機動戦士ガンダム 青のプロヴィンギア (紅乃 晴@小説アカ)
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.プロローグ

 

 

 

時代が宇宙世紀と呼ばれて随分と月日が流れた。

 

長きに渡る不安と混沌、戦乱の世からの幕開けとなった宇宙世紀は、その多くの刻を戦いという流れの中に沿って歩みを続けてきた。

 

時には、ヒト種という存在が脅かされるほどに。地球という母なる大地に縋ることができなくなるほどに。

 

いつかの刻、過ぎ去った偉人が残した言葉がある。

 

『人の温かみこそが、悲しみだけを広げて、地球を押しつぶす。ならば、人類は自分の手で自分を裁いて自然に対し、地球に対して贖罪しなければならない』

 

その言葉呪いのように連なって、100年余りの時の中で人々は多くの血を流し、憎み、怒り、悲しみを広げる戦いに身を投じていた。

 

宇宙世紀の末期。

 

人類はまさに地球に対しての贖罪とも呼べる未曾有の危機に瀕していた。

 

『もはや、地球圏に縋り付いていては人類は生き残れまい』

 

誰かがそう言った。

 

人はついに、地球というゆりかごの中での戦争をやめて、新たなるフロンティアへと目を向け、歩み出さなければならない。

 

でなければ、本当に人は地球を食い潰して帰る場所のない難民という種族へと成り下がってしまう、と。

 

戦いの代償にさらされ続けた人々は、その思想に希望を見出していた。新天地を目指すための方舟、人という種を地球から巣立たせるという行いが、新たなる思想となった。

 

彼方にこそ栄えあり。

 

まだ見ぬ遠き世界へ、純粋な希望と夢、光を託して、人々は方舟を作り上げた。

 

星間移動型コロニー「プロヴィンギア」。

 

数十の密閉型コロニー郡であるプロヴィンギア船団は、多くの物資と酸素、資源を乗せて太陽系の外へと向け、地球に残る人々の希望を背負い旅立った。

 

 

ガンダム。

 

 

かつて戦いの象徴とも呼ばれた殺戮と戦乱を呼び寄せた機体の忌み名。その名を冠する存在すらタブーとされていた世界で、プロヴィンギアは、ガンダムを希望の象徴として生まれ変わらせた。

 

遠き昔、『人の心の光』を集め、その光を力と変え、ついには地球を滅ぼそうとした隕石すら押し返した時のように。

 

その人の心の暖かさが再び人々の希望となり、世界を救うという願いを込めて。

 

 

だが、その希望も深い宇宙の闇に呑まれた。

 

 

プロヴィンギアが太陽系から出る直前、謎の宇宙嵐に巻き込まれた船団は地球圏との連絡を途絶えてしまった。

 

外宇宙を目指す壮大な夢は、その宇宙の脅威を前にもろく、あっけなく、崩れ去ったのだ。

 

人々はそこから、宇宙の外側を見ずに心を閉ざした。

 

人類の未来を制限し、タブーを設け、そしてゆりかごを生かすためのシステムが生み出された。

 

地球圏の脱出に夢を託したはずなのに、その夢が呪いとなって、人々は地球というゆりかごにしがみつく。

 

皮肉だ。

 

宇宙の果てへと挑める力を持ちながら、その先へと挑むこともなく、同じ空間で増えては減るを繰り返す。

 

結局、人という存在は己自身を裁くことはできない。地球に対しての贖罪すらも。同じ過ちを繰り返す愚かな種族だと言うのか。

 

 

 

 

プロヴィンギアは生きていた。

 

その身に多くの傷を背負ったまま。

 

 

 

 

新たなる新天地、惑星ソラリスと共に。

 

 

 

 

 

 

機動戦士ガンダム

青のプロヴィンギア

 

 

 

 

 

 

 



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第一章「青の世界」
第一話 ソラリスの海で


 

 

 

ゴボッ。

 

水の中で空気が弾けたような音が聞こえた。

 

そんな気がしたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

海洋惑星ならではの人型船外作業機、モビルダイバー(MD)のコクピットで、聞こえないはずの音に耳をすます。

 

薄暗い鉄の箱の中で、コクピットのモジュールが僅かに点滅していた。

 

ハンガー内にある幾つもの「MD」は船を動かす電池として機能している。まだ機体は動かしていないのだから電力は船に回してコクピットや他の機能は最小限に抑えられているのも当然だった。

 

 

「深度1500メートル。そろそろ仕掛けたポイントになるな」

 

 

隣のMDに乗るのは、同じように故郷から出稼ぎに出てきている「イーサン・ドゥー」だ。

 

イーサンはおしゃべりで歳も近い。たまに口調が悪くはなるが、彼の人当たりの良さもあってあまり嫌な感じは持っていない。

 

彼はいつものようにコクピットの補助電源に繋いだ端末で、船のソナー装置のデータを呼び出していた。

 

 

「流れが早い。おい、本当にこのあたりなのか?」

 

「間違いない。あいつらはこの時期になると生まれた海に帰ってくるんだ」

 

「シー・スペースは一つの海なんだろう?どこの海で生まれただとか判断がつくものなのかよ」

 

 

イーサンの声に、他のMDのパイロットたちも応じ始めた。さっきまで全員が携帯ゲームや娯楽映画を見ていたようだが、それらも飽きがきていたようだ。

 

 

「そういうのがあるんじゃない?帰巣本能とかいうやつ」

 

「動物の感の鋭さには毎回驚かされる」

 

「それがないと生きていけない世界なんだ。こう言う海の中っていうのはさ」

 

 

海洋惑星ソラリスの海。

 

この惑星の95%を占める広大な海洋は、一般的に「シー・スペース」と呼ばれている。残り5%の陸地は常に極寒の環境に晒されている永久凍土で人が住めるような土地ではない。

 

そのため、人々は海上に人工島である「ステイト」を建設して生活をしていた。

 

 

《ホエール・サブマリン号より各機。接触回線で聞こえているな?ここ最近はずっと潜りっぱなしだ。ここで浮上して燃料補給もいいが、せっかく漁場を確保できたんだ。もう少し粘ろうじゃないか》

 

 

潜水艦「ホエール・サブマリン」の「カーディス・レインバー」艦長は、マイク越しに言った。彼が言う通り、船がソラリスの海に潜航してすでに5日経っている。

 

目当てのものを探すためと、海面に出て波を立てるような真似をしないため。僅かな音でも立てれば目当ての獲物は逃げてしまう。

 

海上ではなく潜水していれば、無数にある海流が入り乱れているので獲物に感知もされないし、息を潜めて待つこともできた。

 

 

「しかし、海面に出ないと燃料を補給できないのだから不便なもんだよな」

 

 

艦長の放送が終わったあと、イーサンは気怠げにコクピットの中で体を伸ばす。

 

コクピットは世辞にも広くはないし、行動も制限される。仕事だから仕方ないのだが、1日の半分以上はこのMDのコクピットに居座って獲物が現れるのも待ち続けているのだ。

 

潜水艦が浮上するときにやるといえば、ソラリスの海水を汲み上げて船体の動力源に変えることくらいだ。

 

電解質が豊富なソラリスの海水は、特殊な装置に入れることによって電力を再充填することが可能になる。

 

そのおかげで潜水艦のバッテリーは小さなもので済むし、定期的な組み上げと補填で船は長期間の潜水も可能になる。

 

 

「海中で密閉されてるから俺たちは息ができているんだ。このオンボロのMDだって機体表面がオゾン・ミノフスキー・ステークスに守られていて深海の水圧にも耐えれる仕組みになって…」

 

《来たぞ!》

 

 

言葉を遮るように艦内放送がコクピットの中に轟く。今まで雑談をしていたパイロットたちはすぐに出発準備を整えていった。

 

 

《ソナー感あり!こいつは大きな群れだ!こちらに近づいてきてます!》

 

《よぅし!野郎ども!仕事の時間だ!しっかりと稼いでこい!》

 

《MDデッキへの注水を開始します。作業員は即時退避をしてください》

 

 

ハンガー内にソラリスの海水が注入されていき、その水位はみるみると上がってゆく。MDの頭の先まで満たされたところで、発進用のハッチから艦内の圧力が排出された。

 

現在は深度1500M。水圧はかなり重く、機体を押し潰さんと働きかけてくるのだ。ハンガー内の圧力を下げることによって、水圧負荷を機体に馴染ませてゆく。

 

オゾン・ミノフスキー・ステークス(O.M.S)は、機体の表面に展開された圧力を逃すシールドのようなものだ。機体自体も頑丈には作られているが、このシールドがなければ5分ともたずに機体は水圧によって潰されてしまう。

 

 

《減圧完了!漁夫長、大量を期待してますよ!》

 

「了解した、ビーエム各機、俺に続け!」

 

 

指揮を取る役目を担う漁夫長を先頭に、ケーブルで珠繋ぎされたMDが、開け放たれたハッチから深海へと潜ってゆく。

 

繋がれたケーブルはMDの命綱であると同時に、機体同士の通信を確保するための手段だ。ソラリスの海は常に磁気嵐と海流による通信妨害が発生している。このケーブルがなければ満足に会話や指示、行動の発言もできないし、複雑に入り乱れる海流に巻き込まれれば単騎のMDの推力では太刀打ちできない。

 

そしてビーエムとは、自分たちが乗るMDの略名だ。

 

正式名はBMDシリーズ。マイナーチェンジは繰り返しされているが、機体の型式番号が変わることはない。よって、どんなMDだろうとパイロットたちは総じて「ビーエム」と呼称していた。

 

 

 

「げぇ、シピロンのビーエムだ!奴らもこの時期を狙ってたのか?」

 

 

海域内に出た途端に、前を見たイーサンがうんざりした様子で叫んだ。ディスプレイを操作しモニター越しに海域内の様子を見ると、自分たちのグループとは異なるMDの姿があった。

 

それは明らかにこちらが見つけた獲物を狙っている行動をしていた。この漁場は確かに人気の位置でもあるが、シピロンの漁船もそのチャンスを虎視眈々と狙っていたようだ。

 

 

「任せたぞ。俺はネットはすぐに出せるようにしておく。勝負はほんのわずかな時間なんだからな!」

 

「群れの中に入り込むなよ!MDの装甲があるとは言え、あんな速度の群れに巻き込まれたらただじゃすまないんだからな!」

 

 

目の前には魚の群れがいる。

 

そう。これは漁業だ。地表を海で覆われているソラリスで生きていくためには漁業は切っても切り離せない職種で、この星に住む人々の大半が漁業組合に属している。

 

だが、普通の漁業ではない。釣竿で釣り上げられる程度の漁なら、わざわざ人型の作業機械を導入する必要もないのだから。

 

 

「囲い込んで追いやるんだ!」

 

 

先頭の漁夫長の指示に従って魚の群れを網へと追い込んでゆく。追い込み役は自分とイーサンだ。最初は全然追い込むことはできなかったが、もう何度もやっているのでいい加減に慣れた。

 

ただし、相手の大きさが桁違いなだけで。

 

目の前で群れを成している魚の大きさは、成魚で人の平均的な身長である170センチを悠に上回る巨大な魚だ。

 

ソラリスの海では、その魚ですら小魚扱いされる。それほどソラリスの海は自然と命の宝庫であると同時に、危険な側面も兼ね備えているのだ。

 

実はMDパイロットの死亡率の大半が魚の群れに襲われることと、もっと大きな魚に引き込まれて溺れることだ。

 

 

「なにぃ!?シピロンの奴ら!灯りをつけやがったぞ!」

 

「はぁ!?バカな真似を!こいつは光に…」

 

 

あと少しで網に追い込めるというところで、同業他社のMDが余計な真似をしてくれた。なんと大口径のサーチライトを照らした上に、その光を魚の群れに当ててしまったのだ。

 

漁夫長の言葉にイーサンが答える間も無く、魚の群れはすぐさま方向転換し、光を向けているMDめがけて突っ込んでゆく。

 

 

「群れが動き出した!各機、距離を取れ!」

 

「シピロンのMDが襲われてる!!」

 

 

人サイズの魚の群れに襲われている同業他社のMDはあっという間に装甲がボコボコにへこみ、機体制御を失って群れの中でいいように弄ばれていた。

 

