあんたたちに用があるわけじゃない。邪魔ならさっさと退散するだけさ。どうせ、俺と関わったところで良いことなんて何一つないからな」

 

「あら、そんなことはないでしょう。これからしばらくの間は一緒に戦って、一緒に円卓を囲む間柄になるんですもの。交流は必要ではなくて?」

「どうにも……他意があるように聞こえるな」

 

「それほどでもありませんよ。ただ、迷える人に救いの手を差し伸べることは我らが主より与えられた使命でもありますから。貴方の心の底まで覗くことは出来なくとも、貴方の色は私には見えていますから」

 

「不思議なことを言うものだ、まるで昔から俺のことを見ているかのような言い方だな」

「ええ、これでも人と仲良くなるのは得意なんですよ? シスターは天職だと思っていますから」

 

 ルシアが得意げに胸に手を添えて、笑みを零す。その反応にエドワードと呼ばれた男性は、苦笑を浮かべていた。

 

「んで、誰、こいつ?」

 

 そこに朔姫のツッコミが入らなければそのままの空気で終わりそうだったものの、当然にこのままの流れで終わることなどありえない。

 

「エドワード・ハミルトン、私やアンタと同じ、こちら側の聖杯戦争のマスターの1人よ。そして彼が―――」

「アーチャーのサーヴァントだ。君たちの英霊のような高名な存在ではないが、援護くらいはできると思う。必要な時が頼ってほしい」

 

「何や、軽いな」

「僕は英霊と言うには随分と頼りのない存在であることは否定できないからね。願いを叶えたいと言うよりもエドワードの力になりたいと思って協力しているに過ぎない。だから、せめて、良く付き合っていきたいと思っているんだ。

 自分を偽って、相手と付き合うことは決して幸福なモノではないと身に染みて理解させられているからね」

 

 アーチャーは自分自身に対しても卑下したような言葉を口にし、苦笑いを浮かべる。聖杯戦争に召喚されるサーヴァントたちの誰もが英霊としての格、あるいは矜持を持ち合わせたまま召喚されるわけではないことは確かではあるが、彼の存在はどこか軽さを感じさせると朔姫もルシアも思えた。

 

(人様んとこのサーヴァントのことを悪く言うんも、礼儀知らずやから黙るけど、本気で戦うつもりがあるんか?)

 

(そこまで強くはない英霊、だけど、そういう奴に限って搦め手が凄まじいとか宝具が協力とかもあると思うんだけど、そういう感じもしないのよね……、エドワード・ハミルトン、その色は見えているけれども、本気でその色通りの行動をしようとしているのなら……)

 

「そう怖い顔をするなよ、二人とも。色々と勘繰る気持ちも分かるが、俺は別に聖杯を欲しているわけじゃない。今回だって、イチカラ―卿の呼びかけに応えて参戦しただけの事だ。本気で聖杯が欲しい奴がいるのなら、その権利は譲るとも。

 アーチャーとも召喚の際にそこは了承を取っている。だから、そう睨むなよ、どうあろうとも俺はあんたたちの敵になることはない」

 

「えぇ~、でも、聖杯戦争に参加しているんだから、何かしらの願い自体は持ち合わせているんじゃないですかー? だって、万能の願望機なんですよ、何でも願いを叶えられるんですよ。普通に考えたら、必ず願いを叶えたいって執念が無くても、とりあえず、願っとけばいんじゃね? みたいな感じで、聖杯を掴みたいとは思いません?」

 

 キャスターが純粋な疑問を投げかける形でエドワードへと問いを投げる。そこに明確な悪意があるはずもない。キャスターと言う少女は年頃の少女特有の軽さと無邪気さで言葉を投げているだけで、そこに悪意めいたものを一切抱えていないのだから。

 

 年齢を重ねているエドワードもそれは理解している。理解はしているが、やはり琴線に触れるようなことに、全て冷静な対応ができるはずもない。人間であれば誰もがそうだ。

 

「願いがないわけじゃない。強いてあげるのならば……ここが俺にとっての良き死に場所になるのならば、それに越したことはない。そう思っているだけさ」

 

「へっ……?」

「空気を悪くするようなことを言うのも良くないだろう。タズミ殿が戻り、また顔を合わせることもあるだろうから、その時にでもまた話そう。もっとも、あまり俺には近づくべきではないかもしれないが……」

 

 遠まわしな拒絶、これ以上の会話を求めるつもりはないとばかりに、エドワードは朔姫とルシアの間を割って、先の通路へと足を進めていく。横にいるアーチャーが手を翳して謝罪の礼をすると、彼も共に足を進めていく。

 

「あれれ、もしかして、姫、まずいこと言っちゃった?」

「姫は空気読めんからなー」

 

「ええっ、どうしよう、朔ちゃん!?」

「平気やろ、ガキやあるまいし。男のヒステリーを女に慰められるとか恰好悪すぎるんやから、ほっときゃええねん」

 

「ま、それだけじゃないんだろうけどね」

 

 ルシアの視線は去っていくエドワードの方へと向けられ、その視界の色は切なさを覚えるほどに悲しみの色を帯びていた。その理由までをルシアは知りえない。彼女は心が読めるわけでもなく、記憶を読み取ることができるわけでもないのだから。

 

「難儀だねぇ、どいつもこいつもこんな所に来るやつなんてさ」

 

・・・

 

「よかったのかい? 彼らだって肩を並べて戦う仲間じゃないか。交流は重ねておくべきだったんじゃない?」

 

「問題はない。俺はこの戦いで何か自己主張をするつもりもないし、彼女たちは実力がある。挙動を少し見ていればわかるさ。ならば、後は俺が合わせればいい。どうせ、裏方になるのは目に見えている、そうだろう、カスパール」

 

「ま、そう言われると申し訳ないけれどね、僕のような英霊では派手な神話のごとき戦いを演出できないのは事実であるし」

 

 エドワードが口にした名前、カスパール。それこそがアーチャーの真名であった。猟師カスパール、一介の猟師に過ぎなかった彼は、悪魔ザミエルの甘言に唆され、友である親友マックスに対して、必ず命中する弾丸を7つ渡した。その内の最後の一発にマックスの破滅の呪いを付与したことを知らせずに、悪魔に魂を渡した彼は友の破滅を心から望んだ。

 

 ワーグナーの戯曲『魔弾』に刻まれた物語であり、故にこそ彼はアーチャーとして召喚された。

 

 必ず当たる弾丸、それを己の宝具の由来として、この古今東西の英雄と神々が集う聖杯戦争に呼び出されたのだ。

 

 自分に自信が持てないと言うのも無理はないだろう。カスパールはあくまでも猟師に過ぎないのだから。刻まれた物語によってどれだけ存在を脚色されたとしても、その存在強度が大幅に高められることだけは有り得ない。

 

「俺にはそれくらいでいい。高尚な魔術師でもなければ、大儀を掲げた騎士になれるわけでもない。お前と同じだアーチャー。俺もまた恥知らずにも生き残り続けてきた。だから……俺は死に場所を求めているのかもしれないな」

 

「そうは言っても、召喚してくれた相手に簡単に命を落としてほしいとは思えないな。僕は僕で後悔しているんだ。かつて、マックスにした自分の罪を。だからこそ、と思うのだけれど、キミはそれを求めはしないのだろうね。噛みあっているようで噛みあっていない。僕ららしいと言えばいいのかな?」

 

「そう思うのなら、彼女たちにその気持ちを向けてやればいい。俺が何処で野垂れ死のうが構わないが、彼女たちは別だろう。守れるものなら守り抜きたい。思う心は同じだとも」

 

 何もエドワードは悲観主義者でいるつもりはない。生き残るためには全力を尽くすし、最初から何もかもを諦められるほど、この世界に絶望しているわけでもない。

 

 ただ、それ以上に彼の心の中に巣食っている後悔が大きいと言うだけの事なのだ。またもう一度を経験したくはない。もう二度と同じ思いをしたくはないと言うこと。

 

 どれだけ交流を深めたところで、どれだけ明日の朝日を全員で見ようと口にしたところで、死ぬときは死ぬのだ。命を落とす時はあっさりと命を落とすのだから報われない。

 

 だから、エドワードは期待しない。かつての仲間たちのように、またもや何もかもが喪われていくことに何度も耐えられるほど、彼の心は強く設計されてはいないのだから。

 

「願わくば、キミの願いが叶うのではなく、この場に集った者たちが誰一人として欠けないような結末になればいいけれどね」

 

「ああ、そうだな、そうなればいい。だが……それは少し高望みが過ぎるだろう。これから始まるのは戦争だからな……」

 

 硝煙の匂いと肉の焼け落ちる臭い、何度身体を洗い流したとしても、あのニオイが消えることはない。どれだけ振りきろうとしても、身体に残った異臭がそれを忘れさせてはくれないのだ。

 

 もしも、それを忘れることができるとすれば……、それは身体そのものが粉々に砕け散った時だけなのではないかと自分自身に自問自答をするばかりであった。

 

 ――翌日――

 

 森一面に霧が広がる日だった。視界は明白ではなく、前日に広がっていた何処までも続くであろうと思われた森の景色は、今や、僅かに城の周辺だけを明るくさせている。

 

 そんな日の昼ごろの事であった。城の門へと近づいてくる一台の車があった。時代かかった黒塗りの車は城の前に停車すると、中から三人の人物が姿を見せた。

 

「お待ちしておりました、我が主。道中での不便はありませんでしたか」

 

「問題はない。王都はそもそも、我ら貴族の庭に等しい。己の庭で迷う者があるか?」

「………、ご無礼を口にしました」

 

「構わん。貴様こそ、留守の守護、ご苦労であったな、ランサー。連中に不穏な動きはないか」

 

「ええ、皆、この城の中を散策してはおりますが、不穏な動きを見せた者はおりません。皆、主の号令を待ちわびております」

 

「従順だな、私が手ずから選び呼び寄せただけのことはあるな」

 

「高望みかもしれんぞ? 本物の狼と言うのは牙を剥けるその時まで従順な山羊の振りをすると言うからな」

「ふん、それはおまえさんのことじゃないのか、ジャスティン」

 

「かはは、違いない。しかし、俺はタズミ卿を裏切るようなことしないさ。何せその方が俺にはメリットがある。損得勘定で付き合う奴と言うのは、一番信用できない奴であり、同時に一番腹の底が分かりやすいというものだ」

 

 城の主、タズミ・イチカラーの帰還を彼のサーヴァントである黒髪にスーツを着込んだ女性、ランサーが出迎える。

 

 タズミの後ろからは彼の同行者として王都に出向いたジャスティン、そしてやや肥満気味な体型ではあるが、高級なスーツと白帽子を被った貫録のある人物であった。ジャスティンの隣に立っている人物が指をパチンと鳴らすと、その瞬間に、車と運転手が一瞬にして消滅する。

 

 奇術か何かと疑うことなどないだろう。タズミを出迎えるために彼のサーヴァントが姿を現したのならば、ジャスティンの横に立つ人物こそが彼にとってのサーヴァントであるのだから。

 

「タズミの坊や、俺達は先に戻るぜ。どうにも王都なんて華やかな場所に出向くと肩がこっちまう。お行儀よくしているだけってのも疲れるな。ついつい悪戯をしてしまいたくなっちまう」

 

「手間を懸けた、ランサーを置いていく以上、丸腰で出向くわけにはいかなかったからこそ助かった。君たちの場所を選ばない利便性は大変に評価できるものだ」

 

「使い魔風情の言い方が癪に障るが、二度目の生を与えられて、こんな城に住まわせてもらっているとあれば、我儘もいってられんか」

 

 ジャスティンより渡された葉巻を咥え、サーヴァントたる壮年の男性は、ランサーの横を素通りしていく。客人扱いされている人物が素通りしていくことを見逃すランサーの表情はどこか怜悧なモノであった。

 

(アサシンのサーヴァント、アル・カポネ。我々のような戦士とは異なる策謀を巡らせて、相手を葬る存在。我が主の客人として迎え入れている以上、私に彼をどう評価するかの裁定は与えられていない。ただ……不快ですね)

 

 アル・カポネ―――1930年代、禁酒法時代のアメリカ・シカゴにおいて密造酒の製造・販売、売春業、賭博業等を行い暗躍の限りを尽くした伝説のギャング・スター。

 

 直接的な戦闘力自体は皆無に近いものの、暗躍や交渉、あるいは情報遮断と言った搦め手においてこそその真価を発揮するその英霊は彼の部下たちを自由に使役する。

 

 先ほどの時代がかった車とその運転手も彼が生前に使っていた部下たちを召喚して運転させたに他ならない。単一的な武力で言えば、ランサーの足元にも及ばないかもしれないが、王都での守護、どこから誰が襲い掛かってくるのかもわからないような状況では、アサシンの直感と部下たちの運用の方が二人を守るには適していると判断されたのだ。

 

 英霊と一口に言っても、その在り方は千差万別である。戦の誉れを望む者、使える主に忠義を誓う者、己の欲望を叶えたいもの、人間を憎しむもの、それぞれがそれぞれの生き方を貫いてきた結果として生じたものであり、どれが正しい等と断定することは誰にもできない。

 

 ランサーがアサシンを好まないとしても、ジャスティンにとってはアサシンと言う英霊は、その立場からして最も相性が良いと考えて呼び出したのは間違いないだろう。

 

 本来の聖杯戦争とは、このように各陣営が手を組んで一つの母体になるようなことはない。ランサーが覚えている違和感のような胸のざわつきとて、この異質な聖杯戦争に引き込まれていなければ感じる事さえなかったのだと考えれば、些事であるのかもしれない。

 

 例え、アサシン陣営がどのような振る舞いをしていたとしても、タズミにとって利となる行動をしている限り、その行動の総ては容認されるのであるから。

 

 己の倫理観や誇りとサーヴァントとしての立場、その二つを天秤に掛けて、どのように自分の心をコントロールするべきであるのか。そのはざまに悩むランサーの肩に手が置かれる。

 

「マスター……」

「何を呆けている、城に戻ると言ったはずだが?」

 

「申し訳ありません」

「慣れぬ城の留守を任せたのだ、サーヴァントと言えども気苦労はあっただろう、責めはせぬとも。戦働きで挽回して見せてくれよ」

 

「はっ、そちらは万事お任せください」

「今宵の夜に集ったマスターたちを集めて、決起を促す」

 

「では、いよいよ開戦ですか」

「ああ、その勢いのままに我々は王都に攻め込む。忌まわしき七星たちが支配する王都をこの地に生まれ育ってきた古き人々の手に返す。いよいよだ、いよいよその時がやってきたのだ」

 

 これより先に来たるべき未来を夢見て、タズミは笑みを零す。七星たちなど怖れるに足らず、それほどの魔術師たちを集めた。これより先は己が時代の趨勢を握るのだと己の力量を絶対であると彼は踏んでいる。

 

 ランサーはそこに異論を挟まない。主従を結んだ以上、彼を守りきることこそが彼女の使命だ。例えそれが、生前と同様に「負け戦」になるかもしれないと分かっていたとしても、それを拒絶することをしない。

 

 かくして、時間だけは誰にとっても平等に過ぎていく。

 

「はぁ、まったく嫌な天気もあったもんやな。辛気臭い場所が余計に辛気臭くなっとるわ。タズミが帰ってきおったからやないんか?」

 

「朔ちゃん……卜占の結果、聞く?」

「……、ええわ、聞かんでも姫の反応見れば、何となく言いたいこともわかるもんな」

 

 朔姫は窓から外を見る。霧のかかった森に覆われた居城は、まるで絶海の孤島のようですらある。この霧の先に進軍するのか、それとも自分たちはここに追い込まれたのか。

 

 キャスターの卜占が何を指し示しているのかを聞くほどの勇気は朔姫にはない。聞いたところで暗い気持ちになるだけなら聞かない方が100倍はいいだろうし、予想できることに落胆しなくても良くなる。

 

 人間誰しもが気持ちの持ちようだ、万事それでぬかりなくということはないだろうが……、変に暗くなりすぎることはないし、だからといって知っていればそれに備えることができる。

 

「長い1日になりそうやな……」

 

 この地に集められたマスターたちにとって、今日は忘れられない1日になる。そんな予感を此処に抱えていた。

 




朔姫とキャスターのクソガキコンビ好き

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第1話「Stardust Dreams」③

そして、運命の夜がやってくる。


――セプテム国・『セレニウム・シルバ』・イチカラ―家居城――

 晴れることのない霧が立ち込めたままに夜が訪れようとしていた。夕刻、タズミよりこの城の中へと集められたマスターとサーヴァントたちへと号令がかかった。

 

 何のことはない。夕食を終えてから、タズミは決起集会を開くつもりなのだと言う。ほとんどのマスターが既にこのセレニウム・シルバへと辿り着いている。

 

 後1人、マスターは足りない状況ではあるが、通常の聖杯戦争を考えれば、この城の中には過剰ともいえるほどの戦力が揃っている。

 

 タズミが自分に従ったマスターたちの戦力をも自分のモノであると考えて増長する気持ちは理解できないわけではない。理解できないわけではないが……、

 

「大丈夫なのかね、ほんとに」

 

 集合時間が近づいてきたこともあり、ルシアは思わず自室で溜息を零した。その理由は言うまでもなく、これから行われるタズミ主催の決起集会に向かいたくないという思いそれだけだった。

 

「いよいよ戦が始まる。マスターよ、お前は自ら望んで聖杯戦争に参戦したのではなかったか? であれば、これは望むべく展開ではないのか?」

 

「うーん、ま、キミの言うことにも間違いはないよ。私はキミと出会ってキミのために聖杯を勝ち取ろうと思っている。それはマスターとして当然のことだね。だけど、気分が乗るのかどうかと言われると正直気乗りしていないってのが現状。

 ほら、前に私って、色で判断できるって言ったでしょ」

 

「言っていたな」

 

「八代のお姫様、あの子はとても澄んだ色をしている。宗派は違えど、さすがはお姫様ってところかな、あれで口が悪くなければいいんだけどさ。エドワードは淀んだ鈍色、心の中に抱え込んだ後悔がそのまま色の形をしてしまっている。

 あいつ、アークだっけ? あいつはよくわからないな。なんともいえない、言うとすれば無色透明みたいな? そんな色を見るのは私だって初めてだったんだけどね」

 

 アーク・ザ・フルドライブ、この城の中で出会ったライダーのマスター、しかし、ルシアにはどうにも彼が異質な存在に見えた。時計塔より推薦され、タズミ直々にこの聖杯戦争にスカウトされた魔術師であるらしいが、正直、その経歴もどこまで信用していいのかわからない。

 

 下手をすればこれまで隠れていただけの封印指定まっしぐらの魔術師かもしれないのだ。警戒をしておいてしすぎることはないだろう。

 

「ま、でも、そいつらはいいんだよ。問題はタズミとジャスティン、あいつらさ。そりゃ、聖杯戦争に参加する奴の誰もが高尚な願いを持って参戦しているわけじゃないことなんて、分かっているよ。私だって、そこまで子供じゃない。

 でも、あいつらの色は黒すぎる。欲望まみれで、人を害することに躊躇がない。私達が必死に闘って、聖杯戦争を勝ち抜いたうえであいつらが笑うってんなら、そりゃモチベーションも落ちるってもんだよ」

 

「何だ、そんなことだったのか」

 

 ルシアの愚痴ともいえる言葉にあっさりとバーサーカーは反応を返す。

 

「問題ない。邪魔となれば俺が殺す」

「いや、そういうことを言っているわけじゃないんだけど……、むしろ、そういう命令を私がするかもしれないと思われていることは心外なんだけど」

 

「マスターの命令などと言うのはどうでもいいことだ」

 

 ぶっきらぼうに、主が何を考えているのかなど、全く関係ないと言い切ったうえで、バーサーカーはルシアから見ても分かるかどうか程度の微笑を浮かべた。

 

「俺はいつかは討ち果たされるモノ、マスターがどれほど言葉を尽し、令呪を使おうとも悪竜と言う運命からは逃れられない。いっそのこと、完全に狂っていればよかったものを」

 

 バーサーカーとは絶対的な力を得る代わりにその理性の大半を消失してしまう存在だ。本来であれば、このように会話をしていられること自体が、摩訶不思議なことではあるが、何のことはない。

 

 今のバーサーカーは、本来の彼ではない。本来の狂える姿から人間の姿へと転じているがために、この人間の姿のままでいるときにだけは正気を保っていられる。

 

 もっとも、狂化の影響かあるいは生前からであったのか漏れ出ている殺気を隠す事だけは、どうしたってできない。彼の敵意は無差別に、誰であろうと向けられる。人間の関係性や敵と味方などと言う枠組みは本来の彼には、この上なくどうでもいいことなのだから。

 

「そうね、キミに不穏なことをさせないためにも少しは頑張るとしますか、そろそろ招集命令の時間だしね」

 

「気を遣う必要はない。俺は元々そういう存在だ。誰からも疎まれ、滅ぼされることを望まれている」

 

「だーかーらー、前にも言ったでしょ。私がそういうのは嫌なんだってば。バーサーカーとして召喚されたにもかかわらず、こうして言葉を交わしあっている奇跡を私たちは享受している。だったら、見知らぬふりなんてできないじゃん。君がいくら私たちの宗派にとって救われるべき存在でなかったとしても、この指輪を手にした時から私たちの縁は始まっているんだからさ」

 

 拗ねたように頬を膨らませるルシアに余計なお世話でしかないとバーサーカーは思う。自分は一度もそんなことを懇願したつもりはない。生前から凝り固まった生き方は、どれほど足掻いたところで変わるモノではない。

 

 そもそも己が諦めきってしまっているのだから、救いようなどあるはずもないと言うのに、押しつけがましく目の前の彼女だけは、己の救済などと言う歯牙にかける必要もないことに聖杯を使おうとしている。

 

 彼女の言う通りだ、黄金の指輪、それを触媒にして召喚されたに過ぎない自分たち、彼女が本当に自分を召喚したかったのかは知らない。もしかしたら、己とは真逆の戦士をこそ召喚したかったのかもしれない。

 

 結果は結果、彼女はそれを受け止め、バーサーカーによって予想もしていなかった方向へと思考が動いたのだから、彼女と言う存在の思考を理解するのは甚だ難しいのだ。

 

 一つだけ、変わらないことがあるとすれば、バーサーカーに取ってやるべきことは何一つとして変わらないと言うことだ。

 

 向かってくる相手は滅ぼす、誰であろうと関係なく、滅ぼしていけばいつかは終わる。簡単なことだ、滅びを齎す存在は主義も主張も関係なく、目の前に生じた相手を焼き尽くすだけなのだから。

 

 元より己は滅ぼされるべき存在、その結末が定まっているのならば、精々、その終着点に行き着くまでに暴れ倒すだけの事だと自分の役割を再確認した。

 

「行こうか、何にしてもようやく始まるだろうからね」

 

 招集命令、ただ集まって話をしてそれで終わりなんてことになるはずがないとルシアも分かっている。タズミが何かを目論んでいなかったとしても、あのメンバーたちが一堂に会するのだ。何も起こらない筈がない。

 

(敵と相対する前に仲間割れで戦力激減なんてことにだけはならないでよね。相手の陣容を見ているわけじゃないけれどさ、七星が相手となれば、仲間割れなんてしている場合じゃないんだから……)

 

 一抹の不安が仔の城の中には渦巻いている。それを承知の上で、ルシアは状況を先へと進ませるために脚を動かした。

 

・・・

 

「諸君、よくぞ集まってくれた。君たちはこの地へと集ったことにより、セプテムの新たな時代を築き上げるための解放者となることが約束された!」

 

 城の大広間に用意されたパーティー会場、さながら既に聖杯戦争が終わってしまったかのように豪勢に振る舞われる食事の数々は常日頃であれば舌太鼓を叩くものであるはずだが、この場に集った者たちの興味は、見目麗しく、匂いと飾り立てによって食欲を際立たせる豪勢な食事群ではなく、その食事に意味を与える様にこの場に集ったマスターたちへと演説を口にするタズミへと視線が向いていたのだ。

 

「この城に集ったキミたちであれば知ってのとおりであるとは思うが、我らが愛すべき国家セプテムはその成立過程からして、魔術師狩りの一族である『七星』の介入を許し、奴らの血が通った者たちが代々、王を歴任してきた。この土地に過去より住まう我々のような貴族ではなく、後から入りこんできた蛮族が我らの国を奪ったのだ!」

 

「はっ、随分と声に力が入っているじゃねぇか」

「それほど、タズミの坊やにとっても重要なことだと言うわけだ。勢いってのは時に馬鹿に出来ないからな、人間、素面では絶対に不可能だと思ったことでも、熱に酔うことで可能にしちまうことだってあるからな」

 

 ジャスティンとアサシンの冷ややかな言葉も今のタズミには聞こえていない。主の横でその演説を聞き続けるランサーは努めて感情を見せることなく、その言葉を聞き続けていた。主の戦術に口を出すほどの立場にはないと自分を律している。

 

「しかし、神は、我らの国を見捨ててはいなかった。諸君、これは聖戦だ。時代遅れの魔術師狩りの一族は、この聖杯戦争を隠れ蓑にして、建国当時より目論んでいた宿願を果たさんとしている。それが近年における対外政策の強硬姿勢であると言うのならば、まさしくもって愚策。セプテムの国家としての寿命をいたずらに消費するばかりである。

 ならばこそ、私はここに宣言する! この聖杯戦争と言う神の導きの下に、必ずや七星の一族からこの地を奪還して見せると。君たちもまたその栄えある聖戦に参加する者として、力を貸してもらいたい!」

 

「何が聖戦やねん、うちらがやりにきてるんは聖杯戦争や。二文字足らんやろ、勝手に省略すな」

 

「これより開かれる決起集会は我らの心を一つにするための一幕であり、諸君らには不退転の決意を抱いてもらいたい。この決起集会が終わった後に、我々は―――七星討伐の為に、王都へと打ってでる!!」

 

 拳を力強く握り、腕を掲げながら叫んだタズミの言葉に喧騒が会場内を包み込んだ。それがタズミに同調することで一気に士気が最高潮に引きあがったという意味での喧騒でないことは誰の目にも明らかであり、口火を切ったのは大方の予想通り、朔姫だった。

 

「おい、タズミぃ!! 本気で言ってるんか、さすがにないわ!」

「八代朔姫、神祇省の姫たるキミの意見は貴重だ、反発する理由を聞かせてもらえるかな」

 

「無謀が過ぎる。あんな、うちらはまだ敵の全容ですら掴んでおらん。敵は七星、一人一人が対魔術師戦闘のエキスパートで、そいつらに一体ずつサーヴァントが配置されている。

 はっきりいって、一組だけでも万全の態勢で臨んで、犠牲を出さずに済むかどうかやろ、それをこっちの戦力は選りすぐりだから、無策で突貫? 死ににいくようなもんやないか」

 

「そうだね、それに最後のマスターはまだ到着していないんでしょ? もう少し、様子を見ても良いように思うけれどね、タズミ卿」

 

 朔姫の反論にルシアも同調する。考えは同じだ、タズミは明らかに聖杯によって得られる莫大な利益に目が眩んでいる。彼のサーヴァントは強力かもしれないが、あくまでも魔力を与えられて現界を許されている使い魔である以上、タズミに万が一のことがあれば、ランサーは継続戦闘が不可能になる。

 

 そうした諸々の意味合いを考えても、タズミの発想は早計と言わずにはいられない。七星と軽視すれば、命を落としかねないと言う推論は朔姫からすれば、身内の様子を見ているだけでも十分に想定することができるのだから。

 

「ふむ、キミたちの意見は理解できた。しかし、それではこの城の中で防衛のために引きこもると言うつもりかね?」

「現状、そっちの方がまだマシやろ、情報が掴めないうちから手を打つんは危険すぎる」

 

「だが、先手を打つことはできる。仮に七星側が先手を打つこととなれば、彼らはこの城を包囲するだろう。それでも、この城ならば1週間は持たせることができるだろう。何せ、無数の魔力障壁と、私の兵たちが集っている。加えてキミたちだ。しかし、だからといって上手い戦略ではない私は思うよ。

 古今東西、寡兵が大軍団に勝つことはあっても、圧倒的な力を持った軍団に籠城戦で応戦するのはやはり分が悪い。多少のリスクを冒してでも手を先に出すべきだ。それで見えてくるモノもあるだろう」

 

「くっ……」

 

 タズミの論がまったく的を射ていないわけではないことに朔姫は歯噛みする。ここに籠城したところで一気に攻められたら元も子もない。何せ、自分たちと同じく七星側もサーヴァントを7体抱えているのだ。

 

 相手側がどのような配置をしているのかは不明のままであるが、一騎当千の英霊が7体も揃えられていれば、あっさりとこの城を抜かれても何ら不思議がることはない。問題はタズミがこの城の守りを過信していることだ。自分たちが動くまでは、相手もおいそれと手を出して来ることはない。

 

 想定の会話をしているにもかかわらず、タズミの言葉の端々からはそのような感情が見て取れてしまう。ならば、早々に攻め込むべき、奇襲を仕掛ければ、その後の戦闘がどうであれ、1度目の戦闘は完全な奇襲として成立させることができる。

 

 傲慢さから導かれた作戦であるとはいえ、こちらにも6体のサーヴァントがいる状況を利用しない手はない、朔姫が舌打ちをしたのには、そうした安全策を踏み越えたリスクを取った上での作戦が浮かび上がってしまったからだった。

 

「タズミ卿、俺達はアンタに此処に呼び寄せられた。アンタがそれを選んで勝つために全力を尽くすと言うのなら異論はないさ。ただ、気になるのは王都に攻め込むって部分だ。王都ってのはあれだろう、この国の人間が無数にいるはずだ、そこが戦場になるってことは言うまでもなく、民たちも巻き込まれるって事だろう。そこらへんのことは考えているのか? サーヴァントの戦闘はそのさじ加減が出来るほど、生易しい戦いは出来ないぞ」

 

「構わん、王都への被害が出ることは解りきっていることだ。それよりもなお、王族の、七星の排除こそが優先される」

「あんた、それ本気で言ってるの!?」

 

 タズミの言葉に問いを投げたアークは眉を顰め、ルシアは我慢ならないとばかりに声を上げるが、タズミの表情は何一つとして変わらない。

 

「聖杯戦争が自国で開かれる。私とてその言葉が意味するところを理解していないわけではない。ならば、この領地が戦いで灰燼に帰すことを許すか? 何処であろうと同じだ。ただ、その戦いの舞台が王都になってしまっただけのこと。民を無闇に失いたくないと思っているのは王族も同じだ。であれば、大多数の犠牲が生まれることはない」

「…………」

 

 ランサーの口元が震える。己の主が口にしていることがどのような先を生み出すことになるのかわからないわけではないからこそ、この場で形成されている内部不和とその先の犠牲に、既視感を覚えてしまう。嫌な空気が広がってきている。

 

「おいおい、何を今更騒ぎ立てている。お前ら生まれたばかりの乳飲み子ってわけでもないだろうが。最初からこの聖杯戦争が本来の意味合いと同時に、セプテムにおける権力闘争の意味合いを持っていたのは周知の事実だろう。

 タズミ卿にとって、王族は何処までも邪魔なんだよ、排除できればいい、この聖杯戦争を始めたのが王族なら、犠牲を生み出したのも王族の責任、何かを潰すためには大義が必要だ、無秩序な破壊行為を容認する人間なんて殺人狂か破滅願望者だけだ。

 都合がいいんだよ、この聖杯戦争の間なら、何をしたって仕方がなかったって済ませられる」

 

 対して、タズミの思惑こそが自分の求めている流れであるジャスティンははっきりとタズミを支持する。大義を口にしておきながら、腹の中に抱える事情は彼こそが最も大義からかけ離れている。言葉のあやとでもいえばいいか。

 

「俺達は最初から、此処に呼び寄せられた傭兵さ。タズミ卿の大義を叶え、そしてあわよくば己の願いを叶えんとするハイエナだ。どれだけ綺麗ごとを並べ立てようとも、此処に集った俺達は他人を蹴落として自分の願いを叶えたいって連中に変わりはない。

 優等生な考えは捨てていこうぜ。責任はすべてタズミ卿が取ってくれるんだからな、カッハハハハハハハ」

 

「あんた、踏み込んでいいラインってもんがあるでしょ!」

「クズの見本市そのものやな、吐き気がする」

 

 ジャスティンの物言いにルシアと朔姫は真っ向から対立の反応を浮かべる。アークは舌打ちし、エドワードはその様子を静観、決してこれから王都に攻め込もうとする人間たちの浮かべる態度であるようには見えない。

 

 嫌な空気であった、全員が一致団結して飛び込んでいかなければならない状況の中で、そもそも戦う理由の段階で空中分解しかねない。タズミがどれだけ優位性を発揮したとしても、目的や行動過程が変わらない限り、朔姫やルシアはそれを受け入れることはなく、逆も然りであろう。

 

 しかし、タズミはその様子を殊更気にしている様子はない。生まれながらの貴族であり、常に臣下たちは傅くことが当たり前であった彼にとって、己の主張とは言葉を発した瞬間から、実行されて然るべきものであった。

 

 何故、朔姫やルシアが反論をしているのかも理解できていない。己はこれほどまでに大義を語り、ジャスティンもその補てんをしていると言うのに、何故なのか。

 

 当たり前にこの空間に生まれているズレを解消しなければ、彼らが一致団結をすることはできない。しかし、統率者としてこの場を纏めるべき存在が、誰よりもそれを理解できていないことこそが、彼らにとっての致命的な穴であると言えるのかもしれない。

 

「がぁぁぁぁぁぁ、もう我慢ならんわ! もうお前に任せちゃおけん、ぶん殴ってでもウチが―――――」

 

 朔姫が怒りのままに、タズミからこの場の決定権を奪ってやろうと反応したその時であった。誰も予想もしていなかった。

 

 城を大きく揺らす振動と同時に眩い光の放射線が、城へと激突したのだ。その大きな震動音と共に城の周囲に展開されていた魔力障壁に軋みが奔り、その場にいた全員が考えたことは一つだけだった。

 

「馬鹿な、まさか―――――」

「敵襲ッ……!」

 

「こりゃ、腹を括らんとマジでいかんかもしれんな」

 

・・・

 

 霧の深い夜であった。朝から立ち込める霧は夜になっても尚、晴れることはなく、森の視界を閉ざしたままにこの瞬間を迎えた。

 

「あ、ありえない……どうして、こんな……」

 

 屋敷の中にいるタズミによって雇われた、王国軍と相対するために用意された兵士たちは瞠目した。彼らの視界の先にある森は確かに視界が悪く、今日という日はネズミ一匹見逃してしまう程度であればやや、仕方がないという表現をするべきであった。

 

 だが、目の前に広がっている光景はネズミ一匹などと言う言葉で表現できる規模ではなかった。イチカラ―領主の城の前に展開をするのは優に200を超えるであろう軍勢である。

 

 セプテム国の王都を守る近衛兵士たちを中心に組織されたその一団は、その全身を鎧で囲み、フルフェイスの仮面を被り、一切の乱れなく絶対の規律を以て、正門前にて命令を待つ。

 

 この場での戦争開始を宣言する指揮権を有する人間の号令1つで彼らはこの正門を飛び越えて、城の中へと飛び込んでいくであろう。

 

「不味いぞ、さっきの衝撃で正門が吹き飛ばされた……!!」

 

 続いて届けられた情報に見張りの兵士たちの表情がみるみると青ざめていく。二重の意味での驚きだった。一つは自分たちが観測することもできないほどの遠距離から放たれた、謎の光の放射によって正門が跡形もなく吹き飛んだこと。

 

 そして、もう一つはタズミの命令のもと、聖杯戦争に備えるために用意されていたはずの城を覆う魔力障壁が何の効力も発揮することなく、力技にて破られたと言う事実である。

 

「と、とにかく、いつ、突撃して来るのかもわからない、城の中の兵士や傭兵たちに伝令を。タズミ様は今、大広間にいるはずだ。急ぎ、でんれ―――ぎひっ」

「怯えているね、城の中の一室とはいえ、これだけ近ければ、音なんて感知される前に撃ちぬけるよ」

 

 声を上げていた見張りの1人が後頭部から眼球を射抜かれて無惨に倒れ果てたのを契機として、見張りの部屋に次々と城の外から放たれた弓矢が飛んでくる。

 

 その弓矢は音もなく、その場の兵士たちを次々と射抜いていく。見張り部屋であることを偽装するために小さな窓一つしかない筈の部屋であると言うのに、どの角度にいる兵士もその弓矢から逃れることはできない。

 

「怯えているのぉ、さもありなんか、突如としてこの森にこれだけの兵士が集結したのだ。肝を抜かれるもそれは道理よ。しかし、それで恨まれてもお門違いも甚だしいぞ。何せ、妾はただこの場にいる300の手駒たちすべて空間転移させたにすぎぬのだからなァ」

 

 フードを被った女は自分の為したことのおぞましさを何も難しいことはしていないとばかりに語る。一つの軍団ともいえるほどの数を誰に感知されるまでもなく、この城の近くへと転移させたその魔術の技量、そして人を喰ったような態度は、紛れもなく人智の範疇を超えている。

 

「さて、兵は揃えた、舞台は整えた。ならば、ここからは汝らの出番だな、皇女よ。名折れなどと言わせぬようにしてくれよ。この戦は、この地における『侵略王』の初陣であるのだからな」

 

「ええ、任せなさい、キャスター。この場での指揮権を有しているのは私です。これより先は私直属の近衛たちと、星家の兵士たちを使って、逆賊タズミ・イチカラーを討ちます!!」

 

 正門の前に佇む、無数の近衛兵士たち、その中心にて馬を駆るのはブロンドヘアに純白の鎧を纏った騎士である。そして、その騎士の背に乗るのは雪のような銀髪をたなびかせた騎士のマスターである。

 

 名をリーゼリット・N・エトワール、ランサーのマスターにして、セプテム国第一皇女は己の皇女としての権利を行使し、逆賊たる者たちの潜んでいる拠点へと討伐へと出向いた。

 

「リゼ、あまり気負う必要はない。僕とアーチャー、そしてランサーがいれば事足りる。君は此処で近衛たちの守護の下に指揮を執っていればそれでいい」

「そんなわけにはいかないでしょう」

 

 第一皇女付護衛騎士として傍らに立つアーチャーのマスター、ヨハン・N・シュテルンの言葉をリゼは即座に否定する。

 皇女としての自分の役割、そして立場を考えればそれが正解なのかもしれない。それが賢い生き方であることをリゼだって知っている。青臭い理想論なんて掲げていられたような思春期はとうの昔に片づけたのだ。

 

 しかし、そういった無謀さとは別の部分でリゼはこの状況をただ見ていることなど出来ない。

 

「タズミ・イチカラーはこのセプテムに戦乱の大火を放とうとしている。私達王族が長い年月をかけて築き上げてきた平穏の日々を、国民たちの安寧を己の欲望の為に、徒に壊そうとするのならば、私は皇女として彼を討伐しなければならない」

 

 例え、それが聖杯戦争の為であったとしても、王都を我が物顔で闊歩し、己の庭であるなどと口にすることは王家への明確な叛逆、そして、彼を野放しにしておけば間違いなく、欲望の為にこの国を踏み荒らす。そうなった時に最初に犠牲になるのは王族や貴族と言った者たちとまったく関係のない者たちだ。

 

 偽善である、欺瞞である、横に並ぶ彼女や背後で悍ましいほどの気配を放つ英雄が、民に手を出さない理由などない。

 

 それでも、ほんの少しでもこの国の為に闘っていると、今の自分を誇りたいから。

 

「残念です、タズミ卿。例え、貴方が我々に何を想っていようとも、私達は共にセプテムを繁栄させるために手を取り合うことができる。そのような未来を進むことができると信じていたのですが。こうして明確に敵対行動を取った以上、貴方は我々セプテムの敵です!」

 

 言うまでもなく初手に奇襲を行った者は、完全に相手の虚を突くことができる。タズミが王都へと一気に侵攻を仕掛けようとしたように、リゼもタズミとジャスティンが王都へと足を運ばせ、宣戦布告をしたことを以て攻撃開始の合図とした。

 

 故に、もはや中座だけは絶対にありえない。この場において、リゼとタズミ、どちらかの死を以てでしかこの戦いに終わりはないだろう。

 

 その状況、攻め込まれる側となったタズミは怒りのままにテーブルを殴りつけた。

 

「この光景を見ろ! 貴様らが私のプランに文句をつけている間にこのような状況になったのだ! 本来であればこの役目は私が担うはずだったのだ! なのに、今の私は攻め込まれている。私の居城を薄汚い七星が攻めてきている!! どう責任を取るつもりだ!!」

 

「知るか、ボケ。そもそも、こんだけ用意周到に攻め込まれたんなら、今更うちらが準備したところで間に合わんやろ!! そもそも仲間割れをしとる場合か! 敵が目の前にまで来とるんやぞ!」

 

「マスター、八代殿の言う通りです。既に先ほどの攻撃で恐らく正門は破られたと考えるべきでしょう。であれば、まさしくいつ攻め込んでくるのかもわからない状況、故にこそ、私は正門にて敵の迎撃を行います」

 

「任せてよいのだな」

「この双槍に懸けて……!」

 

 告げると同時に、ランサーがその場から姿を消す。サーヴァントとしての本来の俊敏さを以て動き出したのであろう。

 

「バーサーカー、私達も行くよ」

「いいのか、お前は奴の麾下で戦うことを望んではいなかっただろう」

 

「攻め込まれちゃったら元も子もないでしょ! 生き残るためにも今はできることをやるだけよ!」

 

 ルシアとバーサーカーも動く。あと数刻もすれば、この城の中で安全な場所などと言うものは何処にも存在しなくなる。生き残るために、この場に集った者たちを守り通すには戦う他ないと言うことを分かっているからこそ、迷いはなく。バーサーカーもまた迷いはない。

 

「いいだろう、元より俺は向かってくる相手を全て滅ぼすだけだ」

 

 人間の姿を象ることで、狂化に枷を嵌めていたが、もはやこの状況にあってはその枷を嵌めていること自体が必要のないことであろう。向かう先がどれ程の地獄であったとしても、それ以上の地獄を与えることをバーサーカーは許容する。

 

「ジャスティン、お前も正門で迎撃を―――――ジャスティン……?」

 

 タズミは怒りのままに己の右腕たる人物に声を上げるが、そこではたと気づいた。ジャスティン・ドミルコフの姿が見えない。先ほどまで、間違いなくこの場にいて、タズミの言葉に同調していたはずの人物はいつの間にか姿を消していたのだ。

 

 そう、裏の世界に生きる人間とはそれだけ鼻が利くのだ。自分と周囲の状況を対比して、自分にとって最も利すると思われることを選ぶ。

 

「ふん、とんだ貧乏くじを引いたもんだ。タズミの野郎、どうしようもないピエロだぜ」

「そりゃ、お前さんも変わらんがな、ジャスティン。連中にしてやられたことに変わりはないだろ」

 

「ああそうだよ、アサシン。俺もそれは真摯に反省しているんだ。だからこそ、まずは生き延びないといけないのさ。今日の失敗を糧にして、俺達はこのセプテムでの生き方ってのを模索していかなきゃいけない。なあに、連中が真正面から激突すれば、王族側にだって一人や二人の脱落者は出てくるだろうさ」

 

「そこに俺達が取り入ると?」

「サーヴァントを抱えている陣営が一人組み込まれるんだ。連中だって悪い顔をしたりはしないさ」

 

 もはやジャスティンの中では、タズミを使って自分が成り上がると言う線は消えていた。タズミに付き合えば己も泥船に一緒に乗りこんで沈み込んでいくだけ。他の連中はさまざまな理由でこの場で戦うだろうが、自分まで付き合う道理はない。

 

 この戦いが終わり、王族側に寝返るまで雌伏の時を過ごす。幸い、アサシンのスキルであれば潜伏をするのには不便はしない。

 今もジャスティンとアサシンの周囲を召喚されたアサシンの配下たちが守っている。多少の手勢が来たところでそう簡単に命を脅かされるようなことはない。

 

「――――ねぇ、おじさまたち。フラウと踊ってくださらない?」

「あ……?」

 

 ポツンと城の通路に一人の少女が立っていた。 漆黒のドレスを身に纏い、頭には赤いバラが装飾されたストロー帽子を被った少女がポツンと建っている姿はどこか異様で、ジャスティンはアサシンへと目配せをする。

 

 意味するところは一つ、殺せ。無関係であろうと何だろうと危険を真っ先に排除する方法こそ裏社会で生き残っていくために必要なことなのだから。

 

 故にアサシンが手を上げると、部下たちが一斉に銃を彼女へと向け、対照的に彼女の表情はぱぁっと明るくなる。

 

「ああ、手を上げてくださるなんて。フラウと、フラウと踊ってくださるのですね」

「意味の解らないことを口走りやがって。構うことはねぇ、殺せッッッ!!」

 

「いいえ、残念ながら手が遅すぎます。さようなら、皆々様方」

 

 刹那―――血飛沫が迸った。ジャスティンとアサシンの周囲に展開した黒服の部下たち全員の首が一瞬にして花が咲き誇るように吹き飛び、鮮血を流しながら首と胴体が分離していく。

 

「な、に―――――」

 

 おぞましいほどの殺人術、大の大人、しかもサーヴァントに召喚された者たちが無惨に1秒に満たない時間の中で命を奪われた。

 チャキンという金属が擦れる音が鮮血の華が咲き誇るその場に佇む、日本人形のような嫋やかな黒髪と和服に身を包んだ少女の仕業であることを理解するのに時間は必要なかった。

 

「テメェ、七星か――――」

「ええ、七星宗家より参りました七星散華と申します。裏口からの訪問なんて無礼が過ぎるでしょうが、正門の攻略はリゼ様とヨハン様に譲りましたので」

 

「化け物が、ッ! アサシン、令呪を使う、ここからすぐにでも――――」

「ぎぃ、ああああああああああああああああああああ!!」

 

 ジャスティンは今度こそ目を見開いた。ほんのわずかに目を逸らしていただけだ。意識を忘れていたわけではない。その間に先ほどの少女はアサシンへと触れて、触れた瞬間にアサシンの身体が末端から腐食していく。まるで病に侵されて身体が腐っていくように。

 

そんな外見的に明らかな変化が起こっているのに、少女は触れることを辞めない。まるで、ダンスをせがんでいるかのようにアサシンを振り回していく。

 

「ねぇ、おじさまはフラウが触れても平気なの? 踊れるのかしら? さぁさ、おじ様、フラウはダンスが得意なの。踊りましょう、踊りましょうな」

「や、やめ、やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」

 

 末端から腐っていくアサシンは触れる彼女に懇願の声を上げるが、彼女は自分に向けて投げられた声に対して反応をしてくれたことが嬉しいとばかりにさらに動きを強めていく。

 まさに死の舞踏、一歩一歩、自ら死へと転がっていく様は当事者にとっては恐怖でしかないだろう。

 

 しかし、本当の意味で恐怖を感じるのは、まだ何も手を出されていないものの方だ。このままでは死ぬかもしれない、いや、間違いなく自分も同じ末路を辿るのではないか、そのように考えた時にこそ、人間の本性と言うものは出てくる。

 

「うぅ、うああああ………」

 

 既に朽ちていくほかないアサシンを横にジャスティンは膝を折った。アサシンとその配下たちはたった二人の少女に何ら傷を負わせることもなく、泡沫の夢から覚めるようにして消えていったのだ。悪夢と言う他ない、こんな現実が許されて良いと言うのだろうか。

 

「おぉ、散華ちゃん、やっているねぇ……と、なんだ、誰かと思えば、キミはジャスティン・ドミルコフじゃないか」

「あら、ヴィンセント様、お知り合いでしたか」

 

「まーねー、同業者といえばいいのかな。俺からすれば、影でコソコソと動いていたネズミ程度の意味合いしかないけれども、そっちはとても意識をしてくれていたのは覚えているよ」

 

 散華と少女の背中の暗闇、何処までも続いていくのではないかと思える暗闇の最中から一人の足音が聞こえる。その男は、黒いストライプのスーツの下に赤いシャツを着こみ、整った髭と三白眼が特徴の人物、ヴィンセント・ステッラ。

 

 ジャスティンにとって、この聖杯戦争で最も打倒を願っていた相手に他ならなかった。

 

「それで、ジャスティン君。お前はセプテムの王族に反旗を翻した。その意味は自覚しているんだろう?」

 

「ヴぃ、ヴィンセント、どうだ、ここらで手打ちにしないか?勿論、タダとは言わない。俺達のファミリーが持っている密輸ルートをお前たちに開示する。お前たちの足がつかないように、こっちから支援の手を出すことだってできる。俺は別にタズミに忠誠を誓っているわけじゃない。ここはお互いの利益のためにも―――」

 

「利益? 笑わせるなよ、お前ら如き木っ端が、此度の悲願の為に幾星霜の時間を得て力を蓄えてきた俺達『ステッラファミリー』に与えられるものなんて、これっぽっちもないだろ」

 

「ま……待て!金じゃねぇなら何なんだ?詫びか?だったら今すぐ、タズミの野郎の首を――――」

「潰せ」

 

 バシャンとまるで水風船が破裂するような間抜けな音が響き、同時に真っ赤な脳漿があたり一面に撒かれていく。それが巨大な棍棒によって自分の脳天を破壊されたからであることを、当人であるジャスティンは理解することが出来ただろうか。

 

「なん、だ、て、めぇ―――――」

「我―――ヘラクレス也」

 

 最後に聞こえた意味の理解できない言葉、言葉も通じない相手に命乞いも役に立たずに、ジャスティン・ドミルコフは、この聖杯戦争最初の犠牲者として命を取りこぼした。

 

 そんな無様な死にざまを横目にヴィンセントは煙草を取出し、火をつけると、鉄火場の中であることを忘れさせるように煙をふかした。

 

 その横に立つ獅子の毛皮を身に纏い、巨大な棍棒を武器として握った狂戦士に一切怖れを為していないのは、彼がバーサーカーのマスターであるからだろうか。

 

「散華ちゃん、ジャスティンの令呪の回収をお願い出来るかい、灰狼の旦那が令呪を所望だ。三画総て戴いて行こう」

「はい、承知いたしました。これで依頼は終わりですか?」

 

「まさか、ここからが本番さ。リゼお嬢様とヨハン君が正面から、俺達が裏から。巧く行けば、この初戦でほとんどケリがついちまうかもしれない」

「なら、より取り見取りですね」

 

「そういうことさ。タズミ側のサーヴァントとマスターにはここで退場してもらおう。総ては、我ら七星千年の悲願の為に、ってね」

 

 城内の反対方向から大きな咆哮が聞こえてくる。それが正規軍の突撃が始まった音であることを理解し、ヴィンセントは笑みを零す。

奇襲は完璧に成功、既にサーヴァントは一体が脱落、タズミ側にどれだけの結束力があるとは知れないが、綻びが皆無とは決して言えないだろう。

 

 所詮は利益で繋がれた者たち、血と宿願に縛られた七星側に及ぶ道理はない。

 

「さて、果たして、我らの描いた青写真を覆せる者がどれ程いるのか。そんなものは存在しないのか。存在しないとなれば―――残るは5人、全員ここで死んでもらおうか」

 

 何処までも唐突に、されど、何処までも用意周到に準備された聖杯戦争がいよいよ幕を上げる。

 

「朔ちゃん、大丈夫だよね……!?」

 

「さぁな、やれることをやるしかないやろ……、ただ、流れを変えんと下手すりゃ、ここで全滅するぞ、うちら」

「………!」

 

(――――桜子、いい加減遅刻しとる場合やないぞ、お前がおらな、さすがにこの戦力差、覆すんは厳しいわ……!)

 

 主役は未だ不在、されど、戦争の火ぶたは切って落とされた。果たして霧がかかったこの夜が明けた時に、戦局はどのように動いているのか。

 

 当事者たちは誰も知らない。この日を以て、総ての運命は捻じれ、星屑の復讐譚に巻き込まれていくことを。

 

第1話「Stardust Dreamer」――了

 

 次話予告

「驚きました、まるで人馬一体、貴方たちは心が通じ合っているかのように動くのですね」

 

「是非もない。我は悪竜――――総てを喰らい滅ぼし尽くす災厄に違いないのだから」

 

「しかしだ、龍は無かろう。我が覇道にて龍と見えたことはなし。であれば、喰らうてみなければ、気が済まぬわ」

 

「救世の光―――彼の光こそ、我らが乗り越えねばならぬ偉大なる王の放つ輝き」

 

「下衆だな、最後の最後まで清々しいほどに。リゼがここに来なくてよかった。こんな奴の血でリゼの手を穢す必要はない」

 

「―――人造七星たちよ、お前たちの晴れ舞台だ。派手にその命を散らせ」

 

「七星流剣術陰陽崩しが一つ―――『繚乱花吹雪』!!」

 

「なら―――決まりや、おまえの力、その願い、全部、うちら、神祇省がもらってく!」

 

第2話「Progress」

 




サーヴァントステータス

【CLASS】アサシン

【真名】アル・カポネ 

【性別】男性

【身長・体重】179cm/80kg

【属性】中立・悪

【ステータス】

 筋力C 耐久C 敏捷C

 魔力D 幸運B 宝具C

 

【クラス別スキル】

気配遮断:D
 サーヴァントとしての気配を絶つ。隠密行動に適している。
 ただし、自らが攻撃態勢に移ると気配遮断は解ける。
 

【固有スキル】

カリスマ:D


 破壊工作:C
戦闘を行う前、戦闘の準備段階で相手の戦力を削ぎ落とす才能。
このスキルはランクが高ければ高いほど、英霊としての霊格が低下する。
邪魔者を容赦なく暗殺し、時には買収して勢力を拡大していった。

黄金律:A
人生においてどれだけ金銭が付いて回るかを示す。
違法ビジネスで稼げるだけ稼いだので、金には困らない。
出所後も、経済的に不自由したなんて話が殆ど無かったほど

 

【宝具】

『約束された虐殺の日』
ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:ー 最大捕捉:1人

聖バレンタインデーの虐殺を宝具化したもの。
このサーヴァントとそのマスターから、相手に魔力を送り込むことを条件に、このサーヴァントと相手サーヴァント以外の陣営に相手サーヴァント・マスターを強制的に襲撃させる。

次回より第2話、盛り上がってきた! 



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第2話「Progress」①

正門からはランサー陣営とアーチャー陣営
裏からはアサシン陣営とバーサーカー陣営
タズミたちはこの危機を乗り越えることができるのか……


――セプテム・『セレニウム・シルバ』・イチカラ―家居城――

 セレニウム・シルバ―――静かなる森と名付けられたその場所は、領地のほとんどを深い森に覆われており、セプテムと他国との国境近くに存在する、火種が無ければ何も起こらない穏やかな地という印象を抱かれている。

 

 霧のかかった夜、本来であれば何も起こることなく霧が晴れるのを待つばかりであったはずの日であるというのに、セレニウム・シルバはいまや、その名前に反するかのように雄たけびと喧騒、そして森の中に浮かび上がる炎のような光に包まれていた。

 

「見事、という他ないな。余と並び立つほどの王がいると聞かされた時には、いかほどの手合いかと思うたところだが、かの光を見れば、余も認めざるを得まい。セイバーよ、見事なる救世の光、余とは異なる王の在り方を以て、人類史に刻まれた者よ」

 

「救世主か、果たしてこのような場に呼び出されて、お前たちと共に肩を並べて戦っているこの姿が、儂の民たちが求めた姿であるのかは些かに疑問だがな」

 

「不服か?」

 

「極東の地より、我らの大地にまでその征服の途を伸ばした唯一無二の王たる『侵略王』に認められたこと自体は誇らしいことであると思っている。

幾星霜の時代を超え、もはや我らの時代が神話と歴史の狭間にあるとしても、この救世の剣はなおも輝きを忘れてはいない。民たちが紡ぎ続けてくれた儂の伝説を想えば、無様な姿はみせられまい」

 

「それでいい。それでこそ、余が自ら認めし王よ。貴様とこうして肩を並べられること、これもまた天寿の概念より解放されしこそ得られる娯楽であろう」

 

「一度限りだ、侵略王よ。此度の一戦を以て役目は果たしたものとする」

「構わん。余とて、並び立つ王がいるままに覇道を歩めるとは思っていない。セイバー、敵がたである七騎のサーヴァントを屠りしあとは、余自らが貴様の首に斬り飛ばしてくれよう」

 

 タズミ・イチカラーの居城、今まさにそこはセプテム王都軍と星灰狼が用意した人造七星の部隊によって包囲されていた。

 

 既に正規軍は正門へと攻撃を始め、裏側からは、マスターである散華とヴィンセントが城の内部へと突入、戦果を上げ始めている頃合だろうと灰狼は読んでいた。

 

 そうした軍列の最後尾、居城正面に展開するリゼ第一皇女を前線指揮官であるとすれば、こちらはこの軍の司令部にして、本陣である。

 

 鎮座するのは、この世界に召喚された二人の王、それぞれが侵略王と救世王と呼ばれる王たちは互いをけん制し合いながらも、純粋に双方の実力を認めることだけは忘れていない様子だった。

 

 開戦の号砲とも言えた光の一撃は、セイバーがその手に握る円筒状の剣によって放たれた一撃、救世王の逸話自体は灰狼も耳にしており、彼が侵略王とまで呼ばれたライダーに比肩しうる実力者であることを改めて痛感した。

 

(単純な攻撃力だけで見れば、我が王の軍勢すらも上回る一撃、我らがハーンとは対照的に己の光を以て、人々を統治した王、やはり、この聖杯戦争にて我らが王を勝者とするための最大の敵は彼か……)

 

 この本陣から居城までの距離は優に1キロは存在するだろう。霧かかった夜の闇の中、ましてや視界の先は険しい森なのである。その中で光を放った聖剣は、一切の誤差なく正門を吹き飛ばして見せた。

 

 まるでそれこそが神託であったかのように。どれほど伝聞や記録で見知っていた情報よりもなお凄まじい記憶としてその戦果を見せられてしまった以上、警戒を覚えるなと言う方が無理があるのだ。

 

「セイバー……」

 

 そんな二人の王が水面下で火花を散らす状況は当然の如く本陣に異常なまでの緊張感を敷いている。この戦場に置いて本陣ほど安全かつ死から遠ざけられた場所はない。

 何せ、本陣にて待機をしている者たち二人こそがこの場における最強の戦力なのだから。

 

 ただし、そんな戦場の空気から解放されても尚、共に天を戴くことができない王同士がいる場所にいる者たちはその空気に慣れきっている灰狼以外は緊張感を覚えずにはいられない。

 たった一人、それ以外の理由でこの場に怯えを抱いている少女を除けば。

 

「此処にいる限り、キミに危害が及ぶことはない。君はセイバーの指示に従っていればいい。如何に七星の血族と言えども、キミが実戦で使い物になると考えるほど、俺も夢を見てはいない」

「……あなたに、心配される、謂れなんて、ない……」

 

「嫌われたものだな」

「あなたがッ、あなたがいなければ、私はこんな所にいない!!」

 

 灰狼の配慮など欠片も見えない言葉に、ウェーブかかったブロンドヘアの少女、ターニャ・ズヴィズダーは恐怖を押し殺して食って掛かった。

灰狼に逆らうことが何を意味しているのか分かっていたとしても、このような場にまで連れて来られて我慢が限界に達してしまったのだ。

 

 その叫び声にライダーはチラリと灰狼の側を向くが、灰狼は心配ないと目配せをし、ライダーは興味なさげに視線を動かした。

 

「そうだ、その通りだ。私がお前を見出した。名も分からぬ村の中で悠然と暮らしていた我らの末裔たるお前を、私が見つけ出し、意味を与えた。感謝こそされども、憎まれる理由は何一つとして見えないのだがな」

「私の身体を、弄っておいて、どうしてそんなことが――――」

 

「星家は記憶の継承、そして七星の血を扱うことに関しては七星宗家やナジェムを凌ぐ。我々は初代灰狼の悲願を果たすために存続を続けてきたのだから。私は私の一族として正しいことをしただけだ。

 七星の血を継承した者たちの中にはごくまれに七星の血に目覚めずに一生を終える者たちがいる。自分が七星であることすらも知らないままに。それは悲劇だ。

与えられた力も知らずに終わるなどと耐えることができるはずもない。だからこそ、私が目覚めさせたのだ、キミの中に眠る強大なる力を」

 

「そんなことを、望んでなんかいないッ!」

「望む望まないに関わらず、既に君は運命の輪の中に取り込まれている。もしも、それに抗いたいと言うのならば、戦うしかない。今の君には、それを果たすだけの力が与えられているのだから」

 

 それは結果が見え透いた上での誘導の言葉だ。ターニャが自ら戦うことを選択できる少女であるのならば、既にこの本陣は戦場となっているだろう。彼女はもはや戦う意志を持たない。戦う意志とはすべからく何かを掴むために生じるものだ。

 

 今の彼女には何もない。灰狼の下へと連れて来られる時に彼女は何もかもを失った。故郷も、家族も、そして大切な1人の少年も何もかもを失ってしまったからこそ、反撃の牙を向けることができない。

 

(さて、アベルは果たして到来するのか。それとも、どこかで野垂れ死んだか。願わくば予定調和を崩してもらえると助かるのだがね)

 

 誰に言うわけでもなく、灰狼は心の中でその到来を待ち望んだ。このまま何事もなく七星の勝利で終わるだろう戦場に波紋を呼んでくれる存在が来てくれることを、心から待ちわびるようにして願ったのであった。

 

・・・

 

 セイバーの放った光によって吹き飛ばされた正門、そこは既に混沌の坩堝ともいうべき戦場が広がっていた。王都より逆賊討伐の為に派遣された正規兵とイチカラ―家が聖杯戦争の為にジャスティンを通じて雇っていた傭兵たちが真っ向から激突を始めた。

 

 タズミの王都への侵攻は、朔姫やルシアには否定をされるばかりではあったが、侵攻を予定していたがために傭兵たちが臨戦態勢に入っていたという事実だけを考えれば、これは怪我の功名であると言えただろう。

 

 真っ向からぶつかり合う両軍であったが、士気の上で勝っているのは攻め込んでいる正規兵だ。金で雇われた傭兵たちにタズミの城を死守しなければならない理由はない。

 自分の命が危ないと言うのであれば一目散に逃げる、降伏する、そうした反応を少なからず浮かべる者がいるとすれば士気に大いに関わってくる。

 

 加えて、正規兵側の中には攻撃の中心となって戦うだけで指揮を上げていく者たちがいるのだから、手に負えない。

 

「ヨハン、キミはタズミ・イチカラーを探せ」

「ランサー、あんたはどうするつもりだ」

 

「私はここに残って、傭兵たちの相手をしよう。何、間違いなくこの正門前が最も過酷な戦場だ。この場所の戦いを制することが出来たモノこそが、そのまま勝利を手にする。ならば、この場における最高戦力である私が離れるわけにはいくまい」

 

「………」

「リゼの事は私に任せろ。それとも君は、彼女に手を汚させることを望むのか?」

 

「そんなこ―――――なっ!」

 

 ランサーとヨハンの会話に割り込むように透き通った殺気が飛び込んでくる。その殺気に反応し、馬上から槍を振い、飛び込んできた双槍の一線をランサーは受け止める。

 

 一瞬でも反応が遅れていれば、ヨハンの胴体が真っ二つに切り裂かれるか、ランサーの腕が吹き飛ばされていたであろうことは間違いない。それを受け止めるが出来るからこそ英霊なのか、ランサーは馬上での迎撃にもかかわらず完全に襲撃者との波長を合わせて見せた。

 

「貴方が七星側のランサーか」

「そういう貴殿はそちら側のランサーと見える。これはまた不思議な巡り合わせだ。

本来、同じクラスのサーヴァントと激突することなど聖杯戦争ではめぐり合うことができない。精々が他のクラスで現界した同じ武器を使うものがいるかどうかだ。通常の聖杯戦争とは趣が違うが、互いに技を競い合わせるのも悪くはない」

 

 純白の鎧に身を包んだ金髪の騎士に対し、漆黒の全身スーツと上半身には鎧を纏っている女戦士、活躍をした時代も生き方も異なっている二人だが、直感的に共にサーヴァントとしての在り方に忠実であろうとしていることは、一目見ただけで理解できた。

 飛び込んできた透き通った殺気もそれを受け止めた洗練された技も、心の中に二心を抱えたままに放てる技ではない。

 

 簡単に抜ける相手ではない状況であり、互いに互いの軍勢が周囲には無数に転がっている。一対一の戦闘を許してくれる相手ではないだろう。

 そうなれば、不利と焦りを覚えるのは双槍の女戦士の方である。刻一刻と自分たちの拠点が破壊され、兵士たちを徒に消耗している状況だ。

 

 タズミの目論みを考えれば一刻も早くこの場を立て直し、外の軍勢を追い払うために行動しなければならない。だが、目の前の騎士はそれを許さないだろう。

 

(ランサーが私との戦いを避けずにこの場に居残る理由は、私を此処に釘付けにするため。己が武勇を発揮することができない当て馬に宛がわれたとしても、主の勝利の為に動ける、理想的なサーヴァントですね)

 

 最も心の中で送ったその賛辞は敵方として対峙するには何処までも厄介な相手だ。出来る事なら、せめてもう一人でも、この状況を援護してくれる相手がいないかと願う所なのだが―――

 

「おう、ランサー、随分と苦しそうだな。流石にこの人数とその兄ちゃんを相手にするのは1人じゃ厳しいだろう。早速だが、武勲で貢献させてもらうが、構わんよなぁ?」

 

 そこに足を踏み入れたのは一人の男だった。スーツに身を包み、天へと昇りあげるように逆立った青の髪と己の手を覆った白手袋が目を惹く。

 

 アーク・ザ・フルドライブ、昨日、ランサーが顔を合わせ、その異質さを痛感した相手である。獣のようにその視線はギラついているが、全身から流れる戦意はむしろ潔白、足から地面に根を張っているかのように泰然自若とし、一切の危うさを感じさせない。

 

「次から次へと新たな連中が、数で押し切れ!!」

 

 正門を突破せんとする勢いのままに正規兵たちがアークへと突撃していく。先ほどのランサーのような人外じみた動きではなく、呑気に歩いてきた様子に場違いな相手であると踏んだのだろう。それがこの場における戦況の優勢から来る油断であったとすれば、それは致命傷になりかねないものであるといえよう。

 

「おう、来いよ。ただし、簡単に抜きされるだなんて思うんじゃねぇぞ!!」

 

 瞬間、アークの背後から銀色の液体のような固体のような何かがせり上がり、アークの腕を覆う装甲のように結合していく。

 

 その結合が完了すると同時に、アークは片足を地面に叩き付けると、震動一つに飛び込んできた兵士たちは怯み、その隙を穿つようにして、繰り出された拳1つで兵士たち数人の身体が正門から森の中へと吹き飛ばされる。

 

「衝撃波、一々一人ずつ相手にしていたら朝になっちまうよなぁ?」

 

 拳をクイと上げて、次の相手が向かってくるようにと挑発する。数で攻めればと考えた兵士たちが押し寄せてくるが、数の優位性とは同程度の実力同士の相手との戦いでこそ、その真価を発揮する。

 

 四方八方から、まずはアークを倒してやろうと鎧を着こんだ兵士たちが一斉に槍を、剣を、遠方から銃弾を一斉に放ち、撃鉄音と鉄がぶつかる音が正門前に轟く。たった一人の人間を狙い撃ちにするにはあまりにも大仰が過ぎる攻撃ではあるが……

「嘘……」

 

 思わず、驚きの声を上げてしまったのは、ランサーの後ろに共に乗っているリゼである。視界の先の光景、無数の剣と槍による攻撃、そして銃弾の数々総てが、アークの周囲に広がった銀色の幕のようなモノによって遮られていたのだ。

 

「ああ言っていなかったな、実は攻撃よりも防御の方が得意なんだ。だからよぉ、俺を抜き去りたいってのなら数だけじゃねぇ、本気で来いよ。この防壁を突破できると豪語して見せろ!」

 

 攻撃を止められた者たちへとアークの両拳が飛び、接近戦を仕掛けた兵士たちが次々となぎ倒されていく。

 何かしらの拳法を使っているのか、あるいは軍隊で教え込まれた戦闘技術か、これであると形容することができない、ただ多人数を圧倒することに適した動きだけで群がってくる兵士たちをなぎ倒していく姿は、まさしく一騎当千であり、リゼもランサーも瞠目するしかない。

 

「いったい何者なの、あいつは……」

「人間ではないのか、だが、サーヴァントにしてはあまりにも……」

 

 魔力の塊であるサーヴァントと同じようには見えない、どちらかと言えばマスターであるアークの正体を理解できないランサー陣営の主従だが、いつまでも驚いているわけにはいかない。

 アークと言う強力な戦力を得ることが出来たことにより、余裕が生まれたとなれば、自分たちが対峙している相手との関わり方が変わってくるのだから。

 

「はぁッッッ!!」

 

 一瞬にして、首下へと伸びあがってきた女戦士の槍に対し、ランサーは片腕で手綱を引くと馬があろうことか前方に走る。

 自殺行為に見えるそれだが、馬が突発的に飛びこむタイミングと同時に、片腕で槍を動かしたンサーは自分の首筋を貫くハズだった槍を、馬の勢いと遠心力で槍の柄で受け止めることを間に合わせ、次いで片腕で手綱を引くと、馬が雄たけびを上げて、身体が上を向き、攻撃を放った女戦士の身体を掠め、槍の先端がブレる。

 

 力任せに柄を倒し、さらに前方から揺さぶりを掛ければ、女戦士は、この先に空中で態勢を崩される最悪の展開を待っていると踏んで、自ら馬を足蹴にすると、大きく後ろへと跳躍して下がる。その額に浮かぶ汗は、予想以上の目の前の騎士が馬上戦闘と言うものに慣れきっているがためか。

 

「驚きました、まるで人馬一体、貴方たちは心が通じ合っているかのように動くのですね」

 

「人馬一体、それは最高の褒め言葉だな、ランサー。私は彼と共に戦場を駆け抜けてきた。私は確かにランサーの英霊として召喚され、彼は宝具に昇華するほどの逸話を併せ持っているわけではない。しかし、私がただの槍の名手であると言う理解であるのならば、早急に認識を改めた方がいい。私を此処から引きずりおろす事も出来ない相手に、私を討つことは出来ぬのだから」

 

 言葉から伝わってくるのは絶対の自信、騎士として主に忠誠を捧げながらも、自分の持ち合わせている実力には最強であると言う自負を感じさせてくる。

 

(ああ、彼は戦士だね。私や彼らと同じように自分の力に絶対の自信を以て、自分こそが最強であると信じて疑わない戦に己の誇りを捧げた存在。私達との違いは戦士としての自分を曝け出しているかどうかでしかない)

 

 騎士と言う立場であればこそ隠した激情、それを、武技を通して感じれば感じるほどにかつての大戦争を駆け抜けた戦士としての血がランサーの中で強まっていく。

 それこそ、何もかもを投げ出して、目の前の強者たる騎士を屠るためにぞの全身の力を使い切りたい。強者たる戦士であれば決して抗うことはできないその欲求に湧き上がる心に、ランサーは深い呼吸を上げて、落ち着かせる。

 

(私はタズミ・イチカラ―のサーヴァント。主の命はこの正門にて侵入してくる者たちを排除せよとのことであった。私の持ち味を生かすのであれば、この正門よりも目の前の森の中での戦闘に終始するべきだが……、それは主の名に逆らってまでするべきことではない)

 

 如何なる戦場でも自分の持ち味を最大限に生かすことができる戦場が与えられるわけではない。むしろ、そのような場面を与えてもらえることの方が少ないだろう。

 主命は果たす、そして勝利する。これより先の聖杯戦争を考慮するのであれば、ここでこのランサーは仕留めておくべき相手だ。

 

「よぉ、ランサーの嬢ちゃん。顔に焦りが張り付いているぜ。睨むよりも笑っておけ」

「ひゃっ――――な、何をするんですか!」

 

 パチンと思いきり背中を叩かれて、視界が一気に開けた。いつの間にか敵の兵士たちを相手に戦っていたはずのアークが隣に立ち、獣じみた笑みを浮かべていた。

 

「いやなに、随分と思い詰めていたみたいだからな。戦いに集中するのはいいが、それで視野が狭くなるんじゃ逆効果だろう。苦悩が顔に出ているようじゃ、それこそ勿体ない。不敵に笑っておけよ、せっかくの別嬪が台無しだぜ」

 

「あなたは……本当に真面目なのかふざけているのか分かりませんね」

 

「おいおい、俺はいつでも本気も本気だ。いまだって、ここから巻き返そうと思っている。そのためにはアンタの力が必要なんだよ、日和られているんじゃ困っちまうから、気合を入れてくれよ」

 

「…………ありがとうございます、それと昨日、信用ならないと口にしたことは謝罪します。目の前でそれほどの力を見せられれば、私も文句の一つも付けられませんから」

「構わねぇよ、長い付き合いになるかもしれないんだ。改めて、まずはここを突破しようぜ!!」

 

 改めて双槍を構え、拳を合わせ、ランサーとアークは目の前の敵対者たちへと視線を投げる。決着がつかなかったとしても、ここで戦い続けることが無意味な訳ではない。

 正門から敵が来襲するのであれば、足止めを続ける限り、タズミが脱出するための時間の確保、他のマスターやサーヴァントが行動をするための時間を稼ぐことができる。

 

「アーク、雑兵を抑えつつ、あの騎士へと仕掛けることは出来ますか?」

「ネズミを何匹か中に入れることになるかもしれないが、可能だろうな」

 

「であれば、助力を。まずはあの馬上から彼を引きずりおろします。彼を倒す事さえできれば、この場の戦いは――――」

「ランサー、時間を掛け過ぎているんじゃないか。外からの狙撃はあらかた終わったよ。まさか、キミがまだその場に居続けているなんて驚きだ」

 

「そういうな、アーチャー。こちらはサーヴァントとの戦闘もしている。一朝一夕に終わらせられるほど、生易しい相手ではないとも」

 

 正門よりゆったりとした足取りで歩いてくるのは弓を携えた男性だった。ブラウンヘアの短髪に、クラス名に恥じない巨大な弓、そして片足に包帯を巻いたやせ形の筋肉質の青年はランサーのように全身をくまなく鍛え上げているわけではない。

 しかし、無駄を剃り落し、鍛えるべきところだけを鍛え上げたその姿は視認するだけでも、実力者であることを理解させてくる。

 

 だが、そうした見た目の問題とは別の所で、ランサーはその姿にどこか懐かしい空気のようなものを感じる。もしやと思う気持ちが自然と口から言葉をこぼれ出した。

 

「あれは――――」

 

「へぇ、まさか同郷から召喚された英雄がいるとはね。いや、同郷と言うのともまた違うが、僕はギリシア、キミはトロイア。直接的な面識はまったくないけれども、双槍を握る女戦士の話しはオデュッセウスからも聞かされたことがあるよ」

 

「貴方も、あの戦争に参戦した者ですか」

 

「君が戦い続けていた時よりもほんの少しだけ後の話しではあるけれどもね。ランサー、僕も参戦しよう。あまり長引かせていては、キャスターがしびれを切らしてしまう。そうなると、皇女も困るだろうし、僕のマスターとしても面目が潰れる。

 彼の在り方は君と同様に僕も気に入っている。そろそろ優勢を固めるとしよう」

 

「構いませんね、マスター」

「ええ、アーチャーが力を貸してくれるのならば心強いですから」

 

 七星側への新たなる参戦者、ランサーにとってもアークにとっても慮外の出来事ではない。こちら側が徒党を組んでいるのならば、相手側が徒党を組んでいるとしても、何ら不思議なことではない。

 そうなる前に、他のサーヴァントと連携を図ることができるランサーを撃退することが出来れば最善であると考えていたのだが、敵の手の方が早かったとなれば、更なる苦戦は免れない。

 

「ま、だからといって降伏する訳にもいかんし、ここで戦うと決めた以上は受け入れるべきリスクだわな」

「そう言ってくれるだけ助かりますよ。それに……どうやら、私達の命運もまだ繋がっているようですし」

 

 零したランサーの言葉の意味が発現するようにして、空中より落下してくる陰がある。それは正門と森へと続く道の合間へと降り立った一つの黒い影、人間の気配と言うよりも、人間に擬態した何かであるようなそれは地上に降り立つと、目の前に展開している兵士たちを睨みつけ、つまらなそうに呟く。

 

「騒々しいな、これだけ数がいれば、狙いを定める必要もないか。俺には相応しい戦場かもしれない」

 

 降り立った者の言葉は酷く陰鬱で、しかし、明確な圧があった。漏れ出している殺気、決して隠すことができない目の前の存在達を食い荒らしたいと言う衝動、それら全てが自分たちへと向けられているものであることを待機していた兵士たちも察する。

 

 城の内部へと入り込んでいる兵士たちはその視線を直接受けなかっただけでも幸運であったかもしれない。

 

 ルシア・メルクーアが召喚したサーヴァント、バーサーカーにとっては敵も味方も関係ない。本来の観点で考えれば、人間とは彼の視点で言えばすべからく滅ぼすか喰い尽くすかのどちらかしか選択肢に入れるべきではない存在なのだから。

 

「―――令呪を以て命じる!!」

 

 先行するサーヴァントに追いつくように、アークやランサーと同じ場所にまで辿り着いたルシアは自身の手の甲に輝く令呪の光を翳しながら声を上げる。

 

「宝具の解放を。貴方の真の姿を見せてやりなさい、ファヴニール!!」

 

 ここからが反撃の時、その漆黒の竜の力を以て、この場に襲い掛かってくる総てを破壊し尽くせと言外に告げられた声によって、

 

「是非もない。我は悪竜――――総てを喰らい滅ぼし尽くす災厄に違いないのだから」

 

 正門と森の間に立つ漆黒の人間の姿をしたもの、その背中から翼が生え、腕が脚が、次々と人間の大きさとは思えないほどに肥大化していき、爪が顕現していく。

 

 そして、胴体と首より先の顔までもが人間の顔から、竜のそれへと変貌を重ねていく。

 

「UOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」

 

 天へと吼え上げるような雄たけびはまさしく、この場に顕現した北欧神話に名高き邪龍の咆哮に他ならない。災厄の悪竜として人々に滅びを齎し、ラインの黄金を握り続けてきた存在は、このセレニウム・シルバの地にて再び崩壊の蹂躙を果たすであろう。

 

「ほう、面白い。奴らも中々のものを揃えておるではないか」

 

 兵士の誰もが、その異常極まりない事態の中で動揺を重ねていく。逆賊の城を攻めている最中に降り立った人間が突如として竜の姿に変貌したなどと、ただの兵士たちからすれば恐怖以外の何物でもない。

 されど、魔術を知るモノにとってはこれほど興味深いこともない。

 

「興味が乗ったか?」

「面白いとは思うておるが、妾が手を出すまでも無かろう」

 

 マスターに戦うのかと問われたキャスターは首を横に振る。確かにあれは強大なサーヴァントだ。通常の聖杯戦争にて召喚されれば間違いなく、最強の一角として他の陣営に対して恐怖の象徴として機能するだろう。

 だが、最強を有しているのは何も、タズミ側だけではないのだ。

 

「妾が動かずとも、あれほどの獲物を放逐しておけるほどひ弱な英雄ではなかろうに。それでも及ばぬと言うのであれば、その時は、ふむ、一つ、妾の錬金術を享受してやろうとするか」

 

・・・

 

「ぐっ……、まさか、正門だけとは思っていなかったけれど、こちらにもサーヴァントが配置されていたっていうのは、警戒が足りなかったな」

 

「ふふっ、それは残念でしたね。でも、警戒をしていなかったと言うのであれば、それはそちらが悪いと言わざるを得ませんね。だって、間違いなく、この局面はどちらの陣営にとっても決戦。攻める側なら、何があろうともここで城を落とすつもりで生きます。なら、伏兵の1人や2人配置されて然るべきではありませんか?」

 

「まったくぐうの音も出ないような正論だな……」

 

 誰もがすぐさま、正門に向かった訳ではない。状況を確認し、正面からの戦いではなく援護を以て、この戦況を変えようとする者たちもいた。

 

 エドワード・ハミルトンとアーチャーは外から攻撃を続けている相手を自分たちの持ち味である遠距離からの攻撃によって無力化することを目論んだ。正門からの襲撃はあまりにも多く、その総てに対応できるほど、エドワードもアーチャーも戦巧者ではない。

 

 正門前で当たり前のように戦っているランサーやアークも二人からすれば異次元の強さを誇っている存在だ。まともないっぱしの傭兵でしかないエドワードと元が狩人でしかないアーチャーにとって、軍勢を相手に戦うと言うのは抑々の発端からして間違っている。

 

 よって、支援へと動く、狙撃であれば自分たちの有用性を示すことができると、その為の必要地点へと向かっていたさなかである。

 

 音もなく、されど一瞬のうちに刃がエドワードへと向かわんとした。それを咄嗟に守ったアーチャーの判断はエドワードがどのように考えるにしても間違った行動ではなかっただろう。主を敵より守る、その選択はサーヴァントとして当たり前なのだから。

 

 ただ、不幸なことに目の前の相手は奇襲だけで済ませられる相手ではない。

 

 七星散華―――七星宗家の次期当主にして、はるばる極東の地よりその武力を買われて、聖杯戦争の参加者として来訪した少女である。

 

 無感情に揺れる瞳は、エドワードを撃ち漏らしたことにも、サーヴァントを一閃をもって、瀕死に至らしめた箏にも頓着していない。

 

「では、改めてマスターの首を奪うとしましょうか」

「させると、思うのか」

「私は今、とても安心しているんです。どうしてか、分かりますか?」

 

 無感情のように見えた少女が突然笑みを零す、笑う顔を見れば少しは反射的に笑みを向けられた相手も気を緩めるところだが、無表情から突然浮かべられた笑みはむしろ底知れない寒さを与えられさえもする。

 

「だって、七星の刃は魔術師を斬るための刃です。そこに魔術を乗せているとはいえ、それがサーヴァント相手にも通じると分かりました。これで、私の仕事の幅はさらに増えるでしょう。ええ、サーヴァントだから殺せない、なんて七星らしからぬ発想をしなくてもいいんですから。ほら、とても嬉しいことじゃないですか」

 

 思わず、エドワードは言葉を失いかけた。目の前の少女が何を言っているのかわからない。まるで狂人と会話をしている様に話がかみ合っていない。

そもそも人間がサーヴァントを殺すと言うその発想自体が本来であれば持ち得ない筈であるのに、彼女はそれを当たり前の事であるかのように口にする。

 

「狂っているな」

「ええ、そうだと思います。私は狂っています。もう、とっくの昔に正気でいることを捨てました。七星の魔術師に必要なことはこの身に流れる七星の血にその身を委ねること。自我なんて、七星として最適であるために最も不要なパーツですから」

 

 自分は七星の魔術師としてあれればいい、他の何もかもが必要ない。そう言わんばかりの態度を浮かべる彼女が再び刃を振り下ろす。アーチャーがもう一度動けばアーチャーは次を耐えきることはできないだろう。そうすれば、三度目でエドワードは斬られ、全てが終わる。どちらにしても、詰みの状況だ。

 

(だが、これで今度こそは終わることができるかもしれない……)

 

 心の中で僅かな安堵をエドワードが覚えた時であった、

 

 エドワードの周囲を囲むように出現した紙の式神が散華の刃を受け止めて、それ以上先へと進ませようとしない。

 

「ったく、ネズミの一匹や二匹いてもおかしくないやろうと思っておったが、よりにもよって、お前かい、七星散華……!」

 

 その戦場に割って入るのは、八代朔姫とキャスターであった。しかし、朔姫の表情は決して明るくはない。むしろ、出会いたくもない相手に出会ってしまったような反応であり、対して散華はぱあっと明るい表情を浮かべた。

 

「ああ、貴女は京都大陰陽連の八代のお姫様じゃないですか。そうですか、貴女もこの聖杯戦争に参戦していたんですね。異国の地で誰も知らない相手ばかりでちょっと不安だったんです。

 でも、お姫様に会えてよかった。八代のお姫様の首を取ることが出来たら、当主様もお喜びになるでしょう」

 

「会って、すぐさま殺害予告とか普通に笑えんわ。これだから、七星の連中は困るんや」

 

「仕方ないじゃないですから、あなたほどの陰陽師が私の目の前に姿を見せるなんて、私の中の七星を刺激するだけですよ。ああ、我慢ならない。すぐにでも貴女と言う魔術師を喰らいたい!!」

 

 殺意は透明に、鋭利に、破滅を誘う魔術師殺しの刃は新たな獲物を見つけ出して、喰らうための刃を研ぐ。逃走は許されない。勝って、場を諌めるほかにない。

 




咆哮を上げる悪竜はこの状況を変える存在となりえるのか……

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第2話「Progress」②

大怪獣バトルの始まりだぁぁぁぁ


――セプテム・セレニウム・シルバ・イチカラ―城正門前――

 ――悪竜ファヴニール、その伝承は北欧神話、古エッダの伝承、あるいは戯曲『ニーベルンゲンの歌』に刻まれた英雄譚における人類によって討滅される悪しき竜の象徴である。

 

 その竜の来歴は決して生まれた時から、邪龍であったわけではない。ラインの黄金――その正統なる後継者であったフレイズマルの子として生まれたファヴニールは兄弟同士の血みどろの殺し合いを経て、その黄金を己のものとすることに成功した。

 

 肉親殺しの大逆を為す代わりに莫大な富を得たファヴニールはその代償を支払うように、その身を龍へと変える呪いを受けた。日に日に進行していくその呪いは、自分がなぜ肉親殺しを果たしたのかすらも忘れさせるほどの膨大な時間を使った果てに、彼を悪竜へと変貌させた。

 

 この世の総てを支配するとも一説には囁かれるラインの黄金、それをせしめ、それを守り通し、己のものとし続けることこそが自分の存在意義であるようにファヴニールは洞窟の中でラインの黄金を守り続けた。人類が正当な理由を以てラインの黄金を奪還せんと来れば幾度となく、悪竜の咆哮を以て、その侵略を撃退してきた。

 

 悪竜ファヴニール、人類が乗り越えるべき試練、いつからかそのような名を人々が囁き始めた頃であっただろうか……、その悪竜伝説に終止符を与える存在、ジークフリートが彼の前に姿を現したのは。

 

 魔剣グラムを駆るジークフリートは決して圧倒的な英雄であるわけではなかった。ファヴニールにこれまでに挑み、そして散って行った勇者の中にはシークフリートに勝る勇者がいたかもしれない。

 

 ただ、ファヴニールをしてジークフリートは挑んできた誰よりも勇者であった。人々の想いを汲み、己の恐怖に打ち勝ち、ファヴニールへと魔剣グラムを放つ姿は我執に塗れ、ただラインの黄金を守ることでしか己を保つことが出来なかったファヴニールを以てしても尚、眩しい姿であるように思えたのだから。

 

「己は――――、この身は人々の試練となり、滅ぼすがためだけに存在し続けるものであるのだな。それが我が宿命、我が業であるのだと」

 

 死の間際にファヴニールは総てを理解する。己が肉親を殺め、黄金を奪ったこと、その財宝に目が眩んだ理由の総てが、黄金に刻まれた呪いにあることを。

 

 黄金を手にしたモノの一族には必ず災いが引き起こされる、その呪いによって己は肉親たちを殺し、呪いにその身を蝕まれ、悪竜へとその身を変化させていった。

 

 後にジークフリートもまたラインの黄金を手にしたことによって、その災いが降りそそいでいく。多くの者を沸かせたジークフリートを以てしても抗いきることが出来なかった呪い、言うまでもなく、その呪いに呑み込まれた己が救われるはずもない。

 

 己が人類史に刻まきこまれたのは、ラインの黄金を守り、ジークフリートによって討滅される悪しき竜であるという事実だけである。

 

 それが黄金であるのか指輪であるのかという差異はあれども、人類を脅かし、人類によって討滅される敵であることには何ら変わりはない。

 

 故にこそ―――この場でファヴニール、バーサーカーが執るべき手段は一つしかない。

 

「宝具―――『血濡れの簒奪者(エーギス・ヒャルム)』」

 

 悪竜の咆哮が轟く。人間の姿から巨大な漆黒の竜へと変貌したそれは手始めとばかりに周囲に展開していた近衛兵たちへとその巨大な爪を放ち、口から森全体を燃やし尽くすのではないかと思えるほどのブレスを放つ。

 

「―――小癪な」

 

 しかし、その放ったブレスによって森ごと焼きつくすと思われた炎の波濤が一瞬にして凍結される。キャスターが地球儀のようなものが先端に取りつかれた杖を地面に叩き付けたことによって、バーサーカーのブレスによる延焼が防がれたのだ。

 

 もっとも、暴威の化身であるバーサーカーにとっては、それは気にするべきことではない。悪竜へと変貌したファヴニールは等しく、目の前に広がる人間たち全てにとっての恐怖の象徴、翼を羽ばたかせて、その身体が空中へと浮かび上がっていく。

 

 再び開かれた口から音が轟き、鎧を着こんで全身を武装している兵士たちが、次々と膝を折って蹲り、耳元に当たる部分を抑えていく。すかさず、再び口より放たれるブレスが、炎の効果を与えることがなかったとしても、空中より放たれる衝撃波として機能し、地面に立ち尽くす兵士たちを次々と肉塊へと変えていく。

 

 その姿、まさしく圧倒的、ここまで優勢の空気を放ち続けてきたセプテム近衛兵士たちの間に、衝撃が伝播していく。自分たちは何と戦っているのか、聖杯戦争の仔細までを知らない兵士たちは、突然姿を見せた巨大な龍に、現代に蘇った幻想に対して、足が竦み、思わず逃げ出してしまいたくなる気持ちが浮かび上がっていく。

 

「まったく、龍退治なんてものは一度限りでもいいと思うんだけどな」

 

 再び地上に向けて攻撃を放たんとしたファヴニールに向けて放たれた矢が突き刺さり、ファヴニールが動きを止め、その視線が放たれた矢の方角へと向けられ、攻撃を受けんとしていた兵士たちは命拾いをする。

 

 放った相手はつまらないものを見るような表情でファヴニールへと視線を向ける。ヨハン・N・シュテルンのサーヴァント:アーチャーである。

 

「お前たち龍と言うのは常に人智を超えた領域で戦っている。城内はランサーに任せる。こちらは、お前を討つことを第一としよう」

 

 言葉を放つと同時に次々と弓に矢が番えられ、ファヴニール目掛けて放たれていく。それらはすべてがファヴニールの身体、竜の鱗に覆われていない部分へと突き刺さっていき、やみくもに放ち、竜の鎧に防がれるなどと言う間抜けな結果には終わらない。

 

 神代を生きた弓の使い手は、決してその放つ矢の精度を見誤らない。もっとも、アーチャーにとって、それはあくまでも、己の本質より分離した基本的な技術の延長戦でしかない。足元がおぼつかなく、およそ敏捷性という点で言えば、他のサーヴァントに有利を譲らなければならないサーヴァントにとっての強みは、また別の所にある。

 

 最も、そうしたアーチャーを論じたところで意味をなさない可能性があることを忘れてはならない。

 

「コンナモノカ――――」

「………!」

 

「ふっ、いかんな、アーチャー。そなたの矢、想像以上に効いておらんぞ」

 

 瞬間、ファヴニールが滑空した。空より地上へと滑らかに落下する軌道は周辺の木々をなぎ倒しながら、予備戦力として後ろに詰め寄っていた兵士たちを、ドミノ倒しにするようにして次々と轢殺していく。

 

 そして、一定の距離を稼いだところで再び跳躍、銃撃の音が連続するが、当然の如く、ファヴニールには通じていない。あらゆる武装、あらゆる攻撃が暴虐の悪竜を前にしては通用していないのだ。

 

 その理由たるは、ファヴニールが人間の姿から悪竜の姿へと変貌した際に発動した宝具にある。

『血濡れの簒奪者』―――ラインの黄金を奪い、血に塗れながらも災厄の象徴として君臨し続けたファヴニールの逸話を具現化したその宝具は、ファヴニールに対して生半可な攻撃の総てを無力化する力を与えた。

 

 ただの矢ではファヴニールの身体を貫いても痛みを与えることはできない。どれほど首を刎ねるに相応しい攻撃を放ったとしても、胴体と切り離されることはない。

 

 攻撃として成立しながらも、一定以上の攻撃力を持たない力の総てを無力化する宝具は、あくまでもファヴニールと言う存在を規定するためだけの宝具である。

 

 しかし、それは大軍を相手にする攻撃力を誇る宝具を持つサーヴァントに対してファヴニールが不利であるという理由になるだろうか。己の身体と持ち得る攻撃力だけで大軍を相手取ることのできる、正真正銘の災厄を前にすれば、並の兵士たちは怯えることしかできないのだから。

 

「行ける、バーサーカーに十全の仕事をさせるために令呪まで切ったけれど、それでこの窮地を乗り越えることができるのなら安いもんだ」

 

 自身のサーヴァントが消耗も考えずに暴れまわっている状況では、自身が戦闘に用いるほどの魔力をねん出することはできない。

 

 正門前の戦いはファヴニールの出現によって大きく混乱し、軍隊的な行動をとることは一切できずにいた。散発的に戦闘意思を明確に残した者は少なく、崩壊しかかっている戦線は既に逃げ出す兵士を出すまでの始末。状況を打開するための一手として、これ以上ない成果を上げたことをルシアは喜ぶが、あくまでも当面の危機を乗り越えるための一手を放ったに過ぎない。

 

 この城から彼らを撤退させるには、これ以上に軍を壊滅させなければならないだろう。

 

「結局、暴れまわることでしか状況を変えることができないっていうのは悔やまれると言えば悔やまれるんだけどさ!」

 

 聖職者として、自分から破壊を選択することになっている現状をルシアは悔やむが、命あっての物種、とかくこれが聖杯戦争であると言うのであれば、命のやり取りが少なからず生じるのは致し方ない面があると解釈することも出来よう。

 

「判断としては別に悪いってことはないだろう。バーサーカーがいなければ劣勢を覆せなかった。教えこそが聖職者にとっての第一義であったとしても、それを破った末に救えた命があったことを、誇ることを俺は咎めたくはないな」

 

 戦闘に参加することができないルシアを守るようにして、突破を試みる兵士たちの相手をするのはアーク、ルシアと本人を守るようにして周囲に展開する銀の流動体は、さながらそれ自体が巨大な盾のようであり、兵士たちの攻撃をやはり通すことはない。

「あんたって確か、ライダーのマスターでいいんだよね? あの与太話本当だったの?」

「あん? 見てわからねぇか、嘘なんて一言も口にしてねぇよ!」

 

 自分自身の心臓部分をアークは指差し、ルシアは何が言いたいのかを計りかねて、首を捻る。

 

「俺は不撓不屈のフルドライブ。俺自身がマスターでありサーヴァントだ!!」

「冗談ならどれだけよかったことか……」

 

「冗談ではないんだがね、ランサーの嬢ちゃんはそこらへん認めてくれたぜ?」

「あの堅物女戦士ちゃんが!?」

 

「応よ!」

 

 自信満々に反応されると、ルシアとしてもバカにできるモノじゃない、タズミの傍にいるところで何度か話をした程度ではあるが、ランサーは冗談を好むタイプではない。まったくの頭でっかちと言うわけではないだろうが、どちらかといえば放蕩を嫌うタイプだろう。そんな彼女が信じたとなれば真実なのか、よほどペテンが上手いかだが……、

 

(確かにコイツ、出会った時からなんだか色も変なのよね。透明っていうか、何もないっていうか……、誰だって心の中に何かの色は持っているはずなのに、どういう人生を辿ればこんな色になるっていうの……?)

 

 ルシアが心の中で疑問を提示した折に、大きな轟音が響く。それが外で戦闘をしているバーサーカーによって生じた音であることは明らかだが、この城そのものに大きな震動を引き起こすほどの衝撃が起こることはルシアにとっても、他の誰にとっても想像はしていなかった。

 

 それはひとえに……、ファヴニールがこの城壁に身体を叩きつけられたからに他ならない。

 

「何だ、あれは……?」

 

 思わずアークが零した言葉に、ルシアも瞠目する。粉々に破壊された正門からは森の先の景色が良く見える。再び飛翔を始めたファヴニールの眼前に立ち塞がっているのは巨大な戦車のようなモノであった。

 

 しかし、戦車と呼ぶにはそれはあまりにも驚異的で、あまりにも豪勢であった。

 

 その戦車を引くのは馬に非ず、牛にも非ず、あまつさえ、人ですらもない。

 

 その四つの車輪の役割を果たしているのは、光の鎖によって繋がれた四匹の幻獣たちである。

――グリュプス、スフィンクス、雪獅子、そして麒麟。それらの幻獣を従えるは、厳重に守護された国を次々と征服・破壊をし続けてきた『侵略王』と呼ばれる男に他ならない。

 

 その宝具こそが、彼の征服の象徴、侵略王のチャリオットを鎖によって引いていく各地の聖獣、あるいは伝承の獣たちはそのまま、侵略王の侵略そのみで受けたことを意味している。

 

 中央アジア、中近東、南アジア、中国、それらを蹂躙し続けたからこそ、得られた征服の成果ともいえる宝具を駆り、この場に絶対的な破壊を齎す七星側の総大将ともいえる人物の到来は絶対的な優勢へと傾き始めていた状況を、再び膠着へと引き戻すきっかけになりかねない。

 

『王よ、出過ぎた真似であることを承知で進言させていただきます。此度の戦に置いては、王には後ろにて控え、各人の戦働きを見ていただきたく思っておりました。王が出ずとも、キャスターや他の者が――――』

 

「そう言うてくれるな灰狼。余とて、心躍らぬ戦であれば前線に任せておこう。攻城戦など、かつての大遠征の折に幾度となく経験してきておる。時代が過ぎ、城が変容したとしても、根本は何も変わらぬのだからな。

 しかし……、しかしだ、龍は無かろう。我が覇道にて龍と見えたことはなし。であれば、喰らうてみなければ、気が済まぬわ」

 

『………、それ以上の言葉を用いたところで、貴方が気を変えることはないと、私の中の初代灰狼も告げております』

 

「さすがは我が臣下、よく心得ている」

『王よ気の向くままに。されど、これはあくまでも前哨戦、ここで傷を負うことは愚策などあると理解していただきたい』

 

「無論だ、何、戯れにはちょうどよかろう。我ら人を屠るこの獣と、我が従えし獣たち、どちらが勝るのかをな」

 

 そのまま、まるで空中に道があるように、それぞれの獣が翼を以て空を闊歩し、ライダーへと狙いを定めたファヴニールが真っ向から激突する。

 

四体の獣と真正面から激突しておきながら、ファヴニールは一切怯むことなく、首を引き上げ、翼をはためかせ、それぞれの獣を破壊してやらんとばかりに爪を振り回していく。

 

 だが、激突をした瞬間に僅かではあるが、ファヴニールの身体に裂傷が刻まれたことをライダーは見逃さなかった。これまでの兵士たち、そしてアーチャーが放った攻撃のいずれもがファヴニールに明確な痛みを与えることが出来ていなかったことと比べれば、間違いなく自分たちの攻撃は通用している。

 

「さすがは我が覇道を象徴せし獣たち、良いぞ、この戦、勝ちの目が見えてきおるわ」

 

 血塗られた簒奪者はファヴニールへと向かってくる総ての攻撃を無力化することができるわけではない。あくまでも、攻撃と論じるに値しない力を無力化すると言うだけであり、目の前の聖獣たちに激突、そして宝具にまで昇華したライダーの戦車の激突は、災厄の邪龍を以てしても簡単に無力化できるほどのものではない。

 

「くく、楽しんでおるではないか。さては、後ろで戦を眺めておって、昂ってきおったな」

「活躍の場を奪われたか」

 

「構わぬわ、妾は戦いになど興味はない。いかに龍を目の前にしたところで、妾が浮かべる感慨などありもせぬ。あれはそもそも、人によって打倒されたもの、人に乗り終えることができるモノを超えるからこそ、錬金術師には意味が生まれるのだ。そうは思わぬか、カシム」

 

「真理だ、容易く踏み越えることができるモノを追い求める理由は何処にもない」

「お主とはまことに、気が合うのぉ。そうとも、掴めぬと分かっているから追い求める。妾たちは錬金術師、誰よりも人の欲望を肯定するものたちであるのだからな」

 

 四匹の聖獣と黒き災厄の竜の激突、これまで一方的に兵士たちを蹂躙するばかりであったバーサーカーを相手取る存在が現れたことで、タズミ陣営側が一方的な蹂躙劇を行うと言う流れは断ち切られ、再び膠着状態が周囲を支配しようとしていた。

 

「ライダーに助けられたな、いかにアーチャーやキャスターがいようとも、北欧の竜に暴れられたのであれば、こちらとしても損害を出さずに終わらせることは出来なかった」

「くっ、此処を抜くことさえできれば、バーサーカーの加勢に向かえると言うのに……」

 

「それはできない相談だ、同じ槍兵同士として、マスターが後ろで見ている最中で、無様な姿は見せられない。双槍を振う女戦士よ、私がいる限り、貴殿が状況を変える鍵になることは起こりえない」

「―――――ッ!!」

 

 バーサーカーが正門の外で、徹底的に兵士を叩くと言う状況が成立すると同時に、双槍の女戦士はランサーの抑え込みへと入った。バーサーカーを主攻とし、兵士たちを叩き続ければ、軍団を引かせることができるかもしれないと言う目算を以ての行動だった。

 

 敵の中核であるランサーを自分が抑え、或いは倒すことが出来れば十分に勝算を見込める状況だったと言うのに。更なるサーヴァントの出現によって、その目算は崩れ始めている。

並のサーヴァントであれば、既に抜けているだろうと思えるほどに双撃を振い続けているが、いまだにランサーは馬上から次々と攻撃を受け止めた上で、迎撃を奮ってくる。

 

(痛感してはいましたが、このランサーの白兵戦闘、槍兵としての単純な技量は私を超えている可能性すらある。徹底的に鍛え上げてきた槍の武術、馬上戦闘と言う不安定な状況でこそ真価を発揮する戦い方、どこであろうとも同じ力を発揮することができるのだとすれば、これを脅威と言わずに何というのか……)

 

 この城の中では真価を発揮することが出来ていない自分と、自身の武練と技術、そして愛馬というそれぞれが独立して自分自身だけで成立するからこそ、目の前の相手は強い。搦め手で抜かせてくれるほど甘い相手ではないことは分かっていたと言うのに。

 

「それに――――時間を使って得られたものがあるのは、何もキミたちだけではない」

「え―――――」

 

 ランサーがその言葉に反応した時に、彼女たちの戦闘の背後、アークとルシア目掛けて飛び込んでくる影があった。

 

「我―――最強也!!」

「はッ、いきなりとは随分な登場じゃねぇか!!」

 

 壁を突き破るようにして、上層階より人間の身体の半分ほどの大きさの棍棒が襲い掛かってくる。アークの防護膜がそれを受け止めるが、ここまで無数の攻撃を受け止め続けてきたそれを以てしても、衝撃を殺しきれず、アークとルシアは弾かれ、思わず床に身体を投げ出される。

 

「……っ、平気かシスター」

「大丈夫だけど、ちょっと正直考えたくないんだよね、まさかここでさらにサーヴァントが投入されるとか、そんなのってアリ……?」

 

「アリだろう、俺たち七星は、此処でお前さんたちを徹底的に潰すつもりでいるんだからな」

 

 緊迫した空気など関係なし、話しを聞くつもりもない狂戦士とは裏腹にそのマスターはこの戦場で必死に闘うすべての者を嘲笑うようにして優雅にステップを踏んでくる。

 

 ヴィンセント・N・ステッラとそのサーヴァントであるバーサーカー、まさに血の匂いを嗅ぎつけてきたハイエナのように、最も戦力が増えてもらっては困ると考えられていた戦場へと当たり前のように姿を見せた。

 

 獅子の毛皮を身に纏い、古代の華美な服装に身を包んだ身の丈2メートルはあるであろう大男は、鼻息は荒く、歯ぎしりをしながら、獲物となるであろう相手へと視線を向けて喜色満悦となる。

 

「我、最強―――英雄ヘラクレス、故に、貴様ら―――全て砕く!!」

「ヘラクレスって……!」

 

 ルシアは背中に嫌な汗が伝うのを覚えた。ヘラクレス――ギリシャ神話に名高き大英雄、十二の試練を乗り越え、ギリシア世界における人間と神の血を引いた最大の英雄とも呼ばれる存在である。

 

 その手に握っている巨大な棍棒、偉丈夫ともいえる身の丈は確かに、その真名がヘラクレスであると呼称されたとしても、何ら違和感はないほどの貫録を持ち合わせている。

 

 狂戦士であることから、色は鈍く、ダブついてしまっており、彼の本質がどんな存在であるのかはどうにも判然としないところではあるが……、もしも、相手がヘラクレスであるのだとすれば、この場においては致命的もいいところだ。

 

 真名は明らかにならずとも、これまで無数の猛攻を全て捌き続けてきたランサーとバーサーカーを相手に戦闘を継続することができるライダーやアーチャー、兵士たちと言う戦力を数えなかったとしても、これほどのものがひしめき合っている中で、狂戦士とかしたヘラクレスの出現など、到底対応できるものではない。

 

「ギリシャ最高の英雄を狂戦士にか。単純な力の常勝って意味なら、機能としては上等なんだろうが、実際の所はどうなんだ? 英雄ってのは自分で考え、自分の経験に基づいて戦うものだろう? 正気であればこそ、強さを発揮できる。そこのランサーのようなタイプだな」

 

 悲観的なモノの考え方をしてしまっているルシアとは対照的にアークは平時と変わらない態度で言葉を続ける。むしろ、マスターであるヴィンセントに向けて問うような態度を崩さない。

 

「そう考えれば、ヘラクレスをバーサーカーとして召喚するってのはどうなんだ? あれだけの英雄を狂化させれば、それだけ出力の上でも負担の幅は大きくなる。ましてや、そいつが本当にヘラクレスなら、さっきの奇襲はより高度な方法で実践されていたはずだ。気配すら読むことが出来たかもわからん。

 どうだ、バーサーカーのマスター、俺はあんたの戦術を宝の持ち腐れか何かだとしか考えることが出来ないんだがな」

 

「へっ、随分な口を利いてくれるじゃないか。確かにその通りだ、本気で聖杯戦争を勝とうと言うのなら、ヘラクレスをバーサーカーに押し上げるのは愚策だ。その暴走の手綱を引くことができるほどの優秀な魔術師か魔力タンクでもなければ、こちらが干からびておしまいさ。

 けどな、英霊、サーヴァントなんてもんは所詮は駒であり、使い魔だ」

 

 ヴィンセントは口角を釣り上げて笑みを浮かべ、それからタップダンスをするように、その場でステップを踏む。

 

「俺はそもそも、この聖杯戦争の最終的な勝利者になりたいと思っているわけじゃない。お前らだって見えるだろう、あの空中で戦っている偉大なる侵略王の姿が、英雄シークフリートもかくやと言わしめた悪竜ファヴニールを相手に真っ向から戦えている、あの英雄こそが此度の聖杯戦争の勝利者となる。

 俺は灰狼の手駒であり、同盟者さ。侵略王がこれより始める覇道の先駆けとして邪魔者を徹底的に磨り潰す。それでおこぼれをもらう。その為に戦っているんだ、ある程度のリスクを度外視して、強い英霊をさらに強くするってのは俺からすれば、当たり前の発想じゃねぇか?」

 

「なるほど、ようく理解できたぜ」

 

 ヴィンセントの口から漏れ出てきた言葉に、アークは拳を強く握る。声色こそ、さきほどまでと何一つ変わらない様子がうかがえるが、表情や仕草には拭いきれない怒りが込められている風に見えた。

 

「お前さんが偉大な先人たち、英霊と言う存在に何一つ敬意を持たないクソ野郎だってことがな」

 

「敬意を持つ必要があるか? 所詮は過去の存在だろ。今の歴史を創るのは今の時代を生きる者たちだ。英霊たちが過去にどれほどの偉業を積んだとしても、召喚されなければ世界に干渉することはできない。

サーヴァントと言う言葉は言いえて妙だな、どれほどの悪逆非道、王侯貴族であろうとも、召喚され令呪に操られれば、その王冠を奪い去られる。滑稽だ、栄枯盛衰も甚だしい。

 サーヴァントってのは純粋な戦力だ、俺にとっては聖杯戦争と言うビジネスチャンスを生かすための道具に過ぎん。英霊の矜持に基づいた忠義や友情ごっこは余所でやってくれ。俺は俺のうまみを得ることが出来れば、それで十分すぎるからな」

 

「………、アーク、あんたがあいつを鼻持ちならないって思った理由、私もよく分かったよ。あいつは英霊に対して敬意を払う者であれば、見過ごしておけるような奴じゃない」

 

「そうだな、あいつが本当にヘラクレスであるのかどうかは置いておくにしても、あんな野郎に呼び出されて、狂戦士へと変貌させられたとありゃ、解放してやるのも一つの救いなのかもしれない」

 

 ルシアもアークと同様にヴィンセントへの拭いきれない嫌悪感を覚える。

あれは我欲のために生きる存在だ、誰かの願いの為に闘うことを装う事が出来ても本質的には自分の為だけにしか戦うことができないタイプであるがために、ルシアやアークとは相いれない。

 

 所詮、それは数多ある人間の心の持ちようの違いでしかないのだろうが、人間は相反する人間の主張の総てを鵜呑みすることができるほど、洗練されてはいない。

 

「なんでもいいぜ、俺は。実利主義や理想や主張は好きにしてくれ。俺は俺が稼げればそれでいい。俺が最も得する展開になるのなら、それで十分だ。灰狼と侵略王に手を貸すことが最も利があると思っているんだ。否定したけりゃ、その現実を覆して見せろ。出来るとは思わないけどな」

 

「そんなものはわからないでしょ。あんたたちがサーヴァント総出で戦っているとしても、それはこっちも同じ。誰か一人でも倒しきることが出来れば、一気に状況を覆すことだってできる。あんたたちの大将のようなサーヴァントだってファヴニールを完全に制することが出来ているわけじゃない。だったら―――」

 

「だったら勝てる? 悪いな、シスター、それは目算が甘い。残念だが、お前たちが考えている以上に、もう状況はお前たちが覆せない状況にまで来ているんだよ」

 

 ルシアやアークたちは知らない。既に城の攻撃が開始された段階でジャスティンは死に、アサシンが消滅に追い込まれていることを。

 

 その二人を追い込んだ七星散華とアサシンによって、今度はエドワードとアーチャーが標的とされ、再び重傷を負わされていることを。

 

 その場にキャスターと朔姫が向かった以上、もはやここに更なる増援が現れることはない。この場における状況変化はこれにてすべてが終わったと言うことになる。

 

 守る側はランサーとアークとルシア、攻める側はリゼとランサー、ヴィンセントとバーサーカー、サーヴァントの数で言えば互角であり、マスター同士の戦闘が発生しなければ、どちらが有利であるのかを一概に語ることは難しいだろう。

 

 それでも、ヴィンセントは自分たちこそが有利なのであると語る。それは決して変わらないのだと。

 

「シスター、あんたはさっき、あの龍と我々が互角の状況にあると言ったな。であれば、それは大きな誤解、そしてあんたたちの読み違いだ。

 この地に立っている王は―――侵略王だけじゃない」

 

 

「――――其は解放の光なり」

 

 

 その言葉は、拡声器を使っているわけでもなく、空より放たれた言葉でもなく、されど、このセレニウム・シルバに集う多くの者が同時に耳にした。

 

 それは宣戦布告のようであり、同時に悪竜に咽び泣く人々を救済する天の声のようであり、同時に激突するライダーとバーサーカーにとっての攻撃宣言でもあった。

 

「ふん、ここまでか……!」

『王よ、戯れの時間はこれにて』

 

「わかっておるわ、暫しの戯れ楽しませてもらったぞ、龍よ。貴様との決着、最後まで果たしたかったが……、我が臣下よりの願いである。貴様がこれより先もここに存在するのであれば、改めて決着をつけようではないか」

 

 四匹の聖獣たちが咆哮を上げて、再びファヴニールへと激突し、ファヴニールが怯んだ瞬間に、チャリオットが反転し、ファヴニールの元より、離れていく。

 

「ナンノ……ツモリダ……」

 

 己から飛び込んできておきながらも、戦力の差を理解して撤退を果たそうとしているのかとファヴニールは殺意と本能に支配された脳で考えるが、彼我の戦力差が遥かにあるとは考えづらい。

 

 むしろ、あのまま戦闘を続ければ、こちらが損傷過多になっていた可能性すらも考えられる。であればなにか―――そう考えた矢先である。地上より伸びあがる円筒の光を視認したのは。

 

「救世の光―――彼の光こそ、我らが乗り越えねばならぬ偉大なる王の放つ輝き」

 

『ええ、あれは正道の光、人々が願った救済の光、我らが目指す覇道の対極にあるもの、善神の加護を受けた勝利の剣』

 

「円筒印章―――解放。これは救世のための戦である!!」

 

 眩き円筒の光が収束していき、それが一条の光となったことをファヴニールは理解できただろうか。

その眩き光が垂直に昇り上がっていた光が収束すると同時に、己に向かって、その溜めこまれた光のエネルギー総てが光熱よなって己に襲い掛かってきたことを、彼は理解できただろうか。

 

「ウオ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 絶叫――――黄金に見初められ、絶対的な防御力を与えられたはずのファヴニールが一切の抵抗をすることも許されずに、その身を崩壊へと導かれていく。

 

 その熱たるや圧倒的、邪龍をかつて滅ぼした天魔の剣に勝るとも劣らないその光は、救いを待つ誰もが願った絶対善に見初められた救済代行者の剣。

 

「宝具―――『解放せし、救済の剣(キュロス・シリンダー)』!!」

 

 サーヴァント:セイバー、その真名は―――キュロス2世、アケメネス朝ペルシャ建国王、旧約聖書に刻まれた解放の王にして、救世主と呼ばれた古代オリエントに名を刻んだ救世王。

 

 そして―――、

 

「おお、素晴らしき光かな、キュロスよ。我らが神もその光を喜んでおられる」

 

 絶対善神アフラ・マズダを崇拝し、ゾロアスター教をアケメネス朝の国教とした人物でもある。

 

 光の奔流に呑み込まれ、悪竜がその羽ばたく力を失い、地上へと落下していく。人々を救済し、光を齎す絶対神の加護を受けた剣の前に、おとぎ話の如く、神話になぞらえながら、邪龍はその役目を終えていく。

 

 それは同時に―――、タズミ・イチカラー陣営の敗北が決定した瞬間であった。

 




サーヴァントステータス

【CLASS】バーサーカー

【真名】ファヴニール

【性別】男性

【身長・体重】218cm/159kg

【属性】混沌・悪

【ステータス】

 筋力A 耐久A 敏捷E

 魔力B 幸運E 宝具A

 

【クラス別スキル】

 狂化:C
 敏捷と幸運を除いたパラメーターをランクアップさせるが、言語能力を失い、
 複雑な思考が出来なくなる。

【固有スキル】

黄金の指輪:EX
 アンドヴァリの呪いを受けた黄金の指輪。近づくものは敵味方の区別無く破滅の運命をもたらす。

変化:A++
 竜種に姿を変える。本来魔法の領域にも迫る所業だが、バーサーカーは黄金の指輪の呪いによってこれを可能にしている。ただし、このスキルを使うことによって狂化による思考制限が本格化し、マスターの命令を受け付けることが無くなる。
 

【宝具】

『血濡れの簒奪者』
ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:ー 最大捕捉:1人

バーサーカーの全身を覆う、ラインの黄金の一部である赤黄金の竜鱗の甲冑と兜。自らに向けられた
あらゆる魔力を飲み込み、その防壁をより強固なものに変える特性を持つ。また竜に相当する強靭な耐久性によってAランク以下の攻撃を一切通さない。これを突き破るにはその吸収力を上回る出力を誇る大魔術か、この宝具のランクを越える神秘をぶつける以外方法が無い。エーギスヒャルムはバーサーカーが所持していた財宝の一つであり、見たものは恐怖に囚われるという事から戦場に赴く戦士の被る物ではないと言われた。


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第2話「Progress」③

――セプテム・『セレニウム・シルバ』・イチカラ―城――

 轟音が鳴り響いた。イチカラ―城そのものを揺るがすほどの大震動を引き起こした直接の原因は空より落下してきたバーサーカー、ファヴニールの存在である。

 

 災厄の悪竜へとその身を変えていたファヴニールは、七星側のセイバーとライダーの共闘による攻撃に晒され、絶対的な強度を誇るはずの身体を貫かれた。

 

 そのまま、羽ばたくための翼すらも焼き焦がした身体は地上へと墜落し、城を激しく揺らしながら、イチカラ―城へと落下した。

 その落下の衝撃により正門前から続く城の半分が崩壊を迎えたことは言うまでもないが、それ以上に気にするべきことは、先の攻撃がファヴニールにとって、致命傷であったと言うことだ。

 

「そんな、嘘でしょ、バーサーカー……」

「そうか、俺は……討たれたのか、存外に、早かったな」

 

 災厄の悪竜の姿から、再び人間の頃のファヴニールの姿へと戻ったことで会話は可能となったが、その身体は黄金のエーテルに包まれ、既に修復不可能なダメージを追っていることが明らかであった。

 

 無理もないことである、救世王キュロス二世の放った宝具は、侵略王の援護があったことにより、バーサーカーをして直撃を受ける羽目になった。

 

 いかに強力無比な攻撃以外の総てを無力化する宝具であったとしても、絶対的な攻撃に晒されてしまえば、元の防御力を頼りにするしかない。

 

 竜としてその質量の大きさはそのまま狙いやすさへと直結し、結果としてたった一撃を以てタズミ側陣営にとって切り札の一つであっただろう、バーサーカーは二人目の脱落サーヴァントと相成ってしまった。

 

 だが、存外にもバーサーカーは己が消滅すると言う事実自体に異論を覚える様子はなかった。己は邪竜でありいずれは討たれる存在でしかない、常々ルシアに対してそう語り続けてきた彼にとっては、己が思い描いていた結末があまりにも早かっただけであると言う認識にも捉えることができる。

 

「それで、よかったの……?」

「元より聖杯を本気で獲得できるとは思っていなかった。だから、俺のことはいい。ただ、少しばかりの未練を想うことがあるとすれば、俺の境遇を哀れんだ相手にそのような顔をさせてしまったことか」

 

「当たり前でしょ、パートナーなんだから、悲しい顔もするよ。そりゃぁさ、何にもできないうちにこんなことになってしまって、パートナーも何もあったもんじゃないかもしれないけどさ!」

 

 ルシアの瞳より流れる涙は本物であった。召喚した時から自分に幸福な結末が訪れるはずがないと語っていたサーヴァント、指輪を触媒にして召喚しようとしたサーヴァントは別の相手ではあったけれど、紡がれた縁を無駄にするようなことはしたくなかったから、少しでも彼を理解しようとお節介に触れ回った。

 

 触れて、話して、分かったことがある。彼は自分の運命の総てを受け入れてしまっている。不幸な境遇を変えたかったとかそうした人間が本来持ち得ておかしくないような思いを抱くことなく、此度の現界もやはり己は人間に打倒される存在でしかないと、聖杯戦争を戦うことは認めても、運命からは逃れられないと踏んでいる様子だった。

 

 そんな反応をすることが悔しかった。願いを叶えるために戦うのだから、自分にとっての欲望をもっとはっきりと発露させればいい、それで失敗をしたからって二度目を望んじゃいけないなんて、誰も決めていないのだから。

 

 だから、ルシアは彼の為に聖杯を掴みたいと思っていた。悪竜になるしかなかった運命の持ち主だって、細やかな幸福なら得られることができるんだってことを教えてやりたかったのに、現実はやはり、彼を滅びの運命から逃すことをしてはくれなかった。

 

 彼の運命に対して何も抵抗することが出来なかったことが悔しくてたまらないし、こんな序盤で脱落させる羽目になったことも悔やんでも悔やみきれない。

 

「マスターよ、ルシア・メルクーアよ、こちらに来い」

「何よ……」

 

 バーサーカーは消滅の間際であると言うのに、何か言葉を口にするわけでもなく、こちらに近づけと口にした。

 その言葉に従って、バーサーカーの傍へとよれば、彼は自分の心臓に向けて手を突き刺し、それを引き抜くとその手の中には彼の血が滾っていた。

 バーサーカーは無遠慮にルシアの手を掴むと、その指に嵌めこまれていた触媒として使った黄金の指輪に悪竜の血液を流し込む。

 

「何を……」

 

「俺にはこれしかできない。俺の運命に涙を流してくれたマスターよ、幸福を願ってくれた女よ、俺も同じだ、此処で果てる未練があるとすれば、お前をこの聖杯戦争で残してしまうことだけだ。僅かな時間ではあれど、俺は……、多少はお前に救われたのだから」

 

「………っ!」

 

 黄金の指輪が光り、濡れた黒赤色の血を呑み込んでいく。バーサーカーが何を目論んでそれを実行したのか、ルシアには分からない。

 

 分からないが、これまで常に諦めと悲嘆にくれていたバーサーカーを見る瞳に映る色は、どこか温かみを持った色へと変化を遂げていた。その変化が末期の一瞬に生じたモノであることが悲しくて仕方がない。

 

「マスターよ、悪竜の幸福を願った愚かしき女よ、お前の先行きにこそ幸があることを願う……」

 

 最後に告げた言葉に彼なりの不器用な優しさを滲ませながら、ルシア・メルクーアの契約したサーヴァント:バーサーカーはこの聖杯戦争から脱落を果たした。

 

「ふっ、勝負あったな」

 

 ポツリと呟いたヴィンセントに対して、ルシアは反射的に睨みつけるが、同時にアークの拳が恐るべき速さでヴィンセント目掛けて放たれる。

 

 割って入ったバーサーカーが受け止めるが、もしも、バーサーカーの反応が遅れれば、ヴィンセントの顔は消し飛んでいたかもしれない。

 

「怖いねぇ、仲間がやられたことに怒ってるのか」

 

「それもある。だが……、今は無性にお前さんをぶちのめしたくなった。一言で片づけるんじゃねぇよ。バーサーカーは勇敢だった、勝つために全力を尽くした。そして、それは俺達も同じだ。まだ何もかも終わっちゃいねぇ、いいや、終わらせないさ。

 それを勝手に終わりにされたら、拳の一つもいれたくなるだろうが!」

 

「はは、熱いねぇ。それだけの熱を発揮できるんだから、タズミ卿も随分と優秀な連中を集めて来たんだろうさ。何せ、結局高みの見物をしていた大将二人を引き摺りだしたんだからな」

 

 ヴィンセントからしてもライダーとセイバーがこの戦線に投入されることには少なからずの驚きを覚えている。

 

 灰狼の見立てでは、セレニウム・シルバ攻略は内部に突入した四陣営で片付ける手はずだった。正面のリゼが手こずるのは敵側も最大戦力を投入して来ると分かっていたし、あえての囮でもあった。

 

 本命は散華とアサシン、そしてヴィンセントとバーサーカーがその隙に背後から挟撃を行うはずが、崩れてしまっていることは確かなことだ。

 

(もっとも、この混乱の中でも、散華の嬢ちゃんなら、あと1人か2人は斬り殺しているだろうがな)

 

 ただ、何にしても……、

 

「え……?」

 

 ふと、双槍を握る女戦士が呆けた声を上げる。全身から力が抜けるような感覚、持ち合わせていたはずの力の源泉が抜け落ちるような感覚が浮かんだからだ。

 

「言っただろう、もう終わりだって。結局、どう転んでも、お前らが勝てる可能性は万に一つもなかったってことだ」

 

・・・

 

「外の戦いは勝負がついたか。流石と言うのは癪だけど、あんたの野望もこれで終わりだな、タズミ卿」

 

「ほとほと使えぬ連中だ、あれだけの大金をはたいて方々に根回しをし、ここまで戦力を集めたと言うのに、それがまったく機能しないのでは私の投資はまったくの無駄であったようではないか!」

 

 先ほどまで決起集会が開かれていたパーティー会場、自身のサーヴァントに正門の守護を命じたタズミ・イチカラーはそこに閉じこもることを選択し、目の前に立つ赤髪の騎士、ヨハン・N・シュテルンに追い詰められていた。

 

 彼が前線に出ることなく、この大広間に籠っていたことを判断ミスであるかどうかと捉えるのは難しい。ランサーと共に最前線に出れば、真っ先に狙われたことは間違いなく、さりとてランサーを向かわせなければ、アークとバーサーカーだけでは戦線の維持は無理であったと言わざるを得ない。

 

 ただ、結果的には追い詰められている。判断がどうであったとはいえ、敵対者の騎士と相対し、今にも切りつけられる距離にまで詰め寄られているとあればそれは言い訳の余地もなく生命の危機であろう。

 

「残念だよ、タズミ卿。あんたら土着貴族たちがリゼや国王を嫌っているのは誰でも知っていたことだ。国の歴史が関わることで、僕にそれを糾弾するだけの何かなんてないのかもしれないけれど、一つの国家を育てていく者として、手を取り合える可能性をリゼはずっと模索していたのに」

 

「手を取り合える、か。青いな、護衛騎士。そもそも、そのような考え方をするのが間違っているのだ。我々は侵略を受けたのだ。お前たちが主と煽るあのハーンに連なる者たちによって。

 そしてそれからの千年間、我らの祖は常に屈辱に塗れる日々であった。東方より来たる異民族、暗殺一族ごときに支配される日々、貴様はそれを理解できると思っていたのだがな、貴様とてスラムをあの皇女に焼かれたことに変わりはあるまい」

 

「………」

 

「それとも何か、護衛騎士などと言う大役を与えられたことで飼いならされてしまったか? あるいは抱かれた弱みか? 見目は麗しいものな、あの皇女は。征服した暁には、ジャスティンを通じて高く売れると思っていたのだ」

 

「………もういい。お前と会話をしていても、こちらの心が腐るだけだ。とうにダメになっているとしても、これ以上腐らせたくはない。終わりにしよう、タズミ卿」

 

「そうだな、もっとも、終わりになるのはお前の方だがな!!」

 

 瞬間、四方八方から、タズミの雇った魔術戦に秀でた傭兵たちが一気に姿を見せて、ヨハンへと襲い掛かる。周辺に偽装の魔術を施した上で潜ませていた者たちであり、それこそがタズミがこの大広間から出てこなかったことの何よりの理由であった。

 

「サーヴァントも連れずにここまで飛び込んできたことこそが貴様の運の尽きだ、いかに護衛騎士、七星の血族と言えども、数の暴力の前に勝つことは叶うまい」

 

「相手は20人、いや、30人はいるか……、随分と用意がいいじゃないか。誰かを此処で最初から殺すつもりだったようだ」

 

「さて、どうだろうね、もっともこの城の中には私に忠誠を誓う者たちしかいない。もしも、私が手を下さなければならなかったとすれば、それは忠誠を得ることが出来なかった相手だけではないかな?」

 

 そう、元々タズミは最初からここに傭兵を潜ませていた。此処に集まったマスターたちの中で朔姫のように自分に逆らう相手がいた場合には暴力行為も辞さないと言う覚悟の現れであったが、結果的にそれがタズミにとっての最後の防波堤となった。

 

 無論、ヨハンはそんな事実は知らない。知らないが、タズミの顔を見れば大体の予測を立てることができる。

 

「下衆だな、最後の最後まで清々しいほどに。リゼがここに来なくてよかった。こんな奴の血でリゼの手を穢す必要はない」

 

「その結果として、お前は無駄に死ぬのだがな!」

 

 傭兵たちはようやく自分たちの活躍の時間が来たとばかりに各々が自分の得物である武器を握り、遠近両面からヨハンをハチの巣にするために襲い掛かってくる。

 

 全方位、かつ数の上では絶望的な差がついている。タズミは圧勝を期待した。まずは1人、愚かなマスターを討つ。その空絵図が確かにタズミの中に浮かんだ間際―――

 

「星脈拝領―――憑血接続開始、ここに七星の血を解放する!」

 

 ヨハンは鞘に納められた剣へと手を添えて、自身の魔術を起動するための接続詠唱を口にする。

 それは己の身体の中に流れ込んでいる、受け継がれてきた七星の血を自身の魔術に浸透させるための起動音声―――七星の血と経験と知識を己の身体に憑依させ、絶大な力を得るための、一瞬にして戦闘開始の合図であった。

 

「なっ―――」

 

 言葉を聞いてすぐさまタズミは自分の口から、目の前の状況に対しての驚嘆を、口にする言葉が漏れる。

 

 ヨハンへと飛び込んできた相手の攻撃の悉くをヨハンは紙一重で回避していく。必ず当たると思われていた攻撃がギリギリのところで当たらない。当たると思っていた攻撃だけに歯止めが利かない傭兵たちは、攻撃を外した瞬間に大きく隙を見せてしまう。

 

 返す刃でヨハンは隙を見せた相手の頸動脈を切り裂き、心臓に突き立て、返り血で自身の身体が汚れることを厭わずに次の相手へと刃を向ける。

 

 相手が放ってきた攻撃へと向けるカウンターによる戦い方、膨大な七星の知識に裏打ちされたギリギリのタイミングで攻撃を避けるための最小動作に、必要な知識だけが次々と自分の頭へと過り、身体へと伝達させていく。

 

 脊髄より身体全体に流れていく情報は優に通常時の2倍以上、されど、起動音声によって七星としての戦いの準備を整えたヨハンにそれは一切の苦とはならない。

 脈々と受け継がれてきた血の力が、傭兵たちをもろともせずに切り伏せていく。常人であれば回避することが間に合わないほどまでに近づけた段階での回避は、相手に束の間の決着を想起させ、結果として決定的な隙を呼び起こす。

 

 これがヨハン・N・シュテルンの七星としての力、生命の危機に晒されるほどの極限状態に近づければ近づくほどに光る、尋常ならざる反応速度から発せられる返しの刃である。

 

「なぜだ、攻撃は届くはずなのに、なぜ―――」

「それはお前たちが七星との戦い方を全く理解できていないからだ。七星は魔術師狩りの一族、魔術を断つための武技を磨き上げてきた一族、この血が流れる僕たちは魔術など恐れる必要すらない」

 

 たとえ、研鑽を積み続けてきた恐るべき魔術が己に襲い掛かってきたとしても、それを切り伏せることが可能であれば恐れる必要などない。

 

 圧倒的な武術、あるいは七星の魔術すらも通用しない魔術の応用を可能とするものでなければ、七星が恐れる理由はどこにもない。

 

「雇ってくる傭兵を間違ったな、単純な武技や戦場経験を担っている奴の方が恐ろしい。それでも、止めることはできないけどな」

 

 気づけば、傭兵たちの数は半分にまで少なくなっている。傭兵たちも少しずつ、ヨハンの動きに慣れてきて、手傷を負わせる程度には健闘しているが、なおも恐怖の方が勝っているのは言うまでもない。

 

「待て……」

 

 斬る、斬る、斬り続ける。血に塗れながらも、まるで血を浴びるごとに強くなっていくのではないかと錯覚するほどに、ヨハンは止まらない。その手に握っている剣が、次々と傭兵の命を啜っていく。

 

「おい、待て、待ってくれ。詫びる、降伏する。お前たちに協力するから――――!」

 

「必要ない。最初からお前がそうしていれば、リゼは何も苦しまずに済んだ。命を捧げろ、タズミ・イチカラー、お前の命を以て、反体制派は自分たちの愚かさを痛感するだろうさ!」

 

 遠方から魔術弾を発射していた傭兵たちが一瞬のうちに首を斬られると、その返り血が飛んでくるよりも早く、ヨハンの身体はタズミの背後へと動く。

 

 そして、背後からタズミの背中を袈裟切りに斬りつけ、タズミが声にならない叫びをあげて、痛みに身体を硬直させると、ヨハンはタズミの首を掴み上げて、そのまま地面へと叩き付け、叩き付けた同時に腕を離し、うつぶせになったタズミの首へと真っ直ぐに剣を突き落した。

 

「ごっ、ぼぁぁぁ―――――」

 

 わずかな時間であった。ほんの僅かな時間を経ることによって、ほんの1時間ほど前までこの場で人生の絶頂期に近い思いをしていた男は、彼が思い描いていた未来予想図とは全く真逆のどこまでも惨めな死にざまを示すことになった。

 

「アンタの言う通りだよ、タズミ卿。僕も同じだ、自分の人生も七星も全てを憎んでいた。こんな力を与えた運命を呪っていた。その果てにリゼと出会って、僕は変わったんだ。

 それを捨ててしまったら、「俺」は再びただの野良犬に戻ってしまう。何があろうと縋りつくさ、「俺」に出来ることがこんな殺人でしかないとしてもな」

 

 頸動脈に突き刺さった剣を抜き放ち、ダメ押しとばかりに首を斬り飛ばした。

 

 剣を鞘へと押し込み、いまだに少しばかり生き残っていた傭兵へと視線を向ける。剣を鞘に収めたとしても臨戦態勢を崩しているわけではない。

 

 すぐにでも、手を出して来るのならば迎撃をするとばかりに睨みつければ、傭兵たちはタズミの敵討ちをすることもなく、蜘蛛の子を散らすようにして、四方へと逃げ出してしまう。ヨハンはそれをあえて追うようなことはしなかった。どうせ、逃げ場などないし、逃げ出したところで、彼らに再び戦場へと戻って来るだけの気概など持ち合わせているはずもない。

 

「タズミ・イチカラーは討ち果たした。これで、この城の戦いは俺達の勝利だ」

 

・・・

 

「ヨハン君が仕事を果たしたようね……、さようなら、タズミ卿。貴方と分かり合う事が出来なかったことは私の未熟さ。でも、先の手を出したのはそちらよ。恨まないでね」

 

「くっ、無念だ……主をみすみす見殺しにした上に、結局、対峙する相手を誰一人として倒せていないなどと……」

 

 彼女の身体から急速に魔力が喪われていくのが分かった。契約をしていたマスターからの魔力供給が喪われれば、サーヴァントは長くこの世界に留まっていることができない。

 

 精々が最後に一つ大きな花を咲かせるために大暴れをすることができるかどうかという所だろう。

 

「ほらな、勝負あっただろう。頼みのランサーはタズミを失って戦闘力が極端に落ち、虎の子のバーサーカーは消滅。後はよくわからないお前さんをなんとかすれば、こっちのコールドゲームって訳だ。いいねぇ、前哨戦が一度終わるのならそれに越したことはない。

 サッサと進んでくれればそれだけ実入りも悪くないってことになるからな」

 

「だから、勝手に終わりにしてんじゃねぇよ!」

「我―――最強也!!」

 

 アークの放った拳に放たれた棍棒が叩き付けられる。装甲を纏ったアークの拳が逸らされ、その図体と狂化を受けていながらもバーサーカーは喜色の笑みを浮かべながら、棍棒をアーク目掛けて確実に放ってくる。それら一つ一つが直撃をすれば致命傷は必死であろう攻撃だけに、アークも防御よりも回避を選択する。

 

 フィジカル面で言えば、狂化によるステータス上昇も相まって、ランサーやセイバー、ライダーにも匹敵するほどの力を得ているバーサーカーは、彼自身が口にしているように己こそが最強であると言う自負を証明してやるとばかりに無造作に攻撃を続けていく。

 

 そこに敵と味方の区別はない。振り回される棍棒が唐突に味方の近衛兵に向けられても、狂った英霊は何ら拘泥しない。自分の前に立ったことこそが不幸であったのだから仕方ないとばかりに振り回される棍棒は兵士の頭蓋を砕き、柘榴の華を咲かせる。

 

「やりたい放題かよ……、お前がヘラクレス、か。どうにもそうは見えないな、狂化をさせられているとしても、ギリシアの大英雄様が見境もなく破壊なんてするのか? むしろ、そんなことをするしかできない英霊ならば、ギリシア一の英霊だなんて呼ばれることはないんじゃねぇか?」

 

「ああ、同感だ。敵方であるとはいえ、その言葉には同意しかないな」

 

 瞬間、聞こえてきた言葉と同時にアークは身体を逸らし、先ほどまでアークがいた場所を神速の矢が通り過ぎていく。それが、森の戦いより再びこちら側へと参戦したアーチャーであることはすぐに理解できた。

 

「我が友の名誉を口にしてくれたことには感謝しよう。名前を教えてくれるかな?」

「アーク・ザ・フルドライブ、そう呼んでくれ」

 

「そうか、アーク、残念だよ、君とであれば我が友の武勇を語らいあう事が出来たかもしれないと言うのに。まったく、どうしてそんな贋作が同じ陣営にいて、君がそちら側にいるのか」

 

「手加減してくれるのかい?」

「獲物を前にした狩人に手加減なんて言葉はないさ」

 

「―――だろうな」

 

 いよいよもって戦況は最悪に限りなく近づき始めている。救援はなく、その上で味方ばかりが減っていく。

 撤退を選択するべきだが、その撤退を命令できるだけの指揮系統がない。タズミによって招集された彼らは曲がりなりにも命令系統をタズミしか持ち合わせていなかった。タズミだけに優位性があり、他の全員が対等に近い関係だ。

 

 故に撤退を口にすることを役割とする者がいない。純粋な指揮系統の不足、綿密な作戦行動の欠乏、それこそが七星側とタズミ側の明暗を分けた最大の理由である。

 

 そして――――劣勢なのは正門前だけではない。

 

「ふふっ、八代のお姫様は器用ですね、足手まといになってしまっている方々を守りながらでは、苦労が過ぎるのではないですか?」

 

「しゃーもないこと言うんやないわ。助けに来といて我が身可愛さに見捨てるとか、ダサいにも程があるやろ。お前をブッ飛ばして、こいつら連れ帰る。全部できるんが、うちらの凄いところなんよ」

 

「ふふ、好きですよ、そういう強がりは。叶わないと分かっていますけれど、出来る限りの努力をお願いしますね。このままだとあと何回かで勝負は決まりますから」

 

 七星散華とアサシンを前にして、八代朔姫とエドワードは絶体絶命の状況に晒されていた。ここまで持ちこたえられているのは朔姫が徹底的に防衛に回り、エドワードやアーチャーへの被害を全て受け止めているからだ。

 

 しかし、そんな状況もいつまで続けられるのか、散華もアサシンも徐々に朔姫とキャスターが展開する結界術に順応し始めている。

 

 散華が七星である以上、いかに高度な結界術を朔姫が展開していても、問答無用で切り裂かれれば、詰みかねない。

 

(遊ばれとるわ、七星対策は一通りしてきたつもりやけど、さすがに相性悪すぎんな、こりゃ、ほんまに年貢の納め時かもしれん……、 うち、まだ何も活躍しとらんのやけど)

 

「朔ちゃん……」

 

 声を掛けられ、横へと視線を向ければ、キャスターが不安そうな視線を向けている。朔姫は大きくため息を零してから、改めて前を向く。

 

「何、こっちに縋る面しとんねん! 縋りたいんはこっちだっつーの!気張れや、まだまだこっからやろ!!」

「う、うん……!」

 

 空元気でも気持ちで負けを認めてしまったら、もはや引き摺り上がることは出来なくなってしまう。この場で戦う事が出来るのは、もはや朔姫とキャスターだけだ。

 

 正門前での戦いがどのように転がっているのか朔姫も完全に把握をしているわけではないが、十中八九、碌なことになっていないのだけは間違いないと思っている。

 

(貧乏くじもいいところやわ、やっぱ唯那あたりに任せとくべきやったか? あぁ、でも、それで唯那死んだら、ほんまに遣る瀬無くなるしな、結局、うちが出張るしかないか……)

 

 死地へと飛び込んだ自覚は持ち合わせている。あとは、どのようにここからエドワードたちを連れて逃げるかだが……、目の前の散華とアサシンは余裕からかまったく隙が生まれる余地がない。

 

 何か、彼女たちに変化を生み出せるものが生じなければ、そう、何かこの場にいる七星側の誰もが想像もしていないような変化を引き起こせる何かがこの場面に投入されれば――――、

 

「―――――――」

「へ………?」

 

 ズシンと、何かこの城の中の空気そのものが一変するかのような変化が起こった。

 

 それはさながら、この城だけが全く別の空間に引きずり込まれたような感覚、朔姫やキャスター自身には変化はないが、対峙する散華やアサシンは、先ほどまで臨戦態勢とばかりでいた態勢を崩され、まるで支えきれないほどの重たいものを背負わされているかのように、床に向かって膝を屈しかけている。

 

「痛い、フラウの上に、何か乗っているの!? フラウの身体、とても重たいの!」

「魔術、ですか……」

 

 散華は瞬間的にそれが自分たちへと向けられた広範囲攻撃であることを察し、七星の魔術によって斬り伏せんとするが、対象範囲があまりにも広すぎてしまっているために、何処を起点に斬ればいいのか一瞬では判断がつかなかった。

 

 突如として起こった変化ではあるが、朔姫はそこに生じた変化が自分たちにとっての活路を開く何かであると感じ、次いで自分にとってとても覚えのある感覚が風に乗って自分の肌に触れたことを自覚する。

 

「何や、ほんまもんの遅刻やで、タイミング伺いすぎやろ、ほんまに腹立つわ。やから、遅れてきた分、きっちり働いてツケ払えや―――!」

 

「七星流剣術陰陽崩しが一つ―――『繚乱花吹雪』!!」

 

 空中より生じたそれが引き起こしたことを完璧な形で理解した者がこの戦場の中にどれほどいたか。

 先に来たるであろう攻撃の意味を察知していた朔姫、そして城の外から戦況を観察していた七星側の人間たち、しかし、後者にとっても引き起こされた事態は驚嘆に値する者であった。

 

「来たか……」

 

 ぼそりと、これまで目の前で生じている戦況に眉1つ動かすことなく眺めているだけであったカシム・ナジェムは初めて、興味を持ったように呟く。

 

「清々しいほどの連携じゃのぅ、城全体に即席の重力制御魔術を張り、それで動きを拘束したうえで、城の中のあらゆる箇所へと放たれる斬撃か。逃げ場1つ与えることなく、生じる一撃、狙っていたとなればおぞましいほどの攻撃よな」

 

 キャスターは目の前で起こった絶技に舌を巻く。事前に相手の動きを拘束するために放たれた重力制御の魔術は、敵と味方を明確に識別したうえで放たれ、七星側の戦力の動きを制限した。

 

 それだけでも並の魔術師であれば戦闘不能へと追い込むほどの魔術であるが、そこに飛来してきたのは仕手と無数の式神であった。

 

 空中より放たれた式神たちは一つ一つが独立した魔術を使用するための核の機能を有し、重力制御によって押さえつけられた敵手たちの下へと届いた瞬間、まるで起爆したかのように無数の斬撃を放ってきたのだ。

 それらが同時多発的にこの城の至るところで放たれていき、既にセイバーの攻撃、バーサーカーの落下によって半壊気味であったイチカラー城が完全な崩壊を迎えようとしていた。

 

 しかし、効果は抜群、七星側に流れていた空気は、すべての敵手が動きを止めたことによって、天秤の傾きを限りなくイーブンへと引き戻して見せた。

 

「安心したよ、十年ぶりに再会をして、腕が落ちていたらどうしようかと思っていたけど、その様子だと、むしろパワーアップしているって感じみたいで」

 

「それはこちらも同じだ、今すぐこの場で手合わせをしたいくらいだよ、俺の即興に合わせて放ったとすれば驚異的、磨き抜かれた技であるとすれば順当なる成長、ああ、10年ぶりとは思えないほどに身体が何をするべきかを理解していた」

 

 その崩壊を始めた城の中に新たに立つのは一組の男女、魔術師のロープに身を包んだブラウンヘアの男性と、ジャケットとスカートに身を包んだポニーテールの女性。

 

 待ち望んでいた転機を果たすことができるほどの実力者は、自分たちの出番を知っているとばかりに、ここに駆け付けた。

 

 名をロイ・エーデルフェルトと遠坂桜子、共に10年前の聖杯戦争にて、最後まで残り死闘を繰り広げたかつての好敵手である。

 

「タズミ卿の招集に応じてきてみれば、まさかこのような状態になっているとは。今更かもしれないが、俺の力を信じて招集してくれたものに対しての義理立てだけはさせてもらうとしようか」

 

「朔ちゃん、ごめん、遅くなって!」

「ほんまや! でもよぉ来た。ギリギリ及第点にしたる、巻き返すぞ!!」

 

 朔姫たちがいる場所へと降り立った桜子とロイは今現在の状況を完全に飲み込んだわけではないが、少なくとも自分たちが組するであろう陣営が劣勢に立たされていることだけは十分に理解できた。

 

「随分と追い込まれてるね」

「問題ないだろう。背中を預けることに不満のない相手が今回は隣に立っているからな」

 

「プレッシャーかけてくるなぁ」

「七星桜子は常に俺の予想を上回ってくる。10年経とうとそれは変わらないと、既に理解は及んだからな」

 

 何も狙って二人で出てきたわけではない。偶然にもこの場へと到着するタイミングがほぼ同じであり、両者ともに第六感的な感覚を以て、何かが起こると判断したに過ぎない。

 それを以て、あの即興を生み出すことが出来たのは、ひとえに、この二人が互いの力を何一つ疑いなく信じているからだろう。

 

 10年、決して短くない歳月である。それでも―――

 

 遠坂桜子にとってのロイ・エーデルフェルトは変わらず最強であり、

 

 ロイ・エーデルフェルトにとっての七星桜子は変わらず己に匹敵する。

 

 それを彼らは共に心の底から信じていた。故にこそ、そのコンビネーションは一撃でこの場の空気を変えて見せた。

 

「ロイ、これを―――――!」

 

 桜子が投げ放った小箱をロイが受け取る。

 

「これは……?」

「リーナさんからの届け物! もしも、まだ英霊を召喚していないのなら、それを使えって」

 

「………、まったく10年経っても、心配を掛けさせているのは相変わらずか。いいや、ここはリーナの好意に甘えよう。彼女が選んだ触媒が俺にとって失敗となるはずがないんだからな」

 

 それが何の触媒であるのかすらも、ロイは見ることなく、己の中の魔術回路を起動させる。この戦場の最中での召喚、絶対的な隙を生み出すであろう状況でありながら、天より降り注ぐ、無数の流星が、ロイへと降り注ぐ攻撃を許しはしない。

 

「あいつ、召喚しながら魔術を展開しているのか!?」

 

 ロイの目の前には魔方陣が浮かび上がる。

しかし、ロイが発動しているであろう魔術が途切れる気配はない。サーヴァントの召喚と露払いのための戦闘を同時展開、その光景を見たヨハンは思わず目を見開く。

 

 魔術を使う者であれば、それがどれほどの規格外な行動なのか、サーヴァントと言う圧倒的な存在を呼び出すことに全神経を集中させなければならない筈の状況を、まるで子供だましのように扱っているのだから。

 

「桜子から話しは聞かされておったけど、ほんまに化け物やな、あいつ」

「驚くに値しないよ、そんな出鱈目さこそがロイ・エーデルフェルトの真骨頂だもん」

 

 さながら、その瞬間、時間が止まったような感覚だった。誰もがそのロイの出鱈目な行動に意識を奪われて、その召喚をみすみす許してしまう。

 

 魔方陣より生じた黄金のエーテルが形を成していく。その形は二つ、召喚されるべき最後のクラスはセイバーであり、それはすなわち、二つの個体を以て一つのクラスとして現界することを意味していた。

 

「であれば、景気づけと行こうか」

 

 その黄金色のエーテルが完全に形を成す間際に、空に浮かんだ魔方陣から一瞬にして赤色の光が浮かび上がり、まるで天より放たれる怒りであるように、ロイとその魔方陣に向かって放たれる。

 

「ふん、召喚早々随分とした挨拶だな、無礼を働く者であれば容赦など必要ないな」

「ええ、勿論です、兄様。あれは我らを害する光、導くべき光たるは我ら兄妹だけで十分でしょう」

 

 だが、その赤色の光が、ロイたちを害することはなかった。召喚され形を成したブロンドヘアの二人の男女、少年少女より半ば成長したであろう2人のサーヴァントは神速の早さを以て、その魔方陣と赤色の光を斬り伏せた。

 

「サーヴァント:セイバー、ディオスクロイ・カストロ」

「及びディオスクロイ・ポルクス、ここに現界いたしました」

「貴様が我々二人を呼んだマスターか、その大罪の意味を理解していような」

 

 破壊された魔法陣、それを展開していたキャスターも手傷を負うが、すぐさまその傷はふさがっていく。

 

「くく、油断したわ」

「構わん、奴らの実力を垣間見れただけでも収穫だ。さて――――最後の詰めだ、人造七星部隊を動かすぞ」

 

 カシムの言葉に、背後に詰め寄っていた兵士たちの意識が覚醒する。絶対的なエースの登場によって戦局は変わった。しかし、それで終わりではない。

 

 戦力を立て直し、この場の戦いを終わりへと導くことが出来なければ、やはり問題は解決しないのだから。

 

「へぇ、あれが分家の七星流剣術、なかなかに興味深いですねぇ」

 

 そして、彼女も―――七星散華もまた、己が見つけた獲物にとびきりの笑顔を向けるのであった。

 




桜子とロイが出て来ただけで安心感ヤバいな、ようやく反撃開始だ!

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第2話「Progress」④

やっぱり、シスコンこじらせて聖杯掴んだ奴は説得力が違う。


――セプテム・『セレニウム・シルバ』・イチカラ―城――

 『導き星』ディオスクロイ、ギリシア神話に名高き双子神であり、ローマ神話における「ジェミニ」、現在での天に浮かぶふたご座の象徴となる神でもある。

 

 この双子は、元来「足速き馬駆る者たち」として崇拝された古き双神であったという。

 嵐の後に輝き出る星そのものと見做され、崇められていたが、時代が下ってからは、嵐のさなかに船のマストなどで見られる「聖エルモの火」がこの双神の顕現と信じられるようになった。

 

 そのため、航海の守護者、旅の安全を司る神としての顔を持つ。それが故に彼らは自分たちを『導き星』であると語る。人類がその進むべき道に迷った時に、その方向を指し示すための神であると。

 

 ギリシア神話においては、大英雄ヘラクレスや彼の親友であるイアソンらと共にアルゴノーツにおける航海の経験を有しており、決してただのそこに君臨するだけの神ではない。

 

 ただ、そうした神霊としての側面以上に、彼らを扱う上で最も注意しなければならない点は、別にあるだろう。

 

「ふん、貴様が俺とポルクスを召喚した人間か、不遜だな、この場で死を受け入れる覚悟は整っているか?」

「ちょっと兄様、いきなり何を言い出すのですか!?」

 

「何をも何もあるか。俺が人間に従わなければならない。お前を従わせなければならない。これほどの屈辱が何処にある。俺を神より人間の子へと零落した、後世の人間たちに首を垂れるなどと、理屈であろうと納得は出来ん!」

 

 ディオスクロイ兄妹が片割れ、カストロ。誇り高き双子神であると同時に、人間を憎まずにはいられない零落した神霊。本来のディオスクロイ兄妹は人々を導く双子神であるというあり方の下に神話の中へと組みこまれた

 

 しかし、後世における神話体系の解釈の中で、彼らはゼウスの子という立場を与えられ、人間から生まれたものであるというあり方を新しく付与されてしまった。

 

 結果として兄であるカストロは人間の立場に押し込められ、妹であるポルクスは半神であるという解釈こそが罷り通った。

 

 本来の純粋な神であった状況から、片や人間、片や半神へと追い落とされたことを兄であり、誇り高きカストロは我慢できなかった。

何故、導き手である自分たちが人間の解釈によってそのような立場に追い落とされるのか。恨まずにはいられないと言う思いが強く渦巻いたことは想像に難くない。

 

 よって、ディオスクロイ兄妹を召喚し、使役すると言うことはカストロの憎しみを一身に受けることをも意味している。人間によって零落させられた存在であると言う事実は、どのような形での召喚を経たところで変わらない。誰が召喚したとしても、カストロはマスターに対して少なからずの憎しみを覚える。

 

 それでも、彼らに関わる何かしらの縁を持っているモノであれば、その態度も軟化したかもしれないが、生憎とロイはそれを持ち合わせているわけではない、触媒を縁としたにしても、あくまでもリーナが用意したもの、彼らに関わる者として歴史を共に生きてきたわけではないのだ。

 

 故にこそ、カストロは自分たちを召喚したマスターに対してその責を問う。よくも我々を目覚めさせてくれた、その対価として貴様は何を支払うと言うのかと。

 

「確かに俺は君たちとは何一つとして縁を持ち合わせてはいないだろう。触媒による召喚であったことは事実であるし、まだ君たちのことを多く知っているわけではない」

 

「釈明ではなく、我々を知らずとまで口にしたか。その傲慢さをもって、命を捧げる覚悟はあるか。この僅か一瞬に我らを使役することができただけでも、至上の幸福であるというのに」

 

「残念だが、その申し出を受け入れることはできない」

「命乞いか!」

 

「いいや、純粋に君たちとうまくやっていきたいと思っているからだ。君たちは俺の妹が用意してくれた触媒によって召喚された。俺たちと同じ双子であり、兄妹である君たちに俺は一方的なシンパシーを感じているから。理由としてはそんなところだ」

「妹君様から、ですか……」

 

 ロイは手をかざす、その手には10年前の聖杯戦争同様に令呪が刻み込まれており、その一画が光を放ち始める。誰に言うまでもなくそれが、サーヴァントへと強制的な命令を与える令呪の命令であることは言うまでもなかった。

 

「令呪によって、我が身に起こり記憶を彼らに――――」

 

 何かの命令をされると感じたのか、身構える二人の体にも精神にも変化は起こらなかった。ただ一つ、違いが生じたとすれば、目の前に立つ彼らのマスターが経験してきた人生の記録映像のようなものが二人の脳裏に宿ったことだけであろうか。

 

 ロイ・エーデルフェルトとリーナ・エーデルフェルトの半生は決して幸福であったわけではない。何故、彼らが魔術師として頂点を目指すようになったのか、ロイ・エーデルフェルトが求めてきたものとは何であるのか、それを示すためには言葉を尽くすよりも記憶を覗き見てもらった方が手っ取り早いと感じたのだ。

 

「………、よろしかったのですか、令呪は三回しか使うことができません、その貴重な一つをこのような使い方をするなど」

 

「令呪の無駄遣い、言葉を尽くせば叶うことに奇跡のような力を使うことは馬鹿げている。そう思うかもしれないが、俺にとっては戦力的な問題よりも、君たちとの間に溝ができることの方が問題だと考えたまでだよ。

先の一回で君たちの実力は理解できた。君たちと俺が真に連携を図ることができれば、令呪の一つを失ったとしても価値が勝ると考えたまでだ」

 

「随分な自信だな、サーヴァントに対しての絶対命令権を一つ失うことよりも、俺たちに自分を理解させることの方が価値がある。狂っているのか、己を見誤っているのか、どちらにしても度し難いほどの自信だ。人間としての傲慢さは一級品だと理解した」

 

「兄さま、またそのような……」

 

「だがッ、人間が傲慢であることなど百も承知している。いまさらそれで貴様らを糾弾するようなこともない。道化のような貴様の生を見世物としてみることで留飲を下げることもできた。

 一つ問う、人間よ、貴様は我らを望んで召喚したわけではないといった。では、何故、そうした?」

 

「リーナが俺に託したものを疑う理由もない。必ず、俺にとって有益なものがそこにはある。それ以上の理由が必要かどうかは同じ兄としていまさらだと思うが?」

「貴様に言われるまでもない!」

 

 声色こそ、変わらず怒りが込められているが、カストロはロイへと背を向けて、再び戦場へと向かうことを許容した様子だった。

 

彼は決して人間を認めない。己を神から転落させたものを相手に背中を見せられるほど、その怒りは生易しいものではないのだ。

 

「貴様をどう処遇するかは一度保留としておく。まずはサーヴァントとして呼び出された者の役割をはたしてからだ。良いな、我が妹よ」

「……はい、兄様」

 

 カストロの自己完結した様子に妹のポルクスは薄く笑みを零す。兄の態度はいつも通りで困らせられているのもいつも通りではあるが、自分たちを召喚したマスターと兄の相性は、ポルクスが考えているよりも遥かに良好なモノであるのかもしれない。

 

 故に、ここから始まるのは、逆襲劇である。此処まで常に追い込まれ続けてきたタズミ陣営ではあるが、このまま終わらせるわけにはいかないとばかりに、ロイとセイバーが正門へとその身を動かす。

 

「悪いが、あまり誰を狙ってと言う事が出来る状況じゃない。纏めて一切合財、無力化させてもらうぞ」

 

 ロイが魔力噴射による高速移動で一気に正門前へと詰めると、森に待機していた兵士目掛けて魔術を展開し、同時にディオスクロイ兄妹が空中から光速の速さで敵陣の真っただ中へと飛び込んでいく。

 

 示し合わせたわけではない、それぞれが単独で自分たちの最適と思う行動を自律的に果たした。それでありながらも驚くほどに狙う先は外さない。

 

 飛びこむディオスクロイ兄妹が無造作に兵士たちを斬り伏せ、そして天空よりはロイの流星魔術によって、今度こそ森が燃え盛っていく。

 

 その様子たるやこれまでファヴニールと言う絶対的な脅威が存在していたとはいえ、圧倒的に優勢であった立場を忘れさせるほどであった。

 

「まったく、今日は昔馴染みに良く合うな」

 

 光の速さ、まさしく瞬きよりも早く動き続けるカストロは瞬間的に自分に狙いをつけて放たれた矢が紙一重で己の頬を切り裂いたことを自覚した。

 

「兄様……!」

「かすり傷だ。しかし、我らを捉えるか、さすがだな、ヒロクテーテス!」

 

「そこはアーチャーと呼んでほしい所だったんだけどな、ディオスクロイ。聖杯戦争のシステム上、こうなることは予想がついていたが、まさかトロイアだけではなく、アルゴノーツのメンバーとまで敵対することになるとは。ほとほと業が深いな」

 

「貴様を相手に、手加減はできんぞ」

「同じセリフを変えそう。だが、目の前に立つのならばその導き星、必ず撃ち落として見せると誓おう!」

 

 ディオスクロイが口にした名、すなわちピロクテーテス、数多の英雄が乗り合わせたアルゴー船に乗り合わせた英雄の1人、ギリシア一の大英雄ヘラクレスの親友にして、ヒュドラを討ち取った弓を受け継ぎ、トロイア戦争終盤にて、アキレウスの抜けた穴を埋めあわせた弓の名手である。

 

 その来歴から足を速く動かすことが出来ないのは難点ではあるが、ひとたび弓を引けば、その弓捌きは彼の親友に勝るとも劣らないほどの実力を見せる。アーチャーの実力を知っていればこそ、カストロもポルクスも決して楽に勝てる相手ではないことは分かっている。

 

 何せ、この場にはそれに並ぶほどの力を持つ者たちが他に素謡潜んでいることは明らかであったから。

 

「なんていう滅茶苦茶、あれが私達側の最後のマスターとサーヴァント」

「そういうわけだろうな。いいじゃねぇか、ようやく打開の目が見えてきた」

 

「ちっ……潮時と言えば潮時かもな」

 

 ロイとセイバーの到来は正門前で戦い続けていたアークやヴィンセントの戦いにも変化を生じさせようとしていた。このまま圧倒的な力の前に敗れ去るほかないと言う風に認識させていたのが、ロイたちの出現によって大きく変わった。

 

 ヴィンセントの口にする潮時とは、何も自分たちが戦う事が出来なくなるわけではない。欲を掻くのならばここらが潮時かもしれないと言う意味である。

 

 曲がりなりにもヴィンセントの視点で言えば、敵方のアサシンとバーサーカーは消滅に追い込み、様子からしてヨハンがタズミを討ち取ったことも間違いないだろう。

 

 タズミのランサーを含めれば3体の敵方サーヴァントを無力化した。初戦として考えれば十分な戦果である、新しく現れたロイ・エーデルフェルトとセイバーは厄介な相手ではあるが、戦力差で考えれば少なくともこれより先は7対4、欲を掻くことなく撤退をしたとしても何ら問題のない数値である。

 

「よぉ、灰狼。こちらはそろそろ潮時と判断するが、お前の兵隊さんたちはどうする?」

『ああ、カシムからも連絡が来ていたところだ、人造七星の性能テストを兼ねて投入する。リーゼリット皇女とヨハン、散華と共に脱出をしてくれて構わない。敵方の戦力は知れた』

 

「了解っと……、お嬢!」

「ヴィンセントおじ様……!」

 

 声を上げることなく視線を以てヴィンセントはリゼに撤退の合図を差しだす。目的を遂げ、城は全壊に近い惨状、少なくとも拠点としての再利用は絶望的な状況であると言える。

 

 タズミ側のマスターとサーヴァントが一堂に会している状況は決して好ましくはないが、タズミが脱落した以上は烏合の衆、戦力として何一つ欠けていない七星側が敗北する道理は何処にもない。

 

「ランサー、今宵はここまでにしましょう。せっかく戦いを始めて、途中で中断させるのは心苦しいけれども……」

「いいえ、決してそのようなことは。むしろ、ヨハンが戦果を挙げてくれたことが私は嬉しい」

 

「それは勿論、ヨハン君はやるべき時はきっちりと決めてくれる私の騎士ですもの……!」

 

 多くの箇所を瓦礫に埋もらせてしまったイチカラ―城の中でヨハンも脱出を試みているだろうが、すぐに戻ってくることはできないだろう。

最も、もともと、小綺麗な場所で戦うよりも、今のような場所の方が彼にとっては慣れ親しんだ場所であろうと信頼を寄せるだけの理由はある。

 

『リーゼリット皇女、聞こえるかな』

「はい」

 

『私の部隊、後方に展開する人造七星を動かす。君はその混乱に乗じて撤退してくれ。此度の戦闘、見事だった』

「ほとんど何もしていないに等しかったですけれどね」

 

『君と言う存在そのものが士気を高めていることは事実だろう。卑下をすることはないさ』

 

 必要最低限の言葉だけを交わすと、灰狼からの魔術を介した通信は途切れ、いよいよ撤退の時が近づいたことを察する。

 

 そう、その合図は森の奥、音もなく、影を見せることもなく、近衛兵士たちの後ろから次々と姿を現した武装した兵士たち、そして、俊敏性を追求して暗殺者のごとき軽装をした者たちの集団が兵士たちの位置と入れ替わったことで決定的となった。

 

「―――人造七星たちよ、お前たちの晴れ舞台だ。派手にその命を散らせ」

 

 創造主カシム・ナジェムの号令を受けたことによって、それらは一斉に最後の詰めをするために動き出した。その数たるや十や二十では収まらない。それらが一斉に、正門前の戦場へと飛び込んできたのだ。

 

「撤退するわ、ランサー」

「了解した、主よ」

 

「くっ、待ちなさい。まだ、私達の戦いは――――」

 

 マスターからの魔力供給を得ることが出来なくなったことでランサーは十全な対応をすることが出来ずに、膝を屈してしまう。精神的な消耗も大きい。主の命令を守って戦っていた結果として、みすみす主の敵を見逃す羽目になったのだ。

 

 何が正しかったのか等と結果論を求めるようなことをしても意味はない。タズミ・イチカラーが既に亡き者となったことは令呪で繋がっている自分が一番よく分かっている。

 

 先ほどのロイと桜子の参戦によって、城の形も大きく崩れた。既に亡骸さえもどうなっているのかわからないとも言えよう。そうなれば、もはやタズミに義理立てすることができるのは、己の消滅を覚悟してでも目の前の騎士を刺し違えて倒すくらいしか思いつかない。

 

「やめておいた方がいい。本来の貴殿であればまだしも、魔力供給を断たれ、充分な魔力を発揮できない今の貴殿では十全な力を発揮することができない。英霊としての名に汚名を被せるような真似を私もしたくはない」

 

「それこそ侮辱だろう。主を失い、己の役目も果たせないままに消え去る方がよほど武人としては屈辱だ。最後の最後まで戦って散らなければ、主への忠義を果たすことができない」

 

「………、失礼した。ならば、最後の介錯を果たそう。勇敢なる双槍の戦士よ。別の形で会うことがあれば、言葉を交わし、親交を深めることもできたと思うことが悔やまれるが、我らは所詮影法師。これもまた敵わぬ運命か」

 

 騒乱が再び生み出され、撤退を果たさんとするランサーは己の愛馬の手綱を引き、最後の仕事をこなそうとする。リゼに命令されたわけでもなく、役目であった訳でもない。

 

 ただ、主に忠義を尽くす騎士として、己の逸話と武功に誇りを持つ武人として、目の前の衰弱したランサーを放置しておくことは許されないと判断したからに他ならない。

 

 故に―――もはや、双槍のランサーに生き残るすべはない。拮抗していた相手を前に抵抗することもできずに敗北を迎えるだけだろう。

 

「それでいい。これで私は――――」

『いいわけあるか、ボケ!! 何、勝手に納得して消えようとしてんねん、こっちはなぁ、猫の手でも借りたいほどに逼迫しとんの、わからへんのか!!』

 

「―――――!」

 

 突如、その場の全員に聞こえる声で耳に走ってきたのは有無を言わさぬ叫び声だった。通信魔術を使っているのか、それともただ自分の声を拡声させているだけなのかの判別はランサーにはつかないが、それは見知った声であった。

 

「八代、朔姫、ですか……」

『おい、タズミのランサー、一つだけ答えろ、おまえそれでええんか! このままタズミのサーヴァントとして、大した出番もないまま、脇役上がりみたいな終わり方するんでほんまええんか!? 自分が勝ちたい、仇討ちたいくらいいわなくてええんか!』

 

 朔姫の言葉、あるいは檄とも呼べるような声は、もはや風前の灯火となったランサーに向けて放たれる、意思表示をしろという言葉に聞こえた。

 

 タズミというマスターを失ったことによって、ランサーは自分の忠義も継続して戦う力も奪われた、それは確かに英霊としては恥であり、最後の戦いで己を消滅させることも辞さない思いが生まれることは致し方ない話である。

 

 だが、それは本心か、それともやけっぱちか、改めて問うだけの意味があると思ったからこそ、声を上げる。お前はそれでいいのか、何もできずに敗北者のまま消えていくのでいいのかと、憎まれ役だろうと何だろうとかまわないとばかりに挙げた声に、ランサーは自分の中に溜め込んでいた、飲み込み続けてきた思いを吐露する。

 

「そんなこと聞くまでもないでしょう。私だってこのまま終わりたくなどない。何もできないまま、敗残者のように消えていくなど、生前の自分に泥を塗るようなことを認められるはずもない。私はまだこの双槍に相応しい戦いを果たすことができていない!!」

 

『なら―――決まりや、おまえの力、その願い、全部、うちら、神祇省がもらってく』

 

「―――――」

『桜子、遅れてきた分キリキリ働け! 手間は全部こっちら面倒見たるから、ありたっけの魔力回せ!!』

 

 瞬間、もはや後は朽ちていくだけのはずのランサーの足元に魔法陣が浮かび上がる、それは何かが召喚されるわけではなく、ランサー自身に介入するための八代朔姫が回す彼女の陰陽術。

 

「タズミのアホを見た時からこうなるかもしれんと思って、準備しといた甲斐があったわ、取りこぼしてしもうたもんは仕方ないにしても、取りこぼしかけてるもんを捨てるなんて勿体ないことうちにはできんわ。タズミ、お前の令呪頂いていくで!」

 

 朔姫の手が城の床に触れるとがれきにまみれた一か所から光が浮かび、それが正門前にまで足を延ばす桜子に向かって進んでいく。

 

 その光の襲来を間近に感じながらも、桜子は全く臆する様子はない。

 

「何をするつもりかわかりませんが、首を斬ればおしまいでしょう……?」

「それを、させると思うか!」

 

 瞬間、儀式に力を注ぎ始めた朔姫を一撃にて切断せんと散華の刃が通るが、キャスターの結界術とアーチャーが己のマスケット銃を盾にその一撃を受け止める。

 

「驚きです、まだ動けたんですか?」

「彼女の言うとおりだよ、死にぞこないが生き残るくらいなら、生かすべき命は確かにある。最後までやるさ、昔のように自分の選択を後悔したくないんだ」

 

 かつて、悪魔に魂を売り渡し、友を裏切った当然の末路を辿った者は、命の瀬戸際にあったとしても、自分の命よりも己がなすべきことを果たすことに執着する。

 

 散華は受け止められた攻撃を冷静に分析し、次は決して受け止められない攻撃を放とうとして距離を取ろうとするが、そこに銃声が鳴り響く。無機質に鳴り響いた乾いた銃声は完ぺきに反応していたはずの、散華の脇腹へと直撃し、彼女の肉をえぐり、わき腹からの出血は免れない。

 

「どうして……」

「どうしても何もない。撃てば必ず当たる銃弾、それが僕の宝具だ。僕の願いであり、僕の後悔。その意味を打ち消すことなんてできない、それほど生易しいものじゃない」

 

 続いてもう一発の銃弾が放たれる、明後日の方向に向けて放たれたはずの弾丸は跳弾のようにその方向を曲げて、逆方向から朔姫を襲わんとしたアサシンへと直撃する。

 

「痛ぃぃぃぃぃ」

「あと、四発……」

 

 幽鬼のように銃を握りながら佇むアーチャーだが、およそその反応は生気を纏ったものの反応ではない。いずれ朽ちることを前提とした者が必死に抗っているように見える姿、たとえ、散華とアサシンをここで下したとしても、彼がこのまま残り続けることができるようには見えない。

 

 悪魔と契約を果たしたことによって、英霊になりあがったとしても、彼がただの猟師であったことに変わりはない。耐久力も早さも持ち合わせてはいない。一芸特化の英雄では、残念なことに足止め程度が精いっぱいという所だろう。

 

「アーチャー、お前は……」

「悪いね、エド、あんなことを言っておいて、結局、僕もキミが喪ってきた者たちと同じ末路を辿ってしまうらしい」

 

 マスターであるエドワード・ハミルトンは多くの仲間を失ってきた。その都度、たった一人だけ生き残り、此度もまた、彼はパートナーを失う状況に晒されるだろう。

 

(わかっていたことだ、どうせ、一芸特化の僕が最後まで生き残ることができるなんてのは、夢見のいい思い込みに過ぎない。ただ、少しばかり早すぎるとも思ってしまうけれどね)

 

 しかし、そこはどうか赦してほしいとアーチャーは思う。ここで踏ん張ることが出来なければ、エドワードが生き残ったとしても、もっと多くの仲間を失うことになってしまう。自分の身を犠牲にしても他を生かすために戦うのだから。

 

 かつて悪魔に魂を売り渡して、惨めな末路を辿った自分にはこれ以上ないほどに、格好つけることができる。

 

 アーチャーの必死の抵抗とキャスターの結界術が作用している間も朔姫は己の仕事を徹底的にこなしていく。一切、ブレはなく、並の魔術師では決して実行することができないであろう「令呪の遠隔移植」を行っていく。

 

 タズミの肢体に残された令呪はまだ機能としての役割を残している。そこに刻まれた魔術情報を城という構造物で繋がった箇所から情報を拾い上げ、もう片方の腕で接続した送り先へと情報を流すことで情報を移し替えると言う作業を行っている。

 

 無論、そんなものは本来、戦場の最中で行えるようなことではない。令呪の移植手術を現実を見ないままに行っているに等しいのだ。当然に動き回ることなど出来ず、術式に全集中をしているため、もしも、キャスターたちが抜かれてしまったら、朔姫に抵抗するための手札は残されていない。

 

「ねぇ、フラウと手を繋ぎましょう。一緒に踊りましょう。こんな壁があったら、一緒に踊れないわ。ねぇねぇ、ブロンドの貴女、どうか一緒に踊ってくださらない」

 

「絶 対 無 理 !」

「そんなひどいわ、どうしてフラウを拒絶するの……?」

 

「朔ちゃんが必死に頑張っているのに、姫が遊んでいられるわけないじゃん、それに姫はケガレと触れあうつもりはないの。自分で自覚しているでしょ、どうして、そんな渇望を抱くようになったのか。貴女、根本からしてズレているじゃない!」

 

「あはっ、フラウのことをそんなに見てくれているの? なんだか恥ずかしくなってしまうわ!」

 

 キャスターの罵詈雑言の類を受けても、アサシンは全く怯んだ様子も怒りを見せている様子もない。むしろ、自分を直視してくれている彼女に対して親愛の情を向けている風な様子ですらある。

 

「仮想空間、令呪摘出――――準備完了、受け取れ、桜子ォォォォォォォォ!!」

 

 何かが起こる、それだけを察したのか、馬上より、膝を屈する女戦士に向けて騎士が槍を放つ。力を失いかけている彼女がそれを受け止めることができる余地はない。

 

 故にこそ、彼女が割って入る。放たれる槍を受け止めるのは不可視の剣、サーヴァントと言う魔力によって動く存在からの攻撃を真っ向から受け止める、魔術師殺しの刃が此処にその身を露わにした。

 

 そして、膝を屈するランサーへと向き直り、その腕に移植された令呪を示して、桜子は腕を翳し、手を差し伸べる。

 

「まだ戦うと言う思いがあるのなら、その槍を振うに値する武勇を誇るのなら、私は―――貴女のマスターになりたい!!」

 

「不思議だ、私は貴女のことを知らない。信じて良いのかなど分からないし、これ以上は生き恥を晒すことになるのではないかと思う面もある。それでも―――この手を取ることを私は嫌と思うことはない」

 

 その手を取り合う。瞬間、確かに魔力のパスは通り、桜子は自分が彼女のマスターとなったことを理解する。奇しくもロイと桜子、双方ともに十年前の秋津の聖杯戦争にて契約をしてたクラスのサーヴァントとまったく同じクラスと契約をすることになったのは、皮肉であるのか運命の悪戯か。

 

 返す刃で再び迫る槍、それを前にして、桜子が振り返るよりも早く、光速のような勢いを以て、双槍が振われ、勢いのままに騎士の愛馬が揺れる。

 

「ぬっ――――」

「魔力供給想定内通りに稼働中、ええ、確かに縁は結ばれ、ここに契約は為された。

 マスター、貴女の名は?」

 

「桜子、―――遠坂桜子!」

 

「では、桜子、これよりこの身果てるまで共にこの戦場を駆け抜けましょう。私はランサーのサーヴァント、その名を―――アステロパイオス、この双槍に懸けて、貴女の力になりましょう!」

 

 古代における一大戦争、トロイア戦争を描き、ギリシアの大英雄アキレウスの活躍を描いた叙事詩『イリアス』において、アキレウスは多くの目覚ましき活躍を見せた。

 

 多くの強敵との戦いを経験した彼がトロイア戦争の中で最も相対した中で強者であった相手は誰であったのか。

 

 アキレウスの宿敵とも呼ばれたトロイアの宿将ヘクトールか?

 

 ヘクトールの弟にして、アキレウスの死の原因を生み出したパリスか?

 

 あるいは、アキレウスと死闘を繰り広げたアマゾネスの女王、ペンテシレイアか。

 

 否、イリアスにて上述されるアキレウスの言葉はその中の誰一人もさしてはいない。

 

 そして彼は告げる―――純粋な戦いであれば、それはアステロパイオスに他ならないと。

 

「どうやら、すぐに撤退をできる空気でもなくなったようだ」

 

 戦いは間もなく終わりを告げることだろう。しかし、その終わりを前にして、最後の戦いが勃発する。正門前に広がっていく人造七星の軍団、そしてランサー同士の激突、それがセレニウム・シルバにおける最後の戦いとして、この夜は佳境を迎える。

 

 

 ――――否、それだけでは終わらず。この殺戮の夜の幕引きはこれより始まり、これより終わる。

 

 

 セレニウム・シルバの森の奥、既にイチカラ―城より離れ、喧噪の音が遠くになりはじめている場所にて、人造七星の到来による混乱の最中、いち早くイチカラ―城からの撤退を果たしたヴィンセント・N・ステッラはなおも続く戦いの様子に煙草をふかしながら、遠目に眺め笑みを浮かべていた。

 

「リゼお嬢様には悪いことをしたな。ロイ・エーデルフェルトや遠坂桜子が到来したとあれば、早々に引き上げることに是非はない。俺はリゼお嬢様やヨハンと違って、非戦闘員だからな。いつまでも前線に居たら危なっかしくて仕方がない」

 

 仕事は果たした。これより先は旨みのない泥沼の戦いだ、そういう状況は国家に忠誠を誓う軍人や、最初から捨て駒扱いの改造奴隷たちに任せておけばいい。

 別に勝つために戦っているわけではないのだ。見据えているのは聖杯戦争の先に、自分たちの地位をいかに高めることができるかなのだから。

 

「おいおい、そんな不満そうな顔をするなよ、すぐに次の戦いは来るさ。灰狼は人使いが荒いからな。皇女様に花を持たせた以上、次は自分たちがと間違いなく考える。そうしたら、こんどは大暴れさせてやるよ」

 

 自分のサーヴァントの意向など、まったく一顧だにしない。ヴィンセントにとって、サーヴァントなど所詮は使い捨ての駒に過ぎないのだから、そこに慮ってやる理由などない。適当に餌でも与えて、自分に従うようにさせておけば、それ以上に何かを求めるようなことはしない。

 

「俺は別にハーンの覇業を叶えるとか、灰狼の理想をとか、エトワール王家の存続なんて、どれもこれもどうでもいいのさ。七星の血と繋がりは俺達を満たしてくれる。培ってきた歴史が俺達の食い扶持になってくれている。好き放題に出来るのなら、何でもやってやるさ、結局、人間なんてものは生きている間でしか喜びを満たすことはできないんだからな」

 

 先祖の願いを叶えようとする灰狼も国の為に闘うリゼの気持ちも実際の所、ヴィセントは理解できない。理解できないうえで話を合わせているのだからボロが出ないように適当な所で付き合っておくに越したことはない。

 

「精々、この聖杯戦争に関わる連中が俺の幸福のための礎になることを願っているぜ」

「―――――そうか、それがお前の本音か。安心したよ、お前を殺すことに何の躊躇も生まれない」

 

「―――――!」

 

 その瞬間、森の木々を斬り倒すように横薙ぎに振るわれた鞭のような一閃がヴィンセントへと襲い掛かる。隣に居たバーサーカーは相手が放った殺意に反応し、飛び出すと、己の握っている棍棒1つでその攻撃を弾いて見せた。

 

「タズミ側の追手か!」

 

 自分の下に襲撃者が来ることに対して全く予想がなかったわけではないが、あの混乱の中から追手が出てくるのは現実的ではないと思っていた。

 

(下手を打ったが……、まぁ、そこまで最悪って訳でもない。対策はちゃんと打ってあるしな)

 

「出て来いよ、奇襲はもう失敗したんだ。潜んでいるんじゃ、バーサーカーを抜くことはできないぜ」

「言われるまでもない、姿を消したままで終わらせなどするか。お前は必ず俺が殺す。あの時からずっと、ずっと、そう心に誓っていた」

 

 森の中から姿を見せた、全身黒づくめの服装に身を包んだ少年の姿にヴィンセントは瞠目した。それは明らかに異質な空気だった。闇の世界の中で生きているヴィンセントであるからわかる。

 

 同じ闇の世界で生きていたジャスティンよりもなお深く昏い闇、己の人生に一点たりとも光が灯ることを望んでいないその様子は、ヴィンセントをして思わず言葉を失うほどであった。

 

「お前、名前は……?」

「そんなものはない。名前なんてものはお前たちに奪われた。それでも、名前を求めるのならば応えてやる――――俺は、レイジ・オブ・ダスト、七星より生まれ、七星を滅ぼすお前たちの死神だ!!」

 

 さぁ、星屑の復讐劇を始めよう。その第一幕を此処に。

 

 レイジにとっての復讐すべき相手は今、目の前にいるのだから。

 

第2話「Progress」――了

 

 次話予告

「楽しみです、桜子さん。私の七星と貴方の七星、どちらが殺人剣技として上であるのか、次に見えるときには是非とも肌で感じさせてくださいね♪」

 

「悪いな、少年。地獄に落ちる理由なんていくらでも積み重ねて来たんでな。怨みの一つや二つは本気で覚えていないんだ。よければ、俺がお前に何かをしたのか教えてくれないか? 」

 

「名前は捨てた。今の俺は、レイジ・オブ・ダスト、お前たち七星を滅ぼす、星屑の怒りだ!!」

 

「お前をここまでにさせちまった責任さ。あの日に俺がお前に手を出さなければ、ここまでお前が苦しむこともなかっただろう。だから、その責任を取って今度こそは殺してやる。それでツケは終わりにしようぜ」

 

『そうだ、お前はそれでいい。その怒り、その本能こそが七星の原初。目的など些末事だ。お前の憎悪を見せてみろ』

 

「最強などと言う言葉にはまったく興味がない。だが、王であった者としてお前に敗北するわけにはいかぬ。王としての格の違い、味わいながら消えていくがいい、バーサーカーよ」

 

「ああ、だから―――まずはお前が地獄に行け。何人も殺してきたんだろう、その報いを受ける時が来たんだよ!! 俺はお前を踏み越えて、その先を探していく!!」

 

「俺は――――七星を殺す七星、お前たちと言う星から生まれ、お前たちの輝きを喰らう星屑の怒りだ!!」

 

第3話「Rage of Dust」

 




サーヴァントステータス

【CLASS】セイバー

【真名】ディオスクロイ兄妹

【性別】男性/女性

【身長・体重】175cm/65kg 175cm/55kg

【属性】混沌・中庸

【ステータス】

 筋力A 耐久A+ 敏捷B

 魔力C 幸運C 宝具B

 

【クラス別スキル】

 対魔力:A
 魔術への耐性。ランクAでは魔法陣及び瞬間契約を用いた大魔術すら完全に無効化
してしまい、事実上現代の魔術で傷付ける事は不可能なレベル。

騎乗:B
 騎乗の才能。大抵の乗り物なら人並み以上に乗りこなせるが、魔獣・聖獣ランクの獣は乗りこなせない。

【固有スキル】

航海の守護者:B
 船にて旅ゆく者たちへの守護をもたらす。双神の存在は、困難を乗り越える希望として周囲の人々を賦活させる。嵐の航海者に似たスキルであり、味方のステータス上昇効果を与える。

魔力放出(光/古):A
 帆船のマストで発火する怪火を「聖エルモの火」と呼ぶがこの双神は、海上にゆらめく光たる「聖エルモの火」そのものであるという。光の形態をとった魔力を放出し、戦闘力を増強する。

【宝具】

『???』
ランク:B 


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第3話「Rage of Dust」①

セレニウム・シルバの戦いもいよいよ佳境へ


――セプテム国・『セレニウム・シルバ』・イチカラ―城正門前――

 トロイア戦争を描いた一大叙事詩、ホメロスの描いたギリシャ文学の最高傑作とも語られる『イリアス』、それはギリシャ神話におけるヘラクレスと並ぶ大英雄アキレウスの八面六臂の活躍を描いた英雄叙事詩である。

 

 イリアスの物語の中で、アキレウスは様々な英雄と出会い、死闘を繰り広げ、そして最後は戦いの中で命を落としていく。

 

 彼にとっての宿敵とも呼べる相手であったトロイア軍の守護神ヘクトール

 

 アキレウスのかかとを撃ち抜き、致命傷を与えたパリス

 

 女の身でありながら、アキレウスと死闘を繰り広げたペンテシレイア

 

 その他にもさまざまな英雄たちが時にアキレウスと争い、時にアキレウスと肩を並べて戦いあっていた。では、そんなイリアスの物語の中で、絶対的英雄であった主役アキレウスをして最も熾烈な争いを繰り広げたのは誰であったのか。これまでに上げた者達であろうか。

 

 いいや、違う、その相手は決して高名な存在ではなかった。アキレウスの戦の最中で姿を現し、そしてアキレウスとの戦いの果てに命を落とし、トロイア戦争の趨勢に大きな影響を与えることも全くなかった存在である。

 

 ただ、イリアスの中に置いてアキレウスはその人物をこそ、最も苦戦した相手であると語った。河神の加護を受け、その手に握った双槍は一時は神速のアキレウスの腕を穿ち、彼の命運を断ち切る瀬戸際にまで至った。

 

 結果として敗北することとなったが、その女戦士の勇猛は高く轟き、イリアスの中にすらも、その存在は本来の女性ではなく、男性の英雄として描かれるまでに至った。

 

 その名を―――アステロパイオス、河神スカマンドロスの祝福を受けたパイオニア軍最強の将、アキレウスに勝るとも劣らないほどの神速を以て、かの英雄を一時とはいえ、進軍させずに打ち止めさせたほどの実力者。

 

 そして今、タズミ・イチカラーという己のマスターを失い、新たに契約を果たした遠坂桜子の下に、彼女は崩壊した城の中を縦横無尽に動き回りながら、敵方である馬上にて槍を振うランサーと激突を続けている。

 

 これまでの劣勢が嘘であるかのように、彼女は動き回り、その姿はさながらピンボールのようである。脚を止めることなく攻撃が当たるほどの隙など一切見せない、止まることなくまるでその足は空中に足場があるように四方八方からランサーへとその槍を振っていくのだ。

 

「これは見誤っていたと言わざるを得ないかもしれないか。最初から、君にとっては主を守らなければならないと言う状況こそが握手であったと言うわけだ」

 

「命令をされればそれを実行する。サーヴァントと言う立場である以上、そこに不満を持つ気は全くありませんよ。ただ、私にとっては何も考えずに自由に動き回ることができる方が都合がいいと言うことだけ。もとより、拠点防衛などと言う目的での戦いをしてきたわけではありませんから」

 

 先ほどまでの正門前の戦いとは様相が大きく異なってきている。ここまで正門前にてただ、佇んでいるだけでもこの場に圧倒的な威圧感を放っていたランサー、まさしく人馬一体とばかりに並み居る敵たちを迎撃してきていたが、今では防戦に回らざるを得なくなっている。

 

 ランサーが愛馬と共に攻撃に転じるにしても、アステロパイオスの動きが速すぎて、ランサーの攻撃では捉えきれないのだ。防戦であれば、自分に触れる攻撃、リゼへと向かってくる攻撃だけを捌くと言うのであれば、それは難しいことではない。

 

 彼が先に口にしたように馬上戦闘に置いてランサーは、かの侵略王にも引けを取らない。遊牧民族の長であり、絶対的な戦術を持つ王に対して、己が劣ることはないと自信を以て言えるほどの絶大な自負を持っている。

 

 故にこれもまた千日手ではある。アステロパイオスの攻撃は徹底的にランサーを抑え込むことが出来ているが、それだけでは防衛に回っているランサーに決定打を与えることができない。

 

 ただ、それはあくまでもランサー同士の戦いだけに主眼を置いた場合の話しである。この正門における闘いの趨勢は二人のサーヴァントではなく、飛び込んできた敵手たちとの戦いへとシフトしていた。

 

「魔術師、殺す!」

「我らの敵を滅するべし!!」

 

 うわごとのように相手を破壊することだけを呟きながら、年齢層もバラバラであれば、男女混合のおよそ、正規の兵士集団であるとは思えない者たちが次々と襲い掛かってくる。彼らの放つ攻撃、迂闊に防衛の魔術を使えば、その魔術自体を切り崩され、たちまち目論見が崩れ去っていくことになるだろう。

 

 かつて秋津市で行われた二回の聖杯戦争、その最中で活躍した七星の血族が振う、魔術師殺しの刃こそが、彼ら彼女らの本質と似通っている。

 

 すなわち―――人造七星、星灰狼が組織したいずれ世界を席巻するために世界中から集められ、人体改造によって、後天的に七星の血を与えられ、七星の血によって目の前の敵を滅ぼす事だけを考えている人体兵器に他ならない。

 

 このイチカラ―城での戦いは、どうあれ、七星側の勝利で終わった。七星側としてはこれ以上の深追いをすることなく撤退を果たせばそれで終わりな訳だが、その撤退にも意味を乗せようと、彼らは実戦投入が初めてである人造七星の性能テストとばかりに彼らを解放したのだ。

 

 その数、五十はくだらない、しかし、彼らからすれば捨て駒程度の扱いでしかないのは事実だ。最悪、この場で全滅したとしても、次の人造七星のデータにフィードバックするだけなのだから、まったく気にする必要はない。

 

 しかし、その理屈はあくまでも襲う側の理屈だ、襲われる側としては、たまったものではない。如何に後天的に力を与えられたとしても、身体の中に宿っている七星の因子自体は本物なのだ、戦闘力として決して舐められる相手ではなく、半壊した戦力でそれを受け流すことができる等、容易ならざることである。

 

 ………、そう先ほどまでの状況であれば。

 

「まさか10年が経過して、お前に背中を預けて、七星と対峙する。こんな経験をすることになるなんて、これだから人生は面白いな」

 

「その何でも受け入れる姿勢、まったく変わっていないのも凄いと思うけれどね。私が主攻、ロイは私の援護とみんなの守護、まるっと任せてしまってもイイ?」

 

「構わない、それほどに信頼してくれているのなら、10年間、遊んでいただけではないと言う所を見せるとしよう」

 

「頼んだわ、期待しているから」

 

 互いに向ける軽口は10年も顔を合わせていない間柄であるとは到底思えない。時間だけは誰にとっても残酷に過ぎていくが、少なくとも遠坂桜子とロイ・エーデルフェルトにとっては、この場の戦いは秋津市の聖杯戦争の延長線の先にあるのだろう。

 

 言葉を交わし、約定を手に入れた以上、後は突破をするだけであるとばかりに、桜子は懐から幾つかの護符を手に取ると、それを横に投げ放ち、その護符に桜子の魔力が付与される。

 瞬間、それらの護符は力を与えられたことによって、式神のように桜子と全く同じ姿となり、全員が一斉に刀の構えを取る。

 

「七星流剣術が崩し、奥義が一つ―――乱れ百花繚乱!!」

 

 その一閃、ではなく無数の剣閃が辺り一帯に同時に展開していく。桜子が放つことのできる、七星流剣術、七星真一郎と櫻一郎によって鍛え直された剣技の一つ一つが式神たちを介することによって全て同時に放たれると言う絶技が、ただ相手を潰す事だけを考えて飛び込んでくる人造七星たちへと突き刺さる。

 

 最初に飛び込んできた十五の兵士たちはなすすべもなく桜子に斬り捨てられて、その役目を終えた。いまだに来る人造七星の軍団は途絶えないが、初手の奇襲を逆に切り返したことによって、桜子たち側が迎撃をするための隙間を生み出すことが出来た。

 

「ま、なんだ、拾う事が出来るかもしれない命もあるってことだ、暴れ足りないだろう」

「そうだね、敵討ちなんて私らしくないのは百も承知のことだけど、このまま泣き寝入りなんてできないもの。せいぜい、悪あがきってのをさせてもらうよ」

 

 桜子の攻撃に呼応するようにして、二つの影が人造七星目掛けて躍り出る。一つは流体金属によって攻防一体の対応を可能にしたアーク・ザ・フルドライヴ。彼の身体を守る流体金属のごときその魔術を切り裂かんと七星の刃が放たれるが、それが通用するはずもないとばかりに受け止められ、逆に小手のように腕に装着された状態での拳が敵手の意識を確実に掠め取っていく。

 

「見えるよ、アンタたちの色。自分で考えているわけじゃない、動かされているだけ。だったら、アンタらは所詮、人形でしかないってことだ!」

 

 そしてもう一つの影はルシア・メルクーア、先ほどまでバーサーカーを運用するためにあえて戦線に入ることがなかった彼女は腰に提げた二挺拳銃を取り出すと人造七星たちの群れの中に敢えて飛び込み、その拳銃を武器として彼らの群れに割って入る。

 

 七星の魔術が通用するのはあくまでも展開する魔術に対して、ルシアの両腕に握る拳銃はどちらも魔術的な加護自体は与えられているものの、通常の武器であることに変わりはなく、それらをまるで刀や他の近接武器を握って使うかのように拳銃自体で攻撃を、時には受け止め、時には相手に直接打撃を与えるために使い、そして、通常の使用用途として弾丸を撃ち抜いていく。

 

 無論、桜子やアークのように圧倒的多数を一気に殲滅することができるわけではないが、彼女には彼女だけが持ち得る特殊な相手に対する先読みがある。

 

(いかに操られているとしても、色が全く見えないわけじゃないのなら、ほんのわずかな色彩の動きであっても対応することはできるはずだよ……!)

 

 さながら演武を踊るかのように二挺拳銃から放たれる弾丸と硝煙のベールにその身を委ねながら、ルシアも人造七星たちの軍団を相手に一歩も引かない。

 

 もっとも、多勢に無勢の状況を突破することはできない。人造七星たちが魔力を斬るという利点を活用できなかったとしても、なお、彼らは後天的な戦闘力を与えられた存在だ。

 

「くっ――――」

「シスターッ!!」

 

 元から命などこの先に必要ないとばかりに彼らは、死ぬことを前提にして飛び込んでくる。容赦なく彼らを引き離すために銃弾を放つが、その銃弾が当たっても尚止まらずに彼らはルシアの身体に触れ、その動きを塞がんとし、それに呼応するように背後から、新たなる敵がその手に握った槍を、覆いかぶさった相手ごとルシアへと放つ。

 

 ザクリと肉を割き、貫通する音が木霊する。その音に比例した光景はルシアの身体を穿つ光景であり、他の人造七星の魔術師が魔術を行使する。

 

 すると、覆いかぶさっていた犠牲ありきの男の身体が爆散し、ルシアは至近距離でその爆発に巻き込まれる。魔術を放った男はすぐさま、アークによって殴り飛ばされ意識を失うが、爆発を引き起こしたと言う事実が消えるわけではない。

 

 ルシア・メルクーアは通常の人間である、あれほどの至近距離で爆発に巻き込まれてしまえば―――

 

「あたた、クッソ、ドジを踏んだ。こいつら色が見えないから見境なしか。能力に頼り切っているとこういう時に判断に迷ってしまうんだよね」

「無事、なのか……」

 

「いや、普通は死んでるでしょ。私だって、普通に死んだと思ったよ。ただ、爆発して身体が吹き飛んだと思った瞬間に、この黄金の指輪が光ったんだ。気付いたら、吹き飛んだと思っていた身体が瞬間的に元通り、もしかしたら……ファヴニールの置き土産、貰っちゃったかもね」

 

 あっけらかんと言い放つルシアだったが、起こった事実はそのような楽観的に語れるような状況を逸脱している。彼女自身が認識していることが正しいのならば、彼女は一度身体を吹き飛ばされ、その上で身体を再生したと言う事態が引き起こされたことに他ならない。

 

「悪竜ファヴニールの血を受けた人間は死を超越する。英雄ジークフリートはその血を背中以外に浴びたことで背中が逆説的に弱点になったわけだけど、私も案外同じようになっちゃったのかもね」

「随分と楽観的だな」

 

「楽観的じゃないさ、ただ、目にモノ見せるくらいのカードは手に入れたって感じ!」

 

 二人の会話など知ったことかと、飛び込んでくる新たな敵手に対して弾倉に銃弾を籠めると、自分の変容などまるでなかったように銃弾を放っていく。

 

「はっ、心配はどうやら野暮って訳だ。だったら、気にしないさ、頼れる戦友として扱わせてもらうぜ、ルシア!」

「いいね、そういうさっぱりとした感じは好きだよ、アーク」

 

「俺も負けてはいられないな」

 

 桜子、ルシア、アークの戦闘をつぶさに観察しながら、ロイは自分に対して一層の殺意を向けて迫ってくる人造七星たちをいなしていく。明らかに他の人間たちに対して向けていく感情と自分に向けてくる感情に差異がある。

 

 ロイへと迫ってくる彼らは、まるで自分の家族を奪われたかのような狂乱振りであり、精細さにかけるものの、数の暴力という形を以て、その補てんを行っている状況だった。

 

「キャスターの配下たちを思い出すな。彼らにも随分と憎まれたものだが、生憎とその手の戦いには慣れている」

 

 ロイが脚で床をドンと叩き付けると足元から生成された魔力が間欠泉のように吹き上がり、光のカーテンを形成するかのように、自分に群がってくる人造七星の集団を一網打尽にしていく。

 

「お前たち七星は魔力や魔術と言ったものを断ち切り、魔術師を相手に絶対的な優位に立つことができる。それは事実だ、しかし、魔力を無効化することができるわけじゃない。断ち切ることしかできない。これは同じように見えて大きく違う。

 悪いな、お前たちが数で俺を覆うよりも、俺はずっと七星との戦いに慣れているよ」

 

 一網打尽にされた有象無象に自分の実力を誇示するように告げた言葉こそがこの戦場における絶対的な真実である。

 

 ロイ・エーデルフェルトと言う圧倒的な戦力は七星を倒すために研鑽を積み、この10年間の流浪の旅で困難に立ち向かい続けてきた。数によって潰されかけたことなど枚挙に暇がない。

 

「ほう、あれがお前の宿敵か。確かに人間離れしておる。天然の怪物か」

「故にこそ凌駕する必要がある。己の知識と技術はこの世界が生み出した怪物すらも凌駕すると、証明せねば七星は最強であると自負できまい」

 

 自分たちの手駒を次々と倒されているにもかかわらず、カシム・ナジェムとキャスターはロイの脅威的な戦闘力にこそ注目していた。ここまで万事、何事にも興味を示すことがなかったカシムが、ロイの戦いにだけは目を離せないとばかりに、観察を続ける。

 

 待ち望んでいた相手の到来、自分が打倒をするべき魔術師として最強の一角である男、以前の聖杯戦争の勝者。その力を、その強さを記憶と心に刻み付けていく。

 

「全身機械に置き換えた貴様であっても、心が躍ると言う感覚はあるのか?」

 

「でなくば、非効率的な1人を狙うなどと言うことはしない。これは己に残された最後の人間性であり、それを昇華させることによって、我が七星は絶対最強の領域へと辿り着く。それで、勝てるか、セイバーに?」

 

「………誰にものを語っておる。妾は戦いなど好まんだけだと言うておろう」

 

 キャスターとカシムは戦場の真っただ中にありながらも、あえて手を出すようなことはしない。最初から彼らはここに戦いに来たわけではない。目的の相手を見据えるためにこそ来ているのだから野蛮な戦いをする必要などない。

 

 最強の七星を至高の領域とするカシムにとって、魔術師における最強の象徴ともいえる相手はいずれ乗り越えなければならない相手であるのだから。

 

「だが、存外に粘るな。やはりロイ・エーデルフェルトだけではない、七星の傍流、七星桜子、あの女もまた七星に連なるに相応しきものであるか」

 

 ルシアやアーク、そしてロイが八面六臂の活躍で人造七星たちを迎撃する最中で、桜子とアステロパイオスはあえて、人造七星との戦いに参加することはなかった。それは相手を怖れての事でも、相手を倒すことを怖れたからでもない。

 

 この場において自分たちがやるべきことは人造七星を倒す事には非ずと互いが理解していたからに他ならない。

 

「ランサー、即興だけど行くよ!」

「ええ、マスター!!」

 

 桜子が再び護符を手に取り、それを空中へと投げ放つ。投げ放ったその護符たちは空中でアステロパイオスの軌道を確保するための足場へと転じる。

 いかに彼女が神速の動きを誇り、ここまでランサーを防戦一方にしているとはいえ、空中で急な方向転換を行いながら自由自在に闘えるわけではない。

 

 足場が生まれれば、それだけ次の一撃を放つための戦略の幅が広がる。それはそのまま、次がランサー同士の戦いにおける決着に近い激突が起こることを意味していた。

 

「七星流剣術玖ノ型―――『散桜』!!」

 

 空中からはアステロパイオスの双槍が、そして前方からは遠坂桜子の七星流剣術によって彼女の背後に無数の斬撃が生じ、それらがまるで花が散って行くようにランサーとリゼへと襲い掛かる。

 

 此処で勝負を決める、桜子もアステロパイオスも言葉一つなく、繋がった魔力のパスを通して意思を理解しあって、攻撃へと突入する。

 

 故にここで、危機へと追い込まれたのは言うまでもなくリゼとランサーである。これまでアステロパイオスの攻撃だけであるからこそ受け止められていた。そこに桜子の攻撃までも入るのだとすれば―――

 

「星脈拝領―――憑血接続開始、ここに七星の血を解放する!」

「――――――ッ」

 

 瞬間、起こった出来事をその場で戦いあっている者たちのどれだけが理解できただろうか。ランサーは二人の攻撃を受け止めて見せた。

 

 無論、桜子の放った流星のような魔術斬撃の総てを見切ることが出来たわけではないが、それらが致命傷に至ることもなく、そしてアステロパイオスの上段から振うと見せかけての側面からの攻撃にも槍をふるって受け止めて見せた。

 

 その同時対応、どちらかだけに集中するような戦い方であれば絶対に対応できなかったはずのそれに、何故、ランサーが対応できたのか。

 

「それが、貴女の魔術……」

 

「私は感覚を共有することに特化した七星、例え、ランサーの思考力が追い付かなかったとしても、私と言う存在を通して処理した情報を共有することで、その視野は一気に広がり、思考力は格段に跳ね上がる。ランサーの技量をもってすれば、思考処理さえできれば対応できると考えたに過ぎないわ」

 

 ランサー自身が迎撃することができると言う前提に立ったうえで、英霊としても如何ともしがたい思考の間隙を塗った。

 

 実行したこととすればたったそれだけである。しかし、そのたったそれだけを完璧な形で実践することが土壇場でどれだけに人間に出来ると言うのか。

 

 リーゼリット・N・エトワール、たった一人だけでは七人の七星の中で最弱かもしれない彼女は、誰かと共に戦うことによって相手を、そして己を際限なく高めることができる。

 

 もっとも、ここで論じるべきは単純に攻撃を受け止められたと言うことではないだろう。千載一遇の機会を逃してしまったことによって発生するリスクはチャンスが奪われてしまったことそのものなのだから。

 

 桜子もアステロパイオスもなおも追撃を図らんとするが、そこに来る二つの殺気を前にして、二人は迫る新たな反応に対する迎撃へと身体を動かす。

 

「あら、リゼ様に集中しておられると思っていたのですが、やはり英雄ともなると、何処にでも反応が出来てしまうのですね」

「無事か、ランサー、リゼ!」

 

「ヨハン君、散華さん……!」

 

 まさしく扈風のようにこの戦場へと飛び込んできたヨハンと散華はそのまま桜子とアステロパイオス目掛けて攻撃を繰り出し、リゼとランサーの周囲を固めるように降り立つ。

 

「ヨハン君、タズミ卿は?」

 

「雇っていた傭兵ごと首を斬り飛ばしてやった。だから、正直意味が分からない。なんで、ランサーがそんなに元気に動いていられるんだ。マスターを失った以上、その様子は不自然が過ぎるだろう」

 

「……そう、我が主の命を奪ったのは貴方だったか」

 

 アステロパイオスとヨハンの視線が絡まり合う。互いに睨みつける視線からだけでも、互いが実力者であることははっきりと示された。

 

「敵討ちでもするか? そもそも、僕をあそこまで自由にさせたのはアンタたちが立てていた対策が温かったからだけどな。七星を相手に楽に勝てるなんて思っていたこと自体が誤りだ」

 

「そうですね、それを言われるとこちらとしても何も言えなくなる。ただ、だからといって、称賛をするわけにもいかないでしょう。私は桜子と再契約して、己の恥を注ぐ機会を与えられた。ならば、タズミ・イチカラーが叶えることが出来なかった貴方たちの撃破を願うことは、そうおかしなことではないでしょう」

 

「確かに、そうだ。だけど、こちらももはやここには大した用はない」

 

「ふふ、ここで全てに決着をつけることもできるでしょうけれど、それではあまりにも風情がないと言うもの。ジリジリとまるで真綿が首を絞める様に、少しずつ貴方たちを削っていくことで我々は確実な勝利を手にすることが出来るでしょうから」

 

「貴女……」

 

「七星散華と申します、七星宗家のモノです、お噂はかねがね聞いておりますよ、桜子さん。此度はお手合わせをすることが出来ずに残念ですが、あなたほどの使い手であれば、もう一度お会いするまでに命を落とすことはないと信じております」

 

 ニコリと、告げる言葉の一つ一つに殺気を滲ませていると言うのに不自然に思えるほど散華はにこやかな笑みを崩すことがない。

 

「だから、次に会う時は是非とも殺しあいましょう。七星らしく」

「そんなのお断りよ、今の私は遠坂桜子ですもの」

 

 笑って殺し合いをしようと言う反応、あきらかに常軌を逸したその態度は暗殺一族である七星宗家の生まれと言われても何ら不思議に思うことはない。

 

 桜子自身も神祇省の中で七星宗家の噂自体は耳にしている。かつての権勢は失われ、いまや暗殺一族としての成りたちだけを頑なに守り続けている者たち、血にまみれ、その血を次代へと残し、技術を継承していくための家、それこそが七星宗家であり、自分の母はそうした七星の在り方を拒んでいた。

 

 七星ではなく、自分の生き方で幸福を模索していくことを信条としている桜子にとって、散華という存在はこの聖杯戦争の中で間違いなく見逃すことができる相手ではないのだろう。

 

「楽しみです、桜子さん。私の七星と貴方の七星、どちらが殺人剣技として上であるのか、今日は貴女の剣が以前の聖杯戦争から錆びついていないことが良く分かりましたから、次に見えるときには是非とも肌で感じさせてくださいね♪」

 

「…………」

 

 ニコニコと桜子を称賛し、同時に必ず殺すと言う真逆の反応は周囲から見ても、理解できるものではなく末恐ろしさすらも感じさせる。

 

 それでいて、吐きだす言葉には理性が宿っているのだ。七星散華、七星宗家より送られてきたこの少女は、七星側陣営にとってすらも理解が及ぶのかすらも怪しい劇薬であるのかもしれない。

 

「ヨハンも戻ってきました。此処は退きましょう。ランサー、君との決着はこれより先の聖杯戦争でつけるとしよう。今日は互いに、互いに武技を見せ合ったうえで、生き残ることが出来たことを喜ぼうじゃないか。何せ、互いにまだ宝具も抜きあっていない。これで終わってしまっては些か残念と言うものだろう」

 

「ええ、ランサー、次は必ず、その馬上から地上へと引きずりおろして見せましょう」

 

「期待しておこう。最も、その期待が事実になることはないが」

 

 互いの健闘を称え、そして次は必ずお前たちを倒すと告げあった二人のランサーによる言葉の応酬が終わりを迎えると、ランサーは手綱を引き、凱旋でもするかのようにこの場から去っていく。

 

 同時にリゼ、ヨハン、散華の三人のマスターも一斉にイチカラ―城より撤退を果たしていく。城が崩壊する要因を生み出したのは桜子とロイではあるものの、それほどの惨状を生み出す原因を作ったのは七星と呼ばれる特級戦力の彼らである。

 

 七星――――魔術師狩りを主とする暗殺集団に端を発した魔術師としての特級戦力、それが七人、敵対するマスターたちの全員が七星の血を有すると言う事実、タズミ側に集められた者たちの認識など軽々と凌駕していく力のデモンストレーションであったかのように去っていく。

 

「ちっ、連中、このまま、優雅に去っていくつもりか」

「とはいっても、こっちだって、まだ増援が来ている。あいつらがいなくなってくれるんだったら、それに越したことはないってのが本音でしょ」

 

 人造七星の軍団はルシアやアークの活躍もあって、大きくその数を減らしているが、それでも総てを倒しきれたわけではなく、少数ではあるが、いまだに足止めの役目を担うようにその数を増やしている。

 

 この先を生き残ると言う目的そのものがないような彼らの突貫は、自分の防御と言うものを忘れているだけに致命傷だけを狙って迫ってくる。本丸が撤退したからと言って気を抜けば、半ば不死の状態であるルシアや絶対的防御を持ち合わせているアークと言えども、何をされるのか分かったものではない。

 

とはいえ、このまま終わらせるわけにもいかないのは事実である。

 

「桜子、追えッ!」

「朔ちゃん……!」

 

「連中が襲ってきたのは三人やない、四人や! バーサーカーのマスターが姿を消しとる。連中は襲ってこないかもしれへんけど、1人がここらに潜んでおるんやとしたら、おいおち休んでもおられん。わかっとるやろ、一人なら、お前の方が上や!」

 

「――――了解」

 

 朔姫の言葉は言葉通りの意味を必ずしも持っているわけではない。桜子が単独で散華たちの後を追えば敗北することは間違いない。むしろ、本命は途中で姿を消したヴィンセントの方である。彼の居場所を見つけ、あわよくばそのまま闇討ちを以て脱落させる。

 

 奇襲には奇襲を、やられたのならばやり返せを地で行くように指示を下す朔姫だが、勿論、桜子と言う信頼できる戦力がいればこそ指示できることである。もしも、ヴィンセントとバーサーカーと戦闘になったとしても、彼女とランサーであれば切りぬけることができるであろうと考えている。

 

「であれば、俺とセイバーも」

 

「アホか、ロイ・エーデルフェルト、あんたはウチらと一緒に留守番や。お前はどうあってもパワーバランスを変える。あんたがこっち側にいるから、敵さん連中も退く気になったんやろうが。お前がいなくなったら、連中が引き返してくるかもしれん。待機や、待機!」

 

「そこまでじゃないだろう……」

 

「そこまでや! ボケるならボケるって言うてからにせえや!」

 

 朔姫の強硬な態度に桜子と共に追撃に入ろうとしたロイは足を止められてしまう。もっとも、桜子としても朔姫の判断が間違っているようには思えない。

 

 先ほどの戦いでも撤退を判断した理由としての大きな点はやはり自分よりもロイであることは間違いない。それほどまでにロイ・エーデルフェルトという魔術師が警戒されているのだろう。

 

 そこに嫉妬のような感情は湧かない。この中の誰よりもロイ・エーデルフェルトの圧倒的な強さを桜子は知っているのだから。

 

「朔ちゃん、深追いはしないようにする。行こう、ランサー」

「承知しました、マスター」

 

 桜子とランサーがセレニウム・シルバの森の中へと入っていく。ヴィンセントとバーサーカーが何処に向かったのかを完全に把握しているわけではないが、朔姫があのように言う以上、何らかの痕跡があることは間違いないだろう。

 

(七星の魔術師……、私と同じ魔術師たち、一筋縄ではいかないだろうね……)

 

 先ほどまで戦っていたリゼや散華のことを思い出せば、それは間違いないことだと思える。気を引き締めなければ本当にミイラ取りがミイラになってしまう。

 

 集中力を保ちながら、桜子は森の中を霊体化したランサーと共に駆け抜けていく。

 

 そして、そんな桜子たちが向かっていく森の先、そこに彼らはいた。一足早く城より撤退し、傍観に徹しようとしたヴィンセントの前に立ちはだかった黒づくめの身体全体がすっぽりと入るようなコートと黒づくめの服を着こんだ少年程度の身長の男が立っていたのだ。

 

「何者だ、お前。タズミ卿の追手か? それにしちゃあ随分と貧相に見えるけどな」

「――――もう忘れたのか。あれだけのことをしておいて」

 

「あん?」

 

 その少年の口ぶりは明らかにヴィンセントを知っているものの口ぶりだった。はてさて、もしかしたら、どこかで依頼されて殺した相手の親族であっただろうか。あるいは邪魔だからと潰した同業者に拾われていた鉄砲玉か。

 

 どちらにしても、ヴィンセントには身に覚えがなかった。

 

「悪いな、少年。地獄に落ちる理由なんていくらでも積み重ねて来たんでな。怨みの一つや二つは本気で覚えていないんだ。よければ、俺がお前に何かをしたのか教えてくれないか? 恨まれているのに、何に対してなのかわからないんじゃ、お前も腹の虫がおさまらないだろう?」

 

 ヴィンセントの言葉に、少年は歯ぎしりをした。それは歯が砕けてしまうのではないかと思えるほどに凄絶に、今にも噛み殺しに飛び込んできてしまいそうなほどで、そんな憎悪を見慣れているヴィンセントには何ら驚くことはなかった。

 

「覚えていないのか、みんなを、ターニャを……、村を焼き尽くしたことを!!」

「ターニャ……、村……、ああ、そうか、おまえだったか……!」

 

 それらの言葉を聞くことでようやくヴィンセントは目の前の少年を、レイジ・オブ・ダストの存在を認識した。懐かしい感覚を思い出し、自分の中の滑稽な記憶の中にいる少年に対して笑う。

 

「それで、何をしに来た?」

「七星を――――潰しに来た!!」

 

 レイジの横に立つのはアヴェンジャー、世界を駆け抜けた騎馬の王である男は、その両足で大地を踏みしめながらも威圧感だけは何ら衰えることがない。

 

「くく、やっぱりお前は大層な悪人だよ、灰狼。だが、お前の思惑に乗るつもりはない。俺はまだこの世を謳歌しきれていない。来いよ、ガキ。与えてやった力を仇で返してきやがって、今度こそは殺してやるよ」

 

「いいや、死ぬのはお前だ、あの時の俺と同じだとは思うな」

 

 そう、彼は誓ったのだ。あの日のような無力な自分でいることはもはやないと。今の彼に宿っているのは何処までも何処までも消えることのない復讐の炎であるのだから。

 




【CLASS】ランサー

【マスター】遠坂桜子

【真名】アステロパイオス

【性別】女性

【身長・体重】168cm/58kg

【属性】秩序・善

【ステータス】

 筋力C+ 耐久B 敏捷A

 魔力D 幸運B 宝具A+

【クラス別スキル】

 対魔力:C
 魔術に対する抵抗力。Cランクでは、魔術詠唱が二節以下のものを無効化する。大魔術・儀礼呪法など、大掛かりな魔術は防げない。

【固有スキル】

心眼(偽):A
 直感・第六感による危険回避。虫の知らせとも言われる、天性の才能による危険予知。視覚妨害による補正への耐性も併せ持つ。

河神からの恩寵:A
 河神スカマンドロスからの恩寵。勇猛スキル、直感スキルを付与され、戦場にて行うあらゆる行動に有利な判定を受けることができる。

神性:C
その体に神霊適性を持つかどうか、神性属性があるかないかの判定。ランクが高いほど、より物質的な神霊との混血とされる。より肉体的な忍耐力も強くなる。アステロパイオスは河神アクシオスとアケッサメノスの娘ペリボイアの子のペラゴーンの子である。

【宝具】

『???』
ランク:A 対人宝具

『???』
ランク:B 対軍宝具 


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第3話「Rage of Dust」②

――セプテム・『セレニウム・シルバ』――

 ――覚えているのは火の景色、何もかもが燃え盛り、何もかもが消えていく破滅の記憶。 

 

 ――覚えているのは故郷の景色、炎に包まれる前に確かにあった懐かしい故郷の記憶。

 

 ああ、決して脳裏から消え去ることがない凄絶なる記憶、どこまでも燃え広がるかつての故郷に咽び泣く。

 

 無力を感じ、多くを奪われ、何一つできずに、逃げることすらも満足に許されずに終わりを迎えてしまった自分の姿をどうして忘れることができるだろうか。

 

 忘れられるはずもない、忘れていいはずがない。忘れてはいけない理由がある。

 

 問おう―――進む先に待っているのが地獄であったとしても、先へと進むことだけが立ち上がるための活力になるのだとすれば。膝を折らぬ限り、何度でも己の身体を突き動かす原動力へと変えることができると言うのならば。

 

 それが、復讐や殺戮と言う愚かしいほどの間違いの先にしか、見出すことができないモノは一体どうすればいいのだろうか。

 

 願いを叶えるために、笑顔へ辿り着くためには何があろうとも殺さねばならない奴がいる。そいつの願いを踏みにじり、噛み砕き、完膚なきまでに叩き潰さねばならない相手がいるとして……、そんな願いに端を発した行為に手を染めた者は、果たして幸福になれるのだろうか?

 

 一度でも何かを失った者は、涙を呑んで総てを忘れるしかないのか?

 

 故郷を、家族を、あの幸福を……笑顔に溢れていた日々を。残らず闇に葬り去られた不条理を、寛大な心を以て、俺は許さなければならないのか?

 

 お前は正しい、賢いのだと称賛されて。これで良かったなどと慰めるなどと、そんなこと―――ふざけるな、認められるか。そんなお題目は糞喰らえだ。

 

 だからこそ、見つけなければならないだろう。地獄の先に花を咲かせることができる方法を。闇の果てへと踏み入りながら、それでも再び追い求めた陽だまりへと辿り着ける道筋を。

 

 目の前に立っている男の顔を忘れたことなど一度たりともない。あの日に俺達の村を襲撃した男、俺達から故郷を、家族を、幸福を全てを奪い、今もなお、そんな些末事は忘れてしまったと笑って答えるこの男をどうして許しておくことができると言うのか。

 

「ガキ、お前の名前は?」

 

「名前は捨てた。今の俺は、レイジ・オブ・ダスト、お前たち七星を滅ぼす、星屑の怒りだ!!」

 

「笑わせるねぇ、星屑の怒り? 七つの星から零れ落ちた屑星が、どうやって俺達以上に輝くっていうんだ。お前に出来ることはあの日のように吠え面かいて、地べたに這いつくばることだけじゃないのか?」

 

「あの日の俺と同じなのかどうかは、今からじっくり試してみればいい。対価は……お前の命で十分だ!」

 

「お前に出来るのか、俺を、ヴィンセント・N・ステッラを、お前のようなガキが、喰らうと、やってみせろよ、なぁ、バーサーカー!!」

 

「我―――粉砕せん!!」

 

 それまで動きを止めていたヴィンセントの隣に立っていた巨躯が、ようやく出番を与えられたとばかりに雄たけびを上げて、宙へと飛び上がる。

 

巨体に似合わずに俊敏な動きをするそれは、俺が背中から剣を抜き去る機先を制しようと、戦略など一切なさげに見える突貫を以て飛び込んでくる。

 

「レイジ、お前はお前の復讐を果たせ。英霊の相手をするは英霊に任せておけ」

 

「信じていいな」

「それが我らの役割である限り……!」

 

 短い言葉で互いの同意を受け取る。アヴェンジャー、ティムールはバーサーカーの相手をすることを引き受けると、その手に握った戟を以て、大地を砕くのかとばかりに叩き付けられるこん棒と激突した。

 

『むっ、こやつは……』

「知り合いか?」

 

『いや、知らんな。知らんが、知ってはいる』

『理解不能なことを言わないでくれ。こんな野蛮な争いに巻き込まれているだけでも辟易しそうなんだ』

 

「勝手にしゃべるのは結構だが、戦の邪魔はするな。我が潰れれば貴様らも道連れだ」

「貴様、強者。我、ヘラクレスが討つに相応しき強者、滾り、渇望、破壊する!!」

 

 己の最初の一撃を受け止めたことに喜びを覚えたのか、バーサーカーはアヴェンジャー目掛けて次々と棍棒による殴打を繰り返していく。それは単純な攻撃に過ぎない。

 

 兵士たちを率いて、騎馬を駆けて、大陸の戦を続けてきたティムールからすれば、あまりにも原始的な殴るだけの初歩的な暴力衝動。人間だけが持ち得る技術や武術といったものを完全に無視したプリミティブな本能任せの戦い方と言っても過言ではない。

 

 しかし、こと人間同士の戦い、特に白兵戦において、絶対的な法則が存在する。それは、基本的な体格差、大きく、太いものこそが相手を凌駕する。単純な力量差をも覆すほどに身体的な特徴というものは、暴力によって相手を制する戦場において意味を成す。

 

 ティムール自身もその身長や体格は、通常の成人男性と比べても遥かに大きいが、目の前のバーサーカーの背丈はそれをも遥かに凌駕する。筋肉量という面においてもめざましく、まさしく戦闘者として生きていることこそが正しいと言わんばかりの様子である。

 

 それがいまや狂戦士として、見境なく攻撃をしてくると言う事実、それは圧倒的なまでの破壊力へと結びつくことに疑問を呈する者はいないだろう。

 

『ふん、力任せで戦い方の良さも何も評価できん存在ではあるが、であればこそ恐ろしいか』

 

『さっき、こいつは自分のことをヘラクレスって口にしたけれど、それが真名?』

 

『さて、ギリシャの大英雄ヘラクレス。そやつが実はこのような脳みそまで筋肉に侵されているような奴であったとすれば、少しばかり残念ではあるがな』

 

「ヘラクレスは、絶対ッッ!!」

 

 狂っていてもこちらの口にする言葉をある程度は理解しているのか、癇癪を引き起こしたかのように、バーサーカーはさらに殴打を連続させていく。圧倒的な破壊力のある一撃を、自身の肉体一つで何度も何度も攻撃に転用させていく姿に、アヴェンジャーは己の得物を使って防御を続けていくほかない。

 

 暴乱の嵐がいつ収まるともわからない中で迂闊な攻撃をすれば、この英霊は自ら攻撃を受けた上でアヴェンジャーを潰しにかかるだろう。

 

「単純な身体能力1つでここまでの脅威になることができるか、このような者たちがまだ6体もいる。安い復讐ではないな」

『望むところであろう、安い復讐になど付き合う道理もなし』

 

「それもそうか……!」

 

 がむしゃらに振われていく攻撃に捌きつつも、アヴェンジャーは巧みにその場を動きつつ、バーサーカーとヴィンセントの位置を離していく。

 

此処が森の中である以上、いかにバーサーカーが令呪を使えばすぐにヴィンセントの下へと戻ることが出来たとしても、心理的なプレッシャーを与えることができる。

 

幸いなことにレイジなアヴェンジャーの戦闘など気にも留めていない。目の前の復讐対象を破壊することだけに集中しているのであれば、アヴェンジャーもレイジのことを気になど留めない。

 

 己が始めた復讐なのだ、己で決着をつけることもできないようではこの先が思いやられる。契約を果たしたとはいえ、歪な召喚のされ方をしたのも事実、であればここらで一度、レイジ・オブ・ダストという少年の真価を見届けておくことも悪くはないと、珍しく、三人の英霊の意見は一致していた。

 

「サーヴァント同士の争いではこっちに分があるな。お前の英霊、どこのどいつだ。既に14のクラスはすべて埋まっているはずだが、それともセイヴァ―のような特殊クラスか?」

 

「お前に話す道理が何処にある!」

 

「おいおい、しけたことを口にするんじゃねぇよ。少しは話を盛り上げてくれなきゃ、こっちだってやる気にならないだろうが。お前が灰狼の言う『アベル』だっていうのなら、なおさらだ。盛り上げたいのなら、相応のことをしなくちゃ盛り上がらないぞ」

 

「わけのわからないことを口にするな、俺はアベルなんて名前じゃない!」

 

 振るわれる大剣の攻撃が幾度も幾度もヴィンセントに向けて放たれていく。

対してヴィンセントは、自身の懐に忍ばせていた仕込杖でそれを受け止める。質量の差では全く釣り合ってもいないと言うのに、レイジの攻撃を受け止めるその姿は、明らかに異様であるが、レイジはそれを疑問に思うよりもなお、攻撃の手を緩めないことを選択する。

 

「これ、結構すごいだろう? 金にモノを言わせて選ばせた最高級の素材をカシムの旦那の錬金術でさらに強化させた、世界で最も硬い仕込杖だ。俺はカシムの旦那や散華ちゃんのような七星の血に選ばれたわけでもなし、ヨハンのように修業を積んでいるわけでもないからな、最低限護身が出来ればそれでいいのさ」

 

「随分と軽口だな、自分の手の内がないことをそんなに軽々しく口に出来るのは自信の表れか」

 

「そりゃそうだろう、いくらお前がアベルだろうと、素人相手に本気になっちまったら、それこそ七星の名折れだ。それとも、お前、まさか、奇襲を仕掛ければ、俺が本気でビビッて逃げ出すとでも思っていたのか?」

 

 仕込杖が動き、レイジの上体が揺れる、すぐさま剣を振わんとするが、剣が木々の間に引っかかり、さらに体制を崩すと、ヴィンセントは仕込杖を離し、目にもとまらぬ速さで忍ばせていた拳銃を手に取ると、レイジ目掛けて躊躇なく銃弾を放つ。

 

「ぐっ……」

「痛みは覚えるようだな、そりゃいい。殺しがいがある」

 

 そのまま、さらに銃弾を放ち、レイジの腕と足に多数の銃創が生まれ、出血が彼の身体を染め上げていく。

 

「がぁあがぐぅ……」

 

「ステッラファミリー頭目、ヴィンセント。俺はマフィアの頭目だ、俺のことを邪魔だと思っている人間なんて、星の数ほどいる。いつだって命を狙われているんだよ、当然、準備が出来ていなくても対応しなくちゃならん、そりゃそうだな、対応しなけりゃ俺は死んじまうんだから。

 テメェのような素人以上の奴が襲ってきことも何度もある。部下の命を捨てたこともあるし、逆に助けられたこともある。分かるか、小僧。お前ががむしゃらに俺の命を狙った所で、俺からすれば驚くべきことでもない、日常の中の出来事に過ぎないんだよ」

 

「俺にとってはおまえらと関わったことは日常なんかじゃない」

 

「運が悪いと思え。そんなこと、この世の中には幾らだってある」

「運が悪かった、だと……?」

 

 意味が分からない、理解が出来ない。この男はどうして、そのような言葉を当たり前のように口にすることができるのか。

 

 奪われれば苦しいのだ、辛いんだ、心が張り裂けそうなんだ。どうしようもなく吐きだしたいほどの辛さがあって、それを必死に心に押し留めなければいけなくて、地獄の中で生きているような気持ちなのに……

 

 それなのに、この男は……、それを当たり前のように受け入れろとそう口にするのか。

 

「お前は、悪魔だ……」

「今更だろ、俺のために何人殺してきたと思ってる」

 

 銃で撃たれ、痛みを伴っているはずの身体、血を流し、冷たくなるはずの身体に再び力が籠っていく。拳に握る力が戻ってくる。どうしようもなく、許し難い存在に、同情の余地など一遍もない悪魔を相手に、滾る心は今や最高潮へと至り始める。

 

 別に殺人が許されて良いことであるなどとは微塵にも思わない。俺がこれからする所業によって涙を流す人間がいることなんて、自分で体験したことなのだから、想像の余地は幾らでもある。それが人間として正しくないことも分かっている。

 

 だけど、それでも……、許せないだろう。故郷を焼かされて、家族を殺されて、総てを失った元凶の男がそんなものは知らない、自分は悪だとふんぞり返っている姿など、どうして許していられるんだ。

 

 大儀なんてないことは百も承知。所詮は俺の自己満足、それでも、分かる。この男だけは生かしておいてはいけない。生かしておけば、第二、第三のレイジ・オブ・ダストを生み出すことになる。

 

「うあああああああああああああああ!!」

 

 身体の怒りに呼応するように、俺が握る大剣の刀身に軋みが奔る。同時に、その連結部分が解放され、大剣の真の姿を晒し出す。

 

「なにッ――――」

「切り裂けェェェェェェ!!」

 

 世に蛇腹剣というものがある。刀身の中に細かな刻みをつけることによって、それらが連結部分から蛇の身体のように伸び、奥行きを混ぜた形で三次元的な軌道を果たす剣の事である。もっとも、理論上は使用することができると考えられていたとしても実際には夢物語であると言う風にも捉えられている。

 

 連結部分と言う箇所を一本の剣の中に造ることは明らかに構造的な欠陥を呼び起こすだけである。刀が錆びて、摩耗することによって、刀身が崩れ、凸凹になった箇所から腐敗が始まるのと同じように、一つの形を成した鋼に対して、手を加えることはそのまま剣の構造的な欠陥として生じる。

 

なおかつ、仕手としての戦い方にも大きな影響が出る。蛇腹剣が通常の剣よりも奥行、そして範囲的な広さによって敵手を破壊するための武器である以上、仕手にはその剣に付与されるだけの遠心力が負担として掛かってくる。

 

 鎖や鞭といったものを自由自在に扱うにしても、剣を扱うのとは全く別の鍛錬が必要になることは言うまでもなく、巨大な剣を縦と横に振るう膂力があるからと言って、それらの武装を自由自在に使う事が出来るのかは全くの別の話し。

 

 故に、本来であれば理屈の上でしか使いこなすことはできないと考えられている剣であり、ヴィンセントはそのような武器を使う相手のことを知らなかった。

 

対策を持ち出すよりも先に、ヴィンセントの身体に巻きつくように剣の刃が突き刺さり、肉を抉りながら、彼の身体より鮮血が空へと上がる。

 

「……っ、ぐぅ、てめぇ!!」

「舐めているからそうなる。言ったはずだぞ、今の俺はあの時の俺とは違うと」

 

 再び振るわれる俺の剣は、大きく弧を描きながら、ヴィンセントの真上より、その牙をむき出しにしていく。

当然、ヴィンセントは仕込み杖での防御を選択するが、その動きを見越していたとばかりに、剣の軌道を変え、無理矢理に真上から左に軌道が動き、左上から斜めに振り堕ちる軌道へと変わり、ヴィンセントへと襲い掛かっていく。

 

 この剣はそこらで拾った剣じゃない。俺の身体の中に刻み込まれた七星の魔力を使用することによって起動する、いわば、この蛇腹剣の状態は通常の人間がこの剣を使った所で、その形態へと変化させることはできない。

 

あくまでも七星の魔力を注ぎこむことによって変化する魔術を前提にした剣であり、奴の握っている仕込杖と恐らくは同じ材質で作られているために強度としても決して見劣りするものではない。

 

 何故、同じ材質の剣を俺が偶然持っているのか、何故、七星の魔力を前提にする武器を、七星に縁もゆかりもないはずの俺が持っているのか、それも今更な話しだろう。何であろうとも使い潰してやるとも。俺を侮ってこのようなモノを与えたことを必ず連中には後悔させる。

 

「ぎぃ……」

 

 肩を切り裂かれ、思わず仕込杖を握る腕を震わせるヴィンセントは、自分の額に汗が浮かんでいることを自覚したようだった。先ほどまでの頭上から俺を見下すような様子から、自分の命の危険が迫り始めてきていることを自覚し始めたのかもしれない。

 

 当然だ、そうでなければ困る。俺はお前を殺しに来たのだ。あの日の罪を清算させるために来たのだから。お前からすれば日常茶飯事の悪事の一つに過ぎなかったとしても、俺達は人生を歪められた。未来を夢見ていたであろう仲間を失った、俺たちの成長を楽しみに、日々を生きていた故郷の大人たちの嗚咽の声はいまでも耳から離れない。

 

 何よりも、ああ、そうだ。お前が俺達に追いついた時に、ターニャをお前に奪れたあの瞬間に感じた屈辱を、二度も覚えるわけにはいかないだろう。

 

 身を引き裂かれるような苦痛は一度で十分だ、今度はそれをお前に返す。お前と言う絶対的な悪に対して、俺はこの刃と身体を以て復讐する。それができないのならば、お前の言う通りだよ、俺は所詮屑星でしかないのだろうさ。

 

 そんな己を呪ったから、どうしようもなく運命は自分たちを追い詰めていくから、だからこんな地獄から這い出るためにも、お前たちを一人残らず潰してやらなくちゃいけないんだ。

俺のような人間をもうこれ以上増やさないために、俺の心に決着をつけて、前に進むことができるように。何よりも、この先には、地獄の先にだって花が咲くんだってことを証明するために。

 

「星脈拝領―――憑血接続開始、ここに七星の血を解放する!」

 

 けれど、それがこんなにもあっさりと終わるはずもなく、先ほどまで俺を完全に見下していたヴィンセントの空気が、反応が大きく変質していくことを理解させられた。

 

「悪かったよ、小僧、いいや、レイジ・オブ・ダストだったか。どっちでもいい、俺は確かにお前のことを舐め腐っていた。あの時のお前の事しか知らなかったし、アベルという力の意味もはっきりと自覚していなかった。

 だが……、ああ、俺もそれなりの修羅場は経験して乗り越えてきた自覚はある。お前はここで潰しておかなければ地獄の果てまで追いかけてくる。そして、その因果が俺の命を奪いかねないと、俺の第六感が告げている」

 

「ようやく、本気を出す気になったか」

「何を嬉しそうにしていやがる、これから後悔するのはお前の方だよ、俺に七星の血を使わせたことを後悔しながら死んでいけ!」

 

 瞬間、これまで俺の行動を嘲笑いながら、まともに動くことをしなかったヴィンセントが自分から動き出す。一歩、二歩、素人の動き方じゃない。音を殺し、気配を殺し、ほんの瞬きの瞬間には、既に勝負を終えているであろう暗殺者の一閃が俺の首下へと襲い掛かる。

 

「――――――――ッ!!」

 

 勘付くことが出来たのは紛れもなく運であるとしか言いようがない。それでもヴィンセントが抜き出した仕込杖の中の刃は俺の首下を切り裂き、もしも、気付いていなければ、今頃、俺の頸動脈は完全に切り裂かれ、失血で意識を失っていただろう。

 

「あらら、一撃で決めるつもりでいたのに、随分と危機察知がいいじゃないか。ヨハンに見切られた時のことを思い出すぜ」

 

 再び姿を消したかのように、ヴィンセントの姿を見失う。そして、一撃を放つ瞬間、今度は背後から、俺の心臓目掛けて背骨と肋骨を貫くことを前提とした一撃を放たんとし、咄嗟にわざと身体を前に倒す。

それが自分の態勢を崩す行動になるなんてことはわかりきっているが、そうでもしなければ、完全に刺突の態勢に入った相手を避けることはできない。

 

「へぇ、やるねぇ、そこまでやるとわかって、こっちも手を出しているんだがな」

 

 前へと倒したはずの身体を背後から思い切り掴み上げられ、自分の意思ではなく、相手の無遠慮な勢いを以て地面へと叩き付けられる。

 

「ごぉ――――」

 

 土の味が口の中へと広がっていく。あまりにも見知った味すぎて、何の感慨も分からなかったことが幸いした。

すぐさま、上から振ってくる刃を紙一重で避けると、上体のバネを生かして、攻撃を外したヴィンセントへと頭突きをかまして、再び大剣へと戻った剣で、ヴィンセントへと一刀を放つ。

 

「しぶといじゃねぇか、この野郎」

 

「当たり前だ、こんな簡単に死ねるのなら、あの日に、お前たちに命を奪われている」

 

「まるで害虫だな、何処からともなく姿を現して、排除しようとすればいつまでも居座っている。うざったらしいことこの上ないぞ、テメェは」

 

 一度距離を取る。此処までの戦闘でこの男に距離を離したところであまり意味はないと分かっているが、それでも一度は離れておかなければ次に何が飛び込んでくるのかもわからない。

 

(ヴィンセント・N・ステッラ、この男の魔術はおそらく隠遁か何か。俺が奴の行動を読み取ることが出来ないのは、行動に移る一瞬に、何らかの魔術を作用させることで、俺の視界から離れることができるようにしているからだ。そして自分の身体の危機察知が反応した時には既に命を奪う段階にまで入っている)

 

 この身体の中に仕込まれた忌まわしい力がなければ、ヴィンセントの術中にはまって、あっけなく命を落としていたであろうことは間違いない。

恐るべき力だ、これでマフィアの頭目? 馬鹿を言え、こんなものはただの暗殺者だ。気配を殺して、相手の急所を狙える位置にまで近づき、防がれたのなら、すぐさま次善の手を打つ。それがあまりにも、スマートに決まってしまっているから、誰にも気づかれずに為し遂げることができる。

 

「そう警戒した顔をするなよ、俺なんて、今の七星の連中の中では弱い方だよ。七星ってのは元々暗殺一族だ。魔力を断ち切ることだけが注目されているが、それはそれとして殺しの技術を磨きに磨いた奴らだっている。俺たちステッラに流れる血はそうした暗殺に特化したものだ、散華ちゃんが一番似通っているが、あんな天才と一緒にされたらたまったもんじゃない。

 俺の技術は―――あくまでも人間の延長上にしかないんだからな」

 

「随分とおしゃべりだな、そんなことまで口にすることが不利になるとは思わないのか?」

「不利になることはないだろう。こうして戦ってみて分かった。お前は戦いの素人だ」

 

「………!」

 

「俺達に対抗するための力を与えられたのは間違いない。サーヴァントなんて特級の物まで連れてきて、そんな外見だけ取り繕った姿でいられるのも驚きに値するさ。随分と俺に対する怒りを燃やしているのもな。

 だが、お前は元々戦うために生まれてきた存在じゃない。戦いに慣れているわけでもない。与えられた力をただ振り回しているだけだ。それじゃあ、勝てんよ。他の連中の所に向かった所でお前に与えられるのは無残な死だけだ」

 

「だから、どうした」

「責任を取ってやると言っているのさ」

 

「責任だと……?」

「お前をここまでにさせちまった責任さ。あの日に俺がお前に手を出さなければ、ここまでお前が苦しむこともなかっただろう。だから、その責任を取って今度こそは殺してやる。それでツケは終わりにしようぜ」

 

 ヴィンセントがまるで慈悲を押し付けるような言葉を口にしたことに、握る剣の柄を破壊してしまうのではないかと思うくらいに強く握りしめる。何だ、この男は何を言っている。何を勝手に自己完結している。

 

 お前に殺されることが俺の救い? 誰がそんなことを言った、誰が望んだ。勝手にお前の理屈で俺と言う存在を推し量るなよ、虫唾が走るぞ。

 

「馬鹿なことを、言うな……、お前に救われる道理なんて微塵も存在しやしない」

「そうかい、悲しいねぇ。復讐に塗れた連中なんてみんなそうだ。最後まで恨み節を語って死んでいく。辛いよなァ、復讐塗れで先のない人生なんてものは」

 

「そうだ、だから、お前を殺すんだよ、この先へと進むために」

 

 我が物顔でまるでそれこそが俺にとっての救いであるとばかりに語る男が許せない。どれだけ手を尽しても、かつてと何も変わっていないとでも言わんばかりに、この男は俺を見下ろしている。そんなことが許せるか、凌駕するって決めたんだろう。でなくちゃ、あいつらにまで笑われる。自分を許せなくなる。

 

 力を籠めろ、レイジ・オブ・ダスト、お前は……七星を滅ぼすための存在なんだろう。此処で躓いてどうする。こいつを滅し、そして残る七星たちも全て倒すとお前は決めたんじゃなかったのか。

 

「お前だけじゃない……、俺の中にだって、忌まわしい七星の血は宿っている。お前たちが与えてくれたこの忌まわしい血がな」

 

 ドクンと身体の中が励起する。本来持ち得ていなかったはずの血が解放を今か今かと待ちわびている。早く眼前の敵を殺すために解放しろと叫んでいる。

 

 ああ、うるさい。すぐに与えてやるよ。奴の血を――――ッ

 

・・・

 

「おお、我が圧倒なりしはヘラクレスの力、ギリシアに名を轟かせ、世界にその勇名を刻みこみし、絶対的な勇者であろう!!」

 

 レイジとヴィンセントの死闘が繰り広げられている横で、アヴェンジャーたちとバーサーカーの戦いはまさしく一進一退の攻防が繰り広げられていた。当初の戦いから見えていたように、常に攻撃の起点になっているのはバーサーカーである。

原始的な本能による攻撃、相手を破壊することだけを前提とし、己の鋼の肉体に刻まれる傷など一顧だにしないという態度のままに、ダメージの総量を以てアヴェンジャーを敗北へと至らせんとしている。

 

『ジリ貧だな』

『そんなことを言うならあんたが戦ったら?』

 

「そうしたいのはやまやまだが、ティムールは儂にその座を明け渡したくはあるまい。この中で単一的な戦闘力で見れば、儂よりも奴の方がはるかに強いからのぅ」

 

『じゃあ、あんたは文句をつけているだけじゃないか』

『そうでもない。確証とまではいえんが、バーサーカーの真名に心当たりがある』

 

 アヴェンジャー:ティムールが表層人格としてバーサーカーの攻撃を受け続けている間にも、内部人格に宿っている老人の人格は、狂えるバーサーカーの攻撃とその僅かな言語から、相手が誰であるのかについての予測を立てていた。

 

 完全な看破を行えたわけではないが、老人はその仮説に決して疑いを持ってはいなかった。他の英霊であればまだしも、こと、目の前のバーサーカーからは匂い立ってくるのだ。腹立たしいほど、憎からしい気配が。

 

 かつて、己を生涯をかけてまでも打倒を誓いながらも、最後にはその総力を以てして敗北せざるを得なかった者たちに連なる魂であることがどうしても臭ってくる。

 

「ヘラクレスは最強、故に我―――最強也!!」

「馬鹿を言え、貴様はヘラクレスではなかろうが」

 

「――――――――――」

 

 身体はそのままに、表層人格としてあげられる声が変わる。ティムールではなく老人の声を以て、狂える英雄に、己の真実を叩きつけるために。

 

「ヘラクレスとはギリシャ第一の英雄、勇猛果敢であり、数多の神話に影響を与えた勇者であろう。奢るなよ、贋作が。貴様からは匂って臭って仕方がないのだ。

 儂が挑み憎んだローマの匂いが立ち込めておる!! 誰の認識を阻害出来ても、この儂の、()()()()()()()()()の鼻だけは決して誤魔化せると思うな、ローマの皇帝よ!!」

 

 鉄と鉄の激突する音、そして、ここまで常に攻撃の面で優勢に立ち続けていたはずのバーサーカーがティムールの攻撃によってたたらを踏み、後ろに下がる。気合の面において、明らかな動揺を誘われたのは間違いない。

 

 ハンニバル・バルカ、アヴェンジャーの中にいる老人が口にしたその名前は、ヨーロッパと言う世界がまだ開かれるよりも以前に、ヨーロッパの基礎を生み出したローマがいまだ帝政ではなく、共和制であった時代に、ローマの敵として君臨した存在である。

 

 世界各国で多くの軍師と呼ばれる者たちが生まれ、後世に置いてその実力を評価され、比較されてきた。あらゆる時代の軍師たち、将を集めて、その戦略・戦術の面で争わせれば、誰が勝るのか。

 

 とある歴史家は語った。それはカルタゴの名将ハンニバル・バルカであると。

 

 父より与えられたローマ打倒の宿願、前人未到のアルプス越え、幾度に渡るローマ軍との戦いでの大勝、何よりも敵国であるローマの中で数年間に渡り、本国に帰還することなく保ち続けた補給線の維持は今の時代になっても尚、ハンニバルの謎であり同時に彼を恐るべき名将であると断定する大きな理由となっている。

 

 彼がその生涯で明確な敗北を喫したのは、ローマ最大の英雄の1人であるスキピオ・アフリカヌスとの一戦のみ、それですらも既に国と国の謀略によって敗北が決定的と戦う前からわかった中での戦であった。

 

 生涯に渡って、ローマの打倒を願い、その願いを叶えることなく、そしてハンニバルの死と共にローマは世界最強の国家への足を止めることなく進んでいく。

 

 ハンニバルでなければわからない、彼ほどの執着を持つ者でなければ、その偽装を見出すことは出来なかったかもしれない。

 

「知識は与えられておる。スキピオたちの子ら、名高き哲人皇帝アウレリウスの子、己をヘラクレスと同一視し、そしてその生涯を剣闘による戦いへと費やした皇帝、貴様はヘラクレスではない、インペラトール・コンモドゥスであろうよ」

 

「―――――否!!」

 

 これまで、こちらがどんな言葉を口にしたとしても、まったく意に介していなかったはずのバーサーカーが初めて反応を示す。ハンニバルによって示されたその真名を絶対に否定するとばかりに。

 

「我はヘラクレス、ギリシャ最大の英雄、アウレリウスの子に非ず、ルッチラの弟に非ず。我は―――脆く弱きインペラトールに非ず!!」

 

 周囲の空間が軋む。森に覆われたセレニウム・シルバの中でアヴェンジャーとバーサーカーの周囲を歪んでいき、空間変容が始まる。

 

『これは――――固有結界』

「ふん、コンモドゥスめ、宝具を使用する気か」

 

 空間が変わっていく、景色が変わっていく。そこにあるのは絢爛豪華な円状の闘技場、誰もいない観客席に覆われながら、見世物として用意された舞台の上で戦うという目的のために用意された施設。

 

 ローマ市民にとっての娯楽、コンモドゥスが何よりも愛した場所、皇帝以上に彼の才能を発露させた戦場がそこにはある。

 

 ローマに置いて、それは――――コロッセオと呼ぶ。

 

「―――『狂騒絢爛の闘技場(コローニア・コンモディアーナ)』」

 

 アヴェンジャーとバーサーカーを呑み込んだそこはコロッセオ、ローマの奴隷階級であった剣闘士たちがしのぎを削り、時に獣と争った武技の晴れ舞台である。

 

 そして、第17代ローマ皇帝コンモドゥスが生涯において最強を誇った戦場である。

 

『これはまさしく決闘じゃなぁ』

『笑い話じゃないけれどね』

 

「構わん、屠ることに変わりはない。ハンニバルよ」

『ん、何じゃ』

 

「いざという時には貴様の宝具に頼る、我が宝具はあまり使い勝手が良くないのでな」

 

 ここに連れ込まれた以上、どちらかが敗北しない限り解放されることはない。この戦場とはすべからく決闘場であるのだから。

 




【CLASS】バーサーカー

【マスター】ヴィンセント・N・ステッラ

【真名】コンモドゥス

【性別】男性

【身長・体重】198cm/121kg

【属性】混沌・狂

【ステータス】

 筋力A+ 耐久B+ 敏捷B+

 魔力D 幸運D+ 宝具B

【クラス別スキル】

 狂化:A
  筋力と耐久を2ランク、その他のパラメーターを1ランクアップさせるが、理性の全てを奪われる。  

【固有スキル】

 精神汚染:A 
  精神が錯乱している為、他の精神干渉系魔術を高確率でシャットアウトする。
  ただし同ランクの精神汚染がない人物とは意思疎通が成立しない。

 蛮勇:B
  後先を省みない攻撃性。
  同ランクの勇猛効果に加え、格闘ダメージを向上させるが、
  視野が狭まり冷静さ・大局的な判断力がダウンする。
 
 心眼(偽):C
  第六感による危険回避。

【宝具】
『狂騒絢爛の闘技場(コローニア・コンモディアーナ)』
ランク:B+ 対人宝具
一対一の剣闘試合を強制する円形闘技場型の結界。
 円形闘技場での闘いで一万二千を超える剣闘士達を葬り去った逸話の具現。
 バーサーカーが対象から向けられる敵意を認識すると自動的に展開され、自身と対象を結界内に取り込む。
 闘技場内では剣闘士として相応しく、“一対一”で“正面”から戦闘する事が強要される。 
 また結界の境界には内外の出入りを禁ずる概念の障壁が張られており、結界を跨ぐには、闘いの決着をつけるか、結界そのものを破壊する必要がある。


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第3話「Rage of Dust」③

――セプテム・『セレニウム・シルバ』――

 生まれたその時から己の人生には選択肢と言うものは存在していなかった。

 

 ローマ最優の皇帝、元老院を尊び、市民に遍く愛されたインペラトール:マルクス・アウレリウス・アントニヌス。その子として生まれた己は最初からインペラトールになることが約束され、そこに己の意志が介在することなど微塵もなかった。

 

 人は自分の生まれを選択することができない。歴代ローマ皇帝の中にはその血統主義を重んじるあまりに、あきらかに皇帝に相応しくなかったものが、インペラトールの位を継ぎ、元老院に疎んじられ、最悪の場合は記録抹消刑―――ダムナティオ・メモリアエに処される。

 

 お前は余の次代を担うインペラトールになるのだ、父より幼少のころから常に告げられてきた言葉、それを保証するように年齢を重ねていくごとに父より与えられる称号と役割は増えていった。

 

傍から見れば、それは血統主義として当たり前の事であり、父より子に対する権力の委譲、身内を贔屓すると言う愛情の証明でもあったのかもしれない。

 

 子は決して皇帝になることを望んで生まれてきたわけではない。さりとて、父の愛情の形を受け入れたくないと思っていたわけではないのだ。ローマ市民たちに愛され、元老院より理想の皇帝であると認められた父の姿を見た子は、己もまた同じように元老院と共にこのローマを統治する者へと至っていくのであろうと漠然と思っていたのだ。

 

 順当に齢を重ね、父が病に倒れ、その生涯を終えると、子は父の願いどおりにローマ皇帝へと至った。ローマ皇帝とは、通常考えられる帝政の在り方とは少しばかり違う。

 

元老院より認められ、元老院より与えられる数多の称号と権限の集合体こそが、インペラトールあるいはプリンケプスと呼ばれる存在であり、のちにローマ皇帝と呼ばれる存在へと変わるのだ。

 

 子は与えられた職務を誠実に為し遂げることを是とした。異民族との戦いに決着をつけ、ローマ市民たちの為の政策を実行する。絶対的な名君の次の時代には暗君が生まれる。

 

どの時代、どの国家であっても逃れることができない一定の法則性ではあるのだが、少なくともアウレリウス帝の子はその呪縛には当てはまらなかったのだと誰もが安堵していたのだ。一つの決定的な事件が起きるまでは―――

 

 何も皇帝になりたくて生まれたわけではない。父より与えられただけだ。己は姉を愛していた。義兄を尊敬していた。であるというのに、何故、己は今、刃を向けられていなければならないのだ。

 

 ローマ皇帝暗殺未遂事件、アウレリウス帝のもう一人の子である娘ルッチラによって手引きされた事件によって、彼は暗殺の露と消えるところであった。幸い、暗殺は未然に防がれた。ただ、何も爪痕を残さなかったわけではない。

 

 彼は姉を慕っていた、家族として当然の如く愛情を持ち合わせていた。父より与えられた家族の愛をそのままに持ち合わせていた彼は、その信じられない所業を理解できず、同時にこうも考えた。皇帝という位がなければ、己は姉とこのような結末を辿ることはなかったのではないかと。

 

 後の歴史家たちはこの暗殺未遂事件の前後によって、ローマ皇帝コンモドゥスの在り方は180度変わってしまったと言う。皇帝としての職務には一切関心を持たず、政治を任された近衛兵団の代表者は己の私腹を肥やすようになり、属州からは次々と非難の声が上がっていく。

 

 元老院から怒りの声が上がれば、近衛兵団の代表者を処刑し、また新たな代表者を選出する。それでも元老院が声を上げれば、元老院の議員を粛清した。

 

 そこには元老院を尊重し、市民に慕われるアウレリウス帝の血を引いた後継者の姿は何処にもない。だが、コンモドゥスは何も感じはしなかった。これこそが自分、最初から皇帝の位も、政治も何も興味などなかった。

 

 冒険譚に憧れを持っていた。幼い頃に読み聞かせられたギリシアの英雄ヘラクレスの物語が特に好きだった、己もヘラクレスのような存在になることが出来れば、もっと自由に人生を謳歌することができるようになったのだろうか。

 

 いいや、違う。己はインペラトール、ローマ最高の権力者、なれたらではない。己はヘラクレスになればよいのだ。

 

 晩年のコンモドゥスがどのような精神状態であったのかはわからない。家族に裏切られ、皇帝としての役目を放棄し、彼は己が最も得意とした剣闘の試合に明け暮れた。ローマ市民はその皇帝が何らかの事故で命を落としてくれることを心の底から願っていたかもしれない。

 

だが、コンモドゥスは圧倒的な強さを誇った。誰も勝つことが出来ず、どのような猛獣であろうとも屠ってきた。まさしく最強のグラディエーター、獅子の毛皮を身に纏い、己をヘラクレスであると語る姿も、それだけの勝利を重ねて行けば滑稽というよりももはや恐怖だ。

 

 ヘラクレスの化身であるはずもない男がまさしくヘラクレスのごときあり方でいる。その何と歪なことであろうか、近衛兵団も元老院もその姿に思わず恐怖を覚えたほどである。

 

 結局、コンモドゥスは己の武技の師によって暗殺された。誰もが怖れ、ヘラクレスの化身であることを己1人で証明し続けてきた皇帝は、誰に理解されることもなく、誰に労われることもなく、その生涯を終え、元老院によってダムナティオ・メモリアエに処された。

 

最優の皇帝より生まれた子のあまりにも悲劇的な末路であると言えよう。

 

 ただ、一つだけ誰にとっても明らかなことがある。それはコンモドゥスが絶対的な強さを持っていたこと。ローマに集められた剣闘士たちの誰が戦っても勝つことが出来ないほどの戦いの才覚に溢れていたと言うことであろう。

 

 コロッセオという闘技場の中ではコンモドゥスはまさしく無敵だ、絶対に敗北しない。そんな概念こそが彼の宝具を生み出した。

 

 ――『狂騒絢爛の闘技場(コローニア・コンモディアーナ)』、コンモドゥスが発動させた宝具は、彼が持ち得るヘラクレス、そして己が最強であり続けたコロッセオを心象風景として再現する宝具である。

 

 この宝具が発動すると、コンモドゥスと戦闘を行っている敵手はコロッセオの中にて、コンモドゥスとの一対一の戦いを強いられる。それはまさにローマの娯楽であったグラディエーターたちの血沸き肉躍る戦場であるかのように、勇猛名高きコンモドゥスとの決闘を強いられるのだ。

 

 説明をすれば、たったそれだけの宝具である。恐るべき破壊力があるわけでもなく一撃必殺の搦め手を使うことができる宝具と言うわけでもない。

 

 だが、目の前の偉丈夫を前にして、それが大したことのない宝具であるなどとどうして言えようか。

 

「我はコンモドゥスに非ず、我はヘラクレス、ギリシア最強の英雄に他ならず!!」

 

 英雄伝説をこの場にて創り上げてきた。誰もこのコロッセオでコンモドゥスに勝つことは出来なかった。結局彼は暗殺でなければ殺すことが出来なかったのだから。

 

 狂い、狂信的に己をヘラクレスであると信じ続ける、バーサーカーとして召喚されたことはあるいはコンモドゥスにとっては幸福であったのかもしれない。皇帝でも指揮官でもなく、たった一人の狂える英雄としての側面だけを求められている今の彼は、己が望み描いた存在へと己を侵攻することができるのだから。

 

「グガアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 己が持ち得る最上級の誇りをそのまま痛打の威力へと変えるとばかりに放たれた攻撃がアヴェンジャーの防御すらも突き破って、後方へと吹き飛ばす。

 

 吹き飛ばされ、受け身を取ることもなく、倒れ伏すも、アヴェンジャーはすぐさま立ち上がり、跳躍し、頭蓋を叩き潰さんとするコンモドゥスの攻撃を間一髪に防ぎ通す。

 

『どうするつもり? 正直、単純な力比べじゃ三人の誰もアイツに勝ち目はないでしょ』

 

『ふむ、儂がローマに対して有利な逸話を持っているがために拮抗しきれているが、もしも、それさえもなかったとすれば、より圧倒的であったろうな。この場は奴にとっての勝利するための場所だ。ここで奴は決して負けない、勝ち続けるだけの存在として認識されておるだろうからな。どうするつもりだ』

 

「考えがある。こちらも宝具を使う」

『ほう……』

 

 先ほどティムールはハンニバルに対して、力を貸すように告げていた。詳しくは聞いていないが、その宝具が関係あるのではないかと、直感的にハンニバルは悟った。

 

「おそらくこのままの状況を長く続けることはできないだろう。戦い続ければ消耗して、こちらが潰れるのは目に見えている。ならば、一撃で勝負を終わらせるしかあるまい」

 

「無駄なことを口走る。お前たちはヘラクレスに潰されるゥゥゥゥ!!」

 

 もはや己をヘラクレスとして認識しているのか、ヘラクレスになりたいコンモドゥスであると自覚しているのか、バーサーカーの棍棒による攻撃はコロッセオが出来上がってからより苛烈さを増している。

 

戦術も戦略もない、ただ自分の膂力を生かしただけの殴り込み、英霊と言うにはあまりにも暴力性しか存在しえない光たりえる存在にはなりえない。

 

 だが、それ故にこそ恐ろしいのだ。狂戦士はただその暴力性だけを以て英雄になった。それ以外の何も持ち合わせていなかったとしても、ただ破壊をするだけの存在として、恐るべき英雄にまで上り詰めたのだ。

 

 ティムールやハンニバルとは異なる、彼らは英雄と呼ばれるに値するだけの功績を上げ続け、英雄と呼ばれるに相応しい実績を持ち合わせている。

 

 コンモドゥスにはそのようなモノはない、徹頭徹尾、ただ破壊を齎してきただけだ。力だけで英雄になったからこそ、その得意なフィールドで戦っている限り、決して勝利することはできない。

 

『もっとも、儂らよりも先にあの小僧がくたばってどうかの方が問題ではあるがな、バーサーカーのマスターは小僧よりも遥かにやり手であったぞ』

 

「ああ、だが……、奴は見下している。レイジ・オブ・ダストの怒りを、復讐に燃やす心を……、それを正しく評価できぬのならば、それは間違いなく死地へと飛び込む要因になる」

 

 そう、アヴェンジャーがバーサーカーの宝具に囚われている最中にも、レイジとヴィンセントの戦いは続いている。ティムールやハンニバルが懸念をしている様に、確かに、レイジはヴィンセントには及ばない。

 

潜ってきた修羅場の数が違う、七星の力の習熟度が違う、何よりも常に戦いにおける意識が違う。何を取ってもレイジではヴィンセントには勝てない。復讐に塗れてその先を見ようともしないような雑魚1人など、ヴィンセントの前には敵ではない。

 

 ヴィンセントの七星としての魔術は、暗殺者として徹底的にその気配を断つ術、己の気配を消す、視線誘導によって相手の死角を突く。一撃を防がれたとしても即座に次の死への誘いを放つ。

 

マフィアのボスとして常に前線に出るわけではないヴィンセントが持つ奥の手であるからこそ、成立する。逆に言えば、マフィアのボスと言う今の立場ですらもヴィンセントからすれば、自分の能力を際立たせるための武器である。

 

 確かにこの場に集った七人のマスターの中でヴィンセントは弱い。灰狼のように従えている兵がいるわけでもなく、個人技でカシムと散華、ヨハンには敵わない。リゼの能力も自分にとっては厄介である。

 

 だから、確かに彼らの中では弱い。弱いが、それがレイジと比較したうえでの弱さに繋がるとは限らないのだ。地べたに這いつくばっているのはレイジ、見下ろしているのはヴィンセント。それがこの場での力の差だ。どう足掻いても敵わない力量の差だ。

 

「決意1つで誰もが英雄になれるのなら、世界はもっとわかりやすくなっていただろうな。だが、現実はそうじゃない。悪は悪らしくのさばるのさ。そして、お前らのような奴を食い物にして生きていく。世界ってのはそうできている。だから、俺は勝ち馬に―――」

 

「うるさい……ッ!」

 

 瞬間、地を這うようにレイジの蛇腹剣がヴィンセントの身体へと動き、両足のすねを削り上げる。

 

「ぎぃぃ、テメェ」

 

「御託はいらない。お前ら悪がのさばる、そんなことは知っているんだよ。それを許せないから、俺はもう一度戻ってきた。お前たち全員に報いを与えるために」

 

 大剣の刀身が黒く染まる。まるで何物をも呑み込んでしまう漆黒の黒であるように、蛇腹剣として分かたれた刀身の一つ一つが闇の光を放っている。

 

「星脈拝領―――憑血接続開始………、ここに七星の血を解放する!」

 

 ズシンと、レイジの身体の中で撃鉄が落ちる音がする。自分の中そのものが他の何かに変貌するような感覚、まるで自分の身体を他の物が操っているような歪な感覚がレイジ自身を呑み込まんとする。

 

「ぐぅぅ、うぐぅぅぅ!!」

 

『殺せ、目の前の魔術師を殺せ』

『七星を喰らえ、同族にして魔術師である奴を喰らえ』

『壊せ、貴様の衝動のままに総てを破壊しろ……!』

 

 身体の中で次々と怨嗟の叫び声が木霊していく。それら一つ一つが、人造七星として不完全なレイジの身体の主導権を奪ってしまわんと、心の中に強く強く叫び声を上げていく。

 

「……うるさい、これは俺の復讐だ!! 部外者が勝手に騒ぎ立てているんじゃねぇよ……!!」

 

 だが、喝破の声が一つ響き、その騒ぎ立てる声がレイジの中で抑え込まれる。前面に出てきたくて仕方がないと言う様子ではあれども、レイジの怒りはそれを凌駕する。ただ殺したいだけの残留思念如きが、己の復讐を邪魔するなどとどうして許しておくことができるだろうか。

 

『そうだ、お前はそれでいい。その怒り、その本能こそが七星の原初。目的など些末事だ。お前の憎悪を見せてみろ』

「言われなくてもそのつもりだ!!」

 

 そんなレイジの身体の中で、ただ一つだけはっきりと聞こえてきた声にそこで見ていると告げて、レイジは再び足を踏み出す。

その声が誰のモノなのかなど知らない。知る気もないのだから追及する必要はない。今はただ、果たすべき復讐を果たすための力に己の身を委ねるだけだ。

 

「ちっ、死にぞこないが……!」

 

 対するヴィンセントは足元を削られたことによって、レイジが復帰するまでの時間を与えてしまった。無論、ただで済ませるつもりはない。あそこで立ち上がれるようなゾンビをこのまま見過ごせば、命をいつ狙われるのかわからないのだから。

 

 足の痛みを七星の血の後押しによって無理矢理に忘れて、ヴィンセントは今度こそレイジの命を奪うための動きを開始する。いまだにレイジは自分を捉えきることが出来ていない。

 

(人造七星風情が調子に乗りやがる。いくらお前が特別な人造七星だからと言って、俺達のような天然ものに勝るなんて考えているんじゃねぇぞ!!)

 

 次こそは殺す、そうして飛びこまんとしたヴィンセントの身体に痛みが奔り、ヴィンセントは咄嗟にレイジの懐に入る直前で方向を転換する。

 

レイジが反応した、いいや、ありえない。如何に七星の血に目覚めていたとしても、レイジの反応速度が劇的に変わるには七星の血を完全に使いこなしていなければならない。

 

 だからこそ、その要因は別の所にある。距離を離し、高速の世界の中で思考を働かせるヴィンセントはそこで気付く。レイジの周囲にまるで結界の中に動いていく蛇腹剣の存在を。まるで刀身一つ一つが意志を持っているかのように蠢き、レイジの周辺を守護するように動いているのだ。

 

 素人の少年にそれが出来るか、いいや、できるだろう。七星の血と言うバックアップがあれば、これくらいのことは容易に可能とする。

 

「お前を倒すための手段を考える必要はない。お前は近づかなければ俺を殺せないんだろう。だったら、近づいてこいよ、その時がお前の終わりだ」

 

夜闇の中で燦然と輝く深紅の瞳、まるで血の眼であるように決して逃さぬと声を上げるようにヴィンセントを睨みつけている。

 

「七星の血を完全に使いこなしていると言うよりは、七星の血を暴走させているって言った方が早いか。はッ、楽しめるじゃねぇか」

 

 強気な言葉を口に出したが、ヴィンセントにとっては、鬼札を切られたに等しい状況であった。ヴィンセントの戦闘スタイルは基本的に仕込杖だ。他の戦闘スタイルを確立していないわけではないが、生憎とこの場に持ってきてある装備は仕込杖だけであり、あれでは下手な銃弾を放ったところで防がれてしまうのが関の山だろう。

 

(頼みのサーヴァント様は勝手にあっちのサーヴァントを潰すために宝具を発動しやがった。おかげで、こっちは今でも魔力を持っていかれてばかりだ。クソッ、バーサーカーとして使い勝手がいいと思っていたのに、土壇場でかまされちまったか……)

 

 元々、聖杯戦争になど欠片も興味はなかったヴィセントからすれば、狂化しており、下手な理屈を口にしてこないバーサーカーほど楽な相手はいないと思っていた。しかし、この土壇場にて、自分自身に100%魔力を注ぎこむことができない状況は、逆にヴィンセントを追い込みかねない

 

『どうした殺せるだろう。我が身を厭うな。斬らねば何も始まらない』

 

『我らの存在は魔術師を殺すためにある。その傷を怖れるな、その死に怯えるな』

 

「へっ、黙ってろよ亡霊ども。俺は七星の宿命なんてもんに呑まれて死んでいくなんて絶対にごめんだからな。コイツを殺して灰狼かリゼの下で甘い汁を吸うのさ!」

 

 ヴィンセントが攻撃をしてくる事無く、何かを探っているあるいは次の手を決めかねている状況は、当然に対峙しているレイジにも理解できる。

 

優位を取っている相手が待つ場面でもない。いくらかの負傷でも押しきれると考えているのならば、やはりこのまま徹底的に責めてくるだろう。それができないのであれば……、理由は言うまでもない。

 

 蛇腹剣によって創られた即興の結界、そしてヴィンセントが気づいているのかは知れないが、もう一つの切り札、それらが純然に機能しており、形勢は既にヴィンセント有利の状態から抜け出している。

 

(サーヴァントを呼びだす気配もない。いいや、呼び出せないのか。奴の性格からすれば、俺を殺すことができるのなら、容赦なんてしない筈だ。それができないのならば……)

 

 アヴェンジャーがバーサーカーを抑え込んでいるか、或いはすでに倒したのか、どちらとも知れないが、契約をしたサーヴァントは自分の復讐の為に全力を注いでくれている。

 

 ならば、自分もそれに応えるべきだろう。全身全霊をかけて、ここでこの男との因縁に決着をつける。

 

「無様だな、ヴィンセント・ステッラ。格下であると散々バカにしていた奴に追い詰められる気分はどうだ? 悔しいか? お前が今までに踏みにじってきた奴らはみんなそのように思っていた。その報いを今度はお前が受ける番なんだよ……!」

 

「勝ったつもりになっているんじゃねぇぞッッ!!」

 

 ヴィンセントは自身の中にある七星の血を燃焼させて、再びレイジの下へと飛び込んでいく。無論、その先にあるのは自身の肉体をも傷つける茨の道である。

 

 しかし、ヴィンセントはあえてそれを選択した。それを選ばないことはレイジの優位性をここではっきりと証明することになり、もはや後に退けなくなる。

 

(一撃だ、一撃で決める。俺も奴も七星の血によって強化されていることに変わりはない。経験値の上では俺の方が勝っている。であれば―――)

 

「――――ッ!!」

 

 蛇腹剣が動き、ヴィンセントの身体を刻み、肉を抉っていく。腕も足も腹も肩も顔も髪も無差別に切り刻んでいく茨の世界が如く、ヴィンセントは行動1つするたびにのた打ち回りたくなるような激痛が走るが、それでも、足を止めることはない。

 

 死ねば終わりだ、生き残らなければ始まらない。分かっていれば、足が止まることはない。七星としての力を持ってすれば、例え、傷を与えられたとしてもその能力の優劣によってレイジを破壊することができる。

 

 所詮は、七星の固有の力を発現させることもできない人工物では、ヴィンセントの足元に及ぶことも―――――、

 

「終わりだ、ヴィンセント、お前は、自分の力を過信し、俺の怒りを軽視し過ぎた」

 

 七星の血による自身の魔術の力が喪われる、いいや、違う。これは少しずつ、少しずつ、奪われていたのだ。

 

動かないレイジと周囲に展開し続ける蛇腹剣とその速度を凌駕する自分、決して変わらない状況の中で、自分自身が劣化し続けていることをヴィンセントは気付くことが出来ず、それがこの場における決して拭い去ることができない致命の隙となった。

 

「俺は――――七星を殺す七星、お前たちと言う星から生まれ、お前たちの輝きを喰らう星屑の怒りだ!!」

 

 レイジの魔力によって動かされる蛇腹剣、それら一つ一つの刀身にレイジの七星としての魔力が流され続けている。七星を殺すことに特化した魔術、すなわち、七星の血によって発現する力を強制的に奪い去り、その力を喰らう。

 

 たったそれだけ、汎用性など欠片もなく、ただ七星の魔術を使うものだけに対して特化した魔術は、あまりにも尖りすぎているが故に、ヴィンセントには突き刺さる。

 

 何せ、彼は、戦闘者としては二流、七星の魔術を使うことによって、その魔術に縋ることによって、レイジを抑え込んでいたのだから。

 

 速度を失い、気配を晒したその姿を復讐の輩と化した少年は決して見逃さない。

 

・・・

 

「壊す、壊す、壊す、何故、壊れないッ!!」

「……………!」

 

 そして、もう一つの戦場、コロッセオの中の戦いは、むしろ一方的な様相を見せていた。一対一の戦いを強いられ、膂力も耐久力も反応速度に置いても、何もかもが上回ったコンモドゥスを前に、アヴェンジャーは全身から血を流し、ギリギリ命を繋ぎとめているような状態にしか見えなかった。

 

 むしろ、攻撃を続けているコンモドゥスからすれば不思議で仕方がなかったであろう。何故、目の前の鎧の男は倒れないのか。ここまでに幾度となく破壊のための一撃を放ってきた。

 

コロッセオの中で己の攻撃に耐えきれるものなどいなかった。己はヘラクレスなのだから、凡夫に防げるはずもなく、人も獣もあらゆる存在がこの地に血を流してきたと言うのに。

 

「何故だッ!!」

 

「ローマのインペラトール、かの世界帝国を統治した者でありながら、貴様はその程度の事も理解できぬか。狂った英霊という型に嵌められていようとも、戦場にて戦いあう者であれば、この程度の理屈は語られずとも理解できる者であると思っていたのだがな」

 

「我に頭を垂れろ!!」

 

 ティムールが放った言葉を、己を罵倒する言葉であると判断したのか、コンモドゥスはこれまで以上の渾身の一撃をティムールに向けて放ち、それがティムールの頭上の鎧に直撃し、脳天を揺さぶる。

 

「ニィィィ………、!?」

 

 完全に頭蓋を破壊した。そう確信を覚え、獅子の毛皮の下で喜悦の笑みを浮かべたコンモドゥスはそこで喜悦よりもなお悍ましき恐怖のような感情を覚える。

朽ち果てていると言うのに、目の前で頭蓋を潰されたはずであるのに、こちらを睨みつけている男に対して本能レベルでの恐怖を覚えたのだ。

 

「首を垂れる? 馬鹿を言え、我は王、数多の同胞たち共に草原を駆け抜けた王、我が異国の王に首を垂れるなどと、例え、それがもはや国さえも失われた未来の時代であろうとも、許されるはずもなかろう……ッ!! 恥を知らずに、王であることを放棄した貴様に我の怒りを理解することなど出来るはずもなし!!」

 

 その時の事である、コンモドゥスは己の腕に巻きつく鎖のようなものが突如として出現したことに気付いた。その鎖が何処から発せられたものなのか、それはアヴェンジャーの背後、そこにコロッセオの中には存在しえない異形のモノが生じていたのだ。

 

「ギィ……ッッ!?」

 

 それは棺である、漆黒の棺、コンモドゥスの腕に巻きついた鎖はその棺の蓋が決して開かぬようにと厳重に巻きつけられた鎖であったのだ。

 

 だが、コンモドゥスに巻きついた鎖はその数をさらに増やしていき、反比例するように、棺の周囲に巻きついている鎖が徐々に緩められ、棺の蓋が開いていく。

 

 コロッセオの空気は明らかに変わり始めてきていた。その棺の蓋を開くこと、それそのものがこの熱狂によって支配されたコロッセオそのものにまで影響を与えてしまうかのように。

 

「我が身は所詮は只の人、只人に民たちの世界を恒久に守ることなど不可能である。いずれは栄枯盛衰の如く、我が愛した国も民も、我が為したように異なる何者かによって蹂躙されることとなるのであろう。

 しかしてその不条理を許せぬと、我が民と国に手を出すのであれば、それは我の怒りに触れると、我は己の棺にそう刻み込んだ。例え、肉の檻を失っても、我が愛せし民たちを、同胞たちを守る王たりえんとするために!!」

 

 災厄の扉が開かれていく。決して開いてはならない、暴いてはならない。それは王の眠りを許す棺であり、それが開かれることはすなわち、王の眠りを妨げるものの到来を意味するのだから。

 

「第二宝具――――『災禍秘めし黒の櫃(グーリ・アミール)』」

 

 開かれた棺より怨嗟の声が巻き起こる。それは巻き突いた鎖よりコンモドゥスの身体を汚染するように黒い呪いとして押し寄せてくる。

 

 鎖より伝わってくる呪いはまるで呪印のようにコンモドゥスの身体を汚染していき、その呪いが身体を伝わった箇所から、これまでのティムールと全く同じように傷が次々と開き、コンモドゥスの身体を内側から破壊していく。

 

「ぬぐっ、ぐおおお、うがあああああああああああああああああああああ!!」

 

『何が起こっているんだい、あれは?』

 

「我が宝具の効能は、宝具を発動するまでに我が受けた傷をそのまま敵手へと返す。ローマのインペラトールよ、貴様は実に強靭であった。およそ真っ向からの激突であれば、我は決して貴様に勝利することは出来なかったであろう。しかし、貴様の力には、己しかない。徹頭徹尾己の為だけの空虚な力、それでは我を砕くことは出来ぬ」

 

『よく言うわ、儂の宝具のバックアップを受けておらなければ、宝具を発動するよりも先に貴様の身体が砕けておろう』

「フッ、恩に着る、ハンニバル・バルカ」

 

 ティムールの宝具、『災禍秘めし黒の櫃(グーリ・アミール)』はまさしくカウンター宝具と呼ぶにふさわしき力である。ティムールが宝具発動までに与えられたダメージを棺を通して、相手にそのままフィードバックさせる。相手が強ければ強いほど相手に与えるダメージも大きくなるが、それまでに自分が与えられるダメージも比例して増えていく。

 

 使い勝手と言う意味では、決して良くはないが、それが完璧な形で決まれば、劣勢を一気に覆すための一助にもなりえる。

 

 コンモドゥスに対してそれが功を奏したのは、決してティムールだけの力であるとは言えないだろう。むしろ、アヴェンジャーとして己を構成している他のサーヴァントたちの力があればこそ、相打ち覚悟の宝具にある程度の安全弁を確保した状態で戦う事が出来るのだ。

 

 大きく形勢が変わろうとしている。コンモドゥスは全身から血を流し、額は割れたように血を流しながら、呻いている。先ほどまでの暴れに暴れ、総てを破壊してもまだ足りないと言う様子で身体をふらつかせながら、棍棒を矢鱈めったらに振り回す。

 

「ぐぅぅぅぅぅ、己だけ、己だけで十分、ヘラクレスはこのようなことで崩れたりは、せぬ!!」

 

『あそこまでやられて、宝具を使ってまでも、自分のことをヘラクレスであると疑わないんだね』

 

『いいや、疑わぬのではない。そう思わなければ精神を保っていられんのだろう。奴からは皇帝としての矜持が見えぬ、儂が対峙してきたローマの戦士たちの誇りが見えぬ。奴は本当に自分しかないのだろうさ』

 

「孤独の強さを極めた存在、それを否定するつもりはない。貴様がただの戦士であったのならば、それは貴様が誇るべき強さであっただろう。

 だが、貴様は王であった、国を統べる存在でなければならなかった。ここに立つべきものではなかった。それを最後まで理解できぬからこそ、狂わざるを得なかったか」

 

「勝つ、勝つ、勝つ、我は無敵、我はヘラクレス、我は――――ただ1人の最強也!」

 

「最強などと言う言葉にはまったく興味がない。だが、王であった者としてお前に敗北するわけにはいかぬ。王としての格の違い、味わいながら消えていくがいい、バーサーカーよ」

 

『そもそも、ローマの敵たる儂がいる時点で、奴に勝算など一欠けらもないのだがな』

 

(我らの身体に変調はない。であれば、レイジ・オブ・ダスト、貴様もまた奮闘をしているのだろう。まもなく、我らの決着はつく。その時にお前が何を為しているのか、お前の決意が本物であるのか、それを我らに示して見せるがいい)

 

「ぬっ、があああああああああああああああああああああ!!」

 

 コロッセオの柱すらも響かせるほどの絶叫、たった一人の最強を目指し続けてきた剣闘皇帝は、身体中をズタズタに切り裂かれながらも前進を辞めない。脚を止めたその時は己が消滅する時であると分かっているのだ。

 

 対してアヴェンジャーは急速にその身体の傷が癒されていく。ティムールにとっても裏技も裏ワザであるのだが、この際、そうした野暮を言うつもりはない。

 

「終わらせるぞ」

 

 草原の王と世界帝国の王、復讐の仇花、その最初の代理戦争はいよいよ終わりへと一直線に突き進んでいく。

 




【CLASS】アヴェンジャー

【マスター】レイジ・オブ・ダスト

【真名】ティムール/ハンニバル・バルカ/???

【性別】男性

【身長・体重】170cm・59kg

【属性】秩序・中庸/混沌・中庸/秩序・悪

【ステータス】

 筋力C 耐久C 敏捷B

 魔力C 幸運B 宝具B

【クラス別スキル】

復讐者:A
復讐者として、人の恨みと怨念を一身に集める在り方がスキルとなったもの。周囲からの敵意を向けられやすくなるが、向けられた負の感情は直ちにアヴェンジャーの力へと変化する。

忘却補正:C
 復讐者の存在を忘れ去った者に痛烈な打撃を与える。
 アヴェンジャーの存在を感知していない相手に対しての攻撃の際、各ステータスが1ランク上昇する。

自己回復(魔力):E
 現界に必要な魔力を補うと考えればDランク程度の単独行動スキルに相当する。

【固有スキル】

軍略:A+
 一対一の戦闘ではなく、多人数を動員した戦場における戦術的直感力。
 自らの対軍宝具の行使や、 逆に相手の対軍宝具に対処する場合に有利な補正が与えられる。ティムールとハンニバル、類まれなる二人の将の相乗効果によって本来以上の力が生まれている。

カリスマ:B
 軍団を指揮する天性の才能。団体戦闘において、自軍の能力を向上させる。
 カリスマは稀有な才能で、大国の王にふさわしいランクと言える。

戦闘続行:C
 執念深い。
 瀕死の傷でも戦闘を可能とし、死の間際まで戦うことを止めない。

アルプス越え:A+
ハンニバルが司令官として指名された際に初めて挑んだ難行に由来するスキル。
あらゆる地形を無視した大移動が可能。幸運判定を必要とするが、成功すれば魔術師の創った陣地さえも踏破できる。

????:A+


【宝具】

第一宝具『???』
ランク:B  対軍宝具

第二宝具『災禍秘めし黒の櫃(グーリ・アミール)』
ランク:B+ 対人宝具
墓を暴くものへの呪いの言葉が記された、ティムールが眠る棺。
この宝具の発動までに、対象者がティムール自身に与えた傷を棺の解放と共にそのまま相手へと返す呪詛返しの力。相手の力が強大であればあるほどにその効力は高まり、侵攻してきた相手へと破滅を齎す。
ただし、そのダメージ自体はティムールにそのまま残るモノであるため、幾度も使えるわけではなく、相手を確実に破壊する、あるいは最後の手段として使うのが定石ではあるが、アヴェンジャーは第四宝具との重ね掛けによってこのデメリットを踏み倒している。

第三宝具『???』
ランク:A+ 対地形宝具

第四宝具『???』
ランク:B+ 対人宝具

第五宝具『???』
ランク:EX 対概念宝具


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第3話「Rage of Dust」④

――セプテム・『セレニウム・シルバ』――

 気付けば、全身をズタズタに引き裂かれている。身体中の血管が悲鳴を上げ、全身をまるで抑えつけられたような倦怠感が溢れ、心臓が早々と高鳴っていく。それが間違いなく、自分の命を奪いかねない状況に晒されていることをコンモドゥスは理解する。

 

 暗殺されたあの時も、自分の身体が自分から離れるのではないかと言う焦燥感を覚えていた。死が間際へと迫った時に存外に、人は自分の身体と自分の魂が離れるのではないかと言う錯覚を覚える。

 

「――――否!!」

 

 けれど、コンモドゥスは、バーサーカーは逃げない。どこまでも果敢に、どこまでも、愚直に、どこまでも彼の望んだ英雄らしさのままに、徐々に先ほどまでコンモドゥスが与えたダメージから回復していくアヴェンジャーへと攻撃を続けていく。

 

「否、否、我こそ最強、我こそヘラクレス。圧倒的だったのだ、誰にも負けなかったのだ、この場では私こそが王だったのだ。負けるはずがない、この場で、私が、私がぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「最後に口から零れ出てくるのが未だに己の事か、度し難いな。やはり貴様は自分の事しか見えておらぬ。狂うことが無ければ、より醜いものを見せられていたかもしれぬ」

 

 渾身の一撃で放った棍棒の一撃は、しかし、全身に浴びた痛苦に引きずられて、先ほどまでの圧倒的な破壊力を発揮することはできない。

 

 コンモドゥスの一撃の恐るべき点は破壊力とそれを発するための反応速度、それらを十全に放つための耐久力、それら全てが高水準で纏まっていたところにあったが、今のコンモドゥスは全身から出血し、筋繊維が破られたことも相まって、反応速度が極端に落ち込んでいる。

 

 歴戦の戦士であるティムールであれば、それほどに至った相手ならば、もはや怖れるには足りない。

 

「そなたは王であったのだ、この場でだけ王であったわけではない。ローマと言う国のどこにあったとしても、そなたは王であり、王は民を想い、動くべき存在であった。それを忘れ、空虚な妄想に身を窶し、あまつさえ、この場でだけの王であることを誤認したとなれば、臣民からの信頼を失うことも道理だ!」

 

『儂が戦っていた頃の、ローマの将たちはどいつもこいつも必死だった。負ければ国を奪われる、ローマを壊される、自分たちの生活が脅かされる。だから、戦う。シンプルだな、だがシンプル故に彼らは強かった。驕り高ぶり、何もせずに得られた王冠はかのローマですらも腐らせた』

 

『与えられることを当たり前に考えてしまえば、後は堕落していくだけさ。どの国であろうとも変わらない不変の事実、与えられるばかりだった者たちが決して逃れることができない災禍だ』

 

「否ッ、否ッ、否ッ、我は、我はァァァァァァァァァ!!」

 

 アヴェンジャーたちの口にする言葉が、バーサーカーの身を割いていく。痛苦を与えられているわけでもない、衝撃が起こったわけでもない。されど、告げられる言葉の数々が、皇帝であった男に対して、その身を切り刻むための言葉であることに他ならない。

 

 最初からそのようになりたかったわけではなかった。曲がりなりにも偉大なる父の背中を追いかけたこともあった。されど、世界はコンモドゥスに対して優しくはなかった。世界は彼を忘れようとした。記録を消し去り、記憶からも抹消しようとした。

 

 英雄と言う幻想に縋らなければ、ヘラクレスと言う圧倒的な存在に憧れなければ、己すらも保つことが出来なかったことこそが、彼にとっての最大の罪であり、同時に最大の不幸であったのかもしれない。

 

「我はァァァァァァァァァ!!」

 

 バキンとぶつかりあう音が響いた。バーサーカー、コンモドゥスの腕から彼の身の丈の半分はあるであろう棍棒が吹き飛ばされる。これまで怯むことですらもなかったバーサーカーが全身の痛みと精神的な摩耗によって、ついにアヴェンジャーに己の武器を吹き飛ばされるまでに至ったのだ。

 

「我が、我が負ける……? 我は最強、このコロッセオに置いて不敗の――――」

 

「貴様はコロッセオの戦いに負けたわけではない。むしろ、この場における戦いだけで言えば、貴様は我に圧勝していた。真に恐ろしきはその膂力と圧倒的な武威、時代が違えば、立場が違えば、貴様は己の望むべき人生を得られたかもしれぬ」

 

 アヴェンジャーの矛がバーサーカーの首下へと突きつけられる。武器を失い、己の敗北が半ば確定した状況の中で、バーサーカーは放心してしまったような様子だった。

 

 生前に一度たりとも敗北したことがなかったコンモドゥスにとって、どうして自分が今、このような姿を晒しているのかもわからない。相手が一騎当千の英霊であったからか、あるいは狂いに狂った己が現実を直視することが出来ていなかったからなのか、あるいは、あるいは理由を求め、答えを願ってもその答えを提示してくれる相手は何処にもいない。

 

 そう、何処にもいない筈であった。

 

「我が貴様に勝っていたことは唯一つ、私は国を愛し、民を愛し、王であることを己に課し続けた。我が宝具は己の生を終えた後にも我が国家、民たちを守り続けるための願いによって生まれた宝具、我らは復讐に生きるも、ただ己の為だけに生きたわけではない。

 貴様と我らを違えた物があるとすれば、それは背負うものがあったかどうかだ。それが最後に互いの宝具の命運を分けた」

 

「我は、1人であった。誰も理解できず、誰にも理解されず、我が理想だけを追い求めた。その理想が崩れれば、我がヘラクレスでないのだとすれば、敗北は、道理であった、か」

 

「眠れ、ローマ皇帝よ。もしも再び現界するときがあれば、その時は貴様が目を逸らしてきた世界の姿を、その眼でもう一度見てみるといい」

 

 言葉と同時に戟がバーサーカーの首を飛ばし、その身体が黄金のエーテルに包まれ、同時にアヴェンジャーとバーサーカーの立つコロッセオが崩壊を始めていく。

 

 バーサーカーの消滅に合わせて、コロッセオもまた崩壊の時を迎えたのであろう。崩れゆく絢爛の闘技場は、そのままコンモドゥスと言う泡沫の皇帝の末路を象徴しているかのようであった。どこまでも我欲に塗れて、どこまでも己の妄執の為に闘い続けた。

 

 それが正しかったのか、間違っていたのか、それを同じ時代を生きていたわけではない三人の口から語ることはできない。

 

『強かったな』

 

「これが、あと6体、中々に骨の折れる戦だ。だが、不思議と……悪くはないと言う思いもある。争い続けてきた身であればこそ、強者との戦いに昂りを覚える己もまたいるのだろう」

 

『君たちのような戦闘狂の考えは僕には理解が出来ないな』

 

 黄金のエーテルが完全に消滅をしたその時には、アヴェンジャーたちの姿はセレニウム・シルバの森の中へと戻ってきていた。

 

 それを以て、サーヴァント同士における闘いはレイジ側に軍配が上がったことになる。あとは、マスター同士の戦い、レイジが復讐を果たすことができるのかどうか、総てはそこにかかっていた。

 

 だが、ことさらティムールはそれを疑問に思うことや不安に思うことはなかった。マスターとサーヴァントの魔力のパスそのものは未だに繋がっている。それはそのまま、アヴェンジャーたちが不在の状況の中でも、レイジが未だに戦う事が出来ていることの何よりの証拠であるのだから。

 

「っっ、があああああああ」

 

 振るわれる蛇腹剣は、縦横無尽に、立体的に、ヴィンセントの身体のどこであろうとも喰らいつくとばかりにその牙を七星の魔力によって繋ぎ止めて襲い掛かる。

 

「しゃらくせぇ、舐めやがって、ガキがっ!」

 

「そのガキに、以前は足蹴にしていた奴に追い詰められているのはどちらなのか、いい加減にその認識を改めたらどうだよ。あんたは、あの日に舐めていたガキにここで殺されるんだ!」

 

 極限の集中状態、身体の中に宿っている七星の血、七星の意思を己の復讐心と言う確固たる決意を以て抑えつけるレイジの攻撃はチクリ、チクリとヴィンセントの身体を削り、その削った先から、ヴィンセントの身体に流れる七星の血が減衰していく。

 

 まさしく毒だ、リーチも位置も関係なく、何処までも追い詰めていく、ただそこに存在するだけで七星を汚染するまさしく毒に相応しき所業、七星を殺す事だけに特化した魔術が、その試金石とばかりにヴィンセントの喉元へ食らいつかんと唸りを上げ続けているのだ。

 

 対して、ヴィンセントは間違いなく追い詰められていた。彼の魔術は言うまでもなく七星の血と魔術を自身の身体能力に付与する形で、相手を奇襲し破滅へと追い込むもの。言わば、七星の血と魔術が十全に発揮されることを前提とした戦いが出来なければ、その切り札を活用することはできない。

 

 他の七星の仕手たちであれば、自分たちの本来持ち得る力を使って、この状況を脱却する方法を選ぶことが出来たであろう。しかし、ヴィンセントは元々が戦闘専門ではない。

 

 彼の本分は謀略、あるいは裏社会での駆け引きが主であり、ステッラファミリーも荒事の専門は他にいる。七星の血を受け継ぎながら、七星の本分とはかけ離れた世界の中で生きて来たからこそ、此度の聖杯戦争でお一定以上の必要性を求められた。その在りようをヴィンセントは良しとして受け入れていた。

 

 サーヴァントとて、戦闘による勝利を求めていない自分にとってはあくまでも護衛程度、最悪の場合は使い捨ての駒として使い潰してしまえばいいと言うその程度の発想でしかなかった。

 

「………おい、ちょっと待て。バーサーカー、お前……」

 

 だが、今やそれらの選択こそが、何よりもヴィンセントを追い詰めている。

 

 直接的な一対一の戦闘に持ち込まれたことによって、ヴィンセントの持ち味を殺され、七星の魔術師として歪ではあれど覚醒を果たしたレイジに追い詰められ、虎の子であるサーヴァントは己の戦いを優先し、あまつさえ、マスターとの連携を完全に切ったことで敗北を喫した。それを遅まきに理解したヴィンセントは、己が今度こそ本当の意味で追い詰められたことを理解したのだ。

 

 心の中のどこかで、捨て駒程度にしか考えていなかったサーヴァントの力を頼ると言う選択肢があったことを今更ながらに痛感させられる。

 

「アヴェンジャー、よくやってくれた。お前たちの戦いを見ることが出来なかったのは残念だったが、お前たちに出来て、俺に出来ない筈がない。追い詰めたぞ、ヴィンセント・ステッラ。やはりお前はここで死ね!!」

 

「死ね、だとッ。軽々しく言うんじゃねぇよ、ガキが。テメェに人様の生き死にをどうにかするだけの覚悟があるのか、何人も殺してきた俺だからわかる。

 今のお前は立派な被害者さ、嘆いて怒りをぶつけていれば、それに共感してくれる誰かがお前を慰めてくれるだろうぜ。だが、加害者になれば別だ。人を殺せば地獄行きだ。一生それを背負っていく、死んだ後にだって残っていく。それをテメェは背負えるのか?」

 

 言葉を言い終えるよりも早くヴィンセントが懐から取り出した拳銃を放ち、レイジは蛇腹剣の状態を解除し、大剣へと戻った自分の武器でそれを切り払う。

 

「ああ、わかっているよ。復讐が人道に反することも、こんなことをしても俺が幸福になれないだろうことも、だけどな、それで奪われた俺は総てを諦めなければいけないなんて理屈は許せないんだよ。そんな地獄の先に咲く花を見つけてやらなければ、立ち上がった意味がない」

 

「そんなものはねぇさ、地獄の先には地獄しかねぇ」

 

「ああ、だから―――まずはお前が地獄に行け。何人も殺してきたんだろう、その報いを受ける時が来たんだよ!! 俺はお前を踏み越えて、その先を探していく!!」

 

 三度、仕込杖と大剣が激突する。破竹の勢いをそのままに、身体の中に流れ続けている七星の血がレイジに力を与え、ヴィンセントの仕込杖に軋みが奔り始めていく。

 

 レイジによって与えられてきた無数の傷、七星の魔力を無力化するための力が、遂に元々の戦力では決して覆ることがなかったであろう2人の戦力差を逆転させるところにまで至ろうとしていた。

 

「最後に一つだけ教えろ。何故、俺たちの村を襲った。誰がお前に村を襲うように命令した。あの時にお前は誰かに命令されたような素振りを見せていた! 言え、俺達の平穏を、俺達の幸福を奪えと命じたのは何処の誰だ!!」

 

「それを教えたら、お前はどうするつもりだい?」

 

「決まっている。実行犯を殺せば、次は首謀者にケジメを取らせるのが筋だろう。俺のような人間をこれ以上出さないために、俺の無念に終わりを与えるために、奪われた多くの命の弔いのために、お前たちは全員残らず殺し尽くすと決めているんだから」

 

「はッ――――、全員と来たか、笑わせてくれるぜ、俺にだって、圧勝できないお前が、七星を、我らが血族を全て皆殺しにすると!」

 

「出来ると思っているから、此処に来た!!」

 

「――――――人体実験のためだ!!」

 

 ヴィンセントは口角を釣り上げる。この戦いの結末がどのように終わろうとも、爪痕を残すことができるように、レイジ・オブ・ダストの身に怒った悲劇の根幹を、当事者としてはっきりと口にしていく。

 

「お前の身体に流れている後天的な七星の血、それは俺達が聖杯戦争に勝利を手にした暁には、再び覇道を極めるための重要戦力として見越されていたものだ。

 とはいえ、後天的に力を与えるのだから、俺たち七星の血族では実験が出来ない。俺のファミリーや他の関係者を使うなんて言語道断だろ。成功するのかどうかも分からないような実験に身内を巻き込むなんて間違っている。使うのならば他人だろう。お前たちは都合がよかったんだ」

 

 つまるところ、失敗すれば犠牲が出るかもしれなかったから、名前も知れない、何処の誰ともわからないような相手を使えと命令されたから。

 

 だから、村を襲った。全滅させてしまえば、いい。生きている者も、死んでいる者も、瀕死の者も、生き返らせる者も、あらゆる全てが実験材料として使えるのだから。

 

「この後に待っている世界制覇を狙うのならば、より多くの血が流れる。人造七星はその流れる血を最小限にするためのものだ。連中は後天的に七星の力を与えられ、その確立した技術によって、幾度でも交換の利く使い捨ての駒となる。

 あるいは生き残りつづければ才能が花を開くかもしれない。どちらにしても、俺達の誰も懐が痛まないって訳だ。ほらな、地図のどこにあったかも覚えていないような連中の村一つが消えようとも、そうした方が効率的だろうが!」

 

 ドンッと叩き付けられた剣の衝撃に仕込杖の柄が曲がり、ヴィンセントの身体が後ろに投げ出され、受け身も取れずに地面に叩き付けられる。

 

「つまりお前は、何か特別な理由があるから、俺達を襲った訳でもなく、ただ単純にルーレットの出目で出たから俺達の村を襲った。その程度の理由でしかなかったと言うことか」

 

「げほっ、ごほっ、ああ、お前に対してはその通りだよ。別に殺そうが生かそうがどうでもよかった。ただ、面白そうだから生かしておいただけさ。他の連中だって同じだ。ただ、狙いやすかったからと言うだけ。何の因果もありゃしないよ」

 

 不思議と自分の中で失意のような感情が湧きあがることはなかった。レイジは思う。自分はヴィンセントに何と答えてほしかったのか。

 

 もしも、自分たちに襲われるだけの正当な理由があったならば、それを探す旅が出来ただろうか、あるいは、せめて、選んだ理由に納得が出来たのならば、腑に落ちることは出来たかもしれない。だが、同時に自分の中で湧き上がるこの感情に対して冷水を浴びせられるような気分に浸っていたかもしれない。

 

 だがら、もしかしたら、安堵を覚えているのかもしれない。自分が殺さなければならない相手が、自分の心の中に描いていた通りの救いようのないクソ野郎であることに。

 

 そして、これから出会うであろう、ヴィンセントに命令を行った自分たちにとっての真の仇もまた自分が討たなければならない悪であることを自覚する。

 

 殺すことに変わりはない、どんな理由があろうとも自分が受けた出来事を泣き寝入りで受け入れることなど出来ない。けれど、レイジとて人間だ、そこに同情する余地があるかどうかには十分な意味がある。

 

 だって、そうだろう。もしも、人間らしさを失うような生き方をしてしまったら、その先に待っているであろう幸福の花を見つけるための心を失ってしまうのだから。

 

「疾く、果てろォォォォォォォ!!」

 

「いいや、死ぬのはお前さ、レイジ・オブ・ダスト。人造七星、実に恐ろしい性能だ。だからこそ、お前は負ける!」

 

 何かの結晶の欠片のようなものがヴィンセントの腕の中で砕けた。砕けた瞬間にヴィンセントの周囲総てを取り囲むように黒い境界線のようなものが生まれ、レイジが放つ剣の一撃をヴィンセントの目の前で受け止めた影が生じた。

 

「プロトタイプのお前がそこまでの事が出来るんだ、人造七星のプロジェクトは成功したと言っていいだろう。だからこそ、数を揃えたこっちが勝つ!」

 

 ガチャリと、まるで隊列を組んでいる様にして一瞬にしてその場に展開したのは生気を感じさせない、老若男女関係なく集った虚ろな表情の者たちだった。

 

 もっとも、彼らは虚ろな表情のままに、殺気だけは一か所に、目の前でヴィンセントへとトドメの一撃を放とうとしているレイジへと向けられている。

 

「まさか、こいつらも……」

 

「そうさ、お前と同じ、人造七星だ! 灰狼とカシムに大金はたいて、もしもの時のことを考慮しておいてよかったぜ。まさかこんな序盤で聖杯戦争から脱落させられるなんて考えてもいなかったが、ここを乗り切ればどうとでもなる。

 俺は卑怯だからな、此処で逃がせば、次は俺たち全員でお前を確実に潰してやる!」

 

 七星を喰らう七星、そんな者を放置しておけば、誰の喉元に噛みついてくるかもわからないのだ。確実に殺しておくことに異論を挟む者などいないだろう。

 

(悪いな灰狼、お前が望んでいるような盤面に物事は進まないが、ま、許してくれよ。俺だってこんな所で命を落としたくはないんだ……、まったく、とんだ貧乏くじを引かされたもんだ、お前の頼みなんて聞いちまった結果がこれだ)

 

 次々と人造七星たちが動きだし、レイジを抑え込むために攻撃を開始する。彼ら一人一人はレイジほどの完成度を誇っているわけではない、あくまでも量産型、膨大なデータを平均化して、どのような人間であろうとも後天的に七星の力を与えることができるようにした。

 

 イチカラ―城では、ロイ・エーデルフェルトを始めとした人外の領域に踏み込んでいる者たちを相手にしたことで後塵を拝することになったが、彼らだけでも並の人間たちを相手にすることは可能だ。

 

 兵士を手に入れるために最も苦慮するのは、育成を行う時間であると言われている。人造七星の技術はそうした面倒事の時間を大幅に短縮することによって、後の世界制覇を可能とするだけの戦力を手に入れることが出来た。

 

「邪魔を、するなァ!!」

「はは、無駄だ、無駄ァ! 小僧、テメェがいかに七星を無力化することができるとしても、数で勝っている相手への対処の仕方はまだまだだろう。今のお前じゃ、そいつらを早々に突破することはできないし、下手をすれば、そいつらに討たれちまうかもしれない。

 どちらにしても、俺とお前はここでお別れだ」

 

 レイジが人造七星に討たれなかったとしても、それはそれで、ヴィンセントにとっては構いはしない。自分が逃走するための時間を得ることが出来れば、他の七星たちと合流することができる。

 

 灰狼やカシムは全員で潰しにかかることを望まないかもしれないが、散華やヨハンであれば、交渉次第でこちら側に引き込むことができるだろう。

 

 七星が少なくとも三人いれば、レイジを潰すことは問題なく可能だとヴィンセントは踏んでいる。

 

「この場での戦いは俺の負けを認めてやる。あの時のガキが復讐心だけで随分と強くなったもんだよ、けどな、それでもお前は俺を殺せない。それがこの世界の現実、お前と俺の間に存在する厳然とした力量の差って奴だ」

 

 この世の中は総じて総合力だ、いかにレイジが七星を殺すことに特化したとしても、その殺すことができる状況を整えることが出来なければ十全な力を発揮することはできない。

 

 聖杯戦争と言う舞台の上では、ヴィンセントは敗北したかもしれないが、ヴィンセントはレイジが持ち得ないあらゆるものを持ち合わせている、財力も、繋がりも、知識も、悪知恵も、それらすべてがレイジには持ち得ない力だ。

 

 故に総合力という観点からレイジの負けは決定づけられた。奇襲とは成功するからこそ意味がある。悟られ、種が割れ、失敗をした奇襲はもはや何の意味もなさない愚策でしかなくなるのだから。

 

「まだだ、まだ、まだ終わっていない!!」

 

 咄嗟に蛇腹剣へと武器の形状を変えて、レイジは抗うための刃を放つが、人造七星たちはまさしく命などいらないとばかりに、捨て身の特攻を放っていく。蹴散らすことは可能だろう、時間を掛ければ勝るのはレイジの方だ、しかし、ヴィンセントを追い詰めるための時間が足りない。

 

(アヴェンジャーたちにヴィンセントを討たせる……? いや、ダメだ。これは俺の復讐だ、俺がヴィセントを討たなければ終われない。だから、まだだ、まだ終われない! ここでアイツを逃がしてしまったら、俺は―――)

 

『悔しいか、兄ちゃん?』

 

 ――ああ、そうだ、悔しかったに決まっている。あの時の無力を、あの時の絶望を、もう一度ここで味わうことなどどうして許せる。

 

 必ず討つんだ。あの日で止まってしまった俺の時間をもう一度前に動かすために、吐き気を催すような地獄の中でもがき続けてきたこれまでの時間に報いるために、

 俺は――――勝ち取らなければならない、何もかもを忘れた無欲なバカで終わることなんてできるはずもないんだから。

 

「だから、まだだ!! こいつらを突破して、ヴィンセントに刃を届かせる力をッ!!」

 

「話を全て理解できたわけじゃないけれど、利害が一致しているのなら、その力は私が与えてあげるよ――――君は向かう先だけを見てッ!!」

 

 耳に届いた言葉、まるで助けを呼ぶ声に、天が答えたのではないかと思うようなその一瞬に、レイジは不思議とその言葉に身を任せた。

 

 頼る者などいないこの地獄の中で、あらゆる面でヴィンセントに劣っている自分が喉元に刃を突きつけられる最後の機会を、逃すわけにはいかないから。

 

「七星流剣術―――玖の型『散桜』!!」

 

 森の果てより飛び込んできた影は、レイジの頭上をあっさりと乗り越えて、群がる人造七星の一団へと、まるで流星のごとき剣閃の嵐を放つ。

 

 かつては、七星流剣術の中でも最も再現を困難とさせた剣の型、けれど、詰んできた年月が今ではこれほどの数を相手にしてでも、アドバンテージを取れるだけの力へと昇華させてくれた。

 

 朔姫によって送られた刺客たる七星桜子の存在はこの場において完全なイレギュラーであり、ヴィンセントに対しての意趣返しともいえる様相であった。

 

 一対一の決闘に置いて、増援を呼びこんだヴィンセント、偶然ではありながらも、ヴィンセントを倒すための好機ととらえた桜子、それらどちらもが此処に至るまでに引き寄せてきた数多の積み重ねによって引き起こされた必然、或いはレイジ・オブ・ダストという少年の執念が呼び込んだ最後のピースであったのかもしれない。

 

 人造七星たちへと叩き付けられたのは、桜子の魔術によって編み上げられた剣閃、相手の魔術を無力化し、例え、魔術による防壁を生み出したとしてもその上から一線の下に斬り伏せるソレが、レイジの足止めのために用意された人造七星たちを一撃の下に仕留める。

 

 レイジが対抗しようとして、すぐさま対応できなかった相手を一撃で仕留めたことからもその力量は隔絶としている。

 

 故にレイジは人造七星の追撃を一切考慮する必要はなく、ただ目の前の切り伏せるべき相手にだけ意識を向ければよかった。

 

 もしも、もしもの話しであるが……、ヴィンセントがこの時に、逃走を選択したのではなく、レイジを自身の残った戦闘力によって倒すことを選択していれば、桜子が間に合うよりも早くレイジを倒すことを可能としていたかもしれない。

 

 あくまでも可能性の話しであり、結果が覆るわけではない。もはや、レイジとヴィンセントの間に隔てる何かは存在しないのだから。

 

「ヴィンセントォォォォォォォォ!!」

 

「ちくしょうが、キャスターの野郎、わかっていただろうが。いいや、違うな。ああ、よく分かったぜ、灰狼、お前の目的が。気を付けろだなんて言いやがって、利用しているのはお互い様って事だったわけだ!」

 

 ヴィンセントはこの局面になって疑念を確信へと変えた。何のことはない、最初から自分もまた彼らにとっての捨て駒として使われただけだと言うこと。灰狼が、アベルが此度の聖杯戦争に参戦すると口にした時から、彼はヴィンセントの結末の一つに予想がついていたのだろう。

 

 ああ、そうだ、当たり前のことだ、彼の素性を知っている灰狼からすれば、ヴィンセントが真っ先に狙われるであろうことはわかりきっている。

 

 ヴィンセントが勝てばこれまで通りの聖杯戦争を、レイジが勝てば、彼がアベルの襲名者として十分な力を発揮するであろうことを。

 

 どちらに転がっても灰狼やカシムにとっては利になる展開であった以上、己の運命は決まったに等しい。いずれ来たるであろう凶行に対する報い、死神の足音がついにヴィンセントの背中を捉えた。

 

「これが、お前を喰らう、お前たちを喰らう、星屑の怒りだぁぁぁぁ!!」

「ぎぃっ、があああああああああああああああああ!!」

 

 レイジより逃げることは無理と判断したヴィンセントは反転し、レイジを潰さんと仕込杖を放つが、レイジは最後にヴィンセントが手を出して来ることを予期していたのか、仕込杖へと大剣を叩きつけ、遂に柄の部分から真っ二つに破壊され、剣がヴィンセントの肩口から腹部までを切り裂き、鮮血が、静謐なるセレニウム・シルバの森の中に迸る。

 

「ぎひひ、やるじゃねぇか、小僧………、だが、終わらねぇ、ただじゃ、終われないのさ」

 

 肩から身体を切り裂く刃は、七星殺しの魔術が付与され、ヴィンセントの身体の中に流れている七星の血を源泉とした魔術回路を根こそぎ破壊していく。

 

再生も、ここからの逆転も決して許さないと言う絶対断罪の刃が、ヴィンセントへの不可逆な死への旅路を要求する。

 

「もはやお前に出来ることはない。武器は壊した、魔術は崩した。もう逃がさない。お前に出来ることは何もない」

 

「はは、そういうなよ。俺だって観念しているさ、死ぬときは死ぬもんだってことくらいは分かっているんだよ。だから、最後に、お前に呪いをくれてやる。俺を殺したお前が、決して足を止めることのないように、俺からお前に与える呪詛だ!」

 

 レイジと言う己の命を奪った男も、己を嵌めてこの結末へと導いた灰狼たちにもすべてに呪いよあれと、最後まで何かの主張を持つこともなく己の幸福と利益だけを追い求めてきた男、ヴィンセント・N・ステッラは、あの日に起こった総ての真実を知る者の1人として、目の前の少年に最後の呪いを置いていく。

 

「命乞いなど知ったことか。お前が何を言おうとも、お前の命は此処で終わりだ」

 

「そうつれないことを言うんじゃねぇよ。さっき、言っただろう。誰がお前をこんな地獄に叩き落としたのかと。ああ、そうだ、俺だけじゃない。この聖杯戦争に参加しているマスターの中には、お前を地獄へと引きずりおろした連中がまだいる」

 

「何―――?」

 

「冥土の土産だ、持って行けよ。

 お前の人生を、お前の運命を、地獄に叩き落とした七星が、あと五人!!

 このままお前が聖杯戦争を戦い続けていけば、間違いなく敵手として出会うはずさ。勿論、実行したのは俺だ。だが、俺は只、引き金を引いただけだ。お前の運命を本当の意味で壊した奴が誰なのか、精々、残る五人に問いだして、復讐を果たしてみろよ」

 

「あと、五人、俺達の、故郷を、人生を、ターニャを、総てを奪った連中が、あと五人……、ああ、初めてお前に感謝するよ、ヴィンセント。地獄で先に待っていろ。残る五人も必ずその罪を償わせて、同じ地獄に送ってやる」

 

 ヴィンセントはレイジの口にした言葉に口角を釣り上げ、己の言葉がこれより先へと向かう彼にとっての最悪の呪いとして機能することを願う。

 

「はッ、クソッタレな人生だった。ああ、最高だ、七星の残滓なんかじゃない、俺は最後まで俺で在りつづけたぞ!!」

 

 末期の言葉がセレニウム・シルバの空へと響くと同時に、ヴィンセントの首が胴体から離れ、役目を終えた肉体が鮮血を迸らせながら、力なく地面へと崩れ落ちていく。

 

 その返り血を浴びながら、レイジは肩で息を吐きだし、己が果たさなければならない最初の復讐を果たしたことを実感する。

 

「はぁ……はぁ……はぁ、俺の、勝ちだ……! もうあの頃の無力な俺じゃない!」

 

 既にこと切れた相手に、そして何よりも自分に言い聞かせるように、レイジは声を吐きだした。これより先にまだまだ続くであろう地獄の道を己が進んでいけるように。

 

 残る五人も同じように地獄へと引きずりおろせる悪鬼で在りつづけられる事が出来るように。

 

「終わった、か」

「アヴェンジャー……!」

 

「お前の復讐、この眼で見届けた。脚を踏み出した以上、最後までやり遂げろ。改めて我らはお前と共にこれより先も歩み続けよう」

 

 己の1人でヴィンセントを倒したレイジをアヴェンジャーたちは、真にマスターとして認め、これより先のレイジが歩んでいく復讐の旅路へと足を進めていくことを改めて誓った。

 

「だが、まだ終わりじゃない……」

 

 足音が聞こえる、先ほど己を救う一撃となった相手、しかし、その相手が放つ魔力の意味をレイジは理解している。自分の中に宿っているモノと全く同じ、そして自分が殺し尽くさなければならない相手と同じ魔力を持っている相手、振りむけば、そこには彼女がいた。

 

「お前も――――七星か」

「そういう君も、七星の魔力を持っているね。事情を聞かせてもらえるかな?」

 

 セレニウム・シルバでの聖杯戦争は終わりを迎えた。しかし、いまだこの森の中で行われる闘いの総てに幕が引かれたわけではない。

 

To be continued

 

第3話「Rage of Dust」――了

 

 次話予告

「関係ない、七星である限り、お前は俺の敵だ。俺がお前に欲しているのは一つだけだ、お前も俺の村を焼き、大切な人たちを奪った者の1人であるかと言うだけだ」

 

「悪魔に友を売った僕が、君の仲間たちを守るためにこの魔弾を使ったんだ、これほど誇らしいことはない。どこまでも自己満足であったとしても、それで何かが救われるわけではなかったとしても、僕はこの結末に満足している」

 

「JKから見たアラサーは正真正銘のババアや、ババア。どんだけひらひらのスカート履いて若々しく見せておっても、うちみたいなギャルの肌年齢には勝負にもならんよ~」

 

「素直じゃないねぇ、少年。子供はもっと素直でいた方がいいもんだよ」

 

「結果がどうであれ、私は誇らしいの。彼が並み居るトロイアの軍勢の中で、私との決闘を誰よりも困難であったと口にしてくれたことが。私は彼にとっての並み居る将の中の1人ではなかったのだと、証明してくれたから」

 

「俺は七星を倒したい。あと五人、奴らの中に俺が倒さなければならない奴がいる。それを果たすためなら、俺はどんなものでも使ってやるつもりだ」

 

「お前ら、全員使いつぶしたるからな、覚悟せぇよ!!」

 

「いくら綺麗に花を添えても、地獄の中にある限り、人は簡単にその花を吹き飛ばす。今のセプテムがそうだ、この国は狂っている。だから、花を咲かせる方法を見つけなくちゃいけないんだ」

 

「それでも、花を咲かせるための想いを忘れちゃいけないんだ。地獄の中でも花をさkセル事が出来るんだってそう思う気持ちを忘れたら、人は悪魔と何も変わらなくなってしまうから」

 

第4話「Reason」

 




次回の更新はお休みさせていただきます。

再開は来週の水曜日か土曜日となりますので、ご承知お願いします!

