パッシブスキル『スーパーアーマー』を手に入れた我氏、いつの間にか龍騎士団の長になってました (サンサソー)
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スキルの目覚め編
ドラングル・エンドリー 誕生!


オリジナルは初めてですので、暖かい目で見守ってもらえると嬉しいです。



 この世は魔法で回っている。

 

 神より与えられし魔法力。それを用いて魔法を行使するのが当たり前。

 

 全ての仕事にも魔法が必要であり、どのような魔法が使えるのかで未来が決まる。

 

 魔法とはこの世界を生きるためには必要不可欠なもの。魔法に頼りきっているのがこの世界の現状だ。

 

 もし、そんな世界で魔法力を持たず、魔法を行使することが出来ない者が現れるとどうなるか。

 

 それはそれは蔑みの目で見られ、お前は人間ではないと罵られる。

 

 自己紹介が遅れたな。俺の名前はドラングル・エンドリー。小貴族の跡継ぎとして産まれた、魔法力をほとんど持たない''なりそこない''だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 エンドリー家。

 このマヌカンドラ帝国が大陸に芽吹いた頃から仕えている小貴族だ。

 

 しかし、この家は武勲を上げてもいないし、産業で大成もしていない。しかし、年季はあるために発言権はある程度有していた。

 

 大したこともしていない小貴族が発言権を持っている。当然、他の貴族からは目の上のたんこぶとして良い感情を向けられてはいない。

 

 俺の両親はそういった目線や態度に敏感であったため、いつも相手を立てる立ち回りをして余計なストレスを与えないようにしていた。

 しかし、小貴族でもやはり領土を持つ。それらの経営や他の貴族への対応に忙しく、俺はあまり構ってはもらえなかった。

 

 さて、そんなエンドリー家の跡継ぎとして産まれたのが俺だ。ドラングルはドラゴンからとったらしく、強く立派に育ってほしいとつけてくれたらしい。

 

 しかし、俺は小心者に育ってしまった。突然のことには頭が働かなくなり、身体もやはり細い。

 

 身体に関しては、この世界では魔法に頼りきっているせいでしっかりとした身体を持つ者はほんの僅かしかいない。子どもも身体が貧弱な者たちから生まれれば、やはり身体が弱くなる。

 それに、俺も例外なく当てはまっていた。

 

 そんな俺に、さらなる悲劇が襲いかかった。俺には、魔法力がほんの僅かしか無かったのだ。

 せいぜい魔道具を起動させるぐらいの量で、魔法などとても発動することは叶わない。

 

 貴族は、平民よりも高い魔法力を持つ。その魔法力によって強力な魔法を行使し、下々の人間を支配するのだ。

 

 しかし、俺が持つ魔法力は質こそ上質なものではあるものの、平民にさえ届かない量。魔道具を起動するのがやっとのことなど、貴族にあるまじきことだ。

 

 嫌悪されるエンドリー家、貧弱な気の弱い子ども、魔法力の無い神に見捨てられた者。

 

 そんな俺は当然のごとく迫害を受けた。子どもにも大人にも罵詈雑言を浴びせられ、嘲笑われ、さらには暴力や魔法によって痛めつけられる日々。

 

 両親も今までの立ち回りが祟り、強く出る姿勢を出そうにもいまいち効果が薄い。下手に出ていたせいで完全に侮られてしまっていたのだ。

 

 来る日も来る日も傷だらけになり、幾度か死にかけることもあった。両親が必死に看病してくれたが、それも焼け石に水。傷は増え、俺の身体はボロボロになっていく。

 

 幸い母上が回復魔法のスキルを所持していたため、死ぬような致命傷でも何とか生き延びることが出来た。

 

 俺は神に見捨てられた人ならざる子、''なりそこない''と呼ばれ、両親以外に俺を気にかけてくれる人はいなかった。

 

 多忙ながらも、母上は俺を愛してくれた。抱きしめ、頭を撫でながら歌を歌ってくれる。

 父上は、幅広い知識と俺の気の弱さを隠すための鉄仮面や、固い喋り方と態度を教えてくれた。

 

 それに並行して身体を鍛え始めた。ちょっとやそっとの攻撃じゃ怯まないような、強靭な身体があれば、日々の暴力にも耐えられるだろうと思って。

 

 努力の甲斐あって、俺は小心者とは見られなくなり、辛い現実も耐え忍ぶことができた。

 

 いつか、俺はみんなを見返せるような男になる。両親のために精一杯働くんだと誓った。

 



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人生の転機は暴力の中に

 ある日のこと。

 少年後半にまで成長した俺は、1人で出かけ、母上の負担にならないように薬草を摘みに行っていた。その帰り道、俺は子どもたちに絡まれていた。

 

「おい、できそこない!」

「お前みたいな奴がいるから、僕たちは気分が悪くなるんだよ!」

 

 火が、風が、電気が、あらゆる属性の魔法が俺を襲った。痛みはあるが、もうこの程度、慣れたものだ。いや、今までと比べると温いかもしれない。腕を折られたり、内臓に響くようなパンチを受けていないからな。

 

「ちっ!こいつ、全然反応しなくなったな」

「あ〜…なら、アレ試してみようぜ!」

「おお、アレか!よし、やろう!」

 

 貴族の子どもたちが腕を上げる。すると、そこには俺の2回りほど大きな火球が生成された。

 

 魔法は、下級のものでも魔力耐性のない平民を軽く吹き飛ばす威力を誇る。今、子どもたちが俺に向けているのは中級の炎魔法『ブレイズ』。それが2つ、まず人間が当たれば命はない。

 

「……お前たち、まさかソレを…」

「そうだ!お前みたいな奴が、生きてることがおかしかったんだ!」

「死んじゃえばいいんだよ!そうすれば、父上たちも喜ぶ!」

 

 子どもとは、実に残酷な一面を持つ。大人が嫌いなら僕達も嫌い。大人がいじめるなら僕達もいじめる。あんななりそこないは死んでしまえばいいと聞けば、やってもいいんだと実行に移す。

 

 親はエンドリー家よりも力のある貴族。ならば揉み消されてしまうのも容易に想像がつく。

 

「……こんなところで死んでたまるか」

「あっ!逃げた!」

「捕まえろ!」

 

 あんなもの、受けるわけにはいかない。だが、俺が逃げようとした直後、地面が弾け、無数の破片が俺の足に刺さった。

 

 爆発魔法『ボンバー』か!!これは下級に分類される爆発魔法。周りを見渡すと、一人の男性の手が光っている。これを好機と見て、俺を始末するつもりらしい。

 

 他の人々も止めようとしない。それどころか、悠々と話をしながら俺を眺めている。

 

「あれ!動かなくなった!」

「よし、今だ!」

 

 火球が俺へと放たれる。足を封じられた俺は為す術なく炎に飲まれてしまった。

 

 肌が焼ける。呼吸ができない。身体も満足に動かせなくなってきた。

 

 いやだ、まだ死にたくない。父上と母上を残して、こんなところで…!

 

 なんで、こんなに苦しまないといけないんだ……。俺は、何かダメなことでもしたんですか。神様、なんで…なんで……。

 

 感覚が段々と薄れていく。瞼がだんだんと重くなり、俺は意識を━━━

 

 

『パッシブスキル【スーパーアーマー】を獲得しました』

 

 

 意識がハッキリする。肌を焼く痛みはあるが、呼吸もちゃんとできる。動かせないと思っていた、炭化し始めている腕や足が動かせる。

 

「……熱いな」

 

 このままでは流石に死んでしまう。動きづらいが炎の外に出てみると、信じられないような目を子どもたちと大人たちが向けてきた。

 

「な…なんで動けるんだ…」

「おい、あの足で歩いて出たのか!?」

 

 大人のざわめきがイヤによく聞こえる。耳も炎で使い物にならなくなったと思っていたが、以前よりもハッキリと聞こえてくる。

 

 そんな俺の耳は、バタバタと何かが駆けてくる音を拾った。

 

 人ごみをかき分けて鎧を着た女性が現れた。この人は……確か、王宮に仕える有名な人だったはず。う〜む、頭はまだうまく働かないな。

 

「私はクリスティーヌ騎士団、団長ヘレン・クリスティーヌである!この騒ぎは何事か!」

 

 ああ、そうそう。侯爵家のクリスティーヌ様だ。やっと思い出せた。

 

「…っ!?キミ、その状態は!?一体何があった!」

「……そこの2人に、魔法を撃たれて……あそこにいる人にも…」

「…っ!」

 

 クリスティーヌ様が睨みつけると、男性はあれやこれやと言い訳をするも、後から来た赤い鎧の騎士団に捕縛された。

 

 子どもたちの方は、何も悪いことはしていないと叫びながらも連行され、俺の方を見て何度も魔法を飛ばそうとしてきた。まあそれも、騎士団の方々が取り押さえてくれたが。

 

「キミ、王宮に来てくれないか?その傷を治療したい」

「……わかりました」

「うむ……しかし、その足では歩きづらかろう。肩を貸すよ」

「……ありがとうございます」

 

 俺の右腕を肩にまわし、歩幅を合わせてくれる。女性の方にこういったことをさせてしまうのは男としてみっともないとも思えるが、こういう目上の人の言葉には素直に従った方が良いと、父上から教わった。

 

「キミは、エンドリー家の人かな?」

「……はい」

「やはりか。このような仕打ちを受けて、悔しくないのかい?」

「……悔しくないといえば嘘になります。でも、そんなことを気にしている余裕は無いです。両親の仕事を少しでも減らして、楽をさせてやりたいので……それに」

 

 こんなこと、幼少期から続いていたことなんだから。

 

「……こういうことには、その…慣れています」

「……っ」

 

 あれ、何かダメなことでも言ってしまったのだろうか。クリスティーヌ様の顔が悲しそうに歪んでいるが……。

 

「キミ、騎士にならないか?」

「……騎士ですか?」

「ああ。キミは、自分の受けた仕打ちに怒るのではなく、両親の役に立ちたいと思えるような人だ。そんな人はなかなかいない。騎士にピッタリなものだと私は思うぞ」

「……少し、考えさせてください」

「ああ。さぁ、王宮まであと少しだ。気張れよ」

「……はい」

 

 大きな門が見えてくる。俺はクリスティーヌ様に助けられながらも、王宮にて治療を受けることができた。

 

 それにしても、驚いたな。俺をエンドリー家の者と知りながらも、あそこまで親身になってくれるなんて……ほかの方々も蔑みの目線を向けず、優しく接してくれた。

 

 両親以外で、俺にこんなにも優しくしてくれる人は初めてだ。

 

 父から聞いたことがある。騎士というのは、人々と主を守護する高潔な者であるのだと。

 

 人々から迫害される俺にも、ここまで良くしてくれるのだ。ならば、苦しみを知る俺が騎士になれたら……どれだけの人を救うことが出来るのだろうか。

 

 それはきっと……素晴らしいことなんだろう。

 

「やあ、良くなったみたいだね」

「……はい、おかげさまで」

「よかったよかった……え〜と…」

「……あ、申し遅れました。俺はエンドリー家のドラングル・エンドリーと申します」

「ああ、私はヘレン・クリスティーヌだ。ここで騎士の端くれとして精を出している」

「……存じております。父上からよく聞かされました」

「たはは…照れるな。それで、考えはまとまったかい?」

「……はい」

 

 本来ならば両親にも話してからにしたかったが、次にいつ会えるのかも分からない。いや、きっと会うことは無いだろう。ならば、今ここで返事をするのが良いと、俺は思った。

 

「……俺は、騎士になりたいです。貴女のような、人に寄り添い導ける、立派な騎士に」

 

 俺の返事に、クリスティーヌ様は照れたように笑い、手を差し出してくれた。

 

「歓迎するよ。陛下には私から言っておくから、期待するといい」

「はい、よろしくお願いします」

 

 手を握り返すと、クリスティーヌ様は微笑んだ。俺は、この人の期待に応えたい。そして、両親も人々も、全てを守れるような騎士になるのだと、心から誓った。

 

 こうして、俺は騎士を目指すことになったのだった。

 



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立派な騎士になるために

 帝国の首都『ギアルトリア』。

 

 貴族の住む特別区と、民衆が住む居住区、店が並ぶ商業区、そして鍛冶屋や騎士団の訓練所がある軍部がある。

 

 その特別区では、変な気を起こさないようにと、全ての領主が住んでいる。

 それは小貴族や公爵などの立場関係なく、全ての貴族が集う。

 

 いままでこれといった我儘をしなかったものだから、2人は大いに喜んでくれた。わざわざ小さな宴を催すほどであり、その喜びようは見ているこちらまで嬉しくなる。

 

 クリスティーヌ様が王に取り計らってくれると言ってくださったが、やはりそれ相応の期間が必要だろう。

 

 ならば、その連絡が来るまで徹底的に身体をいじめる。どうやら、俺が手に入れたパッシブスキル『スーパーアーマー』は、攻撃を受けても仰け反らない、怯まないという不思議な効果のようだ。

 しかも、普通は仰け反ることで衝撃を受け流すものだろうに、このスキルは衝撃を完全にころしてくれる。

 もちろんダメージは受けるが、怯まずそのまま攻撃ができるということだ。

 

「……できた」

 

『スキル【鉄壁】を獲得しました。スキル【魔法防御壁】を獲得しました。』

 

 この世界には『スキル』と呼ばれる能力がある。

 これはかの国教であるオーファン教にて、神に与えられる試練の褒賞であるとされている。

 神が取り決めた条件を満たすことで、その能力を獲得し達成者を助ける。

 

 つまり、その条件を満たせれば誰でも新たな力を得ることが出来るのだ。

 

 俺が持っているスキルは、パッシブスキルの【スーパーアーマー】と【自動回復】、【状態異常無効】。スキルの【鉄壁】と【魔法防御壁】だ。

 

【自動回復】

 これは、時間経過によって疲れと傷が癒えるというスキル。その速度はどんな傷も1時間で回復するという性能だ。

 しかし、これには弱点がある。どんな傷でも1時間。つまり、軽い擦り傷でも1時間必要となる。

 幸い傷を負うごとに時間がリセットされることはなく、どうやらキズひとつひとつにカウントがつくようだ。

 王宮にて治療を受けた際に獲得した。どうやら、一定数の治療を受けなければ手に入らないらしい。

 

【状態異常無効】

 これは何度も魔法で火傷や凍傷などになった結果、獲得できたパッシブスキルだ。

 その名の通り、毒や火傷などにならないらしい。

 しかし、炎魔法などは含まれる魔力での攻撃に属性を付けたものなので、魔力でのダメージは受ける。

 

【鉄壁】

 これはたったいま手に入れたスキルだ。これは、発動すると解除するまで物理的ダメージを軽減する。

 剣などで身体を切られることはないが、切られた痛みと、身体にダメージが残る。

 度重なる暴力を受け続けた結果、少し自分を鉄製の棒で叩いただけで獲得できた。

 

【魔力防御壁】

 これは、魔力による攻撃のダメージを軽減するスキルだ。発動すると、解除するまで薄いピンクのオーラが身を包む。

 魔法の属性は防げないが、【状態異常無効】でなんとかなるだろう。

 このスキルについて本で知った時は、両親に頼んで魔法で攻撃してもらった。かなり渋っていたが、今までの魔法で攻撃されていたことである程度達成していたらしく、数発で終わった。

 

 これらは完全に防御専門のスキルだ。騎士となるのであれば、守ることに特化した良いものばかりかもしれないが、やはり攻撃関連も欲しいものだ。

 

 しかし、俺はまだ身体が強いと言われるほどではない。

 重いもので、身体をいじめ抜く。筋肉が傷つこうと、今までの仕打ちに比べればどうということはない。

 

 壊しては治し、壊しては治しを繰り返していれば、自然と筋力は付くものだ。

 

 だが、筋力をつけたあとはどうしよう……近くにある森にでも行くか。

 確か、あそこには魔物も少しはいたはず。

 そこで戦い方を学べば、さらに強くなれるかもしれない……あれ、これって騎士がすることじゃ……いや、これぐらいの逆境を乗り越えてこその騎士だ!先に地獄を知っておくのもいい経験になるはずだ!

 

 そうと決まればすぐに父上と母上から許可を貰いに行こう!

 

目指すは、相手がどれほど強大でも人々を守れる、最強の騎士だ!

 

 

 

 

 

 

 ━━━とあるメイドの日記より

 最近、我らがエンドリー家の跡継ぎであるドラングル様が無理をなさっている。

 

 筋力の鍛錬だといってとても重い樽を持ち走り込みに行ってしまった。そんなことをすれば当然、筋肉が悲鳴をあげ、はち切れてしまう。

 

 しかし、ドラングル様はパッシブスキル『自動回復』によって回復し、再び筋肉に負荷をかける。

 

 それをここ数週間繰り返している。【状態異常無効】のお陰なのか体調を崩すことはなく、だんだんと普通の男性よりも筋肉質になっていく。

 

 いや、今まで見てきた男性がみな細すぎたのだろう。胸板も厚くなり、ガッシリとした体型になったドラングル様はとても艶めかしかった。

 貴族の方々は上質な魔法力により姿が自然と整うとされており、ドラングル様も例外ではない。しかし、そこにあの男らしい締まりのある身体とはもう反則じゃないでしょうか。少しズルすぎる気も━━━━━━━━━━━━



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まものサバイバル編
クマさんに出会った


 拝啓 父上 母上

 私が森に向かってから数刻ほど経ちました。

 無事に到着したのですが、早速私は自然の厳しさを身をもって体験しています。

 

「グマアァァアアッ!!!」

「……どうしてこうなった!」

 

 ジーザス!オーファン様、どうかお助けください!

 

 森に入った瞬間、俺は巨大な熊に見つかった。本で動物の知識はある程度持っていたが、登場したどの熊よりもコイツはデカい!

 

 あれだよな!俺が戦いたがっていた魔物だろコイツは!俺は現実を見誤っていたらしい!

 

 走る。走る。走る。

 しかし、一向に距離が開かない。それどころか縮まっている気すらする。

 

「ブフゥッ!」

「……オゥ、シット」

 

 気がするどころかすぐ後ろまで来てるんだが!?

 

 荒い息遣いが聞こえる位置まで近づかれている。これはマズイ、あと少しで頭からバクリだ。

 

 しかし木々で逃げづらいことこの上ない。熊の方は慣れているのかスラスラと避けながら迫ってくる。

 

 幸いなことに魔術を使ってこないのが救いだ。身体能力で負けている以上、なんにせよピンチなのに変わりはないが。

 

「……このままじゃ殺られる」

 

 迎撃しようにも力負けするのは目に見えている。地の利も向こうにある。

 

 この窮地を脱するためには……方法はある。だが、これは賭けになりそうだ。

 

「ブフゥッ!」

「……やるしかないか」

 

 目の前の木を通り過ぎたところで後ろに振り返り、迫る熊へと突撃する。

 

 スキル【鉄壁】発動!急に俺が向かってきたことに驚いている熊へと右腕を大きく振りかぶり、鼻へと拳を叩き込んだ。

 

 熊は猛スピードで走っていたせいで俺の拳が必要以上にめり込み、後ろへと弾き飛ばされる。

 

 右腕がかなり痛むが、俺は熊の突進を真正面から打ち返しても吹き飛ばなかった。

 

 どうやら、【スーパーアーマー】のおかげで突進を受けてもそのまま拳を振り抜けたらしい。

 

 このスキルが無ければ、おそらく…いや、確実に吹き飛ばされていたのは俺の方だっただろう。

 

「ゴ…グル……」

 

 熊は鼻のダメージと、頭への衝撃でフラフラしている。

 今がチャンスなのだが、こちらは右腕があまり動かせない。熊が立ち直れば直ぐにやられてしまうだろう。

 

 そうなれば、やることは1つ。

 

 今のうちに逃げる!

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔物は、初めて獲物を逃した。

 

 最近この森に来たとはいえ、すぐに森に慣れ、その力で頂点に座していた。

 

 誰であろうと自分には敵わない。負けるはずはないと常々思っていた。

 

 最初は貧弱な人間がたった一人でこの森に入ったことに笑いが止まらなかった。

 

 追いかけて、体力が底をついたところで、ジワジワといたぶりながら殺してやろうと、そう思っていた。

 

 だが、誰が予想できるだろう。

 

 魔物はその人間に負けた。人間は微動だにせず、魔物は吹き飛ばされた。

 

 この巨体を、この重量を眉ひとつ動かさず、拳を振り抜く。魔物にとって、一方的に力負けするなど初めての経験だった。

 

 敗北者は死に、勝者は生きる。それが自然の摂理だ。死を覚悟しながら、魔物は揺れる頭に耐えかねて意識を手放した。

 

 

 目が覚める。

 魔物は生きていた。周囲にはあの人間の姿は無く、しかし未だ残る痛みがあれは夢ではないと物語っている。

 

 なぜ、あの人間はトドメを刺さなかったのだろうか?

 

 命を狙った魔物を生かす理由など、あるはずがないというのに。

 

 そこで、魔物は思いつく。あの人間は、魔物に追われている訳ではなかったのだ。

 

 ただのお遊びだった。自分より弱い魔物が必死に追いかけてくる姿が面白かったのだろう。

 そして、飽きたから一撃で沈め、立ち去った。もとから殺し合いとも認識されていなかったのだ。

 

 これ以上の屈辱があるだろうか。いや、無い。これまでこの森の頂点に立っていた魔物は、誇りも自信もボロボロにされ、腸が煮えくり返る程度では済まない怒りを覚えた。

 

 

 いいだろう、お前がその気なら俺も考えがある。

 

 まだ人間の気配を感じる。森にいることは確かだ。ならば、殺し合いをするに足る存在になってやる。

 

 俺が敵だと認識するまで、俺は絶対に諦めない。

 

 

 魔物は、その日に初めて目標を得た。

 強くなるため、他の動物や魔物を狩り始め、仕留めた者の魂に溜まった魔力を吸い上げ己のものとする。

 

 

 待っていろよ。いつか、俺はお前に届いてやる。

 

 

 その日から、森の命は一匹の魔物によって急激に減り始めた。

 



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刺客たちの受難

よろしければ、感想や評価をいただけると嬉しいです。
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 エンドリー家。

 それは、ほぼ全ての貴族から目の敵にされている小貴族だ。

 

 マヌカンドラ帝国が興った時から仕えている?才能が無いながらも帝国を支え続けてきた忠臣?

 

 それがどうした。それは、我々が必死に築いてきた功績をも上回るのか?

 

 いや、いいや、そんなはずはない。

 

 無能でありながらも王に媚びへつらう弱小貴族めが。いずれこの国から追い出す……いや、滅ぼしてやる。

 

 そんなところに、好機が回ってきた。

 

 帝都近くの森に、エンドリー家の跡継ぎが1人で入ったらしい。

 あの森は魔物が出る。ならば、そこで殺してしまっても魔物の仕業にすることができる。

 

 その発想に至ったのは1つの家だけではない。大中問わず、貴族たちは跡継ぎ息子の抹殺を計った。

 

 手練の殺し屋が、貴族お抱えの暗殺者が、ドラングルのいる森へと大量に向かった。

 

 その数、50人あまり。

 たった一人、それも無能と知られるエンドリー家の''できそこない''を殺すためには実に多すぎるものとなった。が、これほどの戦力であれば失敗することは無いだろう。

 

 貴族たちは嗤いながら、エンドリー家に一泡吹かせてやったと酒を飲み下した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この森か…」

「我らは行く。伝令を送るゆえその際に来るといい」

「ああ、頼んだ」

 

 殺し屋たちはそれぞれ別の貴族たちから依頼されたものの、確実に達成するために協力していた。

 

 手を取りあったところで、依頼主は違うため報酬に影響がある訳では無い。

 ならば、殺し屋と暗殺者、力を合わせればすぐにカタがつく。

 

 しかし、慢心はいけない。聞くところによれば、今回の標的は中級の炎魔法の中から顔色一つ変えずに出てきたというにわかには信じ難い人物。

 その時は手や足などが炭化していたらしく、その痛みは想像を絶するだろう。

 

 相手は、中級魔法すらものともしない怪物だ。その力は未知数。心してかからなければ。

 

 まずは気配を消すことに長けた暗殺者たちが森に入り、標的の様子や状態を観察。ある程度の情報が集まれば、全員でかかり殺す。

 

 もし怪物じみた力を持っていたとしても、この数の手練どもがやられることはないはず。それも、事前に情報を得られているのであれば尚更だ。

 

「一体どんな奴なんだろうな」

「ああ?」

「''なりそこない''のことだ。中級魔法を受けても生きていたということ自体が眉唾ものだが、マジだったら……どんなバケモンなんかなぁってよ」

「あ〜……アレ、どうやら本当らしい」

「え、マジだったのかよ」

「ああ。つっても、ガキが放ったものらしいが、それでも中級火炎魔法を2発喰らったんだとよ」

「2発!?それで生きてるって……この斧とかでもちゃんと殺せんのか不安になってきたぜ」

「大丈夫だろ。魔法で焼いてもダメならぶった斬ってやりゃぁいいのさ」

「ああ、バラバラにしちまえば人間も魔物も一緒だ」

 

 殺し屋たちは、事前にあの事件について貴族たちから聞かされていた。

 半信半疑だったものの、対魔法のスキルを持つことを考慮し魔法ではなく物理を主体にすることにしたのだ。

 

 まあ、ドラングルは対魔法どころか物理にすら耐性を持つスキルも有しているのだが。

 

 そうやって話し時間を潰す。しばらくたった後、殺し屋の一人が呟いた。

 

「なあ、あいつら遅くねぇか?」

 

 暗殺者たちが森に入ってから数刻経つ。伝令を送ると言っていたが、まだ来る気配は無い。

 

「まだ探してんじゃねぇの?それとも、調査が長引いてるかなんかだろ」

「探してるはねぇんじゃねえか?この森、大して広くねぇだろ。調査が長引くっつっても何をそんなに調べる必要がある?」

「……行ってみっか?」

「おいおい、それで入れ違いにでもなったらどうすんだよ」

「なら、ここに数人置いて行きゃいいだろ?一応俺たちだけでも20人ぐらいはいるんだしよ」

「……いや、もしかしたら奴らが殺られた可能性もある。もしその場合、ここに少しでも戦力を残すのはダメじゃないか?」

「……よし、全員で行くぞ」

 

 殺し屋たちは警戒しながら森の中へと入っていった。森の中は静かで、彼らが歩く音以外に物音はない。

 

 しばらく歩き続けた時、一人が異変に気づいた。

 

「おい、何だこの匂い」

「……鉄くせぇ。 どうやら俺たちの選択は正しかったらしい」

 

 少し開けた場所が見える。どうやらそこから異臭が放たれているらしい。

 草陰に隠れながら覗き込むと、そこには凄惨な光景が広がっていた。

 

「うっ……」

「惨いな…俺たちでもこんなことにはならねーぞ」

 

 辺り一面が血の海になっていた。

 転がっている肉塊は原型を留めておらず、黒い布切れから暗殺者の羽織っていた黒いローブだと初めて気づく。

 

 一般人であれば、胃の中の物を全てぶちまけてしまうような惨状だが、彼らは殺しのプロ。このような状況でも冷静に分析していた。

 

「……コイツは、人間の所業じゃねぇ。魔物かなんかに襲われたのか?」

「おそらくな。見ろ、これはまだ原型がある。上半身だろうが、腕やら横っ腹やらが削られてる」

「爪でやられたのか。この傷だと相当なデカさだな……狼とかよりも、相当な図体をしているらしい」

「……おい、心臓がねぇぞ。ほかの死体もだ」

「ああ?心臓だと?つまり魔物の目的は……」

「人間の魔法力ってことか」

 

 人間は魔法力を用いて魔法を扱う。

 魔法力は呼吸によって大気からマナを吸い込み回復するのだが、そのマナと魔法力を貯蔵するのが心臓だ。

 

 本来、魔物は魔力を持つ。人間の魔法力とは違い、それぞれが属性を持ち魔術の行使に使われるエネルギーだ。

 

 オーファン教では、神が世界を想像した際の残りカスが魔力であり、そこから生じたのが魔物だとされている。

 

「人間の魔法力目当ての魔物……未だこんな前例はねーな」

「ああ。もし、人間の魔法力を魔物が取り込んだとして、魔物がどうなんのかも知らねぇ……」

「仕方ねぇ。お前ら、引き上げるぞ」

「ああ!?バカ言ってんじゃねぇよ!ここで終わっちまったら依頼が達成できねーじゃねぇか!」

「だが、こんな事態になっちまったらもう依頼どころじゃないだろ。ここは一度引いて、体制を立て直すべきだ」

「また俺たちに依頼が回ってくる保証もねぇだろうが!こんなに美味しい依頼を逃すなんて、俺ぁごめんだぜ!」

 

 言い争い始める殺し屋たち。だが、彼らは熱くなりすぎた。

 

 この惨状は長くても数刻前の出来事。ならば、この惨劇を作り出した魔物がまだ近くにいるかもしれない。

 

 しかし、彼らは頭に血が上りそれを失念していた。大声を上げすぎた。

 

「…………」

 

 彼らが言い争っているすぐ後ろ。

 

 草むらの中から、彼らを狙う赤い目があった。

 



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狼を拾いました

 駆ける。駆ける。駆ける。

 

 体毛を揺らし、自慢のツノをかざしながら地を蹴る。

 

 草むらを突っ切り、木を華麗に躱し、川を飛び越え、駆ける。

 

 その気持ちよさは言葉では言い表せない。強いて言うのであれば、風。

 

 まるで風のように、駆ける。

 

 爽やかに、柔らかく、しかし鋭く差し込む。

 

 誰もボクを止められない。この速さ、この身のこなし。

 

 ああ、ボクはいま自由だ。

 

 目の前の低木を貫き出て━━━━━

 

「……フンっ」

 

 横から来た何かに吹き飛ばされ、意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 森に来てから早三日。

 俺はサバイバルをしている。

 

 初日の追いかけっこで、少しでも身を軽くするために荷物を投げ捨てたのだが、戻ってみるとボロボロに食い漁られていた。

 

 持ってきた食料や道具が使い物にならなくなり、仕方なくサバイバルを開始。

 

 動物を狩り食料を調達し、近くにあった川で水を補給する。

 

 ちょくちょく魔物を見かけるが、どうやら強い魔物はあの大熊だけのようだ。最初は苦戦したが今では楽勝だ。

 

 魔物は通常の動物よりも知能が高いが、この辺りは比較的に弱い魔物ばかりなのでまだ対処出来る。

 

 あの大熊が規格外過ぎたんだ……アイツ、俺の逃走経路をじわじわと潰しながら追いかけてきたからなぁ。

 

 そうやって何とか生き長らえているが、獣と格闘したり魚を捕まえたりしていると身体がかなり引き締まった。

 

 あまり外に出たくはなかったから、ギアルトリアにいた頃は贅肉が少しついていた。

 

 しかし、ここでの過酷な環境と命を懸けた狩りのおかげで無駄な肉が落ち、筋力が育った。

 

 しかも、動物や魔物の動きもとても興味深い。

 本能だけで動くのではなく、しっかりと考え、器用に肉体を動かす姿に俺は心を打たれた。

 

 人間は、無駄な動きが多い。いちいち考えてから行動するために反応が遅れてしまう。

 

 しかし、動物たちに無駄な動きはほとんどない。考えるのでは無く、予測と勘、そして膨大な経験によって分かるのだ。だから、より的確に戦い獲物を捕えることができる。

 

 ここには、俺の手本となるものが山ほどあった。学ぶことが多く四苦八苦したが、いまとなってはそのほとんどを吸収できたと言えるだろう。

 

 

 

 さて、振り返りはこの辺にして目の前の問題をどうにかしなければ。

 

 俺の前には、一体の狼が横たわっている。体毛は黒く、額に立派な金色のツノが付いている狼。

 

 おそらくコイツは、《ブラック・ウルフホーン》と呼ばれる中級の魔物だ。通常の《ウルフホーン》と違い、白ではなく黒い体毛を持つ。パワーは少々負けるが、スピードは圧倒的なものを持つ。

 

 魔物には強さや厄介さでランクが付けられる。

 

 弱く、驚異になりにくい魔物は下級。

 

 強く、驚異となる魔物は中級。

 

 進化も経験し、人の手が付けられない魔物が上級だ。

 

 さらに細かくすると級の次に下段中段上段の分け方があるのだが、それは割愛しよう。

 

 この《ブラック・ウルフホーン》は中級の魔物だ。

 牙と爪、そしてツノで攻撃を行う。そのスピードから生み出されるツノの威力は、岩盤をも砕くとされている。

 

 突然草むらから出てきたため、つい反射で拳を打ち込んでしまった。

 

 思ったよりも飛び、木にぶつかって気絶してしまった《ブラック・ウルフホーン》を、どうしたものかとねぐらまで運んだのだが……このまま寝かせていれば起きるだろう。

 

 さて、今のうちに狩りに行ってくるかな。そういえば最近、乱獲はしていないはずなのに動物や魔物がかなり減ってきたが……どうしたのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

『…いま、なんて言ったんだ?』

『ボクはもう、キミの言いなりにはならないって言ったんだ!』

『はあ?俺よりも弱いくせに何言ってやがるんだ。この群れでは強さが全てだ!俺に口答えすんな!』

『……なら…なら!キミよりも強くなってやる!そして、ボクは自由になるんだ!』

『ハッ!やれるもんならやってみろよ!速さしか取り柄のない、この群れで一番弱い癖によォ!』

『……っ!』

『ハハハッ!』

 

 

 

 目が覚める。

 

 寝た状態のまま薄目を開け、すぐに周囲に気を巡らせ状況を確認する。木々の密度が高く、なにやら木で出来た道具が落ちている。

 私はいま落ち葉のベッドに寝ているらしい。

 

 何者かの巣だろう。道具があるならばある程度の知能がある生物か。

 

 ボクに攻撃を当てるようなヤツだ。さぞ強いのだろう……待てよ?

 

 そんなヤツなら、ボクを強くできるんじゃないか?聞いてくれるかは賭けだけど、もし了承してくれたら……っ!

 

 足音が聞こえる。音の重さからして身体は大きくない。でも、2mはあるボクを吹き飛ばす力を持っているのは確かだ。

 

 足音がすぐ近くに来る。唯一木々の密度が薄い場所に影が落ちた。

 

「あの!……っ!?」

「……起きたか」

 

 え…?人間…だって?

 

 人間がボクを吹き飛ばしたっていうのか?あの魔法と数で戦う人間が……でも。

 

 この人間の身体はガッシリしている。それに、信じられないことに僕よりも大きいイノシシを肩に担いでる。

 

 あのサイズのイノシシを、顔色一つ変えずに持ち上げるなんて……。

 

 それにしても、あのイノシシってすごく美味しそう。大きい分、脂もたっぷりありそうだし……おっとヨダレが。

 

「……食うか?」

「いいの!?」

「……ああ。お前が起きたら食わせようかと思っていたからな」

「やった!」

 

 なんていい人間だ!イノシシはボクの大好物なんだ!

 

「……少し待っていろ。いい具合に焼いてやる」

「うん!」

 

 人間がイノシシを担いだまま外に行こうとする。ボクも立ち上がり、人間について行った。

 

「ねえ、どこに行くの?」

「……川だ。腑分けして解体する」

「そっかぁ」

「……怒らないのか?」

「へ?怒る?なんで?」

「……俺はお前を攻撃して、気絶させたんだぞ?」

「う〜ん……でも、何か悪いことを考えてるなら、もうボクは死んでいるだろうし。それに、ボクにご飯を食べさせようとはしないからね」

「……そうか」

 

 人間は黙って、スタスタと早めに歩く。まあ、ボクの方が大きいからすぐに追いつけるんだけどね。

 

「あっそういえば、キミに頼みたいことがあるんだけど……」

「……初対面だというのに、随分と馴れ馴れしいな?」

「あ…ゴメン……」

「……飯を食う時に聞く」

「ホント!?ありがとう!」

 

 なんだかんだ優しいみたい!もしかしたら、この人間ならボクを強くしてくれるかもしれない!ご飯も楽しみだし、後はボクの交渉術にかかってる。

 

 よし、ファイトだボク!