 

「なんてこった!シピロンのMDが!あのままじゃ機体がぐちゃぐちゃになるぞ!」

 

「灯りがあるんだ!進行方向に先回りするしかない!」

 

 

悪化した状況はもうどうにもならない。すぐに次の手を取った漁夫長の指示に従って魚の進行方向が仕掛けた網へと向かうように群れを誘導するように動く。

 

 

「イーサン!レオニール!上に行ってくれ!」

 

 

追い込みに加わってくれたレオニールのMDと、イーサンのMDに群れを任せて、海中用照明弾を用意する。この魚の特性は光に向かって進むということ。

 

なら、ネットの先に光があれば。

 

 

「気付けよ、この野郎!」

 

 

ピストル型の照明弾の引き金を引くと、銃口から光が瞬いて飛び出した。下手に入り組んだ海流に照明弾が飲み込まれれば、その光は明後日の方向に飛んでゆき、同時に群れも遠ざかってゆく。それだけは何としても避けなければならない。

 

神経を研ぎ澄まして放った一撃は、目論見通りにネットの後ろ側へと落ちていく。

 

 

「裏返った!各機、正念場だぞ!」

 

 

ぐるりと光が奔った方向へ向きを変えた魚は、自ら泳ぐ力を駆使して網へと入ってゆく。ある程度魚が飛び込んだのを見て、漁夫長は各機に指示を出した。

 

 

「ネットの許容限界を確認!引き揚げだ!」

 

 

船に向かって指令が伝わると、5日間にもわたって潜航していたホエール・サブマリンが海面目指して上昇を始める。しっかりと固定された網の罠も上昇してゆくホエールと一緒に海面へと上がっていった。

 

 

「シピロンのMD!!」

 

 

網が無事に浮上していくのを見送って、すぐにボロボロになった同業他社のMDの様子を確認する。腕と脚がもがれていたが、ソナーの測定値ではコクピットに残されたパイロットの息遣いを確かにキャッチしていた。

 

 

「パイロットは生きています!」

 

《よぉし!ここからは交渉の時間だ。ま、こっちも被害はあまりない。救助費用をほんの少し貰うくらいに納めておくとするさ》

 

 

その報告を嬉しそうに聞いた艦長はにこやかそうな声でそう応じた。漁の費用もバカにはならない。それに今回は五日間以上も待ちぼうけを喰らったのだ。

 

いい金の供給になるさ、艦長は悪そうな笑みを浮かべたままそう言ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第二話 ステイトの横暴

 

 

 

 

海洋惑星であるソラリスには陸地が存在しない。

 

したとしても永久凍土で覆われた極寒の地だ。

 

地球とは違い特殊水素を含むソラリスの海水は、地球の水よりも早く蒸発する特性を持ってる。その影響でソラリスの空は常に曇りもしくは雨模様だ。波は高く、海流の流れも早い過酷な環境。

 

その環境に落とされた人類は、その雑食性と適応能力を遺憾無く発揮し、海上に新たなる生活圏を築き上げた。

 

ステイト、と呼ばれる海上浮遊型の都市。

 

ソラリスの開拓が始まり一世紀以上。ステイトの数は増え続け、現在するステイトの数は数百にも登っている。

 

ステイトは「都市型ステイト」、「資源型ステイト」、「居住型ステイト」と分類され、ステイトの規模から人々からは上流、中流、下流と呼称も分けられる文化が生じていた。

 

海上浮遊型都市、といえば荒波に飲まれてしまえばひとたまりもないような印象を受けるが、その心配はステイト建設当時に払拭されている。

 

MDにも採用されているオゾン・ミノフスキー・ステークス(O.M.S)は、圧力を逃すシールドを発生させる特性を持つと同時に、水面との合間に隙間を作りだすという性質もあった。

 

そのため、建設されたステイトは現象的には海面と都市が分離した状態となっている。

 

上流、中流、下流。どんなステイトに入ってもその特性は生かされており、波間で揺れる感覚もかなり抑えられている。

 

もちろん、海に嵐が来れば多少は揺れるが、それでも食器棚の皿が割れるほどの揺れではない。

 

ホエール・サブマリン号が帰港したサウス・マーケット・ステイトは、一般的に中流と呼ばれる資源型ステイトだった。

 

人口はおよそ30万人。

 

ソラリスの海洋で獲れる魚類の売買を行う市場と歓楽街、そして居住エリアが組み合わさった漁業組合向けのステイトだ。

 

ここには下流の居住型ステイトから出稼ぎに来た人間が多く住んでいる。

 

自分もその一人で、隣でうたた寝をしているイーサンや、真向かいでゲームに興じている「レオニール・タイド」も同じく出稼ぎに来ていた。

 

今はホエール・サブマリン号のカーディス艦長と、漁の責任者でもある漁夫長が捕獲した漁獲量の交渉を市場の担当者としているところだった。

 

 

「久々の大物だったな」

 

「相変わらず、漁の時は生きた心地がしない」

 

 

人サイズもあろう魚がコンテナに乗せられ、運ばれていく様子を見ながら、乗組員たちが談笑をしている。

 

魚を網に引き込み、その網を引き揚げる作業を行うのがMDのパイロットたちだが、艦内で作業に当たる乗組員たちもかなり危険な目にあっていた。

 

成人男性を優に超える体長と重さを持つ魚の山を扱い、劣化しないよう〆をしたり、冷凍庫に保存したりするのだ。うっかりと手が滑ったり、足を滑らすと獲った魚に押し潰される危険が常にある。

 

ソラリスの漁業組合の中で殉職率が一番高いのが「MDパイロット」ではあるが、二番目に死亡率が高いのは艦内での卸作業だろう。

 

 

「はっはっは、だろうな!だが、それが生きるということさ」

 

 

乗組員たちが暇そうに話をしている中、漁獲量と買取金額の交渉を終えたカーディス達が戻ってきた。

 

しかし、行きには居なかった人物がカーディスの隣にいた。顔に傷が入った強面の男は、ゴツゴツとした手で座っていたこちらの手を掴んでくる。

 

 

「ホエール・サブマリンのパイロット。相変わらずいい腕だな」

 

 

彼はホエール・サブマリン号の同業他社であるシピロン・スパロウ号の艦長だった。

 

なんでも、魚群に向けて迂闊にライトを点灯させたMDのパイロットは補填された新人だったらしく、貴重なMDとパイロットを危うく失うところだったらしい。

 

 

「あの深度で無事だったのは…パイロットは幸運でしたね」

 

「バイタルスーツがパイロットを守ってくれたんだ。気休めのスーツだと思っていたがケチをしなくて助かったよ」

 

 

バイタルスーツは、シー・スペースで船外作業を行う場合や、MDのパイロットスーツとして扱われるボディスーツだ。

 

ヘルメットの後部には気圧抑制装置と酸素供給ケーブルが備わっていて、スーツの強度は深度500メートルの海域でも人体に被害なく船外作業が行えるものだっだ。

 

開発当時は人類の新たなる希望として期待されたものの、MDの最大潜航距離が水深6000Mまで更新されたこと、潜水艦の機能が改善され航行時の船外作業を行う比率が下がったこともあって、パイロット達からしたら単なる御守りのような印象に成り下がっていた。

 

ただ、今回の群れの攻撃によって破損したMDのパイロットは、バイタルスーツで辛うじて命を取り留めていた。もし、スーツを着ずにいたら歪んだ機体の隙間から流れ込んできた海水に晒されることになっていただろう。

 

艦長であるカーディスは、迷惑料と救援料をほんの少し請求しただけで事なき済んだらしいが、MDとパイロットが海の藻屑に消えていたらそれどころの話ではなかったらしい。

 

 

「貴様は俺たちからすれば商売仇ではあるが、MDの腕前は一人前だと認めてやってるのさ。貴様のおかげで貴重なMD乗りが無事に帰還できた。感謝する」

 

 

快活そうな笑みを浮かべてバシバシと背中を叩くシピロンの艦長は、礼を言うだけ言って横を通り過ぎてゆく。

 

 

「シピロンの艦長。相変わらずいけすかない野郎だな」

 

「聞こえているからな?」

 

 

去り際、うっかり漏らしたイーサンの言葉を聞き逃さなかったシピロンの艦長は、振り向き様に首を切るようなジェスチャーをして、そのまま足早に自分の船へと去っていった。次に漁場を争うときはこっちが競り勝つと豪語されたよ、とカーディス艦長が疲れた顔で言った。

 

 

「そんじゃ、仕事も終わったわけだし戻るとしよう」

 

 

乗組員全員が五日間も潜水艦の中に閉じ込められていたのだ。とってきた獲物に金額がついて残らず売れたので、長期にわたって続いた漁は終わりを迎えたことになる。

 

ソラリス標準時で見ても今は午前。昼から休みにしても問題はない。艦長の言葉に待っていた乗組員たちが歓喜の声を上げて、港に止めてあるホエール・サブマリン号へと戻った。

 

 

「おいおいおい、冗談」

 

 

船を停泊させている港に着くや、イーサンは船を囲むように立っている男たちの制服姿を見て、この世の終わりのような声でうめき声を上げた。

 

その様子に気づいたのか、几帳面な制服姿の男がこちらに近づいてくる。

 

 

「この船の管理者は貴様達か?」

 

 

偉そうな物言いでやってきたのは、ステイトの管理や運営を行うコロニー「プロヴィンギア」から派遣された警備兵たちだ。

 

通称、ステイト・セキュリティ。

 

だが、実態は酷いものだった。目の前の男が浮かべる卑しい笑みから分かるように、セキュリティ組織はまともな警備などする存在ではない。

 

 

「困りますねぇ、ここに船を入れられると。今日は我々が港を使用すると通達は入っているはずです」

 

 

そんな通達など入っていない。ここにいる全員がわかっていた。事前通達もなければ、彼らが港を使うなんてのも嘘っぱちだ。

 

ステイト・セキュリティのやり方は単純だ。

 

積荷をいっぱいに積んだ船が入港するのを確認すると、積荷を換金した責任者を捕まえて、ないことまみれの罪をこじつけて売上金を支払えと脅す。これだけだ。

 

ステイト・セキュリティに捕まるほどカーディスは間抜けではなかったし、港に入港した際にはセキュリティの人間がいないことを確認していた。

 

だが、奴らは巧妙に隠れていた。

 

こちらが大量の獲物を売って換金するのを待って、ここで待ち伏せをしていた。きっと誰かが情報を漏らしたのだ。誰が?そんな犯人探しをする前に、乗組員やカーディスの思考にはシピロンの艦長の顔が浮かんでいた。

 

 

「…この船はセキュリティからの認可も、コロニーからの操業許可証も取得している船だ。やましいことなど一切していない」

 

「言い方が悪かったか?アウトポストのクソども。その許可証を出しているのも我々セキュリティ側だということがわからんのか?」

 

 

艦長の言葉を聞いた途端、セキュリティの男の態度が豹変する。

 

その男が目配せをすると、セキュリティが所持する最新鋭のMDが、貨物ユニットを下ろしていた乗組員のMDを拘束した。

 

 

「簡単な話をしよう。ここで今日の売上金の七割を置いていけ。なら出港を認める」

 

「七割…!?ふざけるな!なぜそんな…」

 

「我々が求めてめているのはイエスかハイか、だ」

 

 

カーディスの言葉を遮ったセキュリティは、親指を下に向けて合図を出す。

 

その瞬間、セキュリティのMDはホエール号のMDを捕まえたまま急速に潜航をし始めたのだ。

 

 

「我々のMDは深度6000Mまで耐えれる。だが、そちらの旧式では4500Mが限界のはずだろう?」

 

 

ニヤニヤしたセキュリティたちは、繋がったケーブルから響く乗組員の悲鳴をわざと聞こえるように通信を繋げた。

 

 

「深度はもう3000Mだ。最新のMDは速さが命なのでね」

 

 

助けてください、と必死の命乞いもセキュリティたちは嘲笑っている。

 

酷い。あまりにも酷すぎる。

 

 

「お前たち…!!」

 

 