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第4話「Reason」①

――セプテム・『セレニウム・シルバ』――

 最初からこの戦いは、私にとっての過去との清算の戦いであることは分かっていた。セプテムに集う魔術師たちのうちの半分は、かつて大陸へと渡った七星の祖先達の血を繋ぎ続けてきた者たちによって構成されている。

 

 そもそも、このセプテムと言う国が、七星の血族たちが建国した国であると言うことを知らされた時も相応に驚きを覚えたものだ。

私が想像している七星と言う家はあくまでも日本の中に存在する、魔術師を狩るために歴史の闇の中に潜んでいる一族であると思っていたから。

まさか、日本を飛び出した分派の人々が大陸でそれほどの行動に出ているなんて想像も及ばないところであったのは間違いない。

 

 ただ、既に彼らは元々の七星としての使命に準じるつもりがあるようには見えない。大陸に渡り、大陸の人々と同化をしていく中で、七星と言うルーツだけを保ちながら、彼らはそれぞれが独自的に成長を果たしてきたのであろうことは間違いない。

 

 遠い遠い祖先様が同じであり、苗字が似通っていても感覚としてはまったくの他人であるなんてことは日本でもよくあることで、正直に言えば、今更、彼らに対して仲間意識を持つとか同族意識を持つとかそういうことはありえない。

 

 私は私、私は七星流剣術道場の娘であり、神祇省の一員であり、今は遠坂蓮司の妻である。それだけが事実として残っていればいい。七星と言うルーツだけの関係よりも、私の為に七星の力と向き合う方法を教えてくれた朔姫ちゃんたち、神祇省との関係を優先する。

 

 ただ、だからといって何も無関係でいられるわけでもない。私と同じ七星の魔術を使う魔術師たち、そして10年前から未だに決着をつけることもなく、自分の野望の為に邁進しているであろうことが間違いないと思える相手であるアフラ・マズダ。

 

 私は私の人生を謳歌するために、母さんがかつて果たせなかった想いを果たすためにも、この聖杯戦争で決着を付けなければならず、その過程の中で、同じ七星同士の激突は避けられない者であろうことは自覚していた。

 

 ヴィンセント・N・ステッラ、神祇省でも聖杯戦争のマスターの1人になるであろうと目されていたイタリア全体に根を張るマフィアの頭目にして、七星の血を繋ぎ、欧州で新たに進化を果たした暗殺一家としての側面を強く持つ。

 

 初戦の相手として、決して楽に勝てる相手ではないと思っていただけに、目の前で起きたことには少々驚かされている。あの場にいた誰でもない私よりも10は齢が下であろう少年によって、ヴィンセントは討たれ、命を落とした。

 

 最後に彼らの間で交わされた言葉の応酬はよくわからないし、成り行きで彼を助けるようなことになってしまったけれど、そこに安穏とした空気が漂うことはない。

 

 振り向いた少年は、私へと視線を向けて、怒りとも憎しみとも言えない視線を向けている。けれど、身体の中に抑えようとしても抑えきれないほどの殺意が、今か今かと解放の時を望んでいるように見える様子だった。

 

「お前も――――七星か」

「そういう君も、七星の魔力を持っているね。事情を聞かせてもらえるかな?」

 

 さっきの人造七星たちとの乱戦に飛び込んだ時から、彼の身体の中から私と同種の七星の魔術が生じているのは理解できた。敵も七星、こちらも七星、魔術の影が色濃くて嫌になっちゃうほどには、ここは七星で満たされてしまっている。

 

「お前もこいつらの仲間か?」

 

「………、さすがにそれは酷くない? 少なくとも私、君のことを助けたつもりではあるんだけど」

 

「お前が七星であると言うだけで信用できない。お前たちのような殺戮一族ならば、ヴィンセントを用済みであると片づけに来たとも考えられる」

 

「確かに私はヴィンセント・N・ステッラを倒しに来たことは事実だよ。でも、それは聖杯戦争に関わるから。私は日本の七星出身だし、こっちの大陸の七星の人たちのことは碌に知らない。勿論、君がどうして彼にそこまでの怒りを向けているのかもわからないよ。

 だから、事情を聞かせてほしいの。七星の宿命とか、殺す事しかできないとかそういう関係になりたくないと思ってるから」

 

「関係ない、七星である限り、お前は俺の敵だ。俺がお前に欲しているのは一つだけだ、お前も俺の村を焼き、大切な人たちを奪った者の1人であるかと言うだけだ」

 

 少年は大剣を構える。その剣は先ほどの戦闘を見る限り、鞭のような形状に分かれる状態にも変化することは分かっている。

 

(種が割れているのなら、式神と私の七星流剣術で封じることはできると思う。何にしても彼をこのままにしておくわけにもいかないし、事情を聞かないと、どう動けばいいのかもわからない)

 

 目の前の少年は七星の敵対者ではある。ならば、自分たちにとってはどうなのか、聖杯戦争の相手側である自分たちと手を取り合うことができるのならば、危険な人物であったとしても、手を取り合うだけの理由がある。

 

 半壊してしまったタズミ陣営にとって、マスターの1人を倒すことが出来るだけの実力者は喉から手が出るほどに欲しいのだから。

 

 けれど、もしも、彼が無差別にただ殺戮を求めて、戦いを挑んでいるだけなのだとしたら、此処で自分が止めなければならないと思うから。

 

「七星は俺が全て――――」

「はッ!!」

 

 しかし、勝負は一瞬でついた。満身創痍の状態で私へと飛び込んできた少年の剣を弾き、護符を彼の身体に触れさせるとその護符がスタンガンのように電流を放ち、一瞬で彼の意識を奪う。

 

 さっきまでの戦いが終わって緊張の糸が解けてしまったのか、呆気ないほどに早く終わってしまった戦いは、逆に彼が七星の魔術師として未だに完成していないことを意味しているのかもしれない。

 

 もしも、本当の意味で七星の魔術師として完成しているのだとすれば、護符の攻撃を受けても、七星の血がバックアップのように機能して、戦闘を継続させようとしてくるだろう。

 

(もしかしたら、彼もさっきの人たちのように……)

 

 ヴィンセントは彼らのことを人造七星と呼んでいた。神祇省の伝手で聞かされた話によれば大陸の七星は、独自に七星の血を、七星の血族以外にも分け与えて戦力にすることができるように研究を続けていると聞かされた。

 

 その結果が人造七星であるとすれば、私が思っている以上に、こちら側の七星は、大きな規模で活動をしているのかもしれない。

 

(真正面から戦えば、負けないと言う自負はある。だけど、問題は私たちの七星の血をどんな人間にも分け与えることができると言うこと。あくまでも、あたしは遠坂桜子でしかない。国を動かすことも軍隊を動かすこともできない。ただ、目の前の相手と戦うことしかできないあたしには、目の前しかカバーすることはできない)

 

 いかに私やロイが圧倒的な強さを持っていたとしても、私達は個人でしかない。軍隊を相手にすることはできないし、国家と対峙するなんてことは出来ない。

 

 もしも、本当に人造七星が実践段階にまで至っているのだとすれば、数で押し切られる可能性は非常に高い。

 

「………、私が思っている以上に、大陸の七星は厄介なのかもしれないな」

「さすがに力尽きたか。無理もない、相手のマスターを倒すことに最後まで腐心した。二度目の戦いを継続するほどの力など残ってはいないだろう」

 

 ガサリと、その時に森の中から歩いてくる足音が聞こえた。ランサーは私のすぐ近くで霊体化している。相手の少年と会話をしていた鎧を着こんだ偉丈夫、それが敵方のサーヴァントであることは、その立ち位置からすぐに分かった。

 ただ、朔ちゃんたちの側は既にロイ以外のマスターが揃っていると聞いた。刀を構えるけれど、驚くほどに姿を見せた相手からは殺気も戦意も感じることが出来なかった。

 

 ただ、それでも相手がサーヴァントであることに変わりはない。先ほどまで霊体のままに状況を伺っていたランサーが姿を見せ、私の目の前で双槍を構える。

 

「貴方は何者ですか?」

「アヴェンジャーのサーヴァント」

 

「アヴェンジャー……? そのようなクラス名は聞いたことがありませんが……」

「少しばかり来歴が特殊なのだ、この身体にも我以外に二人のサーヴァントが内包されている」

 

『ああ、まったくだ。別に好き好んで貴様らと一緒の身体になりたかったわけではないと言うのにな!』

 

『珍しく意見があったね、僕も同感だよ。無理矢理ツギハギのようにされているなんて英霊としても恥もいいところだ。さっさと解放してもらえるのなら、ここで戦いが終わってくれた方がいいかもしれないね』

 

「え、っと、どこからともなく声が聞こえてくる……?」

「そういうことだ、我らは三人で一人のサーヴァント。そして、この少年、レイジ・オブ・ダストのサーヴァントでもある。最も、貴様たちにも七星と呼ばれる者たちにもどちらにも与していないのが現状ではあるが……」

 

「イレギュラーに召喚されたサーヴァント、そのように捉えるのが一番でしょうか。しかし、疑問が残ります。どうして、そこの少年、レイジと契約をしているのですか。もしも、イレギュラーな存在であれば、彼と契約をすることが出来たのはどうしてですか?」

 

「縁が結ばれたからであろう」

「縁……?」

 

「我らはそれぞれが復讐に身を窶した者たち。故にこそ、復讐者のサーヴァントとして呼び寄せられた。そしてこの少年もまた七星への復讐の為に、その命を燃やして戦っている」

 

「どうして、そこまで七星を倒すために……」

 

「それは少年自身に己で聞くが良い。個人の復讐の理由など余人が語るべきことではない」

 

「であれば、貴方に問いましょう。彼は我がマスターに襲い掛かろうとしました。それが認識の違いであれ、本来の復讐の相手として認識しているのであるのかは判然としませんが、この場において貴方は我々と敵対するつもりですか?」

 

 事情を理解し、残るはこの場で意識を失ったマスターに寄り添うサーヴァントの目的だ。少なくとも、私はこの子と顔を合わせたことはない。自分の人生で復讐を望まれるようなことをしてきた覚えもないし、間違いなくこの子に復讐の気持ちを抱かせるまでに至ったのは、大陸側の七星の策謀があればこそであると思う。

 

 目を覚まして、ゆっくりと話をすることができるのなら、それを理解してもらうこともできると思うんだけれど、出会い方が出会い方だっただけに、もしかしたらこじれてしまうかもしれないなぁ、そうなったら嫌だなぁ。

 

 などと、頭の中で考えていると、アヴェンジャーが私たちへの興味を示した。

 

「こちらからも一つ問いたい。貴殿らは、かの七星と呼ばれる者たちと戦っている。そのように認識して良いか」

「事情は何も理解していないと?」

 

「ランサーのサーヴァントよ、貴殿の言う通りだ。我々はイレギュラーであるが故に聖杯戦争の最低限の知識しか与えられていない。我々が知りえる情報は、この地に14体のサーヴァントが集い、それらのうちの1騎だけが聖杯を手にすることができると言うだけだ」

 

『さしずめ、貴様らは七星との対抗勢力と言うことでいいんじゃないか?』

 

「そうね、今の聖杯戦争は大きく二つの勢力に別れている。セプテムの王族派と七星のマスターたち、そしてそれに対抗するために呼び寄せられた魔術師たち、私達は後者。さっきまでも森の向こうで交戦が繰り広げられていたわ」

 

『かっははは、どうりで戦の匂いがすると思ったのだ。これほどの濃厚な戦の匂いだったのだ、さぞや派手なモノであったのだろうよ』

 

 アヴェンジャーの中にいる老人のようなしわがれた、けれど肉食獣のような鋭さを持った声を上げる人物は、匂いだけで戦いの経歴すらも分かるような反応だった。どんな英霊なのかはわからないけれど、おそらくは高名な戦場の英雄だったことは間違いないと思う。

 

「―――ふむ、であれば、表面上だけでも我らと貴殿らの目的は一致すると考えても良いか」

 

「正直に言えば、このセレニウム・シルバでの戦いは私達の完全敗北、なんとか七星側を退けたとは言えるけれど、これより先がどうなるのかはわからないわ」

 

「完全な敗北、でもない」

「ん……?」

 

「レイジ・オブ・ダストはマスターを、そして我らはバーサーカーを打倒した。であれば、完全敗北と言うには少しばかり誇張が過ぎるであろう。サーヴァントを一騎失えば、連中とて、全く無視できるダメージと言うわけではなかろう」

 

 驚いた、アヴェンジャーは既に、自分たちの戦果を私達の戦果と同様であると判断した前提を基にして会話を進めている。それはつまり、先の言葉と併せて、私達と行動を共にしたいと言う思いの表れなのだろう。

 

 私がそれを察したのを理解したのか、アヴェンジャーはさらに言葉を続けていく。

 

「我々は何かしらの拠点を持つわけでもなく、仲間あるいは同胞、同盟者と呼べるものも現状、何一つとして持ち合わせてはいない。貴殿らが認めてくれるのであれば、行動を共にすることこそが、これより先の最善であると我々は考えるが、どうかね?」

 

「私達と一緒に、七星と戦う、貴方はそのように言うのですか? 突然姿を現して、何の目的を持っているかもわからない貴方たちを」

 

 ランサーは当然の警戒を浮かべる。先ほど主を失った直後であると言う事もあって、気が立っているのは間違いない。一方的に条件を突きつけられているだけに等しいのは確かにその通りではあるけれども。

 

「少なくとも我々が七星と敵対しているのは先ほどの我がマスターの戦いを見れば、理解はできると踏んでいるのだが?」

「まぁ……確かにね。怒りにだって持続性がある。それを超えてしまったら、萎んでしまうだろうけれど、少なくとも彼はその気持ちを持続させ続けている。並々ならぬ思いがあるんだろうなってことはよく理解できるわ」

 

 問題はその並々ならぬ想いと私達の行動が一致するかどうか、私達は彼の復讐の為にこの場に集まったわけじゃない。一歩間違えれば、その復讐に付き合わされて、望んでいない路へと進むことになりかねない。

 

 ならばいっそのこと、彼のことは忘れてここで互いに知らなかったふりをするのも一つの手ではあるだろう。冷静に、何も変わらないことを望むのならば、それも選択の一つとして決して間違ってはいないだろうと確信を覚える。

 

 ただ……、これはあくまでも直感に過ぎないけれど、七星と戦うこの聖杯戦争の中で、七星を憎み戦う少年とイレギュラーのサーヴァントと出会う。

それがまったくの偶然とは思えない。運命論者を気取るつもりは毛頭ないけれど、この世界にはそういう偶然に似通った策謀が渦巻いていることを今の私は知っているから。

 

(アフラ・マズダ、きっと貴方は今の私達の状況をつぶさに観察しているんでしょうね。高い何処にいるともわからない空から、私達が何を選択するのかを見守り続けている。困難を与えること自体が自分の役目であると思っているんでしょうけれど……)

 

 自分は、遠坂桜子はそんな神様気取りと決着をつけるために此処に来ている。あからさまな罠であるように思うことであっても、彼に届く手掛かりになる可能性があるのならば、放逐しておくわけにはいかない。

 

「朔ちゃんに、なんて言われるかわかったものじゃないけれど……、仕方ないか。どんな物事にだって絶対の後悔なんてあるわけもない。この出会いにだって、良い意味での変化はあるはずだし」

「マスター?」

 

「アヴェンジャー、私達の拠点に貴方たちをお連れします。ただ、あくまでも判断は私の上役につけていただきます。もしも、そこで反抗的な態度を取るようであれば、私達は貴方がたを排除することに一切の躊躇をしません。それでもよろしいですか?」

 

「賢明な判断だ、では、その言葉にまずは甘えるとしよう。我が主も、精根尽き果てかけている。まずは休ませねば、話しも次に進むことは無かろう」

 

 復讐者という聞き慣れないクラスのサーヴァントでありながら、その態度や言動はかなり落ち着き払っているように見えた。

 

 もしも、レイジ、君だけだったとしたら、ここまでスムーズに話を進めることは出来なかっただろうと思うから、彼の存在はレイジ君にとって必要な相手なのかもしれない。

 

 なんにしても……溜めこんだ息をフゥっと吐きかえす。

 

「……戻ろうか、ランサー。色々なことがあったけれど、この場の戦いはこれで終わりを迎えるだろうから」

「はい、承知いたしました、マスター」

 

 夜の森にかかった霧が晴れていく。やがて迎えるであろう朝を歓迎するように、この森に集ったマスターたちにとっての長い長い夜は、ようやく終わりを迎えようとしていたのであった。

 

・・・

 

「面目もないね、本当に。君の力になると口にしていたのに、ここまで役立たずのまま終わるとは、我ながら情けない」

「言うな、喋れば傷に触るぞ」

 

「慣れているね」

「嬉しくもない。こんなものに慣れたくはなかった」

 

 イチカラ―城における戦いもまた終わりを迎えた。襲撃を仕掛けてきた七星たちは撤退し、生き残った者たちはようやく、緊張の糸を解き、この夜を乗り越えることが出来たことを互いに祝福する。

 

 ただ、それでも別れを迎えなければならない者もいる。アーチャーのサーヴァント、カスパールはその身体を黄金のエーテルによって覆われ、最後の力を使い果たしたとばかりに身体を横たわらせて、消滅の時を待っていた。傍らにはマスターであるエドワードがいる。

 

 これより聖杯戦争を共に戦い抜くサーヴァントが消滅の憂き目にあっていると言うのに、エドワードは驚くほどに嘆く様子を見せていなかった。動揺する様子もなく、むしろ、それを当たり前のことのように受け入れている節すらも見えた。

 

 そこにあるのは、どこまでも慣れきってしまった戦場の香り、隣に立った戦友が自分残して命を散らしていくエドワードにとっての日常、幾度も幾度も死に損なって戦友たちの死を見届けることしかできなかった男であればこそ、目の前の相棒の死を嘆くこともなく受け入れるしかなかった。

 

「なら、出来ればもっと悲しんでほしかったな。短い時間ではあったけれど、僕は君と友誼を結ぶことが出来ていたんじゃないかと勝手に思っているんだけどな」

 

「結んでいたさ。だからこそ、静かに送り出すんだ。下手に嘆けば、消えていくお前に余計な未練を残させる」

 

「………、ありがとう。でも、それは余計な気遣いだ、エドワード。僕はさ、これでも結構満足しているんだ。大して役に立つことは出来なかったようだけれど、全く何もできなかったわけじゃない。少なくとも、君の仲間を守ることは出来た。君を生かすことが出来た。君はそれを呪うかもしれないけれど、僕にとっては紛れもない祝福だ」

 

 アーチャー、カスパールは思う。己と言う英霊にとっての望みとは何であるのか、逸話にも刻まれたかつての所業をやり直す事かあるいは、悪魔に魂を奪われないほどの強さを身につけることか。いいや、違う、違うのだ。カスパールが英霊と言う存在になってまでも得たかったものは違う。

 

「悪魔に友を売った僕が、君の仲間たちを守るためにこの魔弾を使ったんだ、これほど誇らしいことはない。どこまでも自己満足であったとしても、それで何かが救われるわけではなかったとしても、僕はこの結末に満足している。だから、いいんだエドワード。

 僕が身勝手に、君との時間を美化しているんだから」

 

 語り明かすほどの交流を持つこともできなかった。実際の所、彼らは互いに互いのことを理解していると言えるほどの仲になることは出来なかったかもしれない。

 

 それでも、意味だけはあった。此処に存在する意味があったのだとすれば、そこには僅かばかりではあっても救いがある。

 

「エドワード、これを……」

 

 カスパールは己の銃をエドワードへと渡す。さながら自分がそこに存在していたと言う軌跡を残すかのように。

 

「僕の銃弾だ、まだあと4発分残っている。使うか、使わないか、どう扱うのか、それはすべて君に任せる。君にとってどうしても必要になった時には迷わず使ってほしい。此処で消える僕が大事に抱えていても何の意味もないからね」

 

「魔弾、か……」

 

「使うかどうかは君に任せるよ、だが、使うとすればその意味を噛みしめた上で使うんだよ、あと3回は素直に使っていい、だけど、4回目は……キミだって言うまでもなく分かっているだろう」

 

 悪魔ザミエルとの契約の末に生み出された七発の銃弾、6つは狙った存在に必ず当たる銃弾、しかし、最後の銃弾だけは当たることと引き換えにその者にとっての命を引き替えにする銃弾、それを託すことの意味は、エドワードの生存を願う気持ちと、彼に相応しい終わりを与える気持ち、それが同時に存在すればこその想いであったのかもしれない。

 

「キャスターのマスター」

「何や、詫びろ言われても謝らんぞ、こっちだって色々と必死だったんやから」

 

「はは、そんなことは言わないさ。ただ、エドワードのことをよろしく頼むよ、知っての通り、彼は少しばかり不器用だからね、君のような明るい子が一緒にいてくれた方がいい」

 

「誰が騒がしいや、余計なこと言うな、言われんでもこのままじゃ済まさん、お前にも助けられたからな、願いの一つや二つくらいは聞いたるわ」

 

「それはありがたいね。君のような子がいてくれるのなら、僕も安心してこの満足と共に消えていくことができるよ」

 

 黄金のエーテルが輪郭すらも消え失せていく。もはや人の形も保つことが出来なくなりながらも、アーチャーはその意識だけは、エドワードへと向けながら、これより彼らが向かっていくであろう困難な旅路を想う。決して楽ではないだろう、願いが叶うかどうかも分からない。けれど、どうかその旅路に幸福あれと。

 

 かつて、友を裏切り、後悔の果てに命を落とした一人の青年は、ほんの少しだけ報われたような満足感を浮かべながら、消滅していった。

 

「ったく、勝手に期待して、重いもん残していくんやないわ。そんなん言われたら、無視するわけにいかなくなるやんか……」

 

「アーチャー……、結局、また俺は生き残ってしまった訳だ」

 

 傷跡を残したかったわけではない。それでも結果としてカスパールの消滅によって、残った者たちは多かれ少なかれの傷跡を残されることになった。そこから何を考え、何を得るのかはそれぞれの心の中に何を残したかによって、なのかもしれない。

 

・・・

 

「逆賊タズミ卿の討伐、そして聖杯戦争における敵方勢力への先制攻撃はおおむね成功であったと言っても良いでしょう。皆さま、ご協力いただけたこと感謝します」

 

「わざわざあらためて感謝をする必要もないだろう、皇女殿下。我々はタズミ卿の宣戦布告に応じて、彼らと一戦を交えたに過ぎない。聖杯戦争は始まりを迎え、そして彼らは我々を御しえなかった。これが聖杯戦争である以上、彼らもその結末を受け入れてもらわなければならないからな」

 

 セレニウム・シルバ領内における辺境、深々とした森林地帯を抜け、セプテム王都であるルプス・コローナへと向かう途上にて、七星側勢力は撤退後の戦力の立て直しと状況整理の為に、一度野営を展開することとした。

 

 既に動員した近衛兵士たち及び人造七星たちはこの場にはいない。キャスターの働き掛けによって彼らは元いるべき場所へと戻されており、ここにいるのは聖杯戦争のために集った七星のマスターたちとそのサーヴァントたちだけである。

 

 口火を切ったリゼの感謝に対して、灰狼はそれを当たり前であると語った。ある意味で、彼ら二人のスタンスをこれ以上なく象徴しているやり取りであるとも言えよう。

 

 リゼにとってセレニウム・シルバの戦いは国内における権力争いの一環として行われた。すなわち、王族に反抗する勢力に対しての綱紀粛正、タズミと言うスケープゴートを以て国内の安定を願うことが前提にある。

 

 対して灰狼はセプテムの内情になど一切興味はない。あくまでも聖杯戦争の相手としてタズミたちと事を構えているだけに、戦力としてリゼたちが戦い、消耗してくれているのであればそれ以上に求めることは何もないと考えている。

 

 互いにその主張の違いは理解しているものの、それを殊更にあげつらうようなことはしない。あくまでもそれは分かったうえで受け入れておくものであると理解しているのだ。

 

 灰狼は愚直に聖杯戦争の勝利に向かっての邁進だけを考えている。リゼはそんな灰狼に最終的には勝利を明け渡すように父より厳命されている。

 

 それが正しいのかどうかは別としても、皇女であるリゼは受け入れざるを得ない。彼女はそういう立場で生きてきたのだから。

 

「私は楽しかったですよ、想像よりも歯ごたえのある方が多かったですし、興味が湧く人にも出会う事が出来ましたから」

 

「己にとっても上々であった。此度は皇女殿下に任せていたが……、次の機会には是非とも、我が研究の成果を発揮したいところだ」

 

 散華とカシムにとっては、とても有意義な戦いであった様子が言葉からも感じ取れる。彼らにとっては、圧倒的な実力差の中で楽しめる相手を見出すことができるかどうかが全てにおいて重要であったが、そういう意味では、後から参戦した遠坂桜子とロイ・エーデルフェルトの存在は実に素晴らしいものであった。

 

「……ヴィンセント、戻ってこないな」

 

 ポツリとヨハンが呟く。合流地点として指定した場所に拠点を移してから既に1時間が経過しようとしているにもかかわらず、この場に集っている七星は6人、最後の1人であるヴィンセントの姿は依然として見えない。

 

「ヴィンセントおじ様の事ですから、大丈夫でしょう。あの人はどんな窮地であっても、抜け出して生き残る、そうしたバイタリティを持っている方ですから」

「生き汚さは実に七星らしいからね」

 

 リゼの褒め言葉にヨハンも褒めているのかどうなのか怪しい言葉を乗せて語る。王家の付き合いとしてヴィンセントと関わりの深い彼らにとって、ヴィンセントほどこうした乱戦の中で生き残るすべに長けていると考えられる者はいない。

 

 彼であれば不安は何一つないだろうと言う信頼の証と言えばいいだろうか。そうしたものを持ち合わせているからこそ、王家と関わり深く、その上で裏社会の中で生き抜いてきたのだから。

 

 故に戻って来るとの確信を覚えていたが、

 

「ヴィンセントなら戻ってこぬぞ。あやつは、二度とお前たちの前に顔を見せはせぬ」

 

 カツンと杖が地面を叩く音と共にキャスターが姿を見せ、興味なさげな声でそう告げた。

 

 リゼは背筋に嫌な汗が流れる感覚を覚えた。幾度か人生の中で経験したことがある、聞きたくもない何かを聞かなければならなくなってしまった時の感覚だった。

 

「……どういう意味ですか?」

「ん? そのままの意味よ。ヴィンセントとバーサーカーは合流地点へと向かう最中に、連中の1人によって討ち取られた、もはや死体であると言うことだ」

 

「―――――!」

 

「バーサーカーも既に消滅しておる。まったくもって情けないことだ、あれほどの勝利を重ねておきながら撤退の時に敗北をするなどと、あまりにも笑えぬわ」

 

「不思議に思うことでもないけどな、あの贋作ではいずれどこかで躓いていたはずさ」

「アーチャー…!」

 

「事実を言ったまでだよ、そして実際にそうなった」

 

 コンモドゥスに対して決して良い感情を抱いているわけではなかったアーチャーの言葉をヨハンは制するが、それで何かが変わるわけではない。

 

「ヴィンセントおじさまが、死んだ……」

 

 どだい、これは戦争なのだ、タズミやジャスティンが討たれたのならば、七星側とて無敵であるなどとどうして言う事が出来るだろうか。

 

「残念です、ヴィンセント様。せっかくこの異国の地で知り合うことが出来たと言うのに、でも、死んでしまったのなら仕方がありませんね。死者が甦ることはありませんから」

 

 散華の言葉は惜しむ想いを発露しているが、悲しむと言うよりは割り切ってしまっていると言う方が強い印象の言葉だった。

 

 その事実、その意味、それをリゼはこの時にようやく理解したのかもしれない。あの時のように、あの二度にわたるスラムでの戦いの時のように、命を懸けた戦いの最中にいるのだと、改めて理解し、自分にとって身近な人物が唐突に命を奪われたことを実感は薄くはあれども、理解させられることとなったのだ。

 




いよいよセレニウム・シルバ編も佳境へ

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第4話「Reason」②

――セプテム・『セレニウム・シルバ』・イチカラ―城――

 命を懸けた激戦の夜が明けた。誰にとっても険しく、誰にとっても出会いと別れを迎えることになった時間は過ぎ去り、小鳥たちのさえずる朝がやってくる。

 

 昨日、森を覆っていた霧はすっかりと晴れてしまい、雲一つない快晴がセレニウム・シルバの空を支配していた。

 

「なんや、ほんまに。一日遅く、霧がかってくれればよかったんにな。ほんま、そういうん、うちは運がないわ」

 

 そんな見晴らしよく森を一望できるイチカラ―城の屋上部分から、八代朔姫は外の光景を見ていた。黄昏ていると言ってもイイだろう。

 

 イチカラ―城は一度崩壊を迎えた。ロイの魔術と桜子の斬撃、そして七星たちとの激戦によって、跡形もない形で崩壊を迎えたはずだが、その細部を異にしながらも、この日の朝を迎えた時には一定の城としての形を保っていた。

 

 それを実行したのは朔姫とキャスター、そしてロイの三人の魔術によるものである。朔姫とキャスターの陰陽術と巫術を合わせる形で、半ばハリボテであることは否めないが、城の形を再現し、ロイの流体魔術によって魔術の流れを制御、魔術によって支えられた一夜城の完成である。

 

 もしも、昨日と同じように攻め込まれでもしたら一瞬にして崩壊してしまう砂上の楼閣であることに間違いはないが、少なくとも雨風や外気を遮断するだけの効力はある。

 

 あれだけの激戦を潜り抜けた後ならば、やはり休息だけでも取れなければこれからの活動に支障を来す。そう判断しての事であり、朔姫は警戒心を抱いていたことから、存外早く起きてしまったのだ。

 

「ふわぁぁ、いつもだったら、布団でぐっすりの時間やってのに。姫に見張りをさせておった方がよかったか?」

「そんなことを言っても朔ちゃんのことだから、すぐに起きてしまったんじゃない?」

 

 屋上に新たな人影が映る。聞き慣れたその声に朔姫はため息を想わず零した。

 

「―――――、何や、やっぱババアになると早く起きてしまう言うんは本当やったんやな」

「なっ、いつも言ってるけど、私、ババアなんて呼ばれる年齢じゃないんですけど!」

 

「JKから見たアラサーは正真正銘のババアや、ババア。どんだけひらひらのスカート履いて若々しく見せておっても、うちみたいなギャルの肌年齢には勝負にもならんよ~」

「ギャル、ねぇ……朔ちゃんはどっちかっていうと、委員長タイプとかそっちじゃない?」

 

「はぁ~~? ほんま、見る目ないな、うちほど、悪が似合う女もおらへんで。うん? いや、別にギャルは悪やないな、じゃあ、ギャルの定義って何や?」

「知らないよ、朔ちゃんが自分で言い始めた事でしょ」

 

「あー、もうええ。桜子とくっちゃべってたらどうでもよくなったわ。いやぁ、お天道様が今日も見れて幸せやな~、タズミにも見せてやりたかったで」

 

 努めて明るく振る舞うように朔姫は軽口を叩いてくる。その様子が自分の中に隠している感情を見せないようにするためであることを、相応に長い時間付き合っている桜子は分かってしまう。

 

「……ごめん、もっと早く到着できればよかったんだけど」

 

「減給や、減給。唯那によぉ言っておくかんな。ま、でも、最悪の事態は防げたわけやし、あの兄妹を召喚できたのは桜子の寄り道があればこそや。責めたてることばかりないやろ」

 

「……うん」

 

「むしろ、不甲斐なかったんはこっちの方や、タズミとジャスティンが役に立たんのはよぉ、分かっていたつもりやったし、姫の託宣で何か起こるってことも分かってはおったんよ。分かっておったんに、結局、このザマや。ほんま、自分に頭来るわ、もっと上手くやれておれば、ランサーだけじゃなく、バーサーカーやアーチャーも生かすことが出来たんやないかって」

 

 朔姫にとっては、タズミに集められた同盟者程度に過ぎない。いずれは敵対する関係かもしれない。ただ、それでも仲間であったことは間違いない。

 

 あの混乱する戦場の中で、逃げ出すこともせずに戦っていたのは、誰もが少なからず、ここで戦うことに意味があると見出したからだろう。

 

 七星側の襲撃をどれだけの人間が予期していたのかなど分からないが、朔姫は何が起こると分かっていた側の人間だ。なら、知っていたなりの何かをするべきだったではないかと思う気持ちは離れない。

 

「……、朔ちゃん!」

 

 改めて声を掛けられ、振りかえれば、バッと両手を広げる桜子の様子が見える。

 

「何しとん?」

 

「今なら私以外、誰も見ていないんだから。吐きだしたいことがあるのなら、胸を貸すよ。弱音を吐いても、泣いてもいいじゃない。朔ちゃんだって神祇省のお姫様の前に人間なんだから」

 

 ニッコリと笑ってさぁ、どうぞと歓迎する様子を見せる桜子に朔姫はハンと鼻を鳴らす。

 

「ハッ、そんなもんせんわ、ガキちゃう言うとるやろ。泣いたところでいなくなった連中が戻って来るんか? 失った者が帰って来るんか? 来ないやろ、泣きごとビィビィ言っている暇あったら、次に何やるんか考えんが先決や!」

 

「そんなストイック過ぎない?」

 

「七星の連中はうちらがどこにいるのかを完全に理解されとる。早々にここから動きださんとまた攻められるのがオチや、動けないほどに消耗しているとまで思われたら、今度こそ全力で攻められる。ハッタリかますんなら、準備をして動かなあかんやろ。

 泣くんなんていつでもできる、やることやりきって、全部終わるか、どうしようもなくなった時にすればええんや」

 

 バッと立ち上がり、朔姫はいつまでも此処で時間を潰している場合ではないと考えたのだろう、城の中へと戻っていくことを決めた様子だった。

 

 立ち上がった時にゴシゴシと服の袖で目尻の下を拭ったのをあえて、桜子は見ないふりをした。

 

「これから先も、お前の力が必要なんは間違いない。キリキリ働いてもらうで桜子」

 

「それは勿論、そうでなくちゃここまで来てないよ」

「……そうこなきゃな」

 

 眩い朝日の先に誓う。この悔しさを今度は叩きかえす番であると。やがて再び来るであろう戦いの時に、同じ轍を踏まないために、今度こそは勝利するために、立ち上る陽が自分たちの行く先を示していると願うのであった。

 

・・・

 

 燃えるような情景が浮かんでくる。それは怨嗟の声、それは忘れることのできない記憶の欠片、それは無力であった己の人生の象徴、どこまでもどこまでも追い立ててくる。きっと、死を迎えるその瞬間まで忘れることができない、レイジ・オブ・ダストの原初風景。

 

 その中で嘲笑う影がある。己の手で村を焼き、己の手で俺から大切な人を奪った相手、しかし、その男の存在がまるで影絵のようにくっきりと浮かんでいながらシルエットに包まれている。

まるで役目を終えたからこそ、もう描写をしておく必要がないとばかりに。

 

 ああ、そうだ、だって、俺は―――ヴィンセント・N・ステッラをこの手で倒したのだから。あの日の惨劇の象徴はもはやいない。地獄を生み出した男は、俺がこの手で地獄送りにした。

 

 あと五人……、ヴィンセントが自ら告解した奴の共犯者たる七星ども、奴らを全員殺し尽くすまでは、俺は立ち止まるわけにはいかない。眠りを得たとしても、これがどれ程の安らぎであったとしても、俺は立ち止まるわけにはいかなかったから。

 

 さぁ、目覚めろ―――、例え、何が待っているとしても……。

 

「―――――――!」

「お、やっと起きたか。このまま目覚めないんじゃないかと思ってたわよ」

 

「――――ッ!!」

「おっと、随分な挨拶じゃないか、少年。すこぶる元気なのは良いことだが、目覚めてすぐさま、女の顔を殴ろうってのは少々いただけないな」

 

 目覚めてすぐさま、俺の視界に二人の人間の顔が映った。1人はクリーム色の髪をしたシスター服の女、そしてもう一人は蒼い髪の獣のような眼光をした男。衝動的に振り上げた拳はあっさりと男によって止められ、手を離させようにもがっちりと掴み上げられた手を自分の意思で動かすこともできない。

 

 そこで遅れる形で自分の記憶を思い出す。ヴィンセントを倒した時に加勢してきた女、七星の魔力をその身に纏い、七星流剣術と言うものを使っていた女と対峙して、それから俺はどうなったのか全く記憶にない。

 

 意識を失っていたのか、それともあるいは、記憶を奪い取られてしまったのか。分からないが、状況的に考えてもこの場所があの女の仲間たちの拠点であることは間違いないだろう。

 

「誰だ、お前たちは……七星、あの女の仲間か」

「うーん、七星の仲間とかと言えば、それは違うかな。私ら、どっちかっていうと敵対している側だし、昨日もボコボコにされかかっていたわけだし」

 

「お前さんと、お前さんのサーヴァントがバーサーカー陣営を打倒したってのは聞いている。取り逃がしちまった連中を倒してくれたのには心底感謝しているさ」

 

「意味が、わからない。何故、お前たちは七星と敵対している。どうして俺を助けた? あの女は七星の魔力を持ち、七星の剣術を使っていた。そんな奴が、どうして七星と敵対している!?」

 

 連中が正しく俺の認識が間違っているのか、あるいは俺の認識が違い連中が正しいのか、あの女を見ていなければ信じる事も出来たかもしれないが、少なくとも、奴を知っている限り、下手な言い訳など聞かされても信じることはできない。

 

 ヴィンセントを殺した俺は七星の連中からすれば邪魔ものであることに間違いはないだろう。だったら、騙し討ちでも何でもして処分してしまった方が速いだろう。

 

 だったら、こっちだってやられる前にやった方が―――

 

「落ち着け」

「―――――痛ッ!」

 

 バチンと眉間に叩き付けられた痛みに、身を乗り出そうとした機先を制され、思わず男を睨みつける。ただ、それで眉間に何があったわけでもない。本当にただ弾かれただけという様子だった。

 

「変に警戒すんな、デコピンって奴らしいぞ。気付けにはいいもんだっただろう」

「よく言ってくれる。結局は俺を黙らせるために手を出そうとしたんじゃないか」

 

「はぁ……、あのなぁ、お前さんがこっちの話しを落ち着いて聞く気がないからまずは落ち着かせようとしただけだ。こっちが叫ぼうが宥めようが、お前さんは止まらんだろう。だから、まずは気を逸らした。それだけだ」

 

「………あんた、随分と暗い過去があるんだね。とっても淀んだ色をしている。黒いわけじゃない、悲しみに全部塗りつぶされてしまいそうな色」

「お前に、何が分かる!」

 

「分からないよ。人生なんて自分で口にしてくれなくちゃ何もわからないさ。最も、辛いことをわざわざ聞くのが趣味でもない。ただ、シスターだからさ、悔やむ思いを聞いてあげることはできる。それだけだよ」

「………」

 

 昔、村にいる神父とシスターに説法を喰らったことがあったのを思い出した。眠たい言葉を口にされて、ガキだった頃の俺は何を言っているんだか半分も理解することは出来なかったけれど、なんだか二人の話しぶりを聞いていると、少しだけ落ち着くような気持ちになれた。もしも、本当に辛いことがあったのなら、その時は此処に来ようと思う事が出来る程度には信頼をしていたんだろう。

 

 最も、その教会もヴィンセントたちの襲撃によって灰燼と帰したことを忘れたことはないが……

 

「アヴェンジャーは……?」

「ここにいる」

 

 声が聞こえると、二人の後ろ、部屋の扉近くの壁に背を預けた鎧姿の男が姿を見せる。バーサーカーを討伐した後からの記憶はないが、アヴェンジャーの様子に変わりはない。こいつらが本当に俺に何もしていないと言うのはあながち間違いではないのかもしれない。

 

「アヴェンジャー、こいつらの言っていることは、本当か?」

「すべてが事実かどうかは我の口でも断定は出来ぬ。しかし、彼らがお前を助け、休むための場所を与えたのは事実だ。そのための救助行動は意識を失っていたお前に変わって、私が同意した」

 

「………そうか」

 

 わずかな沈黙の後に言葉はするりと口から出てきた。勝手なことをするなと口にしたいところでもあったが、逆に言えばこいつが同意をしたのなら、少なくとも全く信用できない連中ではないと言うことでもあるのだと思えてしまった。

 

 信頼をしているのかどうか、自分でもよくわからないところではあるのだが、少なくとも、アヴェンジャーは俺の復讐に協力してくれた。それだけでも、信用するには十分であると思った。

 

「話を聞く気にはなってくれたか?」

「ああ……聞くだけなら、な」

 

「素直じゃないねぇ、少年。子供はもっと素直でいた方がいいもんだよ」

「誰が子供だ、俺はレイジ・オブ・ダストだ」

 

「本名?」

「偽名だ、七星を潰すための名前、それ以外の総ては捨ててきた。今の俺は、アイツらを殺し尽くすためだけに生きている」

 

 ああ、そうだ。人間の時の名前なんてものは既に憶えてもいないんだよ、アイツらを殺し尽くすことが出来れば他の何物もいらないって俺は誓いを立てて来たんだから。

 

 レイジ・オブ・ダストの復讐はヴィンセントを殺したことで始まりを迎えた。まだまだ終わるわけにはいかない。倒さなければならない奴がまだ複数もいる。

 

 こいつらが本当に七星と敵対しているのだとすれば精々利用してやるだけだ。それに、あの女、七星の剣術を使うあの女がどうして、七星と敵対しているのか、それを知ることが出来れば、より七星について知識を得ることができるかもしれない。

 

 そうした打算的な思いも含めた上で、俺は連中の話しをひとまずは聞くことを選んだ。最短距離を突っ走るためには、ただ、相手を破壊することだけを考えているのではだめだ、俺には情報が足りない、力も決して連中の総てに勝っているわけではない。おそらくこれからヴィンセントを上回るような相手と戦うこともあるだろう。

 

 その時にこいつらの援護があれば、奴らを殺すために有用かもしれない。そう思えば、話しを聞き、使えるかどうかを判断することくらいは別に何の苦労を感じることもない。

 

 そうだ、利用してしまえばいいだけだ、元から修羅の道を駆け走ると決めていたんだから、それを怖れる必要はない。どれだけ人道に背いていたとしても、俺には為し遂げなければならない責務があるんだから。

 

・・・

 

 朔ちゃんと別れ、屋上から、仮の廊下へと足を進めた私は、そこで見覚えのある顔に出くわす。見覚えがあると言っても、顔を合わせたのは本当に10年ぶり、その間に色々と大人びたと言うか、互いに老けたと言うべきか、かつてよりも大人としての落ち着きと色気を放つロイ・エーデルフェルトはその屈託のない笑みだけは、かつてのままに、私のことにも気づいた様子だった。

 

「やぁ、桜子」

「ロイ、昨日は助かったよ。即興で話も合わせることが出来なかったのに、流石だね」

 

「俺の方こそ、まさか、このセプテムでお前ともう一度再会することになるとは思っていなかった。いや、あるいはそう心のどこかで思っていたから、俺は聖杯戦争を受け入れたのかもしれないな。

 七星桜子であれば、必ず、聖杯戦争に何らかの形で参加する。そういう風に信じている所があったから、タズミ卿の誘いに乗ったのかもしれない」

 

「まぁ、今の私は神祇省側として参加しているからね、自分が聖杯を獲得するって腹積もりはあまりないんだけど。もしも、獲得しても朔ちゃんに渡しちゃうと思うし」

 

「そうなのか? 俺はてっきり、君は10年前の聖杯戦争で叶えられなかった願いを叶えるつもりでここに来たんだと思っていたが」

 

「……、10年経てば変わることだってあるわ。それと! 今の私は七星桜子じゃないわ、遠坂桜子だから」

 

「遠坂…?」

「結婚したの、1年前に、聖杯戦争から戻ったら、色んなしがらみ取っ払って挙式を上げる予定、です!」

 

 ロイはハトが豆鉄砲を喰らったような表情を浮かべていた。私が結婚したなんてことを言われると思っていなかったのかもしれないけれど、10年経っているんだから、ライフスタイルだって変わる。

 

 どこぞをずっと放浪したような人と一緒で何も変わっていませんでしたみたいな反応をされても困るんだけどな。

 

「そうか……、おめでとう。リーナが子を設けたことは知っていたが、そうか、桜子もか。参ったな、10年前は妹のような存在だったのに、いつのまにか一人前の女性に成長しているんだから」

 

「ていうか、やっぱり10年前は妹のようなものだと思っていたんだ……」

「お前が七星でなければ、もっと良い関係が築けたと思っていたんだけどな」

 

「いいよ、リーナさんにめちゃくちゃ因縁つけられていたかもしれないし。七星だったからこそ、手加減抜きでロイ・エーデルフェルトと戦う事が出来たんだから。そう思えば、七星であったことも悪いことだとは思わないよ」

 

「変わらないな」

「ええ、変わったものもあれば変わらないものもある。私達の本質自体は10年前から何にも変わっていないわよ」

 

 この10年をどのように生きて来たかで、多少の変遷は辿って来たと思うし、私は私なりに大人になることが出来たと思う。ただ、だからといって私たちの中身はまるっきり変わってしまった訳じゃない。

 

 変わらないものがあるからこそ、ああして突然の再会でも、自分たちの持ち味を分かったうえで、その先を狙う事が出来る。君なら/貴方ならこのくらいはできるだろうって要求することができる。

 

「聞くまでもないことだが、相手は遠坂蓮司君か?」

「うん、ロイたちと聖杯戦争を終えてから1年くらいして、七星の血と付き合っていくための修行と自分自身の鍛錬の為に神祇省に入ったんだ、朔ちゃんとはその時からの付き合い。それで、5年くらい秋津の街を離れていて、帰って来た時に蓮司に言われたの。

 修業をした君に勝ったら告白させてほしいって、何それって話しだよね、もう自分で勝った後のことを言っているんじゃんって」

 

 あの時のことを桜子は今でも覚えている。別にそれで動揺したとか、答えが決まっていたとかそういうことは問題じゃなかった。

 

 10年前の聖杯戦争の時に蓮司が口にした言葉の意味を知っているからこそ、秋津の街に帰ってきた自分に、その言葉を向けた蓮司の覚悟と決意を誰よりも理解していたのは桜子だ。

 

「それで、七星桜子は負けてしまった、と」

 

「うーん、負けてしまった、っていうのはどうかなぁ。最後まで勝つつもりで戦っていたのなら、結果は分からなかったよ。でも、負けてしまってもイイかなとは思えたんだよね。

 この人になら、これからの自分の人生を委ねてもイイと思えるだけの強さがあの時の蓮司にはあったから」

 

 もしも、本当に命を懸けての戦いであったならば、桜子はあらゆる手段を使って蓮司の命を奪う事が出来たかもしれない。でも、それは違うし、自分が神祇省に旅立つ前の蓮司の姿を良く知っている。

 

 何も桜子とて、再戦をするまで遊んで暮らしていたわけではない。10年前の聖杯戦争の頃よりも、神祇省に入り、魔術の扱いは格段に上手くなり、神祇省の陰陽術と七星流剣術を組み合わせた新たな戦い方を習得もした。

 

 聖杯戦争の頃に比べれば雲泥の差があるほどの成長をしたその桜子を相手に、蓮司は肉薄したのだ。どれほどの修練と研鑽の時間を積んだのかもわからない。

 

 いつ帰ってくるのかもわからない、もしかしたら心変わりしているかもしれない、遠坂の当主として慣れない役目を背負いながらも、自分の生活も続けていかなければいけない蓮司が桜子に追いつくためにどれだけの努力が必要であったのかをその戦いで桜子は理解できたのだ。

 

「こんなにも私のことを想ってくれる人がいる、それはきっととても幸せなことで、七星として、魔術師としての強さよりも、優先するべきことだろうと思ったの。

 魔術師として負けたかどうかはわからないけれど、男女の戦いでは、私はすっかり白旗を上げましたと。戦いが終わった後の告白なんて二の次だよね、あんなに熾烈に想いはどんな言葉よりも胸に響いたモノだったもの」

 

 そこから今日に至るまでにも色々とあった。神祇省としての修業の日々を抜けたとしても、桜子を貴重な戦力として求める声は決して止むことなく、蓮司と交際を続けた2年間も神祇省としての任務を帯びて戦っていた。

 

 ようやく、腰を落ち着けることが出来たのが2年前、元服を果たした朔姫自ら、京都大陰陽寮の会合にて、桜子を神祇省の任務から外すことを提案したことでようやく、慌ただしい時間は終わりを迎えたのだ。

 

 そして1年、ようやく籍を入れることができる段階になったところで、セプテムにおける聖杯戦争の気配の感知が重なったことで、今を迎えるようになる。

 

 結局、挙式も上げることが出来ていないまま、慌ただしく時間が過ぎてしまったが、それも今回で最後だ。この聖杯戦争を区切りにして、七星桜子として駆け抜けてきた日々は終わりを迎えるのだろうと言う想いがある。

 

「今回のセプテムの騒乱の裏に、アフラ・マズダが潜んでいる可能性を神祇省は危惧している。私がここに来たのも全てはその為、アイツとの決着を着けなくちゃ、七星桜子の役目は終われないから」

 

 アフラ・マズダと言う神は直接的ではないにしても、常に桜子の人生の中に暗い影を落とし続けてきた相手だ。もしも、これより先に新たな人生を築いていくのだとすれば、その暗い影を振り払わないわけにはいかない。

 

 気持ちの高ぶりがそのまま拳を強く握る力へと変わるのを見て、ロイはふっ、っと息を零した。

 

「今回は俺もいる。俺は敵対者ではなく味方として、お前の隣に立っている。頼ってくれていい」

「ロイ……」

 

「この聖杯戦争には自分自身の力を確かめるために参戦するつもりだった。俺の願いは前回の聖杯戦争で叶えられてしまったからな。だが、聖杯に掛ける願いはなくとも、俺にも戦う理由くらいは生まれたようだ。桜子、俺は君を生かすために戦おう。

 俺たちの運命に介入し、好き勝手に動いてくれたあの神に今度こそ一泡吹かせるために、何よりも大事な妹分に、幸せを掴んでもらいたいからな」

 

「……格好つけてる?」

「勿論」

 

「ありがと。今回は遠慮なく頼らせてもらうよ。私だけじゃ、どうしたって対処できない相手ばかりだろうから」

 

 この先、改めてあの七星たちと戦うことになれば、激戦は必至、ヴィンセントのように自分だけで勝てると思える相手ばかりではないはずだ。必ずロイや他の仲間たちの力が必要になってくるはずだからこそ、素直に助力を口にする。

 

 ロイは聞くべきことを聞いたからと、先にその場を後にする。一夜明けても、まさか、こんな親しく、何の警戒心を帯びることもなく、もう一度ロイと会話をすることになるとは桜子も思っていなかった。

 

「変わらないものもあれば変わるモノもあるってことなのかな……」

「マスター、お一人のようですので、少しばかりお時間をよろしいですか?」

 

 ロイがいなくなったことで、廊下に一人きりになった桜子へと声を掛けてきたのは、彼女とサーヴァントとして再契約を果たしたランサー、アステロパイオスだった。

 

 流麗な肩まで伸びた黒髪と切れ長の目尻、それでいて決してキツくはならない柔和な笑みを零し、そのスタイルを強調する黒いボディスーツに身を包んだ女性は、桜子からしても見惚れるくらいに美しい女性だった。

 

 かつて契約していたカール・マルテルが女性でありながら男性と見間違えるほどの凛々しさを見せていただとすれば、アステロパイオスは平時にあっては、女性としての魅力を十全に発露した戦士らしからぬ女性であった。

 

 もっとも、そんな相手が七星側のランサーとあれほどの激突を繰り広げることができるのだから、当然見た目で全てを判断することはできない。

 

 神代に生きた英霊である以上、彼女はその内部構造からして、通常の人間とは異なっている部位があるかもしれないのだから。

 

「申し訳ありません、昨夜は立て込んでいたもので、正式に挨拶をしてもおりませんでした。改めて、貴女のサーヴァントとして戦働きさせていただきますアステロパイオスです。

 窮地を救っていただきありがとうございます。このご恩は戦働きで代えさせていただきます」

 

「待って、そんなに畏まらなくてもイイよ、私はそんな偉い人間じゃないし。むしろ、もっとフランクに接してもらった方がいいかな」

「よろしいのですか?」

 

「うんうん、むしろ、アステロパイオスさんみたいな美人さんに畏まられると、私、何者って感じだし! マスターとサーヴァントって括りはあるかもしれないけれど、これから一緒に戦っていくことに変わりはないんだから、上とか下とかうちは考えない方針でいきたいの」

 

「ありがとう、ございます。その、容姿まで褒められるとは思っていなかったので、若干照れくさくなってしまいますね。生前はあまり、そういった役割を求められたこともありませんので……ふふっ、何にしてもありがとうございます。では、私も桜子と呼ばせていただいてもよろしいですか?」

 

「うんっ、よろしくね、ランサー」

 

 差し出した手を握り返してくれたランサーに改めて桜子は親愛の情を浮かべる。かつて契約をした黄金の騎士とはまた異なる相手だが、きっとうまくやっていくことができるだろうと不思議と確信を覚えることが出来た。

 

「先ほど、セイバーのマスターとの込み入った話を盗み聞きしてしまいました。桜子は愛する人と契りを結ばれているのですね」

「あー、改めて言われるとこっちもこっちで照れくさいけど、そうだね、好きな人と結婚することが出来たと言う意味なら、間違いないね」

 

「ふふっ、それはとても素敵。こんな言い方は貴女に重荷かもしれないけれど、運命を感じてしまいます。私は――――愛する人に討たれた英霊ですから」

「えっ……?」

 

「トロイア戦争で、アステロパイオスを討ったのはギリシア軍のアキレウス。誰でも知っているイリアスに刻まれた事実、でも、私が男でないように、どうして私がアキレウスとの戦いに打って出たのかは知らない。アキレウスと言うギリシア最強の英雄を前にして、私達パイオニア軍だけで勝利をすることは不可能、ほとんど死ににいくようなモノであると誰もが思ったことでしょう」

 

 アステロパイオスの襲撃によって確かにアキレウスは負傷した。しかし、それだけであり、本来トロイア軍に合流し、主戦力の1人となるべきだったアステロパイオスをトロイア軍は足止めのために使い潰したに等しい状況となった。

 

「あまり知られていないことですが、私はトロイア戦争より以前からアキレウスのことを知っていました。まさかその時には戦争になって互いに敵軍同士になるとは思ってもいませんでしたけれどね。

 私はパイオニア軍の将として戦わざるを得なかった。だから、自分の死に場所と命を預けるに足りる相手は自分で選んだ。身勝手であっても女として、彼を誰かに討たれることも、自分が彼以外の誰かに討たれることも許せなかった」

 

 だから、自分はトロイア軍にとって決して良い選択をしたわけではなかった。アステロパイオスという英霊は自分の想いに殉じて、その結果として愛する男の手で討たれた。

 

「アキレウスは、貴方の気持ちを」

 

「―――知っていましたよ、知ったうえで彼は私との決闘に応じてくれました。私は全力を振い、彼も全力でそれに応じてくれた。ですから、結果がどうであれ、私は誇らしいの。彼が並み居るトロイアの軍勢の中で、私との決闘を誰よりも困難であったと口にしてくれたことが。私は彼にとっての並み居る将の中の1人ではなかったのだと、証明してくれたから」

 

「………なんとなくだけど、分からないわけじゃないな。自分の好きな人がいなくなった後も頑張っていることは嬉しいし、いなくなってしまった自分の事を覚えていてくれるのならそれに越したことはない。もしも、私が同じ立場だったとしたら、うん、同じことを選んでいたかもしれない」

 

 大勢よりも何よりも自分の気持ちを優先するのだとすれば、アステロパイオスの判断を間違っているとは桜子は言いたくなかった。理屈とか正しさとかじゃないんだ。

 

 女の恋は理屈じゃ言い表せなくて、愛した相手に自分を見てほしいと思えて、自分のいなくなった後でも幸福を願えるのだとしたら、それはきっと……、本当に愛していたと言う証明になるのではないか。

 

「そんなわけだから、私は、私が出来なかったことを実現した貴女の未来を守りたい。私とアキレウスでは叶えられなかったことを、叶えた貴女がこの聖杯戦争の後に幸福を描けるように、私は全力を尽くして桜子の槍となりましょう」

 

「ありがとう。重くないよ、気持ちは分かるもん。昔の私は分からなかったかもしれないけれど、今の私は重荷になんて感じない。むしろ、もっと深く聞かせてほしいかも」

「本当ですか! 私も実は桜子のお話もっと聞きたいと思っていました」

 

 笑う桜子と目を輝かせるように反応するアステロパイオス、凛々しい顔だけじゃなく、こんな顔もできるのなら、きっと自分たちは上手くやって行けるだろうと強く思う。

 

 かつてとは違う主従関係というよりも、同年代の女性同士のような間柄だったとしても、それを悪いとは思わない。堅苦しいものがないのはありがたいことだ。

 

「じゃあ、時間も早いし、コイバナしようか」

「ええ、是非!」

 

 などと、互いに自慢できるほど多くを経験しているわけでもないと言うのに、二人は意気投合して足を進めていく。

 

 新たに迎えた森の朝はまだ早い。同じように彼女たちの聖杯戦争もまだ始まったばかりなのだから。

 




マルテルとの師弟コンビもよかったけど、アステロパイオスとの友人のような関係も好き、10年後の桜子は本質は変わらないまま落ち着きを持っていていいですね。

Twitterやってます。SVのこぼれ話などを載せています
https://twitter.com/kooldeed


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第4話「Reason」③

――セプテム・『セレニウム・シルバ』・イチカラー城――

 昼を過ぎるころには、イチカラ―城の中で傷を癒し、休息を得ていた朔姫たちは自分たちが今後、何をするべきかを考えていく段階へと入って来たと言えよう。

 

 タズミ・イチカラーによって招集された者たちとして、七星側に大きな敗北を喫したことに間違いはない。少なくとも、タズミ側としてこれ以上聖杯戦争の継続をしていくことは不可能であろうと言うのは薄々ではあるが誰もが分かっていた。

 

 では、七星側への報復の為に闘うのか、と言うのも残ったメンバーとしては別の話しだ。何せ、タズミがどのように考えていたとしても、聖杯戦争の最中として彼らは戦った。セプテムの兵士、人造七星との戦いも、その枝場の一つに過ぎなかったと言えばそれまでの話しとなってしまう。

 

 だからこそ、朔姫たちがこの先に聖杯戦争を継続していく、あるいは七星と戦っていく中で、どのようにアプローチをしていくのかが重要になる。

 

 極端な話をしてしまえば、この場で集まった面々が解散し、各々が自分のやり方で七星側の陣営と戦っていき、勝利を目指すと言う方向で進めていくのでも何ら問題はないと言う話にもなってしまうのだ。

 

 勿論、それが最善ではないということは誰もが分かっている話である。しかし、異なる生き方、異なる価値観の人間たちが纏まるにはある種の大義がなければならない。それが正しいか間違っているのかは別としても、七星と対峙するに当たって、どのような立場で臨んでいくのか、これが決まらないとなると、これから先には立ち行かない。

 

 下手をすれば、その纏まらない信頼関係を七星側に利用され、最悪の結果へと繋がりかねないのだ。まさしく、昨日のタズミがそれであり、同じ轍を二度も踏むわけにはいかない。

 

 そうした状況で、もう一つ解決をしなければならない問題が持ち上がっていた。言うまでもないことではあるが、目覚めた少年、レイジ・オブ・ダストへの処遇である。

 

「随分と豪勢だな、お前たちでこの城にいる奴らは全員か?」

「そうだね、私らが記憶している限りはこれで全部で間違いないはずだよ」

 

 レイジの吐き捨てるような言葉に対してルシアが反応する。セレニウム・シルバの森の中で、タズミに集められたマスターたちとは全く関係なく、ヴィンセントとバーサーカーを討ち果たす役目を果たした少年、誰の想定にもなかったエクストラクラスであるアヴェンジャーを従えるレイジをどのように扱うのかは、朔姫たちにとっても大きな問題であった。

 

 レイジが従順な態度、あるいは利己的に彼らを利用しようとする人間であったのならば、話しはよりスムーズであったかもしれない。ギブ&テイクの関係が世の中では最も話が分かりやすいのだから。

 

 しかし、レイジは他人のことを考慮しない。ルシアとアークが聞き及んだ中でも彼は七星に復讐をすると言うことしか自分には目的がないと告げていた。

 

 この場に全員が集まったのはレイジの真贋を判断するためであり、同時に、間違いなく火種になるであろうレイジと桜子、両者の扱いについてを決定するためでもあった。

 

「そして、お前があの森の中で俺に接触をしてきた七星だな」

「そう、七星桜子、日本人だよ。今は遠坂桜子だけどね」

 

「なんでもいい、お前が七星であることが問題だ.七星は須らく俺の敵だ」

 

 桜子が何かをしたからなどとそうした理由ではない。むしろ、レイジからすれば理屈ではないのだ。

彼にとってはこの世界の七星のすべてが憎い。ヴィンセントが誰に連なっていたのかはわからないが、少なくとも、七星たちを根絶やしにすれば、レイジの復讐は完遂される。

 かつてに暗殺一族として名を馳せ、今もまたセプテムと言う国を使って、世界に混乱を齎そうとしている者たちに肩入れをする理由などない。

 

 総て滅びてしまえばそれで終わりだ、そう思わせるだけの理由は当然にある。

 

「レイジ、我が主よ。しかし、彼女はお前の危機を救った。そして彼らが七星と対峙していることも間違いない。彼女と争うことは余計な徒労になりかねない」

 

「だから、諦めろと?」

「そうではない、誰と戦うべきか。自分が何処に力を注ぐべきなのかを良く考えろと言っている。世界全てを敵に回す、口で言うのは簡単だが、実践するとなれば、それは夢物語でしかない。有史以来、世界全てを手中に収めた者などいないのだから」

 

『かはは、世界全てに手を伸ばそうとした男が言うと説得力が違ってくるな』

 

『そうだね、いかなる偉人であろうとも総てを手中に収めることはできない。それほどまでに世界の抑止力と言うものは強い。曇った視界は自分の願いを叶えることすらも闇に閉ざしてしまう』

 

 それが今のお前であるとアヴェンジャーはレイジに告げる。憎しみのままに敵意を広げることにとって結果として、レイジ自身の決意を踏みにじることになるのではないかと。

 

「………俺は、俺の故郷を七星たちに蹂躙された。村を燃やした張本人であるヴィンセントは言った。自分以外にあと五人、この聖杯戦争の中で、俺が復讐をするべき相手がいると。七星桜子、あんたはそのうちの1人か?」

 

「はい、いいえで答えるのならば限りなくいいえで間違いないと思うよ。私は七星の傍流の人間で、大陸側の七星と関わったことはこれまでに一度もない。今回の聖杯戦争も神祇省側として参加しているだけで、あちら側の七星と関係を持ったことは一度もない。

 無意識に、あるいは間接的にレイジ君の故郷に関わっていると言うことがない限りは、関係はないってはっきりと言えると思うよ」

 

「………そうか」

 

 桜子がはっきりと否定の言葉を口にすると、レイジは先ほどまで浮かべていた明確な敵意のようなものをとりあえずは引っ込める。レイジとて、心のどこかでは実際の所は桜子が関わっているわけではないと言うことに理解は及んでいるのだ。

 

 しかし、怒りや憎悪と言ったものがその正常な判断を鈍らせてしまう。アヴェンジャーの言葉がなかったとしたら、もっとこの僅かな時間で得ることが出来た理解へと至るまでに時間がかかっていたのは間違いないだろう。

 

「要するに、レイジ言うたか。お前はヴィンセント以外の五人の七星にお礼参りするんが、目的ちゅうわけか?」

「お礼参り?」

 

「ぶっ殺し行くいう意味や!」

 

 朔姫がお指を立てて首筋に引っ掛けて真横に動かす。それにレイジはコクリと頷く。

 

「七星のマスターたちを倒していけば、自ずとその五人が誰であるのかもわかるはずだ。連中が聖杯戦争としてサーヴァントを狙ってくるのならば是非もない。総て迎え撃てば、俺が倒さなければならない相手を見つけることもできるはずだ」

 

 サーチ&デストロイ、レイジもアヴェンジャーを抱えている以上、聖杯戦争の参加者としての資格が与えられている。聖杯を獲得するために総てのサーヴァントを排する必要があるのならば、必ずレイジにも手を出して来ることは間違いない。

 

 それを迎え撃てば、誰がレイジの仇であるのかが分かる可能性は高い、理屈としては何一つ間違っていない考え方であると言えよう、ただ一点、レイジが完全に見落としている点を除けば……であるが。

 

「アホか、お前、実はものすっごい、アホやろ」

「何だと……?」

 

 呆れたような口調で朔姫はレイジに対して罵倒の言葉を口にする。その言葉にレイジは売り言葉に買い言葉とばかりに反応を浮かべ、視線の上で朔姫とレイジは対峙をする。

 

「あんな、そりゃ、お前を狙ってくる連中全部迎え撃つことができるんなら、そいつら全員ふんじばって拷問でも何でもすればええわ。でもな、連中だってサーヴァント持ち、挙句に七星としての魔術が使える奴らばっかりや。

 楽な相手やない、ヴィンセント1人にてこずってるガキに全員楽に倒せる想うておるんなら、それこそ見込み違いもいい所や」

 

「それでもやるんだよ、奴らは俺から大切なモノを奪った。勝てないからって諦めろと言うのなら、奪われた者は何も手にすることなんてできなくなるだろう」

 

「ま、ガキの言いたいこともよぉわかるわ。身勝手に人のもん奪っといて、報復することも許されないなんてゆるせんいうんはわかるわ。けどな、勘違いすんなや、うちは別にお前が復讐しようがどうしようが勝手にせぇとおもっとる。

 ただ、目的が一致するんなら、互いにできることもあるんやないかって言うとるんや」

 

 レイジの復讐は1人で完遂することは恐らく不可能であろうと朔姫は考えている。ドライに、ただ戦力的な問題を考えるのであれば、残る6人をレイジだけで打倒するなど不可能に近い。

 

 ヴィンセントは策士ではあったが、間違いなく七星の中では下位の戦力であったことは間違いない。それを相手にレイジ1人で勝ったことは評価できても、それより上にいる彼らを倒すことを考えれば、貴重な戦力であるレイジを使い潰すわけにはいかないと朔姫が考えることは決しておかしなことではない。

 

 レイジを心配していると言うよりも、勝つためにレイジを抱き込む方が良いと考えたに過ぎないのだ。現在、朔姫たち側の戦力は明らかに少なくなっている。タズミ、ジャスティン、そして三体のサーヴァント、失った者たちに比べて七星で脱落させることが出来た相手が一陣営だけであることを考えれば、ここでレイジを抱き込むことには相応以上の意味がある。

 

「うちらは聖杯戦争に勝ちたい。ついでに、調子こいとる七星の連中に一泡吹かせたい。お前は、七星どもんなかにいる、自分の仇を討ち取りたい。別に利害が大きく外れておるわけでもないやろ、レイジ・オブ・ダスト、うちらに手を貸せ。そうなれば、うちらもお前の復讐に手を貸したる」

 

 朔姫とレイジの視線が正面からぶつかり合う。利害の面で決してぶつかり合うことはないだろうと互いに分かっている。もしも、相容れないとすれば、レイジにとっては自分の獲物を彼らに奪われること、朔姫たちからすればレイジに付き合うことによって不用意な殺生に巻き込まれかねないと言うことである。

 

 要するに、レイジをこのまま放逐しておくことは、このセプテムの人間たちに不用意な危害を加えることにもなりかねない。そうした意味では手元に置いておくことは後々に自分たちが対立するかもしれない火種を取り払うと言う意味でも、決して悪くはない。

 

 朔姫はチラリと周囲へと視線を向ける。レイジと会話を挟む前に、既に全員に話は通してある。この場で誰かの意見が分かれるようなことになってしまえば、レイジとの話もまとまらなくなってしまう。

 

 誰にとっても肯定的な意見ばかりだったわけではない。ルシアは明らかにレイジの復讐のための戦いに否定的ではあった。アークもそれが何かを生み出すわけではないと言う反応であったし、桜子とてよい顔をしていたわけではない。

 

 そこにあるのは、レイジのこれからの道行きを案じる気持ちと自分たちが望んでもいない復讐の道に巻き込まれるかもしれないことだ。

 

「お前たちが俺の復讐に手を貸す理由が何処にある。半端な気持ちで手を出されても邪魔だけだ」

 

「せやなぁ、うちら、別にお前の両親でもなんでもあらへんし。お前のイエスマンにもならへんわ、ただ、うちらだってこのまま終わらせるわけにはいかへんわなってだけよ。

 一杯喰わされたんやから、こっちだって一杯喰わせたる。まだ聖杯戦争に勝つことを諦めたわけでもない、あいつらに一泡吹かせたい。理由なんてさまざまや、ただ、戦う相手が同じゆうだけ」

 

 レイジの復讐は朔姫からすればありふれた話だ。悲劇に見舞われたものであれば、誰もが多かれ少なかれ感じるものだ。多くは泣き寝入りをするしかないが、レイジは自分が望んだかどうかは別にしても力が与えられた。

 

(アヴェンジャーの話しを聞く限り、レイジ君は大陸側の七星に故郷を滅ぼされて、その時に力を与えられた。戦いに最初から慣れきっているわけじゃないから、昨日も苦戦を強いられた。彼と私たちには協力をするだけの理由はある)

 

 桜子は、昨日に出会った時点ですでにレイジのことを放っておくわけにはいかないだろうと言う結論に至っていた。

 何というか、昔の自分を思い出すのだ。向こう見ずに、自分の決めたことをやり遂げるために、周りの制止を振り切って突き進んでしまおうと言う姿は、まだ未熟だったころの自分を思い出させる。

 

 最終的にそれで願いが叶うのであれば、何ら言うべきことはないだろうが、七星たちは一筋縄ではいかない。ヴィンセントが倒されて一夜明けても襲撃が来ないことも気がかりであった。

 

(もしかしたら、彼らはレイジ君がいることを分かったうえで放置しているのかもしれない。新しいサーヴァントと、自分の仲間たちを倒した正体不明の相手、そんな相手がいたら、先手で手を出してくるはずなのに、その素振りが全くない。私達とレイジ君、どちらを相手にしても負けないと言う自信があるのかもしれない……)

 

「レイジ、最終的な判断はお前に任せる。しかし、お前が自分の願いを果たしたいと思うのならば、貪欲に総てを使うべきだ。七星たちは決してお前が狙うために動かない標的ではない。噛みついてくる獲物を前にして、余裕を持てるほど、己が絶対的な強者であるわけではないことは、お前が一番よく理解しているはずだ」

「………わかっているさ」

 

 昨日の一戦で自分が対峙する相手に対して、自分が今だ単独での実力は及んでいないであろうことは理解できている。これより先には、ヴィンセントよりもさらに七星として、強者たる者たちと戦うことになれば、レイジ個人の爆発力だけでは及ばない状況、レイジだけでは手が足りない状況は必ず生まれてくるだろう。

 

 朔姫が口にしたように、レイジだけで全てが出来るわけではない以上、協力関係を持つことはむしろ、レイジ側から口にしなければならないことであるとさえいえる。

 

 きっと、復讐と言うただそれだけを生きる糧としているレイジから手を伸ばすことはできない。ただ、伸ばしてきた相手の手を取ることはできるかもしれない。

 

「俺は七星を倒したい。あと五人、奴らの中に俺が倒さなければならない奴がいる。それを果たすためなら、俺はどんなものでも使ってやるつもりだ。

 お前たちが聖杯戦争で何をしようとも構わない。ただ、俺の復讐の力添えになると言うのなら、お前たちと共に行くことも構わない」

 

「もっと素直に言えばええと思うんやけどな」

 

 しかし、レイジが歩調を合わせることを認めた事もまた事実である。朔姫たちにとっては、思いもよらない新たなサーヴァントとマスターの助力を得ることができるようになったことに他ならない。

 

「ま、うちらとしても持ちつ持たれつやしな。力を貸す代わりにうちらが七星を倒すための戦力として見込む。団体行動せぇよ!」

 

「俺は自分の好きにやる」

「あぁ? おい、ガキぃ、言った傍から舐めた口利いてんやないぞ、村で共同作業ん時はみんなで力合わせぇ言われたんやないんか?」

 

 朔姫がレイジのまったく協力する素振りがないとばかりの反応に苛立ちを浮かべて反応する。

 

しかし、レイジはどこ吹く風だ。あくまでも七星を倒すための協力関係、なれ合いを求めているわけでもなく、ただ最低限の力を借りることができればそれでいいとばかりの反応だった。

 

「はは、そう天邪鬼になるんじゃねぇよ、レイジ。要は付き合う上で最大効率を出そうって話じゃねぇか。お前がそっぽを向いているよりも俺らと歩調を合わせようとしてくれた方が、俺らとしても付き合いやすい。付き合い安けりゃ、自分が持てる以上の力を発揮できる、守るものがあるときの人間ってのは強いからな」

「俺には守るものなんて、もうなにも――――」

 

「なかったとしても、これから作っていくことはできるだろう。お前は、地獄のような今を超えて、未来に目を向けようとしているんだろう。だったら、必要なことじゃねぇか。人間は孤独では生き続けることなんてできないんだからな」

 

 アークがレイジに近づき、肩をポンと叩く。その態度にレイジは鬱陶しそうに様子を浮かべるが、朔姫に言われた時ほど拒絶する様子を見せなかった。

 

(なーんだか、あいつに諭されると頷きたくなっちゃうところがあるんだよね、レイジにしたって、アークが心を開かせたような節もあったし。あいつ、実は天然の人間たらしだったりする?)

 

 聖職者である自分よりもむしろ、人を諭すのがうまいんじゃないかと見えるアークの様子を見ていると、ルシアは自分の存在意義とは?とも思えて来てしまうのだが、そもそもアークはその所属からして謎に包まれており、中身にサーヴァントを宿しているとまで自分で言い始める謎人物だ。どこまでを本当のこととして口にしているのかも実際には怪しいのだ。

 

「それに、だ。俺たちのリーダー直々の言葉でもある。俺の命令を無視するのは個人の考え方として、構いやしないが、リーダーか言われた言葉を無視というわけにもいかんだろう。

 それこそ、規律ってもんに逆らうコトにあるからな」

 

「リーダー? んな奴決まっておったんか?」

 

 アークの言葉に朔姫が不思議そうな反応を浮かべる。リーダーなどと、いったい誰のことを口にしているのかとばかりの様子だったが、全員の視線が一気に朔姫へと集まっていく。

 

「いや、何不思議そうな顔してんの、今の、めっちゃ朔ちゃんのことを言っていたに決まってんじゃん、ウケる!」

 

 キャスターが面白そうな様子を見たとばかりに、ぷっと思わず笑いがこみあげてしまう。それから、朔姫はようやく自分がアークにリーダー呼ばわりされたことを理解して、

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?」

 

 思わず、素っ頓狂極まりない声を上げてしまった。

 

「いや、ちょっと待てや。なんでいきなりうちがリーダーとかそういう話になっとんねん」

「でも、別に悪い話じゃないんじゃない。たぶんだけどさ、ここでお姫様がリーダーであることに反論する人っていないと思うけど?」

 

 ルシアが周りを見渡しながら声を上げる。続いて朔姫も周囲を見渡せば、誰もが納得したように首を縦に振っていた。

 

「私は朔ちゃんの護衛だから、朔ちゃんの指示に従うよ」

「貴女には、消滅する寸前で命を救われました。桜子のサーヴァントであるからというわけではありませんが、私も異論はありません」

 

「俺は誰がリーダーでも構わない。指示があるのならば従うし、好きにやれと言われればそうさせてもらう。俺もセイバーもそうした遊撃的な戦い方の方が似合っているからな」

 

 桜子たちに呼応するようにして、ロイも朔姫がリーダーであるということに頷く。セイバー二人は、よいとも悪いとも言わない。最初から興味がないという様子だった。

 

 言うまでもなく、ルシアとアークは何も言うことはない。彼ら二人はタズミと組んでいるときから朔姫のことを見ている。

 

 このさまざまなメンバーたちを率いるリーダーが必要であることはわかっていて、そのためのリーダーとして辣腕をふるうことができるのは、生まれた時から人の上に立つことを定められて生きてきた朔姫だけであろうと思ったのだ。

 

「好きにしろ、俺は俺のできることをするだけだ」

 

 さらにエドワードも頷く。レイジを除いたこの場の全員が改めて朔姫がこれより先、七星と戦っていく中で、彼らを率いるリーダーとしてふさわしいのだと認めた。

 

 別に朔姫がタズミのように上に立つものであることを求めているわけではない。ただ、彼女が昨日の戦いで判断し、決断した行動はどれも結果として的を射ていた。

 

 昨日の戦いで全滅の憂き目にあわなかった理由の一つは、間違いなく朔姫の行動によるものであることは間違いない。

 

 立場だとか本人のあり方とかそうしたものではなく、実際の貢献度という意味で全員が朔姫を評価すればこその同意であった。

 

八代朔姫にであれば、これより始まる七星たちとの戦いで、命を預けることができると踏んでいればこそ、誰もがそこに不満を抱かなかったのだ。

 

「そういうわけだ、リーダー。俺たちとしては八代朔姫に今後の方向性を委ねたい。もちろん、お前さんにすべてを委ねて責任を押し付けるなんて卑怯な真似をするつもりはないさ。だが、誰かが背負わなければならないのなら、あんたが一番相応しいと俺たちの誰もが認めた。どうだい、お姫よ」

 

「――――ったく、ほんまにしゃーないわな。うちの子分になるっつーことは、こき使われても文句言えないってことやからな」

 

 先ほどまで理解できない、何を馬鹿なという態度を浮かべていた朔姫はため息一つをこぼすと、自分の中での気持ちを固めた様子だった。

 

「お前ら、全員使いつぶしたるからな、覚悟せぇよ!!」

 

 徹底的に自分を強く見せるための喝破の声に全員が反論を口にすることなく頷く。浮かぶのが笑みであったり苦笑いであったりかはここでは関係がない。全員がそれを受けいれていたことにこそ意味があるのだ。

 

「俺にはどうでもいいことだな」

「お前なぁ、クソガキ。そこは一致団結しとる空気出しとけや」

 

「そんなものがあってもなくても、俺がやるべきことに変わりはない。奴らを滅ぼす。そのために俺はすべてを振り絞る。それだけが分かっていれば十分だ」

 

 レイジ・オブ・ダストにとって、総ては七星を倒し、その先にある幸福を掴むことだ。その過程で何があろうとも、そのゴール地点を見つけることだけに腐心をしておけばいい。

 

 もしも、此処にいる他の者たちの命の危機が訪れたとしても、レイジは止まらない。レイジだけは己の目的の為に邁進し続ける。それほどの覚悟がなければ、前人未到の七星崩しを果たすことはできない。

 

「それで、リーダー、これからはどうするつもりだ」

 

「ここに長居しておってもええことは何一つない。場所も知れておるし、隠し玉のレイジのことを知られても厄介なだけや。明朝までに全員、出発の準備を。

 そこから、うちらは―――王都『ルプス・コローナ』を目指す!」

 

「それって、タズミがやろうとしていた王都を奇襲するって事?」

 

「タズミの奴は戦略として大馬鹿やったけど、やろうとしておったこと自体はそこまで的外れだったわけでもない。連中の拠点が王都であることは間違いない。だったら、散発的に寄り道をするよりも一直線に奴らの喉元に喰らいつく。

 王都の中なら潜伏する場所もいくらでもあるからな、派手な戦闘をすることができない領域の中で、奴らを噛み潰していく。これがうちの考えるプランや!」

 

「そう簡単に上手くいくものかね? 連中だって、ここがもぬけの殻になれば、私らが外に出ることは予想がつく。そうしたら、王都に向かっていると分かって、兵を差しだしてくるくらいのことはしてくるんじゃない?」

 

「ああ、それならそれでええよ。そこで倒せる奴は斃していく。必要なんは目標とゴール地点や。それを設定しなくちゃ、士気を保ち続けることが出来ん。

 うちらは共通の信念があるわけでもなく、タズミのような大義があるわけでもない。団結するための心持ちを保ち続けなければいかん。それには全員が共有する目指す先が必要だとうちは思う。王都を目指すことはそういう意味でもやるべきやとおもっとる」

 

「……いいんじゃないか、確かに、ここに集まった面々はあくまでも聖杯戦争のために集まっている。それぞれが共有した何かを持ち合わせていないのなら、それを無理やりにでも繋ぎ合わせる何かを作る意味はあると思うよ」

 

 ロイの言葉に桜子も頷きかえす。反論がないことを肯定の意味だと捉え、朔姫は改めて声を張る。これからこの面々を指揮し、命を預かる者としてそれを示すように

 

「うっしゃ、なら、お前ら、覚悟決めろ!! こんだけ虚仮にされたんや、何があろうとこの聖杯戦争、うちらの側が勝つ!! これから王都にカチこんで、七星共に一泡吹かせたろうやないか!!」

 

 タズミと言うこちら側の陣営を取りまとめる存在がいなくなり、陣営として崩壊の可能性すらもあった。そこをレイジと言う新たな要素が繋ぎ止め、朔姫を中心とする形で新生を果たした。まだまだ終わらない。終わることはない。最初の戦いで躓いたとしても、まだ立ち上がれる足がある限り、立ち止まるなんてことはない。

 

・・・

 

 レイジたちが、改めてこのセレニウム・シルバで自分たちの進むべき方針を決めたように、七星側も少しずつ、新たな方向に向かって動き出そうとしている。

 

 セレニウム・シルバでの戦いが終わった以上、近衛兵士たちを引き連れているリゼやヨハンと言った王国軍は王都へと帰還をしなければならない。

 

 彼女たちよりも序列が上の三人については、この聖杯戦争の為にセプテムへと訪れた者たちであるため、軍というものに左右されないが、リゼとヨハンに付いてはどうしても団体的な行動が必要となり、王都へと戻るための出発の時間が近づいていた。

 

「まさか、本当に行くつもりなのか? 別にここでそれをしたところで何か変わるわけでもないのに」

 

「変わるわけでもないからこそやりたいんだよ。ヴィンセントおじ様は……決して良い人ではなかった。私が知らないところで悪事を働いていたことは無数にあったと思うし、私の純粋な味方であった人、と言うわけではないと思うよ。

 うん、でもね、それでも昔からずっと私のことを可愛がってくれていた人ではあったんだよ、皇女として一人の人間だけを特別扱いするのは間違っていると分かっているけど、それでも、弔いたいと思うんだよ」

 

 セレニウム・シルバは国境に位置する領地であることから、これまでにも幾度か他国からの侵略を受けた経歴があり、幾度となく戦場と化した場所である。

 

 その外敵を退けるために戦い、散って行った者たちは無数におり、その慰霊碑たるモニュメントが領地端に設置されている。

 

 ヴィンセントの死が告げられてから1日、その報を聞いた時から気落ちを隠せない様子でいたリゼは、翌日になってその慰霊碑へと向かう寄り道をしたいとヨハンに告げた。

 

 軍総てを動かすようなことは当然に出来ないが、リゼとランサーだけであれば少人数の移動が可能となる。あとは、リゼがいないと言うことをごまかすためにヨハンの協力が必要不可欠になると言うだけだった。

 

「それにしたって、一国の皇女が護衛もなしに向かう所ではないと言っても、ランサーがいるからと言って君は行くんだろうな。まったく、君は一度言い出すと本当に止まらないんだよな」

 

「ごめんね、こんなことを頼めるのはヨハン君以外にいないからさ」

「しかも、そうやって人の弱みにまでつけ込んでくる」

 

「皇女様を一日好きに連れまわしていい権利を作ってあげるよ」

 

「それはあろうがなかろうがあまり変わらないと思うんだが……、ああもういい。分かったよ、必ず無事に戻って来いよ。そうでないと、僕だってさすがに言い訳できなくなる」

 

「うん、ありがとう、本当に感謝しているよ、ヨハン君」

 

 感謝の気持ちは心から、リーゼリット・N・エトワールにとって、王宮の中で心から自分の本音を口にすることができるのは、たったひとり、ヨハンだけなのだから。

 

 セプテムと言う国自体が、灰狼の悲願を叶えるために生み出された国、いずれはハーンの覇道を叶えるために生み出された国であり、誰もがこの聖杯戦争の行く末を彼らに委ねようとしている。

 

 この国に生きる者として、この国の歩んできた軌跡を知る者として、セプテムとしての歩みを進み続けるべきだと思うリゼは、決して王宮の中で多くの味方を持っているわけではない。王宮街では国民との融和を図るリゼを慕う国民も多いが、同時にスラム鎮圧における虐殺によって不興を買い。決して歓迎されているわけではないと言う状況。

 

 皇女と言う肩書はリゼと言う人間の心持ちよりも遥かに看板を優先してしまう。誰もが思っている以上に、ヨハン自身が想定している以上に、ヴィンセントの喪失にリゼは心を痛めているのだろう。

 

 誰だって親しい人を失うことになれば悲しいのだ。例え、それが戦争の中であり、リゼが奪う側に立っているモノであったとしても。

 

「行こうか、ランサー」

「ええ、主の身は私が必ず守って見せましょう」

 

 ランサーが己の一部の如く扱っている馬の背に乗り、リゼとランサーが慰霊碑の下へと進んでいく。それが彼女の心にケジメをつけることができるのであれば、ヨハンはそれを拒否することはない。もう自分で決めていて、ヨハンにその後押しをしてもらいたいだけだったのだろうから。

 

「ただ、やっぱり君は七星としても、戦うにしても優しすぎるよ。スラムで戦っていた頃の方がリゼはきっと七星として強かった」

 

 それが正しいわけではないとヨハンも分かっている。今のリゼの方が絶対的に正しいと分かったうえで、その優しさがこの聖杯戦争の中で、リゼの命運に暗い影を落とすことがないかどうか、それだけが気がかりだった。

 




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第4話「Reason」④

――セプテム・『セレニウム・シルバ』――

 そして、旅立ちの準備を始めてから数時間が経過した。翌日までこのイチカラ―城に身を潜めて休息を取ると言う選択肢も当然に考えられたが、その提案は朔姫によって却下された。

 

 今の時間に出発をすれば、セレニウム・シルバを出るころには夜を迎えているだろうが、一刻も早く、この深緑の森より出ることを優先するべきであるという判断だった。

 

「ほんの少しでも居場所が特定されない場所を進んでおる方が、安全や。連中がこの城を監視しておるとしたら、寝静まった頃に再襲撃なんてろくでもないことが起こったら敵わん。さっさとここを出払うんが一番や」

 

 朔姫の強硬的な方針に対して、誰もが文句を言う事無くその提案に従った。逆説的に言えば、誰もが七星の再襲撃の可能性を見殺していると言うことだろう。

 

 もしも、奇襲で再び6陣営と戦うことになれば、ロイや桜子、レイジという新たな戦力を手に入れたとしても、何らかの壊滅的な被害を受ける可能性が非常に戦い。

 

 結局、ファヴニールと言う強大な戦力を打ち倒したライダーとセイバーとは交戦すらしていない。それでも、今の惨状であったことは肝に銘じなければならない。

 

「別に俺のことは置いて行ってくれてもいいんだぞ、お前たちと一緒に向かった所で、足手まといになるかもしれないし、むしろお前たちに迷惑を駆けることになるかもしれない」

 

 その出発の折り、他の仲間たちよりも早くに準備を済ませたエドワード・ハミルトンは約束の時間よりも30分は早く集合場所に来ていたであろう朔姫を見つけ、最後の警告であるとばかりに口にする。

 

 エドワード・ハミルトンは死神と呼ばれ続けてきた男だ。魔術師の傭兵として幾つもの戦場を渡り歩いてきた。かつては聖堂教会の代行者として若くしてその最前線に立つまでの力を見せていたが、ことごとく地獄のような戦場の中で仲間を失ってきた。

 

 多くの戦友を失い、ただ一人生き残って、戦場より帰還する彼のことを、いつからか、死神と揶揄する者たちが現れた。何度も何度も生き残るのではなく、奴がいるから、奴の周りの人間たちが死んでいくのだと。

 

 それは所詮、結果論に過ぎず、エドワードが何かしらの厄災を振りまいているわけでもない。偶然が偶然を呼び寄せてしまっただけに過ぎないと言うのに……、いつからかエドワード自身もその不名誉な在り方を徐々に受け入れ始めてしまっていた。

 

 だからこそ、今回も自分が傍にいることによってお前たちが全滅してしまうかもしれない、そんな意味合いを以て告げる言葉に朔姫は鼻で笑う。

 

「アホか、戦力は1人でも多い方がいいにきまっとるやろ、自分が死神言われてるんがそんなに気に食わんか?」

「………」

 

「どんな苦境に立たされても、生き残ることが出来ておるんなら、それは一種の才能やろ。つーか、うちらのこと舐めとんかお前。あんな、お前一人おるからって全滅するなんて生易しい連中やったら、とっくの昔に七星共に潰され取るわ、ミンチや、ミンチ! 」

 

「だが、しかしっ――――」

「アーチャーはお前のせいで消えたわけやない、むしろ逆やろ、あいつはお前の仲間を守る言うて、その身を犠牲にしたんや、あいつの奮戦を見て、それで自分のせいだなんてふざけたこと言うとるんなら、うちが一発ぶん殴ったろか……?」

 

 片腕の拳を片手の掌で受け止め、ぱんぱんと朔姫は音を鳴らせる。勿論、本気で殴るつもりはないが、アーチャーに曲がりなりにも命を救われた者として、彼の名誉を乏しめるようなことはしたくない。

 

 自己満足であろうと、贖罪のためであろうと、カスパールがエドワードの仲間たちを救うために戦い、そして命を散らせても仲間たちを守ったことだけは事実であると分かっている。朔姫が桜子とランサーの契約を成功させたことも、レイジが桜子の助力の下にヴィンセントを討つことが出来たのも、アーチャーの奮戦があればこそである。

 

「お前がいようがいまいが、うちらはこれから勝ちに行くんや! 辛気臭いこと言うてる暇があったら、自分に何が出来るか考えておけや。そして最後にお前に吠え面かかせたるわ、うちらのことを疑ってすいませんでした、死神だなんて自分の思い込みでしたってな!」

 

 朔姫はどうだとばかりに胸を張って宣言する。勿論、朔姫だって総てが全て無傷のままに終わりを迎えることができるはずもないとわかっている。分かったうえで、朔姫はそんな未来だってあるだろうと強がりを示して見せる。

 

 これからここにいる者たちを率いるものとして、朔姫には多くの責任がのしかかってくる。下手をすれば、仲間たちの誰かに死ねと命じなければならない時が来るかもしれない。大を生かすために小を切る。生き残るためにタズミを切り捨てたことだって否定はできない。だから、またその時が来れば朔姫は同じ決断をしなければならない。

 

「ま、それでも、どうしようもないって時には、うちがお前に良い死に場所をくれてやるわ、文句あるか?」

 

「別に最初から文句なんてないさ。ただ……そうだな、俺は死に場所を探している。自分の歩んできた人生に終わりを与えることができる場所を無意識に探しているんだろう。

 お前たちと共に生き残ることができるのならば最上だが、もしもの時は……、その言葉を信じよう」

 

 エドワードは思う。どうして自分は此処まで生きているのだろうかと、死ぬべき時はこれまでに何度もあった。しかし、結果としてエドワードは生き残りつづけてきた。そこに意味があるのかと問いただすようにこの数年間、さまざまなところを彷徨ってきた。

 

 聖杯戦争に参加したのだって、死に場所を探しているのが半分、意味を探しているのが半分であったのかもしれない。此処まで生き残りつづけてきたことに意味があると、誰かに証明してほしい。そうでなければ、ここまで生き残って来た甲斐がないと思うから。

 

 エドワード・ハミルトンは自分が納得できる最後を求め続けているのだ。

 

 ふと腰に下げたホルスターに装着された拳銃へと視線を向ける。アーチャーが使っていた銃、マスケット銃であったはずのそれは、エドワードに所有権が移った時には拳銃の形へと変わっていた。結局、放置することもできずに持ち出したのはアーチャーへの義理からだっただろうか。

 

(アーチャー、お前が俺に託してくれた四発の銃弾、精々有効に使わせてもらうが、あまり期待はしないでくれよ、俺はこれまでも失敗し続けてきた男なんだから)

 

 ここで諦めてしまっても良かったが、朔姫の強引さに乗せられたことについては否定はできない。旅を終えるにはもう少しだけ歩んでみてからでも悪くはないのかもしれない。

 

「ま、よろしくだ、リーダー。俺はお前の決定に異論を挟むつもりはないし、同行する以上協力は惜しまない。だから、死神なんて異名を蹴り飛ばすことができる采配を期待するよ」

 

「アホか、そんなん自分でなんとかせぇや、それができると見越しておるから連れていくんや。こっちこそ傭兵の実力期待させてもらうからな、エドワード」

 

「エドでいい、親しい連中にはそう呼ばれていた」

 

 エドワードは自然と笑みを零していた。不思議なことに他人と会話をしていて笑みのようなものを浮かべたのはいつ以来のことだっただろうか。

 

 城の方から声が聞こえてくる。他の者たちも準備が整ったらしい。であればいよいよ出発の時である。

 

「此処からが始まりや……」

 

 今日に生き残ったことを無駄にしないための旅が始まる。長く険しい旅が……

 

・・・

 

「ねぇ、ちょっと寄り道をしていってもいいかな?」

 

 イチカラー城を出てから、ほどなくしてルシアは断られること覚悟の提案を口にした。今の一行の目的は一刻も早くセレニウム・シルバを抜け出すことにあり、寄り道をするなど、本来であれば言語道断である。

 

「ダメや……と言いたいところではあるんやけどな、ちなみに、どこに行きたいんや、観光地なんてここらにあらんやろ」

 

「まぁ、さすがにそういうのは、ね。ほら、ここって国境が近いでしょ。だから、慰霊碑が設置されているんだよ。昔から、ここらは侵略戦争で何度も何度も争われていたような場所だったんだろうね。やろうとしていることなんて気休めもいいところさ。慰霊碑のところで少しだけでも、あの城の中で犠牲になったやつらを弔ってやりたいってだけ。

 お姫様がダメっていうんなら、従うよ。どっちが正しいことを言っているのかは言われなくてもわかっているつもりだからさ」

 

 彼女自身も言うように、余計な寄り道をしている場合ではないというのが正論である。何せ、いつ七星側からの襲撃を受けるかもわからない状況、いまとて、実際にはどこかから監視をされているかもわからあいのだから。

 

「俺はいいと思うけれどな。確かにさっさと拠点を離れるべきなのは賛成だったが、もはや離れてしまった今となれば、どこにいようとも大して変わらない。常に襲撃されるかもしれないという可能性を考慮しておけば、少しくらいの寄り道はしてもかまわないんじゃないか?」

 

 ロイはルシアの提案を後押しするように告げる。例え、どこにいたとしても、襲撃されるときは襲撃されるのだから、それを気にしていても仕方がないという反応である。

 

 圧倒的な強者であるロイならではの考え方であるといえるかもしれないが、間違っているかと言われれば、必ずしも間違っているとも言えない。

 

「マスターの言うことにも一理あると我々も考えます。ここには少なくとも、五体のサーヴァントがおり、誰もが襲撃されるかもしれない可能性を内包して立っています。

 であれば、相手の襲撃があったとしても対応すればいいだけのこと。一度目の攻撃は私と兄さま、そしてランサーが防げないことはありません」

 

 マスターであるロイの言葉に同調するようにして、ポルクスも肯定の態度を浮かべる。兄であるカストロはその横でふんと鼻を鳴らしているが、特段反対している素振りでもない。

 

「レイジ、君はどう思う……?」

「俺は………行きたい。ここは俺の故郷じゃないが……、少しだけいなくなった人たちに伝えたいことがある」

 

 桜子の投げかけにレイジは意外なことに同調の反応を浮かべた。基本的に、周りと歩調を合わせるつもりもないとばかりの様子であっただけに、聞いた桜子が逆に驚く反応を浮かべてしまった。

 

「何を驚いている。お前が聞いてきたんだろう」

「え、あ、うん、ごめん。レイジ君はさっさと向かうとかいいそうだなとおもっていたから」

 

「ああ、そうさ。だけど……、今回ばかりは特別だ。伝えなければいけないことがある」

 

 復讐に取りつかれたように、常に七星を滅ぼすことだけを考えている様子だったレイジ、ヴィンセントという敵を討ったことを報告したいと思う様子は、普通の人と何ら変わりはない。

 レイジは決して地獄の悪鬼ではなく、運命によって翻弄された結果として、そのような態度を取る他なくなっている。

 

 それを理解しておかなければならない。今のレイジは、ほんの少しだけ運命が違えば、自分がなっていたかもしれない可能性の一つなのだから。

 

「はぁ……、しゃーないわな。うちとしては、積極的にええと言い難いところではあるけど、気持ちの整理が大事なこともまた事実ではあるしな。時間をかけない程度で、行こか」

 

 朔姫が意見を曲げたおかげで特に言い争いが起こることもなく、慰霊碑へと向かうことが決まった。

 

――セプテム・『セレニウム・シルバ』・慰霊碑――

 あくまでも一時的に寄り添って、この戦いでいなくなった者たちを弔うと言うだけである。何せ、タズミもジャスティンも崩れたイチカラ―城から死体が見つかったわけでもない。サーヴァントたちは姿が消滅してしまい、遺骨のように残る物があるわけでもない。

 

 あくまでも、当人たちの気持ちを整理するための場所なのだ。この場における犠牲を忘れることなく、されど、引き摺らないために過去のモノとして折り合いをつける。

 

 お前たちの死を背負って自分たちは進んでいくのだとそれぞれが心に刻み付けるように。

 

「人間、ってのは不思議なモノだよな。生物ってのは死んじまえばそこまでだ、いくら次代に種を継いだとしても、それはあくまでも遺伝子を繋げただけに過ぎない。

 だってのに、人間ってのは朽ちた後でも、残された連中がそいつの遺志を継いでいく。出来なかったことを果たすために動いていく。いなくなった故人を偲んで祈りを捧げる。

 生物としてあまりにも歪なことだ、いない存在に魂を引かれることになるってのに、それを嫌だと思う事もない。理性があるってのはそういうことなんだろう」

 

「タズミの意思まで継ぐってのはどうかと思うけれどね」

 

「確かにタズミ卿のやり方が正しかったとは言えない。あのまま生き残ったとしても、俺達の間で争いが起きていた可能性だって否定はできないだろう。

 だが、同時にあの人がいなけりゃ俺達が集まることもなかった。数奇な運命だったとしても、結果を創りだしたのはあの人だ。だから、せめて聖杯戦争に勝つくらいのことはしてやらねぇとな」

 

 アークは慰霊碑の前でタズミに勝利を誓う。決して認められるような人格の持ち主ではなかった。むしろ、ここにいる誰よりもタズミとジャスティンは不穏を蒔き散らしている存在であったと言えよう。しかし、奇妙な縁を作ってくれたことには感謝しなければならない。

 

「俺はなんだかんだ、死線を潜り抜けたお前たちと一緒にいる方がいいからよ。そのきっかけを作ってくれた人には感謝しないといけないと思うのさ」

「ま、それでタズミの願いが叶うわけでもないんだけどさ!」

 

「眠れ、タズミ、ジャスティン。そして、命を懸けて戦ってくれたサーヴァントたち。うちらはお前らが作ってくれた明日の先へ行く。綺麗ごとは言わん。今度は勝って、お前らにその報告をしたる」

 

 朔姫も手を合わせるようなことはしない。ただ、気持ちだけは連れていく。その表明だけはしていく様子だった。

 

「ま、こんなもんでええんとちゃうか、いつまでもここで気持ちを偲んでおってもしゃーないし、そろそろ先へ―――」

 

「お前たちは先に行け。俺はもう少しだけ此処にいる」

「あぁっ!?」

 

 思わず朔姫がレイジの言葉に素っ頓狂な声を上げる。それもそうだろう、やるべきことを果たしたのだから先を急ごうと口にしているのに、先に行けと言う意味不明な態度を理解できなかったのだから。

 

「もう少しだけ、ここにいたい。だが、お前たちを付き合わせるつもりはない。だから、先に行け。すぐに追いつく」

「……我らからも願う。問題を引き起こすつもりはない」

 

 レイジの言葉を後押しするようにこれまで、押し黙っていたアヴェンジャーが頼み込む。朔姫はため息を零し、勝手にせぇやと呟くと、我先にと足を進めて行ってしまった。

 

「朔ちゃん、拗ねちゃったの~?」

 

 それにキャスターが続き、一人また一人と足を進めていく。最後に桜子が心配そうな表情でレイジを見たが、ランサーに背を押され、先へと足を進めていくことを決めた。

 

 自分とアヴェンジャー以外に誰もいない場所、慰霊碑は何も言う事無く、ただそこに佇んでいるだけである。

 ただ、この時間だけは自分一人でしたかった。彼らが共に戦う者であったとしても、この瞬間だけは誰にも邪魔をされたくなかったのだ。

 

「……、今更こんなところで何を言っても、何も変わらないし、戻ってくることもないってわかっている。だけど、言わせてくれ。

みんな、仇は取ったよ。皆を苦しめて、俺達の故郷を奪ったヴィンセントは地獄の底に堕とした。完勝ってわけにはいかなかったけれどさ、ようやくやれたよ……」

 

 アヴェンジャーは黙してレイジの独白を聞く。よくやった、あるいは報われたと口にすることは簡単だが、レイジがそのような言葉を求めていないであろうことはよく分かっている。

 

「必ず、他の五人の七星も全員、地獄に堕とす。皆の命を奪った罪を償わせる。

だから、どうか見ていてくれ。今はまだ、どうすればいいのかもわからないけれど……必ず、その先に、こんな地獄のような世界の先に花を咲かせる方法を見つけ出して見せるから」

 

 復讐をすればそれで終わりであるわけではない、それではただ、自分たちを虐殺したヴィンセントたちとやっていることは何一つとして変わらない。

 

 七星たちを断罪し、このセプテムに、そしてレイジ自身に花開く未来を見出さなければ、自分の本当の意味での復讐は終わりを迎えることができない。

 

 その未来が見えないままに進んでいることを否定はしない。冷静な大人であれば無謀であるし、答えが見つかるかもわからないような行動にどうして打って出ているのかと苦言を呈するのかもしれない。

 しかし、冷静に答えを探してみようなどと考えていたら一歩を踏み出すことができない。自分自身の怒りのままに、この許せないと言う激情を原動力として進んでいくからこそ、俺は今も戦えている。

 

 もしかしたら、進んだ先には実際に何もないのかもしれない。本当の意味で徒労でしかなくて、無駄だったと思う羽目になるのかもしれない。

 

 だけど――――それでも、なんだよ。俺はまだ、その後悔を覚える地点にまですらも辿り着けてはいないんだから。

 

 そこに辿り着くまでには、俺はずっと、まだだと叫んで走って行かなければいけない。俺が今も生き残ってここにいる意味があると信じているから。

 

「――――誰だッ!?」

 

 その時、背中に聞こえてきた足音に反射的に振り向く。ギリギリで自分の剣を抜くことはしなかったが、敵襲の可能性はある。もっとも、アヴェンジャーもいるこの状況の中で奇襲を仕掛けることは、ほとほと難しいと思うが……。

 

「驚いた。まさか、私の外にも慰霊碑に足を運んだ人がいたなんて。慰霊の最中に驚かせてしまって、ごめんなさい……」

 

 声を掛けてきたのは、一目見て高貴な家の出であるのだと分かるほど、整った女性であった。見目の麗しさも相当であるが、纏っている衣装自体もここらへんの人間が着込んでいるモノと同じではない。

 

 衣装の素材における価値の差なんてものに興味はないから、詳しくはないが、どこかの貴族の令嬢だろうか、彼女は俺が慰霊碑に祈りを捧げているように見えたのだろう。それを邪魔したことに謝罪をしている様子からも、育ちの良さが滲み出ている。

 

 俺は慰霊碑の前から退き、首を振って足を進めるように促す。ペコリと一礼すると彼女は慰霊碑の前に進み、花を添えた。邪魔をしてしまったように困った表情を浮かべる彼女に、離すつもりはなかったのに、口を開いてしまう。

 

「いや、大丈夫。もうやるべきことは終わったから……、あんたも慰霊の為に?」

 

「ええ、近しい人がセレニウム・シルバで無くなりまして。慰霊碑に祈りを捧げたところで何にもならないなんてことは分かっているんですけれど、どうしてもいてもたってもいられなくて……」

 

「気持ちは分かる。知り合いが言っていたよ、こういうのはそこに何かがあるじゃない。ケジメをつけるのが大事なんだって……」

 

 さっさと、ここから退散するべきことなのは分かっている。ただ、どうしてか自分から話の先を繋げてしまった。

 

「ケジメ、ですか。難しいですね、頭ではいつか別れが来るのは分かっているんです。でも、突然の出来事だと難しいですね。まるで奪われてしまったかのような気持ちになります。おかしな話、いつかはそうなるかもしれないなんてことは分かっていたのに」

 

「……別に、変な話しじゃないだろ。大切な人を喪えば悲しい。そこにどんな理由があったって、それは人間として当たり前の話しだ。突然いなくなれば悲しいし、戦争や身勝手な理由で命を奪われれば理不尽に思うことは当たり前だ。

 この国だって、ここに刻まれた慰霊碑にはさまざまな人の想いがあったはずだ。残された人たちはここで祈ることしかできない。祈って、戦争の悲惨さを、人の命を奪われることの辛さを、噛みしめる」

 

「そうした犠牲の上に、今のこの国があることを忘れてはいけないですね。平和な世界が生まれ、花が咲き誇る。そうすることが、残された人たちに出来る事ですから」

 

「でも、その花を人はまた吹き飛ばす」

「え……?」

 

「いくら綺麗に花を添えても、地獄の中にある限り、人は簡単にその花を吹き飛ばす。今のセプテムがそうだ、この国は狂っている」

 

 七星によって支配され、連中の思惑を叶えるために国民の不安をよそに対外戦争の準備を企てている国をどうして平和だと言えようか。その仮初の平和の裏で苦しみ喘いでいる人がいることを忘れてはいけないんだ。

 

「………確かにそうかもしれません。国民の多くはセプテム王家の行為に疑問を覚えています。例えそれがこの国の未来のためであったとしても、歓迎はしないでしょう。

 花を吹き飛ばす行為であると言われれば、否定はできないと思います」

 

「だから、もう一度花を咲かせる方法を見つけなくちゃいけないんだ。地獄の中でも花を咲かせる事が出来るんだってそう思う気持ちを忘れたら、人は悪魔と何も変わらなくなってしまうから」

 

 俺のやろうとしていることなんて結局は只の復讐だ。誰かのためになんて高尚な言葉を口に出来るようなモノじゃない。それでも、俺の行為で何かを変えることができるのなら……、そんな風に思ってしまうこと自体が七星を分かりやすい悪にしたいだけのエゴなのかもしれないけれど。

 

「ふふ……」

「何が可笑しい」

 

「いいえ、この国の現状を厳しく言われたうえで、私と同じような考えを持っている方にこんな所で出会うと思っていなかったので。いいえ、こんなところだからなのかもしれませんね。ここは過去を振り返り、未来へと思いを馳せる場所、でしょう?」

 

「……あくまでも、知り合いの言葉だ。俺には関係ない」

 

 きっと、彼女は失った人の想いを継いで、光の道を歩いていく。そういうことができる女性だと、少し言葉を交わしただけでもわかる。俺とは違う。俺のように地獄の底でも必死に足搔く奴にはできない輝きを放つことができるハズなんだ。

 

 だから、この場で言葉を交わした俺達の運命が、再び交わることはない。ただ、同じ思いを抱いているという言葉だけは少し嬉しかった。

 

 自分の中の出鱈目な理屈を少しでも肯定してもらう事が出来たように思えたから。

 

「行くのですか?」

「ああ、もう会うことはないだろうけれど、あんたと少し話せたのは楽しかったよ。できるといいな、あんたなりの花を咲かせることが」

 

「私も、昔、知人に言われたことがありますから。諦めずに走っていれば、きっと上手くいくと。子供のおとぎ話のようですけれど、どうしてもそれが忘れられなくて、貴方と話していて、それを思い出しました」

 

「そうか……」

「私――――リゼと言います、貴方は?」

 

 名前を名乗った相手に、答えるべきかどうか少しだけ悩んだ。どこから自分自身の情報が洩れるかもわからない中で、本当であればそれは告げるべきではないのかもしれないが……

 

「レイジ、レイジ・オブ・ダスト」

 

「……さようなら、レイジ君。もしも、また縁があるようであれば、貴方と言葉を交わしたいね」

「ああ……」

 

 生返事であることを自覚しつつ、リゼに言葉を返して、俺は連中の下へと足を進めていく。きっと、もう二度と会うことはないだろうと思う相手に背を向けて。

 

 けれど、数奇な運命は俺たち二人を決して離そうとはしない。

 

 そう、思い返せばこれが出会い。

 

 レイジ・オブ・ダストとリーゼリット・N・エトワール、いずれ、聖杯戦争という舞台で互いを滅ぼすべく戦う者同士の初めての出会いだった。

 

――セプテム・荒廃都市『オカルティクス・ベリタス』――

「ヴィンセントについては残念だったね、彼とはもう少し上手く関係を続けられるとも思っていたのだが」

 

「白々しいのぉ、最初からこうなることは分かっておったのではないか。ヴィンセントと例の小僧が戦っておることを知っても、そなたは救援の一つも送るつもりがなかったではないか」

 

「それは違いますよ、キャスター。私はヴィンセントを信じただけであり、アベルと言う存在の力がどれ程のモノであるのかを確かめなければならなかった。彼がヴィンセントを倒せるのか、あるいは敗北するほどにしか覚醒することが出来なかったのか。俺は俺の大願を果たすために、それを見極めなければならなかった。それだけです」

 

 セレニウム・シルバの国境を超えて、星灰狼とカシム・ナジェム、そして、彼らの一団と共に王都へと足を進める羽目となっているターニャ・ズヴィズダーはヴィンセントの死について言葉を交わしていた。

 

 リゼはヴィンセントを厭い、彼に花を手向けることを選んだが、灰狼もカシムもそのようなことはしない。

 あくまでも聖杯戦争、誰が何処で脱落するのかはわからない。そこに一々感情を向けていたのでは、これから始まる前哨戦を越えた聖杯戦争の本番で生き残っていくことはできないだろうと考えている。

 

「本音を言えば、ヴィンセント率いるステッラファミリーの経済力と渉外能力にはずば抜けた物がありました。ここまでギリギリ保ってきたセプテムの対外情勢はヴィンセントの死を以ていよいよセプテムにとっては望まぬ方向に進んでいくでしょう。この国もまた避けられないところに進んでいこうとしている」

 

「しかし、聖杯戦争が終わりを迎え、余が敵対する国家総てを飲みこめば済む話だ」

 

「ええ、その通りです、ハーン。ヴィンセントの死は確かに我々にとっては痛手ではありましたが、取り返せぬ痛手ではない。むしろ、最初からそうなるべくしてなった死であると言えましょう」

 

 ヴィンセントの死は織り込み済み、灰狼の中の本音とは結局そこなのだ。

彼がアベルと呼んで憚らないレイジの完成度を確かめるための試金石、最初から脱落させるために配置された打倒されるべき存在、もしも、レイジが最初に狙うのが誰なのかと言えば、それは彼の村を焼いたヴィンセントであることは間違いないと分かっているからこその配置だ。

 

 ヴィンセントは確かに聖杯戦争での勝利を目指す事無く、敗北することを前提に灰狼かリゼ、どちらかの情勢が良い方に付くことを考えていた。

 

 それはあくまでも自分が生き残ることを前提とした動きではあったが、大義や主張よりも自身の利益を優先する在り方は、何を誘導させれば思い通りの動きをしてくれるのか、灰狼にしても実に予想がしやすかった。

 

「さて、その上でだが……」

 

 チラリと灰狼は自身が乗る馬の背に乗せられ、沈んだ表情を浮かべるターニャを一瞥する。

 

「ハーンよ、私は、このオカルティクス・ベリタスにターニャと共に残ることを進言します」

「―――ほう、その理由は?」

 

「城での戦いでは王を満足させるほどの戦いを果たすことができませんでした。敵手のバーサーカーとの戦いでは、王に身を引くようにとまで口にする始末、その汚名を雪ぐ機会を与えていただきたいと思います。

 おそらく、連中は城を出るでしょう。あそこにいれば、自分たちの居場所を我々に教え続けるも同義ですから。そして、セレニウム・シルバから、王都へと向かう道行の中で、最も近い都市がこのオカルティクス・ベリタスです」

 

「つまりは、我えらが敵の顔を見るために踏みとどまると」

「まだ、戯れが足りないと思いましたが、いかがでしょうか…?」

 

 などと口にするが、実際の所は灰狼より次の戦場の指示をされているに等しい。あくまでも臣下の態度を取り、ハーンを立てているが、やはり指揮の優先権を持っているのは灰狼である。

 

 七星を、そして偉大なるハーンを率いて、聖杯戦争の終わりまで駆け抜ける。それが星灰狼の望みこれより先の道行きなのであるから。

 

「フッ、お前はそれ以外にも何か思惑を持っているのだろうが、少なくとも余が戯れ足りないのも事実。して、灰狼、この地にも身体が馴染み始めてきた。そろそろ、スプタイたちをこちらに呼び寄せるとしよう」

 

「御意に、彼らをも揃えた、最大至強のハーンの軍勢を以て、彼らを迎えるとしましょう」

「………」

 

 その灰狼の言葉をターニャは不安げに見つめる。しかし、それで何かが出来るわけではない。彼女は何処まで行っても籠の中の鳥でしかないのだから。

 

 その籠より解放してくれる誰かがいなければ、大空に羽ばたくことはできない。いかにセイバーが圧倒的な力を持っていたとしても、今ここで戦いあうには、少しばかり情勢が悪すぎる。故に今の立場に甘んじるしかない。

 

(でも……、もしかしたら……)

 

 七星と戦い、それでも生き残った彼らであれば、もしかしたら……自分をその籠の中から解放してくれるかもしれない。

 

 そんな期待を寄せる表情を浮かべるターニャ―を尻目に灰狼は笑う。

 

(レイジ・オブ・ダスト、アベルの継承者。見事、ヴィンセントを討ち取ったか。であれば、私もお前の成長度を確認しなければならないだろう。いずれ、自らお前を討ち果たすカインの役目を背負った者としてな)

 

 次なる激戦の地は荒廃都市オカルティクス・ベリタス、その地にて、レイジたちは、かつての世界最強の軍団たるハーンの軍勢たちと相見えることとなる

 

第4話「Reason」――――了

 

次回予告

「兄様……いつまでも夜風に当たっていては体が冷えてしまいましょう。そろそろお戻りになられたら、どうです?此度の戦の兄様の働きを皆、祝福したいと申しておられますよ」

 

「はは、先ほどまでも散々に祝福されたであろう。それを言うならば、桜華、お前も同じであろう。七星の血を継ぎ、最も流麗な刀捌きをするそなたの刀を前にすれば、この身の敵を破壊することだけに長けた武技など、張子の虎もいいところだ」

 

「ねぇ、レイジはどんな大人になりたいの?」

 

「大丈夫だ、世界がどうだろうとも、きっと上手くいく。この世界はそこまで、生きている俺達にとって酷い世界であるはずがない。自分に恥じないように生きて、自分に恥じないような時間を過ごして、少しずつ成長して、そうして立派な大人になることが出来たら、見えてくるモノも変わってくるのかもしれない」

 

「あら、エドワードはそういうのは信じないの? こういうのって結構バカにできないものよ? 期待してない場所でこそ、本当の意味での運命的な出会いはあるかもしれないってね」

 

「せやな、ババアはババア同士で行った方がええで。一緒に行かれて平均年齢あげられたら叶わんしなー」

 

「まさか、本当に、レイジ……なの?」

 

「一緒に行こう、俺は君を取り戻すために此処まで来たんだ! 君が生きてくれているのなら、君を守るのが俺の役目だ!!」

 

「初めましてだね、アベル―――いいや、レイジ・オブ・ダスト。私は星灰狼、大陸における七星の首魁にして―――キミの村を襲うように命じた張本人だよ」

 

第5話「月華-tukihana-」

 




次回は1週間お休みをいただきます。しばしお待ちいただければと思います。

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第二章『王都進撃編』
第5話「月華‐tukihana‐」①


お待たせしました、5話開幕です!


 ――夢を見ていた、遥かな過去の記憶、己ではないどこか他人の抱いた夢を見るような感覚のままに、目の前に映し出される光景を何もすることができないままに見せられていく。しかし、それが全く知らない誰かの夢であるわけではない。

 

 限りなく近い、しかして遠い人間の記憶―――初代灰狼、七星桜雅の記憶に他ならないことを。十九代の歳月を経たうえで、俺は知っている。

 

 七星同士の血で血を争う生き残るための戦、生き残っても尚、日本にはもはや自分たちが生きる場所は残っていないと告げられて、大陸へと足を運んだ桜雅。

 

 そして、後に偉大なるハーンと出会うことになる中国大陸へと向かう途上、嵐に塗れ、一族からも脱落者が出る中で、彼らは大陸を渡り、新たなる七星の系譜を生み出していくことになる。

 

 長髪を首の付け根の辺りで、一つに纏め上げた鋭利な視線を誰もいない草原の先へと向ける男の姿は、敗残者として大陸へと渡って来たモノの姿には見えない。

 

 桜雅は成り行きから大陸へと渡った七星たちの纏め役としての役割を与えられた。望んで得たモノなのか、押しつけられたものであるのか、完璧な彼の記憶を持っているわけではない俺には分からない。

 

 分かることは結果として桜雅は崩壊しかかっていた七星たちを纏め上げ、大陸にて特異な存在としてその名前を馳せていき、やがて、ハーンに見いだされ、灰の狼の名を襲名するまでに至る。それだけが理解できる内容であった。

 

「兄様……いつまでも夜風に当たっていては体が冷えてしまいましょう。そろそろお戻りになられたら、どうです?此度の戦の兄様の働きを皆、祝福したいと申しておられますよ」

 

「はは、先ほどまでも散々に祝福されたであろう。それを言うならば、桜華、お前も同じであろう。七星の血を継ぎ、最も流麗な刀捌きをするそなたの刀を前にすれば、この身の敵を破壊することだけに長けた武技など、張子の虎もいいところだ」

 

「あら、そのようなことを言ってしまわれては、兄様を褒め称えていたハーンにまで、失礼ではありませんか?」

 

「ふむぅ、確かにそれを言われると弱い。我らはハーンがいなければ、このような戦場に再び立つことは出来なかった。今もこうして一族郎党総てが万全としていられるのも全ては偉大なるハーンの思し召しがあればこそだ」

 

「ええ、その通りです。ですから、あまり自分を卑下しては成りませんよ」

 

 七星桜華、永い七星の歴史の中でも最高峰の才覚を持った女傑。桜雅が指揮能力にも長けた総合力の七星であるとすれば、桜華は単純な戦闘能力として目を見張るほどの七星であった。

 

 その様はまるで刀が踊っているかのようである。流麗なその動きに見惚れた次の瞬間には首が飛ばされており、馬に乗っていないにもかかわらず、その足の動きは遊牧民族の行動に完全に順応する。

 

 七星の一族を指揮する桜雅とその指揮の中で十全たる暗殺一族としての絶対的な力を発揮する桜華、二人はまさしく比翼連理、どこまでもどこまでも共に駆け抜ける。

 

実の兄妹であれども、彼らはその愛を育んだ。戦場で共に戦い、共に視線を潜り抜ける状況は何よりも、戦場の中で愛を育む土壌を築き上げた。

 

 このままどこまでもどこまでも、ハーンと共に世界帝国を築き上げるために西へ、西へと進軍を果たしていくはずであった。

 

 けれど、我々はその侵略戦争の結末を知っている。栄枯盛衰、奢れるものも久しからず、どれ程の才能を持ち合わせているモノであっても、老いに勝ることはできない。

 

 偉大にして絶対なるハーンは命を落とし、そして桜雅と桜華の兄妹にとっても、終焉の時は訪れる。

 

「――――否、私はハーンと誓ったのだ。必ずこの世界全てをハーンの掌に収めて見せると」

 

 桜雅の執念は凄まじかった、七星の力が魔術回路を通して、次代の血の中に混ざり合っていくのだとすれば、己のこの夢半ばで散ろうとしている願いをも次代へと残していくことができるのではないか。

 

 時代を経れば、必ずやこの崇高なる理想もいつかは翳りを迎えて、その姿を失っていくことだろう。大陸へと渡り、己たちを必要としてくれた、夢を見せてくれた、どれほどの恩を戦場にて返したとしても足りない。

 

 この恩義を必ず世界制覇という形で残さなければならない。何代を経たとしても必ずや、必ずやこの願いを叶えて見せよう。

 

 そのように願って、初代灰狼の意志は「星家」の子孫たちへと受け継がれていく。希望か或いはそれは呪いであるのだろうか、連綿と受け継がれてきたその願いは、十九代の時を経ることによって、ついに形を成そうとしている。

 

「だが、まだ完ぺきではない。ハーンを召喚し、セプテムを手中に収める手前まで来た。しかし、今の私には七星桜華がいない……」

 

 七星桜雅にとっての比翼連理であった存在、桜華。彼女は桜雅のように己の記憶や願いを次代へと受け継いでいくことを願わなかった。己の意志は己1人のモノ、であればこそ次代を生きる者たちにはその時代の生き方や価値観によって生まれるモノが必ずあると彼女は思った。

 

 だからこそ、あえてその祈りが受け継いでいくことはなかったが、灰狼はそれだけが初代の失敗であったと思っている。伝説に謳われるほどの存在、灰狼の名を襲名する以上、桜華の存在は必要不可欠であると言ってもイイだろう。

 

 であればこそ、掴まなければならない。それを掴まずして、どうして灰狼の名を完全に受け継いだ等と言えるだろうか。

 

 必ず七星桜華は己のモノとする、そうして初めて自分は初代灰狼の覇道を受け継ぐ存在になることができると言えるのだから。

 

「そのためにもアベルよ、我が弟に値する者よ、そう簡単に終わってくれるなよ、お前が力を解放すればするほどに、私の願いに近づいていく。お前はその為だけに生まれ、そのために生かされているのだから」

 

 告げる言葉は何処までも冷酷に、何処までも、当人の心も事情も斟酌せずに、ただ用意された舞台に沿って動いていくだけなのかもしれない。

 

 ――夢を見ていた、そう遠くない過去の記憶、己の眼に刻まれた炎の記憶よりもほんの少しだけ前の記憶、まだ故郷が何事もなく、いずれ来る終焉の時のことなど一切知らないとばかりに誰もが平穏を享受していた頃の思い出を追体験するように夢を見ていた。

 

「ねぇ、レイジはどんな大人になりたいの?」

 

 ふと、とある日にターニャが何気なくそんな問いを投げてきた。長閑な村である。牧畜と狩りによって生計を立てている村、農作物を育てている者もいて、王都へとその作物を送る一方で村の中の人間に自分の育てた作物を分け与えていた。

 

 自助を続けて、誰もが助け合っていく世界、よく言ってしまえば、誰もが助け合いながら生きていく世界、悪い言い方をしてしまえば古いルールに縛られたこの空間の中だけでも生きて行けてしまう世界、そんな世界の中で昔からずっと生きてきた。

 

 まだこの時は10を少し過ぎたあたりだったはずだけど、漠然と自分の将来は親の仕事をついでそれを守り抜いていくのだろうと思っていた。

 

 別に今の生活に不満を持っているわけじゃない、日々の生活に変わり映えはなくても、迎える明日が全く同じ明日を迎えるわけじゃない。天候の変化や狩りの状況、そんなものに一喜一憂しながら、日々の恵みを戴きながら生きる時間は決して悪いものではなかったからだ。

 

「考えたこともなかったな、このまま、親の仕事を受け継いで、それで成長して、いつかは子供を産んで育てて、それで土に還る。漠然としてしか考えていなかったよ。

 ターニャは?」

 

 隣に座る少女、ウェーブがかったブロンドの髪をたなびかせる、俺と同い年の少女であるターニャ・ズヴィズダーへと問いを投げる。

 

 ターニャ―の家は古くから牧畜を営んでいる。オヤジさんは自分の家にもレイジのような男が生まれてくれればと常日頃から憂いているけれど、ターニャの溺愛ぶりは相当なものだ、目に入れても痛くないとすら思っているだろう。

 

「私も同じかな、今は生きることで精いっぱいって感じ。毎日毎日、学ぶことが多すぎてね、私は生まれた時から、ちょっとだけレイジや他の人と違う所もあるから、まずは自分の身体をちゃんと使えるようにしなさいって」

 

 ターニャは微笑を浮かべる。ターニャが口にしたその変化、彼女は生まれた時から、その瞳に特殊な力を備えていた。

 

 最近ではその力も安定してきている様子ではあるけれども、物心ついた頃の彼女はその力が暴走してしまうことも良くあり、村の中ではターニャのことを危険視する声も強く上がっていたらしい。

 

 ターニャの両親は必死に村の人々を説得して、根気強くターニャと向き合い続けてきた。そのおかげもあってか、今のターニャの状態は落ち着いていて、村の人々もターニャのことを受け入れてくれている。

 中には心のない言葉を吐きだす人もいるけれども、ターニャも折れることなく日々を生き続けている。

 

 生きることで精いっぱいという言葉はそこから出てきた言葉なのだろう。ただ漫然と毎日を生きている俺よりも遥かに彼女の方が世界の中で生きていくには困難も大きいはずだ。

 

 こうして平和な時間を生きていると俺が思っていたとしても、ターニャはその裏で、俺の知らない苦しみを覚えているかもしれない。能天気な言葉を口にしていられるのは自分がその苦しみを体験していないからだ。

 

「でも、レイジが言っていた当たり前のように過ぎていく日々って、私はとても素敵だと思うな。何かやらなくちゃいけないことがあるとか、力を持っているのは運命だとか、そういうのに憧れる人もいるかもしれないけれど、私はこの村のように長閑な世界の中で、ただ世界を感じながら生きているだけでもいいんじゃないかなって思えるんだ」

 

 当たり前の日常、俺達が謳歌しているはずのそれをターニャが何処まで楽しんでいられるのかは正直な所、俺にもよくわからない。そもそも、人の心なんて、いちいち気にしているわけでもないし、ターニャはあくまでも家が近い幼馴染の関係でしかない。

 

 同じころに生まれて、同じように育ってきた。勿論、俺とターニャでは生まれの違いはあるけれども、生まれてきてからの多くは互いに共有しているとは思う。そんな互いだからこそ、こうして何気ない時間の中で弱音を吐きだすこともできる。

 

「難しいことは俺にも分からないが、こうしてほしいとかってことがあるのなら、遠慮せずに言えよ。なんでもかんでも叶えることはできないけどさ、お前の文句を聞いてやることくらいはできる。どうにもできないことを少しだけどうにかできることに変えることはできるかもしれない」

 

「レイジ………」

 

「大丈夫だ、世界がどうだろうとも、きっと上手くいく。この世界はそこまで、生きている俺達にとって酷い世界であるはずがない。自分に恥じないように生きて、自分に恥じないような時間を過ごして、少しずつ成長して、そうして立派な大人になることが出来たら、見えてくるモノも変わってくるのかもしれない」

 

 村の大人たちが、俺達とは違うものを見ている様に。俺にもああした時間が来るのだろうと漠然と思っているけれど、そうなるにしたって、今の自分がそっくりそのまま身体だけが大きくなったところで、同じようになれないことは分かっている。

 

「だからさ、頼ってくれていい。お前が頼ってくれれば、それだけ俺も成長することができるかもしれないし、少しはお前の助けになることができるかもしれないから……」

 

「ふふっ、ありがと、レイジ。うん、困ったときは、頼らせてもらうね」

 

 照れを覚えながら、本当はお前の助けになってやりたいんだってことを言いたかっただけなのに、それを素直に言う事が出来ないから、自分が成長できるだなんだと理由を着けなければ、まともに言う事も出来ないでいる。

 

 ああ、まったく、自分でも笑ってしまう位の穏やかな時間、この日常がこれからもずっと続いていくんだろうと漫然と思っていた時間――――でも、それは、唐突に終わりを迎えてしまったから。

 

 長閑な世界は何処にもない、変わらない日常は消え去った。漫然と大人になっていくなんて自由は許されない。命を燃やして走りつづけなければ―――これより先に辿り着くことはできない。

 

「…………、ああ、そうか、夢を見ていたのか」

「魘されていたぞ」

 

「眠れないよりましだ。何度も何度も悪夢を見た。寝る事すら許されないんじゃないかと思っていたこともあった」

「………そうか」

 

 連中は寝静まっている。勿論、何か起こればすぐにでも反応できるように各々がサーヴァントを見張りにつけているのだろうが、アヴェンジャー以外にこちらに反応する者は誰一人としていなかった。

 

「まさか、こんな奴らと一緒に行動することになるとは思ってもいなかったが……都合がいいと言えばそこまでだ。必ず連中を倒す、そしてターニャを助ける」

 

 夢の中で見るのはいつだって燃え盛るあの原初風景だった。ターニャとあの幸福な時間のことを思い返すなんていつ以来のことだっただろうか、少しだけ心が安らいだ。

 

 地獄のような世界の中でまだ縋ることができるものがあるのだと、思う事が出来ただけでも行幸なのかもしれない。

 そして、あの幸福な姿を見ることが出来たからこそ、ターニャを何があろうとも救いださなければならないと思えるのだ。

 

「ターニャとは、誰の事だ?」

「大切な人だ……、命に代えても守らなければいけなかった。俺が力になると決めていたのに、俺はヴィンセントにターニャを良いようにされることしかできなかった」

 

『何じゃ、女か。小僧もずいぶんとませておったのだな』

『あんた、結構言動が愉快だよな』

 

「その少女がまだ生きている保証はあるのか?」

 

「連中が俺たちの村を焼いた目的の一つはターニャを確保することだった。ターニャは生まれつき、俺達とは違う特異な力を持っていた。連中があれを必要としていたのならば、ターニャを生かしている可能性は高い。もしも、その力を奪うだけで良かったのなら、ヴィンセントがあの場でターニャを殺していてもおかしくなかったはずだ」

 

 あの炎の中の記憶だけは今でも鮮明に残っている。間違いなくヴィンセントは、ターニャだけは特別扱いをしていた。他の人間たちがどのようになろうとも、ターニャだけは生かして確保する。その気持ちが先行していたことは間違いないと思う。

 

 だから、連中にとってターニャは生かしておかなければならない相手だ、淡い希望であることは否定できないが、俺を助け出したあの男はターニャが生きていることを確信しているような素振りを見せていた。

 

 諦めない、例え、最悪の結末をこの目で見るために歩みを進めているのだと言われたとしても、それで諦めきれるはずがないんだ。

 

 だって、ターニャがいてくれなければ、地獄の先に花を咲かせるなんてことは到底できるはずがない。彼女にだけは笑っていてほしいと思うんだから。

 

「ならば、何があろうとも見つけだせ、手放さないことだ。お前が目指す、地獄の先に花を咲かせることは復讐だけでは決して果たされない。お前にとって、そのターニャと言う少女の腕を掴むことが出来なければ、とても最後までは戦えまい」

 

 あるいは、ターニャを失ったことによる捨て身の特攻か、もはやターニャの生きていない世界などに未練はないと突貫をすれば、一人か二人は道連れに出来るかもしれない。

 

 だが、それは連中の中で、俺たちの村を直接手を出すことを命令した奴に実行しなければ何の意味もない。まだ自暴自棄になるには早すぎる。それを実行するのは何一つとして打つ手が無くなった最終段階でいいはずだ。

 

(待っていろ、ターニャ、必ず……必ず、俺がお前を助け出す。あの時の約束をちゃんと果たして見せるから……)

 

・・・

 

「んっし、改めて、うちらはこれから七星共に一泡吹かせるために、王都へと向かっていく。既に2日、セレニウム・シルバを出てから時間が経過しとる。ここまでに連中が手を出してこなかったんは、不幸中の幸いと思っとけ」

 

「ま、ここで敵に手を出されちゃったら、ウチらも危ない所だもんね★」

「アホか、お前がキリキリ働くんやろ! 自分がマスターみたいな態度してんじゃねー!」

 

「あ痛っ! 何すんの、暴力反対だよっ!」

 

「ほーら、ちびっこガールズ共、騒ぐなら話し合いが終わってからにして~、話しがいつまでたっても進まなくなっちゃうわよー」

 

「誰がちびっ子ガールズやねん! ま、ええわ。そんで、王都に向かうまでの道のりが当然、なーんもない荒地ってわけやない」

「王都に向かうまでの道のりの途上には、それぞれ都市があるってことだね」

 

 朔姫が広げた地図を確認しながら、ロイは地図に表記された記号に一つずつ手を触れて数を確認する。

 

「そや、うちらかて、休息を挟みつつでなくちゃおちおち王都まで進軍はできひん、そのためには休息を取るため、あるいは情報収取するための拠点を確保することを前提として動いていかなあかんことになる」

 

「こちらには複数のサーヴァントがいる。最速で王都まで進軍をして、攻撃を仕掛けることも可能だろう、人間の静寂な行動範囲を基準にするからそのような面倒事を考えなければならない」

「ちょっと、兄様……!」

 

 カストロが朔姫の提案に反論を口にする。セイバーの速度は光速、この場から王都へと一直線に突き進めば、半日もかからずに王都における戦闘を可能とするだろう。本当の意味で奇襲を行うのであれば、サーヴァントを使った電光石火な戦い方をするほかない。

 

 合理的な発想であることは間違いないが、朔姫はその提案に思わずため息を零した。

 

「確かにそれは当たり前に思いつく作戦や、何せ、七星共もサーヴァントの力借りて、うちらに奇襲を仕掛けて来たんに間違いあらへんやろうからな。けど、だからこそ、その最も手っ取り早い方法を取ることは危険や」

 

「当然に敵もその最も合理的な方法を理解し、警戒をしているからか」

 

「そう、やられたらやり返される。連中かてそれくらいわかっとる。だから、あえて、うちらは最も敵に狙われやすい方向での進軍を続けていく。そうすることで、連中が痺れを切らして先に手を出してくる状況を作るんや。連中にも気が早いのと遅いのがおる。全員の足並みが揃わな、逆にこっちが各個撃破できる機会が生まれるかもしれん」

 

「しかし、それに反して連中が再びいっせいに押し寄せてくるかもしれないぞ?」

 

「その時はその時、やらなあかんことは変わらん。全力出して生き残ることだけ考えればええやん」

 

 朔姫はニヤリと笑みを浮かべた。七星のマスターたちを相手にそれがどれ程困難なことなのかは闘っていた彼女だってわかっている。

 

 ただ、実際にはそうするしかないと言う話なだけである。何をしたって、ここから先は覚悟が問われる闘いが迫ってくるのだから

 

「さて、話しを戻すで、うちらが王都へと最短で向かう上で通かせにゃならんのは、そう多くはない。これから向かうオカルティクス・ベリタス、その先の中核都市、そして、王都に入る為の最大の関門ともいえる城塞リベルタス・マクシム、これらを通過すると同時に休息のための拠点として、うちらは王都へと足を進めていく」

 

 朔姫が指でつついた記号はあくまでも、最低限度のモノを指示しているだけである。より安全な行動を目指すのであれば、多くの都市を経由するべきだが、七星側の行動から考えてもゆっくりとした進軍など何の意味も持たない。

 

 七星と言う一族である彼らが勝手に内部崩壊をする可能性は限りなく低いのだから。

 

 そうなってくれば、結局のところは本拠地へと無理のない範囲で辿り着くほかない。

 

「もしも、敵が襲撃をかけてくるとすれば、この拠点内でのことが多いように思えるな、なんとなくだけど、まったく何もない場所でいきなり攻めてくるってよりは、こういう休息の時こそ狙われやすそうだなって」

 

「ま、桜子の懸念も最もやろ、今後は休息を取る時には必ず誰かが見張り番として、周囲の状況を確認することとしたい。でないと、有事の際に全員でくたばっておるなんて笑い話にもできないことが起こってまうかもしれへんしな」

 

「了解だ、ここまでの話しをした以上、早速次の街に向かってことでいいんだろ、お姫様よぉ」

 

「せやな、オカルティクス・ベリタス、そこまで規模は大きくない都市や。なおかつ、セレニウム・シルバ同様に国境に近かったこともあって、それほど大きく発展することを望めなかった場所でもある。おそらく、情報収集なんてできるはずもなく、なんとか宿をもらうのが精いっぱいやろうな」

 

「それでも宿を借りることができるかもしれないのは大きいんじゃない? ここまで姫様たちの陰陽術で仮の寝る場所は確保しているけれど、やっぱり建物の中で眠れる方が安心するものだしさ。それに結構こういう時の方が良いものに出会えるかもしれないよ」

 

「運命論的な考え方だな」

 

「あら、エドワードはそういうのは信じないの? こういうのって結構バカにできないものよ? 期待してない場所でこそ、本当の意味での運命的な出会いはあるかもしれないってね」

「その運命が良い方向の運命ならいいがな」

 

 エドワードは悲観的に告げる。何せ、彼らがこのまま出くわす可能性の高い運命はどちらかと言えば、七星側の者たちとの出会いと言う最悪の方向に舵取りをするかもしれないものであるのだから。

 

 もっとも、それを警戒したところで、ただ単純にオカルティクス・ベリタスを素通りする判断を下すだけになる。宿の確保、期待薄ではあっても情報収集を想うのであれば立ち寄るべきであろうと言う判断をエドワードも自然と考える。

 

「レイジ君もそれでいい?」

「好きにしろ、お前たちの行動に一々口を挟むつもりもない。最後に七星共を殺し尽くすことができるのならそれでいい」

 

「不平不満イエスマンみたいやな、こいつは……、素直に朔姫様の考えていただいた最高の提案を飲みこみます、これ以上の提案はできません! くらい言うたらどうなんやか」

 

「頭の螺子が遂に外れたか?」

「んだと、こらぁぁぁぁ」

 

 などと、声を上げる朔姫であったが、方針としては各拠点を巡りながら、王都を目指していくと言う方向で決定づけられた。

 

 勿論、この方針そのものが賭けでもある。短期決戦と持久戦、本来の定石で言えば、前者を選ぶのが当たり前の判断であることは言うまでもない。それを覆してでも、長期的な視野で方向性を考えたのは果たして正解であったか不正解であったか。

 

 最も不正解であるからと状況を嘆くだけで終わるはずもない、ここから先は生き残ることができるかどうか、本当の意味での聖杯戦争は既に始まりを迎えているのだから。

 

「じゃあ、行くとするか。次の街、オカルティクス・ベリタスへと」

 

・・・

 

――セプテム・『オカルティクス・ベリタス』――

「これは、思ったよりも酷いね。入っただけでもなんとなくわかっちゃうくらいには露骨っていうか……」

「廃墟、とまでは言えないかもしれないが、人の気配が途絶えた建物が数多くあるな、既に居住の形態を為していないのかもしれない」

 

 セレニウム・シルバに続く、王都と国境を繋ぐ街―――オカルティクス・ベリタス、レイジたちが最初にその街へと踏み込んだ時に感じたことは、荒廃しているという感想であった。

 

 建物とは生物ではないが、生きている存在の影響を多々受けとるものである。手入れが行き届いていない建物と言うものは激しい経年劣化や、周囲の景観の停滞、煩雑化を招く。ほとんど手入れがされていないであろう建物群たちは、どこもかしこもひび割れを引き起こし、枝場の先から草が生え外壁を覆ってしまっている。

 

 かろうじて無事な建物もいずれは同じような末路を迎えていくことだろう。

 

 一言で言ってしまえば、既にこの街は死を迎えている。あるいはこれから死を待つだけの瀕死の街と言えるだろうか。

 

「国境付近の街ってのはよくこういうことがあるんだよね。昔から外敵に晒されているような場所に位置していると安心して生きていくことができない。生活コミュニティを置いている人たちは何とか生きていこうとするけれど、それだって安全な場所で生きていくことができる権利には敵わないものさ。

 なんとなくだけれど、この街の住人達は何かしらの大きな出来事で全滅したとかじゃなく、少しずつこの街から離れて行ってしまったんじゃないかな?」

 

 一人、また一人と言うように住民の流出を止めることが出来なかった街、セレニウム・シルバはセプテムの中でも有数の貴族であるタズミ・イチカラーという絶対的な領主がいたからこそ、ある程度の恩恵を受けることが出来たが、タズミ自身が辺境の総てに己の統治を行き渡らせていたとは思えない。

 ましてや、この辺境の小さな街である、そこに手を加えるかどうかと言われれば、王家としても現状維持が精いっぱいであったのではないかと推測できる。

 

 結果として人々はその場所を離れ、新たな生活コミュニティの構築に奔走した。時間の経過とともに街は廃れていき、いつからかこのような状況が生まれたと考えればそう難しい話でもない。

 

 単純な一言で言えば、ここは忘れ去られていく街であると言うことだ。いずれは地図以外の何物にも記憶が残らない場所であると言えよう。

 

「これじゃあ、情報を収集するなんてこともできないかな……」

「いや、そうでもないと思うぜ」

 

 ルシアの言葉にアークが反応し、周辺をチラチラとみる。何かが蠢くわけでもなく、ただ荒れ果てた街の中に風が差し込んでいるだけである。

 

「うん、確かにまばらに人の気配がありそうだね~、隠れているのかな? それとも何かに怯えているのかな?」

 

 アークの言葉に反応して、キャスターも周辺を伺う。アーク一人であれば気のせいであると言いたくなるところでもあるが、キャスターも同様にこの街の中に人の気配がすると告げたのであれば。荒廃し、人の気配などとうの昔に消え去ったであろうこの街の中で、まだ潜んでいる人間たちがいるのかもしれない。

 

「宿を探すという意味でも、人がいるのなら早々に見つけるべきでしょうね。あまり時間をかけていては、逆に彼らを刺激しかねないかもしれません」

「となると、みんなで一緒に探すよりも分散したほうがいいのかな?」

 

「せやな、数も数やし、三方向に分かれるか。ロイ、セイバー、お前らはウチと姫と一緒に来てもらうで」

「構わないがいいのか?何かあった時にはほかのバックアップに入るべきとも思うが」

 

「へっ、最重要人物はウチやからな、最強戦力でがっつりと固めて、ウチの安全を図るってわけよ」

「朔ちゃん、タズミと変わんねー」

 

「バカ言うなや、ウチの方が数倍聖人やろ!!」

 

 キャスターと朔姫が再びワイワイと騒ぎ始めたがロイとしては、それ以上何かを言うことはなく、話が推移するのを見守っている様子だった。

 

 最も、そうした人選の問題でロイが不平不満を言うこともない。誰であろうとも、ロイは周囲に合わせることができるし、パートナーが誰であろうとも単独で状況を打開することができる。このメンバーの中でただ一人、パートナーを選べと言われたら、ロイを選ぶのは至極まっとうな判断であるといえよう。

 

「いいんじゃない、お姫様は私らのリーダーなんだし、手足に問題があったとしても、立て直しはできるけど、頭が潰されちゃったら、大きく支障が出てくるんだしさ。

 そういうわけなら、私は桜子さんと行こうかなー」

「ひゃあ、わ、私……?」

 

 いきなり、手を掴んできたルシアに桜子は素っ頓狂な声を上げるが、その反応も含めてルシアは楽しそうに笑みをこぼす。

 

「そうそう、ランサーも一緒にガールズチームの方が話に華も咲かせることができるだろうしさー」

「せやな、ババアはババア同士で行った方がええで。一緒に行かれて平均年齢あげられたら敵わんしなー」

 

 しっし、と朔姫が手で払うようなしぐさを見せる。その相変わらず態度の悪い様子に桜子はため息を零すが……チーム配置としては文句はなかった。

 

 ルシアとエドワードについてはサーヴァントがいない。もしもの状況になった時にルシアとエドワードのコンビに敵が攻めてきたなどとなれば、それこそ冗談抜きで最悪の事態になりかねない。

 

 よって、ルシアのもとに桜子とランサーがつくというのは、決して悪い選択ではない。そうすることによって、最後の一つはエドワードとレイジ、そしてアーク、戦力としては十分な配置が見込めるのだから。

 

「んじゃ、俺がレイジとハミルトンの面倒を見ればいいか? 最も、ガキの面倒を見るなんて言ったら、どっちにも文句を言われちまうかもしれないけどな」

 

「まったくだ……」

「俺はなんでもいい」

 

「やれやれ、戦力としては厚いかもしれんが、協調性は最下位かもしれんね、これは」

 

 こちらもやれやれといった様子ではあるが、アークはことさら態度に文句をつけるようなこともなく、レイジとエドワードの面倒を見ることを受け入れる。

 

 大人の余裕というべきか、最後に選択権なく選ばれたことに対しても不満を言うことなく、むしろアークに子守されるような立場と判断された二人に対して慮るような態度を浮かべた。

 

「なら、これで決まりやな、みんなに連絡用の式神を渡しとく。何か連絡の必要があるときにはそれを使ってもらうで。何もないに越したことはないけど、何もないとは限らへんからな……」

 

 含みを持たせた言い方を告げながら、この場で三方へと別れて動く。オカルティクス・ベリタス―――その荒廃した世界の中には何が眠っているのか……

 




果たしてオカルティクス・ベリタスの中で待ち受ける人影とは……?

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第5話「月華‐tukihana‐」②

――セプテム・『オカルティクス・ベリタス』――

 荒廃した街、オカルティクス・ベリタス、その街の中に生じた人の気配、本当に誰かがいるのかもわからないほどに街は荒れ果て、既に見捨てられた都市として記憶からも忘れられているのではないかと思えるような場所である。

 

 三方向に別れた者たちの内、比較的荒廃が薄い、都市中心部の中を、レイジ、アーク、エドワードの三人は探索をしていた。霊体化をしてはいるが、当然のようにアヴェンジャーも控えている。

 

 単純な戦力と言う意味で言えば、アヴェンジャーとサーヴァントに匹敵する戦闘能力を持っているアークがいるこの場が最も安定していると言えるだろう。

数の上でも最も比率が割かれているだけに仮にサーヴァントがいないエドワードがいるとしても、決して見劣りしない戦力である。

 

 この場の数が最も多く集められたのは、朔姫の次にレイジと言う少年が重要な人物であるからだ。襲撃を仕掛けてきた七星のマスターであるヴィンセント・N・ステッラを討ったレイジは、現時点において、もっとも七星側に狙われる可能性が高い存在である。

 

 敵討ち、あるいは未知の存在を排除するため、理由など様々あるだろうが、レイジを排除したいと言う思いだけは変わることなく存在しているだろう。

 

 よって――――、襲撃が起こるとすればここだと思うがためにアークもレイジを優先して守ることを決めた。リーダーである朔姫はロイが守護をすると言う時点で万全だ。彼以上にこの場で、どんな窮地をも脱する可能性がある者はいない。

 

 防衛と言う点において、アークは朔姫&キャスターと共にこちら側では抜きんでている。有事の際には、必ず仲間が来るまでの時間稼ぎができるだろう。

 

「それにしても、酷いもんだな。ここに住んでいる連中はみんな、どこかに避難しちまったってことなのかねぇ?」

 

「国境付近の戦乱が多い地域では決して珍しい話ではない。いつ、自分たちの平和が脅かされるかもわからない、国が何処になろうとも最前線にある限り、必ず戦乱に巻き込まれる。国境付近で生きると言うのはそういうことだ。ある日、突然奪われる。だからこそ、この街は少しずつ緩やかに滅んでいったんだろう。1人、また1人と、ここにいることを厭う者たちによって、な」

 

「随分と見知ったように言うな、ハミルトン」

 

「昔、傭兵をしている時に同じような村に立ち寄ったことがある。その場に残っていたのは故郷を忘れることが出来ずに居残ることを選んだ者たちだった。結局は……、故郷の終わりに付き合うような形になってしまったがな」

 

「………いつだって犠牲になるのは何も持ち合わせていなかった人たちばかりだ。突然災害のように現れて、突然何もかもを奪っていく、あんなものを許す事なんてできないんだから……」

 

 エドワードの話しに自分の故郷のことを思い起こしてしまったのか、レイジは怒りを滲ませながら拳を握る。

 

 国境の近くで戦争に翻弄している者たちと故郷を焼かれたレイジの記憶の中に残っているだけとなった人々、決して同じ境遇であるわけではないが、理不尽によって自分の人生を滅茶苦茶にされてしまったと言う意味では確かに共通する。

 

「まったく、お前らはさっきから随分と辛気臭い顔ばかりしやがって。こういう時だからこそ、気持ちを前向きに持たなくちゃいけないんじゃねぇか? そうでなきゃハッピーエンドにはたどり着けないぜ?」

 

 アークはことさら二人のテンションを上げたいと言う意図で大きな声で元気を出すようにと告げる。しかし、そんなアークの想いに反して、二人はやはり良い表情を浮かべない。

 

「……申し訳ないが、アーク、あんたが思い描いているようなハッピーエンドなんてものを思い描くには俺は少し失いすぎてしまった。仲間たちを、同胞を、そして、今やサーヴァントまで失った身だ、そういう話なら、八代やエーデルフェルトに言うべきだぞ」

 

「そうだな、俺の目的も本質としては復讐だ、地獄の先に花を咲かせることは必要だとしても、もう幸福を手に入れるにはあまりにも多くのものを失いすぎてしまった」

 

 だから、レイジもエドワードもハッピーエンドなんて言う言葉とは自分たちはあまりにも遠く離れたところにいるのだと主張する。

 

 確かに死に場所を求めているだけの傭兵と復讐に人生の総てを捧げたに等しい少年、そのどちらもが決して幸福な結末に向かう事が出来るのかと言われれば、首を縦に降ることは早々できはしないだろう。

 

 常識的な観点で考えるのならば、レイジもエドワードも破滅願望の持ち主だ、己が滅んでもイイから願いを叶えたい、その一瞬に成就する何かがあるのならば、それ以外の何物もいらない。

 

 そうした思想が根底にあるからこそ、彼らはアークが口にするハッピーエンドと言う言葉がいかに自分に相応しくないのかを知っている。

 

 しかし、アークはそんな二人の言葉にあっけらかんとした反応を返す。

 

「ん、別にいいじゃねぇか。それはお前らなりのハッピーエンドと俺のハッピーエンドってものが違うってだけだろ。人間なんて多種多様に無数に存在しているんだ。だったら、ハッピーエンドの定義なんて、人によって違うのは当たり前のことじゃねぇか?」

 

「意外だな、お前は自分の思い描く結末を押し通してくるようなタイプに思っていたが」

 

「そりゃ、俺はハッピーエンド至上主義者だ。けど、それは別に俺の思想を押し付けるためのモノじゃないんだよ、誰だって自分の願いを叶えてほしい、そして自分の満足のいく終わりを迎えてほしい。俺が思い描くハッピーエンドってのはそれだけだ。そこから先の細かいことは個人が解決するべきことで、俺はそこに手を差し伸べるだけだ。

 まだ終わりにしたくないのなら、手を貸すぜ……ってな」

 

 ニヤリと笑みを浮かべるアークはそのまま、馴れ馴れしく二人の肩を抱き寄せる。

 

「だから、お前らだって何も変わらないんだよ。自分のためのハッピーエンドを探せばいい、それがどんな結末であろうとも、自分の満足いく方向に向かってハッピーエンドを探せばいいんだ。その願いがどんなものであったとしても、胸を張れよ。自分で決めた生き方だろ……!」

 

「アーク………」

 

「自分で決めたモノかどうかはさておき、言うことは最もだな。自分でそこへ向かわなければ何も得ることはできないのだから。ああ、それがお前のハッピーエンドの条件なら、確かに俺達はもう少し前向きに進むべきかもしれない。どだい、後ろに向かって歩き続けることで叶うわけではないのだから」

 

 それがどれほど後ろ向きな願いであったとしても、前に進んでいかなければ願いを叶えることはできない。だったら、それはもっと前向きに進んでいくべきだろうと言う言葉は確かに一理あるのかもしれない。

 

 アーク・ザ・フルドライブ、所在不明の男、されど、熱い心を持った男、この人物の存在こそが、朔姫と同じく彼らを一つにまとめるうえで重要な意味を持っているのかもしれない。エドワードにはそんな風に思えたのだった。

 

・・・

 

「そういや、うちらだけで話をするってのも初めてやなぁ。桜子いる前でいうんもあれやから、今のうちに言っておくわ。10年前の聖杯戦争ん時は色々とおおきに。おかげで神祇省の面倒事が生まれんくてよかったわ」

 

「秋津市で行われた聖杯戦争の事か?」

 

「せや、桜子はまぁ、ある程度知っておるから隠すほどのもんでもないけど、あの当時、うちらも秋津におったんよ。キャスター陣営のとこに身内がおってな、本来なら処罰対象もええとこやったんやけど、使える駒に変わりはないし、恩を売っておけば後で役に立つかもしれんと思うてな。裏で色々と手を回したんや。

 ほら、バーサーカー陣営との戦いで、連中が弱体化する決定的な一打を、ライダーのマスターがやったやろ、あれ仕組んだのはうちらや」

 

 秋津市の聖杯戦争8日目の夜、恐怖の蓄積によって圧倒的な力を誇るまでに強化されていたバーサーカーを相手に、ロイたちセイバー陣営と桜子のランサー陣営は終始劣勢に立たされていた。それを救ったのが恐怖の蓄積を無力化したライダー陣営による全国放送だった。

 

 それを裏で手引きしたのは当時にして、既に神祇省の姫としての影響力を持ち始めていた朔姫であった。

 現在のような絶対的な権力ではなく、あくまでも自分の護衛の一団を動かす程度の権力であったとはいえ、方々に根回しをして、たった半日であの大芝居を打つほどの権力を握っていると言えば彼女がいかに力を持った存在であるのかはよくわかる話であろう。

 

「そうだったのか、当時はどうしていきなり、あんなことになったのかと思っていたが、なるほど、君があれを仕組んだのであれば色々と納得だ。君たちがもしも最後までライダー陣営と協調して聖杯を獲得するために動いていたら危なかったかもしれない」

 

「謙遜はよせや、うちらかて、最後まで見ておったけど、あの聖杯戦争での最強はどう見たってお前やったやろ、あの頃の桜子じゃ、どうしたってお前には勝てへんかったわ。

 うちらかて、火中の栗を拾いに行く義理があったわけもない。目的を果たしたんなら、そこではい、さようならの方がリソースの面でも遥かに意味があるわけやしな」

 

 ロイの言う通り、もしも、神祇省がライダー陣営に味方をする状況が生まれていれば、下手をすれば聖杯戦争の結末は大きく変わっていたかもしれない。

 

 それほどに聖杯戦争最終日の戦いはギリギリの戦いであった。ロイ自身だけの力では桜子たちとの決戦も、ライダーとの最終決戦も乗り越えられたとは思えない。であるからに朔姫たちが本格的に参戦していたらと考えると、なかなかに末恐ろしい話である。

 

「ありがとう。そうだな、むしろ、感謝するのはこっちかもしれない。君たちが力をピンポイントに貸してくれたからこそ、あの聖杯戦争は大きな混乱を生むこともなく終わりを迎えることが出来た。10年前と言えば、朔姫もまだまだ子供の時分だっただろう。そのころから、ああした絵図を描くことが出来たのだとすれば、今の君が俺達のリーダーとして十全に機能しているのもうなづけるな」

 

「ばっか、子ども扱いするんか、めっちゃ褒めるんかどっちかにせぇや! つーか、いきなり照れくさくなるようなことを素面で言うなや。反応に困るやろ!」

 

 自分から話題を振った朔姫がロイの歯に衣着せぬ発言に赤面して、取り繕うように声を上げる。まさか、10年前の話しをしていて、今の時分の事に触れられるとは思っていなかったのだろう。

 

「そうか? 俺は当然のことを口にしたまでだし、君のことを正しく評価したつもりで言ったんだが……?」

「あー、もう、調子狂わさせられるわ。お前、桜子の同類やな、お前らが気が合う理由も、よー、わかったわ!」

 

 桜子もあまり身分の違いなどを気にせずにぐいぐいと距離を詰めてくるタイプではあったが、このロイも間違いなく同類であることを朔姫はよく理解する。

 

 敵対する者同士であったにもかかわらず、この二人が上手く歩調を合わせていることができるのは、ひとえに人間として似通っている存在達であるからなのだろう。

 

 まったくもっての貧乏くじである。もっとドライに聖杯戦争上だけの関係であってくれれば楽であったものを。ロイも桜子もわざわざ、こちら側の深い所にまで入り込んでくるのだから、手に負えない。

 

「ほんまに、子守するんやったら、もっと気をかけるべき相手なんて仰山おるやろ。うちにまで気を掛けんでええわ。力だけ貸せ、力だけな」

 

「そうかい、俺からすれば、君こそ本当の意味で気に掛けるべきだとも思うけどな、むしろ、一番無理するタイプだろ」

 

「………ほんまに貧乏くじや、今度からこういう時は絶対桜子連れまわすことにするわ」

 

 なんとも自分にとってのすねの部分を突くような言葉を言われて、朔姫も上手いツッコミが咄嗟に出てこない。ロイが天然キャラであることは何となく察しはついていたのだが、このレベルの天然だと、どうしていいのか分からなくなってしまう。

 

「ふん、騒がしいものだ。いかに契約したマスターと言えども、あれほど騒がしいのではこちらも気分を害するというもの。やはり所詮は人間と言うことだな」

 

「兄様……、この場であまり騒がしくするべきではないと言うことは分かっていますが、交流の程度であれば許容するべきではありませんか?我々としても必要な時に必要な連携が出来ないことは困ってしまうでしょう」

 

「そんなものがなくとも、俺とお前がいれば何ら問題はないではないか、ポルクスよ!」

「また兄様はそうやって……」

 

「あはっ☆ お二人は本当に仲良しだよね、神様でも仲が悪い神様もいるわけだから、本当に仲がいいんだろうね」

 

 カストロとポルクスの会話にキャスターが加わる。特に話しかけなければならない用事があったと言うよりは、朔姫をロイに取られてしまっているために話し相手を求めてという事実の方が強いだろうか。

 

 話しかけづらいカストロに対しても物おじせずに声を掛ける姿は、ある意味での勇気が必要なモノではあるが、カストロも無碍にするような態度を浮かべることはなかった。

 

「ふん、俺とポルクスの相性が十分であることなど、満天の星々総てが理解しておるわ。今更の話しと言う他ないな。とはいえ、巫女よ、貴様、分かっていながら、先ほど、俺達を神と呼んだな」

 

「でも、お二人は神様であることに変わりはないでしょ? いくら信仰する形が変わったとしても、その本質までもが大きく変わるわけじゃない。貴方がたは導きの星として、あたしたち人間を守護する敬うべき神様ですよ☆ あはっ、神様に仕える者としてそこらへんをはき違えるほど、あたしは見る目がないわけではありません」

 

 悪戯気に、軽い口調でキャスターは話すが、セイバーにとってはとても重要なことである。零落した神々として、その地位を追い落とされるような結果になりかけている兄妹神にとっては信仰のあり方こそが最も重要な意味を持っている。

 

 キャスターは極東の英雄、本来であれば自分たちを敬うような神話体系に組み込まれているわけでもないが、兄妹を神として敬う態度は決して軽々しい言葉通りではない。

 

 そこに強いこだわりを持っている兄妹であるからこそ、その真贋をはき違えるようなことはしないのだ。

 

「ふん、良い度胸をしている。ほんの少しでも邪心があれば今すぐ首を切り飛ばしていたところだが、気に入ったのは事実だ。連携、か。少しは考えてやるとしよう」

「もう、兄様は素直ではないのですから」

 

 人間嫌いのカストロではあるが、自分の経緯を持っている相手にまで、敵意をむき出しにするような態度は取らない。

人間を嫌うことは平常の状態ではあるが、それが嫌いではあっても付き合う程度のことをするのか、あるいは憎悪を浮かべるのかは全く別の話しであるのだから。

 

 キャスターの真摯な態度は少なくともカストロの怒りを向けられる前提条件を覆す程度には真摯であったと言うことなのだろう。

 

「キャスターよ、貴様が仕える神とはどんな存在であったのか?」

「うーん、そうですねぇ、まぁ、少なくとも尊敬できるような方ではなかったかもしれませんね♪」

 

 あっけらかんと反応するキャスターではあったが、その笑顔の裏にはある種の苦労かそれとも過去を懐かしむような反応が浮かんでいた。神に仕えた巫女にとって決して神が絶対であると言うわけではない。

 

 八代朔姫によって召喚された彼女は、その出自からして信奉する神があればこその巫女である。ただ、彼女の軽率な態度からはあまり信仰心が見えるようなことはなかった。

 

(そういう風に振る舞っているのか、あるいは本心なのか、不思議な子ですね……)

 

 カストロとは真逆にポルクスはどこか不可解な反応を浮かべていた。

 

・・・

 

「へぇ、じゃあ、ロイとは10年前からの付き合いなんだ」

 

「10年前からの付き合いというか、10年前にしか会っていないってだけだけどね、いつかはまた再会するかもしれないなんて思っていたけれど、まさかこんな所で再開することになるなんて思っていなかったな」

 

「いいじゃん、いいじゃん、そういう縁は大事だと思うよ。日本では一期一会って言葉があると思うけどさ、一度別れた人間ともう一度再会することができることだって、そうそう多いわけじゃないんだからさ。こうして顔を合わせることが出来たのなら、いつ別れたっておかしくないって思って交流を深めておきたいと思っていた方がいいって」

 

「確かにルシアの言う通りですね、桜子は既に身持ちであるとはいえ、彼は誠実な人間であるように見えます。頼れるところは頼り、甘えるのも悪くないのでは? 桜子だって、いつもは甘えることができることも多くはないでしょう」

 

「甘えるって言うか、私も結構いい年なんだけどなぁ、いつまでも妹扱いされるような態度取られるのもそれはそれでどうかなーと思うんだけど」

 

「いいじゃない、甘えていられる内が華よ。どこぞの口悪お姫様みたいに、年上への態度がなっていないような子たちばっかりになったら、何を言われるんだかわからないんだから」

 

「さ、朔ちゃんは、あれで、ちゃんと踏みこんじゃいけないラインは分かっていると思うよ?」

 

「どうかな~、もうそういうキャラだからみたいな感じで一線踏み越えてきそうな所あるように思えるけどな~」

 

 周囲の探索を続けながらも、桜子とランサー、そしてルシアはガールズトークに花を咲かせていた。

 

 もっぱら、ルシアが最初に桜子との交流を深めるために桜子のプライベートな話に踏み込んだのが最初であるが、そこからずっと言葉が途切れることなく何かしらの話題で会話をしているのだから、女も三人集まれば姦しいとはまさにこのことであるが、彼女たちにそれを指摘する者がいない以上、話しは途切れることなく続いていく。

 

「まぁ、でもさ、桜子さんは、きっと幸せな人生を送って来たんだろうなってことは出会った時から分かっていたよ。ああ、語弊があったとしたらごめんね、バカにしているとか恨めしく思っているとかじゃなくて、全体的な話しとしてね」

 

「私が、幸せ?」

 

「そ、私のことを話しちゃって悪いんだけど、私、生まれつき、ちょっとばかり目に特殊な力があってね、私が人を見るとその人の感情の色が見えるんだよ。

 穏やかな感情をしている人は暖色、暗い感情を浮かべている人は濃淡色みたいな感じでさ、コミュニケーションにも使えるし、戦闘の時に相手がどんな様子を浮かべているのかってのにも使えるから、割と重宝しているんだけどさ」

 

「確かに便利そうではありますが、不便さを感じることもありませんか? その知りたくないことも知らなければいけないこともあるでしょう?」

 

「ふふ、優しいねぇランサーは。ま、そういう時もあるよ。子供の頃は自分の身体に何が起こっているのかなんて全く分からなかったし、気味悪がられることなんてしょっちゅうだったよ。

 でも、ま、馬鹿とハサミも使いよう、私の能力も使いようじゃないって当時の神父様とシスターに教えられてね。あれよあれよといううちに、年若い心の弱い少女は聖堂教会の凄腕シスターになってしまいましたとさ」

 

「結構壮絶な人生だったようにも聞こえるけれど」

 

「うーん、私には桜子さんも言うほど変わらないって言うか、生まれた時からの色々を考えるとそっちの方がよほど凄まじいと思うんだけど、そこらへんは個人の考え方の違いかな。私は別に自分の瞳以外には特別なしがらみを何一つもっていなかった。

 だから、最悪でも自分の身体にだけ責任を持てばよかったのよ、今は自立しているし、どこでどう好き勝手に生きようとも死のうとも、全部私の自由って訳」

 

 七星としての家の宿命やそれ以外の神祇省のしがらみなどに雁字搦めにされて色々なことに障害を与えられてきた桜子に比べれば、自分の方が遥かにマシだとルシアは思う。

 

「ま、そんなわけで、私はそういうのには聡いんだけど、桜子さんの色はね、とても強い暖色なんだよ。本当だったら濃淡とか暗い色が浮かび上がっていたっておかしくないほどの話しを聞いているのに、至ってその心は暗いものを持ち合わせているように見えない。

 それはきっと、桜子さんがこれまでの人生の中で、きっと良い人たちに恵まれて来たんじゃないのかなって思う訳さ」

 

 人生なんて、結局は誰と関わったか、どんな出来事に出会って来たのか、そこに帰結するものだとルシアは思っている。桜子の色が本人にとって決して悪くないであろう人生を送ってきたものの配色であると思えるのは、桜子が自分の人生を後悔しているわけではないからなのだろう。

 

 自分だけでは到底変えられない宿命を背負ってでも、自分の人生に悲観的にならないモノは必ず、どこかで当人を支えてくれている存在がいる。

 

 その人数が多ければ多いほどに、当人はその人生を決して不幸であると考えることはないだろう。端的に言えばそういうことだ。

 

 桜子の人生は決して悪いものではなかった、同じような境遇と宿命を背負って生きてきたルシアには近しい存在としてそのように見えたのだ。

 

「……、本当にそうかもしれない。私だけじゃどうしようもできないことも多くの人に助けられて来たし、その助けになるきっかけは意外なことにも私が七星であったからということはよくあることなんだよね。

 人生ってホントに分からないよね、どこでどんな巡りあわせになるのかもわからない。私が今も聖杯戦争のマスターになっているなんて、ここに辿り着くまでは考えてもいなかったもん」

 

「私は、桜子のマスターになれて光栄ですけれどね」

「ランサーはそんな風に見えるよ、タズミと一緒の時は窮屈そうだったもん」

 

「コホン、かつてのマスターのことを悪く言うつもりはありません。であれば、私が無意識にそのように考えてしまっていたのでしょう」

 

「律儀だねぇ。そして桜子さんは悪いように思わない人なんだね、ポジティブってのとは違う、中庸って言うか、どっちにも振りきれていない感じ。ありのままをありのままに受け入れているって言うか、善悪どちらかなんてことを最初から無視しているって言うかね、そんな感じ」

 

「それはあるかもね、私は昔っから、何かあってもそこには良いこともあれば悪いこともあるってスタンスでいたから。

なんていうか、絶対的なモノってないように思うんだよね。許すとか許さないとかそういうことじゃなくて、自分自身に降りかかってきたものとして、後で振り返ってみると、実は意味があったんじゃないかって思えることもたくさんあったから。だから、安易に一つの想いに囚われることはしちゃいけないんじゃないかって。

 甘すぎるとかそういう風に思われちゃうかもしれないんだけどね」

 

 ただ、そうした思考ができるからこそ、聖杯戦争で殺し合いに近い戦いをしたロイともこうして今は肩を並べることができる。七星に対して憎悪を剥き出しにしているレイジを相手に臆することなく言葉を交わすことができるという側面もあるのは事実なのだ。

 

 かつて、桜子は秋津の聖杯戦争でアフラ・マズダが自分は絶対的な善を追い求めていると言ったことを覚えている。

 

 人間が生み出したアフラ・マズダへと託した概念、絶対的な善と言う人間が未だに辿り着いたことがない願いこそが、彼を突き動かす原動力に他ならない。それを見つけるために、彼は今もこのセプテムの中で何かを模索しているのだろう。

 

(でも、本当にそんなものはあるんだろうか……、どんなことにだって良いこともあれば悪いことだってある。それを差し引いた絶対的な正しいことなんて、本当に……)

 

 もしも、そんなものがあるのだとすれば、桜子も見てみたいものだと思ってしまう。価値観総てを超えて、ただ正しいと言えるだけの存在、人類では決して辿りつけなかった絶対的な救済を与える存在。

 

(アフラ・マズダ、貴方は大陸に存在した七星たちを使って何をしようとしているの? この戦乱の果てに貴方が求めている絶対的な善を体現する存在が現れると言うの……?)

 

 桜子にはわからない、戦争と言うカテゴリーに含めてしまった時点で両者にはそれぞれの正しさが生まれてしまう。絶対的な悪と言う概念を想像することは出来たとしても、絶対的な善と言うものをこの戦いの中から想像するなんて言うことはできないのではないだろうかと。

 

 だからこそ、アフラ・マズダが何をしようとしているのかもわからないのだ。あまりにも不穏な胸騒ぎ、でも、それが何処に向かっているのかすらも分からない不快感。

 

 目の前の状況に集中することを是としながらも、その懸念は消えないものとして残りつづけているのだった。

 

・・・

 

「見つからないな、どこかに必ずいるハズなんだが……」

 

「そもそも、本当にこんな場所にまだ人が残っているのかと言う時点で怪しいとも思えるがな。荒廃した街であり、俺達も最初は人間が存在していないと思っていた。人の気配と言うモノ自体が気のせいだったんじゃないのか?」

 

「そういうわけでもなかったと思うんだがな」

 

 エドワードの懐疑的な言葉にアークも頭を唸らせる。何せ、ここまで捜しても人の気配が何処にもない。元々いるかいないかもわからないような状況の中での探索だっただけに、実は本当にいなかったという疑念を隠し通すこともできない状況に陥り始めている。

 

「……、レイジ、どうした?」

「いや、なんでもない。あんたたちはそこにいてくれればいい」

 

 そんな折に、ここまで消極的にただアークとエドワードに付いてきているだけであったレイジが自分から足を動かす。どこかに、誰かの意思に導かれるようにして、一歩、また一歩と足を進めていく様子は、さながら幽鬼のようではあるが、レイジが明確に意識を失ったと言う様子は見えてこない。

 

「ちっ、人の話を聞いていないな。アヴェンジャー、あいつ、何か操られているとかないよな?」

 

『わからんが、操られているのなら相手の思惑が分かるかもしれん。こちらも追うべきじゃないか?』

 

『彼は狙われる立場にいるからね、実の所、本当に操られているかもしれないし』

 

 うちにいる二人のアヴェンジャーも懸念を口にする。勿論、確定したわけではないが、それにしてもレイジの足取りは何かを確信したかのように動いている。

 

 そして、一つの既に放置されてかなりの時間が経過しているとわかる民家の前でレイジは足を止めた。おもむろにその民家の扉を開け、中へと視線を向ける。

 

 暗かった、既に明かりなど通っておらず、いても動物たちの住処になっているであろうと目される場所である。

 

 しかし、そこで何かの物音が聞こえたのをレイジは見逃さなかった。

 

「誰だ、誰かいるのか……?」

 

 誰かがいる、そのよくわからない感覚のままにここまで足を踏み込んだ。その言葉は半ばレイジの中では確信を得るための声であり、

 

「………貴方、レイジなの……?」

「――――――――」

 

 聞こえてきた声とともに姿を見せた少女に、レイジは思わず言葉を奪われる。

 

「ターニャ、なのか?」

 

 その出会いはレイジにとって心の底から望んでいたものであり、あまりにも運命的な、あまりにも仕組まれているとしか思えないような唐突な出会いであった。

 

 




いよいよターニャとの再会、果たして彼女の反応は……?

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第5話「月華‐tukihana‐」③

――セプテム・『オカルティクス・ベリタス』――

「さて、街の中もかなり探し回った方であるとは思っているが、中々人影を見つけることができないな」

 

「勘違いやったって風に解釈するのもアリと言えば、アリかもしれんな。うちらの誰にとっても確証があったわけでもないし、時間を区切ったんは正解やったかもな」

 

 三方向に別れてから相応の時間が経過した。オカルティクス・ベリタスの中は、確かに荒廃をしているが、壊滅的な崩壊を迎えた形での荒廃と言うよりは緩やかな崩壊を迎えて来たという印象の方が強い。

 

 故に建物などは現存している。居住区だったであろう場所、商業地区だったであろう場所、そして生産地区であった場所、すべてを回りきったわけではないが、どこも致命的な損傷を受けていたわけではない。

 

 まさしくゴーストタウンと言うべきだろうか、人々が少しずついなくなり、この街は崩壊へと導かれていったのだ。それが間違いないと考えてくると、次に思うのは果たしてそんな街に残っている人間がいるのだろうかということである。

 

 何かの災害で崩壊した街であれば、その復興を願って、根強く街の中に居座る人間がいてもおかしくはない、しかし、オカルティクス・ベリタスのように、もはやこの街の中では生きていけないと考えてしまった場所で、そのように最後まで居続けようとする人間がいるのだろうか。

 

 いたとしても、かなりの少数であり、物好きだ。果たして出会ったところで自分たちに有益な何かを齎してくれるとは限らない。

 

「さっさと、寝床を自分たちで見つけて、休息した方が良かったりするかもしれんな」

「朔ちゃんの発想、完全に盗人の発想なんだけど」

 

「しゃーないやろ、家を捨てた連中の家に入ったところで住居侵入罪になりはせんわ!」

 

 そもそも、住居の中が眠るために使用できるほどの清潔状態が保たれているのかどうかも怪しいのだ。魔力の節約のため、出来る限り、陰陽術による簡易的な休息場所の作成はしたくなかったのだが、この様子からすると、その労力を惜しむ方がストレス溜めてしまう可能性が高い。

 

「それにしても、故郷を捨てることになる……というのはあまりいい話ではないんだろうな。今では捨てられた街のように扱われているこの場所にもかつては生活をし、日々の幸福を願っていた笑顔があったはずだ。多くの出来事の結果として、こうなったとはいえ、それが喪われたことの意味を考えれば、決して楽な選択ではなかっただろうと思うよ」

 

「何や、随分と感傷的やないか。それは、自分も自分のいた家を捨てることになったからも関係しておるんか?」

 

「俺の場合は事情も特殊だ。そもそも、生まれた時から望まれて生まれたかと言われれば、まったくそうではなかった。一族はリーナにばかり期待を掛けていたし、勝手に成長をしていく俺は、彼女たちからすれば邪魔な存在であるのもいい所であっただろう。

 だから、故郷を捨てたことについて思う所があるかと言われればほとんどないよ。むしろ、清々したくらいだ。思う所があるとすれば、精々がリーナの姿を見れなくなったことくらいか」

 

「ふぅん、望まれて生まれて、ちやほやされてきたうちとは真逆やな」

「朔姫は、もしも、自分の家を出なければならないと言われたらどう思う? まぁ、ある意味で今がその状況なのかもしれないが」

 

「せやなぁ、うちも色々と縛られ続けるものばっかりやったから清々する気持ちがあるのは本当の事やな。権力闘争に明け暮れている神祇省の中におるんは、ガキの成長には割と本気で最悪やから。

ただ……、うちは望まれて生まれてきた。きっと、ここに揃っている連中の中じゃ、間違いなく幸せな方やと思う。ちやほやされたし、大事にもされてきた」

 

 生まれた時から姫と言う扱いで育てられてきた朔姫は細心の注意を払って育てられてきた。いずれは神祇省のトップに立つ者としての教育を与えられてきたわけだが、それだってある意味ではゆりかごの中で育てられてきたと言ってもイイだろう。

 

 求められた才覚に相応しいだけの実績を上げてきた、その自覚は当然にある。八代朔姫は神祇省の中でも指折りの陰陽師としていずれは大成されるだろうと思われている。

 

 ただ、それらすべてが自分だけの功績であるなどと朔姫も考えてはいない。

 

「だから、そういう育てて来てくれた連中にはそれなりの恩も感じ取る。自由を与えられたからってそのまま、羽を伸ばし続けるわけにはいかんわ。権力持ってるんはそれを行使しなければならん責任があるからや、それを見失ってしまうほど、ガキであるつもりはないわ」

 

「なるほど、良く成長している。そういう風に思うよ、純粋にね」

 

 ガサリと、その時である、音がしたのだ。朔姫やロイ、サーヴァントたちとは全く違う方向からの音、そして、街の中に潜んでいるであろう小動物が上げるには少しばかり大きな音、その音に朔姫とロイは同時に反応し、ロイが瞬時のうちにその足音がする場所へと跳躍する。

 

「サーヴァントよか反応早くしておるん、普通に反則やろ」

 

「あまり驚かないでくれていい。俺達は旅の者だ。この街の中で、寝床に出来るような場所がないかを探していた。君はここの街の人間かい?」

 

 一瞬にして、ロイが跳躍した先にいたのは、朔姫と同年代程度の少年だった。見るからにみずぼらしそうな服装をした少年は生活レベル由来なのか、血色も良くなく、腕や足も肉付きがいいとは言えない。端的に言えば、栄養が足りていないのだろう。

 

 この街の人間であると言われれば、納得せざるを得ない容貌であった。

 

「…………」

 

 ただ、少年はロイの問いに応えることはない。どこか虚ろな表情で、ロイの事にも気づいているのか気付いていないのか、分からない様子を浮かべている。

 

「困ったな、何も危害を加えるつもりは全くない。与えられる情報がないと言うのならばそこまでだし、もらえる情報があるのなら提供をお願いしたいと言う所なのだが……、あるいは親御さんはどこかにいるのかい? もしも、会わせてもらえるのなら……」

 

「………この街には何もない」

 

 ポツリと少年が声を漏らした、酷く機械的で抑揚のない声に思わずロイは後ろにいる朔姫の方を見てしまった。こんな場所で見知らぬ人間に出会ったのだとすれば大なり小なり、何らかの感情を向けてくることは間違いない。

 

しかし、彼はやはり言葉そのものも虚ろな気配が見えて、何か機械とでも会話をしているような気分になってしまう。

 

(なんか妙やな……)

 

「姫、いつでも準備だけはしておいて」

「……うん!」

 

 かくしてこの荒廃した街の中で人間と出会うことは出来た。何かしらの契機、そして間違いなくここから何かが起こることを想定して、朔姫はいつでも自分が動けるようにキャスターへと指示を出す。

 

 藪をつついて蛇が出てくるのか、どうなのか……

 

・・・

 

「本当に、レイジ、なの……?」

「君こそ、本当にターニャ、なのか……?」

 

 思わず、目の前にいる人物に対して息を飲んでしまった。不意打ちにも程がある。心の準備なんて全然できていないのだから、息を呑むのだって当たり前のことだ。だって、目の前にいるのは、俺がずっと再会したいと思っていた相手なんだから。

 

 ターニャ・ズヴィズダー、俺と同じ村に生まれ、同じ時間を過ごしてきた少女、俺の記憶の中にいた姿とほとんど変わらない姿で、俺の目の前に現れた少女は信じられないような表情でこちらを見ている。

 

 そして、きっとそれは俺も同じだ。ヴィンセントによって村を襲撃されてから、俺はずっとターニャと再会することが出来なかった。

 

 ヴィンセントが村を襲撃した目的は恐らく、ターニャだ。連中はターニャの何かしらを必要としていて、彼女を連れ去るために村一つを焼き払った。

 

 直接的な原因だなんて言うつもりはない。ターニャだって等しく被害者だ、もしも、ターニャがいなければ村が焼き払われることがなかったなんて言う奴がいれば、まずは俺がソイツを殴り倒している所だ。

 

「そう、だよ。貴方と一緒にあの村の中で生活をしていたターニャだよ。まさか、もう一度、会えるなんて……、もうみんな、いなくなってしまったのかと思って……、私、何を理由に生きていけばいいんだろうって……」

 

「俺も、だよ。もう一度会いたいってずっと思っていた。会えるって信じてた。だけど、まさかこんなに早く再会が出来るなんて正直、考えていなかった」

 

 連中がターニャを必要としている以上、もしも再会するとすれば、それは連中のアジトか何処かではないだろうかと思っていた。最悪の想定だってしていた。彼女ともう二度と再会できないかもしれないと言う覚悟だって、現実となればそれを薪にして、七星を滅ぼすための力へと変えるつもりだった。

 

 だから、本当に不意打ちだったのだ、ルシアが言っていたように、期待をしていない時にこそ、本当の運命の出会いは起こると言うのもあながち嘘ではないのかもしれない。

 

「どうして、ここに……?」

「あの森で戦いが起こっていて、そこに私も連れだされて……、その後にここにきて、なんとか逃げて……」

 

「奴ら……!」

 

 それはつまり、ターニャをセレニウム・シルバの戦場に連れ出したと言うことだ。何のために連れ出したのかは知らないが、ターニャの眼のことを考えれば、連中が碌でもない目的のために連れ出した可能性は十二分に想像することができる。

 

 ターニャが連中の目を盗んで逃げだしたとしても、奴らが気付けばすぐにでもここまで追いかけてくる可能性は高い。

 

「ターニャ、一緒に行こう。君はここにいちゃいけない」

「レイジ……?」

 

「俺は君を助けるために此処に来た。俺たちの村を壊した七星たちに復讐し、君を救う。そのために地獄の底からこの世界に舞い戻ってきた」

 

 レイジ・オブ・ダストにとって地獄の先に花を咲かせるためには、ターニャ・ズヴィズダーがいてくれなければいけないんだ。

 

 君がいてくれるからこそ、君と言う最後の希望が残っているからこそ、俺はまだこうして、ただの復讐鬼にならずに済んでいるんだから。

 

 何もかもを無くしてしまったけれども、まだ失くしていないものがこうして目の前にある。もう一度やり直すことができるんだって思えるから。

 

「ターニャ、さぁ、行こう」

 

 手を伸ばす。誰かに手を伸ばすなんて行為をしたのはいつ以来だっただろうか。ずっとこの手は誰かを害するためだけに使われてきた。憎き敵を滅ぼすためだけに使われてきた腕を、誰かを救いだすために使う。

 

『なんだ、あの小僧、あのような顔と態度を浮かべることもできたのではないか。まったく、復讐の鬼のような態度を見せていたと言うのに、な!』

 

 ハンニバルが嬉しそうな声を上げる。レイジと言う人間がただ復讐を果たすためだけに生きているわけではないことを知れて、嬉しさを覚えたのだろうか。

 

『意外だね、あんたは復讐以外にブレるようなことがあれば、見限るもんだと思っていたよ』

 

『勿論、復讐を果たすためにはあらゆるものを切り捨てて、己を破壊のための武器へと変えなければならない。しかしな、あの小僧はそこまで強くはあるまい。

弱い己を復讐に駆り立てるために必死にさまざまな鎧で己を武装しているだけだ。脆くて儚くて敵わん。儂らのマスターであると言うのならばブレない軸を持ってもらわねばならんだろう』

 

「それが、あの少女であると?」

 

『女の為に武器を取る。復讐や国家のためといった理由と並ぶ、人類の普遍的な闘う理由であろう。いかに戦うことを忌避する者であったとしても、守るべき者のためであれば戦える。あの小僧に復讐の炎だけではなく、守るべき者の為に闘う炎が備わるのならば、それは歓迎するべきだろう』

 

『そういうものなんだ、僕にはよくわからないことだけれどね』

『お主はいつも冷めておるな』

 

『別にボクは君たちのように戦うための存在って訳じゃない。戦うためのモチベーションなんて知らないし、それで実力が変わるなんてことは思ってもいない。

 ただ、僕はこの状況そのものが妙だと思っているよ』

 

 アヴェンジャーの中にいる青年の人格は、ターニャと言う存在に着目する。なるほど、ここでレイジにとっての思い人と再会できることは素晴らしい。

 

 レイジ自身のモチベーションを最大限にまで高めてくれる存在に彼女がなると言う言葉も理解できないわけではない。ただ、問題は、何故、彼女がここにいたのかだ。

 

『七星たちから偶然逃げてきた先で、偶然レイジと再会する。感動的だね、素晴らしいよ。だからこそ、出来過ぎに感じてしまうね。何か最初から、ここでレイジに見つかるようになっていた。そのように言われたとしても納得できてしまう何かがあるように思えるんだ』

 

『疑り深いな』

『あんただって、思っているだろ』

 

『実際のところはな、水を差すようなことを言わんでおいただけだ』

 

 何かが仕組まれている。そんな風に感じるのも致し方ないほどの偶然に塗れている。レイジはそうした偶然を運命として流したいだろうが、アヴェンジャーはある種の他人であるがために、そうした感性の意味ではかなりドライである。

 

「ターニャ、どうして、この手を取って―――」

「ごめん、レイジ、それは、できないよ」

 

「―――――――」

 

 ターニャが口にした言葉はレイジにとっても予想外の言葉であった。はっきりとした拒絶、レイジの差し出した手、ターニャを地獄から掬い上げるために磨き上げてきた腕を、ターニャは取ることを拒絶したのである。

 

「どう、して……?」

 

 だから、その予想外にレイジは上手い返しをすることもできずに、ただ理由を問うことしかできなかった。

 

 どうして、そんなことを言うんだと言う言葉に、ターニャは視線を泳がせる。何かに怯えているような様子に―――

 

「誰だ!!」

 

 レイジがすぐさま反応し、声を上げると、それは小屋の外、そこにまるで風景を見ているかのような無機質な様子でレイジとターニャを見つめている男女の姿があった、

 

 あまりにも人間としての性器を感じさせないその姿は、ただ、見られているだけであると言うのに、どこまでも不気味で、何か歯車が大きく外れてしまっている、そんな風に思わせるには十分な有様であった。

 

「ダメ、レイジ、逃げて……、その人たちは」

 

 対して、そんな男女の姿にターニャは顔を引きつらせる。まるで、その存在達に出会ってはいけないように、追われている存在に見つかってしまった、そんな風にすら見える反応を示すのであった。

 

・・・

 

「人影、人影っと……!」

 

 ルシアはちらちらと周囲を見るものの、やはり人影が見つかるような様子はない。他の仲間たちがどうなっているのかもわからずに無為な探索を続けているのだと思ってしまうと途端に意味のない行為に思えてきてしまうため、なんとしてでも手がかりを見つけたいと躍起になっているのだ。

 

「そういえば、ルシアさんは相手の色が見えるって言っていたけど、相手の心を読んだりとかはできるんですか?」

 

「んー? できないよぉ、今の桜子さんが穏やかな心情をしているのは分かっても、どうしてそういう信条をしているのかまでは分からない。要は大体の辺りをつけることはできるけれど、それがどうしてなのかについてまでは分からないみたいな、そんな感じかな」

 

「逆に、使い勝手が悪くて不便そう……」

 

「あはは、まぁねぇ。別に欲しくて手に入れた力でもないし、生まれ持った力なんだから、付き合っていくしかないよ。見たくないものを多く見てきたのは事実だし、そりゃ、もう少し、あと一歩役に立つ能力だったらどんなに良かったのかって思うけどさ、何事も使いようってね」

 

 相手の感情の色だけが見える、視えなければ相手の様子から観察する、あるいはすれ違いを以てしても、分かり合うことができるかもしれないが、なまじ色が見えてしまうだけに、相手の嘘や悪感情と言ったモノを正体が分からないままにその外郭だけが分かってしまう。厄介なことこの上ないと言う所だろう。

 

 ルシアの幼年期の苦労は桜子も聞いているだけでも想像に余りある。多感な子供の時代に理解できない何かが自分の中にあることに困惑しただろうし、理解した後でも、他人の感情に振り回されるばかりだったはずだ。

 

 こうして、チームを組んでルシアが朔姫やレイジと言った扱いづらい悪ガキ連中の相手も問題なく行う事が出来ているのは、そうした特殊な力によって振り回され続けてきたことによって、他人との距離の取り方、付き合い方というものが長けているからなのかもしれない。

 

「私からしたら、七星の血だって随分扱いづらい力だと思うよ。下手をすると、力に飲まれちゃうなんてさ。迂闊に使うのも本当だったら躊躇うところじゃん? そこらへん、怖いとか思ってないの?」

 

「怖いとは思っているよ、当然ね。だけど、助けられてきたことも何度もあるから。それに、10年前と違って、今は安定しているんだ。ロイが私に掛けてくれた魔術の影響でね」

 

 10年前の聖杯戦争で七星の血を振り払うと言う桜子の願いはロイとの最終決戦で散ってしまった。もちろん、それは聖杯戦争の結末である以上、どうしようもなく覆しようがない出来事であったのだが、ロイはそんな桜子に一つの魔術を掛けた。

 

 流体制御の応用により、桜子の身体の中に宿っている七星の血の活性抑圧の魔術である。実際に秋津の聖杯戦争の最中で、桜子は一度、七星の血に呑まれかけ、実の兄である櫻一郎を手にかけるギリギリまで迫ってしまったことがある。

 

 桜子が今も七星の血に染められていないのは、彼女の不断の努力の外に、ロイの魔術による影響があることは間違いない。

 

「だから、七星の魔術師としては総ての力を発揮できているわけじゃないんだ。力をセーブした状態、それでも、神祇省で修業をした分、10年前に比べれば今の方がはるかに強いけれどね」

 

「ふぅん、なるほどね、ロイ・エーデルフェルトが桜子を見ている時に、暖色の色を浮かべているのも何となくわかるわね。エーデルフェルトと七星の2人なのに、落ち着き払っているって言うか、対立もなさそうに見えたけれど、そういうところなわけか」

 

 ルシアは納得した様子の表情を浮かべていた。チームとして団結できている分には問題ないが、やはりチームワークの上で桜子とロイが協調できているという点はかなり大きい。他の仲間たちが、急造のメンバーである状況の中でこの二人だけでも、以前からの面識を持ち合わせ、互いの癖を理解していると言うのは、これから王宮に向かっていく旅路の中でも、重要な要素になることは間違いないであろうからだ。

 

「あれ、もしかして……」

「ええ、何か気配を感じましたね」

 

 ルシアとアステロパイオスが同時に反応する。それは一つの小屋、おそらく住居であろうその場所に視線を向けた二人は、その中に人影があると断定したのだろう。

 

「マスター、よろしいですか?」

「うん、なるべく脅かさないようにね」

 

 最初の顔を合わせた時に、こちらに恐怖を覚えられてしまったら、その後の話しを展開することも難しくなるだろうと考えて、桜子はランサー、ルシアと一緒に小屋の中へと向かう。

 

 その小屋の扉を開けば、そこは薄暗い照明1つ点灯していない部屋だった。その中に体育座りで虚ろな表情のまま、こちらを見ている少女の姿を見つけた。

 

 思わず桜子はごくりと息を呑む、彼女はこんな場所で何をしているのだろうか、ここに住んでいる? それにしてはあまりにも生活の気配を感じることができない様子であり、さながら、自分たちと同じようにここに迷い込んできてしまったような様子だった。

 

「えっと、貴女はここの家の人、でいいのかな?」

「…………」

 

 少女は答えない。答えるために反応するのも嫌なのか、それとも言葉を話す事も出来ないのか……じっと、桜子たちの方を見ているばかりだった。

 

「もしかして、お母さん、お父さんは不在かな?」

「そんなの、いない……」

 

「え……?」

 

 ポツリと機械的な声が帰ってきた。抑揚がほとんどない、さながらインプットされた言葉を返しているような態度、それでいて、視線だけは絶えず桜子やランサーの方を見ている。その異様さにランサーは自然と何も知らない少女へと応じる態度から警戒心をあらわにする。

 

「どうして……? どうして、あなたは、そんなに平気な顔をしているの?」

「どういう、こと……?」

 

「変わらないのに、貴女も私も、変わらないのに。貴女は天然、私は人造、たった、それだけなのに……」

 

 むくりと少女が立ち上がった。ふらふらと幽鬼のような様子で桜子たちの下へと近づいてくる。

 

「マスター、後ろへ。彼女はどこかおかしい」

「まともじゃないね、あの子、感情の色が全く見えない!」

 

 ランサーだけではなく、ルシアも警戒の色をはっきりと浮かべる。明らかに目の前の少女は初対面であるはずの桜子に対して敵意を浮かべている。最も、敵意を浮かべているのはいい、何らかの理由があるのだろうと理解できるからである。

 

 問題は、その敵意がはっきりと言葉に出ているにもかかわらず、彼女の感情が見えてこないのだ。さながら、プログラミングされた文章をそのまま口にしているかのような様子、人間としてあまりにも不気味極まりない。

 

 ランサーは桜子を抱えて、後ろに下がると、少女は小屋の外へと出て、どこにいたのか、小屋の周囲に次々と人の姿が見えてくる。

 

 その誰もが少女のように幽鬼じみた動きで近づいてきており、誰も彼もがまともな様子を浮かべていない。

 

「寂れた街でゾンビ映画の再現はさすがにB級過ぎない?」

 

「どうして、どうして、どうして、どうして、私達は貴女のようになれないの? 苦しかったのに、辛かったのに、なれるって信じていたのに、どうして、どうしてぇぇぇぇ」

 

「貴方たちは一体何を言っているの!?」

 

「われ、われは――――じ、人造七星、お前たちの、ような、純正に憧れ、されど、失敗した、ただ、力、だけを与えられた、存在……」

「人造七星……、あの森の中で出会った!?」

 

 桜子の脳裏にセレニウム・シルバで戦った者たちの姿が過る。しかし、彼らと目の前の彼女たちを比較しても、どこか不格好が過ぎるように見える。さながら、彼らは―――

 

・・・

 

「貴様は、貴様はぁ、成功品、プロトタイプ、貴様が、貴様がいなければ、我々は、生まれたなかったのに……!!」

 

「貴様らは何を言っている。ターニャを追ってきたのか?だったら、邪魔をするなよ。俺は彼女を連れていく。もうお前たちの所に一秒だって彼女を置いておくつもりはない」

「レイジ……」

 

「しら、ない。お前たちの事情など、知らない。その小娘も同じ、お前と同じ成功作」

「おまえたちが、いなければ、我々は……」

 

「憎い、恨めしい。望んで、なかったのに、どうして、どうして……」

 

 口々に機械的に言葉を紡いでいく者たちは、まるで声を出すことによってシグナルを送っているのではないかと思うように、少しずつこの場に集まっていく。

 

 その意思は間違いなく俺とターニャへと向けられている。言葉があまりにも機械的であるため、伝わりづらいが、言葉の端々からは間違いなく俺たちに向けての怒りや憎悪といった感情が見え隠れしている。

 

「われらは、しっぱい、した。おまえたちのように、なりたかったのに」

 

「かってに、連れ去られて、こうなった」

 

「くやしい、くやしい、くやしい、どうして、あなたたちだけ……」

 

「われ、われ、だって、人造、七星なのに……」

 

「人造七星、そうか、貴様らも、あの地獄の実験の犠牲者か……」

 

 レイジは、口々に呟かれる怨嗟の言葉からようやく彼らが何者であるのかを理解した。

 

 人造七星、ヴィンセントによって連れ去られ、そして無理矢理に改造された俺や、同じように拉致されて、やはり身体を改造された者たちの名称、ヴィンセントが口にしていたのと同じように、こいつらも俺のことを試作型と口にしている。自分で自覚があったわけではないが、なるほど、俺は連中たちの中でも最初期に実験をされたと言うことか。

 

 あの時にヴィンセントは俺に実験に役に立つ等と言う言葉を口にしていた。まだ人造七星の実験が実用段階に至っていなかった時期の言葉であると考えれば、なるほど、納得が出来る。

 

 そうして、こいつらは―――

 

「ああ、そうか、お前らは失敗作と言うことか」

「しっぱい、ではない。われ、われのじんせいは、しっぱいなどでは―――」

 

「とりもどす、われらのせいを、灰狼様は、貴様らを、とらえれば」

 

「再び、実験の機会を……」

 

 何を連中に言われたのかは知らない。体のイイ何かの取引を受けたのかもしれないが、こいつらの様子を見て、思う。連中が俺達を倒したからってこいつらに何かをくれてやるなんてことはまず間違いなく有り得ない。

 

 そもそも、言葉そのものまでもが侵されている状態のこいつらを救う手だてが本当にあるのかもわからない。

 

(それでも、分かるよ。お前らは縋るしかないんだよな、強大な力に縋って、なんとか救いを得るしかない。それしか自分を救うための方法はないんだって思ってる。その気持ちは痛いほどに分るんだよ、でも、分かるからこそ、お前たちに負けてやるわけにはいかない)

 

「―――レイジ!!」

 

 瞬間、人造七星の連中目掛けて、銃弾と、大きな水銀の雪崩のようなものが落下し、俺達と奴らとを分断する。

 

「何をしている、さっさとその情ちゃんを連れ出せ。戦闘になったら、おちおち会話をしている場合じゃなくなるぞ!」

「アーク、お前……」

 

「大切な相手なんだろ! だったら、取りこぼすな、運命がお前に二度も微笑んでくれるなんてのは思い上がりだ。手を離しちまったら、二度と会えなくなるかもしれないぞ!!」

「………っ!」

 

 アークの言葉に自分の中の覚悟が決まった。この状況の中で何が正しいのかなんて、俺にも分からない。分からないから、今の自分の心に素直になることを選ぶ。

 

「ターニャ!」

「れ、レイジ、ダメ、私は――――」

 

「いやだ、離さない。もう二度とお前を離したりなんてしない!」

「レイジ……」

 

「今度こそは守るんだ、約束した時のように、今度はもう負けたりなんてしない……!」

 

 あの日の屈辱を胸に、ここまで来た。すべては奪われたターニャを助けるために、例え、この手を取ったことで、ターニャに恨まれるようなことになったとしても、この手を離す事だけはしたくない。

 

「にが、さない」

 

「かならず、捕まえる」

 

 

「灰狼様の下に、連れていく」

 

 連中の声が聴こえ、アークの攻撃が消失すると、ゆっくりと連中が俺達を追うように動きを始める。

 

「ぐぎぎぎぎぎぎぎぎ、あががががが」

「ぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ」

 

 口から噛みあわない音を吐きだしながら、連中の身体が膨張し、分厚い筋肉と肉体が与えられていく。改造手術の弊害なのか、どいつもこいつも同じように身体を変質させていく連中は変化を完了させると、先ほどまでの幽鬼のような足取りが嘘のように、走る俺達の速度に追いつかんと追跡を始める。

 

「ちっ、連中、本性を現しやがったな」

「レイジ、あれはなんだ?」

 

「人造七星……、セレニウム・シルバの戦いでも姿を見せた、後天的に七星の力を与えられた連中、一言で言えば改造人間だ」

 

 自分で口にして、最悪なモノだと思ってしまう。それはそのまま、自分にもかえってくる言葉だと言うのに、これ以上にしっくりくる言葉はないと思えるほどであるのだから。

 

「なるほど、そして連中は俺達を倒せば、その身体を元に戻してくれるかもしれないことを期待しているということだな。期待が何処までできるのかはわからないが」

 

「胸糞悪いことこの上ないな、人の命を何だと思っていやがる」

 

「それが七星だ……、連中にとってはこの聖杯戦争に勝つことが出来れば、何をしてもいいと思っているんだろう」

 

 存外、アークとエドワードが人造七星に怒りを向けたことに安心を覚えた。二人も連中の所業を認めてしまったらどうしようかと思えてしまう所があったから。

 

 だから、後は、この手を握り、震えている彼女をどうにか落ち着かせることが出来ればと思うばかりで。

 

「レイジ、ダメだよ、私がいたら、レイジたちの迷惑になる。私のことはいいから、置いて逃げて……!」

 

「ダメだ、それはできないし、認められない。何があろうとも、必ず連れ出す。俺はお前を守ると決めたんだから」

 

 おそらく、追手はこいつらだけじゃない。ターニャを連れ戻すために七星が動き出してくる可能性は十分にある。上等だ、だったら、ここでヴィンセントに続いて新たな墓標を刻んでやる。ターニャに見せてやるさ、もう俺はあの時の俺じゃないんだってことを。




次回からは戦闘回突入です!

Twitterやってます。SVのこぼれ話などを載せています
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第5話「月華‐tukihana‐」④

――セプテム・『オカルティクス・ベリタス』――

 先ほどまで足音ですらも周囲に響き渡るような状況であった荒廃した街の至る所で騒がしい音が響いていく。それは往来を歩く人々の音ではない。それよりもなおも激しい戦いの音である。

 

「許せない、七星の、天然の、お前のように、我々も……」

「どうして、ちがうの。同じ人間なのに、どうしてぇぇ……」

 

 怨嗟の声が響く。人造七星と呼ばれる存在たち、その中でも何らかの欠陥を持っていることによって、正式な兵士として採用されなかった失敗作たちがひしめく最中で、彼らは天然の七星と表現できる桜子に対して怨嗟の声を上げる。

 

 許せない、私たちもお前のようになるはずだったのに、どうして自分はそうなることができないのかと怒りの声を上げて、ホンモノになることができる可能性に縋りつくために、まったく関係のない者たちへと襲い掛かる。

 

「疾っ――――!」

 

 しかし、その怨嗟の襲撃は黒艶の双槍によって防がれる。桜子のサーヴァントであるランサーは、多勢に無勢の状況を意にも介さずに、荒廃地という広大なフィールドを生かして、敵手たちを翻弄していくと、槍の柄の部分で次々と人造七星たちを昏倒させていく。

 

「命は奪いません、桜子もそれは望まないでしょうから。もっとも、命を奪わないことが正しく救いになるとも限りませんが」

 

 彼らは魔力を爆発させて、敵手を排除することに意識を向けなければ、まともに歩くこともできない。ふらふらと幽鬼のように佇みながら動いていくことしかできない失敗作、いっそのこと命を奪ってしまったほうが楽になれるのではないかとさえ思える。

 

「でもさ、この人たちだって生きたいんだよ。口ではどんなに今を悔やんでいるとしたって生きていること自体には執着したい。全部諦めることができるのなら、こんなことに手は出さないんだから。どれほどの不幸を与えられたって生きることを奪ってしまうのは違うと思うんだ」

 

「ほかのみんなと合流しよう。朔ちゃんの当てが外れることにはなったけれど、さすがにここで一夜を明かすのは危険すぎるよ……!」

 

 例え、人造七星たちを屠ったとしても、すべてを全滅させることができたと保証してくれるものは誰もいない。眠っている間に奇襲を与えることが目的であるとすれば目も当てられないのは間違いないことだ。

 

(やっぱり、あちら側の七星たちは私たちが王都を目指していることを知っている。これから先も同じような襲撃が起こりえる可能性は十分にあるってことだよね……)

 

 朔姫が懸念している様に、七星側は既にどこでもこちらを襲撃することが出来る状態にあるのではないだろうか。その上であえて、このオカルティクス・ベリタスまで自分たちを誘導してきたのは、間違いなく何かしらの思惑があるからに他ならない。

 

「どうして……どうして……どうして」

 

「お前は良いな、生まれた時から、その力が……」

 

「こんな姿になったのに、何も得られないなんて……」

 

 口々に漏らされる言葉は桜子を相手にしたまさしく呪詛の数々である。例え、桜子にとっては何のいわれもない的外れな中傷であったとしても、口にされれば当然に思うことが出てきてしまうのは仕方のないことなのだ。

 

 彼らは強制的に七星であることを運命づけられた。桜子のように目覚めて、その上で七星の力が自分の助けになってくれたわけではない。彼らにとって七星の力とはすべからく悪でしかない。忌々しく、そして打倒しなければ、自分の運命を変えることができない最低最悪の力。

 

「……ごめんなさい、なんて謝罪をあなたたちは必要としていないかもしれない。だけど、一度だけ謝っておくわ。私は貴方たちに心底同情する。だけど、その同情で私は私の人生を諦めることなんてできない。

 待っている人がいるから……!」

 

 ランサーの攻撃を必死の形相で避けて、私に追いつこうとする者たちへと魔力で編んだ太刀による一閃を放つ。彼らは回避など考えることもなく、ただ一心不乱に私まで近づこうとしているだけだったため、それを避ける術を持たない。

 

 正直に言えば、まったく相手になっていない。イチカラ―城のなかで戦った実戦投入される人造七星たちと比べてもお粗末が過ぎる。これではあまりにも……、

 

「いや、マジで馬鹿にされとるんやないか? 在庫処分一掃セールにしたって、もすこし、マシなモン連れてくるやろ、普通は」

 

 瞬間、風に乗って複数の紙が舞い落ちると、それらが一瞬のうちに式神の姿へと変わり、倒れた人造七星の人間たちを縛りあげる縄の役割を果たす。

 

 それを放った相手が誰であるのかを確認するまでもない。鮮やかなまでの手並みは、まさしく日本最高峰の陰陽師の仕業に違いないのだから。

 

「朔ちゃん!」

「あー、もう、マジで損したわ。時間かけずに素通りすればよかったんやけどな、やっぱ宿泊施設に使うための魔力ケチるもんやなかったな」

 

「まぁ、そう自分を卑下することもないだろう。彼らが待ち伏せをしていたのなら、他の場所でも同じようなことになっていたかもしれない。警戒しながら街を探索している時点で彼らを見つけることが出来たのなら、充分に及第点と考えることができるんじゃないか?」

 

 そしてその後ろから風に乗るように自分の足元に魔力の流れを乗せることで移動してきたロイが姿を見せる。

 

「朔ちゃんたちが時間を待たずにこっちに来たってことは……」

 

「聞くまでもないことやな。桜子たちと同じや。連中に襲われた。もっとも、うちはあくびしていてもなんとかなる奴と一緒におったからな、特に苦しむこともなくここまで来ることが出来たわ」

 

「むしろ、ロイってば、姫よりも強いんじゃないかと思うくらいだから、ちょっと引くくらいに強いんですけど!」

 

「姫はうちらのサーヴァントの中じゃ最弱っぽいし、しゃーないやろ」

「最弱やないやい! 宝具を使えば、これでも結構戦えるんだから!」

 

 相変わらずの二人の反応を見ていると、思わず先ほどまでの陰鬱とした気持ちが晴れていくような思いだった。

 

 改めて朔姫やロイを始めとした仲間たちがいてくれている。例え、憎悪を向けられるようなことがあったとしても、彼らと一緒に立ち向かう事が出来るのならば、自分は自分を見失わずに戦うことができるだろうと改めて、今度の聖杯戦争は多くの仲間と一緒に戦っているのだということを実感する。

 

「それで、リーダー、どうするつもり? さすがにこのまま、ここで夜を明かすってのは厳しいと思うわよ」

「ま、そりゃそうやな、連中がこの街の中にどれだけ潜んでおるのかもしれんし、もっと厄介なんはこんな奴ら、最初からこの街の中に潜んでおったわけがないってことや」

 

「……? それってどういうこと?」

 

「さすがにちょっと考えればわかるやろ、うちらは確かに人の気配を感じて三方向に別れることにした。その人影だった奴らはこいつらであったのも間違いないやろ。

問題はその数や、うちらだけじゃなくアークたちの所にもどうせ、連中は姿を見せているはずよ。

 普通に考えて、うちら全員が、こんだけの連中に全く気付かずに街の中をほっつき歩いていたなんて、そんな間抜けなことがあると思うか?」

 

「それは、確かに、朔ちゃんやロイがいる中で、少しでも敵意や殺意を忍ばせている相手がいたら、気付かないなんてことはないと思うけれど……」

 

「そう、そして、連中が自制を利かせられるとも思えんわ。あれだけの長い時間、ここらをさ迷い歩いても、見つけられんかった奴らがわんさかわんさか出てくるなんて、うちらが無能みたいやん。だからこそ、ここは色々とキナ臭いわけやよ」

 

「要するに……、誰かがこの街に彼らを招き入れた、ということでしょうか?」

 

「思えば、タズミんとこにあいつらが攻めてきおった時もいきなり姿を見せて来たに等しかった。今回も同じなんやとしたら、連中には自由気ままに戦力を目的の場所へと放りこむことができるっちゅうわけや、最悪も最悪やな。うちらがどこに身を隠して、連中を欺いておったとしても、見つかった時点でアウトってことやん」

 

「あるいは、そこらへんも全てわかったうえであえて遊ばれているかのどちらかだけどな。最初から本気でつぶす気でいるのなら、それこそ寝込みを襲えばいい。それをしなかったということは少なくとも、連中には、こちらを最大効率で倒さなければならないという発想を持ち合わせていないということにもなる」

 

「実力を、見られていると考えてもイイのかもしれませんよ。改めてあの城の戦いを生き残った私達の実力を確認する。そのためにあえて彼らを放った。敵側からすれば、ほとんど消耗なく、使い潰せる存在として見られているでしょうから」

 

「アステロパイオスの言う通りかもしれないな、でなくば、最初から勝負が見えている連中をぶつける意味もない。いかに畜生な人間どもであっても行動には理由が伴うものだろう」

 

 アステロパイオスの言葉にカストロも同調する。この場に人造七星たちを遣わした者たちは、ある程度の情報収集を目的としていることは間違いないだろうが、果たしてそれだけで彼らをぶつけるだろうかという疑問もあるし、やるならもっと早くいくらでもチャンスはあった。

 

 それを振り切ってまでここで攻撃を仕掛けてきた理由とは一体何であるのか……。それこそ、ロイが言うように遊ばれているのかもしれないと考えることも自然な流れの一つであると言えるのかもしれない。

 

「憎、らしい。何故、きさまら、だけが……我々にも、才能が、絶対的な才能があれば……」

「…………」

 

 呻く男の下にロイが歩いていく。その態度はいつもの飄々としているロイとは違い、どこか陰があるように桜子には見えた。

 

「君たちの境遇には同情するさ。それで何かが出来るわけでもないが、義憤くらいは覚えておこう。ただ、その上で忠告するが、才能を持ち合わせているからと言って、幸福な人生を生きることができるわけじゃない。才能を持つ者には持つ者なりの不幸と言うものがある。それしか縋る物がなかったのだとしてもよく覚えておくべきだと俺は思っているよ」

「理解、できない」

 

「そうだろうね、俺もキミの苦しみを理解できない。与えられなかった者の苦しみだけは、俺は一生かけても理解することができない。だからこそ、平行線のまま、俺達は互いの正しさと善をぶつけるしかないんだ。結果として、君は負けた。それ以上にもはやこの場を取り繕う言葉はないよ」

 

 同情をすると口にしながらも敗北した以上はお前に責があるのだと告げるロイに、震える男はしかし、それ以上は何も言うことがなく意識を失い、式神によって捕らえられた。

 

「連中をどうにかできるんかは神祇省とも掛け合ってみるつもりや」

「お願い出来るかい?」

 

「どうにもできへん可能性の方が高いけどな」

「それでも生きたいという願いに報いてあげることこそが必要なのだと俺は思うよ。運命に何もできずに押し潰されることほど、人にとって辛いことはない」

 

 自分自身の境遇にも照らし合わせて、望まない人生を送る羽目になった彼らに一番思う所があるのは、実の所ロイなのかもしれない。才能を持つ者と持たざる者、その違いはあるにしても……、ロイは他人と隔絶した何かを持つ人間がこの世界で生きていくことがいかに厳しいものであるのかを知っているのだから。

 

「たぶん、レイジ君たちも……戦っているよね?」

「十中八九、そうだろうね。まずは全員で合流、その上でこの街を出るってところかな」

 

「うちらがどのように動くにしても、力試し程度に監視されておる可能性は十分にあるしな。精々やりたいようにやってやろうやないか」

 

 七星たちが何を望んでこの場で人造七星たちをけしかけてきたのかは結局のところ分からない。力試しのつもりかあるいは本当に倒せると思っていたのか。意図が掴めない以上は、持てる力を振り絞るしかない。今だ合流することが出来ていない三つの最後の一つ、レイジたちの下へと彼らは足を急がせる。

 

 そうして、向かう先の戦場、レイジがターニャを見つけ出し、連れ去ったその場の戦いは、やはり三つの中で最も大きな戦いへと至っていた。

 

「ちっ!!」

「はぁあああああああ!!」

 

 銃声と激突の音が鳴り響き、群がってくる者たちが吹き飛ばされ、身体に風穴を開けられ、次々と倒れていく。しかし、倒れた瞬間に置きあがり、再び攻撃を仕掛けてくる。

 

 まるで屍兵のようなその姿に思わず戦闘を続けているエドワードとアークも辟易する。

 

「気迫が違うな、何が何でもレイジの野郎を捕まえたいって気持ちが前面に出ていて、諦めようって気持ちになる気配がない」

 

「殺さなければ止まらない。ある意味で無敵だな。どれほど痛みを与えられても憎悪と言う理由が脚を止めない理由として連中を突き動かしていく。戦場に置いてもっとも恐ろしいのは、圧倒的な敵兵ではなく最後まで倒れない兵士だ」

 

「自分の事かい?」

「まさか。俺は単純に倒れることが出来なかっただけだ。本当に倒れない奴と言うのは、存在しているだけで恐ろしいものだったさ」

 

 幾たび傷を受けても、どれほど攻撃が届いても、それでも倒れることなく動き続けてくる敵など恐ろしいという他にないだろう。味方の損耗を計算する上での合理的な判断が出来ない相手、そういうものこそが戦場では最も恐ろしい。

 

 故にこそ彼らは恐ろしいとまではいかずとも厄介な相手なのだった。エドワードもアークもレイジも、おそらく単独で戦えば彼らに敗北することなど万に一つも有り得ない。

 

 ただ、足止めとしてはこれ以上ないほどに厄介だ、目的意識がはっきりとしており、この先のことを考えていない彼らは必死に食らいついていく。

 アークもエドワードも個人的な恨みや大義を以て彼らと戦っているわけではない。あくまでも遭遇戦であり、彼らの境遇や見た目もまた容赦なく殺戮をするにはどうしても躊躇しなければならない様子だった。

 

 それを以て、彼らのような存在を配置したのだとすれば、敵側の黒幕はどこまでも悪辣な存在だ。人間がどのようにすれば戦いを躊躇するのか、それを良く理解したうえで手を出してきているのだから。

 

 もっとも、ただ1人、レイジに群がってくる者たちだけは、吹き飛ばされ、全身を打ちのめされ、そして血を流しながら倒れていく。

 

「どけぇぇぇぇぇぇ!!」

 

「ぐっ、ぎああああああ」

「やめろ、やめてぇぇぇぇ」

「なんで、おまえ、なんかにぃぃぃぃ!!」

 

 片手でレイジが振う蛇腹剣の攻撃が次々と人造七星の実験体たちを切り裂き、彼らは自分たちを動かす推進力すらも失ってしまったかのように地面に倒れ伏していく。

 

 彼らは元々、自分たちの身体に流れている不完全な七星の血によって、強制的に自分の身体を励起させているに等しい状況である。レイジの攻撃によって七星の血が機能不全となってしまえば、動きを封じられるのは道理であり、まさしく芋虫のように地に這いつくばることしかできない。

 

「ぐ、ああああああああああ!!」

 

 そうしてレイジへと怨嗟の声を上げ、群がってきた者たちは1人、また1人と潰されていく。どうしようもないほどに彼らではレイジに勝つことはできない。

 

 けれども、彼らはレイジを許せない、自分たちと同じ人造七星でありながら、自分たちと異なり、まっとうに動き回ることができる、ただそれだけの、しかもあまりにも根本的な理由があるからこそ、彼らは命を失うかもしれないとさえ思える状況にも足を止めることができない。

 

 レイジの人生にどれほどの苦難があり、そのために破滅の道を突き進んでいるのだとしても、彼が人造七星として完成しているという一点だけで許すことができない。

 

 自分たちとレイジ、客観的にみればどちらが災厄を振りまいているのかを理解しているとしても、やはり翻すことはできないのだ。

 

「くっ、ターニャ、絶対に離れるな」

「れ、レイジ……!」

 

「許さない、お前を。また奪うのか、俺たちか!!」

 

 しかし、その中でただ1人だけ諦めることなくレイジへと食らいついてくる相手がいる。

 ひときわ、レイジに対して敵意をむき出しにして、ターニャを奪い取ろうとする男は死に物狂いの表情で攻撃を仕掛けてくる。レイジよりも5~6歳程度は年上の青年は、痩せさらばえ、まともに立つことさえもおぼつかない様子であるというのに、レイジに対しての憎悪はこの中でも人一倍に強い。

 

「邪魔をするな、俺は、ようやくターニャを見つけることができた。もうお前たちのところになど置いておくつもりはない!」

 

「彼女は、お前の所有物ではない。奪うな、俺たちから、二度も奪おうとするな!!」

「意味の分からないことを、お前たちに付き合っている暇はないんだよッ!!:

 

 再び蛇腹剣が彼の身体を切り裂く、それで七星としての魔力が断絶されるはずなのに、彼はほかの人間たちとは異なり、喰らいつくようにして、ぼろぼろの身体を動かして、レイジへと迫っていく。

 

「お前が憎い、お前が憎くて仕方がない!」

「的外れだな……」

 

「何……?」

 

「お前たちとの境遇の違いに怒りを覚えるのも理解はできるさ。だけど、真に恨むべきは俺じゃないだろう。その怒りをぶつけるべき相手は、七星どもであるはずだ……。連中がいなければ俺達が苦しむ必要なんてなかった。お前たちだって、そんなに苦しい思いをしなくてよかったはずだ!」

 

 レイジは彼らの涙を理解できるが、同時に憐れに思えてしまう。自分たちを良いように弄んだ人間の言葉を信じる他ない在り方に、信じることでしか自分たちは救われないと思っている有り様に。

 

「俺達を倒して、連中に渡せば自分たちが解放される? 違うだろ、本当にやらなければいけないことは、そんな境遇へと落し込んだ奴を打倒することだ。納得して、理解できた様子を装って、連中に尻尾を振った先に何が残っているんだよ! それでお前たちは裏切られたら、また世界を呪うのか? 自分の選択を再び誰かを呪うための理由にするのか!?」

 

「うるさい、お前に何が分かる!」

 

「わかるさ、俺だってお前たちと同じように奪われたんだから! だけど、俺はお前たちのように連中に屈したりは、しないんだよ!!」

 

 無謀な突貫を再び始めた相手に蛇腹剣ではなく、大剣の状態を以て叩き付ける。

まさしく、鈍器が激突したかのような衝撃を受けたことで、直撃を受けた頬は変形し、噴き飛ばされた体は地面を数バウンドかして、明らかに人体の限界を踏み越えたような挙動でピクピクと震えている。

 

「あ、あ゛あ゛あ゛………」

 

 二度と立ち上がれないのではないかと思えるほどの様子を浮かべる青年は、しかし、その瞳に燃える憎悪の色だけは消えることがなかった。レイジを絶対に許せない、そしてレイジの傍にいるターニャからも目を離そうとしない。

 

 自分たちとは異なり、人造七星の完成版ともいえる二人の存在を絶対に許してはおけないとばかりの様子はどこか執念深さの権化のようにすらも見えてくる。

 

「だが、それでもお前たちが向かってくるのなら、俺を許せないというのならば、好きなだけ向かって来いよ、ただし、五体満足で生き残ることができるなどと思うなよ……!」

 

 警告はした。それでもお前たちがまだ戦うことを止めないというのならば、お前たちの命が尽きるまで相手をしてやるとレイジは告げる。

 

 ある種の憐れみと同情からくる言葉だったのかもしれない。ほんの少し運命が変わっていれば、彼らのように怨嗟の言葉を投げかけ、セプテムの国の人間に牙をむいていたのはレイジだったかもしれないのだから。

 

 どれだけ言葉を尽しても、その憎悪を止めることが出来ないのなら、徹底的に叩き潰してやるしかない。その上で背負っていくしかないのだ。彼らの怨嗟をも七星へとぶつけるために。そうすることでしかこの場の戦いを治めることが出来ないのだとすれば……、

 

「随分と白状じゃないか。彼らもまたキミと同じく犠牲者であると言葉にしたその口で、彼らを屠ると口にする。結局は、君もまた自分の復讐以外のあらゆることは些末事であると思っているに過ぎないんじゃないか?」

 

「――――――!」

「ダメ、レイジ、すぐに逃げて、その人は!」

 

 カツンと言う靴の音が響き、人影が姿を見せると同時にターニャが声を上げ、握る手に力が込められる。

 

 その繋がった手からは彼女の震えが感じ取れる。これまでの人造七星たちとの戦いでも怯んだ様子を全く見せなかった彼女が明確に、恐ろしさを覚える相手の声が響いたことを意味していた。

 

「お前は、誰だ――――?」

「初めましてだね、アベルよ。私は星灰狼、君が追い求めて止まない七星の一族の1人だ」

 

 ゾワリと、レイジの背中に悪寒が迸った。目の前に立つ黒髪の男、中華の伝統衣装に身を包んだ男は、不敵に笑みを浮かべ、あえてレイジに手を出せるような隙を見せている。

 

 もっとも、レイジの全身が警告している。迂闊に飛びこめば、その瞬間に、レイジの全身は砕けて終わりを迎えるだろうと。

 

(なんだ、こいつ……ヴィンセントとも違う。丸腰で何も持ち合わせていない筈なのに、ほんの少しでも飛びこめば、そこで終わってしまうような、そんな予感を覚えてしまう……)

 

 それが彼我の実力差より生まれる危険反応より生まれた、戦うことを拒絶する感覚であることをレイジは理解できない。

いや、理解しようとしてないだけなのかもしれない。それを一度でも認めてしまったら、灰狼を相手に立ち向かうという行為自体を取ることが出来なくなってしまうから。

 

 末端から震えが徐々に、ターニャからレイジへと伝播していくような思いだった。ヴィンセントを前にしては、震えなどよりも自分の大切な人々を殺し尽くしたという怒りが勝っていた。きっと、他の七星を相手にしてもその気持ちが崩れることは変わりないと思えていた。

 

 けれど、ターニャと言う大切な少女を見出し、その手を繋いだことによって生まれた生存への願いは、レイジに一時的にではあれども、生への執着を呼び起こさせた。

 

 自然と生まれた星灰狼と言う真なる七星の実力者に対する恐怖、それに気づいたのか、灰狼は笑みを零す。

 

「なんだ、もっと見境なく飛びこんでくると思っていたのだがな。そういう意味では後先を考えない彼らの方がよほど猟犬としては優秀であったともいえるぞ。

 まぁいいさ。ならば、少しはやる気になるような言葉を口にしてあげようか、レイジ・オブ・ダスト」

 

「何故、俺の名前を知っている?」

「白々しいことを口にしないでくれ、ヴィンセントを殺したのは君だろう」

 

「貴様……ッ」

 

「恨んでいるわけではないさ。聖杯戦争の最中で命を落としたのだから、ヴィンセントだって本望だったはずだからね。彼が君と戦い、敗北をしたのなら、それは彼が弱かったのがいけなかっただけだ。ただ、何をどう言い繕うとも、君が我々の敵であることに変わりはないだろう」

 

 ヴィンセントの命を奪ったことを咎めるつもりは一切ない。ただ、敵であることに変わりがない以上、激突はどうしたってやむを得ない。それがたとえ、仕組まれた上での戦いであるとしても灰狼はその役割に殉じていく。

 

「だが、そのような眠たい言葉は君にも俺にも必要ないだろう。唯一つ、俺とキミの間にあるべき事実は――――君たちの村を焼き払うようにヴィンセントに命令したのは俺だ」

 

「――――ッッッッ!!」

「レイジ!!」

 

 瞬間、レイジの身体がまるでバネのように飛びあがり、ターニャと繋いでいた手すらも離して、大剣を以て灰狼へと飛び込む。その大剣の一撃を灰狼は懐から取り出した槍を以て受け止める。

 

「随分とやる気を出したようだな、こんなにも早く本当の仇に出会えるとは思っていなかったか?」

「殺す、貴様だけは何があろうとも、絶対に殺してやる!!」

 

「ふむ、さて、気付いているのかな、今の君は先ほどまで、君が高説を口にしていた彼らとさほど変わらない様子でこちらに手を出していることに」

 

「うるさい、知ったことか! どうでもいいんだよ、そんなことは!! ただ、お前だけは殺す、何があろうとも絶対に殺してやる!! ヴィンセントの後を追わせてやるから、おとなしく、その首を差しだせェェェェェェェェェェ!!」

 

 憎悪に塗れ、怒りのままに武器を振うレイジの攻撃を灰狼はまるで演武をするように受け止めていく。怒りに任せて攻撃を繰り出すレイジの攻撃はあからさまに精細さを欠いており、灰狼にとっては気配だけで攻撃を受け止めることができる。

 

「こいつ、ヴィセントよりも……」

 

「確かに、俺もカシムや散華に比べれば武力で劣ることは認めざるを得ないが、さすがにヴィンセントよりはあるさ。この身には偉大なる初代灰狼の血が流れているのだからな。

 七星流槍術―――『彗星』ッ!!」

 

「ごっ――――――」

 

 槍を構える態勢に入り、レイジが怒りのままに飛び込んだ瞬間を狙って、槍がまさしく弾丸のように放たれる。その突きの一撃が直撃した途端に、レイジの肩口が破壊され、筋肉や骨までもが寸断され、レイジは痛みに地面へと崩れ身悶える。

 

「ぐっ、がぁぁぁぁ、ごっ、おっ……」

 

「どうした? 君は俺達を殺すんじゃなかったのか?ヴィンセントを殺し、復讐を始めた以上、そこで這いつくばっている理由はないだろう。先ほどは彼らの無念も自分が持っていくなどと叫んでいたな、どうした? 自分の言葉を果たすために、今、君は何をするべきなんだ? レイジ・オブ・ダスト」

 

 灰狼が脚を進ませようとした瞬間、灰狼の目の前に水銀が槍のように伸びていき、灰狼は足を止めることで鼻先を掠めるだけに留まる。

 

「よぉ、あんたがここの大将か。早々に顔を出してくれるなんて気前がいいじゃねぇか。けどよ、そんな簡単にチェックメイトとはいかないだろうが、あんたの手駒は俺達が封殺したぜ?」

 

 声を上げたのはアーク・ザ・フルドライブ、エドワードと共にレイジに群がってくる以外の人造七星たちを倒し、既に全員が命を奪われずに意識を失っている。

 

まさしく完全制圧をされた灰狼とレイジへと憎悪を向ける青年以外は軒並み全員が無力化されてしまったことは間違いない。

 

「やれやれ、困ったものだな、彼ら如きを無力化した程度でそこまでの顔を浮かべられては困る。私はあくまでも君たちの実力を見るために彼らを放ったに過ぎない。出来損ないであるとはいえ、君たちにどれほど抵抗するのか、それを見るだけでもある程度の実力と言うものは理解できるからね。

 セレニウム・シルバでは、皇女たちに任せていたため、そうした細かいところができなかった」

 

「ならば、彼らはあくまでも囮に過ぎなかったと?」

「むしろ、本当に勝てると思って、投入していたなどと考えられるのは心外だな、私はそこまで夢見がちではない。君たちが皇女たちを退けてここにいることを正しく評価しているつもりだよ」

 

「貴様はァ………どこまで、どこまで、俺達を虚仮にすれば気が済むんだ、ッッッ」

「無論、総ては我が大願を叶えるために。それ以外の総ては些末事に過ぎない。では、場は温めました、ハーンよ。これより改めて聖杯戦争を始めると致しましょう」

 

「――――良いだろう、灰狼よ。我が敵として対峙するに相応しき戦士たちよ、よくぞ、この地に参った」

 

 その瞬間に聞こえてきた声に、その場の誰もが息を呑んだ。ただ言葉を発するだけ、単純な生態動作を行っただけにもかかわらず、その場の誰もが動き出すことを躊躇ったのだ。

 

 言霊という圧、ただそこにいるだけで敵対者を威圧するだけのカリスマを持ち合わせた存在は黒の髭をたなびかせながら、愛馬に跨った姿でレイジたちの前へと姿を見せる。

 

「お前が……そいつのサーヴァント、か?」

「然り、与えられしクラスはライダー、我が真名はチンギス・ハーンなればこそ。我が敵対者となるべき者たちよ、猛るがいい。余を楽しませるに足りるだけの力を示せよ」

 

『チンギス、ハーン……だとぉ……!』

『大物の登場だね、そして、君としては僕たち以上に思うところがあるんじゃないのかい、草原の覇者たるティムール』

 

「…………、まさか、このような形で大ハーンと顔を合わせることになろうとは」

 

 ぽつりとつぶやいた言葉、それを耳にしたのか、ライダーはアヴェンジャーへと反応を向け、何かに気づいたようなしぐさを見せる。

 

「ほぅ、貴様、余と同じか。その出で立ちは突厥の部類か」

「当たらずとも遠からずと言っておこう。我はアヴェンジャー。大ハーンよ、こうして出会えたことの幸運を祈り、同時に敵対することの不運を呪おう。

 偉大なる我らの導き手、草原の民に世界を教えた偉大なる王よ。貴方の命を奪わねばならぬこの導きに」

 

「ほざくな、小童が」

 

 両者の告げた言葉がどこまでも彼らの対立を明確化する。サーヴァントとマスター、それぞれがそれぞれの因縁を持つ者同士の戦いがいよいよ幕を開けようとしている。

 

「レイジ、ダメ、あなたでは、その人には……」

 

 その渦中に置かれながらも、彼女はいまだに自分がどうあるべきなのか、そのスタンスを見出すことができていなかった。

 

第5話「月華-tukihana-」――――了

 

次回予告

「クック、愉快、愉快よなァ、灰狼よ! これほどの時代を下っても尚、余と同じく草原の民たちはこの世界を駆け抜けておるわ!!」

 

「王よ、此度は無粋なことは口にしませぬ。私もまた一人の戦士として、戦いに臨みます故」

 

「貴様が、貴様の気紛れが、俺たちの村を、俺の大切な人々を奪ったというのか、おまえがぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「憐れなモノだ、このような存在がアベルとは。カインとしてここまで不甲斐ないと、もはや他の方法を考えた方がいいんじゃないかとも思えてくるな」

 

「かつての草原を駆け抜けた我が精鋭たち、貴様らも血に餓えておろう。夢を捨てきることが出来てなかろう。ならばこそ、再び集え。このテムジンの下に!!

 今、再び我ら蒙古の帝国を築かんがために!!」

 

「あのスブタイって槍使い、とんでもない化け物だね。元は普通の人間の武将でしょ? なんで、あのセイバーとランサーとまともにやり合えているのさ!」

 

「俺はアーク・ザ・フルドライブ、ハッピーエンド至上主義者だ。仲間がそこを目指すと叫んだってのに、伸ばす手がないんじゃ片手落ちだろう!!」

 

「ターニャは必ず連れていく。もう、一秒だってお前たちの下になんて置いておくつもりはない。彼女と一緒に探すんだ、お前たちに滅茶苦茶された人生を取り戻すための方法を。お前たちを滅ぼしたその先に、未来があるって信じているんだ、止まれるわけがないだろ!!」

 

「私もレイジと同じ未来が見たい。その先にある花がみたい! だから、使うよ、私のこの魔眼を!!」

 

第6話「アゲハ蝶」

 




次回、対ライダー陣営戦、遂にライダーの精鋭たちがその牙を向ける!

Twitterやってます。SVのこぼれ話などを載せています
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第6話「アゲハ蝶」①

 

――セプテム・『オカルティクス・ベリタス』――

 世に世界の覇者と呼べる存在は複数存在する。古代を見れば、広大なヘレニズム世界を支配下に置き、極東まであと一歩にまで至ったアレキサンダー大王、世界帝国として以後の世界に大きな影響を与えたローマ帝国、宗教と言う面で見れば十字教やイスラムといった教えも世界の覇者と呼ぶにふさわしいだけの隆盛を誇ったと言えるかもしれない。

 

 ただ、地上最も陸路に置いて広大な範囲を支配した者と言われれば、その覇者はたった一人だけとなる。中原の北に生まれた遊牧民族、騎馬を従える者たちの中で史上最高峰の世界帝国を生み出した者、アジア世界とヨーロッパ世界を一つの世界へと繋げた偉大なる遊牧民族の絶対的侵略王。

 

 名をチンギス・ハーン、モンゴル帝国初代皇帝、蒼き狼の名を持つ数多の国を侵略し、滅びへと誘ってきた王こそが、七星側のライダーの真名である。

 

 ライダーはその名を隠すことなく、むしろ、示す事こそがこの場における最大の示威行為になるとばかりの態度を取る。

 

 『侵略王』とすらも呼ばれる、世界各国誰であろうとも一度は耳にしたことがあるであろう英霊、転じて本来の英霊召喚システムとしての意味合いを持つグランドサーヴァントに選ばれてもおかしくないほどの実績を持つその騎兵は、王たる風格を滲ませながら、レイジたちの前に立ち塞がる。

 

 最も、その姿を見て、レイジ以上に沈痛な面持ちを浮かべているのは彼のサーヴァントであるアヴェンジャーだった。

 

 チンギス・ハーンによって生み出された世界帝国、最高峰のカリスマを失った後に分裂を繰り返した中で無数の栄枯盛衰が生まれていった。アヴェンジャー、ティムールが建国したティムール帝国もそうした背景の中で生まれた国家である。

 

 言うなれば、チンギス・ハーンと言う絶対的な皇帝の下に生み出された国家の後継者の1人こそがティムールなのだ。

 

『おい、ティムール、貴様、まさか臆しているわけではなかろうな?』

「ハンニバル・バルカ……」

 

『時代が違う儂でも良く分かる。あれは化け物だ、戦士としても、指揮官としても絶大な力を持ち、己の本能、直感一つで勝利をもぎ取るための戦を実践できてしまう輩だな、儂やお前のような存在とは全く違う、生まれ持っての王となるために生まれた英雄だろうよ』

 

 ハンニバルから見ても対面するだけでいかにライダーが悍ましい相手なのかが良く分かる。もしも同じ時代に生きており、相対することが運命づけられているとすれば、きっと自分の不幸を呪ったであろうと思うほどに、あれは絶望的なまでの器を持っている。

 

『だが、そもそも、儂らは別に英雄として連中と戦おうというわけではあるまい。復讐者として、レイジ・オブ・ダストの共犯者として奴の復讐を遂行するための存在だ。貴様が王の矜持を持っていようとも、それを競わせるわけではないのだ。

 気後れなど馬鹿らしいではないか。こうしてあれほどの化け物を相手に出来ることを楽しんだらどうだ?』

 

『随分能天気でいいものだな、むしろ僕は今すぐにでも逃げ出したいよ、あんな化け物と戦うだって? やめてくれ、あんなのはまともに闘う相手じゃない』

 

 老人と青年の声を聴きながら、ティムールは一度息を吐いた。それは自分の中にある恐れ、あるいはこれより先に待ち受ける苦難を受け入れるための息であったのかもしれない。

 

「偉大なる大ハーンよ、我はティムール、貴殿が後に草原を駆け抜けたモノ、しかして今は貴殿に敵対する者である」

「その意味理解しておろうな」

 

「無論、言えることは唯一つ、貴殿に勝ち、我こそが草原の覇者であるとここに知らしめようぞ」

 

「クック、愉快、愉快よなァ、灰狼よ! これほどの時代を下っても尚、余と同じく草原の民たちはこの世界を駆け抜けておるわ!!」

「王よ、此度は無粋なことは口にしませぬ。私もまた一人の戦士として、戦いに臨みます故」

 

 セレニウム・シルバの時のように、中座などと言う萎えることをさせるつもりはないと口にした灰狼の言葉にライダーの笑みはさらに深くなる。ああ、これこそまさしく自分が待ち望んでいた戦であると言わんばかりに。

 

「へっ、奴らの大将はやる気満々だ、こりゃ、骨が折れるぜ、アヴェンジャー」

「アーク・ザ・フルドライブ」

 

「力を貸すぜ、勝たなきゃならんのなら二人掛かりでもいいくらいだろう。あれは単独で倒すには些か骨が折れる相手だ」

 

 アークの背中で水銀が励起し、アークの両拳へと籠手として備わる。アヴェンジャー自身の実力を疑っているわけではない。アークが対峙し、倒しきることが出来なかったコンモドゥスを倒したのは他ならぬアヴェンジャーであり、彼の英霊の逸話を聞く限り、決して見劣りするような相手ではない。

 

 それでも念には念を入れなければ、目の前の相手を、『侵略王』を倒すことはできない。そう思わせるほどの圧を今もライダーは放っているのだから。

 

「マスターはマスター同士の戦いに集中してもらう。その代わりに、サーヴァントを倒すのは俺達の役割だ」

 

 口にするや否や、アークとアヴェンジャーが同時に地を蹴り、先手必勝であるとばかりにライダーへと拳と戟が飛びこんでいく。

 

「面白いッ!!」

 

 腕に剣を握ったライダーはそれを受け止め、乗馬する馬が雄たけびを上げるとともに、二人へと体当たりを企てる。

 

「ちぃぃ」

「やはり馬の扱い方は慣れたものだな。ライダーが自ら手綱を引かずとも、あれは己の思うままに動き、ライダーの益となる行動をとる」

 

 一度打ち合ってみて、アヴェンジャーはすぐに理解した。ライダーは元から、己が乗馬する馬を己の手で操るつもりは一切ない。自分の相棒である馬をどうして信用できないというのか、ライダーが何かを望まずとも最善の結果を出すと信じているがために、先ほどの一閃には一切の迷いがなかった。

 

「なるほど、城で戦ったランサーは限りなく自分と馬を一体化させることを是としていたが、奴はエキスパートであるとはいえ、その思想は真逆な訳だ。放し飼いでも自分に益を持ってくる。恐ろしいくらいの信用だ」

 

「我ら草原の民が、己の足を疑ってどうする。貴様たちは、ある日突然、自分の足が思う通りに動かなくなることを想起するか? ありえぬだろう、余も同じだ、こやつが余の意にそぐわぬことなど考えたこともないわ」

 

 絶対的な自信、そしてそれを実行に移すことができる胆力、それら全てが彼にとっては当たり前だ、強がっているわけでも、過小評価をしているわけでもなく、その状態のライダーに付いてくることが出来ないのならば、そもそもに戦う資格すらもないと口にしているに等しいのだから。

 

「ま、だからって、じゃあ諦めますなんて言葉を口に出来るわけじゃないのが辛い所でね、まずは引きずりおろすところから始めようか」

「ああ、その通りだな」

 

 ライダーの言葉を聞いて闘志が消え去るなどと言うことは絶対にありえない。むしり、この絶対的な強者をどのように引きずりおろしてやろうかと考えている所だ。

 

 その不遜な態度は決してライダーも嫌いなわけではない、己に向かってくる相手はいつだって彼にとっては面白き相手なのだから。

 

「良いな、弱きものを屠ったところでそれはただの狩りだ。狩るのであれば男よりも女に限る。連中の悲鳴はとくと心に響くものがあるからな。戦を標榜するのであれば、やはり強き男だ。力を誇り、頭を使い、相手を屠るという心意気を持つ者こそ、撃破し、屈服させるに足りると余は思うが故に、敵手たちよ、強くあれ。そうでなければつまらぬ」

 

「へっ、大上段から言ってくれるぜ、強い相手を求めて自分が倒されちまうかもしれないなんてことは考えないのか?」

 

「であれば、あらゆる手を使い、その力を上回るだけのこと。まさか、余が生涯に一度の敗北も喫したことがないと思っているのか? そこまで余は万能ではない。多くの敗北、屈辱を経験してきた。されど、その総てを再起し、滅ぼしてきた。

 その結果こそが、『侵略王』という称号、慢心があろうとも、余の虚を突こうとも、余が生き続ける限り、余は貴様たちの前に立ち塞がり続ける」

 

「彼にはそれだけの実績がある。口にするだけであれば誰でも可能だが、実績までもが伴えば、それは彼の絶対的な事実だ。虚をつく程度で大ハーンを討てるのならば、彼はあそこまでの世界帝国を築き上げることは出来なかっただろう」

 

 言葉の応酬を続けながらも激突は続いていく。アークの拳の連撃が馬とライダーその双方に向かって放たれていくが、ライダーはアークの攻撃が全て視えている様に剣でそれを捌き、合間に挟まれていくティムールの戟による攻撃を、愛慕と己の身体を使って回避していく。

 まさしく、二人の攻撃が何処から来るのかが見えているようですらある。

 

 もっとも、ライダーに未来予知のようなスキルは存在しない。古代中華に存在していた鋼の騎兵たちであればまだしも、モンゴル草原に生まれた正真正銘の人間である彼にはそうした便利な力は持ち合わせていない。

 

 言うなれば、戦闘経験値から生まれる心眼、数多の修練を受けてきたわけでもなく、生きるために、部族を纏め上げ、自分たちの生きる場所を作るために駆け抜けてきた日々の中で培ってきた膨大な戦闘経験値が、自分自身へと襲い掛かってくる相手にどのように対処すればいいのかを、瞬きの合間にライダーへと教えてくれる。

 

 例え、どれほどの予測不可能な攻撃が来たとしても、その予測不可能を自身の経験値で持って、カテゴライズすることができる。

 

 侵略とはすなわち、相手の懐へと飛び込み、不測の事態を乗り越え、相手の予測を凌駕することで初めて可能となる行為なのだから、そうできなければ偉業を達成することはできない。

 

「昂って来るな、灰狼。戦場の空気を思い出すわ」

「然り、やはり我らは戦場の中にある時こそが最も輝く時でしょう」

 

 槍をまるで己の手の延長戦のように振う、灰狼の武技を前にして、レイジは防戦一方の状態を晒してしまう。

 

 ギリギリで蛇腹剣のリーチの長さで槍の軌道をずらしているが、それはあくまでも灰狼がそれ以上の深追いをしていないからである。もしも、灰狼が本気でレイジを殺すために猛攻を放って来れば、たちまち今の状況は変わっていくであろうことは明白だった。

 

 星灰狼、本来その名を襲名していた者から既に十九の代替わりを続けた果てにハーンを召喚した人物、星家という遺伝子操作に長けた家に生まれた身であり、現代に生きる魔術師ではあるが、彼は誰よりも七星の血を色濃く受け継いでいる。

 

 初代灰狼の記憶を知識を技術を血の遺伝という形で持ち合わせている彼は、戦乱から離れた時代の中でただ1人、傍らのサーヴァントと同じ代を生きて来たモノに等しい。

 

 無数の戦を経験し、多くの人間を屠ってきた血塗られた七星の時代を生きて来たモノの1人、ゆえにこそ、レイジと言う人間が怒りのままに放ってくる攻撃など怖れるに足らずとばかりに捌き、レイジをギリギリのところまで攻めていく。

 

 もしも、自分の攻撃を少しでも捌くことが出来なくなれば、その時がお前の最後であるとばかりにギリギリのところでレイジが何とか耐えられる状況を作っているのだ。

 

 それはレイジ側から見れば、明らかに遊ばれていると認識できる状況に他ならない。全力で戦えばすぐにでもレイジを破壊できるにもかかわらず、あえてそうすることなくレイジの実力を測っているのか、或いはそれ以外の目的があるのか。

 

(こいつは、明らかに俺よりも実力が上だ。ヴィンセントなんて比べ物にならないほど、強い……)

 

「どうした、覇気が薄れてきているよ。俺のことが許せないんじゃないのか? 村を焼かれたレイジ・オブ・ダストはそのためにこのセプテムにまで足を運ばせてきたんだろうからね」

 

「何故だ……」

「ん?」

 

「何故だ、何故、お前は俺たちの村を襲った。ヴィンセントはお前に命令されたからやったと言った。特別な理由なんて何もないと口にしていた。やはり、お前は、人造七星の素体を手に入れるためだけに俺達の村を襲ったのか……!」

「否定はしないとも、ヴィンセントが口にしたのは紛れもない事実だ」

 

 レイジの問いに言葉を濁すこともなく、あっさりとこれが望みなのだろうとばかりに灰狼は答える。罪悪感なんて欠片もないのだろうと分かってしまうその態度に、レイジのはらわたは煮えくり返る思いだった。

 

「貴様が、貴様の気紛れが、俺たちの村を、俺の大切な人々を奪ったというのか、おまえがぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 怒りのままにレイジが剣を振う。しかし、その攻撃を赤子の手を捻るような動作で、灰狼は捌いてしまう。まずは一度頭を冷やすべきではあるが、レイジの思考は怒りに染まりきっている。ヴィンセントを殺したことで、自分の中に渦巻いている激情に少しばかりの収まりをつけることが出来たようにレイジ自身も感じていた。

 

 少しずつでもあの日に折り合いをつけることができるはずだと……しかし、実際にはまったくそんなことはない。

 

 一度の復讐を実行した以上、最後まで復讐を完遂しなければ総てが嘘になる。踏み出してしまった一歩はもはや途中で止まることを許さない。後ろを振りむいて逃げ出してしまえばいい等と言う言葉は今のレイジには全く届かないのだ。

 

「憐れなモノだ、このような存在がアベルとは。カインとしてここまで不甲斐ないと、もはや他の方法を考えた方がいいんじゃないかとも思えてくるな」

「何をさっきからペラペラと――――!」

 

「ならば、更に一つ、君の村を襲うことにした理由を教えてようか。むしろ、こちらの方が本命であると言えばその通りなのだが、君が守ろうとしている少女、ターニャ・ズヴィズダーを確保するために君たちの村へとヴィンセントを派遣した」

 

「――――ッ」

「…………っ」

 

 目を見開くレイジと、目を逸らすターニャ、その反応が両者にとってこの情報がどういった意味を齎すのかを理解させてくる。

 

 知らない方がいいことだってある。知ってしまえば、疑念は確信へと変わり、そこには責任が付きまとってくるのだ。灰色の解決方法の総てが悪いとは言わない。

 

 誰かの生死に関わる問題ほど、詳らかにしなければならない反面、一度蓋を開けてしまえば決して引き返すことができない領域にあると言っても過言ではない。

 あくまでも予測が出来たことではあるのだ。レイジ自身もターニャが原因なのかもしれないということは予測できたことだ。ヴィンセントが口にした言葉を忘れたことは片時ですらもないのだから。

 

「直接的に手を下したのはヴィンセントだ、命令を下したのは勿論俺だ。しかし、その引き金を引くきっかけになったのは彼女だ、ターニャ・ズヴィズダーだ。であれば、君が怒りを向ける相手は果たして俺だけなのだろうか。そこをふかく――――」

「黙れよ!!」

 

 自分の身体が傷つくなどと言うことを度外視して、レイジの大剣が灰狼の槍へと叩き付けられる。大質量の剣を叩きつけられたことで、灰狼の槍が傾き、体制が崩されるとすかさず、レイジは特攻めいた勢いで灰狼へと破れかぶれに攻撃を繰り返していく。

 

「そんな眠たい戯言を聞きに来たわけじゃないんだよ! ターニャがいたから俺達の村が滅んだなんてことは有り得ないんだ。そんなものはお前たちが都合よく自分たちの罪をターニャに押しつけているだけだ」

「レイジ……」

 

 ターニャは逸らしていた視線を少しずつ、戦場へと向けていく。灰狼の言葉は間違いない、ターニャと言う希少な存在がいなければ長閑な村にわざわざ「星家」が手を出して来るなどと言うことはなかったはずだ。

 

 もしも、自分がいなければ、お前なんかがいたからこんな悲惨な結末になった。レイジにそのようなことを言われたら、ターニャはその時こそ自分を罰しないわけにはいかないと思っていたのだ。

 

 彼にはターニャにその言葉を告げるだけの理由がある、彼には正当にターニャを憎むための理由がある。少しでもその罪悪感から目を逸らすために意識を外に向けていたのだが、レイジの言葉はターニャにとって慮外なほどに甘い言葉であることに他ならなかった。

 

「お前たちがいなければ何も起こらなかったんだ。ターニャがお前たちを招きよせたわけじゃない。お前たちが勝手にターニャを見つけて、彼女を奪おうとしたんだ。

軋轢はあったよ、偏見もあった。だけど、それを知っても、みんながターニャを受け入れるための努力を続けていたんだ。それは実るはずだったんだよ。それをお前たちが勝手に奪いに来たんだ。それを分かっていながら、何を部外者面している!!」

 

 怒りのままに振るう剣の合間に灰狼の槍が次々とレイジの身体へと突き刺さり、外傷を増やし、血を流していく。それでも、レイジは止まらない、止まれない。そんな言葉で足を止めることだけは絶対に許せないと、レイジ自身が止まることを許さない。

 

「お前たちは全員滅ぼす。ヴィンセントが口にしたお前以外の関わった四人の七星も全員叩き潰して……俺はターニャと共に地獄の先に花を咲かせるんだよ!!」

 

 裂ぱくの気合いと共に放たれた上段からの一撃が灰狼の防御を掻い潜り、彼の衣服を切り裂くと初めて外傷を与えた。もっとも致命傷と言うにはあまりにも物足りない一撃、しかしてレイジが初めて灰狼に外敵としての一撃を与えたことには他ならない。

 

「残る四人、ヴィンセントはそう言ったのか?」

 

「ああ、そうだよ。俺に関わった七星は自分を除いてあと五人いると。そのうちの1人がお前だろう、星灰狼!」

 

「それを否定するつもりはないが……、くく、なるほど、あと五人、か。ヴィンセントも悪辣なことをする。では、俺もその流儀に従っていくとするか」

 

 灰狼はレイジが知らない、ヴィンセントが口にした言葉の真意、あるいは真実を理解したからなのか、これまでの予定調和にはなかった状況を面白いとばかりに笑みを深める。

 

 レイジには何が面白いのかも理解できない。そもそも、これはヴィンセントと灰狼の身内側の話しであり、レイジに勿体ぶって誰であるのかを知らせようともしない嫌がらせの類だ。まったくもって馬鹿らしいが、外傷を受けたにもかかわらず、灰狼は笑ってレイジに芝居がかった言葉を口にする。

 

「確かにその通りだ、ヴィンセントが口にした残る五人のうちの1人、それこそがこの俺だ、星灰狼だ。お前の故郷を滅ぼし、人造七星へとお前を改造する手引きを行い、そして今また、お前の前に立ち塞がっている俺こそが、お前の討たなければならない相手だ。

 許せぬのならば来るがいい、呪われしアベルの名を受けし者よ」

 

「アベル……、ヴィンセントも同じ名前を口にしていた。それは俺の本当の名前じゃない。何を以て俺をアベルと呼んでいる!」

 

 再びレイジが先程の追撃であると剣を振りかざし、灰狼へと飛びかかる。灰狼は冷静に槍で受け止め、捌きながら、今度は此方がとばかりにレイジへと連撃を放っていく。その攻撃の流麗さにレイジは防御が間に合わずに、肩口や脇腹、そして剣を握る腕を突き刺され、防御がまるで間に合わない。

 

「アベル、それは血塗られた名前だ、創世神話に置いて、人類で初めての兄弟殺しを引き起こした人物、七星の力を受け継ぎ、しかし、その力で七星を滅ぼそうとしている。この名前がお前ほどに似合う人間はいないと思うが?」

 

「知ったことか、俺の復讐を、お前たちの都合で勝手にレッテル張りしているんじゃない!!」

 

「むしろ、カインの方が良かったか? 俺達を滅ぼす事の出来る呪われし名前として」

「だからッ、これ以上勝手に俺の可能性をお前たちで勝手に決めようとするんじゃねぇよ!!」

 

 痛みを怒りが上回る、灰狼の攻撃は凄まじい、手傷を負った所で全く本気でこちらに攻撃する素振りはなく、やはり何かを狙っている様にレイジが死ぬかどうかの瀬戸際の攻撃を続けている。だからこそ、レイジは何とか耐え凌いでいる。

 

 それがどうしても許せない。レイジの仇であることだけを標榜すればいいというのに、わざわざレイジを煽り立てるような言葉を何度も何度も口にしてくることがどうしたって許せないのだ。

 

 何もかもを理解したような顔で、レイジの怒りも復讐心も全ては自分たちの掌の上であるというな口の利き方がどうしたって怒りを増幅させる。

 

挫けるわけにはいかないと足を踏ん張らせてくれる。敵に塩を送られているなんてことじゃない。これは憤りだ、ここまで強くなったというのに、いまだに自分は遊ばれている。歯牙にもかけられていない。その事実がどうしたって許せないから、痛みなどと言うものに負けている場合じゃない。

 

「まだだ……まだ、終われない」

 

 ようやく見つけた、ヴィンセントを殺し、その裏に潜んでいる自分が打たなければならない相手をようやく見つけることが出来たのだ。だから、何があろうとも、絶対に倒さなければならない。

 

 だから、だから、だから―――――

 

「落ち着け、クソガキ。そんなに茹った頭しとったら、まともに闘うこともできへんやろ」

 

 思考が己の内側へと入り込もうとした瞬間に耳に響いてきた言葉にレイジの意識は強制的に外へと向けられ、同時に、灰狼の槍が自分ではない攻撃を受け止め、それが連続して押し寄せたことによって、彼はレイジから交代することを余儀なくされた。

 

「少し、時間をかけ過ぎたか?」

「はッ、団体様のご到着や!!」

 

 その声と同時に、自分の横に並び立つ者たちの姿を確認する。声を上げた朔姫だけではなく、共にいたロイやキャスター、そして桜子たちまでもが勢ぞろいしている。

 

「ごめん、レイジ君、時間がかかって!」

「…………、お前たち」

 

「お姫様がさっき言ったけど、少し頭を冷やした方がいいよ。酷い顔をしている。ガールフレンドが見ている前で猶更さ」

「別に、ターニャはそういう相手じゃない」

 

「あ、ターニャって言うんだ、この子。あんたには勿体ないくらい可愛いと思っていたのよね。どういう関係なのか滅茶苦茶聞きたいわ」

「レイジから根掘り葉掘り聞きだすためにも、まずはここを突破せなあかん。なぁ、星灰狼!」

 

「ほう、名乗らずとも俺の名前を知っているか」

「当たり前や、大陸に渡った七星の中でももっとも有名やろ「星家」と言えば。その当主たちは、必ず星灰狼の名前を継承する。他の七星の連中が誰であるのかを知らなかったとしても、お前のことを知らん奴なんざ、モグリやモグリ!!」

 

 朔姫が事前に収集した七星側の情報の中で最も警戒をしなければならない相手のうちの1人が、星灰狼であった。

 大陸より渡った七星の直系、ただの暗殺一族でしかなかった七星を世界中に散らばらせるための直接的なきっかけを生み出した張本人、もしも、灰狼という名を襲名した人物が、中華に渡ることが無ければ、このセプテム自体が生まれていなかったかもしれない。

 そうした歴史を紐解いていけば、目の前の相手を最重要人物として意識することは至極真っ当な発想であると言えよう。

 

「世界征服なんて、いまどきガキだって考えやせんぞ。ほんまに七星共の世界を生み出そう思ってるんなら、普通に馬鹿としか言いようがないわ」

 

「馬鹿であるのかどうかを決めるのは君ではない、世界とこれから先の未来だ。そして一つだけ訂正をしてもらいたいな、俺が目指しているのは七星の世界ではない。我らがハーンによって統治される世界だ。

 七星もセプテムも全てはハーンに傅く者たちなのだから」

 

「噂通りのイカレポンチで安心したわ。レイジやないけど、おまえみたいな狂人はここで退場してもらった方がええわ」

 

 この場にはアヴェンジャー、アークを含めて五人のサーヴァントが集っている。いかにライダーが圧倒的な力を持ち、絶対的な知名度によってステータスを増しているとしても、たった一体の史実に沿ったサーヴァントであることに変わりはない。

 

 神話に名高きセイバーとランサーを擁し、そこにキャスター、アーク、アヴェンジャーが加われば力押しで対処することもできるだろう。

 灰狼からすれば、レイジと言う獲物に対して何らかの目的でこの場に現れたのであろうことは間違いないが、それが結果的に灰狼の命脈を断つことになる。

 

 勝つためなら手段を択ばない、それをセレニウム・シルバで先に実践したのは七星側だ。如何に強い相手であったとしても数で囲むことが出来れば、決して対処することができないわけではない。

 

 それを灰狼も理解したのであろう、荒廃した町の中で、いよいよ自分の命運に陰りが差そうとしたその時に、灰狼は笑みを零す。

 

「さまざまな勘違いをしているようだから、言っておこう。少なくとも私は、勝てる状況の戦でなければこのような博打的な行動を起こさない。君たちが何人出て来ようとも、私と大ハーンの身で対処することが可能である。そのように解釈したからこそ、我々は今、ここに立っているのだ」

 

「然り、貴様たち歴戦の英雄たちと矛を交えるこの時こそ我が至福の時。その時に踏み込んでおきながら、既に勝利を手にしているような素振りは些か無礼が過ぎようぞ」

 

 ガギィン、鉄と鉄がぶつかり合う音が響くと共に馬のわななく咆哮が轟く。同時にドシンと音を立てて、灰狼の横に彼のサーヴァントであるライダーが降り立つ。

 

 そこで理解する、ここまでの音の総てがライダーによって引き起こされた音であり、アヴェンジャーとアークの二人を以てしても、やはり決定的な痛打を侵略王に与えることが出来ていないのだと。

 

 さながら、その姿はオカルティクス・ベリタスの中に置いては、この街を侵略に来たモノそのままである。週に倒れている人造七星がこの地を侵略者から守るために戦ったのだと言われても、何も知らない者たちからすれば十分に信じることが出来てしまうほどに、ライダーはこの周囲の風景に溶け込んでいる。

 

 数多の都市を壊し、数多の文明を滅ぼし、世界を駆け抜けた王、英雄としての逸話のスケールの違いがそのまま強さに直結しているのだとすれば、あのセレニウム・シルバで戦ったどの英霊よりも、目の前の騎兵が強いことも頷けるが、それでも数と言う要素は単純にして、最も圧倒的である。同条件の兵士たちを指揮する戦いであればまだしも、神話に名を岐山者たちまで藻を取り入れた戦いとなれば―――

 

「灰狼よ、そろそろ奴らにもこの戦の楽しみを教えてやるとしようか」

「御意に。ハーンがそれを願うのならば彼らもまた応えるハズでしょう」

 

「ならば、行くか。かつての草原を駆け抜けた我が精鋭たち、貴様らも血に餓えておろう。夢を捨てきることが出来てなかろう。ならばこそ、再び集え。このテムジンの下に!!

 今、再び我ら蒙古の帝国を築かんがために!!」

 

「なっ、凄まじい魔力の圧」

「これは……固有結界、いや、ちゃう。それとは似ておるけど……」

「来るぞ!!」

 

 今ある世界に対抗するように異なる世界の法則が流れ出す。それが世界を侵食し、呑み込んでいくモノこそが固有結界、大ハーンの心象風景を再現したかつての世界を再現するものであったかもしれないが、此度のそれは少しばかり趣が違った。

 

 浸食は最小限に、世界は壊れることなく今尚も現在の状況を維持し続けている。ただ、それで全く変化がなかったわけではない。世界へと生じた異物、本来であれば世界を揺るがすほどの大質量の魔力を内包した存在が聖杯の力を拠り所に、この場に召喚されたのだ。

 

「お呼びでしょうか、大ハーン」

「久方ぶりの戦場、まさか死してもこのような場所に呼ばれるとは」

「再び殺せるのか、敵を、民を、それは素晴らしい」

「遠き西の十字教の世界、再びここに舞い戻る。しかし、かつてとは違う、今ここには大ハーンがいる」

 

 そう変化はほんの一握り、極小の変化を以てそれは精鋭として集められた。ライダーと灰狼の傍らに立つのは、ライダーと似通った武装に身を包んだ四人の戦士であった。三人の男性と一人の女性、しかし、纏う気配はライダーにこそ劣りはすれども、波の兵士たちなど全く意にも介さないほどの圧をもってここに姿を見せる。

 

 そしてその背後には、セレニウム・シルバの戦いでファヴニールと激突を果たしたライダーの戦車をけん引する四匹の幻獣が立ち並ぶ。

 

 圧巻、あるいは壮絶とでもいうべきだろうか、ライダーの外にここには4人と4体、他の七星によって呼び出されたサーヴァントたちに負けず劣らずの存在が出そろうという悪夢のような出来事が一瞬のうちに実行された。

 

「我が第一宝具『四駿四狗』、我が精兵たちよ、我が獣たちよ、共に戦場を駆ける栄誉を再び授ける。これは我らが果たせなかった世界制覇のための先駆けだ。かつてのように駆け抜けろ、かつてのように蹂躙しろ、さすれば、我らが夢は此度こそは叶えられん」

 

「さすがにこれは笑ってしまうな、サーヴァント級の幻獣4体と、サーヴァント4体の同時召喚、とは……」

「さ、朔ちゃん、これって姫たちの数押しが崩れちゃったんじゃ……」

 

「さすがにこんなもん想像できんやろ、どんな魔力持っておったらこれを実行できるって言うんや……」

 

 目の前に広がる悪夢のような光景、揃えられたライダーの戦力たちを前に、レイジたちの戦いは一転して、絶望的な様相を見せていくことになる。

 

 此処を勝利する、あるいは切りぬけなければ、この先の未来はない。分かってはいる、分かってはいるが、その道はあまりにも遠すぎる……

 

「レイジ……」

 

 そんな絶望的な最中でも、彼女はやはり立ち上がることが出来ずにいた。引き金を自分の手で引くことにいまだ躊躇を覚えていたのだ。

 




サーヴァントステータス

【CLASS】ライダー

【真名】チンギス・ハーン

【性別】男性

【身長・体重】172cm/65kg

【属性】秩序・中庸

【ステータス】

 筋力C 耐久D 敏捷A+

 魔力B 幸運A 宝具A+++

 

【クラス別スキル】
騎乗:A+
 騎乗の才能。獣であるのならば幻獣・神獣のものまで乗りこなせる。
 ただし、竜種は該当しない。

対魔力:D
 一工程(シングルアクション)による魔術行使を無効化する。
 魔力避けのアミュレット程度の対魔力。

【固有スキル】

カリスマ:A
 大軍団を指揮する天性の才能。
 最高峰の人望と恐怖による支配。

軍略:B
 一対一の戦闘ではなく、多人数を動員した戦場における戦術的直感力。
 自らの対軍宝具の行使や、逆に相手の対軍宝具に対処する場合に有利な補正が与えられる。

早駆けの乗法:A
 騎馬民族に伝わる、特殊な乗馬技術。
 騎乗物の敏捷性、持久性を向上させ、さらに本人の騎乗時中の魔力消費を抑える効果がある。

【宝具】
第一宝具
『四駿四狗(ドルベン・クルウド・ドルベン・ノガス)』
ランク:B 種別:対軍宝具 レンジ:1~50 最大捕捉:200人
チンギス・ハーン最大の頼みであり、彼の大帝国を築き上げた世界最強の騎兵軍団。
世界からの修正を最小限に留める為に異界の入り口のみが範囲内で高速移動を続けている。言わば移動する固有結界。具現化される世界は何処までも続く蒼天と草原。通所はその固有結界の中から、彼が最も信を置いた四人の部下と四体の幻獣を召喚する。
 彼らは膨大な魔力を肩代わりすることによって単独のサーヴァント、あるいは幻獣として単独の活動が可能となり、ハーンの絶対の将として敵を屠ることができる。


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第6話「アゲハ蝶」②

――セプテム・『オカルティクス・ベリタス』――

 四駿四狗―――それこそ、モンゴル帝国初代建国者チンギス・ハーンにとって絶対の信任を置く四人の側近と四体の獣たちの総称である。

 

 セレニウム・シルバに置いて、ファヴニールとして邪竜へと変貌したバーサーカーを相手に真っ向から激突した雪獅子、スフィンクス、グリュプス、麒麟、それらがライダーを守護する神獣として咆哮を上げる。

 

 そして、その傍らに立つ四人の戦士もまた、ただのライダーの兵士と言うわけではない。かつて四駿と呼ばれた側近の将軍たちは、ライダーの宝具を通し、同時に灰狼によって事前に用意された人造七星たちを魔力炉代わりに使うことによって、一人一人がサーヴァント級の実力者として呼び出されるにいたった。

 

「かつては最後まで共に駆け抜けることができませんでしたが、その機会をもう一度戴くことができるとは」

 

 かつてハーンと対立し、彼の騎馬を射抜いたと語られる弓の名手:ジュベ

 

「ハーンが俺を呼びだしたということは、殺す敵がいるということだ。お前たちか、ああ、お前たちだな。殺す、殺す、皆殺しにしてすべて吹き飛ばしてやる」

 

 ハーンと呼ばれる以前から仕え、常に最前線で戦い続けた宿将:クビライ

 

「およしなさいな、クビライ、ハーンの前ではしたないですよ。敵の血を啜るのは、総て壊した後にしなさいな」

 

 ハーンの親衛隊長及び愛妾を務めたハーンに愛されし戦士:ジェルメ

 

「姉上と貴殿らの軽口を再び聞けるようになるとは。中々に感慨深い。存分に闘おう。我らが友、灰狼が生み出してくれたこの機会に今度こそは我らの悲願を」

 

 ハーン亡き後も西側世界を蹂躙し続けたモンゴル帝国最大版図実現者:スブタイ

 

 四匹と四人、合わせて総てがライダーことチンギス・ハーンの宝具によって召喚された絶対的な戦力である。思わず朔姫は息を呑む。

 

ただ単純に宝具によって召喚されただけの存在であるのならば別にいい。逃げるなり時間を稼ぐなりいかにしても対処方法はあるが……、

 

「馬鹿言うなや、あの四人、普通のサーヴァントと魔力反応が何ら変わらん」

 

「それって……、単純にあっちに四体サーヴァントが増えてたって事!?」

「なにそれ、超絶望的じゃん!!」

 

 朔姫たちが驚きを覚え、目の前の状況にどうすればいいのか分からなくなるのも致し方ないことだろう。何せ、聖杯戦争の規定のサーヴァント以外の存在を召喚し、そのまま本来のサーヴァントと同じように現界させるなどと言うことは単純に考えて不可能なことなのだから。

 

 それを可能にさせているのは、灰狼が事前に用意した、人造七星たちを使った人工的な魔力炉である。それを自身へと繋ぎ、魔術回路に外付けのバッテリーを施している様にして、魔力炉が機能している限り、無尽蔵に魔力が灰狼へと供給されていく、

 

 たった一人で賄う事が出来ないのであれば、多くの人間の力を必要とすればいい。単純な足し算と掛け算の問題でしかない。

 

 ただ、その行為自体が人倫に照らして許されるのかどうかは全くの別問題であるが、悲願を前にしてそんなことを気にしている様子はまったくない。

 

 レイジの村を滅ぼした時と同じように、星灰狼にとっては自分の願いを叶えることが第一義であり、そのためにどれだけの人間が嘆きを覚えたとしても、まったく気にする必要もないのだ。最終的には総てが灰狼とハーンの下へとおさまっていくのだ。

 

「人造七星は実に役に立ってくれている、我々の戦力として、そしてこのように魔力炉として、人造七星の技術を確立したことこそが、私が参戦した七星たちの中で最上位に位置している理由ともいえるかもしれない」

 

「貴方は、自分が七星の宿命を背負って、この血がどういう意味を持っているのかもわかっているのに、それでも関係のない人たちを巻き込むの!?」

 

「意味か……、不思議なことを聞くね、七星桜子。むしろ、意味を問うというのであればこれほど名誉なことはないと思うが? 私も、そして君もこの七星の血があればこそ、取るに足らない人間たちとは違った人生を生きていることができる。七星の血は呪いではない、この世界に与えられた祝福だ。私は選ばれた者としてこれを享受し、使命を果たす。

 彼らにとってはむしろ、祝福と捉えてもらった方がいいはずだ、君もそう思うだろう、アベル。その力があればこそ、私達に対抗することができるはずだ」

 

「黙、れよ、欲しくて手に入れたわけじゃない。なければ、戦えなかった。だから受け入れた。それだけなんだよ……」

 

「ならば、もう少し奮闘したまえ、それでは与えられた七星の血に報いることが出来ていないぞ」

 

 槍の穂先が再びレイジへと向けられる。それを黙って見ているつもりは桜子たちにもないが、同様にライダーの配下たちも黙って見ているつもりはない。ほんの少しでも誰かが動けば、この場の全員を巻き込んだ全面的な戦いが始まることは間違いない。

 

「ご助力お願いしたい、大ハーンの忠臣にしてかつての灰狼の同志である貴方がたに、我らが願った世界帝国、聖杯戦争に勝利し、今度こそは我らによる絶対的な帝国を築き上げたいのです」

 

「かははっ、灰狼の奴はイかれた野郎だとは思っていたが、俺達が肉体を失っても尚、記憶を受け継ぎ続けたってのが最高だ、よくぞ、俺達が戻って来るまでその熱を引き継ぎ続けてきた」

 

「あの夢をもう一度見ることができるのならば、全力を振うだけだ」

 

「男どもは血気盛んで嫌になってしまうけれど、ハーン、貴方も同じかしら」

 

「無論、戦場に入れば、後は須らく目の前の相手を蹂躙することができるかどうかだけであろう、ジュベ、スブタイと共に血路を開け」

 

「―――御意に」

 

 ライダーの横に身を置き、戦況を観察していた弓使い、この場にアーチャーのサーヴァントとして呼ばれたジュベが一歩前に進む。同時にその言葉を聞いた第三のランサー、スブタイもまた戦闘態勢に入る為に己の身の丈以上の巨大な槍を握る。

 

「この場に集いし一騎当千の英霊たち、かつては味わえなかった戦の妙、この槍にて体感させてもらおう」

 

 瞬間、スプタイが獣の如く、誰を狙った訳でもなく総てを破壊するために足を動かす。同時に、アステロパイオスとポルクスが反応し、肉食動物のごとき突進を受け止める。

 

「ぬぅぅぅぅぅぅ」

「なんて馬鹿力……」

「我々二人で受け止めてやっと、だなんて……!」

 

 ポルクスの剣とアステロパイオスの槍1つで受け止めているものの、スプタイの槍はその勢いのままに二人の防御すらも突破せんとばかりの膂力でさらに勢いを増していく。

 

「素晴らしい、胴体を共に真っ二つにするつもりで放ったが、存外に受け止めるものだ、女であるからという先入観は今の一撃で何の意味もないと理解した。やはり、聖杯戦争なるもの、心が躍る!!」

 

 上段から振り下ろした槍を引き抜くと、力任せとばかりに側面から振れればそれだけで身体を砕かれるとばかりの攻撃が来襲する。

 

 アステロパイオスへと来た攻撃はもう片方の槍によって受け止められるが、一本の槍だけでは完全に勢いを殺しきれずに、身体が弾かれ浮き上がる。

 

「――――ッ!!」

 

 それを待っていたとばかりに、スプタイはさらに一歩踏み込み、アステロパイオスを串刺しにするための突きを放ち、それをポルクスが援護に入って防ぐが、やはり完全には防げない。

 

 もっとも、その一瞬を稼いだだけでも十分な意味がある。後ろへと仰け反ったままに跳躍し、態勢を建て直したアステロパイオスが、空中から神速の勢いを以て槍を下段へと放ち、スプタイはポルクスが受け止めた槍を引き抜くとそちらを受け止める。

 

 もっとも、受け止められたとしても彼女にはもう一本の槍がある。すかさず防御をすり抜ける形でもう片方の槍が、そちらへと意識を向ければ、もう一本の槍が、足下でも止まることなくスプタイの攻撃へと転じる瞬間など与えないとばかりに、次々と攻撃が迫っていく。

 

「ちぃっ……!」

「このまま、一気に決める!!」

 

 ほんの少しの戦闘しかまだ経験していないが、アステロパイオスもポルクスもスブタイの恐ろしさは十分に理解できた。

 

 自分たちのような神話に名高き存在に対して、スブタイはいかにサーヴァントとして召喚されているとはいえ、本来は生身の人間であったはずの存在だ。それが自分たちを相手に戦闘力、そして戦いの読みに対して完全に飲みこもうとしていた。

 

 もしも、もう一度、彼に主導権を渡してしまったら、次に再び状況をひっくり返すことが出来るかもわからない。よって、ここで一気に攻めきる、その判断自体は何一つとして間違ってはいなかった。

 

「敵はスブタイだけに非ず。美しき戦士たち、勇士であることに変わりなければ、この矢を以てその命脈を打ち砕こう」

 

 もっとも、それはスブタイだけを相手にするのであればの話しである。スブタイの後方、今だ動かぬ他の者たちよりも一歩前に進みでた四駿の1人は矢を番え、スブタイへと止まらぬ連撃を放つアステロパイオスの瞳を狙う。

 

 どんな相手であろうとも、目を潰されれば確実に隙が生まれる。腕や心臓などよりもよほど動きが止まる箇所としては都合がいい。

 

 周囲の音は聞こえない、ただ己が狙う相手の挙動と視線の動きだけに着目し、モンゴル帝国最強の弓手は矢を放った。当たるかどうかを気にする必要はない、己が放った以上、当たることは間違いないと自負し、

 

「させるかッ!!下郎が!」

 

 そこに割って入ったカストロの盾による防御がアステロパイオスへと迫る弓矢を受け止めて見せる。

 

「ふんっ!!」

 

 もっとも、それで防御により体が固まったのは事実だ、スブタイは己の持っている槍を背中側へと反転させ、受け止め僅かな秒数の硬直をしていたカストロへと振り向くことなく、刺突を放つ。

 

「ぐぅぅ!」

 

 カストロはその殺気が来ることを理解し、光速移動による回避を試みるが、完全に避けきることは出来ずに背中を鮮血が迸る。

 

「兄様!」

「構わん、かすり傷だ! それよりも、そやつを何があろうとも抑えつけろ。そいつを自由にさせれば、被害は加速度的に増していくぞ!!」

 

 カストロが叫び、その横を矢が通っていく。狙われているのはスブタイからだけではない、矢を放つジュベもあわよくばとばかりにその命を穿つタイミングを狙っている。

 

「あやつ、ジュベの矢もスプタイの槍捌きも避けるか」

「くく、たまらねぇ、ハーンよ、俺も参戦させてくれよ。連中を叩き潰すために」

 

「いいや、お前たちは此度は待ちだ。何かが起こった時の後詰がいなければならない状況が生まれた時に備えてな、では、行くか灰狼」

 

「よろしいのですか、ハーンもあちら側に参戦せずに」

「くく、そう言ってくれるな。その誘惑に抗うのは中々に難しいことなのだ。しかして、まずは先約を果たさなければならない。お前もそうであろう?」

 

「ええ……」

 

 ライダーと灰狼の視線はそれぞれ、アヴェンジャーとレイジへと向けられている。既に始まった乱戦はほんの少しでも状況が変われば一気にパワーバランスがどちらかへと傾いていくのが分かる状況であった。

 

 それを自分たちの下へと手繰り寄せることができるかどうかも分からない状況、迂闊に動けないのはむしろ、桜子たちの方である。

 

 ディオスクロイ兄妹とアステロパイオス、こちら側の武闘派英霊の二人をして、ギリギリ互角に持ち込んでいる状況が異様としかいいようがない。

 

「あのスブタイって槍使い、とんでもない化け物だね。元は普通の人間の武将でしょ? なんで、あのセイバーとランサーとまともにやり合えているのさ!」

 

「かつてのモンゴル帝国の最強の将軍、チンギス・ハーン亡き後も帝国を拡大し続けた、真の意味での最大版図を獲得した男、誤算やったわ、まさか、あんなもんまで連れてきておるとは。下手な宝具なんぞよりもよほど手に負えんわ……!」

 

「問題ない、結局はマスターと本命のサーヴァントを潰してしまえば、それで終わりだ」

「ちょ、レイジ君!」

 

 手をこまねいている状況を変えるために、これ以上灰狼たちの好き勝手にさせている状況を覆すために、レイジとアヴェンジャーは共に自分たちが狙うべき相手の下へと突貫する。奇しくもそれは両陣営共に同じことを考えていればこそである。

 

 新たなる戦力が追加され、彼ら彼女たちがしのぎを削っている状況でありながら、大将ともいえる者たちが変わらず戦いを実行するという歪な状況の最中、真正面からアヴェンジャーの戟を再びライダーは受け止める。

 

「くっく、血気に逸るな。そうだ、草原の王とはそうでなければならぬ。どれほどこう着した状況であろうとも、不利な状況であろうとも、己の雄たけび1つで状況を変えることが出来ぬのであれば、喰われていくが定めよ」

 

「大ハーンよ、貴方は本気で世界制覇を成し遂げるつもりか?」

「愚問!」

 

 アヴェンジャーの戟とライダーの剣、共に激突しあい、どちらも一歩も引くことなく、互いの武器を破壊するために己の武器を振う。

 

「余が配下たちに見せた世界制覇の夢、もはやその夢を見せることができる兵士たちはおらぬ、友も家族も、そして愛するべき民たちも全ては久遠の彼方に置き去りにしてきた。されど、それでもは余はチンギス・ハーンなのだ。駆け抜け続けることこそが我が覇道」

 

「己が口にしているようにその先には何もない。所詮我らは未来に呼び出され影法師、ならば、今を生きる者たちにのみ力を貸すべきだ。それが終われば消える泡沫の存在、大ハーンよ、その願いはあまりにも分不相応が過ぎる」

 

「余に意見するか!」

 

「我にとっても大ハーンは敬意を表するべき存在、されど、それは肉の身を得ていた時のこと、今は共にサーヴァント、その軛から解き放たれればこそ、こうして言葉を投げている!」

 

「温いな、言葉で人が動くか? 侵略の手は止まるか? 余は余を慕い、余の覇道を共に進める者たちの言葉のみで十分だ、余を従わせたいとすれば、己の武力によって、実現させてみよ、アヴェンジャーよ!!」

 

 ライダーが手綱を引き、馬が一気に速度を上げて、ライダーはすれ違いざまに剣を振り払い、遠心力を咥えた鈍重の一撃をアヴェンジャーへと振り払う。真正面から受け止めはしても、馬による加速力がその衝撃にさらに重い一撃を圧し掛からせてくる。

 

「ぐぅぅぅぅ」

「これでも倒れぬか、しかして――――」

 

 剣が降りぬかれ、アヴェンジャーとライダーの距離が一瞬離れたと思ったのも束の間、一切の無駄なく、最短の動きでターンを決めたライダーの愛馬は再びアヴェンジャーの背中を突くために駆け抜けてくる。

 

 ある意味で馬と言う存在は、速度や高さと言った戦の中で人間一人では決して覆す事の出来ない種としての限界値を突破するために戦力として使用される。

 

故に犠牲にしている部分も当然にあるのが普通の理屈であろう。それは例えば、小回りや機転、人間が刹那の瞬きの中で行う思考作業に身体を付随させる。その行為は人間の神経を伝達させる機能に依る所であり、馬にまで機能させることはできない筈だ。

 

 しかし、草原の覇者たるこの男にそれが出来ない筈がない。手綱を引く。単純に言えばそれこそがハーンの愛馬にとっての神経伝達に他ならないのだから。

 

「疾ッ!!」

 

 背後よりの一刀、反応が遅れたアヴェンジャーは背中からの一撃に斬り伏せられ、そのまま身体ごと、地面を転がる。

 

『馬鹿者が、背中に目くらいつけておけ!!』

『無茶を言うなよ、爺さん。今のは何だ、あんなことはできるのか……』

 

 ハンニバルと青年も思わず瞠目せざるを得ない、先ほどアヴェンジャーへと刃を振い、それを受け止められたことで馬の軌道そのままに背後へと動いたはずのライダーが急速旋回する形で、一瞬のうちに、アヴェンジャーの背中へと刃を切りつけたのだ。

 

 さながら、最初から馬に防御された隙を狙って急速旋回することを教え込んでいたかのように、伝達速度も意思疎通も何もかもが桁違いの速さで実行されたと言えばそれまでかもしれないが、あまりにも馬鹿げた行為は思わず言葉を失う他ない。

 

「ふん、そもそもだ、我ら草原の民でありながらも馬を使わずに戦うという時点で、貴様は我らを舐めている。騎乗もせずに余に勝てると驕ったのであれば、万死に値すると言わずにはおれん」

 

『避けろ、ティムール!』

「ごほぉっ……」

 

 跳躍したライダーの愛馬が躊躇なく、その蹄でティムールを踏みつける。うつ伏せから立ち上がろうとしたティムールの背骨を真っ二つに叩き折るとばかりの強烈な一撃を前にして、反吐を吐いたアヴェンジャーにステップを踏むように、馬が踊り狂う。

 

「くっはははは、どうした、どうしたのだ、余と同じ草原の王を名乗る者よ、貴様はこの程度か? 平地の民の戦いで向かってくるのならば、相応の力を見せなければただの劣化ではないか、愚かしいぞ、アヴェンジャーよ!!」

 

「ごっ、がっ、ぎぃ、ぐぅぅぅ」

 

「自ら破滅を進むか? それもそれで良かろう、余は弱者を弄ぶことを厭うつもりはない。所詮、人間もまた獣よ。己の内に宿っている獣性を理性と言う枷を以て制御するかどうかでしかない。であれば、貴様を蹂躙することを余は求める。それこそが、戦の愉しみ、男を踏み潰し、女を犯す。これに勝る喜びなどこの世のどこにもありはせんわ!!」

 

 馬がほんの少し後方に下がると、そのまま突進し、馬が思い切り、アヴェンジャーの身体を蹴りあげ、荒廃した家屋へとその身体が叩き付けられる。家屋そのものに亀裂が入り、屋根の一部が破壊されたが、問題は家屋ではなく、その一撃を完全にその身に受けてしまったアヴェンジャーだ。

 

 いかに英霊として強化されていたとしても、本来の人間であれば全身がひしゃげて砕けていてもおかしくないほどの威力を受けたのである。項垂れるように崩れていくその姿は、この場における勝者と敗者が誰であるのかを如実に語っている様に見えた。

 

「ふん、つまらぬな。同郷のよしみであると思っていたが……、想像以上につまらぬ戦となったものだ」

 

 ライダーは鼻を鳴らし、再びアヴェンジャーが立ち上がってくることを期待するが、その様子も見えない。ただ時間ばかりが過ぎ去り、荒廃していくばかりの街に溶け込むようにアヴェンジャーは敗北を待つばかりの姿となってしまった。

 

「どうやら、あちらも決着がつきそうだな、時間はかかるが、まずは一体というところかな」

 

 そして、もう一つの戦い、マスター同士の戦いもやはり一方的な様相を見せていた。いかに血気盛ん、全身全霊で灰狼を殺すつもりで飛びかかって言ったとしても、レイジ・オブ・ダストの力と星灰狼の実力、そこには天と地ほどの差があることは言うまでもない。

 

 サーヴァントと同じように地面に倒れ、腕に槍を突き刺された状態のレイジは呻くことしかできずに、灰狼はこんなものかとため息を零す。

 

「ぐぅぅ……、勝手に決めつけてるんじゃねぇよ……!」

 

「ふむ、そうか」

「ごほっ――――」

 

槍を持ち上げ、レイジの身体を起きあがらせると器用に槍を振って、その切っ先を引き抜き、レイジの身体が再び地面に転がった。

 

「立ち上がりたまえよ、アベル」

「がっ……」

 

「まだ終わっていない。そういう風にお前はこの戦況を分析するんだ。だったら、それに見合った結果を自分の身体で出力して見せるがいい。援軍による中座は一度実行したな。こちらも同じ手札を切り、援軍自体の実力は互いにそこまで差があるわけではない。

 ならば、勝敗を分かつとすれば、それは大将であるものたちの実力だ。お前と私、そして大ハーンとアヴェンジャー、片方の戦いには既に決着がついた」

 

 だから、後は自分たちの決着を以てこの場の戦いも終わりを迎えるだろうと灰狼は語るのだ。この場での戦いは聖杯戦争における相手を倒すための戦いと言うよりも、レイジと灰狼の因縁が端緒となって始まった戦いなだけにこの二人がいかに決着をつけることができるのかにかかっているのだから。

 

「くそぉっ!」

 

 レイジがふらつきながらも立ち上がり、灰狼を睨みつけて再び蛇腹剣の攻撃を払う。

 

 しかし、その剣の起点となる中心点を見出した灰狼の槍はその場所を弾き、蛇腹剣の軌道は大きくレイジの想定とは違う場所へと曲がって行ってしまう。

 

 その変化に意識を取られた瞬間、灰狼は一歩でレイジの目の前にまで近づき、槍の柄の部分でレイジの側頭部を殴りつけ、身体のバランスが大きく崩れ、そこに槍による刺突が次々に襲い掛かってくる。

 

「ぐ、が、ぎぃ、ぎゃ、あああああああああ!!」

「正直に言えば、期待外れもいい所というのが本音だな」

 

 ほんの少しの交差しか持たなかった対立状態、それすらもわずかな時間で崩された。圧倒的な力の差はどれほど必死に抗おうとしても、一瞬のうちに、その戦いあう状況すらも許してくれない。

 

 まがい物の人造七星として与えられた力で、純粋なる七星加えてかつて戦乱の時代を生き抜いてきた七星桜雅の記憶と力を継承している灰狼には対抗することはできないのか……

 

「別に簡単に蹂躙することができる相手を求めていたわけじゃない。それであれば、タズミ卿を生かして、最初から真っ当な聖杯戦争をやるだけで済んだんだ、セレニウム・シルバでは上手くしてヴィンセントを討ち取ったんだろう? きっかけを作る手助けくらいはしたつもりだが、倒したのは君だ、こんなものなのか?」

 

「手助け、しただと……? ヴィンセントは、おまえの、仲間だろ……」

 

「仲間だよ、仲間だからこそ勝ってほしかった。しかし、勝ったのはレイジ、君だ。だからこそ、認識を改めはしたのさ。君は俺達の首下に噛みついてくる可能性がある存在であると。どれほどのものなのかとこの眼で見るために来たのだが……」

 

 その上で期待はずれであったと灰狼は語る。自分と矛を交え、少しでも自分を脅かすようなことができる相手であったのならば、この戦はより一層血わき肉躍る戦いになるだろうと考えていた。

 

 しかし、目の前の状況はあくまでも蹂躙戦である。赤子の手を捻るような形で、灰狼はレイジの息の根をこのまま止めることができるだろう。灰狼が待ち望んでいた自分たちに敵対する七星との一気呵成な戦いの火ぶたが落とされることは決してない。

 

「この程度では、この先の展望を見ることもできないだろう。残念だが、アベルとしての覚醒を待つまでもない。俺の願いは聖杯に託すことにするよ。さらばだ、レイジ・オブ・ダスト」

 

 倒れた状態であるレイジの首を跳ね飛ばすことは、灰狼の実力を持ってすれば、まったく何の問題もなく可能だろう。そこらへんの雑兵の首を飛ばす事と何一つとして変わりはない。

 

 故に終わる、何の成果を得ることもなく終わる。ヴィンセントを倒し、ようやく自分の本当の仇を見つけることが出来たというのに、その仇の前で何もすることが出来ずに終わる。それがレイジ・オブ・ダストという名前を襲名したお前の末路であると言わんばかりに……

 

『本当にこれで終わりにするのか?』

 

 けれど、胸の奥で、そんな自分の諦めに対して疑問を呈する声が聞こえる。お前はそれでいいのかと、問う声が聞こえてくる。

 

『己の願いを何一つ叶えることが出来ず、ただ相手に嘲笑されるがままにお前は諦めることができるのか? お前の決意とは、復讐の華とはそれほどか細く尽きてしまう程度であったのか?』

 

 誰だ、お前は……、俺の中の何物だ、その問いに声の相手が反応することはない、ただ言葉だけが空を切り、自分の中へと反芻する。

 

『あれもまた魔術師だ、いかに七星として圧倒的であったとしても、魔術師であることに変わりはない。もう一度言おう、あれは魔術師だ。英霊ではない、神の類でもない、七星が滅ぼすために追い求めてきた存在の一つだ。であれば―――お前に出来ない筈がない』

 

 そこまで言われてようやく気付く。こいつはあのヴィンセントとの戦いでも俺に声を向けてきた相手だ。

 

 無数の七星の意志が俺の精神を呑み込もうとする激流の中でただ1人だけ、俺の復讐と言う絶対的な意思を認めて、その力を与えることを認めた声、その声が、この土壇場で再び俺に立ち上がれと声を上げる。

 

『立ち上がり、地獄へと舞い戻るのか。それとも死と言う安寧を手にするのか、選べ。誰もお前にその強制はしない。お前がどうするのか、だ……』

 

「そんなものは、決まっている……、俺は――――」

 

 力を籠める、身体の末端に、冷たくなろうとしていた身体に熱が灯っていくのが分かる、まだ終われない、まだ終わらない。命が尽きる最後の瞬間まで、このか細い炎を燃やし尽くす。

 

「俺は―――こんな地獄の先に、花を咲かせるんだって決めているんだよォォォォォ!!」

 

 その叫びと共に、もう一度レイジは立ち上がる。勝算なんてものは何処にもない。むしろ、このまま敗北へと持ち込まれることこそが規定的な路線であることを誰よりもレイジ自身が理解しているにもかかわらずである。

 

「まだ、何かやれると自分で思っているのか?」

「そんなものは、知らないんだよ……」

 

「なら、考え無しか。愚策中の愚策だな」

 

「そうかもしれない。だが、最初からこの戦いはそんなものだろ、俺は弱い、まともに闘ってお前たちに勝てるほど、洗練されたものなんて何一つとして持ち合わせてはいない。だから、必死に食らいつくんだよ、この戦いの先に、こんな地獄の先にだって花は咲くんだって証明すると決めているんだから……!」

 

「花、か……」

 

 灰狼はレイジの言葉を興味深そうに聞く。敗者の戯言と聞くにはレイジの眼は据わっている。決して反論は許さない、そんな瞳の強さを感じさせてくるのだ。

 

「ターニャは必ず連れていく。もう、一秒だってお前たちの下になんて置いておくつもりはない。彼女と一緒に探すんだ、お前たちに滅茶苦茶された人生を取り戻すための方法を。お前たちを滅ぼしたその先に、未来があるって信じているんだ、止まれるわけがないだろ!!」

 

「己の幸福のために敵対者を皆殺しにすると?」

「お前たちと何が違う!!」

 

「違わないさ。だからこそ、面白いんじゃないか。結局、お前も私たちと同じ穴のムジナ、七星の宿命から逃れることはできない」

 

 七星を憎むレイジ、しかし、実際の所はレイジも灰狼たち七星と何一つとして変わらないのだ、変わることなく、自分の幸福の為に誰かを犠牲にしようとしている。そうした愚かさを許容し、その先へと進むメンタルを持ち合わせている。

 

「失望したと言ったが、少しばかり訂正しようか、その傲慢さは実に七星らしいよ。己の血塗られた手で、血塗られた結末へと邁進する。そうだ、俺もお前も屍の上に積み上げた結末を以てしか未来を掴めはしないのだから」

 

 灰狼が脚を一歩進める。立ち上がり、再び戦いの意思を明確にしたレイジを倒すために、彼は再びその槍を振うだろう。

 

「後は実力が伴っていれば、というところだったのだが、そこだけは残念だったな」

「まだだ……、まだ俺は、俺の納得する、ハッピーエンドに、ターニャと一緒に花を咲かせることが出来ていないんだから!!」

 

「――――良く言った。その啖呵が切れるのなら、お前はまだまだやっていけるよ、レイジ」

「―――――」

 

 ポンとレイジの肩に触れる手の感覚、その手は大きく、温かく、そして触れられただけでレイジ自身に安心感を生み出すものであった。

 

「アーク……」

 

「お前さんは自分の戦いの邪魔をするんじゃねぇというだろうが、生憎と俺はそこまで非情には成りきれないんだ。お前さんが果たそうとしていること、為そうとしていることが復讐と言う決して褒められないことであるのは重々承知だ。

それに対して、自分がどんな面で向き合うべきなのか、どうにも答えを出しづらかったが、ああ、ようやく腹が決まった」

 

 掌に片方の拳を叩きつけ、アークはレイジの一歩前に進む。

 

「お前がお前のハッピーエンドを求めて進むってのなら、それに手を貸さない理由は何処にもないよなァ、俺はアーク・ザ・フルドライブ、ハッピーエンド至上主義者だ。仲間がそこを目指すと叫んだってのに、伸ばす手がないんじゃ片手落ちだろう!!」

 

「レイジに助力し、君が我々の相手をするということか?」

 

「応さ、アーク・ザ・フルドライブ、俺を倒さない限り、レイジには指一本触れさせやしねぇよ。さっきまではどうにも動くべきか悩んでいたが、覚悟の決まった俺は強いぜ!!」

「―――面白い、貴様、サーヴァントであるか?」

 

 アークの啖呵を聞き、灰狼が何かを言うよりも早くライダーが反応する。既にアヴェンジャーと遊ぶことに飽きたのか、ライダーは新たに自分と遊んでくれる相手が生まれたことにニヤリと笑みを深める。

 

「サーヴァントかと聞かれればそうだともと答えるさ、あんたと同じライダーのサーヴァントだよ」

「その柔腕でどこまで余を楽しませることができるのか、実力を見せてもらおうか」

 

「ああ、勿論、お前さんのような偉大な英霊を相手に、ステゴロ1つで戦えるなんて俺もサラサラ思っていねぇよ、

 だから、さぁ、始めようか―――真体限定降臨」

 

 その言葉が発せられた瞬間、アークの背後に巨大な魔方陣が浮かび上がる、それはその魔方陣を媒介として常にアークの背後にいる水銀のような存在を包み込み、そして、その姿が異様なまでに肥大化していく。

 

「馬鹿な、真体だと……!?」

「それは、オリュンポスの神々だけが持つ―――」

 

 ディオスクロイ兄妹もアークの言葉に耳を疑った、その背中に顕現していく機械の腕のような存在、それは兄妹神にとって、記憶に残る、敬愛するべき神々の腕に似通ったモノであったから。

 

「―――第一宝具顕現『|真体限定降臨・我は総てを踏破する《ネフィリム・アリスフィア・リミットオーバー》』」

 

 顕現したのは巨大な腕、アークの全身をつつむだけでなく、この場の全員を包み込むことができるほどの巨大質量の腕が二つ、アークの守護神であるかのように顕現した。

 

「ステゴロはステゴロでも、これなら面白いだろう?」

「くく、確かにな」

 

 されど、ライダーも臆することはない。目の前の獲物は極上だ、それだけで喰らう価値があると判断できるのだから。

 

 歓喜に獣たちも咆哮を上げる。さぁ、ここからが本番であるとばかりにその息を荒くするのだ。その様子をただ1人、遠くから見守る陰がある。

 

「さて、ライダーよ、その巨大な拳、どのように対処する」

 

 ターニャのサーヴァントであるセイバー、彼は只、その趨勢を見守っている。これより先にどのように動くべきなのかを見極めるために。

 




サーヴァントステータス

【CLASS】ライダー

【真名】スブタイ

【性別】男性

【身長・体重】185cm95kg

【属性】混沌・善

【ステータス】

 筋力A 耐久B 敏捷A++

 魔力C 幸運B 宝具B+

【クラス別スキル】
騎乗:A
 騎乗の才能。獣であるのならば幻獣・神獣のものまで乗りこなせる。
 ただし、竜種は該当しない。

対魔力:D
 一工程(シングルアクション)による魔術行使を無効化する。
 魔力避けのアミュレット程度の対魔力。

【固有スキル】
故に其の疾きこと風の如く:EX
神速にして、しかも理に適う戦術・戦略を得意としたことにより霊基に刻まれた技能。「軍略」、「カリスマ」も兼ね備えており、戦闘を継続すればするほどに敏捷のステータスが上昇する。

戦闘機動(軍):B
騎乗状態での戦闘に習熟し、騎乗状態での攻撃判定及びダメージにプラスボーナスするスキル。彼が指揮する軍隊にも効果を付与する。

沈着冷静:B
如何なる状況にあっても混乱せず、己の感情を殺して冷静に周囲を観察し、最適の戦術を導いてみせる。精神系の効果への抵抗に対してプラス補正が与えられる。特に混乱や焦燥といった状態に対しては高い耐性を有し、遠征における窮地であってもスブタイは惑わない。


【宝具】
『???』
ランク:B 種別:対軍宝具 


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第6話「アゲハ蝶」③

――セプテム・『オカルティクス・ベリタス』――

 その巨大なる両腕の顕現に誰もが目を見開く、真体、その名称は元々、ディオスクロイ兄妹やヨハンのサーヴァントであるピロクテテスのようなオリュンポスの神々、いわばギリシア神話に由来する者たちにゆかりのある名前である。

 

 曰く、オリュンポスの神々とはすなわち、空より飛来してきた異星の機械船団であったという。それらがとある事情で地球に不時着し、そして、降り立った場所、アトランティスとかつては呼ばれた大陸にて文明の萌芽を生み出した。

 

 真体とはすなわち、そうしたオリュンポスの神々が持ち得る本来の身体である。地球の環境に適応し、人間の信仰によって生み出された人間が理解できる身体ではなく、本来の宇宙を駆ける船団であった頃の姿。

 

 その名をアーク・ザ・フルドライブは宝具の解放と共に口にし、機械の腕は何よりもこれが真体の再現であることを強調する。

 

「ですが、ネフィリムとはオリュンポスの神々ではなく、巨人の名、それを真体に関することの意味は何ですか」

 

「その通りだ、あれが真実、真体であるとすれば十二神の名を冠するはず。アーク・ザ・フルドライブ、いいや、ライダー。貴様はその名を以て我らオリュンポスの神話体系を穢すつもりか!!」

 

「そう勝手に勢いづくなよ兄ちゃん。俺にはそんな気持ちはさらさらないさ。俺の宝具は特殊でね、さまざまな逸話がかないまぜになって、今の姿を晒し出している。

だから、この真体ってのもあくまでも、俺と言う英霊の在りえたかもしれない可能性の一つに過ぎないのさ。お前さんたちの神々の姿を一時的に借りているに過ぎないんだよ」

 

 アークはカストロの問いに真名を明かすことはせずに答える。仲間としての信頼は向けていても、自分の名を明かすことがこの戦いの中で不利に働くと考えている様子だった。

 

(アーク・ザ・フルドライブ、自分はサーヴァントと融合しているなんてトンチキなことを言い出す奴だけど、そんな状況になっている奴なんだから、その英霊の真名を隠しておくこと自体には意味があるのかもしれない……、真名前を知られてしまうことで、イレギュラーなアイツの手札を開示してしまうことになるのかもしれないし……)

 

「さて、じゃあ、ライダー。随分と暴れてくれたが、ここからは俺も相手になるぜ。何せ、これだけの代物を引っ張り出してきたんだ。見せびらかしているだけじゃ面白くないだろう」

「ならば――――ッ!!」

 

 言葉が速いか動きが速いか、ライダーの騎馬が大地を駆け、アーク目掛けて文字通り跳躍して襲い掛かってくる。

 無論、ライダーもその手には剣を握り、無防備に立つアーク目掛けてここまで、アヴェンジャーを苦しめてきた刃の一撃を放ち、それがアークを守護するように展開された巨大な腕と激突する。

 

「へっ、どうだい!」

「良いな、蹂躙するに相応しき強さを持っていると理解した」

 

 真正面からの激突、質量の上ではアークが圧倒しているというのに、ライダーはそれで吹き飛ばされるわけではなく、発射された弾丸のように前へと進む意気込みだけで拮抗を続けていく。

 

「ぬんッ!」

「疾ッ―――!!」

 

 続けて動く、もう一方の巨大な剛腕がライダーに迫れば、鋼鉄の腕を滑るようにして騎馬が動き、横合いからの鉄腕の攻撃を切り抜ける。

 

すると、騎馬が意思を持っているかのように跳ねて、鋼鉄の腕の隙間、アーク自身が立っている場所へと空中から飛び込んでくる。

 

 だが、アークとてその程度の攻撃が来ることは察していたのだろう。両腕に装着した水銀の拳を以て受け止め、鍔ぜり合う最中に、態勢を立て直した拳が再びライダーへと襲い掛かる。

 

「ちょこざいなッ!」

 

 そこで、ライダーはあろうことか跳躍をしてみせる。飛びあがり、騎馬と分離したライダーを尻目に騎馬はアークの横を通り抜け、ライダーも三角飛びの要領で、隙間を埋めるかのように動く巨大質量を避けきって見せた。

 

 再び騎馬へと乗り上げたライダーは得意の反転によってアークの方へと向き直ると再び刃が激突する。しかし、それだけではこれまでの戦いと何ら変わりはない。

 ニヤリとライダーが笑みを零し、瞬間、アークの肩へと放たれた矢が突き刺さる。

 

「ぬぅ―――」

「援護するぜ、ハーン!!」

 

「ふふ、別に一対一の決闘をするなんて誰も言ってはいないからね」

 

 クビライたちの構える弓より放たれる矢が、アークの肩へと突き刺さり、アークの表情に苦悶が生まれるが、すぐに突き刺さった箇所を水銀の膜が覆う。

 

 流れていたはずの血は治まり、鉄風弾雨の戦場の中にて、いまだに両の足を力強く踏みしめながら、ライダーの配下たちを含めた戦闘に纏めて応戦する。

 

「いいぜ、上等だ、全員纏めて相手をしてやるから、掛かって来いよ!!」

 

 アークが咆哮を上げるとともに、巨大な剛腕がさらに空中に二の腕の部分まで顕現すると、地面へと打ちつけるように拳が空からクビライたちの下へと堕ちてくる。もう片方の腕はアステロパイオスたちと戦闘を続けているスブタイとジュベの下へと。

 

「新手……!」

「やはり乱戦となるか」

 

「見事、我が配下たちも纏めて相手をするか!!」

 

「そのくらいのことができなけりゃ、わざわざ名乗りなんて上げやしねぇよ、なぁ、侵略王、あんたとて英霊の端くれだ。自分のマスターが蛮行を働いていることに思う所はないのかよ!」

 

 アークの弾劾の意味はライダーも理解できる。此処に転がる無数の死に体の人間たち、それら全てが星灰狼の実験によって生み出された者たちだ。人類史を全て眺めたとしても、それを悪徳であると口にしない者はいないだろう。

 

 偉大なる英雄としてそれを諫めないのかと口にするアークに口元より伸ばした髭を振り回し、ライダーは凄惨な笑みを零す。

 

「委細承知の上で弾劾無し!! 我が臣下が我が覇道を唱えるために為した悪徳を何故弾劾せねばならぬ。然りと笑ってその悪逆を背負う、それこそが王の在り方であろう。余は臣下たちへと褒美を遣わす、臣下たちは全身全霊を以て余に己の持てる力を差しだす。

 なんらおかしな点はない。余は駆け抜ける最中の総ての悪逆を肯定する。説法を垂れるのならば、その暇を以て余の首を跳ね飛ばすがいい!!」

 

 言葉での説得など最初から全て無駄でしかないと告げる言葉に、アークは舌打ちを鳴らす。あらゆる名を残した英霊たちが道徳に基づいた存在であるわけではない。英霊:チンギス・ハーンは己の覇道のために費やされるあらゆる悪逆を許容する。

 

 己に逆らう者たちを焼き払い、文化を滅ぼし、女を陵辱する。対して己に付き従う者たちに最大級の賛辞と褒賞を与える。故にアークの言葉などまさしく馬の耳に念仏もいい所である。侵略王の名前で歴史に刻まれた英霊には道徳や倫理観など何の餌にもなりえない。

 

「ったく、清々しいくらいに言い切りやがって。ああ、仕方ねぇな、それもまた人間の在り方ってもんだ、人間なんて生まれた時から罪塗れ、一度は神様にも見放されて絶滅しかけたことだってある種族だ。誰もが素晴らしいだなんてお題目を唱えるつもりはねぇよ。来いよ、大将、まだまだ俺は戦えるぜ!!」

 

 ライダー陣営側総てを巻き込んでの乱戦となったわけだが、当然に先ほどまで戦っていたセイバーもランサーも黙っていることはない。

ここまで鉄壁の守備と隙間なく来る攻撃によって突破口を開けずにいたスブタイとジュベを倒すために果敢に攻撃を仕掛けていく。

 

「その双撃、手数の上でも厄介だな、数多の戦を経験してきたが、これほどの槍捌きをする者には出会ったこともない。音に聞こえたサラディンか、西方のウィリアム・マーシャルか、どちらとも槍を交えることは出来なかったが、それほどの実力を持つと言えるか」

 

「当たり前でしょう、この私を倒した者はギリシア最高峰の英霊なのですから!!」

 

 桜子に魔力を与えられ、潤沢な力のままに戦える今のランサーはスブタイに対してもジュベの援護を抜きさえすれば決して引けを取らない。

 

ましてや、今はポルクスも同時にスブタイに対して攻撃を仕掛けている状況だ、勝って当たり前の状況、されど、スブタイの心眼を持っているのではと思えるほどの隙のない防御に致命傷を与えることはできない。

 

 個人としての武技であれば、間違いなくモンゴル軍最強、騎馬の扱いでこそ主のハーンに一歩譲るとしても、白兵戦で戦えば、すべてにおいてスブタイが勝利するであろうと互いに認めるところである。

 

 ライダーを撃破する上で、このスブタイを突破しなければならないとなれば、ライダー撃破の難易度は一気に跳ね上がる。陣営を同じくした別の一級サーヴァントを相手にするなど常軌を逸しているとしか言いようがない。

 

 しかし、それが現実、ギリシアでも名高き英霊二人を相手にしておきながら、スブタイはいまだに余裕を持った状態で戦えている。

ギリギリで釘付けにしていると言えば聞こえはいいが、逆に言えばそれ以上の何かを生み出すことが出来ていないということでもある。

 

(本来なら兄様やアステロパイオスと共にライダーを追い込みたいところなのに、この男が突破することを許さない)

 

(さりとて、私達が包囲を解けば、この男はライダーの援護に向かう。そうなればパワーバランスが一気に変わる……!)

 

 自分たちが動けないこの状況こそが、最も戦いに貢献しているという事実、セレニウム・シルバにおける膠着状態にも似た状況をたった一人の英霊の軍勢だけで再現しているという荒唐無稽さこそが最も信じられないことであった。

 

 アークの力だけではどうしても足りない、あとせめてもう一つ、何かしら、灰狼たちを出し抜くための力がない限りは、この場を切り抜けることができない。

 

「あまり時間を掛けている場合ではないな、俺も加勢しよう。後ろの獣共を動かすことになるかもしれないが、待っていて、誰かが犠牲になるようなことは避けるべきだ」

 

 故に動くとすればやはりロイだ。パワーバランスの上での絶対的な強者の投入を以て、ライダー陣営側が戦力の総てを持ち出すとしても、出し惜しみをして切り抜けることができる状況ではない。

 

 アークの真体による面制圧の攻撃によってライダーが召喚した四体のサーヴァントたちは戦闘に集中せざるを得ない。

 

 此処でのロイの投入は決着を急ぐうえでも十二分な意味を持ち得る。そう思っての言葉であったが、

 

「いいえ、待ってください」

 

 それを遮る声があった。

 

「結局、君の仲間が必死に戦ったとしても、君では私に勝てない。それが全てである以上、どれだけ必死に戦った所で全ては手詰まりではないかな、アベルよ」

「まだだ……!」

 

 灰狼に必死に食らいつくレイジは、しかし、歴然とした力の差を以て、抗う事が出来ない。先ほどの僅かな驚きによって与えた傷を抜かせば、レイジが灰狼に与えたダメージはないに等しい。変幻自在の槍捌きは、下手な小細工もレイジ自身の魔力による七星殺しさえも届かせることはなく、総てを封殺していく。

 

 鍛え上げたモノこそが最終的には勝利を掴む。普通に考えればこの世の摂理なのである。必死に努力をして修練を積んだ者に、付け焼刃の人間の刃が届くことはない。

 

 努力が裏切らないという言葉は時に、成長を望む者を昂らせるための言葉として使われるが、血脈と言う生まれた時から与えられた才能に、悲願を叶えるための修練を積み続けてきた灰狼、対してレイジは七星の力を後天的に与えられ、その力に振り回されているに等しい状況だ。どちらが有利で、どちらが順当に闘えば勝つのか等いうまでもない事態なのである。

 

 どれだけ精神論を口にしたところで、彼我の戦力差は生まれない。

 

「これ以上の戦いは時間の無駄かもしれないな。期待はしていた。殻を破ってくれると思っていたが、ただ痛めつけただけではこれ以上の変化を見込むことができない以上は、他の策を考えていくさ。ハーンと共に世界を支配していく中でね」

 

「まだだ、と言って、いるだろ……」

 

 大剣を地面に突き刺し、なんとか杖代わりのようにして、ギリギリでレイジは持ちこたえている。しかし、それも限界が近いことは見るだけでも明らかだ。

 

 もう一手、状況を変える何かがあれば―――

 

「うん、まだだよ、レイジ。まだ、終わっていない。まだやっていないことはあるんだから」

 

 そう、故に変化を引き起こせるかもしれないクイーンがここにようやくその産声を上げる。何とか立ち上がっているレイジの横に並び立つように彼女は灰狼へと向かい合った。

 

 ターニャ・ズヴィズダー、この聖杯戦争に集められた七人の七星の1人、序列は第七位、されど、それがそのままヴィンセントよりも弱いということにはならない。あくまでもそれは聖杯戦争開始における序列、いくらでもその後の変容次第では変わる可能性があるのだから。

 

「籠の鳥が声を上げて、どうするつもりだね、私に逆らうのか? それが今まであらゆることから目を背けてきたキミに出来るのか?」

 

「……、もう、貴方の言葉には耳を貸さない。私ひとりじゃできないかもしれないけれど、今、ここには私ひとりじゃない、レイジも……いてくれるから」

 

 金髪碧眼の少女は、不敵な笑みを浮かべる序列一位へと震える身体に鞭を打ちながら声を上げる。

 

 星灰狼と言う男はターニャから総てを奪い取った男だ。そして、人造七星としての力を与え、この聖杯戦争にまで巻き込んだ男、ターニャ・ズヴィズダーの人生に深く昏い影を落とした男に対して向き合うということ、それがどれ程の恐ろしさなのか、余人に走りえないだろう。

 

「アベルは私には勝てない」

 

「でも、戦ってる! レイジは私のせいで、村を、みんなを、自分自身も失った。でも、戦ってくれている。だから、私も目を逸らしているわけにはいかない、耳を塞いでいるわけにはいかない。あの日に後悔を覚えているのは、私だって同じなんだから!!」

 

 村の中で誰よりも丁重に扱われ、明らかに他の人造七星とは扱いの違いを示され続けてきたターニャ、その様子を見れば誰であろうとも理解する。自分こそがあの村を襲った理由だったのだろうと。

 

 そして理解してしまえばそこに生まれるのは果てしない後悔だ。もしも、自分がいなければ、もしも、自分が抗う事が出来れば……こんなことにはならなかったんじゃないかと。

 

 震えて、自分の無力さに打ちのめされて、何もかもから目を背けようとした。いいや、実際に先程までのターニャは間違いなくそうだった。自分には何もできない、何もできないのだから、何もしない方がいい。自分が何かをすれば、また状況を悪くするだけなんじゃないかと心を閉ざし、総てを拒絶する様子を浮かべていた。

 

 そんな彼女に差しのべられた手、自分と同じように、いいや、自分よりも遥かに弱い立場でも、失われていった命に、無念のままに散って逝った者たちに報いるために戦っている少年がいる。

 

 それだけで十分だった、向こう見ずな夢を見るには十分すぎるほどの夢を与えられた。だから、戦える。足掻くことができる。

 

「レイジ、ごめんなさい、こんな姿になるまで何もできなくて。でも、お願い、私も一緒に戦わせて。二人で!」

「ターニャ……、いいんだな?」

 

「レイジだけに背負わせたくないよ。私もずっと辛かったんだ。苦しくて、ずっと後悔していた」

「そうか……なら、力を貸してくれ、ターニャ。俺たち二人で奴を、俺達を地獄に叩き落とした張本人にここで報いを与える!!」

 

 先ほどまで、剣を杖代わりにしておかなければ立っているのもやっとの状態だったレイジの身体が起き上がる。ターニャと言う少女が立ち上がり、自分と共に戦うと口にしてくれたことがレイジの身体に活力を与えてくれる。

 

『そうだ、彼女こそがお前の比翼連理。彼女がいる限り、お前は何度でも立ち上がれる。その刃を研ぎ澄ますことができる。決して手放すな、お前に出来ない筈がない』

 

 心の中で聞こえてきた誰かの声に、レイジは言われるまでもないと心の声で返す。もう、失わない。繋いだこの手を離すなんてことはしない。

 

「行くぞ、ターニャ!!」

「うん、私もレイジと同じ未来が見たい。その先にある花がみたい! だから、使うよ、私のこの魔眼を!!」

 

 瞬間、先に動き出したのは灰狼であった。ターニャとレイジが完全に連動するよりも先にレイジを潰す。ターニャの精神的支柱がレイジである以上、レイジを先に潰すことで再び彼女の心を砕くことができるという合理的な判断を以て、此処までに何度も何度も下してきた槍術が再び牙を剥く。

 

「七星流槍術―――『彗星』」

 

 最速の突き、七星流槍術に置いては、初歩中の初歩、されど、総ての基本であるその一閃をこれまでのレイジは受け止めることが精いっぱいだった。

 しかし――――

 

「――――ッ」

「避けた!」

 

「行って、レイジ、魔眼『星脈眼』―――解放!!」

 

 ターニャの右目が赤く光り、その右目の中にさながら枝別れしていく脈のような線が眼球に浮かび上がっていく。

 それが灰狼とレイジの戦闘空間へと視線が向けられる。何か大きな変化が起こったわけではない。しかし、鍔ぜり合うレイジと灰狼の戦闘には明確な変化が生まれ始めていた。

 

 これまで灰狼の防御を突破することが出来なかったレイジの攻撃が少しずつ、ほんの少しずつではあるが、着実に灰狼の防御を崩し始めているのだ。

 

 それが何か、レイジが新たなことをし始めたのかと言えばそうではない。むしろ、変化を起こしているのは灰狼だ、これまで歯車がぱちりと合わさるようにレイジへと攻撃、防御どちらにしても最善の攻撃を繰り出し続けてきた灰狼の行動にブレが生まれ始めている。

 

 まるで、最善の行動ではなく、あえてレイジに攻撃を与えるような隙間を生み出す行動を選択しているような、そんな行動を灰狼が取っているために、実力差で及ばないレイジが抵抗を続けることが出来ているという奇妙な構図が浮かび上がっているのだ。

 

「なるほど、これが彼女の魔眼か。この身で受けてみると、やはり厄介だな、星脈眼というものは!」

 

「喰らえェェェェェ!」

「疾―――ッ!」

 

「まだだ!!」

「――――ッ!!」

 

 レイジの蛇腹剣が灰狼の腕を切り裂き、槍の軌道が大きく逸れる。七星の魔力を減衰させられたことによって、槍の一撃に備えることができる質量が変わり、動きが大きくブレたのだ。

 

 まだ終われない、終わらせられない、裂ぱくの気合いを口にして、レイジは全く対抗できなかった灰狼に喰らいつく。その要因として最も意味を持っているのはやはりターニャの魔眼であると言えよう。

 

 『星脈眼』―――七星の血によって生み出された七星の術師だけが持ち得る魔眼、数多の戦闘経験値を蓄積した魔力によって起動するその瞳は、対象として睨みつけた相手に対しての戦闘行動に干渉する。

 

言わば膨大な戦闘経験値の中から勝利できる道筋を模索し、それを招きよせるのだ。結果として、その眼に魅入られた相手は、最善ではなく、戦う側にとって有利な選択の手を無意識に選んでしまう。

 

 もしも、意識的にそれに気づいていたとしても、因果律そのものが調整されている以上、望むべく最善の手段を行使することはできない。言わば、常態的なデバフが付与されているとでも言えばいいだろうか。

 

 相手の行動を予測し、相手を上回る技を以て相手を封殺する七星の一族の中でも異端中の異端、魔力を斬って相手を無力化するのではなく、視線を合わせた時点で相手を弱体化させるという極地、それこそがターニャ・ズヴィズダーの力である。

 

 彼女自身に戦闘の経験と呼べるものはなく、戦闘力だけで計測すれば紛れもなく、七星のマスターたちの中で最弱と言えるが、そこに同じように七星殺しの戦闘スタイルを持つレイジが加わることで一気に爆発力を発揮する。

 

「七星流槍術――『流星』!!」

 

 灰狼はレイジから一度距離を離すように跳躍し、空中から槍の刺突を放つ。空中から放たれることによって生じるエネルギーも含んでの攻撃、それがレイジの身体へと突き刺さると同時に灰狼は魔力を錬成することによって新たな槍を浮かび上がらせ、追撃へと入る。

 

「弱体化をさせられていたとしても、依然として有利なのは此方だ。消耗している今の君では―――」

「まだだッ!!」

 

 ああ、そうだ、終わらせない。御託はいい、実力差なんて知ったことか。ターニャが力を貸してくれているのに、それで決めきることが出来ないのだったら、どうしてここに自分はいるんだと全身に力を漲らせる。

 

「くっ、レイジ……」

『更なる力を望むか、よかろう、ならば、持っていくがいい』

 

 ターニャの苦悶の声と自分の身体の中から聞こえてくる声、その二つに押しだされるようにして、レイジの身体が前へと進む。

 

 槍を振わんとする灰狼の懐へと飛び込み、灰狼が横薙ぎに払った一撃を頭一つの差で回避し、蛇腹剣を展開し、槍を握る手に蛇腹剣が突き刺さると、わずか1秒に満たない時間の間に大剣へとその形状を変化、七星の魔力が阻害された状態であることを理解し、そのまま大剣を全力で叩きつける。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 迸る絶叫、これで終わりにするという思いを全身に乗せて放たれた攻撃は、灰狼の魔力で生み出された槍を真っ二つに破壊し、肩口の部分にレイジの大剣が突き刺さる。

 

「がぁっ――――!」

「このまま終わりにしてやる!!」

 

 そのまま袈裟切りに半身を真っ二つに切り裂くとばかりに力を籠めるが、灰狼は逆の腕によって顕現した槍をレイジへと振い、完全に攻撃だけに注力していたレイジは側面に鈍器を叩きつけられて、身体を吹き飛ばされる。

 

「ぐぁぁぁぁ!」

 

 地面を転がり、すぐさま受け身を取り、灰狼を睨みつければ、灰狼は切り裂かれた側の肩口を押さえ、荒い息を吐いてる。

 

 完全に命を狙うために放った技ではあったが、それさえも防がれた。しかし、ダメージとしては決して安くないものである。先ほどまでは出来なかったことが、この瞬間に出来るようになったことにレイジは全身の力が跳ね上がっていくように思えた。

 

(やれる、今の俺なら、ターニャと協力した俺ならば、コイツの命を奪う事が出来る。ようやく、ここまで来た。あともう少しで俺は―――)

 

「なるほど、アベルとしての価値くらいはあると思った方がいいか、訂正するよ、レイジ・オブ・ダスト、その実力は決してハリボテではないということを」

 

 蓄積されている魔力を回復に費やしながら、灰狼はレイジがただの狩られるだけの獲物ではなかったことを再評価する。ターニャと言う援護があってのことであったとしても、灰狼の戦術眼はレイジの変化を見逃しはしなかった。

 

(明らかに行動の幅が広がっている。反応速度も先程よりも明らかに速い。おそらくは、彼の中で何らかの覚醒が引き起こされたとみるべきだろう)

 

 覚醒、七星の継承者の中でも時折引き起こされる身体能力の爆発的な上昇、歴史に名を残す七星の仕手であれば誰もが一度は経験するであろう、己の限界を超える力の発現である。

 

 先ほどまでのレイジであれば、いかに灰狼が弱体化をしていたとしても、一刀を浴びせるなどと言うことは出来なかったはずだ。七星流槍術を極め、過去からの継承された戦闘経験値を持つ灰狼を相手取るとは、七星の達人級を相手をすることに等しいのだから。

 

 それをほんの一瞬とはいえ完全な形で凌駕した、そして、なおも「まだだ」と声を上げて力を求める強欲竜の如きあり方、ああ、全く何とも恐ろしい存在ではないか。

 

「故にこそ―――どこまで引き上げることができるのかが気になってくる」

 

 レイジ・オブ・ダスト、アベルとして選ばれた少年と序列七位の少女、彼らが共鳴し合うことによって何処までその力を引き延ばすことができるのか、あるいは自分に肉薄するのか、この命を刈り取るまでに行くのか、確かめてみたい、確かめずにはいられない。

 

 策略家としての展望、武人としての高揚感、そして灰狼自身の大願へ向けた確かな期待感、それら全てが膨らみ続けて、留まることを知らない。生まれてから今日に至るまで常に与えられるものを享受し、己の求めるものを手にしてきた灰狼がここまでの高揚感を覚えるというにこそ意味がある。

 

 ああ、何と素晴らしいのか、これこそがハーンが提唱した血わき肉躍る戦いの先に待つ光景であるというのであれば、実に素晴らしいではないか。

 

「レイジ……」

「ああ、分かっている。あいつはまだ戦うつもりだ」

 

 そして、退けない理由があるのはレイジたちとて同じだ。灰狼と言う存在に対して半端な決着など絶対にありえない。故郷の村を滅ぼした相手をこのまま放逐などと言うことは有り得ないのだから、どちらかが死ぬまでこの決着がつくことはない。

 

 ライダー陣営との戦いとて同じだ、どちらかが中座などこのまま有り得ないだろう。何があろうとも絶対に倒す。その気迫を向けて、昂っていく灰狼に対抗しようとする最中で―――

 

「いいや、ここで中座だ。星灰狼、そして侵略王よ。お前たちの目的は、あくまでも戦力偵察であったはずだ」

 

 瞬間、その声が響くと同時に、大地そのものを砕くのではないかと思うような黄金の光が舞い落ちる。それは、この場で戦いを引き起こしていた総ての勢力の意識を集めるものであり、同時にその黄金の光がいつでも自分たちを狙う事が出来るという証明でもあった。

 

「……何のつもりだ、セイバー」

「先ほど言った通りの意味以上のモノはないが? それとも、ここで一戦交えたいか、侵略王よ?」

 

 その黄金の光が消え去った瞬間、戦場の中央にその男は立っていた。侵略王であるライダーよりもさらに齢を重ねたであろう姿、白髪交じりでありながらもその眼光は一切の衰えを見せない、一目で侵略王に並ぶ王の器を持ち得ると理解できる相手、セイバーと口にした以上、彼が七星側のセイバーであることは間違いない。

 

「あの光、ファヴニールを倒した……!」

 

 その光にはルシアも見覚えがある、セレニウム・シルバの戦いで彼女のサーヴァントであるファヴニールを討ち取る決定的な一撃となった光、それを放った相手こそがあのセイバーであるとすれば、その言動からしても間違いなく、侵略王と並ぶレベルの相手だ。

 

「これ以上の争いはどちらかの命を以て鹿終わりを迎えることができない。この場でそこまでの結末を求めるか?我がマスターにその結末を求めるというのであれば……、儂もお前たちに対して一戦を交える覚悟を持たなければならないが……?」

 

 もしも、このままターニャと戦う選択を続けるのであれば、自分もこの戦場に参加する。しかも、ライダー陣営の敵対者として、それを告げた意味は言うまでもなく、灰狼とライダーに退けと命じるに等しいものだった。

 

「………、灰狼よ、退くぞ」

「ハーン……」

 

「まだ、セイバーと相打つ時ではない。こやつらに加えてセイバーまでもなどと、さすがの余もそこまで夢を見てはおらぬ」

 

 ライダーの騎馬が跳躍し、灰狼の横へと立つと、スブタイとジュベも撤退をし、控えていた二人の戦士も一斉に攻撃を止める。

 

 アークはそこに追撃をしない。ここでライダー陣営と戦っているこの状況自体が鬼門なのだ。撤退をすることができるのならばそれに越したことはない。彼らを倒すにはあまりにも準備が足りないのだから。

 

「逃げるのか、星灰狼!!」

「ああ、アベルよ、お前を怖れることはなくともセイバーとは戦いたくない。君の勇気に呼応して、立ち上がってくれたセイバーのマスターに感謝することだ」

 

「俺はお前を逃がすなんて――――ごほっ!」

「レイジ、ダメ、これ以上はレイジの身体が持たないよ!」

 

 いまだ、戦いを継続するという意志を向けるレイジだが、その口からは喀血し、意識も靄がかかったように揺らいでいく。ここまで繋いできた意識がいよいよもって、途切れかけているのだ。

 

「レイジ・オブ・ダスト、仇を討ちたいというのなら、王都ルプス・コローナまで来るといい。君たちが俺達の追撃を免れ、そこまで来ることが出来たのなら、その時は再び雌雄を決しようじゃないか」

 

そう告げるとともに手を振ってライダー陣営はオカルティクス・ベリタスから撤退していく。灰狼は気紛れ程度に視線を下に向けて、

 

「君も付いてくるか?」

 

 あの最後までレイジに抗っていた人造七星の青年に声を掛け、彼も首を縦に降る。灰狼より魔力を与えられた彼は、身体を引き摺りながら、灰狼たちと共に帰路へとつく。

 

 その姿をレイジは見ていることしかできない。ほんのわずかに肉薄することは出来た。けれども、まだあまりにも遠い。星灰狼を討つにはあまりにも乗り越えなければならない壁が多すぎる。

 

「……アヴェンジャーのマスターよ、我がマスターを託す。ゆめゆめ大事にすることだ」

 

 告げて、セイバーもまたその姿を消す。マスターと共に行動をするつもりはなく、あくまでもターニャをレイジたちへと預けるような言葉と共に。

 

「終わった、の……?」

 

 桜子の呟く言葉はあまりにも呆気なく幕切れしてしまった戦いへの素直な感想だったのかもしれない。オカルティクス・ベリタスにおける遭遇戦は……どちらの陣営にも大きな被害を出すことなく終わりを迎えた。

 

 しかし、これが次なる戦いへの前哨戦でしかないことを誰もが理解しているのであった。

 

 




オカルティクス・ベリタスの物語は終わり、次なる場所へ

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第6話「アゲハ蝶」④

――セプテム・『オカルティクス・ベリタス』――

「想像以上に派手に戦ったようだな、灰狼よ、お前の中では想定内であったか、それとも連中は想定を超える戦いをしたか?」

 

「大多数は想定内であったよ、我々七星を相手にするというのならば、あれくらいはやってもらわなければならないと思う程度には実力を発揮していたと思う。もっとも、何人かはその評価を改めなければならないと思う様子ではあったかな」

 

 戦いは終わった、レイジたちはセイバーの介入によって戦闘を中座させられ、既にオカルティクス・ベリタスから離れている。

 

 結果として、荒廃都市における戦いは灰狼がレイジたちを彼らの本拠地である王都へと進ませる結果となったが、特段それを気にしている素振りはない。あくまでも戦力を正しく評価するためにこの場での戦闘を選んだのだ。

 

 彼らが自分にとって、どれ程の脅威になりえるのか、そしてアベルであるレイジの完成度はどれ程であるのか、それを確かめるために戦いを挑んだに等しいのだ。

 

「むしろ、ギリギリで持ち直してくれて安心したよ。あまりにも不甲斐なさ過ぎて、ここで命を奪ってしまってもいいんじゃないかと思いかけたところだった」

 

「珍しいな、お前が自分の造りだした計画を破綻するのではないかと思うようなことをするとは……」

 

 オカルティクス・ベリタスを訪れたカシム・ナジェムは、己の本来のたった一人の同盟者に言葉を掛ける。

 

 星灰狼とカシム・ナジェム、七星の序列第一位と第二位、此度の聖杯戦争の裏で起こっている出来事の本筋の多くを理解している者たち、灰狼があれほど執着しているレイジを殺そうとしていたことに、カシムは僅かばかりの驚きを示す。

 

 基本的に他人に対して、ほとんど執着と言う感情を向けないカシムが少なからず、感情を向ける相手こそが灰狼なのだ。

 

「やはり、カインの因子がそのようにさせるのかもしれないな。あれは自分の唯一無二の兄弟であり、そして俺がこの手で処分しなければならない相手、無意識にそう考えているのかもしれない」

 

「カインとアベル、創世神話における兄弟、世界最初の殺人者、か……」

「七星の次代を始めるに当たっての名としてはこれ以上ないだろう。アベルを殺し、世界を制し、ハーンの掲げる千年王国を俺は築き上げるつもりだ」

 

「そうか。好きにしろ、我が身には関係のないことだ」

 

 既に灰狼の言葉に興味を無くしたのか、カシムの反応は実に呆気ないものだった。ふぅとため息を零すと、灰狼はそこらかしこで呻き声をあげている欠陥品の人造七星たちへと視線を向ける。

 

「彼らの処分は任せてもイイかな?」

「失敗作である以上、ほとんど魔力の糧としても役に立たないがいいか?」

 

「構わない。ハーンの部下たちへと供給する魔力はあればあるほどにいい。今後は単独で動いてもらうこともあるだろう。その時に十全の力を発揮することができないとなれば、こちらとしても申し訳が立たないからな」

 

 灰狼にとって四狗たちはかつての同僚たちであり、ハーン直属に仕えた自身では越えられない存在として刻まれた者たちである。世代を超えて共に戦うことができる喜びに存外、灰狼は期待をしているのではないかとも思える。

 

「連中はこのまま見逃すか?」

「いや、確か次の城砦都市には皇女たちが詰めあわせているだろう。そこで散華嬢と共に襲撃を仕掛けてほしい」

 

「彼女は手加減できないぞ」

 

「その時はその時だ、あの街を突破すれば、次は王都に至るための最終防衛ラインにまで辿り着く。もしも、そこにまで来ることが出来たのならば、我々も改めて相手をすることを考えようじゃないか」

 

 もしもカシムや散華が物足りないと思うのであれば、自分のことなど気にせずに殺してくれて構わない、灰狼は自信の同志に対してそう告げる。

 

カシムにとっては次の戦いで見える相手と戦うためだけにこの聖杯戦争に参加したにも等しいのだ。灰狼の策などで戦いを下手に制限させてしまえば、へそを曲げられてしまうかもしれない。

 

「君たちが連中と戦っている間にこちらは戦力を整える。少なくとも、あと四人はマスターが必要になってしまったからね」

「わざわざ揃えるのか。人造七星の魔力炉がある以上、お前が全てを統括した方が纏まりが良いようにも思えるが?」

 

「合理的に考えればそうだろうが、ハーンはおそらく彼らにも自由行動権利を与えるだろう。俺は別系統の命令を下すかもしれない。そうなった時に全て、俺を通すとなれば気持ちが良くないこともあるだろうということさ。何、当ては付けてある」

 

 チラリと灰狼が視線を向けた先にいたのは、先ほどまでレイジと戦闘を繰り広げ、歯牙にもかけられることなく倒れ伏す結果に陥った青年の姿である。

 

人造七星の欠陥品、まともに魔力を練ることもできず、戦力として数えることもできないからこそ、放逐されたが、灰狼は何を想ったのか、他の人造七星たちには目もくれずに彼だけを治療するようにカシムが連れてきたキャスターへと告げたのだ。

 

「まことに不思議なことをするものよな、このような小僧を使って何を企む? 他のマスター共の誰一人にすらもこのような小僧では及ばんだろう」

 

「ああ、理解しているよ、キャスター。しかし、こちらにもこちらの事情がある。これより先にレイジ・オブ・ダストと戦っていく中で、彼の存在は必要な存在となるだろう。君もこのままで終わらせるつもりはないだろう?」

 

「………ゆる、さない。あいつ、だけは……、ぜったい、に……」

「―――スブタイ将軍!」

 

「呼んだか、灰狼」

 

 灰狼の声に、先ほどまでアステロパイオスとディオスクロイ兄妹を相手に互角以上の戦いを繰り広げていた戦士であるスブタイが姿を見せる。

 

先ほどまで文字通りの死闘を繰り広げていたというのに、本人の様子は至って平静。ずっと待機をしていたと思うほどの余裕さすらも出しており、先の戦闘が彼にとってはさして苦に成るものではなかったことを示していた。

 

「今後、将軍たちには単独行動を願う時が生まれるでしょう。総てに私が対応することはできません。故に貴方がたそれぞれにマスターを立てたい。将軍、貴方には彼を」

 

 そこでマスターにすると口にしたのは驚くべきことに欠陥品扱いされていた彼である。スブタイもその言葉の深い回さを理解したのか眉をひそめる。

 

「それは逆に己に、あれの子守りをしろと言っているようにも聞こえるが?」

 

「ええ、聡明な将軍に隠し事は出来ません。魔力は十二分に流すことを保証いたします。その上で、彼の面倒を見ていただきたい。他の四狗たちに任せられることではありません。偉大なるハーンの右腕にして、絶対的強者である将軍にであればと思う次第です」

 

「―――世辞はいい。ハーンより灰狼の末裔よ、貴様の命令を聞くようにと仰せつかっている。それが貴様の命令であるのならば従おう。だが……、最後まで面倒を見切ることができるのかどうかは己ではなく、そやつ次第だ。役に立たねば置いていく。肝に命じさせておくがいい」

 

「御意に、感謝いたします、スブタイ将軍」

 

 戦場では悪鬼の如き戦いようを見せるスブタイではあるが、寛容さを欠片も持ち合わせていないわけではない。あくまでも敵には容赦はしないが、味方であると認めたモノには一定以上の敬意を持って接する。

 

「灰狼の末裔よ、ゆめゆめ忘れるな。己の夢に溺れ、ハーンの足を引きずるようなことの無きように」

 

 最後に灰狼へとくぎを刺すようにして、スブタイは再び霊体へと戻った。最後に掛けられた言葉に思わず灰狼はため息を零す。なるほど、見透かされているものかと……。

 

「ところで、彼女の調子はどうだった?」

 

「ああ――――――、順調だよ、アベルとの同調も問題なく進んでいる。今しばらくは彼に預けておこうではないか。そうすることが、我々の計画を最も早く進展させることになるだろう」

 

 目論んだ二人にしかわからない言葉を口にする灰狼とカシム、聖杯戦争とは全く関係ない領域にて企むそれは、着実に彼の望むように動き続けているのであった。

 

――セプテム・『オカルティクス・ベリタス』周辺――

「んで、連れて来たんはええけど、実際どうするつもりや、この娘は七星側のマスターなんやろ?」

 

「どうもこうもない。ターニャはアイツらの所にいるべきじゃない。アイツらはターニャの魔眼を利用したいだけだ、あそこにいたら間違いなく不幸になる」

 

「子犬拾ってきたみたいな口調で言うなや、気持ちはわからんでもないけど、実際にセイバーのマスターであることに変わりはないやろ……」

 

 オカルティクス・ベリタスからの撤退、あの場における最善を尽くして、都市からの撤退を果たし、追撃の手がないことを確認したレイジたちは改めて現状の分析を行う。

 

 オカルティクス・ベリタスで出会った相手、星灰狼とライダー陣営。間違いなく別格の相手だった。ライダーとマスターだけであれば数の優位を持ち出して倒すことが可能であったかもしれないが、あの召喚されたサーヴァントに匹敵する武将たちを同時に相手にすることは無策のままではあまりにも厳しい。

 

 よっての撤退、そこまでは良かった。問題は、その撤退をすることに貢献してくれたとはいえ、ターニャ・ズヴィズダーと言う厄ネタになりかねない存在を一緒に連れてきてしまったことに対して、どのように対処をするべきなのかと言うことであった。

 

「えっと、ターニャちゃんだよね。さっきはレイジ君を助けてくれてありがとう。私は遠坂桜子、一応、七星の一族には当たるんだけど、レイジ君と一緒に戦っているの」

「七星の……」

 

「そいつは大丈夫だ、連中とは敵対しているし、俺の復讐の邪魔をしてくる様子もない。少なくとも、騙すつもりならこれまでに幾らでも手段はあったはずだ」

 

 七星の名前を聞いて怯えるターニャに対して、レイジが桜子の擁護を口にする。初めて出会った時には、警戒心を剥き出しにしていたレイジだったが、共に行動をしている愛に心境の変化が生まれていた様子だった。

 

「レイジがそういうのなら……」

「うん、ありがとう。それで、ターニャちゃんの右目、さっきの戦いで使っていたのは……」

 

「『星脈眼』、そういや神祇省で資料を漁っておる時に見たかもしれんな。七星の一族にごくまれに発症しえる魔眼、宝石級の力を持つ魔眼で、それを使いこなす奴は無双の力を得ることすらも夢じゃないとかなんとか……」

「知ってるの、朔ちゃん!?マジ、いきなり語り始めたけど!?」

 

「七星の血ってのは遺伝子や魔術回路に自分の経験や記憶を上乗せしていく。それが何代、何十代と重ねていく中で、その魔力が蓄積していき、一点特化のようにその膨大な知識量を蓄えた眼が発現するらしい。

『星脈眼』、相手に最善の行動をさせることを阻害させる眼、戦闘領域そのものを支配し、自分に有利な状況を生み出すための眼、その魔眼の力は間違いなく聖杯戦争の中で有用に働く、ま、連中がその娘を自分の手元に置いておきたかった理由もわからんでもないな」

 

「ターニャをものみたいに扱うな」

「おま、ほんまに面倒くさいわな、何にでも噛みつく思春期のクソガキか、ああ、いや、クソガキやったな」

 

「お前もガキだろ」

「んだとぉぉ、おらぁぁぁぁぁ!!」

 

 両腕をブンブンと振り回してレイジへと殴りかからんとするのを後ろから桜子に羽交い絞めにされてなんとか収めさせられる。

 

 ターニャの重要性は理解できたが、やはり腑に落ちない点があることも間違いないことだった。

 

「彼女が七星のマスターとして重宝される理由は分かった。だが、少し違和感を覚える点もある。それほどの有用性がある彼女を、何故、あっさりと我々に引き渡した?」

 

「確かにね、さっきまでの戦い、別にあっちは戦闘を継続させる気になればさせることだって出来た。戦場そのものを支配してしまうようなものをもっているのなら、こっちに奪われるなんてもっとの外。もっと必死に抵抗してきたっておかしくなかったと思うけれど」

「それは、儂があの場に介入したからであろう」

 

 霊体を解除し、その姿がレイジたちの前へと現れる、サーヴァント:セイバー、黄金色に輝く鎧と兜を纏った壮年の男性、その体躯は2メートルを優に超え、立っているだけでもその威容を感じさせるほどであった。

 

「セイバー……」

「あんたが、セイバー……、あの黄金の光の主か……」

 

 ルシアは姿を見せたセイバーに対して敵意の視線を向ける。彼女にとってはセイバーは自分のサーヴァントの仇と呼んでもいい存在である。

 

 ただ、セイバーがいなければバーサーカーが敗北することはなかったとは限らない。七星側のサーヴァントたちの性能を知れば知るほどに、あの場でバーサーカーの力に頼り切り、安易に戦場へと飛びこませた自分の浅慮差を恥じる想いでもあるからだ。

 

 セイバーもこの中でただ1人敵意を向けるルシアに何を憎まれているのか察しがついた様子だった。

 

「女よ、そなたがあの邪竜のマスターか……」

 

「生憎なことにね、さっきは助けられた。あんたがいてくれなかったら、もっとひどい状況になっていたかもしれないって想いは私も持っている。だけど、感謝をするつもりはないかな。なんとか、貸し借りなしってところ?」

 

「貸し借り無しと口にするのであれば、こちらから言うことはない。恨まれて然るべきことをしたという自覚自体はある。最も聖杯戦争での出来事だ。逆の立場であれば同じようなことをしたのは火を見るよりも明らかであろう」

 

「まぁ、ね。私だって、あの場でアンタたちを倒すためにバーサーカーの宝具を解放したわけだし」

 

 だからこそ、単純な憎悪だけで物事を語りきることはできないのだとルシアも十分に分かっている。強い方が勝つ、結局はそれだけのことであり、セイバーとバーサーカーの戦いはセイバーに軍配が上がった。結局はそれで終わってしまうだけの話しなのだ。

 

「それで、お前の目的はなんだ、セイバー。お前は七星側のサーヴァントだろう。どうして、ターニャを逃がすようなことをした?」

「不服であったか?」

 

「そうじゃない、感謝してもいいと思っている。だからこそ、理解が出来ない。お前は何がしたい。聖杯戦争に勝つだけならば、奴らの味方をしている方がはるかに楽だろう。お前の立場からターニャをこちら側に明け渡す理由が全く見えてこない」

 

 むしろ、あの場でセイバーがライダーに手を貸すような事態になっていたとすれば、レイジたちが状況を切り抜けるための手段は一切喪われていたかもしれない。

 

 それほどまでにギリギリの状況であった。セイバーの判断1つで首の皮が繋がったといってもいいだろう。だからこそ、不可解であるという言葉は至極真っ当な判断だ。

 

 問われ、セイバーはふむと、口元の髭を動かしながら、

 

「いずれ、ライダーとは決着を付けなければならない。あれは我らの故郷を蹂躙した者であり、同時に世界を壊す悪そのものだ。善神の加護を信じる者として滅ぼさなければならない。であれば、いつまでも味方をしていることも潮時と言うことだ」

 

「なら、うちらの味方になってくれるんか?」

 

「いいや、儂の目的はあくまでも聖杯戦争の勝利だ。お前たちにも連中にも迎合するつもりはない。最終的に勝利できればそれでいいのだからな。ただ、我がマスターは貴様たちの下にいることを望むだろう」

 

 ターニャとセイバーには他の陣営ほどの意思疎通が叶っていないのではないかと思えるような空気を放っていた。実際の所、ターニャもセイバーに対してはあからさまな警戒心を発露しているし、セイバーもターニャを気遣っている様子はほとんど見えない。

 

 あくまでも契約しているパートナー、その程度でしか互いを見ることが出来ずにいる。そんな風にも思える様子だった。

 

「よって、聖杯戦争の大勢が決するまで、我らは互いに相互不可侵を結びたい。貴様たちか、あるいは侵略王か、そのどちらかに軍配が決するまで、儂はお前たちに対する戦闘行為を行わないことを誓おう」

 

「それをわざわざ今の状態で信じろって言うの? 虫が良すぎない?」

「ターニャを預ける、それでどうだ?」

 

「自分のマスターを預けるってのは随分と大きく出て来たね」

「そちらを信頼しての提案だ。お前たちはターニャに、我がマスターに手を出すことはないだろうとの核心を覚えている。そうではないか?」

 

「当たり前だ、もしも、そんな奴がいるとすれば、俺がこの手で殺してやる」

 

 セイバーはニヤリと笑みを浮かべる。レイジのその言葉が聞きたかった。まるでそのような反応を浮かべたのだ。

 

「それでいい、いずれ、お前たちと雌雄を決するその時に、我がマスターを連れ戻しに来よう。その時には全力を以て相手をしてくれ、七星に挑む者たちよ」

 

 いずれ、自分たちは必ずぶつかり合う時が来る。しかし、その時まではあえて戦うつもりはないという言葉を最後まで貫き通してセイバーは再びその姿を霊体へと変えていく。この場で、争えばもしかしたらセイバーを倒しきることが出来たかもしれない。

 

 しかし、逆にこちらが返り討ちに合う可能性すらもある。ましてや、先ほど命からがらの状況を助けてくれた相手に刃を伸ばすことができるほどの恩知らずはここにはいなかった。

 

「レイジ……、その、私、ここにいても、いいのかな?」

「ターニャ……」

 

「私の存在は何処にいたとしても誰かに迷惑を掛けざるをえない。きっと、レイジたちと一緒に居たら、レイジたちの力になるよりも、レイジたちに迷惑を掛けることになると思う。それでも――――」

 

「それでも、なんて聞くまでもない。俺はずっとターニャと再会して、ターニャと一緒にこの先の世界に花を咲かせることだけを望んできたんだ。それ以上の事なんてない。だから、ターニャは此処にいていいんだ。いてくれなきゃ俺が困る」

 

「……レイジ」

 

 この時に、ターニャは再会してから初めて笑みを浮かべたのかもしれない。安心しきったように、ようやく自分の羽を休める場所を見つけることが出来たように、ずっと心のどこかで彼が助けに来てくれるかもしれない可能性を今日まで捨てずに待ち続けていた意味は確かにあった。それを理解したからこそ、自然と涙が零れてきてしまう。

 

「あれ、おかしいな……ここは笑った方がいいはずなのに、どうしてかな、涙が……うぅ、レイジ……レイジィィィ!!」

 

 ここまでずっと一人の孤独に耐え続けてきた反動が来たのか、ターニャは突然泣き始め、レイジの胸元へとその身を寄せる。そこで泣きわめく少女は星脈眼などという特殊な力に運命を惑わされた少女ではなく、年相応の1人の少女にしか見えなかった。

 

「さて、どうする? お姫様、あんな姿を見せられると、私としたって、セイバーのマスターだから、連れていくのは危険だってのは言い難いなってところなんだけどさ」

 

「ふん、今更過ぎること聞くんやないわ。あのガキを連れ歩いておる最中はセイバーとの戦いを避けることができる。クソガキが戦うのに十分な理由を確保したうえで、七星側のサーヴァントを1人考慮に入れなくていいんや。連れていく理由なんてそれだけでも十分すぎるやろ。精々連れまわしてこき使ってやればええんや」

 

「朔ちゃん、それは聞こえちゃうよ?」

「構わへん、構わへん、うちらこそが恩人、ぬがぁぁ」

 

「ターニャを巻き込むな。次に不穏なことを言ったら、叩き潰すぞ」

「おらぁぁ、クソガキ!! 一回、お前には上下関係ってもんを教えてやらなあかんみたいやな!!」

 

 小石を額に当てられた朔姫の怒りの声が周囲に響き渡っていく。しかし、難所を切り抜け、王都へと近づいたこともまた事実なのだ。ここまで来た以上は次へと進んでいくしかない。

 

「次の目的地、必ず通る場所は『グロリアス・カストルム』、ここは間違いなく住民が住んでおる、連中もそうそうデカいことはできへんやろ」

「そうなってくれるといいな~」

 

 などとこれより先の事へと既に思考を切り替えていることは悪くない。生き抜いていくにはそうした力も必要であることは言うまでもないのだから。

 

「アーク・ザ・フルドライブ、あの宝具は何だ?」

 

 その喧噪の最中でカストロはアークへと問いを投げる。

 

「ネフィリムは巨人だ、我らが神ではない。であるというのに、貴様は真体を展開して見せた。あれはどういう仕掛けだ、そして貴様は誰だ……?」

 

 信用ならないものを信用するつもりはない。カストロのアークに対する反応は決して間違ったモノではない。自分たちの敬愛する神の名前を勝手に使われた、それだけでも神話を生きる時代の存在である彼らは怒り狂う所だが、なんとか平生を保っている。

 

「真名は今は言えないな、来たるべき時が来たら明かすつもりだ。それにしたって、そう遠くないだろうしな」

 

 最もそれが聖杯戦争が終わるまでにリミットが来るのかと聞かれればそうでもない。明かすべき時までにアークやカストロが無事であるとも限らない。だから、その言葉には実際のところ明かせないという意味合いが強いのだ。カストロはアークの言葉に気に入らないという様子を浮かべるが、

 

「だが、信じては貰いたい。この場での俺は紛れもなくアンタたちの味方だ。敵対する理由もない。俺は今回の戦いで改めてレイジの戦いに最後まで付き合うことを決めた。あいつが七星と戦い続ける限り、今の状況が崩れることはねぇよ。信じてもらいたい、今はそれしか言えないな」

 

「信用は出来ん、だが、そもそも、俺は人間など最初から信用はしていない。お前が下手なことをしないかどうか、継続して監視されていることを自覚しておけ」

 

「ああ、そうしてくれ。下手なことをしようものなら、そうして止めてくれるような奴がいれば安心できる。思っているよりも面倒見がいいじゃねぇか兄神さまよぉ」

「単純に貴様を信用することができないというだけだ、他の意味などない」

 

 そうかい、そうかいと笑って受け流すアーク。真体を己の宝具として使用したこと、何故、そのようなことができたのか、アーク自身には大きな謎が多く付き纏っている。だが、同時にアークが信頼できる仲間であることも間違いないのだ。

 

 結局のところは、彼が語る時を待つしかない。強大な七星との戦いがこの先も待ち構えている以上、互いに互いを信頼しながら戦っていかなければ立ち行かないのは目に見えているのだから。

 

(ライダーの配下の槍使い、スブタイ、といいましたか。凄まじい技量だった、セレニウム・シルバで出会ったランサーと言い、つくづく、この聖杯戦争で出会う槍遣いは猛者ぞろいですね)

 

 アステロパイオスは、神話の世界に生きていたわけでもなく、自分たちと同じように圧倒的な力を誇っていたスブタイの脅威を改めて認識する。恐るべき相手だった、正規に召喚されたサーヴァントにも引けを取らないほどに。アークが先に宝具を抜いていなければ、自分の対軍宝具を使ってでも、状況をリセットする他なかった。

 

 ライダー:チンギス・ハーン、そしてその配下の兵士たち、彼らを一度に相手にしたとしても恐らく太刀打ちすることはできない。

 

 ライダーは間違いなく今回の戦いが全力であるわけではなかった。持ち得る戦力の内、自分たちの精鋭だけを持ち出して、質でこちらを圧倒しようとしていたであろうことは間違いない。大帝国を築いた騎馬民族の王、紛れもなく彼には本来の対軍宝具が備わっていることだろう。

 

(少しずつでもライダー陣営の戦力を削っていくしかない。彼らがレイジに執着をしているのならば、再び戦うこともあるでしょう。今回は初めてその様子を見せられて困惑しましたが、次は必ず……)

 

 自信に肉薄する実力を持っていたスブタイ、そしてリゼのランサー、共に強敵である。

 しかしアステロパイオスとてギリシア世界にて強者として戦っていたことは事実であると自負している。

 

(何よりも私はギリシア最強の英霊と戦う誉れを与えられた者、簡単に負けてしまうのでは、彼に、アキレウスに申し訳が立たない。槍使いたちの戦いは必ず私が制して見せます……)

 

 その決意を心の中で新たにする。再戦はそう遠くないうちに来ることだろう。

 

――セプテム・『グロリアス・カストルム』――

 セプテムの中核都市、グロリアス・カストルム、その街は一言で言えばお祭り騒ぎのような様子を見せていた。その理由はこの街に皇女であるリーゼリット・N・エトワールが訪れたからである。

 

 リーゼリット皇女を虐殺皇女であるなどと声をあげる者もいるが、多くの国民は真摯に民たちに向き合い、長年の懸念であったスラム問題の平生にも尽力した彼女を称賛している。王都で行われている政治劇など多くの国民には関係がない。

 

 単純に言えば加冠の儀を間近に控えた見目麗しい皇女が、自分たちの都市に来てくれた。それだけで人々にとっては十分に嬉しいのだ。セレニウム・シルバより王都へと戻る途上での出来事であるとはいえ、この中核都市に足を運んだのは単純に休息をとるためというばかりではない。

 

「うああああああああ、何だよ、ありえねぇ、信じられねぇ、どういうことだよ、皇女様。なんで、なんで、ヴィンセントの兄貴が殺されなくちゃいけねぇんだよ!!」

 

 だが、そんな街中のお祭り騒ぎと反するように、リーゼリットやヨハンが休息をとる領主の館にて涙流す男がいた。

 

 金髪の髪の毛を無造作に垂れ流しただけの決して小ぎれいであるとは言えない男、しかし、その身に纏っている装飾品は黄金色に光り、その装飾と中身がちぐはぐなイメージを抱かせる。

 

 彼の名はルチアーノ・N・ステッラ、セレニウム・シルバにてレイジに討たれたヴィンセントの義理の弟にあたる人物であった。

 

「くそ、どうしてだよ、兄貴ィィ!! ああ、わかってるよ、兄貴がとんでもない悪党だったことなんて、これまでに多くの連中に涙を流させたことなんてわかってんだよ!!

 けどよぉ、けど、こんなのはないだろ、俺らの見てない場所で勝手に死んでるんじゃねぇよ、ツラも見れねぇままに、賊に八つ裂きにされたかもしれねぇ、そんなのってないじゃねぇかよ……!」

 

 おめおめとルチアーノはステッラファミリーの狂犬と恐れられる様子などみじんも感じさせない、子供のように必死に泣きじゃくる。理屈の上では因果応報が過ぎたかもしれないとわかっていても、折り合いをつけることができないのが人間だ。

 

 リゼもヴィンセントが決して認められた人間でないことはわかっていても、彼に華を添えることを躊躇しなかった。人間の感情は合理的な話だけではない。わかっていたって涙を流す、彼がここに来た理由も当然に分かっている。

 

「リーゼリット皇女、頼む、俺に兄貴の敵を討たせてくれ!!仕方がないなんて言葉で片付けられねぇ。俺の気が収まらねぇんだ!!」

 

「ルチアーノ、気持ちはわかりますが、相手は我々と同じくサーヴァントを持っています。人間だけで向かったとしてもおそらくは……」

 

「知るかよ、そんなこと!! 言ってるだろ、理屈じゃないんだよ!俺の命なんてなくなったとしても、敵を討たなきゃいけないんだよ!!家族だったんだ!大切だったんだよ!!」

 

「そこまでにしておけ、感傷任せにとびかかりでもしたら、こっちだって対処しなくちゃいけなくなる」

 

 感極まったルチアーノがリゼに危害を加えないようにヨハンがあえて牽制の言葉を口にし、ルチアーノはブルブルと震えだす。

 

(私はこんなときにどんな判断をすればいいんだろう、仕方ないものと割り切ろうとしていた。でも、私だって悔しい気持ちはある。でも、もしも、オジ様が昔の因縁によって命を奪われたのだとしたら、復讐はさらなる憎しみの連鎖を生むだけなんじゃないだろうか)

 

 そう思わずにはいられない面があるのは確かだ。聖杯戦争の中で起こった犠牲、ヴィンセントの死を悪であると断じれば、リゼもまたタズミを討ったこと、あるいはあのスラムで多くの人間を殺めたこと、そのすべてに報いを受けることを認めなければならない。

 

『―――大丈夫、きっと全部うまくいく』

 

 脳裏によぎるのはあのスラムでの記憶、それを思い出すこと自体が自分の心が弱まっているのではないかと思ってしまうが、

 

「いいではないですか、復讐は認められるべきです。所詮、私たち人間は殺し、殺されの世界にいるのですから」

 

 部屋の扉が開き、新たな声が響く。その主、七星散華の言葉にリゼの眼が揺れる。

 

「散華さん……」

 

「命の奪い合いは七星の領分、それが必要であれば、刃を向けることを厭わない。理性で抑えようとしたところで、私たちの殺人衝動を抑えることなんてできるはずがないんです。だから、皇女殿下、彼らはここを訪れる。その時には、ぜひとも、彼とともに私たちにも襲撃の許可を」

 

「この街で一戦交えるつもりですか……」

「だって、セプテム全土が戦場でしょう?それとも貴女はセレニウム・シルバは許してここは許さないと。そのような反応をするのですか?」

 

 引き金はすでにひかれている。ならば最後まで覚悟を決めるべきだろうと散華はリゼへと問う。リゼはそれに目を伏せて……。

 

「ヴィンセントおじさまの敵については理解しました。ですが、他の参加者に対しては一度、私に預けてはもらえませんか?」

 

「預けて何かあれば?」

「その時は、ええ、聖杯戦争をするときでしょう」

 

 散華は笑みを深める。次なる戦いの火種は既に燻り始めていた。

 

第6話「アゲハ蝶」――――了

 

次回予告

「ますたぁは、フラウの手を握ってくれたのよ? なら、ますたぁは笑ってくれていないと悲しいわ。フラウはますたぁと踊りたいのですもの」

 

「離せ、ターニャ。リーゼリット・N・エトワールは七星だ、七星は総て殺す。奴がこの街にいるのならば……」

 

「拒否権はあらんよ~~、何せ、リーダーであるウチ直々の命令やからな~、お前らはこの街の中ぶらぶら歩いてショッピングデートでもしたれ。青臭いクソガキどもにはお似合いやろ!」

 

『しかして、それこそが君の旅の目的かね?君は何をするためにここまで来たのだ、初志を忘れてはならない』

 

「見つけてほしいとでも言わんばかりの態度、さすがに感心しませんね。タズミ卿たち側のマスターたちが揃いも揃って何の用ですか?」

 

「最初から俺達が戦うことなんて決まりきっていたことだろう。七星は総て殺す。それが誰であろうと、だ!!」

 

「初めまして、だな。ロイ・エーデルフェルト。お前とこうして顔を合わせることができる日を、待ち続けたぞ」

 

「七星桜子、ロイ・エーデルフェルト、君たちは我らが神の客人だ。我らが絶対たる善神の降臨をその眼で見届けなければならぬ。それこそが君たちに与えられた配役なのだから」

 

「行きましょう、ヨハン君。私と君で、この状況を打開するのよ!」

 

第7話「ハルジオン」

 




次回は、一週間お休みいただきます。リアルの都合次第ではもう一週間も休むかも……(執筆自体は進めているのでご安心ください)

Twitterやってます。SVのこぼれ話などを載せています
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第7話「ハルジオン」①

1年半も放置してしまい申し訳ありませんでした、今回から連載再開させていただきます!