 

 尻尾を振りながら、人間へとついて行く。この出会いが、ボクの生涯を劇的に変えていくことを、ボクはまだ知らなかった。



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狼さんはお悩みのようです

 月が雲の間から顔を出す。

 

 辺りはすっかり暗くなり、俺は焚き火を起こし、肉を焼いていた。

 

 肉汁が焚き火へと落ち、ジュウジュウと音を立てる。図体がでかい分、解体に時間がかかってしまったが、大量の肉を食えると思えばそれほど苦痛ではなかった。

 

「ヘッヘッ…ウ〜…」

「……我慢しろ。唸り声を出すな、歯を鳴らすな。待てだ」

「ウ〜…ワフッ」

 

 よだれを垂らしながら息を荒くするおおか……そういや、コイツはなんて言うんだろうか。

 

「……お前、なんて呼べばいい?」

「え?え〜と、できればクロエって呼んで欲しいな」

「……名があるのか?」

「うん。実は小さい頃、人間に育てられたことがあってね。その時につけてもらったんだ」

「……ソイツは?」

「流石にここまで大きくなるとは思ってなかったのか、ボクを置いて行っちゃった」

「……そうか。すまんな」

「いいんだよ。あまり好きじゃなかったし、ちょうど良かったんだ。ボクにアレコレ支持して、曲芸までやらせようとしてたからね。見世物になってたまるもんか」

「……それでも、その名を望むのか」

「……うん。つけてくれた時はまだ優しくて、幸せだったからね。気に入ってるんだ、この名前」

「……わかった。では、これからはクロエと呼ぶことにしよう」

「ありがとう」

 

 人間に育てられていたか……なら、人語を話せるのにも合点がいった。

 

 魔物にはランク付けがあると言ったが、中級から上の魔物は知能が高い。

 

 人語を理解することも、話すことも可能だ。クロエは中級に属するため、飼い主の言葉を学ぶことも可能だったわけだ。

 

 しかし、その飼い主は理解していなかったのだろう。魔物に名前をつけるということの意味を。

 

 飼い主が捨てたのは、おそらく名前をつけたことでネームドへと変えてしまったからだ。

 

 ネームドとは、名前のある魔物のこと。名前を付けられたことで、魔力だけで構成されたあやふやな実体を世界に強く留めることができる。

 

 それにより、通常の個体よりも大きく、強く成長することができる。

 

 飼い主には、ネームドになったクロエが手に余ってしまった。だから捨てたのだろう。

 

「ボクが名前を言ったんだから、キミのも知りたいな」

「……俺はドラングル・エンドリーだ。この森近くにあるギアルトリアという街に住んでいる」

「へ〜。カッコイイ名前だね!」

「……まあな」

「あっ、照れてるでしょ〜」

「……うるさい」

 

 親につけてもらった大事な名前を褒められて嬉しくない奴はいないだろう。大事と思っていない奴は例外だが。

 

「なら……う〜ん、ドラングルはちょっと呼びにくいからドランって呼ぶね!」

「……好きにしろ」

 

 狼なのにニヤニヤと器用に笑うクロエを睨みながらも、肉を火から離し、クロエの前に置いた。

 

「……出来たぞ。食え」

「ほわぁぁ、いい匂い!久しぶりのご馳走だよ!」

 

 凄まじい勢いでクロエがかぶりつく。牙が肉に食い込み、肉汁が勢いよく吹き出した。

 

「ウマッ!アツっ!」

「……肉汁がもったいない」

「ハフッハフッ!」

 

 美味そうに食うな。肉汁は飛びまくりだが、次々と肉がクロエの中に収まっていく……と、マズイ。そのままでは俺の分まで食われてしまう。俺も早く食ってしまおう。

 

「……うむ、美味い」

「ウマウマ」

「……随分とがっつくな。久しぶりのご馳走と言っていたが、狩りが失敗したのか?」

「……ううん。ボク、捨てられた後にホーンウルフの群れに加えてもらったの。群れでは強い奴が偉くて、食べ物も弱い奴にはあまり配られなかったんだ」

「……ふむ、なるほど」

「ボクは……人間に育てられていたことで余計に嫌がらせを受けてね。周りと違って、自然の中で生きてなかったから戦い方も分からない。だから、群れの中で一番弱いボクはよく命令されてたよ」

 

 自然は弱肉強食。人間に育てられていたことが、自然に身を置いた瞬間に枷となったということか。

 

「ボク、それが悔しくて……群れのボスに言ったんだ。もう、キミの言いなりにはならないって。でも、ボクは弱い。だから、ボクは強くなるために1人で森を走ってたんだ」

「……そうか」

「ボクは、力はちょっと弱いけど走る速さは誰にも負けなかった。このスピードだけはボクだけの特権なんだって思ってた。でも……ドランに止められた」

「……それは、すまなかったな」

「謝らないで。ボクがまだまだだっただけなんだから……キミにお願いがあるんだ」

「……言ってみろ」

「ボクを、ボクを強くしてください!キミのように強くなって、アイツらを見返してやりたいんだ!」

「………………」

 

 クロエは頭を地面につけて頼み込んできた。う〜む……正直に言うと断りたい。俺はいつまでもこの森にいれるわけじゃない。許可を貰ったのは1週間で、今は4日目だ。あと3日で強く鍛えられるほど、俺は強くない。

 

「………………」

「………………」

 

 クロエがこちらを見つめてくる。その目には強い意志が見える……仕方がないな。困っている奴を見捨てるのは騎士ではない。

 

「……わかった。お前を鍛えよう」

「ホント!?やったぁ!」

「だが、俺はあと3日間しかこの森に滞在することはできない。お前が満足できるような強さにできるかはわからんぞ」

「ううん、それでもいい!ボク、精一杯頑張るよ!」

「……そうか、わかった。なら、今日はまず寝ろ。明日から鍛錬を始める」

「うん!」

 

 夜が深けていく。クロエは俺がこしらえた落ち葉のベッドで丸くなった。

 

 俺は焚き火の始末をしながら、明日の鍛錬メニューを考える。

 

 クロエは戦い方が分からない。しかし、身体能力は良い。効率良くするために、いささかキツイものになりそうだが……仕方ないか。

 

 地面に横になり、空を見上げる。

 

 空に浮かぶ星たちが、まるで応援しているかのように激しく瞬いた。

 



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エンドリーズブートキャンプ

 朝が来た。

 

 木漏れ日が優しく顔を照らし、俺の意識をゆっくりと覚醒させていく。

 

 今日もいい天気だと呟きながら身体をのばし、何気なく横に顔を向けてみると━━━━━━━━━

 

「………………」

「……?っ!?」

 

 大きな狼の顔があった。クロエが屈んで座っていたために、真横にある顔に気づけなかった俺は驚いて上半身を勢いよく起こした。

 

「おはようドラン!」

「……ああ、おはよう。それと、今のはやめてくれないか。寿命が縮む」

「え〜?そうは言っても、ドランの顔まったく動かないし、驚いてるかわかんないんだよなぁ。驚かせて表情が動いたドランが見たかったのに…」

「……父上から教わった鉄仮面はそうそう崩れん。残念だったな」

「わーん!怒らないでよぉ!そっぽ向かないでよぉ!」

 

 さっさと起き上がり、川へと向かい顔を洗う。感覚が元に戻ったのを確認すると、川の中心まで浸かり両腕を水の中に入れた。

 

「…………」

「……ドラン?何やってるの?」

「…………」

「ドラ〜ン?おーい、ドラ〜ン?」

「…………」

「ねえ…………ドランッ!!」

「っ!」

 

 返答を返さない俺に、ついにクロエがキレた瞬間、俺は腕を動かし水中の影を捕らえた。

 

「え……魚?」

「……そうだ。魚の動きに集中していたというのに、うるさいぞ」

「なら説明してくれても良かったじゃんかぁ!」

「……お前なら自分もやるとか言い出しそうだ」

「うっ……まあ、確かに言うかも…」

「……満足に身体を動かせん奴がいると、魚の動きが読めん」

「普通に戦力外の素人って言ってきたね!?これでも速さには自信があるんだよ!?」

「……水中で、そのスピードを発揮できるのか?」

「あっ…その……うぅぅうう!」

 

 手早く魚をくびり殺し、手頃な平たい物を求めて周囲を見渡す。

 

 岸でジタバタと暴れるクロエを尻目に、近くにあった岩へ移動し、川の水でかかった砂を払い魚をのせた。

 

 そのまま魚の腹を裂き、内蔵を取り出して骨まで取り出す。

 

「………………」

「………………」

 

 俺の真横で、さも不機嫌ですよというかのようにそっぽを向きながら居座るクロエ。

 

 しかし、俺はそれが気分が悪いからという理由ではないことは分かっている。

 

 たまに聞こえるジュルリという音。さきほどのことで腹を立ててはいるものの、ヨダレを垂らしているところを見せるのは気恥ずかしいのだろう。

 

「……できた。ほら、この切り身を全部食え」

「え?うん……ウマ」

「……ならさっそく特訓を開始するぞ」

「ムグムグ……ンッ!?ゲホッゲホッ!ちょ……どういうことさ!?」

「……飯はいまやった魚一匹だけだ」

「えぇーーっ!!!???」

 

 ポキポキと身体を鳴らし準備運動を始めると、クロエは焦ったように叫んだ。

 

「なんでさ!?もしかして怒ってる!?ゴメンよ!だから、お願いだから魚一匹だけだなんて……酷いこと言わないでよぉ!」

「……これも訓練内容の一つだ。お前は食が関係すると弱い。それを利用すればやりやすいからな」

「なっ!?この鬼!悪魔!」

「……楽して強くなれると思うなよ?」

「思ってないけど!思ってはないけどさぁ!」

「……さて、内容を説明するぞ」

「うわーん!」

 

 まったく、こっちは何も食ってないんだ。食材も修行で何とかしようと思っているのに……。

 

「…………で?何をするのさ」

「……これから1時間、俺はお前を追いかける。5回俺に捕まったらお前の負け。その場合はペナルティを負ってもらうぞ」

「ペ……ペナルティ?」

「……お前の夕飯は無しだ」

「はいぃいいいっ!?」

「……そら、いくぞ」

 

 俺が腰を曲げると、その時には既にクロエは森の中へと消えていた。

 

「……いい初速だが、それを続けられるかが見所だな」

 

 さて、とりあえず全身の筋肉に負荷をかけてスタミナをつけられれば上々だ。クロエはどれだけもつかな?

 

 スキル【獣走】発動。

 

 まるで獣のように姿勢を低くし、跳ねた(・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 走る。

 

 風のように速く、より遠くへ。

 

 捕まれば夜ご飯が無くなるというペナルティを受けないために必死で走る。

 

 自分のスピードには自信がある。現にドランの走る速さはそこまで、確実にボクの方に軍配が上がるはず。

 

 なのに……ボクは既に4回も捕まっている。

 

 ドンッ!バキャッ!

 

 また聞こえてきた。ドランがボクに気づいたみたい。

 

 折れた枝がボクに降りかかる。とっさに右へズレると、先程ボクがいた場所にドランが着地した。

 

「……なかなか粘る」

「ハッハッハッハッ……」

 

 もはや言葉を返す余裕もない。息を切らしながらも必死で距離をとろうとすると、ドランは木へとジャンプして飛び移っていく。その衝撃で枝や幹が折れ、辺りへと散らばった。

 

「……フンッ!」

「ハッハッハッ……ぐっ!」

 

 運が良いのか悪いのか、ボクは足を滑らせて転んだ。そんなボクの10歩先ぐらいの位置にドランが着地する。

 

 すぐさま方向転換し、来た道を戻る。先程までは木々が邪魔で仕方がなかったが、こうやって追われているうちに滑らかに躱すことができるようになった。

 

 昨日までは自慢のツノで全部突っ切って走っていたというのに、今では自然に躱すことで減速もない最高潮のスピードで走り続けられている。

 

 やっぱり、ドランは凄い。走ることに追いかける追いかけられるという関係を付け足すだけで、こんなにも実りがある特訓になるなんて!

 

「……ここまでだ!」

 

 ドランが木々から飛び降り、ボクの前に着地した。

 

 終わった…?1時間逃げきった……つまり!

 

「やったぁ!夜ご飯ゲットォ!!」

「……本当にそれだけで乗り切ったのか」

「もちろん!……いやぁ、改めて考えるとボクってチョロいなぁ」

「……まったくだ。さあ、次の特訓だ」

「……ん?ボクの聞き間違いかな?次の特訓って言葉が聞こえた気がするけど…」

「……そうだ。次の特訓だ」

「やっぱりドランって鬼だよね!?さっきまで走り続けてたのにもう次って!」

「……だが、これは食事に関わるものだぞ」

「それで!?どんな特訓なの!?」

「……食い付きが段違いだ…」

 

 はっ!?また食べ物に……でもでも!朝の魚一匹しか口にしてないんだし、お腹減ったし!

 

「……それじゃあ言うぞ。次の特訓の内容は…」

「……ゴクッ」

 

 どんな内容なんだろう。また身体を動かすんだとは思うけど…。

 

「……昨日俺が取ってきたイノシシ。あれを狩ってもらう」

「……へ?」

 

 ドランが言ったのは、信じられないようなものだった。

 



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クロエの狩り

評価ありがとうございます!

小説を書く気力と、この作品への反応が知れるのでとても助かります。



「……なんて言ったの?」

「……あのイノシシを狩ることが次の特訓内容だ」

「いやいやいや、ボクよりも大きくてガッシリしたイノシシを倒すの!?しかもまだ疲れてるのに……」

「……ああ。今のうちに動物や魔物と戦い、経験を積んでもらわないとな」

「でも、戦い方なんて…」

「……全ての生き物がそうだ。戦い方とは、戦いのなかで見出すものだ。自分の得意な戦い方を知ることがこの特訓の目標だ」

「自分の得意な…?」

「……そうだ。俺もこの森に入った時はどう戦えばいいのかわからなかった……そのせいで命を危険に晒したこともあったが、それでも戦っていくうちに、自分なりの戦い方を見つけることが出来た。お前にもそれが出来るはずだ。」

 

 戦い方と言っても、俺の戦い方はただのゴリ押しなんだがな。

 

「……案内しよう。イノシシの活動場所にな」

「……うん。ボク、頑張るよ」

 

 やる気は充分。さっきまでの不安は消え、真っ直ぐな目をしている。

 

 俺が歩きだし、クロエがその後を追う。木々を抜けていき、茂みがより多い場所が見えてくる。あそこが俺の狩場だ。

 

「……着いたぞ」

「ここに、あの大きなイノシシが出るの?」

「……そうだ。木の根に生えていたり地面に埋まっているキノコが多い」

「それを食べるために来るんだね」

「……そら、お出ましだ」

 

 茂みが揺れ始める。奴らは鼻がいい。既にこちらはバレていたらしく、鼻息荒く俺とクロエを睨みつけてきた。

 

「やっぱり大きい…ボクよりも」

「……約3メートル。ここらのキノコや木の実は栄養が豊富だ。そして魔物もいるこの森で生きてきた奴らは、そのぶん身体もでかくなる」

「つまりそこらの魔物よりも強いってことだね」

「ブアァアアッ!!」

 

 吠えながらイノシシが突進してきた。俺とクロエは横に飛び躱すと、俺は木の上へと跳躍し枝に腰かけた。

 

「……さあ、クロエ。ソイツを倒してみろ」

「う〜…やるしかないか」

「ブルルルッ」

 

 イノシシがクロエへと向き直り、再び突進を仕掛けた。しかしクロエはジャンプしてイノシシを飛び越えると、こちらの番だとイノシシの無防備な尻へ飛びかかった。

 

 クロエの爪が皮膚を裂き、血が吹き出す。イノシシは苦悶の声を上げながらもクロエを振り払い、憎悪の目線を向ける。

 

「……思ったよりも立ち回りがいいな。だが、奴がこのまま終わるとも思えん」

 

 クロエが屈みイノシシを待った。イノシシは再び突進を始め、クロエへと向かう。クロエはタイミングを図り、また飛び越えようとした時。

 

「ブアアアアッ!!」

「えっ!?グブッ!!?」

 

 イノシシの身体がオレンジ色に光り一気に走る勢いを強めた。突然の加速に驚いたクロエは対応できず、モロに食らって吹き飛んだ。

 

 あれはスキル【急加速】だな。一定時間、自分のスピードを上げるスキル。たしかずっと速いスピードで走り続けると手にいられるスキルだったか。

 

「あ…うう……」

「ブルルッ!」

 

 イノシシの巨体をあのスピードで受けたんだ。ダメージはかなりのものだろう。骨を何本か逝っても不思議じゃないが、やはり中級か。クロエはフラフラとしながらも立ち上がった。

 

「た…たった一撃でこのダメージなの?やっぱり……力は完全に負けてるなぁ……」

「ブルルルッ」

 

 イノシシが土を蹴り始める。また突進をするつもりなのだろう。しかし、クロエは半ば諦めかけていた。

 

「やっぱりボクには…ムリだよ。ここまで力の差があるなんて…」

「……諦めるな!まだいけるだろう!最後まで挑め!」

「ド…ドラン、でも力は圧倒的にイノシシの方が上だよ!次また食らったら…!」

「……で?」

「えっ?」

「……もとから力が及ばないのはわかっていたはずだ。筋肉、骨格、体重。そのいずれも奴の方が上。だが、戦いはそれだけじゃない。もっと自分を見つめてみろ」

「自分を…見つめる?」

「ブアァアアッ!!」

 

 長々と話しすぎたな。イノシシが予備行動を終え、クロエへと走り出す。クロエはまだちゃんと理解が出来ていないようで、戸惑いを見せていた。

 

「……わざわざ相手の土俵に立つことはない!自分の持ち味を活かせ!」

「…っ!ボクの…持ち味!」

 

 イノシシがクロエへと迫る。あと一歩でぶつかるという時、クロエは消えた。

 

「ブオッ!?」

 

 敵を見失ったイノシシは減速し、辺りを鼻で嗅ぎ分ける。

 

 しかし、イノシシが減速したあたりで、既にクロエはイノシシに飛びかかっていた。

 

「ブオォオオッ!?」

 

 爪が、牙がイノシシの身を削る。イノシシが暴れるとクロエはすぐさま離れ、再び後ろへと回りこみ飛びかかった。

 

 小回りのきかないイノシシはクロエに追いつけず、だんだんと弱っていく。

 

 そして逃げる動作を見せると、その首に素早くクロエのツノが突き刺さり絶命した。

 

「……よくやったな、クロエ」

「うん…今までは、群れの中で一番力が弱いからって蔑まれていたから気づけなかったよ。ボクにはこのスピードがある……力があっても、ボクを捉えられないんじゃ意味が無い」

「……そうだ。もしその群れでのことがなければもう少し早く気づけたのだろうが……まあよくやった。これで、自分の戦い方を見つけられたな」

「えへへ。もっと褒めてくれてもいいんだよ〜……っ!?ドラン!」

 

 俺の後ろの茂みから複数のイノシシが飛び出してくる。クロエが仕留めた奴の群れか。

 

「ブアァアアッ!」

「ブルルルッ!」

「ブオォオオッ!」

「ブルル、ブル!」

 

 全員が怒っているな。仲間がやられたのだから仕方はないだろうが。

 

「うわぁ……言っておくけど、1匹ならさっきみたいにできるけど、この数はムリだからね」

「……ああ。今日の特訓は終わりだと決めていたからな。喜べクロエ。今日は大量の肉が食えるぞ」

「え…?まさか戦う気!?いくらドランでもムリだよ!」

『ブアァアアッ!!!!』

 

 4匹のイノシシが俺へと突進する。俺は一歩前に出て、何もせずに(・・・・・)全ての突進を食らった。

 

「ドラ……え?」

「ブ……ォオ!?」

 

 俺は1ミリも動かずに、そのまま立っている。吹き飛びもせず、地面が抉れてもいない。

 

「……クロエ、お前に見せておこう。これが俺の戦い方だ」

 

 スキル【スーパーアーマー】【鉄壁】【剛力】【筋骨増強】【倍加】【貯蓄】発動。

 

 俺は両腕を頭上に掲げると、未だに驚き固まっているイノシシたちへと振り下ろした。

 

「……ムンッ!!」

 

 イノシシたちの頭が潰れ、地面に拳が叩きつけられる。スキルにより強化された力は地面を爆発させ、砂埃が舞い上がった。

 

「……こんなところか」

「…………凄い」

 

 イノシシを2体ずつ肩に担ぎ、ねぐらへと運んでいく。クロエの驚きと、尊敬の視線を背中に浴びながら。

 



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真夜中の遠吠え

評価、お気に入り登録、感想ありがとうございます!

私の書く原動力になるので、じゃんじゃん送ってくださると嬉しいです。



 イノシシをねぐらへと持ち帰った俺とクロエ。

 

 辺りは徐々に暗くなってきており、俺は急いで焚き火をおこした。

 

「……俺はコイツらを解体してくる。クロエは焚き火を見ていてくれ。消えそうになったら適度な風と薪を与えればいい」

「了解!」

 

 狼だというのに、やたら綺麗な敬礼を返すクロエ。その様子に内心苦笑いしつつ、俺は川へと向かった。

 

 さて、全部で5匹か。これはなかなか骨の折れる……【スーパーアーマー】で骨は折れないんだった。

 

 しかしその間は頭の方が暇になるな。この機会に今持っているスキルの確認でもしておくか。

 

 まずはスキルのおさらいだ。スキルを増やすには、神が定めた条件を満たす必要がある。

 例えば、俺の持つスキル【鉄壁】の取得条件は、怪我になりうる物理攻撃を一定数受けること。他の人が同じことをやれば、【鉄壁】を入手することができる。スキルの所持数に限界は無く、スキルの数はいままでの努力の証。よって、ステータスや行動でスキルは獲得できるが、他人からの継承などはできない。

 

 いま俺が持っているスキルは10個。

 

 森に入る前の【スーパーアーマー】【自動回復】【状態異常無効】【鉄壁】【魔力防御壁】。

 

 そして、森に入ってから新たに獲得した【獣走】【剛力】【筋骨増強】【倍加】【貯蓄】だ。

 

【獣走】

 これは、腕力と脚力を強化し獣のように走ることができるスキル。

 このスキルは人間にしか取得する事はできず、その取得条件は獣のように長時間走り回ること。

 普通であれば、人間がこのようなことはしない。しかし、それは魔法に重きを置いているからだ。自然の中にこそ、身体の使い方が見つけられることを知ることができた俺は幸運だ。こればかりはあの大熊に感謝だな。

 

【剛力】

 このスキルはその名の通り、自身の力を大幅に強化するスキルだ。

 取得条件は、自分よりも重く大きい物を持ち上げること。

 見た目に変化はないが、1度発動させればその力は2倍以上のものになる。しかし、その反動で全身にかなりの負荷がかかる。長時間使用していると、やがて【スーパーアーマー】ですら耐えきれないダメージを負い、骨や筋肉が破壊されてしまう。長時間の使用よりもちょくちょく発動した方がいいだろう。

 

【筋骨増強】

 これもその名の通り、筋肉と骨の強度を強化するスキルだ。

 取得条件は、一定数筋肉や骨を修復すること。他者からの攻撃などでできた傷ではなく、トレーニングなどで傷つけたものだけカウントされる。

【スーパーアーマー】があるのだから意味の無いスキルだと思うかもしれないが、このスキルはとても大きな役割を果たしてくれている。【スーパーアーマー】でいくら怯まなくても、ダメージは受ける。そして、ダメージの蓄積が多くなるごとに効果が薄れていき、最終的には完全になくなってしまう。このスキルは、肉体を強化し、ダメージに耐えられるようにすることで【スーパーアーマー】をより活かせるのだ。

 

【倍加】

 このスキルは、自分の力を2倍にする効果がある。

 取得条件は、種族の中で初めて定められた身体能力・技術力・精神力を身につけることで取得できる。ということは、このスキルは種族の中でたった1人しか手に入れることができない特別なスキル『ユニークスキル』というものだ。

 本で知識はあったが、まさか自分が取得することになるとは思わなかった。当時は酷く驚いたものだ。まさか俺がユニークスキルを取得することがあるとは思っていなかった。

 しかし、考えてみれば人間は太古より魔法に頼りきった生活をしている。心・技の条件を満たせても、体を満たせようと思う者がいなかった、または風潮に負け満たせられなかったのだろう。このスキルを手に入れられたこと、誇らしく思う。

 

【貯蓄】

 このスキルは、自分が指定したものを貯めることができるスキルだ。

 取得条件は、極度の飢餓状態と脱水状態になった後に満たされること。

 俺がサバイバルを始めた時は、獲物も取れず、水も無かった。俺には知識があっても経験がない。過酷な自然の中で意識が飛びかけながらもなんとか生きながらえていた。

 しかし、いよいよ死んでしまうかといったところで俺は川を見つけた。そして、たまたま岸に打ち上げられピチピチと跳ねる魚にありつく事が出来た。その時に【貯蓄】を取得したのだ。

 食物を食い貯めるのが本来の使い方だが、俺が読んだ本には食物だけとは書かれていなかった。そのため、色々と試してみたら自分の力を貯めることができるようになった。おそらく魔法力などでも同じことができるだろう。

 

 と、こんなところか。解体と血抜きも上手くなったもんだ。

 

 肉を積み重ねていざ運ぼうとした時、突然複数の狼の遠吠えが響いた。

 

「…………」

 

 周囲に気配は無い。物音も動くものもない。しかし、この張り詰めた空気は……ねぐらからか。

 クロエが心配だ…早く戻るとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドランに鍛えてもらえるようになって早一日。今日だけでも、ボクは強くなれたと強く実感している。

 

 ボクは普通のホーンウルフとよりも力が弱い。その代わりにスピードは誰にも負けなかった。でも、群れでは力が強ければ偉い。戦いが強ければ強いほど良いとされていた。

 

 人間の元から出て、1度も戦ったことのなかったボクは1番弱かった。そして、ボクも蔑まれていく内に嫌悪していた群れの思考に染まりつつあった。

 

 ドランは、そんなボクを救ってくれたと言っても過言ではないと思う。ボクなりの戦い方と、ボクよりも強い相手に勝たせてくれたことで弱いボクの心に自信を持たせてくれた。

 

 こんなに良くしてもらって、本当にボクは恵まれている。いつか、ボクもドランに恩返しができたら……。

 

「ドラン……」

「アォォォオンッ!」

「っ!?」

 

 聞こえた。今の遠吠えは聞き覚えがある。獲物を見つけた時の、群れが使う合図だ!

 

 すぐさま辺りの気配を探る。ボクのいるドランのねぐらは、完全に包囲されているらしい。

 

 入口から、一匹のホーンウルフが入ってくる。そのホーンウルフはニヤリと笑うと、ボクに近づいてきた。

 

「よおクロエ。こんなとこにいやがったのか」

「……シリュー」

 

 群れのボス、『シリュー』。その強さから人間のギルドからネームドとして登録されている実力者だ。そして、ボクを見下しながらも、番にしようとしてくるいけ好かないヤツ。

 

「へへへ。お前は他のホーンウルフとは匂いが違うからなぁ、探すのは簡単だったぜ」

「……変態」

「どうとでも言え。ほら、帰るぞクロエ」

「いやだ!ボクは強くなるために特訓してるんだ。ボクは帰らな━━━」

「うるせぇ!!」

「グブッ!?」

 

 シリューは突然飛びかかってきた!そのままボクを押し倒し、首に足で踏みつけてくる。

 

「う…ぐっ……」

「お前みたいな弱えヤツは、黙って俺の言うことを聞いてりゃいいんだ。俺はお前よりも強いんだからなぁ!!」

 

 シリューが体重をかけてくる。首が絞まり、呼吸ができなくなっていく。

 

「あ…うう……」

「寝てな。それまでせいぜい楽しませてもらうからよぉ」

 

 いやだ……こんなの、いやだよぉ…。

 

 意識が朦朧とするなか、浮かび上がるのはドランの顔。ああ、まだ1日しか経ってないのに……まだ、一緒に特訓したかった…ボクを受け入れてくれるキミの隣にいたかった…。

 

「ド…ラ……」

「あ?」

「たす…け……」

「はっ!誰も来ねぇよ。往生際の悪い飼い犬だな!」

 

 視界が真っ暗になる。段々と意識を手放していき━━━━━

 

「……おい」

「あ?なんだおま━━」

「……クロエになにをしている」

 

 最後に聞いたのは、あの人間のようにボクを受け入れてくれた、大好きな人の声だった。

 




アンケートは明日をもって締切とさせていただきます。

いらない と いる の数で結果を判断します。2番目の選択肢は3で割って いる の方に足させてもらいます。


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ドラングルvsシリュー

 心配していたことが起こっていた。

 

 通常の個体よりも一回り大きいウルフホーンが、クロエの首に足をかけ体重をかけている。クロエは意識を失ったのかグッタリしていた。

 

「あ〜?人間がなんで、こんなとこに……いや、クロエからお前の匂いがする。なんだコイツ、人間なんかといやがったのかよ?強くなるためとか言いながら、結局は人間が恋しかっただけか!」

「………………」

「まあいいや、それよりもどうやってここに入ってきた?まったく、外で見張ってるように言ったっていうのによお……まさか人間を見逃すなんて使えねぇヤツらだ」

「……何を言っている?」

「あ?わかんねぇのかよ?お前、どんだけ頭弱えんだ人間のクセに。俺の子分たちに外を見張らせていたのさ。だが人間一匹見落としちまうなんざ、使えねぇヤツらだと言ったまでだ」

「……どうやら、お前は勘違いをしているようだ」

「あ?勘違いってどういうことだ」

「……お前は狼の魔物だろう。得意の鼻で嗅ぎ分けてみたらどうだ」

「…………っ」

 

 訝しげに鼻を動かしたウルフホーンが驚愕に染まった。どうやら気づいたらしい。

 

「……お前、どうやった。魔法の発動は感じられなかったぞ」

「……魔法?そんなもの、俺には必要ない。魔道具ならまだしも、俺は魔法の心得なんて持ち合わせてない。全てはコレで片が付く」

 

 俺は右手を軽く掲げる。その拳には血がベッタリと付いていた。

 

「っ!?まさか、素手で殺ったとでもいうのか!?あれでも群れの中じゃあ指折りの強さを持ってるんだぞ!」

「……あの程度、俺にはなんの障害にもならない。あとはお前だけだ」

「……へっ!確かにお前は強いようだが、俺はネームドだ!お前たち人間が手に負える存在じゃねぇんだよ!!」

「……ネームド?なるほど、お前はギルドでも手を焼くほど強いというわけだな」

「そうだ!お前みたいなヤツとは格が違うのさ!俺の名はシリュー!死ぬ前に覚えときなぁ!!」

「……そうか。まあすぐに忘れるだろうが」

 

 シリューが牽制を混ぜながら俺の周囲を走り回る。俺の隙を見つけ、飛びかかろうという算段なのだろう。俺はあえて構えもせず、そのままボーッと立ち続けた。

 

(なんだこの人間、隙だらけじゃねぇか!俺を見もせずにただ立ち続けるなんて、バカかコイツは!?)

「……いいぜ、そんなに殺して欲しいんなら殺してやるよお!!」

 

 俺の背後に回った時、シリューは俺へと飛びかかり爪を叩きつけた。

 

 シリューの体長は約3メートル。それほどの体躯ならば、腕も相当にデカい。シリューの剛腕と大きな鉤爪が俺の背中を強襲し……止まった。

 

「……は?」

 

 ダメージはそれほど入らなかった。俺は吹き飛ぶでもなく、ボロボロのズボンのポケットに手を入れ、1ミリも動かずに立っている。

 

「……っ!まだまだぁ!!」

 

 俺が何もしないとわかると、シリューは俺をタコ殴りにし始めた。爪で引っ掻き、腕を叩きつけ、ツノで突き、キバで噛み付く。

 

 なるほど、中級下段のホーンウルフだというのに、まさかこれほどの力、威力を持っているとは。

 

「うぉおおお!!」

「………………」

 

 それでも、俺は動かない。傷つきもせず、踏ん張りもせず、その踏みしめている地面が衝撃でえぐれることもなかった。

 

「ハァッ…ハァッ…」

「……もう終わりか?」

「うるせぇ!」

 

 息切れしながら俺の前に立つシリュー。俺が煽りの言葉を投げかけると、シリューは顔を真っ赤にして吠えた。

 

「癪に障る!反撃もしないで、ただ立ってるだけかよ!?」

「必死にじゃれてくる犬が微笑ましくてな。ついつい見守ってしまった」

「っ!?テメェエエエッ!!」

 

 激昂したシリューの身体が赤く光る。あれは確か……スキル【狂化】だったか。発動中は理性を失くす代わりに身体能力を底上げするスキルだ。

 取得条件は自分の本能のままに長時間生活すること。野生でこのスキルを取得しているということは、相当群れでも好き勝手していたらしい。

 

「グルァアアアアッ!!!」

 

 怒り狂ったシリューはツノをこちらに向け、突進してきた。ヤツが蹴った地面が大きくえぐれている。俺は、また同じように立ち続け、その凄まじい威力の突進を受け入れた。

 

 瞬間、衝突したことで辺りに突風が巻き起こった。

 

 草花が宙に舞い、木々がざわめく。

 

 その爆風の中心で、ツノを胸に突き立てられたまま、俺は変わらず立っていた。

 

「ガ……ア…?」

「……今度こそ終わりだな?なら次は……俺の番だ」

 

 俺は左手でツノを掴み、右腕を上げ拳を作った。

 

 スキル【スーパーアーマー】【鉄壁】【剛力】【筋骨増強】【倍加】【貯蓄】発動。

 

「……なかなか楽しかったぞ?今度はクロエと共に出向こう。それまでさらばだ……あ〜、なんだっけ?お前」

 

 右腕を振りかぶり、名も知らぬ狼へと叩きつける。狼は勢いよく吹き飛び、森の奥へと姿を消してしまった。

 

「……はあ、とんだ災難だった」

「……ドラン」

「……クロエ、起きていたのか」

 

 いつの間にか起き上がっていたクロエが俺の隣に座った。その顔は申し訳なさそうな、悲しみに染まっていた。

 

「……シリューは、ボクの群れのボスなんだ」

「……シリュー?…ああ、さっきの狼か。確かにそう言っていたな」

「アイツは、ボクを番にしようとしてきて……ボクはそれを拒むために、強くなって見返してやろうって思って飛び出したんだ。でも、まさかここを嗅ぎつけてくるなんて……」

「……流石は狼の魔物といったところだな。索敵と感覚の鋭さには俺も舌を巻く」

 

 クロエは俯いて身体を震わせる。少しの間そのまま俯いていたクロエは、ゆっくりと顔を上げて、謝罪の言葉を述べ始めた。

 

「ごめんね、巻き込んじゃって。ボクはここを離れるとするよ」

「……何を言っている。お前が出ていく理由は無いだろう」

「でも、ボクが来たから!」

「……お前が何かしら抱えていることはわかっていた」

「え……」

「……俺は、わかっていたうえでお前を受け入れた。これからも迷惑をかけるといい。俺はお前を……そうだな、群れの中でも1番になるぐらいには強くする。それまでは逃がさないからな、覚悟しておけ」

「……うん、う゛ん゛!!」

 

 涙を流し始めたクロエの頭を撫でてやると、クロエは頭を手に擦り寄せて来る。そのまま、クロエが落ち着くまで俺は頭を撫で続けた。

 




アンケートの投票ありがとうございました。

題名はこのままで続けていこうと思います。
でも、感想などで『変えた方がいいんじゃないか』という意見を頂きましたら、再びアンケートも入れつつ吟味しようと思います。


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惨劇の悪夢

よろしければ感想・評価・誤字脱字報告よろしくお願いします。

この作品への反応が見れるので、かなり助かります。あと、私の燃料が過分に補給されます。


「ふざけるな!もう一度言ってみろ!!」

 

 怒鳴り声が立派な屋敷の中に響く。それを発したのは豪華な服や装飾に身を包んだ肥えた男。

 

 アライワ・オーダム。マヌカンドラ帝国の男爵位を持つ、数多くの中級魔法を操る貴族である。

 

 その声を浴びる部下は震えながらも、再び事の次第を報告した。

 

「雇いました殺し屋、そして他の貴族様たちお抱えの暗殺者が……全滅いたしました…!」

「そんな…バカなことがあるか!!あの、殺しのプロフェッショナルたちが、なぜ全滅などするのだ!」

「それが、報告によりますと運悪く強大かつ凶暴な魔物にでくわし、そのまま殺されてしまったと……」

「誰だ!そんなデタラメを言うやつは!?あの森にはウルフホーンのネームド『シリュー』しか危惧すべき魔物はいないはずだ!だが、ウルフホーンなどヤツらであれば対処できるはずだろう!!」

「しかし、現場に残されたものは明らかにウルフホーンとは全く別だと判断されており、その……熊型の魔物であるとの指摘を受けました」

「く…熊型だと!?」

 

 アライワは酷く驚いた様子で椅子に腰掛けた。それもそうだ、熊型は子供でも下級上段の実力を持つ。大抵の種は中級中段から上段に位置し、好戦的で凶暴という危険な種なのだ。

 

「……………」

「ひとまず、これは陛下に報告しましょう。騎士団が出るべき案件です!」

「いや、そんなことをすると我々の行動が明るみに出てしまう。いかに小貴族とはいえ、エンドリー家が陛下に訴えてしまっては面倒なことになる」

「で…では……」

「……私自らが行く」

「なっ!?なりません!男爵様が直々に行くなど、危険すぎます!」

「うるさい!早く私兵を用意しろ!上手く行けば武勲が手に入るぞ!」

「は…ははぁ!」

 

 部下が部屋を出ていく。アライワはため息をつき、窓の外を見やった。

 

「魔物はまだどうでもいい。だが、ドラングル・エンドリーよ、貴様のせいで我が息子が騎士団に捕まったのだ。その落とし前はキッチリとつけさせてもらうぞ!」

 

 アライワが執拗にドラングルを狙う理由、それは彼が【スーパーアーマー】を手に入れることになった事件、それを起こした子供の1人が男爵の一人息子だったのだ。

 

 つまりは逆恨み。彼からしてみれば、自分のために健気にも動いてくれた可愛い息子が、エンドリー家の''なりそこない''ごときのせいで騎士団に捕まり、外聞も何もかもを落とされたことに納得がいかない。

 

 息子は悪くない、全てはドラングルが悪いのだと、彼は信じて疑っていなかった。

 

「覚悟しておけよ…!」

 

 決行は夜。ニヤリと笑いながら、アライワは椅子から立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ━━月がだいぶ昇ったころ。

 

 森の前には数十人の雇われ兵と僅かな騎士、そして十数人の殺し屋が揃っていた。

 

 実は他にも暗殺者と偵察兵がいたのだが、先に森へと入り調査を始めている。熊型の魔物とドラングルの居場所を先に割り出しておくためだ。

 

「いいか!兵どもは魔物の討伐に当たれ!騎士と殺し屋どもは私とともに、にっくき''なりそこない''めを討つ!よいな!?」

『ははっ!』

 

 やがて偵察兵と暗殺者が帰還した。アライワは先に暗殺者を派遣し、その後を追うように進んで行った。

 

 本来であれば、アライワは森を歩き先頭ができるほどの体力は持ち合わせていない。そもそもアライワは貴族だ。進軍するならば中心に位置し、騎士や配下に守られながら進むべきだというのに、アライワは先頭に立ち、ズンズンと森の中を進んでいく。息切れも起こさず、ただ私怨と武勲のために歩き続ける。

 

 そうして歩くこと約1時間、アライワたちは異変を感じ始めた。先程までうるさく鳴いていた虫の音が聞こえない。しんと静まり返った森の中、自分たちの歩く音だけが響いている。

 

 虫たちが音を出すのをやめただけなら、そういったこともあるだろうと…虫の気まぐれだろうと思うことも出来た。しかし、異変はそれだけでは終わらなかったなかった。

 

「……何か臭うな?」

「なんでしょう…かなりキツい……」

 

 異臭は進むたびに強くなり、ついには鼻をつまむ者まで出てきた。片手が塞がっては、とっさのことに反応できないとアライワと騎士たちは必死に耐えていた。

 

 顔をしかめ、しかし注意は欠かさずに進む。と、殺し屋の1人が何かを踏んだ。

 

「あ?……っ!!!???」

「ん…?おい、どうし……っ!?」

 

 隣にいた同業者が声をかけ、目を見開いている殺し屋の目線の先を見てみると、そこにはちぎれた腕が転がっていた。

 

「だ、だっ男爵様!ここに腕が!」

「なんだと!?」

 

 すぐさま1人の騎士が確認しに駆け寄ってくる。腕には黒い布と刺青があった。騎士は目を見開くと、すぐさまアライワの元へと戻った。

 

「男爵様、あの腕はさきほど送り込んだ暗殺者たちのものかと」

「なにぃ!?魔物にでもやられたのか……いや、あのものたちはホーンウルフ程度に不覚をとっても腕を取られるような傷は負わん。まさか……あの''なりそこない''がやったとでも!?」

 

 まだ成人もしていない少年にそんなことが出来るはずはない。だが、噂に聞いた中級魔法の直撃を受けてなんでもないかのように出てきたヤツだ。もしかすると……アライワがそう考えていた時、突如茂みが揺れる。

 

「っ!?」

「戦闘態勢!男爵様を守れ!」

 

 騎士たちがアライワを囲み、殺し屋たちが茂みへと1歩1歩と近づいていく。先頭の男があと数歩の所まで足を踏み出して━━━━

 

 

 

 

 

 

「最近はよく獲物が来るなぁ?」

 

 

 

 

 

 

 強風が吹き荒れる。アライワと騎士たちは何とか踏みとどまったが、至近距離で浴びた殺し屋たちは宙に舞い、次の瞬間にはバラバラに引き裂かれていた。

 

「な……いったい何が起こって…」

「男爵様、今すぐお逃げください!ここは我リャッ!!」

 

 アライワへ進言していた騎士が弾かれたように吹き飛ぶ。次々と騎士たちが何かに吹き飛ばされ、鎧ごとその身をひしゃげ絶命した。

 

「あ…ああ……」

 

 アライワは腰がぬけ、その場に座り込んでしまう。あまりの衝撃に全身を震わせ、涙をも流していた。

 

 ふと月の光が遮られる。この惨状を生み出した怪物は、恐怖に顔を歪めるアライワへと笑みを浮かべた。

 

「他のヤツらとは違って上質な魔法力だな……決めた。お前はオレのオモチャにしてやる」

「ヒ…ヒィイイッ!」

 

 紫の短い髪から赤い目がアライワを射抜く。アライワはとうとう失禁し、口から泡を出しながら意識を失った。

 



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特訓の仕上げ

本当に評価をつけてくださるとは……ありがとうございます!