怒りに顔を染めたイーサンが目の前でカーディアスを覗き込むセキュリティの男に向かおうとした時だった。

 

 

「わかった…!売り上げの七割だ…」

 

 

絞り出すようなカーディスの声に、セキュリティはニヤリと笑みを浮かべる。

 

 

「んー?そうか、まぁここから浮上する手間賃もある。もう少し上乗せで八割で手を打とうではないか」

 

「くっ………わかった」

 

「カーディス艦長!!」

 

「乗組員の命が大切だ!!……わかってくれ」

 

 

イーサンの声を収めるカーディス。だが、その手は血が滴るほど握りしめられていた。

 

最新のMDに放り投げられた機体は潜航距離ギリギリまで沈まされたせいであちこちがボロボロになっていた。セキュリティたちは売り上げの八割をクレジットから引き抜くと満足したように港から去っていく。

 

 

「…すまない、みんな。今日の働きの謝礼は無しだ…」

 

 

カーディスの消沈した言葉に、ホエール・サブマリン号の乗組員の誰もが、かけられる言葉を見つけられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第三話 故郷への航路

 

 

ステイトからステイトへの移動は、緻密に張り巡らされた航路と船が一般的だ。なにせソラリスの天候は曇りか雨が大半。悪天候の中で、飛行船を飛ばすには人もコインもかかる。それに全てのステイトが飛行船の受け入れができるよう作られているわけでもない。

 

しかし例外はある。

 

ステイト・セキュリティのように専用の飛行船で行き来することも手段の一つであるが、それを使って移動するのは憎たらしいセキュリティや、彼らに不運にも捕まった民間人くらいだ。

 

後者だと、その扱いは全くもって酷いものとなるらしい。

 

規模が大きな上流ステイトには運航路が集まり、今向かおうとしている下流ステイトへ向かう船はかなり数が限られてくる。

 

それこそ、幾つもの中流ステイトを経由し、船を乗り換えなければならないほど。乗り換えにはコインが掛かるし、時間もかかる。下流ステイトにたどり着くまで一週間や二週間掛かるなんてザラだ。

 

乗り場の出入り口に備わる無人の改札口。

 

自分の身分などが登録され、ついでに共通電子クレジット機能も備わったカードをかざすと、乗船前に船に乗るためのコインが膨大なネットワークの片隅にある個人口座から引き落とされる。

 

この世界は全て電子ネットワークで管理されている。個人が物体的に持つ資産は存在しない。ステイトの住居も、潜水艦やMDといった乗り物も、そして資産も全て「プロヴィンギア」というコロニーから貸し出されている。

 

ソラリスに住む誰もが、与えられたものに対価を支払って生きている。その方が管理がしやすいからだ。

 

 

コロニーという世界の中心が。

 

 

定期船という片道二時間ほどの船の座席に腰を下ろした。

 

昨日の漁で膨大な利益を上げるはずだったホエール・サブマリン号の仕事は当面なしとなった。五日間以上の長期航行で船のあちこちにガタが来ていたようで、セキュリティの中抜きを免れた売り上げの大半が船の修繕に回されることになったからだ。

 

おかげで、命を張ったMD乗りや船内の乗組員たちへの追加報酬はなし。

 

定期給金も普段より幾分か少なかったが、それでも従業員の生活を保証することに舵を取ったカーディス艦長や漁夫長の判断は英断だったと思える。

 

そのこともあって、生家への仕送り金額がいつもと変わらないという旨を連絡したところ、「その必要はもうなくなった」と昔からお世話になっていた幼馴染の父親から告げられた。

 

仕送り金を送る必要があった要介護者の祖父が、先日息を引き取ったとそのままの言葉で聞いた。

 

唯一の肉親であった祖父の死だが、その言葉を聞いてみた自分は思いの外冷静だった。

 

加齢とともに訪れた知的障害の影響で施設に入れられた祖父の体みるみると骨と皮だけになっていく様子を見ていたからだろうか?

 

このサウス・マーケット・ステイトに来て一年経つが、たったそれだけの期間で昔からよく自分の面倒を見てくれていた祖父は息を引き取ったのだ。

 

祖父の施設金を稼ぐために出稼ぎに出た自分に代わって、幼馴染の両親たちが祖父の容態などを確認してくれていた。近々、小さな葬儀をしてから海葬する。その日程を聞き、帰って来れるなら顔を見に来てやってほしいと伝えられ、連絡を終えた。

 

さて。

 

祖父の葬儀に出ようにも、生家があるのは田舎の下流ステイトだ。日数はそう掛からない距離ではあるが、その定期船に乗るための金も無い。

 

 

(早かったな…)

 

 

一年程度しか持たなかったから、祖父の遺産をやりくりすれば出稼ぎなんてしなくても済んだのかもしれない。

 

もっとそばにいて、中流ステイトなんかに行かなければ優しかった祖父の死に目にも会えたのかもしれない。

 

連絡を終えて、自室に戻ってからベッド上に横になってようやくそんな考えが頭をよぎってきた。

 

祖父の死顔も見れないまま、永遠の別れをするのか。

 

無かった実感が後になってやってきて、この生活が一気に無意味なものに感じられてしまった。

 

 

 

 

 

 

眠れなかった顔に水を吹っかけて無理やり起こした翌朝。いつも通り出勤しIDカードをスキャンしようとしたところで、横合いからイーサンが遮ってきた。

 

 

「聞いたぜ?おじいさんが亡くなったってな」

 

 

なぜ知ってる?そんな顔をすると、イーサンは事情を話してくれた。あの後、幼馴染の両親が仕事先であるカーディス艦長の元へも連絡を入れていたらしい。

 

 

「お前、仕事なんかしてる場合じゃ無いだろう?」

 

「放っておいてくれよ」

 

 

そんなことを言うイーサンを避けてIDを通そうとすると、今度はその手を取って阻止してきた。本格的な阻止に乗り出してきたイーサンを睨みつける。

 

 

「知ってるだろ、ステイトに帰る定期船に乗るコインも無いんだ。だから俺はここにいる」

 

「そりゃあ知ってるさ。だから止めたんだろ?」

 

 

イーサンは後ろを見ろと目で合図する。振り返ると、そこにはホエール・サブマリン号の乗組員や、漁夫長、そして艦長であるカーディスもいた。

 

物言いたげな全員の視線を受けていると、カーディスが前に出てきてIDカードにデータを送ってくれた。

 

 

「バカにするなよ?身内の祖父が亡くなったんだ。それを無視して仕事をしろというほど俺たちは落ちぶれちゃいない」

 

 

データを見ると、生家のあるステイトへの定期船費が往復分振り込まれていた。先日の理不尽なセキュリティの中抜きを目撃している。僅かに残った貴重なコインを受け取るわけには…。

 

返そうした手を、カーディスはそっと遮った。

 

 

「唯一、お前の肉親なんだ。ちゃんと別れを告げて見送ってやれ。艦長命令だ、いいな?」

 

 

にこやかにそう言ってくれるカーディス艦長。他の乗組員も笑っていて、軽く肩を叩かれる。

 

ああ、なんて…。

 

人の優しさと温もりがそこにあった。受け渡された温かみに満ちたコインが入るIDカードを胸に、ただ感謝で胸がいっぱいで涙を流すしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「メガロ・ステイト」。

 

下流の居住ステイトであるそれは、ソラリスではじめて建造、運営された最古のステイトだった。

 

だが、最古のステイトとは名前ばかりで、あちこちに老朽化の影響が出ているし、初期型のステイトのため総面積も他のステイトと比べると随分と小さい。

 

漁業組合の港もあるが、ステイト居住者に必要な最低限の漁獲量しか揚げられないため、ほかの物資はコロニーや近隣のステイトに頼っているのが実情だった。

 

1年ぶりに帰ってきた。

 

ステイト唯一の定期船の乗り場から出ると、入り口のロータリーにはすでに一台の水素車が待ってくれていた。

 

 

「間に合ったな」

 

 

幼馴染の父がそう言ってくれた。片手に収まる荷物をトランクに詰めて後部座席に乗り込むと、一年前よりも大人びた幼馴染「アニス・ブルーム」が乗っていた。

 

 

「大丈夫?無理してない?」

 

 

心配性なのは幼い頃から変わってないな、と笑うとアニスは不満げに顔を顰めた。

 

 

「そう言ってやるな、こいつは昨日からずっと思い詰めた顔をしていたのさ」

 

 

父の言葉に、そんなことない!とそっぽを向くアニスを見て心がほぐれた気がした。定期船乗り場を結ぶ橋を通過したあたりで、アニスの父は意を決したように言う。

 

 

「実は、施設から連絡があってな。退去者の荷物をさっさと引き上げてくれだと。全く、無遠慮な奴らだ」

 

「仕方ないですよ、向こうも仕事です」

 

「そう言う言い方、私は好きじゃ無いな」

 

 

アニスの好き嫌い関係なく、そう言ったものだと割り切らないと向こうも心が持たないものだ。そういうと、彼女はつまらなさそうに頬杖をついて外へと視線を向けた。

 

空は相変わらず曇り空で、今にも雨が降ってきそうだった。

 

 

 

 

 



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第四話 故人の残香

 

 

 

 

「話には聞いていたけど…これはひどいな」

 

 

生前の祖父は、医師から知能障害を宣告されても病魔の進行が初期の頃までは施設を使って研究を続けていた。

 

研究者は常に進歩しなければならない。それは人を豊かにすると同時に自分自身や周りの人を豊かにするのだ。

 

日頃から祖父はそう言って研究に励んでいた。知能障害の進行を遅らせる事ができるなら何でもしていた。

 

薬も運動も勉強や研究もだ。けれど、日に日に忘れっぽくなっていく様や、研究室への帰り方がわからなくなっていく姿を見るのはとても辛く、悲しかった。

 

祖父が本格的な障害を発症してからは、研究室は施設預かりとなって封鎖された。わざわざ封鎖をする必要もないはずなのに、と施設の職員に聞くと生前の祖父の頼みだったらしく、封鎖後の管理までの費用は受け取っていたらしい。

 

祖父の死が伝わり、余剰費用の返還と施設の引き上げの連絡をしたのはすぐのことだった。

 

 

「ソラリスの海水を電気に転換するエネルギー技術とその開発、か」

 

 

幼い頃、御伽噺や子供じみたアニメーションよりも、祖父の提唱してきた論文や学術書を読んで育ってきた自分にとって、その発明はとても意味があるものだと言うことは十分にわかっていた。

 

今やMDや潜水艦にまで普及し、コロニーの膨大な動力源となっているものは、ソラリスの海水だ。

 

特殊な水素と電解質を持つ海水を汲み上げ、そこから電力を発生させる転換システムは、エネルギー不足に喘ぐソラリスやコロニーに希望の火を灯した。

 

しかし、その技術はすぐさま公表が阻止され、祖父の書いた論文は没収。研究結果も多額のコインと引き換えにコロニーが持ち去った。

 

その後、コロニーは画期的なエネルギーシステムを開発したと発表。

 

苦節数十年を経て祖父が作り出したシステムは、コロニー側に奪い取られ、乗っ取られたのだった。

 

その意味を理解したとき、コロニー側やセキュリティたちの横暴な態度を見て怒りが湧き上がることは当然だと思えたし、それが権利だとも思えた。

 

しかし祖父は、コロニーから普及されるシステムを使って感謝する人々を遠目に見つめながら、微笑んでいた。

 

 

「和をもって尊しとなす…いつも口癖だったね。じいちゃん」

 

 

「和をもって尊しとなす」。ただ単純にいがみあいや争わない、仲良くすると言う意味ではないと祖父は言っていた。

 

わだかまりなく話し合うこと。

それこそが尊いことなのだ。

 

祖父はとてもおおらかな人だった。争い事を好まず、話し合うことに意味を見出していた。

 

もちろんコロニー側のやった事を認めるわけではないが、個人の力であのシステムを普及させることには限界があったし、それによって生じる金銭のやり取りでも、コロニー側から電子クレジットで管理されている以上、避けては通れない結果だった。

 

 

「上も下も和らいで話し合いができれば、何事も成し遂げられないことはない」

 

 

それがたった一つの望みだったと祖父は悲しげな目をして言っていた。

 