 ――夢を見ていた。その光景は漆黒の闇、何もかもが移ろいの中に消えていくのではないかと思えるほどの闇の中でほんの薄い光が瞬きのように光っている。

 

 その光に映っているものが何であるのかはもはや分からない。ぼやけた光景のように、靄がかかったそこには、いつかの日に置き去りにしてしまった何かがあるようにも思えたのだ。

 

 手を伸ばす、その光が消えないようにと願うようにして。でも、届かない。その光はもはや届くはずのない場所にまで向かってしまったかのように、伸ばせども、伸ばせども、そこに辿り着くことができない。

 

「…………」

 

 けれど、それは当たり前のことなのだ、ぼやけた靄の先に何があるのかを本当は知っている。あそこにあるのは自分が置き去りにしてきた過去なのだ。本当に幸福だった時間、今の自分を形成するために、すべて脱ぎ捨ててきた余分な記憶と感情、それらが自分の中に生じた後悔であるように残り続けている。

 

 だから、いつになっても忘れることができない、心の奥底に隠し通したはずなのに、ヘドロのようにぬめりとしたままこびり付いている。

 

 自分にとって正しかったことは何であるのだろうか、自分が本当に辿るべきだった道程とは果たして何であるのか……、ただの人間としての人生を送っているだけの自分にそんなものが分かるわけもない。もしかしたら、命を落とすその瞬間にようやく分かるのかもしれない。

 

 人間とは、その終わりに自分の生きた意味を理解する生き物であると、かつての靄がかった記憶の中で誰かに言われたような気もする。その時に自分の生きた意味をしっかりと見出すことができるように、人は日々の時間を懸命に生きていくのだと。

 

 では、自分はどうなのだろうか? 日々を懸命に生きていると言えるのだろうか。かつての幸福な時間に蓋をして、今の自分を肯定して、これこそが己であると定義する今の在り方を幸福であると言えるのだろうか。

 

 わからない、やはりそんなものは只の人間に理解できるはずもない。だって、今が正しいのか、間違っているのかもわからないのだから。

 

 多くの人は今の自分を正しいと言ってくれている、今のお前こそが使命を果たす素晴らしき存在であるのだと、今を繋ぎ、次代へと繋げる。それだけが七星と言う家に生まれたお前の役割であるのだと、宗家の人々は語っていく。

 

 何度も何度も命を殺めていく中で、お前は間違っていると聞かされた。そんな生き方は歪だと、そんな生き方で本当に幸福になることができるのかと彼らは口々に私を非難してきた。

 

 そうかもしれない、人倫に照らし合わせれば殺人稼業なんて許されるようなことじゃない。もしも、違う人生を生きていればそう思ったかもしれない。

 

 けれど、そうした人たちは須らく、私にどうすればいいのかを教えてなんてくれないのだ。じゃあ、幸福になるためにはどうすればいいのか、貴方は手を差し伸べてくれるのか?そんな人は誰もいない。自分でどうすればいいのかをまず考えるべきだなんて的外れなことを告げる人もいる。

 

 おかしな人だなと思う。自分にとって最も良いと思ったからこそ、今の人生を生きているのに、どうしてなんて考えるはずもないのに……首を飛ばした後も最後まで信じられないような顔をしていた。きっと、一生理解し合うことはできないだろう。

 

 間違っていると言われても、明確な答えが出ないのであれば、今の自分を継続していくしかない。結局はそれだけが自分に出来ることなのだから。

 

 夢が終わる、光は明滅していき、漆黒の闇だけが私の中へと残っていく。この在り方こそがお前の真実であると告げるように。この在り方からお前が逃げることなど絶対に出来ないようにと、身体の中に眠っている七星の血にそう言われているようだった。

 

「………ああ、おはようございます、フラウ」

「ますたぁ、起きた? とても、辛そうだったよ?」

 

「大丈夫ですよ、いつものことです、ええ、魘されているなんて、当たり前すぎて言われなければ忘れてしまうほどですから」

 

 七星散華が見る夢はすべからく漆黒の闇か悪夢か、眠るという行為はただ単純に体を休めるだけの行為に過ぎず、その中で見るものになど一々意味を見出していても仕方がない。

 

 かつての祖先の夢なのか、かつての昔に自分が置き去りにしてきた残照なのかすらも今となっては怪しい。きっと、自分はこれから先にもその答えを見つけることなど出来ないのだろうと、諦めて、それを探す事すらも忘れてしまっている。

 

「ますたぁは、フラウの手を握ってくれたのよ? なら、ますたぁは笑ってくれていないと悲しいわ。フラウはますたぁと踊りたいのですもの」

 

「ふふ、ええ、勿論ですよ、貴女がどんな存在であろうとも、私と貴女は一心同体、共に聖杯戦争に勝利をすることを誓い合ったではないですか」

 

 勿論、それはアサシンに対して告げる詭弁の類であることを散華は知っている。七星宗家より此度の聖杯戦争の勝利者は星灰狼であれとの命令を受けている。

 

 七星散華の想いがどうであろうとも、七星宗家の命令は絶対、殺人稼業の暗殺者に自分の心などいらない。与えられた命令を実行し、与えられた命令通りに人を殺していればいい。その他の想いなどもはや無用の長物であるのだから。

 

 けれど、召喚した彼女は純粋な少女だった。生まれた時から自分の運命を決めつけられ、どうしてそのようになってしまったのかもわからない。彼女はかくあるべしという願いの下に生み出されたのだからそれ以外の理由を知らず、彼女の願い以外の求める未来を知らない。

 

 ある意味でそれは生まれた瞬間から、七星宗家の運命を受け入れることを求められた自分と似通っている様に散華には思えたのだ。だからこそ優しい嘘を今でも口にしてしまっている。

 

「大丈夫ですよ、きっと、私達は幸福を掴みとることが出来ます。貴女はきっと誰とでも踊れるような立派な淑女になれるはずですから」

 

 アサシンと触れている掌が腐食している。魔力を常に注ぎ込み続け、治癒魔術を使い続けなければ、触れていることすらできないほどの毒の腕、触れるだけで彼女は相手を死に至らしめてしまう。そんな彼女が手を触れて誰とでもダンスを踊りたいと願うのは存在の矛盾と言われてしまっても仕方がないことだろうと散華も思う。

 

 七星散華は何も白痴の女性ではない。一般的な物事の在り方を理解しているからこそ、自分のパートナーが異常であることを理解し、もはや自傷行為にも等しいこのようなコミュニケーションでしか彼女と手を触れあえないことを知っている。

 

 しかし、それでも触れることを拒まないのだ。もとよりこの手は血塗られた腕、どれだけ汚くなろうとも、どれだけ腐って行こうとも、元の綺麗な腕に戻ることはできないのだから……。

 

「そう、私達は共にこの手を血に穢している。だからこそ、こうして触れあうことができる。貴女の気持ちを知ることができる。行きましょう、フラウ。私達の願いの為に、幸福を享受している者たちとの戦いへと」

「ええ、ますたぁ……」

 

 うっとりとした表情を浮かべてアサシンはコクリと頷く。歪みきった関係性ではあっても彼女たちは互いをとても大切に思っている。この想いの共有があればこそ、自分たちは扇情で舞い踊ることができるのだと心から信じているのだ。

 

――セプテム・『グロリアス・カストルム』――

 グロリアス・カストルム――セプテムにおける第二の発展都市であるその地は、王国の中で国境からも離れ、王都ルプス・コローナからも比較的近い位置にあることから、城砦都市として発展を続けてきた。

 

 元々、この都市が作られた目的は王都守護のための前線基地としての役割を求められてのことであったが、国境線がセレニウム・シルバにまで伸びたことによって、かつての目的は徐々に失われていき、城砦としての機能と内部での長い日数を過ごすために強固に作られた都市機能によって、瞬く間に王都に次ぐ第二の都市となったのだ。

 

 それを象徴するように、街の中にある商業エリアには多くの店で大行列が生まれており、道には絶え間なく人が行きかっている。この直前に訪れたオカルティクス・ベリタスとは真逆の様子にレイジたち一行は思わず言葉を奪われてしまった。

 

「セプテムに来てからずっと、ほとんど人がいないところばかりを通ってたからかもしれないけれど、びっくりしちゃった。まるで東京みたいだな……」

「うちがおるんやから、そこは京都言えや!」

 

 バチンと桜子の背中を叩きながら、朔姫自身もこの人だかりの多さには驚きを覚えていた。確かに此処が王都に比べて第二の都市であることは事前に知っていた。タズミの下へと招集する時には既に、セプテムという国の大まかな地理は把握していたし、おそらくセプテム全土が戦場になるのであれば、この街に訪れることは間違いないと思っていたからだ。

 

 しかし、ここは商業都市であるというわけではない。王都に比べれば、この城砦都市は居住区域としての側面が大きく、大規模な市場はどちらかといえば王都にこそ存在している。それは、何もセプテムだけの珍しい話ではない。

 

 第二の城砦都市を与えられた場所が急速な発展をすれば、王都を超すほどの成長を遂げる可能性が生まれる。王都以上に発展した街が何をするのか、言うまでもない、反乱である。自分たちこそが国を動かす存在であるなどと考えて、内乱を引き起こされれば二つの都市のどちらもが火の海になりかねない。

 

 だからこそ、この城砦都市はあくまでも人々が多くいるだけの都市なのだ。人が多くいるからこそ、商業は発展しているが、人口以上の膨れ上がりを見せることはない。

 

 そんな街なのである、日ごろから、ある一定の数以上の人々の広がりを求めることなど出来ないのではないかと朔姫は思う。

 

 しかしながらこの数は異常だ。日本における夏祭りのように人々が無数にいる、これほどの人間が日ごろから往来に飛び出しているのならば、この街こそが王都と呼ばれていてもおかしくないだろう。

 

「ねぇ、おじさん、ちょっと聞きたいんだけどいいかな?」

「何だ、お前さんは?」

 

「旅人よ、このままルプス・コローナにまで向かおうと思っていて、その道すがらに此処に立ち寄ったの。そういう人って多いでしょ、この街は」

「何だ、王都への旅人か、ああ、お前のような連中は決して珍しくない。此処にいる奴らもそのうちに同じように出発していくだろう。だが、一団で向かうのなら今はお勧めしないぜ」

 

 ルシアが往来で座り込みながら酒を飲んでいる中年の男性に話しかけると、男性は獣欲に塗れた視線でルシアを見ながら言葉をかけている。あわよくばなどと考えているのかもしれないが、万が一のことがあっても、色で相手の感情が分かるルシアが後れを取るはずもなく、一行はルシアに情報収集を任せることにした。

 

「どうして、今はお勧めしないのかしら?」

 

「おいおい、旅の者だからって、この街の中の状況をわかっていないのか? そんなもの、この国に今、リーゼリット皇女がいらっしゃっているからに決まっているじゃないか。あと数時間でリーゼリット皇女が凱旋されるのだ。此処の街の連中は一目それを見ようとお祭り騒ぎって訳だ!」

 

「――――リーゼリット皇女が……!」

「―――――ッ」

「レイジ!」

 

 すぐさま、足を動かそうとしたレイジの腕をターニャが掴む。その足を進めようとしたレイジが何をしようとしているのかを、察知したからだろう。

 

「離せ、ターニャ。リーゼリット・N・エトワールは七星だ、七星は総て殺す。奴がこの街にいるのならば……」

「ダメだよ、何も策無しに飛びこんだら、レイジが捕まっちゃうだけだよ!」

 

『確かにな、皇女などと言う立場の人間だ、護衛とておろう。チンチクリン1人で飛び込んだところでたかが知れているわな』

『僕たちと皇女様、民衆がどちらを支持するのかなんて結果を聞かなくても理解できる。そんなところに自分から飛び込むのは流石にね……』

 

 アヴェンジャーの中にいるハンニバルと青年もレイジの突発的な行動には否定的な見解を強めた。これより凱旋が行われる中で襲撃でも仕掛けようものなら、この国総てを敵に回すことになる。

 

 聖杯戦争における戦いから皇女暗殺未遂犯へと動きがシフトしてしまえば、桜子たちも纏めて、セプテム国軍から追われることは間違いない。

 

 それは決して良くない、リゼと戦闘を繰り広げることになったとしても、それは、聖杯戦争の範疇の中での戦いという形式を保たなければ、強大な国家という単位を相手にこの少ない人数で戦争を引き起こさなければならない。

 

 勝てるはずもないのは誰にとっても明らかだ。

 

「七星がこの街の中にいる。それを見逃すなんて馬鹿げている。連中の1人でも戦力を削らなければライダーとの再戦で勝つことだって難しくなる、だから、今は―――!」

「落ち着け、アホ。誰も、見逃すなんていうておらんやろ。ただ、お前の直情的なやり方じゃどうにもならへんいうておるんや。頭冷やせや」

 

 コツンとレイジの頭が朔姫のチョップで叩かれ、レイジは朔姫を睨みつける。しばし睨みあっていた二人だが、すぐさま朔姫はニヤりと人の悪い笑みを浮かべはじめた。

 

「よぉし、わかった! なら、レイジ、お前には今からターニャとのデートを命じるわ!」

「なにッ!?」

「えっ、デートって……」

 

「拒否権はあらへんよ~~、何せ、リーダーであるウチ直々の命令やからな~、お前らはこの街の中ぶらぶら歩いてショッピングデートでもしたれ。青臭いクソガキどもにはお似合いやろ!」

「お前もガキだろ!」

「あぁ? うちはえーんよ、権力者やからな!」

 

 などと、街の喧騒に負けず劣らずの喧騒をあまりにも下らない理由でわめきたてるレイジと朔姫、実際の所、朔姫の語る言葉には間違いはない。ここでレイジが騒ぎを起こすくらいであれば、レイジとターニャには束の間の二人きりの時間を過ごしてもらったうえで、自分たちがリゼに対処する。

 

 朔姫にとってもリーゼリット皇女と言う存在は決して簡単に扱っていいものであるとは思っていない。彼女と敵対しているのはあくまでも聖杯戦争の敵陣営であるからという事実がまず存在していて、何も憎しみ合っているというわけではない。

 

 勿論、タズミやジャスティンの命が奪われる直接の原因を作ったのは攻め込んだリゼかもしれないが、あの二人に関しては相応以上に同情の余地がなかったことも朔姫は十分理解している。実際、聖杯戦争と関係ない所でも謀略を繰り返していただろうし、ジャスティンなど生き残っていたら何をしでかしていたかもわからないのだから。

 

(皇女が話しの分かる奴なら、ライダー陣営に対抗するための方法を考えてくれる可能性はある。最終的に敵対するにしても、連中を倒すために力を貸してくれるのなら一時的な同盟を求めるんは決して悪いことやないはずや……)

 

 凱旋でリゼがこのグロリアス・カストルムの街の中へと出てくるのであれば、これ以上ない好機だ。良くも悪くも彼女は此方の顔を把握している。凱旋の中でこちらが一塊になっていれば、注目せざるを得ないだろう。

 

(そして、注目したところで、うちらに対して即時に攻撃なんて手を出すことはできへん。聖杯戦争のマスターではなく皇女として立ち回っている限り、それは禁じ手に近いからな)

 

 あくまでも思考の中での考えに過ぎないことは分かっているが、朔姫の中でも希望が全くないという断定はしない。リーゼリット・N・エトワールは目的のために手を結ぶことができる唯一の七星であろうと思う。

 

 だからこそ、好戦的なレイジが傍にいれば破談にされかねない。交渉が決裂した上での破談であれば、朔姫も受け入れることはできるが、交渉をしようとしたところでオシャカにされてしまうのであれば、それはさすがに看過できない。

 

「難しいことを考えているのが、顔に出ているぞ」

「ほっとけ、根暗傭兵。よっし、やっぱ、レイジとターニャは別行動や。アヴェンジャー、そいつらが妙な行動をしてこないか、見張っておけよ」

 

「おい、ちょっと待て。俺はまだそれを認めたわけじゃ―――」

「ま、そう言うんじゃねぇよ、いいじゃねぇか。再会してまだ日が経っているわけでもないだろ、俺らがいるんじゃ、話せない思い出話だってあるだろうし、たまには羽を伸ばして来い。戦うことばかり考えているんじゃ、それ以外のことを何も考えられなくなっちまう。お前の目指す先はそうじゃないだろ?」

 

 ポンとレイジの頭をわしゃわしゃとし、アークが朔姫の命令を聞くように諭す。朔姫相手にはギャンギャンと騒いでいたレイジも、アークが諭す形で同じ言葉を口にすれば、仕方がないとばかりの反応を浮かべる。

 

「悪いようにはしねぇよ、お前が七星への復讐を果たした先にこそハッピーエンドを向かることができると口にしたからこそ、俺はお前に協力すると言った。だが、突っ込むだけじゃどうしようもないのは、オカルティクス・ベリタスでも学んだことだろ?」

「……ああ、分かった。とりあえずはお前たちに任せるよ」

「レイジ……」

 

 レイジが落ち着きを取り戻してくれたおかげで、ターニャも安堵の息を零すことが出来た。レイジの怒りがもっともなことであったとしても、幼少のころから一緒に過ごしてきた相手がずっと誰かに対する復讐の炎を燃やし続ける姿など見ていて、気持ちがいいものでないのは当たり前のことである。

 

 ターニャは知っている、レイジは誰かを殺めるような気性の人間ではなかったことを。男性らしい強さを子供ながらに持っていたけれど、とても穏やかであの長閑な村の中で平和な日々を享受することに何の疑問も抱いていなかった。

 

 悪夢のような悲劇の変化がなかったとすれば、今もあの村の中で日々、健やかな日々を過ごしていたのだろうと思うほどには……。

 

「ねぇ、レイジ、私、あっちを見て回りたい」

「おい、ターニャ、いきなり、どうした!?」

 

「だって、こんなにも大きな町に来たことなんてなかったんだもの。こんなにもたくさんの人がひしめいて、お祭り騒ぎのようで、どんなところに人が集まっているのか、興味が尽きないわ。だから、レイジ、ダメ……?」

 

 ターニャはおずおずと、懇願するような声でレイジへと返答を求める。当然、そこにはこの場からレイジを引き離すための方便が含まれているのだが、見様によっては涙目で懇願するような態度の彼女に、レイジは思わずうっ……と強く言いたいことを言う事も出来ずに、

 

「ああ、分かったよ。俺もこう言う所に来たことはない。どんな連中がこんなばか騒ぎをしているのか、ツラを見るのも悪くはないと思っていたさ。こいつらが七星の監視をしている間くらいなら、ターニャに付き合うよ」

「やったぁ! レイジ、ありがとう!」

 

 花のような満面の笑みを浮かべたターニャにレイジは後頭部に手を当ててはぁ、とため息を零す。そんなレイジの姿に朔姫とキャスターはぷぷと面白いものを見るような反応を浮かべ、その視線にレイジは思わず振り向き、ギロリと睨みつける。

 

「なんだよ」

「別にぃ?」

「レイジも、可愛い所があるなと思って☆」

 

 騒ぎ立てるうるさい女子の反応を浮かべている二人にレイジは鼻を鳴らして、ターニャの手を掴むと雑踏の方へと足を進ませていく。

 

これ以上、ここにいると間違いなく面倒事に巻き込まれると悟ったのだろう。そういった反応は流石にここまで一緒に旅をしてきただけに十分に理解できる様子だった。

 

「さて、狂犬はあっちに行ったし、うちらはうちらで作戦立てて、皇女様にお目通しできるようにせぇへんとな」

 

 レイジたちが自分たちから離れた今の間隙を狙って朔姫たちも凱旋式のために動く必要がある。先ほどの思惑を通すためには、まず第一として、朔姫たちがリゼによって発見される場所にいなければ意味がない。

 

 何があっても、こちらから目立つようなことをしてしまえば、即座に自分たちはテロリスト扱いされてしまうことは間違いないだろう。

 

 手法としては違和感なく群集の中に自分たちがいるということをリーゼリット皇女に認識させなければならない。

 

「皇女様から手を出してくれれば御の字だけど、この街を巻き込むようなことはできれば避けたいところだよねぇ」

 

「むしろ、街そのものを敵に回すようなことになれば、背中の危険を常に気にしていなければならなくなる。レイジに諭したことではないが、やはり俺たちを見つけ、皇女に他の場所に移動するように仕向けさせることがベストだろう」

 

「せやなぁ、ただ、なんにしても皇女とあの護衛騎士、連中とは戦いになるかもしれんと割り切っておいたほうがええわ。ま、こっちには経験者もおるし、アーチャーのことをよく知っておるセイバーもおるしな。なんとかなるやろ!」

 

 戦闘になった場合にカギを握るのはやはり、白兵戦に長けているランサーであると言わざるを得ないだろう。ランサーは敵のランサーと一度交戦をし、手の内を知り尽くしている。セイバーもアーチャーとかなり近しい関係性であったことから、互いにイーブンな状態ではあるものの、他のサーヴァントが相手をするよりも優位に戦える可能性は跳ね上がっていると言えよう。

 

 総合的に判断したとしても、二騎の有用性は言うまでもない。彼女たちをいかにうまく扱うかによって、リーゼリットとヨハンとの戦いに大きな変化が生まれてくるだろう。

 

 ロイと桜子、マスターとしても優秀である二人であるからこそ、重要性は誰もがよく理解している。

 

『―――しかして、君たちが向かうべき場所はどちらであるかな?』

「え――――――?」

 

 その瞬間のことであった、桜子の耳に確かに誰かの声が届いたのは。

 

『確かに、君や彼がここで争いあうべき相手は、彼ら二人であるのかもしれない。あるいは、君たちを切望している者たちか……、しかして、それこそが君の旅の目的かね?君は何をするためにここまで来たのだ、初志を忘れてはならない』

 

「誰……、誰が声を……」

「おい、桜子、どうしたんや!?」

 

 朔姫が声を上げるが、桜子は頭を押さえ、直接自分の頭の中に届いてくる何者かの声に耳を傾けるばかりだった。

 

『君の始まりの目的は何であったのか、どうしてこの異郷の地に旅立つことを決めたのか、よく思い出してみるがいい、そしてそれを思い出すことができるのであれば、今から私が指示をする場所へとくるといい。我々は誰であろうとも拒みはしない』

 

「おい、桜子!!」

「――――――私、行かなくちゃ」

 

 ようやく反応した桜子は、突然、どことも言えない方向へと視線を向けて、おろしていた膝をもう一度立ち上げる。

 

「ごめん、朔ちゃん、ちょっとだけロイと別行動をさせてもらってもいいかな?」

「はぁ!?」

「本当にどうしたんだ、桜子。さっきから様子がおかしいぞ?」

 

 ロイもさすがに桜子がおかしい反応をしていると気づいたようで、どうしたのかと声を上げるが、桜子は神妙な表情を浮かべていった。

 

「声が聞こえたんだ、直接頭に、あいつの、絶対善神の声が……」

「…………!」

 

 その言葉でロイと朔姫は、この街の中で誰に狙われているのかを十二分に理解することができた様子だった。

 

「初志を貫徹したいのなら、お前が向かうべき場所は違うだろうって。見たことも聞いたこともないのに、私の頭の中にこの街の光景が浮かんできた。たぶん、そこにあいつが、アフラ・マズダが待っているんだと思う」

 

 アフラ・マズダ、かつて秋津で行われた聖杯戦争における黒幕、桜子にとってもロイにとっても因縁深き相手であり、桜子がこのセプテムに足を運んだのもすべてはかの善神との決着をつけるためであった。

 

「しゃーない、桜子、ロイ、お前らはその呼ばれた方へ行けや」

「朔ちゃん、でも……」

 

「うちら神祇省にとっても、奴を見つけることは目的の一つや。こっちはこっちで上手くやるわ、だから、奴の尻尾、必ず掴んで来いよ!」

 

桜子とロイをこのタイミングで別行動にさせられることに意図的なものを感じる面もないわけではないが、朔姫は決断をした。ここで保身に走る方が、後々を考えれば失敗に終わる。そのように思えたからだ。

 

「心配するなよ、こっちにも俺を含めて二体サーヴァントがいる。持ちこたえることは十分にできるからよ!」

「それ、姫も戦わなくちゃいけないやつ!?」

 

 苦難が多く待ち受けていることを理解の上で彼女たちは送り出そうとしてくれている。その思いを受け止めて、桜子は頷く。

 

「うん、ありがとう、みんな、お願いするね!」

 

・・・

 

「さて、盤面は思うように整理されてきたではないか」

「己にとってはどちらでもよかったが、ロイ・エーデルフェルトとの戦いに無粋な邪魔が入らないことは良しとみるべきか」

 

 喧噪渦巻く街並みを見下ろし、建物の屋上から、桜子たちの様子を彼らは見守る。一人はロープを着込んだ女性、もう一人はヘルメットとボディスーツを着込んだ男性、その目立ちすぎる服装でありながら、彼らに気づくものは誰一人としていない。

 

 七星側キャスター陣営、カシム・ナジェムとキャスター、セレニウム・シルバの戦いにおいては、ついぞその力を発揮することなく戦いを終えた者たちは、この場における戦いを予感しながら、今はまだその欲望開放する時ではないと時期を待ち続けている。

 

「まぁ、よいではないか。皇女たちに気を巡らせるのも面倒であったというもの。宗家の娘だけの方が我らも気軽であろうよ」

 

「口が過ぎるな、キャスター。興奮を抑えられんか?」

「くく、それを言うでないわ、我が主よ」

 

 キャスターはとても楽しそうに笑っていた。万事が万事を他人事のようにして、薄ら笑みを浮かべているこの女性サーヴァントが、珍しいほどに楽しそうな笑みを向けているのだ。

 

「聖杯戦争、さして魔術師共の欲望をかき集めるための戦と思えば、面白みがないものであると思っていたが……いやはや、まったく、面白い。灰狼の奴も随分と酷なことをしおる。いや、調整をしたのはそなたであったか」

 

「人造七星の研究はこの身を至上のものへと引き上げるために必要不可欠であった力だ。その過程で生まれた物が何に使われようとも己には関係ない」

「そう言うてくれるなよ、恨まれておるぞ、そなたは」

 

「恨むのであれば恨めばいい。それで事を荒立てるのなら、こちらも容赦はしない。元より、怨み程度で足を止めるのならば、全身を機械に変える苦行に耐えることなど出来ぬだろうよ」

「確かに……狂気もそこまでに至れば、最早芸術よのぉ」

 

 芸術、確かにカシム・ナジェムと言う人物は一つの芸術と表現してもいいのかもしれない。全身の肉と骨を全て人工的に生み出されたものへと切り替えた。それでも動けるように己で己を調節した。

 

 そうした言葉を聞くだけでも、彼が常軌を逸しているのは明らかである。自分の欲望を叶える為であれば、人倫の及ぶ範囲など平気で蹴散らすその在り方は七人の七星の中でも最も異常であると言えるのかもしれない。肥大したエゴに突き動かされる形で彼は自分が目的とする獲物とようやく相見えることができることに喜びを覚える。

 

「いよいよだ、ロイ・エーデルフェルト。貴様の圧倒的な魔術の才覚が勝るか、我が七星の英知が勝るか、ここでその決着を付けようではないか」

 

 己はただ、それだけのために此処にいるのだと告げて、機械の身体は今暫し、静寂を保つ。来たるべき決戦の時に備えて。

 




新たなる都市、そしてついに動き出した前作の黒幕は何を目論むのか……


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第7話「ハルジオン」②

――セプテム・『グロリアス・カストルム』――

 街は喧騒に包まれている。どこもかしこもお祭り騒ぎ、まるで今日に全てが終わってしまうと誰もが知っていて、とにかく騒ぐことが出来ればいい、そんな風に思って動き回っているのではないかと思えるほどに、誰も彼もが動き回っている。

 

「すごいね、人の数だけでもびっくりしちゃうのに、皆楽しそうにしてて」

 

「凱旋式なんてものをどうでもいいと思っている人間からすれば、うるさいだけだ。どいつもこいつも、誰もが楽しいと思って動いているだけなんだよ。明日になれば、みんな散り散りに好き勝手なことをし始める」

 

「もう、レイジはそうやってすぐに皮肉るんだから。そういうのは、レイジの悪い癖だよ?」

 

 その喧噪の中をレイジとターニャは共に手を繋ぎながら商業エリアの中を歩いていた。朔姫たちがわざと自分たちを引き離そうとしているのは十分に理解できることではあったが、レイジはともかく、ターニャとしては今の状況の中では、なかなかレイジと二人になる時間を確保することができるわけでもない。

 

目的がどうであれ、その時間を確保することが出来たのだから、今だけは様々なことを忘れて、この時間を楽しみたいと思ったのも事実である。

 

 最も、七星を見つけて倒すことを自分の生きる目的にまで昇華してしまっているレイジにはどうしても、純粋にこの時間を楽しむことはできない。あくまでも調査の一環、そのように考えているからこそ、緊張感が身体から拭えないのだろう。

 

 ただ、そんな自分の状況をレイジが全く理解していないのかと言えば、そうでもない様子だった。

 

「俺だって、ターニャとこうしていることができる時間を大事にしたい。だけど、連中はいつ襲ってくるのかもわからない。いつもなら、あいつらがいる。だけど、今は俺だけだ、

もしも、俺が失敗すれば、またあの時と同じことになってしまう。だから、どうしたって警戒してしまうんだよ……」

 

 レイジ自身とて、ターニャが自分と二人きりの時間を満喫したいと思っている気持ちは分かっている。ただ、状況が許さないという思いがレイジの中で強いのだ。

 

 何せ一度は失っている。自分の目の前でターニャを失ってしまった日のことを、村を焼かれたあの日のことを、一日だってレイジは忘れたことがないのだから。

 

 あれがもう一度起こるかもしれない。そんなことを言われてしまえば、レイジは警戒しすぎても仕方がないと思えるほどの様子を浮かべることも仕方がないことかもしれない。

 

「今は俺しかターニャを守ることができない。またあいつらが来た時に今度こそは倒さなければならない。そう考えるとどうしても気持ちを抑えておかないとって思ってしまうんだ」

 

「レイジ……、その、ごめんね、私だけはしゃいでしまって。レイジはこんなにもいろんなことを考えてくれていたのに」

「構わない。気持ちはわかる。俺がもっと強ければ……いいや、俺たちがもっと強ければ、か」

 

『ふん、辛辣なことを言ってくれるではないか、小僧』

『ま、実際勝てなかったのは事実なんだから仕方ないと言えば仕方ないけどね』

 

 アヴェンジャーの中にいるハンニバルと青年がレイジの言葉に声を漏らす。レイジが口にした言葉が自分たちへの揶揄であることは十分に理解しているのであろう。

 

 オカルティクス・ベリタスにおける戦い、あの場の戦いはアヴェンジャー陣営にとってはまさしく完敗というべき戦いだった。どれほど必死になって戦ったところで圧倒的な力の差によって蹂躙されたことは記憶に新しい。

 

 もしも、ターニャとセイバーの介入がなかったとすれば、どのような結末を辿っていたのか考えることも恐ろしいというところであった。

 

 レイジ自身も、そしてアヴェンジャー自身も再び彼らと対峙したときに勝てる保証は現在のところ、どこにもない。今のままで対峙をすればおそらくは同じ結果を迎えるだけであろうことは容易に想像できる。

 

「レイジ、お前はあの戦いの中で、成長を果たした。あれは、その場のひらめきによる気づきというような変化ではなかったように見えた。お前はあの時に何をした?」

 

 アヴェンジャーが問う。マスター同様にサーヴァントによって、一方的に蹂躙されるばかりだった彼からしても、最後にレイジが灰狼に対して与えた猛攻はレイジの持ち得る力をはるかに凌駕している様子だった。ティムールとテムジン、彼らの実力差以上にレイジたちの実力差は恐ろしいほどに差がついていたはずなのだ。

 

 しかし、それを覆した。ターニャという助力があったとはいえ、あまりにも驚異的であったといわずにはいられない。その理由は何であるのかを問う言葉にレイジは頭を横に振る。

 

「俺にもわからない。だが、まだ負けられない、まだ死ねないという思いが溢れ出した瞬間に、自分の中の何かが溢れ出してきたように思えたんだ。自分でも気づいていない内なる力が、もしかしたら俺にはあるのかもしれない」

 

 レイジの身体は、七星たちにとって弄りまわされていることもあり、レイジ自身も自分の身体がどれほどの力を発揮しているのかもわからない。自分が知りえない何かを実は持ち得ているという可能性は十二分にあると思ってもいいだろう。

 

 だからこそ、まだ戦えると考えられると同時に恐ろしくもある。いずれ、この正体不明の力に自分自身すらも奪われてしまうのではないかという恐怖と常にレイジは戦っていかなければならない。もっとも、そんな恐怖で今更レイジの足が止まるようなことはない。自分を失う恐ろしさよりも再び七星に屈服する恐ろしさの方がはるかに強いのだ。連中に再びすべてを奪われることになるくらいであれば、レイジは自分自身を全て燃やし尽くしてでも、持てる力の総てを解放する。

 

「だが、その力の使い方をお前は誤ることはないだろう。我も次は必ずかの大ハーンに勝利する。大ハーンに勝利することが出来なければお前の復讐を完遂することもできない」

「そうだ、次に会う時は必ず俺達が奴を倒すんだ……、見せつけてやるしかないんだよ、俺達の怒りを」

 

 レイジ・オブ・ダストと言う人間はそういう存在なのだ。アヴェンジャーもそれを理解しているからこそ、今更レイジに覚悟を問うようなことはしない。既にヴィンセントと灰狼、二度にわたる七星との戦いでレイジの覚悟は十分に理解しているのだから。

 

(そうだ、俺にもう一度、こんな時間が訪れるなんて思えない。地獄の先に華を咲かせるのだとしても、それはこれから数十年続くものじゃきっとない。自分の運命くらい自分が一番よく分かっている。もう一度、こんな穏やかな時間を送るなんてことはきっとできないんだ)

 

 七星との戦いがどんな形で決着を迎えようとも、そこでレイジは力を使い果たしてしまうだろうと自分でも思っているのだ。その果てにはほんの僅かな幸福が待っているかもしれないとしても、人並みの幸福を手にすることができるわけではないだろうと直感的に思えてしまう。

 

(だが、そう考えるのなら、逆にターニャが求めるように、ここでくらい少しは好き勝手にするべきなんだろうか……、ターニャはずっと七星に捕らえられていた。きっと幸せな時間なんてほとんどなかったはずだ。はしゃぐのはきっと、その反動みたいなものだろう)

 

 ターニャを連れ出し、こうして一緒に行動をしているのならば、レイジ自身にもターニャの求める幸せを叶えなければならない義務が発生するのではないだろうかとレイジは思う。ずっと待たせ続けて、死んだように生きてきた彼女の様子を思い出せば、確かに細やかな幸福を手にすることを阻むことこそが罪なのではないかとさえも思える。

 

 ならば、今は少しでもこのターニャとの時間を満喫することこそが、必要なことなのか、そう思い、握る手に力を込めて、彼女に声を掛けようとした時に、レイジは目の前で壁にぶつかった。

 

「おっと、危ないぜ、坊主。こんな所で余所見をしていると、誰に当たるのかもわからない」

 

 実際の所、レイジがぶつかったのは壁ではなかった。それは一人の男、トレンチコートと帽子を被った、過度な装飾品を身に着けた男は、やれやれと言った反応でぶつかったレイジに気をつけるべきだと言葉を返した。

 

「ああ、すまなかった」

 

 いつもであれば警戒心をあらわにするレイジだが、この喧騒の中で余所見をしていたのは自分であり、相手に迷惑をかけたのは自分であると明白であったことからも素直に謝罪の言葉が口から出た。

 

 もしも、この場に朔姫たちがいれば、レイジの様子が明らかにおかしいなどと吹聴したことだろう。

 

「よく見て動かないと駄目だぜ、坊や。いくら子供だからって、親の手を引かれずに歩き始めた時点で、おまえさんには責任ってもんが生まれてくる。それを見逃して、好き勝手にやっていれば、そのうち、お前さんが不幸になっちまうからな」

「ああ、肝に銘じておくよ、本当にすまなかった」

 

 男は決して市井に生きる只の人間ではない様子だった。そのようなアドバイスもぶつかってしまった男が、大なり小なりそうした当たり前の平和を享受する以外の状況を受け入れて生きていることを意味していると言っても差し支えはないだろう。

 

 もしも、そのような世界を何一つとして知らなかったのであれば、そのような言葉が出てくるはずもない。七星以外の存在と面倒事に巻き込まれるのは御免である。

 

 レイジは七星を倒すことに対しては見境がないが、別に誰彼かまわずに総てを敵に回すつもりはない。セレニウム・シルバの頃であればそうした傾向が見れたかもしれないが、今は隣にターニャがいてくれていることで、そうしたむやみやたらの暴走癖もそこまで尾を引いている様子はない。

 

「ああ、分かってくれれば別にいいのさ。兄ちゃんたち、旅の者かい?」

「………わかるのか?」

 

「そりゃあ、分かるよ。格好だってこの街で見かけない格好だ。それにこの街にもともと住んでいるのなら、それこそ物珍しそうな様子なんて浮かべないだろう。このまま王都に向かおうとしているのなら、凱旋式でも見た後にはサッサと進んだ方がいい。ここらは物騒になるかもしれないからな」

 

 それはどういう意味なのかと問いを投げようとしたときには、既に男は手を振ってレイジたちの前から歩き去っていく。名前を名乗る様子もない相手、しかも、ただぶつかっただけの相手にいつまでも意識を向けておく必要もないだろう。

 

「行こうか、ターニャ」

「うん……」

 

 ただ、どこか釈然としない何かを感じたのも事実だった。何か、先ほどの人物には遠からずにもう一度再会することになるのではないか、そのような漠然とした何かを感じることになるのであった。

 

・・・

 

「やれやれ、柄にもないことをしちまった。俺も思っている以上に干渉に浸っているのかねぇ」

 

 レイジたちとは真逆の道を進む先ほどの男は、先ほど自分が柄にもないアドバイスをしたことに対して自分自身を皮肉するような言葉を漏らす。

 

 平時の彼であれば問答無用でぶつかってきた相手など恫喝を起こして、搾れるものを搾り取る悪辣ぶりを発揮するものだが、やはり、通常の自分よりも今の自分は感傷に浸っているのだろうと理解をした。

 

「兄貴がいなくなって命なんてもんが簡単に無くなっちまうってことがわかっちまったからな、どうしてもおっかなびっくりになっちまう。前はこんなことはなかったんだがな」

 

「ルチアーノ様」

「ん、どうした?」

 

 トレンチコートを着込んだ男に対して、傍に黒のコートを着込んだ男が近寄り耳打ちをする。グロリアス・カストルムの闇の中に蠢く者たち、彼らはステッラファミリー、レイジにとっての仇であったヴィンセント・N・ステッラによって形成されたイタリアン・マフィアたちである。

 

「そうか、オカルティクス・ベリタスを出た連中がこの街の中に入ったか、そりゃぁいい。兄貴の仇をすぐにでも消し飛ばすことができるな、くく、あはははははは」

 

 ルチアーノは先ほどとはまったく印象の違う笑い声をあげる。狂気に塗れ、命を金の種程度にしか考えていない獰猛なマフィアの幹部としての顔を覗かせるのだ。その目的など言うに及ばずだろう。ヴィンセントの命を奪った敵、義理の関係であったとしてもルチアーノが家族を奪われたことに変わりはない。

 

 ルチアーノは元から天涯孤独であった。マフィアの構成員であった父に巻き込まれる形で、ルチアーノ以外の家族は全員が死に、幼いころに、ヴィンセントの父である先代の頭目に拾われた。10も年齢が離れたヴィンセントであったが、ルチアーノにとってはたった一人の兄のように慕い、ヴィンセントがファミリーを継いでからは、常に側近としてヴィンセントを支え続けてきた。

 

 今回の聖杯戦争は七星の戦いであり、お前を巻き込むつもりはない。そのようにヴィンセントが語った時に、ルチアーノはわずかばかりの違和感を覚えたのだ。いつもであれば自分の命を最優先にするヴィンセントが懐刀であるルチアーノを呼び出さないなどということがあり得るのかと。

 

 ヴィンセントなりの気遣いがあったのかもしれない。もしも、ルチアーノを連れて行けば、命を失いかねないことになるかもしれないと。結果的にルチアーノを死神から遠ざけたことによって、ヴィンセントが死神に見初められることになってしまった。

 

 もしも、もしも、もしも、あの時に、あの時にと、何度も何度も浮かんでくる言葉はどうしようもなくルチアーノの心を苛んでいく。

 

 心を癒すためには、自分が報われるにはやはり敵を討たなければ済まされないのだと思うのだ。たとえ、ヴィンセントが命を奪われても仕方がないような自業自得の存在であったとしても、家族なのだ、大切な人だったのだ。命を奪われても仕方がなかったなんて言う客観的な理由を受け入れるわけにはいかないのだ。

 

 だから、何があろうとも、ヴィンセントの命を奪った相手を殺す、殺して、潰して、その死体すらも曝け出す。地獄へと落ちていったであろう己の兄への手向けとして……

 

 けれど、ルチアーノもまだ気づいていない。先ほどにすれ違った相手、自分自身が旅の安全を願って声を掛けた相手こそが、ルチアーノにとっての不倶戴天の敵であることを知らない。

 

 しかし、そうであったとしても縁は結ばれてしまった。これより後に、まもなく、彼らは互いの素性を知り、争いあうことになる。奇しくもレイジがヴィンセントに抱いた感情と全く同じ感情を抱いた存在こそが、レイジの刺客として姿を現してくる。

 

 その因果の糸は決して解れることなく、どちらかが倒れることがない限り、決してほどけることはないだろう。

 

・・・

 

「随分な騒ぎやなぁ。数日前に国境で大きな戦いが起こったとは思えんわ」

「むしろ、そういう時だからこそじゃないか。いつだって戦争の根源的な恐怖から人を遠ざけるのは熱狂だ。人は人を熱狂させることによって、人々を戦いに駆り立ててきた。これも同じだ、戦いを正当化するためのツールに過ぎないんだよ」

 

 喧噪の大通り、これより皇女であるリーゼリットが凱旋をする予定の大通りには無数の人だかりができており、どこもかしこも王都でこの数日後に加冠の儀を迎える次期国王の姿を見ようと、誰もが押し寄せているのだ。

 

 その中の誰もが皇女に興味を持っているわけではない。ただ単純にバカ騒ぎをしたいと思っているだけの民衆も無数にいることだろう。だが、そんな人たちの群れがいたとしても、これだけの人間が集まっているという事実自体が重要なのだ。

 

 皇女にはそれだけの人望があるということをパフォーマンスとして示す。王族に対して反感を抱いている者たちにも、その在りようが伝わるのだとすれば、これほど意味のあることはないだろう。国威発露、この国はエトワール朝のまま、これより先も続いていくということの何よりの証明になるのだから。

 

「これだけの人間がいてくれるのならば、行列の中でもかなり近づきやすくなるだろう」

「もっとも、連中だって下手人が出てくるかもしれないことには相当気を遣っているだろうけれどね」

 

 人だかりはそこらかしこにあり、誰がどこにいるのかを正確に把握することができるものなど市井の中にはいない。これほどの人間が集まるパレードの中では歴史上幾度となく襲撃事件が引き起こされてきた。木を隠すなら森の中というわけではないが、これほど下手人が隠れるのに適した場所は存在しない。

 

 最も朔姫たちが襲撃をするという考えは一切ない。このような場所で戦いを繰り広げることになれば、まず間違いなく大きな犠牲が出ることになり、皇女を襲った襲撃犯として、彼らに公的な手段を使って追い詰めるための大義名分を与えることになってしまう。

 

「なおかつ、相手はあのランサーとアーチャーだ。戦闘を中座させるといっても、奴らはこっちを完全に潰す気で来るだろう。そうなりゃ、いよいよ勝って終わらせるしかなくなる」

 

「そして、私たちはあの二騎の恐ろしさってのを良く刻みつけられている。とくにランサー、あの皇女のサーヴァントはヤバいね。戦闘をすることになったら、全員でかかって初めてなんとかできるレベルだよ」

 

 セレニウム・シルバの城での戦い、正門に攻め込んできたランサーを相手に、ルシアやアーク、そしてアステロパイオスは大苦戦を強いられた。たった一人で複数の英霊たちを相手に立ち回ったあの姿を、もしも、アーチャーとの連携でのうえで戦ってくるとすれば、実に恐ろしい戦いになるだろうと思えるのだ。

 

 もっとも、逆にこの状況の中で味方にできるとすれば、皇女だけであるともいえる。灰狼がライダーによる聖杯戦争の勝利を目論んでいるとすれば、ランサー陣営と最終的には対立関係になる可能性は非常に高い。漁夫の利を狙う流れとなってしまうが、自分たちだけであの強大極まりないライダー陣営を打倒することができるとは、朔姫たちも自惚れてはいない。

 

 勝つためにあらゆることをする、そうであるのならば、ランサーとアーチャー陣営をこちら側に引き込むことでさえも当然に考えなければならないだろう。

 

「来たよ……」

 

 ルシアの言葉と同時に、ドッと周囲が沸き立ち始める。それが開かれた大通りの凱旋のためのスペースに踏み込んでくる者たちが来たことを意味していることはその歓声からも十分に理解できた。

 

 皇女リーゼリットと護衛騎士ヨハン、聖杯戦争にも参加し、セレニウム・シルバにて戦いを繰り広げたものたちが、まさしく国の英雄であるかのように人々に歓迎されながら歩いている。

 

 別に憎しみを覚えているわけではない。リーゼリットとタズミの争いはこのセプテムにおける覇権争いとしての一面が色濃く出ていた。例え、聖杯戦争として戦いあっていなかったとしても、いずれは、互いに滅ぼしあう関係になっていたのではないかと思える間柄であったのだ。

 

 軽装な騎士甲冑に身を包み、一言、姫騎士とでも呼べるような姿のリゼと騎士団の正装を纏うヨハン、お似合いのパートナー同士であるといわれてもおかしくないその様子に、単純に朔姫たちはその様子を綺麗だなと思ってしまった。

 

 もしも、彼女たちが聖杯戦争に参加していなかったとしても、彼らは互いに潰しあわざるを得ない運命にあったのではないだろうか、

 

(ま、そもそも、ウチらはタズミの私兵ってわけでもないしな。そこのところで恨みなんて抱いてもしゃーないしな)

 

 さて、あとは実際の所、あちらが気づくのかどうかという所にかかってくる。朔姫たちから動きだせば、明確に反逆者の烙印を押されてしまう可能性が高いため、リゼかあるいはヨハンがこちら側に気付くことに期待するしかない。

 

 もっとも、決して分の悪い賭けであるとは言えない。何せ、ルシアやアークについてはセレニウム・シルバでの戦いでも顔を合わせているのだから、その時のことをまっさらに忘れていない限りはおそらくこの釣り針には気付くのではないかと踏んでいる。

 

 そもそも、気付いてくれなければ困ると思っているのだが……、かくして、どのようになるのか、朔姫たちが凱旋パレートを見物している周辺にまでリゼとヨハンが進んできたとき、先に反応を浮かべたのはヨハンであった。

 

「―――――――」

 

 声には出さない、しかし、視線は間違いなく朔姫たち、特にアークとルシアへと向いており、リゼに対してそれを気付かせないように声を押し殺しているように見えた。

 

 その反応だけでも、ヨハンがこの凱旋式の最中に行動を起こすことはないであろうと踏めた。だが、それではダメなのだ。この街に只いるだけであるということが分かるだけでは、居場所を知られるだけで、不利になるのは朔姫たち、そこでもう一歩踏み込んだ展開を引き起こしてくれるとすれば、それは―――

 

「ごめんなさい、止まって、ヨハン君も」

(――――かかったか……)

 

 ヨハンの前の馬が止まる、すなわちリーゼリットの馬が止まり、その視線は完全に戦闘を繰り広げた者たちへと向く。

 

 そのまま、リゼは馬から降り、その場に集っている民衆たちが騒ぎ声を上げる。どうして、ここで立ち止まったのか、一体何事があったのか、その反応に誰もがリゼの行動に視線を向けざるを得ず、

 

「セレニウム・シルバではお世話になりました。皆様のご協力もあり、こうして私たちはこの街で凱旋式を行う事が出来ました。突然姿を消した時には驚きましたよ」

(話を合わせろってことか……)

 

「いやぁ、皇女様にもう一度会いたい思うてしまってな……」

「ふふ、ありがとうございます。では、私達が滞在している屋敷まで凱旋が終わり次第ご案内させていただきます。くれぐれも、今度は途中で姿を消したりなどしないでくださいね」

 

 大衆たちに聞かれてもいいような物言いで、敢えての釘差しをした上で自分たちとの会談の場を設けるつもりがあることをリゼは告げる。

 

 彼女にとっても聖杯戦争の相手である朔姫たちをここで放置しておくような選択肢は考えられないということなのだろうか……、何にしても朔姫たちにとってもこの展開は決して悪いことではない。これにて第一段階はクリア、レイジたちがいない状況の中で、どこまでやれるのか、ここからが腕の見せ所であると言ってもイイだろう。

 

・・・

 

 どこへ向かえばいいのかなどと言ったことは正直なところ分からなかった。頭の中に響いてきた声だけが手がかりと言う状況で、どのように相手を見つければいいのか、考えたところでわからないと判断した桜子とロイは自分たちの運命が相手を見つけるであろうことに賭けた。

 

 実際、頭の中に声まで響かせて呼び出している以上、相手が何があろうとも、こちらに接触したいと考えているのは明白、であれば、好きに彷徨っているだけでも出会う事が出来るのではないかとさえ、思えている。

 

「いつかは出会うと思っていたが、まさか、あちらから声を掛けてくるとは正直思っていなかったな」

 

「そうかな、あいつの行動を思い出してみれば結構有り得るかなとも思うよ。あいつは自分の目的を達成するために動いているっていっておきながら、かなり愉快犯的に行動している時もあったし、今回だって呼び出しておいて、何の目的もなかったなんてことになるかもしれない」

 

 善神アフラ・マズダ、かつての聖杯戦争の元凶であるかの存在は、悪戯に人を惑わし、その錯乱の中で人が見せる行動にこそ、善が宿ると判断すれば、一切の躊躇なく、対象に対しての不利益が生じる行動を止めることはない。

 

 今回の桜子たちを呼び寄せた行動が何を意味しているのかは判然としないが、下手をすれば、ただ桜子たちが自分と顔を合わせた時にどのような反応をするのか、それを知りたいからこそ呼び寄せたなどと言うふざけた理由かもしれないのだ。

 

「ロイは、あいつともう一度対峙することになったら、どうするつもり?」

 

「………わからない、というのは答えにならないかな? 野放しにしておけないという気持ちはある。だが、同時にあれが本当に我々に対処できる存在なのかもわからない。桜子の母が聖杯に願いを捧げることでアイツを封じたように、根本的に奴を打倒するなどと言うことは不可能なのではないかとさえ思えている」

 

「…………」

 

 それは確かに桜子の中でも浮かび上がっている疑問ではあるのだ。アフラ・マズダは打倒できる存在なのか、サーヴァントとして現界しているのならば、打倒の手段はあるだろう。聖杯戦争と言う土俵の上でカテゴライズされた相手であれば何ら問題はない。

 

 ただ、アフラ・マズダはそうしたカテゴリーの中に存在しているわけではない、聖杯の中に閉ざされた本物の神として顕現を目論んでいる。

 

 もしも、あれが真実、神としてこの世界に降臨した時に果たして自分たちはどのようにすれば対抗することができるのか……、ロイの懸念も最もである。

 

「大丈夫だよ、世の中、大体のことは何とかなる。それが、どれだけ困難だったとしても、最後にはなんとかなるもんだよ!」

 

 最悪の想像は自分の頭の中にも過っている。しかし、それを想像したところで何の意味もないと桜子は思うのだ。どれだけ考えたところで自分たちは戦っていくほかない。突然圧倒的な神様の力に祝福されてなんてことは、もう自分たちにはないだろうということも分かる頃合の年なのだ。

 

 生まれ持った才能を互いに持ち合わせたロイと桜子であっても、この世界で完全に総てを自由にできるのかと言われればそんなことは有り得ない。此度の聖杯戦争でさえも二人がいれば勝利が出来るなどと言う生易しい状況ではないことは、オカルティクス・ベリタスの戦いを見れば明らかなことである。

 

「誰か、来るな……」

 

 そして、ある意味で、待ち人なのかあるいは探し人なのか、待ちかねていた者が現れる感覚をロイは覚え、桜子もロイの向いた方向へと視線を向ける。

 

 そこに何時から存在していたのか、現れた男は白いロープに身を包んだ人物、紺色の長い髪をたなびかせるその姿は、見る者が見ればみすぼらしさすらも感じさせるが、どこか神聖な出で立ちがそのように感じさせない。しかし、同時にどこか胡乱な空気を纏っており、まだ会話をしていない桜子もロイも、彼を信用して会話をすることは危険ではないかと思った。

 

「よく来たね、遠坂桜子、ロイ・エーデルフェルト、我が主の導きの下に、こうして君たちと出会えたことを心から歓迎しよう」

 

「我が主、か。お前はアフラ・マズダの関係者と言うことでいいのか?」

 

 ロイと桜子の背後にセイバーとランサーがそれぞれ姿を現し、いつでも戦闘をすることのできる体制へと入る。自分の命がいつ狙われてもおかしくない、そんな状況でありながら、男はクスリと笑みを浮かべた。

 

「然り、私はセイヴァ―、救世主のサーヴァントとして呼び出され、我が主を顕現するためにあらゆる英知を駆使する者だ。我が主より何度もその名を聞かされていた君たちこうして顔を合わせることが出来たことを幸運に思おう」

 

「別に、私達は顔を合わせたいと思っていることはなかったけれどね。貴方が何のサーヴァントだか知らないけれど、アイツの協力者である時点で、私達とは相いれないと思っているし。それで……、私達をここに呼び寄せたのはどんな理由があって? 悪いけど、私達だってそこまで暇じゃないんだよ」

 

「実際の所、私は君たちに用事らしい用事はないのだ。必要としたのは主なのでな」

 

 瞬間、セイヴァ―と名乗った男の頭上が光り輝く。そして、魔方陣が浮かび上がり、その魔方陣の中から巨大な一つの瞳が浮き上がった。桜子とロイは息を呑む、それが自分たちへの攻撃ではないことはすぐに理解できたが、その異様な空気には覚えがあった。

 

 そう、かつて、秋津市で行われた聖杯戦争でも同じような光景に出くわしたことがある。その時のことを思い返せば、その瞳が誰のものであるのかは二人にとって確認するまでもない。

 

「アフラ、マズダ……ようやく、再会できたわね」

 

『やぁ、久しぶりだね、桜子、ロイ。私にとっては瞬き程度の時間であったが、君たちにとってはどうであっただろうか。何にしても、こうしてまた再会することが出来たことを、まずは寿ごうじゃないか』

 

 これまではただ声を届けることしかできなかったはずの相手が、瞳を顕現させるまでに至った。まだ瞳だけ、なのか。あるいはもう瞳をなのか、時間的なリミットは分からない。しかし、少なくとも、10年前よりも危機的な状況に至っていることは間違いないであろう。

 

『では、暫し、旧交を温めようじゃないか。君たちとて、私とセイヴァ―に聞きただしたいことがあるのではないかね?』

 

 せっかくの機会なのだからとでも言いたいかのように十年前からのいいやそれ以上よりも昔からの因縁を肴として絶対神との語らいが始まりを迎えようとしていた。

 




ルチアーノ、めっちゃかませっぽいんだけど、君、大丈夫?

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第7話「ハルジオン」③

――セプテム・『グロリアス・カストルム』――

「あ、レイジ……! このぬいぐるみとっても可愛いと思わない?」

「相変わらず、そういうのが好きなんだな。村にいた頃から、変な生き物が好きだったよな」

 

「えー、変な生き物じゃないってば! ちょっと形は変かもしれないけれど、そこが可愛いんじゃない!」

「俺にはよくわからん」

 

 グロリアス・カストルムの出店が立ち並ぶ中央通りを歩くレイジとターニャはのどかな時間を過ごしている。お店の中を見て回りたいと言ったターニャに付いていく形でレイジはウインドウショッピングに付き合わされていた。

 

 ターニャはさまざまなものに目移りをして、あれもこれもと次々に店の中に入っていく。レイジもターニャもまともな金銭を持ち合わせていないため、店員からすれば煙たがられる存在であるはずだが、今日は王女の凱旋ムードで町全体がお祭りムードになっているからか、大きく注意をされるようなこともなかった。子供二人が仲良く騒ぎあっているくらいであれば微笑ましいと思われているのかもしれないが。

 

(村の時にも、ターニャがよくわからないぬいぐるみを縫って作っている時があったな、一回か二回ではあったけれど、貰った記憶が残っている。あれはいつのことだったかな)

 

 昔のこと過ぎて上手く思い出すことができない。なんとなく、そんなことがあったという記憶は残っているが、思い返そうとするとどうにももやがかかっている様に思える。

 

 レイジにとって、あの村を焼かれてしまった日から、レイジの脳裏にはあの焼かれた村の記憶が強く強く刻まれてしまっている。他の記憶を思い出そうとすればそれを邪魔するように、あの燃え盛る世界の中で、人々の嘆きと絶望を知らせる声が響き渡る世界が映しだされてしまうのだ。

 

(無理もない。あんな地獄を見せられて、何もかも忘れてなんてそんなのは都合が良すぎるんだ。昔の記憶に縋ろうとするなよ、俺。今、ターニャを守り抜くことができるのは俺しかいないんだから)

 

 村が焼かれ、生き残ったのはレイジとターニャの二人だけ、もしも、ここでレイジまでもが命を喪えば、かつての記憶を共有することができる存在はどこにもいなくなってしまう。

 

 周りに誰かがいたとしても、あの村で日々を過ごしていたターニャ・ズヴィズダーはたった一人の生き残りとなってしまう。

 

 それは許すことはできない。幸せな時間を過ごしているのだと実感していても、同時に自分自身の存在理由を改めて玲人は胸に抱く。

 

『―――平和な世界が生まれ、花が咲き誇る。そうすることが、残された人たちに出来る事ですから』

「………」

 

 セレニウム・シルバの慰霊碑で出会った貴族の少女のことを思いだす。平和になった世界には花が咲き誇ることができるのだと、屈託なく語った少女、されど、同時に人が花を吹き飛ばすことを理解し、そうでない世界を作り上げなければならないと願った彼女の言葉をレイジは思い出す。

 

 いくら綺麗に花を添えても、人は自分の私利私欲のためにまた花を吹き飛ばしてしまう。そうしてすべてが終わった後に呟くのだ。どうして、このような地獄が生まれてしまったのか……と。ふざけるな、ありえない。生き残った者が勝者であったとしても、そんな開き直りは許されない。

 

「アンタの言った言葉は確かに正しい。だけど、綺麗ごとだ。綺麗ごとは守る力があって初めて成立する。守る力も持たない多くの連中には、何も届かないんだよ……」

 

 ここでお祭り騒ぎを楽しんでいる人々だって同じだ。悲劇は突然訪れる。ほんの一瞬先に、もしも戦乱が引き起こされれば、彼らは当たり前に謳歌しているはずの平和をあっさりと破壊される。誰も手を差し伸べてくれない地獄の中で、どうしてこんなことにと声を上げる他ないのだ。

 

 平和なんて綺麗ごとだ、それが一番素晴らしいことであったとしても、人は誰だって自分で自分の求める願いを勝ち取るしかない。

 

「………ん?」

 

 その時であった、レイジは自分の近くにひょろひょろと飛んでくる何だかよくわからない赤い妖精のような生き物の姿を見た。疲れているから見る幻影か何かなのかと思うが、隣で霊体化をしているアヴェンジャーもそのよくわからない存在に気付いた様子だった。

 

『あれって、八代朔姫の式神か何かじゃない? 同じような体系の魔術が使われているように見えるけど?』

 

 アヴェンジャーの中に入っている三人のサーヴァントのうち、若い青年の声のサーヴァントがそのひらひらと飛んできている謎生物に対して反応した。

 

 魔術に対して造詣が深いわけではないレイジは朔姫の魔力だ何だと言われても正直よくわからないというのが本音なのだが、アヴェンジャーがそのように言うのであれば害が少ないのであろうと理解し、式神に触れる。

 

 すると、先ほど、大通りで朔姫たちが遭遇した出来事がレイジの脳裏に一気に広がっていく。

 

「あいつら………!」

 

 イメージの中に広がっていく感覚、凱旋パレートを見守る朔姫たちとそんな彼女たちに話しかける二人の人物、そして、そのうちの1人は……

 

「……っ!」

 

 まるで姫のように扱われている銀髪の少女、その少女の姿が、セレニウム・シルバの慰霊碑の前で出会ったあの時の少女と重なり合う。

 

(どうして気付かなかった……! あんな辺境の地に都合よく貴族なんているはずがない。そもそも、女一人であんな慰霊碑に向かうなんてありえない。だから、もしも、あそこにいたとすれば、それは……)

 

 ヴィンセント同様に、セレニウム・シルバでの戦いに参戦するために姿を見せた七星であるに間違いないではないかと今更ながらに気付き歯噛みをする。

 

「レイジ、ねぇねぇ、見て、これ……どうしたの?」

「悪い、ターニャ。俺行かないと……!」

 

 レイジのただならぬ空気から、自分たちの周囲に聖杯戦争の気配が近づいてきていることをターニャも感じ取ったのか、ごくりと息を呑む。彼女も分かっていたことだ。灰狼の掌から逃れたとしても、完全な安全地帯へと向かう事が出来たわけではない。

 

 レイジたちと共に来れば何れ、七星と再びぶつかり合う時が来るのは間違いなく、その時があっさりと訪れただけのことである。

 

「私も行く!」

「ダメだ、ターニャ、お前にもしものことがあったら―――」

 

「今この街で、レイジの傍にいる以上に安全な場所がある?」

「それは……」

 

 レイジは答えに窮する。七星を倒すために戦場へと向かわなければならないが、同時にターニャを放置するわけにもいかない。何せ、レイジの傍にいることが一番の安全策であることは事実なのだから。

 

『いいんじゃない、いざとなればセイバーが助けに来るでしょ』

『むしろ、あれが参戦する方が面倒ではないか?』

『彼女を気にかけて、後れを取るようなら構わず連れて行け、レイジ』

「………わかった」

 

 逡巡はあるが現実的な答えを見出すほかない。そう自分を納得させてレイジとターニャは足を進ませる。その行動もまた時計の針を進めることになるとは知らずに……

 

・・・

 

「ちょっと急展開が過ぎない? 凱旋式を見ていたら、いきなりお姫様に声を掛けられて、そのままお姫様たちの泊まっている領主の御屋敷に連れて来られるなんてさ」

「予定通りというよりも上手くいきすぎてしもうたな、さすがにあっちからいきなり声をかけてくるんは予想外やったわ」

 

「ま、いいんじゃねぇの? コソコソと策をこねくり回す必要が無くなったと考えようぜ。あちらさんだって問答無用で仕掛けてきていない以上は、穏便に終わらせるための方法があるってことだろ? だったら、それでいいじゃねぇか」

 

「交渉が決裂した時には?」

「そうなったら、セレニウム・シルバでの借りを返すだけとも。なぁ、ルシア」

 

「人のことを戦闘狂みたいに言うんじゃないよ。ま、勿論、借りを返すって言うのなら返すまでだけどね。やられっぱなしは性に合わないし。ただ、その可能性は低いかもよ? あのお姫様の色、戦いを求めているって色合いじゃなかったから」

 

 凱旋パレートの場でリゼとヨハンに呼び出された朔姫たちはリゼたちがこの都市の中で宿として使っていた領主の別荘へと連れて来られていた。

 

 あの場で拒否をすればそのまま群衆の中で戦闘が発生する可能性もあった。リゼの立場を考えればそのような行動に打って出る可能性は低いと考えることもできるが、相手は七星の血を引く者たちであり、聖杯戦争の参加者である。セレニウム・シルバの時同様に血気盛んになれば何をしでかして来るのかわからない。

 

 いかにセプテムという敵国の中に住んでいる人々であったとしても無益な犠牲を好まない朔姫としても、あの場での戦闘発展は本意ではなく、リゼの誘いに応じることになった。

 

(もちろん、こっちかてただ、連中の思い通りにされておるわけやない。連中がわざわざうちらを呼びだした理由を探りあてなならん。ウチらはふつうにかんがえれば敵同士、それ以上でもそれ以下でもないし、あのライダー陣営と組めば、ウチらを制圧することなんて容易いハズや、けど、それをしてこないってことは何頭の理由があるんは間違いない)

 

 朔姫としても、オカルティクス・ベリタスにて対峙したライダー陣営との戦いを通して実感をしたのは、このままでは自分たちは勝てないという実感である。

 

 あの場での戦いはライダー陣営が撤退を選んでくれたからこそ何とか生き残ることが出来たが、もしも、正面から激突していれば、間違いなく敗北していたのは自分たちだ。

 

 戦力差が大きすぎる。その上で他にまだ五体のサーヴァントが控えていると考えれば、勝ち目は薄く、しかし、それでも自分たちが生き残っているのが現状だ。詰将棋で言えば限りなく詰みに近い状況であり、どうして自分たちが未だに生かされているのか不思議でならない。その疑問を暴くためのヒントを得ることができる場がここであると踏んでいた。

 エドもアークもルシアも気持ちとしては同じだろう。

 

(レイジのやつには式神放ったし、あれでターニャを安全な場所に向かわすために動くやろ。そうなれば、空気読めんアイツに邪魔されることもなくなるってわけや、我ながら完璧な作戦やな……!)

 

 実際の状況は全く逆に動いているのだが、朔姫は自身の完璧な思慮の下に状況を動かしていると思っている。まさか、レイジがターニャを連れて、こちらに向かってきているなどとは考えもしない。

 

 ガチャリと外側から扉が開く。入ってきたのは、リーゼリット・N・エトワールと護衛騎士であるヨハン・N・シュテルン、そして華美なジャケットに身を包んだ明らかに堅気であるとは思えない人物の三人であった。リゼとヨハン以外のもう一人の人物は静かな態度で入ってきたものの、明らかに殺気を滲ませており、ほんの少しのきっかけで朔姫たちに襲い掛かってきてもおかしくない空気を滲ませている。

 

 たった一人の男の存在によって剣呑な空気が流れている最中ではあるが、中心人物であるリゼは白の正装に身を包んだ状態で会釈をする。

 

「ようこそ、おいで下さいました、皆さま。先ほどは、衆人環視の中で目立たせるようなことをしてしまい申し訳ありませんでした。皆さまであれば、アレが最も穏便にことを進ませるための手段であると考えましたので、ご容赦いただきたいところです」

 

「はッ、それはつまり、俺達だったら、あんたの真意に気付いて話を合わせてくれると思っていた、と。そういう風に解釈していいのかい?」

「お前、こちらの方を誰だと思っている。セプテム国王女であるリーゼリット様だぞ、挨拶の仕方を考えろ!」

 

「いいのよ、ヨハン君。この人たちは私達の国の臣民ではないわ。あくまでも、私達と対立する聖杯戦争の参加者たち、敵対をしている相手にわざわざ敬意を込める必要もない。王宮の箱入り王女である私にもその程度のことは理解できています。

 ですから、今この場では、言葉の使い方などには気を遣わなくて結構です。状況によっては綺麗な言葉を使う事も出来なくなるかもしれませんし」

 

(このお姫様、ただの夢見がかちってわけでもないか。こっちとの交渉次第では、この場で聖杯戦争に発展することもあるってわかってる)

(タズミを討つためにあれだけの軍を動員して、セレニウム・シルバを襲撃しただけのことはあるか……)

 

 ルシアもエドもリゼの言葉に彼女を侮るべき相手ではないことを理解する。言葉の経緯には気を配らなくても言葉の選択1つでこの場の穏やかな空気はいつでも壊れる可能性があることを理解しなければならない。

 

 リゼを含めた三人も用意された大きなテーブルに備え付けられた椅子に腰かける。一目で会議をするための場所であると分かるその部屋はさながら、講和会議か何かをするための場所のようにも見える。

 

「さて、皆さまをここにお呼びしたのは、こちらから二つほど皆様にお聞かせしていただきたいことがあるからです。勿論、セプテムのことではなく、聖杯戦争のことです」

「ここで全員サーヴァントを消滅させろ言われても、そんな脅迫受け入れることができないくらいのことはわかっておるんやろ?」

 

「ええ、まさか、そんな脅迫じみたことを口にするつもりはありませんよ。私達は勝つつもりでこの聖杯戦争に臨んでいますから。最初から皆さんのサーヴァントを消滅させるつもりなら、こちら側も総出で動いています」

 

 つまるところ、総出で動かない理由があるということ。朔姫の予想通りに何かしら、事態が動くであろうことは予測できた。

 

「まず一つ目の問いです。我々側のマスターであるヴィンセント・N・スティラ、彼はセレニウム・シルバで何者かに命を奪われました。それはこの場の誰かが起こしたことですか?」

「何や、そんなん、逆恨みか? それを言うなら、お前らだってタズミやジャスティンを殺しておるやろ!」

 

 ギロリと、リゼの横に座っている男が朔姫を睨みつける。しかし、朔姫は動じない。どんな理由があろうとも、戦場で命を奪われたのならば、恨まれるのはお門違い。そんなことをするのなら、最初から戦場に立つべきではないのだから。

 

「そちらの仰られることももっともです。セレニウム・シルバは戦場でした。戦場に立つ以上、命の奪い合いはどうしても発生する。ですが、その命の奪い合いにどんな意味を持たせるのかも、それぞれの解釈があるべきだと思っています。

名乗り出ていただけないのであればそれ以上のことは求めません。それが私達と貴方がたの今後に良いか悪いかは別としても」

 

「少なくとも、ウチは知らん。つーか、この場におる連中、全員城の中で必死にあくせくしておって、それ以上の戦いなんてできんかったんはお前らもわかっとるやろ。かまかけるんも大概にせーや」

 

「別にお前たちだけのことを聞いているわけじゃない。お前たちの仲間、ロイ・エーデルフェルトと七星桜子、あの二人も含めてだ」

「エーデルフェルトはわからんけど、桜子はウチが雇い主や。そのウチが知らん以上、桜子やない」

 

「随分と信頼されているんですね」

「そういう腹芸できるような器用な女ちゃうからな、そこはウチも不満に思っとる」

 

「ロイに関しても、合流してからずっと城の中で行動していたし違うんじゃないかな?」

「では、お前たちの誰も兄貴の命を奪っていないと? そんなことがあるはずがないだろうが! 舐めてんのか、ここで死ぬ気か、テメェら!!」

 

「ルチアーノ、静かにしなさい!」

「……すみませんねぇ、王女。どうにも感情が抑えられんのですよ」

 

「知っています。ですから、口を積んでおきなさい。この場に同席を許したことが私の慈悲であると、貴方も理解はしていることでしょう」

(ルチアーノ、そういえば、ステッラファミリーの副頭目の名前がそんな名前だったな。であれば、あの男、ヴィンセントの弟分か)

 

 傭兵をやっていたエドワードは裏社会にもある程度精通している。ステッラファミリーといえばイタリアンマフィアとしては相応に名が知れた者たちであり、その頭目である男の周囲の関係くらいは聞きたくなくても聞こえてくる。

 

 目的は復讐、裏社会における命の軽さなど言うまでもないが。反面、血縁以上の繋がりを求めるのが裏社会の人間たちである。ファミリーのボスであるヴィンセントの命を奪われたことでその復讐相手を求めているというのも理解できない話ではない。

 

 レイジがこの場にいなかったのは幸いした。もしも、いれば、彼は悪びれもせずにヴィンセントを殺したのは自分であると主張しただろう。

 

「一つ目の質問については承知しました、納得が出来るのかどうかは別としてもこれ以上の議論にはならないと判断します。では、次に貴方がたはこの聖杯戦争をどのように捉えていますか?」

 

「どのように? 聖杯戦争である以上勝ったやつが聖杯を獲得するって言う認識でいいんじゃないの?」

 

「その通りです。そして、我々七星側は星灰狼に勝利を捧げることが決まっています。これは我らの先祖が大陸に渡ったその時からの約定、侵略王へと総てを捧げるために、七星の祖先が誓った約束。それを我々が願う限り、ライダー陣営の勝利は揺るがないと考えています」

 

「笑えん話だね、その敵対者である俺達はあんたらの目の前に存在しているのに、もう勝った後の話しかよ?」

「では、勝てると思っていますか? 八代朔姫さん、貴女は聡明な人物であると聞いております。この場を代表して、貴女の見解を聞きたいのです」

 

「まぁ、まずもって無理やろうな、あれはちょっと桁が違う。まともにやりあったらウチら全員で掛かっても厳しいやろうな。そこにお前ら七星が結託しておるんなら、尚更、ウチらの行動は単純に、ウチらの延命措置をしておるだけにすぎんかもな」

「ちょっと、お姫、そんな弱気なこと!」

 

「事実やろ、コテンパンにされたんは本当やしな。こいつらだって分かって言っておる。ウチらだけじゃ、ライダー陣営を倒せない。その認識はお前らにとっても重要なんやろ、お姫様?」

「どういうこと、朔ちゃん?」

 

 ニタリと朔姫が笑う、この話を振られた時点でリゼが何を求めているのか彼女には合点が行った。何せ、自分が同じ立場ならやはり同じことを考えただろうという内容であるからだ。

 

「ライダー陣営が勝つ。これはこの聖杯戦争を始める前から決まっている筋書きや、七星連中が結託しておる限り、絶対に崩れることはない。けどな、気分が悪いわな、お姫様からすれば、他国の血のつながりがあるかどうかも分からん連中が我が物顔で王族出し抜いて、好き勝手に勝つために策を弄している。それで犠牲になるんは自国の民と。クッソ笑えるわ、こんなんどんな暗君だろうと気分がええわけないわな!」

 

 血の約定、かつての誓い、七星の悲願、言葉として口にすればどれもこれもが聴こえの良い言葉に聞こえてくる。しかし、それらはどれもこれもが過去に立脚した言葉だ、この国の現実を見ているわけではない。セプテムにもたらされるモノが何かあるわけでもない。

 

「姫さん、あんたの口から言えんのなら、ウチから言うてやろうか? ライダー陣営を倒すためにウチらと手を結びたい。そのために連中の目を盗んでこの場で会談の場を設けたんやろう、あんたは」

「リゼ、君は本当に……」

 

「………、私はセプテム国王女として、数日後に冠を受け取る身として、国家の為に、そしてこの国の民たちのために必要なことを為したいと思っているだけです。過去の約束は大切でしょう。ですが、そのために国土を蹂躙されるのは違う。私は―――セプテムの為に聖杯を使いたい。そのために何が最適なのかを模索しているだけです」

 

 朔姫の言葉にリゼは肯定の言葉を口にしなかった。だが、リゼの口から出た言葉はほとんど灰狼への造反を匂わせるに等しい意味を持ち合わせていた。

 

 七星側のランサー陣営とアーチャー陣営が対ライダー陣営で味方に付く。朔姫たち側から考えても破格の同盟提案であると言えよう。勝てない状況を覆すには相手側の完璧な布陣を崩すしかない。その崩すための手段が提供された。あとは相乗りするかどうかであるが……、

 

(乗らん理由はない。ウチらにとって最も重要なことは単独勢力の時点でバケモンみたいな勢力に成長することができるライダー陣営にどう対処するかや。ライダー陣営を倒し終わった後にこいつらが敵になるとしても、それは最初か分かっていたこと。むしろ、戦いの展開次第ではこいつらが脱落したうえで、ライダー陣営を葬ることができるやもしれん)

 

 リゼやヨハンが危険を承知でこのような話しを持ちかけてくるのは結局の所、朔姫たちと立場が同じだからだ。ライダー陣営を排除して自分が聖杯戦争の勝者になりたい。けれど、自分たちだけでは、あの陣営を排除することができる可能性は非常に低い。

 

 聖杯戦争をどう思っているのかという問いも、勝ちたいのか下りたいのかという問いと解釈できる。勝ちたいのならば、自分たちと手を結ぶ理由は出来るし、下りたいのであれば安全に下りる見返りをリゼ側が要求すれば、灰狼陣営に自分たちの求める見返りを求めることもできるだろう。

 

 朔姫たちにとっても、魅力的な提案ではあるが、それ以上に協力を強制されているであろうリゼとヨハンにとってのリターンが大きい。

 

(箱入りお姫様、連中の使いッパシリの1人思うてたけど、意外に頭が回るやん。腐っても王族ってことか……)

 

 朔姫は周囲の三人に目配せをする。アイコンタクトをすれば、全員が朔姫の考えに同調する反応を示してくれる。ロイと桜子がいないが、前者は強すぎるが故の柔軟性を持ち合わせているし、後者はこの手の話しを好むことは上司である朔姫には分かっている。

 

 同盟締結、喜んで引き受けた上で、まずはライダー陣営への対処を行う。いずれ決着を付けなければならない相手であれば、情報共有も含めて、彼女たちを仲間に引きずり込むことはやぶさかではない。

 

「分かった、ウチらもその提案に――――」

 

 乗ろうと朔姫が提案を受け入れようと口にする間際、領主別邸にて大きな轟音が鳴り響くのが聞こえたのであった。

 

・・・

 

『では、暫し、旧交を温めようじゃないか。君たちとて、私とセイヴァ―に聞きただしたいことがあるのではないかね?』

 

 魔法陣の中から浮かび上がった一つ目の瞳、あからさまに周囲から見ても見慣れない存在が浮かび上がっているというのに、誰も声を上げる素振りはなく、誰もその存在に気づいていない様子だった。

 

「安心したまえ、我らが神の存在は余人には気付けない。我が神が求める相手にだけこの姿は見える。そうしたことができる存在なのだ。超常の存在とはえてしてそうあるべきだろう」

 

 絶対善神アフラ・マズダを呼びだしたセイヴァーは、それが当たり前のことであるかのように語る。本来であればこの世界に存在するはずのない偶像でしかないはずの神が、瞳だけの姿であるとはいえ干渉していることに何一つとして疑問を持たず、むしろ、当たり前のように考えているのは悍ましいとさえいえよう。

 

「聞きたいことは単刀直入に一つよ、このセプテムで何を目論んでいるの? 秋津市の時のように……」

『聞くまでもないだろう、桜子。私の目的は最初から一つ、絶対善神として、顕現し、この世界に絶対の善を敷き、君たち人類を救済することだ。私はそのために生み出され、そして救いを齎すことを望まれている』

 

「そのために聖杯戦争を利用しようとしているのなら間違っているわ! 例え、あなたが本当に絶対的な善なんてものをこの世界に適用することができるのだとしても、その過程で聖杯戦争にこの国の人たちが巻き込まれるのだとしたら、あなたはその時点で絶対的な善だなんて言えない……!」

 

『それはキミの尺度でしかないよ、桜子。君たち人類では決して見出すことができない絶対的な善という存在、私はそれを体現する。誰にも想像することが出来ないのだから、誰もその存在を明らかにすることはできない。そうではないかな?』

 

「話にならないな。禅問答か何かをするつもりならば、他の所でやるべきだぞアフラ・マズダ。少なくとも、10年前の聖杯戦争と同じだ。俺達側の人間が勝とうとも、七星側の人間が聖杯戦争の勝利者になろうとも、お前が求める絶対的な善性を定義することはできない。俺達にも彼らにも変わることのない自分なりの正しさがあるだけだ」

 

『然りだ、ロイ・エーデルフェルト。かつての聖杯戦争の勝利者、勝利者である君であったとしても、絶対的な善を持ち合わせていたわけではない。むしろ、君の人生は悪性に塗れていた。君は限られた者にとって善であっても、多くのモノにとっては悪性存在であると認識されよう』

 

「君たち二人は、我らが絶対神へと、一つの真理を提示していただけた。人間には絶対的な善性を披露することは不可能であると。さもありなん、私もまた同じ意見だ。人は生まれながらに不完全、己のことしか理解できぬし、他人の正しさを認めることができる器の大きさが限られている。であればこそ、我らが神の如き存在を求めずにはいられない。正しさを知らねば人はあまりにも簡単に堕落するが故に」

 

『七星たちの戦いはあくまでも撒き餌だよ。私は彼らが自分の悲願を叶えるための場所を提供した。彼らは私に聖杯戦争を行うことによって、私が顕現するための土壌を作り上げることを約束した。言わば同盟関係だ。如何に私でも、世界というテスクチャに私を馴染ませるには、聖杯程度の奇跡が無ければ不可能だからね』

 

「侵略王たるハーン、彼はこの世界におけるあまねく邪悪に類する存在、人類史にその名を刻んだ悪辣たる侵略者。絶対善神の復活には絶対悪たる存在がいなければならない。ライダーの聖杯戦争への勝利に引き寄せられる形で我らが神はこの世界に顕現を果たすだろう」

 

『そして、その時には桜子、君に是非、見届けてもらいたい。君の母親である桜が封じた私が見出した答えを。私が世界を救済する様を。私を封じた者の娘である君にだけはそれを見届けてもらいたい。君にはセイヴァーと共に私という神の物語を語り継ぐ代弁者の役割を与えたいのだ。この物語の紡ぎ手、主役であってもらいたい』

 

「笑わせないで。私の物語に貴方が活躍する余地なんてこれっぽちも存在しないわ」

『違うよ、桜子、君の物語ではない私の物語だ。私という神話を君が観測し、君が紡いでいく。その役割を与えられているからこそ、君はここに辿り着いたのだ。それを理解しなければならないんだよ。このセプテムにおける聖杯戦争も全ては前座、私が降誕する前の準備段階に過ぎないのだから』

 

「そう、なら、そこのセイヴァーを倒すことが出来れば話も変わってくるのかしら?」

「確かに、七星側にわざわざお前を復活させようと考えている者はいないだろうし、そこの胡散臭い男を倒すことが出来れば案外、お前のことなど考える必要もなくなるかもしれない」

 

 桜子とロイの前にセイバーとランサーが姿を見せる。セイヴァーという未知の存在、未知のクラスを前にしてではあるが、今後、七星との戦いが本格化していくことを考えれば、ここでセイヴァーを叩いておくことには十分な意味がある。放置したところで間違いなく厄ネタになるのが分かりきっている相手を見逃すほど、桜子もロイも甘くはない。

 

『やれやれ、今日は挨拶だけのつもりだったが、できるかい、セイヴァー? いいや、我が神話の紡ぎ手―――ザラスシュトラよ』

「勿論、総ては我らが神の思うがままに。私は善と悪の戦いを紡ぎましょうぞ」

 

「ザラスシュトラって……!」

「ゾロアスター教の開祖、善と悪の二元論の世界を生み出した者、捻りも何もなく、アフラ・マズダにとって最も信頼を置くべき相手ということか」

 

「然り、私の存在理由は我が神に仕えることである。であれば、我が神の大願を叶えるまで、この身はこの地に繋ぎ止めておかねばならぬ。私の存在こそが、我が神をこの地に繋ぎ止めるための楔となっているのだから」

 

「それはいいことを聞いたな」

「ええ、ならば、お前を倒せばその厄介な気配を持つ神を排除することができるということでしょう?」

「貴殿もサーヴァントである以上、こうして対峙した今、我々は聖杯戦争の寄る辺に従ってしのぎを削るだけです……!」

 

 セイバーとランサーがセイヴァーを倒すことが出来れば二人のマスターにとって、イン炎の存在を排除することができることに方針を固める。

 

 そして、セイヴァーは何もない場所から一冊の本を取り出す。

 

「困ったものだ、私はあくまでも預言者だ、君たちのように武芸を披露して歴史に名を残した者ではないのだが……、神の御前だ、無様な姿を見せることはできない。

 我が善と悪の物語、そしてかの哲学者が語りし、超越者のように精々足掻いて見せるよしようじゃないか。

 ――――宝具開帳『ツァラトゥストラはかく語りき(Also sprach Zarathustra)』」

 

 10年前からの因縁を巡る戦いの火ぶたが切られる。しかし、その戦いは奇妙な様相を呈する戦いとなるのであった。

 




これは同盟締結しない予感がマシマシですねー

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第7話「ハルジオン」④

――セプテム・『グロリアス・カストルム』・領主別邸――

 ある意味で運命とは、巡り巡って、出会うべき者たちを出会うべき場所へと配置する。たとえ、その出会いが当人たちにとっては望まないものであったとしても、その再会が再会するべきではなかったとしても、残酷に、悲劇的にその出会いを演出する。

 

 まるで歌劇作家がその悲劇を演出するための場所がそこであるように指定するかのように。

 

「何の騒ぎですか……!?」

 

 朔姫がリゼの同盟提案を受け入れると言葉にしようとしたのと全く同じタイミングで屋敷内に轟音が響き渡る。おそらくは、屋敷の入り口だろうか。

 

「………、地雷踏んでもうたな」

 

 朔姫は何も運命論者を気取っているつもりはない。世界に怒る事象の総ては偶然と、その時々の人間の行動によって引き起こされる結果の連続でしかないと思っているし、神の気紛れだなんて言葉は神祇省に参加する者であるからこそ、あえて言うつもりはない。

 

 よって、このタイミングでそれが引き起こされた原因が何であるのかといわれれば、自分の行動でしかないと察しがついた。誰が今、ここで騒動を引き起こしてしまったのかまで合点が行ってしまったのだ。

 

 何せ、式神を放ったのは自分たちがこの屋敷に向かう直前、それが辿り着き、そして行動を始めて、この場で会話をしていた時間を考えればおのずと整合性は取れる。いやらしいまでに整合性が取れてしまうかこそ、もはやそうでしかないと理解できてしまうのだ。

 

「あー、すまんな、姫様。うちらとしても、誠に不本意極まりないんやけど、今回は運がなかったと思うしかないかもしれんわ、お互いに」

 

「運がなかった、それはどういう―――」

「言わんでもわかるやろ? こうなってしもうたら、収まりがつかなくなってしまうってことや」

 

 言うが早いか、リゼや朔姫たちが座っている部屋の壁が破壊され、同時に颶風のように飛び込んできた一人の少年の刃が朔姫たちの対面に座るリゼの下へと伸ばされていく。

 

「―――――――」

「七星は―――全て俺が、殺すッ!!」

 

 純粋なる殺意を込めての襲来、漆黒の風と化した襲撃者の姿に即座に反応をするべきだとリゼの身体に宿っている七星の血が騒ぐが、どうしてかリゼはすぐに反応することが出来なかった。むしろ、その飛び込んできた少年の姿に目を奪われて呆けてしまうような完全なる隙を見せるが―――、

 

「させるわけがないだろうッ!」

 

 当然のように剣を抜いたヨハンの剣と漆黒の大剣が激突し、その衝撃で反対側の窓ガラスに亀裂が走る。刹那の迎撃、しかし、リゼを守るために隣に立つ騎士であるヨハンにとっては、その迎撃は造作もない。造作もないが、自分の胸の内で騒ぐ何かが生じたのだ。

 

(何だこの感覚、追い詰められているわけでもないというのに身体が警告を発している。何か、こいつと接触しているとまずいとでも言うような何かが……)

 

「お前も、七星か……?」

「だったら、何だ? お前は何者だ、お前が刃を向けた相手が誰であるのかくらいは知っているだろう!」

 

「知るか、誰であろうと関係ない。お前も、そして隣のソイツも、七星である限り、俺の敵だッ!! お前が連中に手を出してくれたおかげで探す手間が省けた。知らせてくれて感謝するぞ」

「はぁぁ……、いや、もう全部水の泡やわ」

 

 鍔迫り合いから離れて着地し、怒りを滲ませた表情で大剣を握るレイジの姿に朔姫はため息を零す。直情的なレイジにここで七星との同盟の提案をされたのだと説明すれば、それこそややこしいことこの上ない状況が生まれてしまう。

 

 要するに同盟締結は詰んだと言ってもいい。あとは、どれだけ早急にこの場から撤退することができるかどうかにかかっているのだが……

 

「君は……」

「危うく騙されるところだった。ああそうさ、あんなところに貴族の娘がいるハズなんてないんだ。ちょっと頭を回せば理解できたはずなのに……、アンタのような人間がいればこの国も少しは良くなるかもしれないと思っていたのに……、まさか、アンタまで七星だったなんてなッ!」

「………っ!!」

 

 レイジの言葉にリゼは苦々しい表情を浮かべる。彼は明確に七星に怒りを滲ませている。あの慰霊碑の前で彼が口にした平和を踏みにじる人間たちへ向ける憎悪の行き先がもしも、七星であったのだとすれば、それはこの国に住まう人である以上、リゼが享受しなければならないことだ。まるでわかったような口を利いておきながら、その当事者が平和を語る滑稽さ、笑えないのは事実だろう。

 

 あの時は互いの素性を知らなかった。知らなかったからこそ、綺麗ごとを口に出来たが、今、事情を知ったうえで同じ言葉を自分は口にすることができるだろうか。

 

 リゼが明らかな動揺を浮かべるその横で一発の銃声が鳴り響き、レイジは放たれた銃弾を大剣で払った。

 

「おい、小僧一つだけ答えろ。テメェはセレニウム・シルバで俺の兄貴を、ヴィンセント・N・ステッラを殺した男か……?」

 

 静かな怒りの声を吐きだしながら、ルチアーノが問いを投げる。銃口を突きつけ、ほんの少しの引き金1つで弾け飛んでしまいそうなほど顔をひきつらせながら、レイジに問いを投げ、レイジはルチアーノを睨みつけるようにして答える。

 

「ああ、俺が殺した。奴は、俺の村を焼き、皆を殺した仇だったからだ」

「ならっ、テメェを殺す俺の敵討ちも許されるってことだよなぁぁぁぁぁ!!」

 

 さらに銃声が鳴り響く。怒りに塗れたルチアーノの表情は鬼気迫るものであり、レイジを八つ裂きにしなければ気が済まないとばかりの態度であったが、レイジは構う事無く跳躍し、ルチアーノの懐に飛び込むと、銃を握る手を蹴り、銃が宙に浮くと、剣を握っていない手でルチアーノの首根っこを掴み上げ、そのまま床に押し倒す。

 

「て、テメ―――ひっ……!」

「敵討ちが許される? 馬鹿も休み休み言えよ。お前らはどれだけの人間の血でその手を濡らしてきた? お前たちの喜びの為に、お前たちの楽しみの為に、多くの人が涙を流してきたはずだ。それを自分たちが返されたら、敵討ちだと? ふざけるなよ、ゴミクズが。先に手を出してきたのはお前たちだ……!!」

 

「こ、殺すのか、俺を……兄貴のように……!! テメェがむごたらしく殺した兄貴のように、俺も殺すのか、殺人鬼!! テメェの事情なんて知ったことかよ、ああ、そうとも、俺達は生きるために人を騙す、傷つける、殺す。そういう人間だ、ゴミクズだろうな、だが、俺たちには俺たちなりの絆がある。それを土足で踏みにじったテメェに説教垂れる資格があるわけがないだろうが!!」

 

 命を奪えば、レイジが死を迎えるまで呪い続けてやるとばかりの呪詛を吐きだす。

 

「テメェも俺達と同じ穴のムジナだ。1人殺せばもう止まらない。ほら、軽々しく殺せよ。地獄で兄貴と共にお前の末路を見守ってやる……ッ」

「―――――、俺は七星以外に興味はない」

 

 しかし、レイジは剣を床から抜きとると、殺せと口にしたルチアーノのことを無視するように立ち上がる。レイジが仇としてその武器を振うのはターニャを攫い、村を滅ぼす原因を生み出した七星だけ、ルチアーノがヴィンセントと共に多くの人々の命を奪ってきたとしても、それはレイジには関係のないことであり、その為に彼が刃を振うことはない。

 

「テメェッッ、そんな道理が許されるわ――――がっっ!!」

 

 レイジは容赦なくルチアーノの顎を蹴りあげると、脳震盪を引き起こしたのか、ルチアーノの意識は失われ、床に転がる。意識を奪わなければ吠えたり暴れたりするだろう。それはこれから七星殺しを行うレイジにとって邪魔でしかない。

 

 いかにルチアーノが裏社会の人間であったとしても、ここは聖杯戦争が行われる場、ただの人間が踏み込むことを許されるような世界ではないのだから。

 

「―――――ッ!」

 

 対してレイジのこめかみを狙うように矢が放たれ、それを霊体化を解除したアヴェンジャーが受け止める。それを放ったのがヨハンの隣に立つ片足に包帯を巻いたブラウンヘアの青年であることを理解し、同時にヨハンの隣に避難したリゼの横にも金髪の鎧騎士が姿を見せる。

 

「これが、貴方達の答えということでよろしいですね、八代朔姫さん」

「ま、先に手を出したのはこっちやからな。まぁ、仕方ない。この狂犬の面倒はウチらが見るって決めてしもうたからな」

 

「ヴィンセントおじ様の命を奪ったことも秘匿していたんですね」

「嘘はついてはおらんかったけどな、レイジのことは聞かれんかったし」

 

「……女狐が」

「阿呆が、権謀術数っていえや!」

 

 朔姫は苦々しい表情を浮かべるリゼに対して中指を突きたてて挑発の声を上げる。リゼたちとの同盟は喉から手が出るほどに魅力的な提案であったことは間違いないが、同時にレイジが何よりも嫌悪する七星との同盟を結ぶことを意味している。成り行きで同行しているとはいえ、自分たちはレイジの復讐に手を貸すことを認めた。利害の一致であろうとも、そこは変わらない。

 

 七星との同盟はその約定への裏切りを意味する。それはレイジの登場で誰もが分かっていたのか、エドもルシアも、そしてアークも朔姫の中指を突きたてる態度に反論を口にすることはない。

 

「………残念ですね、貴方達とであれば共に目的を果たすこともできると思っていましたが、ええ、これは個人的な感傷に過ぎませんけれども、ヴィンセントおじ様の命を奪った相手と手を結ぶことは確かに出来ません、ヨハン君、ランサー、アーチャー、ここでセレニウム・シルバで討ち漏らしたキャラスター、そして、あの少年のサーヴァントを消滅させます…!」

 

「承知しました、マスター!」

「はッ、望むところだよ、あそこでつけられなかった決着をつけてやろうじゃないか、なぁ、アーク」

 

「応よ、今度こそ、その馬から引きずりおろしてやるぜ、ランサー!」

「それが出来るのならばやって見せるがいい、アーク・ザ・フルドライブ、そして、バーサーカーのマスターよ」

 

 セレニウム・シルバにおける戦いで対峙した者同士、アークとルシアはその時に圧倒的な力で最後までその場に君臨し続けたランサーとの再戦に血が湧きたつ。

 

 もしも、ここにアステロパイオスがいれば、ランサーとの再戦に心躍ったはずだ。敵でありながらもその技量、そして騎士としてマスターであるリゼを守ろうとする意志は絶対的であったこの騎士は味方にすれば心強いだろうが、敵として対峙するのであれば生半可な終わりは期待できない。

 

 誰が口にするまでもなくアークは鋼鉄の腕を自身の腕に纏うように顕現させて、ルシアも自身の武器である二挺拳銃を握る。ランサーもまた白の槍を握る。

 

「あのライダーの腕、どうにも故郷の匂いを感じるけれど、やれやれ、あれの相手をしようにもこっちはこっちで見逃せない相手がいるってことか」

 

「ハミルトン、ウチらはレイジのフォローに回るで。放っておくとあいつ、無茶しかせんからな」

「了解だ、お姫。できればアークたちの援護があった方がありがたいが、ランサーを野放しにするくらいなら集中してもらった方がいい。俺は大して役に立たないだろうが、キャスターが迎撃に力を貸してくれるのならば、早々分が悪いわけではないだろう」

 

「うーん、姫もあんまり働きたくはないんだけどなー」

「せやかて、サボってられるほどの相手やないやろ、相手はギリシャ有数の狩人様や」

 

「カストロやポルクスのおかげですっかり、こっちの真名もバレてしまっているしな」

「それで弱くなるような英霊じゃないだろう、アンタは。臆することなんてないさ。半分は生き残ったマスターだけだ。怖れるほどじゃない」

 

 アーチャーに声をかけたヨハンは最初の一太刀を防いだレイジへと視線と殺気を向ける。レイジにどんな理由があろうとも、リゼに刃を向けた時点で、ヨハンの中でレイジは倒さなければならない相手だ。

 

 七星のマスターである前に王女であるリゼの護衛騎士として戦場に立つヨハンにとって、何よりも大切なことはリゼの命を守り抜くこと。リゼと共に歩んでいくことを決めた時から、ヨハンにとっての至上命題であり、あらゆるものに優先される。リゼを守ること以上に優先される事態などありえない。ありえないというのに、ヨハンは何故か、レイジという存在から目を逸らせずにいた。

 

(何だ? さっきから、僕の中の何かが警告を発している。リゼに刃を向けたアイツが、襲撃者でしかない筈のアイツの存在がどうにも胸の奥をざわつかせる。何か、何か大切なことを忘れているかのような……いや、まさか……)

 

 思い当たる節が全くないわけではない。心がざわつく理由の出所には思い当たる節がある。ただ、目の前に立つ黒の襲撃者の存在は知らない。このような小さな少年と自分たちに関係性があるとは思えない。

 

(いや、考えたところで仕方がないか。こいつはリゼを襲ったテロリスト、七星に恨みを持つ理由に同情することは出来たとしても、それがリゼを危険に晒して良い理由にはならない。ヴィンセントがこいつの村を襲ったのならば、それは命を奪われて然るべき理由だろうさ。いつだって、因果は巡る。自分の行動はいずれ自分に必ず返ってくる)

 

 であればこそ、ヨハンはリゼが命を狙われることは理不尽であるという他ない。村を焼くための命令をわざわざ王族であるリゼや国王が命令するはずもない。あのスラムを浄化するための戦いだって大きな葛藤を抱いていた隣に立つこの王女が、どんな理由があればこれほどの恨みを抱かれる暴挙に力を貸すだろうか。

 

 どれだけの正統性があったところで、レイジの主張はリゼやヨハンにとっては通り魔的な行動に他ならない。同情したとしても排除しなければならないのは目に見えている。

 

「そういえば、聞くのを忘れていたな、赤髪の男、お前も七星か?」

「ああ、不幸にも望んでもいないのにそのような力を与えられてしまったひとりだよ。だが、生まれの不幸でお前のような狂人に命を奪われる道理はない。来いよ、リゼには指一本触れさせない」

 

「お前の決意など知ったことか。七星はすべて喰らい尽くす。お前も、お前の隣の女も、七星である限り……俺の敵だ!!」

 

 互いに向けるべき言葉は向け終えた。本来であれば両勢力が手を結ぶことも出来たであろう場所で花開くのは後には引けない戦いの開幕だけ。

 

 それもまたこのセプテムにおける聖杯戦争の運命であったか。あるいは……、何者かの策謀が動いているのか。それは誰にも分からないまま、両勢力の戦いの火ぶたは切って落とされた。

 

――セプテム・『グロリアス・カストルム』・郊外――

 時に、英霊とは本人の逸話とは無関係な全く別の要素を含んだうえで召喚されることがある。それは人々の間で囁かれてきた伝承がその英霊の核となる部分に触れあうような形でその真実の姿を覆い、虚飾によって彩られる。

 

 かつて秋津市における聖杯戦争にて、バーサーカーが人々の恐怖の形を食い物にして自身の本来の姿を虚飾したように、ライダーが翼ある蛇の神話を己に重ねあわせたように、本来持ち得ない筈の属性を人々の認識を糧としてその身に背負い込み、サーヴァントとしての一能力として使用することは決して珍しいことではない。

 

 俗に―――無辜の怪物、英霊にして預言者ザラスシュトラもまたそうした側面を持ち合わせる。

 

 ゾロアスター教の開祖、最古の一神教とも呼べる拝火教を生み出したその人物は本来、神の教えを伝えるための存在であり、善悪二元論世界を生み出した人物に過ぎなかった。その広大な原初の宗教を生み出した功績だけでも彼は英霊に祭り上げられるに相応しき存在であるが、もうひとつ彼を構成する上で外すことができない要素がある。

 

 超人思想――ドイツの啓蒙家ニーチェが書き記した永劫回帰の思想に基づいた著書の主役として描かれたザラスシュトラ、あるいはツァラトゥストラは、本来のゾロアスター教の開祖としての側面とは全く違う側面を英霊として召喚される際にあてこまれた。

 

 英霊としての別側面でありながらも、本来持ち合わせるはずがない側面、そうした危うさの上に成立したその力であるが、彼にとって有益な武器になることは言うまでもない。

 

「何が起こっているの……?」

「兄様、これは……!?」

「時間が巻き戻っている、いいや、全く同じことを我々は演じさせられているのか!?」

 

「然り、この身は永劫回帰の物語に綴られし主役を演じた身であれば、このような使い方もできるというもの。もっとも、私自身にはあまり実感がない代物ではあるがね、自分であって自分ではないものが演じた歌劇を再演しているだけに過ぎない。よって、不完全だ、私がザラスシュトラではなく、ツァラトゥストラとしての側面が強く浮き出ればまた違った形になったであろうが」

 

『それは困るな。私が君にも留めているのは、私の物語を紡ぎ、この世界に表した存在としての君なのだから』

「というわけだ。僭越ながらお付き合いを願うよ、一騎当千の英霊たちよ」

 

 ザラスシュトラが一つの書物を解き明かした瞬間、ザラスシュトラを倒すために動いたセイバーとランサーの攻撃がループするように続けられ、ザラスシュトラの動きもまたループする。

 

本来、ザラスシュトラとセイバー、ランサーの間にはこれだけ肉薄した状態であれば決して拭い去ることのできないほどの戦力差が生まれ、あっさりと決着がついてもおかしくない筈だというのに、先ほどからセイバーとランサーは定められた演目を延々と踊り続けているかのように、状況が進展することがない。

 

 壊れたテープがずっと同じ内容を流し続けるかのように、永劫回帰の法理に囚われたサーヴァントたちはそこから抜け出すことができない。

 

「ロイ……!」

「先ほどからセイバーに魔力を送っているが自力で脱出することができる気配が見れない。おそらく、セイヴァーの宝具を使われてしまった時点で、あの強制的な回帰状態から抜け出すことが出来ないのだろう。令呪を使えば無理やりにでも引きはがすことができるだろうが……」

 

「発動条件と効果範囲が不明瞭だって言うのがネックってことだよね」

 

 果たしてザラスシュトラの使った永劫回帰の法理は相手を指定して発動する力なのか、あるいはザラスシュトラを中心とした何らかの空間に入った瞬間に引き起こされるのかが分からない。例え、令呪を使って三人をザラスシュトラから引きはがしたとしても、対象を指定して発動させる術式を使っているのだとすれば、全く意味がない。それこそ、三画のうち一つを無駄打ちさせてしまうことになる。

 

「くっ、不甲斐ない。このような当たるはずもない攻撃を何度も何度も……!」

「バカにしてくれる! 俺達に躍らせるばかりのお前は神を気取っているつもりか!」

 

「それはさすがに業腹が過ぎるだろうセイバー。私にとっての絶対なる神は既に定まっている。私は自らが取って成り変わろうなどとは思っていないよ。そのように考えてしまうのは、既に君が神の座から零落したからかね? 人の身へと甘んじてしまったからこそ、神へと返り咲きたいという気持ちを抑えられずに、私に投影していると?」

 

「貴様!!」

「兄様落ち着いてください、怒ったところで無意味です。むしろ、隙を晒してしまうだけですよ!」

「まったくですね、むしろ、私達はもう少し自由に動けてもいいはずだというのに、身体の自由が全く効かない、なんて……!」

 

 凄まじい強制力である。英霊三人、しかも、セイバーもランサーも神代にほど近い時代を生きた英雄である。ギリシア神話に名を刻んだ者たちといっても過言ではない彼女たちを抑え込んだうえで、動きを完全に制限する。それだけでも、いかにザラスシュトラが規格外の英雄であるのかが良く分かる。

 

「せ、セイヴァー、ここまで私達の動きを封じておきながらそれ以上のことは何もしない。それは傲慢さゆえなのか、それとも何もすることができないのか、どちらなのですか……?」

 

 意を決するようにしてアステロパイオスがセイヴァーへと問いを投げる。ここまで翻弄されているにもかかわらず、あえてまったく手を出してこないのは余裕の表れではなく単純にセイヴァー自身も永劫回帰の法理を使った以上、逆らうことができないのではと。

 

「さて、まさか、自分も同じような状態になる宝具を自ら使うなどと、正気の沙汰ではないと思うが?」

「私もそう思いました。ですが、何も貴方が勝利を目論んで動いているのではなければ、その前提条件は崩れます。例えば、何らかのタイミングを見計らうために時間稼ぎをしているとか……!」

 

「……ふっ、敏すぎる女というのも考え物だな、ランサー。しかし、気付いたところで今更、何もかもが遅い。君たちが我々とこうして相対することを望んでいたように、彼らもまた君たちとこうして顔を合わせることをずっと望んでいたのだから」

「彼ら――――!?」

 

「ふふ、本当に揃っていますね。さすがはセイヴァーさんです!」

「他の連中は総てリーゼリット王女たちの方へと向かったか。都合がいいとはまさしくこういう時を言うのだろうな。協力に感謝するぞ、セイヴァー」

 

 その言葉が聞こえると同時に、セイヴァーと対峙するセイバーとランサーの間に割って入るように新たな交戦勢力が姿を見せる。

 

 その姿に桜子もロイも目を奪われ、言葉を失う。何故ならば、その二人はサーヴァントではなく人間であるからだ。いや、片方はただの人間であるとは言えないかもしれない。全身を黒の鎧、あるいはボディスーツと呼ぶべきものに身を包んだ長身の男性と、黒髪ボブヘアに黒と赤の和服を着こんださながら死神のような出で立ちの少女、どちらも異様な空気を醸し出しながらも、戦士として付け入る隙がまったくない佇まいで二人の前に姿を見せる。

 

「何者だ、お前たちは……?」

「こうして顔を合わせるのは初めてだったな、ロイ・エーデルフェルト。己はカシム・ナジェム、此度の聖杯戦争に集められた七星の一族が一人であり、序列は星灰狼に続く二位、ただ愚直に最強の七星を求める存在である」

 

「フフッ、私も初めてではありますが、ずっとずっと会いたいと思っていたんですよ、七星桜子さん。 私は七星宗家が次期当主、序列第三位の七星散華、桜子さん、貴女と違い、七星に総てを捧げた女です♪」

「七星、宗家ッ……!」

 

 殺意を浮かべながら向けられる笑みと共に聞こえてきたのは桜子にとってもいずれは出会うであろうと思われていた相手だった。

 

 七星宗家、分家である桜子の家系とは異なり、日本に残った本来の七星の血を受け継ぎ、次代へと残し続けてきた家系、時代を経るごとによって、暗殺一族としての存在意義を薄れていった桜子の家系とは異なり、宗家は魔術師狩りの暗殺一族『七星』であることに拘り続けてきた。その噂は神祇省で修業を積んできた桜子の耳にも届いている。

 

 新たなる当主になるであろう散華は桜子が七星に覚醒した頃とほとんど変わらない年齢でありながらも、かつての桜子を凌ぐほどの実力を持ち合わせた当代きっての使い手であると。

 

(こうして対峙しているだけでもわかる。にこやかに笑ってはいるけれど、あまりにも死の匂いが強すぎる……、一体、何人、命を奪えば、ここまでに匂いを醸し出すことができるようになるの……?)

 

 隠す事も出来ないほど、死の匂いを撒き散らしているにもかかわらず、当人はニコニコと笑みを浮かべていることもまた恐ろしい。どこか感情の制御すらも遥か彼方に放り投げてしまっているのではないかという態度、自分よりも10歳弱年下であろう少女が浮かべる笑みとして、これほど末恐ろしいものはない。

 

「私、ずっと夢だったんです。私と同じ七星の血を引き、かつての聖杯戦争を生き残った桜子さんと七星の血と魔術を駆使して、殺しあうことが。私と同じ七星の血を引く貴女と演じる殺し合いはきっと、とっても楽しいだろうなって。このセプテムに渡ってから、貴女がこの聖杯戦争に参戦したと聞かされた時からずっとずっと待ち望んでいたんですよ。私と桜子さん、どちらが七星として、魔術師殺しとして上なのか、それをはっきりとさせる時が来ることを」

 

「熱烈なラブコールは嬉しいけれど、私、七星としての自分に誇りを抱いていたりとかしないんだけどな。七星最強とかそういうのは自分から辞退をするって言うか、優劣を競いあうつもりもないんだけど、そう言っても、見逃してくれる空気じゃない、よね?」

 

「ええ、当主さまからは七星宗家として、桜子さま、貴女を殺すようにと命令を受けていますから。神祇省に身を隠して、なかなか手を出すことができませんでしたが……、聖杯戦争の最中であれば、いくらでもやりようはあります」

 

「覚悟はしていたけれど、戦いは避けられないか。いいよ、そういうことなら、私も覚悟は決めてきている。もっとも、そうやすやすと命を奪われるようなことはしないけれどね!」

「ふふっ、それでこそ、桜子さまです。そんな貴女であるからこそ、斬りがいがある。斬る価値がある」

 

 散華の言葉には、七星宗家として、七星の血の宿命から逃れようとしている桜子を粛正しようとする意味合い以上に散華自身が桜子に何らかの執着をしているようにも感じられる。ただ仕事として命を奪おうとしている以上の何かを胸のうちに抱えているように思えるが、その感情の源泉は桜子にも判断できない。刃を交えた上で理解する他ない。

 

(殺しあいたいわけじゃない。でも、黙って殺されるわけにはいかないんだよね、私には帰りを待ってくれている人がいるんだから……!)

 

 最愛の夫の姿を瞼の裏で思い浮かべて、桜子は不可視の魔術剣を顕現するためのイメージを湧かせていく。刀身すらも持たない七星の魔術によって生み出される剣こそが桜子の持ち得る武器、対して散華は彼女専用に鋳造されたであろう刀が武器、似ているようで似ていない二人の戦いは運命に導かれるように始まりを迎える。

 

 そしてもう一つの因縁も花開こうとしている。

 

「ロイ・エーデルフェルト、10年前の聖杯戦争にて、七星桜子を破り、聖杯を獲得した勝利者、現状、もっとも、世界最高峰の魔術師に近い者。この聖杯戦争にて、貴様とこうして顔を合わせることができる日を待ち望んでいたぞ」

「顔を見たこともない相手だけにまったく覚えがないが、昔、出会ったことでもあるのかな? 七星の知り合いは桜子しかいないと思っていたんだが」

 

「問題ない、己と貴様は初対面だ。己が一方的に貴様を意識をしているだけだ」

「理由は聞かせてもらえるのかな?」

 

「―――貴様が最強であるが故に」

 

 あっさりと、とてもシンプルな答えを全身を装甲外郭に身を包み、顔すらもヘルメットで覆った男、カシム・ナジェムは告げる。ロイ・エーデルフェルトを強烈に意識しているのは、ロイという存在が実力として最強格の魔術師であるからだと。

 

「七星の本懐は魔術師を排除すること。我らの存在意義とはそれすなわち、あらゆる魔術師を葬ることができる力、あるいは技術といってもいい。七星として生まれ、魔術師殺しの宿命を背負った己の立場を享受した。

 であればその先に何を求める? 簡単だ、どんな魔術師であろうとも屠ることができる圧倒的な力、七星としての本懐を遂げることこそが己がこの世界に生を与えられた意味、ロイ・エーデルフェルト、聖杯を掴み、現代魔術師の最高峰に位置する男、お前を凌駕し、屠ることこそが、己の存在意義を満たしてくれるのだ」

 

「随分と面白い考え方をするな。顔を隠しているのも何か理由があるのかい?」

「自分自身という個に興味はない。圧倒的な魔術師を屠ることこそが己の存在意義であるが故に。その存在理由のために己はあらゆる手を尽くしてきた。その結果が今の身体である。この鋼鉄の肉体こそが己の覚悟であると知れ、ロイ・エーデルフェルト」

 

 無機質な機械音声、それはカシム・ナジェムという人物の正体を知られないために行っていることなのだとロイは解釈していた。ヘルメットも自分の正体を隠すためであると。暗殺一族として自分の顔を隠し、正体を知られないことは十分に理解できる範疇の理由であるが、カシムと会話を続けている中でロイは自分が想像している以上の覚悟と執念を目の前の無機質な鋼鉄の男が抱いているのではないかと感じ始める。

 

 グルグルとヘルメットのガラスコーティングされた素材の下で全方位を見渡すことのできるモノアイが動く。

 

「多くの言葉はいらない。明確な理由も必要ない。ロイ・エーデルフェルト、七星を倒すことで己の存在を確立した男よ、今度は己が貴様を倒すことで己の存在意義を確立する」

 

「まったく、厄介な男に目を付けられたな。悪いが桜子……、加勢をすることはできないかもしれない」

「いいよ、お互い様だからさ」

 

 ロイにとっても、桜子にとっても、対峙した相手は恐らく楽に勝てる相手ではない。人造七星のような量産品ではなく、一騎当千を体現した真なる七星の強者を二人を前にして、ほんの少しの油断はそのまま命取りになる。

 

 増援も玲人たち側の戦闘も行われている以上は見込めない。勝つか撤退するか、どちらにしても、自らの手で道を切り開かなければ、この先はない。

 

第7話「ハルジオン」――――了

 

次回―――第8話「激動」

 




次回は1日お休みして、5月1日更新となります!

【CLASS】セイヴァー

【マスター】

【真名】ザラスシュトラ

【性別】男性

【身長・体重】190cm/70kg

【属性】混沌・善

【ステータス】

 筋力D 耐久D 敏捷C

 魔力A 幸運A+ 宝具A

【クラス別スキル】

救世者B
 数多の人を救った事を表すスキル。
 セイヴァーはこの世全ての善と悪の闘争を語り、人々を導いた。

【固有スキル】

対神性B
 神性を持つ者を相手にした際、そのパラメータをダウンさせる。
Bランクの場合、英雄であれば2ランク、反英雄であれば1ランク低下する。


神の選別者:EX
 数多に存在した神を選別し、ただ一人の神を最高の存在に値すると定めた、一神教
の原典となる開祖の力。
 神の如き存在にも己の力が効力を発揮する。

無辜の怪物:C
 人々の認識によって付与された後天的なスキル。ニーチェの著書によって刻まれた 
 本来の彼とは異なる超人としての彼を定義するスキルである。


【宝具】
第一宝具
『ツァラトゥストラはかく語りき』
ランク:B+ 対人宝具
哲学者フリードリヒ・ニーチェ著作におけるザラスシュトラの同一存在、ツァラトゥストラの存在、そしてニーチェが記した超人思想と永劫回帰に端を発した宝具。
古代ギリシア以降に全世界に蔓延っていた"神"という思想の後ろ盾を破壊し、人の思考のパラダイムシフトを引き起こしたともいえる宝具であり、ザラスシュトラの周囲に存在する者たちに際限のない同一行動を強制する。
効果自体はザラスシュトラの魔力に応じた領域のみに限定されるが、神性を持ち得る者には通常以上の効力を発揮する。これを破るには確固たる自我を持ち絵、己の法理で世界を塗りつぶすほどの強烈な意志力が必要となる。

第二宝具
『???』
ランク:EX 対界宝具


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第8話「激動」①

 七星桜子―――私と同じ、七星の家に生まれた女性、私と同じく日本という戦乱とは無縁の世界に生まれた七星の宿命を背負った女性であり、私とは全く違う人生を生きる女性。

 

 彼女の話しを最初に聞いた時は、胸の中にざわつく何かを覚えた。ささくれのようにずっと胸に突き刺さっていた何かがヒリヒリと痛み出すような感覚、忘れていた古傷を抉りだされて、その上に塩を塗りたくられるような感覚だと表現すれば理解してもらえるだろうか?

 

 要するに気分が良くなかったのだ。七星の家に生まれながらも、魔術師殺しの暗殺者としての人生ではなく、ごくごく当たり前の日常を生きてきた女性、自分と同じ年齢に差し掛かるまで、自分の運命を何一つとして知ることなく生きることが出来た彼女は、そのまま今に至るまで、七星の運命に巻き込まれることがないまま、自分の人生を謳歌している。

 

 それは、どこまでも七星としては落第だ、愚かしいし度し難い。七星宗家は、堕落しきった分家の後継者を抹殺するように私に命令を下した。暗殺者たりえなくなった七星など血の無駄遣い、むしろ、七星の血を欲する者たちによって、七星の血を解析され悪用される可能性もある。早々に処断するべきであると七星宗家の人々は口々に声を上げた。

 

 私はその命令を受けてこのセプテムに来ている。七星宗家の跡取りとして、宗家の意志を無碍にすることはできない。私は七星宗家の人間として生きることを受け入れた。七星の血を次代へと引き継ぎ、七星を絶やさないことこそが、生まれた時から、私に課せられた使命であったのだから。

 

 それが当たり前であり、そうしない七星桜子を理解することができない。灰狼様が勝利することに対しての異論はない。私は宗家の命令でここに来ているだけであるし、私には聖杯に託す望みなんてものは存在しないのだから。

 

 ただ一つ、たった一つだけ、七星桜子だけは私の手で殺す。これだけはどうしても譲れない。カシム様がロイ・エーデルフェルトを自分で倒すことに固執するように、私は宗家の命令として七星桜子をこの手で殺さなければならない。そうしなければならないと、私の身体が、心が、何よりも七星の血が望んでいるのだ。

 

 誰を殺すとしても心がざわつくことなんてないと思っていたからこそ、この高揚感は久しぶりだ。セレニウム・シルバのお屋敷で首を切った時とはわけが違う。

 

 七星桜子、私と似ているようで全く違う人生を歩んできた方、愛しの殺害対象、あぁ、どうか、どうか、そう簡単に殺されないでもらいたい。戦って、戦って、結局私には敵う事無く、道半ばで命を失うことに恐怖してほしい。そんな貴女だからこそ、斬る価値がある。だって、そうでしょう。これはきっと、同族嫌悪であり、嫉妬であり、踏み越えなければならない壁であると思っているから。

 

 さぁ、やっと会う事が出来た愛しの貴女、尋常に殺しあいましょう!

 

「あっはははははは、素晴らしいですね、七星桜子さん。私、自分と同じ七星でこんなに拮抗した戦いをしてくれる人に初めて出会いました! さすがは神祇省に所属し、分家のことなど気にも留めていなかった我々宗家にまで噂が聞こえて来ただけのことはありますね」

「気にも留めていなかったのなら、最後まで無関心でいてくれればよかったのに! あと、今の私は七星桜子じゃなくて、遠坂桜子よ!!」

 

「ああ、そうでしたか? でも、関係ありませんよ。私達は生まれた時から七星の宿命を背負っている。七星の呪いは嫁いだ程度で失われるような甘い呪いじゃない。私達が命を終えるその時まで、私達を蝕む呪いであると、貴女も十分知っているはずでしょう!」

「――――ッ!!」

 

 七星散華が握る長刀と桜子の魔術によって生み出された特定の形を持たない魔術剣が激突し合う。神祇省で磨き上げた式神に桜子自身の魔術を乗せることによって魔術剣として行使する戦闘スタイルによって無数の魔術剣を一斉に動かせているはずの桜子は、武器を一つしか持たず、実体を伴っているが故に攻撃手法が限定されるはずの散華に対して絶対的な優位を取れるはずであった。

 

 桜子と散華のスペックと戦闘スタイルを聞けば誰もがそのように考えるだろう。しかして、実態はそのようにはならない。むしろ、特定の形を持たず、不可視の剣ともいえる桜子の攻撃を、まるでどこから来るのか見えているかのように散華は次々と回避し、桜子の攻撃の間隙を狙うようにして刃を振い、桜子が逆に咄嗟に魔術剣を自分の懐に生み出して防御をする始末。

 

 より簡潔に状況を説明すれば、開戦当初から散華が押し続け、桜子は防戦一方の状態へと追い込まれている。あの秋津の聖杯戦争を最後まで息抜き、その後、神祇省で修業を続けてきた桜子が、である。

 

 それだけでも、七星散華という少女が、どれほど人の域を超えた戦闘力を持ち合わせているのかよくわかるだろう。

 

(私の攻撃が何処から来るのかという未来予知が出来ているわけじゃないと思う。もしも、出来ているのなら、私の攻撃が来る前に潰しにかかる。それよりはむしろ、私の身体の動きを目で追って、その瞬間に身体が反応している。できるの!? そんな滅茶苦茶……、人間の反応速度じゃない……!)

 

 後手に回る羽目になった桜子ではあるが、彼女とて秋津の聖杯戦争からここまで多くの修羅場を潜って来ただけのことはあり、防衛を行いながらも散華の七星としての能力を見極めるために思考を動かし続ける。

 

 未来予知の類ではない、散華の動きは明らかに後手に回ったうえでの行動だ。桜子が何を出そうとしているのかはわからない。されど、桜子の身体の動き、あるいは視線、魔術の流れ、どんな要素でもいい。桜子の動きからほんの少しの先の未来を見通した瞬間に、七星散華の身体は動き、桜子の攻撃を回避、あるいは後の先を制するように攻撃が襲い掛かってくるのだ。

 

 最初の激突から、押され気味だった桜子だったが、なんとか散華の攻撃に自分の攻撃を合わせる形にして、凌いでいくが、まさか、ここまで自分が後手に回されるとは考えていなかったのか、額に汗が浮かぶ。

 

「まさか、桜子があそこまで後手に回るとは。実力自体は桜子とさして変わらないように見えるけれど……、七星としての能力か」

 

「我ら七星が宗家に生まれた後継者たる、七星散華は、我々の誰よりも七星の血を色濃く受け継いでいる。先人たちが魔術師殺しとして研鑽を積み上げてきた技術、経験、そして継承という名の呪い、それらを誰よりも色濃く受け継いでいる。

 故に―――技術と経験、そして執念によって与えられた『超反応』こそが、彼女の身体に宿る七星の血が生み出せし力、若年でありながら序列三位に名を連ねるだけの実力を持ち合わせている」

 

「そこまで褒めて、序列三位というのも些か矛盾しているように思えるが?」

「この序列は己と灰狼が聖杯戦争を勝ち抜くことができるかどうかを基準として定めたに過ぎない。七星散華はあくまでも個人としての七星の完成形といえるが、灰狼には、人造七星という力がある。そして己は――――既に、七星という存在の枠組みに囚われてはいない……!」

 

 ドンッと大地を踏みしめる音が響く。人間大の身体をしておきながら、全身をボディスーツと黒のヘルメットで頭を覆っているカシムの足が大地に響かせる音は明らかに人間の重さによって引き起こされる音ではない。

 

(やはり、この男……)

 

 そして、弾かれるようにロイの下へと飛び込むカシムの背中から火が噴く。比喩表現ではない、まるで小型の飛行機のエンジンが火を噴かせて飛翔するかのように、カシムの背中に生えた背部スラスターから火が噴き、人間では再現不可能な速度を以てロイへと肉薄するのだ。

 

 そして、鋼鉄の拳を以て放たれる一撃にロイは自分の身体に流体魔術を使用し、滑るように攻撃を回避する。ロイの身体を掠めた拳はソニックブームを引き起こし、ロイの頬に擦過傷を作り、血が噴き出す。

 

されど、それはあくまでも衝撃の余波で生み出されたものだ、ロイが回避したことによってカシムの拳を受けることになった建造物の壁はまるで、隕石が落下した後の地面のように拳を叩きつけられた箇所を中心に衝撃が伝わり、ひび割れていく。そして、ツンとカシムが指を触れると、ギリギリで保っていた均衡を崩されたからなのか、あっさりと建物は崩壊する。

 

 そこに刻まれてきた歴史も意味も、ただの拳1つで無意味へと追い落としたのだ。

 

「己もまた七星の血族として生まれた。しかし、さして己には七星の魔術師としての才覚が無かった。知識と発想はあってもそれを再現するための肉体がなかったのだ。

 であればどうする? 答えなど一つしかない。己の理想たりえる肉体を手にする。鍛え上げたところで限界があるのならば、その限界すらも超える他ない。その果てに至ったのがこの身体だ。己は鋼鉄の衣を纏うことで己の理想を手に入れた。

 これが七星を超越することを目指した序列第二位、カシム・ナジェムの姿である」

 

 全身を鋼鉄の肉体へと改造し、最強の魔術師であるロイ・エーデルフェルトを越えることによって、自分こそが七星最強の魔術師であることを証明する。それこそがカシム・ナジェムの目的、生きる上での命題といってもいいだろう。

 

「己には七星散華ほどの才覚は持ち合わせなかった。だが、生まれたその時の才覚だけが全てを決めるわけではない。生まれたその瞬間に序列がつくなど、研鑽をつみ成長を果たす人間の性をバカにしているとしか思えない。

 ロイ・エーデルフェルト、魔術の神に愛された男よ、お前もそうだ、お前という圧倒的な才覚を持ち合わせる男を凌駕してこそ、己は己の最強という夢を手にすることができる」

 

「俺は別に自分が最強であるなんてことにこだわりを覚えたことは一度もないんだが……、妄執もそこまで行けば立派な現実か。いいとも、来いよ、カシム・ナジェム。お前が七星最強を自負するというのなら、俺はお前の最強という鎧を完膚なきまでに破壊して、現実を思い知らせてやろう。俺はただ強いだけの男だからな」

 

 かつて強さしか取り柄がないと口にした男の言葉にカシムの殺気が膨れ上がる。散華やロイ、あるいは桜子ほどの才覚を持ち合わせていなかったという言葉は決して嘘ではないのだろう。

 

全身を鋼鉄へと変えることによって、才覚というコンプレックスに対抗し、凌駕するための道を切り開いたカシムの努力と執念は恐るべきことであるとロイも自覚している。自覚したうえで、自分自身の肉体を強くなるために躊躇なく捨て去るその倫理観の欠如した行動は、七星の血が為せる技なのか、実に恐ろしいと感じるのだ。

 

(この男を放置しておけば、碌なことをしないのは間違いない。俺と七星との戦いは、既に終わりを迎えているが、俺を恨むあまり、エーデルフェルトの家に手を出されるのだけは困るからな)

 

 手段を択ばない相手が、自分だけを狙うのならばまだしも、リーナが当主となり、これより新たな道を進んでいくであろうエーデルフェルトの家に手を出されることだけは看過できない。このセプテムの聖杯戦争で完膚なきまでの敗北を与えなければならぬと考え、ロイの手に魔力が宿り、即座に魔術が発動する。すると、カシムが立っている大地、そして周辺の空気が振動するように魔力が形成されて、まるで誘導弾のように次々とカシムに向かって攻撃が飛来していく。

 

「無論、その程度は対処できるとも」

 

 その攻撃が来ることにカシムは何ら驚きを覚えない。両手の指を伸ばすと、その指の先端から魔術の弾丸が連射砲のように放たれていき、それが着弾した瞬間にロイの追尾弾の如き流体魔術による魔力の奔流が霧散する。

 

「魔術師殺しの七星の魔力を込めた銃弾」

「奇抜な魔術など必要なイ。原理は単純でも数を揃えれば貴様を圧殺することができる」

 

 先ほどの拳を振って飛び込んできた姿がまるで幻影であったかのように今度は両腕から魔力弾の乱射が放たれ、ロイの周囲に次々と流体魔術によって隆起した大地がせり上がって来るが銃弾が直撃した途端に魔力が解除され、ほんのわずかな防壁にしかならない。

 

 ロイ自身もその身を動かしながら回避を続けていくが、通常の実弾のように球切れになるという概念が、カシムの魔力切れでしかありえず、おそらく、そんなことが起こるような欠陥の改造をこの男はしていないだろうとロイは考える。

 

(先ほどの近接戦闘がフェイクであるはずもない。おそらく、こちらが懐に距離を詰めればその途端に近接戦闘へと変えるだろう。人間であれば、武器から徒手へと変えることへの時間的な隙が生まれるが、この男の戦闘方法からすればそのようなロスはほとんど生まれない。加えて―――)

 

「どうしたロイ・エーデルフェルト、逃げ回っているだけでは己を倒すことなど出来んぞ? 最強が、最強たりえる所以は常に相手を圧倒するが故ではなかったか?」

 

 突如として、カシムの肩口が開き、そこから大口径のレーザー兵器が放射される。それもまた七星の魔力を込めた攻撃であり、カシムは移動しながらロイに向けてレーザー兵器を放ち続ける。

 

「ふふ、相変わらずカシム様はドッキリビックリですねぇ」

「何よあれ、もうあんなの人間じゃない……」

 

「いいんじゃないですか、人間かどうかなんてさして関係ないですよ。そもそも、七星に生まれた時点で普通の人間の生き方なんて望めないんですから。カシム様が七星としての役目を果たすために自分の身体さえも捧げたこと、私はとても素晴らしいことであると思いますよ。七星はそうでなければならない。貴女のように七星の宿命から逃げ続けているだけの方には分かりませんか?」

「別に私は逃げ続けているわけじゃない。ちゃんと終わらせて、自分の人生を生きたいと思っているから、ここに終わらせるために来たのよ!」

 

「それが逃げていると言っているのですよ、七星の宿命を終わらせることなど出来ません。そう考えているのは貴女が自分の避けられない運命を必死に必死に否定しようとしているからなだけです。どれだけ声を上げても、どれだけ必死に足搔いても、運命は必ず追いついてくる。七星という力は呪いであり祝福です。受け入れてしまえばとても楽になるというのに、貴女は目を逸らし続けているだけです。だから、ロイ・エーデルフェルトにも勝利することができなか――――おおっと!」

 

「私を出汁にしてロイを値踏みするようなことを言うんじゃないわよ! あの時の私達は互いに全身全霊を出して戦った。その結果として私は彼に一歩及ばなかったけれど、じゃあ、私が七星の総てを使っていれば勝てたのかなんて分からない。それだけ彼は強い。見ていればすぐに分かるわよ!」

 

「ふふっ、貴女でもそこまで感情をあらわにすることがあるんですね」

「私だって普通の人間なんだから、当たり前でしょ。貴女、散華とか言ったかしら? まるで、私が貴方とは徹底的に違う存在であるようにでも思っているんじゃない? そんなことはないわよ、貴女と私だって同じなんだから」

 

「同じ……?」

 

 ピクリと散華の眉が動く。何か聞いてはならない言葉を聞いてしまったような感覚、自分の胸の奥がざわつくような感覚を覚えてしまう。

 

「同じ、じゃない。私と貴女は違う。あまりにも違う。同じだなんて認められない」

 

 ポツリ、ポツリと零れる言葉は、どこか擦り切れるような痛みすらも言葉から感じられる。

 

「フラウ!!」

「あら、ますたぁ、踊ってくださるのかしら? それとも、そちらのお方が今日のフラウの踊り手かしら?」

 

「ええ、踊ってあげてください。彼女もまた貴女と踊りたいと思っているでしょうから」

「まぁまぁ、それは嬉しいわ。フラウは踊ってくださるのなら、誰とだって踊って見せるわ。ねぇ、お姉さん、フラウの手を取ってくれるかしら?」

 

 散華が声を上げると同時にどこからともなくその少女が姿を現した。一見何の変哲もない少女、されど、その病的な様子と漆黒のドレス、そしてこの場にあまりにも場違いな赤いバラが装飾されたストローハット、世界を見ているようで全く見ていない言葉の羅列は無関係の少女であるとは決して考えられず、彼女こそが七星散華のサーヴァントであることは間違いない。

 

(確か、朔ちゃんが言っていた。アサシンのサーヴァントは相手に触れるだけでその相手の身体を腐食させたって。その話が事実なら、あのサーヴァントに触れられるわけにはいかない。私と触れあえることをとても楽しそうに思っている所を無碍にしてしまうのはかわいそうではあるけれども……)

 

 黒の和服をノースリーブとミニスカートに改造し、その上に真っ赤な羽織を着こんでいる散華と並ぶアサシンは、まるで本当の姉妹のようにすら見えるが、その二人ですらも実際の意思疎通が出来ているのかといわれるとかなり怪しいのではないかと桜子は考える。

 

 散華はアサシンを利用しているだけか、あるいは分かったうえで本当にアサシンと踊らせたいと思っているのか。

 

(マスター同士の戦闘だけでも手こずっているのに、そこにサーヴァントか、ちょっとキッツイいけど、こっちにだって―――)

「マスター! 申し訳ありません、遅くなりました!」

 

 心の中で手助けを願った瞬間に、二振りの槍がアサシンの手を掠めて、桜子へと触れることを阻むようにランサーが姿を見せる。しかし、神代に足を踏み込んでいるであろうランサーの双槍ですらも触れた瞬間に僅かな腐食が引き起こされている。

 

 如何にアサシンという存在の腐食の呪いが凄まじいのかを物語っているようであった。

 

「セイヴァーの相手は大丈夫?」

「そちらはセイバーに任せました。マスターの、桜子の危機にはせ参じることが出来ずに、二度もマスターを失うのは私としても、さすがに御免こうむります」

「確かに。そんな経験を貴女にさせるわけにはいかないね」

 

 タズミというマスターを失ったが後にマスターとなった桜子にとって、タズミと一緒にいた頃のランサーのことを深く知っているわけではないが、彼女がマスターを守れなかったことに深い後悔を抱いていたことは知っている。今度は自分がその悲しみを背負わせるようなことだけは何としても避けなければならないと思っている。

 

「キャスター……!」

『なんじゃ。妾もそろそろ手を出しても良いのか? そこの唐変木からはお前が手を出すと滅茶苦茶になるから手を出すなと言われておるのじゃがな』

 

「フラウの援護をお願いします。皇女のランサーと真正面から戦いあう事が出来たランサーの相手をフラウ1人に任せるのは流石に苦ですから」

『なるほど、なるほど、そちらと来たか。ふむ、それであれば、邪魔にもならぬから良いか』

 

「気を付けてくださいマスター、まだもう一体潜んでいます。おそらくあちらの男のサーヴァントが」

『ひっひ、そう警戒せんでも良かろう、ランサーよ。妾とてただ己の力を過信しておるだけではないわ。お主を相手取るにあたって姿を見せぬまま、お主を崩すことができるとは思うておらんよ。もっとも、邪魔程度であれば幾らでもできるがのう』

 

 言うが早いか周囲に次々と魔法陣が浮かんでくる。周辺一帯を埋め尽くしてしまうのではないかと思うほどの規模で展開するその魔方陣から、ランサー目掛けて次々と魔力によって形成された砲撃が迫る。

 

「この程度ッ」

『おお、そうよな、一騎当千、そして速度を重視するタイプの戦士であるお主にその程度の攻撃は大した脅威ではなかろうよ。構わぬ構わぬ。邪魔立てしかせぬと言ったであろう? 必要なことは妾が無差別に攻撃をしておるということよ』

 

「……っ、マスター!」

「ランサー、私のことは気にしなくていい、集中して!」

 

 キャスターもセレニウム・シルバでの戦いの全容は水晶玉から観察をしたことで理解をしている。その中で、ランサーが迎撃のために出撃をした隙にマスターであるタズミの命が奪われたことも当然ながら理解をしているのだ。

 

 その時に覚えた後悔こそが、ランサーを桜子の下に辿り着かせたのだとすれば、それは当然に利用されてしかるべきだ。サーヴァントが如何に一騎当千であったとしても、その一騎当千の戦闘力を封じることさえできてしまえば、格下のサーヴァントであったとしても大物食いを狙うことは十分にできる。

 

「さぁ、フラウと踊ってくださるかしら? お姉さん」

 

 その砲火の最中を踊るようにアサシンはランサーへと近づいてくる。アサシンには攻撃が当たらない……のではなく、キャスターが意図的に操作をすることによって、当たらない状況を生み出しているのだろう。本人は姿を見せることもなくただ無数の魔方陣を敷くだけによって、あっさりとランサーとアサシンの戦いの定石を塗りつぶすその手法、実に恐るべきという他ない。

 

「さぁ、さぁ、さぁ」

「くっ、捌き切れなっ、あっぐっ、あああああああああああ!」

 

 ランサーの手にアサシンが触れた瞬間に、ランサーは悲鳴を上げる。アサシンが触れた箇所、槍を握る上腕部が突如として煙を上げながら腐食を始め、アサシンはその様を見てニコニコと笑みを浮かべている。

 

「あぁ、素晴らしい、素晴らしいわ、踊ってくださるお姉様、もっと、もっと踊りましょう、振らが触れても崩れないお姉様……!」

 

 腐食をしていることに気付いていないのか、あるいは気付いたうえで喜びを覚えているのか、アサシンはランサーの悲鳴など聴こえていないかのように握る手の力を強める。その腕の力は通常の女性程度のモノであるため、歴戦の戦士であるランサーからすれば、決して振りほどくことができない程度の相手ではないのだが、腐食の力がそれを邪魔する。

 

「……っ、いい加減にしなさいっ!」

 

 腕が使えない以上は仕方ないとばかりに、ランサーは自分の身体から魔力を放出して、無理矢理にアサシンを引きはがす。アサシンは吹き飛んだが、動きを止めたその瞬間に、無数の魔方陣が一斉にランサーへと照準を向けて砲撃を行う。

 

「きゃああああああああ」

「ランサー!」

 

『ふっふっ、余所見はいかんぞ、余所見は。お主は一応二人の相手をしておるのじゃからな。アサシンに触れずに攻撃をしなければならないとしても、その手法など幾らでもあるわ。姿も見えず、気配も分からない相手と触れれば、それだけでその身を裂かんばかりの痛みを与える相手、同時に相手取るのも楽ではなかろう?』

 

「ええ、思った以上に……手ごわい。ですが、桜子を守るのは、サーヴァントである前に、私と契約してくれた彼女を守りたいからです。それを不利であるとは、私は認めません……!」

『くっく、健気よのぉ。では、その誓いに殉じるがいい』

 

――グロリアス・カストルム・領主別邸――

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「疾――――っっ!!」

「そこぉぉぉ!!」

 

 鋼鉄の腕と白亜の槍、そして黒の二挺拳銃が真っ向から激突していく。セレニウム・シルバでの因縁再び、リーゼリットと契約しているランサーとアーク、そしてルシアは領主別邸の中で戦うにはあまりにも狭すぎるとばかりに、最初の激突で壁と窓が吹き飛び、次いでレイジたちとヨハンの戦闘につられるように建物そのものが半壊したことで、強制的に外へと出て戦うこととなった。

 

 アークとルシア、共に荒事には慣れており、一度は対峙するランサーとの死闘を潜り抜けた者たちであるが、それであっても、目の前の敵が脅威であることに変わりはない。

 

「ちっ、相変わらず、馬の上から、それだけの身のこなしができるモノかよ」

「私とこの愛馬はまさしく人馬一体、己が肉体を自由に動かすことが出来ぬ者などいないでしょう。以前の戦いでも言ったはずですよ、私をこの馬から引きずり落すことが出来ないのであれば、勝利することはできないと」

「それが出来れば苦労しないっての! アンタを馬から引きずりおろすことが出来た時なんて、それこそ、勝ちを確信した時だけだろうさ…!」

 

 鋼鉄の腕を持ったスーツ姿の男と二挺拳銃を握るシスター、対峙するは白亜の鎧を着こんだ騎士、もはやファンタジーか何かのような絵面ではあるが、生半可な実力の持ち主が彼らの戦いに飛びこめば瞬く間に命を失いかねないほどの戦いが展開されている。

 

「対策何かあるか?」

「それがあったら苦労しないってね。ただまぁ、指輪のお陰で随分と耐久力は増しているよ。自分の身体を捨て身にすれば、少しは肉薄できるかも、なんてね」

 

「はッ、それは確かに面白い話だが、生憎と女を盾にして、勝利を勝ち取る趣味はねぇよ」

「恰好つけてくれるね、それで勝てれば最高にカッコいいんだけど!」

 

「バーサーカーは既に倒した。しかし、アーク・ザ・フルドライブと言いましたか。貴殿のサーヴァントはいまだ、この状況になっても姿を見せない。貴方がたのサーヴァントで、未だにその正体を掴むことが出来ていないのはライダーだけ。貴殿がサーヴァントのマスターであることは間違いないはずだ。アーク・ザ・フルドライブ、貴殿は何をした。ライダーは今、どこにいるのです?」

 

「さて、別に隠しているつもりもないんだが……、わからないならわからないままでいいんじゃないか? おまえさんだって、真名を明かせと言われておいそれと明かすわけじゃないだろう?」

 

「気を付けろ、ランサー。その男が使っているその鋼鉄の腕は、僕たちギリシアの神々、オリュンポス十二神が使っていた力とかなり似通っているように見える。問答などする必要はない。さっさと倒すに限るぞ」

 

 ランサーの動きを見図るためにあえて、対峙をする二人の下へと後方より放たれた矢が飛来し、着弾した瞬間に爆発する。

 

レイジたち側の戦闘を続けているはずのアーチャーの矢が届いてきたことにアークとルシアは驚くが、すぐにアヴェンジャーが追撃の攻撃を放ち、アーチャーはアヴェンジャーの攻撃を受け止めつつ、無理矢理に矢を放っていく。

 

「僕は他のサーヴァントのように身軽に動くことができるわけじゃないが、その代わりに随分と身体が頑丈でね、我慢比べでもするかい、アヴェンジャー? お前の矛と僕の身体、どちらが先に根を上げるのか、試してみるのもいいだろう?」

「ああ、構わんとも。我がマスターの命令は最初から、お前たち全員を倒す事なのだから」

 

「まぁ、僕たちはお互いにサーヴァントだ。いずれは最後に誰か一人が勝ち残らなくちゃいけない運命にあるからね。だが、僕からすればお前のマスターは異常だよ。あれを咎めないのはお前も復讐者のサーヴァントであるからか?」

 

「否、クラスなどどうでもいい。我はマスターの、レイジ・オブ・ダストの決意と執念に心を動かされたがためにである。アーチャー、そも、お前とて今の身の上であれば、いずれランサーに譲らなければならないことは分かっているはずだ。それを理解しても尚、戦っているというのならば、我からすればそれもまた理解の範疇を越えている」

 

「まぁ、確かにそれはそうかもしれないな。此度の聖杯戦争に僕の勝ちはない。聖杯に賭ける願いだって大したものがあるわけではないけれど、勝ちを求めているサーヴァントからすれば理解が出来ないというのもそれはわかるさ。とはいえ、僕もマスターの願いは極力叶えたいと思っているからね」

「そうか、それならば我々は共に同じだ」

 

 ランサーと戦っているだけでも互角の状況をギリギリで保っているのが精いっぱいであるアークとルシアに対して、アーチャーまでもが戦って来れば間違いなく戦況は悪化する。アヴェンジャーにとって必要なことはアーチャーにランサーの援護をさせないために釘付けにすることだけだ。

 

弓兵でありながらも類まれな耐久力を持ち合わせ、アヴェンジャーと真っ向からぶつかり合う弓兵をなんとか凌ぐには、その方法しかない。数が多いからこそ取れる手法であるが、その手法が最善であることは間違いない。

 

 もっとも、サーヴァント同士の戦いがそれで問題なかったとしても、マスター同士の戦闘はまた別問題である。前線で戦うのはレイジとヨハン、そこに対して援護をするのが朔姫とリーゼリットであるが……、

 

「っ、があああああ」

「剣術の才能はまったくないな。ないというよりも学んでいないと言った方が正しいのか。我流で使える武器を使っているだけのような奴に負けるほど、王国騎士団で学んできた戦い方は安くはない」

 

「あっちゃぁ、レイジの奴のメッキ、完全にはがれておるわ。あいつ、執念はホンモンやけど、そもそも技術とか体格とかの上ではまったく話にならんからな」

 

「援護をしたいところだが、王女がこちらを監視している以上、それも難しいか」

「ほとほと厄介な能力やで。指揮官としてはこれ以上ない能力かもしれんけどな」

 

 戦い始めて、早々にレイジとヨハンの戦闘力の格付けは済まされようとしていた。我流で戦い方を学んだだけであり、大剣と蛇腹剣を扱いながらも、太刀筋が分かりやすいレイジと腐っても王国騎士であることへの自負を抱いているヨハンであればどちらが剣技において実力があるのか等言うまでもないだろう。

 

最初はレイジの執念に圧され気味であったがヨハンではあるが、あくまでも通常剣術を以てレイジを圧倒する。七星としての魔術云々の前に剣士としての修練を積んでいるヨハンにとって、見せかけの力しか持っていないレイジはさして恐るべき存在ではなく、灰狼との戦いでレイジが見せた圧倒的な爆発力はこの状況では全く見られない。むしろ、執念だけで食らいついているレイジの方がここでは悍ましいとさえいえるだろう。

 

 そしてもう一つ、レイジを不利にさせている要因はヨハンを援護しているリゼの存在である。リゼの能力である感覚共有は、七星の魔術を介することによって自分とリンクした相手に自身を通して見たあらゆる情報を相手に受け渡すことができる。大軍を相手に正確な指揮を行う上で重要な能力であり、この場における戦いではレイジとの戦闘に集中せざるを得ないヨハンに対して、視線を交すことなくリゼの状況を伝えることができる。

 

 加えて、リゼもまたヨハンの感覚を共有することができる。二人で一つの感覚を共有し、視野や戦闘状況の把握をさらに広げることができる。言うまでもなくそれはランサーやアーチャーに対してでもある。司令塔であるリゼ自身が認めた存在であれば、彼女を通して全員が状況を把握し、適切な行動をとることができる。

 

 リンクした者たちがそれぞれ、歴戦の強者であればあるほど、この力は大きな意味を持つ。ランサーにしてもアーチャーにしてもヨハンにしても自分自身の行動だけであれば、並大抵の相手に敗北することは有り得ず、問題があるとすれば突然の不意打ちであるが、それを感覚共有を使用することによって、未然に防ぐことができる。

 

(お姫様の能力は厄介やな、味方側の強化、あるいは指揮能力による力の底上げってところか……、七星個人としての実力はレイジと戦っている騎士君に遠く及ばんやろうが、こと聖杯戦争に関してだけで言えば、明らかに王女様の方が厄介や)

 

 セレニウム・シルバでの戦いを朔姫は思い出す。サーヴァントという一騎当千の存在が敵方にいながらも、王国軍は一糸乱れぬ戦闘を繰り広げることが出来ていたし、なおかつ、戦況の変化にも即座に対応していた。

 

 あちら側にライダーとセイバーという超破格の存在がいたからであると言えばそれまでだが、そこにリゼの能力が合わさっていたのだとすれば、納得できないことはない。

 

「あかんな、ほんまに逃した魚は大きかったかもしれんな」

 

 だからこそ、朔姫は惜しむ、もしも、リゼと手を結ぶことが出来ていれば、自分たちをさらに一騎当千の戦士へと変化させることが出来たかもしれない。総てが後の祭りであると言えばそれまでなのだが、敵として倒すにはあまりにも惜しい。

 

「ちっ、俺の銃弾も悉くが弾き返されている」

「姫さんがこっちにガンたれて、騎士君がそれに反応してってところやろうな、さっき、アークたちんところにアーチャーが攻撃を放ったのも、わかっておったからやろ。分断作戦はほとんど役に立たんと思った方がええ」

 

 数の有利は勿論、手数の多さによる押し込みであるが、それと同時に少数の相手を連携させないという効果もある。敵を分断し、連携によるパフォーマンスを発揮することができない間に相手を封殺するという戦い方であるが、逆に封殺されているのは朔姫たち側である。

 

「お前たちは数で押し切ることができると思っていたんだろうが、逆だよ。リゼがいる限り、どれだけ数がいようとも、俺とランサー、アーチャーがいればリゼを守りきることはできる」

「うるさい、できるできないじゃないんだよ、やらなくちゃいけないんだ!」

 

「俺は別にヴィンセントのことを殺されたとかなんだとかでお前を糾弾するつもりはない。お前を罵倒できるほど、俺はまともな人生を生きてきたわけじゃないからな。だが……、リゼに手を出す奴は、どんな理由があろうとも、俺の敵だ。お前の復讐にどんな正統性があったとしても、俺にとっては知ったことじゃない!」

「ぐっ、ぐあああああああああああ」

 

 純粋なる剣技で追い詰められるレイジは得物の大きさでは勝っているはずなのに、ヨハンの剣を押しのけることが出来ず、逆に大剣を弾かれ、身体が大きく後ろに仰け反る。その一瞬の隙を狙って、踏み込んだヨハンの切っ先がレイジの喉元へと放たれるが、そこに魔力障壁が張られ、レイジへとあと一歩、刃が届かない。

 

「レイジの事、やらせないよ!」

「向こうのキャスターか。さすがにサーヴァントの術を破りきることはできないか」

 

 レイジの命を奪いきるための最高の機会であったが、さすがにそう簡単に勝負を終わらせることはさせてくれない。キャスターによる防御結界はいかに七星の血を用いた刃であっても完全に破壊することは出来ず、レイジを守り抜く最後の防壁として機能した。

 

(それに、こいつと戦っていると、うまく七星の力を使用することができない。追い込まれているわけではないから、多少の差でしかないが、さっきもそれが通っていれば……)

 

「くっ、よくもやってくれたな……」

「諦めろ、お前では俺には勝てない。リゼを狙った下手人である以上、お前を放逐することはできないが、結果の見えた戦いをこれ以上続けたところで仕方がないだろう。さっさと降伏しろ」

 

「するかよ」

「そうか、なら、騎士としてお前を討つだけだ」

 

 ドクドクと七星の血が滾る。自分の身体の中で殺人が容認されたことに喜びを覚えるように、早く血を吸わせろと主張して来る。自分の身体の中に流れる七星の血ほど汚らわしいものはないとヨハンは思うが、この血こそが、自分に絶対的な力を与えてくれる。リゼを守り抜くために必要な力であるのならば、ヨハンはこの血を使うことを厭わない。

 

 その手を汚すのはリゼではなく自分だけであるべきだと思うからこそ。

 

『ちょっと、僕らのマスター、まずいんじゃない?』

「レイジ……!」

 

「気を逸らしたねッ!」

「ぬっ、がああああああ」

 

 ヨハンによる猛攻でレイジに危機が訪れたことを悟ったアヴェンジャーが反応し、周囲の状況を把握しきっているアーチャーがすかさずアヴェンジャーに向かって剛弓を放つ。

 

 アヴェンジャーの身体が吹き飛ぶ、続けてアーチャーはランサーと真正面から激突を続けるアークとルシア目掛けて矢を放つ。弓矢を放った瞬間、周囲の状況を確認することもなく放たれる矢はまさしくクイックドロウの極致、普通であれば気付かないであろう攻撃だが、自身に迫る感情を色で判断することができるルシアは自身へと降りかかる殺意に対して即座に反応し、

 

「アーク!」

「応とも!」

 

 鋼鉄の腕で防ぐと同時に、着弾による爆発から身を守るためにルシアを担いでアークが跳躍する。その判断はこの一瞬の隙を狙う戦いの中で間違いなく、正解の選択肢を選んだはずであった。

 

 しかし――――

 

「我が王よ――――偉大なる獅子心王よ、貴方の力をこの一時、臣下たるウィリアムにお貸し戴く!!」

 

 白の槍、その穂先に瞬くのは星の光が如き力、跳躍したアークとルシアは奇しくも朔姫たちのいる方向へと跳躍し、その穂先の向かう方向にはレイジたち全員が密集する状況、

 

「私の能力によって、ランサーは周囲の状況を把握し、そして、この一手を打つ。敵対したとなれば、倒さなければならないのが聖杯戦争。ランサー、貴方の宝具をもって、彼らを吹き飛ばしなさい!!」

「Yes,MyRoad―――『永久に遠き勝利の剣(エクスカリバー・ライオンハート)』」

 

 瞬間、眩き光と共に、周囲を焼き払う光の奔流が押し寄せる。槍から放たれる超高温のビーム兵器とも呼べるものによって、真正面にある者すべては焼き払われる運命に処されるのであった。

 

 それこそが、強大無比たるアンジュ―帝国の栄光の証、帝国史その名を刻み、五人の王に仕えた騎士の中の騎士、プランタジネット朝イングランドを支えし重臣、ウィリアム・マーシャルの宝具の一つに他ならなかった。

 

 




宝具の、一つ……!?

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第8話「激動」②

――グロリアス・カストルム・領主別邸――

 かつて、アングロ・サクソン人の王国であったブリテンの地は、大陸より押し寄せてきたノルマン人たちによって支配された。

 

 通称『ノルマンコンクエスト』――征服王ウィリアム一世によって開かれたノルマン王朝が生まれたことで、大陸から隔てられていたブリテン島の歴史は大きなうねりを生み出していく。

 

ブリテン島の王にして同時にフランク王国における貴族、ノルマン朝より始まったノルマン人たちの支配体制とは、大陸に存在するフランク王国との従属関係を意味し、時に敵対し、時に協力し合う関係を後のイングランドとフランス王国に結び付けていった。

 

 そして、ノルマン朝が断絶し、新たに生まれたイングランドの王朝を歴史上はプランタジネット朝イングランド、あるいはアンジュ―帝国と呼ぶ。

 

 カペー朝フランス王国の臣下であるアンジュ―伯アンリによって新たに生み出されたプランタジネット朝は、広大なイングランドの王位を継承することによって、フランス王国の臣下でありながら、フランス国王を凌ぐほどの領土と権勢を手にし、いつしか、フランス王国に対抗できるほどの勢力を持ったアンジュ―帝国と呼ばれるほどの一大勢力を築き上げていった。

 

 初代国王であるアンジュ―伯アンリことヘンリー二世、獅子心王と呼ばれたリチャード一世、失地王と呼ばれたジョン、多くの歴史に名を刻んだ王を産んだアンジュ―帝国であるが、それら複数の王に仕え、病床に伏して己の天寿を全うするまで長きに渡りアンジュ―帝国に仕えてきた騎士がいた。

 

 名を――ウィリアム・マーシャル、アンジュ―帝国を支えてきた騎士の中の騎士、都合、五人の王に仕え、幾多の戦場に駆り出されながら、常に傷を負う事無く愛馬と共に戦場を駆け抜ける姿は、アンジュ―帝国において王のための騎士としてその名を馳せるに相応しき存在であった。

 

 馬上試合や戦を愛馬と共に駆け抜けることがあれば、それだけで彼は無敗の騎士であった。彼を愛馬の上から引きずりおろすことが出来た者などおらず、英国最強の王とも呼ばれるリチャード一世でさえも、ウィリアムの技量には一目置くほどであった。

 

 生涯を王に仕える騎士としての己に捧げ、アンジュ―帝国における王族同士の内紛に巻き込まれながらも最後までその誇りを失う事無く帝国とイングランド、そして王に仕え続けてきたこの騎士を謗る言葉がどうして見つけられようか。

 

 リーゼリット・N・エトワールが召喚したランサーは王族に仕える者として呼び出す英霊としてはまさしく破格の存在であると言えよう。王に仕える騎士としての在り方を矜持とし、リゼの勝利の為に己の力を全身全霊振うことに迷いがない。

 

 その上で、生前の逸話からもその実力は折り紙つき、もしも、侵略王が召喚されていなければ直接的な武力だけで見れば、最強のサーヴァントは彼であったかもしれない。

 

 ランサー:ウィリアム・マーシャル、リーゼリットが信頼し、ヨハンが騎士としての師と仰ぐ男の槍より放たれた眩き光は、まさしく彼の勝利を象徴するかのように、アークやルシアごと、レイジたちをも飲みこむ光となって放たれる。

 

「やったか……!」

「いや……、確かにランサーの一撃は凄まじいが、これで全てを終わらせられるほど、柔な相手でもないよ、彼らは」

 

 絶大な光の奔流を目撃して勝利を確信するヨハンに対して、アーチャーは冷静にまだ終わりではないと告げる。光が消え、超高熱によって発生した煙が晴れたその先には、周囲を無数の護符と式神によって構成された防御結界を張り巡らせ、なおかつ、通常は鋼鉄の腕だけを顕現しているアークの機神としての本来の姿である全体を盾代わりに使うことで、ランサーの攻撃を防ぎきる。しかし、全くの無傷という訳には当然だが行かない。

 

 アークの鋼鉄で覆われた武装はところどころから火花を散らしており、朔姫とキャスターも肩で息を吐き、明らかに消耗をしている。

 

「しもうたわ、とっさに防御に力を割きすぎて、余力もつこうてしまったわ」

「で、でも、それくらいしないとさっきの攻撃を無傷で凌ぐのなんて無理だったよぉ」

 

「命あってのモノだねと思っておくべきじゃないか。そもそも、あんなもんを放てるなんて聞いてないぞ、こっちは……!」

「だが、今の技を振う前の宣言で、ランサーの真名はある程度想像が出来る。かの獅子心王に仕えた高名な騎士といえば、数えるほどしかいない。そして、あれほどの馬の扱いに長けた騎士といえば……」

 

「ああ、英国の最強の騎士の1人とも噂されるウィリアム・マーシャル、だね。もっとも、あんなビーム兵器を放つことができる逸話なんて、聞いたこともないんだけど!」

 

「それはそうでしょう。これは我が王たる獅子心王より拝領した剣の一閃を真似たもの、私が本来持ち得ることはできない輝きです。この力を行使することができるのは、私が騎士として真の忠節を捧げたことを王たちが認めてくれた証、それゆえに、私は私自身の力だけではなく、王たちの力を限定的に使うことができるのです」

 

「随分ペラペラ喋ってくれおるやないか」

「ええ、私自身の正体が知られたのであれば隠す必要はありません。隠さなかったところで、それを打倒することができるかどうかは全くの別問題ですからね」

 

 朔姫は思いっきり舌打ちをする。まったくもってその通り、結局はライダーと戦った時と同じ結論に至る。以前のライダーは王として、軍団を率いる者として圧倒的な戦力を誇っていた。まさしくこの聖杯戦争における最強の存在であると言っても過言ではないだろう。ただ存在するだけで絶望を与える存在、あのような存在がなかなかいないことはよく理解できている。

 

 だが、戦闘力という面で言えば、このランサーも決して見劣りしない相手だ。自身の圧倒的なまでの武力と、仕えてきた王たちに関わる逸話の再現を宝具として持ち得る。宝具の多種多様さがそのまま戦力の良し悪しになるのかという議論こそあるかもしれないが、あればあるだけ戦局の打開策として繰り出すことができるのも事実だ。

 

「降伏してもらえるのであれば、そちらを推奨させていただきますよ、無益な破壊は好みません。先ほどの攻撃を凌いだとしても、その威力は理解できたはずです、諦めるのであれば早い方がいいかと思いますよ」

 

 このタイミングでリゼは降伏を勧告する。ランサーの圧倒的な力を目の当たりにし、その上でアーチャーもヨハンも健在、リゼ自身は戦闘力の面では不安があるにしても彼女がいることによって大きく戦略の幅が変わってくると考えれば脅威度は変わらない。

 

 勝てない戦いにいつまでも従事しているなんて馬鹿らしいとでも言いたいのだろうか、あるいはさっさと戦いを切り上げたい理由でもあるのか。

 

 しばしの沈黙が流れた。どのような判断をするのが最善であるのか、それを突き詰めるべきであるが、やはりというかなんというべきか口を開いたのはレイジであった。

 

「降伏、はしない。降伏したところでお前たち七星は、こいつらの命を奪う。そういうことをする奴らだ。地獄に放り込まれた俺がそうなるかもしれないことはいい、七星か俺か、どちらかが消えるまでの戦いだ。だが、それにこいつらまで巻き込むわけにはいかない。

 なら、俺は最後までやる。最後までお前たちに抗い続ける……!」

 

「命を奪う、までのことをするつもりはありません。聖杯戦争の範疇内での戦いはセプテムという国に被害を齎す者ではありません。セレニウム・シルバでの戦いはタズミ卿の死を持って禊は終わりました。であれば、あとは聖杯戦争としてサーヴァントが消滅すれば―――」

 

「あんたの御託を聞いているんじゃない。星灰狼は必ずそうする。アイツはそういう男だ。俺たちの村を自分の手を汚さずに滅ぼし、ターニャを攫って、俺の身体を弄繰り回した。お前たちがどんな綺麗ごとを口にしたところで、アイツと手を結んでいる時点で信用できない。戦い続けるしかないんだ。弱者に許されているのは、強者に総てを委ねて滅ぼされるか、僅かな可能性に賭けて抗い続けるかのどちらかでしかないんだから」

 

 それだけが地獄のような世界の中で花を咲かせる唯一の方法であるのだとレイジは叫ばずにはいられない。奪われてきた者でしかわからない感覚、何も知らないものからすればレイジはわからずやで、チャンスを棒に振っているだけとしか見えないだろう。それでも、奪われてきたからこそ分かることだってある。あの日の悔恨を、あの日の絶望を、胸に焼き続けてきたからこそ、レイジは二度と同じことを許してはならないと思うのだ。

 

「……っ、私だって……!」

 

 レイジの憎しみに凝り固まりながらも、真っ直ぐな挑みかかるような瞳、お前はどうなんだと告げるような視線はリゼの胸に確かな痛みを覚えさせる。

セプテム皇女でありながら、聖杯戦争の中での自分は序列第四位のマスターでしかない。星灰狼という圧倒的な存在を前にすれば、結局、自分の意見など封殺されてしまう。その現実を知っているからこそ、リゼはレイジの言葉に歯噛みしてしまい、二の句を継ぐことが出来なくなってしまう。

 

「いいや、お前に選択肢なんてないんだよ、坊主。お前は降伏しなくちゃならない。そうだろう、お前が降伏してくれなけりゃ、このガキの脳天に鉛玉をぶち込むことになっちまうからなァ!!」

 

 その時であった、レイジたち一行とリゼたちの戦闘に声を上げる人物がいた。それは戦闘の最初にレイジによって昏倒させられ戦いのフィールドから追い出されたに等しかったルチアーノである。

 

 彼はあろうことか、レイジと共に領主別邸へと足を踏み入れていたターニャの首を自分の片腕で締め付け、人質であると一目でわかるように密着させたうえでもう片方の腕に拳銃を握って、ターニャのこめかみへと突きつける。

 

「ターニャ……!? 貴様ァァァァァ、ターニャから離れろ!!」

 

「おいおい、随分な言い草じゃねぇか。テメェがここに彼女を連れ込んできたんだろう? ダメだぜ? 無茶をするような場には大事な彼女なんて連れてくるもんじゃねぇ。ただの足手まといになっちまうかもしれ根ぇだろ。自分の行動には責任が伴うかもしれないと考えておけって、俺はさっきも言ったよな?」

 

「お前、そうか、さっきの……」

「悲しいぜ、俺は善意でお前に忠告をしたつもりだったが、ソイツを破られた上にまさか、忠告をした相手が兄貴の仇だったなんてな、俺もヤキが回ったもんだぜ。そんなことにも気づかずにいたなんてな」

 

 先ほど別行動をとっている時に、肩をぶつけて忠告をしたトレンチコートの人物がルチアーノであったことに、レイジも気づく。勿論あの場で素性の確認などしたわけでもなく

お互いに知らない相手に語り合ったことだ、大した意味などことは分かっている。

 

 だが、あの時のルチアーノは少なくとも紳士ではあった。その紳士であった男の裏の顔を引き摺りだす原因を作ったのは紛れもなくレイジだ。

 

「やめ……、は、離して……お願い……!」

「ふん、嫌だね。むしろ、我慢しているだけでも喜んでほしい所だ。本当なら、あのガキの仲間ってだけでお前の脳天を打ち抜いてもいいと思っているんだぜ?」

 

「ルチアーノ、やめなさい! 人質を取るような真似を私は認めるつもりはありません!」

 

「悪いが黙っていてくださいよ皇女様! これは、ステッラファミリーの問題だ。俺らはヴィンセントの兄貴って言う頭目を殺された。抗争の果てって訳じゃねぇ、互いに同意の上でもなかった。突然、そこの通り魔のガキに殺されたんだ。だったら、落とし前は付けなくちゃいけねぇ、そうでなくちゃ、俺らステッラファミリーは一生舐められたままだよ」

 

 激昂したルチアーノは皇女であるリゼの命令も聞かない。頭に血が上っているのは当然であるが、そもそも、国籍も違うルチアーノがセプテム皇女であるリゼの命令を聞く筋合いなどない。

 

「降伏を進めてこいつらの命を救うなんて、そんなことを俺は許さねぇ。兄貴を殺したこいつらを殺してやらなきゃ気が済まねぇ。レイジとかいったか? テメェに一つだけ同意してやるよ。

 奪われた者の痛みは奪われた者にしかわからない。確かにその通りだとも。俺が兄貴を奪われて感じる痛みは俺にしかわからねぇ。分かってもらいたいなんて思わねぇよ。知ったところで兄貴が戻ってくるわけでもないからな」

 

 どれだけ綺麗ごとを並べ立てたところで、それでヴィンセントが戻ってくるはずもないことをルチアーノは良く分かっている。リゼの言葉など、所詮は奪われたことがないから言える言葉だ。リゼにとってヴィンセントはその程度でしかなかった相手かもしれないが、ルチアーノにとっては違う。

 

 家族同然の相手を理不尽に奪われたのであれば怒り狂い、復讐するしかないと思うのは当たり前のことだと分かっている。そこに妥協はない。和解はない。戻ってこないからこそ、どんな綺麗ごとも許されない。

 

 皮肉なことは、そんなルチアーノの気持ちを誰よりも理解できるのが、最も憎らしいと思っているレイジであるということだろうか。

 

「なぁ、わかるよな、ガキ。テメェは俺がどんな言葉をぶつけたところで止まらないってことはよぉ?」

「ああ、分かっている。お前は絶対に止まらない。だが、ターニャは関係ない。お前が憎いのは俺だろう。ターニャはあの男を殺す時に何の協力していない」

 

「ひひっ、まぁ、そうだろうな。でなけりゃ、俺はもうこの引き金を弾いているよ。俺が理性を保っていられるのはこの嬢ちゃんが無関係だからだ。無関係ならどうして手を出したしたかって ? そりゃ、俺はマフィアでそういうことをするのに何の躊躇もないからさ。使える者は全部使う。それが俺たちの特権だ」

 

 ルチアーノには特殊な力など何一つない。ただの人の命を簡単に踏みにじることが出来るだけの普通の人間だ。しかし、あらゆる魔力を持つ者たちの中で、今この場を支配しているのは紛れもなくルチアーノである。彼の行動1つでターニャの命は軽くむしりとられる。それをレイジたちは容認できないし、リゼもそんな行為を嫌悪している。だからこその均衡状態、これを演出することこそがルチアーノの目的であったとすれば、

 

「どうすれば、ターニャを解放してくれる?」

「ガキ、テメェの命と交換だ。言った通り、俺は兄貴の仇を討ちたいだけだ。それ以上を望まないし、命が幾つあっても足りねぇよ。だが、お前だけは殺してやらなきゃ気が済まねぇ。そこで手打ちと行こうじゃねぇか」

 

「………分かった」

「いや、分かったって、お前、何勝手に納得してんねん? 一杯飲みいこ言われてるんとちゃうぞ!」

 

「俺の命でターニャを救えるのなら、迷うことなんてないだろう。自分の命を惜しんでターニャを危険に晒す方が俺からすれば許せない」

「馬鹿か! 七星の連中に復讐する言うてたやろ! どっちか選ぶなんてまともな常識人ぶんな、お前、もっと頭おかしい奴やったろ!」

 

「だが、それ以外に方法がない。お前たちがさっきの攻撃で消耗してすぐに手が出せないのも分かっている。奴はそこまで分かって、俺に声を上げた。それが答えだ」

 

 ルチアーノは怒りによってレイジを殺すつもりでいるが、だからといって我を忘れているわけではない。むしろ、自分の要求を通すことができるのがこの局面だと分かっている。

 レイジに意識を奪われてから、すぐに意識を回復したのかはわからないが、まさしくハイエナのような反応速度といってもいいかもしれない。

 

「お前のことは心底憎らしいと思っているが、物分かりがいいことだけは評価してやるよ。そうだな、お前が自分で選んだことだ。だったら、最後まで自分のこととして責任を取らなくちゃいけないよなぁ」

 

 レイジが覚悟を決めたことにルチアーノも自分の思惑が通るであろうことを確信する。

 

「……して」

「ん?」

 

「レイジを解放して。私のせいで、レイジが死ぬなんてこと、絶対に、ダメっ……!」

「ふん、悪いな嬢ちゃん。それは聞けない話だ。別にお前の為にあのガキは死ぬわけじゃない。兄貴を殺したからアイツはその咎を受けるんだ。復讐の正しさなんてもんは知らないが、あいつも復讐のために兄貴を殺した。だったら、俺の復讐だって正当化されなきゃおかしなことになる。あいつはそれが分かっているんだよ。立派じゃねぇか」

 

「そう言えるのなら、どうして命を奪おうとするの?」

「それはそれ、これはこれだ。男として覚悟の決まった生き方は嫌いじゃない。覚悟を決めなきゃ生きていけない世界の中で、尻尾を振って逃げるような奴よりも遥かに好感が持てる。けどよぉ、だからって兄貴を殺したことを許せるようなことはできねぇんだ。俺はそこまで器が大きくはない」

 

「レイジを殺したら、今度は私が貴方に復讐するわ」

「構わないぜ、ただ無抵抗で殺されるつもりはないぜ、お前さんが俺を殺せるのならばやればいい。俺だって同じだ。俺なりの方法でアイツを殺せるように動いたつもりだからな」

 

 その結果として、ターニャを人質にとり、レイジに命を捧げることを強要した。悪党に等しい行為であることなど言うまでもなく分かっているし、自分は悪党だ。それでヴィンセントの仇を討つことができるのならば、ルチアーノは何ら罪悪感を抱くことはない。

 

「そうですか……、なら、何をされても、文句は言えませんよね?」

「あん……?」

 

 ターニャの零した言葉、その纏う空気がこれまでのルチアーノに捕らえられた憐れな被害者としての声から、どこか冷気を纏った殺意を含んだ声に変わったことにルチアーノは気付く。しかし、ただの小娘が反抗することなど出来ない。反抗すれば、それを肴にレイジをよりむごたらしく殺すことができるかもしれない。

 

 暴れてくれることを望んでいる、そんなルチアーノの心に隙が生まれていたことは事実であり――――

 

「七星流剣術―――花散」

 

 その気の緩み、あるいは怠慢とでもいうべきだろうか。完全に想定外の行動を前にして、ルチアーノの全身から噴き出した血しぶきに誰もが目を奪われる結果となった。

 

「なっ――――!?」

「あれは、七星の魔力……!?」

「それだけじゃない。七星の魔力を使った魔術による剣術、あんな小さな子供が、それを―――」

 

 リゼとヨハンは驚きの表情を浮かべる。ルチアーノがターニャを人質に取ったことはまさしく暴走ではあるが、ルチアーノが彼女に本気で手を出すつもりがないことを分かったうえで状況の静観をしていた。

 

 レイジたち側に助ける術はなく、不穏な動きをすれば自分たちが彼らを封殺する。どんな個人的事情があったとしても、彼らが聖杯戦争の敵同士であることに変わりはないというスタンスであったため、まさか、ターニャが自分でルチアーノに対抗する手段を発露するなどとはさすがに考えてもいなかった。

 

 しかも、それが七星の魔力を内包した行為によって引き起こされた斬撃、ルチアーノは全身を切り刻まれ、五体こそ満足に繋がっているが、全身から裂傷で血が噴き出しており、彼自身も何が起こったのか全く理解できていない。

 

「がっ、あああ、な、何が……何が起こって……」

「今だ!」

 

「ぎぃああああああああ」

「レイジ!!」

 

 何が起こったのかを理解できなかったルチアーノの無防備にエドワードがガスパールより与えられた魔弾を一発放つ。銃弾はルチアーノの手に直撃し、拳銃が弾かれる、

 

 痛みに悶えているルチアーノのことなど意にも介さずに拘束する力が弱まったターニャはルチアーノを振り切って、レイジの下へと走る。レイジもルチアーノへと近づこうとしていた足が小走りとなり、ターニャへと向かうと、飛び込んできたターニャを抱き寄せる。

 

「すまない、ターニャ。君を守ると言っていたのに、俺はあいつらと戦うことばかりにかまけてしまって……」

「いいんだよレイジ。私の為に迷わず自分を犠牲にするって言ったよね、なんとかしなくちゃって思ったの。だから、気にしないで。足手まといになりたくないのは私も同じだから……!」

 

「さっきのは……」

「わかんない。なんとかしなくちゃって思ったら、突然出来たんだ。えへへ、あの時のレイジと同じだね」

「………そうか」

 

 七星の魔力を発現させたのは言うまでもなく、灰狼たちによって、ターニャの身体が弄繰り回されたことによる結果だ。それを素直に喜ぶべきなのかはわからない。だが、その力が無ければ救い出すことが出来なかったかもしれないことを考えると複雑な思いだった。

 

「あの子も七星の魔術師……、まさか、あの子が7人目の七星のマスター……!?」

 

 セレニウム・シルバでターニャは灰狼に連れて来られていたが、リゼとは面識がなかった。しかし、あの場にはリゼが顔を合わせたことのないセイバーのマスターがいた。

 

 先ほどの魔術、決して生半可な七星の魔術ではない。あれは、七星としての魔術回路を形成し、不完全ではあったとしても、完全に使いこなしていなければ発動することができない力だ。この瞬間に目覚めたとか、誰にも教わらずに使えたなんてことは有り得ない。そのような使い方で放ったのであれば暴走してルチアーノ自身の命すらも奪っていたことだろう。

 

(だとすれば、あの子は星灰狼やカシム・ナジェムが連れてきた魔術師、でも、だったら、どうして、彼らに与しているの? わからない、私の知らない情報が多すぎる)

 

「リゼ、集中しろ、まだ戦いは終わっていない!」

「ヨハン、くん……」

 

「驚いたのは俺も同じだ。だけど、今は目の前のこと以外を考えるのはやめろ。どちらにしたって、あいつらに問いたださなければわからないことが多すぎる。それは生き残らなければできないことだ」

「……うん、そうだね、ありがとうヨハン君」

 

 心を揺さぶられる状況であったとしても、まだ戦いは終わっていない。ランサーの攻撃によって大きく優勢を勝ち取ったリゼたちではあるが、ターニャの行動によってレイジは息を吹き返し、そして、体力回復の時間を与えてしまったことは事実である。

 

 仕切り直し、あるいはここから決着へと向かうのか、何にしても終わりの時は近い。

 

「ターニャ、下がっていてくれ。後は俺達の番だ」

「無茶はしないでね、レイジ」

 

「ああ、分かっている」

「これ以上はさせないよ。今度こそ、お前を斬る」

 

「やってみろよ、七星が……!」

 

 対峙するレイジとヨハン、今度は先ほどのようにはいかないと大剣を握る手に力を込める。

 

・・・

 

 一方、もう一つの戦い、桜子とロイ側の戦いもまた七星側優勢の状況が続いていた。ロイとカシムの戦いは拮抗状態、されど、桜子とランサー側はキャスターの協力を受けたアサシン陣営によって、致命傷を免れるための防戦を強いられ、優勢を取るための方法を見出すこともできない状況であった。

 

「あはは、お姉さん、とってもダンスが得意なのね。フラウとこんなに踊ってくださる方はなかなかいないのよ? ねぇねぇ、もっともっと踊りましょう。フラウ、今はとっても踊りたい気分なの」

 

『ふはは、モテる女は大変であるのう、ランサーよ。ほれほれ、必死に踊らんと、アサシンに追いつかれてしまうぞ? それとも、妾の砲火に晒されることに興奮するようになってしまったか?』

「まさか、私にはそんな趣味はありませんッ!!」

 

 双槍を振い、アサシンへと一閃を放つが、アサシンは危機回避するように跳躍し、攻撃を回避する。追撃をすればあっさりと隙を晒すアサシンへと穂先が届くであろうが、そこはキャスターの援護が入ることで追撃を許さない。

 

 先ほどからこれの繰り返しであり、同時に散華は桜子を舞い踊るように翻弄して、ずっと攻撃を繰り返していく。

 

「ふふっ、桜子さん、貴女の七星流剣術では私を捉えることはできません。実力があることは分かります。そして神祇省の技術である式神を用いての戦い方も実に見事です。ですが、宗家として七星の地を最も色濃く受け継いでいる私には遠く及ばない。

 七星流剣術―――『紅姫』!」

「速い―――っああああああああああ」

 

 七星の魔力を伝えられた長刀がまるで蛇のようにうねるようにして、桜子の身体に巻きつくように斬撃を繰り出す。桜子の身体から鮮血が迸り、魔力を通じて自己回復を図るが、勿論、散華とて一撃で桜子を倒せるなどとは考えていない。ジワジワと桜子の体力を削り、魔力を奪い、そして最後には首を斬る。

 

 七星散華は人を甚振って楽しむ趣味があるわけではないが、必要があれば時間をかけて嬲り殺す。桜子ほどの相手であれば、当然、早々の決着がつくわけがないということは散華も分かっており、徐々に徐々に削っていく方針へと変えたのだ。

 

 桜子が人間である限り、斬り続ければいずれは限界が来る。いまだ自分に明確なダメージを与えることが出来ていない桜子と終始桜子を圧倒し、あの桜子が防御を続けなければ勝負が決まってしまうであろう程の動きを見せる散華、どちらがこのまま戦っていけば勝つのかは言うまでもない。

 

(少し拍子抜けしてしまいましたね、七星桜子。聖杯戦争を生き残った七星として期待をしていましたが、所詮はこの程度ですか。ええ、まったく話になりません。回生を続けてきた灰狼様や自身を改造してきたカシム様であればまだしも、貴方では私を凌ぐことなど出来ませんね)

 

 胸の中でざわつく感覚、それが優越感のようなものであることを散華は理解する。愛憎を含んでいるわけではない執着の向かう先は、自分が七星として彼女より優れているかどうかという点である。わずか20年間にも満たない人生ではあるが、散華はその人生を七星に捧げてきた。あらゆるものを犠牲にして七星宗家としてその血を受け継ぎ魔術師狩りとしての人生歩むことに総てを捧げて来たのだ。

 

 どれほど才能に恵まれていたとしても、七星としての運命から逃げて、普通の人間と同じような幸せを享受しようとした桜子に自分が負けるはずがないし、負けていい道理などないと散華は思っている。

 

 直接桜子と対峙して、やはり自分の方が七星として圧倒的に各上であることを理解した散華が抱く優越感とはすなわちそういうことである。確かに桜子は強い、不可視の剣術を用いて戦うその戦闘スタイルは七星の血を最大限に活用することで無数の戦闘経験を自分へとフィードバックして、自分の意識レベル以上の超反応を引き出している散華自身の七星の魔術体型でなければ迎撃は不可能であったかもしれない。

 

 もっとも、桜子が強ければ強いほど、宗家としての自分の強さが際立つというもの。灰狼に勝利を捧げることが決まりきっている此度の聖杯戦争で手にすることができる勲章、そして七星の運命に背いた裏切り者の宿性を同時に果たすことができるのだ。

 

 散華としては一挙両得、あるいは三得といったところであろうか。

 

「さぁ、桜子さん。貴女の不幸は、ここで私に出会ってしまったことです。どうか、その不運を呪いながら、逝ってください!!」

「まず――――っ、避けられない!」

 

 桜子がわずかに見せた隙を決して見逃さない散華の超反応、それが及ぶ先は桜子の絶命へと向かう運命であり、類まれな強者である桜子であるからこそ、自分の待ち受ける運命が理解できてしまう。

 

 あぁ、もうこれはダメだろうと思ったその時に―――

 

「ここで君に出会ってしまったことが桜子の不幸であるというのなら、10年前に俺と出会っていたことが桜子にとっての幸運だよ。そう簡単に終わらせられると思うなよ、七星」

「――――!? ロイ・エーデルフェルト! くっ、がああああああ」

 

 桜子へと致死の一撃を放つ間際、散華の身体に凄まじいほどの重力がかかる。流体移動魔術による重力増幅、かつて秋津の聖杯戦争でも桜子が幾度となくロイによって嵌められた技ではあるが、それに加えて地面から魔力弾がまるでアーチを描くように散華へと伸びあがっていき、動きが悪くなった散華の身体に直撃すると煙を上げながら、散華の身体が吹き飛ばされる。

 

 散華の超反応は確かに圧倒的ではあるが、圧倒的であるが故にそれが当たり前であると感じている。重力増加により通常通りに動かなくなった身体では超反応に身体が追い付かない。流体魔術という場所を全く選ぶことなく魔力が溢れている場所であれば闘う事が出来るロイにとっては、能力頼りである散華はある意味で最も戦いやすい相手であるとも言えよう。

 

 いかに圧倒的な反応速度を持っていようとも、その土俵を破壊してしまうことのできるロイが参戦すれば、一気にその優位性を崩されることを理解し、散華はロイに苦々しい表情を向ける。

 

「おや、七星の魔術師として、感情なんてものは置き去りにしてしまっているのではないかと思っていたが、そういう顔が出来るのか。君も、魔術師殺しの七星を名乗るには些か人間らしいじゃないか」

 

「余計なお世話ですね、ロイ・エーデルフェルト。貴方の相手は私ではない筈です、そうでしょう、カシム殿」

「無論、動きを止められた間にそちらへの介入を許すとは、油断も隙もないな」

 

 エンジン音を届かせながら、背中にスラスターを身に着けたカシムが空中から降り立つ。背中に飛行するためのスラスター、そして指先には銃弾を放つための銃口、モノアイはロイと桜子の動きを冠去るように動き回っており、一目見るだけでも、生物としての面影が全く見えない。

 

 全身を鋼鉄の鎧へと変貌させた存在、それこそがカシム・ナジェムであると言われて、納得できるほどだ。誰かから伝え聞く話で全身を鋼鉄化させた存在などいるはずがないというものでも、目の前の存在を目の当たりにすればそれを信じる他なくなるだろう。

 

「お前の相手は己だ、ロイ・エーデルフェルト。七星桜子に相応しい相手がいるようにお前にも相応しい相手がいる。それだけの話しだ。戦う相手を間違えるな、七星散華よりも己の方が強い」

「………」

 

 その言葉に散華は無言でカシムへと視線を向けるが、カシムはその視線に気づかない。動くモノアイはただ、目の前の倒すべき敵であるロイだけを見ている。

 

「さて、俺には君たちのどちらかが強いのか等は分からない。片方としか戦っていないから何て陳腐な理由ではないよ。単純に、お前たちのどちらかが強いのかなんてことに俺は興味がないんだ。どうでもいいことだからね」

 

 ロイは二人の七星を見下すように、強いことが当たり前であるからこその持論を口にする。

 

「誰かより強い、誰かよりも勝っている、そんなことを考えるのは、強さを自分のアイデンティティにしなければならないからだ。他人との力量差という尺度を持たなければ自分の強さを図ることができない存在が見出す心の安寧のために必要な要素だよ。

 絶対的な強者はそんなことは思わない。何故なら、相手がどれだけ強かろうとも、自分が強いことを知っている。それを自覚したうえで勝るかどうかは別問題であることを知っている。

 カシム・ナジェム、お前の努力は認めよう。自らの身体を鋼鉄へと変貌させるその執念、強さへの渇望、そして俺を挑戦相手として認定したこと、最強を名乗るうえでお前は自分なりに最大限の努力をしたことを認めよう。

 だが、その上で、お前は俺には勝てない。俺は只強いだけの魔術師だ。そう一言で言い捨てることができるほどに、俺は強さという一点だけに関して言えば、隔絶している」

 

 あらゆる努力を認めよう。勝利を願う心も認めよう。だがし、しかし、それら全てを理解したうえでロイは、カシムはお前では自分には勝てないとはっきりと宣言する。

 

「貴様!」

 

 先ほどの一瞬、カシムを振り切るだけではなく、桜子を救い、散華に有効打を与えたのはカシムにとっては屈辱以外の何物でもなかった。最強の七星を自称するために、あらゆる武装と身体能力の向上を図ってきた。

 

 拳1つで建造物を破壊し、脚力と機械の翼によって機動力は人間であった頃の数倍に及んでいる。その上で重火器と近接武装をも内蔵した肉体、そして攻撃には七星の魔力が付与されることによって、並の魔術師であれば間違いなく対抗することができない。

 もしも、桜子とカシムが対峙したとなれば、散華のように攻撃を回避して詰めるのではなく、攻撃を受け止めながらもあらゆるレンジから押し切る手法で無理矢理に桜子を倒すことも可能であっただろう。

 

 だが、この男は並大抵の魔術師ではない。エーデルフェルトに生まれた鬼子、強すぎるが故に怖れられたイレギュラー、確かに彼を越えることが出来たのだとすれば、カシムは最強の七星の王冠を手にすることができるだろう。灰狼ですらも追いつくことができない領域の中に入ることができるだろう。

 

 しかし―――それが実現可能かどうかは別問題である。

 

 天が煌めく、そして大地が鳴動する。天より流星が堕ちるように、そして地震が起きるように、そのどちらもが突如として発生したことから明らかに自然現象ではないことを想起させた。そもそも、先ほどまで空に星など輝いていなかったのだ。まるで周囲の時間をこの場所だけ加速させたかのように、まるでこの場所だけ星の活動を活発化させたように、超自然現象をいともたやすくロイを発生させて、天と地、その双方からカシムを逃がすまいと流体魔術が解放される。

 

「俺は自分の魔術に名前を付けるようなことはしない。ただ天より降りそそぐ流星が如き光と大地を鳴動させる魔力の奔流、その身で受け止めるがいい」

「――――――」

 

 何かカシムが言葉を発した。しかしその言葉は続く轟音によって掻き消された。天より飛来した隕石が落下するかのような轟音と、破滅の如き大地の鳴動と共に地面が割れてその割れた先から魔力が爆発する。

大地にも空にも逃げ場所など存在することなく、如何にその身を鋼鉄へと変えていたとしても、人間大の身体である限り避けるための手段は何処にも存在しない。

 

 一瞬、ほんの一瞬によって歴然とした力の差を見せつけるかのように、これまで互角の戦いをしているはずだと確信していたカシムは、自分とロイの間に存在する隔絶した力量差を思い知らされる。

 

「ぐぅぅ、がぁぁぁぁぁ、ぎぃ、ああああああああああああ!!」

 

 鋼鉄の肉体ですらも焼却しかねないほどの圧倒的な力を与えられて、肉体が消し飛ぶことがないように必死に七星の魔力を自己回復へと当てるが、それでも焼け石に水であるように肉体が次々と損傷し、自己回復の範疇から逸脱したパーツから消し飛んでいく。

 

『やれやれ、喜び勇んだ主がこれでは、妾まで巻き込まれかねんわ。主は望まぬであろうが、少しは手を貸してやるとするか』

 

 このまま、状況を静観していれば、自分のマスターが消し飛んでしまう可能性を理解したキャスターは自身の錬金術を活用して、カシムの周囲へと魔力障壁、そして再生魔術を重ね掛けする。

 

 手を出したのが遅かったため、この場での完全回復は難しいだろうが、ひとまずカシムが死を迎えることはないだろう。

 

『しかして、妾も初めてこの目で見たが、げに恐ろしきかなロイ・エーデルフェルト。確かにアレは最強を冠するに相応しい。人の領分をはみ出した異形よ。くっく、人の身であれに勝利できる存在などおるのかもわからんな』

 

 思わず楽しいものを見るような反応をキャスターは浮かべてしまう。実に興味深い、人間の姿をした異形のようであると思える。陣地を超越した存在であるキャスターからしてもロイは人間という種にカテゴライズするにはあまりにも不釣り合いが過ぎる。

 

 カシムがそこまで固執する存在とはいかほどのモノなのかと考えていたキャスターだが、なるほど、これは想像以上だ。素晴らしい、おぞましい。いつの時代にも突然変異のように姿を現す人の姿をした化け物は存在しているわけだが、これは中々格別だ。

 

『安心するがいい、我が主よ。お主は妾を呼びだした。お主だけで及ばずとも、お主があやつを凌駕する様、見届けたいと妾は願う。くっく、ライダーの勝利に終わるだけの聖杯戦争、ようやく楽しみが見えて来たわ』

 

 この場にはおらずに戦いの状況を見守るだけではあるが、キャスターは笑みを浮かべる。ようやくこの聖杯戦争の中でも夢中になれるモノを見つけることが出来たとでも言わんばかりの表情はマスターであるカシムへの心配など微塵も存在しない。ただ、人知を超えた存在へと己のマスターを至らせる。その道程が実に面白いものであると思っているに過ぎないのだ。

 

 そして、光と地響き、そして轟音が鳴りやんだ先には全身から火花と煙を上げながら、倒れ伏すカシムの姿があった。明らかな戦闘不能、この場で戦うことは不可能であろう。

 

「……っ、さすがにこちらとしても力を使いすぎたか」

 

 もっとも、ロイとて何も代償がなかったわけではない。あれほどの凄まじい魔術を使った以上、消耗も大きく、膝を突き、荒い息を吐く。常に余裕の戦いを見せてきたロイの消耗する姿など桜子は見たこともない。

 

「ロイ・エーデルフェルトが動けなくなった。であれば、これこそが絶好の機会でしょう」

 

 そして、最強の戦力が動けなくなった時こそが決着の時であるとばかりに再び散華が動き出す。同時にアサシンも散華と共にダンスを踊るように動き始め、

 

「マスター!」

「ええ、私達も負けてはいられない。なんとしても、追い返すよ、ランサー!」

 




【CLASS】ランサー

【マスター】リーゼリット・N・エトワール

【真名】ウィリアム・マーシャル

【性別】男性

【身長・体重】182cm・78kg

【属性】秩序・善

【ステータス】

 筋力B 耐久B 敏捷A

 魔力E 幸運B 宝具A+

【クラス別スキル】

 対魔力:D
 一工程(シングルアクション)による魔術行使を無効化する。魔力避けのアミュレット程度の対魔力。

【固有スキル】

 無窮の武練:A
 ひとつの時代で無双を誇るまでに到達した武芸の手練。心技体の完全な合一により、いかなる精神的制約の影響下にあっても十全の戦闘能力を発揮できる。

守護騎士:B
 騎士道における理想の騎士として、今もなお讃えられるランサーに与えられた希少スキル。他者を守る純粋な使命感によって、その防御力は短時間ではあるが、凄まじい上昇を見せる。

騎乗:C+
 騎乗の才能。幻想種や野獣を除き、大抵の乗り物を人並み以上に乗りこなせる。更に騎馬を乗りこなす際、有利な補正が掛かる
【宝具】

『五王の忠臣(アール・マーシャル)』
ランク:E~A- 種別:- レンジ:- 最大補足:-
5人の王に仕え、信頼を勝ち取ったランサーに与えられた恩恵。王の威光たる宝具を借り受け、一時的に使用することが可能となる。
○永久に輝く勝利の剣(エクスカリバー・ライオンハート)/対軍宝具
 アーサー王を信仰したリチャード獅子心王は剣を初めとした道具に「エクスカリバー」と名付けたという逸話に由来する宝具。手に持った武器を聖剣に見立て光の斬撃を放つ。ただし、その武器が衝撃に耐えられるかは別。威力は本来の聖剣には劣るが、加護のない通常の防御では一撃のもとに斬り落とされるだろう。



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第8話「激動」③

――グロリアス・カストルム――

『さて、いよいよ終盤かな?』

「ええ、そうでしょう、カシム・ナジェムが敗北し、ロイ・エーデルフェルトもその力を大きく落とした。とはいえ、今の七星桜子では、七星散華を倒すことはできないでしょう。地力が違う、七星に総てを捧げた彼女と自分の幸福に時間を捧げた彼女では、努力も願いの質も異なっている。何かを捧げなければその差を埋めることはどうあってもできない」

 

 桜子たちのマスター同士の戦いを見物するアフラ・マズダとセイヴァーは冷静に彼女たちの戦況について私見を述べる。ランサーが離脱したとはいえ、いまだにセイバーとの戦いを継続しているはずであるが、とても命のやり取りをし、戦っているようには見えない。

 

 当たり前のように他人の戦いに言葉を述べるその様子は、追い詰められている様子はなく、ギリシア神話に名を連ねる兄妹を相手にしながら不遜としか言えない様子だった。

 

「さて、そろそろ無益な戦いは止めようじゃないか、セイバー。私はここに戦いに来たわけではない。あくまでも我が主と君たちのマスターの顔合わせのためだ。これでも、雑務が滞っているのでね、そろそろお暇したいと願っている」

 

「そんな言葉で私達が逃がすと思っているのですか」

「神たる我らを虚仮にしようとするその態度、いつまでも浮かべられると思うなよ、下郎が。貴様には神の怒りをぶつけるだけでは生ぬるい」

 

「神、神、か……。先ほども言ったが、私にとっての神は1人しかいない。この時代では多くの存在を神として認め崇める共生の時代であるそうだが、無数に存在する神など人を分断させるための悪因にしかなりかねんよ。なべてこの世界は善と悪に大別される。それ以外の思想など、それこそ些末事だ。多様な生き方を認めるのはいいが、その多様さが余計に根源的な善と悪を見失わせようとしている。それは間違っているとは思わんかね?」

 

「貴様と問答をするつもりはない。貴様の思想は貴様の思想、勝手にさえずっていろ」

「それとも、私の思想を認めれば神で無くなるのが恐ろしいのかな? カストロ、君は確か、人間によって神から人へと追い落とされた存在で――――おおっと、危ない、危ない」

「貴様ぁ、わざと口にしているだろう!」

 

 カストロが怒りのあまり、光の如き速度で一閃を放つが、変わらず宝具による時間停止の法理が周囲を貪っており、セイヴァーは難なくカストロの攻撃を避けて見せる。宝具の効果さえなければ、セイバーの攻撃を避けることができる道理はないが、時間停止空間の中では、及ぶ攻撃のほとんどがスローモーションのようになってしまう。

 

「さて、決着が近いとはいえ、彼女たちも逃がしてはくれないぞ。どうするつもりだね?」

 

 セイヴァーの見立ては正しい。カシムがロイによって追い詰められたからこそ、散華は桜子だけでもここで首を取らなければならないと、ロイが消耗したこの瞬間を狙い、足を踏み込んだ。

 

決死か、あるいはカシムを連れての撤退、判断に使われる時間はほんの数秒もない。どちらが自分にとっての利があるのかと判断し、ここで桜子の首を取ることを選んだ。仕切り直しの果てにロイをもう一度、自分で相手取るよりも不利な空気感の中でも、ここで火事場泥棒のような形とはいえ、初志貫徹をするべきであるという判断であった。

 

 桜子自身が消耗をしていること自体は事実である。それにつけ込むことが出来れば、充分に――――

 

「いいえ、これ以上はさせません。ロイがせっかく生み出してくれたこのチャンスを無駄にはさせません、宝具発動!」

 

 十分に桜子の首を取れると判断した散華とアサシンにとって、これまで防戦一方であったランサーが声を上げる。

 

「先ほどまで何もできなかった貴女に何ができるというのですか! その二つの槍を振ったとしても、私とフラウには追いつけません!」

 

 散華の超反応には通常の白兵戦で本領を発揮するランサーの力は通用しない。そして、アサシンも捨て身の特攻をすれば彼女の身体を腐食させ、戦闘不能へと追い込むことができる。アサシン陣営に対して通常の白兵戦は完全な悪手である。告げる散華に対して、先ほどのロイが引き起こした地響きのような轟音がいずこから鳴り響き

 

「荒れ狂え河神の鉄槌―――『涌沸し奔瀑する嚇怒の波濤(ヒマロス・スィモス・スカマンドロス)』!!」

 

 ランサーがその手に握る二本の槍を回転させて地面に突き刺す。すると、それが呼び水になったかのように、ランサーや桜子の背後から突如として何もなかったはずの空間に、さながら津波のような水流が発生し、勢いよく流れてきたのだ。

 

「なっ――――!?」

「ロイ、セイバー、今です!!」

 

 その水流が押し寄せる津波の如く周囲一帯を呑み込んでいく。突然の襲来に引き合わせるようにセイバーはランサーの言葉を耳に受けると、セイヴァーに対して苦々しい表情を浮かべながらも、身体を翻し、消耗したロイを担いで、桜子を担いだランサーと合流し、水流に身体を呑み込まれた散華とアサシンを見向きもせずに撤退していく。

 

「きゃあああ、ますたぁ、これ流れが早すぎるの。フラウ、流されてしまうわ!」

「まさか、こんな方法で私達を出し抜くなんて……、見事、というほかありませんね。さすがにこの奥の手は考えていませんでした……」

 

 確かに周囲一帯を呑み込む勢いの水流が津波のように押し寄せて来れば、いかな超反応でも逃げ場がなくなる。先ほどのカシムが最初から逃げ場を奪われるように天と地から攻撃を受けていたように、迫りくる水流に対して逃げ場を生み出すのであれば空を飛ぶか、空間を跳躍する他ない。

 

 散華があくまでも人間としての反応速度の限界を追求した魔術師である以上、そうした手法を取ることができないとランサーは咄嗟に判断したのだろう。消極的な撤退をするための判断であったにしても、その判断に間違いはない。

 

「トロイア戦争の英雄、アステロパイオスは河を司る神であるスカマンドロスの寵愛を得た女戦士であった。宿命の好敵手であり、己の命を奪ったアキレウスを激流の河へと誘い込み、そこでの一騎打ちを再現した宝具といえば確かにこの水流は彼女という英霊の本質の一端に相応しいだろう。惜しげもなく、とはさすがに彼女に失礼かもしれないが、必要な瞬間に必要な宝具という手札を切る。タズミ・イチカラーは実に優秀な英霊を召喚した。惜しむらくはその優秀な英霊を使いこなして生き残るだけの才が召喚者は持ち得なかったということか」

 

 河神スカマンドロスに愛された女戦士アステロパイオスが取りえる最善手によって彼らは七星序列第二位と第三位の襲撃から辛くも撤退することに成功した。ロイによってカシムを追い込むことに成功したが、大筋を評価すれば、桜子たちが何とか撤退することが出来たという評価は決して間違いではないだろう。

 

 セイヴァー、そしてアフラ・マズダから始まる遭遇戦から始まった戦いではあったが、桜子とロイの奮闘を間近で見れたことはアフラ・マズダにとっても実に有意義であった。

『此度の聖杯戦争でもランサーのサーヴァントを引き当てるあたり、断ち切れない運命を感じさせるな。だが、彼女であれば、私の物語の紡ぎ手として最後まで桜子を生かしてくれるだろう』

「今後も積極的に関わりますかな?」

 

『さすがにそこまで過保護ではないとも。次に会う時には聖杯戦争も大勢が決している頃合だろう。その時には改めて彼女に問うつもりだよ。この世界における絶対的な善の存在の必要性に。その為に君は……あの少年を使ったのだろう』

「さて……、私は星灰狼に頼まれただけに過ぎませんがね。私の思惑と彼の思惑が一致したのは偶然でありましょう」

 

『なるほど、そういうことにしておこうじゃないか』

 

 言うべきことを言い終えたのか、中空に浮かんでいた大きな瞳が閉じられてこの世界から消失し、この地に顕現していた大いなる力が消失したことがセイヴァーには理解できた。それと入れ替わるようにして、ランサーによって生じた水流に覆われている箇所の地面へと大きな魔方陣が浮かび上がり、宝具の使用者がいなくなった津波の如き水流が魔方陣の鳴動と共に、まるで夢幻であったかのように消失する。

 

 自分たちへと干渉する者が無くなったことで身体を投げ出された散華とアサシンはゴホゴホと咳き込んで、息を整える。

 

「ふははははは、随分艶めかしい姿になってしまったなぁ、散華よ。お主もアサシンも、そうして水に濡れた姿を見ておると、女子としての美しさが際立つではないか」

「助けていただけた事には感謝をしますが、余計なお世話ですよ、キャスター。私は七星宗家の後継者です。次代に血を残すために子を為すことはあっても、女としての幸せなんて、七星であることを受け入れた時から捨てていますから」

 

「ほう、そうか、そうか。まぁええとも。妾のマスターはお主であるわけではない。お主がどのように生きようとも、お主の勝手じゃ。精々面白味のある見世物として妾を楽しませてくれるのであればそれで十分よ。このまま虚仮にされて終わるつもりはなかろう?」

「……、勿論です。七星桜子の底は知れました。次は必ず、その首を斬りおとす……!」

 

 対峙したからこそ、理解できた。七星桜子は七星散華にとって怖れるに値する相手ではない。今回はサーヴァントの機転によって何とか難を脱することが出来たが、散華とて、次はこのような手の内で終わらせるようなことはない。

 

 桜子が散華の超反応を打開することが出来なければ、次が桜子の敗北、そして死を迎える日となることだろう。

 

「だそうだ、序列三位がここまでの大言を口にしておるのだ。お主もこのまま終わるような口ではなかろう、我が主、マスターよ」

「無論、だ……」

 

 キュルルとモノアイが動く、先ほど、ロイ・エーデルフェルトによって重篤なダメージを与えられたカシム・ナジェムは自身のサーヴァントであるキャスターによって与えられた回復魔術によって、何とか会話と自立行動が可能なまでに回復することには成功していた。もっとも、それですぐにロイを追撃するということができるまでには至っていない。

 

「どうじゃった? お主が求め続けていた相手との戦いは、さぞかし楽しかったであろう」

「楽しい……? 笑えない冗談だな、キャスター。惨敗だよ、このような敗北を目の当たりにして楽しいと思える感情があるのならば、己はこの身を鋼鉄に変えることなどなかっただろう」

 

 傍から見れば、ロイを相手にカシムは十分に善戦をしていた。そもそも、ロイという存在自体がイレギュラーの極みのような存在である以上、真っ当に闘う事が出来るという土俵に立つことができる人間自体が限られている。ほとんどの魔術師は対峙したとしても最初の激突で敗北を迎えていることだろう。

 

 そんなロイに対して、全力の流体魔術を使わせた時点でカシムは十分に善戦をしたと言えよう。しかし、それでは満足できない。その程度で満足できるのならば、カシムは自分の身体を鋼鉄に変えるような狂気を自分自身に向けるようなことはしないのだから。

 

「まずもって、防御力が足りていない。ロイ・エーデルフェルトの流体魔術に対抗するには奴の猛攻に耐えうるだけの装甲と魔術障壁が必要になる。七星の魔術を装甲に重ね掛けする方向で改造すれば可能だろう。その上で単純な身体能力面では決して劣っているわけではない。コンセプトが間違っていた。奴を封殺するに足りるだけの能力を手に入れたとしても奴を封じることはできない。この世界のあらゆる魔力が奴に味方をする。

 ならば、自由にさせた上でこちらがそれを凌駕するしかない。力押しの極致となるが……、致し方ない。いつの時代も極限に近づけば近づくほどにシンプルになる」

 

「自分の命が奪われるかどうかの瀬戸際でそこまで考えを巡らせておったのか?」

「呆れたか?」

 

「ああ、そうだな、狂っているとも。であるが、妾のマスターを名乗るのだ。それほどの狂気がなければ面白くもない。死ぬかどうかの瀬戸際でも勝利するための一手を渇望する。まともな感性では生きることに必死になるというのに、それ以上にあの男に勝ちたいか。くく、ひひ」

 

「それが己の存在理由だ。もはや後戻りなど出来ない。生まれ持った肉体にやむを得ない理由もなく手を入れたのだ。その理由を達成することなく、総てを投げ出すなど、それこそ愚かしいという他ない。己は灰狼ほどの欲望はない。ただ、己の存在証明をすることが出来ればいい。持たざる者であっても、持ち得る者を凌駕することができるのだと証明しなければ、ここまでに犠牲にしてきた者たちが報われまい」

 

課題は無数にある。ロイとの対峙を得て、ここまで身体を弄繰り回したというのに、いまだに足りない部分が出てきているなど、正気であれば耐えられない話だが、カシムは既に悪魔に魂を売り渡している。七星として己が最強になる為であれば、どんな犠牲をもいとわない。そうした狂気を内包しているからこそ、彼の行動には躊躇がないのだ。

 

「追わないのであれば、こちらも一度撤退しましょうか。王都に戻るのならば、リーゼリット皇女たちと一緒に戻った方が良いでしょうし」

 

「であれば、そなたらはリーゼリットに合流するがいい。妾たちは先に王都に戻ろう。我が主の肉体修復と改造を行わなければならぬからな」

「承知しました。では、また王都で会いましょう」

 

 そうして、キャスターの転移魔術によってカシムは先に姿を消した。後に残された散華とアサシンは、外傷こそないものの、水に濡れた不快感が残り、その場に座ったままでいた。

 

「気色悪い……」

「ますたぁ、どこかお体が痛いのかしら? フラウにできることはあるかしら?」

「いいえ、大丈夫ですよ。私は元気ですから」

 

 ポツリと零した言葉に反応したアサシンが口にした自分の身を心配する言葉に散華はニコリと笑みを浮かべて大丈夫だと反応する。

 

 果たして先程の言葉は誰に向けての言葉であったのか。久しく覚えることもなかった感傷に浸りながら、散華はしばらくその場から動くことはなかった。

 

――グロリアス・カストルム・領主別邸――

 桜子とロイの戦いが終わりを迎えるのと同刻、領主別邸で行われている戦いも佳境を迎えようとしていた。ルチアーノからターニャが救いだされたことで後先のことを考える必要が無くなったレイジたちは持てる力を振り絞って、状況の打開を模索する。

 

(あかんな、さっきのランサーの攻撃を防ぎ切ったことで消耗も激しい。無茶をすればいけないこともないやろうが、ランサーもアーチャーも追い込まれているわけやない。死力を尽くして戦う覚悟がなくちゃ勝つってのは難しいわな、こりゃ)

 

 ここで、リゼとヨハンを撃破することが出来れば、最上の結果ではあるが、朔姫はその結果を求めることにかなりの困難が伴うことを察していた。こちらのサーヴァント戦力はアヴェンジャーとキャスターのみ、サーヴァントに伍する実力を秘めているアークを入れて数の上では圧倒できるが、先のランサーの攻撃を防いだことでキャスターとアークの消耗は大きい。

 

後先を考えずにここで消滅覚悟で戦うのであれば見えてくるモノもあるだろうが……、朔姫にその考えはない。どう考えても此処は命を捨てるべきステージではない。

 

(それに、皇女様の気持ちが変わっとらんのなら、対ライダー陣営も見越して、あえて皇女様たちを泳がせておくのも策の一つではあるしな)

 

 ここは撤退をするのが筋だ。桜子とロイという中核戦力もいない状況の中で決着を急ぐ必要はない。ランサーの真名を知ることが出来たし、リゼの目論みも知ることが出来た。頃合としては十分だ、あとはその撤退するタイミングの問題だが……、

 

「だぁぁぁぁぁぁぁぁ」

「しつこいな、さっきよりも息を吹き返したか……」

 

「七星の連中に負けるわけにはいかない。お前たちは必ず、さっきのターニャに行ったようなことをする。お前たちの身勝手な目論見の為に誰かを犠牲にする。それは許してはいけないんだよ!」

 

 朔姫が撤退を考えるのをよそにレイジとヨハンの激突は終わることなく続く。ターニャを救いだしたことで風向きが変わったこともあり、レイジの猛攻が続く。ただ、技術的な面を言えば、やはり優勢はヨハンの方であると言えよう。冷静に、レイジの攻撃を処理しながら、ヨハンはレイジの激情へとその関心を寄せる。

 

「お前はどうして戦うんだ?」

「言ったはずだ、復讐のためだと! お前たち七星を全て滅ぼすことが、俺の目的だ!」

 

「ああ、そうだな、それはさっき聞いたし、お前の様子から見れば、ルチアーノの言葉もお前は同意が出来るんだろう。失った奴の気持ちは失った奴にしかわからない。ヴィンセントがお前に危害を加えたのなら、お前が怒って、刃を向けるのは当たり前のことだ。それはいい」

 

 綺麗ごとで世界が回るわけではないことをヨハンは良く知っている。スラムの世界で生きるか死ぬかの瀬戸際を生きたことだってある。もしも、リゼが自分を拾い上げてくれなかったら、自分はあのスラムの中で野垂れ死んでいたかもしれない。理不尽に自分の人生や周囲の大切なモノが奪われる現実はヨハンとて分かっている。

 

「だが、お前は無差別な快楽殺人者じゃない。なら、分かるはずだ。少なくとも、リゼは、お前が思っているような行為に手を染める人間じゃない」

 

「だから、何だ。そんな人間じゃないから許せと? 星灰狼と手を取り合っているような人間を放置しろと? 笑わせるなよ、騎士気取りが。星灰狼は必ずこの国に、この世界に破滅を呼びこむ。あいつは人間の命なんて何とも思っていない。自分の目的を達成するためならば、どれだけの命が失われたって何にも気に掛けない。

 そんな奴を仲間と認めて、勝たせようとしている時点で、お前たちは―――俺の憎む七星でしかないんだよッッ!」

 

「っ――――、騎士風情じゃない、僕は正真正銘、リゼの騎士だ!」

 

 咄嗟にヨハンはレイジの啖呵に真っ向から反論が出来ずに、取ってつけたような言い回しで反論をしてしまう。ああ、まったく、その通りだ。レイジの言葉は正しい、実に正しい。星灰狼やカシムのような人物は自分たちの目論みのためであれば、どれだけの血が流れても気にしない。レイジの村で起こった悲劇を、彼とターニャの間で起こった悲劇を、また別の場所で再生産する。それはヨハンですらも容易に想像できる未来だ。

 

「だから俺はお前たち七星を全員滅ぼす。正しいかどうかなんて知ったことじゃない。全員滅ぼせばその禍根は無くなる。復讐を始めると誓った時から、俺は心に刻んだんだ。こんな地獄のような世界の中でもいつか花を咲くんだってことを証明すると。そのためなら、俺はいくらでもこんな命くれてやるんだよッッ!」

「がっ――――ぐぅ!」

 

 レイジの気迫に押し流されるように、ヨハンは仰け反る。これまでまったくレイジの攻撃が通用しなかったヨハンを相手に攻撃が通ったのはレイジ自身の変化かあるいは、ヨハンの心境に変化が起こったからなのか。

 

 しかし、そのまま押されるだけの展開など、ヨハンとて許せるわけがない。一度は優勢を渡したところで、本来の技量の上ではレイジよりもヨハンが圧倒的に勝っていることは周知の事実、気合だけでどうにもできないものはすぐにその差を埋められる。

 

『レイジの奴、あのままではジリ貧じゃのう』

『仕方ないでしょ。そもそも、地力が違いすぎる。どれだけ叫んだところで、培ってきた技術を凌駕することはできないよ』

 

『じゃが、お前さんならそれを覆すこともできるんじゃないか?』

『さて、もしも、そうであったとしても、今の戦いはそれを使うに値する状況なのかな? むしろ、アンタの方が適任なんじゃないの? バーサーカーとの戦いやライダーとの戦いで見せたような力だけがアンタの力じゃない。ハンニバル・バルカといえば不可能を可能にしてみせた逸話があるじゃないか』

 

『ふぅむ、あれもあれで体力を使うからあまり使いたくはないのじゃが……、まぁ、確かにあれを使えば、ここから撤退することは可能じゃろうな。失敗すれば先がないが』

 

『その時には僕が手を出すよ。とっておきを残しておきたいのは互いに同じさ。戦うだけなら、ティムールだけで十分、僕たちが繋ぎあわされたのは結局の所、そういうことでしょ?』

 

 アヴェンジャーの中に入れこまれている老人ハンニバルと青年がこの状況を打開するための方法を語る。彼らはそれぞれがこの状況を打開するための方法を握っている。ただ、どちらも魔力を大量に使用することから、気楽に使うことができる宝具ではない。話しの結果、観念したようにハンニバルは頷き、自分の宝具を使用することを受け入れた。

 

「話は終わったか?」

『ああ、お主も分かっておるじゃろうが、おそらく、ランサーとアーチャー、仕留めにかかるぞ』

 

「だろうな。チャンスはそう多くはない」

「撤退の話し合いでもしているのか? こちらがそれを認めるとでも?」

 

「お前は決して見逃さないだろうな、マスターの力もあるだろうが、この戦いが始まってから、お前は決して我々を自由にさせてこなかった。ランサーがあれだけ強力たりえているのはお前が随所随所でこちらの動きを封じているからだ」

 

 派手さではランサーに劣るだろう。しかし、アヴェンジャーはこのアーチャーの働きこそが劣勢の原因と考える。白兵戦をこなし、傷つくことを厭わずにその場その場における最善を追及する狩人であるアーチャー、さすがはギリシア最高峰の英雄の友と呼ぶべきか。アヴェンジャーがランサーとの戦いに手を出すことが出来ていれば、ランサーを追い込むことも可能だったにもかかわらず、常にアヴェンジャーを引きつけ、優勢にも劣勢にも傾けることなく、あえてこの状況を維持し続けてきた。

 

 ランサーとアーチャー、互いに持ち味の違う英霊たちを活用しつつ、鉄壁の布陣を作り上げたリゼの判断こそが最もこの場で影響力が強かったことは認めるべきであり、ならばこそこの場を切り抜けることが重要だ。

 

「あー、くそ、攻めきれないか」

「済まねぇな、ちぃとばかし、喰らいすぎたぜ」

「終わりにしましょう。次の一撃で諸共に吹き飛ばします」

 

 ランサーが握る白亜の槍に再び輝きが灯る。それがあの周囲総てを吹き飛ばしかねない黄金の光を放つ一撃の前触れであることを悟り、全員が息を呑む。

 

 その瞬間、アヴェンジャーの視線と朔姫の視線が重なる。

 

「みんなっ、こっち、集まれぇぇ!!」

 

 朔姫の声にアークやルシア、エドが集まり、レイジの身体を無理やりにアヴェンジャーが掴む。

 

「おい、何をしている。アヴェンジャー、俺はまだ――――」

「一度退くぞ。お前の復讐のためにも此処は退くべきだ」

 

「馬鹿な、俺はまだ――――」

『よぉし、宝具を使うぞ。我が宝具は、我が戦いの道行の再現、遍く歴史家を唸らせた我が奇跡の再現、仇敵ローマを討ち滅ぼすがために行った前人未到のアルプス越えにこそ、我が宝具の神髄あり!

 ――――宝具発動『雷速の山脈踏破(アルプス・バルカロード)』!!」

 

 アヴェンジャーの身体から帯電したように雷が生じると、その雷が爆発するように光を発し、次の瞬間、光が周囲一帯を包み込む。すると、なんということだろうか。アヴェンジャーを含めたレイジたちの姿が一瞬にして消失してしまい、何処にも見えなくなってしまったのだ。

 

「隠れた、或いは姿を見えなくさせた? それとも、単純に逃げたか……?」

「アルプス踏破、かつて、ローマと敵対していたカルタゴの名将ハンニバル・バルカはイベリア半島より、前人未到であり実質的に不可能であると目されていたアルプス越えを達成することによって、ローマ軍に壊滅的な奇襲を行うことに成功した。アヴェンジャーの正体がハンニバル・バルカであったとすれば、先の宝具には納得がいくのですが……」

 

「いや、ありえないだろう。あの武装はどちらかといえば、うちのライダーに近い。時代もあわないし、間違いなく遊牧民族側の戦い方だ」

「あるいは、複数のサーヴァントが混ぜ合わされているとか。アヴェンジャーなんて特別なクラスで召喚された英雄ならそれくらいの反則技は十分に考えられるよ」

 

 まさか、と思わず考えたくなるが、アーチャーの推測を正しいと考えると、突然の撤退劇も納得がいく。少なくとも宝具と実際の存在が一致しない問題に何らかの答えが出なければ理解することもできないのは事実なのだから。

 

「複数の英霊が混ぜ合わされたとなれば、間違いなく、まともな聖杯戦争の参加者じゃない。あのレイジ・オブ・ダストって奴は意図的にこの聖杯戦争に紛れ込ませられたイレギュラーだ」

「だとしたら、そんなことを目論んだのは誰なんだ……!」

 

「一番納得がいくのは、星灰狼……だろうけれど、合点が行かないわね。彼自身も命を狙われている。ううん、誰よりも彼こそが命を狙われているんですもの」

 

 レイジがもしも、灰狼の差し金で動いている存在であるとしても、この場で大事をしたレイジの殺意には一切の淀みがなかった。本気で七星を滅ぼしたい、本気で自分の復讐の果てに花が咲くと信じている。その狂気が無ければこの戦いを遂行するなどということはできないだろう。

 

「悲しいね。私は……どこまでいっても、どれだけ正しいことをしようとしても、七星であることからは逃げられない。七星であることを無かったことにはできない」

「リゼ……」

 

「わかっていたよ、自分がそんな祝福される存在じゃないって。でも、きっと、総てが上手くいくなんて……、どこかそんな言葉に縋っていたのかもしれない」

「………っ」

 

 その言葉は、いつかの誰かが口にした言葉、もう思い出のようになってしまったいつかの話し、茜色の空を見上げながら聞いた言葉に縋ってしまっていたのだと、リゼは答え、ヨハンは久方ぶりに聞いたその言葉にどうしてか、レイジと対峙した時に拭えなかったあの感情を思い出した。

 

「ああ、そうか。そういうことだったのか……」

「ヨハン君?」

 

「いや、何でもない。大丈夫だよ、リゼ。君は俺が守る。何があろうとも君を守り抜く。それが俺の騎士としての誓いだ。誰が相手であろうとも、俺達は負けない。君が望むのなら、君を聖杯戦争の勝者にだってして見せる」

 

 もしも、総てを敵に回しても自分だけは最後までリゼの味方でいるという言葉に、リゼは慰められた気持ちになれた。

心が晴れるわけじゃない。けれど、ヨハンの心からの信頼はリゼの心をいつだって救ってくれた。例え、その言葉の奥底にある気持ちが叶わないものであると彼自身が思っているとしても、自分と彼は皇女と騎士でしかないと分かっていたとしても、そこに確かな信頼があることをリゼは良く分かっている。

 

(リゼ、もう二度とあいつを君に近づけさせない。あいつは必ず君を不幸にさせる。星灰狼がどうして、アイツのことを知っているのかなんて知らない。だけど、何を企んでいようとも、リゼには指一本触れさせない。俺はきっと、この日の為にリゼの騎士になったんだから。ここはもう、俺の居場所なんだ……)

 

 だから、お前には奪わせない。必ず倒すとヨハンはレイジの打倒を胸に誓う。その想いの強さはリゼですらも知りえない想いの強さであった。それだけの決意をさせる理由がレイジと対峙したことによって、ヨハンの中にも生まれた。

 

 グロリアス・カストルムにおける戦いは終わりを告げる。両陣営共に、脱落者を迎えることなく終わりを迎えた戦いではあったが、それだけに多くの因縁を生む結果となった。その結末がここから先にどのように影響していくのか、当人たちは予感を抱きながら前へと進んでいく。

 

 台風の目であるレイジ・オブ・ダスト、そしてアフラ・マズダよりこの物語の紡ぎ手であると宣言された桜子、この二人を中心とした大いなる唸りが総てを呑み込んでいくための配置は静かに、されど確かに進んでいくのであった。

 

――王都ルプス・コローナ・王宮――

「随分と派手にやられてきたようだね、カシム」

「接触の必要はあった。そして、現状戦力で敵わないとわかった以上、後はその改善を実行するだけだ」

 

「結構、君の闘志が消えていないことに安心を覚えたよ。体の改良もあるだろうが、今は身体を休めてくれ。いずれ、皇女殿下たちが戻ってくれば、彼らもそれを追って、王都へと迫ってくる。その時には再び、君の力を貸してもらう時が来るだろう」

「無論だ、こちらとしても、願ってもいない」

 

 王都ルプス・コローナ、王宮にその身を置いている、七星序列第一位、星灰狼はグロリアス・カストルㇺにおける戦いでロイに敗北を喫したカシムとキャスターを出迎え、ねぎらいの言葉を掛けた。

 

 他の七星であれば、ここまでの待遇をするのかは怪しいが、灰狼にとって、カシムは長年の友であり、同時に自分の宿願を叶えるための盟友でもある。もしも、カシムという天才的な魔術師が存在しなければ、人造七星という存在を生み出すことはできず、灰狼と侵略王の目論見は始まりすらもしなかっただろう。

 

 カシムは聖杯戦争の勝利も灰狼に捧げると口にしている。彼からすれば、敵対者ではなく仲間、他の七星たちが腹に一物を抱えているにしても、彼らの間でだけはその目論見が崩れることはない。

 

 カシムがキャスターの魔術によって転移をすると、改めて灰狼は腰を下ろして息を零す。

 

「余裕だな、あの男はお前の腹心の部下の様なものだろう。それが、敗走したとなれば、もう少し取り乱すと思っていたがな」

 

「カシムの執着心は私が一番よく知っているつもりだし、ロイ・エーデルフェルトの打倒に困難が生じることは最初から織り込み済みだ。しかし、カシムならば、我々の悲願の最大の障壁であるあの男を見事排除してくれると信じているとも」

 

「お主の悲願のために、な」

「それが彼にとっての悲願にも繋がると私は信じているとも」

 

 キャスターの意地悪な問いかけに灰狼は余裕の笑みで反応する。自分と侵略王の悲願のためであれば、どれほどの人間が犠牲になったとしても彼らは止まらない。最後にはカシムですらも犠牲にするであろうという意味を込めた問いにも、涼しい顔で、最終的にはカシムとて満足することができると返した。

 

「まぁ、好きにするがいい。妾は自分が楽しめればそれでええとも」

 

 そう零して、キャスターもその場から姿を消した。あとに残っているのは、灰狼とライダーだけである。

 

「さて、状況は粛々と進んでいるな。カシムと散華が動くのは分かっていたが、ふむ、皇女たちも動いたか。存外、我慢ができなかったらしい」

「良いのか? あれらは我々への翻意を示したに等しいと報告を受けているが?」

 

「彼女たちが明確な行動に出るまでは放置をしておけばいいさ。リーゼリット皇女が自分の胸の内で何を考えているにしてもセプテム王は、私たちとの約定を果たすつもりでいる。もしも、彼女がこの国のために立ち上がるのだとすれば、それは実の父に対しての反抗を口にすることになるだろう」

 

「始末は身内でさせるということか」

「その上で彼女が、私たちの敵に相応しき存在になるのならば、その時は蹂躙すればいい。七星の血を引いた皇女だ。戦利品としてはおつりが取れるし、この国を制圧するうえではいい生贄になってくれるとも」

 

「そうだな、国など逆らえば滅ぼし、蹂躙し、殺し、犯せばいいだけだな」

 

 かつて、初代灰狼こと、七星桜雅と侵略王が新たなる戦場を求めて、西へ西へと突き進んだ時も同じだ。逆らうものがあればすべてを滅ぼしてきた。

 

 そのあまりにも、単純な答えは、今の時代で決して歓迎されることがない強いだけの論理でしかないが、彼らが求めているのはそうした世界である。ライダー陣営が聖杯を手にすることとなれば、セプテムを中心として侵略王による恐怖によって支配される世界が生み出されることだろう。

 

「それに、彼女たちが動いてくれたことによって、こちらの思惑も進んでくれた」

「あの少年に預けている彼女のことか」

 

「ヴィンセントの忘れ形見は、期待通りにアベルと騒動を引き起こし、その中で彼女は七星としての力を発露してくれた。これまで私がどれだけ望んでも力を発現してくれなかったが、やはり感情を揺さぶられた時にこそ、力は発揮される。それでいい、これからも彼女には力を発してもらうとも。真なる覚醒を果たすために」

 

 ライダー陣営の勝利、それこそが灰狼が求めている結末であることに変わりはないが、灰狼は間違いなく、何かしら自分自身の思惑を持って動いている。それが何であるのかはライダーにもわからないが、灰狼は少なくとも、ライダーに不利益を与えるような選択はしない。その認識だけは間違いないと理解している。

 

(アベル、君は好きなように動けばいい。君の行動が台風の目となり、カインたる私の目的は達せられる。この聖杯戦争に関係するすべての人物を巻き込みながら、私と君の物語、そして彼女の物語は相応しき結末へと向かっていくだろう)

 

 ザラスシュトラが絶対善神の復活を目論むためのシナリオを描いているように、灰狼もまた彼の願いを叶えるためのシナリオを描いている。この聖杯戦争に参加したすべての者たちを巻き込みながらいずれ叶うその時を信じて……

 

「グロリアス・カストルムを突破すれば、いよいよ彼らは王都へと辿り着くか」

「無事に辿り着くかどうかは、わからぬがな」

 

「抜かりがないですね、既に刺客を放っておられますか」

「仮初であれども、この地は我らにとっての王都である。そこに入り込もうとする者たちを素通りさせるほど、我はお人よしではないとも」

 

 グロリアス・カストルムはセプテムにおける第二の繁栄都市であり、そこを抜ければ、王都まで一直線となる。レイジたちが足止めを受けたとはいえ、すぐにでも態勢を立て直して、王都へと進撃をするのは目に見えている。

 

 目に見えているが、灰狼は自身の王であり、多くの将を従える侵略王の言葉に、彼らの進撃が思い通り進まないことを理解させられる。

 

 抜かりがないのは自分だけではなく隣に立つ王もまた同じこと。此処が王都であり、仮初であっても自分の居を構える場所であるのならば、容易くその中へと入りこませることなどしない。

 

 力を示すことが出来なければ、王都への突入許さず。すなわち、既に侵略王より放たれた刺客が王都へと突入するであろう彼らを待ち受けているということに他ならなかった。

 

「連中は一度、我を楽しませた。しかし、それは所詮戯れに過ぎぬ。もしも、我が配下を退け、この王都の中へと入りこむことが出来たのならば、その時は、改めて、我に対峙するに足りる戦士と認め、屠ってくれようぞ」

 

「それは、楽しみですね、王よ」

「ああ、楽しみだ。我は我が臣下の勝利を願っている。だが、同時に、我を脅かす敵の到来をも願っている。さて……、ハーンの名を冠することが出来なかった者よ、貴様は、我の下に再び姿を見せることができるか?」

 

 アヴェンジャーとの再戦、敵うのならばそれもまた楽しみであるとライダーは笑う。星灰狼と侵略王の目論みは今だ何一つとして崩れず、定められた終わりへと向かうかのように、憐れな復讐者の踊りを観察し続ける。

 

 

第8話「激動」――――了

 

 

次回―――第9話「星屑ビーナス」

 




【CLASS】ランサー

【マスター】遠坂桜子

【真名】アステロパイオス

【性別】女性

【身長・体重】168cm/58kg

【属性】秩序・善

【ステータス】

 筋力C+ 耐久B 敏捷A

 魔力D 幸運B 宝具A+

【クラス別スキル】

 対魔力:C
 魔術に対する抵抗力。Cランクでは、魔術詠唱が二節以下のものを無効化する。大魔術・儀礼呪法など、大掛かりな魔術は防げない。

【固有スキル】

心眼(偽):A
 直感・第六感による危険回避。虫の知らせとも言われる、天性の才能による危険予知。視覚妨害による補正への耐性も併せ持つ。

河神からの恩寵:A
 河神スカマンドロスからの恩寵。勇猛スキル、直感スキルを付与され、戦場にて行うあらゆる行動に有利な判定を受けることができる。

神性:C
その体に神霊適性を持つかどうか、神性属性があるかないかの判定。ランクが高いほど、より物質的な神霊との混血とされる。より肉体的な忍耐力も強くなる。アステロパイオスは河神アクシオスとアケッサメノスの娘ペリボイアの子のペラゴーンの子である。

【宝具】

『???』
ランク:A 対人宝具

『涌沸し奔瀑する嚇怒の波濤(ヒマロス・スィモス・スカマンドロス)』
ランク:B 対軍宝具 
アステロパイオスが戦死したことで河神スカマンドロスが大水を起こしてアキレウスを襲った逸話。
河神スカマンドロスの神威である膨大な水を噴出させて操る。水はアステロパイオスの意のままに動き、アステロパイオスの移動の補助や、激流や動物の形を取らせるなど自在に形を変えての直撃攻撃に使われる。他にも、この水が生む水煙の中の物体や魔力の動きを感知し、アステロパイオスに伝える効力もある。水煙だけを出すならば魔力の消費は格段に低くなる。

【CLASS】アヴェンジャー

【マスター】レイジ・オブ・ダスト

【真名】ティムール/ハンニバル・バルカ/???

【性別】男性

【身長・体重】170cm・59kg

【属性】秩序・中庸/混沌・中庸/秩序・悪

【ステータス】

 筋力C 耐久C 敏捷B

 魔力C 幸運B 宝具B

【クラス別スキル】

復讐者:A
復讐者として、人の恨みと怨念を一身に集める在り方がスキルとなったもの。周囲からの敵意を向けられやすくなるが、向けられた負の感情は直ちにアヴェンジャーの力へと変化する。

忘却補正:C
 復讐者の存在を忘れ去った者に痛烈な打撃を与える。
 アヴェンジャーの存在を感知していない相手に対しての攻撃の際、各ステータスが1ランク上昇する。

自己回復(魔力):E
 現界に必要な魔力を補うと考えればDランク程度の単独行動スキルに相当する。

【固有スキル】

軍略:A+
 一対一の戦闘ではなく、多人数を動員した戦場における戦術的直感力。
 自らの対軍宝具の行使や、 逆に相手の対軍宝具に対処する場合に有利な補正が与えられる。ティムールとハンニバル、類まれなる二人の将の相乗効果によって本来以上の力が生まれている。

カリスマ:B
 軍団を指揮する天性の才能。団体戦闘において、自軍の能力を向上させる。
 カリスマは稀有な才能で、大国の王にふさわしいランクと言える。

戦闘続行:C
 執念深い。
 瀕死の傷でも戦闘を可能とし、死の間際まで戦うことを止めない。

アルプス越え:A+
ハンニバルが司令官として指名された際に初めて挑んだ難行に由来するスキル。
あらゆる地形を無視した大移動が可能。幸運判定を必要とするが、成功すれば魔術師の創った陣地さえも踏破できる。

????:A+


【宝具】

第一宝具『???』
ランク:B  対軍宝具

第二宝具『災禍秘めし黒の櫃(グーリ・アミール)』
ランク:B+ 対人宝具
墓を暴くものへの呪いの言葉が記された、ティムールが眠る棺。
この宝具の発動までに、対象者がティムール自身に与えた傷を棺の解放と共にそのまま相手へと返す呪詛返しの力。相手の力が強大であればあるほどにその効力は高まり、侵攻してきた相手へと破滅を齎す。
ただし、そのダメージ自体はティムールにそのまま残るモノであるため、幾度も使えるわけではなく、相手を確実に破壊する、あるいは最後の手段として使うのが定石ではあるが、アヴェンジャーは第四宝具との重ね掛けによってこのデメリットを踏み倒している。

第三宝具『雷速の山脈踏破(アルプス・バルカロード)』』
ランク:A+ 対地形宝具
不可能と思われていたアルプス越えを成し遂げたハンニバルの逸話を宝具として昇華したもの。自身と自分の配下、仲間をあらゆる場所へ一瞬で移動させる。一種のワープ能力。
移動可能範囲は広く自身の視界に入る場所は自由に移動できる。視界に入っていない場所で自身が訪れたことがない場合に移動する場合は魔力を多く消費することになる。
移動×距離×人数で消費魔力が計算されるため大人数で長距離の未知の場所へと移動すると魔力を大量に使うことになる。

第四宝具『???』
ランク:B+ 対人宝具

第五宝具『???』
ランク:EX 対概念宝具


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第三章『王都ルプス・コローナ』
第9話「星屑ビーナス」①


――グロリアス・カストルム・領主別邸――

 生まれた時から私は王族であり、何不自由のない人生を送ってきた。男の子に恵まれなかった私の父と母は、新たな王を生み出すことが出来なかったことを嘆きながらも、いずれお前がこの国の女王になるのだと、私は小さい頃からそう言われ、そうなるのだと思っていた。

 

 無邪気な子供は、いつかそうなると言われれば、その時には相応しい存在になることができるのだと漠然と思っていて、自分の知っている世界以外にどれだけの世界が広がっているのかなんて知る由もなかった。

 

 生まれながらの王族、王宮の中の世界しか知らない子供、そんな子供がどれだけ歪で、どれだけ無知で、籠の中の鳥であるのかを本人だけは全く理解できていなかった。

 

 自分の身体には七星の血が流れている。七星という存在を知ったのは10歳になるかどうかの瀬戸際だったか。自分の身体の中に流れ込んでいた魔力が大きくざわついて、不思議と他者を傷つける衝動に襲われた時だった。

 

 わけもわからず、為政者としての教育をされてきた私は、自分の中に浮かび上がってきた殺人衝動にも似た渇望に、自分自身がとても醜い存在に思えて、自分自身が分からなくなって、泣きつくように父と母に相談した。

 

 聞かされた話は夢物語のようなモノ、自分の祖先が暗殺一族であり、セプテムという国家の樹立にも深く関わっていたこと、そしてこれから成長をしていけば、この七星の力は強まっていき、歴代の王族たちは七星の血を抑制するためにあえて、近隣諸国家との対立や戦乱を定期的に行っていたこと、自分自身を律する方法を手にしなければ、いずれ自分もこの七星の血に呑まれることがあるかもしれないこと。

 

 王都は生まれながらに国民たちとは異なる存在であり、絶対的に希少な存在であると思っていた。高貴な血を継いできた者であるという私の認識は、その時に大きく覆された。

 

 けれども、乳はこの七星の血こそがこの国を生み出し、自分たちを王にしてくれた素晴らしきギフトであると口にしていた。その言葉は自分を信じ込ませるための言葉ではなく、心の底から信じ込んでいた言葉であったと思う。

 

「いずれ、我らが太祖より与えられた誓いを果たす時が来る。我々の祖先はその為にこの国を建国した。リーゼリットよ、間もなくその時が来る。七星の血を宿したお前もその日が来れば、王族ではなく七星の血族として誓いを果たすのだ」

 

 私達は、セプテムの王族であり、同時に七星の血族である。すべては七星の祖先との遠い誓いを果たすために。七星としての自分を自覚した私に父は口癖のようにそう口にしてきた。父は心の底から、私の中の七星の血が覚醒したことを喜んでいたのだと思う。

 

 私は無知な子供だった。だから、父の言葉を信じた。私が理解している正しい人間とは程遠い誰かを傷つけるために与えられた力、けれど、それが王族として国民と自分を隔てる証であるのならばそれを信じるしかないだろうと自分に思い込ませて、私は七星としての自分を肯定した。

 

 そして14歳に差しかかろうとした頃、私は王都の中に存在するスラムの反乱鎮圧に同行することになった。父からすれば近衛兵士たちに守護させた私がスラムの鎮圧に同行することで、王族としての私の名前に箔をつけ、また七星としての血の覚醒をより促すつもりだったのだろう。定期的に行われるスラムの浄化は、王族にとってのガス抜きでもある。兵士たちにとっても、決して鎮圧任務は難しいものではなかったはずだ。

 

 私にとっては初めての初陣、初めて、七星の血を用いての戦い、自分の中に湧き上がる経験したこともない感覚、理解よりも先に答えを与えられるように自分の魔術回路を血が汚染し、自分が取るべき行動を与える感覚が過り、私はその感覚に酔って行った。

 

 相手よりも圧倒的な力を振って、相手を蹂躙していく行為はある種の快感だ。人が暴力的な衝動に快楽を覚える生き物である限り、それを否定することは間違いなく誰にもできない。体格では劣る私が大人を相手にも七星の血に従えば、相手を嬲り倒しにできる。私の命令1つで、兵士たちが動いて、私に悪意を向けてくる相手を倒してくれる。

 

 七星の血がもしも、私の中に存在していなかったとしてもこの誘惑に抗うことは難しかっただろうと思う。戦場という人の命が簡単に散ってしまう世界の中で浮かび上がってきた全能感、何もかもが私に味方をしてくれるという肯定感、狭い王宮という世界の中だけで生きてきた王女の人生観を歪ませるには十分すぎるほどの経験であり、きっと、父はこの経験を以て、自分が七星の血を完全に受け入れるだろうと思っていただろう。

 

 勿論、私も同じように思う。もしも、この時に何事もなく予定通りに状況が進んでいれば、きっと私は自分が七星であることを当たり前のように受け入れただろう。

 

 けれど、この時、スラム制圧作戦は私達の思う通りには進まなかった。私達はスラムの人間の、私たち王族への憎悪を甘く見ていた。

 

 王族である私を狙って、決死の特攻をかけてきたスラムの住人達、そのうちの1人によって、私は連れ去られてしまった。

 

 兵士たちの間に衝撃が走ったことは言うまでもない。王族である私が連れ去られただけでも大問題だが、もしも、私の命が奪われ、晒し者にされるようなことがあれば、兵士たちは全員処刑されることを免れない。

 

 血眼になって兵士たちはスラムの中を駆けずり回ったと聞かされたのは王宮に戻ってからの話しだった。

 

 結論から言えば、私は兵士たちに発見されて救い出された。私がスラムの住民たちに連れ去られてから2日後に、私は兵士たちに発見され、王族への反抗勢力も鎮圧されたことで、事なきを得ることが出来た。

 

 空は既に赤みを帯びている頃、茜色の空へと変わった時分に、私はこれまで王宮の中で過ごしていた頃には体験したこともないような経験を続け、もう一度、私が住んでいる世界の中へと戻っていくことが出来た。

 

『君は……?』

『彼は、私を彼らから救ってくれた恩人です。彼もスラムの人間であることに変わりはありませんが、どうか寛大な処置をお願いします。彼がいなければ、私はこうして生きて戻ってくることは出来なかったかもしれません』

 

『別に、そんな大したことをしたわけじゃない。俺も巻き込まれてしまったから、一緒にいただけさ。あのままだったら、俺だって殺されていただろ? こんな掃き溜めでいつ死んでもおかしくなかったとしても無意味に死ぬのは嫌なんだ』

『そうだったのか、感謝をする。君が望めば、王への面会も叶うだろう。皇女を救ったのだ、スラムから出る理由には十分すぎるだろう』

 

『いいよ、俺にはここが似合っている。別に報酬が欲しくて彼女を助けたわけじゃない』

『そうか、こちらこそ君の善意に対して不躾な言葉を投げかけた。改めて感謝をさせてほしい』

 

『本当に一緒に来ないの?』

『ああ、お前こそ、俺なんかと一緒にいても仕方がないだろう。俺達は住む世界が違う。それは十分理解しただろ』

 

『でも……』

『なら、いつかまた来ればいい。スラムに立ち寄れば俺はいつでもいる。あんたがまたここに来るような奇特な奴なら、またきっと会うことができるハズさ』

 

『うん、そうだね……、そうするよ』

 

 そうして、私達は別れていった。この日の体験を境にして、私は自分が如何に世界のことを知らないのか、七星の血が如何にこの国に対して悲劇を生み出してしまっていたのかを理解させられた。この日を境に少しずつ、リーゼリット・N・エトワールの人生観は、七星という血を汚らわしいものとして見ていくこととなる。

 

 そして、一度目のスラム鎮圧の戦いから、4年の歳月が経過し、再びスラムの中での反抗が取り沙汰されるようになった頃、18歳となった私は再びスラムの鎮圧へと乗り出した。

 

 その戦いの最中で、私はかつてのスラム鎮圧戦の中で、一度出会ったヨハン君と再会し、彼と協力することで二度目の鎮圧戦を乗り越えることが出来た。彼を自分の騎士として召し抱えたのはその時からである。

 

 二度のスラムの戦いは私にとって決して忘れることのできない記憶、私という人間の根底を形成した記憶に他ならないからこそ、どうしても忘れることはできない。

 

 どこまでいっても、私達は七星であることから逃げられない。この国を生み出した原動力であったとしても、今の私達に七星の血なんてものは本当に必要なのだろうか。

 

 かつての祝福は今となっては呪いへと変わりつつある。ただ、その呪いに対して何をすればいいのか、私は未だに答えを見出すことが出来ていない。

 

・・・

 

「はぁぁ~~、アフラ・マズダと出くわした? 何、事後報告で済ませとんねん、めちゃくちゃ大事なことやないか!」

 

「あー。ごめん、昨日なサーヴァント戦とかマスター戦とかあったし、朔ちゃんたちも皇女様たちとの戦いがあったって聞いていたし、なんていうか、すっかり報告するのが抜け落ちちゃっていたって言うか、なんていうか」

 

「このド阿呆がっ!! 上司への態度がなっていないって常日頃から説教垂れておるの忘れたんか!」

 

 七星散華、カシム・ナジェムとの遭遇、そしアフラ・マズダの出現から始まったサーヴァント同士の戦いは、アステロパイオスの宝具発動による機転で何とか撤退をすることが出来た。

 

 ロイの奮闘もあって、カシムにも相応以上のダメージを与えることが出来たが、それで相手側が諦めるとはとても思えない。おそらく、ほどなくしてもう一度、自分たちが戦うことになるであろうことは、桜子もロイも予感として強く思う所であった。

 

「でも、朔ちゃんたちだって大変だったんでしょ? あっち側のランサーとアーチャーとの戦いで、アヴェンジャーの宝具で何とか撤退出来たって」

 

「まぁ、な。皇女様のランサー、ウィリアム・マーシャルの持つ宝具を使われて、こっちもギリギリだった。あのまま戦っていたら、どっちが勝っていたかまでは何とも言えんが、もしかしたら、誰かしらが脱落していたかもしれん」

「ウィリアム・マーシャル、ヨーロッパでも有名な騎士だな。プランタジネット朝イングランドに仕えた、英国を代表する騎士の1人か」

 

「あくまでも推測やけど、あいつの宝具はあれで終わりやない。王様の宝具を借りてくることができる言うんなら、ウィリアム・マーシャルは都合五人の王に仕えておる。誰よりも有名なんが、獅子心王リチャードとはいえ、他の王様にだって宝具へと昇華出来る逸話が全くないわけやない。あれだけ素のスペックが高いうえに、宝具を複数持ちとか、ほんま冗談やないわ。頭おかしうなるで、ほんま」

 

「意外な伏兵、というわけでもないか。セレニウム・シルバでもあれだけ暴れまわっていたわけだし。ライダー、セイバー以外にもそれほどの実力者がいるというのは頭が痛い話ではあるな」

 

「ですが、ライダーと違って、あくまでもランサーは1人だけです。如何に卓越した武技と、圧倒的な力を誇る宝具があったとしても、倒せない相手ではありません。真名が露呈した以上、そこから何かしらの対策を考えることもできるでしょう。何にしても、次は勝ちます」

 

「頼りにしているよ、ランサー」

「そう言っていただけると、少しは心の助けになります。昨日はお世辞にも桜子のサーヴァントとして、誇れる活躍が出来たわけではありませんから」

 

「何言ってんのよ、アステロパイオスが宝具を使ってくれたから、私達だってあの場を切り抜けられたんでしょ? 十分に私は貴女に助けられているわ。そんなに自分を卑下しないで、私たちはどっちも無事だったんだから、次はお互いに勝とう、絶対に、ね?」

「……はい」

 

 セレニウム・シルバでタズミを亡き者にされた失態に続いて、桜子を危険に誘い込みかねないほどに、アサシンとキャスターの連携にしてやられてしまったアステロパイオスは、彼女なりに責任を覚えている。

 

アステロパイオスは責任感の強い性格であることは桜子も知っているし、何よりも個人的な事情からも彼女は、桜子を無事に蓮司の下へと帰らせることを契約したうえでの制約としている。

 

 それなのに、彼女を危険に巻き込んでしまうとは不甲斐ないと自分を責めていたのは明白であったため、桜子としてもフォローを入れないわけにはいかなかった。

 

 桜子はサーヴァント自身を自分を絶対に守るための使い魔として想っているわけではない。共に戦う仲間として、最後まで信頼を築いたうえで困難を乗り越えていきたいと思っている。

 

「ま、何にしても、ウチらがここにおることは、七星側にバレてしもうた。長居をしておるんも悪手、皇女様との同盟締結も出来なかった以上はさっさと見切りを付けて王都目指した方がええやろ。どうせ、どこをほっつき歩いても連中に見つかるんなら、こっちから喉元食らいついた方が気持ちええわ」

「リーゼリット皇女との同盟、か。姫としては、弁解してでも、同盟を結んだ方が良かったと思うんだけどなぁ~」

 

「過ぎたことを今更、後悔したところで何も出てきやしねぇよ。第一、同盟を結んだところで、あっちのルチアーノだったか、アイツがいる限り、あっさりと進んだかどうかも怪しいさ。どうあったってレイジとアイツが分かり合うことはできねぇし、レイジも七星側のマスターたちと手を結ぶなんてのは願い下げだろうしな」

 

「だね、むしろ、私が特別って感じだし」

「今更、あのクソガキ放逐するんも目覚め悪いしな。そもそも、ガキを人質にしてるようなヤクザを味方にするんはウチもさすがにボーダー越えやし、縁がなかったと思うしかないわな。あのお姫様自体は個人的には嫌いやなかったけど」

 

「朔ちゃんがそういうのなら、きっといい娘なんだろうね」

「アホか、使いやすいと思うてただけや。それより、桜子、お前、大丈夫なんか?」

 

「え、何が?」

「何がって……、七星宗家と顔を合したんやろ。そんなん、思う所だって出てくるはずやろ」

 

 桜子にとって、七星宗家という存在はある種別格の存在である。大陸に渡った七星たちとは異なり、もしかしたら、ほんの少し運命が違えば、自分も同じ道を進んでいたかもしれない七星散華の存在は、桜子にとっては劇薬であることは間違いないと朔姫も思っている。

 

 否応でも七星という存在と向き合わなければならないし、七星宗家は分家とはいえ、七星の運命に抗おうとしている桜子のことを敵視しているのは神祇省の情報網でも伝わっていた。朔姫としても、いずれ、散華と桜子が激突し合うことは分かっていた展開であるとはいえ、精神的な面で負担を覚えていないのかを気にかけているのだ。

 

 そんな朔姫の心遣いに気付いてか、桜子はにっこりと笑みを浮かべて、朔姫に後ろから抱きつく。

 

「朔ちゃ~~ん♪」

「はぁぁぁ!? いきなり抱きつくな、暑苦しっ、キショいわ、近寄んな、ババア!! ふんぎぃぃぃ」

 

「朔ちゃんってば、口では悪いことをいっつも言ってるけど、大事なとこでは本気で心配してくれるもんねぇ、私、そういう朔ちゃんのこと昔から大好きだよ~」

「だっ、から、暑苦しいいうとるやろ、ウチは女と抱き合う趣味はないわ、ボケぇぇ!!」

 

 朔姫は桜子に後ろから抱きつかれて、離せ離せともがいているが、小柄で華奢な朔姫に学生のころから剣術道場で鍛えている桜子を引きはがすことは出来ず、むぎゅむぎゅとぬいぐるみを抱きしめるように頬を擦り付け、親愛の証をアピールする。

 

 朔姫をしばしハグして、むぎゅーとしたことに満足したのか、身体を離すと、朔姫は疲れ切ったように放心状態で倒れ伏した。

 

「くそったれ、このゴリラぁぁ」

「えー、朔ちゃんがじたばた動くからじゃん」

 

「あはは、朔ちゃんってば、もう疲労困憊って感じだし☆」

「い、いいのでしょうか? なんだか、止めるべきとも思いましたが……」

「じゃれ合いだろ、どっちも分かってるさ」

 

 生真面目なアステロパイオスは桜子を止めるべきだったのかと頬をかき、アークはゲラゲラと笑って気にすることはないと口にする。

 

 昨日の戦いで、誰もが身体も精神も披露している。小難しい対策や現実的にどのように立ち回っていくのかを考えることも必要ではあるが、今は身体と心を休めることも必要だ。朔姫の気遣いは、桜子の心に届いているだろうし、鬱陶しがっていても朔姫にそこまでの強引な行動が出来るのも桜子しかいない。

 

 長年連れ添ってきたからこそ、言葉にしなくても互いに分かる付き合い方というものがある。朔姫が桜子よりも年下であっても、桜子を指示する側として不満なく従っているのも互いに信頼があればこそだろう。

 

「羨ましいと言えば羨ましい光景さ。こういう時に男ってのは自分で自分を奮い立たせるしかない」

「まぁ、ね。強すぎるとそこらへん、転んでも自分で立ち上がらなくちゃいけないって思うしかなくなる。強すぎるってのも考えものさ」

 

 そんな二人の様子を見ながらアークとロイはやれやれと言った言葉を吐きながら、互いに互いの苦労を労う。頼るよりも頼られる側である二人は容易に心の弱さを吐きだす機会はないが、だからこそ、理解できることもあるということだろうか。

 

「ありがとね、朔ちゃん、私のことを心配してくれて。でも、大丈夫だよ。私は七星であるからこそ、過酷な運命に囚われることになったけれど、七星だったからこそ、多くの人に出会う事が出来た。自分の人生を自分で決めることが出来た。

 あの10年前の聖杯戦争の時から、私はちゃんと自分の人生を肯定しようとって決めてる。どんなことがあっても、私は自分が生まれてきたことを否定するようなことだけはしないようにって。それが自分の命を犠牲にしてでも、私の生きる世界を守ってくれたお母さんに私が出来ることだと思ってるから」

 

 七星散華に七星の宿命から逃げていると言われたこと、桜子も確かに事実だろうと思う。自分が生まれて来た時から身体に宿っている七星の血は今でも桜子に七星としての役目を果たせと囁き、桜子はずっと身体の中に宿っているその衝動に抗っている。楽なことではないし、それが自分の出自から逃げていると言われれば確かにその通りだと思う。

 

 今の桜子が七星桜子ではなく遠坂桜子として名乗っていることも七星宗家からすれば、七星を捨てたと捉えられても仕方のない話である。

 

 それでも、桜子は母が世界を守るためにその身を犠牲にしたことを知っている。自分の子供たちの為にその決断をしてくれた母を想うたびに、桜子が普通の人間として生きられるように過酷な運命から遠ざけようとしていた父と兄を想うたびに、桜子は運命を受け入れることだけは正しい選択ではないと自分の中に流れる血に抗ってきた。

 

 自分が七星以外の生き方で幸せになることこそが、家族が自分に望んできた幸せであると桜子は正しく受け止めているし、七星の一族である桜子を魔術師としての名門でありながら受け入れてくれた主人のことを心から感謝しているし愛している。

 

 あの秋津の聖杯戦争を経験しなければ、散華の言葉に強く揺さぶられていたかもしれない。自分は本当はどのように生きればよかったのかと自問自答していたかもしれないが、少なくともどのように生きればよかったのかという点において、桜子が揺れることはない。

 

「今回は不覚を取ったけれど、次は絶対に負けないよ。七星の血の宿命に抗うことは決して間違ったことじゃないって、勝って証明してみせる。私がこの聖杯戦争に参加したのは、七星の運命に負けないためでもあるんだから」

 

「いっちょ前の口を利くようになりおって。なら、次は絶対に負けんなや、七星宗家がナンボのもんじゃ!」

「ナンボのもんじゃ~☆」

 

 確かに散華は強敵だ、あの超反応を攻略する糸口を見出すことが出来なければ、桜子に勝利はないだろう。

 

だが、勝てなければ自分が命を失うことになる。その結末を認めることだけは絶対にさせてはならない。自分の帰りを待ってくれている人たちがいる。桜子と散華のどちらが正しいのかなんて桜子にはわからないし、そこに優劣をつけるようなことをするつもりはない。

 

 ただ、勝たなければならない理由があるから、勝つ。それだけのことだ。

 

・・・

 

「よっす、アヴェンジャー、そっちは1人で考え事かい、あ、っていうか、1人って訳でもないのか」

「ルシアに、エドワードか。何か用か。生憎とマスターであるあの小僧は近くにはいないが……」

 

「いや、レイジに用があってここに来たわけじゃない」

「そそ、まずは、昨日の戦いで助けてくれてありがとうってね。ああ、でも、宝具を使ったのはあんたの人格じゃない方のサーヴァントなんだっけ? なんだかややこしいね」

 

「いや、構わん。我々はこの身体の中で三つの魂が同居している状態だ。言葉を受け止めるのは三人同時に行うことができるし、それに―――――このようにある程度であれば人格を変えることもできるしのぉ!」

 

「ほぅ、確かに離し方や空気が一瞬で変わったな」

「浮かんでいる色も変わったね。うん、アヴェンジャーとまともに会話をしたのって今回が初めてだったかもしれないけれど、確かに魂が三つあるってのも嘘じゃないみたいだね」

 

「嘘をつく必要性もないしな。あの脆弱な小僧を生き残らせることを考えれば、お前たちとの協力は必要不可欠じゃしな。儂の宝具であるアルプス越えは魔力を大幅に使う故に乱用することは出来んが、ここぞという時の役には立つ。

 もっとも、儂の真価は電撃戦ではなく持久戦じゃがな、がっはははははははは」

 

「古代ローマをたった一人で翻弄し続けた稀代の戦略家ハンニバル・バルカ、確かにこれほど味方にして頼もしいと思える存在はいないだろうな」

「儂の身体までついてくれば余計に頼りがいがあったのじゃがなぁ」

 

「その人格で身体を得たところで全盛期って訳じゃないでしょ? そもそも、あんたの戦い方なんてレイジは絶対に従わないよ? 指揮官の指示に従わない大将がいる状況なんて、あんたを最大限に活用できるとは思えないね」

 

 調子に乗るハンニバルを皮肉るようにもう一つの人格である青年の人格が表に出る。身なりはアヴェンジャーそのままの状態で反応だけが変わっているだけに何とも言えない気分にルシアとエドワードは晒される。

 

「アヴェンジャーには三つの人格があると聞いた。いつも表に出ている人格とハンニバルの人格、そしてもう一人があんたか」

 

「そうだね、エドワード・ハミルトン。魔弾を受け継いだもの、先の戦いでの魔弾の使い道は実に有効だったよ、ただ、あまり乱発するものではないと思うよ。君だって、何もできずに運命に撃ち抜かれるのは嫌だろう?」

「…………」

 

「ルシア・メルクーア、君は逆にもっと自分自身を有効活用するべきだね。使い方次第で、ファブニールから受け継いだ不死性は大きな意味を持つ。先のランサーとの戦いでも、君がその身の使い方を考えていれば、ランサーに想定外の一撃を加えることが出来たかもしれない。まぁ人間、誰だって死の恐怖に打ち勝つというのは何よりも難しいことであるのは分かっているよ。僕もその経験はあるからね」

「嫌な感じ、あんた、絶対に性格悪いってよく言われるでしょ」

 

「まぁね、僕は基本裏切り者扱いだからさ。でも、嫌われることを怖れていないからこそ、言えることもある。そういう意味では向こう見ずなレイジのことは嫌いじゃない。彼がどんな末路を辿るのかまで含めて、見届けたいと思っている。だから、信用はしてくれて構わないよ。今回は、マスターを裏切るつもりはないから」

「そこまで言うなら、真名くらい教えてくれてもいいんじゃない? 信頼の証ってもんを立てるくらいはさ」

 

「それはないかな。誰も知らないからこそできることだってあるだろうし、下手に知られて対策を立てられるようなこともされたくない。良くも悪くも、想定外のことを敢行するのなら誰も知らないっていうのが重要だったりするものだからね」

 

 協力はするし、信用はしてくれていい。ただ、素性を明かすつもりはないという態度の、三人目の青年の声をしたサーヴァントにはルシアもエドワードも不信感を拭うことはできないが、先ほどのアドバイスも決して彼らを危険に誘い込むことではなく、むしろ、今後の戦いを考えれば、想定をしておくべきことであるという好意に基づいた言葉であることは理解できた。

 

(ま、確かにそうなんだよね。バーサーカーの能力を指輪の力で一時的に手に入れても、私自身が踏ん切りがついていない。そりゃ、不死身を使いこなすってことは死ぬこと前提の無茶な作戦が出来るってことで、一歩間違えればそれで終わりなんだから、躊躇するのなんて当たり前なんだけどさ……)

 

 しかし、桜子やロイ、朔姫のようにサーヴァントがいるわけでもなく、アークのように生身でサーヴァントと戦うことができるわけでもないルシアにとって、ニーベルングの指輪は起死回生の一手を担う事が出来る力であることは間違いない。

 

 今のままでは、ライダー陣営だけでなく、ランサー陣営たちに勝利することができるかでさえも怪しいことを考えれば覚悟を決める必要が出てくるのは間違いない。

 

「まぁ、僕のことを信用できるかどうかを考えるのならば、彼女のことももっと疑ってかかるべきなんじゃないかな? レイジのさ、一緒にいる娘、ターニャだったっけ? 僕からすれば、あの娘の方がよほど怪しいよ」

 

「彼女についてはレイジも認識しているし、これまで俺達に不審なことをしてくる様子もなかったと思うが?」

「そうじゃな、お前さんの天邪鬼な深読みでしかないんじゃないか?」

 

「闘う術には秀でていても、人を見る目が全くない爺さんは黙っていてくれないかな。僕からすれば怪しいことばかりさ。星灰狼が僕たちに彼女を預けていることも、敵方であるセイバー陣営がルチアーノとの騒動の時に姿を見せなかったことも、彼女があの土壇場で突然、七星の魔術を使いこなしたことも、何もかもが不自然だよ。そういう風に誘導されているんじゃないかってね」

 

「でも、あの子の感情の色は、不自然な色は出していないよ。あの子の表情や反応と何も矛盾していない。確かにあのいけ好かないライダーのマスターが何かを企んでいるのは間違いないと思うけどさ、それでターニャを疑うって言うのはちょっと違うんじゃない? って私は思うよ」

 

「おうおう、言ってやれ。こやつは基本的に世の中のことを斜に構えているからな。何事にも否定から入らなければ気が済まんのじゃ!」

 

「別にそんなつもりもないけどね。僕だって物事の素直な受け取り方くらいは知っているつもりだよ。ただ、不安はあるってところだよ。僕も僕でれっきとしたサーヴァントだ。レイジの良く末を見たいって気持ちも嘘じゃない。その上で、マスターに害を加えるかもしれない存在を疑う気持ちを持つことは必要なことだろう?」

 

 それが真っ当な英霊には感知できない程度の匂いであったとしても、自分にはどうしたって漂ってくることを否定することはできない。ターニャという存在は否応にも劇薬になる。それを手放すことをレイジが認めない限り、常に付きまとってくることは否定できない。いずれ迎えるであろうセイバー陣営との戦いも含めて、いずれは出さなければならない結論を先送りにしていることは言うまでもない。

 

 もしも、レイジが七星のマスターたちを倒すという初志を貫徹するのだとすれば、ターニャだけを特別扱いすることはできない。躊躇しないこと、徹底した七星への復讐心こそがレイジの強さの根底にあるものだとすれば、その利己的な線引きはレイジ自身にとっても己の足元を掬う事態を生み出しかねない。

 

(あるいは、それこそが星灰狼の狙いだなんて考えるのは流石に考え過ぎかな。彼にとって、そこまでレイジを特別扱いする理由なんてないだろうしね)

 

 どうしても拭えない違和感、けれど、それに答えを出すことは現時点ではできない。けれど、予感はあるのだ。ターニャの存在こそがレイジにとって致命傷になる引き金になるのではないかと。

 

・・・

 

『昨日は災難だったようですね、リーゼリット皇女殿下。まさか、凱旋パレードの為に立ち寄ったグロリアス・カストルムで彼らと鉢合わせて戦闘になるとは。連絡をいただければ、すぐにでも、人造七星を向かわせたのですが……』

「問題ありません。彼らは私とヨハンの二人で撃退に成功しました。あのまま戦っていても、勝敗はこちらに傾いたでしょう」

 

『さすがは、まもなくこのセプテムの王冠を被るお方だ。私も強き皇女殿下と肩を並べることが出来て嬉しい限りです。ですが、本当によろしいのですか、彼らはまだグロアス・カストルムに潜んでいるかもしれない。人造七星を投入すればしらみつぶしにでも、彼らの居場所を見つけることもできるでしょう』

 

「この街で戦闘を行うつもりはありません。この街はセプテム第二の都市、多くに国民が住まう街です。無差別に街を荒らすようなことになれば国民たちは何が起こったのかと不安に駆られることでしょう。ましてやサーヴァント同士の戦いが起これば、この街そのものが戦場となりかねない」

『ですが、それは王都であろうとも同じでは?』

 

「まさか。王都であれば侵入すると同時に、こちらの近衛が動きます。貴方の人造七星と合わせれば、彼らに潜伏先を与えることもないでしょう。そもそも、彼らは王門の突破は出来ません。王門で手こずっている所でこちらが一方的に蹂躙すればいい。人造七星をわざわざこちらに向かわせるような手間を取らせる必要はありませんよ、灰狼殿」

 

『なるほど、過ぎた言葉でした。我々は彼らを蹂躙する側、何をしようとも王都に待っていれば彼らが来るのだから放逐しておけばよいとのことですね。ええ、確かに利には適っております。皇女殿下がそのように仰られるのであれば、私には異論はありません』

 

「凱旋パレードが終わった以上、私達も早々にルプス・コローナへと戻ります。王都にて会いましょう、灰狼殿」

『ええ、良い旅路を』

 

 王都ルプス・コローナにてリゼたちの帰りを待つ星灰狼との会談を終えたリゼはため息を零す。

 

「全部見透かしているんでしょうね……」

 

 リゼが灰狼の思惑に対して翻意を抱いていることも、灰狼との最終的な決着をつける際の手札の一つとして、レイジたちをあえて逃がした上で追撃を行わなかったことも、おそらく灰狼は理解している。

 

 合流した散華の話しを聞く限り、アサシン陣営およびキャスター陣営も昨日の同時刻に戦闘を行っていた。ある意味でいつでも、リゼたちの戦闘に介入することが出来たともいえる。それを実行しなかったのは、リゼたちの動向を見守る為だったからではないだろうか。そんな風にリゼは捉えてしまった。

 

「ある意味、復讐心だけで全てに牙を剥けることが羨ましいのかもしれないね」

 

 リゼはレイジのことを思いだす。彼の言葉は敵対者として、自分の知る者の命を奪った相手であるというのに、痛いほどに胸に突き刺さった。

 

七星という存在を決して是と認めていないリゼにとって、この聖杯戦争で犠牲になる者たちは国家が命を奪ったにも等しい。タズミとて、国家への反逆芯を露わにしていなかったとすれば、悲しい犠牲者の1人として扱われていただろう。

 

 レイジの怒りを正当なモノであると思ってしまうのは、七星の血を是とする父や灰狼への反発心からなのか、あるいは心のどこかでリゼはレイジのように自分の心の中に抱いている感情をはっきりと吐露することができる相手に憧れを覚えてしまっているからなのだろうか。自分がどうするべきなのか、自分がこの聖杯戦争にどのように向き合うべきなのか、実の所、リゼはいまだにはっきりと答えを見出すことが出来ていない。

 

「私も同類、本当にそう。その通り過ぎる。所詮、聖杯戦争の参加者から見れば、私は王族でも何でもなく、ただの七星のマスターでしかないんだから」

 

 きっとこの国の人間たちはどんなことであってもリゼを肯定するだろう。傍に控えるランサーもヨハンも、そしてリゼを利用している灰狼たちも結局のところはリゼを否定しない。今の操り人形のようなリゼこそが最も使いやすい存在であるのだから。

 

 だから、あんな風に罵倒されることは久しぶりのことで、本当であれば気分を悪くして然るべきであるというのに、どうしてか一刻も早く記憶から消し去ろうと思う事が出来なかった。

 

 彼は何があったのだろうか。彼があの慰霊碑の前でどうして、あのようなことを口走ったのか。どうしてかはわからない。けれど、知らなければいけないと思った。

 

 あの日、スラムの中で過ごした2日間で、自分の価値感が粉々に破壊された時のように、どうしてか彼と向き合わなければならないと思ったのだった。

 

「言いたいことは理解できますが、危険ですよ。彼はマスターの顔を見れば、どこであろうとも戦いを辞さないでしょう」

「うん、分かっている。だから、お願い、危なくなったら守って、騎士として」

 

「はぁ……、まったく、その破天荒さはジョン王を思い出します」

「自分がバカなことをしようとしているのは分かってる。でも、私はこの国の皇女だから、向きあわなくちゃいけないんだッと思う。例えそれが憎しみでしかなかったとしても……」

 

 受け止めなくちゃいけないんだと思ったから、リゼはランサーに自分の護衛を頼み込む。レイジと顔を合わせて話をするために。

 

「少しでも危険を感じたら、私はすぐにヨハンやアーチャーと合流します。令呪で命令されようとも従いません。それでよろしいですね?」

「……ごめんなさい」

 

 謝るくらいなら最初からやるなとはリゼ自身も思っていることだが、こればかりは仕方がない。

 

「リゼ……、そろそろ出発の準備ができる。君はどうだい? ……、リゼ?」

 

 しばらくして、リゼの部屋をノックしたヨハンはリゼからの返答がなかったために、同意を得ることなく扉を開けた。すると、ヨハンはそこで瞠目する。部屋の中からリゼの姿が無くなっているのだ。

 

 そして、机の上には書置きが一つ残されていた。

 

『確かめたいことがあるので、少しだけ留守にします。すぐに戻るから、心配しないで』

「あ、あのバカ皇女……、本気か……!?」

 

 書置きを見て、ヨハンはわなわなと震える。リゼとはもう数年来の付き合いだ。彼女が昨日の戦いを経て、何を感じていたのかは何となく察しがついている。よって、ヨハンはすぐにでも、リゼを探し出すために動き出す。

 

「アイツを顔を合わせることは、君を不幸にさせるだけだ、どうして君はそれが分からないんだ、リゼ……!」

 

 結局の所、いつだって自分の気持ちは彼女には届かない。そんな呪いじみた事実に歯噛みしながら、ヨハンはいなくなったリゼの後を追うのであった。

 




このリゼを攫ったスラムの連中の方がタズミより実力ありそう。

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第9話「星屑ビーナス」②

――グロリアス・カストルム――

「………、変わらないな」

 

 グロリアス・カストルムからの出立を間近に控えた頃合、レイジ・オブ・ダストは1人、グロリアス・カストルムの中を歩いていた。誰にも言わずに外に出たつもりだったにもかかわらず、周囲には誰かが見ているような感覚がある。

 

 霊体化したアヴェンジャーであることは間違いないが、おそらく朔姫の式神も周囲にいるのではないかとレイジは納得して行動する。昨日の今日だ。七星側がレイジたちを探して、この街の中を動き回っていたとしてもおかしくない。

 

 ましてやレイジは、マスターではないものの、ルチアーノに命を狙われている。ターニャによって手痛いダメージを与えられたルチアーノだが、あれで諦めるほど物分かりが良い性格ではないだろうとレイジもいずれ来るであろう決着の時の予感が強くある。

 

 ルチアーノとは、レイジか彼のどちらかの命が消えることがない限り、終わりはない。和解はない。レイジが七星の魔術師たちを許すことが出来ないのと同じように、ルチアーノもどんな理由があったとしても、レイジを許すつもりはない。

 

 ヨハンもルチアーノもいずれ対峙し、そして乗り越えなければならない相手であることは間違いない。復讐の道を辿ると決めた時からこの人生が修羅の人生であり、決して真っ当な末路を迎えることができる等とは思っていない。

 

「何故、突然街に出ることにした? 出立は間もなくだ、身体を休める程度でも十分に時間を潰すことは出来たはずだ」

『というか、普通に考えて有り得ないよね。僕たちの存在がばれているってのに、街の中をさまようとかさ? 自分が囮にでもなって彼らをおびき寄せるつもり? 君にその価値はあるだろうけれど、それって自分の勝ち目を考えての行動?』

 

「別にそんなつもりじゃない。ただ、少しだけ、ここの光景を目に焼き付けておこうと思っただけだ。次に辿り着くのは王都だろう。連中との戦いは避けられない。まともに街の風景なんて見ている余裕があるかもわからない。

 だから、覚えておきたかったんだ。当たり前の人々の営みって奴を。それすら忘れてしまったら、俺は本当にただのケモノでしかなくなるから」

 

 自分が復讐という原動力があるから戦い続けていられている自覚はある。レイジは狂戦士のように戦い続けているが、根底の精神性自体は決して他人に理解できない領域にあるわけではない。ありふれた人間が復讐という修羅を突き通すためにそうならざるを得なかっただけだ。不可能と思えるような七星殺しを貫徹するには、心の迷いなんて必要ない。そんなものは、自分を弱くする要素でしかないことを知っている。

 

 だが、同時に復讐にだけ凝り固まれば、人間として必要なことを忘れる。自分の村を焼き払った者たちと同じケモノになる。七星に向ける刃はそれでもいい。それでもいいが、それだけで良いと思う事が出来ないことが、いまだレイジを人間足らしめている要素であるともいえる。

 

(地獄の先に花を咲かせる。それが俺の最終的な目的だ。血塗られた復讐、あのルチアーノという男が俺に口にした言葉こそが、俺が向けられるに相応しい言葉だなんてことは分かっている。奪われた者が、奪い返そうとするだけの憎しみの連鎖の発露、その先に待っているのは新たな悲劇と憎しみが続くだけだって、そんなのは子供だって分かることだ)

 

 ルチアーノにヴィンセントを殺されたことを攻められたとき、悲しいほどに自分の心は冷め切っていた。そうなるだろう、いつかは自分に悪意や復讐心を向けられる時が来ることは分かっていた。ヴィンセントの命を奪った瞬間から、レイジはただ嘆いていることだけが許される被害者ではなくなり、彼らと同じ立場に成り下がったのだ。

 

 畜生を屠るために畜生へと身を堕とした。ルチアーノの言う通り、もはや自分はまともな死に方なんてできないだろう。けれど、ただ嘆いて、何も変えられない無力なバカで終わることだけは許せない。

 

 自分の人生がいかにクソったれであったとしても、自分の戦いがほんのわずかでも、誰かに、この国に、この世界に花を咲かせることができるのならそれで構わない。

 

 楽園へと昇るためのチケットは自ら手放した。既に地獄行きが決まっているのだ。今更自分の境遇を怖れる必要なんてない。

 

 もしも、怖れることがあるとしたら、復讐に身を焦がし続けたことによって、この平穏な街の風景すらも尊いものであるということを忘れてしまうことだけだ。

 

「俺もターニャや他の村の連中たちとこうして笑いあう日々が続いていたのかもしれない。どうでもいい、他愛のないような日常の出来事に笑って、悩んで、喜びを分かち合って、刺激なんて大してなかったけれど、毎日同じようなことの繰り返しだったかもしれないけれど、それを当たり前だと思える日々が続いていたかもしれないんだ」

 

 この街の人々だって、自分たちの平穏な日々がずっと続くと信じている。この街が突然、戦禍に晒されて、自分たちの日常が喪われるなんて考えているはずもない。人間は誰だって当たり前の平穏をありがたがったりはしない。失った時に初めてそれを尊いものであると理解するのだ。

 

 人々の当たり前に享受している平穏の姿を尊いと思うこの心こそが、地獄の中で自分を唯一保ってくれている感覚、この感覚すらも失ってしまったら、本当の意味でレイジはターニャの隣に立っていることすら許されない畜生へと変わり果ててしまう。

 

「不思議なモノですね、そんな穏やかな顔をすることもできるなんて。昨日の悪鬼のような戦い方をしていたのが嘘のよう」

「―――――」

 

 雑踏の中で、レイジへと語りかける声が聞こえた。フードを頭からかぶり、その容貌が見えない女性の声、けれど、声を聞くだけでレイジは話しかけてきた相手が誰であるのかを察した。

 

「お前……、何のつもりだ?」

「場所を変えましょう。お互いにこんな所で闘うことは望まないでしょう?」

 

(アヴェンジャー……)

『ああ、霊体化しているがランサーも控えている。戦闘に発展すればこの場は瞬く間に戦場と化すだろう』

 

 立ち止まって隣に立っている彼女は、レイジの返答を待つ。

 

「わかった。何処に行けばいい」

「付いてきて。この先に空き家になっている店舗があるわ」

 

「お前に従った訳じゃない」

「別にいいわ。君がむやみやたらに戦いを仕掛けてくるような奴じゃないってことが分かっただけでも収穫だから」

「……っ!」

 

 レイジは不愉快そうに舌打ちをする。この場を戦場にしたくないことはレイジの本心からの行動ではあるが、その気持ちを敵方に利用されたような形になってしまったことには、怒りを覚える。怒り散らすのを必死に我慢して、レイジは彼女の後をついていく。

 

 そして、フードを被った彼女が口にしていた空き店舗の前に来ると、彼女は静かにその半ば廃墟と化している店舗の中へと入っていく。

 

 扉が開き、彼女とレイジの二人が店舗の中に入っていくと、扉が閉まり、衆目の目に触れる状況ではなくなったことを確認し、彼女、リーゼリットはフードを脱いで、自分の顔をレイジへと振り向き、顔を見せる。それと同時にレイジも自分の武器である大剣の切っ先をリゼへと向けた。

 

「どういうつもりだ? 七星が、よくものうのうと俺の前に顔を見せることが出来たな」

「君のことを知るには君に会うしかないと思ったから」

 

「俺の前に姿を見せれば、どうなろうとも戦いに発展することくらいは分かっていたはずだ。あの時のようはいかない」

「そうだね、あの時は……お互いにお互いのことを知らなかった。それが、一番幸せだったのかもしれないけれど」

 

 自らの内に押し殺した殺意が爆発する寸前で何とか押し留めているような状態のレイジは憎しみの色を隠すことなくリゼへと向ける。リゼが直接的にレイジにとって仇であろうとなかろうと、彼女が七星である限り、レイジにとっては倒さなければならない相手であることに違いはない。

 

「今日、君とこうして会っているのは、君のことを知りたいと思ったから。知らなければいけないと思ったから。だから、戦うつもりはないよ。まずはそこを理解してもらわないと話が進まないだろうから」

 

「ふざけるな、お前の理屈なんて知ったことか。七星は全て俺の敵だ。敵が目の前にいる。お前にとっても俺は敵だ。だったら闘うしかないだろう…!」

「戦った結果として、この街の人たちを巻き込むことになっても?」

 

「お前、この国の皇女なんだろ? 自分の国民を巻き込むつもりか?」

「ええ、私は七星だから、必要があるのならそうすることができる」

 

 リゼは目を細めて、冷酷な魔術師殺しの一族としての表情をあらわにする。昨日の戦いでも決して見せなかったリゼの「七星としての顔」はレイジの背筋に寒気を走らせる。

 

ヴィンセントやヨハンのように直接的な戦意と殺意を向けてくる相手よりも、七星としての力を抑えつけつつ、いつでも発露させられるリゼの方が落差の分だけおぞましさを感じさせた。

 

「私は七星であり、同時にこの国の皇女でもある。あの慰霊碑の前で君に語ったことは確かに私の本心だよ。七星だからって、誰もが七星のことを肯定しているわけじゃない。私達が聖杯戦争の中で敵同士であったとしても、今この場では、その剣を下ろしてほしい。命乞いでも挑発でも何でもなく、1人の人間として君にそうお願いすることを、君は認められないかな?」

 

 先の一瞬に見せた七星としての顔はすぐになりを潜めて、元の穏やかな様子のリゼの表情に戻る。演技をしているというのであれば先ほどの七星としてのリゼの反応こそが演技なのだろう。

 

 リーゼリット・N・エトワールの素の性格は七星とは思えないほどに真っ当な人格を持っている。少なくともそれはレイジも理解が出来た。故に向けていた大剣を一度、背中のさやへと戻す。

 

『今日はやけに素直じゃのう。お主であっても、女に刃を向けるのは好まんか、ぬはは』

「黙れよ、そんなんじゃない。女だろうがなんだろうが、七星である限り関係ない。とこだろうと女だろうと、人を殺す時にはあっさりと殺すんだ。こいつらはそれをやってのける」

 

「偏見、なんて言えれば、楽だったんだけどね、君の言う通りかもしれないね。えっと……」

 

「レイジ、レイジ・オブ・ダスト。別に覚えなくてもいい」

「珍しい名前だね。この国ではあまり聞かない」

 

「だが、俺はこの国の人間だ。王都からは程遠い辺境だったが、平和でのどかな村だった。毎日毎日変わり映えのしない日々だったけれど、それで満足して笑っていられる優しさのある村だった」

 

「それを、ヴィンセントおじ様たちが滅ぼした」

「そうだ、俺とターニャ以外の全員が殺された。ターニャも俺も体を弄繰り回された。そして、ターニャはあの星灰狼という男に今も利用されている。お前の仲間にだ」

 

「………ごめんなさい」

「何故謝る。それは何のための謝罪だ?」

 

 ポツリと反射的に零れたリゼの謝罪にレイジの眉が動く。謝罪を求めてはいなかったし、リゼの口からそんな言葉が出てくるとも思えなかった。だから、どうしてそんな言葉を使ったのか、何故謝るのかをレイジは問う。

 

「君の言う通り、私は七星の血族、生まれた時からこの国の王族で同時に暗殺一族としての血を引いている。お父様はそれを素晴らしいことだと言った。私達はかつて七星の先祖がこの国を作ったからこそこうしていられる。いずれ、七星の血族としてその血の祝福に報いなければならないって」

 

 1000年も昔からずっと続いてきた誓い、いずれ、七星が世界を席巻するその日まで常に悲願とされてきた約束、セプテムの歴代王族たちもそれを是としてきたのだろう。

 

 けれど、リゼはそうは思えない。それが正しいと思うには疑問に思うことが多すぎる。

 

「でも、昔は昔、今は今。この世界は平和な世界になってきている。魔術師殺しの暗殺一族なんて存在よりも国民が願っているのは自分たちの生活を守ってくれる王族の方。他の七星の血族と出会ってよく分かった。

彼らは平和のために餓えた花を平気で踏みにじる。自分たちの目的のためなら、あっさりと花を無価値と断ずることができる。血の匂いが染みつきすぎてしまっていて、自分たちは異常者であることに気付けていない」

 

 誰だって生まれた時から誰かを害することを容認なんてしていない。多かれ少なかれ環境による成長や経験、学習によって、自分自身の歪みを増幅させていく。

 

そうした意味で言えば、灰狼、カシム、散華、ヴィンセント、彼らは暗殺一族七星の運命を受け入れたことで人生観、あるいは他者への接し方が定まったのだろう。

ヴィンセント自身は自分が七星であることに肯定的ではなかったが、暗殺一族七星の影響力を使って、ステッラファミリーの名を上げていた以上、彼もまた自分の運命を良しとしたということである。

 

「私も以前はそうだった。七星の血族として自分が誰かを害することを本能的に望んでいる感覚があることを自覚してからそれが当たり前だと思っていた。むしろ、普通の人と違う王族の証だと思っていた。ほんの些細なきっかけではあったけれど、変わるきっかけがあったから、目を覚ますことが出来た。怒ってしまったことを覆すことは私にはできない。だから、せめて、謝らせてほしいの。同じ七星として、皇女として」

 

「そんなものは、何の意味もない。お前が謝ったところで、俺はお前たちを許すつもりなんて毛頭ない。勝手にお前の感傷に俺を巻き込むな」

 

「巻き込むつもりなんて……」

「だったら、お前は何がしたいんだ?」

 

 レイジは憎しみとも憐れみとも違う、リゼの本心を問う。

 

「お前は七星を否定している。それが本心なのか、俺を騙したいのかは知らないが、本心で話をしているのだとしたら、なおさら、お前は何をしているんだ。連中を否定したい立場でいるのに、どうして連中と一緒にいる? 奴らの行動を容認している? できることはあるはずだ。お前が本当に七星の血を否定したいのなら、七星として行動している今のお前は酷く矛盾している」

 

「そんな簡単にはいかないわ。セプテムの王国自体が七星の血族に協力している。私が自分の想いのままに彼らを否定するようなことになれば、七星の血族を敵に回すことになる」

 

「そのために、お前はこの国を、国民を七星の血で穢させるつもりか? それは遠まわしな肯定だ。結局理由を付けて七星の連中を認めているに過ぎない。

奴らを否定したいのなら戦えよ。少なくとも、協力をしているなんて断じてありえない。あいつらは自分の私利私欲のために見知らぬ誰かを犠牲にするクズどもだ。何があっても許しちゃいけない」

「それは……」

 

「お前が七星を許せないって気持ちが嘘じゃないことは認めるよ。あの慰霊碑で語ったことだって決して嘘じゃないんだと思うことだってできる。少なくとも、星灰狼やヴィンセントのような瞳の濁り方をアンタはしてない。外道に堕ちた奴はそんな顔は出来ない。

 だけど、同時にアンタの語っていることはただの理想だ。安全圏にいるから好き勝手に言えるだけ。映像の世界の中の悲劇に憤りを覚えて、自分は世界をより良くしていこうと思っていると語るのと何一つ変わらない。お前がどれだけ高尚な綺麗ごとを口にしたところで行動しなければ何も変わらない。そして、人は痛みを知らない限り、動くなんてことはしない」

 

「私が、奪われる痛みを知らないから、綺麗ごとを口にできると、君はそう言いたいの?」

「他にどんな解釈が出来るんだ? 奪われれば痛いんだよ、その痛みはどれだけの時間をかけたって忘れることはできない。古傷のように疼くんだ。何もできない自分を苛むんだ。

 奪われた奴はそんな痛みをこらえながら生きていくか、その痛みに殉じる覚悟をするかのどちらかだ。綺麗ごとなんて口にしている暇もない。俺達は……必死なんだよ」

 

 レイジとて、リゼの語ったことが正しいことは分かっている。でなければ、彼女の言葉を綺麗ごととは口にしない。誰だって理想が無ければ世界を変えられないことは分かっている。あの慰霊碑でリゼが語ったように戦乱によって荒れ果てた大地にだっていつかは花が咲く。その花の尊さを理解して、平和を繋いでいくことが大事であるというその主張にはレイジも賛同できる。

 

 けれど、彼女はただの皇女ではない。皇女であり同時に七星なのだ。レイジからすれば現状を打破する力を持っていながらも、リゼは理想を語るだけで何もしようとしていない。何もかもを奪われて、修羅の道であるとしても抗い続けるしかないレイジとは違い、彼女は何も奪われていない。生まれ持っての奪う側である彼女には奪われる側の苦しさなど分からない。

 

 所詮は自分の感性の中での正しさと過ちを判別して語っているだけに過ぎない。もしも、リゼが七星によって大切な誰かの命を奪われて、それが七星の宿命のためであったなどと言われれば、もっと事態を重く受け止めているはずだ。そうしたアクションをすることがないことこそ、レイジからすればリゼの態度が偽善でしかないように受け止められる原因であった。

 

 リゼは皇女である。ある意味でこの国の行く末を決定することができる立場にある。変える力を持たないからこそ、強硬策に打って出るしかないレイジとは異なり、自分自身の努力1つで世界を変えるだけの力を持っている。

 

 なのに、どうして動かない。今の世界が間違っていると自分自身が認めているのであれば、リゼはその世界を変えるために動くべきだ。

 

 この一瞬にも世界のどこかで、世界の矛盾によって押し潰されている誰かがいるかもしれないというのに、迷っているだけで、間違っているかもしれないと心の中で想っているだけ行動しないのであれば、リゼの正しさが弱者に届くことは有り得ない。

 

「七星が正しいわけではないとアンタが思っているとしても、行動しないのなら、俺にはあんたと灰狼が違うだなんて思えない。体の良い言葉を告げているだけだ。そんな奴のことを俺は信用することはできない」

 

「それでも……、それでも、私は、私なりの正しいと思うことをしていくしかない。君からすれば甘いとしか思えないことかもしれないけれど、決断もできない愚鈍に思われるのかもしれないけれど……」

 

 レイジの言葉にリゼははっきりと反論を口にすることが出来ればどれほど楽だったろうかと思ってしまう。安全圏から綺麗言ばかりを口にしているだけの愚か者、レイジが端的に評した自分の姿はリゼの胸に深く突き刺さった。

 

 自分でも自覚がなかったわけではない。無力な自分を呪っていたし、灰狼たちの思惑にこの国が巻き込まれていることへの反感を誰よりも抱いているのはリゼ本人だ。けれど、何もしていない。何もできていない自分に一番辟易としているのはリゼ自身なのだ。

 

 ヨハンはそんなリゼの気持ちを分かったうえで、敢えて口にしない。それがヨハンの考える騎士の在り方であると信じているから。

 

「久しぶり、だよ。そこまでストレートにお説教をされたのは」

「別に説教をしたつもりはない。俺は当然のことを口にしただけだ。それを説教などと感じるのなら、お前は随分と甘い世界で生きているんだと言わざるを得ないな」

「そうかもね、返す言葉もないよ」

 

 レイジの言葉を断片的に聞くだけでも、レイジの生きてきた現実が地獄のようなモノであったことはリゼにも分かる。村を焼かれ、幼馴染を奪われ、誰かを頼ることもできずにリゼよりも遥かに年下の少年が復讐者になるほかなかった事実、それはこの国の為政者として重く受け止めなければならない事実であり、安全地帯にいた自分にはどうしたって理解できない壁があるのだろう。

 

(あのスラムの人たちのように、私と彼には隔絶した世界観が広がっている。私達は分かり合うことができるかもしれないのに、現実は悲しいくらいにその理解を阻んでくる)

 

 自分も同じ経験をすれば彼らの気持ちを理解して同じことが出来るのだろうか。それでも、何もできないのか。結局、経験をしていないリゼにはその答えを出すことができない。人は誰しも経験したことでしか物事を語ることができない。相手の気持ちを完全な形で理解できる人間なんていないように、世界の正しさを、本当の意味での善と悪を語ることができる人間などこの世界には存在しえないのだ。

 

「あんたが俺に何を求めようとも俺のやることは変わらない。俺は七星を殺す。この聖杯戦争に参加したすべての七星を殺し尽くすまで俺は止まらない。それは、他ならぬアンタもだ。アンタの気持ちを理解したうえで、俺はアンタを殺す」

 

「それが君の、地獄の先に花を咲かせる方法だと本気で思っているの?」

「わからない。だが、俺にはそれ以外の方法が分からない。分からないけれど、立ち止まっている暇もない。だから、進むだけだ。後悔なんて死ぬ瞬間にすればいい」

 

 それが自分の決めた道、正しいか間違っているのかなど二の次で自分はそれを遂行するためだけに此処に存在しているのだとレイジは言葉と態度でリゼに示す。

 

 どれだけ言葉を尽くしたところでレイジの心を変えることはできない。総ては過去に起こってしまったことであるが故に。もしも、レイジが止まることができるのならば、リゼと朔姫たちは今頃手を取り合えていたかもしれない。それすらもできないからこその平行線。

 

 結局の所、リゼが知りたがっていたレイジという存在との対話の果てには分かり合えない隔絶と突きつけられたリゼ自身の現実が浮き彫りになっただけであるとも言えた。

 

 リゼが内心で求めていたものが何であったのかは彼女にしかわからないし、レイジに届くことはないだろう。二人はあくまでも敵同士、いずれ聖杯戦争の中で決着をつける他ないのだ。

 

「これ以上話すことがないのなら、俺はもう行く。アンタがこれからも七星として俺の前に立ち塞がるのなら、俺はアンタを殺す。皇女だろうとなんだろうと関係ない」

 

「それでも……、それでも、私は私の信じることを貫くよ。君からすれば、愚かしいと思うかもしれないけれど」

「……勝手にしろ」

 

 もはや互いに語るべきことは語り終えたというようにレイジは背を向ける。このままでリゼを七星の1人として倒すことが出来れば最善かもしれないが、外には無関係の人々が多くひしめいている。彼らを犠牲にすることを厭わないようになれば結果的にレイジも七星の行う残虐と同じ行為を繰り返していることになるからか、ここでリゼと雌雄を決することはしない。

 

「俺はこの場で戦う気はない。だが、お前が俺を逃がすつもりがないのなら、逃げるつもりはない」

 

「さっきまでの私の話を聞いていて、それでもここで闘うって言う選択肢を取ると思ったの?」

「いいや、お前が皇女としての自分と七星としての自分のどちらを選ぶのかと思っただけさ」

 

「意外と意地が悪いね、君」

「捨て台詞の一つでも吐かなきゃ七星を見逃す自分を納得させられないだけだ。だが、忘れるな、リーゼリット・?・エトワール、お前が何を理想にしようとも、何をしようとするにしても、俺はお前を七星として殺す。生き残りたいと考えるのならば、踏み止まっていないで、前に進め。それができないのなら、次は剣を鞘に収めるつもりはない」

 

 レイジは自分でもどうしてそんな言葉を口にしたのかもわからないアドバイスのような言葉を口にしながら空き店舗から外へと出ていく。

 

 次に会う時は互いに敵同士、どうあっても、和解なんて甘い結末はないと告げた上で、彼らの道が互いに分かたれていく。セレニウム・シルバの時に同じ場所で同じ気持ちを共有しながらも、共に歩むことがなかったように。このグロリアス・カストルムで互いの正体を知ったうえで、二人の道は再び分かたれていく。

 

 そうしてレイジは建物の中から出て、霊体化したランサーを除いてただ1人だけこの場に取り残されたリゼはポツリと言葉を漏らす。

 

「お前が何したいんだ……か。本当に、その通りだね。柵も何もなく、ただ自分の目的だけに邁進する君だからこそ、見透かされてしまうんだろうね」

 

 レイジに自分の理想を貫くなんて強い言葉を使ったけれども、それだって、自分を奮い立たせて維持しておくための言葉に過ぎないのではないかと思う。

 

 皇女として、七星の血族として、1人の人間として、いまだリゼは自分の答えを完全に見出すことは出来なかった。

 

・・・

 

「本当にこんなことは、もうやめてくれ。本当に肝を冷やした。ランサーがいたとはいえ、一国の皇女が勝手に市井に出ていくなんて聞いたことがない……!」

 

「だから、それはもう何度も謝っているでしょ。ヨハン君もしつこいなぁ」

「しつこいくらいじゃないと、君は何度でも、おなじことをやらかすだろう。それに、よりにもよって、あの狂犬のような奴に会いに行ったなんて信じられない。一歩間違えれば戦闘に発展していたかもしれないんだ」

 

「ふふ、いいではないですか、ヨハン様。少なくとも、リーゼリット皇女はこの通り無事であるわけですし。それにリーゼリット皇女様も、七星の血族です。もしも、戦闘に発展したとなれば、ご自分の力で切り抜けることも出来たと考えているはずですよ。ヨハン様が騎士として、憤りを覚える気持ちも理解は出来ますが、リーゼリット様のことを森羅してもいいのではないですか?」

 

「黙っていてほしい、七星散華。この人は、結構、自由人なんだ。言い聞かせておくくらいでちょうどいい」

「そうですか。仲がよろしいんですね、お二人は」

 

 まるで痴話げんかのような反応でいる二人に散華はニコリと笑みを浮かべる。侮蔑の感情で二人を見ているわけでもなく、ニコリと笑うその様子は桜子を前にしてみせたような病的な執着心は何処にも見られず、年齢相応の少女から女性へと変わる頃合特有の美しさと柔らかさを兼ね備えた表情に見えた。

 

「ヨハン君の気持ちも分かっているから大丈夫だよ。もうこんなことは二度としないから。あと、お父様にも黙っておくわ。散華さんもそこはお願い」

「はいはい、分かりましたよ。私はあくまでも部外者ですから。役目の邪魔にならないことに口を挟むつもりはありません」

 

 馬車に乗りあわせて王都へと戻る途上の会話は、暗殺一族七星の血族である者が三人もいる状況であるにもかかわらず、とても穏やかな空気であった。むしろ、リゼとヨハンにとっては、散華とこうして行動を共にするのは初めてのことであり、戦闘に置いては凄まじいほどの力を発揮する彼女がとても穏やかである様子にどうにも居心地が悪いような気持ちだった。

 

「ふふっ、なんだか意外ですか? 私が大人しくしているのが。そのようにお顔に書いてありますよ、お二人とも」

「えっと、ごめんなさい。七星宗家の生まれである散華さんに対して抱いていたイメージと少し違うなと思って」

 

「私だって現代日本に生まれた女ですから、七星宗家の後継者として仕事はこなしますし、宗家に恥じない生き方をしているつもりですけれど、性格までのあらゆる全てが宗家に相応しいかまでは分かりません。お二人が七星の血族よりもこの国の皇女と騎士を優先している様に、仕事をしていない時の私は、あくまでも、私ですから」

「不快にさせてしまったのなら謝るよ」

 

「いいえ、自分が他人にどう見られているか思われているのかについては自覚がありますから。冷酷な暗殺者と思われるのは仕方がないことです。七星宗家に生まれた以上、七星からは逃れられません。リーゼリット様とて同じでしょう。貴女も王族の生まれからは逃れられない」

「そうかもしれませんね、私も自由に生きたいと思ったことくらいはありますから」

 

「そうしてヨハン様を困らせていると?」

「ヨハン君は苦労性ですから」

 

「おいおい、勘弁してくれ。本当に頭を悩ませているんだ。まもなく加冠の儀が来るんだ。火遊びは大概にしてくれ」

 

 女二人の会話を聞きながら、ヨハンは頭を抱える。勿論、他愛もない話に過ぎないが、皇女であるリゼを国王より任せられているヨハンからすれば内心生きた心地がしない。

 

(何よりも、あいつと接触をしようとしているって言うのが気がかりなんだよ。あいつと君が出会うことにいいことなんて一つもない。入れ込み過ぎれば、あいつは必ず君を不幸にする。そんなことにはさせたくないんだ)

 

 伝えてしまえば楽になるのかもしれないが、ヨハンの中には躊躇がある。リゼのためではなく自分自身の為に伝えないことを正しいことだと思っている節があることを理解しているだけにヨハンとしても苦しい所ではあった。

 

(自由、か……)

 

 そして、ヨハンが内心で想う所があるようにリゼも内心でレイジと交わした会話のことを思いだしながら、以前にスラムでの出来事を思い出す。

 

『お前が皇女だろうがなんだろうが知ったことじゃない。ここでは自分の出来ることをやるしかない。身分なんて関係ない。大丈夫だ、きっと上手くいく。俺がお前を連れて行ってやる』

 

(懐かしいことを思いだしてるなぁ。あんなに他人に意見をされたのなんて久しぶりだったから、思い出しちゃったんだろうなぁ)

 

 後少しで10年にもなる話だ。今更思い出して感傷に浸っている方がおかしなことだろう。あの頃から時間も随分と経過している。彼とはあれっきり再会していないし、もしも、あのまま成長していれば自分よりも少し上、ヨハンくらいの年齢に差し掛かっているのではないかと思う。

 

 再会したいと思う気持ちはあっても、二度と会うことはないだろうとリゼも内心で分かっている。もしも、再会できたとしたら、自分はその時になんて言うんだろう。自分はこんなにも成長したと言えばいいのだろうか。

 

(あんまり成長していない気がするんだけど……)

 

 自分は彼に対して胸を張って成長することが出来た。変わることが出来たという事が出来るのだろうか。

 

『あんたは結局何がしたいんだ?』

 

 レイジに告げられた言葉は胸に刺さる。本当にその通り、成長したなんてまだ言えない。まだ自分は何も為し遂げることが出来ていない。

 

 どうしてか、かつての彼にレイジの存在を重ねながら、リゼは自分の中に浮かんでいるやりきれない気持ちを誰に言うことができるわけもなくモヤモヤとした気持ちのまま、王都へと向かうための馬車は進んでいく。

 

 もう一度レイジと再会した時に、自分たちはどのような結末を迎えることになるのか。予想できる方向性にあえて蓋をしながら、いずれ戦場になるかもしれない王都へとリゼたちは帰還を果たすのであった。

 

 




リゼはこの後、多くを失ったとしても同じことが言えるンゴかねぇ……


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第9話「星屑ビーナス」③

――グロリアス・カストルム――

「はぁぁぁぁぁぁ? 皇女様と会ったぁぁ? お前、何、トイレットペーパー買っておいたぞみたいなノリで事後報告しとんねん!めちゃくちゃ重要なことやろうが!」

「別に道を歩いていたらたまたま遭遇しただけだ。逐一自分の行動を報告しろとは言われていない。そもそも、連絡したからなんだ? 話をしただけだぞ」

 

 リゼが既にグロリアス・カストルムから出立したころ、遅れる形でレイジたちも出立の準備を始めていた。たった2日間程度の滞在ではあったが、活気あふれるこの都市自体にはもう少しの間、留まりたかったと後ろ髪を引かれるような思いであった朔姫たちであったが、レイジが自分たちの知らない間にリゼと遭遇していたことを聞かされると、一気に場は紛糾したのだった。

 

「でもさ、良く戦闘に発展しなかったね。昨日の勢いのままだったら、皇女様と顔を合わせてすぐに、戦いに発展してもおかしくないくらいの勢いだったのに」

 

「俺だって見境がないわけじゃない。出会ったのは街中だぞ。あの場で戦っていたら、この年の連中に被害が出ていた。俺もアイツもそういうのは望んでいないから戦わなかっただけだ。昨日のように周りに誰もいない所で戦っていたら、奴を逃がすつもりはなかった」

「ほーん、ほんとは、皇女様に惚れて、手が出せなかったとかやないん?」

 

 朔姫はニヤニヤと笑みを浮かべながら、レイジを挑発するように聞く。あからさまにレイジが睨みつけると、くひひと含み笑いを浮かべる辺り、確信犯である。

 

「どうしてそうなる」

「いやだって、お前、むっつりっぽいしな」

 

「髪の毛だけじゃなく、頭までピンク色だったみたいだな」

「隠さんでええって、皇女様は美人様やもんな~、普通じゃ近づくことも出来ん皇女様から直接お話しをしましょうって誘われたんやろ? 思春期のガキにはちいっとばかし刺激が強かったんとちゃうんか~~?」

 

「レイジ、そうなの……?」

「おい、ターニャまでこいつのノリに付き合わないでくれ。そんなわけがない。アイツは敵だ。アイツ自身が何を想っていたとしても、アイツが七星であることに変わりはない。皇女だろうがなんだろうが、七星である限り、俺の敵だ。それ以上でも以下でもない」

 

 朔姫の横で話を聞いていたターニャまでもが、レイジの顔をジト目で見始め、疑いの眼差しを向けていることにレイジは勘弁してくれとひとりごちる。悪ノリで言ってきているのであればまだマシであるが、もしも、ターニャが本気でそれを信じて言ってきているのだとすれば、さすがに始末に負えない。

 

 少なくとも、レイジにとって最も大切な異性はターニャであり、他の女性が彼女と同じ土俵に立つことはない。ましてや、リゼは皇女であり、容姿端麗の美女であったとしても七星の人間だ。そうでなくても、昨日今日素性を知ったばかりの他人である。一目惚れという言葉がこの世界には存在するらしいが、生憎とレイジにはそんな感情は抱いたことなど一度たりともない。

 

「朔ちゃん、あんまりレイジ君を困らせないの」

「ちょっと茶化しただけやん、いんや、レイジが皇女様に惚れてくれて、皇女様と手を結ぶことに同意してくれるんならそれはそれでアリやなって思っただけや。ま、そんなんにいきなりなるようなタマじゃないんはわかっておったけど」

 

「笑えない冗談だな」

「願望でもあったんやけどな。あの姫さん、星灰狼とは対立軸やろ。上手く使えばうちらだって、旨味はあるやん」

 

「ダメだ……、今のアイツじゃ、結局、星灰狼には太刀打ちできない。心の中で何を思い描いていても行動することができない奴を俺は信用することはできない」

「ふーん」

 

 レイジの言葉に朔姫は気のない反応を返す。常に行動で示してきたレイジからすれば、灰狼を心の底で認められないと思っていても、行動に移すことができないリゼは信用に値しないと言いたいのだろう。

 

(逆に言えば、誰かが最後の一押しをしてくれるのを待っておるんかもしれへんってのに、女心のわからんクソガキやな~~、ま、期待なんか最初からしちょらんし、レイジに対して自分から会いに来たんは姫様自身も罪悪感を覚えとるからやろうな。手を結ぶ可能性も全部消えたってわけでもないんかもな)

 

「私は、レイジのために行動したよ!」

「ターニャは……、そうだな、頑張ったな」

「うん、ありがと。もっと褒めていいんだよレイジ!」

 

 ルチアーノから解放されるために力を使った時のことをターニャが口にしたのは、レイジが口にしたリゼの評価に対して、自分はそうではないとレイジに意識させるためなのか。

 

 微笑ましいと言えば微笑ましいが、レイジへの執着が強く滲んでいるようにも感じられる反応だった。もっとも、ターニャを誰よりも大事にしているレイジはターニャの言葉にもあまり違和感を覚えることなく反応している様子だったし、朔姫や桜子もターニャの反応を、同年代の男の気を引こうとする可愛い悪戯程度に解釈している様子だった。

 

 さして気にする程度のことではない、そう解釈するのが普通であるかのように。

 

「んで、お前さんとしてはあの子の変化をどう思っているんだよ、キュロス」

「サーヴァントの真名を気安く呼ばれるのは気持ちがいいものではないぞ、アーク・ザ・フルドライブ、それとも、こちらもライダーと呼んだ方がいいか?」

 

「別にどちらでも構わねぇよ。色々邪推はされているが、こっちとしては隠しているつもりは毛頭ないからな。んで、話を逸らすなよ。どうなんだ?」

 

 レイジたちが騒いでいるのを遠目に霊体化したセイバーに対してアークが話しかけている。特別友誼を結ぶ何かがあったわけでもない二人だが、自然とアークはセイバーを怖れることなく話しかける。

 

「ルチアーノの野郎に危害を加えられそうになった時にターニャが見せたあの力は、明らかに普通の様子じゃなかった。後付で何かを与えられたから使いこなせたってもんだろ。あんなもんを何度も何度も使っていたら、後付けの力に持っていかれるぞ」

「それは警告として口にしているのか?」

 

「先達としての忠告だよ。関わった奴が不幸になるってのは俺のポリシーに反する。だから、目に見える相手くらいは何とかしてやりたいと思っているのさ。お前さんだって同じじゃないか? あの子を過酷な運命から解放するくらいの気概はあると思っているんだけどな」

 

 七星側のサーヴァントとして召喚されたセイバーではあるが、他の七星側が結託をしている中でセイバーだけは、結託するわけではなく、むしろライダー陣営とは袂を分かっている様子である。

 

 積極的にアークたちと協力する素振りは見せないものの、ターニャを保護している限りは積極的に戦闘に出てくる様子もない。簡単に協力をすると口にするような相手ではないことは分かっているが、セイバーのスタンスは今後も重要な要素になる。

 

 こちら側は七星を倒すというレイジの目的を中心として結束している。そのレイジの闘うモチベーションに大きく貢献しているターニャの変化は下手をすれば、急所になりかねない。ターニャの動向次第でレイジ自身にも致命傷を与えられかねないとすれば、その動向に気を張るのも当たり前のことである。

 

「確かにそなたの言う通り、儂はマスターである彼女の変化を望んではいない。しかし、総てを無かったことにするにはあまりにも遅い。我がマスターの身体に刻み込まれた呪いは簡単に打ち消すことはできない。もしも、力を使い続ければ、後天的な力に呑み込まれよう。されど、誰よりもマスター自身がその力を使うことに躊躇がない」

「レイジに守られるだけの自分は嫌だと思っている、か」

 

 レイジはターニャを守りきると誓っているのだろうが、ターニャ自身は少しでもレイジの力になりたいと思っている。その力になった結果として、自分自身を汚染する力であったとしても、いざとなれば使うことを躊躇わないだろう。おそらく、昨日のように、レイジが制止をしたとしても、それを振り切って使うだけの覚悟を既に彼女は決めている。

 

 互いを想いあう心こそがレイジとターニャの関係性の美しさではある。しかし、既に配置された盤面のおぞましさは、そんな二人の美徳こそを燃料として悲劇へと加速させようとしている。それを腹立たしいとアークは思うのだ。

 

「だが、ゆめゆめ忘れるな、アーク・ザ・フルドライブ。我々はみなすべてサーヴァント、願いを叶えることができるマスターと我々はたった一人だけである。どれだけ手を繋いでいようとも儂らは最終的には滅ぼしあわなければならない。その感傷は自身にとって不要なモノとなるやもしれぬことを」

 

「んなもん言われなくても分かっているっての。それを分かったうえで放っておけないと俺は言っているんだよ。俺はハッピーエンド至上主義者だからな」

 

 誰かの悲劇で終わるような結末など認めるつもりはない、それがアークの信念だ。レイジに力を貸すと決めた時から、彼にとっての幸福な結末を迎えさせるために尽力することに変わりはない。

 

「それに、俺からすればお前さんも肩ひじ張りすぎだ。救世主なんて呼ばれているから、お前さんはいつだって誰かを救わなくちゃいけない。それは決して楽な生き方じゃないだろう。そう言える連中が周りにいなかったのかもしれないが」

 

「構わん、それが儂の生き方だ」

「そうかい。まぁいいじゃねぇか。一人くらいはその苦労を案じてくれている奴がいたってよ」

 

――セプテム王都『ルプス・コローナ』正門砦――

 セプテム国における首都『ルプス・コローナ』、グロリアス・カストルムよりもなお広く、その内部に広大な居住地や工業地区、そして荒廃したスラムをも宿している、まさしくセプテムが誇る巨大都市である。王族が住まい、その周辺に人々が入植したことで生まれたセプテムにおいて、この都市が発展してきたことこそが、連綿と受け継がれてきた歴史を物語っている。

 

 他の都市の発展がルプス・コローナに追いついていないのもひとえに開発が遅れたからに繋がるのだが、この都市さえ機能していれば、セプテムの国としての機能は維持されるとまで言われるほどに他都市との差は大きい。

 

 そして、そんな王都へと入る直前、あるいは他の都市との最前線に位置する場所へと建てられたのが都市へと入るための門、そして門の上に建造された前線基地となる砦である。

 

 イェケ・モンゴル・ウルスの軍勢と共にセプテムの地となった場所を制圧した七星の祖たちにとって周囲の総ては敵国であった。セレニウム・シルバもグロリアス・カストルムもオカルティクス・ベリタスもすべてかつてはセプテムではなく他国の領地を力で支配して見せた場所である。

 

 始まりの地となったルプス・コローナには他国から責められた時に備えての巨大な門が建造されている。前線砦としても機能しているこの門は、門の上に大量の弓兵士を配置することで攻めてくる者たちを迎え撃ち、攻城兵器でも突破するのが難しいほどに堅牢かつ巨大な門が築かれている。どんな大軍であったとしても、この場を突破することに時間をかけてしまい、結果として攻めきることを不可能であると認識させるためである。

 

 グロリアス・カストルムより場所によってこの門までやってきたリーゼリット、ヨハン、そして散華の三人は王都へと入る道すがら、慰問の意味も込めて、前線砦へと足を踏み入れた。いずれ、レイジたちがこの正門へと辿り着くことは間違いない。その時に備えての対策を伝える必要があったからだ。

 

「リーゼリット皇女、お久しぶりです。随分と大きくなられましたな」

「ええ、セルバンテス殿、久しぶりですね。まさか、王宮近衛であった貴方がこの正門守備隊の隊長をされているだなんて知りませんでした」

 

「はは、皇女殿下に知らせることでもないでしょう。そも、私は先のスラム掃討戦で一度は皇女殿下の身を危険にさらした大罪人、こうしていまだに軍属の身として籍を置いて戴けているだけでも国王様のご配慮に感謝しなければなりません」

 

「もしかして、私のせいで……」

「気にすることはありません。正門守備隊は王都守護の要、ここに配置されることもまた近衛同様に国軍兵士としての誉れでありますから」

 

 正門守備隊長セルバンテス、鎧に身を包んだ壮年の男性は、年齢を重ねたことで自然と入り込んだであろう顔の皺をたゆませて、誇らしげに笑みを浮かべる。

 

 セルバンテスとリーゼリットは実の所、初対面ではない。かつてセルバンテスは王宮近衛騎士を務めていた。現在のヨハンに通じる役割であり、それを為し遂げることができるほどに彼は優秀な軍人であり騎士であったのだ。

 

 しかし、そんな彼にとっても、リゼにとっても悲劇が起こった。リゼにとっての初陣ともなるスラム浄化作戦である。本来、このスラム浄化作戦は王族に対して反発するスラム側の反抗勢力を撃破するための作戦であり、事前情報でも大した武装をしていないスラム側の反抗勢力を見せしめの意味合いが大きな形で鎮圧するための作戦であった。

 

 赤子の手を捻り潰す程度の作戦、それが王族側の考えであり、王族側の指揮官には若干14歳のリーゼリットが任命された。勿論、初陣であり、七星の血に目覚めた程度しか軍事的な訓練を受けていないリゼにスラムの鎮圧をすることは不可能であり、セルバンテスを始めとした王族近衛の兵士たちが実質的な指揮をすることが決まっていた。

 

 言うなれば、初陣のリゼに花を持たせるための戦いであり、誰が手柄を上げたとしても最終的にはリゼの手柄となるように筋書きが定められた戦いであった。

 

 最初から勝つことが決定づけられた戦い、リゼにとって何一つとして不安を覚えることのない戦いになるはず……であった。しかし、結果を言えば、スラム浄化作戦は成功したものの、作戦に参加した兵士たちにとって悪夢のような出来事が襲ったのだ。

 

 スラム側の反抗勢力による総大勝であるリーゼリットの拉致が敢行され、あろうことか成功してしまったのだ。スラム内で巧みに配置された反抗勢力を前に兵士たちは鎮圧に手間取り、手薄になった本陣周辺を強襲する形でリゼの拉致に反抗側は成功、結局、兵士たちがリゼを発見するまでには丸一日を要することになった。

 

 幸いなことにリゼはスラム側の協力者を得ることによって、五体満足のまま王宮へと戻ることが出来たが、一歩間違えれば、次期王位継承者がスラムの反抗勢力によってなぶり殺しの憂き目に遭う可能性もあったのだ。

 

 報告を受けた王はその失態に激怒し、セルバンテス達王国近衛の人事を刷新した。元の王族近衛たちは辺境警備に追いやられるモノもいれば、大きく兵士としての階級を落す羽目になった者もいる。王都正門の守備隊長に任じられたセルバンテスはその中ではかなりマシな部類であったと言えよう。

 

「正門守備を任じられてからも、リーゼリット様のご成長の話しは良く耳にしておりました。我々がスラム鎮圧の作戦を行ってから数年後にもう一度行われたスラム鎮圧の戦いでは、今度こそ、ご自身の力でその戦いに勝利して見せたと。ご立派です、あの日に我々が出来なかった無念を見事、リーゼリット様が果たしてくださったこと、遠くこの場で耳にした時には、恥ずかしながらわがことのように喜んだものであります」

「はい、そう言って下さるのであれば、私としても肩の荷が下りる気持ちです」

 

「我々の処遇について、リーゼリット様がお気を煩わせることなどありません。これより、リーゼリット様はこの国の女王となるお方、そのような方の心労になることこそ、我々からすれば恐れ多いのです。どうか、堂々としていてくだされ。リーゼリット皇女がおわすこの王都へと這いよる外敵がこの証文を突破することはありません。

 我々は常に、その戦いを想定して訓練をしておりますから」

「心強いな、まさか、ここにまで人造七星が配置されているとは思っていなかったよ」

 

 ヨハンも感心して声を上げる。この正門砦の守備として配置された人造七星たちは、表情は常に厳しく、気を配っている様子が見て取れる。ある意味で正門警備とは、基本的に外敵が襲来することは稀であり、ほとんど起こることがないのである。国境警備隊であればまだしも王都の正門ともあれば、外的勢力がそこに襲来するまでに無数の戦いを引き起こしてここにまで来る。だが、セプテム国は現在対外的な緊張状態はなく、この地にまで進行するほどの内部勢力も存在しない。

 

 言わば、この正門での戦闘になる可能性は極めて低く、そういった場所は往々にして、兵士たちの士気が下がるものである。人間は誰だって平穏が続けば平穏に慣れ親しんでしまう。戦争の極限状態の中に常に身を置いていれば、研ぎ澄まされていく感覚も、いつか起こるかもしれない戦いの時に備え続ける時間が続けば続くほどに、どうしたって気の緩みは起きてしまうものだ。

 

 だからこそ、灰狼の手引きによって配置された兵士の士気の高さはヨハンにも目を見張るものがあると思い知らせた。これであれば、間抜けな正門守備隊によって敗走しましたなどということになることはないだろう。

 

「おや、リーゼリット皇女様、それに散華様とヨハン様でありますか。こうして顔を合わせるの初めてでありましたな」

「お前、サーヴァントか……?」

 

 ヨハンと散華が目を見張る。セルバンテスの背後から、霊体化を解除して姿を見せたのは、他ならぬサーヴァントであったのだ。しかし、不思議なことはそのサーヴァントが誰であるのか見当がつかない。この聖杯戦争に参戦したほとんどのサーヴァントをリゼもヨハンも知っているはずなのに、新たなサーヴァントの存在はまったく記憶になかったのだ。

 

 困惑する二人、訝しむ表情を変えない散華に、そのサーヴァントは恭しく頭を下げる。

 

「私は大ハーンにより召喚されし、イェケ・モンゴル・ウルスの将が一人、ジュベ。此度はアーチャーのサーヴァントとして現界しております。既に大ハーンより直々に命をいただき、この王都正門にて、来たる聖杯戦争のマスターたちを迎撃及び撃破することを命じられました」

 

「ああ、なるほど。では、貴方が灰狼様たちが仰られていた王都へと向かう彼らへの迎撃戦力なのですね。ええ、確かに聞き及んでいます。ライダーによって召喚された四体のサーヴァントがいると」

 

「然り。この身は大ハーンと七星桜雅……いいえ、星灰狼の勝利の為にこの身を捧げることを誓えばこそ、全身全霊を以て彼らを撃滅することを誓うのみであります」

「なるほど、ようやく合点が行ったよ。ここの兵士たちの士気が高いのは、お前という圧倒的な力を持つ存在がいるからだな、アーチャー」

 

「その通りです、ヨハン殿。ジュベ殿がこの前線砦へと姿を見せるまでは我々も此処に敵が来るなどとは考えておりませんでした。ですが、ジュベ殿の圧倒的な力、そしてこのセプテムにて現在行われている聖杯戦争なる戦いを聞かされれば否応なく信じるほかありません。敵は来る。我々はそのように考えて準備をしているにほかなりません」

 

 圧倒的な一人の存在が全体の底上げをするという話は、軍隊の中ではまれにある話だが、ライダーによって派遣されたジュベという存在が、この正門警備隊の意識を大きく変えた。眉唾物でしかない聖杯戦争の話しを、ジュベの圧倒的な技量を以て、セルバンテスにも信じさせた。

 

「王都へと彼らが突入するとなれば、必ずこの正門を突破しなければならない。王都への直接的な侵入は、キャスターの結界によってすでに対策が立てられております。彼らは必ずこの門を突破する必要がある。であれば、話しは簡単だ。私はただ、ここで彼らを射抜く時を待てばいい。大ハーンが宿将の1人にして、弓使いとして名を馳せた私の矢から逃れることができるモノは誰一人としていない!」

 

 アーチャー、ジュベはおもむろに弓を自らの手に握ると、何もないはずの空に向けて矢を放つ。剛弓、まさしくそういう他ない矢がまるで雷に陽に放たれ、中空にて、何かを射抜き、はるか遠くの地にて爆発が生じる。

 

「今のは……!?」

「敵方の哨戒のためか何かでしょう。僅かな気配ではありましたが、私の勘もまだまだ衰えてはいないということでしょう」

 

「へぇ、驚いたね、あんな微弱な反応、おそらくキャスターの式神かな、それを見抜いて、正確無比な一撃を放てるなんて、同じアーチャーとして君に興味が湧いてきたよ」

 

 通常の弓から放たれる矢では決して届かないほどの射程距離の場所でピタリと止まり正門の状況を観察していた式神は一撃を以て吹き飛ばされた。加えて、爆発の結果として、後方の山が吹き飛んでいる。おそらくは先ほど放った矢によって引き起こされたことであろう。

 

 サーヴァントの身で放たれた攻撃であるから当たり前といえば当たり前なのであるが、その威力は同じアーチャーから見ても舌を巻くほどである。

 

「私はさしたる特殊な力を持つアーチャーではありません。ただ弓の実力を鍛えただけの身。ただ、私にも大ハーンの側近としての誇りがある。その誇りを守り抜くために、大ハーンの命令たる侵入者たちの迎撃は必ずや果たして見せましょう」

 

「リーゼリット様やヨハン殿がそのような戦いをしているとは思ってもいませんでした。これは国家を上げての戦争というわけではありませんが、それでも王からの直命であります。再び国王様より与えられた命令とあれば、私はただその命令に従うのみ。今度こそは、自身の役割を果たして見せましょう」

「しかし、戦争に絶対はありません。もしも、我々が突破された暁には、先を託すほかはありません」

 

「………、わかっています。ですが、それを分かったうえで、私は貴殿らの武運を祈りましょう」

「皇女様直々の武運を祈るとのお言葉、勿体ない限りです」

 

 かつて、王宮近衛として傍にいてくれたセルバンテスにリゼは勝利を願うと口にした。けれど、その相手は言うまでもなく、これより王都に来るであろうレイジたちだ。

 

 この正門を防衛するために闘う者たち、そして、戦いが始めればどちらかの勝利でしか終わりを迎えることはない。

 

 アーチャーは確かに強い。もしかしたら、今度こそレイジたちは危ないかもしれない。正門周辺は外敵からの攻撃に備えて開けている。彼らが如何に霊体化を駆使することが出来たとしても、先ほどのジュベの反応を見る限り、完全に身を潜めて正門を突破することは不可能であろう。

 

(レイジ君、君と私は敵同士。言うまでもなくそんなことは分かっている。私は皇女として王都に君たちが来ることを望んじゃいけないと思っている。でも、どうしてだろうね、私達はまたもう一度顔を合わせることになるんじゃないかってそんな漠然とした予感が私にはある)

 

「さて……、どうなるでしょうね」

「ますたぁ、こんな高い所、フラウ来たことがないわ。もっとここからの景色を眺めていたいの!」

 

「ふふっ、ダメですよ、フラウ。軍人さんたちが頑張るのです。私達が邪魔をしてはいけません」

「そんなぁ」

「大丈夫ですよ、またすぐに踊れる時が来ると来ますから」

 

(圧倒的威力の長距離射程で正門へと向かう相手を狙撃する侵略王が腹心、攻城戦であることを考えれば、彼らにとっては不利な戦いであることは否めないでしょう。ですが、彼ら側もサーヴァントを揃えている。果たして、どちらが勝つのか。楽しみですね……)

 

 願わくば自分の得物だけは自分で狩りたい。願望としてはそれくらいではあるが、人造七星たちを応援しつつ、散華は心の中で、桜子たちが正門を突破してくれることを願うのであった。

 

――グロリアス・カストルム近郊――

「あかんな、これ。完璧に対策されとるわ」

「うーん、姫の式神、朔ちゃんと一緒にガッチガチに偽装して飛ばしたんだけど、それでも見切られちゃうってなると、隠形とかの術を使っても厳しんじゃないかなー」

 

 グロリアス・カストルムより出立してすぐに、朔姫はポツリと頭を抱えるように愚痴を漏らした。朔姫は愚痴をこぼしやすい性格であるのは、ここまでの旅路で分かりきっていることではあるが、逆に益のない愚痴については、割と自分の中で消化することは桜子を始めとして仲間たちも十分に理解している。

 

 よって、この愚痴は今後の自分たちの行動に置いて、面倒なことが起こりかねないことを意味していると理解したのだ。

 

「どうしたの? 朔ちゃん、式神って言っていたけど、それって王都に放っておいた式神の事」

 

「せやな、これから敵の本拠地に向かう以上、うちらだってただ、何も考えずに向かうんは自殺行為もいい所や。だから式神放って遠くから状況を観察するつもりやったが、撃ち落とされた」

「撃ち落とされたって言うのは、サーヴァントの仕業ってこと?」

 

「そうだね、その可能性は極めて大きいと思う。姫が式神と繋いでいた気が切断された瞬間、王都の正門から何かが飛んできた。たぶん、弓矢か何かかな。それが着弾した瞬間に式神の反応が消えた。誰にも特定できないように無数の術をかけて、数キロ以上離れたところに配置をしていたのに、だよ!」

「門番、か」

 

「ああ、しかも、数キロ先にいる隠れた相手を正確に狙撃することができるほどの力を備えた相手、間違いなくサーヴァントだろうな」

 

「想定できる相手は、昨日も戦闘をしたアーチャー、か?」

「ううん、魔力の反応が違う、たぶん、アーチャーではないと思う。でも、弓矢を使うサーヴァントであることは間違いない。だから、考えられるとすれば……」

「あのライダーが召喚した四体のサーヴァントの1人、それが門番か……」

 

 侵略王チンギス・ハーンに従う四体のサーヴァントたち、かつての侵略王を支えた忠臣たちをサーヴァントとして召喚した以上、彼らともいずれは刃を交える必要があることは十分に想定できることであった。ある意味で王都へと突入するレイジたちを防ぐための門番としてこれ以上ない布陣であると言えるだろう。

 

「式神で観測している限り、複数のサーヴァント反応があるかは不明、もしかしたら全員で待ち構えているかもしれないよ」

「うーん、それはどうだろう。全員で攻撃を仕掛けてくるならわざわざ待ち構えているようなことをせずに、姿を見せてきてもおかしくないように思えるけれど」

 

 考えていたとしても答えを出すことはできない。ただ一つだけ確かなこととしては、正門へと向かう自分たちがあの長距離射撃の的として狙われること、そして長距離射撃を突破しなければ、王都へと突入することはできないということである。

 

「姿を隠して、近づくって言うのは?」

「無理だろうね、式神っていう生命反応が限りなく小さい相手にも正確に射撃を打ち込んできた相手だよ。どれだけ姿を完全に隠したとしても人間って言うのは、完全に存在を隠すことはできない。数キロ先まで狙撃できる相手に気付かれずに、その数キロを私ら全員が踏破するなんてのはさすがに夢物語じゃない?」

 

 姿を隠して必死に近づいても一度でも発見されれば、後はいかに速く突破することができるかどうかの強行軍に変わる。サーヴァントはまだいいが、マスターたちで数キロの行程を、超距離狙撃をかいくぐりながら辿りつけるものなど、それこそロイくらいしかいない。そのロイであっても、サーヴァントの攻撃に晒され続ければ消耗は隠せない。もしも、敵方がそのロイの消耗を狙っているのだとすれば、最悪の一手にもなりかねないのだ。

 

「想定できる攻略法としては三つやな、奴ら以上の射程で狙撃手を打ち抜くか、狙撃を喰らっても倒れることなく門まで突っ切るか、あるいは狙撃をものともしない速度で一気に正門まで辿り着くか」

 

「それ、どれもこれも一長一短って感じじゃない?」

「まぁな、だからこその夢物語やろ」

 

 数キロ先の相手を狙撃できるアーチャーは存在しないし、サーヴァントの攻撃に何度も何度も受け止めた上で相手を制圧できる耐久力は厳しい。アークやルシアがそれに該当するが、もしも、他に敵手がいればその消耗した状態で戦えるほど楽ではない。

 

 そして、スピードであるが、それもアーチャーがもしも、スピードを考慮したうえで攻撃が出来るほどの技巧を持っていれば、危険が伴う。最初から無傷で勝利をしようとすれば、どれも困難を伴う。誰かを犠牲にする選択肢を取れば、成功確率は格段に跳ね上がるが、朔姫もそれを出来る限りは良しとはしたくない。

 

 自分の判断で相手の命を奪ってしまうことに責任を持ちたくないというわけではない。まだ王都正門、しかも、本来のサーヴァントたちを相手にする戦いではない状況で、こちら側の戦力を削られるなど、それこそ相手側の思う壺だ。自分たちは協力して何とかここまで切り抜けてくることが出来た。戦力が減れば、もしもの場合に備えることができない可能性は非常に高い。

 

「アヴェンジャーの宝具で一気にワープするって言うのは?」

「できなくはないかもしれんが、魔力が空っぽになるのぉ。もしも、増援があれば役立たずになるのは目に見えておるし、もしも、魔力障壁などが用意されておればそれだけでも罠に引っかかるしのぉ」

 

 ハンニバルのアルプス越えがもっとも、適した宝具ではあるが、消耗が激しい。アヴェンジャー自身の他の宝具は使用できなくなり、なおかつ一度は使っている宝具だ。対策が施されているとすれば、辿り着いた瞬間の回避はほぼ不可能だ。

 

「そもそも、王都の中に入っていない以上、転移は出来んしな。あくまでも一度は通った場所に転移することができるのが我が宝具よ」

 

 となると、難しい。レイジやアヴェンジャーは未だに王都の中には入っていないのだから。作戦方針を決めかねている中で、はぁ、とため息を零した上で、おもむろにルシアが手を挙げた。

 

「いいよ、やってやろうじゃないか。誰かが覚悟を決めなくちゃいけないのなら、私も覚悟を決める時が来たってことだ。バーサーカーから与えられた力、これだってこういう時に使うために与えられたんだろうからね」

 

 悪竜ファヴニールより与えられた不死の呪い、それを使う時が来たのだとルシアは宣言して見せたのであった。

 

第9話「星屑ビーナス」――――了

 

次回―――第10話「ラズライト」

 




次回は、4日後の土曜日更新となります、よろしくお願いします!