お気に入り登録にも、他に投稿している作品を登録してくれている人もチラホラいて、とても嬉しいです。



 襲撃があってから、クロエの特訓はさらに過酷さを増した。

 

 長時間の走り込みによる筋持久力、俺が前後左右と上から押し姿勢が崩れないように押し返す踏ん張りと体幹、魔物との戦闘による爪やキバ、ツノの熟練度。

 

 2日目はこれらを中心的に鍛え続け、クロエのスピードを磨きつつ筋力をつける。クロエの弱点であった力の弱さも、なんとか対策は用意できた。

 

 そんなこんなで早3日目、経験を積ませるために、俺とクロエはいつもの狩場で3体のイノシシを相手にしていた。と言っても、イノシシと対峙しているのはクロエだけだが。

 

「ブルルル!」

「ブルァアアッ!」

 

 イノシシ2体がクロエに突進する。クロエは軽く地を蹴ると、イノシシたちを飛び越えた。そして様子を見ていた3体目のイノシシへと飛びかかる。

 

「ブッ!?」

 

 突然のことに驚いたイノシシは動けず、クロエに頭を地面に押さえつけられ、そのまま首を大きく噛みちぎられた。

 

 ようやく突進を止めた2体が振り向いた時には、既にイノシシは絶命していた。

 

「ブルァアア!!」

 

 怒り狂ったイノシシが1体、クロエへと突撃していく。どうやら【急加速】も使っているらしく、そのスピードは先程とは段違いだ。

 

 クロエは再び跳躍すると、爪をイノシシの鼻に引っかけ、イノシシの背中を力いっぱい蹴りつけた。

 

 イノシシはクロエに蹴られたことで地面に腹をつけた。しかし突進の勢いは【急加速】によってほとんど失われていない。クロエの蹴りつけによる跳躍と突進の勢いに引っ張られ、イノシシの上体は凄まじい勢いで反り返り骨が砕けた。

 

 傍から見るとイノシシが傾いたVの字で地面を滑っていくという奇怪な光景だ。当人たちは真面目に戦っているのだが……マズイ、笑いがこみ上げて吹き出しそうになった。

 

 あとは1体。クロエが最後のイノシシへ顔を向けると、イノシシはブルりと震え、踵を返して走り出した。

 

 クロエに勝てない、殺されてしまうと理解したのだろう。だが、走るスピードはクロエの得意分野だ。逃げきれるはずもない。

 

 クロエが駆ける。イノシシが【急加速】を使っているにもかかわらず、クロエはグングンと距離を縮めていく。

 

 少し開けた場所に出たところで、とうとうイノシシはクロエに追いつかれてしまった。クロエはイノシシに飛び乗ると、腕を振り下ろしイノシシの頭を地面に叩きつけた。

 

 イノシシは痛みで【急加速】を反射的に解除すると、急激に減速し止まった。

 

 クロエが首に噛みつき、一思いに食いちぎる。イノシシは諦めと苦痛に包まれながら、その生涯を終えた。

 

 クロエがイノシシを咥え、引きずって俺のところへと持ってきた。他のイノシシと重ねると、俺は3体のイノシシを肩にかつぎ上げた。

 

「……よくやったなクロエ。余裕の勝利じゃないか」

「うん!ボクも、まさかたった3日でここまで強くなれるなんて思ってなかったよ。ドランのおかげだね!」

 

 頭を俺の手に擦り寄せてくる。撫でてやると、クロエは気持ちよさそうな声を出してもっともっととねだってくる。

 

 なんだか、襲撃された後から甘えん坊になったな。俺に飼い主の影でも見ているのだろうか。

 

「……さあ、帰るぞ。飯を食ったら寝ておけ……今日はお前の晴れ舞台なんだからな」

「……うん。でも、大丈夫かなぁ…」

「……今までの特訓を信じろ。クロエならやれる」

「っ!うん!ボク、頑張るよ!!」

 

 しっぽをブンブンと振りながら、クロエが俺の手から頭を離す。俺とクロエは横にならび、話しながらねぐらへと帰った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「フゥ……おなかいっぱい!」

「……相変わらずお前は本当によく食うよな」

「そりゃあね!群れにいた時はほとんど食べさせてもらえなかったからボク自身忘れてたけど、人間に育てられてた時はたくさん食べてたよ!」

「……そうなのか」

 

 3頭のイノシシのうち2頭と半分を平らげたクロエ。

 あれ?もしかして大食らいなクロエのせいで金が無くなりかけたから捨てた可能性が出てきたか?

 

「……明るくて寝づらいだろうが、寝て体力を回復させておけ」

「うん。わかったよ」

 

 クロエが立ち上がり近づいてくる。そのままクロエは俺の膝に頭を乗せてきた。

 

「……まったく、仕方のないヤツだ」

「えへへ。ドランに撫でられるのすきになっちゃって」

 

 クロエの頭を撫でてやると、嬉しそうな声を出していたクロエはやがて寝息を立て始めた。

 

 今日、クロエの成果を見たら俺はこの森を去る。屋敷へ戻り、再び騎士になるための修行を行うのだ。

 

 クリスティーヌ様に助けられてから、俺の人生は目まぐるしいものとなった。騎士になるために、魔物ひしめく森に入り、ネームドの魔物を鍛えている……今更ながらどういう状態だ?

 

 まあそれも今日で終わりだ。過酷なサバイバルとも、クロエとこうして過ごすのも……そう考えると寂しさを感じてきたな。

 

 いやいや、クロエは群れのヤツらを見返すために頑張っているんだ。受け入れられるように背中を押してやらないといけないというのに、なんという体たらくか。

 

 クロエに変な気を使わせず、勝ちにだけ意識を向けさせるんだ。

 

「クゥ……クゥ……」

「………………」

 

 存外に寂しいものだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 日が沈み始めたころ、クロエが目を覚ました。さて、そろそろ行くか。長い時間クロエに膝枕をしていたというのに、痺れは全くない。スキル様々だな。

 

「クゥ…ンン〜っ!フゥ……おはようドラン。よく寝たよ」

「……ああ。日は沈み始めているがな」

「もう、そんなこと言わないでよ!」

 

 クロエが立ち上がり、それに合わせて俺も立ち上がる。まずは……さっさと行こうとするクロエのしっぽをむんずと掴んだ。

 

「わわっ!?ちょっと、何するのさ!」

「……まずは川に行って顔を洗え。そして水を飲め」

「え〜?そんなのしなくても……」

「……太陽が昇っているうちに眠るのはかなり水分を消費する。目を覚ますついでに補給してこい」

「は〜い」

 

 クロエは軽く身体を伸ばすと駆けて行った。目覚めの準備運動か、身体の機能を起こすにはいいな。

 

 数分後、クロエが帰ってきた。寝ぼけた様子はなく、自身と闘志が見てとれるしまった顔をしている。

 

「……準備はできたようだな」

「うん。今のボクはベストコンディションだよ!それじゃあ、群れの住処に案内するね!」

 

 森の奥へとクロエが走り出す。元気がありすぎるのも問題だなとため息をこぼしながら、俺も走り出した。そのスピードはいつもよりも心做しか早くなっている。

 

 それは、なるべくこの後のことを考えないようにするためか。それとも、いま抱えているモヤモヤとした気持ちを振り払うためか。

 

 なんにせよ、今日で森での生活は終わる。決断の時は、確実に迫ってきていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん、この匂いは……ああ、やっと見つけたぞ。フフ、ハハハハハッ!!」

 

 再開の時もまた、すぐそこまで迫ってきていた。

 



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乱入者が現れました

 地面が段々と固くなっていき、やがて岩の質感へと変化していく。

 

 木々は段々と細くなり、密度も低くなっていく。地面も石に埋もれていき、しばらく進むと広い岩地に出た。

 

「……クロエ、ここが?」

「うん。群れが生活してる岩場だよ」

 

 突如、遠吠えが響き渡りホーンウルフが大量に出現した。俺とクロエの周囲を取り囲み、主に俺を睨みつけキバを向いている。

 

「……シリューを出せ」

「グルゥッ!?」

「………………」

 

 一瞬驚くも、ホーンウルフたちは怒りに顔を染めた。まあ当たり前だよな。突然やってきて、ボスを出せと宣う人間。そんなこと、許されるはずがないのだ。

 

「グルァアアッ!!」

 

 1匹のホーンウルフが俺へと飛びかかってくる。迎撃のために手をあげようとすると、ホーンウルフが横に吹き飛んだ。

 

 クロエがホーンウルフの横っ腹に突進したのだ。

 

「グルッ!?」

「感謝してよね。ボクが出なかったらキミ、死んでたよ?」

 

 握っていた右拳から力を抜き、スキルを解除する。どうやら俺は手を出さずにすみそうだ。

 

 岩場の奥にあった洞穴から、のっそりと大きなホーンウルフが出てきた。ボスのシリューだ。

 

「…お前かよ。何の用だ」

「……クロエが充分な力を身につけたからな。お前と戦いたいらしい」

「クロエ、やっぱりコイツに鍛えられてたのか……怖くなってきた」

「いつものシリューらしくないね?いつもならボクをバカにしてくるのに」

「……うるせぇよ」

 

 どうやら前回の1戦で自信やらがポッキリと折れてしまったらしい。この状態のシリューと戦って、クロエは満足するだろうか。

 

「…まあいいや。シリュー、ボクと戦ってよ」

「なんだよ、もうお前をバカにしたりはしないぜ。番にしようとも思ってねぇ……」

「……本当に変わったね。心が折れたからかな?どうでもいいけど」

「……なんでそこまで俺と戦いたがるんだよ」

「え?今までバカにされた分、ボッコボコにしたいからだけど?」

「━━━━━━━━━━」

 

 なんだか可哀想になってきたな。クロエの目はガチだ。なんならとってもいい笑顔をしていらっしゃる。

 

「本調子でなかろうと心が折れていようと、ボクにとっては本当にどうでもいい。ボクはただキミを、特訓の成果を充分に発揮してぶっ飛ばしたいんだ。そしてドランに頭を撫でてもらう!」

 

 おい最後。なぜだ、どうしてこんなふうになってしまったのか。

 

「……クロエごときが、いい気になりやがって…!」

「あれ、調子が戻ってきた?そっかそっかー!下に見てたヤツに見下されてるなんて、やっぱり嫌だもんね!」

「うるせぇ!ぶっころ……」

「……あ?」

「……ぶっ飛ばしてやる!」

 

 俺から極力目を逸らし、シリューがクロエに飛びかかった。その剛腕をクロエに振り下ろすと、クロエはサイドステップで軽やかに避け、シリューの腹に爪を突き立てた。

 

「グッ!?てめぇ!!」

「ふっふーん!当たらないよ!」

 

 シリューのキバが、爪が、腕がクロエを襲う。しかし、クロエは全ての攻撃を見切り、カウンターをきめていった。

 

「やっぱり力はまだ及ばないなぁ」

「ちょこまかと!」

 

 クロエが宙を舞うように飛び跳ねる。シリューの攻撃はかすりもせず、クロエの爪による傷が増えていった。

 

「クッソ、当たらねぇ!」

「フフフッ!いくら力が強くても、当たらなければ意味は無い。ドランに教えられたことさ!」

 

 ……ん?そんなこと教えたっけ?

 

「クソッタレがぁああ!!」

「わわっと!?」

 

 しかしシリューの方が体は大きい。振り回される腕のリーチは何度もクロエのスレスレを通っていく。

 

「チッ!こうなったら……ウガアァアアア!!!」

 

 どうやらシリューは【狂化】を発動したらしい。スピードとパワーが跳ね上がり、一瞬でクロエへと迫った。

 

「わー!わー!」

「ガァアアアッ!!!」

 

 紙一重で繰り出される腕や爪を躱していくクロエ。あまりの激しい攻撃に、カウンターをする暇もないようだ。

 

「え〜っと、こういう時は……」

「ガルゥアアアッ!!!」

「不意をつけばいいんだったよね!」

 

 クロエがシリューの股下を滑り抜け、背後へまわる。すぐさまシリューが振り返るが、すでにそこにクロエはいなかった。

 

「とりゃあ!」

「グルゥッ!?」

 

 高く跳躍しシリューの上をとっていたクロエは、シリューの背に着地すると背中を思いっきり蹴りつけた。あの爆速を生む脚力による蹴りは、頑丈なシリューの肉体を地面へと叩きつけた。

 

「グルッグルルルッ!!」

「ほんとなら首に足を置けば勝ちの判定なんだけど、今のシリューは聞く耳を持たなそうだね」

「グルゥアァァアアッ!!!」

 

 起き上がったシリューは再びクロエへと向かっていく。シリューの猛攻がクロエを襲った。

 

【狂化】が発動していても、まだスピードはクロエの方に分がある。しかし、あの力で打たれたらクロエは一撃で沈んでしまう。

 

 これは短期決戦しか勝ちの目は無さそうだ。クロエが早くケリを付けなければ、シリューがクロエの体力を削りきり、いずれ捕まってしまうだろう。

 

「ああもう疲れるなぁ!」

「グルァアアアッ!!」

 

 このままではマズいと、クロエは跳躍しシリューを蹴ると、その勢いのまま距離をとった。

 

 よろけたシリューは体勢をたてなおすと━━━━

 

「……ん?」

「グルゥ?」

 

 何かが視界に入った。それはシリューも同じだったらしく、勢いよくそちらへと顔を向けた。

 

「ガッ!?」

「え?あれって……」

「………………」

 

 そこにいたのは血まみれのウルフホーンだった。周りを見てみると、先程までいたウルフホーンたちがいなくなっている。変な物音などはしなかったというのに……いったい何があった?

 

「グ…ルゥ……」

「グルルッ!?」

 

【狂化】が発動していても、敵味方の判別はできる。シリューは血まみれのウルフホーンへ駆け寄り傷を舐め始めた。

 

「……ドラン」

「……クロエ、何かマズいことが起きている。気をつけろ」

「そうそう、気をつけねぇと悪いクマさんに食い殺されちまうぞ〜?」

「「っ!?」」

 

 俺の後ろから声が聞こえた。振り向くと、ボロボロになった人間が倒れていた。うめき声が聞こえる……まだ生きているのか!

 

「……クロエ、あの男のそばへ行け。死なないように守るんだ」

「え、でも…」

「……行け。どうやら、コイツは俺の客らしい」

 

 もう一度振り返ると、そこには人間の女がいた。いや、コイツは人間じゃないな。気配は魔物のソレだ。

 

 紫の短髪に黒い肌。かなり露出が高い服……いや、獣になっている身体が、豊満な肉体を包んでいた。頭に小さな丸い耳と、腰に小さな丸いしっぽがあるが、その獰猛な顔のせいで可愛いと思えない。

 

「やっと会えたな……人間」

「……誰だお前?」

「ああ、この姿はお前に見せていなかったな。なら、これならどうかな?」

 

 女が光り、ボンッと軽い爆発を起こした。煙から現れたのは━━━━

 

「グマァアアアアッ!!」

「……おいおい、勘弁してくれ」

 

 姿が少し変わってはいるが、俺のトラウマとなった、森に入った時に襲ってきた大熊だった。

 



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ナイトベア

「……お前だったのか」

「ハッハッハ!まさかオレを覚えていたとはな!」

「……なかなかに印象的な出会いをしたからな」

 

 俺は小心者だったが、今では根性というものを身につけられたと自覚している。

 

 森に入って、早々に命があと一歩で潰えるような経験をしたのだ。命のやり取りを早めに体験すれば嫌でも心臓は太くなる。思えば、よくあそこで迎撃の判断を下せたものだ。

 

 今ではトラウマが呼び起こされて、焦りから冷や汗と心臓の鼓動が止まらないが。

 

「あの時、お前はオレにトドメを刺さなかった……それが聞きたくてよ?来ちまった」

 

 え、そんなことで来たのか。だからってここまでのことをするか?というか、あのボロボロの男は俺のせいでやられてしまった可能性があるぞ?

 

「……刺す必要がなかったからな」

「つまり、オレのことは敵として見てなかったってことか。予想通りだな」

 

 違う!トドメを刺すにも、俺の力が足りなかったんだ!右腕も動かなかったし、変に刺激を与えて復活させたくなかったし。

 

「初めてだったよ。敵としてもみられないなんて、生まれて初めてだったからな。悔しくて悔しくて……気が狂いそうだった。そこで気がついたんだ。オレが弱いから敵として見られない、なら強くなればお前は本気で戦ってくれるんじゃないかってな!」

 

 そう来たか。目をつけられるのではと薄々勘づいていたが、先程の変な勘違いのせいでより悪い方向にいってる!

 

「だからよ、オレは魔物の魔力と人間の魔法力を求めた!なぜか人間が何度も来たからな……おかげで進化するための力はすぐに溜まったよ」

「……人間の魔法力も進化に使えるのか。初耳だな」

「ああ、オレも驚いたよ。人間殺して、癖で心臓抉りだして食ったら魔力が溜まるのと同じ感覚があった。まさかと思ったが、本当に進化に使えるとはな。しかも魔法力を取り込んだおかげか、人型になることもできるようになった!」

 

 魔法力を魔物が取り込んだ例はない。まさか人の姿をとれるようになるとは……!しかも進化をしているときた。これは苦戦を強いられそうだ。

 

 中級中段以上の魔物は進化をすることができる。その条件は2つの種類に分かれており、1つは体を変化させるために必要な魔力を得ること。だいたいはこの条件だけで進化する魔物が多い。

 

 そしてもう1つは、火に包まれながら魔力を摂取するなどの特定の条件を満たすこと。この条件を満たせば特殊な魔物に進化できる。

 例をあげると、リザードマンが腹を空かせ洞窟内に生えていた結晶を食らったことで、クリスタルガーゴイルへと進化したという出来事があった。

 

「グレーターグリズリー、それがオレの元の種族だ。そして、進化した今のオレはナイトベア!オレは強くなったぞ、人間!」

「……上級中段の魔物か」

 

 名乗りは終わったと言うようにナイトベアが駆けた。そして高く跳躍し、俺をその巨体で押し潰してきた。

 

【剛力】【筋骨増強】発動。

 

「ハハッ!」

「……ムンッ!」

 

 ナイトベアを持ち上げると、ヤツは何が面白いのか笑った。そのままぶん投げると、ナイトベアは器用に空中で体勢を立て直し着地した。

 

「相変わらず、人間とは思えない力だな!」

「……スキルの効果だ。これがなければお前を持ち上げることなどできん」

「まあそうだわな!それでも続けるが!」

 

 ナイトベアが突進してくる。それに対し、俺は腕を広げ突進を食らう体勢を作った。

 

「受け止める気か!なら、思いっきり吹き飛ばしてやる!」

 

 ナイトベアの身体をオレンジ色の光が包む。【急加速】、まさかお前も取得していたのか!

 

 弾丸となった巨大な筋肉の塊が、俺へと迫る。当たれば普通の人間ならばバラバラになってしまうだろう。

 

「……フンッ!」

「おお!?」

 

 そう、普通の人間ならば。【スーパーアーマー】【鉄壁】【筋骨増強】がナイトベアの突進を完全に受け止めた。

 

 驚き固まるナイトベアへ、俺は広げていたままだった腕をナイトベアの首へまわし、抱えあげた。ナイトベアは逆さのまま宙に浮かび上がり、俺はそのまま跳躍する。

 

「っ!?ま、まさか!」

 

 俺が何をしようとしているのか理解したナイトベアが暴れ始める。しかし、もう遅い。

 

 地面へと2人で落下し、ナイトベアの頭が地面へと激突する━━━━ことはなかった。

 

「……なにっ!?」

 

 ナイトベアが、先程の人型に姿を変えたのだ。大熊と人間の首の太さは全く違う。ナイトベアが俺の拘束から抜け出し、片手を地面につき勢いを完全に殺すと手の力だけで跳躍し距離をとった。俺だけが地面にしりを打ち、ダメージを負ってしまった。

 

「……形態変化を利用するとはな。戦闘のセンスがズバ抜けている」

「そう言うお前は、呆れるほどに硬いな。あの高度から落ちたってのに腰を痛めすらしないとか……オレよりもバケモンじみてないか?」

「……これもスキルだ。俺はスキルにおんぶにだっこをせがんでるガキさ」

 

 今度はこちらから仕掛けるか。

 

【獣走】を発動し、手と足を使い駆け出した。ナイトベアの5歩手前で跳躍し、【鉄壁】【剛力】【筋骨増強】【倍加】【貯蓄】を発動する。両手を振り上げ、落ちるスピードをのせてナイトベアへと振り下ろした。

 

「……オォオオオッ!!」

「はっ!オレも受け止めてや……お、おお!?」

 

 ナイトベアが腕をクロスさせ、俺の攻撃を受け止めようとした。しかしパワーが違う。俺はナイトベアの腕ごと頭を地面へ叩きつけた。

 

「ガッ!?」

「……ムンッ!フンッ!」

 

 そのまま馬乗りになり、顔へ殴りかかる。ナイトベアは腕でガードしているが、俺の攻撃を防ぎきれずに頭が地面へと埋まっていく。

 

「っ!はあっ!」

「……ムッ!?」

 

 ナイトベアが再び大熊になり、俺の間合いからナイトベアの頭が離れた。その結果、俺の拳は盛大に空振り体勢を崩してしまう。そこへナイトベアの豪腕が振るわれ、とっさに左腕でガードするも俺は()()()()()()()

 

 

 ……吹き飛ばされた?

 

 

「……がはっ!?」

 

 俺は予想だにしなかったことに対応できず、吹き飛ばされた先にあった木に激突。肺の中の空気が抜ける。

 

 ()()身体を起こし、左手を背後の木へかけ立ち上がろうとする。

 

「……ぐっ!?」

 

 左腕に激痛が走り、木へともたれかかった。

 

「ドランっ!?腕がっ!」

 

 クロエの叫び声が聞こえる。痛みに耐えかね目を向けると、そこにはあらぬ方向へ折れている左腕があった。

 



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クロエの覚悟

評価ありがとうございます!

一言コメントができるようにすればよかった……高評価と低評価の理由がわかったのに……せっかくの成長のチャンスがぁぁ。


 俺の腕が……折れた。左腕は満足に動かせず、全身は打ちつけられた痛みが襲っている。

 

「ドランッ!」

「……流石に喰らいすぎたか」

 

【スーパーアーマー】は、相手の攻撃に一切怯まずに行動できるスキル。本でも見たことがないこの凄まじい効果を持つスキルは、1つだけ突破する方法が存在する。

 

 それは、肉体が耐えきれないほどのダメージを蓄積させること。ダメージが溜まりに溜まった肉体は、もう新たなダメージを溜めることができない。

 

 痛みにはかなりの耐性がついているとおもっていたのだが、それが災いして激しい戦いのなかダメージ量を把握しきれていなかった。

 

【剛力】の負荷やあの巨体を殴った衝撃、そしてナイトベアから受けたダメージが溜まりすぎていたらしい。ナイトベアという強敵を前にしているというのに……これはマズい状況だ。

 

「ハア……ハア……フゥ。スキルの防御網をやっと突破できた。どうやらオレに軍配が上がったようだな」

「……他のヤツらのように、俺も食う気か?」

「いいや、お前は食わない。食ったとしても、お前の魔法力の量は少ないからな」

「……っ」

 

 うるさい。それは俺もわかっているんだ。だからここまで努力している……聞きたくないことを聞いてしまった。

 

「オレはな、できればお前を殺したくはないんだ。オレも魔物とはいえ生物だからな……今までこれほど強い雄は見たことがない。だからよ……お前はオレの嫁にする!」

「…………は?」

 

 嫁……?嫁ってあれか?俺の父上と母上のようなあれか?

 

「…………は?」

「もう一度言わなくても……お前にはもう勝ち目は無い。そんで、戦いってのは勝者に全ての権利がある。だからお前はオレの言うことを聞いてもらうぞ」

「……………は?」

「え…まだ言う?だからお前を……」

「……俺がお前に勝てない…だと?」

「あ、そっちね」

 

 確かに、お前も強くなるためにそれはそれは努力をしたのだろう。

 俺よりも……それこそ生まれた時から自然を生き延びてきた生命力は伊達ではないということか。

 

 だがな、俺がここで負けたとしよう。敗北して、お前の嫁とやらになったと仮定しよう。

 

 父上と母上は誰が守る?俺を多忙ななか必死に育ててくれた恩義は?

 それを返せないまま、目指している騎士にもなれずに終わるなど……。

 

「……左腕は使い物にならず、全身打撲…特に受身をとれなかった背中か」

「見たところな。充分に分かっただろ?お前はもう戦えない、オレには勝てないよ」

「…………で?」

「は……?」

 

 足に力を入れて立ち上がる。尋常ではない痛みが襲うが、それがなんだというのだ。

 

「……【スーパーアーマー】が破れ、怪我をした。それを負けの理由にしてしまうようであれば、俺は到底騎士などにはなれない……最後の最後まで戦い抜く。肉体の損傷など、些末な問題だ!」

「……そうか。なら、負けを認めるまで何度でも吹き飛ばしてやる!」

 

【獣走】発動。

 

 俺はナイトベアへと再び走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドランは、なぜあんなにも強い相手に立ち向かえるのだろうか。

 

 ボクには強くなる目的があった。群れでバカにされ続けてきたから、皆を…シリューを見返すために強くなるんだと意気込んでいた。

 

 そのためにドランから特訓を受けていたけれど……いま思えば、人間なのになぜドランはあんなに強くなろうとしたのか。

 

 ドランは話してくれた。魔法力がほとんどないから、周りの人間たちから''なりそこない''と呼ばれ暴力を振るわれていたと。

 

 その時、ボクはなぜか安堵していた。すぐにそんなことを思ったボクを恥じたが、なぜそんなことを思ったのかには思い至った。

 

 ボクと同じような境遇だったから。ボクは仲間がいたと、無意識に思っていたのだろう。

 

 だけど、ドランには夢があった。相手がどれほど強大でも人々を守れる、最強の騎士になるのだと言っていた。

 

 それでも、実際に立ち向かえるかどうかは別の話。敵へ挑むこと、死ぬかもしれない戦いへ赴くことには勇気がいる。生半可な決意では全く足りない、強い勇気が。

 

 ボクとは大違いだ。強くなるためと理由をつけてその実、群れから離れたかった。逃げたかったんだ。

 

 ドランが眩しく見えた。ドランと一緒にいれば、ボクも勇気が貰えるような気がしていた。

 だからボクよりも大きなイノシシと戦うことも出来たし、シリューとの戦いにも挑むことができた。

 

 ボクはドランに貰ってばっかりだ。数え切れないほどの恩がある。

 

 そして今、ドランがピンチだ。腕が折られて、満足に身体を動かすことができていない。

 

 このままだとドランは負けて、夢を諦めざるをえなくなってしまう。そして、あの魔物の……よ、嫁にされてしまう!ボクはもうドランと一緒にいることができなくなってしまう!

 

 あの魔物は怖い。でも、ドランがピンチだ。ボクはドランがいないと何もできないのか?ずっと頼りっぱなしで、ドランのお荷物として生きていくのか?そんなの……嫌だ!

 

 震えはいつの間にか止まっていた。身体が動く。なら、どうする?

 

 ドランがあのナイトベアとかいう魔物に吹き飛ばされた。フラフラとよろけながらも立ち上がり、しかし膝をついてしまう。

 魔物がゆっくりとドランへと迫る。ドランは身体に力が入らないようで、その場から動けずにいた。

 

 それを見て、ボクは駆け出していた。既に覚悟は決まっている。ボクは、これからあの強い魔物へ挑む。

 

 ドランの夢を邪魔するな。ドランの道に立ち塞がるな。ボクは、ドランを助けるんだ!

 

 身体が輝き始める。ボクはナイトベアの前に立ち、ドランを背に守りながら、遠吠えを上げた。

 

 光が収まると……そこにいたボクは、いつものボクではなくなっていた。

 



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決着をつけよう

評価・お気に入り登録ありがとうございます。

よろしければ、評価をつける時は一言コメントをくださると嬉しいです。この作品について、客観的な評価を得られればかなり助かるので。



 みんな聞いてくれ。

 クロエが俺とナイトベアの間に駆け込んできたかと思ったら、光り輝いて少し小柄な少女になってしまったんだ。

 

 俺自身も、何が起こったのか分からない。痛みか何かで幻覚でも見えているのではないかと思ったが、ナイトベアが驚いているところからして現実のようだ。

 

 短めの黒髪には黒い犬耳があり、翠色の瞳と黒いしっぽが特徴の、見方によっては少年とも言えるような容姿だ。

 

 そして際どいところは毛皮で覆っている当たり、ナイトベアと同じように進化したのかもしれない。

 

「……クロエ、なのか?」

「そうだよ。ドランはちょっと休んでてよ。ボクがアイツと戦ってくる」

「……あと20分、耐えれるか?」

「お安い御用さ」

 

 クロエはナイトベアへと近づいていく。俺は近くの木へ背を預けると、身体を楽にした。

 

「お前は……さっきの狼か。まさか進化するとは思わなかった」

「進化……これが進化なんだね。なんで人型になってるのかは疑問だけど」

 

 魔物が人型になるのは魔法力が関係するとナイトベアは言っていたな。

 

 魔物が進化するために必要な魔力は、自然吸収と捕食に別れる。

 

 自然吸収とは、大気にある魔法力と魔力の元である『マナ』を吸収し変換するという方法だ。

 

 使用して減ってしまった魔法力や魔力が、時間がたてば回復する原理がコレだ。俺が魔法力をほとんど有していないのは、魔法力を周囲から吸収し保有できる能力が著しく欠如しているかららしい。

 

 その点、魔物はその吸収率が人間や他の動物と比べてとても高い。周囲の動物からも微弱ながら吸収できるため、活動で消費しても余りある魔力を補給できる。こうして、進化のための魔力は自然と溜まっていくのだ。

 

 おそらく、クロエは元の飼い主や俺と長い間いたせいで、いつの間にか魔法力を吸収していたのだろう。

 

 魔物を飼うという酔狂な見たことも聞いたこともなかったし、実際に数は少ない。それに、飼っているとはいえ魔物と長時間触れ合おうとする人間はいない。

 

「まったく……20分で何が変わるんだ?体力を回復させてもその状態じゃあオレには勝てないぞ」

「さあね。ボクもドランが戦ったところは、狩りとシリューとの戦いしか見たことがない。でも、何かあるからこそボクに任せてくれた……なら、ボクも応えないとね!」

 

 クロエが身体を低くする。ナイトベアもクロエの動向を注視し、すぐに反応できるように構えた。

 

 クロエは構えたナイトベアへ軽く笑うと……消えた。

 

「っ!?」

 

 驚いたナイトベアはすぐさま辺りを見回すと、1本の木の上に巨大な黒狼を見つけた。

 

 大きさは獣形態のナイトベアと同等。その黒い巨体からは考えられないほど澄んだ翠色の瞳がナイトベアを見つめている。

 

「へ〜……大した速さだよ。オレが見えなかったとはね…」

「まあね。スピードはボクの持ち味だってドランも言ってくれたし」

 

 クロエが木を蹴ると、その脚力で木がへし折れた。ナイトベアは近くの木を引き抜くと、空高く跳躍したクロエへ投げる。

 

 クロエは器用に投げられた木を足場にしながらナイトベアへと近づき、そのままの勢いでナイトベアと衝突した。

 

「グマァアアッ!?」

 

 ナイトベアの肩にツノが突き刺さる。苦悶の鳴き声をあげながら、クロエへと剛腕を振るうも軽々と避けられてしまった。

 

「どんなに強い攻撃でも、当たらなければ意味はない。さあさ、ボクに当ててみなよ」

「コイツ……」

 

 クロエが駆け巡る。ナイトベアはそのスピードに完全に翻弄されていた。

 

 時折、クロエがナイトベアへ爪やキバで攻撃しつつ素早く離れる。ヒットアンドアウェイをすることで、自分よりも遅いナイトベアの攻撃をうまく躱していた。

 

(いける。ボクも、ドランの役に立てるんだ!)

 

 ナイトベアの背後に回りこみ、飛びかかる。その爪を伸ばし、突き立てようとしたところで━━━━━━、

 

「調子に乗るなぁ!!」

「ぐあっ!?」

 

 大きく後ろへと腕を振るったナイトベアに叩き落とされてしまった。

 

 勢いよく地面へ打ち伏せられたクロエは、受け身も間に合わずに激突しその衝撃で人間形態へと戻ってしまう。

 

「ゲホッゲホッ!?」

「死角を突こうとするばかり、背後からの攻撃が多い。フェイントもしてこないあたり、まだお前はヒヨコだな」

「ゲホッ!……はあ、やっぱりまだまだ経験不足だったかぁ…」

 

 それだけではないな。クロエは進化したばかり……つまり、大きくなった身体と力にまだ慣れていなかった。

 攻撃に移るまでがいつもより長かったのは、自分も初めて力を使ったことで使い心地に戸惑いがあったのだろう。

 

「さて、これでお前との戦いも終わりだな。アイツをオレのねぐらに連れていくとするか」

「……名前も知らないんだね」

「あ?ああ、確かにそうだな。まあオレも名前なんて無いし、『お前』とかで呼び合えばいいだろ」

「はあ、ダメだねそれじゃあ。名前っていうのは、付けられた側にとってはとても大切なものなんだよ」

「大切?たかが呼び名だろ?」

「それでも大切なんだよ。人間にとっては、親が自分のために悩んで、生まれて初めて与えてくれる特別なものなんだ。ボクのは人間の元飼い主に貰ったものだけど、なかなか気に入ってるんだ」

「へぇ〜……これから死ぬっていうのに、殺そうとしてる敵に助言を送るなんてどうかしてるな」

 

 ナイトベアの言葉にクロエはキョトンとした後、愉快そうに笑った。

 

「ボクは死なないよ。これからやりたいこともいっぱいあるし、ここで死んでなんかいたくない」

「まだやる気か?」

「う〜ん……いや、ボクはもう動けないや。もう立ち上がれもしないし」

「はあ?ならなんだよ、オレに見逃してもらおうとでも思っていたのか?残念だが、オレもかなり傷つけられたからな。見逃す気はさらさらないぞ」

「別に、見逃してもらおうと思ったわけじゃないよ」

 

 クロエがこちらを見て笑いかけた。

 

「20分。ボク、役に立てたよね?」

「……ああ、充分だ」

 

 ナイトベアの背後に立っていた俺は両腕を大きく振り上げた。

 

 ナイトベアが俺の声に気付きこちらへ振り返る。だが、もう遅い。

 

【スーパーアーマー】【鉄壁】【剛力】【筋骨増強】【倍加】【貯蓄】発動。

 

 驚き固まっているナイトベアへ、勢いよく両腕を振り下ろした。ナイトベアは容赦なく地面に叩きつけられ、地面には軽くクレーターができる。

 

 その中心で俺が腕を上げると、そこには地面に半ば埋まり気を失ったナイトベアがあった。

 



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サバイバルの終わり

遅くなりすみません。
活動報告にもあるとおり、受験勉強などで手が回りませんでした……。

何かしら投稿が空く時は、活動報告にてお知らせしますのでそちらの確認もよろしくお願いします。


 ナイトベアとの戦いが終わり、夜明けが迫ってきた。

 

 オレはねぐらへと戻り、傷だらけの男のために薬草を採取し、砕いて傷口に当てている。

 

 染みるだろうが、この森の中ではこれが1番の応急手当だ。

 

「う……誰だかは知らんが、感謝するぞ……」

「……いえ、気にしないでください」

「だが…あの怪物を倒し、私の命を長らえさせているのだ……その功績は大きいぞ…」

「……貴方は?」

「私の名は……アライワ・オーダム。マヌカンドラ帝国の…男爵だ……お前は?」

「……私の名はドラングル・エンドリー。マヌカンドラ帝国の小貴族、エンドリー家の跡継ぎです」

 

 アライワ男爵は俺の返答に目を見開いたあと、ゆっくりと目を閉じて大きく息を吐いた。

 

 おそらく俺が''なりそこない''だということを知っているのだろう。そんな奴に助けられたのは屈辱なのかもしれない。

 

「そうか…お前が……まあいい。もはや怒る気力も無い……今までのことは水に流す。私の兵どもが全くかなわなかった魔物をも倒すその力……私に向けられたくはないからな…」

「……?はい」

 

 怒る?俺は何もした覚えは無いのだが……それに、無闇に力を振るうことなどしないし。

 

「……傷があるていど癒えたら、背中に背負います。そのままギアルトリアへと向かいます」

「ああ……ここには馬車もない。それだけでも充分助かる……」

 

 ふつう、このような提案は却下されるのがオチなのだが……心身ともに参っているのか、受け入れられたな。

 

「……薬草の減りが早い。少し待っていてください。また採ってきます」

「頼んだ……」

 

 立ち上がり、川へと向かう。薬草は綺麗な水の近くによく生えている。

 

 この森の中では唯一の水源は川しかないので、木々や地面の浄水能力が全てそれ一つに集中しているためここの川はとても綺麗だ。

 

「……ん?」

 

 川のそばに人影があった。ピコピコと動く頭の耳……どうやらクロエが背を丸くして座っているようだ。

 

「……クロエ?」

「あ…ドラン」

 

 クロエの隣に腰かけると、2人で静かに川を眺めた。

 しばらくすると、クロエは俺に向き直り、真剣な表情で口を開いた。

 

「ドランは……この後は街に帰るんだよね?」

「……そうだ。父上と母上が待っている…このボロボロの姿を見られたら怒られそうだな」

「……そっか」

 

 クロエは少し俺から視線を外すと、身体ごと俺へ向き直った。

 

「ねえ、ドラン。その……ボクもついて行ったらダメ…かな?」

「……お前は群れの奴らを見返すために、特訓していたんだろ?」

「うん……それはもう達成したんだけど……群れはもう無いも同然になっちゃったし…」

 

 あのナイトベア、俺と戦うためにほとんどのホーンウルフをぶっ飛ばして追い払ったらしい。

 そのせいで未だに群れはバラバラで、機能もほとんどしていないという。今はシリューが必死に仲間たちを探し回っている。

 

「それに…やっぱりさ、ドランと離れるのは……嫌なんだよね」

 

 その言葉を聞いた時、言いようのない感情が沸いた。

 俺が、クロエを寝かせていた時に抑えていた寂しさが、一気に安堵と嬉しさがごっちゃ混ぜになったような感情に変わったという感じだ。

 

「……昼頃に森を出る。準備があれば済ましておけ」

「…っ!うん!」

 

 先程までの様子が嘘のように、飛び跳ねながら走っていった。群れの住処があった方向だ。おそらく、シリューに一言残して行くつもりだろう。

 

 さて…と。

 

「……そろそろ出てこい」

「…あ〜あ、バレてたか」

 

 木の裏から姿を現したのは、いつの間にやら復活していたナイトベア。

 姿が見えなくなった時は本当に焦ったが、殺気も立てずに下手くそな尾行してきたからすぐに安心できた。

 

「……あんなに肩や腕がはみ出てたらバカでも気付く」

「あっちゃ〜…慣れないことはするもんじゃないな」

 

 どっかりと俺の横に座ったナイトベアは、川の水を手でパチャパチャと飛沫を立てながら俺に問いかけた。

 

「なんで、オレを殺さなかった?」

「……余力が無かったからだ」

「嘘なんかつくなよ。オレが付けた傷やダメージ、全部無くなってたろ」

「……そうだ。【自動回復】、1時間でどんな怪我もダメージも回復するというスキルだ」

「なんだよソレ、強すぎだろ」

「……このスキルがなかったら俺たちの方が負けてたよ。お前の方がおかしいだろ、なんだその強さ」

「へへへ、お前を倒すためにずっと鍛えてたからな。魔力を集めるために他の魔物とも戦ったし……と、話が逸れたな。それで、答えは?」

 

 命を狙ってきたのだから、普通であれば殺す……それが当然だ。だが、俺はコイツを殺さなかった……。

 

「……お前との戦いは、確かに俺たちが勝った。だが、俺はお前に負けたんだ。そんな俺が、お前の命を奪う資格は無い」

「へぇ、変なとこで気を回すんだな」

「……それに、お前との戦いは存外楽しかった。今まで、楽しいと思えたことはほとんど無かったからな……数少ない楽しみを、奪ってくれるなよ」

「……ハハッ!そうか、俺との死合は楽しかったか!なら、オレの努力も報われたよ。前回は相手にもされなかったからな!」

 

 実際は違うんだけどなぁ。

 

「……で、お前はなんで俺をつけてたんだ?」

「ああ、お前がなんでオレを殺さなかったのかと気になってたからな……そういえばお前、この森から出ていくんだって?」

「……ああ」

「なら、オレも連れてってくれよ」

「……なに?」

「この森から出たら、お前はオレと戦うっていう楽しみもできなくなる。オレも、いつかお前にリベンジしたいしな。なら、お前について行こうって思ったんだ」

「………………」

「なあ、いいだろぉ?あの……クロエ、だっけ?もいいなら、オレも連れてってくれよぉ」

「……魔力を奪うといった行為、殺しとかもできなくなるぞ」

「おおう、勘が鈍くなりそうだな……まあいいや」

「……なら、俺から言うことは無い。好きにしろ」

「ホントか!?やったぜ」

 

 ガッツポーズをとるナイトベアを尻目に、黙々と薬草を採取する。さっきまで2人のことで忘れていたとか、そんなことは無い。無いったら無いのだ。

 

 

 

 

 

 

「ヒイッ!?な、なんで貴様がそこにいるのだ!!」

「……あ〜…そういえば傷つけた張本人だったな……」

 

 これは説得に時間がかかりそうだ。

 



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歓迎パーティ

何かしらお知らせがある時は活動報告を上げます。質問等も受け付けます。


 さて、どこから話したものか。

 

 とりあえず、俺たちは無事にギアルトリアに帰ることが出来た。

 

 オーダム殿を屋敷へと送り届けた時には、ボロボロの格好をした俺が男爵様を抱えていたもんだからあらぬ誤解を招きそうになった。

 

 仕方ないよな、主人が汚らしい男に背負われているんだから。

 

 そこへナイトベアの殺気が放たれたもんだからさあ大変。オーダム殿の屋敷から武装した人々が出てきて囲まれるという事態になってしまった。

 

 他ならぬオーダム殿の言葉で事なきを得たが、危うくナイトベアによる大殺戮が起きるところだった。

 

 敵意を持つ相手に殺気を出すのはやめて欲しいものだ。ナイトベアは上級中段の魔物、素人であれば殺気だけでも失神してしまうほどの重圧があるのだから。

 

 その後は、エンドリー家の屋敷へと真っ直ぐ帰った。久しぶりの我が家に少し心が揺れ、目頭が熱くなったな。

 

 父上と母上が俺の姿を見た瞬間に抱きしめてきたのは予想外だった。川での水浴びがあったとはいえ、こんなにボロボロの俺に躊躇なく接近してくるとは思わなかったぞ。

 

 そこまで心配をかけていたこと。反省しなければな……騎士は、守るべきものを不安にさせてはならないのだ。

 

 必ず勝ち、必ず生き残り、必ず守る。

 

 それが、俺が目指す騎士の姿。世の地獄から見出した理想なのだ。

 

 

 

 さて、先刻のおさらい兼現実逃避はこのぐらいにしておこう。

 

 俺の目の前にはニッコニコの2人と大量の料理。使用人たちは未だに料理を運んできており、かなり忙しそうだ。

 

 無論、満面の笑みを浮かべているのは俺の両親。

 

 仕事の際は厳しい、しかし家族と触れ合う時は甘々な父上。黒髪黒目の典型的な貴族の容姿だ。

 

 ふわふわとした柔らかい雰囲気で周囲を癒す母上。魔法力の所有量が多いため、金髪なのが特徴だ。俺も金髪なのは母上の遺伝……所有量が低いのはなぜなのだろうか。

 

「ドラングル、よく無事に戻ってきてくれたな。私は嬉しいよ」

「あなた、久しぶりの会食なのですから泣かないでください。湿っぽくなってしまうわ」

「どの口が言うのだ、そういうお前も涙を流しているだろうに」

「あらイヤだわ、わたくしったら」

 

 俺に鉄仮面を教えてくれた時の父上は影も形もない。母上も笑顔のまま涙を流すとは、本当に俺の事を大事に思ってくれているんだな……。

 

「そういえば、なかなか引き締まっている顔をしているじゃないか。良い経験を得たのだな」

「ええ、身体の方も出ていった時よりも細……くはなってないわね。筋肉がついて、逞しくなっているわ」

「……森に着いた時にトラブルがあったからな。何もかも無くして、サバイバルをするしかなかった……自然に身を置けば、こうもなるさ」

 

 贅肉など無い、自然の中で鍛え上げられた肉体。森に出る前の鍛錬を再び始めれば、さらなる強度を手に入れることだろう。

 

 食堂の扉がノックされた。入ってきたのは執事長のスティーブ。長い間エンドリー家に仕えており、歳のせいかたまにボケ始めるのが難点だ。

 

「失礼致します。クロエ様とカムイ様をお連れしました」

 

 スティーブと共に入ってきたのは、蒼いドレスを着たクロエと薄紫のドレスを着たナイトベアだった……ん?