そして同時に、コロニーの独りよがりな在り方は太陽系から遠く離れた人の希望を潰える危険もあると。

 

祖父との思い出を馳せながら資料を漁っていると、硬い何かが箱からこぼれて床に音を響かせて落ちた。

 

 

「なんだ…?このメタル…」

 

 

拾い上げた正体は黄金に象られたメタルプレートだった。手のひらほどの大きさなのに驚くほど軽い。硬さや表面の手触りも今まで見たことがないものだ。

 

祖父の研究はある程度目を通してきたつもりだったが、このような形のプレートは見たこともなかった。

 

 

 

ゴボッ。

 

ふと、部屋の奥でかすかな音が聞こえた。

 

空気が水の中で弾けるような音。そんな音は聞こえるはずがないのに。

 

ついていた照明が前触れなく消えた。部屋の中が異様な気配に包まれている。

 

 

「誰かいる?」

 

 

部屋の奥から微かに感じる人のような気配。資料に埋もれた薄暗い部屋の中、ゆっくりと奥へと足を向けた。気配を辿って部屋の奥へと進む。

 

誰もいないはずなのに、たしかに何かを感じた。感じ取れる何か、それを強く放っている一冊の本。青を基調にした表紙の真ん中には、大きな文字で「V」と記されている。

 

息を呑んで、その本を取る。

 

 

〝コイツ…動くぞ〟

 

 

部屋の中に声が響いた。

 

さっきまで無骨だった施設の部屋が、まるで全てが塗りつぶされるように変わってゆく。空に雲があるのに、見上げるそこには大地があった。

 

円に支えられる大地が頭のてっぺんを介して、地繋ぎとなっている光景の中。

 

白い巨人が頭上を飛び去った。ハッと目を向けるとその巨人は赤白い光の剣を抜き、同じく空に待っている緑の巨人切り裂く。

 

爆炎と光が瞬いて。

 

その光に意識が持っていかれてるように…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、参った。ここまで酷いとなると一度帰って作戦を練らないといけないな」

 

 

部屋の中に電気がつくと、同時に入ってきた幼馴染の父親が困り果てたような様子でそう言ってきた。

 

振り返って部屋を見渡す。そこは変わらない無骨な施設の内装のまま。部屋には自分一人と、電動開閉する入り口から入ってきた幼馴染の父親しかいない。

 

さっき聞こえた声は、光景は、いったい何だったのか…。

 

しばらく拾い上げた本を見つめて部屋の中で立ち尽くしていると、様子がおかしいことに気づいた幼馴染の父親が大股で資料や研究機材を跨ぎながら近づいてくる。

 

 

「なにかあったのか?」

 

 

あぁ、きっと、疲れているんだ。

 

頭を振って、さっきの不可思議な出来事を頭から追い出して、手に持っていた本を元あった床へ乱雑に落として答える。

 

 

「いえ、なんでもありませんでした」

 

「まぁ、ここが無人になってからかなり経つからね」

 

「そう…ですよね」

 

 

埃も多いし、ゴミも多い。そう言って辺りを見渡す幼馴染の父親。そうだ、この部屋は無人で、管理していた者もこの世を去った。だから、さっきのことはきっと…。

 

 

「すまない、気を悪くさせたな」

 

 

彼は、祖父の死に気を病んでると思ったのか、そう言葉をかけてくれた。本当に優しい人だ。祖父が生きていた頃も、今と変わらない態度で二人暮らしの自分達に何かと世話を焼いてくれた。

 

 

「大丈夫です」

 

 

とりあえず手で運べそうなものを適当に箱に詰めて幼馴染が退屈そうに待っている車へと戻ることにした。

 

そういえば、と自分の手に収まっていたメタルプレート。部屋の明かりに照らされて幾十にも輝くプレートを一瞥すると、ズボンのポケットに突っ込んで、先に出た幼馴染の父親の後を追うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

施設の管理人に事情を説明して、後日運送業者を連れて荷物を引き払うという予定を打ち合わせし終えて施設を後にする。

 

先に停めている車を取ってくると言って、幼馴染の父親と別れる。入り口からすぐにある円状のロータリーの階段に腰掛けて待っていると、横合いから誰かがやってくる気配を感じた。

 

 

「おい、そこの貴様」

 

 

かけられた言葉の方へ目を向け、視線を細める。相手はこのステイトに駐留するセキュリティの二人組だった。

 

 

「その荷物、何に使うつもりだ?」

 

「祖父の遺品の整理ですよ」

 

「遺品?こんな施設にか?」

 

 

そう言って施設を一瞥するセキュリティの男。たしかにここはコロニー側の科学者も利用する中規模の研究施設だ。こんな下流ステイトの居住者がおいそれと立ち入れる場所でもない。

 

あれこれと詮索される面倒さに下ろしていた腰を上げようとすると、男が詰め寄ってきて無理やり座らされた。

 

 

「おい、動くな。荷物の検閲をする」

 

 

そういうと、もう一人のセキュリティの男が祖父の研究資料が入った箱を引ったくるように奪って中身を物色し始めた。

 

 

「なんだ、ガラクタばかりじゃないか」

 

 

研究で作った試作品は、素人が見ればガラクタにしか見えない。祖父が手がけた部品などを乱雑に箱から放り出していく様に怒りを覚える。すると、横合いから男が箱に手を突っ込んで科学雑誌を持ち出した。

 

それはコロニー側によって出版規制された、祖父が初めて学会に転換システムを発表した時の科学雑誌だ。

 

 

「お前の爺さん、転換エネルギーの関係者だったのか。まったく哀れなやつだな」

 

 

パラパラと雑誌をめくりながら、男は哀れそうに、そして皮肉めいた目つきでこちらを見下して言う。

 

 

「あの仕組みはコロニー、インポスト側の発明品だ。それをアウトポストの老ぼれが盗んで、あまつさえ開発したなどと発表しては笑い者を通り越して愚か者だ」

 

「なんだと…!」

 

 

思わず立ち上がろうとした自身の中の衝動をグッと堪える。コロニーに住めない、ステイト居住者はアウトポストと蔑まれる。コロニー側の人間に手を出せば、待っているのはセキュリティによる拷問と尋問だ。

 

怒りを制御して平静を保つ様子を見てセキュリティの男はつまらなさそうに鼻を鳴らした。

 

 

「ふん、利口なガキだ。おい」

 

 

箱をあらかた調べ終えた片割れに指示を出すと、座っていた身体を無理やり立たされる。人を痛めつけることに特化した警棒を頬に当てられながら、両手を上にあげるよう命令される。

 

 

「ポケットに入ってるものも出して…」

 

「そこらへんにしてやれ」

 

 

身体検査が行われようとした直前、二人組の後ろから声が降りかかってきた。さっきまで卑しい笑みを浮かべていた二人組が振り返ると、途端に顔が青くなる。

 

硬直した二人の合間に視線を向けると、そこには中年を迎えている二人組よりも若いセキュリティの男が立っていた。

 

 

「ベッカード隊長!しかし…」

 

「俺が〝止めろ〟と言ってるんだ?この言葉の意味、わかるよな?」

 

 

語気を強めて言う男に、二人は二の次の言葉も発することもできないまま、こちら側を離れてこの場を後にする。

 

 

「チッ、親父の七光が」

 

 

去り際に呟いた言葉に、男は呆れた様子でため息をついた。

 

 

「そう言うのは聞こえないところで言うもんだ」

 

 

二人組が施設のロータリーからいなくなったのを見送って、男は地面に散らばった祖父の遺品を拾い集めると、丁寧に箱を返してきた。

 

 

「すまなかったな、少年」

 

「アンタは、ステイト・セキュリティの人間なのか?」

 

「リーク・ベッカードだ。ここのセキュリティの隊長ってやつさ」

 

 

セキュリティの制服の胸には階級を示すタグが縫い付けられている。それを見ると、たしかに隊長の証である黒と青のタグが縫い付けられていた。

 

 

「それにしては、あまり信頼されてないんだね」

 

「まぁ、形だけの隊長ってやつさ。アイツらは歳だけは立派だからな」

 

 

うんざりした様子でいうリーク・ベッカードの言葉は事実だった。セキュリティの杜撰さはステイトに住むすべての人々が理解しているし、それを黙って我慢している。中には抵抗する人もいるが、そうあった人物は例外なくセキュリティに捕まってひどい目に合わさられる。

 

 

「セキュリティの奴らは、みんな陰湿で嫌な奴らばかりだと思ってた」

 

「だろうな、自他共に認めるクソセキュリティだよ。今はね」

 

「今?」

 

 

そうさ、とリークは答えた。親の七光と言われていた理由が、彼の父がセキュリティ部門の長官だからだと言う。

 

父に憧れてセキュリティになったかと言われたらそうではなく、汚職や賄賂、権力に固執する父の醜さを目の当たりにして、反面教師でセキュリティに入隊したとリークは言った。

 

本来なら役職階級のコネまで父が用意していたらしいが、その顔を全て潰して一介のセキュリティとしてやってきたらしく、それに腹を立てた父の力で、下流ステイトの隊長なんていう立場に追いやられたらしい。

 

 

「だから、これから内側を変えていくんだ。俺やもっと若い世代でね」

 

 

そう力強くいうリークに、怪訝な目を向けると苦笑いされた。どうやら多くの人からそう言った「絶対に無理だろう」という視線を向けられてきたのだろう。

 

 

「そんな無理そうだなって顔をするなよ。言うだろ?志は高くってな」

 

 

そうリークが言ったところで、幼馴染の親子が迎えの車を回してきた。傍に置いてあった祖父の遺品を持ち上げる。

 

 

「さっきはありがとう。おかげで祖父の遺品を奪われずに済んだよ」

 

 

階段を降りていくと、ふとリークが呼び止めてきた。

 

 

「ああ、すまない。君の名前は?」

 

 

曇り空のソラリスに少しの風が吹いた。髪を揺らす僅か風のなかで、こちらに目を向けるもリークの言葉に答える。

 

 

「俺の名前は…」

 

 

 

 

 

その瞬間、ステイトに緊急事態を知らせる警報が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 



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第五話 海の怪獣

 

 

まだ幼い頃。

 

共にベッドに横になってくれていた祖父が滅多に開かない絵冊子の多い本を手にしていた。

 

もっとも、子供が寝るときにねだるような、お伽話などではなく、その本は古く伝わる神話や伝承などを記した学術書ではあったが。

 

 

「これが海の怪物として恐れられている巨大生物のレビアタンだ」

 

 

めくられたページには、古い怪物の姿が描かれてきた。それは無数の触手と巨大なハサミのような腕を持ち、背から頭までを硬い甲殻で覆われた海の化け物だった。

 

ソラリスで獲れる甲殻類も魚と同じく巨大だ。その身は多く、調理すれば甲殻類のステーキができるほど。

 

子供ながらその怪物を見て、これならステイトの人たちが半年は保つ食料が手に入るなとぼんやりと思っていた。

 

 

「こう言った海洋生物を模した怪物は地球でも古くから神話や物語に登場していて、滅びた古代文明の入口を守る守護神としても描かれてきている」

 

 

現実的なことを考えている子供相手に、祖父は真面目に言ってページをめくる。複数のページにはレビアタンのような巨大なイカや、大海蛇などが船や人を襲うイラストが描かれている。

 

 

「中にも口から眩い光の炎を吐き出すなんていう化け物もいるぞ?その多くがフィクションではあるがな」

 

「人は海を怖がってたのかな?」

 

「というより、安全に航海をするための願掛けのようなものもあったのだろうな」

 

 

そもそも、そう言った伝承や伝説が盛んに世間に飛び交ったのは人が海という新たな領域に行動範囲を広げていったからだと祖父は言った。

 

 

「海は深く、広い。もともと住んでいた〝地球〟の海ですらその全容を明らかにできなかった。宇宙に浮かぶスペースコロニーを作った人類でも、身近にある海の全てを知ることはできなかったのさ」

 

 

だから深い海に恐怖の象徴がいくつも生まれた。深海に住む怪物や、山ほどの大きさの怪物、船を水底に引き摺り込む怪物、果ては宇宙からやってきた古き神々。

 