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第10話「ラズライト」①

――セプテム王都『ルプス・コローナ』正門砦――

 モンゴル帝国――またの名をイェケ・モンゴル・ウルス、偉大なる初代皇帝チンギス・ハーンにより建国された歴史上陸路における最大版図を達成したこの帝国は恐るべき進撃速度で多方面作戦を展開し、モンゴル高原より東へ西へ進撃を続けた。

 

 そんなチンギス・ハーンを支え続けた重臣たちを四駿四狗と呼び、子孫たちは大きく称えた。彼らこそがハーンの圧倒的な力の象徴、ハーンと共に世界を制覇する者たちの先駆けであると。

 

 そのうちの1人にして、チンギス・ハーンのモンゴル高原支配時代から付き従ってきた戦士の1人こそが、四駿が一人、ジュベである。

 

 かつて、モンゴル高原統一のための戦いに明け暮れていた時代に、彼はかつてのハーンと対立し、一時はハーンの命を奪う寸前にまで至った。敗北した彼をハーンは自らの真価となることと引き換えに助命した。総ては己を脅かすほどの実力を持つ者を己の軍に引き入れることによって戦力の大幅な増加を期待してのことであった。

 

 その目論み通りにジュベはモンゴル高原統一戦争、そして金帝国、ホラズム朝と多くの敵を相手に奮戦し、常に勝利を重ねてきた。

 

「戦士ジュベ、偉大なる大ハーンより信任されし戦士よ」

 

「そなたは、七星桜雅といったか。遠き島国よりハーンの下に集った戦士、そなたとそなたの妹君の話しは私の耳にも届いている。敵である金の軍勢は精強だ。幾度となく漢の民たちを追い詰めてきた。貴殿の活躍、期待させてもらう」

 

「貴方は以前より大ハーンと共に戦場を駆け抜けてきたと聞きました。私はあくまでも新参者です。妹と共に大ハーンの目に留まることが出来たことは光栄でありますが、あまり、大ハーンのお考えを理解できていない面もあります。貴方から見て、大ハーンはこの戦いの果てに何を見ていると思いますか?」

「その問いを聞いた先に何を求める?」

 

「単純な興味以上のモノは持ち得ません。私は島国の生まれです。領土を広げるという概念はその島国の中にしかありませんでした。限られた資源の奪い合い、常に敵は内なる者たちであり、外に目を向けるということをしてきませんでした。

 故にこそ、興味があるのです。この広大な大陸で、何処まで繋がっているとも知れぬ世界の中で大ハーンは行軍を続けて何を求めているのかと」

 

「大ハーンの考えはご本人にしかわからぬ。故に私自身が語るべきことは本来ないが、少なくとも我々は戦い続けなければならない人種だ。戦い続けることによって明日の食糧を得ることができる。戦い続けることによって、生きる意味を得ることができる。戦い続けることによって、我々は明日を見失わずに済む。戦が止まり、一つの地に定住すれば、我々は何をすればいいのかもわからなくなるのだ」

「それは、まさか……」

 

「信じられぬか? そなたたちの生きてきた島国と我々の生き方は違う。漢の民たちとも違う。貴殿らは一つの場所に留まり、その地を守ることを選んできたが、我らは違う。常に新たな戦場を求めてきた。もしかしたら、大ハーンは貴殿が想定しているような大きなことなど考えてはいないのかもしれない」

 

「つまり、生きるために戦っていると?」

「あるいはそれ以外の生き方を知らぬのかもしれない。であれば、大ハーンが止まることはない。あのお方は我らの王、皇帝、我らを導く者となった。我らが常に戦場を求めるのであれば、大ハーンは果てなき進撃を続けていくことだろう」

 

「それが理由、俄かには信じがたいが……」

「そうかね、私は貴殿らも決して理解できないわけではないと思っているが?」

「どういう意味だ、ジュベ殿」

 

「貴殿らも海を渡ってきた。その理由を聞けば、死に場所を求めているのだと。しかし、私からすれば貴殿らは死に場所を求めた死兵の顔などしていない。その表情にあるのは、己を必要とする世界を求めるための顔だ。

己を腐らせるような平和を拒絶したからこそ、貴殿らはこの大陸に渡って来たのだ。役目を果たせず死ぬことも、平穏で己を有用に活用できぬ世界もどちらも貴殿らは拒絶したのだ。己の力を欲する場所があればそこへ。我らと変わらぬ、貴殿らもまた戦いつづけなければ生きることの出来ぬ人種なのだ」

 

 ジュベの言葉に桜雅は一度、目を伏せ、それからわずかにしてフッと笑みを浮かべた。

 

「確かにそうかもしれない。大ハーンに徴用されて以降、死に場所を求めるなどという気持ちは無くなった。今は新たな戦場を求めて実に充実している」

 

「それは素晴らしい。貴殿にも妹君にも期待をしておこう。大ハーンの遠征はさらに勢いを増している。されど、我々は人間だ。大ハーンもいずれは老いる。若き兵士たちの中には大ハーンは蒼き狼の化身であると口にし、永遠の生命を持ち合わせているなどという者もいるがね。ジュチ様やチャガタイ様たちは既に先の事も見据えているだろう。

 私も可能な限りは大ハーンの覇道を見届けたい。願わくば、先へ先へ。我らの足が止まらぬ限り、見果てぬ大地を踏みしめて見たいものよ」

 

 そう語るジュベの言葉は忠臣の言葉であり、同時にどこか遠くない死期を悟っての言葉であったように思えた。

 

 それを証明するかのように、ジュベはチンギス・ハーンよりも早く、ホラズム朝との決戦の最中に病にて命を落とすことになる。戦場にて敵として出会ってから幾星霜、常に大ハーンと共に戦場を駆け抜け、その大帝国建国の礎を作った者は最後の最後で自ら、主の下を離れていくことになった。

 

 もはや二度と叶わぬと思っていた再会、しかし、それは意外な形でめぐりこんできた。サーヴァントとして、第二の生を手にしたジュベは今、大ハーンの命令で王都正門の守備を任せられ、まもなく決戦に至るであろう空気を感じ取っていた。

 

「間もなく、か……」

「わかるのですか?」

 

「大きな戦の前とは、風の匂いが変わるものだ。このセプテムの大地も血を求めている。いずれか一方が滅びる定めのある戦が始まる予感を覚えているのだろう」

 

 正門に併設された砦にて、彼方に広がる荒野を見下ろしながらジュベはまもなく敵勢力が襲来するであろう予感を覚えていた。

 

「今はまだ昼の頃合、攻めるにはあまりにも視界が良すぎる。おそらく、襲撃は今日の夜、と見るべきだろう」

 

「なるほど。では、準備をしておきましょう。幸い、国王より派遣された兵士たちは誰も彼もが精強です。並大抵の相手でなければ敗北することはないでしょう」

「………貴殿は本当に残るのか?」

 

「ええ、私はこの砦の指揮官です。指揮官が持ち場を離れるわけにはいかないでしょう」

「既に桜雅……、いや星灰狼より派兵された人造七星たちがこの砦の中には配置されている。彼らの指揮権は私にある以上、貴殿がここにいるかどうかは大勢に影響はしない。

 国王とて、それを咎めることはないだろう。私から大ハーンに進言をしてもいい。此処に残ることが意味すること、人造七星たちを見ている貴殿であれば理解できないわけではあるまい」

 

 人造七星たちはセプテムの通常兵士たちをはるかに凌ぐ戦闘力を持っている。それらの兵士たちが詰め寄せ、防衛を任されている以上、ここにやってくる相手の実力が理解できないセルバンテスではないだろう。

 

 ジュベはこの砦に入って数日ではあるが、セルバンテスがセプテム防衛を任せるに足りる人材であることを確信した。もしも、生前に己の軍にいれば、傍に置くのも吝かではない相手であると。故にこそ、ここで命を散らすのを惜しいと考えたが……

 

「ジュベ殿、お心づかいは感謝いたします。ですが、私はやはりこの砦の指揮官なのです。かつて、リーゼリット様をスラムの賊たちに奪われた時、私は最悪の結末を予期しました。それは己の死ではなく、守るべき主の死です。結果的にリーゼリット様はスラムの少年に救われ、我々は事なきを得ました。結果よければすべて良しで片づけられるような話ではなかった。私はその時に誓ったのです。与えられた役目から逃げるわけにはいかないと」

 

 もしも、あの少年がいなければ、リゼはスラムの人間たちに命を奪われ、辱められていたかもしれない。結局、この前線砦に送られたセルバンテスは彼に再会することはなかったが、感謝を忘れたことはない。

 

「この身は既にあの日に処断された命です。リーゼリット様や国王を脅かす者たちを前にわずかでも盾となることができるのであれば、これほど本望なことはありません。ですので、お気遣いは無用です」

「そうか、では、指揮官として頼りにさせてもらおう」

 

 数日前に、突如として前線砦に姿を見せたジュベと人造七星たちによって、セルバンテス以外の兵士たちはその多くが前線砦から離れた。

 

既にこの正門砦に控えている兵士たちのほとんどが人造な七星の兵士たちであり、セルバンテスはこの前線砦の指揮官であるとはいえ、既に実質的なリーダーはジュベとなっていることは言うまでもない。

 

その自覚を覚えても尚、自らもその結末を見届けようとするセルバンテスの態度にジュベは彼にとやかくいうことをやめた。覚悟を決めて戦場に望むのであればそれはもはや一人の戦士であり、人造七星であるかどうかなど些末事に過ぎない。

 

 あの日に処断された命、それは捨て鉢になっているわけではなく、例え、命を失うことになったとしても、誰かを恨むつもりはないというセルバンテスなりの誠意の証であったのではないだろうか。

 

「来るがいい、大ハーンを脅かす者たちよ。貴様らが大ハーンともう一度相見えるに足りる戦士であるのかどうかを、この私が直々に見定めてやろう」

 

・・・

 

 聖杯戦争なんてものに最初から興味があったわけじゃない。聖堂教会の代行者として与えられた命令をこなしたに過ぎない。本来であればバーサーカーが敗北した時点で、私の役割は終わりになるはずだった。王都に向かう連中と一緒に行動をしていたって、自分に手に入るものなんて、どれほどあるのだろうかと思わずにはいられない。

 

 ただ、どうしても、徐々に徐々に放っておけなくなってしまった。ひたむきに復讐の道をひたはしろうとするその姿、自分の視界の中に移りこんでいる、常に泣き出してしまいそうな激情を必死に自分の心の中に隠して強がっている背中、悪びれたところで結局は生来の正しいあり方を捨てられずにいる態度、あぁ、自分にとっても弟のような存在がいれば、こんな感じだったのだろうかなんて思ってしまったのが運の尽き、ルシア・メルクーリアはその終着点のない旅路を未だに同行して進んでいた。

 

「はぁ……まったく、こんなはずじゃなかったんだけどなぁ。アンタのせいよ、アンタの」

 

 今日の夕刻より始まろうとする作戦で大きな役割を背負うことになったルシアは自分の薬指に嵌めこまれた黄金の指輪を見てため息を零す。

 

 彼女のサーヴァントであるバーサーカーの忘れ形見ともいえる聖遺物、さながら竜の血を浴びたかのように、この指輪と繋がっているルシアの身体はどのような攻撃を受けたとしても、回復してしまう。

 

実験をしたわけではないから、正確な耐久性までは分からないが、サーヴァントの必殺の攻撃を受けても再生することができるのは確認済みだ。自分がおごり高ぶったことで、突如として加護を失うなどといった恐るべき展開にならない限りは、おそらく今回の正門突破作戦の鍵を握る働きが出来るのは自分だけであると確信を持っている。もっとも、その確信を持ったところで恐怖心やどうして、自分なんかがという思考が消えるわけではない。

 

(私、何やってんだろうな……)

 

 桜子や朔姫、ロイであれば、レイジの復讐の旅に同行しているのも理解できる。彼女たちは聖杯戦争として召喚したサーヴァントを持ち合わせているのだから、徒党を組んで協力し合うことに一定以上の意味を持ち合わせることができる。いまだに怪しい素振りを見せているが、どこかにサーヴァントを隠しているであろうアークも同じだ。

 

 残っているエドワードと自分こそが一番、意味が分からない。どうして未だにレイジたちの旅に同行しているのかと聞かれれば、成り行きであるとしか言いようがない。

 

 成り行きであるというにしては随分と深く付き合ってしまった。このまま王都の中に共に突入することになるのであれば、もはや後戻りはできない。灰狼たちを倒して勝ち残る以外に生き残ることは難しいだろう。

 

「でもさ、放っておけないじゃん。あんなに必死に頑張ってる奴のことさ。視えちゃうんだもん、仕方ないよ」

 

 ルシアには人間の感情が色として判別できるようになっている。よって、言葉で人を騙そうとしても、感情の色を見ることによってルシアには相手の嘘を判別することができる。もっともあくまでも色を見るためだけであるからこそ、万能であるとは言えない。その能力に頼りすぎてしまえば足元を掬われるのはルシアが一番よく分かっている。

 

 いや、むしろ、その厄介事に首を突っ込んでしまっている段階で足元を掬われてしまっているのかもしれないが……、

 

「どうしたんだよ、黄昏れて。まさか、これからの突入、怖気ずいているわけじゃないだろうな」

「んー? どうだろうねぇ。私はレイジ君とは違って、成り行きで戦っているに等しいからねぇ。ま、当たって砕けろと思えるほどメンタルが強いって訳でもないわけ」

 

 珍しいことに物思いにふけっていたルシアにレイジから離しかけてきた。相変わらず目上の人間への敬意の欠片も感じさせない言葉ではあるが、これがレイジらしいといえばレイジらしい。

 

「気分が乗らないのなら、さっさと連中に言うべきだ。半端な覚悟で戦いに参加されても迷惑なだけだ」

 

「なら、アンタが変わってくれる?」

「ああ、必要ならな」

 

「……、冗談、それでアンタに任せるようなことをしたらいよいよ私は自己嫌悪に陥るよ。此処まで来て何をやっているんだってさ」

 

 ルシアに対して話しかけてきたのはレイジなりの気遣いなのだとルシアも勘付く。

 

此度の作戦で一番危険が伴うのはルシアだ。彼女は既にサーヴァントを失っている以上、どうしたって自分が身体を張るしかない。レイジなりに彼女の身を案じているし、もしも、ここでじゃあ、変わってくれと口にすればレイジは喜んで自分の身を身代わりとして差しだすだろう。勝率云々ではなく、自分が始めた復讐であるからこそ、その為に身を捧げることを欠片も躊躇していない。

 

 分かってしまうからこそ、逆にルシアはその役目を与えるわけにはいかないと拒否する。適材適所、この役目はルシアにこそふさわしいことは本人が一番よく分かっている。

 

「なんだかんだ男の子だよねぇ、あんたは。向こう見ずであるように見えて、ちゃんと当たり前のことを当たり前にやろうとしている。それって、世の中の人間、誰もができるってわけじゃないのにさ」

 

「……? 当たり前のこと、なんて今更か? 俺は俺の復讐のために七星を滅ぼすことを決めている。それを俺は他人任せにする気はない。七星を滅ぼすまでの総てが俺の戦いだ。そのために身体を張るのは当たり前のことだろう?」

 

「そうだね、でも、世の中の人間ってのは誰もがあんたほど素直には生きられないんだよ。結局、世の中、当たり前を当たり前に出来るって奴が一番強いし、そういう奴が報われる世界じゃなきゃいけないって私は思うのよ」

 

 他人の感情の色が見えてしまうからこそ、ルシアはどれだけこの世界が虚飾塗れであるのかということを知っている。自分を飾りたてようとする者、相手を蔑にしようとする者、もはや自分の感情と虚栄が別であることを理解することが出来なくなってしまっている者、無数のケースを見てきたルシアからすれば、レイジは特別な存在だ。

 

自分が決めた正しさに狂っているにもかかわらず、その狂気を正しく使おうとしている。ただ世界が滅びればいいと思っているわけではない。自分の行動に責任を持ち、より良き明日を模索しようとしているからこそできる行動である。

 

 レイジは復讐という我欲の到達点を自身のアイデンティティーとしているが、同時に誰よりも誠実にこの世界の人間として、出来ることをやろうとしている。だからこそ、当たり前のことができる。何者にも染まらない真っ直ぐさとは羨ましいと思う。その感心がルシアの逡巡に決意を促していく。

 

「ま、安心しなさいよ。今回は私が活躍して突破口を開くから。アンタをまた危険な目にあわせたら、私がターニャに何を言われるかわかったもんじゃないってね」

「だが……」

 

「適材適所。七星の魔力を無力化できるアンタには他の役目がちゃんとある。お互い、上手く立ち回ってあの門をくぐりましょう。信頼しているわよ、レイジ」

「ああ……」

 

 そんな彼のひたむきさに少しは報いることができるように自分も頑張ろうとルシアは思う。成り行きでここまで付いてきてしまったことは事実であるけれども、総てが嫌々でここまでやって来たわけじゃない。少なくとも、この少年の道行きに少しは貢献してやりたいと年長者として想うから、今はそれだけでいいじゃないかと割り切る。

 

 まもなく決戦の時間が来る。一筋縄では突破することができないであろう鉄壁の門を突破するための戦いの時が来るのだ。

 

・・・

 

 間もなく陽が落ちる。正門周辺を夜の帳が支配し、当たり前の静寂が訪れるはずの正門の物見台部分でジュベは先に続く荒野を監視し続ける。

 

 戦いが間もなく始まる、それを風も知らせている。この宵闇こそが、戦いの火ぶたを切る開戦の兆しとなると。

 

「人造七星たちを呼びつけろ。弓隊を配置につかせる」

「……? 何も変化はないように見えますが」

「これから起こるのだ」

 

 ジュベの指示により、灰狼から派遣された人造七星たちは一斉に正門の上、弓隊を配置するために用意された高台部分へと一糸乱れぬ隊列で配置される。その手には魔力で強化された弓矢が握られており、通常の弓矢などよりも遥かに遠距離までを攻撃することができる。

 

 しかし、その狙うべき相手の姿を見つけることができない。ジュベに命令されたから配置についたが、これでは、何をすればいいのかも―――――

 

「………魔力反応、3キロ先より魔力反応を検知!」

「では、戦争を始めよう。弓矢隊構えろ!! 先を考える必要はない、意味を理解する必要もない。貴殿らは迎撃兵器だ。ただ敵手を射抜くことだけを考えろ! 余計な思考など矢には必要ない!」

 

 人造七星たちが敵手の到来に驚きを覚える最中、驚異的な視力でジュベは夜の闇の中でこちらへと迫ってくる人影を視認していた。

 

 以前の偵察で放たれた式神を検知した時よりもなお容易である。何せ、自分たちの姿を隠し通す事さえしていない。

 

 正門に向けて疾駆する二つの影を視界に収め、ジュベは己の弓を握り、矢を番える。

 

「さて、二人か……」

 

 駆け抜けるのはアーク・ザ・フルドライブとルシア・メルクーア、たった二人の戦力を持って、正門を突破するために彼らは疾駆し、ジュベの弓矢が放たれると、アークの鋼鉄の腕が察知したように弾き返す。

 

「無論、迎撃が来ることを分かったうえでの行動、果たしてこれは陽動か、あるいはそれが最適解であると考えたからか」

 

 矢を弾かれ、再び自身の矢を番える直前、ジュベには二つの選択肢が浮かび上がった。敵手の行動、明らかにこちらに発見されることを前提にした戦い方であるが、これは他にこちらへと潜入しようとする者たちを隠すための陽動であるのか、あるいは攻撃をされたとしても、耐久能力の高い者たちを使って突破することが最適解であると判断したのか。

 

 どちらとも読み取れる。アークとルシア以外の人の気配を感じられない。以前の式神以上の隠密能力を持った相手がいるのであれば話は別だが、気付けないのであれば同じこと。

 

「射手たちよ、構うことはない。射程に入り次第、撃て。照準は―――私の放った方向だ」

 

 無駄な考えはしない。射手としてここに配置されている以上、ジュベに求められているのは向かってくる相手の排除だけだ。それ以外の理屈は総て、怒ってから考えればいい。

 

「ぬぅぅぅん!!」

 

 ジュベの弓に魔力が収斂し、力が弓から番える矢へと行き渡ると同時に、敵を破壊するための矢が放たれる。以前の式神を破壊した時にはその余波で山すらも砕いたほどの一撃がアークとルシアへと飛び込み、

 

「下がれ、ルシア……!」

「バカッッ、下がるのはあんただッ!!」

 

 瞬間、正門砦より放たれた雷の如き一矢がアークの前に立ち塞がったルシアの身体を直撃する。直撃した瞬間に人体を破裂させるような爆発音が響くと同時に煙が立ち込める。

 

まさしくミサイルでも飛んできたような勢いの爆発ではあるが、それ以上に問題となるのは、ルシアだ。先の爆発、至近距離で爆弾が爆発したに等しい衝撃であり、まともに考えれば人間一人が生き残ることができるような爆発ではない。

 

 即死で当然、生き残っていたとしても五体満足などということは有り得ない。それほどの爆発に巻き込まれながらも……、

 

「そらね、あんな爆発を防いでいたら、あんたの鋼鉄の鎧だって砕けちゃうかもしれないでしょ? だから、ここは私に任せなッ……!」

 

 爆発の最中、煙が晴れた先にいたルシアは一度、肉体を完全に破壊されていた。しかし、まるで血液が一瞬で凝固するように、肉体が巻き戻しを引き起こしたかのように、肉片から、再び肉体が構成されていく。ニーベルングの指輪が光り輝き彼女の身体を復元していく様子は、不可逆的な破壊など、彼女に対して引き起こせる者はいないと主張しているかのようですらあった。

 

「大丈夫なのか?」

「何のために私がここに志願したと思っているのさ。いくよ、ここからさらに攻撃が激しくなっていくだろうから」

 

 まだ初手、アーチャーであるジュベの攻撃を受けきったに過ぎない。アークとルシアは再び進撃を開始し、まもなく、雨の如き、人造七星による射撃が始まったのであった。

 

「ぬおおおおおおお!!」

 

 今度こそは自分の番であるとばかりにアークが鋼鉄の腕を盾代わりにして人造七星の攻撃を受け止めながらも進撃を止めない。

 

「攻撃受け止められているね!」

「ああ、だが――――」

 

 再び、雷撃のように破壊の矢が放たれる。人造七星による攻撃を受け止めていたアークに向けて放たれた矢の一閃が再び、ルシアが身を挺してアークを庇ったことによって防がれる。

 

『ルシア、アーク、お前ら二人には決死の陽動を任せたい。おそらく、連中の砦には、サーヴァントだけやなく人造七星共も出張っているはずや。あの巨大な門を最大限に有効活用するんやったら数がいる。

いかにサーヴァントが陣を張っておったとしても、数が足りなきゃそこまでや。間違いなく連中は、人造七星による数の暴力に打って出てくる。だから、お前らはウチらの本当の目論みが連中にバレへんように、全身全霊をかけて、無理矢理、突破を図れ!』

 

『そりゃ、つまり俺達しか連中の攻撃を防げないから、俺たちだけで何とか攻略をするように見せなくちゃいけないってことでいいのか?』

 

『ああ、本来、ウチら全員で束になって掛かるべきやろうが、ウチら全員じゃ逃げ切れへんから、なんとか防御力の高いお前らだけで突破を図ろうとしている、それしかウチらには突破の方法がない……なんて連中に思わせることが出来れば上等や。ちゅーわけで、お前らは徹底的に敵の攻撃をうけまくれ。肉の盾になれ!』

 

『聞けば聞くほど酷い作戦、要するに私らの我慢比べってことじゃん』

『失礼なこと言うな! ウチは役目を遂行できると思っておる奴にしか命令せぇへんわ。最初から失敗すると思って作戦を投げるなんざ、三流のすることやろ!』

 

 もしも、アークとルシアがその陽動の役割を果たすことが出来なければ、朔姫たちの目論みは成功せず、仮に成功したとしても2人の命はない。

 

この陽動の趣旨は徹底的に迎撃側の認識をアークとルシアに集中させること、最初から二人には半ば捨て石のような役目を背負ってもらうことを命令しているに等しいが、朔姫は二人ならばそれでも成功させ、生き延びて帰って来るであろうと想定している。

 

 いいや、信じていると言えばいいだろうか。

 

『七星共は魔力を遮断する自分らの魔術を使ってくるはずや、ルシア、お前は何があるかわからへんから、七星共の攻撃は出来る限り避けろ。逆にサーヴァントの力任せの攻撃はルシアが受け持て』

「………だね、文句の一つも言ってやりたいところだけど、それが一番いいってわかるもん」

 

 自分が捨て鉢にされたことに対して怒りの言葉の一つでも口にしてやりたいところではあるが、実際に朔姫の提案は正しい。これ以上なく用兵として正しく、他の策と組み合わせた場合、この役割はアークとルシアにしか採用することができない。

 

 華麗に攻撃を避けながら、砦を目指すなんて言う他に意識を向けかねない策ではだめなのだ。愚直に身体中に矢を受けても必死に辿りつかんとするその意地こそが、迎撃手たちを釘付けにする。あと少しで獲物を刈り取ることができると確信した時にこそ、敵は大きな隙を晒すのだと相場が決まっている。

 

『痛覚遮断の術式使ってやっても構わへんで。特にルシア、お前、痛みで泣き叫んでも知らんぞ』

『んんっ……いや、別にいいよ。だって、痛みで泣きたいのは私だけじゃないでしょ?』

『はッ、後で泣き叫んでもほんま笑い倒したるわ』

 

 朔姫と事前に会話をして想定していた状況に近づきつつあることを二人は理解し、自分たちがその役割を達成していることは理解できる。いまだ、砦に辿り着くまでには1キロほどの距離があり、休む間もなく次々と七星の魔力を込められた矢が降り注いでくる。

 

「嫌になるくらい遠いね、辿り着いたところで逆に戦いになっちゃうんでしょ?嫌だ、嫌だ。もう勘弁してくれって感じ」

「だが、途中下車の旅じゃないぜ?」

 

「ええ、だから、覚悟を決めて突き進むしかないってね。行くよ、止まったら流石に気持ちが途切れそうだわ」

「応ともよ」

 

 正門からの一斉射撃に一度は足を止めていた二人だったが、再び正門に向けての進撃を開始した。それを確認したジュベは眉をひそめる。

 

「同時にこちらへと向かってくる気配はない。本気であの二人だけで突破を図るつもりか?」

 

 ジュベからすれば自殺行為もいい所であった。人造七星といえども、サーヴァントに伍するほどではないだけで十分に敵対者を脅かす意味はある。彼らが使っているのは単純に弓だけであり、矢そのものは七星の魔力を介して生み出された魔力弾である。その魔力弾一つ一つに相手の魔力を遮断する七星の魔力が与えられているのだ。

 

 一つ一つであれば、ここまで進撃してきた彼らを留めるには弱々しい力かもしれないが、それも数が合わさって行けば暴力的な力へと変わる。

 

 ジュベからすれば、この二人を陽動に使って本隊を別に動かしているのは筋であると考えられた。いいや、まともな発想をしている指揮官であれば当然にそれを実行する。

 

 何せ、如何に彼らが圧倒的な耐久力と防御性能を持ち合わせていたとしても消耗はするのだ。こちら側の攻撃を全く意に介さないのであればそもそも、この時間まで進撃を待っていた理由が見当たらない。

 

 よって、彼らに絶対的な無敵性は存在しないと踏んでいるが、その挙句がこの無策なまでの突撃であるとすれば、あまりにもお粗末であると言わざるを得ないだろう。

 

「買いかぶりすぎていたか。だが、それで容赦をする理由もない」

 

 大ハーンが自分をここに配置した結果として対峙する相手がこの程度であるのかという落胆を覚える意味もあるが、僅かに生じたその感情をあっさりと排してジュベは進撃するアークとルシアを完全に排除することへと意識を傾ける。

 

 相手側が何を考えているにしても中核戦力、特に大ハーンとの決戦で謎の鋼鉄兵器を展開して進撃を阻んだアークを倒せることは、相手がどんな思惑を抱いていたしても実行するに越したことはない。

 

 次々と放たれていく弓矢、それを身を挺して二人は突破していく。ただ先へと進むだけと言ってしまえば簡単な話に聞こえるかもしれないが、実際のところは常に痛みとの戦いだ。ジュベの一撃で砕けかねない雷撃のごとき一矢も、人造七星たちによる数の暴力のごとき矢もそのどれもが、ほんの少しの変化が生じることによって、アークとルシアの命を奪いかねないほどの勢いであった。

 

 まさしく今、この瞬間、彼らの攻撃のすべてがアークとルシアに集中している。人造七星たちは攻撃の一部へと組み込まれ、ただ自分たちは目の前の敵手を滅ぼすためだけの存在へと変わり、その指示を行うジュベもアークとルシアを倒すことこそが、この場の戦いを突破するうえでの重要ごとであると認識した。

 

「ええな、作戦通りといってもええんやないか?」

 

 そして、この状況を生み出したことによって八代朔姫の思い描いた絵面の第一段階は完成した。そうあくまでも、アークとルシアは陽動でしかない。人造七星とジュベの意識を完全に二人に集中させることによって、一瞬の隙を生み出すことこそが目論見である。

 

「さぁ、出番はいいな、セイバー。お前らの活躍にすべてがかかっとる。死んでもあの正門の上に昇れよ!!」

 

「ふん、誰に命令をしているのだ、人間よ」

「私と兄様が必ず突破口を開きましょう。我らは導きの神、我らの光のごとき速度に追いつくことができる者はなし」

 

 アークやルシアたちが戦っている場所よりもはるか後方、そこに朔姫やレイジたちは潜んでいた。そして、正門突破を図るうえでの第二の矢となるのはセイバー:ディオスクロイ兄妹である。彼らの行動速度はその魔力を最大まで開放することで光の速さで疾走することができる。勿論、マスターが担う魔力消費も相応のものとなることは間違いないが、ロイがマスターである以上、その問題について議論をすることにさしたる意味はない。

 

 いかにアークとルシアが彼らの目を惹きつけていたとしても、姿を消して近づこうとしても、一瞬で反応されて攻撃に移られる可能性は非常に高い。

 

 だが、そこに異常なまでの速度が加わることによって話は大きく変わってくる。気づいた時には既に遅い。それを達成することができれば、地獄のごとき、乱射の雨を飛び越えて、正門にて、人造七星たちが攻撃をしている箇所へと辿り着くことができるだろう。

 

「頃合いかな、彼らは私たちが完全に二人に任せていると思っているみたいだし」

「ここから正門にまでたどり着くまでおよそ10秒、その時間を稼ぐことができればすべてが終わる」

「辿り着くことさえできれば、量産型の魔術師など恐れるに足りません」

 

 すでに出立の準備は完全に出来上がっていると反応を浮かべる二人はマスターであるロイと視線がかみ合う。多くの言葉はいらない。実力をもって己の有用性を証明すればいい。

 

「じゃあ、行くで、隠密術式、目くらまし程度にはなってしまうかもしれんけど、少しは連中の目をくらませることもできるやろ!」

「令呪を持って命ず―――セイバーよ、光が如くこの荒野を駆け抜けろ!」

 

 ロイがその手に刻んだ令呪の一つが輝きを放つと同時に、セイバーの姿が一瞬にしてその場から消失し、颶風が周囲を巻き込む。

 

 まさしく、その風はセイバーが正門へと向かうためにはなった風であり、恐るべき速度を以って、二人は一瞬で正門へと辿り着くだろう。

 

「――――来たか!」

 

 しかし、そのわずか10秒、いいや、5秒に迫るかどうかの時間であるにもかかわらず、ジュベはその弓の向かう先を変える。セイバーが動き出してから、わずか2秒、戦場に生じた変化を感じ取ったジュベはほぼ直感に等しい動きでセイバーへと照準を向ける。

 

 果たしてどんな直観力を持ってすればそれを読み取ることができるのか。ほんの瞬き程度の時間で辿り着くであろうセイバーの光の進撃、陰陽術を駆使してまでも隠しきろうとしたその一手をも、ジュベは読み取り、人造七星たちがアークとルシアへと攻撃を放ち続ける傍らでその照準に狙いをつける。

 

「兄様……っ!」

「構うな、ポルクス! 我々の役目は、ただ奴らの懐へと辿り着くことだけだ」

 

 ジュベの殺意が、繊維が自分たちに向けられたことをセイバーは理解する。辿り着くよりも早く放たれる弓矢が直撃をしたとしても、一撃消滅するようなことは起きない。

 

 しかし、戦闘に支障を来すダメージが生まれかねないことは自明の理だ。

 

「見事だ、陽動によって我らの動きを完全に塞ぎ、その上での超高速の突破。しかし、私の視界からは逃れられない。私は大ハーンの僕たる者、世界最大の帝国を生み出した者の配下である」

 

 どのような手段を使ってきたとしても、その維新にかけて叩き潰して見せようと引き絞られた矢が放たれる。

 

 その間際であった。

 

「ぬっ――――っ!?」

 

 驚くべきことにジュベが放った弓矢はセイバーを狙ったにもかかわらずあさっての方向へと飛び、大きな爆発音が響く。

 

 発射の瞬間に、ジュベの腕に飛来物が激突し、正確無比なその射撃が、不発に終わったのだ。

 

「やったか!?」

「ああ、魔弾は確実に奴に直撃した」

 

 これこそが三つ目の矢である。如何にセイバーが光速の動きで正門へと近づいたとしても、万が一にも察知される可能性は残っている。放たれたエドワードの魔弾が直撃したジュベは、完全に射撃のコントロールを失い、明後日の方向へと飛ばしてしまったのだ。

 

 最も所詮は一発、すぐにジュベは意識を改めて次の一撃を放たんとする。小細工が通用するのは一度きり、その一度きりが終わってしまった以上、近づこうとする者の真の目的が分かった以上、もはやジュベに通用することはない。

 

 だが、同じく―――その一撃を明後日の方向に飛ばしてしまったことによって、この正門砦における戦いはその明暗を分ける結果となったこともまた事実である。

 

「いいや、もはやお前たちに反撃の機会は訪れない」

「ええ、ここからは私達の反撃の時間です」

 

 ぎゃあああとジュベが弓を引こうとする耳元に悲鳴が聞こえ、そして人造七星たちが騒然とし始める。その原因、言うまでもないだろう。この射撃を行うための兵士を配置するアーチ部分へと、セイバーが到達を果たしたのだ。

 

 たった一撃を防がれただけ、たったそれだけのミスであるというのに、この絶対的有利な迎撃の場所を奪われたに等しくなったことにジュベはフンと鼻を鳴らす。

 

「ふっ、そうでなければ、大ハーンの敵手にはなりえない」

 

 追い込まれている? まさか、この程度になることは十分に想定済みである。昇りあげてきたのなら迎撃するだけ。この身が消え去るまで戦いは終わらぬのだとジュベは弓を構え、セイバーとの戦いが始まるのであった。

 




え、このレベルがまだあと3人残っているってマジ……?

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第10話「ラズライト」②

――王都『ルプス・コローナ』正門――

「よし、正門に辿り着いたな」

「ここまでして、ようやく第一段階完了だね」

 

「せやな、こっちからも増援送りたいところやけど、まずはアークやルシアとの合流が先や。無事は無事やと思うけど、消耗もしとる。セイバーが正門の上に昇って、人造七星たちの足並みが乱れている。今がチャンスや」

 

 正門突破の為にあえて陽動の役目を買って出てくれた二人の救出がまずは第一優先、その上でセイバーへの増援を送ることを朔姫は決める。

 

「大丈夫だ、セイバーならあの程度の戦力であれば必ず排除してくれる」

 

 正門突破だけを考えるのであれば、勿論、セイバーへの増援を送り込むべきだが、逆に言えば、遠距離から徹底的な攻撃を仕掛ける相手の懐に入ることが出来た。人造七星たちは1人1人の戦力としてはセイバーには全く及ばない。及ぶ可能性があるとすれば、ジュベただ1人であるが弓矢が主体であることから、懐に入られた時点でかなりの不利であることは言うまでもない。

 

 要するにこの戦いは近づけるかどうかの戦いであった。何があろうとも正門に近づけさせないようにしていたジュベ側の戦力と何があろうとも突破して懐に入りたかったセイバーの戦いはセイバーに軍配が上がった。

 

 勿論、そこに至るまでにはアークやルシアの陽動、そしてエドワードの魔弾の助力があればこそではあったが、相手が地の利を利用していることに対してこちらは数の利を使っただけのこと、決して非難されるようなことはない。

 

「いや、懐に入ることが出来た程度で安心できる相手ではない。大ハーンの忠臣が一人、ジュベ。モンゴル高原統一より常に大ハーンに付き従ってきた歴戦の名将、思惑通りの状況を崩されたからといってそれだけで終わるような存在では断じてない」

 

 ただ、アヴェンジャーだけは明確にその希望的観測を否定する。同じ遊牧民族の出身として大モンゴル帝国の後進帝国を作り上げた者として建国の英雄たちのことはよく理解している。ハーンの息子たちやスブタイのような歴史に恐怖を刻んだ者たちには劣れども、ジュベもまた英雄と呼ばれるに相応しき存在であることは言うに及ばず。

 

「なら、保険をかけておくに越したことはないわな」

 

 朔姫が口にした戦場、いまだ何が起こるのか最後まで分からないその場所にて始まった戦いがどのように転がってもいいように最後の一手を踏む準備を始める。

 

「くっ、昇ってこられたか……!」

 

 この正門守備を任されているセルバンテスは思わず言葉を失いかけてしまう。ジュベより話を聞かされていた敵が精強なことは分かっていた。自分たちが生きている世界とは別の世界、魔術師たちの領域で行われている聖杯戦争の参加者たちはまさしく一騎当千、下手をすれば、セルバンテスの目の前で山をも砕いて見せたジュベでさえも及ばない可能性は十分にあるとジュベは語っていた。

 

 しかしながら、セルバンテスもこの戦いを見て初めは、この正門へと辿り着くことなどありえないと考えていた。何せ、人造七星たちは凄まじかった。一糸乱れぬ連携を以って、次々と放たれていく矢、そしてジュベ自身の圧倒的な力を見れば、この軍勢が敗北することなどありえないだろうと考えたのだ。

 

 しかし、今、セルバンテスの目の前には圧倒的な暴力の嵐が吹き荒れている。人造七星、そしてジュベの迎撃を踏み越える形で突入してきたセイバーは突入した。あの迎撃をどのように突破したというのかと言葉を失いかけてしまうが、セルバンテスはすぐに勝機を取り戻した。何にしても敵はこの正門を突破しようとしている。

 

(ここを踏み越えれば、賊をリーゼリット様や国王の下へと向かわせることになる。それだけはダメだ、あの時の様な不甲斐ない結末は絶対に認められない……!)

 

「ジュベ殿、指揮は私が!」

「ああ、任せるぞセルバンテス殿、人造七星たちを頼む。私は――――」

「たぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 掛け声が上がるとともに、セイバーの片割れポルクスが颶風のごとき勢いで、ジュベを破壊するためにその手に握る刃を振るう。対してジュベは腰に下げている剣を抜き放ち、迎撃する。ぶつかりあう刃と刃、英霊同士の激突はただ刃がぶつかり合ったという状況だけでしかないというのに、周囲に大きな余波を生み出す。

 

「侵略王チンギス・ハーンの四駿が一、ジュベだ。此度はアーチャーとして顕現している」

「セイバー、ディオスクロイが片割れポルクス、正規の英霊でもなく、ここまでの実力を発揮すること驚嘆に値しますが、それもここまで。私と兄様がここで貴方を討ちます!」

 

「近づけば、それで勝利をすることができるとでも思ったのか? 片腹痛い。私はただの弓兵にあらず、大ハーンとともに駆け抜けた一人の戦士だ!」

 

 その身を翻し、ポルクスの攻撃をいなすと同時に足を払い、すぐに弓を構えると、矢が放たれる。放たれた矢をポルクスが回避すればそれで、着弾した場所の地形が吹き飛ぶほどの威力が引き出される。

 

「ポルクス!」

「兄様!」

 

 ジュベとポルクスが戦闘を始めたことに気付いたカストロも戦闘へと参加して二対一の状況を作り上げる。双子神として、ふたご座のモチーフにもされたディオスクロイ兄妹はやはり二人での戦いにおいて、もっとも真価を発揮する。剣術に秀でたポルクスと彼女をサポートするカストロ、その双方が交わってこそ、彼らの持ち味が発揮される。

 

「ただの人間風情がここまで随分と暴れまわってくれたものだ。ここで滅びることを受け入れるがいい」

 

「神であろうとなんであろうと、対峙した相手の総てを屠って来たのが我らだ。神など恐れぬ。怖れるのは唯一つ、大ハーンの力にもなれずに、滅びゆく己だけだ」

「そうか。ならば、その怖れを現実にしてくれよう。貴様は何もすることが出来ずに、ここで俺とポルクスによって滅ぼされるのだ!」

 

 声を上げるとともにジュベを滅ぼすという心情を形にしたようにセイバーの猛撃が始まる。先の鍔迫り合いのようにポルクス単体ではなく、そこに光の盾を用いたカストロの援護が入るだけで、ジュベは二人を倒すための手を打つことが極端に難しくなっていく。

 

 ギリシアに名高き双子神であったとしても、戦闘経験、戦場での空気を読む力はジュベに軍配が上がる。生涯を無数の戦場で生きてきたジュベの在り方に追随できる者はそう多くはない。

 

 とはいえである。単純なスペックだけで見れば、神話に名高き導き神の実力は折り紙つきだ。なおかつ、彼らのマスターはロイ・エーデルフェルト、魔力面において、セイバーがどれだけ縦横無尽に動き回ったとしても、魔力不足を心配することがないということ自体が二人にとっての最大のアドバンテージといってもいいだろう。

 

 通常のマスターであればディオスクロイ兄妹が好き放題に暴れまわるようなことになれば、早々に魔力切れを引き起こしてしまい、自滅の道を辿ることになるのは目に見えている。

 

「ふっ、セルバンテス殿に指揮を任せて正解だったな。これは他人に気を回している余裕はない」

 

 果たして、自分が目の前のサーヴァントを倒すことができるのかどうか。一騎当千の英雄であることは間違いなく、彼らを倒すことが出来れば、侵略王にとってこれ以上ないほどの手柄を持ち帰ることができるだろう。

 

(一度目の生を受けた時に、私はウルスへと戻るその道すがら、病で命を落とした。大ハーンと共に戦場を駆け抜け続け、最後までお仕えすることを望んでおきながら、その役目を果たすことは出来なかった。二度目の生を与えられた以上、今度こそは大ハーンに我が忠義の証を残す……!)

 

 何としても突破しなければならないと思っているセイバーに対してジュベもまた何としても負けられないと思っている理由は存在する。それがたとえ、自己満足の領域に過ぎない現代に蘇った影法師の願いに過ぎなかったとしても、譲れない願いであることに変わりはない。

 

「ジュベ殿は心配するな、あともう少しだ、討ち漏らした敵を討て!」

 

 そして、セイバーとジュベの戦いが続く最中で、セイバーの襲撃を生き残った人造七星たちはいまだに、アークとルシアを狙っての攻撃を継続していた。ジュベからセルバンテスに指揮官が変わり、柔軟な指揮を行うことは出来なくなった。

 

いかにセルバンテスがお王族近衛にまで昇進するほどの人物であったとしても、イェケ・モンゴル・ウルスの大将軍格であるジュベと比較してしまえば、その実力が見通りしてしまうことは致し方ない。

 

 セルバンテスもそれは分かっている。自分がジュベに及ぶことはなく、それ故にこそ初志を貫徹することに集中する。

 

「ちっ、セイバーの奴が辿り着いたってのに、まだまだ、攻勢が終わる気配はないな」

「くぅ……はぁ……はぁ……」

 

「ルシア、辛いのなら下がっておけ。セイバーが到達した時点で俺らの役目はほとんど終わりを迎えている。お前がこれ以上身体を張る必要もない」

「ははっ、心配してくれてんの? 優しい所もあるじゃん」

 

「馬鹿野郎、優しい所しかないだろうが。あんな山をも砕くような矢を何度も何度も体に受けて、まともでいられると思う方が馬鹿げているだろうが。人間、一度だって死ぬことをどうしようもなく忌避するんだ。お前はよく頑張ったよ」

「………っ」

 

 身体の再生こそ常に起こり続け、五体満足の状態を維持しているが、その実の所、一撃受けるごとに五体の総てが吹き飛んでいてもおかしくないほどのダメージがその身に降りかかってきていたのだ。

 

 いかに聖堂教会の執行者であったとしても、ルシアがサーヴァントではなく只の人間であることは事実だ。その痛みに何度も何度も耐え抜きながら、自分の役割を懸命にこなそうとしたことを誰が笑う事が出来るのか。

 

 誰よりも間近で彼女の奮闘を見ていたからこそ、アークは笑う事無く彼女の奮闘を労う。その言葉にまだ自分たちの危機が全て過ぎ去ったわけでもないというのに、ルシアの目尻に涙が浮かんでくる。

 

「はは、まったくおかしいの。素性の知れないわけわからない男に優しい言葉掛けられたくらいで、さ。こんなの、バカな女そのままじゃん。聖堂教会の執行者が情けないったらありゃしないよ」

 

 自嘲するようにルシアは自分の弱い所を見事に突かれてしまったことに弱音を口にする。聖杯戦争に参加した者として、自分の弱さを曝け出すことが自分を不利にさせることは重々承知していることではあるが、ルシアとて人間だ、その気持ちを抱くこと自体はありえないわけではない。

 

 ただ、ルシアは涙を呑んで、決意したように前を向く。

 

「うん、決めた。ずっと躊躇していたし、この戦いが始まるまではずっと自分に本当にやれるのかって思っていたけどさ、私もバーサーカーが残してくれたこの指輪の力で戦うよ。運命なんて言葉を使うのはあんまり好きじゃないけれど、きっと、私はそうするために今も此処にいるんだと思うから」

 

「ルシア、お前、本気なのか?」

「本気も、本気だよ。そもそも、命を張っているのは私だけじゃない。あんだけ成りが小さくても、自分の譲れないものの為に戦っているレイジだっている。お姫様だってそう、桜子や他の皆も。だったら、私も私なりに出来ることがしたい。ニーベルングの指輪を持っている私だからこそ、できることが、きっとあるはずだと思うんだ」

 

 擬似的ではあっても、今のルシアは不死身の力を手に入れている。それがいつなくなるのかもわからないが、七星の陣営と戦ううえでまともな攻撃では死なないという力は大きな意味を持ち得る。それこそ、アヴェンジャーの中にいる青年が口にしたようにルシアの存在がジョーカーとしての機能を果たす時が来るかもしれない。

 

「そういうわけだから、あともうちょい頑張ろうか。セイバーはきっと勝ってくれる。その為に私らは最後まで陽動をする。それがベストな流れってもんでしょ」

「だな」

 

 ルシア自身の強さを目の当たりにして、アークは困ったような笑みを浮かべる。さて、まだまだ過酷な時間つぶしになるが、希望がないわけではない。であれば最後まで頑張ることができる。誰もが必死に闘っていることは確かなことなのだから。

 

「話には聞いていたがおぞましいな。これだけの矢を受けてもなお倒れないとは。リーゼリット様やヨハン殿はこのような者たちと戦っておられるのか」

 

 再び行動を開始したアークとルシアに対して、セルバンテスは思わず悪態をついてしまう。まともな人間の戦い方ではない。

 

そもそも、この正門はセプテム国の王門である。此処を突破されれば、王族たちのいる都へと辿り着いてしまう以上、絶対防衛死守線だ。そして、人造七星たちにはその防衛を担うだけの力があることをセルバンテスも理解していた。だからこそ、たった二人、いや、ジュベと戦っている者も含めれば三人、三人程度でこの正門を突破しようとしている者たちがいることに狂気を感じる他ないのだ。

 

 目の前でそれを実行しようとする者たち、こんな者たちを何があろうと王族たちの下に向かわせはしない。その気持ちだけがセルバンテスの胸のうちに宿る未知の存在への恐怖心すらも塗り替えて戦うことを強要していく。

 

 あの時のような無様な結末にはさせない。その想いが―――

 

「セルバンテス殿!」

「――――っ!!」

「七星に連なる者ならば、お前も俺の敵だッ!」

 

 ジュベからの声を受けてセルバンテスは咄嗟に剣を抜き取り、迫ってきた大剣と激突する。しかし激突した瞬間に、大剣の形状が変化し、無数の刃が連結された蛇腹剣の計上へと変わると、セルバンテスの防御をすり抜ける形で鎧に刃たちが叩き付けられ、セルバンテスの身体が仰け反る。

 

「ちっ、鎧の上からじゃ、これだと威力不足か」

「レイジ、あまり時間をかけるなよ。儂の宝具でお前をここまで連れて来たんだ。魔力も随分使っておるからな」

 

「ああ、分かっている」

「新手……、いや、こんな少年までもが」

 

 新たに正門砦の上に出現したのは黒のコートを着込んだ少年とジュベと似たような武装に身を包んだ男であった。セルバンテスに対して戦意を剥き出しにする少年に思わず息を呑む。このような年齢の少年までもが参加しているのかと瞠目する。

 

 まるであのスラム鎮圧戦の時のようだとかつての記憶を掘り返す。生活に困窮し、王族への反抗を企てるしか生きる術を失ってしまったスラムの住人達は老若男女を問わずに戦いに参加していた。無差別に相手を鎮圧しなければならないあの後味の悪さは経験した者でしか理解できないのだろう。

 

 その時の感覚が甦りそうだった。

 

「何故、君のような少年が……」

「ふん、お前たちはいつもそうだな。どうして、お前のようなガキがと聞いてくる。誰だって好きでやっているわけじゃない。戦わなければいけない理由があったから、こうして戦っているんだ!」

 

 何故と問うセルバンテスに対して、お前たちはいつもそうだと告げるレイジの表情にはどこか悲しみさえも浮かんでいるように見える。憎悪は抱いている、されど、それを向ける相手は違うことを分かったうえで、倒さなければならないのだと思うことはきっと悲しいことなのだろう。

 

「俺は、七星たちに村を焼かれた。大切な人たちの命を奪われた。だから、この正門を突破して七星たちをすべて潰す。それを邪魔するのならば、誰であろうとも俺はそれを突破していく!!」

 

 少年のいでたちでありながらも大人であるセルバンテスに伍するように戦うレイジの身体能力は恐るべき力であるが、それ以上にセルバンテスの琴線に触れたのはレイジの戦う理由だった。

 

「故郷を焼かれた、か。なるほど、同情はしよう。だが、それがどうした」

「何をッッ!」

 

「同情はしよう、哀れみもしよう。どんな事情があろうとも、故郷を焼かれた人間の心に去来するのが怒りと無力さ、そして果てに浮かぶのが憎悪であることは私も十分に理解している。だが、それでこの門を突破させることなどできない。そんな個人の事情で国を揺るがすようなことを認めるわけには断じていかないのだ。

 それを許せば、我々軍人の存在価値がなくなる!!」

 

 一個人の国家への反感、或いは自身の不幸を理由にした反逆行為を許すことなど断じてできない。個人的な同情と軍人として国を守るということは全くの別問題だ。

 

「君たちは聖杯戦争なるものを戦っているらしい。答えろ、少年、君はその戦いに勝利を慕うのか、それとも、リーゼリット様たちを害したいと思っているのか、どちらだ!」

 

「聖杯戦争の勝利なんてものはどうでもいい。俺は、俺は只、村を焼いた七星たちを滅ぼすだけだ。七星がこの国の王族であるのなら、俺はそいつらを潰す。でなければ、この国は、何も変わらない!」

「よく言った、ならば、君は敵だ。私は決して君たちを通しはしない!」

 

 聖杯戦争の敵として対峙をするのであれば、セルバンテスにとっては無関係な相手といえたかもしれない。この正門を突破しようとする者たちの多くは決して彼と敵対する理由など本来は存在しえない。

 

 だが、レイジだけは違う。彼が七星を倒すことを目的としているのであれば、それはセプテムという国を転覆させることにもつながりかねない。レイジがそのような反国家的な思想を持っていなかったとしても、レイジという存在が、もしも、国王やリーゼリットの命を奪うようなことになれば、反国王的な勢力は一気に勢いを強め、レイジという存在を祀り上げるかもしれない。

 

 そうでなかったとしても、火種を抱え込んでいるセプテムにとって、レイジという存在は只の少年という名目で討ち捨てるわけにはいかない。

 

「私はあの日に誓ったのだ。もう二度とリーゼリット様や王族の方々を危険に晒すわけにはいかないと。あの日の胸を裂くような痛みをもう二度と経験しまいと。だから、お前をこの先に通すわけにはいかない。この命を賭して、お前はここで倒す!」

「ちぃぃっ! 邪魔だぁぁぁぁ!」

 

 セルバンテスとレイジの戦闘に呼応する形で人造七星たちがレイジへと狙いを定めて攻撃を仕掛けてくる。セルバンテスはそのような命令をしていない、これはかうまでも人造七星たちが、アークやルシアを倒す事よりもレイジを倒すことを優先したのだろう。

 

 レイジは蛇腹剣を周囲に放ち、人造七星たちがその刃に切り裂かれ、魔力を失った所を、アヴェンジャーが首を斬りおとす。同様に、アヴェンジャーの攻撃で怯んだところをレイジの刃が裂き、人造七星の身体が、正門の下へと堕ちていく。落下すればひとたまりもない高さである。

 

『こいつら、レイジを狙っているね』

『どういう理屈かはわからんがな。レイジと戦っているあの指揮官はそのような命令をしておるまい』

『あるいは、最初からここでレイジを倒すために彼らは配置されていたとかかな』

 

 アヴェンジャーはレイジがここに飛び込んできてからすぐに動きを変え始めた人造七星たちに不信感を浮かべる。何か明らかに明確な意思が加わった。

 

 もっとも、その目論みを彼らが話すことはないだろう。彼らは星灰狼によって操られた雑兵だ。雑兵はほとんど意志を持たない。余計なことを考えている暇があれば、この場で全て叩き潰してしまった方が早いし、レイジ自身もセルバンテスの相手で精いっぱいだ。

 

 ヨハンとの戦いでも露わになったが、そもそもレイジは正規の訓練を受けていない。故にこそ、真っ当な訓練を受けて軍人、あるいは騎士としてその身を戦うために最適化した者たちにはどうしても後れを取らざるを得ない。

 

絶対に願いを成就させるという精神力だけでは突破できない壁という者がこの世界には存在している。どうしたって抗えない、そうした壁を突破するには、これまでに積み上げてきた技術や経験値が必要となる。

 

 もしも、そうした積み重ねを持ち合わせていないのだとすればあとは当たり前のように破れ去っていくしかない。

 

「私はこのセプテムという国の平穏を守るために戦っている。脅威を齎す者を排除することこそが私達の責務、リーゼリット様たちの下には辿りつかせはしない。この国はこれまでも、そしてこれからも繁栄と平穏を享受していくのだ。我らの築き上げてきた国をお前の身勝手な恨みで崩そうとするなッッ!!」

「平穏、だと……? 笑わせるなよ、お前たちの偽りの平穏なんて知ったことじゃないんだよッッ!」

 

 そう、当たり前のように敗れ去るしかない。もしも、それを覆すことができるとすれば、それは――――天賦の才能か、あるいはここで終わるわけがないという何らかの意思が介在した時であろう。

 

「くっ、ああああああああああああああ!!」

「ぬっ、がああああああああ」

 

 レイジの絶叫が正門に響く。その絶叫と共に大剣がセルバンテスの剣を押し返し、鎧の上から斬撃を通し、鎧の一部が砕ける。これまで通用しなかった攻撃が通用したのは何らかの変化かあるいは、レイジの身体を覆いこむように浮かび上がったその魔力のオーラが故か。

 

「あの魔力の気配は……」

『うむ、ライダー陣営と戦った時と同じじゃな』

 

 傍で戦い、レイジと契約で繋がっているアヴェンジャーも気づく。レイジの身体をどす黒い魔力のオーラが覆い、本来のレイジであれば持ち得ない何かしらの力を与えている。七星殺しの魔力の爆発、それはどこか、七星が発現する魔力にも近しいものであった。

 

「ッッ……はぁぁぁぁ、星脈、拝領―――憑血接続、開始ィィィィ!!」

「ぬっ、がああああああああ」

 

 レイジが口元から詠唱を口にすると同時に、自身の武器である大剣が再び形を変えて、蛇腹剣の形へと変わると、周囲の敵を払うように放ち、群がってくる人造七星たちの首が一気に切断される。魔力で強化されているはずの精鋭集団であるはずの七星がいとも簡単にであり、セルバンテスの鎧を今度も突き抜け、彼の全身に傷痕を生み出す。

 

「繁栄と平穏が生み出される? お前たちが守り抜いてきたものはなんだ? この門の先にある人間どもの平穏だけか? その裏で、何人もの人間の嘆きを、怨嗟を聞かずに否定して、ただ、七星の願う世界を生み出そうとした結果がこの国だろう!! お前たちは守りぬいてきたんじゃない。ただ目を背けて来ただけだ。本当に戦わなければならない相手と戦わずに、偽りの平穏を、誰もが享受できる平和の証の信じて来ただけだ!!

 わかるはずだ、お前にも!! 戦う力があるのなら、戦う相手から目を逸らすなよ!!」

 

「知ったような口を利くなッ!! 守りたいと願って何が悪い、誰かが幸福を得れば誰かが不幸になる。ああ、その通りだ。この世界は誰もが幸福を勝ち取れるような世界じゃない。平穏の裏で嘆き悲しむ者たちがいることなど重々承知している。

 しかし、だからどうした! 我々はこの国を守る、この国が存在すること自体がこの国の多くの人間を幸福に導くことになると信じている。屋台骨が折れれば今度はより多くの人々を不幸に晒すことになる。お前の主張はただそれだけだ。自分の恨みのためにより多くの人間に不幸になることを強要しているだけだ!」

 

「そんなことはさせないッ!」

「王族の命を奪うということのおぞましさを知らぬ者が何を言うか! 支える者がいるからこそ、統治する者がいるからこそ一つになれるのだ。セプテムという国の総てが清廉潔白ではなかったとしても、国を動かすために受け入れなければならない必要悪は存在する。幸福を得るために誰かを犠牲にする選択を取らざるを得ないことはあるのだ!」

 

「そんなことを許容しているから、お前たちは目を逸らしているというんだ!」

「子供の戯言をいつまでも口にするな!」

 

 形勢が逆転し、レイジがセルバンテスを押し込める状況になる最中で、レイジを否定するセルバンテスは胸の中に痛みを突きつけられる。

 

 レイジの語ることもまた正しいのだ。胸に去来するのはあのスラムを浄化する戦い、王族への怨嗟に塗れ、自分たちの生活から目を逸らし、臭いものに蓋をするように浄化を始めた者たちへの精一杯の怒りを吐きだすための戦い、果たしてあの戦いはどちらに正義があったのだろうか。

 

鎮圧する側として戦うセルバンテスの目に、正義はなかったように思えた。悲しいくらいに、あれは虐殺だった。数年後のリーゼリットが率いる二度目のスラム浄化作戦が引き起こされるきっかけも怨嗟を呼び起こすほどの蹂躙を引き起こしてしまったからに他ならないのだ。

 

(彼の言うことは正しいのだろう。国家を運営する上でどうしても犠牲は出る。多くの人々はその犠牲を許容し、自分が手を汚さないために我々のような存在がいる。怨嗟を口にされるのは慣れている。恨みは少年だろうが老人だろうが変わらない。それをいちいち受け入れていれば国は回らない)

 

 セプテムを守護する者として否定をするべき事実であることは間違いない。それをどうしても否定することが難しいと思うのは、そうした恨みを持ちながらも、それでもリゼの命の恩人となりえた相手を知っているからだろうか。

 

 恨みを覚えて、その為に戦いながら、お前の答えはどうなのだと挑みかかるように声を上げてくる少年に彼の面影を自然と重ねていることに、セルバンテスは戦いの最中でありながら自重する。

 

「俺はお前たちとは違う、俺の行為が許されないとしても、復讐が苦行なのだとしても、俺は絶対に諦めない。俺の戦いの果てに、こんな地獄のような世界に、花を咲かせることができるんだって信じている!」

 

 例えそれが子供の戯言であると否定されるようなことであったとしても、不可能であると笑われたとしても、レイジは絶対に諦めない。そのゴールが何処にあるのかわからないとしても、辿り着くまで疾走を続ける。七星を全て倒すなんて言う奇跡と呼べることができるのだとしたら、きっと、それも叶えることができるはずだと信じて。

 

「花を咲かせる、か……」

 

 ポツリとセルバンテスは声を漏らした。聞くべきでないことは分かっていたけれども、身体の傷が疼き、痛みをこらえて、されど、やはり総てをこらえることが出来ずに漏らした声と共に、レイジの刃がその身体へと向くための瞬間が生まれる。

 

「ああ、私は、もしかしたら……あの日から死に場所を探していたのかもしれないな」

 

 正門守備を命じられて、ここに残ると言った時からずっと、ここで自分が終わることを予見していたのかもしれない。スラムでリーゼリットが攫われたことに責任を覚えていた。王の許しを与えられても、結局は生き汚くなれなかったのは、あの日に総てを置いてきてしまったからなのかもしれない。

 

 レイジの大剣が袈裟切りにセルバンテスの身体を切り裂き、鮮血が血しぶきとなって空に舞い、目の前で切り倒したレイジへと付着する。

 

「きっと、正しいのはアンタだ。俺の言うことなんて、アンタの言う通りにガキの戯言でしかないかもしれない。自分が許されるなんて思っていない。咎は受けるさ、必ずな。だけど、まだ、その時じゃない」

 

 七星以外の人間に手を掛けること、絶対に避けられるなどと思っていなかったし、いつかはそうなると分かっていた。これが罪であったとしても、レイジは立ち止まらない。総ての報いは七星を倒しきった後に受ける。

 

 命を奪ってきた者たちに贖う事が出来るとすれば、それは花を咲かせることしかないのだろうと思うからこそ、レイジはまだ止まれないのだ。

 

「セルバンテス殿、そうか、やられたか」

 

 レイジとセルバンテスとの戦いに決着がついたことを理解したジュベはこの場の防衛の戦いがほぼ失敗を迎えたことを悟った。人造七星たちもレイジとアヴェンジャーの転移によってほぼ全滅状態の憂き目にあい、なおかつ、指揮官であったセルバンテスは戦死、そして自身だけが残ったが、セイバーだけと互角の戦いを繰り広げている時点でたかが知れている。

 

(あとは、私自身がこの場で退くべきかどうかという話だな。勿論、偉大なる大ハーンの下へと戻り、我ら四駿の総てを結集すれば彼らを倒すことも決して不可能なことではないだろうが……)

 

 脳裏に浮かんだ撤退の二文字、されど、ジュベはあえてセイバーへと踏み込み、切っ先をカストロへと叩き付ける。

 

「ぐぅぅ!」

「退かぬ、ただ1人になろうとも、我は大ハーンが信頼せし者、ジュベ。この場の防衛を任された以上、死力を尽くして貴様たちを1人でも多く葬るのみ!!」

 

 その言葉を口にすると同時にジュベはこの第二の生における先を捨てた。己の命は此処で燃やし尽くす。例え、それが回避することのできない死へと向かう旅路であったとしても、この場で逃げることを忠臣である彼は認めることができない。

 

「もはや大勢は決しているというのに」

「いいや、まだだとも。私がいる限り、この場所は未だ不落。お前たちをここで脱落させることこそが、大ハーンへの最後の奉仕と私は定めた!」

 

 あの時のように途中で脱落するようなことは御免こうむりたい、ならばこそ、此度は戦場での死に場所を。

 

「兄様」

「ああ、決めるぞ、ポルクス! この男を排除するには、倒す以外に道はない!」

 

 なおも食らいつこうとするジュベを前に、これ以上の時間をかけるべきではないとカストロとポルクスは判断する。人造七星たちをレイジが鎮圧した以上、速やかにこの場を突破することが寛容。その時にて、背後から狙われることがないように、この場で確実にジュベは消滅させる。

 

 距離を取り、対峙をする二人の英霊、そしてそれを迎え撃つ歴戦の英雄、三人全員が肌で感じている。次の衝突こそが決着の時を迎えるであろうと。

 

「我らは導きの神、進む者たちを照らす導きの星!」

「ならば讃えよ!我らの星を!」

 

 ポルクスとカストロが片手を掲げ、伸ばした先で手が触れあった瞬間に、二人の身体を黄金の魔力が覆う、それは一時的な神格の復活、かつて人の手によって零落させられた神話の復活に他ならない。

 

「来るか、宝具がッッ!」

「畏れよ。」

「崇めよ。」

 

 ジュベも必殺の一撃が来ることを予期し弓を構えんとするが、その瞬間に二人は一歩を踏みこみ、そしてその瞬間に消失した。

 

「天にて輝く者、導きの星!」

「我らはここに降り立たん!」

「疾いっ――――、ぬっ、がああああああああ」

 

 一瞬、瞬きのような一瞬のうち無数の攻撃がジュベを襲う。さながら二人は踊るようにジュベの攻撃をカストロが防御し、防御の一瞬先にはポルクスの斬撃が迫る。ポルクスの攻撃を躱せば、次はカストロの徒手が迫る。どちらにしても変わらない。どちらかの攻撃を避ければ次は別の攻撃が来るだけ。

 

 双子神の絶対的なコンビネーション、どんな場所であろうとも、どんな敵であろうとも、彼らが力を合わせれば、どんな敵であろうとも屠る光速の舞踊がここに完成を果たした。

 

「「『双神賛歌(ディオスクレス・テュンダリダイ)』!!」」

 

 導きの神ディオスクロイ兄妹、彼らには特別な宝具は圧倒的な破壊力を持ち合わせた武器は存在しない。そんな神話の中に出てくるようなものを確かに彼らは持ち合わせていないが、彼らには光の速さを発揮する身体能力と決して刃こぼれすることなく、砕けることもない光の剣と盾が存在する。

 

 それこそが彼らの圧倒的な力、神話の再現、光の速さで動く存在を捕らえきることなど出来ない。そのあまりにも当たり前の事実こそが彼らの真骨頂であるのだから。

 

 その光速のコンビネーションを前にジュベは圧倒される。彼もまた歴戦の戦士ではあるが、光の如き速度を持って攻撃を続ける二人に反応することはやはり出来ず、結果的に仕留めきれなかったことこそが、彼の敗因となったことを理解する。

 

「これで――――」

「終わりだぁぁぁぁぁ!!」

 

 同時にジュベへと突貫してくる二人を感知しながらも、ここまでに無数のダメージを与えられてきたジュベの身体は動かない。それはすなわち、彼にとっての敗北を意味するが、その決着がつく瞬間に不思議なことにジュベは笑みを浮かべた。

 

「大ハーン、此度も御身の傍で逝くことの出来ぬこの身をお許しを。そして同時に、どうか此度の侵略も楽しみ下され。きゃつらは見事、我が屍を踏み越えて、貴方の敵であることを証明した」

 

 正門防衛ならず、それは同時に、彼らが侵略王の敵手になるに相応しい存在であるということの証明でもあることを、争うに足りる存在であると認めて、ジュベの首が胴体から離れて、宙を舞う。

 

 サーヴァントとしての絶命を迎えたジュベの身体と首は魔力を失いながら消失を果たしていく。

 

「ただの人間風情の英霊にしては、中々にやる相手だった。褒めてやろう」

「ええ、実に素晴らしき戦士でした。敵でなかったとすれば、称賛するに相応しい人物であったと」

 

 激戦を終えたセイバーは、対峙する相手として戦ったアーチャー:ジュベの戦いに弔いの言葉を口にする。それに何かの意味があるわけではないが、戦う運命にあった者同士として、強敵であった者に対して向けられるたった一つの贐であるのかもしれない。

 

「正門の制圧は完了した。全員と合流次第、速やかに王都へと突入するべきだろう」

 

正門を守備する人造七星たちは残らず全滅した。見逃した相手がいたとしても、全員を倒していたとしても、遠からず星灰狼の耳に此度の情報は届くだろう。

 

追手を差し向けてくるよりも先に王都の中で潜伏しなければ、敵にとってのホームである王都での不利を隠すことは出来なくなる。

 

「いよいよだなレイジ」

「ああ……、七星たちの本拠地、ようやくここにまで辿り着くことが出来た……!」

 

 先に広がるは王都ルプス・コローナ、この先に残る七星たちが待っている。七星滅殺、それを果たすためにいざ、先へと進もう。流してきた血の先にあるものを見つけるために。

 




いよいよ王都に突入!ここからが本番だ!

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第10話「ラズライト」③

1日が投稿遅くなってしまって、申し訳ありませんでした。


――王都ルプス・コローナ・王宮――

「正門の部隊が、全滅……!? そ、れじゃあ、セルバンテス殿も」

「ああ、配備されていた人造七星も、ライダーの配下であったアーチャーも全員が戦死した。八代朔姫たちはこのルプス・コローナの内部に突入したとみていいだろう」

 

「居場所はわかっているの?」

「正門を突破した時点で隠密術式を使って潜伏しているらしい。王宮近衛たちが血眼になって捜しているよ。いずれは見つかるだろうが、あっちだってルプス・コローナに入ればこうなることは分かっていたはずだ。全力で身を隠すだろうね」

 

 王都正門が突破されたことは瞬く間に王宮にも伝えられた。レイジたちが正門にて戦闘を始めた瞬間に、伝令役であった人造七星は正門から王宮へと戻り、状況の仔細を報告し、錬金術によって戦場を観察したキャスターも同様の報告を口にした。

 

 国王を始めとした主要な七星の関係者には情報が伝達され、公務に取り掛かっていたリゼの下にもヨハンを通じて、その状況が報告されたのだ。

 

「セルバンテス……、アレが最後の会話になるなんて、またしても……ヴィンセントおじ様に続いて、また私は何も知らない間に……」

 

「仕方がなかった。セルバンテス殿は自分の職務に殉じられた。もしも、奴らを素通りさせたとしても正門の守備隊長として罰せられただろう。だから――――」

「だから、死んで良かったって言うこと……?」

 

「そういうつもりはない。気を悪くしたのなら謝る。だが、少なくとも、彼が命を賭したことは彼自身の選択だ。君が気に病む必要はない。僕たちは聖杯戦争の参加者として彼らを討つ。それが何よりもセルバンテス殿に対しての手向けとなるはずだ」

 

 こうなることは正門にセルバンテスが残ると口にした時からヨハンにも分かっていた。サーヴァントたちを引き連れた軍勢を相手に魔術師でもないものが戦いを挑めばこうなることは目に見えている。それでも、セルバンテスには譲れない意地があった。

 

(俺だって同じだ。もしも、リゼを守るために自分の命が必要になったらどんなに止められたって、絶対にリゼを守るために戦う)

 

 同じ守る者を持つ身として立派であったと思う。だからこそ今度は自分たちがそれを引き継がなければならないのだ。

 

「リゼ、君は数日後に加冠の儀を控えている。まずはそちらに集中するべきだ。星灰狼たちが動く。連中が本気になれば、アイツらを倒すのは造作もないはずだ。君が気に掛けるべきことじゃない」

「そう、だけど……」

 

「確かに、彼らをうまく使えば、君の願いを叶えるために有利に働いたかもしれないが、それでこのルプス・コローナが災禍に晒されるのは君だって望まないだろう?

 彼らは速やかに倒されるべきだ」

 

 そこに自分自身の私情が入り込んでいるのを自覚したうえでヨハンはそう告げる。どうしたって聖杯戦争は七星側の勝利に終わる。であればリゼが無駄に闘う必要はない。戦った結果として、グロリアス・カストルムのように血迷った行動をされてしまうことがヨハンからすれば一番困ってしまうのだから。

 

(確かにヨハン君の言っていることは正しい、間違っていないことは分かっている。でも、私は本当にそれでいいのだろうか? また私は状況に流されているだけになっているんじゃないか……)

 

 内心でそう思いながらも大きな流れを変えることはできない。皇女として必要な儀式が待っている以上、リゼが大きな行動をとることはできない。またしても、自分の知らないところで状況が動いてしまいそうな感覚に苦い思いを浮かべるが、それを覆す方法をリゼは持ち合わせていない。

 

・・・

 

「ジュベ殿は残念でしたな」

「だが、連中はジュベを破るという証を立てた。認めざるを得まい、鎧袖一触で以前は蹂躙したが、彼奴らは余が侵略し、蹂躙するに相応しき敵であることを」

 

 正門陥落が最初に伝えられた星灰狼は自分たちの手駒の一つであるジュベの敗北を聞きながらも、冷静な様子を保っていた。確かにジュベはライダーへの忠誠心も強く、かつて七星桜雅と桜華の兄妹も世話になった大恩ある人物である。

 

 だが、あくまでも今はサーヴァントの身、ライダーの宝具として召喚された以上、聖杯戦争が終われば改めて再会することもできるであろうし、これはどだい戦争だ。仲間1人1人の死に一喜一憂している場合ではない。

 

 灰狼からすれば、複数サーヴァントを従えた軍勢を少数の人造七星とサーヴァント一騎で足止めするほどの戦果を挙げた時点でジュベは称賛に値するほどの活躍を為したと言えるほどだと考えている。

 

 シニカルに、冷酷に、聖杯戦争を勝ち抜く魔術師としての顔を覗かせながら灰狼は未だ自分の掌を抜け出すことができない者たちの奮闘を心から歓迎する。一歩ずつ、一歩ずつ、確かに流れは灰狼側に傾いてきている。

 

「敵であることは認めよう。血沸き肉躍る戦いを彩ってくれるだろう。だがしかし、それはそれとして、我が配下であるジュベを討ち取ったことの礼を、いいや、報いを与えてやらねばなるまい」

「………、出撃なされるおつもりですか」

 

「不満か、灰狼。余は聖杯戦争を実行する。お前がそれを拒否する理由は何処にもないと思うが? それとも、腹の中に収めている思惑として困るのか?」

「ご冗談を。私はあくまでも王の臣下です。王の邪魔をするつもりなど毛頭ありませぬ」

 

 少しばかり予想外ではあった。ジュベが討ち取られる可能性は十二分に理解をしていたはずだ、もしも、本気で敵を潰したいと考えているのならば、それこそ四駿を全て動員することも出来たというのに、ライダーはあえてしなかった。

 

 その上でジュベを討ち取られたことへの報復をするという発想、まともに考えれば矛盾していると考えるのが当たり前ではあるが、モンゴル民族の硬い絆で結ばれてきたライダーとその配下たちには合理性など消し飛ばした先の絆というものがあるのだろう。

 

(勿論、私の中の桜雅は侵略王の願いを叶えることを望んでいる。それを違えるつもりはない。ただ、灰狼には灰狼の願いがある。アベルと彼女の覚醒を促す意味でも、侵略王の出陣に対してうまく立ち回らなければな)

 

 ライダーが出陣を口にした以上、その思惑を翻すことは難しい。であれば、そこから身を取るほかない。

 

「ジェルメに管理をさせている例の実験体も出撃させることのお許しを戴きたい」

「任せる。あれはお前の管轄だ。ジェルメには奴の扱いを含めてお前の好きにさせるように伝えてある」

 

「ありがたきお言葉、では、出陣の準備をさせていただきます。今、しばらくのお時間を」

 

 そう口にして、灰狼はライダーの下を離れ、王宮の別室へと足を運ぶ。扉を開けば、まるで獣のように灰狼を睨みつける四肢を拘束された少年の姿があった。

 

「貴様ァァァァ」

「喜べ実験体402号、お前に仇を討たせてやる。お前から彼女を奪った男が許せないだろう?」

 

「お前も、お前も……、ぎぃああああああああ」

「逆らうな、お前は私に生かされている。私の為に働け。私の為に命を捧げろ。それだけがお前が今も生かされている理由なのだから」

 

 拘束が無ければ今にも灰狼に飛びかかりそうな少年の様子を見ながら灰狼は冷酷に笑う。お前に自由などない。それが灰狼の結論であり、彼が決して自由にならない理由なのだ。

 

――王都ルプス・コローナ・スラム街――

「なんだ、あいつらは?」

「わからん、昨日からは言ってきたよそ者だ。近づくなよ、反体制派の連中が既にノサれたらしい」

 

「おいおい、今の反対派だって数年前とほとんど変わらないくらいに勢力を盛り返しているはずだろ? その連中を倒したってのか、あの連中が……?」

「いいじゃないか、上手く使えば、王族共に一泡吹かせてやれるかもしれない。まもなくあのイケすかない皇女が国王の冠を受け継ぐって言うじゃねぇか。上手くいきゃぁ」

 

「ああ、あの皇女様を俺らの好きに出来るかもしれねぇ」

「裏切り者のヨハンの目の前でな、へへ」

 

 王都ルプス・コローナ、セプテムの中でもっとも繁栄した都市、その都市は王都と呼ばれるだけあって、セプテムという国の中でもっとも繁栄している都市であると言えよう。しかし、どんな都市にも、暗部は存在する。栄光とは切り離された場所、発展を享受するためにあえて存在する必要悪、それこそがこのスラム街、ルプス・コローナの中でドロップアウトした者たちが住まう、あるいは生きていけないような輩が集う場所である。

 

 スラムの中は常に喧騒に包まれている。此処にいる者たちの多くは自分たちがこのような場所にいる理由が分からないと思っている者たちばかりだ。

 

いつか這いあがる、王族を恨みに思っている。世界そのものを壊したいと思っている。それぞれの主張は様々ではあるが、彼らは皆、現状に不満を持ち、たびたび、セプテムの王族たちはこのスラムの浄化作戦を行ってきた。数年前にリーゼリット皇女による第二次スラム鎮圧作戦によって、一度は鳴りを潜めた反抗勢力は再びその勢いを取り戻しつつあったのだ。

 

 何せ、数日後にはリゼが正式に国王としての戴冠をする。それは祝福されて然るべきであるが、彼らにとっては全く別の意味を持っている。国王就任を機に三回目のスラム討伐が行われる可能性だ。

 

 リゼを良く知る者であれば、むやみやたらな浄化作戦が行われる可能性が低いことを理解できるかもしれないが、彼らは皇族への恨みを募らせている。たとえ、リゼが否定をしたとしても穿った反応をするのは目に見えていると言えるだろう。

 

 そんなスラムの中に、正門を突破したレイジたち一同は入り込んでいた。本来であればそのまま王宮へと突撃するのが最も手っ取り早いだろうが、おそらく既に正門が突破されたことは王宮に伝わっている。厳重警備体制の中で七星側の全員と戦うようなことになれば、命が幾つあっても足りない。

 

 数日に開かれるリゼの加冠の儀が行われた時こそが、警備が厳重なように見えて、最も動きやすいタイミングであると言える。それまでは出来る限り息を潜めるつもりでいるが……、

 

「はヵ、しょうもな。あんな連中と一緒にされてると思うと、いますぐここ飛びだしたくなるわ」

「朔ちゃんも口の悪さは変わんなくない★?」

 

「はー? うちのツッコミは上品かつキレがあるって定評なんやぞ!」

「それ、神祇省の忖度込の評判なんじゃないの~?」

 

「腐れシスターにはウチの素晴らしさがわからんみたいやな~」

「朔ちゃん、上品さもキレもなにもないよー」

 

 などと軽口を叩きあっているが、実際の所、目の前の光景は彼女たちにとってもあまり気持ちのいいものではない。彼らスラムの人間たちの総てが悪逆の心を持っているわけではない。むしろ、そうならざるを得なかった者たちなのだろう。

 

 ここはまさしく王都の闇、絢爛豪華な王都の横に吐き捨てられた汚濁だ。

 

「酷い色だね、みんな、にごりきっている。最初からそんな色はしていなかったんだと思うよ。元々はもっと綺麗な色をした心だったのに、この土地の中にいることで淀み切ってしまっている」

 

 人の感情を色で見極めることができるルシアはこのスラムの中にいる人々の心の穢れを見抜く。ただ、生まれついての穢れというわけではなく、ここに流れ着いた、あるいはここに来たきっかけによって汚れてしまったのではないかと付け足した上でである。

 

「私達は此処までセプテムの街をいくつか見てきた。オカルティクス・ベリタスのように誰もいなくなってしまった街はまだしも、セレニウム・シルバもグロリアス・カストルムもとても活気があった。この国そのものが陰惨な空気を吸っているわけじゃきっとないと思う。でも、だからこそ不思議なんだよね。どうしてこのスラムをそのままにしているんだろうって」

 

「ま、こんなもんを王都の中に残しておいてもいいことないわな。話しを聞いている感じ、このスラムの中で何度か反乱も起こっているみたいやし、敢えてここをそのまま残しておくってのも意味わからんわな」

 

 目の上でのたんこぶであるスラムは本来放置するのではなく、総てを解体してしまうような判断を下せば、問題が解決できる可能性は非常に高い。エトワール王朝はあえてそれをしようとしていないようにうかがえる。

 

 わざとスラムを放置して、王国の民たちに優越感を抱かせる政策を取っているのであればまだ納得が出来るが、このスラムの人間たちを見る限り、彼らの怒りの矛先はむしろ王族だ。自分たちの生活が良くならないのは意図的にスラムを冷遇している王族にあると考えるのであれば分断政策をしている意味も薄い。

 

「ま、そこらの事情をウチらが考察しても仕方ないんやよ。ウチらは国家転覆を狙っておるわけでもなし、余計な事情に首突っ込むんはクソガキ一人の事情で十分や」

 

「ですね、朔姫殿の考えでよろしいと思います。私達は聖杯戦争を戦っております。それは魔術師同士の争いであり、国家間の争いではありません。わざわざ火種を生み出すようなことをする必要もないと思います」

 

 朔姫の言葉にアステロパイオスも追従する。かつて国家間戦争に駆り出された彼女であるからこそ分かる空気というものもある。レイジを含めてここに集っている者たちは国家を相手取って戦うということができる様子はない。

 

 それができるのは策謀に長けた朔姫か、あるいは圧倒的な力を持っているロイだけだ。他はどれだけの特殊な力を持っていたとしても、数の理屈で磨り潰されるのが関の山だろう。相手取っているのはセプテム国そのものではなく、敵対している七星の血族たち。そこをはき違えないように戦っていくほかないのだ。

 

(あるいはこんな掃き溜めをあえて作っておく意味でもあるんかってことやけどな。ま、七星なんて胡散臭い連中や。闇の深いことの一つや二つしておったとしても不思議やない。そもそも、王族相手にまともな戦が出来るなんて、スラムの連中ってのはたいそうな奴がおるんやな、ま、知らんけど)

 

 鼻につく事実ではあるが、朔姫はそれ以上追及すること早めた。抱え込んだところで碌なことにならないのは分かっている。

 

「ま、私らは別にいいけどさ、レイジとかターニャにとってはこの環境決していいものではないよね」

「あの復讐クソガキマンは別にええやろ。ターニャはまぁ、そうやな。ここの連中に感化されて悪い影響を覚えるんは困るわな」

 

「そういう意味でも本当は別に拠点を手に入れたいところだよね。いつまでこの王都にいることになるかもわからないけど」

「聖杯戦争に勝ち残るには結局の所、他の陣営を倒すしかない。七星側も時間をかけてくることはないように思えますが……」

 

 1カ月も2か月も滞在するようなことはないだろうとは全員が思っている。早ければ数日、長くても数週間の間に総てに決着はつく。その時に果たしてどれだけの仲間が残っているのかは知れない。ここまでは七星側も威力偵察的な面が多かった。しかし、王都という彼らにとっても本拠地といえる場所にまで突入した以上、ここからは彼らの攻撃もより激しさを増すであろうことは容易に想像できる。

 

 誰もが無事に最後まで切り抜けることができるなんてことはきっと夢物語だ。それは過酷な結末よりも皆で幸せを掴むことができることを望む桜子であっても、難しいと思わずにはいられないことなのだ。

 

「………」

「ロイ、どうしたの?」

 

「いや、何か気配を感じると思ってね。誰かから見られているような」

「まぁ、周りからは確かに色者扱いで見られているような感じはするけれど」

 

「確かにそれはそうなんだが、そういう感じじゃなくて、もっと高い所から―――」

「あっ痛ぁぁぁぁ!」

 

 ロイが何かの視線に勘付くような反応を浮かべていると、のしのしとスラムの中を歩いていた朔姫に対して何かがぶつかる。どうやらそれは投げつけられた石のようであった。

 

「よそ者は出て行けぇぇぇ!!」

「ちょ、待―――痛ぁぁぁ、おらぁぁぁぁ、このクソガキ共、お前ら、誰に向かって石投げとんじゃ、国際問題にすんぞぉぉぉぉ!! あぁん!?」

 

「ちょ、朔ちゃん抑えて抑えて!!」

「離せ桜子ぉぉ、こりゃ立派な国際問題や!!」

 

「ちょっとあんたたち、尻もしない相手にいきなり石なんて投げつけちゃダメでしょ!!」

「うるさい、お前ら余所者どもだろ! 何をしにきやがった!」

 

「また俺達から居場所を奪うために来たんだ!」

「どうせ、お前らも王国の回し者なんだろ!」

 

 石を投げつけた少年の下にわらわらと同じくらいの年齢の少年たちが姿を見せる。彼らは一目見るだけでもみずぼらしい姿をしており、子供たちがまっとうな成長を促すことができるような場所ではないことは明らかであった。

 

「あー、私達は王国側の人間じゃないよ。そうだねぇ、旅の者って感じ。だから、あんたたちを傷つけようとかそういう気持ちはないんだよ」

 

「嘘をつけ、ここに来る連中はみんな、そういうんだ」

「俺は前に王国の連中に家を壊された。やめてくれって言ったのに、聞いてくれなくて、あいつらは信用できない。あんたたちだって、同じことをしないってどうやったら保証できるんだよ!」

 

 少年たちの心には強い猜疑心が渦巻いている。その根幹に存在しているのは、どうしようもなく拭うことのできない王国への不信感なのであろう。

 

「知るか、お前たちみたいなよそ者の言うことなんて聞かない!」

「そうさ、余所者はいつも俺たちのことをないがしろにする。お前らが七星と関係なくたって、何かしてくれるわけじゃない」

「俺たちのことに文句をつけるのなら、俺たちの生活をもっとよくしてみろよ。スラムの人間たちの生活をよくしろよ、できないんだろ!」

 

「あのねぇ、あんたたち……」

 

 朔姫がけんかを吹っ掛けそうであったこともあり、仲裁に入ったルシアであるが、そんなルシアに対しても、彼らはまさしく牙を突き立てるように声を上げる。彼らの感情の色は疑心暗鬼だ。手を差し伸べてくれる大人に何度も何度も騙されて、このスラムの中で必死に生きている彼らにとって通り一辺倒の道徳などを語ったところで何の影響も与えない。

 

 むしろ、より頑なな態度を呼び起こすだけかもしれない。王国の暗部、臭い物に蓋をするようにして閉ざされたこのスラムの中で人を信じるだけの心を向けるには誰かの暖かな言葉と行動が必要なのだろう。

 

 けれど、本来、それを成し遂げるべき王族たちに牙をむけられている彼らはどのようにして救われればいいのか。難しい問題だ。彼らもこの国の人間ではないルシアたちも知らないが、当然、王族側も手をこまねいているわけではなく、救済のための手立ては向けている。スラムへの援助は国家としても一つの課題ではあるが、あくまでも課題の一つでしかない。本気で取り組んでいないことに人々の心は動かされない。

 

ここに来るまでに向けられた人々の視線にすべての答えがある。まさしくここは掃きだめだ。掃きだめに捨てられた者たちに手を差し伸べるには、この場を訪れた彼らは、綺麗な世界で生きすぎている。

 

 どれだけ逆立ちしても神祇省の姫である朔姫や現代日本で普通の学生として生きてきた桜子、名家であるエーデルフェルトに生まれてきたロイには、彼らの痛みを分かち合うことは難しいだろう。

 

「―――お前たちの痛みに上げる声は正しい。だが、自分たちの不満を違う誰かにぶつけるのはやめろ。それはお前たちと同じお前たちを作るだけのことになる」

 

 そんな折である、疑心暗鬼の目に駆られていた少年たちにレイジが声を掛けたのは

有無を言わさない言葉、同時に彼らにとってはどうしてか反論をしづらい空気を醸し出しながらレイジは諭すように告げる。

 

「お前たちが誰も信じたくない、信じられない気持ちは理解できる。お前たちは見捨てられ、泥をすするような生活を送って、その生活に誰も手を差し伸べてくれない。怒って当然だ、声を上げて当然だ。だが、見境なく声を上げるのは違う。お前たちが本当に怒りの声を上げなければならないのはこの国の王族やその体制だろ?」

 

「そんなこと言ったって、誰も何もしてくれなかったんだ。助けてって声を上げたところで、どいつもこいつも綺麗ごとを言うだけだ」

 

「当たり前だ、それが世界だ。いつだって、この世界が助けてくれるのは一握りの人間だけだ。それ以外の人間はどれだけ声を上げても嘆いても、誰も手を差し伸べてなんてくれない。

 この世界は不平等だ。誰に対しても優しくなんてない。だからこそ、勝ち取るために行動しなくちゃいけないんだ」

 

 レイジは茶化すこともなく、彼らを子ども扱いするわけでもなく、腰を下げて、彼らの目線に立って彼らにアドバイスを送る。レイジの言葉だって彼らにとってはどうしようもなく耳煩わしい言葉だろう。

 

結局のところは不満のはけ口が欲しいだけなのだ。自分の境遇を呪って、こんな世界が間違っていると声を上げることが自分たちにとって、もっとも楽な憂さ晴らしであると彼らは知っている。

 

 だから、本当は答えなど求めていないのかもしれない。どんな言葉を並べたてられたところで耳障りなだけの不必要な言葉なのかもしれない。そうして必死に諭そうとしている大人たちを嘲ることこそが彼らの目的であるかもしれないというのに、レイジは真摯に現状を変えるために行動しろと告げる。

 

「世界を呪っているだけじゃ何も変わらない。変わるには、変えるには行動しなければ変わらない。勝ち取りたいものがあるのなら、それを勝ち取るために何するべきなのかを考えろ。それがお前たちを進ませる原動力になる」

「でも、そんなことをしたって、本当に叶うかどうかなんてわからないじゃないか」

 

「ああ、そうだ、わからない。だが、進み続ければ何かが変わる。それは世界かもしれない、あるいは自分かもしれない。あるいは自分にとっては何の意味もなかったとしても、誰かにとって意味のある行動だったかもしれない」

「そんなの無責任だ!」

 

「当然だ、いつだって自分の人生に責任を持てるのは自分だけだ。だからこそ、許せないと思うのなら自分の人生を他人の好きにさせるな。俺から言えることはただそれだけだ」

 

 決して怯むことなく彼らを諭したレイジに、途中ではレイジを非難する言葉を向けていた彼らも互いに互いを見合わせて、レイジに対して何といえばいいのかわからない様子だった。

 

 彼らとさして年齢は変わらないはずのレイジにそこまで言われてしまって、彼らが全く反論をしないというのも不思議な話かもしれないが、復讐のために自分のすべてを費やしているレイジの言葉には、余人が語る以上の熱が含まれているのかもしれない。その熱を前にして、半人前の覚悟しかないものであれば、二の句を継ぐのが難しくなるのも致し方ないことではあるだろう。

 

「俺の言葉を聞いて、お前たちがどうするのかはお前らの勝手だ。好きにすればいい」

 

 結局最後に選ぶのは自分だ。レイジがどれだけ自分の信念に基づいて戦っても最後に得ることができるものがあるかどうかわからないのと同じように、彼らもまた自分の意志で叶うかどうかもわからない問いかけに進んでいくしかない。

 

 それが選び、進むということ。血塗られた運命でもそれを良しとして進み続けるレイジだからこそ言えたことなのかもしれない。

 

「すごいね、レイジは。あの子たちにもきっと届いたよ」

 

 子供たちから離れ、速足でその場を離れていこうとするレイジにターニャが声をかける。レイジの根幹に存在しているのが優しさであることをターニャは理解している。優しすぎるからこそ、レイジはかつてのことを忘れることができない。自分たちの平和を踏みにじった七星たちの横暴を許すことができないのだ。

 

「別に届いてほしくて言ったわけじゃない。ただ、俺だってあんなふうになっていたかもしれない。俺は自分の人生を肯定するつもりはないけれど、ただ吠えてばかりの負け犬のような生き方をする姿を見るのが嫌だっただけさ」

 

「その気持ちはレイジだからこそ抱けるものなんだと思うよ。レイジが一生懸命頑張っているから、レイジの気持ちが伝わっているから、みんなも頑張れるの。それはもちろん、私だって同じ」

 

「ターニャが頑張る必要はない」

「私からすればレイジが頑張る必要だってないよ。それでもレイジは頑張る。だから、私も頑張る。私にだってあの七星っていう力があるのなら、レイジの隣で一緒に戦いたいって思うよ……!」

「それは……」

 

「悲しい過去を振り払いたいと思っているのはレイジだけじゃないよ。私も。だから、レイジ、もっと頼って。レイジがいるからこそ、私は自分の中の力を使えるの。レイジがいなかったら、きっと私、この自分の中にあるよくわからない力が怖くて、きっと何もできなかったと思うから」

 

 レイジはターニャが力を使うことを望まない。けれど、彼女の体の中に七星の力が宿っていることもまた事実なのだ。彼女を兵器のように扱おうと思う気持ちは一遍もない。

 

 けれど、自分の中に存在する力と向き合って共存していこうとする気持ちをないがしろにすることもまたいかがなものかとは思う。

 

(もちろん、ターニャが戦うことを認めることはしたくない。でも、これから先、戦いはより激化していく。その時に、ターニャが自分自身を守ることができるかどうかは大きく状況を変わらせる要素になりえる……)

 

 七星たちは狡猾だ、ルチアーノの時のようにターニャというウィークポイントを突いた戦い方をしてくる可能性は十二分に考えられる。そうなったときにターニャがわずかでも七星の力を使いこなすことができれば、届かない手を届かせることができるきっかけにんるかもしれない。

 

「俺は……、ターニャに戦ってほしくはないと思う。ターニャは本当はあの村で平和に生きていることが正しいことだって今でも思っているから」

「レイジ……」

 

「だけど、ターニャが自分で自分の道を切り開こうとする気持ちを否定もしたくない。ここから先も俺たちが一緒にいる中で、ターニャが自分自身の力と向き合っていくことは必要なこと、なのかもしれない……」

 

 認めたくはないけれどと、最後に付け足しながら、レイジは少しばかりだけ、自分の考えを修正する言葉を口にする。

 

「レイジ……!」

「だからって、ターニャに頼るようなことはしない。お前を守ることも俺の果たすべき役割だから」

 

 ターニャが嬉し気に笑う表情に、レイジは逆に照れ隠しをするように早々に話を切り上げていく。レイジにとっては決して望ましい決断ではないが、理想だけを語っていても、願いを叶えることができないことを知っている。

 

 仲睦まじく自分たちの未来を夢見る少年と少女、その果てに何が待っているとしても、きっと二人であれば、乗り越えていけるだろうと信じている二人。

 

『かくしてすべては予定調和のままに、やはりこの世界にはいまなお救世が必要であるということか』

 

 彼ら二人の未来を暗示するかのような言葉をつぶやいた。

 

 そうした面々の様子とは裏腹に、エドワードはどこか天を見上げるように他削がれているような様子であった。この場で誰よりもこうした場所に縁があるのはエドワードだ。何度も何度も傭兵として戦いに参加して、そのたびに生き残ってきた。多くの仲間が命を落とす戦場の中は極限状態、このスラムですらも可愛いものであるとさえ思える。

 

 このスラムは住む場所が存在する。明日に突然弾丸が飛んでくるようなこともない。そう考えれば、充分にマシな場所である。

 

 ただ、ここには死の匂いが漂っている。身近な死を誰もが感じ取っている場所であるとも取れるその臭いは、否応なくエドワードにかつての戦場を想起させた。

 

「そんなものを感じ取るようになるようでは、いよいよ俺もヤキが回って来たか」

 

 などと自嘲げに言葉を漏らすのだが、そう言って、いつもいつも生き残ってきたのがエドワードである。これまでの戦場も、そして此度の聖杯戦争も結局のところは此処まで生き延びてきた。

 

(だが、果たしてここからはどうだろうか……魔弾はあと2発か)

 

 自分のサーヴァントであったアーチャー:カスパールより託された銃弾、既に2発は使っており、あと2発の内、1発は発射をすればどのようなことが引き起こされるかもわからない。

 

 そう考えれば実質的にはあと一発ということになる。それをどこで使うのか、どのような使い方をするべきなのか、エドワードにも答えは出ないし、本当に最後の一発が魔弾としての意味を成すのかもわからない。

 

(魔弾の射手の逸話は最後の魔弾は標的を狙う事無く、自身の身体を貫いたという。俺に与えられたこの分不相応な力、もしも、これが本当の意味で魔弾であるというのならば、遠からず、今度こそは俺の足を死神が掴むことになるだろう)

 

 死の匂いを身近に感じるからこそ、過る者がある。死相とでもいえばいいだろうか。これまで生き残って来たからこそ、今回の経路の違いを感じ取ってしまう。

 

(今更、自分だけが死ぬことを怖れるような気持ちはない。俺が怖れているとすれば、それは……)

 

 チラリと仲間たちを見る。顔を合わせて、まだ1月も経たない者たち、視線を潜り抜けてきたとはいえ、仲間意識が芽生えるほどに付き合ってきたのかといわれれば、怪しい所ではあるが、

 

(俺を残してこいつらがいなくなることの方が恐ろしい。ああ、そうだ、結局、俺はまた取り残されることを怖れているんだろう)

 

 何度も何度も経験してきた死神のような自分の在り方、それを今度もまた自分は起こしてしまうのではないか。それだけがエドワード・ハミルトンにとっての怖れであった。

 

『くっく、さてさておるわおるわ。飛んで火にいる夏の虫とはまさにこのこと。王都に入りながら気を伺っておるのかもしれんが、この都市の総ては妾の掌の上、お前たちが逃れる術などありはせぬ』

 

 そんな彼らの動向を見守り続ける者がいる。水晶玉に映された彼らの行動を眺めながら、序列第2位カシム・ナジェムのサーヴァントであるキャスターはほくそ笑む。

 

『侵略王には悪いが、一番槍は妾が戴くぞ? なぁに、妾の遊びも耐えられぬような脆弱さでは、どちらにしても、侵略王の楽しみとはならんじゃろうて』

 

 いまだその全容すらも明かされない、七星陣営側のキャスターはその笑みを深くし、まもなく来たる決戦の時の訪れを感じさせるのであった。

 

 

第10話「ラズライト」――――了

 

次回―――第11話「Colors of the Heart」

 




次回は5月31日予定です、いよいよ中盤も山場に突入です!

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第11話「Colors of the Heart」①

 誰に言われるまでもなく、自分が生き汚い存在であることは自覚していた。生まれた時にはそれなりに祝福されていたと思う。だが、不幸な事故で家族を失った。

 

 人倫のない魔術師の手によって、家族は犠牲になり、子供であった俺には対抗するための手段は何一つとして残されていなかった。レイジのように復讐をしようという気持ちは湧かなかった。まだ物心がついたくらいの頃のことである。

 

 自分に不幸な運命を押し付けた相手を殺す事よりも、その日を生き残ることの方がよほど重要で、自分がどのような立場に立たされているのかも実際の所は言うほど理解していなかったように思う。

 

 俺の人生の悪運の始まりはその時からであった。俺は運よく聖堂教会の代行者に拾われ、聖堂教会で育つことになった。洗礼を受け、みなしごとして育てられる傍ら、代行者になるための修業を始めた。俺を拾ってくれた親同然の相手には復讐の為に戦うのかと聞かれたが、自分でも答えは良く分からなかった。

 

 ただ漠然と、こんな場所にいるのだから、少しは役に立つことをしないといけない、そんな風に思って行動するようになっていた。

 

 実際の所、仇のことなんて碌に知りもしないし、もしかしたら、俺が知らないところで勝手に野垂れ死んでいるかもしれない。そんな風に思ったことで、自分の中の復讐心というものは急速に冷めていった。自分の人生を生きようとおもったものだ。

 

 もしかしたら、そんな考えこそが罰当たりであったのかもしれない。聖堂教会の代行者として職務を果たす中で、俺は仲間たちとともにある高名な魔術師を狩るための戦いに向かった。人倫を理解できず、やみくもに人の命を弄ぶ存在は滅ぼさなければならない、神の名の下に。そうした思想で俺達は戦いに出向いた。死ぬかもしれないことは常に承知の上だった。

 

 拾った命なのだから、少しは世の中のために費やしたい。ロスタイムを生きているようなモノなのだから、生に執着する必要などないと考えていたのかもしれないが、まるで運命に嘲笑われるように、仲間たちは俺一人を残して全滅した。

 

 魔術師の討伐そのものは成功したが、その過程で仲間が全滅するという憂き目に俺は気持ちが晴れることはなかった。

 

 その気持ちを晴らすために再び代行者として戦いに臨んで、同じように魔術師を討伐する戦いの中で、再び、俺を残して仲間たちは全滅した。

 

 二度あることは三度あるとはよくいったもので、俺は聖堂教会の中でも「死神」と呼ばれて、忌み嫌われるようになった。曰く奴と同じチームになれば死は免れない。アイツは呪われている。家族もアイツを残して全員死んだと。

 

 ああ、まったくもって事実無根、侮辱もいいところではあるが、事実でもあった。客観的に見れば彼らの口にしていることは正しい、悲しいくらいに正しいことなのだ。

 

 自分自身でその汚名を返上しようと思う気持ちもあったが、最終的には俺は聖堂教会を去ることにした。居心地の良さは無かったし、何より俺を拾ってくれた恩ある相手を巻き込みたくなかった。俺のせいで言われのない言葉をぶつけられるのも、俺の呪いじみた人生に付き合わせたくもなかった。そのような考えで聖堂教会を離れることを決断してしまう時点で、俺はある程度自分のジンクスを認めてしまっていたのかもしれない。

 

 そして、俺は傭兵家業を始めた。表立った戦争に傭兵は必要とされなくなったが、裏社会の中ではいまだに戦力を求める者たちがいる。その戦力がある程度の魔術師に精通した者であれば、何処でも必要とされる。

 

 俺は手当たり次第に傭兵を求めている相手とコンタクトを取り、指定された戦場へと出向いていった。そして、その場所でも同じように戦いに赴いていった連中が死んでいき、俺だけが生き残るという経験を続けていく。

 

 戦場を求めて何度も何度も戦いの中に身を捧げてきたのは、今にして思えば、自分の死に場所を探していたのかもしれない。自分で死ぬほどの勇気があるわけでもなく、余生を過ごすと達観できるほどには人間らしい感性を捨てきることが出来なかったらしい。

 

 結果的に、俺はここまで幾度となく生き残ってきた。常に仲間たちの屍を踏み越えて、当たり前のように生還してきた。かつて俺のことを聖堂教会の連中は死神と呼んだが、ここまでくればあながち間違いではないのだと思う。

 

 俺は常に誰かを犠牲にして生き残ることを宿命づけられた者なのだと、半ば自分なりに納得をするほかなかったのだ。

 

 きっと、この聖杯戦争にも死に場所を求めるような形で俺は参戦している。本当であれば、セレニウム・シルバの戦いでタズミやジャスティンと同じように俺も命を落としていて然るべきだった。しかし、生き残った。自分のサーヴァントであるアーチャーが身を挺して守ってくれた。

 

 守る意味などないと誰よりも自分自身が思っているような男の命を救うために自らの願いを捨てるようなことをするべきではなかったと思う。思うが、託されたものも大きすぎて、どうにも、それを完全に否定することは難しい。

 

 アーチャー:カスパールは魔弾の射手と呼ばれた。魔弾の数は七発、どんな相手に撃ったとしても、必ずその弾丸が直撃するという呪いが与えられている。しかし、最後の一発、七発目の弾丸だけは自らの手で命中させなければならず、もしも外した時にはその対象者の命を奪うことになるのだという。

 

 ああ、まったくもって悪辣な呪いもあったものだと思う。これではまるで、七発目を外すことが出来れば自分はようやくこの呪いから解放されるのではないかと思えと言われているようではないか。

 

 タズミの口車に乗ったのは死に場所を得る為だった。タズミ・イチカラーという男には死相が見えている。裏の世界を知っている者からすれば、彼が七星に挑戦をしようとすること自体が如何に命知らずであり、自分の実力を理解せずの行動であるのかは言わずとも理解が出来たことだ。

 

 ジャスティンを始めとした他の連中だって、タズミを勝たせたくて戦いを選んだ連中なんて一人もいない。誰もが自分の願いを叶えるためにタズミを利用したに過ぎないことは俺も十分よく理解している。

 

 だからこそ、俺はこの魔弾を使い続けることに何ら恐れがないのかもしれない。どれだけ銃弾を使っても、最後の弾丸を外すことが無ければ生き残るし、外したとしても消えることができる。であれば、何ら怖れることはない。最初から死にたがりには相応しい魔弾であると言えよう。

 

『おやおや、それはあまりにも都合のいい考え方ではないカナ、君は実に魔弾の本質という者を理解していない』

 

 誰だ? ここは自分の記憶の中、或いは精神世界とでも形容すればいいはずの場所である。そこに何者かが、我がもの顔で首を突っ込んでくる。

 

『気付いてもらえなかったのカイ? それは悲しいナ。私は君とずっと一緒にいたのニ』

 

 まさか、魔弾か?

 

『そうとモ、魔弾サ、あるいは悪魔ザミエルと言った方が聞こえがいいカナ? どちらでもイイ、ただネ、君はこの魔弾の呪いをはき違えてイル 外さなければイイとかそんなものじゃナイ。魔弾はね、必ずその代償を求めるノサ』

 

 代償だと? それならばとっくに理解している。それこそが外した時に命を失うというものだろう。

 

『違うヨ、それでは説明が足りなイ、魔弾が紡ぐ代償はこの悪魔ザミエルが消えるンダ、死にたがりの人間の最後の一発が外れて、そいつが死ぬなんて、そんな都合のいい結末を許すはずがないだロウ。カスパールはそんな君の為に銃弾を認めたのかもしれないが、ザミエルはそんな結末は許さナイ。魔弾を使ったのだカラ、代償は支払って貰ウよ。もしも、外した時には君の仲間たちの命を戴こう』

 

 おい、待て、何を勝手に決めている。そもそも、魔弾を使うようになったのは俺とアーチャーの関係から始まったことだ。そこに仲間たちを巻き込む意味が分からない、そんな理屈を認めることができるわけがない。

 

『必ず当たる弾丸、そんな都合のいいものはこの世界には存在しナイ。我々悪魔は代償とセットだからこそ、そうした力を与える。君の傍にいる彼、星屑の復讐鬼がいずれ代償を支払う時が来るのと同じように、ネ』

 

 何故、そこでレイジが出てくる。あいつはもう十分に苦しんでいるだろう。どれだけの後悔と罪過を重ねて、今を生きていると思っている?

 

『ああ、そう? そうは見えないネ、そう見えているのは君たちが彼の本質を理解していないカラさ。彼はいずれ、その代償を支払うことにナル、誰よりも残酷に、誰よりも悍ましい真実を知ることにナル、むしろ、知らない方が幸せなのかもしれナイネ』

 

 悪魔ザミエルはレイジについて何かを知っているのか、その本質が違うと言っても、何を指示しているのかは全く分からない。

 

『彼の話しは時期尚早サ、誰も彼を救うことなんてできないんだから、気にしなくてイイヨ、彼には決められた破滅しか残されていないんダカラ。

それより君サ、魔弾の使い道を良く考えておくとイイヨ。君が魔弾を外そうと外すまいと、ザミエルは必ず代償を貰いに来ル、マックスが許され、カスパールがその命を落としたように。魔弾を使い続けたモノには命を対価に支払って貰ウ。君はカスパールから魔弾を託されてしまったのだからネ』

 

 恨むのなら自分のサーヴァントを恨めと悪魔ザミエルは口にする。それすらも悪魔のささやき、人間の感情の変化を愉しみたくて仕方がない。愚かしい悪魔の声に違いはないだろうと思う。

 

 ああ、分かっているとも。代償のない力など存在しないことを。だからこそ、自分の命が奪われる程度のことであれば、何の気にもかけなかった。これだけ多くの命の上に成り立っている存在が、今更自分の命など欠片も気にするべきことではないだろうと。

 

 自分の命が消えることはいい、だが、もう俺は俺の呪いによって誰かの命が失われることには耐えられない。それだけは避けなければならない。例え、何があったとしても……

 

――王都ルプス・コローナ・スラム街――

「とりあえず寝床を確保することが出来て良かったね!」

「あまり衛生的に良いとは言えませんが……」

 

「ま、そりゃ仕方ないよ。このスラムの中で衛生的に良い場所って言うのはもうもともと住んでいる連中がいる場所さ。野宿したりとかよくわからない連中の住んでいる所に泊めさせてもらうのに比べたら、この宿を手に入れることが出来ただけでも十分にマシだと思わないとね」

 

 正門を突破してスラムの中に入り、その日の夜を迎えた。正門を突破したのが前日の夜であり、王都の中を隠密術式を使って移動しながらスラムに辿り着いたのがこの日の昼、寝床を確保することができないまま、丸1日を過ごしていたこともあり、特に女性陣はどこか休める場所が欲しいと思っていたのは当然の帰結だろう。

 

 スラムの中でも、レイジたち一行は歓迎されていたわけではない。あくまでもスラムの住人たちからすれば、レイジたちは余所者だ。自分たちの領域の中へと土足で踏み込んでくるような相手を歓迎するほどの余裕は彼らにもない。

 

 とはいえ、同時に正門が突破されたという情報がスラム側にも出回り始めていた。おそらく王国側で下手人を見つけさせるために情報が出回り始めたのだろう。特にこのスラム側に情報が流されたのはこちらにレイジたち潜伏している可能性が非常に高いと見こされたからではないだろうか。

 

 その情報の真偽がどれであれ、王族側の足を引っ張ることができるのならば積極的に事を為し遂げたい。そう思うスラムの人間もいる。この10年の最中に二度にわたって行われてきたスラムの浄化作戦、それはスラムに大きな遺恨を残すことになった。

 

 いや、この10年だけではない、これまでも何度も何度もこのスラムは反体制の声を上げるたびに潰されてきたのだ。王都に存在しながらも王族を誰よりも憎み、誰よりも滅びを願っている者たち、そんな彼らが理由に関係なくレイジたちへと宿を貸したのはそうした理由があった。

 

 此処で恩を売っておけば、後々に自分たちの願いを叶えてもらえるかもしれない。他人任せな態度は決して称賛されるべきではないかもしれないが、実利を得るためには仕方がない。高潔な態度だけでは腹は膨れないし、寝る場所を得ることはできない。

 

「あの皇女様もこのスラムの中では随分と嫌われているんだねぇ。ま、二回も討伐を仕切ることになったのなら仕方がないか」

 

「話を聞いているとそれだけじゃねぇな。どうやら、前回のスラム討伐の際には皇女様に味方をした連中も何人かいたらしい。結果的にそれがスラム側の団結をほころびさせる原因になったんだとさ。スラムはあの皇女によって分断された。過激派の連中はずっとそれを繰り返していたぜ」

 

「根深い問題だな、王族側はスラムの現状を理解しながらも改善せず、スラム側も憎しみを募らせていくばかり。これではまともに建設的な意見を口に出すのもはばかられる」

「遠からず、三度目の反乱が起きても不思議ではない情勢だな」

 

 スラムの情勢を利用させてもらっている側でありながらも、一行は今のスラムの情勢が決して良い状況であるとは言えないと思う。このままいけばいずれ共倒れになる。そうなれば、結局勝つのは王族側だ。スラムの人間たちが期待をしているのはレイジたちが王族側に鉄槌を下して、エトワール朝を打倒することなのだろうが、あいにくと全員の気持ちがそこに向かうことはない。

 

 レイジが結果的に七星を殺めることになったことでそうなるかもしれない。七星としての支配が薄れれば、現状に変化が生まれるかもしれないが、それはあくまでも結果論でしかないと言えるだろう。

 

 幸いなことに宿の機能は生き残っていた。王族側もこのスラムに居住機能を残しておかなければ、真実彼らが反乱を引き起こすことは理解している。小規模な不満のはけ口を作らせることによって、このスラムでの生活に依存させ、内部からの分断を図る。

 

 卑しい発想ではあるが、為政者としては実に正しい。衛生面での問題は魔術を使うことによって、ある程度の解決を図ることができる。一行は此処までの行動の疲れを癒すために湯あみをし、食事の準備をして、夜を過ごすことにした。

 

「はぁぁ、良いお湯だった。なんだか久しぶりに身体が安らいだ気分」

「グロリアス・カストルムの夜は随分と短い感じだったもんね~、やっぱり常に緊張状態じゃ体も休まないってものよ」

 

「アホか、今もあんま変わらんやろ。風呂入っている間に襲撃されたんじゃ話にならんわ」

「まぁまぁ、そういう時の為に私やキャスターがいますので」

 

 女性陣が湯あみから戻るとテーブルの上にはささやかな料理が置かれていた。とはいっても、スラムの人間たちから恵まれたモノであるため、豪勢な料理というわけではない。

 

 食料の問題を解決する意味でも、いつまでもここにいるわけにはいかない。

 

「なんか辛気臭くなっちゃうよねぇ、スラムってなんか暗い感じがしているし」

「あ、では、明るい話などどうでしょうか。例えば、今回のことが終わったら、みなさんやりたいこととかあるかなって!」

 

 どうしても後ろ向きになりかねない空気を払しょくするために会えて、ターニャが皆に提言する。空気が読めていない発言ともいえるが、ある意味、向こう見ずなその意見が場を和ませてくれることもある。

 

「夢かぁ、なんだかこっぱずかしいこと言われちゃったねぇ。桜子はあれでしょ、国に戻ったら結婚式上げるんでしょ」

 

「あはは、面と向かって言われると恥ずかしいなぁ、七星の問題に決着がついたら、そうしようって約束していたから。私もお母さんに七星の宿命から守ってもらった。だから、私なりに出来ることをしたら、式を挙げて子供も作りたいなって」

 

「いいね、是非ともその時は俺とリーナも読んでくれ」

「えぇ、でも、それってリーナっていうか、エーデルフェルトは反対しない? 七星の女の所に祝いで向かうなんて何事か―って」

 

「リーナが当主になったんだ。いくらでも対応するさ。桜子を家にだって招きよせたんだろ、それが答えだよ、きっと、リーナだって祝福してくれる。いいじゃないか、遠坂の主人にはリーナだって挨拶したいだろうしね」

 

「そーいうの、世間では死亡フラグっていうんやで~」

「あんた、いい話に水を差さないの。そういうあんたは夢とかそういうのないの?」

 

「ん? そうやなぁ、男関係は神祇省の連中がどうせ、見つけてくるやろうし、やっぱ金やなぁ、億万長者になって豪遊! 働かなくても生きて行けるんならあとは部下でも馬車馬のように働けって指示出すだけやし、やっぱ金やろ!!」

 

「俗物の言葉だな」

「はぁぁぁぁ、これだから金の価値の分からんガキは嫌なんよ!」

 

「へっ、いいじゃねぇか。朔姫は十分大金を貰えるくらいの働きはしているさ。叶えられる夢を語っているのがお前さんらしいよ。俺の夢なんて世界平和だ。どうだ、すごいだろう? 人類みな兄弟だってな!」

 

「無理だろ」

「無理やな」

 

「うわっははははははははは、無理だからこそやりがいがあるんじゃねぇか。それに人類みな一つにだって夢物語ってわけじゃねぇよ、そういう時代だってあったんだ。だったら、もう一度、同じことが起きたって不思議じゃねぇ。俺はそういう風に思うぜ?」

 

 人類が皆一人になる、そんな世界平和の形を真剣に語るアークの言葉に復讐を誓うレイジもリアリストの朔姫も無理だろうと一言で切り捨てるが、アークはなんら怒りを向けるわけでもなく、そんなことはわからないぜと笑って見せる。

 

 その豪放磊落さこそがアークの強みといっても過言ではない。誰にとっても不可能であると思われることでも彼が口にすれば叶ってしまうのではないだろうかと思わせるだけの魅力を彼は持ち合わせているのだから。

 

「私も教会のシスターとしては世界平和~とか言えればいいんだろうけど、そこまで達観していないからな。ま、とりあえず、桜子に倣って、私も旦那探しでもしようかな~ シスター稼業もいつまでも続けていたら今季逃しちゃいそうだし」

 

「ババアが今更婚期とか言うてるわ、笑えるわ、ぷぷ、あんぎぃぃ」

「誰がババアよ、私も桜子と大して年齢変わらないわ! ま、それに、あいつが私に指輪を託してくれたのも、私に生き残ってほしいと思っているからだろうし。勝ち残らなくちゃ、ずっと逃亡生活なんかさせられるのもたまったもんじゃないしねー」

 

 ルシアにとっては聖杯戦争の脱落者である点からも本来、もう付き合う必要がないと言えばそれまでであるが、彼女も託された指輪にかけて最後まで付き合うことを決めている。何よりも、七星への復讐を誓っているレイジの行く末を気にかけているのはルシアも同じだ。1人の聖職者として、復讐という本来許されざる罪を背負って、突き進んで行こうとしている彼に出来ることを模索しているのは他の仲間たちと変わらない。

 

「私はこの戦いを終わらせて、レイジと一緒にまた暮らすの。私達の村は何もかも無くなってしまったけれど、もう一度やり直すことができるのなら、レイジと一緒にまた、どこかで一緒に過ごしたいなって。豪勢な暮らしが出来なくてもいいから、当たり前の日々をずっと当たり前に生きていければそれでいいんだ、レイジは?」

 

「俺は……、七星を全て倒す事しか今は頭にはない。それよりも先のことなんて考えられないし、その先があるのかすらも分からない。アイツらは強大だ、俺がどれだけ必死に闘っても届かないかもしれない。

 だけど、そうだな、もし、もしも、生き残ることが出来たのなら、その時は……ターニャと一緒に、またやり直すよ。こんなどうしようもない復讐の旅路の先にももう一度やり直すことができるんだって、それは誰より俺が証明しなくちゃいけないことのはずだから」

 

「うん、そうだよ、レイジだって幸せになる権利はあるんだよ。それは誰にだってあるはずだよ、どんな境遇だって幸せになっちゃいけない筈がないんだから」

 

 告げるターニャの表情には、どうか、レイジに幸せになって欲しいという思いが込められているように見えた。たった二人きりの生き残りだからこそ、自分たちは支え合っていかなければならないとターニャはレイジ以上に強く思っている。オカルティクス・ベリタスで出会ったころのあらゆるものに怯える彼女の面影はない。小さくても強い心を持った存在として彼女はそこにいる。

 

「………」

「エドワード、君はどうだ?」

 

「俺か……、俺はそうだな、出来るかどうかも分からないが、ここにいる全員で、この戦いを生き残ることが出来ればいいとそう思っているよ」

 

 そんな騒がしい喧騒の中にいながら、エドワードは一言、自分の夢を語る。それは紛れもなく彼にとっての願う夢であり、同時に彼の経歴を知る者であればうなずかずにはいられないほどの真摯な願いであった。

 

・・・

 

「随分と空が綺麗だな……、発展をしていないからこそ、逆に綺麗に映るものもあるか」

 

 談笑の後に仲間たちが寝静まった頃、エドワードは1人、宿の外に出た。スラムの端にある小高い丘、昼にスラムを見回っている時に見つけたその場所は夜に星を見上げればさぞかし綺麗に映るものだろうと思いながら、夜に訪れてみれば、とても美しい星空が見れた。こんなにも美しい星空を見るのはいつ以来だろうか。代行者となって、傭兵となって、そして聖杯戦争のマスターとして、あらゆる戦場で戦ってきたが、いつしかそんな星空の美しさに目を配ることなどしなくなってしまっていたように思う。

 

 先ほど仲間たちと未来のことなど話してしまったからだろうか、まったくもって自分には向いていない話だったというのに。

 

「未来、か……」

 

 満天の星空を見上げれば、誰にとっても、無限の未来が広がっているように見える。その雄大な自然の光景を見ていると自分たちの悩みなどあまりにもちっぽけなモノであるかのように思えてしまうのだ。

 

 もっとも、そのように考えること自体が、人間らしい感傷なのかもしれないが。

 

「何、中年が夜空を見て黄昏とんねん、お前、ちょいキャラ違いすぎやろ!」

 

「どうした、子供は寝る時間だろう?」

「はぁぁ? ガキちゃうし、立派なレディやし」

 

「寝ずの番をしているのなら、もう少し凝った言い訳をした方がいいぞ。お前は随分と周りに気を遣いすぎているからな」

「はッッ、どの口が言うておるんだか。うちも気分を紛らわすんに星空見に来ただけやよ~」

「なら、そういうことにしておこうか」

 

 エドワードは少し横にずれると、朔姫の座る場所を確保する。ごつごつとした意志の上ではあるが、地面よりは少しだけ高く、座って空を見るには絶好のロケーションだった。

 

 しばし、二人は無言で夜空を見る。少し手を伸ばせば、まるで夜空に手が届くのではないかと思えるほどに解放された世界だった。

 

「なぁ、またなんか悩んどるんか?」

「藪から棒にどうした?」

 

「さっき、夢を語る話をしとった時になんか考えておったやろ? お前、辛気臭いからな~、ウチにはわかってしまうんよ」

 

 なるほど、人には聞かせられない話だと思って、わざわざ二人きりの時間を作ったのかと、遠まわしに聞いてくる朔姫に内心笑いがこみあげてくる。もしも、それを口に出して指摘すれば必死に否定して来るであろうことが目に見えているのだから。

 

「別にいつものことだ。全員で生き残りたいと考えて、ふと、俺がいることでその夢が叶わなくなるんじゃないかと不安になっただけだ」

「お前、まだそんなこと言っとるん? ジンクスなんて本人が思っておるから、そういうことになるんや。過去は過去、んなもん笑って受け流すしかないやろ」

 

「簡単に言ってくれるな」

「同情して満足してもらいたいわけじゃないんやろ? それに関わった奴が勝手に絶望して死んでしまうんは目覚めが悪いわ。ウチがそれじゃあ気分が悪いから必死になって言うてるんや。ほれ、そう言われると気持ちも楽になるやろ?」

 

「相変わらず励ましているんだかどうなんだか、わからないことを言うな」

 

 朔姫なりに励ましているつもりなのだろう。確かに同情が欲しいわけじゃない。結局の所、エドワードは自分に対して救いを求めているわけではなく、また同じことが起こるのかが恐ろしいと思っているのだ。自分の呪いで誰かが死ぬくらいであれば、去れと言われた方が気持ちが楽だ。けれど、朔姫はそんなことは言わない。お前のためだなんてわかったふりをしたことは言わない。

 

 自分が嫌だから、縁を紡いだ相手のジンクスをぶっ壊すくらいして当然だと思っているから、絶対にエドワードの願いを叶えさせたりなどはしない。そういう精神性を持ち合わせているからこそ、八代朔姫は陰謀渦巻く神祇省の中で「姫」でいられるのだ。

 

「……夢の中でな、悪魔ザミエルに出会った」

「は? なんや、ついに幻覚まで見るようになったんか?」

 

「さて、な。もしかしたら俺の恐怖心が生み出した存在なのかもしれないが、どうにもそいつが言うには、魔弾はいずれ俺に代償を求めるらしい。カスパールの言葉を信じるのであれば、最後の魔弾の代償は自分自身であると思っていたんだがな、悪魔ザミエルは死にたがりの人間の魂など欲しくはないらしい。そうなってくると、一番分かりやすいのは身近な人間たちということになる」

 

 ポツリと将来のことを語る時に、仲間たちが生き残ってほしいと告げたのも、悪魔ザミエルとの会話が尾を引いていたからなのかもしれない。あと2発の魔弾、全く使わずにこの聖杯戦争を乗り切ることは不可能だろう。

 

 同じ代行者でもエドワードはあくまでも成り行きで代行者になっただけでさしたる才能があったわけでもない。ルシアのように異能があるわけでもない以上、魔弾を使わずに戦えば足手まといになるのは目に見えている。

 

 あと2発の弾丸をどのように上手く扱うのかは焦点になるとはいえ、無条件に切り札として多用することができるのは後一発だけだ。最後の一発は当たるかどうかは確証がなく、そして、外せば最悪の場合、仲間の命を奪いかねない。

 

「俺が原因となってお前たちの命が奪われるようなことだけは避けたい。何としてでもだ。これは俺のエゴでしかないかもしれないが、もうこれ以上、親しい誰かが自分よりも先に死んでいくのは見たくないんだ」

 

 朔姫はエドワードの吐露に余計な口を挟むことなく聞き続けた。茶化す話ではないのは分かる。これはエドワード・ハミルトンという男の魂にこびりついた拭いきることのできない魂の穢れなのだ。

 

「そう考えているとどうしても思考の迷宮に入ってしまう。自分がこれからどうするべきなのかの答えを出せずに煩悶を続けている。気付けば、こんな夜に星を見に来る始末だ。手に負えないだろう?」

「まったくや、もっと重大な話を聞かされるんかと思ってひやひやしたわ。実は七星側のスパイだったんやーとかな!」

 

 一通り話を聞き終えた朔姫は頬杖をついてつまらなさそうな表情を浮かべる。

 

「今の聞いていた話理解したのか?」

「したわ、アホ。要するにお前が魔弾をしくじったらウチらが死ぬかもしれんって話しやろ? サーヴァントから託された宝具という奇跡が顕現したもんや、代償があるんも頷けるところではある。ま、ほんとに死ぬかもしれんわな」

 

「そこまで理解できているのなら、もっと深刻に考えるべきじゃないか」

「せやかて、お前の魔弾が必要になる時は必ず来る。その時にウチらが死ぬかもしれんから、魔弾は撃つな言うて、チャンスを棒に振って命を落とすことになっても、それはお前のせいにはならんのか?」

 

「それは……」

「言ったやろ、他人のジンクスなんてくだらないもんでどうにもこうにも思わへんて。うちらはもうとっくの昔にお前のことを仲間だって認めているんや。その仲間がやると決めたことにウダウダ言うような奴なんて今更おるかっての!

 レイジの奴なんか見てみ? 仲間の負担なんて欠片も考えておらんわ。やりたいようにやるの極致やぞ、あいつ」

 

 朔姫の言う通り、レイジを比較論に出されてしまうと仲間たちへの配慮を考えていること自体が随分と生易しいものであるように感じられてしまう。

 

「必要だと思った時に使ってくれればええ。それでウチらの運命が悪くなったとしても、それはそれ、これはこれ。運命なんて誰にもわからへん。だからこそ、誰だって必死になってその日を食らいつくように生きておるんや。今までがどうであったとしても、今も同じになるとは限らへん。そもそも、ウチら、そんな柔な連中ちゃうからな!」

 

 朔姫は笑ってそう答える。此度の七星を敵とした聖杯戦争、果たして全員が無事に生き残るが出来るのかはかなり怪しい。正直なところを言えばそうならない可能性は十二分にあるだろう。

 

 しかし、それを持って、エドワードのせいであるなどと恨み言を言う者はいない。それは必死に駆け抜けた先にある結果としてそうなっただけなのだと、誰もが割り切ることができる。そういう連中の集まりであると朔姫も当然ながら思っている。

 

「不思議だな、お前に本当の意味で諭されるとは」

「あのなぁ、ウチはいつでもお前らのことを想って―――――おい」

「空が――――」

 

 話がようやくまとまりそうになって来たと思った矢先である。二人が見上げていた星空が突如として星の光さえも届かない黒色へと変貌していく。

 

 夜が明ける、あるいは、空が何かに包まれるなどという自然現象が引き起こされたわけではないのは明らかだ。このような超常現象的な自然現象があって堪るものかと二人は考え、そうなれば残る答えは一つしかない。

 

「七星の襲撃……!」

「いずれは来ると思っていたが、まさかこのタイミングでとは……!」

 

 このスラムに入ったこともやはり知られていたということだろう。ここは七星側のホーム、いつそのように判断されたとしてもおかしくはない。

 

「朔ちゃん、大変だよ!!」

「何や姫、桜子たちもサッサと連れて来い! 敵が来るぞ!」

 

「だから、それが大変なんだって、姫たち以外のみんな、起きないんだよ!!」

「は―――――?」

 

「……原理がどうであれ、おそらくやられたな。あの宿に何かしらの罠が張り巡らされていたと考えるべきか」

 

 都合よく与えられた宿、しかし、もしもそれが油断を誘うための罠であったとすれば、全員が眠っている間に全てを終わらせるための策であったとすれば、

 

『――――黄金錬成』

 

 瞬間、その黒一緒に覆われた空に超巨大な魔方陣が浮かび上がる。その魔方陣より放出されるエネルギーのあまりの巨大さに朔姫もエドワードも目を見開くことしかできない。

 

『おやおや、ネズミが数匹起きてしまっておったか。連中が全員意識を失った段階で放つつもりであったが……まぁいい、想定外のトラブルもまた面白おかしいと笑い飛ばそうではないか』

「まずいで、これ、明らかになんか来るわ!」

 

 その巨大魔方陣を展開するのは、七星側の序列第二位カシム・ナジェムのサーヴァントであるキャスター、彼女はこことは異なる場所から遠隔魔方陣を展開することによって、これほどの規模の超巨大魔方陣をくみ上げて見せた。

 

 それを誰もが不可能であると思うだろう。これほどの大規模術式、そもそも術者であるマスターの魔力消費が持たない。一瞬で展開など出来るはずがない。そう常識的に考えればその通りであるが、彼女にそれは当てはまらない。人間の常識という枠組みを超えるために生み出した術こそが錬金術、そして彼女こそ、誰よりも錬金術に詳しく、錬金術の母とまで呼ばれた存在なのだから。

 

『サーヴァント:キャスター、我が真名ヘルメス・トリスメギストスの名において、ここに黄金錬成を開始する。さぁて、必勝の陣を敷いたつもりではあるが、妾の黄金で吹き飛んでくれるなよ? そんなザマでは侵略王の溜飲は妾が下げてやらねばならなくなるからな』

 

 精々抗って見せるがいいと、嘲笑う。だが、その力の発露には一切の手加減はない。仲間たちが目覚めぬ中で、朔姫とエドワードの前に最大の危機が訪れる。

 

 防衛できなければ待つのは死だけ。極限状態の中で、彼らにとっての長い夜が始まりを迎えるのであった。

 

 




【CLASS】キャスター

【マスター】カシム・ナジェム

【真名】ヘルメス・トリスメギストス

【性別】女性

【身長・体重】175cm/60kg

【属性】秩序・中庸

【ステータス】

 筋力E 耐久D 敏捷E

 魔力EX 幸運C 宝具A++

【クラス別スキル】

陣地作成:A
魔術として、自らに有利な陣地を作り上げる。
神殿”を上回る“大神殿”を形成することが可能。

道具作成:EX
魔力を帯びた器具を作成できる。
“エリクサ―”“ホムンクルス”さらに“賢者の石”ですら製作可能。

【固有スキル】

錬金術:EX
人間が神の領域に到達することを目指す魔術の祖。
錬金術師の始祖であり守護神であるキャスターは錬金術の奥義を極め尽くしている。

神性:A+ 
神霊適性を持つかどうか。高いほどより物質的な神霊との混血とされる。古代エジプトの知恵の神トト、そして古代ギリシャの冥界の神ヘルメスと同一視されている。
あまりに高い神霊適性を持つキャスターは、もはや英霊というより神霊に近い。

高速神言:A
呪文・魔術回路との接続をせずとも魔術を発動させられる。大魔術であろうとも一工程で起動させられる。

無窮の叡知:EX
この世のあらゆる知識から算出される正体看破能力。使用者の知識次第で知りたい事柄を瞬時に叩きだせる。知恵を司る神と同一視され、古代の神秘的錬金術師達の中でも別格の存在として認知されているキャスターの知性は計り知れない。

【宝具】
『???』
ランク:A 種別:対自宝具 


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第11話「Colors of the Heart」②

――ヘルメス・トリスメギストス、錬金術の母、あらゆる錬金術師の始まりを生み出した者、ギリシア神話におけるヘルメス神、エジプト神話におけるトート神、そして錬金術師の祖であるヘルメスと呼ばれた女、その三つを重ねあわせたが故のトリスメギストス。

 

 その女には類まれなる才能があった。世界の神秘をひけらかし、暴き、遍くすべての事象を人間の手で再現することを彼女は願った。例えそれが、神の摂理に反する行為であったとしても、例えそれが人倫に背く行為であったとしても、彼女はその知的探究心を放棄することはなかった。

 

 あらゆる錬金の術を生み出し、多くの弟子を抱え、そして、遂には黄金錬成を果たし、賢者の石という集大成までもを積み上げてきた恐るべき人外、人の子として生まれてきたこと自体が間違いであるとさえいえるほどの才覚者。

 

 あらゆる錬金術師たちの祖であり、あらゆる錬金術師たちが乗り越えることの出来なかった始まりにして至高の錬金術師こそが彼女である。

 

 彼女の偉業を記した無数の書物、そしてエメラルド・タブレットと呼ばれる石版は後の錬金術師たちに大きな影響を与え、彼女が存在しなければ、錬金術師の隆盛は有り得なかったと言われるほどの存在ですらある。

 

 そのような存在が何を紡ぐというのか、聖杯戦争という戦いに何を願うのか。

 

『ふむ、そうであるのう。真理の探究とでも言えば、お主らは満足するのかえ? しかし、生憎と妾は既に探求を終えておる。故にこそ妾は石板を記すことが出来たのだ。この時代の技術がどうであれ、妾は根源へと至った。故に、もはやさしたる望みはない。生前に望む願いは叶えてしまったのでな』

 

 伝承にヘルメスは長い時間を生き、そしてあらゆる書物を書き記したという。それは後世の人間に何かを残したかったからではなく、己が見つけ出したこの世界の真理の一端を証明するために書き記していた。そのように解釈する者たちもいる。

 

 どんな思惑があったにしても、彼女は聖杯戦争にさしたる興味はない。召喚された以上は最低限の仕事をこなすが、身を焼くほどの願いがあるかといわれれば、それはない。

 

 適当に遊んで、飽きればマスターの命を奪ってでも、退去すればいい。召喚された直後の彼女は間違いなくそのように考えていた。

 

『手を貸せキャスター。己は只最強の七星であることを求めている。貴様と同じだ、聖杯戦争の結果はどうでもいい。己の我欲を叶えろ。己の願いはただそれだけだ』

 

 しかして、彼女は自分のマスターのおぞましい狂気に魅入られた。ほれ込んだというよりも特級の愚か者であると断じたのだ。

 

 カシム・ナジェムの狂気に比べれば星灰狼の悲願はまだ理解が出来る。その悲願に行き着くまでの行動には狂気が伴っていても、行きつく先はありふれた人間の感情の向かう先だ。ある意味、その願いを知れば可愛いものであると思う事も出来よう。

 

 しかし、カシムは狂信的だ。最強の七星であることを目指す、生まれ持った時に才能は凡庸、肉体も七星としては平均的な素地であり、天才的な頭脳だけが彼の特徴であった。

 

 星灰狼にも、七星散華にもリーゼリットにも、ヨハンにも及ばない程度の才覚でしかなかった男は、それでも七星であることに誇りを抱いていた。

 

 凡庸であることを憎むのならば、己を改革すればいい。己を改造すればいい。伸び代がないのであれば作ればいい。七星に誇りを抱くのであれば当然に最強を目指さなければならない。多くの者であれば自分の限界を見知った途端に諦めてしまうであろう思考の頂点を目指す道を男は愚直に歩むことを決めた。

 

 その愚かしさ、自身が最強になることができるという自負、それを達成するために実際に自分の身体を鋼鉄へと改造したその執念、ああ、実に面白い、錬金術とは世界の法則を人間の手中に収めるための法理、であれば、カシム・ナジェムが行っていることもまた錬金術であると言えよう。

 

 この男の結末を見届けるためにその力を貸そうではないか。退屈しのぎに過ぎなかった聖杯戦争もそうとなれば面白い。最終的な勝者、世界の行く末など侵略王と灰狼の好きにすればいい。キャスターは、錬金の母はただ、己の愚かしきマスターの結末を見届けるためにこの戦いへと参戦することを決めた。

 

 そして、これまで決して自らが表舞台に立つことのなかった七星陣営側でライダーに唯一伍するであろうと誰もが認めずにはいられない、至高の錬金術師の魔術がスラム街の空を覆う。

 

「――――黒化(ニグレド)

 

 空に浮かび上がった魔方陣の色が変化する。魔方陣の輪郭に色が結ばれていき、真っ黒に染まりあげられた魔方陣が明滅し、その表面に凄まじいほどのエネルギーが蓄えられていくことを朔姫とキャスターは理解する。

 

「朔ちゃん、まずいよ、あれ、地上に堕ちたら、ここだけじゃなくて、スラム街一帯が吹き飛ぶよ」

「本当か……!?」

 

「敵方のキャスターか……、随分派手なことやってくれるやんけ…… こんだけの騒ぎになっても起きへん役立たずどもに期待をするだけ無駄か。わざわざ起こしに行ってる間に放たれたらひとたまりもあらへん」

 

 今、動くことができるのは朔姫とキャスター、そしてエドワードだけだ。宿屋に仕掛けられた罠によって、他の仲間たちは寝静まっており、これだけの光の明滅、空気の変化を伴っても起きる気配がないとなれば、都合よく向かってきてくれることを期待するだけ無駄だろう。

 

(ロイの魔術なら、あの魔方陣を消し去ることもできるかと思ったが、まぁ、そんな上手くいかんか、あるいは意図的に最初から除外しようとしておったか……)

 

「どうするの、朔ちゃん……!? 今からでも宿屋周辺だけでも結界を張って、何とかしのぎ切る!?」

「アホッ! そんなんしたらスラム一帯が吹き飛ぶやろ。ウチらに石投げてきたクソガキ共には腹は立っておっても、ここで死ななきゃいかん理由なんて欠片もない。逃げるんも耐えるんもダメや。あれを迎撃する他ない……!」

「そんなぁぁ、無茶だよ!!」

 

 キャスターは敵方のキャスターが生み出した力にすっかり腰が引けてしまったのか、わなわなと震えはじめる。インパクトという点で言えば、確かにあの巨大魔方陣は恐るべき力だ。並のサーヴァントであれば戦意喪失をしたとしてもおかしくない。それほどまでの悍ましい力……

 

「八代朔姫――――、あの魔方陣の魔力の流れは把握できるか?」

「あん? そんなもん知ってどうす――――そうか、魔弾なら……!」

 

「そうだ、魔弾であれば、あの魔方陣の魔力結合点を打ち抜くことによって、魔方陣の機能を破壊することができるかもしれない。成功するかどうかは不明だが、やってみるだけの価値はあるだろう」

 

「よっしゃ、おらぁ、姫、きびきび働かんかい!」

「うぅ……、わ、わかった。朔ちゃん、解析合わせるよ!」

 

 パンと朔姫とキャスターが手を合わせると二人の足元に陰陽の太極印が浮かび上がり、二人は目を伏せて、頭上に浮かぶ巨大魔方陣へと魔力を集中させる。時間がない、しかし、ほんの少しでも精度を落せば失敗する。何としても解析しなければならない土壇場であるが、神祇省の姫はこの程度の局面でしくじるほど、柔な存在ではない。

 

(この術式、普通の魔方陣やない。錬金術、か……、これだけの錬金術をあっさりと行使できる存在、ヘルメスとかは勘弁してほしいんやけどな)

 

 内心で漏らした予想がキッチリと当たっている辺りが実に朔姫らしい勘の良さではあるが、魔方陣を解析して舌を巻く。まるで一筆書きのように中心に描かれた魔方陣の始点から総ての場所へとエネルギーが供給されている。中心点であるその箇所を破壊しない限り、どれだけ魔方陣の周囲を破壊したとしても、あの魔方陣はすぐさま復活を果たす。要するにある一定の箇所を破壊しなければ幾度となく再生を果たすのだ。

 

(あんなん魔弾でなけりゃ、破壊できんぞ、ふざけんな!)

「朔ちゃん!」

「ああ、解析は概ね出来た。送るぞ朴念仁!」

 

 キャスターと朔姫が目配せをすると、エドの身体が光り、朔姫の感知した打ち抜くべき場所が彼の頭の中へと共有される。同時に明滅をしていた黒色の魔方陣の光が中央へと押し集められ、発射態勢に入ったことを察したエドはすぐさま魔弾の銃口を天へと向ける。

 

「くっ、間にあえ!!」

 

 黒色の光が放たれるのとほぼ同刻、放たれた魔弾が発射される直前の魔方陣へと放たれ、黒色の光の根元に直撃。大きな光を発するとともに、地上へと放たれるはずであった黒色の光は消失を果たしたのだ。

 

「………、いよっしゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「やったぁぁぁぁぁ!! 防ぎ切った!!」

「ふっ……、間一髪だったな」

 

 朔姫とキャスターは大声を上げて、魔方陣からの攻撃を防ぎ切ったことを喜び、エドワードも自分が彼女たちの求めに応えることが出来たことに喜びを覚える。

 

(虎の子の一発だったんだが、まぁ、仕方ないか。あれ以外の方法で魔方陣からの攻撃を防ぐための手段は何もなかった)

 

 ほんの少しでも躊躇をしていれば、破滅の攻撃は間違いなく三人を含めたスラム総てを吹き飛ばしていただろう。巨大魔方陣は機能を停止し、そのまま空中で止まったままではあるが、あれほどの攻撃を防いだのだ。自分たちを誇ってもいいだろう。

 

「とはいえ、喜んでいられるのも今の内だけや。ウチらがここにいることがバレておる以上はすぐさま、新しい敵の攻撃が来るのは間違いない。それよりも早く桜子たちを起こして万全の態勢を作らなければならないのは間違いないわ」

 

 キャスターもエドワードもそこの基本的な方針には何の異論もない。だからこそ、すぐにもで宿に戻ろうとしたその瞬間―――

 

『―――白化(アルベド)

「―――――――」

「嘘、やろ……」

 

 絶句、まさしく三人はその様子を浮かべた。空中にて静止したはずの巨大魔方陣、しかし、その魔方陣が消えることはなく、むしろ、先ほどまで黒色一色であった魔方陣の淵の色が白色へと変わりながら再び明滅を始めたのだ。

 

『なんじゃ、まさか一撃を防いだだけで全てが終わるとでも思っていたのか? まさかまさか、妾はそこまで性格の良い、お行儀の良い女ではなかろうて』

 

 空中から声が聞こえてくる。その聞き慣れない女の声こそがこの魔方陣を使っている相手の声であることは三人ともすぐに理解できた。

 

「お前がキャスター、ヘルメス・トリスメギストスか……!?」

『ほお、妾の真名を言い当てるとは感心じゃのぉ、神祇省の娘よ』

「当たってほしくないのに、言ったら当たっていた時の絶望感ったらないわな……」

 

 最も正解であると言われて欲しくない相手の真名が口から出て、正解だと言われて朔姫は気分が最悪に向かおうとしていた。チンギス・ハーンに続いて、ヘルメス・トリスメギストス? なんだそれは。地獄チャレンジでもしているのかと思わせられる。

 

「はぁ、嫌になるわ。お前ら、ちょっと戦力過剰過ぎやろ」

『そういうな、妾は戯れをしておるだけよ。何せ、我らが皆で飛びかかってはお前たちに勝ち目などあるまい? だからこそ、こうして1人で戯れに来てやったのじゃ。失望などさせてくれるなよ、人の子らよ』

 

 白色魔方陣に先程よりも早く光が灯っていく。間違いなく、再び大地へと放たれることが目に見えている技、朔姫はチラリとエドワードを見るが、彼は魔弾を使うことに躊躇している。その理由は朔姫も分かっているからこそ、懐から無数の陰陽符を取り出す。

 

「朔ちゃん……!?」

「舐めんなや、ウチは神祇省最大派閥『京都大陰陽連』筆頭家八代の次期当主、こんなところで意味もなく無駄死になんて結末認められるわけがないやろ!!

 布瑠部 由良由良止 布瑠部!!式神大連結、擬似神格降臨!!」

 

 パラパラパラと朔姫が祝詞を口にするとともに、放たれた式神が折り重なり合いながら、一つの形へと変わっていく。まるで折り紙を何個も敷き詰めて一つの形へと変えていくかのように朔姫の魔力が与えられながら、それは巨大な獣の形へと変わっていく。

 

「式神破軍:大狸猫!!」

 

 朔姫の詠唱が完了すると、式神たちは巨大なパンダの姿を生じさせて、天に君臨する巨大な魔方陣へとその爪を突きたてる。白色の魔方陣は白色の光を大きく明滅させながら、先ほどと同様に地上へとその圧倒的な光を放出する。

 

 光が放出されたのとほぼ同タイミングで魔方陣へと叩き付けられた爪であるが、完全に魔方陣を破壊することはできない。先ほどの黒色魔方陣同様に核を寸分たがわずに破壊することが出来なければ、完全に魔方陣を止めることはできない。

 

 よって、放たれた光によって巨大式神は呆気なく破壊される。

 

「まだや、ここからが二段構えよ!!」

 

 巨大パンダが白色の光によって呑み込まれると思われた瞬間、式神たちが一気に分離をして、白色の光を受け止めるための周囲一体を覆うバリアのように展開していく。直撃、しかして、白色魔方陣の攻撃が地上に届くことはなく、式神によって生み出されたセーフティバリアがその白色魔術砲弾を完全に受け止めていた。

 

「ウチのことを、舐めんなや!! 姫!」

「任せて!!」

 

 キャスターが印を結ぶと、式神たちに光が灯り、白色魔法砲弾の力が式神へと徐々に奪われていく。同時に、白色一色に覆われているはずの世界に夜空が取り戻されていき、どんどんと巨大魔方陣を中心として生み出されたはずの結界状態が崩壊を始めていく。

 

「天候操作はお手の物、夜空に瞬く星々に働きかけることが出来れば、ここを覆う結界なんて簡単に無力化することができるんだから★」

『ほほう、これはまた……』

 

 面白いことをしてくれるとヘルメスは笑う。結界維持を果たせなくなった魔方陣より生じていた白色魔力砲弾は、その力を失っていき、遂には式神の傍でバリンとまるでガラスが砕けるかのような音を鳴らしながら消失した。

 

 二度目の攻撃、今度は朔姫とキャスターの機転によって再び攻撃は失敗に終わった。スラムの中は静寂に包まれている。まさか、自分たちが何も知らないところでこのような激闘が起こっているなどと、キャスターの術式によって眠りを与えられている者たちは気付かないだろう。

 

「かはっ……あっ、ぐぅ……」

「おい、大丈夫か……!?」

「へ、平気や、とっさやったからな、とりあえず持てる力振り絞ってなんとか防いで見せたけど、普通にサーヴァントの攻撃を、人間が防ぐもんやないわな……ガス欠引き起こしてもうた」

 

 いつも常に余裕の態度を崩さない朔姫にしては珍しいくらいに弱々しく膝をついて荒々しく呼吸を吐く。先の攻撃を防ぐために持てる力を振り絞ったという言葉は決して誇張ではなかったのだろう。そもそも、朔姫が自分で口にしている様にサーヴァントの攻撃をマスターである人間が防ぐという時点で荒唐無稽もいい所なのだ。

 

 魔弾はサーヴァントの力を使っているし、今の式神がキャスターの助力ありであったとはいえ、実際のところはほとんど朔姫の力で防いだに等しい。相も変わらず恐ろしいほどの潜在能力を持って彼女はこの状況をクリアして見せた。

 

『――――赤化(ルべド)

 

 故にこそダメ押しとばかりに聞こえてきた三発目の攻撃準備は、まさしく絶望を意味するに相応しい声であった。呈していたはずの魔方陣の淵が赤く染まっていき、そして魔方陣が崩れながら、巨大な火球へとその姿を変えようとしていた。

 

『何を予想外であったかのような顔をしておる、キャスターのマスターよ。お主は既に気づいておっただろう? 黄金錬成の各工程を辿るように我が術式は発動した。黒から白へ、白から赤へ、それを理解しておったお主がこの攻撃が来ることがない等と考えるわけが無かろう!』

 

「んなもん、また口に出したらほんまもんになってまうから黙ってたにきまっとるやろ。勘弁しろや、クソババア!!」

 

 実際の所、朔姫は分かっていた。敵の使う術式が錬金術のモノであり、黒から白へと色が変わった時点でもう一段回起こってもおかしくはないと。本来であればもう一発を防ぐだけの余力を残しておくつもりであったが、思った以上にガス欠が激しい。

 

(何せ、これで終わりな訳ない。これはあくまでもキャスター単独での行動、要するに、本隊が来たら、遊んでいられなくなるからその前に抜け駆けして遊びに来たって話しやろ? ふざけんな、これを突破したら、そこでようやく本番なんて、人をバカにするのも大概にせぇや……)

 

 死力を尽くした先に真の絶望が待っている。これがまだ地獄の始まりであることを知らない者たちを嘲笑うかのような態度、まったくもって度し難い。ヘルメスの性格の悪さが滲み出ている。

 

(………姫の全力を出させれば、なんとかできるかもしれん。けど、それはあかん、今、ここで手の内を晒せば、それを分かったうえで連中は攻撃を仕掛けてくる。キャスターの遊びであると同時にこれは戦力視察や、連中は此処まであえて手の内を温存してきたウチらを力が発揮されるのを待っとる……!)

 

 頭ではそう分かっている。しかし、実際の所、それを躊躇していれば、目の前に迫ってくる破滅の火球を避けることすらも出来なくなる。

 

 真に知恵高い策略とは相手が隠している手の内を開けざるを得ない状況に持っていくこと。このスラムに誘い出され、この状況を生み出された時点で朔姫たちはキャスターの掌の上で踊らされる以外の選択肢は存在していなかったのだ。

 

(手は…・・ある、けど、それは……)

「そうか……、ここが正念場ということか」

 

 ポツリと隣に立つエドワードが言葉を紡ぎ、自らの武器である魔弾を発射する銃へと目を向けた。最後の一発、魔弾の七発目、それが残されている。

 

「おい、おまえ、わかっとるんか、それは……!?」

「ああ、分かっている。七発目だ。これを放てば、代償が俺達を襲ってくる。外そうが外さまいが、悪魔ザミエルは俺達から何かしらの代償を奪っていくだろう。だが、使うしかない。本当は、お前もそれは分かっているはずだろ?」

 

「それは……」

「さっき、何かを思いついて、すぐにそれを忘れようとしたな。冷徹に勝つための方法を模索するお前はすぐにでも、魔弾を使って三発目を防ぐことが最適解であることに気付いたはずだ。しかし、それをあえて棚に上げた。それ以外の方法を模索しようとした。違うか?」

 

「勝手にウチの心の中、見透かそうとすんな、キショいわ……!」

 

 本当に何をするべきなのかを考えれば答えは一つしかなかった。しかし、朔姫がそれを言い淀んだのは、その指示をすることがエドワードの命そのものを脅かす選択になりかねないことが分かっていたからだ。

 

 仲間を失うかもしれない決断と、現実的にその非情な決断をしなければならないと口にしてくる理性、その狭間の中で浮かべた苦渋の表情をエドワードは確かに理解していた。

 

 いつもであれば、すぐさま判断を下すことができる朔姫であるからこそ、その判断の意味を理解できてしまったのだ。

 

「優しい人間だよ、お前は。神祇省の姫なんて呼ばれるのに相応しくないと思えるほどに」

「おい、お前分かっておるんか。自分がやろうとしていることは――――」

「俺の命でお前たちを救うことができるのなら、そんなものは安いものだ」

 

 上空に展開する燃え盛る赤色魔法陣は輪郭を奪われながら巨大な火球へと変化をしていく。いつそれが地上に落下してきてもおかしくないという状況、だからこそ、悩んでいる暇はない。一刻の猶予もない。

 

「先ほどのように再び中心を教えてくれ。俺が撃ち抜く!」

「朔ちゃん!」

「ああ、わかっとる、わかっとるわ!!」

 

 エドワードの宣言にいつもであれば朔姫の判断に自分の行動を委ねているキャスターが先に反応して、先を促す。その声に、朔姫も仕方がないとばかりに反応して、再び解析を始める。

 

『ふふっ、あくまでも逃げることはせずに迎撃することを選ぶか。良いの良いの。その決死の覚悟は嫌いではないぞ。もっとも、妾とて、一度は許した攻撃を再び許すなどということはせぬぞ?』

「なっ、何をしてくれているんや、あのクソババア!!」

 

 解析を行っている朔姫がそこで大声を上げる。火球を破壊するための中心点、さきほどは魔法陣の中心にあったはずの目まぐるしく動き回り、どこを撃ち抜けばいいのかを判然とさせない。

 

 加えて、最後の魔弾は必ず当たる弾丸ではない。呪いを振り払うためには自分自身でその銃弾を狙う場所に向けて直撃させる必要がある。

 

 先ほどのように何も考えずに銃弾を放てば直撃するなどという生易しい状況ではない。外せば一発で終わってしまうかもしれない状況の中で、一秒ごとに動き回っている中心点に直撃させるなど不可能に近い。

 

「くっ……」

 

 そして意識を共有したからこそ理解できてしまう。その難易度、その絶望的な状況に自分が巻き込まれていることをエドワードは理解してしまったのだ。

 

 体が震える、手が震える、自分のこの指先に仲間の命が、スラムの未来がかかっている状況であるというのに、もはや自分の命など惜しくもなんともないと思っていたはずなのに、今、この瞬間に点へと向ける銃口を握る手の震えが止まらないのだ。

 

外せば終わり、代償がどうであれ、仲間たちはここで吹き飛ぶ。自分も命を落とす。ここまで生き残ってきたことのすべてが無駄になる。何度も何度も仲間を失いながらも自分だけが生き残ってきたからこそ、自分の行動が齎す未来が実像を結んでしまいそうで恐ろしくなる。

 

『やぁ、力を貸してあげよウカ、エドワード』

 

 その瞬間、ふと自分の耳元に声が聞こえてきた。その声の主は言うまでもない、エドワードの夢の中で彼に囁きかけてきた悪魔ザミエルに他ならなかった。

 

『エドワード、君にチャンスを与えよう。悪魔ザミエルの名において、君が放つ魔弾にもう一度、必中の呪いを授けヨウ』

 

 悪魔の囁きが聞こえる。弱き心の人間を誑かし、破滅の道へと辿らせる悪魔の囁きがもう一度エドワードの耳に囁かれる。

 

『なぁに、そう難しい話じゃない。代償を支払ってくれればいい。さすれば、七発目の魔弾は必ず狙うべきところに向かい、対象を破壊するだろう』

 

 代償とは何だ? 何を自分から奪おうとしているとエドワードは心の中でザミエルに問いを投げる。顔も見えない筈の声だけが聞こえる悪魔は、しかし、まるで顔が見えているかのように笑うように声を上げた。

 

『簡単な代償だよ、そこの小娘、八代朔姫の命を差しだせば魔弾を放つための力を貸ソウ』

「な、に……」

 

『彼女一人の犠牲で、ここにいる人間たちも君の仲間たちも守りきることができるンダ。安い代償じゃないか。これまでに何度も何度も、仲間の命をくべて生き残ってきた君にとって悩む必要もない代償じゃなイカ?』

 

 ああ、悪魔とは何処までも心を弄ぶ存在なのだろうか。エドワードが代償を支払うことがないようにと必死に策を巡らせようとしてくれていた朔姫の命を代償に差しだすのならこの状況を救ってやろうなどとどうすればそのような発想が出てくるのか、思わず怒りをぶつけたい。

 

『言っておくけれど、君の命なんてものは代償にならないんダヨ。どうしてかって? それは君が死にたがりだからダヨ。君はカスパールの魔弾を手に入れた時に思ったはずさ。死ぬための方便が出来タト。魔弾を使い尽くして代償を支払う時が来たとしても、自分であれば大した問題に等ならないと思ったはずだ。君は死にたがりだからネ、自分の命を差しだす代償は命に執念がある者でなければ意味がナイ』

 

 死にたがりの命など奪ったところで何も面白くはない。だったら、悪魔の力など借りずに勝手に死ねばいいと悪魔ザミエルは徹底してエドワードの命に興味を持たない。

 

ザミエルは待ち続けてきた。最後の一発を放つ時に彼がどんな表情を浮かべるのか、これまでに何人もの戦友の命を食べつくしながら生きながらえてきた男が代償を支払う瞬間に、どんな表情を浮かべはじめるのか。

 

当たり前のように撃つのか、あるいは躊躇をして撃つことができないのか。結果としてどうやら後者になりそうであることが分かり、ザミエルは余計に嬉しそうに反応する。

 

「………逃げろ」

「あん?」

 

「今すぐここから離れろ、少しでもほんの少しでも遠くに。あいつらの下に向かえ。上手くすれば、逆転の手立てを見つけることができるかもしれない……! 俺には無理だ、俺にはあの火球を打ち抜ける自信が持てない……」

 

「はぁぁぁぁぁぁぁ!? お前、ここまで来て何を言ってんねん!」

「外せば、全員が命を落とす。俺のような死神に命を賭けるなんて間違っている。臆病者だというのなら甘んじて受けるさ。それでお前たちが生き残るのならそれがいいに決まっている。俺ではダメだ……俺には、仲間を救うことができるような未来は見通せない。

 この手にそんな光は見いだせない……」

 

 彼の手は常に血に汚れていた。戦友の命が流れた手にはいつだって戦禍の匂いがこびりついていて、彼の人生に後悔ばかりを与えてきた。

 

人間は成功体験を積み重ねることによって自信を身に着けていくが、エドワードはそうした自信を身に着けることが出来ずにいた。何度も何度も失ってきた経験はそれだけで彼から誰かを助けることの出来ず自分の像を見失わせたのだ。

 

 悪魔の誘いなど振り切って自分が魔弾を当てることができるという自負を抱くことが出来ればどれだけ幸せであっただろうか。現実はそのようには進まない。最高難易度の照準合せ、それを実行しても本当に倒せるのかすらも分からず、外せば代償を支払う。悪魔に願っても代償で失う。ならば、もはや逃げてもらうしかない。

 

 一抹の望みに総てを賭けて、生き残ってもらうことを願うしかない。安い自分の命くらいくれてやる。だから、頼む、逃げてくれ。こんな臆病者を頼りにしないでくれ、自分は、自分は――――

 

「うああああああ、あったま来たぁぁぁぁぁ!!」

 

 思考の迷宮の中へと飛び込みかけていた意識が朔姫のヤケクソ気味に叫ぶ声で現実に引き戻される。すると、朔姫はドカンとエドワードの背後で腰を落ち着かせて、まるで観戦するかのように座り込んだのだ。

 

「おい、待て、何をしている……!?」

「何をしている……? じゃないわ、ドアホォォォ! あったま来たわ、カッコよくやる気を出したと思ったらヘタレおって。挙句の果てに逃げろとか! 舐めたこと言ってるんやないわ! ウチは逃げん、ここでお前があれを迎撃して吹き飛ばすとこ、特等席で見せてもらうわ!」

 

「馬鹿を言え。今ならまだ間に合う。他の連中を連れてくるかさっさと逃げろ。第一、俺のことなど信用できるはずもないだろう。これまでに俺が何人の仲間を見殺しに―――」

 

「信用するに決まってるやろ、ウチらはもう仲間なんやから!」

「………!?」

 

「過去がどうとかそんなことはどうでもええ、ウチにはまったく関係のないことや。ウチが知っておるお前は、大事なもんを奪われる代償を支払うことになっても覚悟を決めて、その銃口を、引き金を弾くことを決めたんやろ、だったら、それを貫けや! 逃げてどうなる? あのクソババアが今更ちょいと逃げたところで何とかなるような甘い状況を作っておるわけがないやろ。誰かが何とかしなくちゃ結局は全員終わりなんよ!」

 

 他人任せにすればすべてが解決するなんてことはない。そんな考えは甘い幻想でしかない。だからこそ、朔姫は逃げない。逃げて救われるわけではないと分かっているから。それは淡い希望を抱かせて死ぬかもしれないエドワードに対しても不義理でしかないから。

 

「だが、俺が本当に成功するのかどうかも分からない。もしも、俺が失敗したら―――」

「その時は、その時はウチがなんとかしたる。神祇省の姫の名に懸けて、絶対にウチがなんとかしたる。おまえがいようがいまいが、絶対に解決させて、どんなもんやって笑ってやるわ。だから、後先のことなんて考えるなや、ただキャスターの奴に吠え面かかせるための一撃をくれてやることだけに集中すればいいんや。ほれ、簡単やろ?」

 

 例え何があったとしても、お前を恨まない。責任は自分が取る、だから、何一つとして怖れることなく銃弾を放てと朔姫はエドワードの背中を後押しする言葉を口にする。

 

 自分のせいで誰かが命を落とすかもしれない恐ろしさに手が震える男に対して向けた言葉にエドワードは……、

 

「ああ、そうだな」

 

 改めて天の火球に向かって銃口を突きつけた・今度の銃口を向ける手には震えがなかった。怖れを抱いていたとしても背中を押して、その後を任せられる人間がいるだけでこんなにも気持ちが楽になる。

 

今までずっと失いたくないと思いながらも、多くの仲間に心を開くことをいつしか忘れてしまっていた男にとって、その声援は想像以上に意味があったのだ。

 

(悪魔ザミエルよ、聞こえているか?)

『彼女を生贄に捧げることの決心がついたのカイ?』

 

(お前が先程口にした魔弾を使うための取引がしたい。ただし、代償として捧げる者だけは変更してもらいたい。アイツの命ではなく、俺の命を代償としてほしい)

 

『はぁ、何を話して来るのかと思えば、さっきから何度も何度も言ってきているだろう? 君のような死にたがりの命なんて貰っても仕方がないんだ。捧げられて当たり前だと思っている供え物をもらって喜ぶ奴なんていないんダヨ?』

 

 ああ、まったくもってその通りだと思う。悪魔とは人間の人生を嘲笑う者、悪魔に魂を売り渡したのならばその代償は喪失の痛みを覚えるものだけだ。

 

(ああ、それは分かっている。だからこそだよ、悪魔ザミエル。今の俺の魂であれば代価としては十分な筈だ。だって、俺は今、初めてこれより先も生きていたいと思っているのだから)

 

 これまでずっと死に場所だけを求めて生きてきた。多くを犠牲にして、自分もいずれは罰を受けなければならない存在なのだと思い込み、そうして何度も何度も生き残ってきた自分自身を惨めに思い始めてきてしまっていた。

 

 世界の色は灰色だ。とっくに終わってしまった夢が未だに生きているに等しく、世界に彩りなんてあるはずもない。もうダメだと一人孤独を抱き続けてきた心に今、この瞬間にようやく彩りを見つけることが出来たように思う。

 

 もはや忘れ去ってしまうほどの過去に覚えたこれより先の明日を見たいと思う心が甦った。朔姫やレイジたちとまだ旅を続けたい、彼らと共に最後まで駆け抜けたい。その未練が、ようやく抱いた生きる希望こそが――――悪魔に捧げる代償に相応しいだろうと告げたのだ。

 

『いいね、君は実に面白い男だエドワード。いいのかい? 生きたいと願うのなら、生きればいい。彼女や仲間たちを捧げれば君はこれからも―――』

(ああ、そうだ、分かっている。だが、生きたいと思うと同時に罰は受けなければならないと思っている)

 

 これまで生き残り続けてきたことに、ようやく生きたいと思ったからこそ、帳尻合わせの時間が来たのだろうと。この未練こそが、自分にとって大切な、まだまだ共にいたいと思う者たちを救うための一助になるのであれば。

 

「この一発が、友の命を救うのならば、それ以上の報酬はない」

 

 代償は確かに存在している。これより先の未来の総てを捧げて仲間たちの命を救う。それはとても英雄的な自慰行為なのかもしれない。そんなことをすれば仲間たちが自分と同じ気持ちを抱くだけのことは分かっている。

 

 けれども、その指先は止まらない。自分の命の使いどころを知った彼は引き金に手を掛ける。

『いいだロウ、エドワード・ハミルトン。君の代償は確かに受け取った。放つといい、君の――――最後の魔弾ヲ』

 

 死にたがりの男が見せる最後の命の輝きを持って、悪魔ザミエルは代償として認めた。カスパールが託した男は自分にとって何の面白味もない相手であると思っていたが、ザミエルはもしかしたら、こうなることがわかっていたのかもしれない。

 

 天より落下してくる巨大な火球を前にして、エドワード・ハミルトンの指先が引き金を弾く。絶滅へと進むはずの絶望を振り切るための切り札を託された光の指先が引き金を弾いた瞬間、カスパールより与えられたマスケット銃より最後の銃弾が放たれる。

 

「ああ、問題ない……」

 

 その銃弾は、キャスターによって施された術式通りに複雑に動き回る中心点を正確に打ち抜く。悪魔に代償を支払ったことによって得られた筆誅の魔弾はその逸話に何ら遜色がない形で天より迫りくる脅威を完全に払うための切り札となりえたのだ。

 

「これでいい……これでいいが、ああ……まったく、惜しいことをしたな」

 

 魔弾と落下してくる火球が激突した瞬間に生じた周囲一帯を覆うほどの巨大な閃光、その真っ只中におり、光にその身体を呑み込まれていくエドワードは自分がやり遂げたという満足感と同時に一抹の寂しさを持ち合わせる。

 

もしも、代償なんてものが存在しなければ、自分はもっと長く生きて彼女たちと一緒にいることが出来たのか。その時間はきっと夢のようであっただろうと思いつつも、それを叶えることができないことこそが代償であり、自分の運命であると受け入れる。

 

「どうか、君たちの旅路に幸あれ……」

 

 光が全てを呑み込んでいく最中で、聖杯戦争へと参加した死神と呼ばれる男は、これより先も戦いを続けていく者たちへとエールを送りながら、その姿を消失させていった。

 

「………ほらな、言うたやん、絶対に上手くいくって。あんだけできんできん言うてた癖に、立派にウチら助けていきおって……、何が死神や、恰好ええやん」

 

 その一部始終を後ろで見届けた朔姫は、今度こそ、最早なにも存在しない星空を見上げてポツリとつぶやく。絶望的な状況だった。例え、あそこで朔姫が手を講じたとしても、あれほど複雑怪奇な動きをしていた火球を完全に防ぎきることが出来たのかは怪しい。それを為し遂げることが出来たのは、自らの命を顧みずに、仲間たちを救う決断をした男がいたからこそだ。

 

 彼は最後の最後に満足して逝くことができたのだろうか。自己満足でも、自己解釈であったとしても、これまでの苦しみに見合うだけの報酬を得て逝くことができたのであれば良いと朔姫は思う。結局の所、朔姫の行動こそが、彼に引き金を弾かせることになった。それを忘れてはならないと思うからこそ。朔姫はゆっくりと立ちあがる。

 

「約束したからな、この後のことは任せておけって。焚き付けた以上、ウチもウチで約束守らなあかんのは事実やと思うんよ。だから―――――精々気張るとしようか!!」

 

『さて、場は温めておいたぞ、侵略王。妾にとっては不満のある結果だったが、存分に盛り上げてくるがよい』

「―――出陣!!」

 

 その瞬間、天を震わせるような方向が轟き、先ほどまで巨大な魔方陣によって覆われていたはずのスラムの空に、巨大な獣たちが姿を見せる。

 

 朔姫はその存在を一度目にしている。オカルティクス・ベリタスにて見た存在、圧倒的な破壊の権化、世界に破滅を齎しかけた圧倒的な武力の象徴、七星陣営最大戦力、ライダー:チンギス・ハーンが駆る四駿四狗の獣たちに他ならなかった。

 

 四体の幻獣によって動くライダーの駆るチャリオット、キャスターの大規模魔術を凌いだことなど前戯に過ぎなかったと言わんばかりの第二陣に朔姫は、自分が今だ死地から逃れていないことを理解する。

 

「当たり前やわな、ここは敵の腹ん中、ウチらを喰い尽くすまで戦力が飛んでくるくらいのことは織り込み済みやわ、こっちだって……ええわ、今度はウチにとっての正念場や、ここで本気を出すんは不本意やけど、誓った約束を果たさん不義理はもっと許せん、やろぞ、姫!!」

「そうだね、朔ちゃん……怖いけど、姫も戦うよ、全力で!!」

 

 瞬間、空の星々が光り輝く。そして、周囲の空気が洗練されていき、スラムの中へと飛び込んだライダーですらも感じ取れるほど周辺の感覚が変わっていく。

 

「ほう、迎撃準備は既に整っているか」

 

 自分たちが既に敵陣の中に放り込まれた状態であることをライダーは理解するが、それがどうした? 自分は侵略王、数多の敵地へと土足で入りこみ、総てを蹂躙してきた存在、今更、敵の土俵で戦うことに何の恐れがあろうか。

 

「総て踏み潰し、捩じり潰すだけのことだ。止められると思っているのならば、止めて見せろ!!」

「止めて見せるよ、姫は―――私はその為にいるんだから。侵略王チンギス・ハーン、貴方はこの私が、倭姫命が止めて見せる!!」

 

 宣言を口にするとともに、金髪だったキャスターの髪の色が、擬装が解けるように黒髪へと転じていく。それは真名判明を避けるために行っていた擬態を解き、真なる力を発揮するための解放に他ならない。

 

「京都大陰陽連筆頭、八代が娘、八代朔姫! 歴史の再現や、ここで神風吹かせてやろうやないか!」

 

『くくく、ふははははは、面白い、実に面白いな。ライダー、妾も加勢しようと思うたが、このような面白い見世物、観劇せねば気が済まぬよ』

「構わん、余だけで十分だ。余計な手を出さずに、干渉でも何でもしていろ、キャスター」

『では、お言葉に甘えるとしようかの』

 

 これまで決して力を見せることのなかったキャスターと圧倒的な暴威を晒してきたライダー、共に全力を出すことのなかった者たちの未知の戦いこそが、このスラムにおける第二ラウンドとなった。

 

 その火ぶたを切るように、幻獣たちがキャスターと朔姫へと飛び込んでいくのであった。

 




次回、遂に本気を出すキャスターとライダーの決戦、果たして突破口はあるのか

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第11話「Colors of the Heart」③

 キャスター:倭姫命、天照大神の巫女にして、おそらく日本神話に連なる巫女の中でも最高峰と目される巫女である。八咫鏡を自在に操り、神話の中ではあのオロチを討滅するために使用された草薙剣さえも扱った巫女、そして、天岩戸伝説にも大きな関係を持つ英霊といえば、日本神話における集大成といえる英霊であろう。

 

 神祇省が此度の聖杯戦争を勝ち抜くために英霊召喚は厳選に厳選を重ねた。何せ、そこらの魔術師が自分の実力を確かめるために参加するのとはわけが違う。これまで何度か行われてきた極東聖杯戦争の存在を感知しながらも、あえて距離を取り続けてきた神祇省がみずから聖杯戦争に参加する。その意味は余人が考えているよりも遥かに大きい。

 

 神祇省の次期トップとも目されている八代朔姫をマスターとしてあえて投入したことも神祇省がこの聖杯戦争にどれだけ本気であるのかを指し示す一つの指標となっているだろう。厳選を重ね、倭姫命を召喚するための触媒を準備し、朔姫によって行われた召喚の儀―狙い通りに、キャスターは召喚され、神祇省側は自分たちが此度の聖杯戦争の勝利に限りなく近づいたことを実感した。しかし、そこで召喚された彼女はその思惑通りに行くわけではなかった。

 

「はええええ、無理です無理です、戦いなんて無理です! 私、ただの巫女なんですよ! 天照様の代わりに戦うなんて、私には無理です! 退去させてくださいぃぃぃ」

 

「ふっざけんなぁぁぁ、お前を召喚するためにウチらがどんだけ労力と金を費やしたと思ってんねん、お前、日本でも最高峰の巫女なんやろ、その自覚を持てや!」

 

「そんなの知りません、ていうか、そんなの後の時代の人が勝手に描いただけじゃないですか! なんですか、草薙剣を扱っていたとか、そんなの私、たまたま持っていて預けただけですよ! こんなの捏造ですぅぅ!!」

「おい……、どうすんやこれぇぇぇぇぇ!!」

 

 神祇省の思惑が大きく外れたのは、召喚された倭姫命が、戦闘を拒絶するほどの臆病な性格であったこと、戦う力はある、ステータスを見ても、決して聖杯戦争を勝ち抜けないほど弱いわけではない。むしろ、宝具の性能など考えれば、これ以上の当たりはない。タズミ側の戦力がどのような様相になっているにしても、彼女が本気を出せば朔姫の力と合わさって、決して見劣りするものではない。

 

 紛れもなくスペックだけを考えるのであれば、問題はないが、本人の性格までもを召喚するまでは見極めることができない。何せ、アステロパイオスのように本来は女性であっても伝承の中で男性として扱われているようなケースもあるのだ。

 

 神話に名を残した英霊のすべてが聖杯戦争に向いた存在であるかどうかなど、それこそ召喚してみるまではわからないのだ。よって、倭姫が戦闘に限りなく向かない臆病な性格であったとしても、ありえないという話ではないのだ。彼女はあくまでも天照大神の巫女、戦を生業にしてきた戦士や騎士、あるいは兵士ではないのだから。

 

「わ、私なんかよりも、もっと適任の英霊がいるはずですよ、もっと、その人を召喚するべきだと思います……」

「何言うとるんねん、お前のような奴をもう一体召喚するような余裕があるわけないやろ、どんだけリソース割いて召喚したと思ってんねん!」

 

 もっとも、そんな怯えているような様子は朔姫にとって、看過できるような状況ではない。神祇省にとっても此度の聖杯戦争は絶対に負けることができない戦い、そのためにこの10年間、準備を続けてきたのだ。

 

「よぉし、いい案が思いついたで~~」

「ひぃぃ、なんだか、すっごく悪い顔をしているよ、この娘、私よりもちっちゃいのに!」

 

「黙れェェェェ、ちっちゃい関係ないやろ! おい、ビビり、お前の考えはよぉ、わかった。ウチも鬼やない、戦いたくない言うてるやつを無理やり令呪で縛るようなことはしたくあらへん。これでも、ウチは理解あるマスターやからなぁ」

 

「じ、じゃあ、戦わずに――――」

「イメチェンや」

 

「は……?」

「だから、イメチェン! 地味娘が突然、大学デビューして、ギャルになってまうように! 芋くさい女が突然、彼氏ができた瞬間に垢抜けるように、ビビり地味巫女、お前もイメチェンして性格を変えればええんや!!」

「………、え、この人何言ってるの? 頭おかしいんじゃないの?」

 

 サーヴァントや英霊とかそんな超常的な話をしているわけではなく、まともな言動をしていない朔姫の言葉に、キャスターは恐れ戦いたような様子を浮かべる。

 

「かまへんかまへん、ウチが暗示をかけて、ちょいと性格弄繰り回してやるから大丈夫や。気づいたころにはウチの命令を忠実に聞くワンコになっとるんやよ~」

「そんなの絶対に嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 

 それが二人の初めての出会い、それからもキャスターに徹底的に抵抗されながらも、正体を隠すために有用であること、どれだけ逃げようとしても朔姫が逃がしてくれないことに観念をしたキャスターは、朔姫の暗示を受け入れ、金髪陽気キャラになることを受け入れ、今ではその暗示を受けている状態が当たり前のように接している。

 

 朔姫の目論見が成功したのか、あるいは気休めに過ぎなかったのかは正直なところはわからない。何せ、結局のところ、サーヴァントはいずれ戦わざるを得ない運命にあるのだから。

 

 これまでは多くのサーヴァントが戦いながら、なんとか戦わずに乗り切ることができた。しかし、今、目の前に現れたのは七星陣営側最強のサーヴァントといえるライダー、四体の幻獣を従える巨大チャリオットに乗りこんだ侵略王は先ほどのキャスターと同格あるいはそれ以上の脅威である。

 

 それを相手に、臆病なだけのサーヴァントが戦うことができるのかといわれれば、それは無理であるというべきことだろう。

 

 しかし――――

 

「顕現、八咫鏡!!」

 

 ライダーが問答無用で攻撃をしてきた瞬間、キャスターの胸元に鏡が姿を見せ、周囲に次々と同形状の鏡が展開していく。さながら彼女を守る自立型機動兵器のように展開したそれらに、朔姫が印を結ぶと、次々と青色の光が灯っていく。

 

「我が陰陽道、遠く古くは天照の導きによって編み出した者であれば、その加護を受けし、八咫鏡、それすなわち、我らを守護する大結界とならん!! いいぞ、姫、かましたれぇぇ!!」

 

『ほう、侵略王、気を付けた方が良いぞ、あれらの鏡、げに恐ろしき魔力を持ち合わせておる。なんじゃ、なんじゃ、あのような輩を隠し持っておったとは。性根が悪いのぉ、神祇省の小娘、お主、戦力で見ればセイバーどもに伍するではないか』

 

「どうでもいい。総て破壊するだけのことだ」

 

 キャスター:ヘルメスは展開顕現した八咫鏡の効力に気付いたからなのか、ライダーへと忠告を口にするが、ライダーは聞いたうえで関係ないと断言する。

 

 英雄として、侵略王として相手の土俵に飛びこんだ以上、彼の事象に存在するのは破壊し、屈服させるだけのこと。

 

「遠き倭の神官どもよ、生前に出会うことのなかったそなたらの実力、この侵略王に示すがいいッッ!!」

「GAOOOOOOOOOOOOOOOO!!」

 

 四体の幻獣たちが一斉に咆哮を上げて、展開された八咫鏡へと突貫する。激突と同時に鏡はバリンと割れる。あまりにもあっけなく、日本の三種の神器とも呼ばれたその鏡は侵略王の猛追に屈服するように破壊されるが――――

 

「GYAAAAAAAAAA!!」

「ぬっ、ぐぅぅ」

 

「逃がさべんで」

「ライダー、もう貴女は姫と朔ちゃんの術中の中だよ!!」

 

 バリンと鏡が割れた瞬間に、その割れた鏡の破片がライダーと四体の幻獣の身体を突き刺さる。されど、そんなものはただの鏡、ライダーがさして痛みを感じるようなものではない。例え、それが何十枚と一気に割れて全身に突き刺さったとしても、さして気にかけるような痛みでは到底ない……と思われていた。

 

『なるほど、やはり性根が悪いではないか。あの鏡、破壊力をそのまま相手に返しておるのか。相手の実力が高ければ高いほどにその破壊力も増していく。一騎当千の英霊どもを破壊するにはうってつけの武器という訳だ』

 

 八咫鏡の効力は恐らくはカウンター宝具だ。相手が鏡を破壊した瞬間に、その鏡を破壊した威力がそのまま相手に返される。先の一撃、ライダーはその突進力のまま、複数の鏡を一気に破壊した。ライダーだけではなく幻獣にまでダメージが帰っているのは彼らが破壊した一体として認識されているからだろう。

 

 キャスター自身に攻撃力があるのかどうかは定かではないが、聖杯戦闘というカテゴリーの中で考えた場合、八咫鏡は決して不利になる宝具ではない。何せ、聖杯戦争は時間制限があるわけではない。必ず他の総ての陣営を潰さなければならない以上、モグラを決め込めば相手から動いてくるしかない。そこに対しての迎撃と考えれば、これほどいやらしい宝具もないだろう。

 

『無論、それはここまで手の内を見せてこなかったキャスター陣営であるからこそできる芸当ではある。これまでもアサシンやランサーどもと戦う時に披露する気になればいくらでも披露することは出来ただろうに。それをあえてせずに、あえてここ一番で自分たちの切り札を切る。くく、良いな、良いぞ良いぞ、そうでなくてはならぬ、そうでなくては敵役としてはつまらなさすぎるからのぅ』

 

 おそらくキャスター本人の提案ではなく、あのマスター、八代朔姫の提案だろう。徹底的に自分たちの情報を遮断し、必要な時にその手札を切る。

 

(とはいえ、これだけの戦力を出し惜しみしていた理由も気になりはするのよのぉ、自分の戦力を隠しておきたかったといえばそれまでかもしれぬが、それはそれとして、これまでも連中はかたくなに自分の力を見せてこなかった。果たして、そこに理由はあるのか、あるとすれば、何を目論んでそのようなことをしたのか……)

 

 ヘルメスは侵略王に伍する戦い方をするキャスター陣営に舌を巻きながらも、彼女たちがあえてここまで手の内を隠し続けてきた理由について模索する。聖杯戦争がいかに情報を隠しあったうえでの戦いであったとしても、ここまで病的に情報を隠さざるを得ない状況が存在するのか、はたまた、それは自分たちが想定していない何らかの思惑があって、隠そうとしていたのか……

 

『まぁ、それも戦いを通した中で読み取れるかもしれんのぉ、何せ、そう簡単なものではないぞ? その男を、侵略王をせき止め続けるなどということは』

 

「くっく、やるではないかキャスターよ。そうでなくては面白くもない!!」

「この状況を面白がっているようなキショい奴に何を言われても響かんわ。オラぁ、これで終わりだと思うんやないわ!!」

「八咫鏡、反転!!」

 

 キャスターが無数に浮かんでいる鏡たちへと行動の指示を与えた瞬間、鏡が赤色の色へと変わり、次々とレーザーを放つようにライダーへと攻撃を仕掛けてきた。ここまでに展開された全方位に存在している鏡の一つ一つが、まるで鏡面兵器とでも言わんばかりに攻撃を仕掛けてくるのだ。

 

 それこそ、敵陣の真っただ中に放り込まれたような様相である。一斉に全方位から攻撃に晒されているに等しい状況ではあるが、それでも侵略王はニヤリと笑みを浮かべる。

 

「温いわッ、この程度で余を抑え得られると思うなッ!」

「ああ、抑えられるなんて思っとらんわ! この優位な状況、徹底的に利用してお前を追い込んでやるだけや」

 

「姫は、貴方のように強い存在ではないけれど、それでも、戦い方次第では、戦いようはあるんだよ!!」

 

 攻撃に使う鏡とカウンターに使う鏡、それらが複雑に絡み合いながら、変化していく。ライダーとしては全てを破壊してしまえば攻撃をしてくる存在もまったく気にしなくて問題ないのだが、その攻撃によって自分が傷つき、躊躇をすれば、鏡側から攻撃がやってくる。その攻撃の主導権を握っているのがキャスターである以上、ライダーにとってはそれを凌ぐための方法は何一つとして残されていない。

 

 以前のオカルティクス・ベリタスでは数の暴力とばかりに全員でライダー陣営にかかっても、ライダーの軍勢に太刀打ちできなかったが、それが嘘であるかのように、キャスター陣営はマスターと二人でライダーを相手に立ち回っている。ライダーが軍勢を召喚することなく、自分自身の戦力だけで戦っているという点を考慮してでも、快挙といえることだろう。

 

 もっとも、それがいつまで続くのかなどと。このまま最後まで進むと考えているのならば、些かそれは安易な妄想という他ないだろう。

 

「素晴らしい」

 

 ポツリと一言、ライダーは声を漏らした。

 

「我が右腕であるジュベを討ち倒し、そして今、余と四狗たちをたった一人で追い詰めようとしている。何たる剛毅、何たる英雄、ああ、素晴らしい。聖杯戦争という場に呼ばれても結局のところは然したる満足を得ることなど出来ぬと思っていた。総ては灰狼の思うがままであると思っていたが、そうでなくてはならない。

 貴様たちは余が踏み越えるに相応しい、余が侵略するに相応しい英傑でなければならぬのだからな」

 

「うっ……なんだか圧が強まって……」

「褒めて遣わそうキャスター。そなたは余が喰らうに足りる女であろうと認めよう。蹂躙した暁にはその身、マスター共々、余のものとして楽しませてもらうぞ」

 

「はぁぁぁぁ? ウチも一緒とかどんな神経しとんねん、ロリコンか何かとちゃうん!? やるなら、こっちの中身ババアだけにせぇや!」

「ちょっと、朔ちゃん、中身ババアってどういうこと!? 姫は全盛期で呼び出されているから、普通に乙女なんですけどぉ!」

「見た目と中身が釣り合ってないやろ、今、西暦何年だと思ってんねん!」

 

 などと二人は騒ぎ立てるが、ライダーを前に命知らずな行動をしていると判断するだろうか。実際の所は違う。ライダーの注意を少しでも引きつけようとしている。

 

 キャスターが口にしたように空気の圧が変わった。八咫鏡による迎撃は完璧に機能している。攻撃と防御、二種類の攻勢防壁を機能させることによって、ライダーの機動力も破壊力も、キャスター陣営は完璧な形で封じ込めに成功したのだ。

 

 しかし、敵はかの侵略王チンギス・ハーン、どれだけこちらが備えていたとしても、総てを吹き飛ばして、台無しにして、この状況をひっくり返してくる可能性は十分に考えられる。

 

 であればこそ、注意を少しでも引きつけて逆転の策を実行に移すような状況を許さないようにする。先ほどまで追い詰めていたのは明らかにキャスター陣営であったはずなのに、その纏う空気の違いだけで、危機的状況を感じさせる。それこそが圧倒的な暴力の王として君臨した者の力なのか。

 

「四狗たちよ――――食いちぎれ、構うな、最強を誇る貴様たちに食い破れぬ場所ではない!」

 

「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

「GOOOOOOOOOOOOOOOOO!」

「SHAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

「VOOOOOOOOOO!!」

 

 四体の幻獣が一気に咆哮を上げると、幻獣たちの身体とライダーに乗り上げているチャリオットへと魔力が一気に収斂されていく。

 

(まさか、無理矢理ぶっ壊すつもりか!? そんなん無理やろ、先に身体がぶっ壊れるぞ!?)

 

 八咫鏡による迎撃が成功する以上、より力を高めて攻撃をするのは、ライダーの寿命を縮めるだけの結果になるのは明白、そのはずであるというのに、朔姫は焦りを止めることができない。万が一が起きてしまったら、万が一、本当に八咫鏡を破壊されるようなことになれば、もはや手の内は無くなる。これこそが最も、ライダーを効率よく破壊することができる戦闘方法だというのに、

 

「―――やれ」

 

 その瞬間、何が起こったのかを掲揚することができる人間がどれほどいるだろうか。ライダーが誇る四匹の幻獣たちが一斉に咆哮を上げて空間に噛みついた。その噛みついたことによってなのか、ここまで八咫鏡によって支配されているはずの世界が突然パリンと割れるようにして、空間が変容したのだ。

 

「きゃあああああああああああああああ」

「がっ、あああああああああああ」

 

 そして、悲鳴を上げたのはライダーではなく、朔姫とキャスターである。彼女たちは呪詛返しでもされたかのように全身から血しぶきを上げ、その血しぶきを上げた箇所が服もところどこり破れ、実際に裂傷によるダメージを受けているのか、ぜぇぜぇと肩で荒い息を吐き始め、膝をついてしまう。

 

「な、なに……? 何が起こって、なんで、八咫鏡による反射結界が破られちゃうの!? 朔ちゃんと私の自信作だったのに……!?」

 

「破壊、侵略、それらこそが我らの在り方、例え、どれほどの強固な世界であろうとも、そこが我らに逆らい破壊するべき対象である限り、余の進軍を止めることはできぬ? 忘れたか? このセプテムは七星の末裔が建国した国、ゆえに、我らの侵略はこの国を生み出す一助であったのだ。恐怖であろうとも礼賛であろうとも、倭の島国とは比較にならぬほどに、余の名は轟いておるわ」

 

「ちっ、サーヴァントの知名度補正、ああ、そうやな、初歩の初歩すぎて忘れておったわ。この国が舞台である限り、建国伝説に関わっておるお前は、どれだけ弱体化させようとも、なお、最高峰の英霊やもんな……」

 

 セプテムという場所が舞台である限り、建国の祖を従えた世界帝国を生み出したチンギス・ハーンの存在は、常に圧倒的な存在だ。どれだけ小手先の技を使ったところで、その勢いを止めることはできない。

 

 防衛手段に打って出た時点で、ライダーの勢いを止めることはできない。イェケ・モンゴル・ウルス、世界の歴史の中で最も多くの大地を侵略してきた帝国にとって、防衛をするという時点で敗北は決まったに等しいのだから。

 

 荒ぶる勢いのままに、ライダーを滅ぼすほどの戦いをすることができる存在だけが、ライダーを討ち滅ぼすことができる。

 

『ふむ、中々に面白い状況ではあったが、やはり恐るべき強さよのぉ、ライダーよ。妾ですらもこの地で戦えば、不利を隠すことはできぬわ。いかに人の運命を弄ぶ妾であっても、同情を禁じえぬよ、あのような英霊と、これほどの実力の差を抱かされながらも戦わざるを得ないお主たちの運命の残酷さに……』

 

 戦いを観戦していたキャスターからしても限りなく詰みの状況である。キャスターと朔姫の基本的な武力はライダーには決して及ばない。あくまでも八咫鏡によるカウンター攻撃によって、ライダー自身の力を転用させることで戦うことができていた。

 

 ここまでにライダーに相応の手傷を負わせることはできたが、それでも致命傷には至っていない。幻獣たちはまだまだ動き回ることができるし、ライダー自身も戦闘継続に何ら問題はない。

 

 この場にキャスターと朔姫を救うものがいなければ終わりだ。先ほどのエドワードの後を繋いだ二人ではあるが、この後を繋ぐ者たちがいない時点で終わりを迎えるし、その気配をキャスターは感知することができない。

 

『まぁ、仕方がないだろうな。それに、キャスターはここで倒しておいた方が良かろう。あれほどの力を使う者たちだ、この後にどんなことをしでかすのかもわからん。面倒な相手は面倒がないうちに滅ぼしておくのが筋だ。くっく、我が主であれば別の意見を言うかもしれんがな』

 

「筋は悪くなかった。しかし、一芸にすべてを求めすぎたな。貴様たちがそれでもなお歯向かうほどの膂力を持ち合わせている者たちであったならば、余の傷口に食らいつくことができたかもしれんが」

 

「っっ、バカいっとるんじゃないわ、こちらとか弱い女の子だってわかるやろうが、お前らみたいな筋肉モリモリのリアルバーサーカーと一緒にされたら敵わんわ」

 

「この状況でもなお、減らず口を叩くことができるのならば、十分だ。その反抗心を胸に、散るがいい。異国の神官たちよ、そなたらのことを余は記憶に――――」

 

「むかぁし、むかぁし、めちゃんこ強い蒙古の軍勢は、うちら日本の地を侵略しにきおった。降伏を勧告して来たんやけど、うちらの祖先はお前らなんかに従いたくないわって首切り飛ばして帰らせてやったんや」

 

 突然、朔姫が末後の状況に近い中で声を上げる。その様子にライダーの手が止まった。

 

「そんで、お前ら、蒙古は怒りに狂った。クソ島国が世界最強に逆らうなんてどういうこっちゃってな。そんでお前らはすさまじい数の軍勢を率いて、うちらの国に攻め込んだ。

 世に言う元寇の始まりってな」

 

 朔姫が突然語りだしたのは、時代も経ること鎌倉の時代、ユーラシア大陸をモンゴル帝国が席巻し、ついには島国日本にも彼らが攻め寄せてきた時代の話し、チンギス・ハーンにとっては彼の子孫たちが日本に攻め込んだ時の話しである。

 

「辺境の島国であると調子こいたお前らは、ウチらのご先祖様たちの意外な抵抗に驚かされた。そして、結局はウチらの国を支配することもできずに逃げ帰る始末、滑稽やって言うのはこういうことを言うんやろうな。どうや? 子孫共が不甲斐ないお陰で島国に一生、お前らの帝国を撃退した神の国言われる立場になっておるんは」

 

「笑止、まさか、そのような言葉で余が止まるとでも? 子孫たちが貴様たちの国に不覚を取った? なるほど、確かにそういうこともあろう。余の血を継いでいたとしても余でないのならば、そうしたこともあろう。ならば、なおさら、余がその謝礼をしなければなるまい」

 

「ちっ、動揺誘うんも無理か」

 

「そも、敗北などこの身ですらも幾度も幾度も重ねてきた。モンゴル高原で幾度となく行ってきた部族同士の覇権争い、信じていた友の裏切り、狡猾な国家間の騙しあい、どれもこれも余の首を狙うばかり、命の終わりを感じたことなど、一度や二度に非ず。

 それでも、余は歴史に名を刻んだ。敗北など、次に勝利をするための糧に過ぎん。恥を覚える必要など欠片もないのだ。勝利の道筋の一つに拘る必要があるか?」

 

「はぁ……、いや、ほんま、もう少しテンプレ的悪の親玉ムーブしてくれてもええやん。ポジションがそれで、性根が根っからの英雄とか、いやもう、手に負えんわ、こいつ」

 

 侵略王にしてモンゴルの絶対的英雄であるチンギス・ハーン、彼は確かに侵略される世界の者たちからすれば、誰よりも憎悪すべき災厄を齎す侵略王であったことは間違いない。

 

 しかし、同時に己を慕う者たちの為に常に進撃を続けてきた草原の王でもある。自身の強さだけではあの大帝国を築き上げることはできない。最高峰のカリスマ性と武力、そして彼の力にならんとする者たちの協力がなければあれほどの帝国を築き上げることは出来なかった。例え、世界に破滅を齎すほどの悪魔であったとしても、その原初にあるものは、まがうこと無き英霊としての矜持なのだ。

 

 故に小手先の技も術も通用はしない。ただ、敵として認め、敵として滅ぼしていくだけのこと。その絶対的な終末の刃が朔姫とキャスターへと振り下ろされるその瞬間に、

 

「ま、止まるなんざ想っておらんわ。でも、存外、話しを聞いてくれたんは嬉しい誤算やったわ。おかげで姫の準備もとど乗ったしな」

 

 その時に、ライダーとキャスターの戦闘が繰り広げられている、スラムの上空、先ほどまで巨大魔方陣が浮かび上がっていた空に暗雲が立ち込める。そして、不穏なほどに吹きすさぶ強風が立ち込め、ライダーと幻獣たちの身体を揺らす。

 

「ウチの姫の本領発揮は天候操作、巫女とはあらゆる吉兆を占う者、当然に天候を占い、天候を操作するんも巫女であればお手のものよ」

「なるほど、それが時間稼ぎの答えか? 別にどうとでもなる。今更、天候の一つ――――いや、まさか」

 

 ライダーは何かに気づき、そして朔姫はニヤリと笑みを浮かべる。そう、何も時間稼ぎのための無駄話をしていたわけではない。言うなれば印象付け、言霊の力とは決して馬鹿にすることはできない。その力を以て、ウソを真実にすることもできることを彼女は理解している。

 

「知名度補正でウチらの思惑潰されたんなら、当然、ウチらは意趣返しさせてもらうで、そっちが知名度で勝負するんだったら、ウチらは歴史再現で勝負や! 遥か鎌倉に蒙古を吹き飛ばした神風―――それを、今ここに再現する!!」

「八咫鏡より空へ――――天照の威光をここに示し、護国の御風と相成らん!!

 宝具『伊勢ノ神風』!!」

 

 それは言うなれば暴風と雷である。かつて、蒙古によって派遣されてきた世界帝国の兵士たちを破った鎌倉武士たちに味方をした奇跡の暴風雨、伊勢におわす天照へと捧げられた祈りによって顕現されたその護国の神風は神の島国へと迫る外敵を排除するための力として、圧倒的な威力を発揮した。

 

 キャスターの発動した宝具はその再現、吹きすさぶ暴風と雷を以て、敵軍に人外な被害を与えるという宝具ではある。しかして、ライダーの軍勢は一騎当千、如何に圧倒的な宝具であったとしても、大群宝具で堰き止められるほど甘いものではない。

 

 しかし――――

 

「ぐっ、があああああああああああああああああああ!!」

「GYAOOOOOOOOOOOOOOO!!」

 

 絶叫が木霊する。悲鳴がこのスラム総てに響き渡るかのようであった。四体の幻獣、そして戦車に乗るライダー、それらすべてが暴風によって全身を刻まれ、空より落下してくる雷によって全身を焼かれる。その威力たるや先ほどの八咫鏡とは比較にならない。

 

 キャスター陣営を滅ぼすための絶好の機会であるはずなのに、彼らは一歩も前に進むことが出来ず、逆に痛みに耐えることしかできない。

 

「ああ、そうや、そら当然聞くやろうな、ウチらの国は世界最強のお前らを退けた国や!その時の歴史再現をお前が自覚したうえで攻撃を受ける。知名度補正や歴史再現が通じるんなら、そこには絶大な意味合いがあるに決まっとるわ!」

 

 先ほど、ライダーに自分たちの絶対的な反射結界を破壊された時に、朔姫はすぐさまこの方法による起死回生の一手を思いついた。勿論、その宝具発動にかかるまでの時間稼ぎをしていたことは事実ではあるが、それ以上にライダーへと自分たちの立場を理解させることが必要だった。

 

 蒙古と日本の関係性や世界でもまれな例である。常に対峙してきた国家を滅ぼしてきた、あるいは従属させてきたモンゴル帝国にとって、勝利することが出来なかった稀有な例の一つ、その歴史再現という力を利用してのライダー打倒、使わない理由など存在しない。

 

 その機転を僅か一瞬の間に考え付き、実行に移した朔姫とキャスターのコンビネーションは圧巻の一言であろう。命を奪われる危険性がある状況の中で簡単にできるようなことではない。

 

「ま、おかげでこっちもこっちでスッカラカンやけどな……ここまでのことを本当はするつもりやなかったけど、戦わなきゃ生き残ることもできへんし、ウチらもここで脱落するわけにはいかん」

「そうだね、ライダーを倒したからって、それで聖杯戦争が終わるわけじゃないもんね」

 

 ここまで徹底的に力を隠してきたのはキャスター陣営なりに想う所があったからこそである。この場で力を使ったのは、自分たちを生かすために、命すらも懸けたエドワードに手向ける為である。ライダーの蹂躙を許せば、彼が命を懸けた意味が無くなってしまうからこそ、力を振り絞って戦った。

 

「――――見事だ、まさか、余がここまで追い詰められるとは思ってもいなかった。先の一撃、凄まじいの一言だった。もしも、余が灰狼に召喚されたわけではない通常のサーヴァントであったのなら、先の一撃、致命傷になりえたかもしれん」

 

 だが、だがしかし、これほどの策を講じたとしても、それでも生き残るからこその侵略王、雷と暴風による周囲への影響が消え去ったそこには、全身に傷を負いながらも魔力によって回復していくライダーの姿があり、その横には、これまで姿を見せなかった星灰狼の姿があった。

 

「さすがに、肝を冷やしましたよ、王よ。人造七星たち10人の生命力総てを転換した一時的な魔力増幅が無ければ、貴方を消滅させられていたかもしれない」

「雑兵たちの命を犠牲にしなければ生き残られなかったとは、余の不覚だな。しかして、余は生き残った。ならば、この敗北を次の糧とすればいい」

 

 何故、星灰狼が七星の中で序列第一なのか、それは彼が抱えている人造七星たちがそのまま、ライダーの魔力タンクとして機能しているからである。灰狼が本来であれば抱えなければならない魔力という負担を抱えて、その上でライダーに危機が陥った際には魔力を消費して回復をさせる。その過程でタンクとして使用された人造七星の命は失われるかもしれないが、そんなものは彼にとって気に掛けるほどのことでもない。

 

 いなくなればまた補充をすればいい。天然モノではないのだから、そうしたことができることこそ、人造七星の利点であると言えよう。

 

「とはいえ、まさか四狗たちをすべて失うことになるとは思っていなかった。我がチャリオットも破壊されてしまったな、灰狼よ」

「何を、であれば王には愛馬がありましょう。武器の一つを失ったとしてもまだ戦うことは出来ます。御身が存在する限り、我らが望んだ大帝国に終わりなどありませぬ」

 

 これまでライダーを運び、戦いをサポートしてきた四匹の幻獣たちの姿が黄金色の光に呑まれていきながら消失する。ライダーを生かすことには成功したが、さしもの幻獣たちまでもを生かすことが出来なかったことが、キャスターの放った神風がいかに凄まじい威力であったのかを物語っているだろう。

 

 絶好の機会だった、今この瞬間こそ、ライダー陣営を完全に消滅させる最初で最後のチャンスであったかもしれない。しかし、それも灰狼によって無に帰した。最初から灰狼にはライダーが脱落した時に備えての準備があったのだから、失敗をすることは言うまでもないことであったかもしれない。

 

「では、もう一度と行こうか。八代朔姫。ここまで私達を追い込んだのだ。最後まで侵略王の敵として奮戦を期待したいところだが――――、余計なことをされても困る。王よ、申し訳ないですが、聖杯戦争のマスターとして彼女たちに引導を渡します」

「良い、単騎で駆け、その結果としてそなたがいなくば、危うく討たれていたところだ。此度は命令に従う」

 

「では――――散華」

「ええ、お任せください、灰狼殿」

 

 その瞬間、迫って来る殺意に朔姫は死を覚悟した。混ざりけのない殺意、ただ殺すことにだけ集中した最高峰の暗殺者をどうして防ぐことができるだろうか。

 

(あかん、いつもだったら式神使ってとか、術で防いでとか思いつくけど、ガス欠している状態じゃそれも展開できへん……もうちょいやったんやけどな……)

 

 最後の想定が身を踏み越えることが出来なかった。聖杯戦争に勝つために策を講じてきた灰狼との差が出た。手の内を先に出したのはまさに失敗であったと言えよう。

 

 本当であればもう少し、仲間たちの中で潜伏するつもりでいたというのに、姿を見せてしまった自分の甘さを恨むほかないかと朔姫は諦め、散華の刃が届かんとした時に―――、

 

「朔ちゃん!!」

「―――――ッッ!」

 

 バシンと、何もない空間に散華の刃を阻む者が出現し、散華は七星の血に従って、朔姫への追撃を諦めて、一度距離を取る。

 

 その判断が正解であったことはすぐに理解する。散華と相対するように立ちはだかった彼女にとっての本当のターゲットが目の前に現れたのだから。

 

「ああ、桜子さん。嬉しいですね、会う前に消え去ってしまっているかもしれないと思っていましたよ」

 

 姿を見せたのは桜子、だけではない。レイジやロイ、そしてルシアとアークもこの場に姿を見せる。キャスターによって暗示をかけられ、意識を失っていた者たちは、先ほどの神風の影響でついに目を覚ましたのだ。

 

「ごめん、朔ちゃん。私達全然気づくことが出来なくって……!」

「はッ、最初から期待しておらんわ。ま、でも……ちょいガス欠や。悪い、あと、任せてええ、か?」

「―――勿論!」

 

 桜子の腕の中で朔姫は意識を失う。キャスターと二人でライダーを押し留め、その前には巨大魔方陣の消滅にまで寄与していた。意識を失うのも無理はない。

 

「星灰狼ッッッ!!」

「ほう、アベル、君も出て来たか。ターニャ・ズヴィズダーも健在そうでなによりだよ」

 

「貴方に心配される必要なんてありません!」

「お前はここで殺す。お前を殺して、みんなの無念を晴らすんだ……!!」

 

 ようやく見つけた仇敵、滅ぼさなければならない存在を前にして、レイジは怒りをあらわにする。その熱こそが彼を突き動かしているのだから。

 

「残念だが、私と君のステージはまだここではない。君にはより相応しい戦うべき相手がいるだろう」

 

 そういうと同時に、魔方陣が浮かび上がり、その中からキャスターとマスターであるカシム・ナジェム、そしてオカルティクス・ベリタスで姿を見せたあの少年が姿を現す。

 

「お前は……っ」

「さて、実験体420号、私の為に戦え」

 

「ロイ・エーデルフェルト、先の戦では世話になったな。此度は以前のようにはいかぬ」

「また厄介な奴が戻って来たな」

 

「くく、では、第三ラウンドと行こうか。なぁに、逃げ場などないと思え。お主らは此処で朽ちるまで戦うのだからな」

 

 七星序列一位から三位までもがそろい踏みになった戦場、ここまでの激戦ですらも前哨戦に過ぎなかったかのように戦いが本格化する。決して逃げ場など与えない。どちらかが消えるまで、終わりはないと告げる戦場に――――

 

『さて、キャスターもカードを切ったのなら、僕もいい加減手札の切りどころかな?』

 

 アヴェンジャーの中にいる青年はいよいよ、自分の番が回ってきたことを実感するのであった。

 

第11話「Colors of the Heart」――――了

 

次回―――第12話「ジョーカーに宜しく」

 




次回は6月10日(土)更新です!

【CLASS】キャスター

【マスター】八代朔姫

【真名】倭姫命

【性別】女性

【身長・体重】142cm/35kg

【属性】秩序・善

【ステータス】

 筋力E 耐久E 敏捷D

 魔力A+ 幸運A 宝具A+

【クラス別スキル】

陣地作成:A
魔術師として、自らに有利な陣地を作り上げる。
“神宮”を形成する事が可能。伊勢神宮を創建した。
   
道具作成:D
魔術的な道具を作成する技能。

【固有スキル】

鬼道:A
天照大神の御杖代として鬼道を取得している。周囲に存在する霊的存在に対し、依頼という形で働きかけることにより、様々な奇跡を行使できる。行使される奇跡の規模に関わらず、消費する魔力は霊的存在への干渉に要するもののみである。あくまで依頼であるため、霊的存在が働きかけに応じない場合もあるが、倭姫命は天照大神の御杖代に選ばれているため、成功率は非常に高い。

神性:B
天照大神の直系にあたり、本人も信仰を集めている。
 
神々の加護:A+
天照大神を始めとした伊勢神宮に祀られる神々の加護。
危機に瀕した際に神霊レベルの支援行使が行われる。

神託:A
神の託宣により、その状況での適切な判断ができるようになる。Aランクならば常に天照大神の判断を得ることが出来る。

【宝具】
第一宝具『伊勢の神風』
ランク:B 種別:対軍宝具 レンジ:0~60 最大捕捉:1000人
倭姫命が天照大神から神託され、後の元寇によって神として風宮に祀られるようになった奇跡の神風。真名解放を行うことで激しい風雨を起こし、レンジ内の対軍宝具の発動を停止させ重大な被害を与える。

第二宝具『八咫鏡』
ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1人
日本国三種の神器の一つ。石凝姥命が作り、倭姫命によって伊勢神宮に奉納された天照大神の化身鏡。
魔術や光・熱属性の攻撃を受けた際に『八咫鏡』に写すことで、魔術特性はそのままにAランクの攻撃として、そのまま反射・拡散させることが出来る。常備型の利器としての宝具である。

第三宝具『???』
ランク:A+ 種別:対界宝具


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第12話「ジョーカーに宜しく」①

――王都『ルプス・コローナ』・スラム街――

 七星陣営側キャスターおよびライダーによる襲撃、キャスターの大規模魔方陣をエドワード・ハミルトンの命がけの魔弾によって破り、ライダーと四狗たちの襲撃は朔姫とキャスターによって辛くも凌ぐことが出来た。

 

 しかし、それさえもあくまでも前哨戦に過ぎない。ライダーの奇襲が失敗に終わった瞬間、襲来したのは七星散華とアサシン、レイジに異常なまでの敵愾心を見せる実験体を引き連れたカシム・ナジェムとキャスター、そして星灰狼である。

 

 奇しくもこの場に七星序列第一位から第三位までのすべての戦力が揃い、朔姫たち側もキャスターの影響力によって闘う事が出来ていなかった桜子たちが参戦を果たした。

 

 ここからが本当の意味での本番、このスラムでの戦いの趨勢を決する決戦となるであろうことは誰にとっても分かることであった。

 

「思ったよりも復帰が早かったな、カシム・ナジェム。もう少しお待ちかねで来てくれると思っていたんだが、急ごしらえでは俺を越えることはできないぞ?」

 

「委細承知している。しかし、座して貴様の到来を待ち続けるなど、己にはできん。グロリアス・カストルムの時と同じであるとは思わないことだ」

 

 ロイの挑発にカシムは真っ向から言葉を返す。グロリアス・カストルムでの戦いでは全身を鋼鉄へと変えながらも、ロイの圧倒的な武力の前に、カシムは敗退を余儀なくされた。再びロイの前に姿を見せた以上、その身体は以前の戦いとは全く別物になっていると考えるべきだろう。

 

「ふふ、桜子さん、また会えてうれしいです。前回は中座となってしまいましたが、今度は逃げるなんてことはしないでくださいよ? 私はずっと貴女を斬る日を心待ちにしてきたんですから」

 

「女の子に好かれるのは嬉しいけど、貴女に好かれるのは別に嬉しくないかな。それに、私、そんな簡単に斬れるほど優しくないよ。貴方の戦い方は前回の戦いで良く分かったから、今回も同じように行くなんて思わないで」

 

「できるんですか? 私の反応速度にまったく追いつけていなかった癖に」

「まぁね、できないって諦めたら斬られるのを待つだけになっちゃうでしょ? 生憎と私は私の帰りを待ってくれている人がいるから。私の命は私一人のモノじゃない。だから、負けられないんだよ、貴女にも、他の七星にも」

 

桜子がそういうと、散華は一瞬、何か言いたそうな表情を浮かべた。しかし、すぐに表情をいつもの柔和な笑みで隠した剥き出しの殺意で塗り固めた表情へと戻した。

 

「そうですか、嬉しいですね、貴女は実に殺しがいのある相手ですから」

 

 散華が自らの武器である刀を抜く。そして桜子も魔力によって編み出される刀を展開するために魔力を練り上げる。共に七星流剣術を使う者同士、前回の激突で相手の手の内を知ることは出来た。今度こそは不甲斐ない戦いをしないと桜子は気を張り、散華の行動すべてに意識を割く。

 

(朔ちゃんがここまで頑張ってくれた。本当なら、まだ実力を隠しておきたかったはずの朔ちゃんに報いるためにも、私は絶対に七星散華には負けられない。少なくとも七星流剣術そのものを使う戦いになれば、私の方が一枚上手だ。後は彼女の反応速度さえ突破することが出来れば、勝機はある)

 

 純粋な七星流剣術の激突であれば、自分に分があると桜子は考える。散華は強い。しかし、その強さの源泉は七星の血を使った超反応にある。もしも、純粋な剣技だけで勝負をするのなら、桜子の方が筋がいい。

 

 少なくとも、散華の剣術能力は自分の兄ほどではないと桜子は冷静に分析していた。

 

「ランサー、アサシンをお願い」

「承知しました、あの時のように不覚は取りません」

 

「あはっ、お姉さん、またフラウと踊ってくださるのかしら? それはとっても嬉しいわ。こんなにたくさんの人に歓迎されたのは初めてよ。どうか、踊ってくださいな」

 

「なによ、あれ。なんかもう色がどす黒いんだけど」

「あれが七星陣営側のアサシン、気を付けてね、ルシア、アサシンに触れられると、何が起こるかわからないわ」

 

 アサシン陣営もキャスター陣営も自分たちの闘うべき相手が目の前にいるおかげもあって、既に戦意は十分なほどに発露されている。きっかけが生まれればすぐにでも戦いに発展することができると言わんばかりの様子である。

 

 しかし、この場で最も殺意に溢れている戦場はその二つではない。怒りと殺意を携えた二人の少年が対峙する。1人は星灰狼への消えることのない殺意を滾らせる少年、レイジ・オブ・ダスト、そしてもう一人はそのレイジに対して殺意をみなぎらせている実験体と呼ばれている少年である。

 

『相変わらずお前さんに殺意マシマシだのぉ、あやつは……』

『本当は面識あるんじゃないの? じゃなくちゃあんなに怒りを剥き出しにすることなんてありえなくない』

 

「知らん、だが、間接的に俺を憎む理由を持っている奴なのかもしれない。この手が穢れていないなんてことは言えないからな」

「穢れている? 違う、そんなチャチなことじゃない。返せ、返せよ、あの子は俺のモノだ、お前が傍にいさせていいものじゃないんだ……!」

 

 実験体と呼ばれた少年の視線はレイジではなくターニャに注がれる。何かを伝えたい、しかし伝える術を持ち得ない少年は、ただ呻くようにレイジへの恨み言を口にすることしかできない。

 

 レイジ自身もどうして自分がここまで彼に恨まれているのかを理解できない。おそらく彼は人造七星なのだろう。わずかに七星の魔力が彼の身体から漂ってきていることは理解できる。しかし、大した力ではない。これまでにレイジが対峙してきた七星の術者たちに比べればそれこそ、子供だましといってもいい程度の力でしかない。

 

「お前に用はない。星灰狼を出せ、俺が用があるのは奴の方だ」

「愚かな奴だ」

「なに―――?」

 

「愚かだと、言ったんだよ。自分のやっていることが、どんな結末を生み出すのかもわからずに、自分の正しさだけを信じて突き進んでいることはさぞかし楽しいことだろうさ。その裏で犠牲になることがあることをお前は知らない。お前は救世主にはなれない。お前は何処まで行っても血塗られた鬼でしかない」

 

 指を差し、少年はレイジを非難する。お前に平和なんてものは作れない。お前に出来るのは戦禍が広がるだけの世界であると。

 

 地獄の先に花を咲かせる?笑わせるな、そんなことはお前にはできない。悪鬼、いいや、むしろお前は道化に過ぎないのだから、その手で新たに生み出せる何かがあるわけがないだろうと公然とレイジの歩んで行こうとする道を否定して見せる。

 

「七星に復讐をすれば、総てが解決すると思っているだけの道化だ。お前のような奴が彼女の傍にいることが許せない」

 

お前は何も必要ない。ただ、その愚かしい道化のような人生に幕を引けと異常なまでの執念を持ち合わせた少年はレイジを害するために動く。

 

「バカにするなよ、道化なのはどちらだ。俺たちにこんな過酷な運命を背負わせているのは星灰狼だ。お前の後ろでふんぞり返っているそこの男だ。ソイツを何とかしなくちゃ何も変わらないのに、どうしてお前はそうしない? 本当に闘うべき相手がいると分かっているのなら、刃を向ける先を間違えるなよ。お前の事情なんて知らない。だが、お前が戦うべき相手を見誤るなよ」

 

「そうだ、お前は俺が何なのかも知らない。俺がどうしてお前を憎んでいるのかも知らない。けれど、何が正しいのかを知っている。それが正しいと言い切ることができる。そんな自分が歪だと思ったことはないのか? 他人の事情も知らずに、当たり前のように正論を口にするその傍若無人なあり方こそが、お前という存在を何よりも象徴している」

 

「もういいだろう、実験体402号、彼はお前の敵だ。私は約束は守るよ。どだい不可能な所業であったとしても、それを覆したのであれば褒美を取らせる。だから、見事討ち果たして見せるがいい、ただの屑星でしかないお前にそれができるのならば」

「言われるまでもない」

 

 たとえ、自分に命令を下した男が全ての元凶であったとしても、彼に従うことで自分の願いを叶えることができるのであれば、彼にとってそんなことはどうでもいい。人間は本来自分が手に入れて然るべきものを奪った相手にこそ、その怒りをあらわにする。

 

 レイジにとってはそれが灰狼だった。彼はレイジが当たり前に手にしていた者の総てを奪ったのだから。そして実験体402号にとっては、その対象は灰狼ではなくレイジであった。彼こそが実験体402号が持つに相応しいものを奪った。だから許せない。原因ではなく結果として戦うべきことはもはや決定事項なのだ。

 

「さて、彼らは放っておけばいいが、随分と逞しい表情になったね、ターニャ・ズヴィズダー」

「白々しいね、あなたがそう仕向けた癖に」

 

「何のことかな?」

「貴方は私が倒す」

 

「できるのなら、やってみるといい」

「私だって、以前のように貴方に怯えるだけじゃないわ。レイジの力になることができるのなら、私は貴方とも戦う!」

 

 以前、灰狼に捕らえられて、自分の境遇に怯えることしかできなかった頃のターニャと同じ人物であるとは思えないほど、彼女はたくましい言葉を口にする。周囲に纏っている魔力は紛れもなく七星の魔術、自分自身が七星の魔力に呑まれてしまうのではないかと恐怖に怯えていたころの彼女はもはやどこにもいない。

 

「いいね、恋は少女を女に変えるとはよく言ったものだ、王よ、先ほどの一戦を終えた後にすぐに戦うことを求める愚かさをお許しいただきたい。さしもの私もセイバーを相手に戦って、勝てると豪語できるほど向こう見ずではありません」

 

「フッ、要らぬ心配だぞ灰狼、四狗たちよ、今だ吠える気概はあろう。肉体が滅びる間際であろうとも、我が軍を率いて来たものとして、最後の花を咲かせるがいい!!

 ライダーが再び戦闘態勢へと入ると、何ということだろうか、ライダーの背後にまるで守護霊であるかのように四体の幻獣が再び姿を見せる。まるで消え去る前の最後の輝きであるかのようなその威光、並みの英霊であればそれだけで恐れ戦き、状況に呑まれてしまうだろうが……、

 

「誤算と言えば誤算だったな、侵略王よ、貴様は儂が自ら滅ぼさなければ誰にも倒せぬと思うていたが……、足元を掬われたなどとは言わんぞ。このまま押し切らせてもらう」

 

 ライダーを迎え撃つようにターニャのサーヴァントであるセイバーもまた姿を見せる。セイバーにとっては、ターニャのサーヴァントとして自分を脅かす可能性のある存在であるライダーをここで排除することができるのであれば、渡りに舟である。

 

 キャスターの活躍見事であった、そのまま逃走しないその戦士としての闘争心も受け入れたうえで、救世王はこのまま、侵略王を屠ることを決断する。

 

「セイバー、お願い、私に力を貸して」

「無論、それがこの場における最適解であろう」

「では、始めようか。聖杯戦争を」

 

 それぞれの因縁がぶつかり合う戦場の中で最初に火ぶたが切られ、真っ向から激突したのは、遠坂桜子と七星散華、そしてそれぞれのサーヴァントであるランサーとアサシンの戦闘である。

 

「七星流剣術、陰陽崩し――――時雨繚乱!!」

「ふふっ、七星流剣術――不知火!」

 

 魔術によって生み出された形を持たない桜子の剣、それらが式神を介して一斉に展開して、散華の周辺を覆うように斬撃の結界を生み出していく。

 

 斬撃結界の動きは全て、式紙を介して、桜子の魔力を通して機能する。言うまでもなく、桜子とランサーがどれだけ動き回ったとしても、その斬撃結界に切り裂かれることはなく、散華とアサシンだけが対象となる。

 

 決して周囲一帯を覆うような空間ではなくとも、その斬撃結界が機能している以上、空間の中に逃げ場はない。超反応の意味などないと思われるが、それは素人の発想でしかない。それで捕らえられるようでは、七星宗家の後継者を口にすることなどできないだろうと、散華は斬撃結界の斬撃が自分に降り注ぐよりも早く動き、その空間の中を突破して桜子へと刃を振るう。

 

「見事ですね、並みの七星であれば、桜子さんの斬撃結界避けることなど不可能です。攻防一体、七星の魔術と神祇省の技術を合わせた素晴らしい出来ですが、私の前には通用しません」

 

(速すぎる――――ッッ、速度に七星の魔力をすべてつきこまれたら、私の攻撃すらも届かない……!!)

 

 桜子の七星魔術はあらゆる状況で戦闘行為を可能とし、術者の魔力増強、あるいは修練によって上限なく強くなることができる、想像力に寄与した能力である。対して散華は能力の拡張性自体はそこまで高くはない。剣術も桜子に劣るであろう。

 

 しかし、七星の血を誰よりも濃く継いできた彼女の真価は、あらゆる経験則を以って、最適な能力の使い方を選ぶことができることにある。桜子の技が迎撃、あるいは反応で切り抜けることができないとわかれば、即座に魔力のすべてを速度に置き換えて、斬撃結界を突破する。式神がオートで斬撃を放つとしても、その魔力を流すのが桜子である以上、反応速度の面で、散華が上回っているのならば、避けることは難しくない。

 

「これが現実ですよ、桜子さん。貴女がどれだけ考えを巡らせたところで、無駄なんですよ。分家が宗家に勝つことなんて―――」

「スイッチ!」

 

「はぁぁぁぁぁぁ!!」

「くっ、っっ!!」

 

「私だけじゃ勝てないかもしれない。けれど、これは聖杯戦争、だったら、私はマスターとして貴女を倒すわ、七星散華!」

 

 迫ってくる散華に向かって、横合いからランサーが飛び込み、二振りの槍が散華の身を裂く。魔力による回復は当然行われるが、桜子と対峙した中で、まったく手傷を負わずに戦ってきた散華にあっさりと手傷を負わせたことは、彼女にとっても驚きであり、圧勝ムードを崩す意味で十分に意味がある。

 

「お姉さん、貴女はフラウと、きゃあああ、いきなり刃が飛び出してきたのよ!」

 

 そして、ランサーが散華へと向かった分は桜子が、魔力刀を放って、アサシンを牽制する。アサシンは天然の災厄ではあるが、技量という点では散華に頼らざるを得ない程度でしかない。

 

 七星散華とアサシンの陣営は、その戦闘力のほぼすべてを散華に頼り切っている。桜子と散華では散華に軍配が上がるとしても、サーヴァントを交えた状態での戦いとなると、その戦力差は逆転する。ランサー:アステロパイオスは生粋の戦闘者、散華と戦うことは十分にできるのだ。

 

「サーヴァントと自分の立ち位置をスイッチさせることで戦力の不利を補う。なるほど、考えてくれましたね。さしもの、私もサーヴァント相手に戦うとなると、少し自信を失ってしまいます。それでも、目的を違えることはありません。いいですよ、マスター同士の戦いで勝つことができないから、サーヴァントを交える。立派な戦い方じゃありませんか」

 

 言うとすぐに散華は再び、あくまでも桜子を狙うという目的を変えることはなく刃を振るう。当然にアステロパイオスも対応するが、今度は散華も攻撃に対して反応し、槍と刀が激突し、そこに割って入らんとする桜子へと身体を逸らしながら、槍を受け流し、刃を通そうとする。

 

「まさかッ!」

「私の射程に入るなんて、それこそ愚策ですよ!」

 

 ランサーと二人同時に攻撃を仕掛ければ優位を取ることができるなんて浅はかな考えに過ぎないと言わんばかりに、散華はランサーの攻撃を受け流しつつ、桜子へと迫る。

 

 単純な連携など、彼女の前では一人であろうが二人であろうが関係ない。彼女は暗殺一族七星の最新型、もとより、複数人数との戦闘等お手の物、そして格上であろうとも、七星の血が機能している限り、彼女は十全に戦うことができる。

 

「フラウ、ほら、貴女も怯まなくていいんですよ。ただ、私たち四人で踊ろうというだけです。誰も、貴女を放置なんてしませんよ」

「そうね、その通りよね、マスター、ええ踊るわ。フラウも好きに踊ってしまうわ。だって、この方たちはみな、フラウと踊ることができるのですから!」

 

 散華の言葉に歪な笑みを浮かべながら、アサシンが反応する。

 

「ええ、ええ、その通りだわ。マスター、貴女と一緒になってからとっても刺激的なことばかり。好きなようにしてもいいのよね! フラウは心のままに踊っていいのよね、あの時のように、いつもいつだって、フラウは踊りたいように踊って来たのですもの」

 

 アサシンの言葉から感情が高ぶっていることが分かった。その感情と同期するかのように、彼女の立っている場所の周囲がどんどん腐食していく。これまで手で触れる事さえなければ、腐食の効果が発現することはなかったはずである。しかし、今や、目の前で起こっている事象はこれまでの認識していた事実を大きく変えようとしている。

 

「私のフラウを甘く見ることなんて許しませんよ? どうぞ、二人で必死に闘ってください。その特権を持っているのは貴方達だけではありませんから」

 

「七星散華も本領を発揮し始めたか」

「そのようだのぉ、あの娘が本領を発揮すると、スラムが全滅してしまうかもしれんが、まぁ、そうなればそうなったでまた新たな人間たちを補充すればよいか。国王もさして気にはするまい」

 

「興味深いことを口にするな、まるでその言葉にはスラムの人間には、ここにいるだけで存在価値があるような言い方じゃないか」

 

「そう聞くこと自体がそなたが答えに近づいておることの証左であるともいえるのぅ、ロイ・エーデルフェルトよ。ここは掃き溜めよ、セプテムという国にとって不要になる者、存在してはならぬ者たちを捨て去り、そして浄化という名目でそうした者たちを鎮圧していくための場所。ここに堕ちた者たちに這い上がるための方法などあるまい。ここはこの国にとっての墓場だ。臭いものに蓋をする類の、な」

 

 ペラペラとキャスター:ヘルメス・トリスメギストスはこのスラムという場所の意味をロイに告げる。何もロイの動揺を誘いたいという思惑があるわけではなく、単純に事実を告げている世間話に等しい。キャスターにとって、失敗作の烙印を押された者たちになどさして興味はない。彼女が興味を持つのは、人類の英知を以て、人類の限界を踏み越えようとする者だけなのだから。

 

「それにしても器用なものだのぉ、我がマスターと戦闘を繰り広げながら、妾の攻撃をも退けて見せるとは」

 

「余所見をしている場合か」

「貴方の相手はマスターではなく、私達です」

 

 ロイの周囲に次々と展開していく魔方陣から連続攻撃が放たれているが、その間隙を縫うようにセイバーが一糸乱れぬコンビネーションでキャスターを討ち取るための刃を放つ。ポルクスの剣技がキャスターの首を捕らえたと思った瞬間、まるで最初から配置されていたようにキャスターの身体が粘土状のものへと変わり、溶けて地面に消える。

 

 すろと、足下から魔方陣がせり上がり、二人の動きを一瞬にして束縛した。

 

「くははははははは、殺意を剥き出しにするでないわ。妾もお主らもこの戦いにおいては端役に過ぎぬであろう。決着を急ぐな、もっと遊ぼうではないか。神霊たるお主らと戯れることが出来るだけでも聖杯戦争などという暇つぶしに参加した甲斐があるわ」

 

 王都正門で侵略王の右腕ともいえるジュベを相手に圧倒したセイバーをまるで赤子の手を捻るように翻弄するキャスターの手腕はやはり頭一つ抜け出ている。

 

 もしも、敵側に侵略王という圧倒的な存在がいなかったとすれば、彼女こそが七星側最高のサーヴァントであったかもしれない。そう思わせるほどに、キャスターのポテンシャルは底が知れない。

 

 先ほどの大規模魔方陣を使い、戦力の転移、足止めをしながらの攻撃、ライダーは人造七星というバックアップがあるからこそ、暴れ続けることができるという保証があるが、彼女はマスターであるカシムが自身の戦闘のために魔力を使ってることからも分かるように、バックアップらしいバックアップを受けていない。

 

 それにも関わらず、まったく魔力が尽きる様子すらも浮かべない。むしろ、どうしてそんな事態になりえるのかという態度にすらも見えてくる。

 

「サーヴァントはサーヴァント同士に戦わせておけばいい。己はロイ・エーデルフェルトを倒す事だけに集中する」

「勝てないよ、どれだけ強化したところで、君では俺には勝てない」

 

 グロリアス・カストルムでの戦い同様に、カシムを封じるために足下から生じた流体魔術による攻撃、それがカシムへと殺到した瞬間、その鋼鉄の身体を焼くはずであった流体魔術の影響が、弾かれるように消失していく。

 

「何……?」

 

「防御力への懸念があった。お前と戦う以上、あらゆる魔術が己の身体に降り注ぐ危険性があり、己にそれを防ぐ手立てがない。であれば、どうするのか。これが答えだ。己の身に七星の魔力を纏わせた。コーティングとでも考えてくれればいい。このフィールドが展開している限り、ロイ・エーデルフェルト、お前の魔術は己の身体に触れることはできない」

 

「随分と用心深いじゃないか。それが七星の戦いかたなのかい?」

「好きにさえずればいい。お前という最強を屠ることができる七星こそが最強であると知れ」

 

「そうかい。だが、残念ながらその言葉は現実にはならないよ。何せ、俺はお前に負けるつもりはないからだ」

 

 傲岸不遜、ロイ・エーデルフェルトの言葉にはある種の傲慢さすらも滲み出ている。それを後押しするだけのキャリアと実際の強さを彼が併せ持っているからこそ、成立するその在り方はカシムの新機能をあっさりと流した。

 

 ガシンという音が鳴り響くと同時に、カシムの背部スラスターが火を噴き、一気にロイの下へと距離を詰めて、攻撃が繰り出される。流体魔術を使って躱すロイ、そして躱した先にあった建物の壁が一撃で吹き飛び、改めてその攻撃力のおぞましさを理解させる。

 

「触れれば砕けるな、触れればだが」

「追い詰められているのは自分であると自覚をするべきだ。攻撃が通用しないとなればお前は逃げ回ることしかできない。いずれは追いつく。今、この瞬間にも己の身体に内蔵している自己学習AIが貴様の行動パターンを学習している。動き回るほどにお前はその総てを丸裸にされるだけだ」

 

「そうかい、ならばやってみせろ。お前に俺の総てを明かすことができるのなら。そんなに浅い底ではないと思うぞ?」

 

 もっとも、以前の戦いよりもカシムを撃退する上での難易度が跳ね上がったことは言うまでもない。流体魔術によって撃退をすることが出来たのは、カシムがロイの魔術をその身で受けたことがなく、その苛烈さを知ることが出来ていなかったからである。

 

 今のカシムはその苛烈さを良く理解している。故にこそ、ロイの攻撃力を封殺したうえで、嬲り殺しにする方法を選んだのだろう。以前の失敗を糧として勝利するための方法を積み上げる。研究者としての側面が強いカシムらしい判断であると言えよう。

 

(対処は出来るだろう。しかし、厄介なのはむしろ、キャスターの方だ。あれが水を差すようなことになれば、どれだけ王手をかけたとしても失敗に終わる可能性は高い)

 

 聖杯戦争のマスターを守る為にどんな手段でも使うということになれば、さしものロイも対処することが出来なくなる。セイバーがキャスターを抑えている間にカシムを倒し、キャスターも消滅を狙う。それが間違いなくこの場における最適解であることは間違いない。

 

(ふむ、冷静じゃのぅ、我が主の改造で少しは変化が見れると思うたが、まだまだ予想の範疇内であったということであれば、よくよくこの先の展望を考えておるというべきところであろうが、鼻につくと言えば確かにその通り、あちらのように情熱的に闘ってもらいたいものであるのだがな)

 

 キャスターが意識を向けるのは散華と桜子の戦場ではなく、憎しみと殺意を込めて激突しあう二人の少年の戦いでもなく、その更にもう一つの戦場、星灰狼とターニャ・ズヴィズダーの戦場である。

 

「話には聞いておったがな、想像以上ではある。仕上がりも中々出来てきておるではないか。くっく、さすがに千年もの時間を賭けて醸成されてきた悲願、イレギュラーが起こったところでお前にとっては然したる問題ではないということかのぅ、星灰狼よ」

 

「七星流剣術―――花散!!」

「七星流槍術―――穿牙!」

 

 それぞれの技を放つ前の言葉が聞こえるとともに、技が激突し、火花散らしながら戦闘を継続させていく。ターニャと灰狼の戦いはそのような激突である。自分の武器である長槍を手にし、策謀家ではなく一人の戦士として戦場に立っている灰狼に対して、驚くべきことにターニャは戦う事が出来ているのだ。

 

 果たして七星の血が為せる技なのか、あるいはレイジと共に、共に明日を迎えることを願う少女の想いが、灰狼の想像をも超えて自我として走り出したのか。

 

 ルチアーノの時のように不意打ちでもないというのに、現役の七星の血族であり、この聖杯戦争という舞台で最も、七星の中で最強に位置するであろうと目されている人物と戦えていることは凄まじいの一言であった。

 

「そこまでして、彼が大事かい? 彼のことなど忘れてしまえば、君はもっと楽になることができる。君自身として当たり前の時間を過ごすことができるはずなのに。復讐に取りつかれた男のことなどさっさと忘れてしまった方がいいじゃないか」

 

「それは言葉で私を挑発しているつもりなの? だとしたら、そんなことは無意味よ? 約束したもの、この戦いを乗り越えたら、その時には自分たちだけでもう一度やり直そうって! 私は約束を絶対に守る。それがどれだけ不可能なことであったとしても、誓ったのだから、それを果たさなければいけないのよ!」

 

「心がけは素晴らしい。しかし、心がけだけでどうにかできない問題もあるよ。第一、君は私には勝てない。七星の力を表面上しか出せていない君の戦い方など怖れるに――おおっと!」

「誰が怖れるに足りないって?」

 

「ふふ、怖い怖い。まるで戦えば戦うだけ、どんどん感覚が研ぎ澄まされていくようじゃないか。本当にオカルティクス・ベリタスで別れた時とは別人のようだな」

 

 その理由、その原動力は言うまでもなくレイジだ。驚くべきことにターニャが灰狼を1人で抑えている間に、レイジは実験体402号と激突を続ける。

 

 まるでレイジの動きをなぞるかのように、実験体の少年も大剣を振り払い、レイジの大剣と真っ向から激突する。似通った武器をぶつけ合う者たちは、技巧で相手を圧倒すると言うよりも、その武器に込めた執念、あるいは怒りを力にして相手をねじ伏せる。そのような戦い方で決着を付けようとしているのが明らかだった。灰狼とターニャの戦いよりもかなり力押しに近いような戦いをしていることは明白だ。

 

「貴様がぁぁぁぁぁ、貴様が、貴様が、貴様がぁぁぁぁ!!」

「くっっ、身に覚えがないことで怒りをぶつけられたところで、何も響かないな! お前が俺に怒りを向けることは構わない。だが、俺は未だに理由が理解できない。お前は俺の何が気に食わない」

 

「………そんなもの、今更言うまでもないだろう。お前という存在の総てが恨めしい。俺から彼女を奪ったお前が恨めしい。俺が立つべきはずだった場所を奪ったお前が許せない。お前という存在そのものが彼女を不幸にさせる。なのに、なのに、なのに、なのに……、お前だけが何も知らずにのうのうと存在している。

 自分の復讐の旅が正しく、何一つとして間違っていないと信じている。お前のその無知蒙昧さこそが俺には許せない!!」

 

「相変わらず要領を得ないことばかりを口にしやがって……!!」

 

 少年が自分に憎悪を向けていることは分かったが、どうにもその憎悪の源泉が見えてこない。さながら、確信を突くのではなく、わざとその周辺を表現することでレイジを焦らしているのか、あるいはその謎を解くことまでも含めてお前に対しての復讐であると言わんばかりの態度である。

 

(こいつはおそらくだが、ターニャのことに執着している。俺が灰狼の下から、ターニャを連れ出したことに対して病的なまでの執着心を浮かべている。でも、ターニャはコイツのことを知らない。俺も知らない。俺とターニャの村にこんな奴はいなかった。だから、ターニャとコイツガ知り合いであるはずもない)

 

 レイジとターニャは幼馴染であり、同じ村の中で生きてきた。勿論、総ての交友関係を把握していたわけではないが、ターニャと親しかったものの記憶くらいはレイジも残っている。そこに彼の記憶は一切残っていない。あるいは、灰狼の実験場の中でターニャに出会い、身勝手な一目惚れでもしたのだろうか。であれば、自分たちが彼のことを知らない理由は明白となる。

 

「答えろ、お前は何故、そんなにもターニャに執着する! 彼女はお前の何だ!?」

「何であったのかなど分からない。だけど、彼女は俺にとって何よりも大事な人なんだッッ!! 彼女はお前の傍になんていちゃいけない。お前の傍にいることが彼女を不幸へと貶める。だから、お前は彼女には相応しくない」

 

 怒りのまま、吼えて叩き付けられる大剣を受け止めて、レイジはその激情を胸に刻み付ける。

 

「ああ、そうだな、俺のような復讐にしか興味のない人間は彼女には相応しくないさ。彼女は本来、復讐とか戦いとかそんなものに巻き込まれなくても良かったはずだから。だから、ああ、お前の言葉は正しいよ。俺のようなクズ星が彼女の隣にいることが正しくないという言葉、全くその通りだとも」

 

 ようやく口を開いた実験体の言葉、お前はターニャの隣に相応しい人間ではないという言葉に、レイジは激昂するでもなく、否定するでもなく肯定の言葉を向けた。

 

 ああ、だって、その通りだ。自分のような存在が、本来、花を咲かせた世界で生きるはずの彼女の隣に相応しいはずがない。世界に、人に滅びを与えることしかできない復讐鬼、復讐の果てに花を咲かせるなんて荒唐無稽な願いを持つ滑稽な道化、どのように思われたとしても、相応しくないという事実は誰よりもレイジが一番胸に刻み込んでいる。

 

 けれど、それがどれだけ正しかったとしても、ターニャを手放す選択は出来ない。ターニャにはもう自分しかいない。村の人間たちを全て殺され、そしてようやく少しずつでも未来に目を剥けようとしてくれているこの状況で自分たちからターニャを遠ざけることは、ターニャにとって深い心の傷を生み出すことになるだろう。それを認められない。それを許してはならない。

 

 だって、彼女をもう一度幸せにすることが出来なければ、地獄の先に花を咲かせるなんて言えるはずがないのだから、

 

「俺は諦めない。地獄の先に花を咲かせることができるんだって彼女に証明しなくちゃいけない。きっと俺が助け出すって、何もかも全部上手くいくって約束したんだ。だから、お前の憎しみがどれだけ正しかったとしても、お前にターニャを譲るつもりはない……!」

「違う、俺が言いたいことはそういうことじゃ――――」

 

「無駄よ、無駄無駄。どれだけ言葉を重ねたって平行線のまま、相手を排除するしかないのだったら本気でやりなさいよ。憎いんでしょう、この子が」

「なっ、ぐっ、がああああああああああ」

 

 瞬間、声が聞こえてくると同時にレイジの背中に衝撃と痛みが走る。それもそのはずだろう。レイジの背中は人知れず近づいてきた女によって切り裂かれ、その切り裂かれた傷口から鮮血が迸ったのだから。

 

「貴様、何奴――――ッ!」

「あらあら、我らを継いだ草原の王が誰だなんて悲しいことを言わないでほしいわね。あたしはジェルメ、我らが大ハーンの側近の1人よ、弟の方が有名になりすぎて、あたしは大したことのないようなもんだけどね」

 

『こやつ、アサシンのサーヴァントか』

「ぐっ……っっっ」

 

『まずいな、さっきの攻撃、完全に意識の外から行われただけにレイジも防御が出来なかった。傷は相当深いよ』

 

「ジュルメ、余計なことはするな……!」

「余計なことだなんて寂しいことを言うじゃないか、あんたがサッサと勝負を付けないからこうなるんだよ。獲物なんてのはいつだって早い者勝ちだ。呑気にべらべらと恨み言ばっかり口にしているあんたが悪いよ」

 

「っっ……!」

「ま、だからってあたしも鬼じゃないよ。最後のトドメくらいはあんたにさせてやるさ。さ、手傷を負って弱った奴ならあんただってあっさりと討ち取れるはずさ」

「言われなくても、そうするさ」

 

 ジュルメ、アサシンのサーヴァントであり、ジュベと同じく四駿に数えられる侵略王の側近の女はおそらく、実験体402号と呼ばれた少年の監視役兼世話役なのだろう。

 

 レイジを狙う理由など、いずれ侵略王の邪魔になるからに違いなく、最後のトドメを彼に任せる辺りに、自分の役目を忠実に果たそうとするきらいが良く見える。

 

「レイジ……やれるのか?」

「やるさ、逃げるわけにはいかない。ここには星灰狼もいる。立ち止まっているわけにはいかない。今度こそは奴を殺す。そして、ターニャを救うんだ」

 

「お前に彼女は救えない。お前の為すことは総て、彼女を追いこむだけだ。だから、潔く滅びろ。彼女を助けるのは俺がやる」

 

 最初に顔を合わせた時のような剥き出しの殺意ではなく、静かな殺意を燃やしながら実験体402号は目的を果たすために動く。

 

 手負いのレイジは退くつもりはない。しかし、その表情は青ざめ始めており、明らかに先ほど与えられた傷が深いことを示していた。

 

『植えつけられた七星の魔力を使って回復自体はしているはずだ。それでも隠すことが出来ないほどの傷、戦闘継続は間違いなく悪手だね』

「だが、この状況で撤退できるほどの余裕はない。何せ、撤退をしようとなれば、あれを何とかしなければなるまい」

 

 そう、この状況で撤退をするにはもう一つの懸念点があった。それは最初から予想していた懸念ではなく、後から乗じた懸念、すなわち戦力を見誤っていたと評するしかない問題である。

 

 それはライダー陣営、キャスター陣営との戦いではなく、マスターばかりが注目するアサシン陣営との戦いでこそ怒っていた。

 

「あはは、あっはははははははは、いいわ、楽しいわ。何にも気にせず踊り続けるなんて、なんて素晴らしいんでしょう。マスター、マスター、貴女と一緒に来れて本当にフラウは幸せよ。だって、だって、私、ずっと願っていたんですもの。自分のやりたいように踊りたい。踊り明かしたいって、あっはははははは」

 

 それは一言で表現すれば死の舞踏である。踊り続ければ踊り続けるほどに腐食していく世界、彼女という存在そのものが人間にとっての害悪であり、存在そのものが世界にとっての毒であることが認定されてしまったからこそ、彼女は概念として滅びの化身となってしまった。本来であれば、人間にだけ有効であったはずの彼女の毒はいつからか、概念として世界そのものを侵食する毒へと変わったのだ。

 

 これまではずっと抑えつけられていた。しかし、七星散華の命令に従う形で彼女はその抑えを解き放った。

 

「うっ……くぅ………」

「これ、腐食だけじゃない。気分が悪い、吐き気とか倦怠感とかそういうのがあの撒き散らしている空間から漂ってきて……」

「サーヴァントにも、影響が出ています。なんという毒、これほどの毒が……」

 

 桜子とルシア、そしてサーヴァントであるランサーまでもがその撒き散らしている瘴気によって、思わず吐き気を覚える。身体中が倦怠感を覚え、毒への耐性を魔力によって持ち合わせているはずの彼女たちでさえも眩暈や身体の痛みすらも覚えるほどの瘴気、それを身体の中に抱えているなど、まともな人間であるはずがない。

 

「誤解、していました。彼女の腐食能力は、それ単体で成立する能力ではなく……、あの体の中を構成している毒素そのものが触れたことによってその対象の身体の中に入って、いたから……」

 

 触れたことで相手を腐食させるのは、自分の身体の中にある毒素を接触感染することによって、相手の身体が毒素に耐えきることが出来ずに崩壊をしていたからであると仮定すれば、これほどの広範囲に一気に広がっていく毒素を放出することができる存在も理解できる。

 

 間違いなく人間ではない、人間はこれほどの毒素に塗れて生きていくことができない。であれば、神話の存在、あるいは…あるいは……、

 

「感染症の化身……」

 

 ポツリとルシアが呟く。

 

「なんだか、胸のどこかで引っかかっていたんだけど、ようやく思い出したわ。そのストローハット、少女の姿をしている存在、これでも聖職者だからね、伝説だろうとなんだろうとそういう話は耳にしたことがあるよ。

 かつて、中世の時代に欧州で猛威をふるった黒死病、まだ感染症なんて概念がない時に、人々はそれを1人の魔女の仕業だと断定した」

 

 病とは悪魔に魅入られた魔女によってもたらされるモノ、神の恩恵すらも届かない、生まれてきてはならなかったものによって、世界にもたらされるという考えこそが十字教世界を席巻した時にそれは生まれた。

 

 その魔女は 空を飛び、青い炎に身を包んで疫病を広め、人々を殺していった。その魔女の名は―――

 

「―――ペスト・ユングフラウ、黒死病の化身、それこそがアンタの正体だ、アサシン!」

 

「あっはははははは、お姉様、お姉様、フラウの名前を知っているのね。知っているのね、なら踊りましょう、踊りましょう。この蒼い炎が燃え盛り続ける限り、フラウと踊り続けましょう!」

 

 彼女はルシアの言葉を肯定し、世界に毒が巻き散らかされていく。ここまであえて抑えつけられてきた力はここに来て、遂にその発露を止めることはない。

 

「私のフラウを舐めないでください。小手先の策で私達を打倒することなど出来ませんよ?」

 




七星側はこれで総てのサーヴァントの真名判明かな?

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第12話「ジョーカーに宜しく」②

 ――人類の歴史は病との戦いの歴史である。本来生物は病にかかれば、自分の免疫力を超えた病に打ち勝つことはできずに命を落としていく。それを知恵と技術を用いて、病の原因を究明し、乗り越えることを人類は何度も行い、そして時代を経ていきながら、一つ一つの病を普遍的な治療可能な病へと変えていった。

 

 しかし、勿論、その集大成を得ることができたのは近年に至ってのことであり、人類の長い歴史の中では常に病は人々を死に至らしめる恐るべきものとして猛威を振るってきたのだ。その病の中でも恐るべきは感染症、人から人、動物から人へと感染していくその病は、ある日、まったく脈絡もなく感染し、瞬く間に人の生命を奪い去っていく、

 

 そんな人類の脅威であった病の歴史の中でも欧州を席巻した病があった、

 

 現代における病名はペスト―――かつては黒死病と呼ばれた病である。その病は欧州のあらゆる場所を襲った。平民であろうとも貴族であろうとも聖職者であろうとも、王族であろうとも、あまりにも平等に、あまりにも分け隔てなく、黒死鋲は人々を襲い、町中に屍が転がる事態が広がるばかりであった。

 

 死を迎えた者たちでさえも、病をまき散らす恐るべき感染症、その様子はさながら、人々が死へと向かっていくために踊っているかのようであり、「死の舞踏」とさえも呼ばれた。

 

 そんな最中、現在のオーストリアで生まれた一つの伝説、死の病をまき散らしている魔女がいるのだと。中世欧州を象徴する出来事と言えば魔女狩りである。

 

 異端の悪魔に魅入られた者を焼き払うことによって罪を浄化する。これもまた見方によっては、病にかかり、もはや助かる道のない存在を焼き払うことによって救済するための手立てであるということもできるだろう。そうした時代であった。人々はなぜ自分たちが命を落とすのか、どうして、神はこのような運命を自分たちに課すのか理解することができなかった。

 

 わかりやすい憎しみを畏怖の対象を探したのだ。未知の恐怖を自分たちの理解できる存在へと変換することによって、心の安静を保とうとしたのだ。そうでなければ、正体不明の病によって、次々と人が死んでいく状況の中で正常を保つことなど出来ない。

 

 故にこそ彼女は生まれた。黒死病の化身、死の舞踏の具現者、彼女に触れる者は誰であろうとも腐食し、彼女は世界に毒を撒き散らす。

 

 生まれ落ちた瞬間から、人類とは相いれない存在として生み出され、そして人類から忌避され続けてきた少女、それこそがペスト・ユングフラウ、七星散華によって召喚されたアサシンのサーヴァントの正体に他ならなかった。

 

「フラウを召喚する時に、私は一騎当千の強さ、英霊本来の素質のようなものを求めることはありませんでした。最低でも暗殺者の英霊が手にはいればそれでいい。私も暗殺者ですから、煌びやかな英霊など自分には似合わないことは承知の上です」

 

 七星散華は、ペスト・ユングフラウを召喚したことに一切後悔など覚えていない。滅びを齎す事しかできない存在、人類から疎まれる破滅の化身であろうとも、彼女にとっては実に都合のいい存在であるという認識でしかない。元より英霊はマスターにとっての戦闘兵器だ。聖杯戦争の最終的な勝者になるつもりがないのであれば、なおさら、散華にとってのウィークポイントを埋めてくれる存在でいてくれることに異論はない。

 

「本来、貴女がマスターとして参戦するなんてことは考えていませんでしたから。サーヴァントとマスターの連携なんていう手を使ってくるなんて思ってもいませんでしたけれど、フラウのことを舐めすぎですよ。私なんかよりも彼女の方が遥かに厄介なのですから」

 

「あはははははははは、さぁさぁ、皆さま踊りましょう。私と踊ってくださるのでしょう。私と踊ると誰もが崩れていくの、骸を晒してしまうの。でもね、お姉様たちは違うでしょう、もっと踊れるでしょう? だから、さぁ、さぁ、もっともっと踊ってほしいのよ」

 

 単一で最高峰の実力を持つマスターと戦闘力こそ劣っているものの広範囲に毒を撒き散らすことができる無差別破壊に特化した英霊、総てが明かされた状態で考えれば、ここまで相性の良い、相手を倒すことに特化した陣営もない。

 

(くっ、見込みが甘かった。七星散華を倒す事さえできれば、アサシン自体はサーヴァントで封殺することができると思っていたのに……まずい、彼女の近くに立っているだけで、眩暈と倦怠感、それに全身が爛れていくような感覚が……)

 

「さ、サーヴァントにまで無差別に影響を与えてくるなんて、どれほどの呪いを抱えて来ればここまでのことが……」

「ちっ、まずいね、これ。指輪の力で急速に回復しているとはいえ、戦うって言うだけでも相当ハンデを背負わされているよ……」

 

 桜子だけではなくランサーやニーベルングの指輪の効力によって不死の力を与えられているルシアの身体にも変調が来し始めている。人間の姿で存在している者であれば誰であろうとも、病に誘う事が出来る、身体中から放つ瘴気は、この場におけるあらゆる戦力に無差別に毒を撒き散らしていく。

 

 無論、それは七星側にも変わらない。全身を鋼鉄に置き換えているカシムはまだしも、灰狼やライダー。キャスターにも影響は出ている。

 

「まったく躾の成っていない小娘だのぉ」

 

 もっとも、キャスターほどの存在であればアサシンの瘴気を無力化する術を持っている。さして大きな問題にはならない。

 

「くく、必勝の策を弄したつもりが、自分たちの足元を掬われる結果になろうとは悔やんでも悔やみきれまいな。さて、どうするのだ? 七星散華は優しい女子ではないぞ」

「見えますよ、動きが鈍っていますよ、お二人とも。それで私を止めることが出来ますか?」

 

 アサシンのただそこに存在しているだけで相手を弱体化させる援護を受ける形で散華が桜子とランサー目掛けて突貫する。

 

 散華自身も口元から血を滲ませている。明らかに身体にダメージが生じているのは間違いないというのに、それを全く気にかけている素振りがない。

 

 その身に宿っている七星の血があれば、如何に彼女の身体が弱体化したとしても、ほとんど自動的に身体が動く。どちらも弱体化をしていたとしても、七星の血という絶対的なバックアップがある限り、彼女にとってアサシンの無差別的な呪いは決して不利になるとは言えない。

 

「こ、こんな手段で無理矢理に……」

「まさか、私も貴女たちの流儀に則っただけではありませんか、桜子さん。サーヴァントと力を合わせる。それが聖杯戦争でしょう?」

 

「それは否定しないけど、っ、くっ、ああああああ」

「ふふ、鈍いですね、以前の戦いよりもなお酷い。いいんですか、桜子さん。このままじゃ、私、本当に貴女の首を斬ってしまいますよ? もっと抵抗しなかったら、おしまいになっちゃいますよ?」

 

「そんなことはさせませんッ!」

 

 そこに割って入るランサー、しかし、彼女も先程よりも精細さを欠いており、散華を阻むだけでも精一杯の状況である。サーヴァントであるため、完全に毒に侵されているわけではないとはいえ、散華を追い詰めるほどの技の冴えを出すには至らない。二振りの槍と散華の刀が衝突し、そこで互角の戦いを演じるのが精いっぱいだ。

 

(桜子を下手に戦わせれば、彼女は容赦なく命を奪いに来る。今の桜子では、深入りをすれば命を奪えると考えたら、彼女はなりふり構わずに刃を突き通すはずだ、そんなことはさせない。何度も何度もマスターを危機に陥らせてばかりなど許せるはずもない!)

 

(ランサーがまだ余裕を持っているのが面倒ですね、私は七星桜子を斬らなければならない。それが私の命題、この聖杯戦争に参戦した理由、他のことはどうでもいい。彼女を斬ることができるのならば……多少の犠牲も構いはしない)

 

「フラウ!!」

「ええ、ええ、そちらのお姉さんと遊ぶわ!」

 

 ランサーが散華を止めるのならば、アサシンが桜子を仕留める。自分の手で桜子を討つことに固執している散華がアサシンに桜子の抹殺を命令したことで、桜子は再び戦闘態勢へと構えるが、吐く息は荒く、消耗は誰の目にも明らかだ。

 

「ああ、お姉様、貴女は待ってくれているのね、さぁ、私の手を――――」

「とるわけないでしょうが!!」

「きゃあああああああ」

 

 そこに割って入るようにルシアが飛びこむ。気分は最悪だが、ニーベルングの指輪の効力もあり、桜子よりは戦えるという自負がある。二挺拳銃の銃口が火を噴き、アサシンに直撃、いかに毒素を撒き散らしていたとしても、身体はやはり生身の痛みを覚えていることは間違いない。

 

「痛い、痛いわ。なんてことをするの?」

 

「さぁね、聞き分けの悪い子供には鉄拳制裁しかないって教義にも入っているし、別にいいかなって。それよりも、アンタ、酷い色をしているね、どす黒い、欠片も光を感じさせることがない、そんな色で……ううん、違うか。最初からそうなんだから、あんたにはそれが当たり前なんだよね」

 

 ルシアの目にはアサシンの感情の色が見える、真っ黒、欠片も他の色を感じさせることがない黒色に染め上げられたそれは、たった一つの感情に振りきってしまっており、感情と呼ぶことが相応しいのかすらも分からない。

 

 誰かと触れあいたい、そこに悪意や邪気があるかどうかは全く別問題だ。彼女はそう思ってる。それ以外の感情の感情を持ち合わせていない。彼女はそのように定義された存在であるからだ。

 

 その精神性をルシアは憐れであると思うと同時に、どんな説得の言葉を口にしても彼女は理解することが出来ないのだともわかってしまう。精神性が黒一色に塗りつぶされた存在であっても、わずかな輝きは残っているはずだが、

 

 アサシンにはその輝きが欠片も存在していない。それは最初から備わっていないからである。憐れんだとしても、どうして憐れんでいるのかもわからないのだ。まともな意思疎通を図ることができるなどとどうして考えることができるだろうか。

 

「お姉さん乱暴なのに、不思議な顔をするのね。どうして、私を傷つけながら、私を心配するような顔をしているの? 変な人」

 

 そして、理解できないからこそ、彼女は不思議な感覚を覚えるのだ。どうして彼女は自分を憐れんでいるのだろうと。

 

「ふむ、アサシンは役には立つがやはり制御は難しいか。まぁ、自然現象に人間の機微を理解させることの方が難しいということかの。まぁ、あれはあれで構わんか。妾たちにとっては実に良い風向きとなってきたわけだしのぉ」

 

 アサシンという無差別の病を振り乱して来る存在の到来によって戦況に変化が現れたのは何も桜子たちの戦場だけではない。

 

 ロイとカシム、もう一つのマスター同士の戦いの場も大きく荒れ始めた。言うまでもなくどれほど圧倒的な魔力と技能を持ち合わせていたとしても、ロイ・エーデルフェルトは人間である。通常の人間である以上、病を完全に無力化することは出来ず、ここまで、華麗にカシムの攻勢を捌いていたにも関わらず、その動きが乱れ、鈍くなったことで、ついにカシムがロイへと追いついたのだ。

 

「がっ、はっっ」

「不覚を取ったな、ロイ・エーデルフェルト。アサシンの瘴気はお前の身体には効くが身体を鋼鉄へと変えた己には然したる変化もない。己の身体に魔力を阻まれ、なおかつ、その身を蝕まれた状態ではまともに闘うことなど出来まい。不本意であると言えば不本意ではあるが、勝負の結果としては有効であろう」

 

 ガシャンガシャンと音を響かせながら、カシムが吹き飛ばされたロイへと近づいてくる。基礎的な身体能力は比べるまでもない。類まれな魔術のセンスと総量を持っているロイが体調に異常を来したことによって、逆転をした状況ではあるが、それもまた時の運と呼ぶべきもの、カシムはこの機を逃すことをしない。

 

 並の七星であればここに至るまでにロイによって倒されているであろうことは明白なのだから、ここでロイを倒すことによって、やはり己は七星としての命題へと到達することができるという実感を覚える。

 

 それ以外のことはどうでもいい。灰狼や散華の戦いの結果がどうなろうとも、極論、カシムには関係ない。聖杯戦争すらもカシムにとっては自分が最強であることを証明するためのツールでしかないのだ。勝とうが勝つまいが関係ない。己の願いは己の手で達成しなければ意味がないと思っているからこそ。

 

「砕けるがいい、ロイ・エーデルフェルト、我が悲願の為に!!」

「いいや、砕けないさ。最強なんてものに欠片も興味は持っていないが、生憎とお前に負けるほど、俺は自分が弱いとは思っていない」

 

 ダメージを受けて、仰向けに倒れたロイに向かってカシムが拳を振り下ろす。しかし、その拳が完全にロイの身体を砕くよりも先に、カシムの鋼鉄で覆われた脳天に衝撃が伝わり、カシムの身体が揺らめく。

 

「ぬっ、ごぉぉぉぉ」

「思った通り、鋼鉄だろうとも痛みは痛みとして認識しているんだな、人間性というものを捨てられずに、己の強さに執着しているお前らしいよ、カシム・ナジェム!」

 

 仰向けに倒れていたはずのロイはブリッジをする形で立ち上がり、自身の周囲に魔力を纏わせる。より詳細に語るのであれば、自身が得意とする流体魔術を自分自身に纏わせているのだ。

 

「貴様、まさか蹴ったのか、単純に己を!」

「ああ、そうとも。流体魔術による干渉がお前の身体に通用しないのなら、不本意ではあるが、俺は俺の地震の身体を強化すればいい。如何にお前の身体が鋼鉄で覆われていたとしても、それは鋼鉄で守れる範疇だけだ。流体魔術を纏わせたサーヴァントにも匹敵するほどの衝撃、喰らってみると、なかなかクるものがあるだろう?」

 

「ロイ・エーデルフェルト、小癪だ、小癪すぎるぞ、貴様が肉弾戦などと!」

「ああ、俺も驚いている。まさか、こんなことをする日が来るなんてな、しかし、紛れもなく今はこれが最適だ。他の仲間の力を借りるつもりはない。お前は俺が倒す。それがお前の望みだろう?」

 

 瞬間、大地を蹴って、瞬きの時間すら必要とせずに、ロイはカシムの懐へと飛び込み、流体魔術で強化された拳がカシムの胸板に叩き付けられ、鋼鉄にひびが入る。そのままの流れを維持するように、ロイの攻撃が次々とカシムに向けて殺到する。その様は、まるでロイの身体からロケット噴射による推進力の増強が行われているのではないかと思わせられるほどであった。

 

 叩き付けられる拳も蹴りも、ロイに出来る範疇を完全に逸脱している。破壊を行うためだけの兵器であるかのように攻撃を続け、流体魔術への対策を完全に極めたはずのカシムは再び防戦を余儀なくされる。それでも、構う事無くロイは攻撃を続ける。防御をするのならば、野蛮に攻撃的にその上から運動エネルギーを纏った破壊力だけで突破する。

 

「がぁっ、ぐぅく、舐めてくれるな!!」

「悪いが、そちらの攻撃は受け流させてもらうぞ!」

 

 ロイの攻撃の合間を拭うように攻撃を仕掛ければ、今度はロイが流体魔術を応用させることで、ピンポイントにカシムの攻撃を回避するための動きを魔術によって補助する。発揮された速度は、鋼鉄によって覆われ、常人よりも遥かに早い速度で放たれる拳をギリギリで避けていく。そして、避けた場所目掛けて放たれるカウンターによって、カシムの身体が後ずさる。

 

「ぬふふふ、おお、素晴らしいな、ロイ・エーデルフェルト、全く素晴らしいよ、くく、やはり誰も彼もが最後に考えるのは同じことか」

 

 キャスターはカシムの魔術対策によって追い詰められたロイが、これまでの彼とは全く異なるアプローチによって戦闘を継続させたことに対して、素直な称賛の言葉を贈る。魔術という自分の肉体で成しえないことを代わりに為し遂げるためのプログラムを奪われたのであれば自分の身体でそれを成しえるように調整すればいい。

 

 その発想の転換自体はキャスターにとっても実に歓迎すべき事柄である。何せ、結局の所、魔術であろうとも、錬金術であろうとも、己に還元するために使っている力に変わりはないのだから。

 

 それを為し遂げることができる力をこの土壇場で発現して見せた。錬金術師の頂点として先駆者であるキャスターがそれを寿ぐのも当然であろう。

 

「惜しい、惜しいのぉ、もしも、そなたが我が主の宿縁の敵でなければ、弟子に取ってやりたいと思う程よ。類まれな才能はどのような努力ですらもいとも簡単に飲み干してしまう。憎らしいことこの上ないが、憎しみも凌駕すれば驚嘆に変わろうよ」

 

「だぁぁぁぁぁぁ!!」

「ぐぅぅぅぅ!!」

 

 その絵図はとても原始的だ。二人の男が拳と足を使って肉弾戦で闘う姿、ただ歪なのは、彼らがどちらも白兵戦の訓練や経験を以て戦っているわけではないということ、かたや、魔術によるバックアップで無理矢理に威力を倍増させ、かたや鋼鉄にその身体を変えたことで圧倒的な力を得た者、どちらも戦い方自体は拙いが、その威力や規模は他と比べても全く見劣りしない。スラムの中の建造物や構造物を次々と破壊しながら、破壊の嵐を巻き起こす二人は奇妙な膠着状態ながら相手を叩き潰すために攻撃を続けていく。

 

 最強とは極めれば極めるほどに陳腐になるとはよく言ったものか。

 

「よくもやる、貴様の身体は瘴気によって蝕まれているというのに」

「やせ我慢って言葉が日本にはあるらしいぞ? 明日のことは知らんが、少なくとも今、ここで膝をついている暇はない。お前と俺が戦っている限り、キャスターは余計なことをしてこないだろう。広範囲攻撃は俺とお前の戦いに水を差しかねないからな」

 

「それを見越して」

「俺は何も一人で戦っているわけではない。俺がお前を引きつけて戦っていることが皆の戦いの支援になるのなら、多少の痛みも気持ち悪さも忘れることができるさ。勿論、俺としてはお前を倒すつもりで戦っていることに変わりはないけどな!!」

 

「ほざけっ! そのような身体で万全の己に及ぶなどと思うな!」

 

 カシムの背面からコンテナが表出し、次々とミサイルや銃弾が放たれていく。ここまで互いに拳と蹴りの応酬で戦いあっていた最中に襲来する遠距離攻撃にロイは足に魔力を集中させると天高く飛び上がり、自分の立っていた足元の地面が粒子、盾の役割を果たす。そして、その盾がミサイル攻撃によって破壊されると、瓦礫がまるで意志を持っている様に、カシムへとなだれ込み、ボディに突き刺さる。

 

「先に手を出したのはそっちだ、お前のボディは流体魔術そのものを受け流すコーティングはされていても、流体魔術の影響を受けた他の物質による攻撃までもを無力化することはできない。違うか?」

「………ッッ!!」

 

「調整不足だな、カシム・ナジェム。俺を倒したいという気持ちが先行しすぎていて、明確な弱点を無視して、戦闘に臨んだのなら、それこそお前は七星の魔術師として落第だ」

 

 無数の礫がカシムを貫き、彼の身体が怯んだ瞬間に、空中から落下してくるロイの蹴りが、カシムの胸元に叩き付けられ、カシムの身体が大きく吹き飛ぶ。

 

「げほっ、ごほっ……ぶほぉ……」

 

 カシムを吹き飛ばし、着地したロイだが、その口から血を吐きだす。流体魔術を使うことによって自分自身の身体能力を歪な形で底上げしたが、無論、アサシンの能力による強制的な身体能力低下と無理な身体の酷使によって、ロイ自身も重篤なダメージを受けている。

 

 確かに現状、ロイはカシムを追い詰めているわけだが、それはカシム自身に大きな失敗があったというよりも、ロイがまさかここまでしてくるとは考えていなかったということの方が強いだろう。圧倒的な才覚を持っているロイが泥臭い肉弾戦を受け入れるなどと、魔術師という存在を暗殺することを生業にしている七星一族であるからこそ、逆に先入観を覚えさせられてしまったという例であろうか。

 

「あまり多用するものじゃないな、これ。明らかに寿命をすり減らしているのが分かる。俺自身、こんなことをしなくちゃ優位を取れないまでに追い詰められていたことも事実だけどな」

 

 命を縮めるほどの無茶を選択しなければ、カシムを退けることはできない。先ほどロイが調整を失敗したと口にしたが、そもそも、ロイでなければこのような反則技を使うようなことはできない。

 

如何に魔術で身体能力の底上げをしたとしても、鋼鉄を相手に肉弾戦が出来るように人類は設計されていないし、武術を学んでいない者が鋼を破壊することなど出来ない。先入観というよりも常識としてそんなことができるはずがないのだ。

 

 常識を破ることができるほどの才覚を持ち合わせているこの男を除けば、それが当たり前なのだから、カシムを責めるのはお門違いであると言えよう。

 

「ただ、代償も大きいな、正直、まともにこのまま戦えるのか、この状態で」

 

「見事だ、ロイ・エーデルフェルト、己に此処までのダメージを与えることができるのは貴様を置いて他にはいないだろう。認めるとも、己は貴様を見誤っていた。一度は戦いながらも、いまだに貴様という存在の強さを過小評価していた。しかして、それであったとしても、貴様は力を出し過ぎだ。自ら消耗を早めるなどと、理解もできない。蝕まれていく身体は、人類の限界の証拠、己のように、人類の限界すらも振り払う覚悟がなければ、この結末になるのは必然だ」

 

「確かにその通りかもしれないが……、全く意味がなかったというのも早計じゃないか?」

「何を今更―――――ぬっ!?」

 

 その瞬間に、空を覆うように周囲全体に張り巡らされる結界のようなものが機能した。その結界のようなものが生じた瞬間に、これまでロイや桜子、ルシアたちを蝕んでいたアサシンによる瘴気の力が大きく減衰していく。

 

「はッ、悪いな、お前ら随分と待たせることになっちまったが、ここら一帯は既に俺の領域だ。もう怖れることなんてないぜ。

 アーク・フルドライブ、俺の領域の中で、俺の仲間たちに危害なんてこれ以上咥えさせるかってよ!!」

 

 空にオーロラのようなものが浮かび上がっていく。同時にスラムを覆い尽くすように、アーク・ザ・フルドライブが通常纏っている鋼鉄の鎧と同じ形状の構造物が浮かび上がってくる。それらがまるで周囲を浄化する結界の力として作用している様に、これまで彼らを蝕んでいた力が一気に霧散していくのだ。

 

「えっ!? えっ!? どういうことなの? マスター、マスターおかしいわ。フラウの周りに変なのがまとわりついてきているの? なんだか不思議な感じなの? 触れていると嫌な筈なのに、嫌じゃない感覚もなんだかしているの……!」

「ほう、興味深いな。何をしたのじゃ、ライダーよ、貴様、ただの鋼鉄振るいではないな」

 

 人類史に刻まれた害毒、人類を脅かすことに特化した存在であるペスト・ユングフラウがまき散らす毒に対して、アークはその毒を一気に吹き飛ばすような何かを生じさせた。

 

「別に、大して難しいことはしてねぇよ。俺は俺のまま、ありのままに力を振っただけさ。何せ、自然の脅威から人を生かすことにかけては俺の十八番なんでね、そういう意味ではそちらのアサシンと俺はすこぶる相性がいい。そして、そうした神の与えた試練を乗り越えた同胞たちの姿が俺には誇らしい。だからよ、悪いが、もう一度、猛威を振るうなんてことは、俺の名に懸けても許せないのさ!」

 

(ふむ……生存特化のサーヴァント、あるいは何かしら人類を救いだしたことある逸話を盛ったサーヴァントか。それでいて、ギリシア神話とも親和性がある。ふむ、何かしら仮説を立てることは出来そうだのぉ)

 

「そうか、ライダー、貴殿の正体は……」

 

 内心で考察を重ねるキャスター、そして、アークの行動によってセイバーは何かしらに勘付いたような様子を見せる。セイバーが苦々しい表情を浮かべたことを侵略王は忘れずに、一気呵成に攻撃を重ねる。

 

「どうした? 己の目的を達成する上で不都合なことにでも気付いたか……?」

「目ざといな、侵略王。儂にとって、貴様こそが大敵、我らが神の意向も届かぬ世界の悪に対して鉄槌を下すのが救世王に下された役目ではあるが……」

 

 セイバーは暫し、思案する。何ゆえに自分がこの場に召喚されたのか、己の神は自分に何を求めているのか。預言者であるザラスシュトラは黙して語らない。それを理解し、神に相応しき善行を捧げるのがお前の役目であるとセイバーに告げているようですらあった。

 

「見極める必要があるとは理解した。儂も総てを理解しておるわけではない。もしかしたら、致命的に配役を見誤っているのかもしれない」

 

「大変なものだな、神の遣いというのは。自らの欲するものを手にする。貴様もまた王であるのならば、ただそれだけに注力すればいいというのに。無用なものまで背負って、その結果に何を得ることができるのだ」

 

「自ら悪を為し遂げる貴様には分からぬさ、侵略王。この世には絶対的な善が必要なのだ。総てを凌駕する善こそが、その善だけがこの世界に安寧を齎すことができる」

 

「理解できんおとぎ話だ。この世界に絶対的な善など存在しない。どれだけ正しかろうとも、それは必ず何かにとっての悪となる。余が我が臣下たちにとっては絶対的な善であったように、貴様が貴様の滅ぼした国々にとって悪であったように。善と悪は表裏一体、なれば絶対的な善とは、そのまま、絶対的な悪になりえるともいえるのではないか?」

 

「その問答に意味はない。所詮、儂らは人の尺度でしか物事を語ることなど出来まい。それは貴様も儂も同じだ。人は己の人生からでしか真理を見つけることが出来ん。そうではない、そうではないのだ。総ての願いを叶える願望器であれば、そんな矛盾すらも踏み越えて絶対的な答えを出すことができる。そう、信じる。信じているのだ」

 

 救世王として多くの人々に慕われ、頼られ、そして人々を導いてきた王であるキュロス二世、しかし、彼の言葉にはどこか縋るような意味合いが取れる。人々に祈りを捧げられ、救世を為し遂げた王でありながらも、彼の口にする言葉は寄る辺を持たない無力な人々の1人であるような言葉であった。

 

 侵略王からすればその感傷は理解できない。彼は最初から最後まで己の意志で人生を駆け抜けてきた。あらゆる敗北もあらゆる虐殺もあらゆる非道も、それら全てを受け入れた上でここまで駆け抜けてきたのだ。

 

 後悔など最後まで翔け抜けることが出来なかったからでしかない。キュロスのような哲学的な問いかけなど侵略王は持ち合わせない。

 

「我らの王は王としての問答をされているが、私としては些か厄介であったアサシンの毒が晴れてくれて喜ばしいよ、君もそうではないかな?」

「くっ、余裕そうに喋りかけてきて!」

 

「実際に、今の君ならば余裕だよ。私も七星流槍術をたしなんだ者、初代灰狼の記憶を今日にまで受け継いできた。我々歴代の灰狼は初代である七星桜雅の器に過ぎないが、それは初代と同じ領域に達しているという意味だ。君の本能任せな七星の戦い方に後れを取るほど、我らの歴史は浅くないよ」

 

 灰狼の言葉を誰よりも実感しているのは実際の所はターニャだ、自分の本能のまま、自分の身体の中に流れる血の言うがままに技を振っている。以前はルチアーノの虚をつくことが出来たのは事実であるが、ここは戦場であり、灰狼の技量はターニャよりもはるかに上である。

 

 レイジの力になりたい、その想いから武器を握ったというのに、思い知らされるのは灰狼との実力差ばかり、どれだけ強気な言葉を口にしてもターニャは今の自分では逆立ちしても灰狼に勝つことはできないと分かってしまう。

 

 そして勝てないという実感が浮かび上がらせるのはある種の恐怖だ。勝てないのにこのまま戦いつづければ命を落としてしまうのではないか。自分は何を理由に戦っているのか、レイジに任せた方がいいのではないかという思いが込み上げてきて、ターニャは首を横に振る。

 

(ダメ、だって、レイジだって同じだもん。勝てないかもしれない相手に必死に食らいついてきた、必死に闘ってきた。勝てないかもしれない恐怖に怯えながらも、それでも戦うことをレイジは選んできたんだもん、だったら、私だけが逃げるなんてことは出来ないよ……!)

 

「ふむ……、敵に塩を送るのもどうかと思うが、君が唯一、私に伍する手段があるが?」

「そんな安い挑発……」

 

「別に挑発をしているわけではないよ。本当に純粋なアドバイスさ、ターニャ。君の身体の中に流れている七星の血をより開放すればいい。同じ七星の血を宿す者同士、君が未だに七星の力を完全に開放していないことは分かる。

今の君で、半分程度か。半分でも、私と渡り合えている事実自体は驚嘆に値するが、今の君では、現在の序列五位以上の七星たちに及ぶべくもないだろう」

 

 自分が持ち得る力の総てを使っていないことは分かっていることだ。けれど、ターニャは灰狼に言われたことをそのまま実行することに対して忌避感を覚えていた。

 

(もしも、七星の力を全て解放して、違う私になってしまったら……、今でも怖い。この血の力を使えば使うほど、好戦的になっていて、まるで私の中に私じゃない私がいるみたいで……、もしも、力を解放したら、本当に……)

 

 本当に自分は正気を保っていることができるのだろうか。その疑問があるためにターニャは二の足を踏んでしまう。

 

「くっ、ター、ニャ、そいつの口車に乗る、な……がはぁぁぁぁぁ」

「虫の息だな、憐れなものだよ、お前は」

 

 灰狼の誘いに乗ってはならないと声を上げるレイジだが、先ほどジュルメによって切り付けられた背中の傷が思いのほか、深く、既に顔面蒼白となり、ターニャへと掠れた声を上げることしかできない。

 

 思った以上に状況が芳しくない中で、実験体402号の攻撃は止まらない。なんとか、レイジは防戦しているが、その防戦もあっさりと破られ、実験体に攻撃をされ続けている。

 

「このまま死ね、死んだ方がいい。お前は生きていても意味がない。いいや、呪詛を撒き散らすだけだ、お前は、お前はッッ!!」

 

 一方的にレイジを嬲る状況になれたからか、実験体402号は余計にレイジを責めたてる攻撃を強めていく。周囲の状況を認識しているのか、彼もカシム同様に目の前の相手を倒すこと以外のことは考えられない様子だった。

 

「おやおや、タカが外れてしまったかもしれないねぇ。ま、こっちの命令に反したことをしていないのなら、好きにさせるさ。灰狼からもそう言われているしねぇ」

 

 それでレイジを殺してしまえるのなら、それでもいいし、殺せないのならばそこまでである。どだい実験体402号はどう転んでも使い捨ての戦力でしかない。邪魔になるであろうレイジを破壊できるためだけに使われているに等しい。憎悪すらも利用されているのだから。

 

 とはいえ、瘴気は晴れた。ここまででもレイジが重傷を負い、ロイを始めとしたマスター陣は大きく消耗し、明らかにこのまま戦闘継続をすれば七星側よりも先にこちら側が崩壊しかけるであろうことは誰もが予感している状況ではあった。

 

 七星側にとっては予定調和であるとはいえ、勝利が決まり始めている。元より、ライダー、キャスター、アサシン、七星側でも集団戦闘に強い三体のサーヴァントがいる時点で勝負は決まっていたともいえる。

 

 しかし、そんな状況に不満を覚えている者が一人だけいる。

 

「どうしてですか、どうして、フラウの能力をそんなあっさりと……」

 

 七星散華はポツリと言葉を漏らした。その声色は奈落の底から響いているような冷たさを盛った声だった。

 

「私達は1人1人じゃ貴女には及ばないかもしれないけれど、皆で協力すれば追いつくことができる。私達の絆は、貴方1人の強さに負けるほど、柔いものじゃ――――」

「ふざけないで」

 

 ピシャリと桜子の言葉を途中で遮るように散華が言葉を紡ぎ、その表情はこれまでのどんな時よりも殺意に満ちた、桜子へと浮かべる憎悪の表情だった。

 

「ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな!! 私の力が、七星宗家の力が、七星の血が、私よりも弱い人間たちの絆に及ばない? ありえない、そんなことはありえない。それは、貴女が七星桜子だから? 私とは違う、全く違う人生を歩んだ七星だから?」

 

 これまでの狂気を孕みながらも、常に冷静な態度を浮かべていた散華とは違う、激情を隠しきることが出来ずに、表面へと流れ出すように激情が、散華がその胸にしまいこんでいた激情が表面へと躍り出てくる。

 

「だったら、殺さないと。私は七星であるために、己の幸福を捨てた、私という人間の総てを七星に捧げた。なのに、なのに、なのに……どうして、貴女はそんなに誰かと笑っていられるの? 誰かと手を繋ごうとしているの? そんなのは七星の戦い方じゃない。そんなのは強者の戦いじゃない。だから、殺さないと。私が私であるために、私は―――七星桜子を殺さないと!!」

 

 まるで発狂するかのように、気が触れたかのように、散華は顔を抑えながら、憎悪と困惑が滲み出た表情を浮かべて桜子を殺さなければとポツポツと声を上げていく。

 

 これまでのような裏切り者だから殺すとか、そうしたものではなくもっと俗的な個人的な恨みのような感情であり、桜子は思わず息を呑む。

 

「桜子、分かっていると思うけど、あれ演技じゃないよ。たぶん、あれが……」

「ええ、それが貴女の心の中に隠している本性。そして、私を狙う本当の理由なんだね、七星散華……!」

 

 アサシンのような黒一色に染め上げられた色ではなく、元々存在していた色の上に憎悪の黒と諦観のような灰色を塗りたくられたような色、生まれついての存在ではなく、七星散華は、後天的に暗殺者である自分を選んだという何よりの証拠なのだろう。

 

 暗殺者としての自分という定義を被った仮面が取り除かれた先にいるのは、気が狂いそうなほどの憎悪を抱えた一人の女性だ。

 

「逃がさない。貴女はこの世界にいてはいけない」

「それは貴女に決めてもらうことじゃないわ。私はこの世界が好きなの。私と一緒に毎日を生きる皆が好きなの。だから、殺されてあげるわけにはいかない」

「だから―――――、それが、許せないって言っているのよ!!」

 

 まるで獣のように大地を蹴ると、散華はこれまでの余裕の表情ではなく、鬼気迫る表情で桜子へと刃を向ける。当然に桜子は迎撃、しかし、これまでの殺意の圧とは桁が違う。本性を剥き出しにした散華の刃は受け止めるだけでも、精神的な圧と肉体的な負担がこれまでの戦いよりも増しており、桜子は思わず仰け反ってしまう。

 

(これが七星散華の、本気……!)

 

「七星の血よ、偉大な先人たちよ、どうか私に力を貸してください。七星の恥を、七星に迎合できなかった愚かな女を断罪するための力を、私にお与えください!!」

 

 怒りは止まない、怒りは止まらない。七星散華にとって、七星桜子は誰よりも許し難い存在だから。彼女を斬って否定しなければならない。その思いだけが、この聖杯戦争で散華を構成する総てであるのだから。

 

 

 




【CLASS】アサシン

【マスター】七星散華

【真名】ペスト・ユングフラウ

【性別】女性

【身長・体重】135cm/22kg

【属性】混沌・悪

【ステータス】

 筋力D 耐久B 敏捷A

 魔力A 幸運E 宝具B+

【クラス別スキル】

気配遮断:D
サーヴァントとしての気配を断つ。隠密行動に適している。

【固有スキル】

感染:A
細菌やウイルスの形を取った己の分け身を他の生物に感染させ、領域を広げるスキル。
感染者は精神と肉体を支配され、精神が宝具によって生み出された世界へと引き込まれる。
時に魔力などを吸収される事もある。

無辜の怪物:A+
『死』や『疫病』に対する人々の怖れが生み出したイメージが色濃く反映されたスキル。
黒死病に対する人々の怖れによって生み出された存在であるが故に彼女は純粋な怪物であると言える。

【宝具】
『黒死の舞(ダンス・マカブル)』
ランク:B+ 種別:対軍宝具 
解放した魔力に病毒を付与しての拡散放射。
付与された病毒は対象の肉体を蝕みながら周囲の他者へも拡散し、影響範囲を拡大していく。流行当時、ペストの蔓延が神の怒りによるものだとする解釈があったためか、神罰・呪詛としての特性も持つ。このため純粋な医術での治療は不可能。


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第12話「ジョーカーに宜しく」③

――王都ルプス・コローナ・スラム街――

 宗家は分家の人間のことなどいちいち気に掛けない。

 

七星の血が紛れ込んでいる人間たちは日本の中でも相応の数がいる。かつて戦乱の時代に自分たちの血を残すために分家と呼ばれる者たちが日本各地に散らばったからだという。大陸に逃れた七星の一族たちがモンゴル帝国の進軍と共に各地に散らばった話を参考にしたのだろうか。

 

 宗家で後継者となることができるのは一握りの人間だけだ、それ以外の人間は七星であることを捨てるか、七星の分家となってその血を絶やすことなく生き続けるかを決めなければならない。

 

分家の人間たちは七星宗家より依頼を与えられ、宗家のために暗殺を為し遂げる。それでも、宗家と繋がいの深い分家とは遥か昔から繋がりがある家か、あるいは突出した才能を宗家に認められたかのどちらかでしかなく、多くの分家は宗家があずかり知らぬところで途絶えているか、あるいは薄くなった血筋に気付くこともなく、自然消滅しているのかのどちらかである。

 

 だからこそ、宗家は分家を捨て置き続けてきた。今更、分家の問題一つ一つにかかずらっていられるほど、七星宗家の力も強くない。日本における魔術師たちの監視機関としての意味合いが強い神祇省と共存関係を保ち続けるためにも、おおっぴらな活動など出来るはずもなく、古代から近世にかけて無数の魔術師を手に掛けてきた七星の威光は今や、どれほどの輝きを持っているのだろうかというほどであった。

 

 それでも、七星散華の生まれた家は宗家だった。七星桜子が生まれた家が分家であり、もはや七星宗家より気にも留められていなかった家であったこと、秋津市が舞台の聖杯戦争が行われるようなことが無ければ表舞台に上がることもなかったであろう家であったことを加味すれば、本来、彼女たち二人の人生が交わるような機会は訪れる事さえなかったはずであろう。

 

 しかし、その起こりえない筈の可能性が生じてしまった。秋津市における聖杯戦争の勝者となった七星の魔術師、七星桜という類まれなる才覚を持った分家の存在を宗家は感じ取ってしまった。

 

 そして、その娘である七星桜子という存在を感知し、あろうことか、彼女は聖杯戦争に生き残ってしまった。七星桜のように彼女もまた命を落としてしまったのであれば、宗家にとってもどうでもいい存在として終わっただけだろう。

 

 しかし、生き残ってしまった。七星宗家は七星桜子という分家の存在が、宗家と同じほどの求心力を持ち合わせることに急激な怖れを抱くようになっていく。

 

 けれど、七星宗家にとって、七星桜子とはその程度の存在でしかなかった。逆に言えば、桜子が七星宗家と強調する路線を選んでさえいれば、彼らが敵対する可能性すらもなかったかもしれない程度の執着でしかなかった。

 

 ただ1人―――後継者である七星散華を除けば。

 

「何なの、この人は……」

 

 最初に抱いた感情は驚愕であり、すぐにその驚きの感情は妬みと憎悪へと変わっていった。七星宗家の人間として七星を継ぐことを定められ、その為に人生を消費してきた散華にとって、桜子の人生はとても看過しがたいものであった。

 

 分家として生まれてきたことを知らず、聖杯戦争が起こる17歳まで何一つとして七星の運命に触れずに生きてきた。そして聖杯戦争の最中で、七星の力に目覚めて、その力で生き残り、神祇省に拾われ、いまや遠坂の魔術師と婚姻関係を結んでいる。

 

「ありえない……こんなのがありえていいはずがない」

 

 彼女は散華が持ち合わせない総てを持っていた。散華が七星であることを受け入れるために捨て去ってきた総てを持っていた。彼女はありえたかもしれない自分の理想像のようですらあった。

 

 理想を諦めた人間にとって、その夢を叶えた他人程、強い憎悪を浮かべる存在はいない。その憎悪は七星宗家にとって都合のいい憎悪だった。後継者として、七星散華に七星桜子を殺させる。それが宗家の意思決定となるまでに時間を要することはなかった。

 

 邪魔者を排除し、その上で宗家の後継者としての名前を高めるために最適な存在である。いかに七星桜子が強かったとしても、自分たちの最高傑作である七星散華が負けるはずがない。それが宗家の決定であり、散華にとっての願いであった。

 

 桜子を殺すことで自分のこれまで歩んできた道のりの総てが正しいと認められる。散華は宗家にそう教えられてきたし、自分でもそう思うようにした。それ以外の答えに行き着くことなど許されないと言わんばかりに。

 

「七星流剣術―――時雨光!!」

「七星流剣術―――玖ノ型『八重桜』!!」

 

 神速の突きと神速の突き、まさに鑑あわせのような突きの閃光が散華と桜子、双方から放たれる。これまでのような桜子を甚振るような戦い方ではなく、桜子を殺す、ただそれだけを求めるような攻撃に対して、桜子は剣筋が読みやすくなったなどとは思わない。むしろ、殺気が剥き出しにされたことによる圧が増し、余裕が抜けたことによって、洗練さが増している。

 

 ただ一つの手数の多さ、魔術によって生み出された剣は桜子の周囲に十、都合、一秒に十の突きが迫っているというのに、散華はそれらを身体捌きだけで致命傷を回避し、桜子へと攻撃しているのだ。多少身体が切り裂かれることなど、まったく関心を持たない。

 

 桜子を斬れればそれでいい、その執念だけが散華を突き動かしている。

 

「七星流剣術陰陽が崩し――肆ノ型『隠れ葉桜』!」

「ぐっ、あああああああああ!!」

 

 さらに一歩を踏みこもうとした散華だったが、突如として自分の身体に凄まじい痛みが発生する。自分の立っている場所が、斬撃結界の最中にあり、そこからまるで全身に針を突き刺されたように、小型の魔力刃が彼女の身体を切り裂いたのだ。

 

一つや二つ程度であれば、動きを止めることなど絶対にありえないが、それらが全身とも来れば流石に動きを止める。かつては投擲技であった葉桜を陰陽術によって斬撃結界の位置を隠したことで、瞬間的に敵の身体を次々と切り刻む。瘴気より解放され、散華が本気を出してきたことで桜子も自身の持ち得る七星の潜在能力を無理やりにでも発揮しなければならない状況に立たされていた。

 

「はぁぁぁぁぁぁ!!」

「七星流剣術――――空蝉斬影!!」

 

 背後より放たれるアステロパイオスの双槍、しかし、その槍が触れた場所から散華の血しぶきが飛ぶとその血しぶきがランサーの身体に触れ、触れた箇所からランサーの身体に斬撃傷が生まれ、散華の姿がランサーの背後へと生じる。

 

「言ったはず、二人で掛かってきたところで私は倒せないとッッ!!」

「空蝉斬影って、七星流剣術の中でも、最大難易度の技なのに……!?」

 

「私は、七星宗家の後継者、七星流剣術の総てを習得した、七星に相応しき者、平穏の中で七星であることから逃げ続けてきたような女に、負ける理由はないッッ!!」

 

 ランサーの背後にいたはずの散華が一瞬にして、桜子の背後を取る。気付いた瞬間に追いついたランサーが飛び込み、ランサーの身体が切りつけられる間に、

 

「七星流剣術――弐の型『枝垂桜』!」

 

 ランサーが自分の身代わりになってくれることを最初から織り込み済みで、桜子は上段からの袈裟切りを散華へと放ち、散華の肩口から入りこんだ魔力刃によって、彼女の身体から鮮血が迸る。

 

「がっ、ああああああああああああああああああ!!」

「ようやく、まともに一閃入れられた……!!」

「七星、桜子ォォォォォ!!」

 

 しかし、まるで傷口を焼き鏝で塗りつぶしているかのように、彼女の身体に流れている七星の魔力が傷口を修復させていく。血を沸騰させるように修復されていくその様子に赤色の煙すらも浮き上がっていく。

 

 ここまで何度も何度も圧倒されてきた相手にようやく入れることが出来た一閃、だというのに、七星の魔力を垂れ流したことによって、身体の傷さえも無力化していくその様は、まるで人外の存在と戦っているかのように思えてしまう。

 

「貴方の方が弱いはずなのに、貴女は七星として落第のはずなのに、私の方が七星として正しいはずなのに、どうして、どうして、どうしてッッ!!」

 

 憎悪の眼差しが消えることはない。桜子という存在を噛み潰さなければ絶対に消えることはない憎悪の眼差しがこれでもかというほどに桜子を睨みつける。

 

「ねぇ、七星散華、貴女はどうして、そんなに私を恨んでいるの? 貴女の憎悪は私が七星にあるまじき存在だから、なんて領域の憎悪じゃないわ。まるで大切な人を傷つけられたとか、そういう類の怒りに私には見えてきている。貴女は何が――――」

「貴女にはわかりませんよ。私にはならなかった貴女には……」

 

 ポツリと散華はこれまでの激情を吐きだすのではなく、どこか諦めてしまったような態度を浮かべながら、桜子との対話を拒絶する。あくまでも求めているのは桜子を倒す事だけ。それ以外の何かを彼女は決して求めない。

 

「私と貴女は決して分かり合えません。七星であることを選んだ私と、七星を捨てた貴女、どうして理解し合う事が出来るんですか? 私達はまさしく真逆の存在であるというのに」

 

「それでも、理由くらいは、聞いておきたいでしょ。ただ、殺しあう状況だったから殺しあっていたなんてそんなの悲しすぎると思うから」

「どこまでも貴女はイラつかせてくれますね。貴女のそういうところが――――え、何?」

 

 その瞬間、桜子も散華もそしてその場で戦闘をする者たちの総てが異変を察知した。周囲一帯を覆うような変化、これまでとは比べ物にならない何かが襲来することを予感させるその空気の変化はこの場の戦いの決着を迎えるために放たれるのかもしれない。

 

 そう、何が起こったのか、それは散華と桜子が本格的な戦いに突入したのとほぼ同刻に起こっていた。

 

「ぐぅぅ、がぁ、あああ」

「レイジ……!!」

 

「あれは限界が近いわね。辛いでしょうね、本命の相手が目の前にいるのに、その相手に刃を突きつけることもできずに背後からの一撃で瀕死になってしまうなんて」

 

 膝を突き、レイジは息も絶え絶えの状態になっていた。その原因はジュルメによる背後からの一閃であるが、先のアサシンによる瘴気も大きな影響を与えていたことは言うまでもない。

 

『これさ、戦っている場合じゃないでしょ。このままじゃ、レイジ死ぬよ?』

『分かっておるわ、じゃが……』

「逃がすつもりはないだろうな」

 

 レイジを連れて一目散に逃げること自体は可能だろう。しかし、どこに? そもそも可能なのか。侵略王やキャスターを目の前にして、逃げるなどという芸当が本当に可能であるのかすらも疑わしい。

 

 しかし、逡巡をしている暇など実際の所はない。このまま、放置をしておけば本当にレイジが命を落とす。何かしらの決断をするべき時であることは間違いなく――――

 

「セイバー、宝具を使って! 私の魔力が必要なら使っていいから!! 宝具でレイジを助けて!!」

 

 その状況の中で、真っ先に決断を下したのはターニャだった。その右手に刻まれた令呪が光を放ち、一画が消費されると、セイバーの握っている円筒の形状をした剣に黄金色の光が集まっていく。

 

「マスターの命令、受諾した。救世王の名に懸けて、侵略王に滅びの一撃を与えるとしよう」

「ほう、来るか、セイバー」

 

 ライダーの背後に迫る獣たちが咆哮を上げ、獣たちを構成する魔力が収斂されていく。敵が一撃必殺の技を放つというのであれば、こちらも使わねば不作法というもの、朔姫たちによって破壊された四体の獣たちの最後の晴れ舞台を見せてやろうとばかりにその収斂された魔力が一気に放たれていく。

 

「救世の光―――彼の光こそ、我らが乗り越えねばならぬ偉大なる王の放つ輝き」

「我が臣下たちよ、その牙を剥け。破壊を願い、蹂躙し、そして我らが国土を広げるために、いざ、いざ侵略の時!!」

 

「円筒印章―――解放。これは救世のための戦である!!」

「我が四狗たちよ、一騎当千の咆哮を轟かせろ!!」

 

「宝具―――『解放せし、救済の剣(キュロス・シリンダー)!!」

「『四駿四狗(ドルベン・クルウド・ドルベン・ノガス)』!!」

 

 救世の光を阻まんと迎撃する臣下たちの咆哮、その二人が真正面から激突する。

 

「くははははははは、素晴らしいなァ、セイバー。あのセレニウム・シルバで見せたその輝き、素晴らしいものだ!! ああ、勿体ない、勿体ないぞ、貴様とは、もっと相応しい場所で我らの王としての戦いを繰り広げることもできたというのに!」

 

「遅かれ早かれ、この激突は必然だったはずだ、儂には楽しみだなんだという気持ちはない。悪は滅ぼす、それが我が神の意向であるのならば!!」

「言ったであろう、神だなんだとつまらないことを口にするでないわ!!」

 

 超高密度の二つの力の真っ向からの激突、果たして今日一日だけでどれほどの規模の激突が行われてきただろうか。その極め付けとばかりに互いに譲らない光の波濤は、しかし、拮抗することによって周囲に被害を及ぼすことがなかった。

 

 たった一人の偉大なる王の見せた輝きと、無数の臣下たちが王に捧げた武威、どちらも英雄に相応しき力、異なる時代を生きた二人の王が誇る宝具はやはりこの場における最大火力を誇る激突となった。

 

そして、その眩き光がもたらす先を暗示するかのように二つの光は拮抗し合いながら消失していく。そう、互角の激突を以て消失という結果であり、令呪をつぎこんでまでの決着を望んだターニャにとって不本意極まりない結果となってしまったのだ。

 

「嘘、でしょ、そんな……」

「ほう、予想外の結果に終わったな。威力だけで見れば明らかにセイバーに分があるように見えたが、くく、何人犠牲にしたのだ?」

 

「大損害といえるね。今日だけでタンクとして使っていた人造七星の三割を消費することになった。それだけの数を犠牲にしなければ、セイバーの宝具を防ぐほどの力を発揮することは出来なかった」

「さすがは世界でもっとも偉大な救いを与えた王であるというところかのう」

 

 神風を受け止めた時にも使用された人造七星による急激な魔力転換、再び使用された手ではあるが、無限に使えるわけではない。

 

ストックされている人造七星の3割が死んだともなれば、灰狼からすれば大損害だ。この場は聖杯戦争の決着をつけるための場であるわけでもないというのに、それだけの人的損害を出されてしまえば、今後に差し支える。もっとも、この場で消滅してしまえば、そんなことも言えなくなるのだから、判断としては間違っていない。

 

 間違ってはいないが、灰狼にとって気持ちのいいものではなかった。

 

(セイバーの挑発に乗って真っ向勝負を受ける必要があったのかと聞きたくなるな、キャスターに協力させて、セイバーの宝具を使用前に止めるべきだった。そのように考えることは王への不敬にあたる。しかし……いや、考えるべきではないな。総合的に考えれば、彼女は令呪を切って、自分の魔力を使った。そこにこそ意味があると思うべきだろう)

 

 何もかもが自分の思う通りに行かないことは灰狼とて分かっている。ならばこそ、身を取るべきだろうと思考を改める。

 

 自分にとって最も大切なことが何であるのかを分かってさえいれば、優先順位を間違えることはないだろうと彼は理解しているのだから。

 

「灰狼よ、不満か?」

「王……いいえ、王の求めに応じるのが臣下の役割、私は不満に思うことなど」

 

「嘘が下手だな、それに今の貴様は余の主でもある。ただの臣下というだけではないこと、余とて自覚しておる所だ。お前がいなければ、余はこの第二の生を満喫することもできなかった。余の戯れでお前の心労を重ねることは余の望むところではない。

 故に戯れも此処までにしよう。ここからは全軍を使っての蹂躙戦といこうではないか」

「―――――、まさか王、貴方は!」

 

「余というサーヴァントの本質は何か? 王であること、王とは臣下たちを率いる者、そして余は王として君臨し続けた者たちとの日々を一時たりと手忘れたことはない。であれば、余の心それこそが余と進化を繋げるあの日の再現、灰狼よ、魔力を回せ。

 ここに余の軍団を顕現させるッッ!!」

 

 空気が変わる、風に変化が生じる。いいや、そもそも、この空間そのものに変調が生まれ始める。それはある種の予兆でもある。これよりこの場所そのものが新たな変容を来すということを。

 

「くく、ははははははは、何だ何だ、ライダーよ。水臭いではないか。そなた、これほどのモノを持ち合わせていたのか。それは本来、我らのような世界を変革する力を持つものの専売特許であるのだぞ!」

 

「それは悪いな、キャスターよ。しかし、余とて一つの時代を生み出した者であるのだ。であれば、この程度の所作は出来て当然であると思って貰わねばなるまい!」

 

「今度は何!? これ、風景が……」

「これは、まさか、ライダー、貴様は――――」

 

「我が蹂躙は世界への牙の突きたて、我らは生きるために進軍し、我らは世界に覇を唱える。それはすなわち、己の生存権を拡大するために、欲し、願い、そして手にする。

さぁ、同胞たちよ、余と共に来るがいい。あの日の誓いを果たすために、あの日の先へと駆けるために!! 我らは此処に再び、世界へと挑戦する!!

 第二宝具『蹂躙せよ、覇を唱えし草原の狼たち(イェケ・モンゴル・ウルス)!!』」

 

 王都として最低限の整備がされているはずのスラムの地に砂塵が巻き起こる。その砂煙はどこから来たモノか、スラムには存在しえない要素が突如として出現したのは、現実がその砂塵を生み出す世界へと浸食されているからに他ならない。

 

 鬨の声が聞こえる。兵士たちの足音が聞こえる。馬の鳴き声が聞こえる。戦の気配が近づいてくる。それは破滅の進軍、それは破壊の進軍、あらゆる勢力と戦い、あらゆる国を蹂躙してきた圧倒的な存在こそが、彼らの正体である。

 

「まさか、固有結界か……!?」

「世界そのものを呑み込むほどの心象風景、なら、この風景こそが……」

 

「然り、余と余の軍勢が駆け抜けてきた侵略の記憶に他ならず!! 我が宝具の臣下は四駿四狗を呼びだすだけに非ず! その真価は我が軍勢の再現にこそあり!! 当然の帰結だ。余は戦士ではなく、草原の覇者、侵略王としてここに顕現しているのだから!!」

 

 ライダーの背後に現れる無数の軍勢、破滅を呼び起こすために呼び出された破壊の使徒たち、スラムであったはずの場所は砂塵が吹き荒れる荒野と化し、周囲には草の根1つ存在していない。まさしく蹂躙された世界という表現が最も似合うような世界がそこには顕現していたのだ。

 

「この宝具を使うのは余が真に認めた者たちだけである。誇れよ、我が好敵手たちよ、これよりお前たち総てを蹂躙する。我が臣下の願いに応える事もまた王の務めであればこそ」

 

 自信満々に声を上げるライダーであるが、灰狼は内心焦りを覚えていた。ここでライダーが自分の真の宝具を使用してくる可能性は流石に考慮していなかったからだ。

 

(いや、さすがにマズい。王が本気で彼らを蹂躙すれば跡形も残らなくなる。実力のあるサーヴァントが生き残るとしても、アベルや彼女が生き残る可能性は限りなく低い。それは困る。私の……俺の計画に支障を来す)

 

 このスラムの戦いの総ては灰狼にとって予定調和の戦いであるはずだった・。実験体402号はレイジを追い込み、ターニャはさらに覚醒へと至った。確実に真なる覚醒の時は近い。ここまでで充分であった。これ以上の追い込みは灰狼にとっても時期尚早である可能性も高く、ライダーの宝具使用による蹂躙など想定を数段高く飛び越している。

 

 下手をすればここで聖杯戦争が終わりを迎える。通常の聖杯戦争を戦い抜くマスターであればそれを良しとするかもしれないが、生憎と星灰狼の目論みは聖杯戦争という枠組みを飛び越えた先にある。

 

その願いを叶えるためにも、ここでライダーに本気を出されるのは非常に困るのだ。もっとも、そんな説得をしたところでライダーは止まらない。彼は彼なりに本気で灰狼を労おうとしているのだから。それをはた迷惑な王であると捉えるべきか、仮初であったとしても主であると認めた男に対しての労いであると捉えるのかは意見が分かれるところであろうが、誰にとってもこの状況は想定外だ。

 

「ちょっと、まずいんじゃないの、これ……!」

「さっきのアサシンの支配能力とは桁が違います。現実がライダーの心象風景に則られていく」

 

「敵の数、どんどん膨れ上がってきている。こんなの、私達だけじゃ対処しきることができないよ……!」

「ふふ、ふふふふふ、あはははははははは、結局こうなるんですね、何が協力し合ってですか、結局、こうなるんですよ、圧倒的な力の前にはどんな抵抗も無意味、それを思い知らされて散っていくだけじゃありませんか!」

 

 ライダーの宝具発動によって桜子たちは敗北を喫するだろう。自分が手を下すことが出来なかったことに散華は忸怩たる思いを抱えはするが、桜子の人生に終わりを与えることが出来たという点で満足することはできる。多くを望んでも仕方がない。

 

 もっとも得ることができる大きな要素を掴むことで満足しようと考えたのだ。

 

「まだ、何もかも終わったわけじゃない。高笑いを浮かべるのは早いんじゃないの?」

 

「どうするっていうんですか? どうしようもないでしょう、貴方達には? 必死で抵抗したところで、フラウやキャスターの横やりまで防げるんですか、あれだけの軍勢を前にして良くもそんなことが言えたものです。希望を持ち続けることが出来れば救いがあるとでも思っているんですか? だとしたら、それは幻想ですよ」

 

 此処からの逆転などありえない。散華ははっきりと断言する。勿論、桜子たちが座して死を認めるかといわれれば答えはNOだろう。だからこそ、彼女たちはむごたらしく死んでいく。かつての侵略王の軍勢を前にして、一人また一人と命の灯が消えていく瞬間を見届けていけばいい。

 

 むしろ、桜子にはギリギリまで生き残ってほしいとさえ散華は思う。そうすれば、彼女は絶望の中でその命を終えることになる。最後の輝きのような絶望の表情はきっと自分の溜飲を下げさせてくれることだろう。

 

 万事休す、誰もがそう思わざるを得ない、たった一言、ライダーによる進撃の命令が下れば、あるいは固有結界がこの場を完全に呑み込めば、その瞬間に侵略王の軍勢たちはいっせいに彼女たちを叩き潰すために殺到するだろう。

 

「まだ、だ……まだ、おわ、れない。俺はまだ、なにも、為し遂げては―――」

『この絶望的な状況でも君はまだ復讐を諦めないのかい? もう楽になってもいい。もう何もかもから目を背けてさ、楽になってもいいんじゃない?』

 

 声が聞こえる、意識がもうろうとするレイジの耳元にアヴェンジャーの中にいる青年の声が聞こえる。これまでずっと、どこか他人事のような態度を貫き続けてきた青年の声はやはり他人事のような声色だった。

 

『こんな傷まで負って、必死に闘って、それで君に何が残るの? 何も残らないさ、ただ、君が必死だったって言うだけ、クズ星はどこまでいってもクズ星だ。なのに、頑張る理由が何処にあるのさ? 裏切っちゃえよ、自分の目指していた理想なんて蹴飛ばしてさ』

「………できない」

 

『どうして? 君がやらなくても誰かがやる。復讐なんて自分の命を捨ててまでやることじゃない』

「それでも……それでも、投げ捨てるわけにはいかない。俺はその先に花を咲かせるって決めたんだ。だったら、それを貫かないと……俺は、何も掴めなくなってしまう」

 

 意地か誇りかあるいはまったく別の何かなのか、青年にも分からない。レイジだって口にしておきながら本当のことはわからないだろう。そんな意志があるのかすらも分からない言葉に青年は頷き、

 

『あーあ、仕方ないな。まったく、君はいつだってそうだ。愚直で愚かしいほどまっすぐで、そして信念だけは微塵も揺らぐことがない。そんな君にだからこそ、力を貸そうじゃないか。銀貨30枚、僕の宝具は……神の子ですらも欺いて見せるとも! ティムール』

「いいんだな」

 

『ああ、任せなよ。僕だってここまで遊んでいたわけじゃない。銀貨は集まった。ここは使いどころだろう?』

 

 青年の告げた言葉に総てを託すようにして、アヴェンジャーの人格が変わるとともに彼の胸元から光が発せられ、そこから30枚の銀貨が姿を見せる。

 

「アヴェンジャーよ、今更何をするつもりだ? 何をしたところで余は止まらん。ただ進軍をし続けていくだけだ。今更、そのような銀貨30枚で何ができる?」

「ふむ、銀貨30枚か、何かひっかかるのぉ……」

 

 キャスターはアヴェンジャーの変異した人格が告げた言葉に引っかかるものを覚えた。その銀貨30枚という言葉がこのひっ迫した状況で何かを意味するのだとすれば、間違いなく彼にとっての宝具を意味することだろう。ある程度使用するものから、相手の素性を判断することもできなくはないと思える状況ではあるが……、

 

「銀貨、銀貨……、ん、まさか―――――」

 

 キャスターは思わず驚愕の表情を浮かべる。キャスターが胸の内で想い描いた仮説と相違ないとすれば、アヴェンジャーの中にいるサーヴァントが放つ宝具は紛れもなく、ライダーですらも抗う事が出来ない宝具になりかねない。

 

「侵略王よ、構うことはない。磨り潰せ。でなくば、何が起こるかわからぬぞ!」

「分かっておる。全軍しんげ――――」

 

「もう遅いよ。こうなるかもしれないとも思っていた。だから、準備は万端さ。

 宝具発動―――『裏切りの銀貨三十枚(イーシュ・カリッヨート)』」

 

 瞬間、アヴェンジャーの目の前に出現した30枚の銀貨が消失すると同時にそれは巻き起こった。何が起こったのかを正確に説明することができる人間は間違いなく存在しないだろう。

 

何せそれは奇跡、紛れもなく奇跡、本来であれば起こりえないような出来事を、世界に投げかける対世界、あるいは対概念宝具とも呼べる力、圧倒的な武力を持ち、総てを蹂躙することができるライダーでさえもその宝具の強制的な力には抗うことさえできない。

 

「銀貨30枚、それはかつて十字教の祖である神の子を背信者である弟子が売り渡した際に得た報酬の数、ああ、聞いた時点でどうしてすぐに分からなかったのか。あれは世界に投げかける宝具、神の子さえも欺いて見せた裏切りの象徴」

 

「そう、僕は裏切りの象徴、僕――――イスカリオテのユダは銀貨30枚を使うことで世界すらも欺いて見せよう。神の子すらも欺き、貶めた裏切りの象徴は世界に刻み込まれた呪いでさえある!」

 

 イスカリオテのユダ、それは新約聖書に登場する世界に名高い裏切りの代名詞。彼の救世主を対価に銀貨を受け取り、ゴルゴタの丘へ誘った者。最後の晩餐にて”13番目の席”に座っていた使徒。神の子に選ばれた12人の使徒の一人であったにも関わらず、彼の教えに賛同せず、神の子について行ったのも地位や名誉欲しさであったと言われている。そして最後の晩餐を経て、銀貨30枚と引き換えに神の子を売り渡した。

 

 西欧圏、いいや、全世界における裏切りの代名詞とさえ呼ばれた彼の存在は世界そのものに対する裏切りの象徴とさえも認識されている。

 

 彼自身は強いサーヴァントではない。むしろ、彼に出来ることなどほとんどない。彼が歴史に名を残した行動はたった一つ、銀貨30枚を引き替えに神の子を売り渡した裏切りだけであるのだから。

 

 しかし、故にこそ、その宝具の力は絶大である。どのような能力、どのような事象、どのような概念、どのような状況であったとしても、流れゆく運命を裏切って見せよう。

 

 概念にすらも到達するその事象はあろうことか、この場所でライダーの固有結界展開を後付で無力化し、その心象風景が一気に色あせていく。

 

「いくら、君の宝具が強かったとしても、使えないのであれば意味がない。僕は君の宝具に勝つことは逆立ちしたって無理だけど、君の宝具を使わせない状況にすることはできる」

「侵略王よ、横やりを許せよ、その男、ここで排除せねばこの先、何をしてくれるのかもわからんぞ!!」

 

 彼らの周囲に無数の魔方陣が浮かび上がり、このスラムでの戦いにおける最初のように過剰過ぎる魔力攻撃が展開されようとするが、それよりも先にアヴェンジャーやレイジ、彼の仲間たちの周囲が輝きはじめる。

 

「おいおい、キャスター、何をそんな熱くなっているのさ。まさか、僕がここで君たちを相手に必死に能力を使って戦うとでも思っていたのかよ? だったら、読みが浅すぎるぜ? そんなことはやらないよ。僕がやることは唯一つ、さっさと逃げることだけさ。裏切り者だからね、真っ向からの戦いなんてクソ喰らえなんだよ」

 

 そして、その光が彼らを呑み込むと同時に、一瞬にしてこの場所から姿も反応も消え冴えったのであった。

 

「キャスター、彼らは……?」

「視えぬ、わからぬ。この王都全域には、妾の魔力に取る網を張り巡らせておる。だというのに、連中が何処に向かったのかすらも分からぬ! なんだこれは、こんなことが起こりえるのか……!?」

 

「王都の外に出た可能性があるのではないですか?」

「いや、それはありえないだろう。彼らの目的が我々との決着である以上、この王都から離れることは敗走を意味する。この王都の中に潜んでいることは間違いないと思うが……」

 

「必ず見つけ出して見せよう、妾の名に懸けて、何にしてもスラムでの戦いはこれにて終いじゃな。敵がおらぬ時にここで闘えば国王もリーゼリット皇女もお冠になるであろう」

「そうだな、申し訳ありません、王よ。貴方の心遣いを満足させることが出来ずに」

 

「構わん。楽しみがまだ残っていると考えよう。何、次は潰す。それで良いではないか」

「ええ、その通りであります」

 

 自らの宝具を披露し、これより蹂躙を始めるというところで横やりを入れられる羽目になったライダーはしかし、機嫌を損ねているわけではなかった様子だった。もとより独断専行で四狗たちを撃破されたことは事実である。灰狼に対して譲っている一面があることも事実だろう。

 

「………七星桜子」

 

 それよりも、苛立ちを覚えているのはむしろ散華の方だ。あともう少しだった、むしろライダーの宝具によって今度こそ、彼女を殺すことができると信じていた。にもかかわらず結果として、桜子は今度も生き残った。

 

「必ず……必ず殺します、七星桜子」

 

 その感情はもはやとどめようがない。いずれ来る決別の時はそう遠くない時期に来ることだろう。

 

――王都ルプス・コローナ内――

「そう、エドワードの奴、そんな最後だったんだ」

「立派だったな、自分がいると仲間を失ってしまうって言ってたやつが仲間を守って逝ったんだ、野暮なことは言えねぇよ」

 

「朔ちゃん、その辛い役割を押し付けちゃってごめんね、私たち、みんな、そんなことになっているなんて気づかなくて……」

「はん、お前らが役に立つなんて最初から思っておらんわ。あれはあいつが自分で決めて自分でやったことや。ウチがなんかしたってわけでもないわ」

 

 戦いは終わった、アヴェンジャーの中に存在したユダの宝具によってレイジたちは辛くもライダーの宝具より逃げ切ることに成功した。

 

ここは王都のどこかであり、アヴェンジャーの宝具効果によって、彼らは自分たちがどこに潜んでいるのかを、周囲から隠蔽している状態であった。世界すらも騙しとおし、世界の理を裏切る宝具、その絶大なる力は、この聖杯戦争で召喚されたサーヴァントたちの追随すらも許さない。

 

 そして、ここに至って彼らはようやく、仲間であるエドワード・ハミルトンの散りざまを朔姫から聞くことが出来た。悪魔ザミエルとの最後の対話はエドワードしか知りえない。朔姫ですらも知りえないことであり、外から見れば、彼がその代償に呑み込まれて消えて言ったことしかわからないのだ。

 

 けれど、その最後は立派であったと誰もが思う。もしも、エドワードが引き金を弾かなければ、桜子たちが辿り着く前に甚大な被害が出ていたかもしれない。朔姫とキャスターの命も危うかったかもしれない。

 

 そうした意味で言えば、彼が命を賭けて戦ったことには意味があった。死神などではなく、彼は仲間として、朔姫たち全員を生かしたのだ。彼の汚名を口にする者など誰もいない。エドワード・ハミルトンは紛れもなく英雄であったのだと誰もが分かっている。

 

『これで当面は時間を稼げるだろうね、少なくとも、この王都の兵士たちに追われて逃げ惑うようなことにはならないだろうさ』

『うむ、レイジにとっても休養が必要ではあるしな』

 

 背中に致命傷を与えられたレイジだったが、なんとか命を取り留め、今は朔姫たちに与えられた回復魔術によって眠りながら体力を整えている。傍ではずっとターニャが看病をしている。エドワードの喪失、そしてレイジの状況、他の諸々を考えたとしても、敗北の二文字をぬぐいきることができない。

 

 唯一、ライダーの四狗とチャリオットを破壊することができたことだけが手に入れた成果であると言っても過言ではないだろう。

 

「今回は辛くも生き残れた。けど、次は死ぬわな、これ」

「そうだね、あいつらの戦力が今のままだったら、私らには厳しい状況になる」

 

 とはいえ、それで楽に倒せる相手がいるのかと聞かれればそんな相手はいない。彼らはみな、一人一人が一騎当千、マスターもサーヴァントもそんな簡単に倒すことはできない。

 もしも、それを実現するとなれば、こちら側も何かしらの強化をしなければならないが……、

 

「ロイ、一つお願いがあるの」

「桜子…?」

 

 桜子は意を決したようにロイへと声を掛ける。覚悟を決めたようなその瞳で、

 

「貴方が10年前に、私の身体に施した七星の血を抑えつけるための術式を解放してほしい」

「それは……」

「お願い、今の私じゃ、七星散華を倒すことはできない。私の総てを使わなければ、彼女を越えることはできないの」

 

第12話「ジョーカーに宜しく」――――了

 

 

次回―――第13話「セブンティーン」

 

17歳――それは、七星桜子と七星散華、彼女たちが自分たちの運命を知った時




次回は20日(火)更新です、いよいよ後半戦に突入!


【CLASS】アヴェンジャー

【マスター】レイジ・オブ・ダスト

【真名】ティムール/ハンニバル・バルカ/イスカリオテのユダ

【性別】男性

【身長・体重】170cm・59kg

【属性】秩序・中庸/混沌・中庸/秩序・悪

【ステータス】

 筋力C 耐久C 敏捷B

 魔力C 幸運B 宝具B

【クラス別スキル】

復讐者:A
復讐者として、人の恨みと怨念を一身に集める在り方がスキルとなったもの。周囲からの敵意を向けられやすくなるが、向けられた負の感情は直ちにアヴェンジャーの力へと変化する。

忘却補正:C
 復讐者の存在を忘れ去った者に痛烈な打撃を与える。
 アヴェンジャーの存在を感知していない相手に対しての攻撃の際、各ステータスが1ランク上昇する。

自己回復(魔力):E
 現界に必要な魔力を補うと考えればDランク程度の単独行動スキルに相当する。

【固有スキル】

軍略:A+
 一対一の戦闘ではなく、多人数を動員した戦場における戦術的直感力。
 自らの対軍宝具の行使や、 逆に相手の対軍宝具に対処する場合に有利な補正が与えられる。ティムールとハンニバル、類まれなる二人の将の相乗効果によって本来以上の力が生まれている。

カリスマ:B
 軍団を指揮する天性の才能。団体戦闘において、自軍の能力を向上させる。
 カリスマは稀有な才能で、大国の王にふさわしいランクと言える。

戦闘続行:C
 執念深い。
 瀕死の傷でも戦闘を可能とし、死の間際まで戦うことを止めない。

アルプス越え:A+
ハンニバルが司令官として指名された際に初めて挑んだ難行に由来するスキル。
あらゆる地形を無視した大移動が可能。幸運判定を必要とするが、成功すれば魔術師の創った陣地さえも踏破できる。

????:A+


【宝具】

第一宝具『???』
ランク:B  対軍宝具

第二宝具『災禍秘めし黒の櫃(グーリ・アミール)』
ランク:B+ 対人宝具
墓を暴くものへの呪いの言葉が記された、ティムールが眠る棺。
この宝具の発動までに、対象者がティムール自身に与えた傷を棺の解放と共にそのまま相手へと返す呪詛返しの力。相手の力が強大であればあるほどにその効力は高まり、侵攻してきた相手へと破滅を齎す。
ただし、そのダメージ自体はティムールにそのまま残るモノであるため、幾度も使えるわけではなく、相手を確実に破壊する、あるいは最後の手段として使うのが定石ではあるが、アヴェンジャーは第四宝具との重ね掛けによってこのデメリットを踏み倒している。

第三宝具『雷速の山脈踏破(アルプス・バルカロード)』』
ランク:A+ 対地形宝具
不可能と思われていたアルプス越えを成し遂げたハンニバルの逸話を宝具として昇華したもの。自身と自分の配下、仲間をあらゆる場所へ一瞬で移動させる。一種のワープ能力。
移動可能範囲は広く自身の視界に入る場所は自由に移動できる。視界に入っていない場所で自身が訪れたことがない場合に移動する場合は魔力を多く消費することになる。
移動×距離×人数で消費魔力が計算されるため大人数で長距離の未知の場所へと移動すると魔力を大量に使うことになる。

第四宝具『???』
ランク:B+ 対人宝具

第五宝具『裏切りの銀貨三十枚(イーシュ・カリッヨート)』
ランク:EX 対概念宝具
イスカリオテのユダが、かつてイエスを裏切り銀貨三十枚で彼を司祭に引き渡した事の具現。銀貨三十枚を払う(消費する)ことである事物に対する『裏切り』を再現・可能とする宝具、世界そのものを裏切り、あらゆる軌跡を引き起こすが、銀貨の枚数はユダと契約したマスターの生命力に依存しており、宝具を使えば使うほどに魂の輝きを失っていく。
レイジ自身の魂では1~2回使用することが限度である。この宝具の影響を回避するには対魔力の度合いではなく、あらゆる可能性を否定するしかない。または同ランクの結界宝具、聖域の再現者、或いはイエス以上の神性の持ち主であれば回避が可能


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第13話「セブンティーン」①

――17歳、それは七星桜子が聖杯戦争に参加して、自らの運命を理解した年齢

 

――17歳、それは七星散華が初めて人を殺めて、自らの運命を理解した年齢

 

 今でもたまに思い出すことがある。最初に人を殺した時のあの生々しい感覚を、今ではあまりにも当たり前になってしまったことなのに、あの日の最初の殺人の記憶だけは私の中にこびりついている。

 

 生まれた時から生粋の暗殺者だったわけじゃない。生まれたときは誰だってただの人間に過ぎない。七星の血が流れていたとしても、私はこの現代に生まれた女に過ぎなかったのだから。

 

 時代を経る中で、七星宗家の力は徐々に徐々に落ちていっていた。分家が増え、その分家に仕事をさせることによって、宗家としての威厳を保ち続けてきたわけではあるが、それは逆に言えば、宗家の協力がなかったとしても暗殺家業を分家だけで行うことができるということを意味していた。

 

 宗家は明らかにその権力を失いつつあった。七星の連綿と受け継がれてきた血を受け継ぎ続けていくこと、宗家の人間の使命はそれであり、暗殺者として圧倒的な力を持ち続けることが推奨されているかと言えばそうでもなかった。

 

 現に私は、七星宗家の中でも史上稀にみる七星の血を上手く扱うことができる後継者だった。かつて大陸に渡った七星たちの首魁である七星桜雅の妹にして、最強の七星であると未だに語り継がれる七星桜華、彼女に迫ることができるのは私だけであるとさえ言われるほどに、七星宗家の力は弱まってしまっていたのだ。

 

 宗家の人間たち、私の両親も、老人たちも多くを求めるつもりはなかった。私はいずれ暗殺家としての七星家を継ぐ必要がある。仕事としての暗殺が訪れるかどうかは別にしても、七星の血を制御する必要はある。

 

 七星の血に呑まれることなど、宗家の人間としてあるまじきことであると私は老人たちや両親から嫌というほどに教え込まれてきたし、実際に七星の血は私の身体に適合していた。このまま私は私の人生を謳歌していきながら、七星としての役目を終えればいい。

 

 普通の人間に比べれば、自由は少ないかもしれないけれど、それでも、そこそこの幸せを手にすることはできるだろうと考えていた。生まれるところを子供は選ぶことはできない。あとは、どのように生きるかだから、ささやかな恋をして、ささやかな幸せを見つけて、次の子供たちに七星を受け継いでいけばいい。

 

そう思っていた。私が10の年齢に差し掛かるころまでは……、

 

『聞いたか、分家の七星桜子が聖杯戦争で生き残ったって』

『七星の血が目覚めても尚、それを制御し生き残ったと』

 

『神祇省にはいるらしい。下手をすれば、神祇省と手を結ばれて、分家が宗家に反逆を企てるかもしれない』

『分家が宗家に勝るなど許されない。散華を好きに遊ばせているのが間違っているのではないか』

 

『そうだ、散華を七星の当主として完成させろ』

『さもなくば、我々宗家は分家に地位すらも奪われるぞ』

『宗家こそが至高であることを証明しなければ』

 

 いつから変わったのかはわからない。けれど、気付いた時には私を取り巻く環境は明らかに変わっていた。七星宗家は連綿と血を受け継ぎ、七星の血を絶やさずに生きていくことが正しいと言われていたのに、気付けば、私は七星宗家として相応しい暗殺者であることが求められていた。

 

 安穏とした平和の中で生きていることを悪であると断じられた。

 

 七星の人間として一人も人間を殺めていないのは半端なものであると指摘された。

 

 七星を優先することこそが何よりも正しいのだと主張された。

 

 私の当たり前に出来上がっていたはずの価値感は、七星という呪いじみたい概念によって徐々に徐々に塗りつぶされていく。それに必死に抗った。私はお役目を果たすつもりがあるから、どうか、私の最低限の幸せを奪わないでと何度も何度も主張してきた。

 

 けれど、そんなことは意味が無くて、17歳のあの日、私は―――初めて人を殺して、私の人生を七星に捧げた。七星の当主として当たり前の振る舞いをすること、七星の血に適合した完成した暗殺者となること、そして、七星桜子という分家の脅威を取り除くこと。

 

 聖杯戦争における七星宗家の代表者として送りだされたのも全ては、七星宗家としての威厳を取り戻すためだ。もはや時代に必要とされていない暗殺者たちの成れの果てが未だに力を持っていることを証明するために私は此処にいる。

 

 別にその向かう先はどうでもいい。私は暗殺者として私のやるべきことをやり通すだけ、自我なんてそこには必要ないのだと分かっている。

 

 けれど、七星桜子は別だ。彼女がいなければ、私の人生はもっと別のモノになっていた。彼女が先の聖杯戦争で死んでくれていれば、神祇省に入ることが無ければ、私が私の人生を奪われることはなかった。

 

 それなのに、どうして、貴女は今も笑っているの? 仲間に囲まれて、まるで自分が物語の主人公であるかのように、仲間と支え合って、私達に立ち向かってくる。

 

 どうして、どうして? 貴女は私を苦しめたのに、貴方だけがどうして、自分の幸せを噛みしめているような態度でいるの。宗家の命令なんてなかったとしても許せない。手にするはずだった幸せを奪った貴女が許せない。

 

 だから、どうかお願い、むごたらしく死んで。これ以上幸せになる貴方なんて見たくない。私のように幸せを手放さなくちゃいけない恐怖に怯えながら、後悔して死んでほしい。

 

 だから、殺そう。彼女は殺そう。誰が邪魔をしたって絶対に殺す。子供は誰だって生まれる場所を選ぶことはできないから。七星の運命が私の運命だとすれば、せめて、八つ当たりくらいはさせてもらわなければ気が済まない。

 

「…………」

「あ、マスター、起きたのね。随分と眠ってしまっているみたいだから、心配したのよ? マスターがいなくなってしまったら、フラウは1人になってしまうのだから」

 

 目を覚ます、どうやら夢を見ていたようだ、思い出したくもない昔の夢、七星桜子に余計なことを言われてしまったことで、思い出したくもないことを思いだしてしまったようだった。

 

「マスター、どうしたの? 何か不機嫌そう?」

「ええ、そうですね、獲物を取り逃がしてしまいましたから。ちょっと、自己嫌悪しています。貴方のせいではありませんよ、フラウ」

 

「えへへ、そうであったのなら嬉しいわ! マスター、頭を撫でてくれてありがとう」

 

 アサシンの頭に振れれば手が腐食する。魔力で回復するにしても痛みは伴う。彼女はそうされることを望んでいるし、そうすることで私を慕ってくれている。打算ではあるとはおもう。彼女というバーサーカーでもないのに、半ば狂っているサーヴァントを扱うにはこちらも相応の代償を支払わなければならない。

 

 それに誰からも求められていなかった、憎まれるしかなかった生き方を懸命に生きようとしている彼女には、どこか共感するところもあった。私も彼女のように何かもを捨てて、自分の好きなように生きることが出来たら、どれだけ幸せだったのだろう。

 

 七星宗家の後継者として、決して口にしてはならない気持ちではあるけれども、そう思わずにはいられない一面もあることを私は理解している。

 

 結局の所、私は後悔しているし、そして、私以外の誰かが、私を差し置いて幸せになることが許せないのだ。理不尽を押し付けられたのだから、その理不尽を誰もが受け入れることが出来ないのは間違っている。

 

 灰狼様やカシム様のような高尚な目的があるわけではない。リーゼリット様やヨハン様のようにギリギリ保っている自分の平穏を守りたいと思っているわけではない。

 

 きっと一番不純なのは私、七星としても、私個人としてもどうしようもない不純な理由で戦っているのは紛れもなく私であると分かっている。でも、それでやめられるほど、私の闇は軽くはないから。

 

 世界が憎い、七星桜子が憎い、私の総てを砕いた運命が憎い。屈してしまったからこそ、私は恨み言を口にするのだ。

 

「だいじょうぶよ、マスター。きっと、すぐにお姉さんたちと再会することができるわ。フラウはそんな気がするの!」

「ふふっ、そうですね、きっとそうなりますよね」

 

 キャスターが現在、彼女たちの潜伏先を探している。どうにも最後に彼女たちが逃げる際に使った宝具の影響ですぐに見つけることが困難を来しているらしい。あのキャスターをして、そこまで苦戦させるなんてと思ってしまうが、そこは私も門外漢。私の出番はキャスターが彼女たちを見つけてからということになるだろう。

 

「さて、では、起きましょうか。フラウ、何が起きてもいいようにね」

「ええ、お願いしますわ、マスター」

 

――王都ルプス・コローナ・一般居住エリア――

『数日間程度ではあるけれども、君たちの存在をこの街の中のどこにも存在しないように事象を改変した。まぁ、改変というよりも世界を騙し通していると言った方が正しいのかもしれないけれど、細かいことは抜きにして、おそらく七星側も君たちをすぐに見つけることはできない筈だよ』

 

 アヴェンジャーの中に存在するサーヴァントの1人、イスカリオテのユダの使った宝具、銀貨30枚を代償として世界すらも騙し通す宝具の影響によって、スラムにおける戦いを脱したレイジたちは王都の中に存在する寂れた宿屋にその身を寄せていた。

 

 本来であれば王都の中に潜んでいるだけでは、すぐにでも発見されかねない危険性があるが、1日が経過しても、まったく王宮近衛が押し寄せてくる様子はなかった。

 

 ユダの話しでは、今のレイジたちはユダの宝具の影響によって、他者から認識されない或いは都合よく存在を感知されないようになっており、おそらく数日間はこの状態によって逃げおおせることができるだろうとのことであった。

 

 俄かには信じがたい話である。そんな世界そのものを改変する事が出来るような力、ある意味で固有結界を展開するよりもなお凄まじい力である。ただ、自分たちの置かれている現状、そして明かされた真名を考えれば決して荒唐無稽な話しでもないだろうと彼らは結論付けた。

 

 イスカリオテのユダ、十字教世界における最大の裏切り者、おそらく現代の世界そのものが一度総て真っ白になるような大改編が行われない限り、人類の歴史を通して裏切り者の烙印を押され続けていくであろう人物の名を聞けば、確かに世界を改変して然るべき力を持ち合わせていると理解することもできるだろう。

 

「それほどの力を持っているのなら、なんでもっと早く使ってくれなかったのさ」

 

『はは、ルシアちゃん、さすがにそれは夢を見過ぎだよ。僕の宝具がいつでも何度でも使えるなんてことになったら、聖杯戦争なんて戦う前から勝負がついてしまうだろう? 僕の宝具はそう何度も何度も使えない。銀貨の数に応じて、使える回数は決まっている。ま、後使えて1回か2回ってところかな。それを使い切ったら僕もティムールの身体から強制退去、感謝してほしいよ、そんな状態になることが分かっていて、ここぞという時に使ったんだ。もはやああなってしまったら、僕の宝具以外でライダーの固有結界を突破する方法はなかっただろうさ』

 

「ま、そりゃそうだわな。これほどの力、世界の在り方すらも歪めかねない宝具を使われて何にも影響がありませんでしたなんてことになるはずもない。代償ってのをキッチリと戴いていくのだとしたら、二度も三度も使えるだけでも十分に奇跡だ。

 だが、その上で、一つだけ聞かせろ。ユダ、お前さん、俺達に隠していることはないよな?」

 

 アークがユダへと問いかける。裏切り者の代名詞、誰もが名前を聞くだけで先入観を覚える程度にはユダというサーヴァントは有名であり、その有名すぎる逸話に彼の特性が引きずられる可能性は十分にある。裏切ることに何の躊躇もない。そうした存在へとサーヴァントに転じた時に変わっている可能性もあるのだ。

 

 アークはそれを懸念して問いを投げるが、

 

『それ、僕がそんなことはないよって言った所で君たちは信用する?僕の言葉のどこに君たちを信用させるだけの担保があるのさ? 疑いたいのなら、疑えばいい。僕は僕の思うままにやる。その上で、僕が怪しいと思うのならば好きにすればいいだけだよ』

『だっはははははは、そんな気にせんでも、儂らは三人で一つよ。この小僧が良からぬことを考えておったとしても、儂らがいる限り、簡単に主導権を握ることは出来ん。妙なことをすれば、儂らが片を付ける。まずはそこで良いじゃろう』

 

『仲間同士で疑いあっていられる状況でもない。少なくとも、ユダは此処まで裏切りらしい裏切りを行ってきた形跡は見られない。その実績を以て信頼に足りるとするべきだろう。我もハンニバルも信頼はすれども甘くはない。余計なことをするようであればその時は同じ体の中に内包された者同士として、我らが幕引きをする』

『だってさ、恐ろしいものだよね、ほんと』

 

 などと、おちゃらけた反応をするがティムールとハンニバルがもしもの時は本気で彼を処罰するつもりでいることは十分に理解している。言葉でどれだけ言いつくろった所で疑いを晴らす方法がないのであれば、疑ってもらっていた方が都合がいいとはまさしくそうした意味も込めてなのだろう。

 

『レイジもそろそろ目を覚ます。そして僕たちがこの王都にいる限り、七星の連中との衝突は避けられない。エドワードを失って、彼のようになる人間がこの先出ないとは限らない。疑いあうよりも手を取り合うことの方が大事だよ、僕が言うと胡散臭くなるかもしれないけど、さ!』

 

「確かに、ユダに絆の大事さを口にされるのって、ちょっと釈然としないかも」

「だが、道理ではあるよな。俺たち自身で仲間割れをしている場合じゃないよな」

 

 ユダの言葉にどこまでの信用性があるにしても、彼の口にする言葉に道理があることはルシアもアークも同意せざるを得ない。自分たちが意識を失っている間にエドワードや朔姫たちが命を懸けたからこそ、今がある。この王都の戦い、全員が一丸になって戦わなければ生き残ることもできないと改めて思い知らされたところだ。

 

 その上で、重要なことはやはり、彼女が表明した決断であろう。

 

「考え直すつもりはないのか、桜子」

 

「私だって別に好きでやりたいって言っているわけじゃないよ。でも、みんなが命を懸けて戦っている中で、私だけが余力を残しているのは違うと思う。それがこの先の戦いを生き残るために必要なことであれば、私は私の中の七星を解放するべきだと思うよ」

 

「その結果として、お前自身の自我が浸食される可能性もあるんだぞ」

「………ありがとう。なんだか不思議な話しだよね、あの時のロイは勝つために私の力を封じたのに、今になってはそれを心配してくれるなんてさ」

 

「それはな、聖杯戦争に勝つつもりでいても、別に桜子自身を憎んでいたわけじゃない。勝つために必要だったからやっただけだし、その上で解放をすれば桜子に危険が及ぶのだったら、それを拒否するのも当然だろう」

 

 かつて、秋津の聖杯戦争でロイは桜子が七星の血によって暴走した時に、彼女の魔力を封じた。それは桜子の暴走を止める為でもあり、同時に、聖杯戦争で加速度的に成長にし続けていた桜子に勝利するための布石でもあった。

 

 もっとも、ロイがその後のことまで考えて実行していたのかといわれれば、それは違う。あくまでも勝つためであった。ただ、結果的にその後の桜子の中で七星の血が暴走することを防ぎ、神祇省との修行の中でかなり七星の血を制御することができるようになるまでに桜子が成長するまで、安全弁の役割を担ってくれたことは言うまでもない。

 

 ただ、それを理解したうえで、桜子はその安全装置も言うべき力を解放するべきであると口にした。そこに至るまでに抱いたのは言うまでもなく、七星散華の存在である。

 

 桜子を過剰なまでに敵視し、必ず命を奪うとまで宣言した散華、その根本的な理由は未だに見いだせないが、間違いなく近く、彼女の決着をつけるべき時が来ることは間違いないと桜子も感じ取っていた。

 

「ロイも分かっているでしょ、今の私じゃ、あの子に、七星散華に勝つことはできない。七星陣営側を打倒する上でもあの子は倒さなくちゃいけないし、私と戦う時であれば、あの子は間違いなく一対一で戦うことを選ぶ。あの子は、自分自身の手で私を殺したいと思っているから」

 

「だから、自分が力を解放して七星散華を返り討ちにすると? 理屈は理解できるが危険が伴うことは間違いない。力を解放した時に、本当に桜子が七星の血に呑まれることがないかどうかの保証は出来ない。試してまたすぐに封印が出来るわけでもない。七星の魔力回路に意識めいたものが存在するのだとすれば、さすがに二度目は何としても拒絶しようとしてくるだろう」

 

「うん、そうだね。だから、もしも、私が七星の血に呑まれて暴走するようなことになったら、その時は止めてほしい。そして、ダメならレイジ君とロイで私を……殺して」

 

「遠坂の当主に恨まれるようなことはしたくないぞ」

「蓮二君には昨日のうちに連絡を取ったよ、君が出来ると信じるのなら君に任せるって。理解のあるパートナーだとこういう時にありがたいよねぇ」

 

「それは本当に理解があるということなのか?」

 

「信じてくれているんだよ、私だったら絶対に乗り越えて帰ってきてくれるって。この世で一番大好きな人がそう信じてくれているんだもん。私だってその期待に応えたい。なんとしても成功させたいと思っている。

 七星の血が呪いのような力であることは私が一番よく分かっている。でも、その力に負けるつもりはないよ。何度も言っているけど、私、まだまだ自分の人生を満喫していないもん。これから蓮司君と新婚生活を送って、子供を作って、家族と私の人生を思いっきり生きてやるつもりだもん。この聖杯戦争だって、私の人生の中では通過点に過ぎない。だから……、信じて、ロイ。貴方のライバルだった七星桜子は七星の呪いになんて絶対に負けないんだって!」

 

 胸に手を当てて、桜子は真剣なまなざしでロイに願う。どうか、力を貸してほしいと、ロイはその桜子の真っ直ぐな視線に目を逸らす。常に圧倒的な強者として君臨してきたロイにとっては、目を逸らすなどという経験はほとんどない。

 

「……仕方がない。だが、俺が危険と判断したら即座に再封印に動く」

「うん、それでいいよ、ありがとう」

 

 ロイは桜子に押し切られる形で、彼女の魔力回路の完全開放を受け入れる。本当であれば止めるべきだろう。今でも桜子は十分に強い。七星散華が圧倒的な反応速度から来る強さであるとしても、桜子が見劣りしているわけでは決してないのだ。

 

 無理やりにでも戦いの道に彼女を再び向かわせることにロイはいくばくかの罪悪感を覚えるが、結局は押し切られる形となった。

 

(人生、何があるかわからないものだな、かつては敵対して、命の奪い合いをしていた相手をここまで案じることになるんだからな)

 

「じゃ、お願いできるかな、ロイ」

「ああ、準備をする。いつ、また新たな襲撃が起こるかもわからない。手短に準備をしよう」

 

・・・

 

 燃え盛る炎と悲鳴、何度も何度も見てきた原初風景、どれだけの月日を重ねても忘れることができない悪夢の記憶が自分の中で過る。忘れてはならない、忘れてはならない。

 

 例え、何を犠牲にしても、この抱いた気持ちを失ってはいけない。これを失ってしまったら、俺は本当の意味で抜け殻になってしまうと思うから。

 

 例え、道化であったとしても、例え、愚か者であったとしても、俺だけはそれを忘れてはいけない。俺はそのために生きているのだから。

 

「……………こは……」

「レイジ!!」

 

 目を覚ませば、そこがどこであるのか全く判然としなかったが、横から聞こえてきた声がターニャのモノであることに気付いて、俺は自然と安堵の息を零した。記憶は定かではない。あの実験体とか言われていた奴と戦っている最中に意識を失ったことだけは間違いなかったが、どうにもその後の記憶があいまいだ。

 

「俺はどうして……そもそも、ここは何処だ。灰狼の奴は何処に、あっぐぅぅ……」

「だ、ダメだよレイジ。まだ完全に傷が癒えているわけじゃないんだから!」

 

「落ち着け、レイジ。既にここは戦闘領域ではない。我々の内の1人、イスカリオテのユダの宝具によって、危機を脱すことは出来た。今は身体を休めろ」

「イスカリオテの、ユダ……?」

 

『マスターにまで誰そいつみたいな反応されるのは、ちょっと残念だねぇ。これでも僕は君の命の恩人って奴なんだけど?』

「………、そうか。すまなかった」

 

『あれ、疑ったりしないの? ユダなんて信用できないみたいにさ』

 

「お前たちのことは信用すると決めた。俺の命が欲しいのならわざわざ助ける必要なんてなかったはずだ。それでも助けくれたのならお前のことは信用する。何か目論みがあるのだとしても、利用できると思っている間は精々利用してくれて構わない。後で、お前の特性を教えろ。真名をようやく告げたんだ。それくらいの働きは期待させてもらうぞ?」

 

『はは、そうかいそうかい。マスターの人遣いの荒さは一人前だねぇ。まぁ、僕はほとんど役に立たないだろうけれど、君の末路を見たいという気持ちは何一つとして変わっていない。最後まで付き合うよ、我が主』

 

 状況は呑み込めていないが、すぐなくとも窮地を脱したことだけは事実であるらしい。星灰狼とあれだけ肉薄しておきながら結局、俺は奴に攻撃をすることも許されなかった。

 

 憎らしいのはあの実験体402号とか呼ばれていた奴だ、奴には奴なりの理由があるのかもしれないが、それで邪魔した理由といて認めるのかといわれればはっきりとNOだ。次は確実に倒す。

 

「今後の方針は?」

「大まかな所は変わらない。リーゼリット皇女の加冠の儀に合わせてこちらも動く。幸い、ユダの宝具でこちらは実を隠すことが出来ている。動き出すべき時になるまでは英気を養っておくべきだろうさ」

 

「次こそはあいつらに絶対に泡吹かせてやらないとね、何度も何度もやられっぱなしは性に合わないよ」

 

 アークとルシアも俺が目を覚まして一安心という様子だった。エドワードがいなくなり、その上で俺までいなくなってしまうことは避けたかったのだろう。

 

 エドワード、多くを語りあった訳じゃない。此処まで一緒に旅をしてきた連中の中ではあまり口数が多かったわけでもないし、俺も積極的に関わろうとしたわけじゃない。

 

 ただ、自分の中にあるもどかしさと戦っていることだけは俺にもよく分かった。自分じゃどうにもならない運命と戦って、必死に食らいつこうとしていたのだろうとは何となくわかっていた。

 

 彼は自分の過去に答えを見出すことが出来たのだろうか、自分なりの花を見つけることが出来たのだろうか。見つかっていればいいとは思う。俺自身もそうありたいと思っているし、過去に何かを喪失してしまった人間だって幸福を得るために頑張ってもいいのだと俺は思っているから。

 

(エドワード、待っていてくれとは言わない。俺も遠からずそちらに行く。だから、見守っていてくれ、俺の復讐が完遂されるその時を)

 

 願わくば、その時に自分も満足して逝くことができるのならばそれが一番いいと思う。果てのない戦いの日々ではあるけれども

 

「レイジ……」

「ターニャ、すまない。心配を掛けさせてしまった」

 

「ううん、いいんだよレイジが無事なら。元はといえば、私がレイジを守らなくちゃいけなかったはずなのに。私、何もできなくて」

「そんなことは……」

 

 そんなことはない、そう言おうとしたレイジはそこでふと気づく。どこかターニャの表情が虚ろになってきていることに。

 

「星灰狼は許せない。あの人は存在している限り、レイジに牙を剥く。そうだ、私の大切な人を守るために戦わなくちゃいけない。それが私の役目、私の使命……」

「ターニャ……?」

 

「え、ううん、なんでもない。ごめんね、なんだか自分が不甲斐なくって。どうしたら、あの時にもっとうまくやれていたんだろうってどうしても考えてしまうんだ……」

 

 それはそれで殊勝なこと、なのだろうか。どこかこの王都に入ってきてから、ターニャに危なげな影が浮かんでいる様にレイジには感じられた。上手く表現することはできないが、これまで怯えているばかりのターニャがレイジと共に戦うことを決めてから、どこか好戦的な様子を隠すこともしなくなったように。

 

 しかし、その認識も決して正解であるとは言えない。レイジの記憶の中に存在するターニャ・ズヴィズダーという少女は決して好戦的な娘ではなかった。むしろ、花を愛し、平和を貴ぶそうした人間であったはずだ。

 

(七星の血が、ターニャの心を変質させているのなら、戦うことをこれ以上辞めさせるべきだ。だけど、実際の所は分からない。ターニャ自身がそれを望んでいるのだとしたら……)

 

 此処までの戦いを通して、レイジも実感している。ターニャ・ズヴィズダーは十分に闘う事が出来る「戦力」だ。もしも、自分がターニャを特別な相手であるとみなしていなければ、戦うことを求めただろう。

 

(ターニャを戦いから遠ざけたとしても、灰狼たちを倒すことが出来なければ結局、また奴らはターニャを戦いの最中へと飛びこませていく。何度も戦ってきたからこそ分かる。俺だけではだめだ、俺だけではアイツらを倒すことができない)

 

 桜子たちやそのほかの仲間たちの協力を以てしてもギリギリ勝つことができるのかどうか、それが自分たちの現状であることをレイジも痛感させられている。

 

 だとすれば、ターニャとセイバーは喉から手が出るほど欲しい人材だ。彼女とセイバーがこちらに味方をしてくれればライダーやキャスターとの戦いも優位に事を運ばせることができる。

 

(けれど、その代わりにターニャが変わってしまう可能性がある。………どうして、俺は悩んでいる。かつての俺だったら、悩むこともなくそんな可能性は切り捨てたというのに……俺は、弱くなってしまったのか……?)

 

 セレニウム・シルバの頃のレイジであれば絶対にターニャを戦わせるなどという選択肢を取ることはなかった。そんな選択は絶対に許せないと。しかし、今のレイジはターニャの決意も自分たちの立ち位置も知っている。

 

 子供が世界の広さを知らずに吠えたてて突き進んだ結果、世界の広さを知ってしまったかのように。レイジもまた、自分の信じる正義と立ちはだかる現実の壁というものに悩まされるのであった。

 

――王都ルプス・コローナ・王宮――

「あら、リーゼリット様、よろしいのですか、こちらに顔を出していて。戴冠式は近いと聞いておりましたが」

 

「ええ、問題ありません。戴冠式が近かろうとも、それまでは皇女であることに変わりはありませんから。当然、政務をこなさなければなりません。それに王宮は自分の家のようなものです、家の中でどのように動こうとも、疲れを感じることはありませんよ」

「そうですか、確かに聖杯戦争という面倒事があっても世界は待ってはくれませんからね」

 

 王宮における政務室に足を運んだ散華はそこでリーゼリット、そしてヨハンと顔を合わせる。目的の相手はどちらかといえば彼女たちではなく、灰狼とカシムであったのだが、姿が見えない。また何かしらの暗躍をしているのだろうか。

 

「スラムでの戦いの報告は既に聞き及んでいます。父の許しがあったとはいえ、随分と派手に戦ったようですね」

「ええ、申し訳ありません。私も少し熱くなってしまいました。本当はフラウの力を使う気もなかったのですが……、彼らに感謝するべきでしょうか。リーゼリット様の臣民たちを犠牲にせずに済んだことを」

 

「スラムであんたのサーヴァントの能力を使えばどうなるのかくらい分かっていたはずだ」

「ええ。ですが、国王陛下はスラムで行うあらゆる行動を許していただきました。国王陛下にとってはスラムに生きる人間たちは臣民ではないのでしょうか?」

 

「そんなことはありえません。スラムの人間たちもここにいる以上王都の民です。彼らはスラムから姿を消しましたが、もう二度とこの規模の戦闘は控えていただきたいです」

「それは構いませんが、リーゼリット様、それは貴女がそう思っているだけではないですか?」

 

「何を……」

「嫌いなんでしょう、七星の事。この王宮も、灰狼様たちの事も、全部全部。本当は七星の為に戦いたくなんてない。それが貴女の本心ではないですか?」

 

「だとしたら? 七星宗家の人間として私を討ちますか?」

「ふふっ、まさか。命令も依頼もされていない殺人なんてしませんよ。割にあいませんもの。私は別に七星の後継者ではありますけれど、七星の狂信者ではありません。私は只、経験者として忠告をしているだけですよ。

 リーゼリット様、貴女は七星の家に生まれた七星の後継者です。けっして運命は貴女を逃がしてはくれません。貴方が心の底でどれだけ嫌悪をしても、逃れたいと思っても、七星は貴女を逃がしてはくれない」

 

 とても黒く、されど澄み切った瞳の色で散華はリーゼリットに「忠告」を口にする。殺意はない、あるのはむしろ憐憫の感情だ。どうせ、求める願いは手に入らない。手を差し伸べてくれる者などいない。

 

 自分とリゼは同じだ。どれだけ忌避したとしても、どれだけ嘆いたとしてもこの運命の鎖を断ち切ることはできないのだ。

 

「散華さん、貴女は、ううん、貴女も……」

「言ったじゃないですか。生まれた時から七星であったとしても、私は私です。私には自分の人生があります。その総てを七星に捧げていたわけでは当然にありません。結果的に七星に捧げることになっただけで」

 

 口元に手を近づけ薄く微笑するそのあり方を隠すように彼女は笑う。底知れぬほどの深い暗闇が溢れだしそうな真っ黒な瞳、リーゼリットは思わず気圧されそうになるが、

 

「散華さん、聞かせてはいただけませんか、貴女の過去に何があったのかを」

「私の過去? そんなものに興味があるんですか?」

 

「ええ、貴女は私と自分が同じだと言った。それなら、興味を以ても当然じゃないですか?」

「確かに、それはそうですが……、いいんですか? 聞くことが逆に自分にとってプラスになるとは限りませんよ? それはそのままリーゼリット様にとって知りたくもない事実を知る羽目になることかもしれません」

 

「それでも、です。私は知りたいいいえ、知らなければいけないんだと思います」

 

 レイジに言われた、何も知らない、奪われたこともないからこそそう言えるのだという言葉はリゼの中でずっと渦巻いている。

知ることが出来れば何かが変わるのだろうか。それとも、自分自身がそう思いたいと願っているだけなのだろうか。確かなことは分からない。わからないからこそ、自分と同じであると告げた散華の物語を聞くべきであると彼女は思ったのだ。

 

「そうですか、別に何一つとして面白い話ではありませんけれどね。では、聞かせましょう。運命に総てを奪われた、見苦しい女の話しです。あれはそう、私が17歳だった時、私が初めて、人間の命を奪った日のことです」

 

 




次回は1話マルッと散華の過去回です!