 

「どう?似合うかな、このドレス」

「こんな動きにくいもん、人間はよく着れるな。今すぐにでも引き裂きたいくらいだ」

「……やめてくれ。2人とも似合っているぞ。それにしても……カムイ?お前、ネームドだったのか?」

「いやぁ、種族名だと何かと不便だからってクロエがつけてくれてさ」

「えっへん!ボクのネーミングセンスがバッチリと輝いたね!」

「……そうか、いい名を貰ったな」

「おう!」

 

 確かに、街中でナイトベアなどと呼べないしな。しかし、コイツがネームドになったことで、さらに強さを増したことに気づけていないようだ。

 

 どんどん手がつけられなくなっていくなぁ、お前は。

 

「さあ、座ってくれ」

「ぜひドラングルの様子を聞かせてもらいたいわ」

「はいっ!」

「あい」

 

 2人は返事をすると、俺の両隣の席を確保した。おいおい、これでも貴族だぞ。そんなことしたらいくら温厚な両親でも……。

 

「うむうむ、エンドリー家の未来は安泰だな」

「あらあら、うふふ」

「……ダメだニコニコしてる」

 

 なんでこんな簡単に受け入れてるんだか。ボロボロの息子が2人の女を連れてきたとか、普通は発狂もんだぞ。

 

「さて、まずは自己紹介といこうか」

「では、わたくしからしますね。わたくしはミーティア・エンドリー。ドラングルの母です」

「私はロブ・エンドリーだ。エンドリー家の当主を担っている。どうやらドラングルが世話になったようだな」

「あ、ええと、ボクはクロエって言います!ドランには、逆にお世話になったっていうか……鍛えてもらったっていうか…」

「オレはカムイだ。さっきクロエにつけてもらったばっかの名前だけどな。ドラングルには世話になったと言うよりも、殺しあった仲って感じだな」

「ああ、君たちが魔物だということも聞いているとも。だが、ドラングルがそばに置いているんだ……私たちは君たちを歓迎するよ」

 

 ……まったく、貴族らしくない。たとえ一時は敵だったとしても、この2人は信じるということに余念を持たないんだ。

 

 裏切られる可能性なんて微塵も考えたりしない……純粋な人種だ。

 

 危ういとはわかっている……それでも、2人にはこのままでいて欲しい。あらゆる悪意を浴びてきたからこそ、その眩しさに救われてきた。この2人は、死んでも守る……。

 

「さあ、楽しいパーティを始めるとしようか」

「森でのこと、私たちにお話してくださいな」

 

 俺の帰還祝い、そしてクロエとカムイを歓迎するためのパーティが始まったのだった。




友人から、タイトルに違和感あると言われたので、アンケート取ります。期限は5日の日曜日までの予定です。
よろしければ投票お願いします。


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キケンな魔闘会編
魔闘会への誘い


お待たせしました〜。
お気に入り登録ありがとうございます。
これからもこの作品をよろしく……。


 広い、しかし貴族のものとしては小さめの庭で、俺は1人考え事をしていた。

 

 パーティが終わった次の日から、クロエやカムイを交えて森へ行く前の鍛錬を再開した。

 

 サバイバルによって筋力もスタミナもついた俺は、重りや回数をグレードアップし、【自動回復】によって何時間もぶっ通しでトレーニングできるようになっていた。

 

 おそらく一日中、休みなしで続けることはできるだろう。しかし、それだけはダメだと両親から強く禁止された。

 

 スキルがあるとはいえ、やはり心配してくれているのだ。

 

 ちなみにクロエとカムイにも同じようなトレーニングをさせてみたが、【自動回復】を持っていないせいで1時間あたりで潰れてしまった。

 

 できれば【自動回復】を持たせてやりたいが、そのためには全身に傷を作り、何度も何度も治療しなければいけない。

 

 さすがにそれは酷だろう。2人には別の……そうだな、長所を磨きつつ基礎能力を上げていく方針にしよう。

 

「……まったく、クロエはともかくカムイは今の俺よりも強いというのに。なぜ俺がメニューを考えなければならないんだ……」

 

 俺は立ち上がると、父上に買ってもらった上質な大剣を手に取り、素振りを始めた。

 

 今までこれといった武器を使っていなかったため、父上は様々な武器を購入してくれた。俺に合う武器は何か、その日のうちに試してわかったことがある。

 

 まずはスキルとの相性。俺は自身の力を高めるスキルを数多く持っているために、レイピアなどの細剣やロングソードなどの片手剣では強度が足りなかった。全力で振ってしまうとヒビが入り折れてしまう。

 

 俺の力に耐えられるような武器は大剣や大槌などの大きな武器に限られる。それでもトレーニング中に折れてしまうことがあるが、まだマシだ。

 

 それにしても、魔法が主流であるこの世界でよくこんな武器を見つけてくれたものだ。剣などの武器は少々たしなむ程度が普通。その分、力がないと扱えない大きな武器はその数と生産場所が圧倒的に少ない。

 

 俺のために探し出してくれた父上には、感謝してもしきれないな。

 

 俺は素振りをしながら少しずつ体勢を変えていき……スキル『獣走』を発動。庭の隅にある木へ迫り全力で大剣を振り下ろした。

 

「おっと!?」

 

 木が真っ二つに裂け、しかしその切っ先は潜んでいた者には届かず手前を通り過ぎた。牽制のつもりで放ったために当てはしなかったが、フードを被った侵入者は驚いた様子で後ろへ跳び下がった。

 

 かなり上手く気配を殺していたが、自然に身を置き五感を鍛えた俺にとっては、人間の隠密などお遊びだ。せめて草葉の匂いを染み込ませ、背の高い草むらに姿を隠さなければ意味はない。

 

「……何者だ。敵意を感じなかったが故に斬りつけはしなかったが……返答によってはこのまま斬り殺す」

 

 騎士団ですら戦闘は魔法一辺倒。戦争も魔法の撃ち合いのこの時代。その例に漏れず、細い身体と背に負う豪華な紅い杖。スキルも相まって身体能力は確実にこちらの方が上だ。

 

「……下手なことは考えるな。背の杖を取る、またはその手をかざそうとしてみろ。その前に俺の剣が貴様の首を落とすことになるぞ」

「ははは……まさか見破られた挙句、こうも追い詰められてしまうとは、私もまだまだということか」

「……余計なことを話すな。質問に答えろ」

「ああすまない。今日来たのはキミに良い知らせを持ってきたからなんだ」

 

 突如、背後に熱を感じた。すぐさま振り向きざまに大剣を振るうと、迫っていた中級炎魔法『ブレイズ』を両断した。そして侵入者へと剣を振ろうとするが、すでに俺の眼前に杖が突きつけられていた。

 

「死にかけになっていたあの時とは見違えたよ。だが、まだ詰めが甘いな」

 

 フードを脱ぐと、中から美しい紅色の髪が溢れ出し、凛々しい笑顔が姿を現す。帝国一の騎士団長、ヘレン・クリスティーヌ様その人だった。

 

「……申し訳ありません。このような無礼、弁解のしようもございません」

「いや、気配を隠し近づいたのは私だ。非は私にある。当主には連絡を入れていたのだが、森でのことを聞いてね。鍛錬中だと聞いていたものだから見てみたかったんだ。まさか看破されて窮地に陥るとは思ってもみなかったよ」

「……いえ、この身はまだまだ未熟。現に一瞬で攻守が反転しました。貴女様へ追いつくには未だ時間がかかりそうです」

「ははは!そう謙遜するな。魔法を使わずに私を追い詰めたのはキミが初めてだ。私に追いつくと宣ったのもキミが初めて……私はこれ以上ないほどにキミに期待している。これからも精進してくれ」

「……はっ!ありがたきお言葉にございます。ところで、さきほど仰っていた良い知らせとは…?」

 

 クリスティーヌ様は杖を背に戻し、焦らすように言葉を紡いだ。

 

「いや、私も忙しくてな。あの事件の後も事後処理などに追われていたのだ」

「……はあ…」

「それでやっと、つい先日王に報告の機会ができてな。キミのことも進言してみたのだ」

「……それは、ありがとうございます」

「ああ……それで、魔法を使えない者を騎士団に入れるわけにはいかないという話になったのだが……男爵の1人が進言してな。魔物を打ち倒し、自分の命を救ってくれたのだと。故に5日後、キミにはギアルトリア魔闘会に出場してもらう」

「……魔闘会ですか」

「そうだ。大会で良い戦いができれば、騎士としての教養を積ませヨルン騎士団に入れるという話になった。できればそのようなこともさせずに騎士にさせたかったのだが……」

「……いえ、これだけでもこの上なく嬉しいです。''なりそこない''と呼ばれる、魔法も使えない者にチャンスを与えてくれた、ありがたい限りです」

「そうか……大会出場者もかなりの手練たちだ。残りの日にちは、充分に準備するといい」

「……はっ。我が全身全霊をもって、期待に応えてみせます」

「うむ。その時を楽しみにしているよ。では、さらばだ」

 

 クリスティーヌ様は再びフードを被り、庭から出ていった。

 

 ギアルトリア魔闘会……この首都ギアルトリアで開かれる、マヌカンドラ帝国中から集めた強者を闘わせる大会だ。優勝すれば、騎士団長へ挑戦することができる。これに勝利すれば、帝国一の強者と名乗ることが許されるのだ。

 

 それに、ヨルン騎士団とはクリスティーヌ騎士団と並ぶ帝国の二大騎士団の一角。入ることができれば、素晴らしい経験を得られるだろう。

 

 俺のような''なりそこない''に、このような機会を与えてくださったクリスティーヌ様には感謝してもしきれない。

 

「……5日後か。魔法も使えない俺が良い戦績を出せば、父上と母上も喜んでくれるだろうか」

 

 せっかくの闘いの機会だ。存分に暴れるとしよう。




期間が空きがちですが、ちゃんと投稿はしていきますで(´・ω・`)


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クマさんのリベンジ

お待たせです。ゆらぎ荘の帝王様の方をメインに、こちらもちょくちょく更新していきます。その他はたまに更新。


「━━━というわけで、俺はギアルトリア魔闘会に出場することになった」

「ドランっ!ボクも出たい!」

「オレもオレも!」

「……ダメだ」

「「ええ〜!?」」

 

 クリスティーヌ様がお帰りになられた後、鍛錬に混ざってきたクロエとカムイに魔闘会のことを話した。

 予想通り戦闘狂のカムイは出たいと言い出したが……クロエも言うとは意外だな。

 

「……クロエはなぜ出たいんだ?」

「オレは━━」

「……お前は予想がつく」

「え〜?聞いてくんないのかよー」

「……予想がつくと言っただろう。クロエ、よくよく考えると今も鍛錬をしている理由はなんだ?もうお前の目的は果たされた……これ以上強くなる必要も無いだろう?」

「ええと……単純に、ドランとカムイが修行してるなかボクだけ何もしないのが嫌なんだ。それに強くなったら、カムイをドランから引きはがせるし」

「おい待て最後!オレを引きはがすってどういうことだよ!」

「キミはいっつもドランに引っ付いては戦おう戦おうと叫ぶじゃないか!そんなの見てられない!」

「仕方ないじゃないか!森での一件以来、まだ1度も戦えてないんだ!」

 

 躍起になって言い争う二人。確かに俺はまだカムイと戦っていない。あの森での一件からそこまで期間が空いてる訳でもないし、力を伸ばせたと実感できていない状態で戦うのは一つも利益を生まない。

 

 ただ同じように戦い同じように負ける。そんな惰性溢れる戦いなどカムイは満足しないだろうし、俺だって納得のいかない敗北を刻むことになってしまう。

 

 互いに利のない戦いをしているほど暇じゃない。

 

「……何はともあれ、お前たちが参加するのはダメだろう。魔物が人間の大会に出場するなんて前代未聞だぞ」

「前代未聞なら出てもいいだろ〜?前例がないならダメな理由もないじゃないか」

「……俺の両親としか接していないから忘れているようだな。本来、魔物とは人間の敵というのが常識だ。こうやってお前たちが過ごせているのは、屋敷の人間がお前たちのことを外に漏らしていないからだ。騎士団出動の大事なんだぞ」

「………………」

 

 カムイが黙った。おそらく何度も人間と戦った経験があるのだろう。その際に、自らに向けられた敵意と殺意。自分たちがどう思われていたのかを悟るには十分。

 

「……わかったな。隠れて過ごすのは息苦しいと思うが、そこは我慢を……」

「ねえねえドラン」

「……なんだ」

 

 俺の話を遮り、クロエが口を挟んできた。そこ顔にはカムイのような苦々しいものではなく、純粋に不思議に思っている表情だった。

 

「あのさ、愛玩の契約をすればいいんじゃないかな?」

「愛玩の契約?」

「……魔物を飼う際に、術式が彫られたアクセサリーを与え、飼い主の命令を聞かせるようにする儀式の一種だ。そういえば、お前は人間に育てられたんだったな」

「うん」

 

 しかし、大丈夫なのだろうか。愛玩の契約は人間が魔物を制御する(・・・・)ためのもの。魔物側からしたら屈辱以外の何物でもない。それの、クロエは一度捨てられている。当時の飼い主ともこの契約は結んでいたはずだ。

 

「……ドランが何を思っているのかは想像つくよ。でも……ボクは大丈夫。二回目だし、キミの言う…上級?の魔物のボクたちなら抗うこともできるだろうし。なにより、ドランとなら…契約してもいい」

「……そうか。そうだな、あの簡易術式程度で上級の魔物を縛れるほどの力は無いだろうし、お前の信頼を受け取るべきだな……カムイはどうだ」

「ん〜……オレはさ、今まで戦いを繰り返してきた。立場・縄張り、その全てを力で示してきた。だからさ、お前とまた戦わせてくれよ。それで勝ったら、オレはその愛玩の契約とやらを受ける。これだけは譲れない」

「……なら四の五の言っている暇はないな」

「お、てことは?」

「……外に行くぞ」

「ヤッホオッ!やっとリベンジできる!」

 

 カムイは飛び上がって喜ぶと窓を開けて飛び降りて行った。俺とクロエは

 苦笑いしながら、外へと向かった。

 

 

 

 

「遅いぞドラン!」

「……お前までその呼び方か。まあいい」

 

 庭の片隅で、大剣を構えた俺とカムイが向かい合っていた。

 

 周囲に互いを遮れるようなものはない。つまり、純粋に力と技術のぶつけ合いになるということだ。まともにぶつかると、カムイの馬鹿力で【スーパーアーマー】を破られてしまう。被弾を最小限にして……そうだな、クロエのようにとはいかないが一撃離脱でいけば……。

 

 そう考えていると、急にカムイが地を蹴り飛びかかってきた。そのスピードは、クロエがまだブラックホーンウルフだったころと遜色ないほどのもの。

 

 自然の中ではルールなど存在しない。相手を倒すためならばどんなことも許される。俺が動かなければ、カムイは痺れを切らして突っ込んでくることは容易に想像できた。

 

「カアッ!」

 

 カムイは空中で腕を大きく振ることで回転し、俺の頭へと蹴りを放った。俺は姿勢を低くして躱すと、カウンターとして大剣を下から掬い上げるように振り上げる。しかし、カムイは大剣の腹を手で叩き左へと軌道を変えた。

 

「……むぅ」

「隙ありぃ!」

 

 大剣の腹を叩いたことでもう一度回転したカムイは、ガラ空きになった右の横っ腹に回し蹴りを叩き込んだ。

 

【スーパーアーマー】で耐え、大剣から右手を離しカムイの足を掴む。そのまま地面へ叩きつけようとするが、カムイは大熊の姿へ変身し、俺を押し潰そうとのしかかってきた。

 

【鉄壁】【筋骨増強】発動。

 

 カムイの下敷きになってしまうが、咄嗟にスキルを発動することでダメージを抑えた。

 

【剛力】【倍加】【貯蓄】発動。

 

 さらに三つのスキルを発動し、カムイの巨体を左手で少し持ち上げる。そして、空いた右手に全力を込めてカムイの腹を殴りつけた。

 

「グオォォッ!」

 

 生物は腹が弱い。内臓が密集し柔らかい部分だからだ。しかし、流石は上級の魔物ナイトベア。吹き飛びはすれど空中で体勢を立て直し着地した。

 

「…………」

 

 ダメージが大きい。鍛錬はカムイの力を伸ばし、その威力は以前よりも大きい。こうなったら……やるしかないか。

 

「……カムイ」

「話は後にしてくれ。戦いの最中なんだ……腹の」

「そっち!?」

「……流石にこれ以上戦うと【スーパーアーマー】が剥がれる。怪我を負うと両親が騒いでしまうからな……これで終わりにする」

 

【獣走】を発動。押しつぶされた際に落とした大剣を拾い上げ、一息にカムイへと迫ると高く跳躍した。

 

 発動するのは【スーパーアーマー】【鉄壁】【剛力】【筋骨増強】【倍加】【貯蓄】……そして【痛撃】。

 

「……これに耐えたら、お前の勝ちだ、カムイ!」

「へっ!なら、もろともに吹き飛ばしてやる!」

 

 カムイの体が数度光る。あれは、【急加速】【剛力】【筋骨増強】か!

 

「……オォォオオオッ!!」

「グルォオオオオッ!!」

 

 重力を乗せた全力の一撃と、カムイの巨体による砲弾のような跳躍。

 

 互いがぶつかり合い、凄まじい轟音が響く。競り勝ったのは……。

 

「……すまない父上。また剣をダメにしてしまった」

「…ォ…ォォ……」

 

 俺だ。カムイはひっくり返り、微かに震えた後に動かなくなった。



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愛玩の契約

ゆらぎ荘の帝王様の方を投稿しまくっていたので遅くなりました。こちらもちょくちょく更新。


 帝都ギアルトリアは塀で囲まれており、オーファン教の聖書に記される方角の四精霊にちなんだ名を持つ門が設けられている。

 

 北を治め、戦いを司る闘霊ノーレス。北門はノーレス門と名付けられ、軍部への入口となっている。

 

 東を治め、豊穣を司る地霊イアスト。

 東門はイアスト門と名付けられ、居住区への入口となっている。

 

 西を治め、権力を司る雷霊ウェウス。

 西門はウェウス門と名付けられ、特別区への入口となっている。

 

 南を治め、富を司る闇霊サウメス。

 南門はサウメス門と名付けられ、商業区への入口となっている。

 

 全ての区は繋がっておらず、中心に位置するギアルトリア城からのみ道が作られている。無論、主城を経由することなどできるはずもなく、他の区へ行くためには一度帝都から出て、門を利用するしかない。

 

 俺はクロエとカムイに愛玩の契約を施してもらうために、獣の姿となった二人と共に商業区へと向かっていた。

 

「わっ……」

「ヒィッ…」

 

 人一人よりもさらに大きい魔物。それが二体ともなると、高位の魔法を操る特別区の人間も恐怖を禁じえないだろう。もしどちらも上級の魔物だと知れば、どんな顔をするのだろうか。

 

「……ダメだな。まだ少し、記憶が邪な感情を湧かせてくる…」

「ドラン、大丈夫?顔色が悪いよ」

「……問題ない。さっさと行こう」

「強い魔法力を持つ人間がいっぱい……なあ、ちょっとだけ…」

「……ダメだ。まだ契約を交わしてもいないのに、騒動を起こしてられん」

 

 視線をなるべく気にしないようにしながら、しかし堂々と歩く。やがてウェウス門に着き、門番に商業区へ向かう旨を伝えた。

 こうして伝えなければ、勝手に区を出たとして罰せられてしまうため仕方ないことなのだが、俺の後ろ…クロエたちの方を見ながらビクビクとしていたのには申し訳なくなってしまう。

 

 門番を勤める者は総じて強い。そのためにカムイが興奮した様子でジッと見てくるのは誰であろうと恐怖する。俺だって恐怖を感じる。

 

 門を出ると、整備された道を歩きながらサウメス門へと向かった。道中でも俺たちは注目を集めた。

 立ち止まり、驚きの表情のまま固まる者。馬車から身を乗り出し、危うく落ちそうになる者。魔道具制作に使う魔力のこもった石『魔石』を落とし爆発する者。

 

 クロエとカムイを毎日見ている俺からすれば、何をそんなに驚くのかと考えそうになってしまう。しかし、これが普通の反応なのだ。上級の魔物などとてもお目にかかれない、見た時には死が確定するとまで言われているのだから。

 

「ボクたち、すっごい見られてる」

「うっとおしいなぁ……食っていいか?」

「……ダメに決まってるだろう。サウメス門が見えてきた、もう少しで着くぞ」

 

 巨大な門を潜り、商業区へ入ってすぐ横に愛玩の契約の店があった。魔物が暴れた時のために、なるべく門側で行った方が危険が少ないからだろう。

 

 店の扉は魔物の出入りを想定してか大きく頑丈そうな作りをしている。店員であろう屈強な男たちが数人がかりで押し開け、俺はクロエとカムイを連れて中へと入っていった。

 

「おい!そこのゲージを奥へと寄せろ!」

「肉は与えたか!?魔物は慎重に扱わねぇと暴れちまうぞ!」

 

 外には聞こえなかったものの、中はかなり騒がしかった。見回してみると、複数の魔物がゲージに入れられており、どうやら商品として管理されているようだ。

 

「ふぅ……ん?」

 

 少々小太りな男がこちらに気づき、駆け足で寄ってくる。男は俺たちの前で一度お辞儀をすると、手を揉みながら明るい笑顔を作った。

 

「いらっしゃいませ!当店のご利用は初めてでしょうか」

「……ああ」

「そうですかそうですか!ここは魔物に愛玩の契約というものを付与し、売買する魔物屋でございます!店名はヨクナカ、そしてワタクシは店長のカギ・セカネ。どうぞよろしくお願いします」

 

 男は少しばかり早口で説明すると、クロエとカムイをジロジロと見始めた。

 

「今回はそちらの魔物を売っていただくご予定でしょうか?それならばかなりの大金を用意致します!」

「……いいや、今回は愛玩の契約のみさせてもらう」

「ほほう、愛玩の契約……ファッ!?」

 

 俺がそう答えると、セカネは飛び上がり店員たちは俺たちを取り囲んだ。

 

「……なんのマネだ」

「そ…そりゃあ、そんな強力な魔物たちを愛玩の契約もしていないなど!暴れでもしたらここら一帯が更地になりますからね!」

「どうするドラン。オレはやってもいいけど」

「……いや、大丈夫だ。お前たちが暴れるかもしれないと思ってるなら、俺に懐いていると証明すればいいんだ」

「ふふふ、それならボク得意だよ」

 

 クロエが俺に身体を擦りつけてくる。おおう、モッフモフ。頭を撫でてやるとシッポをパタパタとする様は上級の魔物にはとても見えない。

 

『………………』

「え、オレ?」

 

 クロエから目を離した店員たちはカムイへと目を向ける。カムイは戸惑いながら、どうするべきか考えた。

 

(ヤバい、懐くってどうすりゃいいんだ?媚びるみたいなものか?クロエのはマーキングみたいなもんだし、こんな他の奴らの前でやるもんじゃねーだろ。匂いつけて、自分のいない時に他のメスを寄り付かせないようにやるんだぞソレ。でもオレがドランから離れるってそうそう無いし別に他のことでも)

「……カムイ」

「っ!?な、なんだドラン!?」

「……おいで」

 

 何か葛藤しているカムイへ、俺は空いている左手を広げる。カムイは一瞬硬直すると、俺へとのしかかりながら手に頭を擦り付けてきた。ふむふむ、こちらは程よくフワフワだな。

 

「……どうやらかなり懐いておられる様子。わかりました、こちらもあなたを信じましょう」

「……では、愛玩の契約を」

「ええ、しますよ。ではこちらへどうぞ」

 

 緊張した空気の中、奥の部屋へと通される。部屋の中心には大きな魔法陣が描かれており、周囲には契約用のアクセサリーが積まれてあった。

 

「まずはアクセサリーですな。しかし、これほどの大きさですと首輪や腕輪に限定されてしまいますが……」

「……どれがいい?」

 

 クロエとカムイはガサガサとアクセサリーを漁ると、クロエは首輪、カムイは腕輪を俺に渡した。

 

「……これをもらおう」

「ううむ…承知しました。では契約に移ります」

 

 セカネが、魔法力を液体にした魔法液の入った瓶を取り出し、蓋を開け中身を魔法陣へと振り撒いた。

 

 魔法液に反応した魔法陣が光り輝き、一定の感覚で点滅し始める。

 

「これで準備は完了です。アクセサリーも含め、全てを中へ」

「……どちらも?」

「はい。契約に一体ずつということも無く、スムーズに行えます」

 

 クロエとカムイが魔法陣にのる。すると点滅していた魔法陣はよりいっそう輝き始め、すぐさまおさまった。

 

 クロエとカムイには何も変わったところはない。しかし、持っていたアクセサリーには文字が書かれていた。

 

『愛玩:ドラングル・エンドリー』

 

 飼い主の名前が書かれるのか。まあこれで契約は終了だな。

 

「では、代金を頂きますので入口近くにいる受付へお声掛けください」

「……ああ」

 

 代金を渡すと、俺たちは屋敷へと帰って行ったのだった。



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武器探しも楽じゃない

 鍛錬を続け、クロエやカムイと手合わせする日々を送り、大会まであと三日。

 

 俺は久しぶりに父上と共に外出していた。行先は商業区、俺の武器を購入するのが目的だ。

 

「こうして二人で歩くのは久しぶりだな、ドラン」

「……はい。父上と並んで、何気ない会話をするのはとても楽しいです」

「なら、その鉄仮面を外してくれてもいいんじゃないか?教えたのは私だが、今ぐらいいいじゃないか」

「……いえ、これが私の顔です。周囲に圧もかけられますし、慣れていたとはいえまた街中で攻撃は受けたくないですから。もし外すとしたら、どうにもならない時ぐらいですかね」

「そうか……」

 

 父上が路地裏へと入っていく。俺が使う大剣などはとても珍しく、人々からは疎まれる。人気のない所にあるのは当然か。

 

 しばらく進むと、小さな店がポツンと立っていた。父上が扉を開けると、入らずに扉の横に立つ。何をしているのかと問おうとした俺の耳に、風を斬る音が聞こえた。

 

「…………」

 

 店の中からナイフが数本飛んできた。俺の胸、腹、そして太ももに当たるも【スーパーアーマー】によって弾かれる。背後に気配を感じ振り返ると、俺の首に剣が当てられた。

 

「よう、どうやってこの店を知った?限られた奴しかこの店を知らねぇはずだが」

「………………」

 

 そこにいたのは男だった。身軽そうな服装に、適度に鍛えられた身体。なるほど、武器を専門に売るならある程度の自衛ができて当然、しかも大剣などを売るともなれば目の敵にされるだろう。

 

 だが、急に攻撃するとは酷いな。【スーパーアーマー】が無かったら痛い思いをしていた。

 

「おい、聞いてんのか?」

「……ああ、聞いているとも」

 

 首に当てられた剣を掴む。男は躊躇なく剣を掴まれたことに驚き硬直した。その隙を見逃さず空いている左手で男の首を掴み上げた。

 

「ぐっ!?……か……」

「……攻撃するならば相手を選べ。力量も計らず、出方も見ずに攻撃を仕掛けるなど愚策中の愚策だ。俺だったからよかったものを……父上が傷付きでもしたら躊躇せず首をへし折っているところだ」

 

 自重と俺の握力によって首が絞まっている男は、酸素を補給できず脱力し剣から手を離した。それを見て首を絞めている手を離すと、男は転がることで俺から距離を置き呼吸を整えた。

 

「ゲホッゲホッ!…ハァ…ハァ……」

「今回は私の勝ちだなゲント」

「ゲホッ!馬鹿言え、反則だろうがこんなの……」

 

 ……勝ち?父上は今、『私の勝ち』と言ったのか?そういえば、扉の横に立ったということはこのゲントとやらの攻撃を知っていたのか。

 

「……父上」

「あ〜すまんな。いつもは背後を取られて剣当てられるだけなんだが、初めて訪れるお前に警戒心を剥き出しにしたようだ」

「………………」

「え〜と……毎度そうやってからかわれるから仕返しのつもりだったんだが……すまなかった」

 

 その謝罪は巻き込んだ俺に対してなのかやりすぎてしまった男に向けられたものなのかはともかく、これは看過できない。

 

「……母上に報告」

「うっ!?」

「……ついでに値段に関わらず俺の欲しいと思った武器を買うこと」

「え、ちょっと待て!ゲントの売る武器はどれもかなりの値段が…」

「………………」

「はい、なんでもないですハイ」

 

 俺は父上の返答に頷いたあと、やっと起き上がった男へと声をかけた。

 

「……迷惑をかけた」

「いや、こっちも悪かった。しっかし、ロブの負けず嫌いは知ってたがこんな隠し球を持っていたとはな」

「フフフ…私の自慢の息子だよ」

「……その息子を危ない目に遭わせたド畜生ということでよろしいな」

「フフフ…我が息子ながら痛すぎるところを突いてくる」

「結局自分にもダメージ来てんじゃねぇか」

 

 笑い合う父上と男。友人のような間柄なのか……。

 

「おっと、自己紹介が遅れたな。俺の名はゲント、ここで武器屋をしてる。ロブ……お前さんの親父とは腐れ縁だ」

「素直に幼なじみと言えばよかろうに」

「うるせえよ」

 

 仲はいいらしい。幼なじみか……父上の子供の頃など聞いたこともなかったな。まあ今はどうでもいい事だ。

 

「あ?どうしたよロブ」

「いや、なぜか無性に悲しくなっただけだ」

 

 何やら沈んだ顔をしている父上を無視し、男……ゲントへと自己紹介をするべく口を開いた。

 

「……ドラングル・エンドリー。そこのバカの息子です」

「息子よ、珍しく悪口が顔を出しているぞ」

「……間違えました。そこの男とは血縁関係です」

「もはや私のことを親戚としか思ってないな!?父だ、私はお前の父だ!」

「……?はあ」

「『え、そうなの?』みたいな声色をするんじゃない!?」

「そこまで。もういい、家族漫才なんざしてないで店に入れ」

「……はい。父上、入りましょう」

「ああ。さあゲント、武器を見せてくれ」

「切り替えが早いな」

 

 ゲントさんの店に入ると、まず目に飛び込んできたのはカウンター裏の壁に掛けられた巨大な斧。まず人が持てる大きさではなく、なぜ作られたのかわからない物だ。

 

「……なんですかアレ」

「ん?ああアレは、どっかのバカがデカさの限界に挑戦してな。あの大きさ以上は打てなかったらしい。見たとおり使われることなく流れ流れてここに辿り着いた感じだ」

「……でしょうね」

 

 あの大きさと重量だと逆に壊れやすそうだ。せめて使える武器を作ってくれ。

 

「たしか依頼は、頑丈なデカめの武器だったな……コイツなんかどうだ?」

 

 ゲントが壁から外し、見せてきたのは刃の幅が広い槍のような武器。突くのも斬るのにも使えそうだ。

 

「コイツは『剣槍』ってやつでよ、なかなか使えるぜ?デカくて長い分、かなりの筋力が必要だがな」

「……いや、槍よりも普通の剣が欲しい。ソレは持ち手部分がまだ細い」

「そうか……」

 

 ゲントは剣槍を戻すと、今度は俺の身の丈程の大きさを持つ剣を壁から外した。

 

「コイツは大剣よりもデカい『特大剣』だ。幅も広いし、薙ぎ払ったり叩き潰すように使うのがいいだろうな」

「……いいかもしれん」

「お、なら他のも数本持ってくる。ちょっと待ってろよ」

 

 ゲントは店の奥に引っ込むと、一本ずつ特大剣を取り出してきた。全部で三本、それぞれ幅や太さ、色合いも違う。

 

「コイツらが今ある特大剣だ。どれが欲しい?」

「……試し斬りは?」

「あ〜……試し斬りに使えるもんはねぇな。ここは狭いし……よし、全部持ってけ!そんで返しに来た時に気に入った奴を買え」

「……いいのか?」

「ロブの息子のくせにしっかりしてるしよ。大丈夫だろ」

「さらっと私をバカにするのやめてくれないか?」

「え、やだね」

「こんのゲントめ!」

「おい、俺の名前は悪口の常套句じゃねえんだぞ!」

 

 騒ぐ二人を無視し、特大剣三本を持ち上げた。ずっしりとした重量が腕に負荷をかける……これならば折れることはそうそう無いだろう。

 

 試し斬りに胸を高鳴らせながら帰路に着く。特大剣三本という状態に少しばかり視線を感じながらも、俺はワクワクしながら屋敷へと帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

「お前、置いてかれてんな」

「父を忘れるな息子よ……」

 



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控え室の騒動

 ギアルトリア魔闘会当日。

 

 俺は『帝国闘技場』と呼ばれる、居住区の中心にある施設に来ていた。

 

 両親と使用人たち、そしてクロエとカムイは特別区専用の部屋にいる。

 俺は魔闘会に参加しているため選手控え室にて武器の手入れをしている。

 

 ゲントから渡された三本の特大剣。それぞれが重さや大きさ、斬れ味が違った。

 

 三本の中で一番大きく重い一振りは、斬れ味はほとんど無い。

 

 二番目に大きい一振りが、一番軽く斬れ味は程々。

 

 一番小さい一振りは斬れ味が鋭く、しかし少々太いため重さは中々。

 

 俺はスキルも使いながら、あらゆる体勢で、あらゆる角度で振ってみたり鍛錬用の藁を切りつけてみた。

 

 その結果、一番重い一振りを選んだ。敵を斬るのではなく叩き潰し、吹き飛ばすことにしたのだ。スキルの効果を合わせれば、しっかりと斬れるし刺さる。欠点をカバーできる俺ならば、この剣は十分に活用できた。

 

 控え室の扉がノックされ、開かれた。係員が顔を出すと、俺へ予定を話し始める。

 

「おはようございます。そろそろ開会式を行いますので参加者共通控え室へと移ってください」

「……わかりました」

 

 腰を上げ、手入れを終わらせた剣をゲントから買った特大剣用取り付け器具に付ける。鉄製のすね当てや肩当てを付けると、参加者共通控え室へと歩き出した。

 

 優勝を奪い合う、ライバルとも言える参加者たち、その顔ぶれを見るために。

 

 

 

 

 

 

 参加者共通控え室。そこには百を超える参加者が集まっていた。

 

「この魔法は……」

「こういう場面は……」

 

 彼らは同じく優勝を狙う者たち。しかし、互いに睨み合い騒ぎを起こす……ことはなく、情報や意見を交わしている。勝つために相手の情報を集めるのはもちろん、戦術や魔法の応用術など学べることが多いのだ。

 

 しかし何事にも例外はあるもの。

 

「おい、見てみろよアレ」

「ん?……おいおい、前年度優勝者と魔闘会覇者が向かい合ってやがる」

 

 魔闘会覇者と呼ばれるのは、立派な魔法のローブを纏った、冷たく鋭い目をした男、ロウ。その二つ名の通り、これまでの魔闘会では幾度も優勝した経験を持つ。

 

 そんな男と向かい合っているのは、前年度魔闘会にてロウを下した、にこやかに笑っている男、ハイ。

 

 この二人はそれぞれ違う表情で互いの顔を見ているが、その目には同じく炎が灯っていた。

 

「ロウさん、今回もよろしくね!」

「よろしくするつもりなどない。そして、貴様に後れを取るつもりもない」

「いいじゃないか〜…今ぐらいは気楽でいようよ。ずっと気を張ってると肝心な時にミスしちゃうからね!」

「………………」

 

 ロウの眼光が鋭くなる。ハイはやれやれと言わんばかりに肩をすくめて見せ、まさに一触即発の空気が漂っていた。

 

「さすがに止めた方が……」

「俺はあの中に入るのはごめんだ」

 

 ロウがローブの中へ、ハイが腰に付けている杖へ手を伸ばしたその時、両者の肩に手が置かれた。

 

「ほ?」

「…?」

 

 ロウとハイが振り向くと、そこには巨大な剣を背負う少年がいた。

 

「え、馬鹿かアイツ!?あの二人に…」

「割って入りやがった!」

 

 周囲が騒然とする中、中心にいる三人は静かだった。少年は肩から手を離すと、ロウとハイへ口を開いた。

 

「……そういったいがみ合いはよそでやれ。邪魔だ」

『!?』

 

 少年から放たれたのは、緊張した空気をものともしない罵倒だった。無論、これには二人も黙っていない。

 

「ちょっとちょっと、勝手に話に割り込んできたと思ったら邪魔だって?」

「邪魔はこちらのセリフだ。貴様が失せろ」

「……なるほど、これが魔闘会覇者と前年度優勝者か。意外と大したことはない」

「「っ!!」」

 

 ロウとハイが杖に手を伸ばすが、杖を取るよりも早く、少年はロウの足を払い転ばせ、ハイの腹に拳を叩き込んだ。

 

 受け身も取れず身体を床に打ち付けたロウと、そこそこの力で殴られたハイはその場で蹲った。

 

 魔法は杖を取り放つまでに時間がかかる。ならば、少年の攻撃が先に両者を打ち据えるのは当然の事だった。

 

 覇者と優勝者が瞬く間に倒された事に、場は静まり返った。

 

「……これに懲りたら、こんな事はやめるんだな」

 

 少年はそう言うと、部屋の隅に座り目を閉じる。何事もなかったかのように瞑想を始めた少年を見て、今回の魔闘会は相当荒れると、参加者たちは悟ったという。

 

 

 

 

 

 

 

(……やらかした)

 

 本人はというと、心の中で猛省していた。

 



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魔闘会、開会!