宇宙とコロニーが出来上がっても、人は海にまつわる恐怖心を拭うことはできなかっただろう。

 

 

「なんで人は海よりも宇宙を目指したの?」

 

 

そう質問すると、祖父は少し考えてから答えた。

 

 

「宇宙は光がある。光は希望だ。その希望は新たなるフロンティアを目指す道標となった。だが、海には光はない」

 

 

海は深くなればなるほど、光を通さない闇に繋がっている。宇宙はたとえ自分から遠くても必ず照らし続けてくれる星があるし、向かう先がわからなくなっても動かない星を頼りに道に戻ることができた。

 

天体というものは、古くから人を導き、照らし続けた。だが、海にはそれがない。その事実が人の恐怖を象徴しているのだと祖父は言った。

 

 

「光は遠ざかり、届かなくなる。暗闇は人の心に影を落とす。恐怖もな」

 

「じいちゃんも海は嫌い?」

 

「海は広大で、広く、深い。嫌いじゃないさ。だが…怖さはある。その暗く深い様相が、人間の心のあり方に似ているとも思えたからな」

 

 

さて、今日はもう寝なさい。

 

そう言って本を閉じた祖父は部屋の明かりを消してベットを後にする。行儀良く布団をかぶったフリをして、祖父の気配が遠かると決まって小さな明かりをつけ、祖父が置いていった本を開いた。

 

宇宙という星々の楽園よりも、深く暗い海に住む怪物たちの存在に、幼い心はロマンを見つけ踊っていたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

「おい」

 

「なんだよ?またソナーの故障か?」

 

 

ステイトの端に位置する監視塔の中で、監視官がヘッドホンを指差しながら後ろで酒を飲む同僚に声をかけた。

 

 

「いや、違う。何か…妙な音が」

 

「スピーカーに繋げてみろ」

 

 

きっとソナーの部品に海藻だとかゴミが引っかかってノイズが出てるに決まってる。そう決めつけた同僚に不満を漏らしながら、監視官はスピーカーに音を通した。

 

同時に、音が監視塔の部屋の中に響き渡った。海流の激しい水流音に混ざって何かが軋むような音が聞こえる。

 

 

「なんだ?魚の群れか?」

 

 

耳をそばだてながら言う同僚に監視官は音の集音数を調整しながら首を横に振って否定する。

 

 

「いや、これはもっと大きい」

 

 

じゃあもっと大きいやつか?とも問いかける。

 

ソラリスの海は栄養素が豊富であり、生息する魚類の大半が巨大だ。中には20Mという巨体を有する種類もこの海には存在している。

 

だが、ソラリスの海の99%がまだ未開領域とも言われていて、そんな海にどんな生物が住むのか解明はされていなかった。

 

 

「魚の呼吸音ではない。甲殻類が持つ殻が軋むような音が聞こえる」

 

「金属音にも聞こえるぞ。おおかた、漁に出ていた船の音が反響しているだけだろ」

 

 

議論を重ねている間にもスピーカーから響く音は大きく、まるで近づいてくるように響き渡っていた。気がつけば監視官も同僚もジッと黙って音に神経を集中させていた。

 

ふと、響き渡っていた音が消える。

 

 

「音が消えた」

 

「そらな?だから気にしすぎだと…」

 

 

その瞬間、凄まじい衝撃と揺れが二人を襲った。窓際まで吹き飛んだ監視官がモニターへと目を向けた。

 

ハッと息を呑む。

 

窓の外は凄まじい水飛沫と波、そして巨大な触手とハサミが映っていた。

 

そのまま海底の音を収音していた監視塔は、振り下ろされたハサミによって跡形もなく潰されたのだった。

 

 

 

 

 

 

警報が発令されたのは、すでに海から這い上がった化け物がステイトの地に巨大な体躯を叩きつけたあとだった。

 

 

「な、なんだあれは…!!ソラリスの海から這い上がってきたぞ!」

 

「化け物だ!!」

 

 

遠目から見てもわかるほど、その生き物は巨大だった。遠近がおかしくなるような大きな体は甲殻が軋む音を響かせながらステイトの沿岸部に上がろうとしている。

 

腹から伸びる触手が無造作に地面に叩きつけられ、簡素なプレハブが吹き飛び、ハサミが振り下ろされると堅牢な防波堤が容易く薙ぎ倒されてゆく。

 

 

「ええい、セキュリティの監視隊は何をやってたんだ!!」

 

 

リークがセキュリティの無線に怒鳴り声をあげていた。幼馴染のアニスや、その父親が突如として現れた化け物の姿に恐れ慄く。

 

あの独特なシルエット、体躯、巨大な触手とハサミ。その姿を自分は知っている。

 

 

「……レビアタンだ。じいちゃんが言ってたことは、本当だったんだ」

 

 

幼い頃に祖父が見せてくれた本に描かれていた化け物「レビアタン」。

 

それは、今まさに自分の生まれ故郷であるステイトを襲っている化け物と全く同じ姿をしていた。

 

ガツン、とハサミが振り下ろされステイト中が激しい揺れに見舞われた。耐えきれずに倒れたアニスを庇ったリークが階段に頭を打ち付け、苛立ったように叫ぶ。

 

 

「オゾン・ミノフスキー・ステークス(O.M.S)の振動吸収がまるで役に立ってないぞ!!くそ!!」

 

 

ソラリスの荒波すら吸収するシステムすら、巨大な化け物相手には通用しない。

 

科学者である祖父と同じく、ソラリスの海を研究するアニスの父親は信じられないものを見るような目で暴れ回るレビアタンを見据えた。

 

 

「あんな巨大な海洋生物がこんな浅瀬に来るなんて…」

 

「お、お父さん!!」

 

「ステークスの地表にいては危険だ!はやくシェルターに!セキュリティはMDを出すんだ!!」

 

 

倒れたアニスたちを起き上がらせながら避難するよう指示を出すリーク。セキュリティの役目はステイトの保安と治安維持、そして海洋生物からステイトを守るのことだ。

 

 

「リーク・ベッカード!!」

 

 

咄嗟に呼んだ名前に、リークは心配するなと不器用な笑みを浮かべて答えた。

 

 

「君も早く避難を!!対応は我々が行う!」

 

 

後ろから自分を呼ぶアニス。走っていってしまったリークの背中を一瞥してから、自分を待ってくれていた車に乗り込む。

 

研究施設から出てシェルターに向かうが、すでに道路はパニック状態の住人でごった返していて、車が走るスペースなど無かった。

 

動けなくなった車から出て、シェルターに繋がる道を進もうとすると、近くの建物のハッチが開いた。

 

目を向けると、数機のMDが開いたハッチから歩いて出てきていた。

 

 

「あれは漁業組合のMDじゃないか!!」

 

「おい!そんなオンボロで何をするつもりだ!」

 

「決まってんだろ?アイツを捕獲するんだよ!」

 

 

開けられたままのコクピットハッチの縁に座るMDのパイロットは意気揚々にそう言った。

 

海に向かって歩くMDの手には、巨大魚類を仕留めるための槍や水中銃、スプレーガンが握られているが、あんな武器でレビアタンになど太刀打ちできるわけがなかった。

 

 

「無理だっていうのわかってるんじゃないの!?」

 

「俺たちはステイトの居住者である前に漁師なんでな!あんなデカイ獲物を前に黙って見てられる性分じゃあないのさ!」

 

「やめろ!死に行くようなものだ!!」

 

「あれを放っておいたらこのメガロ・ステイトがやられちまうんだ!セキュリティも動かない!だったらやってみる価値はあるってもんだ!!」

 

 

アニスの父親の静止も聞かずに進んで行くMDたち。周りを見渡すと他の漁業組合のMDたちも出撃していて、彼らはステイトへ侵攻しようとするレビアタンに向かっていた。

 

その光景を見て、考えてしまった。

 

あれだけのMDがいれば、もしかすれば出来るかもしれない、と。

 

 

「親父さん、研究用の調査MDはあるよね」

 

 

そう問いかけると、アニスの父親はとんでもない、と言った顔で両肩を掴んだ。

 

 

「なっ…馬鹿なことを言うんじゃない!あれはどう見ても危険すぎる!」

 

「わかってる。けど、このステイトで一番MDの操縦経験があるのは俺なんです」

 

 

伊達にホエール・サブマリン号のエースパイロットをやってきたつもりはない。甲殻類の装甲の隙間をついて息の根を止めたこともあったし、巨大な魚を追い込んで仕留めた経験もあった。

 

不安げにこちらを見る幼馴染であるアニス。震える彼女の手を握って、「大丈夫」と言い聞かせた。彼女にも、自分自身にも。

 

 

揺れが一層大きくなる。MDの数機がレビアタンへ攻撃を始めたのだ。損傷が多くなる前にどうにかしたい。

 

 

「頼みます」

 

 

こちらの覚悟との思いを汲み取ったのか。アニスの父親は少し迷ったように目を彷徨わさせてから、息をついて答えた。

 

 

「…案内する」

 

「お父さん!?」

 

「このままじゃ俺も娘も、妻も死ぬんだ。だったら、ほんの少しでも可能性のある方へ賭けたい。……着いてきてくれ」

 

 

そう言ってシェルターとは別方向、人がいない路地に進んでゆく。

 

 

「ま、待ってよ!!」

 

 

戸惑ったように追いかけてくるアニス。ステイトの揺れは更に激しさを増していた。

 

 

 

 

 

 

ステイト・セキュリティの支部へと戻ったリークは、すぐさま応援をよこすようにセキュリティの管理部へと連絡をしたのだが、その返答に耳を疑った。

 

 

「何ぃ!?セキュリティのMDは出さずに即座に退去命令が出ただと!?」

 

《コロニー警備部からの直々の命令だ》

 

「ふざけるな!何を言っているのか理解しているのか!?」

 

 

未確認の巨大海棲生物による被害はソラリスに住む人々によっては恐怖でしかない。津波や海底火山の噴火の場合は避難などの措置しか取れないが、海棲生物相手ならセキュリティの最新MDを使えば対応は可能のはずだ。

 

そう訴えかけるが、管理部からの返事が変わることはなかった。

 

 

《そもそも、そのステイトは下流で、建造年数もだいぶ経っている。老朽化も目立つため、ここで現れた怪物に叩き潰してもらうとするさ》

 

「ステイトの住人はどうなる!!」

 

《あれは天災だ。なら、人は流れに沿って生きていけばいいのだ》

 

 

それだけ言って管理部は通信を切ってしまった。なんと情けないことを言う!!リークは思わず拳をコントロールパネルに叩きつけた。

 

 

「じゃあ、俺たちも逃げるのであとは頼むよ、リーク隊長殿」

 

 

他のステイト・セキュリティも大半が逃げる準備をして飛行船へと登場している。しかもご丁寧に最新式のMDを積載してだ。

 

奴らは今まで過ごしてきたこのステイトがどうなってもいいと、本気で思っているらしい。

 

 

「…ベッカード」

 

 

残ったのは、リークと同じくセキュリティを内部から変えようと志す青年士官たちだけだ。リークは怒りに満ちていた心を落ち着かせて、残ってくれたセキュリティのメンバーを見渡した。

 

 

「整備班に伝えてくれ、俺専用のMDは潜水艦に積むな。とな」

 

「お供します。隊長」

 

 

そう言って敬礼を返してくれる仲間達に、リークは静かに敬礼を返したのだった。

 

 

 

 

 



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第六話 目覚めしガンダム

 

 

 

「エネルギーライン、チェック。フィードバック制御、チェック。APP起動、チェック。制御モジュールブロック、オンライン。システムオールグリーン」

 

 

アニスの父親は、海洋生物の科学者である。

 

研究の一環でソラリスの海に潜ることがある彼のラボには、海中探査用のMDが備えられていた。

 

MDは名の通り人型の海中作業機であるが、ソラリスの巨大海棲生物との遭遇に備えて最低限の自衛手段も搭載されている。たとえば腰部に備わるグレネードランチャーや、背部の連装ロケット砲、脚部にはヒートナイフなどが標準装備されている。

 

あくまで、巨大海棲生物相手に使う自衛手段なので威力も低い上に、相手が巨大すぎた場合は牽制程度にしかならないが、無いよりはマシと言った具合だった。

 