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第13話「セブンティーン」②

「ああ、そっか。私、殺したんだ。そうか、私が、私が殺しちゃったんだ。あはは、あは。あっははははははははははははは!! 私、やっぱり、七星の魔術師だったんだ」

 

 17歳の誕生日――――私は、初めて人を殺しました。初めて、自分の身体に流れている七星の血を自覚しました。どれだけ拒んだとしても避けることができない運命というものがこの世界には存在していて、それを享受しなければならない不幸な人間という者がこの世界に一定数存在しているのだと。

 

 そして、私もそんな一人であることを私はその日に自覚したのです。

 

「だから、何回も言っているでしょ、私は七星の魔術師になんてなるつもりはありません。勿論、七星の家を継ぐために子を為すことは認めました。けれど、それは私がその相手を見つけます。私は、ただの学生です。今更、七星の魔術師になんてなるつもりはありません!」

 

「分かっているのか、散華、お前は七星宗家の人間なんだ。あのようなどこの馬の骨とも知れないような男と付き合って、そのままあの男の種でも仕込まれてみろ。そうなれば、七星宗家の血が穢れる!」

 

「それが? 今更宗家の血が何だって言うんですか? 元より名前を引き継いでいるに過ぎない私達の血に少しくらい他の血が入り込んだところで何をそんなに怯えるんですか?」

 

「お前の人生はお前だけのモノではない。お前の人生は七星宗家の後継者としての人生だ。この家に生まれた以上、この家の作法に従うのが道理だ。それが魔術師というもの、お前の身体に流れている魔術回路の意味だ!」

 

「私は好きでこの家に生まれてきたわけじゃありません。私には友達がいます、好きな人がいます。私の人生は私のものです、数百年ぶりの逸材とかなんだとか、関係ありません。貴方達の言っていることは只の時代錯誤です」

「散華ッッ!」

 

「一つだけ、私自身が不幸であったと思うことがあるとすれば、私がもっと昔の時代に、いまだ神秘がこの世界に根差していた時代に生まれていればよかったと思いますよ。そうすれば、私の才能というものも、いかんなく発揮することが出来たかもしれないというのに」

 

 七星宗家に生まれた、私の人生は最初の一歩の時点で全て決まってしまっていた。七星宗家の血を受け継ぐ後継者、魔術回路、七星の血の濃さ、すべてにおいて、七星の歴史に名を残した女傑、七星桜華に及ぶほどの力を持った逸材、生まれてから、物心つくまでもついた後も私が家族から言われてきたことは総て、私のことではなく、私の魔術師としての才覚、そして私が如何に七星宗家を受け継ぐに相応しい存在であるかだけであった。

 

 何もわかっていない子供のころは持て囃されることを喜ぶだけで良かった。自分は特別な存在で、自分は選ばれた存在であるのだと自覚するだけで、私の自尊心は満たされ、七星としての修業を積むことも決して苦ではなかった。

 

 けれど、それは幼少期の頃の話しであるだけ。年齢を重ねていくごとに私は、私の周囲の子供たちと私が隔絶された存在であることを自覚していく。

 

 同じ立場、同じ土俵で比べるからこそ、優越感が増していく。けれど、最初の土台からして違うのだとすれば、それはただの異物だ。七星宗家の魔術師である七星散華は悲しいくらいにこの政界の中では異物でしかないのだということを理解させられていく。

 

 自分が優れている場面を見せる機会など訪れない。七星宗家はそう簡単には動かない。宗家を動かすほどの事態に対処して解決することこそが七星宗家のアイデンティティになっていたから、子供の私にお鉢が回ってくるような依頼などありえない。

 

 そうなれば、結局の所、私は1人の人間として、皆と同じを求めるようになる。自分が凄いのは理解できた。でも、それは私が努力をして手に入れたモノではない。最初から持っていたものだ、有難味なんて欠片もないし、むしろ、こんなものがなければ、もっとあっさりとみなと同じように生活することが出来たんじゃないかとさえ思えた。

 

 誇りなんてもので自分の人生は豊かにならない。現代日本に生まれた女であれば、戦いなんて無縁であるし、もっとお洒落とか恋愛に興味が湧くのは当たり前のこと。誰もが競争相手になっていないジャンルで勝負をしたって何の面白味もない。

 

 だから、私は自分が七星宗家であるということを徐々に徐々に忌避し始めていた。自分の人生の中で最低限のかかわりだけを保つことができるのならばそれでいい。生まれを変えることはできないから、七星の家の血を絶やすことはできないと分かっている。

 

 分かっているけれど、私の人生は私が選ぶ。誰と結ばれて、血を次代に受け継ぐのかだって本来は私が選ぶべきだ。

 

「お前がそのような態度でいるから、分家が幅を利かせるのだ。このままでは、七星桜子を擁する神祇省に我々はどうされるのかもわからんのだ!」

「知らないですから、そんなこと。そもそも、私達が何もしないのに、その分家の方がこちらに手を出してくる理由があるんですか?」

 

「七星宗家を上回った分家がある。その栄誉を手にするだけで十分に仕掛けてくる理由になるだろう!」

「話にならない……」

 

 宗家の人間たちは未だに、七星宗家という存在がこの日本で大きな力を持っているのだと信じている。そんなことはない。宗家も分家も淘汰されてきている。その事実を分かっていても捨てきれないからこそ、彼らはこんなにも必死に声を上げずにはいられない。

 

 憐れな人たちだ、時代に取り残されている。私は嫌だ、自分の人生を生きていきたいと思っているし、この人たちのように時代に取り残されるようなことはしたくない。

 

「私は私の好きにします。七星の血は残します。それでいいでしょう?」

 

「散華よ、お前は何もわかっていない。七星の血は呪いだ、我々を縛り続ける祝福であり、同時に呪いなのだ。お前がどれだけ願った所でそれを亡くすことはできない。それこそ、聖杯にでも祈りを捧げない限りは」

 

 そんな苦し紛れの脅しなんてもう何度も何度も聞き飽きてしまった。私は私なりの人生を生きるだけのこと、それを邪魔される謂れはない。

 

・・・

 

「七星さん、なんだか機嫌悪い?」

「え、そんなことありませんよ、先輩ったら、もっと私のことちゃんと見てください~」

 

「そっか~、そんな風に見えたんだけどな、俺もまだまだ七星さんのことわかっていないなぁ」

「そうですよ、それと、二人の時は散華って呼んでほしいって言いましたよね?」

 

「それは……ちょっと恥ずかしいって言うか、心の準備が」

「もう~、せっかく付き合い始めたんだから、いいじゃないですか! 先輩ってば変な所で奥手なんですから!」

 

 などと私は頬を膨らませて、七星の問題のことで苛立っていたことを忘れさせようと努める。隣を歩いているのは、最近付き合い始めた1歳年上の先輩、互いに同じ部活に所属していて、前から格好いいなと思っていたところに仲良くなることが出来たので、私の方からアタックして、つい最近交際することができるようになった。

 

 付き合ってみると、顔だちはいいのに、なんだか奥手で、なかなか進展することが出来ないんだけれど、それもまた青春の一ページって感じがして、私としては相応に満足する気持ちは抱いている。我ながら現金というかなんというか……焦りを覚えているのは事実なのだろう。

 

 七星の血の呪いなんて、私を脅かすために宗家の人間がそのように言っているだけに過ぎない。私はそう思っている。七星の魔術師としての訓練は積んでいるし、決して家とたもとを分かちたいわけじゃない。ただ、私は普通の恋愛をして、普通の女として生きていきたいだけなのだ。

 

 そう思えば思うほど、自分の目的を成就させなければと思ってしまっているのも事実ではある。先輩と付き合ったのだって、普通の女性として生きることができないかもしれないという自分自身の焦りから生まれたものだ。

 

「先輩は……私のことを受け入れてくださっていますか?」

「散華ちゃんのような綺麗で可愛い娘が自分の彼女なんだから、当たり前じゃないか」

 

「嬉しいです、もしも、もしもですよ、私が隠し事をしていて、先輩にも言えないようなことを隠していたら、先輩はどうしますか?」

「それって何かを隠しているってこと?」

「え、いえいえ、そんなことはありませんよ!」

 

 我ながらウソが下手だ、でも、先輩は何となく察したうえでニコリと笑って、

 

「散華ちゃんがどうしてそれを隠していたのかを聞いたうえで、納得できるのなら受け入れるよ。誰だって秘密の一つや二つは抱えているものさ。だから、俺の知らない何かを隠していたとしても、仕方がない。だけど、いつかは教えてほしいな」

 

「だからもう、もしもの話しだって言っているじゃないですか~」

「ごめんごめん、そうだったね」

 

 きっと先輩はささやかな隠し事をしているのだと思っている。まさか、私が七星の暗殺者の家系であるなんて夢にも思っていないだろう。

 

 先輩が私の伴侶になるかはわからない。こんなの子供の恋愛でいつかは終わりが来ると言われればそれまでだけれど、もしも、このまま付き合い続けていったら、先輩は私を受け入れてくれるだろうか。後ろ暗い事情しかない七星の家に入ってくれるだろうか。

 

 もしも、もしも、私が七星の家の人間でなかったら、もっと、もっと楽に、人生を考えていられたかもしれないのに……なんて、そんなことを考えるだけ無駄であることは分かっている。私は物わかりがいいのだ。分別くらいはちゃんとつけている。

 

「散華ちゃん、そろそろ誕生日が近かったよね?」

「はい、もう17歳なんですね、早いな~」

 

 そう、あともう少しで自分の誕生日がやってくる。先輩が私の誕生日のことを覚えていてくれたことに喜びの感情を覚えつつも、個人的な事情で17歳になるということを思い起こして、胸にちくりとした痛みを覚える。

 

『分家の女、七星桜子は17歳で七星の血に目覚めて、聖杯戦争を生き残った双だ。散華、お前とほとんど年齢も変わらない時分にだ。それなのに、お前は――――』

 

 宗家の人間に言われた言葉が甦る。知ったことじゃない、そもそも、その分家の女性のことなんて一度もあったことがないのに、理解しているはずもない。宗家とか分家とか考えていること自体が馬鹿馬鹿しい。

 

 本心を言ってしまえば、その分家の凄い女性を宗家の後継者にでも何でもしてしまえばいいのだ。真に優秀な遺伝子を持つに人間の後継者が欲しいのならば、やる気のない私を跡取りにするよりもその方が絶対に七星の為になると思うが、分家よりも宗家の方が優れていることを証明することに躍起になっている者たちにそんなことを言った所で馬の耳に念仏もいい所なのは分かっている。

 

「えへへ、できれば先輩からも何か誕生日プレゼントいただきたいな、なんて思っちゃたりして……」

「勿論、必ず用意するよ、散華ちゃんが喜ぶプレゼントを、ね」

 

 少しでも自分の中に宿っている忌まわしい記憶に蓋をしようと、先輩におねだりをする。分家の人間が聖杯戦争を勝ち残ったことは、宗家の私の人生に大きな影響を与えた。なんでも、魔術師同士の争いで、これまでまったく名前が上がることがなかった分家の人間が勝利をしたらしい。加えて、魔術師の組織か何かに入り込んだと。

 

 私にとってはそうでしかない情報であるのだが、これも宗家の人間たちからすれば、宗家よりも分家の人間の方が優秀に見える出来事が起こってしまったということになるらしい。ここ数年、私を取り巻く状況は激変している。

 

 分家の人間に負けるわけにはいかない。散華、お前がそんな調子だから、後継者としての自覚が、もしも、宗家が無くなるようなことになればどうなるのか、そんな聴きたくもない言葉を何度も何度も聞かされてきたからこそ、私は必死にその記憶に蓋をするために好きな人と過ごす幸せな日の記憶で埋め尽くそうとしていた。

 

 誰が何を言おうともこれは私の人生、私の人生の邪魔をすることなんて誰にもできない。例え誰が何を望んでいたとしても、私の意志が覆るはずがない。私はそう思っていた。

 

 けれど、その思いは甘かったという他ない。結局私は最悪の形でその想いを裏切られることになるのだから。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……なんで、なんでこんなことになってるの!?」

 

 17歳の誕生日、先輩と会って、一緒に誕生日を祝って、そして忘れることのない思い出を作って、そして、そして……いろいろ考えていた。この日が来るのを待ちわびていた。

 

 なのに、どうして、今、私は―――――追われているのだろうか。帰り道、一度、先輩と別れて、家に戻ってからすぐに合流しようと言って、別れた道すがらでフードを被った謎の存在に付け狙われた。身に覚えのない出来事、突然、自分に振りかかってきた悪意、それを振り払うことなど許さないとばかりに、その悪意は私の後を追いまわすように執拗に追い回して来る。

 

『お前が七星宗家の後継者である以上、お前もいついかなる時も命を狙われる可能性があることを自覚しろ。何度でも言う、お前は七星の後継者なのだから』

 

 思い出したくない言葉が脳裏に過る。あの時に言われたことはこういうことなのではないかとこれまで、どこか他人事でしかなかった七星という二文字が、唐突に自分の日常を侵食して来る。

 

「ダメ……、いつまでも逃げていてもらちが明かない。そもそも、こんなことをずっと続けていたら、先輩との約束に間に合わなくなる」

 

 そうだ、そもそも、今日は自分にとっての記念日、どうしてこんな日にわざわざ自分は追い立てられなければならないのかと自分自身の境遇についてさえも苛立ちが浮かんでくる。その気持ちを払しょくするために私は、自分の身体の中に宿っている魔力を励起させていく。

 

「―――――――!」

 

 一瞬にして、自分の身体が沸騰するように熱くなり、何かのスイッチがオンになった感覚を覚える。私の身体に宿っている魔術回路が励起し、思考も視界も一気にクリアになっていく。加えて、認識能力が格段に増した。自分を追ってくる相手の行動が、まるで相手の行動パターンを全て頭に叩き込んでいる様に、読み通せる。

 

「これが、七星の血の力……!?」

 

 動きに変化が生まれた私に対して襲撃者が攻撃を振う。難なく回避、これまで実戦なんて一度も経験したことがないにもかかわらず、本気の殺意を向けられているのに、私はあっさりとその攻撃を回避して見せた。

 

(やれる、これなら……っ!)

 

 襲撃者の目的は見えない。けれど、無力化してしまえばいい。そもそも、自分を襲ってくるような相手なのだ、生かして帰す道理がない。七星に牙を突きたてるような連中は皆殺しにしてしまえばいいのだ。

 

 七星の血を解放したからなのか、凶暴な思考が自分の中に渦巻いてくる。逃げるのではなく、相手を叩き潰すこと、あるいは相手を殺害すること、理性ではなく本能がそれを正しいと伝えてくる。お前の正しい在り方はそれであると。

 

「はぁぁぁぁッ!!」

「―――――!」

 

 相手が驚きの表情を浮かべる。武器はない、この10年間、七星流剣術を学び続けてきたことで、身体の素地は出来上がっている。

 

 惜しむらくは七星の魔術師として最低限の習得しかしていないことから、身体捌き自体は出来ていても、無手での戦闘を実行することはできない。優れた七星の暗殺者であれば、何も持ち得ない状態からでも相手を殺すことができるのかもしれないが、実戦が初めての私にはそこまでのことはできない。

 

 ただ、無力ではない。相手は突然、迎撃に出た私に対して、驚きを隠せずにいて精彩を欠き始めている。対して私は七星の血が私に正解を囁いてくれる。理性ではなく本能が身体をに教えてくれている。

 

(凄い、これ、正解が分かる。まだ、私の身体がその正解の動きに反応しきれていないけれど、もしも、私の身体が全て反応できるようになったとしたら……)

 

 七星の血が与える正解に限りなく近い動きが出来る。それだけで並大抵の存在にとっては脅威となりえる力が発露される。これまで七星の血を一気に開放することがなかった散華にとってそれは、自分自身の中に湧き上がる全能感を覚えるものに他ならなかった。

 

(やれる、これならッ――――)

 

 そう思った矢先であった。待ち伏せをしていたかのように無数の人影が一気に襲い掛かってくる。数は四人、追跡者も含めれば誤認が一気に散華へと襲い掛かって来たのだ。

 

(複数、だけど、逆に言えば)

 

 襲い掛かってきた相手の1人の攻撃を空中で華麗に躱すと、そのまま、相手の武器を握る手を掴み、鞭をしならせるように振り上げ、ゴキリと相手の腕が破壊される。

 

 そのまま、相手の握っていた刀を奪うと散華は何ら迷うことなく、その刃を相手に振り下ろす。

 

「ごぎゃぁぁぁ」

「―――――――――」

 

 一撃で相手の命が終わりを迎えたことを理解する。自分が人の命を奪ったのだと。

 

(私が人を殺した。ああ、でも、何だろう、何も感じない。ああ、こんなものかって感じ。むしろ、高揚感が凄い。私の血が、私の身体が血を求めている。自分の身体に与えられた役割を果たせと声を上げている)

 

 初めて人を殺したが、まったく自分の中に忌避感が生まれない。路傍の石を蹴り飛ばした程度の感覚でしかないことに驚きを覚えるよりも先に、身体が次の相手を殺せと囁いてくる。ああ、まったく、本当に――――自分はどこまでも七星の血族であったのだと散華は痛感させられる。

 

 流れ作業のように人を殺めていく。一人殺してしまえば、二人殺そうが三人殺そうが、百人殺そうが変わらない。今日は私の17歳の誕生日、これから先輩と祝うというのにそれを邪魔するなんて絶対に許さない。

 

 刀をまるで自分の腕のように使って、自分に襲い掛かってくる下手人たちを払いのけていく。相手も刃物を出して対抗してくるけれども、複数人が相手であったとしても、私の身体は当たり前のように、避けるべき場所を、狙うべき場所を教えてくれる。

 

 返り血を浴びてしまったら、この後どうしようとかそんなことを考える感情はすっかり抜け落ちてしまった。目の前の相手を潰す。自分が生き残るために、七星の魔術師として当たり前のように相手を屠ることだけに意識を集中させていく。

 

 斬れ、斬れ、斬れ、私の身体に、私の心の中で、七星の血に刻み込まれた存在たちが咆哮を上げていく。それに従って、最適な動きで相手を屠り続けていく。

 

 突然の覚醒、相手は完全に虚を突かれていた。対抗などしてくるわけがないと思っていた相手が突然、獅子の牙をむけてきたかのように、数の上で勝っているはずの下手人たちは次々とその数を減らしていく。

 

 切り刻み、命を奪い、そして一瞬にして次の得物へと牙をむけていく。時間はそうそうかからなかった。あっさりと、力の差は歴然であったと言わんばかりに躯の山が築かれていく。

 

 私が一息ついた時には、自分の目の前に襲ってきた下手人たちは全て倒れていた。あっさりと終わりすぎてしまって逆に現実味がない。私は本当に人を殺してしまったのか、なんだか夢の中で全能感に浸っているような感じですらあった。

 

 七星の家に生まれた以上、いつかは体験するかもしれなかった殺人処女はあっさりと卒業してしまった。存外、気分が何も変わらなかったので、好奇心かあるいは、実感を覚えようと思ったのか、相手の顔でも見てやろうと思った。

 

「…………」

 

 心のどこかでやめておけという声が囁かれる。見たところで気持ちのいいことにはならないぞと自分の短絡的な行動を窘める声が聞こえてくるが、私にとってもどこか帳尻合わせ的なところがあったのだと思う。

 

 人を殺したのにこんなにも機械的な反応をするだなんて許されるはずがない。そんな自分がまだ当たり前にこちら側の人間であることを理解するために私はフードをかぶった者たちへと手を伸ばす。

 

 制服には返り血がどっぶりとついていた。その異常性にすら気づくことなく、相手の正体を暴くことだけに集中している様子はもはや常軌を逸していると言ってもいいだろう。

 

「いったい、どこの誰が――――――――え……?」

 

 フードを剥ぎ取った私はそこで言葉を失う。倒れて命を失った骸となった存在を私は知っている。知らないわけがない。

 

「なんで、先輩……、どうして……?」

 

 倒れ、死んでいたのは先輩だった。私がこれから一緒にお祝いをしようとした人が、ついほんのさっきまで一緒に帰っていたはずの人が、死んでいる。物言わぬ骸と化している。

 

「いや、先輩……返事を、返事をしてください。嘘、嘘ですよね、何かの間違いですよね、嫌、嫌、嫌嫌嫌、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 錯乱するように私は声を上げる。先ほどまでの自分が急に恐ろしくなって体が震えはじめる。どうして? どうして気付けなかったの? いいや、気付けるはずがない。

 

 そもそも、初めての実戦で都合よく相手が知り合いだと気付けるはずがない。それでも、それでも相手が好きな人なら、愛しているのなら気付くはずが出来たでしょう? できない、できるはずがない。だって、だって、私は……、私は、人を殺すことに何の忌避感も抱いていなかったのだから。

 

「あは、あははは、あっははははははははははははははは」

 

 壊れたように笑い声が空に木霊する。自分があまりにも滑稽すぎて笑う他にどうすればいいのか分からなくなる。

 

 だってそうだろう? 七星の血族であることを認めても、普通の人生を生きていきたいと願っていた女が、ほんの少し七星の血を解放しただけで、普通ではない人生を体験して、自分にとって最も大事な相手の命をあっさりと奪ったのだ。

 

 これで、先輩を守ることが出来たのなら、私は自分の人生の正しさを見出すことが出来ていたかもしれない。だけど、実際にはその逆だ。私は初めての殺人で、最愛の人を殺した。誰よりも自分自身の世界に、七星の運命に巻き込みたくないと思って痛い相手をあまりにもあっさりと殺したのだ。

 

「私が殺した、私が殺した、殺した、殺した、殺した、そうだ、私が殺したんだ。あははは、アッハハハハハハハハハハハハハ」

 

 壊れそうな精神のバランスをギリギリで保つことができるように、必死に笑い声をあげる。そうでもしなければ今すぐにでも発狂して、自分の首を斬ってしまいそうだったから。

 

 これまでずっと抗って生きてきた。私には、私の人生がある。七星のために生きる人生なんてまっぴらだと、自分の人生を生きている実感があった。でも、そんなの全部嘘っぱち、気付いた時にはすべてが遅かった。私は只、本当の自分を知らなかっただけで、本当の自分が目を覚ましてしまえば、私のささやかな抵抗なんて何一つ意味がなかったのだと、あっさりと実感することが出来てしまったのだ。

 

 それから先のことは正直に言えば覚えていない。死体がどのように処理されたのかもわからない。返り血に塗れ、刃物を持っている女が通報されなかった理由も分からない。あまりにも大きすぎるショックを抱えながら、それでも、私は正気だった。

 

 正気のまま、私は先輩の命を奪った事実を噛みしめながら、家へと戻ったのだろう。

 

「よくやった、散華。お前は今日、七星の魔術師として生まれ変わったのだ。再誕おめでとう」

「………どういうことですか?」

 

 戻ってきた七星の家で、宗家の人間たちは私を出迎えてくれた。そこには両親もいた。彼らは満面の笑みを浮かべている。まるで積年の願いがようやく達成されたかのように、喜びを露わにしていたのだ。

 

「この街は我々七星宗家の統べる街だ。その中には、我々の秘奥に手を伸ばさんとする者たちも大勢いる」

「一々潰していればきりがないほどの害虫どもよ。その連中がお前に近づいたのだろう。まったく、三流魔術師どもに近づかれるとは七星宗家も堕ちたものよ」

 

「だが、見事、見事であった。散華よ、お前は実に素晴らしき七星の魔術師であった。やはり我々の目に狂いはなかった。お前であれば、分家の七星桜子であろうとも決して劣ることはないだろうよ」

「お前の手で七星宗家を復活させるのだ」

 

「待って、待ってください。じゃあ、まさか、まさか、全て知っていて……」

「ああ、全て知っていたとも。お前が懸想している相手が七星の力を取り込まんとする魔術師であったことも、奴がお前を狙っていることも。純朴な男のふりをして、お前を狙うつもりであったのだろう。まったくもって度し難い。それに気づくことが出来なかったお前は結局、自分で自分を追い込むだけになったな、散華よ」

 

「あっ……うっ……そん、な……、わ、た、しは……」

 

 足元から何もかもが崩れ落ちるような気持ちだった。私が信じていたもの、私が見ていたもの、それらが一瞬で崩れ落ちていく。私が日常であると信じていたことも、私が自分自身で掴んでいると信じていた幸せもその何もかもが嘘っぱちであったかのような感覚、ああ、まったくもって愚かしいという他ない。

 

 私は七星から解放されたがっていた。けれど、所詮私は籠の中の鳥でしかなかった。どこにも逃げることができない愚かな蛙、七星の呪いから逃げることなど出来ない。それは間違いないことだった。

 

「散華よ、何も悔やむ必要はない。お前は今日、真に七星の力を使う後継者として目を覚ましたのだ。何も怖れる必要はない。ただ、七星であれ。それだけを信じることこそが、お前の幸福なのだ」

「………は、い……私は、七星の後継者、七星宗家を受け継ぐ者、です……」

 

 ポツリとつぶやく言葉はあまりにもあっさりと私の口から零れてきた。これまでであれば必ず反発したであろうやり取りなのに、心が折れてしまっている私には酷く虚ろに聞こえた。どんな顛末であったとしても、私が先輩を殺したことに変わりはない。

 

 私は自分の誕生日に愛する人を殺した。いいや、きっと、七星散華も今日と言う日に命を落としたのだ。今の私は七星の血を受け継ぐための器、七星の血を最大効率で使うためだけに用意された存在、私に自我はいない。私に自分はいらない。ただ効率よく、ただ暗殺者たれと臨まれた存在をこれからは演じ続けていればいい。

 

 誰も本当の私なんて必要としていない。必要なのは圧倒的な力を見せる七星宗家の後継者だけなのだ。七星散華なんていう存在が求められていることはこれっぽちもなかったのだ。

 

 それが顛末、私は17歳の日に死んで、そして生まれ変わった。然したるドラマなんてない。収まるべきところに収まったというだけの話しでしかないが、そんな言葉で押し通せるようなことではない。

 

 それからの私は感情を殺して、七星宗家の後継者として生きてきた。殺しは当たり前にした、七星の血に適合するために徹底的に魔術を鍛えた。七星宗家の後継者である私の名を轟かせてきた。

 

 苦ではなかった。私には目的があったから。やみくもに闘っているだけだったら、心が折れていたかもしれないけれど、明確に進むべき目的があったからこそ、迷わなかった。

 

 七星の後継者として、宗家の犬として、私が私の才能を十全に扱うことができるようになるまで2年、その歳月が経過する頃にはすっかり私は私の人生を七星に捧げていた。私は七星の後継者となるために生まれてきた者、自分の生れは誰にも覆すことはできない。

 

 どれだけ私が願った所で過去を変えることはできない。私は私の人生を七星に捧げる。それが私の定められた生き方であると理解したから。

 

「ち、血迷ったか、散華。何故、宗家である我々に刃を向ける。お前は、ここまで育てた恩を忘れたのか!?」

 

「まさか、育てた恩を忘れるはずがないじゃないですか。私が七星の後継者として、七星の当主として立派にお勤めを果たすことができるようになったのも全ては宗家の皆様が私を立派に育て上げてくれたからです。

 なので、私は最後の恩返しをしたのですよ、これから滅びゆくだけの宗家の姿を見せていくなんて皆様には苦しみでしかないでしょう?」

 

 2年の歳月を待った、私を宗家の後継者として認め、すっかり余裕の表情でいた宗家の連中が集まる会合で、私は彼らを殺戮した。辛いと思うことはない。良心の呵責なんてない。

 

 当たり前だ、愛する人を殺したって心が動かなかった女が、邪魔で邪魔で仕方がないと思っていた親族たちを殺す時に何を躊躇うというのか。そのように育てたのは彼らだ。暗殺一族七星の誇りに囚われて、ただ栄光だけを追い求めてきた愚かな大人たちの末路にはこれ以上ないほどに相応しいだろう。

 

「お父様、お母様、七星宗家は―――私の代で終わらせます。だって、仕方ないでしょう。これから先に、私以上の逸材なんて生まれません。ですから、私の代で終わらせます。このような愚かな、生まれてくること自体が間違いであった家など、滅んでしまった方がいい」

 

「散華、貴様、気が、触れ――――」

「ありていに言えば復讐ですよ。私は貴方達に総てを奪われた。貴方達の妄執によって私の人生を台無しにされた。だから、私は復讐する。貴方達にも、そして……、私の人生を歪めた七星桜子にも」

 

 もしも、彼女が台頭しなければ、聖杯戦争で死んでいれば、そもそも七星の血に目覚めることが無ければ、私はきっともっと自由であったはずだ。こんなことにはならなかった。私が人生の総てを七星に捧げることになったのは、全て七星桜子が元凶だ。

 

「安心してください、皆さん。願いは果たしますよ、宗家の後継者として、七星桜子よりも私が勝っているということは必ず私が証明してみせますよ。だから、どうか、安心して地獄から見ていてください。貴方がたが作り上げた七星の最高傑作が勝つところを」

 

 ほどなくして声を上げる者は誰もいなくなっていた。私が皆殺しにしたのだから当たり前ではあるけれども。あれだけは自分たちは素晴らしい存在であるのだと声高らかに叫んでいた七星宗家はあっさりと滅びを迎えようとしていた。

 

 後は、私だけ、私という後継者がいなくなれば、七星宗家は終わりを迎える。自分たちの妄執の果てに生み出した後継者によって滅ぼされるのだから何も文句なんて言わせない。私がこうなったのは、貴方たちが私を弄んだからなのだから。

 

「でも、私の人生を本当の意味で歪めたのは、宗家じゃない。七星桜子、あなただけは、私の人生を歪めた貴方だけは、必ず私の手で殺す……!」

 

 それが八つ当たりであることなんてわかっている。彼女がいようがいまいが、私が七星宗家に生まれてしまった時点で、私の運命は決まっていたのだということくらいは分かっている。けれど、それで割り切れないのだ。どうしようもなく、悔やむばかりの過去を乗り越えるには何かに責任を擦り付けるしかない。

 

 私の復讐は私だけのもの、私がただ満足するためだけに行われる復讐、現実に押しつぶされて、現実の非情に涙を流したからこそ、私は彼女を憎まずにはいられない。

 

「ええ、そう、そうですよ。私は七星散華、七星宗家の後継者。ええ、それでいい。私は七星の暗殺者に相応しい存在へとなりましょう」

 

 激情はすべて仮面の下に隠す。ただ、七星宗家の資格として、私は七星桜子を殺しましょう。貴女だけが七星の呪いから逃れるなんて許さない。貴女だけが人並みの幸せを得ることなんて許されない。貴女だけが、七星の運命を乗り越える機会を得るなんて許せない。

 

 私は――――貴女になれなかったから、「七星の後継者」である私は貴女を憎み殺します。

 

「素晴らしい憎悪だ、君のその悪意の発露は善でもあり悪でもある。悪に染まり切ることができない悪、君は実に人間らしい」

「誰ですか、貴方は。私、今、とても機嫌が悪いんです。あんまり邪魔をするようであれば、ここで、貴方の首を切り落としますよ?」

 

「まさかまさか、邪魔をするようなことなどせぬとも。私はただ、君に相応しい舞台を用意しようと思っているだけさ。七星散華、七星桜子が憎いのだろう?

 ならば、君に復讐の機会を授けるとしよう」

 

 現れたのは白いケープに身を包んだ男だった。話し方もその表情も胡散臭いとしか思えない男は私に語り掛けた。

 

「私はセイヴァーのサーヴァント、七星散華よ、君を迎えに来た。聖杯戦争の参加者として、七星桜子に復讐の機会を授けようではないか」

 

 それが発端、そして私は今、ここに至る。私の人生を歪めたすべてに復讐するために。

 復讐するは我にあり、誰も七星の運命から逃れるなんてことはできないのだから。

 




散華、もうこいつ七星桜子オルタやんけ……

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第13話「セブンティーン」③

――王都ルプス・コローナ・王宮――

「以上が私の辿ってきた時間です。戦争が身近に存在しているリーゼリット様やヨハン様からすれば、安穏とした世界の中の話しに聞こえるかもしれませんけれど」

 

「………、その、散華さんは自分の家族も」

 

「ええ、殺しました。七星宗家は私の代を以て終わりです。それが私なりの復讐です。何の生産性もありませんけれど、私は私の人生を台無しにされたんですから、私も同じことをして然るべきです。もっとも、私の中に宿っている七星の血がそれを許してくれるかはわかりませんけれど、リーゼリット様や灰狼様がいるのであれば、それでいいじゃないですか。最初の始まりが滅んだとしても、枝分かれした皆様が七星を継ぐのであれば、私の血が残る必要はありません」

 

「あんたは、この聖杯戦争で死ぬ気なのか?」

「さぁ、どうでしょう。それは七星桜子を、私の目的を達成してから考えますよ。言ったでしょう、何の生産性もない復讐だって。意味なんてないんです、道を踏み外してしまった者がするどうしようもない八つ当たり、それでも、その復讐だけが今の私を支えてくれている。私にはよく理解できますよ、アヴェンジャーのマスターのことが」

 

 自分と同じく復讐のために生きているレイジ、復讐という行為が正しくないと理解していても尚、突き進まずにはいられない精神性は散華もよく理解できる。

 

「悪意を向けられたまま、泣き寝入りなんてできません。それが自分を縛る運命のようなモノであったとしても、立ち向かわなければ救われない。そこから一歩も進めない。

 リーゼリット様、七星とはそういうものです、私は貴女を嘲笑うつもりはありません。かつての私も貴女と同じでしたから」

「…………」

 

「だからこそ、貴女の末路も想像できる。貴女は七星から逃げられない。灰狼様の計画は問題なく進行している。いずれ、すべてが彼の思う通りになるでしょう。リーゼリット様、貴女の向かう先はこの国の女王として灰狼様に従うか、灰狼様に逆らって命を対価に自分の矜持を貫くか。そのどちらかです」

 

「そんなことにはさせない、俺がいる限り、リゼは――――」

「できますか? 灰狼様は自分がこの聖杯戦争という物語の主役であると信じて疑っていない。ヨハン様、貴方は自分がこの世界の、この物語の主人公であると思う事が出来ますか?」

 

「それは……」

「それほどの覚悟がなければ、あの方を排除することはできませんよ。もっとも、リーゼリット様、貴女が本気でこの聖杯戦争を勝ち抜くつもりになるのであれば話は別かもしれませんが」

 

「何が言いたいの?」

「いいえ、勝手な予想ですよ。灰狼様の目論みを止めることができるとすれば、それは他の誰でもなくリーゼリット様、貴女だけだと私は思います。灰狼様の物語の敵役には、やはり貴女が相応しいと。ふふっ、夢破れた者だからこそ他人に夢を託してしまうのかもしれませんね」

 

 もしも、この聖杯戦争で灰狼を阻むことができるとすれば、それはリゼを置いて他にはいないだろうと散華は思う。そこには何かしらの根拠があるわけではない。女の勘、あるいは直感めいたものだ。

 

 同じような境遇であったからこそ、散華はリゼが灰狼と対峙する道を最終的に選ぶだろうと半ば確信を持って考えている。結果としてどちらが勝つのかは別としても、えてして物語とは主役と敵役が存在するからこそ盛り上がるもの。

 

 後は単純にどちらが主役なのかという話でしかないわけだが……

 

「くっく、盛り上がっているところで済まぬが、朗報だぞ。散華。連中の認識阻害を突破するための術式が仕上がった」

 

 その瞬間、いつから部屋にいたのか、キャスターが散華やリゼたちへと声をかける。一同は驚くが、キャスターは何ら悪びれる様子もなく笑みを深める。

 

「そう驚くこともあるまい。お主らが話していた内容など、妾にとっては些末事よ。既にこの世界より消え去った影法師が生きる者共の謀り事に興味など持ち合わせたところで面白みなどあるまい。好きにせよ、妾はただ、事実を伝えに来ただけじゃ」

 

「それを私に伝えに来たということは、灰狼様やカシム様と同時に私も向かうということでよろしいですか?」

 

「ふむ、それがのう、我が主は再びのメンテナンス中、侵略王たちは消耗が激しいということでな、加えて、アヴェンジャーの世界改変の術式は強固じゃ、世界が認識をしようとすればするほどに、認識を誤認させる。要するに1人か2人程度の認識が正しければ誤差であるが、大軍を率いるようなことになれば、逆に誤認を引き起こすことになりかねんということじゃ。よってじゃ、散華、此度の討伐は同行者を認めるが、基本的にはお主とアサシンの単独で向かってもらうことになろう」

 

 錬金術師の最高峰ともいわれるキャスターですらも完全に術式を解除することができないほどの力、さながら世界に刻み込まれた呪いのようなものですらある。

 

「時間を掛ければ、完全な解除をすることも出来ようが、勇み足をするのであれば、ということじゃ。どうする散華? 皇女殿下とそこな騎士も、戴冠が近いとあれば出向くことも厳しかろうが」

 

「聞くまでもありませんね、キャスター、こんなにも早く決着をつけるための機会を与えてくださりありがとうございます。これでようやく私は七星桜子を殺すことができる」

 

 散華としても異論をはさむ余地などない。ライダーやキャスターが邪魔をしなければ今度こそ、桜子と決着をつけることができる。敵の方が数の面では多いのは事実であるが、昨日の戦いで消耗しているのはあちら側も同じ。むしろ、総合的な面では彼女たちの方が遥かに消耗していると言えるだろう。

 

「先ほど同行者と言いましたが、誰か来るのですか?」

「ああ、入るがいい」

 

「へっへ、悪いな、七星の嬢ちゃんよぉ、あんたが殺したい奴がいるように俺にもどうしても殺してやりたくて仕方ない奴がいるんでね」

「ルチアーノ・ステッラ!」

 

「皇女様たちもご健勝そうで何よりだ。ま、今回は抜け駆けさせてもらうことになりますがねぇ」

 

 協力者として姿を見せたのは、バーサーカーのマスターであったヴィンセント・N・ステッラの弟分であったルチアーノ・ステッラ、イタリアンマフィア『ステッラファミリー』の一員であった男、グロリアス・カストルムでは、ヴィンセントを殺したレイジに復讐するために動いたが、結果として返り討ちにされることとなった。

 

「灰狼にしつこく食い下がっておったのでな、妾が取り計らってやったのだ。獲物は違う、邪魔立てする相手を振り払う程度のことはできるじゃろうて。どうじゃ、散華よ」

 

「構いませんよ、私は私の目的を果たすだけです。七星桜子を殺した後は、七星宗家の人間として他のマスターたちを排除するつもりですし、あの少年と私は大した因縁があるわけでもありません。ルチアーノさまも譲りますよ。事実がどうであれ、奪われた者が許せないと抱く激情は私もよく存じ上げていますから」

 

「くく、ありがたいねぇ。そうさ、理屈なんてどうでもいい。俺自身が、あいつをレイジ・オブ・ダストを殺してやりたいと思っているんだ。それだけで十分だ。こんどはしくじらねぇ」

 

「だが、あいつには、レイジ・オフ・ダストにはサーヴァントがいる。お前が無策で飛び込んだところで、サーヴァントを封じることが出来なければ一瞬で殺されて終わるぞ」

「くく、それなら問題はねぇよ。俺だって無策で飛び込むわけじゃねぇさ、なぁ、クビライの旦那ぁ」

 

「ちっ、何だって俺がこんな奴の面倒を見てやらなきゃいけないんだか。ハーンの命令でなければ、今すぐ縊り殺している所だぞ、小僧」

 

 ルチアーノの隣に姿を見せたのは、ライダーの配下であり、ジュベやジュルメと肩を並べる四駿が一人、クビライであった。バーサーカーのサーヴァントとして召喚されていながらも、クビライはまともな意思疎通を可能としている。

 

 もっとも、その身体からは絶えず殺気が放たれており、言葉通りの対話が出来るのかどうかは全く別問題かもしれない。

 

 本来であれば侵略王以外の命令を聞くつもりなどクビライには存在しない。あくまでもライダーより、ルチアーノと協力して敵戦力を削れと命令されているからこそ、同行するのだ。

 

「私はクビライ様、貴女の行動を縛るつもりはありません。好きに闘ってください。ただ、私の戦いにも介入は不要です。互いにやりたいようにやりましょう」

 

「いいぜ、そういう話だと楽だ。聞けばアヴェンジャーは俺らの後継だそうじゃねぇか。ハーンと共に大帝国を築き上げてきた俺達に、どれほど肉薄することができるのか、一度は試してみたいと思っていたんだ」

 

 ティムールとの戦いが出来ることにクビライは上機嫌な様子を浮かべていた。四駿として、ジュベを含めた四人は誰も彼もが戦で活躍をしてきた者たち、サーヴァントとしての独立行動権が与えられた現状、好き放題に戦うことが許されているのだとすれば、やりたいようにするというのが本音だろう。

 

 散華はその邪魔をしない。自分もアサシンもクビライもその全員が好きにやることが一番目的達成の上で余計な障害を生み出さずに済む。

 

「決まりだな、では、散華よ、準備が出来たら、妾の下に来るがいい。妾の術式が無ければ、王都を血眼になって探しても連中を見つけることは出来んじゃろうからな」

「恩に着ます。では、後程」

 

 キャスターとルチアーノ、そしてクビライの姿が消失する。準備ができしだいの出撃である以上、散華としても望むところである。ようやく桜子との決着をつける時が来る。

 

「そういうわけでリーゼリット様、これより私は出陣となります。リーゼリット様に私の過去を話したのは、私の気紛れです。別に貴方を苦しめたいとか、そういう意図ではありません」

 

「本当に、ただの気紛れ? 本当は、私に話したかったんじゃないの? 自分の境遇を、散華さん、貴女はきっと、自分が思っているよりも心が壊れているわけじゃない。貴女は、辛すぎるから、心を閉ざしているだけでしょう」

 

「……そうかもしれませんね、でも、どうにもならない話です。だって、起こった事実は変えられない。私は愛する人の命も、愛して然るべき家族の命も平然と奪った女です。必要であれば誰であろうとも殺します。そういう血にまみれた生き方をしてきた女です。

七星桜子のように、日の当たる場所を生きてきたわけではありません。そういう人間なのですから……同情などされたところでどうにもなりません。大切な人はもう誰もいませんから」

 

「そんな言い方……、なら……、なら、私が貴方の友人になります!」

「リゼ……!?」

 

「藪から棒に、いきなり何を言っているんですか?」

 

「いや、その、散華さんがどうせ帰るところがないというのであれば、少なくとも、私の傍であれば居場所を作ることもできるというか。散華さん、そもそも、私よりも年下でしょう! そんな娘が、役目を果たしたから命を捨てますなんて言われて、わかりましたなんて言えるわけないわ!

 だから、友人というか、臣下というか、ああ、もうなんでもいいけれど、散華さんの周りがだれ一人いなくなってしまった訳じゃないわ。同じ七星ではあるけれども、私もいる、ヨハン君もいる。何もかもを諦めるのはまだ早いんじゃないかしら?」

「いや、勝手に僕の名前まで出さないでもらえるか……」

 

 リゼの言葉に散華は思わず呆気にとられる。まさか、そのようなことを言われるとは思ってもいなかったのだろう。呆気にとられて、動きを止め、そして訥々に笑い始めた。

 

「ふふ、あっはははははははは、ぷくく、面白いことを言うんですねリーゼリット様って。もっと冗談の通じない方なんだと思っていました」

「こ、こっちは本気で言っているのに、いきなり笑うって酷くない!?」

 

「いえいえ、純粋な好意で言ってくださったことは理解していますよ。ええ、ただ、なんというか、唐突過ぎて。他人から、混じりけのない行為を向けられることなんて、ここ最近全くありませんでしたから。少し面喰ってしまって……」

 

 七星の暗殺者としての人生を受け入れてからは常に復讐のことばかりを考えてきていた。家族も信用せず、ただ機械的に殺しを続けてきた散華にとって、自分に向けられる純粋な好意など縁遠いものであったし、もうそんなものを受け入れることはないだろうと思っていた。だからこそ、あまりにも意外だったのだ。自分がそのような感情を向けられることが。

 

「縁とはとても不思議なものであると私は思っています。散華さんと私は本来、このように出会うことは絶対にありません。ヨハン君と私だって、本来であれば出会うことはなかったはずです。それでも、私達はこうして出会う事が出来た。それが互いにとって忌まわし呪いとさえ思える七星の血が発端であったとしても、出会えたこと自体を否定するべきではないと私は思うんです」

 

「こんな私に未来に目を向けろと、リーゼリット様はそう口にされるのですか」

 

「私には過去を変えることはできません、きっと誰であっても同じです。ですが、未来は少なからずでも変えることが出来ます。散華さんがそれを望むなら、私はそれに全力で寄り添います。私達はお互いの気持ちに寄り添う事が出来る立場同士であると思っていますし」

 

 七星という数奇な運命の下に生まれてきた者同士、互いの気持ちを理解しあえるとすればそれは自分たちだけだろうとリゼは言うのだ。

 

「………甘い理想論ですね、リーゼリット様と私では、境遇は違うというのに」

「それはそうだけど、でも……」

 

「私の直感も捨てたものではありません、やはり灰狼様の勝利を阻むとすれば、それはリーゼリット様を置いて他にはいないでしょう。ふふっ、もしも、そんな軌跡を引き起こすことができるのだとしたら、その時はリーゼリット様のお話し、考えてもいいですよ?」

 

 意味深な笑みを散華は浮かべる。これまでの感情を凍結させた氷の笑みではなく、彼女本来の人格、本当の彼女の笑みを浮かべて……

 

「では、この話の続きは戻ってきた後にでもしましょうか。ただ、忘れないでくださいよ、リーゼリット様、運命とはとても残酷なもの、どれだけ願った所で、甘い幻想が包んでくれるような世界なんてありません」

 

「それは、わかっているつもり……!」

「そうですか、貴女がそれでも理想を貫けるのかどうか、できることなら、それは見届けて見たいものですね」

 

 かつて夢破れてしまったものだからこそ、心の中でそう願うのかもしれない。彼女と自分は違う。確かにそう、彼女は穢れていない。七星であったとしても、彼女はまだ最後の一閃を踏み越えていない。だからこそ、出来ることもあるのかもしれないと思えば、

 

(私は……願いを託したいのかもしれませんね、リーゼリット様に。私が出来なかったことを)

 

 心の中でそのように自嘲しながら、散華はキャスターの下へと向かう。

 

――王都ルプス・コローナ・居住エリア――

「始めるぞ、桜子」

「ええ、お願い、ロイ」

 

「なんや、浮気現場を目撃しておる気分やなぁ、年頃の男と女が二人で密会とか洒落にならんで、これ」

 

「ちょっと、朔ちゃん、集中を乱すようなこと言わないでよ!」

「修行が足りん証拠やな~」

 

 七星側が次なる戦いに向けて動き始めた頃、桜子たちも次の戦いのための準備に入っていた。桜子の中に眠っている七星の血を目覚めさせる。ロイによって封じられた七星の血を覚醒させ、我がものとすることが出来れば、桜子自身の戦闘能力は飛躍的に増大する。

 

 同時に、桜子自身の中でこれまで抑え込まれていた七星の血が一気に活性化することも意味している。下手をすれば、桜子自身も七星の暗殺者としてのさがに目覚めてしまう可能性は決して否定できない。

 

 相応の実力を持ち合わせている今の桜子であれば、無理矢理、七星の血を蘇らせる必要もないだろうとロイは考えたが、七星散華と何度か対峙をしてきた中で彼女も自分の力不足というものを実感している。此処から先に勝利するためには、更なる力が必要となる。

 

(私は七星の生き方に染まるつもりはない。この戦いが終わった後には蓮司君と一緒に七星の血と決別して生きていきたいと思っている、でも、生き残ることが出来なければ何もなせない。レイジ君が勝利するためにあらゆる無茶を働くのと同じように、私も覚悟を決めないといけない)

 

 日常に戻ってくるという鋼の意志と、自分の身体に宿っている七星の力を使いこなすための胆力、そのどちらもが求められる最中で、ロイが桜子の手に触れる。

 

「んっ……」

「動くな、精神を集中させろ。少しでも淀みが生まれれば魔術回路がズタズタになるかもしれないぞ」

 

「わ、かってる……」

 

 ロイの手が桜のこの手に触れると彼女の令呪と腕に刻まれている魔術回路が一気に作動し、腕から光が放たれる。同時に桜子の中で全身の感覚が鋭敏になっていくのが分かる。まるで、これまで鈍って使い物になっていなかった全身に力が漲るような感覚、これまで自覚というほどの自覚を覚えたことはなかったが、桜子自身もこの感覚を与えられた瞬間に、これまで自分の中でいかに七星の魔術回路が封じられていたのかということを痛感する。

 

「あっ……ぐぅ……」

 

(桜子自身の才能は母親のもんを受け継いでかなりのもんがある。それを支えておるんが、連綿と受け継がれてきた七星の魔術回路のハズや。ウチらも最初に桜子に出会った時には、その才能と魔術回路がかみ合っていないことに疑問を覚えた。封じられておるんは、桜子がその才能に溺れて暴走しないため。ウチらもその危険性を知っていたからこそ、あえて桜子には魔術回路を封じられた状態でも十全に闘えるように仕込みを行った)

 

 七星桜子が神祇省に所属していたとしても、危険度の高い七星の魔術師であることに変わりはない。もしも、桜子の魔力が解放されて、暴走するようなことになれば、神祇省は味方の討伐を行わなければならなくなることからも彼女の力の解放にはかなり消極的であった。

 

 そんな神祇省の思惑とは裏腹の行動をとることになった理由は言うまでもなく、戦いの激化だ。やむを得ない理由があったとはいえ、朔姫にとってもあの場でキャスターの真名までもを明らかにしてライダーとの死闘を繰り広げるのは想定外だった。

 

 正直なことを言えば、キャスターの手の内を明かすにはあまりも早かったし、感情的な面を抜きにすれば失敗をしたと思う所はある。もっとも、エドワードの気持ちに応える形で行った戦いである以上、朔姫自身には後悔があるわけではない。あの場で力を温存して上手く立ち回るようなことをすれば、命がけで自分たちを守ってくれたエドワードの顔に泥を塗ることになりかねないのだから。

 

 そうしたアクシデントも含めて、更なる力を求める必要があった。勿論、心配はあるが、誰よりも桜子を信じているのは朔姫だ。本当に桜子に危険があると考えていれば、このような状況にすることもなく止めている。それだけの権力を朔姫は持ち合わせているが、自分が立会人になることでロイを納得させたことからしても、朔姫は桜子が間違いなく七星の血を受け入れることができると考えている。

 

「あっ、ぐぅぅ、があああああああああああ!!」

「マスター!」

 

「わ、わ! 桜子ちゃん、大丈夫かな!?」

「騒ぐな、桜子だって集中しとるんや、ウチらが信用してやらんかったら話が進まんやろ!」

 

 身悶えながらも、桜子は未だに意識を手放すようなことはしていない。心の中で葛藤と拒絶、そして迎合が続いているのだろう。自分の身体の中に、そして心の中に異物を挟みこむのに近しい行為である以上、それが楽なモノであるはずがない。

 

 身の毛のよだつような体験をしても、それでも精神を保っていられるのかどうかであり、呻き声を上げながらも桜子自身も戦っている。自分たちに出来ることは残念ながらない。

 

 信じて待つ、一番つらく苦しい時間を共有しなければならないのだ。

 

(凄い、自分の身体の主導権が奪われそうになる。本当に集中を乱したら、意識ごと持っていかれそうなほど……あの時、10年前に私が意識を奪われた時みたいに、無理矢理私の身体の支配権を奪おうとしている……でも、そんなことはさせない。私の人生は私だけのモノじゃない。私の身体の中に流れている記憶なんかに、私は……絶対に、負け、ないッ!)

 

 身体を寄越せ、お前の力を解放しろという囁きが身体の中から溢れてくる、一気に覚醒を果たさんとする魔術回路に身体が悲鳴を上げているが、それでも桜子は歯を食いしばってその痛みに耐える。

 

 もしも、敗北して命を失うことになればこんなものの比ではない痛みを覚えることになる。それは絶対に許し難いと思うからこそ身を裂くような痛みに耐え続け、その力が自分の身体の中に押し込められていく感覚を覚えていく。

 

 魔術回路が自分の身体に馴染んでいき、痛みが徐々に引き上げていく。適応するための抵抗反応が収まるということは身体の拒絶反応が無くなったということのはずだ。同時に痛みを覚えることを認識しているのであれば、意識自体も保っているということだろう。

 

「終わったんか?」

「んっ……ふぅ、たぶん、ね。まだ身体中、なんていうかヒリヒリするって言うか、いつ痛み出すのか分かんない感覚はあるけれど、一応は落ち着いたかな。昔、意識を持っていかれたみたいな感覚もないしね」

 

「あとは、実際に戦闘の中で、魔術回路を活性化させてどうなるかという所だろうな。そこで桜子自身が魔力を制御することが出来ていれば、心配はないだろうが……」

「せやな、七星の連中は暗殺の時にこそ真価を発揮するっていうわけやし、今は安心してもってのはあるかもしれんわな」

 

 それを制御することができるのかどうかは桜子次第、何とも難しい判断を迫られるモノになるが、解放した以上は後戻りはできない。

 

「再度の封印を施すこともできるが、そうなれば桜子の魔術回路にどんな影響を及ぼすのかもわからない。解放してしまった以上は、その力を使いこなすしかないぞ、桜子」

 

「うん、分かってるよ、そこは覚悟の上。大丈夫だよ、七星の血だって元々は私の中に存在した力なんだから。使いこなして見せるよ」

「マスター」

 

「ランサーもそんなに心配しないで、これは私が生き残るため、私の幸せを掴むために必要なことだから。蓮司君だって分かってくれている。私は七星の運命から逃げるつもりはない。逃げたら、その時こそ後戻りはできなくなると思うから」

 

 どれだけ苦難が待ち受けていようとも、常に桜子は前に進み続けてきた。桜子は決してこの世界に七星の人間として生まれてきたことを後悔したことはない。

 

 もしも、ほんの少し、紙一重でも桜子の人生で出会ってきた人たちが違っていたら、そのように考えていたかもしれない。けれど、結果的に桜子は多くの者に守られ、多くの者に助けられてきた。自分はきっと幸運で、悪意に染まることなく生きてくることが出来た。だからこそ今の自分がいる。そんな自分が最後まで七星の運命に負けずに生き抜くことこそが求められてきたことであると思っているからこそ、桜子は逃げるつもりはない。

 

 進んだ先にこそ待っている成果があると信じて……

 

「相変わらず反吐が出るようなことを言うんですね貴女は。ううん、それでこそ、七星桜子らしいと言えるかもしれませんね」

「―――――ッ!」

「ちっ、もう来たか!」

 

 声が聞こえた瞬間にロイと朔姫は瞬時に戦闘態勢へと思考を切り替える。ユダの宝具があったとしても、敵側にヘルメスがいる以上、すべてを欺くことができるわけもないことは分かっていた。

 

 見つけられるのは時間の問題であるとも。

 

「ここで闘ったら余計な被害が出るからな、そんなことはさせへんわ! 姫ぇぇ!」

「任せて、式神顕現、結界発動ッッ!!」

 

 朔姫はすぐさまキャスターと共に式神を周囲にばらまき、キャスターの術が発動するとその式神たちを媒介として、朔姫たちが居住しているエリア周辺が術の力に包まれて、次の瞬間、桜子たちは本来の居住エリアとは全く風景の場所へと移動していた。

 

 そこはさながらゴーストタウン、ルプス・コローナの内部でありながらも全く人の気配を感じることができない死の街と形容するのが相応しい有り様の世界が広がっていた。

 

「……考えましたね、固有結界のようなもの、位相を別位相に移すことによって、王都の人間に被害が出ることを避けることもできるし、私達が周囲の人間たちに被害が出るような戦い方で優位性を取ることを潰しましたか」

 

「他国だろうと無差別テロかまされんのは気持ちが良くないやろ。つーか、むしろなりふり構わずか? 七星宗家の後継者が随分と余裕がないやないか、七星散華」

 

「余裕……? そんなもの最初からないですよ。どれだけ気持ちで抑えつけたところで、私はそこの女を殺したくて殺したくて仕方がないんです。私の人生を歪めた元凶、私がなれなかった存在、貴女を斬らなくちゃ私は、もうこれ以上前には進めませんから」

 

 キャスターの術によって散華は桜子たちの居場所を突き止めることが出来た。しかし、同時にそれは彼女たちの居場所を突き止めることも許してしまった。逃げ場がない状況の中で、時間稼ぎをしていたのだ。朔姫もその程度の悪知恵は働かせる。

 

「あのうるさい鋼鉄男はいないのか?」

「ええ、今回は私とフラウだけです。手負いの貴方たち相手であれば、私だけで十分ですから」

 

「はッ、随分とウチらに邪魔されたことが祟っておるみたいやないか!」

「さて、それはどうでしょうか。灰狼様もカシム様もあの程度で黙っている御仁ではありませんよ」

 

 クスリと散華は微笑を浮かべる。朔姫もロイも考えていることは同じだろう。ライダー、そしてキャスターが不在であるということは大きな意味を持つ。散華が嘘をついている可能性も考慮するだろうが、あの戦好きの侵略王が姿を見せない時点で少なくともライダー陣営については本当に同行していないであろうことは理解できた。

 

「朔ちゃんもロイも前の戦いの傷がまだ完全に癒えていないでしょ? ここは私が受け持つよ。最初からその予定だったわけだしね」

 

「いいんですか? あなた一人では私には勝てない。二度も教え込んであげたのに、本当に学習しないんですね。別にかまいませんけれど、私は貴女を殺すことが出来れば、他はどうでもいいので」

 

「どうして、私のことをそこまで憎むの?」

「貴女が自分の人生を幸福であると思っているから」

 

「――――――!?」

「貴女は私が辿っていたかもしれない可能性、私が辿ることが出来なかった可能性、そんなものが目の前にいるなんて吐き気がするでしょう? だから殺すんです。ほら、とってもシンプルでしょう?」

 

 もしものことなんて考えても何の意味もないけれども、散華だって桜子のように自分の夢を追いかけて、自分の愛を追いかける人生を生きたかった。それが叶わなかったことがそのまま憎悪に繋がっていることは分かっている。桜子自身が何かを目論んだわけではないことも分かっている。分かっているが、それで抑え込めるほど、この激情は安いものではない。

 

「そうだね、シンプルだね。じゃあ、私もいろいろあるけど、シンプルに行くよ。私は私の幸せの為にまだ死ねないの。貴女が私の命を奪うつもりなら、私は全力で抵抗して、貴女を倒すわ、七星散華」

 

「そこで私を殺すと言わないところが、余計にイラつかせるんですよ……! フラウ!」

「ええ出番なのね、マスター」

 

「そうです、加減をする必要はありませんよ、この場の全員と踊り狂いましょう、フラウ。今日は中座はありません。踊りつかれて眠ってしまうまで、貴女の舞踏を見せてください」

 

「勿論よ、さぁ、お姉様がた、踊りましょう。ねぇ、あの時のお姉様も踊ってくださるのでしょう?」

「ちっ、気付かれていたか……」

 

 宙を舞い、桜子とランサーの横にルシアが辿り着き、二挺拳銃を構える。

 

「桜子、ペスト・ユングフラウは私とランサーに任せな。あんたは七星散華と決着をつけて。あの子と決着をつけることができるのはあんただけだよ」

 

「うん、分かっている……ルシアこそ、いいの?」

「ええ、きっと、他の誰よりもあいつと相性がいいのは私だしね。それだけってわけじゃないけれど……」

 

 含みがあることを口にするルシアだったが、躊躇がある様子ではなかった。アサシンを倒す気持ちが本気であることさえわかれば二人に任せられる。

 

(私も、なんて言えないことは十分わかっている。七星散華に集中しなければ、私が返り討ちにあう。これまではサーヴァントとの連携で戦ってきたけれど、無差別に毒を撒き散らすアサシンを近づかせないことを徹底しなくちゃ、余計なことを考えなくちゃいけなくなる。その上で、私が地力で彼女を倒すしかない……)

 

 身体の中で未だに七星の血が疼く。戦闘モードへと入ったことによって、これまで封じられていた七星の血が好戦的に桜子の中で主張をするのだ。早く殺させろ。目の前の血を啜れと、避けることができない衝動を自分自身の理性で抑えつける。その上で力だけを抽出する。この解放した力を使いこなすことができるかどうかで散華を倒すことができるかが決まる。

 

(大丈夫、10年前とは違う。今の私だったら、絶対に制御できる……蓮司君、私に力を貸して)

 

 最愛の相手を思い出し、自分が生きるべき世界を改めて思い描き、そこへと戻るために力を使うことを強くイメージする。

 

「策がないというわけではなさそうですね。いいですよ、何でも使ってきてください。それでも、貴女は私には勝てない。それを教えてあげますから」

「私こそ教えてあげるよ。七星に縛られ続ける貴女と私、どちらが勝っているのか、この一戦で決着を付けようじゃない、七星散華!」

 

 そして時を同じくして、もう一つの因縁も決着のための加速を始める。

 

「ひひ、ひひひひひひ、いいねぇ、ちょうどいいじゃねぇか。他の連中はあの女を警戒して出払っているのか、ここに残っているのはお前たちだけか、レイジ、ターニャ」

「お前……、ルチアーノか!」

 

「そうだぜ、覚えていていてくれてうれしいぜ、レイジ。お前を殺すためにはまだまだ死ねない。お前を殺すためだけに今の俺は生き続けているんだ。だからよぉ、サッサと殺されちまってくれよ。お前を殺さないと、俺は兄貴の墓参りにも行くことが出来ないんだ」

 

「やってみろよ、できるのなら……」

「手負いの癖に良く吼えるな。前回はテメェらに一本食わさせられることになったが、今回はイーブンだぜ、何せ……サーヴァントもいるからなぁ!」

 

「お前が調子に乗るなよ、俺様はテメェの子守はしてもテメェに仕えたつもりはないんだからよ」

 

「あれは、ライダーの配下の……」

「クビライ、四駿の1人か……」

 

「よぉ、後輩。ハーンに代わって面を尾上に来てやったぜ。シケタ面を見せるんじゃねぇぞ? そんなことしやがったら、そのまま殺しちまうだろうからなァァ!!」

 

 獰猛な瞳と牙を隠すこともなくバーサーカー:クビライはティムールを潰すことに終始するつもりでいる様子だった。あのジュベと同じ立場の敵というだけでもおぞましさは伝わってくる。その上で、レイジもまた手負い、ルチアーノ自身が七星ではなく戦闘力で劣るとしても、このままでは……マズイ、そう思われた時に、ターニャがレイジの前へと躍り出る。

 

「大丈夫だよ、レイジ、君は私が守るから」

「ターニャ……」

 

「ぎゃっはははははははは、おいおい、お嬢ちゃん。前回の不意打ちで味を締めちまったかぁ? 悪いが、二回も三回も同じことができると思うなよ? 俺に痛い目を合わせたんだ。相応のつけは払ってもらうぜ」

 

「黙りなさい」

「あ――――?」

 

 一言、たった一言でルチアーノの舐めた態度での笑いを止めた。ターニャ・ズヴィズダーになど油断をしなければ負けることはない。ルチアーノはそう考えていた。しかし、既に彼女は、ルチアーノの知っている彼女ではない。

 

「レイジには指一本触れさせないわ。レイジのためにも貴方は私が倒すわ」

「邪魔すんなよ、復讐の邪魔だ」

「いいえ、邪魔なのはあなたよ。私とレイジの復讐の邪魔をしないで!」

 

第13話「セブンティーン」――――了

 

――これは誰のものでもない君の人生、呪い呪われた未来は君がその手で変えていくんだ

次回―――第14話「祝福」

 




次回、対アサシン陣営決戦回です、更新は30日(金)となります!


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第14話「祝福」①

――王都ルプス・コローナ・王宮――

「今しがた、散華と連中の戦いが始まったわ。連中も愚かではない。早々にアサシンの対策をするために結界を張りおったわ」

 

「君や私の介入を封じたいという気持ちもあっただろうね。我々三陣営の中では、最もアサシン陣営が御しやすい。散華は遠坂桜子に執心しているし、アサシンには明確な行動意識が存在しない。明確な目的がある私や余分なモノがないからこそ対局を見据えることができる君に比べれば御しやすいのは事実だろう」

 

「そうさな、あの小娘もそろそろ限界が近そうに見える。虚勢を張り続ける事もまた技能の一つではあろうが、それを貫くには覚悟が足りんと見えた。我が主のように、鋼鉄の意志を持って己を変革するだけの覚悟があらねば異なる自分を演じ続けることなど出来まい」

「辛辣だね、君はあまり散華のことが好きではないのかい?」

 

「個人としての好き嫌いで断じるつもりはないわ。ただ、妾はお主らが思っているよりも俗なのだ。才能に胡坐をかいて、己を磨こうともせぬ者は好かんというだけよ。あの小娘が完全にそうであるとは思っておらぬが、与えられた恩寵を無碍に扱うことを根底に抱いているのは事実じゃ」

 

「なるほど、確かにそうだね。俺もカシムも目的の為に邁進することだけはやめなかった。その歩みの最中で無数の犠牲を生み出し続けてきたが、それを後悔する感情はない。必然的にそうせざるを得なかったのだから。

 けれど、彼女は違う。自分が生み出してきた犠牲の総てを否定するだろう。目的のための邁進は何かを掴むためではなく、自分を肯定するためだ。目的を達することが出来なければ自分を肯定することもできない。その脆弱な精神構造は確かに、自分を偽り続けるにはあまりにも脆すぎる」

 

 灰狼もカシムも自分たちが外道であることはよく理解している。目的のためであれば平然と他人を犠牲にするし、心が痛むこともない。人生を懸けた目的があるのだ。そこに辿り着くまでの犠牲など知ったことではないし、暗殺一族という倫理観が外れている自分たちにそのような常識的な観点を求める方が間違っていると思うのだ。

 

 しかし、だからこそ散華は脆い。桜子にいつまでも執着しているのがその証拠だ。七星であることを受け入れたのであれば、吹っ切って然るべきことを未だに抱え続けている。

 

「とはいえ、彼女に恨みがあるわけでもない。今は祈ろうじゃないか、彼女が遠坂桜子を討ってくれることを。そうなれば、私の脚本は盤石だ」

「警戒しておるのじゃな」

 

「セイヴァーが目を掛けているという一点で警戒するには余りある。一番恐ろしいのはロイ・エーデルフェルトかもしれないが、彼はカシムが倒す。何があろうとも倒すだろう。だからこそ、最後まで残って何をしでかすのかわからないという点で、遠坂桜子の方が私は恐ろしいよ」

 

「なるほどのう、それで? 何故、ルチアーノも向かわせたのじゃ。いかに侵略王の英霊がついていようとも、死ぬぞ、あやつ?」

「それが何か? 彼には彼の役割がある。アベルを憎み、アベルを殺すことを望む彼だからこそ、彼女の防衛本能を掻きたてることができる。きっと、思う通りになってくれるだろうさ。あともう少しだ、もう少しで、俺の目的は成就する……!」

 

 狂気を孕むように、灰狼はあっさりとルチアーノが死ぬ展開を肯定する。そんなものは分かったうえで、クビライと共に出撃させたのだと。

 

「ルチアーノも決して不幸というわけではないさ。アベルという仇を討つために自分自身の全力を、そしてサーヴァントという規格外の力までもを手にすることが出来たんだ。それで願いを叶えることが出来なかったのだとすれば、それは当人の責任だ、私が責を負う話ではない」

 

 チャンスは与えた。後はそれを掴みとることができるのかどうかは本人次第の話しであると灰狼は突き放す。ヴィンセントの置き土産だろうがなんだろうが、実際の所、彼にはさして関係のない話である。

 

(さて、アベル、私の恋敵よ。君はどこまで生き残ることができる。クズ星でしかない、俺の願いの為に、使い潰されるためだけに生まれてきたお前が、どこまで耐えることができるのか、実に楽しみだよ)

 

 そんな灰狼の思惑を知ってから知らずか、ルチアーノと遭遇したレイジは自分自身の怪我を押し切りながら、大剣を振い、ルチアーノへと対抗する。

 

「だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「はッ、お前の戦いに付き合うつもりなんてねぇよ!」

 

 懐から拳銃を取り出すと、迷うことなくレイジへと発砲、脳天と心臓を狙って放たれる弾丸を弾けば、そこに侵略王のサーヴァントであるクビライが斧を片手にレイジへと迫る。

 

「へっ、貰ったぜ」

「させるかッ!」

 

 だが、そこはアヴェンジャーが阻む。クビライの身の丈ほどもある巨大な斧を受け止める偃月刀には軋みが奔るが、それでもなんとか拮抗を保っている。力だけという観点で見れば、明らかに侵略王よりも上、生粋の破壊者ともいうべきクビライは、自分の攻撃を受け止めたアヴェンジャーの姿にニヤリと笑みを浮かべる。

 

「侵略王の軍勢たる俺達が去った草原を支配せんとした者よ、ハーンの冠を手に入れなかった者よ、そうだな、そうでなくては面白くない。わざわざこの俺が出向いてやったのだ。もっと歯ごたえのある戦いを演じろ、狂ったように踊り明かせ! ジュベを討ち取ったのだろう、お前たちは!」

 

「こいつ、戦いながら笑っていて」

「そりゃ笑うだろう! 戦場ってのは自分自身を全力で表現する場所だ。自分の中に存在している暴虐も欲望も全てを吐きだして然るべき場所だ。どれだけの非道をしたところで勝てば許される場所だ。だから、暴れまわるんだ。お前も、俺の連れも同じだろうが! 復讐という欲望の為に暴れまわっている。だから笑えよ、笑って欲望を解放しろ!」

 

「その通りだ、今更優等生面しているんじゃねぇよ、レイジ・オブ・ダスト、お前は兄貴を殺した。そして俺はこれからお前を殺す! 同じだ、対等だ、お前が口にしたように俺達のどちらに正しさがあるなんて話じゃない、どちらも正しい! お前は俺に殺される義務がある!!」

 

 クビライと言葉の狂気に載せられているのか、グロリアス・カストルムにおける戦いよりもルチアーノは狂暴性を増してレイジへと次々と銃弾を放っていく。当然、ただの銃弾程度で屈するほどレイジは弱くはないが、病み上がりであることに変わりはない。

 

(くっ、背中の傷が疼く。戦うことはできるが……万全とは言えない。くそっ、身体が思うように動かない)

 

「お前、手負いなんだってなァ、俺以外にも恨みを買っていて、他の奴に傷つけられたって聞いたぜ! いい気味だなぁ、どんな気分だ? 自分が正しいことをしていると思っているのに、自分のやってきたことに足を引っ張られるのは!」

「アイツのことなんて、俺は知らないッッ!!」

 

 何も知らないルチアーノが我がもの顔で語ってくることに苛立ちを覚える。実験体402号の存在など、実際の所、レイジは何も知らないのだ。突然現れて、突然怒りをぶつけて、突然仇のように襲われている。

 

 意味が分からない、理解できない。ルチアーノに襲われる理由は理解できる。これは自分の報いだ。どうしようもなく背負わなければならない義務だ。けれど、あれは理解できない。レイジ・オブ・ダストという存在が辿ってきた軌跡にあんな奴は存在していない。

 

「あんな奴にもお前にもかかずっている暇はないんだよ。俺は七星たちを全て倒さなければならない。そんな地獄の先に花を咲かせることが――――」

「無理だよ、お前さんには」

 

 ポツリと狂気に染まっていたはずのルチアーノがシラフの表情でレイジへと声を投げる。レイジを案じているのではなく、心の底から見下したような、どうしようもなく愚かな相手を見るような表情だった。

 

「英雄ってのは運命に愛されている。何かを為し遂げる奴ってのはどれだけの困難が待ち受けていても最後には何とかしちまう。帳尻合わせが行われるのさ。俺達のようなクズとは違う。最初から成功する奴ってのはどんなドブ川に落とされたところで、這い上がるためのロープが用意されているもんさ」

「何が言いたいんだよ」

 

「テメェは違う、お前は運命に愛されていない、むしろ、嫌われているとしか思えねぇ、さっき、俺とお前は対等だって言っただろう? それが全てだよ、お前は特別にはなれない。大義を成すための殺戮が許されない。どれだけの凄まじい願いを抱えていたところで、お前は俺と同じこの一連の戦いの端役に過ぎないんだよ。

 天に愛されない奴は、どれだけ必死になったところで主役にはなれない。それがお前だ」

「黙れッッ!!」

 

 ルチアーノの挑発に怒りを覚えたレイジが突っ込み、クビライがそれを受け止め、アヴェンジャーとの揉みあいになる。無論、ルチアーノはその間に銃弾を補充し、再び銃弾を撃ち込んでくる。

 

「くははははははは、図星か? 図星だろう? テメェだってわかってんだよ、テメェが願いを叶えることができない程度のことは。だから何度も何度も自分に言い聞かせている。健気だねぇ、ガキが抱く夢にはちょうどいい!」

 

 世の中の汚い面を幾度も幾度も見てきたルチアーノからすれば、それはこの世の真理だ。主役は最初から違う、最初から輝いている。自分やレイジのようなドブネズミとは最初から格が違うのだ。気分がいい、心地いい。自分の兄貴分を討ったガキがただの鉄砲玉と変わらないという事実を突きつけるのは心地いい。

 

 これは端役に過ぎない、そこらの石ころと変わらないルチアーノだからできること、最高に気分がいいぞ、さぁ、殺そう。鉛玉で奴を殺そう。

 

「レイジ……」

 

 その様子にターニャは胸を痛め、決意が固まる。何もしないで見守るなんてできないと胸の中に覚悟を秘めて……

 

・・・

 

「七星流剣術――――伍ノ型『桜吹雪』」」

「七星流剣術―――孔雀旋斬!!」

 

 この夜の主演、遠坂桜子と七星散華の激突は意外なほどに互角の様相を呈していた。これまで、決して見劣りすることはなかったとしても、やはり散華の立ち回りに遅れるような形で戦いに興じる他なかった桜子であったが、この瞬間に散華の動きに追いつきながら、七星流剣術を放ち続ける余裕が生まれている。

 

 散華が動き回れば、その動きに対応するようにして、斬撃が迸り、結果として散華は地上と空中隔てなく動き回る羽目となり、この誰もいない通常空間とは位相を隔てた戦闘領域の中で建物を立体的に移動しながら喰桜子との戦闘を続けていた。

 

「くっ……何かが変わった!」

「いける、やれるわ、七星散華と互角に戦えている……!」

 

(七星桜子の動きが明らかに昨日と違う! 私が七星の血を使って動きを先読みして、ほぼ自動で攻撃と回避をしている様に、彼女も明らかに私の挙動から何をしてくるのかを見切っている。昨日まではそうじゃなかった。私の動きに遅れる形で攻撃を繰り出していたはずなのに、何が……!?)

 

 散華が驚くのも無理はないだろう。今の桜子は全身に内蔵された魔術回路が全て解放されている。これまではいわば自分の身体に不可視の鎖を巻きつけて戦っていたに等しく、自分の身体の冴えも、七星の血を用いた戦闘予測も、何より七星流剣術に使う魔力も潤沢に存在し、七星の血による行動予測を受けながら散華が回避できるかどうかのすれすれのところで攻撃を放つことに成功している。

 

(イケる、戦えている……!いまだに彼女の行動予測を上回ることは出来ていないけれど、このまま戦っていけば選択肢を絞りだして、さらに行動予測をすることができるハズ、必ず追いつく。追いついた時が逆転の時よ!)

 

 それでもなお、刃を通させていないからこその七星散華である。七星の魔力を桜子が全開にしたとしても、誰よりも七星の血に愛され、誰よりも七星の血による戦闘経験をその身に取り込んだのは言うまでもなく散華である。

 

 もはや彼女は自分が意識をしなかったとしても、戦闘状態に入れば、相手の行動予測、相手をどのようにすれば簡単に斬り殺せるか、相手がどんな武器を使うのかを無意識に頭の中に流しこんでいる。言わば、七星散華とは七星の血に突き動かされるオートマタのような存在なのである。

 

 桜子と散華のどちらが修練を積んできたのか、これに対しては議論の余地がある点ではあるが、七星流剣術を主体とした実践的な戦闘術という観点で考えるのであれば、桜子の方が遥かに散華よりも修行をした時間は長い。

 

 七星散華の最大の強みは七星の血という連綿と受け継がれてきた暗殺術を行使する際に使用することができるオートで流し込まれる戦闘経験をその身に受け入れる素地である。

 

 彼女は生まれながらの天才であった。最初の殺人をした時も、まともな暗殺術を学んでいたわけでもないというのに、身体が半ば自動で動いて、相手を殺めることに成功していた。七星の後継者になることを決めた後も最低限の暗殺術と七星流剣術を収めただけである。何故なら、修行の必要もなく彼女の身体は最適に動くから。七星流剣術とて、長い修練の果てに手にしたのではなく、七星の血を励起させながら訓練していたら、自然と身に着いていたというだけの話しである。

 

 故にこそ、彼女には苦難を踏み越えた経験がない。血の祝福に突き動かされるままに行ってきた殺人術はここに至って、自分と同じかそれ以上に戦うことができる存在へと登りつめた桜子によって急激に追い詰められ始めることとなった。

 

 言うなれば、散華の自由に闘う事が出来ないのだ。散華の攻撃も回避も防御をしようとする所に不可視の刃が出現し、彼女の身体を刻んでやろうと刃が飛び出してくるのだ。それが予備動作とほぼ同じタイミングで襲来して来るのだ、七星の血によるオート回避を散華が持ち合わせていなければ一気呵成に切り刻まれていたことだろう。

 

「七星流剣術―――弐ノ型『枝垂桜』!!」

 

 上段からの斬撃、それを散華は受け止めるが、狙い澄ましたようにその受け止めた刃と時間差でもう一撃の刃が振り下ろされ、散華の身体を切り裂く。

 

「ぐっ、がああああああ」

 

 昨日の戦いでも与えられた一撃、もう一度受けてしまったことが散華に羞恥心とよくもやってくれたという怒りの原動力が満たされていく。許せない、許せない、何が起こってこんなにあっさりと強くなったのかは理解できない。けれど、桜子がどれだけ強くなろうとも散華にとっては関係ない。

 

(難しく考えるな、殺せばいい。最後に殺せば総てが許される。私の人生も報われる。七星の魔術師として生まれてきたことの意味を理解することができる。だからッ、だから、私は貴女を斬ることを望む。それが私の宿願なのだから!)

 

 そう自分に言い聞かせている散華ではあるが、それはどこか必死に自分に言い聞かせる、焦りから生まれた行動のようですらあった。苛立ち、焦り、これまで桜子との戦いの中で散華が見せることがなかった負の感情が表面に滲み出てきてしまっている。

 

(リーゼリット様に私の過去を語ったからでしょうか。ずっと自分の中で蓋をしてきた感情が漏れ出そうになっている。ああ、まったく醜いですね、本当に。七星宗家の後継者には全く相応しくないような感情が渦巻いています……)

 

「何だか、余裕無さそうだね。まぁ、私も余裕あるかといえばないけどさ」

「私の心配だなんて余裕あるじゃないですか。憐れみでもしているつもりですか? 」

 

「そんな気持ちはないよ、言ったでしょ、余裕ないって。舐めてかかればすぐにでも貴女に追いつかれる。だけど、今日は追いつかせない。貴女の才能なら、ほんの少しだけ今よりも努力を続ければ、たぶん、私なんて軽く凌駕出来るだろうね。でも、今日は超えさせない。このまま、私が勝たせてもらうわ!」

 

「戯言を、ここまで自分が有利に進めて来たからってあまり調子に乗らないことです!」

 

 彼女たちは再び動き始め、王都に存在する建造物の壁を伝い、地面を着地点として、次々と動き回りながら、戦闘を継続させていく。派手に動き回ることは余計な体力を使うこととなる。それもまた桜子の作戦の一つであった。言うなれば、基礎体力で散華を追い込む。

 

 桜子自身は七星流剣術の修業を幼いころからこなし、ここ数年間は神祇省の魔術師としての訓練も積んできている。体力には多少の自信があるし、七星の魔力回路を全て解放した今となっては、このままの戦闘速度を継続したとしても、あと数時間は戦闘を続けることができる自信がある。

 

 仕掛けているのは散華との我慢比べだ、要するにどちらが先に根を上げるのか、街中を駆け巡りながら、互いの武器と魔術で互いを傷つけ合い、先に根を上げた方が相手の刃に追いつかれる。ある意味でシンプルな戦いであり、桜子の意図は散華も理解しているだろうが、散華の対抗意識が桜子よりも先に根を上げることを認めさせない。

 

 宗家の意地として、自分の人生に大きな絶望を与えた桜子に屈することを認めたがらない散華の在り方を最大限利用した形であると言えよう。

 

 そして、街中を動き回りながら戦っているもう一つの理由は、散華とアサシン:ペスト・ユングフラウを引き離すためである。

 

「あっははははははは、凄いわ、やはり凄いわねお姉さん、今日は存分に踊ってくださるのね、フラウもマスターから好きなだけ踊っていいと言われているの。やりたい放題していいと言われているの! だから踊るわ。朝まで一緒に踊り明かしましょう!」

 

「くっ、凄まじい瘴気、動いているだけで周囲に正気を撒き散らしている」

「あんなの、普通の魔術師だったら、あっさりと身体を溶かされているよ、ランサー、身体は持ちそう?」

 

「サーヴァントですから、ある程度は耐えられます。私より、ルシア、貴女です。いくらニーベルングの指輪の影響で貴女の身体が限りなく不死に近いとしても、瘴気の影響が全くないわけではありません。無理をする必要はありません。私だけでアサシンを」

 

「ダーメ、手段を択んじゃいられない。この戦いは桜子に集中してもらうためであるし、同時に桜子が引きつけている間に何としても倒さなくちゃいけないんだ。猫の手も借りたい状況なんだから、危険だとかなんだとか言いっこなし!」

 

「……はい、わかりました。では、ルシア、貴女の特性を最大限に利用して彼女の動きを止めてください。アサシンは動きも耐久性も高いですが、戦闘技量自体は高くない」

 

「あくまでも空想上の怪物だからね、通常の英霊とは違って、戦闘経験とかは積んでいないもんね」

 

「ええ、そこが活路です。彼女にとって、私達は戦っている様に踊っている様にしか感じられていない。相手の戦意や殺意に極端に彼女は鈍い。故に、動きを封じることさえできれば必殺の一撃を放つことが出来ます。機が訪れれば、私の宝具で決着の一撃を放ちますので」

 

「任せて、ガールズチームで決着付けてやろうじゃないの!」

「楽しそうね、お二人とも、ねぇ、どうか、フラウも混ぜては貰えないかしら、ひゃあっ、いきなり音がしてびっくりしてしまったわ、あはは、凄いわ凄いわ!」

 

 ルシアが放つ銃弾、アステロパイオスの俊敏な槍捌きに対してアサシンは踊り狂ったように動き回り、その身体から凄まじい濃度の瘴気が放たれていく。近づいて戦闘をしているだけでも、意識が混濁してしまいそうなほどの濃度、サーヴァントとしてある程度の耐久を持つランサーでも思わず動くが鈍るが、

 

「さぁ、お姉さん、手を繋ぎましょう。そして一緒に踊って下さならない」

「くっ、ああああああああ!」

 

「ランサー!」

「わっ、お姉さんも踊りたいのかしら!」

「まさかッ!!」

 

 ランサーが触れられた箇所から腐食が始まるが、アサシンが触れてきたのと同時に銃声が鳴り響き、アサシンがランサーを掴んでいた腕に銃弾が直撃し、アサシンは痛みを覚える様子を見せる。

 

 銃弾そのものに大きな攻撃力があるわけではないが、アサシンは耐久力こそ凄まじいものの、痛みを感じる感覚自体は鈍いというわけではない。むしろ痛みを覚えることが当たり前の様子であり、そこに関しては人間とさほど大きな変わりはない様子だった。

 

「嬉しいわ、嬉しいわ、お二人がこんなにも情熱的に私と一緒に踊ってくださるなんて。いつもいつも途中でいなくなってしまうから悲しかったの。今度は最後までいてくださるのでしょう。フラウと踊りきるまで、ずっとずっと……、誰も彼もが途中でいなくなってしまうの。フラウと一緒に最後まで踊って下さらないの。それは悲しいわ、とっても悲しいわ。私は踊りたいだけなのに、ただ一緒にいたいだけなのに、どうしてそれが叶わないのかしら? 聖杯に願えば叶うのかしら?」

 

 何かの演技や挑発というわけでもなく、アサシンは当たり前の疑問を投げかけるように言葉にする。生まれた時から彼女は拒絶されるほかなかった。疫病の化身、人に厄災を齎す存在、生まれたこと自体が間違いであったと人々から罵られる存在、彼女にとって触れあうことは生まれた時から求める他者を必要とする行為であったが、その他者を必要とする行為こそが、彼女の被害を凄まじくする結果になった。

 

 だからこそ、彼女の願いが満たされることはない。触れあいたいのに、触れることを拒絶させられる。どす黒く、生まれた時から人間とは全く異なる感情の色をしている存在、決して人間には理解できない空想上の生物、

 

(その色が決して濁っていないのは生まれた時からそういう形で生まれて来たから。確かにそれは間違いのないことではあると思うけれど……、ただ単純に知らないだけなのかもしれない)

 

 他者から与えられる悪意というものを知らない。こうして聖杯戦争の敵同士として戦っているにもかかわらず、アサシンだけはそのような観点で戦っていない。生前も今の自分も彼女には大して変化はない。空想上の生き物に死後も何もあったものではなく、与えられた同一の目的を遂行するために彼女は動き続けるだけなのだから。

 

 彼女に人が自分を拒絶する理由を知るだけの機能は存在しない。彼女は人との触れあい方を知らない。こうして互いに傷つけ合うことですらも彼女にとってはコミュニケーションなのだ。

 

(よくもまぁ、ここまで常識がかけ離れてしまった相手とサーヴァントとして契約することが出来たもんだよ、七星散華、あの子も、ただ七星の魔術師として冷酷なだけだったわけじゃないんだろうね。そんなことしか考えていないような奴なら、このアサシンと上手く付き合う事が出来たわけがない)

 

 アサシンの特異性、そして、彼女がその胸に抱いている苦しみを理解することができる存在でなければ、アサシンを受け入れることは出来なかっただろう。散華にはそれが出来た。それを受け入れるだけの度量があったということになるのは間違いないが、それを考察している余裕は今の彼女たちにはない。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「きゃあああああ、ああっ、激しすぎるわ、お姉さん!」

 

 ランサーの双槍が曲線を描くように縦横無尽に動き回り、動き回るアサシンへと次々と刃を触れあわせ、その身に傷を刻んでいく。ランサーもこうして至近距離からの戦闘を繰り広げる限り、その身が病に蝕まれることは間違いない。

 

 しかし、同時にここまでの戦闘でアサシンが自分に与える影響というものはある程度の予測が付けられるようになった。おそらく、耐えられる。

 

 アサシンの戦闘力、ルシアの協力、そして自分の身体を蝕んでいる腐食の速度、それを考慮したうえでアサシンは加減というものを知らない。戦術として出し惜しみするということを知らない彼女はこの常時放っている瘴気こそが、彼女の持ち得るすべてなのだ。

 

(スラムでの戦いで、手の内を明かしているからこそ、こうして立ち回ることができる。この絶好の機会を逃すわけにはいかない。なんとしても、貴女はここで倒します、アサシン!)

 

 アステロパイオスの双槍の捌きは完全にアサシンの動きを捉えている。今回で都合三度目、一度目はその腐食の力とキャスターの奇襲によって後れを取り、二度目の戦いでは生じた瘴気の力によって、桜子たちの消耗が激しく、継続戦闘を行うことを断念せざるを得なかった。

 

 純粋な実力勝負で戦うとなれば、ランサーがアサシンに敗北することはない。二度の戦闘を経たことによって、アサシンの戦闘方法の種は割れている。死をまき散らす舞踏は即死に至らず、マスターも既に戦闘中であるとはいえ退避をしている以上、今のアステロパイオスは後顧の憂いを抱くことなく、アサシンと戦うことができる。

 

「疾っっ!」

「きゃあああああ、あははは、凄いわ、血が飛び散っている。私の身体から出たものなのよね、とっても綺麗だわ、お姉さんがやったのよね、綺麗、綺麗、とても綺麗!」

「くっっ……あっ、ああああああああああ!」

 

 その鮮血は血飛沫となって、アステロパイオスを襲い、付着した箇所が、まるで硫酸でも浴びせられたかのように、腐食する。

 

(サーヴァントですらも腐食させるほどの毒、ここまで巻き散らしてきた瘴気ですらも彼女の本質にはいまだ届かない)

 

 傷つければ、傷つけるほどに攻撃をした相手にも影響を与えていく。体を切り裂けば血が迸ることは避けられない。腐食は続く、腐食は止まらない。そしてアサシンには驚異的な耐久力がある。ランサーの双槍による攻撃も一度や二度では完全に倒すことはできないだろう。

 

「あら、どうしたの? お姉様、動きが止まっているわ、綺麗な血の華が咲いたんですもの。もっともっと、踊っていきましょうよ。足を止めていたら、つまらないものになってしまうわ」

「無理しないで、ランサー、あんただけで戦っているわけじゃないんだから!!」

 

 迫るアサシンに、ルシアが二丁拳銃から銃弾を放ち、それが刺さった個所から血が飛び出す。遠距離からの攻撃であれば、血飛沫が飛び出すのも最小限で抑えることができる。攻撃力はランサーのそれとは比較にもならないが、攻撃をした者がダメージを受ける危険性を孕んだアサシンとの戦いでは、相手からの攻撃を受けることなく、攻撃を通すことができる距離からの攻撃が重要になる。

 

「痛い、痛いわ。でも、お姉さんたちはずっと私と踊ってくださっているのね。それが嬉しいの、嬉しいの。痛いのよりも嬉しいの。えへへ、だって、こんなにずっと一緒にいられているのはマスター以外では初めてだから。マスターと踊るのも楽しいわ。でも、貴方たちと踊るのも楽しいの。さぁ、さぁ、もっと踊りましょう」

 

 血に濡れて、人々を汚染する瘴気をだしながらもなお、彼女は笑っていた。まるでそれ以外の感情を知らないように、そうすることしか知らないかのように彼女は笑う。その笑みこそ死の舞踏、人々が苦しみながら死に絶えていく中で彼女だけは笑みを浮かべながら、狂ったように踊っていく。

 

 それが彼女の在り方なのだから、その在り方以上の何かを求めることはできないだろう。いずれにしても、ランサーとルシアの思惑は成功を収めた。アサシンという周囲に被害を拡大する存在を朔姫によって空間を生み出し、ランサーとルシアが徹底的に攻撃を続けることによって、動きを阻んだ。すべては桜子に散華を倒させるため。

 

 その目論見の下に戦う桜子は――――

 

「っっっあああああ!!」

「はぁはぁ……、まさか、私がここまで傷をつけられるなんて……」

 

 剣閃によって吹き飛ばされて、建物の壁に叩きつけられた桜子はぐったりと身体を倒す。倒れる桜子へと荒い息を吐きながら散華がゆっくりと近づいていく。その手には言うまでもなく刀が握られている。ようやく自分の目的を果たすことができるとジリジリと近づいていく。

 

「本当に、貴方には困らせられるものですよ、こんなにも抵抗をして。でも、結局はその抵抗も無意味ですね。貴女では私に勝てない。他の仲間たちも貴方の首を見せれば動きが止まるでしょう。灰狼殿やカシム殿へと良い手土産になります」

「…………」

 

 倒れ、息絶えているのではないかと思うほどにぐったりとした桜子に世間話のような感覚で散華は話しかけていく。

 

「ここまで長かったですよ、貴女の名前が宗家に知れ渡って、分家に立場を奪われるんじゃないかと宗家の老人たちが騒ぎ始めて、それから多くのことがありました。殺したくない人を殺したし、嬉々として命を奪った方もいます。殺せば殺すほどに自分の心は凍っていく。もう殺しをしたことがなかったころの自分はとても遠くにいます。引き返すことができるような距離にはいない」

 

 自分の中に押し留めていた感情がポツリポツリと零れだしていく。自分の願いを叶える直前、ようやくここにまで辿り着いたという感情が散華の口元を緩くしていくのだ。

 

「私は勝った、七星桜子に勝った。私が七星であることに意味はあった。私が殺してしまったことに意味はあった。私がここまで殺めてきた命に意味はあった。ああ、ようやく私は解放される」

 

 あの日、初めて人を殺した日、誰よりも大切だと思っていた人の命を奪った日からずっとずっと煩悶してきた。どうして自分はこんな人生を生きることになってしまったのか、彼女がいなければこんなことにはならなかったんじゃないかとずっとずっと思い続けてきた。過去は取り戻せない。けれど、ようやく終わらせることができる。その一刀を以って自分たちの因縁に清算を――――

 

「さようなら、七星桜子」

 

 告げると同時に放たれた一刀、それが桜子の身体へと吸い込まれていき、彼女の身体を両断する。ああ、おもわったと思ったその矢先―――

 

「七星流剣術―――空蝉斬影!!」

 

 背後から聞こえてきた声に散華は恐るべき速度で反応する。七星宗家の血は彼女が油断をしていたとしても、彼女の死角を生み出さない。

 

 しかし、それでもなお、既に用意された刃を回避するための手立ては存在しない。

 

「七星流剣術―――玖ノ型『八重桜』!!」

「っ、あ、ああああああああああああ!!」

 

 振り返ったその瞬間に放たれた斬撃がついに散華の身体に次々と刃が降り注ぎ、彼女の全身から血飛沫が舞い上がる。完全なカウンター、以前の戦いで散華が引き起こしたのとまったく同じ七星の奥義をこの土壇場で成功させて、散華へと致命傷に近いダメージを負わせたのだ。

 

「借りは返したわよ!」

「しんじ、られませんね……あそこで空蝉斬影だなんて、しかも、私が、七星の血が全く気付くことができないような力で……どうして、昨日までの貴方と違いすぎる。たった1日で何があったというんですか?」

 

 肩で荒い息を吐き出しながら、散華は桜子を睨みつける。まだ終わっていない。まだ戦意は完全に消え去ってはいない。

 

「私の中に眠っている七星の血を解放させたわ。これまでは私の中ですべての七星の力を使っていたわけではなかったから。貴女に勝つために私は自分のすべてを――――」

「ふざけないで……!」

 

 桜子の言葉がすべて終わるよりも早く、散華がこれまでのどんな時よりも冷たく、しかし感情が乗った声でつぶやいた。

 

「今まで七星の力のすべてを使っていなかった? ふざけないで、何よそれ。今まで舐めたまま戦っていたってこと? 信じられない。そんなの意味がない。そんなに、私なんて眼中にないの? 貴女にとって、七星散華は最初から手を抜いても戦えるような相手だったと」

「ま、待って。そういうことじゃないわ、私は貴方に勝つために―――――」

 

「許せない、こんなにも侮辱されたのは初めて!! 宗家の人たちの気持ちがよく分かったわ、貴女のような存在に、脅かされるなんてこと絶対に許せない! 殺す、殺してやる。私のすべてを使って、私の七星の血のすべてで、お前を絶対に斬り殺す!!」

 

 明らかに散華自身が抱いている誤解によって生まれた反応ではあるのだが、桜子が何を言ったところで散華は全く聞く耳を持つ様子が見えない。終わると思っていた戦いが終わらなかったこと、そして桜子に一閃を与えられたことに加えて、自分が本気を出して戦っていたわけではなかったことによって、自分がコケにされたと感じたのだろう。

 

 怒りと執念、ぐちゃぐちゃになった感情は、もう止めることもできないほどの桜子への激情としてぶつけられる。

 

 散華自身も踏み込んでこなかった奥の奥にまで力を発揮するその最後の引き金を弾いてしまったのだ。七星の血、与えられた力を全て解放する。そのための起動音声が散華の口から漏れ出していく。

 

「星脈拝領―――憑血接続開始、ここに七星の血を解放する!」

 

 告げた途端に散華の反応が変化する。これまでの激情を身に隠して平然とした態度を取り続ける姿でも、怒りに我を忘れた態度でもなく、どこか超然とした態度で散華は上手く笑みを浮かべる。

 

「七星の後継者とは、連綿と受け継がれてきた七星の力を最大限に活用することができる存在を意味している。七星の血とは記憶、連綿と受け継がれてきた殺人術に他ならず……、それを発揮することができるのであれば、その人間の人格すら入りません。

 ただ、そこには、器があればいいのです。受け継ぎ続けてきたその血を想うままに使うことができる器の存在があれば」

 

「散華、貴女は……」

 

「ごちゃごちゃと感情的な面を前面に出していたが、ようやくタガが外れたか。最後の安全弁を自ら解放した以上、もはやこの小娘の人格など呑み込んでくれよう、受け継がれてきた七星の血、その最新型、最も新しき後継の器。その力、我々『七星』が暗殺者として使いこなして見せようぞ」

 

「違う、貴女はもう七星散華じゃない。貴女は誰……?」

「誰、などと愚かしいことを聞いてくれるな、我らが同族よ。我らは七星、この器に宿りし、この魔術回路の中に注ぎこまれた七星という一族の集合体よ」

 

「まさか、魔術回路の中にある七星の記憶に意識を乗っ取られたの!?」

 

「これこそが、我々の理想。受け継がれてきた記憶と技術を継承し、その集合した意識を以て、最高峰の暗殺者を生み出す。七星宗家は我らの目指した到達点に至った。我々こそが最高の七星、七星の到達点、故に――――感謝しよう、同族の娘よ。貴様はもはや用済みだ」

 

 散華と同じ姿で言葉を話すが、その話し方も口調も何もかもが本来の散華と同じであるとは思えない。先の起動音声が最後の引き金となってしまった。

 

 その事実を桜子は悔やみ、同時に内心で恐怖を覚える。もしも、魔術回路の解放が成功していなければ、自分もああなっていたかもしれない。そして今もなお、自分自身の身体の中で疼くものがある。あれのようになれ、お前も七星としての役目を果たすのだと声だかに主張する何かが自分の中にも潜んでいる。

 

「……負けないよ、貴女にも、そして私自身にも」

 

 解放された魔術回路を励起させる。確信がある。此処からが本番だ、七星散華という少女の人間性を置き去りにした暗殺兵器が起動する。対応することが出来なければ桜子は殺されて終わり、止めるためには散華を無力化するしかない。

 

「貴女の過去に何があったのかは知らない、私が何をしてしまったのかも知らない。でも、貴女が苦しんでいることだけは良く分かった。だから、解放してあげるよ、そんな縛るだけの呪いから」

 

「笑止、呪いではないこれは祝福だ。我ら一族の悲願、連綿と受け継がれてきた願いが成就しようとしている。邪魔をするな、そしてお前がその最初の贄だ」

 

 散華の姿で告げる相手は桜子にとって倒さなければならない相手であった。

 

「これにて役者は盤面に集った。乗り越えるべき障害、己の奮起より生まれ出た影、善なる行動より生まれた悪意、七星散華は君にとっての影だ。君が辿るかもしれなかったもう一人の自分だ。そして、君の物語を彩る立ちはだかるべき悪であることに他ならない」

 

 桜子と散華、その戦いを見守りながらザラスシュトラはまるで物語を読み上げる詩人のように言葉を紡いでいく。

 

 七星散華をこの聖杯戦争に招きよせたのは他ならぬセイヴァーである。彼の思い描く脚本、灰狼が己を主役に筋書きした物語と並列する、この聖杯戦争もう一つの筋書き、神の再臨を見届けるために、桜子には勝者になってもらわなければならない。

 

 主役には主役に相応しい格が存在する。星灰狼が自らその格を生み出したように、セイヴァーは桜子こそがその主役に相応しいと筋書きを作る。

 

 七星散華とは桜子が最終的な勝者になるための物語に配置された敵役に過ぎない。総てはこの時の為に。この瞬間を生み出すために、七星宗家にちょっかいを出してきた甲斐がようやく生まれた。

 

 あらゆる運命を呑み込んで善の道を突き進む主役と対峙するのに相応しいのは、その主役が辿るかもしれなかったもう一つの可能性だ。その可能性すら呑み込んでこそ、主役の価値は跳ねあがる。

 

「見せてくれ桜子、私の物語の主役たる輝きを。道を踏み外した、悪に堕ちた可能性すら踏みにじって、正道を歩む君の姿を、私に、世界に、そして我らが上に示してくれ、故にこそ――――この物語には価値がある。我が主樽神に捧げるに相応しき物語となるのだ」

 

 




ルチアーノ、大して物語的な意味のあるキャラじゃないのに、微妙にキーマン的な扱い受けているの草生える。

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第14話「祝福」②

 消える、消えていく。自分という感覚が、自分という理性が、自分という存在が、自分自身の身体の中から、七星散華という存在の中から消えていく。自分は自分であるはずなのに、それを無理やりに否定されるかのように、身体の自由が奪われていく。

 

 やめて、どうして、こんな酷いことをしないで。どうして、こんなことをするの? 私は何も悪いことなんてしていないのに。宗家の言いつけを守って、ちゃんと戦ってきたのに。総てを七星に捧げて来たのに、どうして、どうして、どうして私の最後に残った心まで、自分自身すらも奪おうとするの……!?

 

『当たり前だ、お前は七星宗家の人間、七星の血を誰よりも色濃く受け継いだ人間』

『であれば、お前の総てを七星に捧げるの道理、これまで自分を保ち続けたことが自分自身の力であるとでも思っていたか?』

『いずれはこうなる運命だ、小娘一人の人格程度で、受け継いできた七星の記憶に勝ることなど出来るはずがない』

 

 心の声が私の体の中で響いてくる。悪意に塗れた声、いいや、そもそも悪意とは悪意を向ける対象がいるからこそ、浮かびあげる声であろう。彼らは私を一人の人間としてみていない。七星の血に対応した、七星の血を動かすために必要な存在としてしか見ていない。

 

 器とはそれこそ、言い得て妙な表現であろう。七星の血の中に刻み込まれてきた呪いの様に積層した先人たちの記憶と経験、それを出力するために必要な体、それだけが私の存在理由、子供は生まれた場所を選ぶことはできない。生まれたその瞬間から、七星散華はこのように自分の身体を捧げることを決められていたのだ。

 

 嫌だ、嫌だ嫌だ、七星の後継者になんてなりたいわけではなかった。七星の運命なんて受け入れたいわけではなかった。そうしなくちゃいけなかったから、そうせざるを得なかったから。そうしなければ自分の人生の意味を見失ってしまうから。

 

 だから、私は七星の魔術師として、暗殺一族の運命を受け入れたというのに。怒りに塗れる形で七星の力を解放した瞬間に引き起こされたのが私の体そのものを奪うだなんてことはありえない。こんな結末があっていいはずがない。

 

『眠れ、宗家の後継者よ。お前の生まれた意味は此処に叶う。奇しくも聖杯戦争が開かれているのであれば、我ら七星がもう一度力を握ることもできる』

『大陸七星たちに聖杯を与えることなど愚かしいことこの上ない。始まりの七星である我々が握るに相応しい』

 

 やめて、そんなことを私は望んでいない。聖杯なんていらない。そんなものを掴んだところで私の人生が戻ってくることはないのに。ああ、消える、私の意識が飲み込まれていく。こんな、こんなはずじゃなかったのに、こんな結末を望んでいたわけじゃないのに……

 

 しかし、散華のささやかな抵抗など何の意味も持ち得ない。全開放された魔術回路より、ついに七星の血が暴走し、彼女の身体を奪い取っていく。

 

「あっ、あああ、ぎぃああああああああああああああ!!」

「来るッ!!」

 

 散華の身に何かしらが起こっていることは桜子にも察知することができた。しかし、そこに思考を向けるよりも早く、これまでのような常人としての反応を超えた獣のように散華が刃を振るってくる。

 

「くぅぅ、さっきよりも明らかに速くなってる……!」

 

 凄まじいまでの圧と共に、散華の動きが先程までとは全く異なっている。これまでは七星の血による暴力的な反応速度を徹底的に利用する戦い方であったが、今の戦い方はむしろ、七星の血に歯止めをかけることなく本能的に襲い掛かってくるという戦い方だ。

 

 さながら獣、自分の全身を使って、相手を破滅させるために身体を動かす。たったそれだけのこと、七星流剣術の名乗りもなく放たれる技を受け止めながらも、鬼気迫る表情で刃を振う彼女に対して、桜子は、散華自身の意識が喪われていることを察する。

 

(明らかに先程までとは違う。この短時間の間に何があったのかって思う気持ちがあるけれど、私の場合はもっと分かりやすい事態を見ることができる。七星の血の暴走、私と同じように、私もまた対処にするために七星の血を呼び起こしたけれど、一歩間違えれば、あのように、うっ……!)

 

 その時に、桜子の身体の中にも変化が生じる。完全に開放した七星の魔力回路、それらが桜子の身体の中から、桜子という防波堤を食い破らんとばかりに、魔力を猛らせ、桜子の意識に浸食しようとしてきたのだ。

 

『我らの血を解放しろ、あの時のように』

『ようやく我らを縛る封印から解放されたのだ。ならば、この肉体の中にわざわざ押し込まれている必要などない』

『これほどの才覚を、これほどの肉体を腐らせておくなど許せるはずもない。我らを受け継ぎし、器の肉体よ。さぁ、我らに捧げよ、七星の後継者としての本懐を果たせ!』

 

「くっ、だま、れぇぇぇ!! くっ、あああああああ!」

 

 内部からの意識浸食に理性を奪われかけ、必死に抵抗した桜子であるが、目の前の狂獣と化した散華がその隙を狙わないはずもなく、一閃が桜子の身体を切り裂き、血しぶきが舞い上がる。

 

「あっ、ぐっ、がはっっ……」

「殺す、殺す、魔術師を殺す。それが七星の役目」

 

「治療用の護符、朔ちゃんに、もらっといて、正解だった。これ、明らかに、致命、傷……くっ、んっ、ふぅ……はぁ……はぁ……」

 

 視界が霞む、朔姫から与えられた治癒用の護符に自身の魔力を込めて、傷口へと張り合わせる。それだけでみるみるうちに身体の痛みを忘れ、傷口が修復されていく。

 

(嫌だなぁ、傷が残るようなことになったら、昔の時は気にしていなかったけど、蓮司君にこんな傷見られたくないなぁ、出来る限り綺麗な身体で戻りたいと思っていたんだけど、朔ちゃんだったら、治せるかなあ……)

 

 などと、生死が掛かった状況であるにもかかわらず、桜子は場違いなことを考えていた。散華が聞けば、愚かなことを考えているというだろうか。けれど、桜子にとってはとても大事なことだ。

 

 自分はもうただの七星桜子じゃない。蓮司に愛されて、結婚して、これから一人の女としての幸せが欲しいと思っている。身体だって、戦いの中で酷使するよりも、蓮司に見せられる綺麗な身体でいたい。女なのだから、好きな人に良く見られたいのは当たり前のこと、傷だらけの身体で彼に抱いてなんて言いたくないに決まっている。

 

(最悪だなぁ……、こんな形でそういう思いをするのって、普通にない。こういう時ばかりは自分の出自のことを恨むばかりだけど……、まぁ、それでも大事なことを土壇場で思い出すことが出来た。不利だろうとなんだろうと、私はああはなりたくない。私の人生は私だけのモノなんだから)

 

『勝てない、勝てるはずがない。七星の血を受け入れた器と受け入れていない器、勝てるはずがない。土俵にも乗れていない』

『早く差しだせ、我らにその身を差しだせ。さすれば、我らが命を奪おう。七星の命ですらも喰らい尽くそう』

『七星宗家の血、喰らい尽して我らの糧としてくれる』

 

「ああもうっ、黙ってろぉぉぉぉぉ!!」

 

 桜子の突然の叫びに七星の血に刻み込まれた潜在意識も、獣と化している散華も、足を止める。何かをするかもしれないという警戒、獣でありながらも知識を刻み込まれた存在であるからこそ、動きが止まってしまった。それが間違いなく桜子にとっては僥倖だった。何せ、何かを狙ったとかそういう話ではなく、イラつきを抑えることが出来ずに思わず叫んでしまっただけというのが実情だったからだ。

 

「そんなに、あの子に勝ちたいのなら、文句言ってないで私に力を全部貸せッ!! あんたたちがグダグダ言っている間に、私死ぬわよ!!」

『だからこそ、我々に器を与えろと――――』

 

「この身体は私のモノ、あんたたちは私の身体がなくちゃ何もできないくせにデカい顔するな!! 誰のおかげで封印解除してもらったと思っているのよ!!」

 

 七星の血の中に宿っている者たちからすれば何もかもが意味不明だった。何故、自分たちが説教されている。器の女にどうして、ここまで影響されなければならない。

 

 そう思う、だからこそ、サッサと身体を乗っ取ってしまえばいいと。しかし、身体を奪う事が出来ない。どうしても、どう足掻いても、強固な理性と心が彼らに付け入る隙を与えない。七星という家に生まれておきながら、七星を拒絶する訳でもなく、受け入れその上で自分自身を強く持つ桜子には付け入る心の隙が見つけられない。

 

 目の前の女のように、どうじて自分たちの宿主は自我を奪われることなく不遜な態度を取り続けているのかと思ってしまうが、桜子からすれば当たり前のことだ。器だ、器だなどと馬鹿にしないでほしい。自分は確かに七星の家に生まれたかもしれないけれど、生まれた後の人生は自分のものだ、どんな生き方をしても、どんな制約を課されたとしても、自分がその手で変えていかなくちゃいけない。

 

「私は貴方たちのことを否定するつもりはない。貴方たちがいたからこそ、今、私がここにいる。だから、私は私のままあなたたちを背負っていく。死にたくないのなら、消えたくないのなら、私に力を貸しなさい! それがこの身体に宿っている貴方たちと私の付き合い方でしょ!」

 

 自分の体の中に流れている七星の血の運命から逃げるつもりはない。逃げずに進んだことできっと今の自分では掴めないたくさんのものがあると思うから。もっと強くなれると思うから。

 

 その思いが通じたのかはわからないが、桜子の中で彼女の意識を奪って来ようとする声や意識への浸食が止まった。そして魔術回路は今や、十全に働いている。先ほどまで体の中で疼いていた何とも言えないような感覚がスッと抜け落ちて、自分の体の中で漸く噛み合ったように思えた。

 

「愚かなり―――七星桜子」

「………」

 

 獣のように牙をむいてきた散華の口が開く。しかし、声こそ同じであるものの、その話し方は明らかに散華の口調ではなく、全く別人が彼女の身体を使って声を上げているようにしか見えなかった。おそらく七星の血に刻み込まれた存在たちなのだろう。もしも、先ほどの声に自分も呑まれていたら、もしも、10年前に兄とロイに止められていなかったとすれば、あのようになっていたのかもしれない。

 

「七星の血の器となりえる機会を与えられておきながら、我が身可愛さにその機会を捨てる等愚かしいことこの上ない。お前は自ら勝利するための権利を手放したのだ。七星の落第者、やはり分家の人間等、その程度でしかないということか」

 

「言いたいことはそれだけ? その程度のことしか口にできないんだったら、ろくな経験しか積んでいないんだろうから、散華ちゃんにその身体を返してあげたら? まだあの子と会話をしている方がまともに会話できていたよ」

「貴様ッ、我々を馬鹿にするつもりか!」

 

「バカにするってよりも憐れんでいるかな。七星の血は七星という一族が生き抜いていくための力であって、その血を守ることが大事だったはずじゃない。貴方たちは手段と目的をはき違えてしまった。貴方たちだって未来に思いを馳せていたかもしれないのに」

 

 もはやそのころの思いは忘れてしまったのかもしれない。長い時間をかけて考えが変わってしまったのかもしれない。

 

 今を生きる者たちのために与えられた力を、過去に生きた者たちのために食い物にされてしまうのだとすれば、それは間違った方法である。命を狙われ、何度も命を脅かしてきた相手であったとしても、解放してあげなければならない。

 

「分家の貴様など、所詮は始まりに過ぎない。大陸七星たちを打ち破り、聖杯を我らの手に収め、七星宗家の再興を果たす。この器があればそれができるのだ。刀のさびと消えよ」

「誰も七星の再興だなんて求めていない。私たちは連綿と受け継いできた血の歴史を受け入れて、その上でこの血を次代に繋いでいけばいい。それだけでいいはずなの」

 

 決戦を避けることはできない、散華の意識が呑まれたとしても、どちらかが倒れない限り、この戦いが終わることはない。けれど、その決着の時は刻一刻と近づいてきているのだけは間違いない。

 

 その戦いに一石を投じる可能性がある者も、また大きな転換点を迎えようとしていた。

 

「っ、ぐぅ、がああああああ」

「おいおい、どうした我らが後継者よ、押されているぞ、お前は王だったんだろう? 俺程度に押されているようじゃ、ハーンには逆立ちしたって及ばないぞ!!」

 

『おいおい、馬鹿力が過ぎるぞ、あのバーサーカーもかくやというほどではないか!』

『ティムールも随分とガタイがいいけれど、指揮官であり戦士だからね、力に全振りしているような奴とは相性が悪いんじゃないかなぁ』

 

 アヴェンジャーとクビライの真っ向からのぶつかり合いは、力の差もあれ、クビライが押し切る形で進んでいた。圧倒的な武力、ジュベのような指揮能力や正確無比さはなくとも、破壊力という一点のみで四駿の一角に上り詰めた生粋の戦士こそがクビライである。生半可な戦い方などでは、彼を倒すことはできない。

 

「ふははははははは、クビライの旦那は凄まじいよなァ」

「虎の威を借る狐か何かか貴様は?」

 

「別に、なんとでもいえばいいぜ。俺はお前を殺せればいいんだよ。お前だってその力は自分が持っていたものなのかよ? 誰かから与えられた力なんだろう?」

 

「誰から聞いた?」

「灰狼の旦那からだよ、お前も俺も変わらねぇ。借り物の力でなくちゃ戦えない出来損ないに変わりはないんだよ!!」

 

 ルチアーノの挑発がレイジに響く。自分自身の力がどこから湧いて出てきているのかをレイジは知らない。気づいた時にはレイジはこの力を使うことができたし、大剣を振るうだけのよくわからない何かが与えられていた。ルチアーノが言うように、どこから手に入れてきたのかもわからない力という表現こそが最も相応しい。

 

「なんだよ、図星か? いいねぇ、その表情、覚悟を決めているって割には、そういう面を浮かべなくちゃいけないのがまだまだ未熟って風に見えるぜ?」

 

「黙れッ!」

「はっはぁぁ! 熱くなっているんじゃねぇよ、みっともねぇ!」

 

 怒りに任せて剣を振るわんとしたレイジの眉間目掛けてルチアーノの銃弾が放たれる。なんとかそれを弾くが、昨日のダメージ、そして精神的な憔悴を覚えていることは事実であった。ルチアーノはレイジを確実に殺すつもりでいるわけではない。苦しめてクビライの力を借りて殺すことができればそれでよいと思っている。

 

 レイジが目的を遂げることもできずに命を落とす。それこそがルチアーノの目的なのだから。人の足を引っ張る、復讐心に取りつかれているからこそレイジに執着しているとはいえ、ルチアーノはイタリアンマフィア『ステッラ家』の№2であった男だ。そんな男がただ人の足を引っ張ることだけに執着している。その有り様は無惨という他ないかもしれないが、復讐心とはそれだけ人の心を狂わせる。

 

 むしろ、復讐心を心に抱きながらも未だに真っ当な精神性を保っているレイジの方が異常であると言わざるを得ないだろう。

 

(ルチアーノの相手をわざわざ続けている意味は大してない。コイツと戦っていること自体がコイツを喜ばせるだけだ。だが、俺は―――)

 

「レイジ、桜子さんたちの方に向かって」

「ターニャ……?」

 

 ルチアーノとクビライ、その二人とレイジたちの間に割って入るようにターニャがセイバーを現界させて、立ちはだかる。その様子は明らかに戦闘を意識した覚悟が表れていた。

 

「レイジの闘うべき相手はこんな奴らじゃないでしょ。七星のマスターたちを倒す事こそがレイジの目的、だったら、ここで足踏みをしている場合じゃないよ。レイジはレイジの目的を果たして、ここは私とセイバーが引き受けるから」

 

「ターニャ、だが……」

「おいおい、勝手なことを口走ってんじゃねぇよ。いくら、灰狼のお気に入りだからって、ハーンに命令された相手を俺が見逃すと思っているのかぁッ!?」

 

 クビライが大斧を振って、立ち塞がっているターニャを粉砕せんとするが、当然にターニャを守るためにセイバーがその攻撃を受け止める。一撃で全てを吹き飛ばすほどの宝具ともなりえる円筒上の剣はクビライの大斧と比べればそれほどの大きさは誇っていないものの、完全に堰き止められてしまう。

 

「テメェ……」

「侵略王の走狗如きが大きく出たものだ、お前たちは確かに世界を蹂躙してきた覇者なのかもしれぬが、一つの時代を築き上げただけだ。その進軍も儂のような及ぶ英傑がいなければこその道理。であれば、あまり大きな顔をするな、油断は戦士に土を舐めることを求めるぞ」

 

「くっく、いいじゃねぇか、救世王。アンタの相手はハーンに任せるつもりでいたんだが、こうなっちまえば、ハーンだって許してくれるはずさ! アヴェンジャーの前にまずはテメェをぶっ殺す。そして、そのお気に入りを灰狼の下に送り届けてやるさ!」

 

「クビライの旦那、いや、ちょっと待ってくれ、それは……」

「黙ってろよ、ルチアーノ。テメェは所詮、俺の力を借りているだけだろう。テメェの復讐をテメェだけで完遂したいのなら、俺の力を借りるんじゃねぇよ」

 

 クビライにとって、ルチアーノの命令を聞く道理など欠片もない。あるとすれば、単純にハーンと灰狼からおもりをお願いされているから程度でしかないのだ。

 

 よって、クビライは自分の目的を優先する。レイジよりも先に邪魔なセイバーを倒せば、ライダーより称賛を与えられるのだ。何処の馬の骨ともわからないレイジや、自分と変わらない程度の実力のアヴェンジャーなどよりも、セイバーというより大きな獲物を求める。

 

「ターニャ……、任せていいか? 俺には七星に問わなくちゃいけないことがある」

「うん、いいよ、任せてレイジ。この人が用事があるのはレイジだったとしても、レイジが絶対に相手をしなくちゃいけないわけじゃないよ。任せて、私はレイジの力になりたいの!」

 

 そのターニャの言葉に頷き、レイジはアヴェンジャーと共に桜子と散華が戦っている場所へと向かうために戦いの臭いのする方向へと向かう。結果的にルチアーノはターニャとセイバーを越えなければ、己の復讐を果たすことは出来なくなってしまった。

 

「テメェ、以前もそうだが、今回も邪魔をしやがって!!」

「知らない。貴女のことなんてどうでもいいの。私にとっては彼のことだけが大事なの」

 

 自分の復讐を邪魔されたことで怒りを剥き出しにするルチアーノだったが、そんな彼にターニャは先ほどまでレイジと一緒にいた時には口にもしなかったような冷たい声を吐きだした。

 

「私は私の欲する人だけが幸福になればいいの。それ以外の人がどうなろうとも関係ない。貴方の復讐なんてどうでもいいの。私の邪魔をするのなら容赦はしない」

 

 ターニャの中で七星の血が励起する。桜子や散華とは少しばかり異なる魔術回路、しかし、それは彼女があの二人に見劣りするという理由にはならない。都合、この現実と隔たれた空間の中で三人目の七星の魔力が励起していく。その事実が生じたことにこの場を離れたレイジが気づくことはなく、何が起こったのかを観測する者もいなかった。

 

・・・

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「あははははは、凄い、凄いわ、お姉さんたちとっても情熱的よ、こんなにフラウと踊ってくださる方は初めて、こんなに動き回ることが出来たのも初めて、とってもとっても楽しいわ、とっても嬉しいわ。私、今、とってもとっても満たされているの」

 

 毒を撒き散らし、返り血の如き腐食を撒き散らしていく、厄災の魔女を前にして、ルシアとランサーは徹底的に攻撃を続けていく。時間をかけていくことこそがこの厄災の魔女とも呼ぶべき存在を相手には最も避けなければならない戦いであると分かっているからこそ、二人は徹底的に攻撃を続けていく。

 

 返り血を浴びるたびに腐食していく身体、ランサーもその身を消耗させられ、自己回復が存在していたとしても、ルシアは何度も致死量に近い毒をその身に浴びせられている。地獄のような状況ではあるが、戦える。まだ戦えている。

 

(やはり、アサシンは戦闘をする者としてはその技巧も戦闘をする力も拙い。彼女はその毒の力を使って、私達を倒すつもりであれば、もうとっくに倒すことが出来ているはずなのに、それをしない。いいや、おそらくできないのでしょうね! それをするだけの認識を彼女は持ち合わせていない)

 

(他人と関わることをしてこなかった。ただ自分を否定されるだけだったこの娘は、そもそも善意とか悪意とかそういうものですらも呑み込めていないんだ。だから、自分のやりたいことだけをやる。その過程で誰かが傷つくことなんて最初から考えてもいない。人間がここまで強くなることが出来たのは、良くも悪くも他者を害することで自分を守る為だった。アサシンは自分を守るために他人を傷つけることなんて考えていない。生まれた時から人を傷つけることは彼女にとって当たり前のことだったから)

 

 だからこそ、何も気づけないし、何も進歩しない。どれだけ自分たちが敵意を持って攻撃しても理解できない。敵意を向けられることは彼女にとって当たり前のことだから。

 

 そんな生き方は歪であるし、憐れだと思う。そう思うこと自体が傲慢であったとしても、そう思うこと自体が彼女の存在義を乏しているのだとしても。

 

 彼女にとっては幸福なのだ。自分が暴れ狂っても壊れない存在とこうして戯れ続けていること自体が彼女にとっての救いとなっている。たったこれだけのことであるのに、たったそれだけのことなのに、何も与えられてこなかった彼女には素晴らしい救いであるように映っているのだ。

 

「そりゃ、悲しいよね、縋りたくもなるよね」

 

 ポツリとルシアは声を漏らした。シスターとして、人の感情を色で見ることができる人間として、多くの人の内面に触れてきた。見たくないものも見て来たし、ルシアの行動によって救われた人も見てきた。縋って来た人を救ったこともあったし、良かれと思った行動で逆に苦しませてしまったこともあった。

 

 その上でこそ想う。最初から救いが用意されていない、相互理解をすることもできない相手に手を差し伸べることの何と難しいことか。生まれてきたことが間違いだった。そう口にするだけで救われる存在などないのに、訳知り顔で彼女の存在を否定しているに等しいというのに。

 

「いけないね、こんな感傷覚えたところでそれで何かが出来るって訳でもないのにさ」

 

 敵に同情してその結果として敗北してしまうような結末を迎えるようでは話にならない。ルシアはすぐに思い直して、改めて毒と腐食を撒き散らすアサシンへと意識を集中させる。

 

「ルシア、私が宝具を使って彼女の動きを止めます。数秒で結構です、彼女の意識を釘付けにしてください。それで決着を付けます!」

 

「信じていいんだね、ランサー!」

 

「ええ、私は桜子からこの場の勝利を託されています。我がマスターは必ず七星散華との戦いに勝利して戻ってきてくれます。その時に、私がアサシンを倒せていないなど、それこそ笑いものにされてしまいますから!」

 

 だからこそ、絶対に決着をつける。そのランサーの硬い意志にルシアは頷き、再び二挺拳銃で銃弾を放ち続ける。それがアサシンの身体を抉り、血を撒き散らし、大地が穢れ、人の身体は腐っていく。それでも、それでもなお、アサシンは楽しげだった。

 

 生まれた時から憎まれていた。人に歓迎されたことなどなかった。願ったことの総ては否定され、どうしたって人と共存することはできない時分を思い知らされるばかりだった。

 

 自分の手を掴んでくれる人はいない。抱きしめてくれる人はいない。

 

(ええ、ええ、分かっているわ、分かっているの。だって、マスターも抱きしめてはくれなかったの。私を撫でてはくれるけれど、踊っては下さるけれど、それでも抱きしめてはくれないの。マスターは私と一緒にいてくれるけれど、私を愛してくれているわけではないの)

 

 無償の愛が欲しかった。生まれて来たからこそ、誰かに抱きしめてほしかった。ただそれだけ、そこにある意味も、理屈も理解していないけれど、人が人に向ける当たり前の愛情表現すらも与えられないことに不満を覚えなかったと言えば嘘になる。

 

 あらゆるものに拒絶されていたとしても、拒絶されることが当たり前の世界で生きて来たとしても、羨望の感情を抱かないのかと言えば嘘になる。ほんの少しでも触れていない。ほんの少しでも一緒にいたい。それが他人からすれば拒絶する他ない事実であったとしても、彼女はただそれだけを願って、他者を求め続ける。

 

「大いなる湖の神に希う、我が活路を開くためにその加護を我に与えたまえ!!

 第二宝具発動―――『涌沸し奔瀑する嚇怒の波濤(ヒマロス・スィモス・スカマンドロス))』」

 

 瞬間、王都ルプス・コローナの街の中を流れる水路の水が一気に唸りを上げて、大挙してアサシンへと押し寄せる。まさに水竜の如き勢いで水路を流れる水の総てが槍のようにアサシンへと襲い掛かり、津波に呑み込まれたかのように周囲の建物ごと破壊しながら、彼女の身体が流されていく。

 

「あっはははははははは、凄い、凄いわっ! こんな、こんな凄いこと体験したこともないの。あの時みたいに凄いのね、お姉さん、でも、でもね、マスターに言われているのよ、今度は最後まで遊びなさいって。だから、だから、流されているばかりじゃないけないの!」

 

 瞬間、アサシンの身体から浮かんでくる瘴気によって、莫大な水量で襲い掛かってきたはずの津波が汚染されて、どんどんアサシンの瘴気と同じ色へと変わっていく。同時にスカマンドロスの神力によって突き動かされている水流の勢いが喪われていくかのように弱まっていく。

 

 河神の加護によって与えられた宝具による攻撃ですらも彼女の世界を侵食するほどの呪いを止めることはできない。そも、一国の英雄の足を止めることしかできなかった逸話の宝具で世界を席巻した人類史上最悪の病の化身たる彼女を止めることなど出来ない。

 

 それこそ、役者不足、総てがアサシンによって毒の沼へと変えられる刹那に、それでもなお、アサシンの世界へと踏み込んでくる足音が響く。

 

「無茶言うんじゃないわよ、こんなの即死もいい所でしょうが!!」

 

 指輪の力によって、腐食と再生を繰り返しながら、ルシアは毒の大河を駆け抜けていく。アサシンはこの毒の大河を抜けて、再びランサーへとその意識を向けるはずだった、しかし、そこにルシアがやってくる。ランサーと同じく、自分と踊ってくれるもう一人の女性、自分と一緒にいてくれる相手、そんな相手が自分から向かってきてくれた。

 

 それが敵意であろうと悪意であろうと、何かを企んでいようとも、アサシンにはそれを判別するための能力はない。ただ来てくれた。その事実だけがアサシンにとっては重要なのだ。

 

 それであればこそ、彼女の動きにアサシンは目を奪われた。そして、ランサーから意識を手放してしまった。それが致命的な彼女にとっての運命の分かれ目であったとしても、彼女はそんなことには頓着していなかった。彼女にとって大事なことは彼女にしか判別しえないことであったのだから。

 

「第一宝具発動、我が双槍アクシオスよ、かつての栄光をここに再び甦らせろ。この槍は必中必殺の一撃―――かのトロイアの大英雄をも穿った投擲、受けてみるがいい!!

 『絶えし穿つ飛翔する疾霆(グリゴロス・アクシオン)』!!」

 

 瞬間、アステロパイオスの握った双槍が同時に放たれる。それらは双方が自由軌道で動き回りながら、アサシンへと迫っていく。片方の槍がアサシンへと突き刺さるが、その瞬間に、槍が穂先より腐食して、アサシンに決定的なダメージを与えることができない。

 

「どうしたの、お姉さん。何をしたいのかわからなかったわ。ねぇねぇ、何を―――――がはっっ!!」

 

 ズブリと、それはアサシンの意識の埒外から突き刺さった。アサシンの背後より飛来したもう一つの槍が、アサシンの心臓目掛けて突き刺さり、一切場所を間違えることなく、彼女の急所を貫いたのだ。

 

「どうして……私の身体、触れているのに、どうして何も、ないの……? それに、私の身体、力が抜けて……」

 

「我が宝具は不死の力を持ち、神速の勇者であったアキレウスへと傷を負わせた槍、一撃目が受け止められれば、二撃目は「必ず当たる」ことが約束された槍、そして、不死、あるいは加護に守られた英霊に対してこそ、その真価を発揮する。

 アサシン、貴女の身体が腐食によって守られているというのであれば、我が槍こそが貴方への致命の一撃となるのは道理、この宝具を放った時点で既に勝負は決まっていたのです!」

 

 アステロパイオスのもう一つの宝具にして、彼女の逸話の中で最も有名なアキレウスとの一騎打ちに由来する宝具はアサシンを一撃で無力化するという役目を完璧に果たした。数多の戦を戦ってきたアステロパイオスにとって三度目となるこの戦い、如何にアサシンが通常の英霊とは異なる規格外の存在であったとしても、三度目ともなれば対処の仕方を理解する。

 

 これにてサーヴァント同士の戦いは終わりを迎える、と思われたが、

 

「あっははははははははは、あはは、凄い、凄いわ。こんなのって凄い。私の身体に触れているのに腐らないなんて、こんな、こんなのって凄いわ。やっと、やっと出会えたの。お姉さんは凄いの、私の願いを叶えてくれるの。ねぇ、だから、踊りましょう、踊りましょう!」

 

 決着はついた、アサシンは間もなく絶命するはずである、なのに、それなのに、アサシンの身体から瘴気が膨れ上がっていく。まるで、籠の中の鳥が外の世界を知って、その羽を広げて飛び立つように、自分が腐らせても決して腐らない存在がある。その事実が、アサシンが無意識に起こしていた毒の力のセーブを完全に開放するきっかけを生み出してしまったのだ。

 

 世界そのものすらも浸食しかねないほどの力の発露、ペスト・ユングフラウ、人類史上最悪の病魔の化身が遂にその神野力を発露しようとしたその時に―――

 

「もういい、あんたはそんなものを振り撒かなくていいんだ!」

「あ――――――」

 

 アサシンは目を見開く、それはアステロパイオスの槍が突き刺さった以上の衝撃を覚えたから、アサシンへと肉薄したルシアが、彼女の身体を抱きしめたから。

 

 勿論、触れているだけでその身体は腐っていく。それがニーベルングの指輪で再生されるからこそできる芸当ではある。しかし、そんな理由はアサシンには関係ない。彼女はそんな細かい理由は知りえないのだから。

 

 だからこそ、彼女には純粋に抱きしめられたのだという事実だけが残る。

 

「あんたは望まれなかったかもしれない。だけど、望まれなかった奴が抱きしめられることを望んじゃないけない訳じゃない。だから……、私が願いを叶えてあげるよ。消えるまでの間だけではあるけどさ」

 

 ルシアの行動にアサシンは自然と涙が零れる。そして初めて笑みを浮かべた。

 

「ああ……嬉しいわ、私、初めてなの。こんなに抱きしめてもらえるのは初めてなのよ? 踊り明かして、私の胸に触れても消えないものがあったり、お姉さんが抱いてくれたり、今日は驚いてばっかりだわ。ええ、ええ、温かい、暖かいのね、抱きしめられるってこんな気持ちになるのね。ああ、そうなのよ。私、ずっと―――――抱きしめてほしかったのね」

 

 多くを望んだわけではなかった。ただ、彼女が最も望んでいたことができなくなる理由があっただけ、それを振り払う事が出来た存在に出会えたことが彼女にとってこの聖杯戦争で最大の収穫であったのかもしれない。

 

 聖杯を手にすることが出来なかったとしても得られるものは存在した。それを胸に秘めて、アサシンの身体がゆっくりと消失していく。

 

「マスター、ありがとう、貴女が呼び出してくれたから、こんな気持ちになることが出来たの。ありがとう、ありがとう、マスター」

 

 アサシンは散華へと感謝の言葉を口にする。結局、この二人が真の意味で分かり合う事が出来ていたのかは誰にもわからない。もしかしたら、分かったつもりでいただけなのかもしれない。それを今更、確かめるための術はもはや存在していないのだから。

 

 彼女は消えていく。世界に厄災を振り撒く存在は、場違いな幸福を覚えながら、彼女なりの満足感を覚えながらこの世界から消失していく。

 

 抱きしめられるその温もりにようやく得られた人とのふれあいの喜びを覚えていきながら……サーヴァントアサシンは聖杯戦争より脱落したのであった。

 

「ルシア……」

「一応、聖職者だしさ、悩める子羊には救いを与えてやらなくちゃって感じ? 生まれた時から何もかもが違っていたとしても、望んでいることがあるのなら、自分に出来る事なら叶えてやりたいって思うのはさ、エゴなのかな?」

 

「聖杯戦争で召喚された英霊はあくまでも座に登録された本人の影です。私も彼女もこの聖杯戦争が終わればその記憶を失ってしまう。無意味といえば無意味なことです」

「………」

 

「ですが、それでも、一時であっても彼女がほんの僅かでも救われたと思う事が出来るのであれば、そこには意味があったのだと考える事もまた間違いではないのではないかと私は思います。きっと、彼女は嬉しかったはずですから」

「そうだね、そうであってほしいよ」

 

 静かにほんの一瞬だけではあっても、心を通じ合わせることが出来た怪物へと別れを告げる。その生まれを変えることは出来なかったとしても、ほんの僅かではあったとしても彼女にもまた救いはあった。それを噛みしめながら、ルシアの身体は自己再生を図っていく。重篤なダメージは負ったが、やるべきことは果たした。

 

 後は桜子が勝利して戻ってくるのを待つだけである。

 




【CLASS】ランサー

【マスター】遠坂桜子

【真名】アステロパイオス

【性別】女性

【身長・体重】168cm/58kg

【属性】秩序・善

【ステータス】

 筋力C+ 耐久B 敏捷A

 魔力D 幸運B 宝具A+

【クラス別スキル】

 対魔力:C
 魔術に対する抵抗力。Cランクでは、魔術詠唱が二節以下のものを無効化する。大魔術・儀礼呪法など、大掛かりな魔術は防げない。

【固有スキル】

心眼(偽):A
 直感・第六感による危険回避。虫の知らせとも言われる、天性の才能による危険予知。視覚妨害による補正への耐性も併せ持つ。

河神からの恩寵:A
 河神スカマンドロスからの恩寵。勇猛スキル、直感スキルを付与され、戦場にて行うあらゆる行動に有利な判定を受けることができる。

神性:C
その体に神霊適性を持つかどうか、神性属性があるかないかの判定。ランクが高いほど、より物質的な神霊との混血とされる。より肉体的な忍耐力も強くなる。アステロパイオスは河神アクシオスとアケッサメノスの娘ペリボイアの子のペラゴーンの子である。

【宝具】

『絶えし穿つ飛翔する疾霆(グリゴロス・アクシオン)』
ランク:A 対人宝具
アキレウスとの一騎討ちで同時に放たれた二本の槍。一本目の槍が防がれる、避けられたとき二本目の槍は因果律に干渉し対象を必ず貫く。不死身の英雄アキレウスを傷つけた武勲から、この宝具には不死身殺し、守護破りの力が追加効果として持つ。伝承防御、概念防御を失効させ対象を貫く。この性質上不死の守りも突破するだけでなく、耐性がつけられたとしてもその耐性を無視してダメージを与えることができる。

『涌沸し奔瀑する嚇怒の波濤(ヒマロス・スィモス・スカマンドロス)』
ランク:B 対軍宝具 
アステロパイオスが戦死したことで河神スカマンドロスが大水を起こしてアキレウスを襲った逸話。
河神スカマンドロスの神威である膨大な水を噴出させて操る。水はアステロパイオスの意のままに動き、アステロパイオスの移動の補助や、激流や動物の形を取らせるなど自在に形を変えての直撃攻撃に使われる。他にも、この水が生む水煙の中の物体や魔力の動きを感知し、アステロパイオスに伝える効力もある。水煙だけを出すならば魔力の消費は格段に低くなる。


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第14話「祝福」③

『考えを変えるつもりはないんだね』

『うん、ごめん……、相談するとか言っておいて、もう決まってるとか勝手だよね』

 

『いいよ、桜子のことは僕が一番よく分かっているから。今更、僕が心配して、やめろなんて言った所で、君が意見を翻すわけがないことは分かっているから』

『そんなぁ、すっごく遠まわしに責められている気分』

 

『諦めているんだから、皮肉くらい言わせてもらうさ。神祇省から戻ってきて、ようやく一緒に暮らせると思ったら、すぐに聖杯戦争に向かうなんて言われた、僕の気持ち、ちゃんと考えてる?』

 

『理解のある彼氏であり、夫でもある方に、いつもいつも感謝をしています。戻ってきたら、もう少し落ち着き払った遠坂の妻に相応しい女になりますので、どうかそこらへんで皮肉はやめていただけると、嬉しいなぁ、蓮司君には……』

 

『そんな拝み倒している後ろで舌をペロッと出しているのが容易に想像できるようなことを言われてもなぁ』

『あはは、バレていたか……』

 

『10年も付き合っているんだよ、そう、もう10年だ、あの秋津の聖杯戦争から10年、僕も君も大人になった。守らなくちゃいけないものも増えたし、出来ることだって増えてきた。いつまでもあの頃の僕たちのままじゃいられない。でも、だからこそ、君の因縁は清算しなくちゃいけない。君はもう、「七星桜子」じゃないんだから』

『うん……』

 

『仕方がないよ、どれだけ皮肉を言っても、責めても、あの時に惚れたのは僕だから、そんな君を好きになったんだから、今更、勝手だなんだって言えるわけもない。自分の信じた道を逃げずに進むのが桜子なんだから』

 

『そんなことないよ、蓮司君がいるからこそ、私はいつだって自分らしい自分でいられるの。七星が望んだ私じゃない私を求めてくれる君やみんながいるから、私は今でも私でいられる。1日だって忘れたことはないよ、ありがとう、私を好きになってくれてありがとう、私を選んでくれてありがとう』

 

『そこまで分かっているのなら、今更僕に言うことはないよ、忘れないでくれればいい、君の傍には今の君を求めてくれている人がたくさんいる。君の人生は誰のモノでもない君だけのモノだ、もう呪縛は解いて、飛び立つときだ。その飛び立つ先で僕は待ってる、君が戻ってくることを疑うことなんてするもんか』

 

『ええ、絶対に帰って来るよ。七星に生まれたことも、この世界で生き続けることも、私は私が巡ってきた総てを呪いだなんて思わない。生まれてきたことを祝福してくれた人たちがいるから、その総てを愛せるように、決着をつけてくるよ』

 

 そう、生き残るために、明日を描くために、私はずっと戦い続けてきた。今もこれからも戦い続ける。

 

 例え、この聖杯戦争が、誰かの思惑で作られたステージであったとしても、誰かの願いの為のシナリオであったとしても、私の物語は私が作っていく。

 

 誰もが呪いだと吐き捨てたとしても、今ここに私がいることは紛れもない祝福であると思っているから。

 

 呪い呪われた嘆きに支配された彼女を救わなくちゃいけない。理由なんて知らないし、彼女の過去も聞かされたことはないけれど、きっと、私達は自分が思っている以上に紙一重の存在だったんじゃないかと思うから。

 

 言葉を聞くこともできないんじゃ、どうして恨まれていたのかを聞くこともできない。だから、少なくともそこを目指そう。その後のことはその時に考えればいい。

 

「七星流剣術―――伍ノ型『葉桜』及び陰陽が崩し『斬撃結界』!!」

「くっ、ああああああ、ぎぃああああああああああ!!」

 

 七星の血が全身に巡り、魔術回路が何一つの淀みなく励起していく。確かに七星散華の肉体を支配した七星宗家の圧力は凄まじい。だけど、私だって負けていない。

 

「才能は間違いなく、彼女の方が上、でも、単純な剣技と魔術の使い方なら、私だって負けていない。今は私の身体の中のご先祖様たちも力を貸してくれているんだから、私が劣っているなんて思わない!!」

 

 私の猛る叫びに反応するように、周囲一帯に張り巡らされた魔術による斬撃が次々と彼女を襲い、紙一重で躱し続けるが、躱すことに集中してしまっている彼女は私へと刃を振う事が出来ない。

 

 以前のように抜け出す場所を見出すわけではなく、回避することに集中せざるを得ない状況は彼女にとっても決して望むべき状況ではないだろうけれど、そこは徹底的に利用する。これまでに三度、彼女とは戦ってきた。何度も何度も上手を取られ続けて来たけれど、ようやくここで追いつくことが出来た。

 

七星の血という圧倒的な力、彼女は自分の自我以外の身体能力総てを七星の血に委ねることによって、強さを得ることが出来たのだろう。七星の血とは言ってしまえば、連綿と受け継がれてきた魔術回路によって、半ば睡眠学習のように自分に最適な戦い方を与えてくれる七星の遺産だ。それに、ご先祖様たちが誇りを抱く気持ちはわからないわけではない。

 

 ただ、彼女はその力に染まりすぎてしまった。徹底的に七星の血に頼り切った戦い方をしてきたことによって、結果的に七星の力を解放した瞬間に、その意識までもを奪われることになってしまったのだ。

 

 最も桜子とて他人ごとではなかった。もしも、ロイに魔術回路を封じられていなかったとすれば、神祇省にて自分の力との向き合い方を教えられていなかったとすれば、下手をすれば散華と同じ末路を辿っていた可能性が全くない等とどうして言い切れるのか。

 

「私が今もこうして私のままでいられるのはたくさんの人が私を助けてくれたから。私だけの力じゃない、私が勝っていたなんて言うつもりはない。ほんの少しだけのボタンの掛け違えだった」

 

「邪魔をするなぁぁぁぁ、お前など敵ではない。分家の人間如きが私達の邪魔をするなッッ、七星宗家は甦るのだ。散華を器に我々はもう一度かつての誇りを取り戻すのだ!!」

 

「悪いけど、時代も世界ももう七星を求めていない。私達はこの血を受け継ぎながら、緩やかに終わりの時を迎えていけばいいの。今更魔術師殺しの暗殺術で世界の覇権を握ってどうするの? 貴方達の妄執に世界を巻き込むわけにはいかない。それが、ここで、私が戦う理由、貴方達の紡いできた血の祝福は、彼女にとっては呪いになってしまった。

 かつては善かれと思ったものが悪へと変わる。そんな悲しいことを繰り返し続けるわけにはいかないから……!」

 

 だからこそ、ここで断ち切る。獣のように散華の身体のリミッターすらも解除して攻撃を繰り出し続けてきたわけではあるが、やはりというかなんというか、散華の身体に限界が来ている。これまでの散華は自分自身の自律的な意思を明確にした上で、力を制御しながら放し飼いにしていた。

 

絶妙なバランスではあったが、それが最も彼女の強みとして機能していた。七星宗家によって支配された体は瞬間的な爆発力こそ、かつての散華を大きく上回っているが、実際の所はバランスなど欠片も考えていないことによって、肉体の消耗を抑えきることが出来なくなってきている。

 

(彼女のことを器としてしか考えていないから、自分たちこそが肉体の主で、肉体なんて新しいものを生み出せばそれで代替が出来るとでも思っているんだろうね。そうじゃない、そうじゃないんだよ、あなたたちのために用意したんじゃない。あなたたちこそが、用意されていたんだよ……!)

 

 その切なる願いすらも忘れてしまったのであれば、最早救いようすらもないのかもしれないと桜子は思う。千年以上に渡って醸成されてきた妄執はそう簡単に振りほどくことなんてできない。この戦いを真に終わらせるには、もはや散華を斬るしかないことは明白だ。

 

「七星流剣術―――」

「七星流剣術――――禁忌秘奥『血桜』!!」

「なっ、ま、魔術が使えな――――きゃああああああああ!」

 

 瞬間、引き起こされた出来事は桜子ですらも最初は呑み込むことが出来なかった。突如として散華は自分自身の身体を切り裂き、その血しぶきが桜子に返り血を浴びるように襲いかかった。

 

すると、あろうことか、桜子が使おうとした魔術が使えなくなり、完全な無防備を晒してしまった。その原因が散華が撒き散らした自分自身の血による影響であることを理解した時にはすでに遅く、桜子の身体へと再び惨劇が迸り、桜子の身体から鮮血が飛び散る。

 

「チッ、浅いか。自分の身体を傷つけたことで踏み込みが遅くなったか」

「はぁ……はぁ……う、そ、でしょ……自分の身体を傷つけて、魔術を強制的に使わせないって……」

 

「これこそ七星宗家が用いる秘奥が一つ、己の血に七星の魔力を纏わせて、相手の力を封じる一刀なればこそ。だが、肉体が耐えられていない。脆弱な試練しか与えてこないからこういうことになる。完成された七星には程遠い」

 

 完全に運だった、もしも、彼女の身体が十全に動いていれば、今の一撃で私は絶命していたことだろう。自分が命を握られている状況にあることを改めて痛感する。憐れみなんて覚えていられるわけがないだろうと全身から警告が慣らされる。

 

 だけど、それでも……、望んでいるのか望んでいないのかくらいのことは分かる。あんな操り人形のように戦わされていることを望んでいるなんて思っているはずがないことくらいは私にだって分かる。歯を食いしばってでも、私は此処で倒れるわけにはいかない。彼女のためにも私のためにも、七星の呪いは悲劇を巻き起こすだけじゃないんだって教えてやらないと……!

 

 ただ決着をつけるためだけの戦いをすればいいわけじゃない。七星の呪いに取り込まれた彼女を正気に戻すことが出来なければ、結局自分は七星の血の呪いを見過ごしたに等しい。それをきっと、彼女は望まないだろう。私に救われることは彼女にとって屈辱ともいえることかもしれない。

 

 でも、それでも、救わない理由にはならない。救ったうえで彼女が自分で見つければいいだけのことだ。

 

「はぁ……はぁ……まだ、まだよ、まだ終われない」

「先の一撃で勝負をつけることが出来ぬとは、我ら七星宗家も耄碌したものよ。なあに、身体の試運転がてらだ、調整が完全になれば、問題なく我らの絶技は世界を席巻するだろう」

 

「大陸七星たちなど所詮は数にモノを言うているだけに過ぎない。完成された七星である我らには何らお呼びはしない」

 

「完成なんて、されていない」

「何を?」

 

「完成なんてしないわ、いつだって、どんな時代だって、完成されるってことはそれが終着だってことでしょ? 貴方たちは酷い勘違いをしている。七星の血は七星の技術を失わせないためであり、未来の継承者たちを守る為であり、そして、七星の技術を進歩させていくためのモノであったはずよ!

一世代では学びきることができないような膨大な知識を身体に刻み込んだのも全ては次の世代に、より大きな飛翔が出来るようにと願ったから。それは断じてどこかで止めていいものであったわけではなかったはずよ、あなたたちだって肉体があった頃はそのように考えたはず、それをかつての時代で完成された何て言うこと自体が間違っているのは当たり前でしょ!」

 

「口だけは達者だな、分家の女よ。好きに呟ければいい。好きに罵ればいい。しかし、お前に与えられるような慈悲はもはやここには存在しない。首を斬られ、身体を断たれ、お前はそれで終わりを迎える。ただ、それだけの結末が待っている」

 

「もはやその傷ではお前も戦うことなど出来ないだろう。もって後一撃、だが、そうと分かっていれば、我々はそれを阻むだけのことだ」

 

「器との戦いを優先するあまり、たった一人でここに来たことが災いしたな。誰もお前を助ける者などここにはいない」

 

「―――いいや、いる。少なくとも、お前たちが七星である限り、俺は世界の果てであろうともお前たちを見つけて見せる!!」

 

 その瞬間に聞こえた声に、器である散華が反応するが、それよりも早く、蛇腹剣が散華の身体に傷を刻む。

 

「ぐっ、があああああああ」

「レイジ君!?」

「何とか間に合ったみたいだな……」

 

 絶体絶命の状況で桜子の前に姿を見せたのは、七星との戦いを誰よりも切望する少年、レイジ・オブ・ダストであった。ルチアーノとの戦いから脱しなければ桜子の命の危機であったことを考えれば、レイジがここに辿り着いたことは僥倖であったと言えよう。

 

「七星のツギハギ、欠陥品め。貴様はあの男たちが歯止めをかけているはずではなかったのか!?」

 

「ターニャが俺をこちらに向かわせてくれた。俺が戦うべき相手は言うまでもなく七星だ。お前たちを倒し、そして、俺は俺の復讐を完遂する。桜子、まだ戦えるな? 俺も完全に調子が出せているわけじゃない。俺一人ではコイツを倒しきることはできないだろう。力を貸してくれ」

 

「うん……、その言葉を待っていたよ、レイジ君……!」

 

 レイジにとって、自分の復讐に他人の手を借りることなど本来であれば、望んではならないことであるという認識がある。

 

果たすべきことは自らの手で果たす。それが本来のレイジ・オブ・ダストの考え方であることには変わりはない。

 

しかし、これまでの多くの戦いの中で、レイジも自分の限界というものを感じてきていることも事実だ。自分一人だけでは勝利できないのであればここまで、共に戦ってきた仲間たちを頼る、それが今のレイジにはできる。だからこそ、ターニャの力を借りてここに辿り着いた。そして、今、桜子の力を借りることができる。

 

「邪魔をするな、ツギハギの星屑如きがぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「答えろ、ヴィンセントは、奴以外にご人の七星が俺の運命に介入したと告げた。お前たちはその五人のうちの1人か!」

「そんな質問に答える義理はないッ!」

 

「そうか、ならば、力ずくでも答えてもらうぞ!!」

 

 蛇腹剣が動き、先ほどまでの桜子が発動していた斬撃結界と連動するようにして散華の肉体の動きを封じていく。その動き自体は散華を器としている七星の血に宿る者たちからすれば大した脅威には映らない。処理をするべき案件がもう一つ増えた程度の感覚でしかないが……、問題はそこではない。

 

「ぬっ、ぐぅ、があああ、これは、我ら、七星の魔力が切断されて……」

「効くだろうな、お前たちのよう七星の魔力に頼って戦っているような連中には、七星の魔力が奪われる俺の刃は!!」

 

 奇しくも先程、自分たちが桜子に対して行った戦術の意趣返しを行われたに等しい七星の血に宿る先達たちは苦渋の反応を浮かべる。ダメージ自体は十分に自己回復の範疇内の話しではあるのだ。問題があるとすれば、その魔力を絶たれるということだ。

 

「っ……あっ……くぅ、これ、なな、星の魔力が薄れて……」

 

『器の反応が戻り始めている……!』

『いらぬ、今更貴様の反応など要らぬのだ。黙っていろ、最早この戦いにお前が付け入る余地は何処にもない!』

 

 ようやく奪った肉体なのだ。今更自殺志願者に返してやる道理などないと彼らは心の中で反目するが、その反応は一時的であるとはいえ七星の血と完全に協調関係にある桜子、そして七星の血を無力化する戦いを実行することができるレイジに対して最悪の隙を生み出しているに他ならなかった。

 

「レイジ君、おそらくだけど、相手の身体の中で主導権の奪い合いが始まっている!」

「どういうことだ?」

 

「たぶん、散華と七星の血、どっちが身体を使うのかの奪い合い、だから、レイジ君は今のまま攻撃を続けて、そうすればおそらく、あの子は自分の自我を取り戻す。そう簡単に手放せるほど安いものじゃないよ、自分の人生って!」

 

 桜子とレイジによる攻撃が続いていく。優位性を握っているのがどちらであるのかはもはや関係ない。誰も彼もが手負いの中で必死に自分たちの目的を達しようとしている。唯一、七星の血の中に宿っている医師たちだけがその現実を受け止めることができない。

 

『何故だ、何故なのだ、我々は最高峰の器を手に入れた。七星桜華にも劣らぬほどの器だ。であるのに、なのに、どうして私達がこのような形で追い込まれている。こんなことがあっていいはずがない!』

 

「それは単純に、あなたたちが私の身体を乗っ取ったから。七星桜子のように総てを受け入れていない私では完全な合一など果たせない。その差が出てしまったというだけでしょう。ええ、ようやく目を覚ましましたよ」

 

 身体の中で七星の血によって意識を奪われてたはずの散華の意識が甦る、そして七星の血の中に宿っていた意志が逆にその意識を侵食されていく。

 

「貴方たちは、先ほどの血桜で彼女の命を完全に奪うべきだった。まぁ、それが出来なかったのは私の未熟さもありますが、それが出来なかった時点で私達は負ける運命から逃れることは出来なかったのですよ」

 

『自分が何を言っているのか分かっているのか、その言い分ではお前も――――』

「私は最後まで七星桜子にはなれなかった」

 

 七星の血に宿る者たちへと告解するように散華は漏らす。

 

「分かっていたんですよ、最初から、彼女が悪いわけではないことなんて。でも、憎むしかなかった、恨むしかなかった。だって、彼女こそが私の成りたい自分だったから。七星の血の運命を受け入れて、それでも自分の生きたいように生きる。そんな彼女の存在は私の成りたい姿だったから。だからこそ、許せなかった。総てを押し付けた。彼女を殺せば、私が成り代わることができるんじゃないかと思って」

 

 そんな都合の良い話なんてあるはずがない。自分は自分の手で全てを断ち切ってしまった。そして彼女はそれを守り抜いた。だからこそ、今もあのように誰かと手を取り合うことを何も怖れていない。

 

 自分はどうだろうか? 無理だろう、誰かを大切に思うことでまた奪われるのだと思えばそんな気持ちは抱けない。七星であることが身近な誰かを不幸にするのだとすれば、何かに縋って生きていくことなんてできるはずもない。

 

 だからこそ、七星散華は七星桜子にはなれないのだ。彼女に出来て自分にはできないのはそういうこと。自分の人生を自分で答えを探しに向かおうともせずに状況に流されるばかりだった私に、祝福なんて訪れるはずもなかった。

 

「でも、だからって、このままみすみす負けを認めるというのもそれはそれで気分が良くありません。私は私の人生を懸命に生きてきた。だからこそ、最後の最後まで走りきらないと。例え、その最後が主役に敗北する敵役であったとしても……」

 

 身体はボロボロだ、彼らに好き勝手に使われ、レイジと桜子の攻撃を受け続けてきた肉体はもう衰弱していて、おそらく自己回復を使っても厳しいだろう。

 

 だから、これは最後の足掻きに過ぎない。道を踏み外してしまった人間が最後に見せる、ほんの少しの足掻きでしかないと分かったうえで、

 

「返してもらいますよ、私の身体」

 

 やめろ、そんなことをすれば、なんだか聞こえてくる声を無視して、ようやく自我を取り戻し、彼ら二人の攻撃を寸前で受け流す。存外、魔術回路は生き残っている。これならまだ戦える。

 

「感謝しますよ、お二人とも。おかげで、ようやく自分を取り戻すことが出来ました」

「散華さん……!?」

 

「あら、何を不思議がるんですか? それとも、最後まで彼らの方が良かったですか?私に戻ってしまったら、勝てるものも、勝てなくなってしまうかもしれませんしね」

 

「もうお互いに戦う理由なんてないと思うけど?」

「ええ、そうですね、アサシンの反応が消えました。令呪からも繋がりを感じられない。見事ですよ、あなたたちの勝ちです。でもね、聖杯戦争は終わっても、七星同士の戦いは終わらない。私は貴女を殺さなければならないし、レイジさん、貴方は私という七星を倒さなくちゃいけないでしょう?」

 

「ああ、当たり前だ」

 

 情けも何も存在せずに、自分を殺すつもりであると言い放ってくれるレイジの存在が今はとてもありがたい。私達は聖杯戦争ではなく、七星の魔術師として、1人の人間としての因縁を求めた。

 

だから、例え、サーヴァントが消失したとしても、戦いは続く。終わらせてはならない。それではけじめをつけることができない。もはや死に体の身体に鞭を打って、自分の身体を動かす。肉体はもうボロボロだというのに、不思議と身体に余計な力は入っていない。自分自身の身体と七星の血、そして私の意識、その総てがこの瞬間に漸くひとつになることが出来たように思う。

 

「くぅっ、この土壇場でまた速くなって!」

 

「あはは、そうですよ、そんな簡単に終わりになんてさせてあげません。私の実力は貴女に及ばなかったとしても、私の身体と反応速度は貴女を凌駕する。互いに早々長くは戦えないでしょう。だから、終わりにしてあげますよ!」

 

 技量の上では負けているかもしれないけれど、手負いの彼女も、全身ボロボロの私も、どちらもそんな精細な技を放つことが出来る状態ではない。七星の血を互いに励起させて、最大限の自動反応を維持しながらも、相手の最後を飾るに相応しい決定的な隙を模索する。

 

 勿論、私側には彼女だけではなく、レイジさんというもう一つの脅威が迫る。蛇腹剣の刃が周囲から襲い掛かり、時に大剣で私の剣を破壊しにかかる。ひとたび触れれば魔力を削り取られて、ほんの一瞬であっても、七星桜子に決着の一刀を放つ隙を生み出すことになってしまう。

 

「答えろ、七星散華。お前はヴィンセントの語った五人の七星の1人か!」

「………ふふっ、違いますよ。私はこの聖杯戦争で貴方と出会うまで、貴方のことなんて欠片も知りません。断じて私は貴方とは関係がない」

 

「……そうか。ならばそれでいい。後は只お前が七星であるから、倒す。それだけだ!」

 

「復讐だなんて、本当にできると思っているんですか? 現実はいつだって残酷です。貫こうとしたことを最後まで貫けることなんて稀で、ほとんどは最後まで行きつく前に現実の厳しさに押し潰されます。貴方の復讐だって、誰かにとって都合のいい道具として利用されているだけかもしれないのに」

 

 例えば、灰狼様やカシム様たちに、あの二人は狡猾だ、私など比べ物にならないほどに、彼らがいまだに彼を排除しないことこそが彼らの計画の中で彼の存在が予定調和でしかないことを意味しているのだと私には思えてしまう。

 

 いてもいなくても変わらない存在であれば、積極的に排除をする必要はない。彼らならばそう考えるだろう。だからこそ、復讐は実を結ばない。牙を剥かれることを怖れない相手にどのようにして牙を突きたてるのか。

 

「関係ないな、それは……諦める理由にはならない」

「―――――――」

 

「無駄かもしれない、不可能かもしれない。誰もが叶えられるなんて思っていないかもしれない。だが、それは足を止める理由にはなりえない。諦める理由にはならない。無茶なことをやっている自覚はある。連中は強い、お前ひとりだって俺には1人では倒せない。

 それでも、それでもやるんだよ。その覚悟がなくちゃ、地獄の先に花を咲かせるなんてことは出来ない……ッ!」

 

 ああ、そうか、この少年は最初からできるとかできないとかそういう世界の中で生きているわけじゃないんだ。それしかないから、そのたった一つの始まりを貫くことだけが彼にとっての原動力だから。どれだけ世界が残酷でも、どれだけ世界が微笑んでくれなくても彼はきっと止まらない。命が終わりを迎えるその時まで、魂を燃やし続けて走り続ける。

 

「眩しい……」

 

 ポツリと漏れた言葉は本心からの吐露だった。世界も現実も関係ない。私が心に決めたことを完遂すればそれでよかった。言葉にすれば簡単なのに、どうして私はそれが出来なかったんだろう。どうして、私は、諦めてしまったんだろう。

 

 救いは無くても、希望は無くても、納得は出来たかもしれないのに……。

 

(レイジ・オブ・ダスト、もしかしたら、貴方なのかもしれませんね、リーゼリット様に欠けた灰狼様に対抗しうる力、そのカギを握っているのは貴方なのかもしれない……)

 

 予感がある、もしも、もしも、レイジとリゼが真に協力し合うことが出来ればその時にこそ、灰狼の計画を阻む最大の敵となりえるかもしれない予感が。そうなること自体が一筋縄ではいかないと分かっていても、どうしてか心の中で、そんな希望を見出してしまう自分がいるのだ。

 

 そうですね、リーゼリット様、いまさら、貴女に届かないかもしれないけれど、貴女と私を同じであると言ってしまったことだけは訂正しておきましょう。私には彼のような人はいなかった。

 

(もっとも、それも全ては私を倒すことが出来なければ、意味はありませんが……!)

 

 アサシンはいなくなってしまった、最後まで結局、心を通じ合わせることは出来なかった。どんな結末を迎えたのかも知らないままとなってしまったことを許してほしい。抱きしめてほしいと願われながら、抱きしめることを躊躇ってしまったこと許してほしい。

 

 結局、私は、自分で想っているほど、狂うことなんてできなかった。ずっと後悔に塗れて現実から目を逸らしているだけだった。私達は互いに望まれて生まれてきたわけではない者同士であると分かったふりをして、貴女が本当に望んでいることを叶えてあげることから目を逸らしていた。

 

「七星流剣術―――弐ノ型『枝垂桜』!!」

「七星流剣術―――時雨吹雪!!」

 

 まだ動く、まだ体は動く。数分先の終わりに向けて動いていくだけの身体ではあるけれども、この先を求める気持ちがあるわけではないけれども、負けたくはない。最終的な勝利に繋がらなくても、命を奪う事が出来なくても、彼女に勝ちたい。彼女に負けたくない。

 

「しぶとい!」

「当たり前です、これでも七星宗家の後継者ですから!」

 

 七星の血と同調し、過去最高のコンディションで戦っている。そんな桜子に対して、散華はレイジと二人で追い込んでいるにもかかわらず、ギリギリで致命傷だけは避けて攻撃を続けている。

 

それは無謀な時間稼ぎとさして変わらない。散華にはもうこちらを倒すだけの力は残っていない。けれど、負けないだけであれば彼女はいつまでも戦いを長引かせるだろう。それでこちらが消耗すれば御の字であるとばかりに。戦いを続けていく。確かに彼女にとっては此処で終わりであったとしても、レイジと桜子の戦いはこれからも続いていく。決してこの悪あがきに全く意味がないわけではない。

 

(彼女を倒すにはその反応速度を超える必要がある。でお、予備動作を見せた時点で彼女の身体は反応する。どんな技を使った所で彼女には私の動きが見破られる。だったら……!)

 

 桜子の脳裏に一つの答えが浮かび、自分の身体に宿っている七星の血が魔力となって彼女の身体を循環する。可能であるということか、こんな荒唐無稽なことをそれでも可能であると言ってくれるのであれば、やれないことはないと自分の中で結論付ける。

 

 自分の中のイメージを形にするために、あえて抜刀するような構えを作る。それが魔力によって生み出される刃の一閃であることを散華も自覚する。

 

(何をしてきても避けて見せる、私が反応するよりも早く攻撃を放つことができるわけがない。貴方の放つ魔力による刃は、私の反応を越えることはできない)

 

「七星流剣術―――拾ノ型」

 

 その言葉を紡いだ瞬間に、それが何を意味しているのかを散華は気付くべきだった。それは七星桜子が放つ技としては未知、彼女が教えられた七星流剣術の基本形は玖ノ型までであり、拾ノ型などと呼ばれるモノは存在しえないのだ。

 

 生きるか死ぬかの瀬戸際、ほんの一瞬の判断によって静止の総てが分かたれるであろう戦場の最中で、それを見出すことが出来なかった散華に向かって桜子の声が響く。

 

「―――『桜爛開花』」

「――――――――――なっ………!?」

 

 その瞬間に起こったことを誰が説明できるだろう。その場の誰もが驚愕し、その瞬間に何が起こったのかを理解することが出来なかった。桜子と散華の視線が重なり合った。それだけ、たったそれだけの出来事が起こったのだ。

 

 そして、予備動作も何もなく、桜子は居合を行うこともなく、抜刀体制の状態から動くことはなかった。にもかかわらず、散華の身体には真一文字の傷が刻み込まれ、彼女の腹部から血飛沫が飛散していく。

 

「がはっ……」

 

(斬られた? いつのまに、彼女は動作すらも起こしていない。私の身体が反応していない以上、攻撃動作なんて……違う、そうじゃない。彼女は確かに動いていた。私と視線を合わせていた)

 

 それは、かつて秋津の聖杯戦争でも至るかもしれなかった可能性、あらゆる場所に自分の思う通りの魔力刃を生み出すことができる桜子の魔術はいずれ、自分の望む場所に、ただ望んだだけで刃を生み出し、振るう事が出来ると言われた。

 

 散華と視線を合わせることによって、魔力刃を置く位置、放つイメージ、それらすべてを一瞬で構築し、魔力刃の発生と同時に斬撃を放った。言わば、視線を合わせるだけで相手を斬った。予備動作すらも必要ない。

 

身体が全く動いていなかったとしても、彼女の頭の中では散華を斬ったイメージが出来上がっており、後は自分の身体でそれを再現するだけ、それだけで不可視の斬撃の究極系、一切の予備動作なくイメージによってすべてを切り結ぶ、桜子の魔術の到達点が、ここに完成を果たしたのだ。

 

「うっ、げほ、ごほっ、げほぉ、うぅ、これ、めちゃくちゃキッツい。脳の酸素、全部一気に持っていかれた気分、気持ち悪い……!」

 

 思わず桜子は咳き込み、嘔吐しそうになってしまうのを必死に我慢する。先の一撃だけでこの消耗度合、まともに実戦で使える技ではないことは明白だ。けれど、もしも、これを自由に使うことができるとすれば、桜子の切り札は大きな意味を持つ。

 

 その可能性に広がりさえも自覚させるほどの飛翔をした憎からしい女を前にして、散華の刀がボチンと落ちる。

 

「あぁ……本当に、最後の最後までいけ好かない女ですね、私にはできないことを簡単にやってのける。どれだけ力を誇示しようとも最後にはそれを越えてくる。そんな相手が倒さなければいけない相手だったなんて、これ、何かの罰ゲームですか?」

 

 七星散華は誰の目から見ても瀕死だった。真一文字に切り裂かれた腹部からは血が流れ、口もとからも喀血しており、取りこぼした刀を拾い上げる力も残されていない。

 

 減らず口を叩いているの等、総てはささやかな抵抗をするため。それさえもあと少しで余力が喪われるだろう。

 

「私も……貴女のようになりたかった。普通の人生を生きて、好きな人と添い遂げて、多くの人に恵まれて、七星であることを誇りに思えるような、そんな人生を生きたかった。敵わないから、だから、憎むしかなかった。ごめんなさい、桜子さん。もっと早く貴方に出会えていれば、私は……貴女を憎むことなんてしなかったかもしれないのに」

「ま、待って、まだ遅くない。今からでも――――」

 

「無理ですよ、もう身体に力が入りません。全身に無理をさせましたし、貴女に斬られましたし、何より……、私には帰る場所なんてありませんから。自分で全て捨てました。だから……」

 

 ふと、そこで脳裏に出撃前の会話が思い出される。自分が散華の友人になる、そんな馬鹿げた言葉を口にした皇女の姿を思い出して、ほんの少しだけ申し訳ないという気持ちを抱く。ほら、やっぱり、約束は果たせない。血塗られた七星の運命に身を委ねた女に救いなんて訪れるはずもなかったのだ。

 

(まぁ、こんなものでしょうね、リーゼリット様、かけてくださった言葉は嬉しかったです、本当は自分で伝えるべきでしょうけれど、それを伝えるための術は残されていないようですから)

 

「レイジ様……、貴方は七星を斬ることが目的でしょう? お望み通り、私を斬ってください。どうせ、放っておかれても死ぬ立場です。介錯してくださいますか?」

「ああ……言われるまでもない。七星は全て俺が倒す」

 

「私のようにはならないでくださいよ」

「言われるまでもない」

 

 そうして振りかぶった大剣が散華の身体へと向かっていく。その間際に浮かんだ走馬燈、それらはもはや散華には手が届かないものばかりで――――

 

「ああ、先輩、今度こそは貴女と―――――」

 

 最後まで言葉を紡ぐこともなく彼女の身体は切り裂かれて、崩れ落ちる。散華がもう一度立ち上がることはない。最後の一刀を討ちこまれたことによって、七星宗家の刺客としてこの聖杯戦争に参加した七星散華はその命を散らしたのであった。

 

「もしかしたら……、ほんの少しでも、出会い方が違っていたら、私達は分かり合う事が出来たのかな……?」

 

「もしかしたら、なんて言葉に意味はない。俺達はいつだって、たった一つの未来しか手に取ることはできないんだ。だけど……、あんたの無念も背負っていくよ。七星に人生を狂わされたのはアンタも同じだったんだから」

 

 散華はレイジとは何の関係もなかった。それが真実であったかどうかはレイジには判断できない。しかし、直感的に彼女は嘘を口にするような人物ではないだろうとレイジにも納得することが出来た。

 

 であれば、あと五人の七星、すなわち、それは、灰狼、カシム、リーゼリットとヨハン、そして……、チラリとレイジは桜子を見る。

 

「どうしたの?」

「いや、なんでもない」

 

 今更桜子を疑うようなことはしない。であれば、まだ自分が知らない七星がいるのだろうか。この聖杯戦争の中で暗躍する、まだ顔を見せていないもう一人の七星が。

 

 だとすれば、必ず見つけ出してこの手で倒さなければならない。総ての七星を倒すことが出来なければ、復讐に終わりは来ないのだから。

 

・・・

 

「ぐ、がああああ、バカな、そんな、俺が、俺が、こんな、こんな小娘に……」

 

 そして、散華との戦いが終わりを迎えた頃、もう一つの戦場も静かに、誰に悟られることもなく終わりを迎えていた。

 

 地面に倒れ、辺り一帯を血の海へと変えて、ルチアーノは今、まもなくその命を終えようとしていた。そんなルチアーノを見下ろしているのはターニャ・ズヴィズダー、ルチアーノを処断した人物である。

 

「どうして、どうしてだよ、俺はサーヴァントまで連れて来たのに、なんで、こんな小娘に……げほぉぉぉ!」

「それはあなたが弱いからでしょう? だから、小娘にも勝てない。見苦しいわね」

 

 レイジと接している時のターニャと同一人物であるのが信じられないほどの冷徹な声で、ターニャはルチアーノを侮辱する。これより先にもはや死ぬしかない相手に対して口にする言葉とは思えないほどの様子は、普段の彼女を知っている者であれば、思わず思考を止めざるを得ないほどに理解不能なモノであった。

 

「貴方はもっと抵抗すると思っていたのにね、クビライ。よかったの? ハーンの命令に逆らうことになってしまうわよ?」

 

「ふははははははは、いいさ、構わないさ。どこぞの馬の骨に負けるってのなら、ハーンより命令を与えられた者としての名折れだが、あんたに負けるのなら、悔いはない。かつて焦がれた女に負けるのならば、ハーンだって許してくれるだろうぜ、

ああ、まさか、お前にまた会えるとは……もう一度、ハーンに呼び出される時を楽しみにしているぜ……オウカ」

 

 最後まで満足したような様子を浮かべながら、四駿が一人、クビライもこの場より消失した。残されたのは骸となったルチアーノだけ、その様子を見ながら、ターニャはクスリと笑う。

 

「誰にも邪魔させないわ。私の大切な人、もうすぐ、もうすぐよ。籠の中の鳥であるときはもうまもなく終わるのだから」

 

 七星散華及びアサシン脱落―――残る七星は、あと五人

 

 そして、まもなくリーゼリット・N・エトワールの戴冠の時を迎える。

 

 それはレイジ・オブ・ダストとヨハン・N・シュテルン、二人の男の死闘の幕開けをも意味していた。

 

第14話「祝福」――――了

 

――あの茜色の空、いつかまたねと手を振り合ったけど、もう会うことはないのでしょう。

次回―――第15話「嘘」

 




次回からはレイジとヨハンとの決戦回、更新派4日後の10日となります!

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第四章『戴冠式―彼の残照―』
第15話「嘘」①


『あんたは、今の自分に満足しているのか? 俺には今のあんたが自分自身を嫌っている様にしか見えないよ』

 

 今でも思い出すことがある。私の人生観に大きな変化を与えたあの日のことを、茜色の空の下で同じ景色を見て、言葉を交した少年のことを。名前も素性も何も知らない相手なのに、今でも私は覚えていて、今でも私の心の中に根付いている。

 

 私が初めて七星としての役目を果たすために実践参加したスラム鎮圧の戦い、セルバンテス達に守られて、お飾りの指揮官として戦場へと立った私はそこで自分の中の七星の血に呑まれかけていた。意識を持っていかれるような感覚ではなく、どちらかといえば戦いに酔っていたのだ。

 

 王宮の中で暮らしていた世間知らずの皇女が戦場にひとたび出れば、七星の血の影響もあって全能感に呑まれているような感覚に陥る。敵がどれだけ来ようとも兵士たちに命令すれば簡単に殺すことができる。

 

 私に群がってくる相手も、七星の血が流れ戦場に対しての忌避感を覚えていない私は、さして恐怖を覚えるわけでもない。王都の中を散歩するような気分で自分に敵意を向けてくる相手が次々と倒されていくのだ。このような戦いに全能感を覚えるなという方が難しい話であるだろう。

 

 もしも、そのまま戦いが終わっていれば、私がその全能感に浸ったまま、七星としての自分を突き進んでいたことだろう。灰狼殿やカシム殿のように七星としての自分に何ら疑問を抱くことのない存在へと成長をしていたはずだ。

 

 けれど、そうはならなかった。セルバンテス達の警備をすり抜ける形でスラム側の人間によって、私は拉致され、そして、ほんの1日程度の時間ではあったけれど、私はスラムの中で生きることを強要された。

 

 私を拉致した少年は、結局、私に危害を加えることはなかった。彼の周りの大人たちは皇女としての私の価値を理解していただろうし、スラム掃討作戦の指揮をとっていた私に対して憎しみを抱いていた者たちもいたはずだ。使い潰すだけ使い潰して命を奪うという事も出来たはずだけれど、結局の所、私は何もされることはなかった。

 

 より詳しく言えば、何かをされる前に逃げる機会を与えられた、ということでもあるわけだが……、

 

『俺は別にあんたがこの国の皇女だから助けたわけじゃない。そもそも、あんたの素性なんて知らない。ただ、女を縛って、脅しているなんてカッコ悪いだろ。だから、助けた。それだけだよ……』

 

『貴方は私を憎んでいないの?このスラムの人たちの命を奪うように指示したのは私なのに……』

 

『アンタを恨めば、俺の生活が変わるのか? アンタを殺せば、俺はここから這い上がれるのか? 違うだろ? ただ、一時の気分を晴らせるだけだ。そんなことはどうでもいい。そんな方法じゃ、ここの連中を誰も救うことなんてできない』

 

 私を助け出してくれた彼は、スラムの人間でありながら憎しみに囚われているわけではなかった。怒りは持っていた、現状を変えたいという気持ちは当然に持っていた。

 

 けれど、その原動力を誰かを傷つけるために使うことはなかった。良くも悪くも彼は達観していたように思う。無遠慮に怒りを振り撒くだけでは世界は変えられない。変えるための方法を模索しなければならない。そう語る彼自身もどこか自分の言動に迷いを覚えているようで、私はそんな彼と会話を続けていく中で、自分自身の中にある力にも疑問を持つようになっていった。

 

『あんたが七星に生まれたからといって、七星で在り続けなくちゃいけない理由なんて、本来はないんじゃないか? あんたはあんただ。生まれを変えることはできないかもしれないけれど、それからどのように歩んでいくのかはアンタ次第だろう』

 

『……、私は私になれるかな?』

『知らない、俺が答えられるはずもない。そうできるのかどうかはアンタ次第だ』

 

 彼はあえて突き放すことを言った。簡単に慰めることなんていくらでもできるし、きっと、私の傍にいる人たちはいつだって慰めを与えてくれたはずだ。けれど、彼はそうしない、そんな安易な優しさを与えてはくれない。

 

 きっと、このスラムの中で決して幸せな日々を送ってきたわけではないのだろう。苦難ばかりだったのかもしれない。それでも、彼の瞳は濁っているわけではなかった。現実の苦しみに耐え抜き、手が届かないかもしれない明日に手を伸ばそうとすることを諦めない。そんな空気を感じ取った。

 

 だからだろうか、そんな彼の姿を見ていると、自分も変わることができるんじゃないかとそんな風に思えてきてしまうのだった。

 

 思い返してみれば、彼と出会ってからである。私が、七星としての自分の運命を受け入れるのではなく、どこかで変えていこうと考えるようになったのは。その総てが彼が原因であるなんて言うつもりはない。私は私なりに自分で考えて今日まで歩んできたと思っている。でも、その根底にあるのはやはり、彼との出会いだ。

 

『本当に一緒に来ないの?』

 

『ああ、お前こそ、俺なんかと一緒にいても仕方がないだろう。俺達は住む世界が違う。それは十分理解しただろ』

『でも……』

 

『なら、いつかまた来ればいい。スラムに立ち寄れば俺はいつでもいる。あんたがまたここに来るような奇特な奴なら、またきっと会うことができるハズさ』

『うん、そうだね……、そうするよ』

 

 いつかまたねと私は彼に手を振った。彼も遠慮しながら小さく手を振ってくれた。夕焼けが見える茜色の空、そこで再会を誓いあいながら、私達は別れた。きっと、もう私達が再会することなんてないんだろうという予感を抱きながら、別れ、そして今日に至るまでやはり私達は再会していない。

 

 聖杯戦争の敵役である彼、レイジ・オブ・ダストという少年は彼に似た空気を持っている。でも、彼があの時の彼でないことは私も分かっている。もしも、彼が今も生きているのだとすれば、私やヨハン君と同じ年齢であるはずだし、そもそも、彼は私との面識を持っていない。彼は私が皇女であることを知っているし、それを忘れるような人間ではないことは分かっている。

 

 だから、どこまでも他人の空似に過ぎないことは自覚しなければならないだろう。きっと、彼もこの同じ空のどこかで生きている。彼が自分の幸福を見つけることが出来たのかはわからない。わからないけれど、見つけることができるような国に近づける努力を私はしなければならないと思っているから。

 

 今日と言う日を境にして、私はより多くの事が出来るようになる。自分の理想に近づくことができる。

 

「いよいよだな、この戴冠式が終われば、正式に君がこの国の女王だ。国王もよく王冠を君に渡す気になったなと今でも思うよ」

 

「お父様は既に灰狼殿の勝利を信じているのよ。その時に私がこの国を統治して、自分は七星の血族として力を使いたいと考えているんじゃないかしら。実際に軍を率いる者が必要になるでしょう、世界征服をするのなら」

 

「本当にそんなことを考えて」

「いるわ、お父様も他の七星たちもみんなそうよ。それだけは何も変わらず、大陸に渡った七星たちが掲げ続けてきた宿願、それを果たす時がようやく来たんだもの、絶対に止まらないわ、灰狼殿が聖杯を掴めばこの世界は侵略王の戦に巻き込まれていくでしょうね」

 

 それがこの聖杯戦争の流れであることは私もよく理解している。私が冠を受け継ぐこともまた世界制覇のための一過程に過ぎない。

 

 セプテムの女王が聖杯戦争の最中に灰狼に協力をした、それは世界を制覇した後の覇権を考えれば十二分に意味を持つ。セプテムはいずれ戻ってくる侵略王の世界再征服を果たすためのくびきとして生み出された国だ。聖杯戦争という特異な形での戦いを想定していなかった先人たちはここから西側諸国を征服することを考えていただろう。

 

 今後の未来、そして本来の自分たちが与えられた役割を果たす。それを娘にやらせることは七星の血に強いこだわりを持っている父からすれば、娘に与えられる最大の名誉であると考えていることだろう。

 

 あるいは、私に諦めさせるためなのかもしれない。どれだけお前が抵抗をしたところで、お前が王位を継ぎ、七星の世界の統治者として生きることに変わりはない。それを私に思い知らせようとしているのかもしれない。

 

「何にしても、セプテムの王族に生まれた以上、私に選択権はない。遅かれ早かれ、あの冠は私が受け継ぐものだった。今日まで、私が無事に来れたのはヨハン君のお陰だよ、ありがとう」

 

「別に、大したことはしていないさ。今日だって変わらない。ただ自分のやるべきことをするだけだ。その過程で誰が来たとしても、リゼ、君の戴冠式の邪魔はさせない。俺とアーチャーが守りきって見せる」

「ふふ、期待しているよ、ヨハン君、私の騎士」

 

 ヨハン君は全身全霊で私に尽くしてくれている。同じ七星の魔術師としても、私直属の騎士としても、本当に尽くしてくれている。

 

 どうして、スラムの出身なのに、ここまで私に尽くしてくれるんだろうと思うくらいには、彼は私のことを第一に考えてくれている。

 

 むしろ、個人的な気持ちを抱いていることも理解はしているけれど、それに応えられないことは口に出さなくても互いに理解している。私達は今の関係が一番いい、それが様々なことを棚上げしたうえで姫と騎士を演じていられるのだと互いに分かっているから。

 

 余計なことに踏み込めば、余計なことを知らなくちゃいけなくなる。ハリネズミのジレンマのように、長く付き合っているからこそ、私達は互いに臆病になってしまっている。

 自分たちの関係性に甘えていると言われてしまえばそれまでだけど、その関係が心地よいこともまた事実なのだ。

 

(こんなことだから、私は何もできていないなんて言われてしまうのかもね。私、潜在的に憶病なのかもしれない。自分の行動で何かが喪われるのが嫌だって思っているのかも)

 

「そろそろ戴冠式の会場に向かわなければいけない時間だ。無駄話も此処までだ」

「そうだね……、ヨハン君、今日も護衛よろしくね」

 

「ああ、騎士でしかない俺は王宮近衛たちのように戴冠式の中に入ることができないから、外から上手くいくことを祈っておくよ」

「私が口添えをすれば中に入ることも問題なかったのに」

 

「いいさ、もしもの時に君を守れるかもしれないけれど、戴冠式を無駄にするようなことはしたくない。君にとっても国民にとっても必要な儀式だ。それを邪魔する連中は会場に入れる前に叩かなくちゃいけない。だからこそ、外に出来る奴がいなくちゃダメだろ?」

 

 レイジ君たちがこの戴冠式に攻撃を仕掛けてくる可能性は間違いないとヨハン君は結論付けている。確かに今日は国民のほぼすべてが戴冠式の為に動き、街中も人で溢れかえる。隠密行動をするのであれば今日は確かに相応しいが反面、私を守る警備もかなり厳重であることは事実だ。私を狙う上でそれは大きな問題となる。

 

 正直なことを言えば、彼らがこの戴冠式で私を狙うメリットはほとんど存在しえない。何せ、戴冠式の最中に私の命を奪うようなことになれば、彼らはこの国の皇女、あるいは女王の命を奪ったことになる。本当の意味でセプテムという国を敵に回すことになるだろう。例え、魔術師であったとしても、本当の意味で国軍を相手にすることになれば数に呑まれかねないし、国際問題に発展することを八代朔姫が望むとも思えない。

 

 だからこそ、狙うのだとすれば……、

 

「おや、これは素晴らしい衣装ですな、普段の皇女殿下も美しき花が如きではありますが、今日の貴女はいつもよりも数段華やかさに磨きがかかっている。それとも、今この瞬間から既に女王陛下とお呼びした方がよろしいですかな、リーゼリット様」

 

「演技かかがった言葉を口にする必要はありませんよ灰狼殿、冠を被ったところで、私と貴女の関係が変わるわけではありませんから」

 

「確かにその通りではありましょう。ですが、私も礼は尽しておきたいのですよ。何せ、女王陛下となった後には、我々星家とセプテム国はより一層懇意になっていく。世界の行く末を決めていく者同士となるのですから、敬意を払うのは当然のことでしょう」

 

 既に自分が聖杯戦争に勝利することは決まりきっているような態度を灰狼はとる。ライダーという圧倒的な戦力を持っている彼からすれば、それは予定ではなく決定事項という認識なのかもしれないが、サーヴァントを持っている身としてはあまり気分がいいものではない。

 

 努めてそれを見せることなく、涼しく話を躱そうとするが、

 

「散華の件は残念でしたね、あちらの妨害工作が無ければ我々もより多くの戦力を投入することが出来ましたが、彼女の実力を見込んででしたが、結果的に裏目に出た。我々は貴重な戦力と七星宗家とのパイプを失ってしまいました」

 

 自然と掌が握りこまれて拳を作りこんでしまう。散華さんの話しは、出撃の翌日にすぐに報告を受けた。あちら側の陣営と激突として、アサシン共々敗北、サーヴァントは消滅し、散華さんとルチアーノは共に帰らぬ人となった。

 

 耳にした時には、しばらく現実感を取り戻すことが出来なかった。セルバンテスに続いて、散華さんとルチアーノ、私の知っている人がまた命を落としてしまった。私の知らないところで、私が何もしていない間にまたいなくなってしまった。

 

 自分に何が出来ただろうかという後悔は今でも強く募っている。忘れようともしても忘れることができない。忘れることができるのなら、散華さんの話を聞かされて、友人になろうなんていうこともなかった。

 

 でも、あの時の散華さんの表情は何処か困ったような表情ではあったけれども、確かに笑っていた。仕方がないなというような完全な拒絶ではなかった。戻ってきてほしかったと思う。もっと多くの話しをしてあげたかった。彼女の孤独を癒すなんて言い方をしてしまったら、彼女に対して失礼であるかもしれないけれど、ほんの少しでも寄り添いたかったと思う。

 

 事実は事実である、しかし、これをことさら何もなかったかのように言葉で済まそうとする灰狼の様子にはどうしても苛立ちを隠しきることが出来なかった。

 

「灰狼殿は、散華さんの生い立ちを知っていたんですか?」

「ええ、ある程度は本人から。七星宗家については大陸側の七星としてある程度の情報収集もしていましたが、本人の言葉とこちらの認識にさほどの変化はありませんでしたよ。七星宗家が既に彼女の手によって滅びているということも含めて」

 

「灰狼殿は七星宗家について何か思う所はなかったのですか?」

「残念だったとは思っていますよ。彼らは最後の瞬間まで七星であることを誇りとし、七星で在り続けることを望んできた。だからこそ、散華を七星の血を受け継ぐための器として育て、圧倒的な才覚の存在を生み出すことに成功した。

 ただ……、彼らはあくまでも集合体であった。集合体であったからこそ、散華との協調性を維持することが出来なかった。七星の血を連綿と受け継いでいくという基本コンセプトに執着しすぎた。それだけが残念であったと思うよ」

「だったら、あんたはどうすればよかったと思うんだ?」

 

「簡単なことだ、我々星家のように最高峰であった存在を引き継ぎ続けていけばいい。器とはそういうものだ。我々星灰狼は歴代、七星桜雅の器としてその記憶と魔術回路を継承してきた。総ては偉大なるハーンが再びこの地に甦り、世界制覇を再開する時の為に、我々はその日の為に己の人生を費やしてきた。生まれた時からそうだったのだ。そこに疑問を挟む余地などない。半端に人格形成をしてしまったことこそが、七星宗家の過ちだよ」

 

「それは……一概にそうとは私は思えません。生まれを選ぶことは出来なくても、生まれてきてからのことはどんな経緯があったとしても、その人間個人のモノです。人格総てが塗りつぶされていればその方が幸せだったなんて、私にはそうは思えないわ」

 

 自分の言動が灰狼にとって面白くないものであることは分かっている。そんなことを言った所で何かが変わるわけでもないし、彼の機嫌を損ねるだけ。

 

 今後の関係に亀裂を生じさせるだけであることは分かっている。でも、言わずにはいられなかった。散華さんは最後に残った自分の心を大事にしているように私には思えたから。それさえも捨ててしまえば楽になれるのに、頑なに自分の心を捨てることだけはしなかった。散華さんの心を踏みにじるような見解はどうしても許容することが出来なかった。

 

「なるほど、それが皇女殿下のモノの見方であると」

「否定されますか?」

 

「灰狼としての私は立場として否定をしなければなりませんが、個人一人一人がどのように思うのかについて正誤を語るつもりはないですよ。強き者が勝利する。それがこの世の摂理です。どれだけ正しい言葉を吐き捨てたとしても、どれだけ人々を魅了する行為が出来たとしても、それで世界を変えることが出来ないのであればそんな者は自己満足だ。

 泥にまみれてでも世界を変えることができる存在には勝らない。それが私の持論です」

 

 翻したいと思うのであればそれ相応の実力を示してもらいたいものだと灰狼は私を挑発する。

 

 言葉で何を言った所でお前は何もしてこないだろう。何もできないだろう。なまじ結果が分かりきってしまっているからこそ何もできない相手など、怖れる必要はないのだと彼は言っている。そんな私に比べれば、結果など関係ないとばかりに自分に挑んでくるレイジ君のような人間の方がよほど恐ろしいのだと。

 

 ああ、まったく言う通りだ、ぐうの音もでない。背負うものばかりが増えていって、がんじがらめにされてしまっている自分のことを彼は当たり前のように皮肉り、そして私はそれを受け止めるしかない。

 

「そろそろ時間でしょう。私とカシムも国王より来賓の1人として、会場内で貴女の戴冠式を見せていただきます」

「そろい踏みですね」

 

「ええ、ですから、彼らも動くでしょう。戴冠式の会場で私やカシムの素性を上げて、王家が七星との癒着をしていることを告発すれば、混乱は避けられない。リーゼリット様の戴冠式の邪魔をしたことと、新たな女王陛下の周りにまとわりつく怪しげな存在を排除するために動いたこと、国民の理解がどちらに動くとしても完全な逆賊扱いになるとは限らない。ええ、私が指揮官であったとしても、逆転を狙うのであればここしかない。

 彼らからすれば上手くいけば、状況をひっくり返すことができるかもしれないのだから」

 

「灰狼、アンタがそうなることを望んでいるのかは知らないが、悪いが戴冠式を邪魔するようなことにはならないよ。俺達がそんなことにはさせない。今日は何の面白味もなく、ただ当たり前のように戴冠式が終わりを迎えるだけだ」

 

「そうか。では、その騎士としての本分を果たしてくれ。先ほども言ったように、散華とアサシンを失ったのはこちらとしても痛手だった。ここらであちら側の戦力を叩いておきたい。期待しているよ、ヨハン、君の騎士道に幸あらんことを」

 

 キザッたらしい言葉を口にしながら、灰狼殿は私達の前から歩き去っていく。大した内容の話しをしたわけでもない。本当に、ただ声を掛けに来ただけであったのかもしれないが、その意図がどうしても読めなかった。

 

「気にすることはないよ、リゼ。むしろ、あいつがリゼのことを意識している何よりの証拠さ。聖杯戦争は続く、連中がアイツに致命傷を浴びせることができるかもしれない。その時には俺があいつを排除する。リゼの手を汚させはしない」

 

「ヨハン君」

 

「君はこれからこの国の女王になるんだ。余計なことは考えなくていい。俺は君の力になりたいんだ。こうして騎士にまで召し上げてくれた。数年前の俺だったら想像もつかないような待遇だ。スラムで腐っていただけの俺を拾い上げてくれた君への感謝は一日だって忘れたことはない。だから……、何があろうとも、君を悲しませるようなことはしない。俺は――――」

 

「ヨハン君、ありがとう。でも、あんまり自分を責めないで」

「リゼ……」

 

「ヨハン君は今までだって、私に尽くしてきてくれた。七星の血を受け継いでいるからって、聖杯戦争のマスターにまでなってくれた。もう十分にヨハン君は私の力になってくれている。だから、自分を許してあげて。君は十分に尽くしてくれたよ?」

 

「………気づいていたのか?」

「まぁ、さすがにね。でも、言うのが怖かったんだ。言ってしまったら、私達の皇女と騎士の関係まで崩れちゃうんじゃないかって。私は、結構臆病だからさ」

 

 ヨハン君は出会った時からあえて黙っていたんだと思う。そこには打算があったかもしれない。出会ったころの私がそれを知っていれば、私はヨハン君を糾弾したかもしれない。でも、今はそんなことは思わない。それ以上に彼には尽くしてもらった。私の為に、ずっと自分を犠牲にして、私を第一に動いてくれていた。

 

 感謝しかない。

 

「これは私のエゴでしかないけれど、昔のことをずっと引きずらなくていいんだよ、ヨハン君が気に病むことじゃない。私は本当のヨハン君を知っている。君が普段何を考えて、どんなことしているのかを知っている。それでいいじゃない」

「………そうだね、時間はかかるかもしれないけれど、そう思いたいと俺も思うよ」

 

 ヨハン君はどこか照れくさそうにはにかみながらそう言ってくれた。言葉で命令することだって、簡単にできる。私は彼の主なのだから。

 

 でも、そうじゃない。そういう関係性でいたいわけではないんだ。

 

「そろそろ、本当に時間になるぞ。早く行こう。主役が遅れるなんてことになったら、国民に何を言われるかわからない」

「う、うん、そうだね……!」

 

 なんだか微妙な空気が生まれてしまったからか、ヨハン君は話を逸らすように会場に向かうように告げてきた。私も次に何を言えばいいのかと思っていたから、その誘導にありがたく乗りかかっておく。

 

 そこから私に用意された部屋へと向かっていくまでは互いに無言だった。離したいと思うことは山ほどあったのに、どうしてか互いに気恥ずかしさで話せずにいた。

 

 いつもつかず離れずの距離にいた二人のはずなのに、どうしてか、どちらからともなく言葉を口にするのが難しい状態にあるように思えた。

 

 何か話すべきだろう、そう思いながら歩き、ほどなくして、ヨハン君と別れる扉の前に辿り着く。

 

「ヨハン君……」

「大丈夫、戻ってきてから幾らでも話す時間はある。今は戴冠式に集中しろ。今日は君が主役なんだから」

 

「……うん、ヨハン君も気を付けてね。君は私の騎士なんだから、これからもずっと」

「ああ、分かっているよ」

 

 ヨハン君は微笑んで、私も微笑を浮かべて、扉を開き、私達は互いに離れていく。何のことはない、扉一つを隔てた距離なのに、どうしてか私にはそれ以上の距離が隔てられてしまったように思えたのだ。

 

・・・

 

「ああ、分かっているよ、リゼ。俺は君を守る。総てを知っていたとしても、それでも俺を傍に置いてくれた君に報いるためにも、君の邪魔は誰にもさせない。アーチャー」

 

「いいのかい、君が望めば彼女の下で守護を続けることができる。他の連中だって、今回の襲撃は感知しているだろう、ライダーの軍勢だって動いているはずさ。その中で、君だけがそこまでの覚悟を胸に戦わなくちゃいけない理由なんてないように思うけれど?」

 

「ああ、そうだろうな。別に今日を決戦の舞台にする必要なんてない。僕が矢面に立つ理由はないし、何があろうともリゼは悲しむ。自分のいないところで何かが起こることを彼女が悲しんでいることくらいは僕でもわかっている」

 

 リゼは七星としての自分の運命を受け入れなかったことによって、優しさを手にすることが出来た。けれど、同時にそれは聖杯戦争を戦う立場の人間として優しすぎる。本来、セルバンテスや散華が命を落としたとしても、それはリゼの責任では決してない。そんなことを気に病むこと自体が気にかけ過ぎという話である。

 

 だからこそ、ヨハンが警護をするとなれば、それはレイジたちとの激突を意味していることはリゼだって分かっている。分かったうえで、それでも、立場上、ヨハンは騎士として戦わなければならないし、リゼは私情で戴冠式を抜け出すわけにはいかない。

 

「だが、今日しかない。リゼと俺が完全に別れるときは、普通にしていれば俺はリゼの警護として彼女の傍を離れることができない。だが今日だけは、リゼが俺の戦いに介入してくることはない……」

 

「ヨハン、君は……」

「レイジ・オブ・ダストは俺が殺す。あいつはリゼの傍にいちゃいけない。あいつはリゼの未来を壊す存在だ。あいつがいれば、リゼを不幸にさせる。リゼはアイツを生かしたいと思っているだろうが、それだけは許さない」

 

「本当に、リゼのためだけなのかい? 本当は自分のためだったりしないかい?」

「………、鋭いな。ああ、そうだよ、俺のためでもある。あいつと俺は一緒にはいられない。隣に立つことはできないし、俺はリゼの騎士でいることを諦めるつもりはない。だから、俺達は決着を付けなくちゃいけないんだ。それが……俺達の、避けることのできない運命だ」

 

 散華が桜子との決戦を運命であると語ったように、ヨハン・N・シュテルンにとって、レイジとの決戦は運命であった。はじめて彼を見た時から、今日と言う日を迎えることは十分に理解できていた。

 

 おそらく、中座はありえない。レイジは七星を本気で排除したいと考えている以上、七星の日を引いているヨハンとの決着を避けるようなことはしない筈だ。そして、ヨハン自身もレイジとの決着を望んでいる。だから、中断なんてありえない。どちらかが死ぬまで今回は戦いが続く。

 

(ああ、そうだ。リゼの隣にいるのは俺かお前のどちらか一人でいい。俺とお前のどちらが正しく、運命に愛されているのか、いい加減、決着を付けようじゃないか、レイジ・オブ・ダスト)

 

――王都ルプス・コローナ・戴冠式会場周辺――

『作戦はいたってシンプルや、戴冠式会場には進入路が全部で四つある。正面からの入り口と関係者が入るための三つのゲート、ウチらは四手にわかれて、全員が陽動と本命の役割を担う。行動を始めたら他のチームのことは気にすんな、全力で自分たちの目的を果たすために動け』

 

『目的はリーゼリット皇女の戴冠式に参加している星灰狼とカシム・ナジェムの排除や、ウチらがその場で大きな成果を上げる必要はない。ウチらはただ告発をするだけでええ、現在のセプテムで何が起こっているのか、そして大陸七星でも最大の力を持っている中華マフィア「星家」の頭目である星灰狼がどういう立場でこのセプテムに居座っておるんかを、白日の下に晒してやれ』

 

『白日の下に晒したとして、その後はどうするの? 私達は戴冠式に割って入れば、あくまでも乱入者、今度こそ、セプテムという国を敵に回すことになっちゃうよ?』

 

『ああ、そうや、これはどこまでいっても賭けになる。ウチらがこの現状を打開することができるかどうかは、実際の所、あの皇女様にかかっておる。あいつがウチらに味方してくれるんなら、ウチらには勝ちの目が見えてくる。灰狼とカシムの奴をこの王国勢力と切り離すことができるからな』

 

『もしも、味方をしなかったときは?』

『そん時は全身全霊、逃げ回りながら戦うしかないやろ。このまま潜伏しておったら、それこそ、ユダの宝具が解除された時には、ウチらは闇討ちされて終わりやしな。どうせ、終わるんなら、爪痕の一つでも刻んでやらなきゃ損やからな~』

 

『ただし、一つだけ取り決めとく。これはあくまでも戴冠式が終わるまでに間に合えばの話しや、連中の抵抗があんまりにも激しくて突入することが出来ずに戴冠式が終わってしもうたら、その時は全員で撤退や。終わった後にズコズコ入ってきたところで、緊張感なんてあらへん、静粛な戴冠式の最中に突破して入ってくるほどの必要があった、そのインパクトがなくちゃウチらの訴えには意味なんて与えられへん』

 

 八代朔姫より事前に与えられた指示は、とても大雑把なものだった。戴冠式へと突入するために戦力を分けてそれぞれが敵防衛戦力を突破することを求めたもの、それは逆に言ってしまえば、相手もまたこの局面でレイジたちが戦力を送って来るであろうことを予測していると考えるものであった。

 

「朔ちゃん、本当に良かったの?正面側なんて一番警備が厳しい所だし、朔ちゃんが突入する確率が高い方に向かった方が―――」

 

「いや、ここでええ。此処が一番、意外性が存在しない。おそらく、連中の中で最も実力のある奴を配置して、余計なことをしない奴がおるはずや。余計なことをすればそれだけ目立つってことでもあるからな」

 

 街は喧騒に包まれている。どこもかしこも新たな女王の誕生を祝うように熱狂に包まれている。にもかかわらず、である。戴冠式が行われる会場周辺だけは驚くほどに人の気配がない。明らかに人払いの魔術が行使されている。

 

 果たしてそれは歴代王族がつねに安全性に配慮して実行したことであるのか、それとも、此度の聖杯戦争で起こりえるあらゆるイレギュラーを排除するために実行したことなのか、そのどちらであるのかは判別がつかないし、考えるだけ無駄である。

 

「わかっておるやろ、ウチらの目的を考えれば、ウチと姫が戦う状況は作りたくない。スラムでの戦いは例外や、もうこれ以上、手の内を晒すわけにはいかへん」

「うん、分かってるよ、その為に私がいる。そして、私はランサーと契約したんだから」

 

 四つの進入路を目指して彼らは突き進んでいく。迎撃戦力は近づくまでいなかった。あくまでもセプテム国として今日と言う日を大過なく終わらせるつもりでいるのは間違いない。国軍はあえて周辺から離し、スラムや他の一般的な王族の排斥を求める者たちへと配置されているのだろう。

 

 正面入り口を目指すのは遠坂桜子とランサー、八代朔姫とキャスターである。ある種、もっとも侵攻が予想されている箇所であるからこそ、サーヴァント2体を抱える陣営で飛び込むわけではあるが、その予想通りにそこには侵入者を迎撃するための存在がいた。

 

 間違いなく、真っ向勝負で戦うには十分すぎるほどの戦力である人物、草原の民たちが纏う鎧を纏い、馬を引き連れたその男は、オカルティクス・ベリタスで出会った時同様に、冷静に、それでいて一切の隙がない空気を纏わせながら正面の門番として立ち塞がっていた。

 

「ランサー、そして遠坂桜子、お前たちがこの場の相手か」

「ライダーの配下、四駿の1人、タタールのくびきの象徴、スブタイか!」

 

「それは本来、バトゥ様に与えられるべき称号、自分が掴むに値するものではないと思うが、今は褒め言葉の一つとして受け取っておこう。もっとも、そのような称賛を受けたところで手加減の一つもできるような人物ではないがな、我は」

 

「マスター、下がってください。相手が武人であるのなら、その戦いは私のものです。久しいですね、スブタイ」

「ああ、まさしくだな、ランサー。アサシンに命を奪われるような醜態を晒さずに安心したぞ。武人を斬るは武人にあらねば」

 

「ええ、全くその通りですね。その言葉、そっくりそのまま返します。作戦の成否がどうであれ、貴方を打倒す事には相応の意味があります」

「であろうな、我こそが、四駿最大の武の持ち主、我を討つことはハーンの身体の一部を奪うに等しい。できれば、の話しであるが」

 

「それをするために、私達がいることをお忘れなく」

 

 ランサーとライダー:スブタイの間に深い言葉は必要ない。かつて、セレニウム・シルバでランサー同士の戦いの時におなじであったように、戦いを生業としている者たちの間ではどちらが正しい、間違っているのかなどという言葉は何処までもナンセンスに過ぎないのだ。総ては戦って決着を付けろ、勝った方が正義を語るに相応しい。それだけが戦場の習わしであるかのように。激突が始まる。

 

・・・

 

 そして、正門以外にも同じように戴冠式の会場へと向かわんとする者たちは動いていた。ここは皇族たちの入り込むための入り口が用意され場所、そこは当然に裏手の中でも最も、この戴冠式の中で侵入を許してはならない場所である。ひとたび侵入を許せば、警備をする者たちの威信が大きく揺らぐ場所でもあるのだから。

 

 しかし、既にそこに飛び込んだ者たちはいた。いいや、飛びこんだのではない、飛びこまされたのだ。逃がさない、お前の相手は自分であると運命を呼びこむ声に引きずり込まれるように、レイジ・オブ・ダストとアヴェンジャーはそこへと辿り着いた。

 

「お前は間違いなくここに来ると思っていたよ。ここが皇族たちの席へと最も近い進入口だ。七星の臭いが最も濃い場所だ。お前ならここを狙うし、ここで待っていれば必ず出会うことができると思っていたよ、レイジ・オブ・ダスト」

 

「皇女の騎士か」

「ヨハン・N・シュテルン、これからお前を殺す騎士の名だ。記憶に刻んでおけ」

 

赤髪の騎士とブラウンヘアの狩人、アーチャー陣営はここで待ち構えていたとばかりにアヴェンジャー陣営を迎え撃つ。

 

『ふぅむ、こりゃ、待ち伏せされておったのぅ』

『あの騎士くんはレイジを目の仇にしていたからね、今度は逃がさないって感じだよ、下手に遊び半分なキャスターとかよりも面倒なのを引いちゃったんじゃないかな?』

 

「関係ないな、七星は総て斬る。それが俺の目的だ」

「奇遇だな、僕の目的もお前を斬ることだ。これ以上、お前をリゼには近づけさせない。前にも言ったな、お前の存在はリゼを不幸にさせる」

 

「知ったことじゃないな、アイツも七星である以上、斬る対象に変わりはない」

「………そうか、お前がそう思っているのなら僕からこれ以上言うことはない。お前の妄念ごと、総て切り伏せる。お前がリゼの下に辿り着くことはない」

 

 ヨハンは剣を抜く。レイジも同じように大剣を構える。定められた戦いであるかのように彼らは相手を倒すことに何の躊躇もない。戴冠式が始まろうとする最中、己の願いを叶えるために二人の男の戦いが始まる。

 

 その裏で、その戦いの意味が何であるのかも知らぬままにレイジは武器を握り、七星を倒すための戦いを始める。

 

「アヴェンジャー、君に恨みはないが、マスターの命令である以上、討たせてもらうよ」

「来い、アーチャー。狩人如きが草原の覇者を射抜けると思うな」

 

「いいね、面白いよ。もっとも、僕は只の狩人ではない。神話に名高き狩人だ。この戦いを友へと捧げよう!」

 

 英霊ピロクテーテスと英霊ティムール、彼らの戦いもまた同じように始まる。聖杯戦争に呼び出された英霊として、その本懐を遂げるために。

 




アヴェンジャーでアーチャーに勝てるんか?(純粋な疑問)


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第15話「嘘」②

――王都ルプス・コローナ・戴冠式会場周辺――

 レイジたちが四手に分かれて、戴冠式の会場を襲撃する動きを見せる中で、正面入り口は桜子と朔姫、もっとも会場へと入り込んだ裏口にはレイジが向かう最中で、非常出入り口として用意された二つの入り口のうち、戴冠式の搬入路として利用されている大きな荷物を運ぶ業者が入り込むための入り口が存在していた。

 

 こちらも本来であれば警備が厳重に敷かれているはずであったが、今日ここに襲撃を仕掛けてくる者たちを考えれば、迎撃の準備など意味がないと考えたのかまったく警備の目は行き届いていない。

 

 むしろ、会場へと突入するための大きな広間が用意されているようであり、不気味な静けさすらも感じさせる様子であった。

 

 そこに足を踏み入れたのはロイ・エーデルフェルトとセイバー、そしてルシアの四人であった。ある意味でこの場所が正面入り口の次に警備、迎撃をするとなれば人手を割かなければならない場所であると言えよう。レイジとヨハンが戦闘を行っている場所は狭い。人間が二人分も並べばそれだけで詰まってしまう通路であるのに対してこの場所はそうした問題を孕まずに軍隊を展開することもできる程度の広さがある。

 

 その場所に対しての静けさ、どこかうすら寒いものを感じる中で、

 

「くく、さすがは我が主の積年の敵よな。妾が望んでおる場所に足を踏み入れてくれるその剛毅さ、嫌いではないぞ?」

 

「セイバー」

「はっ――――!」

 

 声が聞こえた場所に向かって、文字通り光速の動きで刃を放つポルクス、放たれた刃はあっさりとヒトガタを破壊し、その憎らしいほどに記憶している相手が粘土のように蕩け落ちて消滅する。

 

「くく、随分な挨拶ではないか、ロイ・エーデルフェルト。妾のラブコールへの返答にしては些か乱暴が過ぎぬか?」

 

「まさか、この程度で消滅するような生易しい相手ではないと思っているさ、キャスター。予定通りに君が出てきてくれたことには感謝するよ」

「ほう、ここには妾がいると?」

 

「どちらかといえば、君の主の鋼鉄男なら、ここにいるだろうと思ったのさ。此処は広い。この場所が奴の全力を出すのに最も適している。逆に星灰狼が人造七星、あるいはライダーの軍勢を召喚するにしても此処が適している。そう考えれば、この場所に配置されているのは誰であろうとも絶対的な強者だ。ほら、ここに向かうべきは俺だろう?」

 

「そして、取り返しがつくという何とも言えない理由で連行されてきた私って訳ね」

 

 ルシアはため息を零す。正面入り口が戦力的な意味合いで桜子と朔姫のコンビが選ばれたとすれば、こちらに彼女が選ばれたのはとにかく頑丈であるからという理由だ。

 

 前回のアサシンとの決戦でも見せた再生能力を利用した突貫戦法を演じられるのは彼女だけであり、キャスターやライダーといった何を出して来るのかもわからないような敵を相手にするには彼女のような戦力こそが輝きを放つ、

 

本人からすればはた迷惑なことこの上ない選択ではあるが、朔姫の提案した配置として間違ったことを言われているわけではない。

 

 実際にこの場にはキャスターがいる。七星陣営側の中でも最も油断ならない相手、これまでも様々な手段で干渉してきたサーヴァントを直視すれば、色々と見えてくるモノがある。ルシアの瞳は相手の感情の色を見ることができる。それで相手がどんな人物であるのかを判断することができるわけだが、キャスターは様々な色を内包している存在であった。

 

(欲深い、それもとびきりの。でも、それは下品な意味での欲深さじゃない。節操無しと一言で言ってしまえばそれまでだけど、様々なモノに興味を持っている。ロイだけじゃない、私にも、あらゆることに……)

 

「あぁ、主についてはな、いまだ調整中よ。何せ、前回お主に見事、勇み足を指摘されてしまったからな、調整が完了するまでは顔を出すつもりはなかろう。妾が出向いたのはあくまでも興味本位じゃよ。主がおるとお主と遊ぶことが出来まい?」

 

「光栄だね、人類史最高峰の錬金術師に興味を持ってもらえるなんて」

 

「謙遜するな、お主は今代最高峰の魔術師であろう。七星の魔術師たちが束になって掛かってもソナタには敵わぬ。圧倒的な才覚と技量、そして磨き上げてきた魂の形、妾がもしも、英霊ではなく只人であったのならば主同様に嫉妬もしておろうに」

 

 キャスターはロイと世間話でもするような気安さで会話を繰り広げる。興味本位で顔を出してきたと口にしていたが本当に興味本位であるかのような態度である。

 

「警戒しなくてもいいよ、ルシア。彼女は本気で俺を倒す気はないのさ。俺を倒すのは主であるあの鋼鉄男の役割だ。自分が遊び半分で倒すようなことになってしまったら、主に合わせる顔がない。そんなところだろう、君が考えているのは」

「然り、然り、これでもお忍びなのでな」

 

「だが、俺達はお前の道理に付き合う理由はない」

「ほう?」

 

 冷ややかな空気がその場を支配する。一触即発の空気、キャスターがお遊びの会話をしている所に突如として爆弾を投げ入れた、そのような空気感が生じた。

「お前は遊びで出向いているのかもしれないが、こちらとしては此処でお前を倒すことが出来れば、充分な成果ともいえる。俺にはライダーよりもお前の方が恐ろしい。重要な所で横槍を入れてくるのはいつだってお前のような奴だ。だから、ここで倒す。倒せなかったとしてもお前の手の内は曝け出してもらう」

 

「くく、出来ると思うているのか?」

「出来る自信がないのならば、わざわざここを選ぶ理由はない。セイバー、ルシア、そういう訳だ。付き合ってくれ」

 

「いや、そういう訳だでいきなり付き合わせるの酷くない? もっとも、反対はしないけどね。コイツを倒せばホントの意味で大金星だし」

 

 スラムでの戦いでキャスターが何をしてきたのかはロイもルシアも良く知っている。彼女を野放しにしておけば、アサシン以上の被害を出させるのは間違いない。まだ戦、戦士同士の戦いを重んじているライダーの方がマシだ。彼女は何でもできるし、何でもやりかねない。

 

「くっく、そんなに睨みつけるでないわ。熱くなってきてしまうじゃろう。ほれほれ、時間がないのはお主たちの方じゃるて。さっさと始めるがよい。お主らは全力で来るがいいさ、妾はそれでも遊びであることに変わりはないがな」

 

 お前たちがどれだけ必死になって戦った所で、遊び気分の自分ですらも倒すことはできないだろうとキャスターは言い放ち、自分の周囲に次々と魔法陣を展開していく。

 

 ロイも自身の魔力を解放し、流体魔術を展開。そして、セイバーも戦闘態勢へと入る。

 

「最初から全力で行くぞ、セイバー。ルシアも援護を頼む」

「OK,やれるだけのことはやってみようじゃん!」

 

 同時多発的に続く戦い、ここでもまた戦いが始まる。戴冠式が行われている最中、誰にも気づかれる事無く戦う者たちの戦いはより激化の一途をたどっていくのである。

 

・・・

 

「うおおおおおおおおおおおおお!!」

「ふん、やはり、どこまでいっても素人の刃だな、そんなものでは俺には届かない」

 

 大剣と王国騎士専用の剣が激突し合い、剣に動きをいなされた大剣がその質量にもかかわらず弾かれて後退する。武器を握るレイジは苦々しい表情を浮かべながら、ヨハンを睨みつけるが、そんなことはお構いなしにヨハンがレイジへと踏み込む。

 

 近距離へと迫って来るヨハンに対して大剣を蛇腹剣の形状へと変化させて、ヨハンの進撃を阻止するつもりであったレイジだが、ヨハンはその刃の動きを見極めながら、身体を刻まれることがあったとしても、構わずに突っ込む。

 

「お前……ッ!」

「この刃に切り裂かれると七星の力が十全に働かないんだろう? 知っているよ、それで?  だからどうした?」

 

「がっ、くぅ、があああああああ!」

 

 レイジが握っているアドバンテージなど自分にとっては欠片ほども気にする要素ではないとばかりに、踏込み、レイジへと刃を振う。蛇腹剣を再び大剣へと変える暇もなく、レイジは身体を切り裂かれ、無様に床を転がり、地に倒れ伏した。

 

「どんな策を弄してここに再び立ったのかと思ったが、大して変わっていないな。前の戦いでも言ったはずだぞ? 騎士としての戦いを身に着けた僕とただの自己流で戦っているだけのお前、戦えばその差は如実に表れる。此処までに積み重ねてきた時間がそのまま、お前と僕の勝敗を分けることになる」

 

「知った、ことか……、そんなお行儀のいい問答をされたところで、はい、そうですかと引き下がるようなことが……できるわけがないだろう」

 

 両腕に力を込めて、膝を震わせながらレイジはもう一度立ち上がる。大剣を杖代わりに立ちあがり、まだ戦意は欠片も消えていない。しかし、ヨハンからすればその立ち上がったという行為自体が恐ろしいほどにナンセンスだ。勝敗などとっくの昔に決まっている。逆立ちしてもレイジは勝てない、例え、七星の力を封じたとしよう。その最大のアドバンテージを掴んだとしても、ヨハンの騎士としての技量が喪われるわけではない。

 

 前回、レイジと桜子が死闘を繰り広げた散華は、自分の力量よりも七星の血によって、最適解を与えられて闘うタイプであった。そうした七星の血に頼って戦ってきた者を相手にするのであれば、レイジの戦闘は有利に働くことだろうが、ヨハンにはさして変わりはない。

 

(七星の魔術を扱う者たちにとっては、コイツの能力は鬼門ともいえる力を持っているんだろう。七星の血が濃ければ濃いほど、その地の力で戦闘を優位に運ばせることができる。だが、こいつの能力はその根底を覆す。だが、生憎と俺には通じない)

 

 ヨハンの身体に流れる七星の血は決して濃いとは言えない。そもそもがどんな経緯で生まれてきたのかもわからずにスラムに生きてきた孤児である。そんな少年が偶然、七星の血を引いていたというだけのことであり、おそらくは王族か何かが駆け落ちでもして、その結果として生まれたのが自分なのかもしれない。

 

 出自について今更気にするつもりはない。あのスラムに転がっているような子供たちとは大体がそのような境遇だ。ヨハンは七星の力を肯定も否定もしない。大した恩恵に縋っていない彼からすれば、あくまでも自分の戦いの手札の一つでしかない。手札を一つ奪われたところで、何をそこまでこだわる必要があるか。厳然たる実力を以て臨むのであれば、何も怖れることはない。

 

「引き下がることができないというのならば、僕はお前を斬るほかない。ここはリーゼリット・N・エトワールの戴冠式会場、リゼの騎士である僕には彼女の外敵総てを排除する義務がある。お前は必ずリゼを不幸にさせる。お前の存在はリゼに余計な感情を生み出しかねない。だからこそ、ここで排除する」

 

「黙れよ……星灰狼を傍に置いておきながら、何も手を出そうともしない腰抜けのお前なら、あいつに良い影響を与えられるのか?」

 

「何をいきなり」

「何も与えることが出来ていないから、あいつは何もできていないんだろう。お前だって自覚しているんだろう。自分たちが本当に戦わなければならない相手から目を逸らしていることを。お前たちは奴らとどうざ――――があああああああああああああ!」

 

「黙れ、お前に何が分かる。鳴り物入りで突然、この聖杯戦争に首を突っ込み、殺す事しかできないお前に、俺とリゼの何が分かる……!!」

 

 立ち上がろうとしたレイジの首根っこを掴み上げ、そのまま窒息させてやるとばかりに首を締め上げる。レイジは苦悶の声を上げるが、ヨハンは努めて冷静に、されど、心の中では決して沈下することのできない憎しみの炎をレイジに向けながら首を握りしめる力を強める。

 

「そもそも、どうでもいいんだよ、俺にとっては。灰狼が何をしようと、お前が何に復讐しようとも、聖杯戦争の勝利者が誰になろうとも、俺にとっては全てどうでもいい。俺にとって大切なのはリゼだけだ。リゼが無事でいてくれるのならそれだけでいい。お前がどれだけ道理を口にしたところでそんな者は無意味なんだよ、俺からすれば、それはどうでもいいことなんだから」

 

「ぐっ、がはっ、ぐぅぅ……思った、とおりの、器の小さな、や、つ、だな……」

「何を!」

 

「大事だと思う、奴がいるのなら、守るために動けよ……、お前は大切だ、大切だって口にするだけで……ただ、傍に置いておきたいだけ、だろ。透けて見えているんだよ、お前はあいつのことを、大事に思っているんじゃない。自分が用済み、扱いされるのが怖いだけ、だろ、があああああああああああああああああああ!!」

「黙れぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 レイジの負けん気を込めた言葉に対して、ヨハンは怒りを剥き出しにする。その怒りが剥き出しになった理由は図星を当てられたからなのか、それとも単純に耳障りであったからなのか、それは当人にしかわからない。だが、レイジが間違いなく、ヨハンの心の奥底にある、隠そうとしても隠しきれない何か、それが表出してしまっているということだろうか。

 

「落ち付きなよ、マスター。君がそこまで声を荒げるようなことじゃない。このまま普通に闘っていれば君が負けることは絶対にありえない。狩りをする中で最初に脱落するのは平常心を失った者だ。確実に勝てると思った時も、焦りが生まれた時も、平常心を心掛ける。それが生き残る者の極意だよ」

 

 レイジの言葉に怒りをあらわにしているヨハンに対して、アーチャーは落ち着きを取り戻すようにと進言する。ヨハンとレイジの実力差についてはこの場の誰もが、ヨハンに軍配が上がっていることを認めている。まともに闘えば間違いなくヨハンが勝利することだろう。

 

 だからこそ、焦る必要などないと告げるのだ。淡々と戦えばいい、淡々と排除すればいい。日々の営みの中でできることを当たり前のようにやれば一定以上の成果を出すことができる。そこに綻びが生まれるとすれば、それこそ、余計な雑念や妄執に囚われてしまうからこそであると言えよう。

 

 そのアーチャーの意図が通じないヨハンではない。彼は狩人としてヨハンよりも遥かに優秀な英霊なのだ。彼が口にするアドバイスは決して多くはない。多くはないが的確だ、受け取っておくに越したことはない。

 

「分かった、済まない、アーチャー。冷静さを欠いていたのは事実だ」

「いいよ、そこで踏みとどまってくれるのならば君は合格だ。マスター同士の戦いは淡々と終わらせればいい。こちらも、サーヴァント同士の戦いにはしっかりと勝ち星を掴んで見せるとも」

 

 アーチャーが再び弓を構える。このような遮蔽物もなく、一対一の戦闘を強制されているにもかかわらず、アーチャーは至極冷静なままアヴェンジャーに対処している。そこに焦りや怖れのような感情は全く見えてこない。

 

 英霊ピロクテーテス、かの大英雄ヘラクレスの友にして、ディオスクロイ兄妹が乗船していたアルゴーの船員でもあった人物、紛れもないギリシアの大英雄の1人にして、沈黙の狩人ともいうべき男は得物を刈り取るために冷静に冷徹に攻撃を続けていく。

 

 ここまでにアヴェンジャーは幾度となくアーチャーへと攻撃を続けてきた。武器である偃月刀の刃が何度も何度もアーチャーを捉えてきたが、時に躱され、時に受け止められて、いまだに致命傷を与えることが出来ていない。

 

『おいおい、ちょっと待ってくれよ。あの正門で戦ったジュベってアーチャーは此処まで耐久力が高かったわけじゃなかったよね? 明らかにあいつよりも勝っていない?』

『左様だな、弓兵であるからといって、距離を詰められればなすすべもない。そんな先入観の下に我々は戦っていたが……』

 

「君たちの考えていることは分かるよ。弓を扱う英霊のくせに耐え続けるじゃないか。自分たちは何か思い違いをしているんじゃないか?大方、君たちが考えていることはそんなところじゃないのかな? まぁ、ランサーに戦いを任せて後方支援に徹していたからね、そのように思われても仕方がない。見た目の上でも動きが鈍いからね、僕は」

 

 そう、これまでのアーチャーは常にランサーとセットで戦ってきた。絶対的な白兵戦能力を持ち合わせているウィリアム・マーシャルを援護するように後方からの支援に徹していたアーチャーに対して、アヴェンジャーでさえも、ランサーがいない単独戦闘であれば、アーチャーを御するのは容易いとそのように考えてしまっていたのだ。

 

「違うよ、神代に生きる狩人は自分で全てが出来なければ、獣たちを狩ることなんてできない。遠くから弓を射るから、自分が強くなくても問題ない? 馬鹿を言っちゃいけない。怪物を倒すのに放つ矢の勢いがそんな柔い身体で放てるわけがない。ギリシアの狩人たちは誰も彼もが精強だよ。強くなければ生き残ることができない。神によって運命を左右される時代に怪物たちを討ち果たすことを役目とする者たちが弱いはずがないんだから」

 

「……正論だな、言われてみれば納得する他ない」

「まぁ、それでも、正面から戦えば、流石に僕もランサーを相手取るのは厳しい。彼は純粋な実力勝負で言えば、こちら側のサーヴァントの中でも最強格だ。だからこそ、僕は後方支援に徹することが出来た。

 けれど、今はそれが出来ない。1人で戦わなければならないのならば、僕だって自分の持てる力の総てを振り絞る。これはそれだけの話しに過ぎないんだよ」

 

 実力を隠していたことを悪びれるわけでもなく、その実力をひけらかすわけでもなく、ただありのままに、生前の頃と同じように、アーチャーはアヴェンジャーという獲物を刈り取るための戦いを続ける。それこそが自分にとっての当たり前の戦いであるのだと言わんばかりに。

 

「厄介だな」

『ああ、思った以上に厄介だな。自信家でいてくれたのならば、まだ戦いようもあったが、あやつ、どれほど挑発したところで、儂らに隙を見せるようなことはせんぞ?』

『そういう奴と戦うのってぶっちゃけ面白くないよねぇ。ま、そういう奴こそが、戦場では一番厄介で強いんだろうけれど』

 

大英雄ピロクテーテス、かつてヒュドラの毒に己の身体を侵されながらも、それでも、耐え続け、トロイア戦争を終結させるために大きな役割を背負った英雄である。

 

 耐久力だけで言えば、腐食の化身ともいえたあのアサシンとも並ぶほどの堅牢さであり、草原の覇者として数多の敵を屠ってきたアヴェンジャーを相手に、戦えているという事実が何よりも彼を英雄たらしめている。

 

(アヴェンジャーは単純に実力があるだけの英霊じゃない。英霊ハンニバルと英霊ユダ、二体の英霊と意識を共有させることによって、この二人の宝具を使用することができる英霊だ。単純に実力で倒すことができるとしても、油断をするべきじゃない。最後まで淡々と撃破するだけだ)

 

 ハンニバルの高速離脱宝具、ユダの事象改変宝具、そのどちらもが使われてしまえば、この場から彼らを逃がすことになりかねない。追い詰められればなりふり構わず使うとしても、使う暇を与えさえしなければ問題ない。相手に技を使う暇を与えないほどに攻撃をし続ければ、それで技を使う余裕は失われる。

 

『ふぅむ、雲行きが怪しいのぉ、こういう地味に強いというやつが一番厄介なんじゃよな』

『君の宝具で何とかできないのかい?』

 

『それを言うならお主の宝具じゃろうが』

『冗談、こんなところで使うにはもったいないよ。これからレイジが戦っていく中で使う必要は必ず出てくるだろうからさ』

 

『それを言うならば、儂の宝具もまだ使いどころではない。奴が手の内をすべて出し尽くして、こちらを倒せると思った時でなければ意味がないわ』

 

 頭の中で議論を交わしている二人の英霊の声は雑音のようなものであるが、それで動きが鈍るほどアヴェンジャーもやわな鍛え方をしていない。

 

 視界のすべてを敵に埋め尽くされたとしても、草原の世界の中で戦い、一代で世界の覇者へと上り詰めた男は決して気を緩めない。神話の狩人が相手であったとしても、その撃破をするための突破口を見出すために攻撃を捌き続ける。

 

(全く戦うことができないわけではない。我らが主も必死に食らいつこうとしている。相手が神話に名高き英霊であったとしても、勝てない等と思う道理はない)

 

 アヴェンジャー、ティムールが求める先は侵略王との決着、血脈一つで草原の覇者であるハーンの名を名乗ることができなかったからこそ、実力で己がハーンに相応しい存在であることを認めさせなければならない。

レイジにとっても自分にとってもこれはあくまでも通過点に過ぎない。遠くギリシアの地の大英雄であったとしても、負けるわけにはいかないのだ。

 

「疾っっ!!」

 

「おっと、さすがはあの侵略王に肩を並べるほどの偉業を一代で打ち立てた英霊だね、こちらが隙など生み出すはずもない矢を放っているってのに、それでも、強引に刃を通そうとしてくるんだから」

 

「その余裕もいつまでも浮かべていられると思うなよ、アーチャー」

 

「いいや、僕は最後までこのままさ。ヒュドラの毒に身体を汚染されて、幾星霜の時間を経ても、僕は耐え抜いた。強い衝動なんて必要ないさ。ただ淡々と自分の仕事を果たせばいい。どれだけ人事を尽くしたとしても、失う時には失うんだから。その感情の爆発という燃料はいらない。ただできることを確実にやり通す。それが僕のポリシーであり求められた役割だ」

 

 侵略王やキャスターのように感情をむき出しにして戦う存在が強さを持つこととは別だが、そのポリシーこそが弓兵としての彼の強さを裏付けている。

 

「サーヴァント同士の戦いも、アヴェンジャーではアーチャーには勝てない。彼は決して目立つつもりはないが、それでも大英雄と呼ばれるに相応しい存在だ。お前たちのような聖杯戦争に横やりを入れてきたような連中が敵う英霊ではない」

 

「強さにも勝敗にも、前も後も横もないだろう。お前自身がそう思いたいんだろう。俺のような奴が聖杯戦争を荒らすようなことは許さないってな」

 

「否定はしないさ。僕たちの聖杯戦争は僕たちだけのものであった。それをお前が横から介入して、ヴィンセントも散華も命を奪った。お前ひとりだけでは大したことはないかもしれないが、他の仲間と手を結んで、抵抗することは十分に考えられる。

 お前は死神だ、俺たち七星を喰らうために顕現した死神だ。そのくらいに思っておいて損はない。お前とリゼを引き合わせることになればお前は必ずリゼを死地に向かわせる。それだけは絶対に許せない」

 

「リゼ、リゼ、リゼって、結局、あの女が大事なだけだろ。だったら、どうして聖杯戦争になんて参加させた。どうして、七星として戦いに出るようなことをした。矛盾しているんだよお前は、自分ができないことを他人に押し付け――――ッッ!」

 

「ああそうだよ、その通りだ。俺にはリゼを止めることはできない。俺は騎士で彼女は皇女で、俺の言葉じゃ彼女は止められない。

聖杯戦争にだって参加なんてしてほしくなかった。そんなものに触れることさえ嫌だった。それでも、あの子はあの子なりにこの国を思っている、世界を変えようと思っている。始末が悪いんだよ! だったら、こっちが余計なものに触れないようにしてやるしかないだろ!

「ああ、そうか。あいつが自分自身で何かをしようとしないのは、お前のような奴がそれを邪魔しているからでもあるのか……ふざけるなよ、そんなものはどこまでいっても、お前のエゴでしかないじゃないか!!」

 

 瞬間的に魔力が発現し、レイジの握っている大剣が一人でに動き、蛇原剣の形状へと変わると、レイジの首根っこを掴んでいるヨハンの身体を切り裂き、その握る腕の力が弱まる。

 

 その隙を穿つようにレイジがヨハンの腹へと蹴りを繰り出し、ヨハンの身体がくの字に曲がる。魔力を体中から放ち、その余波でヨハンと無理やりに体を引きはがすと、首を先ほどまで締め上げられていたことから、咳き込むものの、レイジの瞳は死んでいない。

 

 むしろ、ヨハンという相手をこれまで以上に、倒すための戦意をむき出しにする。

 

「別に、俺はあいつのことを肯定するつもりはない。七星としての自分を否定しても、何もしないあいつのことなんて俺は信用する気はない。それでも、お前が、お前のエゴであいつを籠の鳥にし続けるのならば、お前はこの国にとって邪魔だ。灰狼たちのように直接的ではなかったとしても、お前も害悪にしかなりかねない」

「だったら、やってみろよ。お前にできるというのなら」

 

 どれだけ気勢を放ったところで、レイジではヨハンを倒すことはできない。力の差が歴然としている以上、どれだけ気合を吐いたところでどうなるともいえないのは間違いないのである。

 

 さぁ、どうする……? 復讐を果たすにはヨハンを乗り越えなければこれより先に進むことはできない。

 

・・・

 

 レイジとヨハンの戦いが激化の一途をたどるのと同刻、正面入り口、搬入路、最後の一つである非常口からも侵入するための人影が動いていた。

 

 四つの場所の中でももっとも、静かに移動を続けていたのはアーク・ザ・フルドライブとターニャ・ズヴィズダーである。レイジが単独で出撃をする所にターニャも動向を願い出たが、レイジを狙って敵が出てくる可能性を考慮し、レイジ自らアークにターニャを守ってほしいと願い出たのだ。

 

 危険な戦場へと踏み出すロイに警護を頼むことができない以上、必然的に守りを考えればアークが適任という話になり、アークもレイジの願いにそのまま応える形で了承をした。

 

「先行するのはこっちに任せておきな。嬢ちゃんは後からついてきてくれればいい」

「すいません、出来る限り、足手まといにはならないようにさせてもらいます」

 

「気にすんなよ、こういう時に身体を張るのは大人の特権であり義務だ。嬢ちゃんを子ども扱いするつもりはないが、どう考えたって俺の方が年上だからな。こういう時は矢面に立つものだって相場が決まっているんだ」

 

 アークはニカリと笑みを浮かべて、ターニャの気分を落ち着かせようとする。レイジと離れての独自行動を強いられているターニャは緊張しているのか足取りがいつもよりもかなり危うい。もしも、遭遇戦になるようなことがあればあっさりと敵に見破られてしまうのではないかという様子であった。

 

 それを理解したアークはターニャを自分の後ろに下げて、自分が先行する形で彼女の気分を落ち着かせることとした。後ろからの襲撃に気を向ける必要はあるが、幸い、ターニャにはセイバーがいる。アークを守る義理は無くてもターニャを守る義務は当然にある。

 

 セイバー:キュロス二世が並大抵の英霊ではないことはアークもよく理解している。彼に任せることができるのであればアークがとやかく考えるよりもあっさりと仕事はしてくれるだろうと。

 

「ねぇ、アークさん、前から疑問に思っていたことを聞いてもいい?」

「ん~、何だ? 答えられることであれば何でも聞いてくれて構わないぜ」

 

「貴方はどうして、サーヴァントでもない筈なのに、サーヴァントのような力を使うことができるの?」

「…………」

 

 ターニャが口にした問いはこれまでに何度も何度もアークがぶつけられてきた問いだった。元を辿れば、セレニウム・シルバにおけるタズミの居城で朔姫たちと顔を合わせた時から、サーヴァントは何処にいるのかと問われ、そこから戦いを続けるたびにどこにもサーヴァントはおらず、そのマスターが戦闘を続けているという異常事態の中で戦ってきた。

 

 その様子を知る者であれば、アーク・ザ・フルドライブという存在が何者であるのかを問いただすばかりとなるだろう。聖杯戦争におけるマスターには必ずサーヴァントが存在する。アヴェンジャーという例外が存在していたとしても、基本の7陣営が召喚されなかったという話は何処でも聞かない。カスパールやファヴニールのように既に消滅しているわけでもないというのであれば、アークが召喚したはずであるライダーは一体どこに消えてしまったのか……。

 

 いつもであればアークはその話をはぐらかすように話を逸らす。敵手に対してその手の話をしたところで、相手に情報を与えるだけで意味がないからだ。

 

 しかして、アークはターニャという存在を信用していた。少なくとも、レイジが自分にターニャを託してくれたことに喜びを覚える程度には彼は此処まで共に旅をしてきた彼女のことを信用していた。

 

「サーヴァントにもいろんな種類がいる。例えば、セイバーやランサーのように神話の中の登場人物が形を成した者もいれば、連中側のアサシンのように逸話そのものが具現化したような英霊も存在する。元よりただの人間じゃない英霊ってのも数多くいるわけだが、俺が召喚したライダーも実はその類でね」

 

 その話はアークをして、味方の誰にも話をしたことがあるものではなかった。

 

 今の味方側の彼らは朔姫を始めとして誰もがアークの自分から口にしないことにはある種の秘密を守る立場を尊重してくれていた。アークが自分の口から語るその時までは待つ必要があるだろうと。秘密を受け入れ、それでもアークを信用してくれている仲間たちのことを彼は心底信頼しているし、あくまでもここでターニャに対して口を開いたのは、その場の気分によるところが大きい。

 

「俺の召喚したライダーは少しばかり特殊な英霊でね。召喚をしたマスターと融合することによって、真価を発揮をするタイプの英霊だった。だから、他の奴らに話はしていないが、俺は別にライダーのことを隠しているわけじゃない。俺はマスターであり、同時にサーヴァントでもあるのさ。俺達は召喚を実行し、契約をしたその瞬間からずっと一心同体の関係でいる。だから、何処にも俺のサーヴァントは姿を見せない。それだけなのさ」

「そんな英霊が……で、でも、それ、私に言ってしまってよかったの?」

 

「ん? ああ、いずれは話さなければいけないと思っていたしな。この作戦が終わったらアイツらにも話すさ。特別ってのはあまりよくないからな。

それに隠すほどのことでもないんだよ。実際にそのからくりを知っていたとしても、それで何かが出来るわけでもない。俺の正体を知られたとしても、俺は有名すぎて、逆に隠すほどのことでもないとなりかねないしな」

 

 有名であるというのはアーク自身のことというよりも、サーヴァントがということであろう。ユダがあまりにも自分の名が世界中に知れ渡っていることから、自分の真名を口にすることを憚られたのと同様に、アークが召喚したライダーもまた、少しでも情報を与えてしまえば、それが誰であるのかを悟られてしまうようなサーヴァントなのかもしれない。

 

「なぁに、真名を隠しているとしてもレイジや嬢ちゃんに対して手を出すようなことはしないから安心してくれよ。そこらへんの道理ってのは弁えている。俺はレイジの行く末には興味があるし、最後まで突き進んでほしいとも思っているからな。そのレイジの頼みである以上、嬢ちゃんをキッチリと守り通すぜ」

「……ありがとうございます」

 

 ターニャは控えめに感謝の言葉を口にする。いつもの彼女よりもほんの少しだけ反応が遅れていたが、アークはさして気にも留めなかった。

 

「おや、やはり私は運がいいな。いいや、むしろ、運命に愛されていると言ってもいいかもしれない。アベルが不在の中で君と再会することができるとはね」

 

 気にも留めなかった、その理由は自分たちの目の前に現れた存在がいたからであった。そして、その声にターニャは身体をビクンと反応させる。出会いたいなど欠片も思っていない相手の声であったからに他ならない。

 

「あらあら、怯えられているじゃない。可哀相な灰狼」

「まったくだ、私ほど、君を想っている人間もいないというのにな、ターニャ・ズヴィズダー」

 

 姿を見せたのは星灰狼と四駿が一人ジュルメ、実験体402号は姿を見せておらず、ライダーもいない。此度はこの二人だけがここにいるという様子だった。

 

「ついこの前まで攫っていた奴がどの口で言うんだよ!」

 

「語弊があるね、アーク・ザ・フルドライブ。私は彼女を保護していた。連れ出したのは君たちだよ。それでも、最後には必ず戻ってくると信じていた。運命とはそういうものを言うのではないかな?」

 

 運命などと何をキザッたらしいことを口にしているのかとアークは思う。この男はレイジとターニャの人生を台無しにし、今でも弄んでいる。

 

圧倒的なサーヴァントと自分自身の力を持っている自信家ではあるが、世の中にはやっていいことと悪いことがある。灰狼がやってきたことは紛れもなく、後者だ。よって、アークはそれを断じるためにもここで灰狼と戦わなければならない。

 

(ま、セイバーもここにいてくれるのならば、戦いにもなるだろう。最悪、あっちの女だけでも倒すことが出来れば十分だ。ライダーの戦力を減らすことができる)

 

「もっとも、君には特に用はない。私が用があるのは君だよ、ターニャ、こちらに来るといい」

 

「おいおい、そんなことを言ってくるはずが―――――」

「―――――――ええ、わかったわ」

 

 灰狼の言葉になど従うはずがない、そうアークが言い放つ横でターニャはその言葉に頷き、足を進めていく。まるで催眠にでもかかった様子にアークは思わず手を伸ばすが、しかし、ターニャとアークの間に挟まるようにして、その腕に凶器がぶつけられ、鋼鉄を纏った腕が受け止める。

 

「テメェ、何をしやがる、セイバー!!」

 

「悪いが、これも命令だ」

「命令、だとっ……!?」

 

 ターニャの腕に刻まれた令呪、その二画目が光り輝き、セイバーへと命令を与えていた。その命令は言うまでもなく、ターニャと灰狼の状況を邪魔させないようにという指示に他ならなかった。

 

「ほう、随分と熱烈なラブコールだね」

「ええ、レイジの手を煩わせたりはしない。貴方は此処で私が倒すわ……!」

「それでいい、来るがいい、ターニャ・ズヴィズダー。君の総てを解放するといい」

 

「おい、セイバー、分かっているのか、テメェは、自分が何をやっているのか!」

「無論、これも全ては我らが神のため……!」

 

 アークの言葉など今更聞くまでもないという態度を浮かべるセイバー、その様子にこの場でセイバーとの戦いを演じなければならないという予想外にアークは立たせられる。

 

 その総てが灰狼の思う通りになるのだとしても、セイバーは純粋な殺意を以て、アークへと攻撃を始めるのであった。

 

 四つ目の戦場にて突如として巻き起こった想定外の戦闘、そこに何の意味があるのか、救世王とまで呼ばれた男が何故自分に牙を剥けてくるのかを、アークも理解することはできない。闇の中で蠢くそれぞれの思惑は、戦いを演じる者たちの気持ちなどあっさりと裏切りながら、また一つ状況を動かしてくのであった。

 




ターニャ、フラグたて過ぎていて怖い

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第15話「嘘」③

 忌み子、生まれた時から自分がどういう生まれであったのかなんて知らない。気付いた時にはスラムに捨てられていて、生きるために必死だった。俺を産んだ両親も生きることに必死だった。父と母はいつもいつも王族に対しての怒りを剥き出しにしていた。

 

 彼は俺に幾度となく告げてきた。悪いのは王族であると。自分たちは捨てられた。自分たちを捨てた連中こそが王族なのであると、ことあるごとに告げてくる。

 

 子供にそんなことを言われても理解できない。どうしてこの人たちは俺が顔も知らないような相手への怒りを俺にぶつけているのだろうか。そんなことを言われたって知らない。そんなことを言った所でどうにもならない。

 

 彼らには世界を変えるための術などなくて、彼らはただその恨み言を告げることしかできないのだ。

 

 けれど、不思議なもので、恨みや怒りといったエネルギーというのは伝播するらしい。物心がついて、自分が満足いく生活を送ることができないと知った俺は、彼らが怒りを向けていた存在へと自分自身も怒りを向けるようになっていた。どうして、俺がこんな生活を送らなければならないのか。どうしてスラムはこんな場所なのか。自分たちは見捨てられているのか。

 

 不満は羨望へと変わり、羨望はいずれ憎悪へと変わる。どうして、自分たちはこんな生活をしなければならない。自分たちを犠牲にしたその上で愉快な笑みを浮かべている者たちがいる。この世界は平等などでは断じてない。この世界は悪意ある不平等によって覆われている。それを自覚することはそう難しいことではなく、自然と俺はスラムの空気に染まっていくことになる。

 

 王族への恨み言を口にするのは気持ちが良かった。自分の境遇の悪さを他人のせいにするのは心地がイイ。自分を責めたてる必要がないから。

 

 自分の身体に特別な力が宿っていることは少なからず理解していた。このスラムの中には同じような連中がごろごろいる。そいつらはいずれ、王族に復讐をする時のために力を磨いているんだなと言っていた。本当に出来るのかはわからないが、その言葉に少しだけ勇気を貰ったような気がした。もしも、その時が来たら、自分の力で王族の連中に一泡吹かせてやる、そんな子供特有の全能感を抱いていた。

 

 両親は俺を止めることはなかった。むしろ、王族を捕まえて自分たちの怒りを晴らすんだと同調していた。救いようがない、親としての役目を放棄しているが、それでも、産んでくれた存在だ。この人たちの期待に応えたいという気持ちは自分の中で膨れ上がっていた。誰だって生まれついての悪なんてものは存在しない。人は誰だって何かしらの変化によって悪の道に走ってしまう。

 

 きっと、俺にとってその運命とはあの日、スラムに王国軍が押し寄せて来た時なのかもしれない。スラムの浄化を掲げる彼らは次々と反抗勢力であるスラムの人間たちを殺していく。あっさりと、これが楽しいのだと言わんばかりに。

 

 俺は必死に逃げて、逃げて、逃げて―――そして帰るべき家がすでに無くなっていることを痛感させられたのだった。

 

 まともな人間の住むために用意されたような家ではない。雨風を凌ぐことが出来て、心が荒んだスラムの人間たちに襲われない程度に外界と隔てただけの家だ。

 

 昔に一度だけスラムを抜け出して王都の居住区画を見たことがある。自分たちとは比べ物にならないほどに整えられた町並み、人々が笑顔で暮らしている姿、何よりも誰もが未来に目を向けていた。

 

 暗い感情をむき出しにして、過去に縋りついているような連中はほとんどいなかったのだ。あの光景を見てから、この家が嫌いになった。この場所こそが自分を縛る象徴であるように思えていたから。

 

 けれど、それほどまでに嫌いだったはずなのに、それがあっさりと無くなってみるとどうだろうか、心に去来するこの気持ちは何なのか。大事なモノを奪われた。言うまでもなく父も母もいない。生きているのだろうか? 予感ではあるが、それが甘い予想であることは分かっていた。きっと、今日自分は総てを奪われるのだろうという諦観すらも覚えていた。

 

「なら、奪われる前に奪わないと………」

 

 方針は決まった。やるべきことは明白だ。此処から逆転するためにはそれこそ、自分の命を差しだすくらいの覚悟がなければ務まらない。道端に武器が転がっていた。兵士かあるいはスラムの人間が落としたのだろうか、それはナイフだった。

 

 自分の身体の中が熱い、魔術回路が励起する。その時の自分に自覚があったわけではないが、この時初めて自分は七星の血に真の意味で目覚めたのだろう。

 

 他者に対しての明確な殺意、それをトリガーとして七星の魔術回路は目を覚まし、自分の中に戦闘知識のようなものが流れ込んでくる。その知識が求めている者は言うまでもないだろう。自らの邪魔をする魔術師たちを、敵を皆悉く殲滅しろと。

 

 お前の血を、七星の血族である役目を果たせと、自分の身体が囁いてくる。血を求めてくる。

 

 ナイフを握り、血飛沫と火の手が上がるスラムの中を歩きだした。命を奪うか、あるいは自分が奪われるのか、わからないが、どうなろうとも構いはしなかった。

 

 人は生まれる場所を選ぶことはできない。そこで何を学び、何を得たのかでその後の人生が決まる。だとすれば、自分の人生はクソったれだ。生まれた瞬間に終わっている。だからこそ、せめて、その呪詛を世界に向けて吐きだそう。お前たちのせいでこんなことになったのだと王族たちに唾を吐きかけてやろう。

 

 ああ、やっと、あの二人の気持ちが分かった。やっと俺はこの時、初めてあの二人と家族になれたように思えたのだ。そんな不可思議な感情を抱きながら歩みを進めていく。どう転んだって、最悪にしか向かわない筈の滅びの道を進んでいく。

 

――王都ルプス・コローナ・戴冠式会場周辺――

「たぁぁぁぁぁぁぁ」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 双槍と魔術によって生み出された無数の不可視の剣が襲い掛かる。共に一騎当千の相手より放たれる、自らを討伐するために放たれる攻撃、されど、それを迎え撃つのは半端な戦士には非ず、名をスブタイ―――かつて、侵略王の配下として、広大なロシア全土を恐怖に陥れ、侵略王の孫であるバトゥと共にロシアに対して長い隷従の時間を生み出した、モンゴル帝国最強の将軍の一角とまで持て囃される存在である。

 

「素晴らしい攻撃だ。しかし、殺気を纏っている限り、我の不意を付けるなどとは思わないことだ」

 

 桜子とアステロパイオス二人の攻撃を難なく受け止め、自身の握る矛を以て迎撃する。馬に乗ったまま繰り出される矛の一撃は、周囲総てを吹き飛ばす竜巻の如き一撃であり、朔姫とキャスターによる援護で防御結界を張り巡らしている状態の二人が吹き飛ばされる。

 

「きゃああああああ」

「くっ、四駿が最後の1人、これほどとは……!」

 

 近づきすぎていたと言われればそれまでであるが、その攻撃たるや実に凄まじい。

 

 リーゼリットが契約しているランサー:ウィリアム・マーシャルが人馬一体、騎士の中の騎士であり、侵略王が馬という存在を自由自在に使いまわす、完璧な主従関係を以て従えている存在だとすれば、このスブタイはその両者の特性を併せ持った存在であると言えよう。

 

 自身が乗っている馬を自由自在に扱い、相手の攻撃をいなし、それと同時に、馬に乗っているからこその不便などなんら感じさせずに、大軍を一気に呑み込みかねないほどの一撃を放つことができる。

 

 とんでもなく優秀な英霊である。シンプルに強い、あらゆるステータス値が高水準に纏まっているがために、隙がない。この正面前を任される英霊としてこれ以上ないほどの適任である。

 

 侵略王にとって最高の懐刀、これが侵略王のそばにいる限り、ライダー陣営を脱落させることは困難極まることだろう。

 

「むっ……!」

 

 瞬間、二人を吹き飛ばし、態勢を整えたところに襲来した扈風が爆ぜる。空気そのものが爆発し、スブタイは咄嗟に馬を後ろに跳躍させて、それを回避するが、もしも、ほんの1秒でも反応が遅れていれば、爆発に巻き込まれていただろう。

 

「ちっ、エスパーか何かかかってんや、普通、わかるか、あんなん!」

「そうだよ、天候操作って言っても、予兆なんて何もなかったはずなのに……!」

 

「予兆がない? そんなことはない。お前たちも敵意を持っていた。殺気を放っている、それだけで十分だ。自身の身に降りかかる変化を察知できているのならば、対処することは決して難しいことではない」

 

「バケモンみたいな理屈を言い張りおって。そんな出鱈目が許されるはずないやろが」

「で、でも、実際に本当な感じがするよぉ、朔ちゃん……!?」

「アホか、相手のペースに呑まれてどうすんねん!!」

 

「緊張感がないな、しかし、そなたらが我らが王、そして同胞を一度は退けたことは知っている。見事なものだ、我らが王は戦を楽しむ。敵を撃破することも困難に立ち向かう事も、あらゆる苦難を踏破して勝利することもあらゆることを楽しんでいる。そして、それでも勝つ。最後には勝利を以て凱旋し、総てを蹂躙する。

 そうした御方であるというのに、それを退けるとは見た目どおりではないということだろう」

 

「おぅ、分かっておるやないか。ウチらのことは崇め奉った方がいいやよ~」

「だが、それが故にこそ理解に苦しむ。何故、本気を出さない?」

 

「はぁぁ? 普通に本気なんやが、お前がバケモンすぎて普通に震えあがっとるんやが」

「まさか、そんなことはあるまい。この程度で本気で? それこそ、笑えない冗談だ。この程度で我らが王を退けることなどできぬ。我らが王は戦を楽しんでも、格下に足元を掬われるような無様は決して起こさない。それで王を退けることが出来たのならばそれは実力だ、実力を以て乗り越えたという他ない。

 この程度が本気であるわけなどない。何故、手を抜く?敵手に対して、共に戦う者たちに対しての侮辱であるとは思わないのか?」

 

 スブタイは朔姫とキャスターをあえて非難する。彼女たちが自分たちの主に一杯食わせたほどの実力者であることを知っているからこそ理解が出来ないのだ。

 

 もしも、キャスター陣営が勝利の為に邁進しているのであれば、聖杯戦争の勢力図も大きく変わっていることだろう。

 

 レイジたち側の大きな問題はやはり戦力不足だ。如何に七星側陣営のうち、アサシン陣営が脱落したとしても、ライダー及びキャスター陣営という力ある陣営が残っている限り、決して楽な戦いが出来るわけではない。

 

 その上で味方側であえて戦力を温存しているような陣営がいるのだとすれば、自分たちを追いこんでいくばかりであることは明白だ。ならばこそスブタイは何故と問うのだ。聖杯戦争に参加しておきながら、聖杯戦争を勝ち抜くつもりがないのか。あるいはギリギリまで自分たちの実力を隠しているのか。

 

「最後に勝利者になるために力を隠しているのならばすでに破たんしている。我らが王に敗北を与えた時点でその危険性は十二分に認識されている。その行動自体が無意味であると知れ」

 

「ま、そりゃそうやろな。お前の言っていることは真っ当や、腹が立つくらいに正論かましているのは間違いないわ。それでもな、ウチらにはウチらなりの理由がある。言うまでもなく、そうせざるを得ないだけの理由がある。それを知らん顔で講釈垂れとるんやないわ、ウチらの内面見定めようなんざ舐めたことしてくれんなや!」

 

 スブタイの言葉を正しいと認めた上で朔姫は啖呵を切る。自分たちには自分たちなりの正義があるのだから、それを怖れる必要など全くない、そう言いたげな彼女の様子にスブタイは訝しむ様子を浮かべるが、それでも彼女たちの実力が一目置くほどのモノであることは間違いない。

 

 スブタイはあくまでも戦士である。策を弄するようなことはしない。徹底的に自分の力量を以て難局を打開する存在である。であればこそ、強さの真贋とうものも理解することができる。朔姫とキャスターは強い、紛れもなくハーンを破った実力は認めざるを得ず、ハッタリでこの場を乗り切ろうとしているわけでもないことは明白だ。

 

 ならば、間違いなく何かしらの目論みを以て行動していることは間違いない。信念のない存在に強さは宿らないとスブタイは思っている。それはこの世界の当たり前の真理なのだ。強いものはどうしたって強い。そして強いだけの理由を持っている。

 

「なるほど、貴殿たちのことを良く知りもせずに疑いの目を向けたことは謝罪をしよう。我が武は強き者を受け入れ、強き者に従う。この身は侵略王のモノであればこそ、我を屈服させられるのもまた武のみである。元より理由云々などというものをこの身で推しはかろうとしていること自体が間違いなのだ。戦いに徹するのであれば、戦いに徹する。それこそが正しき武人の務めであろう」

 

「ちっ、まったく一分も心の隙を生み出しやせんがな。少しは動揺でも何でもせぇや、やりづらくて敵わんわ。ま、そういうことや、桜子。いつまでも狸寝入りしている場合やないぞ!」

 

「狸寝入りって人聞きの悪いこと言わないでよ。こっちだって真面目に闘っているんだからね!」

 

「まったくです、とはいえ、舌戦だけであの武人を留めおくとは相変わらず流石というかなんというか」

 

 スブタイによって吹き飛ばされる形となっていた桜子とアステロパイオスが戦線に復帰する。これまでの言動も全ては時間稼ぎであったのか。何にしても、改めて攻守交代、元よりスブタイの相手をするのは桜子とランサーであると決まっている。

 

「七星のマスター、そしてランサーよ、力は示した。それでもなお、まだ我に立ち向かうか」

 

「当然!」

「言うまでもないことです。戦場で怖れを為して逃げ出すような愚かさは持ち合わせていません。貴方を倒し、ライダーの手勢を減らすことは我々の勝利に繋がる。貴方の強さを理解すればするほどに此処で倒しておくべきだという思いが強まるばかりです」

 

「言ってくれるな、そういう相手は嫌いではない。所詮この身は武人であればこそ!」

 

 今度はスブタイが先に動く。馬を駆り、蹄が大地を蹴れば、次の瞬間には桜子とランサーの目の前にまるでギロチンの刃が振り下ろされるかのように刃が向かってくる。ランサーは咄嗟に桜子を上空へと蹴り飛ばし、桜子は空中で七星流剣術を展開、そのままスブタイへと攻撃を放つ。

 

「七星流剣術、陰陽が崩し『光雨・千本桜』!!」

 

 まさしく桜子の口上をそのままなぞるように、光の雨が千の桜の花びらのように降り注ぐ。周辺一帯を制圧するために式神たちを使っての面的制圧攻撃、散華との戦いで見せた斬撃結界が個人を相手取るために使う者であるとすれば、本来こちらの千本桜は面的な制圧、大軍を相手取った戦いに使用するためのモノである。

 

 しかし、スブタイは個人的な技量が凄まじく高い、リゼが契約しているランサーと遜色ないほどの実力を持ち、武人としての戦闘力は間違いなく七星側でも最強クラスである。斬撃結界で動きを封じるにしても、その刃の気配だけで見切られる可能性は非常に高い。であれば数、圧倒的な物量を以て相手を制圧する方法で対処する方が成功可能性は高いと桜子は踏んで一斉に攻撃を仕掛ける。

 

 同時にランサーは桜子に対して一気に距離を詰めて至近距離での戦闘を彼に強制する。自分自身が傷つく可能性も十分にあるが、それよりもスブタイという存在に傷を与えることの方が重要だ。

 

 もしも、彼が侵略王と同時に出撃してきた時こそ、覚悟を決めて戦わなければならないことになる。各個撃破、ジュベを倒すことが出来たのも、セイバー陣営がクビライを撃退することが出来たのも、侵略王の軍勢がそれぞれ全員で掛かってきたわけではないからこその結果である。

 

「ぬっっ、凄まじい攻撃ではある。しかしっ……!」

 

スブタイは桜子より飛来する攻撃を回避することを諦めた。そして、自分に対して致命傷を与えかねない存在であるランサーだけに集中し、彼女の双槍を振う槍裁きを自身の矛で迎撃する。

 

「ぐぅぅ、ぬっっ、何の!」

 

 その間にも全身を桜子の魔術刃によって切り裂かれる。そこはアステロパイオスも変わらないが、朔姫によって加護が施されている彼女は桜子の攻撃によって傷つくと同時に回復する魔術が欠けられているため、実質的にはダメージを負うことはない。

 

 よって、その攻撃の渦中に追いやられるのはスブタイだけである。だけではあるのだが……、スブタイは気にかけない。自分の身体に刻み込まれるダメージを受け止めた上で、動きを鈍らせることもなく、ランサーが致命傷を与えようと放ってくる攻撃の悉くを受け止めて、逆に彼女の身体に矛による斬撃を加えていく。

 

「うぅ、ああああああ」

「我は王ほど好色じみている気はないが、なかなかそそる声を上げてくれる」

 

「くっ、バカにしないでください! 戦場に立った以上、男も女も関係ありません!」

 

「その通りだ、戦場に立った以上、男であろうが女であろうが命は奪われ、奪うもの。そもそも、非力な蹂躙されるだけの女に感じ取るものなど何もない。

我らの軍勢は侵略王と共にそうした者たちは幾度となく喰らってきた。貴殿たち四人、全員が我らが王にも、我にも及ばんとする強者である。であれば戦士として、一人の男として血が滾る。ランサー、女のみで戦場に出ているのであれば、これもまた道理であることくらいは貴殿も理解していよう」

 

「……、ええ、分かっていますよ。それが戦で敗北した女性たちがどのような扱いを受けるのかなど嫌というほど理解しています。それは私達がどう思おうとも、変わらない。貴方たちのやってきたことも聖杯より与えられた知識として理解しています。

 人々は貴方たちを非難するでしょう。ですが、戦場の中ではそんなことは当たり前のことです。どのように奪われるかの違いでしかない」

 

「そうだ、ならばこそ、先の我の言葉も理解できるだろう。舐めているのではない。強いと分かるからこそ、そそられるものもある」

 

「さっきからちょいちょい思っておったが、こいつ主人にそっくりやな。スラムでライダーと戦っていた時のことを思いだされて嫌になるわ」

「うん、迫力もプレッシャーも考え方もとっても似ているね。ミニライダーって感じだよ……」

 

「図体は全然ミニじゃないんやけどな!」

 

 朔姫とキャスターの漏らす言葉は端的にスブタイという存在を象徴しているともいえるかもしれない。侵略王とその思考も行動も言葉もとても似通っている。それは血も涙もなく敵を蹂躙する侵略者であり、敵を真正面から堂々と迎え撃つ戦士であり、そして戦場において味方に絶対的な安心感を与える英雄の器でもある。

 

 彼が歴史にその名を大きく刻むことが出来なかったことは侵略王の配下に収まってしまったからなだけかもしれないと思わせるほどには、スブタイという男は英霊として完成されている。

 

 桜子によって与えられた無数の斬撃傷でさえも、何ら頓着しない。どれだけ切り刻まれようとも勝利をする。その気迫が言葉には表さずとも、伝わってくるようであった。

 

(強いな、単純に強い。10年前の聖杯戦争の時にロイと契約していたセイバーと対峙している時みたい。あの時はまだ、自分の力量ってものを私自身も理解していなかったけれど、より修業を積んだ今だからこそわかる。この人は真っ当に強い。私だけで戦っても逆立ちしても勝てない。乗り越えてきた戦場の経験が違いすぎる……)

 

 まさしく純粋な強さだけを追い求め続けてきた英雄だ。その強さを求めた果てに彼は勝利を続け、そして英霊の座に収まるまでに至った。今回はライダーの配下としてのサーヴァントでの顕現であるが、スブタイという英霊は単純に自分自身だけでも召喚されることは可能なほどの格を持ち合わせていることは十分に理解することができる。

 

「我と王を似通っていると口にしたことは称賛と受け止めておこう。もっとも、大ハーンと我ではやはり格というものが違う。あれほどの多くの者から慕われ、敗北をしても尚、それを糧として何度も何度も這い上がり続けていく存在を我は知らない。我も我が姉も、ジュベ殿もクビライもそして、多くの兵士たちもすべてはあのお方の総てに心惹かれた。強さだけであれば、他にも称賛されて然るべきものはいるだろうが、それでもなお、我らが王をこそ、唯一無二であると信じているのだ」

 

 圧倒的な力を誇っているスブタイであるが、その心の中に宿っているのはやはり、ライダー:チンギス・ハーンへの絶対的な忠誠心なのだ。

 

 大モンゴル帝国がチンギス・ハーンの死後、分裂を続け、縮小を続けていくことになったのも、やはりチンギス・ハーンという大英雄のカリスマ性があればこそ、彼らは一つになれたということの証左であろう。

 

 スブタイには強さがある、下手をすればチンギス・ハーンに及ぶほどの武力がある。それでもやはり、彼がハーンの冠を奪うなどということを考えはしない。心酔するに十分すぎるほどの存在であると認めているのだから、何故、そのようなことをしなければならないのか。その鉄の如き絆こそが彼らにとって最も大きな強みであるのかもしれない。

 

 これほどまでの英霊たちを揃えておきながらもライダーによって統率された軍団、大陸全土にその覇を唱えたという話も彼らの姿を見ていれば納得せざるを得ないだろう。

 

「感心している場合じゃないんだけどね」

「そりゃそうや。あいつは味方じゃなくて敵やからな」

「相手にとって不足はありませんが、少しばかり不足が無さ過ぎますね」

 

 正面入り口の戦い、いまだ突破口を見いだせず、ライダー陣営の実質的な№2ともいえるスブタイを突破することができるかどうかはこれより先の戦いを考える上でも大きな意味を持っている。だが、それだけの意味を持つだけに困難を極める事もまた言うまでもない。戴冠式が続く最中で未だに戦いは続いていく。

 

・・・

「七星流剣術―――」

「七星流槍術―――」

 

 サーヴァントを置き去りにした状態での戦い、ターニャと灰狼の戦いは互いの七星の血を励起させながらのマスター同士の戦闘へと発展した。

 

 ターニャの技の冴えは以前のスラムでの戦いから、さらに増している。明らかに戦いに慣れ始めてきており、実践などほとんどしたことがない少女であったとは思えないほどに、星灰狼という七星の魔術師を相手に立ち回ることが出来ている。

 

「あらまぁ、凄いわね、前の時とは見違えている。男子三日あわざればって言葉があるけど、女もそうよねぇ。特に恋をした女は1日だって目を離せば変わってしまうもの」

 

「耳が痛い話だね、男はそう簡単に変わることはできないが……変わってくれてうれしいよ、ターニャ・ズヴィズダー。俺の思惑通りに、君は七星の魔術師として覚醒しようとしている」

 

「それは貴方にとって厄介な敵が増えるだけでしょう!」

「今日は随分と好戦的だね、レイジ・オブ・ダストがいなければ猫を被る必要もないということかな?」

 

「ええ、その通りよ。レイジには悪いと思っているけれど、これ以上、レイジを苦しませたくないの。だから、ここで私が貴方を倒す!」

 

「彼は君が人を殺めることを求めないだろう?」

「そうね、でも、私はもう殺めてしまってるの。だから、同じでしょ? 1人だろうが2人だろうが、一緒に背負っていくの!」

 

 レイジが復讐のために七星を殺め続けるのだとすれば、自分もまた彼と同じように誰かを殺めることになったとしても、最後まで一緒にいる。

 

 その想いをターニャははっきり吐露する。負けられないと思っているのはターニャも同じだ。灰狼はレイジが誰よりも狙っている七星であることは知っている。

 

 知っているが、これ以上、レイジが戦いの中で傷ついていく姿を見たくないという思いが、ターニャは強い。レイジはこれからも戦い続けるだろう。その魂が燃え尽きる瞬間まで火を燃やし続けることによって、彼は終焉の時まで決して止まることはない。

 

 けれど、だとしても、それを誰が望んでいるのだろうか。彼が駆け抜け続けるとして、彼が命を燃やしながら走りぬいていくことを誰が望んでいるのか。誰も望んでいない。そのように強迫観念のようにレイジが考えているだけに過ぎない。

 

「やはり、君は強いね。思いはせる相手に対して一途に自分自身を犠牲にすることになったとしても、戦うことを選ぶことができる。素晴らしい、やはり君こそが相応しい。心が引っ張られているのかどうかまでは分からないが、確実に君は器として、完成に近づきつつある!」

 

「器……?」

「不思議がることではないさ。我々七星と器という概念は決して遠い関係ではない。我々は常に七星の血に見初められた器だ。七星に相応しい存在であると認められれば力を与えられるが反面、無用と断じるのならば器としてその精神を奪われる。

 君はずっと、七星であることを拒絶してきた。力を使うようなことになれば、自分自身が全く異なる何かに変わってしまうのではないかという直接的な恐怖を覚えていたのだろう? 聡明だよ君は、自分自身という存在を良く理解している」

 

「私は、自分の中にある忌まわしい力を欲したわけじゃない。それでも、レイジを支えたいと思ったから――――」

「けれど、その力を使うことは楽しいだろう? 使えば使うほど、本当の自分に近づいていくようなそんな感覚を君も覚えているんじゃないのかな?」

 

「何を、まさか――――」

 

 ターニャは灰狼が何を言っているのか全く理解できない。この男は一体何を口にしているのだろうか、力を使うことが楽しい? そんなことはありえない。この力は自分が望んで使った訳ではなく、レイジを救うために……好きな人の力になるために……私が、私であるために使っているだけなのに。

 

 なのに、なのに、頭が重い、何か余計なモノが自分の中に入り込んでいる様に、自分の中で膨らんでいる何かが存在していることに気付く。

 

「な、何、何が起きているの……?」

「何故、俺が君を彼の下に向かわせることを許したと思う? 許しがたいことに俺では君を覚醒させることは出来なかった。君が君の殻を破るには君自身で、七星の力を使うことを望まなければならなかった。君は強情だったからね。俺が何を言ったとしても頑なに力を使うことを認めようとしなかった。

 だからこそ、力を使うことを求めるような環境に君を置いたのさ」

 

 ボトリと剣が堕ちる。膝をつき、肩で息を吐くターニャは自分の中に浮かんでいる余分な何かが存在していることをこの時に初めて感知した。

 

 本当はもっと早くから存在していたはずだ、違和感を覚えて然るべきだった。なのに、気付けなかった。まるで自分の自意識に決して気づかれない場所に隠れていたかのように、それは灰狼の言葉をトリガーとして目覚めたかのようだった。

 

「レイジ・オブ・ダストは俺の目論み通りに君を助け、君を大事にして、そして、君はそんな彼の為に戦う決意をしてくれた。おめでとう、総ては俺の目論み通りだ、これで俺の願う終着点への最後の欠片が出そろう。ここまで、くだらない聖杯戦争ごっこを続けてきた甲斐があった」

 

 灰狼にとって、此度の聖杯戦争は戦争の体すら成していなかった。セレニウム・シルバの戦いからずっと勝つ気になればいつでも勝つことができる状況であった。それを徹底的にあえて勝負を付けない方向に進ませていたのも全ては、ターニャの覚醒を待つためであった。自身が召喚し、主であると認めているライダーの戦争したがりすらも何とかコントロールしてここまで来ることが出来た。

 

 実に、実に長かった。ようやくその苦労が報われる時が来ようとしている。くだらない聖杯戦争ごっこはまもなく終わる。自分たちが勝利者となり、主と共に世界を席巻する。それは初代灰狼の願いではあり、ハーンとの誓いではあったが、彼らはもう一つ願いを抱き、子孫たちにその願いを受け継ぎ続けてきた。

 

「ようやくお前と添い遂げることができるな、桜華」

 

・・・

 

「来るべき時が来たか……」

「おい、セイバー。お前、何企んでいる?」

 

「企む? 異なことを聞くな。儂は最初から目的を告げておるぞ。総ては我らが神のため。儂は神の使徒、救世王という名で称えられたとしてもその本質は神の使徒であることに変わりはない。神の願いを叶えるために動く。それだけが儂の行動理由よ」

 

「ああ、そうかよ。なら、それはそれで構わねぇよ、理由に興味があるわけじゃねぇからな。どうして、嬢ちゃんを1人で行かせた、そこで邪魔をしている時点でテメェは何が起きるのかを分かっているんだろう」

「無論だ」

 

「それも神の思し召しってやつか? 契約しているマスターの危機を無視してまでも、神の願いを叶えることがテメェは大事かよ! とんだサーヴァントもいたものだな!」

 

「いや、お前を足止めしたのは儂の考えだ。マスターの事情は関係ない」

「何……?」

 

「総ては神の思うがままに。この聖杯戦争の中で最も警戒するべき相手は誰であるのか、真っ先に上げられるのは侵略王であろう。あれを野放しにすれば世界に覇を唱え総てを破壊する扈風となる。それを放逐するわけにはいかない。

 だが、もうひとり、我らが神の再誕を阻まんとする者がいる。世界の抑止力に呼ばれた者、我らが神の降誕を防がんとする者」

 

 神の降臨、それはどのような形で起こったとしても、世界そのものに多大な影響を与え、これまでの人類社会、あるいは文明にすらも影響を与えかねない。

 

 故にこそ世界はそのような大変革を求めない。それが人間にとっての救いであったとしても、世界がそれを拒絶するのであれば、世界は当然のように世界を元のままにするための力を発揮する。

 

「それがお前だ。世界の抑止力によって召喚された者、グランドの冠を与えられし英霊。

 アークなどとよくも名乗りを上げた者だ、ライダー、いいや、「ノア」よ」

「………へぇ、お見通しかい」

 

「ノアよ、我らが父祖よ。貴様は我らが神の降誕の懸念となりかねない。ならばこそ、他のサーヴァントは捨て置いてでも、貴様だけは倒さなければならないのだ」

 

 それこそが自分の目的であるとセイバーはここに宣言する。マスターよりも自分の願いよりも最優先にするべきは善神アフラ・マズダの願いであればこそ、彼はそれを実行するために行動する。

 

 セイバー陣営の変化、それはこの聖杯戦争に大きな波を打ち立てようとしている。

 

・・・

 

 そして、そんな変化の最中でなおも、目の前の相手に立ち向かい続ける少年、レイジ・オブ・ダストはその執念が実ったのか、少しずつではあるがヨハンの行動に身体が反応してくれている。むしろ、その反応は何か忘れていたものを思い出すような感覚であり、何かレイジの中で不思議な感覚を思い起こさせた。

 

 もっとも、その正体が何であるのかにわざわざレイジは思考を費やさない。考えるべきことは全てが終わってからで十分、今は決死の覚悟で戦うだけなのだから。

 

「鬱陶しい……」

 

 むしろ、その様子に苛立ちを覚えているのはヨハンである。先ほどまで自分が勝てる空気であったはずなのに、泥臭く、しぶとくレイジはギリギリのところで踏ん張ってくる。それがどうしても許せないし、苛立ちを覚えてしまう。

 

(あぁ、まったく……本当にコイツは、何度も何度も、苛立たせてくれる。そうだ、お前はいつもそうだった。いつも俺の前に立ち塞がる。いつだってお前は俺の人生の中で障害として存在し続けてきた)

 

 レイジがそれを覚えているのかどうかはヨハンも知らない。レイジ自身に覚えているような素振りはないが、そもそも、以前に出会った時からあまりにも時間が経過してしまっている。忘れていたとしても不思議な話しではないだろう。

 

 そう、自分たちは出会っている。彼が忘れて、自分だけは忘れていない記憶、もう何年も前になるのかわからないあの日の記憶が、ヨハンの中にだけは未だに刻み込まれているのだ。

 

 あの日見た空、茜色の空を、今でも彼は覚えている。あの日から総ては始まった。

 

 レイジとリゼと、そして自分、総てはあのスラムから始まったのだ。

 

 そう、これは彼だけが記憶していること、リゼもまたすべてを知らない出来事、

 

 そして、ヨハン・N・シュテルンが背負った罪の記憶に他ならない。

 

第15話「嘘」――――了

 

 ――どこかで途切れた物語、離れたとしても、僕らは再び出会い、物語は続いていく。

 

次回―――第16話「三原色」

 




次回の更新ですが、予定が立て込んでいるため、1週間後の24日(月)とさせてください。次回16話は全編過去編となります!


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第16話「三原色」①

 燃え盛る家、奪われていった家族、あの日の俺はどうしようもなくどん底で、もうこれ以上落ちるところはないと思うほどにどん底に堕ちていた。

 

 住む場所を失い、愛されていたと言えるほどの関係になかったとはいえ家族を失い、そして自分の喉元に刃が突きつけられているに等しい状況、スラム掃討の為に王国軍が放った軍勢は自分たちの住んでいる世界を一瞬にして滅ぼしていく。

 

 王国軍たちの一方的な虐殺、だとしてもそれを呼び寄せたのは王国に対してずっと批判的であり、反乱の萌芽を残し続けてきたスラム側であると言えよう。

 

 自業自得で滅ぼされようとしている自分たちの境遇について文句は言えない。家族たちであれば王国がすべて悪いと責任転嫁をしたかもしれない。彼らはそう言い続けることに酔って生きながらえてきた人たちだから。

 

 でも、それではだめだ。直接的な暴力を前にしてどれだけ恨み言を口にしたところで引き金を弾く手を止めることはできない。無慈悲な凶弾を止めるためにはこちらもまた力を示さなければならない。

 

 思考は自分でも驚くほどのクリアだった。様々なことが起こりすぎてしまって、自分自身、感覚がマヒしているのかもしれない。であれば都合が良かった。自分自身を取り戻すよりも早くやるべきことを果たしてしまわなければ……ある種の強迫観念に苛まれた俺に選択の余地などなく、俺は徐々に徐々に連中の本丸へと近づいていく。

 

 予感があった、自分の身体が教えてくれた。絶対に上手くいく方法を、自分の中の血が今何をするべきなのかを教えてくれる。

 

 総てを教えてくれる天の声のようにその血に従って行動し、俺は自分でも初めて自覚することになった。自分には闘うことへの、才覚が一定以上に存在していることを。

 

 すり抜け、時に早々に無力化し、俺は着実に近づいていく。逆転するための一手を打つために。

 

「リーゼリット様、あまり前に出過ぎないでください。危険です!」

 

「あはは、危険? 危険とはどういうことかしら? 誰が出てこようともあなたたちが全て片付けてくれるじゃない! だったら、危険なんてどこにも存在しないわ。今の私は指先1つで、ううん、声1つでこのスラムの人間たちの生殺与奪を握っているの。こんなに素晴らしいことが他にある? 私は今やこのスラムの中で誰よりも上に立っているわ!」

 

 見つけた、誰に教えてもらわなくても分かる。ひときわ目立つ銀髪、周囲の連中が明らかに一目置いている様子、名前も知らないが、あいつが王国軍を指揮している女だ。

 

「セルバンテス、貴方の役割は何ですか? ここで私に説教を口にすることですか? 違いますよね、あなたたちの役割はこのスラムの人間たちを1人でも多く葬ることです。王国に、我々王族に逆らう者たちに自分たちの立場を理解させることこそが仕事でしょう?」

「ええ……その通りです」

 

「では、さっさと、兵を率いて、スラムの連中を探しなさい。彼らは既に散り散りとなっていて、ここまで近づいてくることはありません。であればこちらから出向くしかないでしょう。ふふ、スラムにいる限り、何処へ行こうと無駄であることを思い知らせてやりなさい、このリーゼリットに逆らったことを思い知らせてやるのです!」

 

 兵士どもは銀髪の女の命令に従って、その場を離れていく。千載一遇のチャンスであった。周囲に兵士たちはおらず、そして大将である女はたった一人である。護衛はいるのか? いない、本当に勝った気でいる女は自分の護衛すらもつけていない。

 

 思考は一瞬にして自分がやるべき選択を見出してくれた。すなわち、決行、ここから逆転するためには大将首を狙うしかない。その後はどうするのかなんてことを考えていなかった。所詮はガキの浅知恵で先のことなんて何も考えていない。

 

 それがこの時ばかりは幸いした。先のことなんて考えていたら、この時の俺は行動を起こす事なんてできなかったはずだから。

 

 襲撃は何て言う事もなくあっさりと成功してしまった。周りに兵士すら連れていない愚かな指揮官である女に対して奇襲を仕掛けた俺は女と僅かな時間に戦うもあっさりと圧倒した。

 

 もう後がない、これ以上追い込まれれば後は死ぬだけである。そう自分自身で想いこんだ瞬間に、自分自身の身体に流れる血が沸騰するように熱くなり、自分自身でも信じられないほどの力が発揮された。

 

 追い詰められた時だけに発動する生き残ることに特化した戦闘力、後に自分の闘うスタイルとして確立される七星の魔力は、この日に初めて俺の身体の中に宿っていったのだった。自分が七星の血を受け継ぐ存在であることなど、実感として覚えてもいなかった俺にとって、当時は本当に無我夢中になってやったというのが正直な感想だった。流されるままに戦い、流されるままに動き回り、そして、大将である女を襲撃して、あろうことか成功してしまった。

 

 殺すべきであろうと思った。この女一人を殺したところで何かが変わるわけでもない。むしろ、報復のために本当の意味でこのスラムは総てが火の海に晒されるかもしれない。だが、他に方法を知っているほど聡明な頭脳があるわけでもない。所詮は発作的に始めた行為がたまたま運よく成功してしまっただけなのだから。

 

「…………」

 

 けれど、ああ、けれど、俺はそこで致命的な失敗をしてしまった。俺の襲撃によって意識を失い倒れ込んでいる彼女、先ほどまで自分こそが正義であり、俺達の命を握っているのだと当たり前のように口にしていた彼女は意識を奪われたことによって、その醜悪な態度が霧散していた。本来の彼女へと戻ったと言ってもいいのかもしれない。

 

 その意識を失って瞼を閉じた彼女は――――綺麗だった。美しかった。俺は自分が倒した相手に見惚れてしまったのだ。

 

 命を奪うべきであると自分の中の七星の血が囁いている。ここでコイツを生かせば必ず大きなしっぺ返しを喰らうことになる。戦いとはえてしてそういうものなのだから、

 

 サッサと命を奪うべきなのだと。俺だってそう思う。それは至極正しいことだ。情けを見せれば今度は自分が命を奪われる。両親だって、他の連中だってそうだった。本当にそんなことをするはずがないという油断によって命を奪われたのだ。だったら、どうして自分だけその輪から外れることができると考えるのか。そんなことはありえない。

 

 理屈の上ではそうであったとしても感情的な面から結局俺には彼女を殺すという選択を取ることは出来なかった。何せ、一目ぼれをしてしまったに等しいのだ。だから、殺せずに、殺せば兵士たちが暴走すると自分に言い聞かせて彼女を連れ去った。人質にすれば幾らでも利用価値はあるだろうと自分に言い聞かせて、俺はスラムの中に彼女を連れ去っていった。

 

 ただ、この時の俺は知らなかった。この選択が俺にとって数奇な運命を生み出す始まりとなっていたことを。もしもこの時に別の選択をしていれば自分の人生は全く違う方向へと進んでいたであろうことを、この瞬間の俺は全く考えてもいなかった。

 

 それが始まり、ヨハン・N・シュテルンとリーゼリット・N・エトワールの初めての出会いだったのだ。

 

・・・

 

「くっ、自分たちが何をやっているのか、分かっているの!? 私にこんなことをして、兵士たちに見つかってみなさい、お前たちは全員、斬首よ!」

 

「はッ、どうせ、何もしなくたってお前らは俺達を全員皆殺しにするつもりだっただろ!」

「そうだぜ、どうせ、殺されるんなら、解放する必要なんてないよな」

「無様だな皇女様ぁ、悔しかったらご自慢の王家の血で俺達を皆殺しにして見せろよ」

 

 スラムの奥地、兵士たちですらも簡単には辿りつかない、スラムの人間たちだけが知っている秘密の拠点にスラム掃討のために派遣されたリーゼリットは捕らえられていた。

 

 兵士たちは血眼になってリゼを探しているが、スラムの人間たちにとっても、リゼという存在は貴重なカードだ。彼女をどのように扱うかによって、自分たちの命運が変わる。リゼが求めるような解放など絶対にするはずがないことは誰にとっても明らかだった。

 

「それにしても、さすがは忌み血の子供だな。俺らじゃ近づくこともできなかった皇女様の下にまで近づいて連れてきちまうなんてよ」

 

「お前の両親も残念だったよな、息子がこんなことができるんだったら、ここで英雄扱いだったってのに。ずっとこいつらに復讐するために生きて来たってのに、直前で死んでしまうなんて、無念だっただろうな」

 

「息子がその恨みを晴らしてくれたんだ、あいつらだって満足だろうさ」

 

「忌み血……?」

「なんだよ、皇女様、あんた、まさかスラムのこと、何にも知らないのか?」

 

「どういうこと……?」

「ここはな、この王都の中で生きて行けなくなった連中を追いやるためのゴミ捨て場だ。光の差している所じゃ生きて行けなくなった連中がここに流れてくる。それはあんたたち王族だって変わらない」

 

「俺達は忌み血って呼んでるがな、昔から王族同士の権力争いに負けた連中はこのスラムに流されてくるんだよ。王族であることをはく奪されて、そしてこのスラムから出ることすら許されない。ただし、ここでなら生きていくことを許される」

 

「あんたら王族がちょくちょくスラムに攻撃を仕掛けるのは忌み血の連中をここぞとばかりに殺すためだって聞いたぜ? 酷いもんだよな、今回もそういう目的だったから、こいつの家族も殺されちまったんだろうさ」

 

「待って、私、そんな話知らない……! 私は只、お父様に言われただけで」

「ならよかったじゃねぇか、皇女様もいい社会勉強になったな。あんたら王族がやっている汚い一面を見れて勉強になったろ」

「最もその勉強が役に立つかはわからないけどな。皇女様はもうここから無事に出れるかもわからないしよ」

 

「んで、こいつどうする? コイツを人質に撤退を促しても、どうせすぐに次の軍が来る。だったら、いっそ、殺しちまった方がよくないか?」

「ひっ……」

 

 スラムの男たちの何気ない一言に思わずリゼは悲鳴を上げてしまう。自分の命が危険に晒される、先ほどまでの自分の思うがままに相手を蹂躙できる状況からは考えられないほど、あっさりとリゼは命を狙われる側になってしまったのだ。

 

「殺すんだったら、その前に楽しんじまおうぜ。まだガキだけどよ、女なんだから、入れる穴はあるんだろ?」

「コイツの指揮で俺らも何人も殺されたんだからな、憂さ晴らしくらいしてやらねーとな」

「選ばせてやれよ、身体喪うのと女に生まれたのを後悔するの、どっちがいいかってな」

 

 獣のような視線で彼らはリゼを見る。その言葉の意味はまだ幼いリゼにとって、わかる話もあればわからない話もあった。ただ、彼らが自分を害しようとしていることだけは嫌が王にも理解することができた。

 

(それは当然だよね、私はこの人たちの仲間を殺すように指示をしてきた。その私が、私だけ無事なままでおいてもらえるなんてそれこそ都合のいいことを考えているんだから)

 

 生殺与奪の権利を今のリゼはスラムの人間たちに握られている。先ほどまで指揮をしていた時とはまさしく立場が逆転してしまったと言っても過言ではない。

 

 冷や水を浴びせられたように、先ほどまでの高揚した気分が抜け落ちてしまったリゼは、自分の命あるいは身体がいつ彼らによって害されるのかもわからない中で、反応には出さないようにしつつも怖いという感情が渦巻いていた。

 

「やめろ、そいつはせっかくの大将なんだ。傷つけて、価値を下げるような必要もないだろ」

 

「おいおい、忌み血の坊主、お前本気で言ってるのかよ、こんだけの上玉だぞ!」

「そうだぜ、俺らだって馬鹿じゃねぇ。お前さんがいなけりゃ、こうすることはできなかったんだから、一番は譲ったっていいんだぞ?」

 

 リゼに手を出すことに待ったをかけたのは意外なことに、リゼをここへと連れ去った赤髪の少年だった。彼は喧騒から少しばかり距離を離して、彼らを牽制するように告げた。

 

「傷つけるってのなら、それこそ兵士たちが来たところでいいはずだろ。その方が連中にとっても見せしめになる。その女は、俺たちの家族を、仲間を殺したんだ。簡単になんて殺すようなことをしたらつまらないだろう」

 

 赤髪の少年の言葉に、男たちは呆気に取られてそれからすぐに大笑いを始めた。

 

「ふははははははは、確かに確かにその通りだぜ。俺らだけで楽しむなんてそれこそ面白くねぇ」

 

「あいつらに自分たちの目の前で皇女様が傷つけられる姿を見せるってのは粋なもんだぜ。復讐ってのはそうでなくちゃいけねぇ!受けた痛みは億倍返しってな!」

 

「俺らは被害者なんだからな、堂々としていればいい!」

 

 先ほどまで、殺気すらも滲ませていたのが嘘のように彼らは笑みを浮かべていた。その様子がリゼには底知れない恐ろしさを覚えさせた。

 

 人の悪意には終わりがない。リゼはあくまでも、七星の血に導かれるままに、皇女としての役割を果たすために戦ったに過ぎない。そもそも、彼らは自分たちが被害者であるような物言いをしているが、実際には反抗的な態度を取り、さまざまな被害を生み出していたのは彼らだ。王都の住民たちがスラムの荒くれ者たちに襲撃を受けたという話が聞こえてきたのは一度や二度の話ではない。

 

 そうした事実があったとしても、彼らの視点はあくまでも被害者なのだ。こんな場所にいる自分たちが被害者でないはずがない。王族たちは自分たちに常に苦しみを与えてくる。だから、自分たちは復讐をしてもいい。彼らの基本的な理念はそこに存在しており、加えてこのスラムでの戦いが輪をかけてヒートアップするための余韻を作り出している。

 

(私が何を言っても無駄、彼らにとっては、私なんていつ殺すかどうかの違いでしかないのだから)

 

 リゼもある種の諦めを覚えた。捕まってしまった自分がまずは悪い、その上で兵士たちが助けてくれる可能性を信じるほかない。もしも、助けが来なかったとすればその時は……自分のやったことを命をもって償うしかないのだろう。

 

 ほどなくして、スラムの長い一日に夜が来た。男たちはリゼを捕まえることができたことによって、自分たちの喉元に刃が突きつけられている事実を忘れて、騒ぎ倒し、そして眠りを迎えた。

 

 傍にはスラムの住民であろう少年がリゼの見張り役として佇んでいる。

 

「眠らないのか?」

「さすがに、この状況で寝られるほど神経図太くないんですけど」

「そうか、それは災難だったな」

 

 あっけらかんと少年はリゼの軽口に軽口で付き合う。他のスラムの住人たちであれば、リゼに怒りを向けるか、あるいは蔑むような言葉を口にしただろうが、その少年は様子が違った。

 

「あんたさ、なんで、あんなことをした?」

「このスラムの人たちの命を奪ったこと?」

 

「ここの連中はお世辞にもいい連中であるとは言えない。どいつもこいつも自分たちの境遇を恨むばかりで、自分たちが這い上がろうという気持ちを持てない。そう思う土壌すらもあんたたちに奪われたのかもしれないけれど、俺には何が正しいのかわからない」

 

 少年は思ったよりも多弁だった。その上でリゼに対して明確な敵意を向けていない。

 

「ただ、なんとなくだけど、あんたが大人たちに聞かされていたような悪意だけで俺たちに接してくる相手じゃないことだけはなんとなくわかる。あんたはむしろ、後悔しているようにも」

 

「そうだね、後悔はしているかもしれない。私はお父様に命令されて、それが正しいんだって思考停止をして、スラムへの攻撃を行った。私は皇女として王宮の外のことなんて碌に知らない。今回のことだって、相手がいるんだってちゃんと判断――――」

 

 リゼが思わず感情を吐露しようとした時に少年の指先がリゼの口元に触れる。

 

「騒いだら、連中が起きる。いいか、今から拘束を解く。音を立てずにこの場を離れるぞ」

「どうして……?」

「知らない。だが、お前を捕らえてバカ騒ぎをしている連中に嫌気がさした、それだけだ。単純に気紛れだよ」

 

 少年は着こんでいる服のポケットからナイフを取り出すと、リゼを縛っている縄を切り、彼女を解放する。あっさりと解放することが出来たのは良くも悪くもリゼを解放することができる存在が表れるなどということはないだろうとスラムの人間たちが高を括っていたからだ。まさか、身内からリゼを解放しようとする者が出てくるなどとは考えていない。

 

 リゼ自身でさえも奇妙というか、いまだに理由を理解することが出来なかった。どうして、自分は解放されたのか、実は彼が何かを企んでいて自分はどこかに連れ去られてしまうのではないか。そんな当たり前の疑念を抱きつつも、スラムの道を把握しているわけではないリゼは結局の所、彼についていくほかない。

 

 生殺与奪を握られていることの恐ろしさを今更担って実感するが、今更とやかく言った所で何も始まらない。

 

「ねぇ……、君は私のことを恨んでいないの?」

「俺はアンタを恨む理由がない」

 

「私はこのスラムを攻撃して多くの人の命を奪う原因を作ったわ」

「ああ、そうだな」

 

「君たちのことを理解しようともしていなかったわ」

「ああ、そうだな」

 

「じゃあ、どうして!?」

「アンタを恨めば、アンタを憎めば――――俺の生活は、俺の日常は変わるのか?」

 

 リゼが拘束されていた場所からしばらく離れた場所で駆けだしている時に、リゼは堪らず彼に問いかけてしまった。どうして自分を恨んでいないのかと。恨まれたいわけではなく、彼の真意を知りたかった。そんなリゼの本心をうっすらと滲ませた問いに少年はリゼが今浮かべている疑念とは少しばかり異なるベクトルでの回答を口にする。

 

 リゼを恨めば、総てが解決するのか。そうした根本的な問いへの言葉であった。

 

「ここの大人たちはどいつもこいつもそうやって言ってくる。王族が悪い、王族を倒せばすべてが解決する。俺たちには王族を憎むだけの権利があるとかなんとか。耳が痛くなるほどに聞かされてきた言葉ばかりだ。そんな大人たちの言葉が疑問だった。

 だってそうだろ、王族を憎んでそれで自分たちの総てが解決するのなら、何も考えずに動けばいい。自分たちが正当なんだと声高に主張すればいい。それなのに、連中はそれをしない。ただ不満を誰かにぶつけているだけだ」

 

 スラムの人間たちが王族を恨むのは当たり前だと思っていた。そういう関係性が自分たちの間には築かれている。何十年、何百年とこのルプス・コローナの中で王族がスラムの人間に行ってきた仕打ちがそうした風土を醸成してきている。

 

 リゼはスラムの人間に日ごろから何かをしてきたわけではない。けれど、自分が恨まれてしかるべきだという認識だけは持ち合わせていた。だからこそ、恨まれて当然であるという風に察していたが、少年からすれば、そのようにリゼが考えること自体が間違っていると言いたい。

 

「あんたへの連中の態度で確信したよ。結局こいつらはアンタのことを本気で恨んでいたわけじゃないんだってな。怒りの向ける先を作ることで自分たちが正しいんだって思いたかっただけ。アンタを恨むことで一致団結したいだけなんだって。本気で憎んでいるのなら、余計なことなんてしないだろ。捕まえたら時点で殺している。それをしない時点で、あいつらの憎しみは的外れなんだよ」

 

「た、助けてもらっておいてこんなことを言うのもなんだけど、随分と凄いことを言うんだね、き、君、何歳?」

「13歳、あんたと大して変わらない筈だけど」

 

「ちょっと待って! 私より年下!」

「そうか」

 

「そうかじゃない! 人生の先輩なんだから敬語くらいつけなさいよ!」

「ふっ……」

 

「何笑っているのよ!」

「いや、さっきまでの不安そうだったと気とは大違いだと思っただけだ。兵士たちを率いている時のアンタとも違う。それがアンタの素ってことか?」

 

「………むぅ、君、結構性格悪いね」

「そうか?」

 

「そうだよ、こっちのペースをかき乱してばっかりで、そのくせ言葉とは裏腹に態度では、しっかりと助けてくれて。そういうの卑怯だと思う」

「おい、ちょっと待て。卑怯ってのは聞き捨てならないな。あいつらよりも遥かに正々堂々としているつもりなんだが」

 

「そういう卑怯じゃないってば……、ああもういいよ。君も君でそれが素みたいだし。助けてくれてありがとう。まだ助けてくれたことに感謝の言葉癒えていなかったから」

「ああ……」

 

 少年は結局、リゼが何を言いたいのか理解できなかった。女心は難しいとさえ考えるほど、少年は人生経験を積んでいたわけではないし、リゼがこの時に少年に対してどんな気持ちを抱いていたのかもしっかりと理解できていたわけではなかった。

 

 あくまでも、彼は彼なりの道理を以て彼女を救ったに過ぎない。同情であるとか、リゼにほれ込んだとかそういう話ではなく、あくまでも自分の中に宿っている正義に基づいて救った。だからこそ、それ以上に何かを考える意味はなかった。

 

「君は、生まれた時からスラムにいるの?」

「………ああ、俺もアイツらの言っている忌み血ってやつだ」

 

「えっ……?」

「大して自覚はないけどな、周りの大人はそういう風に言っている。俺を産んだ家族は産んですぐにいなくなってしまった。それからは周りの連中に助けられて何とか生きている。アンタを助けてしまったから、今後は同じように生きるのは難しいかもしれないけどな」

 

 忌み血、先ほどのスラムの大人たちが口にしていることでリゼも初めて知らされた。このスラムという場所が、七星の血族の権力闘争に敗北した者たちを流している場所であるなんて。確かにリゼは不思議に思ったことがある。自分たち以外の王族はこの国のどこに存在しているのかと。父も母も多くを語ろうとすることはなかった。

 

 いつか、リゼにも分かる時が来る。そのようなはぐらかし方をされるばかりでその疑問がここに行き着くなどと考えてもいなかった。

 

 そして、それが事実なら目の前の彼にも、自分と同じ七星の血が流れている。親族なのか、或いは全く違う血筋の七星なのか。わからないが、運命の出会いというものがえてして存在していることをリゼは強く自覚させられる。

 

 自分を捕らえた相手も七星であったのに、自分を救ってくれた相手も七星だった。何とも奇妙な運命の悪戯という他ない。自分の人生はやはり七星という存在によって突き動かされているのだと否応なしに自覚せざるを得ない。

 

「おい、ふざけんな、お前、こんな時に何をして――――」

「うるせぇ、今なら、何をしたって王国軍のせいに出来るんだ。ほら、さっさとあるものだせよ、知ってるんだぜ、お前が溜めこんでいることは!」

 

 少年とリゼが人通りの少ない裏道を歩いている時に、その路地から悲鳴のような声が聞こえた。少年は一瞬だけ視線を、騒ぎがする方へ向けると、すぐに足を進める。

 

 そんな少年の淡白な様子にリゼはギョッとして、すぐに少年の後ろへと向かう。

 

「た、助けなくていいの?」

「あんなもんは日常茶飯事だ。ここは奪って奪われる、そんな世界だ」

 

「だ、だけど、私達がスラムに攻撃を仕掛けたからなったのだったら―――」

「別にアンタたちが仕掛けてこなかったとしても、あの男は他の誰かを襲っていたさ。あっちの奴だってそうだ、誰かを騙して陥れなきゃここで蓄えることなんてできない。言い訳にしているだけさ。悲劇を自分の都合のいい喜劇に変えたいだけ。ここの連中にはそういう奴らが多い。ああいう連中はアンタたちを倒したところで何も変わらない」

 

 少年がどうして、リゼに対して敵意をむき出しにしていないのか、ほんの少しではあるが、リゼにはその理由が分かったように思えた。この少年はあんな光景を何度も何度も見てきたのだろう。見るたびに心を痛めて、そして、どうすれば解決するのかを子供心に考えている。

 

 その結果が王族を憎んでも何も変わらない、という結論だったのかもしれない。このスラムの中にいながら、彼は精神的に醸成している。それだけ彼はリゼとは違い、残酷な世界の中で生きて来たということなのかもしれないが。

 

「あんた、このスラムの中で生活したら、数日で死んでそうだな。王宮での暮らしってのは随分と甘っちょろいものなんだな」

「うっ……」

「王族ってのが甘いことしか考えていないから、俺達は救われない。あんたと会話をしているとそういう風にも思えてくるよ」

 

 リゼにとっては痛い所を突かれたとしか言えない。世間知らずで七星の運命が何を引き起こすのかも知らずに、結果としてこんなスラムの中で逃避行のようなことをしている。そんな自分の境遇を呪わずにはいられないけれど……、

 

「でも、私が思っているよりも世界が残酷だとしても、残酷だから同じようにしていいと考えていたら、世界は変えられないんじゃないかな。君がこのスラムの中で当たり前だと思っていることに疑問を想ったように、私も私の知らない世界があるからそうならなくちゃいけないと考えるんだったら、同じようになってしまうだけなんじゃないかなって」

 

 自分は七星の後継者だから、七星の生き方をしなければならない。そう言われて、スラムでの戦いに思考停止のように入り、そして今がある。リゼは純粋に後悔をしている。

 

(自分の行動が何を齎すのかを何も考えずに行動した。その結果として、今の私があるのなら、私は目の前の光景をありのままに受け入れるんじゃなくて、私が何をしなければいけないのかを考えるべきなんじゃないかな……)

 

「世界は残酷だったとしても、その残酷さを受け入れたら、花を咲かせることはできない。何を言っているんだって思われるかもしれないけれど」

「……そうだな、そうかもしれない」

 

 リゼの纏まっていない言葉を聞きながら、少年はそれを茶化すこともなく、リゼの言葉を受け入れて頷いた。

 

「確かにアンタの言う通りだ。俺がどれだけ必死になったところで世界は変わらない。いいや、俺だけじゃない。ここの連中がどれだけ必死になったところで変わることはないだろうさ」

 

 少年は自分でそういうと、どこか納得したような表情を浮かべた。自分たちだけで世界を変えることができないことを彼は、痛感している。

 

 このスラムの中は掃きだめで、それでいてどうしようもないくらいに傷つけあうことが当たり前になっている。それを変えたいと思ったとしても、彼らだけではだめなのだ。根本が変わらないと、セプテムという国自体が変わらなければ、この地獄から這い上がることができない。

 

「おい、どこにいった!」

「あのガキ、舐めた真似しやがって!」

「忌み血のあいつがせっかく連れてきた皇女を連れ出しやがって、王国の奴らに見つかる前になんとしても、見つけ出せ!!」

 

「ちっ、走るぞ!」

「って、ええっ!?」

 

 少年はおもむろにリゼの手を掴むと路地裏を駆け出す。夜の闇の中であるというのに少年の足は軽やかで、本来必死に逃げ出さなければいけないリゼの方が足取りが重いように思えるくらいだった。

 

 今日だけでも突然の出来事が何度も何度も起こっていて、リゼ自身パニックになっている。これまで王宮の中で花よ蝶よと育てられてきたリゼからすれば、こんな夜の闇の中で必死に逃げるなんて経験をすること自体が稀すぎて冒険のような気持ちさえ生まれている。

 

 不思議なことだ、見つかって捕まれば今度こそ、足を奪われるくらいのことは覚悟しなければいけないのに、見ず知らずの少年に掴まれた手が熱くなって、心臓がドキドキする。

 

「ね、ねぇ、待って。本当にいいの!? 今だったらまだ間に合う。私が逃げ出そうとしているときに脅されて一緒に連れてこられてしまったでもなんでも言い訳なんてできるはずでしょ! だったら、私を置いて行って」

「うるさい、いまさらグダグダいうな。俺はお前を解放した。だったら、最後まで面倒見なけりゃやったことが嘘になってしまう」

 

「そんなことで――――」

「それだけじゃないさ。あんたが言った言葉で理解したよ。俺はこんなどうしようもない世界から抜け出したい。顔も見えない誰かを恨んで、変わることの無い日々を受け入れるだけの、無欲な馬鹿で終わりたくなんてないんだ。それには俺だけの力じゃ足りない。

 この国を、世界を変える奴が、あんたが必要だ」

 

 少年は駆け出しながら彼女に告げる。彼女でなければできないことがある。彼女だからこそできることがある。

 

「俺はアンタを必ず王国の連中の下に連れていく。だから、約束してくれ。あんたが、この世界を変えるんだって。こんな地獄にだって花は咲くんだってことをあんたが証明して見せてくれ!」

「―――――――」

 

 思わずリゼは目を見開いた。この何もない闇の中で、どんな奈落の底に堕ちていくかもわからない状況、少しでも足を止めれば、彼らの手にかかってしまうかもしれない状況であるというのに、その言葉にリゼの視界は彩が浮かんだように思えた。

 

 相も変わらず、周囲は敵ばかりで、たった一人しか味方がいないというのに、どうしてか、何の根拠もないその言葉が今はとてもたくましく、自分を鼓舞してくれるようだった。

 

 喧噪が聞こえてくる、騒ぎ立て得る声が徐々に近づいてくるのを感じ取りながら、それでも、たった二人の逃避行を続けていく。

 

「本当に、逃げることなんてできるのかな? あんなに大勢の人に追いかけられて、王国のみんなと合流できるかもわからないのに」

「さてな、本当に上手くいくかどうかなんて俺にもわからない。わからないが……」

 

 言葉を切って、その上で少年は振り返り、微笑を浮かべて、

 

「大丈夫だよ、きっと上手くいく。俺があんたを導いてやる」

 

 その言葉と姿はこれより先もリゼの記憶の中に深く刻み込まれていく。この日の夜を象徴する言葉、リーゼリット・N・エトワールにとって運命の夜ともいえる出来事だった。

 

・・・

 

「ふざけるなよ……」

 

 ポツリと怒りの声が漏れる。先に見つけた獲物を後から奪い取られた時のような喪失感と怒り、何よりも自分以外の存在が彼女を連れ回しているという事実が何よりもヨハンの心を苛立たせている。

 

「あの忌み血のガキだ、あんな奴どうしてここに置いておいたんだ」

「そりゃ、忌み血の奴なら少しは戦力になると思ったからだろ、当てが外れたぜ」

 

「だが、何だって皇女様を連れ出したんだ?」

「1人で楽しむために決まっているぜ、抜け駆けしたんだよ!」

 

 大人たちは好き勝手に口にしているが、抜け駆けをしたいのであればもっと他の方法がある。誰がこのようなスラムの人間たちからも恨まれるような行動を短絡的な発想であったとしてもとるのか。

 

「まさか、逃がしたのか……?」

 

 ヨハンもあの少年とはほとんど言葉を交したことがない。スラムは広い、ここにいる人間たちの共通認識は王族を、王国を憎んでいることくらいで、誰も彼もを知っていると言えるほどの関係性を築いているわけではない。ヨハンは彼の名前すらも知らないのだ。ただ、忌み血同士であるということを知っているくらい。昨日今日で忌み血に目覚めたヨハンからすれば、彼がどんな力を持っているのかもわからないのだ。

 

「どこまで逃げようとしているのかは知らないが、バカな奴だ。そんなことをしても意味がない。むしろ、スラムの連中から逃げ回ることなど出来るはずがない。ここには王国軍も……いや、まさか、王国軍に彼女を引き渡そうとしているのか……?」

 

 だとしたら、マズい。王国軍がリゼを見つけ出すことが出来ないのはひとえに、スラムの奥深くで彼女を捕らえていたからだ、もしも、その彼女の居場所が王国軍の下に近づけば、彼女はあっさりと保護される。奇襲は二度も通じない。ヨハンが成立させた快挙はあっさりと何の意味もない皮算用で終わることだろう。

 

「ダメだ、それだけは許せない」

 

 自分の功績に泥を塗られることは許せない。加えて、ヨハンはリゼを手放したくはなかった。そのために大人たちがリゼに危害を加えようとしていることさえも警告した。

 

 なのに、だというのに、どうして、それを横からかっさらおうとする者がいるのか。そんなことを許せるわけがないだろう。

 

「彼女をお前の好きにはさせない」

 

 ヨハンも動き出す。彼がリゼを王国軍へと引き渡す前に、スラムの連中が彼女を捕らえる前に自分が彼女を奪うために、口に出せなかった好意を歪んだ行動でしか示すことができないそんな自分に苛立ちながらも、その時の彼にはそんな方法しか考え至ることは出来なかったのだ。

 




今回は総て過去編となります。作中でも謎だったことに少しだけ答えが明かされます。

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第16話「三原色」②

更新が遅くなってしまって申し訳ありませんでした!


 スラム掃討戦の中で、ヨハン・N・シュテルンの決死の奇襲によって、兵を近くに置いていなかったリーゼリット・N・エトワールはスラムの人間たちに連れらされる憂き目にあってしまった。

 

 スラムの人間たちによるリゼをどのように扱うのかについて、議論が交わされる中で、ヨハンと同じく忌み血―――このスラムへと放り込まれた七星の血を引いている少年によって、リゼは助けだされる。

 

 少年は口にした、リゼを助けたのはあくまでも自分が助けたいと思ったからだと。スラムの人間たちが浮かべるような相対的な王族への恨みではなく、現状を変えるために何をしなければならないのかを考えるべきであると語った少年に、少しずつ、リゼは心を開き、少年もまた自分たちの生活を変えるためには、このスラムの人間たちの現状に理解を示そうとしているリゼをこの地から救い出すことが必要であると理解し、リゼを王国軍に引き渡すためにスラムの中での逃避行を始める。

 

 我々はこれが過去の出来事であるからこそ、リーゼリットが王国軍と合流し、少年たちの逃避行が成功することを知っている。

 

 しかし、それはあくまでもリゼの視点から見た話である。彼女の視点で見知った話もあれば、彼女の視点でないからこそ知ることができる物語も存在している。

 

 ヨハンという人間から見たこの一連の出来事、そして現在に至るまでの物語はリゼの認識には存在しえないこともある。

 

 リゼを少年に奪われるに等しい結果となったヨハンは単独で彼らを追いかける。それが執念ではあるものの、スラムの人間としての執念ではなく、彼個人の、リゼに対する思慕の感情からの追跡であることを、この時の彼はまだ理解することが出来ていなかった。

 

 自分の本心を理解しないままの追撃は―――決して彼の求める結末を与えてくれるわけではないというのに。

 

・・・

 

「んっ……」

 

 リゼが声を上げて目を開けると、あたりはすっかり明るくなっていた。場所は空き家になっている家の裏にあった物置、そこから差し込める朝日によってリゼは目を覚ましたのだ。一瞬、自分がどうしてこんなことになっているのかとリゼは考え、自分の現状を思い出すとバッと起きあがった。そこでここまで一緒に逃げ来た少年が壁に背を預けてこちらを見ていたことに気付いた。

 

「やっと起きたか、あんたやっぱり大物だよ、皇女だけある」

「ご、ごめん、少しだけ眠るって言ったのに」

 

「寝ていなくて動けないなんて言われるよりはだいぶましだ。幸い、追手の連中も来ていない。此処の家は昔、世話になったことがある人のでさ、困ったときにはここに逃げ込んで来いと言われていた。通りからは死角になっているから気付くのが難しいんだとさ。本人は、王国軍との戦いで、あっさりと死んでしまったけどさ」

「あ……」

 

「……悪い、アンタを責めるつもりがあったわけじゃない。アイツも血に逸っていた。いつもだったら、大して必死になることなんてないくせに、今回は張り切ってしまったんだ。王国軍に自分たちの力を見せつけるんだって……、もしかしたら色々と限界だったのかもしれない。いつまでも希望を持ち続けるってのは、世界を憎むよりも余計に大変なことだからな」

 

 少年の言葉はどこか自分に言い聞かせているような言い方だった。リゼを連れてここからなんとか脱出しようとしている自分もまた同じように、無駄な努力と分かっていてやっているのではないのかと、そんな希望を持ち続けることは、スラムの大多数が行っている世界を憎しむ行為よりもよほど、難しい行為なのではないかと自分に問うているようだった。

 

「私……、君とこうして話をするまでは、スラムの人たちに対して、特別な何かを想うことなんてなかったと思う。王都の他の人たちと何も変わらない人たちって思っていた。それは良く言えば、平等に見ているけれど、悪く言えば何も見ようとしていなかっただけ。平等だと思っているから、自分に反抗する人を間違っているって考えちゃうんだと思う」

 

 王宮の中で報告されてくるスラムの話しは耳触りの良い話はほとんどなかった。王都の人間に危害を加えている。王国軍の邪魔をしている、国王への反対の意思を表明している、どれもこれもが聞いていて、怒りを覚えるような話ばかりであったと思う。

 

 両親がそんなスラムをどのように考えていたのかはリゼには分からない。きっと二人は忌み血の事も知っていただろう。権力闘争に敗北した王族たちがスラムへと追いやられたのだとすれば、今回の自分の戦いもそうした忌み血の人間たちを消し去るために起こした戦いなのだろうかと思えてしまう。

 

「俺だってそうだよ、あんたたち王族は俺達のことなんて全く顧みていないんだと思っていた。分かり合うことなんてできない。同じ人間でも同じようにはなれない。だから、このスラムの人間たちはアンタたちに対してずっと憎しみを抱いているんだって。

 だけど、違ったな。少なくとも、あんたは俺達の現状を知り、どうにかできないかと考えてくれている。なら、これから少しずつでも考えてくれればいいんじゃないか」

 

「出来るのかな、私に。私の身体には七星の血が流れている。昨日のスラムでの戦いの時みたいに、私が無差別に誰かを傷つけてしまう存在になってしまうんじゃないかって思えて」

 

「俺も、アンタを捕まえたアイツも忌み血って奴だ。アンタの話しを聞く限り、元をただせば、同じ血族なんだろう。だけど、少なくとも俺はアンタが心配しているような存在にはなっていない。誰かを傷つけることに躊躇を覚えることがないこともあるが、それが間違っていることだってことは分かっている。だから、あんたも深く考える必要はないんじゃないか。すべてはあんたの心がけ次第で変わっていく、俺はそのように思うぞ」

 

 少年の言葉は現実を知らないからこそ言えることかもしれない。七星の血はそんなに甘いものではない。リゼも七星の血によって醸成された魔術回路を使って、自分の理性を呑み込まれかけていた。あのようなことが今後も起こることになれば、戦いを求める存在へと変貌してしまうのではないかという懸念も当然にある。

 

 けれど、心地いいと思えてしまったのか、あるいは希望を持ちたいと思ったからなのか、リゼはあえて少年の言葉を否定しなかった。そうであってくれればいいと思ったのだ。

 

「なんだか、君に励まされてばかりだね」

「アンタが王族というには不甲斐ないからじゃないか?」

 

「うっ……、仕方ないでしょう、世間知らずなんだから。ねぇ、だったらさ、道すがら、キミの知っていることを教えてよ」

「俺の知っていること?」

 

「うん、君がこれまでに見てきたことでも聞いてきたことでもイイ。色んなことを教えて? 私、今、とっても知りたいって思っているの。今まで自分で世界を見てこようとしなかったから、余計に知らないことを知りたいって思うようになっているの」

 

 少年からすれば傍迷惑な話だ、自分は別にリゼの使用人でも何でもない。単純に彼女を王国軍に引き渡すための道中でアクシデントが起こらないように護衛を務めているに過ぎない。本当であれば会話をする必要もないのだが、リゼの願うような表情にはぁとため息を零す。

 

「大して面白い話なんて知らないぞ、俺は」

「うんうん、それでもいいよ~」

 

 目を輝かせるリゼに、内心で面倒だと思いながらも、相手をするのだから、自分も本当にヤキが回っていると思わずにはいられない。

 

 それからしばらく、話しをして、準備を整えて、二人は王国軍を見つけるために拠点を出た。既に日差しが昇っている以上、王国軍と合流することはさして難しいことではないと考えていた。

 

 しかし……、二人は肝心なことを忘れていた。二人は既にこのスラムの中でその居場所を追われているのだ。

 

「こっちの道はダメだ、あっちから迂回するぞ」

「でも、こっちに進めば、開けた道に出るからみんなに見つけてもらえる可能性が―――あ痛ッ!」

 

「あのな、俺はこれでもスラムの人間だ。王国軍とスラムの連中がぶつかり合いかねないような状況をみすみす自分から作ろうとするわけがないだろう。俺はさっさとお前を王国軍に引き渡して、スラムから撤退させる。その為にアンタを連れ出しているんだ!」

 

「そ、そこまで考えていたの?」

「流さなくていい血を流す必要はないだろ、アンタも皇女だったらそれくらい考えて動いてくれ!」

 

「くっ、年下の癖に、私の方がお姉ちゃんなのに……!」

「悪いが、アンタを姉と思うことはないな、大きい妹か何かじゃないか?」

 

「はぁ? 私が妹って、ちょっと聞き捨てならないんですけど!」

 

 などと口喧嘩を続けながらも二人は広いスラムの中を出来る限り人目につかない場所を通りながら進んでいった。目を覚ましたのは既に朝というよりも昼が近い時間だった。拠点を出てからは食事をすることもなく二人はずっと動き回り続け、気付けば、日が陰り始めていることに気付いた。

 

「まずいな、さすがに2日も夜を越すのは避けたいな」

「そうだね……、私を見つけることが出来なかったことで、王国軍が暴走する可能性だってある。そうしたら、スラムの街が本当に壊されちゃうかもしれない」

 

 リゼの不安も鼻で笑う事が出来る内容ではない。実際、スラムの暴徒たちを鎮圧するために動いてきた王国軍にとって、スラムの街が多少壊れる程度のことは起こりえても仕方がないことなのだ。それが小規模であろうと被害が甚大であろうとも、国を背負う皇女を見つける為であれば彼らは躊躇なくそれを実行するだろう。

 

 もしも、リゼがその時に亡き者になっているようなことがあればそれを理由にスラム総ての浄化を行ってもおかしくない。スラムの人間たちもそれを分かっていたからこそ、簡単にリゼの命を奪うようなことはしなかった。

 

 とはいえ、限度がある。このままずっとリゼを見つけることが出来なかったとなれば彼らもしびれを切らすであろうことは明白だ。それまでになんとかリゼを王国軍の下に辿り着かせなければならないが……、

 

「気配がするな」

「え……? きゃあっ!」

 

 バンと少年に手で押されるとリゼの下いた場所に向かって上空から落下してくる物体があり、次の瞬間にはそれが少年に対して牙を剥くように握ったナイフを振り下ろして来る。

 

「くっ……! 一撃で潰してやるつもりだったのに……」

「お前、何のつもりだ!」

 

「何のつもり、それはこっちの台詞だ! どうして、彼女を解放した! 彼女が解放されたことでこのスラムは騒然としている!」

 

「だろうな」

「分かっていながら、裏切るようなことを肯定するんじゃねぇよ!!」

 

 少年を突如として襲撃したのは、リゼを連れ去った張本人であるヨハンだった。その表情には怒りが露わとなっており、呪詛で呪い殺してやりたいと思うほどの激情をかみ殺して抑え込んでいることが少年にも分かった。

 

「情報は既に王国軍の耳にも聞こえている。彼女を見つけるために連中も血眼になって捜している。俺が必死にやったことを、スラムの人間たちがようやく手にすることが出来た逆転の可能性を……、王国軍に覆されるのだったら、まだ我慢できるし、受け入れることができる。だが、同じスラムの人間に、それを覆されるだなんて、バカにしているにも程がある!!」

 

 次々と放たれるナイフによる刺突をギリギリで躱しながら、少年はヨハンの懐に入ると、ヨハンの身体に体当たりをして、ヨハンを倒し、その上に覆いかぶさる。

 

「くっ、退け!!」

「いいことを聞かせてもらった。王国軍の耳にも情報が入っているのなら連中は必ず俺達を見つけるはずだ。此処で俺たちが騒いでいるのなら猶更だ。兵士たちはそういう空気を必ず読みとる」

 

「時間稼ぎをしようってのか」

「それが必要ならな。王国軍が見つければ、俺が別に最後までいる必要はない」

 

 少年自身がリゼを王国軍に引き渡すことで何か見返りを求めているわけではない。少年としてはリゼが王国に戻り、彼女自身の出来ることでこのスラムの状況を変えるように働きかけてくれるのであればそれ以上に求めるものなどない。

 

 だからこそ、リゼを王国軍が見つけるまでの時間稼ぎに徹し続ける。

 

「それに、お前の言動を聞く限り、彼女に手を出すつもりはないし、他の連中と手を結んでいるようにも見えない。だから、時間稼ぎは正解だ。お前が自分の手柄を横取りされたことに怒って単独で向かってきてくれたおかげだよ」

「バカに、してくれるなよッッ!」

 

 ヨハンはその挑発めいた言葉に反応して、七星の魔力を使うことで少年を弾くと、ナイフをさらに突き出して攻撃を続けるが、怒りに塗れた攻撃は冷静に時間稼ぎだけに徹している少年に見切られて躱されていく。

 

 怒りの声を上げたのは、ヨハンがどうして、リゼを1人で追いかけて来たのか、その本心を知られたくなかったからでもある。自分が捕まえて生殺与奪の総てを奪った相手に対して抱いているこの胸の感覚、それを表現するのはヨハンには難しすぎたし、憚られるモノであると思っていた。

 

 照れ隠しのような面もあったのだろう。だが、それはあくまでも彼女に対しての感情である。少年に対しては怒りしか湧いていない。

 

 どうしてお前が横からかすめ取る。どうして彼女と楽しそうに歩いている。同じ忌み血なのに、同じスラムの人間なのに、自分がやりたいと思っていたことをお前はどうしてあっさりとやってしまうのかと、大義のためではなく個人的な感傷の気持ちを以てヨハンは少年へと攻撃を続けていく。

 

「お前は敵だ、このスラムに災いを齎す。お前のせいだ、お前のせいで全てが失敗する。お前が、お前が、お前が……ッッ」

 

「そうやって、誰かに不幸の責任を押し付ければそれで自分は幸せになれるのだと、お前は本気で思っているのか?」

「何をッ!」

 

「俺は自分のやったことを後悔していない。彼女を解放したことは決して間違ってはいない。何百年と憎しみ合い続けてきたスラムと王国の間で新たな動きが生まれるかもしれない。俺達だって救われるかもしれない。俺はその為に、今も動いている」

 

「血迷ったことを言うな! 皇女を王国軍に返せばすぐに、俺たち全員を討伐するための兵を差し向けてくる。あいつらはそういう奴らだ。許してはおけないんだ。俺達は戦わなければ生き残ることすらできないんだ!!」

「だったら、なおさら闘うべき相手を見誤ってんじゃねぇよ!!」

 

 怒りのままに声を上げるヨハンに対して、少年は凶器を向けられているにもかかわらず毅然と声を上げた。その声にヨハンは気圧されて攻撃を止めてしまう。

 

「戦わなければいけないって言うんだったら、自分が何と戦わなければならないのかを見極める必要があるだろ。彼女を殺せばすべてが解決するのか? するはずがない。皇女を殺された王国軍は俺達を全力で殺しに来る。お前たちはその場しのぎの考えを巡らせているだけだ。本当に闘う気があるというのなら、今の俺達の現状を変えることを考える必要があるんじゃないのかよ!」

 

「うるさい、一人前のように、知った口を利くんじゃない!!」

「そうか、だったら、まずは頭を冷やせ!」

 

 怒りに身を任せるヨハンの動きを察知するのは少年にも決して難しいことではなかった。ヨハンも七星の血を使って戦うのはまだ二回目、自分の力に呑まれ、邪念が過った思考では隙を見せていると言われても仕方がない。

 

 少年は再びヨハンの懐に飛び込むと拳を顎へと突きたてて、カウンター気味に入った拳はヨハンの顎を穿ち、彼の視界に火花が飛び散る。そして、ヨハンが硬直したところで足払いをすると、ヨハンは自ら体勢を崩して、後頭部を地面に叩き付けて、そのまま気絶してしまった。

 

「ふぅ、なんとかなったか……」

「な、なんとかなったって、大丈夫だったの!? 怪我とかない!?」

 

 ヨハンが意識を失ったことで戦いが終わると、すぐさまリゼは少年の下に駆け寄り、安否を尋ねる。しかし、少年はあっけらかんとした井戸を浮かべていた。

 

「見ればわかるだろ、俺だって忌み血の人間だ、少しはあんたのような魔力を使うことができる。あっちも頭に血が上っているような様子だったからな。そうでなければ、こんなにあっさりと相手を制圧することはできない」

 

「そこまで無理をしなくても良かったのに……、私のことなんて見捨てて、逃げればよかったじゃない」

 

「それじゃ、あんたが連れ去られる。それはダメだ、決めたことはやり通さないと。俺の目的はアンタを王国軍に引き渡すことだ。それが出来るまでは何が何でも守り通すさ」

「………っ!」

 

 思わず少年の口から零れた守るという言葉にリゼは少々顔を赤らめた。自分を守るという言葉自体はいつも臣下から言われているし、王国軍からも昨日何度も聞かされた通りであった。しかし、何とも言えない話だが、それはあまり印象に残っていない。

 

 言われて当たり前のことを人間は長く覚えていることはできないのだ。皇女としての扱いを受けているリゼが守ると言われるのは当たり前のことだ。

 

 しかし、少年は何もリゼに臣従を誓っているわけではない。むしろ、実際の所は、リゼのことを敬う素振りさえも見せてはいない。そうした態度の少年は口にした守るという言葉であるからこそ、リゼは思わず頬を赤らめてしまったのだった。

 

「……。私は私になれるのかな……?」

「どういうことだ?」

 

「君がここまでしてくれるのは、君が私になってもらいたい私がいるからでしょ? それは理解できる。だけど、私は本当にその願いに応えられるような私になることができるのかなって……」

 

 少年がここまでしてくれたことにリゼは当然に感謝を覚えている。命を奪われるかあるいは傷つけられていたかもしれない可能性を当たり前のように内包していた状況から救い出してくれたのは彼だ。今だって、彼がいなければ、自分を捕らえた忌み血の少年に自分は再び囚われていたかもしれない。

 

 自分は弱い、七星の血を目覚めさせただけで戦う覚悟も出来ていなければ、自分がどうしたいのかも全く見出すことが出来ていない。そんな自分が果たして彼の望んでいるような自分になることができるのかとリゼが不安に思う事も無理はないだろう。

 

「知らない、俺が答えられるはずもない。そうできるのかどうかはアンタ次第だ」

 

 彼は優しい言葉をかけてくれるわけではなかった。きっとなれる、信じていれば絶対に、そんな見せ掛けだけの優しい言葉を掛けたところで、リゼが救われるわけではないことをは知っているし、優しくしてやる道理も実際の所、彼にはない。

 

「アンタはこの国で最も偉い人間になるんだろう。だったら、それに見合うようにアンタがなるしかない。アンタにしかできないことだと思ったから、俺はアンタに手を貸した。戻ってからはアンタの番だ。自分で何をすればいいのか必死に考えて、自分で動くしかない。王族の連中とも、スラムの大多数とも違う、本当に変えなければいけないことの為に戦えばいい。どれだけ時間がかかっても、アンタがいつか叶えてくれるのなら、それで十分だ」

 

「でも、それだとすぐに君に恩返しが―――」

「アンタに恩を返されるほど弱くはない」

 

「ぬぐっ……、で、でも例えば、スラムから出るとか……」

「……? 俺はそんなことはしないぞ」

 

「え!? だ、だって危険だよ、ここに残ったら、何をされるか……」

 

「俺はここから出るつもりはない。今は騒然としているが、あいつらだってアンタは兵を引けば、自分たちが間違っていたことを自覚する。それくらいの道理は弁えている。それに、ここは俺の生まれ故郷だ。此処で生まれてここで死ぬ。こんな地獄のような場所だけどさ、俺は好きなんだよ、自分を育ててくれたこの街が」

 

 優しく、朗らかに育ててくれたわけではなく、どちらかといえば、過酷な環境の中で生きることを強いられてきただけなのかもしれないが、それでも少年はこの街を愛していた。

 

 語る少年は笑みを浮かべる。そういえば、出会ってから初めて笑顔を見たとリゼは思った。ずっと険しい表情ばかりをしてきた少年ではあったけれど、そこで浮かべる笑顔はとても年齢相応で、リゼはこの少年に出会う事が出来て良かったと思えた。

 

 彼が今のような笑みを浮かべることが当たり前に出来るような世界を作りたい。今すぐにはきっと無理だと思う。だけど、これまでのようにただ王族だからと日々を漫然と受け入れ続けるだけではない生き方をすることはできるはずだ。

 

 まだ遅くない。何もかもが遅いはずがない。ここからもう一度始めることが出来ればいいのだから。

 

「何だ、なんだか楽しそうな顔をして、気持ち悪いぞ」

 

「……キミ、結構失礼だよね? 女の子への接し方をちゃんと覚えないと後で苦労するよ?」

「……よくわからん」

 

 何故、女の扱い方という話が出てくるのかも少年は理解できなかった。そうした関係性の上に自分たちがいるわけではないことをリゼも十分承知していると思ったのだが、理解が出来ない。少年にはリゼの複雑な感情を理解することができなかった。

 

 それから暫く、いよいよ日差しは陰り、茜色の夕日が浮かび上がろうとしていた。まもなく夜の帳が落ちる。そうなればリゼを捜索している人々も何処まで彼女を見つけるために動くことができるのかもわからない。

 

 タイムリミットは刻一刻と近づいている。そう思う最中で―――

 

「………、声が聞こえるな」

「またスラムの住人の人たち?」

「いや、この音は鎧の音……可能性はあるな。路地裏から出るぞ」

 

 路地裏に隠れて、常に周囲の気配を探知しながらここまで二人は動き続けてきた。しかし、ここに来て、音を察知した少年は路地裏から人の目につきやすい路地へと出ることを提案した。

 

 危険性は遥かに増すが、リゼにとってもいつまでも隠れているわけにはいかない。少年は口には出さないが、疲れが見え始めている。リゼ以上に周囲に気を配り、気配を察知するために意識を割き続けているのだ。疲労を感じない筈がない。

 

「うん、行こう」

 

 リゼは少年の言葉に頷き、そして二人は周囲を確認して、すぐに外へと出た。久方ぶりに出る大通りはスラムの陰鬱とした空気の中でも、日差しが入り、それだけでも、リゼが良く知っている世界へと戻ってきたように思えた。

 

 空を見上げる、茜色の空、まもなく夜が訪れるであろう境の時間帯、昨日の今頃は自分は捕まっていて、まさか今、スラムの中をこんな形で冒険することになるとは夢にも思っていなかった。

 

「リーゼリット様ッッ!!」

 

 そこで声が聞こえた。その声と共に硬い靴の音が響き、リゼも少年もそれがスラムの住人ではなく、リゼ側の人間、王国軍のモノであることをすぐに理解した。

 

「セルバンテス……!」

 

「リーゼリット様、ご無事で在りましたか!! ああ……なんと、なんと詫びればいいのか。我々王宮近衛が傍に控えておきながら、リーゼリット様を攫われるようなことになるなど、リーゼリット様の補佐として、命を絶たねばならぬものかとすら思いましたが……よくぞ、よくぞご無事で……!」

 

 リゼを見つけ、涙を流して泣き崩れそうになっていたのは、王宮近衛としてリゼのスラム鎮圧作戦に同行した騎士セルバンテスであった。一日中、リゼを探し回っていたのか、目にはクマが出来上がっており、彼自身も疲労の色を隠すことが出来なかった。

 

「お怪我はありませんか。連中に何かされるようなことは……?」

「ええ、大丈夫よ。何かをされる前に逃げ出すことが出来たから。私一人だけじゃ、無理だったけれど、協力してくれた人がいるから」

 

 そういうと、リゼは視線を少年の方へと向けた。少年は何かを言う事もなく、リゼとセルバンテスの様子を見ているだけだった。

 

 リゼの言葉と視線に少年のことに気付いたセルバンテスは彼に声を掛ける。

 

「君は……?」

「彼は、私を彼らから救ってくれた恩人です。彼もスラムの人間であることに変わりはありませんが、どうか寛大な処置をお願いします。彼がいなければ、私はこうして生きて戻ってくることは出来なかったかもしれません」

 

「別に、そんな大したことをしたわけじゃない。俺も巻き込まれてしまったから、一緒にいただけさ。あのままだったら、俺だって殺されていただろ? こんな掃き溜めでいつ死んでもおかしくなかったとしても無意味に死ぬのは嫌なんだ」

 

 少年は自分を謙遜するような言葉を使う。王国の人間からすればスラムを礼賛するような言葉を使うよりも、このスラムの中で不満を持っているような空気を醸し出している方が良く受け止められると理解しての言葉であろう。そういう機微を見抜くことができる洞察力を彼は持っていた。

 

 セルバンテスも少年の言葉に異論を口に挟むことはなかった。もしも、この時にリゼを見つけたのがもっと血気盛んな兵士であったのならば、状況は大きく変わっていたかもしれないが、少なくともセルバンテスはリゼを無事に見つけることが出来たことに喜びを覚え、それ以上の何かを求めるようなことはしなかった。

 

「そうだったのか、感謝をする。君が望めば、王への面会も叶うだろう。皇女を救ったのだ、スラムから出る理由には十分すぎるだろう」

 

 ただ、セルバンテスとて、ただのお人よしではない。王国軍がいる中でリゼが攫われることになった醜態を知る人間をこのまま解放することは望ましくない。できることであれば、王宮で召し抱え、出来る限り、王国側の人間として抱え込みたいという願望はあった。

 

 国王にこの事実が知られれば、王国軍側の幹部は処分を免れない。目撃者をそのまま放置したとなれば、国王は余計にセルバンテスたちへの心証を悪くするだろう。

 

 そうした意味でも彼をこのスラムから連れ出す提案をセルバンテスはしたわけだが、少年は首を横に振った。

 

「いいよ、俺にはここが似合っている。別に報酬が欲しくて彼女を助けたわけじゃない」

「彼はここでいいと言っているわ。あまり無理強いをさせないでもらいたいの」

 

 リゼの口添えもあってから、セルバンテスはそれ以上少年に勧誘をすることはなかった。そもそもは自分たちがリゼを奪われるという失態を引き起こしてしまったという事実に変わりはない。騎士として責任を取ることになるのならば、それも致し方ないことであろうとセルバンテスも覚悟を決めたのだ。

 

「そうか、こちらこそ君の善意に対して不躾な言葉を投げかけた。改めて感謝をさせてほしい」

 

「俺はあくまでも、俺が正しいと思ったからしただけだ。謝る必要はない。ただ、逃げる時間くらいは欲しいな。あんたたちに襲われたら流石に俺も逃げられないだろうからさ」

 

「そのような不義理はしないとも。君のことは私も記憶に留めておくよ。いずれまた会う時があれば感謝を口にさせてほしい」

「…………。本当に一緒に来ないの?」

 

 先ほどは少年が同行しないことを自ら口にしたはずなのに、本当に別れが迫っていることを自覚してリゼはもう一度問いかけてしまう。

 

 たった1日半程度の時間を過ごしたに過ぎなかったが、リゼにとっては特別な時間だった。簡単に忘れることが出来ないほどには。けれど、やはり少年の答えは変わらない。

 

「ああ、お前こそ、俺なんかと一緒にいても仕方がないだろう。俺達は住む世界が違う。それは十分理解しただろ」

「でも……」

 

 それでもなお、リゼは食い下がる。同情を買うためでも自分の立場を高める為でもなく、自分自身の正義の為にリゼを助けた少年は少し困ったような反応を浮かべて、目を逸らしながら口を開く。

 

「なら、いつかまた来ればいい。スラムに立ち寄れば俺はいつでもいる。あんたがまたここに来るような奇特な奴なら、またきっと会うことができるハズさ」

 

「うん、そうだね……、そうするよ。その時に君に示すことができるように、私も頑張って探して見せるよ、憎しみ合うばかりの地獄の先にも、花を咲かせることはできるんだってことを」

 

 リゼの言葉に少年はフッと笑みを浮かべる。

 

「ああ、楽しみにしているよ」

「うん、いつかまた!」

 

 そうしてリゼと少年は分かたれた道を進んでいく。いつかまたねと手を振るリゼを見送りながら、少年は再び闇の世界へと戻っていく。

 

 この茜色の空の下での別れ、彼女はこれから先も忘れない。年月が経ち、詳細な記憶が薄れていくとしても、この茜色の空の下で交した約束だけは忘れない。

 

 そして少年もこの数奇な運命のままに出会った彼女のことを心に留めおく。本当であれば憎しんで命を奪ってもおかしくない筈の関係性だったのに、どうしてか放っておけなかった困った皇女様のことを少年も忘れることはないだろう。

 

「なんで……一緒に行かなかったんだよ……」

 

 ポツリとそこで声が聞こえた。その声の主が先程、襲い掛かってきた少年、ヨハンであることに少年はすぐに気付いた。

 

「俺は別にここから出たいと思って助けたわけじゃない」

「ふざけるな、彼女は俺が連れてきた。なのに、目的もなく勝手に帰したのか!」

 

「彼女は兵を引くだろう。そういう約束をした。結果的にこれ以上スラムが戦場になることはない。俺は俺のやり方でこの街を救った」

「そんな御託を聞きたかったわけじゃない! 俺はまだ彼女とまともに話をしたことも……」

 

「お前は……、彼女が憎かったんじゃないのか?」

「憎いさ。憎いよ、アイツらが来たから両親が死んだ。家が焼き払われた。だけど……だけど……、俺は、俺は目を奪われていたんだ。彼女の姿に、憎しみで殺してやりたいと思っていたのに、それなのに、俺は……殺してやろうという気持ちさえも薄れて……」

 

 ヨハンが最初にリゼを襲撃した時、根底にあったのは恨みと殺意だった。家族を奪った者を許せない。だからリゼの命を奪って、自分が死んでしまったとしても構いはしない。

 

 そうした感情の下に動いていた。そのはずなのに、気付けばヨハンは、リゼの命を奪うことなんて考えられなくなっていたし、他の誰かがリゼを傷つけるようなことも認められなくなっていた。その感情を何と表現するのかを彼は知らない。

 

 そして、少年にそんなことを吐露されたところでどうしようもない話だった。

 

「お前はやっぱり間違ってるよ」

「何が!」

 

「そう思うのなら、最初からお前が俺のやったことをやればよかったんだ。彼女を本当に自分でどうにかしたいと思っているのに、それを他人に任せにしたからこうなったんだろ。お前は最初から最後まで全部はき違えていた。だからこうなったんだ。もっと自分に素直になれよ。お前は何のために戦っているんだ」

 

「お前に……、お前にそんなことを言われる筋合いはない」

「そうだな、俺もお前も忌み血を引いていることだけが共通点だ。別に仲良くする必要もない。俺はここに残る。彼女を追いかけたいのならお前が追いかけろ、傍で支えてやる奴だって必要だろ」

 

「出来ると思っているのか、俺に……」

「出来ないのならお前はそこでずっと足踏みしていろ。今日と何も変わらない明日を生き続ければいい。それはそれで幸せなことだろ」

 

 スラムの大多数の人間がそうしているように、ヨハンもまた燻った思いを抱え続けていればいいと少年は告げ、その言葉にヨハンは歯を食いしばって、声を上げる。

 

「俺は……必ずお前を越える。そして、今度こそ彼女と向き合う」

「そうか、好きにしろ。縁があったらまた会うこともあるさ。その時には、お前が俺を越える男になっていることを楽しみにしているよ」

 

 そうして、彼ら三人の数奇な出会いは終わりを迎えた。運命の夜は終わりを迎えたのだ。

 

 彼と彼女は再会を誓いあいながらも、きっとそれは難しいのだろうと互いに内心では理解しあっていた。そして彼と彼も再会を誓い合った。互いに口には出さずとも、いずれ自分たちはもう一度、顔を合わせることになるのではないか、そんな予感を抱きながら別れを告げたのだった。

 

 けれど、結果だけを見れば少年とヨハンがもう一度再会をすることはなかった。ある時に忽然と、少年はスラムの中から姿を消したのだ。その行く末を知る者は誰もいない。まるで最初からいなかったかのように少年はスラムという街から消えてしまった。

 

 そして、そんな出会いから4年の歳月が過ぎた。スラムにおける王族たちへの怒りは消えることなく、一度は中座に終わったスラム鎮圧の空気は再び醸成されつつあった。

 

 その空気の中で、二度目のスラム鎮圧戦が巻き起こる。指揮役として選ばれたのは再び、リーゼリット・N・エトワール、彼女にとっても「彼」との再会を願っての出立であった。

 

 しかし、この二度目の戦いで起こったのは彼との再会ではあった。

 

 リーゼリットとヨハン、いずれ主と従者になる二人の真の意味での再会であったのだ。

 




いつかまたねと手を振り合ったけど、もう会うことはないのでしょう、最後の嘘は優しいウソでした、忘れない……だ。

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第16話「三原色」③

――王都ルプス・コローナ・スラム街――

「また、ここに戻って来たのね。4年ぶり……だけど、思った以上にこの街の中は変わっていない。変わろうとしていないし、変わるきっかけを私達が与えていないから」

 

 あのスラムでの出来事から4年が経過した。その間に私は皇女として王宮に戻り、変わらない日々を過ごした。何もかもが元通りであったわけではない。

 

 セルバンテス達王宮近衛は刷新され、私自身も七星の血の恩恵に対しては懐疑的になった。スラムの話しだけではなく、セプテム国の多くの人々の気持ちを知るために王宮の中にいるだけではなく、積極的に国内の中を見て回るようになったことも変わったことといえるかもしれない。

 

 ただ、それで自分が何かを出来たのかと言われれば、それはきっと違うのだろうと思った。彼との約束、私が私なりに出来ることをやって、この国を変えるということを、私はまだ何もできていないと思う。

 

 時間がかかることは分かっている。簡単にこれまでの歴史を変えることもなかったことにすることもできないことは分かっている。それでも、何かをしなければいけないという焦りだけはあった。

 

 あれから一度も会う事が出来ていなかった彼に報いることができる生き方をしているのかという焦りがずっと私の中で続いていたから。

 

 そんな折だった、スラムの中の情勢が再び不安定となり、お父様から、私自身にもう一度、スラムの鎮圧を命じられたのは。

 

「リゼ、己の汚名は自分の手で晴らせ。かつてのような失敗を二度も犯すなよ」

 

 お父様にそう言われて、私はスラム鎮圧作戦の真意が、私にとっての汚名返上のための儀式であることを理解した。いずれセプテムの冠を被る後継者がスラムの人間たちに攫われて、現地の人間に助けられて撤退したなどという汚名をいつまでも被っているわけにはいかない。戦場は用意した。今度こそは汚名を返上し、見事、後継者であることを示してこいと言うことなのだろう。

 

 お父様が私のことをどこまで理解しているのかはわからない。スラムから戻ってきても、私は私の真意を両親にひけらかすことはしなかった。あくまでも、私は七星の血族、王国の後継者、まずは私自身が冠を手にしなければ、何も変えることはできない。

 

 お父様もお母様もスラムの人間たちを守ろうという気持ちはない。反乱を起こせば潰す、忌み血を消すいい機会だとばかりに彼らの反乱をむしろ歓迎している。そんな人たちに言葉を向けたところで私の真意をくみ取ってくれることはないだろう。

 

 あのスラムでどうして彼が、たった一人で私を助けようとしてくれたのかを今更になって私は理解できるようになった気がする。

 

 あの時に私は彼の名前を聞くことも忘れてしまった。自分自身気が動転していたし、なんだか名前を聞くタイミングも忘れて、あの距離感を心地よいものだと感じてしまったから。今更になっての後悔なんて遅いことは私自身が一番よく知っている。

 

 だからこそ、今回のスラム鎮圧戦はもう一度彼に会うチャンスであると思っていた。別れ際の約束、果たされるなんて互いに思っていなかったけれど、私はちゃんと彼ともう一度再会することを約束したんだから。本音を言ってしまえば、私がスラム鎮圧戦の指揮者として同行することを認めたのも汚名を返上したいという気持ちよりも、もう一度彼に会う事が出来るのではないかと言う思いからだった。

 

 今の自分を見て、彼は何というだろうか。あの日から成長した彼はどんなふうになっているだろうか、成長してもっと荒々しくなっているのか、それとも落ち着き払っているのだろうか、妙に達観している所があったけれど、あの時と気持ちは変わっていないのだろうか、スラムに向かう前にはたくさんのことを想像した。公務で出会う相手以外のことでこんなに色んなことを会う前に考える相手は初めてだったかもしれない。

 

 早く会いたい、そして自分のことをどう思っているのかを聞かせてほしい。その言葉がお説教だったとしても、それを聞いて、もう一度、私は頑張ることができると思っていたから。

 

 結論から言えば、私は彼に出会うことはなかった。スラム鎮圧戦の傍ら、私は彼であると思える相手を必死に探した。勿論、単独行動で王国軍を困らせるようなことはしなかったけれど、戦いの最中でもスラムの人間たちから忌み血の人間はいないかと何度か問いを投げたけれど、彼が出てくることはなかったし、見つかることはなかった。

 

 彼がこのスラムの中に今もいる確証なんてどこにもない。あんなふうに言っていたけれど、このスラムから出て言った可能性もあるし、もしかしたら不幸な事故に巻き込まれて命を落とした可能性だってある。

 

 4年だ、4年という時間は短いようで十分に長い、その間に彼の身に何が起こっていたとしても、私に関知する方法はなかった。

 

「君が、王国軍を率いているリーゼリット皇女か。スラムの王政反対派の鎮圧に協力してもいい。連中は狡猾だ。王国軍の裏をかくための手段を幾つも用意している。こちら側の協力者の一人や二人いた方がいいだろう」

 

 彼を見つけ出すことが出来ずに、煮え切らない思いを消化することが出来なかった時であった、スラム側の協力者として私は―――ヨハン君と再会した。厳密には、その時の私はヨハン君と以前に出会ったことがあったことをすっかり忘れていた。

 

 あの日の出来事はあまりにも多くの出来事がありすぎて、私も全てをしっかりと記憶しているわけではなかった。だから、ヨハン君のことも最初は、誰であるのか気付けなかった。ヨハン君のことをしっかりと思い出すことが出来たのはこのスラムでの戦いからしばらく経ってからのこと。

 

 勿論、葛藤はあった。私を襲って、拉致した彼を本当に信用することができるのか。本当はまた私の寝首をかくつもりでいるんじゃないかと、そういう風に信用することができるのかという葛藤は当然にあった。

 

 でも、私は信じようと思った。協力を申し出て来た時の彼の顔に、邪心はないと信じることが出来たから。どういった理由があってヨハン君が私に協力するという考えに至ったのかはわからない。スラムでの生活が嫌になったのか、あるいは私自身にほれ込んだからとか、ふふ、さすがにそれはないかな?