文字数が多かったり少なかったり……安定しなさすぎるッピ。


「選手、入場です!」

 

 司会の声とともに、闘技場の一際大きな扉が開く。参加者が列を成して入ってくると、観客から歓声が上がった。

 

 参加者たちの全てが揃うと、扉が閉められ再び司会の声が響き渡る。

 

「ここに、マヌカンドラ帝国中から120余名の参加者たちが集いました!俺が、私が、此度の優勝を飾るのだと!その研鑽を披露し、最強は自分だと証明するために!」

『ウオォォオオオッッ!!』

 

 参加者たちの雄叫びが響く。司会は雄叫びが一段落したところで再び口を開いた。

 

「ではここで、マヌカンドラ帝国が帝王、我らが聖帝ベテルギアス様による開会宣言です!」

 

 観客席に連なる建物。そこに特別区専用の観客席があり、その最上階が王族の席だ。

 立ち上がったのは初老の男性。頭に被る王冠と厳しい顔つきをしている彼こそが、マヌカンドラ帝国を治める皇帝ベテルギアスその人だ。

 

 ベテルギアス帝は参加者たちをざっと見渡すと、高らかに声を上げた。

 

「皆、よくぞ集まってくれた。その鍛え上げた力、技術、その全てを存分に奮って我らを楽しませ、見事優勝してみせよ。これより、ギアルトリア魔闘会の開会を宣言する!……ふぅ、疲れた」

「帝王様、マイクまだ切れてません」

「あ、やべ」

 

 プチッとマイクが切れる。なんとも締まらないが、一瞬の静寂の後に観客は歓声を、参加者は雄叫びを上げた。

 

「ありがとうございました!では、今大会の試合運びとルールを説明させていただきます!まずは4ブロックに別れ、約40名余りによるバトルロワイヤルを行います!最後まで立っていた4名ずつを組み込み、12名によるトーナメント戦を行い見事全勝された方が優勝です!その際はクリスティーヌ騎士団長またはヨルン騎士団長に戦いを申し込むことができ、勝利の暁には帝王様から直々に『帝国最強』の称号を与えられます!」

 

『帝国最強』

 その言葉を聞いた参加者たちの顔つきが変わった。杖や拳を握る力を強め、その顔からは気迫と決意が伺える。

 

「試合運びとルールに関しては以上となります!では、これにて開会式は閉会となります!選手、退場!」

 

 扉が開かれ、次々に参加者たちが控え室へと戻っていく。全員が出ると、扉が閉まるとともに観客席を薄い膜が覆っていった。

 

「ただいま、参加者の魔法による被害を防ぐためにバリアを張っております!リングの作成も進めておりますので、もう暫くお待ちください!」

 

 参加者たちが出ていった大きな扉とは別の、東西にある扉が開き数人の係員が出てくる。彼らは持っていた魔石をばら撒き魔法力を流す。

 起動した魔石から大量の石が溢れ出し、係員たちは建築魔法で操り大きく頑丈なリングを作成した。

 

「リングの作成、バリアともに完了しましたので、これより第1ブロックのバトルロワイヤルを始めます!選手、入場!」

 

 大きな扉が開き、約40人の参加者たちが闘技場へと姿を現す。参加者たちがリングに上がると、観客はますます歓声を強めた。

 

「ギアルトリア魔闘会、第1ブロック、バトルロワイヤル!本日最初の試合です!それでは……試合、開始!」

 

 鐘が鳴らされ、魔法力が開放される。ついにギアルトリア魔闘会が始まったのだった。

 



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ダークホース

お待たせしました。かなり日を開けてしまいすみません。


 40余名によるバトルロワイヤル。どこにいようと誰かの目についてしまうこの試合では、真に強いものたちだけが生き残る。

 

 周囲の状況、敵の体勢、その他全ての情報を更新しながら自分の戦いに集中する。

 

 それは並大抵の者ができることではないが、流石は帝国最強を目指す者たち。横槍を軽く捌きながら魔法の撃ち合いを並行している。

 

 

 私は第4ブロックのため、共通控え室にて投影術による映像を見ていた。

 

 魔法が飛び交う闘技場の様子は、もはや一種の戦争とも見まごうばかりの苛烈さを私たちへと見せつけていた。

 

「毎度の事ながら、バトロワはキツいなぁ」

「そうだなぁ……一体一の方がまだ楽だ」

 

 画面の近くにいた参加者たちが呟く。バトルロワイヤルでは、相手がどれほど強くとも勝算がついてしまう。

 

 仲間をつくり、数で押しつぶすもよし。死角からの強烈な一撃で、場外に出すもよし。

 

 人数が多ければ多いほどやり方は増える。それがトーナメント戦では通用しないため、運良く勝ち上がった者は結局敗退することになるのだが。

 

 それでも、強者をバトルロワイヤルで倒すことができるのは大きなステータスとなるため、格上だろうと果敢に挑む者は少なくない。

 

 まあ、そう簡単に倒されてくれるほど甘い者などいないが。

 

 第1ブロックの試合はしばらく大した動きがなかったが……ふと、気になる人物を見つけた。

 

 齢15にも満たないような少年。フードの付いた黒いローブを纏っていたためにその姿はわかりづらかったが、明らかにこんな大会に出るような歳ではない風貌だ。

 

 体の動かし方もぎこちなく、魔法もほとんど使っていない。なぜこの大会に参加できたのだろうか。一般参加の者であれば、応募の際に軽く審査を受けているはずだが。そもそも受付が参加させるとは思えない。

 

 つまり考えられるのは……貴族の紹介。あの少年は貴族お墨付きの参加者なのだろう。戦いぶりを見たところ実力はそこまでとしか思えないが。

 

 そう思いながらしばらく見ていると、少年に変化が起きた。

 

 突然頭を抑えたかと思うと、少年の周囲に炎が発生した。恐らくは少年の魔力が炎の属性に変換されているのだろう。しかしかなりの勢いだ。大量の魔力が消費されているのは目に見えて明らかだ。

 

 炎は少年へと収束すると、次の瞬間、爆発的に舞台へ広がった。その爆風に吹き飛ばされ、または炎に追い立てられ凄まじい勢いで参加者たちが退場していった。

 

 参加者たちには『身代わりの札』という物が支給される。怪我を肩代わりしていき、完全に破れると自分の控え室へと転移させるという物だ。

 

 そのおかげで、退場していった参加者たちに怪我は無いだろう。もしなければ、瀕死の重症を負っていた者も少なくなかった。それほどの、威力。

 

 少年は膝をついたものの、なんとか自分で立ち上がった。残った者たちは炎に阻まれ、少年へと近づけない。そのため他の生き残った参加者たちへと攻撃を始める。

 

 生き残った参加者も少なかったため、勝ち上がる4人はすぐに決まった。

 

『バトルロワイヤル第1ブロック、これにて終了です!初戦から大波乱!これは大会の行く末もわからなくなってきました!』

 

 司会の声が響き、歓声が上がった。

 

 まさかあんな戦法を使うとは……だが、あれはかなり消耗する大技だろう。そう頻繁に放てるものでもあるまい。なら、私には脅威足りえない。むしろ次の試合の方に注目すべきだな。

 

 無人になったリングに、第2ブロックの参加者たちが入ってくる。その顔ぶれの中に、前年度優勝者、ハイの姿があった。



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前年度優勝者

何ヶ月も更新せずすみません。

文字数少なめの作品だったので逆に書きづらいような……というか書き方を忘れているな。前に投稿したの読んでおかねば。


『第1ブロックは、想像だにしなかったダークホースが、その頭角を現しました!続いて第2ブロック、舞台の修復は恙無く終了し、今!参加者が入場します!』

 

 大扉が開き、第2ブロックの参加者たちが闘技場へ入場する。その中でも注視すべきは、前年度優勝者のハイだろう。

 

『ギアルトリア魔闘会、第2ブロック、バトルロワイヤル!試合、開始!』

 

 ゴングが鳴る。次の瞬間、俺たちは皆目を見張ることになった。

 

「お、おお?」

「ちょ、どわぁああ!?」

 

 凄まじい突風が吹き荒れリング上の参加者を次々と巻き上げていく。それはリングを中心に竜巻を生した。

 

「竜巻…だと!?前回はこんなこと…!」

 

 竜巻に攫われた参加者たちは空高く吹き上げられ、やがて上がりきった彼らは外へと放り出された。

 

『うわぁぁぁあああっ!!!』

 

 リング内、場外問わず地に落ちた者らは札の効果で転移していく。リング上になお残っているのは、爆発魔法などで風を捌き続けた者たち。そして━━━━

 

「うん、早いうちに決まったね」

 

 大事を成したというのにケロリとしているハイのみだった。

 

『な、なななんとぉ!?ハイ選手、突然の大魔法!リングの上に残ったのは僅か4名!開始直後、早くも試合終了だぁ!!』

 

 なるほど、恐るべき魔法を使う。あの控え室での一件では距離も近かったためにこちらから攻撃できたが、こうして試合を見てみればその実力の高さをよくわからせられる。

 

 これは早々に対策を練らねば。この大会に出ているからには優勝する。そして優勝するためには、あれも倒す必要がある。

 

「第3ブロックの方々!大扉へ集合してください!」

 

 係員が呼びかけ、ぞろぞろと選手が流れていく。次いで、試合を終えた第2ブロックの参加者たちが戻ってきた。

 

「無理だ無理だあんなの」

「なんてこった、地方からはるばるやって来たってのに……」

 

 意気消沈する者らは荷物を纏め、観客席側へと去っていく。未だに残るのは4名のみだ。

 

 その中にハイの姿があった。彼は軽く控え室を見回すと、こちらを見つけ寄ってくる。来るんじゃねえ。

 

「やあ。試合は見てくれたかな?」

「……ああ」

「そっかそっか。ならしかと目に焼き付けておくといいよ。あれぐらいは凌げなくちゃ相手にならないからさ」

「…………」

「別に煽られたことは気にしてないよ。あの時はちょっとタイミングが悪くて、メラメラとしてたからさ。だけど、君の一撃はかなりのものだった。常に纏ってる魔法障壁が簡単に破られちゃったからね。君は強い、きっと勝ち上がってくる。そう思ったからこそこうして声をかけた次第さ」

 

 彼の言うとおり、顔に嫌悪などの感情は見られない。新たに頭角を現した敵にワクワクしているかのような、純粋なものだった。

 

「……そうか。なら遠慮なく対策させてもらおう。戦う時が楽しみだ」

「へぇ……やっぱり面白いね、君」

 

『第2ブロックもまた、驚きに満ちたものでした!続いて第3ブロック、舞台の修復は既に終了しました。それでは、参加者が入場します!』

 

「おっと、試合が始まるね」

「………………」

「よーく見ときなよ。魔闘会覇者の出るブロックだ。あの人もきっと、前回よりも強くなってるだろうから」

 

 魔法の術式が組み込まれたローブは40人余りの参加者の中でも目立つ。

 

『ギアルトリア魔闘会、第3ブロック、バトルロワイヤル!試合、開始!』

 

 魔闘会覇者ロウ。その力が発揮されようとしていた。



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魔闘会覇者

 第2ブロックの試合とは打って変わり、第3ブロックは大分大人しい。

 

 下級から中級まで様々な魔法が飛び交うが、その間隔は大きく常に周囲に気を配っている。ハイの竜巻によるインパクトは参加者たちを防御寄りの思考にしたのだ。

 

 何より彼がいる。いつとんでもない魔法が飛んでくるのか気が気でないのだろう。

 

「あっちゃ〜……やり過ぎたかな?」

「……明らかに貴公の行為が、彼への注意を倍増させてしまったのだろうな。見ろ」

 

 リング上で戦闘が起こる中、不自然なほど開けている場所がある。

 

 その中心には魔闘会覇者ロウが佇んでいた。

 

「周りにだ〜れもいないね」

「……挑戦しに行かない。そんな危険を犯すならば、他の参加者と戦う方が残りやすいとでも思っているんだろう」

「なるほどね……ダメだな」

「……何かあるのか?」

 

 ハイは大きくため息を吐き、画面を指さす。指示通り画面に視線を戻すと、そこには地獄が映っていた。

 

 

 

 

「………………」

 

 ただ黙って立ち続けていたロウが動く。ローブの中から杖を取り出し、端を掴むと一息に引き伸ばした。

 

「スキル【連続魔法】【無詠唱】発動」

 

 ロウが長杖の先を参加者たちへと向ける。逐一ロウを警戒していた者たちは戦いを中断し身構えた。

 

「退屈の極みだ。消えろ」

 

 次の瞬間、杖の先から数多の魔法が放たれた。その全てが中級魔法。火球が、稲妻が、氷塊が、爆発が参加者たちを次々と吹き飛ばしていく。

 

 中には反撃の魔法を放つ者もいたが、ロウが杖を振るだけで全てが撃墜。為す術もなく魔法の弾幕に飲まれていく。

 

 第2ブロックとはまた違った一方的な試合。リング上にいた参加者たちはロウの魔法によって一掃されていった。

 

 

 

 

「あの人、クールだけど戦いを心底楽しむんだ。なのにあそこまで露骨に避けられたら、そりゃ退屈になる訳で。とうとう我慢の限界が来たみたいだね」

「……詠唱せずに魔法を使うのか」

「ああ、あれはスキル【無詠唱】だね。効果は詠唱無しで魔法を放てるというものだ」

「……【無詠唱】」

 

 脳裏に浮かぶのは5日前のこと。クリスティーヌ様との立ち会いの時、背後から中級炎魔法『ブレイズ』を放たれた。大剣を突き付け、その口元を見ていたが詠唱はしていない。つまりはこの【無詠唱】とやらを使っていたのか。

 

「あれは相当厄介でね。いつ魔法が放たれるのかタイミングも測りづらい」

「……なるほど」

 

『ロウ選手、容赦ない連続攻撃!リング上が尽く薙ぎ払われたぁ!この熾烈な弾幕を前に、果たして耐えうる参加者はいるのでしょうか!』

 

 司会の声に再び画面へ注意がいく。リング上はその半分が立ち込める煙によつて確認できない。

 

 やがて煙が収まると、未だに5人ほど残っていた。

 

『耐えていたぁ!あの弾幕になんとか吹き飛ばされずにいた参加者が存在しました!しかしトーナメントへと進めるのは僅か4名。残り2人を退場させねばなりません!』

 

「フンッ…」

 

 ロウは長杖を変形させ短くすると、ローブの内にしまった。吹けば飛ぶような参加者たちに興味を失い、『後は好きにしろ』と言外に示しているのだ。

 

 ここでロウに挑むような者もおらず、ロウを除く5人が戦闘を始めた。やがて2人脱落者が決まり、トーナメント出場者は決まった。

 

『これにて4名が残り、第3ブロックバトルロワイヤルは終了となります!どのブロックも早めの決着となっていますが、脱落者となった彼らが弱い訳では決してありません!しかし今大会の試合は過去と比べ異例の速さと言えるでしょう!それでは、第3ブロック、試合終了!選手は大扉より退場してください!』

 

 リングに残っていた4人が大扉へと歩き始めたタイミングで、控え室の扉が開き係員が顔を出した。

 

「それでは、第4ブロックの方々!大扉へとお集まりください!」

 

「お、出番だね。行ってらっしゃい」

「……ああ」

 

 俺もまた大扉へと向かう。その途中で、第3ブロックの出場者たちとすれ違った。

 

「………………」

「………………」

 

 足が止まる。魔闘会覇者ロウが、俺の前に立ちはだかったのだ。互いに沈黙を貫いていたが、やがてロウが口を開いた。

 

「ここで終わるなよ」

「……無論だ」

「正直に言う。俺は貴様には期待している。上がってこい」

「……勝手に期待されても困るが、声援として受け取っておこう。期待を上回り過ぎて、足を掬われるかもしれんぞ」

「そうでなくては困る」

 

 言葉も少なく、そのまま別れる。さて、ようやく俺の出番だ。程々にやるとするか。

 

 大扉が開く。整えられた戦場が、俺の目に映るのだった。

 



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バトルロワイヤル終了

投稿すれば他の小説の投稿が遅くなる。難題だ。


 特別区に住まう貴族専用の部屋にて、エンドリー夫妻とクロエ、カムイが試合を観戦していた。

 

「あなた……わたくし、不安になってきたわ」

「大丈夫だ。ドラングルは強い。それに『身代わりの札』もあるんだ、怪我も無いだろう。きっと勝ってくれるさ」

 

 そうは言いながらも、ロブはソワソワと膝を揺らしている。息子が戦っている場面を見たことがない2人は、やはり気が気でないのだろう。

 

 そんな2人とは対照的に、クロエとカムイはソワソワというよりも、むしろワクワクとした様子で画面に釘付けになっていた。

 

「凄いなぁ……あんな魔法を使う人たちと、ドランは戦うのかぁ」

「……戦いを見てたら、身体が疼いてきちまった。今からでも乱入してやろうか」

「ダメだよ!?」

 

 若干危険な者も1名いるが、さすがに弁えているのか椅子から動かないカムイ。しかし疼いているのは本当らしく、時折身体をブルリと震わせては獰猛な顔をしていた。

 

『ギアルトリア魔闘会、第4ブロック、バトルロワイヤル!試合、開始!』

 

「お、始まったぞ」

「おおお、色んな魔法が飛んでて綺麗だねえ」

 

 火炎や稲妻が飛び交い、リング上を彩る。それらは人を簡単に殺せるほどの中級魔法であるのだが、これを見て綺麗と言えるのはさすが上級の魔物と言ったところか。

 

「にしても、あの威力の魔法が飛び交ってたら直ぐに終わりそうな気もするんだがな」

「魔法障壁とスキル【魔法防御壁】で魔法の威力を削いでいるんだ。この魔闘会に出場し、上を目指すならば必須のものだよ」

「へ〜」

 

 こちらへ向かう全ての魔法を回避し魔法を当てるのは至難の技。であれば、それに対する手段を用意するのは当然と言える。

 

「さてさて、ドランはどこかな」

「……あ、見つけたわ。クロエちゃん、あそこ」

 

 ミーティアが指さしたのはリングの端。そこには確かにドラングルの姿があった。

 

「あ、ホント……だ…」

「ん?どうしたクロエ。アイツがどうし……」

 

 2人が固まる。目線の先、ドラングルはリングと場外の境界を背にし、4人程の参加者に追い詰められていた。

 

 

 

 

「控え室での騒動を見てよ、やっぱり危険なんだよお前さん」

「すまねえが、俺らのためにここで落ちてもらうぜ」

 

 バトルロワイヤルではなんでもありだ。敵を他の参加者に擦り付けるのも、戦っている参加者を後ろから奇襲するのも、参加者同士で手を組み数に任せて強者を倒すのも。

 

 しっかし、まさかまだ動いてないというのに複数人に囲まれるとはな。

 

「もう下がれない。詰みだな」

「そら、トドメだ!『ブレイズ』!」

 

 中級炎魔法が放たれた。俺は横へと回避するが、やはり読まれていたのか中級雷魔法『ライトニング』が襲いかかる。

 

 背に付けていた特大剣を外すと、『ライトニング』を受け止めた。

 

「…っはあ!?」

「……返すぞ」

 

 稲妻が剣から俺へと伝わる前に、男たちへと剣を振るう。稲妻は斬撃となり、彼らを飲み込んだ。

 

「……まずは4つ」

 

 男たちの姿は無い。スキルを発動する間もなく中級魔法を食らい、札の転移が発動したのだろう。

 

 しかしここはバトルロワイヤル。敵を倒せばすぐに接敵だ。こちらへと飛来する魔法を捌きながら、俺は参加者たちへと躍り懸かるのだった。

 

 

 

 

「はぁ……一時はどうなるのかと思いましたわ」

「まったくだ。開始早々リング端で囲まれるなど、心臓に悪いぞ」

 

 胸を撫で下ろすエンドリー夫妻。ドラングルが危機を乗り越えたことに心底安心している様子だ。

 

 しかし、クロエとカムイの表情は晴れなかった。いや、困惑していると言うべきか。

 

「……なあ、クロエ」

「うん、言いたいことはわかるよ」

 

 凄まじい勢いで迫るドラングルを、男が初級魔法の弾幕で迎える。ドラングルは高く跳躍すると背後に着地。初級魔法による爆発で姿を見失った男は、特大剣による一薙ぎで札を破られ転移した。

 

 エンドリー夫妻からすれば、ドラングルは順調に見えた。攻撃を一撃ももらわず、次々と参加者を落としている。

 

 しかし、2人は違う。ドラングルの戦い方に違和感を持ったのだ。

 

 ドラングルが魔法の弾幕の隙間をくぐりぬけ、特大剣でまとめて薙ぎ払う。それがこの試合でドラングルが繰り返している動きだ。

 

「やっぱりおかしいな」

「うん、いつもの戦い方じゃない。あのドランが、敵の攻撃を()()()()なんて」

 

 スキル【スーパーアーマー】

 それは発動中に食らった敵の攻撃に怯まず動けるというもの。他のスキルとは違い、いくら時間が経とうと自らの意思で解除しない限り発動し続けるという性質を持つ。

 

 ドラングルは他の防御スキルと組み合わせ、鉄壁の耐久力を誇る。敵の攻撃を受け止め、または敵の攻撃に被せて攻撃を叩き込む戦法を得意とする。

 

 しかしこの試合では、ドラングルは回避に徹していた。【スーパーアーマー】も【魔法防御壁】もあるというのに、わざわざ魔法を躱し剣を振るっているのだ。この2つを使えば、怪我をダメージに変換することで『身代わりの札』の命も長らえるというのに。

 

「何か考えがあるのかな」

「さあな。まあ、トーナメントでわかるだろ」

 

 気づけば、リング上に残っている人数もあと僅か。ドラングルは息も切らさず、粛々と次の獲物へと飛びかかるのだった。

 

 

 

 

『バトルロワイヤル第4ブロック、これにて終了です!他の試合とは打って変わって恙無く終了。それでは選手、退場!』

 

 被弾無し、スキルも見せていない。上々の結果だ。

 

『それではこれより昼休憩とさせていただきます。トーナメントの抽選はお昼休憩を返上してベテルギアス陛下に済ませてもらいましょう』

『え、聞いてないんじゃけど』

『陛下、マイクをオンにしないでください』

 

 最後まで締まらないなぁ……。

 



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襲い来る悪意

 闘技場の地下。人通りの少ない通路に少年はいた。

 

 第1ブロックにて波乱を巻き起こした彼は、周囲をしきりに見回しながら廊下の隅に座る男の前に立った。

 

「ブロック突破しました……」

「当然だ。お前に宿るその力は、他の者が持つ魔法力など足元にも及ばぬ。それはそれは偉大な物なのだ。使わせていただいていることを感謝し、誇りに思うんだな」

「はい……」

 

 男は魔道具を取り出すと、伝達魔法『メッセージ』を発動した。

 

「指定したトーナメント参加者に付け。処理共に他者にはくれぐれも気付かれるな」

『はっ』

 

 魔道具を切ると、男は興奮した様子でしきりに舌なめずりをしながら少年に文字が彫られた紫色の石を渡した。

 

「もし、その力を発現させてもなお試合模様が怪しい時は使え」

「こ、これは…?」

「一時的に力を増強させる魔道具のようなものだ。その力を発現させれば前大会優勝者と魔闘会覇者以外に遅れをとることはないだろうから、あの2人との試合用と思えばいい」

「………………」

 

 少年は石を手に取るのを躊躇った。しかし、男の言葉で顔が変わる。

 

「あと少しでお前の仕事は終わるのだ。あと少しだ。私が合図すれば、すぐにアレの命は消える。ここまで来てつまらん抵抗をするな」

「っ、はい」

「わかったならいい。さっさと控え室に戻れ」

 

 少年は石を受け取り、その場から立ち去ったのだった。

 

 

 

 

 参加者たちは、思い思いの場所で昼休憩を過ごしていた。

 

 共通控え室で他の参加者を観察する者、個人の控え室で休息をとる者、作戦を確認する者などなど。

 

 そんな彼らに、魔の手が迫っていた。

 

 まず気が付いたのはロウだ。先程まで投影術の魔道具近くの壁によりかかっていた参加者がいない。

 

 周囲を見回してみると、何人もいた参加者が数名消えていた。

 

 場所を移したのかとも思ったが、何か違和感がある。軽く杖をつき魔法力を探知してみれば、僅かな魔法力の残滓を発見した。

 

「………………」

 

 ロウが移動を開始した。目指すは個人控え室、最も会いたくない前大会優勝者の元だった。

 

 

 

 

 個人控え室にて、特大剣を壁に掛け、俺は軽く身体を伸ばしていた。

 

「……はぁ、まったく」

 

 無意識にため息が出た。それは先の試合で疲れたからという訳ではなく。

 

「……合わないな」

 

 相手の攻撃を受け止めるのではなく躱す。その慣れない戦法に不満があるのだ。

 

【スーパーアーマー】などのスキルを使わないのには自分なりの考えがあるからだ。手の内を見せないなどの策としても機能するソレのために、スキルを使わずに試合を乗り越えなければならなかったのだが……。

 

 やはり今までの戦闘スタイルとは違ったことをすれば、動きもぎこちないものとなり不自然さが出てきてしまうのだ。

 

「………………」

 

 久しぶりに暴れようかと思っていたのだが、騎士になるためにはなんとしても勝ち上がらなければならない。

 

 それを無しにしても、今回の魔闘会はなにやらきな臭い。用心するに越したことはないだろう。

 

「……はぁ、素振りでもするか」

 

 俺は立ち上がり、壁に掛けた特大剣へと近づき……壁へと腕を突っ込んだ。

 

「ゴッ!?」

「……フンッ」

 

 壁に隠れていた不届き者の首を掴むと、壁から引きずり出し床へと叩き付けた。

 

「が…あ……なぜ…」

「……土魔法の応用で壁の中に潜み、相手が得物を取ろうとした所へ奇襲と言ったところか。だが残念ながら、俺は魔法力に敏感でな。潜んでいることなど部屋に入った時からわかっていたぞ」

「ぐっ、かかれぇ!」

 

 床から、壁から、天井から曲者が現れる。すでに詠唱は済ませていたのか、次々と魔法が放たれた。

 

 俺の頭付近に暗いモヤのような物が現れ、次いで霧のような物が身体にかかる感触。そして最後に首へ刃物が突き付けられた。

 

「……は…?」

 

 しかしそのどれもが無駄だ。すでにスキル【スーパーアーマー】と【状態異常無効】を発動してある。

 

 暗いモヤは相手の視界を暗闇で封じる状態異常魔法『ブラインド』、そして霧は相手を麻痺させる状態異常魔法『パラライズミスト』、刃物はその姿を確認できないため付与魔法『エンチャント・インビジブル』か。

 

 そのどれもが暗殺などに用いられる魔法だ。なるほど、俺の懸念は当たっていたらしい。

 

「ナイフが……刺さらない?」

「それどころか状態異常にも…」

「く、くそ!撤退するぞ!」

 

 土魔法で再び潜ろうとする賊。しかし、それを俺が黙って見逃すわけもない。

 

 床に転がっていた賊を蹴り、ぶつけることで魔法を阻止。次いで特大剣を掴み取り一薙ぎ。剣の腹で賊どもの頭部を殴打した。

 

「……ふむ」

「は、ヒィッ!?」

 

 足を振り上げ、床を踏み抜く。未だに潜んでいた賊は怯み、その隙を突き顎を蹴り抜いた。

 

 脳をゆらされた賊は沈黙し、今度こそ身を取り巻く危険は去った。

 

 外から感覚の早い音が近付いてくる。戦闘を聞き付けた誰かが駆けつけてきたのか。

 

 扉が勢いよく開かれ、顔を出したのはハイだった。

 

「どうした!何かあったのか!?」

「……賊がいた。他にも仲間がいるかもしれん。参加者たちに警告をしなければ」

「……いや、すでに行方不明者が何人も出ている」

 

 第三者の声。いつの間にやら、ハイの背後にロウが立っていた。

 

「いま無事なトーナメント参加者は、俺たちを含めて8名。探知を行ったが、すでに賊どもは闘技場から出ているようだ」

「そんな……狙いはいったい…」

「……ひとまずこの事態を係員に伝えねば」

「そうだな」

 

 転がった賊をロウの捕縛魔法『バインド』で纏め、俺が端を持って引きずる。

 

 俺は未だに燻る予感めいたものに、これからの魔闘会の行く末を案じるのだった。

 



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トーナメント開始

 昼休憩もそろそろ終わりに近づいていた。観客らも昼食を片付け、今か今かと待ちわびていた。

 

 そこへ、突如係員が鐘を鳴らし会場を静かにさせた。

 

『ここで、皆様にお知らせがあります!トーナメントへ出場する予定でありました参加者8名が、アクシデントにより欠場となりました!よって、トーナメント戦は残る8名で執り行います!』

 

「アクシデント…?」

「いったい何があったんだ…」

 

 騒然とする観客。出場者の半分が欠場という前代未聞の事態に混乱が起こっていた。

 

『すでに抽選はベテルギアス帝が行っており、大会終了も大幅に繰り上げられました!欠場しますのは以下8名』

 

 司会が欠場者の名を述べていく。中には名の知れた強者の名もあり、観客のざわめきはより大きくなっていく。

 

『たった今、トーナメント戦の組み合わせが決定したとの連絡が入りました!それでは、選手入場!』

 

 大扉が開き、トーナメント参加者がリングへと上がっていく。それぞれの手には1枚の紙が握られていた。

 

『それでは、組み合わせを発表致します!第1試合は……4番と7番!』

 

 紙の中には割り当てられた数字が書かれている。番号を呼ばれた選手は前へ出た。

 

 4番は傭兵の格好をした男性、そして7番は軽い魔法のローブを纏った女性だ。

 

『続いて第2試合!2番と8番!』

 

 2番は長杖を持った老齢の男性、8番は……。

 

「……俺か」

 

 ドラングル・エンドリー。

 

『第3試合は1番と3番!』

 

 1番は2本の杖を持つ軽装の女性。3番は……。

 

「フン…」

 

 魔闘会覇者、ロウ。

 

『そして残る第4試合!出場は5番と6番だ!』

 

 5番は深くローブを被った少年。6番は……。

 

「僕は最後かぁ…」

 

 前大会優勝者、ハイ。

 

『いずれもバトルロワイヤルを勝ち上がった強者たち!我こそはと思わん自信家たちです!素晴らしい試合を期待しましょう!それでは、第1試合出場者を除く参加者は退場してください!』

 

 

 

 数十分前━━━

 

 俺はハイ、ロウと共にベテルギアス帝へ謁見していた。

 

 その荘厳な威圧感はまさに帝王の名に相応しく、魔闘会の最中に時おり見せていた気の抜けた様子は一切ない。

 

「参加者が賊に襲われただと?」

「はっ!どれも瀕死の重症であり、すでに2名の死亡が確認されています。賊も数多く侵入していたようで、捕らえられたのはこちらのドラングル氏が捕縛した数名のみです」

「ほう、ドラングルとな…」

 

 ベテルギアス帝の鋭い視線が俺に突き刺さる。見定めるべき相手との会合。何か思うところがあるのだろうか。

 

「……ふむ、そうか。してドラングル・エンドリーよ。お主はどうすることが正解か、申してみよ」

 

 その場が驚愕に染まった。よもや皇帝が忠臣の倅とはいえ参加者一人に意見を求めるなど。

 

 さて、これは試験の内なのか。どうあれ答えなければなるまい。

 

「……では恐れながらも意見を申させていただきます。まず、大会はこのまま続けた方がよろしいかと」

「な、正気か貴様!?中止ではなく続行とは、これ以上の被害が出る前に中止すべきであろう!」

「大臣」

「っ……申し訳ありません」

 

 大臣が思わず叫ぶ。もしこれ以上死傷者を出せばマヌカンドラ帝国の顔に泥を上塗りすることになる。

 

 このような事態となった場合、ここで切り上げ賊の拷問、敵の狙いを聞き出すのが先決だとしたのだ。

 

 しかし、それだと状況が悪化する可能性が高い。

 

「今回、賊はトーナメント参加者のみを襲いました。そしてその存在を気取られないように徹底しています。ここまでの手練が絡むということは、ある程度狙いも絞れます」

 

 俺は3本指を立てた。それは推測した敵の狙いの数を意味する。

 

「まず1つは混乱をもたらし何かしらの意図を示すこと。しかし、それにしては相手からのメッセージを感じさせる行動が見られません。なので違うでしょう」

 

 薬指を折る。

 

「次に2つ目は、この大会を台無しにすること。しかしそれならもっと大それたことを起こした方が早い。なのでこの可能性も低い」

 

 中指を折る。

 

「そして3つ目が……この大会に参加し息のかかった者を勝ち上がらせること。そのために参加者を減らそうとした可能性は高い。痕跡も見つからなければ行方不明、おそらく私が賊を撃退したことで他の賊が始末する予定だった死体等はそのままに退散したのでしょう」

「勝ち上がらせる…か。それは何のために?」

「まだ情報が少ないのでわかりませんが……優勝して団長のどちらか、または帝王様の抹殺」

 

 王室内がざわめき始める。ベテルギアス帝は目を閉じ、思考に耽っているようだ。

 

「大会を続けるのは、皆の安全のためです。ここまでの人数を確保し動かせる相手。相応の覚悟をもって成功させる手段と自信を持っているかと。下手に大会を中止すれば、何をするかわかりません。もし何事も無くとも、次の魔闘会にもまた同様の危険が残ります。であればいっそ、ある程度思い通りに泳がせ、行動を起こしたところを一網打尽にするのが良いかと」

「……よい。決定は然る後に下すものとする。下がれ」

「はっ!」

 

 俺はハイ、ロウと共に退室したのだった。

 



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最強を目指す者たち

今更ながら、数話前に『トーナメント終了』と題名つけて投稿していたことに気づきました。終わったのに少ししたら始まってます。どないこっちゃ。


『それでは、トーナメント第1試合両名をご紹介させていただきます。大扉側におりますは、あまたの戦場を渡り歩いた熟練の傭兵、グルド!』

 

 傭兵グルドが短剣を取り出し、小振りの杖へ添えるように構えた。

 

『司会席側におりますは、マヌカンドラ帝国に従属いたします小国ロンドーラ出身、疾風のロザリア!』

 

 ロザリアが杖を床に付くと、ローブに風の魔法力が行き渡りたなびき始めた。

 

『波乱のバトルロイヤルを生き延びた強者たち!どちらが勝ってもおかしくはありません!それでは、第1試合開始!』

 

 鐘が鳴ると同時に、ロザリアが消えた。否、グルドへと突撃した。そのスピードに面食らったグルドであるが、咄嗟に横へ転がることで回避。リングの端ギリギリにまで行ったところでロザリアは止まった。

 

『速い!速すぎる!ロザリア選手、圧倒的スピードでグルド選手へと突進、場外を狙いましたが躱されました!』

 

「なるほど?初見殺しってやつだな」

「はあ、今ので終わってくれたら楽だったのに。さてさて、どうするつもりかしら」

 

 ロザリアが再び高速移動を開始。グルドは必死に目で追うも、やはりロザリアの方に分がある。死角へと回られ、中級炎魔法『ブレイズ』が放たれた。

 しかし、流石は傭兵と言うべきか。すぐさまブレイズを感知し回避。反撃の下級雷魔法『ボルト』を放つも、既にロザリアの姿は無い。

 

「どこを見てるのかしら!」

「ぐおっ!?」

 

 グルドの背後から下級風魔法『ガスト』が襲う。軽く吹き飛ばされたグルドは素早く起き上がるも、放たれた場所にロザリアの姿は無い。

 

「やれやれ、どうしたものかな」

 