 

「よし、行けるな」

 

 

常備されているバイタル・スーツ(海中作業用スーツ)を身につけ、MDの起動シークエンスを完了する。四角に覆われたコクピットに備わるモニターからは、アニスも、その父親もハンガーの管理室からこちらを心配そうに眺めているのが見えた。

 

 

「それはあくまで実験機だ。基本性能は他のMDと大差はないが耐久深度は4000Mだから、それ以上深くは絶対潜らないようにしてくれ」

 

「気をつけて…絶対に、死んじゃだめなんだからね!」

 

「わかってる。行ってくるよ」

 

 

通信越しに聞こえる二人の声に返事をしながら、MDを発進ハッチがある場所へと向かわせてゆく。たしかに、この機体は海中探索の実験機。機体のあちこちはツギハギの装甲で、動きもどこか頼りなさを感じるが、動かせられないわけではない。

 

 

「ハッチ開くぞ!うわっ!?」

 

 

ハッチ解放のレバーを引いたと同時に、再び激しい揺れがステイト中に響いた。揺れのせいでハンガーの建て付けがズレたのか、開いていたハッチが途中で止まる。

 

仕方ないのでMDの腕で無理やりこじ開けると、眼前には上陸を果たしたレビアタンと、その体躯に立ち向かう漁業組合のMDたちの戦いが繰り広げられていた。

 

 

「もうあんなところに!」

 

 

脚部に備わるスラスターベーンを解放し、地表を滑るように移動する。ステイトにある街並みは酷い有様で、レビアタンが一挙一動するたびに建屋が宙を舞っているのが見てた。

 

漁業組合のMDたちも決死の攻撃を仕掛けているが、距離を取って放つ槍やロケット砲、低出力のスプレーガン程度ではどうにもなっていなかった。

 

 

「引きつけろ!正面からじゃ無理だ!」

 

「なんて硬い甲殻持ってやがる!?」

 

 

範囲限定の通信回線から声が聞こえ始めたタイミングで、目の前に鞭のようなレビアタンの触手が現れた。右へ避ける。ひらりと躱した一打は、堅牢な道路をたやすく叩き割った。排水用のパイプが破裂し、道路の残骸から水が吹き上がる。

 

あんなもの食らえばMDはひとたまりもない。

 

 

「裏側からは無理だ!甲殻の隙間も槍は通らない!」

 

「スプレーガンも効かないぞ!」

 

「触手やハサミに攻撃しても無駄だ!掻い潜って本体に傷を負わせて弱らせないと!」

 

 

脚部に備わるヒートナイフを引き抜き、迫り来る触手を切り裂く。負荷は大きいが、熱溶断は出来た。相手の硬度はそれほど高くはない。

 

追撃の触手を避けて、振り下ろされたハサミからも距離をとる。触手一本程度切ったところで状況は好転しなかった。

 

 

「あの中を掻い潜るのか!?」

 

「このMDの機動力じゃ無理だ!粉微塵に…」

 

 

通信の最中、誰かのMDが触手の直撃を受けた。通信はくぐもった声と共に途絶え、紙細工のように細切れになったMDが街並みの上を通り過ぎ、あたりに散らばって爆散したのが見えた。

 

 

「アレクセイのMDがやられた!」

 

「ちくしょう!これで三機目だ!」

 

 

こいつは本当に生き物なのか!?そんな悪態を吐く暇もなく、迫り来る攻撃とハサミによる鉄槌を避ける。懐に潜り込もうとしたのがバレたのか、レビアタンの攻撃はより激しさを増していた。

 

そんな中、横合いからレビアタンの頭部にあたる場所にロケット砲が叩き込まれる。

 

 

《漁業組合のMDたち!さっさと退去をするんだ!》

 

 

レビアタンを相手取るこちらとは別方向。数機の編隊を組んで現れたのはステイト・セキュリティの最新鋭MDだ。隊長であるリーク・ベッカード機が放ったロケット砲に続いて、他のMDもロケット砲を放つ。

 

頭部への砲撃は流石に鬱陶しいのか、レビアタンは重低音の唸り声をあげて身じろぐ。

 

 

「セキュリティのMDか!?」

 

《こちらはステイト・セキュリティのリーク・ベッカードだ!ここから先は我々が対処する!あなた方は避難を!》

 

 

漁業組合のMDを庇うように展開するリークのMD部隊であるが、漁業組合のMD乗りたちは関係なく、怯んだレビアタンに向かって攻撃を続行した。

 

 

「ふざけんな!だらしないセキュリティなんかに俺たちのステイトを任せられるか!」

 

「そっちこそ、俺たちの漁の邪魔をするんじゃあねぇ!」

 

 

セキュリティから理不尽な中抜きを受け続けてきた漁業組合のMD乗りたちが、そんな言葉を信用するわけがなかった。

 

きっと助けた後に巨額の救助金を請求するに決まっている、という考えが先に走っていて、リークや他のセキュリティたちの言葉を聞かないまま、レビアタンに立ち向かっていってしまう。

 

だが、漁業組合のMDの中でただ一人、リークと面識があった。

 

 

「リーク!聞こえるな!?」

 

 

通信に応じた声と映像を見て、リークは驚きの声をあげる。

 

 

「君は、あの時の少年か!」

 

「あのデカブツは真正面の腹が弱点だ!そこを攻撃するには触手をどうにかしないと!」

 

「わかった!援護をしてくれ!」

 

 

機動力はこちらの方が上だ。ヒートナイフよりも大ぶりなヒートソードを構え、そう言ったリークは、他のセキュリティのMDが率いてレビアタンへ突っ込んでゆく。

 

 

「漁業組合のみんな!聞いたな!?あのセキュリティのパイロットは信用できる!援護するんだ!」

 

 

触手に阻まれて右往左往していた漁業組合のMDの前に出て、決死の攻撃をかけるリークたちを援護するように叫んだ。

 

ロケット砲やグレネードを吐き出しながら注意を逸らす動きを見て、あぐねいていた漁業組合のMDたちもなし崩し的にリークたちを援護する側へと回った。

 

 

「ええい!セキュリティの手伝いをするなんてな!!」

 

「漁業組合の恥だぜ!まったく!」

 

「無駄口を叩いてないで援護しろ!」

 

 

バカスカと撃ち込まれる弾頭に苛立ったレビアタンの隙。それを見逃さなかったリークは触手の合間を縫って、一番柔らかい甲殻へヒートソードを突き刺した。

 

地の底から響き渡るような絶叫。青い血液が吹き出し、リークのMDを染め上げてゆく。

 

突き立てられた激痛にレビアタンが身を捩った。リークが突き立てていたソードは深く食い込んでおり、振り回された衝撃と甲殻に挟まれたテコの原理であっさりと折れてしまった。

 

折れたヒートソードの柄を持ったまま吹き飛ばされたリークのMDはぐるぐると前転して、瓦礫と化したステイトの住居に叩きつけられる。

 

 

「リーク!」

 

「ちぃ!この化け物め!!」

 

 

ノイズが走るモニターを見ながらリークがうめいた。倒れ伏したMD目掛けて、激情に駆られたレビアタンが鈍重なハサミを振り上げる。

 

リークが吹き飛ばされた瞬間に、もう体は動き出していた。

 

 

「少年!?」

 

「そこだ!当たれぇ!!」

 

 

狙いは低くなったレビアタンの顔。

真っ赤に彩られた人の目と同じ器官。

 

リークのMDの前に出て投擲したヒートナイフは、ハサミの脇を通り過ぎて、飛び出しているレビアタンの目を根本から切り飛ばした。

 

再び、重低音の悲鳴があたりに響き渡る。

 

腹を突き刺された痛みよりも酷い激痛が、レビアタンの神経を駆け巡り、触手やハサミをばたつかせている様は、まさにのたうち回るといった表現がぴったりな有り様だった。

 

 

「よし、動きが鈍った!このまま腹の柔らかい部分を」

 

 

その瞬間、凄まじい衝撃が身体を襲った。のたうち回っていたレビアタンの触手が機体に直撃したのだ。

 

ふわりとした浮遊感を味わい、海面に叩きつけられる。その衝撃で記憶が途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴボッ。

 

かすかに音が聞こえた。

 

目を覚ますと、見えたのは水の中にある小さな空気の泡だった。手足がぶらりと垂れさがり、体が重力に惹かれている。

 

 

「つぅっ……ふ、吹き飛ばされたのか……!?海?浮上しないと……!」

 

 

すぐに自分が海の中に落ちたと言うことを理解した。どれだけ眠っていたのか?コクピットは真っ赤な非常灯で照らされていて、コンソールやモニターもノイズだらけだった。辛うじて見えたエネルギーラインも、残量は僅か。

 

絶望的な状況の中、追い討ちのようにエラーコードにも目を走らせてから、うめき声を上げた。

 

 

「メインノズルがやられているのか?し、沈んでいく……!」

 

 

海中でのMDの推進力は酸素を利用している。その推進力はタンクに貯水された海水から得られるのだが、タンクを含めノズルも吹き飛ばされた衝撃でスクラップと化しているようだった。

 

レバーやフットペダルを操作しても出力が上がる気配はない。機体はどんどん深海へと沈んでゆく。

 

 

「だめだ、このままじゃ俺は……」

 

 

金属が軋む音が響き始めた。

 

限界水深まで到着しているのか?

 

機体のあちこちから聞こえるその音は、死神の足音のようにどんどんと迫ってくる。機体各所に備わるセンサーも次々と死んでゆき、海中を写すモニターもノイズが酷くなっていった。

 

 

「じいちゃん……親父さん……アニス……みんな、ごめん……」

 

 

こうなってはどうしようもない、そう自分に言い聞かせて死を覚悟としようとした時、バイタル・スーツの内側から温もりを感じた。

 

二重のチャックを開いて中に手を突っ込んで温もりの正体を手で掴んだ。

 

 

「メタルが……これは?」

 

 

引っ張り出したのは、祖父の部屋で見つけたメタルプレートだった。なんら機械的な装置でもないはずのプレートは確かに温もりを発している。

 

これはなんだ?正体を確かめるようにプレートを撫でると、エラーばかり起こしてきたモニターに海中の進行路が出現した。

 

 

「ステイトの真下に向かえと言うのか?」

 

 

幸いにも、進行方向は下だ。このまま潜れば機体は圧壊するだろうが、何もしなくても死ぬなら、僅かにできた〝可能性〟にすがって死にたい。死を間際にして、自然とそう思えた。

 

メタルが示した道を進む。機体の歪みは限界ギリギリだ。ハッチも歪んで水漏れを起こし始めたところで、ノイズだらけのモニターは海中に沈む何かを捉えた。

 

 

「なんだ、あのドーム……」

 

 

真っ白な円状のドーム。いや、球体がそこにはあった。MDの限界深度付近。モニターにも映る進路は確かにその球体を指していた。

 

さらに近づくと、人一人が入れそうな入り口が球体の表面に備わっているのが見えた。

 

 

「あの入り口に入れって言うのか……一か八か」

 

 

バイタル・スーツと座席を固定するロックを外して、機体をドームの入り口へと接舷する。まるでMDが掴まれるように備えられた手すりに捕まって、入口とコクピットを限りなく近づけた。

 

空気圧によるトンネルは作れるが、展開した瞬間に水圧に負けて潰されることは間違いない。

 

コクピットの歪む音が大きくなる。この機体の限界も近い。

 

ヘルメットのバイザーを下げて深く息を整える。乗り移れるチャンスは一度。向こうの扉が開く可能性はわからない。

 

しかし、ここにいれば確実に死ぬ。

 

躊躇いは……なかった。

 

 

(届け!!)

 

 

MDのコクピットが開いて、空気圧のトンネルが形成されたと同時に、コクピットから飛び出した。

 

ソラリスの海水に晒されながら飛び込む。閉ざされていた扉が開かなければ……!!