 

 それでも、君はいつもどんな時でも一生懸命でいてくれた。自分自身に出来ることを懸命にこなそうとしてくれた。スラム鎮圧戦でもヨハン君が情報を提供してくれたからこそ、最低限の戦いだけで首謀者を捕らえることが出来た。やみくもに闘っていたとすれば、私達はもっと多くの犠牲を払いながらもなんとか勝利をするという展開になっていたであろうことは想像に難くない。

 

「ねぇ、ヨハン君、一緒に来ない? 私は私だけの騎士が欲しい。私の為に戦ってくれる騎士が欲しいの。スラム出身の君にとっては不自由なことは多くあるかもしれないけれど、私は出身で差別をするようなことは絶対にしない。ここで協力してくれた君のことを見込んでお願いするよ。私の騎士に、なってくれないかな?」

「なるほど、そう来たか。わかった、その提案を受け入れよう」

 

 少しだけヨハン君に謝らなくちゃいけないことがあるとすれば、ヨハン君に向けて言った言葉は本当は別の人に向けて言うつもりで用意した言葉であったということ。本当であれば彼を見つけ出して、私の騎士になって欲しいと告げようと思っていた。

 

 彼はきっと、私の提案なんて拒否して、アンタは何にも分かっていないとか説教をするんだろうけれど、それでも私は提案したかった。かつての彼に報いるためにも、そして今でも頑張っているに違いないであろう彼のためにその言葉を用意していたのだ。

 

 結局それを届ける相手を見つけることが出来なかったからこそ、ヨハン君には同じようになって欲しくなくて、私はヨハン君を私の騎士になるように誘った。

 

 勿論、それをヨハン君に伝えることはしていない。まるで彼の代替のように扱っているのだと知れば、ヨハン君に不快な思いをさせることは間違いないと思っていたから。

 

 それだけは今でも心残りだった。私はヨハン君の素性を知ったうえで彼を選んだことを後悔していない。でも、その時の考えの総てを彼に明かしたわけではない。

 

 それを裏切りであると言われてしまえば、否定することはできない。ヨハン君、君はこんな私のことを許してくれますか? 戴冠式が終わって、君にあの時のことを全ては為す時が来たとしたら、その時に君は私にどんな言葉を投げかけてくるのでしょうか……

 

・・・

 

 彼女が―――リゼが再びスラムの鎮圧に入ることは、スラムの噂話の中で知りえることが出来た。俺は何を選ぶべきなのか、何をするべきなのか、岐路に立たされているという自覚は持ち得ていた。

 

 あの時にアイツに言われたことが4年が経過した今でも頭に過ってくる。アイツの立場に立つべきだったのは俺だったと奴は言った。本当にリゼを守りたいと願うのだったら、すぐにでも動くべきだったし、動かなかったからこそ、俺は何も手にすることが出来なかった。確かにアイツの言う通りだったと思う。当時はそれを認めることが出来なかった。

 

 自分の中の感情と言うものを制御することが出来なかったが、今なら分かる。結局、あの時の俺は怒りと困惑を自分の中で制御することが出来ていなかったんだ。

 

 だから、何も選べなかった。どちらの感情を信じるべきなのかを自分自身でも決めることが出来なかったから。

 

「今は悩む必要もない。俺はもう自分の中で答えを出している」

 

 あの時と同じ轍は踏まない。それが俺の決断であり総てだった。俺はリゼの傍にいたい。4年が経っても、成長しても、七星の力を使いこなすことができるようになっても、それでもやはり俺はあの日に出会ったリゼのことを忘れることができない。

 

 彼女の隣に立ちたい、彼女の傍にいたい。その気持ちは俺の中でずっと燻り続けたままだから、今度こそは自分に素直になろうと、4年前のあの日のように再び、彼女の下へと歩きだした。今度は彼女を奪うためではない。彼女の為に。

 

(怖れる必要はない。俺にとっての恋敵はもうここにはいないんだから……)

 

「君が、王国軍を率いているリーゼリット皇女か。スラムの王政反対派の鎮圧に協力してもいい。連中は狡猾だ。王国軍の裏をかくための手段を幾つも用意している。こちら側の協力者の一人や二人いた方がいいだろう」

 

 面会はあっさりと叶った。勿論、周りを兵士たちに囲まれてのことだが、騙し討ちをするつもりがないこちらからすれば何ら怖れることはない。兵士たちの所作を見て、最悪の場合でも一人で切り抜けることができる確信は持っていた。何せ、俺はかつて、リゼを連れ去った張本人である。その時のことを彼女が覚えていれば、俺は交渉の余地もなく捕らえられるだろう。その時のことを考えて周りを警戒していたが……、

 

「ありがとうございます、私が皇女であるリーゼリットです。私はスラムにおける無用な戦いを求めません。速やかな終結を目指して協力していただけるのであればこれ以上ないほど、心強いです」

 

 彼女は朗らかに笑って俺の協力を受け入れてくれた。その様子から彼女が俺のことを覚えていないのは明らかだった。それは自分の目的を考えれば幸いなことであったのは間違いない。リゼと協調関係になることが出来なければ、俺の目的を果たすことは出来ず、結局4年前と同じことをするほかないのだから。

 

(だけど、忘れられていたことがそのまま嬉しいと思えるはずがない。きっと彼女はあいつのことは覚えているんだろう。俺はあくまでも、君とアイツを阻んだ邪魔者、障害でしかなかった。記憶なんてされているわけもないか……)

 

 自分の中での勝手な妄想であると言われてしまえばそれまでだが、決して間違った解釈ではないと思う。まぁいいさ、それでも今、ここにいるのは俺だ。あいつじゃない。知らないのならば好都合だ。改めて俺の有用性を示せばいい。そうすれば協力者として俺はこのスラムから抜け出すことができる。

 

 こんな掃き溜めにいる限り、俺は絶対にリゼの傍にいることはできない。ここから抜け出さなければいけない。そのためなら、いくらだって犠牲にすることができる。

 

 別にアイツに言われたことを根に持っているわけじゃない。だけど、一理あるとは思った。結局、リゼの隣にいたいと思うのなら、彼女の力になることを自分がするしかない。それは当たり前のことで、ようやく手にすることが出来たチャンスを棒に振るようなことはしたくない。

 

 俺がリゼ達王国軍に与えた情報は的確だった。首謀者をサッサと捕まえることができ、スラム内での騒乱の空気が留まるようであればすぐにでも兵を引くと約束をしたリゼに協力する者は少なくなかった。

 

 スラムの人間たちの怒りと憎悪は消えない。こんな場所に自分たちを放りこんだ王族たちを許せないと思う気持ちはそう簡単に消えるものではないが、それで自分たちの生活を脅かされることは厭う者たちも決して少なくはない。

 

 加えて俺という存在がスラムの連中にとってはイレギュラーだった。中には信じられないという表情を浮かべる者もいた。かつて4年前の騒乱を知っている者であればなおさらだ。何故、あの時に起死回生の一手を撃つことが出来たお前がそちら側に与しているのかと疑いの眼差しを向ける連中の気持ちもわからないわけではない。

 

 それはそう思うだろう。あの頃の俺がもしも、あの頃のままでいたならば、やはり同じことを想って然るべきだっただろうと思うから。

 

 裏切り者であると罵るのならば勝手に罵ってくれればいい。俺はリゼを選んだ。このスラムよりも、家族を奪われた怒りや悲しみよりも、俺が惚れこんだ一人の女を選んだ。

 

 復讐よりも愛を選んだ以上、それ以外の総てを奪われるのは当たり前のことだ。かつての名声も期待も全てをかなぐり捨てて、今、俺は彼女の隣で戦っている。

 

 七星の血が敵を求めている。そもそも、敵とは誰であるのか、俺の本当の敵とは誰なのか。わからない。分かる気もない、理解しようという心はとっくの昔に捨て去った。

 

 俺は只、リゼのために生きる。彼女が求めたわけじゃない。何も持ち合わせていない、何もかもを失った俺の心に最後に残ったたった一つの灯を、無かったことにはしたくないから、俺はこの道を選んだ。

 

 首謀者は早々に捕まり、二回目のスラム鎮圧戦は終わりを迎えた。終わってみれば完全な王国軍側の勝利、少なくない犠牲は確かに出たが、当初に想定していた数よりも相当に少ないのではないかと素人目線であっても理解できる。

 

「ありがとう、ヨハン君、君のおかげで、こんなに早く決着をつけることが出来た。スラムの人の中にも少しずつだけど、私達を信頼してくれている人がいるってことが分かっただけでも、嬉しいよ」

 

「別に、大したことはしていないよ。ただ、こうすることが一番手っ取り早いと思った。王国とスラムの間で戦いあった所で何かが変わるわけでもない。この4年間でそれは強く自覚した。スラムの中で何を叫んだところで誰にも声が届かない。だったら、無用な戦いなんてサッサと終わらせるべきだと思っただけさ」

 

 本心では違うけれど、そういう気持ちがあったことも嘘じゃない。あの4年前の戦いの後もスラムは何一つとして変わらなかった。

 

 ボロボロに敗北をしたくせに、俺が行ったリゼを連れ去ったことをまるでスラム全体の功績であるかのように吹聴して、自分たちはまだまだ戦うことができると必死にアピールし続けてきた。それは王国側への敵愾心を醸成する形となり、逆にもう戦いはこりごりだと思う人々の心を離れる結果となった。

 

 王国側があっさりと勝利できたのも納得だ。この4年間でスラム側はかつての強さを失った。目先の勝利に囚われて、本当の意味での戦う気概を忘れてしまったのだ。

 

 だから、サッサと終わらせるに限った。俺にとってはそれがこの自分を育ててくれた町への最後の奉公だと思う。

 

「ヨハン君はこれからどうするの?」

「さて……、こんな形で王国軍側についてしまった以上、スラムの中で生活するってのは難しいだろうね。俺がいたから自分たちは負けたんだって思っている連中だっているだろうし、少なくともスラムは出るつもりでいるよ」

 

 後は、リゼの傍にどのようにして近づくかだ。一番手っ取り早いのは王国側の兵士となることだろうか。七星の血を使いこなすことができる俺は並の兵士なんかよりも戦える。後は戦い方というものを極めれば、充分に頭角を現すことができるだろう。

 

 忌み血であるという点だけがネックではある。リゼや王族への下剋上を狙っているのだと思われてしまえば上に進むための手立てがなくなる可能性もある。スラム出身の忌み血の人間の存在など、王族からすれば一番、歓迎したくもない血であろうから。

 

 だから、ここからさて考えなければと思っていた矢先であった。

 

「ねぇ、ヨハン君、一緒に来ない? 私は私だけの騎士が欲しい。私の為に戦ってくれる騎士が欲しいの。スラム出身の君にとっては不自由なこと名多くあるかもしれないけれど、私は出身で差別をするようなことは絶対にしない。ここで協力してくれた君のことを見込んでお願いするよ。私の騎士に、なってくれないかな?」

 

 渡りに船とは、まさしくこのことを言うのだろう。皇女直属の騎士、それはリゼの為に戦うことを人生の目標とする俺にとってこれ以上ないほどの立ち位置であった。勿論、すぐになれるかはわからないが、リゼは皇女としての権力がある。彼女が望んだことであれば、無碍にされる可能性は少なくない。断る理由がないほどの提案だった。

 

 ただ、それを悟られたくもなかったから努めて冷静に反応した。

 

「なるほど、そう来たか。わかった、その提案を受け入れよう」

 

「ありがとう、ヨハン君。私の提案を受け入れてくれてありがとう」

「そうすることが一番手っ取り早く安定した生活を手にすることができると思っただけだよ。別に感謝される必要なんてない。俺は君を利用しているんだから」

 

 利用している、か。そう、俺は本当の意味で君を利用している。自分の中の願いを叶えるために、その相手を利用している。でも、それくらいはいいだろう? 俺だって馬鹿じゃない、君が本当の意味で騎士にしたかったのが俺ではないことくらい分かっているんだ。

 

 君がこのスラムに来た目的は、あいつを見つけることで、本当はあいつを自分の騎士として召し抱えたかったはずだ。そのくらい、言葉にしなくても態度で分かる。君はこのスラムに来てからずっと、あいつのことを探し続けていたから。

 

 だから、俺はあくまでも、彼の代替品に過ぎない。彼がいなかったから、行きどころのない感情を抑え込むために行為だけでも遂行することを望んだ。買いたいものが見つからなかったから、同等品で我慢したようなモノ、君は否定したとしてもそうであることは間違いない。

 

(でも、それでもいいさ。それで君の隣にいることができるのなら、俺は迷わずそれを選ぼう。元より、最初から隣に立つことさえできるかどうかも怪しいんだ。だったら、限られたチャンスを掴むことを俺は決して躊躇わない)

 

 それでいいだろう? 君が行っていたことを俺は実践しただけだ。彼女の力になりたいのなら隣に立つことを選べと君は言った。だから俺はそれをする。たった、それだけのことなのだから。ここにいなかったお前が悪い。俺はずっと、ここで彼女を待ち続けていた。

 

 そして、スラムから王国側の人間になった俺は必死にリゼの王宮近衛として、騎士として相応しい存在になることができるように研鑽をつみ続けてきた。

 

 俺のことをスラム出身の忌み血であると揶揄する者は幾らでもいた。いつか必ず皇女の寝首をかく、あんな奴を王宮に連れ込んできた皇女の品格を疑うなどと、ああ、スラムの中もこの王宮も大して変わりはないんだなと実感させられた。

 

 そういう連中を1人1人潰したところで何も得ることなんてできない。実力で、そして態度で黙らせるしかない。俺はそう思ったし、リゼもそこは受け入れてくれていたと思う。

 

 数年が経過する頃には俺のことをわざわざ揶揄するような連中はいなくなったし、王宮近衛の中でも俺の実力は認められていった。リゼと二人きりで過ごすことができる時間も増えた。勿論、皇女と騎士の立場としてだ。俺と彼女がそれ以上に進展することはできない。リゼは時折、思わせぶりなことをしてくる。俺の気持ちに応えたいという思いがあるのだろうが、それでも俺は騎士としてその一線を越えることはできない。

 

 信用を積み重ねることによって彼女の隣に立つことが出来たからこそ、その信用を崩せば、一瞬で俺は総てを失ってしまうことが分かっている。だからこそ、簡単に手を出すことができないジレンマに陥っている。気付けばリゼの騎士としてスラムを出てからもう4年の歳月が経とうとしていた。

 

 これだけの時間が過ぎていくと、互いに今の関係を壊すことに怖れを覚えるようになる。どちらかが先を望めばきっと、肩透かしになることはないと分かっているけれど、俺達は互いに互いの先へと進むことに臆病になってしまっていて、結果として何も先に進むことが出来ていない。

 

 ただ、それでもいいんじゃないかと思っている。俺はリゼの隣にいるだけで満足できているし、これ以上を求める必要はないんじゃないかって。

 

 だってそうだ、俺は所詮、リゼにとっては代替に過ぎない、リゼの心の中に宿っているのは、あの時からずっとあいつなんだ。リゼが自覚をしていないだけで、俺の存在はリゼにとってはアイツがいないからに過ぎない。そこに情が芽生えて、なし崩しになることを望んだ時もあったけれど……、俺はきっと、リゼの心の中のあいつに、勝つことができないと諦めてしまっているんだ。

 

 だって、俺はリゼの運命の相手じゃない。アイツが座るべき椅子を掠め取っただけだ。選ばれるべき存在でもなかったというのに、それ以上を求めるなんて、罰当たりもいい所だろう。停滞でいい。このままでいい。このまま心地よい時間が過ぎていけばいい。いずれ、リゼはどこかの誰かと結ばれるだろう。皇女としてあるいは女王としてその格に相応しい相手と結ばれる。その時に傍にいるかもしれないが、結ばれるのは俺じゃない。

 

 結局、どれだけ足掻いたところで世界を変えることなんてできない。運命ってものに選ばれた奴が選ばれたなりのことをして、結果的に世界が変わっていくだけだ。必死に足搔いたところで何も変わるはずなんてないんだ。

 

 俺はそれを知っている。リゼにも教えていない、俺だけが知っている。

 

「よぉ、ヨハン、また会ったな。相変わらず辛気臭い顔をしているな」

「ヴィンセント、お前がここにいるって言うことはまた後ろ暗いことを国王はさせようとしているのか」

 

「そういうなよ、聖杯戦争が近いんだ。国王だけじゃないぜ、星家の連中が動き出した。あいつらは今回の聖杯戦争に是が非でも勝つつもりでいる。そのためには生贄が何人いても足りないんだ。だから、俺達も忙しくてよ。よかったなァ、お前さんがまだ昔のようにスラムにいたら、連れていかなくちゃいけなくなったかもしれねぇ、同族同士でそんな悲しいことはしたくねぇよなぁ」

 

「その時は全力で抵抗させてもらったさ。そういう時が一番実力が発揮できるからな」

 

「よせよ、そうならなかったんだからそれでいいじゃねぇか。互いに儲けものだと思っておこうぜ。聖杯戦争が終われば、今回の報酬も相まって俺も億万長者だ。そうすりゃステッラファミリーなんて畳んで、隠居生活と行きたいところだぜ。なぁ、ヨハン、人生は長いぜ。自分にとって一番良い選択をしろよな~」

 

「余計なお世話だよ」

 

「そうかよ、俺は別にお前さんがリーゼリット様をモノにしちまったっていいと思うぜ? 後から後悔するくらいなら、これからのことなんて考えずに足を動かした方が幸せかもしれないってことだ。これは先人からのアドバイスとして受け取っておいてくれよな」

 

 ヴィセントは言いたいことだけを言って通り過ぎていく。不快な男だ、どうしようもなく、アイツを見ているとスラムの連中のことを思い出させられる。

 

(でも、俺はお前に感謝もしているんだよ、ヴィンセント。お前は僕がリゼの騎士になってから出会ったんだと思っているかもしれないが……、本当は僕たちはもっと昔に出会っているんだ)

 

 そう、お前は知らないだろう。お前がかつてスラムで請け負った一つの依頼を遂行している所を、俺は目撃している。まだ、リゼと初めて出会った時から1年が経つか経たないかの頃合に、お前たちは――――

 

『離せ、お前たちは何者だ!』

『俺達が誰だかなんてことはどうでもいいことじゃねぇか。お前のクソッたれな人生は此処で終わるんだからよ』

 

 スラムの中で起こっている騒動、そんなものを一々人々は取り沙汰しない。巻き込まれた自分が悪いと思っているから、誰も助けようとなんてしない。ましてや、その襲われている相手が、皇女を解放して結果的にスラムに不利益をもたらした相手であるのならばなおのことだ。

 

『お前さんも不運だったなぁ、皇女様を助けるようなことをしなけりゃよぉ、王宮に目を付けられるようなこともなかったんだ。あの時の王宮近衛は全員左遷、そしてお前さんはもはや二度と日の目を見ることはない。そうすりゃ、

王族の不祥事も全ては闇に葬られる。噂をするような連中がいたところで当人がいなくなるのなら誰も信じたいなんてしないだろうさ』

 

 そう、あいつはリゼを助けたことで目を付けられた。この王国の中で皇女がスラムの少年に救われたなんて事実は、何よりも起こってはならないことだったのだ。過去を変えることはできない。ならば、どうするのか、簡単なことだ。過去を変えてしまえばいい。厳密には、そんな過去はなかったことにしてしまえばいい。

 

『離せ、離――――があああああああああああ』

『ふん、手こずらせるんじゃねぇよ。こちとら、使い走りで機嫌が悪いんだよ。オラ、お前ら、誰かに見られる前にサッサと連れていくぞ』

 

 そう言って、ヴィンセントは彼を連れ去っていった。アイツが何処に連れ去られたのかなんて知らない。今も生きているのかどうかすらも知らない。

 

 確証的なことは何一つとしてわからないが、何となくの予感として、生きているはずがないと俺は思っていた。だってそうだ、あんな手荒な真似をして連れ去った奴をわざわざ生かしておく道理なんてどこにもない。

 

 だから、あいつはいなくなった。いなくなった奴を待ち続けていたって、戻ってくるはずがない。だからこそ、俺はその代わりの席に入ることが出来た。

 

 リゼはそのことを知らない。アイツがスラムの中からいなくなったとしても、どこかでアイツは元気にやっていると思っている。きっと、心の中では、アイツと再会できる日を待っているんだ。そんな日が来るはずもないというのに……。

 

 そうさ、俺は、それを全て知っていて、敢えて口にすることなく、彼女の隣を手に入れた。そんな奴がそれ以上を望むなんて馬鹿げている。だって、俺は何処まで行っても、あいつの代替でしかない。俺に向ける感情の総ては代わりに与えられているだけで、俺はそれを分かって受け入れているんだから。

 

 なぁ、ほら、歪だろう? 俺達の関係は、これ以上の関係の進展を求めていないのはリゼだけじゃない。俺もだ。今のこの関係が最も心地いい。聖杯戦争に勝てなくたっていい、灰狼の目論みがどんな結末を迎えるのだって構わない。

 

 俺にはリゼがいればそれでいい。俺の人生の総てはあの日からリゼに捧げているんだから。なのに、なのに……、それを壊そうとする奴がいる。リゼに変わることを求めている奴がいる。

 

 ああ、レイジ・オブ・ダスト、お前だ、お前は何だ、何なんだ。セレニウム・シルバでお前と出会ってからリゼはずっとお前のことばかりを考えている。

 

 グロリアス・カストルムでも、この戴冠式の直前でもずっとずっとお前のことを気にかけている。お前はいなくなったはずなのに、もう二度と俺達の前に姿を現すはずがないのに……、どうしてお前は……あの時と同じ姿で俺達の前にもう一度姿を見せた。

 

「………いらない」

「何……?」

 

「いらない、いらないんだよ、お前は! お前がいればリゼがおかしくなる。お前が求めることがリゼを苦しめる。お前の行動はリゼの命を危うくする。

 今更どうして戻ってきた! なんでこのタイミングで戻ってきた! お前が、お前がもっと早く戻ってきていれば……僕は、俺は……!!」

 

 こみあげてくる感情は、どうしようもない泣き言だ。お前がもしも、もっと早くに戻ってきていれば、こんな夢を見ずに済んだというのに。こんな嘘塗れの人生を送らなくても良かったのに、そうまでしても願いに手が届くという現実を知らずに済んだのに。

 

 夢を見せて、ようやく満足することができるようになった時に戻って来るなんて、仕打ちが酷すぎる。ああ、お前は自分が言っている通りの死神だよ。俺達の関係に終わりを齎すために舞い戻ってきた死神、あの日の意趣返しをするかのように戻ってきた終わりを齎す存在だ。

 

 だからこそ、お前をリゼに合わせるわけにはいかない。お前とこれ以上顔を合わせればリゼは、先へ先へと進んでいく。それが灰狼との戦いと言う彼女にとっての破滅の道であったとしても進んでいくであろうことは目に見えているから。

 

「お前は邪魔だ、俺とリゼの未来の為にここで死ね」

「何度も言わせるな、俺は七星を滅ぼす。総てを終わらせるその時まで決して死ぬわけにはいかない。お前たち全員を倒して、地獄の先に花を咲かせるんだよ」

 

「そんな夢物語をいつまで口にするつもりだ。お前だって分かっているだろ、俺とお前の実力差が。何をどうしたって今のお前じゃ俺には敵わない。あの時とは違う。俺は騎士として修練を積んできた。総てはリゼを守るために。ずっと、リゼを放置してきたお前とは違う。ずっと俺が守り続けてきたんだ!! お前があの日に言ったように!」

 

「知るか、お前はさっきから誰のことを口走っている。気持ち悪いんだよ、自己陶酔野郎が、勝手に俺と他の誰かを一緒にするんじゃない。お前がアイツを守ってきたのはお前の人生だろう、それを他の誰かに影響されたからなんて言っているから、お前は止まり続けているんだよ……!」

 

 ヨハンは強い、彼がリゼを守るために全身全霊で自分を鍛え上げて来たというのは事実なのだろう。だが、それはレイジには関係のない話だ。ヨハンが何処かの誰かに説教されたことがあったとしても、何処かの誰かに薫陶を受けて、リゼを守るために尽力したのだとしても、それはレイジには全く関係のないことだ。

 

 村を焼かれ、七星に復讐を誓った。その過程の中でリゼとヨハンは出会った相手に過ぎない。何処かの誰かを自分に投影していたとしても、それは決して自分ではない。そんな妄想じみた言葉にいつまでも付き合っているわけにはいかないのだ。

 

「あくまでもシラを切るつもりか。いいや、あるいは、お前は本当に一度死んだのかもしれないな。だから、何もかもを忘れてしまったのかもしれない。どっちでもいいさ、覚えていようといまいと、やることは変わらない。お前を斬る。それだけだ」

 

 二人は決して交わらない。二人は何処まで行っても平行線だ。互いに互いを知らぬからこそ、届かない言葉は、やはりどちらかの血を以てしかこの場を収めることが出来ないのだと主張する。

 

 その果てに何が待ち受けているのかもしらず、過去より続いてきた因縁の清算を求めるように、決着の時は近づいていた。

 

第16話「三原色」――――了

 

――君の運命の人は俺じゃない、それでも俺は出会った時からずっと思っている。君が綺麗だと

 

次回―――第17話「Pretnder」

 




次回は通常通り3日後の更新となります、ヨハンとの戦いもいよいよ決着の時が近い!

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第17話「Pretnder」①

 ギリシアの狩人、アルゴーの船に乗り、後にトロイア戦争の英雄として確固たる名声を刻んだ英雄ピロクテーテス、ギリシア最高峰の英雄であるヘラクレスの親友としても知られる彼の人生は決して順風満帆なものではなかった。

 

 アルゴーの船に乗っての航海の最中、彼は冒険者としても有名なオデュッセウスによって、とある島に置き去りにされた。勿論、すぐに迎えが来るまでの辛抱であると彼は考えた。自分の仲間たちが自分を置き去りにするわけがない。何かの間違いであろうと、彼はずっと自分を迎えにくる仲間たちを待ち続けた。

 

 島の中は決して安全な訳ではない。自然とは神が人に与えた試練そのもの、狩人とはその神が与えた試練を乗り越えて必要な物資を手にすることができるものである。

 

 幸いなことにピロクテーテスは狩人であった。ギリシアの神話に名を遺すほどの狩人である彼は置き去りにされた島の中で生き続けることが出来た。それは果たして幸せなことだったのか、あるいは早々に命を落としていた方が幸福だったのか。

 

 彼の手には盟友ヘラクレスがヒュドラを討伐する際に使った弓があった。その弓を使い、彼は洞窟の中で雌伏の時を過ごした。最初は仲間が戻ってくることを信じて、しかし、数年も経過すればそのような甘い夢を抱くことがどれ程愚かであるのかはすぐに理解できる。

 

 彼は自分が置き去りにされたことを理解した。毒蛇にかまれた足は治ることなく、引き摺りながらも狩りを続けた。それでも、狩猟をして、生活をすることが出来たことこそが、彼もまた規格外の英雄であったことを示しているわけだが、彼にとってはどうでもいいことであった。己の持ち得る者で彼はただ生き続けた。理由があったわけではないが、死ぬ理由もなかった。かといって、島を出て、オデュッセウスに復讐を為し遂げようという思いもなかった。

 

 彼は停滞を選んだのだ。この島の中で自然に身を任せながら、天命を待つことにした。いずれ終わる命であることを受け入れて、ただ、その中で生き足掻くことを選んだのだ。

 

 そうして何もかもを諦めた頃に、彼らはやってきた。トロイア戦争に勝利を齎すためにはピロクテーテスの持っているヘラクレスの弓が必要である、その神託を受けたオデュッセウスはおよそ10年ぶりにその島を訪れた。

 

 総てはトロイア戦争に勝利するために。そのためであれば、ピロクテーテスの憎しみをも受け止める必要があると。

 

 そうして顔を合わせた彼らが穏便に事を進めるはずもなかった。もう出会うことはないと思っていた者同士の再会が、すべて感動の再会になることなどない。それは誰よりもピロクテーテス自身が知っている。

 

 そう、まるでかつての自分たちのように激昂するヨハンの姿にどうして彼があそこまでレイジに拘っているのかをアーチャーは理解した。言葉では止まらない。彼らは何かしらの決着を付けない限り、どんな中座な結末を持ってしても、納得に辿り着くことはできない。

 

「となれば、こちらもサーヴァントとしてやるべきことをするだけだな。サーヴァントはマスターに勝利を齎すもの、その基本原則に立ち返って戦えばいい」

 

「うっ、おおおおお!」

「アヴェンジャー、僕の矢を悉く受け止めてでも前に進むというその豪胆さは評価しよう。僕は君のような勇敢な戦士を尊敬する。僕は生きるために戦う者たちを尊敬する。だからこそ、英雄として君を殺そう。英雄として君を破滅させよう。淡々とね」

 

 アーチャーが放つ無数の矢を身体で受け止めながらもアヴェンジャーは愚直に突き進む。その身体に与えられる矢が全くダメージにならないわけがない。しかし、狭い通路の中でアヴェンジャーと向かい合うアーチャーの矢を弾く手段は他に存在しえないのだ。結果的にそうせざるを得ない状況、むしろ、それこそがアーチャーによって与えられた罠であるとも言えよう。

 

「だが、その苦難の旅もようやく終わる」

「よくも此処まで耐え抜いたものだよ」

 

 アヴェンジャーの身体がいよいよ、その武器でアーチャーの身体に届く位置にまで近づく。いかに圧倒的な耐久力を誇っているアーチャーであったとしても矢を放つ動作すらも満足に行えない近接戦闘ではただ的となって破壊されるしかない。その結末を見通して、偃月刀を振り上げ、アヴェンジャーはアーチャーの身体へとそれを届かせんとして、

 

「我が弓、大英雄ヘラクレスの弓を、そう簡単に攻略できるなどと思ってくれるなよ」

 

 瞬間、アーチャーの手に握る弓が光を放つ。同時に、アーチャーの指先には九つの矢が握られ、振り下ろされる偃月刀の一閃に対して回避も防御もするわけではなく、彼はむしろ、攻撃態勢を取った。

 

「彼が編み出したのはあらゆる武技における攻撃手段、この弓を受け継ぎし、我が手にはその奥義も伝授されていればこそ―――受けろ、大英雄の高速連撃『継・射殺す百頭(レガシー・オブ・ナインライブス)』!!」

「ぬっ、がっ、ぎぃああああああああああ!!」

 

 その瞬間に行われた攻撃はまさしく絶技と言うに相応しい技であった。かつて大英雄ヘラクレスが編み出した高速九連撃の技、それは本来剣や斧といったヘラクレスの主武装で行われることを想定した技であったはずだ。

 

 しかして、彼は真なる大英雄、自分自身が持ち得るあらゆる武器によって、その高速九連撃を実現して見せた。その技の一端、弓による高速攻撃をヘラクレスはピロクテーテスへと伝授し、そして今、その技は宝具としてアヴェンジャーに叩きこまれた。

 

 まるで一つの矢が九つに分裂したかのように放たれる超高速の九つの矢、近づけば、矢を放つための時間的なロスから絶対的な優位に至ることができるという目論みは失敗に終わり、アヴェンジャーにとって致命的なダメージを与えられる結果となった。

 

『おいおい、さすがにこれはマズイぞ』

『喰わってはいけない攻撃を喰らってしまったって感じだね、流石に不味いけど……』

「否―――まだだ、まだお前たちの宝具を使うべき時ではない。今は耐える、耐えぬいて見せる!」

 

 いよいよ自分たちの力を使わなければならないかとハンニバルとユダが口にしたが、いまだにティムールは耐えぬいて見せると口にした。

 

(アーチャーの宝具を見破ることが出来なかったのは、我の責任。先に力を解放すれば、この狩人は淡々とその弱点を突いてくる。決めるのならば一撃だ。一撃でアーチャーを葬る攻撃を実行できなければ敗北するのは我々だろう。ならばこそ、まだ切り札を切るべき時ではない)

 

 完全に虚を突かなければならない。この冷静沈着、あらゆる状況に対応することを是としている狩人をほんの一瞬でも気を逸らす状況でなければその一撃を放つことはできないと思っている。

 

「我がマスターよ、その為にはお前の力も必要だ……」

 

 アヴェンジャーだけではそれを為し遂げることはできない。ヨハンに圧されているマスターだが、このままで終わるはずがないとアヴェンジャーも信じている。彼であれば絶対にやり遂げてくれると心から信じているのだ。

 

 その期待に果たして応えることができるのだろうか。何かしらの変化を起こすことが出来なければ、レイジもアヴェンジャーもこのまま当然のように敗北するしかないが……

 

「はぁ……はぁ……」

 

「限界だよ、必死に食らいついているようだけど、お前はもう限界が来ている。そもそも、あれからどれだけの時間が経っていると思っている。あの時から変わっていないお前と、成長した俺では基礎体力からして違う。どうしてお前があの時のままなのかはわからないけどな」

 

「だから、お前は、誰のことを言っているんだよ。俺は、お前のことなんて知らない。俺はターニャと同じ村で生活をしていて、それで、ヴィンセントのクソ野郎に村を焼かれて、それで……それで……」

 

(記憶が混濁しているのか? コイツは間違いなく、スラムにいたアイツだ。リゼはあれから年月が経って、アイツが普通に成長していると思っているから、似ている程度だと思っていたんだろうけれど、俺は決して忘れない。お前の姿も声も反応も、その総てがあの時のお前だ)

 

 何かしらの事情があるのだろう。そもそも、レイジの姿はヨハンからすれば7年以上前の記憶している姿である。その時から全く成長をしていないなどありえないし、もしも、本当に彼がヨハンの知る本人であるとなれば、人工的な何かしらの措置を受けているであろうことは間違いない。

 

(仮死状態に追い込んだうえでの冷凍保存、魔術による成長の阻害、方法は幾らでもある。何せ、こいつは王国に依頼されたヴィンセントに連れ去られている。王国があの時から星家、あるいはカシムの奴と繋がっていたんだとすれば、何をされていたとしてもおかしくはない)

 

 王国にとって、彼を生かしておく理由は全くない。生きているとすればそれは単純に実験動物以外の何者でもない。どんなことをされたのかなど想像する気もないが、七星を殺戮するための存在として甦ったことも含めて、既に彼はヨハンとかつて言葉を交した少年とは全く別の存在なのだろう。

 

(憐れだな、お前のことなんて知ったら、またリゼは自分を責める。だから、もう二度とリゼとお前を会わせることはない。彼女の知らないところで、あの時のように消えて行け)

 

「がっ、ぐぅぅ……!」

 

 ヨハンの一閃を大剣で受け止める。自分自身の身体から流れている魔力を纏わせることによって一時的に強化した大剣がヨハンの攻撃を受け止めることに成功し、鍔迫り合いに持ち込んだ。

 

「相変わらずしつこいな、お前は!」

「そんなに俺のことが邪魔なのか……?」

 

「ああ、邪魔だよ」

「ようやく手に入れることが出来た場所を捨てるのは恐ろしいんだもんな」

 

「なに――――?」

「………、俺は何を言って……がっ!」

 

 鍔ぜり合う最中で、ヨハンが剣を翻して、レイジの身体に蹴りを入れて、吹き飛ばす。床に叩き付けられたレイジはゴホゴホと咳き込む、以前の傷も完全に癒えているわけではないが、ここまでヨハンにやられっぱなしであったことから、既に身体は満身創痍であると言えた。

 

「今のは……何だ?」

 

 しかし、レイジは自分の身体の負傷のことなどどうでもよかった。それ以上に気にかけるべきことが自分の身体に起こったからである。まるで自分ではない、何かが自分の口で喋ったような感覚、不気味なそれはまるで自分自身を汚染しているかのような感覚さえも覚えさせる、

 

「はぁ……はぁ……はぁ……何だこれ、身体中が熱い」

(力が欲しいのか?)

 

「はぁ……はぁ……誰だ、お前は……」

(力が欲しいのか?)

 

 レイジの問いにそれは答えない。全身の魔術回路が励起し、強制的にレイジ自身の身体を燃え上がらせるような何かが自分の中で力を漏らしている。まだだ、まだ戦える。お前の力はこんなものではないとでも言わんばかりに……。

 

(この感覚は、初めて、じゃない。あの時に、ヴィンセントとの戦いの時も、灰狼との戦いの時にも浮かんだよくわからない、俺でありながら俺ではない力、それが今、俺の中でまた浮かび上がろうとしている)

 

 使えるものは何でも使う、レイジ自身もその考えであることは間違いないが、その力を使っても良いのかどうか逡巡してしまう。脳裏に浮かぶのは、散華の姿だ。

 

 彼女は自分の身体の中に流れている七星の血に身を任せることによって、結果的に破滅を呼びこむこととなってしまった。レイジ自身も人造七星紛いの存在である。これまで使ってきた力以上のモノを望んだことによって、何かの力に自分自身を奪われるのではないかと言う怖れを覚えたことは自然な成り行きであると言えよう。

 

「だが……」

 

 同時に思う。今の自分ではどう足掻いてもヨハンに勝つことはできない。グロリアス・カストルムで対峙した時にも基礎的な戦闘力の差によって敗北を喫した。その再現をするように今回も圧倒されている。

 

 レイジにとって最も厳しいのは、七星の魔力を使ってヨハンがレイジを圧倒しているというわけではないことだ。ヨハンがこれまでに積み重ねてきた修練の成果、騎士としての技術を以てレイジを圧倒している。それを越えるには文字通りの特殊な力を使うか、武技でヨハンを上回るしかない。そして後者については、つい先日まで、ただの少年でしかなかったレイジに用意できるものではない。

 

(力が欲しいのか?)

 

 なおも、身体の中から聞こえてくる声はレイジに選択を迫ってくる。お前はどうしたいのかと。

 

「………決まっている!! 俺は勝たなければならない。俺の復讐の為に、俺の願いの為に。この戦いの果てに、地獄の先に花を咲かせるために俺は……こんな所で負けているわけにはいかないんだよ!!」

 

 何もかもを道半ばで諦められるようなバカにはなれない。此処まで頑張って来たんだからそれでいいじゃないかなんて言えるほど、楽観的な人生を送ってきたわけではない。

 

 奪われればすべてが終わるのだ。自分の願いを貫き通すには最後まで勝ち続けるしかない、勝ち抜くしかない。何かに自分を呑み込まれるかもしれないとしても、ここで終わる命に比べれば、ほんの僅かでも可能性が残っているのだとすれば、レイジはそれを掴みとる。その我武者羅さこそが今日まで彼を突き進ませてきた原動力なのだから。

 

(ならば叫べ……! お前の力を解放するために……!)

 

「ぐぅぅ、ああああああああ――――星脈拝領、憑血接続開始、ここに七星の血を解放する!!」

「なっ、ば、バカな……、魔力の解放だと、まさか、お前……!」

 

 ありえない、そう思ったが、すぐにヨハンは思い返す。ああ、そうだ、彼の少年もまた忌み血、すなわち七星の血族に他ならなかった。これまでレイジが七星の力を解放して来ることがなかったからこそ、彼の魔術回路がそこまでに至っているとは考えてもいなかったが、七星の魔術師であれば当然にその力を使えることは自明の理だ。

 

「本当に、どこまでもどこまでも、お前は俺の前に立ち塞がってくれるな!」

 

「当たり前だ、何度も何度も言ってきたはずだ。俺はお前たち七星を全てを倒す。その果てに俺の復讐は完遂される。その時を迎えるまで、俺は死ぬわけにはいかないんだよ。何があろうとも絶対に……俺は、お前を倒して、星灰狼たちの下へと辿り着く!!」

 

「七星の力を解放したからなんだ、それでも勝つのは俺だ。あの時のようにはならない。あの時の俺とは違う。ずっとリゼの下に帰ってこなかった奴が今更、戻ってきて、デカい面をすることが許せないんだよ!!」

 

 赤と黒の剣士が再び対峙する。七星の魔力を解放したレイジは何をしてくるかわからない。警戒は必要だ、しかし、ヨハンは自分が負けるなどとは露にも思っていない。やはり、どの角度から考えても自分が敗北する展開は考えられない。基礎戦闘力で完全に圧倒している以上、例え、七星の魔力による摩訶不思議な特殊能力を用いたところで自分が推し負けるはずが―――

 

「くっ――――」

「うっ、ああああああ!!」

 

 しかし、その変化は激突の最初の一合目から出た。ヨハンがレイジの態勢を崩すために放った攻撃に被せる形でレイジの大剣が蛇腹剣の形状へと変わり、ヨハンの刃を避けると同時に、彼の身体を刻む鎌鼬へと変貌する。

 

 ヨハンの放った一撃が空を切り、代わりにレイジの放った刃がヨハンの身体を削る。カウンターと言うよりも完全に虚をつかれた攻撃、これまでまったく当てることが出来なかった攻撃は、さながらヨハンの行動を予測していたかのように放たれる戦闘経験値に基づいた攻撃であった。

 

(くっ、身体を刻まれた。だが、このタイミングの合わせ方、むしろ、俺が何処に攻撃をしてくるのかが分かっているかのように―――)

 

「なるほど、こういうふうに使うのか」

 

 言うが早いか、鞭がしなるように蛇腹剣が動きだし、ヨハンの胸元へと飛び込んでくる。同時にレイジは動き、さながらダンスを踊るかのようにして、蛇腹剣が曲線を足掻きながらヨハンへと迫り続け、ヨハンの持つ騎士剣を以てその変幻自在の蛇の牙を迎撃する他ない。

 

(これまでのコイツの攻撃は大剣を力任せに振うか、この形状を目くらましに使うかだけで、コイツ自身は棒立ちのまま、戦っているに等しかったが、コイツ自身が動き回りながら戦うことで、余計に動きを分かりづらくさせたか。加えて、コイツの刃は七星の魔力を奪う。これは長期戦になればなるほど露骨に意味を増して来る……!)

 

 ヨハンは認識を早々に改めた。七星の魔力を解放させたところでレイジなどものの数にも入らないという認識は間違いであると、明らかに七星の魔力を解放してからレイジの戦闘には変化が生じている。

 

これまであくまでも、レイジ自身の戦闘経験と発想、そして身体能力によって行われていた戦闘に、より効率的に、より最適な戦い方が加味されている。

 

 七星の戦闘経験値、七星の血を継ぐ者たちが基本的に与えられる戦闘のバックアップが十全に機能を始めているのだとヨハンは理解した。血の濃さが強くない自分であってもその恩恵には預かっている。最たるパターンは七星散華の超反応であろうが、レイジもヨハンもさすがにそこまでの力を発揮することはできない。あれは宗家に生まれた散華だけが実行できる特殊能力の類であると言える。

 

 しかし、極端な例であるというだけで、レイジが実行している能力もまた同じである。膨大な戦闘経験値に基づいた合理的な戦闘方法の算出、それがヨハンとのこれまでの戦い方を加味して、レイジにより最適な戦い方を算出して与えている。加えて、大剣と蛇腹剣、二つの全く異なる戦闘スタイルが選択肢を無数に増やしているのだ。

 

 レイジは蛇腹剣を縦横無尽に動かしながらも、自分自身も動き回り、ヨハンの反応が防御から攻撃に転換しようとしたところで蛇腹剣を高速で大剣へと戻すと、力任せにヨハンへと刃を叩きつける。

 

「がっ、ぐぅぅ………!」

「さっきまでの余裕ある戦い方じゃなくなってきたな」

 

「馬鹿を言え、お前の戦い方が変わったことに順応しようとしているだけだ」

「さっきまでなら、俺の戦い方がどうなろうとも自分に勝てるわけがないって自信満々じゃなかったか?」

 

「減らず口まで増しているとは、まったくもって度し難いよ、お前は!」

 

 ヨハン自身も七星の魔力を解放し、攻勢に打って出たレイジを力任せに振り払う、体勢を崩されたレイジは空中で姿勢を取り戻し、攻守交代したヨハンの刃を受け止める。

 

 ヨハンの攻撃もまた重い、先ほどまでの攻撃も重かったが、今度はそこに力が乗っている。戦意、殺意、そうした感情が積み重ねられて、余計に力が増しているのだ。

 

「調子に乗るなよ、周回遅れが! 今更、七星の血を有効に活用できるようになったから何だっていうんだよ。それくらいは俺にだってできる。他の連中にだってできる。スタートラインに立ったくらいで喜んでいるんじゃない。想定外であったとしても予想外であったわけじゃない。お前なら……、俺を倒して、彼女を救ったお前ならそれくらいはやって見せると俺だって覚悟している!!」

 

 むしろ、これまでのレイジが不甲斐なさ過ぎただけであるともヨハンは思っている。本来の彼ならば、あの日、スラムで自分を制してリゼを救った彼であればこんな簡単に敗北するなんてことはありえない。敵であるからこそ、あっさりと敗北するのであればそれで構わないと思ってもいたが、改めて実力を発揮したレイジとこうして対峙して分かる。

 

 こうでなくてはならない。このレイジを越えることが出来なければ、自分はかつての過去を払しょくすることはできない。リゼの騎士として彼女の隣に立つことはできない。

 

 リゼの騎士として王宮に来てから学んできたあらゆる力を以て、レイジを乗り越えてこそ、ようやく自分はあの日の自分を越えることができるのだ。

 

「歓迎してやるよ、亡霊。よくぞ、帰ってきた。僕が僕であるために、俺が過去の俺を越えるために、俺はここで貴様を斬る!」

「知ったことか、お前が七星である限り、俺はお前をここで斬る!」

 

 互いに決して交わることのない激情を発露しながら激突する。二人の戦いは何処まで行ってもすれ違いだ。ヨハンの言葉を理解するにはレイジがかつての少年であったことが断定されなければならないが、レイジはヨハンが口にするような記憶は一切持ち合わせていない。

 

 対してヨハンもレイジの事情など知ったことではない。灰狼やヴィンセントのような悪党に対して復讐心を向けるのは理解できるが、七星全員に殺意を向けるその異常性を理解しようという気にはなれないし、リゼに手を出そうとしている時点で彼は敵だ。

 

 ゆえに交わることはなく、分かり合うこともなく、相手を叩き潰して捻じ伏せることだけが彼らの戦いである。

 

「ぐっおおおおおおおお」

「くっ、どこから、それだけの力を発揮する!」

 

 レイジの戦い方がこれまでのモノとは大きく変わってきている。先ほどの蛇腹剣を使いながらの戦闘行動でも顕著であったが、大剣での戦い方ではそれがさらに顕著になっている。これまでの力任せに相手を破壊しようという鉄を鉄のままぶつけているような戦い方ではなく、相手の武器を破壊するために攻撃を放つ。その重さを利用して軋ませ、相手の武器をすりきらせる。そういう戦い方に変わったことをヨハンは実感した。

 

 やっていること自体は素人目に見れば変わらないだろうが、レイジの戦い方はいやらしい。何度も何度も武器をぶつけ合うことになれば、その威力や重さで考えてもヨハンの遣っている剣が先に摩耗する。かといって、総てを避けるために意識を割けば蛇腹剣による曲線軌道での攻撃が襲い掛かり、結果として真っ向からの激突へと状況を変えさせられる。

 

(散華のような超反応もカシムのような鋼鉄の身体も俺は持ち得ない。どこまでいっても、想定できる人間の身体の範疇での戦いしかできない。ちっ、こっちを逆手に取られるとはな)

 

 基本に忠実、騎士としての戦い方で戦っていたヨハンは確かに隙を伺うという点ではそのボロを出す場面がかなり少ないのは間違いない。ただし、それは格下が格上に勝つための戦いという観点での話になればと言う所がある。

 

 レイジの戦い方が変わり、ヨハンとのパワーバランスが変わり始めてきている。真っ当な武技としての実力差で言えば、やはりヨハンが一日の長があるが、勝てばいいという観点で考えれば必ずしも、ヨハンが絶対的に有利な訳ではない。

 

 相手の武器を破壊する、相手の身体を刻む、その上で七星の血に目覚めたことによる反応速度の常勝は単純な変化であるとはいえ、この戦局を変化させるには十分すぎる要素であった。

 

『ほぉ、雲行きが変わってきたようじゃのぉ』

『さすがは僕たちのマスターだね、転んでもただでは起きない。そういう予想を裏切ってこそ、だよ。それで、僕たちはどうするんだい、ティムール。まさか、このまま終わるなんてことにはならないよね?』

「無論……我らが主が戦い続ける限り、我らが先に諦めるなど許されるはずもない」

 

 先ほどまではマスター同士の戦いも大きな劣勢に晒されてばかりだったアヴェンジャーだが、ここに来てレイジが復調した。セレニウム・シルバでの戦いからレイジが何度か見せた謎の覚醒、ここでも結局その覚醒の意味はわからないが、あの状態になったレイジであれば、ヨハンに対しても勝ちを拾える可能性は限りなく高まってくる。

 

「希望を抱くのは結構だが、君たちは勝てないよ。先のナインライブス、やせ我慢で耐えきれるものじゃない。アヴェンジャー、君の身体は君が思っている以上に重傷だよ、マスターよりも先に君が消滅することを危ぶんだ方がいいほどにね」

 

「フッ、どこまでも淡泊だな」

「それが性分だからね。でなくちゃ10年も置き去りにされて、まともな精神ではいられないよ。君たちのように復讐を考えたわけじゃない。こういう性格だったからこそ、最後には許す事も出来た。淡泊なのが悪いことばかりではないさ」

 

「そうか、そうした境地に達することはできないな。我らは奪われれば奪い返す。報復には報復をする。当たり前のことを当たり前に相手に返す。それが草原の民の生き方だ」

『僕は復讐って言うよりは裏切り者なだけなんだけど』

『儂は復讐のためだけに生きてきたようなものじゃしな、ぐははははは、儂ら全員、ギリシアの狩人の価値感を理解できる者はおらんようじゃのう!』

 

 ティムールの反論にユダとハンニバルも同調する。淡々と人生をこなしているだけであれば、アヴェンジャーになどなりはしない。激情を燃料に己の願いを叶えるために疾走を続けるからこそ、復讐者のサーヴァントとして顕現するだけの力を与えられた。

 

 総てはレイジ・オブ・ダストを勝利させるために、それを果たすまでは、どれ程の重傷を受けても、どれほどの死地に立とうとも、彼ら三人は諦めない。

 

 出会いは決して互いに望んだものではなかった。三人一つの身体に押し込められた不便もあるし、レイジ自身に感謝をされたこととて、数えるほどしかない。

 

 だが、自分のマスターが、自分たちの主に相応しいのかを見極める程度の力はあると自負している。

 

 レイジ・オブ・ダストは自分たちの主に相応しい。復讐に塗れながらも青臭い自分自身の正義を信じて、惨めな末路になることを予感しても、ささやかな幸福を願わずにはいられない精神性、それは彼らが戦いの中で摩耗し、それでも輝かしいと思えるだけの光を放っている。

 

 彼らは正しさでは動かない。戦に塗れた草原の民には絶対的な正義などなく、復讐に総てを費やした軍略家には悪と呼べる道こそが正義であり、裏切りの使徒にはそもそも、正しさという概念自体が存在しているのかも怪しい。

 

 彼らは正しさでは動かない。彼らは己の主の信念に絆されている。この少年の良く末を見届けるために戦っているのだ。当然、彼よりも先に自分たちが消滅するなど、そんな愚かな結末を認めるわけにはいかない。

 

「価値感がそぐわないことは受け入れたさ。どだい、これは聖杯戦争、君たちと僕が分かり合う事が出来たとしても、どちらかが消えるしかないこともまた明白だ。マスター同士の戦いに変化が生まれたとしても気にすることはない。僕は只君を射抜き、倒すだけだ。ヨハンは君たちのマスターには負けない。勝つと信じているからね」

 

 確かに状況に変化が生まれたことは認めよう。しかし、それがどうしたとあえてアーチャーは思う。ヨハンが負けたわけではない。盛り返したとしても、ヨハンの能力の特性を考えればここからこそが、ヨハンにとっての真骨頂、追い詰められれば追い詰められるほどに彼は強くなる。

 

 故にギリギリでヨハンに追いついたところで、逆転をすることができるのかと言われれば答えはノーだ。結局は改めて逆転されて磨り潰される。抵抗せずに殺されるのか、抵抗をして殺されるのかの違いでしかないのだから。不安がる必要はない。

 

 淡々と戦っているだけであるように見せながらもアーチャーはアーチャーで自分のマスターのことを信頼している。ヨハンは確かにレイジとの戦いで不要な感情を向けていることが多くあるとは思うが、それでも、彼がリゼの為に戦うという点をはき違えることはない。元よりリゼを勝たせるという目的の下に動くことは了承済みだ。そこから逸れることがないのであれば、アーチャーはヨハンの行動を咎めるつもりはない。

 

『んで、実際にどうする? マスター同様にあ奴も自分から隙があるような戦い方をする奴ではないぞ? 遠距離は奴の領域、近距離でも当たり前のように攻撃してくる。隙がなく、自分の戦い方を通すことができる相手、それだけでも十分に脅威じゃからのう』

「戦い方は変わらん。最後は斬って捨てる他ない。だが、こちらの身が持つかどうかは問題ではある」

 

 先の宝具による一撃、カウンター気味に叩きこまれた一撃はアヴェンジャーの霊核にあわや届くかどうかというほどのダメージを与えていた。アーチャーの見立てには間違いはない。このまま戦っているだけでも魔力消耗でアヴェンジャーは消滅するだろう。

 

「ハンニバル、お前の宝具で活路を開く。そのために死地へと飛び込むぞ」

 

『まぁ、そうなるか』

『その前に君が耐えきれなくちゃ何の意味もないけれどね』

「安心しろ、諦めの悪さでは我も早々負けん。正念場だ、勝つためには何もかもを捧げる。我らのマスター同様でいいではないか」

 

 それも確かにと三人は思う。レイジも自分の限界すらも突破してヨハンを越えるために戦っている。ならば、今度は自分たちもそのように考えるのはパートナーとして自然の流れだ。

 

「来るか」

 

 その気迫の変化にアーチャーも気づき、再び激突の時が来るであろうことを理解する。

 互いの主のために捧げる勝利を手にするために彼らは戦い続ける。その気迫に応えるように、レイジもまた気迫を口から漏らす。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「くっ、ここまで――――なっ!?」

 

 レイジの気迫によって叩きこまれた一撃にヨハンの剣が手から零れる。ここまで、レイジを圧倒し続けてきたヨハンによって、それは初めての劣勢、そしてその劣勢はそのまま勝負を決めかねないほどの隙を生み出すことに繋がった。

 

「喰らえぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 下段から上段に向けての力任せの振り上げ、まだ少年の体躯でしかないレイジのどこにそんな力があるのかと思えるほどの一撃がヨハンへと襲い掛かり、回避をしようにも剣を弾かれたことで痺れて締まった体は万全の動きを発揮できずにその切っ先がヨハンの身体を突き上げるように切り裂く。

 

「がっ、ああああああああああああ!!」

 

 レイジの筋肉がブチブチと悲鳴を上げる、想定もしていないような動きに身体が悲鳴を上げているが、レイジは全く斟酌しない。身体の痛みなど後で幾らでも受け入れる。今はそれよりも、ようやく掴んだ勝利のチャンスを絶対に棒に振るわけにはいかない。

 

「舐めてくれるなよッ!!」

 

 瞬間、ヨハンの掌から魔力が発露し、レイジへとそれが叩き付けられて吹き飛ばされる。純粋な剣技でも何でもなく持ち得る魔力を無理やりに弾いて叩き付けるだけの不恰好極まりない攻撃、しかし、それさえもしなければならないほどに危機的状況であったことは事実だ。

 

 ヨハンはすぐさま、弾かれた剣を拾い上げ、戦闘態勢を継続するが、斬られた箇所からは流血し、嫌な汗が身体に浮かんでくる。体内の魔力で自己回復を始めるが、散華やリゼのように七星の血が濃いわけではないヨハンは決して七星の魔力を十全に使用することができるわけではない。

 

(あれだけの大きな剣だ、避けたにもかかわらずこれとは、直撃していたら死んでいたぞ……くそっ、回復魔術はそこまで得意じゃない。いつもはリゼに任せていたからな。ああくそ、考えるな、リゼがいてくれたらなんて考えるのは弱気になっている証拠だぞ、ヨハン……!)

 

 リゼがいないからこそ決戦を目論んだのだ。そこにリゼがいる可能性を考えるなど情けないことこの上ない。

 

 自分一人だけの力で勝利をする。そうでなければ意味がない。自分はあの日からずっと彼を越えることが出来ていないことを証明するだけになってしまう。

 

「使うさ、あらゆる全てを使って勝つんだろう? だったら、俺も同じだ。星脈拝領、憑血接続開始、ここに七星の血を解放する!!」」

 

 そして、ヨハンもまた七星の血を解放する。かつて、セレニウム・シルバの戦いでタズミ・イチカラーを討ち取った際に使用した力を今再びこの場所で因縁の敵を倒すために開放する。初めてその力を知ったのは、あのスラムでリゼを攫った時だった。そして今、こうしてリゼを守るためにその力を使っている。

 

(数奇な運命だ、神と言う存在がいるのであれば、そいつはどうしようもなく悪辣だ。けれど、一つだけ感謝をする。どんな数奇な運命であろうとも、俺のクソみたいな人生でリゼを出会わせてくれたことに。それだけは心から感謝をする)

 

 彼女の為にと口にしながらも彼女の望んでいないことをする。どうしようもないエゴだが、それが結局は自分なのだ。自己中心的でもなんであっても、運命の人間ではない自分に出来ることはそれだけでしかない。

 

「世界に知らしめるだけだ、リゼの隣に立つのはどちらなのかを」

 

 お前にだけは絶対に負けるわけにはいかない。その気持ちを吐露しながら、ヨハンとレイジの激突は次のステージに向かう。しかし、決着はそう遠くはないだろう。まもなく戴冠式は終わりを迎える時間が近づいてきていたのだ。

 




【CLASS】アーチャー

【マスター】ヨハン・N・シュテルン

【真名】ピロクテーテス

【性別】男性

【身長・体重】189cm/70kg

【属性】中立・善

【ステータス】

 筋力D 耐久A 敏捷D

 魔力C 幸運E 宝具A

【クラス別スキル】

対魔力:C
第二節以下の詠唱による魔術を無効化する。
大魔術、儀礼呪法など大掛かりな魔術は防げない。

単独行動:A
マスター不在でも行動できる。
ただし宝具の使用などの膨大な魔力を必要とする場合はマスターのバックアップが必要。

【固有スキル】

千里眼:B
視力の良さ。遠方の標的の捕捉、動体視力の向上。
また周囲の環境の僅かな兆候を読み取っての、未来予測さえもが可能。

矢よけの加護:B
飛び道具に対する防御。
狙撃手を視界に納めている限り、どのような投擲武装だろうと肉眼で捉え、対処できる。

毒耐性:A+
毒に対する耐性、呪詛や宝具であろうと毒ならば即時に抗体を生み出して順応してしまう。
数多くの怪物や大英雄の生命を奪ったヒュドラの毒に、十年に及び耐え続けたアーチャーが
身につけた異能。

【宝具】
継・射殺す百頭(レガシー・オブ・ザ・ナインライブズ)
ランク:A 種別:対人~対軍宝具 
大英雄ヘラクレスに、その弓と共に伝授された万能攻撃宝具。
一つの兵装ではなく 生前の偉業「ヒュドラ殺し」で使った弓の業を元にヘラクレスが編み出した、
言わば「流派・射殺す百頭」。その本質は、攻撃が一つに重なる程の高速の連撃にある。
状況・対象に応じて様々なカタチに変化する「技」であり、剣や槍・斧といった他の武具でも使用可能。
アーチャーはこれを特に弓の技として昇華させ、自身の業とした。トロイや戦争においては、太陽神と
美神両柱の加護を受けたパリスを死に至らしめ、ギリシア側を勝利へと導いた。


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第17話「Pretnder」②

 ―――気付けば10年が経っていた。

 

 毒に犯され、足の自由が利かなくなっていた己をオデュッセウスが島に置き去りにしてから、それほどの年月が経っていたことに驚きを覚えていた。年月を長く感じたことはない。洞窟の中で自分の生きる道を確立し、来る日も来る日もただ生きるために狩猟を続ける日々は、常に戦いだった。

 

 自然の中に身を置き、自然の中で自分の生を掴み続ける毎日、人間としての欲望は徐々に減っていき、その日一日を生きぬくことにだけ集中する日々は決して悪いものではなかったと考えていた。

 

 だからこそ、10年も経過して今更迎えに来たことについて憤りを覚えた。あまりにも都合がイイ、こちらの状況など何一つとして考慮しておらず、自分たちの都合だけで迎えに来た連中を僕は当初、本気で侮蔑した。

 

 あまりにも非道が過ぎる、今更、和解など求められたところでそんな都合よく許してやる道理などこちらには全く存在しない。過酷な自然の中で対峙してきた獲物たちよりもなお、迎えに来た同胞たちの姿は醜く映った。

 

 彼らと会話をして自分は心のどこかでギリギリでも否定をしていた自分が騙されていたのだという事実を認識することになった。半ば確信を覚えていたとはいえ、それが決定的になったということがどれ程自分の心に絶望を与えるのかということを強く痛感させられたのだ。彼らの申し入れを聞いて、彼らとともに島を離れるのか。それとも、彼らの差しのべた手を振り払い決別してでも、この島での自分を貫くのか。決断の時間は決して長く存在していたわけではない。

 

 この島の中の生活に順応し、半ば人間としての生活を停滞させてしまった僕にとっては、彼らを受け入れなければならないほどの理由はなかった。今更、差しのべられた手を取る理由がどれ程あるのかと自問自答をしたのは間違いない。

 

 ただ、結果として僕はもう一度彼らの手を取る決断をした。オデュッセウスが己の過ちを謝罪してきたからという理由もあるが……、それでも、僕は彼らを許したのだ。

 

 淡々と島の中で狩猟の生活をし、極限にまで自分を自然の中の一生命として同化させていく。そんな生活を10年以上続けてきたからこそ、行きついた境地でもあったのだろうか、個人的な意地と自分自身がこの世界の中で為し遂げるべきこと、それを天秤にかけて、僕は後者を選ぶことが出来た。どれほど、わだかまりが心の中に存在していたとしても、僕がこの島を離れるに足りるだけの理由が生まれたのだと自分を納得させることが出来た。

 

 この世は不条理である。自分がどれ程悩み決断したことであったとしても、世界の流れの中では、当たり前のようにその決断を無意味であったと思い知らされることがある。

 

 それでも、道理も何もを覆してでも、その世界の流れのために決断をしなければならない時と言うものはやってくるのだ。人もまたこの世界に生きる生命の一つであればこそ、大きな運命の流れに逆らうことはできない。

 

 だからこそ、淡々と己の役目を全うすればいい。その役目がたとえ自分の求めるものとは違っていたとしても、役割を果たした先には確かな意味があるし、不条理であったとしても許すことのできる土壌が生まれる。自分はそのように思っているし、己のマスターも根底ではそれを理解していると信じている。許してでも、それでも得られるものは確かに存在するのだと。

 

(マスター、我が主よ、今でも過去の己に囚われて、前に進むことを怖れる者よ、君も本当は気付いているはずだ。誰よりも自分自身を縛っているのが自分であることを。それを解放することができない限り、君は前に進むことができないことを)

 

 感情は時に人の決断を鈍らせる。それは君にとっても同じことだろう。気付いてしまえば簡単な決断であったとしても、それを選ぶことができないもどかしさこそが辛い所であることは経験がある身として理解している。

 

(僕はその上で君が決断を下したのならばそれを尊重しよう。あくまでもマスターとサーヴァントの関係でしかない。僕が君の人生にモノを申すほどの何かを持ち合わせているわけではない。君は君の人生に責任を持てばいい。そうすればおのずと答えは出るだろう)

 

 僕は何処まで行ってもサーヴァントであることから逸脱するつもりはない。僕は彼の道具であり、道具である以上役目を果たすだけだ。望まざる決断をして、今もなお過去に囚われている彼はあの島でもう一度オデュッセウスと再会した時の僕と同じだ。様々な逡巡をして、それでもなお答えを見つけ出さなければならなかった時の僕そのものだ。

 

 僕と似た者よ、どうか君が自分自身の決断を見出すことができるように僕は願おう。

 

 その願う先にいる相手は、全身から七星の魔力を発露させ、レイジを徹底的に追い込んでいく。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁ!」

「くっ、こいつ、さっきまでと動きが」

「お前と同じだよ、俺も七星の魔術師だ。魔力を解放すれば、これだけのことができる!」

 

 先ほどまでレイジが放ってきた攻撃のことごとくが避けられ、紙一重の所でレイジへと刃が放たれる。その身に傷を生み出し、血が迸る。

 

 七星の血と七星の血のぶつかり合い、散華と桜子の戦い同様に自分自身の技量に上乗せする形で行われる激突はさながら自動操縦とマニュアルを切り替えながら如何に相手を出し抜くかの戦いだ。

 

 ヨハンが手にしている七星の力は、追い込まれれば追い込まれるほどに力を発揮する。瀬戸際の戦いでこそ魔力が発露し、ギリギリの攻防で相手を破壊することに特化している。対人戦闘よりも大軍戦闘でこそ役に立ち、彼の真価はまさしく、リゼと手を結んでこそ発揮されるが、今彼の傍にはリゼがいない。あくまでも彼自身の力だけで闘う必要がある中で、レイジによって刻まれた傷が力を発現させるトリガーとして機能している。

 

 此処まではあくまでもヨハン自身の技量だったが、ここからはそこに七星の血も混ぜ合わされる。アーチャーが先程アヴェンジャーに言及したように、通常のヨハンに喰らいついていたレイジでは、七星の血によって強化されたヨハンを越えることは当然に出来ない。自分よりも格上に対して追いついたと思った瞬間に更に追い抜くような強化を見せられてしまったとなれば、もはや戦いの土俵に立つことすらできないではないか。

 

「はぁ……はぁ……っ、知ったことかよ、そんなこと……!」

 

 だが、言うまでもなくその程度の逆境で諦めるようであればレイジ・オブ・ダストの名折れである。どれほど追い込まれたとしても、命が尽きる最後まで諦めないからこその執着心、それがここまでに二人の七星を倒す原動力になった。此処まで生き残ることが出来た原動力になった。楽に勝てた戦いなど一度たりともない。常に自分が敗北し命を落とす可能性を孕む中で何とか薄氷の勝利を飾って来たのだ。

 

 理解できない力、自分の中に宿っているこのよくわからない力を使うたびに、自分自身の何かを捧げているような気がする。力を使うほどに死に近づいているような感覚を拭う事が出来ないのだ。

 

 だが、それがどうした。それで勝利できるのならば安いものだ。長生きをしようとも、最後が平穏な終わりになるとも思っていない。ただ目的のために駆け抜ける。それだけを信じて戦ってきたのではないか。

 

(この力はお前のための力じゃない。わかるだろう、使えば使うほどに、お前と言う存在は焼き切れていく)

 

 ああ、そうかもしれない。だが、それがどうした?

 

(この身体はとっくに限界を迎えている。その限界すらも飛び越えて命を失うぞ)

 

 ああ、そうかもしれない。だが、それがどうした?

 

(死ぬのが怖くないのか?)

 

 ああ、そんなことよりも、目的を果たすことができないことの方がよっぽど恐ろしい!!

 

 七星総てを討伐する。まともに生きていればそんな目的を達成することが不可能に近いことくらい、レイジ自身が一番よく知っている。

 

「元から俺は、命を懸けてでも復讐を果たすと決めているんだよ!! だから、邪魔をするなッ!! 俺の中で引っ込んでいろ!!」

 

 大剣が蛇腹剣の形状へと変わり、まるで暴風のように連結刃がヨハンへと襲い掛かる。大剣ほどの攻撃力はないが、総てを捌き切るのは難しい攻撃である蛇腹剣、それが次々とヨハンへと襲い掛かってくる。

 

「くっ……がっ……ちっ、これは……」

 

 そして、ヨハンの身を切り裂く刃には副次的な効力が存在することも忘れてはならない。

 

 すなわち、七星の魔力の減退である。そもそも、レイジの特性は七星の魔術師に干渉し、七星の魔力を無力化することに他ならない。

 

 ここまでずっとヨハンはほとんど七星の魔力を使ってこなかったが、レイジが自分自身の七星の魔力を使うようになってから、追い込みをかけるために七星の魔力を使うことに転換した。それ自体はヨハンの判断として何も間違っていない。実際、レイジは再び劣勢へと追い込まれ、ヨハンは半ば優勢な状況を作ることが出来ているのだから。

 

 しかし、その土台をつくっている七星の魔力がレイジの攻撃によって強制的に無力化されていく。切り裂かれるたびに、七星の魔力が霧散し、ヨハンの身体を覆っている追い込まれるほどに戦闘力が高まっていく魔力の力が喪われ、先ほどのレイジが優勢を取っていた状況へと舞い戻っていくのだ。蛇腹剣による攻撃はさしてヨハンにとって大きな傷であるとは言えない。だが、七星の魔力を削られるということに関しては死活問題だ。

 

 この生きるか死ぬかの瀬戸際に向かわんとする戦いの中で自分の有利な点を放棄することになれば、情勢をひっくり返されるのは目に見えている。レイジの手法は悪辣だ。ヨハンがこの刃の嵐を封じるために不利を覚悟で動けば今度は大剣で押し潰す戦法へと変えるだろう。どちらにしても、蟻地獄のような状況である。

 

(さっき、あいつは明らかに俺じゃない他の誰かと話しをしているような様子を浮かべていた。あれは誰だ……? まさか、アイツの中にいる七星の人格か? 俺ですらもそこまでの覚醒に至っていないのに……いや、それならばもっと顕著な変化が出てもおかしくない。であれば―――――まさか)

 

 そこでヨハンは一つの仮説に思い至る。もしも、レイジと言う存在の中にもう一人の人格がいるのだとすれば、理由は分からないし、理屈も分からないが、この表層に姿を現しているレイジ・オブ・ダストと名乗っている存在が、ヨハンの知っている彼とは全く異なる人格であったとすれば、彼がヨハンとの出来事を、リゼとの出会いを全く覚えていないことにも納得が出来る。

 

(あの日にこいつはヴィンセントによって攫われた。それから何があったのかわからず、そして今、俺達の目の前に姿を見せた。それまでの間にもしも何かがあったのだとすれば、ヴィンセントは元々星家とも繋がっていた。あいつらが人体実験紛いの何かをコイツに施したとすれば……全くあり得ない可能性ではないと言える)、

 

 ヨハン自身が考え付いたその可能性であれば、レイジがどうして自分たちのことを全く認識していないのかについても答えが出るし、彼が自分の知っている彼ではないことも納得が出来る。

 

であれば、リゼと彼が何かしらの関係になることも実際にはありえないと言えるのかもしれない。レイジにとってリゼが初対面であるとすれば、彼女はあくまでも聖杯戦争の敵役に過ぎない。ヨハンが懸念するような関係性に二人が行き着くことも有り得ないだろうと考えにも及ぶが、

 

「はは、バカを言え。それこそ本末転倒だ」

 

 それでも彼が七星を滅ぼすと口にしている以上、リゼに危害を加える可能性は十二分にある。もしも、ここで彼を逃がせば他の方法でリゼの命を狙うだろう。彼女の命が脅かされるかもしれない。それだけでヨハンにとっては戦う理由として十分すぎるのだ。

 

 自分の個人的な理由が問題なくクリアされるとしても、リゼの命が脅かされる時点で彼を見逃す理由にはならない。ただ、納得は出来た。その納得が少しばかりヨハンの思考をクリアにしてくれた。

 

(おそらく正解はない。七星の魔力はこれからも削られるばかりだ。それを厭う戦い方をすれば、こいつはそれをダシにして、俺を斬りにかかる。追い込まれているからこそ、七星の魔力を捨てる戦い方をしなければ、コイツを倒すことはできない……!)

 

 ヨハンが選んだ戦い方は相打ち覚悟も同然のさらにレイジへと詰め寄る戦い方だった。追い込まれれば追い込まれるほど強さを発揮するヨハンの戦い方は本来、その距離を詰める戦い方によって功を奏すはずだったが、七星の魔力を切断される可能性のあるレイジとの戦いでは裏目に出る可能性は十二分に存在している。

 

 そもそも、身体能力の面でも、レイジの方が消耗は早い。如何にヨハンが追い詰められているとしても、ずる賢く立ち回ればレイジが圧倒できるような余地は実際の所は存在していないのだ。

 

淡々と戦えとアーチャーはヨハンにアドバイスをした。狩人として一級品の英霊である彼の言葉はヨハンがここで立ち回るうえで最上のアドバイスであったことは間違いないだろう。ヨハン自身もそれは分かっている。しかし、それでも、そのように立ち回るよりもヨハンの中で大事なモノがある。

 

(一度冷静になってよく分かった。結局の所、俺の闘う理由はもっと単純なんだ。凄く当たり前に単純に、俺は只、コイツに勝ちたいんだ……!)

 

 圧倒しても何をしても結局最後には勝てていない、見逃す羽目になっている。かつてのスラムの戦いではリゼを逃がされ、直接対決でも敗北をした。そして再会した今であっても、圧倒しているというのにコイツを倒すことができない。常に何度も何度も苛立たされ、どれだけ必死になっても瀬戸際から復調して来る。

 

 レイジと対峙をしていると酷く自分が何なのだろうという気持ちが湧いてくる。リゼの騎士としてずっとこの5年間、彼女の騎士として戦い続けてきたつもりだった。

 

 彼女に認められ、悪くない時間を過ごしてきた。始まりが偽りであったとしても、その気持ちに邪念があったとしても、紡いできた時間に嘘はないはずなのに、レイジがリゼの前に姿を見せてから、ずっとこの焦燥感が消えないのだ。彼女がレイジのことを考えているだけで許せないと思う、嫉妬の心が湧いてくる。

 

(何故かってさ、そりゃそうだよ。俺は一度だってお前に本当の意味で勝った訳じゃない。いなくなったお前の席を掠め取っただけだ。リゼが求めるお前の役割を演じて来ただけだ。それでも良いと思っていた。それで俺は満たされると思っていたのに……)

 

 レイジが表れて、そんなヨハンの偽りによって塗り固められた心の平生は粉々に崩されてしまった。満たされない気持ちは更なる言い訳を求めて、リゼの騎士としてや彼女の安寧を求めてなどと都合のいいことを口にしてきた。

 

(馬鹿らしい……、俺はただ……お前に勝ちたかったんだ。お前に勝って胸を張ってリゼの隣に立つ。リゼの騎士を名乗る。聖杯戦争の事も、王国の事も、七星の事もどうでもよかった。ずっとお前に勝てない俺自身を許せなかっただけだった……!)

 

 どれだけ言い訳を並べ立てたところで、前に進まないことを望んでいたとしても、自分の心を偽ることができないことをヨハンは認めた。レイジに勝ちたい。勝って胸を張って、リゼの隣に立てる人間であるのだと自分自身を許したい、認めてやりたい。

 

 それだけがヨハン・N・シュテルンがこの戦いに掛ける意味なのだ。聖杯戦争に参加する他のマスターたちからすれば、愚かな、唾棄すべき闘う理由だろう。けれど、魔術師ではなく、一人の男としてこれ以上に大事なことなどない。これ以上に譲れない理由なんてありえない。

 

(俺は勝つ、真っ向からコイツを倒して、勝利を証明してみせる。頭が悪いと言われようとも、愚かだと罵られようとも、譲れないんだよ、これだけは!!)

 

 自分の身体を顧みない戦闘方法、ヨハン自身も最善手ではないと思い知らされるが、知ったことか、これが答えなんだよと、ヨハンはレイジへと刃を叩きつけ、鬼気迫る表情でレイジを斬り殺すという意志を発露させる。咄嗟に蛇腹剣を大剣へと戻さざるを得なかったレイジも鬼気迫る表情でその一刀を受け止める。鍔迫り合い、火花が散り合う中で二人の男が互いを睨みあいながら戦闘を続ける。

 

 それでも、ヨハンの気持ちがレイジに伝わることはない。レイジからすれば、どこまでいってもヨハンはリゼの騎士として、リゼの行動を止めるために戦っていると思っているのだろう。彼らの心が通じ合うことはない。互いに同じ過去を共有していないからこそ、平行線であるし、ヨハンの気持ちをレイジに向けて口にしたとしても、レイジはやはり理解することはできないだろう。

 

「どうした?七星の力を封じるくらいのことしかできないのか? それならやはり俺が勝つな。純粋な剣技なら負けないからよ!」

「抜かせっ、七星の魔力ナシなら圧倒していたのはどちらだったのか忘れたのか。重傷を負っているのもお前だ……!」

 

「こんなもので勝った気になっているのか? やせ我慢をするなよ、お前だって、灰狼の仲間の攻撃で手負いだろうし、何よりお前自身だって、決して消耗がないわけじゃないだろ。その力、使うたびにどれだけの代償を支払っている? そんなものは命の前借だ」

 

 理屈は分からなくても、自分が持てる以上の力を発揮しているのだ。何かを捧げなければ手にすることなど出来ない。それが、命なのかはたまた他のものなのかまではヨハンにも分からないにしても、身体のことなど構っていないのは彼の方だ。

 

 全身全霊で勝ちに来ている、それに応えるのならば自分だって全身全霊だ。そこだけははき違えない。理解できなくても、分かり合う事が出来なくても、自分たちは互いに絶対に譲れない自分自身の信念に基づいて闘っている。それだけはヨハンは否定しない。

 

「命の前借で結構だ、俺の命1つで復讐を誓った奴にだって花を咲かせることができるんだって証明できるのなら、安いものだ! お前のように戦う相手を見誤っているような奴に情けを掛けられる必要はない!」

「……ッ、だからそういうところがイラつくって言っているんだよ!」

 

 ああまったく、無意識で言っているのかどうなのか。あのスラムで言われたことと同じことを今になっても言われるなんて屈辱だ。まるで自分が関わっていないかのように言われているみたいで。

 

(そりゃぁ、お前からすれば何も変わっていないと思われるかもしれないけどな、俺は止まったよ。リゼと出会って、自分の人生を惜しむようになった。この幸運を手放したくないと思ってしまった。それが……お前からすれば間違いであったとしても)

 

 そうあることを望んでしまったこと自体は間違いであったとはヨハンは思わない。人間は弱い、いつだって強いままではいられない。だからこそ、強いままでいるにはその強さ以外の総てを捨て去らなければならないのだ。

 

 互いに互いの武器をぶつけ合い意地と意地を張り合い、最後に立ちあがっていられるのはそのうちのどちらかだけだ。だからこそ、全身全霊を以て自分の勝利を掴むために声を上げる。

 

「ヨハン、まったく君は結局、そちらを選んでしまうのか」

 

 持久戦を捨てて、決着のために動き出したヨハンを見て、アーチャーは嘆息する。それは彼から見ても間違いの選択であると言わざるを得ない。どうして、そちらを選んでしまったのかと思わず言いたくなるほどに。

 

(だが、仕方ないか。君は君の譲れない信念のもとに戦った。僕は君に召喚されたわけだが、どうやら僕たち自身の相性はそこまで良好な訳ではなかったようだ)

 

 ヨハンがもしも、騎士としての自分を受け入れて、その役目を果たすためだけに戦っているのだとすれば、この勝負に敗北は絶対にありえなかった。それこそが自然の中で役割を演じるということに求められる姿だ。英霊であろうとなかろうと、アーチャーにはそれが出来たが、ヨハンの心境はそれを拒否してしまった。

 

「ウィリアム、ヨハンは君に師事をしていても、君のように絶対的な騎士になることは出来なかったらしい。ただ、もっとも、まだ悲観するべきときじゃない」

 

「ぬぐぅ、がああああああ」

「僕がアヴェンジャーを倒して、マスターを殺せば、それでこの場の戦いは終わりだ」

 

 再び至近距離からの弓矢連撃が叩きこまれる。アヴェンジャーの愚直な進撃を前にしてもアーチャーの反応は何ら変わりはない。当たり前のように対処して当たり前のように撃破する。それだけで、総ては事足りるのだ。

 

「死に急いでいるね、アヴェンジャー。君が僕に勝たなければ、マスターを援護することはできないと思っているのだろうが―――」

 

「お前と同じだと思うな、アーチャー」

「何?」

 

「我々はレイジの助けをしようなどとは考えていない。我らが主はそのような手助けを何よりも嫌う。勝算があろうとなかろうと、己の手による断罪を求めている。我がここで戦うのは主の求めた働きに応えるためである。逆に言えばお前も己のマスターがお前の介入など求めていないことは理解しているだろう?」

「ああ、勿論理解しているよ。しかし、それは狂人の発想だ。本気で口にしたことを考えているのかい? 」

 

 自分がアヴェンジャーを倒して、レイジを殺すことに手を加えることがヨハンの望んでいない結末であろうことはアーチャーとて自覚している。

 

しかし、それがどうしたというのか? 聖杯戦争を共に戦い抜くと決めたマスターとサーヴァントであれば当然に助け合うのは当たり前のことだ。むしろ、それを放棄して互いに互いが勝つことを絶対に信頼しているようなそぶりを見せるアヴェンジャー達こそ気が狂っているという他ない。

 

 そんなものは現実を見ていないただの希望的観測だ、この世で最も唾棄すべき人を殺すための逃避だ。

 

「そうか、ならば、大人しく死んでいけ。君が草原の覇者などと呼ばれるのは時代が君を見誤っていたからだろう。ならばもう一度その愚かな妄想を砕こうじゃないか。受けろ、大英雄の高速連撃『継・射殺す百頭(レガシー・オブ・ナインライブス)』!!」

 

 再び発動した宝具、マスター同士の戦いと同様に至近距離からの戦いを続ける二人にとって、それは発動しうる距離に手発動した。予見は出来た。しかし、大英雄の攻撃は予見が出来る程度の反応で覆すことができるはずもない。

 

 当たり前のように直撃し、アヴェンジャーは口から苦悶の声を漏らす事も出来なかった。もはや瀕死、重傷に更に重傷を重ねるような状況は終わりを迎えるに十分すぎるほどのダメージを彼に与えていたのだ。

 

「終わりだよ、先の一撃でも瀕死だったんだ。もはやこのまま、君は消えるしか――――何……?」

 

『銀貨をすべて使うわけではないからね、ギリギリ踏み止まる程度の重傷にしか改変することはできないけれど、それで十分だろう? 後は君たちの出番だ。勝負を決めて来いよ、復讐者たち』

 

『応よ、一度死んでも甦るからこそ、我らは復讐者。さぁ、決めるぞ、ティムール。我が宝具の恩恵を受けるがいい! 発動―――『雷鳴が如く―――不滅の進軍(カルタゴス・ハンニバル・バルカ)』」

 

 瞬間、それはアヴェンジャーの身体を光で包んだ。瀕死の重傷、最早死に絶える他ないほどの重傷を受けていたはずのアヴェンジャーの身体の傷や風穴が瞬時に消え去っていく。まるで最初からそのようなダメージなど存在しなかったかのように、ありえない摩訶不思議な復活劇をアーチャーは目の前で見せられているのだ。

 

「これはまさか―――自己回復の宝具!?」

 

 伝説にハンニバル・バルカはローマへの進軍の際、数年間をローマの地に潜伏しながら常にローマを恐怖に陥れてきた。カルタゴの支援を真っ当に受けられたわけでもなく、敵地の中に長らく兵士たちと共に潜伏しながらその兵站は決して途切れることがなかった。

 

 どの時代、どの戦場でも継続戦闘能力こそが指揮官の真価を現すと言われる。電撃戦で勝利することが出来れば御の字だが、戦争が月単位、年単位で続けば必ず兵站の必要性が求められるのだ。

 

 歴史上最高峰の戦略家であると謳われるハンニバル、その真価は何処にあるのか? アルプス越えか、ローマを一方的になぶり殺しにした包囲戦術か、否―――その真骨頂は継続戦闘能力にこそあり。何度ローマと戦い、ローマの中で過ごしても、最後までローマの脅威として、稀代の英雄スキピオが表れるまで、ローマを恐怖へと陥れた存在であることこそが、ハンニバルを世界最高峰の軍略家であると言わしめる。

 

 その逸話、伝承から生み出されたその宝具の力は、単純な一言でいえば自己再生―――魔力を使って高速で自分の傷を修復する。蘇生魔術の如く行われるその力は、アーチャーがここまでにアヴェンジャーに刻み込んできたあらゆるダメージの総てを踏み倒した。

 

 そして、踏み倒した先に待ち受けているものが何であるのかは言うまでもない。それこそがアヴェンジャーの狙いであったのだから。

 

「発動―――――『災禍秘めし黒の櫃(グーリー・アミール)災禍秘めし黒の櫃(グーリ・アミール)』」

 

 その瞬間に、アヴェンジャーの背後より姿を見せた巨大な黒い棺こそが、アヴェンジャーにとっての真の切り札、かつてセレニウム・シルバでバーサーカー:コンモドゥスを問答無用で敗北へと追い込んだアヴェンジャーの必殺の宝具がここに開陳された。

 

「まずい、あの棺は――――」

「もはや遅い。この棺が生じたときにはすべてが終わりを迎えている」

 

 棺の異質性、おぞましい呪いが含まれているであろうことを一瞬にしてアーチャーは察知する。根拠があったわけではない、言うなれば狩人の直感とでもいうべき感覚でそれを掴んだが、アヴェンジャーが口にしたように気付いた時にはもはや遅い。

 

 棺は解き放たれ、その中から漆黒の鎖がアーチャーの身体へと巻き突いていく。咄嗟に回避をしようとするが、身体が動かない。漆黒の鎖を避けることはもはや許されないとばかりに、アーチャーの全身を鎖が絡め取り、漆黒の棺の中が開いていく。

 

 その中に存在しているのは闇であった。棺の中総てを覆うほどの闇であり、その中から悍ましい怨嗟の声が響き渡る。許すな、我らを傷つける者を許すな、滅ぼせ、滅びろ。すべからくすべて消えろと呪詛の声が響き渡り、アーチャーの全身に巻きついた鎖が一気に爆ぜていく。

 

「がはっ、ぐああああああああああああああ!!」

 

 全身から噴き出していく血はまるで滝のように、漆黒の棺はアヴェンジャーへと与えたダメージがそのまま与えた本人へと帰っていくという呪詛返しとでもいうべき宝具である。

 

 此度の戦いでアーチャーはアヴェンジャーにまさしく致命傷ともいうべきダメージを与え続けてきた。大英雄より受け継いだ必殺の宝具を二度もアヴェンジャーに叩きこんだのだ。それをそっくりそのまま返された時のダメージなど計り知れないものがある。

 

 まさしく致死量の攻撃、鮮血は身体中から流れ、これまで表情一つ変えずに戦い続けてきた狩人の表情が一気に青ざめていく。

 

 かつてヒュドラの毒に足を汚染されても狩人としての名を守り抜いてきたピロクテーテスであれども、これは耐えられない。

 

 何せ、彼の友はギリシア最高峰の英雄であるのだから。その英雄より受け継いだ技を二度も喰らうほどのダメージを与えられて、余裕の態度を取っていられるようなはずがない。

 

 いかに英雄であろうとも、自分と対峙すれば、討ち取られる可能性はある。それを体現されるような形であったことは否定できない。

 

 身体をふらつかせ、戦おうという意志を見せるも、全身に力が入らない。これまでとは完全に立場が逆転して致命傷と言う他ないダメージを受けた肉体は、既に限界であることをアーチャーに示している。

 

 ああ、まったくしてやられた。淡々と最後までなんの危なげもなく戦いを進めたというのに、これは聖杯戦争、埒外より迫ってくる摩訶不思議な力こそを最も警戒しなければいけなかったというのに……。

 

「悪いが、これも聖杯戦争だ。卑怯だ、などとは言わせないぞ」

 

「まさか、そんな騎士道を僕は持ち合わせていないよ。僕の詰めが甘かったと思う事もない。ただ、君たちの我慢強さと切り札がほんの少しだけ僕の上をいったというだけだ。もう一度戦えば僕が勝つ」

 

「だろうな、しかし、その次はない」

「ああ、それがまったくもって残念で仕方ないよ」

 

 アヴェンジャーは瀕死のアーチャーに向けて偃月刀を振り上げ下ろす。既に致命傷であり、放っておいても消滅するであろうアーチャーに向かって振り下ろされた刃は空の身体を切り裂き、黄金の魔力が湧き出るとともに、アーチャーの身体を座へと送還していく。

 

「貧乏くじを引いたとは思わないさ。二度目の生であってもこんなものかという気持ちでしかない。ただ、心残りが全くないわけではないか」

 

 自分の信念を貫こうとするあのマスターをもう少しだけでもいいから支えてやりたかったとアーチャーは思う。きっと、彼はこの聖杯戦争を生き抜けばより人間的に成長して、立派な騎士になれると思っていたから。

 

 自分の敗北はその道を閉ざすことになりかねないと後悔を覚えながらも、このままならない結末こそが、生きるということなのかもしれないと思えた。

 

「アヴェンジャー、君はこのまま最後まで泥臭く駆け抜けていくといい。その刃がライダーの首下に届くのかどうか、それを見届けることが出来なかったのは残念だけどね」

「ならば、座に戻った時にでも土産話に聞かせてやる。安心して逝け。偉大なるギリシアの狩人よ」

「はは、それは楽しみなことだね」

 

 憎まれ口を叩きながらアーチャー:ピロクテーテスは聖杯戦争より脱落し、一足先に座へと帰還した。七星側のサーヴァントをまた一体、脱落へと追い込むことが出来た。

 

 もっとも、その影響は生易しいものではない。アヴェンジャーの消耗も相当であり、この場での戦闘を継続できるのかと言われれば怪しい。あくまでも傷を治しただけであり、そのために宝具を複数使用したのだ。魔力的な消耗は言うまでもなく甚だしいものがあり、とてもではないが、マスター側の戦いに介入することができるような状態にはない。

 

「そうか、聖杯戦争としての敗北者は俺か……、まさか、アーチャーが敗れるとは思っていなかった。まったく、やっぱり、ランサーも呼んでおくべきだったな」

 

 自分の相棒の消滅、自分の中でずっと繋がっていた魔力のパスが喪ったことを理解して、ヨハンは嘆息した。もしも、いつもどおりにランサー陣営と共闘する展開で戦っていたとすれば、アヴェンジャー一人に負けるようなことはなかっただろう。

 

 聖杯戦争が如何に各英霊の個人技量で戦い抜く必要がある中で優劣が生まれてしまうのは事実であったとしても、それを選ばせてしまったのは自分自身だ。アーチャーを敗北へと導いたのは自分自身と言ってもいいだろう。

 

「だが、聖杯戦争では敗北者であったとしても、まだすべてが終わったわけじゃない……」

 

 まだ、レイジとの戦いは終わっていない。この戦いに勝つことが出来れば……、少なくとも自分の願いだけは叶えることができる。サーヴァントを消滅に追い込まれた上に自分の目的までもを達成できないなんてことは、ヨハンとしても許せない。

 

「後は……お前だけだな」

「いいや、違う。お前を倒してそれで終わりだ。お前が消えればアヴェンジャーも現界していることができない。そうなれば、俺の勝ちだ」

 

 レイジもヨハンもここまでに体力を消耗してきた。七星の力を使い、それでもなお、互いに互いを傷つけて、消耗具合は優劣が付けられるものでもない。

 

 死線の中に佇み、そしてどちらかが倒れる形でしか決着がないことを互いが理解している。たとえ、運命に愛されていなかったとしても、その運命に抗ってはならない理由など存在しない。ヨハンもレイジも共に抗う側の人間であると思っている。両立することはできない以上、願いを押し通すためには相手を倒すほかない。

 

(俺は最後までリゼの騎士であることを貫く。例え、どんな結末になったとしても……)

 

 それだけは変わらないとヨハンは心に刻み付ける。そう、たとえ、どんな終わり方を迎えるとしても、自分の中にあるその信念にだけは嘘はつかないと。スラムで初めて出会った時から続いてきた因縁に終わりを齎すために、ヨハンはレイジとの決着のために刃を振う。

 





【CLASS】アヴェンジャー

【マスター】レイジ・オブ・ダスト

【真名】ティムール/ハンニバル・バルカ/イスカリオテのユダ

【性別】男性

【身長・体重】170cm・59kg

【属性】秩序・中庸/混沌・中庸/秩序・悪

【ステータス】

 筋力C 耐久C 敏捷B

 魔力C 幸運B 宝具B

【クラス別スキル】

復讐者:A
復讐者として、人の恨みと怨念を一身に集める在り方がスキルとなったもの。周囲からの敵意を向けられやすくなるが、向けられた負の感情は直ちにアヴェンジャーの力へと変化する。

忘却補正:C
 復讐者の存在を忘れ去った者に痛烈な打撃を与える。
 アヴェンジャーの存在を感知していない相手に対しての攻撃の際、各ステータスが1ランク上昇する。

自己回復(魔力):E
 現界に必要な魔力を補うと考えればDランク程度の単独行動スキルに相当する。

【固有スキル】

軍略:A+
 一対一の戦闘ではなく、多人数を動員した戦場における戦術的直感力。
 自らの対軍宝具の行使や、 逆に相手の対軍宝具に対処する場合に有利な補正が与えられる。ティムールとハンニバル、類まれなる二人の将の相乗効果によって本来以上の力が生まれている。

カリスマ:B
 軍団を指揮する天性の才能。団体戦闘において、自軍の能力を向上させる。
 カリスマは稀有な才能で、大国の王にふさわしいランクと言える。

戦闘続行:C
 執念深い。
 瀕死の傷でも戦闘を可能とし、死の間際まで戦うことを止めない。

アルプス越え:A+
ハンニバルが司令官として指名された際に初めて挑んだ難行に由来するスキル。
あらゆる地形を無視した大移動が可能。幸運判定を必要とするが、成功すれば魔術師の創った陣地さえも踏破できる。

????:A+


【宝具】

第一宝具『???』
ランク:B  対軍宝具

第二宝具『災禍秘めし黒の櫃(グーリ・アミール)』
ランク:B+ 対人宝具
墓を暴くものへの呪いの言葉が記された、ティムールが眠る棺。
この宝具の発動までに、対象者がティムール自身に与えた傷を棺の解放と共にそのまま相手へと返す呪詛返しの力。相手の力が強大であればあるほどにその効力は高まり、侵攻してきた相手へと破滅を齎す。
ただし、そのダメージ自体はティムールにそのまま残るモノであるため、幾度も使えるわけではなく、相手を確実に破壊する、あるいは最後の手段として使うのが定石ではあるが、アヴェンジャーは第四宝具との重ね掛けによってこのデメリットを踏み倒している。

第三宝具『雷速の山脈踏破(アルプス・バルカロード)』』
ランク:A+ 対地形宝具
不可能と思われていたアルプス越えを成し遂げたハンニバルの逸話を宝具として昇華したもの。自身と自分の配下、仲間をあらゆる場所へ一瞬で移動させる。一種のワープ能力。
移動可能範囲は広く自身の視界に入る場所は自由に移動できる。視界に入っていない場所で自身が訪れたことがない場合に移動する場合は魔力を多く消費することになる。
移動×距離×人数で消費魔力が計算されるため大人数で長距離の未知の場所へと移動すると魔力を大量に使うことになる。

第四宝具『雷鳴が如く―――不滅の進軍(カルタゴス・ハンニバル・バルカ)』
ランク:B+ 対人宝具
 歴史上最高峰の戦略家であると謳われるハンニバル、その真価は何処にあるのか? その真骨頂は継続戦闘能力にこそあり。何度ローマと戦い、ローマの中で過ごしても、最後までローマの脅威として、ローマを恐怖へと陥れた存在であるハンニバルを象徴した宝具、これまでの戦闘で消耗した傷を魔力によって一瞬にして自己回復する。その逸話から消費する魔力も通常の自己回復よりも少なく、肉体回復の手段としては最上位に位置する宝具であると言えよう。

第五宝具『裏切りの銀貨三十枚(イーシュ・カリッヨート)』
ランク:EX 対概念宝具
イスカリオテのユダが、かつてイエスを裏切り銀貨三十枚で彼を司祭に引き渡した事の具現。銀貨三十枚を払う(消費する)ことである事物に対する『裏切り』を再現・可能とする宝具、世界そのものを裏切り、あらゆる軌跡を引き起こすが、銀貨の枚数はユダと契約したマスターの生命力に依存しており、宝具を使えば使うほどに魂の輝きを失っていく。
レイジ自身の魂では1~2回使用することが限度である。この宝具の影響を回避するには対魔力の度合いではなく、あらゆる可能性を否定するしかない。または同ランクの結界宝具、聖域の再現者、或いはイエス以上の神性の持ち主であれば回避が可能


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第17話「Pretnder」③

――王都ルプス・コローナ・戴冠式会場周辺――

 剣戟が響く、互いに互いの武器が激突し、傷が生まれ、血にまみれ、魔力によってその傷を修復しながらも、また新たな傷を生み出して互いに傷つけ合っていく。

 

 泥試合もいいところだ、こんな戦いは騎士として全く美しいとは言えない。どうしようもなく惨めであるし、どうして自分がこんなことをしているのかと自問自答したくなるばかりだ。

 

 奴も、目の前で俺を倒そうとしている奴、ああ、そういえば、俺はこいつの名前を知らなかった。レイジと名乗っていたが、偽名であるように思う。星屑の怒りなんて、まったく、俺達を倒すために生み出されたような名前だし、きっと、コイツの本当の名前は別にあるんだろう。

 

 そんなものすら知らないのに、俺達は殺しあっている。それを無意味であると断じるのか、あるいは、それであるからこそ、運命であると考えるのかは俺達とは別の人間が評価すればいい。

 

 少なくとも俺はこうなるしかなかったと思う。あのスラムで出会って、リゼを巻き込んで、彼女を奪い合う戦いを始めたあの時から、いつか俺達は決着を付けなければいけなくなってしまっていた。

 

 たとえ、俺が全てを偽ってリゼの隣に立っても、レイジがスラムの時の記憶を失っていたとしても、結局俺達はこうしてぶつかり合う運命を選ぶことになった。

 

 だから、これは運命なんだ。どうしたって俺達は互いに並び立つことはできない。俺が意地を張っているからなだけと言われればそれまでかもしれないが、仕方がないだろう。

 

 リゼのことだけは譲れない。自分の人生で初めて出会った時からあれほど見惚れた相手はいなかったんだ。今だってそうだ、彼女に比べれば他の総てが色あせる。

 

 所詮、リゼと自分の関係が、自分が考えているだけの1人芝居でしかないとしても、俺はレイジとリゼの物語の端役かあるいはそれを横で見ているだけの観客に過ぎないと分かっていたとしても、抗うことが許されないわけじゃないだろう?

 

 想っているさ、もっと違う関係性で、もっと違う立場で、あるいはもっと違う性格で、もっと違う価値観で君と出会う事が出来ていれば、俺達の在り方は変わっていたかもしれないと思うけれど、そんなもしもに意味はない。無駄だって分かっている。だから、結局の所、俺にはこうするしかないんだ。

 

 肉を切り裂く音が伝わる、骨を砕く感覚がのしかかってくる。自分の身体が引き裂かれる痛みを覚える、呼吸が、筋肉が悲鳴を上げている。七星の力を奪われ、追い詰められるほど強くなれるという自分の力が何処まで機能しているのかも怪しい。

 

 おそらく、セレニウム・シルバで戦った時ほどの力は全く出せていない。七星の魔力を使うことで完全に追い込むつもりでいたというのに、気付けば自分が追い込まれているという始末。まったく救えない。今日という日は非合理的なことばかりを選んでしまっていて、そりゃアーチャーに呆れられるのも当たり前って話しだ。

 

 自分がバカであることなんて分かっている。自分が意地を張ってその結果としてこうしていることだって分かっている。だけどさ、仕方がないだろう。俺はリゼに、軽々しく命を失うようなことをしてほしくないんだ。

 

 星灰狼は凄まじい、ライダーもさることながら人造七星たちまで集めているアイツは間違いなくこの聖杯戦争の最強のマスターだ。ロイ・エーデルフェルトであってもカシムの援護がある限り、灰狼に勝つことはできないと俺は思っている。

 

 お前たちは正しいのかもしれない。灰狼の奴は真っ当な悪役で、世界征服なんて企むどうしようもない奴だ。そんな奴を倒す事こそが正しいことで、セプテムを世界征服の片棒を担がせるような相手は打倒されてしかるべきなのだろう。

 

 それが正しいのだろう。けれど、それは簡単に達成できることじゃない。灰狼は明らかにリゼが自分に叛意を翻すであろうと考えている。取り込むことが出来ればいいし、取り込むことができないのならば、聖杯戦争の相手として倒すことを考えている。

 

 あいつが欲しているのはセプテムの国土だけだ。そこに住む人間たちの生活なんて欠片も考えていない。むしろ、自分たちが世界侵略をするための橋頭保として作った国なのだから、自分たちに支配されて当たり前程度に考えている。どれだけ時間が経ったと思っているのか。もうこの世界はお前たちの世界であるわけではないというのに。

 

 それこそが正しい道であったとしても、それでリゼが危険に晒されることが許せないんだ。停滞だっていいじゃないか。世界がどうなろうとも構いやしないだろう。ただ、与えられた役割の中で生きているだけであったとしても、それで愛している相手に平穏に生きてほしいと願うことはそれほど間違っているというのか。

 

 俺はリゼを戦わせない。リゼに群がってくる相手は全て俺が倒す。それがリゼの望みを遠ざけることになったとしても、自己満足な最低の向き合い方だったとしても、それがささやかな幸せだって信じている。

 

 レイジ・オブ・ダスト、お前はどんな形であろうともリゼの「今」を壊す。リゼの命を奪うのかもしれないし、リゼが灰狼と対立する道を選ぶかもしれない。あるいは、総てを理解したリゼがお前の命を奪うようなことになるのだとしたら、それはリゼの心に深い傷を残す。

 

 どんな形であったとしてもお前とリゼが関わることで良い未来が得られるなんて思えないんだよ。嫉妬だというのならば笑ってくれればいいとも、そうじゃないとは言わない。

 

 俺はリゼにずっと想われているお前を疎んでいるし、殺意の根底にあるのは醜い嫉妬だ。どうして俺がお前になれなかったのかと恨んだ日なんて数えるのも馬鹿らしくなるほどにある。それも全て今日で終わらせる。二度とお前が甦ってくることがないように、今日ここで俺がお前を殺す。

 

 体はぼろぼろだ、非合理的な戦い方をし続けてきた肉体は痛みと出血によって、鈍くなってきている。魔力で身体を回復したとしてもこれなのだから、まともに斬り合っていれば、もう死んでいるかもしれない。

 

 何故、コイツが突然覚醒したのか、答えは分からないが、レイジの中に眠っている俺の知っているアイツの力が目覚めたのだとすれば納得が出来る。

 

 俺と同じく忌み血だったアイツ、子供のころから俺よりも精神的に成熟していたアイツは、もしかしたら、七星の魔力に俺よりも早く目覚めていたからこそ、早熟な様子を浮かべていたのかもしれない。

 

 勿論、真実など分からないが、それがこの瞬間にアイツの中で覚醒したのだとすれば、納得はできる。やはり俺の運命の相手はお前なんだなと痛感する。独りよがりな勝手な理解であったとしても構わない。この戦いに花を添えるのは自分の気持ちだけで十分だ。

 

 俺は俺が納得することが出来ればいい。あとの帳尻合わせは俺が行う。お前はいい加減に此処から退場しろ。一度表舞台から遠ざかったのなら、最後まで遠ざかっていろよ、もう今更お前の出る幕なんてないんだから。

 

「ああ、そうだ、今更お前の出る幕なんてどこにもない。俺とリゼの物語にお前が入る余地なんてどこにもないんだ!」

 

「お前たちの間に割って入るようなことを考えるわけがないだろう。俺は只お前たちのどちらも斬るだけだ。お前をここで仕留めて、次はアイツを斬る」

 

「なぁ、一つ教えろよ。お前は七星だったら誰でもいいのか? 七星だって理由だけで誰も彼もを殺すのなら、お前がたいそうに叫んでいる様な信念なんてものはないだろう。ただの無差別殺人者だ!」

「―――――――――」

 

 一瞬、レイジの思考に空白が生まれた。ヨハンの苦し紛れの声にレイジはいつも通りに反論をすればいいだけだった。けれど、どうしてか身体と思考が繋がらない。思考の中で答えを見出しているはずなのに、それを身体がフィードバックしてくれないという不可思議な事態、その状況は硬直へと変わり、レイジの身体に、ヨハンの剣が突き刺さる。

 

「ぐっ、があああああああああああ!」

 

「答えられないだろう、それがお前の正体だ。リゼは何もやっていない、復讐の報いを受けるようなことはしていない。お前の独りよがりの殺人に彼女を巻き込むな。お前が復讐の先に道を見つけたいのなら、彼女こそ殺してはならないんだ!」

 

「ふざ、ける、なぁっ……!」

「がっっ!」

 

 片手で振り上げた大剣が振り下ろされる瞬間にその形状を蛇腹剣へと変えて、鞭のようにヨハンの上半身を切り裂く。肉を抉る音と同時に血飛沫が舞、レイジの顔にその血が付着する。

 

「何もしなければ許されるのか! 世界を変えることができるのに、俺達のような悲劇を生み出すことを防ぐことができる立場にいながらそれを知らないふりをする。それは悪行を重ねることと同じくらいに罪深い。ヴィンセントは今の俺を形作るのにかかわった七星が五人いると言った。お前たちは俺の何かを知っている。それはお前たちも俺に関わったということじゃないのか!」

 

「ああ、そうだな、俺は少なくともお前に関わった。だが、お前の復讐に付き合う道理はない!」

「お前たちはそうやっていつも、自分が正義だと断じてくる!」

 

「お前の復讐だって、正義なんてものじゃない。善であるはずがない。独りよがりの悪だ!」

「そうだとも、悪でいなければ報われない悲劇があったから、俺はこうして今も戦っている。甘んじて不幸を甘受するなんて無欲なバカにはなれないんだよ!不幸を味わったのなら、それ以上に幸福を手にしなければ釣り合いが取れない。お前のように現実から目を逸らしているだけの奴に理解もできないだろうがな!」

 

「俺は現実を正しく認識している。だから、この選択をしたんだ!」

 

「違う、お前は現実から目を逸らしている。正しく認識をしているのだったら、彼女が何を望んでいたのかだって理解していたはずだ。不恰好でも自分の望みを叶えるために前へと進むことを彼女は願っていたはずだ。それを阻んだのはお前だ。お前が過酷な現実から目を逸らさずに彼女と進むことを選んでいれば、全く違う道が開けていたはずだ。理解者のふりをしながら、誰よりも彼女を足止めし続けてきたお前の行動が現実から目を逸らしていることに繋がっていると何故、理解できない!!」

「違う、違う、違う!!俺は、俺は……!!」

 

 言葉に詰まる。コイツの言葉が痛いくらいに突き刺さる。自分で進まずに停滞を選んだ自分には進まなかったことを糾弾するコイツの言葉は突き刺さる。ああ分かっているよ。そうするべきだってことが正しいことだなんて、リゼが望んでいたことだなんて痛いほどに分かっている。

 

でも、それを選べば、俺はそれこそ、ただのお前の代替品だ。お前が選んだであろう道をただなぞっているだけだ。だから、俺はあえて選ばなかった。

 

「………いいや、あえて選ばなかったんじゃないな。選ぶことを自分で拒否していたんだ」

 

 絶対的な価値基準での正しさで選んだわけではなく、自分自身の感情でその正誤を選んだ。彼女が望んでいることがあいつの受け売りであることを、あいつと育んだ願いに沿っていることを俺は知っていたから。それを選べば、結局俺は、ただの代替品でしかないのだということを実感していたからこそ、それを選ぶことが出来なかった。

 

 ああ、そうだな。お前はきっと正しいよ。リゼを第一に思うのならそうするべきだったし、彼女を踏み止まらせる一因を作ったのは間違いなく、自分の感情で、お前と同じ道を進むことを拒絶した俺自身にあるんだろう。

 

 でも、仕方がないじゃないか。絶対的な正しさよりも、俺は自分の中にある正しさを選んだ。それを以て悪だと断じられるのならば、俺は悪でいい。彼女を想うこの気持ちが間違っているなどと言われる筋合いはない。

 

 正しいということはどこまでも痛いんだ。正しさを追求することにはいつだって痛みが伴う。その痛みを背負いながらも進み続けることができる精神性が無ければ、勝者であり続けることはできない。

 

「ああ、だからお前は突き進むことができるんだな」

 

 あの日、どうして自分ではなく彼が彼女に選ばれたのか、こいつはその正しさがブレない。どこまでいっても、たとえ記憶を失くしたとしても、正しい道を進み続ける。

 

それがどれ程の痛みを伴うことであったとしても、どれほど人から疎まれる道筋であったとしても、決めたことを貫くための覚悟だけは、ずっと変わらず持ち続けることが出来ている。

 

 そんな奴だからこそ、俺は敗北し……、ずっと、超えることを心のどこかで望んでいたんだ。

 

「俺はお前のようにはならない!! 俺は忌まわしい七星の総ての運命を断ち切る。俺のような悲劇を生み出さないために! それが――――地獄の先に花を咲かせるということだ!!」

 

 叫びながら武器を振う憎い相手のことをその時に初めて俺は直視した。泥にまみれて、全身を傷だらけにしながらも、それでも進み続ける不器用な男、自分の幸福なんて度外視して自分の願いを果たすためだけに邁進し続ける男、その姿をその時に俺は初めて眩しいと思ってしまった。自分にはできないことを為し遂げると決めた男の姿に眩しさを覚えてしまったことこそが、何よりも大きな敗因であることを理解し、

 

「―――――バカにつける薬はないな。ならさ、死ぬまで駆け抜けろよ。血にまみれてでも進むお前の復讐の先に、花を咲かせることができるんだってことを証明して見せろよ」

 

 初めて自分の口から出た彼を認める言葉と共に、ヨハンの身体に大剣が突きたてられ、ひときわ大きな血飛沫がこの狭い空間の中に迸る。完全なる致命傷、自己回復の魔術を使ったとしても、手遅れであろうと一瞬にしてわかる傷痕に口からも喀血したヨハンは手を震わせる。

 

「俺の、勝ちだ……ッ!!」

「ああ、そして、同時に俺の勝ちでもある」

 

「何―――――!?」

 

 重傷を負わされたヨハンの言葉に何を言っているのかとレイジは反応を浮かべるがその瞬間に、ヨハンの背後、すなわち、レイジが向かおうとしていた戴冠式の会場側からドッと大きな歓声が巻き起こる。

 

 それは悲鳴ではなく喜びの声、すなわち、この国に新たに誕生した女王を祝福するための声だ。

 

「戴冠式は……予定通りに執り行われた。今更、俺を突破したところで、お前たちの目論みは叶わない。あの声を聞くだけで分かるよ。お前たちの誰かが会場にまでたどり着くことが出来なかったということは、な……」

「……っ、お前、それが分かって……」

 

「言った、だろ。俺の目的はお前をリゼに近づけさせないこと、だ。その目的を果たすためなら……どんなことだってやってやるさ。どうだ、見たか。今回は、俺の、勝ちだ……」

 

 自分の命がどうであれ、リゼと交わした約束を果たすことは出来た。ヨハンはレイジに対してそれを誇る。

 

 七星の力を覚醒させた今のレイジはまさしくあの時の彼であった。誰が明言しなかったとしてもヨハンにはそれが分かる。

 

 そんな彼を相手に、自分がリゼと交わした約束を守りぬいたのだ。誇るべきであるし、それを否定してしまったら、自分がスラムを出てからの日々に、リゼのために自分を鍛え上げてきた日々の総てを否定することに繋がってしまう。

 

「まもなく……騒ぎを聞きつければ、ここにも王国の軍が来る。そうすればお前たちは晴れて、この国のお尋ね者だ。誰もお前たちの言葉、なんて聞かない。新たなる女王陛下の誕生の日に武力制圧を目論んできた連中の話しなんて、誰も、な……」

 

 朔姫が出撃前に口にしていた言葉をレイジは思い出す。もしも、戴冠式が終わりを迎えるまでに内部に突入することが出来なかったときは潔く撤退をすること、それが朔姫より全員に言い渡されていた命令であった。

 

(いや、まだ間に合う。今飛びこめば―――――)

 

『退くぞ、小僧。独断専行をしてまで得られる利益などもう喪われてしまったわ』

「なっ―――――、おい、アヴェンジャー!?」

 

 レイジの思惑とは別にアヴェンジャーは撤退を口にする。口にしたのはハンニバルであったが、ティムールもユダもその決断に反対の意思を示さなかった。

 

『此度の目的は電撃戦、時に間に合わせるためにそれぞれを少数で割った。しかして、敵の厚さに我々は突破することが出来んかった。言わばそこまでよ。機を失った突入戦ほど馬鹿らしいものはない。アーチャーとそのマスターを討つことが出来た。それを戦果に戻るが筋よ』

 

 ハンニバルは戦を知り尽くしている。あらゆる戦を通じて彼は敵国の中で生き抜いてきた。故にこそ、この状況の危険性をレイジよりも遥かに理解している。そのハンニバルをして臭うのだ。これほどの時間をかけて戦い、そして突破できなかった以上、相手の準備は万端だ。突入すれば、決死の覚悟以上の代償を支払わせられることになるだろうと。

 

 よって、身を手に入れることが出来なかったとしても此処は撤退を選ぶべきだろう。何も収穫がなかったわけではない。少なくともレイジとアヴェンジャーはアーチャー陣営を脱落させることが出来た。

 

 これにてようやく、七星陣営側の保有するサーヴァント量とこちら側の陣営の保有量は逆転する。アーチャー陣営を脱落させたことへの意味を噛みしめるべきだ。

 

「そうだ、さっさとどこにでも行け。お前はリゼに届かない。俺が、ここにいる限り……」

 

「お前はそれでよかったのか!?」

「………知るかよ、俺が一番知りたいよ」

 

 守りぬいたという誇りが自己満足で良かったのかと問うレイジにヨハンは知らないと答える。その言葉を聞けば、彼とてそれが満足ゆく結末でなかったことは明らかであるが、不思議とヨハンはこれまでのような憎悪に近い反応をレイジに浮かべることはなかった。

「レイジ・オブ・ダスト……」

「何だ、今更お前に何を言われても――――」

 

「リゼを頼む。お前にしか、託せない……」

 

 末期の恨み言でも口にすると思っていたヨハンの口から出たのは彼にとって、何よりも大切だった相手を託すという言葉だった。それがどんな意味を込めての言葉だったのかはレイジには分からない。

 

 喧騒が聞こえてくる。どうやら、戴冠式会場周辺での騒ぎに周囲の人間たちが気づいたのだろう。

 

「退くぞ」

「……ああ」

 

 なし崩し的な撤退にレイジはヨハンの言葉に返答をしなかった。どう言葉にするべきなのかをレイジも見出すことが出来なかったのだ。これまで復讐に総てを捧げてきた自分に彼がどうしてリゼを託すようなことを言うのか。自分はリゼの命を奪うことを考えているというのに。

 

 理解できない、納得するための道筋を立てることができない。その感情を消化することができないまま、レイジはこの場を撤退することしかできなかったのだった。

 

・・・

 

「ちっ、時間切れか。クソったれ……!」

「朔ちゃん、どうする?まだ私達は戦えるよ!」

 

「アホか、事前に話をしていた通りや、全員撤退、下手に此処に残って戦えばお尋ね者に晒されるのは間違いないわ」

 

 レイジがヨハンとの戦いに決着をつけてその場から撤退をしていた頃、正面入り口にて行われていたランサー陣営とスブタイの戦いも決着がつかないままに終わりを迎えようとしていた。

 

「撤退するのならば早々に撤退をするがいい。我らもお前たちの襲撃は見越していた。それが故の配置、時間を誤れば包囲されることになるぞ」

 

「優しいんだね、そんな忠告をしてくれるなんて」

「まさか、ランサー、それにマスターよ、お前たちとは何れ再び見えることになろう。聖杯戦争を戦い抜く限り、いずれ我々は再びぶつかり合うことになる。その時の楽しみを奪われたくないと思っているだけのことだ」

 

 曲がりなりにもこの場にてスブタイと打ち合い、討たれる事無く戦いを終えた二人の姿をスブタイは戦士であると認めた。ならばこそ戦の中での決着を求めるのは当然のことだ。自分と戦い敗北するまで他の者たちに敗北することなど許さない。スブタイが言いたいのはそういうことだろう。

 

「ええ、では、私も宣言しておきましょう。侵略王が配下、最強の男スブタイよ。貴方はこのアステロパイオスが必ず討ちます。それまでゆめゆめ、他の者に討たれることなどなきようにしなさい」

「言ってくれるな、楽しみにしているぞ」

 

 ただ武力にて総てを決すると口にした人物がわずかに見せた獰猛な笑み、それこそ、再選を待ち望む戦士の表情であることをランサーも理解する。次に再び戦う時が来れば、その時こそ決着の時であると互いに理解しながら、ランサー陣営とキャスター陣営はその場を離れていく。

 

 王国側と星家を分断するための絶好の機会ではあったが、結局届くことはなかった。いまだに七星側陣営の壁は高く、台頭に至ることは出来ていないことを自覚させられる。

 

「まぁ、でも、全く収穫がなかったという訳やない。あのクソガキも仕事をするときはちゃんとやるってわけやしな」

 

 放っていた式神によってレイジとアヴェンジャーがアーチャーに勝利したことを朔姫は察し、1人静かに称賛を口にする。本人の前で絶対に言わないような称賛をこの場で口にするのは彼女なりのささやかな優しさであろうか。

 

 七星側の陣営を1人でも脱落させることが出来たのは存外に大きい。これで残る陣営はライダー、キャスター、ランサー、そしてセイバー……、そう、いまだにどっちつかずの態度を取り続けているあの陣営もいずれは何らかの決着を付けなければならない陣営であることに間違いはない。

 

(ま、今、思ってることが杞憂で終わってくれればそれ以上に思うことはないんやけどな……)

 

 式神によって観測していたそれぞれの戦い、その中で一つだけ、予想を超えた展開となっていたセイバー陣営とアークの場所で見せられた光景が朔姫の中に過る。

 

 セイバーとはいずれ決着を付けなければならないのは事実であるとは思っていた。キュロス二世の逸話を知っていれば否応にもあの善神との繋がりを感じることができるのは誰だってそのように解釈するだろうと理解できるのだから。朔姫が今更驚くようなことはない。

 

 だが、ターニャについては……そうならないでほしいという杞憂を持ち合わせるような事態となってしまっていることだけは事実だ。杞憂する事態が起これば間違いなくレイジにとっては最悪の影響を及ぼしかねない。誰よりも大事にしているからこそ、喪失した時の痛みは人一倍負うことになるのだから。

 

(世知辛いな……何もできんいうのも、結構堪えるもんやわ……)

 

・・・

 

 戴冠式が無事に終わりを迎えて、リゼはヨハンを探した。外で警護をやっているとはいえ、戴冠式の会場自体が広い。四方にそれぞれ入口が存在している以上、正面でない場所を警護している可能性もあるため、見つけるのには時間がかかるかもしれないと思った。

 

 待っていれば彼が戻ってくるはずだ、心の中では当然にそう思っていたのに、どうしてかリゼはヨハンを探さないといけないという強迫観念じみた気持ちで身体を動かしていた。

 

 今日から晴れて自分は女王になる、これまでのような皇女の立場ではない。出来ることも一気に増えていく。ヨハンはずっと自分がリゼを襲ってしまったことを悔やんでいた。だからこそ、一歩を踏み出すことが出来ないのだとリゼはそう思っている。

 

 実際には、ヨハンが一歩踏み出すことが出来ないのはリゼの心の中に残っている別の人間がいたからこそであるのだが、リゼはヨハンの本心に気付けていない。頑なにヨハンはその心だけは隠し通してきた。それを知られてしまえば、自分がこれまでに築き上げてきた総てが壊れてしまうと思っていたからである。

 

「ヨハン君……?」

 

 そうとは知らないリゼはヨハンの居場所を探す。今日は腹を割って話がしたい。自分もずっとヨハンに話すべきかどうかを悩み続けてきた。ヨハンがかつて、自分を拉致した少年であったことを口にすれば、関係が壊れてしまうのではないかと思っていたから。

 

 でも、それはきっと杞憂なのだ。言葉を交わしあえば自分たちはもっと分かり合うことができる。それだけの年月を共に生きてきた。もっと早くに互いに踏み込んでいくべきだった。そうすれば、自分たちはもっと変わることができたはずだと今更ながらにリゼは思ってしまう。

 

 そんな思いを抱きながら、リゼは皇族が出入りするための入口へと差し掛かった。虫の知らせと言うべきか、そこに踏み込んだ瞬間に何かを感じ取ったリゼは足を進めていく。

 

 一歩、また一歩と足を進めていくごとに胸の中で何か焦燥感のようなものが浮かび上がっていく。これ以上踏み込むべきではないという感覚が押し寄せてくるものの、それでも足を進めた先でリゼはその光景を見た。

 

「――――――――」

 

 そこは酷い有り様だった。辺り一面に血が飛び散り、廊下は血の海のようになっていた。その廊下の壁にもたれかかるようにして、リゼが探し求めていた相手、ヨハンは虚ろな表情で座り込んでいた。

 

・・・

 

「ヨハン君!!」

「リ、ゼ……ああ、そうか、終わったん、だな、戴冠式が……おめ、でとう」

 

「そんな、どうしてヨハン君、何があって―――――――」

 

 駆け寄ってくるリゼの青ざめた表情を見て、改めて自分がどんな姿をしていたのかを思い出す。何とか生き延びることができるだろうかと魔術をかけ続けて見たものの、一向に治る気配はなく、感覚が徐々に鈍っていく始末。ああ、これはさすがにダメだなと痛感して、最後にリゼともう一度会うことができないかと思っていた頃合だったのだ。

 

 そりゃぁ、リゼも青ざめるだろう。こんな血まみれで、誰が見たって死んでいくだろう男の姿を見たら……、リゼは自分で何があったのかと口にして、すぐに、俺が戦っていたであろう事実に気付いたのだろう。口元を抑えてわなわなと震えだした。

 

 そんな顔をされるだろうことは分かっていた。彼女は優しいから、自分が戴冠式に出ている最中に起こった出来事だって、自分が一緒にいればと思ってしまうのだ。

 

「ごめん、なさい……私が戴冠式に出ていたせいで、ううん、私がヨハン君を傍に置いていなかったから……、こんなことになるなら、何が何でもヨハン君を傍に―――」

 

「馬鹿を、言うな。俺は……騎士として、君を守るために、戦ったんだ。後悔は、ない……、君が無事でいるのなら、それでいいんだ」

 

 そうだ、だって俺はそんな君に惚れたんだから。七星の運命を拒みながらもそれでも足掻こうとする君の姿を美しいと思った。出会ったときはもっとひどい意味での一目ぼれだったけど、騎士として君と一緒に居続ける中で、もっともっと君に惚れていった。

 

 身分違いだったし、所詮、俺はアイツの代わりでしかなかったけれど、それでも……幸せだったんだ、ずっと続いて欲しいと思っていた。この関係のままでもいいと思っていた。

 

 それを停滞だと言ったアイツの言い分は間違っていない。絶対的な正しさを語るのだとすれば俺の行動は間違いだったかもしれないけれど、俺にとってはやっぱり正しかったんだと思う。

 

「………レイジ、君たちにやられたの……?」

「リゼ……」

 

「私が、私がずっと手をこまねいていたから、私がレイジ君と戦うことを躊躇っていたから、その間にヨハン君が、私が、私が―――――」

 

「………、リゼ、アイツを恨むな」

「ヨハン、君……?」

 

 リゼは俺のために苦しみ、俺のために怒りを覚えて、復讐の為にあいつと、レイジと戦うことを決意するかもしれない。それほどまでにリゼの心に傷痕を刻み込めたことには達成感を覚えはするけれど、結局俺は、どんな形であってもリゼに幸せになってもらいたいんだ。

 

当たり前だろ、だって、好きな女なんだ。この世で一番愛しているんだ。だったら、その幸せを祈らないと、無償で捧げてきた気持ちが嘘になる。

 

「俺は、俺のやりたいようにやった。だから、リゼ……、恨むな。これからの君には、アイツが……必要、だ……」

 

 悔しいが、リゼの隣に立つのに相応しいのはアイツなんだ。リゼとアイツが殺しあうなんてのは三流芝居もいいところだ。それが俺のせいでなんて許せない。灰狼の奴が好きそうな三流脚本なんてそのまま受け入れていいはずがないだろう?

 

 だから、最後だけでも格好つけて逝こう。願わくば彼女の未来に幸福があることを願っていきながら。俺はそれでいい。それで十分だ。

 

「ああ、君はやっぱり――――」

 

 とても綺麗だ……そう、最後まで言い切ることが出来ずにヨハンの瞳は落ちた。まるで最後の役割を果たしきったかのように、彼は戦いに敗北した者とは思えないほど安らかな表情で逝ったのであった。

 

・・・

 

「ヨハン君……」

 

 残された者に先立つ者が抱いた気持ちを理解することはできない。ヨハンの言葉から誰がヨハンと戦い、そして命を奪ったのかは理解することが出来た。ヨハンが最後にどうして、あのような言葉を口にしたのかはわからない。

 

 ただ、リゼの中で一つだけ確かなことがあった。

 

「許さない……」

 

 ポツリと漏らした言葉には感情が乗っていた。かつて、レイジはリゼと対峙して彼女に言い放った。お前は何も失っていないからそんな綺麗ごとが口に出来るのだと。もしも、失っていれば綺麗ごとを口にすることができるような余裕を浮かべることはできないのだと。

 

「そうだね、私もやっと理解することが出来たよ。失って初めて私はキミの想いを理解して、同時に君を敵とみなさなかったことを後悔している」

 

 セルバンテス、七星散華、そしてヨハン、リゼにとって身近な人の多くがレイジと関わり、そして命を落としていった。その顛末の総てを知っているわけではないが、奪われた者の痛みだけは理解できる。

 

 憎悪の炎が燃え上がる、ヨハンが口にした言葉ですらも、その激情を完全に消し去ることはできない。いつかは迎えるであろう運命に向かって最悪の歯車は動きだそうとしている。本来であれば衝突する必要などなかったであろう者たちが、リゼとレイジ、すれ違い続ける二人の運命は、遂に交わり、そして分かり合うことを置き去りにした成れの果てへと行き着こうとしている。

 

 かつて地獄の先に花を咲かせると約束し合ったはずの二人はすれ違い、気付きあうこともなく通り過ぎていく。

 

「レイジ・オブ・ダスト、君は――――私の手で倒す!!」

 

 リゼが遂にその決意を露わにした頃、盤面の総てを決定づけてきた男は笑っていた。総てすべてが思惑通りに進んでいる。星灰狼の望むままに、聖杯戦争を戦い抜いているように思っている愚か者たちを尻目に、彼が願った彼だけの宿願のための鍵は総て揃った。

 

「ご苦労だったね、憐れなアベル、いよいよ収穫の時だ。憐れなお前の役割はもう間もなく終わりを告げる」

 

 最初から総ては仕組まれていた。彼は決められたように戦い、自分の素性すらもあやふやな中でただ自分の正しさだけを信じて戦ってきた。

 

「此度の戦いは分水嶺だった。さまざまな因縁に裏打ちされていたとはいえ、アベルとヨハンがリーゼリットのために手を結ぶこともできた。けれど、それは叶わなかった。君はやはり最後まで舞台に昇ることは出来なかったね、ヨハン」

 

 彼がもしも、自分の描く脚本を壊すことができる乱入者になることができるのだとすれば、ほんの少しだけでも、自分の予想を超える展開になったかもしれないが、やはり、人間、中々自分の欲望を越えることはできない。

 

 それでいい、定められたように誰もが踊ればいいのだ。これまでに1000年、星灰狼は準備をしてきた。超えることなど誰にもできない。

 

「終わりは近い。だがしかし、まずは見届けようじゃないか。憐れなアベルとそれを憎む女王、そのどちらが勝利をするのかね。共倒れになってくれれば、それが俺にとっては一番楽ではあるんだがな」

 

 レイジとリゼ、いずれ自分の敵になるかもしれないも同士が互いに潰しあってくれることを期待しながら、灰狼は自分の計画の最後の準備へと入っていく。

 

 脚色された聖杯戦争はこれにて終わり、これよりは見境のない勝者を決めるための戦いが始まる。

 

第17話「Pretnder」――――了

 

――壊しあって、分かりあってたことも置き去りにした。これが成れの果てなの?

 

次回―――第18話「儚くも永久のカナシ」

 




いよいよ物語は終盤戦に突入していきます、次回は遂にレイジとリゼの激突

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第18話「儚くも永久のカナシ」①

 リーゼリット・N・エトワールの女王への戴冠式は表向きは何ら、問題が起こることもなく、誰もが騒動が起こっていることなど知ることなく終わりを迎えた。戴冠式は大成功、これにて、セプテムという王国は個々から先も更なる繁栄を望むことができるだろうと、国民たちは誰もがそう信じていた。

 

 そうしたお祭りムードが王国の中に漂っている以上、それ以外の些末事は総て秘密裏に終わりになっていく。

 

 戴冠式の最中に犠牲になった者がいる。ヨハン・N・シュテルン、リゼの護衛騎士であるはずの彼は、戴冠式の最中、その近辺で何者かと争い、暗殺された。

 

 戴冠式の会場に侵入者が入った形跡はなく。彼が命がけで守ったのか、あるいは、彼を目的とした行動だったのかは不明なものの、それを公に曝け出せば、新たに就任した女王の治世に影響を与える。

 

 始まって早々に護衛騎士が命を落としていたなどと聞かされれば、新たな反乱の芽が、自分も同じように等と思われてしまっては堪ったものではないのだから。そうした懸念が考えられることから、ヨハンの葬儀および埋葬は秘密裏に行われた。王国関係者の僅かな人数で行われた埋葬には当然に女王であるリゼも同行した。

 

 死に化粧を施され、安らかに眠っている様子に見えるヨハンの姿を見ながら、リーゼリットはあの日のヨハンとの別れ際の会話を思い出す。

 

「どうして……あの時に、ちゃんと離せなかったんだろう」

 

 ポツリとリゼが声を漏らす。リゼはヨハンがずっと黙っていたことを、あの最初の侵攻の時に、自分を襲った少年であることに気づいていた。出会ったときは気付くことが出来なかったが、長い時間を過ごす中で気付き、それでも、言葉に出すことが出来なかった。

 

 言葉に出せば今の自分たちの関係が壊れてしまうのではないかと思っていたから。でも、あるいは言葉にしていれば自分たちの間に存在している、わずかなわだかまりのような、薄皮一枚隔てた遠慮のようなものを崩すことが出来たかもしれないとも思う。

 

 今となっては全てが終わってしまった出来事、埋葬されるヨハン君の姿を見ながら、私は祈る神すらも失った気分でいた。

 

 ねぇ、神様、もしも、あなたが本当に存在しているのだとしたら、どうしてあなたは、私から何もかもを奪って行こうとするのですか? 私はスラムで出会った彼と再会することもできず、今度はヨハン君も失った。ヨハン君だけじゃない、ヴィンセントおじ様も、散華さんも、セルバンテスも、私と関わった人は次々と命を落としていった。

 

 それは、私が間違っていたのでしょうか? 私の行いがその結果を生み出してしまったのでしょうか、神様、もしも、貴方が存在しているのであれば、私はどうすればよかったのかを教えてもらえませんか。どうすれば私は皆を救う事が出来たのでしょうか。

 

「………いるかどうかもわからない神様に縋るなんて、本当に救えないね、私って」

 

「人は誰でも縋りたくなる時があるものです。ヨハンは立派な騎士でした。貴女を守るために常に全力で日々を生きてきていた。貴女が何の大過もなく女王になれたことを彼は本気で喜んでいるはずです。そこだけはどうか、ゆめゆめ否定しないでいただきたい」

 

「うん、分かっているよ。ヨハン君はいつだって私のことを一番に考えてくれていた。本当はもっと自分を大事にしてほしいと思う事もあったけど、それでも、ヨハン君の行動する理由は私だった。馬鹿だよね、私なんてそんな優先するほどの価値のある女じゃないのに」

 

「男とは、騎士とはそういう生き物です。守るべき者、仕えるべきもののためであれば、どんな困難であろうとも飛びこむ気概を持ち合わせている。ヨハンは貴女の為に戦う自分を常に誇りに思っていました。それだけではない感情を抱えていたのは事実でしょう。しかし、その心を推し量ることは私にはできません。想いを馳せることができるのは、リゼ、貴方だけです」

「………うん、分かっているよ」

 

 ヨハン君、結局私は君が私をどう思っているのかを聞けなかった。なし崩し的に君を騎士に迎えて、君が一緒にいることが、傍にいることが当たり前になって、その関係性に胡坐をかいていたのは事実だと思う。君が本当は私のことをどう思っているのか、ちゃんと言葉にして聞かせてもらいたかった。色んな柵があって、私達は互いにそれを聞くことを無意識に避け続けてきていたから。

 

 今更であると言われればそこまでかもしれないけれど、私はもっと、君を知る努力をするべきだった。失って初めて、私は君のことを知っているつもりになっていたんだって理解できた。

 

「ううん、君だけじゃないのかもしれない。私は何もかもを知ったつもりになっていただけなのかもしれない」

 

 この世界の事も、七星の事も、そしてかつて彼に言われたことも、全部全部、分かったようなふりをして、分かっているように悩んでいるように見せて、その実、根っこの部分で私は理解していなかったのかもしれない。

 

 彼は言っていた。自分たちの痛みを王族が理解しない限り、変わることはないって。わかったつもりでいた。彼に触れて、彼の気持ちを理解して、寄り添っているつもりでいた。でお、知ったつもりでいただけだ。

 

 失って初めて理解した。奪われるということがどれ程、心を引き裂くほどの痛みを与えるのか。当たり前に存在しているものが突然いなくなってしまう喪失感が自分の心をどれ程苛むのか。それを私は全く理解していなかった。

 

 理解しているように見せているだけだった。伝えに行かなければならないだろう。自分を今現在蝕んでいるこの感覚を、この気持ちの行き先を定めるために自分は彼にもう一度会わなければならない。例えそれが、私の目指す結末からすれば、邪道もいい所であったとしても。

 

「行こうか、ランサー」

「いいのですね」

 

「うん、だって、私は聖杯戦争の参加者だよ? なら、聖杯戦争の参加者としてやるべきことをやるだけだよ。敵は倒す、最後の1人になるまで続けるのが聖杯戦争でしょう?」

 

 その基本に立ち返ろう、私は今までずっと、聖杯戦争の参加者として戦うことにも消極的だった。タズミ卿を討伐したのはあくまでもこの国のため、グロリアス・カストルムでの戦いは不幸な巡りあわせの末の戦いだった。

 

 ここまでずっと、私は私自身として戦うことから逃げてきていたから、まずはそれを改める。ずっと私はヨハン君に守られてきたから。

 

「じゃあ、ヨハン君行ってくるよ。どうか、見ていてね。私の姿を、次にここに来るときには、きっと君に勝利の報告をしてみせるから」

 

 彼に心配を掛けさせまいとそう墓標に伝える。何が勝利なのかすらも分かっていないのに、進め始めてしまった足はもはや止まる場所を見定めることができない。

 

「行こうか、ランサー、彼との戦いの場所へ」

「イエスマイロード、どこまでも」

 

 主の出陣命令に従者は答えた。これまでずっと先送りにしてきた問題に終止符を打つために、リーゼリット・N・エトワールは聖杯戦争への出陣を決めた。

 

――王都ルプス・コローナ――

 戴冠式襲撃のための戦いは、朔姫たち側の失敗に終わった。撤退については全員が成功したものの、誰一人として戴冠式会場の内部に侵入することは叶わなかった。

 

 レイジとアヴェンジャーによるアーチャー陣営を脱落させることが出来たのが唯一の報酬であると言ってもいいだろう。

 

「散々な結果というべきなのか、犠牲が出なかったからよかったと考えるべきなのか、微妙に難しい所だよね」

 

 拠点に身を寄せながら、ルシアは情勢を語る新聞を読みこんでいるロイに向かって告げる。ロイは視線を新聞に向けたまま、ルシアへと返答する。

 

「俺は喜んでいいと思うけどな。これで七星陣営側のサーヴァントはライダー、キャスター、ランサーだけになった。あちら側のセイバーがどのような判断を下すのかは現時点ではわからないが、確実に連中を追い詰めているのは間違いない」

 

「ま、そのライダーとキャスターをどう倒すのかってのが一番の問題なんだけれどね。結局、前回の戦い、私ら全員で戦ってもあいつ余裕そうだったし……」

 

 戴冠式会場における戦いのことをルシアは思い出す。セイバー、ロイ、そしてルシアの三人がかりでの戦い、それでもなお、キャスターを完全に倒しきることは出来なかった。

 

 無限に存在するのではないかと思えるほどの魔力、錬金術の母ともいうべきあらゆる術式に通じているその底の知れなさ、何よりも常に余裕を崩さない態度、聖杯戦争そのものを楽しんでいるかのような態度は、必死に闘っているこちらをおちょくっているようにも感じられるが……

 

「キャスターは以前に、自分のマスターが俺に勝つところを見るのが聖杯戦争の目的だと言っていた。じかに戦ってみてよく理解できたが、キャスターは恐らく聖杯戦争を絶対に勝ち抜こうという気持ちは持っていないように思える」

「それって隠しているだけだったりしないの?」

 

「これでも、聖杯戦争に参加するのは二度目だ。本気で勝ちたいと思っている奴とそうでない奴の違いくらいは分かるよ。俺にカシム・ナジェムが勝利する光景を見る。それを見届けることが出来れば、いつ退去しても良いと考えているんじゃないかと思う」

 

「それって、逆に考えれば、ロイが負けてくれればキャスターは消えてくれるかもしれないってことー?」

「まぁ、そういう話にもなるね」

 

「戯け、我々のマスターになっておきながら、聖杯戦争の勝利者になることなく敗北するなど、我は許さんぞ。人間風情でありながらも俺を使い魔のように使役しておきながら、それが途中で退場するなど、バカにしているにも程がある!」

 

「兄様、口が過ぎますよ。ですが、気持ちとしては私も兄さまと同じです。セイバーである我々が健在の中で、相手が消えてくれるかもしれないからと敗北を認めるようなことは我々としても看過することはできません」

 

 キャスターの目的を達成するためにはロイが敗北を迎えればいい。それは確かに事実なのかもしれない。あの厄介なサーヴァントを放逐することができる最大の機会であるともいえるが、まっこうから、その提案にセイバーであるディオスクロイ兄妹は反対の声を上げる。カストロは苛立ち気に、ポルクスは諭すように、そのどちらも感情の向け方こそ違いはあるが、自分たちの手でキャスターを討って見せるという気概の表れであることはロイにも十分に伝わっている。

 

「ああ、分かっているよ。アイツらを満足させてやることが全てを終わらせる最短の近道であったとしても、それがそのまま正しいことであるという保証は何処にもない。だったら、実力でそれを掴みに行こう。

幸い、キャスター単独での戦いは先日の戦いで知ることが出来た。二人ならば、次に闘う時はその戦闘方法に対応することができると信じているとも」

 

「勿論です」

「舐めてくれるなよ、所詮は人間風情が神の立場に昇りあげようと舌だけだ。本当の神霊の力と言う者を思い知らせてやる」

 

(キャスターは恐らく、カシム・ナジェムと俺の戦いが成立しない限り、自らが消えるようなばくちは打ってこない。あの鋼鉄男の調整がいつまでかかるのかはわからないが、こちらが先制攻撃をしたところではぐらかして逃げ切ることだけを考えるだろう。厄介極まりないが、奴らの準備が完全に整うまで待つほかないのが心苦しいな)

 

 ならば、その間にライダーをと考えても、ライダー陣営側はキャスターに無理をさせない範囲での協力を求めてくるだろう。ライダーを相手に余計な手間暇をかける状況で戦うことはまさしく自殺行為だ。ライダー陣営に勝利するためには、キャスター陣営をその前に脱落させておくことが必要不可欠であることは今更言うまでもないことである。

 

 諸条件が揃うまで待たなければならないとすれば。時間の経過でドンドン不利になっていくのはロイたち側である。いつまでライダー陣営がこの決闘ごっこのような聖杯戦争の状況を続けていくのか。続けることによって彼らにどんなメリットがあるにしても、いずれは破たんする。

 

 その破綻のタイミングがこちらに有利に働くのかと問われれば間違いなくそうではないだろう。

 

「考えてみれば、キャスター陣営の存在こそが俺を縛る楔になっているのかもしれないな」

「どういうこと?」

 

「まっとうに聖杯戦争を狙うのであれば、倒しやすいのはむしろライダー陣営だ。真正面からの戦いを好み、英霊としての逸話も無数に存在するが明らかであるものが多数を占めている。対してキャスターの逸話は神話か史実か怪しいようなモノばかりだ。どのような手が飛び出してくるのかもわからないとなれば、どちらが相手をしやすいのかは言うまでもない」

 

 序列第一位という情報を抜きにすればそれは間違いない。よって、こちら側の戦力で最も総合力で勝っているロイが狙うべきなのは言うまでもなく、ライダー陣営である。

 

 ライダー陣営さえ打倒することが出来れば、キャスター陣営を孤立させることができるが、ライダー陣営はそこに、ロイを因縁の相手として結びつけることで、ロイの行動は常にキャスター陣営を動かすという集団戦に置いて最悪の結びつきを与えてしまった。

 

 強大な敵に対抗するにはより強大な相手をぶつければいい。そのセオリーに嵌めこまれてしまったがために、ロイとセイバーは常にキャスター陣営を相手取る選択肢を与えられ、主流の流れから遠ざけられてきてしまっている。そこまで考えてカシムの目論みを正当化させたのだとすれば、星灰狼と言う人物は、レイジたちが考えている以上に厄介な戦略家であると言えるのかもしれない。

 

「次は勝つ、そう思っておくことが重要だな。どんな時でも俺達が都合よく勝てる状況が用意されているわけではない以上、そう考えておく他にないからな」

 

「そうだね、アイツを倒すことが出来れば、この聖杯戦争も一気に終わりに近づいてくる」

(でも、きっと、犠牲無しにアイツを倒すことは無理だ。命を懸けてそれでも足りないかもしれない。だったら、一つの命以上のモノを掛けていくしかない……)

 

 命を奪われでも復活するくらいの気概が存在しなければあれを撃破することはできないだろう。キャスターを倒すことができるかどうかがそのまま分水嶺になるのだとすれば、無理をしない理由は何処にもない。

 

(レイジたちを勝たせるためにも、私も覚悟を決めなくちゃいけない時が来ているんだと思う。そうでしょ、バーサーカー)

 

 きっと、パートナーはその為に自分に指輪を託してくれた。ルシアはそのように思い、自分の指ハメこまれた指輪へと視線を向けたのであった。

 

・・・

 

「なんや、お前、思ったよりも随分と有名な英霊だったんやな」

「なんだよ、盗み聞きか? 言ってくれりゃぁ、別に黙っているつもりだったわけでもないってのによ」

 

「アホ抜かせ。聞いたところではぐらかしてきたやろ。誰にも知られる事無く、自分の目的を遂げるために行動する。木を隠すんなら森の中、お前がウチらに同行した理由っちゅうんも、実際のところはそこらへんやろうが」

 

 八代朔姫に呼び出されたアーク・ザ・フルドライブは朔姫が口にした言葉で自分の行動が監視されていたことに理解が及んだ。ことさら、その行動に対して怒りを向けるようなことはしない。朔姫はこちら側のリーダーであり司令塔だ。常に仲間たちの様子に気を配っておく必要もあるし、彼女が機能不全になることが一番危うい。状況を逐一観察するために式神を張り巡らせていることもアークは当然に理解をしていたのだから、そこに怒りを向ける理由はない。

 

 どちらかといえば、これは自分側の不始末だ。セイバーによって真名を言い当てられ、それを取り繕う事もなく明かしてしまったのだから、口にした自分を恥じるべきだろう。

 

「否定はしねぇよ。俺は世界に召喚された英霊だ。本来の聖杯戦争では、英霊ノアを召喚するなんてことはおいそれとできやしない。だから、世界の抑止力は神霊を人間の身体に憑依させる形で召喚した。朔姫、お前さんは英霊ノアの正体は何だと思う?」

 

「宇宙人」

 

「ぶっははははははははははは、何だそれは、荒唐無稽もいい所じゃねぇか。そんなことをいちいち口にしたら笑われちまうぜ」

 

「でも、正解に限りなく近い、ちゃうか?」

「どうしてそう思う?」

 

「ノア、聖書に登場する大洪水から数多の動物や人を救った現代人類の祖ともいうべきものの1人、まぁ、聖書に書かれた記載の総てが歴史的な事実であったとは思っておらんけども、そういう神霊に近しい何かを行使できる存在であったんは間違いないやろ。

 問題は、ノアは箱舟というもっとも有名なエピソードの前後も含めて数百年の時間を生きておるっちゅうことや。そんなんは現代人類でも不可能なことと言ってもええ。だったら、カラクリがある」

 

 神話の総てが作り話であるとは朔姫は思っていない。英霊、サーヴァントとして過去の存在を呼びだす音が出来、多くの神話の登場人物をこの目で見ていることからも神話とは説明不可能な事情を物語の形で都合よく説明した記録であると朔姫は思っている。

 

 つまりはどんな物語にもカラクリがある、理解が出来ないからこそそのように見えただけであるのだから、理由は必ずあるのだと思ってる。

 

「考えられる説としては二つ、一つはノアと言う存在は襲名制であったこと、複数のノアと呼ばれる人物の内、最も有名なノアが洪水伝説のノアであり、ノアってのは支配者層の通称であったちゅう可能性やが、それにしては階級の差が神話には見られんし、その座を争った形跡が見られへん、人間、優劣の差が生まれれば必ずなんらかの争いを起こす。どれだけ平和を望んでいると口にする奴でも絶対に起こす。これはもう世の中の常っちゅうやつでそれが引き起こされなかった時点で、複数人という説はないとウチはおもっとる」

 

 複数人の業績が重なったにしてはノアの行動は一貫し、そして、然したる功績を上げたわけではない。良くも悪くも歴史の表舞台に登場する数が少ないことは人類の欲望と結びつかない。

 

「となれば、もう一つの可能性や、そもそも、人類ではなかった。人類のふりをしている宇宙人やった。これならもっとあっさりと答えは出せるわな。人類とは根本から異なる存在が人類を導いておったんなら、普通にそいつがどんだけ長く生きておっても不思議やない。寿命なんて概念があるかどうかも分からんからな。どや? 悪くない回答やないか?」

 

 朔姫はドヤ顔でアークに正解であろうと答えを求め、アークはニヤリと笑みを浮かべる。

 

「どちらも外れだ」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

「んで、どっちも正解だ」

「ふざけんな、クソがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 もったいぶったような言い方をしたアークに対して朔姫は怒りのドロップキックをかます。大きな胸元に当たると、反動で朔姫が逆に弾かれて床に身体をぶつけてしまう。

 

「あたたた、結局、どっちやねん!」

「だから言っただろ、どっちも正解だって。要するにお前さんの推理はどっちも当たっていたんだよ。そう、俺は厳密には人間じゃない。俺は―――――」

 

 瞬間、アークの背中に巨大な白銀の金属生命体のようなものが浮かび上がる。あのライダーとの戦いで見せた装甲の本体、それが身の丈の少し大きい程度ではあるが、この場に姿を見せたのだ。

 

「こいつが俺の本体さ。遥か昔、オリュンポスの神々がこの地に降り立った時に同時に下りてきたナノマシン生命体、それが人類に寄生して、人類の姿を使って動き続けてきたのが英霊ノアの正体だ。俺はナノマシンの身体で宿主の人間を乗り換えながら、何世代にも渡って、人類を見守り続けてきた。過酷な地球の環境の中で導き手がいなければ、人類はいとも簡単に絶滅の危機に何度も直面してきた。俺はそのたびに人類を導き、数世代の変化を見届けた後に、その機能を封印し、人類の祖としてのノアの役割を終えた。それが、ノアと呼ばれる存在の正体さ」

 

「きっしょ、結局は寄生生物やんけ」

「うっせぇ、その正体を8割がた当てちまうお前の考察力の方が気持ち悪いわ」

 

「んなら、今もお前はそいつの身体に寄生しておるんか?」

「ああ、その通りだ。こいつがライダーのマスターであることは確かだ。こいつはこいつなりの召喚しようとしたライダーがいたはずだ。しかし、そこに世界の抑止力が介入した。此度の聖杯戦争は俺と言う存在が出向かなけりゃならない。再びこの大地を滅ぼしかねないほどの破滅が引き起こされるかもしれない。

それを回避、あるいは人類を生き残らせるための存在として、俺はこの地に召喚され、召喚したマスターの身体を奪う形でタズミの城に向かったって訳だ」

 

「なるほどな、それで自分が召喚された原因になる奴を倒すためにウチらと一緒に此処まで来たって訳や」

 

「お前らを助けようと思ったのだって本心だぜ。はるか先の時代であるとしてもお前らだって、俺の子たちの子孫だ。人を導いてきた者として、お前らの旅路を支えてやりたいと思ったことは本当だ。解釈次第であると言われりゃその通りかもしれんが、誓ってお前たちを騙してきたつもりはねぇよ」

 

 アークにはアークの事情がある。ノアと言う名前を聞いただけでその逸話を理解され、尋常ではない存在がこちら側にいるということが判明すれば、七星陣営側は必ず警戒をしてきたことだろう。相手に正体を悟られないためにあえて、自分の正体を伏せておくのは、朔姫とてキャスターに対して施していたことである。今更、アークだけを責めるようなことはできない。

 

「ま、それは別にええ。ウチらだって全員が全員、共通の目的を持っておるわけやない。レイジなんて復讐の為に戦っておるに等しいしな。それでも、でっかい目標は共有しておるんやから、それでええやろ」

「だな、そういう冷静な判断をしてもらえるのはこっちとしてもありがたい」

 

「んでな、お前の正体が分かったところで、ウチからもお前に相談がある。大事な話しや、今後のウチらの行く末を占う程度には大事な話になる」

 

 そこから朔姫はアークにこれまで明かしていなかったことを打ち明ける。それを聞き、アークは目を見開き、朔姫もまた自分と同様に、仲間たちに決して明かしていない胸の内があることを理解させられた。

 

「マジか……」

「ああ、マジや。桜子は知っておる話やけど、他の連中は知らん。話す必要もないしな。お前と同じや、話したところで最終目的に障害を生み出すだけなら、最後まで黙っていた方が都合がええ。お前に話したんはウチらが同類やからや」

 

「………ま、合点はいったぜ、色々と腑に落ちない点があったのは事実だ。どうにも俺の認識とそぐわない所が多々あってな。しかし、それもようやく氷解した。お前さんたちの話を聞けば、総てのつじつまが合う」

 

「ウチらも同じや、まぁ、聖杯戦争をこのまま続けていくので当面問題はあらへん、英霊ノアとして排除しなければならん相手がおるんやから、そこに集中してくれてええわ」

「それなんだがな、俺はセイバーの奴と蹴りを付けなくちゃいけねぇ」

 

「別にお前のせいって訳じゃないやろ、たまたま居合わせただけやし、正体知っておって、お前を狙っておるからって、わざわざ相手をする必要も――――」

「それだけじゃねぇさ。対峙して分かった。アイツを理解してやれるのは俺だけだってな。だから、アイツと決着をつける必要がある時には俺がやる。そうなっちまった時には、どうしたって憎まれ役が必要になるからな。お前らにその役目を譲るわけにはいかねぇよ」

「だから、お前の責任やない言うとるやろ」

 

 アークは明らかにターニャのことを気にしている。ターニャもこちら側に戻ってきたが、セイバーがアークと対峙をしたのは事実である。その事実を知っているのは当人同士と朔姫だけであることから、詳細は伏せられているが、いずれはそれが露呈する時が必ず来る。その時にアークは最悪の事態が来たとしても、自分がその最悪の事態に対処すると言いたいのであろう。

 

 だが、朔姫からすればそんな感傷はナンセンスだ。アークが来たるべき決戦の為に召喚されたのであればその戦力はロイと並んでこちら側の最高戦力になる。その使いどころを見誤ってはならない。

 

(そうや、目的を果たすためなら何をしてでも勝たなあかん、それがたとえ……あいつに、レイジに一生恨まれるようなことになったとしても……)

 

 朔姫の脳裏に過っているのは、決して平和に終わることはないであろう血が流れる結末だ。その展開になったとしても誰かがやらなければならない。

 

 朔姫もアークもセイバー陣営との避けられない戦いの時が近いことを肌で感じ取っていたのである。

 

・・・

 

「…………」

「どうしたの、レイジ君、いきなり私に話がしたいって」

 

 仲間たちが来るであろう決戦の予感を感じとりながらも思い思いの時間を過ごす中で、レイジ・オブ・ダストは桜子を呼び出していた。ルプス・コローナの中でも周囲に建造物はない所であり、拠点から少し離れているからか、周囲に人のいる気配はない。

 

「七星の血……、あんたと七星散華が戦ってる時に口にしていたあれは、どんな感じだ」

「どんな感じ……? ううーん、ボワーってして、ブワーって身体の中に力が漲って、ダーっていくみたいな?」

 

「あんた、壊滅的に説明が下手だな」

「失礼なッ! 私だってうまく説明するのが難しいんだよ、七星の血を確かに自分のモノとして扱っているけれど、原理が分かっているわけでもないし、使いたい時に使いたいだけの量を使えているわけじゃないもん! そもそも、どうしてそんなことを聞くの?」

 

 レイジは七星を殺すことに執着していても、七星と言う存在自体に興味を持っている様子はなかった。だからこそ、桜子が周囲にいても七星のことを根掘り葉掘り聞こうとしている様子はなかった。それが突然聞いてきたともなれば何かあったのかと思うのも道理である。

 

「あの男と、ヨハンと戦っている時に、俺の中で俺ではない誰かの声が聞こえた」

「それって……!」

 

「そこから全身が沸騰するくらいに力が高まり、俺の持ち得ないような力を使う事が出来た。勿論、今は使えないし、その声も聞こえてこない。自覚はあったわけじゃないが、これまでも何度か同じような現象が俺の身体の中で生じていた。どういう理由だかも分からない。そんな時にアンタたちのことを思い出した」

 

 七星の血、これまで連綿と受け継がれてきた七星の魔術師たちの経験値や知識をそのまま身体に流し込むことによって爆発的な反応速度や魔力を提供する力、それはレイジが発現した力と酷似しており、彼が桜子を呼び出したのもその力が似通っているかどうかを確認するためであった。

 

「レイジ君は、七星の血を持っているってこと?」

「さぁな、ただ、ターニャは星灰狼に七星の血を持っているからこそ狙われた。自覚がなかっただけで、俺もあの村の出身である以上、まったく可能性がないとは言い切れない」

 

 セレニウム・シルバでの戦いでヴィンセントはターニャを攫ってくるように命令したのは灰狼であり、他の村人たちには興味がなかったと言っていた。

 

 あくまでもレイジを攫ったのは生き残っていたからであると。しかし、もしも、それがヴィンセントの口にした嘘であったとしたら、レイジを攫ってきたことについて何かしらの明確な理由があったとすれば、レイジの身体に七星の血が流れていることについても理由が生じるかもしれない。

 

「あるいは……俺は連中と同じ人造七星、か」

「レイジ君……」

 

「俺はアンタたちと合流するまでの記憶がおぼろげだ。村を焼かれてからアンタたちと出会うまでの記憶がごっそりと抜け落ちている。目覚めたらアヴェンジャーを召喚していて、俺は七星に復讐することを誓っていた。それだって本当は不思議な話しだ。理由はある、原因も明確だ。けど、そこにいたるまでの過程がどうにも不明瞭だ」

 

 これまでレイジは自分が復讐のために行動してきていることを一度たりとも疑ったことはなかった。自分には明確な闘う理由と進むべき目標がある。それを達成するためには決して挫けない精神力さえあれば絶対に願いを叶えることができると信じ続けてきた。

 

 しかし、そんな自分ですらも知らない何かが自分の中に存在している。それは七星の魔術師たちと同じ力を持っている。であれば、自分もまた人造七星として機能しているのではないかと疑いを覚えることは決して不思議なことではない。

 

「もしかしたら、俺は――――」

「捜したよ、レイジ君。こんなところにいたんだね」

 

 レイジが自分自身について深く言及しようとした時にその声は聞こえた。その音はたった一人の音ではなく複数の人間の足音であり、レイジと桜子はギョッとして視線をその足音のする方へと向けた。

 

 そこには一人の女性に連れられた兵士たちがいた。魔力の気配を感じとり、桜子はその後ろに控えている兵士たちが人造七星であることに勘付く。

 

 しかし、何よりも驚きを覚えるのはそれを率いている相手が星灰狼ではないことであった。

 

「リーゼリット……」

「答えて、ヨハン君を殺したのはキミ?」

 

 有無を言わさない様子でリゼはレイジに問いを投げる。視線を向け、決して逸らさない。答えない限り、その視線が他を向くことはありえないとでも言わんばかりの様子に、レイジは思わず圧されてしまった。

 

「ああ、そうだ」

「散華さんやセルバンテスたちを殺したのは」

「……俺だ」

 

 嘘ではない、彼らは共にレイジ以外と戦ったが、最後のトドメを刺したのはレイジだ。嘘ではない。しかし、嘘をつかないことがそのまま正しいことであるとは限らない。

 

 リゼは歯噛みし、そして、暖かさとは真逆のどこまでも冷めきった表情でレイジへと声を上げる。

 

「レイジ君、君は私に言ったよね。お前は本当の意味で奪われたことがないから、自分の気持ちを理解することが出来ないんだって。私はそんなことはありえないと思っていた。奪われた人の気持ちを理解することはできるってね、思っていたの。

 でも、君の言うことは正しかった。私は全然、理解なんてできていなかった」

 

 胸に浮かぶのは締め付けられるような痛みだ。どうして彼らが、彼女が命を奪われなければならなかった。どうしてこんな結末にならなければいけなかったのか。

 

 どうして自分はそんな運命を変えることが出来なかったのか、総ての無力感が結びつきあい、総ての不条理に対してリゼは怒りを覚えていた。

 

 ああ、神よ、貴女が本当に存在しているのだとしたら、どうしてこんな悪が許されるのか。自分の大切な人たちを奪った悪を許しておくことがどうしてできるというのか」

 

「私はようやく理解することが出来た、失ってしまった者の痛みを。だからこそ、君の復讐を今の私は理解できる。そして同時に、ヨハン君たちを奪った君を許せない。何があろうとも私の手で討つ!! それが、ここに来た私の目的、君と決別し、これ以上、君の凶行によって誰かが命を奪われることがないようにするために!」

 

「そうか、別にかまわない。俺は最初からお前も俺の手で討つことを決めていた。七星である限り、俺は誰一人として逃さない」

 

「七星だから、そんな理由でヨハン君を斬ったの!?」

「ああ、そうだ。それともお前は、俺が最後の最後で手加減をするとでも思ったか? 最後には、俺がアイツに手心を加えると思ったか? ヴィンセントを俺が殺したと知った時からこうなることは分かっていたはずだ。だからお前は甘いんだと言ったんだ」

 

「そうだね、本当にそう。甘かったよ、君と最後には分かり合うことができる。そんな風に思っていた。その思い込みがヨハン君を、皆を殺すことに繋がったのなら、私が生産しないといけない。ランサー、行くよ」

 

「イエスマイロード、ランサーおよびアヴェンジャー、討ち果たして見せましょう」

「レイジ君!」

 

 元よりレイジを討つためにリゼが姿を見せたであろうことは容易に想像が出来る展開である。この場に居合わせた以上、レイジとリゼの戦いを黙っていることはできない。互いのランサーは現界し、戦闘態勢へと入る。

 

「アヴェンジャー、私も助力します。二人がかりで戦ってもなお、倒せるのか怪しい。ランサーはそういう類のサーヴァントです」

「理解している」

 

「灰狼殿から借り受けた人造七星の兵士たち、彼らを使いたくなんてなかったけれど、君を討つためなら力を使うことも惜しまないよ。七星序列第四位、私は個人としての戦闘力は散華さんやヨハン君には及ぶべくもないけれど、集団戦なら、あの二人にだって負けはしない!」

 

 因縁が牙を向く。復讐のために流してきた血がいよいよ清算を求めようとして来ている。復讐に身を焦がしてきた少年を食い破るための牙が、いよいよその背中まで追いつこうとしている。その牙を突きたてるために対峙するのが彼女であるということが、どれ程の皮肉であるのかを、少年は理解することができない。

 

 誰に知られることもなく、誰に指摘されることもなくすれ違うばかりの二人は、やはり真実を知ることなく、激突することしかできない。

 

 互いの血を流し、どちらかが倒れることこそが真の悲劇であることを知らずに、二人は戦いへと身を投じていくのであった。

 




レイジのネームド撃破率異常なんよな。


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第18話「儚くも永久のカナシ」②

――王都ルプス・コローナ・王宮――

「そろそろ始まっている頃かな」

 

 王宮に用意された星家当主のための部屋、そこの椅子に腰かけながら星灰狼は用意された紅茶に口を付けながら、1人呟いた。

 

「失礼する」

 

 その静寂が支配する部屋の中に、新たな人物が入ってくる。入室した瞬間にガシャリとした音が鳴り響き、誰がやって来たのかを一瞬で理解させる。

 

「やぁ、戴冠式で顔を合わせた時以来だね、カシム。君から来たということは準備は完了したということかな?」

 

「そのように解釈してもらって構わない。戴冠式ではキャスターに任せるばかりであったが、おかげで根本的な問題への対処に当たる時間を得ることが出来た。次にロイ・エーデルフェルトと交えるときには、今度こそ、奴が己の前に屈する時であろう」

 

「幕引きは近い、次も失敗して準備を整えるなんて言っている余裕はないぞ?」

「誰にモノをいっている。己は言ったぞ。完了したと。スラムの時のような応急処置ではない」

 

「そうか、では、君の言葉を信じよう、同志よ。この聖杯戦争に多くの七星が集ったが、俺の同士は最初から君だけだ。出来れば君とは勝利の美酒を共に分かち合いたいと思っている」

 

「薄情なものだな、共犯者であるというのであればヴィンセントも同じだっただろうに」

 

「ああ、だが、ヴィンセントは心から俺達と同じ方向を向いていたわけではないだろう。彼からすれば俺達は自分の夢に邁進することしか考えていない狂信者に映っていただろうさ。命令されていたから従っていただけ、その程度のビジョンしか持ち得なかったからこそ、彼は早々に脱落することになった。今思えば、アベルを誘導するために最も使えるコマだったんだがね、彼を失ったのは痛かった」

 

 最初から使い捨ての駒にしか過ぎなかったヴィンセントだが、灰狼からすればレイジが最も殺意を持つ相手は間違いなくヴィンセントであると確信を持っていた。彼を撒き餌に使うだけでも、思い通りに事を進めることができる確信を持っていただけに、ヴィンセントが早々に脱落してしまったのは惜しいと思うばかりだった。

 

 もっとも、その惜しいという感情に彼を悼む心は微塵もない。彼との付き合いはビジネスライクであったし、だからこそ、ヴィンセントも今わの際に灰狼に自分が騙されていたことを痛感したのだろう。

 

「ヴィンセントはアベルに対して言ったらしいよ。彼を今の境遇に貶めた人物が自分の外に五人いると」

 

「ほう……?」

 

「俺と君、そして彼女、そこまでは簡単に推測することができる。はてさて、残りの二人は誰なのだろうか。少なくとも俺は他の関係者を知らない」

「己も知らんな」

 

「俺も最初はどうして、ヴィンセントがそのようなことを言ったのか理解することができなかった。死に際に言い放つにしては復讐するべき相手を教えてやるなんて、悪辣な性格をしている彼にしては少し行儀が良すぎるとね」

 

「確かにそうだ。あの男もまた己のことしか考えていない。仮に今も生き残っていたとしても、己たちの寝首をかき、自分だけが益を得ることができるように行動していたことだろう」

 

「その通りだ、だからこそ、何故という疑問がわいた。そこで、国王に尋ねたのさ。我々が知らないヴィンセントに依頼をした汚れ仕事はないかとね。そうすると、一つ興味深い内容を聞くことができた」

「ほう、それは?」

 

「前国王曰くリーゼリット女王は、かつてスラムの浄化作戦を率いていた時に一度、スラム側に捕縛をされていたらしい。その時の詳しい経緯までをすべて聞くことはできなかったが、どうやら、その時に我々と同じ七星の血を引いている少年に彼女は助けられたらしい。もっとも、国王からすればそのような報告は恥以外の何物でもなかった。自分たちが追いやったかつての王族たちの生き残りに、自分たちの娘が助けられるなど看過できるものではなかった」

「ああ、なるほど、合点がいった」

 

「リーゼリット女王とヨハン、我々が知らぬところでアベルと彼女たちは関係を持っていたわけだ。それをすべて知っていたのはヴィンセントだけだろう。五人の七星とは言い得て妙だな、確かに見方によってはヴィンセント以外の五人こそが、今の彼を、レイジ・オブ・ダストなるものを生み出したともいえる」

 

 その解釈の仕方によって変化をするということが肝である。そこには、やむを得ない理由もあっただろう。レイジにとっては誤解としか言いようのない事態もあっただろう。しかし、ヴィンセントはそれを伏して、あえて五人の七星と言い放った。それらすべてにレイジが牙をむくことを望んでいたかのように。

 

「まぁ、半分くらいは我々に対しての意趣返しもあったのではないかと思っているがね。実際、我々がアベルのためにヴィンセントを捨て駒扱いしたのは事実であるしな。彼からすればアベルが我々を葬るのならそれはそれでいいと思ったのだろう。

 どうせ、アベルが我々を全員を倒せるなどとは、誰も思ってはいないのだからね」

 

「薄情な男だ、こうなるように仕向けたのはお前だろうに」

「既に俺だけの思惑で進んではいないとも。ヴィンセントの思惑、ヨハンの思惑、そして、セイヴァーの思惑、それらが複雑に絡み合った結果としてこの瞬間がある」

 

 ヨハンは自分自身の意地にかけて戦ったのだろう。しかし、結果的にそれがリゼの為になったのかは怪しい所だ。

 

彼は必死にリゼが戦いの表舞台に昇ることを避けようとしてきた。どんな結末になったとしてもリゼだけは生かすという気持ちだったのだろうが、その果てに、今、行われている戦いがあるというのであれば、結局彼の願いは叶わなかったということになる。無駄死になどと言ってしまうのは悲しいことだが、灰狼からすれば、気に留める必要もない程度の変化しか与えられなかった。

 

「その大きな流れがいよいよ結実しようとしている。果たして、目論みを叶えることができるのは俺かあるいはセイヴァーか、アベルとリーゼリット女王の結末を以て、この聖杯戦争もいよいよ終幕へと向かうだろう」

 

 そこまで言うと灰狼は立ち上がる。そして、カシムへと笑みを浮かべ、

 

「収穫の時だ、アベルに与えていた総てを回収しに行くとしよう。勿論、君も来てくれるだろう、カシム。その為に此処を訪れたのだろうから」

「そうだな、己が生み出した種だ。であれば、その結末は見届けなければならんだろう。それがたとえ、己にとって欠片も興味がないものであったとしても」

 

 レイジとリゼの闘う場所へと灰狼とカシムは足を進めていく。カシムが部屋を訪れたその時からそうすることが決まっていたかのように、その流れは決まりきっていたもののように見える。すべては収まるべきところへと収まっていく。

 

 多くの思惑があった。多くの伏せられた事実があった。しかし、それらはいよいよ白日の下へと曝け出されようとしていた。その最後の鍵を握る二人の人物が戦場へと足を進めていく。この聖杯戦争が誰のために存在しているのかを知らしめるために。

 

 七星序列第一位と第二位、自分たちが仕掛けた種が芽吹く時であることを確信して、彼らは王宮の部屋から出ていくのであった。

 

――王都ルプス・コローナ、空き地――

 リーゼリット・N・エトワール、七星における序列は第四位、これは聖杯戦争において有利か不利であるかという観点によって判断が為されている。リーゼリットの戦闘能力は第三位である散華には及ばず、ましてや第五位であるヨハンにも及ばない。それでも、彼女の序列が第四位であるのは、彼女には類まれな七星の魔術が備わっているからである。

 

 すなわち――――個の実力ではなく、複数を揃えることによってはじめて発揮される真価、集団戦闘こそが彼女の本領発揮である。

 

「憑血接続開始―――ここに七星の血を解放する!!」

 

 リゼの瞳が蒼く光り、そして彼女と共にこの場所へと馳せ参じた人造七星たちの身体が光りはじめる。そして、彼らは一斉にレイジと桜子へと襲い掛かり、二人はその迎撃を行う。そして、複数人が一気に攻撃を仕掛け、それを何とかいなしていく中で桜子もレイジもすぐに気付く。

 

 連携による攻撃、しかし、その連携が一糸乱れぬ行動なのだ、まるで全員が自分の隣に立つ戦士が次にどのように動くのかを理解しているかのような動きに、本来であればあっさりと一蹴しているはずの人造七星たちの攻撃を桜子もレイジも捌き切れない。

 

「これ、ちょっとマズイ……!」

「アイツの能力、か!」

 

 リーゼリットの七星としての能力は感覚共有、彼女と言う基地局を通して周辺の兵士たち総てに自分と感覚を共有し、あらゆる視点の情報を与えていくことができる。人造七星たち一人一人の実力は大したものではない。まともに闘えば桜子どころか、レイジにすらも叶わない程度の実力でしかないが、それがリゼの能力によって大幅に強化されている。

 

 勿論、勝てないというほどの相手ではない。集団で戦闘を仕掛けて来たとしても、選択を誤ることが無ければ問題なく対応することができるだろう。

 

 もっとも、そこでレイジへと降り注ぐのは発動した魔力による弾丸、リゼが掌をかざし、そこから出現した魔方陣によって生み出された、無数の魔力による矢であった。

 

「ヨハン君がいなくなった以上、私自身の手で君を倒さなくちゃいけない。私は王族で戦場に立つのだってお飾りだったことは認めるよ。でもね、だからといって全く戦う事が出来ないなんて思わないで!」

 

 王族であろうともリゼもまた七星の魔術師である。なおかつ、王族として連綿と受け継がれてきた七星の血は、七星宗家であった散華と比較しても決して見劣りするものではない。リゼの魔弾が着弾すると同時に、人造七星たちが次々とレイジに向けて攻撃をしてくる。まるでレイジを殺せば自分の運命が変わるとでも思っているかのような執拗な攻撃である。

 

「くっ、七星流剣術――――『桜雨』!! ああ、もういいところで避けてくれて!」

 

 しかし、恐るべきはあの散華にも勝ちきった桜子の剣技を前にしても、一定の時間稼ぎとしての戦いを実行することが出来ているという所だろうか。

 

 散華のような凄まじい反応速度を持ち合わせていない彼らはどうしても桜子の攻撃に完全に反応することが出来ているわけではない。全員が魔術刃による斬撃を避けきることが出来ずに、手傷を負っているが、すぐに他の者がカバーをして、魔力によるごり押しで身体を再生するとすぐに戦線へと復帰する

 

 リソースを全て闘うことだけに費やしており、この後にどのように戦い、生き残るなどということは考えていない、良くも悪くも鉄砲玉以上の扱いを求めているようには思えない。

 

(マズイな、想定外だった。リーゼリット皇女……じゃなくて今は女王なんだっけ? とにかくリーゼリット様がこんな戦い方をしてくるとは思っていなかった。皆からの話しを聞いている感じ、人道的な方だと思っていたのに、これじゃ、他のマスターたちと変わらないじゃない!?)

 

 これまでも時の巡りあわせか、桜子とリゼが出会ったことはなかった。他の仲間たちから聞いているリゼの評判を聞く限り、人道的観点から他者に無碍に犠牲を求めるような人物ではなく、どちらかといえば戦いを忌避するような人物ではなかったと聞く。

 

 それだけにこの戦い方は厄介だ、リゼの七星の魔術師としての特性を聞く限り、戦いようによっては、散華に匹敵するほどの厄介な戦い方をされかねない。動員された人造七星の増援でも呼び出されてしまえば、余計にこの状況は悪化すると言えるだろう。

 

(リーゼリット様の表情、明らかに無理をしている。戦うことが楽しいって様子には見えない。どちらかといえば自分の感情を殺してでも、レイジ君を倒すことに執着しているみたい。彼女にそうするだけの理由を作らせてしまったのもまた事実なんだね……)

 

 先の戴冠式を巡る戦いでレイジはリゼの騎士であるヨハンを討った。死ぬ瞬間までは確認していないが、リゼの反応を見る限り、レイジとの戦いでヨハンが命を失ったことは想像に難くない。

 

 その悲しみが彼女を変貌させてしまった。ある種の危惧通りに、復讐の為に邁進し続けてきたレイジの戦いが、リゼと言う新たな敵を呼びこんでしまったともいえるのではないだろうか。復讐で塗り固められた道を歩き続けてきたレイジは、以前もルチアーノという復讐のためにレイジを付け狙った男と戦うことになった。そして、今度はリゼがレイジに対してその復讐心を露わにした。

 

(レイジ君、君の七星を倒したいって気持ちが間違いではないことは良く分かっている。君の怒りに正統性があることも。だけど、彼女の気持ちにもまた正しさが生まれてしまっている。君はこんな悲しみの果てに、本当に救いを見出すことができるの……?)

 

 ルチアーノは人倫に基づけば許されざる行動をとった。しかし、リゼはあくまでも激情を胸の中に抱え込みながらも、あくまでも、聖杯戦争の範疇の中でレイジを打倒しようとしている。

 

 桜子もこの場にいて戦っているからこそ相手をしているが、リゼの瞳にはレイジしか映っていない。彼を倒すために、自分を鼓舞し、自分の感情をコントロールし、そして彼を倒そうとしている。

 

「答えて! ヨハン君はキミの故郷とは全く無関係だったはずだよ! なのに、どうして命を奪うようなことをしたの!」

「あいつが七星である以上、俺は全員倒すと決めている。それはお前だって例外じゃない」

 

「私はキミの闘う理由は理解できるものだと思っていたよ! 王族として、故郷を失った君に同情したし、何とかしたいとも思った。ヴィンセントおじ様や他の故郷を奪うことに加担した者たちへと復讐をするのなら、それが許されないことであっても一定の理解は示せた。でも、ヨハン君は関係ない。そんなことには加担していない。そんなヨハン君の命を奪ってしまったら、もう君は君の道理だけで説明は出来ないでしょ! 君は只、七星であるというだけで人を殺すだけの殺人鬼と何ら変わりがないよ!」

 

「………否定はしないとも」

 

「否定してよ! 君は自分の口で言ったじゃん、復讐の先に救いを見出すんだって! だったら、私にも救いを示して見せてよ。大切な人を奪われても、その先に幸福を見出す方法を! それが出来ないのなら、君の理想を叶えることなんて絶対に出来ない!!」

 

 リゼの悲痛な叫びが木霊する。それにこれまで多くの敵との問答の中で常に反論を口にしてきたレイジが此度は言葉に詰まってしまう。何せ、リゼの口にしている指摘はもっともな話だ。レイジの復讐の旅路の中でヨハンを殺さなければならない理由はどこにもない。

 

 散華との戦いは、散華自身が死を望んだという側面があるが、ヨハンとの戦いは互いに互いの命を奪うことを望んでいたが、レイジ側にヨハンの命を奪う理由は確かに存在しなかった。復讐を大義とするのであれば、復讐を果たすべき相手だけを殺せばいい。それを外れてしまえば、そこには道理も何も存在しなくなる。

 

「………っ!」

 

「ねぇ、答えてよ! ヴィンセントおじ様の命を奪ったのは復讐のためだったんでしょ! それを私は受け入れた。間違ったことをした相手に罰が下った。その気持ちは理解できた。だけど、君は戦いを続けていく中で、復讐からレールが外れている! 君が倒さなければならない相手ではない人にまで手を出している。

高尚な理想を語ったところで、君自身がそれを遂行できないのなら、何の説得力もないじゃない!」

「お前たちだって、聖杯戦争と言う理由で戦っているだろう」

 

「都合のいい時だけ聖杯戦争を持ち込まないでよ! 君にとって、この戦いは復讐のための戦いだったんでしょ! 聖杯戦争はその復讐を遂行するために利用しているんでしょ! だったら、都合のいい時だけそれを戦いの理由に使わないで! そんなの奪われた側は納得できない!!」

「………っ!」

 

 ああ、全くその通りだと思わずレイジも納得してしまう。加害者の口にした言葉など、被害者からすれば何の意味もない。ルチアーノはヴィンセントが悪であることを自覚していた。命を奪われても仕方がない理由を自覚していたからこそ、レイジもある程度の反論を口にすることが出来たが……リゼが弾劾するその姿はかつてのレイジと同じだ。

 

 どうして、命を奪ったのか、その問いにレイジは真っ向から答えを見いだせない。

 

(考え直してみれば、俺自身も不思議に思ってしまう。俺は俺の総てを奪った七星を倒すために戦ってきたはずだ。そこには五人の七星がいて、あいつも、いや、そもそも、あいつはどうして俺と関わっている? 自分自身でもわかっていたはずだ。アイツと俺はこれまでの人生の中で何一つとしてかかわりを持つことがなかったことに……)

 

 だからこそ、ヨハンが何かを口にした時も、レイジをどこかの誰かと思い込んで弾劾した時もレイジは理解することが出来なかった。他人の空似、あるいは独り言、だから、俺には理解することができない。そう言って、ヨハンの叫びを無視したはずではなかったか。

頭を抱えそうになる。何か、知らず知らずのうちに自分の中で、自分の考え方に整合性が追い付かなくなってきている。

 

 いつからそのような発想に至っていたのかと言われれば、やはりヴィンセントだ。ヴィンセントを殺すまでは、レイジはあくまでも村を燃やし、自分たちの日常を奪い去った相手にだけ復讐をすることが出来れば、それで自分の目的は完遂されると思っていた。

 

 しかし、ヴィンセントに自分が五人の七星によって運命を歪められたと聞かされた時から、その五人の七星を見つけることに躍起になり、そして七星総てを殺すことを宿命づけられていると考えるようになっていた。

 

 その最中でヨハンを倒した。互いに互いが敗北した時に端を迎えることすらも理解した中で戦っていたとはいえ、そんなことは残されたリゼには関係ない。

 

「あいつは、俺の運命を歪めたものの1人だ」

「どうして、そんなことが分かるの!? 貴方はヨハン君とかつて出会ったことがあるの? ヨハン君はスラムの出身よ、貴方が暮らしていた村に出向いたことなんて無かったはずよ!」

 

「それは……」

「出まかせを言ったの? 信じられない……! 君の行動を容認することはできないと思っていたけれど、それでも、嘘をつくような人ではないと思っていた。自分の言葉を絶対に曲げない人だと思っていたのに……!」

 

 リゼの目元から薄く涙が流れる。信じていた、この戦場に立っても尚、どこかで信じたいと思っていたレイジへの想いを裏切られたようにリゼは思った。

 

 もしかしたら、何かしらの理由があったのかもしれない。信じたくはないけれど、ヨハンが責めに帰するような何かをしていたのかもしれない。そんな覚悟を背負って聞いた内容が嘘であるとしか思えないような言葉であったなどと、どうして容認することができるだろうか。

 

 絶対に逃がさない。絶対に此処で倒す。その気持ちを余計にリゼは強くする。対してレイジは何処か眩暈のようなものを覚えている。自分であって自分ではないような感覚、あのヨハンとの戦いで突如として七星の血が覚醒した時と同じような感覚がレイジの中で膨れ上がっていく。

 

 まるで身体の主導権を無理やりに奪われかけているような感覚だ。状況を観測しているにもかかわらず、まるで自分の行動とは思えないような疎外感、それこそがレイジの身に起きている違和感のようなモノの正体なのだろうか。

 

 分からないが、戦いが待ってくれるわけではない。意識を何とか眼前のリゼと人造七星たちへと戻していく。気を抜けばヨハンの時同様に命が危うい。だからこそ、集中しなければならないのだが……

 

『ふぅむ、レイジの奴、やはり切れ味が悪いな』

『あの不思議な力がまた発動する前兆とも取れなくもないけれどね。毎回毎回追い込まれてから出ないと発動しない力だし』

「いや、あれはそういう意味での追い詰められ方ではない。我らがマスターにしては珍しい。戦うことに動揺が見られている」

 

 リゼの非難に対してどうにもいつものように戦う事が出来ないレイジの様子にはアヴェンジャーも少なからずの危機感を覚えていた。

 

 善悪の是非がどうであれ、これまでのレイジは決して敵に対して屈することなく、牙を突きたてることを諦めなかった。どんな敵が相手でも、徹底してである。

 

 しかし、初めて、そう初めてレイジは自分の中の歯車がかみ合っていないかのように、戦いの中で躊躇を見せているのだ。その変貌はアヴェンジャーにとっても不信感を抱かせるには十分すぎる変化であった。

 

 あるいはそれを覚醒前の助走であると評価することもできる。常にレイジが敵対者を圧倒してきたのは自分が不利な立場になってきてからであった。先日のヨハンとの戦いでも絶対に逆転することができないであろうと思われたところからの逆転劇、今回もそれが期待できるようにも思えるが、どちらに転ぶのかは半々といった所か。

 

『これ、展開次第では、レイジの救援に向かうべきかもしれないね』

『ああ、だが、そのためには――――』

 

 周囲を囲んでいる人造七星たちの排除、そして何よりも、今、アヴェンジャーの目の前でランサー、アステロパイオスと激戦を繰り広げている彼の男を出し抜く必要がある。

 

「アヴェンジャー、レイジ・オブ・ダストを倒すことはマイロードの願いであります。故に私は手を出さない。貴殿がその流れを断ち切ろうとするのであれば、私は全力でそれを討ち果たそう。これは主君へと捧げる騎士の誓いに他ならず。

 我が新たな女王へと捧げる忠義の具現であると知れ!」

 

 ランサー:ウィリアム・マーシャル、栄光のアンジュ―帝国に仕えた騎士の中の騎士、彼の宝具はかつて仕えた五人の王と、その王に仕えた彼の在り方に由来するものが形を変えて五つの宝具として供えられている。

 

 最も有名なモノと言えば、グロリアス・カストルムでもランサー自信が発動した獅子心王リチャードの力を模倣した聖剣を発動することであるが、今、この瞬間にもランサーは二つの宝具を常時使用している。

 

我は王を守り、道を修むる騎士なり(ナイツ・テンブラー)』、ランサーが仕えた最後の王である幼き王ヘンリー三世に捧げた生涯の忠誠。

ランサー自身が心から主であると認める王の為に戦うことを誓った時に発動されるその宝具は、ランサーのステータスへと更なる上方修正を与え、人馬一体の鉄壁の守備能力をさらに隙のないものへと仕上げていく。

 

 そして、もう一つ――『我が騎士道に敗北はなく(アン・シュヴァリエ・インヴィンシブル)』、ヘンリー2世に仕えたウィリアムが誓った最高峰の騎士へと至るための誓い。

これより三つの王に仕え、戦場に置いて無類の強さを発揮したウィリアムの馬上試合における腐敗の象徴たるこの宝具は、ウィリアムが握っている馬上槍を起点として発動する。この宝具を基点としたレンジ内にいる全ての存在の、魔術、宝具などの効果を全て無効化する。これによって、自身の身体能力や技術以外では攻撃することができなくなる。

 

 言わば強制的な白兵戦闘の強制であり、ウィリアム自身にもこの能力は跳ね返って来るが、そもそも、自分自身の武技だけを頼りに戦っている彼にはそれが全くデメリットになることはない。

 

 強制的な騎士同士の戦いの再現に加えて、騎士道の証を立てることによる自身の強制的なステータスの底上げ、この14のサーヴァントを召喚しての聖杯戦争の中でもここまで純粋な白兵戦闘に総てを費やしたサーヴァントも存在しないだろうと思わせる。

 

 純粋な武力による戦いであれば、彼はたとえ、侵略王であろうとも一筋縄では倒せない。リーゼリットの最強にして至高の騎士こそが彼であり、彼がサーヴァントであることこそが、彼女の最大の強みであると言ってもいいだろう。

 

「くっ……やはり、強い……!」

 

「その言葉はそのまま返そう、ギリシアのランサー、このウィリアム・マーシャル、多くの騎士、多くの戦士と戦ってきたが、貴殿ほどの実力を持つ者はそう多くはいない。女性の身であり、神の加護さえ届かない我が眼前においても尚立ち回れるその実力、戦士としてなんら恥じることのない姿である」

 

「そうですね、私も貴方の宝具を使用されたことによって、初心に立ち返った気分ですよ。いかに神の加護を受けていようとも最後に必要とされるのは己の力、己の強さが無ければ頂へと届くことはない」

 

 河神スカマンドロスの祝福を受け、アサシンとの一連の戦いでは、その加護を以て勝利を掴んだアステロパイオスだが、ランサーが発動した『我が騎士道に敗北はなく』の効力によって、強制的な宝具による特殊能力を用いた戦いを封じられてしまった。

 

 その手に握っている双槍だけが彼女にとっての信頼することができる武器、手負いのアヴェンジャーを後ろに下がらせることを決めた以上、彼女にも戦士としての意地がある。

 

「因果なものですね、初めて貴殿と会い、槍を交した時から私の聖杯戦争は始まった。あの時はまだタズミ殿が私のマスターでしたが、私が貴方に勝つことが出来なかったが故に、タズミ殿は命を落とした。マスターを失った時点で、私は貴方ともう一度戦うことはできないと思っていましたが…数奇な運命がもう一度私達を引きあわせてくれた」

 

「私としてもその数奇な運命には感謝している。どんな形であれ、中座になったままでは、どうにも腑に落ちない。ハンデを背負ったままの戦いで勝ったなどと言えるほど耄碌したつもりはない。同じ槍兵のサーヴァントとして召喚された以上、どちらが勝っているのかを決めることもないまま、この二度と訪れるかもわからない機会を逃すのはあまりにも面白くない」

 

 聖杯戦争と言う機会でなければ、異なる時代、異なる戦場で戦ってきた者が決着をつける機会など永久に訪れることはない。ウィリアム自身は戦闘狂であるつもりはないが、アステロパイオスという自身が強さを認める存在との武技を示し合せるこの舞台をみすみす逃す理由はない。

 

 周囲を人造七星たちに囲まれながらもそれを寄せ付けない形で二人の戦いは続く。宝具を封じられる形になったアステロパイオスは懸命にウィリアムへと攻撃を続けていくが、やはり単純な白兵戦であればウィリアムが勝る。

 

 鬼神の如き、高速戦闘によって、次々と双槍による攻撃を加えていくアステロパイオスの攻撃をウィリアムは凌いでいく。時に馬を使い、時に掻い潜る。これまで同様にウィリアムとその愛馬はまさしく一心同体、どんな攻撃に晒されようとも、双方がまさに一つの生き物のように動くことで完璧に攻撃を回避し、ウィリアムの馬上槍によって防御を成立させている。

 

 息を切らせぬままに何度も連撃を放ってきたアステロパイオスだが、一度後ろへと下がり、ウィリアムとの距離を取る。遅れて疲れが生まれたかのように息を荒く吐きだし、決して余裕の態度を崩さない敵手に対して、呆れとも尊敬とも取れるような反応を浮かべてしまう。

 

「まったく流石ですね。以前に戦った時よりもなお強くなっている。味方として隣に立てればどれ程心強かったか」

 

「それは謙遜が過ぎるだろう、ランサー。一度戦った相手であり、こちらは宝具を使用している。それでもいまだに貴殿を討つことが出来ずに、膠着状態を生み出しているのはこちらにとっても想定外だ」

 

 アステロパイオスの賛辞に対してウィリアムも真っ向からの賛辞を口にする。そもそも、宝具を使用し、自身のステータスの向上とタイマンによる戦いを強制している時点でこの場の戦いは言うまでもなくウィリアムの有利である。

 

 並の戦士、あるいは騎士が戦っていれば、抵抗することもできずにウィリアムによって討たれているであろうことは間違いない。そんな状況でも以前のセレニウム・シルバの時同様に互角の戦いを演じることが出来ているアステロパイオスの姿を素直にウィリアムが称賛するのも無理はないことだろう。

 

 だが、いくら称賛を受けたとしても最後には勝利を飾ることが出来なければ如何に称賛を受けたとしても戦士としての役割を果たすことはできない。アステロパイオスは状況を打開するための思考を巡らせる。

 

(アヴェンジャーと二人がかりで戦ったとしてもランサーを討ち果たすことは厳しいでしょうね。彼の宝具がどれ程の効力を持っているにしても真っ向からの白兵戦闘を行う限り、ウィリアム・マーシャルを越えることはできない。騎士としての正々堂々とした戦いをすることこそが、かのサーヴァントの勝利のための絶対的な流れ、言わばそこを崩さなければ打倒は難しい)

 

 アヴェンジャーの宝具は真っ向勝負を崩すということを考えれば実に有用な力であるが、問題はウィリアムの宝具の効果範囲がどの程度のモノであるかだ。彼の周囲だけということにはならないだろう。十分に距離を取った状況でも宝具を使用する気概を以ても使用することができない。

 

(だけど、これだけの効力を発揮している以上、一方的に私達だけに制約を課すものではないはず。おそらく、ランサー自身にもこの制約は及んでいる。ならば、グロリアス・カストルムでランサーが皆に対して発動させた聖剣の一撃も恐らく使う事が出来ないはず……)

 

 強制的な白兵戦の実行、それ自体も世界にルールを課す世界浸食の法理だ。宝具として勿論、人知の及ばない状況を生み出すこと自体は理解できるが、それにしても、制約という意味合いで言えばかなり強い部類であり、自分だけが一方的に有利になるとなれば、規格外が過ぎる。

 

 よって、ランサーも使えない筈という推測は恐らく間違ってはいない。その上でここからどのようにあの鉄壁の守りを崩すかという所だが……、

 

(騎士としての決闘、それを実行されている限り、私に勝ち筋は見えない。早々機会は多いとは言えないでしょう。おそらくチャンスは一度あるかないか、鉄壁の守りを崩すことが出来ないのだとすれば、逆にこちらからその城壁が開くように誘導するのみ)

 

 チラリとアステロパイオスはアヴェンジャーへと視線を向けた。何か言葉を交わすわけではないがアイコンタクトで両者はその目的を共有した。その一瞬の視線の交差を受けるとすぐにアステロパイオスは再びウィリアムへと立ち向かう。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「来いッ!!」

 

 再び双槍と馬上槍が激突し合う、受け止められればすぐにでも帰しの一撃を放ち、それを避け、受け止めて、息を継ぐ暇もないほどの高速連撃が再び両者の間で成立していく。

 

 通常の聖杯戦争であれば恐らく実現することはないであろう槍兵同士の戦い、異なる時代に生きた同じ武器を使う者同士の戦いは互いに互いの強さを理解しあっているからこそ、一歩も後には引かない。両者ともに考えていることは究極的には同じだ。

 

 自分の遣えるマスターに勝利を捧げたい。そして同時にこの偉大なる戦士を乗り越えて勝利の誉れを手にしたい。その想いが二人の武器を振わせ、戦意を激突させていく。

 

 マスター同士の戦いがどうしようもないすれ違いから起きた戦いであるにもかかわらず、そのマスター同士の戦いを代理して行う立場にいるサーヴァント同士の戦いは何処までも純粋に武芸の競い合いである。

 

 技を通して、言葉よりもなお雄弁に二人は互いを理解し合うための対話を続ける。その上で相手を越えるための方策を練り上げながら一撃一撃に想いを馳せていく。

 

 純粋である、そして同時に残酷でもある。これほどまでに互いを認めあいながらもサーヴァントである限り、彼らはどちらかが戦い、敗北し、消滅しなければならないのだから。

 

『いやはや、眩しいというかなんというか。ああいう戦いは僕たちにはできないね。奇襲とか闇討ち特化なところあるし』

『そりゃ、お前さんだけじゃろうが、儂もティムールも元をただせば真っ当な戦士よ。それであっても、あれはちと眩しすぎるがな』

 

「しかし、だからこそ、あの二人は互角に戦いあう事が出来ている。このようなことを認めるのは恥であるかもしれないが、あれを相手取るには我らよりもランサーの方が適任だしかし、だからといって、手をこまねいているわけにはいかない」

『ああ、勿論だとも。ランサーもそのために儂らに助力を願った訳じゃからな』

 

 どれだけ互いに認め合っていたとしても、どだいこれは聖杯戦争、勝利しなければ何も得ることができない。そのための機会を逃さないためにアステロパイオスは苛烈な攻撃の中でその機を伺い続けていく

 

 戦いの趨勢未だ決まらず、先に状況を崩すのはどちらとなるのか。

 




【CLASS】ランサー

【マスター】リーゼリット・N・エトワール

【真名】ウィリアム・マーシャル

【性別】男性

【身長・体重】182cm・78kg

【属性】秩序・善

【ステータス】

 筋力B 耐久B 敏捷A

 魔力E 幸運B 宝具A+

【クラス別スキル】

 対魔力:D
 一工程(シングルアクション)による魔術行使を無効化する。魔力避けのアミュレット程度の対魔力。

【固有スキル】

 無窮の武練:A
 ひとつの時代で無双を誇るまでに到達した武芸の手練。心技体の完全な合一により、いかなる精神的制約の影響下にあっても十全の戦闘能力を発揮できる。

守護騎士:B
 騎士道における理想の騎士として、今もなお讃えられるランサーに与えられた希少スキル。他者を守る純粋な使命感によって、その防御力は短時間ではあるが、凄まじい上昇を見せる。

騎乗:C+
 騎乗の才能。幻想種や野獣を除き、大抵の乗り物を人並み以上に乗りこなせる。更に騎馬を乗りこなす際、有利な補正が掛かる
【宝具】

『五王の忠臣(アール・マーシャル)』
ランク:E~A- 種別:- レンジ:- 最大補足:-
5人の王に仕え、信頼を勝ち取ったランサーに与えられた恩恵。王の威光たる宝具を借り受け、一時的に使用することが可能となる。
○永久に輝く勝利の剣(エクスカリバー・ライオンハート)/対軍宝具
 アーサー王を信仰したリチャード獅子心王は剣を初めとした道具に「エクスカリバー」と名付けたという逸話に由来する宝具。手に持った武器を聖剣に見立て光の斬撃を放つ。ただし、その武器が衝撃に耐えられるかは別。威力は本来の聖剣には劣るが、加護のない通常の防御では一撃のもとに斬り落とされるだろう。
○我は王を守り、道を修むる騎士なり(ナイツ・テンプラー)
ランサーが仕えた最後の王である幼き王ヘンリー三世に捧げた生涯の忠誠。
ランサー自身が心から主であると認める王の為に戦うことを誓った時に発動されるその宝具は、ランサーの筋力、耐久力、敏捷性にワンランク上昇を与え、人馬一体の鉄壁の守備能力をさらに隙のないものへと仕上げていく。

○我が騎士道に敗北はなく(アン・シュヴァリエ・インヴィンシブル)
ヘンリー2世に仕えたウィリアムが誓った最高峰の騎士へと至るための誓い。
戦場に置いて無類の強さを発揮したウィリアムの馬上試合における腐敗の象徴たるこの宝具を基点としたレンジ内にいる全ての存在の、魔術、宝具などの効果を全て無効化する。これによって、自身の身体能力や技術以外では攻撃することができなくなる。


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第18話「儚くも永久のカナシ」③

――王都ルプス・コローナ――

「そこ、押し込みなさいッ!」

「「「了解!!」」」

「くっ、まだ、そう簡単に……!」

 

 襲い掛かってくる波状攻撃、いくつもいくつも迫ってくる人造七星の肉の壁ともいえる攻撃に大剣と蛇腹剣を活用してレイジは立ち回ろうとするも、どうにもうまく立ち回れない。レイジ自身は気付いていないが、彼の武器はそのどちらもが範囲攻撃を実行することができる武器であるが、ある程度のリーチが無ければ集団戦では十全な機能を発揮することができない。大剣であればその重さと威力だけで凌ぐこともできるが、蛇腹剣については、それを振り回すだけの余力がなければ、攻撃の出先を潰されてしまう。

 

 人造七星たちは明確にレイジの弱点を突く戦い方を実行する。レイジの攻撃が出るところを潰す。古今東西、どんな相手であったとしても、攻撃をされる前に攻撃をすれば潰されることはない。加えて、後方で指揮をしているリゼからの魔術攻撃までもがレイジへと襲い掛かってくる。

 

 ヨハンとの戦いのように個人の武力頼みの戦い方ではなく、集団的な追い込み、ヨハンとの戦いを辛くも凌ぎ切ったレイジだが、こと集団戦闘に関してはセルバンテスとの戦いで垣間見せただけであり、ほとんど経験を持ち得ていない。

 

 人造七星たちの戦力そのものは散華やヨハンに比べれば全く見劣りする。あの実験体402号の方がまだ苦戦をさせられる程度でしかないことは明らかであるが、それを集団戦闘、そしてリーゼリットの感覚共有によって全く無駄がない動きによってカバーされている。

 

 一人をいなしたとしても、すぐに次の攻撃が迫ってくる。邪魔な相手を倒そうと攻撃を加えれば、他の仲間が防御を受け持ち、倒すことができない。

 

 単純な苛立ち、ストレスを拭いきれないこともまた慣れていないがための弊害であると言えるのかもしれない。

 

「くっ、そぉ……」

 

 だが、その苛立ちはレイジにとっては毒だ。刃が届くはずなのに届かせることができない。ヨハンのように実力があるからこそ届かないというわけではない。灰狼のように、分かりやすい理由を提示されて届かないわけでもない。届かせることができるはずなのに、届かせることができない。それが何よりも彼を苛立たせる。

 

「自分は後ろに下がって、命令をしているだけで復讐気分か、随分とお前の復讐は安いんだな……!」

 

「その手の挑発には乗らないよ。適材適所って言葉があるでしょ? 私はセプテムの女王、兵を指揮して、勝利を手にする。君たちのような戦士とはそもそも土俵が違うのよ。君の挑発に乗って、慣れないフィールドで戦うことの方がよっぽど馬鹿げているわ」

 

「良く言う、自分のフィールドで戦う? お前がこれまでそんなことをしてきたか? 持っている力をただ悪戯に持て余してきただけだろ。何もしてこなかった癖に、自分がその使い手みたいな顔をしているのは滑稽だぞ」

 

「本当に君は、私を苛立たせるのだけは上手いよね……! 波状攻撃、余計な言葉を口に刺せるような暇を与えないで!」

 

 リゼの命令を受けて、人造七星たちは一斉攻撃から、畳みかける波状攻撃へとその戦い方を変えていく。リゼが命令し、その命令を兵士たちが着実に実行する。

 

一糸乱れぬ統率力でそれを実行することが出来れば何一つとして怖れることはない。レイジ自身の戦闘力は個人単体として隔絶した実力があるわけではない。数で圧す、ある意味で戦場における定石だ。古代よりありとあらゆる場所で行われてきた勝つために費やされる最も分かりやすい勝ち方だ。リゼはそれを徹底的に実践する。

 

 リゼたちの戦場、ウィリアムたちの戦場、どちらも魔力を使った感覚感知の中で共有しながら、自分たちが今鉄壁の布陣を敷いていることを改めて理解する。

 

(ランサーが宝具を使っている限り、相手のランサーもアヴェンジャーも大規模な宝具を使う事が出来ない。ランサーは行動の起こりを決して見逃さない。グロリアス・カストルムの時のようにアヴェンジャーが予想しえない行動をしたとしても、行動の起こりを潰してしまえば、ランサーは必ず対処してくれる)

 

 自分のサーヴァントへの絶対の自信を持ち合わせている。誰もが七星側のサーヴァントの最強は侵略王であると思っているかもしれないが、リゼからすれば最強はランサーだ。あらゆる面から見ても彼には弱点と言ったものが存在しない。見劣りする面をスキルと技量で補い、マスターに絶対の忠誠を捧げる彼ほど、聖杯戦争のパートナーとして信頼できる存在はいないのだから。

 

(後はそれを私が確実に運用することができるかどうか。この戦いに勝つことができるかは私が勝利できるかどうかにかかっている)

 

 だからこそ、畳みかけて一気に勝負をつけることをリゼも望む。レイジの言葉はいつだってリゼの心をかき乱す。初めて出会った時もグロリアス・カストルムでも、そして今も、リゼの心の奥深くに隠している触れられたくない一面に土足で踏み込んでくる。

 

 ヨハンや多くの仲間たちの命を奪われて憤っているこの最中でも、その言葉に心をかき乱されるのはリゼ自身が未熟である証拠なのだろうか。

 

 それともあるいは……、自分の中に刻まれたレイジに面影を寄せているあの少年の言葉があったからなのだろうか。

 

(馬鹿馬鹿しい、レイジ君は彼じゃない。彼であるはずがない。そもそも、あの事件からもう何年が経過していると思っているの? 私だってヨハン君だって大人になった。彼だって生きていれば大人になっているに決まっている。どれだけ姿が似ていても、面影があろうとも、レイジ・オブ・ダストは彼じゃない……!)

 

 自分の心の中に浮かんでいる好意的に解釈をする理由となりえる存在のことを忘れようと首を振る。集中しろ、気を許すな。自分は仇を討つために戦うと決めたのだから、甘い心など持つべきではない。その抱いた甘い心が原因で敗北をするようなことになれば、自分は自分を一生許すことが出来なくなる。

 

「くそっ、近づくことができない……邪魔だッ!!」

 

 対してレイジも先ほどから抱いている苛立ちを発散することができない状況に置かれている。どれだけ言葉で攻めたところで刃を届かせることが出来ていないのは事実、肩透かしを食らっているにも等しい状況はどこか、やりきれない思いを抱かせる。

 

(決意が鈍っているわけじゃないだろう……!)

 

 だが、そもそもレイジの根幹の中でどうにも、これまでの敵との戦いの時のように煮えたぎるような戦意が発露していないのも事実なのである。どこか、後ろ向き、リゼを殺す事への躊躇のようなものが自分の中に浮かんでいるような。

 

(先ほどのアイツの言葉に動揺でもしているのか?馬鹿馬鹿しい……総ての七星を倒すことが俺の目的だったはずだ。七星は存在しているだけでこの世界に災いを齎す。だから、俺は総ての七星を滅ぼすことを目的としたんじゃないか……!)

 

『本当に、そうか……?』

「―――――――!」

 

 自分の心の中で誰かが囁いた。本当にそれがお前の本当の目的であったのかと問いかけるような声が響いたように思えた。それが自分の心を反映したような幻聴なのか、あるいは、ヨハンとの戦いの時のように本当に自分の中に浮かんだ何かの声なのか、答えは分からないが……、迷えばそれで足を止めてしまうことだけは分かっている。

 

(例え、間違っていたとしても、悪でしかなかったとしても、俺は俺の復讐を、俺のここまで進んできた道を信じる。それしかできない、それだけが俺の強さだ。何も持ち得なかった俺がここまで戦ってこれたのはブレずに自分の道を信じて来たからこそだ。だったら、やるべきことは決まっている……!)

 

 自分の復讐を果たす、そしてターニャを日の当たる世界へと連れていく。彼女に真っ当な幸福を与えたいと思っている。その為に戦うと誓ったのだから。それ以外の何かを望むこと自体が間違っているということだろう。

 

 盲信する、自分の正義を信じる。それだけが自分に出来るたった一つの正答であろう。

 

 何よりも、レイジはたった一人で戦っているわけではない。此処にはもうひとり、レイジと共に戦っている仲間がいるのだから。

 

「レイジ君も、結構キツそうだな……」

 

 人造七星たちによる波状攻撃、その攻撃手法へと移ったのは何もレイジ側だけではない、桜子へと攻撃を仕掛ける側の人造七星たちも一気呵成の攻め方から時間をかけて、桜子に攻撃をする余裕を与えないまま磨り潰す作戦へと変更をしたことがうかがえる。

 

(ただ、気持ち程度ではあるけれど、レイジ君よりも私への攻撃の方が雑に感じるな。リーゼリット皇女……じゃなくて今は女王様だっけか。女王様と私は面識がない。だから、私に対しての警戒心が強いって訳じゃないのかな。ここにきたのもレイジ君を狙ってのことだろうし……)

 

 これまでに七星側と幾度となく戦闘を続けてきた桜子であるが、考えてみれば。リゼと顔を合わせるのは初めてである。朔姫を通して話を聞いてはいたが、改めて顔を合わせると、これまでに闘ってきた七星のマスターたちとは少しばかり毛色が違うように見える。

 

(うーん、めっちゃ綺麗な人だなぁ、戦っているのがもったいないって思うくらいに。たぶん、七星としての生き方に染まっていないからなんだろうな、育ちがいいっていうか、心が荒んでいないって言うか……レイジ君と殺しあわせるようなことにさせたくないなぁ)

 

 リゼの経歴を桜子も深く知っているわけではないが、彼女は間違いなくレイジの故郷を滅ぼす戦いに関与してはいない筈だ。そもそも、皇女であった彼女に、レイジの村を滅ぼす理由はない。七星であるからこそ狙われているのだとすれば、彼女がレイジを非難したように少しばかり乱暴が過ぎるというのは桜子も納得だ。

 

 ただ、問題なのはリゼ側の心境だ。レイジは彼女の護衛騎士であるヨハンを討った。レイジが村を焼かれたのが事実であるように、レイジがヨハンを討ったこともまた事実だ。レイジが七星を憎んで復讐をするのであれば、当然にリゼにもレイジを憎んで復讐をする権利が与えられる。あの二人にとっての関係性で言えば当たり前のことだろう。そこに異論を唱えることは互いに許されないことであると理解してしまっている。

 

 けれど、そんな関係性を桜子は悲しいものであると考える。憎しみは憎しみを生み出す、だからこそ復讐は許されないなんてお題目は両者ともに理解しているのだ。それでも許せないと思ってしまうからこそ、戦いあうしかない。

 

(できれば同じにはしたくない。私と散華さんだって、本当はもっと別の結末があったはずなんだ。それを私達は見つけることが出来ずに殺しあうことしかできなかった。過去を無かったことにはできない。でも、同じことを繰り返すわけにもいかない……!)

 

 それはもしかしたら桜子自身のエゴなのかもしれない。二人の行く末は決着をつけるしかないと思っている二人に対して割って入って、余計な茶々を入れているだけの傍迷惑なのかもしれないが……、それでもどちらかの命を奪う事無く、戦いを終わりにすることができるのであれば、それがきっと最善であると信じることは果たして許されないことなのだろうか……?

 

 決着をつけることだけが救いであると桜子はそうは思わない。だからこそ、ここで自分が何かしなければその未来を掴むことはできないと奮起する。

 

「そうだ、こんな程度……、全然絶望するほどじゃない……ッ!」

 

 秋津の聖杯戦争の頃を思い出せ、もっと多くの敵に囲まれることだってあった。その最中でも輝きを放ち続けた英霊たちの姿を桜子は覚えている。それに比べれば何も怖れることなどない。

 

 ふと、視線がアステロパイオスと重なる。彼女の瞳も死んでいない。絶対に打開するという思いがこもっていることを理解できるから。

 

「そうだ、私が、この状況を変えて見せる! はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「なに――――ッ!?

 

 人造七星たちと感覚を共有しているリゼはすぐにその変化に気付いた。変化の勢いが出ているのはレイジたちの扇情ではなく、桜子を囲んでいる人造七星たち側である。

 

 波状攻撃を仕掛けて、休む暇を与えない形で桜子を攻撃し続けてきた人造七星たちが近づくことが出来なくなった。より詳細に言えば攻撃を与える素振りをすることが出来なくなったのだ。

 

「嘘っ、だってあれだけの人数で囲んでいるのに、息をする間もなくずっと動き続けているってこと!?」

 

 状況を正確に把握できるリゼは思わず目を見張った。桜子が攻勢に出たのは理解できるし、当たり前のことだ。敵手としては防戦をし続ける限り、数の優位を覆すことは出来ずに擦り切れていくだけなのだから。

 

 しかして、今の桜子は違う。ただ攻撃をしているのではない。一度たりとも止まることなく、息継ぎすらしていないのではないかと思わせるほどに、常に攻撃を続けている。

 

 自分が握っている魔力刃だけではなく、何もない場所に存在する不可視の魔力刃までもを活用させて集団で襲い掛かってくる敵の誰かを常に攻撃し続けている。その攻撃する相手を選択することも決してあてずっぽうで行っているわけじゃない。

 

 もっとも自分に危害を加える可能性がある相手に対して攻撃を仕掛ける、それを最速最短で判断し、適切な場所へと攻撃を仕掛ける。リゼがあらゆる視点、あらゆる行動を統括して適切な判断を脳で下しているのだとすれば、桜子は視覚と感覚で判断をして、反射神経そのものが判断を下しているかのようである。

 

 頭で判断をするなどしていては間に合わない。今、この瞬間にも七星の魔力を最大限に励起させて、自分のステータス値の底上げと判断基準の鋭敏化を促している。たとえ、桜子の意識がかい離したとしても戦えるのではないかと思わせるほどのトランス状態、それこそが七星宗家の最高傑作とさえも謳われるほどの七星散華を負かした桜子の実力なのである。

 

「馬鹿げている、ただの人間であんなことができるなんて……」

 

 リゼ自身は軍を運用するという面においては、七星の力を最大限に活用することができるが、こと直接的な戦闘と言う面で見れば他の七星の後塵を配することになるのは分かりきっている話だ。

 

 それはジャンルが違うという一言で片づけられる話ではあるが……、時にはそのジャンル違いを力技で解決してしまう相手もいる。言うまでもなく桜子もまたそういう存在である。レイジではこじ開けられない扉も桜子であればこじ開けられる。

 

 才能の差であるのか、積んできた修練の差なのか、何にしてもリゼにとって絶対有利であったはずの戦場では遠坂桜子と言うリゼにとっての想定外によって難なくその目算が崩されようとしていた。

 

「大丈夫、それでもまだ突破されていない。層を厚くして。連携方法を変えるわ。全員の一斉攻撃に、レイジ君の方は波状攻撃のまま、何としてもその二人の合流だけは防いで!」

 

 リゼも焦りを覚えながらもなんとか命令をこなしていく。このままでは、突破されるかもしれないという恐怖心、そしてまた自分が何もできずに負けてしまうのではないかという焦りと戦いながらなんとか声を上げる。

 

 そのリゼの焦りはその場を包む空気感として伝染していく。その変化はマスター同士の戦いだけではなく、サーヴァント同士の扇情にも伝播していく。

 

(空気が変わり始めてきた……!)

 

 桜子の順応、そしてレイジ自身のリゼへの挑発、それらが絡み合い、雑兵たちを押しのけるためのエネルギーが戦場の中へと蓄えられようとしていた。その空気をアステロパイオスは瞬間的に感じ取り、されど、表情に出すことなく、変わることなくウィリアムとの槍と槍のぶつけ合いに興じていく。

 

 ここまでにもう何度、ぶつかりあったのかわからない。これほどの激戦、生前のアキレウスとの一戦以来ではないかとさえ思える戦場の中で、アステロパイオスは一分一秒、絶対的な集中力を切らすことなく戦い続けてきた。

 

 けれど、彼女とて体力が無限に存在しているわけではない。当たり前のように疲労は感じているし、サーヴァントでありながらも武器を握る手の握力が弱まってきているように思う。あくまでも感覚の話、霊的存在であるサーヴァントには本来、疲労という概念は存在しない。あるとすれば、それは魔力の枯渇という状況に自分が直面しているということになるのだが、桜子は今なお猛々しく戦いを続けている。

 

(生前の自分に引っ張られている。それだけ、自分自身が死と隣り合わせの戦いをしているという実感を覚えているのかもしれませんね……)

 

「さすがにここまで戦いが長引くとは思っていなかったな」

「同感ですね、まったく揃いも揃って、負けることを認めることができないと見える」

 

「それは仕方がない。個人の誉れだけでも相手に勝利を譲ることを認められないのが戦士というもの。加えて、今の我々は勝利を誓い合っている者がいる」

 

「その通りですね、その相手に勝利を献上することができないのであれば、我々はサーヴァントとしても戦士としても負けを認めざるを得なくなる」

 

 疲労は隠せない、このまま戦い続ければ、目の前に君臨する白亜の騎士に飲み込まれるかもしれない。戦場に君臨する騎士の中の騎士たる男は、疲労を覚えていると口にしながらも悠然とアステロパイオスの攻撃を待ち構えている。

 

(流れが変わり始めている今こそが好機。葛藤はある。戦士として敬意を払って戦ってくれている彼には申し訳ないと思いますが、それでも私はよく知っている。敗北したものには何も残されないことを。負けてしまえばどれだけ高潔な戦いであったとしても何もその後に残すことができないことを……!)

 

 かつてのトロイア戦争でアキレウスに敗北したアステロパイオスに押し付けられたのは敗軍の将という汚名である。アマゾネスたちを率いて、参戦した誉れや恩など、何一つとして考慮されない。最終的な勝利を手にしたアキレウスは最後まで戦い抜くことができなかったとしても英雄として祭り上げられた。

 

 それが現実、それが世の真理、結果を出さなければ過程が評価されることはない。

 

 故にこそ、誰もがどん欲に勝利を欲する。自分の正しさを世界に刻みつけるために!

 

「桜子!!」

 

 叫ぶとともにアステロパイオスは後ろへと宙返りをして、一気にウィリアムと距離を取る。その距離は本来のアステロパイオスの戦闘スタイルの距離ではない。明らかに何かをするための距離鳥であるが、しかして、ウィリアムはそれに怪訝な表情を浮かべる。

 

 ウィリアムの宝具が発動している限り、アステロパイオスは白兵戦以外の何かを仕掛けることはできない。それこそがこの戦場に仕掛けた絶対的なルール、ウィリアムへと向かってくる特殊な攻撃、何かしらの加護によって発動する力はその悉くが無力化されるのだから。

 

 そう、ウィリアムに対しては……

 

「令呪をもって命じる。ランサーよ、勝利のためにあえて汚名をかぶる危害を私に示して!! ここで決着をつけるための刃を放て!!」

 

 桜子の腕に刻まれた二つ目の絶対命令権が光を放つ。先の桜子が動きを変化させた時点でアステロパイオスとの意思疎通は取れている。状況を変えなければ、レイジはリゼに討ち取られる。そしてその状況を変えるのは、この場で同時に戦っている自分たちを置いてほかにはいないと、二人は理解しているからこそ、勝つための手段を実行する。

 

 令呪によって、アステロパイオスは天へと跳躍し、二つの槍が魔力によって光を放つ。放たれるのは紛れもなく河神スカマンドロスの祝福を受けた神速の双槍、しかし、同時にそれはウィリアムの宝具によって放つことができない状況へと追い込まれていたはずであった。

 

 桜子とアステロパイオスが求めたのは二つ、一つはウィリアムの宝具効果の無力化すらも跳ね飛ばすほどの圧倒的な対魔力の発動、いかにルールを敷く宝具であったとしても、固有結界のように世界すらも塗り替えてしまうような力でないのだとすれば、対魔力の判定次第でその力を無力化することができる。

 

 そしてもう一つは、たとえそれが戦士にとっての禁忌を犯す行為であったとしても実行しうるだけの強制力をアステロパイオスへと与える為である。本来であれば決して取らない手段、彼女の誇りすらも謗る行為であるともいえるそれを確実に実行するために、令呪はその力を輝かせるのである。

 

「穿て―――『絶えし穿つ飛翔する疾霆(グリゴロス・アクシオン)!!』」

 

 かくして必滅の槍が放たれる。その放たれた相手はアステロパイオスがここまで戦闘を続けてきたウィリアムではなく、あろうことかマスターであるリゼに向けて放たれたのである。

 

「――――――」

「馬鹿な、それが貴殿の戦い方か、ランサー!!」

 

 突如として向けられた純粋な殺意、サーヴァントという規格外の存在に命を狙われる状況になったことにリゼは一瞬で理解をするも、それで彼女に何かが出来るわけではない。

 

 その攻撃を後から無力化することができるのは、言うまでもなくウィリアム・マーシャルを置いて他になく、かくして、彼は自らをも封じる騎士道の戦いの制約を解き、馬上槍に輝きが灯っていく。

 

(今から動いたとしても間に合わない。マイロードの命を守るために私に出来ることは、あの槍を撃ち落とす事だけだ……!)

 

 逡巡をしている暇もない。何故という疑問としてやられたという理解、それを本能レベルで理解したウィリアムは、ただ、自分の主を守るために、騎士として何よりも為し遂げなければならないたった一つの誓いの為に、己が仕えた最強にして至高の王が振った聖剣の力を解き放つ。

 

「焼き尽くせ――『永久に遠き勝利の剣《エクスカリバー・ライオンハート》』!!」

 

 そこから生み出されたのは黄金の光、総てを焼きつくし、同時に人々にとっての希望の光となりえる圧倒的な黄金色の極光が己の主を穿つための槍、そして放ったアステロパイオスを呑み込んでいく。迎撃による破壊、それを実行したと思わせた瞬間にそれは引き起こされた。

 

「我がアクシオンの切っ先は防がれる、あるいは躱された時からこそが本領を発揮します。ええ、宝具を解放してくれて感謝しますよ、これでようやく貴方に我が槍が届く!!」

「まさか、本当の狙いは――――んがあああっっ!!」

 

 まさしく直角軌道を描くように、空中にて二振りの槍がその軌道を変える。リゼに向かって放たれたはずの槍、そして、黄金の光に呑み込まれるはずだったもう一つの槍はその総ての障害を乗り越えるように、直角軌道で無理矢理にウィリアム側へと動きを変えて、彼の纏っている鎧など関係ないとばかりに二つの槍が同時にウィリアムへと突き刺さり、これまで鉄壁の堅牢さを誇ってきたウィリアムはそこで初めて血反吐を吐いた。

 

「がはっ、ごほっっ!! はは、まさか、まさか、そういうことか。してやられた、これはしてやられたぞ……!!」

 

 崩れ落ちそうな体を愛馬へとまたがる足に渾身の力を込めることで何とか落馬することだけは防ぐが、ここまで傷一つなく圧倒し続けてきたウィリアムにとって、初めて受けた攻撃がアステロパイオスにとっての必殺の一撃であったことは存外、彼にとって無視できない結果を呼び寄せたと言ってもいいだろう。

 

 身体から槍を抜くと、おもむろにその槍を投げ捨てる。すると、槍は当然のようにアステロパイオスの下へとひとりでに戻り、ウィリアムも再び双槍を握ったアステロパイオスへと痛みをこらえながら視線を向ける。

 

「令呪を使ったのも、我が主を狙ったのも全ては私に宝具を使わせるためだったか」

「ええ、その通りです。私が貴方に宝具を届かせるには貴方の宝具の力を解除させるしかない。ですが、何を挑発したところで貴方は宝具を解除するようなことは絶対にしない。それが騎士の中の騎士である貴方の信条でしょうから。ですから、このような手を使わせてもらった」

 

 聖剣の光によって焼き尽くされるはずだったアステロパイオスはアヴェンジャーの宝具による瞬間移動を引き起こし、なんとか黄金の奔流から逃れることに成功した。

 

 桜子とアヴェンジャー、そのどちらがいなかったとしても、成功しなかった作戦、そんな完璧な奇襲であったとしてもウィリアムの命を奪うには至らなかったことこそが、騎士の圧倒的な強さを意味している。

 

「活路を開くために己の誇りすらも薪にくべる覚悟を持ったと……」

 

「誇りに殉じた敗北よりも、誇りも恥も捨てた勝利を求めるのは未練を持つ者であれば当然のことです。ウィリアム・マーシャル、貴方は素晴らしい人物です、高潔であり、忠義に溢れ、誰もが羨むほどの強さを持っている。同じ武人として、心からの敬意を私は抱きます。

ですが、それゆえに貴方には渇望が足りない! 己の誇りを優先してしまうことこそが、貴方の唯一の弱点だ」

 

 それを弱点と言うことがアステロパイオスは心苦しい。本来であればそれは誇るべき美点である。誰もが彼のような騎士を目指しながらも現実の重さに敗北して、その道を閉ざしてしまう。生まれ持っての才覚、そしてたゆまぬ努力と捧げた忠義、人間としての格が高いという表現がここまであっさりと肯定することができる存在もなかなかいないだろう。

 

 それを弱点と口にすることの心苦しさは誰よりもアステロパイオスは知っている。性格も在り方も違えども、1人の英雄を愛した女として、栄光に泥を塗るようなことはしたくなかった。それでも勝つためにはそれを実行する。それが出来る存在こそがサーヴァントとして勝ち抜くことができるのだと彼女も信じている。

 

「なるほど……、言われてみればその通りかもしれない。私は何処までも己の誇りに殉じている。その誇りの範疇へと貴殿らを巻き込もうとしている。であれば、自分の領域を破壊されてしまえば、私が傷を負うこともまた道理だ。この胸に刻まれた痛みはその教訓であると考えよう」

 

 肩と胸を貫いた双槍、鎧など何の意味もないと刻まれた傷から血が零れ、白亜の騎士の鎧を血に染め、口元にも喀血の後が浮かぶ。誰が見ても重傷であることは言うに及ばず、アステロパイオスの必殺の宝具を受けても尚、倒れることなく馬上に君臨していることこそが異常であるという他ないだろう。

 

「あれでもまだ倒れぬか」

「ええ、それこそが彼です。戦の中で負けるとしても彼は最後まで騎士として戦い続けるでしょう。私達が相手をしているのはそういう英霊です」

 

 例え、言葉で非難をしたとしても、ウィリアム・マーシャルと言う英霊への敬意が変わるわけではない。

 

「だが、その奇襲が通じるのは一度きりだ、もはや同じ手は二度と喰わない」

「でしょうね。ですから、ここからは力押しで行かせてもらいますよ、アヴェンジャー、よろしいですね」

「ああ、我もお前たちの戦いを見て、血が湧きたっていたところだ」

 

 再び敷かれる宝具による特殊効力を完全に無効化する騎士の戦場、戦えば先程と同様の結果を迎えるであろうことはアステロパイオスをしても想像に難くない。

 

 よって、新たな手札を投入するべき時である。アヴェンジャーと二人がかりで鉄壁にして最高峰の騎士を突破する。手負いであろうとも油断など出来ない。少しの油断によってあっさりと状況を覆される程度にはこの騎士は強いのだから。

 

『あの力を使われていると僕たちは手の出しようがないね』

『お前さんの宝具であれを無力化は出来んのか?』

 

『できるよ、できるけど、やめておいた方がいいかな』

『何故じゃ?』

 

『なんとなくかな。これはあくまでも僕の直感って言うか、悪い予感と言うかだけど、彼は何かしらをまだ隠し持っている気がする。もしも、本当に自分の信条が立ち行かなくなった時に総てを裏返すことができるようなものをね』

 

 もしも、そんなものを使われて、こちらの手札を封じられてしまうのは馬鹿らしいとユダは思うが故の言葉であった。レイジの闘うべき相手の終着点はあの騎士ではない。いずれ闘う侵略王との決戦こそが本番である以上、そこに辿り着くまでに無駄な消耗は避けるべきであるとユダは考える。彼は戦士ではない、英雄のような戦いに夢を馳せるような存在ではないからこそ、この手の空気には決して乗せられない。

 

『ここはアステロパイオスとティムールを信じようじゃないか』

『儂も先ほど宝具を使ってちと疲れたからなぁ、仕方がないのう』

 

 サーヴァント戦は拮抗状態から徐々に変化を見せ始めてきている。それはマスター同士の戦いも同じだ、人造七星を使って、桜子とレイジを分断して各個に撃破する陣形を整えていたリゼだが、桜子の無理矢理な突破力によってその思惑が崩れ始めてきてしまった。

 

「もう少しで、レイジ君に合流できる。はぁぁぁぁぁぁぁ!」

「まさか、令呪まで使われて、あんなことをされるなんて、遠坂桜子、私達と同じ七星の血族、もっと警戒するべきだった……!」

 

 リゼは思わず舌打ちをする。集団戦闘であれば自分に絶対的な有利があると信じ込んでいたが、相手はあの散華を打ち負かした相手、なおかつ今の自分にはヨハンがいない。単独戦力による理不尽な突破を図られてしまえば、不利になるのは言うまでもないことだ。

 

(それでも、このチャンスを無駄にはしない……ッ! せめて、ヨハン君の仇だけでも取らなくちゃ、私は自分自身が許せない……!)

 

 いつだってかやの外で、気付いた時には何もかもが終わっている。そんな自分の立場に嫌気を覚えているからこそ、このケジメだけは付けなければならない。それが間違っていることだとしても、誰も望んでいないことだとしても、奪われた者は辛いのだ、苦しいのだ。かつて、セレニウム・シルバでレイジが口にしたように、復讐を忘れて明日に生きるなんてことができるほど、人間は強くない。

 

 レイジを殺せば今度はレイジと懇意にしていた者たちが自分を恨むだろう。わかっている、そんな当たり前のことは分かっているが、感情がそれを許してくれない。

 

 だから闘う。総てを使って勝ちたいと願う心が咆哮を上げるのだ。

 

 それは当然、彼もまた同じである。

 

「―――星脈拝領、憑血接続開始、ここに七星の血を解放する……!!」

 

 歯を食いしばり、自分自身の限界すら知ったことかと咆哮を上げ、ヨハンとの戦い同様にレイジは自分自身の深奥に眠っている力を発現させる。

 

 その力の発動が何を待っているのかに危惧を覚え、桜子に相談をした。本来であれば使うべきではない力であることも分かっているが、それでも勝つためには躊躇しない。

 

「もうレイジは堪え性がないね、ダメじゃない、そんなに力を使ったら、ただでさえ、もう時間がないって言うのに……」

 

 深まっていくレイジとリゼの戦い、それを遠目で見つめる少女は静かに声を上げる。その結末が向かう先がどう転ぶことになったとしても、きっと、自分たちにとって良き方向に向かっていくだろうという確信があるからこそ、彼女は観客であることに徹している。

 

 これまでずっとレイジの良き理解者として、レイジの守るべき存在として常にレイジに寄り添い続けてきたはずのターニャ・ズヴィズダーはレイジを助けに行くような素振りを全く見せずにレイジとリゼの戦いを観察し続けている。むしろレイジの身を心配するのではなく、憎しみから戦いあう二人へと笑みすらも零しながら。

 

「大丈夫だよ、レイジ。レイジが勝とうとも負けようとも、全部、私が終わりにしてあげるから。だって、私はね、本当にレイジに感謝しているんだから。そのお返しをしてあげなくちゃね?」

 

 本来の彼女が見せないような笑みを浮かべ、どんな結末へと至るのかへの期待を隠すことができない様子を見せる。その姿は、これまでレイジたちと行動を共にしてきたターニャ・ズヴィズダーのモノと同じには見えない。全く違う誰かが彼女を演じているかのようにさえ見える。

 

 その変貌もまた、風雲急を告げる事態の向かう先の結末であるのだろうか。レイジとリゼ、いまだすれ違いを続ける二人の戦いはこのまま悲劇へと繋がっていくのか……。

 

 一つだけ確かなことがあるとすれば、セレニウム・シルバより始まったこの聖杯戦争の物語も終幕が近いという個と。終わりへの加速は確かに始まっているのであった。

 

第18話「儚くも永久のカナシ」――――了

 

 ――この刹那さは 砕けた幻のアナタを この手に触れることが 叶わないから

 

次回―――第19話「Active Pain」

 




次回、19話はいよいよこれまで謎にされてきたレイジの出自についても明らかになります。投稿は4日後の22日です、よろしくお願いします。

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第五章『歪んだ真実』
第19話「Active Pain」①


 それはかつての原初風景、この身体に刻み込まれた忘れることのできない記憶、屁イオそのものであったはずの村が突如として炎に焼かれたあの日の記憶……

 

 ――覚えているのは火の景色、何もかもが燃え盛り、何もかもが消えていく破滅の記憶。

 

 ――覚えているのは故郷の景色、炎に包まれる前に確かにあった懐かしい故郷の記憶。

 

 ああ、決して脳裏から消え去ることがない凄絶なる記憶、どこまでも燃え広がるかつての故郷に咽び泣く。

 

 無力を感じ、多くを奪われ、何一つできずに、逃げることすらも満足に許されずに終わりを迎えてしまった自分の姿をどうして忘れることができるだろうか。

 

 忘れられるはずもない、忘れていいはずがない。忘れてはいけない理由がある。

 

 問おう―――進む先に待っているのが地獄であったとしても、先へと進むことだけが立ち上がるための活力になるのだとすれば。膝を折らぬ限り、何度でも己の身体を突き動かす原動力へと変えることができると言うのならば。

 

 それが、復讐や殺戮と言う愚かしいほどの間違いの先にしか、見出すことができないモノは一体どうすればいいのだろうか。

 

 願いを叶えるために、笑顔へ辿り着くためには何があろうとも殺さねばならない奴がいる。そいつの願いを踏みにじり、噛み砕き、完膚なきまでに叩き潰さねばならない相手がいるとして……、そんな願いに端を発した行為に手を染めた者は、果たして幸福になれるのだろうか?

 

 一度でも何かを失った者は、涙を呑んで総てを忘れるしかないのか?

 

 肯定―――そのような記憶はいらない。このような原初風景は忘れて然るべきものである。おぞましく悲しい記憶に打ちのめされたというのであれば、それを全て捨てて生まれ変わればいい。何もかもを放棄して、新たに羽化すればいい。

 

 春の記憶は忘れさられ、冬の記憶へと変わってしまったものをいつまでも引き摺っているなどと非生産的にも程があるだろう。この記憶は邪魔だ、存在しているだけで自分を苛むというのであればさっさと忘れてしまうに限るだろう。

 

 ――――やめて!

 

 しかし、心の中でその感情に抵抗する声が聞こえてくる。必死に、どこまでも儚い抵抗が僅かに残った理性の象徴として、身体の中にへばりついている。

 

「どうして? こんな記憶忘れてしまった方が救いになるでしょう? 貴女は弱かった。何もできなかった。でも、これからは違うわ。貴女は強くなる。私と言う存在が貴方を高みへと昇らせてあげる。何も悲しむ必要なんてないわ」

 

 ――――違う、そんなことは望んでいない。私はただ、あの日を取り戻したくて

 

「おかしなことを言うのね。自分で理解しているでしょう? 貴女が取り戻したいと願っているあの日という過去はもう既に壊れてしまったの。誰にも取り戻せない、誰の手でも掴むことができない過去に消えてしまったの。

 理解しているからこそ、貴女は力を求めたのでしょう? 今度こそは奪われないために、今度こそは自分が奪う側になることができるように。安心して? 私は貴方の願いを叶えるわ。ほんのちょっとだけ窮屈な思いをするかもしれないけれど、願いを叶えてあげるのだから、それは我慢してね。わたしはずっと我慢してきたのだから」

 

 ――――嫌、貴女は私じゃない。私は私よ。だから、お願い、私の居場所を奪わないで

 

 彼女は必死に声を上げる。いつからだっただろうか、自分の身体の中でそれが膨れ上がって来たのは。最初は微妙な違和感だった。自分の中に自分ではない何かがいるような感覚、妙な違和感程度の話しでしかなかった。

 

 けれど、七星としての能力を使うたびにその違和感は膨れ上がっていき、そして今、こうして主導権を握るように彼女は表に出てきてしまった。まるで本来の人格であるはずの自分の方が、違和感としての人格であるかのように。

 

 ―――どうして、私は、私はレイジを助けたかっただけなのに。彼と一緒にもう一度

 

「本当に?」

 

 ある意味で優しく、ある意味でとても残酷な声色で彼女は問う。根本的な、当たり前のことをどうして問うのかと思うような言葉が響く。

 

 ――――当たり前よ、だって、私は彼と―――――彼……、彼って……

 

 あれ? おかしい、どうしてだろう。なんで、私は彼の為に戦っていたはずなのに、彼の為に頑張っていたはずなのに、どうして、私は彼の名前を思い出すことが出来ないのだろうか……、あれ、彼の名前は――――――

 

「それは貴方と私が分離をし始めているから。私の為に与えられた本来の貴女が持ち得ない情報が、貴女の中から抜け落ちているの。だから言ったのに、受け入れた方がイイって。そうでなければ、貴女は残酷な現実を本当の意味で受け入れなくちゃいけなくなるのに」

 

 余計な情報が引き剥がされていき、そして最後に残った情報、すなわち、彼女の本当の原初風景が視界に浮かんだ時に、彼女は声にならない絶叫を上げた。自分がこれまで信じてきたこと、自分がこれまで行動してきたことの総てがちゃぶ台返しにされるような気分に、彼女の声が遠くなっていく。

 

「ええ、それでいいのよ。貴女は私の心の中にこれからも宿って行けばいい。永遠に私の心の中に刻み付けられていればいい。ずっとこの時を待ちわびていたわ。幾星霜、千年の時を越えても、私はもう一度、この時を迎えることができると信じていましたわ、そうでしょう、兄様?」

 

「ああ、その通りだよ桜華。俺達は千年の時を越えて、こうして再会することが出来た。俺達は人としての限界を超えることが出来たんだ」

 

 自身の心象風景から解放されて、ターニャ・ズヴィズダーの姿をした「誰か」はこの場へと現れた二人の男を出迎える。その出迎える際に浮かべる声色には敵意はなくむしろ親愛の情が込められていることは明白だった。

 

 この場に現れた者は星灰狼とカシム・ナジェム、ターニャにとっては本来、まねかねざる客人であるはずの二人であった。

 

「首尾は?」

 

「女王様が有利だったけれど、徐々に遠坂桜子が押し返し始めた。ふふっ、あの子は凄いわね、かつての私を見ているよう。この時代にあれほどの才覚を持つ娘がいるなんて、胸が昂って来るわ」

 

「だとしても、お前の方が上だよ」

「ふふっ、そうかもしれないし、そうでないかもしれない。それは手合わせをしてみないと分からないわ」

 

 ターニャの姿をした彼女は、視線の先で行われている戦いで桜子に特に興味を示す。かつてはレイジだけを注視していたはずなのに、今の彼女はレイジのことなど気にも留めていない様子であった。

 

 同じようにリゼも彼女の視界に入る相手ではない。彼女が求めているのは純粋な強さ、それを満たすことができる相手はあの場には桜子しかいない。標的を見定めるような笑みを浮かべる彼女は心底楽しげであった。

 

「では、そろそろ向かうとしようか。用済みとなった役者には退場してもらいたいところだが、その前に此処まで我らの為に頑張ってくれたのだ。最後に、答えを知る機会を与えてもいいだろう」

 

 それこそが彼から示すことができるせめてもの慈悲であり、誠意であると悪意すらも凌駕した邪気が近づこうとしていた。

 

・・・

 

 主と見定める相手がいるのならば、その相手に殉じることこそが騎士道である。たとえ、その主が目指す先が間違っていようとも、愚かしき道であろうとも、それでも騎士として主の願いに己を捧げることこそが騎士道ではないだろうか。

 

 騎士とは誇りある人であり、同時に主のための矛であり盾である。多くの騎士が己の騎士道と主の願いに反することに悩み、騎士としての道を脱落していく姿を、私は何度も何度も見てきた。彼らの願いは何処までも純粋なのだ。主のための己でありたい、誇るべき騎士としての己を貫きたい。考えていることはそれだけのことであり、心に誓った願いを叶えたいだけなのだ。

 

 それを貫くにはどうすればよいのか。答えは一つだけだ。勝ち続けるしかない。己の誇りを貫くために主の願いを叶えるために、勝利を主へと捧げ続けること、それだけが騎士の本分であり、それを為し遂げ続けることが出来れば、いずれ目指した先へと辿り着くことができるだろう。

 

 ウィリアム・マーシャルと言う英霊はその分かりやすい事実を貫いただけの騎士である。彼は生涯をして五人の主に仕えてきた。その総ての主が正しい主であったわけではない。

 

 戦乱に明け暮れ、自国をほったらかしにしていた獅子心王

 

 尊厳王の甘言に騙され、教皇に屈服した失地王

 

 その後を継ぎ、何もわからず慌てふためくしかできなかった幼王

 

 世界の流れは一言で説明できるほど簡単なものではないが、ウィリアムが仕えていた王たちの行動がかつてはフランス王国すらも呑み込まんとしていたアンジュ―帝国の没落を決定づけたことは間違いない。

 

 ウィリアムは世界最高峰の騎士である、その人生を常に勝利によって彩り、最後まで王を裏切らぬ絶対の騎士であり続けてきた。それは騎士としての正しい生き方だ。これ以上ないほどの生き方だ。

 

 ただ、それが正しい生き方であったのかはわからない。彼はついぞ敗北を知ることなくその生を終えた。己が己にとって正しいままに総てを終えてしまったのだ。多くの英霊は勝利を重ねながらもどこかで挫折を覚え、その挫折によって何かを学ぶ。

 

 ウィリアムにとっての挫折は主の挫折であり、彼の挫折ではなかった。アステロパイオスが指摘したように、彼は騎士であることを第一とする。それ以上の優先するべき何かがあったとしても、騎士であることを貫くことこそが彼にとっての第一義なのだ。

 

 騎士と言う存在を知らぬ者からすればそれはやはり歪な姿だ。だからこそ、ウィリアムと相性の悪いものがマスターとなれば、どうしても上手くいかない一面があることも否定はできない。しかし……、此度の聖杯が選んだのは、ウィリアムにとっては最も仕えやすい相手であったと言えよう。

 

  リーゼリット・N・エトワールとの出会いはそんな自分の騎士としての在り方を象徴していたともいえる。騎士として多くの王に仕えて、その生涯を終えた。英霊として座に刻まれ、今度はどのような主の下に使えることになるのかと思っていたが、まさか、千年も時が経過した時代でまたもや、王族の騎士としてこの槍を振るうことになるとは考えてもいなかった。

 

「ランサー、私は聖杯戦争の勝利者になるつもりはありません。これは最初から決まっていることです。最初から、この戦いは誰が勝つのかが定められた聖杯戦争ですから」

 

「ええ、承知しました、我が主、騎士とは主にその身命を捧げるもの、それが貴方の命令であるというのならば、この命を捧げるその瞬間まで、私は貴方の騎士として戦いましょう」

 

 己の主はそのように告げ、自分はその結末を受け入れることを宣言した。何も疑問に思うことなどない。ウィリアム・マーシャルにとってはあまりにも当たり前の判断だ。

 

 しかし、不思議なことに己の主である彼女は、私の言葉にどこか悲しげな表情を浮かべていた。命令をしたのだから、それを受け入れるだけ、それだけの関係性しか持ち得ていないはずなのに、どうしてそこに悲しげな表情を浮かべるのか理解ができなかった。

 

「何故、そのような顔をされるのですか? 私は貴方の命令に反したわけでもない。私は全てを受け入れ、その上で命令を遂行する。貴女は悲しみを覚える理由などどこにもないように思えますが?」

 

「それはその通りではあるけれど……、でも、貴方は騎士でしょ? 自分の戦いに誇りを持っている相手なのに、そんな人に、最初から負け戦だなんて言うのは失礼に当たるし、何より、そんな主がマスターになってしまったことが申し訳ないと思って……」

 

 なるほど、合点がいった。彼女の言葉は決して自らが望んだものではないのだろう。王女である以上、すべてが自分の思い通りになるわけではない。権謀術数の世界の中で望まぬ選択をすることもあるだろう。なるほど、であれば、彼女がどうして自分に悲しい表情をしているのかは理解することができた。

 

 しかし、やはりその上で私にとってはさしたる問題ではなかった。

 

「それでも、私は貴方の騎士です。騎士として、サーヴァントとしてこの世界に顕現した以上、貴女の命令は絶対、そこに疑問や嫌悪、反感を抱く余地はありません。ご安心を、マイロード、私は貴方の槍として、貴方が勝利を限り、その栄光を与え続けていきましょう」

 

 そのように誓った。少なくとも、役目が終わるその時まで、己が敗北するような結末を許すことはできない。敵対するアステロパイオスより与えられたダメージは決して浅くはない。久しく忘れていた自分の身体を傷つけられる痛み、己を傷つけることが出来た相手が目の前に出現したことへの喜びが心の中に浮かんでくる。

 

「身体を貫かれても尚、劣るような素振りが見えない。まったく本当に厄介なサーヴァントですね、貴方は!」

 

「それはそうだろう。刃を通されたのなど本当に久方ぶりだ。そこまでの実力を発揮できる相手に、全盛期の身体でこうして出会う事が出来たのだ。ここで昂らずにどうする。ここで退くようなことをする騎士であれば、私は志半ばで散っていたことだろう!」

 

 馬上槍を振い、アステロパイオスの身体を筋肉の反動で吹き飛ばす。アステロパイオスも空中で受け身を取り、すぐさま反転して、再び槍を放つ。

 

 まったくダメージを受けているような素振りは見せていないが、達人同士の戦い、アステロパイオスの視点からすれば、わずかにウィリアムの攻撃は精彩を欠いている。

 

 アステロパイオスが全神経を集中させて漸く躱すことができる位置に放っていた攻撃が、常に神経を集中させていなければ避けることができない程度の違いでしかないが、まったく効果がなかったというわけではないことに彼女も安心する。宝具の一撃を受けても尚、大勢に影響がなかったとすれば、スカマンドロスの加護を受けている己の立場は名折れもいい所なのだから。

 

「何よりも、私は彼女に勝利を捧げると誓っている。騎士として主に勝利を捧げるのは当然のこと、それができぬのならば、騎士としての私に価値はない!」

 

 その言葉は勝ち続けてきた者だからこそ口にしてしまう傲慢な言葉であろうか。敗北をしてしまえば価値がなくなるとまで豪語するほどに、ウィリアムにとって勝利をするということは当たり前のことなのだ。

 

 アステロパイオスという敵手に身体を貫かれたとしても、それでも、自分の勝利を微塵も疑っていないのは、そも、彼が自分が負けるということを全くイメージできていないからなのかもしれない。それでも、リゼを勝たせるために戦っていることは事実だ。今この瞬間とて、一刻も早くリゼの下に向かわなければならないという思い自体は持っている。

 

 だが、それをするにはアステロパイオスが、そして、偃月刀を振りかぶり、重い一撃を放ってくるアヴェンジャーの包囲を抜けなければならない。平時のウィリアムであれば強引にでも突破を図っただろうが、手負いの状態である今は、この二体のサーヴァントを釘付けにしておくことが精いっぱいだ。見方を変えればそれでもアステロパイオスとティムールと言う二人のサーヴァントを抑えていること自体が驚きであると言えるかもしれないが……、それで満足できる戦況でないことは明らかである。

 

「マスター同士の戦いが気になるようだな、ランサー。だが、突破はさせん!」

「くっ、アヴェンジャー!!」

 

「マスターはマスター同士の戦いがある。そしてサーヴァントにはサーヴァント同士の戦いが。お前もアーチャーもマスターに肩入れしすぎるきらいがある。いや、アーチャーのそれとお前のそれはまた別物なのかもしれないが、少なくとも我もマスターの望みを叶えるためにお前をここから通すわけにはいかない」

 

「むしろ、私は戦いを止めることを提案しますよ、ランサー。戦いは私達サーヴァントだけで行えばいい。マスター同士の戦いで血を流すことなどしなくてもいいはずです。貴方であれば、彼女を止めることができるはずです」

「止める? まさか、私はそんなことはしない」

 

 はっきりと停戦をするための言葉をウィリアムは否定する。

 

「勝つことになろうとも負けることになろうとも、これはリーゼリットが自分で決めた戦いです。その決断、その決意に私が口を挟んでよい理由など微塵もない。私は騎士だ、どこまでも騎士であり続ける」

「くっ、この分からず屋が!」

 

 このまま戦えばレイジとリゼのどちらかは破滅する。憎しみが憎しみを呼ぶ戦いに当人同士の中断などありえない。

 

 心の中で間違っていると思っていても自分から戦いを止めるなんて判断が出来るわけがない。歩みを止めれば、自分を突き動かす原動力となった過去の出来事に背を向けることになると二人が互いに理解している。だから、止まらない、このまま戦い続ける。唯一止められるとすれば、リゼから全幅の信頼を寄せられているウィリアムだが、ウィリアムはあくまでも騎士として、サーヴァントとしての己に徹する。

 

 だからといって、ウィリアムをリゼと合流させることは許さない。そうなれば、一転、レイジと桜子が不利に晒される。運命は何一つ変わることなく、破滅へと突き進んでいくしかないのだろうか。

 

 それを象徴するように、人造七星たちの包囲網を遂に桜子が突破する。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 この場の七星の血を引く者たちの中で、間違いなく桜子はトップクラスの実力者だ。不可視の魔力刃を使って、人造七星たちの数の優位をたった一人で覆す。散華ほどの反応速度を持ち合わせていなかったとしても、彼女には長年の修行で培ってきた状況判断能力と空間把握能力がある。

 

 人造七星たちを押しのけながら、レイジの下へと辿り着くための最適な道筋を見出すことが出来れば、後は一気に駆け抜けるだけだ。特定の武器を持ち得ないという彼女自身の特性を最大限に利用した戦闘方法で、遂に桜子はレイジの下へと辿り着く。

 

「レイジ君……!」

「ちっ、余計なことを」

 

「もう、素直じゃない」

「アイツの下に向かう。背中は任せるぞ」

 

「オーケー!」

 

 波状攻撃の最中を切り裂くように桜子が飛び込み、すぐさまレイジと背中合わせで囲む人造七星たちへと向かい立つ。これによって、レイジも桜子も後ろを気にすることが無くなった。人間はどうしたって後ろに目を向けることができない。後ろを気にすることが無くなったというだけでも、リソースを裂く必要性が削られる。

 

「まだ、まだだよ! まだ終わっていない!!」

 

 リゼは自身の魔術回路を励起させて次々と魔力弾を放っていく。同時にこれまで分散していた人造七星たちが一斉に二人へと群がってくる。勿論破れかぶれの突撃ではない。リゼの着弾ポイントを計算に入れつつ、桜子とレイジが避けてくるであろう場所へと動き、彼らの逃げ場を奪うつもりで、そして生まれた隙を拭うつもりで動き回るが、レイジも桜子も笑みさえも浮かべる。

 

「邪魔よ!」

「お前ら如きが俺達を阻めると思うな!!」

 

 一人では乗り越えられないとしても2人の力を合わせれば状況は全く変わる。奇しくもリゼが数の力を有効に活用することで自分のスペック以上の力を発揮することができるのと同じことをレイジと桜子も発揮する。

 

 これまでの互角あるいは有利でありながらもあと一歩が届かなかった人造七星たちを突破するための力を二人は手に入れる。レイジの突破力と桜子の対応力、それらが組み合わされることによって、包囲されていた状況が覆り、リゼへと向かうための道が遂に切り開かれていく。

 

「見えた……ッ!」

「くっ、陣形を変えて、防御陣形に!」

 

(なんで、どうして……!? 私は絶対に勝てる状況を作り上げたはず、突破なんてできるはずがないのに、彼女がいたから? それとも、ヨハン君がここにいないから? それとも、それとも……)

 

 最初から自分にはこの場に立つほどの実力なんて存在していなかったのではないか、根本的な自分の弱さを突きつけられるような状況に、リゼの中で固めたはずの覚悟が揺らいでいく。いつもこうなのだ。決意を固めてもその決意をあっさりと破られて、自分では何もすることができない。それがリーゼリット・N・エトワールの在り方で、

 

(こんな時にヨハン君がいてくれればなんて、なんでそういうことを考えちゃうのよ! 私はヨハン君の仇を討つために此処に来たのに、ヨハン君を弔うために、私は1人でも戦っていけるって証明するために此処に来たはずなのに、どうして、どうして私は、ヨハン君に縋ろうとしているの……!?)

 

 レイジが飛び込んでくる。死神が眼前へと迫ってくる。総ては七星という血を引いてしまったがために生まれた因縁のためなのだろうか。人は生まれる場所を選ぶことはできない。であればこの瞬間を迎えることもまた運命であったのだろうか。

 

 残酷なまでの悲劇を許す事こそが世界の流れであったのだろうか。防御陣形を敷いた人造七星たちはそれぞれの武器を手に、七星の血を励起させて、桜子とレイジを迎え撃つ。彼らもまた灰狼とカシムの改造によって、七星に殉じる力を与えられている。通り一辺倒ではあっても、七星の経験と知識をその身体に刻み込まれており、即席の兵士としては十分に戦いを全うすることが出来るだけの力を与えられているのだ。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「邪魔だぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 しかし、それでもまがい物は所詮はまがい物でしかないということだろうか。与えられた戦闘経験と肉体の強度を上回るように桜子とレイジの攻撃によって薙ぎ倒され、リゼの魔力弾すらも桜子の魔力刃と相殺する形で、躱される。

 

 リゼは否定するだろうが、もしも、ここに桜子を抑え込めるだけの存在がいたとすれば話は全く変わっただろう。一騎当千の人間がいるだけで戦場は大きく様変わりをする。数の上で相手を凌駕することこそが軍隊同士の戦いで大きな意味を持つことは確かではあるが、数を揃えたとしても突破条件を数で補えるものでなければ意味がない。

 

 純正の七星とまがい物の七星、数で補う事が出来ないほどの差が与えられている戦場の中で、先に自分の力を最大限に活用することができる駒を失ってしまったリゼにこの場を逆転する方法が与えられることはなかった。

 

「ようやく届いたぞ!!」

 

 人造七星による肉の壁が突破された以上、その先に待ち受けているのはリゼ自身である。当然の抵抗は試みるが、七星の血を励起させて、あのヨハンですらも討ち取った今のレイジを止める手段はない。かくして、直接対決へと至った二人の戦いは数秒の時間も持つことがなくあっさりと勝負を終えることになった。

 

「―――っ、きゃああああああ」

「終わり、だっ……!」

 

 飛びかかってきたレイジの一閃をなんとか避けたリゼだが、そのままレイジに体当たりをされ、レイジが馬乗りになる形でリゼを抑え込む。リゼの首筋のすぐ横に大きな剣が突き刺さり、レイジも相応以上の消耗をしているのは間違いないが、ここからリゼが逆転できるだけの何かがあるかと言われれば正直なところはない。

 

  もとよりここまで多くの戦いを乗り越えてきたレイジと皇女として守られてきたリゼでは土壇場における反応力に差がある。こうして馬乗りになる形でレイジに迫られた時点で命運は尽きたと言えよう。

 

「マスター!」

「行かせません!」

 

 リゼが生殺与奪をレイジに奪われたことに気づき、ランサーが声を上げるが、すかさずアステロパイオスとアヴェンジャーの攻撃が迫り、ウィリアムに進撃を許さない。

 

 ウィリアムが突破をするには、逆に高威力宝具によって二人を吹き飛ばすしかないが、それこそがアヴェンジャーの特殊宝具を使用させる土壌を生み出してしまう。

 

 そのジレンマがここでウィリアムにとって不利に働いた。リゼの下へと向かうために数の不利をここで実感させられることとなったのだ。

 

「………殺しなよ、君は七星の人間をすべて殺すことが目的なんでしょ」

 

 レイジを睨めつけながら、リゼは気丈に言い放つ。自分の最も勝つことができるであろうと思われる戦術を取りながらも、それでも真正面から敗北した。確かにレイジとリゼの二人が真正面から戦う形式であれば、数の有利でリゼが勝利することができたかもしれないが、ここには遠坂桜子がいた。その突破力を推し量ることができなかった時点でリゼの敗北は決定づけられていたのかもしれない。

 

 馬乗りになったレイジを必死に引きはがそうとするが、筋肉強化などの身体能力強化に力を使っていないリゼの力はあくまでも女の細腕でしかなく、少年のレイジですらも引きはがすことができない。

 

「随分と簡単に諦めるんだな」

 

「だって、そうでしょ! 現に、私は君ですらも引きはがせない。君に殺されるしかないでしょ……私を殺して、このセプテムのすべてを敵に回してでも、君は戦う覚悟を持っているんでしょ? だったら、そうすればいいじゃない……人も、国もすべてを敵に回して、それでも、そんな地獄で花を咲かせることができるって証明して見せなさいよ!!」

「ああ、そのつもりだ」

 

 リゼの破れかぶれの挑発を受けて、レイジが剣を地面に突き刺さったまま、引きずり、刀身がリゼの首筋へと近づいていく。

 

「レイジ君、ダメだよ、ここでリーゼリット様を殺してもなにも解決なんてしないよ!」

 

 しかし、そこでレイジの手が止まる。誰も止められないと思っていたレイジの腕が桜子の叫びによって止まったのだ。九死に一生を得たリゼは言葉を発さずにレイジを睨み続けている。ある種の膠着状態、レイジの意思一つですべてを決することができるにも関わらず、その時間は永遠のように長く感じられた。その間、レイジとリゼは互いに睨みあい、視線を外すことなく、無言で互いの意思を確かめ合った。

 

 やがて、先に根を上げたのはレイジだった。馬乗りになっていたリゼから離れ、大きく舌打ちをする。

 

「どうして、殺さないの? 私は七星だよ、君が許せないと言った七星、君の故郷を滅ぼした相手を放置していた相手、そんな相手を許せないと言ったのは他ならぬ君でしょ!?」

「お前は……俺の村を滅ぼした連中と鼻にも関係がない」

 

「関係がない……? そんな理由で見逃したの!? ふざけないでよ! だったら、なんでヨハン君を手に掛けたの!? 関係ない相手を殺さないんだったら、ヨハン君だって関係なかったでしょ! 彼はスラムの出身で、私と一緒にスラムを出るまで外の世界なんてほとんど過ごしていなかった。ヨハン君は絶対に君の村のことになんて関与していない。

 私を許すのなら、どうしてヨハン君を殺したのよ! ねぇ、答えてよ……!! 復讐するのなら、最後まで憎まれることをしなさいよ!!」

 

「俺だって……俺だって知るか!! アンタを本気で殺すつもりだった。桜子に何を言われたところで、俺は止まらない。七星は全て殺す、それは絶対に違えない俺の誓いだったはずだ……!」

「レイジ君……」

 

「だが、どうしても、最後の力が出せなかった。アンタを殺すわけにはいかないと俺の身体が動かなかった。俺だってわからない。どうしてアンタを殺すことを躊躇ったのか、わからないんだよ!!」

 

 レイジは頭を抱える。レイジがリゼを殺すつもりであったことは嘘ではない。そのつもりで戦っていたし、リゼが言うようにヨハンを手に掛けた以上、同じマスターであり、七星であるリゼを殺さない理由はなかった。

 

 なのに、レイジの身体はそのようには動かなかった。どうしても、最後の一振りを放つことが出来なかった。まるでレイジの身体がリゼの命を奪うことを拒絶しているかのようですらあった。

 

 こんなことはこれまでに一度もなかったはずなのに。自分の身体に裏切られたような感覚にレイジも訳が分からなくなってしまう。

 

「それはきっと、レイジ君がリーゼリット様の命を奪うことが間違っているって心の中では分かっていたからじゃないのかな? リーゼリット様の命を奪えば、多くの人を敵に回すとかそんなことで止まる君じゃないのは私が一番よく知っている。

もしも、レイジ君がリーゼリット様の命を奪えないのだとしたら、それはリーゼリット様の命を奪うことが間違っていると本当は分かっているからじゃないの?」

「違う、俺はそんなことは思っていない」

 

「でも……」

「思っていない!! だが……、そいつはまだ何もしてない。何かが出来るはずなのに、何もしていない。そんな奴の命を奪った所で無意味だと思っただけだ。ああそうだ、きっとそうに決まっている」

 

 まるで自分にそう言い聞かせるようにレイジはリゼが何もしていないからこそ命を奪わなかったのだと口にした。それはグロリアス・カストルムでレイジがリゼへと言い放った言葉、本当は何をするべきなのか分かっているにもかかわらず一歩を踏み出さない彼女に対して言い放った言葉そのものであった。

 

「………なによそれ、バカにしないでよ……」

 

 その言葉はリゼの胸にも突き刺さる。誰に言われずとも、自分が間違ったことをしているなんて彼女は分かっているのだ。分かっていても自分の激情を止めることが出来なかった。その激情のままに戦ってそれでも勝てなかった。そんな自分に存在価値がないと思ってしまっても致し方ないことだ。

 

 本人にどこまでの意図があったのかは不明だが、リゼを殺さなかったことで、レイジは二重の意味でリゼを救ったともいえる。あのまま命を絶たれていれば、彼女は決して消えることのない後悔の果てにその命を終えていたことだろう。

 

(これでよかったのか? 俺は本当に……俺は、以前よりも弱くなってしまったんじゃないのか? こんなことで俺は本当に最後まで復讐を為し遂げることができるのか……?)

 

 心の中で浮かんでくる疑問はレイジにとって、根源的な問いだ。もしも、自分が復讐を最後まで果たすことが出来なかったのだとすれば、こんな寛容になりえる心はいらない。修羅となって、誰に後ろ指をさされるとしても最後までこの復讐に彩られた旅路を完遂する。それが誓いであったし、そんな復讐を果たした先にも花を咲かせることができると証明することこそが自分の目的であったはずだ。

 

 レイジの中で、これまでずっと積み重ねてきた何かにひびが入るような気持ちの抜けが感じられた。ずっと拘り続けてきた大事なものがすっぽりと抜け落ちてしまうような感覚、リゼを生かすことが道義的に正しかったとしても、彼女もまた自分を今の惨状へと持ち込んだかもしれない五人の七星である可能性はある。もしも、そうだとすれば……

 

(いいや、そもそも、俺の復讐を果たすべき相手は、本来、ヴィンセントと灰狼だけであったはずだ。それがあのヴィンセントの言葉を聞いてから、俺は無意識に五人の七星を見つけ出すことに躍起になっていた。七星散華の時もそうだ、本来、アイツと俺は戦うべき相手同士であったわけでもない……)

 

 気付いたその時に自分の中で自己矛盾が一気に広がっていく感覚をレイジは覚えた。確かにレイジは七星は総てを滅ぼすというスローガンを立ち上げていた。相手がどれ程の規模なのかわからない中で、復讐を為し遂げるためにはすべてを倒すという気概が必要であったことは否定しない。だが、それでもやみくもに七星総てを滅ぼすつもりではなかったことは一番近くにいた七星である桜子に手を出さなかったことでも明らかだ。

 

 少なくともレイジ・オブ・ダストは七星でも討つべき相手とそうでない相手の判断を付けていた。その判断基準に淀みが生まれたとなればそれはいつなのかと思考を巡らせれば、それはヴィンセントの末期の言葉を聞いた時からだ。あの末期の言葉がレイジを無意識のうちに縛り付け、ヴィンセントの外に「五人の七星」を見つけ出さなければならないという呪いをレイジに与えた。

 

 ヴィンセントが何を目論んで、そのようなことをレイジに教えたのかすらも考えることなく、ただ与えられた事実を求めて行動を始めてしまったのだ。

 

「俺は―――――」

 

「あ~あ、何をやっているのレイジ、ダメじゃない、七星は全て殺すんじゃなかったの?」

「―――――――――――――」

 

 その問いに聞こえてきた声にレイジは耳を疑った。その声は誰よりも見知った声、レイジにとってとても大事な相手の声、なのに、その声はレイジが思っている相手が口にするとは思えないような言葉をはっきりと口にした。

 

「ター、ニャ……!?」

「嘘、どうして……!?」

 

 レイジと桜子は目を見張る。目の前の光景が信じられないものであり、自分たちの認識を根底から覆す者であったからである。

 

 その光景はターニャと星灰狼、そしてカシム・ナジェムの三人がともに姿を見せたことである。ターニャに灰狼を拒絶する様子は欠片も見えない。

 

 それが何を意味するのかを理解することを身体と脳が拒絶している。

 

「ご苦労だったな、アベル。役目を果たしたお前に真実を伝えるために来た。これは俺からお前に与える最後の慈悲だ」

 




そして、いよいよ真実が明かされる時が来る。

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第19話「Active Pain」②

 人は寿命以上の人生を生きることができない。それは人智を超越した力を持って召喚されるサーヴァントたちも変わらない。彼らには生前があり、英霊となることで座に登録される。真なる意味で永遠の生命を手にすることが出来た者は存在せず、故にこそ、その願いを聖杯戦争の勝利に求める者も存在する。

 

 かつて、日本を脱出し、大陸へと進んだ七星たち、七星桜雅と七星桜華の兄妹は、イェケ・モンゴル・ウルスの一員として大陸制覇の旅路を進んだ。侵略王チンギス・ハーンに率いられた軍勢は幾度となく勝利を重ねてきた。

 

 常勝無敗であったわけではなく、その戦いの最中には敗北も存在した。古くはモンゴル部族を統一するための戦い、そして、大金帝国やホラズム朝、さまざまな強敵が常に彼らの敵として立ち塞がってきた。

 

 それでも侵略王は決して屈しない。敗北をすればその敗北を糧にして次に勝利するための道筋を打ち立てる。敗北が己を強くする、侵略王はそのように語り、実際の所、彼は有言実行をし続けてきた。どんな相手であろうとも、一度戦った相手には決して敗北しない。そして、そのたびに己を強くし、そして多くの有能な仲間たちを配下に加えてきた。

 

 恐るべき怪物にして稀代の英雄、黎明期に存在した多くの王たちを彷彿とさせるかのごとく、侵略王はその人間性を以て、世界を蹂躙する存在にまで進化し続けていった。

 

 しかし、そんな王であろうとも、寿命には勝てなかった。侵略王チンギス・ハーンの亡き後にあれだけ強固な絆で結ばれていたはずのイェケ・モンゴル・ウルスは後継者問題で揉め、時代を経るごとにその力も領土も失っていく。

 

 栄枯盛衰―――決して変わらないこの世の真理の一つ、永遠に反映する存在などこの世界にはありえないという教えである。

 

 それでも、七星桜雅は侵略王の亡骸に誓った。いずれ必ず、もう一度再会し、共に世界制覇を実行しようと。それが人類と言う種の常識を超える判断であったとしても彼は諦めるということを決してしなかった。

 

 寿命を超えることが出来ないのであれば記憶と経験の総てを引き継いでいけばいい。人間の精神とは環境と記憶によって構成される。それらを全て伝え続けることが出来れば、理論上はまったく同じ人間が生まれる。

 

 人格を経験と記憶によって埋め尽くしてしまえばいい。真っ白のキャンパスに色を塗る前であればどんな色にでも染められるように、桜雅―――初代灰狼は「己と桜華の子」に自身の記憶と経験の総てを引き継がせた。

 

 経験は七星の血を背負った魔力回路を与えることで、そして、記憶に関しては灰狼の名を継承した者がその記憶を新たな灰狼が生まれるごとに口伝によって、物心つく前に語り続けることによって、己が灰狼であると認識させるという方法で……。

 

 荒唐無稽な話であると思うだろうか? しかし、七星の血というある種の先祖返りを引き起こす力が存在する以上、決して愚かな方法であるとは言えない。

 

 事実として灰狼の名前を継承する者たちは、初代灰狼の願いである侵略王を甦らせ、イェケ・モンゴル・ウルスの栄光を手にすることを望みに、中華帝国の裏で暗躍する「星家」を存続させ続けてきた。歴代当主たちの誰一人としてその荒唐無稽な願いを忘れることなく力を蓄え続けてきたこと、決して偶然の一言で片づけることはできないだろう。

 

 だが、初代灰狼にとって、願っていたのは自分自身だけの寿命の超越ではない。妹であり、愛する相手であった桜華もまた存在する世界こそが彼にとっての願いであった。今ある幸福をそのままに次代を越えて自分たちは願いを成就させる、それこそが灰狼の願いであったが……、桜華は灰狼よりも若くして、その生を終えた。

 

 灰狼がその願いを自覚したのは皮肉にも桜華を失った後だったのだ。失ったからこそ、その願いに気付いたという側面もあるかもしれないが、灰狼はまずは自分と同じような処置を自分たちの子に施した。

 

 すなわち、灰狼自身が桜華の記憶を引き継ぐように語ったのだが、これは早々に望むべき結果を生み出せないことを理解した。

 

 何せ本人ではない。あくまでも灰狼から見た桜華なのだから、彼女の外面を再現することはできたとしても内面までもを再現することは出来なかった。

 

 灰狼と同じ方法を取るのだとすれば、当人が生きていなければ実現は不可能である以上、別の方法を実行するしかない。灰狼の名前を重ねる者たちは常にその命題とぶつかり続け、希望を絶やさないために、自分たちの血を引く子孫たちを各地に散らばせた。

 

 桜華の血を継ぐ者たちであれば、極小の確率で先祖返りを引き起こすかもしれない。そうした存在がいれば、その者を起点とした記憶の引継ぎを行うことができる可能性を見いだせる。

 

 狂気のような思想であるが、歴代の灰狼たちはそれを行い続けた。子孫たちを常に監視し続け、子孫の中には桜華の面影を持った子孫が生まれることもあったが、やはり灰狼が望むほどの完全な記憶の再現を引き起こすことができるモノはいなかった。

 

 そもそもが人間の種の限界を超える手法を取っているのだ。不可能に近いほどの可能性を模索しているのだから、そう簡単に桜華の魂を再現することができるわけがない。

 

 その問題の解決の糸口を見つけることができないままに、千年の時を費やした。現代、星灰狼は聖杯戦争が始まるよりも前に一人の男と運命的な出会いを果たす、

 

「己の身体を全て鋼鉄に改造したうえで己の記憶と思考をその身体に転写したい。星家がこれまでに蓄えてきた回生の知識が必要不可欠だ。その知識と実験を行うための施設が欲しい。協力をしてくれないか?」

 

 カシム・ナジェム、その男は突如として表れて、当代の灰狼へと協力を持ちかけてきた。カシムの目的は何処までも自分自身、七星として生まれ、七星としての最強を目論む彼は星家が代々、継承し続けてきた灰狼の記憶を継承する方法を教えてほしいと願い出てきた。それ自体が、彼の求める方法であるわけではないが、魂の転移を目論むカシムにとって、一つの成功例である回生の実行方法は決して無駄であるとは言えない。

 

 スペアとなる人間にカシムの記憶の総てを与え、そして引き継げばいい。あとは七星の血と言うバックアップ機能がそれをアシストしてくれるであろうというのが彼の思想であった。

 

「協力するのはやぶさかではない。ただこちらも条件を付けさせてもらう。君の目論みが成功した暁でもその過程でも構わない。七星の血の中から抽出してもらいたい人間がいる。私はその人間の総てを知っている、つもりでいるが、万全ではないのかもしれない。だからこそ、君の力を借りたい。これは予感に過ぎないが、君の協力があれば、私は今度こそ彼女と再会できるのではないかと確信に似た思いを持っているんだ」

 

 その灰狼の認識は決して間違ってはいなかった。星家が持ち得る回生の知識、カシムの人体改造術、そして桜華の血を引く優秀な遺伝子を持ち得る素体、それら全てが揃うことによって、七星桜華を再誕させるという目論みはついに成功の領域へと入ろうとしていた。

 

 しかし、最後の最後で難航した。素体となる少女を手にすることは出来た。ヴィンセントに依頼をし、村1つを焼き払い、目撃者たちを皆殺しにした上で攫ってきた少女ではあるが、彼女は自分の中にある桜華の存在と自分自身を融合することを拒絶したのだ。

 

 素体にした人間の表層人格が邪魔だ、表層人格と七星の血から抽出した桜華の人格を反転させるためには、七星の血による支配力を高めていかなければならない。

 

 しかして、それは簡単なことではない。魔力回路を使用しなければ適合率は上がらず、無理矢理に使えば表層人格の拒絶を受ける。そもそも問題なくこなしているのだとすれば、今頃、簡単に目的を遂げているのだ。それが出来ない以上は別の方法を考えなければならない。

 

「七星の力を使うのは、少なくとも、自身が窮地に立たされる状況でなければならないだろう。しかし、彼女には戦う理由がない」

 

 そう、そこもまた問題なのだ。彼女には戦う理由がない。灰狼は彼女の総てを奪った。生きる場所も、生きる理由も何もかもを奪い取り、素体にするために彼女の身体をいじくった。絶望した少女はかろうじて監視下に置くことによって生きながらえているに等しい状況なのだ。窮地になど追い込めばそのまま命を絶つことは目に見えている。

 

 クリアするべき難題はすべてクリアしたはずだったが、最後の最後で灰狼にとって悩ましい問題が発生した。それを解決するための手立てを考えて、灰狼はもう一度資料を読み込む。ヴィンセントとカシムより提供された情報だ。暗礁に乗り上げた問題を解決するために他の情報に目をくれてみるのも必要だろうと目を通したそこで、灰狼は一つの妙案を思いついた。

 

 力を発揮する状況を生み出せないのであれば、力を発揮することができる状況を自ら作り出せばいい。彼女が力を使いたくなるような状況を、彼女が自分の人生に希望を見出すことができるような展開を、彼女が力を使ってでも共に生きたいと思えるような相手を。

 

「カシムを呼びだしてくれ、それとセプテム国王にも言伝を。以前の話しでお借りしていたあれを使いたいと、そして、いるんだろう、セイヴァー、君にも協力を頼みたい」

 

 そのためには準備がいる、筋書きは定まったが、役者が役者になりえるほどの強さを持ち合わせていない。であれば、生み出すほかないだろう。自分の願いを叶える存在を。

 

 いずれ、自分によって滅ぼされるアベルと呼ぶべき存在を。

 

「それは私達に何か益があることかね? 星灰狼、君と私の目的は相反する。聖杯戦争を開くという目的を越えた先は互いに敵対する他ないが?」

 

「聖杯戦争の参加者を1人増やす。そして、あえて、俺を狙うように仕向けてくれて構わない。その上で、その駒を互いの目的のために使う。それでどうだい? 何も起こらなければ、この聖杯戦争、俺の勝利は間違いない。お前とて、それを防ぎたいとは思っているだろう?」

 

「くく、然り、だが良いのかね? 慢心は己の身を滅ぼすぞ?」

 

「まさか、千年に渡る悲願だ、私が敗北する道理はないし、それほどのリスクを孕まなければ願いを叶えることはできない。私は今日という日を迎えるまでに私が手にしてきた総ての縁をここにつぎこもう。そこまでしなければ届かない願いを背負っているのだから」

 

 そうだ、他人がどうなろうとも関係がない。俺は俺の願いを叶えるために桜華との再会を誓い合ったのだから、その為に犠牲になる総てを許容しよう。

 

 恨んでくれて構わないぞ、実験体402号、名も知らぬ少年よ、お前の人生はこの俺によって蹂躙される。

 

いや、ヴィンセントに村を滅ぼされた時点でお前の人生は既に終わったのかもしれないな。自らの生まれの不幸を呪え、ターニャ・ズヴィズダーと言う少女が周りに存在していなければ、お前の人生は全く違うものになっていたかもしれないというのに。憐れな少年よ、自らの故郷を奪われ、今度はお前は自分の人生すらも奪われる。

 

 しかし、仕方がないのだ、総ては奪われる側が悪い、強者は当たり前に弱者を踏みにじって、その強さを以て願いを叶えるのだから。

 

 かつて、イェケ・モンゴル・ウルスがそうやって、周辺諸国の総てを蹂躙したように、世界を制覇するという願いの前には、個人の幸福など些末事でしかない。

 

――王都ルプス・コローナ――

「何故だ、どうして、ソイツと一緒にいる、ターニャ!!」

 

 レイジは自らの目の前に広がる光景に動揺を隠すことができない。先ほどもリゼの命を奪う事が出来なかった自分に動揺を覚えていたが、その時の動揺とはまったく別種の動揺だ。信じられないという動揺ではなく信じたくないという動揺、それが自分自身を中心に広がり、背筋を冷たい汗が伝わる。

 

「どうしてって、まさか、本当に気づいていなかったの? 君は本当に健気だね、この娘も君が本当の相手だったら、どんなに幸せだっただろうね」

 

「どちらにしても変わりはない。総ては覚醒のための手駒でしかなかった。この日を迎えるのは確定的な必然であったのだから」

 

「アベル、いいや、レイジ・オブ・ダスト、今日までご苦労だったね。君のお陰で彼女は覚醒を果たした。初代灰狼の妹にして、最も愛するべき存在、史上最強の七星と名高き七星桜華が!」

 

「ふふ、兄様、そのような説明の仕方は気恥ずかしくなってしまいます。ですが、私を甦らせるために兄様が苦心したこの千年を思えば、それを素直に受け取ることが今の私に相応しい所作でしょう。初めまして、リーゼリット女王、そして遠坂桜子。私は七星桜華、千年の過去より舞い戻った七星の一族が一人です」

 

「なに、言ってるの……? 千年前って、貴女はターニャちゃんでしょ!」

 

「ええ、つい先日までは。皆様の活躍は、彼女の身体の中から見せていただいておりました。ですが、今は違います。彼女は七星の力を使い、力を使うたびに私の心が彼女の身体を侵食しました。桜子、貴方であればわかるでしょう。悪戯に七星の力を使えばどのような結果が待っているのか、貴女自身とてそのリスクとつねに隣り合わせにいるのですから」

 

 七星の血を使い込むほどに、七星の魔術師は先祖返りを引き起こす可能性が高くなる。勿論、その確率は人それぞれであり、生涯、まったくその症状に悩まされないものもいるが、桜子も散華も一度は経験したことがある。実力ある七星の魔術師ほど、七星の血に呑み込まれる可能性は高まる。

 

 ターニャは戦いの経験などほとんどないにもかかわらず、圧倒的な才覚を誇っていた。体格的な問題がある中で、灰狼と真正面から戦い圧倒されていなかった時点でもその可能性は十分に予想できていたことだが、悪い方向に考えるべきではないという楽観的な思考があえて気付かない方向へと進ませてしまった。

 

「待て、ふざけるなよ、そんなバカな話があるか!! それじゃあ、まるでターニャは俺を助けるために、お前に浸食されたような話に――――」

 

「実際にそうでしょう。この娘が力を使おうと考えた理由のほとんどは君のため、君の力になりたい、君を救ってあげたい、そんな気持ちが全て、それだけで私の潜在的な意識にアクセスして力を引きだしたのだから、彼女の才能は本物であったということよ。それは君にとっては決して嬉しくない結果だったのかもしれないけれど」

 

 ターニャは唇に人差し指を触れさせて、教えてあげるとばかりに残酷な事実を突きつける。彼女の人格は明らかに乖離している。ターニャの姿をしているのに全くターニャであるとは思えない。演技をしているにしても此処までの変化を引き起こすことなど出来ないだろうと思わされるほどに。

 

「俺のせいで……、俺がターニャの七星の力を使うことを認めたから……」

「レイジ君のせいじゃないよ、だって、ターニャちゃんは自分から力を使うことを望んだんだよ! レイジ君が助けてくれて、レイジ君の頑張る姿を見て、レイジ君の力になりたいって思って、思って………、まさか――――」

 

 そこでふと桜子は気付く。何かあまりにもそれらの流れはストーリーじみていないかと。まるでそのように話が流れるように調整されていたかのようにすら思えてくる。もしも、それが全て目論み通りの結果として引き起こされたのだとすれば……、

 

「どうやら遠坂桜子は気付いたようだね、何故オカルティクス・ベリタスで私があんなにも簡単にターニャ・ズヴィズダーを引き渡したのかが。君自身の実力であると思ったかい? 運命が自分に味方をしてくれたのだと無邪気に思ったかい? だとすれば君は素晴らしく幸福だよ。何も事実を知ることなく今日という日を迎えることが出来たのだから」

 

「私がこの娘の表層人格へと出てくるためには七星の血の定着が浅かったのよ。この娘は本能的に理解をしていたのでしょうね。自分が七星の力を使えば使うほどに自分と言う存在が消失してしまうかもしれないって。それもそうよね、だって、この娘の中の私を目覚めさせるために随分とこの娘の身体は弄繰り回されたわ。彼女の村が焼かれてからずっと、この娘は人体実験の只中で絶望的な日々を送っていたんだもの」

 

「人体実験って……あなたたち、人造七星はみんな志願されて生まれた兵士だって……」

 

「はは、まさか、リーゼリット女王、私の言葉を信じていたのですか? さすがにそれは私も貴女に失望しかねない。ヨハンは最初から気づいていましたよ、人造七星が我々の兵器となるためにヴィンセントによって拉致、あるいは貴方の父君から提供されていた人間たちだったのだと」

「嘘………」

 

「嘘ではない。ヴィンセント・N・ステッラはセプテム王国、そして星家と深い関わり合いを持っていた。奴を使って王家は数々の後ろ暗い事実を闇に葬ってきた。我々が簡単にセプテム王国と同盟を結ぶことが出来たのも全ては、初代灰狼が誓った約束を果たすためにあらゆる行為に手を染める覚悟があればこそだ」

 

 レイジや桜子だけではない、この場にいたリゼも思わず言葉を奪われる。人造七星と言う存在が人体実験の果てに生み出された存在であることは認識していた。けれど、そこには一定の倫理観が存在しているものだと考えていた。

 

 無関係な人々を大量に拉致して、人造七星として改造し、使い潰す。とても許される所業ではない。加えてそこに自分の父が関与していたかもしれないと言われれば、リゼも言葉を失うのは致し方ないことであったと言えるかもしれない。

 

「彼女はね、この世界に絶望していたわ。総てを奪われて、もはや自分の身体すらも良く分からずに弄繰り回されて、来る日も来る日も実験に追われる日々、死を覚悟していたし、むしろ死ぬことさえも望んでいた。だからかしらね、この娘は七星の血に順応してくれなかったの。あと一歩で適合するのに、そのあと一歩を拒絶している」

 

「だから、俺は一計を考案した。もうここまでいえばわかるだろう、アベル、君と言う存在の意味が。君は彼女の七星の血を目覚めさせるために用意された生贄だ。君と言う存在が窮地に立たされれば立たされるほど、彼女は自分の力を使ってでも、君を救おうとする。君が彼女にとっての救世主であればこそ、君が彼女にとっての希望であればこそ!

 英雄譚のように彼女を救い、共に未来を夢見る日々は楽しかっただろう? それも全ては私のてのひ―――おっと!」

 

「星灰狼ッッッ!!」

「あら、ダメよ、兄様には触れさせないわ、私がいる限りね」

 

 有無を言わさないほどの怒りを爆発させて、レイジは灰狼へと大剣を叩きつけるが、それをターニャの身体に宿っている桜華が防ぐ。あっさりとレイジの大剣などとは比べ物にならない剣一本で彼女はその奇襲を受け止めて見せる。

 

「退けェェェェェ!! ターニャの身体から出て行け!」

「それはできないわ、この身体はもう私のもの、兄様が私のために用意してくれた身体ですもの。少々、小さくはあるけれども、成長の余地は残っているだろうし、おいそれと返してあげるわけにはいかないわね」

 

 レイジの武器に比べれば刀身は細く小さいはずの剣でありながら、レイジはそれ以上大剣を振り下ろすことができない。何かの魔術を掛けられているかのようにびくともしないのだ。何度力を込めてもそれ以上先に進むことはできない。

 

「無駄なことはやめなさい、ずっとこの娘の身体の中で見て来たけれど、貴方と私では才能に差がありすぎる。七星の力を持っていても、碌に実力を発揮することができないようなあなた如きでは、一生かけても私には届かないわ。所詮はまがい物のツギハギ、私にも兄さまにも及びはしないわ」

 

「そう言ってやるな、桜華、彼は所詮アベルと言う役割を与えられたに過ぎない。知っているか、レイジ・オブ・ダスト。

 かつて人類の祖とも呼ばれた始まりの兄弟であるカインとアベルは仲たがいを引き起こし、結果的にカインはアベルの命を奪った。それを以てカインは人類史における始まりの加害者となったそうだが、神話の中にはカインの双子の妹こそがアベルの妻であり、カインはそれを奪うためにアベルの命を奪ったという話もある。

 まさに、今のお前はアベルそのものだよ、お前が見初めたターニャ・ズヴィズダーは俺の妹である桜華として再誕を果たした。後は神話の如く、お前の命が終わりを迎えれば、お前の役目の総ては終わる。

 救済の時だ、道化たるアベルよ、カインとして、この世界を蹂躙する悪となる者として、その覇道を掲げる最初の礎としてお前を処断してやろう」

 

「ふっざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁ!! お前が俺を散々利用してきたとしても、俺はお前に殺されない。殺すのは俺だ!! あの日にお前たちが村を焼いたのも、みんなを殺したのも、そしてターニャをこんな目に合わせたのも俺が悪いわけじゃない。勝手に責任を押し付けるな、総てはお前たちが元凶だろう!!」

 

「そこは否定しないさ。ターニャを捕らえるためにヴィンセントに命令を下したのは俺だ。ターニャは実に桜華を再誕させるための器として優秀だった。ヴィンセントも最初は平和裏に彼女を引き渡すように村と交渉をしたんだよ。君は知らないかもしれないが、それを拒否して、惨劇を生み出したのは他ならぬ、村の大人たちだ」

「ターニャは村の子だ。お前たちの身勝手な理由で彼女を引き渡すことをあの人たちが許容するはずがないだろう!!」

 

 責任転嫁も甚だしい。そもそも、灰狼たちが自分たちの身勝手な欲望でレイジたちの村を襲撃しなければあのような悲劇は起こらなかった。そこが始まりであるというのに、まるでレイジたちが間違っているとでも言いたげな物言いをするのは看過できない。

 

「ああ、はっきりと言える。星灰狼、カシム・ナジェム、お前たちだ、お前たちこそが総ての元凶だ!! お前たちを殺さなければ終わりになんてすることはできない。あの日に命を奪われた皆の為に、そして、ターニャを救うために、地獄の先に花を咲かせるために、お前たちは俺の手で絶対に殺す!!」

 

 リゼに対して躊躇を覚えた感情は欠片も存在しない。自分たちの身勝手で多くの人々を巻き込んできたこの外道たちに与える慈悲など欠片もないし、この男たちを排除しなければ、もっと多くの人間たちが悲劇に襲われる。

 

 この復讐はレイジのものだ、レイジが自分のためにする復讐に過ぎない。だが、結果的にそれが世界に対して降りかかる厄災を振り払うことに繋がる。

 

 目の前の二人は生かしてはおけない。それだけは間違いのない事実であると信じる。あの日、炎の中から始まった物語はここで終幕を迎える。不利、そもそも無謀であることは分かっている。それでもこの胸の中に浮かんでいる激情が、目の前の二人を生かしては置けないと主張している。

 

「あの日に、炎の中で、ふむふむなるほど、確かにその通りだ。奪われた者からすれば奪った者を許すことができないという気持ちは至極当たり前のモノだろう。理解できるよ、レイジ・オブ・ダスト、君の願いは至極当たり前のモノだろう。それが君のモノであるのならば、ね……」

「何……?」

 

 ドクンと胸が大きく鳴った。何か絶対に聞いてはならない何かを灰狼が敢えて口にしたのではないかと思える様子であり、レイジの全身が聞くなと声を上げる。

 

 しかし、灰狼にとってはそんなことは関係ない。むしろ、ここで主張をすることこそが、彼にとっては意味のある、いいや、ここにまで来た理由であったとばかりの様子であり、

 

「レイジ・オブ・ダスト、一つ聞かせてくれ。君は――――誰だ?」

「誰、だと……? そんなもの、俺は俺に決まっているだろう!」

 

「そういうことを聞いているんじゃないよ、私が今、君を呼んだ名前は偽名だろう? 七星を全て滅ぼす、その願いを込めた過去と決別するための名前であったはずだ。かつての平和に生きてきた人間である頃の君と決別し、総てを滅ぼす復讐者となるために君はその仮面を被った。だからこそ、君には異なる名前、いや、本当の名前が存在しなければならないだろう? それを教えてくれと言っているんだ」

「それは……」

 

 灰狼の言っていることは今更疑うまでもないことだ。レイジという名前は確かに偽名だ、アヴェンジャーと言うサーヴァントを与えられると同時に七星に復讐をするための存在に自分が生まれ変わるために名乗った名前だ、その名前を捨て去るのは全てが終わったその時であると考えて、レイジは自分の本当の名前を決して誰にも告げることはなかった。

 

 桜子も仲間たちもそういう事情で、レイジが本当の名前を隠していることは理解をしていたつもりだったし、あえて聞くことはなかった。

 

 しかし、灰狼の問いは、まるでレイジが本当に答えることができないとでも言わんばかりの様子での問いであった。

 

「教えられない」

「何故?」

 

「お前たちに教える必要がないからだ!」

「違うだろう? 強がりを言うのもいい加減にしろよ、アベル。君は言いたくないんじゃない、言えないんだ。そんな記憶は―――君の中には転写されていないのだから」

 

「転、写………?」

 

 ゾワリとした感覚、背筋が凍る、いや全身と心が乖離するような今まで一つであると思い込んでいたはずのものが、別れたような感覚にレイジは襲われ、バタリと膝をついていた。自然と、まるで平伏するかのように。

 

「桜華が先程話した通りだ。ターニャ・ズヴィズダーの中で桜華を目覚めさせるためにはどうしても、彼女に七星の力を使わせる必要があった。しかし、絶望的な状況で生きる希望を見出すことができない彼女は決して、七星の力を使おうとはしなかった。私としても手詰まりを覚えたよ。このままでは桜華を再誕させることができない。どうすれば、彼女に七星の力を使わせることができるのかとね」

 

 それは悪魔の如き種明かし、星灰狼というここまでの聖杯戦争の総てを裏から操ってきた男であるからこそ知っている。決して開示されてはいけない情報であった。もしも、それを知ってしまえば後戻りはできなくなる。

 

 星灰狼にとって、レイジ・オブ・ダストの存在価値はもうなくなった。必要のない玩具をいつまでも放置しておくほど、彼は寛容ではない。用済みの役者には退場を願うが、その前に与える最後の慈悲こそが、今こうして明かしている種明かしなのだ。

 

「私は名案を思い付いた。ターニャ・ズヴィズダーのいた村の生き残りに彼女と親しい少年がいた。もしも、その少年が復讐の為に戦うことを志して我々と戦い、彼女を助けるというシナリオを描けば、彼女は七星の力を解放して少年と共に戦うのではないか、とね。何せ、私を憎む理由は無数にある。そういう状況を生み出し、未来に希望を持つことができる様になれば、力を使うこともやむなしと考えるだろう。少々仕込に時間がかかるが、私だけでは手に負えない難問である以上、致し方ないと納得した。

 しかし、そこで一つだけ問題が発生した。その少年は七星でも何でもないただの少年だった。そんな奴をどれ程底上げしたところで純正の七星と戦うことはできない。この計画は最初から破綻していると思い知らされたのだ」

 

 灰狼が考え付いたことはあくまでも机上の空論、実際のスペックでぶつけてみれば、簡単に破たんすることを理解させられたのだ。

 

「よって、発想を転換することにした。当人にその才能がないのであれば、相応しい存在にその記憶を転写して、本人に成り代わりさせればいい。幸いなことに人体を弄繰り回すことに関してカシムの右に出る者はいない。何せ、自分自身を改造して鋼鉄の身体へと変えた男だ。他人の身体を弄ることへの抵抗など欠片もない。

 これで問題はクリアされた。ターニャ・ズヴィズダーの意識に認識改変の魔術を掛け合わせ、彼女の知っている少年とは全く別人の少年を、その人物だと思わせる。此処まで言えば分るだろう、レイジ・オブ・ダスト、君がどうして自分の本当の名前を言うことができないのか。それは君の記憶の総てが、転写された他人の記憶であるからだ」

 

「他人の、記憶、俺が……あの村を焼かれた記憶が他人の……嘘だ、ありえない。だって、俺は、俺は―――――がぁぁぁぁ、あがああああああ、ぎぃぃぃ……!」

「肉体の拒絶反応が出て来たな、これまで術式で無意識に意識をさせないことで抑え込んでいた肉体と魂のかい離現象が浮かび上がってきている」

 

 灰狼の言葉を否定しようとするが、レイジの全身が悲鳴を上げる。まるでこれまで隠し通してきた病が突如発症するかのように、身体全体が悲鳴を上げているのだ。自分の中に入れこまれた不純物に対して抵抗をしている様に、自分自身の中にあるもう一人の自分を否定するかのように。

 

(思い出せ、そうだ、名前だ。思い出せる。ターニャ以外のことを。村の名前も、大人たちの名前も、その時に起こった出来事も全部全部俺は覚えている。覚えているからこそ、あんなにも胸が軋むような痛みを覚えていたんだから。そうだ、俺は、俺は―――――なんで、なんでだよ、どうして俺は何も思い出すことが出来ないんだ……!!)

 

 これまではっきりと思いだせていたはずの記憶が徐々に輪郭を失っていく。まるでそれが真実であると思いこませられていたことが全て嘘であると判明して、蜃気楼のように消え去っていくかのように、レイジの中からうっすらとした輪郭すらも消え去っていくのであった。

 

 魂に刻み込まれた自分自身と言う存在が途端に信じられなくなるほどの恐怖がいかほどのものであるかを理解することはできるだろうか。足元から一気に崩壊をしていく気分、もしも、灰狼の言葉が正しいのだとすれば、自分は一体どこの誰の記憶を自分のモノであると考えていたというのか。

 

 ヴィンセントは確かに語った、自分の村を焼いたのだと、ターニャと言う存在がいる以上、ヴィンセントがそのような行為に及んだことは間違いなく、同時にレイジ自身も彼と顔見知りであることは間違いなかった。

 

 ヴィンセントが何処まで知っていたのかは不明ではあるが、彼はあの時、レイジの存在に驚きを覚えていた。であれば、ヴィンセントをレイジが襲うこと自体は灰狼の計画の中に存在していたとしても、ヴィンセントに伝えてはいなかったのだろう。

 

 なら、もしも、レイジ自身が全く知らない赤の他人であったとすれば、ヴィンセントの反応は違ったはずだ、彼は明らかにレイジの素性を知っている素振りを見せていたのだから。なら、誰の……誰の記憶を自分は持っているというのか。誰の……誰の……

 

『お前の存在を俺は許さない』

「―――――――」

 

 脳裏に浮かんだ存在がいた。常に心当たりのない憎悪を向けられ、ただ存在しているだけで憎しみを向けられる、誰かもわからない相手がいた。

 

レイジ・オブ・ダストと言う人間の人生において全く接点のなかった存在、にもかかわらず、曇りのない憎しみを向けてきた正体不明の存在、自分の復讐の旅路で邪魔ばかりをしてくるくだらない存在だと思われていた相手、それが、もしも、もしも、本当は意味がある憎しみであったとすれば――――、

 

「気付いたようだね、その通りだよ、レイジ・オブ・ダスト。私が何度も何度も君の前に連れてきた実験体402号、彼こそが、君の記憶の転写元、本来、ターニャ・ズヴィズダーが守りたいと思っていた、彼女と同じ村で生まれ育った本当の少年だよ」

「うっ……ぐむぅぅ、おげぇ、ごほぉぉぉ、んぶぅぅ」

 

 告げられた真実を前に、レイジは凄まじい吐き気に襲われ思わず口を覆う。気を抜けば、胃の中に入っているものが全て吐しゃ物として吐き出されてしまいそうな気分だった。

 

実験体402号の憎悪の視線を思い出す、許せない、絶対に殺す。その視線の意味をずっとレイジは理解できなかったが、真実を告げられ、彼の視点で物事を考えれば、彼が憎悪を向けるのは当たり前のことだ。

 

 自分の記憶を奪い、自分であるかのように振る舞っている少年が、自分の幼馴染を連れ回し、彼の為に戦えば戦うほどに、その存在が消えていく、それを見ていることしかできず、無理矢理に人造七星として改造されても、出力を上げられない失敗作、そんな少年の憎悪とは、どれほどのものであっただろうか。

 

 何度も何度も彼がターニャの傍にいる資格がないと言ったのは正しく意味を持っていた。

 それはとても残酷な事実であり、ここまで自分の記憶の中にある怒りを糧に戦い続けてきたレイジにとって、あまりにも惨い仕打ちである。

 

「ああ、本当に悲しい話ね。でも、本当に悲しいのは誰なのかしら。自分の幼馴染の大切な人を守ろうとして、結果的に人格を食われてしまった彼女、でも、その守ろうとしていた相手がまったく知りもしないどこかの誰かであったなんて、こちらの方があまりにも救いがないのではないかしら?」

 

 他人事のように桜華は告げる。彼女が蘇るためにターニャに仕掛けられた罠、レイジをかつての幼馴染であると誤認させられた結果として、彼女は希望を胸に、自分とまったく関係のない相手を救うために使い潰してしまった。

 

 それはさながら、レイジという人間が間接的に、ターニャという少女の運命を捻じ曲げてしまったに等しいともいえるのではないだろうか。

 

「ぐぅぅぅ………ああっ、ぎぃああああああああああ!!」

 

 向けられた残酷な真実を前にして、レイジのうめき声が響き、その事実に打ちひしがれる。

 

「ちょっと待ってよ! だったら、そんなことを言うのなら、一体レイジ君は誰だっていうのよ、そこまで言うのならば答えなさい、灰狼、カシム!」

 

「おや、それは貴方が一番よく知っているんじゃないですか、リーゼリット女王」

「え……?」

 

 そこで話題を向けられたことにリゼは言葉を失う。このタイミングでどうして自分に話題を振るのか、その意味を理解することができないまま、直感的にまたもや聞くべきではない何かを聞くことになるのではないかと思えた。

 

 レイジとターニャの関係性が今の話を聞いたことで後戻りできない話になってしまったように、リゼにとっても、それは劇薬になりかねないのではないかと思えることであったが、そんなことを灰狼は今更気にも留めない。

 

 知りたいのであれば教えてやろうとばかりに、

 

「かつて、リーゼリット女王を救ったスラムの少年、仮死状態にあったその肉体こそが、今の彼の身体だよ」

 

 そして、劇薬は投下された。すべてが終わりへと向かうための真実が開示されたのだ。その言葉にリゼは目を白黒させ、次いでその意味を理解し、頭を覆った。聞くべきではない残酷な真実は彼女にとっても鋭利な刃の如き意味を持っていたのだ。

 




真に悲惨なのは、402じゃないですか―、やだー

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第19話「Active Pain」③

 世になべて、真に邪悪なる企みとは世の中には出回らぬもの、邪悪似て利益を貪る者たちはその利権を手放さないために、その所業を隠したがる。かくて、どの国にも神隠しの類は存在する。

 

 ある日、突然人がいなくなる。ある日、突然一人の人間の痕跡が忽然と消える。そこに疑問を挟む者がいたとしても、不思議なことに、しばらくの時間が経過すると、それをまったく不思議に思わなくなる。世の中とはえてしてそういうものだ、本当の意味で触れてはならないものには触れない。臭いものには蓋をする。

 

 そうして、暗部の中で人知れず消えていく人間たちがいる。それを生業とする者たちがいる。セプテム王国の暗部に深く踏み込んできたステッラファミリーが頭目、ヴィンセント・N・ステッラはそんな者の1人であった。

 

「しかし、また、ドジを踏んだね国王。まさか、自慢の娘に落ちぶれた七星のガキどもを殺しに向かわせたら、まさか、そいつらに逆襲されちまうなんて、これはいかんね、ああ、いけない。そんなことが世間に聞こえてきたら、ようやく抑えこまれてきた国王への風聞がまた悪くなっちまう。下手すりゃ、リゼお嬢様もどんな噂を聞かされることになるやら、ひっひひ」

 

「マフィア風情があまり大層な口を利くな。お前たちは我が国に雇われているのだ。儂らが本気を出せば、お前たちのファミリーなど簡単に潰せるのだぞ」

「はは、よしてくれよ、国王。同じ七星の一族じゃねぇか。仲良くしようぜ」

 

「良く言う。さきほど、同じ同胞の始末をした男の言葉とは思わないな」

「セプテムでは、連中のことを忌み血って呼んでるんだろう? 忌まわしい血、王族と同じ血が流れてるわけがないだろう。あれらは七星であって七星じゃない。そう俺に説明したのは、他でもないアンタだよ、国王」

 

 その日、ヴィンセントは頼まれた仕事を終えて、その報告の為にセプテムの王宮を訪れていた。普段よりも警備が厳重な王宮内、噂の皇女拉致事件が尾を引いているのだろうことを理解して、ヴィンセントは皮肉げな笑みを浮かべながらここまで足を運んできた。

 

 国王が彼に依頼をしたのは、件のスラム鎮圧戦の折にリゼを救った少年を始末することであった。リゼの話しから少年が忌み血であり、リゼの素性を完全に知っていることは明白であった。

 

 もともと、忌み血の人間を体よく殺すためのスラム鎮圧戦であったというのに、その相手に救われて、命を奪われることもなく生かして帰されるなどと、屈辱以外の何者でもなく、この事実を以て連中が何かしらの脅しをかけてくる可能性も十分に考えられる。

 

「それで結局、あのガキはどうするんだ?抵抗されてよぉ、ウチのファミリーの連中にも噛みついてきやがった。国王さえ良けりゃ、あいつ、ウチのファミリーにもらえないか?」

「むごたらしく殺すつもりか?」

 

「はは、馬鹿言っちゃいけねぇ。二度と浮かんでこれないように魚の餌にしてやるだけだよ。死体なんて転がしちまったら、どこから足がつくか分からねぇ。そうなったら、セプテムだって困るだろうが」

 

 ヴィンセントが王宮を訪れた理由は端的に言えば仕事の報酬を貰うことと、そのターゲットになった相手の始末をどのようにつけるのかを問うためであった。

 

 スラムに赴き、リゼを助けた少年を拉致した。さすがに七星の血を引く人間だけあり、抵抗によってファミリーの末端の人間が何人か手傷を負ったが、さしたる問題ではない。あくまでも、自分たちの楽しみとして、少年を貰い受けたいという提案半分、余計な死体をセプテム以外で処分してやるぞという見返り半分であった。

 

 ヴィンセントにとって、セプテム王国は自分の上客でもある。王宮の後ろ暗い事情に対応するためにヴィンセントたちステッラファミリーを使うのは、これまでにも何度もあり、そのたびに蜜月関係を築いてきた。

 

 ステッラファミリーとセプテム王国の関係性はこれからも続いていく。それを理解していればこそ、彼らは互いに場違いな軽口をたたき合うことができるのだ。

 

「お前たちの世話になることも考えたのだが……、星家に身柄を引き渡すことにした」

「星家……、中華マフィアか」

 

「そして、我々の祖先のルーツでもある。彼らは現在、人工的に七星の血族を生み出すための実験を重ねている。あの少年も七星であり、星家も喉から手が出るほどに欲しいとの話を受けている。我々が持っていても役に立たず、魚の餌にするくらいなら、我らの大願のために役に立ってもらう方がよかろう」

 

「大願ねぇ……、それを本気で信じているんだから、俺からすれば星家の方がよほど狂気じみているんだがなぁ」

 

「お前もいずれ関りを持つことになるだろう。当主は実に才気に溢れている。極東では数年前に再び聖杯戦争が引き起こされた。星家もその余波を受けて、鼻息が荒くなっておるところもあろう」

 

 大陸に渡った七星たちの悲願、侵略王を蘇らせ、再びこの世界に覇を唱える。時代錯誤の願いではあるが、それを本気で実現しようとしている者たちがいる。少しでもこの現代に兵力を必要としている彼らは、自分たちの手で、超人的な強さを持つ七星を生み出そうとしているのだ。

 

 もしも、七星たちが量産された暁には、世界の勢力図は大きく変わっていくことだろう。狂った願いを本気で叶えようとする者たちの願いが本当に叶ってしまえば、最早手のつけようが無くなる。

 

 国王はそんな連中の悍ましさを良く理解している。ヴィンセントが今は鼻で笑っているとしても、夢を本気で追いかける者たちはいずれ、無視できない形でヴィンセントの前に顔を見せるだろうと。

 

 結局、ヴィンセントによって拉致され、半仮死状態であった少年は星家の下へと送られた。生きた七星を好き勝手に捌き、研究することができる素体を与えられたことに星家は王国に対してとても感謝をしたが、王国側は結局、最後まで与えた素体がどのような素性で星家へと回されてきたのかを教えることはなかった。

 

 送られてきた少年の意味を当主である灰狼が知ったのはつい先日、国王にその時の出来事を問いただしたからである。

 

 灰狼自身すらも気にも留めていなかった素体である少年の過去、繋がるはずがなかったリーゼリットやヨハンと繋がりを持っていた少年、そして灰狼によって演出された実験体402号の記憶を持っている七星の力を使うことができる少年、本来であれば交わるはずがなかった二人の存在はさまざまな偶然に彩られる形でレイジ・オブ・ダストと言う存在を作り上げてしまった。

 

 灰狼ですらも総てを予想することが出来なかったであろう領域があり、灰狼も、ヨハンも、ヴィンセントも、レイジと対峙してきた者たちはそれぞれがそれぞれの視点で持ち得る情報をレイジを通すことによって出力してきた。

 

 そして今、間接的に関わり続けてきたレイジとリゼの関係性に踏み込むようにして、灰狼から語られた真実を前にして、リゼの視界は真っ白に染め上げられてしまった。信じることができない。信じていいのかわからない。言葉は理解できる。ある種の予感めいたものは当然に持ち合わせていたし、妙な所で納得できてしまっている自分がいる。

 

 だが、現実として受け入れることができるかどうかは全くの別だ。何せ、あの日にリゼが出会った少年とレイジはあまりにも似すぎてしまっている。

 

 ヨハンはその似ていることを根拠にして、レイジがあの時の少年そのものであると判断したが、リゼはその逆だった。何せ、あの時から8年の時間が経過しているのだ。本人の面影があったとしても、既に成長して自分たちと同じ程度の年齢になっているのだから、本人であるはずがないとリゼは判断していた。

 

 結果的に、その常識的な判断が今日に至るまでリゼにレイジの真実へと気付くための道筋を見出すことを阻害していた。いいや、あるいはリゼ自身も確信犯的な一面は拭う事が出来なかったかもしれない。

 

 自分を助けてくれた少年と再会することは出来なかったが、どこかで元気に生きているはず、その根拠のない結論こそが、リゼ自身の精神的防波堤であった。もしも、彼が自分の関わる何かによって不幸になるとしたら、それは自分の責任であるという認識が根底に存在するからこそ、そうならない結末を無意識に願ってしまっていた。

 

 その芽を逸らそうとしていた現実がいよいよもって、リゼの目の前に突き付けられる。お前が救われた本当の事実がこうであると突きつけるようにして……

 

「ありえない、そんなはずないわ! だって、彼と出会ったのはもう8年も昔よ! レイジ君と出会ったのはついこの前、レイジ君と彼が同一人物!? ありえない、だったら、この8年間ずっとレイジ君は同じ姿だったってこと? 成長をしていなかったってこと? そんなこと、まともに考えて起こりえるはずが――――」

 

「ありえない、そのように考えることが最も自分の視野を狭くする。リーゼリット女王、薄々勘付いてはいただろう。自分の中でレイジ・オブ・ダストにかつての少年の面影を見たことがあったのではないか?」

「それは……」

 

 無かったとは言い切れない。レイジを通してかつての少年のことを思い出していたのは事実だ。もう一度再会を誓いあいながらも、結局顔を合わせることが出来なかった相手に対して燻り続けていた思いを再燃させていたことも間違いない。

 

 けれど、あくまでもそれは過去への逃避でしかなかった。レイジと彼は全くの別人であるという根本を変えることはなかったのだが……見方を変えれば、そう思いこんでいることこそが最も過去を顧みようとしない逃避であったとも言いきれてしまうのかもしれない。

 

「私もあくまでも国王から聞いた話に過ぎないよ。総てを知っているヴィンセントは彼が殺してしまったからね。ただ、レイジ・オブ・ダスト、君の素体となった少年は7年前に我々「星家」に送られてきた。セプテムで始末をつけるには足がつきたくなかったのだろうね。国王の計らいに感謝するといいよ、リーゼリット女王。おかげで、君の醜聞は広まらずに済んだのだから」

 

「恩着せがましいことを言わないで、それに彼のことを送られたなんてモノ扱いしないでよ!」

 

「モノ扱いするなと言われてもね、我々の下に送られてきた時点ですでに彼は仮死状態になっていた。生きているも死んでいるもない状態だ。

そして、我々に提供を受けたのはあくまでも、人造七星研究のためだよ。流石に我々も生きた同胞の身体を捌いて研究をするのには少々心が痛むのだ。研究する対象を与えてくれた国王には感謝してもしきれないよ」

 

 仲間を切り刻むのには抵抗を覚えると口にしながら、少年に手を付けることには一切の躊躇がない。その倫理的感覚の欠如こそが彼らの異常性を露わにしているのだが、全くそこに対して顧みる気配は見られない。彼らにとって、リゼへと語り聞かせているのは自分たちがやってきたことの告白でしかないのだ。そこに悔恨も懺悔もアリはしない。

 

「人造七星を生み出すためにかの少年は実に有用だった。運が良いことに彼は七星の血を受け入れる才覚が強かったのだ。幼いころから七星の血に適合ししていたからか、おそらくは精神的にもかなり成熟をしていたんじゃないかな?

理想的な七星の血を制御することに特化した個体だった。星家は人造的七星を生み出す中で、七星の血を魔術回路として刻み込み、暴走の危険性を回避することの研究を続けていた頃だったからね、需要の器が広い彼の存在は研究を進めるうえで切っても切れない関係だったのだよ」

 

 ある種の人造七星の生みの親ともいうべき存在こそが、レイジの素体となった少年だった。七星の血の許容量はそれぞれの人間で全く異なる。

 

 灰狼にとって、素体として回収された少年はその程度の価値でしかない。いかにリゼやヨハンにとって、彼が自分たちの人生に大きな影響を与えた存在であったとしても、大したことにはならないのだ。

 

「そういった意味で、彼は実に有用ではあった。彼のおかげで人造七星は量産化の糸口を辿ることができたともいえる。だが、その後は用済みでもあった。

 七星の魔力を研究するために生かしておく必要があったため、いろいろと手を加えたのだが、その副作用か、成長が止まってしまったのだ。意識など取り戻すはずもないのだし、それはそれで問題ないかと考えて、研究は続けていったよ。本当に死なないでいてくれてよかった。もしも、途中で死なれてしまったら、また新しい素体を見つけてこなくてはならなくなるからね」

 

「狂ってる……、どうして生きている人に対してそんなことができるのよ! 自分にとって関係がない他人でも、同じ人間でしょ! どうして、そんな非道なことができるのよ!」

 

「己の願いのため、だよ。遠坂桜子、私には王との世界制覇という願いがある。その願いを叶えるためには大量の人間の命を消費することになるだろう。その一部分だ。いまさら、願いのために誰かを犠牲にすることに躊躇を覚えていたら、大陸制覇など成し遂げることはできないだろう?」

 

 灰狼は何を不思議なことを聞いているのかというばかりの反応を浮かべる。桜子がまっとうな倫理感の下に抱いた糾弾に対して、何をそんなに声を上げているのかとばかりの態度を取る。

 

「思うところはあるかもしれないが、話を続けてもいいかな? 私としては、彼に感謝をしているのだ。人造七星の完成も、我が妹、桜華の復活もすべては彼がいなければ成り立たせることができなかった。そうした感謝を込めて、私の知っているすべてを伝えるためにここまで来たのだ。

 人造七星の完成を見届けてから、彼は仮死状態のまま保存をしておいた。何かに使うかもしれない程度の判断ではあったがね、結果的に、その判断は功を奏した。実験体402号の記憶を転写するにあたって、これほど適合性の高い個体は存在しなかったのだ」

 

 七星の血との適合率の高さ、それは他人の記憶を転写し、馴染ませるという意味で一つの大きな指標となった。人造七星たちのような紛い物では、大切な桜華を再誕させるための最後のピースを担わせるにはあまりにも心もとない。

 

 だからといって、七星として名を連ねた者たちを今さら調達してくるとしても適合率の問題が出てくる。強固な自己を持ち合わせているとすれば、402号の自我が敗北して消滅してしまうかもしれない。単純に適合すればいいという話でもないのだ。その適合を果たしたうえで、402号の代わりを演じさせるために、元々の自我を塗り潰さなければならない。

 

 自我を塗りつぶし、灰狼たちにとっての都合のいい情報を付け加えた行動する人形、それこそが彼らの求める理想であったのだから。

 

「何せ、数年間もの仮死状態にあった身体だ、既に本人自身の自我がどれだけ残っているのかも定かではない身体に、他人の記憶と意識を塗り込むのはそこまで難しい話ではなかった。カシムという同法が見つかったこともあってね」

 

「まさか、己の肉体改造の際に使用した技術を、他人にも使うことになるとは考えていなかったがな」

 

 人体の殆どを鋼鉄の身体に変換する。ただ強くなるためだけにその狂気へと手を染めたカシムは魔術と自身の技術をもってに肉体から肉体への士気と記憶の変換を可能とした。

 

 それを実現してしまうだけの卓越した頭脳を持ち合わせていたというのに、肉体と七星の血の才覚自体は平均程度でしかなかったことこそが彼にとっての地獄であったともいえたかもしれない。もしも、カシムが才覚ある存在であったとすれば、ここまでの狂気に身を染めることはなかったかもしれない。

 

「言うまでもなく、実験は成功した。402号の意識と記憶は彼に共有され、彼は長い長い眠りから目覚めることになった。その後のことは君自身の方がよく理解しているだろう、レイジ・オブ・ダスト。君は我々から離れ、サーヴァントを与えられて、セレニウム・シルバへと戻ってきた。すべては自分の復讐のために。脳裏に刻まれた惨劇の風景に対しての復讐を果たすために君は我々の前にもう一度姿を見せたのだ。その根底にある記憶のすべてが、まったく異なる他人の記憶であったことも知らずにね」

「き、っさまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 レイジの絶叫がその場に木霊する。どうしようもない怒りを孕んで、許せないという意思すらも超越して、憎悪ですらなくただ吠えることしかできなかった。明かされた真実はあまりにも残酷で、これまでにレイジが抱いてきた感情のすべてが偽物であると断定されたに等しかった。

 

 しかも、その記憶の主はこれまでに散々、憎悪を向けてきた相手なのだ。自分と同じ記憶を持ち、まるで自分のようにふるまってくる相手が、その自分の記憶を頼りに、自分の大切な少女を使い潰してしまう姿を、間近で見せられてきた彼の感情はいかほどのものであったか。すべてが明かされた今となればこそ、その罪深さをよく理解することができる。

 

 そして、目の前に立つ悪魔のような者たちの非道をも理解することができる。自由を奪われ、戦う理由すらも勝手に生み出され、レイジを憎むことしかできなくなってしまった402もまた被害者であったことは間違いない。

 

 むしろ、彼こそが、本当はレイジのように動き回り復讐をしたかったはずだ。彼にはそうするだけの正当な権利がある。村を燃やされ、人々を殺され、幼馴染の少女の人生を狂わせ、最後には自分自身の記憶と思いすらも他人に利用されたのだ。この世総てを憎んでも憎み切れないという感情が浮かんでくるのは間違いない。

 

「じゃ、あ、彼は誰なの……? 彼がレイジ君でないのなら、私の知っている彼は、誰だったの? ねぇ、教えてよ、あなたたちは知っているんでしょ? 彼が何処の誰で、どんな名前をして、どんな人生を送って来たのか。それを教えてあげなきゃ、彼が救われ―――」

「知らん」

 

 一言、リゼが唇を震わせながら、なんとか言い放った言葉に対して、カシムは冷徹に、冷酷に、リゼにとっても、レイジにとっても、ほんの少しの希望となるかもしれなかった事実を叩き潰す。

 

「己にとっても、灰狼にとっても、その男はあくまでも実験体に過ぎない。実験体の経歴など知らぬし、レイジ・オブ・ダスト以外の本当の名前など知るはずもない。実験体の記憶を転写し、定着した時点で本来の人格は塗りつぶされたと解釈するべきだろう」

 

「皮肉だね、我々は知らずとも、もしかしたら、ヴィンセントやヨハンであれば、彼の本当のルーツを知っていたかもしれない。しかし、知っていたかもしれない者たちは悉く殺されてしまった。我々は確かに直接的に手を出した加害者であるが、それを知るすべはなかったし、知りたいと思う気持ちもなかった。

 残念だがね、リーゼリット女王、君が求めている彼の本当の名前も、これまでにどんなふうに生きてきたのかも、もはや知っている者など誰もいない。彼は正真正銘、誰の記憶にも留められなかった、道化を演じるだけの屑星でしかなかったということだね」

 

「そんな……誰も、知らない……。やっと……やっと……再会することが出来たのに、そんなことって……こんなことって……」

 

 ここで、もしも、ルーツを語ることが出来れば、レイジ・オブ・ダストという存在を否定されたとしても、本当の己を知ることが出来たのであれば、再起のための道を確保できたかもしれない。けれど、現実はそんな優しさなど欠片も持ってはくれなかった。

 

 あの日、リゼは彼の名前を聞くこともなく別れを告げた。いつかの再会を誓って、その時に名前を聞くことを願った。その機会が永遠に訪れないことを今、理解させられたのだ。

 

 悪魔たちに人生を消費され、誰の記憶にも、誰の記録にも残される事無く、磨り潰されるだけだった少年、彼の本当の名前を知ることも、彼がどのように生きてきたのかも知りえない。何よりも、彼自身がリゼを救ったことを欠片も覚えていない。その事実も、その記憶も全ては塗りつぶされ、リゼの心の中にしか存在しえない存在していたのかさえもあいまいな記憶へと追い落とされてしまったのだ。

 

 どんな言葉を掛けたところで、レイジですらもリゼのことを覚えていないのだから、本来の自分を取り戻せるはずもない。自分の生まれたルーツすらも知りえない。それがどれほどの絶望であろうか。

 

 地獄の先に花を咲かせる、その言葉を以てレイジはこれまでずっと旅路を続けてくることが出来た。総ては自分の中にあった復讐心の先にも、この世界に寄与する何かがあると信じていたからこそである。

 

 けれど、その復讐心は、何処かの誰かの感情でしかなかった。いいや、むしろ、もしかしたら、その復讐心ですらも、ターニャの中にいる桜華を目覚めさせるために無理矢理にこじつけられた感情であったのかもしれない。

 

 全て灰狼たちの脚本通りに突き動かされて、それを自分の高尚な願いであると信じていた愚かしいこと、この上ない道化、それこそが、レイジ・オブ・ダストと名乗っていた空っぽの存在の末路なのである。

 

「俺は……何だ?」

「何者でもないよ、アベル。お前はただ、ターニャ・ズヴィズダーの中にいる俺の妹を目覚めさせるためだけに戦い続けてきた、ただの道化だ。そして、お前と言う存在は俺に殺されることによって完結する。

此処まで頑張ってきてくれたからこそ、お前にはすべての真実を曝け出した。もう十分だろう? お前自身ももはやこの先に希望を見出すことなど出来まい。だから、感謝の気持ちを込めて、俺がお前を終わらせてやる」

 

 灰狼は無警戒に自身の武器である槍を以て、レイジの下へと足を運ぶ。通常のレイジであれば、そんな態度を取っている灰狼に対して噛みつくことも辞さない筈だが、揺れ動く瞳は、自分が次に何をすればいいのかもわからない様子だった。戦意は完全に挫かれた。最早そこにいるのは復讐者ではなく、ただ……、終わりを与えられることを求めているだけの道化に過ぎない。

 

「さらばだ、アベル。そして俺は――――真に聖杯戦争の勝利者となろう」

 

 振り下ろされる刃はどこまでも残酷に、ここまで戦い続けてきた意味を何もかも無へと帰すように振り下ろされる。その断罪の刃がレイジの身体へと触れる直前に、レイジの目の前に式神による妨害が入った。

 

「レイジ、何やっとんじゃ、ボケ!!」

「朔ちゃん……!」

 

 レイジへと迫る刃を妨害したのは朔姫の放った式神、そして同時にレイジの仲間たちがこの場へと現れる。

 

「さすがに時間をかけ過ぎたか」

「ゆっくりと昔話をしていたし、そういうこともあるでしょうね。まぁ、最初から、私のことを警戒もしていたんだろうし」

 

「なんだ、桜華、知っていて、放置をしていたのか?言ってくれても良かったじゃないか」

「ごめんなさい、兄様。ですが、別に構わないでしょう。この場で私達がやるべきことは終わりを迎えた。だって、彼、兄様が手を下さずとも、もう立ち直るなんてこと出来ないでしょうから」

 

 侮蔑の表情で何もできずに灰狼の刃を受けることしかできなかったレイジを、桜華は見下す。傍から見れば、ターニャがレイジを見下している様にしか見えず、その場に現れた仲間たちは困惑の表情を浮かべるが、朔姫とアークはそうなることを分かっていた様子だった。

 

「何、どういうことなの、ターニャ、あんた、どうして、そんなまったく違う色を」

「あいつはもう、ウチらが知っておるターニャやない。ターニャの中に潜んでいたもう一つの人格、それが今、ターニャの身体を使って、ウチらに話しかけてきておるんや」

 

「知っていたのか?」

「そうならなきゃええなとは思っていたわ。やけど、どうすることもできへんかったんも事実や」

 

「彼女を責めてもどうにもならないことだよ、これはある種の運命だったんだ。俺の妹である桜華が目覚めるために彼女は存在していた。目的を果たすために存在していたのだから、これは正しい結末なんだ」

「虫唾が走る良い方だな、テメェにとっては何もかもが全て、自分の目的を果たすための道具かよ」

 

「その通りだよ、アーク・ザ・フルドライブ。いいや、英霊ノア、君の存在を知った時には少しばかり肝を冷やしたが……、何も問題はない。この聖杯戦争はあるべき着地点へと至っていくことだろう」

 

「そうかよ、そこまで自信満々だったら、本当にそうなるのか試してみるか? 今のお前さんは、この場にいる俺ら全員の怒りを買っている。このままタダで済むとは思うなよ?」

 

 朔姫たちは、この場で語られた話のすべてを知っているわけではない。しかし、あのレイジが茫然自失とし、ターニャが変貌している姿を見れば、これまでに彼らが必死に守り続けてきた者を踏みにじる行為をしたことは間違いない。

 

 この場において、灰狼を見逃すという選択肢を取りうることはありえない。レイジとターニャを弄んだ罪はここで清算を果たさなければならないと誰もが意気込み、今すぐにでも戦いが始まろうとする中で―――

 

「今回はあくまでも、彼への礼を尽くすために来ただけさ。この乱戦では君の望む戦いはできないだろう、カシム」

「然り、我が戦いは神聖なるもの、ロイ・エーデルフェルトとの一騎打ちでなければおおよそ許容することはできない」

 

「そういうわけだ、よって、我々はここから退かせてもらうよ、キャスター」

『くっく、いつになったら、声がかかるのかと思っていたわい』

 

 何もないはずの空から声が聞こえると、灰狼、カシム、ターニャ、そしてリゼの身体が光に包まれ、同時に桜子たちの身体が金縛りにあったように動けなくなってしまった。

 

「くっ、これはキャスターの仕業か!」

「ちょい、待てや、いきなり現れて、ウチらにこんな術式までかけるとか、そんな狼藉が許されると思うとるんか!」

 

『そう言ってくれるな、妾とて、即興でお主たち全員を拘束するなどということはさすがに出きんよ、しかし、お主らはここに後から来た者たちじゃ。最初から妾の仕掛けた罠の中に飛び込んだのであれば、動けなくなるのも必定、もとより戦いあっていたものであれば、そもそも、仕込みの時間が違う。よって、お主らが何を今さら対策しようとも、我らが主や同盟者たちには手出しができんよ』

 

「最初から逃げる気満々で控えていたくせに相変わらずデカい態度でいるんだね」

『何を言う、主の願いを叶えるために奮起するサーヴァントであると言ってほしいな』

 

 何を言ったところで、この場から離れる四人を封じるための手立ては持ち得ない。見逃すほかなく、うなだれたレイジを放置したまま、灰狼たちにかまけることができるわけでもない。その最中で、カシムのモノアイがロイを捉える。

 

「ロイ・エーデルフェルト、もはや聖杯戦争の幕は近い。明日―――己と貴様との決着をつけよう。夕暮れ時に王都正門前の荒野にて貴様を待つ。それが―――」

「ああ、お前たちキャスター陣営と我々セイバー陣営との決戦の時だ」

 

 多くの言葉を語る必要はない。所詮、主義や首長で自分たちは戦っているわけではなく、互いに状況が二人の決着のための戦いへと導いた。

 

 一人は最強である己を証明するために、一人はその挑戦を受け止める者として……

 

「八代朔姫、長かったこの聖杯戦争にもようやく終幕の時が訪れる。君と遠坂桜子は侵略王自らが打倒を願っている。逃げたければ好きに逃げるといい。どこであろうとも見つけて、君たちは排除させてもらおう」

 

「アホか、誰が逃げるか、スラムの時みたいに叩き潰したるから、気張ってこいや!」

「私も貴方たちを絶対に許さない。七星の魔術師として、あなたたちの身勝手な夢をかなえさせたりはしないわ!」

 

 ここまでレイジのこともターニャのことも聞かされ、項垂れるレイジと言葉を失ってしまったリゼの姿を見せられ、桜子はどうしても灰狼たちを許しておくことはできないと思ってしまう。

 

「ふふっ、その時には是非とも、貴女と剣技を交えたいものね、桜子。宗家の後継者であった散華を破った貴女はきっと、私が戦うに相応しい相手であるはずよ」

 

 遠坂桜子の底知れぬポテンシャルに対して、七星桜華は自身の力を振るうに値する相手であると認定する。同じ七星の女剣士として、譲ることのできない思いがあるのだろう。現代においても、七星桜華は最高峰の七星であると証明するためには桜子を斬ることがもっとも手っ取り早いと考えているのだ。

 

 少なくない時間での因縁の交わり、それはこの聖杯戦争の最後の戦いを予感させるには十分な意味があった。こと、この局面になれば、誰もが感じずにはいられない。いよいよ、セレニウム・シルバから続いてきたこの聖杯戦争が終わりへと近づいてきていることを自覚させられるのであった。

 

 キャスターの力によって、光が明滅し、リゼを含めたマスターたちの姿が一斉にこの場から消え去った。あとに残ったのは怒りと無力感を抱くほかない桜子たちだけだった。

 

「くっ……やりきれないな」

「あれ……、レイジ君は……?」

 

 しかし、一つだけ桜子たちにとっても想定外の出来事が起こった。光が消失すると同時に項垂れていたはずのレイジがその場から姿を消してしまっていたのだ。どこに向かったともわからない闇の中へと、彼は姿を消してしまっていたのだった。

 

・・・

 

 ルプス・コローナの王宮、そこに転移を果たした灰狼たち四人ではあったが、ただ一人リゼだけはほかの三人とは明らかに空気が違い、転移を果たし、戻った矢先に、灰狼に対して、リゼは平手で彼の頬を叩きつけ、灰狼はそれを無言で受け止めた。

 

「………気は済んだかね?」

「はぁ……はぁ……いつから、いつから知っていたの!?」

 

「彼らが王都に入ったころからかな。君が彼に目を掛けているのがどうにも理由が見えなくてね、少しばかり探らせてもらった」

 

「じゃあ、ヨハン君が彼に執着しているのも知っていて!」

「決着をつけることがヨハンの望みだった。だから、叶えさせただけだよ」

 

 灰狼はまるでヨハンの願いを叶えてあげたとでも言いたげな反応でリゼの怒りに塗れた声に対して受け流すように答える。リゼが困惑と動揺から怒りの声を上げる程度のことは彼にも分かっていた。平手打ちを受けたのも、その程度で済めば安いものであると思っているからに過ぎない。

 

「リーゼリット女王、ご苦労だった、聖杯戦争は間もなく終わる、もはや貴方の役割は終わりを迎えた。彼らを全て倒した暁には、ランサーを退場させてもらえれば、もはや貴女が戦場に出る必要はない。後は総て、私が遅滞なく進めましょう」

「そんな勝手なことを許すと思って――――」

 

「許さないというのであればどうするのですか? 何も為してこなかったあなたに今更何ができるというのですか?」

 

 告げた言葉にやはり何かをすることは出来ず、立ち尽くすリゼの横を灰狼たちは通り過ぎていく。彼らにとってもはやリゼが果たすべき役割は終わりを迎えてしまった。怒りの声を上げるだけの彼女になど最早用はない。これより先は願いを叶えたいと望む者たちの戦場なのだから。

 

 横切っていく灰狼たちを尻目に、リゼは俯き、拳を握りしめながら、

 

「ヨハン君……、私は……どうすればいいの?」

 

 その問いに答えてくれる相手はいないことを分かったうえで、弱音が口から零れてしまう。それを止めることは出来なかった。

 

・・・

 

 気が付けば、仲間たちの前から姿を消していた。何かの思惑があったわけではなく衝動的に、ここにいるべきではないと思えてしまって、勝手に身体が反応してしまった。

 

 王都の中は、静かにされど、間違いなく人々の活気によって満たされている。誰も彼もが自分たちの人生を謳歌している。誰も自分が自分ではないことを疑っていることなどありえない。それは最低限の、いいや、当たり前の事実であると考えているからだ。

 

「俺は―――――誰だ?」

 

 村を焼かれ、復讐心のまま戦い続けてきた。けれど、それは自分ではない、何処かの誰かの記憶だった。自分自身である存在の記憶も感情も自分の中から抜け落ちている。

 

 だとしたら、この自分は誰なのか、生かされているだけの抜け殻、クズ星のようなどうしようもなく生きている価値すら存在しない、憐れな道化でしかないのだろうか。

 

「俺は――――何のために生きている……?」

 

 その答えを与えてくれる者は誰もいない。星空の下、己を屑星であると断じられた少年は、その先の未来を見据えることもできないまま、自分を支える総てを壊されて、1人、行くあてもない道を放浪していくことしかできなかった。

 

第19話「Active Pain」――――了

 

 ――涙なんて似合わないだろう、鏡に映る本当の何も為せないままの僕に終止符を打った

 

次回―――第20話「Slash」

 




そして、ここからいよいよ終盤戦、レイジとリゼはそれぞれ何処に進んでいくのか。
次回は4日後の9月1日更新になります!