 劣勢だというのに、グルドに焦りは微塵もない。冷静さを失う者から死んでいく。戦場の鉄則だ。

 

『ロザリア選手、その姿をまったくグルド選手へと見せません!速すぎるその戦法から、彼女はロンドール国にて『疾風』と呼ばれるまでになったのです!』

 

 魔法を放つにしても、あの速度は厄介だ。死角や背後から撃ってきているということは、高速移動しながら狙うだけの技量は無いということ。つまりは一瞬でも止めるか、止まる場所が分かれば対処はできる。

 

「ふむ……スキル【感覚強化】発動」

 

 グルドがスキルを発動させたと同時に、杖を振り上げボルトを放つ。電撃はリング床に当たり破片を飛び散らせる。その破片がロザリアに当たった。

 

「キャッ!?」

「捉えた」

 

 強化魔法『クイック』を使いロザリアへと肉薄するグルド。杖を持った腕を短剣で突き刺し押し倒す。受け身も取れず倒されたロザリアの顔前に杖が突きつけられた。

 

「チェックメイトだな」

「な、なんで私の場所が…」

「なあに、速い割りには動きが単調だったものでね。付与魔法『グレーター』で強化魔法『クイック』を強化し、風の魔法力でブーストしたといったところだろう?今まで打ち破られたことが無かったんだろうが、残念だったね。感覚を強化すれば捉えられない程じゃなかった。さて、対戦ありがとう。お疲れ様」

 

 突きつけた杖から中級炎魔法『ブレイズ』が放たれ、ロザリアの札が破られ転移。これにて第1試合の勝者は決まった。

 

『決着!ロンドール国にて名声を欲しいままにしていたロザリア選手を、グルド選手は下してみせました!恐るべきは魔闘会、最強を狙う参加者たちはたとえ無名であろうと油断ならない相手なのです!』

 

 観客の歓声が湧き上がる。その拍手は、グルドだけに送られたものではない。攻略されたとて、確かにその強さを見せつけたロザリアにも向けられているのだ。

 

 グルドはロザリアの分も一身に拍手を受け、控え室へと戻るのだった。

 

 

 

 

 

 凄まじいな。流石は戦場を駆け抜けた傭兵というわけか。

 

 あの女性の技を看破し、さらに攻略してみせるとは。感覚を強化したとて、対処できるかは別問題。しかしあのグルドという男は速度と動きを計算して、絶妙なタイミングで魔法を放った。

 

「……怪物ばかりだな」

「それはそうだよ。ロウや僕、それにあのダークホースくんが目立つからといって油断しないようにね。皆、本気で崩しに来る。最強を求めてね」

「……その言い方だと、誰も最強になっていないと言わんばかりだな」

「それはそうだよ。団長2人はどちらも強い。強すぎる。だからこそ、この国の要なんだけど……だ〜れも勝ててない。優勝者は出ても、『最強』になれた人は未だにいないよ」

「……そうか」

 

 壁は高い。しかし、だからこそ俄然燃えるというものだ。騎士団を束ねる二大団長。俺の力は、いったい何処まで通用するのか。

 

「……いいや、違う。そうではないな」

 

 それは最後に気にすべき事。今はまず、目の前の壁を乗り越えなければならない。

 

「第2試合が始まります!大扉前に集合してください!」

 

 係員の呼びかけが飛ぶ。俺は腰を上げ、器具を纏う。しっかり特大剣が付けられているか確認すると、リングへと足を進めるのだった。

 

 

 

 

 

『リングも修復は完了。準備も整いました!それでは皆様、お待たせしました!トーナメント第2試合、両名をご紹介させていただきます!大扉側におりますは、ギアルトリア国立魔法研究所教授、ノルエーマン!』

 

 ノルエーマンは軽く咳をしながら腰を伸ばす。緊張を微塵も感じさせず、頬笑みを浮かべているのは年の功だろうか。

 

『司会席側におりますは、マヌカンドラ帝国に古くから使える小貴族、エンドリー家のご子息。ドラングル・エンドリー!』

 

 観客席が騒然とする。噂は国中に広まっている。誰もが俺の事を知っているのだろう。

 

 魔法を使うことの出来ぬ、''なりそこない''と。

 

 俺は特大剣を取り外すと、片足を勢いよく床へと振り下ろした。

 

 ドンッとリングが揺れる。観客席のざわめきも消え、ノルエーマンは頬笑みをそのままに眼光を鋭くさせた。

 

 特大剣を勢いよく振り、両手で構える。対し、ノルエーマンも長杖を構えた。

 

『このカード、どちらが優を示すのか!それでは、第2試合開始!』

 

 鐘が鳴らされる。それと同時に、俺は高く跳躍。

 

『え、え!?』

 

 手に持った特大剣。持つ唯一の武器を、ノルエーマンへと投擲するのだった。

 



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獣騎士

後書きはちょっと読まなくても大丈夫です。夜にちょっと…ね…。


 誰もが予想しなかっただろう。開始早々、得物をぶん投げるなど。

 

「ぬっ!?」

 

 凄まじい速度で飛ぶ特大剣を、ノルエーマンは紙一重で躱した。しかし避けられてしまうことは予測済み。

 

 俺は床に深々と突き刺さった特大剣の柄を掴み、弧を描くように空中で方向転換し着地。その勢いで特大剣を引き抜くと、ノルエーマンへと振り下ろした。

 

 しかし魔法障壁が展開され、刃が阻まれた。本来魔法攻撃を防ぐもののために、特大剣の一撃の前に呆気なく破壊されたが、その場から退避するには十分な時間。特大剣が床を砕く頃には、ノルエーマンは間合いから脱出していた。

 

『なんという力、そして身軽さか!投擲した後に加速、風の魔法力も使わず、ただその力だけで空中を舞います!しかしその攻めは何より力強く、そして容赦がありません!あの巨大な剣で攻撃されれば、瞬く間に『身代わりの札』の寿命は尽きてしまうでしょう!』

 

 ノルエーマンは冷や汗を流しながらも、未だに微笑みを浮かべている。何やら対抗策があるのか、はたまたこの状況でも余裕を持てるだけの経験をしてきたのか。

 

「キミにはバトルロワイヤルの時から注目していたよ。控え室の騒動といい、ただの有象無象とは明らかに違うと思ったのでね」

「……そうか」

「そう、その鉄仮面。何を考えているのかも分からないのが余計にやりづらい。視線は常に私の目に、私の全体の動きは視界の端に映ったものから情報を得て捌いているな」

「………………」

 

 この男、凄まじい観察眼を持っている。先程の僅かな立ち会いの中で俺の細かな動作から戦闘法まで見抜いたか。

 

 さすがはギアルトリア魔闘会に、老齢の身で出場しているだけのことはある。

 

「しかしな!私も万が一を備えているのだ!魔法主体のこの世の中、しかしキミ程でなくとも物理攻撃をしてくる輩はたまにおるのでな!」

 

 ノルエーマンの身体を白い光が包み込み、弾ける。なんだ?図鑑にすら乗っていない、初めて見る魔法だ。そういえば聞いたことがある。魔法研究所は新たな魔法を開発するところだと。

 

 どこも外見に変わった所は無いように見えるが、何かしらの魔法を使用したことは確か。警戒するに越したことはない。

 

「聞いた話だが、キミは魔法力が少なく魔法が1つも使えんらしいな。バトルロワイヤルでも物理攻撃一辺倒だったのも頷ける」

「……何が言いたい」

 

 顔が歪み額に青筋ができる。怒りの表情を見たノルエーマンは、いやいやと手を振った。

 

「すまんすまん。今の発言に嘲りは無い。まあ、あれだ。私が言いたいのは……キミに勝ち目は無いということだ」

「……もういい」

 

 確かに現状確認のために言っただけなのだろう。だが人のコンプレックスをここまで刺激してくれたんだ。癇に障ってしかたがない。

 

 スキル【獣走】発動。

 

『おおっとドラングル選手!姿勢を低くし、まるで獣のように駆け出した!早い早い!弾丸の如く迫るドラングル選手。対しノルエーマン選手は……おおっ!?まったく動かず!腕を広げ、まるで迎え入れるように立ち尽くしています!』

 

「さあ、来るがいい」

「……なめるな」

 

 俺はノルエーマンへ振るおうとしていた体勢を変え特大剣を床へ走らせる。抉り取られた床の破片はノルエーマンへと凄まじい速さで飛んだ。

 

 破片が驚愕したノルエーマンと衝突したその時。破片は粉々に砕け塵となった。

 

『な、何が起きたと言うのでしょう!ドラングル選手が剣を床へ振るうことで放たれた礫は、ノルエーマン選手を傷つけるどころか粉々になってしまいました!』

 

「ほう、寸前で気付くか」

「……誘いに乗ってやっても良かったが、あからさま過ぎだ。何かあることなど誰だろうと分かる」

「ふむ。魔法の研究だけじゃなく、コミュニケーション能力も鍛えねばか。うむうむ、勉強になった、ありがとう」

 

 先程の魔法。そして飛び込みの一撃は躱していたというのに、今回はワザと受けようとするその姿勢。破片が砕けた様子を見ると、やはり何かしらの迎撃手段であったか。

 

「何をしたのか分かるかね?」

「……物理攻撃一辺倒の俺では勝ち目が無いと言っていたというのに、説明はしてくれないのだな」

「無論だ。私はこれでも教授でね。問題の答えは自分で考えさせねば」

「……俺は講義など受けるつもりはないのだが、な!」

 

 再び駆け出す。特大剣を振るう、と見せかけてその場で手放し、腹へと蹴りを放つ。フェイントを入れれば対応できないかとも思ったが、その考えに反し俺の足は凄まじい衝撃に襲われた。

 

「ぐっ!?」

「残念だね。中級雷魔法『ライトニング』!」

 

 至近距離から稲妻が放たれるも、咄嗟に【魔法防御壁】【状態異常無効】を発動し魔力ダメージのみ食らう。軽減されたとはいえ中級魔法。『身代わりの札』もいくらか削られた。

 

「ほう、耐えたか!」

「………………」

 

 下がり距離を取りながら、抉られた部分から破片を掴み投げつける。しかし、先程のように破片は粉々になってしまった。

 

「無駄だよ。キミが答えに辿り着かない限り……いや、辿り着いたとしても、攻略は不可能だ。キミは魔法が使えないのだからね!」

「……つまり物理攻撃は防げても、魔法は防げないと」

「その通り。つまり、魔法による攻撃手段を持たないキミになすすべは無い。勝ち目が無いと言った意味がわかったかね?」

「………………」

 

 俺は何も言わず、得意げなノルエーマンへと特大剣を構え突貫する。

 

『ドラングル選手、再び迫ります!何か対抗手段を見つけたのでしょうか!?』

 

「愚か者め!この魔法は私が対物理攻撃にのみ注力して作り上げた傑作だ!突破できるものか!己の豪打で吹き飛ぶがいい!」

 

 俺は床に素早く手をやり、取った物を投擲した。芸がないと、ノルエーマンは構わず魔法を放とうとする。

 

「中級炎魔ぼっ!!?」

 

 投げられたソレが粉々になった瞬間、炎の魔法力が解き放たれノルエーマンを焼いた。下級程度の魔力量だが、【魔法防御壁】どころか魔法障壁すら展開していなかったノルエーマンには効いただろう。

 

『なんと!?ドラングル選手、投げたのは床の石材ではありません!魔石です!炎の魔法力を封じ込めた魔石をノルエーマン選手へと投げつけたのです!』

 

 床から抉りとった石材を拾う際に、販売されていた魔石を紛れ込ませた。これは魔法の触媒となる杖に用いられるものであり、闘技場内で販売されている物だ。試合中に攻撃として使用することも認められている。魔法の方が威力は高く、使う者はほとんどいないが。

 

 しかし、ノルエーマンを仰け反らせ隙を晒すことはできた。であれば後はこちらのものだ。

 

 俺は【獣走】を発動しノルエーマンへと迫る。それをなんとか察知したノルエーマンは高らかに叫んだ。

 

「ま、まさか魔石とはな!だが、2度も同じ手は喰らわんぞ!」

「……だろうな」

「ほ?」

 

 俺は何も投げず、さらには特大剣をも手放した。そしてノルエーマンの脇腹を両手で掴む。

 

「……先程の言動から察するに、物理攻撃を反射しているようだな。では、これならばどうかな?」

「う、おおおお!?」

 

 魔法一辺倒の老人など軽い。ノルエーマンを高く放り投げた俺は、跳躍し再びノルエーマンを両手で掴む。

 

「な、ま、まさかっ!?」

「……そら、反射してみせろ」

 

【剛力】【筋骨増強】発動。

 

 ノルエーマンの魔法のカラクリはわかった。魔法かけられた対象へ向けられた物理的ダメージを衝撃波として反射するというもの。故に投擲物などにも対応できるが、逆に自身が武器のように扱われてしまえば、逆に物理攻撃を行う側となってしまい自分に衝撃波が襲うことになる。

 

 落下の速度を乗せて、ノルエーマンを床へと振り下ろした。床に叩きつけられ、通常であればそのまま埋まるところだが、床はヒビ1つ付かずノルエーマンがもう一度バウンドした。衝撃によって気絶したノルエーマンを、転移の光が包むのだった。

 

『必勝策、破れたり!ドラングル選手、獣の如く攻め、反射魔法の糸口を見つけ出し見事攻略!トーナメント第2試合、これにて決着です!』

 

 観客の歓声が上がる中、俺は特大剣を拾い上げ背中へと掛ける。此度の戦闘の反省をしながら、リングを後にするのだった。

 




このあとがきは削除しました。はぁ、いけませんね。本気でやってることに無言低評価で返されると、かなりガックリ来るので…。


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返しの企て

お気に入り登録・評価・感想ありがとうございます!特に一言コメントまでくださった方々には頭が上がりませぬ。中には痛いところを指摘されましたが、とてもいい気付けになりました。これからも精進していきます!

あ、今回繋ぎなので短めです。


 第2試合が終わり、控え室へ足を進めていた時。向かい側からロウが歩いてきた。これから大扉へと向かうのだろう。

 

「待て」

「……なんだ」

 

 ロウが俺を呼び止めた。何故か異様に絡んでくるが、俺は知らぬ内になにかしてしまったのだろうか。控え室の騒動のせいか?

 

「貴様、何かしら勘づいているのだろう」

「……なんのことだ」

「とぼけるな。先程の試合、貴様の動きは不自然さがあった。まるで慣れない動きをしているかのようなぎこちなさ。他の参加者を騙せても俺やハイの目は騙せんぞ」

「………………」

「貴様は何を見ている。何をそんなにも()()()()()()

「……協力してくれるか」

「内容による」

「……では話そう。俺の考えだが…」

 

 

 

 

 

『続いて第3試合。選手を紹介させていただきます!大扉側におりますは、旧都カサンドラより来たる魔道士、サランサ!』

 

 珍しく2本の杖を持つサランサは、何やら緊張しているのかしきりに杖を床についたりして落ち着きがない。

 

『司会席側におりますは、お待たせしました。ギアルトリア魔闘会にて幾度となく優勝を飾った覇者、ロウその人です!』

 

 一際大きな歓声。やはりロウは名声実績共に大きいのだろう。

 

「あの女も可哀想だな。初戦でいきなり覇者とぶつかるなんて」

「まったくだ。あの震え様は相当心に来てんじゃねぇか?」

 

 観客らは未だに震えるサランサへ向けて憐れみの視線を向ける。誰の目から見ても、一方的な試合が行われるであろうことは明らかだった。

 

 

 

 

 控え室に残る選手らを除いて。

 

「あの女、とんだ狸だな」

「そうね。そもそもあのバトルロワイヤルを生き延びたのだし。緊張でガチガチなんて普通はありえないわよ」

「ううむ、魔闘会覇者を前にしてそんなことをわざわざする必要があるのかね?」

「ないね。あの男は相手がどんな状況だろうと徹底的に叩き潰すことで有名さ。あんな弱々しい姿を見せられようと手を抜きはしないだろうよ」

 

 トーナメント参加者たちは、勝者敗者問わず投影魔道具で試合の様子を確認していた。話題はもちろん試合の事だ。トーナメント参加は強者の証。そのためベスト3に入らずとも表彰されるためだ。観客席に行くこともできるが、それをするならば参加者たちと意見を交わした方が成長できると思ったのだろう。

 

 その部屋の隅で、蹲っている者がいた。ローブを纏った少年。ダークホースと呼ばれていた彼だ。

 

「…ぐ……うぅ……」

 

 何やら苦しげにしており、身体を抱きしめ何かに耐えていた。

 

「フゥ…フゥ……」

 

 汗は蒸発し、口からはほんの少しばかり黒い煙が出ている。彼のうちに眠る力は、確かにその命を蝕んでいたのだった。

 

 

 

 

 

 廊下で、俺はハイと向き合っていた。

 

 明るかったハイの表情は曇り、沈んでいる。まあ俺が言ったことが原因なのだが。

 

「わかった。けれど、なんとも胸糞悪いね」

「……ああ。だからこそ、泳がせなければならん。会場の人々を守るにはわざと危険にするしかない」

「わかってる。僕だけだと大して気づけなかったかもだし。ロウと君のおかげだね」

 

 ロウにしたものと同じように一通り説明は済ませた。後は敵が動くまで待つだけ。その時こそ、俺も本調子で暴れることができるはずだ。

 

「それにしても、凄いスキルを持ってるんだね。【スーパーアーマー】だっけ?効果も凄まじいというのに、発動すれば自身で解除しない限り発動し続けるなんて前代未聞だよ」

「……俺もこんなスキルがあるとは知らなかった。あらゆる文献を調べてみたが、これと同じような発動の仕方をするスキルは見つからなかった」

「へぇ……うーん、興味深い。ちょっと魔法撃ってもいい?」

「………………」

「ごめん、冗談だから。だから無言で距離詰めてこないでよ怖い怖い怖い!」

 

 馬鹿なことを言うハイを軽く虐めてやると、ハイは早足で後ろに下がる。面白かったが、流石に可哀想かと冗談だと一言入れた。

 

「君っていつも無表情だから圧が凄いんだよ。無言で迫ってくるとかそれこそゴーストを見るより怖い」

「……俺ってそんなに怖いか?」

「うん。まともに直視したら意識無くなるだろうね」

 

 大袈裟な。まあささやかな反撃だと受け取っておこう。

 

「さて、そろそろ控え室に戻ろうか。ロウの試合が始まってだいぶ経つし」

「……そうだな」

 

 控え室へと足を進める。その際に魔石を使って探知を行うが、自分たち以外に気配は無い。

 

 気をつけながらも戻り、控え室の扉を開けると、唖然とした様子の参加者たちの姿が見えた。

 

『予想だにしなかったどんでん返し!魔闘会覇者ロウ、まさかの初戦敗退!!第3試合、勝者はサランサ!』

 




どうしようか。一言コメント付ければ荒らしは対策できるし運営に通報もできるんだけど……やっぱり読者の皆様方には制限無しの自由に楽しんでもらいたいしなぁ…。

少しばかり更新を止めて他の作品の方を更新し始めます。結構やったのでね、少々お待ちを。興味があれば他の作品も読んでみてください。そして批評ください、成長のために。

アンケートは7/3(日)23:59に締切とします。

追記
頭冷やします


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ロウの意想外

頭冷やしてきました。

結局、発散方法は絵を描くか小説を書くぐらいしか無さそうです。ゲームとかやっても前のようにイマイチのめり込めなくなってしまって、小説のネタになりそうなものに目が行きがちになってました。

たぶん評価とか気にせずいつも通りに没頭するのがいい気がします。感謝の言葉は今まで通りやりますが、深く指摘したりすることはもう無いでしょう。

とにもかくにも、ご迷惑をおかけしました。


評価・お気に入り登録ありがとうございます。推薦にこの作品が載るとは光栄です。



『続いて第3試合。選手を紹介させていただきます!大扉側におりますは、旧都カサンドラより来たる魔道士、サランサ!』

 

 いよいよ試合。意を決したようにサランサは杖を構えた。しかしその立ち振るまいはどこか拙く、とてもトーナメント参加者とは思えない。

 

『司会席側におりますは、お待たせしました。ギアルトリア魔闘会にて幾度となく優勝を飾った覇者、ロウその人です!』

 

 ロウはそんなサランサの様子を見てつまらなそうにしている。杖を取り出し引き延ばす。それだけを行い、構えもせずに立っている。

 

『ロウ選手は言わずもがな、サランサ選手もまた狂魔導士と呼ばれる強者です!どちらが勝利の栄光を手にするのでしょうか!それではトーナメント戦第3試合、試合開始です!』

 

「スキル【詠唱短縮】発動!ブレイズ!ブラスト!」

 

 鐘が鳴らされた。サランサが右の杖で中級炎魔法『ブレイズ』を、左の杖で中級爆発魔法『ブラスト』を放つ。ロウの足元が爆発で崩れ、そこへ火球が迫る。二本の杖を持つがゆえに使える戦闘法だ。

 

 しかしロウもただで食らいはしない。足元へ風の魔法力を展開し空へ身を躍らせる。火球から逃れたロウはすぐさまスキル【無詠唱】を発動。中級雷魔法『ライトニング』を瞬時に放つ。

 

 魔法の詠唱は相手に情報を与える。放つタイミングや魔法の属性などを詠唱で察知し、迎撃などの対抗手段を講じるのがセオリー。しかしロウの使う【無詠唱】はすべての攻撃が予測不可能の不意打ち。これが魔闘会覇者の常勝を支えているのだ。

 

『ロウお得意の、【無詠唱】発動からの怒涛の連発だぁ!これに耐えきれるかで戦いの展開は変わると言えるでしょう!』

 

 ロウはバトルロワイアルほどではないが、それでも放たれる魔法の弾幕は捌き難い。手数では圧倒的に有利なこの状況。しかしロウは手を抜かない……いや、抜いてはいるのだがその顔は真剣味を帯びている。

 

「キャッ!?」

 

 やがて避けきれず被弾したサランサ。彼女は床を転がるとうつ伏せのまま動かなくなった。

 

『これは!?どうしたサランサ選手、身代わりの札は確かに所持していたはずですが、起き上がりません!やられたフリもこの大会では意味は無い!何が目的なのでしょうか!』

 

「………………」

 

 ロウは追撃するでもなく、ただじっと倒れ伏すサランサを見続ける。その鋭い視線は、ほんの少し、ほんの僅かにサランサの指が動くのを見逃さなかった。

 

 咄嗟にその場から跳躍し離れるロウ。次の瞬間、先程までロウが立っていた場所に凄まじい爆発が起こった。

 

「うわあああ!!?」

「キャアアアッ!」

 

 その爆風はバリアによって阻まれるも、轟音は観客らの耳を攻撃する。リングには巨大な土煙が上がっており、状況は何も掴めない様子だ。

 

 会場が騒然とする中、ゆらりと土煙の中で人影が立ち上がるのが見える。晴れればそこに居たのは、髪を振り乱し狂気の笑みを浮かべるサランサだった。

 

「ギャハハハハハッ!!」

『な、なんということでしょう!サランサ選手の様子が豹変!先の爆発は彼女の起こしたものでしょうか!?これが狂魔道士と呼ばれる所以なのでしょうか!』

 

 爆発の爪痕は大きく、リングはその三分の一が跡形もなく消えており、さらには下の土肌さえも深く抉っている。

 

「なんて威力……」

「お、おい見ろ!アレ!」

 

 その上空に浮かぶものがあった。爆発から逃げきれなかったのか少々ローブが焼けているが、確かにロウは健在していた。

 

『これは……風魔法の応用でしょうか!?ロウは空中で風を纏い浮かんでいます!第1試合にてロザリア選手が見せた技のようにも見えます!』

 

「フン……見当違いも甚だしい。こんなものは魔法力を纏い姿勢を維持しているだけ。あのようなスピードは出ん。だが、これもれっきとした私の闘法だ」

「ギヒヒヒィ?」

「見せるのはもっと後になると思っていたのだがな。さあ、闘いを楽しもうか」

 

 スキル【連続魔法】【無詠唱】発動。ロウがそう呟くと同時に、杖の先端からあらゆる中級魔法で構成された弾幕がサランサ目掛けて放たれた。

 

『おおーっと、これは!バトルロワイヤルにてあらゆる反撃も許さず、尽くを薙ぎ払った魔法の弾幕だ!40余名の参加者を吹き飛ばしたその全てが、たった1人へ向けて放たれている!』

 

 照準など必要ない。リング上を空から魔法の弾幕で覆い尽くしてしまえば為す術などありはしない。

 

 一方的、そして徹底的なロウの攻撃は残り半分近かったリング上を無慈悲にも破壊していく。常人であれば弾幕に飲まれ転移。ある程度の強さを持つ猛者であっても防ぐのに精一杯であろう。

 

 しかしサランサは違った。彼女は狂人、その思考は常人では辿り着かぬ場所にある。

 

「ギヒ、ギヒヒヒ!グ、ギギ!」

 

「ヒッ!?」

「おいおい、笑ってやがる……」

 

 サランサは魔法を避けるでも撃ち落とすでも無く、それらを受け入れた。身代わりの札が凄まじい勢いで削られていく。しかし彼女は気にしない。

 

 己の内にあるものを溜めて溜めて溜めて……今。

 

「ア゛ッッッハア゛ッ!!!」

「むっ!?」

 

 空へと咆哮したサランサ。魔力が激流のようにロウの周囲をうねったことを感知したロウはすぐさまその場を離れようとするが間に合わない。咄嗟に魔法障壁を展開しスキル【魔法防御壁】を発動させるので精一杯だった。

 

 

 

 上級爆発魔法『エクスプロージョン』

 

 

 

 まず初めに感じたのは目を眩ませる閃光。気付けばロウの身体は闘技場のバリアに激突しており、展開されていた弾幕は全て吹き飛んだ。魔法障壁も【魔法防御壁】も大した効果は無く、感じるのは激しい目の痛みと激しい耳鳴り。身体のダメージは身代わりの札が受けてくれたのだろうか。

 

「ギア゛バァッ!!」

 

 

 上級爆発魔法『エクスプロージョン』

 

 

 再び目を焼く極光を前に、ロウの意識は暗転した。

 

 

 

 

『予想だにしなかったどんでん返し!魔闘会覇者ロウ、まさかの初戦敗退!!第3試合、勝者はサランサ!』

 

 こうして、ロウはギアルトリア魔闘会にて初めて第3試合敗退という結果を残すのであった。

 




雨っていいよね。土砂降りだろうと小雨だろうと、なんだか小説を書きたくさせる。少し悲しいような、切ないような。でも洗い流されるようで。好き。

現状を知りたいので、アンケートご協力お願いします。この作品止めるとかではなく、ただ成長のために。よろしくお願いします。


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魔闘会大混乱

 決勝まで上がると言っていたロウが、初戦で敗退。それが堪えたのか、騒然とする控え室の端っこにロウは座っていた。

 

「………………」

「……ロウ、機嫌を治してよ。そろそろ僕の試合があるんだからさ」

「………放っておいてくれ」

「……そのままでいると、貴公の対戦相手が素直に喜べんだろう」

「…あれはいわゆる二重人格。試合後の姿を見ればどのように勝利したのかもわかっていない。そんな者に、私は負けたのだ」

 

 ここまでの落ち込みようは見たことがないと、残っていたトーナメント参加者たちがやいのやいのと騒ぐ。そんな騒々しさを意に介さずロウはどんよりとした空気を纏っている。

 

「……そんなに悔しいか」

「無論だ……」

「……では歯を食いしばることだな」

「…?何を……!?」

 

 俺はロウを掴むと、思い切り投げ飛ばした。飛んでいったロウが何かを吹き飛ばした気もするが、気にしないでおく。

 

「……屈辱だったことはわかる。だが、次の手すら考えず惰性に過ごすならば出て行け。ここに残るメンバーは、早くも己の成長のために試合に集中し試行錯誤しているというのに、なんだその体たらくは」

「………………」

「……ロウ、貴公は確かに魔闘会覇者と呼ばれている。そしてそれだけの実力もある。だが優勝のみを見過ぎだ。目の前の相手を見れん奴が勝ち進めるものか」

「…ああ、そう…だな……」

 

 ロウの言葉を確認した俺は、ロウと衝突してしまった者の元へと行く。ローブで身を包んだ俺よりも小さい少年、『ダークホース』と呼ばれていた子だ。

 

 頭を切ったのか少し血が出ている。俺は懐からハンカチを取り出すと、優しく血を拭った。

 

「……すまない。巻き込んでしまった」

「あ、いえ…大丈夫です……」

 

 少年が立ち上がろうとした時、係員が部屋の中へ入ってきた。

 

「第4試合出場者は速やかに大扉へと集合してください!」

 

「それじゃあ行ってくるよ」

「ああ」

「……油断はしないようにな」

「もちろん」

 

 緊張など感じさせない様子でハイが控え室から出ていく。少年もまた少しふらつきながらも退室して行った。

 

「フンッ、芝居は終わりか?」

「……ああ。これで材料は手に入った」

 

 俺の手には少年の血が付着しているハンカチ。それを懐にしまうと、退室するべく扉へと向かう。

 

「……後はこちらでやる。貴公はもしもの時のために備えておいてくれ」

「さっきは痛かったぞ」

「……この案で行くと賛同したのは貴公だ。その痛みは覚悟の上だろう?」

「釣り合わん。だが……ふむ、その似合わぬ『貴公』という呼び方を変えれば許してやらんでもない」

「……礼を尽くしていたのだがな。協力者をそう呼ぶのも変か。ならばロウと呼ぶことにしよう」

「ああ。気色悪さはこれで無くなった」

「……随分というじゃあないか」

 

 互いに笑ったあと、俺は部屋の外へと足を運ぶ。向かうは特別区観戦席、俺の家族たちの元へ。

 

 

 

 

 

『それでは、第1回戦トーナメント第4試合両名をご紹介させていただきます!大扉側におりますは、前大会にて魔闘会覇者を下し優勝の美を飾った魔術師、ハイ!』

 

 軽く笑みを浮かべながら、身体の節々を伸ばしリラックスするハイ。短杖を取り出し、クルクルと回し始めた。

 

『司会席側におりますは、バトルロワイヤルにて正体不明の炎魔法で参加者たちを薙ぎ払ったダークホース、ルカ!』

 

 少年、ルカはやはり体調が悪そうだ。頭痛がするのか頭を押さえている。

 

『ルカ選手、試合に出るコンディションとはとても思えません!しかし棄権はせず!ハイ選手を下してみせるとリングに上がりました!』

 

「ふ〜ん…」

「う…ぐ……」

 

『それではお待たせしました!トーナメント第4試合、開始!』

 

「まずは小手調べだね。スキル【詠唱短縮】!」

「うっ!?」

 

 魔法名のみで魔法を放てるスキル【詠唱短縮】。それを発動したハイは次々と下級魔法を放つ。少年はバトルロワイヤルに見せた炎魔法を使うでもなく、ただ転げ回ってなんとか避けていった。

 

『ハイ選手の連続攻撃に、ルカ選手反撃できません!魔法を使う様子もない、いったいどうしたのでしょうか!』

 

 その時、下級炎魔法『フレイム』がルカに直撃した。受け身も取れず、ゴロゴロとリング端まで転がって行った。その様子を見て、ハイはとあることに気がついた。

 

「君、スキルを使ってないね?魔法障壁もスキル『魔法防御壁』も、他の防御手段すら使用していない。戦い慣れてないのに、なんで魔闘会に出場してるのさ」

「う…うう……」

 

 ルカは答えず、ゆっくりと立ち上がる。ハイは杖を構えながらもさらに質問を重ねた。

 

「何か出ないといけない理由があるのかな?賞金が目当て?」

「…………」

「それとも、誰かに命令された?」

「っ!?うああああ!!」

 

 何かが導火線に火をつけたのか、バトルロワイヤルの時と同じようにルカが頭を押さえると同時に炎がルカを囲う。

 

『おおーっと、これは!?バトルロワイヤルにて見せたあの大魔法!ルカ選手、奥の手を早くも切りだしたー!』

 

「それそれ。待ってたよ」

 

 ハイもまた魔法力を高めていき、風の属性へと変換していく。やがて風は突風となり、バトルロワイヤルにて猛威を振るった竜巻を形成していく。

 

「さあ、真正面からぶつかり合おうじゃないか!」

 

 上級風魔法『トルネード』

 

 炎がルカへと収束され、爆発が起こる。そのリングを抉る破壊力へ、ハイは巨大な竜巻で対応した。

 

 爆発はそのほとんどが炎の飛び散りと少しの衝撃波。勢いのある炎は風で巻き上げ、衝撃波は突風の勢いに負けた。ルカの決死の一撃は竜巻に取り込まれる結果となった。

 

『正面突破!ルカ選手の炎魔法は、ハイ選手の風魔法の前に敗れましたー!』

 

「あ…そんな……」

「……今ので終わり?他の戦う術がないなら、君はここで終わりだ。対戦ありがとうございました」

 

 ハイが短杖を前にかざすと、竜巻はゆっくりとルカへと迫り……飲み込んだ。防御手段を持たないルカならばすぐに身代わりの札で転移することになるだろう。

 

「もーちょっと手応えがあるかと思ったんだけど……思い違いかな?」

 

 竜巻から目を離し周囲を見渡すハイ。何かしらの妨害があるかという警戒の行動だったが、それがいけなかった。

 

 何かが砕ける音。次いで竜巻の周囲に3つの炎の輪が現れ、順に中心へと収束していく。悪寒を感じたハイはすぐさま魔法障壁を展開しスキル『魔法防御壁』を発動した。

 

 次の瞬間、凄まじい炎の爆発が竜巻を吹き飛ばした。爆発の衝撃による剛風の中、ハイは宙に浮かぶソレを見た。

 

 炎を纏い火を吹いている。黒い岩肌から絶えず溶岩のような液体が流れ出ており、明らかに人のものではない。その翼といい顔といい、まさに凶悪そのものといった風貌だ。

 

「オォォオオオッッ!!」

 

 怪物が咆哮すると同時に赤い波動を放つ。それは瞬く間に帝国闘技場を覆った。

 

「ぐっ、今のは…!?」

 

 ハイが灼熱の熱気に堪えながら立ち上がると、その耳で異音を拾った。出処はなんだと空を見上げたハイは、そこに広がる光景に絶句することになる。

 

「バリアがっ!?」

 

 観客席を守っていたバリアに亀裂が入っていた。割れ目は絶え間なく広がり続け……砕け散る。

 

 少しばかり理解するのに時間を要した観客たちは、次の瞬間には大声を上げ逃げ始めた。バリアが割れたいま、すでに安全は保証されていないのだから。

 

「オオォォォオオオオッッ!!」

 

 怪物の咆哮が恐怖を煽る。闘技場は混乱に包まれたのだった。

 



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二大騎士団長出陣

お気に入り登録者が300人を超しました。たくさんの方々に読んでいただいて光栄です。評価もありがとうございます。


 混乱に陥ったものの、観客の避難は驚くほど速やかに進んだ。

 

 敵方が動いた際は迅速な対応が必要なために、係員だけでなく騎士団までもが配置され事の収拾に当たっていたからである。

 

 問題はバリアを破った怪物。観客の避難が早いとはいえ帝国闘技場には多くの人々が入場していた。悲鳴をあげながらワラワラと動く観客へ注意が向かないはずもなく。

 

「オオォォオオオッ!」

 

 上級炎魔術『アトミックレイ』

 

 怪物の両手に炎が握られる。それを束ね、観客席へ向けて灼熱の熱線を放った。

 

「なっ!?中級雷魔法『ライトニング』!」

 

 ハイが稲妻で光線を迎撃しようとするも、エネルギー量もまた格別であり、熱線は難なく耐え逃げ遅れる人々を焼き溶かそうとする。しかし、ここは帝王のお膝元。そう何度も無礼を許すほど意味の無い場所ではないのだ。

 

 特別区観戦席最上階より、ガラスを突き破り落ちてくる影が一つ。軽やかに着地したのは軽装に身を包んだ齢30前後の男性だ。

 

「おいたが過ぎるわよ!」

 

 男性が杖を振りあげれば、熱線の射線上で地面が盛り上がり分厚い壁となる。熱線はある程度土の壁を溶かした後に爆発を起こした。

 

 注意をひいた男性へと再び熱線を放とうとする怪物。しかし次の瞬間、上空から降り注ぐ氷塊の雨に打たれ地へ叩き付けられた。

 

 怪物が空を睨む。ゆっくりと降りてきたのはクリスティーヌ騎士団長ヘレン・クリスティーヌ。怪物を前にしてしかし、微塵も恐れや焦りは抱いていない。

 

「陛下の前でガラス壁を突き破り飛び出すとは。驚いて肩が跳ねていたぞ。後ほど叱られるかもな」

「あらいけない。でも許してくれるわ。あの熱線を民に撃たれたらとんでもない事になっちゃってたわよぅ」

「……まったく、キミの判断の速さには毎度舌を巻くよ。でもよかった、前回も前々回も優勝者と戦ったのは私だったし。腕は落ちていないようだね、ヨルン」

「貴女こそ、戦い続きでバテてないようで何よりだわクリスちゃん」

 

 くねくねと身体を動かす彼こそ、ヨルン騎士団をまとめるナラクンナ・ヨルン。少々問題を起こすことがあるが、公私共に善性をもって行動するれっきとした騎士団長である。

 

「クリスティーヌさん…」

「ハイ殿。貴方は控え室へ行って、残っているトーナメント参加者たちを連れて闘技場から脱出してくれ」

「でも…」

「大丈夫よぉ。私たちだけでなんとかなるから、早くお行きなさいな」

「……わかりましたヨルン…さん?」

「あたしオカマなのよ、好きにお呼びなさい」

「え…オカマ?」

「そうよ、オカマよ。……なんか文句ある?」

「い、いえ!何もないです失礼します!」

 

 風の魔法力によるブーストでその場を去るハイ。クリスティーナは苦笑いでヨルンを窘めた。

 

「またそうやって杭を打ち込んで……面白半分に人を威圧しないでくれないか」

「反応が可愛いのがいけないのよぉ。ハイくんいいわね、食べちゃいたいくらい」

「まったく……気を引き締めてくれ。彼もそろそろ抑えが効かないようだ」

「ォォ…ォォォオオオオッ‼」

 

 上級炎魔術『フレアストーム』

 

 怪物が地面へ両手をつく。流し込まれた魔力は拡散し幾つもの火柱となって吹き出した。

 

「付与魔法『エンチャント・フレイム』強化魔法『ブロック』。これでいくらかはマシになるはずよ」

「ああ、助かる」

 

 瞬間、火柱が2人を飲む。怪物が手に魔力を溜め熱線を放とうとした時、火柱から2人が飛び出した。

 

「スキル【離反詠唱】【無詠唱】【魔法力覚醒】発動!」

「スキル【無詠唱】【魔法増強】【急加速】発動!クリスちゃん!」

 

 ヨルンから強化魔法『マジックパワー』と弱体魔法『マジックハック』が飛ぶ。クリスティーヌの魔法力の質が上昇するも、魔力耐性を下げる弱体魔法は効果を発揮しなかった。

 

「あら、レジストされちゃったわ」

「充分さ!」

 

 上級炎魔術『アトミックレイ』

 

 クリスティーヌが答えると同時に怪物の手から熱線が放たれる。クリスティーヌはそれを付与魔法『エンチャント・フライ』で空へ飛び回避。魔法力を練り上げ氷の属性へ変えていく。

 

「暑そうだな。涼しくしてあげよう」

 