 

すると、飛び出した人を感知したのか、球体の表面に備わる扉は素早く開いた。海水と共に吸い込まれると、間髪入らずに扉が閉まる。

 

 

「はぁ…!はぁ…!はぁ…!」

 

 

間一髪だった。バイタル・スーツのバイザーにアラームメッセージが投影されている。耐久深度500Mのスーツで深海に飛び出したのだ。スーツの負荷は計り知れない。

 

 

「助かったけど……ここは、なんだ?」

 

 

狭い通路だ。横にならないと入れないような中にいる。まるで棺桶のようだ。そんなことを考えていたら通路を満たしていた海水が凄まじい速さで排出されていく。

 

 

「水が抜け…うわぁっ!?」

 

 

水が抜け切った瞬間、もたれかかっていた床に大穴が空いた。受け身も取らずに頭から真っ逆さまに落ち、すぐに体が打ち付けられる。

 

異物を吐き出した扉はすぐに閉まった。どうやら二重扉だったようで、第一隔壁が開いた後、取り込んだ海水を排出し、第二隔壁が開く仕組みになっていたようだ。

 

痛みに身体をさすりながら起き上がる。ふと気がついた、自分が座っているのはコクピットのようなシートだ。

 

暗闇の中、手を伸ばすとMDと同じように操縦桿があった。

 

メタルが熱い。思わずバイタル・スーツの中にしまっていたメタルを取り出す。すると、上の方で赤い光の線が走った。

 

 

(レイハントンコード、承認)

 

 

電子音声が産声を上げる。

 

機体に電力が入り、エンジンのスターターが起動した。

 

 

「これ……は……」

 

 

戸惑うことしかできない。目の前にあるコンソールは機体の情報すべてを表示していた。

 

機体の名前に目を向ける。

 

そこにはこう書かれていた。

 

 

〝ガンダム〟と。

 

 

 

 

 

 

 

「くそぉ!この化け物、腹に一撃入ってるのに、ピンピンしてるぞ!!」

 

 

リーグ率いるセキュリティのMDも、漁業組合のMDも、暴れ回るレビアタンを前に、もうなす術が無かった。さっきまでの蹂躙がお遊びだと思えるくらい、レビアタンの攻撃は苛烈さを増している。

 

少し隊列から離れたMDが、下から振り上げられた触手に吹き飛ばされ、機体はあっという間に粉々になった。

 

 

「ハイデンのMDもやられた!?」

 

 

漁業組合のMDもあと三機だ。セキュリティ側も少なくない損傷を出している上に、虎の子の新型MDでもレビアタンの鞭やハサミの応酬に耐え切ることができなかった。

 

 

「隊長!これ以上はステイトも機体も!」

 

「撤退はしない!撤退をしたらここから逃げた奴らと我々は一緒になってしまう!それだけはダメだ!この化け物を追い払うまでは…!」

 

 

撤退を具申する部下に叱咤の声で返すリーク。ここで退くわけにはいかない。ここで退いてしまえば、何もせずに権力を貪る愚かな父と同じようになってしまう気がした。

 

だが、目の前の海の化け物に勝てるイメージがまったく湧かない。考えているうちにも、こちらはどんどん不利になってゆく。

 

真っ赤な片目をたぎらせて咆哮をあげるレビアタンに、メガロ・ステイトの人々は絶望を感じ取っていた。

 

その時だった。

 

荒れ狂う海の中らから、神々とした光の柱が立ち上る。

 

 

「なんだ!?新手か!?」

 

 

放たれた光は空へと上がってゆき、分厚い雲の向こう側で小さく光って消えた。

 

 

「ちがう、反応がある。あれはMDなのか?」

 

 

リーク達のMDが空を見上げる。レビアタンも背後に現れたプレッシャーを感じ取り振り返った。

 

そこには、ビームライフルとシールドを構えた一機のMS、ガンダムが浮かんでいたのだ。

 

 

「あの機体のシルエットは…」

 

 

遠い昔、リークは両親からこんな話を聞かされていた。

 

ソラリスの海から来る魔物。人々は魔物が過ぎ去るまでただ耐え、恐れ、震えるしか無かった。

 

そんな魔物を相手取って戦い、勝利した白き巨人がいた、と。守護神か、あるいは魔物と同じ悪魔なのか。その答えを両親は教えてくれなかった。

 

驚愕するリークはまだ知らない。

 

その伝説の機体に乗る少年の名前すら。

 

 

「この機体が…どんな理由であそこにあって…どんな物かなんて知らないけれど。今は、今は…!!」

 

 

コクピットからの声に呼応するように、黄色い二つの目が凛と輝き、ビームライフルを向けてガンダムはそびえるレビアタンへと飛翔する。

 

 

「ステイトを守るために、俺に力を貸してくれ!ガンダム!!」

 

 

 

 

 

 



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第七話 青の世界

 

 

 

MDの限界深度4000M。その距離を一息で駆け上がるガンダムの性能は、今まで乗っていたMDとは比べ物にならないほど圧倒的だった。

 

浮上する勢いに任せて海面から飛び上がる。MDのように酸素を推進剤とした推力ではなく、ガンダムのバックパックからは虹色の燐光を放たれていた。

 

凄まじい速さで海面から脱した際に、ステイトの蹂躙に目を向けていたレビアタンがこちらを捕捉した。その瞬間、咆哮を上げて殺意の全てをガンダムへと差し向けてきた。

 

凄まじい水飛沫と海中に沈み込む音を立てながら、再び海へと潜ったガンダムを追ってくるレビアタンは、地上では考えられないほどの速度で触手を振るい襲いかかってきた。

 

 

「前からくる!!ぶつかる!?」

 

 

空気の泡を切り裂く勢いで放たれたレビアタンの一撃に直撃を覚悟したが、押し込んだレバーに反応してガンダムは素早くその一打を躱してみせた。

 

 

「避けた?」

 

 

早すぎて自分でも何が起こっているのか把握できなかった。

 

二撃、三撃。

 

振われる鞭を相手に、ガンダムは虹色の燐光を放ちながら化け物が振るう攻撃を躱してくれる。

 

体が想像以上に軽い。まるで機体の手足が自分の手足のようになったと思えるくらい、ガンダムの反応速度は早かった。

 

当たらない攻撃に苛立つかのようにレビアタンは触手攻撃に加えてハサミも振り下ろしてくるが、その動きもまるでスローモーションのように見えた。

 

 

「化け物の動きが遅くなっている?違う…俺の方が…ガンダムの方が早く動けているんだ!!」

 

 

全天周型モニターはまるで海の中にある剥き出しの球体で、自分が何かに乗っているなんていう感覚が希薄になってゆくような気がした。

 

その差はあれど、コクピットのモジュールレイアウトはMDと大差はない。レバーの操作感や、トリガーの配置、フットペダル、その全てがダイレクトにガンダムへ挙動を伝えてくれる。

 

だが、このままレビアタンの攻撃を避けていても状況は進展しない。操作パネルに表示されるウェポンリスト。その中にある「ビーム・ライフル」に視線を走らせた。

 

さっきはドームから脱出するために使用したが、その威力を何かに向かって放つ。名の通り、ビームを放つ攻撃なのだろうがその性能は未知数だ。

 

だが、目の前で咆哮を上げる化け物は迷わせてくれる時間なんて与えてくれない。覚悟を決めて、標準装備で手に備わるビーム・ライフルの銃口をレビアタンに構えた。

 

 

「当たったら大変なことになるかもしれない。だけど、お前を止めれるなら!いけぇえー!!」

 

 

トリガーを引く。直後、信じられない極光がライフルから放たれ、迫り来るレビアタンのハサミに命中する。MDの武器ではどうしようもなかったレビアタンの硬い甲殻は、まるで粘土細工に穴を開けるようにひしゃげ、青い血を撒き散らして爆散した。

 

 

「す、水中で何が起こっているんだ!?」

 

 

海底で何かが光ったと同時に、凄まじい爆音と水柱が立ち上がる。

 

衝撃であたりに海水が散らばると同時に、レビアタンの硬い甲殻と思われる破片が、波打ち際で海の様子を見守るMDの装甲へ音を立ててぶつかった。

 

 

「わからない!!シー・スペースは磁気の嵐だ!肉眼で見える距離じゃないと…!」

 

 

刹那、泡立った海面から何かが飛び上がった。それを追うようにレビアタンも浮上する。浮かび上がったと同時に咆哮を空へと吐く化け物は怒り狂っていると誰もが思った。しかし、状況は違っていた。レビアタンはたまらず海面に浮上したのだ。ハサミの大部分が無くなった腕を振り回しながら重低音の悲鳴を轟かせのたうつ。

 

誰もが言葉を失った。

 

真上からビームの雨を降らせるのは、突如として現れたガンダムだった。手の施しようがなかった化け物は、光の雨に体を貫かれて悲鳴を上げて身を縮こまさせている。あまりにも圧倒的で、あまりにも一方的な戦いだ。

 

 

「この機体、MDの動力と全く違う!ステイトの様子は!?」

 

 

全天周位型モニターでステイトの様子を見る。

 

それはひどい光景だった。

 

レビアタンが上陸した場所は何もかもが破壊の限りを尽くされており、あたりには必死に防衛しようとした漁業組合とリーグ率いるセキュリティ側のMDの残骸が散らばっている。

 

 

「酷い…!港町がやられているじゃないか!!」

 

 

機体をぐるりと反転して、シー・スペースへと潜る。

 

海の中では痛手を負ったレビアタンが海底に向かって逃げようとしており、その身勝手な化け物の姿を見て、言いようのない怒りのような感情が湧き上がった。

 

 

「お前!海の化け物だと言うなら!!船でも襲っていろよ!!」

 

 

ビーム・ライフルで逃げるレビアタンの背面を数発貫く。逃して回復されれば、次はもっと大きな被害をもたらすだろう。ここで仕留めなければならない。

 

決して、逃がさない。

 

そんな思いが、ガンダムのレバーを強く握りしめさせていた。

 

 

「海の化け物!ステイトを襲った報いはここで受けさせる!!」

 

 

ドンっと再び水柱が起こる。港川まで来て、ことの顛末を見守ろとしていたアニスとその父親は、目の前な現れた謎の人型機械を前にただ言葉を失っていた。

 

 

「お父さん、知ってるの?」

 

 

海洋学者である父にそう問いかけるが、父は何も言わないまま口元を抑え、思考を巡らせている。

 

あの機体、あの色、そしてあの強さ。

 

ソラリスの文献を紐解く中で必ずと言っていい共通点。ソラリスの海に人類が船を漕ぎ出した時、その近くには常に白い巨人が船を漕ぐ人々を守っているのだと。

 

 

「まさか…いや…あるいは…」

 

 

そんなもの、お伽噺のようなもので、なんら証拠はないといつもの自分なら切り捨てるが、それでもあの機体の姿は目に焼き付いてしまっていた。

 

再び、戦いの場は海中へと移る。

 

レビアタンは逃げることをやめた。これ以上逃げても、自分の命は残りわずかだと悟ったからだろうか。ステイトを守り、海中に入った他のMDたちが見守る中、ガンダムはバックパックに備わるビームサーベルを引き抜いた。

 

最後の抵抗で襲いかかってきた触手をビームサーベルで薙ぎ払ってゆく。

 

 

 

「あのMDの武器は、レーザーじゃないのか!?」

 

「違う、ビーエムの使うヒートナイフじゃない!あれはビームで出来た刃だ!!」

 

 

セキュリティの若手の有志で構成された隊を率いるリークは、その戦いを固唾を呑んで見守っていた。

 

ビームサーベルで最後の鋏を切り落としたガンダムは、そのまま頭部があるまで浮上し、サーベルを構えた。

 

 

「化け物は海の中に帰れぇーーっ!!」

 

 

一閃。レビアタンの頭部を縦に切り裂いた一撃は、致命傷となった。

 

青い血液を撒き散らしながら、巨体さを誇った体はシンと静まり返り、神話で囁かれた海の怪物レビアタンは、海中に浮かぶ化け物の残骸と成り下がったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

ステイトに上がると、荒廃した港町はお祭り騒ぎだった。水揚げ場では死亡したレビアタンが生き残ったMDによって引き上げられており、その道の専門家たちが調査を行いつつ、血抜きや〆の作業へと入っていく。

 

食料や物資に困窮するのがステイトの常。使えるものはなんでも利用する。まったくもってたくましい人達だ。

 