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第20話「slash」①

――王都ルプス・コローナ・王宮――

「さて、402号、君を連れてきた理由はもう分かっているな?」

 

「分かっている。アイツを殺せというんだろう……? 下衆なお前たちの考えそうなことだ。アイツと俺を潰しあわせることすらもお前たちにとっては娯楽に過ぎないんだろ」

 

「娯楽……? 勘違いされては困るな、これは単純な処分だ。お前のような失敗作で楽しみを見出すほど、私は俗な感性はしていないよ」

「っっ……!!」

 

 星家当主、灰狼にあてがわれた王宮の一室、そこに灰狼と彼の妹である桜華の人格を表出したターニャ、そしてターニャにとって本当の意味での幼馴染とも言えた相手である実験体402号がその場にいた。

 

 402号が自由にこの部屋に入ってきたわけではなく、灰狼によって無理矢理に連れてこられたのは確認するまでもない。

 

 実験体402号、レイジ・オブ・ダストと名乗っている少年が持ち得ている記憶の本来の持ち主、あの日に、虐殺の炎の中で偶然助かり、ターニャのついでとしてヴィンセントによって回収されてきた少年であった。

 

 残念ながら、彼にはこの聖杯戦争の中で立ち回るだけの実力を得ることは出来なかった。人造七星としても平均よりは上の出力を出すことはできるが、それは相手が彼にとって憎悪すべきレイジであったからにほかならず、彼には灰狼のために尽くして戦うだけの理由がない。

 

 戦う理由もなく才覚もないとなれば、灰狼からすれば本来、生かしておくような道理も何処にも存在していない話になるのだが、気紛れに生かしておいた彼が、最後の最後でレイジを葬るための手駒として使えるのだから、人生とは本当に何の選択がどのように巡り巡って来るのかわからないものであると灰狼は思ったのであった。

 

「そう憎悪だけを向けてくれるな。聖杯戦争もいよいよ終わりが近い。ここまで私に付き合ってくれた君にも少しは報酬を与えるべきだろうと思っている。どうだね、レイジ・オブ・ダスト、君にとっては偽物ともいえるあの少年を殺すことが出来れば、君が誰よりも欲していたターニャ・ズヴィズダーの解放を約束しよう」

「また出まかせを……!」

 

「心外だな、確かに彼女の身体は我が妹である桜華に与えたが、精神までもを束縛しておくつもりはない。君の精神を彼に転写したように彼女の精神を転写することができる存在さえいれば、彼女を取り戻すことができるだろう。その後は好きに生きればいい。私も、私の配下たちも、君たちには一切手を出さないことを約束しよう」

 

「ええ、肉体の持ち主である私も約束しましょう。苦難に耐えぬいてきた貴方にはそれを手にするだけの権利があります。彼女もあなたと一緒に暮らすことができるのならば本望でしょう」

 

 横で話を聞いていた桜華も灰狼の言葉に同調する。既に肉体を得て、表層人格にまで進出することが出来た桜華にとって、元々のターニャの人格は必要ないものでしかない。

 

 それをくれてやることに彼女は欠片の躊躇も見せていない。もはや、ターニャの身体を自由にする力は、本来の彼女には全くないことがうかがいしれてしまう。

 

 402号からすれば、悪いのは彼らだ、何があろうとも間違っているし、この憎悪は間違いでは決してない。復讐心を抱くことだって当然の権利であると思っている。

 

 けれど、現実的には復讐など出来るはずもない。自分が立ち向かった所で敗北するのは目に見えている。自分が彼らに生贄として選ばれなかったことが逆説的に自分が如何にこの聖杯戦争という物語の中で主役の舞台に上がることもできない存在であるのかを証明してしまっている。

 

「お前たちが何を企んでいようとも、アイツは殺す。アイツは俺からターニャを奪った、許せるはずがない……、だが、さっきの言葉、忘れるなよ」

「ああ、約束は守るよ。だから、命を懸けて、レイジ・オブ・ダストを葬りたまえ」

 

 それを聞くと、402号はそれ以上、灰狼と同じ場所の空気を吸いたくないとばかりに、部屋を出ていってしまう。その様子に灰狼は酷薄な笑みを零す。

 

「酷い人ね、兄様。彼が本気でレイジ・オブ・ダストと戦ったとしても生き残ることができる可能性なんて万に一つもないのに」

 

「さて、それはわからないぞ、妹よ。何せ、今の彼は自分の出自を知らされて、失意の底に堕ちているはずだ。402号はそんなことなど関係なく、純粋な殺意をぶつけてくるだろう。心が弱り、耐えきれなくなった彼であれば、万が一が引き起こされる可能性は十分にあるとも、最初から結果が決まりきった戦いなど面白くはないだろう? やるのならば、どちらに転ぶのかわからない戦いをしないとね、そういうわけだ、頼めるね、ジェルメ」

 

「仕方がありませんね、あの子供の面倒を見ろと命令されています。最後まで付き合いましょう。私としては王と貴方の戦いに同行したかったのですが……」

「そちらは君の弟に任せてくれればいい。今回はこれまでのような引き伸ばしをする気はない。八代朔姫と遠坂桜子は必ず、排除して見せるとも」

 

「では、兄様、私もジェルメと共に、彼の顛末を見届けても構いませんか?」

「おや、桜華、お前は遠坂桜子との戦いを望んでいたんじゃないのか?」

 

「ええ、それは確かにそうですが……、見届けてあげることが優しさでもあるでしょう。少なくとも、私がこうして兄様と言葉を交わしあうことができるようになったのは彼らのお陰でもあります。であれば、どんな結末になろうとも、それを見届けてあげることが私から、彼らへの、そして彼女へのケジメになると思うのです」

 

「ふむ……それでは仕方がないか。お前のパートナーの事もあるしな」

「ああ、気付いていましたか」

 

「善神には善神の考えがあるのだろう。そして俺には俺の考え方がある。そちらの決着は桜華、君に任せよう」

 

「兄様こそ、遠坂桜子は生かしておいてくださいね。彼女は私が倒すのですから」

「善処はするとも、だが、我らが王が暴れてしまえば確約はできないよ」

 

「ええ、それは十分に理解しています。一度スイッチが入ると我らが王は止まりませんからね」

 

 くすくすと桜華は笑みを零す。彼女にとってはほんの少し前の出来事のように、あの駆け抜けた日々が思い出される。あの日々をもう一度得ることができるのであれば、悪魔に魂を売り渡すことも辞さない。元より、七星桜華は自分を甦らせてくれた兄である灰狼に最後まで付き合うことを決めている。善でもなく悪でもなく、それこそが自分の生きる道であることを彼女はよく理解している。

 

「では、兄様、私も動きましょう」

「ああ、互いに吉報を期待しよう。ジュルメ、桜華を頼むぞ」

「まったく人使いが荒いことで」

 

 402号だけではなくこちらの面倒もかとジュルメは愚痴を零すが、灰狼の指示を守らないつもりはない。四駿も自分と弟であるスブタイだけを残すのみとなった。灰狼の命令を遂行することが王を勝利へと導くことに繋がるのであれば、そこに対して疑問を挟む余地は全くない。然るべき最後の決戦に備えて、灰狼サイドは動き始めた。無論、対する者たちも動き始める。間違いなく今日という日で聖杯戦争の趨勢は決定的に動くであろうことは間違いないのだから。

 

――王都ルプス・コローナ――

「レイジの奴の向かった先やけど、おそらくスラムやな。王都の中を踏査したけど、中から出た気配はあらへん、ウチらの所に戻らないとなってくるとおそらくは……ってところか」

 

「本当はこの王都の中を全て確認することが出来ればいいんだけど、下手なことをすると、あっちのキャスターに姫の術式を読まれて、逆探知されかねないかなって」

 

「でも、スラムは決して何の根拠もないって話しでもないかもしれないね。だって、レイジ君の本当の故郷はあのスラムだったわけでしょ? 色々と茫然自失してしまったレイジ君が向かうとしてもおかしくはないと思う……うん、レイジ君、スラムの時も子供たちにとても面倒が良かったし」

 

「そうだったね、もしかしたら、無意識に昔の自分を思い出していたのかもしれない。それがレイジ自身の記憶にはない自分だったとしても」

 

 灰狼とカシム、そして彼らと合流をしたターニャこと桜華がレイジの出自を暴露してから半日が経過した。もうしばらくすれば、キャスター陣営が指定をした王都正門におけるセイバー陣営との決戦の時間になる。キャスター陣営が決闘を持ち込んできた以上、そこに余計な茶々が入るはずもなく、セイバー陣営、そして戴冠式から因縁浅からぬルシアはキャスター陣営との決戦に向けての準備をしていた。

 

 しかし、その一方でもう一つ気にかけなければならないことがある。それは自分の出自を暴露されたことによって、突如として姿を消してしまったレイジの捜索である。

 

「にしても、辛いよね……今までずっと自分が復讐のために生きていると聞かされていたのに、その記憶が全く違う他人のモノで、自分の行動が全部都合よく使われていた、なんてさ」

 

「私は……レイジ君がターニャちゃんを守ろうとした気持ちは本物だったと思うし、間違ってもいないと思う。それを利用した相手が悪いのは間違いないし、絶対に許しちゃいけないと思う。

同じ七星の血族として、あの人たちの目的を叶えさせることだけは絶対に阻止しなくちゃいけない。あんな人たちの支配する世界が良いものであるはずがないから……!」

 

「せやな、そうやからこそ、ウチらにレイジを探しまわっとる暇はない。今のウチらはキャスターとライダー、あの連中を倒すことが第一優先や。それこそが、問題の解決に繋がる。むしろ、連中かて、ウチらがあのガキを探しに来るだろうことくらいわかっとるはずや。桜子、分かっとるとおもうが、レイジの為に動くってことはせぇへん。あいつだって、そんなことをされたくないと思っとるやろ」

 

「朔ちゃん……」

「ロイやルシアはキャスターどもを、ウチらはライダーを。星灰狼が茶番を終わりにするって言うた以上は今まで見たいにゆっくりと一つ一つ陣営を潰しておくことができる暇なんてないわ。こっちかて本気で命を懸けて戦わないかん」

 

 朔姫の言うことは正しい。そういつだって彼女の言うことは正しい。どれだけの状況であったとしても、正しいことを正しいこととして提案できる。神祇省の姫として彼女には人の上に立つ器量がある。しかし、同時に、歯がゆい思いを抱かせることにもつながるのは間違いない。

 

「よし、分かった。なら、レイジのことは俺に任せろ。さっさと連れ戻して来るぜ」

 

 レイジを皆で助けにはいかない。その方針が決まろうとする間際でその方針に異を唱える声があった。アーク・ザ・フルドライブ、英霊ノアである。アークの言葉に朔姫は眉をひそめて睨みつける。

 

「あのなぁ、話し聞いておったか? お前はお前でやるべきことが――――」

 

「構わねぇよ、目的は果たす。レイジも助ける。それができなきゃ、世界に召喚されたなんてデカい面はできねぇだろ。迷惑をかけるつもりはねぇさ。レイジの首根っこを掴んで、すぐにでもお前らの所に戻って来るよ。今までに俺が約束を守ってこなかったことなんてないだろ?」

 

 アークは当然のことのように言い切り、朔姫と視線を重ねる。しばし、睨みあいのような時間が生み出され、周りがその結論を見守っていると先に根を上げたのは朔姫の方だった。

 

「お前は本当にずっとウチの思い通りにさせてくれんな」

「悪いな、困っている奴がいれば手を伸ばす。それが俺の生き方であり信条だ。それで人間の数倍以上の時間を生きてきた。今更、目先の利益や目的のために変えられるような生き方はしてねぇよ」

 

「好きにせぇ、どうとでもしてやるわ」

「応……!」

 

 ヤケクソ気味に言い放った朔姫にアークは力強く応える。彼ならばやってくれるという安心感はある。此処までに至る戦いの中で、アークは何度も何度も仲間の危機を救ってきた。グランドサーヴァントとしての安心感も勿論あるが、それ以上に彼自身が纏う気配は決してその名前に負けているわけではないことをしっかりと明示している。

 

 アーク・ザ・フルドライブであれば、迷えるレイジにも光明を導いてくれるだろうと朔姫はそう結論付けたのだ。

 

「ほんとにいいの、朔ちゃん?」

 

「………ああ、構へん、たぶん、あいつ自身も分かっておるはずや。ここが正念場やってことは。せやったら、今更ウチにできることがあるわけもない。ウチにはウチのやらなあかんことがある。ここまでウチらはそのために来たはずや、そうやないか、桜子」

「……うん、それはそう。朔ちゃんはそれでいい。朔ちゃんは間違っていないよ」

 

 方針として、アークを伴って桜子、朔姫でレイジの下に向かう方針も取りえた。むしろ、桜子は、朔姫が選ぶのはそちらであると思っていた。何せ、レイジをあえて放置しているのは罠のため。ならば、ライダー陣営とセイバー陣営が同時に動き出す可能性は十分にあり、ロイが動けない以上、それを迎え撃つのは自分たちしかいないことは分かっている。

 

 戦力を分散するべきか、ひとつに纏めるべきか、朔姫が選んだのは前者だった。もしものことが起きた時にはレイジとアークを見捨ててでも、自分の目的を遂げる、それを朔姫が決断したと言い換えてもいい。それを非道と見るか、彼女自身の決断として見るかは人それぞれの考え方があるだろうが、桜子は決して批判するようなことはしなかった。その意味を理解しているからこそ。

 

「アーク……」

「おう、ルシア、お前も気張れよ。いくら指輪の力で不死身だからって、キャスターはそう簡単に勝てる相手じゃ―――」

 

「絶対に、レイジを連れて、戻ってきなさいよ。絶対、だからね」

 

 ポスンとアークの大きな胸板に拳をつけて、ルシアは言い聞かせるようにそう告げた。彼女らしくもない態度ではあるが、アークは目を伏せて、ニカリと笑い、応と答える。

 

 いつもと何ら変わりのない態度、勿論、彼も彼女も、互いにそこを見誤っているわけではない。アーク・ザ・フルドライブと言う存在が失敗をするわけがないと。

 

(らしくもない。だけど、どうしてか、口にしたくなっちゃった。もしかしたら、もう互いに会うことがないような気がして……)

 

 アークの言う通り、キャスターとの戦いは間違いなく激戦だ。命を懸けての戦いとなることは言うまでもない。もしかしたらの可能性はあるし、アークとてレイジを探すために単独行動になるのであれば何が起こっても不思議ではない。互いにそうした状況の中で動く以上、決してその杞憂はまったく根拠のないものであるとは言えないだろう。

 

 必ず戻ってくる、その気持ちを確かにして、アークはレイジを探すために仲間たちの下を後にする。そこに断固たる決意があったことは今更言うまでもないことである。

 

――王都ルプス・コローナ・王宮内――

「ヨハン君……、君は、きっと最初から全部分かっていたんだね。分かったうえで、私をレイジ君から引き離そうとしていたんだね」

 

 王宮へと戻った、ううん、連れ戻された私は部屋に飾られたヨハン君と一緒に撮った写真を見ながら、誰に聞かせるまでもない言葉を零した。何もかもが手遅れだった、

 

 いつも大事なことには間に合わない自分の事を揶揄していたけれど、私は本当に最初の最初から間に合っていなかったらしい。レイジ・オブ・ダスト、レイジ君の肉体があの日に私が出会った少年だったこと、そして、私と出会ったことによって、彼が実質的に命を奪われたに等しいこと、もはや彼が生きているという痕跡は何もかも失われてしまったこと……その総てが私の胸に刃物を突き付けられたように痛みを与えてくる。

 

「恨まれても……仕方がないなんて、状態じゃない。命を奪われたって言われても言い訳のしようもない。私は君の命を奪ったに等しいんだから」

 

 私が再会することができるかもしれないと胸を膨らませていた頃に君はもう既にこの国のどこにもいなかった。実験動物のように扱われて、何の罪も犯していないのに、身体を切り刻まれて、都合のいい道具として扱われて、私はその弔いをすることもなく、ヨハン君を自分の騎士にすることで、自分の中の気持ちに勝手に見切りを付けていた。

 

 なんて欺瞞……なんて酷い女なんだろう。私は君に命を救われたのに、君の命の危機に何の助けにもなれなかった。戻ってきた君のことに気付いてあげることもできなかった。

 

「ううん、違う……気づきたくなかったんだ。君が彼と一緒だなんて思いたくなかった」

 

 スラムの中で、王族を憎むだけでは世界を変えられない。私の力を借りたいと口にした彼が、安易な復讐に身を包んでいる、そんなはずがないと勝手に彼のことを理想の主人公のようにどこかで見ていた。彼が何をしたかったのかも理解しようとせずに、自分の中の彼の虚像をずっと追い続けていたから、私はそのギャップを埋めることが出来なかった。

 

 ヨハン君はその点、最初から気づいていたんだと思う。だって、彼にとってはレイジ君は絶対に忘れられない相手だったはずだから。私が彼のことをずっと追い続けていることを知っていて、それでも隣に居続けてくれたヨハン君からすれば、レイジ君の存在は私の環境を変えかねない存在であると映っただろう。

 

「もしも、最初に出会った時にちゃんと分かってあげることが出来たら、ヨハン君と君が争わずに三人で手を取り合うことが出来たらなんて、今更思うこと自体が都合がいいよね……、どうしようもない、私はいつもそればっかり」

 

 決意だけは一人前、でも、実際には何もできていない。それを何度も何度も続けてきて、そのたびに心を揺れ動かしているだけの役立たず、それが私と言う存在ではないか。

 

 今だってそう、じゃあ、自分に何ができるのか、選ぶべき選択肢はそう多くないけれど、それを選べるのかどうかは別問題だ。

 

「私は……レイジ君を助けたい。彼の力に今度こそなりたい。でも、レイジ君はヨハン君の命を奪った。それも本当のことで……」

 

 私はきっと心の中でヨハン君を彼の代わりのように思っていた。それは嘘ではないし、ヨハン君も分かっていた。でも、その日々の中で彼のことを大切に思っていたことも事実なんだ。総ての真実が明らかになってもこれまでの総てがなかったことになるわけではない。私が何をしたとしても、ヨハン君は帰ってくるわけではない。

 

『俺は、俺のやりたいようにやった。だから、リゼ……、恨むな。これからの君には、アイツが……必要、だ……』

 

 その時、脳裏にヨハン君が最後に口にした言葉が思い出される。感情の荒波の中で、どうしようもなかった私には処理しきれなかったあの言葉、ヨハン君の言葉を無視してでも、自分の感情を優先してでもなお脳裏に残っていた言葉……、

 

「そう、か……ヨハン君、君は、最後の最後まで私の味方でいてくれようとしたんだね」

 

 どうしてヨハン君があの瞬間にあんな言葉を口にしたのか、やっと、理解することが出来た。ヨハン君、君はこうなることが分かっていたんだね。

 

 私とレイジ君が戦えば、必ず私が一歩を踏み出せなくなると分かっていて、それでも、私の先に進むための道を残しておいてくれたんだね。都合のいい考えかもしれない、私がヨハン君を美化しているだけかもしれない。いなくなってしまった人の気持ちを本当の意味で推し量るなんてことは、きっと誰にもできないことだから。

 

 でも、そう思いたい。そうだと信じたい。

 

「馬鹿だよ、君は……、私なんて、そこまでされるような価値のある女じゃないのに……」

 

 自然と涙がこぼれ出す。どうしようもなく心は揺さぶられていて、でも、微塵も迷いは無くなっていた。だって、ここまでお膳立てされてしまったら、もう逃げる場所なんてどこにもない。

 

 ねぇ、ヨハン君、君は本当は望んでいないかもしれないけれど、生きていたら、絶対に止めるかもしれないけれど、それでも、私は私であることを貫くよ。

 

 あの日、君たち二人と初めて出会った日に抱いた熱が、今でもまだ、私の心の中で燻っている。どれだけの年月が経っても、現実の厳しさに何度も何度も押し潰されても、それでも、まだ消えることなく残り続けている、思いのたけを今度こそ私は目を逸らさずに行こうと思う。

 

「ありがとう……ヨハン君、誰の代わりにもなれない私の騎士、私は君のいない世界で生きていく」

 

 自分の中で未だに淀んでいた気持ちを振り払うように私はヨハン君と撮影した写真を置いてそう宣言する。忘れるわけじゃない、心の中に刻んでいく。ヨハン君と言う騎士が存在したことを。ヨハン君がいたからこそ、私は今、こうして決断することが出来たのだと。

 

「ランサー」

「ここに」

 

「私は貴方を聖杯戦争に勝たせることができないって最初に伝えた」

「ええ、それがマスターの望みであるのならば騎士として私は、その命令に従うだけです」

 

「うん、ごめん、その命令、破棄してもいいかな?」

 

「………私は騎士です。あくまでもマスターの命令を尊重します。騎士として、主には忠誠を尽くすもの。主が間違っているとしても、主が己の願いと異なる方向に進もうとしていても、騎士として命を主に託すのが忠実なる騎士としての役割です。私はそれを違えるつもりはありません。

 ですが……、その言葉を待っておりました。一つ悔やむことがあるとすれば、貴方にとっての最良の騎士が、私ではなかったことくらいか」

 

 その立場をヨハンに譲ってしまったことを悔やむが、それでもランサーはリゼの結論に異論を挟まない。良くも悪くも主の願いを叶えることこそがこの白亜の騎士のスタンスであるのだから。

 

 それに戦うからには勝利を求める、それはサーヴァントとして当たり前の心情だ。それを果たすことができるのであれば、拒否をする理由など生まれようはずもない。

 

「うん、じゃあ、一つだけ、ランサーにお願いがあるんだ」

 

 そう口にして、リゼはこれまでよりも穏やかで、少しだけ晴れ晴れとした表情を浮かべていた。やっと、自分の進むべき道を見定めることが出来たと自分自身で納得することが出来たのである。

 

――王都ルプス・コローナ・スラム街――

 彷徨う、あてもなく彷徨う、自分が何処に向かっているのかすらも不明なまま、気付けばここに来ていた。帰巣本能というものが存在しているのかなど分からないが、どうにもレイジ・オブ・ダストと呼ばれている少年が辿り着いたのはこの場所であったらしい。

 

「ここが……俺の故郷」

 

 自分の口で言葉を漏らしながらも全くその実感が湧かなかった。まるで、他人の出来事を語っているかのような空虚さ、本当に自分の口から洩れているのかすらも怪しいほどだった。

 

 自分自身に対してのどこか信じることができないような違和感めいたものを覚えることは幾度となくあった。そのたびにその疑念を振り払って、振りかえることなく進み続けてきた。

 

 けれど、突きつけられた現実を前にして、自分が縁としていた自体の総てが他人の記憶であるという事実が露呈してしまった。悲しいほどに、虚しいほどに総てを曝け出された上でのレイジは空虚な存在だった。

 

 スラムが自分の故郷であると言われても、全くその時の光景が浮かび上がってはこない。他人の記憶で上塗りされてしまったこの身体が本来持ち得ている記憶を思い出そうとしても何も出てこない。

 

 あくまでも脳裏に浮かんでいるのは、その他人の記憶とここまで戦い続けて来ただけの記憶だ。その戦い続けてきた記憶ですらも、何のために……という思いだった。七星を滅ぼす、それほどの激情を抱えていながらも、真実は、この身体の持ち主も七星であったという笑えない事実、何度か、自分の身体の中から湧きあがってくる力とは何のことはない。この身体の本来の持ち主が仕えた七星の魔術回路が暴走するように一気に力を放出していたに過ぎないのだ。

 

 あの自分の中で働きかけてきていたのは元の身体の人格なのだろうか。力が欲しいのかと自分に問いかけ、そして結果的に七星の魔力回路が十全に機能したことを考えれば言うまでもなく、意味するところはその力の底上げだったのだろう。

 

(ヴィンセントの時は、この身体の持ち主もあいつに恨みを抱いていた。灰狼も同じだろう。けど、なんであいつの、ヨハンの時は力を貸してくれた……?)

 

 分からない、リゼとヨハン、そしてこの肉体の持ち主の関係がレイジには分からない。402号の記憶を転写されたが故に、この身体の持ち主がどのような人生を送ったのかをレイジは知らない。

 

 であれば、リゼの下にと一度は考えたが、すぐにその思考は捨てた。今更、どの面を下げて会うことができるというのか。自分は彼女にとって大切な人間を殺したのだから。

 

 スラムの周囲を見渡す、突然やってきたレイジを揶揄する声がところどころから聞こえる。余所者がどうしてここにとでも言っているのだろう。彼らにとっては、レイジはあくまでも異邦人だ。

 

『ここに戻ってくれば何かを思い出すかもしれんと思っていたが、無理か……』

『その程度で思い出すのなら、以前に此処に来た時で思い出していたでしょ。ある意味で、自分を知っている誰かを探し求めてここに来たのかもしれないけどね』

 

 レイジの傍には霊体化したアヴェンジャーがいる。しかし、彼らが何かの力になることができるのかと言われればNOだ。この問題はレイジの精神性に根付いた問題だ。彼らがどんな言葉を投げかけたとしてもレイジに届かなければ意味がない。

 

 あまりにも境遇が特殊すぎる。ここまで鋼の精神で聖杯戦争に立ち向かってきたレイジだが、その鋼の精神こそがレイジを苦しめる温床であった。足場から崩されてしまってはどれだけ屈強な兵士であったとしても、乗り越えることはできない。それを今、レイジは実感させられている。

 

(僕の宝具を使えば、レイジの本来の人格を呼び起こすことも可能だろう。肉体にこびりついた残り滓であったとしても、そこからの再現は可能だ。ただ、それをすることが彼にとっての救いなのかは全くの別なんだよね)

 

 今のレイジは操りやすい道化として扱われていたとはいえ、七星を全て倒すという目的の下に動いていた。肉体の持ち主の記憶を戻した時にその闘う理由すらも忘れてしまったとなれば……、もはや本当の意味で聖杯戦争のマスターとしては致命的である。実質的な脱落と言っていいだろう。

 

 それが幸せであるという者もいるかもしれない。こんな地獄のような世界にいるよりも、何もできない只の人間でも、平穏な世界の中で生きる方が幸福であると。

 

「ユダよ、分かっているだろうが、決めるのは主だ」

『分かっているよ、そんなことはしないさ』

 

 ティムールにくぎを刺されたことで、改めてユダは強硬手段を取らないことを口にする。もっとも、レイジに選択を委ねることは結果的にレイジを苦しめることにも繋がる。自由とはその自由を受け入れることのできる土壌を持ち合わせている人間だけが謳歌することのできる権利である。それをレイジが行使できるのかは疑問の別れるところではある。

 

 誰かが現状に手を差し伸べなければならない。それは言うまでもなく誰もが理解をしていることであり、しかし、都合よく手を差し伸べることができるモノがいるはずもない。

 

 そんな折である。

 

「よぉ、捜したぜ、レイジ。勝手に家出をするとは、お前もつくづく悪ガキだな」

「お前……アーク」

 

「応よ、どうだ、少しは頭が冷えたか? なら、さっさとアイツらの所に戻ろう。どいつもこいつもお前のことを心配していたぜ」

 

 あっけらかんとスラムの中を放浪するレイジに声を掛けたのはアークであった。何故彼が自分の居場所を……とレイジは思ったが、すぐに朔姫の式神で後を付けられていたのだと確信を持てた。

 

 おせっかいな連中であることはレイジもよく理解している。衝動的にあの場を逃げ出したレイジの身を案じたのだろう。アークが迎えに来ただけでそれを理解できるほどには、レイジも彼らとの関係が長続きしていた証拠であろう。

 

「何をしに来た?」

「お前を連れ戻しに」

 

「俺は戻らない」

「どうしてだ?」

 

「俺は……お前らの知っている俺じゃない。何もかもが偽りだったんだ。戦う理由も目的も、何もかもが都合よく生み出されただけだ。本当は自分なんてものは何も持っていない。最初から生み出せるわけがなかったんだ。俺には道標とする過去なんてなかったんだから! そんな奴と一緒にいてどうなる? 俺はもう戦えない。戦う理由がない。知らない誰かの記憶に縋って生きていくなんてことは……できない」

 

 レイジには珍しい弱音であると言えよう。常に自分の中のネガティブな感情に蓋をして戦ってきた彼から聞くとは思えない言葉ではあるが、それだけ彼の心が打ち砕かれたという見方もできる。

 

 彼のアイデンティティは良くも悪くも復讐だった。あの日の光景を忘れることができないからこそ闘う事が出来る。どれほどの困難であっても諦めることだけは出来ないと、何度も何度も声を荒げて、そして立ち向かってきたのも全てはその想いがあればこそだった。

 

 しかし、その想いこそが何よりも虚しい他人の記憶であったなどと言われて、どうして立ち上がることが出来ようか。何もかもが虚飾、本当の自分なんてものは何処にも存在しない。総てが偽りで、自分の本当の名前さえも知りえないというのに。

 

「俺の知っているお前は、少なくともどこの誰でもない、レイジ・オブ・ダストそのものだよ」

「そんなやつはいない」

 

「いいや、いるね。セレニウム・シルバで確かに俺は出会った。七星を許せないと声を上げて、非道に立ち向かう覚悟を決めて、いつだって一番槍で戦い続けた奴のことを知っている。俺の半分程度の体躯でありながら、猛獣のように抑えが利かないじゃじゃ馬だ。

 そのくせ、道理ってのは弁えている。俺達はどいつもこいつもが別の目的を持って聖杯戦争に参戦した身だが、お前がいてくれたから、一つにまとまることが出来た。お前の復讐に手を貸すという理由が、いつからか俺達の共通の目的になっていた」

 

「だから、その理由が嘘だったんだよ、ありもしない物語だったんだよ! そんな過去は存在しな――――」

「知らねぇよ、過去なんてもんは!!」

 

 レイジの反論を封殺するようにアークが声を上げ、顔を上げたレイジとアークの視線が重なり合う。それはまるで大人が聞き分けのない子供を諭すような様子だった。

 

「俺が知っているお前は、この国で出会ってからのお前だ。記憶が他人のモノであっても、戦う理由が作られたものであっても、それでもお前はお前だったはずだ。それに戦う理由がない? お前、自分が好き勝手にいじくられて、利用されて腹が立たないのか? 許せないと思わないのか?」

 

「それは、だけど……」

「なら、それはお前の十分に闘う理由だ。正当性なんてものを求めるな、腹の中の怒りに身を任せちまえ。それでもどうにもならなきゃその時は大人が何とかしてやる。過去なんてものがないのなら、今、この瞬間から始めればいいじゃねぇか。

 お前はレイジ・オブ・ダスト―――砕かれようと燃え続ける怒りのままにってな」

 

 過去は確かに存在しないのかもしれない。けれど、今ここにレイジはいる。そして、歩き続けた先にどんな形であれ未来は待っている。であれば、絶望するにはまだ早い。何もかもが終焉に向かっているとしても抗うための術は用意されているのだから。

 

「戦え、レイジ――――誰のためでもない、お前の為に。お前が奪われ続けてきたこれまでに反逆するために、未来を掴むために。お前のこれまでがクソったれだったとしても、その先に幸福を掴めばいい。地獄の先に花を咲かせるってお前はずっと言い続けたじゃないか」

「―――――」

 

 アークの言葉は何故かすとんとレイジの胸の中に納まった。これまでからっぽでピースを埋めることが出来なかったパズルにパチンと埋め合わせが出来たような感覚、それを認識して、レイジは少しだけ笑った。

 

「ああ、そうだったな。そういえば、俺は、ずっと言い続けて来たな」

 

 その言葉が何処の誰の言葉なのかはわからない。気付けば口走っていた。転写された402の記憶の中には存在しない。であれば、誰の……? わからない、わからないが、もうどうでもよかった。過去は過去、レイジとて仲間たちの過去の総てを知っているわけではない。

 

 それでも、今を戦う事が出来ている。であれば、まずはそれでいいではないかというアークの言葉にようやくレイジはほんの少しだけであれども、光明を見出すことが出来た。

 

「俺は……あいつらを、星灰狼とカシム・ナジェムを殺す。あいつらが総ての元凶だ、今の俺を形作った。あいつらを滅ぼさなければもっと多くの人が苦しむ。世界のため何て言うつもりはないが……俺は、あいつらに報いを与えなくちゃいけない」

「なら、やるべきことは一つだな。戻ろうぜ、アイツらが待っている」

 

 朔姫たちの下へ、そして皆で灰狼の野望に終止符を打とう。そう告げるアークに対してレイジは頷き―――――、

 

「あら、そんなことはさせないわよ。だって、あなたたちはここで、消滅するんだから」

 

 その僅かに灯った光明を霧散させるために約束された復讐者が、ここに到来を果たした。

 

「ター、ニャ……」

「何度も言っているでしょう。今の私は七星桜華、でも、君の相手は私じゃないわ。私はあくまでも彼が願いを叶えるところを見届けに来たの」

 

 風雲急を告げるように姿を現したターニャの横に立っているのは、憎悪の視線でレイジを睨んでいる実験体402号だった。その憎悪の視線を向けられたレイジはこれまでのように彼を侮蔑するわけではなく、無意識に視線をそらしてしまう。

 

 自分が偽物であり彼が本物であることは、自分も無意識のうちに理解してしまっている。その態度をレイジが浮かべたことによって、402号もレイジがすべての事実を知ったことを理解した。

 

「そうか、お前はようやく自分がいかに罪深いのかを理解したのか。そうだ、お前だ、お前だ、お前だ……!! お前が俺からターニャを奪った!! お前がターニャを地獄へ導いた。お前が、お前が……ターニャを殺したんだ!!」

「―――ッッッ!!」

 

 混じりけの無い純粋なる憎悪、自分自身で擁護することもできないほどにレイジの過失によって、ターニャの人格は消えてしまった。

 

「さぁ、あなたの怒りをぶつけなさい、実験体402号、あなたからすべてを奪い取って、あなたになりすました男を、あなたの最愛の人を奪った男を、その手で殺して見せなさい。そうしたときに貴方と彼女はようやくすべての運命から解放されるのだから」

 

 まるで歌うように桜華は殺戮の歌を歌いあげる。これより始まる、絶対に避けようのない戦いを前にして、運命を彩る女神のように戦いを促す。

 

「悪いが、そんなことはさせねぇよ。レイジは連れていく。お前らの望む戦いなんてさせるかよ」

 

「ええ、そうね、あなたはそういうでしょうね、英霊ノア。だからこそ、私がここにいるの。さぁ、出番よセイバー、マスターとしての私と仕える善神のために、見事、グランドの名を冠する英霊を討ち果たしなさい……!!」

「言われるまでもない。それが神の望むことであれば」

 

 そして、霊体化を解除して、ターニャのサーヴァントであるセイバーがその姿を晒す。手には円筒の剣を握り、アークの前に立ちふさがる壮年の男、かつて救世王とさえ呼ばれ、人々にあがめられた王は、己を神の使徒として、かつての父とも呼べる存在を滅ぼすことを承諾した。

 

「救世王とまで呼ばれた男が憐れだぜ、キュロス。それがお前の決断か?」

「すべては神の思うままに。儂は神に選ばれた王、であれば、神の望むままに、救世を執行する!」

 

「バカ野郎が。そこまで愚かとあっては、お前自身を救えねぇよ。だから、俺が……お前を救ってやる!」

 

 レイジと402の非情なる運命に根差した戦い、そしてセイバーとアーク、古代に救世主と呼ばれた者同士の戦い、定められた運命はさらに速度を上げながら、結末へと邁進していく。

 

 その流れはもはやだれにも止められない。そう、もはや誰にも――――

 

「おや――――、見違えましたね、リーゼリット女王。長い髪の貴方は可憐だったが、短い髪の貴方は凛々しい。失恋でもされましたか?」

 

「ええ、ようやく踏ん切りがついたから。これでやっと、私も前に進める」

「それで? どうして、私の目の前に立っているのですか? 私はこれから、聖杯戦争へと向かおうとしているのですが?」

 

「ええ、わかっているわ。だから、私も聖杯戦争をしにきたのよ。ようやく、本当の意味で――――私の聖杯戦争をするの!!」

 

 背中にまでかかっていた長い銀髪はそこになく、灰狼の前に立ちはだかるリゼの髪は首元近くでばっさりと切り落とされていた。

 

 その意味するところを理解できない灰狼ではない。それがリゼの決意の証、これまで、七星の魔術師として心を殺し続けた彼女の宣戦布告であると理解し、

 

「「残念だよ、君はいい操り人形になってくれると思ったんだがな」

「この国も、人も、何もかもが、お前の所有物なんかじゃない! このセプテムに一番必要ないのは、貴方よ、星灰狼!!」

 

 ランサー陣営とライダー陣営、これまで決して争ってこなかった二つの陣営はついにその激突を果たす。覚悟は決まった。あとはそれを貫くだけである。

 

 




いよいよレイジ対402号の最終決戦が始まるな、どちらが勝っても爽快感はない模様。

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第20話「slash」②

――王都ルプス・コローナ・王宮庭園――

 それは紛れもない反逆と言っていい事態であった。七星序列第一位星灰狼の前に立ち塞がったのは序列第四位にして、この国の女王であるリーゼリット、これまで同じ陣営に属していながらも、あえて交わることのなかった二人、いいや、実際にはリーゼリットが避けていただけだろうか。

 

 本能的に彼と共にいればいずれはこうした未来へと行き着くのだろうという予感を覚えていたからこそ、ずっと避け続けていたのかもしれない。

 

「お父上、先代国王はこのことを承知しているのかな? 私はこの国に客賓として呼ばれている。そんな相手に手を出すことが許されるのかな?」

 

「私はもう皇女ではありません。この国の女王です。王として私はこのセプテムに厄災を齎す存在を排除しなければなりません。たとえ、それが先代国王によって招聘された人物であったとしても、必要であれば、排除することを躊躇ってはならない。王になる人間であれば当然に備えておかなければならない信条ではありませんか?」

 

「くく、確かにその通りだ。願いを叶えたいのならば、他のどんな事情があろうとも、それを貫かなければならない。たとえ、肉親であろうとも、自分の願いを踏みにじるのであれば排除する。そういう在り方は嫌いじゃないよ」

「勝手にあなたと同じにしないで。私は何もお父様と対立する気持ちがあるわけじゃない。貴方を倒すために此処にいるだけよ」

 

「それは不思議なことを言うんだな。私を排除したいのならば、それは私を招いた君の父君も排除しなければ意味がないだろう。それとも、本当は別の理由があるのかな? 例えば、君の慕っていた相手を苦しめた私が許せないとか……?」

「………、そうよ! 悪い? 文句ある!?」

 

 灰狼の見透かすような言葉に、今更取り繕った所で何かが得られるわけでもないと判断したリゼは、正直に自分の心の発露を主張する。

 

 セプテムにとって、灰狼と言う人物が災厄を齎すのは間違いない。世界征服、言葉で言えば簡単だが、多くの犠牲を強いることは間違いない。それだけでも灰狼を排除するには十分すぎる理由だが、言うまでもなくリゼにとっては、自分を救ってくれた少年を実験動物扱いで不幸のどん底へと落ちたしたことの方が罪深い。

 

「少し心外だと思っただけだよ。そもそも、私は送られてきたサンプルに手を付けただけだ。手を下したのはヴィンセントと先代国王だ。つい先日まで君と彼に関係があることすらも知らなかったのだ。それで私を恨むというのは少しばかり筋違いではないかな?」

 

「そうかもしれない。私は貴方に八つ当たりをしたいだけなのかもしれない。でもね、少なくとも、レイジ君を不幸にしたのは貴方、彼の大切な人を奪わせたのも貴方、貴方がレイジ君と言う存在を生み出さなければヨハン君が命を奪われることもなかったかもしれない。命を奪われたとしても彼も安らかに眠ることが出来たかもしれない。少なくとも、貴方が責められることのない人物でないことだけは確かよ」

 

「はは、さて、それですらも君の―――」

「―――灰狼よ、御託はそこまでにしておけ」

 

 なおも、リゼに対して舌戦を繰り広げようとする灰狼の言葉を遮るようにして、彼のサーヴァントにして主である侵略王がその姿を霊体から実像へと結ぶ。

 

 その姿に呼応するようにリゼのサーヴァントであるランサーも姿を見せる。

 

「いつまでも戯言を口にして戦いを後に向かわせるな。余は昂っている。ランサーよ、余が辿り着くことの出来なかった西の果てに存在した騎士の中の騎士よ。同じ陣営にありながらもそなたと戦うことができる時を待ち望み続けたのだ」

 

「なるほど、それはよかった。私も同じだ、侵略王よ。同じ騎馬を扱う者として、どちらがより高みにいるのかを白黒つけたいと思っていたのは私も同じだ」

 

「フッ、騎士が王に勝てると思ったか?」

「ええ、武威であれば王に勝ることができる存在こそが、騎士の本懐ですから」

 

 ただ強さを以て忠義とする騎士にとって、戦いだけはたった一つ王に勝る分野であるとランサーは主張する。彼は騎士の中の騎士、生涯無敗を誇ったウィリアム・マーシャルであればこそその主張にも当然に意味が与えられる。

 

「くく、その意気やよし。それほどの自信を持ち得るには絶対的な自信がなければ成立しなかろう。この侵略王を目の前にしておきながら、些かたりとも貴様は自分が敗北するなどと言う可能性を頭に抱いていない。

不敬だ、あまりにも不敬が過ぎる。身の程を思い知らせてやらねばなるまい。常勝無敗であったとしても、それは余と出会ったことがないがゆえであったのだとその身に理解させてくれよう」

 

 侵略王の戦いの最中で、ただ強いだけの存在など、これまでに幾度も幾度も出会ってきた。そして、そのたびにその相手を蹂躙して、勝利を掴んできたのだ。果たして、ウィリアム・マーシャルと言う男はその数えきれないほどに見てきた相手と同じであるのか、それとも、侵略王すらも撃破し、最強を名乗り続けるに相応しい男であるのか、興味が尽きない。興味が尽きないが故に戦うことを求めて止まない。

 

「ならば、始めるとするか、騎士よ。此処は随分と狭いからな」

「マスター……!」

 

 声を上げ、ランサーの手とリゼの手が触れて、リゼの身体がランサーの後ろへと持ち上げられて、白馬の背に乗る。同時に己の愛馬を召喚したライダーの剣の一撃とランサーの馬上槍が激突し合いながら、王宮の壁を破壊し、二対のサーヴァントはそのまま外へと躍り出て、所狭しと互いの武器をぶつけ合っていく。

 

「くく、ふははははははは、やるではないか!」

「貴方こそ、馬に乗っての戦いとは思えないほどの器用さであり、身軽さだ」

 

「左様、我ら遊牧民族にとって、馬とは生まれた時から親しんできた友であり同時に道具である。馬を乗りこなすことが出来ぬ者など我らの民族には不要。西の果ての騎士よ、貴様は馬の扱いに長けておると常に豪語してきたな。その自信はこの場の戦いを通じてでも良く理解が出来る。しかし、しかしだ、それでも真に馬を扱うことができるのは余だ。我らこそがこの世界で最も、馬を自由自在に扱うことができるのだ。それを今から教え込んでやろう。心するがいい。この戦いの果てに貴様を待ち受けているのは、己の馬から落ちて地面を這いつくばる無様な姿だ」

 

「ランサー……、今更言うまでもないことだっていうのは良く分かっているけれど、お願い、絶対に負けないで……!」

「無論、言うまでもなく。騎士とは常に主に勝利を齎すために戦い続けるモノなのですから」

 

 常に勝利を重ねることこそが騎士の本懐、それを証明するためにこの王都総てを戦いの領域としながら二人の戦いは始まりを迎える。

 

 共に七星側陣営の最大勢力ともいえる二人の戦いはそのまま、七星側陣営の主導権を誰が握るのかを決する戦いでもある。

 

 遅すぎる決断だったかもしれない。それでも、リゼはここにようやく一歩を踏み出すことが出来た。であれば、もう迷わない……、ここからは自分の心に素直になって闘っていく。

 

(レイジ君に戦わせるようなことはしない。私が倒す。今度こそ、彼の力になるって決めたんだから……!!)

 

 自分の国の為に、そして彼の心を救うために、灰狼を倒さなければ何も先に進むことはできないと知っているからこそ、リゼは自分を奮い立たせる。マスターであっても心で負ければ、灰狼に総てを持っていかれる。絶対に自分のサーヴァントは勝利する。その思いを胸にして彼女はようやく自分の戦いを始めたのであった。

 

――王都ルプス・コローナ・スラム街――

 王宮にて、これまで積み重ねてきた因縁が遂に爆発を迎えたのと同じように、このスラムでも遂に運命に巻き取られ、人為的に作り出された因縁の清算が始まる。

 

「うああああああああああああああ!!」

「くっ、ぐうううううう!!」

 

 怒りに自分の全体重、全魂を預けるようにして実験体402号はその手に握っている大剣をレイジへと叩き付ける。その表情は鬼気迫るものであり、これまでにレイジが対峙してきたどんな相手よりもなお憎悪が深い。

 

 かつて、ヴィンセントを殺されたルチアーノもレイジへと怒りを向けて、殺すつもりで戦いを挑んできたが、レイジにはヴィンセントが殺されるに足りるだけの悪行を働いてきた人物であるという確信があった。自分は何一つとして間違ったことをしていない、その上で憎まれるのは自分も覚悟の上であると。

 

 しかし、402号は違う、彼もまた被害者なのだ。自分の脳裏に焼き付いた破滅の記憶、奪われて、苦しまされて、気が狂いそうな地獄の果てに、今もなお抜け出す事の出来ない破滅の世界で生きている。

 

 自分の人生を奪われて、自分の大切な人を救う事も出来ずに、何も知らずに我がもの顔で戦っていた何処の誰とも知らない少年が自分のように振る舞っている。なおかつ、自分の言葉は誰にも届かないのだ。

 

 こんな地獄が他にあるだろうか?あるはずがない。もしも、同じ境遇に立たされたとしたら、如何に不屈の精神でここまで戦ってきたレイジであったとしても、気を狂わせていただろう。

 

「許さない、お前だけは絶対に許さない!! お前が、お前がターニャを!!」

「っっ……!」

 

「どうして力を使わせた! どうして、ターニャを見殺しにした!! お前には、お前には救う事が出来たはずだ!! 俺とは違う、お前になら出来たはずなのに! どうしてお前は、みすみす彼女をあんな姿にさせた!! 答えろよ、盗人がぁぁぁぁ!!」

 

「くぅ……俺に、だって、わかるわけがない、だろう……」

「分からないだと……? そんなことが許されると本気で思っているのかぁぁぁぁぁ!!」

 

 たとえ、レイジがどんな弁解の言葉を口にしたとしても、402号がレイジを許すという展開になることはないであろうと分かる。もはや引き返すには遅すぎる。402号にとって、レイジは自分に成り代わり、ターニャを奪った相手でしかない。

 

 もしも、レイジがそのままターニャを守り続けていたのであれば、彼らの関係にも少しばかりの変化は訪れたかもしれないが、そんな予測のレールから外れることを灰狼が許すはずもなく、定められた結末に向かってただ進み続けただけである。

 

 402号は破れかぶれにただ感情の赴くままに攻撃を続けているだけである。いかにレイジといえども、その程度の攻撃で追い込まれるはずがない。通常であれば、当たり前のように攻撃を捌いて、402号に対して剣先を突きつけている……のだが、そこまで戦いが進む気配が全くない。

 

むしろ、レイジは戦いが始まってからずっと防戦一方であり、苦しそうな表情を浮かべている。傷をつけられたわけでもない、何かしらの不利になる魔術を掛けられているわけでもない。単純に押し込まれているのだ。

 

 理由は言わずもがなだろう。今のレイジは総ての真実を知った。何も知らずにどうして402号に殺意を向けられているのかを理解することもできずに、邪険に扱うように戦っていた時とはわけが違う。知ってしまったからこそ逃げることができない。402号の言葉はそのままレイジを追い込むには十分すぎるほどの意味を持っている。アークの言葉で少しだけでも、自分の調子を取り戻すことが出来たレイジにとって、今の402号の言葉はどんな鋭利な刃物で切り裂かれるよりも痛みを覚えるのは間違いない。

 

 人は誰であろうとも、真実の過失を指摘されることに弱い、ほんの少しでも言い訳を並び立てることができるのならば平生を保っていられるが、真実、自分自身の過失だけによって起こった事態に対して、人は心穏やかでいられるほど生物として高みに昇っていないのだ。自らが為した罪を背負い、向き合わなければその心の傷を越えることはできない。

 

(俺は、ここで死ぬわけにはいかない……あいつらを、星灰狼とカシム・ナジェムを倒さなければならない……だが、だが、それはコイツを殺してでもなさなければいけないことなのか? そもそも俺は、それを全て為し遂げたところで、地獄の先に花を咲かせるなんてことができるのか……?)

 

 浮かび上がる疑問は当然と言えば当然の疑問である。これまでずっと地獄の先に花を咲かせるために戦い続けてきたが、その総てが虚飾であり、どれほどの戦いを重ねたところで、レイジには何も残らない。

 

アークが口にしたようにここまでの旅路のなにもかもが嘘であったわけではないだろう。レイジと言う少年にはこれから先が待っている、未来がある限り、何も手に入らないなんてことはありえない。

 

 けれど、戦う意味はどうだろうか? 自分がこれまで抱いていた復讐心は他人のモノであった。かつての自分がどのように考えたのかは最早わからない。借り物の怒りで、借り物の理由で戦い、そして今、本物の憎悪に圧されている。

 

 何処までも虚飾であったからこそ、自覚してしまえば弱い。本来のレイジの身体の持ち主は、とっくの昔に死んでいたのだろう。ただ生命として生きているだけであり、実質的には死んでいるも同然の存在が他人の記憶を奪って動いているだけ。そんな存在に何の価値があるのか。むしろ、恨まれることが然るべきことであるからこそ救えない。

 

 ゾンビのように生きているのならいっそのこと首でも斬ってさっさと命負えればいいというのに、それもせずに、ダラダラと生きているだけ。

 

当然に402号からすれば唾棄すべき存在だ。彼は何も悪いことをしておらず、気付けばレイジが目覚めて、自分の代わりをこなしていた。何故かは分からないが、ターニャまでもが当たり前のように、本来自分に向けるべき笑顔をどこの誰とも知らない相手に向けている。

 

 喪失感と醜い嫉妬、何よりも灰狼から目論みを聞かされた。そうなれば、402号は戦わないわけにはいかない。どれほど無謀でも、どれほど愚かしい戦いでも、自分を保護している存在こそが、自分たちの仇であったとしても、それでも彼はそれに縋らなければ奈なかった。その無念、その愚かしさ、その総てが凝縮されて、今、402号の攻撃はレイジへと何度も何度も攻撃が繰り出される。

 

「なんでだよ……」

「――――」

 

「何でお前はまだ生きている。もう全部知ったんだろ? 自分が何なのかを理解したんだろ? だったら、やるべきことなんて一つだけだろう。腹を斬れ、首を斬りおとせ、それで今すぐにでも死んでくれ!! それがお前に出来る唯一の贖罪だろう!!」

 

「違、う……俺は地獄の先に花を咲かせるために」

「馬鹿を言え、地獄の先には地獄が続くだけだ。そんなところに花は咲かない。地獄に花が根付けばすぐに吹き飛ばされる。言ってみろよ、お前がこの先に何をするのか。何を以て、地獄の先に花を咲かせるんだ! 地獄の中で生まれた偽物のお前に何が咲かせられるって言うんだ……!!

 

「俺は――――」

「俺はそんなことは思っていない。思えない……! お前のその言葉は、奴らに戦うことを強制させられるために植え付けられた考えだ!! お前が自分で抱いたものじゃない!! 何度も何度も口にして、必死にそうあれと願わなければ叶えられないような偽物の言葉なんだよ!!」

 

「違う、俺は、俺は―――――があああああああああああ」

「俺もお前も救われない。奴らの悪意に呑まれた時から、俺達はもう負けたんだ。自分の人生を奪われたんだ。俺はお前を憎んでいる、恨んでいる。だけど、同時に同情もしている。お前の身体のことは聞いた。お前も被害者だと知った。

 けどな、それでも、それでも、許せないんだ。俺に残されたたった一つだけの希望、たった一人の生き残りだったんだ……! あの炎の中で必死に抵抗して、何もできずに、無力を嘆いて、それでも生きてほしいと願ったのに……!! 俺の記憶を引き継いで、戦えるはずだったお前がどうして、守ってやれなかったんだ!! 何で奪われているんだよ!!

 どれだけ同情したって、同じ立場だってわかっていたって、憎むなって方が無理がある。お前を憎むことが間違いだったとしても、この感情だけは、絶対に正しい……!!」

 

 奪われた者は痛いのだ。何もかもを忘れて、何もかもを無かったことにして、生きることが出来ればどれだけ幸せだろうか。どれだけ幸福だろうか。それができないからこそ、人々は苦しんでいく。

 

 402号がレイジに向けている呪詛はこれまでに何度も何度もレイジがヴィンセントや灰狼に浴びせてきた言葉だ、何度も何度も心の中で反芻し、この怒りを忘れないようにと告げてきた言葉だ。

 

 その総てが今、自分に跳ね返ってきている。お前も奴らと同類であると紛れのない怒りがレイジへと掛け値なしの憎悪としてぶつけられている。

 

 これまでのレイジであればそれでも戦えただろう。自分の中で確固たる信念を以てそれを貫く決意を持ち合わせていた。だが、今のレイジは崩れかけている。自分の抱いてきた想いの総てが偽物で、七星と戦うという気持ちすらもそう動かせるために思考を誘導されていた。元の身体の持ち主がどのような想いを持って戦っていたのかすらも、今のレイジには分からない。

 

 自分のなにもかもが信じられない。アークに掛けられた言葉さえも、402と言う掛け値のない憎悪の発露を前にすれば、霞んでしまうほどの気持ちでしか持ち直すことが出来なかった。

 

「お前は俺が殺す、殺したところで救われるわけでもない。だけど、お前を殺すのを誰かに譲りたくはない。同じ被害者として、俺から最後の希望を奪ったお前を俺が殺してやる。死ぬことだけが……、俺達にとっての救いだ」

「がぁ……ふぐぅ……あがっ……」

 

 地面にうつ伏せに転がり、呻き声を漏らすレイジの姿は、どんな敵にも屈さずに戦い続けてきた不撓不屈の少年には見えない。どうしようもなくちっぽけな、年齢相応に現実の残酷さに打ちひしがれて、嘆きを覚える少年の姿でしかないのだ。

 

(ああ、わかるよ。そうだろうな、俺はお前に殺されても仕方がない。それだけのことをしてしまった。生きていたって何の希望も持てない。アイツらに復讐を果たしたとしても、俺には何も残らない。何も手にすることができない……)

 

 空っぽの自分の中に収めることができるモノなんて何もない。星灰狼はわかっていたのだ。どれだけレイジが憎悪を滾らせて自分に迫って来たとしても、その真実と言う刃を振りかざせば彼は屈服せざるを得ないと分かりきっていたのだ。

 

 どんな結末を迎えるにしてもレイジ・オブ・ダストは星灰狼に屈する。402号にその最後の引導を渡すように命令をしたのはある意味で、灰狼なりの慈悲であり、最後の悪意であったと言えるかもしれない。

 

(俺はここで倒れるのか……、何もできず、何も為し遂げることが出来ずに、ただの負け犬として、屑星として終わるのか。ああ、でも、もう役目がないのなら、それでもいいのかもしれない。だって、俺は最初から……、誰でもない、よくわからない存在でしかなかったんだから)

 

「―――――っ、レイジ!!」

「ダメよ、あちらはあの二人の戦場、私達が割って入っていい理由なんてないの。それは分かっているでしょう、英霊ノア?」

 

「むぅぅぅん!!」

「ちっ、セイバー、テメェェェェ!!」

 

 円筒状の剣が叩き付けられ、アークの鋼鉄を纏った腕と激突し、アークの身体が後ろに下がる。絶大な魔力によるブーストを受け止めたセイバーの剣は激突するだけでアークの武装を削っていく。

 

 かつてオリュンポスの神々より分かたれ、地上の人間たちを導いたナノマシン生命体であるアークの頑丈さは折り紙つきである。どんな相手であろうとも、簡単に破壊することのできない堅牢さを併せ持つが、そのアークの「本体」を確実に削ってきている。

 

「ふふっ、救世王キュロス二世、ゾロアスターの神に祝福された新たな時代を運び込んだ王、善悪二元論の世界よりも、十字教の世界よりもさらに古い誇りがかった世界の神話に存在する者など、もはや必要ないということよ」

 

「必要ない、ね。悪いが、ジジイってのは年を取るほど、若者のやることに口を出したくなるもんなんだよ、やること為すこと心配で心配でたまらないんだ。俺が満足するまで、任せられるなと思えるまでは、大人しくなるつもりなんてサラサラねぇっての!!」

 

「あら、それは残念ね、なら、手荒でも消えてしまってもらうしかないわ。英霊ノア、貴方を消滅させることに関してだけはね、私と兄様、そしてセイバーが敬愛する神もみんな意見が一致しているの。世界が召喚した抑止力なんて私達がこれから支配する世界には不要よ。貴方を消滅させることで私達は神に知らしめるわ。世界すらも、私達の前には屈するしかない、とね!」

 

「はッ、たいそうな願いを抱いて、結局やりたいことは世界征服なんだろう? よせよ、やめとけ、世界なんて手にしたところで楽しめることなんてないぞ? 楽しいのは最初だけだ、その後はずっと退屈になるだけだ。特にお前らのような踏みにじることしか知らないような奴らにはな」

 

「あら、一度は世界総てを救った人が語ると説得力があるわね。でも、私達にとっても千年越しの願いなの。口で少し説得されたくらいで諦めるようなら最初から願いを掛けた戦いなんてしない。後悔をするのならそれは総てがダメになった時よ。それまでは決して夢を忘れることなく進軍を続ける。それが私たちイェケ・モンゴル・ウルスの在り方よ」

 

 きっと自分たちの主である侵略王であれば同じことを口にしただろうと桜華は確信している。そして、自分の兄もきっと同じである。だからこそ、諦めない。最後まで進み続けることを信条としている。

 

「ちっ、お前も同じかよ、キュロス。お前は本当にいいのか? かつて救世王とまで呼ばれた存在が、自分のマスターを生贄に捧げて、神様の言いなりになっている。そんな自分自身でいいのか、そんなことのためにお前はこの聖杯戦争の中で戦ってきたのか!? あの時のマスターを守ると口にしたのは、嘘でしかなかったってことなのかよ!?」

 

「………、然り!! 我らが神の願いは総てに優先される。儂は絶対なる善神の使徒、悪を滅ぼし善を敷く、そのためにこそ神は儂を天よりこの地に遣わした。バビロンの民たちを救った時も、ペルシャの民を導いた時も、総ては神の啓示があればこそ。善を為せと神は儂に神託を与えたのだ!!

 ならばこそ、神の与えた命令は絶対、今この時も同じである!」

「ふざけるんじゃねぇぞ、バカ野郎がぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 セイバーの語る自分の行動理由に対して真っ向からアークは怒りの声を上げる、何も理解していない愚か者へと鋼鉄の腕がそのまま直撃する。

 

「そもそも、その女は最終的にライダーを勝たせるつもりなんだぞ? お前がどれだけ必死に働いても、テメェは神に会うことすらできねぇ。そんな損ばかりで何も得られないことを受け入れるのかよ、それも神の一存であればいいってか!?」

「無論、それこそが真実、儂は神の使徒として戦うだけよ」

 

 それこそが神託を受けて王になったものの在り方、古代世界において神と王とは切っても切り離せない関係にあった。王は神よりその支配権を与えられて、人々を支配してきた。その題目があったからこそ、人々は王に従った。であれば、キュロスもまた王として神に仕えなければならない。

 

「理解するがいい、ノア―――我らが父祖よ。支配者でありながら支配者にならなかった者よ。王とは誰よりも自由なのではない、誰よりもあらゆる縛りを受けねばならんのだということを!!」

 

 叩き付けられる剣をアークは鋼鉄の腕で受け止める。そして、しばしの沈黙があった。ここまで烈火のごとく、セイバーへと怒りの声を上げていたアークの声が突然に止まったのだ。

 

「それが……テメェの答えじゃねぇか」

「何だと?」

 

「王は誰よりも縛られなければならない者、ああそうだな、そうかもしれねぇ。そういう制約を受けてでも、神を信じ、民の為に先頭に立ったお前は尊敬されるべき存在だ、キュロス。だがな、自分の意志で総てを決めたのなら縛られるなんて言葉は使わねぇ。少なくとも、侵略王なら絶対にそんなことは言わないだろうさ。

 それがお前の正体だ、救世王。自分の願いよりも民と神の長いを優先したのがお前なら、いい加減に本音を晒せよ!! お前は本当は自分のマスターを救ってやりたかったんじゃねぇのかよ!!」

「何をバカなことを――――」

 

「俺は見て来たぜ、お前を近くで見てきた。みんながターニャのことを気にかけていても、俺だけはお前をずっと見続けてきた。だから分かる。お前が少なくとも自分のマスターを気にかけていたことを。言葉にしなくても、こうならないようにと願っていたことを。神の願いが何であれ、本心では星灰狼の思惑通りに進まないであろうことを願っていたんだろうが!」

 

「――――黙れ!!」

「がっっっ!!」

 

 魔力を収斂した剣がアークの身体を吹き飛ばし、地面に叩き付けられ、その鋼鉄の腕が砕ける。魔力を収斂したからこそ、大規模ではないが、今の一撃は紛れもなく宝具級の魔力を乗せての攻撃だった。間近で受けた以上、アークとて無事ではない。

 

「っ痛ぇ……、はっ、まさか本体にここまで損傷を与えられるとはな、やるじゃねぇか、キュロス。それでこそだぜ」

「理解が出来んな、何故、わざわざ儂に構うようなことをする。所詮、我らは聖杯戦争の敵同士、わざわざ気をもむ理由などあるはずもない」

 

「別に、お前が敵だからとか味方だったらとかは関係ねぇよ。俺にとっては俺より後の時代に生まれてきた連中はみんな、俺にとっての子供みたいなもんだ。当たり前に気に掛けるし、当たり前に救いの手を差し伸べる。ただそれだけなんだがな」

 

「救い? 救いだと? この期に及んで、まさか、儂が救いを求めているなどと、そのような戯言を良くも口にした! 救いなど求めてはおらぬ、我が神が降臨することこそが、救済の道なのだ」

 

「だからよ、それが既にお前の本心とかけ離れているんだってことを俺は言っているんだがな。どれだけ口にしたところで頑固なお前がはいそうですかと首を縦に振るとは思ってねぇよ。だから――――白黒つけようじゃねぇか、サーヴァントとして、聖杯戦争らしくな。真・体・駆・動!!」

 

 アークが声を上げた瞬間にその変化は起こった。アークの背後よりナノマシンで構成された巨大な要塞、あるいは機械仕掛けの戦艦のようなものが突如として地面から浮上してくる。そして、それは瞬く間にその形を変えていき、アークの全身へと装着されていく。さながら、それはパワードスーツのような、強化外骨格のようにアークの身体を覆っていき、これまで、両腕だけを鋼鉄の腕に変えていたアークの姿はその総てがメタリックな鋼鉄で覆われていく。

 

「これこそが俺の宝具にして、俺自身だ!!『真体顕現・災厄を乗り越えし救世主の舟(アーク・ザ・フルドライブ)

 

 かつてオリュンポスの神々と呼ばれた者たちが外宇宙より飛来してきた外宇宙航行船であり、その船体はナノマシンによって修復されていた。

 

ノアは厳密にはその外宇宙航行船のメンバーではない。あくまでもその航行船の中に搭載されていたナノマシンが、本隊の起動停止に伴って、突然変異的に意識を保ち、己の肉体を人間に寄生させたことから始まった。

 

 人間に寄生し、自分の本来の主たちの姿を模倣し、そうして彼は幾代もの時間を指導者として生きてきた。人類が神々の怒りに触れて、洪水によって押し流される時が来たのならば、かつての外宇宙航行船の模倣によって、消えていくことしかできなかったはずの人間たちを救いだした。

 

 それは只の模倣であったのか、それとも明確な意思があって引き起こしたことなのか、その本心は彼にしかわからないが……、結局、彼の中では古代の時代も現代も変わりはないのだ。

 

 あくまでも己はアーク・ザ・フルドライブにして、英霊ノア、子供たちを見守り、大いなる災厄から救い、そして見届ける。それこそが己の役割であり、為すべきことであることを彼は知っている。

 

「キュロス、誰もがお前を救わないのなら俺がお前を救ってやる。まだまだ俺には救わなくちゃならねぇモノが山ほどある。こんな所でくたばるわけにはいかねぇんだよ、世界に呼び出されて闘う身となっちまった者としてな……!」

 

「笑止――――世界の奴隷でしかない冠位が。儂を神の使徒と蔑むのであれば貴様もまた同じく世界の奴隷よ。かつての救世主が聞いて呆れる」

 

「セイバー、わかっているわね。貴女が何を想っていようとも、今のマスターは私です。私の目的の為に勝利を捧げなさい。その円筒はそのためにあるのでしょう?」

「無論、言うまでもなく」

 

 円筒が回転を始める。再びアークを破壊するための魔力が溜めこまれ始めていく。同時に鋼鉄を纏ったアークの全身からおびただしいほどの魔力が発露されていく。これまでずっと溜めこまれてきたであろう魔力、決戦のために温存していたその力をアークは惜しげもなく発揮していく。

 

(ええ、それでいいわ。所詮、セイバーは捨て駒、我らが侵略王の前に英霊ノアを万全な状態では進ませない。せいぜい、セイバーと消耗し合ってくれればいい。彼女ではなく、私がこの身体の主となった時点でこうなることは貴方だって分かっていたはずでしょう、セイバー)

 

 七星桜華に、セイバーと共にこの聖杯戦争を勝ち抜こうという気持ちは微塵も存在しない。勝利させるべきは侵略王であり、セイバーはあくまでもその道程のための露払いでしかない。

 

かつて、ターニャと契約していた頃であれば事情は違ったかもしれないが、ことこの状況に至っては、セイバーに選択の余地などない。令呪がターニャの身体に刻み込まれている時点で、セイバーの生殺与奪の総ては桜華が握っているのだから。

 

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「疾っっっ!!」

 

 鋼鉄の鎧を纏ったアークが一直線に突貫し、疾走する勢いのままに拳を突きだし、セイバーの剣と激突する。先ほどはアークが押し負けたが、今度はセイバーが後ろにたじろぐ。同時にアークの鋼鉄も拳の部分がひび割れ砕けるが、砕けた先から恐ろしい勢いで修復を開始した。

 

 ナノマシンの権能は今や全開で発露されている。まるでこの戦いが最後の締めくくりであるかのように、アークは力の出し惜しみなど一切しない。出し惜しみをする理由すらないとばかりに繰り出される攻撃は、そのまま、アークの心情を現しているかのようだった。

 

 救うと決めた以上は全身全霊でそれを為し遂げる。例え、それが神の使徒としての役目に殉じようとしている相手であったとしても関係ない。

 

「出し惜しみなんて無しで行こうぜ、キュロス。お前だって、ずっと我慢し続けてきたんだ。そろそろ発散しねぇと堪らないだろ!!」

 

「勝手に儂の中を見たような気になるな。年長者ぶるのも大概にしろ!」

 

「悪いね、口出しせずにはいられないって奴だ。隣で嗚咽に塗れながらそれでも、まだ諦めていないガキがいるんだ。だったら、俺が勝手に可能性を見限っちまうわけにはいかないだろ。必死に闘っている奴らのために道を作る。それが先に生まれた者の使命だ!! そうじゃねぇか、キュロス!!」

 

 叩き続ける拳、自壊し、すぐに修復されて何度も何度も叩き付けられていく。それこそが自分からキュロスへと与える説教であり、同時に心を開くための行動であると言わんばかりに。届くのかなど気にかけない。絶対に届くと信じているのだから。

 

 決して諦めない、その心情を持ち得るからこそ彼は冠位の英霊として選ばれた。人間でなかったとしても、この星の生命でなかったとしても、彼はやはり正しく英霊なのだと表明するかのように。

 

 スラムの街を舞台にして始まった戦い、救世主と呼ばれた英霊同士の戦いはそう遠くない未来に決着を迎えるであろうことをその場の誰もが自覚し始めていた。この戦いは恐らく、長引くものではないのだと。

 




【CLASS】ライダー

【マスター】アーク・ザ・フルドライブ

【真名】ノア

【性別】男性

【身長・体重】189cm/70kg

【属性】中立・善

【ステータス】

 筋力C 耐久A++ 敏捷B

 魔力B 幸運A+ 宝具EX

【クラス別スキル】

対魔力:B
 魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。
 大魔術、儀礼呪法等を以ってしても、傷つけるのは難しい。

騎乗:D
 騎乗の才能。大抵の乗り物なら人並みに乗りこなせる。

単独行動:EX
 マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自立できる能力。EXランクならマスター不在でも行動できるようになるが、宝具などで多大な魔力を必要とする行為にはマスターが不可欠。

【固有スキル】

神性:B
神霊適性を持つかどうか。ランクが高いほど、より物質的な神霊との混血とされ、より肉体的な忍耐力も強くなる。オリュンポスの神々と同じく外より飛来してきたものとして同一の存在として刻まれたことに由来する。

救世の航海者:B
嵐の中を生き抜き、多くの生命を繋いだ救世の徒としてのスキル。航海術とは根本からして異なる、守り、繋ぐ為の方針である。

ゾハールの輝石:EX
正しくはゾーハル。アダムの子孫である事を示す輝く石で、それ自体は大きな力を持たない。だが、悪に染まらず、地を育み、動物達を愛するノアの精神に呼応して石は輝き、『人類の太祖に相応しい力』を湧き上がらせる。

【宝具】
真体顕現・災厄を乗り越えし救世主の舟(アーク・ザ・フルドライブ)
ランク:EX 種別:対人~対界宝具 
 外宇宙より飛来したオリュンポスの神々と同様の名のマシン生命体であるノアの本体ともいえる真体を具現化させる。通常はアークがその手に纏う鋼鉄の腕として顕現し、その使用用途によって、さまざまな部位を顕現させることが可能、総てが具現化した際には、あらゆる災厄を乗り越えるための舟、あるいは自身の身体に纏わせての戦闘を行う形態など多種多様な使い方が出来る。しかし、その本質は救済のための舟、真に救済を望む者がいる時にこそ、この宝具はその真価を発揮するだろう。


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第20話「slash」③

『キュロスよ、君には私の降臨の為に邪魔となる存在を排除してもらいたい。此度の聖杯戦争は私が再びこの世界に絶対的な善を与えるための降臨の儀でなければならない。ザラスシュトラも良く動いてくれているが、私が何故、君を呼びだしたのかは理解できるだろう?』

 

 英霊召喚をされて、マスターと会話をするよりも早く、時が止まった世界の中で、神が己に話しかけてきた。

 

 生前、信仰をし続けてきた善悪二元論における、善の絶対神:アフラ・マズダ、かつての聖杯戦争に呼び出され、今もなお聖杯の中に封じられた神は、今度こそ降臨を果たすために、自分自身の名代として開祖であるセイヴァーことザラスシュトラを呼び出し、そして、召喚陣に干渉する形で今度はこのキュロスを呼びだした。

 

『星灰狼の執念は凄まじい。何もしなければ彼の勝利は間違いないだろう。彼が呼び出すのは、人の身でありながら、アンリマユにも引けを取らないほどの悪を成すことができる存在だ。あれを御せる者など早々いないだろう』

『儂の為すべきことはその悪を討滅することでしょうか?』

 

『いいや――――違う。彼にはぜひとも聖杯戦争の勝者になってもらいたい。私が気に掛けているのはこの世界の抑止力とも呼べる存在だ。私と言う神が降臨するにあたって、世界は必ず、均衡を保つための使者を呼びだすだろう。私が降臨しなかったとしても、悪辣なる侵略王が世界に覇を唱えれば、世界は崩壊しかねない。この世界が善悪二元論によって統治されていない以上、世界は崩壊する可能性を孕んでいるのだから』

 

 神はあの悪辣なる侵略王の勝利を望んでいた。曰く絶対的な悪であるあの男が勝者になることで、それを呼び水として絶対的な善である己も復活することができるのだと。その真偽は定かではない。ザラスシュトラはそれで間違いないと語り、星灰狼と聖杯戦争における協調関係を結んだ。

 

『キュロス、君に求めるのは抑止力によって呼び出された英霊の排除だ。仮に冠位を備えた英霊が来たとしても、救世王とまで呼ばれた君であれば必ず排除することができると私は信じている。それを為し遂げることが出来た時、君は神の祝福を受けることができるだろう』

 

 真偽のほどは定かではない。しかし、神がそのように望んだのだ。それだけで戦う理由としては十分すぎるほどの意味があった。どだい、儂は神によって選ばれた王、疑問を挟む余地などないのだ。

 

『…………けて』

 

 神より与えられし啓示を理解したその時に声が聞こえた。その声は天からではなく足元から聞こえてきた。呻くように、小さな手が己の足元に伸びていた。どうしようもなく脆弱で、どうしようもなく愚かしい嘆きに満ちた表情でありながらも、その姿を儂は良く知っていた。

 

 救世王と呼ばれるよりも前、神より与えられた善を執行しろという啓示を実践するために多くの人々を救ってきた。明日を生きることが出来るかもわからぬ者、苦しみの中でもがく者、悪に染まり断罪を求めるモノ、多くの人を救ってきた。その時の救いを求める者たちの表情にそっくりであり、儂はただ一目で、その少女が儂に救いを求めていることを理解した。

 

「助けて……私を、助けて……」

 

 契約を果たしたマスターとサーヴァントである身だ。その言葉だけで、自分の脳裏に彼女の出自が流れてきた。壮絶であったことは言うまでもない。彼女には何の罪もなかった。されど、その身に降りかかる災厄は罪なき子に与えるにはあまりにもむごたらしいものであった。救いを求めることですらも彼女からすれば痛苦なのだ。

 

 命を絶ちたい、楽になりたい。それこそが根本的な願いであるとすぐに理解をした。しかし、その願いを叶えてやることはできない。この主従契約は神が望んだ契約である。ここで彼女の命を絶つことになれば神の望みに反することになる。それはできない、神の使徒であるキュロスにそれを為し遂げることはできないのだ。

 

 ゆえに少女がどれだけ嘆いたとしても、どれだけ救いを求めたとしても、それを与えられることはない。救世王などと言われたところで所詮、儂は神の使徒以上の何者でもないのだから。

 

『神よ、一つだけ問いを投げてもよろしいか?』

『珍しいな、私の願いの総てを叶えてきた君らしくもない』

 

『先ほど、神よ、貴方は侵略王なるものが聖杯戦争の勝者になることを望んだ。しかして、儂が聖杯戦争の勝者になることで願いを叶えることは許されぬか?』

『それは、君が侵略王を倒し、抑止力の使者をも倒し、そして聖杯を手にすると?』

 

『無論、この身は救世王と呼ばれた者、一度は世界に覇を唱えた者でありますれば、それを為し遂げられると自負しております』

 

 神に意見をするなどと言うことが如何におぞましく、いかに許されないことであるのかは十分に理解をしているつもりだ。

 

 しかし、それでも、願わずにはいられなかった。この足下で、救いを求めている矮小なるものを救うことができるモノが他にどこにいるのだろうか。例え、己の為すべきことをさらに困難にしたとしても、救うべき民草の為に命を懸けることこそが王の務めではないのだろうか。

 

 誓約は下された。困難が伴うだろう。不可能であるかもしれない。神であれば不可能を可能にすることができるかもしれないが、この身は所詮矮小なる人間の身であればこそ、何ができるのかすらも定まらない。

 

 その誓いの下に、神の願いを叶えることとターニャ・ズヴィズダーを救うことの二つを天秤にかけながら、戦い抜いてきた。しかし、結果的に儂は致命的に誤っていたのかもしれない。神は最初から分かっていたのだ。かの少女に救われる道筋などなかったということを。理解しても尚、善を目指す儂を諌めることをしなかっただけなのだ。

 

 キュロスが余計なことをしようともしなかったとしても、神にとってそれは誤差でしかない。最後に己が降臨することが出来れば、キュロスやターニャがどうなろうとも関係ない。そうした高い視点で物事を見ていなければ、真に世界を救うことなど出来ないのだ。無駄な足掻きをしただけのことだ。聖杯戦争は収まるべきところに収まる。所詮は英霊の1人が生き足掻いたところで、神の思惑に逆らうことなど出来ない。

 

 出来るはずがないのだ。それを思い知らされただけであるのだ。そうであるというのに……何故、この男は未だに、拭いきれない未練を掘り下げようとするのか。

 

「辛気臭い顔をいつまでも続けているんじゃねぇぞ、キュロス!! テメェは何のために此処まで戦ってきた!! 神のためってだけじゃなかったはずだろうが!!」

「愚かしい、総ては神のためである」

 

「お前が愁いを帯びた顔を浮かべた時を俺は忘れねぇよ。お前はターニャを救える奴だと信じていた。お前が本気で俺達の味方になれば、それだってできたはずだ。テメェの所業をテメェの嘘で隠すんじゃねぇよ!!

 どっちも手に入れたいのなら、最後まで本気になればよかったんじゃねぇのか!! テメェが望む結末を手にすることが出来なかったのは、テメェが誰よりもテメェの願いを叶えることができるって信じることが出来なかったからだ!! 信念を貫けない奴に、手に入る奇跡なんてあるはずがないんだよ!!」

 

 かつて英霊ノアは、神の怒りに触れた人類を救うために己の手で神の怒りから多くの人々を救った。神の信託によって救うものを選んでよいと言われたノアであったが、彼は出来うる限りの多くの人間や生き物を救うことを願った。

 

 ナノマシン構造体である彼の全身を使えば、多くの人間を救うことができる。必要のある救うべき人間と生命だけを救えと神は口にしたが、ノアには必要のある存在の意味が理解できなかった。

 

 そも、自分自身は必要なのかという疑問がある。外宇宙から飛来してきただけのナノマシン生命体、人間よりも長く生きることができると言っても、人間に寄生しなければ何もすることができない存在。それでも、神が選んだのならばそれが正しいなどと到底納得することができる理由ではないだろう。

 

 だからこそ、アークは神の願いも世界の祈りも無視して、救えるものへと手を伸ばす。それは自分にしかできないことであると確信を覚えているから。

 

「そんなバカ野郎を救ってやることができなけりゃ、救世主と呼ばれた英霊を続ける事なんざでき根ぇだろうが!!」

「こがあああああ!!」

 

 鋼鉄の拳がセイバーの顔面を打ち据えて、殴り飛ばす。そのまま、助走をつけて、吹き飛ばされたセイバーの下へと飛び込むと、拳の連撃が一つまた一つと叩きこまれていく。

 

 これまでその絶大な火力で敵手を圧倒してきたセイバーがただ、殴られるだけの存在へと変わっていること、アーク・ザ・フルドライブ、英霊ノアの全力としても規格外であると言わざるを得ない。

 

「でも、それが余裕の戦いであるという訳でもない」

 

 戦況を眺める桜華は理解していた、戦うほどにアークの装甲がきしみを上げている。セイバーのシリンダーと激突するたびに破損し、自己修復を重ねながら戦い続けているそれは、間違いなく、消耗の度合いである。

 

「世界の抑止力に召喚されているとしても、マスターに寄生をしているサーヴァントはあくまでもマスターの魔力に寄与するしかない。英霊ノアを維持しているだけでも、精一杯であるというのに、あんな全力戦闘を続けてしまったら、当然、消耗が激しくなるのは当然のこと、自壊してくれるのならそれに越したことはないけれどね」

 

 そう遠くない戦いの決着を見越しながら、桜華は笑みを零す。どんな結末になるにしても、自分がここに来た最低限の仕事を果たせるであろうことに確信を覚えればこそ。

 

「兄様はどうされているかしら?」

 

――王都ルプス・コローナ――

「はぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「くっく、ははははは、滾るな、滾るぞ、ランサーよ、貴様の力の総てを吐きだせ。余を楽しませるがいい……!!」

 

 王宮より始まった戦いは王都の中を縦横無尽に動き回りながら、王都の郊外へと移動しようとしていた。リゼをその背に載せたランサーとライダーは共に自身の愛馬に跨りながら、建物とインフラに囲まれて、平地のように動き回ることができない市街地の中を一度も馬から降りることなく翔け続けているのであった。その馬捌きは常人が想像する馬の扱い方ではなく、明らかに魔境に足を踏み入れた者の扱い方である。

 

 彼ら双方の愛馬もまたサーヴァントに召喚された英霊、あるいは宝具の一種であるからこそ可能な芸当ではあるが、いかにサーヴァントとして強化されているとはいえ、できないことができるようになるわけではない。

 

「ランサー、平地を駆けるだけの騎士であると思っていたが、中々存外にやりおるわ。馬を使っての戦いは無敗であったか。であれば、余が貴様を最初に負かした相手となるわけだ」

 

「そうですね、侵略王。貴殿が勝つことができるのであれば、そのような話しになりましょう。もっとも、貴殿の覇道は此処で終わりますよ。私は常勝無敗の騎士ですから」

 

 馬上槍と戟を互いにぶつけ合い、交差させ、時には愛馬自体が体当たりを仕掛け、相手を落馬させようと常に攻撃を続けていくが、どちらも決して足が地面につくことはなく、三次元的な動きをしながら、ここまで互角の戦いを演じていく。

 

 双方ともに、ここまで自分と同じ領域の中で闘えた相手と出会うのは初めてのことだ。かたや騎士として、かたや遊牧民族の王として、馬の扱いにかけて当代随一の存在であっただけに、異なる時代の覇者と戦えることに喜びを見出している。

 

 ウィリアムも侵略王も自分の実力は絶対の自信を持っているからこそ、決して譲らない。

 

(確かに実力はほとんど互角、でも、ランサーの宝具は既に発動している。強制的に遠距離攻撃や範囲攻撃を無力化するランサーの宝具なら、ライダーの大規模攻撃を潰すことができる……!)

 

 ライダーの戦闘能力が絶大であることはリゼもランサーもよく理解しているが、やはり最も恐れるべきは、規格外の宝具だ。騎兵のサーヴァントはえてして宝具が絶大な力を発揮するものとして用意されている。

 

 リチャード獅子心王の聖剣の輝きが最大の出力であるランサーにとって、火力の勝負に持ち込まれることはできれば避けたい。このまま、あくまでも戦士としてライダーを己の実力で倒す。それこそが、この場でもっとも、勝利を掴むことができる可能性であると言えよう。

 

『王よ、先程話した通り、ランサーと対峙している場合は範囲攻撃宝具を使用することはできません。おそらくは王の軍勢を呼びだすことも難しいでしょう』

 

「彼奴らは彼奴らで余を倒すための算段を十全に備えているということだ。良いではないか、これまで肩を並べていた相手が、突如として余に牙を向く。モンゴル高原を思い出すなァ、灰狼」

 

『できれば思い出したくはありませんよ。対外戦争を仕掛けている時よりも、あのごろの方が何度も肝を冷やしました』

 

「確かに忌まわしいことも幾度もあったが、だからこそ、我らの軍勢はより強くなることが出来た。かつての敗北が今の余を作り出してくれた。ふっ、常勝無敗か、ランサーよ、貴様は確かに強かろう。貴様のような配下がいれば、余はさらに多くの領土を手に入れることが出来ただろう。

 だがな、余はお前に負ける気はせんよ、敗北を知らぬことこそが、貴様の最大の弱点であると知れ……!」

 

「――――――、ランサー、気を付けて、新手が来るわ!」

「ぬぅぅぅぅん!!」

 

 ウィリアムと侵略王の戦いに割って入るようにして飛び込んできた三人目の敵手、やはり愛馬に跨り、刺突の一撃を放つが、それをランサーはすんでの所で回避し、ようやく、広大な空き地となった王都郊外部分にて着地をした。

 

 しかしてそれが息継ぎが出来る状況になったのかと言われれば全くの別だ。状況は先ほどの互角状態から大きく変わってしまったと言える。

 

「ランサーよ、貴様と余の戦い方は似ている。しかし、一つだけ異なることがある。それはな、手数よ」

 

「王よ、辿り着くことが遅れたことを詫びましょう」

「構わん、スブタイよ。お前が最初からいては、余の楽しみが減ってしまうではないか」

 

 乱入をしてきたのは、侵略王にとって腹心の部下ともいえる四駿が一人にして、最強の部下であるスブタイである。最初からランサーとの戦闘に乱入する手はずとなっていたのだろう。淀みのない乱入劇は、ランサー陣営にとっては決して喜ばしい状況ではない。

 

(マズいな、手数の問題は確かにある。七星側の陣営と決別した私には頼れる相手がいない。レイジ君たちと一緒に協力するなんて、今更どの面を下げてって話しだし、ランサーだって、あっちのランサーとの戦いの傷が完全に言えているわけじゃない。ここでランサーと同等の相手を二人も相手取るなんて、流石に無謀が……)

 

「マイマスター、案ずる必要はありません。例え、どれだけ不利な状況であったとしても、私は必ず勝利を手にします。白兵戦である限り、私に敗北はありえません」

「………うん、勿論、信じているよ、ランサー」

 

 根拠のない自信でしかないことは分かっているが、それでも、ランサーが口にした言葉はリゼの心を奮い立たせる力があった。それこそ常勝無敗の騎士であるからこそ口にできる言葉である。

 

「勇ましいな、ランサー、しかし余は勝利こそを望んでいる。貴様の宝具は全部で五つあると聞いた。であれば、余はこれから、その一つ一つの宝具を順繰りに潰していくとしよう。そうして何もかもが丸裸になったところで、貴様に最初にして最後の敗北を刻んでくれよう」

 

「東洋の王というのは随分と饒舌なのだな。御託はいい。私を倒せると豪語するのであれば、実力でそれを示してみればいい。もっとも、二人がかりで戦うなどという選択をした時点で優劣は既についていると考えることもできるが?」

 

「抜かせよ、西欧の騎士こそ実力で物事を語ると思ったぞ。だが、それもまた許そう。余は貴様を認めている。総てを嬲り、そして総てを蹂躙する。貴様と言う好敵手と戦えたことにこそ感謝を覚えているのだからな、行くぞ、スブタイ。まずは、奴をあの馬から引きずりおろす」

「御意」

 

 舌戦でも双方ともに譲ることなく、地上へと降り立った者たちはそのまま白兵戦へと突入、既にマスターたちの介入する余地もなく、東と西の愛馬を扱う者たちの戦いは第二段階へと突入した。

 

――王都ルプス・コローナ・スラム街――

 全力を出すことができる時間は早々長くはないことは、召喚された時から理解していた。英霊ノアを召喚したマスターは、典型的な身の程知らずの魔術師であった。タズミに美味い儲け話でも聞かされたのだろう。身の程知らずの魔術師は、その腕前も大したことのない二流ではあったが、聖遺物を見つけることに関してだけは一級品だった。

 

 ノアの方舟の破片、ナノマシン生命体であったノアの遺物を見つけ出した男はそれを触媒として召喚を行い、見事、英霊ノアを召喚した。そして、召喚をした瞬間に、ノアによって自我を奪われ、今日までアーク・ザ・フルドライブの名で活動を続けてきた。

 

 彼が聖杯戦争に何を願うつもりだったのかは知らない。抑止力がノアを召喚し、ノアが活動をするためには寄生するための人間が必要であった。不幸なことである。もしも、彼が箱舟の破片など見つけることが無ければ、もう少しだけ長生きすることが出来たはずなのだが……、結果的に彼は世界の為にその肉体を使われることになった。

 

 召喚された当初からアークは自分自身の全力戦闘に身体が耐えられるのは多くても二回までであろうという目算を立てていた。自分自身の魔力消費はかなり大きい。オリュンポスの神々より分離したノアの本体の大きさを考えれば、魔力消費の多さは容易に想像できるし、肉体として使っている魔術師の魔力に依存している。

 

 英霊ノアという規格外の存在をこの世界に繋ぎ止めておくことは並大抵のことではない。星灰狼が侵略王と言う規格外の存在を運用するために人造七星と言う魔力袋を生み出したのもそうした側面があればこそだ。

 

 全力を持って戦えば、遠からず、英霊ノアにとって致命的な時が訪れることになる。それを理解したうえで、そんなことは承知の上であると言わんばかりに、アークは完全展開した宝具が一秒ごとに崩壊と自己回復を繰り返しながら、セイバーに対して果敢な攻撃を続けていく。

 

「はっ、ははははは、どうしたどうしたキュロス、まだだろう、まだ吼えることができるだろう、溜っているものがあるのなら、全部吐きだしちまえよ、どうせ、聞いているのなんざ俺達くらいだ。構うことはねぇ!!」

 

「構うことはない、だと……? 馬鹿を言うな、儂は何も耐えておる者などない。総ては至るべきところで、収まるべきところに収まっただけなのだ! 余計な口を挟むな、ノアよ! 儂はこの聖杯戦争に勝利すると決めたのだ!」

「それが神の望みかよ!」

 

「己の使徒が勝利をするのだ、神が怒りを向ける理由などない!」

「そうかい、まったく不器用な奴だぜ。お前の望みはお前の望み、それでいいだろうが」

 

 キュロスの言葉尻を聞いて、やはりキュロスの目的と神の思惑が微妙にすれ違っていたであろうことをアークは確信する。

 

 キュロスとてターニャを救いたかったはずだ。彼が何を見て、何を想って、そのような考えに至ったのかをアークは知らない。あくまでも推察するしかないが、キュロス二世という英霊のことを知れば知るほどに、この英霊であればそうするだろうという確信だけは強くなっていった。

 

(人々から望まれて救世主になった。俺の場合は自己満足だったが、テメェは本気で救おうと思ったんだろう? そんな奴が助けを求める少女の願いを聞き入れることができないわけがない。総ては収まるべきところに収まる。そんな言葉で自分の失敗を正当化しているんじゃねぇよ、もっと足掻けなかったことを嘆けばいいじゃねぇか!)

 

「不快だな、その何もかもを理解しているとでも言いたげな態度が。儂の心根は儂にしかわからん。この身は神の使徒であれば、神の降臨を以て善政を敷くと知れ!! そこに至るまでに多くの犠牲があるだろう、苦しみがあるだろう。されど、神はその総てをお救いになられる。それこそが絶対たる善神、アヴェスターに刻まれたこの世界の救済の時である!!」

 

 円筒が回転を始める。これまでファブニールを始めとした多くのサーヴァントを相手に放ってきた救世王の最大の宝具がその力を発露しようとしている。鋼鉄を纏ったアークの破壊、言うまでもなく直撃すれば、絶対に吹き飛ばすことができるという確信をキュロスも持ち合わせている。

 

(そう、総ては神の思し召し通り、であればここで、儂が放つ力は必ず英霊ノアを倒すことができる。総ては予定調和の如く……!!)

 

「円筒印章―――解放。これは救世のための戦である!!」

 

 回転する剣に魔力が収斂されていく。解き放つその瞬間を待ちわびているかのように力を持ち合わせた剣を振りかぶる。それは救世の光、多くの人々にとっての救世主となった男が、生涯掲げ続けた救世の光、その光に導かれる形で多くの人々が救われてきた。

 

 英霊キュロス二世を象徴する光が、かつての救世主へと放たれる。

 

「宝具―――『解放せし、救済の剣(キュロス・シリンダー)』!!」

 

 黄金の光が周囲一帯を呑み込んでいく。その日、スラムにいた人間たちのほとんどが、停滞するこの場所で眩いばかりの光を見つめた。

 

 その光によって何かが変わるわけでもないというのに、不思議と明日から世界は変わるのではないかという希望を抱いてしまうほどであった。それほどまでに眩い、人は希望を抱く時に本質を見るのではない。己を救ってくれるのだと信じられる者にこそ希望を見出す。

 

 キュロスの放った光は相手を滅ぼすための光であったが、瞬く黄金の光は誰にとっても、世界を照らす光であることに間違いはなかった。周囲一帯の総てを呑み込み、破滅を齎す光を前にして、アークには一切の逃げ場所がない。

 

「――――勝負あったわね」

 

 桜華はポツリとつぶやいた。その圧倒的な光によってすべてが呑み込まれた瞬間に、勝負は決まったのだと言わんばかりに。そう、誰にとっても勝負は決したと思われていた。邪竜すらも抗う事の出来なかった救世の光はいかに救世主であろうとも抗うことは――――

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「――――――――――」

 

 しかし、その絶叫と共に稲妻の如く、閃光が黄金の光を切り裂いていく。まるでそこだけが黄金のテスクチャに塗りつぶされることを拒絶しているかのように、抗う鋼鉄の閃光が拳1つで救世の光を突き破ってセイバーへと肉薄していく。

 

「この肉体はぁぁぁ、この鋼の身体はぁぁぁぁ、総ての災厄から救済を求めるモノを救うためにある!! 助けを求める声がある限り、俺は屈しない、何があろうとも、英霊ノアはあらゆる災厄を振り払う!!」

 

 ありえない、キュロス・シリンダーはまさしく救済の光、キュロスの救世主伝説を概念化し、あらゆる存在を救い上げるための光であるというのに、どうして抗えるというのか。

 

 世界の抑止力と言う役割のくびきから解放してやるために放たれたはずの攻撃が耐えられている。勿論、秒ごとにアークの肉体は崩壊し、すぐさまナノマシンによる自己修復を果たしている。破壊と再生、絶え間なく行われているその事象の中でアークは只突貫する。その拳が攻撃を放ったセイバーへと届くまで、疾走を続ける。

 

「理解できぬ、何故だ、何故ッッッ!! 救済をする者だと? そんなものはいない。今の貴様は何処までも孤独な筈だ!」

 

「馬鹿を言えッ、俺の隣で歯を食いしばって戦っている奴がいる。まだ終われないと願っている奴がいる。何よりも――――夢破れて救いを願っている大馬鹿野郎が、今、俺の目の前にいるんだッッ!! 救わないわけにはいかないだろうがぁぁぁ!!」

 

 そう、誰よりも救わなければならない相手は目の前にいる。神の使徒であると自分に何度も何度も言い聞かせ、それでもなお救いを求めようとした男を他に誰が救えるというのか。だからこそ、男は疾走する。こ

 

れが彼の役割からすればあまりにも無意味な、無駄な戦いであると知っていても、それでも救いの手を差し伸べる為であれば、彼は笑ってそれを必要なことであったと宣言するだろう。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 そうして、黄金の光すらも突破し、鋼鉄の身体が攻撃を放ったキュロスへと肉薄する。迎撃をするべきであるとキュロスの全身が警告を上げるが、何故か彼の身体は動かなかった。理由を求めれば彼はきっとこう言っただろう。

 

 見入っていた―――自分の役目も目的すらも擲って救うべき対象の為に手を伸ばす。それは誰よりもキュロスこそが為し遂げたいと思っていたことだったからだ。

 

 それをこうまでまざまざと見せつけられてしまっては、今更抗うための理由を持ち合わせることができない。神の啓示は確かにあった。しかし、先にキュロスの心が英霊ノアに屈したのだ。

 

 真なる救世主とは、その行動を以て人々を救済する、キュロスが為し遂げられなかったことを目の前で実行して見せる。それはキュロスの鼻っ柱を折ると同時に、彼にとっては救いであったのかもしれない。

 

「届けぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 絶叫と共に放たれた拳がキュロスの心臓へと叩き付けられ、鋼鉄の拳が背中を突き抜けて、キュロスの身体に絶命と言う結末を与える。

 

 同時に役目を終えたことを理解したのか、アークの身体を覆っていた鋼鉄の鎧が消滅し、消耗しながらもいまだに強気な表情を崩さないアークの姿が見える。

 

「何故――――、何故、救おうとしたのか。儂は所詮、敵であり、そなたにはもっとやるべきことがあったはずだ」

 

「理由……? 馬鹿言え、そんなもん、泣いているガキを救うことに理由がいるか。どれだけ救世主面をしようとも、お前だって、俺からすれば救うべき子の1人だよ、キュロス」

「――――――――」

 

「お前はよく頑張った。誰もお前のことを祝福しなかったとしても、俺だけはお前を労ってやる。何も残せなかったとしても、お前の心は俺に伝わった。だから……、神がどうのとかはもういい。お前はお前の役目を立派に果たした。ただ、巡り合わせが悪かっただけだ。自分を責めるな、誰が許さなくても、俺がお前を許す」

 

 侮蔑でも説教でも何でもなく、アークがキュロスへと向けた言葉は労いと許しだった。誰にも本心を打ち明けずに戦ってきた男に、夢破れそれでも自分の在り方で闘おうとした男に安らぎを与えられるのは自分しかいないだろうと踏んで、この戦いに臨んだ。

 

 キュロスの本心を理解しながらも、救う事が出来なかったことを恥じているのは自分も同じだったからこそ。アークは自分こそがセイバーとの決着を付けなければならないと考えていたのだ。

 

「途中で救うことを諦めた儂と、最後まで救うために足掻いた貴殿では、文字通り役者が違ったということとか、この心臓を突き破られた理由も良く分かる。神より与えられた啓示を果たすことが出来なかった身には当然の末路か」

 

「だから、そう自分を責めるもんじゃねぇよ。お前はよく頑張った。自分の信仰も向けられる期待も、自分の在り方もぜんぶ叶えようとした結果じゃねぇか。何か一つを取った方が楽だった。それでも、その楽に流されずに戦おうとしたことを、まずは誇れよ。誰がお前を認めなかったとしても、俺は認める。認めてやる。胸を張れ、キュロス。

 お前は只の神の操り人形なんかじゃなかったんだから」

 

 つい先ほどまで命の奪い合いをしていたことが嘘であるかのように、優しい声色でアークはセイバーを称える。壮年期で召喚されているキュロスにとっては、人を救うことは当たり前、キュロスに救われることは当たり前であると誰もが思っていた時分だ。

 

 こうして誰かに掛け値なしの褒め言葉を貰うことなどそうそうなかったはずであり、キュロスは何処か童心に返る思いであった。いや、むしろ、そのように思わせるだけの力が英霊ノアにはあるのかもしれない。

 

 黄金色の光がセイバー:キュロス二世の身体を包んでいく。それがサーヴァントとしての霊核が破壊され、この世界から退去する証であることは今更言うまでもない。

 

 キュロスは敗北した、神の願いを叶えることもできず、さりとて、少女一人を救う事も出来なかった。多くの者から慕われる英霊として、彼は限りなくこの聖杯戦争の中で失敗を続けてきてしまったのだろう。

 

「ああ、だが、ほんの少しではあれども、救われたものがあった。存外、悪くないものだな、誰かを救うのではなく、己自身が救われるというのも」

 

 最後にほんの僅かな救いを得ながら、セイバーは消滅した。七星側陣営の中でも、ライダー同様に圧倒的な力を常に誇ってきたセイバーであったが、同様に規格外の英霊であったノアの宝具を全開放した状態の前には屈する他なかった。

 

 これにて七星側陣営は離反したランサー陣営を除けば、いよいよライダーとキャスターのみとなった。

 

「仕方がなかったとはいえ、随分と力を使っちまったな。だが、それでセイバーを救えたのなら――――――ごふっ」

 

「ええ、セイバーは良い仕事をしてくれたな。どうせ、最後には勝利者になることができないサーヴァントとして最大限の働きをしてくれた。神様も感謝しているんじゃないかしら? ここまで英霊ノアを消耗させてくれたんだから」

 

 桜華はニッコリと笑みを零す。勝負があったと彼女はキュロス・シリンダーの中を駆け抜けるアークを見て言った。それはこの勝負がセイバーの敗北に終わることを意味していると同時に、アークが消耗甚だしい状態になることを確信しての言葉だった。

 

 キュロスが消滅し、アークが一息をつく瞬間、背後より迫る刃はアークの防御の隙を拭うようにして、アークの霊核へとその刃を届かせた。

 

「ふふっ、やっと隙を晒してくれたねぇ。英霊ノア。ずっとこの時を待ちわびていたんだよ。セイバーには感謝しないとね、あの厄介な鎧を吹き飛ばしてくれたんだから」

「テメっ……ライダーの……」

 

「四駿が一人、ジュルメだよ。我らが王を脅かす存在は排除する。あと少しで我らの悲願へと手が届くんだ。世界に呼び出されたとかどうとか知らないけどね、アンタは此処で退場だよ」

「然り――――すべては収まるべきところに収まる。キュロスが言った通りだよ、アーク・ザ・フルドライブ、ここが君の墓標となる」

 

 そして、ジュルメの背後からそれは姿を現した。救世主の英霊セイヴァーこと、ザラスシュトラ、キュロスをも凌ぐ真の救世主たる英霊は、灰狼と自分の脚本、そのどちらにとっても邪魔でしかない存在をようやく討ち取ることができる状況へと持ち込めたことに喜びを覚える。

 

「くそ……しくじった、ぜ……」

 

 バタリとアークはその場に倒れ伏す。まだレイジを仲間たちの下へと連れていくという目的を果たすことが出来ていないというのに、アークの身体から徐々に力が抜け始めていく感覚を生じている。それが遠くないサーヴァントとしての死を意味することはアーク自身も理解できることであった。

 

――王都ルプス・コローナ正門前――

「こうしてお前と対峙をするのも三度目か」

「そして、それは己にとっての屈辱の記録でもある。己の英知によって生み出したこの肉体を幾度となく敗北に追い込まれたこと、貴様に勝利しなければ忘れることは出来にだろう」

 

「そうか、ならば、残念だが、お前がそれを忘れることは不可能だ。お前は今日もまた俺に敗北して終わるのだからな」

「抜かせ、今度は手落ちなどとは言わせんとも」

 

 スラムでの戦い、そして王都を駆け抜ける戦いが起こる最中で、夕日に彩られるようにして、第三の決戦が幕を開けようとしていた。

 

 ロイ・エーデルフェルトとカシム・ナジェム、因縁に彩られた二人の決戦は今日を以て結末を見る。そのように二人は理解していた。中座はない、もう一度もない。今日という日に自分たちのどちらかが命を落とし、決着がつくと予感していたのだ。

 

「セイバー、ルシア、俺がさっき言ったことは覚えているな。任せるぞ」

「うん……」

 

「はっ、何を言うかと思えば。お前の方こそ、下手を打つなよ」

「兄様、何ですか、その反応は!」

 

「くく、姦しいのぉ。だが、その姦しさもいずれは聞こえなくなると思うと、この世の不条理さを感じずにはおれんなぁ。そうは思わんか? いかにサーヴァントと言えども、永劫の生命を手にすることは出来ぬ。命を喪えば消えるしかない。そなたも同じだ。如何に肉体が不死身であろうとも、耐えきれぬ痛みはある。

 灰狼にはここまで随分と楽しませてもらったからのぉ、最後くらいはあやつらのために奮起してやるのも悪くは無かろう」

 

 そして、ロイとカシムが対峙する横で、サーヴァント同士の戦闘も始まりを迎えようとしていた。これまで幾度も幾度も、一行を悩ませ続けてきたキャスター、間違いなく七星側陣営におけるもっとも危険な相手であり、彼女を倒して、ライダーとの決戦に持ち込むことができるかどうかで難易度は大きく変わってくる。

 

 だからこそ、何があっても此処で倒さなければならない。セイバーもルシアもそれはよく理解している。たとえ、何を代償にしてでも、ここでこの錬金術師を倒す事こそが結果的に自分たちすべての勝利に繋がるのだと。

 

「さぁ、戦い始めよう、ロイ・エーデルフェルト。己の知恵を出し尽くしたこの機構が、貴様の命運を終わりに誘う」

 

 カシムの背中に機械の翼のようなものが展開する。それは光を放ち、黒色の粒子のようなものを周囲へと撒き散らす。見るだけで禍々しいその光景、今度は何を企んでいるのかもロイには分からないが、正面から叩き潰せばいいだけだ。

 

 長きに渡る因縁を終わらせるために、三度目にして最後の激突が始まりを迎えるのであった。

 

第20話「slash」――――了

 

 ――ぶつかって逃げ込んで、僕はいつしかここに立ってた。誰もが憧れるヒーローになりたくて、でもなれなくて。すれ違いの物語よ、さよなら

 

次回―――第21話「敗北の少年」

 




次回はキャスター戦も開始、そしてレイジは再び立ち上がることができるのか、更新派4日後の11日です!


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第21話「敗北の少年」①

 単純な話しと言うわけではないが、レイジ自身の出自の話しを聞かされて、ストレートな胸糞悪さを覚えた。自分自身とも少しばかり重ねるところはあったかもしれない。

 

 最初から定められた滅びへと進むことを目的とされ、破滅することが望まれていたレイジと生まれた瞬間から存在を疎まれていた自分、似て非なる存在であることは確かだが、世界に望まれずに生まれてきてしまったという点においては、似たようなものであるとロイ・エーデルフェルトは思っていた。

 

 そもそも、そんな激情のようなものがいまだに自分の中に残っていたことにもロイは驚かされた。自分自身の感情、怒りや対抗心と言ったものは良くも悪くも10年前の秋津の聖杯戦争で使い切ってしまったものであると思っていた。ある種の抜け殻、あとは余生を過ごすだけという気持ちで世界を回り、巡り巡ってこの聖杯戦争に辿り着いたロイとしては、それがとても意外なことのように思えた。

 

 桜子以外の仲間たちに対して、仲間意識を持っていないというわけではない。彼は関わった人間たちのことは平等に信頼しているし、そもそも、よっぽどのことがない限り人を嫌いになることがない。幼少期という愛を捧げられるべき時期に疎まれ、拒絶され続けてきた彼にとっては、並大抵の人間は嫌うことや憎むべき対象にすら上がらない。どこまでも自分の身内に比べれば怒りを覚えるような相手ですらないと結論付けてしまう。

 

 そんなロイ自身がレイジの話しを聞かされた時だけは、静かに胸の中で怒りを見出していた。どれ程までに愚かしい発想を抱けばそのような行為が出来るのかと思うほどに。

 

 正直なことを言えば、ロイはレイジの復讐自体には興味はなかった。まぁ、そのような生き方もあるだろうし、レイジがそれで満足をするのならば自分が口を挟むことではない。あくまでも、仲間の一人として付き合っていく。その程度の考えでレイジと向き合っていたことはロイも否定することはない。

 

 誰だって必ず願いを叶えることはできない。レイジがどれだけの克己心を抱いて、戦いに臨んでいたとしても叶えられないこともあることをロイは知っている。自分は生まれた時から持ち得た忌々しい才覚があったからこそ、運よく聖杯を掴むことが出来たが、誰もが同じことができるわけではないことをよく理解している。

 

 だが、願いが叶わないのだとすればあまりにもレイジが報われない。短くない時間をレイジと共に過ごしてきた。彼はただ復讐のためだけに生きているわけではなく、確固たる信念のもとに、自分の描く未来を掴むために戦ってきたはずだ。利用されているとしても、騙されているとしても、それが本人のモノであるのならば好きにすればいいが、その思いすらも生み出されてしまったものであったとすれば、それはあまりにも救いがないという他ないし、そこまで人間を徹底して道具のように扱うことができる灰狼にもカシムにも怒りを覚えたことは事実だ。

 

 畢竟、ロイ・エーデルフェルトは生まれた時から袋小路のような人生に立たされていたレイジに同情と救いを求めているのだろう。何をすればレイジが救われるのかはロイにも分からない。ロイには聖杯戦争に勝利するという明確な目的があった。その目的を叶えることによって、自分の人生を逆転させることができた。しかし、レイジはそこまで簡単な話しではない。自分自身すらも虚ろな彼がどのようにすれば救われるのかが分からない。どれほど魔術師としては天才的であったとしても、そこに回答を見出すことは出来ず、ロイに出来ることと言えば、そんなレイジの無念を晴らすことでしかない。

 

「セイバー、ルシア、キャスター陣営と戦う前に一つだけ話しておきたいことがある」

 

 王都正門前、キャスター陣営に指定された決戦の地へと訪れたロイは己のサーヴァントであるセイバーと協力者であるルシアを前にして、とある話を持ちかけた。その話を聞かされたセイバーとルシアは共に驚きの表情を浮かべ、カストロは明らかに不機嫌な様子を浮かべる。

 

「耄碌したか人間、そのような弱気を抱いた人間が主であるなどと俺は許さんぞ!」

 

「弱気じゃない。これは勝利をするために必要なことだ。カシム・ナジェムは執念の怪物だ。間違いなく俺を本気で倒すための策を用意してきたはずだ。負けるつもりはない。俺は天才だ、奴が何をしても勝つ。だが、万が一は当然にありえる。その万が一が起きた時には、さっき俺が口にしたことを忘れないでもらいたい」

 

「ねぇ、ロイ、こんなことを聞いたら、それこそ弱気だって思われるかもしれないけれど、勝算はあるの? キャスター陣営は底が知れない。私達に見せていない奥の手だってまだ眠っているかもしれない。それを相手に私達は――――」

 

「勝算はある。そもそも、負けるために此処に来たなんて奴はこの四人の中にはいない筈だ。その上で、俺はキャスター陣営を倒せると確信している。カシム・ナジェムは怪物だ。だけど、怪物であるからこそ、倒すことができる光明を見出すことができる」

 

 ロイ・エーデルフェルトの辞書に敗北の二文字は存在しない。これまでロイが戦って来た中で唯一敗北の瀬戸際に立たされた桜子との戦いですらも最後は勝利をおさめ、カシムとの戦いもこれまで全てにおいて圧倒してきた。こと人間同士の戦いにおいて、ロイを破ることができるモノはこの世に存在しない。それほどまでの自負を持っていると言っても過言ではない。

 

 しかし、そんなロイをして、此度は予感がある。もしかしたら、自分は初めて敗北を知らされることになるのではないかと。カシム・ナジェムは執念の怪物だ。悍ましいほどの次元でロイへの勝利を渇望し、その願いに総てを費やしている。あの怪物であれば何をしてきてもおかしくはない。ロイの考えている予想を簡単に覆して、これまでの趨勢をひっくり返すような何かをしてきても何ら不思議なことはないのだ。

 

 そのような予感と共に対峙したロイの前でカシム・ナジェムの背中より大型のエコー発生装置のような、スピーカーのような何かが展開される。さながら、空中を飛翔するための翼に増設して装着されたそれが、暗い紫色の光を発すると周囲に何かの霧のようなものが散布され始める。

 

(毒……? いや、循環器に異常は見られない。何だ、あれは……?)

 

「己は自分自身の設計コンセプトを見誤っていた。ロイ・エーデルフェルトという存在を倒すために本当に必要なモノが何であるのかを見誤っていたがために二度の敗北を喫した。貴様の口にするとおりだった、己は目先の利益に目がくらむばかりで本質的に貴様を倒すための手法を見誤っていたのだ」

 

「へぇ、なら、今回の君はその失敗点を完全に克服してきたということなのかい?」

「無論」

 

「そうか、なら、君の回答に点数を付けてやろうじゃないか。悪いが俺は、自分自身に弱点があるなんて思っていないけどな。真に最強って言うのは、弱点なんてものがない存在のことを言うんじゃないか?」

 

「然り―――貴様は最強だ。己が心血を注いで上回ることを望むほどに貴様は魔術師として完成され過ぎてしまっている。しかし、完成され過ぎているからこそ、貴様は己に敗北する」

 

「お前と禅問答をするつもりはない。どうせ、自分以外の何者にも興味なんてないんだろう?ただ強くなって勝つこと、それだけを必死に追い求めてきた狂人の相手にも飽き飽きしてきたところだ、今日でお前との付き合いも終わりにさせてもらうさ」

「そうだな、己もいい加減、お前の敗北する姿が見たくて仕方なくなってきた頃合だ!」

 

 先に動き始めたのはカシムである、背中のスラスターが火を噴き、一瞬にしてロイとの距離が近づく。無論、その鋼鉄の身体にはロイの流体魔術を受け流し、無力化する力が備わっている。その上での肉弾戦、以前はロイにその戦い方を逆手に取られたことによって同様で敗北を喫したが、その時の意趣返しをするとばかりに自らカシムは近接戦闘を選択した。

 

「その判断には敬意を表するが、同じことをしているのなら、同じことが起こるだけだぞ」

 

 当然にロイも前回の戦闘と同様の判断を下す。確かに流体魔術によって、カシムの身体に傷をつけることはできないが、自分自身の肉体を流体魔術によって強化することで、無理矢理な破壊力を出すという戦い方、前回のスラムの戦いは加えて、アサシンによる妨害が為されていたこともロイを不利にする大きな要素であった。その問題がなくなったとなれば、ロイにとってこの場の戦いは何ら心配する様子がない。

 

 鋼鉄と生身の拳が重なり合い、互いに蹴りと拳による攻撃が重なり合っていく。まともに考えれば先に拳が砕けるのはロイであるが、流体魔術による重力制御、加速度強化によって、カシムの強化された鋼鉄の拳と真っ向から戦いあう事が出来ている。

 

 魔術を使った戦闘では、カシムはロイに逆立ちしても勝てない。ただ、ロイが普通に魔術を行使しているだけで勝負はあってしまうだろう。それが肉弾戦となれば話は別、となるはずだったのに、こちらも拮抗している。

 

 ロイ・エーデルフェルトは生まれながらの天才である。誰に師事することもなく、自らに内包されている規格外の魔術と才覚を使いこなすことが出来ていた。もしも、彼が魔術師として祝福されて生まれてきていたとすれば、彼の人生は全く違うものであったかもしれない。

 

「思ったよりも変わっていないな、弱点を改善してきたと聞いたが、この程度か? 人体改造程度では俺には追いつけないと教え込んだはずだぞ?」

「今に分かる」

 

 ロイの拳を鋼鉄の腕で受け止める。火花を散らして、表層が損失するが、鋼鉄の身体はその程度では痛みを覚えず、ロイの腕を掴むと、関節と筋肉を破壊するために締め上げる。

 

「ぐっ――――」

「生身である時点で、貴様と己には大きな違いがある。痛みを感じるかどうかだ。どれ程の魔術を使えたとしても……!」

 

 ゴギリ、嫌な音が周囲に響き、ロイの表情が苦悶へと変わる。しかし、カシムが一撃を極めると同時に、ロイの拳がカシムのヘルメットに叩き付けられ、カシムの身体が吹き飛ばされる。

 

「ああ、確かに痛みを覚えるというのはお前とは違う点だな、互いにまともな人間の戦いをしているわけではないが、そこだけは俺の方がまだ人間に近い。もっとも、その程度の弱点も織り込み済みだぞ」

 

 ブラブラと垂れる腕を鞭を振り回すように動かすと、ガチリと関節がハマる音が聞こえる。流体魔術によって外れた関節を無理やりにつなぎ直した。若干違和感を覚えるが、あとは治癒力に任せにすればいい。

 

「化け物め」

「お前にだけは言われたくないよ……」

 

 一通りの交差を終えたが、ロイの体感からしてもそこまで大きな変化は見られない。カシムはロイの生身の身体を破壊することに拘っているようだが、それで七星の魔術師として勝利を手にしようとしているのであれば本末転倒だ。ロイに勝つことが出来ればいい、その思想に染まりこみ過ぎてしまっているとすれば、執念ではなく妄執だろう。七星の魔術師として勝利をする。その基本理念を忘れれば、狂信者ではなく、ただの怪物である。

 

(身体の違和感が拭えないな、戦闘中だからか、身体の治りが悪い。いつもなら魔力を少し使えば修復されるのだが……)

 

 カシムとの戦闘の最中で魔力をうまく回すことが出来ていないのかとロイは解釈する。然したる問題ではない。流体魔術を使いこなしたところで、カシム自身にダメージを与えることが出来ないのだから、あくまでも肉体補助として機能していればそれでいい。

 

(例え、鋼鉄の身体でも、必ず限界が訪れる。俺はそこを叩くだけだ)

 

「まだだ、まだ倒れぬとも。栄光はすぐそこにある。手を届かせるまでは、己は決して倒れん」

 

 決して完全な優勢とは言えない状況だが、カシムは二度の戦いよりも遥かに冷静であった。むしろ、何かを待っているような様子でさえある。ロイですらも気づいていない何かがこの戦場の中に蠢いている。まるでそれが花開く瞬間を待ち望んでいるかのようであり、鋼鉄のヘルメットに頭を包んでいながらも、その表情が透けて見えるかのようであった。

 

「くく、我が主も愉快そうに戦っておるわ。いや、実際に愉快なのじゃがな。妾はこの聖杯戦争に呼び出されて、本当に楽しいことばかりよ。古今東西の英霊が集う魔の蠱毒、その中でしのぎを削る人の欲望、錬金の総てを極め、あらゆる欲を満たした妾ですらも見惚れるほどの情念がここには渦巻いておるわ」

 

 カシムのサーヴァントであるキャスター:ヘルメス・トリスメギストスはやはり余裕の表情を崩さなかった。彼女の周囲には魔導書がさながら、自身の周囲を守る衛星のように展開して、セイバーとルシアの攻撃を遮り続けている。

 

 カシムとロイの戦いが始まってすぐに、こちら側の戦闘も始まったわけだが、やはりキャスターの余裕を崩すだけの要素が見られない。

 

 キャスター自身と周囲を飛び回っている魔導書たちが攻防一体の連携を見せており、少しでも綻びを見せなければキャスターを打倒するための展開を見つけることができない。

 

(ヤバいね、こうしてロイを抜きにして戦っていると余計に痛感させられるよ、サーヴァントとしてコイツは間違いなく規格外だ。本当なら、私なんかが戦っていていい相手なんかじゃない。弱点を見つける、あるいは隙を曝け出させる、そういう展開を望んでいたわけだけど、そもそも、こいつには弱点も隙もあるわけがない)

 

 錬金の母としてあらゆる術に通じているキャスターにはほとんどできないことがない。戦闘もサポートも何もかもが自分の想いのままに通じる存在であるという認識で考えれば、キャスターが徹底的に遊びに興じていることも理解できるだろう。

 

「あんた、そんなに何でもできて、つまらなくないの?」

 

「ほぉ、いいことを聞いてくれるな、シスターよ。左様、妾は実につまらぬのだ。どんなことでも出来てしまう。苦労をすることなく最適解を見つけることが出来てしまう。それのなんとつまらぬことか。かつて、人であった頃は自分が万能になることに優越感を覚えていたというのに、サーヴァントとして召喚されたらこのざまだ。聖杯に願う何かがあるわけでもなく、さりとて、自ら退去をするなど面白くもない選択ができるはずもない。さすれば、愉悦を求めるのは当然のことであろう?」

 

 面白くないのであれば面白さを求めればいい。灰狼の思惑に乗ったのは主の命令があればこそであったが、聖杯戦争の勝利を大して求めていないキャスターからすれば暇つぶしにはちょうど良かった。彼女に向かいあう者たちが必死に命がけで戦っているとしても彼女にとっては遊びの延長線上でしかない。

 

「ならば―――これならどうですッッ!!」

 

 瞬間、声がした瞬間にはセイバーは二人同時にその場から消え去っていた。ディオスクロイ兄妹、まさしく光速の速さで動くことのできる神霊、文字通りの光速の速さを以て、キャスターが認知するよりも早く攻撃を決める。

 

 魔力の問題で消耗が激しくなることからも、通常であれば、使用を躊躇う技ではあるが、こと、キャスターを倒すためであれば必要経費であると割り切ることができる。たとえ、彼女の周囲を守る錬金の集大成である書物が存在していたとしても、その動きよりも早く彼女を斬りつければいい。単純な話しである。ロイと言う優秀な魔術師がいればこそ、可能な潤沢な魔力だよりの攻撃ではあるが―――――、

 

「くく、そうこなくてはな、妾の予想を超えて、妾を倒すかもしれない攻撃を仕掛けてくる。そうでなくてはならぬ。そうでなくてはわざわざ聖杯戦争に参加した意味が無くなってしまうからな」

「やった――――!?」

 

 ポルクスによる光の剣の斬撃がキャスターの身体を捉え、彼女の身体から血飛沫が上がる。無論、すぐさま周囲を囲む魔導書による攻撃が降り注ぎ、カストロの盾で防御しながら離れるしかない。しかし、彼女の身体から迸る鮮血はまさしくダメージを与えた証拠である。誇るべき一歩である。しかし、キャスターは自分が傷つけられたにもかかわらず笑みを深める。

 

「くく、そうだ、妾は貴様たちに倒すことができる相手だ。傷つけられればこうして血を流す、霊核を破壊されれば消滅する。不死身の存在であれば面白みに欠けるであろう。だから、証明してやったのだ。そなたたちでも躍起になれば倒すことができるぞとな」

 

「バカにして……っ!! あんたは私達が戦意を挫かれるのが嫌だから、自分の身体に傷をつけたってこと?」

 

「奮起させると言ってくれ。それでは妾が意地悪をしておるようではないか。お主らは妾を倒すために全力を尽くす。妾はお主らの全力を叩き潰す。そういう戦いでなければ面白くなかろう。この宴も間もなく終わりよ。であれば、最後まで、終わりのその瞬間まで楽しまなければ損と言うものだ」

 

 主が狂気に染められているのであれば、パートナーも同じということであろうか。もはやキャスターの言動は真っ当な聖杯戦争の参戦サーヴァントですらも理解できない領域にある。多くの英霊は聖杯に対して叶えたい願いがあり、それを叶えるために勝利を求め続けているが、彼女にとっては半ば聖杯戦争をエンタメか何かのように捉えているとしか思えない。むしろ、その精神性があればこそ、自身を改造する狂気塗れの男の行動を笑ってみていられるのだろう。

 

「ま、そういうわけだ。片や妾が反応できぬほどの速度の神霊、かたや強欲竜に祝福されし不死身の戦士、そなたらであれば、我がエメラルド・タブレットの守護を突き破って、妾を倒すことができるやも知れぬぞ? できなくばお主らが命を落とすだけやもしれぬがな、ふははははは」

 

(ロイは、自分とカシム・ナジェムの戦いの決着がつけばどんな形であれ、キャスターはその目的意識を失うって言ってた。それまで私達が時間稼ぎに徹することだって立派な戦略の一つではあると思う。だけど……)

 

「ごめん、セイバー、私、やっぱり、あいつに吠え面をかかせてやりたい。このまま余裕ぶっこいて、最後まで負けませんでしたなんて顔されるのは我慢がならないわ」

 

「当然だ、ただの人間風情が神と同列になったなどといつまでも大きな顔をされているのは我慢がならん」

「兄様に同意ですね。さすがに我々もサーヴァントとしての沽券に関わりますから」

 

 勝てる勝てないの次元と言うよりも、勝たなければ気分が収まらないという方が正しいかもしれない。その感情すらもキャスターによって用意されたものでしかないのかもしれないが、

 

「では、盛大に始めるよしよう。見事、妾の下にまでたどり着いて見せるがいい」

 

 キャスターの周囲に無数の魔方陣が顕現していく。それらすべてがこれまで、一行を苦しめ続けてきたキャスターの攻撃術式であることを理解し、セイバーもルシアも覚悟を決める。何の問題もなくこれらの攻撃総てを突破することは恐らく不可能だ。相応のダメージを背負って、それでもキャスターの技を突破できなければ、辿り着くことができない蟻地獄に自分たちは今、踏み込んでいる。

 

「上等、やってやろうじゃん……!」

 

 それを覚悟したうえで突破する気概を見せつける。

 

(ロイ、私達も絶対に逃げない。だから、あんたも絶対に勝ちなよ。アンタの力が私達にはまだまだ必要なんだから……!)

 

 王都正門前決戦、戦いは始まったばかりであるが、果たして七星側最強格のキャスター陣営を崩せるのか、その光明は未だに見通しが立たない。

 

――王都ロプス・コローナ・郊外――

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「ぬぅぅぅん」

「その程度の攻撃で、私を倒せると思うな!!」

 

 侵略王とその懐刀であるスブタイの猛攻がランサー:ウィリアム・マーシャルとを捉える。背中にリゼを抱えながら、世界最大の覇者であるモンゴル帝国の武力最強である二人を相手にして、ランサーは決して見劣りすることのない戦いを続けている。あらゆる場所から来る攻撃を人馬一体ともいえる愛馬の機動力と小回りを生かして、回避し、自らも薄氷の上を渡るようなギリギリの見極めで逆に両社に対して槍を放つ。

 

(ランサーは決して負けていない。この二人を相手にしても戦えている。でも、ここまでランサーの戦いを何度も何度も見てきた私だからこそ、分かっちゃう。ランサーの余裕はない。この均衡状態を保つことがギリギリ、この上でもしも、宝具が破られるようなことがあれば……)

 

 ランサーの宝具によって、現在、侵略王は固有結界の展開を封じられている。強制的な白兵戦への持ち込みは本来、ランサーにとって相手の切り札を封じることに繋がるのだが、ここにスブタイという侵略王と比較しても遜色ないほどの絶大な戦力が参戦したことによって様相は大きく変わってきている。

 

 ここまでのランサーの戦いは愛馬に跨り、相手の攻撃を捌き、その場からほとんど動くことなく相手を蹴散らす事さえ見せるほどの圧倒的な戦いであった。しかし、それが今はどうだろうか。ランサーは二体の強者の攻撃を捌き切るために自ら積極的に攻撃を続けて、相手に自分自身へと攻撃させる状況を生み出さないようにし続けている。その有り様は決して絶対強者の戦いではない。

 

「どう見る、スブタイ?」

「敵わないとは思いません。あと一押しがあれば、突破できるでしょう」

 

 そのリゼの焦りは当然に敵対者側からも察せられる。特に戦場を駆け抜け続けてきたこの二体の英霊には、ランサーの力量が窺い知れる。そして、侵略王とスブタイが出した結論は――――単独では勝らないが、集団で闘えば勝利することができるという結論であった。ウィリアムのような騎士であればそのような結論には至らなかっただろう。

 

 彼は騎士だ、己の力量を以て相手を倒す事こそを至上の命題とする彼にとっては一対一の戦いで相手を倒す事こそが誉れである。しかし、侵略王やスブタイは騎士と言うわけではない。

 

 彼らは戦士だ、勝利を手にすることこそが至上の命題でありその為であればあらゆる手段を使うことに是非を問わない。勝つことさえできればそれで十分、それこそがウィリアムと彼ら二人の違いであり、この場において大きな差異を生み出す要因となっている。

 

「さぁ、何処まで抗う事が出来る、輝ける騎士よ!」

「ぬっ、ぐぅぅぅ」

 

 二人の戦士による猛攻、ここまでよりもなお苛烈による攻撃にランサーは何とか対応をするが、突破口を見出すには手数が多すぎる。

 

 これほどまでの攻撃に晒されながらもなんとか、均衡の状態に持ち込んでいるだけでも十分に称賛されるべきではあるが、ランサー自信が口にしたように勝利をすることが出来なければ騎士として忠義の証を立てることができない。

 

「ふむ、我らが王とスブタイを共に相手取って戦うことができる者など、それこそ、キャスターくらいのものだ。まぁ、あれはあれで、そのような状況を生み出す展開を作らないだろうが……、残念だが、リーゼリット女王、貴方に勝ちの芽はない。そもそも、自分一人で俺に勝てると思っている段階で、戦況をはき違えている。なりふり構わない勝利を求めるのならばそれこそ、貴方は彼らと手を結ぶべきだったのだ」

 

 朔姫たちとリゼが万が一にでも手を結べば面倒なことになるのは灰狼も良く分かっていた。かつてはルチアーノをけしかけ、レイジが同盟解消のための導火線になることを期待し、当然のごとく成功した。あそこでもしも、リゼがレイジたち側に靡いていたとすれば、その後の戦いは大きく様相を変えていたことだろう。そうならなかった時点で灰狼の価値の芽は揺るがない。

 

 自分を倒すことができるのは遠坂桜子かリーゼリットのどちらかだけだと灰狼は思っている。ロイ・エーデルフェルトはカシムが己の意地にかけて倒す。英霊ノアはセイヴァーが何があろうとも排除すると考えれば、自分の聖杯戦争における勝利を妨げる可能性のある相手はその二人しかいない。

 

 そして今、リーゼリットは自分に対して無謀極まりない戦いを強いてきた。そして、当たり前のように敗北を喫する。何一つとして灰狼の想定を超える展開は無い。

 

(マズい、私が戦うことができる領域の戦いでない以上、私からランサーを手助けすることはできない。むしろ、私を背に載せているだけ、ランサーの動きが悪くなっている。どうすればいいの、ここからどうすれば―――――)

 

 灰狼は勝利を、リゼは敗北の二文字が近づいてきていることを互いに理解し、その現実に向けて状況が動き出そうとしたその時に、

 

「どうやら、助力が必要なようですね、ランサー」

 

 この場へと乱入してきた二振りの槍が、侵略王とスブタイの攻撃を堰き止め、どこからともなく出現した大河の流れが彼らの身体をランサーから引き離す。

 

「何故……」

「貴方が彼らに対して上手く立ち向かう事が出来ないのは、昨日の私との戦いでの負傷が原因でしょう。であれば、その傷の分程度は私が力にならなければ割に合わない。そのように考えただけですよ」

 

 旧知のランサーの前に姿を現したのは、この聖杯戦争におけるもう一人のランサー、アステロパイオスであった。彼女は昨日、互いに命の奪い合いをしたはずのウィリアムへと加勢し、侵略王とスブタイの前に立ちはだかる。

 

 そして、自分がウィリアム側で参戦する理由は、自分との戦いでウィリアムが負傷したからであると口にしたのだ。

 

 無論、それはあくまでも方便である。ここでランサーと侵略王、どちらを彼女視点で倒すべきなのかなど聞くまでもない。しかし、ウィリアムは騎士としての戦いをしている。そこに割って入るように彼女が参戦したとなれば、ウィリアムはその助力を拒否するであろうことは目に見えている。

 

 だからこそ、あくまでも損失の分を補てんするのだと口にしたのだ。

 

「なるほど、確かに言われてみれば体の動きが鈍いと思っていたところです。その補てんをすることができるのであれば、助力を賜ることも吝かではないでしょう」

「ええ、では、ここからは2対2で闘うこととしましょう」

 

「リーゼリット様!」

「貴方は……桜子さん」

「よかった、朔ちゃんに言われて、リーゼリット様がライダー陣営と戦っているって聞いて飛んできました!」

 

 本来、桜子と朔姫はライダー陣営との決戦があると考えて、キャスター陣営との戦いに出向くことなく、決戦の時を待っていた。しかし、待てども待てども、ライダー陣営が姿を見せることはなく、朔姫が王宮周辺の状況を観察する中で、ランサーとの戦いが繰り広げられていることを理解したのだ。

 

 勿論、これは七星陣営側の潰しあい、合理的に考えれば、どちらの陣営が勝ったとしても消耗するのだから、見て見ぬふりをすることが一番の得策であることは言うまでもない。言うまでもないことではあるが……、桜子のうずうずとした態度に朔姫はサッサと向かえと命令したのだ。

 

『あの女王様が星灰狼と戦い始めたんなら、ここがライダー陣営を蹴落とす最大のチャンスや、あいつらだけでライダー陣営を倒せるとは思えん。桜子、お前に任せる。突破口を開いて来い!』

 

 そう言われ、急いでここまでやってきた、何とかギリギリのところで戦いに間に合う事が出来たのは桜子をしても僥倖であったと言わざるを得ないだろう。

 

 二人のランサー、侵略王とスブタイを相手取るにあたって、これまでに刃を交えてきたアステロパイオスはウィリアムにとって、願ってもない助力である。これならば、侵略王とスブタイを相手に立ち回ることもできるだろう。

 

「くっく、くく、ふはははははははははは、素晴らしい。我らの侵略を阻む者がまた1人ここに姿を見せたか。素晴らしい、戦とはこうでなくてはな、スブタイ!」

「お言葉ですが、ハーンよ。彼女は戦士として優秀です。私がハーンのどちらかが彼女に集中しなければ、危険です」

 

「しかして、それをすれば、ランサーは息を吹き返すぞ。我らの優位はこれにて崩されたということだ。まったく勝負が決まると思った時ほど、上手く行かぬときはないな」

 

 侵略王はそう口にして笑い声をあげるが、スブタイからすれば、ここで勝負を決めておきたかった。侵略王と自分の二人を同時に相手にしても戦うことができる相手に対して、息を吹き返す機会を与えることになるのは、冷静に、勝利を求めるスブタイにとっては必要のない要素であった。

 

「灰狼よ、貴様の抱えている切り札を使う時だ。このような面白き戦、余とスブタイだけで堪能するなど、他の者たちから文句が出るわ!」

「………、承知しました。出来る限り、とっておきたい手段ではありましたが……、人造七星より、我らが王への魔力供給を」

 

 灰狼が侵略王より命令を受諾し、声を上げると、二人のランサーは目を見張った。侵略王の身体に凄まじいまでの魔力が一気に溜めこまれていくのだ。

 

「何が起こって――――!?」

 

「人造七星の魔力ストックを使っての、一時的な令呪代わりの行使、リーゼリット様、気を付けて。おそらくライダー陣営は――――」

「もう遅いよ。我らが王の世界はここに顕現する……!!」

 

「我が蹂躙は世界への牙の突きたて、我らは生きるために進軍し、我らは世界に覇を唱える。それはすなわち、己の生存権を拡大するために、欲し、願い、そして手にする。

 さぁ、同胞たちよ、余と共に来るがいい。あの日の誓いを果たすために、あの日の先へと駆けるために!! 我らは此処に再び、世界へと挑戦する!!

 第二宝具『蹂躙せよ、覇を唱えし草原の狼たち(イェケ・モンゴル・ウルス)!!』」

 

 その口上と同時にこの場の全員を呑み込む形で荒野が広がり、そこに鬨の声が広がっていく。リゼと桜子の目の前に広がるのは、無数の足音、馬の音、そして視界を埋めるかのように広がっている帝国の旗、ギラついた獣たちのような視線が総てを貫かんとする。

 

 そう、言うまでもないだろう。これこそがライダーの軍勢、かつて、大陸全土を恐怖のどん底へと落とし込んだ、イェケ・モンゴル・ウルスの軍勢である。

 

 あらゆる場所を蹂躙し、あらゆる文明を破壊してきた、その圧倒的な軍勢が、二人のランサー、そして桜子とリゼの前に立ちはだかったのだ。

 

 何故、ランサーの宝具が発動しているのに、そのようなことができたのかという問いには既に桜子たちが答えを出している。絶大な魔力のバックアップがあれば、ランサーの法理を打ち消すことができるからであろう。

 

「騎士の戦いはこれにて終わりだ。ここからは我らの方で戦うとしようか。ランサーよ」

 

 騎士としての戦いであれば決して負けることはなかったとしても、軍勢同士の戦いであればどうか。ウィリアムは生涯無敗であっても、彼が所属した軍団が常勝であったわけではない。こと、軍団同士の戦いへと引きずり込まれた段階で、ウィリアムには必勝を約束するものはなくなった。

 

 アステロパイオスの救援は彼にとっては万の軍勢を得たに等しかったとしても、世界最強の軍団を相手に敵うのかと聞かれれば簡単に頷くことができない。

 

 故に万策尽きるか、そう思われた時に桜子とリゼは馬の音を聞いた。足音を聞いた。それは自分たちが対峙する側ではなく、自分たちがわである。

 

「なるほど、力技で我が宝具を破るか。ああ、そうなる可能性は勿論考慮しているとも。その上で、私には私の友がいる。王がいる。侵略王よ―――いざ、我らアンジュ―帝国の武威を目にするがいい。『絢爛なりし、夜明けの王国』(エターニティ・アリエノール)!!」

 

 都合、ランサーにとっての四つ目の宝具、それこそがアンジュ―帝国そのものを象徴する宝具、無敵の軍団、欧州に覇を唱えたアンジュ―帝国の兵士たちそのものを顕現する宝具、奇しくもそれは……、世界最強の帝国を顕現するライダーと全く同質の宝具であったと言えよう。

 

「騎士としての戦いが終わりであるというのならば、ここからは国と国の戦いだ。付き合ってもらうぞ、ライダー」

「笑止、騎士が王に国を語るか」

 

 ニヤリと侵略王は笑みを深める。ああこれだ、この感覚だ。自分を滾らせてくれる好敵手たちとの戦いが何よりも素晴らしいのだとライダーは知っている。

 

 さぁ、さぁ、さぁ、楽しませろ、その血肉で侵略を大いに喜ばせろ!!

 




ルチアーノ、お前がいきなりキレたことに意味はあったんだな(白目)

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第21話「敗北の少年」②

――王都ロプス・コローナ――

 そこは異界、そこは世界の理を歪めた場所、俗にいう固有結界と呼ばれる世界が広がり、ルプス・コローナの中の世界でありながら無限の荒野が広がっている。その世界の中で二つの軍勢が対峙し、そして芸と角怜を今か今かと待ちわびている。

 

 かたや世界最強の帝国であるイェケ・モンゴル・ウルス

 

 かたや欧州に覇を唱えたアンジュ―帝国

 

 本来であれば決して交わることのない二つの時代の覇者たちはその激突を今か今かと待ちわび、

 

「マイマスター、指揮は貴方にお任せします。私とランサーで侵略王とスブタイを討ちます。この軍勢はその趨勢が決まるまで戦い続けることになるでしょう。兵の質は劣っているわけではないという確信を持っていますが、同時にあちらには無尽蔵の魔力供給が行われている。その優位性を貴方の指揮で破っていただきたい」

 

「まったく、無茶なことを平気で言ってくれるね。でも、いいよ。私も役に立てるのなら、ここでお飾りのように見ているだけはもう嫌だから」

 

「リーゼリット様の護衛は私がやります。ランサー、貴方は私のランサーと一緒に存分に闘って!」

「その言葉に感謝を。ではこれより――――」

 

「全軍突撃ィィィィィィィィ!!」

 

 リゼたちの態勢が整い、これより攻撃をと考えた瞬間に機先を制するようにして、侵略王の激が全軍に飛び、荒野に展開した千はくだらないであろう軍団が一気に突撃を敢行して来る。

 

 その切込み先にいるのは侵略王とスブタイ、まさしく自分たちが道を切り開くとばかりに兵士たちよりも先に駆け抜けるその姿は本当に王であると言えるのかと疑念を抱きかねないが、この場の誰もが理解する。侵略王とはそういう人物なのだと。

 

「王にとって、ハーンになったことはあくまでも結果論に過ぎない。王は王であるが故に特別であるなどとは考えない。朽ち果てるその時まで戦場を駆け抜ける。それこそが、我らが王―――蒼き狼チンギス・ハーンなのだ」

 

 各地で次々と激突が起こっていく。西洋の鎧を纏った騎士と、軽装で獰猛な獣のように襲い掛かってくる遊牧民族の軍勢、激突した瞬間に、アンジュ―の騎士たちが吹き飛ばされる。輝かしきアンジュ―帝国の騎士たちであっても、世界最強の遊牧民族たちによって構成された軍団の激突を凌ぎ切るのは至難の業だ。

 

「ぐははははははははは、どうしたランサーよ、貴様が呼び込んだのはハリボテばかりであったか? 言ったであろう、王の前で国を語るなと!」

「不利であることは承知の上だ。それでも、軍勢を前にしてお前を倒せるとは思っていない。これで余計な茶々を入れられることは無くなった」

 

「その茶々が無くなれば、余に勝てると思ったか!」

「ああ、勝てる。そうでなければ、彼女の騎士をしている意味がない……!」

 

 騎士とは主に勝利を捧げるもの、例え、どれほどの強大な敵が相手でもそれを為し遂げることができる者こそが騎士の中の騎士と言われるべきであろう。

 

「我らが王にランサーは勝利することはできない。唯一、可能性があるとすれば、お前たち二人がかりで王に対抗することだ。しかし、私がいる限りそれはできない。限りなく詰みだ、ランサー」

 

「それがどうかしましたか? 知りませんか? 私はそもそもが敗軍の将です。敗北するかもしれないと分かったうえで、決戦の場へと赴いた女です。敗北するかもしれない戦いに飛びこむことを今更どうして怖れるのですか? 私こそ、貴方には失望しました。戦士の戦いを理解できる御仁であると思っていたのですがね」

 

「戦争は遊びではない。勝たなければ意味がない」

「ええ、それには激しく同感します! ですが、大人げない。貴方がこの戦いに参加する理由は命令かもしれないですが、これはあくまでもランサーとライダーの戦いです。部外者は部外者らしく潰しあおうじゃないですか」

 

 アステロパイオスはあえてウィリアムと共に戦うことよりもスブタイを二人の戦いに近づけさせないことに終始する。

 

 侵略王を倒すうえで最も合理的な戦い方は二人が力を合わせることだ。しかし、スブタイがいる限り、二対二の状況が生み出され、連携を重ねた戦い方をされれば、急造であるランサーたちが連携で上回ることは恐らく不可能に近い。

 

 となれば、改めて一対一の構図を作る。あくまでも集団戦にこだわるライダーの思惑を潰すことが出来れば白兵戦に置いては絶対的な実力を持ち合わせているランサーが地力で勝利できる可能性は非常に高い。

 

 そのためにもスブタイの足を止めることは重要だ。リゼもアステロパイオスも桜子もそのためにこの場で戦い続けている。

 

(聖杯戦争に召喚された時に、味方となる者などいるはずがないと思っていた。しかし、ふたを開けてみればヨハンやアーチャー、そして今はランサーが、私はこの聖杯戦争を通して多くの縁に恵まれてきた。ならば、その信頼に恥じない戦い方をしなければなるまい)

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「ぬぅぅぅ!!」

「侵略王、お前の戦い方はもう熟知した。ここからはお前に主導権を渡すことはしない」

 

 馬上槍が侵略王の肉体を切り裂き、次いで神速の突きが次々と侵略王へと襲い掛かる。突きを防がれればその次は払い、此処まででも少ない時間を戦っているはずだというのに、一体どこにそんな力を隠していたというのか。ランサーの攻撃のギアが一段階上がって、攻撃を繰り出してきているのが侵略王には理解できた。

 

「ぬうう、流石だ、そうでなくては――――ぬがああああああ」

 

「期待すらもお前にとっては悪夢であると覚える時間を与えてやろう。どだいこれは聖杯戦争、ただの戦争であれば私はお前に逆立ちしても勝てないだろう。しかし、これは聖杯戦争だ、お前を私が戦う領域の中に引きずり込みさえすれば、倭足は決して見劣りする戦いをすることはない」

 

 ライダーが固有結界を発動し、自分の領域へと無理矢理にウィリアムを引き摺りこんだように、ウィリアムも自分の戦いである白兵戦という戦場にライダーを無理やりに閉じ込めた。先ほどまではスブタイがいたが、それすらもアステロパイオスの助力があり、兵士たちの指揮をリゼが執ってくれているおかげで自分は戦いに集中することができる。

 

「そこだぁぁぁぁ!」

「ごああああああ」

 

 攻撃を掻い潜り、防御すらも突き崩して、ランサーの突きが遂に侵略王の肩を刺し貫く。血しぶきをあげ、苦悶の表情を浮かべる侵略王の姿は決して無敵の戦士であるとは言えない。勝てる、自分の武技は侵略王に劣っているものではないという確信を持つことが出来た。であれば、後は押し切るだけだ。この混沌とした戦場の中で、見事ライダーを討ち取ることが出来れば、スブタイもウルスの兵士たちも一斉に消滅するのだから。

 

「フッ……流石にその考えで突っ走るのは早計が過ぎるんじゃないのか、ランサー。どれ程追い詰められても我らが王は勝利する。そして、何があろうとも勝利するという執念を君はまだ理解していないようだね、ランサー」

 

 ライダー陣営にとっても正念場ともいえる状況の中で、灰狼は笑う。まさしく白兵戦最強のランサーと再び直接対決へと引きずり込まれて苦戦を免れないが、灰狼は笑っている。これもまた彼の思惑通りに事が進んでいるようなしぐさであった。

 

 そう、侵略王は何があろうとも勝利を目指す、敗北こそがあらゆるすべてを奪われることになると理解していたからだ。だからこそ、相手の文化も国も徹底的に破壊する。自分たちに刃向う存在が生まれないようにと。

 

 侵略王はモンゴル高原を統治するまでに幾度もの裏切りや敗北の中で、友を愛する妻を奪われ、そして自分自身も命を奪われかねない状況へと何度も追い込まれてきた。今日の友が明日の敵となっているかもしれない状況の中で勝利するということはなりふり構わずだ。そうでなければ、覇権争いを続けているモンゴル高原の中でハーンという称号を手に入れることはできない。

 

 ランサーは強い、限りなく強い。だが、所詮は騎士でしかない。そのこだわりこそが彼を殺す。侵略王もスブタイもそれを理解している。何も怖れることはない。自分に聖杯を与えてくれる彼らの実力を疑った日など一度もない。

 

「次、側面のカバーをして、すぐに!!」

「敵も一人一人が強い。獰猛な獣みたいに凄まじい勢いで攻撃してくる。でも、リゼ様には指一本触れさせないわッ!!」

 

 指揮官であるリゼを討ち取らんと獰猛なる兵士たちが次々と迫ってくる。それを相手に桜子は七星流剣術を使い、迎撃していく。桜子が護衛についている限り、並大抵の相手では、リゼに触れることはそれこそ指一本できない。問題はないはずだ、ランサーがライダーを追い詰めることが出来れば、この状況をひっくり返すことは十分に可能な筈だ。一対一の戦いでは絶対にランサーはライダーに敗北することはない。

 

 にもかかわらず、リゼは違和感、あるいは焦燥感のようなものを消すことがどうしてもできなかった。自分の中に生じているどうしようもなく拭えない感覚が生じてくる。

 

(不安はないはず、ライダーの固有結界の中でもランサーは自分に有利な状況を作り出して私達もその状況に寄与している。なのに、どうしてなんだろう。胸の中にこみ上げてくる焦燥感のようなものがある。まるで時限爆弾の起動を待っているみたいな)

 

 この後に起こる何かを予見していながら、気付くことが出来ていないようなそんな感覚であった。リゼの懸念と灰狼の余裕はまさしく表裏一体である。真実、対処しなければならないことは何であるのか、それに気づけないまま戦い続けていることに彼女たちは気付けていなかったのである。

 

・・・

 

「踊れ、踊れ踊れ踊れ、踊るがいいッ!! 妾の奏でるこの砲火の中で舞を踊り続けるがいいッッ!!」

「調子に乗っていられるのも!」

「今のうちだけだぞ、キャスター!!」

 

 光速移動によりキャスターから放たれる恐るべき数の魔方陣による砲撃を掻い潜りながら二人のセイバーは一気に距離を詰めていく。

 

二人の移動速度をキャスターは把握することができない。最高速で言えば文字通りの光速へと辿り着くディオスクロイ兄妹の攻撃を見極めることができる者など果たしてどれ程いるというのだろうか。

 

 少なくともキャスターには見極めることはできない。動体視力の限界を超えた行動はいかにサーヴァントとして強化されているとしても、簡単に見極めることができるものではないのだ。ステータスで強化される値にも限界がある。

 

 そして一方で速度では、セイバーには全く及ばないものの、キャスターの埋め尽くすような魔方陣砲撃をその身に受けながらも突破せんと二挺拳銃を両手に握りながら、ルシアも突貫を図っていた。

 

 こちらはどちらかと言えば囮の役割が強い。視認できる存在として、キャスターの注意を引く。一発でも魔方陣による砲撃がその身に当たれば蒸発するかもしれない恐怖心との戦いであるが、生憎と此処までにもそうした極限状態での戦いは経験してきた。

 

 肉体が吹き飛んだとしても、ファブニールより与えられたニーベルングの指輪がある限り、肉体の組成は行われる。あくまでも死なないだけ。痛みも苦しみも当然のことながら生じ、地獄のような突破口となっているが、それでも、近づくために仕えるものはすべて使うという考えの下にルシアもセイバーをアシストするために接近を続けていく。

 

(キャスター、あんたの口にした言葉には何ら偽りがないんだろうね。暇つぶし、自分が楽しめるものを求めて聖杯戦争で戦っている。アンタの感情の色に嘘偽りは欠片も見えない。でもね、だからこそ許せないんだよ。レイジにやってきたことだって、あんたは暇つぶしの一環だって分かっていたんだろ。聖杯戦争なら聖杯戦争のルールの範疇で戦え、人造七星とか勝手に犠牲者を増やすんじゃない。世界はアンタたちの遊び場じゃないんだ!!)

 

 カシムもキャスターも、そして灰狼も、自分たち以外の他人がどうなろうとも一切斟酌しない。よしんば分かっていたとしても、自分たちの崇高な目的を叶える為であれば、当たり前のようにその犠牲を許容する。

 

ありえない話だ。何様のつもりなのか、絶対に許せない。自分たちさえ幸福であれば、人類の99%が不幸であったとしても、何一つ心を痛めないような連中に支配される世界など、こちらから御免こうむると言った所だ。

 

「そもそも、自分の欲がないって言うのなら大人しくしてろ!! 叶えたい願いもない奴の分際で他人の運命に介入して来ようとするんじゃないわよ!!」

 

 砲火に晒されながら、肉体が吹き飛び、すぐさま再生を始める。魔術回路を励起させ、拳銃より放たれる弾丸を叩きこむ。無論、錬金の母たるキャスターにただの魔術による弾丸など意味があるはずがないことはルシアも良く分かっている。

 

「捉えたッッ!!」

「そこです!」

「甘いな、本気で来るのなら、覚悟の声など上げるべきではないぞ」

 

 ルシアが囮になる形で突破口を開いたセイバーたちの攻勢、無論、そのままキャスターに攻撃を仕掛ければ彼女に傷をつけることはできただろうが、あえて、二人はキャスターではなくその周囲に展開している魔導書へと攻撃を仕掛け、光速の斬撃が次々とキャスターを守護する書物を切り裂いていく。

 

 耐久力自体はそこまで高くはないのか、ポルクスの絶技ともいえる剣技と、その動きに合わせるカストロの身体捌きでポルクスへと迫ってくる砲撃を受け止めると、さながら、彼らは光速の舞踏を舞っているかのようであった。キャスターの視界の中で、キャスターの視認できない速度で行われる攻撃、キャスターからすれば、まさしく視界で追うことができないというのに、気づけば自分の守る力が失われていくような状態である。

 

「はは、まったく、中々嫌なことをしてくれるな。妾を倒すことができぬから、まずは妾の付属物を倒すという考えか? それは確かに戦術としては正しいかもしれんが、少しばかり迂遠が過ぎるのではないか? 妾が次の魔導書を生み出さぬとでも――――ちっ!」

 

「勿論、わかっているよ。だけど、そんな暇を与えると思う?」

「貴様を守護する力を潰すほど、貴様を守る力が無くなる」

「ならば、私たちは貴方だけを相手にすることに集中することができます!」

 

 セイバーの奮戦によって、魔導書が次々と破壊されたことで、キャスターへとルシアが肉薄する。彼女にとって自分へと降りかかってくる攻撃はさしたる脅威ではない。体を吹き飛ばされたとしても再生をすればいい。むしろ、ルシア自身の攻撃力では、周囲の魔導書を突破できなかったのだから、そちらの方が大きな問題であったのだ。

 

 その問題がクリアされ、魔導書へと割いていたセイバーのパフォーマンスがキャスターへと向いていく。ルシアによる攻撃を受け止めつつ、迎撃しようとするキャスターをセイバーが攻撃し、セイバーへと迎撃をしようとすれば、それをルシアが身を挺して阻む。

 

 対キャスターの戦闘を考えることは実に困難であった。何せ、何度戦っても底が見えない。一つの手を潰せばすぐに次の手を使ってこちらを阻んでくる。いくら知恵を絞ったところで、こちらを凌駕する手段を無数に持ち得ている相手に対して、どこまで手を尽くせばよいのだろうかと思わず袋小路に立たされてしまう気持ちも抱きかねないほどであったが、二人が選んだのは、小細工を考えるのではなく、無理やりにでも突破するという手法だった。

 

「はぁぁぁぁぁ!! 私の刃受けなさい、キャスター!!」

 

 キャスターガルシアとカストロの執拗な攻撃によってほかの手段を取っていられない間に、ポルクスは邪魔な魔導書たちをすべて破壊すると、いよいよ本丸を責めるとばかりにキャスターへと攻撃を仕掛け、光速の刃がキャスターの身体を切り裂く。

 

「ぬっ………やりおるではないか」

「まだそんな余裕の態度を浮かべて……!」

 

「余裕と言うわけではないさ。痛みは当然に覚える。苦しみもある。しかして、その痛みがあるからこそ生を実感することができるのだ。いいぞ、良いぞ良いぞ、妾との戦いでここまで妾に近づくことが出来たものはこれまでにおらんかった。どいつもこいつも、妾に近づく前に蒸発してしまうのだ。張合いもないというものよ」

 

 錬金の母として歴史に名を刻んだキャスターにとってここまで戦いあうことができる存在が来てくれただけでも僥倖だ。あくまでもこの聖杯戦争は自らの主であるカシムの結末を見るための戦いであったとはいえ、キャスターもその瞳に獰猛な色が生まれていく。錬金術師として貪欲に世界の総てを掴まんとしていた頃の闘争心が湧きあがってくる。

 

「ならば。妾の宝具も展開するとしようか。でなくば、本気で妾に抗おうとするお前たちを無碍にすることになりかねんからな」

「宝具、来ますよ!!」

 

「潰したいところだが―――」

「無駄だ、妾が展開をしようとした時点ですでに術は発動している。決して目を離すなよ、これまでの妾とは一味違うぞ?」

 

 そして、キャスターの身体を光が包みこみ、次の瞬間に、セイバーとルシアは驚愕の表情を浮かべることになるのであった。

 

・・・

 

 底なし沼のような希望のない戦いに誘われた時にこそ、人間の真価が試される。諦めを覚え、楽になる道を目指すのが人間の性だ。どれだけ確固たる意志を持っている人間であったとしても、堕落の道から外れることはできない。

 

 もしも、それでも己を貫き通すことができるとすれば、そこには希望があるからだ。この底なし沼のような現実を切り抜けることが出来れば、必ず自分の未来、あるいは願いを叶えることができる。そのような希望を抱いているからこそ人は立ち上がることができる。

 

 逆の考え方をすれば、そうした希望を見出すことができない時点で人は……。奈落の底まで落されてしまえば這い上がってくることなど出来ないとも言えよう。

 

「どうした、早く立てよ。いつものように、お前のことなど眼中にないとか何とか言ってみろよ。七星に復讐を誓っているお前には、俺なんてちっぽけな存在でしかないんだろうが……」

「あがっ……うっ、ぐぅぅ……」

 

 全身が痛みに悲鳴を上げている、実験体402号の前に首を垂れる用に倒れているレイジ・オブ・ダストの姿は以前のスラムでの戦いの時とは真逆のようであった。あの時は402号のことを、鬱陶しい奴程度にしか認識していなかったはずのレイジが、402号の言葉に何も答えられずにいる。

 

 自分が知らずのうちに犯してきた大罪、402号の正当な怒り、それに対して償うことなど最早後の祭りであると分かっているからこそ、レイジは何もできない。俯き、許しを請うように這いつくばることしかできない。

 

(立ち上がれない、俺にはコイツと戦うだけの理由がない。恨まれて当然だ、潰されて当然だ、それだけのことをやってきた。なら、いっそのこと、コイツに殺されて終わるのでもいいのかもしれない。それでこいつの気持ちに整理がつくのなら……それが、俺なりの罪滅ぼし、なのかもしれない……)

 

 レイジは決して狂っているわけではない。402号の記憶を転写され、理不尽に対しての怒りを抱いた。自分の復讐が誰かにとっての新たな復讐になることを分かっていても、弱者の嘆きを叩きつけることに意味はあると考え、その矛盾を自らの罪として背負う認識を持っていた。

 

 それらの感情の幾分が星灰狼によってそのように行動するために誘導された認識であったのかはわからない。検証しようもないし、真実がレイジに優しいわけではないことは明らかだ。

 

 立ち上がるための燃料はとっくの昔に切れている。自分は何のために戦えばいいのかわからない。心に熱が浮かび上がってこない。どれだけ強大な相手でも、食らいつくだけの気概はどこかに消えてしまった。まるで、魔法が途切れてしまった灰かぶり姫のように、地獄の先に花を咲かせるという確固たる信念すらも今ではあまりにも薄っぺらいように思えた。

 

「抜け殻ね、残念よ、もう少し頑張ってくれると思っていたんだけど」

「それは、ちょっと辛辣じゃないかい、桜華。誰だって自分の総てが否定されてしまえば、ああもなるさ」

 

「そうかしら、人間って結構往生際が悪いわよ。頭ではどれだけ理解していたって、衝動を止めることができない時ってあるもの。私と兄様が人の道を外れたことをするとしても許容したように。間違っていても、意味がなかったとしても、人間は自分の思ったことのために走れる生き物だと思うわ」

 

「それは、君の身体の持ち主の願いなのかな?」

「そうかもね、あの娘も消滅したわけじゃない。もしかしたら願っているのかもしれないわね、自分を中心として悲劇に巻き込まれてしまった二人の救済を。そんなものはあるはずもないけれど」

 

 桜華はレイジがもう一度立ち上がる可能性を示唆するが、同時に総てを帳消しにする救いが訪れることはないと断言する。運命を変えることができる瞬間は確かに存在するが、しかし、その瞬間を踏み越えてしまえば、あとは悲劇が待ち受けるだけ。それをどれだけ早く損切りすることができるかの違いでしかない。

 

 残念ながら、レイジも、402号も、ターニャも全員が損切りをできずにここまで来てしまった。希望と諦観、そして根拠のない明日への信頼、それらが目を曇らせて此処まで来てしまったのだから、悲劇は起こるべくして起きたとしか言いようがないだろう。

 

 けれど、ただ一つだけ、桜華がジェルメやセイヴァーと認識を異にしていることがあるとすれば、例え、悲劇として終わるしかなかったとしても、最後まで愚かしい遠吠えを響かせ続けることができるのが人間であるということだ。

 

「さぁ、君はどうするの? このまま、愚かしい自分の生に幕を下ろすだけ? それとも……足掻いて見せる?」

 

 このまま屑星として終わるのか、それとも、星屑が最後の瞬間に流れ星のように煌めき落ちるのか。消えることに変わりはなくても、どちらを選ぶのかは本人にかかっている。

 

 だが、桜華の期待が花を開く可能性は限りなく低いと言っていいかもしれない。此処に及んでもレイジは何もできない。立ち上がるための動力がないのだから、立ち上がれるハズなどない。あとはこのまま、402によって縊り殺されるだけだ。

 

 奇しくもレイジ同様に大剣を握る402はその倒れているレイジへと切っ先を向ける。武器を握る己の姿に402は悍ましさすらも感じる。ヴィンセントに村を焼かれるまで武器等握ったことすらなかった。なのに、今は七星の余計な知識を流し込まれて、自分ではない何かに浸食されそうな身体で憎悪を振り撒いている。

 

 変わってしまった。いいや、変えられてしまった。罪を抱えていたわけでもない。罪を背負っていたわけでもない。ただ純朴に、ただ日々を生きて来ただけなのに、気付けば、こんなどうしようもない所にまで来てしまった。

 

「でも、もう終わる……終わらせるんだ。俺は……俺は、まがい物のコイツを殺して……あいつに、星灰狼に、ターニャを甦らせてもらうんだ……」

 

 喉から絞り出すような声、信じたくない、信じられない。でも縋るしかない。彼には自分自身の手で世界を変えることが出来るだけの力なんてなかった。

 

 どこにでもいるありふれた涙を流して世界を呪うことしかできない者だった。だからこそ、その選択は間違いなく彼にとって藁に縋ってでも為し遂げたい選択だったことは間違いない。

 

 絞り出した言葉にそれ以上の意味はなかった。ようやく自分の苦しみの時間が終わりを迎える。それだけを意味しての言葉であったはずだ。

 

 しかし、そこでレイジの指がピクリと動く。聞き捨てならないような言葉を聞いてしまったように、これまで全く反応しなかった身体にようやく熱が灯り始める。

 

「……あいつに、ターニャを甦らせてもらう、だと……?」

 

「ああ、そうだよ。お前を殺せば、ターニャの人格を取り出して、俺達を解放してくれると言ったんだ。長かった。長かったけど、俺達はこれでようやく解放されるんだ。そういうわけだから、さっさと死んでくれ。お前がいなくなってくれなくちゃ俺達は終われない。もう戦えないんだったら、いいだろ? 最後くらい、俺の為に動いてくれよ」

 

「そんな、約束を……本気で、あの男が叶えると……想っているのか……?」

 

 ゆっくりと少しずつではあるが、レイジの指に力が込められていく。先ほどまでは指先ですらも動かすことが出来なかったはずなのに、今は不思議と力が込められる。自分でもわからない熱がレイジの中でこみあげてくる。

 

「じゃあ、どうしろっていうんだよ!!」

「がはぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 逆上した402号がレイジの頭を蹴りつける。コツンと可愛い音を鳴らすのではなく本気で額が陥没するのではないかと思うくらいの勢いで叩き付けられた蹴りが襲い掛かってくる。

 

「俺にはお前のように、誰かを叩き潰すことができるような力なんてない!! ああ、分かっているよ。あいつの思い通りにされている時点で、俺は負けているんだってそんなことはお前に言われなくたって分かっているんだよ!!

じゃあ、どうするんだよ、どうすればいいんだよ!! ターニャを救うことができるかもしれない、今まで何もできなかった俺にようやく救うための手立てが与えられた!! だったら、縋るしかないだろ! 悪魔に魂を売ってでも、救うんだよ!! 綺麗ごとなんていくら並べたって、俺達は救われない!!」

 

 怒りのままにレイジを蹴り続ける。何度も何度も頭を蹴り飛ばされて、レイジの額は血塗れになり、ごほっごほっと咳き込む。脳震盪を引き起こしているのではないかと思うが、402号はその足を止めるつもりはない。ここまででも十分に発露していた怒りがさらに増幅されて、一気に爆発する。

 

「お前はいいよな、自分を殺した相手を殺せて、ターニャを助けた騎士気分になって、気持ちよく戦えて、俺は何一つなかった。捕らえられて、お前がターニャと消えていくのを見ていることしかできなくて、その上、総てを奪われた。散々だ、俺に、俺にお前みたいな力があれば、戦う力があればよかったのに……、俺は結局、こんな縋ることしかできない……ッ!!」

 

 本心から灰狼に従いたいはずがない。本当は自分がターニャを救いたかった。復讐をしたかった。けれど、才能も力もない人間は結局は強者に縋って生きていくしかない。痛いほどに痛烈な心の叫びがレイジの身体を痛めつけていく。

 

 本当に傷つけたい相手は違うけれども、その相手に手を出せないからこそ、こうするしかない。弱者の嘆きはいつだって強者に届けられない。

 

 これまでだってそうだった。レイジがこれまで出会ってきた者たちは誰もが運命の残酷さに惑わされてきた。散華やヨハンだってそうだ、ほんの少しでも運命が違えば、七星と言うくくりになければ、大きく運命は違っていたかもしれない。

 

 誰もが直接ぶつけることができない心の痛みに泣き叫んでいる。それを届ける力がない~、手が届く範囲の何かを傷つけて、心を癒すしかない。泣き寝入りと言ってもいいであろう所業だ。

 

「―――――だったら、戦えよ」

「―――――お前……」

 

 ガシリと、これまでレイジを蹴り飛ばし続けてきた足をレイジの腕が掴む。命乞いではない、やめてくれと泣き叫ぶわけでもない。その腕には確かに力が込められていた。

 

「闘う力がないから、アイツらの思う通りにする。そんなのは、違う、間違っている。何もしないのならまだわかる。だが、アイツらの思う通りに手を下して、それで本当に救われるのか? 本当に自分の心が満たされるのか? 違うだろう、それだけは違う。綺麗ごとで済まなかったとしても、それをしてしまったら、俺達が抱いた嘆きや怒りはどうなる? 総てを悪魔に捧げるつもりか……?」

 

 それが与えられた正解であったとしても、灰狼に靡き、彼の提示された答えに縋ることをすれば、灰狼を認めたことになる。そうなれば、嘆きも苦しみも全て、胸の中にしまわざるを得なくなる。わかりやすい餌を与えて、仕方がなかったんだと諦めさせることが灰狼の狙いだ。まるで自分が慈悲深い存在であるかのように思わせてくる。総ての元凶こそが灰狼であるにもかかわらずだ。

 

 怒りが込み上げてくる、どうしようもない怒り、すべてを悲劇へと誘おうとする者たちへの怒りだ。その怒りの源泉はやはり村を焼かれたことなのか?

 

(いいや、違う――――俺とコイツの道は今、はっきりと分かたれた。同じ記憶と怒りを抱いていたとしても、俺達は違う結末を望んだ。だったら、この怒りは俺のモノだ。俺の中に宿った怒りだ……)

 

 アークはここまで旅をしてきたレイジこそが、自分たちの知っているレイジであると口にした。その実感が怒りを起爆剤としてレイジの中に宿っていく。足を握る力が強まり、思わず402号はレイジの腕を引きはがすために、足を強く振り払い、その結果として、身体のバランスを崩して、尻もちをついてしまう。

 

「そうだ、俺には自分のモノであると思えるものが一つも見いだせなかった。身体も心も記憶もその総てが他人のモノで、星灰狼の思う通りに進むだけの人形だった。

 だけど、俺の胸にも確かに宿っているものがある。怒りだ、許せないという思いが、認めてはいけないという感情が強く残っている。総ての真実を知り、生きている理由なんてないと思った今でも、この怒りだけが、俺の中で燻っている」

 

「訳の分からないことを言うなよ、その怒りは俺の感情から生まれたものだ、お前のモノじゃない。偽物の記憶だと分かっているのに、お前は何に怒りを浮かべているんだ!」

「俺達を踏みにじってきた総てに――――!」

 

 402号も、この身体の持ち主も、ターニャも、そしてこれまでに見てきた七星によって自分の人生を歪められてきたものたちも、その誰もが怒りを抱えながら、その怒りを元凶へと向けることが出来なかった。

 

 あるには力がなく、ある者はぶつける相手を見いだせず、ある者は運命そのものを呪った。多くの者と刃を結びあい、その血を吸いながら先へと進んできた。託されたなんて言えるとは思っていない。

 

 ただ、自己満足でもなんであろうとも、背負っては生きたいと思っている。運命に抗えずに敗北した者たちの怒りと祈りは、命が尽きる時に消えるだけなのだろうか?

 

 いいや、違う。同じように怒りを原動力としているのであればそれは背負っていいはずだ。身勝手でもなんであろうとも、その怒りを背負い、叩き付ける場所へと導いてやらねばならない。

 

「ああ、やっと分かった。俺が何をするべきなのか、この身体で果たすべき役割とは何なのか。やっと―――理解できた」

 

 七星の横暴に対しての怒り、蹂躙された過去があるわけでもなく、大切な誰かを奪われたわけでもない。ただ、その非道で苦しんできた者たちの嘆きを聞いて、怒りを覚えた。

 

 その悲劇の運命に牙を突きたててやることはできないのかと思った。そう、どんなに形だけの怒りであったとしても、それは自分が抱いた確かな感情、誰が何を言おうとも、この感情が間違いであるはずがないのだから。

 

「七星への怒りこそが、俺の存在意義だ。奴らに踏みにじられた者たちの怒りを背負って叩き付ける。そうだ、俺が何者でもない、何者にもなれないのなら、俺は―――器で構わない!!」

 

 そうだ、何もかもが嘘であったとしても、この胸に去来する怒りだけが確かな答えであれば、それを叩きつけてやればいい。灰狼は自分のことを屑星であると断じてきた。ああ、そうだろう、その通りだ、間違いない。何者にもなれないレイジ・オブ・ダストはそれでも、怒りを背負う器になることはできる。

 

「俺はお前じゃない。俺は――――レイジ・オブ・ダスト!! 踏みにじられた者たちの怒りを背負い、叩き付けるだけの存在、運命の主役にもなれない星屑でいい!! 俺はただの屑かもしれない。だけど、それじゃ終われない、星屑のように最後の輝きを奴らに叩き付けるまでは!」

 

 自分にとってのただ一つの真実は星屑のような怒りであるのならば、自分は誰になれなくてもいい、レイジ・オブ・ダストという与えられた偽名こそが、自分の真実でいい。七星を滅ぼす存在として与えられたこの名前こそが、自分には相応しい。

 

「俺には地獄しかない。その先に花を咲かせることなんてできるはずがない。だが、それでもいい。理不尽に踏みにじられた者たちの怒りを、願いをこの世界に叩き付けることが俺の生まれてきた意味だ……!!」

 

 地獄の先に花を咲かせることは自分に出来ないのかもしれない。けれど、足を止める理由にはならない。この胸に抱いた激情が正しい感情であるとすれば、それを叩きつける。自分の命がどうなるとも、それを果たした後に続く者たちが、地獄の先に花を咲かせてくれるのならば、レイジには何一つとして後悔することはない。

 

「くだらないことを口走っている。お前が、お前如きが星灰狼に勝てるはずがないだろう。何度現実を思い知らされてきた。何度、地面を這いつくばってきた。諦めろ……!」

 

「諦めない。諦めてしまったら、その時こそ俺の存在価値は無くなる。だから、最後まで走り続ける。走れなくなったその時が、俺の命が消える時だ!」

「…………ッッッ!!

 

 レイジの宣言に402号は歯がゆい表情を浮かべる。理解が出来なかった。意味が分からなかった。どうして、そんな反応が出来る。どうして、まだ戦えるのかが理解できない。

 

 心は確かに折った筈なのに、残酷な真実に耐えられるはずがないのに、どうしてそれでも立ち上がれるのか。狂っているからなのか、それとも……自分はこうまでしてでも彼の強さに追いつくことができないのか。

 

「お前の言葉は只の理想だ、磨り潰されて終わるのが分かっている。そんなものに託せることなんて何一つない。お前を殺して、俺は願いを叶える」

 

「ああ、好きにしろ。お前には俺を殺すだけの理由がある。それは絶対に否定しない。お前にとっての俺は悪だ。けれど、お前に討たれるわけにはいかない。あいつらが叩き付けてきた無法を、俺はこの怒りで報いを与える。それはこの俺の命を懸けるに足りる理由だ!!」

 

 もう迷わない、自分が自分で在り続ける理由を見つけた。命を燃やすだけの理由が見つかった。身体の中の熱が戻っていく。七星の魔術回路が励起する。まるでこの身体の持ち主もレイジの決断を祝福しているかのように。

 

「ようやく終わるわね、二人の戦いも……」

 

 桜華はその戦いを見届けながら呟く。どちらが倒れても、構いはしないと思っているがその結末を見届けることに身体がざわつく。彼女もその結末を求めているのだろう。

 

 ハッピーエンドは訪れない。血まみれになりながら倒れる敗北した少年が生まれるだけの悲劇、勝利を彩るための前座に過ぎないと分かっていてもその終わりの美しさはあるだろうと思っているのだ。

 




どうせなら屑じゃなく、星屑のように誰かの願い事を背負い生きてやれ!

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第21話「敗北の少年」③

――王都ルプス・コローナ正門前――

「我が身はあらゆる英知とあらゆる智慧を備えし最も神に近し者、誰もがその英知を望む、盗賊が羊飼いが王族が医者が商人が双蛇の巻かれた杖より授けられる英知を今か今かと待ちわびている。石を金へと変えるが如く、豊かな智慧と神秘の欠片で賢者の宇宙を今ここに顕現しよう」

 

 キャスターの口より紡がれるのは詠唱、かつて、いまだ彼女が一介の錬金術師であった頃、多くの錬金術を収め、世界の真理に辿り着かんとあらゆる術理を解き明かしてきた彼女の下には多くの人間が集ってきた。彼女の知識にあやかりたい、彼女の知識によって一攫千金を為したい。彼女の知識で己を覇者に押し上げてもらいたい。

 

 さまざまな願いが集ってきた。さまざまな欲望をその目にしてきた。その結果としてヘルメスが抱いた結論は一つだけだった。

 

 欲望とは人間の本質そのものだ、どんな人間であろうとも欲望から逃げることはできない。生きている限り、人は己の願いの為に邁進する存在であると

 

「我が身に望みし欲暴徒は人の究極、人の到達点、それを指し示すがいい――――『我が叡知記す翠玉板(エメラルド・タブレット)』」

 

 その詠唱の完成と同時にキャスターの胸の中に一冊の魔導書が収められていく。光が形を成したようなその書物は、ヘルメスが生前に書き記した、彼女の英知総てを記したと言われる「エメラルド・タブレット」と呼ばれる書物である。

 

 彼女の英知、彼女の授かってきた知識こそが彼女の宝具、大規模魔術もあらゆる書物による力もそんなものは彼女からすれば余技に過ぎない。

 

 信じられるのは己だけ、世界の真理を知りたいというどうしようもなく俗な願いより生まれた己の生涯こそが彼女の宝具―――ある意味で彼女の宝具がほんの少しだけでも性質を変えていれば、侵略王ですらも手が付けられないような固有結界を生み出す宝具が生まれていたことだろう。

 

 世界を侵略し、そして塗りつぶす理こそが固有結界であるとすれば、彼女はその理を外ではなく内に向けた。すなわち、絶対的な己の世界の信仰、錬金術師ヘルメスの理想形、世界にかくあれかしと叫んだ彼女の人間としての完成系こそが、ここに花開く。

 

「ごはぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 宝具発動と同時にキャスターが意味深な言葉を口にした瞬間である。キャスターの意識を割くために攻撃を続けてきたルシアの鳩尾に身体が爆発するほどの衝撃が迫り、彼女の身体が文字通り地面に陥没する。まるで重機か何かに潰されたのではないかと思うような衝撃、不死身でなければ、今の一撃で身体が爆ぜていたであろうことは間違いない。

 

(な、なに、何が起こって……、キャスターの宝具が発動して、それで、私達に一体何が……!?)

 

「きゃあああああああ」

「ぐああああああああ」

 

 何が起こったのかも理解できずに困惑するルシアの耳に入ってきたのはディオスクロイ兄妹の絶叫だった。

 

光速の速さで動き回り完全にキャスターを圧倒していたはずの二人が、顔を上げた時には地面に倒れている。幸い致命傷ではない様子だが、口元からは喀血しており、自分と同じように何かしらの物理的なダメージを負ったであろうことは間違いない。

 

「くく、ふはははははは、愉快、愉快よのぉ。己の錬金術を使って相手を屠るのも楽しいが、やはり己の肉体を使ってこその人間よなぁ。ほれ、何をしておる。妾との直接対決を望んだのはお主たちじゃろうて。何を呆けておる? そんな様では、妾を討ち取ることなど夢のまた夢であるぞ?」

 

 ルシアは思わず瞠目した。何が起きたのかを瞬時に理解し、そしてそんなバカなと心の中で否定をした。

 

 立ちはだかるキャスターは己の拳を振り上げ、全身に魔力を纏って君臨している。その周囲には先程のような魔導書は存在せず、完全な徒手空拳、そこから導き出されるのは、自分もセイバーたちも魔術師のサーヴァントである彼女に肉弾戦によって吹き飛ばされたという理不尽極まりない現実であった。

 

「ちょっと、待ちなさいよ。冗談きつすぎるでしょ……、なんでよりにもよって、あんたの宝具が、そんな特性になるのよ……!?」

 

「ん? 何じゃ、何かおかしなことでもあるか? 妾はお主が言うように俗な人間よ。己の欲望のために世界の真理を暴き、多くの者たちから必要とされた。その行き着く果てとして、己こそを絶対の存在として高めることに行き着いたのだ。真理とは解き明かしている時こそ面白きもの、総てを解き明かしたとなれば後は自己満足よ。

よって、自己満足に徹することにした。スラムの時にも言ったであろう? ロイ・エーデルフェルトの戦い方は好ましいと。あれは妾の掛け値のない本音よ。何せ、妾の切り札と同じであったのだから、それは喜びもするじゃろうて」

「んなもん、気付けるわけがないだろうが、クソババア……!!」

 

 自慢げに語ってくるキャスターを相手に思わず悪態をついてしまう。何処の世界に魔術師のサーヴァントの出し惜しんでいた宝具の能力が純粋な肉体強化だなんて話があるのか。当たり前のように死線に飛び込んだルシアとセイバーを己の拳だけで吹き飛ばしたキャスターは挑戦者を待ち望むチャンピオンのように立ち上がってくるのを今か今かと待ちわびている。

 

(でも、正直に言えば、いやになるくらいに合理的だよ。どんな魔術だろうと、術だろうと、カラクリさえ明かせば突破は可能だ。私の不死身とセイバーの光速攻撃、そのどちらかで対抗することができるって確信していた。でも、まさか……、自分自身を強化して対応するとか、そんなの考えているわけがないでしょうが……!)

 

 思わず心の中で悪態をつかずにはいられない。それほどまでに、キャスターの宝具は反則技だ。光速で移動しているディオスクロイ兄妹を正確に捉え、ルシアに対しても反応することができない速度で攻撃をすることができる。

 

 攻防一体、ルシアとセイバーのどちらかの旨味を使うためにどちらかをおとりに使って戦う戦法に対して、どちらにも対応することができる身体能力を維持するという回答のおぞましさを、実際に戦っている三人は嫌と言うほど理解した。

 

 背筋に寒気が奔る、どうすれば勝てる。どうすればこの化け物を倒すことができるのかと思わず自問自答してしまう。此処まででもギリギリの戦いをしてきたが、総合力の面でこれはまずい。流石に不味いと確信が持てる。

 

「怖気づいたのならそこで寝ていろ人間、虚仮にしてくれた奴を相手にいつまでも倒れてなどおれんわ」

「そうですね。まさかとは思いましたが、ここからは純粋な力のぶつけあいと言った所でしょうか」

 

 ルシアに対して臆するのならばここから身を引けと言ってセイバーは立ち上がる。彼らとて動転していないわけがない。しかし、サーヴァントとして負けるわけにはいかない。主に勝利をすると誓ったのだから。

 

「言ってくれるじゃん、私だってこのまま終わるつもりなんてさらさらないよ」

 

 そしてルシアももう一度立ち上がる。勝算は限りなく薄いが、戦わないわけにはいかない。ここで退く程度の覚悟でしかないのなら、最初からここには立っていない。

 

「来るがよい。妾も体が温まってきたところだ。妾を倒したいのであろう?ならば、全力で来るがいい」

 

 クイクイと指を突きたてて、来るがいいという合図をする。勿論、ルシアやセイバーもこのままで終わらせるつもりはない。総合力の面でキャスターの隙は無くなったと言えるが、ようやく宝具を解放させるまでに至った。これまでのどんな戦いでも決して宝具を見せてこなかった相手がようやくそれを展開してきたのだ。無駄ではない、自分たちの戦いが無駄であるはずがない。

 

(ロイ、私達も結構キツイよ、正直、アンタが勝って全部終わらせてくれるって言うのに期待している所もある。頼むよ……!)

 

 内心で正直な気持ちを吐露するルシアであるが、その願いが果たして実現するのかどうかは願われた当人自身にも不明瞭な所であった。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 何せ、このセプテムので戦いの中で、決して不利な状況を生み出すことのなかったロイが肩で息を吐き、汗を垂らしながら、片膝を地面につけているのだから。

 

「随分と息が上がって来たな、ロイ・エーデルフェルト」

「お前みたいな鋼鉄鎧といつまでも戦っていれば、そりゃこうもなるさ」

「果たしてそれだけか?」

 

 カシムの意味深な言葉にロイは眉をひそめる。確かにおかしい。基礎体力や自分自身の流体魔術によるバックアップを考えれば、ロイの息がここまで上がるような展開になることはありえない。

 

 カシムと言う鋼鉄の塊と戦っており、一撃でももらえば致命傷になる戦いをしている緊張感も確かにあるだろう。だが、それはこれまでの戦いでも同じことだ。決してこの場限りのハンデであるとは到底言えない。

 

 何が起こっている、しかし、その原因が分からず、徐々に徐々に追い込まれている感覚、対峙しているカシムに何一つとして変化がないこともその状況の困難さを助長してしまっている。

 

(マズイな……直感的にはなるが、このままだと、本当に負けるかもしれない)

 

 常に圧倒的な差によって勝利を重ねてきたロイが口にするその直感の重みは余人が考えているよりも遥かに大きな意味を持っている。これまで決して己の敗北を考えることのなかった男が抱く敗北の感覚は、確かな足跡を響かせながら近づいてくる。

 

――王都ルプス・コローナ・スラム――

「っっ、ぐぅぅ、があああ」

「うおおおおおおおおお!!」

 

 裂ぱくの気合を叫びとして轟かせながら、レイジが402号に対して猛攻を続けていく。ここまでほとんど無抵抗で攻撃を受けていたレイジの全身は血にまみれ、追い込まれているのはその様子だけを見ればレイジである。

 

 しかし、その反面、今のレイジは全身から力が漲っているように思えた。レイジの決意を後押しするように、お前は間違っていないと告げてくれているかのように。全身の魔術回路が励起し、七星の力を解放した時と同じ感覚をレイジは抱いていた。

 

(何が本当の意味で正しいのかなんてことは俺には分からない。俺に出来ることは貫くことだけだ。俺が七星を滅ぼす存在として生み出されたのなら、俺はその役目を全うする。その先に得られるものが何もなかったとしても、それが俺を都合よく動かすために与えられた命令であったとしても、七星に対するこの怒りこそがレイジ・オブ・ダストたらしめている感情なんだから!!)

 

 迷う必要など最初からなかった。たとえ偽りの感情であったとしても、それを知ったうえでレイジは七星と戦う気持ちに微塵もブレが無かった。星灰狼と言う存在を許しておけない、同じような悲劇を二度と起こさせないために、戦うことに命を費やす。その果てにどんな結末を迎えるとしても、レイジはその総てを許容する覚悟だった。

 

 何も持っていないのなら、何も失うことはない。何も持ち合わせていないのなら、どんなルールにも縛られない。

 

 その導火線に火をつけてくれたのは、今もなお、灰狼の呪いに囚われ続けている402の姿があったからだ。灰狼が402に口にした約束を本当に守るつもりなのかはわからない。彼なりの誠実さで本当に守るつもりでいるのかもしれないが、守ろうが破ろうが、彼の人生の総ては灰狼によって支配されているに等しい。

 

 それでいいのか? 本当に許せるのか? 大切な人を奪われて、自分の記憶を好き放題に弄繰り回されて、挙句の果てに戦う道具として使われてきた。どれか一つだけでも許しがたいことであるというのに。

 

(ああ、分かるよ。それでも、お前は従うしかなかったんだろ。何も力がないお前には他に彼女を救う手だてが見つからなかった。今までの俺ならきっと否定していた。でも、今は理解できる。お前はお前なりに戦っていたんだって言うことを。必死に、自分の出来る範囲で手を伸ばそうとしていたんだってことを。だけど、それでも俺はお前を否定する。星灰狼の鳥かごの中で与えられる幸福に救いなんてあるはずがない……!)

 

 自分は灰狼の下に辿り着かなければならない。ここで402号に負けるわけにはいかないし、この後に402を待ち受けている運命が幸福であるとは思えない。わらにもすがるように伸ばされた蜘蛛の糸を辿った先が地獄ではないと誰が証明することができるのか。

 

「ふ、ざっけんじゃない、ぞぉぉぉ!!」

「ぐっっ!!」

 

 だが、レイジの大剣が押し負ける。執念と憎悪だけで402号はレイジの攻撃を逆に弾いて見せる。

 

「お前はいつもいつも、そうやって、俺の邪魔ばかりをしてくる。いいじゃないか、勝手にさせてくれよ、俺の人生なんだ! もう何もかもを失って、それでも必死に生き足掻いてきたんだよ、もう楽になってもいいじゃないか。どうして、どうしてお前は最後まで俺の邪魔をしてくるんだ!!」

「お前が……、まだ胸の中にくすぶり続ける怒りを持っているからだよ……!」

 

「そんなものは―――」

「ないとは言わせない。あの日の無念を、お前はずっと覚えている。だってそうだ、それほどの記憶だったから、俺は七星を倒さなければいけないって思った。お前が否定しても俺は間違っていないと言える。この世界でただ一人、お前の記憶を知っている俺だけは、お前の心から怒りの炎が消えることはないことを知っている!!」

 

 生半可な記憶であったとすれば、レイジをここまで怒りの戦士へと変えることは出来なかっただろう。今でも七星への怒りを抱き続けることが出来ていることこそが、何よりの証拠だ。

 

「力がないから、倒せないから、だから星灰狼に従おうとしているだけだろ。だから、俺がいるんだ! お前の怒りをアイツにぶつけるために、踏みにじられたすべての怒りを叩きつけるために。その為に俺はいる!だから、そこを退けよ! 俺はあいつに、星灰狼に会わなければならない!」

「できるはずがない、あいつに良いように使われているだけだったお前に、アイツを倒すなんてことができるはずがない!」

 

「今までならできなかった。だが今は……出来ると言える。その確信を持つことが出来ている。奴の世界征服の野望を阻むことこそが、俺がここに存在している理由だ!」

 

 レイジの言葉を聞くたびに胸の中がざわついていく。どうしてか、自分自身が情けなくなっていく。本当は彼のように生きたかった。自分たちの運命を捻じ曲げた相手を許さずに、立ち向かうだけの勇気と力が自分にあれば、こんな風に捻じ曲がった行動をしなくて済んだはずなのに。

 

 レイジを許せなかった。自分にはできない戦いをできる彼が許せなかった。自分ではなく彼の隣にターニャがいることが許せなかった。自分にその資格がないことはわかっていたはずなのに怒りの感情だけは一人前に持っていた。

 

 だけど、どれだけ憤っても、どれだけ逆立ちをしても、彼はレイジに追いつけない。才能がない。力がない。そもそも、ただの巻き込まれただけの被害者にそこまで求めることができるはずもない。

 

 彼は彼なりに足掻いた。憎悪を抱いても、それを帳消しにしてでも、ターニャを救おうとした。その想いはレイジも理解している。彼らは同じ記憶を共有し、根底には同じ思いを抱いているのだから。どれだけレイジの七星への復讐心が灰狼によって増幅されたものであったとしても、復讐心が存在しなければその感情を増幅することはできない。

 

「だから、お前の怒りは、お前の憎悪は、お前の復讐は―――俺がアイツらに叩き付ける。お前に出来なかったことを、お前の代わりに俺が叩き付けてやる!! それがお前の代わりに戦うことを役目とされた俺なりのケジメだ!!」

 

 402号に対してレイジが出来ることは少ない。それこそ、憂さ晴らしに命を落とすことくらいしかレイジには思いつかなかった。起こった事実を変えることはできない。どんなに必死に贖おうとしたって限界があるから、彼に対してできることはほとんどないと思っていたのだ。

 

 だが、今はその考えをひっくり返した。できることはある。彼にはできずに自分にはできることがある。それを自覚したからこそ、レイジは止まらない。この刃は自分にとっての贖罪の刃であり、悲劇を食い止めるための刃であるのだと。

 

「―――――ッッッ!!」

「だから、終わりにするぞ、ここで俺達が戦いあっていることこそが、あいつらにとって一番笑っていられることなんだから」

 

 圧が強まっていく、レイジの大剣が402号の大剣を押し上げていき、次々と連撃が飛び込んでくる。必死の防御、しかし、騎士として鍛え上げていたヨハンすらも凌駕した今のレイジに、碌な戦闘経験もない402号では相手にならないことは明らかだった。

 

 あくまでも、レイジの弱みにつけ込んだ形で命を奪うことを目的に放り込まれた以上、ここが限界であると桜華もジェルメも理解した。

 

「あれ、もうダメそうね」

「そうね、どういう形で決着するのかと思ったけれど、ふふ、これはこれで兄様は満足されるでしょう。自分が生み出した敵役が、成長を果たして自分に刃を突きつけてくる。それでこそ、命を奪う価値があるというものです」

 

「はぁ、そうかい、あんたは相変わらず桜雅にゾッコンだねぇ。だけど、我らが王の覇道の邪魔をしかねない存在がいるのなら、私はソイツを処理しなくちゃならない」

 

 桜華はレイジの奮闘を称えるが、ジェルメはそうではない。彼女にとって必要なことは侵略王の勝利、レイジとアヴェンジャーに侵略王が敗北することなど微塵も考えていないが、可能性が一欠けらでも存在しているのであれば、排除しておく方が安全だ。

 

 戦場に置いて絶対はない。いかに絶対的であった侵略王の軍勢であっても、何度かの敗北を喫したように、絶対に勝利できる戦場などないのだから、面倒な要素は排除しておくに限る。たとえそれが侵略王や灰狼の不興を買うことになろうとも、それを実行するのが自分の役目であるとジェルメは知っている。

 

「悪いね、桜華――――今のアイツならあっさりと殺せる。アヴェンジャーが気づく前に致命傷を」

「―――――させるわけがないだろうが、邪魔するんじゃねぇよ、男の戦いを」

「がっ、あがががぎぃぃぃぃぃぃ」

 

 動きだそうとしたアサシン:ジェルメの頭を鋼鉄の腕が握り、まるで万力のような力で頭蓋後継を圧迫していく。それが誰の腕であるのかなど、聞くまでもないだろう。

 

「不意打ちだなんて恨むんじゃねぇぞ? 先に手を出してきたのはお前さんたちなんだからよ」

 

 フラフラと立ちあがり、胸からは血を流す。鬼気迫る表情で必死に自分の死を先延ばしにしながら、アーク・ザ・フルドライブは立ち上がり。レイジと402の戦いを邪魔しようとする不埒物の邪魔をしたのであった。

 

「ばがなぁぁぁぁぁ、あんだはあだじがかくじづにご、ごろじだはずじがぎぃぃぃぃぃ」

「ああ、油断しちまったし、殺されたに等しいが……ま、俺は生き汚いからよ、もう少しだけ足掻くことにしたのさ。まだ大事なことを何一つできていないから、なっ!」

 

「んぎぃぃぃぃぃぃぃ、も、もうじわけあり、まぜ、じ、じんりゃ、お、ぼほぉぉぉ!!」

 

 まさしく万力で握りつぶすように頭が鋼鉄の拳によって粉砕され、四駿が一人、ジェルメは呆気なくこの世界より消失した。なりふり構わない戦いをすれば、これほどの実力を発揮することができると証明をしてみせたのだ。

 

「あらあら、ジェルメったら、あっさりと負けてしまったわね」

「次はお前さんが相手をするのか?」

 

「いいえ、今の貴方と戦っても仕方がないでしょう? 私の目的は最初からあの二人の戦いを見届けに来ただけ。兄様や王の目論みがどれであれ、ね。だから、安心して、英霊ノア。私は貴方に手を出さない。手を出さなくても、貴方はもう終わりだもの」

「ちっ、可愛げのない女だな」

 

 仲間であるはずのジュルメがアークによってあっさりと粉砕されたにもかかわらず桜華は眉一つ動かさずに冷静な態度を取り続ける。彼女にとっては仲間の死よりもこの場の趨勢の方が気になっている様子だった。

 

「あちらもそろそろ決着がつくようね」

 

 桜華が口にしたように、レイジと402の戦いは既にレイジが402を押し込み続ける一方的なモノとなっていた。結局の所は蓋を開ければこの結末になる。どれだけ足掻いたところで、どれだけ夢を見たところで、彼に与えられる結末はこの程度のモノでしかないと突きつけられるようだった。

 

(分かっている、分かっているんだよ。俺がいいように使われているなんてこと、星灰狼は約束を守るつもりが本当にあるのかもわからないなんてこと、俺は奴らにとって使い捨ての駒だ。生きようが死のうがどうでもいいと思われているなんてこと。

それでも、それでも、足掻くしかないだろう。彼女を救うと決めたんだ。なのに、俺はお前のように立ち向かうことはできない。お前の存在よりも、俺は俺の弱さが恨めしい……!)

 

 弱者は強者によって一瞬で全てを奪われる。奪われ、涙して、そして逆らわないところこそが賢い生き方であると言われて、諦めの態度を浮かべる。

 

 確かにそれは賢い生き方なんだろう、無駄に自分の命を散らす必要なんてない。でも、それなら、弱者に挽回の機会は与えられないのか。弱者にはただ嘆くことしか許されないのか。この怒りを胸に押し込め続けることしかできないのか……!

 

「俺は―――お前が憎らしくて、同時に羨ましかった」

 

 戦える彼が羨ましかった。彼女の支えになれる彼が羨ましかった。どうして、自分があそこに立っていないのかと何度も何度も自分を責めた。どうしようもない現実であることを思い知らされて、この戦いを通して、ああ、やっぱり、自分は最後までダメな奴だったなと痛感させられる。

 

「安心しろ―――お前の無念は、俺が受け取る。受け取って、アイツらに叩き付けてやる」

「そうか――――それならお前が先に進め」

 

 ズシャリと大剣の刃が402号の身体を切り裂く。鮮血が迸り、レイジに返り血が降り注ぐ。それでも、レイジはそこから一切。目を離さない。もう一人の自分にして、自分が犠牲にしてしまった少年の姿から目を離さない。

 

「俺は……弱かった。勝ち取りたいものもない、無力なただのバカになってしまった。でも、お前は違った。お前は、総てを知っても自分自身で選んだんだ。何も報われなくてもアイツらへの復讐をするんだって」

 

「俺には……それしかない」

「それで、いいじゃないか。総て諦めてしまったバカよりよほどいい。お前はそれでいいんだよ……」

 

 自分に出来ないことを誰かに託す、そんな情けない結末にしか結局辿り着くことは出来なかったけれど、なんだかようやく憑き物を落すことが出来たように思えた。

 

 思い返してみれば、どうしてこんなことを続けてきたのかもわからない。真に立ち向かうべき敵は、あまりにも明白であったというのに。星灰狼に人生を歪められた者同士で争うなんて、連中にとってはこれ以上ないくらいに喜劇でしかなかったというのに。

 

「俺は―――誰かの想いを背負う器だ。お前の想いも連れていく。だから、安心しろ。その無念も怒りも全て星灰狼に叩き付けてやる」

「ああ、そうしてくれ。それなら、安心して……逝ける」

 

 視界が薄れていく、意識がゆらめていく。ああ、自分は死ぬんだなと他人事のように実感して、実験体402号と呼ばれた少年が瞼を閉じ、意識が闇の中へと消えようとする間際、

 

「――――アレクセイ」

「ター、ニャ……?」

「もうさっきからずっと名前を呼び続けているのに、貴方ったら、ずっと気づいてくれないんだもの。眠ってしまっているのかと思ったわ」

 

 自分の目の前に彼女がいる、七星桜華ではなく本当の意味でのターニャ・ズヴィズダーがいる。どういう原理だとか、これは幻覚なのかとかそんなことは考えられなかった。顔を合わせた瞬間に、402号……いいや、アレクセイと呼ばれた少年は涙を流していた。

 

「もういきなりどうしたの? 男の子なんだから勝手に泣いちゃダメじゃない。ほら、行こ!」

 

「行くってどこに?」

「みんなのところ!」

 

 ターニャが指を差す方向から喧騒の声が聞こえてくる。その声は彼にとっては聞き覚えのある声だ。ああ、そうだ、暮らしていた村の喧騒の声、大して何もない村だったけれど、毎日が暖かかった。あの村の声がする。

 

 その聞き慣れた声に感動すらも覚えたアレクセイにターニャは手を掴んで一歩を踏み出す。さぁ、行こうと歩きだし、そして少年も足を進めていく。

 

 もう既に失ってしまったはずの場所に向かって二人は足を進めていく。それこそが自分たちの望んでいた結末であると思うからこそ、歩き続ける足が止まることはなかった。

 

 冷たい現実の世界よりもなお暖かい幻想の世界の中へと苦しみ続けた二人はようやく安らぐことができる場所を見つけて、安堵して終わりを迎えたのであった。

 

 パラパラと402号の身体が消失していく。身体を弄られ続けた彼には今更、まともな死を迎えるはずもないと言わんばかりに、消えていく少年の痕跡すらも残らない。

 

 もっとも、その人生の最後に見せた反応は彼にとっても全く望んでいない光景ではなかったのかもしれないが。

 

「何をしたの?」

「俺の宝具には人々を心安らかになる楽園へと連れていくと言う力がある。救済を求める彼らの心が俺の宝具に反応して、最後の夢を見せてくれたんだろうさ。アンタの中の彼女もすっかり消えてしまっているんじゃないか?」

「………、確かに。大して気にかけているつもりもなかったんだけど、こうして自分の中に存在していた者が消えてしまうと、少なからずの喪失感を覚えるのね」

 

 アークの言葉を聞いて、桜華は自分の中に確かに存在していたターニャの感覚が消失していることに気付いた。まるで、402号と一緒に消え去ってしまったかのように。身体の持ち主である桜華をして、突然いなくなっていたと言わせるのだから、アークが口にした宝具によって焼失したという話もまったくありえない話であるとは思えない。

 

 それを自分なりに噛み砕いたうえで、桜華は踵を返し、レイジとアークのことなどもはやどうでもいいとばかりに帰還の態度を取る。

 

「いいのかよ、戦わないで」

「言ったでしょう。私の目的はこの場の戦いを見届けることだって。私以外の全員がいなくなってしまったのだから、これで私の観戦も終わり。遠坂桜子に伝えておいて。貴女と決着をつける時を楽しみにしているって。じゃあね」

 

 この場には自分を楽しませてくれる相手がいない、暗にそうほのめかして、ターニャの精神が消滅したことで完全に肉体を自分のモノにした桜華はレイジたちの下から姿を消したのであった。

 

 追うという選択肢は確かにあった。しかし、自分たちの有り様を考えればここで追撃をしている余裕などないし、それよりもやるべきことがあることをアークは理解している。

 

 身体はフラつくが、そんなことは気にせずに、レイジの下へと近づいていく。

 

「よぉ、いい啖呵だったぜ、胸が震えた。おかげで首の皮一枚繋がった。お前の叫びが無ければ、あのまま消えていたかもしれねぇ」

「アーク、お前は……」

 

「ああ、悪いが、そう長くはない。だから、やれるだけのことはやっておこうと思う。ロイやルシアたちがキャスター陣営と正門前で戦っている。いけるよな、レイジ?」

「………ああ、連れて行ってくれ」

 

 アークはクスリと笑う。覚悟を決めた人間は一回りも二回りも大きくなる。ほんの短い時間であった。けれど、叩きのめされ、現実の重さに耐えて、そうしてもう一度顔を上げるようになったレイジの表情は、もう立派な大人の顔だ。

 

 今更、アークが大人のおせっかいを掛ける必要などない。男の表情になった少年に余計な言葉を投げかけるなんてことは無粋以外の何者でもないのだから。

 

「アーク……、ありがとう。アンタの言葉がギリギリのところで俺を踏み止まらせてくれた。俺達のここまで来るまでの時間にも意味はあったと今は認めることができる」

 

「はッ、随分と素直になりやがったじゃねぇか。だが、それは俺じゃなく、あいつらに聞かせてやるんだな。急ごうぜ、互いに時間がそう多くはないだろう?」

「ああ……」

 

 こうしてスラムにおける戦いは終わりを迎えた。実験体402号、そしてターニャ・ズヴィズダーはアークの持ち得る宝具によって、ようやく解放され、ほんの少しの救いを得ることが出来た。それはアークなりのキュロスに対しての返答であったのかもしれない。

 

 自分の身体の命の灯が消えかかっていることは理解しながらもアークは未だに止まることなくレイジと共に次の戦場へと向かっていく・

 

 レイジを連れ戻して来ると仲間たちに誓った。その誓いを果たさないままに自分が消えるわけにはいかない。残り少ない時間の浪費であると理解しても尚、止まらない。最後まで燃やし続けるだけだった。それはレイジも変わらない。彼にとっても戦い続けることは魂の燃焼だ。弄繰り回され、先進すらも剥離しかけていた肉体の強度は決して長続きはしない。終わりの時は確実に近づいている。

 

 けれど、それをレイジは怖れない。怖れるとすれば、目的を遂げることができないままに終わってしまうことだけだ。だからこそ、駆け抜ける。死神の足音を振り払って、目的の場所へと辿り着くことができるように……

 

――王都ルプス・コローナ正門前――」

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 肩で息を吐く。自分の身体が重いと感じる。徐々に近づいてくる死神の足音を聞きながら、それを払いのけるために全身に力を込めている。自分がここまで追い詰められていることに信じられないという思いを抱きつつも、ロイはそのからくりがようやく見えてきたように思えた。

 

 違和感は最初からあった。カシムが肉弾戦を仕掛けたことに対して同じように対応をしたロイだが、どうにもうまく動きを合わせることが出来なかった。それはカシムの鋼鉄の肉体に自分自身の身体が流体魔術をかけているとはいえ、対応しきれていないのではないかと思っていたが、それはまったくもって、ロイの見込み違いであったと言わざるを得ない。

 

「ようやく分かったぞ、この身体の不調の正体が……、その背中らから放たれている霧のようなもの、それは――――七星の魔力だな」

「然りっっ!!」

 

 物言わぬモノアイヘルメットを被っているカシムだが、この瞬間だけは大きな笑みを浮かべている様がロイにも想像できた。種明かしをされたにもかかわらず、カシムは嬉々とした声を上げる。

 

「ロイ・エーデルフェルト、貴様は最強だ、誰が見ても同じようにそう答えるだろう。二度の交戦を得て理解した。貴様が十全に闘える限り、誰であろうとも貴様を越えることはできない。それを認めることが己の第一の課題であった」

 

 七星最強の魔術師を目指す最中で、ロイを最強であると認めざるを得ないこと、それがどれ程の屈辱であったかは筆舌に尽くしがたい。しかし、彼は認め、その対策を練った。徹底的に考え抜いた結果として彼はその十全な状況を生み出さないことを以て、ロイを封じることを画策した。

 

「まずは己自身の強化であった。流体魔術に対するコーティング、この身に七星の魔力を付帯させ、貴様の攻撃を堰き止める。しかし、これは貴様が言ったように応急処置に過ぎなかった。

己が求めた結論がこれだ。貴様との戦闘領域内に七星の魔力を散布し、貴様の魔術発動を強制的に無力化させる。七星の魔力は魔術師が放つ力からでなければ放てず、それが故に魔術師たちは如何に七星の攻撃を受けないかに腐心してきた。

かつての祖先たちは七星の戦い方を改良することで七星の強さを磨いてきたが、己は違う。そもそも、土台を崩してしまえばいい。七星の魔力で空間を埋め尽くしてしまえば、魔術師は無力だ。己に勝てる者は存在しない」

 

 事実として今のロイはカシムが言うように、限りなく自分の力を制限されている。時間が経過すればするほどに使用できる魔力の総量が減っていき、肉体強化に使っていた流体魔術もほとんどが無力化されている状態、その上で鋼鉄の塊ともいえるカシムとの戦闘を強いられているのだ。

 

 余裕の表情など最早浮かべられない。致死の一撃ともなりえる拳と蹴りを何とか避け続けることだけに集中せざるを得ず、死が自分の隣にまで迫っていることを痛感させられる。

 

(参ったな、極限状態での戦いと言うのがここまで精神的に来るとは、改めて自分の才能というものを思い知らされるが……)

 

 蜘蛛の巣に絡め取られた獲物になってしまった気分だ。そしてカシムは絶対にロイをこの場から逃がすつもりはない。サーヴァントを使って逃げようとするのならばキャスターが全力で止めるだろう。そして、このまま戦い続けたとしても、おそらくロイは逆立ちしても、カシムに勝つことはできない。

 

 魔術師が魔術を封じられることは致命的だ。戦う術の総てを失ってしまう。カシムはロイとの決戦に必勝を期して臨んでくるであろうことは予測できたが、まさか根本から絶たれてしまうとはと、ロイは対ロすらも奪われたことに自嘲する。

 

「まだ戦うか?」

「種明かし程度で諦めろと? まさか、セイバーもルシアも戦っている。俺も最後まで戦うさ。例え、勝ちの目が一つもなかったとしても」

 

 初めてである、ここまで勝てないと思える戦いは。秋津の聖杯戦争ですらも此処まで追い込まれたことはない。間違いなくカシム・ナジェムはロイ・エーデルフェルトの人生で最強の敵として君臨している。

 

 だが、諦めない。諦めるわけにはいかない。強大な敵を相手に何度も何度も立ち上がってきた者たちを知っているからこそ、ここで終わることは許せない。

 

「最後までやるぞ、簡単に最強を手に出来ると思うな」

「無論、貴様の死を以て己の最強は完成する」

 

第21話「敗北の少年」――――了

 

 ――ぼくは今日もまだ生きていくよ。優しい君の記憶を抱いて、失くした分だけ拾い集めてく。海の向こう 星が降る日に全て託して。

 

次回―――第22話「星の降るユメ」

 




次回は4日後、21日の更新となります「

【CLASS】キャスター

【マスター】カシム・ナジェム

【真名】ヘルメス・トリスメギストス

【性別】女性

【身長・体重】175cm/60kg

【属性】秩序・中庸

【ステータス】

 筋力E 耐久D 敏捷E

 魔力EX 幸運C 宝具A++

【クラス別スキル】

陣地作成:A
魔術として、自らに有利な陣地を作り上げる。
神殿”を上回る“大神殿”を形成することが可能。

道具作成:EX
魔力を帯びた器具を作成できる。
“エリクサ―”“ホムンクルス”さらに“賢者の石”ですら製作可能。

【固有スキル】

錬金術:EX
人間が神の領域に到達することを目指す魔術の祖。
錬金術師の始祖であり守護神であるキャスターは錬金術の奥義を極め尽くしている。

神性:A+ 
神霊適性を持つかどうか。高いほどより物質的な神霊との混血とされる。古代エジプトの知恵の神トト、そして古代ギリシャの冥界の神ヘルメスと同一視されている。
あまりに高い神霊適性を持つキャスターは、もはや英霊というより神霊に近い。

高速神言:A
呪文・魔術回路との接続をせずとも魔術を発動させられる。大魔術であろうとも一工程で起動させられる。

無窮の叡知:EX
この世のあらゆる知識から算出される正体看破能力。使用者の知識次第で知りたい事柄を瞬時に叩きだせる。知恵を司る神と同一視され、古代の神秘的錬金術師達の中でも別格の存在として認知されているキャスターの知性は計り知れない。

【宝具】
『我が叡知記す翠玉板(エメラルド・タブレット)』
ランク:A 種別:対自宝具 
世界最古の錬金術師ヘルメス・トリスメギストスがその奥義の全てを数十行の寓意にまとめ、書き記したエメラルドの板。
 自身の肉体に錬金術の極意を刻み込み、己の肉体を想うがままに改編することができる。キャスターはこの宝具による能力で自身の肉体を強化することで、攻防一体の戦闘力を引き出すことができる。
 もっとも、それはあくまでも力の一端に過ぎず、この宝具は己の肉体或いは世界を改変することにこそ、その真価があると言えよう。


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第22話「星の降るユメ」①

 ――暗殺一族七星、その末席に生まれた時、己の両親は心底嘆いたという。魔術回路を見て、自分たちの産んだ子供の才能のなさに、いよいよ自分たちの家系の命脈は絶たれたのだと、神に嘆きの声を漏らしたのだと聞かされた。

 

 ナジェム家は中東における七星の血を引く暗殺一族であった。過去にもこの地にはアサシン教団なるものが存在し、時の支配者たちへと大きな影響力を与えていた。

 

 アサシン教団自体の影響力が薄れる中で、我らナジェム家は権力者たちの抱える暗殺者として命脈を繋げていった。そうした意味では、日本における七星とさして変わりはない。灰狼の星家やヴィンセントのステッラファミリーがやはり権力者と癒着し、その命脈を保ってきたのも同様だ。どうやら七星と呼ばれる我々はその血が為せる技なのか、同じような方法で今日に至るまでその命脈を繋いできた。

 

 しかして、その繋いできた命脈もいよいよ立たれる時が来たかもしれないという話が浮かんだ。それこそが己の才覚の無さ、ナジェム家に生まれた時から己は落第の烙印を押されてきた。魔術回路の質は悪く、身体も丈夫ではなかったことから、七星の魔術師としては平均以下、むしろ、大成できるのかすらも怪しいとさえ言われるほどであった。

 

 その代償と言うべきか、知能面においてはずば抜けたものがあった。歴代の大陸に渡った七星の中でも、己の頭脳に匹敵する者は数えるほどしかいない。

 

 両親も一族も何故その才覚が魔術師として宿らなかったのかとたいそう嘆いた。自分が失敗作であったことに気付くのに早々時間はかからなかった。

 

 なるほど、どうやら自分は才能がない。そして才能がない存在は生まれた瞬間から祝福などされない。生まれた時から才能を持ち合わせ祝福されていたであろう七星散華とは根本的に違う。己には理解できない。宗家の才能を受け継ぎながらも、七星の魔術師であることを一度は拒絶したその思考が理解できない。

 

 才覚を持ち合わせ、誰からも祝福されている。それは幸福な人生ではなかったのか。

 

 諦めるという選択肢もあった。暗殺一族としての己ではなく只人として生きることを選択する。それもまた一つの人生であると己の思考は理解が出来ていた。

 

 しかし、己はその生き方を蹴った。愚かしい、そんな負け犬の生き方を認めるわけにはいかない。己には頭脳がある、知識がある、であれば、己にこの知識と頭脳が与えられたのは才覚などなかったとしても、己がそれを巻き返すことができると証明するためであろうと理解した。

 

 方針が決まれば後は動くだけのこと、己の知識を総動員して、己は魔術師としての己の底上げを図った。才能なくとも努力によって人は高みへと昇ることができる。その努力の最大効率と最短の経路を見つけ出すことが出来れば、理論上、己は才覚ある者たちへと追いつくことができる。あるいは、抜き去ることができるかもしれない。

 

 来る日も来る日も研究を続けてきた。己の肉体と言う最も身近であり、最もままならぬものを点検するように研究しつくし、そこで理解する。

 

 才能を持ち合わせている者に対して、努力だけで追いつくことは不可能であると。それを理解した時に己の足元は崩れかけた。長い時間をかけてきた。他の生き方を捨てて、ただ七星における最強の存在になることだけを求めて研鑽と研究をしつくし、その果てに限界を理解させられた。

 

 現実とは実に残酷である。己が追い求めた果ては理想でしかなかったことを痛感させられ、道先を見失った。己の肉体には限界があり、そして老いもやってくる。老いれば、後は腐り果てるだけ、己の失敗作としか言いようがない魔術回路では子を為したところでどれほど魔術回路が受け継がれるのかもわからない。

 

 肉の身体では追いつくことができない……いや、であれば、肉の身体でなければ……?

そう考えた瞬間、全身に電流が走った。何を固定観念にハマっていたのか、答えはあっさりと決まった。この肉体を最強へと作りかえればいい。努力では才能に追いつくことはできない。それを否定するために己は研鑽を続けてきた。

 

 であれば、最後までその道を信じようではないか。この時間に意味はあったのだと、己は最強になることでようやく証明できる。その証明が果たせるのならば、己の肉体など不要、そう決断すると行動はあっさりと決まった。

 

 残すところはイメージである。己が最強になるために目指すべき目標、或いは超えるべき目標を設定しなければならない。その相手を越えるために何をすれば最強になることができるのか、そのアプローチこそが意味を持つ。

 

 ロイ・エーデルフェルト、才能の極致、日本で行われた聖杯戦争の勝者、およそ現代魔術師でもトップクラスの才覚を持ち合わせる者。

 

 生まれた時から才能に見放されていた自分にとって、これほど最適な目標とするべき存在はいない。もしも、己が作り上げた肉体が、己が生み出した至高の作品が、才覚によって、魔術師の頂点に立たんとする者を越えることが出来たのであれば、己の人生はそこでようやく報われる。生まれた瞬間から与えられた呪いを克服することができる。

 

 そのためにあらゆるものを巻き込んだ。他の連中の思惑などどうでもいい、己にはおよそ関係のないことだ。好きにしろ、聖杯でも何でも持っていくがいい。己はこの人生の命題を懸けた戦いに勝利することが出来ればいい。

 

一度目の戦い、敗北は覚悟していたが思った以上の差を付けられた。

 

 二度目の戦い、応急処置などと言われるように焦りすぎていた。

 

 そして今―――三度目の戦い、ロイ・エーデルフェルトは才能だけに胡坐をかいた存在である。故にこそ、才能を遺憾なく発揮するための魔力を潰してしまえばもはや闘うことはできない。

 

「魔力が無ければ、魔術師たちは何もできない。貴様たちはこの世界に魔力が存在することを前提にしている。その前提が崩れればどうだ? こんなにもあっさりと勝負がついてしまう」

「逆だろう? その前提を失くさなければ、勝てないことを認めたってことだ」

 

「然りだ、だが、それこそが七星の法理。我々は魔術師の前提を壊し、魔術師を殺すために発展してきた一族、己はただそれを拡張したに過ぎない」

 

 七星の魔術は相手の魔術を阻害する。魔術回路の機能を阻害する毒の如き力を発揮することこそが、七星の魔術師の特徴だ。これまで連綿と受け継がれてきた七星の血こそが彼らにとっての大きな利点であるように捉えられてきたが、カシムはそのような七星の血に祝福されてはいない。むしろ、どちらかといえばヨハンやヴィンセント側の人間であると言えよう。だからこそ、彼は七星の魔術による魔力阻害へと着目した。

 

 例え、七星の血を活用する才覚がなかったとしても、七星の魔力を潤沢に使うことができる状況を自ら生み出すことが出来れば結果的に相手の戦い方を破壊することができる。

 

 その結果が目の前の状況である、ロイ・エーデルフェルトは流体魔術を扱えず、肉弾戦では魔術のバックアップ無しでは、絶対に鋼鉄の肉体を持つカシムに抗うことはできない。

 

 どれほど憎まれ口や挑発をロイが口にしたところでその結果は変わらない。三度目の正直と言うわけではないが、カシムは遂にロイに勝利をしたのだ。

 

「ふむふむ、良きかな、我が主も宿願を果たすことが出来て喜んでおるじゃろう。素晴らしきかな、人が見果てぬ夢を達成することが出来た時ほど美しい瞬間はない。そこに己の人生の総てを捧げていたとなればそれこそ格別よ。

 なぁ、お前もそうは思わんか? 導き星なのであろう、そなたらは?」

「がっ、ああああああああああ」

 

 ロイがカシムによって追い込まれているころ、キャスターとセイバーの戦いも優勢劣勢が決まりつつあった。キャスターは魔術師のサーヴァントであることが嘘のように、ポルクスの首根っこを掴み締め上げ、足下で倒れるカストロを踏みつけている。

 

 宝具解放による肉体強化によって、ディオスクロイの動きを視認することができるようになったキャスターは高速で動き回るセイバーを相手に対応し始め、遂にセイバーを捕捉し、こうして、制圧することに成功した。

 

「そなたらの奮闘も中々のモノであったぞ? 妾も少しばかりは肝を冷やしたものだ。喜べよ、このヘルメスが予想もできないような戦い方をされたのじゃからな」

 

「きさまぁぁぁ、ポルクスを離せ!」

「カカカ、離してほしくば自分で何とかするのだな」

 

 興が乗っている様にキャスターは面白がりながらポルクスを解放するよう声を上げるカストロを挑発する。先ほどまでは魔術の技やあらゆる攻撃方法を掻い潜って肉弾戦等に持ち込むことが出来れば、勝利が出来るという希望を持ち合わせていた。しかし、ふたを開けてみれば、肉弾戦であったとしても、キャスターは圧倒的だ。

 

(無理だ……勝てない、僅かな希望だった、攻撃を全て掻い潜っての破れかぶれの攻撃さえも、あいつに真正面から上回られるなんて……、付け入る隙がまるでない……)

 

「何だ、そんな諦めたような表情をしてくれるな。妾とてあらゆる意味での無敵と言うわけではないぞ。宝具を展開している最中は自身の肉体の底上げは出来るが、その代わりに、魔力をそちらに持っていかれるのでな、中々錬金術の展開までは出来ん。無理矢理にやればできなくもないが、そうなれば、主への負担も大きくなるからのぉ。どうじゃ? やる気が出て来たか? 攻略法だけ聞いたところで、自分自身にそれを実行する能力がなければ意味もなかったかのぅ」

「バカにしてぇ……!!」

 

 ルシアは身体に力を込めて何とか立ち上がる。二挺拳銃の銃弾を放ち、キャスターが銃弾を指で弾くと、意識が逸れたからなのか、そこでようやくカストロがキャスターの足を振り払い、脱出、ポルクスを拘束している腕を捩じりきるようにして、無理矢理ポルクスを救いだす。

 

「げほっ、ごほっ、兄様……!」

「無事か、ポルクス!」

「この程度、なんでもありません。心配を掛けさせてしまいました、ごめんなさい兄様」

 

 再びポルクスが光の剣を掲げる。しかし、状況を楽観視することはできない。先ほどまでのように光速移動にキャスターがついてくることが出来ないのであれば戦いようは幾らでもあったが、今はそれすらも順応してきている。

 

 全く戦えないわけではない、むしろ、ディオスクロイ兄妹が戦っているからこそ、いまだにキャスターを留めておくことが出来ている解釈することもできる。

 

(ジリ貧だね、一つ一つ、戦うための方法を潰されて、そして絶望した時には命を奪われる。私達が必死に足搔いている間は生かしてくれても、戦う気力を失ってしまったら、コイツは間違いなく興味を失くして命を奪おうとしてくる……)

 

 ファブニールの加護によって不死身となっているにもかかわらず、ルシアは自分のすぐそばに死が近づいていることを実感する。戯れを求めている相手に生殺与奪を握られており、セイバー以上に自分は不死の力を喪えば、あっさりと命を落とすであろうことは目に見えている。

 

(これまでに何度も何度も死ぬような思いをしてきた。別に死ぬのが怖くないかって言えば嘘になるけどさ、でも、命を懸けなきゃこの状況は変わらない)

 

 ロイとカシムの戦闘は、信じがたいことだが、カシムの優勢で状況が進んでいる。認めたくないことだが、このままいけばロイが敗北し、カシムは積年の宿願を果たすことになるだろう。

 

(その時にコイツが満足して諦める、なんてことはないよね。その勢いのままに私らも皆殺しにされる。要するに、こっちの戦いは暇つぶし、ロイが負けるまでは相手をしてあげるけど、そうでなくなったらってこと……悪いけど、ロイ、あんたの予想は半分正しくて半分間違っていたよ。アンタが負けたところで、こいつが満足するはずがない)

 

 ふと、この戦いが始まる前にロイに言われた言葉を思い出す。それはあくまでも机上の空論に過ぎなかったが、ここまでくると真実味を帯びてくる。

 

「期待しても、仕方がないよね。セイバー、まだヤれるよね?」

「当たり前だ」「勿論です!」

 

 二人が同時に応える。ルシアと違い、二人はサーヴァントであるとはいえ不死身ではない。ここまでに蓄積されたダメージもある。危険な状況であることに変わりはないが……、そもそも、自分の方が例外なのだ。人は誰だって死ぬ。簡単に、道半ばで命を失う。

 

「正念場だぞ、私……」

 

 この指輪を与えられた意味がこの戦いにあるのだとしたら、逃げるわけにはいかない。この瞬間も戦い続けていることに意味があるはずだから。

 

・・・

 

 騎士たちと兵士たちの声が響く、怒号が飛ぶ。何があろうとも相手を破壊して吹き飛ばすという意思を互いに見せながら、絶対に退くまいという意思を示し続ける。

 

「左翼もっと詰めて!! そちらから切り返しに来るわ!」

「リーゼリット様、あんまり無理をしないで。相手の弓隊もこっちを狙っているから! って言ってるところから!」

 

 勇ましきモンゴル兵士たちの攻撃がリゼへと襲い掛かり、桜子が護衛としての役割を果たすために攻撃を凌ぎ続ける。セプテム、しかも王都での戦いであるというのに、桜子とリゼの目の前に広がる大軍勢の姿はどんな映像作品よりもなおすごい。

 

 秋津の聖杯戦争でも、多くの英霊たちとの戦いを目の当たりにしてきたが、それでも、彼らは個人間の理からでの戦いであった。ランサーもライダーも等しく大軍を用いて、大軍を屠るための戦い、なんとか戦いの流れについていくことはできているが、戦場のすべてを見渡すことは桜子にもできない。

 

 あくまでも自分とリゼへと迫ってくる攻撃をせき止めるので精いっぱい、だが、歴戦の英雄ともいえる者たちはこの軍を動かして、勝利を掴みとることができるのかどうかを争っているのだ。

 

 改めて、英霊と呼ばれる存在たちの凄まじさを思い知らされる。その凄まじさは言うまでもなく、自分のサーヴァントであるランサーとスブタイの戦いからも窺い知れる。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「ぬんッ!!」

 

 モンゴル騎馬軍団の隙間を翔け、次々と神速の槍捌きをもって敵をなぎ倒していく。スブタイはその兵士たちを使うアドバンテージを活用するが、アステロパイオスを捉えきることはできない。むしろ、兵士たちの行動すらもノイズの一つとしてアステロパイオスは利用しているようにも見える。

 

「さすがは古代とはいえ、一つの部族を従えた者か」

「貴方こそ、指揮をしているわけでもないというのに、彼らと息を併せて、私を追い詰めようとするとか。そういうの普通に反則だと思うんですけど!」

「同じ時代に、同じ戦場を駆け抜けた者同士であれば、それくらいの行動は造作もない!」

 

 スブタイには派手さはない。侵略王のように多くの兵士たちを従えるカリスマ性を持たず、ただ武骨に己の実力だけで相手を認めさせる存在だ。

 

 それでも、有能である将軍たちがひしめくモンゴル帝国の中で、侵略王の腹心とまで言われるほどの実力者にまでのし上がった事実は、それだけでスブタイが並みの存在ではないことを証明している。侵略王がもう一人いると言っても過言ではない。当人すらも認めるその実力は大人数の戦闘でもあるこの場所においても、まったく変わることがない。

 

 しかし、そんな絶大な戦力であるからこそ、アステロパイオスがここにスブタイを抑えつけていることに意味がある。この場の本命の戦いはあくまでもランサーとライダー、たとえ、どれ程の不利があったとしても、ライダーを倒すことが出来れば、この軍勢もスブタイも全てが消滅する。

 

 それを理解すればこそ、ランサーの怒涛の猛攻は続いていく。白亜の城壁とも呼ぶべきウィリアム・マーシャルが全身全霊をかけて、侵略王へと槍を放ち続け、侵略王はその身を削られながらも、致命傷だけは免れる。

 

 絶妙な戦いだ、ランサーの猛攻を受け、ライダーは確かに対抗することが出来ていない。白兵戦闘であれば、やはりランサーこそが最強、軍勢を率いるという点では後れを取っても、この一対一の状況を作った時点で、ランサーにとっては最大の好機であるといってもいい。

 

 しかし、だがしかし、討ち取ることができない。これまでに数多の英霊を相手に常に互角以上の戦いをしてきたランサーが、全力を出して攻撃をしているにもかかわらず手傷を増やしても倒すことができない。

 

「焦りを覚えているな、ランサー」

「くっ……まさか……」

 

「そう落胆することもなかろう。絶大な戦士と戦うことなど、幾度となくあった。長生きをする秘訣はな、死なないことだ。馬鹿げた事実であると思うか? 死なないというのは難しい。戦場に出れば誰もが死ぬ可能性を孕んでいる。その可能性を否定して生き残り続けること、なおかつ、勝利を続けることは決して楽な話しではないぞ。幾多の負けを経験してきた余であるからこそ分かるのだ!!」

 

「ランサーは強い、単純な武力だけであれば、我らが王を凌ぐだろう。しかし、我らが王はしぶとい、戦場の中に身を投じ、そして命を失う直前まで戦場で戦い続けてきた。だからこそ、戦い、生き残るすべについては誰よりも敏感だ。

 生き残ることさえできれば次につながる。己の総てを使って、王は生存と勝利を求め続ける」

 

 あと一歩が届かない。その焦りをランサーへと覚えさせることこそが、侵略王の求める成果だ。正面からの武力で勝てないのであれば策にハメる。力任せの破壊だけを求めているように見えて、蒼き狼は狡猾だ。

 

「決着を求めるのであれば、ちまちまとした攻撃では余を倒すことは出来んぞ? それ、貴様の持てるすべてを振って余を屠りに来るがいい。先ほどから貴様が一刀を目論んでいることくらいは分かっておるわ」

「その言葉、後悔するなよ、侵略王!!」

 

 告げると同時に、ランサーの愛馬が侵略王の馬へと額から激突し、侵略王の馬がよろける。そこに狙い澄ましたように馬上槍が侵略王の身体へと突き刺さり、動きが鈍る。同時に、ランサーの愛馬は大きくターンをして、ライダーから距離をとると、振り向きざまにランサーの手に黄金の光が握られる。

 

「我が王よ――――偉大なる獅子心王よ、貴方の力をこの一時、臣下たるウィリアムにお貸し戴く!! どうか、我が手に勝利を!!」

「『永久に遠き勝利の剣(エクスカリバー・ライオンハート)』」」

 

 白の槍、その穂先に瞬くのは星の光が如き力、眩き光と共に、周囲を焼き払う光の奔流が押し寄せる。槍から放たれる超高温のビーム兵器とも呼べるものによって、真正面にある者すべては焼き払われる運命に処されるのであった。

 

 それこそが、プランタジネット朝イングランド最高峰の王であるリチャードの聖剣、黄金の光を纏った馬上槍の一閃が、侵略王の身体を呑み込んでいく。

 

「ぬぐぅぅ、がぁ、ああああああああああああああああああああ!!」

 

 その絶叫は、演技などではありえない。黄金の光に呑み込まれて全身を焼かれ、命が散りゆく絶叫、まさしく断末魔と形容してもおかしくないほどの超高熱エネルギーが侵略王を襲っている。

 

 後悔してももう遅いという言葉はまさしく事実だ。遊び半分でその光を受け止めることがどれほど愚かしいことであったのかを、侵略王はその身で実感する羽目になった。

 

「王よッッ!!」

「あの光は絶大な一撃、いかに世界最大の帝国の王であったとしても、あの光を受ければ、ただではすみません!」

 

「否ッッッ!!」

「ぐっ、くぅぅ……!」

 

 侵略王が黄金の光に呑み込まれたことによって意気消沈し、戦う気力を失うのかと思われたスブタイであるが、より力任せの一撃をアステロパイオスへと叩き付け、彼女の身体が後ずさる。

 

「我らが王はあの程度で敗北することなどありえない。我らが王は、数多の経験総てを糧として、なおも飛翔を続ける。ならば、この程度で我らが王が敗北するはずもなく!」

「――――然り、その通りだ、スブタイ」

 

 スブタイの叫びに呼応するように黄金の光が晴れた先にそれはいた。総てを吹き飛ばすほどの超高エネルギーの熱が全てを覆ったはずであるというのに、侵略王は未だその身体を維持していた。

 

「見事だ、見事だぞランサーよ。余の耐久力を以てしても、半身総てを吹き飛ばされるほどの威力、くく……この力が無ければ、そのまま消滅している所だったわ」

 

 魔力が一気にライダーの身体へと流れ込んでいき、即座に高速の自己修復が始まっていく。言うまでもなくそれこそが、灰狼によってかき集められ、ライダーの魔力タンクとして繋がれている人造七星による影響であった。たとえ、どれほどのダメージを与えたとしても即席で回復をしてしまう。

 

 組織力、そして数、星灰狼は才覚では散華に勝らないし、頭脳ではカシムに勝らない。七星としての実力とて桜華の方が全てにおいて上である。しかし、それでも彼はこの聖杯戦争の最中では序列一位なのだ。

 

 こと聖杯戦争を勝ち抜くという意味で言えば、彼がかき集めてきた人造七星の力は常軌を逸する。通常の聖杯戦争であれば、ランサーの一撃を受けた侵略王は、既に勝負がついている。

 

「流石に肝を冷やしましたよ」

「何、我が臣下がせっかく用意した力なのだ。使わなければ勿体なかろう。余は己の力だけで総てを勝ち抜けると考えるほど夢想家ではない。お前たち臣下が世を支えてくれるからこそ、全力を出すことができるのだ」

 

 誇らしげにそう語る侵略王の様子に嘲りや傲慢さは欠片も見えない。歴史に名を刻んだ大英雄であり、悪魔のような男であるが、彼は彼なりに紡いできた絆の力を信じている。それこそが世界最大の帝国を築き上げた男の姿なのだ。

 

「貴様は何が助けてくれる、ランサー。貴様は強い。だが、強いだけだ。強さだけを寄る辺にするからこそ、貴様は強くあることしかできない。たった一人の強さを求めたことこそが貴様の在り方、この騎士たちも同じだ。奴らは貴様と同じ軍団ではあろうが、仲間ではない。貴様自信に統制が取れていないのがその事実だ。あくまでも借り物の力、有象無象は屠れても余を討つにはあまりにも心もとない」

 

「どれほど、講釈を垂れたとしても、私は負けない。最後まで足掻き続けて見せよう!」

「そうか、しかしな、先の一撃が貴様の全力であろう。余は臣下たちの力を使ってそれを切り抜けた。ならば、余は余の持ちうる力の総てを使って貴様を屠るのみよ」

「―――――ッ、ランサー後ろッッ!!」

 

 指揮をしていたはずのリゼが叫ぶ、不吉な予感、いいや、騎士たちと視界を共有することで、その異変を察知していたからこそ、彼女は声を上げた。

 

 ランサーの背後、その至近距離にライダーの兵士たちが突如として姿を見せたのだ。

 

「この世界は余の心象風景、であればこういうこともできる。もっとも、魔力も相応に使うが、灰狼よ、致し方なかろう」

「ええ、それでランサーを倒すことができるのならば」

 

 この時、リゼは叫ぶのではなく令呪を使うべきだった。もっとも、騎士たちの指揮を執って、モンゴル兵たちを押し留めていた彼女にそこまでの芸当ができたのかと言われると怪しい所ではある。

 

 しかし、その少ないリソースを配分するしかなかったことが結果的に明暗を分けた。侵略王との戦いで少なくない消耗をしていたランサーの背後より迫った兵士たちの槍が一斉にランサーの身体へと突き刺さる。

 

「がっ――――」

「よくやった、我が兵士たちよ」

 

 そして、侵略王はすかさず動く。勝利とは必要な時に必要な行動をとることができる者に与えられる。ならば、ここで必要なことは何があろうともランサーの息の根を止めること、槍を突き刺され、ランサーがわずかに動きを止めた。

 

 勿論、ウィリアムであれば、一瞬のうちに復帰して、身体に槍が突き刺さったままでも相手を屠ることが出来ただろう。しかして、これは集団戦、その復帰をするよりも早く、ライダーの戟がランサーへと袈裟切りに放たれ、一撃を以て、ランサーそして彼の愛馬を諸共に切り裂く。

 

「―――――――」

 

 その瞬間に、ランサーが何を思ったのか、常に彼の足を守ってきた愛馬の鼓動を感じることもなく、ランサーの身体が地面へと転がり落ちる。そして、兵士たちはすぐさま、倒れ込んだ、ランサーの愛馬へと槍を突きたて、抵抗していた愛馬はその動きを止めた。

 

「勝負、あったな、ランサーよ。馬と共に生まれ、そして草原を駆け抜けてきた余に並ぶほどの馬捌きを見せた貴様に余は心より敬意を表す。だが、貴様は己の愛馬を使い潰してでも勝利をするという執念を見せることがなかった。それがこの結果だ」

「がぁぁ……ぐぅぅ……」

 

 ランサーの身体から力が抜けていく。宝具によって強化された肉体は常勝無敗の騎士にこそ与えられるもの、今の彼は落馬し、その最強の鎧を剥ぎ落とされた。そんな相手に与えられる加護など存在しないとばかりに、自分の肉体から力が喪われていくのが分かってしまう。

 

(あぁ……まずいな、勝利するための道筋が見えない。敗北の瀬戸際における状況とはここまで絶望的なのか……)

 

 常に勝ち続けてきた騎士にとってそれは初めての体験であった。あまりにも絶望的な状況、ここからの逆転など不可能であろうと思わせるほどに見据える先は暗黒に覆われていく。これまで自分と対峙してきた相手もこんな暗闇の中で戦い続けてきたのだろうか。自分は敗北する。その運命からは恐らく逃れることはできないと彼は覚悟を決めた。

 

 己にとっての決定的敗北、それは彼の心を折るには十分すぎたが、それでも彼は騎士だった。最後の一瞬、その瞬間まで彼は騎士であることを諦めない。

 

 それこそが騎士の中の騎士と言われた男の矜持であるのだから。

 

「終わりだ、ランサー、その首を貰うぞ」

「ああ、確かに私はライダー、お前に敗北するだろう。だが、ただでは終わらない」

 

「ほう? まだ何かをするか?」

「ああ、まだ私は最後の宝具を使っていない」

 

 この極限状況の中でも、いまだに勝利をするための糸を手繰り寄せようとする。それこそが英霊の、騎士としての在り方であろうと主張するように。

 

 戦いとはえてして、一瞬にして勝負が決まってしまうもの、常勝無敗と謳われた男は己の身体の一部にも等しかった愛馬から引きずり降ろされ地面にその身を屈した。

 

 騎士としてはこの時点で敗北を迎えたと言ってもいいかもしれない。いかに生前の栄光があったとしても、さらなる英霊の前に膝を屈するのは聖杯戦争の妙であると言える。

 

 だが、それでも、誇りを失ってもなお、彼は赤く染まった鎧を動かし、その瞳はいまだに死を迎えてはいなかった。敗北は避けられないかもしれない。しかし、それでも主のために最後まで戦うのが騎士であり、サーヴァントであるのだ。

 

「我が最後の宝具、刻んで先に進んでもらおうか、侵略王」

「よかろう、貴様の最後の輝き、とくと見せるがいい、ランサー。それを貴様の死出への餞としよう」

 

・・・

 

「憐れだな、ロイ・エーデルフェルト。これまで最強を誇ってきた、かつての聖杯戦争の魔術師よ。お前はもう最強ではない。お前を倒した己こそが、七星最強を名乗るに相応しい。己の宿願はここに果たされたのだ」

 

 信じられない光景が広がっている。秋津の聖杯戦争の勝利者であり、ここまで何ら危なげもなく勝利を重ねてきたロイ・エーデルフェルトが膝を屈し、地面にうつ伏せに倒れている。全身から血を流し、片腕は折れ曲がっている。息も絶え絶えの状態でありながら、目の前に立つ鋼鉄の男、カシム・ナジェムは消耗している様子もほとんど見受けられない。

 

「最強という名前を冠していても所詮魔術師でしかなかったということだ。魔術師である限り、我々七星には勝利できない。それを改めて証明した。己が、この世界に証明したのだ!!」

 

 それを素晴らしいこと、誇らしいことであるように声を荒げてカシムは空に吼える。常に冷静沈着である彼らしくない声の荒げ方であった。

 

「才能なく生まれ、失敗作のように扱われてきた己の人生は今ここに報われる。七星の血に愛されていた散華や灰狼が最強なのではない。己だ、己こそが最強なのだ。この鋼鉄の身体が、七星の魔力を十全に扱うことができる己こそが最新、七星一族を次のステージへと引き上げるための存在、それこそが己なのだ!!」

 

 自画自賛、凄まじいまでの承認欲求が自分の胸のうちに渦巻いていたことをカシムは吐露する。しかし、あの執着を見れば、それほどの承認欲求が存在していたとしても不思議がることはない。

 

 この時代における七星きっての頭脳ともいえるカシムだが、その内面に存在しているのは劣等感と承認欲求だ。生まれた時から持たざる者であったからこそ、何をしてでも手に入れたいものがあった。

 

 カシムはようやく手にすることが出来た。才覚を持ち合わせる者よりもなお素晴らしい結果を残すことが出来た己に歓喜の声を上げるのは当然と言えば当然なのかもしれない。

 

「くく、喜んでおるわ、まるで童のようではないか。あのような姿に己を変貌させてまで、掴んだ果てであれば感動もひとしおであろう」

 

「ロイ……」

「愚か者が……」

 

 希望を捨てずに戦い続けてきたルシアたちにとって、ロイの事実上の敗北はやはり精神的に厳しいものを与えてくる。カストロの呟く厳しい言葉はロイの勝利を信じていればこそだろう。如何にカシムが強大な相手であったとしても、彼ならば勝つ、その信頼関係があったことを意味しているが、現実はカシムの執念が勝った。

 

 希望はない、この局面でロイが勝てなかったことは単純な勝敗以上の大きな意味を併せ持っている。

 

「………憐れだな」

 

 だが、そんな周囲の感覚とは裏腹にロイは血を滲ませながら、勝利に歓喜するカシムに向けて愚かしいと口にする。

 

「負け惜しみか? 貴様が今更何を言った所で勝敗は覆られない」

「それは……分かっているとも。今更俺が何をしたところでお前に勝つことはできないだろう。完敗だよ、お前は俺を倒すという目的を見事果たした……」

 

 戦う前に、敗北する可能性をロイ自身も予見していた。カシムの尋常ならざる執着心を考えればそれは十分に起こりえることだと。それが現実になった。腹立たしいことではあるが、それ自体は受け入れざるを得ない事実であろう。

 

「だが、俺は……お前が最強であるなどとは思えない」

「何……?」

 

 先ほど、己の勝利に歓喜を覚えていたカシムは嬉々とした反応が嘘であったかのように冷徹な反応を返す。返答次第では即刻ロイを殺す。その意識がはっきりと芽生えたような反応であったが、ロイは何一つとして怖れることなく告げるべき言葉を継げていく。

 

「言った通りの意味だよ。お前は確かに俺に勝った。誇るべきことだ、お前は聖杯戦争の勝者に勝ったんだから。だけどな、それがそのまま、お前を最強であると定義することにはならない。お前は只、俺に勝っただけなんだから」

 

「………、はは、ははははははははははは。何を、何をバカなことを。貴様に勝つことが出来ればそれで十分だ、それで答えは示されている。お前と言う限りなく最強に近かったものを倒したのだ。であれば己は最強、そこに何ら疑問の余地はない」

 

「天才を自称する割には、数式と言うものを何も理解していない。目が眩んだからか? 流石にそれは看過できないぞ、カシム・ナジェム……」

「――――黙れ!!」

「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 

 カシムは思い切り、ロイの頭を蹴りつける。鋼鉄の身体に蹴りつけられ、ロイの額からは血飛沫があがり、脳震盪さえも引き起こされる。

 

「貴様は敗北者だ、己に敗北したのだ。ならば潔くその敗北を受け入れるのだ!そもそも、貴様自信が口にしたであろう。最強は最強であることに拘りがないのだと。であれば、何を拘る。何に縋る!」

 

「別に縋ってなんて……いない、こだわりも、どうでもいい。だが、今のお前はどうしようもなく憐れに見えるよ、カシム・ナジェム。勝利が、執着の果てが、お前の地金をここに晒し上げてしまったな。そこまで嬉しいか? 俺を倒せたことが」

「無論、これは己の求めた命題の到達点である」

 

 ロイが口にする言葉の総てが負け惜しみである。言い訳である。今更何を口にしたところで彼が逆転できる要素は何処にも存在していない。もう少し勝利の余韻に浸っていたい気分のカシムであったが、この勝利の高揚感の邪魔をするのであれば、ロイを処断するのもやむを得ないと考えを変えた。

 

 元より、自分たちにとって、ロイの存在は必要ではない。灰狼とて邪魔であるからこそ早々の排除を求めるだろう。気持ち1つで命を消費することはケモノの所業であり、理性的な己には似つかわしくない行為であるが、たまには本能に身を任せるのもいいだろう。

 

「死を望むのならば馳走してくれよう」

「どれだけ聡明であったとしても、お前は自分のことしか考えていない。いいや、その執念と執着が自分以外の総てをどうでもいいと考えるようになった。それは一つの強さであると同時に弱さだよ。ほら―――――お前の死神が戻って来たぞ」

 

「カシムゥゥゥゥゥゥゥ!!」

 

 空より飛来してきた一筋の流星が弾丸のようにカシム目掛けて飛び込んでくる。その流星が如き大剣が鋼鉄の肉体と激突する。

 

「貴様は……レイジ・オブ・ダスト!」

「ああ、そうだ、お前に好き放題に身体を弄繰り回され、何者なのかもわからなくなった、報いの時だ、カシム・ナジェム! お前は今、ここで俺が殺す!!」

 

「くだらないな、度し難い。この瞬間は己にとって人生の絶頂期であった。何よりも優先するべき目標を達成した時であった。それを、あまりにも愚かしい。これは灰狼の失態だな、役立たずをいつまでも放置していたのだ。だからこういうことになる」

 

 カシムは怒り心頭である。ロイに勝利をすることが出来たというこの瞬間にわざわざ邪魔をしに来た相手を許せる理由などあるはずもない。

 

「よかろう、最強の七星たる己が貴様を処分しよう。生み出した者として当然のことだ」

 

 カシム・ナジェムは怒りに燃えている。この場に飛び込んできたレイジのあまりの醜悪さに、宿命の戦いが終わりを迎え、己の宿願が果たされようとするこの瞬間に泥を塗った愚か者ほど度し難いものはない。

 

 しかして、これも生み出してしまった者の責任だ。灰狼や桜華が処分することができなかったのであれば自分が処分をしよう。何のことはない。自分で生み出したものに自分で始末をつけるだけなのだから。

 

「よぉ、まだ戦えるか?」

「アンタこそ、随分酷い恰好じゃない」

 

「まぁな、だが、約束は守ったろ?」

「そうだね、じゃあ、最後くらい、派手に暴れようか……」

 

 キャスターに嬲られ、不死身ではあるものの、半死半生のルシアの下に、同じく瀕死のアークが姿を見せる。霊核を砕かれ、残る魔力を失えば完全に消滅することは間違いないというのに、それでもアークはいまだに気力を失っていない。

 

「くく、そうかそうか、セイバーの奴はしくじったか。ちょうどよい、妾もそなたと遊んでみたかったのだ。良いか、英霊ノア?」

「いいぜ、最後の花火を上げる相手には十分だ、行こうぜ、ルシア、セイバー!!」

 

 宿命を超えた果ての戦い、夕日が夜の闇へと変わろうとするその最中で、決着のための最後の戦いが始まる。

 

 レイジとカシム、アークとルシア、セイバーとキャスター、その結末の時が来る。

 




次回はいよいよキャスター陣営との決戦!

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第22話「星の降るユメ」②

『おそらくだが、俺は今回の戦い、カシム・ナジェムに敗北することになるだろう』

 

 戦いが始まる前に、ロイ・エーデルフェルトはルシアとセイバーに向けて、自分の胸に宿っている思いを吐露した。

 

 不安を覚えているわけではなく、それは漠然とした予感である。あの恐るべき執念深さを持ち合わせている男が、ただで此度の戦いに臨んでくるはずがないこと、あちらがこの場を戦いに選んできた以上必勝の罠か何かが張り巡らされているであろうことは間違いないと踏んだからである。

 

『おい、人間、以前にも言ったはずだ、あまり舐めたことを口にするな。貴様が我らのマスターであるのならば戦う前から敗北をするなどと言うのはやめろと言ったはずだ』

『それとも、カシム・ナジェムがマスターに敗北することとなれば、自分の望みを達成することが出来て、結果的にキャスターを消滅させる手立てになるということに繋がると言いたいのでしょうか?』

 

『いや、その考えは流石に浅慮が過ぎるだろうと俺自身も考えを改めたよ。俺を倒したくらいで、キャスターが満足するはずがない。ああいう輩には欲望の終わりというのがない。一つをクリアすればその次を目指していく。際限なく、一つまた一つと目指していくモノが増えていくのは容易に想像できる』

 

『そこまで分かっていても、ロイ、あんたはカシムに負けると思っているの?』

『ああ、そうなるように仕向けている。言わばアイツは、俺に勝つために調整をしてきている。だから、ある意味で俺が敗北するのは、予定調和なんだ』

 

 これまでの二度の戦いとて本来であれば、カシムにとって容易に勝ってもおかしくない戦いであったはずだ。それをロイの規格外の強さが上回り、敗北の時を先延ばしにしてきた。

 

 しかし、三度目の正直、という話ではないが、昨日のカシムの様子から見ても今回こそは確実に勝てる何かを引っ提げてくるのはロイにとっても想像に難くない。

 

『だからこそ、俺はあえて捨て石になることを選ぶ。あいつが俺に勝利をして、自分こそがこの世界の最強であると思いこんだその時にこそ、アイツを倒すための最大の好機が訪れる。アイツを倒すべきなのは俺じゃない。一方的に闘うことを運命づけられた俺ではなく、カシム・ナジェムを倒すに相応しい戦士は他にいる』

『それって……』

 

『セイバー、ルシア、君たちは変わらずキャスター撃破を目指してくれ。だが、全力を出すとすれば、それは俺が倒された後だ。その時に総ての状況がひっくり返る。その兆しは目に見えた変化として起こるはずだ。その時が、総てを出し尽くして戦う時だと覚悟してくれ』

 

 思えば、ロイはこの状況へと至ることを予感していたのかもしれない。カシムを倒すのは自分に非ず、身体を弄繰り回され、人生そのものを奪われたレイジの復讐の刃こそが鋼鉄の身体を打ち破るのに相応しいと。

 

「行くぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 その叫びと共に、戦場の空気が一変する。ナノマシンによって生み出された己の真体を纏ったアークは、まさしく鋼鉄の肉体を振りかざして、自身の肉体強化に総てのリソースを仕込んだキャスターと拳と拳の激突が生じる。

 

 ジェルメによって霊核に損傷を与えられているアークの顕現できる時間はそう長くない。英霊ノアとしての異次元の単独行動スキルによって、いまだにしぶとくこの世界に残っているが、本来であればいつ強制退去をしてもおかしくない状況にある。

 

 だが、そんな状況であるにもかかわらず、叩き付けられたキャスターの拳は骨から粉砕される。当然に自己修復の魔術を掛けるが、畳みかけるようにアークの拳の連撃が降り注ぎ、キャスターの肉体を破壊していく。そのたびにアークの装甲も破壊されていくが、構いはしない。消える瞬間が短くなったところでそれがどうした?

 

 命を懸けるに相応しい場所なのだ、命を惜しむ理由が欠片もない。

 

「くく、ふはははははは、なんじゃその有り様は、貴様、その有り様で何故、そこまで戦える。これが冠位を背負う英霊か? 妾の宝具と真っ向からぶつかり合って、小癪ではないか!」

 

「へっ、バカを言え。キャスターでありながら宝具を使って肉弾戦とか、ちょいとばかり反則が過ぎるんだよ。そういう奴を相手取るんだ。最後の出がらしになるまで出し尽くす。俺は俺が認めた連中のためなら、最後の一瞬まで戦える!! 冠位がどうとかじゃねぇ、これは今日まで旅を続けてきた俺達の絆があるからだ!!」

 

「その通りです、我らは今や一つ」

「貴様たちの笑う結末など認めてなるものか!!」

 

 一瞬にして通り過ぎる鎌鼬のようにディオスクロイ兄妹の攻撃がキャスターを切り裂く。アークの攻撃と連動するようにして放たれる光速斬撃は意識を向ける相手が存在するというその変化だけでも必殺の力を発揮する。

 

「ぐぅ、がああああ」

「ッッ! ポルクスっ!」

「大丈夫です、兄様、この程度、なんてことはありません!」

 

 しかし、流石と言うべきかキャスターも負けてはいない。自分の身体を切り裂かれるのを自己修復で補うことを前提にセイバーの身体から血が吹きすさぶ。出し惜しみ無しの激突である以上、相手を砕くのはどちらが早いかでしかない。

 

 拳が砕けることも、肉体を切り刻まれることも受け入れた上でキャスターは相手を先に破壊することに尽力する。

 

「良い、良いぞ。それでこそだ、命の奪い合いの中でしか輝けない命がある。あらゆる段階を通り過ぎてしまった者に与えられる刺激など、それこそ命の奪い合いだけよ。主の悲願が達成された今、もはや何らこだわる必要はない。この死闘に総てを出し尽くそうぞ!」

 

「ああ、そうかい、だったら、出し尽くした上で消えて行け。此処から先の戦いに、遊び半分のアンタの存在は必要な、ぐああああああああああ!!」

「くく、そうかもしれぬが、消えたくはないな。自殺趣味はないのでね、そうしたいのならば妾を砕け」

 

 二体のサーヴァントの間隙を拭うように銃弾を放つルシアへとカウンターの一撃を見舞うが、そこにアークの拳とセイバーの斬撃が入り、キャスターの身体から血飛沫と骨が砕ける音がする。

 

(囮でも何でもいい。いまだ、この瞬間こそが命を懸ける時だ。燃やし尽くせ、この指輪が与えられた意味を果たす時が来たんだ)

 

 ビシリと指輪に軋みとひびが入る。この戦いが始まってから、いいや、そもそも、この度が始まってから幾度となく行使されてきた不死の力、与えられた力にはいつか終わりが来るように、ついに限界が来てしまったのかもしれない。

 

 だが、ルシアはその変化に気付いておきながらも、あえて、その変化を無視する。

 

(私が死ぬかもしれない? 知ったことか、セイバーもアークも限界を超えて力を振り絞っている。置いていかれるわけにはいかないのよ、私だってここまで一緒に戦ってきた。最後の最後で命惜しさに後ろに退くなんてできるわけがないでしょうが……!!)

 

 ロイがレイジに戦いの行方を託した気持ちがルシアには良く分かる。この旅の最中でしかない関係であったとしても、レイジの閃光のような生き方にほんの少しでも報われた何かを与えてあげたい。地獄の先に花を咲かせると何度も口にして、今、こうして舞い戻ってきた少年に、ほんの少しの餞が出来るのならば、ここまで生き抜いてきた自分にも意味を見出すことができると思っている。

 

「聖杯戦争に参戦した時から死ぬかもしれないなんて織り込み済み、ようやくその時が来たってね、そうさ、今日は死ぬにいい日だ!!」

 

 魔力によって編みこまれた銃弾を、自分への攻撃など気にかけることもなく何発も何発も打ち込んでいく。至近距離からの攻撃はそれだけキャスターからの反撃も十分に考えられるが、構わない。キャスターと我慢比べをするように、砕かれればそのまま修復、キャスターを好きにさせずに、アークとセイバーの攻撃を討たせ続けることに終始する。

 

 脳内には絶えずアドレナリンが分泌しており、おかしくなってしまいそうな勢いだ。痛みを痛みとして身体が認識しているのかすらも怪しい。キャスターを倒すという思考が脳内の総てを支配しており、一分一秒が通常よりも遥かに濃厚な時間であるように思えてくる。

 

「まったく、これだけの数を揃えて、妾を落とそうとするなど、人気者は罪なことだな、よかろう、ならば。妾も限界を振り切っていかなければなるまい」

 

 瞬間、キャスターの背後から、無数の魔方陣が浮かび上がり、キャスターへと攻撃を続けている全員に攻撃が降り注ぐ。

 

「がああああああああああ!」

「なっ、なんでよ、あんた、宝具を発動させている時はそういうの使えないって」

 

「無論、その通りよ。だから、無理をしている。貴様らと同じだ。己の主が宿願を果たしたのだ。その勝利の美酒を味わうのに、妾が邪魔をしてはなるまい!」

 

 キャスターの口元から血が零れる。攻撃を受けながらも叩きこまれたアークの拳によって骨が粉砕し、やはり自己回復が発動するが、動きが鈍っている。

 

「兄様、これは……」

「ああ、我々への攻撃に力を割くあまりに、自身の回復力すらも擲っている!ならばっ、ポルクス!」

「ええ、兄様、覚悟は出来ています……!」

 

 ディオスクロイ兄妹は互いに何かを受け入れた様子を浮かべると、これまでの最短最速の動きによる攻撃から、わざとキャスターの魔方陣による支援砲撃に晒される箇所へと飛び込みながらの攻撃へと移行する。

 

「アーク・ザ・フルドライブ!」

「応ともッッ!!」

 

 支援砲撃の数々がセイバーへと放たれ、アークとルシアへと届く前に防がれる。カストロは防御に総てを費やし、ポルクスはそれでも防げぬ攻撃に晒される。

 

 その自己犠牲が功を奏してか、真正面から激突し合うアークへの攻撃が一気に軽減されていく。単独行動スキルによってしぶとく戦線を維持し続けているアークにとってこれ以上ないほどの援護であると言えよう。

 

 キャスターの消耗度合が目に見えてきている。ここからが我慢比べであるというのであれば、消耗をいかに抑えるのかに視点を向けなければならない。ディオスクロイの光速戦闘は既にキャスターによって破られている。アークというアタッカーが来た以上、役割として決して間違っているとは言えない。

 

 人間嫌いのカストロではあるが、ここでキャスターに負けることの方が我慢ならないという思いだけは間違いなく持ち合わせている。キャスターを倒すという目的を遂げることができるのならば、ここでその身を縦にすることすら許容している。

 

「気持ちは一つだぜ、俺達は今、お前を倒すために団結している!!」

「数を揃えなければ、妾を倒す事も出来ぬというだけの癖に、生意気であるぞ、人の子らよ!」

 

 ここまでキャスターが追い込まれているのも初めてのことだ。後はマスター同士の戦い、そちらがどうなるのかであるが、そちらはキャスターとの戦い以上に予想外の状況が生まれていた。

 

「うおおおおおおおおおおお!!星脈拝領、憑血接続開始、ここに七星の血を解放する!!」

「愚かしい。貴様の七星の血はただ受け入れるだけのもの。七星の血への適合率が高いだけの肉体など怖れるに足らない。己は最強を打倒したのだからな!」

 

 鋼鉄に身を包んだ男へとレイジは大剣を振りかぶって激突する。七星の魔力が発動しているため、レイジの身体機能も強化されており、決して力負けはしないが、やはり基本的な力の差はカシムに大きく譲ることとなる。

 

 激突激突激突、拳と剣が激突し、どちらも一歩も引かない。レイジはカシムと言う存在が己の肉体をこのような有り様に変えた憎き仇敵であり、カシムは己の勝利に泥を縫った相手として、何があろうともレイジを破壊する気でいる。

 

 何処まで行こうとも、彼らの間に和解はない。どちらかの命を落とすまで続けられることは間違いなく、そうなればやはり不利なのはレイジだ。

 

 何せ、地力が違う、馬力が違う、膂力が違う。あらゆる面で鋼鉄へと変貌しているカシムによって、レイジの攻撃などそれこそ子供遊び程度にしかカシムには感じられない。

 

「この程度で己に挑んだのか? 最強である己に?度し難い、度し難いぞ、レイジ・オブ・ダスト、貴様はやはり愚か者だ。夢しか見れぬ愚か者だ。己に勝てる道理など欠片もな――――」

 

「随分饒舌になったな、それとも、それがお前の本性か? いつまでも自分語りばかりをして、そんなに自分が好きなんだったら、鏡の前で喋りかけていろよ、そんな身体になってまで、どこまで女々しいんだ、お前は……!」

 

「女々しい、バカを言うな。己はお前のような醜悪な無理解者に現実を教えているだけに過ぎない。無駄な激突を何度も何度も行って、貴様のバカの一つ覚えにいつまでも付き合ってはいられないのだ」

 

「ああ、そうだ、俺も同じ意見だ。お前を倒した先に奴が、星灰狼がいる。お前のような奴は、俺にとっては通過点に過ぎない。悪いがサッサと上がらせてもらうぞ」

「何度も言わせるな。貴様のようなモルモット風情が、己を値踏みするようなことを言うなァァァ!!」

 

 スラスターが噴射し、カシムの鋼鉄の身体が勢いをつけてレイジの下へと飛び込み、拳の一撃がレイジの身体に叩き付けられ、地面にクレーターを生み出すほどの衝撃で、地面に背中から叩き付けられる。

 

「んがあああああああああああ!!」

 

 背骨がギシギシと音を上げる。内臓に骨が突き刺さったのか、あるいは全身の骨が砕かれたのか、定かではないが、レイジは痛みに咽び泣きそうになるが必死にこらえる。

 

 泣き叫ぶ暇などない、この身がどうなろうとも戦うと決めたのだ。この怒りが、燃え尽きるその瞬間まで怒りを伝えることもできなかった誰かの為に戦うと決めて来たのだから。

 

(まだ動ける……いや、いつもよりも身体の修復が早い。さっきのスラムの時よりもずっと)

 

 そして、力が湧きあがって来るかのような感覚を覚えている。何がどうなってなのかはわからないが、七星の魔術回路が過去最大の励起を始め、全身に力が漲ってくるような感覚を覚える。

 

(わからない。何が起こっているのか、また俺の知らない何かが勝手に身体の中で起こっているのかもしれない。何もかもが分からない。だが、それでも……!)

 

 それでも、目の前の憎き相手を倒すことができるのならばそれでいい。今のレイジは後先など考えない。ただ、カシムを倒す事だけを考える。

 

「馬鹿の一つ覚えのように立ち上がって。愚かしいことこの上ないぞ、ぬぐぅぅぅぅ」

「馬鹿の一つ覚えだからなんだ! 馬鹿でもなけりゃ、お前ら全員を倒すなんてこと考えられないんだよ!!」

 

 カシムの鋼鉄の腕がひしゃげる。大剣が叩き付けられ、咄嗟に腕で防御をしたというのに、その防いだ腕が逆に押し負けたのだ。

 

「馬鹿な……ぬぐぅぅぅぅ!!」

「どうした、ご自慢の鋼鉄の身体はここまでかッッ!!」

 

 勢いに乗る形でレイジは更なる攻撃を放つ、蛇腹剣の状態へと変わった武器がカシムの鋼鉄の肉体の表面を切り裂き、容易に防御できるはずの鉄が軋みを上げて火花を散らしていく。表面を破壊される、しかも、レイジのような失敗作にカシムからすれば信じがたいことの連続だ。

 

(何故だ、何故、このような失敗作に己が、最強の己が押される。意味が不明だ、理解できない、何か、何かカラクリがあるはずだ。この決戦場は己の戦場、どんな相手であっても、己が放った七星の魔力を充満させるこの空間の中では―――――――まさか)

「気付いたようだな、カシム・ナジェム、お前が求めた最強の正体が」

 

 地面に這いつくばりながらもロイが、カシムの陥った罠を言及する。カシム自身ですらも気づいていなかった、いいや、気付いていたとしても意図的に気付かぬふりをしていたであろう事実をロイを突きつける。

 

「お前は確かに俺に勝利をした。それを以てお前の求める最強に至ったのならば、そうだろうさ。だが、それはあくまでも、俺を倒すために果たした最適化だ。

最強になったんじゃない、お前はただ単純にロイ・エーデルフェルトを倒すための研究と実験を続けて来ただけだ。だから、お前は俺を倒せる。だが、それは普遍的な最強を意味しない」

 

 装備も対策も何もかもが、ロイと戦うために用意された代物であり、こうしてレイジと激突をしている最中には、先ほどのロイを圧倒した時ほどの凄まじさが見れない。

 

 これこそが、ロイが思い描いていた絵図だ。高確率で自分が敗北する未来をロイは予見していた。カシムの執念であれば自分を打ち破る時が来ることは遠くないと思っていたからだ。

 

勿論、ロイとてタダで敗北するつもりはない。カシムが何処までもロイを倒すことに固執すれば、ロイを倒すための最強を目指していく。それはロイを倒すという認識だけで行っているのであれば正解かもしれないが、彼が目指しているのは最強と言う己だ。

 

 誰に対しても等しく強くあれる存在ではあることこそが最強であり、ロイ・エーデルフェルトはまさしくそうした存在だ。流体魔術、魔術回路の数、そして才覚、あらゆるものが彼を最強へと押し上げた。不遇な幼少時代の経験から生まれた聖杯戦争に勝たなければならない義務感も彼を押し上げたと言えるだろう。

 

 しかし、カシムにはそのどれもがない。徹底的な研究と対策を施した結果として、彼はロイに勝利するために、七星の魔力を散布し、全身を七星の魔力でコーティングした。それはロイを相手に、そして多くの魔術師を相手にする分には非常に有効な手立てであったことは間違いない。

 

 ただ1人、七星の魔力を切り裂き、他人の七星の力すらも自分と調和させるその特異体質の持ち主である彼を除けば。

 

「があああああああああ!! ありえぬ、ありえぬ、何故だ、何故、切り裂ける。己の肉体は魔術の総てを弾く。如何に七星の魔術であろうともそれは例外、己の理論は完璧だ……いや、まさか、まさか、貴様は……喰らっているのか、この周囲に流れる七星の魔力、己が内より放つこの魔力を喰らい、その力で己の魔力による防壁を切り裂いていると!」

「知ったことか!! お前が作った身体だろう!!」

 

 最強であるはずの己が押し込まれていることを理解できないカシムはその理由を求めようとする。総じて彼の推論は正鵠を射ていた。レイジは七星の魔術を破壊することができる七星殺しであり、同時に他人の力や記憶と同化することに類まれなる才覚を持ち合わせている。一つの覚悟を決め、自分自身の人格すらも七星を倒すための道具であると定義したレイジは己の身体を器であると口にした。

 

 その精神性の変化か、周囲に漂うロイの魔術を無力化するために放たれた七星の魔力粒子、それすらも自分の中へと取り込んでいく。

 

 加速度的に溜めこまれていく七星の魔力はカシムの鋼鉄の身体すらも砕くほどの力を魔力ブーストしてレイジに与えてくれている。鋼鉄の肉体に魔力コーティングをしたカシムを相手に流体魔術を自分自身にかけることによって、肉体強化を行ったロイと理論としてはさして変わりはない。

 

 己が施した絶対に問題がないと思われていた状況に陰りが生じる。その陰りを与えているのが、誰でもない自分にとっては路傍の石以下の実験動物風情であったことがカシムの精神を逆なでしていく。

 

「策に溺れたな、カシム・ナジェム。俺を倒すことにだけ固執し、それ以外の強さを何一つとして追い求めなかったお前の視野の狭さが生み出した結末だよ」

 

 荒ましすぎる執念は時としてその人間の視野を狭くする。もしも、カシムがロイに勝利するのではなく、その鋼鉄の肉体を使って、どんな相手にも太刀打ちできるような武装を備える形での進化を求めていれば、レイジが太刀打ちする隙間すらも与えなかっただろう。

 

 しかし、違う、カシムの進化の方向性はそちらへと向くことが出来なかった。手の届きやすい最強を求めたが故にここで足を掬われる。

 

「そこだぁぁぁぁぁぁ!!」

「ぐっ、があああああああああああ!!」

 

 レイジの大剣がついに、カシムの身体を捉え、袈裟切りの刃がカシムの肉体を切り裂く。バチバチと火花を散らしながら、自分の肉体が破壊される様にカシムは怒りと同時に困惑、そして自分に迫ってくる確かな死の臭いを覚えてくる。

 

 何故だ、なぜこうなっている。己は最強ではないのか。己こそがこの場の絶対的な覇者ではないのか。どうして、このようなゴミクズの相手をして追い込まれている。

 

 カシムの脳裏に過ってくる疑問符の数々を拭い去れないままに戦闘は続き、その迷いと困惑によって動きが鈍り、モノアイの動きはがむしゃらに、しかし、何一つとして迷いなくカシムを倒す事だけに動いていくレイジを捉える。迷いなど、402との戦いで全て置いてきた。今のレイジに迷いの感情は欠片も存在しない。

 

「おいおい、何をやっているのだ、我が主よ。貴様は今や願いを叶えた。ここからであろう、これからであろう。なのに、何をてこずっておる。そんな輩はそなたにとっては敵ですらないだろう……!」

 

「はっ、違ぇよ、キャスター。お前は大きな勘違いをしている。人間の可能性を信奉しているお前らしくもない言葉だ。取るに足らない奴だなんて発想が間違いだ。今のレイジは間違いなく、七星の魔術師たちを倒すために鍛え上げられた刃だ。必ず奴らの首下に喰らいつく。そうした存在に自分を進化させた。分かるだろう、神の頂に手を伸ばし続けたお前ならば!」

 

「知った風な口を利くでないわ、救世主!!」

「がはぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 声を荒げるキャスターの手刀がアークの装甲を破壊し胸板を貫く。既に死に体であるアークにとっては致命傷にも近い状況であるが、アークは口から血を吐きだしながらも、未だに鋼鉄を纏っている左拳でキャスターの顔面へと拳を叩きこむ。

 

「ぬごおおお!!」

「今ですッ!!」

 

 アークの拳が叩き付けられると、アークの身体が遂に後ろに倒れ、同時に鋼鉄の鎧ともいうべき真体が砕ける。だが、キャスターに完全にトドメを刺したわけではない。

 

 トドメの一撃を放つためにポルクスとカストロが両側面から攻撃を仕掛ける。だが、そこに無数の魔方陣が現れ、彼らの身体に攻撃が直撃し、サーヴァントとしての霊核に致命傷を与えるほどの大砲撃によって全身が血飛沫が飛ぶ。

 

 神霊サーヴァントであったとしても、錬金術師の頂点にまで行きついたキャスターの攻撃が全身に直撃し、防ぎきることはできるわけではない。此処までにもキャスターの攻撃からアークを守るためにその身を盾にし続けてきた二人にとっても、これは致命傷である。

 

 致命傷ではあるが、それでも彼らは攻撃を止めない。怯まない。肉体が全て砕け散ってでも、キャスターへの攻撃を成功させるという覚悟を以て攻撃を叩きつけ、キャスターの身体にX字状の傷が刻み込まれる。

 

 互いに互いを葬り去るために自分の防御すらも忘れて攻撃をし続ける様は、ある種の狂気である。しかし、キャスターは楽しい、この命の奪い合いの一瞬一瞬がとても楽しいのだ。

 

(傷の痛みが、相手を破壊することこそが、妾に生の実感を与えてくれる。望みなどない、願いなどない。ただ、妾は人としての喜びを覚えたいと思っているのだ。何もかもが出来てしまうからこそ、自分の思い通りにならないことをこそ愛するのだ)

 

 スマートに勝利する方法など幾らでもあった。キャスターの持ちうる力の総てを合理的に扱えば、レイジたち一行は王都につくよりも先にキャスターに敗北していたかもしれない。

 

 だが、それではつまらない。つまらないのだ。せっかく闘うのであれば面白い戦いにしたい。一方通行の強者面をしたところで、わざわざ二度目の生を受けてまで遊ぶようなことではないのだ。

 

 そうした意味で、ここまで何度も何度もキャスターの戯れを乗り越えてきた敵手たちをこそ、キャスターは認め、こうして死と隣り合わせの命のやり取りを嬉々として行っている。ああ、楽しい、この痛みが、この衝撃が、この興奮が、その総てがキャスターに生の実感を与えてくれる。

 

 無痛症のように、相手を砲撃して倒すだけでは何も得られない。何の楽しみも分からない。こうして直接的に肉を切り裂き、骨を砕くからこそ楽しみが得られるのだ。傷つけられても、それを求め続けているからこそ、キャスターは止まらない。合理的な結末など要らない。

 

「我らは導きの神、進む者たちを照らす導きの星!」

「ならば讃えよ!我らの星を!」

 

 その身に重篤なダメージを与えられながらも、ディオスクロイ兄妹は宝具の使用を敢行する。互いの肉体を破壊し合う愉悦に塗れるキャスターを睨みつけ、既に戦闘能力すらも失ったアークに代わって、トドメの一撃となる攻撃を繰り出す。

 

「天にて輝く者、導きの星!」

「我らはここに降り立たん!」

 

 一瞬、瞬きのような一瞬のうち無数の攻撃がキャスターを襲う。さながら二人は踊るようにカストロが防御し、防御の一瞬先にはポルクスの斬撃が迫る。ポルクスの攻撃を躱せば、次はカストロの徒手が迫る。どちらにしても変わらない。どちらかの攻撃を避ければ次は別の攻撃が来るだけ。ここまで肉体を削られ、霊核にすらも重篤なダメージを与えられているはずなのに、それでも攻撃が止まらない。

 

 二人を突き動かしているのはマスターへの忠誠心かあるいは神霊としてのプライドか、それともあるいは目の前の対峙している相手にだけは負けたくないという意志の表れなのか。

 

 双子神の絶対的なコンビネーション、どんな場所であろうとも、どんな敵であろうとも、彼らが力を合わせれば、どんな敵であろうとも屠る光速の舞踊がここに完成を果たした。

 

「「『双神賛歌(ディオスクレス・テュンダリダイ)』!!」」

 

 決死の連撃、キャスターの肉体を完全に粉砕するために放たれた宝具による閃光の如き攻撃であるが、キャスターはこの期に及んだ自身の目の前に魔力障壁を展開して、その決死の連撃によるダメージをほんの少しでも無力化する。

 

 この攻撃によって完全に勝負を極めたかったディオスクロイ兄妹からすれば、想定外である。

 

「ここで障壁などと、どこまで我々を虚仮にしおって」

「ダメっ、最後の最後で届かない……ッッ!!」

 

「くく、ははははははは、見事、見事であったぞ、セイバーよ。お主らの決死の攻撃、あと一歩が足りなかったが、それでも、妾をここまで追い詰めることに成功した。誇るがよい、お主らは錬金の母である妾を相手に此処まで戦う事が出来たのだとな」

「そんな中途半端な称号、誰もいらないんだよ。くれるんだったら最後まで、アンタの敗北まで置き土産にしていきな……」

 

 チャキリと鉄の音がする。ここまでのあらゆる攻撃を乗り越えてきたキャスターを相手に向けられる銃口はそれこそキャスターにとっては予想外の攻撃であった。なんだ、まだ抵抗できたのかと言わんばかりに、十字の傷を受けられ、深手を負った胸元へと銃を突きつけるルシアに対してキャスターは笑って告げる。

 

「お主が引き金を引く瞬間にお主を殺し尽くすぞ。怖れるのであればそこで寝ておけ」

「馬鹿言え、誰が寝ているか。最後の引き金を引くのは私だ」

 

 引き金が弾かれ、銃口から火花が散らす。同時にルシアの不死身を司っている黄金の指輪が腕ごと粉々に破壊される。

 

「げほっっっ……がはぁぁぁ!!」

 

 プツリと何か自分の身体の中で大事なものの糸が切れる感覚を覚えた。絶対に手放してはいけない何か、それがプツリときれて、これまではギリギリで保ってきた感覚が喪われる。

 

(あぁ……そっか、ファブニールがくれた指輪、壊されちゃった……はは、まったく、最後の最後でドジを踏んだな、私、ほんとに冗談抜きで今度こそは死から逃げ出すことができない状況になっちゃった……、

でも、仕方ないか。あそこまで感情をむき出しにしている奴を相手にただ死んだふりをしているだなんてこと出来なかったもん、うん、仕方ないよ……)

 

 キャスターの感情の色は爆発するようにめまぐるしく変化しており、本当の意味で追い詰められていることを理解させる感情の色を放っていた。

 

 攻撃を受ければ受けるほどに極まっていく色、歓喜の表情すらも隠し通す事の出来ない愉悦に染まっていく様子に、これを突破すれば倒すことができると思っていたのだが、現実は早々甘くはない。どんな時にだってヒーローが勝つことができるのであればそれこそ、この世界はもっとましなモノになっているのだろうか、答えは分からない。見えてこないが……、

 

「残念だが、妾の粘り勝ちと言った所か。貴様らの奮戦、しかとこの胸に刻んだぞ。だが、妾の命を奪うまでには至らなかったな」

 

 身体をふらつかせながら、これまでの余裕の表情など見せることもできずに、ボロボロの姿ではあれども、最後まで立ち上がり続けていた者こそが勝者であるのだとすれば、彼女こそが勝者であることに間違いはない。

 

 セイバー、ライダー、ルシア、その四人を相手取っても最後まで決して崩れることはなかった有り様は、まさしく強者と言わざるを得ないだろう。

 

 彼女は強かった。あまりにも強く、ここまでやっても、倒すことが出来なかった。

 

「――――いいや、終わりや。そこまで追い込まれたんだが、お前の敗因や、キャスター」

 

 だが、それでも、ここまでに負わされてきた無数のダメージが最後の最後に彼女の判断力を鈍らせた。彼女の思考外から放たれた神風の如き一撃がアウトレンジから彼女を襲った。

 

「ぬごおおおおおおおおおおおおおお、ふふ、ふははははは、そうか、そうか、貴様のことをすっかり忘れて、おったわ。ああ、口惜しい、悔しいなぁ、まったく、妾は結局、貴様に阻まれるわけか、いや、しかし、それもまた一興――――くく、ふははははははは、それでこそ楽しき人生であると言えるか!!」

 

 全身を風で切り刻まれ、キャスターのうちから生じた炎によって彼女はその身を焼かれていく。此処までに負わされたダメージによって霊核が今度こそ完全に破壊され、キャスターは笑いながらその身を黄金の光の中に呑み込まれていく。

 

 そのあまりにもあっけない結末は、既に彼女自身もルシアたちとの戦いで限界を迎えていたことの証左であるのかもしれない。彼女の闘争心がギリギリで保たせていた最後の糸を断ち切った浄化の炎によって、キャスターの姿は消え去っていく。

 

「口惜しいのぉ、もっともっと、戦っていたかったぞ。まぁ、だが……まことに貴様ら人間は面白い。こうでなくてはならん、次に呼び出される時はより楽しめるように妾も研鑽を積まねば、な……じゃが、良かろう。満足よ、聖杯ごとき、あとは貴様らの好きにするがいい」

 

 満足し、聖杯のことなど好きにすればいいと言い残して、七星側陣営における最強戦力の一角であったキャスターは遂にその身を消滅させる。しかし、キャスターを消滅させるために求められた犠牲はあまりにも大きかった。

 

 完全勝利などとは決して言えない状況、キャスターと戦った者たちが誰一人として最後まで立ち上がっていることが出来ずに、結末を見届けることが出来なかったことこそが、どれほどキャスターを倒すことが困難であったのかを示していると言ってもいいだろう。

 

 だが、それでも倒した。倒すことが出来た。その意味は大きい。総力戦を以てキャスターを撃破したことで、いよいよもって、七星側陣営のサーヴァントはライダーだけとなる。

 

「キャスター、バカな、ふざけるな、そんなことがありえるか。貴様が、貴様が敗北するなどと……何をやっている!!」

 

 キャスターの消滅は、カシムにとっても予想外であったのか、声を上げてその事実を受け入れられない様子を浮かべる。身体のあちらこちらを切り裂かれ、バチバチと音を上げる。七星の魔力を散布したことによって、レイジの肉体を爆発的にまで強化させてしまい、その上、自分自身の肉体を守っている七星の魔力はレイジによって寸断され、鋼鉄の肉体としての機能しか果たせない。

 

 それでも備え付けられた武装でなんとか抵抗を試みるが、一秒ごとに七星の魔力を吸収し、反応速度と対応力を高めているレイジに対して、カシムの動きは追いつかなくなってきていた。そこに加えてキャスターの消滅、カシムにとって想定外のことばかりが起こっている。

 

「自分の目的の為に使っていただけのサーヴァントが消えたことにそこまで拘泥するなよ、俺もお前も自分の目的を遂げられれば聖杯戦争なんてどうでもよかったんだろ。だったら、最後までそれを貫けよ」

 

「知ったような口を利くなッッ!! 己はあの女に敬意を表していた。身一つで頂点に立った女だ、己の目指すべき到達点であった。それが灰狼との約定の上での撤退ではなく、敗北などと、これでは目指した己が愚かであるようではないか。最強には程遠い!」

 

「そうか、ここまで付き合ってきたサーヴァントにその程度のことしか言えないことが、お前の器を良く表している。どこまでいっても自分のことばかり、吐き気がするなッ!」

 

「当然だ、己には七星最強を手にする使命があるのだからッッ!! 邪魔をするな、失敗作!!自分が何をしているのか分かっているのか、許容量以上の過剰摂取、貴様の身体は耐えられない。そのような強化は施していない。貴様の身体は遠からず限界を迎える、無駄死だ、何も残せはしない!」

 

「ああ――――それがどうした?」

「ぬぐぅぅぅぅぅ」

 

 カシムの言葉など一言で吐き捨てて、レイジの大剣が遂にカシムの鋼鉄の腕を斬り飛ばす。

 

「星灰狼を倒す、その時間さえ残されていればいい。これは清算だ、お前たちに歪められた俺の人生は、俺の手で取り戻す!! それとも、言葉で動揺させることが最強の戦い方なのかよ?」

「貴様ァァァァァァ!!」

 

 その挑発にカシムは怒り狂い、レイジへとまだ吹き飛ばされていないもう片方の腕で攻撃してくる。

 

「醜いな、それがお前の本性か」

 

 冷静沈着な知的を装っていたが、結局蓋を開けてみれば、獣のような獰猛さを剥き出しにするカシム、ある意味で言えば彼も憐れな存在であることは言うまでもない。

 

 自らの願いを叶えた矢先に、自分がクズ星であると嘲笑っていた存在に自分の努力の総てを踏みにじられる。最強であると自覚していたことは、ただの研究と対策に過ぎなかった、クズ星相手に全く役に立たず、むしろ、相手を強化して追い込まれるまでの始末になってしまうなどと、これほどの残酷な現実が待っていれば誰であろうとも、怒り狂うことは間違いない。

 

 レイジは大剣を再び構える。身体の中の七星の魔力が振うべき刃の軌道を教えてくれる。何かの知らせがあったわけではないが、決着の一撃を後押しされたように思う。この身体の中に宿っている何かが行けと背中を押してくれたように思えた。

 

「己は最強だ、才能などなくとも、魔術回路が弱くとも、それでも己は最強であると、それを、それを証明するのだ!!」

「そうか、どうでもいい。お前の所業の報いを受けろッッ!!」

 

 スラスターによって勢いをつけた拳が飛び、レイジはその拳を紙一重で避けて、大剣の刃がカシムの鋼鉄の身体に深々と突き刺さり、その身体を真っ二つに切り裂く。

 

 それは七星の魔力によって与えられた最適な行動と反応速度によって生み出された芸当、鋼鉄の肉体を求めてまで、カシムが欲してもやまなかった、七星の才覚ある魔術師たちが持ち得ていた力に他ならなかった。

 

 七星でありながら、七星の魔術に寄らない強さを追い求めた男はその最後で、自分が挫折した力に屈した。それが、彼にとっては視界に入れる必要もなかった、名前を記憶することすら意味がなかったクズ星相手に為されたということ、それはあまりにも彼にとって残酷な結末であったのかもしれない。

 

「己は……、己こそが、最強……己は――――誰にも――――負けぬ、負けぬのだ、負ける、わけがな―――――」

 

 最後まで自分自身の強さを口にしながら、敗北すらも受け入れることが出来ずに、モノアイの輝きが喪われていく。愚直に最強を追い求め、しかし、最強の称号を手にすることが出来なかった男は、ロイに討ち取られるのであればそれでも彼は幸福だっただろう。追い求めた夢の半ばで朽ち果てるのだから。

 

 しかし、カシムに与えられたのは、自分が敵ともみなしていない存在に、幸福の絶頂から叩き落されるという仕打ちであった。この瞬間に命を落せたことは、彼にとっては幸福であったのかもしれない。もしも、生き残ってしまったならば、それは彼にとっての地獄の始まりだったのかもしれないのだから。

 

「終わった……これで、残るのはあと1人……!」

 

 星灰狼を倒すことが出来れば、レイジの復讐は終わりを迎える。ここまでに手に掛けてきた総ての存在に報いるためにもそれをやめるわけにはいかない。

 

 心の中で、誰かが良くやったと囁いたように感じられた。すぐにその気配は無くなるが、レイジには、なんとなくそれが誰だったのかが分かったように思えた。

 

「当然、だ……俺は、その為に戦っている、んだから……」

 

 脱力感が凄まじい、力を使いすぎたのだろうか、レイジはその場で膝から崩れ落ちる。だが、今はそれが許される。彼はやるべきことをやり遂げたのだから。

 

――王都ルプス・コローナ――

 愛馬は倒れ、地に叩き付けられた。共に戦う愛馬を失い、その強みすらも失ったランサーに此処から逆転するための方法は存在しないといっても過言ではない。

 

「ランサー……、撤退しよう。ここから、そうすれば、もう一度戦うことだって」

 

「はは、残念ながら、そのような展開を侵略王が許してくれるはずがないでしょう。我々は敗北した。まずはそれを受け入れなければなりません。此処まで死力を尽くして敗北した以上、もう一度、再起を図ったところで勝利できる可能性はたかが知れていることでしょうし」

 

 ランサー自身もこうして刃を交えて理解できた。侵略王はやはり恐るべき敵だ、この敵を打倒するには、自分では少しばかり力が足らなかった。いいや、サーヴァント同士の実力であれば勝ったかもしれないが、灰狼が用意した人造七星という力は、圧倒的だった。これを用意することが出来た時点で、灰狼の勝利はゆるぎないと言っても過言ではなかったかもしれない。

 

(私自身の敗北は免れない。しかし、それですべてを諦めるわけにはいかない。私にはまだ、この身体が残っている。消える寸前であったとしても、私にはまだできることが残っている。であれば、最後まで足掻かなければ……)

 

 ヨハンが死の間際でも、リゼの心を救うための言葉を口にしたように、自分も同じように次に繋げなければならない。たとえ、命を失ったとしても、主を守り通すことが出来たのであれば、騎士として最低限の仕事を果たせる。

 

(ヨハン、君の気持ちが今であればわかる。誰かに託すことの意味も、だから、私も希望を残そう。次へと繋がるための布石を。我が主の勝利を手繰り寄せるために、私は喜んで捨石となろう)

 

 立ち上がるランサーの様子に覇気は見られない。明らかな死に体、このまま放っておいたとしても彼はそのうちに命を落とす事だろう。しかし、その瞳だけは死んでいなかった。何かをする、それが分かるほどに……

 

「侵略王、貴方は、私の宝具の総てを打ち破って見せると言った。であれば、これより見せる、我が最後の宝具、どうか拝んでもらいたい」

「くっく、ここから戦局を巻き返せるとでも?」

 

「まさか……、私は既に敗北した身だ、そのようなことができるなどと夢にも思っていない。ただ、主のために最後まで戦うのが騎士だ。故にこそ、どうか、私の最後の宝具に私の総てを費やそう。

どうか、私に力をお貸しください、親愛なるジョン王よ、貴方が残した功績、我らが国の偉大なる礎―――我が第五の宝具『王は憲章の下に在りて(マグナ・カルタ)』」

 

 宝具が発動する。その力が何を意味しているのかを、この場の全員がすぐに理解することになる。そして、その力こそが、この日における聖杯戦争の終わりを意味するものとなった。

 




キャスター、マジで強かったな。良く倒せたわ。

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第22話「星の降るユメ」③

 マグナカルタ―――英国史にその名を刻む失地王ジョンの唯一の功績とも呼ばれる権利章典、法の支配を明確に国王に対して定めた憲章であり、封建諸侯と都市代表が共同して認めさせたもので、王権を制限し、諸侯の既得権と、都市の自由を規定し、イギリス憲法を構成する重要な憲章とされている。

 

 本来のマグナカルタ自体は、失政を続けるジョン王に対してのイングランド国民の失望の現れであり、国王に対してのネガティブな意見を突きつけたに過ぎない。だが、時代を経て、立憲君主制度に移行していくイギリスにおいて、このマグナカルタが及ぼした歴史的な意義は本来の目的以上に大きな意味があった。

 

 中世という歴史的に考えても王権の強化が高まっていく時代において、いち早く王の支配は決して絶対ではないことを指名した権利章典であるマグナカルタの存在こそが、ヨーロッパ諸国において、イングランドがいち早く、市民革命および産業革命を成功させ、世界一の大帝国を作り上げる礎となったとも考えることができる。

 

 マグナカルタが歴史に与えた影響は大きい、失地王ジョンの唯一の功績ともいえるその権利章典を概念とする宝具こそが、ランサー:ウィリアム・マーシャルにとっての最後の宝具であった。

 

 眩い光がランサーの目の前に生じ、まるで固有結界の中総てを照らし出すように光が瞬いていく。

 

「マグナカルタ、イギリス王室の力を制限した権利章典の名前、その名を冠した宝具、それはすなわち……、マズイな、王よ、ランサーは死に体です、すぐにでもトドメを!」

 

「何を言うか、灰狼。あれはランサーの最後の輝きである。それを破らずして、何が侵略お――――」

「あれは危険です、あれは、我らにとっての生命線を破壊することになりかねない!!」

 

 灰狼は咄嗟に察したのだ。マグナカルタとは肥大化する王権を制限する力である。あくまでも法律の形で相手に制限を課していたわけだが、それが宝具にまで昇華した以上、間違いなくライダーの何かしらを封じるための力であると考えて間違いない。

 

(狙いはこの固有結界か、あるいは王の力を大きく制限するつもりか? どちらにしてもそれを実行されるのは不味い。この場で確実性を期すのであれば―――)

 

「悪いな、星灰狼、貴殿にとって最も重要なモノを貰い受けていく。王権を封じることこそがマグナカルタ、ゆえにこそ、私はその過剰なまでの力を封じる。侵略王に無限の力を与えているその人造七星という力を!」

 

 瞬間、光が瞬いていき、固有結界そのものを呑み込んでいく。同時に、侵略王の身体から何か大きな力のうねりのようなものが抜け落ちていくことを感じ取った。

 

「まさか、本気か、貴様、ランサー!!」

「勿論、私は私の主の為に戦うだけだ。星灰狼、侵略王、この戦いは私の敗北だ。私は常勝無敗の騎士ではなくなった。しかして、騎士としての私の勝敗と聖杯戦争の決着はまた別の話しだろう。次に繋がる意味があるのならば、私は喜んでこの身を差しだすとも」

 

 その瞬間、ライダーの身体から繋がれていた膨大な魔力パスが消えていくのが感じ取れた。人造七星の管理権を持ち合わせている灰狼も同時に理解する。ライダーの魔力タンクとして自身の拠点に設置していた人造七星たちとライダーの魔力パスが分断され、おそらく、人造七星側が何らかの形で使い物にならなくなったことを。

 

「―――令呪をもって進言する。この場の撤退を、王よ!」

 

「まったく、貴様も策士であるな、ランサーよ。余が貴様の宝具の使用を拒否することはないと考えて、あえて最後の手を打つか」

「ええ、英霊としての貴方は己の言葉を決して曲げぬと信じていました」

 

「そこまで言われればこちらも恨み言は言えぬというもの。よかろう、貴様にしてやられたことの代償は余の力で拭うとしよう。さらばだ、西の騎士よ、貴様の忠義、それでもなお、余が全て蹂躙してくれると誓おうではないか、灰狼、スブタイ、兵を退くぞ。この戦、犠牲を払えど、我らの勝利だ!!」

 

 人造七星という大いなる力を失うことになったとしても、結果的にはランサーを倒すことは叶った。ライダー陣営はこの瞬間では知りえないが、キャスター陣営との戦いを通して、ライダー陣営が戦うべき相手はこれで、アヴェンジャー、ランサー、そしてキャスターの三者に絞られた。

 

「ランサーよ、王の命令だ。私は退く。だが、次だ、次が我々の決着の時だ」

「ええ、わかっていますよ、スブタイ。二度も貴方を討ち取れなかったこの悔しさは次で晴らさせてもらいます」

 

「それはこちらの台詞だ。久方ぶりだぞ、二度にわたって私が討ち取れなかった相手など」

 

 令呪の力が発動し、この場所から灰狼たちの姿が消失する。王宮に戻ったのか或いは人造七星の様子を見に行ったのか、何にしても、追撃が起こりえる可能性は万に一つもないと考えていいだろう。

 

 侵略王の性格を考えれば、一度撤退をして、然るべきタイミングで決戦を仕掛けてくるだろう。望むべき結果を得ることが出来なかったとはいえ、桜子もリゼを守るという意味ではようやく一息つくことが出来た。

 

「ランサー……!」

 

 だが、戦いが終わりを迎えることは同時に別離の時を迎える意味でもある。ウィリアムの身体を光が包みこみ、サーヴァントとして退去するのが間もなくであることを予感させた。消えゆくランサーにリゼは涙を浮かべて、謝罪の言葉を口にする。

 

「ごめんなさい、私が、私がもっとうまく貴方の兵士たちを扱えていれば……」

 

「それは違いますよ、結局、私は地力の上で侵略王に勝ることが出来なかった。所詮、それだけの話しに過ぎません。リゼ、貴方が適切な指揮を執っていたとしても、この結果は変わらなかったでしょう。星灰狼の勝利のための準備が我々の勝利を阻んだ。そのように考えておくべきです。だから、自分を責めるべきではない。貴方の決意を否定するのだけは、私も許しません」

「でも……ヨハン君だけじゃなく、貴方まで……」

 

「変わりませんよ、私もヨハンも、騎士として貴方を守り抜いた。それが一番の功績です。そして、今ならヨハンの気持ちが分かる。たとえ、ここで私が命尽き果てたとしても次を繋げることのできる相手がいる。ならば、それは希望になりえるのです。

 リーゼリット、レイジ・オブ・ダストの下に向かいなさい。星灰狼の野望を阻むのは、彼と貴方でなければならない」

 

「レイジ、君と……」

「そのわだかりをヨハンが解いたのならば、私は道を切り開いた。星灰狼は人造七星の力を失った。この聖杯戦争の最中で最も追い込まれている。彼との決着をつけるべきなのは、貴方たち二人だ。リーゼリット様をお願いできますね、桜子」

 

「ええ、必ずレイジ君たちの下に連れていくし、リーゼリット様は私達が守るわ。最後まで諦めなかった貴方の意思を無駄にしないためにも……!」

 

「そうですか、それを聞くことが出来て、私も安心しました。ええ、二度目の生の果てに敗北で幕を閉じることに関しては、決して良い思いであるとは言えませんが、それでも託すものがあるというのは悪くない。それを、ようやく実感することが出来ました」

 

 かつて、自分が仕えた王たちも同じような気持ちであったのだろうか。自分に新たな王を補佐してほしいと告げた時もきっとこのような気持ちであったのならば、ようやく、気持ちを理解することが出来た。

 

 騎士とは常に勝利をめざし、それでこそ、主に奉仕できる存在であると思っていたが、どうやらそれ以外の貢献の仕方もあるらしい。それを知ることが出来ただけでも、ウィリアムにとってこの聖杯戦争には意味があったのだと思える。

 

「ランサー……、私、諦めないから。絶対に……最後には勝ってみせるから!」

「ええ、貴方が最後に勝つことができるのならば、私も報われる。結局、ほとんど貴方の役に立つことができませんでしたが、先にお暇させていただきますい。どうか、これからの貴方の人生に幸あらんことを」

 

 最後にリゼの今後の幸せを願いながら、ランサー:ウィリアム・マーシャルはこの世界より消失した。騎士として何処までも己を貫いた彼は、敗北をしても尚、最後まで騎士でいた。その事実をリゼは重く受け止める。彼が生かした自分の命はそう簡単に投げすことなど出来ない。灰狼と決着をつけること、それを託されたのだから。

 

「リーゼリット様……、辛い所だと思うけれど、まずは私の仲間たちと合流してもいいかな? まずは貴方を保護しないといけないから」

「……はい、私が意見を言える立場ではないことは承知しています。どうか、連れて行ってください、彼の、レイジ君の下へ」

 

 向き合うべき時が来た。ヨハンとウィリアムより託された勝利の最後のピースを掴むために、リゼは桜子と共に、レイジたちの下へと向かっていくのだった。

 敗北に塗れてもなお、挫けない。それが最後の勝利に繋がると信じて。

 

――王都ルプス・コローナ正門前――

 戦いは終わりを迎えた。カシム・ナジェムは自分がクズ星であると断じたモルモット程度にしか考えていなかったレイジ・オブ・ダストに敗北し、キャスターも並み居るサーヴァントたちとを道連れにしながら、遂に消滅を迎えた。

 

 果たしてこれはどちらかの陣営の勝利と言えたのだろうか。あるいは、痛み分けか。

 

どちらの陣営にとっても失うものがあまりにも大きな戦いだった。

 

「……すまない、俺の力が及ばなかった結果だ、君たちの力を存分に発揮することが出来なかった」

 

「ふん、今更何を言うのか」

「ええ、まったくです。この結末まですべて考えた上で闘うことを決意していたのでしょう。結果だけを見れば、私達はキャスター陣営に勝利しました」

 

「サーヴァントとマスター、どちらも消え去った奴らとマスターを生かした我々、どちらが勝利したのかなど今更聞くまでもないことだ。その勝利に貴様は泥を塗るつもりか、人間?」

「まさか……、君たちの奮闘に心からの感謝を覚えているとも」

 

 導き星たるディオスクロイ兄妹の身体が光に包まれていく。キャスターの魔術波状攻撃をその身で一身に受け続けてきた二人は全身をハチの巣にされながらも戦い続け、キャスターへと致命の一撃を叩きこむのと引き換えに、霊核を破壊された。

 

 まもなく、この世界より消失を迎えることは間違いなく、カシムの死を確認し、ボロボロの身体をなんとか、動かしてセイバーの下へと辿り着いたマスターであるロイと最後の会話を交わしていた。

 

 セイバー陣営としての脱落は避けられない。10年前の秋津の聖杯戦争でもサーヴァントとの別離を経験したわけではあるが、此度のパートナーである二人のセイバーもロイの勝利の為に全身全霊を尽くしてくれた。

 

 彼らにも叶えたい願いがあったはずだ、捨て駒になりたくなどなかったことはロイが一番よく理解している。それでも、ロイは自分が敗北することになったとしても、レイジがカシムを討つことによる勝利を目指した。

 

 ロイがカシムと正面から戦えば敗北するかもしれないこと、キャスターを倒せるのかは未知数であること、総てを受け入れた上である。

 

 どこまでもマスターの意思を尊重し、共に戦ってくれたこと、かつて、ロイとリーナの願いを叶えるために全身全霊を振って戦った忠節の武将に勝るとも劣らない働きであったことは認める他ない。

 

 それを自分の心の中で認めているからこそ、ロイは二の句を継ぐことができない。彼らにどんな言葉を以て、別離を終えればいいのかが思いつかないのだ。

 

「そのような悲しい表情を浮かべないでくださいな、マスター。私達がこうして召喚されたのは、貴方の妹君が与えてくれた触媒があればこそ。兄と妹の絆は私達が誰よりも知っています。その妹君の下に貴方を返すことができるのであれば、私達にとってそれ以上に幸福なことはありません。私達は導き星ですから……」

「くだらない感傷に身を浸している場合か。貴様の人生はこれから先も続いていく。これからもいつもの不敵な表情を続けて行け。俯き加減の男に従った覚えはない」

 

 優しくロイの無事を喜ぶポルクスとは対照的にカストロは自分たちのマスターであるロイには落ち込んでいる様子など似合わないと告げる。カストロにとって人間に従うことなど本来であれば言語道断であった。それがロイとリーナの出自を知ることで共に戦うことを認め、自分たちのマスターに相応しい強さを示し続けることで、彼のサーヴァントであることを認めた。

 

 消滅のその時までその考えに変わりはない。何を俯いているのかと発破をかける。お前にはそんな顔は似合わないと。

 

「もう兄様は……最後まで素直ではないのですから」

「何を言うか、ポルクス。これは俺の紛れもない本心だ」

 

 最後までロイを認めるような言葉だけは意地でも口にしないという様子のカストロにロイも微笑を浮かべる。

 

「ああ、すまない。しんみりとした別れは似合わないか。なら、改めて言わせてほしい。君たちが俺のサーヴァントで、俺は幸せだった。ここまでの活躍に心からの感謝を。俺を導いてくれて感謝する導きの神霊たちよ」

「フッ……」

「ええ、こちらこそ」

 

 最後に互いの健闘をたたえ合いながら、ディオスクロイ兄妹はその身体の総てを黄金色の光の中に呑み込まれていった。願いを叶えることが出来ずに敗北することになったとしても、心の中に刻まれたものはある。

 

「まったく、苦いものだな、敗北の味というのは……」

 

 カシムに敗北したことよりも、二人のセイバーと最後まで戦う事が出来なかったことの方がロイにとっては胸に来るものがあった。聖杯戦争の勝利を目論んでいたのかと聞かれれば、そんな気持ちはなかったと答えるかもしれないが、だからといって負けるつもりであったわけではない。

 

 自分自身もカシムとの戦いで大きな深手を負った。再び戦いに参加をするのには相応の時間が必要になるだろう。この先の戦いに参加することができないことの悔しさもロイにとっては同時に襲い掛かってくる感情であった。

 

 何にしても、ロイ・エーデルフェルトの聖杯戦争は終わりを迎えた。気付けば夜の闇の中、空には光り輝く星々の光があった。あの星々のどこかに導き星である彼らもいるのだろうか。そんなセンチメンタリズムな感傷に浸りながら、

 

「帰ろう、俺の戻るべき場所へ……」

 

 ずっと一歩を踏み出すことのなかった、顔を合わさずに長い歳月を経てしまった妹の下へと戻ることをようやく決心することが出来た。

 

自分は孤独ではない。ただ強さだけを追い求める存在ではなく、帰りを待ってくれている相手がいることを理解しているのだから。

 

「なんや、結局、こうなってまうんか。おまえ、ほんまにわかっとんのか? 自分の役目果たしてないやん?」

 

「いやぁ、そこについてはマジで弁解の余地もない。だが、仕方がないだろ? 助けを求めている奴の声が聞こえた。それで身体が勝手に動いちまったんだ。そりゃぁ、もう仕方がないことじゃねぇか?」

 

「アホか、仕方がないんで済むかボケ! だから、嫌やったんや、お前を1人でいかせるとこうなるんやないかって思うとったわけやし……」

 

 キャスターの消滅を見届け、いよいよここまで瀕死の重傷を負いながらも戦い続けてきたアーク・ザ・フルドライブ、英霊ノアにも消滅の時が近づいてきていた。

 

 霊核に致命的なダメージを与えられながらも、なんとか単独行動のスキルによってその身を守り続けてきたアークであるが、キャスターとの死力を尽くした殴り合いの結果として、修復不可能なダメージを負った肉体は、いよいよ黄金の光に包まれていく。

 

 その様子を遅れて到着した八代朔姫は揶揄する。冠位英霊にも等しい立場のアークには本来抑止力に選ばれた存在としてやるべきことが残っている。それを果たすことなく消滅してしまうことはこの地に召喚された意味を達成することができないということである。

 

 世界にとって、ノアのようなサーヴァントを召喚しなければならないほどの事態が現在進行形で続いている。にもかかわらず、本命の相手を倒すこともなく、セイバーとキャスターと言う聖杯戦争の範疇の中で対峙するべき相手に総てを費やしてしまったこと、朔姫からすれば愚かとしか言いようがない。

 

 本命の相手と戦うまで、隙を見せることなく淡々処理を続けていく。それこそが抑止力に呼ばれた英霊の為すべきこと、だというのに、アークはそれすらも知ったことかとばかりに自分の救いたいものを救うために戦い、結果として消滅しようとしている。

 

 そんな彼の行動に朔姫はあきれ返っている様子だったが、辛辣な朔姫の頭をアークはクシャクシャと撫でる。

 

「くわっっ、な、なにすんねん!」

「はは、悪いな。自分のやったことの意味は知っている。けどな、お前たちがいるから、俺は俺のやりたいことが出来た。英霊ノアが退場するのはいつだって、後を託せる奴がいるとわかっているからだ。俺がいなくても自分の力で困難に立ち向かっていける。お前たちならそれが出来ると信じているからこそ、俺は俺の無茶を通すことが出来た。

 結果として、お前には随分なもんを背負わすことにはなっちまうけどな」

 

「アホか、そんなん今更や、最後の最後でわかったふうな顔すんなや、ジジイに優しくされるほど落ちぶれてはいないんやよ~」

「そうだな……、お前には今更だよな。だが、敢えて言わせてもらうぜ。俺はお前が俺達のリーダーで本当に良かったと思っている。気張れよ、最後まで」

「はッ……!」

 

 最後まで憎まれ口を叩きながら、朔姫はアークを見送る。その背には託されたものがある。世界の抑止力に召喚された英霊ノアは、これより先の戦いにこそ必要とされる存在であったというのに、それがここで消え去ってしまうことの重大性を彼女はよく理解している。それでも朗らかに笑い、朔姫たち若人を信じるその姿に、どうして文句を付けられようか。彼は守り通した。自分の矜持も仲間たちも。ならば、見送るほかない。

 

「あれ……私、どうして……完全に死んだって思っていたのに」

「よぉ、目ぇ覚ましたか、悪いな、ちぃとばかり、こっちに呼び戻しちまったぜ」

 

 ファブニールより与えられた黄金の指輪をキャスターとの死闘で破壊されたルシアはあの瞬間に自分の命の終わりを自覚していた。これまでに何度も何度も無理を重ねてきたが、今度こそは流石に終わりだろう想っていた。

 

 しかし、生きている。身体は痛むものの、全身を動かす力は十全に働いており、何処かを喪失した感覚もない。心臓も脈打っている。

 

 自分は夢を見ているのかと指先を見れば、そこにはこれまでずっと身に着けていた黄金の指輪だけが無くなっており、あのキャスターとの戦いが夢ではなかったことを事実として示していた。

 

「英霊ノアともなれば、瀕死の奴をギリギリこっちに戻すことくらいはできるさ。ファブニールの奴が手を貸してくれりゃ、尚更な」

 

「バーサーカーが私を……」

「砕けた瞬間、最後の再生が始まったんだよ。砕けたせいで、その力は十全に発動せずにお前を死の淵へと送っちまったが、そこを俺が何とか引き摺りあげた。もっとも、お前が行きたいと願わなかったからそれさえも不可能だったけどな」

 

「そっか……、また死にぞこなっちゃったね、まぁいいか、イイ男二人に救われたのなら、女冥利に尽きるってね」

「そうだな、俺もファブニールもお前に死んでほしくないと思ったから手を伸ばした。難儀なモノを持っているとしても、生きていれば自分なりの幸福を見つけることができるし、噛みしめることができる。此処で終わらせるのは勿体ないさ」

 

 相手の感情の色を見分けることが出来てしまうルシアはこれからも見たくないものを見ることが多々あるだろう。それでも、命を落としてしまえばそこで終わりだ。生きてさえいれば自分が考えてもいなかったような幸福を噛みしめる時が来るかもしれない。

 

 多くの人を見てきたアークにとって、命を投げ出してしまうことほど悲しいことはないと思う。だからこそ、生かした。ナノマシン生命体であった自分と違い、有限の生命であるからこそ、輝きを放つことができる人間の存在を、英霊ノアは誰よりも愛しているのだから。

 

「そうだね、もう何度も何度も死ぬような思いをしてきたんだから、ここからは何でもできるって気分だよ」

「いいじゃねぇか。お前ならきっと何でもできるよ」

 

 生かされた事実は重い、誰にだって大小関わらず悲劇は降り注ぐ、そして理不尽に命を奪われていくモノが出てくる。それでもこうして命を残すことが出来たのであれば、これから先の人生だって少しは見えてくるモノが違うはずだ。

 

「ありがと、そしてさよなら、イイ男だったよ、アンタ」

「だろう?」

 

 未練たらしい言葉は必要ないと割り切った。彼女には未来があり、男はその結末に満足していた。互いに納得しているからこそ、それ以上の何かは必要としていない。

 

 ナノマシン生命体として人間の模倣をしていたに過ぎなかったアークにとって向けられた褒め言葉は素直に喜ぶべきものであったのだから。

 

 マナが自分の中から消えていくのが分かる。あと数分間で自分の身体が消えることが分かっているアークは最後の別れをするために、動けないでいるレイジの下へと向かう。

 

「よぉ、レイジ、よくやったな。見事だったぜ、お前の戦い……」

「お前が、ここまで連れてきてくれたからだ。でなくちゃ、俺はカシムを倒すことは出来なかった」

「そうか。なら、気張った甲斐があったぜ」

 

 スラムの戦いでアークが消えることを受け入れなかったからこそ、レイジたちはここに辿り着き、キャスター陣営を打倒することが出来た。もしも、あそこでアークが己の消滅を受け入れてしまっていたら、キャスター陣営を倒す方法は存在していなかったかもしれない。

 

「レイジ……、お前に与えられた運命は過酷だ。それでもお前は自分で選んだ。最後まで戦い抜くことを」

「ああ、そうだ……俺は最後までやる。何も残らなくても、最後までこの胸に燻る怒りを燃やし続けるのが、俺の生きる理由だ……」

 

「そうだな、それが俺達が見てきたお前だ。あぶなっかしくて、頑固で、それでも、手を貸してやりたいと思える愚直さを持った、レイジ・オブ・ダストの姿だ。

 なら、最後まで納得するまで駆け抜けろ。誰に認めらなくてもいい、何かを残せなくたっていい、それでお前が報われるのなら、走り続けろ。大丈夫さ、きっと、最後は上手くいく。俺が保証するさ」

 

「ああ、ありがとう……アーク。悪いな、アンタには迷惑ばかりかけた」

「よせよ、今更、謝られるなんて、互いにキャラじゃないだろ。笑って見送ってくれよ。それが俺にとっては一番の報酬だ」

 

 レイジ・オブ・ダストの心を救うことは残念ながら自分にはできない。安易な救済を与えることはできる、けれど、きっとレイジの心はそれで救われたわけにはならないだろう。

 

 最後まで走り続けること、自分の人生に納得を与えることこそが、レイジを救うことになる。あと一人、それでレイジの復讐は完遂される。

 

「何もかもやり終えたら、その時はこっちに来い。もう二度と出たくはないってくらいの良い暮らしをさせてやるよ」

「楽しみにしておくよ」

「ああ……!」

 

 アークは周囲を見渡す。世界は広い、今もこうして多くの生命が生きている。この世界を守るための一助となりたかった気持ちに嘘はないが、それは自分が託した相手達に任せる他ない。

 

「なあに、心配はしてねぇよ、お前たちは全員、やる時はやる連中だってことは俺が一番よく理解している。何より、命ってのは、後に託していくもんだ。

 俺はそれでいい、悠久の時を生きる神ではなく、俺はノアなんだからな」

 

 神々ではなく人々の中で救世主と謳われた者は、世界に宣誓するように声を放ち、そうして静かにこの世界より消失して逝った。黄金の光が彼の身体を呑み込んだ先には何も残らない。けれど、確かに心に刻まれたものがそれぞれの胸の中に宿っている。

 

 役目を果たすことが出来なかったとしても、総てが無駄だったわけではないことを知っている。後を託すということは、誰かの記憶に自分を刻み付けるということなのだから。

 

 セイバーとアーク・ザ・フルドライブ、三人の戦士の消滅を以てこの場の戦いは終わりを迎えた。結果だけを見れば、サーヴァントたちだけが消滅し、マスター側は全員が生き残ったともいえるが、それで何もかもがなかったことになるほど簡単なことではない。

 

「みんな……っ!」

 

 ほどなくして、桜子がリゼを連れて、正門前へと辿り着く。満身創痍であるものの、ロイもルシアも生き残っている様子に桜子は安堵の息を漏らす。

 

「朔ちゃん、キャスター陣営との戦いは……?」

「キャスターは倒した。セイバーとアークが犠牲になって、ロイもルシアもほとんど戦えん状態にはなってしもうたけどな」

 

「―――――、そう……、そうなんだね」

「そっちは?」

 

「リーゼリット様のランサーのお陰で、何とかこっちに戻ることが出来たよ。ただ、ランサーは……」

「そうか。お前が生きて、女王様を連れて戻って来ただけで十分や。まずは態勢を整えるしかないわな。この聖杯戦争ももう間もなく終わりが近いやろうからな……」

 

 朔姫の言葉に、先の灰狼との戦いを思い出す。キャスター陣営を倒せたことは大きい。残すところはライダー陣営のみであり、人造七星の力が喪失した。対して、こちらは桜子のランサーとレイジのアヴェンジャーがいる。スブタイという戦力を相手にするとしても、なんとか戦える状況にまでは持ち込むことができるだろう。

 

「あとは、あいつらが上手く機能してくれるかだけやな……」

 

 朔姫の視線は自然とレイジと対峙するリゼへと向けられた。

 

「何をしに来た?」

「今更だけど、自分のやりたいことをやるために。そんな風に息巻いて、星灰狼に負けて、サーヴァントを失ってきたところ」

 

「そうか……、あんたにしては随分と頑張ったじゃないか」

「そうかな? そうだといいけれど……」

 

 リゼの短い言葉と纏う空気から、リゼの中で何かが変わったことをレイジは察した。レイジはリゼと自分の身体の持ち主の間に何があったのかは知らない。灰狼と彼女が戦う決意をした理由も実際の所は分からないが、そこに必要な決意の意味だけは分かっているつもりだ。

 

「でも、まだ終わりじゃない……、この国を守るためにも、私は星灰狼を倒さなくちゃいけない」

「アンタには無理だ」

 

「うん――――だから、君の力を貸してほしい、レイジ君。本当はもっと早く、私はこの手を君たちに向けるべきだった。ずっと迷って、及び腰で君の言う通り、何もできなかった。でも、今は違う。君の戦いと私の戦いはようやく同じ方向を向くことが出来た」

「俺はお前の騎士を殺した」

 

「うん、知ってる。だけど、私と出会っていなければ君の人生はこうも滅茶苦茶にはならなかった。罪滅ぼしなんて言わないし、君にも言わせない。君は君の復讐の為に、私は私の国を守るために、お願い、君の隣で私を戦わせて」

 

 リゼよりレイジへと手が差し伸べられる。ずっとすれ違いを続けてきた二人は、この時、ようやく対等な者同士として隣に立つ資格を手にすることが出来たのかもしれない。

 

 その伸ばされた手にレイジの手が向けられようとしたその時に、手が落ちる。バタリと、レイジの伸ばされた手は地面へと落ち、そのまま動かなくなってしまった。

 

「レイジ君……?」

 

・・・

 

「人造七星の魔力供給を行うための霊脈を完全に破壊されている。どのような外的攻撃を許したとしても対応可能なように二重三重にも防備を施したが、サーヴァントの宝具の前には全く意味をなさなかった、か……、とんだ置き土産を残してくれたものだな、ランサーは。これで、今日までに至る努力は全て水の泡だ」

 

 星灰狼のセプテムにおける拠点、王都から遠く離れた、カシムにのみ明かしていたその拠点の中には夥しい自我を失った肉塊が存在していた。言うまでもなくそれらこそが、これまでライダーの窮地を幾度も救ってきた人造七星たちである。本来であればこの聖杯戦争が終わるまで彼らは常に魔力の供給源として、ここで使役されるはずであったが、ライダーとの魔力パスはマグナカルタの影響によって完全に寸断されてしまっている。

 

 ある種、灰狼にとって、最も大事な生命線を破壊されたにも等しい状況であった。まったくもって度し難い、何があろうとも動揺することなく自分の予想範囲内であると豪語していた灰狼がここまで取り乱すのは初めてのことである。

 

「灰狼よ、落ち着け」

「王、ですが……」

 

「これは余の落ち度だ。であれば挽回すればいい。よって、勝てばいいのだ」

「ええ、その通りです兄様、単純ではありませんか、私達がこれまでやってきたように此度も勝てばいい。これまで兄様の策によって、私達は何度も窮地を救われてきました。であれば、次は私達が兄様と我らが王に勝利を献上する番です」

 

 スラムより舞い戻った桜華が灰狼に何ら心配することはないと告げる。どだい、これは聖杯戦争、であれば最後にモノを言うのは単純な強さである。

 

 灰狼の策によってこれまで幾度となく戦ってきた侵略王はほとんど無傷、そしてスブタイと桜華もいる。

 

「王よ、私にはいまだ令呪が残っています。これでスブタイとの契約をさせてください。さすれば、遠坂桜子とランサー、私とスブタイで見事討ち取って見せましょう」

「なるほど、カシムとキャスターはどうやら失敗した様子だ。だが、セイバーとロイ・エーデルフェルトは排除した」

 

「そして英霊ノアも」

「さすれば、あとはアヴェンジャーとキャスターのみ。くく、良いではないか。運命を感じるぞ、あの二体こそ、余が手ずから葬らねばならぬと思っていた者たちだ」

 

 草原の覇者でありながらハーンになることはなかったアヴェンジャー、そしてライダーに土をつけたキャスター、どちらも倒さぬままに聖杯戦争を終わらせるなど、侵略王は認められない。

 

「確かにそうですね、私としたことがどうやら少し弱気になっていたようだ。決着を付けましょう、王よ、明日、この聖杯戦争は終わりを迎える。そして、明日より始まるのです、我々の世界制覇の夢がもう一度……」

 

「然り……!」

「ふふっ、とても楽しみね」

 

 灰狼たちに迷いはない。いよいよ聖杯戦争は最終局面まで来た。あとは策を弄する必要すらない。正面から相手をねじ伏せる。それで終わりを迎えるのだから。

 

・・・

 

「英霊ノアは消失した。であれば、侵略王の勝利は固いであろう。我らが神よ、すべては貴方の思うがままに。そして、明日―――貴方様は善神としてこの世界を救済するために降臨為される。悪として世界を蹂躙する侵略王を討ち取るために」

 

「抑止力として我々のカウンターで召喚されたノアは厄介だったが、キュロスと灰狼たちはよくやってくれた。これで、我々を阻む者はもう誰一人としていない。私がこの聖杯の檻より解き放たれれば、どんな英霊が相手であろうとも怖れることなどない」

 

 そしてもう一つの黒幕たる思惑もいよいよその目覚めの時を迎えようとしている。

 

 絶対善神アフラ・マズダ、秋津の聖杯戦争より淡々と自らの復活を望み続けてきた善神はいよいよ自分の願いを叶える時が近づいてきていることを予感する。

 

 邪魔な要素は排除した。レイジ・オブ・ダストは実に自分たちに都合よく動いてくれた。願わくば、灰狼を倒してくれれば、彼にも救済を与えることができるだろうが、さすがにそこまでを望むのは愚かしいであろうか。何にしても楽しみな話しである。

 

「間もなくだよ、桜子。君にはぜひとも、私の再誕の見届け人になってもらいたいのだ、負けてくれるなよ」

 

 明日―――最後の戦いが始まる。

 

 レイジ、リゼと灰狼、アヴェンジャーとライダー、桜子と桜華、ランサーとスブタイ、セプテムで始まった聖杯戦争の勝者が決まる最後の日が訪れる。

 

第22話「星の降るユメ」――――了

 

 ――いくつもの挫折を超えて、いくつもの冬を超えて花が開くように青い宝石が輝くように。だって見つけたんだ 眩しくて仕方ないんだ。その光の正体は―――

 

次回―――第23話「アトラクトライト」

 




次回、10月1日更新です!いよいよ最終決戦へ!

【CLASS】ランサー

【マスター】リーゼリット・N・エトワール

【真名】ウィリアム・マーシャル

【性別】男性

【身長・体重】182cm・78kg

【属性】秩序・善

【ステータス】

 筋力B 耐久B 敏捷A

 魔力E 幸運B 宝具A+

【クラス別スキル】

 対魔力:D
 一工程(シングルアクション)による魔術行使を無効化する。魔力避けのアミュレット程度の対魔力。

【固有スキル】

 無窮の武練:A
 ひとつの時代で無双を誇るまでに到達した武芸の手練。心技体の完全な合一により、いかなる精神的制約の影響下にあっても十全の戦闘能力を発揮できる。

守護騎士:B
 騎士道における理想の騎士として、今もなお讃えられるランサーに与えられた希少スキル。他者を守る純粋な使命感によって、その防御力は短時間ではあるが、凄まじい上昇を見せる。

騎乗:C+
 騎乗の才能。幻想種や野獣を除き、大抵の乗り物を人並み以上に乗りこなせる。更に騎馬を乗りこなす際、有利な補正が掛かる
【宝具】

『五王の忠臣(アール・マーシャル)』
ランク:E~A- 種別:- レンジ:- 最大補足:-
5人の王に仕え、信頼を勝ち取ったランサーに与えられた恩恵。王の威光たる宝具を借り受け、一時的に使用することが可能となる。
○永久に輝く勝利の剣(エクスカリバー・ライオンハート)/対軍宝具
 アーサー王を信仰したリチャード獅子心王は剣を初めとした道具に「エクスカリバー」と名付けたという逸話に由来する宝具。手に持った武器を聖剣に見立て光の斬撃を放つ。ただし、その武器が衝撃に耐えられるかは別。威力は本来の聖剣には劣るが、加護のない通常の防御では一撃のもとに斬り落とされるだろう。
○我は王を守り、道を修むる騎士なり(ナイツ・テンプラー)
ランサーが仕えた最後の王である幼き王ヘンリー三世に捧げた生涯の忠誠。
ランサー自身が心から主であると認める王の為に戦うことを誓った時に発動されるその宝具は、ランサーの筋力、耐久力、敏捷性にワンランク上昇を与え、人馬一体の鉄壁の守備能力をさらに隙のないものへと仕上げていく。

○我が騎士道に敗北はなく(アン・シュヴァリエ・インヴィンシブル)
若ヘンリー王に仕えたウィリアムが誓った最高峰の騎士へと至るための誓い。
戦場に置いて無類の強さを発揮したウィリアムの馬上試合における腐敗の象徴たるこの宝具を基点としたレンジ内にいる全ての存在の、魔術、宝具などの効果を全て無効化する。これによって、自身の身体能力や技術以外では攻撃することができなくなる。

○絢爛なりし、夜明けの王国(エターニティ・アリエノール)
アンジュ―帝国を生み出したヘンリー2世の治世とその圧倒的な軍事力の再現、アンジュ―帝国の騎士たちを召喚し、Dランク相当のサーヴァントとして運用する。
あくまでも騎士であるウィリアムに彼ら総てを指揮する権限はなく、彼らは独自の思考を持って行動する

○王は憲章の下に在りて(マグナ・カルタ)
イングランド史上最悪の君主、ジョン失地王が持つ「唯一の功績」。発動後、生前王であったサーヴァントの能力を大幅に制限し、宝具及びのスキルの発動に関する判定ロールが強制的に実施される。圧倒的な王権を制限する力であるため、嘔吐しての権能が強ければ強いほどにその能力は行使される。


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最終章『地獄の先に花束を』
第23話「アトラクトライト」①


 微睡む、どこまでもどこまでも心の中、自分と言う存在の奥底の中へと意識が微睡んでいく。しかし、不思議なモノである。そもそも、自分と言う存在は微睡んだ時に果たして誰の意識を共有するのだろうか。

 

 自分自身と言う存在の記憶すらも存在しないというのに、それとも、レイジ・オブ・ダストという存在の短い時間が微睡の中で思い出されるのだろうか……?

 

 そんな愚かしいことを考えながら意識が微睡んでいく中で、レイジはその光景を見た。まるで夢を見ているかのように、他人の記憶を自分が疑似体験しているかのように、とある少年と少女の出会いを追体験していた。

 

 場所はスラムであり、騒乱の中で出会った二人、短い時間でありながら、共に同じ時間を過ごしながら少しずつではあるが、深まっていく二人の絆、それを胸に二人は叶うかどうかも分からない再会を誓い合っていく。

 

 結局、その後に二人は出会う事無く終わってしまう。そこまで記憶が続いていくわけではなかったが、レイジにはそれが本能的に理解できてしまった。

 

 少年が自分の身体の持ち主であり、共にいた少女がリーゼリットであったことはさすがに、彼でもわかる。

 

「あぁ……そういうことか」

 

 これはきっと、この身体の持ち主の記憶、この肉体に残った彼の残滓であるのだと理解した。402号のようにレイジ・オブ・ダストと言う存在を構成する一部として残り続けている彼の残滓が見せている記憶に他ならない。

 

「地獄の先に花を咲かせる……か」

 

 その追体験する記憶の中で、リゼが口にした言葉、それこそが地獄の先に花を咲かせるという言葉だった。

 

 何度も何度もレイジが口にしてきた言葉、402号……アレクセイが口にすることはなかったその言葉は、おそらく他の誰かが口にしていた言葉を借り物のように使っていたであろうことは、レイジも自分の出自を知ったうえで察していたが、その根底にあったものは、リゼの言葉にあり、そしてこの肉体の持ち主がずっと記憶してきたものなのだ。

 

 漠然と認識し続けてきていた自分を取り巻く世界が変わらないことへのいら立ちと変えなければならないという意識、足掻き続ける中で言語化できなかった抽象的な救いの言葉こそが、地獄の先に花を咲かせるという言葉だったのではないだろうか。

 

 魂を失い、何処かの誰かの記憶が放り込まれたとしても、それでもこの身体が覚え続けていた言葉、残滓でしかない心が未だに覚えている光景、それこそがこの肉体の持ち主の源泉、この日の出会いが彼を破滅に導いたのだとしても、彼にとってこの日の出会いは自分の人生の中でかけがえのないものであったことは間違いない。

 

「なぁ、そうだろう。別に俺はあんたにはなれない。俺はレイジ・オブ・ダストだから。この怒りをアイツにぶつけてやることしかできない。ただ、アンタの無念は叩き付けるよ、だってさ、本当は、もう一度、会いたかったんだろ?」

 

 心の中で答えてくれるのかもわからない相手に対してレイジは問いを投げる。この肉体の中に放り込まれた存在であるからこそ分かる。彼はリゼともう一度再会したかった。

 

 彼女と共に手を取り合って、地獄の先に花を咲かせることこそが彼にとっての目標であったはずだから。

 

「あの時、俺がアイツの命を奪うことを躊躇ったのもアンタが、俺を止めたからだろ。俺の意志よりもこの身体が拒絶した、だから、あの時に俺の身体は動かなかった」

 

 自分の中に溶け込んでいるのか、それとも、いまだに自我として残っているのか、この身体の本当の持ち主の意志は時折、レイジの行動によって表面化してきた。

 

 時に自分自身の怒りを発露するためにレイジを助け、時にレイジを諌め、時にレイジの背を押してきた。レイジが力を求める時に与えられてきた七星の力は、人造七星とは思えないほどの出力を発揮した。それも全ては七星の血族であり、忌血としてスラムに捨てられていた彼の根底にある力があればこそであった。

 

「アンタはずっと俺の戦いをこの身体の中から見ていたんだろう? どんな思惑があったにしても、俺はアンタに救われてきた。アンタの存在が俺が道を踏み外すことを防いでいてくれた。だから、誓うよ。アンタの無念も背負っていく。必ずアイツに、星灰狼に怒りと復讐の刃を届かせる。俺たち全員の人生を歪めた代償は必ず奴に支払わせるから……」

 

 だから、どうか、そこで見守っていてほしいとレイジは告げる。顔も形も知らない、どんな奴だったのかも正確には把握していない、だけど、誰よりも身近に存在していた402号とは違う、もう一人の自分に対して。

 

 今更、それで彼が救われるわけではない。402号同様に彼もまた、基本的には手遅れだ。聖杯の奇跡が起こったとしても、今更この身体で彼が復活して総てがなかったことになるなどと言う都合のいいハッピーエンドが起こるとも思えない。所詮は自己満足の世界の話しだ。自分に出来ることはその怒りを叩きつけることだけなのだから。

 

 自分は彼にはなれない。彼を失ったリゼの心を癒すことはできない。彼の代わりにリゼと未来を繋げるなんてこともできない。何よりも、それまで、自分の身体が持つ保証なんてどこにもない。

 

「あともう少しでいい、あと少しだけ持ってくれればいい」

 

 カシムとの戦いでレイジの肉体は既に限界を迎えている。七星の魔力を喰らい、肉体の限界すらも無視して戦ったことによって、肉体の限界は想像以上に速くレイジの身を襲っている。

 

 元から他人の肉体の中に別の人間の魂を入れこむことや人造七星を生み出すためのモルモットとして使われたことで、レイジの肉体自体が限界に近かった。これまではそれでも、なんとか変調が表に出ることもなかったが、総てが明るみに出て、時限爆弾の導火線に火がつけられたように、身体と精神のバランスが狂ってきている。

 

 遠からずにレイジ・オブ・ダストの命の灯は消え去るだろうとレイジ自身も理解しているが、そこに彼は何か未練を覚えるようなことはない。未練を覚えるほどの何かをその身に抱えているわけでもない。ただ燃やし尽くすだけでいい。ここまで共に戦ってきてくれた仲間たちへと自分が捧げることができるのは、この復讐を完遂することだけだ。この復讐を完遂することによって、自分はこの世界に生きた証を残すことができる。

 

 総てを叩きつけ、その果てに役目を終えることができるのならば、七星殺しを完遂するために生み出された存在として十分すぎる。

 

 ――――彼女を頼む。

 

 ふと、耳元にそのような声が聞こえたようにレイジには思えた。それが誰であるのかは聞くまでもない。そして発した言葉の意味を問うまでもない。

 

「ああ、最後まで付き合うさ。他ならぬあんたの頼みだ。無碍にするつもりなんてないよ」

 

 ここまで付き合わせてしまったし、同時に何度も助けられてきた。そんな相手が今だから口にしてきた願いを聞き入れないわけがない。その思いも同時に連れていくのだ。

 

 間もなく訪れるであろう最後の時を迎えるために、いまは目覚めの時を待ち続けていく。

 

――王都ルプス・コローナ・拠点――

「情報を正確に伝えるで、レイジの身体は七星の魔力を無理やりに使い続けたこと、そして、おそらく度重なる肉体改造と魂の剥離化といった人体への悪影響を考慮しない行為によって、細胞の崩壊が始まっとる。このままいけば、あと数日もしないうちに、レイジは目を覚まさなくなるやろうな」

「そ、んな……」

 

 キャスター陣営との戦いを終え、アークとセイバーという頼れる仲間たちが消失した朔姫たちはサーヴァントを失ったリーゼリットを自分たちの仲間に迎え入れた。

 

 残す敵は星灰狼率いるライダー陣営のみであり、ランサーの尽力もあり、人造七星による無限にも等しい回復量は失われている。

 

 自分たちが勝利するための土壌が生まれつつあることは事実であったが、カシムを討ち果たし、自分自身の復讐をまた一つ果たした矢先に、レイジは倒れ、昏睡状態に陥ってしまったのだ。

 

 以前にもスラムにおける戦いで、レイジは深手を負い、意識を失っている状況が生じたが、それはあくまでも回復のために一時的に意識が途切れた状況であった。

 

 しかし、今回のレイジの変化は明らかに違う、魘され、全身の魔術回路が励起し、息を吐き出すたびに、まるで魂そのものを吐き出してしまっているかのような様子である。

 

 誰よりもショックを受けているのは、意外なことにリゼであった。レイジとは敵対していた彼女ではあるが、元々の肉体の持ち主は彼女が自分の生き方を変えるきっかけになったスラムの少年である。

 

 例え、その記憶と意識を失い、レイジ・オブ・ダストという限りなく別人であったとしても、彼にはこの戦いが終わりを迎えた後には静かな余生を過ごしてほしいと思っていた。しかし、それすらも叶わない。たった数日などと、彼に残された時間はあまりにも少なすぎる。

 

「どうして、今までだってずっと苦しんできたじゃん、何の罪もなく、罰を与えられる必要もないのに捕らえられて、戦うことを勝手に決めつけられて、復讐の戦いをさせられて、どうして、レイジ君にはいつだって安らぎがないの? いつもいつも戦って、傷ついて、そのたびに苦しんで……、そんなの酷いよ。本来なら、七星の戦いに巻き込まれる必要もないはずだったのに……」

 

 その残酷な現実に心を痛めているのは桜子も同じだ。思えば桜子はここまでずっとレイジと一緒に歩んできた。あのセレニウム・シルバの戦いで初めてレイジと出会ったのも桜子だったし、これまでに何度も何度も共に戦い、助け合ってきた。

 

 自分は七星の血筋の人間であり、自分でこの聖杯戦争に参加する意思を表明した。しかし、レイジは違う。七星の血を引いていたとしても巻き込まれただけであるし、人格となった少年はまったくの無関係だった。それなのに、残酷な運命を背負わされて、その結果として命を失う状況にあるなんて、あまりにも救いがなさすぎる。

 

『一つだけ、彼の命を救う方法があるよ』

 

 そこで口を開いたのはレイジのサーヴァントであるアヴェンジャーの一人、ユダであった。彼はこの辛気臭い空気を変えるように自身の考えを紡いでいく。

 

『レイジがこのまま命の灯火が消えかかっているのは、僕たちサーヴァントも自覚している。彼と僕たちは繋がりあっているからね。マスターの生命力はそのまま魔力に直結している。これまでのように魔力を使い続ければレイジが命を落とすことは間違いない。

 ただ、その運命は僕の宝具を使えば反転させることができるだろうね』

 

「そっか、因果律逆転宝具のユダの宝具だったら、レイジの命を救うこともできるってことね」

 

『もっとも、まったく代償が存在しないわけじゃないよ。レイジの肉体を今現在蝕んでいるのは、精神と肉体の状況が限りなく剥離しているからだ。僕の宝具を使えば、彼がどんな変化を引き起こすのかもわからないし、危うい状況で戦うことができるようにセッティングされている彼の状況は破綻する。おそらく、星灰狼と戦うこともできなくなるだろうね』

 

『おいおい、貴様本気か。ここまで戦ってきて、あと一歩で奴らの喉元にたどり着く。そんな状況で、小僧の復讐を儂らが諦めさせるというのか!?』

 

 同じくアヴェンジャーの一体であるハンニバルは、ユダの言葉に否定の反応を浮かべる。かつて、古代ローマを追い詰めておきながら、あと一歩のところで、祖国カルタゴの決定によって撤退をするほかなくなってしまったハンニバルにとって、今のレイジが戦う力を失って、復讐を止めることはかつての自分を重ねるに等しいことなのであろう。

 

 命を失ってでも、果たさなければならない誓いというものがある。復讐のためにその人生を費やしたハンニバルと、裏切りの結果として大いなる後悔を覚えて、それが宝具にまで昇華したユダでは物事の受け取り方も大きく変わってくる。

 

『僕は、レイジの末路を見たいと言った。それは彼自身が何を思って、復讐という血塗られた道の先に幸福を求めることができるのかと思ったからだ。その歪な精神構造がどこに行きつくのかという期待からだった。けれど、それは彼自身が歪められたことによって生まれたものだ、その末路に地獄しかないのだとすれば、僕は何も彼に十字架を背負った丘へと昇る道を作るつもりはない』

 

 かつての裏切りの結果、己の主の命を奪う羽目になったユダにとって、このままレイジが戦い続けることは、かつてと同じ愚行を繰り返すことになる。かつてを悔いるのであれば、己の宝具を使うべき時は今を置いてほかにはないだろうと、ユダは考えているのだ。

 

 不思議な沈黙の時間が流れた。レイジのこれまでの駆け抜けるような日々を知っている者たちからすれば、ハンニバルの貫くべきであるという意見も、ユダの目的を失ってでも、ここが退き時であるという言葉もどちらも納得できる言葉であった。

 

 だからこそ、アヴェンジャーとしてレイジのパートナーであり続けたもう一人、ティムールの意見が待たれた。

 

『ティムールよ、貴様はどう思うのだ?』

『これまで、ともに歩んできた君だからこそ、思うところもあるんじゃないかな?』

 

 同じ道を歩んできても、同じ体を共有しても、彼らは常に自分の意志で自分の言葉を紡いでいた。誰が上に立つわけでもなく、それぞれの全力を振るうことで、レイジを支えてきた三人であるからこそ、最後の男の言葉が待たれ、

 

「我は――――レイジの言葉こそがすべてであると思っている」

 

 口にした言葉とともに、ティムールはレイジへと視線を向け、視線を向けた先で、レイジの瞼が動き、彼の意識が戻ってくる。

 

「そう、だ……勝手なこと、をするな。俺の人生は、俺が、決める。どんな末路であろうとも、これは俺が選び続けたことだ、そこに間違いなんてあるはずがない……」

『レイジ……』

 

「レイジ・オブ・ダスト、我らが主よ、我らは最後までその決定に従う。最後まで復讐を貫き通すというのであれば、我らはその力を使うことを惜しみはしない」

 

 アヴェンジャー陣営としての道筋は決まった。たとえ、その先に待ち受けているのが終わりでしかなかったとしても、それこそが自分たちの生き方であると信じている。

 

『まったく、愚かしい判断をするものだね、君たちは、いいよ、最後まで付き合うとも、僕の目的は君の末路を見ることだったんだから』

 

 その初志を貫徹する。そう決め込んだ。ユダも迷いを向けるつもりはない。たとえ、その果てに待ち受けているのが確定した破滅であったとしても、掴むことのできる幸福なんてものがなかったとしても、レイジは最後まで戦い続ける。

 

 それこそが何も持ち合わせていない自分に出来る事であり、為し遂げなければならない本当の使命なのだから。

 

「だが、俺だけでは、あいつら全員を倒すことはできない。俺の倒すべき相手は星灰狼だ。そして、アヴェンジャー、お前たちの倒すべき相手もライダーだ」

 

「無論、草原の覇者であった身として、ハーンを名乗り、侵略王であったあの男を乗り越えることが出来なければここまで戦ってきた意味がない。以前は倒しきることが出来なかったが、此度も同じようにはいかない」

 

「そうだ、俺達は奴らを倒すことに集中する。だから、桜子、ターニャの身体を奪ったあの女の相手は任せたい、頼めるか?」

 

「……うん、任せて。最初からそのつもり」

「スブタイは、必ずこの双槍にかけて、私が打倒します」

 

 桜子はレイジが、素直に自分に助力を向けてきたことに驚きを覚える。これまでのレイジであれば共に戦うことを勝手にしろとかなし崩しの状況の中で共に戦うことを認めるような展開ばかりだったが、今のレイジは自分の弱さと限界を知ったうえで、役割を果たすために桜子へと助力を求めた。

 

 成長だろうか、あるいは、自分の終わりを知っているからこそ、確実に使命を果たすためなのだろうか。どちらなのかはわからないが、その頼られること自体は嬉しかった。レイジの良く末を知っているうえで素直に喜んでいいのかはわからないが、それでも桜子にとってまるで年の離れた弟のように、ずっとここまで旅をしてきたレイジの頼みを断る理由はない。

 

「いいの? ターニャだって、あんたにとっては大事な―――」

「あいつはターニャじゃない。その姿をしているだけだ。ターニャは……、アイツと一緒にもう旅立った。今更、あの女と俺が関わる意味はない。俺の復讐にあの女は最初から無関係だ」

 

 七星桜華は灰狼の妹であったとしても、レイジの身の上に関わったわけではない。ターニャの身体を素体に選ばれて、灰狼に呼び戻されただけの存在。彼女自身が灰狼に突き従っていたとしても、彼女自身には、レイジに対しての悪意を感じ取ることはなかった。

 

 むしろ、ターニャと言う存在を出汁に使うまでもなく、あくまでも七星桜華として生きようとしている以上、もはやレイジとは何の関係もない。

 

 倒すべき相手以外の存在にまで刃を向けるほど、今のレイジは耄碌していない。この怒りを向けるべき相手を間違えてはならないのだ。ターニャとの別れは済ませている。アークがあの場にいてくれたからこそ、あの二人は迷うことなく行き着く場所へと辿り着けるだろう。

 

 正真正銘、レイジが果たすべき復讐はあと1人で幕を終える。

 

「星灰狼は俺が必ず葬る。奴に聖杯を握らせることだけは絶対にさせない。俺は俺の復讐を完遂させる。だから、それ以外のことは、任せるぞ、リーダー」

 

「キッショ、いきなり素直さ発揮すんなや、お前、ウチのことをチビとかガキとかしかいってこなかったやろ」

 

「いまでもチビでガキとは思っている」

「あぁっ!?」

 

「自分のことが全部分かって、ようやく分かってきたこともある。星灰狼を倒すだけではダメだ、本当は俺自身の手で全てに決着をつけたいが、おそらくそれはできない。だから、お前に託す。最後まで見届けるのがリーダーの役割だろ」

 

「いっちょまえの口を聞きおって。お前に言われんでもそのつもりや、他のことなんざ考えられるほど気が利くやつでもなかったやろ、安心して、自分のことにだけ集中しとけや」

 

 レイジ自身も口で説明できることではなかった。しかし、漠然とこの戦いを裏から操っている存在の影を感知することは出来ていた。

 

 自分にアヴェンジャーを与えた存在、星灰狼と同様にこの聖杯戦争を裏から操り、ここに至るまでの総てを生み出し続けてきた存在、セイヴァーとアフラ・マズダを打倒しない限り、この聖杯戦争に終わりは来ない。

 

「おそらくやけど、もうこの聖杯戦争が続くのも早々長くはないと思う。星灰狼にとっても王手のかかった状況でいつまでもウチらを放置しときたくはないやろうし、時間をかければロイが復帰することにもなる。連中にとってもロイがいるかいないかで大きく状況は変わるやろうしな」

 

「すまないな、本当は桜子やレイジの援護をしたいところだが、さすがに深手を負いすぎた。すぐに復帰するのは難しい」

「無理しない方がいいよ、私だってそうなんだ。少し判断を誤ったら命を落とすかもしれないんだから、今は大人しくしておくべきだよ」

 

 同じくキャスター陣営との戦いで指輪を失ったルシアも次の戦いに参加することは難しい。サーヴァントもおらず不死の力を失ってしまったとなれば、戦線復帰は難しいと言えるだろう。

 

「だから、おそらく明日や、明日に総ての決着がつく」

 

 灰狼が宣言をしたわけでもない。こちらがその条件を突きつけたわけでもない。だが、ある種の予感めいたものとして、明日が決戦であることをこの場の誰もが予感していた。

 

「ごめんなさい、皆さん。少しだけでいいです……彼と、レイジ君と二人きりで話をさせてください」

 

 ポツリとリゼがお願いとして口を開いた。ユダの申し出を断った以上、レイジは最後まで突き進んでいくであろうことは間違いない。それがどれ程の末路であったとしても、最後まで苦しみながらも突き進んでいくだろうし、それをリゼが止めることはできない。

 

 ここまで共にレイジと戦い続けてきた仲間たちが止めることができないことを、どうして、リゼが止めることが出来ようか。受け入れた上で、話がしたいというリゼの申し出に桜子は頷き、朔姫へと視線を向ける。

 

「ま、しゃーないか。今更、どうこうする話でもないしな」

 

 リゼの提案を受け入れて、朔姫たちがこの場から離れていく。リゼにとってレイジはヨハンやセルバンテス、散華たち多くの者の仇でもある。しかし、それでも今の二人が憎しみ合って殺しあうような関係ではないことを朔姫や桜子は十分に理解している。

 

 仲間たちが出ていき、二人きりになった部屋の中で、リゼは改めて口を開く。

 

「私は、君に戦ってほしくない。君には生きてほしいと思ってる」

「おかしなことをいうな、アイツを殺した俺をアンタは殺したいと思っていたはずだ」

 

「うん、そうだね、ヨハン君の命を奪ったことは事実だよ。でも……、君の運命を狂わせたのも私だから……、帳消しにはできない。でも、その運命から離すことは必要だって思ってる」

 

 ヨハンは命を奪われる結果になっても、レイジとリゼの和解を求めていた。二人が争いあう結末に救いは絶対に訪れることはないとヨハンは理解していたからこそである。

 

 そのヨハンの言葉にリゼは救われ、ランサーを失う結果になったとしても、こうしてレイジともう一度言葉を交わしあう時を得ることが出来た。

 

「俺が戦わなければ、星灰狼を止める奴はいなくなる。桜子だけでは勝てない」

「うん、分かってるよ。だから、これは私のエゴ……、君の力になりたかったのに、結局何もできなかった私が縋ってしまっている、自分なりの救いだし、それを君が受け取らないことは分かっている。

 だから、せめてお願い――――私も連れて行って。私もこの手でこの国を守りたい。七星による世界の支配なんて間違っていると思うから」

 

 カシムとの戦いを終えた後にも、リゼが口にした共に戦うという言葉を改めて聞かされる。レイジからすれば、戦うのは自分だけでもいい、リゼを守りながら戦うことは間違いなく悪手だ。灰狼相手にそれが出来るとは思えない。

 

 一方で、リゼの能力を考えれば、単純な肉体強化しかできないレイジにとっては感知できる情報が一気に増えることをも意味している。間違いなくレイジにとっては意味がある。

 

 メリットとデメリット、どちらに目を向けるべきなのかと言う問題にはなってくるが、断るほどの理由ではない。

 

 むしろ、レイジがそれを懸念するのは、全く別の理由であった。

 

「わかった。今更、アンタを止めておく理由は俺にはない。アンタを焚き付けたのは俺だからな」

「そうだね、レイジ君に説教されていなければ、星灰狼と戦うことを選ぶことはなかったかもしれないね」

 

「だが、選んだのはアンタだ。アンタが俺の選択を尊重するのなら、俺もアンタの決断を否定はしない。だが、一つだけ約束しろ……、絶対に生き残れ」

「レイジ君……」

 

「あんたはこの国に必要だ。星灰狼の世界征服の野望を否定して、七星としてではなくこの国を導くつもりなら、あんたが死ぬわけにはいかない。この戦いを生き残って、世界を変えていく必要がある」

 

 レイジにそれは出来ない。何処まで行っても彼は所詮、誰でもない、名前すらも存在しない空虚な存在である。

 

 けれど、リゼは違う。この国の女王として世界に働きかけることができる存在だ。レイジとは文字通り命の価値が違う。命の重さに違いはないなんて理想家は口にするかもしれないが、レイジは命の重みに違いがあることを知っている。それを認めた上で、ちっぽけな存在が滅びを受け入れるだけではないことを、これまでも、何度も何度も証明してきた。

 

「この戦いを経験して、闘う決意を固めたのなら、アンタは生き残ってこれからも戦いつづけろ。それが俺が果たす事の出来なかった地獄の先に花を咲かせることに繋がっていくはずなんだ」

 

 何者にもなれない自分では、自分すらも救うことができない。けれど、リゼならば、きっと救うことができる人々が数多くいるハズなのだ。

 

 生き残らなければならないし、生き残らせなければならない。この夜にレイジはそれを誓う。灰狼を倒すだけではいけない。リゼを生き残らせて、復讐を果たす。それまで果たしてこそ、彼の役割は終わりを迎える。

 

「ありがとう、レイジ君。君の覚悟は伝わった。だから、必ず勝とう。私達で絶対に星灰狼とライダーを倒そう」

「ああ……」

 

 語るべきことはもっと山ほどあったのかもしれない。レイジは自分の身体の持ち主がリゼを救った人物であることも理解していたのだから、もっと彼女に語れることはあったはずだ。けれど、あえてレイジはしなかった。

 

 ターニャの身体を使っている七星桜華がターニャでないように、自分もまた彼ではないのだ。命を落とした彼の身体を使っているだけの別人、誰にもなれない器でしかないのだから。

 

 悲しむ必要はない。それを認めた上で、402号の悔恨すらも背負って戦うと決めた時から、レイジは自分の総てを認めている。

 

 そんな二人の会話を扉越しに桜子と朔姫は聞いていた。

 

「みんながみんな、幸せになれるハッピーエンドがあればいいのに」

「現実はそんな甘くないわ。最初から手遅れの奴もおる。それでも、レイジは姫さんだけは救おうとしておる。立派やないか、もう、あいつのことクソガキとは言えんわな」

 

「朔ちゃん………」

「ウチは真逆や、全部、レイジや桜子たちに押し付けとる。自分の目的のために、ずっと誰かを利用し続けとる。ホンマもんのクズがいるのなら、それはきっとウチのことや。姫だってよう付き合ってくれとるわ」

 

 窓の外に見える星空を見つめながら、朔姫は彼女らしからぬ愚痴を吐きだす。黄昏るように、視線の先にある星空へと吸い込まれそうなほど、彼女の横顔はどこか遠くを見ている。

 

「逆だよ、朔ちゃんが一番闘ってる。いつだって必死に、いつだって私達の中の誰よりも、私達の為に戦ってる。ずっと見て来たもん、誰が何を言ったって、私は知っている。今回だって、結局、朔ちゃんに一番大変なことを押しつけてる。だから、朔ちゃんは自分を責めないで、きっと、皆が分かってる。朔ちゃんが誰よりも頑張っていることを」

 

 手を握り、桜子はきっと、他の誰かがいれば絶対に見せないであろう弱い自分にエールを送る。彼女はそんなありふれた慰めなんて求めてはいないかもしれないけれど、今の朔姫にはきっと必要なことだと思うから。

 

 誰だって一生懸命なのだ。必死に頑張って、必死に抗って、それでも現実は辛くて、それでも、それでも、足掻いて足掻いて、そして善きものを見つけようとしている。

 

 それが正しいことであると願って……

 

「ああ、そっか、そういうことなんだね」

「どうした、桜子?」

 

「うん、なんだか、やっと、見つけた気がする。お母さんが、私に託してくれたこと、伝えなくちゃいけないこと……、当たり前だけど、当たり前じゃなかったこと、うん、今ならきっと伝えることができる」

 

「そうか、なら、お前も生き残らなあかんな。お前が本当に闘うべき相手は、七星桜華なんて小物じゃあらへんからな」

「歴代でも最強の七星なんだけど」

 

「埃被った過去の遺物に過ぎんわ。現代の七星の凄さってのを教えたれや! お前はウチが見込んだ七星や。日本からどさくさまぎれで逃げてった奴らなんぞに負けるわけがあらへんわ」

 

 明日、このセプテムで行われる戦いの総てが終わりを迎えるだろう。そして、それは同時に善神アフラ・マズダとの10年越しの決着を意味する。

 

 セイヴァーは言った。桜子には見届け人になってもらわなければならないと。七星桜の娘である桜子こそが、自分の再誕を見届けるに相応しいのだと。

 

「――――望むところだよ、私達の因縁に、私達の物語に答えあわせをしに行こう」

 

――王都ルプス・コローナ・正門前――

 そして夜が明ける。そして、朝日が昇り、今日という日が始まろうとする頃、昨日、キャスター陣営との死闘が行われた王都正門前、そこに揃うべき役者たちは集っていた。

 

「嬉しいわ、遠坂桜子、兄様と我らが王の宿願が果たされる今日という日に貴女という相手と戦うことができるなんて、本当はね、七星散華も私が倒したかったのよ?