 上級氷結魔法『ブリザード』

 

 凍てつく冷気が氷の刃とともに怪物を襲う。怪物は火を起こし対抗しようとするも、氷の魔法力の激流によって火の魔力は魔術を形成する前にかき消されてしまう。

 

 それならばと怪物は地面に手を付け魔力を放出、赤熱した地面が爆発しその中へと潜って行った。

 

「あら、土の中に潜っちゃったわね」

「あの熱線や火柱を出されたら厄介だな。引きずり出そう」

「そうね。それじゃあ、ほい!」

 

 ヨルンが地面に手を付け土の魔法力を流し込んでいく。柔らかくなっていく土の感触を確かめると、クリスティーヌへ合図を出した。

 

 宙に浮くクリスティーヌは杖に魔法力をかき集め、風の魔法力へと変換させる。出来上がるのは風の大槍。魔法ではない魔法力操作の応用だが、スキルと強化魔法の重ねがけにより魔法並の威力を確かに持っている。

 

 柔らかくなった地面へ風の槍を撃ち込み、爆発させる。土とともに怪物が吹き飛ばされ姿を現した。

 

「ォ……ォォオオオ…」

「よし、出てきた。畳み掛けよう」

「ええ。せっかくの魔闘会を台無しにしてくれちゃったおバカさんには、相応の罰を与えなきゃあ」

 

 2人が魔法力を練り上げ始めたその時、特別区観戦席の最上階で爆発が起こった。

 

「な、なにっ!?」

「まさか、この怪物ちゃんは囮!?これだけの戦力を陽動に使うなんて!」

 

 怪物の力は凄まじい。敵の狙いは怪物を使って破壊の限りを尽くすつもりなのかと予想していた2人は完全に虚をつかれた。

 

「すぐ応援に駆けつけないと!」

「でも、この子はどうするのよ!まだ余力はあるみたいだし、あたしたちが離れるわけにはいかないわぁ!」

 

 吹き飛ばされていた怪物が起き上がる。その目からは未だ闘志の火が感じられる。傷も思ったよりも少なく、戦いを続けるには充分な様子だ。

 

 二手に別れようにも、先の戦いでこの怪物は一人で倒せるほど軟弱ではないことがわかっている。観戦席を襲った相手の実力も未知数。一人という半端な増援で果たして足りるかどうか。

 

「仕方ないわ。クリスちゃんは行って!」

「だけど、ヨルンはどうする!?」

「押さえてみせるわ!貴女だけでも帝王様の元へ!」

「……ぐっ、しかし…」

 

 ヨルン一人で怪物を相手取ることもまた難しい。しかし何より守らねばならないのは帝王。いよいよ腹を決めかけたその時だった。

 

 まさに飛びかからんとしていた怪物が巨大な爆発に飲み込まれた。

 

「!?」

「これは……魔法!」

 

 上級炎魔術『アトミックレイ』

 

 怪物が後ろへと振り向きざまに熱線を放つ。しかし熱線は突如空中で停止し、怪物へと跳ね返された。

 

「ォォオオオッ!?」

 

 怪物の巨体が倒れ、2人の向かい側の様子が明らかとなる。そこには幾つもの人影があった。

 

「クリスティーヌさん!ヨルンさん!お待たせしました!ここは僕たちに任せてください!」

 

 避難を指示したはずのトーナメント参加者たちが、戦闘態勢で揃っていたのだった。

 



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封魔シルドロック

魔闘会編も終盤。もう少しで10万文字届くけど、ほんとタイトル詐欺ですね。


「な、何故ここに!?避難するように言ったはずだぞ!」

 

 まず飛んだのはクリスティーヌの怒声。避難するように言ったというのに、全員を連れて戻ってくるとは何事か。

 

 しかしクリスティーヌの怒りを宥めたのは同じ騎士団長のヨルンであった。

 

「クリスちゃん。彼らはもうわかってるのよ。今のあたしたちの状況、そしてどうするのが最善なのか」

「し、しかし……」

「でももしかしもないの!ごめんなさいね皆、あたしたちが戻ってくるまでなんとか耐えていて!」

「お任せを!なんなら倒してしまってもいいのでしょう!」

 

 渋るクリスティーヌの腕を掴み、建物内へと駆け出すヨルン。背を向ける敵を屠るべく、怪物はその手に火炎を点した。

 

 上級炎魔術『アトミックレイ』

 

 反射魔法『マホレクション』

 

 熱線と団長らの間に入る者がいた。第2試合でドラングルに敗北したノルエーマンである。

 

 ノルエーマンを飲み込むかに思われた熱戦は衝突前に跳ね返され、怪物へと直撃した。

 

「魔術を使う相手であれば私の出番。防御は気にするな!攻撃に集中するのだ!」

「感謝するよ!」

「フンッ…」

 

 上級風魔法『トルネード』

 中級雷魔法『ライトニング』

 

 ハイが巨大な竜巻で怪物を飲み込み、スキル『連続魔法』『無詠唱』によって絶え間なく稲妻を放ち続けるロウ。

 

 稲妻は竜巻と融合し中の怪物を苦しめた。

 

「イ゛ヒヒィッ、ジネェッ!!」

 

 上級爆発魔法『エクスプロージョン』

 

 桁外れの魔法力は竜巻の中心で発光、凄まじい爆発を起こした。

 

「ア゛ッハハァッ!」

 

 上級爆発魔法『エクスプロージョン』

 

 2度目の爆発。追い討ちにしては過剰なのではという火力が叩き込まれていく。しかし怪物もまた桁違い。猛攻を耐えきり地面へと魔力を流し込む。

 

 上級炎魔術『フレアストーム』

 

 地面から次々と火柱が襲う。この攻撃は流石に反射できず、全員が回避行動に移る。怪物は空高く舞い上がると、全身を火炎に包み突進を始めた。

 

 狙いは反射魔法を使うノルエーマン。老齢である彼は火柱を避けることで精一杯なようで、上空より迫る火炎弾には気づいていないようだ。

 

「ノルエーマン教授!」

「む?おおっ!?」

 

 ハイの叫び声で顔を上げたノルエーマンは、眼前に迫る怪物に驚愕する。無論回避する暇はない。火炎弾は着弾し炎の爆発を起こした。

 

「教授!?」

「大丈夫、無事よ!」

 

 爆心地から離れた場所、そこにノルエーマンを担いだロザリアの姿があった。

 

「ゲホッゲホッ!これ、もう少し優しく助けて欲しかったぞ。老体に響いた……」

「ワガママが過ぎるわよおじいちゃん。命があるだけ幸運と思うことね」

 

 悪態をつけるぐらいには元気なようだ。獲物を逃した怪物はその爪に炎を纏わせ、軽く羽ばたきロザリアとノルエーマンへ突進した。

 

「……かかったな!」

「ォオオッ!?」

 

 その炎爪が2人へ届く前に、空中で怪物の動きが止まった。見れば糸のように細い魔力線が怪物を絡めとっている。

 

「拘束魔法『バインド』に付与魔法『エンチャント・インビジブル』をかけたのさ。おまけで強化魔法『ブロック』に付与魔法『エンチャント・フレイム』をかけた炎耐性抜群の防御壁がある。もう身動ぎ一つできやしないよ」

「今だ!魔法を叩き込め!」

 

 彼らの得意とする魔法が怪物へと殺到した。身動きの取れない怪物が悲鳴を上げるが決して攻撃の手は緩めない。

 

 あの騎士団長2人がかりで少々劣勢程度でとどめた怪物。その生命力も尋常ではないと理解していたからだ。

 

「糸の様子はどうかね!?」

「まだまだいけますよ。上級魔法でもちゃーんと耐えます」

「くぅ…こんなに一気に魔法力を消耗するなんて初めてだわ。どこの誰か知らないけど、とんでもない事をしてくれたものね!」

 

 少々余裕が出来たのか愚痴を混じえながらも、魔法の連打は衰えない。だんだんと悲鳴も小さくなり、ようやく決着がつくかと皆がトドメの出力を上げようとしたその時。

 

「ォォオオオオッ!」

『!?』

 

 魔法の着弾する中心、怪物が再び赤い波動を放ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 クリスティーヌとヨルンは、強化魔法『クイック』をかけ廊下を全速力で駆けていた。

 

 廊下はこれ以上ないほどに通りづらい。踏む足場が少ないのだ。

 

「……っ」

「これは、酷いわね……」

 

 転がっているのは警護に当たっていた騎士団や係員の死体。その死に方は酷く、中にはバラバラになっているものまであるという、とても人の仕業とは思えない所業であった。

 

「避難に人数の大部分を当てていたとはいえ、我らの騎士団員がここまで一方的にやられるなんてね……」

「敵はそれだけの力を持っているということよ。聞けば暗殺者まで動かすらしいし、伏兵に気を付けながら最短で向かうわよ」

「……わかっている」

 

 怪物と戦っていた時の爆発から大分時間が経っている。せめてベテルギアス帝だけでも生き残っていて欲しいと、惨状を見て半ば落ち込んでいた。

 

 やがて階段に辿り着いたその時、再び頭上から爆発音がした。それはまだ帝王の座す部屋は落とされていないことの証明であり、未だ戦い続ける者たちがいるという2人を鼓舞するものであった。

 

「っ!急ぐわよ!」

「ああ!」

 

 飛行魔法『フライ』まで唱え、凄まじい勢いで上階へ進んでいく。最上階に差し掛かると、壁ごと扉が破壊されている部屋が目に入った。帝王の部屋である。

 

「決して帝王様に近づけるな!後ろに引くなよ、なんとしてでも死守するんだ!」

 

 まだ敵の手に帝王は渡っていない。部屋が落ちる前に2人はなんとか間に合った。

 

 破壊された壁から2人は突入し、目を見張る。そこには翼を持ち角の生えた人ではないモノが、騎士団員らに襲いかかっていたからだ。

 

「行くぞヨルン」

「ええ。遅めのパーティー参加といきましょう」

 

 放たれる中級魔法が人ならざる者どもを薙ぎ払う。2人の姿を目にとめた団員たちはすぐに盛り上がった。

 

「団長!ご無事でしたか!」

「お二人がいれば百人力だ!」

 

「各騎士団ごとに集まり、簡易の陣形をとれ!」

「帝王様を挟むように展開するのよ!急ぎなさい!」

『はっ!』

 

 騎士団長が戻ったためか素早く動く団員たち。怪物どもは奇声を上げ襲いかかってくるも、彼らの守りを崩すことは難しく、やがては全滅することとなった。

 

 全員が一息つき、クリスティーヌがベテルギアス帝へと声をかけようとしたその時。拍手の音とともに部屋へ入ってくる者があった。

 

「ブラボーブラボー。悪魔の群れをこの程度の手勢で捌き切るとは、さすがはマヌカンドラ帝国が誇る二大騎士団だ」

「っ!何者か!」

 

 男が口にした言葉から察するに、マヌカンドラ帝国の者ではないと瞬時に判断したクリスティーヌ。その一喝を受けてもなお余裕の笑みを崩さない彼こそ、この騒動を引き起こした張本人なのだろう。

 

「外はトーナメント参加者たちが押し止めているのか。全く、器としても出来が悪いとは。あの小僧も使えん」

「……参加していたあの少年のことか」

「ああ。帝国貴族に取り入り、あの小僧を参加させた。全てはこの時のために。せっかく上級悪魔の依代にしてやったというのに力も引き出せていないが、そろそろよい時間だろう」

 

 帝国側にこの男たちを手引きした裏切り者がいる。その事実に狼狽する団員たち。しかし男はベラベラとまだ喋り続けた。

 

「まあその貴族も利用する価値が無くなったのでな。隠居してもらうことになった。後は、そう。ベテルギアス帝と二大騎士団長を消せば私の使命は達成される」

「貴様一人でそれが叶うとでも」

「できるとも。言ったろう?『よい時間』だと」

『ォォオオオオッ!』

 

 外で暴れていた怪物の咆哮。次いで赤い波動が再び闘技場を包み込んだ。

 

 真っ先に異変を感じたのはクリスティーヌとヨルン。自身の内にある魔法力を意識するも、うんともすんとも言わない。

 

「古来より炎は浄化を担い、そして封印の象徴でもある。さあ、上級悪魔『封魔シルドロック』の本領発揮だ」

『ォォオオオオッ!』

 

 封魔と呼ばれた怪物が咆哮する。拘束魔法を引きちぎり、再びその暴力が振るわれようとしていたのだった。



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魔物乱入

 魔法力が働かない。それはつまり、魔法どころか魔道具すらも使用することができないということ。この事実は騎士団を揺るがすには充分なものだった。

 

「ま、魔法力が動かない!」

「団員!いったいどうすれば…」

「狼狽えるな!」

 

 クリスティーヌがなんとか鎮めようとするも、団員たちの心は揺らいだままだった。今まで万事を魔法に頼りきっていたからこそ、魔法を奪われたことは戦いの術と己の支えを失ったことに等しいのだ。

 

「なんとも哀れな様だ。これがあの帝国騎士団、せめてこの程度では心を折って欲しくなかったのだが」

「ぐっ……」

「さっきの波動が原因ね。まさかあんな能力を隠し持っていたなんて…」

「上位の悪魔はそれぞれに見合った能力を持つ。シルドロックが扱うのは浄化と封印。魔法で鼻を高くした貴様らの鼻を折るにはまさにうってつけというわけだ」

 

 シルドロックが顕現した際に放った波動は『浄化』。バリアを含めあらゆる魔法の効果を無効化し、今回の波動は『封印』の力を有していた。あまりにも凶悪な能力、今の世の天敵といってもいい。

 

「しかし、それは貴様も同じ!この人数差では勝機はないぞ!」

「……ふむ。では上級悪魔の能力について少しだけ教えてやろう。ありとあらゆる能力が存在する中、一つ共通する部分がある」

 

 男が長杖を取り出し、一度床をつく。たちまち魔法力が発動し男を中心に幾つもの魔法陣を展開した。

 

「『魔に属する者は対象外』。魔法は使えるし、数の差もなんら問題はないのだ」

「っ!総員伏せろ!」

 

 初級召喚魔術『サモン・レッサーデーモン』

 

 魔法陣から勢いよく先程の怪物、下級悪魔『レッサーデーモン』が飛び出した。クリスティーヌの一声によって伏せた団員たちは事なきを得たが、遅れた者も数人いた。

 

「ヒッ!?や、やめろ!離せ!あ…ああああああああぁぁぁ………」

 

 身体を掴まれしばらく空中をさまよった後、ガラス壁の外へと放り投げられた。ここは5階、まず助からない。

 

「短剣を抜きなさい!無いよりはマシ、悪魔を寄せ付けないで!」

「はっ!」

 

 しかし流石は歴戦の騎士団と言うべきか、短剣を抜き放つと粗くも悪魔たちを翻弄する。戦場では敵も魔法を多用してくるために、短剣のような小さい刃物で妥協する。これは本来、魔法力が尽きた時の間に合わせ、または捕虜となる前に自害するためのものだが、思わぬ場面で役に立った。

 

「ふむ……ではレッサーデーモンよ。纏まって団員を攻撃しろ」

 

 途端に悪魔の攻め方が変わった。バラバラであった悪魔らの動きはまるで統率の取れた部隊のように数を集め連携して襲ってきたのだ。

 

 身体能力では負け、魔法も封じられている現状では捌ききれない。悲鳴と苦悶の声が次々と部屋に響き、団員たちが倒れていく。団長2人も奮闘するが、状況は悪化の一途をたどっていた。

 

「まずいぞヨルン!このままでは押しつぶされる!」

「でも魔法が使えないせいで打破できる手段が無いわよ!あーん!もっと身体鍛えた方が良かったかしらぁ!」

「ぐう……万事休すか…」

 

 ベテルギアス帝が苦虫を潰した顔で漏らす。誰が見ても絶望的な状況。男は悪魔が倒されれば即座に補充する。悪魔の数は倒せど倒せど減らなかった。

 

「ははははは!まったく相手にならん。魔法が無ければこの程度、己の無力さに打ちひしがれながら、地獄へ落ちるがいい!」

 

 男の高笑いが響く。悔しさに唇を噛み、それでも騎士団は悪魔を捌き続けた。

 

 

 

 

 

「へぇ〜、ならお前は強いのか?」

 

 今までに無かった緊張も何も孕んでいない声。背後に気配を感じた男が振り返るよりも先に、部屋に現れたその人物は男の頭を鷲掴みにして悪魔たちへと投げつけた。

 

 もつれ合い数匹の悪魔とともに落下した男を見て、落胆の視線が向けられる。突然のことに騎士団も悪魔も戦いの手を止めた。

 

「ぐぅ……だ、誰だ!人間を投げ飛ばすとは、なんという力…!」

 

 男が起き上がり叫ぶ。しかし帰ってきたのは返事ではなく蹴りだった。

 

「ガッ!?」

「はぁ……ドランに頼られたから気合い入れてたのに。こんなのが相手とか気が削がれちまうな」

「ドラン…?まさか、彼の仲間か!」

「ん?あー、そう。たぶんお前の思ってるのはドランだ。メスはお前1人……てことは、お前がクリスティー()とかいう奴か」

「クリスティー()だ」

「おっとワリィワリィ」

 

 ポロッと零れた名にクリスティーヌが反応した。何やら戦いの緊張がほぐれてしまったが、未だ命を狙う者は存命している。

 

「お、おのれ……レッサーデーモン!その女を八つ裂きにしろ!」

 

 乱入者を排除せんと全ての悪魔たちが襲いかかる。助太刀に入ろうとした騎士団だが、それは叶わなかった。

 

 なぜなら、悪魔の群れがその女性を包み込んだ次の瞬間には、内側から起こった魔力の爆発によって吹き飛ばされたからだ。

 

「な、なんだと!?封魔の力が効いていない……まさか貴様、()()()()か!?」

 

 悪魔の力が及ばないのは同じ魔の者のみ。つまり魔力を用いたこの女は人間ではない。

 

「ああ?オレをお前らと一緒にするなよ。オレはカムイ。ドラングル・エンドリーと『愛玩の契約』を結んだ魔物、そんだけだ」

「ぐ、魔に属しながらも人間どもに与する愚か者めが!こうなればシルドロックを……」

「ああ、外のデカブツを頼るつもりならご愁傷さまと言っておくぜ」

「な、なんだと…!?」

「だってあのデカブツ……」

 

『ォォオオオオッ!??』

 

 凄まじい轟音とシルドロックのものと思われる悲鳴が響いた。それらは絶えず発せられ、この最上階まで少量の砂が舞い込んでくる。

 

「今ごろドランにぶっ飛ばされてるよ」

 

 遅ればせながら、トーナメント参加者最後の一人が戦に馳せ参じた。状況は一気に傾いていく。

 



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おさまらぬ怒り

少し短め。ちとワクチンで体調悪いですが、大した影響はなし。投稿してきます。



 正直、俺は怒り狂っていた。

 

 以前に俺は帝王様とお会いしたことがある。その時はまだ幼子であり、オーファン様へ5歳となり初めて己の意思でお祈りを捧げる儀式をするために、両親と神殿へ赴いた時だった。

 

 すでに俺の噂は広まり、周囲からとても人間に向けるものではない視線をあびせられた。

 

 そんな中、偶然にも神殿へ来訪していた帝王様が現れた。エンドリー家は古くから仕える家であるためにお声をかけてくださり、なんと俺を周囲の目も気にせず抱き上げてくださったのだ。

 

 俺を抱き上げる姿を衆目に晒すということは、''なりそこない''の俺を受け入れることを意味する。これにより直接的な被害は目に見えて減っていった。

 

 あれが無ければ、とうの昔に殺されていてもおかしくはなかった。【スーパーアーマー】と巡り会えたあの事件も、結局は子どもと下っ端の行ったこと。そして積もりに積もってしまった激情も森の一件で砕かれた。

 

 今や俺に直接的な害を与えようとする者はいなくなったが、それも帝王様があればこそ。

 

 昔、父上は言っていた。『帝王様を守ることは国を守ること。王なくしては国は成り立たず、民が如何なる心情を掲げようと王の代わりを立てねば国は成り立たぬ』と。

 

 故に、俺は騎士となった暁には命に変えても帝王様をお守りすると誓っていたのだ。

 

 

 そして今だ。帝王様に仇なす者がこの闘技場にいる。そのためにクロエとカムイにも頼み徹底的に叩くつもりでいた。

 

 カムイからは通信の魔道具で戦闘に入ったことがわかっている。クロエからはすでに『確保』の信号はもらった。

 

 であれば、もはや渋ることは無い。存分に出て、暴れてくるとしよう。

 

 俺は熱戦によって穴が開けられた上階から、他のトーナメント参加者たちと怪物が戦いを繰り広げる場内へと飛び降りて行った。

 

 

 

 

 まさに絶体絶命である。魔法を封じられた参加者たちにはなすすべがなかった。

 

 ロザリアの疾風も、グルドの搦手も、ノルエーマンの反射も、サランサの超火力も、そしてハイとロウの手腕も発揮されることは無い。

 

「ああ、まったく……嫌になっちまいますよホント」

「魔法封じるとか反則でしょ……」

 

 できることと言えば封魔の攻撃を必死に避けること。しかし普段激しく動くことなどない彼らには、積み重なる疲労による倦怠感で動けなくなってきていた。

 

 手に炎が宿る。熱戦の兆候に皆が射線から逃れようとするも、疲れきった足では動くことが叶わなかった。

 

 その時、何かが凄まじい勢いで悪魔の前に降り立った。着地の際に砂埃が舞うも、背負った特大剣の一振りで払い除ける。

 

「君は…ドラングル、くん?」

 

 この戦場で唯一対抗の手段を軸とする、ドラングルが特大剣を構えていた。

 

 

 

 この悪魔が、カムイの言っていた封魔シルドロックとやらか。

 

 いざ敵を前にして、湧き上がるのは怒り。ただそれだけが俺の内を焦がしてやまなかった。

 

 俺がこの大会に出場しているのは、俺が騎士になるに相応しい実力を持つか否かを審査するためだ。

 

 故に、この大会では魅せる必要があった。手札を見せず、強敵に当たった際に持ちうる手段を使いインパクトを与えるのが目的だった。

 

 だと言うのに。結局大会は不埒者どもが掻き回し、もはや審議どころではなくなってしまった。

 

 敵となりうる者共に手の内を知られぬよう、慣れぬ戦法まで用いてまであくまで身体能力の高いだけの一参加者と思わせ、こちらの行動に注視させない必要があった。

 

 結果、台無しだ。こちらが動きを見せていない内にトンズラしていれば良かったものを、敵は俺を見なかったが一気に攻勢をかけてきてしまった。大会で実績をあげ、実力を示すという目論見が全てパーだ。

 

「……ォオ…ウオオォォオオオッ!!」

 

 内にあるものを飲み込まず、叫びとしてぶつける。騎士にあるまじき行為であろうが、もはやこの激情を抑えることが困難。俺の怒りを叩き込んでやる。

 

「……もはや隠す必要も無くなった。このふざけた騒動を終わらせる。照覧あれ、ここに我が力を示しましょう」

 

 シルドロックとやらに向き合い、特大剣を構える。悪魔もまた咆哮を放つも、今の俺にはちっとも響かない。いや、さらに怒りを増幅させた。

 

「……強大な悪魔?笑止千万」

 

「……不敬者が。我らが崇めるはオーファン。そして、ベテルギアス様は祝福を受けし帝王である。ところ構わず破壊の限りを尽くす貴様が喰うには上等すぎるわ。分をわきまえろ、下郎っ!!!」

 

 足を振り下ろし地を揺らす。シルドロックは途中であった熱線を再び展開。俺へと放つ。

 

 スキル【スーパーアーマー】【魔法防御壁】【状態異常無効】発動。

 

 俺は真っ向から熱線の中へと飛び込んでいく。灼熱の奔流を突っ切って十分な距離まで接近した後、跳躍。

 

 スキル【スーパーアーマー】【鉄壁】【剛力】【筋骨増強】【倍加】【貯蓄】【痛撃】発動。

 

 未だにとぼけた面をした悪魔の頭頂へ、俺は全霊をもって特大剣を振り下ろした。

 

 地面へと埋まる悪魔。出だしは好調、ダメージもカムイの打撃といい勝負。ここからが本番だ。存分に暴れさせてもらおう。

 

「ォォオオオオッ!」

「ウオオォォオオオッ!」

 

 頭を引き抜いた悪魔が咆哮する。俺もまた雄叫びをもって応えた。さあ、俺の怒りをたらふく食ってもらうぞ。

 



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ドラングルvs封魔シルドロック

そろそろこの章を終わらせたかったため、話の展開が少し強引かも。
今回ちょい長めです。


 森での死闘を終え、鍛錬を再開した俺はスキルを二つ獲得していた。

 

 一つが先程も発動させていた【痛撃】だ。これの効果は攻撃によって相手の内部へ与えるダメージを倍増させるというもの。自身が一月以内で定められた痛みを蓄積させると獲得できる。

 

【痛撃】を発動すれば脳や内蔵へのダメージが上がり、戦いも決着がつきやすい。

 

 しかしこの悪魔、封魔シルドロックとやらは大して怯みはしなかった。代わりに感じる魔法力が減少したことから予想するに、魔法力を犠牲にダメージを受けるか逸らすかしているのだろう。

 

 しかし、奴が放った攻撃はその全てが魔物の扱う魔術。使用されたのも魔法力ではなく魔力だった。

 

 つまりは身代わり。宿主をダメージの捌け口にして自分は助かっているということだ。

 

 しかしこれに怒っている暇はない。考えるべきはどうやって悪魔を倒すか。

 

「……少々厄介だな」

「ォォオオオッ!」

 

 動かない俺に痺れを切らしたのか、シルドロックが爪に火炎を纏い突進してくる。俺は爪の軌道を読み特大剣で受け止めた。

 

「……む」

 

 巨体らしくその力は強く、そこそこの衝撃が俺の腕を震わせた。しかし俺が反応したのはそこではない。

 

 ジュウウッという音とともに特大剣が溶かされていく。どうやら爪に纏っている火炎ら凄まじい熱を秘めているようだ。俺は受け止めていたシルドロックの腕を蹴り上げると、すぐさま距離をとった。

 

 爪とせめぎ合っていた特大剣は半ばまで歪み、欠けている。これではもう使えまい。魔闘会のために父上に買わせたというのに、短い命だったな。

 

 スキルは基本、装備している武器防具にまで効果は及ばない。あくまで獲得した人にのみ作用するのだ。

 

 そのためにスキル【状態異常無効】の効果が特大剣には及ばず、その熱を防ぐことが出来ていなかった。先程の熱戦を受けた時も、俺の纏っていた服が焼かれ今や上半身が剥き出しとなっていた。魔石などの特別な素材を使用した得物であれば話は別だが、生憎この特大剣は普通の鋼のみを素材としている。

 

 これからは最低でも武器を2本、後は着替えを持っておいた方がいいかもしれない。また父上に買わせるか。

 

 さて、もはや使えない剣はもう要らない。短い間だったが、お勤めご苦労様だな。

 

 俺はひん曲がった特大剣を大きく振りかぶり、シルドロックへとぶん投げた。

 

「ォオッ!?」

 

 咄嗟に腕から火炎を出し特大剣を焼き溶かす。しかしその火炎を突き破って、俺は跳躍の勢いのままにシルドロックの顔を掴み壁へと叩きつけた。

 

「……む?」

 

 ふと違和感を覚えたのと同時に、俺の身体を奴が掴みぶん投げた。空中をクルリと舞い着地すると、奴は手を地面へ叩きつけ魔力を放出する。

 

 上級炎魔術『フレアストーム』

 

 地面から次々と火柱が噴き上がった。不規則に発生するものとこちらを狙ったものが数本。下手に躱すのは危ない。しかし動かなければいずれ火に飲まれるだろう。

 

 ではどうするか?そう、躱さなければいい。

 

「……この手に限る」

「ォォオオオッ!?」

 

 火柱にぶち当たろうが全く意に介することなく強引に突貫。さらにはスキル【獣走】を発動し不規則に左右へ飛びながら迫った。素早い動きと火柱で視線を切り、相手の虚も突ける。

 

 尽く火柱に被弾するが、所詮は魔術。我がスキル【スーパーアーマー】【魔法防御壁】【状態異常無効】の前では威力に優れた上級も形無しだ。

 

 シルドロックは両手に火を点しその場から動かない。魔術の発動が切れるか俺が姿を現す時を待っているのか。たとえ不意打ちを受けたとしても耐えられると踏み、カウンターを狙っているらしい。

 

 やがて火柱の噴出が収まり視界が確保される。周囲へ目を走らせ、手に点す火を束ね熱線を放とうとするシルドロック。

 

「オ……?」

 

 しかし俺を視界に捉えることはできなかった。俺は十分接近した後、火柱で姿を隠しながらスキルを発動し高く跳躍したのだ。俺は奴の頭上で大きく足を振り上げている。

 

「……どこを見ている、木偶の坊!」

「オゴッ⁉」

 

 スキル【鉄壁】【剛力】【筋骨増強】【倍加】【貯蓄】【痛撃】……そしてもう一つ、【振動】を発動。

 

 かかと落としがシルドロックへと突き刺さった。それと同時に衝撃波が発生し奴の全身を地へと叩き付けた。

 

 スキル【振動】。種別を問わず『力』を用いた行動に合わせ揺れを発生させる。魔法を撃てばその方向へ魔法の属性を伴った魔法力の波動が放たれ、敵を殴れば相手の体内を揺らす。『力』の大きさにその威力は比例し、一定のラインを越えれば衝撃波を発生させるようになる。一定以上の力で何かを揺らすことが獲得の条件だ。俺はあの森でカムイと決着をつけた際に獲得した。

 

「オオ…ゴ…」

「……やはりか」

 

 ダメージでふらつくシルドロックを見て俺は確信した。

 

【獣走】を発動し、シルドロックへと迫る。奴も迎撃せんと炎爪を振るうが、俺は紙一重で躱し股下をくぐり抜ける。そして跳躍、奴が振り向くと同時に頭上を飛び越え背後をとった。

 

 スキル【鉄壁】【剛力】【筋骨増強】【倍加】【貯蓄】【痛撃】【振動】を発動。

 

 勢いよく踏み込みシルドロックの背を蹴り飛ばす。さらに追撃を加えるべく跳躍し、壁に顔を埋めた奴の後頭部へ飛び膝蹴りを叩き込んだ。

 

 壁一面に亀裂が入り一般観客席にまで広がっていく。しかしまだ終わらない。力の抜けたシルドロックの足を掴み引き抜くと、その勢いのまま地面へと叩きつける。仰向けに倒れた奴へジャンプし手を組んで振り下ろした。

 

 奴の目がこちらを向く。それと同時に魔法力が発動した。俺はすぐさま【振動】を発動。組んだ手を離し横へ薙ぐことで衝撃波を発生、奴の上から離脱した。

 

「……なるほど。俺の攻撃を認識し魔法力を発動させねば身代わりは出来ないと」

 

 先程までの攻防で、奴の死角から攻撃を叩き込んだ際に魔法力の活動が感じられなかった。そして身代わりをした際にはダメージを受けた様子は見せなかったというのに、明らかに顔を歪め身体にも傷がついている。

 

 つまり奴を欺ければ、こちらの攻撃は宿主である少年を打つことは無いということだ。団長や他の参加者たちに使わなかったのは『封印』の力があった故か。

 

 種がわかればどうとでもなる。そして俺がカラクリに気づいたことを察したのだろう。膨大な魔力を畝らせ空へと羽ばたいた。

 

 その両手に魔力が集中する。それはやがて火球を形作り、たちまちこの闘技場を飲み込めるほどにまで膨張した。

 

「……危険視。目障りな俺ごと目的を果たそうというわけか」

 

 敵勢は帝王様と二大騎士団長の抹殺を狙っている。簡単には倒れない俺に余裕を絶たれて大きく出るつもりらしい。

 

 俺は勢いよく地面へと片腕を差し込み、スキル【獣走】と【振動】を発動。素早く一周すると、もう片方の腕も突き入れ力を入れて引き上げようとする。

 

 スキル【スーパーアーマー】【剛力】【筋骨増強】【倍加】【貯蓄】発動。もちうる全力を持って腕を上げる。

 

 やがて地面は円状に入った亀裂で分かれ、巨大な岩石となって引き抜かれた。俺が岩石を上へ放り投げるのと同時に火球が発射される。

 

 最上級炎魔術『ギガフレア』

 

 火球から紅炎が幾つも降り注ぎ、それは岩石を溶かしていく。やがて火球と衝突し、岩石はドロドロに溶け少しばかり勢いを削ぐのみに終わった。

 

 しかしそれで充分。スキル【魔法防御壁】【状態異常無効】【剛力】【筋骨増強】【倍加】【貯蓄】【振動】を発動。

 

 地面に少々埋まるほどに踏み込み、火球へと跳躍。元から発動している【スーパーアーマー】と【魔法防御壁】【状態異常無効】によって紅炎を受けながらも、大きく右腕を引き絞った。

 

 今ある全力を込めて、腕を振るう。力は【振動】によって衝撃波へと変換され、拳圧は風の砲弾となり火球と衝突。その中心をくり抜き、巨大な爆発を引き起こす。さらにはその先にいるシルドロックに直撃。空高く吹き飛ばしたのだった。

 



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闇の眷属

㊗️10万文字達成。なろうの方では1万PV。なんとか節目は乗り越えました。これも読んでくださる皆様のおかげです。ありがとうございます。


 封魔シルドロックを形成する魔力が解けて行く。薄く透明になっていくその身体の中心、そこにあの少年ルカの姿があった。

 

 悪魔の身体が消えると、気を失っているのか身動きせず真っ逆さまに落ちてくる。

 

 俺は空高く跳躍すると、ルカの身体を受け止め着地した。

 

「……軽いな」

 

 スラムにいる者よりも身体が細い。あの体調の悪さは身体一杯に溜め込んでいた悪魔の魔力だけでは無かったか。満足な食事も与えられていなかったのだろう。

 

 衰弱した身体で著しい魔法力の消耗。酷く危険な状態だ。

 

 シルドロックが倒れたことで『封印』も消えたはず。あちらももう大丈夫だろう。俺はルカを医務室に運び休ませるとしよう。

 

 あまり揺れの刺激を与えないように、しかし速やかにその場を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

「シルドロックが……倒れただと?」

 

 最上階、ガラス壁から外の様子を見ていた男は唖然とした表情で固まっていた。

 

 余程かの上級悪魔が倒されたのが堪えたのだろう。しかしそんな事を彼女が気にする訳がない。

 

「おーい、もういいか?いいよな?そんじゃあやるぞ」

 

 カムイが動く。人間体とはいえ、上級の魔物であるカムイの一撃は人間にはひとたまりもない。咄嗟に召喚魔術により呼び出したレッサーデーモンを盾にするが、それをも貫いて男の腹に突き刺さった。

 

「ゴッ…!?」

「お前自身も大して強くなさそうだし、さっさと沈めるか」

 

 男の頭へカムイの回し蹴りが炸裂する。頭へのダメージで意識が飛んだ男は、壁へと叩きつけられた衝撃で意識を覚醒した。

 

 何が起こったかを理解できなかった彼は少しばかりボーッとしていたが、やがてハッキリと気がついたのか後ろ手に魔力を集中させた。

 

「ありゃりゃ。やっぱり人間の身体はまだ微調整が効かないな」

(油断……強者の余裕か。これは好都合だな。あの小僧はやられたが、こちらも保険は作っている)

 

 手をグーパーと開け閉めしながら近づくカムイ。男は溜めた魔力を解き放った。

 

「上級召喚魔術『サモン・アークデーモン』!今一度、依代を得て顕現せよ!」

『!?』

 

(あの小僧程ではないが、奴の妹も中々上質な魔法力を持っていた。元は小僧への人質だったが、万一を考えて仕込んでおいたのは英断だったな。上級悪魔の依代としては充分……?)

 

 解き放たれた魔力は効力を発揮せずその場で消散した。もう一度魔力を放つが、何も起こらない。

 

(召喚魔術が発動しない!?憑依が失敗した!あの石も取り込ませていた。魔力で割れ、上級悪魔召喚の触媒となるはずだ!だというのに、なぜ何も起こらない!?)