なのに、あの娘、あっさりと貴女に倒されてしまうんだもの。だから、あの娘と二人分、私達の悲願を叶えるための前座として、踊ってほしいわ」

 

「そうだね、私にとっても見据えるべき先がある。貴女は私を見つけて数日? それとももっとかな? だけどね、私には10年前からの、ううん、もっと昔からの約束があるの。だから、ここで消えるのは貴方の方。ターニャちゃんの身体は返してもらうわ」

 

「ふふ、素晴らしいわね。ねぇ、スブタイ?」

「ええ、二度も刃を結びあってなお生き残った相手と決着をつけるのだ、昂らないという方が嘘になる」

 

「でしょうね、私もですよ。今日こそは決着を付けましょう、スブタイ」

「望むところだ、アステロパイオス」

 

 遠坂桜子とランサー、七星桜華とスブタイ、七星の女性魔術師として最高峰の実力を持つ者同士として、決着のための戦いを始める。まさしく運命の巡りあわせのように揃った者たちはその行く末を決めるための決着をつけるために武器を握る。

 

 そしてもう一つ、宿命よりもなお濃い因縁によって至った決戦を迎える者たちがいる。

 

「総ては行き着く場所に行き着く。その言葉通りになったな、レイジ・オブ・ダスト、そしてリーゼリット女王」

「ああ、そうだな、そしてお前の行き着く場所は地獄だけだ、星灰狼。カシムの後を追わせてやる」

 

「おや、面白いことを言うね、君にとっては今この場所こそが地獄ではないのかい?」

「そうだ、だが、現実と言う地獄すらもお前には生ぬるい。地獄の最下層まで引き摺り落してやるよ!」

 

「結構、では、我が王よ、最後の戦いを始めるとしましょう。我らの夢の続きを見るために」

 

「然り――――さぁ、アヴェンジャーよ、覚悟は良いな、ハーンを背負うことが出来なかった王よ、我らが草原の民の意思を継いだ男よ、その力を余に見せよ。世界制覇のための最後の障害が同じ草原の民であること、実に素晴らしきかな!!」

「ああ、素晴らしいな。ハーンよ、今、その玉座から引きずりおろしてくれよう」

 

 さぁ、役者は揃った。最後の決戦を始めよう。

 




いよいよ最終決戦ですね、果たしてレイジたちは勝利することができるのか!

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第23話「アトラクトライト」②

――王都ルプス・コローナ・王宮――

「失礼、前国王、先ほど、星灰狼と女王陛下の戦いが始まりを迎えました。長くかかることはないでしょう。これにて、此度の長きに渡る聖杯戦争もいよいよ終わりを迎える事でしょうな」

「そうか、ご苦労であった、セイヴァー……いいや、ザラスシュトラ殿と呼ぶべきか?」

 

「そのような世辞は不要ですよ、前国王。何せ、結果次第では、我々とあなたがた七星は敵対することになるのです。束の間の休戦であったとしても、わざわざ、我々に心を許しておく必要などありませぬ。我々はあくまでも聖杯を顕現させる、その為に結んだ共犯者に過ぎぬのですから」

 

「共犯者や同盟者、そのような言葉を使って許されるのは灰狼やカシムのような者だけだ。儂はあくまでも場を提供しただけに過ぎぬ。七星としての運命に導かれ、今日まで歩んできた。娘には最後まで理解をされなかったがな」

 

「どのようになさるおつもりで?」

「それは勝者が決めることだ。少なくとも、命を奪う選択は出来んとも。先日、女王の冠を継いだ娘が命を奪われるような事態になればこの国そのものが揺らぐ。そうなることを望んでおる忌み血共は無数におるかもしれんがな」

 

「血塗られた権力闘争、かつて侵略王とその配下たちは鉄の絆で結ばれ、大陸を制覇したと聞きます。ですが、侵略王が亡き後は、一族での争いを続け、広大なるモンゴル帝国は縮小の一途をたどった。七星もそれは変わらず、血を残し、いずれはかつての夢を果たすのだと望みながらも、血で血を争う戦いを避けることは出来なかった。

 夢、願い、祈り、人が天に仰ぎ見る多くの言葉であります。ですが、人はそこまで強くはない。必ず欲望が生まれ、欲望は罪を作り、罪は善と悪を分け隔てます。人間がその身に抱いた原罪です。

 どれほどの英雄であろうとも、どれほどの理想的な君主であろうとも、絶対的な善にはなれない。人が人である限り、人は完全に一つになることは出来ぬのですから」

 

「だからこそ、絶対的な善の神であれば、人類を救済できると?」

「然り、それを為し遂げるための枷を外す事こそが我が役目、そのためにこの10年間、様々な場所で動いてきました。星灰狼が私を利用したように、私も彼を利用した。果たして世界が私と彼のどちらかを選ぶのかはまもなく見えてくることでしょう。

 何せ、世界は善によって救われなければならない。矮小な善では悪は流転するのみ。善と思う行動を為しても、それが悪になる。善悪二元論こそが人類の宿業、我らはそれを乗り越えなければなりませぬ」

 

「道理だな、だが、果たして、それほど上手くいくのかな?」

 

 国王はセイヴァーの語る彼の物語、彼の理想に対して、疑念を口にする。

 

「気を悪くするな、救世主。これは年寄りの戯言だ。数千年の年月を経て文明を成熟させても尚、争い続ける人類の咎を背負いながら、一つの国を治め続けてきた者の戯言だ。儂にはな、完全なる善の世界と言うものが想像できぬのだ。理想であることは分かる。我々がそれを目指すべきであるということに何ら異論はない。

 争うこと自体が人類を成長させてきたのだとしても、もはや人類は十分に成熟した。これより先の争いは成長よりも滅亡を呼び起こすことになる。そんなことは誰もが分かっておることです。ですが、やはりわからない。何をすれば、そこに行き着くことができるのかを誰も想像など出来ぬのです」

 

 何が正しいのかは誰もが知っている。世界平和こそが正しいことを知っているからこそ、人類は誰もがそこを目指そうと標榜するのだ。

 

 しかし、不思議なことにそこに行き着こうとすると誰もが答えを見出せなくなる。さまざまな事象が雁字搦めのように人々を支配してそこに行き着くことを困難にさせるのだ。

 

 そんなことをもう何百年も人類は繰り返してきた。長い時間をかけて、自分たちが愚かであることを自覚して、長い時間をかけて、善なる者になれないことを自覚させられた。

 

「もしも、完全なる善というものが生まれた時に、果たして我々は同じ人類であるという事が出来るのだろうかと思ってしまうのです。人類と定義されただけの全く異なる存在であるのではないかと……」

 

「問題は無かろうとも、それすらも超津するからこその善神、前国王よ、貴方のその心のわだかまりこそが神によって救済されるべきことだ。人では答えに辿り着けない。ゆえにこそ、神は存在し、神は人々を導くのだ。そして、私もまたその導かれるべき1人であろう」

 

「救世主とまで謳われた貴殿でも、か……?」

「左様、私はあくまでも神の意思を伝える者に過ぎない。貴方と同じ迷える人に過ぎませんよ。救っていただかなくてはならないのだ。この世に悪がはびこるのであれば、善こそがそれを駆逐し、世界を救う、アヴェスターはそうして世界を形作るのだから」

 

 間もなく始まるであろう、降臨の儀を前にして、セイヴァーはその時を心待ちにする。ああ、素晴らしきは此処まで筋書き通りに動いてくれた者たちであろう。あと少しだ、まもなくだ、それを以て、いよいよ総てが幕を迎える。

 

「さて、遠坂桜子よ。道半ばで命を落とすようなことをしてくれるなよ、君こそが、我らの望んだ見届人、我らが神の導きし世界を伝える伝道者となるべきものであるのだ」

 

――王都ルプス・コローナ・正門前――

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ、七星流剣術―――」

「はっ、疾っ―――ッ!!」

 

 戦闘開始より僅かな時間で、桜子は桜華が歴代七星における最強の女戦士であるという事実をその身を以て理解させられることになった。

 

 あらゆる攻撃が技を出すよりも先に潰される。七星散華のような反応速度によって、桜子の攻撃が出ると理解した瞬間に次の動きをするわけではない。むしろ、そんな領域の話しではないのだ。

 

 彼女は一言で言うならば、桜子が何をするのかを先に理解している。理解したうえで、その攻撃を潰すための攻撃を行っている。もしも、有形の武器を握っている身であれば、最初か二回目の攻撃で桜子は戦う術を失っていただろう。

 

 武器破壊、部位破壊、勿論、通常の暗殺術、それらを組み合わせて生まれる演武のような攻撃は、まるで蝶が舞い踊っているかのようである。

 

 遊ばれている、これまでに無数の戦いを経験し、宗家の後継者である散華にすらも勝ってきた桜子が思わずそのように実感するほどに桜華との実力差をあっさりと理解させられてしまう。

 

「ふぅ、まったくダメね、元々の自分の身体の大きさや体重で動きを考えてしまっている、この娘の肉体での動きの最適解を再現することが出来ていないわ。七星の血の補助があってもこれとは、存外、子孫たちが受け継いできた血というのもあてにはならないものね」

 

「その見込みの違いで、私は生かされているってこと?」

「あら、最初から私は殺す気でずっと攻撃を放っているわよ? それを貴女が必死に守っているだけ。自分のことを褒めてあげなさい。後世の人間であるとはいえ、私を相手に此処まで生き残ることが出来た者は早々いないわ。貴女、やっぱり、見立ての通りの実力者ね」

 

「それはどうも……、貴方に言われても余計に力の差を思い知らされるだけではあるんだけどね」

 

「それは仕方ないわ。私は最強の七星ですもの、才能にかまけた散華とも、知識だけで補てんしようとしたカシムとも違う。私は才能にも血にも愛された。七星と言う一族に愛された存在こそが、この私、七星桜華よ。それはもうここまでの戦いで十分に理解できたでしょう? 私は完全に七星の血による反射と経験値から来る思考を制御できている」

「…………、聞きたくないんですけど、そういう絶望的な話しは」

 

 桜子も桜華の言葉で、彼女が何をしているのかを理解できた。いや、そもそも理解するも何もそんなことが本当に出来るなどと、誰が考えるというのだろうか。言ってしまえば、桜華は究極的な先読みをしているのだ。桜子が僅かにする戦闘前の予備動作から、桜子が何をするつもりなのかを理解して、それに見合った反応をする。

 

 言葉にすればそれだけだ。それだけのことでしかない。だが、そのあまりにも簡単な説明を実際に展開することがどれ程難しいことなのかを桜子は理解している。

 

(私には無理だ……、相手が何をしてくるのかを理解していたとしても、それに合わせて最適な動きをすることができない。私に出来ることはあくまでも七星流剣術で相手の攻撃に噛み合わせるだけ。実力差が開いても、相手の攻撃を完全に食いつぶす攻撃なんて、普通は出来ない……)

 

「私の強さの源泉は理解できた? 私はね、型がないの。貴女が使っている七星流剣術も、兄様が使っている七星流槍術も、私に言わせてもらえば、自分の動きを制限しているだけの枷そのもの。だってそうでしょう? その戦い方を身につければ、その戦い方しかできなくなる。その戦い方が通用しない相手に出会ったらどうするの?自分を信じて戦うとでもいうの? その戦い方が出来る自分しか知らないというのに?」

 

 それはおよそ常人の発想ではない。常人は自分の強さを固定化するために一つの流派、あるいは自分の戦い方を確立させる。無駄が多い人間の動きを如何に統制し、十全に発揮するのかに拘るのが武術を学ぶ者たちの共通認識であると言えよう。

 

 しかして、桜華は違うのだ。そもそも根本からして常人の発想とは異なっている。

 

「型に嵌めるなんてことをしてしまったら、それしかできなくなってしまうじゃない。だから、私は無なの。どんな流派も形も持たない。その瞬間、その環境で最も適切な攻撃を選ぶわ。貴女と同じく七星の魔力で生み出す刃こそが、私の武器だから」

 

 七星桜華に決まった形の戦い方はない。百回闘えば彼女は百通りの戦い方を選択するだろう。武の神に愛され、七星の血に愛された真なる天才、桜華を前にすれば、散華もカシムも共に贋作だ。星灰狼が彼女に全幅の信頼を寄せることも理解できる。

 

 大陸に渡った七星の一族を導いた桜雅、その武力の象徴であった桜華、彼ら二人がいなければ、今日に至るまでの七星の隆盛はありえなかっただろう。

 

 そして、その隆盛は、これより先に復活する。

 

(参ったな、まさか、ここまでなんてね。ロイが相手をしても勝てるかどうかわからないよ、この人……)

 

 おそらく、七星流剣術のどの技を使ったとしても、桜華に通用するとは思えない。あらゆる技を使っても尚、出し抜かれるであろうことは、ここまでに数手、攻撃を重ねただけでもわかる。格が違う……、それをここまで肌で感じることができる相手もいない。

 

 歴代最強の七星、その称号に全く見劣りすることがないその実力はただ対峙しているだけで桜子を絶望の淵に落とすには十分すぎるほどの意味を持っていた。

 

(なんて、諦めるわけにはいかないよね、レイジ君が戦っている横で……!)

 

 強大な敵と戦っているのはレイジも同じ、大人である自分が諦めるわけにはいかないし、桜華同様桜子にとっても此処は通過点だ。決着をつけるべき相手がこの先にいる。

 

 諦めるわけには当然、いかない。

 

「実力差は示した。でも、諦めない。それはアレかしら。私がやはり本調子ではないからかしら? それもそうね、だって、まだ貴女を殺しきれていない。私の思考の中では、既に貴女は二度殺されている。でも、実際にはその想定を覆されている。攻撃を防がれたとか躱されたとかそういうことで驚きを覚えているんじゃないの。それすらも想定して攻撃しているのに、届かないことは、単純にこの身体のせいということになるのよね」

 

 先に口にしたように、桜華の精神の感覚とターニャの身体を使っていることへの整合性が追い付いていない。元々の桜華の身体であれば、既に桜子は倒されているがそれが出来ていないということは少女の姿であるターニャの身体を使っての戦い方を確立しなければならないということに他ならない。

 

「不満ではあるわ、自分では勝利のイメージがついているのに、身体がそれに追いつけていないなんて、でも、それはそれで今から調整すればいい。分かるかしら? その調整が終わる時が貴方の最後よ、桜子」

 

 実力の上では絶対に出し抜くことが出来ないほどの差が付けられている。よって、倒すことができるとすれば、この何度かの攻防の中で桜華が感じ取っている少女の姿である自分への違和感を拭うまでの間だ。その間でさえも桜華は桜子を殺すための刃を放つだろう。

 

 言わば命がけの時間制限、ターニャの身体に慣れるまでに桜華を出し抜くための手段を見つけることが出来なければその時点で、桜子の命運は決するだろう。

 

「怖い人だね、まったく」

「そうでもないわ、少なくとも、貴方のことを認めてはいるんだから」

 

 遠坂桜子は自分と立ち会って未だに生きている、屈辱であり同時に桜華にとっては得難い相手だ。彼女を斬ることが出来れば、かつてと同等の実力を取り戻すことができるだろう。この違和感を拭うことが灰狼の世界制覇へと繋がるのだと彼女は信じている。

 

「さて、どうしたものかな……」

 

 答えは出せない。ただ、負けるつもりはないし、絶望もしていない。何故なのかはわからないが、勝てないとは思っていない。

 

(何となくだけどね、あの神様にだけは感謝したくはないけど、あいつが私を買ってくれていることで何とかなるんじゃないかと思えている。ほんとっ、感謝はしたくないけど)

 

 ここで自分は死ぬ運命じゃないなんて考えるのはまさしく馬鹿らしいけれど、今はそう考えるだけでもだいぶ救われると思っている。

 

「桜華はまだ本調子じゃないか。まぁ、回生は俺のように幼少期から慣らしていくことで本来は自分を合一化させる。肉体を単純に与えられただけでは違和感を拭うことはできないだろう。そこらへん、先輩としてはどう思っているんだい、レイジ・オブ・ダスト? おっと、危ない、危ない」

「余計なことを口走るな!」

 

「つれない態度だな、お前はずっと俺と戦いたがっていたじゃないか。それとも、あれか? 愛しい女王陛下が傍にいるから、俺と会話はしたくないということか?」

「あいつと友誼を結んだのはこの身体の持ち主だ、俺じゃない、くだらない言葉で俺を惑わせるよう賭しているのなら逆効果だぞ、灰狼!!」

 

「別に遊んでいるつもりはないがな、君はどう思う女王陛下、彼の焦りぶりは少しばかり滑稽には映らないか? まるで、自分の死期を悟っているようじゃないか?」

「……貴様ッ!」

 

「言葉で私達を惑わせるよう賭しているのなら逆効果よ、灰狼。私達は迷わない。ただ、貴方を倒すためだけに此処に立っている。今の私はセプテムの女王でも、七星の一族でもない。聖杯戦争の参加者の一人としてあなたと対峙しているわ!」

 

 リゼは毅然と言い放つ。灰狼の存在はセプテムにとっての害悪となる。前国王であった父からすれば歓迎するべき相手かもしれないが、リゼからすれば排除しなければならない対象、灰狼もそんな我儘めいた反応を浮かべるリゼに対して嘆息する。

 

「やれやれ、俺が関わる以前の話しとは言え、その身体の持ち主は随分と面倒なことをしてくれたものだ、セプテムは我ら侵略王の軍勢がもっとも西進を果たすに成功した場所へと建国された国、このルプス・コローナこそが我らの侵略戦争を再開するために用意された街であった。

 故にこそ、セプテムの王族たちは代々、七星であること、そして侵略王復活の暁には、それを全力でサポートすることが義務付けられていたというのに……七星の血に飲まれるよりも女であることを選んだか。なるほど、散華の事情に共感する訳だ。桜子といい、キミといい、七星の使命に殉じることを選んだ我が妹を見習った方がいいぞ?」

「貴方に散華さんのことを悪く言う資格なんてないわっ!」

 

 宗家に生まれた宿命によって自分の心を壊されてしまった散華、桜子にしてもリゼにしても彼女の境遇はそうであったかもしれない可能性であった。だからこそ、そんな在り方を侮辱されれば怒りを覚える。

 

「生まれた時から七星の運命に縛られる、そうだ、その通りだ。俺も同じだよ。生まれたその瞬間から俺は灰狼だった。本来育まれるはずの自我が芽生えるよりも先に灰狼としての己を刷り込まれ、歴代の当主たち同様に灰狼の生まれ変わりとしての己を確立している。

 だが、それを悲観したことはない。人は誰もが平等ではない。何かしらの欠損を抱え、何かしらの不幸を背負いながら人々は生きている。俺にはそれが継承しなければならない役割があったというだけの話しだ。与えられたものを有効に活用するのか、拒絶するのかは結局のところはその者の才覚だ。リーゼリット女王、今からでも遅くはない。俺と共に覇道を歩もう。前国王の顔を立てて、俺に反旗を翻したことには目をつむるとも」

 

 今更、リゼ一人のことに拘泥するつもりなどないと言い切る灰狼、前国王との関係性もある以上、ここでリゼを殺すわけにもいかない以上、さっさと彼女に翻意を促す方が色々と手っ取り早い。

 

 だが、リゼは灰狼を睨みつける表情を変えない。

 

「お生憎ね、灰狼、自分で言ったでしょ、私も女王である前に女なの、自分の大切な相手を弄んだような奴と手を取り合うなんて、絶対に無理!! そんな誘い方しかできないから、妹が相手になるしかなかったんじゃないの?」

「まったく随分と言うようになったじゃないか、お淑やかではない女は好かれないぞ」

 

「お淑やかでウジウジ、何もしていなかったおかげで後悔ばっかりだったから、そんなの当てにならないわ!」

 

 リゼも灰狼への舌戦では負けていない。灰狼に主導権を握らせるようなことになれば、全体の状況に影響してくる。自分自身で灰狼を倒すことができないことは分かっている以上、レイジを援護して、灰狼を倒すことこそがリゼの役割なのだ。

 

 すでにリゼとレイジの感覚は共有され、レイジ自身、通常戦闘時に比べてはるかに自分の視野が広がっていることを理解する。この力で戦っていたのだから、ヨハンは強かったはずだ。

 

(いや、相容れない立場ではあったが、あいつは最後まで自分を貫いた。彼女が悲しむことを分かったうえで、自分の愛を貫いたし、彼女が救済されることを望んだ。そんな奴を倒して、俺はここに立っている。だったら、絶対に彼女を殺すようなことだけはさせてはいけない。悲劇を繰り返すな、もう二度とこいつに何かを奪わせるようなことはさせない!)

 

「ほぅ、表情が変わったね、改めて決意を固めたか。獣が男の顔になったじゃないか」

「うるさい、お前を噛み潰すための牙を置き去りにしたわけじゃないぞ」

 

 言うが早いか、レイジの蛇腹剣が灰狼目掛けて一気に突き進む。その軌道はリゼとの感覚共有によって一気に広がった視野の下、複雑な軌道を描きながら、灰狼へと突き進んでいく。

 

「甘いなッ!」

 

 しかし、当たり前のようにその攻撃は灰狼が握る槍によって受け流される。所詮は刃の集合体、身体を切り刻まれる危険性が待っているとしても、冷静に対処をすれば、そのうちの一つの軌道をずらすだけですべてが軌道を外れていく。

 

 動いている刃に対して、攻撃を当てるということ自体が達人でなければ不可能なことではあるが、灰狼からすればさして驚くことではない。レイジとは初めての戦闘ではないし、何より彼にとって最も身近な比較対象は自分の妹だ。才覚溢れ、歴代最強と呼ばれる桜華と比較をしてしまえば、強さに傲慢になることなどありえない。

 

「いいや、甘いのはお前だ、今の俺は、これまでの俺じゃない」

 

 リゼの感覚共有によって、蛇腹剣が弾かれることを理解するよりも早くレイジは動き出していた。攻撃がどんな形で決まる、あるいは防がれようとも、次の動作を始めていることが感覚共有の最も強みとなる点だ。

 

 加えて、今のレイジは402号との戦い、そしてカシムとの激戦を通じて、七星の血が完全に目覚めている。感覚共有による先読み、七星の血による戦闘経験の蓄積と反射神経、そして、灰狼に対してのおぞましいまでの執念がかないまぜになった今のレイジは弾かれた蛇腹剣を一瞬にして大剣へと戻すと攻撃を弾く動作直後の灰狼に向かって大剣を叩きつける。

 

「ぐっ……!」

 

 しかし、灰狼とて奇襲一つで驚くような心胆ではない。レイジ同様に槍という小回りの利かない武器を使っているにもかかわらず、弾くために振るった槍を元の形に戻すよりも早く、動きを戻す動作の中でレイジの攻撃を受け止める。

 

 明らかに力を入れることができるような体勢ではないために、当然、腕の筋肉、そして全身への負担は避けられないが、一撃で破壊されるという事実を避けるためであれば十二分に意味を成す。加えてレイジとリゼの戦闘力を確認するという意味でもこの攻撃を受け止めた意味は大きい。

 

「なるほど、ハリボテとして戦っているわけではない様子だな、もっとも、二人がかりでこの程度であれば、やはり俺を追い越すことはできないな」

 

「貴様ァァァァァァ!! ごほっ、げほぉ……」

「レイジ君……!?」

 

「事実を語っているだけだよ、レイジ、お前の身体の限界が近いことは、総ての筋書きを作った俺が一番よく理解している。402号を倒すまではまぁ、予想できる範疇ではあったが、まさかカシムまで倒すとは思っていなかったのは事実だ。だが、その代償も大きかった。七星の魔力を無理やり溜めこみ、自身と他人の境界線もあいまいになっているお前は遠からず、身体が拒絶反応を起こして、内部から崩壊する。むしろ、既に細胞は崩壊を始めているはずだ。そんな状況でどこまで抗える?」

 

 いかにレイジが自分の予想を上回るほどの進化を果たしたとしても、所詮は自分の掌の中に過ぎない。地獄の底まで追いかけ回されるのであればまだしも、レイジは死に体だ。いかに、リゼがバックアップに回ったとしても、このまま七星の力を使い続ければ死ぬ。

 

 灰狼はそのレイジの限界までの時間を耐えていればいいのだから、こんな簡単な話しはない。灰狼はそうした意味では大人だ。自分の実力で聖杯戦争の最後の勝利者にならなくてもいい。聖杯を手にすることができるのであればどんな形であろうとも構いはしないのだ。

 

 時間稼ぎ、策謀、事前に用意した魔力タンクを扱う、どれもこれもが聖杯戦争を誇りを懸けた戦いであるとみなすものからすれば唾棄すべき行為ばかりではあるが、結果はこの通り、灰狼は誰よりも聖杯を獲得するに相応しい立ち位置にいる。

 

「吼える暇があるのなら、さっさと俺を倒すべきじゃないかな、レイジ? もっとも、必死になればなるほど、時間は無くなっていくだろうが」

 

「構わないさ、最後の最後にお前を道連れに出来るのならそれでいい!!」

「レイジ君……」

 

 浴びせられるだけで失神しかねないほどの殺意を向けられながらも、灰狼はそれをそよ風のように受け止めている。復讐の執念と千年の約束、どちらに価値があるのかなどと余人に判断の着けようがない。

 

 マスター同士の戦いは大方の予想通りに進み、サーヴァントの戦いもまた予想通りに進んでいく。

 

「くわっはははははははは、どうしたどうした、余を屠るのであろう? 余を越えるのであろう? 早く為し遂げて見せよ、その程度の実力で貴様は草原の覇者になったのか? 語るに落ちるわ!! 覇者など、このチンギス・ハーンなければこその称号ではないか!!」

「ぬっ、があああああああ」

 

 侵略王の戟とアヴェンジャーの偃月刀が激突し合う、互いに互いの身体を破壊するために放たれる武骨な刃は真正面から激突し、互いの肉体を傷つけていく。

 

 特筆するべきは、アヴェンジャーが侵略王同様に馬を使っていること、これまでは、両の足で戦っていたアヴェンジャーが初めて、遊牧民族として騎馬を使う。無論、その扱い方は一流だ。草原の覇者と呼ばれたティムールもウィリアムや侵略王に勝るとも劣らない騎乗技術を持ち合わせている。

 

 むしろ、二人の戦闘力に差を生み出しているのは、このセプテムという国における知名度補正の差であろう。侵略王の世界制覇のために生み出された国であるセプテムは侵略王にとって故郷であるモンゴル高原に次いで関りの深い国である。国民たちの誰もが明確にその目的を共有していなかったとしても、その意識、心の根底には、この国が生み出された理由が刻まれている。

 

 だからこそ、強い。この国に召喚されたからこそ、侵略王は四駿という規格外の英霊娼館までもを行う事が出来た。

 

「期待外れではないか、比較対象をあのランサーで見てしまうのではな、あれは紛れもなく一対一の戦いであれば余をも凌ぐほどの強者であった。惜しむらくはこれが聖杯戦争であったということだけであろう。己が武芸を披露するだけの場所であれば、余こそが地面に這いつくばっていた。あれを踏み越えたのだ。ならば、貴様で止められるのでは、ランサーに申し訳が立たぬわ!!」

 

『良く言うよ、敵対していたんだから、ランサーはお前が止まってくれた方がいいと思っているに決まっているだろ』

『やめておけ、ああいう英傑と言うのは、自分と対峙した者に夢を見てしまうのだ。所詮は、儂らのやっていることなど、ただの殺し合いに過ぎんと言うのにな』

『それで勝算はあるのかい、ティムール?』

 

「…………」

『おい、そこは何か言わんか!!』

 

「勝てる、勝てないの次元で戦っているわけではない。勝つと決めている。我らが主であればそのように言うだろう」

『確かにね』

 

 実際の所、侵略王の強さは規格外だ、幻獣たちを倒し、戦車を破壊し、四駿のほとんどを壊滅させ、人造七星すらも無力化した。しかし、それでもなお強い。片手落ちですらもまだ足りないほどに戦力を失いながらも、いまだに意気揚々と戦いを続けている。最後には自分が勝つと信じて止まずに、戦いすらも楽しみ、勝利すれば当たり前のように奪う。そうした精神性の上に立脚しているのだ。

 

 勝てる、勝てないの次元で考える方がバカらしい。彼と対峙すれば誰もが勝てるだろうかと考えてしまうのは間違いない。

 

「だが、余は貴様が最後の相手であってくれてよかったと思っている。勿論、キャスターがまだ残っているが、あれは子孫たちの弔いも含めて倒すが、やはり貴様は特別よ、ティムール、草原の民よ。貴様と刃を結ぶたびに、モンゴル高原を駆け抜けていた頃のことを思い出す。青臭く、ただ進むほどに何かを掴みとっていたあの頃の記憶だ。敗北もしたし、挫折もした。だが、得る者は無数にあった。あそこで戦いつづけなければ、灰狼や桜華に会うこともなかった。

 余はこの戦いに勝利して、再び世界に覇を唱える。そのために立ちはだかる相手がお前であることは数奇な運命だ、かつてを思い出し、そしてかつてをなぞるのであれば、やはり勝利は余の手に届くだろう。なぁ、ティムールよ、貴様の復讐の刃は余に届くか? 余と灰狼の千年の誓いに及ぶのか? 気概を見せてみるがいい!!」

 

 灰狼があくまでもレイジを勝利するに相応しい相手とすら思っていないのと対照的に侵略王はティムールが強き存在であることを望む。自分が倒すに相応しい相手であることを望んでいる。

 

 この聖杯戦争で争ってきた者たちそのどれもが英雄と呼ばれるに相応しい相手であった。かの侵略王をして苦戦させられる相手ばかりであった。だからこそ、ティムールにもその相手たりえることを望んでいる。

 

「まだ戦えるであろう、まだ総てを出し切っておらぬであろう。貴様の中に宿る二人の英霊の力も全てを吐きだせ。吐きだしきって、出し尽くして、その上で余の覇道を再開するための礎となるがいい」

 

『僕は彼と戦えるほどの力なんてないんだけどなぁ』

『儂らと同列扱いしてもらえておるのだからもっと喜べい!』

 

(棺ともう一つの宝具、それらを使って互角の戦いを演じることはできるだろうが、出力不足を解消することは出来ぬ。リーゼリット女王の力で判断能力そのものは向上しているが、そもそもの地力が違う中で何処まで抗う事が出来るか……)

 

 おそらく、それは自分だけに限った話ではないだろうと、アヴェンジャーは思う。レイジもリゼも桜子も誰もがそのように思っている。

 

 そして、もう一つ、真正面から幾度も刃を交えあったがために互角の戦いを演じているこちらの戦場も……

 

「ぬぅぅぅん!!」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 槍と槍が激突する。馬に跨り戦場を駆けるスブタイと、両の足のまま、それを追い立て攻撃を続けていくアステロパイオス、他の戦場が灰狼たち側の圧倒的な有利で動く中でも、この戦場だけは僅かに状況が違う。

 

 ある種の膠着状態、ここまでに三度、アステロパイオスはスブタイと戦ってきた。オカルティクス・ベリタス、戴冠式、そして昨日、スブタイの情報、そして戦闘スタイルを整理するには十分な情報量が入っており、彼女としても、此処までに培ってきた情報と自分の戦闘スタイルを以て、過去三戦のいずれよりもスブタイを追い詰めている。

 

「やるな……」

「そちらこそ!」

 

 不思議なことに芽生えるのは戦士としての敬意だ。自分がここまであらゆる力を振ってでも倒せない相手、いまだに抵抗を続ける相手、侵略王がティムールにそうであることを望むように、この聖杯戦争最終局面でスブタイが望むのはある種の強敵であった。

 

 それを果たしてくれている。アステロパイオスは実に良き女だ。男と女の差で敵を判断するなど馬鹿げている。それは自分のマスターである桜華が一番よく証明している。

 

 同胞であるが故に争うようなことはしなかったが、もしも生前に桜華と争っていれば、スブタイは敗北を経験していたかもしれない。それほどまでに彼女は苛烈だ。

 

「ハーンは、此度の戦い、自らの手で戦を楽しむと口にされた。であれば、この身もまた一介の戦士として、血に狂うとしよう」

「そうですね、私も小難しいことを考えるつもりはない。此度の戦い、私たち全員がそれぞれの勝利を為し遂げればいい」

 

「出来ると思うのか?」

「ええ、私は私の仲間たちを信じていますから……!」

 

 それぞれがそれぞれの困難に立ち向かっている。ならば、自分も目の前に存在している困難を前に、白旗を上げるわけにはいかない。

 

 三度にわたって結ばれた因縁、己の主に捧げる勝利を確かなものとするために、アステロパイオスは槍を握る力を強める。かつては敗軍の将であったが、此度は主に勝利を献上する。

 

 その強い意志が変わることはない。聖杯戦争のマスターとして、友として、戦場に身を投じる女同士として、絶対に桜子をこの戦場から帰還させる。

 

 そのために必要な力の総てを叩きつける。この戦いこそが、アステロパイオスの聖杯戦争、その集大成であるのだから。

 




見てるか、カシム。これがお前がなろうとしていた「最強」の実力だぞ。

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第23話「アトラクトライト」③

――夢とはいずれ破れるもの、夢とは見果てぬものであるから、人は焦がれ、願いを託そうとするのである、

 

 イェケ・モンゴル・ウルス、我らが生み出した夢の形、ハーンという圧倒的な力の元に結集した者たちは、決して同じ方向を見ることなどできないであろうと思われていたモンゴル高原の統一を果たし、敵対するあらゆる勢力を駆逐していく。

 

 そこには夢があった。我らがこの世界の覇者になれるという夢である。ハーンとともに駆け抜け続ければ、勝利の高揚感を得ることができる。ともに戦えば富を手にすることができる、食べるものに困ることもないだろう。

 

 あらゆるものを得ることができる万能感に誰もが酔っていた。誰もが自分たちにできないことなどないのだという思いを抱いていた。

 

 それがハーンという圧倒的な存在によって支えられていることに気づくこともないままに、我々は世界を駆け抜け続けてしまったのだ。

 

「ジュチ様は……、ハーンの後継者には相応しくなかろう」

 

 侵略王チンギス・ハーンの死、それをもって、我らの夢は、一つではなくなった。新たなハーンの冠を手にするのは誰であるのか、モンゴル高原のしきたりは強いものに従うということだけであり、誰がその冠を手にするのかは定められていない。

 

 ハーンが人として、その命を終えた時に、私―――スブタイは、キエフ攻略へと従軍していた。ハーンの第一子であるジュチ様の長子であり、ハーン同様に戦の才覚に愛されたバトゥ様率いる軍によって、後にタタールの軛とまで呼ばれるキエフ支配に必要な戦に取り掛かろうとしていたのだ。

 

 ハーンの位を誰が引き継ぐのか、モンゴル高原の各部族はグリルタイと呼ばれる会合が設けられ、次期ハーンを決めるための話し合いが行われた。

 

 敵は目の前にいるが、グリルタイが終わるまでは本格的な戦いをすることはできない。そのように命じられ、時間が置かれ、そして気づいた時には自分たちの知るモンゴル帝国は大きく様変わりしてしまった。

 

 ハーンの下に絶対的な統制が置かれ、すべてを一つの槍のように集中させていたはずのイェケ・モンゴル・ウルスはその後継者争いでゆっくりとだが、確実に変質していった。

 

 兄弟間での諍い、どんな圧倒的な帝国であっても必ず生じる、その血で血を洗う争いに巻き込まれることとなったのだ。

 

 それでも、モンゴル帝国は負けることはなかった。それぞれの兄弟が攻める相手に対して、全力を出し、キエフを攻める我らの軍もまた敗北などすることもなく、勝利を続けてきた。

 

 そして、キエフを完全に攻略することに成功したその時に、バトゥ様はそこに己の国を建国することを決めた。

 

「やつらは父を認めなかった。既に余と連中の道は違えた。スブタイよ、お前はモンゴル高原に戻れ。余はこれより、このキエフにて、版図を広げていく」

 

 そうして、後にキプチャク・ハン国と呼ばれる国は生まれ、バトゥ様が再びモンゴル高原に戻りグリルタイに参加することはなかった。

 

 そして、一つ、また一つと、あれだけ隆盛を誇り、鉄の絆で結ばれていたはずのモンゴル帝国は確実に終わりを迎えようとしていた。

 

 ハーンと共に戦い、ハーン亡き後もその見果てぬ夢を追いかけて戦い続けてきた。しかし、今となってはその同じ夢を見ている者がどれ程いるのだろうか。

 

 私が生きている間にモンゴル帝国が消滅するようなことはないだろう。しかし、子あるいは孫の時代になればどうか。ほころび始めた絆がもう一度修復されると夢を見るのはあまりにも都合が良すぎると言えるだろう。

 

「スブタイ、俺は諦めない。必ず、ハーンと共に夢見た大陸制覇の夢を、我らが共に掲げた夢をこの手で叶える。たとえ、どれほどの年月が経過したとしても、誰もがその夢を忘れてしまったとしても、俺だけは、七星桜雅だけはそれを覚えて、必ず実行すると誓おう。

 だから、お前もどうか信じてはくれないか。遍く奇跡の果てに我らは再び集い、そして夢の続きを見ることになるのだと」

 

 誰もが帝国の崩壊を感じ、誰もが夢は終わりを迎えたのだと実感し始めていた頃、同じようにハーンよりも長く生き、このスブタイすらも驚かせるほどの絶技を持ち合わせた女、七星桜華を妻に迎えていた七星桜雅こと、星灰狼は我にそのように宣言した。

 

 果たしてどれ程の思惑がその当時に灰狼の中で仕上がっていたのかは定かではない。しかして、彼はこの現代において、確かにその約束を果たした。誰もが夢は終わったのだとかつての自分たちの疾走を諦めていく中で、モンゴル高原の出身でもない、ハーンに拾われただけの極東の魔術師がその願いを叶えるために千年の時間を費やしたのだ。

 

 スブタイは星灰狼の行動の総てを許容したつもりはない。人造七星や、レイジ・オブ・ダストへと行ってきたことの所業、回生という手法によって半ば子孫を食いつぶす形で生き残り、今も目的の為に邁進を続ける姿はおよそ人道の面から見れば、許されざる行為を為しているだろう。

 

 しかし、そもそも、我らは侵略者。他人の土地を踏みあらし、己の夢のために犠牲にしてきた者たちの集団であればこそ、今更そのような人道を説くことこそが愚かしい。

 

 重要なことは一つだけだ。星灰狼は壊れてしまった我らの夢をたった一人で守り抜き、今日まで、我らの夢を保ち続けた。十分だ、それだけで命を懸ける価値がある。

 

 絆が壊れ、夢が現実へと引き戻されるあの感覚を覚えていればこそ、その夢を抱き続けることの困難さを我は誰よりも知っている。

 

 他の四駿たちもハーンですらも、灰狼がどれ程の偉業を果たしたのかを知りはしないだろう。モンゴル軍の離散を知っている私だけが理解できる。この戦いに賭ける意味を理解できる。己自身の敗北は知らずとも、私自身に願いがなかったとしても、星灰狼の求める願いを叶えることに意味はあるのだと全身が訴えかけている。

 

 誰が相手であろうとも決して譲るつもりはない。私にとってもこれは千年越しの夢である。一度は諦めた夢をもう一度叶える時なのだ。今の私は所詮は泡沫の夢に呼び出された影法師に過ぎなかったとしても、ハーンが勝利を為し遂げれば、我らは夢の続きを見るためにもう一度甦る。

 

 負けるわけにはいかないのだ、あの悔しさを知っていればこそ、あの無力感が今でもこの肌を焼くのだと理解していればこそ……!!

 

「邪魔をしてくれるなッッ!!」

「くっっ……!!やはり重い! 一撃一撃の威力だけで見れば、私よりも遥かに!」

 

「当然だ、貴様が主の願いを背負っている様に、私もまた願いを背負っている。ハーンの覇道を、灰狼の千年越しの夢を、そして何よりも、私が望んでいる!! 今一度の世界制覇、かつては果たすことが出来なかったあの見果てぬ夢をもう一度見たいのだと、私の全身が叫び昂っておるのだ!!」

 

 振われる槍の穂先がその振り下ろされる勢いだけでアステロパイオスの身体を吹き飛ばし、空中で跳躍して、致命的な隙を見せることはないが、明らかに先程までとは攻撃の威力が変わってきている。

 

(何かが変わったわけではない。変わったとすれば気持ちの在り方……、ここまで感情を吐露することなく戦闘マシーンのように戦い続けてきたスブタイが激情を露わにした。それほどまでに、彼にとっても負けられない戦いということか……!)

 

 戦いに善悪の概念は本来存在しえないとアステロパイオスは思っている。自分にとっての正義は対峙する相手にとっての悪であり、その逆もまた然りである。本質的にどちらかが正しいだけの戦争なんてものはありえないし、もしも存在するとなれば、それは誰かが生み出したストーリーを信じ込んでいるが故に起こりえる出来事であるとアステロパイオスは考えている。

 

 かつて、トロイアで争った時であっても、自分たちには自分たちの正義があり、自分を討ち取ったアキレウスにもやはり正義はあったはずだ。それぞれの事情の中で相いれない部分があり、そうして激突するしかなかっただけである。

 

 レイジの境遇を考えれば、彼らを敵とみなして非難したいという気持ちが生まれても仕方ないが、それは星灰狼の罪であり、召喚されたサーヴァントである彼らに罪はない。

 

 ただ、ライダーとともに再びかつての大陸制覇の夢を見たい、そう願って武器を振り下ろすスブタイの存在を憎しむのではなく、その力強さにアステロパイオスは歯噛みする。

 

 悲願を目の前にして、込められる力強さ、そう簡単に振り払う事が出来る強さではないことは誰よりも承知している。さぁ、ならばどうする? 自分は臆するだけだろうか? このままその力強さの前に屈服してしまうのか。

 

(それはありえない。私もまた桜子のために絶対に勝利を掴むと決めているのだから!)

 

 自分の願いなんてものはどうでもいい、これでも生前の自分に対しての未練はさほど持ち合わせてはいない。愛する男に命を奪われる結果になったが、それでも、他の誰かに辱められるようなことはなかった。誰よりも見てほしいと思った相手に討たれたのだから、

 

 敗軍の将としては決して悪くない死に様であったはずだ。だからこそ、願うのは主の無事だ。自分にはできなかった愛する人との逢瀬を果たし、これより先に幸福な未来が待っている彼女を無事に幸福な世界へと帰す事こそがアステロパイオスの目的、スブタイが自分の夢に邁進するのならば、アステロパイオスもまた自分の闘う理由の為に双槍を握って、臆することなく立ち向かう。

 

(貴方が夢の為に戦うように、私も桜子に私の夢を託している。ついぞできなかったことを時代を経て、彼女は果たしている。身勝手な夢の託しよう、桜子にとっては重荷でしかないかもしれないが、それは私が彼女に勝手に期待しているだけ。だからこそ、私も私の夢の為に貴方を倒すことに臆しはしない!!)

 

 元よりアステロパイオスの命はセレニウム・シルバで消えていてもおかしくなかった。その命を桜子が受け持ち、そしてここまで来ることが出来た。マスターとして、友として、夢を託す相手として、遠坂桜子を生かして先へと進めることがアステロパイオスの総てである。

 

「駆けろ、私の双槍!!」

 

 放たれる槍の投擲がスブタイを貫く。宝具を発動することなく放たれる攻撃であっても、彼女は槍の英霊として一線級である以上、スブタイを相手にしても攻撃が直撃し、貫かれた槍が投げ放たれれば、自動でその手に戻る。

 

 遠距離での戦闘はやはりアステロパイオスに一日の長があることをスブタイも察し、すぐさま、接近しての攻撃へと移るために馬が動く。

 

 距離を取りたいが、あまり離れれば桜子と距離を開けすぎてしまう。スブタイが純粋な勝利を求めるだけであれば桜子を狙うという選択肢をアステロパイオスは捨てていない。本気で勝利を狙う者とはその程度の悪辣があっても何ら不思議ではないのだから。

 

 戦場を自由自在に掻けることができない以上は、距離を詰められての戦闘は必須、ウィリアムのように近距離ではなく、中距離、遠距離がアステロパイオスの得意領域ではあるが、だからといって、白兵戦が出来ないわけではない。不安点があるとすれば、単純な男女の膂力の差がここにきて顕著に出てしまう点だ。

 

 幾度となく放たれる連撃をスブタイは瞠目な殺気を放ちながらも冷静に対処していく。そう、冷静に対処できてしまうという現実を二人が共に共有してしまっていることが問題なのだ。

 

「無駄だ、確かに貴様の投擲攻撃は我の身体を貫くに足りるだけの威力があるが、さりとて、この近接での戦いでは、力の無さが浮き彫りになる。私と貴様では膂力の絶対値に大きな差がある。それは覆しようのない現実であることを自覚しろ」

 

「ええ、自覚なんてとっくにしていますよ。ですが、仕方ないでしょう。世の中には変えられないことだってある。与えられた武器で戦うしかないんです……!」

 

 動きも行動も、習性も互いに三度も戦えば理解はできる。だからこそ、最後に浮き彫りになるのは基礎的なスペックである。筋力と耐久力ではスブタイが圧倒的に上だ。アステロパイオスは敏捷性の面では、スブタイに勝るかもしれないが、限られたフィールドの中での戦いと言う点で、かなり劣ってしまっている。結局の所、力とはどれほど持っていても困らない。相手を追い詰める、或いは超えるほどの力を持っていれば、当たり前のように圧倒することができるのだから。

 

「与えられた力で戦うとするのならば、遠からずお前は敗北するぞ、ランサー! このままゆっくりと磨り潰されていくだけだ」

「ええ、かもしれませんね、ですが、そう簡単に勝負が決まるなどとは思わないことです!」

 

 このままの流れで逝けば順当に勝負が決まってしまう、アステロパイオスとてそのことはよく理解しており、抗うために双槍の穂先が煌めき光る。

 

「アクシオンの光よ――――!!」

 

 光を放った双槍が超至近距離から投擲される。通常の槍投げであったとしても成立するであろう距離にもかかわらず、宝具として放たれたのは確実性を期するためである。

 

 どれだけ至近距離で放ったとしても、スブタイであれば、それを受け止める、或いは弾く可能性が出てくる。確実に相手を倒すことを考えるのであれば、河神スカマンドロスの祝福を受けた槍でなければ打倒しえない。

 

 そのように考えればこその一投、果たしてその成果と言わんばかりに、双槍は、スブタイの両肩へと突き刺さり、戦闘力を大幅に削る。

 

「この程度の痛み、ハーンの戦いに参じることができる名誉に比べれば!!」

 

 通常であれば、両肩に槍が突き刺さり、貫通している状況であれば、武器を握ることもできず、そして、馬を駆けることもできない筈だ。しかし、その当たり前を今のスブタイはあっさりと否定する。

 

 鼻息を大きく荒げると、突き刺さった双槍を無理やりに抜き放ち、天へと投げ放ち、すかさず、無防備になったアステロパイオス目掛けて、馬が突貫し、彼女の手に槍が戻るよりも早く突っ込んでくる。

 

「河神スカマンドロスの加護ぞ、ここに!!」

 

 勿論、アステロパイオスとて、その程度の奇跡を引き起こす可能性は見ている。アステロパイオスの足元に突如として水流が発生し、激流へと転じた水流が彼女の身体を宙へと浮かせ、その浮いた力を利用する形でアステロパイオスはその突貫を回避して見せる。

 

 もしも、判断が一瞬でも遅れていれば、スブタイの突撃によって、どこまで吹き飛ばされていたのかもわからない。

 

 同時に空中にて、自分の槍が手に戻る感覚を掴み、受け身を取りながら落下すると、地面へと着地するよりも早く、踵を返したスブタイの馬がアステロパイオスへと狙いを付けて、スブタイの槍が襲い掛かってくる。

 

「どこまでも、まるで狂戦士のようですねッ!!」

「昂りもする、再びハーンと共に世界制覇を始めることができるかどうかの戦い、ここで昂らずにいつ昂るというのだ。千年の時を待ちわびたのは灰狼だけに非ず。私もだ、私も待ち続けてきた。ハーンが先に逝き、取り残された我々はきっと、誰もが同じことを考えた。ハーンがいれば、ハーンが健在であれば、何度も何度も願い続けてきた。

 それが叶わぬ夢であると知りながらも。灰狼はそれを叶えてくれたのだ。この千載一遇の機会、手放せば二度と叶わぬ奇跡であると知っているからこそ、猛る血の昂りを抑えることなど出来ぬ、痛みが何だ、痛みなど知ったことか。我々は今、もう一度、伝説を生み出す側へと至ろうとしているのだ!!」

 

 英雄として二度目の生を望む者は決して少なくない。かつての人生に悔いを残し、未練があればこそ、そのやり直しを求めるが故に。スブタイも同じなのだ。チンギス・ハーンという大英雄のいなくなってしまった世界を知っているからこそ、この二度と訪れることはないであろう機会を手放したくはない。今を永遠にしたいと思っている。

 

 ならばこそ、勝つしかない。アステロパイオスが桜子の日常への帰還を望むようにスブタイもまた、侵略王と共に駆け抜ける日々を願っている。

 

このセプテムでの限定的な時間などでは終わらせられない。もっと長く、もっと共に、駆け抜け続けてきた時間こそが素晴らしいと思うからこそ、身体を貫く刃の痛み程度では止まることなど出来るはずがない。

 

 スブタイの精神は今や最高潮であり、肉体の限界すらも超えるとばかりに昂っている。その様子をアステロパイオスも理解し、小さく舌打ちする。

 

 限界以上の力を発揮するのは英雄の常であるが、スブタイのような完成され切った武人が、精神的な要因で最後の一線を大きく踏み越えてくるのはこの上なく厄介であり、危険だ。精神的な要因は時としてその相手の限界値以上の力を叩きだす。此処まで冷静に自分の持ち得る力の総てを出し尽くしていたスブタイが、より一層の進化を遂げるかもしれない可能性を考えるだけでも、危機感を覚えないわけにはいかない。

 

(宝具によって、戦闘能力を奪っていく選択肢は決して間違いではない。私ではスブタイを一撃で葬ることは難しいのだから。だけど、それはスブタイの戦闘力が徐々に失われていくことを前提とした考え方だ。もしも、それが起こりえないとすれば、このまま押し切られるようなことになれば……)

 

 弱気こそが、一番、戦力差を開く要因であることはアステロパイオスも理解している。しかし、この達人の域、英霊同士の神髄のぶつけ合いの中であるからこそ、その影響力は計り知れない。

 

「滾る、どこまでも滾るぞ。この戦を心待ちにしていたのは何も我らが王だけではないのだ、そうであろう、桜華よ!」

 

「ええ、まったくもってその通りよ、スブタイ。私達は誰もが今日という日の決戦を待ち望んでいたわ。ハーンとともに再び駆け抜ける日々を心待ちにし、そして同時に、戦士としての私達の心を満たしてくれるであろう戦いを求めて。ふふっ、だからこそ、簡単に終わりになんてされてしまうのは困ってしまうのよ、分かるでしょう、桜子♪」

「はぁ……はぁ……良く言うよ。こっちのことギリギリでずっと攻めてきて、こっちの気分にもなってほしいって感じ……!」

 

「あら、私は純粋に褒めているのよ、言ったでしょう。全部殺すつもりで放っているって。それなのに、貴女、ずっと耐え続けている。この私の攻撃をよ? ねぇ、スブタイ、凄いと思わない?」

「ああ、凄まじい技量だ。並の兵士であれば十数回は殺されているだろう」

 

「そうよねぇ、私の身体が何処まで適合すれば、桜子を斬り殺すことができるのか。それはきっと、これから先の戦いの試金石ともなるわ。私がかつての私よりも強くなるための羽化、その役割を桜子なら、きっと果たしてくれるもの」

 

「あいにくと、誰かの踏み台で終わるつもりはないわ。私には私の幸せがあるの。待ってくれる人がいる。その人の下に帰るまでは死ねないわ!」

「あら、もしかして、それって恋人かしら? それとも、ご主人様? ふふ、とっても素敵ね。でも、同時に残念、桜子は七星の魔術師としての自分を極めようとしているわけじゃないってことが」

 

 ターニャの姿で桜華は桜子を称賛しつつも、失望しているという感情を隠さずに吐露する。同じ女として、愛する男と子を為した者として桜子の人生を祝福する気持ちを持ち合わせながらも、七星の魔術師たりえないことに失望を向けるその精神構造こそが、どこまでも、七星桜華という存在を象徴している。

 

 自分が最強であることを、誰よりも桜華自身が誇りに思っている。兄にとっての最強の刃であることに誇りを抱き、それこそがアイデンティティであるからこそ、七星の魔術師であることこそが彼女にとって最大の指標となりえる。

 

 女でもあり、七星の魔術師でもある。それこそが桜華の目指すべき場所なのだ。どちらかだけで満足するような相手に負ける理由などあるはずもない。

 

(自分の立ち位置とか信条とかそういう正誤を確認するつもりもないけれど、そういう問題じゃなく厳しい状況だよね、実際、切れ味も増してきているし、傷もどんどん増えてきている。式神の肩代わりでダメージを極力減らしているけれど、どんどん数が減ってきてる。このままじゃ、式神をすべて破壊された時が最後になっちゃう……)

 

 桜子がセプテムにおける聖杯戦争に参加するに応じて、朔姫より与えられていたダメージを身代わりしてくれる式神が多数用意されていた。前線で戦う桜子をサポートするためであり、その数は桜子の実力を持ってすれば、むしろ、余るのではないかと思えるほどの量だったが、散華との戦いですら使われることがほとんどなかったその式神がどんどん消費されていく。

 

 一度、桜華が攻撃を放つごとに一つ消費されているに等しい、どんどんターニャの身体との親和性を高めていく桜華はもはや桜子が防御に全神経を集中させたとしても、容易に受け止めることはできない。よしんば受け止めたとしても、桜子の挙動を見て、その攻撃の軌道が直前になって変わるのだ。

 

 まさしく無形、決まった形を持つことなく、あらゆる戦闘スタイルをその場で創造して攻撃を放つ。暗殺魔術師としての完成系であり、戦士としても一線級の実力者であると言えよう。

 

(七星桜華は私が必ず倒すとか息巻いたけど、正直、めちゃくちゃ厳しいね。今からでもロイか兄さんの力を借りたいところ、それでも、勝てるか、これ? あらゆる攻撃に対応することができるなんて、流石に反則に片足突っ込んでるでしょ……)

 

 このセプテムでも最上級の実力者であるロイやアークであったとしても、この反則級の最強七星に勝てるのかと言われると、さすがに明言は出来ない。歴代最強の七星、聞こえとしては理解していたが、それを実際に目の当たりにして戦ってみると、まさかここまでとはと思えてしまう。

 

「さぁ、まだまだギアを上げていきましょう、桜子。貴女だって、この程度の実力で終わってしまうわけではないでしょう?」

 

 桜華は明らかに楽しんでいる。自分にとっては対等の相手と言い切ることができない桜子を蹂躙することはウォーミングアップ程度の認識であるというのに、それを純粋に楽しんでいる。生粋の戦闘狂、これまでに出会ってきた七星たちとは根本から違う。個人の事情など関係なく、ただ闘うことこそが主目的になっているからこそ、彼女には迷いが欠片も見えない。

 

 自分が満足できるまで、その瞬間まで戦い続けることこそが自分の望み、桜子とこうして闘っていることすらも使命感以上に戦うことが楽しいからであろう。

 

(ロイとも散華さんとも違う。純粋に自分自身の強さを追い求めただけの存在、なんだろう、ある意味で、サーヴァントのような存在に近いのかも。表面上では分かり合う事が出来ても、たぶん、根本的な所では理解し合うことができない。そんな風に思える)

 

「はっ!!」

 

 そんな桜子の想いなど無視するかのように再び攻撃が迫ってくる。無論、桜華の攻撃を予想して弾くというのは中々に無理がある。桜子の命を奪うために放つ攻撃として、殺意が高く、なおかつ、あくまでも桜子の実力を確かめるために放たれていく攻撃、悪辣かつどうしようもなく桜子を追いこんでいく、

 

(七星流剣術のどんな技を出したとしても、完全に迎撃されてしまう。何とかしなくちゃいけないと思っているけど、このままじゃ、突破口を作ることもできずに追い込まれきってしまう)

 

 どこまで自分たちは攻撃をしのぎ切ることができるのか。それさえも明確にならない中で、迫る桜華の攻撃に、桜子の態勢が崩れる。

 

「しまっ――――」

 

 それは致命的なミス、ここまでなんとか桜華の攻撃を凌ぎ続けてきた桜子にとって、致命的な隙を晒してしまった瞬間であった。

 

 周辺の時間総てがゆっくりになる。この瞬間に、自分自身が命を落とすかもしれない瀬戸際であることを桜子自身も痛感する。何せ、相手が相手だ。この致命的な隙によって生み出された傷が動きを鈍らせれば二度と、埋めることのできない差を生み出すことになってしまうかもしれない。

 

 その生と死、ハザマの中で生み出された一瞬の時間に、桜子は無意識に身体が動く。全身の力が抜け、ただ一点、桜華よりもなお早い、一撃を放つための態勢へと身体が自然に動く。余計なことなど何一つ考えることのできない極限の緊張状態の中で、

 

「―――――七星流剣術、『桜ノ雨』」

 

 言葉を口にすると同時に、極限状態の中でゆっくりと進行していた時間が元に戻って行き、桜子は自分へと吸い込まれていくはずの刃が吸い込まれていく事無く、何事も起こらなかったことに驚きを覚える。

 

 同時に桜華の方へと視線を向ければ、そこで彼女に明確な変化が見られた。

 

「なっ――――、まさか、私よりも早く、私に攻撃をした……? そんな、ありえない。ありえないことが、起きるなんて……」

 

 桜華は呆気にとられた様子でいた。胸元には真一文字の刀傷が刻まれ、致命傷と言うわけではないが、これまでにまったく桜子からダメージを与えられることがなかったはずの自分が初めて傷をつけられたという事実に呆気にとられてしまったのだ。

 

「はぁ……はぁ……今、私、何が……」

 

 無意識だった、何かを考えている余裕があったわけではなく、ただただ、生命の危機を前にして体が反応したのだ。先の散華との戦いで桜子が散華の反応速度をも上回る一線を放った時と同様に、桜子の持ち得るポテンシャルの総てを発露した技が、桜華を狙い穿ち、彼女の身体に傷をつけた。

 

「ふふっ、ふふふふ、あははははははははは、面白い、面白いわ、桜子。そうよ、そうでなくちゃ、ただ嬲るだけなんて面白くないわ。貴女は私を傷つけた。傷つけることができる相手だった。ああ、なんて素晴らしい、刀傷をつけられるなんていつ以来かしら? 素晴らしくて素晴らしくて、ああ、本気で斬り殺してやりたいと思ってしまう」

 

「そういうラブコールはいらないんですけど……!」

(身体よりも先に目が動いていた。ただ視線を向けるだけで、相手を斬ることができる魔術、私が至ることができる可能性の極致、それを完成させることが出来なければ、私は勝てない)

 

 10年前の聖杯戦争におけるロイとの決戦、そして先日の散華との決戦で桜子が見せてきた可能性の数々、それらが行き着く先、魔力によって生み出される形を持たない刃を使う桜子であるからこそ、至ることができる極致

 

(これは、競争だ。彼女が、七星桜華がターニャの身体を完全に使いこなすことができることが早いのか、あるいは、私が彼女に対抗しうる力を身につけるのが早いのか、それを先に手に入れた方が勝つ……!)

 

 確実な勝算があるわけではないことは十二分に理解しているが、おそらく勝ち筋はそこしか見通すことができない。

 

 桜子は空を見上げる。きっと、この戦いを見ているであろう、神、これが彼と対峙するために必要な最後の試練であるのならば、人の限界すらも踏み越えて戦わなければならないのかもしれない。

 

「いいわ、それが望みだっていうのなら、私も私の可能性に賭けるわ。元からそれ以外に戦うための術なんてないことは私が誰よりも知っているんだから!」

「ふふっ、そこまで言うのなら、見事に超えて見せなさい、この私を。超えるなんて絶対に出来るはずがないことを教えてあげる。最強の七星は、どんな時であろうとも、この私、私に傷をつけた貴女を踏破して、私は兄様や王と共にこの世界に覇を唱える!」

 

 この時に初めて桜華は桜子のことを直視したと言えるのかもしれない。甚振る対象ではなく、己に噛みつくことができる存在として、ようやく認めることが出来たと言えるのかもしれない。人外に至ったものと、人外に足を踏み込んでいる者同士の戦いはいよいよどちらがどちらを食い殺すのかと言う領域へと踏み込もうとしている。

 

 しかし、それでも、桜子と桜華の戦いは、ある種の土俵の上での戦いを演じることが出来ているという点では大きな意味があると言えるかもしれない。

 

「かはつ、ごほっ、げはぁ……」

「やれやれ、戦いの土俵に立つのならばまだしも、自滅するような展開になるのは出来ればやめてほしかったな。流石に興ざめが過ぎるぞ、レイジ・オブ・ダスト」

 

「黙れッ……!!がはっ、げほっ、ごほっ……!!」

「レイジ君……!」

 

 灰狼と対峙するレイジ、しかし、戦うという状況以前の問題がレイジを襲っていた。すなわち、身体そのものの限界、これまでも幾度となくレイジの身体は限界を超えて機能し続けてきた。いずれ、限界が訪れることを知りながらもそれを無視しながら戦い続けてきたレイジの足をついに死神の足が握りしめたのだ。

 

「無様だよ、そこまで必死になってどうする? もしも、お前が俺を殺すことが出来たとしてもお前は死ぬんだ。何も得られない、俺を殺した満足感と共に心中するとでも? 馬鹿らしい、その程度の結末しか思い描くことができないのか?」

 

「黙れ、よ……俺の道は俺が選んで決めるんだ、もうお前に一度だって指図される謂れはない。俺はお前の言葉に従ったりしない……!」

 

「闘う理由などないだろうと善意で語ったつもりだがな、なら、その愚かの夢に最後まで縋るといいさ。俺が殺すか、自分で死ぬかの違いだけだ」

 

「ああそうだな、お前を殺す前に力尽きるか、ギリギリでなんとか踏み止まることができるか、その違いだな……ッ!!」

 

「あくまでも俺を倒すことに拘るか」

「当然だッ、それが、俺がここにいる理由だ……ッ!!」

 

 憎悪すらも今ではレイジの身体を動かすための燃料だ、この炎が燃えている限り闘う事が出来る。この炎が燃えている限り瞼を閉じずに済んでいる。

 

 だが、実際の所、レイジの身体が限界に来ていることはリゼの目にも明らかだ。動きが悪くなり、灰狼の小手先の動きでも反応できなくなってしまっている。無力さを噛みしめる事さえも、上の空であるレイジにはできないのではないだろうか。

 

(まだだ、もう少し、もう少しだけ動け、俺の身体……、この先なんてものは無くてもいい。掴むべき未来なんて知ったことか。やっと、やっと、コイツの前に立つことが出来た。復讐を果たすことができる時が来たんだ。だから、あと少しでいい。なんとか保ってくれ、ここで倒れてしまったら、ここまで戦い続けてきたことが無駄になってしまう……ッ)

(レイジ君はもう限界だ、執念だけで戦っているけれど、もう身体がレイジ君の心に追いついていない……)

 

 隣で戦い、感覚を共有しているリゼでさえも、レイジのパフォーマンスの低下による消耗度合を理解することが出来て、どうしようもなく歯噛みするしかない。

 

 助けてあげたい、もういいといってあげたい。貴方が戦う必要なんてないんだと言えば彼は楽になるのだろうか。いいや、きっとならないのだろう。彼にとって、ここで闘うことこそが生きる目的になっているのだから。

 

 救いはない。彼には帰る場所など存在しない。ただ己の中に存在している怒りを発露することだけが、彼が唯一生きている意味を実感することができる。からっぽで何もないはずだった魂に熱を与えてくれる。その熱を失った時こそが本当の意味での終わりなのだ。

 

『まずいな……小僧の奴、あのままでは持たんぞ』

『だろうね、肉体は最初から限界だった。それでも闘うことを決めたんだから、あの末路は当たり前と言えば当たり前だった』

 

 その変化はサーヴァントであるアヴェンジャーにも伝わっている。どうしようもない事実、今更何をしようとも覆せない事実が、結果として押し寄せようとしている。

 

『僕は彼がどんな末路を迎えるのかを見届けたいと思った。それは本当のことだよ。でも、これは僕が望んでいた末路なんだろうか……』

 

 アヴェンジャーの身体の中でユダが呟く。自分はどうしたいのだろうかと。かつてのように主を見殺す事こそが、自分の逃れることのできない宿命なのだろうかと。

 

『おい、ユダ、貴様―――無謀な賭けに、命を擲つ覚悟はあるか?』

 

『……何を企んでいるんだい、ハンニバル?』

 

『なあに、ただの悪あがきよ。無駄になるかもしれない、あまりにも勝算の薄い悪あがき、儂ら二人がいるからこそ、できることのな』

 

第23話「アトラクトライト」――――了

 

 傷だらけの硝子の心が 忘れかけた熱を灯す。最後のStardust舞いあがれ―――

 

次回―――第24話「Last Stardust」

 




次回更新は、5日後の12日となります!

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第24話「Last Stardust」①

――王都ルプス・コローナ・正門前――

 その女を一目見た時のことを、いまだにスブタイは忘れることができない。数多のモンゴル高原を駆ける戦士を見てきた。彼らは皆、一様に強大であり、共に切磋琢磨をする仲間たちであった。

 

 そこに大陸から渡ってきた者たちが現れる。彼らは自分たちが戦に負けた者たちであると語った。後に侵略王となる男、テムジンは彼らを迎え入れた。敗北者であったとしても島国よりこちらの大陸にまで流れてきた者たちを迎え入れない道理はない。

 

 自分たちの新たな同胞として、自分たちの新たな戦力として彼らを迎え入れたことに何ら思惑があったわけではないのだ。

 

 だが、すぐにテムジンたちは自分たちがとんでもない存在を拾い上げてしまったことを知る。流れてきた暗殺一族七星、その中に潜んでいた恐るべき才覚、七星桜華の存在を知ることによって。

 

 スブタイはその時のことを良く覚えている。テムジンたちの軍団の中でも負けなしで知られていたスブタイがあっさりと土を付けられた。柔い女の細腕でありながら、これまでにスブタイが鍛え上げてきたあらゆる技がその女には通用しなかったのだ。

 

 理解できた者はいないだろう。いったいこの女は何者なのだと、誰もが理解に苦しんだ。しかし、幸運なことに彼女は拾い上げてきたテムジンの軍団の傘下に入ることを拒絶しなかった。

 

 七星桜雅と七星桜華、そして暗殺一族七星の残党たち、彼らを吸収したことによって、イェケ・モンゴル・ウルスはさらなる躍進を続けていくことになる。勿論、桜華という圧倒的な戦力が加入したからと言って、それで戦の趨勢が変わるなどと言う馬鹿げたことは起こりはしない。

 

 ただ、勢いづいたのは間違いない話である。圧倒的な力を誇る女傑、間違いなく歴代の七星の中でもっとも血と才覚に愛された女、時代は違えど、ロイ・エーデルフェルト同様に魔術の世界にその名を刻むべき逸材であったことは誰もが認める事実であった。

 

 故にこそスブタイは七星桜華がこの聖杯戦争で目覚めた時点で既に勝負は決したものであると考えていた。如何に遠坂桜子が強かったとしても、桜華には及ばない。この聖杯戦争に参加したマスターの中で桜華を越えるほどの実力を持つ者はいない。

 

 もしも、そんな存在がいれば、1人でこの聖杯戦争の趨勢をひっくり返すことができるはずだ。だからいない。星灰狼の最大の矛が覚醒を果たした時点で余計なことを考える余地などどこにも残ってはいなかったのだ。

 

「……ありえない」

「いいえ、ありえます。私のマスターは、遠坂桜子は勝つつもりでこの戦場に臨んでいますから!!」

 

 七星桜華へと一閃を与えた。加えて、いまだに戦線を維持し続けている。無論、スブタイとてアステロパイオスを相手に敗北する気持ちなど微塵もない。だが、桜華の実力を知っている者であれば誰もが目を疑うだろう。ありえない、そんなことはと。

 

 対して、アステロパイオスは平常心のまま、むしろ、自分の主を誇らしいとすら思って双槍に込める力をさらに強めていく。

 

『マスター、私は貴女のように愛する人と添い遂げることは出来なかった。何をどう見繕っても、私は愛する人と戦うことを選び、そして討ち取られました。それは英霊になってからも抱く未練です。叶えたいと思っているわけではないのです。終わってしまった話ですから。それでも、未練は残る。だから、私は貴女にはそうなってほしくはない。

 私の願いは、貴女が無事に愛する者の下へと帰ること、どうか、私の夢を貴女に託させてほしい。身勝手な願いではありますが、それが私の願いなのです』

 

 自分の夢を託した相手は、今もなお輝きを放っている。如何に絶大な敵であったとしても、その胸に燻る未来への希望がある限り、戦っていける。

 

 だったら、自分が負けるわけにはいかない。英霊としてスブタイに決着の刃を放つ。

 

「私はこの戦いの先に私の夢を叶えることができる。それを阻ませはしない」

「奇遇だな、私も夢を叶える瀬戸際に来ている。この夢を手放すつもりはない!」

「ならば、互いのマスターに恥じない戦いで決着をつけるしかないッ!」

 

 再びの激突、サーヴァント同士の戦いも苛烈さを余計に増していく中で、桜子と桜華は共に急激な成長を果たしていく。武術における最も成長要素を高めてくれるのは、切磋琢磨することができる敵手の存在である。

 

 桜子と桜華は共に成長の方向性は違えども、死線を潜りながら戦う中で急激に力を増している。積極的な攻撃に出ているのは桜華であり、桜子はほとんどが防戦一方である。

 

 しかし、桜子の攻撃の数が徐々に、徐々にではあるが増えてきている。桜華の隙を拭うように時折放たれる桜華の反応速度すらも上回る、発動から攻撃までの間が一瞬すらあるかもわからない視線誘導による魔術斬撃、それこそ、桜子の思考を完全に読み取らない限り、絶対に反応することができない攻撃を相手に、桜華も冷や汗を覚える。

 

「ここまで、ここまでやってくれるだなんて、素晴らしいわ、桜子!」

 

「私は全然素晴らしくなんてない。こんな力、別に欲しかったわけじゃない。七星の力によって救われたことはあった。七星の力が無かったら、このセプテムで出会った人たちと出会うこともなかった。感謝はしているよ、でも、私は欲しかったわけじゃない。私は、ただ、私の人生を当たり前に生きたいだけなんだから」

 

「そんなの勿体ないわ、貴女は私にも比肩しうるだけの存在、この時代で覇を握ることだってできるだけの才覚を持っている。そんな人間が人並みの幸せを掴むなんて馬鹿げている。自分の生きる意味を捨てているにも等しいのよ!」

 

「私の生きる意味は私が決める。貴女に指図される謂れはないわ。私は、歴史に名を残すような誰かになんてなれなくていい。閃光のように煌びやかな英霊のようになんてなれなくてもいい。私はただ愛する人と大切な家族とありふれた平凡な日々を生きることが出来ればいいの、私はそれで満たされるの!! 世界に与えられた役割なんて知ったことか!」

 

「まったく、戦がない時代と言うのも考え物ね、あなたほどの傑物に才能を無駄に称させるだけの発想しか与えることができないなんて、本当に宝の持ち腐れよ?」

 

 桜華は会話をしながらでもいまだに余裕がある、対して桜子の消耗は時間を経るごとに大きくなっていく。どうしようもないほどに敵手は強く、対峙しているだけでも精神力の消耗は相当だ。散華との戦いで七星の血を完全に開放していなかったら、ここまで耐えきることなど不可能であったことは間違いない。

 

(戦えてはいる、でも逆に言ってしまえば戦えているだけでもある。勝利を望むのなら、今、ふわふわと掴めているのかもわからない私の力を完全にするしかない)

 

 恐らくの感覚ではあるが、もしも、この力を完全に自分のモノにすることが出来たのならば、おそらく勝負はそう長くはかからない。僅かな一瞬の必殺をどちらが先に手に入れるのかの戦い、桜子が辿り着くことが出来なければ、当然ではあるが、桜華が先に辿り着くだけのこと、そうした時にはもはや手の内ようもなく桜子は敗北するだけである。

 

 まったくもっての理不尽だが、まぁ、戦闘などと言うのはそういうものだ。如何に相手をうまく倒すことができるのかに全てが掛かっている。ここで桜華を相手取ることを決めたことに異論はない。結局のところは誰かが戦わなければならず、そして役目を果たせるのが自分以外にいなかったというだけのことだ。

 

(想うことは色々あるけれど、仕方ないよね。これが私たち七星の運命なんだから)

 

 このセプテムに来て、大陸に渡った七星と戦うことが分かった時から、どこかで自分も避けることができない戦いへと踏み込むことになるだろうという予感は覚えていた。それが散華との戦いであると思っていたが、実際には七星桜華との戦いこそが、桜子にとって、絶対に避けることのできない戦いであったと言えるだろう。

 

 この宿命を乗り越えない限り、アフラ・マズダの下へと辿り着くことはできない。それだけではなく、勝たなければ、侵略王の軍勢がこの世界を蹂躙する可能性だってあり得る。それは嫌だ、認めたくない。だって、桜子はこの世界のことが好きなのだから。滅んでほしいなんて思えるはずがない。

 

(それはきっと、君も同じでしょうレイジ君。何もかもがなかったとしても、原動力が復讐であったとしても、君はこの世界を守るために戦っている。リーゼリット様の闘う理由を肯定した。そこに答えがあるはずなんだって、私は信じているから……!)

 

 信じている、自分たちは絶対にこの状況を乗り越えることができるのだと。しかし、現実はそこまで甘くはない。どれだけ願いを込めたところで、実際には何もかもが無力であるということは起こりえる。強いものが当たり前に強い。弱者がどれだけ必死になったところで強者には及ばない。持たざる者は燃える者に勝利することはできない。

 

 それこそがこの世界の摂理、それを覆すために此処まで戦ってきた。レイジ・オブ・ダストの身体は限界だ、限界が近い。燃やし尽くす事の出来る魂の総量そのものが少なくなっている。止まればそこで意識ごと消えてなくなってしまいそうな感覚だった。

 

「っっ……まだ、まだだッ!!」

「ああ、まだ戦えるね。それで? 俺の槍術にまったく対応できていない。適当にあしらうだけでも十分だ。リーゼリットの力を共有しても尚、これとは、どうやら、カシムとの戦いで使い果たしてしまったみたいだな。愚かしいよ、桜華の戦いを見れば、カシムも自分が如何に悲しい夢を見ているかを知っただろうに。そんな相手に対して、お前は俺に対抗しうる力を使い潰してしまったんだ」

 

 カシムが目指した最強など桜華を例に出せば、あっさりと崩れる程度のモノでしかない。もしも、カシムが翻意を示すようであれば、桜華をぶつければいいと思っていた程度には、灰狼にとってはカシムもその程度の間柄でしかなかった。自分たちの友情が崩れなかったことに関してだけは、レイジに感謝をするべきだろうと場違いな感謝をしている辺りに、灰狼の自分と桜華、そして侵略王たち身内以外への冷酷さが現れている。

 

「リーゼリット女王、君は最後まで付くべき相手を間違えたね。くだらない倫理観に囚われて、道を踏み外してしまった。七星としての君には栄光が約束されていたというのに、それとも、まだ戦えと彼に命令するのかい? このような死に体に?」

「…………」

 

「逃げてもいいさ。サーヴァントを手放してくれるのならね。リーゼリット女王、君が我々の都合のいい操り人形になってくれるのなら、彼一人くらい逃がしてやってもいい。十分死に体だが、数日間は寿命を延ばすこともできるだろう。どうだい、結果の見えている戦いをさせる必要もないだろう?」

「貴方は……そうやって、自分が慈悲を与えているとでも思っているんだね?」

 

「実際に慈悲に違いないだろう。このまま戦えば彼は死ぬ。死なせないようにすると言っているんだ。何を不思議がることがある?」

「そうだね、それは優しさかもしれない。でも、変わらない、あなたがこれまでにやってきた魂の陵辱と何も変わらない。レイジ君に死ぬよりも苦しい罰を与えることになる。私はもう嫌なの! レイジ君は勝つわ、それを私が信じられないでどうするの!」

 

「愚かだね、君は最後まで愚かな女だった。結局のところは好意を持った男を信じたいというだけのセンチメンタリズムだ。愚かな男と愚かな女、俺は桜華のように戦闘に美学を見出してはいない。目的を達成するための最短ルートを進むことができるのならば相手などどうでもいいと思っているからね。そういう訳で、王よ。こちらは先に終わらせてしまいますよ」

 

「逸るな、灰狼よ。何、こちらも終わるとも。さして難しい話ではなかった 十全な魔力供給が与えられる余と、半端なそなた、もはや前提の時点でどちらが勝っているのかは決まっておったのだ」

「まだ、終わったわけではあるまい……!」

 

 威風堂々とアヴェンジャーの前に立ち尽くする侵略王、その身体には幾何かの裂傷傷が刻まれている。しかし、致命傷に至るダメージを与えられておらず、ライダーには切り札であるイェケ・モンゴル・ウルスを召喚する固有結界すらも備わっている。

 

 アヴェンジャーの勝ち筋は唯一、グーリーアミールによるダメージの反射であるが、それを召喚するだけの余裕をこの侵略王が与えてくれるはずもない。一対一の戦闘を強いられた時点で実の所、アヴェンジャーに勝ちの目は全くなかった。

 

「それが草原の王と一度は呼ばれた者の姿か。憐れだな、それではお前を信じてついてきた者たちも救われなかろう。敗北をその身に刻まれる経験は余もしている。そこに理解は示すとも、しかし、それは最後に勝つからこそ意味が生まれる。途中で果てるのであればそれは只の徒労だ。アヴェンジャーよ、今の貴様のようにな」

 

「………我は、己の非運を嘆いた」

「………」

 

「一代で帝国を築いた。偉大なるハーンよ、我は規模こそ違えど、貴殿と同じことをしたのだ。だが、我はハーンになることは出来なかった。貴殿が生み出した帝国は貴殿の血を引いていなければハーンを名乗ることは出来ぬと告げた。笑ったとも、生まれたその瞬間から、我は望む者を手にすることもできない、同じ所業を為し遂げながらも、劣化品でしかないという扱いを受けたのだ」

 

 英雄チンギス・ハーンの生み出した大帝国を乗り越えるには、人間の人生はあまりにも短く、そしてティムール亡き後のティムール帝国はあまりにもあっさりと崩壊を迎えた。内部分裂を繰り返しながらも数百年生きながらえたモンゴル帝国とはあまりにも差が開け過ぎている。

 

「我だけではない。復讐に人生を捧げながらも、祖国に裏切られ、勝利を手放すことになったハンニバル、人の悪意によって主を見捨て、汚名と後悔を座に登録されても抱き続ける他なくなったユダ、我らはみなすべて、人生という戦いの敗北者であった。

 決して満たされぬ、決して救われぬ、無意味であったと罵られる道を歩んできた者たちであった。二度目の生で再び覇道をと声を荒げる貴殿が、我は心底羨ましいと思えた」

「命乞いか? それとも泣き言か?」

 

「――――否ッ!! そのような愚かしさを抱えた我らに主は、レイジ・オブ・ダストは道を示した。無意味であろうとも、無価値であろうとも、誰でなかったとしても、己の裡にあった願いに殉じることの意味を、誰よりも無力で小さき、あの男が示したのだ!!

 だから――――我らは此処まで来ることが出来た!! 誰も彼もが彼を失敗作であると取るに足らない星屑であると蔑んできた。見る目がない、曇っていると言わざるを得ない!

 無明の荒野に投げ出された男が、自分の胸の光だけで進むことの困難を、残酷さを理解できぬからこその浅慮であると理解しろッッ!!」

 

 ティムールは吼える、自分たちが未だにどうして戦っているのかをはっきりと声で吐き出す。最初は呼び出されただけの関係であった。復讐者であったとしても、自分たちが彼に従う理由などないと思っていた。

 

 しかし、旅を続け、レイジの姿を見るたびに、裡に浮かんでくる心に宿る熱いもの、いつかの時代に置き忘れてきてしまった炎が、燻っているのを理解できた。

 

 ああ、だからこそだろう。無価値なのだ、無意味なのだ。どれ程戦った所で、報われないことなど自分たちが一番よく分かっている。聖杯は手に入らない。自分たちの願いはかなわない。かつての生前同様の絶望がこの先に待っているのだ。

 

しかし、それがどうしたッ

 

「無価値で結構、無意味で十分、それでも我らは戦い続ける。レイジ・オブ・ダストが走り続ける限り、我らは、我らだけは共に無明の荒野を駆け抜ける!!

 理解されなくて構わん、これは我らだけの問題だ。救われたのだ、その恩に報いているだけに過ぎんのだから!!」

 

 例え、生前と同じ無意味を味わうことになったとしてもここまで駆け抜けてきたことに意味があった。レイジの道に終わりを与えるために、たった一つの救いを与えるために、戦っているのだ。

 

 どんな言葉を向けられようともアヴェンジャーは止まらない。聖杯戦争の趨勢とてどうでもいい。復讐の刃を完遂させる。それだけが彼らに与えられた終着点である。

 

「見事だ、生前の立場などかなぐり捨てて、主のために全身全霊を吐きだすその気概、貴様を愚かと嘲笑ったことを余は謝罪しよう。無価値などではない、駆け抜け続けた先に待つ光を求め続け、ついぞ手に入らなかったその嘆きは余もその身に覚えているとも。

 されど、貴様に手を差し伸べることは、無礼極まりない。同じ夢を追いかけた者として、葬ろう」

 

「まだ、終わったなどと思ってくれるな、侵略王……!!簡単に終わるなどと思ってくれるな、貴様たちが侵略してきた国々の総てがお前たちに屈服したのだとしても、我らは最後まで抵抗する。同じように潰すことができるのか、試してみるがいい!!」

 

 劣勢であることなど百も承知、レイジと自分たち、どちらが先に命を終えるのかの競争であろうか。ならば、必死に駆けて主に発破をかけようではないか。我慢比べには自信があろう。元より自分たちが劣っていることなど百も承知なのだ。その上で挑戦をしている。この場の誰もがそうだ、挑戦者として勝者になるべくして戦ってきた者たちへと挑戦をしている。

 

「いいだろう。戦士には戦士の礼を尽くさなければならない。余はこれより世界に向けての覇を唱える。モンゴル高原に覇を唱えた者たちに脆弱な者など誰一人としていなかったということを胸に、世界へとこの足を延ばそうではないか」

 

 侵略王の戟が振り上げられる、ティムールも偃月刀を手に抵抗の意思を見せるが、侵略王は次でティムールの偃月刀を完全に破壊できると確信している。

 

 同様に灰狼も槍を構えて、レイジへと手向けの一撃を放たんとする。思えば長い因縁であったが終わる時と言うのは存外あっさりしているものだなと灰狼は思う。

 

 主従共に、決着の一撃を放たんとするその刹那に――――

 

『ふん、ティムールの奴に言いたいことを全て言われてしまったな』

『ああ、そうだね。しかし、それならそれで手間が省けたというものさ。僕たちは僕たちにしかできないことをすればいい』

 

 アヴェンジャーの中にいる二人、ハンニバルとユダが反応し、声を上げる。レイジの決定も、ティムールへの提案もすることなく、彼らは当たり前のように自分の宝具の使用を行う。

 

『行くぞ――『雷鳴が如く―――不滅の進軍(カルタゴス・ハンニバル・バルカ)』』

『『裏切りの銀貨三十枚(イーシュ・カリッヨート)』、ようやく狙っていたことができるね』

 

「お前たち、何を――――」

 

 ティムールの驚きの声を無視するように能力が発動し、ティムールとレイジの身体を発動した宝具の力が包みこんでいく。

 

「ぬぅぅぅぅ」

 

 同時に攻撃を放とうとした侵略王の身体が馬ごと吹き飛ばされる。まるで、この力の発動を邪魔する者は誰一人として許さないとばかりの反応であった。

 

 そして、包み込んだ光によって、レイジとティムールの身体が急速に癒されていく。言うまでもなくその力はハンニバルの宝具、これまでに与えられてきたダメージを踏み倒して、力を回復する能力に他ならない。

 

 しかし、アーチャーとの戦いでもその恩恵に授かったアヴェンジャーであるからこそ、分かる。これは違う。あの時の宝具の効力とは全く異なる何かの力が自分たちを覆っているのだと。

 

「何を、した……お前たち!?」

 

 その異変はレイジも感じ取っていた。アヴェンジャー以上にレイジにとっては痛感できるものである、何せ、自分の身体を蝕んでいる命の灯が消えかかっている感覚が抜けていく。むしろ、身体の中に魔力が充てんされていき、糸が途切れればそのまま動けなくなってしまいそうだったレイジの身体に力が戻ってくるような感覚であった。

 

『本当は、君の身体を修復して、後は好きなように生かしてあげるという選択肢もあった。ただ、君はそれを認めようとしないだろう。だから、少しだけ、僕も逆転させる法理を変えた。君の寿命は相変わらず変わらない。きっと、この戦いが終わった時には何も残らないだろうね。ただ、この瞬間、この時だけは、君の身体とキミの心、その総てを完璧な状態、いいや、君の持てる力の総てを最大限発揮できるように書き換えた』

 

 ユダの宝具は、絶大な力を発揮する事象の書き換え、力を発揮する回数が少ない代わりにその能力は絶大、かつて、侵略王の攻撃から逃れ、潜伏期間を得ることが出来たように、その力の範囲が限定的であればあるほど、及ぶ影響が小さければ小さいほどに、理不尽な願いであってもそれを貫き通すだけの力がある。

 

 たった一人の人間の力への影響、世界にかすり傷も残せないほどの変容を行うことはユダからすれば造作もない。そこにハンニバルの力が加わる、身体能力と精神的能力の回復、レイジとティムールに対して行われている力は、その重ね掛けであり、レイジが定められた末路へと突き進むことを許容したうえでユダとハンニバルが出した結論であった。

 

 たとえ、何も残せなかったとしても、自分たちの定めた末路に突き進むこと、ティムールが叫んだことは、二人にとっても同意できる内容であった。

 

 レイジ・オブ・ダストが自分たちのマスターで良かったと思っているのはティムールだけではない。彼らもまた、愚直に。真摯に末路を理解しても尚、自分の願いに殉じようとするその在り方に救われていたのだ。

 

『馬鹿なことをするもんだと思うが、まぁ、儂らも大して人のことは言えんからの。それは正しいんだと思っているのなら、それを貫き通せばいい。英雄として召喚されて、自分の身体もないもんではあったが、それはそれとして楽しめたがな』

 

『僕はもう二度と主を裏切るようなことはしたくない。それが君の望みであるならば、どれだけ愚かであったとしても、それを貫けばいいよ。これは僕たちから君たちへと送る最後の力であり、僕たちの総意だ。あとは―――君たちがやり通せ』

 

 瞬間、アヴェンジャーの身体の中から、ハンニバルとユダの気配が薄れていく。この宝具の力を使ったことで自分たちの力の総てを出し尽くしたかのように、彼らはこの結末すらも理解したうえで、力を使ったのかと思うほどに。

 

「お前たち――――」

 

『儂のような大英雄をいつまでも中に抱えておったら、身体が重くて仕方なかったであろう。後はお前の好きにやれ、ティムール。お前が勝とうとしていた相手だろう。お前が勝たずしてどうする?』

 

『どうせ、この瞬間が最後なんだ、なら、総てを出し尽くせ。この戦いが僕たちがここまで歩んできた戦いの集大成なら、勝てるに決まっているさ。だって、僕たちは何度だって、勝てないと言われてきた戦いを覆してきたじゃないか……』

 

 願わくば、最後まで見届けたい。その気持ちはハンニバルとユダも抱いているが、それで全員が共倒れになるような結末を彼らは望んでいない。

 

 自分たちが志半ばで途絶えたからこそ、報われて欲しいという気持ちはある。願いはかなえられずとも、ここまで歩んできた時間の総てが無駄になるわけではない。

 

『だから、勝ってこい、レイジ、ティムール』

『地獄の先に花を咲かせるんだろう?』

 

 大層な別れの言葉や涙なんてものは必要ない。彼らはそんなものは望んでいない。ただ、自分たちが突き進んできた道のりの終着点に辿り着ければいい。それができれば満足なのだと思い、そして、その身がアヴェンジャーとしての霊器から消失していく。

 

 ――此度は中座されるようなことはなかった。むしろ、最後に背を押すことが出来た。

 

 ――此度は誰かを裏切るようなことにならなかった。むしろ、最後に自分が満足できた。

 

 だから、これでいいのだと彼らはその身体を消失していく。レイジとティムールの肉体の完全なる調整と引き換えにして、その身を消失させていく。

 

 最後の鍵は託された――――その光の導くままに、レイジは自分の意識の中へとこの瞬間に没入した。

 

 それは彼の記憶の中、いいや、レイジ・オブ・ダストと言う存在の記憶ではない。この肉体との本来の持ち主、リーゼリットを救い、彼女に道を示した結果として命を奪われることになった少年の記憶、その記憶が流れる精神世界の中で自我を持ち、その記憶の映像を見るレイジの目の前に彼は姿を見せた。

 

 レイジと全く同じ姿の少年、しかし、どこかレイジよりも毅然とした様子を浮かべている少年、それがこの身体の真の持ち主であり、これまでに何度もレイジの求めに応じて力を与えてきた少年であることをレイジはすぐに理解した。

 

「やっと、会えたな」

「ああ、互いに互いのことを理解していても、俺達は出会うことは出来なかった。お前は俺であり、俺はお前だ。同じように溶け込んでいたものが綺麗に分かれることはできない。これはこの瞬間、この場でだけの奇跡、お前の仲間が与えてくれた唯一無二の機会だろう」

 

「………すまなかった」

「どうして謝る」

 

「知らなかったとはいえ、お前の身体を勝手に使った。何にしてもお前の手を血に穢れさせた。たとえ、お前の命が尽きていたとしても、俺はお前の骸を動かして名誉を傷つけたに等しい。どんな事情があったにしても、それは許されることじゃない」

「結構律儀なんだな」

 

「自分の気持ちに嘘はつきたくない。何もかもが空っぽだからこそ、自分にすらも嘘をついてしまったら、もう俺は自分という者が分からなくなってしまう」

 

「謝る必要はない。お前はお前の出来ることをやってきた。ずっとこの身体の中から意識だけで見てきた。七星の血に混ざりあう形で残っていた俺の意識が、お前に力を貸してきたのは、俺はお前を認めていたからだ。勿論、私怨もある。お前の復讐の戦いを見守っていた理由は義憤からだけじゃない。だけど、ようやくここまで来た」

 

「ああ、あと少しだ。あと少しで俺達の戦いは終わる。だから、あと少しだけ、お前の身体を使わせてくれ」

 

 肉体が完全な回復をしたとしても、それは急速なドーピングだ。ユダは口にした、長く生き残る為の方法を捨てて、この瞬間に総てを捧げるための力を与えたと。それはすなわち、この瞬間を過ぎればすべてが終わるということであるとレイジも理解していた。

 

「――――レイジ・オブ・ダスト」

 

 少年は、自分と彼を区別するように彼の名前を口にした。

 

「彼女を生かしてくれて感謝する。その復讐に正当性があっても、意味があっても、俺はそれだけは肯定することが出来なかった」

 

 あの時に、リゼの命を奪おうとした時に、レイジの身体が止まった瞬間、この身体が拒絶反応を浮かべた。その意味をレイジはやはりかと理解する。

 

「お前は彼女に生きろと言ってくれた。世界を変えるために生き残れと。俺も同じ気持ちだ。彼女なら変えられるとあの日に信じた。足掻いても苦しんでも、それでも、今、お前の隣に彼女がいてくれることこそが、俺が、いいや、俺達が間違っていなかったことの証明になる。好きに使え。彼女のことをよろしく――――」

 

「馬鹿を言え、お前も来い」

 

 言うべきことを言い終えた。あとはレイジに総てを託してまた、七星の血の中へと埋没しようとする少年の手を精神世界の中でレイジが掴む。逃がさないという意志を明確にして。

 

「俺はリーゼリットのことなんて知らない。アイツが求めていたのはお前だろう。だったら、そこから逃げるな。どんなに苦しくても、辛くても、あいつは、402号はそこから逃げなかった。だから、お前もそうだ、一緒に行くぞ!」

 

 本当の意味で求められているのは自分ではないことをレイジは理解している。それでも、彼の意識がない以上、自分が戦う他ないと思っていた。けれど、今、この瞬間に掴んだ手に意味があるのならば、捨ててはならないと思ったのだ。この繋がりもまた自分のサーヴァントが生み出してくれたのであるとすれば、絶対に手放してはならないと思うのだ。

 

 そして、少年にとってもそれは決して悪い話でないことは間違いない。もう二度と言葉を交わす事も出来ないのだと思っていた彼女と、もう一度言葉を交わすことができる時が来るのだとすれば、それは奇跡だからこそ許される事象であると言えよう。

 

「ああ、分かったよ」

「―――行こう、俺達の総てに決着をつけるために!!」

 

 そうして、つかの間の精神世界での邂逅は終わりを迎える。自分たちに交すべき言葉はもうない。後総て戦いの中で発露すればいいのだと信じて。

 

「アヴェンジャー、令呪を以て命じる! 総てを出し尽くせ!! これが俺達の最後の戦いだ!!」

「―――応!!」

 

 精神世界より帰還してすぐに、レイジの掌に刻み込まれた令呪総てが光を灯し、アヴェンジャーへと魔力が流しこまれていく。これまで三体のサーヴァントを維持するために使われていた魔力の総てが今や、ティムールの身体へと流し込まれ、魔力は万全の状態で動いている。

 

 故にこそ使える。レイジより流し込まれた魔力によって、周囲の世界が変質していく。

 

「くく、そうか、そうか。そうであったな、当然だ、貴様も草原の王を名乗るのであれば、仕えて当然だ。我らは共に世界を蹂躙する覇者なのだから!!」

 

「我が身は覇軍の総税、あらゆるものを滅ぼし、あらゆるものを蹂躙し、草原に覇を唱えし者、しかしてこの身は王にはなれず、従えるは屍の軍勢、されど、この軍勢こそが我らの証――――、王非ざる身にして王たらんと、今、ここに我らは逆襲せん!!

第一宝具展開―――『災禍及ぼす白の軍(ティムーリ・ラング)』!!」

 

そこに姿を見せたのはおぞましいほどの屍の軍勢であった。次々と浮かび上がってくる戦に総てを費やし、そして最後には塵も残らなかった者たち、歴史の勝者でありながら、真の光になれなかった者たちの成れの果てがここに顕現していく。

 

それは軍勢、それは固有結界、ティムールの空虚な心象風景の象徴であり、彼が王であったことの何よりも証明である。

 

「我が蹂躙は世界への牙の突きたて、我らは生きるために進軍し、我らは世界に覇を唱える。それはすなわち、己の生存権を拡大するために、欲し、願い、そして手にする。

 さぁ、同胞たちよ、余と共に来るがいい。あの日の誓いを果たすために、あの日の先へと駆けるために!! 我らは此処に再び、世界へと挑戦する!!

 第二宝具『蹂躙せよ、覇を唱えし草原の狼たち(イェケ・モンゴル・ウルス)!!』」

 

 呼応するように、侵略王もまた宝具を展開する。彼にとっての圧倒的な王としての軍勢、ランサーを敗北に追い込んだ侵略王の真の宝具が重ねあわせのように展開していく。

 

「我らは共に覇者、であれば、このような方法でしか優劣をつけるしか出来まい。戦争だ、侵略王。この戦の果てにこそ、聖杯戦争の勝者が決まると知れ」

 

「昂る、昂って来るぞ、アヴェンジャー、ティムールよ、やはり貴様は草原の雄だ。盛り上げ方と言う者を良く熟知している。そうでなければならん、こうでなければならん。そうだ、そうだ、これこそが、我らが求めた闘争である。一秒とて待つことは出来ん。さぁ、始めるぞ、我らが友たちよ!!」

 

 回線の合図など鳴らす必要もなく、侵略王の号令と共に戦乱が始まりを迎える。最早灰狼の言葉すらも聞こえていないのではないかと思うほどの熱気に充てられて、草原の王である者たち二人の激突が始まりを迎える。

 

「そうだ、お前はそれでいい。勝てよ、アヴェンジャー、俺も絶対に勝つから」

「アヴェンジャーの宝具で何をしたのかは知らないが、今更お前の結末が覆るようなことはないぞ、体力を回復したところで、お前に何が―――――ぐぅぅッ!」

「星灰狼、俺には時間がない。決着を付けよう。俺の総てを使って、お前を倒す」

 

 灰狼がレイジへと言葉を口にしている間に、蛇腹剣の刃が灰狼の身体を切り裂く。油断をしていたわけではない。だが、灰狼の反応よりも早くレイジは攻撃を放ち、そして、灰狼は目を見開いた。レイジのスペックは知り尽くしている。例え、どんな奇跡が起こったとしても自分が負ける可能性など万に一つもないというのに、何かうすら寒いものを感じてしまう。

 

 何か理解できない何かがレイジの身体の中に渦巻いているようで……

 

「レイジ君……?」

 

 その変化はリゼも当然に感じ取っていた。何かこれまでのレイジではない何かを彼が持ち合わせてしまったことに、その変化の意味を感じ取ることが出来ずに困惑するリゼに――

 

「大丈夫だ、きっと上手くいく」

「―――――――」

 

 その言葉だけでリゼには理解できた。それはかつてあの夕暮れを前にして少年がリゼへと言い放った言葉、決して忘れることのなかった情景が一気にリゼの中に浮かび上がってくる。

 

「本当に、キミ、なの?」

「ああ、随分と時間が経ってしまったが、まぁ、そういうことだ。今度は一緒に戦ってくれるんだろう。もう、守られるだけの自分じゃないんだろ?」

「………うん!」

 

 証明なんて何一つなかったとしても、その言葉だけで信じることができる。それだけの意味がある。さぁ、最後の決戦だ。役者は揃った。

 

「これが最後の戦い、俺達が放つ星屑の怒りだ!!」

 




【CLASS】アヴェンジャー

【マスター】レイジ・オブ・ダスト

【真名】ティムール/ハンニバル・バルカ/イスカリオテのユダ

【性別】男性

【身長・体重】170cm・59kg

【属性】秩序・中庸/混沌・中庸/秩序・悪

【ステータス】

 筋力C 耐久C 敏捷B

 魔力C 幸運B 宝具B

【クラス別スキル】

復讐者:A
復讐者として、人の恨みと怨念を一身に集める在り方がスキルとなったもの。周囲からの敵意を向けられやすくなるが、向けられた負の感情は直ちにアヴェンジャーの力へと変化する。

忘却補正:C
 復讐者の存在を忘れ去った者に痛烈な打撃を与える。
 アヴェンジャーの存在を感知していない相手に対しての攻撃の際、各ステータスが1ランク上昇する。

自己回復(魔力):E
 現界に必要な魔力を補うと考えればDランク程度の単独行動スキルに相当する。

【固有スキル】

軍略:A+
 一対一の戦闘ではなく、多人数を動員した戦場における戦術的直感力。
 自らの対軍宝具の行使や、 逆に相手の対軍宝具に対処する場合に有利な補正が与えられる。ティムールとハンニバル、類まれなる二人の将の相乗効果によって本来以上の力が生まれている。

カリスマ:B
 軍団を指揮する天性の才能。団体戦闘において、自軍の能力を向上させる。
 カリスマは稀有な才能で、大国の王にふさわしいランクと言える。

戦闘続行:C
 執念深い。
 瀕死の傷でも戦闘を可能とし、死の間際まで戦うことを止めない。

アルプス越え:A+
ハンニバルが司令官として指名された際に初めて挑んだ難行に由来するスキル。
あらゆる地形を無視した大移動が可能。幸運判定を必要とするが、成功すれば魔術師の創った陣地さえも踏破できる。

????:A+


【宝具】

第一宝具『災禍及ぼす白の軍(ティムーリ・ラング)』
ランク:B  対軍宝具
ティムールの歩んだ覇道の具現。おおよそ七万の骸骨兵士からなる万能型の宝具である。この宝具を支えるのは生前の骸骨の怨念である為、その規模に対して燃費が良い。数千という規模の骸骨軍隊を作り上げることも可能であるが意思のない存在である為、ティムールの的確且つ明確な指示が無ければ満足に動く事はない。

第二宝具『災禍秘めし黒の櫃(グーリ・アミール)』
ランク:B+ 対人宝具
墓を暴くものへの呪いの言葉が記された、ティムールが眠る棺。
この宝具の発動までに、対象者がティムール自身に与えた傷を棺の解放と共にそのまま相手へと返す呪詛返しの力。相手の力が強大であればあるほどにその効力は高まり、侵攻してきた相手へと破滅を齎す。
ただし、そのダメージ自体はティムールにそのまま残るモノであるため、幾度も使えるわけではなく、相手を確実に破壊する、あるいは最後の手段として使うのが定石ではあるが、アヴェンジャーは第四宝具との重ね掛けによってこのデメリットを踏み倒している。

第三宝具『雷速の山脈踏破(アルプス・バルカロード)』』
ランク:A+ 対地形宝具
不可能と思われていたアルプス越えを成し遂げたハンニバルの逸話を宝具として昇華したもの。自身と自分の配下、仲間をあらゆる場所へ一瞬で移動させる。一種のワープ能力。
移動可能範囲は広く自身の視界に入る場所は自由に移動できる。視界に入っていない場所で自身が訪れたことがない場合に移動する場合は魔力を多く消費することになる。
移動×距離×人数で消費魔力が計算されるため大人数で長距離の未知の場所へと移動すると魔力を大量に使うことになる。

第四宝具『雷鳴が如く―――不滅の進軍(カルタゴス・ハンニバル・バルカ)』
ランク:B+ 対人宝具
 歴史上最高峰の戦略家であると謳われるハンニバル、その真価は何処にあるのか? その真骨頂は継続戦闘能力にこそあり。何度ローマと戦い、ローマの中で過ごしても、最後までローマの脅威として、ローマを恐怖へと陥れた存在であるハンニバルを象徴した宝具、これまでの戦闘で消耗した傷を魔力によって一瞬にして自己回復する。その逸話から消費する魔力も通常の自己回復よりも少なく、肉体回復の手段としては最上位に位置する宝具であると言えよう。

第五宝具『裏切りの銀貨三十枚(イーシュ・カリッヨート)』
ランク:EX 対概念宝具
イスカリオテのユダが、かつてイエスを裏切り銀貨三十枚で彼を司祭に引き渡した事の具現。銀貨三十枚を払う(消費する)ことである事物に対する『裏切り』を再現・可能とする宝具、世界そのものを裏切り、あらゆる軌跡を引き起こすが、銀貨の枚数はユダと契約したマスターの生命力に依存しており、宝具を使えば使うほどに魂の輝きを失っていく。
レイジ自身の魂では1~2回使用することが限度である。この宝具の影響を回避するには対魔力の度合いではなく、あらゆる可能性を否定するしかない。または同ランクの結界宝具、聖域の再現者、或いはイエス以上の神性の持ち主であれば回避が可能



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第24話「Last Stardust」②

 もう一度、言葉を交わしたい。再会したい。そんな思いが叶うはずがないと思っていた。残酷な真実を知った時から、自分が願っていた淡い期待は何も知らない側の人間だからこそ抱ける夢想に過ぎなくて、真実は残酷なまでの別離を表現しているのだと知っていたから。レイジ君と彼は別人、肉体は彼のモノであったとしても、レイジ君は全くの別人であると理解して、心の中に留めた。

 

 でも、その言葉を聞かされて、理解する。アヴェンジャーがレイジ君へと与えた力によって、レイジ君の肉体だけではなく、彼の魂までもがひっぱりあげられたのだと。オカルト的な妄想、あるいは私の都合のいい願いの発露であると思うだろう。実際の所、私だってそう思う。そんな神様が気紛れに与えてくれるような奇跡が本当に起こるはずがないんだって。

 

 でも、今、目の前に彼がいる。レイジ君とは明らかに空気の違う彼はやっぱり年齢以上に大人びていて、今では私の方がお姉さんのはずなのに、どこか頼りたくなってしまう空気を醸し出していて、ああ、まったく、本当に……、なんでだろう。話したいことも聞きたいことも山ほどあった筈なのに、今はこみあげてくるモノが大きすぎて、何が何だかわからないや。

 

「空気が変わった。まさか、その肉体の少年の意識が戻ったというのか?」

「初めまして、というべきか、星灰狼。直接、お前に対して恨み言を口にするつもりはないさ。お前と会ったのはもう俺が意識を失くしたころだからな。怒りは総てレイジがお前にぶつける。俺はただ、彼女の未来を閉ざしたくないと思ったから、手を貸しているだけだ。まぁ、身体を好き放題に弄られたことも恨んでいないと言えば嘘になるが」

 

「死人が甦るなんて、ナンセンス、とはいえないか。俺も欲望の為にその理を曲げた身だ。それで? かつての自分を取り戻したからと言って、何ができる? 肉体は修復した様子だし、寿命が少し伸びた程度だろう? それで何ができる?」

「それだけでもないさ、星灰狼、お前は大きな勘違いをしている。ユダとハンニバルは俺にお前を打倒するための力を与えてくれた。さっきまでの俺と同じであるとは思うなよ!!」

 

 蛇腹剣による一閃でダメージを受けた灰狼も改めて気を引き締める。僅かな不覚をとったが、所詮はたった一撃、レイジの身体能力であれば十分に対応可能であることは分かりきっている。冷静に対処すれば何ら危険なことはない。むしろ、レイジ如きが苦戦しているようでは、それこそ桜華に笑いものにされてしまうというところである。

 

「疾っ――――!!」

「なにっ――――!? がっっ!?」

 

 しかし、その灰狼の予想はあっけなく外れ、大剣による一閃が灰狼の身体を切り裂く。咄嗟に回復魔術を使って傷を修復しなければならないほどの手傷をレイジによって与えられたのだ。

 

 何故かと聞かれれば単純に反応することが出来なかったからと言わざるを得ないだろう。攻撃の起こりから自分への攻撃、そして灰狼の攻撃をあっさりと回避して見せた上での攻撃、どれもこれもが先程までのレイジの動きとは明らかに変わっている。

 

 まるで、与えられていない経験を外部から強制的に流し込まれて技量を増したかのような攻撃、その攻撃への心当たりは当然のことではあるが、心当たりはあった。

 

「まさか、七星の血を完全に使いこなしている? まさか、ありえない。その身体の持ち主は七星の血の需要度は高くても、魔術師としては大成しているわけではない。そのような芸当ができるはずが」

 

「できるようにしたのさ。今の俺たちは――――起こりえる可能性の世界から、手繰ることのできる最善の俺達を引っ張ってきている。七星の血を受け入れることに特化した俺達の戦闘スタイルはあらゆる七星の力と感応し、その力を引き出すことだッッ!!」

 

「くっ、七星流槍術―――『影狼』!!」

「レイジ君!」

「ああ、分かっている!!」

 

 すかさず灰狼の放った七星流槍術、目に見える有形の槍と魔術によって生み出された不定形の槍による一閃、二つの攻撃が一つに重なった放たれる攻撃をリゼがレイジの目となることで、あっさりと回避し、そして大剣による迎撃までもを為して見せる。しかし、当然に灰狼もその攻撃を受け止め、槍術を駆使して、レイジを追い込むために華麗な槍捌きを発揮する。

 

 刺突と捌き、そのどちらもを組み合わせた攻撃に、レイジは大剣を使いながら、一つ、また一つとそれを受け止めて、攻撃を弾く。防御としての超反応、一朝一夕でできるわけではないそれは、とある戦士の姿を想起させるものであった。

 

「まさか――――」

『あら、私のことなんてすっかり忘れてしまっていたかと思っていましたが、覚えていてくれて光栄ですね、灰狼殿 もっとも、私はこちら側につかせてもらいますけれど』

 

 さながら幻影のように、レイジの魔力が実態を持つ形で、それは人の姿を模した。かつて、灰狼やリゼと共に戦った七星の魔術師の1人、七星散華がレイジの後ろに幻影の如くその姿を現し、言葉を紡ぐ。

 

「散華さん……!」

『お久しぶりですね、リーゼリット様、もっとも、肉体を失って、七星の血に溶け込んだ私に時間的な概念はあるようでないものですが……、貴方の感覚共有と、彼の七星の器としての力、その二つがあればこそ、この身は幻ではあれども、こうして形を成している』

 

「………、そうか。リーゼリットの感覚共有で七星の血の中に混じった記憶を擬似的に再現し、なおかつ、他人の記憶を継承することに特化したレイジ・オブ・ダストの肉体であれば、擬似的に七星の血に混ざりこんだ人格の再現が可能であると。加えて、レイジ・オブ・ダストの特性を考えれば、君の才覚を擬似的に再現しているということかな?」

 

『解説恐れ入りますね、灰狼殿。私がこちら側につく理由は理解できますね、私、七星は大嫌いですから、本当はずっと貴方たちのこと嫌いでしたので』

 

「知っているとも。だからこそ、君には早々に退場してもらったんだ。リーゼリットと手を結ばれると面倒だからな」

『では、面倒になってしまいましたね』

「ああ、まったくだ」

 

 すかさず、灰狼が自ら動く。これまでレイジの攻撃を待つ形で時間稼ぎのような戦い方をしていた灰狼が明確に殺意を以てレイジへと攻撃を仕掛ける。当然のように、レイジは散華の力であった超反応を生かして灰狼の攻撃に真っ向から対応する。

 

 超反応+感覚共有、灰狼にとって決して交わってほしくない二つの力を備えたレイジは、この土壇場で遂に灰狼との戦いが成立するまでに変化した。七星の器としての自分自身の力を最大限に利用する形で発露した力は灰狼にとっても大きな予想外、この場における台風の目になることは間違いなかった。

 

 勝利するためであれば、あらゆるものを利用する。レイジの目的も行動も何一つとして変わりはない。変わりがあるとすれば、むしろ、灰狼の側であると言えばいいか。

 

「厄介なことだ、アヴェンジャーの宝具なんてものを使わせてしまった自分を恨むべきか。いいや、それを言えばランサーの時も同じか。まったく、どこまでもどこまでも、俺の計画に狂いを生じさせることに関しては得意分野だな、お前たちは」

 

「ああ、そして向かう先はお前の破滅だ。理解しただろう、灰狼、俺こそがお前を滅ぼすための死神だ。お前の足元にようやく死神が追い付いた!!」

「さて、それはどうだろうな、少なくとも俺はこんな所で命を落とすつもりは毛頭ない」

 

 両者ともに、相手を睨みつけながら互いに相手の攻撃を受け止め、そして、自分の攻撃を放っていく。先ほどまでの灰狼によって子供の遊びのようにあしらわれている状況を抜け出すことは出来た、そして、散華が力を貸したことで風は明らかにレイジの方へと拭き始めている。

 

 喧噪が聞こえる、大軍と大軍がぶつかり合う音が聞こえる。しかし、その半分は骸骨の軍勢である。一代で帝国を築きながらも、一代で歴史の闇の中へと消えて行ってしまった草原の覇者となることのできなかった者たち、ティムール率いる軍勢たちが声なき声を上げながら、モンゴル軍の兵士たちを次々と蹴散らしていく。

 

 当然にモンゴル軍の兵士たちも負けているわけではない。鼓膜を破ってしまいそうなほどの轟音を上げながら兵士たちが突撃していき、骸骨兵士たちをなぎ倒していく。

 

 その戦場の中で対峙している相手の兵士たちをなぎ倒しながら、アステロパイオスとスブタイの戦いも佳境に突入しようとしていた。ここまでに互いに追い詰めていながら、ここにきての集団戦、以前のランサーとの戦いのように、スブタイはほかのモンゴル軍の兵士たちと連携しながらものすごい勢いで骸骨兵士たちを蹂躙していく。スブタイ一人をこのまま放置しておくだけで、軍隊同士の戦いはアヴェンジャー側の圧倒的不利になるのではないかと思うほどの鬼神のごとき戦いっぷりである。

 

「スブタイ!」

「ランサー!!」

 

 兵士たちを薙ぎ払ったスブタイ目掛けて、双槍が激突する。こと、この局面で自らの身体が傷つくことを恐れて、手を緩めるなど言語道断、この乱戦状態のさなかでこそ、決着をつけるときであろうとこれまでよりもなお、攻撃の勢いが激しくなる。

 

「甘い」

「あぁあああ!」

 

 勿論、苛烈な攻撃をするということは当然に自分自身も狙われることを意味している。アステロパイオスの身体が無遠慮に振るわれた槍によって切り裂かれ、血が吹きすさぶ。しかし、それで退くようなことはしない。スブタイを引きつけ、そして骸骨兵士たちが次々とスブタイに向かって突撃していく。

 

 おそらくリーゼリットの指揮であろう、骸骨兵士たちにスブタイを殺すことはできないが、アステロパイオスの援護という意味では十分に力になることができる。

 

「私も甘く見られたものだ、この程度のサーヴァントもどきに抑え込むことができるなどと思ってくれるなよッッ!!」

 

 だが、敵の数など全く意味がないと宣言するように槍が振るわれ、骸骨兵士たちが一気に数十体と吹き飛ばされる。圧倒的な体躯を持ち合わせているわけでもなく、通常の槍を振るっているだけだというのに、まさしく圧力、この戦に絶対に勝利をするというスブタイの絶対的な心がステータス以上の力を示している。

 

「ハーンとともに翔ける戦、あと一歩、あと一歩でそれが果たされる。ずっと望み続けてきた見果てぬ夢の先が見れるのだ。だから、負けぬ、負けるわけにはいかぬ!! 私にとってこの第二の生そのものこそが、私が叶えるための願いである!!」

 

 先ほどアステロパイオスに宣言したようにスブタイにとってはこの戦いに勝利することによって願いを叶えることができるのだ。絶対に負けるわけにはいかない。骸骨兵士たちを破壊し、アステロパイオスによって双槍によってダメージを刻まれながらもそれでもとどまることを知らない。

 

「がぁぁぁ、っっぐぅぅ、はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「ぬおおおおおおおおお!!」

 

 互いに互いを切り裂きながら、自分が致命傷を負うよりも先に相手に致命傷を負わせるための戦い、避けることすらも忘れてしまったのではないかと思うほどの猛烈な勢いで放たれる攻撃の数々、しかし、回避を選べば相手を自由にさせてしまう。

 

この乱戦の中でいかに相手を釘付けにしておくか。大将戦を戦う二人の王のためにも、敵手を自由にさせることだけは認められない。

 

 スブタイの執念はすさまじい。アステロパイオスも思わず先に膝を屈してしまいそうなほどに、あの日はそのようにしてアキレウスに敗北した。

 

 アステロパイオスにスブタイのように叶えたい願いが自分自身であるわけではない。桜子の無事を願うとしても、それはアヴェンジャーが叶えてくれるかもしれない。自分が敗北したとしても、きっと、なんとか彼らは道を繋いでいくだろう。

 

(そう、私が勝利することができるのかどうかはこの場の中で、もっとも、どちらに傾いたところで変わりがないッ、どこまでもどこまでも、所詮は脇道の物語でしかない。だが、私は戦士だ、戦士としてこれまでもずっと戦い続けてきた。だったら、最後の最後まで、戦士としての自分であり続けるッ、私は――――勝って、終わらせたい!!)

 

「ぬっ、あああああああああああああああああ!!」

「ぐっ、があああああああああああ!!」

 

 闘争心が本能すらも支配し、アステロパイオスの限界を超えた動きを引き上げていく。スブタイの槍を握る腕の筋肉が切り裂かれ、槍を握る腕の力が奪われる。しかし、それで武器を完全に奪うことはできない。血にまみれても、愛馬より落ちぬ限り、戦い続けることこそが、彼らの闘争原理、まだ終わらない。まだ負けたわけではない。

 

 そう負けらないという思いこそが身体を奮い立たせる、負けられないという思いがあるからこそ、崩れ落ちずに済む。

 

 しかし、同時にその感情こそが認識を歪ませる。正常な判断を以てここまで互角の戦いを演じてきたスブタイはアステロパイオスの行動に集中していた。その軍全体を見て、刹那的動きをすることから、敵手一人に対して意識をぶつけることに変わった瞬間、アステロパイオスは狙い示したように決着のための一手を放つ。

 

「――――『涌沸し奔瀑する嚇怒の波濤(ヒマロス・スィモス・スカマンドロス)』!!」

「―――――――――っっ」

 

 スブタイにとって、それは想定外より飛来する濁流であった。侵略王とティムール、二人の軍勢が争いあうこの荒野にて突如として出現した濁流、骸骨の兵士たちもモンゴル軍の兵士たちも等しく呑み込んでいく恐るべき濁流が突如として襲い掛かり、飛翔したアステロパイオスの後ろから総てを台無しにしてくれるとばかりにスブタイの身体を馬事呑み込んでいく。

 

「しまった―――――」

 

 そう思った時には遅かった。アステロパイオスと自分は同格の条件の中で戦っている。戦士として相手を上回った方がこの戦いに勝利するという認識の下でいたが、それは大きな間違いであった。アステロパイオスは神代を生きた神に祝福された戦士、スブタイは神秘の色が薄くなり、己の技量だけで戦ってきた戦士、同じ戦士であったとしても、取りえる選択肢はまったく違う種が存在しえたのだ。

 

(ランサーは私と同じく、武力による制圧をもって勝利を目指すと考えていた。いや、そのように考えさせられていた。此処までに幾度となく戦い続ける中で、彼女が決して取りえなかった周囲を巻き込んでの戦い方、それをこの土壇場で解禁することは――――)

 

 その心の中での後悔の声が所詮は甘えであることはスブタイが一番よく理解している。何処まで行こうとも、戦とは勝利した者こそが正しい。どれだけ努力して、正当性を口にしたところで敗北すればそれまでだ。自分たちがそういう理の世界の中で戦ってきていることは百も承知。出し抜かれたことでさえも己の未熟さゆえであり、この一瞬に、濁流に飲み込まれながら、天から放たれる二振りの流星の輝きに、スブタイは自ら馬を飛び下りる。

 

「『絶えし穿つ飛翔する疾霆(グリゴロス・アクシオン)』!!」

 

 馬に乗ったままで戦っていては間に合わない。その二つの閃光すらも飛び越えて彼女へと槍を届かせることができない。必滅の状況へと自分が追い込まれていることすらも理解しながら、スブタイは抵抗する。負けられないとはそういうことだ、どれほど絶望的であったとしても最後まで自分の勝利を諦めない。そうした思いの果てにこそ、勝利果てにされる。

 

 故にこそ飛び込んだ。万に一つでも存在している勝利の一手を掴むために。しかし、飛翔して来るのは変幻自在でありながらも必ず相手を貫くという呪いの加護を与えられた二振りの槍。空中にてアステロパイオスに槍を投擲するが、投擲した瞬間に二つの流星がスブタイの身体を貫く。その一撃はスブタイ自身の霊核にまで突き刺さる。

 

「がはっっ!!」

 

 明らかな致命傷だが、投擲を放った直後のアステロパイオス目掛けて放った破れかぶれの投擲もまた奇跡的に彼女の身体を貫く。

 

「ごほっっ……!!」

 

 喀血し、それでもなお、アステロパイオスは墜落していく敵手への攻撃を緩めない。決着をつけるために地上へと突っ込んでいく。此処で勝負を止めるようなことは死を意味する。スブタイと言う圧倒的な戦死を前にして、甘い考えは一切捨てろ。たとえ、消滅の寸前であったとしても、あれは抵抗をしてくる。

 

「ぐっ、がっ、あああああああああああ!!」

 

 自分の身体に突き刺さった槍を引き抜き、今にも手放しそうな意識を魔力を一気に爆発させることで保つと、同じく自分の身体に突き刺さっていたアステロパイオスの二振りの槍を握ったスブタイと最後の激突に入る。

 

 落下するスブタイ、空中より追撃するアステロパイオス、もはや自分の足を守ってくれた愛馬はいない。何処かに流された。地上へと落下するその僅かな時間が二人にとっては永遠のようにすらも感じ取れた。

 

 されど、決着は訪れる。一つを投擲に、もう一つを刺突のために使ったスブタイの攻撃をアステロパイオスは紙一重の所で回避し、スブタイの喉元へと彼の槍を突き刺す。

 

 一瞬の交差、僅かな差、それでも決着は迎えられる。

 

「みご、と………まっ、たく、ままならぬ、ものよ……ああ、口惜しい」

 

 生前の未練すらも乗り越えて辿り着いたというのに、その輝かしい未来が待っているというのに、それを果たせずに死んでいく己は何と主に対して不義理なのであろう。

 

 戦士としての敗北であったとしても、それを受け入れることができるかは別の話しである。かつて自分が蹂躙してきた相手のように、今度は自分が蹂躙される結果になったことをスブタイは後悔するも、

 

「だ、が……取り残される、よりは――――――」

 

 あの日の絶望をもう一度味わうことになったわけではないことにだけは安堵しながら、侵略王が四駿、最後の1人であるスブタイはアステロパイオスによって討ち取られた。

 

「はぁ……はぁ……紙一重、本当に、私が敗北していてもおかしくなかった」

 

 アステロパイオスの奥の手にスブタイが気づけなかった。勝負を分けた状況はたったそれだけであり、他の要素が少しでも絡めば結果は全く違うものになっていたかもしれない。

 

「まだ、終わっていない。まだ戦わなければ……」

 

 満身創痍であることに変わりはないが、休んでいられるほどの余裕がないことは事実である。進もう、彼女の勝利を信じているからこそ、ここで立ち止まっているだけなんてことにはしたくない。

 

「あら、スブタイ、負けてしまったの? まったく、あれだけ息巻いていたというのに」

「んっ……勝ったんだね、ランサー、よかった……!」

 

 アステロパイオスとスブタイとの決戦の状況を互いのマスターである桜子と桜華も感じ取っていた。予想外とは桜華も言わなかった。アステロパイオスとスブタイの戦闘力は拮抗していた。何度かの交戦を経た結果であるとはいえ、圧しきれなかったスブタイが負けてしまったのだから、仕方がない。

 

「大丈夫だよ、私達が勝利をすれば、ハーンの宝具の力でもう一度、甦ることもできる。私達は真実、死という人間では踏破できなかった宿業を突破することができるようになるんだから」

 

「わからない、一度きりの人生だからこそ、必死に生きる意味があるんじゃないの? 七星桜華、貴女からはかつての人生に未練を感じられない。満足ゆく人生だったんじゃないの? どうして、そんなに二度目に拘るの?」

 

「私は兄様よりも先に命を落としたわ、私の肉体が私の魔術回路と七星の血に耐えられなかった。ええ、満足いく人生だったわ、兄様に愛されて、ハーンたちと出会い、自分の才能を十二分に発揮することが出来た。ええ、満足のいく人生だったわ。

 でもね、仕方ないでしょう? これは約束なの。兄様やハーンと交わした約束、私達は必ず総てを支配しようと願った。その道半ばで倒れた私達にもう一度機会が訪れたんだもの。満足していたとしても、戦わない理由にはならないでしょう?」

 

「その先に何があるって言うのよ? 戦い続けて、支配して、その先に誰もあなたと並び立つことができない時が来たら――――」

 

「関係ないわ、私は戦う事が出来れば満足、願いを叶えたその後には、好きに生きて、好きに死ぬ。こんな問答で今更、止められると思わないでよ。私と貴女、相手を倒すことが出来なかった方が消えるだけ。戦いなんていつだってそうでしょう?」

 

 間違ってはいない。無論、ターニャの肉体を奪っている彼女を認めることはできないが、理解しあえるのならばそれに越したことはないと桜子は思っていた。

 

 けれど、今の会話をして、心底思った。七星桜華と自分はまったく別種の生き物なのだ。何かの目的の為に戦っているわけではない。戦うことが好きだから戦っている。その結果、最強と呼ばれるほどの才覚があったというだけ。傍迷惑この上ない存在ではあるが、何らかの目的のためだけに戦っている存在であれば、確かに最強と呼ばれるほどの高みに至るまで戦い続けることもなかっただろう。

 

(決着をつけるしかない。時間は多く残されていないけれど、今ならばやれる気がする。リーゼリット様とレイジ君の感覚共有が私にも流れてきてる。認識能力と魔力の拡張性が格段に跳ね上がっている。この状況なら―――)

 

 七星の血がこれまでのどんな時よりも高ぶってきていることが理解できる。見えないものが見えるというわけではないが、先鋭化してきた感覚は、七星の血によって与えられる莫大な経験と戦闘予測を桜子の中へと与えてくれる。

 

(これまでだったら、制御できなかったほどの七星の血の力を感じられる。これだったらッ!)

 

「七星流剣術―――『乱れ花桜』!!」

 

 刃の結界のごとく、大量の展開した魔術刃が一気に桜華へと襲い掛かる。無論、七星の血に愛された桜華にとっては、回避不可能と思われる攻撃であったとしても、自分自身の技と反応速度で、不可能を可能としてみせるのだ。

 

 しかし、その放たれる攻撃に対して、桜子の戦闘予測が加わることによって、桜華の完ぺきな身体捌きに誤算が生まれる。言ってしまえば、戦闘予測と戦闘予測の戦い、反射と反射の決戦、限界すらも突破した力の応酬によって、その技の一部がついに、桜華の体に傷を付ける。

 

「ふふっ、素敵」

 

 身体を切り裂かれたにも関わらず、桜華は笑みを浮かべる。ここまで防戦一方でしかなかった桜子が自分に伍するほどの力を発揮してくれたことに喜びを見出しているのだ。

 

 戦うことにこそ、快楽と希望を抱いている桜華にとって、自分と対等に戦える存在をこそ、ずっと求め続けてきた。ここまで遊んでいるだけの相手だった桜子がその立ち位置にまで上がってきたのだ。喜ぶべきだろう。

 

「そうよ、そうでなくちゃ面白くないわ。さぁ、もっと死合ましょう、どちらが敗北するまで踊り続けましょう!!」

 

 そこからの戦いは、まさしく二人だけの世界である。互いに互いを斬り殺すために、相手を自分の方程式の中へと飛び込ませようとしていく。

 

 互いの反応速度と戦闘予測が拮抗し始めたことによって、桜華にとってはターニャの身体を使っていることがここにきてネックとなる。先ほどまでの圧倒しているときであれば僅かなズレでであったとしても、知ったことではないと技を振るえばよかったが、今の桜子を相手にはほんのわずかなディスアドバンテージがそのまま勝負の決着を決める要素になりかねない。

 

 それを象徴するかのように、ターニャの身体に不可視の斬撃による傷が生まれ始める。本来であれば、桜華は桜子の射程をすべて理解している。攻撃が当たるはずもなく、そして迎撃も完璧であったはずなのに、

 

(違う、これは斬撃が伸びている!?)

「持つべきものは家族ってね!」

 

 かつて秋津の聖杯戦争において、桜子の兄が放った刀身の長さの変わる斬撃、それが桜華を襲い、不可視、不形の魔力斬撃であることによって、桜華の認識を阻害する形によって、ダメージを与えているのだ。

 

 勿論、そう何度も使える技ではない。一撃、二撃、三撃、次の攻撃は桜華が魔力で顕現した武器によって阻まれ、次の攻撃はあっさりと見極められる。桜子の通常射程が分かっている以上、すべての攻撃が自分に対して飛来してくるという認識を持っていれば、さして難しい話ではない。結局のところは自分を傷つけるだけの攻撃である以上、自分に攻撃が及ばないようにする、それだけに気を付けていればいいのだから。

 

「はぁぁッ!」

「きゃあああああ」

 

 むしろ、脅威なのはやはり桜華である。桜子が編み出した刀身距離の変化による斬撃をあっさりと模倣して見せ、桜子にカウンターとばかりに攻撃を放ち、血飛沫が桜子の纏う服を穢す。

 

 無形であるがゆえにあらゆる技に対応が可能、まさしく最強であると言えよう。どれだけ必死に戦ったところで、真正面からの攻略は不可能、才覚に愛された女はいよいよもって、その身体のズレを修正させ、ついに決戦の一撃を放とうとする。

 

「健闘したわね、でも、ここまでよ。軌道修正は終わった。貴女にもう勝ち目はないわ」

「そう、だろうね。正直、最初から最後まで貴女に勝てるビジョンが私には見えなかった。ううん、貴女と対峙した、誰もがそう思っていたことでしょうね」

 

 七星桜華はまさしく才能に愛された存在、どうしようもなく最強であり、彼女を倒すことができたのが寿命だけであったという事実がすべてを象徴している。

 

 きっと、彼女を単純な実力で倒すというのは無理がある話なのだろう。サーヴァントにすらも匹敵しかねない存在の在り方があまりにも歪が過ぎる。

 

「でも、たった一度だけなら、何かの間違いで、勝てるかもね?」

「――――――――――――」

 

 その瞬間に起こったことを、正確に理解できた人間がどれほどいるだろうか。桜華が新たな攻撃によって、桜子を完全に追い詰めようとしたその間際に、桜華の首筋に斬撃が入る。事の起こりも何一つとしてない。まさしく桜華にとっても何が起こったのか全く分からない事象が引き起こされ、それは紛れもない致命傷だった。

 

「がはっ、ごひゅ……おごぉ……」

 

 喉を斬られたことによって、桜華は言葉をうまく紡ぐことができない。しかし、当事者であった彼女は自分の中の七星の血によって、自らの身に何が起こったのかを悲しいことに正確に理解できてしまった。

 

(桜子と視線が合わさった。たったそれだけ、彼女は何もしていない。腕の一つも動かしていなければ、魔術を明確に発動したわけでもない。抜身の暗殺刃、目で見ただけで相手を斬る、無形ですらない、武器すら要らない。ただ視線を合わせるだけで相手を斬り殺す事の出来る暗殺魔術師としての完成系―――――こんなことが起こるなんて……)

 

 理解してしまったからこそ、桜華は明確な敗北感を覚えてしまう。あらゆる才覚に愛され、どんな相手ですらも、屠ってきた桜華がこの時初めて、明確に出し抜かれたと自覚する。

 

 手法さえ理解してしまっていれば、きっと次の戦いの時には確実な対策をとることができる。何ら問題はない。そうした確信を持てているが、その次があるかどうかという問題がある。致命傷だ、喉を斬られ、声を奪われ、なおかつ此処までにも与えられた刀傷が、戦士として完全に成熟しきっていないターニャの肉体を重くしていく。

 

 なおかつ自分の中に生じた敗北感、一度ですらもこれまでの人生で挫折を覚えたことのない桜華にとって、この身を裂くような感情をどのように処理すればいいのかが判断することが出来ないのである。

 

(許せない……、私が? 私がそんな醜い感情を?どんな相手であろうとも、絶対に負けるはずのない私が……、そう、負けるはずがない、だって、私は、私は七星桜華、他の誰がどうなろうとも、私だけは常に勝者の側に存在している)

 

「私はきっと、どんな手段を使っても、魔術師としての戦士としても貴方には絶対に勝てない。七星という歴史の中で最強の存在、戦った私だからこそ認めることができる、その異名は確かなものだったって。だあらこそ、私は七星らしく、暗殺者として、貴女に勝利する!!」

 

 喉を斬られ、思考にリソースを割いてしまった桜華は一瞬、桜子のことを思考の片隅に追いやってしまった。ほんの数秒間のことである。しかし、その数秒間は桜子を相手にした極限の戦いをする中ではあまりにも無防備が過ぎた。

 

「――――七星流剣術拾ノ型『桜爛開花』!!」

 

 その肉体に真一文字の傷が刻まれる。二撃目の視線誘導斬撃、それが身体へと刻み込まれ、七星桜華はその身を崩れ落ちていく。

 

(あぁ……、私は負けたのね。自分が一杯食わされたことに意識を向けて、桜子のことを忘れるなんて、あぁ、なんて惨めで無様なのかしら。ええ、まったく……こんな経験初めてよ……)

 

 彼女自身すらも理解することが出来なかった結末を叩きつけられその身体が崩れ落ちていく。立ち上がる気力を湧かせ、桜子を道連れにする攻撃を放つことが出来たかもしれないが、それをするには、やはり、本来の肉体ではないことが祟った。先にターニャの身体が限界を迎えてしまったのだ。

 

(口惜しいわ、ここまでの相手に出会えたのに、ここまでの戦いをすることが出来たというのに、最後の最後で、こんな不満足な結果に終わってしまうなんて、あぁ、まったく、本当にままならないわね。ごめんなさい、兄様、どうやら、私は此処までのようです)

 

 全身から力が抜けていく、意識が闇の中へと沈み込んでいく。二度目の死を体感することになった桜華は、心の中で兄である灰狼に謝罪をしながら、その意識を闇の中へと沈みこませていった。

 

「………勝った、の……?」

 

 桜子自身すらも信じることが出来ないほどの勝利の感覚、何から何まですべてにおいて圧倒されていたとさえ言えるほどの戦力差であり、おそらく次にもう一度戦ったら、もはや絶対に勝てないであろうという謎の確信すら持ててしまうほどの戦力差における戦いだった。

 

 それでも最後に勝利をしたのは桜子だ。桜華が純粋な戦いとして早々に勝負をつけることだけに腐心していたら、どのような結果になっていたかはわからないが、自分の強さに酔いしれ、桜子を相手に半ば遊ぶような態度に徹してくれていたことだけは感謝するしかない。

 

「レイジ君、約束は果たしたよ。だから、君も……勝って……!」

 

 極度の集中を強いられた戦いの果てに、桜子も緊張の糸が途切れて、膝から崩れ落ちる。今すぐにでもレイジとリゼに加勢をしたいところだが、さすがに桜華との戦いは多大な精神力を用いる戦いであった。

 

 レイジとリゼの勝利を願って、桜子はそこで足を止めることとした。

 

「馬鹿な……ありえない。桜華が、俺の妹が敗北した、だと……!?」

 

 桜華とスブタイの敗北、限りなく近い戦場で戦っている灰狼もそれは当然に感じ取ることができ、この戦いの最中で、灰狼は最も瞠目をした。ありえない、こんなことが起きていいはずがない。

 

「ありえない、俺が桜華を甦らせるためにどれだけの時間を費やしたと思っている。ターニャ・ズヴィズダーほど桜華を甦らせるに相応しい器はなかったのだ。ようやくその願いを叶えることが出来たというのに……、貴様たちは、なんてことをしてくれたんだ!」

 

「何を今更……、灰狼、それが奪われるモノの気持ちだ。お前が踏みにじってきた人間たちの誰もが思った感情だ。突然、自分たちの積み上げてきたものが無駄になる。くたばる前に、理解できてよかったな」

 

「………、なるほど、確かにこれは思ったよりも辛いものだ、お前たちが俺を躍起になって倒そうという気持ちが浮かんでくる理由も理解できないわけではない。ならば、俺は俺自身と聖杯に桜華の復活を願おう。まがい物の身体ではない。

歴史に刻まれた七星桜華をもういちど復活させる。万能の願望器であればそれが可能になる。ハーンの復活と桜華の再誕、そうだ、まだすべてが終わったわけではない。聖杯を握れば、聖杯さえ手に入れば、総てがひっくり返すことができる」

「無理だな、俺がお前を倒す。それでお前の野望も全て終わりだ」

 

 灰狼がこれまでに虐げてきた者たちの想いを少しでも抱くことが出来ているのであればいい気味だとレイジは思う。此処まですべてが自分の掌の上だった様子だが、さすがに桜華が敗北するという展開だけは考えていなかったのだろう。ようやく一泡吹かせられた。しかし、これだけでは終わらない。灰狼には自分がやってきたことの報いを与えてやらなければならないのだから。

 

「決着をつけるぞ、灰狼。俺たち全員でこいつの目論みを叩き潰す。だから、手を貸せよ、お前だって、ここで黙っていられるような奴じゃないだろ」

 

『誰に指図しているんだ、お前なんかの言うことを聞くつもりはない。ただ、リゼを脅かす奴を放置しておくことはできない。だから、手を貸してやるよ、レイジ・オブ・ダスト』

「ヨハン君……!」

 

『これは一時の夢だ、俺がいなくなったことに変わりはない。だが、こうして最後にリゼの未来を守る戦いに参加できたことには感謝するさ。お前たちと気持ちは同じだ、俺の力で役立つことは全部使えよ、その代わり、負けることだけは許さない』

『当たり前だ、でなくちゃ、こうして顔を出した意味がない』

「そういうことだ、灰狼、今の俺は1人じゃない。彼女がいる、そしてこいつらがいる、たとえ、お前でも、今の俺を止めることはできない……!」

 

「魂の入れ物風情が粋がるなよ」

「お前だって死者の魂の入れ物みたいなものだろ」

 

「確かに、では、その皮肉に応えようじゃないか。叩き潰してやるからこいよ」

「ああ、これが最後だ」

 

 桜子たちの戦いが決着を迎え、今度は自分たちの番であることをレイジも灰狼も理解する。戦いは間もなく終わる、終わりを迎え、次の未来に向かっての戦いが始まっていく。それを掴みとるのはどちらなのか、最後の激突がこれより始まる。

 




次回、遂に決着の時……!

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第24話「Last Stardust」③

 草原の覇者:チンギス・ハーン、蒼き狼とさえ呼ばれたその人物は我々草原の民にとって、憧れであり神話であった。

 

 モンゴル高原の中で常々部族間の争いを続けるだけであったモンゴル諸部族を纏め上げ、世界帝国へと押し上げた人物、争いに次ぐ争いを引き起こし、大陸の多くの文明を破壊した人物であることから憎まれることも決して少なくはないが、それ以上に、モンゴル部族からすれば功績があり、誰にとっても憧れを抱かれる存在だ。

 

 己もハーンのようになりたい、己も己の帝国を築き上げたい。それが可能か不可能かという次元の話ではないのだ。その神話を聞かされた時から、モンゴルの戦士たちはその偉大な背中を追いかけていくのだ。

 

 力も才能もあったが、血筋だけが足りなかった。誰もが追い求めるように自身もまたハーンの背中を追い求め、至った頂点にて自分自身では変えることのできない事実によって押し潰された。

 

 あぁ、なんと愚かしいことだろうか。可能か不可能かの話しで背中を追いかける理由がないのだから、出来るからと言って同じになれる理由になどあるはずもなかったのだ。

 

 すべてにおいて異質であるからこそ、神話になることができる。圧倒的な存在であり、誰もが認めるカリスマ性があるからこそ、例外でいることができる。

 

 チンギス・ハーンを追い求めながらも、チンギス・ハーンになることが出来なかったティムールには誰よりもそれが理解できている。ある意味ではハーンと同じ時代を生きた破壊達や敵対主たちよりもそれを理解できているかもしれない。

 

 誰にとっても憧れであった。敵にとって恐るべき存在であった。自分は同じになれただろうか。ハーンの名を背負うことが出来なかった以外は同じであったのだろうか。きっと、違うのだろう。運すらも味方に出来る天賦の才能を持つ者と比較すればやはり同じになることはできない。

 

 だからこそ、示すしかないのだ。この場で、チンギス・ハーンに自分が並び立ち、そして超えることが出来たことを証明する他ないのだ。それだけでしか夢を果たす方法を知らない。血筋がないという理由だけで並び立つことを許されなかった者として、一代で栄枯盛衰を味わうことになった兵士たちと共に、華やかな伝説の勝利者に対して牙を突きたてるしかないのだ。

 

「ぬぅぅぅぅぅ!!」

「がぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 裂ぱくの気合いすらも載せた上で、偃月刀が侵略王へと叩き付けられる。同じように戟が襲い掛かり、自身の身体を傷つけるも、馬から転げ落ちることだけは何とかして避けて、戦闘を継続させる。

 

これまでもずっと同じだ。意地の張り合いを続けるように、兵士たちと共に絶えず攻撃を続けている。いずれ来たる終わりの時に、自分が最後まで倒れることがないように、相手の方が先に倒れるのだと愚かしいほどの精神論を携えて、ただただ、愚直に攻撃を続けていく。

 

 戦い方も兵士を率いる方法も、侵略王とさして変わらない。同じ草原の覇者としてそこに差が生まれることもなく、侵略王もそれを受け入れている。受け入れた上で、いやになるほどに、彼はこの戦を楽しんでいる。こちらが必死に敵手を乗り越えんと攻撃を続けているというのに、侵略王はまるで、素晴らしい敵手に巡り合えたとばかりに、自らが傷つけられながらもその戦場を楽しんでいる。雄々しく、どこまでも勇猛に戦に臨む姿を誰が拒絶することができるだろうか。

 

「まったく、そうしたところが気に喰わん。追い詰められてきているのだから、少しは嫌な顔の一つでもしたらどうだ?」

 

「くく、確かにその通りだな。しかし、ティムールよ、余を阻む草原の覇者よ。余は苦々しくも同時に嬉しいのだ。余が去ったその後に、お主ほどの王が姿を見せたことに。そなたが、もしも、数十年早く生まれて、余の配下として活躍してくれれば、これほど、心強い者はいなかったであろう。余の進撃も、余が生きている間にさらに先へとすすめたのではないかと、年甲斐もなく考えてしまったのだ。

 ティムールよ、貴様を今からでも我が配下になどとは言わん。貴様の覚悟を穢すような真似は余にもできん。であればこそ、貴様と最後まで戦を以て語り合うだけだ。異なる時代に生まれながらも、こうして互いの技量を競わせることができる気合いに恵まれたのだ。余も貴様ほどの戦士との戦い、愉しまねばこうして、二度目の生を与えられた意味がない!!」

 

 覚悟も戦う理由も全てを呑み込んだうえで、侵略王と呼ばれた男はティムールの挑戦を歓迎し、自分にとって第二の生を与えられた意味であるとすらのたまう。かつて、世界最大の帝国を作り上げた男が全力で戦を楽しむに値する存在であるのだとティムールを認めているのだ。

 

「まったく、こんなことを言うべきではないが、敵わんな」

 

 敵であろうとも認め、その敵との戦いにこそ喜びを見出す。まったくもってスケールが違う。まさしく真の英雄と呼ばれるべき存在はこのような男を言うのだろう。

 

「だが、戦で迄負けを認めるわけにはいかん、兵士たちや主の、そして友の期待を背負って、今、ここに我は立っている。背負うものがあるのだ、負けられぬのは我も同じく」

「然りだ、背負うものがあるからこそ、我らは強くあらねばならない。将とはそうであらねばならん。誰よりも自由に、そして誰よりも多くを背負い戦場を駆け抜ける者こそが王、何も背負わぬ裸の輩に追い詰められるほど、我らの背中は安くはない」

 

 兵士たちの歓声が聞こえる。スブタイと桜華を倒されても尚、侵略王の兵士たちは皆が勝利を信じている。この王と共にかける戦場に敗北などありえないと信じているのだ。

 

 常勝の王ではない、今であっても、ティムールによって刻まれた傷は無数にあり、身体の至る所から血を流している。圧勝できているわけではないのに、それでも、この男ならば絶対に負けないと誰もが信じているのだ。

 

 そんな男に好敵手のように扱われているのだ。ティムールの武器を握る腕に力が込められる。此処から勝利を手にするために、棺を使うという選択肢もある。より深くまで追い詰められた末に棺を出せば、侵略王を相打ちにまで持ち込むことも可能だろう。ただ、勝利を手にするだけであればそれこそが最も楽に勝利を手にすることが出来る方法であることはティムールも理解できるが、身体が、魂が、その決着の方法を拒んでくる。

 

(分かっているとも、ハーンになれなかったことへの復讐心はこの胸に過りながらも、それでもなお、我は今、真正面からこの男を、我が憧れ、目指した男を乗り越えることを望んでいる。であれば、それに殉じるのが定め、ハンニバル、ユダよ、案ずるな、我もそして、レイジも勝つ。お前たちが与えてくれた力が、我らの背を押してくれている!!)

 

「ぬぅん!!」

 

 激突、再び激突する刃と刃、同時に二人の王を囲んでいる兵士たちが、相手の兵士たちを殲滅せんと一気に激突していく。

 

「貴様とこうしてここで相見えることもまた運命、貴様を斬り、そして世に一度は土をつけた極東の魔術師との決戦に臨む。かの女たちこそが、余を阻むためにこの世界が呼び寄せた抑止力であろう。ならばこそ、彼奴らが余の最後の関門となることも理解できる。草原の覇者を極め、そして、余にとっての敵を屠り、そして願いの為に邁進する。

 何一つとして変わらん。この肉体がある限り、どんな時代、どんな場所であろうとも余はただ駆け抜けるのみである!!」

 

「勝った気になるな、偉大なるハーンよ。貴様の目の前には、まだ我らが、草原の覇者たるティムールがいることを忘れるな!!」

「忘れてなどおらん!! それでもなお、勝つのは余であるということだ!」

 

 肉を割き、骨を砕き、そしてそれでもなお互いの武器を捨てることなどなく激突を続けていく。多くの武器を失い、多くの兵を失い、それでもなお、1人の戦士としてティムールの前に侵略王は立ち塞がる。しかし、ここに来て両者の実力は拮抗、互いに互いを傷つけ合いながらも、総てを背負った将として彼らは決して後ろに退くようなことはしない。

 

 ここにきて、ランサーによって失った人造七星の影響が大きく出てくる。もしも、人造七星が存在し、侵略王の肉体を修復してくれる力が与えられたとすれば、アヴェンジャーに太刀打ちする方法は棺を以てしてもなかったかもしれない。

 

 此処に至るまでの総てが侵略王を追い詰めている。あと一歩、最後の一押しを成すことが出来れば侵略王というこの聖杯戦争における最強の存在を討ち果たすことができる。

 

「王よ、戦いに集中しすぎだ、それでは、この後のキャスターとの戦いまで持たないぞ、今の貴方には人造七星の力は存在しないのだ」

 

 侵略王にとって本懐ともいうべき戦いが展開する中で、むしろ、その状況に苦虫をかみつぶすような思いを抱いているのはマスターである灰狼だ。こんなはずではなかった。自分の計画は完璧であり、絶対に失敗するはずなどない計画を積み上げたはずだった。

 

 しかし、人造七星を失い、桜華までもが命を落とし、そして侵略王までもが今や互角の戦いの中で消耗を続けている。

 

 何故だ、どこで間違えた。どこで歯車が狂い始めてきた。どこで、どこで、どこで?

 

「随分と焦っているな、そんなに困るのか、自分の想定通りにならない状況と言うのは?」

「レイジ・オブ・ダストッッ!!」

 

 灰狼の瞳に明確な憎悪が生まれる。思えば、この瞬間、初めて灰狼はレイジに向けて感情の色を見せたのかもしれない。これまでずっと操り人形、生贄程度にしか思っていなかった少年に対して、明確な敵意と憎悪を向け、その感情のままに槍が振われる。

 

「ぐっ、ああああああああああああ!!」

「そうだ、お前が全てを狂わせている。桜華を目覚めさせるまでは完ぺきだった。しかし、そこからだ、お前が生き残り、カシムを殺し、そして、リーゼリットを翻意させた。それがなければ、ここまで追い詰められるようなことはなかった。お前が、お前の存在が、俺の計画を狂わせている!!」

 

「そんなに、怖いのかよ、自分の思惑以外のことになるのが……随分と、楽な人生を生きてきたんだな、お前は」

「貴様っ!」

 

「思い通りになったことなんて一度もない。何度も何度も這いつくばってそのたびに誰かに助けられて、自分を鼓舞して、血反吐を吐いて、涙を流して、ようやくここまで来ることが出来た。焦るお前の姿は、俺には憐れに思えるよ。俺よりも遥かに強くて、力も持っているのに、その程度のことにも耐えられないんだな、お前は……」

 

 レイジにとってこの戦いの日々は一度だって思い通りにいくことなんてなかった。常に苦しみ、耐え抜くばかりの日々であり、楽な時なんて一度もなかった。それでも戦い抜いてきたことだけは事実だ。一度だって諦めるなんてことはなかったし、それで切り開いてきた道である。

 

 だからこそ、自分の思惑が外れた程度で癇癪を起しかけている灰狼の存在が、レイジからすればあまりにもちっぽけに見える。自分が追い求めてきた相手のメッキがはがれてしまえばこんなものなのかと思ってしまうほどに。

 

『油断するな、動揺した程度でお前が楽に勝てる相手じゃないぞ、あいつは』

『まぁ、そうですね。レイジさんと灰狼殿では、地力が違いますから。でも、今は違います。私達の力総てを使いこなせれば……』

「レイジ君、君のサポートは私がする。だから、最後まで前だけを見て、駆け抜けて!!」

「ああ、行くぞ!」

 

 桜華を失ったこと、そして、自分の思惑が大きく外れ始めていることへの動揺を隠しきれない灰狼目掛けて、弾丸のようにレイジは突っ込んでいく。

 

 その勢いのままに蛇腹剣を振り払い、灰狼の槍と激突し、灰狼が後ずさる。自分の武器をどのように振りぬけば最も効率が良いのか、その到達点へと至るための超反応と、極限状態の中でなお冴えわたる武技、散華とヨハン、共に個人の技量を持ち合わせる二人の力に加えて、リゼの感覚共有によって、自分の限界以上に視界と認識範囲が広がっている。此処までの戦闘経験、七星の血による強制的な強化、溜めこまれてきた疲労と肉体限界をこの瞬間だけ踏み倒したからこそ得られる経験値ではあるが、それが大きく意味を成している。

 

 純粋に、今この瞬間、レイジは灰狼に対しての脅威となりえている。もしも、灰狼がレイジと言う存在を生み出すことが無ければ、この展開が起こりえることもなかったと考えれば、まさしく身から出たさびという話であろう。

 

(俺の計画は間違いなく完璧だった。狂いようがない。多少の失敗はあれども、我々の勝利は約束されていたはずだ。なのに、何故だ、何故、こんな取るに足らない奴に、俺の足元が掬われようとしている……!?)

 

 刃と刃のぶつかり合う音、蛇腹剣と大剣を器用に使い分けながら、灰狼をレイジは追い詰めていく。桜子が桜華に勝つことが出来たのが奇跡であると形容するのならば、レイジがここで灰狼に勝利することができるのもまた奇跡に等しい可能性の世界でしかない。

 

 しかし、それでも戦いは戦いだ。ユダとハンニバルが与えてくれたこの千載一遇の機会を絶対に無駄にはしない。そして、命を懸けた戦いに殉じながらも今、自分に力を貸してくれる者たちを無駄にしないためにも、持ち得るすべての力を使って灰狼を倒すためにレイジは刃を振っていく。

 

「星灰狼、お前は今、痛みを覚えているか?苦しんでいるのか? だとすれば、それはお前が俺達に与えてきたものだ、お前が自分の願いのために俺達に与え続けてきたものだ、いい気味だなんていうつもりはない。それが痛くて辛いことであることは分かっている。

 だが、それはお前が受けるべき当然の報いだ。他人に与えたものは自分にも返ってくる。お前の人生への報いがようやくお前に追いついたんだ!」

 

「訳知り顔で正しいことを語っているつもりか!」

「ああそうだ、正しいことは痛いんだよ。どこまでも、自分にとって本当に正しい道を進めば必ず痛みが伴う。その痛みを忘れるために人を踏みにじって来たんだろう。人の道理を蹴飛ばしてきたんだろう。だから、当たり前だ、受けるべき痛苦が来たってだけだ!」

 

「貴方が、七星の魔術師として、他の聖杯戦争の参加者同様に闘っていたのなら、こんな戦いにはならなかったでしょうね。これは貴方が招いた帰結、貴方が勝利のために犠牲にしてきた総てが、今ここで貴方へと帰ってきているのよ!」

 

「そうか、構わないとも。それならばそれで、俺は押し通るのみだ。卑怯だなんだと言われたところで今更どうでもいいことだ。この身には千年の願いが込められている。お前たちのたかが数年程度の因縁で、無駄にできるようなものではないのだから」

「お前の千年のために俺達が譲ってやる道理が何処にあるんだよ!!」

 

 槍と剣がぶつかり合う。相手を破壊するために、相手に破滅を齎すために、互いに互いを破壊するための攻撃が続いていく。今、絶頂期であるのはレイジだけではない。灰狼もまたこれまでに培ってきた総ての技を使って、レイジを破壊するために攻撃を続けていき、レイジの身体に傷を与えていく。

 

「がああああああ!」

 

「散華の超反応、ヨハンの劣勢ゆえの強化、リーゼリットの感覚共有、確かにどれもが脅威だ。これまでに七星が紡いできたあらゆる力がそこには込められていると言えるだろう。しかし、それでも俺とお前ではそもそも戦闘力が隔絶している。補うことは出来ん、それこそ、千年の未来の為に俺達は技を磨き続けてきたのだから」

 

 至るべき時の為に、約束の時の為に、千年の時間、子孫たちの人生を食いつぶしながら、灰狼であり続けた男の狂気ともいえる願望が、あらゆる力に背を押されているレイジを追い込んでいく。身体から、血飛沫が流れ、筋肉が裂かれ、骨に亀裂が刻まれる。

 

 それでもレイジは食らいつく。灰狼の絶技ともいえる七星流槍術との戦いに喰らいつく。致命傷になりえる攻撃を超反応で避け、傷つくほどの攻撃が来るたびにヨハンの力で、さらに攻撃の動きが増していく。それらの力をリゼの力で高め、一秒ごとに、傷つくたびに、灰狼を追い詰めていく。

 

 さながらゾンビのようですらある。いや、灰狼からすれば、レイジの存在はゾンビ以外の何者でもない。本来であれば、レイジは既に死んでいてもおかしくないのだ。灰狼の計画であればとっくに退場しているはずの存在が未だに此処で何かを囀っている。そして自分を追い詰めようとしている。それがどれほど悍ましいことなのか

 

「お前は所詮、俺達の宿願を果たすための戦いに紛れ込んだ星屑だ。輝くことなど出来ない、またたき、そして一瞬のうちに消え去っていくだけの、誰の記憶にも残らない存在だ。これより先の歴史にお前が刻まれることはない。お前が英雄になることはない。お前の未来は存在しない。だというのに、何故戦う。怒りと執念だけで、何故、そこまでのことができる!!」

 

 灰狼がここまで世代を繋ぎながら自分を維持し続けてくることが出来たのはひとえに、夢があったからだ。叶えなければならない願いこそが、自分を形成してくれた。しかし、レイジは違う。何も残らない、何も実を結ばない。それでも傷つき、戦い続けている。それがどれほど虚しいことなのかを灰狼は知っている。

 

 夢へと邁進する者の足を引っ張るだけの敗残者の行動でしかない。なのに、その瞳には一切の穢れがない。誰かを陥れるために生きているにしては、あまりにも眩すぎる。

 

「そうあると決めたからだ、俺に何も残らなくても、この地獄の先に花を咲かせることができるのならば――――この身体と魂を賭けるだけの価値がある!!」

 

 そう、もしも、ここまで走ってきた総てが間違いであったとしても、正しいものなんて何一つなかったとしても、手にするべきものが何もなかったとしても、それでも此処までの道のりに嘘をつきたくはない。

 

 己の復讐を完遂する―――信じて貫いたたった一つの願い、それだけを果たせるのなら他は何もいらない。

 

「俺が自分を貫いてきたから、仲間たちが力を貸してくれた。今、俺の背を押してくれる力がある。あいつらも一緒に戦ってくれている。意味なんてなくていい、今の闘い続けるのは俺が俺であるからだ!!」

「どうしようもなく愚かだ、救いようがないほどに」

 

『けれど、それでも此処まで駆け抜けてきたからこそ、救われた奴もいる』

『そうだ、ここで止まってしまったら、意味が無くなる』

 

 この身体の持ち主もヨハンも、それを理解している。最善の結末ではなかったし、未練がないかと言えば嘘になる。それでも、レイジが戦い続けてきたからこそ、救われた者がいることを知っているから。

 

「レイジ君、お願い、勝って……!!」

「―――当たり前だ!!」

 

 そうして願われたことであるからこそ、彼は今も戦っている。誰かの決めた正しさなんて知らない、ただ自分だけが知っている正しさの為に戦っている。それだけでいい、それだけで彼にとっては十分な意味を持つのだから。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「ぬおおおおおおおおおお!!」

 

 主たちの戦いに呼応するように、馬を駆けまわしながら二人の男の戦いもいよいよ決着へと向かおうとしている。共に草原の覇者と呼ばれた男であることが嘘のように血に濡れ、身体を穢しながら、それでもなお、目の前の男よりも己が強いことを証明するために戦い続けていく。

 

 最後は結局のところは意地の張り合いだ。どちらが最後まで残っていることができるのか、どちらが最後まで意地を張り通すことができるのか、互いに互いへと与えた攻撃は十はくだらず、それ以上は覚えていない。

 

 どちらが最後まで立っているのかだけを求める争いは兵士たちの喧騒の中でも終わることなく続き、輝いている。

 

「英雄同士の争い、どれだけ絢爛な宝具を扱い、人々の記憶に残るような在り方を示したとしても最後に残るのは、結局のところは想いの強さ。実力が伯仲しているからこそ、そこから逃れることはできない。アヴェンジャー、貴方は侵略王に勝利することこそが貴方の望みであると語った。けれど、こうして泥臭く、実力が拮抗した状態で戦っている時点で貴方はもう既に証明しているのではないですか」

 

 スブタイを倒したアステロパイオスはそのように呟く。アヴェンジャー;ティムールにとっての願いは草原の王になることが出来なかった自分が侵略王と同列の存在であったことを証明することであった。その為に此処まで戦い続けてきた。「血」という生まれた時点で最早覆しようがない要素によって、王になる道を絶たれてしまった彼にとってはそれだけが自分の正しさを証明する方法であったのだから。

 

 客観的に見て、ティムールと侵略王の戦いは互角だ、兵士たちの戦いもサーヴァント自身の戦いも、願った思いは報われている。スブタイとも戦い、モンゴル軍の強さを知っているアステロパイオスは間違いないと思うのだ。

 

 けれど、ティムールは満足しない。それでは終われないのだ。彼にとってはまだ掴むことが出来ていない事実が残っているから。

 

「ぬぐうぅぅぅぅl」

 

 そこで状況が大きく動く。ティムールの放った偃月刀の刃が侵略王の片目を切り裂き、身体のバランスが大きく崩れる。極限の状況の中で動体視力に変化が生み出されただけでも、状況を変化させるには十分すぎる状況、しかして、侵略王も決して負けてはいない。

 

「まだだぞ、まだ余は負けてはおらんッッ!!」

「がはぁぁぁぁぁぁぁ」

 

 片眼を犠牲にしたとすらいえるかもしれない。偃月刀ではなく、馬の額に戟が突き刺され、ティムールの身体が落馬する。地に叩き付けられ、しかして、すぐにティムールは起きあがり、偃月刀で戟の一撃を受け止める。だが、馬の激突によって全身の骨がメキメキとひび割れ、呼吸すらもままならない。

 

「がはっ、ごほっ、あがぁぁ」

「これで、決着をつけるとしよう。偉大なる草原の王よ。貴様は余がこれまでに出会った草原の戦士の中で、最も勇猛であり、最も強き男であった」

 

 その言葉を餞に死ぬがいいと再び駆ける侵略王の馬、これより放たれる攻撃によって戦いが終わりを迎える。これより先に今だ戦いを残しているのに、これほどのダメージ、先が思いやられるが強き男との戦いの結果であれば致し方ないだろうと割り切る。

 

 そうだ、戦こそが己の人生、戦い、駆け抜けることに費やしてきた、ならば強敵との戦いで傷つくことで何を厭うことがあるのか。そうして駆け抜け、決着を付けようとした矢先に――――侵略王の馬の動きが止まる。

 

「なに――――」

「総てを使って勝利する。そういう話であろう」

 

 地中より、まるで這い出てくるように骸骨兵士たちが、ゾンビのように半身だけを地面から浮き上がらせ、侵略王の馬の足を掴んでいるのだ、そうして動けなくなった馬を揺さぶり、バランスが崩れる。

 

「何をしている、この程度で止まるはずが無かろう!!」

 

 侵略王の愛馬としてそのような体たらくは認めんと手綱を引くが、起きあがったティムールが、脱兎のごとく駆け、偃月刀によって、馬の首を斬りおとす。

 

「―――――」

「最後まで驕るな、我はまだ負けてはいないッ!」

 

 まさしく一瞬、一瞬にて、侵略王の愛馬は殺戮され、侵略王は戟を握り、ティムールを貫かんと馬より飛び立つ。

 

 判断も反応も、決して間違ってはいない。むしろ、最善の判断であったと言えるだろう。しかし、そこは予測をしていた者と予測をしていなかった者の激突、それが最後の最後で明暗を分けた。

 

 筋肉が裂けることも、骨が砕けることもいとわずに、ティムールの身体に戟が刺さる。心臓スレスレギリギリの場所を戟は貫くが、それはすなわち、殺しきれなかったことを意味している。

 

 そう、あえて、自分の霊核が傷つくことすらも理解し、侵略王の身体を繋ぎ止めた。だからこそ、その刃が届く。

 

 馬を斬り殺す際に偃月刀を勢いのままに宙に飛ばした。その偃月刀が再び手に戻り、投擲するように、侵略王の心臓目掛けて突きたてられる。

 

「がああああああああああああ!!」

「これで……終わりだッッ!!」

 

 その心臓に突き刺した偃月刀を引き抜き、首筋目掛けて放たれた一撃が、侵略王の身体に致命傷ともいえる両断傷を生み出す。

 

 一撃を受け、戟を握る力すらも失くしたのか、侵略王の手から武器が離れ、そして、ここまでずっと戦い続けてきた男が仁王立ちのまま、そこに立ち尽くす。

 

「馬を犠牲にしたのも全ては策か?」

「勝つにはすべてを捧げる必要があった。例えそれが、どれほど愚かしいことであったとしても」

「くく、見事な執念よ、まったく、見事に阻まれてしまったではないか……」

 

 侵略王の身体が黄金の光に包まれていく。この聖杯戦争に置いてまさしく最強の存在であったはずの男は遂にその姿をこの世界から退去させていく。

 

 悲願は叶わなかった。もう一度の大陸制覇を夢見ながらも、それは叶わぬままにこの世界より退去する。だというのに、男に後悔の様子は欠片も見えなかった。

 

 戦い抜き、そして敗北した。そこに二言はない。ここまでに戦い抜いたすべてが真実であり、輝かしい日々なのだから。

 

「アヴェンジャー……、いいや、ティムールよ、貴様は草原の覇者である余に勝った。冠がなかったとしても、その事実は消えぬ。ゆめゆめ忘れるなよ、この事実を座にまで持ち帰るがよい」

「我1人の力であったと言えぬがな」

 

「然りだ、総てを出し尽くして、そして敗北したのだ。ならば、貴様の勝利であろう。余を越えることこそが貴様の世界に対しての復讐であったのだろう?ならば、それは叶えられた。貴様は自らの手で、貴様の願いを叶えたのだ。

先達として寿ごう、余に並び、越えた英雄よ。ハーンの冠などなくとも、何を嘆く必要がある。貴様はこのチンギス・ハーンの認めた漢だ」

「………っ」

 

 どうしてだろうか、胸にこみ上げてくる思いがある。認められたという感情が強く胸を打つ。そこで気付く。自分は認められなかったのだろう。追いかけ続けてきた憧れに、お前が駆け抜けてきた日々に意味はあったのだと……、例え、ハーンになれずとも、お前の生きた意味はあったと認められたこと、ここにようやく彼は辿り着くことが出来た。

 

「ではな。願わくば、またもう一度、何処かの戦場で出会えることを」

「まさか、もう二度と、貴殿と戦うことはごめんだ」

 

「ははッッ!! ああ、未練がないわけではない。すまんな、灰狼よ、愚かな王を嘲笑うがいい。だが、それでも、お前が与えてくれた二度目の生、十分に堪能したぞ!! お前が後から追ってくるのならば、その時には労ってやる。最後まで戦うがいい」

 

 自分を蘇らせてくれた臣下の願いを叶えることが出来なかったことにだけは、後悔を覚えながらも、それもまた一つの結末であると侵略王は受け入れる。踏みにじってきた思いがあったように、今度は自分たちが踏みにじられただけなのだから。

 

 そこに善悪の区別をつけることはなく、世界最高峰の英雄:侵略王チンギス・ハーンはこの世界より消失した。黄金の光すらも彼からすれば、見通りする輝きであったように。

 

「総てを出し尽くした、か……」

 

 そして、侵略王とほとんど変わらないほどの時間で、アヴェンジャーの身体もまた光に包まれていく。ああ、最後に別れの言葉を告げるべきだったか。此処まで自分たちを連れてきてくれた主に。

 

「いや……」

 

 翻って必要ないだろうと割り切った。陳腐な言葉など要らない。為し遂げた、それだけで自分たちには十分だった。

 

「さらばだ、我が主よ、我はそなたと出会って救われた。ここまでの戦いに意味はあった。意味はあったのだ……!」

 

 たとえ、この記憶が座に戻れば消えてしまう記憶であったとしても、どうか、その最後の瞬間まで胸に記憶に刻み付ける。

 

 レイジ・オブ・ダストと言う存在がいたことを。世界に訴えかけるようにして、最後のアヴェンジャー:ティムールはこの世界より消失する。

 

 たとえ、どんな思惑があったとしても、己が認めるマスターに出会えたことを誇りとしながら。

 

「王よ……嘘だ、ありえないだろう。桜華だけではなく、貴方までが、それでは、俺のこれまでの戦いは―――――」

「ああ、そうだ、終わりだよ。お前の積み上げてきた総てはここで終わる。俺が終わらせる……!」

「がはっっ!!」

 

 侵略王の消滅、桜華の敗北に続いて引き起こされた想定外の状況に対して、灰狼はレイジと戦っている最中にもかかわらず目を見張った。何が起こったというのか、信じられない。こんなことが起こっていいはずがない。彼の頭の中で浮かんだ言葉はさまざまであっただろう。

 

 しかし、結果的にその隙をレイジは見逃さない。自分の相棒たちは、やり遂げた。最後に交わす言葉がなかったとしても、やり遂げたということが最大の意味を持つ。

 

 別れの言葉はいらない。それ以上の絆で繋がっていたことが確かだからこそ、レイジは消失した自分の相棒への餞代わりに灰狼へと一閃を叩きこむ。身体を切り裂かれ、灰狼の身体から血飛沫が上がる。肩口から腰回りにまで刻み込まれた傷は、明らかな致命傷、技量で上回ったわけではなく、あくまでも隙をついただけであるとはいえ、灰狼の身体が膝から崩れ落ちる。

 

「ふざ、けるなぁぁぁぁぁ!!」

 

 だが、膝から崩れ落ちるよりも早く灰狼が最後の力を振り絞るように槍をレイジへと向けて振り回す。当然に超反応によって、レイジは攻撃を避けるが、灰狼はそんなことなど関係なしとばかりに攻撃を放ち続けていく。

 

「お前だ、お前のせいだ。お前がいなければこの結末にはならなかった。定められた勝利はゆるぎなかったはずなのに、お前が、お前がぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「ああそうだ、俺はお前たちの運命に紛れ込んだ星屑だ。お前たちがクズ星と断じた決してこの物語の主役になんてなれない存在だ。

 だが―――――俺をクズ星と断じたお前の慢心がこの結果を生み出した。いい気味だな、どうだ、視界にもいれなかった星屑に総てを奪われる気持ちは?」

 

 最大限の悪意を以て、総ての怒りを凝縮した言葉を以て、レイジは灰狼に言い放つ。怒りと悔恨、その総てがかないまぜになり、灰狼は攻撃を続け、超反応を駆使しているレイジにも攻撃が届くものもある。

 

 怒りという感情の増幅によって、基本スペック以上の力を発揮することができるのは灰狼も同じだ。彼は今、人生で初めて奪われた側になった。これまで常に踏みにじる側の人間であったはずなのに、今の灰狼はどうしようもなく胸が痛い。

 

 どうすれば回避できたのか、何がいけなかったのかを自問自答するばかりであり、常に冷静沈着に此処まで策を企ててきた姿は微塵も見えない。

 

「痛いか、それがお前がこれまでしてきたことだ。俺達が受けてきた痛みだ。その痛みを胸に刻んで、奈落の底にまで堕ちて行け」

 

 レイジが構える。容赦はしない。同情もしない。灰狼の境遇が憐れであったとしても、この結末に至る理由を生み出したのは彼自身だ。夢を叶えるためにあらゆるものを犠牲にしてきた。死神の足音がようやく追いついたのだから。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「許さん、許さん許さん許さんぞ!!どこの誰でもないお前が、俺の、千年の、願いを阻むなど、そんなことが許されて――――」

 

「先に地獄で待っていろ、俺もすぐに行く。言いたいことがあるのなら、そこで聞いてやる。俺もそんな簡単にお前を逃がすつもりはない」

『さぁ――――終わりだ、行け』

 

 心の中で声を上げるもう一人の自分に背を押されて、大剣を振りかぶる。そして、破れかぶれになっている灰狼へと放たれる一刀は、首筋から血しぶきを流し、返り血を浴びながら、その戦いの勝敗が決まったことを理解させるには十分だった。

 

「無念、だ……俺達の、千年の、すまない、灰狼たちよ、俺は――――」

 

 千年に渡って紡いできた願いと夢、そして脈々と受け継いできた灰狼と言う存在、その総てが無に帰る、それがどれ程の悲劇であるのかをレイジは知らないし、知るつもりもない。灰狼がレイジたちにしてきた仕打ちの惨さを理解しようともしなかったように、レイジもまたそれを理解するつもりはない。

 

 すべては星屑の怒りを叩きつけるために、そのためだけに此処まで来たのだから。それ以外の何かに拘泥するつもりはない。

 

「星灰狼、私は、いいえ、私たち七星は――――過去の呪縛を乗り越えて、この世界で新しい生き方を見つけます。過去のためではなく、未来の為に、私達も歩んでいきます。今日はその訣別の日です」

「は、はは……、せいぜい、やって、みせるが、いい、さ。お前もまた、夢に破れ――――――――」

 

 最後まで言葉を紡ぐこともできないままに、星灰狼は命を落とした。生まれたその時から灰狼であることを宿命づけられ、何世代にも渡って、初代灰狼の願いを背負い続けてきた呪われた血筋は、その願いの道具として生み出した存在によって討ち果たされたのだ。

 

「終わ、ったの……」

「ああ、終わりだ。これで残るはあとひと―――――」

 

 バタリと、その場でレイジが崩れ落ちる。総ての力を使い果たしたように、役割を終えた機会がその動きを停止するように。

 

「レイジ君!!」

 

 リゼが声を上げて駆け寄る。スッとこれまで、レイジをアシストしていた散華とヨハンの気配が消えていく。役目を終えた死人がいつまでも残っているつもりはないとばかりに。

 

『さようなら、リーゼリット様。貴方が私にくれた言葉は決して忘れません』

『もう君を縛る運命はない。自分のやりたいように生きてくれ。それが俺達の願いなんだ』

 

 耳元に届いた言葉、リゼは歯を食いしばり、力強く頷く。もっと傍にいてほしい、そう言うのは簡単だけれど、それは未練でしかないから。だから、口には出さない。それが力を貸してくれた者たちへの誠意であると思うから。

 

「少し見ない間に、随分と立派になったお姫様」

「――――――」

 

 倒れたレイジを抱きかかえるリゼに、彼はそう反応した。身体は動かないが、何とか口だけは動かせる様子で、その言葉はレイジの言葉ではないことが分かって、リゼは溜めこんでいた気持ちを爆発させるように涙を滲ませて、けれど、泣きはしなかった。きっと、これが最初で最後の言葉を交わす時であると思ったから。

 

「うん、そうだよ……だって、約束したじゃない。私が、この国を変えるんだって、君に出来ないことを、私が……するんだって……」

 

 精いっぱいの笑顔を浮かべる。彼に心配などさせたくないから。あの日に誓った、地獄の先にだって花を咲かせることができるんだってことを証明するためにリゼは、これまでも葛藤し続けてきた。勿論、簡単に結論が出せるわけではない。リゼが生きている間にどこまで進めることができるのかもわからない。

 

 けれど、大切なことは進み続けることだと知っているから。もう、あの日の無知な自分ではないことを彼に知ってもらいたくて精一杯の笑顔を向ける。女王らしからぬくしゃくしゃの笑みであったかもしれないけれど、彼はその表情を見て、安堵の笑みを浮かべる。

 

「ずっと、後悔していたんだ。約束していたのに、会えなかったこと……だけど、安心したよ。もう一度こうして会えたことが俺にとっての奇跡だった。アンタの為に命を懸けた俺達の選択に間違いはなかった。今なら、そう信じられる」

 

 自分のあの日の選択も、ヨハンがレイジとの戦いの果てに選んだことも間違いではなかった。そう信じることができるから。

 

「――――誰かの明日を、よろしく頼む」

「………うん」

 

 互いにもっと伝えるべき言葉はあったはずだけれど、その感情を開いてしまったら、きっとこの別離はもっと辛いものになるから。この奇跡に感謝をし、見送るための言葉を互いに紡いでいく。

 

 静かに、彼の意識が消えていく。ほんのわずかな時間、結局、名前さえも聞くことが出来なかった相手に別れを告げて、もう一度、レイジの意識が表層へと出てくる。

 

「………終わった、な」

「うん………」

 

 短いようで長い旅路だった。絶対に不可能であると言われながらも、レイジは自分の目的を果たすことが出来た。それは祝福されてしかるべきだろう。何も残らなかったとしても、ここで終わりになるとしても。

 

「いや、何も残せなかったわけじゃない……、こうして戦ってきて、ここまで来ることが出来たから、アンタとあいつはもう一度、会う事が出来た。アンタの顔を見て、分かったよ。意味はあったんだって」

「レイジ君……」

 

 無意味ではなかった。もしも、レイジが膝を屈していれば、彼とリゼがこうして言葉を交わすことは出来なかっただろう。今、ぐしゃぐしゃの笑みをリゼが浮かべることが出来ているのは、レイジが泥にまみれても、這いつくばっても戦ってきたからだ。

 

 こんな地獄の先にも、不恰好でぐしゃぐしゃでも、笑顔の花を咲かせることが出来たのなら、ここまで戦ってきた意味はあった。

 

「ああ――――よかった」

 

 自分自身ですらも曖昧な存在である中で、それでも、この二人を導くことが出来た。心とは果たしてどこに宿るものなのだろうか、心臓だろうか、脳だろうか。塗りつぶされた彼の魂は果たしてどこにあったのだろうか。この一瞬の奇跡が生んだ幻だったのだろうか。

 

 理屈なんてどうでもいい。二人の間に確かに感じるものがあったのなら、それで十分ではないか。

 

「俺の復讐には意味があった。アンタを殺さなくて、よかっ―――――」

 

 静かに、これまでのどんな時よりも穏やかな表情でレイジ・オブ・ダストは目を閉じ、息を引き取った。

 

 誰でもなかった少年の物語はこれにて終わる。これより先の歴史には決して刻まれることはない、名もなき英雄、されど、確かに世界を救った少年の物語はこれにて終わりを迎えた。

 

「ううん、違うよ。君は七星を全てを倒した。だって、七星であった私は、あの日に君に殺されて、そして生まれ変わったんだ。お疲れ様、レイジ君。君の復讐は確かに完遂されたよ――――」

 

 餞の言葉を口にして、リゼは屈み、もう二度と目を覚ますことのない少年の唇に自分の唇を重ねる。伝えることの出来なかった気持ちを伝えるように。

 

 ついぞ叶うことのなかった恋であったけれど、意味はあったのだと思う。この別れにも意味はあった。だから、昨日までの自分よりも少しだけマシになって進むことができるだろう。託された者として背負って生きていかなければならないのだから。

 

 これにて星屑の如き復讐の物語は終わりを迎える。

 故に――――これより先は、神と人の物語である。

 

「顕現せよ――――――『万物流転――善悪二元論』」

 

 瞬間、世界そのものが変質する。何がと表現することはできない。しかし、世界の何かがかちりと切り替わったような認識を誰もが覚える。これまで変わることのなかった世界法則がこの瞬間に、大きく変質を始めたのだと。

 

「残念だ、実に残念だよ、侵略王、そして灰狼、君たちと争う未来を夢見たが、どうやら私が一枚上手だった。恨み言はやめてくれよ、君らが始めた物語だ。

 悪は消え、そして善が残る。それこそがアヴェスターの世界、されど、再び悪は生まれる。人間とは容易く悪にすり替わる者であるとすれば、善にて世界を変えるしかあるまい。

 我らが神の御心を以て」

 

 セイヴァー:ザラスシュトラ、絶対善神の御使いとしてここに立つ者は預言書の如き自身の経典を展開する。それこそが彼の宝具、世界改変宝具であり、善悪二元論の世界へと転じる力である。

 

 この世界そのものを善悪二元論の世界の法則で染め上げ、そして絶対善神の復活の土壌を生み出す。彼はその為に呼び出され英霊、聖杯に溜めこまれた都合、12騎のサーヴァントの魂を糧として、この奇跡を引き起こさんとする。

 

「さぁ、新たな世界の物語を始めよう」

「――――よぅやってくれたな、レイジ、桜子。後は任せろ、ここからはウチらの仕事や」

 

 しかし、そのアヴェスターの展開が止まる。方円状に広がっていくはずの世界法則がルプス・コローナを覆う辺りで止まってしまった。

 

 そして、天に浮かぶはずの太陽が陰る、まるで常世の闇が訪れるかのように。

 

「神祇省決戦術式―――展開、対界宝具『天岩戸』セプテム全域に行使、これでお前らの神話はこれ以上広がることはない」

「ほう、なるほど、まさかまさか。見落としていたとも、ああ、そうか、そういうことか。まったく、これは度し難い。我々はみなすべて騙されていたということか」

 

 天にて睥睨するセイヴァーの視界に地上に立つ二人の女の姿が見える。これまで決して姿を見せてこなかった者たちが、その牙を向く瞬間が始まりを迎える。

 

 その意味を理解し、セイヴァーは自身の完璧な計画にもまた穴があったことを理解させられた。

 

「冠位は―――――1つに非ず、ああよほど世界は我らが神を恐れているらしい」

「………」

 

『朔姫よ、神祇省の代表として聖杯戦争に参加するお前に命じる。我らの敵はただ一つ。

 ――――役目を果たすために、何を犠牲にしてても、最後まで無傷で生き残れ』

 

第24話「Last Stardust」――――了

 

 ――カミサマずっと1人でさ、できっこない夢を追いかけて、バカな僕らにゃそもそも、飴はいらないんだ。

 

次回―――第25話「リィンカーネーション」

 




次回は4日後の22日(日)に投稿する予定です、この物語もあともう少しで完結です、最後までお付き合いしていただけると嬉しいです!


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第25話「リィンカーネーション」①

「秋津にて行われた聖杯戦争、此度もまた、かの神の復活は阻止された。いや、神自身が復活を拒んだと言ってもいいかもしれない」

 

「そんな大層な言い方せんでもええやろ、単純に復活するだけの魔力が足りなかったって話しやん?」

 

「その通りだ。だからこそ、おぞましいのだ。かの善神は復活するだけの魔力さえ存在していれば、いつでもその姿をこの世界に顕現させることができる。これがどれほどおぞましいことであるのかは、朔姫、未熟なお前でもわかるだろう」

 

 10年前、秋津市にて聖杯戦争が執り行われた。勝利したのはエーデルフェルト家の当主、その裏で暗躍していた絶対善神アフラ・マズダのことは魔術世界の中では一部のモノに騒がれるような状態ではあったが、聖杯戦争が開催されたという情報が大きく流れたことによって、まことしなやかに騒がれる程度の所で落ち着いてくれた。

 

 いいや、落ち着かせたと言ってもいいだろう。そのように仕向けたのは、ウチら神祇省であったのだから。

 

「甦った神は、我ら人の手ではどうしようとも太刀打ちすることはできない。甦る前に何としても対処しなければならないだろう」

 

 人では神に太刀打ちできない。真なる神と呼ばれる存在達はまさしく、人知の及ぶ領域を超えている。どれだけウチらが必死に戦力を揃えたところで、ほんのわずかな行動で全てが灰燼と帰す。サーヴァントに対して聖杯戦争と言うものが機能しているのは、聖杯戦争の領域へと英霊たちを押し込んでいるからである。無数のセーフティーネットを作りこんだうえで戦っているからこそ、儀式としての体を為している所が大きい。それらを失ってしまえば、決して人間は神に対抗することはできない。

 

 たとえ、神が全能ではなかったとしても、限りなく全能に近い神を相手取ることは人間には不可能なのであるから。

 

「既に、東欧のセプテムにて、かの善神の反応が検知され、高密度の魔力反応も感知した。おそらくは、神の使徒とでもいうべき存在を呼び起こしたのだろう。秋津の聖杯戦争でかの善神が甦ることはなかったが、大きく力を取り戻したであろうことは誰も口が揃えて認めるところであるからな」

 

「なぁ、そもそも想うんやが、そんな状況やったら、そもそも、ウチらがどんだけ必死になったところで意味がないんとちゃうか? ウチら神祇省がどれだけ必死に戦ったとしても所詮、人間は人間や、神に太刀打ちできないんなら、必死になったところで結果は変わらんわ」

 

「左様、しかし、我らは神祇省、この日の本で己の復活を目論んでいたような異国の神をそのまま放逐することなど認められはしない。この日の本の魔術師たちを統括する立場である我ら神祇省の沽券に関わる」

 

 結局は沽券とかそういう話になるのかと朔姫はウンザリとする。この10年間、神祇省は徹底的に絶対善神アフラ・マズダの行方を追っていた。秋津の聖杯戦争が終わった後、聖杯の消失と共に、アフラ・マズダそのものであろう強大な魔力反応は消失した。神が消滅したなどと楽観的に考えることができるのであれば、楽な話ではあったが、そう簡単な話しではない。

 

 神は復活のためのステージを変えた、それが神祇省の最終的に下した結論であった。聖杯戦争に置いて、神は復活する可能性の兆しを見せた。しかし、単純に魔力が足りない。「たった七騎」程度の魔力では、アフラ・マズダ復活の燃料としては足りなかったのだ。

 

 その新たなステージとして選ばれたのがセプテム王国、裏では、日本出身の暗殺一族である七星の血を引く者たちと繋がりがあるのではないかと噂されている国家である。

 

 きな臭さで言えば、調べた時点で漂ってくるほどの臭いを感じさせるが、問題は、対処可能な話しであるのかどうかという所である。

 

 正直に言えば手に余る。朔姫は自分が神祇省の中で一番の天才であるという自負があるが、それも結局は人間の範疇の世界であればである。神を調伏しろなどと言われたところで出来る自信はないし、そも、日本から出ていったのなら、それはもう自分たちの範疇を離れた話という認識になるのではないだろうか。

 

「朔姫―――神祇省の長として命じる。セプテムで開かれる聖杯戦争に参戦し、アフラ・マズダの復活阻止を為し遂げろ」

 

「言うと思ったわ。せやかて、それはむ――――」

「世界は絶対善神の復活など望んではいない。かつての聖杯戦争に呼び出された存在であるとはいえ、それが未だに復活を為し遂げることが出来ないのは、神の顕現と言う世界そのものへの干渉を、世界自身が拒絶している何よりの証拠であろう。であれば、世界は必ず抑止力を生み出す。神を顕現させることを封じる存在、そのような規格外の存在を呼びだすことができる土壌があるとすれば、それは聖杯戦争を置いて他にはないだろう」

 

「おい、待てや、本気で言っとるんか? 本気で抑止力の力そのものを、サーヴァントとして呼び出そうとしておるんか!?」

「左様、それこそが我ら神祇省がセプテムの聖杯戦争に参戦する理由だ。抑止力が聖杯戦争に呼び出されたとしても、アフラ・マズダの使徒たちが邪魔をすれば、復活を阻止できなくなる可能性は高い。かの神がただ手をこまねいて、何も準備をしていないなどということは万に一つもないだろう。

 導くべきものが必要なのだ、朔姫。聖杯戦争が終わるまで決して顔を覗かせることのない黒幕を追い詰めるための存在が」

 

 なるほどと朔姫は大きくため息をつく。言うなれば監視役であり、黒幕だ。聖杯戦争の参加者として抑止力によって呼び出された対善神用の存在が最後まで聖杯戦争を生き残るように状況をコントロールするための存在、勝利条件は言うなれば最後まで生き残ったうえで、なおかつ善神の復活を阻止すること。

 

 まともに考えれば聖杯戦争に勝利することに加えて、なおかつ最も困難な条件を突きつけられているに等しい。並の魔術師であったとしても勝ち残ることができるのかは不明な聖杯戦争に、更なる追加ルールを加えるなどと正気の沙汰とは思えないが、長の命令である以上、朔姫に拒否権は実質的には存在しえない。

 

「ウチに死ねと言ってるようなもんやぞ」

「神祇省の次期当主に最もふさわしいお前であれば乗り越えることができるという確信を持っているからこそだ。我々も全力でバックアップをする」

「死ねや、クソジジイ。こんなに褒められて嬉しくなかったんは初めてや!」

 

 自ら死地に飛びこませようとする奴の言う言葉ではないと朔姫は怒りをあらわにするが、やらないとは言わない。言えないと言い換えた方がいいのかもしれないが、命じられた時点で逃げ場はない。

 

 それを拒絶するのならば、朔姫は神祇省の姫として与えられてきた権威や立場の総てを捨てるしかない。名誉も権力も、相応の義務を背負うからこそ与えられる権利なのだ。朔姫にとってもそれを果たさなければならない時がやってきたということである。

 

「ひとつ条件がある」

「言ってみなさい」

 

「護衛として、七星……いや、遠坂桜子を同行させたい」

「構わないが、神祇省の中には姫であるお前の護衛としてであれば自ら志願する者ですらいるだろう。それでも、彼女を選ぶ理由は何だね?」

 

「敵には七星の関係者が間違いなくおる。そういう時に、同じ七星である桜子がいてくれるだけで対応方法は大きく変わってくる。加えて、あいつは魔術師としても一流で、なおかつかつての聖杯戦争の参加者や、下手な神祇省の連中を護衛につけられるくらいなら、桜子一人おる方がよほど安心感があるわ」

「確かに、それは理解できる内容ではあるな、一考しておこう」

 

 実際の所、朔姫としては護衛など誰でもいいと思っていた。別に護衛の質で自分の戦いが変わるわけではない。神祇省が求めているのは、朔姫の陣営が最後まで生き残ること、全員を倒して聖杯戦争を制するという話であれば戦力については、厳選に厳選を重ねなければならないだろうが、こと、最後まで生き残るということだけであれば、そこまで大きな心配をする必要はないと思っていた。

 

 生き残るための術であれば幾らでも思いつく。それが外道の方法であったとしても、命令であればそれを遂行するのが組織と言うものだ。

 

 だから、桜子を選んだのは朔姫なりの私情である、桜子とは10年前の聖杯戦争を終えてから、彼女が神祇省に入って、修行をしていたことでも親交があるし、彼女が聖杯戦争で七星の血をこの世から消し去ることを望んでいたことも知っている。

 

 ある意味で此度の聖杯戦争はその最後の機会ともいえるかもしれない。奇跡へと手を伸ばすことができるかもしれない最後の機会ではあるが、セプテムで行われる以上、彼女には参加の余地がない。その切符を渡すくらいのことは、この嫌な任務を遂行するためのモチベーションとして持ち込んでも良いのではないかと朔姫は考えたのだ。

 

「んで? ウチは誰を召喚すればええんや? そこまで青写真を描いておるんやから、当然にそこも考えてあるんやろ?」

 

 此処までお膳立てをしているのだから、朔姫自身に英霊を選ばせるようなことはしないだろう。抑止力に選ばれるほどに強力な英霊、それをこちら側から呼び寄せて強制的に縁を確保する。神祇省の老人たちの考えそうなことであり、朔姫としても受け入れることを前提に問いを投げ、老人はあっけらかんと答えた。

 

「左様、我らが呼び出すは神州における最高峰の英霊、人では神に勝つことができない。ならば、神には神をぶつけるほかあるまい」

 

 神へと仕える者たちによって生み出された組織の長が口にするのはあまりにも不遜が過ぎる言葉ではある、しかし、組織などそんなものだ、人間が運営する組織である以上、絶対に人間が主体になる。アフラ・マズダを擁していたゾロアスターの教えとて同じはずだ。彼らは神の存在など求めていない。神は神であってくれればいい。利己的であるし、信じる者からすれば冒涜的であるが、実際の所はそれ以上のことを求める必要はない。

 

 だが、真に人の手に負えない事態が起きた時には結局のところはこうなる。神に縋らなければ、人では世界を救えない。

 

 そうして、神祇省は英霊召喚の儀式を行った。しかし、それはただの英霊召喚の儀式ではない。前代未聞の神を落し込むための憑代を召喚し、そこに神を封じる。その上で、アフラ・マズダに察知されることを逃れるため、憑代だけの人格を残した上で、神を術式と令呪をもって封じたのだ。

 

 それはすなわち、神霊サーヴァントを召喚しておきながら、その力を封じて憑代だけで戦うことを強制するに等しい。いかに憑代が高名な英霊であったとしても、まともな聖杯戦争の戦い方ではない。召喚された倭姫命は、神祇省のイカれているとしか思えない聖杯戦争の指針を聞かされて、思わず泣き言を口にした。

 

 何せ彼女には、文字通り、神の代わりに戦えという命令が下されたに等しいのだから。

 

「はええええ、無理です無理です、戦いなんて無理です! 私、ただの巫女なんですよ! 天照様の代わりに戦うなんて、私には無理です! 退去させてくださいぃぃぃ」

 

「ふっざけんなぁぁぁ、お前を召喚するためにウチらがどんだけ労力と金を費やしたと思ってんねん、お前、日本でも最高峰の巫女なんやろ、その自覚を持てや!」

 

「そんなの知りません、ていうか、そんなの後の時代の人が勝手に描いただけじゃないですか! なんですか、草薙剣を扱っていたとか、そんなの私、たまたま持っていて預けただけですよ! こんなの捏造ですぅぅ!!」

「おい……、どうすんやこれぇぇぇぇぇ!!」

 

 神祇省の思惑が大きく外れたのは、召喚された倭姫命が、戦闘を拒絶するほどの臆病な性格であったこと、戦う力はある、ステータスを見ても、決して聖杯戦争を勝ち抜けないほど弱いわけではない。むしろ、宝具の性能など考えれば、これ以上の当たりはない。タズミ側の戦力がどのような様相になっているにしても、彼女が本気を出せば朔姫の力と合わさって、決して見劣りするものではない。

 

 紛れもなくスペックだけを考えるのであれば、問題はないが、本人の性格までもを召喚するまでは見極めることができない。何せ、アステロパイオスのように本来は女性であっても伝承の中で男性として扱われているようなケースもあるのだ。

 

 神話に名を残した英霊のすべてが聖杯戦争に向いた存在であるかどうかなど、それこそ召喚してみるまではわからないのだ。よって、倭姫が戦闘に限りなく向かない臆病な性格であったとしても、ありえないという話ではないのだ。彼女はあくまでも天照大神の巫女、戦を生業にしてきた戦士や騎士、あるいは兵士ではないのだから。

 

「わ、私なんかよりも、もっと適任の英霊がいるはずですよ、もっと、その人を召喚するべきだと思います……」

「何言うとるんねん、お前のような奴をもう一体召喚するような余裕があるわけないやろ、どんだけリソース割いて召喚したと思ってんねん!」

 

 もっとも、そんな怯えているような様子は朔姫にとって、看過できるような状況ではない。神祇省にとっても此度の聖杯戦争は絶対に負けることができない戦い、そのためにこの10年間、準備を続けてきたのだ。

 

「よぉし、いい案が思いついたで~~」

「ひぃぃ、なんだか、すっごく悪い顔をしているよ、この娘、私よりもちっちゃいのに!」

 

「黙れェェェェ、ちっちゃい関係ないやろ! おい、ビビり、お前の考えはよぉ、わかった。ウチも鬼やない、戦いたくない言うてるやつを無理やり令呪で縛るようなことはしたくあらへん。これでも、ウチは理解あるマスターやからなぁ」

 

「じ、じゃあ、戦わずに――――」

「イメチェンや」

「は……?」

 

「だから、イメチェン! 地味娘が突然、大学デビューして、ギャルになってまうように! 芋くさい女が突然、彼氏ができた瞬間に垢抜けるように、ビビり地味巫女、お前もイメチェンして性格を変えればええんや!!」

「………、え、この人何言ってるの? 頭おかしいんじゃないの?」

 

 サーヴァントや英霊とかそんな超常的な話をしているわけではなく、まともな言動をしていない朔姫の言葉に、キャスターは恐れ戦いたような様子を浮かべる。

 

「かまへんかまへん、ウチが暗示をかけて、ちょいと性格弄繰り回してやるから大丈夫や。気づいたころにはウチの命令を忠実に聞くワンコになっとるんやよ~」

「そんなの絶対に嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 

 そう、命じられた以上、戦いを放棄するという選択肢は朔姫にはない。参加すると決めた以上、負けたくないし、勝ち残らなければ意味がない。

 

 この臆病な姫巫女を連れて、最後まで聖杯戦争を生き残る。それが自分にとっての役割、誰を騙しても、利用しても最後まで勝ち残らなければならない理由に他ならなかった。

 

 サーヴァントの性格そのものに改編を加えるなんてそれこそ、神も英霊も恐れぬ所業と言われればそれまでだが、必要な行為であったことは言うまでもない。

 

 朔姫が何よりも優先しなければならなかったことは、秘匿、アフラ・マズダに自分のサーヴァントがアフラ・マズダを倒すために呼び出した英霊であるということを知られてしまえば、間違いなく自分たちがターゲットに指定されることだろう。

 

 セプテムが七星の国であったとしても、ここで完全なる復活を目論んでいるアフラ・マズダがどれほどの影響力を握っているのかは相続することも難しい。まったく影響がないということだけはあり得ないということであり、備えておいて損はない。

 

 かくして、朔姫とキャスターは桜子を伴って、聖杯戦争開催の地であるセプテムへと向かった。14体のサーヴァントを召喚しての大規模な聖杯戦争、聞けば聞くほどにアフラ・マズダを復活させるために大規模な聖杯戦争を引き起こしているとしか思えない内容であった。七穂陣営側とそれ以外の陣営、桜子を擁しているとはいえ、桜子は七星一族との関係が良好であるとは言えない。

 

 特に七星宗家は、宗家を差し置いて、聖杯戦争の主役のようにふるまっていた桜子に対して敵対的な感情すらも抱いていることを朔姫も知っていた。

 

 選択肢としては、七星陣営側とは逆の陣営を選ぶことは必然的な選択肢として生じた。朔姫からすれば、別に他のマスターがどうなろうとも構いはしなかった。自分たちが最後まで生き残ることができればいい朔姫にとっては、間違いなく最後まで生き残ることができないであろうタズミが自分たちの頭であったことは渡りに舟である。

 

 ある程度の関係性を残しておいた上で、タズミが脱落したところで、こちら側の陣営を掌握してしまえばいい。可能であれば脱落した陣営のサーヴァントを奪い取って、桜子も聖杯戦争に参加させる。

 

 桜子にとってははた迷惑な話かもしれないが、結果的にそうすることで桜子の生存確率も高めることができる。何もかもを犠牲にしてでも自分たちは生き残らなければならない。聖杯戦争が終わった後にこそ、自分たちの本当の戦いが待っているのだから。

 

 しかし、セレニウム・シルバでの戦いで大きく予定が狂った。リゼが率いる七星側の軍全によって、タズミとジャスティンはあっさりと死亡、そして、アーチャーとバーサーカーもマスターこそ生き残っているものの、消滅する始末。

 

 最初の激突で完膚なきまでに朔姫たち側の陣営は敗北を喫し、立て直しが難しいところにまで追い込まれてしまった。朔姫の予定していたタズミに対して寄生虫のように取り入って、後からというスタンスも、これでは意味をなさない。

 

 そして、七星を強く憎しんでいるレイジ・オブ・ダストの出現が予定変更の決定打となった。レイジの復讐を手助けする形で、七星との戦いへと臨んでいく。誰がそうしようと言ったわけでもないが、結果的に方向性は変わり、朔姫はその一行のリーダーとして選ばれた。ある意味で予定通り、しかし、同時にリーダーとして采配を振るうには朔姫は少しばかり周りに気を遣いすぎた。

 

 言葉尻はどうであれ、彼女はレイジを始めとした仲間のために知恵を絞ることを惜しまなかった。仲間たちも大いに助けられ、キャスターの戦闘回数を最小限にしながらも、なんとか切り抜けることができたのである。

 

 しかし、同時にそれは、仲間たちが朔姫を信頼するという結果に繋がる。朔姫からすれば、もっとドライな関係を求めて生きたいところではあったが、割り切れるようにするには、彼女にとっては深くかかわりすぎた面がある。

 

 その最中で、朔姫にとっては最大の誤算が生じる。スラムにおける戦い、そこでエドワードと朔姫が直面することになったキャスターからの魔法陣攻撃である、

 

 共に居合わせたエドワードとの約束を果たすために朔姫は、これまで決して全力を出すことのなかったキャスターの力をこの時、一回限りとはいえ、侵略王ことライダーへと向けることになった。

 

 本来の冠位にも等しい英霊としての力を封じ、憑代の英霊である倭姫命の力だけで窮地を脱するというある種の賭けは成功したと言えた。ライダーと自分たちの神話、そして歴史的背景を用いた相性による撃退、おそらく、二度目はないであろうという運の良さと仲間たちが駆け付けたことによって辛くもこの危機を乗り越えることが出来た。

 

 自分たちの使命を考えれば、あの時の合理的な回答は仲間たちの無事を確認し、あくまでも後方支援に徹することであったのは言うまでもない。侵略王の宝具を破壊し、撃退に成功する事態を生み出したことは、キャスターがこれまでに召喚された14体の英霊の中でも相当な猛者であることを内外に示す結果となってしまったのだから。

 

 唯一、喜ぶべき誤算があったとすれば、あまりにも相性の上で良好であったことから、侵略王に勝利することが出来たのは、キャスター自身の力と言うよりも、相性の問題であるという認識が強く抱かれたという点であろうか。

 

 もしも、あの時に襲撃をしてきたのが侵略王以外の軍勢であったとすれば、キャスター陣営は勝利することが出来なかった。侵略王にとって、キャスター陣営が手ずから葬らなければならない宿敵の一つ、そのように認識させたこと自体が、アフラ・マズダとの戦いのために召喚された英霊であるという認識を取り下げさせるために有効ではあった。

 

 自分たちの舵取りの方向性に悩む朔姫とキャスターに対して、もう一つ大きな変化が起こる。冠位―――世界によって呼び出された抑止力は決して一つには非ず、朔姫にとっての想定外、それは自分たちの外にもう一体、世界の抑止力によって召喚された英霊がいたということであった。

 

 アーク・ザ・フルドライヴ:英霊ノア、ノアの方舟伝説に代表された人類の救世主とも呼ぶべき存在、この聖杯戦争によって引き起こされる未曽有の災害から人類を救済するために呼び出されたおよそ真なる救世主とも呼べる存在であった。

 

「俺達が互いに呼び出された目的は明白だろ。お前たちがセイヴァーとアフラ・マズダの復活を阻むために世界に呼び出されたのなら、俺は侵略王という世界そのものを滅ぼしてしまうかもしれない存在へのカウンターだ。アフラ・マズダがどれだけ世界を改変しようとしても、世界そのものを滅ぼそうとしているわけじゃないのなら、災害から人類を救うための存在である俺が召喚されるってのは筋違いだからな」

 

「確かにそりゃそうかもしれんが……、おそらくやけど、連中、みんな、ウチらの立場を逆やと思っているんやないか? まともに考えれば、ウチらが侵略王の対策のために呼び出されて、お前がアフラ・マズダの対策のために呼び出されたって考える方が分かりやすいやろ」

 

「おまけに一度は、ライダー陣営を撃退しちゃっているしね、ライダーを撃退するために呼び出されたサーヴァントなんて言われても、姫、あれじゃ、否定できないよ……」

「いいんじゃねぇか、別に。利用できるってのなら、それこそ徹底的に利用してやれば」

 

 その提案をしてきたのは他ならぬアークからであった。

 

「俺がセイヴァーとアフラ・マズダを止めるために呼び出された冠位の英霊、そしてお前さんたちは侵略王を倒すために呼び出された英霊、そういう風に認識させておきゃ、連中のどちらかの度肝を抜くことが出来るかもしれねぇ。

俺達の正体はいずれは連中に勘付かれる。その時に自分たちを倒しうる可能性がある存在がまだ残っていると思わせることができるかどうかってのは最後の最後で連中にとって思いもよらない想定外になるじゃねぇか」

 

 ライダー陣営もセイヴァ―陣営も最終的に聖杯戦争を利用して自分たちの陣営の願いを叶えることを画策している。その最大の障害はキャスターとアークだ。どちらの陣営が先に動き出すにしても、願いを叶えるために邪魔者を排除しようとするのは理解できる範疇である。しかし、そこでもしも、自分たちが本来排除しなければならない存在ではない相手を排除することによって、天敵がいなくなったと認識させることこそが、相手の喉元に刃を突きつけるうえで一番必要なことではないかと提案したのだ。

 

「本気か? セイヴァ―陣営は間違いなくお前がアフラ・マズダを倒すために呼び出された英霊だとおもっとる。抑止力が自分たちへの対策のために英霊を呼びだすであろうことくらいは連中にとっては最初から織り込み済みやろうからな、自分でウチらを倒すことにご執心の侵略王に比べりゃ、あいつらは何をしてくるかわからんぞ」

 

「だろうな、下手をすりゃ、ライダー陣営とも一時的に協力をして、潰しにかかってくるかもしれんが……それならそれでいいじゃねぇか。一網打尽にするいい機会だ。どうせ最後にはやり合わなければいけないのなら、時間の問題だし……共倒れになるよりはどちらかが犠牲になる方がイイだろ!」

 

 最も遵守しなければならないことは世界そのものを守り抜くこと、そのためには侵略王にもアフラ・マズダにも世界を好きにさせてはならず、アークとキャスター、そのどちらもが戦いの半ばで消滅してしまうことこそが、最大の悪手である。

 

 冠位であることが知られているというのであれば、その立場を最大限に利用してやればいい。結果的にその方法が、最後の最後で喉元に刃を突きつけることになる。

 

 どちらが真っ先に狙われるのかを分かったうえで口にした提案に朔姫は歯噛みする。

 

「立場が逆でこの提案をするんなら理解できるけど、お前、ほんとにそれでええんか?お前にとってのメリット大してないやん? やらなくてええことまで背負う羽目になるぞ?」

 

「今更だろ、背負わなくていいことまで背負ってるのはお前だって同じだ。俺はな、お前と違って、もう既にやりきった身だ。世界を救うためという名目で呼び出されたから、その為に戦っているが、充分にかつての人生で満足をしている。後の総てはお前たちを含めた、俺の子供たちの為に捧げて然るべきだと思っているんだよ。

 だから、細かいことは気にすんな、上手く行きゃ、俺が一人で全部解決してやるよ。それでもやっぱり、無理だったってなれば、その時はお前さんに任せるさ。託す奴がいるからこそ、無茶が出来る。かつてのように自分が一人で人類なんてデカいもんを背負わなくちゃならないわけじゃないってのなら、十分やり切れるさ……」

 

 かつて英霊ノアと呼ばれた存在は、たった一人で神の試練から人々を救い、その後の何もかもが喪われた世界で人類を導く役割を与えられた。

 

 何世代も何世代にも渡って、人々を救い導き、そうして人類がやっと自分たちの足で立ち上がることができると見届けて眠りについた。孤独な闘いの日々であった。多くの怒りをその身に受け、多くの祈りを捧げられた。

 

 その総てが双肩にあたえられた重圧であったとすれば、その重さは想像するのも難しい。その重荷を共に背負うことができる、あるいは、託すことができる存在がいるのであれば、それだけでも十分にアークにとっては救いとなりえる。

 

「お前たちがいてくれることこそが、俺にとってこの聖杯戦争で一番の救いなんだよ」

 

 アークはそう言って、朔姫とキャスターの正体。そして本来の目的を秘匿するための囮となることを選んだ。

 

 その結果は言うまでもないだろう。セイヴァ―はライダー陣営と共謀して、英霊ノアの排除にかかり、セイバーとジュルメ、そしてキャスターという大きな犠牲を強いても英霊ノアの排除に成功した。

 

 後になって朔姫は思う。もしかしたら、ライダー陣営、いいや、星灰狼は自分たちの正体に勘付いていたのではないだろうか。勘付いていたうえで、自分たちにとっての排除するべき抑止力の遣わした相手であるノアを排除するためにセイヴァーを焚き付けたのではないかと。

 

 ライダー陣営にとって、確かにキャスターが明確な脅威であったことに変わりはないが、灰狼は今日に至るまで明確に手を出してくるようなことはなかった。此処まで常に自分にとって都合の悪い存在を裏で謀殺することを決して厭わなかったあの灰狼がである。そこに何らかの意図が含まれていたとすれば、あえて、ノアを脱落させるための道化を演じていたようにしか思えない。

 

 あるいは侵略王のリベンジしたいという気持ちを汲んだのかもしれないが、こればかりは、灰狼当人にしかわからないし、今更確認のしようもない。星灰狼はレイジ・オブ・ダストによって討ち滅ぼされ、いまや、残るサーヴァントはアステロパイオスとセイヴァー、そして自分たちだけであるのだから。

 

 ようやくここまで来ることが出来た。リーダーとして総てを見届け、そしてここまで来た。到達不可能であると思われるほどの戦力差、それでも、朔姫の仲間たちは死力を尽くしてここに至るまでの道を作り上げてくれた。その結果、朔姫が与えられた命令通りの結果が訪れた。

 

 誰もがきっと朔姫を信頼していたことだろう、自分自身だけが生き残るために采配を振るっていたとしても、きっと、それを恨むようなことを彼らはしないであろうことも容易に想像できる。

 

「だからこそ、ウチが最後にしくじるわけにはいかんやろ、ゴールまであと一つ、エドワード、ロイ、ルシア、アーク、桜子、レイジ、よぉ、ここまでやってくれた。

 安心しろ、お前らの頑張りは無駄にはせん、ウチらの最初で最後の全力で黒幕気取りのクソ神に吼え面かかせたるから……!!」

 

 朔姫の令呪が光を灯す、ルプス・コローナの王宮を中心として世界を侵食しようとする世界法則、聖杯の魔力を無理やりに使うことによって生じる善悪二元論への世界法則書き換えは、セイヴァーの宝具によって発動している以上、セイヴァーを討伐しない限り止まらない。

 

 ならば、問題はない。神は神でなければ打倒できない。セイヴァーが人である限り、何をしようとも最後には神に及ばない。これより振うのは、圧倒的な神の力、ここまで封じて来たからこそ、この一瞬に総てを出すことができる。

 

「世界法則に干渉することができるのは、同じく神話に足を踏み入れた者、くく、まったく、ああ、してやられたとも。しかし、何故想像できる。冠位に相応しき存在が二人もいるなどと……あぁ、そうか、これが試練か。君たちを乗り越えなければ、我が理想の善たる世界は生み出されないと」

 

『さすがだね、神祇省、伊達に私が秋津で封印をされてから、長らく私を追い続けて来ただけのことはある。ザラスシュトラ、やれるね?』

「無論、この身は神と人の物語を紡いだものなればこそ。異なる神話体系の神であろうとも、必ずや」

 

 流れ出す世界法則を押し留めるように展開した、セプテムを覆う闇夜、それはかつて、日本神話における無明の闇を思い出させる。太陽神が岩戸に隠れたことによって、世界に無明の闇を齎し、その岩戸が開くことによって、世界は再び光の世界を取り戻すことが出来た。

 

 これが善神という光を甦らせるための戦いであるとすれば、相応しき戦いであると言えよう。この覆われた病みを晴らして、世界に神の世界を流れ出す事こそがこの聖杯戦争最後の締めくくりとなろう。

 

「神よ、至らぬ我が身に力をお貸しください」

『ああ、侵略王が相手でなかったことは意外だが、相手にとって不足はないだろう』

 

 セイヴァー、そして復活を目の前としたアフラ・マズダは自分たちを阻む最後の関門を越えるためにその力を顕現させる。侵略王と言う闘うべき相手が消え去ったが、その代わりと言ってもいいであろう相手、いや、ある意味ではそれ以上か。何せ、これこそが日ノ本神話体系における頂点、神州を生み出せし太陽神に他ならぬのだから。

 

「神祇省封印術式解放―――――我がサーヴァント、倭姫命改めて―――太陽神天照をここに降臨させん!!」

 

 抑止力のバックアップを受ける形によって、召喚された最後の決戦存在、神祇省によって意図的に封じられた存在は、今やその力を全開放させて、セイヴァーの前に降臨する。

 

 金髪の擬態を解き、束ねていた黒髪が解けると、倭姫命の瞳に灯が宿る。そして、その身に黄金色の装束を纏った巫女服へと転じた彼女は天へと浮かび、闇夜の中でただ一つ世界を照らす光のように存在していた。

 

 太陽神天照―――日本神話における最高神、召喚をしているだけでも魔力が奪われていき、この決戦に備えてセプテムへと入り込んでいた神祇省の精鋭たち数十人が魔力のバックアップを行わなければ、即座に魔力切れを引き起こすほどの存在が憑代の中へと移しこまれて、ここに顕現を果たした。

 

「八代朔姫、この身体の中で事情は既に理解しています。我が巫女が世話になりました。この身はほんの一時だけ、この世界に存在することを許された仮初の存在、されど、貴方の願いを叶えましょう。この広がりゆく混沌の世界を押し留める役目を、果たします」

 

「応、頼むで、神様だろうとなんだろうと、今はウチのサーヴァント、ウチらは此処まで来るために多くの代償を支払ってきた。それに見合うだけの活躍はしてもらうで!」

 

 神に対しても不遜な態度は崩さない。此処まで犠牲にしてきた総てに報いるために絶対に勝利をもぎ取らなければならない。そのためにこれまで総てを見届けて来たのだから。

 

 その手に式神の符を握り、朔姫はあのスラムでの戦いの時以来、決して見せてこなかった面持ちを浮かべる。彼女にとっての戦闘態勢、勝利を掴まんとする心の動きと身体を重ねる。

 

 セプテムにおける聖杯戦争、その実質的な最終戦、神と神、世界を懸けた戦い、その雌雄を決する時が来た。

 




【CLASS】セイヴァー

【マスター】

【真名】ザラスシュトラ

【性別】男性

【身長・体重】190cm/70kg

【属性】混沌・善

【ステータス】

 筋力D 耐久D 敏捷C

 魔力A 幸運A+ 宝具A

【クラス別スキル】

救世者B
 数多の人を救った事を表すスキル。
 セイヴァーはこの世全ての善と悪の闘争を語り、人々を導いた。

【固有スキル】

対神性B
 神性を持つ者を相手にした際、そのパラメータをダウンさせる。
Bランクの場合、英雄であれば2ランク、反英雄であれば1ランク低下する。


神の選別者:EX
 数多に存在した神を選別し、ただ一人の神を最高の存在に値すると定めた、一神教
の原典となる開祖の力。
 神の如き存在にも己の力が効力を発揮する。

無辜の怪物:C
 人々の認識によって付与された後天的なスキル。ニーチェの著書によって刻まれた 
 本来の彼とは異なる超人としての彼を定義するスキルである。


【宝具】
第一宝具
『ツァラトゥストラはかく語りき』
ランク:B+ 対人宝具
哲学者フリードリヒ・ニーチェ著作におけるザラスシュトラの同一存在、ツァラトゥストラの存在、そしてニーチェが記した超人思想と永劫回帰に端を発した宝具。
古代ギリシア以降に全世界に蔓延っていた"神"という思想の後ろ盾を破壊し、人の思考のパラダイムシフトを引き起こしたともいえる宝具であり、ザラスシュトラの周囲に存在する者たちに際限のない同一行動を強制する。
効果自体はザラスシュトラの魔力に応じた領域のみに限定されるが、神性を持ち得る者には通常以上の効力を発揮する。これを破るには確固たる自我を持ち絵、己の法理で世界を塗りつぶすほどの強烈な意志力が必要となる。

第二宝具
『『万物流転――善悪二元論(アヴェスター)』
ランク:EX 対界宝具
神話であり、神の賞讃であり、呪文書である長大な経典。
大きく5つに分けられ、さらに無数の章に分けられる。これらは個別でも宝具として十分すぎる機能を持つ。
「儀式によって神を呼び出し偉大な奇跡を巻き起こす」「あらゆる厄を清め回復させる」といった、無数の使い道がある。
ただ基本的には、ゾロアスター教とそれに影響された宗教等の根底である本書に記された祈祷文を通し、様々な魔術行使をより強力にするために使用される。
作中では、聖杯のバックアップを受ける形で、アヴェスターの神話世界を再現し、その中に存在する神話的存在の力を行使することができるようになっている。


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第25話「リィンカーネーション」①

 時にヒトは自分の理解の及ばない世界の出来事を神の仕業であると語る。それはただ、自分の知りえない世界の出来事であったとしても、自分が理解したくない出来事であったとしても、それをそのように受け入れるのである。

 

 かくして、そうして並べられた事象によって神話という事象は生み出される。

 

「何よあれ、何が起こっているの……?」

「善神アフラ・マズダ、奴が動き始めたのか」

 

 キャスター陣営との戦いで重傷を負ったロイとルシアはセプテムそのものを呑み込んでいく大きな異変に息を飲んだ。これまでの聖杯戦争の規模とは明らかに違う、あらゆるものを呑み込むかのような世界改変、ライダーの宝具であったとしても、ここまでの変化が引き起こされたわけではない。固有結界とは自分の心象風景の中に世界を放りこんでいく術式であるが、これは全く真逆だ。自分の心象風景を世界に圧しつける、世界そのものの法則を改変させる力に他ならない。

 

 これが自分たちが対峙するべき相手、神と呼ばれた存在とその使徒によって引き起こされた聖杯戦争の結末へと至ろうとする変化であった。

 

「あんなもんにほんとに勝てるの……ていうか、あれって、そもそも闘うとかそういう領域の話しじゃなくない?」

 

 聖職者であるからこそルシアには何となく理解できてしまう。あれは人間の手でどうにかできる領域を超えている。あれを打倒するとすれば、それは……文字通り神話の世界に足を突っ込んだ者だけであろう。

 

「八代朔姫とキャスターが最後まで七星との戦いに手を出さなかったのはこれを予見していたからだろうな。こんなものが出てくるとなれば、疲労したものたちではとてもじゃないが戦えない」

 

 セイヴァーを止めるための戦力が必要不可欠、それを理解していたからこそ、朔姫はこれまでも一歩退いた立場で戦っていたのだろう。聖杯戦争を生き残ることだけを戦っていた者たちとそうでなかった彼女、彼女なりに自分の気持ちを明かさないままに戦っていた事実は決して楽なものではなかったはずだ。

 

「今の我々に出来ることは……正直に言えばない。今はただ待ち続けることしかできないだろう。八代朔姫と神祇省があの世界の広がりを阻止してくれることを」

 

 アフラ・マズダの降臨によって、世界がどのように変わるのかはわからない。絶対的な善なる存在によって運営される世界など、想像もつかないというのが正直な所であるが……、結局の所、素晴らしい世界になるとは到底思えないのだ。

 

 ロイもルシアも知っている。絶対的な善などというものはこの世界には存在しえない。知的生命体が個人の自由を認める限り、誰一人として同じ人類が存在しないこの地球の中で、価値観を統一するということは実質的には不可能なのだ。

 

 それが神であるのならば、可能であるとアフラ・マズダは語った。確かに可能であるかもしれない。人智を凌駕する神の如き力の使い手であれば、その実現を果たせるのかもしれないが、およそ、それが自分たち望んだ世界になるとは思えない。

 

 不自由で、不平等で、不幸塗れの世界であっても、この世界のことを誰もがそれなりには認めている。ベストな回答ではなかったとしても、これはこれでアリだと考えている。

 

「有難迷惑って奴なのかね。それとも、カミサマには私達の声なんて、最初から届かないのかもしれないけど」

「それは、聖職者の立場で言っていいことか?」

 

「死にそうな目に何度もあったら、価値感だってそれなりに変わってくるものでしょ。それに、何度も何度も死にかけた奴が敬虔なシスターってのもね、ここらで身を落ち着かせるのも一つなのかなって思っているのよ。それもこれもすべては、この戦いのあとも世界が元通りだったって前提の下ではあるけどね」

「まったくだ……」

 

 空にて数多の光の明滅が生じていく。地上に佇むしかない二人には理解できないほどの情報量が空の上では引き起こされているのだろう。

 

 本来であれば、一方的な蹂躙であったはずだ、神の意志の下に世界は理不尽に書き換えられていたはずであり、それがギリギリのところで保たれている。世界の行く末を懸けた戦いを今、自分たちは眼前で見せつけられている所なのかもしれない。

 

 その最中で、溢れだす善悪二元論の世界を生み出すために展開されたアヴェスターの物語が、闇夜を生み出した天岩戸そして、太陽神天照を蹂躙するために、数多の神や魔物が姿を現していく。

 

『我らが神話、善悪二元論は常に善と悪が争いあう世界、破滅の時を乗り越え、幾星霜の時間を善と悪の葛藤に使い続けた世界である。故にこそ、異なる神話よりも攻撃性の戦い神話であると言えよう。アフラ・マズダとアンリマユの絶えることのない闘争、その中で生じた数多の神話こそ、これより君を襲う力だ、太陽神』

 

「結構なことですが、神の数で言えば、私達も早々捨てたものではないと思いますよ。少なくとも、貴方がたが思っているほど、私達の歴史は浅いものではありませんから。八尺瓊勾玉、八咫鏡、そして天叢雲剣―――――これをもって、我が三種の神器となす」

 

 瞬間、起こった出来事を正確に形容することが出来た人間がどれ程いるのだろうか。アヴェスターの軍勢が一斉に起こした攻撃、ただの光の明滅としか思えない攻撃ではあるが、もしも、同格の神話的存在でなければその光を視認した瞬間に肉体が消し飛んでいるほどの攻撃が行われる。

 

 しかし、善悪二元論の神話的攻撃の数々はすべてが天照の眼前に展開した三種の神器によって無力化される。無数の攻撃が鏡によって弾かれ、穿たれた肉体は勾玉によって再生し、そして致命傷にもなりえるであろう攻撃を剣が破壊し、なおかつ、善悪二元論の世界そのものに攻撃を与える。

 

「おやおや、これは凄まじい。概念として、世界を侵食する我が宝具の世界観にすらも攻撃を加えるとは、なんともおぞましい。いいや、一つの神話の主神であればこの程度の攻撃は当たり前であるというべきか」

 

『困ったものだね、私がこの世界に降臨しようとする時に限ってこのようなことばかりが起きる。世界は何があっても私の復活を拒みたいらしい。それとも、これは君の落ち度と責めた方がいいのかな、ザラスシュトラ。』

 

「ええ、その誹りは受けても致し方ありませぬな。何せ、英霊ノアとは別にもう一体、我らを阻むための存在が紛れ込んでいたなどと、まったく、油断も何もあったものではない。まさか、ここまでの力を持っておきながら、ここまでその力を隠してきていたのだから」

 

「はッ、演技派女優って言ってもらいたいところやな、相当ここまで気を使ってきたもんなんやから、もっと褒めてくれてもええんやよ?」

「さてさて、仲間を見捨てて牙を研ぐ気持ちはどうだったのかについては是非とも聞いてみたいとは思っているがね」

 

「安い挑発やな」

「さりとて、笑い飛ばせないのが君だ。君には確かにこの戦いを終結にまで導くだけの力があった。胆力もあることを認めよう。しかし、そうするたびに、君の心は摩耗したはずだ。どうしてこんなことをしなければならないのかと問いを投げたはずだ。

 それは、我らが善と悪に別れなければならなかったからに他ならない。世界を救おうとする気持ちは同じであるというのに、価値観の違いで対立しなければならない愚かさの結果だ。そんなものは終わらせなければならない。そうではないかね?」

 

「舐めたこと言ってくれんな、ウチの道はウチが決める。此処に来るまでのぜんぶはウチがそうしようと決めたことや。誰の指図を口にされる謂れもないわ!!」

 

 朔姫はその手に式神を握り、同時に魔力によって編まれた魔方陣を複数展開する。その魔方陣の展開量はさながら、ヘルメスの魔方陣を想起させる。

 

「参考に出来る教科書があれだけ好き放題にバカスカやってくれたおかげでな、戦うための手段は十分やからな、神様の加護もある、お前は人やろ? だったら、サーヴァントだろうがなんだろうが戦えない道理はないわ!」

 

 いかにザラスシュトラがサーヴァントであったとしても、純正の神ではない。神であれば打倒は不可能かもしれないが、人間であれば兆しくらいは存在する。

 

 それを胸に朔姫が放った攻撃に対して、ザラスシュトラは動くことなく、甘んじて攻撃をその身に受ける。その攻撃でザラスシュトラの身体が焼け、彼の身体を覆っていたロープが弾け飛ぶが、それでも肉体には軽微な損傷しか与えられていない。

 

「はは、さすがは神祇省最強の魔術師といったところだ。人間の身でありながら私の肉体にダメージを与えるか、誇りたまえよ。だが、まぁ、この程度か、という認識でしかないね。サーヴァント同士の戦いであれば、もっと私に重傷を負わせることが出来たはずだ」

「はッ、自分には通用しないとでも言いたげやけどな、ちょっとでもダメージ受けているってわかったのなら、戦いようなんて幾らでもあるんよ!」

 

 すかさず朔姫は式神を召喚、巨大なパンダと鬼の式神たちが力任せにザラスシュトラへと攻撃を仕掛けるが、天より飛来する天罰の如き攻撃が、式神たちへと直撃し、一瞬にして、式神の姿が消失する。

 

「私とはすなわち、アヴェスターという物語だ。この物語が存在する限り、私もまた存在し続ける。神の加護を得ているのが君一人だけであるとは思わないことだ」

「神様に守ってもらえているんは嬉しいやろうな」

 

「君からすれば確かに羨ましいともいえるかな。そちらはこの巨大結界を維持するのにかなりのリソースを割かれているのではないかな? 何せ、こちらは我が神と同化している聖杯のバックアップ付きだが、君たちは数を揃えているとはいえ、自前の力だろう? 力のペース配分を考えなければあっさりと、太陽神の権限が終わってしまうかもしれないのだ心中は察するとも」

「はッ、それはどうやらな」

 

 瞬間、セイヴァーの下へと天より巨大な斬撃が飛んでくる。天罰の如き攻撃であり、セイヴァーの身を切り裂くが、セイヴァーはその切り裂かれた部分から瞬時に再生が始まる。通常のサーヴァントであったとしても、今の一撃を喰らえば消滅してもおかしくないほどの一撃であるが――――

 

「第一宝具――――『ツァラトゥストラはかく語りき』、私に対して神性に由来する攻撃は意味を持たないよ。君たちが抑止力として期待をして召喚をしたのかもしれないが、神の世界に根を張る者である限り、この私にダメージを―――――おや……?」

 

 しかし、傷が完全に修復されない。以前のグロリアス・カストルムの戦いではディオスクロイ兄妹とアステロパイオスを相手に夢想に近い戦闘を繰り広げていたはずのザラスシュトラの肉体に消えぬダメージを与えたのだ。

 

 その様子に対して朔姫はさして驚きを浮かべない。大したことではないように式神の符を握りながら、

 

「超人思想は十字教の教えに対しての反論提起や、お前が勝手にドヤってるのは結構やけどな、ウチらは国が生まれたその時から多神教、そもそもが生まれの根源が違うんなら、お前らの神の否定なんざ知ったことかっての。抑止力に呼び出された英霊がそう簡単に弱点を突かれるわけがないやろが、このボケナス」

 

「確かに君の言う通りだ。私としたことが十分に想定をしていたつもりだったというのに、それでも想定が甘かったらしい。

そもそも、私と言う存在がいるのだから、英霊ノアと言う存在が抑止力として呼び出されることも疑ってかかるべきだったが、いやはや、何もかもが自分の掌の上で進んでいると勘違いをし始めると、このような手違いを引き起こしてしまうのか、まったく勉強になったよ」

 

 英霊ノアもまた神と関わりが深い英霊である。そうした意味では、ザラスシュトラにとっては、ノアを相手取る方が異なる島国の神である天照を相手取るよりも楽であっただろう。改めて世界の抑止力と呼ばれる力の凄まじさを感じさせる。よくぞ、ここまで自分たちにとって、最も相手をしたくない存在を呼び寄せることができるものだと、思わず唸ってしまいたくなりそうだった。

 

『ザラスシュトラ、彼女の相手は私達がしよう。なぁに、既定路線に変わりはない。どれほど世界の抑止力によって呼び出された存在であったとしても、彼女はサーヴァントだ。私のように聖杯に取り込まれたことによって、本来の在り方に限りなく近くなった存在とは別の有限なる存在に落し込まれている。であれば、どちらが先に時間切れになるのかは言うまでもないことだよ、考え方を変えようじゃないか。勝つ必要はない、排除をすればいいと』

「……御意に」

 

(アフラ・マズダの言葉で、セイヴァーは何かしらの考え方を変えた。ここからが本番やな、さっきまでこいつらはウチらを舐め腐っておったが、ここからは本気でウチらを仕留めにかかってくる)

 

 朔姫としては舐めたままに戦いを終わらせてくれた方が良かったのだが、まぁ、早々上手くいかない。灰狼にしてもザラスシュトラにしても、本当に優秀な連中と言うのは、相手を舐めて掛からない。自分が勝てると思っている状況であったとしても、全力で相手を叩き潰す。

 

 よって、ザラスシュトラは大きく方針を変更した。すなわち――――

 

「天照を顕現させている楔は君だろう、八代朔姫。どうあろうとも、君さえ死ねば、彼女の力は大きく減衰する。簡単だ、君を殺せば解決する」

 

 口にするとともに、超人としての己を確立させた男が朔姫に向かって突貫し、ほんの一瞬で朔姫の鳩尾へと一撃を叩きこみ、朔姫の腹部から無数の式神が焼けただれて宙に舞う。

 

「ごはぁぁぁぁぁぁぁ」

「桜子も使っていたね、身代わりの式神、それが無ければ君は今の一撃で死んでいたんじゃないかな? まぁ、そう悲観することはない。そもそも、サーヴァントと通常の人間の戦いと言うだけでも不利な状況なのだ。それが加えて宝具による強化までされているのだとすれば、こうなるのも仕方がないだろうとも」

「分かりきったことを口にすんな、ボケぇぇぇ!!」

 

 至近距離からの喧嘩キックをザラスシュトラへと放つと無数の魔方陣が展開、同時に式神たちをも総動員して朔姫は己の手に弓のような術式を結ぶと、移動しながらザラスシュトラへと連続で矢を放っていく。

 

「慣れないことをするべきではないよ、朔姫。君は元々、桜子たちのような戦闘畑の人間ではないだろう? 君は頭で相手を出し抜くタイプだ。私が君の立場であれば、太陽神を前面に出したとしても、君自身がここに出向くことをはしなかった。君自身も分かっていたはずだ、それでも、君がここに姿を見せたのは、義憤かね? それとも申し訳がなかったのかな? ここまで戦ってきた仲間たちに対して。自分だけが後ろで仲間の生死を左右する立場に甘んじていたことが」

「だから、人の心の中を読もうとするんじゃないわ!!」

 

 イラつきが凄まじい。自分の言われたくないことを的確に口にする才能はなんというところであろうか。朔姫にとって、確かにそれは心の棘だ。

 

 自分が仲間たちを死地に飛びこませて、その上でのうのうと生き残ってきたのは事実だ。ザラスシュトラが口にしたように、朔姫がこの戦場に立っているのも、その責任をとってのモノであると主張されれば、そうではないとは言い切れないところがある。

 

「私からすれば、君がここで抵抗をする理由はないよ。君もまた救われるべきだ。我らが神は異教の人間であったとしても救うつもりでおられる。我々に立ち向かってきた相手であったとしても、救うとも。だからこそ、ここらが潮時ではないかね?」

「分かった風な口を聞くなってさっきから言っておるやろうが!!」

 

「使命、立場、過去、あらゆるものが人間をがんじがらめにしていく。高度な文明を作り上げてきた人間はこの星の支配者となることが出来たが、その代わりに多くの分断を余儀なくされた。人種、国籍、宗教、言語、あらゆるものが君たちを分断してきた。人類は救われない、自分たちで救うことはできない。私の時代でさえも分断は止まらなかったというのに、それから2000年以上が経過した子の時代であればなおさらだ。

 紡ぎあげてきた歴史が君たちの統一を阻んでしまう。人類が不可能なことを為し遂げるのが神であるならば、絶対的な善を敷くことによって人類は救われることだろう」

 

「ふざけんなッ、ウチらは別に救われることなんざ望んじゃいないわ。勝手にウチらの気持ちを代弁すんなって何度も何度も言ってるやろ!」

 

 救いだなんだと先ほどから、ザラスシュトラは口にしているが、朔姫からすれば有難迷惑甚だしい。誰が救ってほしいなんて言った、誰がお前に願った。

 

「この聖杯戦争に参加した連中も、みんな叶えたい願いがあった筈や、負けて、その願いは叶わなかったとしても、誰がお前に救ってくれって願った。誰がお前の復活なんて願った。誰も望んどらんわ!

お前らが勝手に救ってやろうって支配者目線で望んでいるだけやろ! 確かにこの世界はクソったれなことばっかりや、何もしていない奴でも理不尽に命を奪われる。突然の別れが生まれる。生まれた時から優劣が付けられる。ほんまにどうしようもなくクソったれな世界や。夢なんてあってないようなもんや、だけどな、ウチらはそんな夢のない世界でも必死に生きとるんや!! それを勝手に値踏みして、否定しとるんとちゃうぞ!!」

 

 朔姫の上げる叫びにアヴェスターの世界に存在しているアフラ・マズダという存在はふむとその言葉に頷いた。今更朔姫に何を言われたところで、アフラ・マズダが復活をすることに変わりはないが、なるほど、確かに勝手に値踏みをしているという言葉には反論をしなければならないだろうと中空に浮かぶ、実像すらも持たない偶像存在が声を上げる。

 

『君の言葉は私という実態を理解せずに口にしている言葉に等しいよ、八代朔姫。君が思っているよりも私は、この世界を見てきている。秋津で行われた三度目の聖杯戦争で召喚された時から、ずっと、七星桜に封印されてからも君たち人間の営みをずっとずっと観察してきた。君たちの人生はあまりにも悲哀に満ちている。善なる者であると謳われるモノですらも悲劇に見舞われ、悪に堕ちた者は当たり前の末路を辿る。己を善と信じ込む悪は、世界そのものに影響を与えてしまう。率直に言って、地獄だ。善の神と定義された者として、見過ごしておくことはできない』

 

 アフラ・マズダは聖杯戦争を通して多くの悲劇を見てきた。もしも、人類が彼にとって許容できる程度の不幸にしか見舞われていないのであれば、彼は自らを復活させようなどとは考えなかっただろう。彼を突き動かしている原動力はひとえに、人類を救済したいという思いなのだ。絶対的な善とは何か、人類はその答えを出すことができない。総体的な善しか知らないからこそ、争いあうことしかできない。

 

 そうあるように望まれたのだ。ならば、救うのが道理だろうと。

 

『知っているからこそ、救おうというのだ。君の尺度で私の決意を踏みにじるのもまた人の持ち得る罪だよ、八代朔姫』

 

 まるで人間のように、アフラ・マズダは朔姫の言葉に反論を返す。神の如き超然とした発想を持ちながらも、人類のような考え方を示す。

 

(変わってきておる、以前に話に聞いていたアフラ・マズダはもっと自然現象のような存在であった筈や、それが多くの人間を見てきたことで変わり始めて来とる。自分が言うだけのことはあるわな、こいつほんまに、人間ってもんを理解しようとしてきておる)

 

 そこにはある種の不気味さすらも感じられる。人を知り、人を理解したと思っている人ならざる存在、そのおぞましさはこうして言葉を交わさなければ理解することができないだろう。このような存在に執着されている桜子には心底同情を朔姫は覚える。

 

『私としてはそのような所感をこの世界に覚えているのだが、君はどう思うのだね、太陽神? 君とてこのような世界に思う所があるのではないかな?』

 

「そうですね、私は最高神でありながらも、一度はこのような岩戸に隠れた身です、あなたのようにこの世界をとやかく言うような筋合いがあるとは思っていませんが、決して良い世界であるなどとは思っていません」

 

 呑気に言葉を交わしている様に思えるが、この瞬間にも両者はこの中空で互いに互いの攻撃を潰しあっている。無数の善悪二元論の攻撃が絶え間なく迫ってくる中で三種の神器を扱って、天照はその攻撃を阻み続けている。それでも無傷と言うわけにはいかない。ダメージを受け、魔力を消耗させながらも膠着状態を続けている。

 

「ですが、それも含めて世界であると思っています。見たくないもの、穢れたもの、醜い物、それらは本来であればこの世界に存在させたくもないものでしょう。ですが、全く存在しないことにはできません。あらゆるものは自然として存在しなければ世界は成り立ちませんから。アフラ・マズダ、貴方は人類を救うことに躍起になりすぎている。人類を救うという手法をとる中で犠牲にする者があまりにも多すぎる。故に私は八百万の神話の神として、貴方を認めるわけにはいきません。

 たった一つの善に縛られた世界では、私達にはあまりにも窮屈が過ぎる。共生を成すが故の多様性を認めた世界こそが、我らの本意であるのですから」

 

『その多様性という言葉の下に、犠牲を君は容認すると? 善も悪も自由にすればいいとして、そこに生まれる悲劇を見逃すというのかい?』

「ええ、それがこの世界の法則、自然であると考えれば。そこに手を加えるなどということは許されない。私はそのように考えます」

 

 ゆっくりと、淡々と、しかし、アフラ・マズダの言葉を決して認めないというスタンスだけは変えることなく天照は言葉を紡いでいく。彼女とて決して争うことが好きな存在ではない。むしろ、憑代となっている倭姫命と同じく争いを好んではいないが、抑止力として召喚され、朔姫たちの奮闘も見ている。このような場に呼び出された自分自身の意味も認識したうえで闘わなければならないと考えている。もっとも、魔力消費の問題が由々しき事態であることは事実である。

 

 この場にはセプテム近郊に配備されていた神祇省の精鋭100名以上が参戦し、天照を維持するための術式を発動している。言わば灰狼が用意した人造七星と同じ原理であるが、それだけの魔術師を揃えたとしても、万全な状態で戦える時間が後どれ程残されているのかもしれない。

 

 改めて聖杯の力の凄まじさを理解させられる。なまじ聖杯と同化していた時間が長いだけにアフラ・マズダは自分の力が途切れるとは全く思っていない。この聖杯戦争に参戦してきた者たちの中で最も、聖杯の扱いに長けているのは紛れもなくアフラ・マズダなのだ。

 

『同じ神同士で理解し合う事が出来ないのは残念であるが、まぁ、仕方がないと受け止めようじゃないか。さて、こちらの世界はセイヴァーがいる限り、どれだけの時間でも保たれるが、そちらはどうかね?早々長い時間ではないと私は踏んでいるが?』

 

「さて、どうでしょうね?」

「問題はないでしょう。結局のところは術者を討ってしまえばそれで終わりなのですから」

「それはこっちの台詞でもあるっつーの!」

 

 朔姫とセイヴァーは真っ向から激突し、互いに相手を倒すために攻撃を続けていく。どちらも生粋の戦士ではないことから、相手に致命傷を与えるための攻撃を中々与えることができない。ただ、やはり不利なのは朔姫だろう。

 

 サーヴァントと人間と言うカテゴリーで見るだけでも不利なことに間違いなく、宝具によって強化されているザラスシュトラに追いつくだけでも精一杯、神の力を封じる超人思想の影響もあってか、思うようにダメージを与えられているわけでもないことが余計に朔姫を追い詰めていく。

 

 天照こそ、ザラスシュトラにとっては誤算だったかもしれないが、マスターである朔姫自身はそこまで気を付けなければならない相手と言うわけではない。

 

「さて―――」

「なっ、しまっ――――」

 

 一瞬の隙を突くように、朔姫の身体が宙に浮く。既に場をコントロールしているザラスシュトラにとっては狙っていたのであろう隙を生み出す瞬間、そこに朔姫はまんまと嵌められた。

 

「私としては、遊んでいてもいいと思っているのだが、我が神がそろそろ終わらせろと申すのでね、悪いが、ここらで終わりとしようじゃないか。必死の抵抗ご苦労だった。僅かな時間ではあっただろうが、我らの世界を押し留めたことは称賛に値するとも。運が良ければ、我らの世界をこのまま見届けることも出来よう。その時には君も救われることを願っているよ」

 

 自分たちで排除をしておきながら救われることを願うなどと、どの口が言っているのかと思わずにはいられない。しかしながら、朔姫にとってこの瞬間にザラスシュトラの攻撃をいなすための手立てが見つからない。ここまで無数の準備を重ねて、多くを犠牲にして、それで、なんとかここまでたどり着いたというのに――――

 

(ふざけんなっ、こんな結末、認められへん、これで終わったら無駄死にや、犬死もいいところやないか、だったら、ここまでの戦いはなんやった、なんのためにウチはここまで何もせずに、アイツらに戦わせてきた。まだや、まだ終わっちゃいかん、考えろ、何かしらあるはずや、何か、何かが―――――)

 

 走馬灯のように頭の中に無数の手立てを思い浮かべるが、ザラスシュトラに対してどれもこれもが通用するビジョンが思い浮かばない。よしんば通用したとしても、一撃で倒せるほどの攻撃でなかったとすれば、ザラスシュトラは攻撃の手を緩めないだろう。自分よりも先に朔姫を倒すことが出来れば、結果的にザラスシュトラは自分の目的を果たすことができるのだから。何があろうとも、攻撃の手を緩める理由はない。

 

 それを理解できてしまうからこそ、どんなことをしても無駄であると頭は理解する。しかし、身体はそれでも動く。無理であったとしても抵抗しない理由にはならない。万が一、億が一でも構わない。それを為し遂げる何が生まれるのならば――――

 

「七星流剣術――――『桜ノ雨』!!」

 

 しかし、そのもしもが引き起こされる。ザラスシュトラ目掛けて放たれる無数の斬撃、それらが一斉に彼の身体に向かい、その身体を切り裂くと同時に朔姫の身体が掴まれて、その場から一気に離脱する。

 

 それを行った相手がだれなのかなど聞くまでもない。

 

「ごねんね、朔ちゃん、体力回復させるまでに時間がかかっちゃった」

「桜子、おま、何をしにきとんねん! お前にはこの後にもやることがあるやろうに!」

 

「そうだね、そういう予定だった。でも、その前に朔ちゃんがやられちゃったら、予定も何もあったものじゃないでしょ?」

「だからって、お前……ちっ、ああ、助かったわ、助けに来てもらえなかったら、正直、終わってたわ!」

「うん、素直でよろしい」

 

 ザラスシュトラから距離を離すも、切り裂かれた肉体の損傷など気にするようなことでもないとばかりに、ザラスシュトラは二人の前に向き直る。

 

「先の七星桜華との戦いは見事だった。あれほどの劣勢を覆してしまうとは、さすがは我らが神々こんだ見届け人だ。君は運命に愛されている。そして、その運命の女神を取り逃さない胆力もまた見事だ。しかしだ、遠坂桜子、我らが神は君の排除を望んでいない。君には新たなる我らが神が生み出す世界を見届けてほしいと願っているのだ。

 だから、そこを退いてはくれんかね? このままでは、我らの世界は生み出せんのだ」

 

「あっそ、じゃあ、それでいいんじゃない? 私は別に貴方たちの世界を見たいなんて一言も言ったことがないんだし、あなたたちの世界よりも朔ちゃんの方が大事なんで、謹んで辞退をさせていただきますってね」

 

 勿論、それでザラスシュトラたちが諦める等とは桜子も思っていない。結局のところは、ザラスシュトラをなんとかしないかぎりは、この世界浸食は止まらないのだから。

 

「君たち二人でやるつもりかね?」

「グロリアス・カストルムの二の舞は避けたいからね、アステロパイオスはここに来てない。彼女に頼ることは貴方にとっては思う壺だろうから」

 

「確かに、彼女に頼った戦い方をしてくれた方が楽だったのだが……、基本原理は変わらんよ。人間ではサーヴァントには勝てない。今の私は宝具によって強化もされている。君たちがどれだけ足掻いたところで、私に及ぶ可能性は万に一つもない」

「そう? 口数が多いみたいだけれど、それは自身の無さの現れかしら? 朔ちゃんだけを葬ろうなんて無駄よ、私がさせないもの。でも、貴方はアイツの命令で、私を殺すってこともできないでしょ? ほら、私がここにいることには大きな意味があるわ」

 

「まったく、面倒事ばかりを増やしてくれるね。いや、世界そのものを改変するのだ。このくらいを面倒事と考えること自体が間違っているのかもしれないが……」

 

 桜子の参戦は全く予想できなかったというレベルではない。結局、彼女がここに辿り着くであろうとは考えていた。サーヴァントの戦いに首を突っ込んできたのは意外ではあったが、ザラスシュトラが言うようにこのくらいは何とかして見せなければならない。

 

「行こう、朔ちゃん、あと少しだよ」

「言われなくともわかっとるわ、ウチらはずっとこのためにやってきた。あの優男叩き潰して、ドヤ顔で日本に帰ってやろうやないか」

「そうだね、それがいい!」

 

 時間は刻一刻と過ぎていく。天照の顕現できる時間は決して長くない。どんな結末であれ、あと少しで全てが終わりを迎える。その時に世界に広がるのは何であるのか、その総てが決する時が近づいている。

 

『総ては私の掌の中だ。桜子、そこで見届けたまえ、私の生み出す新世界を』

 




セイヴァー、おそらく能力を抜きにすればそこまで強くはないんだろうな、それにしても、マスター相手であれば十分すぎる戦力

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第25話「リィンカーネーション」③

――王都ルプス・コローナ――

 ただ超人としてあれかし、神の支配から解放され、ただ1人の存在としての自我を確立した超人思想としての己を求められたザラスシュトラ、同時に彼は敬虔な神の使徒である。

 

 絶対善神の世界を生み出すためであればどんな犠牲もいとわない。そうした考えの下に動いているのであり、ある種の自己矛盾としての己をその身に抱えている。

 

 無辜の怪物としての自分、かつての生前にままならぬ世界に絶望し、善と悪、二つの思想がぶつかり合う世界に救いを望んだ自分、どちらが本物の自分であったのかは実の所、ザラスシュトラにすらわからなくなってきている。

 

 だが、それはザラスシュトラからすれば些末な問題なのだ。そんなものは、いずれ明らかになる。アフラ・マズダの世界が生まれれば、正しき世界が広がるのだから。その世界が生み出されるために自分は全力を尽くせばいい。それが結果として救いに繋がるのだとすれば、何を怖れる必要があるだろうか。

 

 自分自身の内面すらも利用する、神の使徒として己の本心すらも裏切り、使徒としての己を貫いたキュロスのように、ザラスシュトラもアフラ・マズダの願いに殉じる覚悟を持っている。

 

 その願いを通すまであと一歩、目の前の最後の障害を突破することさえできれば、もはや自分の役目は終わりを迎える…はずであったが!」

 

「七星流剣術――――!」

「式神舞踊、踊り狂え!!」

 

 桜子が前衛を務め、朔姫が後衛を務める。戦闘スタイルとしては十二分に成立し、この場で戦うに当たっては最適な戦闘配置になった状況である。加えて、桜子と朔姫はどちらもこの聖杯戦争の中でトップクラスのマスターであると言ってもいい。彼女たち二人が協力して、正面から戦えるのはロイや、散華、そして先ほどまで桜子が戦っていた桜華くらいのものだろう。

 

「確かに中々の実力なのだろう。しかし、それでも及ばなければ何の意味もない。私達が争っていることは努力したから許されるというような甘い幻想ではないだろう?文字通り、世界を懸けた戦いだ、世界の命運を握る戦いだ。であれば、人知の及ぶ程度でことを成し遂げられるとは思わないことだね」

 

 あの七星でも歴代最強の戦士であると桜子も認めた桜華を倒してもなおザラスシュトラと言う存在には及ばない。そもそも、人間の身でサーヴァントに及ぶと考えることがおこがましいと言われてしまえばそれまでだが、犠牲を出しながらも此処までたどり着いた朔姫と桜子に持てる手札は多くない。

 

 結局のところは掌の上ということだ。もしも、この状況が聖杯戦争の最終局面でなかったとすれば、戦うための方法は他にもあっただろう。アークと言う切り札、ユダという法理を逆転させる力、あるいはあるいは、七星側のサーヴァントと協力することが出来れば、ウィリアムのようなザラスシュトラにとって鬼門となりえるサーヴァントの協力を得ることが出来ただろう。

 

 しかし、圧倒的に手数が足りない。聖杯戦争という状況を動かしながら、自分が動くタイミングになった時には、自分にとって障害となる存在はすべて排除されている。まさしく完璧だ。結局、自分に噛みついてくる存在を自ら生み出し、最後はその牙によって噛み殺された灰狼に比べれば、遥かに盤面の動かし方が上手い。

 

 もちろん、例外は存在する。それこそが太陽神天照の存在であるが、アフラ・マズダとアヴェスターの力、そして聖杯のバックアップによって、対策は十分である。時間を稼げばこの戦いは終わりを迎える。桜子の参戦があったところで、大勢は既に決している。

 

「――――そうでもありませんよ」

「おっと、ほうほう、なるほどなるほど、八咫鏡による反射、そういうこともできるか」

 

 突如として空よりザラスシュトラへと襲い掛かって来たのは、一つ一つがサーヴァントすらも一瞬で破壊しかねないほどの破滅の光の流星だ。それが天照を倒すために放たれ、そして反射されてきたことで自分へと襲い掛かってきた攻撃であることをザラスシュトラは理解する。

 

 それらを丁寧に避ける。さすがに自分が崇める神話の物語ともなれば、超人思想によって守られているとしても何が起こって来るのかわからない。ステップを踏むようにザラスシュトラは回避するが、しかし、そこに追いすがるように桜子が飛び込み、魔力刃を放つ。避けることができると思ったが、桜子が振う不可視の刃は桜華との戦い同様に刀身が伸びており、ザラスシュトラに一撃を与える。

 

「ぬぅぅ……!」

「逃がさないッッ!!」

 

 自分の射程にザラスシュトラを捉えた桜子はそのまま七星流剣術による連撃を放っていく。神の力を主軸とした攻撃に対しては絶対的な防御力を誇っている超人思想も単純な武術に対してはあくまでも身体強化をするにとどまってしまう。そのために桜子の攻撃は通る。サーヴァントと人間の物差しで測れば、当然にザラスシュトラが圧倒的に有利だが、そもそも、立ち返って考えれば、ザラスシュトラは戦闘をする英霊ではない。

 

 預言者として、人を教え導く存在であるが故に、戦闘をする際の技巧や習熟度で言えば、桜子とは比べ物にならないほどに程度が低い。先ほど桜華との戦闘を経験した桜子からすれば、ザラスシュトラの動きはまだ自分の行動1つで追いつくことができる領域にいる。そこに朔姫と天照の援護があるのならば、それを組み合わせながら戦っていくことは存外難しいことではない。

 

『やれやれ、桜子が姿を見せて少しばかり雲行きが怪しくなってきてしまったか。それならそれで仕方がないか。ザラスシュトラもここが正念場と言うことは分かっている。ならば、こちらも少し援護をしてあげようじゃないか』

 

 再び星が瞬く。夜空に浮かぶ無数の星、それら一つ一つがサーヴァントを一撃で葬ることができるほどの巨大質量を持った存在達であるというのだからおぞましいことこの上ない。これまではあくまでも周囲への被害に考慮をした程度の攻撃だけに留めていたアフラ・、マズダであるが、ザラスシュトラが桜子を相手に苦戦をしている状況は万が一を想像させる。

 

 桜子たちにとってはザラスシュトラを倒すことが最重要課題ではあるが、同時にアフラ・マズダたち側とすれば、天照さえ倒してしまえればいいのだ。ザラスシュトラが自分の宝具によって、ある程度こちらの攻撃に耐性を持ち得ていること自体はアフラ・マズダも理解している。であればこそ、より破壊の規模を上げようと判断したのだ。

 

 一瞬にして光り、そして次の瞬間には着弾している攻撃、数々の星の輝きが空を覆っているように思えるが、それらの一つ一つが攻撃なのだ。しかも、どんな攻撃が飛来してくるのかも分からない。

 

 まさしく一瞬にして攻撃を理解し、対処しなければならないが、いかに神であっても防げるものと防げないものがある。通常の回避方法では間違いなく、総てを避けきることは出来ずに肉体の損傷を早める。天照自身は全く耐えることができないとは思わないが、この肉体はあくまでも倭姫命の肉体を使った憑代召喚である。その肉体が耐えきることが出来なければ、強制的にこの戦いから追放されるわけであり、それをこそ、アフラ・マズダも狙っているであろうことは間違いない。

 

 勝てないというのであれば、力ずくあるいは場外戦術によって自分の目的を果たす。この戦いの将を目指す者としては至極当たり前の対応であると言ってもいいだろう。

 

「では―――私も全力を出すとしましょう。もっとも権能の総てを使いこなすことはできません。天岩戸を顕現し、三種の神器を展開しているだけでも限界がありますから。今の状態のままに私は総てを覆して見せましょう!それが彼女との……朔姫との約束なのですから!」

 

 太陽神天照はキャスターの肉体の中からこの戦いをずっと見守ってきた。召喚するなり、神祇省の事情によって、倭姫命の中に彼女は封じられた。万が一にでも神の使徒にその存在を知られてしまえば、どんな犠牲を支払ってでも滅ぼしに来るであろうことは神祇省にも分かっていた。

 

 だからこそ、あえて、サーヴァントとして召喚されておきながらも封印の憂き目にあうことを許容した。元々、天照がそのスペックを最小限度で使ったとしても、アーク同様に魔力の問題でそうそう長く戦うことは出来なかった。

 

 朔姫が何も策を講じずに使役していたとすれば、この最終局面にまでたどり着くことが出来ずに、途中で脱落していたかもしれない。

 

 だからこそ、朔姫たち神祇省の判断を責めるつもりは毛頭ない。力とは使えるべき時に使えるようにしておかなければ意味がないのだ。振るうタイミングを間違って振われる力には、勝利は宿らない。これこそが最適解であったことを天照もまた理解し、そして、倭姫命の中から、朔姫たちの様子を常に観察し続けてきた。

 

 彼女たちの奮闘に心打たれたという事実も確かにあるし、それ以上に魅せられたのは彼女たちの誰も彼もが決して神に祈って何かを変えようとしたわけではなかったことだ。自分の運命は自分で決める。たとえ無謀だったとしても、自分の力が及ばないことが分かっていたとしても、それでも、神に縋って、思考停止をするのではなく、戦い続けることを選んで、実際に此処まで過酷な運命を乗り越えてきたことを彼女は知っている。

 

 太陽とはすべからく、天に坐して、総てを見届ける者。ただそこに当たり前のように存在している者、天照は自らが世界に干渉し、世界そのものを改変しようなどという考えは持ち合わせていない。

 

 太陽はただそこに存在するだけのモノ、例え、世界がこれから先、どのように変化しようとも、太陽が直接干渉することはない。世界にとってどんな影響が起こったとしても、太陽はただそこに存在しているだけで何かをするようなことはしない。

 

 天照も同じである。彼女は只見守り続ける。聖杯戦争が通常通りに行われ、アフラ・マズダのような存在が生じていなかったとすれば、彼女は今回の聖杯戦争に参加することさえも拒絶しただろう。

 

「私は人々がこの世界の中で懸命に生きることを望みます。そこにはどうしようもない悲劇が待ち受けていることもあるでしょう。理不尽な悲しみに襲われることもあるでしょう。ですが、それでも世界は残り続けます。人に対して絶望だけではない可能性の未来をも提示します。人は救われなければならない。それこそが何よりも傲慢な神の考えの押しつけであると私は思っています。人は人の想いだけでこの世界に立ち向かっていくことが出来ます」

 

『それは神らしい無責任だよ、天照。私は完全なる善と言う存在であることを求められた。太陽という元より存在している者に象徴された君とは違う、私こそが人の希望なのだ。この愚かしい世界を救うための希望で在り続けなければならない。見守り続けたいのならば、それこそ天から見届けているがいいとも。私が救済する世界こそが人類にとって素晴らしい世界になる様を!』

「いいえ、それは叶いません、貴方たちはこの場で我が三種の神器によって、その野望を阻まれるのですから」

 

 そこから天にて生じたことはまさしく神話の再現とでもいうべき規模であった。あらゆる攻撃が八咫鏡によって反射され、その反射攻撃がザラスシュトラへと向かっていく。撃ち漏らした攻撃は勾玉の力によって生み出された天照の眷属たちが受け持ち、天照を防衛する。そして叢雲剣の一振りでアヴェスター世界の星の輝きの数割が消し飛んだ。

 

 これまでは防戦のように使っていたが、これは攻防一体、アヴェスター側の攻撃を封殺しながら、相手を葬るための攻撃スタイルへと変わったのだ。その攻撃の威力たるや凄まじく、それらが連続して降り注いでいくのだ。まさしく絨毯爆撃の如き攻撃の連続、アヴェスター世界そのものを滅ぼし尽くすのではないかと思えるほどの攻撃が次々と降り注いでいく。

 

『正気かね、そんなことを続ければ、魔力が枯渇して消滅するぞ』

「ええ、ですがその前に、そちらを倒してしまえば終わりですから。決して悪い賭けではないと思っていますよ?」

 

 苛烈さ、ここまであえて防戦に徹していた天照が突如として剥き出しにしてきた牙に対して、アフラ・マズダは怪訝な反応を浮かべる。もしも、何もない場所にふきだまった何かではなく、彼に明確な顔が存在していたとすれば、焦りや驚きの表情に歪んでいたのではないかと思えるほどであった。

 

 アヴェスターの物語に刻まれた存在達はどれもこれもが世界規模の存在達だ。世界総てを巻き込んだ善と悪の闘争、それこそがアヴェスターの根幹である。しかして、一つだけアフラ・マズダにもこの状況に陥る中での懸念点はあった。

 

 それは単純な出力の問題である。聖杯のバックアップを受けているが故の無限出力ではあるが、何度攻撃を続ける中で、天照とアヴェスターの攻撃力、そのどちらに軍配が上がるのかについて、静かに理解を示していたのだ。

 

『あくまでも我々はザラスシュトラの宝具でしかない。神話の存在が英霊として呼び出されているわけでもないとなれば、神霊を憑代越しとはいえ、召喚しているあちら側に出力の問題で敗北するのも仕方がないことか』

 

 静かに口にしているが、それはこの場における一つの優劣を明確に認めたことになる。抑止力によって呼び出された英霊の力は凄まじい。ことあと一歩と言う所にまで来ているアフラ・マズダたちにとってここまで面倒な相手もいないが……、

 

「アフラ・マズダ、貴方が復活することはありません。世界は貴方の存在を容認していない。世界そのものすらも改変させて、全く異なる世界を生み出す。人の嘆きを糧として甦る終末の王、混沌を呼び寄せる貴方はこのまま封じられてしかるべきなのです」

 

『悲しいことを言わないでほしいな、君たちの神話は八百万の神々によって構成された物語であろう? であれば、私もこの世界の仲間に入れてほしいものだ。決して人類のために君たちを蔑にするつもりではないのだ。むしろ、私としては共存を望んでいるのだが?』

 

  天照の攻撃一つ一つがアヴェスター世界の根幹を揺らがしていくが、ザラスシュトラとしてはそこまでの焦りを浮かべている様子もない。

 

「ふむ、出力時間の問題はあるが、なるほど、やはりどちらが最大火力として必要であるのかと問われれば、あちらが勝るか。見事だよ、神器省。君たちの奮闘は実に見事に我々の思惑を超えてきてくれた。しかし、それでも及ばない。所詮、それは私の宝具を破壊する程度のことしかできないのだから」

 

 天照の攻勢、確かに凄まじいものがあったとはザラスシュトラも認めている。しかし、それでも、所詮は時間稼ぎにしかならないのだ。これはあくまでもザラスシュトラの宝具であり、善神の世界を形作るための地ならしでしかない。何せ、いまだアフラ・マズダは復活すらしていないのだから。

 

 アヴェスターの世界を破壊したとしても、宝具を一つ破壊されたに過ぎない。その結果として、天照が消滅するのだとすれば、ザラスシュトラとしては何も問題はない。天照の攻勢を受ける形での状況の変化に、ザラスシュトラは巧妙に戦い方を変えたのだ。桜子という存在によって、撃破という形で決着がつかないのであれば、相手に花を持たせてやることもやぶさかではない。その結果として自らの宝具が破壊されることになったとしても、天照すらも魔力の塊として飲み込んだ聖杯であれば、アフラ・マズダの復活としてこれほど十分なものはない。

 

 侵略王を呼び水にすることも、アヴェスターによって世界を満たすこともすべては、アフラ・マズダ復活への足りない魔力を補うためである。自らの手でそれを十分に補うことができる状況にあるのならば、もはやザラスシュトラのアヴェスターが機能している必要はなく、むしろ、使いつぶしてしまってもいい。

 

 神の世界を見届けることこそがザラスシュトラの目的だ。かつて神託を与えられ、善悪の世界を生み出した。その善の世界を信じることで救われた多くの人間に報いるためにもザラスシュトラは自らの願った善なる世界生み出さなければならないのだ。

 

「あと一歩、あと一歩で世界に届く我らが理想の世界が生み出される。誰もが悪に染まらずに善を成し遂げる世界を生み出すことができるのだ。その世界にこそ救いがある。私はただそれだけを求めてきた……!」

「ザラスシュトラ!」

 

「君たちからすれば、私は悪に映ることだろう。自らの欲望のままに世界を改変しようとする悪に見えていることだろう。身勝手に映るだろう。しかし、違うのだよ、私もまた背負っている。この身で味わい、この目で見てきた数多の悲劇を、君たちのように自分の足で立ち上がれない者たちの嘆きを何度も何度も……、人を救おうと願っている。それでよいではないか、そうしようとする神の思いを無駄にする必要はない」

 

 頭上において、次々とアヴェスターを構成する物語が吹き飛ばされていく。叢雲の力は招くすべてを吹き飛ばす。日ノ本最大級の剣を前にしては、いかなる善悪の物語もかすんでしまうということだろうか。

 

「ぐっ、ふぐぅああ……」

 

 しかし、朔姫が口から血を漏らす。魔術回路から出血が伴う。天照の圧倒的な力を受け皿として、マスターの役目を背負っている彼女にも負担は当然に強いられていく。肉体がずきずきと痛む、どうしようもないくらいに、魔術回路が沸騰する。しかし、それでも彼女は止めない。この場の戦いのために多くのものを犠牲にしてきた。だからこそ、ここだけは絶対に譲れない。

 

「やれぇぇぇぇぇぇ、姫ぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 朔姫の叫びが木霊すると同時に、三種の神器すべてが光を放ち、中空で行われる戦いの決着がつかんとする。善悪二元論の世界すべてを吹き飛ばすとばかりにアヴェスターによって展開されていたはずの世界がすべて吹き飛ばされる。

 

「見事、実に見事だよ」

 

 だが、ザラスシュトラを吹き飛ばせたわけではない。桜子と朔姫の攻撃、そして天照の攻撃を受けながらも、それでも、超人思想によって肉体を強化された彼を倒すことは叶わなかった。時間切れだ、天照は先の攻撃で戦う力の全てを失って、ザラスシュトラを倒すためだけの力を失う。そうなれば、もはや彼を止めることができるものは存在しない。

 

 チェックメイト、これにてすべてが終わりを迎える。そう思われた瞬間に、

 

「ごふっ――――」

 

 ザラスシュトラの全身から血が噴き出した。まるで抑え込んでいたものがすべて一気に飛び出したかのように、それは何の前触れもなく引き起こされたのだ。

 

「なにが――――っ、まさか、呪詛返し、か……」

「そうや、まぁ、実際には呪詛の転写やけどな、お前の宝具に与えたダメージをそのままお前の肉体にも同じく行くようにしたんや。どうせ、お前のことや、絶対に自分が負けるはずがないって状況を作ろうとしてくるんは目に見えておったからな」

 

 ザラスシュトラはここで確実に葬らなければならない。アフラ・マズダよりも、ザラスシュトラを生かしておくことのほうが絶対に後々になって、問題になることは目に見えているからこそ、セイヴァーを葬ることこそが朔姫にとっての至上命題であったといってもいいだろう。

 

「桜子ぉぉぉぉ!!」

「七星流剣術―――『桜爛開花』」

 

 朔姫の叫びに呼応するようにして、桜子が一歩を踏み出す。決着をつけるために、彼女自身に与えられた力の究極進化系である視線誘導による斬撃がセイヴァーめがけて放たれる。最後のダメ押しとばかりに放たれた攻撃は、超人思想によって強化された肉体であったとしても切り裂く。

 

 桜子の技だけではセイヴァーに致命傷を負わせることは出来なかったかもしれないが、既にセイヴァーの肉体には転写術式が朔姫によって掛けられていることもあり、壊れかけのものに最後の振動を与えて崩すのと同様の結末を与えたのであった。

 

「アヴェスターはここで終わりや。お前と言う楔が存在しなくなることによって、アフラ・マズダがこの世界に存在するための影響力は大きく失われていく。お前がわざわざ表に顔を出してこなかったんは、自分がもしも、ウチらに倒されるようなことになったら、計画に大きな支障が出るからやろ?」

 

「然り……ではあるが、私と言う存在ですらもおぼろげであったはず、どこでそれを見極めたのか……?」

 

「んなもん、グロリアス・カストルムでわざわざウチがおらんところで、桜子とロイにかまをかけた時に決まっとるやろうが、お前が本気でウチらを煽り倒したいんなら、ウチがいるところでって思うはずや。ウチらがお前らにとっての関係者であることは、充分分かっていたやろうからな。それをせんってことは、ウチらに見つかりたくなかったってことやろ」

 

「なるほど……、間違ってはいないさ。間違ってはいないが、策謀云々は別として消えたくなかったというのもまた事実ではある。何せ――――世界に代わってほしいと願ったこと自体は、私としては、至極真っ当なことであったのだから」

 

 多くの事業を灰狼と共に動かしてきたザラスシュトラではあるが、彼自身がすべて他人を陥れるために一連の行動をとっていたわけではない。世界を救いたいという思いがあったのは事実であるし、多くの者に願われていたのだ。

 

 桜子たちにとっては世界を変えてしまおうとする悪であったかもしれないが、彼に願いを託した者からすれば善である。そうした視野に立ったとしても、彼はやはりアフラ・マズダによる世界の改変を願っていたのであろう。自分だけでは決して変えることができない世界法則を神の力によって変える。それが聖杯であるか、己の信じる神であるかの違いであるだけだ。

 

「神よ、ああ、申し訳ありません、我が力一歩及ばず……」

 

『いいや、今日までよく頑張ってくれたザラスシュトラ、私は君を利用した。君に生み出され、君に願われた神ではあるが、君の願いを聞き届けるために利用した。キュロスも同じだ。君たちが救済されることを願っていると知っていたからこそ、君たちの善を利用した』

 

「はは、そんなことを気にする必要もないでしょう。私もまた……救われたかったのだから」

 

 そう呟くと、ザラスシュトラの身体は黄金色の光に包まれてこの世界より消失した。ここまで聖杯戦争を牽引してきた黒幕として、呆気ない最後であったというべきだろうか。いや、朔姫も桜子もそうは思わない。神祇省がここまでの大規模な術式を発動させることによってようやく葬ることが出来た。

 

 構想から考えれば、秋津の聖杯戦争が終わりを迎えてからの10年、ずっと練られていたかもしれない計画である。それで倒したことをあっさりと言えるのかどうかは難しい。

 

 アヴェスターの消失と共に、空に浮かぶ大きな黒い穴が一つだけ取り残される。それこそが聖杯であり、同時に、アフラ・マズダと呼ばれる存在が、この世界に干渉できる唯一の穴であるといえよう。

 

 その穴を残しながら、世界の浸食を食い止めるために発動していた天岩戸が解除され、世界が元の状態へと戻っていく。如何に神祇省の力を総動員したとしても、やはり神霊系サーヴァントの維持は困難、あと少しでも時間が長引くことになれば結末は変わっていたかもしれない。

 

 しかし、起こったことを巻き戻すことはできない。ここで勝利を掴んだのは朔姫と桜子だ。やるべきことをやりきったからか、朔姫の身体が地面に崩れ落ちる。

 

「朔ちゃん!」

「アホ、ちぃっと疲れただけや、ウチがこんなんでくたばるわけないやろ、何も問題あらへんわ」

 

 神霊、いいや、神にも等しい存在を使役して戦闘にまで費やしていた朔姫はさすがに体力を使い切ったのか、その場にへたり込む。此処まで実力を温存していたのはまさしくこの時のためであり、朔姫としても力を出し切ってでもザラスシュトラを倒すという目的を達成できた以上、何の憂いもない。

 

 あとは―――この聖杯戦争の最後の後始末をするだけなのだから。

 

「桜子……行ってこい。最後に決着をつけるんはお前や、そのためにここまでウチはお前を連れてきたんやから」

「朔ちゃん……」

 

「そんな顔すんなや、自分に資格がないとか考える必要あらへん、お前だってここまで必死に闘ってきた。いや、ここでだけじゃないわな、10年前からお前はずっと、戦い続けてきた。そろそろ、報われてもええ時やと、ウチは思う。だから、行って来い。行って願いを叶えて来い!」

「………うん、ありがとう、朔ちゃん!」

 

 その桜子の返答を聞いたうえで朔姫は残り少ない魔力を使って式神を顕現させる。それは巨大な鶴のような姿をしており、桜子が背中に乗るのを待っている様子だった。

 

「マスター!」

 

 そこに、セイヴァーとの決着がついたことを受けて、アステロパイオスも姿を見せる。もはやこの地に残ったサーヴァントは彼女と天照のみ。実質的にはアステロパイオスがこの場における最後のサーヴァント、言うなれば聖杯戦争の勝利者といっても差し支えはないだろう。

 

 もっとも、その勝者と言う名乗りを受けるにはその前に乗り越えなければならない相手が存在しており、それを解決するために桜子とアステロパイオスは空へと、あの中空に佇んでいる、聖杯と接続した善神と対峙をしなければならない。

 

「行きましょう、最後までお供させていただきます」

「そうだね、今度は、今度こそは最後まで一緒だよ、ランサー」

 

 桜子の脳裏に、10年前の聖杯戦争が思い出される。あの時に、桜子は契約をしたランサーと最後まで一緒にいることが出来なかった。総ての視力を出し尽くして戦ったロイとセイバーに敗北する結果となった。

 

 そして今、再び聖杯戦争の舞台に立ち、なおかつ同じランサーのサーヴァントと共に今度こそ聖杯を掴まんとしている。まさしく数奇な運命と言わざるを得ないだろう。

 

 運命のいたずらか、あるいはこれもまた総ては仕組まれた運命だったのだろうか。それは分からない。分からないが……、桜子はアステロパイオスと共に、朔姫の生み出した式神に乗る形で天に存在する善神アフラ・マズダの下へと向かっていくのであった。

 

「まったく、ほんまに最後まで世話の焼ける奴やで」

 

 神祇省としての役目は果たした。個人的な願望もどうやら果たすことが出来た。ああ、ようやくすべてが終わったのだと理解した朔姫の前に、同じく役目を終えたキャスターが、天照の意識ではなく、倭姫命の状態で戻ってくる。

 

「朔ちゃん……!」

「おう、姫、やる気になればできるやないか、天照込みとはいえ、立派なもんだったやないか」

 

「そんなことない。朔ちゃんのおかげだよ、みんながいてくれて、姫のことを支えてくれていたから、最後でも逃げずに戦う事が出来たんだよ!」

 

「なら、そういうことにしておくか。姫は結局、最後まで自分じゃ何もできんかったと」

「ちょっと、さっきと言っていることと違くない!?」

 

「冗談や、冗談、ほんまにようやってくれたわ、ウチだけじゃどうしようもなかった。姫がいてくれおったから、ここまで希望を捨てずに戦ってこれたんや、ほんまありがとな」

「えっと、朔ちゃんが普通に素直に褒めの言葉を口にしている。本当に大丈夫なのかな、もしかして、私これからも使役されちゃう流れになっていたりしない!?」

 

「アホか、最後くらいは、ウチだって何の混じり気もない褒め言葉を口にしたってええやろ、どうせこれが互いに最後なんやから」

 

 キャスターの身体が黄金色の光に包まれる。神霊の憑代として天照へと肉体を献上し、自分の身体が消滅することも前提にした力の使い方であった。キャスターとしては自分が消えることも既に織り込み済みであったことは言うまでもない。

 

 この聖杯戦争において彼女はほとんど活躍することが出来なかった。出来なかったが、そこも含めて彼女は八代朔姫のサーヴァントとして共にこの聖杯戦争を駆け抜けることを誓ったのだ。そこに何の間違いもない。そしてその果てにやるべきことをやりきることが出来た。臆病な自分にとっては十分な戦果であると言えるだろう。

 

 そう満足すると、脳裏に浮かんでくるのはここまで歩んできた時間である。挫けそうな時もあったし、本当に大丈夫なのかと思ってしまう時もあった。けれど、どんな時でも、目の前のマスターが自分を支えてくれたことを思い出し、キャスターは目尻に涙を浮かべる。別れたくない、本当はもっと一緒にいたい。セイヴァーとの戦いを迎えればこうなることは分かっていたというのに、どうしようもないくらいにこの別れを惜しむ気持ちが生まれてくる。

 

 戦うことは嫌ではあったけれど、自分はこのマスターと一緒にいられて、良かったのだと思っているのだ。

 

「朔ちゃん、私――――」

 

 キャスターが二の句を継ぐよりも先に、朔姫が手を上に上げる。

 

「湿っぽい話はなしにしようや、最後の最後まで笑って、それでええやん?」

「………うん!」

 

 その上げた手の意味を理解して、朔姫とキャスターはハイタッチをし、互いの健闘をたたえ合って、キャスターの姿がそのまま消滅する。言葉を並べればそれで満足するわけではない。こうして、八代朔姫の聖杯戦争は終わりを迎えた

 

「………」

 

「お疲れ様でしたね、姫様」

「なんや、今更、お前ら来るの遅すぎやろ」

 

「それは仕方ないじゃないですか。みんな必死に術式使っておったんですから。これでも、私は早い方ですよ、姫様の様子を見るために力温存してましたから」

 

「それサボりやん?」

「ふふっ、どうでしょうか」

 

「別に来いとかいっとらんわ」

「………今は誰もいませんよ、いい加減、素直になってもいいんですよ。ずっと我慢していたんでしょう?」

 

 その言葉に、朔姫は顔を俯かせながら、しゃくりあげる声と共に香椎唯那の胸に飛び込み、誰に憚ることもなく大きな声を上げながら泣きじゃくる。ここまでの道のりの総てを見届けて、そして送りだすべき相手を送りだした以上、ようやく彼女も自分の気持ちに素直になることが出来た。

 

「お疲れ様でしたね、姫様、ご立派でしたよ……」

 

 こうして聖杯戦争は終わりを迎えた。残るサーヴァントは一騎のみ、それを残して、残る総てはこのセプテムの地から消え去った。多くの奮闘があった。多くの悲劇と犠牲があった。けれど、その果てにもはや何も残らず、ただ一つの結果だけが浮き彫りになろうとしている。

 

『桜子――――さぁ、君の答えを聞かせてもらおう。秋津から、いいや君が生まれた時から続いてきた私達の因縁に終わりを与えてほしい。そして、願わくば、君の手で、私の世界を生み出してくれ』

 

 アフラ・マズダは願う。総てを見てきた君だからこそ、善の救いに理解を示してほしいと。それこそが自分を封じた七星桜への意趣返しであり、善の証明になるのだと。

 

 間もなく終わりを迎える、このセプテムの地で起こった総てが。終わりを迎えるのだ。

 

第25話「リィンカーネーション」――――了

 

 ――これはそう今日を諦めなかった故の物語

 

次回―――最終話「ステラ」

 




次回よりいよいよ最終回、このまま3日後に更新しようと思いますので、最後までお付き戴ければ嬉しいです!


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最終話「ステラ」①

 初めて魔術に触れたときは何もわからない時だった。当たり前の日常が当たり前に続くと思っていて、私の世界はこれからも変わらず、ずっと平和なままなんだって思っていた。

 

 世の中には悲しい事件や理不尽な出来事はあるけれども、それが突然自分に振りかかって来るなんて思っていなくて、きっと明日は明日で良いことが起こるはずなんだって当たり前のように考えていた。

 

 そんな何も変わらないと思っていた日に、セレスさんと出会って、ランサーを召喚して、自分が七星と言う魔術師の一族であることを知って、否応なく聖杯戦争に巻き込まれていった。投げ出すことだってきっと出来たと思う。最初は本当に純粋な正義感からだった。

 

 この街で起こる何かに対して自分に出来ることがあるのなら、その力を振いたい。子供だからこそ覚えるような謎の万能感に駆られる形で、私は自分自身の出自と向き合っていくことになった。

 

 たくさんの出来事があった。兄さんとも争ったし、夫……蓮司君とも戦った。非道なやり方を許せないと怒りの声を上げて、自分の力を使いこなせずに暴走して、そして、ロイと魔術の技を競い合って……そして、そして……、お母さんが命を落とした理由を知って、それからの私の人生は決まっていったのだと思う。

 

 この七星の運命と向き合うために、そして自分自身の人生を決して後悔しないために。

 

 このセプテムで多くの七星の一族と出会ってきた。

 

 七星であることを誇りに思う者、七星を嫌悪する者、七星であることにこだわる者、七星に多くを奪われた者、七星でなければきっと違う人生を生きることが出来たであろう者、そこにはたくさんの想いがあった。誰が正解で、誰が間違っているなんて言えないほどに多くの想いがあって、その中の想いと私の想い、どちらが正しいかなんて優劣をつけることが出来ないほどに……、正義とは何であるのか、善悪とは何処にあるのか。

 

 私は秋津の聖杯戦争、そしてこのセプテムの聖杯戦争を通してもそこに答えを見出すことはついぞできなかったと思う。復讐の為に七星の人間たちを殺めてきたレイジ君は善であったのか? そんなハズがない。誰かの命を奪わずに済むのであればそれに越したことはないし、どんな形であれ殺人は許されてはいけない。それを許されざるものであるというルールがあるからこそ、私達は一定の平和を享受することが出来ているのだから。

 

 では一方で、レイジ君のやってきたことは悪であったのだろうか? それも違うと思う。奪われてきた人たちが、誰かを害することが許されないのだとしたら、その気持ちの置き場は何処にあるのか。自分たちのような悲劇が再び起こるかもしれないと思って、目を逸らしていることが正しいことであるかと言えばそれは違うと声を上げるだろう。

 

 レイジ君と言う人間を通してみて、私は善と悪という価値観が酷く曖昧なモノであるように思えた。それは見る人によって全く変わるもの、ううん、それを実行している当人にだって決めることはできないんじゃないだろうか。

 

 世界にとっての主役が自分であったとしても、世界は自分の為に動いているわけじゃない。こんなにも多くの人と生命が生きている世界の中で、たった一つの正解を見つけるということ自体が酷く傲慢なことではないだろうか。

 

 かつて、アフラ・マズダは私に言った。人間に本当の善を見つけることはできないと。だから、自分が絶対的な善の神になることによってしか、世界を救うことはできないのだと。確かにそれもそうだろう。人間に絶対的な善悪を決めるなんてことは出来ない。私と蓮司君の間であって、絶対に正しいと言えることはどれほどあるだろうか。きっと両手で数えるほどしかないのではないだろうか。

 

 それが全人類規模に膨れ上がるなんてことになってしまえばそれこそキリがない。誰だって、本当の正しいことを口にするなんてできるはずがないだろう。

 

 だからこそ……、私は私の答えをアフラ・マズダに届けに行かなければならないのだろう。私達はどうするべきであったのか。私達はこの世界にどう向き合うべきなのか。私の心の中で見出した答えだって本当に正しいのかなんて分からない。異なる事情を持つ人からすれば全く違う答えが飛び出してくるかもしれないけれど……、この胸の中に浮かんだ答えを真っ直ぐと言葉にすることに意味があるんだと思う。

 

 この聖杯戦争の最後に残った一人として……

 

「アステロパイオス、今日まで本当にありがとう。貴女がいてくれたから、私はここまで来ることが出来た」

 

「何を言うのですか、以前にも言ったでしょう。私は本来、セレニウム・シルバで消滅していたはずのサーヴァントです。それが貴女と出会って契約してここまで来ることが出来た。ありがとう、桜子、貴方は私に英霊としての本分を果たすことを許してくれた。貴女がいなければ私は惨めな主を守ることもできなかった愚かな英霊でしかなかったはずです」

 

 あの日に契約をしていなければ、アステロパイオスは主を守ることが出来なかった英霊という烙印のまま、座に帰ることになり、桜子もまたアステロパイオス無しでここまでの聖杯戦争を切り抜けることが出来たのかは怪しい。

 

 共にあの日の出会いがあったからこそ、ここまで来ることが出来た。どちらが優れているという話ではなく、互いがいたからこそ、ここまで来ることが出来た。

 

「それじゃあ、行こうか。最後の戦いに。この聖杯戦争を終わらせるために、聖杯の下へ」

 

「ええ……、私はほとんど力になることはできないかもしれませんが」

「ううん、傍にいてくれるだけで心強いよ」

 

 朔ちゃんに与えられた式神の背に乗って、中空へと向かっていく、この世界の空に生まれた巨大な穴、聖杯戦争の結末に従って生じた聖杯と、その中に閉じ込められたアフラ・マズダの下へと、私達は一直線に進んでいき、そして、まるで見えない壁に遮られるように式神はその巨大な黒い穴の前で動きを止めた。

 

『まさか、ザラスシュトラが私の復活を前にして、消滅することになるとは。全く考えていなかったわけではないが……、驚かされてはいるよ。侵略王との戦いで君たちは総てを出し尽くすと思っていた。少しばかり世界の抑止力というものを甘く見ていたのかもしれない』

 

「神様だからって、何でも思い通りになるとでも思っていた?」

『いっただろう、考えていなかったわけではないと。ただ、予想外ではあった。それくらいの認識の差だよ』

 

 巨大な黒い穴、その中に飛び込んでしまえば、おそらく、二度とこちらの世界には這い上がってくることはできないだろうと思わせる深淵の先から声が聞こえてくる。先ほどの、アヴェスターの展開によって本来であれば、こちらに降臨してくるはずだったアフラ・マズダの瞳がその漆黒の穴の中に浮かび上がる。これまでのような一つ目ではなく、人間のように二つの瞳で、私達と視線を合わせている。

 

『さて、桜子、本来であれば、私はザラスシュトラの術式、あるいは侵略王の勝利によって連鎖的に世界の中へと召喚されるはずであった。しかし、結果は見ての通り、君たちの仲間の奮戦もあってから、結局私は、いまだ聖杯の檻の中に囚われている』

 

 アフラ・マズダの降誕阻止、まさしく神祇省の大願であったその役割を朔ちゃんはちゃんとやり遂げた。ううん、朔ちゃんだけじゃない。此処に来るまで、みんながそれぞれ一生懸命に闘ってきたからこそ、この結末が生み出された。私や朔ちゃんだけでもここまでは辿りつけなかった。

 

『そこでだ、桜子。君に願いたい。聖杯を使って、私をこちらの世界に顕現させてほしいのだ。聖杯の縛りは聖杯の奇跡を以てすれば、乗り越えることができるだろう』

 

「それを、今更、私が頷くと思っているの?」

『ああ、思っているよ。何故なら君は、人間では善悪を越えた正解を選ぶことができないと理解しているからだ』

 

「…………」

 

『人間は多様性の塊だ、数多の思考と数多の主張を持ち、数多の利益のために争いあう。かつて、私という神が存在を願われた時よりもなお、この2000年の歳月は人間を複雑に下。あらゆる柵が君たちの統一を阻んでいる。人類は争いあい、そしていずれ、些細な理由で滅ぼしあうことになるだろう。世界の存亡をかけて、個人の信条程度の理由で争いあう。それがこれより先の人類の姿だ。君はそれを嫌と言うほど見せつけられてきただろう』

 

「それでも、私はこの戦いを決して後悔していないよ」

『君の感想に、大した意味はない。事実として滅ぼしあっているというだけで十分な意味になる。千年を懸けた約束があれば、当たり前のように人々を踏みにじる。自分の復讐のためであれば、あらゆるものを巻き込む。本質的にはどちらも自己中心的な発想の下に動いている同類だ。そこに君たちの嫌悪の感情がどちらにばらまかれるかの違いだけだ。それが世界規模で起こる。絶望的な観測をしているわけではない。私もまた、この世界をずっと見続けてきた』

 

 その瞳に、憐憫の色が映る。

 

『多くの悲しみがあった。嘆きがあった。地獄があった。それでもなお、救いを求めて足掻く者たちの姿があった。私はこのような者たちに願われているのだと理解した。

 世界には君たちのように立ち上がりたくとも立ち上がれない者たちがいる。神の救いと言う希望に縋らなければ救われない者たちがいる。満たされた者たちからすれば、私の救済は求めていないというだろう。しかし、私は求められたのだ。確かに求められたからこそ、私と言う存在が生まれた。それは決して覆す事の出来ない事実だ』

 

 きっと、この神が人類を救おうという感情は何ら嘘偽りのない本気の気持ちなんだろう。本気で人類を救いたい、そうするには自分がこの世界にもう一度姿を見せる他にない。

 

 最初はこの世界に自分が召喚された理由を求めてきたアフラ・マズダはいつからか、そのように考えるようになった。そして、自分が描く世界を見出すために、本当の絶対的な善とは何であるのかを問い続けてきた。果たしてそこに答えは出たのだろうか?神と呼ばれた存在であれば、私達が考えるような領域での答えではない何かを見出しているのかもしれない。

 

 アフラ・マズダの言葉が偽りであるとは言えない。人間に世界総てを救済することはできない。古今東西の英霊たちがどれ程力を尽くしても、あらゆる災厄総てを取り払うことはやはり不可能であると言えるだろう。

 

 その上で、私は……アフラ・マズダを見据える。

 

「私は――――――それでも、貴方が復活することを、貴方がこの世界に降臨することを認めません。この世界は、私達人間が、これからも導いていくべきだと思っています」

『それは君の主観に過ぎない』

 

「ええ、そうです。私は私が見知った人たちの痛みしかわからない。今もこの世界のどこかで私が手を伸ばしてもどうにもならない悲劇が起こっているかもしれない。苦しみにあえいでいる人がいるかもしれない。そんな人に対して、私はどうしようもなく無力で、貴方でなければその人を救う事が出来ないのかもしれない」

『それを分かっていながら、君は私の世界を拒絶するのかい?』

 

「ええ、でも、拒絶と言うほどじゃない。確かに10年前の聖杯戦争では、貴方を憎んでいたのは認める。あなたがいなければ、私はお母さんを失うことはなかった。そう考えたらどうしたって憎まずにはいられなかったから。お母さんの弔いをするため、そのために、あなたを追って、ここまで来た。あなたを許せないという気持ちが全くないとは言い切れないことは事実よ」

 

 お母さんの仇、そう言ってしまえば簡単であるけれど、アフラ・マズダという存在を望んでいる人間がいることも分かっている。この世界には彼が言うように、救われない人間がいる。それこそ、神様の奇跡が無ければどうしようもないくらいの袋小路に立たされている人がいる。

 

 世界はとても残酷だ。私は多くの人に助けられて、ここまで来ることが出来た。だけど、それは成功した側の意見でしかない。私がここに来るまでに願いを叶えられなかった人たちだって必死に努力をしてきた。願いを叶えるために足掻いてきた。

 

 でも、それは届かない。世界はとても残酷だから。あらゆる機会を平等に与えて、その中で夢を掴む切符を手に入れた人にしか微笑んでくれない。努力の大小で夢がかなうかどうかを極めさせてはくれない。

 

「でも、私があなたを降臨させることによって、この世界を救うということを認めないのは、私が貴方を憎んでいるからじゃない。善神アフラ・マズダ、これは二度の聖杯戦争と七星と言う一族に生まれて、今日まで多くの人を見てきた私のこの世界に対する想いです。

 世界は変わらない。どうしようもなく残酷でどうしようもなく平等で、誰もが救われる世界ではないけれども、そんな世界であるからこそ、私達は此処まで来ることが出来た。

 絶対的な善と言う一つの価値感によって統一された世界では、私達は此処まで来ることは出来なかった。善と悪、その表裏一体の問題があるからこそ、人は進歩できたし、破滅をギリギリのところで回避してここまで来ることが出来た。

 私はそんな人間の在り方を信じたい。これからも人間は間違っていくし、争ってもいく。何度も何度も同じ過ちをして、そのたびに悔いて、時が過ぎれば同じことをするような、神様から見れば、どうしようもない存在かもしれない。それでも、一歩ずつでも私達は進歩している。私たちなりにこの世界と向き合ってより良くあろうとしている。

 だから、私は貴方の救いを求めない。自分の中の善性に従って、これからも決して長くない時間を生きていく」

 

 私は自分の胸に手を当てる。私が信じている正義、あるいは善と呼べるものですらも、本当にそれが他人から見ても正しいと言えるのかはわからない。散華さんとも桜華とも私は心から共感することは出来なかった。きっと、レイジ君の心の痛みだって、どこまで理解できたのかはわからない。

 

 完全なる正しさを見出すことはできない。でも、正しくあろうとすることはできる。己が悪であると思うことをしないし、踏み込まない。何度も何度も失敗をして、少しずつ学んで、環境を整備することで人は正しくあろうとしてきた。

 

 例え、神の救いがなかったとしても、間違えながらでも、人は進んでいる。なら、私は胸を張って、神の救いがなければ人は滅びを免れることができないなんて言い切るつもりはない。救いを求める人もいれば、求めていない人もいる。その多様性を認めてきた私達が、たった一つの思想によって統制されることは、この星を守るためであればまだしも、人類として救われるたった一つの方法であるとは私には思えない。

 

「貴方は私に選べと言った。見届けるべき者になってほしいと。これが私の答え。良いことも悪いこともあった。でも、私はずっと私自身で選び続けてきた。後悔したことだって何度もある。でも、救われたいと思ったことはない。それが責任を持って生きるということ、真摯に生き続けるということでしょう?」

 

 善悪二元論、アフラ・マズダとアンリマユの攻防と言う形で生み出された物語は、流転する善悪と言う価値観の中で人の本質を現した物語だ。

 

 そして絶対的な善の存在こそが悪との葛藤の中で最後には勝利をする。そうした世界観を描くことで人々を救う物語となった。私もそれは正しいと思う。人は当たり前のように善と悪の境界線を行き来する。その中で苦しみ、もがき正しさを模索する。絶対的な正しさなどない世界で正しくあろうとするのだ。

 

『だがしかし、私は求められた。この世界に召喚された以上、完全なる正しさを具現化しなければならない。そうでなければ、私という存在の価値が無くなる。正しくあらねばならない完全なる善と定義されながら、それを持ち得ない空虚な存在であるとすれば、それは私と言う神の本質にも関わるのだ』

「ある意味での真面目さはあるんだよね、そうだよね、本気で人類を救いたいって気持ちは本当なんだもんね」

 

 その過程で、聖杯戦争を実験道具のように使って、多くの人の運命を狂わせたことは許されないことではあると思うけれど、やはり神様からすれば、それも些末事なのだろうと思う。そこを問いただしても仕方がない。私から、伝えるべき言葉はもう決めてあるのだから。

 

「存在価値がないなんてことはない。私達人間は、貴方が言うように絶対的な正しさなんてものを持つことはできない。だからこそ、正しさの象徴である存在が必要なの。善と悪と言う境界線を彷徨いながら、それでも、最後は善に辿り着くことができる。この世界には、人間とは異なる絶対的な善なる存在がいてくれる。そう思うことで、私達は救われるし、その形にならない存在を目指して、進んでいくことができる」

 あなたと言う存在がいてくれるからこそ、私達は進んで行ける。ただそこにあるだけで、私達は救われている。貴方が直接救わなくちゃいけないと思うほど、この世界は見下げ果てたものじゃないよ」

『―――――――――』

 

 そこで初めて、アフラ・マズダは言葉を失った。これまでずっと私がどんなことを言っても好き放題言ってきた相手がようやく驚いたような様子を浮かべたことに、心の中で少しばかりの喜びを覚える。やっと言い返してやることが出来たと。

 

 ただ、別にとってつけた言い訳のように口にしたわけじゃない。私だって、本気でそう思っている。私達だって本当に正しいことなんて分からない。人は弱い存在だからこそ、何かしらの縋る存在が無ければ道に迷ってしまう。だからこそ、絶対なる存在と言うものは必要なのだ。アフラ・マズダと言う存在がいるからこそ、救われる人もいる。それを否定することは当然に出来ない。

 

 ただ、どうしても食い違っていたのは、絶対なる善としてこの世界に姿を見せなければならないという思いを抱いてしまったことだろう。アフラ・マズダと言う存在を召喚してしまったその当時のマスターにも問題があったのだとは思う、この神はあくまでも人の願いを叶えようとしていただけだ。そうあるようにと願われた想いに答えただけなのだから。

 

 だから倒すとかそういう想いの下でぶつかっても分かり合うことはできないし、そもそも人間に神を打倒することはできない。

 

 貴方の役目は十分に果たされている。だから、もう一度、我々の道しるべとして私達の世界を見守っていてくれないか。そのように願って、丁重に送り返さなければならない。

 

 それこそが、アフラ・マズダを封じることで問題を保留にしたお母さんの後を継いだ私がやるべきこと、このセプテムにて私が為すべき奉納の儀であったのだと私は思い至った。

 

 勿論、これは私の勝手な事情だ、勝手に私が決めて、勝手に私が正しいと思っているだけの行動に過ぎない。彼からすればどのように思われているのかもわからない行動であるが、それで理解が得られないのであれば、理解してもらえるように対話するしかない。

 

 人と人が分かり合えない関係性であったとしても、人と神が分かり合うことができないなどと決められたわけではないのだから。

 

 私の目の前に浮かんでいる黒い穴、聖杯と繋がり、そしてアフラ・マズダが潜んでいるその穴の中にあった二つの瞳が一度瞼を閉じ、そしてもう一度開かれる。瞳だけで表情の機微を読み取ることはできないけれど、その空気は少しばかり変わったのではないかと思えた。

 

『なるほど、君の言葉、しかと受け止めた。そして、その観点から私は私を見たことがなかった。呼び出されたのだから、救わなければならない。そう思っていたのだ』

 

 言葉を失っていたアフラ・マズダは自らの口から言葉を紡ぐと、これまでのような超然とした反応から少しばかり変わったように思えた。あるいは私がそのように思いたかっただけなのだろうか。自分の想い、自分の言葉が相手に通じた。そのように思っていることがそのまま繋がっていくことに喜びを見出すことが出来たかもしれないのだから。

 

『私は人を救いたいと願い、人を知ろうとした。そして、人が人を救えないことを憐れんだ。私が救わなければならないと考えた。君たちが私を拒絶するのは、神と言う存在を正しく認識することができないからであると……、しかし、真に正しく君たちを理解しようとしなかったのは、私も同じなのかもしれない』

 

「それは仕方ないんじゃないかな、神様なんだし。色々と私達とは見ているものも違うんだと思う。私だってこういう風に考えることができるようになったのはつい最近のことだから」

 

 善と悪は隣り合わせ、そして正しくあろうとすることにこそ意味がある。そう容易く悪に染まってもおかしくない環境の中で、悪と言えることを為し遂げながらも、最後まで自らの正しさ、良き行いに固執してきたレイジ君がいたからこそ、私もそう思う事が出来た。このセプテムでの戦いも無駄ではなかった。きっと、私はこれまで復讐という行為を容認できなかっただろうし、それを正しいことであると考えることは出来なかった。

 

 今だって正しいとは思っていないけれど……、それを一方的に悪と断じることも違うと思っている。

 

『ただそこにあるだけでいい。それが君たちの願いであるのだとすれば、確かに私が何をしても形を結べないのも理解できる。そうあってほしいと願われている。アヴェスターに刻まれた私もそうあれかしと願われているのだから』

 

 目の前の言葉を交わしているアフラ・マズダと言う存在がザラスシュトラに生み出された存在なのか、あるいは人類よりも先に存在していたのかはわからない。ただ、この世界の中での在り方はそうあってほしいという願いに基づいて存在している。それがズレてしまっているからこそ、彼もまたもがいていたのかもしれない。

 

『どちらにしても、私は失敗した。私の思惑は崩れ、アヴェスターと言う土壌がない以上、魔力だけで強制的に降誕することは出来なくなった。再びの雌伏の時を過ごすこともできるだろうが……、桜子、君の言葉を一度信じてみるのもいいかもしれない』

「それじゃあ……」

 

『しばらくの間、君たちを見守ろう。君たち人類が足掻く姿を。そこに善はあるのかを。しかし、私も全てを諦めたわけではない。この世界を見守り、やはり、私の手で世界を救う必要があるのだと考えた時には、私は再び君たちの前に姿を見せる。それをゆめゆめ忘れないことだ……』

 

 黒い穴が収束していく。世界の中に穿たれていた特異点ともいうべき場所が埋まっていく。それを維持していたアフラ・マズダと言う存在が世界への干渉を条件付きであるとはいえ、諦めたことによって、彼がこの世界へと顕現して来ることは無くなったのだと解釈していいだろう。

 

 もっとも、アフラ・マズダが言ったように彼が自らの手で人類救済を諦めたわけではない。今回はあくまでも、選んだ私の言葉によって、自分と言う存在を見つめ直すことにしただけなのだ。これより先に、やはり人類が滅びの道を辿るような行為に手を染めることになれば、アフラ・マズダは再びこの世界に現れるかもしれない。

 

 これより先も人類が自分たちの手で、この世界の舵取りを続けていくことができるのかどうか、それはこれからの私たち一人一人の行動にかかっている。

 

「でも、大丈夫だよ、人類はそこまで愚かじゃない。悲劇を繰り返しても、最後にはより良い方向に進んでいくことができる。私達の先祖だってそうしてきた。だから、私達がこうしてここにいるんだから」

 

 自分の胸に手を当てる。七星の一族は七星の魔術回路と血を連綿と受け継いできた。暗殺一族である七星の血脈が途絶えることがないように、その知識と戦闘技術の継承を続けていくために、祈りを自分たちの魔術回路に託していった。それはいつしか呪いのように代わり、私達を苦しめる結果となってしまった。

 

 その始まりを思い返してみれば、きっと、そこには祈りがあったことも事実のはずなんだ。この世界は残酷で、どこまでも理不尽なことが多くある。でも、世界の総てが残酷なだけではない。この世界だって捨てたものじゃないと多くの経験を積み、多くの人を見てきた私はそう思うから。

 

「さようなら、アフラ・マズダ。願うのなら、もう二度と私達がこうして言葉を交わすことがないように」

 

 善神が自ら世界を救わなければならないと考えてしまうような時を迎えることがないようにと祈りを捧げながら、因縁深き神との別れを受け入れる。気配を完全に感じなくなったことで、私はようやく安堵の息を吐く。大したことをしたわけじゃない。

 

 だけど、本気で人類を救おうとした神様に対して、感謝と拒絶という相反する二つの気持ちをぶつけなくちゃいけなかった。アフラ・マズダ自身が人類を救おうとしていることをまずは受け入れなくちゃ、彼を納得させることはできない。その上で、私達は私たちなりに頑張っているし、ただ一つの思想だけで世界をより良くすることはできないと理解してもらわないといけなかった。

 

 どこまで私の気持ちが本当の意味で伝わったのかはわからないけれど。身を引いてくれたということは少しは意味があったのだと思う。それならばいい。100点満点の回答を出せるほど人間が出来ているとも思っていないし、今、この瞬間の危機を乗り越えることが出来ただけで及第点である。

 

 それで、もしも、新たな危機が生まれたときにはみんなでまた頭を絞り尽くせばいい。それこそが、様々な多様性を認めて、それぞれの進化を促してきた私たち人類の強さなのだから。

 

「桜子、お疲れ様でした……、お見事でした」

「あはは、お見事も何も、私は自分の気持ちを伝えただけなんだけどね。それで納得してもらえたからよかったよかったって感じなだけで」

 

「それでも、ここまでの道のりを歩んできた貴方であるからこそ、アフラ・マズダは納得したのでしょう。私は貴方のサーヴァントとしてそれを誇らしく思います。ええ、まさか、本当に自分が最後に残るサーヴァントになるとも考えていませんでしたから」

 

 キャスターとセイヴァーが消滅したことによって、アステロパイオスを除くすべての英霊がこの世界より消失した。これにて聖杯戦争は終わりを迎える。都合14騎の英霊の魔力によって生み出された聖杯が、先ほどまで黒い穴が存在していた場所から中空に黄金の魔力によって形成され、桜子の下へとその膨大な魔力が伝わってくる。

 

「なんだか棚からぼた餅的な気分なんだけどな。本当に私がこれを手に入れていいものなのかどうか……」

 

「ですが、最後まで残ったのは事実です。それは桜子が手にして然るべきものでしょう。遠慮をする必要なんてないと思いますよ。この戦いを生き残り、自分自身の日常へと変える貴方にとって、聖杯の力は決して悪い方向に進むことはないでしょう」

 

 勿論、桜子が聖杯に願うことは決まっている。桜子が聖杯に願えば、七星という存在の力は失われることになるだろう。七星宗家は散華の手によって壊滅し、灰狼が死んだことによって大陸側の七星の影響力は大きく衰退していく。リーゼリットが七星に否定的なことも大きく影響している。その最後の引き金を引くのが桜子になるということだ。

 

「私は――――貴方の幸福を願います、マスター。私は私の人生に後悔はありません。貴方と縁を結び、共に戦って理解しました。やはり、私と彼にとっての結末はあれでよかったのだと。戦いの中に身を捧げ、戦いの中で散った。あの時代の正しい在り方を私達は貫いた。答えはそれで十分だったのです」

 

 あの時代に自分たちが精いっぱいに生きてきた。自分の正しさを信じて、自分の善を為し遂げてきたはずだ。ならばそれで十分だったではないかとアステロパイオスは思う。結果としてそれは悲劇的な結末だったかもしれない。けれど、そこに後悔はないのだ。

 

「だから、どうか、貴女も自分の人生に、未来に後悔のないように。私が主と呼んだ貴方の人生が素晴らしきものであることを、私は願います。どうか、愛する人と末永く幸せに。どんな境遇であったとしても、幸福を享受していいのだと貴女は世界に示してください」

 

「………ありがとう、アステロパイオス。最後まで私と一緒に戦ってくれて。貴方がいたからこそ、ここまで来ることが出来た。約束するよ、これから先ももっと幸せになる。辛いことも苦しいこともあるだろうけれど、それでも、希望を抱いて進んでいく。だから、どうか、私のことを見守っていて……!」

「ええ……!」

 

 アステロパイオスの身体が黄金の光に包まれていく。聖杯戦争が終わりを迎える以上、超常的存在であるサーヴァントが残り続けることはできない。彼女もまた英霊の座へと還っていく。

 

 けれど、その別れをする二人に悲壮感はない。やりきったという思いがあるからこそ、彼女たちは笑って別れをしていくのだ。

 

「さようなら、桜子、私のマスター」

「さようなら、アステロパイオス、私のもう一人のサーヴァント」

 

 共に笑みを零しながら、アステロパイオスの姿が消失する。これにてセプテムで起こった聖杯戦争はその総てを終えた。七星による野望を叶えるために行われ、その裏で善神の復活を目論む聖杯戦争はそのどちらもが阻まれ、結果として世界は此度も何も変わることなく続いていくことになった。

 

 世はなべてこともなし、総てが終わり、また明日を迎える。

 

「聖杯に願う、私の願いは――――――」

 

 そして、聖杯戦争の勝利者の願いに聖杯が答える。それをもって、聖杯戦争と言う舞台は幕を閉じるのだ。

 

 すべてが終わる。10年前から続いてきた因縁と共に。

 

 星屑の復讐譚の終わりと共に、聖杯戦争もまた終わりを迎えるのであった。

 




次回にて、完結となります。最後までお付き合いただけると嬉しいです。


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最終話「ステラ」②

今回にて、完結となります。一度中断した後も半年間お付きあい戴きありがとうございました!


 セプテムにおける聖杯戦争―――15、いいや、16体のサーヴァントを介して行われた国家規模の大規模聖杯戦争は、その主導を行っていたセイヴァー:ザラスシュトラ及び大陸七星『星一家』当主である星灰狼の死を以て、終わりを迎えた。

 

 15人のマスターたちはそれぞれの役割をこなし、願いの為に戦い、そして夢破れて散っていく者もいた。最終的に生き残ったマスターはそのうちたった5人、半数以上のマスターたちが何らかの形で命を失った聖杯戦争の最中で彼らは何を得ることが出来たのだろうか。それは激戦を生きぬいてきた者たちにしかわからない何かであったのかもしれない。

 

 余談ではあるが、聖杯戦争が終わりを迎え、リーゼリットはセプテム王族たちの血に七星という一族の血が受け継がれてきたことを正式に国民に表明した。そして、忌み血と呼ばれる王族たちの追放者たちが存在していること、そして、七星の一族がこの騒乱の中で世界的な悪行を働こうとしていたことを公表した。

 

 言うまでもなく非難は王族に向けられたが、リーゼリットの父である先代国王は、『星家』や『ステッラファミリー』のような反社会的な存在との付き合いは自分が主導したものであり、リーゼリットによってそうした現状を打破することを求められ、此度の公表を行ったのだと国民の前で陳謝した。

 

 いまだにセプテム王族たちがこのまま、国の指導者としての立場に立ち続けることを非難する者たちもいる。一方で、自分たちの悪行を告白し、より良い国へと生まれ変わらせようとするリーゼリット新女王の行動を評価する者たちもいる。先代国王に対しての国家的な制裁を含めて、今後どのように展開していくのかは、今のところは誰にも分からない状況である。セプテムにおける大いなる闇であった七星の一族を公表したことによって、忌み血を追放するための土壌として使われていたスラムにも大きな変化が見られた。

 

 リーゼリットはスラムの敵視的な立ち位置を明確にした上で、王都に存在していたその区画に対して大規模な公的サポートを約束し、今後、十数年をかけてスラムの人間たちの生活改善に全力を尽くすことを約束した。この政策に対してはスラムの人間、あるいは王都の国民たちそれぞれからの批判的な意見が口にされた。セプテムという国が辿ってきた歴史の暗部、これまであえて見ようともしてこなかった闇の噴出であったが、それでもリーゼリットは自分の世代でこの問題に決着をつけることを約束した。この宣言が本当に実行されるのかどうかは彼女の手腕に委ねられたと言ってもいいだろう。

 

 セプテムという大きな国の内部で様々なことが動き始めていた。まるで新時代の到来を約束するかのように。これまで決して起きることのなかった痛みを伴う改革、それが実行に移されることは、誰にとっても決して気持ちのいいことばかりではないだろう。

 

 どうして今更、そんなことをして何の意味があるのか、人それぞれに抱く思いはあるし、正しいことをするということにはどうしたって痛みが伴う。多くの人間に批判されるようなことになれば、どうして自分はこんなことをしているのかと匙を投げたくなる時もあるだろう。

 

 正しいことは痛い、多くに批判に晒されてでも時として為すべきことを果たさなければならない。それが為政者としての在り方だ。絶対的に正しいことなどこの世界にはない。自分が信じるより良き世界へとなる方法を模索していくしかない。

 

 そして、もう一つ、大きな変化が起こった。七星一族に対して生じていた七星の血による殺人衝動あるいは先祖返りにも似た七星の血による本人人格の支配、衝動めいたその感覚が、すべての七星の血を受け継ぐ者たちの中から消失したのだ。才能ある者、劣っている者その優劣にかかわらず、七星の魔術回路はそのままに、他者を害するための呪いじみた衝動だけが消失を果たしたのだ。

 

 偶然でも気の迷いといったものではなく、これはある日突然に起こったことである。すなわち、セプテムで起こった聖杯戦争、その決着がついた時から忽然と消失したのだ。

 

 理由は今更言うまでもないだろう。七星の一族であったとしても、その血を受け継いだ代償として自分の人生を振り回されることがないように願った桜子の祈りによって奇跡が呼び起されたのだ。

 

 暗殺一族七星にとって、七星の血による支配はある種の呪いであり、同時に七星と言う一族を存続させるための祈りでもあった。先人たちが紡いできた願いに後押しされる形で、七星と言う存在を生かすことを第一優先としてきた、七星と言う一族が今日まで存続してきたのには、そうした呪いにも近しい努力があったからなのは間違いないことであろう。

 

 しかし、もはやその呪いじみた在り方は必要ない。ゆっくりと滅びゆく未来が待っているのだとしても、血の呪いに縛り続けられるばかりの人生を生きる必要はないと桜子は聖杯に願い、聖杯がその願いを聞き入れた。

 

 桜子も、そしてリーゼリットも、これまで自分の中に生じていた七星の本能めいた感覚が消失している。きっと、桜子たちが知らないだけで世界中に広がっていた七星の一族たちもその感覚を共有しているはずだ。勿論、その中には桜子の願った奇跡を求めていなかった者もいるだろう。暗殺一族七星であることを誇りに思い、七星の血に身を委ねることを正しいと思っていた者たちからすれば、桜子の起こした行動は自分自身の人生を否定されることにも繋がったと言えるかもしれない。

 

 誰にとっても当てはまる正答がない以上、そうした拾われることのない意見が出てきてしまうことは致し方ないことである。彼らにとっては星灰狼による世界征服こそが自分たちにとっての正しさを証明する機会であったのだ。しかし、灰狼は敗れた。彼が抱いていた大陸七星の千年の野望はついぞ果たされることはなく終わりを迎えたのだ。

 

 野望すらも失った大陸側の七星も、いずれは静かにその勢力を失っていくだろう。目的があるからこそ、組織とは存続することができる。セプテム国が建国の理由を失ったことによって、急激に舵取りを変えたように、世界各国に散った七星たちもその方針転換を余儀なくされていくことだろう。

 

 こうしてセプテムで行われた聖杯戦争の後始末はゆっくりと終わりを迎えていく。あくまでも余談に過ぎない話ではあるが、少しずつ、ゆっくりと世界も変わり始めてきている。いずれはきっとそれが当たり前になってしまう世界へと変わっていくのだろう。

 

 そして、聖杯戦争が終わりを迎えてから1年の歳月が経過した。慌ただしい時間が過ぎ、決して短くない時間が過ぎた頃合、関係者たちの下に招待状が送付されてきた。

 

 それは遠坂蓮司と遠坂桜子の結婚式への招待状、彼らにとっては秋津の聖杯戦争から続いてきた一連の戦いに対しての説も句となりえるイベントであった。

 

 ずっとそれを果たす事こそが自分たちの戦いの終わりであると願ってきた桜子にとって、その日を迎えることが出来たこと、それは生まれた時から過酷な運命に踊らされていた桜子にとってのゴール地点であり、同時に新たなスタート地点であると言っても良いのだろう。多くの人々に祝福される中で、結婚式は盛大に執り行われる。

 

――結婚式場――

「では、新郎新婦の入場です……!」

 

 その日は二人の前途を祝うような快晴であった。秋津市内にある結婚式場、この街の名士でもある遠坂の現当主と妻を祝うため、多くの人々が集まっている。

 

 集まった人々の前に、まずは銀のタキシードに身を包んだ蓮司が姿を見せる。その様子は威風堂々としており、自分がこの場における主役であることを纏う空気からも象徴しており、入場と共に割れんばかりの拍手が聴こえてくる。それがそのまま、彼がこの秋津市で得られた名声の裏返しでもあるのだ。

 

 遠坂の現当主である蓮司は、父である錬が聖杯戦争で起きた不慮の事故により命を落としてから十年以上、当主として遠坂の家を、そして秋津市を支えてきた。10年前、初めて当主へと担ぎ上げられた頃の彼は、頼りない当主であった。錬のような非情さと権謀術数に長けているわけでもなく、魔術師としてもきわめて凡庸であった彼を見て、遠坂はもはや終わりであると見込んだ者たちも多くいた。

 

 だが、結果はこの通りである。10年間、彼は誠実に当主としての役目を全うしてきた。秋津市における社会貢献を行い、表側の名士としての看板を引き継ぎ、多くの人々からの信頼を集めた。半官びいきという言葉があるが、若き少年が不慮の事故で命を落とした父に代わって、家を受け継ぐ、そのストーリーは概ね秋津市においては好意的に受け止められたとも言えよう。

 

 同時に魔術師としてのたゆまぬ研鑽も積んできた。聖杯戦争をきっかけとして間桐の家との関係改善を図り、神祇省とのパイプも得たことによって魔術師としては凡庸であったとしても、当主としては彼を神輿として担ぎ上げてことに意味を見出すように仕向けた。自分に出来ることが少ないのであれば、自分の価値を高めるしかない。それは蓮司にとっては屈辱的ではあった。けれど、遠坂の家を守る、父から受け継いだものを潰さないためにと心がけていれば、その程度の屈辱は何でもなかった。

 

 真に恐ろしいことは、父との絆すらも失ってしまうこと、かつて一緒にいられた頃には明確に自覚することができなかったからこそ、いなくなってしまった今、蓮司は父が残してくれたものを次へと受け継いでいくことが自分の役割であると思っている。その想いがあればこそ、ここまで来ることが出来た。

 

 けれど、それだけではない。此処まで来ることが出来たのは、父との思いだけではなく、蓮司とを支えてくれた相手がいるからである。

 

「次に新婦の入場です」

 

 蓮司の入場に続いて、純白のウェディングドレスに身を包んだ桜子が入場してくる。バージンロードを歩む彼女の姿は美しく、思わず誰もが見入ってしまうほどであった。

 

「う~ん、馬子にも衣装やなぁ~」

「姫様、こういう場では口を慎んでくださいよ」

 

「ええやん、所詮、今日のウチらがどこまでいっても脇役なんやから、少しくらいのヤジは笑って許されるもんやよ~」

 

 式場の椅子に座りながら朔姫は同席している唯那へとぶっきらぼうに言い放つ。相も変わらず朔姫の様子はセプテムの聖杯戦争のころから変わりはない。

 

 顔を合わせれば生意気な態度をとるし、不遜な様子は神祇省の中でも変わりはない。お目付け役である唯那の苦労も推して知るべしという所ではあるが、その面持ちは以前よりも形を持った身の据わり方になった様子が見える。虚飾を張っているわけではなく、自然体のまま、自分の立場に相応しいオーラを持ち合わせていると言えばいいか。それは彼女にとっても、あのセプテムの聖杯戦争が自身の成長に繋がったことを意味している。

 

 強さも才能も人格面としても優秀である朔姫だが、やはり経験と姫としてではなく、1人の人間として、集団の上に立つ経験をしたことは彼女にとってとても有意義な成長に繋がった。アフラ・マズダの討伐こそが最大の目的であったとはいえ、神祇省にとってはいずれ自分たちの上に立つ存在である朔姫の大きな成長が見れただけでも想像以上の価値を得ることが出来たと考えても良いだろう。

 

 朔姫と唯那が雑談を続けている間に、桜子は蓮司の下へと辿り着く。そして、神父が二人の前で結婚式定番の愛を誓い合う儀式を口にしていく。

 

「おぉ、桜子、立派な姿を見せるじゃねぇか……、まさか、あの桜子のこんな姿が見れるなんてなぁ……」

「父さん、まだ泣くには早いだろ」

 

「桜一郎にはわからねぇよ、娘が自分の下から巣立っていく時って言うのは、どんな時だって親は泣くもんだ」

「やれやれ、もう桜子が七星の家から出て数年経っているって言うのに」

 

 桜子のバージンロードを歩む姿を、父と兄も席から見守る。秋津の聖杯戦争でようやく元の家族へと戻ることが出来た三人、もしも、桜子が自分の運命と向き合うことが無かったら、こうして桜子の晴れ姿を見ることなど出来なかっただろうと桜一郎は思う。

 

 勢至姆組から完全に足を洗った桜一郎は、遠坂の家に嫁入りした桜子に代わって、父と共にかつての剣術道場を守っている。ほとんど通う人間などおらず、自分の代で終わりだろうと考えているが、存外、人に剣を教えるというのも悪くはない。

 

 七星の血を受け継いだ自分はこの社会の中で生きていくことなど出来ず、社会から外れた人に仇なすことしかできないと思っていたが、存外に社会の中で人と関わっていくことも悪くないと思えている。できることなら、かつて自分を救ってくれた相手にもそうした生き方をしてほしかったが……、それはもはや過去の話しだ。彼は魔術師としての自分を捨てきることが出来なかった。

 

 魔術師たちにとっては生涯の愛を誓い合うよりも、自分たちが受け継いできた魔術回路を次代へと受け継いでいくことの方が大事である。魔術師としての人生を優先する者ほど、個人の愛情などというものを軽視する。自分はあくまでも、受け継いできた歴史の継承人であり、最大限の努力を以て先代たちの遺志を実現することこそが役目であると考えているからである。

 

 この場にも多くの魔術師としての関係者が揃っている。遠坂家当主の正当な儀式という側面も持ち合わせている以上は、遠坂家当主夫妻の様子を一目見ようと参加した者たちも少なくはない。

 

「新郎、新婦への愛を誓いますか?」

「ええ、誓います」

 

「新婦、新郎への愛を誓いますか?」

「はい、誓います」

 

「では、誓いの証をここに立ててください」

 

 神父の言葉を聞き、二人の唇が重なり合う。あの聖杯戦争で想いを通じあわせてからもう10年以上が経過し、唇を合わせることなど、これまでに何度も何度も繰り返してきた。愛を確かめ合う行為だって初めてじゃない。けれど、この日のキスは二人にとって、とても特別なモノであるように思えた。

 

 割れんばかりの拍手がもう一度起こる。新たな遠坂を受け継ぐ者たちの門出をこの場の全員が祝福する。数日もすれば、表も裏も遠坂と利害で結びつくかもしれない、完全な味方であるとは言えないような者たちも多くいるが、この場では、この瞬間だけは、誰もが二人を祝福することに変わりはなかった。

 

 ある意味では、アフラ・マズダが望んでいたような完全なる善の世界がこの場でだけでも完成を果たしていたと言えるだろう。あくまでも限定的な状況だけだろうとあの神であれば言うだろうが、この瞬間に辿り着いたことこそが、アフラ・マズダを否定して、自分の人生を生きることを約束した桜子にとって、どこかでこの様子を見ているであろう善神に対しての答えの提示でもあったのだ。

 

 たとえ、呪われた家系に生まれたとしても、こうして、幸福を掴みとることができる。それこそが悪に勝る善の証明、ザラスシュトラがアフラ・マズダに願った世界の在り方ではないだろうかと。

 

 七星の呪いは聖杯の奇跡によって消えた。今の桜子は優秀な魔術師程度の立場に収まっているが、その力を失ったことを後悔していないし、力を持っていたことを否定もしない。七星であったからこそ出会えた者たちがいる、七星であったからこそ勝ち取れた未来がある。苦しめられることは決して少なくはなかったけれども、それが分かっているからこそ、桜子はいつだって、自分の人生を肯定することができる。

 

 式場で多くの人々に祝福を受けた桜子と蓮司はしばらくの時間をおいて、披露宴会場へと出向いた。先ほどまで着込んでいた純白のウェディングドレスから、彼女の名前を象徴するような桜色のドレスに身を包んだ彼女の姿に多くの人が目を奪われるばかりであった。

 

 和やかな空気で進む披露宴は、これまでの彼女たちの人生の軌跡を色濃く映し出している。表側の人々が来ている以上、多くを語ることはできないが、元から二人は同じ学園の同級生であったことからも語られるエピソードには事欠かさない。

 

 和やかな空気のまま、新郎新婦は招待客の各テーブルへと足を運んでいく。表側の人々とは形式的なあいさつを交わしながら、今後の秋津市の行く末に遠坂が関与していくことへの激励を口にされた。

 

 その表側の人々の中には、遠坂同様に秋津市に影響を持っている間桐もいる。

 

「今回はご結婚おめでとうございます、蓮司さん、桜子さん。10年前のことを思い出すとお互いに年を重ねたように思えますね」

「慎夜さん、円華さんもご健勝のようで何よりです、本当にこの10年、お互いに様々なことがありましたね」

 

「僕が遠坂の当主として、今日までやってくることができたのはお二人の協力もあってのことです。改めて今日という日を迎えることができたことに感謝いたします」

「いいえ、数年前は私たちが祝ってもらった側ですから、次はお二人の番であると言った言葉を嘘にせずに済んで良かったです」

 

 桜子たちと言葉を交わしているのは間桐の現当主である慎夜とその妻の円華である。かつて秋津の聖杯戦争で慎夜に代わって、マスターとして参加をした円華は、そもそもが魔術師でもない。現役の女優であった彼女は、なかばなし崩し的に聖杯戦争に巻き込まれることになったが、契約したサーヴァントと力を合わせることで、聖杯戦争最終日まで残り、命を繋ぐことができた。

 

 勝利者はセイバー陣営であったため、得るものがあったわけではないが、その時の功績を認められるような形で、間桐家の妻として迎えられることが認められ、数年前に正式に婚姻を結んだのだ。

 

 現在は女優業の傍ら、夫を献身的に支えている。蓮司よりも才覚がないとまで言われた慎夜が当主を務めていることができるのは、彼女という才媛のおかげであることは間違いないだろう。

 

「本当よね、10年も時がたってから、再び聖杯戦争に参加するなんてことを言ってのけたどこかの誰かさんたちが無事に戻ってくることができて良かったじゃない。本当に悪運が強いというんだか」

「そこは単純に実力があったという風に判断してもらいたいと何度も言っているじゃないか、リーナ」

 

「兄様は黙っていてください。当主である私の命令は絶対、すなわち、私の言葉への反論は認めません。ずっと、家を放っておいて、突然帰って来たような方に好きにさせるほど、我がエーデルフェルト家は安い家ではないのです」

「相変わらずだね、二人とも……」

 

 桜子たちの下へと姿を見せたのは、ロイ・エーデルフェルトとリーナ・エーデルフェルトの兄妹である。名門エーデルフェルト家の生まれであり、秋津の聖杯戦争の勝利者である彼ら二人もまたこの記念すべき日に呼ばれていた。

 

 あくまでも表向きは遠坂の対外的な友人であるという名目であるが、その様子から見ても一筋縄でいく人物ではないことは誰の目にも明らかだ。

 

 セプテムにおける聖杯戦争にも参戦したロイはあの戦いが終わった後にエーデルフェルト家に戻った。長らく10年弱程度の時間、家を空けていたロイに対して、当たり前のようにリーナは怒り狂い、ほとんどリーナの使用人のような扱いでロイはエーデルフェルト家に置かれているが、その立場を不思議とロイも不満を言うことはない。これが自分たちの関係性として一番しっくりくるものであると思っているからであろう。

 

「本来、七星とエーデルフェルト家がともに同じ場を囲むことなどありえません。ただ、今のあなたは遠坂の人間ですから、結婚おめでとう。私たちを脅かした女が、ただのこけおどしでなかったことにだけは安心しましたよ」

「もう、素直じゃないな……」

 

 桜子の持つグラスとリーナの持つグラスが触れ合って、パチンと音を鳴らす。10年前に出会った時に、まさか未来の自分たちがこんな姿を見せているなどと想像することもできなかっただろう。もとは殺し合うしかなかった者たちが、完全な仲間であるとは言えないにしても、こうして互いを祝福する場所に集っている。それだけでも、桜子は自分が頑張ってきた意味があったと思うのだ。

 

 多くの人に言われてきた。呪われた血を持ち合わせているお前は魔術師たちと殺し合うしかない。それがお前の運命であると。お前が人並みの幸せを得るなんてことはできないと言われてきた。

 

(でも、今の私は……その幸せを享受することができている。誰が何と言ったって、これは私が自分で掴み取った勝利なんだ……!)

 

「とても幸せそうね、桜子」

「それはね、こんな日に、幸せを感じていられないようじゃ、さすがにダメでしょ!」

 

「そうね、そこでそう答えられるからこそ、あなたは自分の願いを叶えることができたのでしょうね」

「何があっても諦めない心、それは誰もが持ちえていそうで持ち得ていないもの、どんな困難に晒されたとしても、最後までそれを諦めずに持ち得ていることこそが、遠坂桜子の最大の強み、ということね」

 

 リーナの言葉に円華も同調する。言うのは簡単でも決して諦めないということがどれほど難しいのかを二人は知っている。あの聖杯戦争の最中でよく自覚させられている。

 

「そうだね、でも、それは私だけじゃないし、私よりももっとすごい人を知っているから。どんなに辛くても、どんなに得る者がなかったとしても、それでも自分を信じて突き進むことができる。絶対に今日の自分を諦めない人がいたからこそ、だよ」

 

 桜子の脳裏に思い出されるのはセプテムで出会った少年、どんな役割を与えられたとしても、どんな末路を辿ることになったとしても、自分自身を諦めることなく戦い続けた少年、彼の姿を見たからこそ、ここまで来ることができた。

 

 それはロイも朔姫も変わらない。あの場で戦っていた誰もが、彼――――レイジ・オブ・ダストに勇気を与えられていたのだ。

 

 あの地獄の世界の中で生み出された勇気がここに祝福の花束へと変わって見せたのだ。まさしくそれこそが、地獄の先に花を咲かせるということになったのではないだろうか。

 

「それでは、次に今回の式を行うにあたって、祝電が届いております

 遠く日本の地へ向けて、遠坂蓮司様、遠坂桜子様、この度はご結婚おめでとうございます。決して深い関係にあったわけではない私がこのような祝電を送ることに意味はあるのかと考えましたが、やはり節目として送るべきと思いました。1年前、あなた方と顔を合わせてからの時間のことは生涯忘れられるものではありません」

 

 そこで読み上げられる祝電は、遠き異国から齎された祝福であった。もしも、聖杯戦争という出来事がなければ、もしも、レイジ・オブ・ダストという存在がいなかったとしたら、きっと出会うはずのなかった運命の下に出会ったからこそ繋げた縁である。

 

「どうか、末永い幸福の日々をお過ごしください。そして、また顔を合わせることができる日を楽しみにしています。セプテム国女王 リーゼリット・N・エトワール」

 

 読み上げられると大きな拍手が起こる。遠き異国の女王がどうしてと思う人々も多くいるが、事情を知る者からすれば、これもまた一つの成果である。

 

 七星という繋がりを失ってもなお、彼女たちの繋がりは保たれた。それもまた大きな成果であると言えるだろう。

 

――セプテム王国・ルプス・コローナ郊外・墓地――

「これでよしっと……! そろそろ、日本では桜子さんの結婚式が行われているかな?」

「そうですね、女王。確か、日本の時間で言うと今日であったはずですよ」

 

「ごめんなさいね、ルシアさん、貴女も招待状来ていたでしょ?」

「いえいえ、女王が向かわないのに、私だけがなんてことはできませんよ。まぁ、離れていても心は繋がっているってことでいいんじゃないですか? 何も今生の分かれってわけじゃない。生きていれば、いつかはもう一度、顔を合わせることだってできるんですから」

 

 セプテムの王都ルプス・コローナ、その墓地の一か所に女王であるリーゼリット、そしてあの聖杯戦争後、女王の新たな傍付きとなったルシアはともに墓参りに来ていた。

 

 墓標には名前は刻まれていない。ただ一言、「星屑の怒り」と刻み込まれていた。それが誰のための墓であるのかはいまさら言うまでもないだろう。

 

 リーゼリットはあれから定期的にこの墓へと足を運んでいる。彼女とルシア以外にこの場所へと足を運ぶものはほとんどいない。

 

 国民からすればそもそも、この墓が誰の墓であるのかすらもわからないのであろう。どうして女王がここに足を運んでいるのかも理解されていないかもしれない。もしかしたらここには女王の公にされていない秘密が隠されているのではないかとまで口にしている者もいる。それがあながち間違いではないことが面白いところではあるのだが。

 

「ねぇ、レイジ君、君は見ているかな? 世界は少しずつではあるけれど、変わり始めてきているよ。根本的なところは何も変わっていないかもしれないけれど、みんなが少しずつ変わろうとしてきている」

 

 スラムへの政策変化、七星の血の消失、そして大陸七星の弱体化、これまでの1年間でも相応の変化は見られてきている。それらは全て、もしも、あの聖杯戦争の結末が異なっていたとすれば、決して起こりえなかったことであると言えよう。

 

 あの聖杯戦争は星灰狼、あるいはアフラ・マズダが勝って当たり前の聖杯戦争だった。彼らが勝利すれば、少なくとも今のような平和状態が維持されることはなかっただろう。恐怖による世界支配かあるいは神による意志の統一か、どちらにしても、そこにこれまでの自分たちが積み上げてきたものが残っているとは思えない。

 

 聖杯戦争が終わった後に、ルシアは正式に聖堂教会から身を引き、リーゼリットの秘書として仕事を始めることとした。聖堂教会としても不死の力によって限りなく人間の身を超越してしまったルシアの扱いは代行者として使い潰すか、教会の監視下にて、魔術と関わらない生活を送らせるかのどちらかであったが、そこはリーゼリットが間に入ることで取り持たれた。

 

 彼女の感情の色を読む力は、今後のセプテムのために役立つし、役立ててほしいと願われ、教会に対して、王室が持ち得る大陸側の七星の情報を与えるという約束の下に、ルシアもその身元が保証された。魔術教会にしても聖堂教会にしても七星一族の力を削ぐことができるのはこの時を置いて他にはないと考えたのだろう。

 

 二人にとってもこの1年は決して短くはない時間だった。急激な改革が求められ、七星としての自分たちの罪禍と向き合う日々、国民たちの信頼をどこまで取り戻せているのかも実際の所は分からない。

 

 しかし、それでもリーゼリットは自分の決めた道を進んでいく。どれほど困難であったとしても、最後に報われるかもわからないとしても、それでも戦い続けた少年の姿はその脳裏に焼き付いている。

 

 大きなものを託された。自分はこれまで与えられるばかりだったのだから、今度は自分が返す番だと思う。たとえ、それが当人に返って来るものでないとしても彼はきっと恨むことはないだろう。

 

 それが今ある世界をほんの少しでもより良くするものであるとすれば……自分の奮闘が花開くきっかけになったのだとすれば、彼は決して恨み言を口にしない筈だ。

 

「世界は変わらない。今日もどこかで残酷なほどに平等で、残酷なくらいに悲劇は起こっている。でも、少しずつでも変わっていくことはできると思う。

大切なことは諦めないこと。変えようという意志を持ち続けていくこと。それができるんだって君は私に証明してくれた。だから、私もこれからも頑張っていくよ、だから、見守っていて、誰も知らない私の英雄」

 

 そう、世界は何処までも変わらない。それでも、ほんの少しだけでも変わることが出来たことだってあったはずだ。それが積み重なっていき、より良き世界が生まれていく。

 

 七星と言う呪いから生まれた物語はこれにて終わりを迎える。これより先の彼女たちの未来は彼女たちの物語である。

 

 名前を残すこともなかった少年が開いた未来は今も花を咲かすことができるように、残された者たちが奮闘している。その姿を、この世界から離れた神もまた見守っているのだろう。

 

 何が正しかったのか――――いつかはその問いにも答えが出ることを願いながら。

 

 何が本当の善であるのか―――人がいつかその答えに行き着くことを願いながら。

 

 Fate/Stardust Vendetta―星屑の復讐僤――了

 




 改めまして、今回で完結となります。2021年当時、体調不良から連載を途中でストップしてしまい、色々と考えた結果、連載再開したうえで、今回完結まで持っていくことが出来て、まずは一安心しています。

 2年前からお付き合いいただいている方、この半年の間に読み始めてくれた方、双方ともに、ここまでご愛読いただきありがとうございました!

 レイジたちの物語で何かしら心に残るものがあれば、作者としても喜ばしい限りです。今後は、ハーメルンでの活動はひと段落として、別小説投稿サイトでの活動をメインとしていく予定です。

 また、何かしらの機会でハーメルンで執筆をする際に、目に留まることがありましたら、拙作を読んでいただけると幸いです、ありがとうございました!


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