 

 内心これ以上無いほどに焦る男。カムイは欠伸をしながら、ボソリと呟いた。

 

「ん、アイツもやれたみたいだな」

「なんだと…?何を、何をした!?」

「あー、言っちまうか?いや、別にいいか。これから捕えられる奴に言ってもしょうがないな」

 

 クロエがさっさと終わらせようと男へ近づこうとすると、廊下へと繋がる壁の穴からひょっこりと魔物化したクロエが顔を出した。

 

「カムイー。終わったー?」

「っ!?魔物か!総員詠唱準備、戦闘態勢!」

 

 クリスティーヌの一喝によりすぐさま短剣をしまい杖を構える団員たち。『封印』の力は消え、魔法を再び行使できるようになった彼らはなんとか平静を取り戻していた。

 

「あー待ってくれ。そのデカい犬はオレの仲間なんだ」

「仲間……君たちはいったい…?」

「さっきも言っただろ?オレたちはドラン……なんだっけクロエ?」

「ドラングル・エンドリーだよカムイ」

「そうそう。ドラングル・エンドリーと『愛玩の契約』ってのを結んだ魔物さ」

「要するにペットみたいなものだよ」

「ペットってのは認めてないからな」

 

 軽い空気で会話するクロエとカムイ。その様子は少しばかり団員らの肩の力を抜かせた。

 

 男はカムイと同程度の圧を放つクロエの登場に気押されるも、背に乗ったものを見咎めると狼狽しだした。

 

「そ、それは…!」

「んー?あ、この子?ドランに言われてね、邪魔しようとした人たちには眠ってもらってるよ」

 

 クロエの背中で気を失っているのはルカによく似た少女。まさについ先程、上級悪魔憑依の宿主にせんとした者だ。

 

「ば、バカな。百歩譲ってあの暗殺者共を退けたとしても、内にある魔力をどうやって…!いやまず、どうやって見つけた!?」

「ドランがコレをくれたんだ」

 

 クロエが頭を少し下げる。そこには赤い染みの着いた布切れが乗っていた。

 

「これには外で大暴れしてた男の子の血と匂い、そしてそれに宿った魔法力と魔力が着いてる。ボクたちは獣型の魔物だからね。捜索はお手の物だったんだー。まさか、ドランが人質がいるって気づいてるとは思わなかったけどね」

 

 実際は違う。ルカの中にある魔力に気づいたドラングルは、敵の手の者ならば匂いと魔法力、そして魔力で敵の場所を突き止められると踏んでいただけ。まさかルカの妹が人質にとられ、さらには上級悪魔の替え玉になりそうになっていたなど露とも知らない。

 

「彼は……とんでもない魔物たちと契約を結んでいるのか。そしてここまで見抜くとは…」

「うむ……これは早急に騎士として取り立て、ドラングルの願いを叶えてやらなければならぬな」

「ふふん、ドラン凄いでしょ」

「お前が得意になってどうすんだ」

「いて、いったいなもう!叩かないでよ…」

 

 森でもそうだが、本人のいない所で話はあらぬ方向へと進んでいく。

 

 そんな軽くじゃれ合う彼女らを他所に、未だカムイから受けたダメージによって立ち上がれていない男は騎士団員に囲まれていた。

 

「もう後はないぞ!」

「神妙にお縄につけ!」

「…………そうだな」

 

 男は観念したように肩を落とす。それを見た団員が近付こうとして……カムイに掴み止められた。

 

 瞬間、団員の進もうとした先にレッサーデーモンが勢いよく着地。彼らへと牙を向く。

 

「……私が、ここで諦めるとでも。たとえ刺し違えてでも、帝王の首をとっでゲェッ!!?」

 

 男の胸から腕が生える。いつの間にか少女を床に下ろしたクロエが人間体となり、凄まじい速さで男の背後へ回り腕で貫いたのだ。

 

「戦う意思も手段もあるなら、死んでもらうよ。並大抵の覚悟じゃないみたいだし、そういうのが一番面倒なんだよね」

 

 クロエが腕を引き抜くと、男は前のめりに倒れた。天井や瓦礫に潜んでいたレッサーデーモンたちが悲鳴をあげながらバタバタと倒れ灰となっていく。男からの魔力供給が途絶え、現界を維持できなくなったのだろう。

 

 男もまた、己を魔に属する者と言った通りに異様な散りざまを見せた。身体が黒く染まり、細かな灰のように散り散りになっていく。

 

 そんな時、虚空から男のものと思われる声が響き渡った。

 

『くく、くはははは!私が、ここで終わるとでも!まだまだやらねばならぬことがある。此度は大人しく退いてやろう!最低限の目的は達成できた故なぁ!』

「ば、バカな!肉体を失ったというのに、いったいどうやって!?」

『我は大いなる深淵に仕えし眷属!肉体など些末な問題よ!ここで私を退けようと、ただの一時しのぎ。震えるがいい。やがてこの国も、世界も、闇に覆われるのだ!』

 

 それを最後に、男の声は聞こえなくなり、漂う魔力も消散した。

 

 彼らは理解した事だろう。自分たちは、とてつもなく巨大な悪意に晒されていることを。

 




再びアンケートを。議題はドランさんの武器をどれにするかです。
グレイブとか知ってる人いるのかな……他にもこんな武器良さげとかあればコメントよろしくお願いします。


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新たな武具を求めて

 少年を介抱した後、俺はクロエ・カムイと合流。帝王様に外傷はほとんど無く、一度帰城し日を改めて事件の収束と魔闘会の中止を発表するという。

 

 俺は両親の安否を確認した後、帝王様の勅命により帰城の護衛を言い渡された。そのまま玉座の間にて、クロエ・カムイ共に帝王様に謁見している。

 

「ドラングルよ。そこな魔物2人と共によくぞ、深淵の眷属と悪魔を打ち払ってくれた。未曾有の危機を脱した此度の働きは、一軍を退けた事に等しい物である。よって褒美を取らせよう。欲する物を言うがよい」

「……身に余る光栄です。では不躾ながらも一つだけ願いをお聞きいただきたく」

「ふむ、一つか。申せ」

「……先の上級悪魔、封魔シルドロックとの戦いにより用立てた剣を失ってしまいました。そのためどうか、頑丈で巨大な剣『特大剣』を賜りたいのです」

「ほぅ……『特大剣』というと、お主が魔闘会にて使用していたあの武器のことだな」

「……ご存知の通り、私は魔法が使えません。そのためスキルによる身体強化で戦闘を行います。巨大な武器は相性が良く、しかしこの時世では金銭面も機能面でも良質な物は入手しづらいのです」

「なるほど……うむ。その願い、きっと叶えよう」

「……ありがとうございます」

 

 これでもあの特大剣には屋敷一つの値段がかかったのだ。あれほどの巨大な武器を作れる鍛冶師の少なさ、材料の量と質、取り扱う店も知る人ぞ知るのみの裏方。

 

 値段は当然釣り上がり、結局前回は自分のみの力では手に入れられず、父上に藁にもすがる思いで頼んだのだ。

 

 結果は1日ともたずに破壊されてしまったわけだが。

 

「しかし、てっきり騎士の爵位を賜りたいと言うかと思っていたのだがな」

「……今回の件で私の実力がどれほどかは理解いただけたかと。しかし、騎士として覚えるべきものは数多い。以前の話の通り、まずは騎士見習いから始めさせていただきたく」

「ほう。お主にとって、軽々しくも騎士になることは忌むべきものだと」

「……はい。騎士とは国を守る盾であり、国に迫る敵を討つ矛。騎士の装い振る舞いで国の品格が問われます。対し私は確かに力を示しましたが、殴る蹴る叩き付けると野蛮な戦いでした。最低限の抑えと静の動きを覚えなければ、騎士になる事などとても……」

「おお、なんと立派な心意気か…!」

「これほどの気概を持つ者はそうおるまい!」

 

 他の重鎮の方々も口々に俺を讃えてくれる。しかし、長年様々な負の感情を向けられて来た俺は、その目の奥に秘められている感情を敏感に感じ取った。

 

『恐怖』『侮辱』の念。

 

 魔法すら使えない''できそこない''。しかし珍妙なスキルを使用して上級悪魔を叩き潰す。さらには後ろに付いている二体の上級の魔物。

 

 良い感情を向けられることはないだろうと思っていたが、まあ仕方がないか。魔法は庶民ですら扱える日常に無くてはならないもの。それが大した取り柄も無い小貴族、エンドリー家の跡取りともなれば。

 

 それでもその''なりそこない''がいずれ騎士の爵位を持つことを良しとし、この場で帝王様に黙って肯定の意を示すのは流石といったところか。

 

「よかろう。こちらも受け入れ準備を整えたい。また追って報せを送る故、下がってよい」

「……はっ!」

 

 許しをもらい、俺はクロエ・カムイと共に退室した。

 

「はぁ、やっっっと終わりかぁ。肩凝るし眠いしで大変だったなぁ」

「そうだね〜……はぁ、お家帰ったら少し寝ちゃおうかな」

「……帝王様の前だ。あれぐらい我慢してもらいたいんだが」

「でもよ、オレたちは魔物だぞ?人間の統治者に、しかもオレたちより弱い奴に頭下げるのがなぁ…」

「だが俺と『愛玩の契約』を結び、確かにこの帝都で暮らしているんだ。その辺りはわかっているんだよな?」

「まあなぁ……」

 

 俺たちは城を出て、屋敷へと真っ直ぐ帰る……事はせずに、人気の少ない路地へと入っていく。

 

「んあ?なんでこんな所に来るんだ?」

「カムイ……ドランが新しい武器を探すって言ってたじゃないか」

「あ、そうだった。だけどあの王様にくれって言ってたろ?」

「……その間、鍛錬はどうするつもりだ」

「あ、そーか。支障が出るよな」

 

 やがて小さな店に辿り着く。俺は扉を開けたりせずに、軽くノックして客が来たことを知らせる。

 

 扉に付いている小さな窓が開けられ、こちらの顔を確認される。次いで鍵を開ける音と共にゲントさんが扉を開け現れた。

 

「ようドラン。武器が入り用か?」

「……今回の敵は手強かったので、特大剣がお釈迦になりました」

「うっわ、かなり頑丈だったはずだが……ってか、誰だそこのお二人さんは」

 

 ああ、クロエとカムイの紹介を忘れていたな。さすがは武器を扱う商人と言うべきか、2人の実力を見抜いたのか少々距離を取り何時でも逃げ出せる用意があるようだ。

 

 といってもゲントさんの速さでクロエに敵うかと言われればNOを叩き付けるが。

 

「……俺と契約を結んでる魔物だ。言葉も通じるし、勝手に暴れたりしない」

「怖くないよ〜」

「ねみぃ……」

「……らしいな。ならいい、中に入りな」

 

 店内に入ると、前回よりも品数を増やしたのか様々な武器が揃っているのが見てとれた。内装も変わっており、少々広いスペースができている。

 

「どうせデカくて頑丈な奴って言うんだろ?」

「……お察しの通りで。今回は二つほど買おうかと」

「ふむ……特大剣は生憎もう無くてな。今のところお前に合いそうなのは剣槍・グレイブ・大斧2種・大剣・大槌と言ったところか」

「……前回の二本は?」

「ありゃもう売ったよ。鉄が足りねぇってんで二つと他にも色んなものを貴族様が買ってった」

「……そうですか。振ってみても?」

「おう。そのためにあそこに場所空けたんだ」

 

 俺はまず剣槍を手に取った。俺の身の丈程の長さがあり、その半分近くが両刃の剣となっている。槍の持ち手は中々しっかりと作り込まれているようで、太く重い。しかし長いため引くもよし振り回すもよしだ。

 

 次にグレイブ。これも槍の先端が斧のような片刃となっており、斧槍に近い。これもまた突くも薙ぎ払うもよしだが、剣槍と比べると扱い勝手の良さを重視しているため威力は落ちる。

 

 大斧は両手斧と片手斧があり、両手斧は槍のような長さに先端の巨大な斧での破壊力がある。片手斧は両手斧ほどの大きさは無いが、超至近距離でも対応はできそうだ。しかし両手斧の方が威力は上だろう。

 

 大剣は二本あった。片手ずつ持って振り回すも振り下ろすもよし。しかしこの二振りを買うならば、他の武器は買わず特大剣完成を待った方が良さそうだ。

 

 最後に大槌。剣槍やグレイブなどと比べると振り回しにくいが、先端の大きな鉄塊は刃とは違った破壊力がある。スキル【振動】などとは相性が良さそうだ。

 

「どれにする。どれも重さ威力共に中々のもんだ」

「……ふむ」

 

 どれもこれも良さそうだ。ふむ、これは悩むな……。

 

 しばらく熟考した後、俺は武器を二つ選んだ。

 

「よし、なら後日家に届けるよ。ロブから話は聞いてる。金はアイツから貰い次第送るよ」

「……ありがとうございました」

 

 店内をウロウロしていたクロエとカムイを連れ、俺は礼を言って外へ出る。さあ、少し鍛錬で身体を整えつつ連絡を待つか。

 




アンケートは8月3日(水)23:59まで。それで特大剣完成からその後の武器が決まります。
投票よろしくお願いします。

※大剣2本は二刀流のような技など使わずぶん回すのみです。星砕きの大英雄をイメージしてもらえると。


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クロエの暴走?

私は思った。タグの「ほのぼの」要素は何処。故に書いてみたけれど、こういうのを資料も無しに書くのは初めてゆえ荒さもあるかと。
暖かい目で見てくだされ。


「……これで今日の鍛錬は終わりだ」

「はーい」

 

 ドランはそう言うと、気絶したカムイを抱き上げ屋敷の中へと入っていった。

 

 魔闘会で強い敵に当たらなかったことで未だに火が燻ってるみたい。それを発散しようと、鍛錬中に必ずと言っていいほどドランに襲いかかるようになって、その度に地面に沈められているんだ。

 

 前まではパワーとタフさでドランに攻勢を掛けれたカムイだけど、最近習得したスキル【振動】のせいで攻撃を崩されちゃうみたい。

 

 踏み込み、腕の一薙ぎでいちいち衝撃波が辺り一面を吹き飛ばすようになっちゃった。ドランは大振りの攻撃を多用するから、そこを躱して隙を突くのが主な攻略法だったのに……それまで潰されちゃあ酷いものだよ。

 

 まあそんなことは正直どうでもいいんだ。問題はその後だよ。

 

「んあー、いいなぁ…」

 

 さっきのように気絶させられたカムイは、ドランにお姫様抱っこされて部屋に運ばれる。

 

 あれは人間にとっては特別なものだということは知ってる。本で読んだ。

 

 ドランにはまったくその気が無いのも知ってる。今までは頭を掴んで引きずってたもの。

 

 騎士になるために今までのガサツな行動を改める』とか言って、真摯な行動を取るのだとか。

 

「……よし、頼んでみよ!」

 

 思い立ったが吉日、いや即行動しないとね!すぐに動けなければ死ぬ、自然の鉄則だ。

 

「善は急げ。ドランを追いかけ…てぇっ!?」

 

 あれ、なんか身体浮いてる。というかなにかに躓いた?それに真下にドランが置いてた器具が……。

 

「やっば」

 

 眉間を襲う衝撃。それは人間体だったボクの気を刈り取った。

 

 

 

 

「………………」

 

 軽く足で転がしてみる。額にたんこぶを作り、目を回したクロエの顔が現れた。

 

「……馬鹿だろ、お前」

 

 一部始終を、俺は全て見ていた。何も無いところで躓き、俺の器具……ではなく、その横にあった大きめの石に頭を打ち付けていた。

 

 出しっぱなしだった器具にぶつかったなら罪悪感も覚えただろうが、この状況には呆れてため息も出ない。

 

「……思えば、前々からどこか抜けていたな」

 

 俺は部屋に運ぶため、クロエへ手を伸ばすのだった。

 

 

 

 

 

「ハッ!?」

 

 あれ、ボク何やって……あ、そういえば転んで気絶したんだっけか。

 

「あれ、でもここってボクの部屋……まさか!」

 

 ボクは跳ね起きて部屋を飛び出した。どうせドランのことだ、書斎で勉強でもしてるに違いない!

 

「クロエ様。廊下を走るだなんて、はしたないですよ」

「ごめーん!」

 

 廊下の途中でメイドさんに注意されたけど、今はそれどころではないのです!だから軽く謝罪の言葉だけを通り過ぎざまに送らせてもらった。

 

「まったく……それにしても、はぁ…なんてかあいいの…」

 

 何か聞こえた気がするけど、一秒後にはボクの頭からは消えていた。

 

「ドラーン!」

 

 書斎の扉を開ける。中には予想通りドランが本を積み上げて読み耽っており、ボクの方へ目線を寄越した。

 

 あ、これはうるさいって感じの目線だ。

 

「……頭大丈夫か」

「その言い方は誤解をうむということをお分かりかな?」

「……ワザとだ」

「だよね、知ってた。ってそれよりも!ボクを部屋に寝かせてくれたのってドラン?ドランだよね!?」

「……ああ」

「やっぱり!」

 

 なんということだ!気絶していたのが残念でならないよ!

 

「むふふ。やっぱり優しいなぁドランは。もほほ」

「……優しい、か。俺はお前の醜態があまりにも見てられなかっただけだ」

「醜態って、酷いなぁ。ドランが器具を出しっぱなしだったのもいけないと思うよ〜?」

「……勘違いしているようだがな」

「え?なにさ」

「……お前は俺の器具ではなく、地面に埋まってた石で気絶したんだ」

「………ほ?」

「しかも何も無いところで転けていたな。カムイが見ていたら大爆笑していただろうさ」

「ほ…ほえ……」

「……その時は、俺は片手が塞がっていたからな。少々手荒だが、担がせてもらったぞ」

「ほあ、ほあああ!?待ってストップ!それ以上は言わないで!!」

 

 え、つまりはどゆことさ。ボクが勝手に転んで、頭打って気絶して、しかもドランの言い分だと見られてたってこと!?

 

 それにボクを担いだって……!

 

「そ、そんなぁ……カムイみたいに、お姫様抱っこしてもらえたって思ったのに……」

「……お姫様抱っこ?」

「うん。カムイはいっつもそれで運ばれてるし、ボクもして欲しかったんだよぉ…!」

「………………」

 

 地面にへたりこんでしまった。ため息が止まらない。さっきまで凄く舞い上がってたのもバカみたいじゃないか。

 

「はぁ……ん?ドラン、どうしたの?」

「………………」

「え、ちょ、わわっ!?」

 

 背中と足に手を回されて、抱き上げられた。あれ?これって……。

 

「……まだ腫れは引いてない。さっさと寝て治せ」

「……うん!えへへ、ドランやっぱり優しいなぁ」

「……このまま落としてやろうか」

「わわわ、待って待って!力緩めないで!ボクが悪かったから!」

 

 もう、素直じゃないなぁ。思えば、森の中でもそんな時あったなぁ。あの時は素直に撫でてくれたりしたけど。

 

 ドランは部屋まで運んでくれた。ベッドに下ろしてくれると、そのまま部屋を出ていこうとする。

 

「あ、待ってドラン」

「……まだ何かあるのか」

「えっとね、あの時みたいに撫でて欲しいなって」

 

 シリューとの決戦日、ドランは未だに固くなっていたボクの頭を撫でて落ち着かせてくれた。

 

 あの時以来、撫でてもらってない。ドランに撫でられるのは好きなんだ。

 

「……構わない」

「えへへ、ありがとう。それじゃあボクが寝るまで、よろしくね」

「……ああ」

 

 鍛錬によってゴツゴツした手がボクの頭に乗せられる。うん、この不器用ながらも労わってくれてる感じが良いんだよね。これでも上級の魔物だから硬さも強さもドランぐらいがちょうどいいし。

 

「んむ……ドラン…」

「……なんだ」

「えへへ…大好き……」

「……そうか」

 

 ゆっくり瞼が閉じていき……やがて心地よい微睡みに、ボクは身を委ねるのだった。




現在は大剣二本が抜いているようですね。剣槍か両手斧が上位かと思ったのですが、これは予想外でした。
ちなみに、剣槍などが一番票が多かった場合、大剣二本を省いて順位をカウントします。
まだ投票していない人は、どうかアンケートにご協力ください。

次話で武器の取得と軽くクロエかカムイとの戦闘をさせます。それでキケンな魔闘会編は終了です。


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新調武器の試し斬り

 依頼から明後日、屋敷までグルドさんが武器を袋に詰め配達してくれた。

 

「ほらよ、これがご注文の大剣二つだぜ。金はロブから貰ってるから、受け取る以外にはなんもいらねぇ」

 

 袋から取り出し、鞘から抜いてみる。ふむ、刃こぼれとかも無し。その辺りのメンテナンスはちゃんとしてくれているようだ。

 

「……ありがとうございました」

「おう。そんじゃあな。これからもご贔屓に」

 

 大剣を再び袋へ入れると、俺はさっそく中庭へと足を進めた。

 

 木剣では握りつぶしてしまったり、クロエやカムイの攻撃で簡単にへし折られたりと限界があったからなぁ。

 

 中庭では既にクロエとカムイが鍛錬を開始しており、模擬戦をしているようだった。

 

「だぁ!やっぱりちょこまかとウザったいなクロエ!」

「へっへーんだ!ドランに動き方の指導してもらったし、前みたいに簡単に捕まえられるとは思わないことだよ!」

 

 カムイはタフさと膂力が長けているが、クロエの素早さの前では無意味。攻撃で多少なりとも身体が仰け反り、怯んでしまうからこそ俺のような戦法がとれないのだ。

 

 ……こうして考えると【スーパーアーマー】様様だな。取得した経緯は嫌なものだったが、これがあるおかげで俺はここまで来れている。

 

「後ろガラ空きだぞー!」

「グヘッ!?」

 

 おっと、少し感傷に耽っていたな。模擬戦は今のところクロエが優勢。同じ上級の魔物でも持久力は圧倒的にクロエに分がある。疲労を待ってもその前に削られるのは目に見えているな。

 

 俺は大剣を取り出し刃を軽く撫でながら観戦する。どうやら2人は俺どころか周囲にまったく気を配っていないらしく、地面が抉れ備え付けられた長椅子等まで破壊しながら戦いを激化させていった。

 

「いい加減に……しろ!」

「え?うわわわ!?」

 

 っ!?何だと!?

 

 中級土魔術『グラウンドインパクト』

 

 カムイが勢いよく地面へ足を振り下ろす。次いで魔力が浸透し幾つもの土の柱が突き上げていった。

 

 クロエは自分へ向かう土柱を躱しきったようだが、土柱の林はカムイの姿も隠し動きづらくさせた。これは速さを売りにしている相手には刺さる魔法だろう。

 

 それにしても、まさか脳筋な部分があるカムイが魔術を使うとはな。適性は土属性か。確かに鍛錬で何度か模擬戦をしているなら、あの野生全開だったカムイでも魔術での足止めなどを考えるのかもしれないな。

 

「はっ!これなら自慢のスピードも半減するだろ!」

「……それはどうかなー?」

 

 しかしクロエには当てはまらない。土柱をすいすいと潜り抜け、瞬く間にカムイの背後をとった。

 

「……っは!?」

「隙ありぃ!」

 

 クロエが手を獣化し、カムイの背中へと叩きつけた。かなりの威力があったようで、土柱は折れ、カムイはその先にある土柱まで吹き飛んだ。

 

「こ…のっ!」

 

 カムイが獣化し土柱をクッションにして吹き飛ぶ速度を緩和、地面へ爪を突き立てて勢いを殺した。

 

「ふっはっはっはー!カムイの魔術には驚いたけれどね、ボクは森の中でドランと特訓をしたんだ!木々を避けながら走るのと同じ要領、この程度お茶の子さいさいさ!」

「こっっんの、お前を止めるために必死に魔力操作覚えたってのに!」

 

 さらには土柱を足場にピョンピョン飛び回るクロエ。カムイは土柱を破壊しながら追うが、一向に追いつく気配が無い。

 

「……これ以上はいけないな」

 

 中庭をどれだけ破壊すれば気が済むのか。そろそろ周りを見ていない二人に灸を据える必要がある。

 

 ついでにこの大剣の使い心地も試そうか。特大剣のような大きさでない分、そして騎士としても相応しい戦い方を模索しなければ。

 

「……やはり剣は手に馴染む」

 

 大剣を抜き、両手に構える。そしてスキル【振動】を発動。足を地面へ勢いよく振り下ろし、衝撃波を引き起こした。

 

「え、うわわっ!?」

「うおっ!?」

 

 衝撃波は地を舐め、土柱を尽く破壊していく。カムイは持ち前の直感で咄嗟に地面へ腕を突き立てる事で吹き飛びはしなかった。しかし、クロエは足場にしていた土柱が突如破壊されたことに対応できず、ちょうど下にいたカムイと頭を打ち付けた。

 

「━━━━━━━!」

「ッッ……ッッッ!」

 

 言葉とは言えぬ叫びと声にもならぬ叫び。人間体になった二人は頭を抑えのたうち回った。

 

「お、おふ……あ、あれ?ドラン?」

「いつつ……ドラン、今のってお前の仕業だよな!?急になんだ!」

「……周りをよく見ろ」

「ああ!?周りがなんだってん…だ……」

「……あっちゃ〜…」

 

 ようやく気づいたようだな、中庭の惨状に。ベンチなどの設置物は破壊され、木々は折れ、さらには土魔術なぞ使ったことで地面は荒れ放題。

 

 庭師の方々が頭を抱えて失神するレベル。誠に申し訳ない。

 

「……熱くなるのは良しとしよう。燻りが冷めやらないのも理解した。それで、だ……そんなに暴れたいなら俺が付き合ってやる阿呆ども」

「あ…ドラン、落ち着いて?ボクたち反省したからさ。ね、クロエ?」

「お、おう。だからその剣2本下ろせよ。な?」

「……そうか、反省したか。だがそれに関しては、もう遅いんだよ」

 

 スキル【スーパーアーマー】【鉄壁】【剛力】【筋骨増強】【倍加】【貯蓄】【痛撃】【振動】を発動。

 

「……たまには最初から全開でいくのもいいと思わないか?」

「いやぁ、適度に力を抜くのも?ボクはいいと思うけどなぁ〜?」

「……まあそう言うな。気絶程度で留めてやる」

「逃げろ!」

 

 カムイがスキル【急加速】を発動しその場を離れんとする。俺は【獣走】を発動し素早く回り込みながら、剣で切り上げた。

 

 大きく宙を舞うカムイ。跳躍すると、目の前で腹をさらけ出している奴へとクロス状に斬り払った。吹き飛び地面へとめり込むカムイ。それを見たクロエは獣形態へと姿を変えた。

 

「こ、こうなれば!久しぶりのドランとの本気の特訓だと思ってやるよ!」

「……ああ。武器ありの久方ぶりの特訓だ…来いよ」

「っ!?や、やっぱり怖いなぁ〜!」

 

 クロエが凄まじい速度で俺の背後へと回る。振り向きざまに大剣を振るうが、クロエは跳躍して反対側へと身を移した。

 

「はぁっ!」

 

 クロエの鋭い爪が俺の背を襲う。しかし俺は攻撃を食らいながらも片方の剣をクロエの眼前に勢いよく突き立てた。

 

「うわぁっ!?」

 

 驚き少々後ろへ下がるクロエ。その動きを待っていたんだ。

 

 俺はもう片方の大剣で突きを放つ。こめかみに突き刺さるかと思われたその攻撃は、クロエの顔前で止まった。

 

「……終わりだ」

「え、あ、あはは。やっぱり強いねドランはああああ!?」

 

 瞬間、突きで発動した【振動】による衝撃波がクロエを吹き飛ばした。誰が寸止めで終わると言ったよ。

 

 しかし、獣のように駆けずり回ったりはしなかったが機動力を削ぐ代わりに防御や攻撃の手数は確かに増えたな。特大剣を振り回す方が性には合っているが。

 

 俺は大剣を収め、目を回す二人を担ぐとその場を後にした。後で庭師にも軽く謝っておかねばな。

 

 はいそこ、止めなかったお前も悪いとか言わない。




これで魔闘会編は終了。少し空けて「毘沙門天」の方を更新し始めます。


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見習いの仕事ではない

今回は少しばかり短めでございます。


 騎士と聞けば、それを好む者は多い。

 

 国を守る盾。邪を穿つ矛。国の象徴を背負う、言わば国の顔。

 

 騎士の奉仕は曇りなく、敬虔なる信仰のため戦い、その徳は深く国の懐を示す。

 

 騎士を見れば国がわかる。故に、騎士になるためにはあらゆる苦行と修行を積まねばならない。

 

 故に、あらゆる責め苦を、私は受け入れよう。

 

 

 

 

 

 

「……だがこれは聞いていない」

「何か言ったかしら〜!?」

「次はコレを着せましょう!」

「あらやだ!流石マリン副団長、お目が高いわ!」

「………………」

 

 騎士見習いとして、俺は……いや、私はヨルン騎士団へ入団した。

 

 この騎士団は見掛けを尊ぶ。それはよい。騎士が汚い身形をしていては君主に、引いては国に泥を塗る。

 

 だが、些か神経質な部分がある。汚れは親の仇という目で拭い、騎士団の象徴である純白の軽鎧が輝きを失えばすぐさま磨き上げる。

 

 怠ればヨルン団長かマリン副団長から『お仕置き』という名の火炎魔法が飛んでくる。それによって煤けた己の軽鎧を磨き上げることで許しを得るのだ。

 

 さて、私が今いる状態なのだがこれまた説明がしづらい……いや、恥ずかしいというべき事が起こっている。

 

 まあお察しだろう。いわゆる着せ替え人形とやらにされている。

 

「こっちの軽鎧はかなり似合うと思うのですが……」

「ノンノン。彼に軽鎧はナンセンスだわ。重厚な鎧を付けてこそ、よりドラングルちゃんは輝くのよ!」

「しかし全身を鋼鉄で覆うのも…」

「なら軽鎧をベースに盾形状の…」

「特注品ですか。では手甲は…」

 

 私を置いて己の世界に入っていくお二人。それを野次馬のように見物する団員たち。なるべく心を無にして立っていた私は肩を優しく叩かれた。古参の一人、テナンタ殿だ。

 

「諦めろ。この騎士団に入った者は必ずこれを受けるのだ」

「……しかし見た限りでは皆様の鎧も随分と違う様子。同じ鎧でなければ統率力と一体感を表さぬのでは?」

「団長が言うに、それぞれの個性に合った鎧を着させ、動きで一体感を示すことであらゆる者を隔てなく受け入れると示すのが狙いらしい」

「……しかし」

「ああ、その通り。ただの方便、二人の趣味だクソッタレ」

 

 重厚な鎧から出る幼い顔が良いだの、細さの残る筋肉が苦もなく重い鎧を操るのが良いだの、聞くに絶えない会話が聞こえる。

 

 幼いとは言うが、一応確認すると私はもう齢17。既に成人近い年齢だ。

 

「よし、これで良いわね!」

「よしじゃないぞ団長」

「はい!それではコレが貴方の鎧ですよ!大事にしてくださいね!」

「誠実っぽい言葉を出しても顔がダラしないことになってるぞ副団長」

 

 渡されたのは少々豪華な鎧だった。肩当てや胸当てには装飾があり、しかし布の面積が金属面よりも多いため動きやすそうだ。

 

「金属は魔法力や魔力に強いミスリルと鉄の合金を使っているわ!」

「なかなか豪快な戦い方をするそうですし、軽鎧と重鎧の特徴を合わせ持つ鎧こそいいと思ったんです!」

 

 見掛けを重視するためクリスティーヌ騎士団と比べ嘲笑の対象にされることも多い。

 

 しかしその実態は、デザインや機能の両面において最高の防具を用立てる。外面だけでなく、内面もしっかりと見て対応するからこそ、団内の信頼は厚い。

 

「……しかし、いつの間に取り出しましたがどこから?」

「副団長と一緒に魔法連携でちょちょいとね」

「……魔法連携、ですか」

 

『魔法連携』とは、二人以上が魔法を掛け合わせ行うことができる技。心の底から通じ合ったもの同士でないと成功しないとされ、使える者は滅多に居ない。大抵が生まれを同じくする双子や兄弟であったそうだが、ヨルン団長と副団長の出自は異なる。

 

「世界でただ一つ、貴方だけの一着。大事にしてね」

「……はい」

「入ったばかりで分からないことばかりだと思うけど、貴方は見習い。修練はもちろん、雑用その他もやってもらうけど、騎士になるためには覚えなきゃいけない。精進しなさい」

「……はい」

 

 変人率いる奇抜な騎士団。それが世の人が持つ印象だ。

 

 しかしこうして少しばかりでも触れてみてわかった。彼らは個性的ではあるが、やはり騎士団。その中には確かな芯があり、朗らかな性の内に真剣味を隠している。

 

 尊敬すべき先人たち。彼らに師事することができるのは幸運であろう。

 

「でもコッチも試してみましょう!」

「いっそ全団員の鎧を新調してみましょうか!」

『結構です』

 




よければ評価・感想お待ちしております。モチベーション維持and励みになります。意味がほとんど一緒?…うむ。


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訓練もまた特殊

大変お待たせしました。
ちょっといろいらと死んでましたけど復活です。
不定期更新の域をぶっ飛ばしてる気がしますが、懲りずに投稿です。

たまに投稿するのも他の作品かつ暗い話ばかりだったですが、とりあえずそれぞれ続けていきます。


 騎士に必要なものはなんであろうか?

 

 騎士とは治安を守り王に奉仕する者である。求められるのは学問等よりも武芸と宮廷作法。

 

 無論、無教養で良いというわけではないが、君主の剣であり顔である騎士にはその二つが最も求められるのだ。

 

 騎士見習いとなった私は、騎士となるための鍛錬の日々を送った。

 

 先達の方らから作法の所作を学び、騎士団の所有する馬たちの世話などの雑用をこなす。

 

 戦闘訓練に加わることはあまりない。騎士も時代にそぐう魔法を主体とする戦法をとる。集団としての連携を求められる騎士団において、やはり魔法が使えない私がいてもどうにもならないのだ。

 

「ドラングル!そろそろ入ってくれ!」

「……ただいま参ります」

 

 しかし冷遇されている訳ではない。騎士団は罪人などを想定した対人の他に、対魔物を想定した訓練もする。

 

 先の魔闘会での事件によって、魔物の対処が重要視された。これによって騎士団の訓練メニューに対魔物の訓練が通常よりも多く追加されたらしい。

 

 そこで活きるのが私の戦い方だ。獣のように駆け、攻撃を受け止める動きは訓練相手に適しているという。

 

 私も対集団の戦い方の勉強になるし、先日届いたこの大剣を用いた動きの鍛錬にもなる。サンドバッグと捉えられそうではあるが、皆善い性格の持ち主である。訓練が終われば、笑顔で食事などに誘ってくれた。

 

 私のような''なりそこない''には過ぎたる居場所だ。いや、騎士として己を''なりそこない''だなどと卑下することはあってはならないことだな。ただ感謝するのみ、それが正解か。

 

「ドラーン!」

「来たぞ〜!」

 

 活気のある声が聞こえる。クロエとカムイだ。やはり魔物である二人は訓練に何かと都合が良く、上級クラスとの戦闘ともなれば良い経験が得られる。

 

 ヨルン団長からの要請で週に一度、二人には訓練に参加してもらうことになっている。クロエとカムイも、騎士団との戦いでストレスや戦闘欲求の発散になるため乗り気だった。

 

「にしても、オレら三人を相手にするって大丈夫なんかね?」

「魔闘会に出てきた悪魔と同等かそれ以上の相手と鍛錬できるっていい経験になるからね」

「……決められたことだ。暴れていいが死者は出すなよ」

「わかってるよ」

 

 そう、悪魔。あれらについても調査が行われた。魔物とは異なり身体が魔力によって構成されていたらしく、現場には色濃く魔力が残っていたという。今まで悪魔というものは神出鬼没でほとんど確認されておらず、未だ生態もわかっていなかった。

 

 今回の一件で様々な調査が行われていると聞くが、それも難航しているらしく何も手がかりが見つけられていないらしい。

 

 不安も疑問も溢れ出てくる。私もこうして一人前の騎士となるために鍛錬を重ねているが、果たして悪魔らの襲撃に十全に対応できるのだろうか。

 

「ドラングル、考え事か!?今は訓練に集中してくれ!始めるぞ!」

「っ!……はい!」

 

 そうだ、未来を案じてばかりで今を軽んじてはならない。まずは騎士を目指し精進しなくては。

 

 さて、ここで今私が所属しているヨルン騎士団について少し話をしよう。

 

 元々このマヌカンドラ帝国にある騎士団はこのヨルン騎士団のみであった。しかし、数年前に起こった隣国との小競り合いにて、乱入してきた魔物の大群を見事退けたのがクリスティーヌ様であった。

 

 元々魔法の扱いに長け様々な功を上げていたクリスティーヌ様は、その大層な武功によって帝王様より一個騎士団を持つ地位を授けられたのだ。

 

 さて、ヨルン騎士団は長くマヌカンドラ帝国を守ってきたためその練度も結束力も桁違いだ。特に結束力に関してはクリスティーヌ騎士団をも上回り、いかなる任務においても生還率は90%を超えるという。

 

妨害(ジャミング)だ!ダークホーンウルフの速さを封じにかかれ!」

強化(エンハンス)は防御力を底上げしろ!相手は肉弾戦が主体、可能な限りダメージを下げるんだ!」

 

 現に、ヨルン騎士団は私たち三人の攻撃力をもってしてなお攻めきれない。弱体魔法と強化魔法による支援が飛び交い、中級魔法がこちらの隙を狙って飛んでくる。

 

 鎧が全員違ったりと統一感の欠けらも無い騎士団ではあるが、彼らは外見に反し連携を織り交ぜた堅実な戦法を得意とするのだ。

 

「はっ!いいのかよ、近接にばっか対策しちゃってさあ!!中級土魔術『グラウンドインパクト』!!」

「地面を警戒しろ!土柱が……ぐあぁっ!?」

 

 しかし個々の実力でいえばやはりクリスティーヌ騎士団には劣り、故にこそ私たちとの模擬戦によってさらなる個々の能力を磨きつつ、得意分野である連携を強める方針のようだ。

 

 しかしそれは団員たちの話。

 

「上級氷結魔法『ブリザード』」

「上級火炎魔法『ヘルファイア』」

 

 魔法連携『アイスフレイム』

 

 ヨルン団長の氷結魔法とマリン副団長の火炎魔法が融合。冷気を纏う青い炎の波が地面を舐め、氷結によって土柱の発生を防ぎながら私たちに襲いかかった。

 

 クロエはその速度で即座に範囲内から離脱し、カムイは魔術で土壁を作ることで防ぐ。私もスキル『魔法防御壁』『状態異常無効』を発動させ受け止めた。

 

「……っ!今のうちに防御系の強化魔法をかけ直しておきなさい!障壁を張るのよ!」

 

 さすがヨルン団長、勘が鋭い。私はいま青い炎によって騎士団の方々を視認できない状態。彼らからすれば、一見は魔法連携のダメージを予想し次の手を準備する場面である。しかし、この状況は私が彼らを視認できないのと同じく、彼らも私を見つけられない。

 

 であれば、全方位へと攻撃ができるスキル『振動』を持つ私の独壇場となる。

 

「……フンッ!!」

「なっ!?ぐぁぁあああ!!?」

 

 スキルを発動し大きく踏み込めば、それは周囲の炎すら吹き飛ばす衝撃波となる。防御の姿勢をとっていたヨルン騎士団であったが、その大部分が堪えきれずその身を後方へと飛ばすことになった。

 

 しかしヨルン団長の一喝もあってかその場に留まれている者たちも多かった。

 

「ふぅ、まったく。一手で覆されちゃたまったもんじゃないわね。みんなお疲れ様!今回の戦闘訓練はここまでよ!」

 

 ヨルン団長が手を叩いて終了の合図を出した。戦いの緊張感が途切れ、立っていた団員たちもその場へ腰を落ち着けていく。

 

 そんな中、ヨルン団長のみが私たちの元へと歩を進めてきた。その顔は笑顔で、先頭の疲れを一切見せないのはさすがとしか言いようがない。

 

「ドラングルくん、クロエちゃん、カムイちゃん、訓練お疲れ様。あたしたちの対魔物への経験もだんだんとついてきたわぁ」

「……お役に立てたならばなによりです」

「ボクたちも楽しかったしね!いつでもウェルカムだよ!」

「ま、思い切りやれてスカッとするのは否定しねーよ」

 

 カムイとクロエも、この訓練に来るようになってからは晴れやかな表情が増えた。二人も魔物としての闘争本能を発揮できて良い刺激になっている事だろう。

 

「そう、それは良かったわ。それじゃあ……ヨルン騎士団!!!」

 

 ヨルン団長の一喝で全員が立ち上がる。来るのか、毎度恒例の行事が…!

 

「装備の洗浄・修復!埃一つも許さないわ、掛かりなさい!!」

 

 神経質とも言える装備の手入れ。それが有名なヨルン騎士団は訓練後にすぐさま装備の状態を良好にすべく取り掛かるのだ。少しでも遅れることは決して許されない。

 

「ああ、ドラングルくん。ちょっといい?」

「……はい」

 

 私も団員たちに続こうとするも、ヨルン団長に呼び止められた。真剣な表情を見るに真面目な案件らしい。

 

「ロンドール近くにある『アマナの森』を知っているかしらぁ?」

「……はい」

 

 マヌカンドラ帝国の北西に位置する従属国ロンドール。その南西にはマナが豊富に観測されている神秘の森『アマナの森』が存在する。

 

 名前に付くアマナとは、かつて女神オーファンが生み出したとされる癒しの天使アマナから取られている。

 

 森の最奥には天使アマナが宿るとされる大樹が聳え、その麓にはあらゆる知識を持つ森の賢者『ドルイド』の里があると言われている。

 

 しかし迷いやすい構造と森のマナによるためか、誰も大樹の元へと辿り着いた者はおらず、ドルイドの存在も確認された訳では無い。さらには神聖な森であるはずであるのに魔物が出現するため、今では危険な森として世に知られている。

 

「最近入った情報なのだけど、どうやらアマナの森で、魔物のスタンピードの兆候が見られたそうなのよぅ」

 

 スタンピード。それは魔物たちが何らかの原因によって群れをなして行う大暴走だ。

 

 その道中にあるものは残らず踏み潰され、尽く破壊されてしまうという災害と言っても過言ではない現象だ。

 

「……この話が出るということは…」

「そう。あたしらヨルン騎士団が遠征し、スタンピードの原因を調査することになったわ」

 

 

 

 

 




前の書き方ができてるかそれが一番心配ですな…。


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