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

 

ガンダムから降りると、体は信じられないほど気怠げで、すぐにでもその場に横になって眠ってしまいたい気分だった。頭がぼやけて、クラクラしている。

 

倒したのか、あの海の化け物を。

 

水揚げされた巨大なレビアタンの死骸を見つめながらぼんやりと思う。あまりにも現実離れをしていて、実感が湧かない。

 

真上に鎮座する〝ガンダム〟を見上げる。

 

この機体がなければ、このステイトはレビアタンに破壊の限りを尽くされていたはずだった。

 

メタルを持つ自分がコクピットから離れると、すぐに電源が落ち動かなくなってしまったので、どうしようもないからガンダムの足元に座って、レビアタンの水揚げ作業に入る漁業組合の人々を眺めていた。

 

 

「化け物を討ち取る守護神…あるいは破滅をもたらす悪魔か…」

 

 

ふと、そんな言葉をかけられた。振り返ると、若いセキュリティの隊員たちを連れたリークが、座り込んでいるこちらに近づいてきていた。

 

 

「少年、どこからそんな機体を見つけてきたんだ?」

 

「それはこのメタルに聞いてくれ」

 

 

単刀直入な質問に、ポケットに入れていたメタルを見せる。リークも受け取っていろいろ確認したが、どう見てもただのメタルプレートでしかない。

 

 

「それが示したのか?」

 

 

その問いかけに頷いて答えた。メタルの示したナビに従って降下したら、このガンダムが眠るバルーンを見つけたのだから。

 

どのMDにも見られない形状をするガンダムを見上げたまま、リークはめんどくさそうに「まったく、セキュリティの奴らがこれを見たらなんて言うなら…」と呟いた。

 

港口の入り口から、幼馴染のアニスと父親が入ってくるのが見えた。

 

手を振っている彼らを見つけて、立ち上がるとリークは今度こそはと問いかける。

 

 

「待ってくれ。結局、俺はまだ少年の名前聞けていなかったな」

 

 

そう言ってこちらの言葉を待つリーク。

 

振り返って、湿った海風を体に受けるまま答えた。

 

 

「シャア」

 

 

自分につけられた名。

 

 

「俺の名前は、シャア・レインだ」

 

 

祖父は目印だと言ったが、何のことかはわからない。だが、それこそが自分に与えられた名前だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「プロヴィンギア」

 

プロヴィンギア船団の旗艦であり、惑星ソラリスの衛星軌道に位置する。

 

このコロニーは空気製造や工作機器の製造を担っており、その規模も最大であった。ソラリス開拓後はコロニー内での畜産も始まり、ソラリスへの食糧供給はすべてプロヴィンギアが担っている。

 

そのため、コロニー政府はソラリス政府も兼任している。

 

 

「間違いないのだな?」

 

 

コロニー内の行政府で、初老の男は報告にきた部下に改めて問いかけた。

 

 

「ええ、反応は確実に捉えました」

 

 

手に持っている端末を見る。そこには確かにソラリスの地表で計測されたデータが記載されていた。

 

この波長は間違いがない。

 

長らく探し求めた「方舟」の鍵となるものと同じ波長だ。

 

彼方にこそ栄えあり。その信念と思想を体現する道標を見つけ、初老の男はほくそ笑む。

 

 

「我が望みを叶える道筋が、こうも突然に現れるとはな」

 

「ステンシー卿」

 

 

プロヴィンギアの管理当主である男、ベンジャミン・ステンシーは、自分を呼びかけてきた少女の方へ視線を向けた。

 

その少女は黄金色の髪を下ろしていて、顔は目元から頭と半分を隠すマスクで覆われていた。

 

 

「きたな、任務は既にロザエ・ブラッディに伝えた通りだ」

 

 

ベンジャミンの言葉通り、マスクを被った少女は部下であり、自分を幼い頃から支えてくれた女性、ロザエから伝えられた命令を復唱する。

 

 

「彼女から細かな内容は拝聴しております」

 

「では準備が整い次第、諸君らはソラリスのメガロ・ステイトへ向けて出発しろ。目的はあくまで〝ガンダム〟だ」

 

「はっ、了解致しました。ステンシー卿。コロニーの名誉と尊厳に賭けて」

 

 

敬礼を打って踵を返した少女はそのままコロニー当主の屋敷を後にした。

 

1人になったベンジャミンは、部下から受け取った波長データを眺めながら、出て行ったマスクの少女の哀れさに顔をしかめた。

 

 

「…マスクを被り、娘という己を閉ざすか。〝アルテイシア〟よ」

 

 

 

 

 

 

機動戦士ガンダム

青のプロヴィンギア

 

 

第一章「青の世界」完

 

 

 

 

 

 



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■登場人物紹介(第一章)

 

シャア・レイン

年齢 17歳

 

本作の主人公であり、偶然であり、必然でもあり、ガンダムに導かれた青年。

科学者である祖父と二人で生活をしていたが、祖父が加齢による知能障害を煩い、医療費や施設費用を稼ぐために出稼ぎに出ていた。

祖父から教育を受けていたことや、幼馴染の親が海洋学者であることからMD(もビルダイバー)の操縦などの経験があったため、出稼ぎ先である漁業組合では、ホエール・サブマリン号のMDパイロットとして働いていた。

祖父の訃報を聞き、生まれ故郷であるメガロ・ステイトに帰還したシャアは、祖父の遺品を整理していた際に見覚えのないメタルプレートと、サイド7でガンダムが初めてザクを撃破したイメージを幻視する(シャアはガンダムやザクなど、一年戦争の知識もないためそのイメージが何だったのか理解はできなかった)

その後ステイト・セキュリティに所属するリーク・デッカードと出会うが、突如としてステイトに巨大海棲生物「レビアタン」が襲来。

幼馴染の父親が保有するMDに乗り込んだシャアは、メガロ・ステイトの漁業組合や、救援に駆けつけたリークたち、ステイト・セキュリティのMDと協力してレビアタンの撃退に挑むが、攻撃を受けて海に落ちてしまう。

主動力を失った機体で海底に沈む最中、祖父の遺品から見つけたメタルが起動し、ステイトの真下の深海に眠るバルーン型の格納庫を発見する。

その中に隠されていたガンダムに乗り込んだシャアは、驚異的な性能を持つガンダムを操り、ステイトを襲っていたレビアタンを撃破するのだった。

 

 

 

アニス・ブルーム

年齢 16歳

 

古くから家族くるみの付き合いをしてきたシャアの幼馴染。祖父の施設費用を稼ぐために出稼ぎに出たシャアを待ち続けていて、普段は海洋学者である父や母の手伝いをしながら過ごしている。

 

 

 

ロンダード・ブルーム

年齢 51歳

 

アニス・ブルームの父親。

コロニーのアカデミーに籍を置く海洋学者であり、普段はソラリスの海を調査しながら、講演会や勉強会のためにコロニー「プロヴィンギア」とソラリスを行き来している。

幼いシャアにMD(モビルダイバー)の操縦方法を教えた。

 

 

 

 

 

・ステイト・セキュリティ

 

リーク・デッカード

年齢 21歳

 

メガロ・ステイトに駐在するステイト・セキュリティに所属し、所属ステイトの隊長という肩書きを持つ。

父親がステイト・セキュリティの上層部に属する人物であり、周りからは親の七光りや、親のコネで入ったと非難の目を向けられている。隊長という肩書を持っているが、往年のセキュリティ隊員からはバカにされており、命令をしても聞き入れることはない。

リーク自身もそれを割り切っているため、セキュリティの古株隊員とは全く連携が取れていない実情を抱えていた。

権力に固執する父親のやり方に反発し、父のコネで入れたはずのコロニー特区隊員の処遇を蹴って一般隊員としてセキュリティに入隊。顔に泥を塗られた父の腹いせで、下流ステイトであるメガロ・ステイトに所属させられている。

リーク自身は、ステイト・セキュリティを内部から改革するという信念を持っており、彼に同調した多くの若手隊員たちもいる。

メガロ・ステイトにレビアタンが来襲した際は、撤退を指示するステイト・セキュリティ本部の命令を無視して出撃。有志で行動を共にする隊員たちに指示を出し、セキュリティとは深い因縁のある漁業組合とも連携してレビアタン撃退に貢献した。

 

 

 

 

 

・漁業組合

 

ホエール・サブマリン号

 

カーディス・レインバー

年齢 58歳

 

漁業組合所属の潜水艦「ホエール・サブマリン号」の艦長。約100名や乗員たちの雇用主でもある。

危険なソラリスの海での漁業を行なっており、漁獲した魚を市場に売ることで利益を得ている。

シャアの祖父が死去した際は、少ない利益からシャアがステイト間を往復する費用を捻出し、彼を送り出す心の温かさを持つ人物。

 

 

 

漁夫長

 

ホエール・サブマリン号で漁を行うMDの指揮長。艦長であるカーディスとは長い付き合いで、卓越したMDの操縦技術と魚の流れを見極める観察眼を持っている。

 

 

 

イーサン・ドゥー

レオニール・タイド

 

ホエール・サブマリン号の乗組員でMDパイロット。シャアと同じく出稼ぎ仲間で、一年間共に苦楽を共にした友人でもある。

 

 

 



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■用語解説(第一章)

 

・MD(モビルダイバー)

 

地上、および海中での作業を目的として開発された人型作業機。兵器という分類ではなく、あくまで作業用機材として運用されている。

海中では酸素を推進力とし、地上ではプロペラントタンクに蓄積されたガスでスラスターを噴射させて高速移動をすることが可能。

マイナーチェンジはされるが、形式番号は「BMD-○○」と頭文字が登録されているため、MDパイロットからは「MD」または「ビーエム」という略名で呼ばれている。

 

 

・ガンダム

 

メガロ・ステイトの深海から突如として蘇ったMS。その機体の過去や動力源の全てが謎に包まれている。ビームライフルとシールドが標準装備であり、機体に備わる謎のエネルギー源から電力が供給されているため、ビームライフルが弾切れを起こすことはない。

 

 

 

・バイタルスーツ

 

シースペース行動用の船外作業着。宇宙用のノーマルスーツとは材質から根本的に異なっており、ヘルメットの後部には気圧抑制装置と酸素供給ケーブルが備わっている。

ヘルメット部のガラスはソラリスの海底から採取される鉱物を加熱して生成されており、外部から掛かる圧力に対しては驚くほどの耐久性を持つ。その強度は深度500メートルの海域でも水圧に耐えうるほど。

しかし、圧力を面で受けて拡散させる特性から点で受ける衝撃には弱いため、銃弾や海流を高速で移動するシーデブリの破片には注意が必要。

 

 

 

 

・プロヴィンギア船団

 

人類が太陽系外に脱するために建造された密閉型コロニー郡。数十基のコロニーで形成され、太陽系外まで辿り着いたが宇宙嵐の影響でいくつものコロニーが犠牲となり、わずかに生き残ったコロニーもバラバラの星系に別れてしまった。

 

 

プロヴィンギア

 

プロヴィンギア船団の旗艦コロニーであり、惑星ソラリスの衛星軌道に位置するコロニー。外宇宙へ旅立ったコロニー郡の中で、空気製造や工作機器の製造を担っていたコロニーで規模も最大であった。

ソラリス開拓後はコロニー内での畜産も始まり、ソラリスへの食糧供給はすべてプロヴィンギアが担っている。

そのため、コロニー政府はソラリス政府も兼任している。

 

 

ソクラテウス

畜産業を目的に開発された資源ユニットであり、元は船団内のコロニー、ソクラテウスに付随するユニットだったが船団が宇宙嵐で壊滅した際にプロヴィンギアによって回収されている。

 

 

バンデロイ

コロニー郡で電力発電を担うユニット。宇宙嵐にて致命的な打撃を受けた際にユニットの居住者すべてが犠牲となった。現在はプロヴィンギアの電力発電設備として再利用されている。

 

 

 

・移住惑星ソラリス

 

南極と北極に位置する氷河を除く95%の惑星表面が海で覆われている海洋惑星。

ソラリスの海は豊富な栄養素と複雑な海流が混ざり合っており、その栄養素から成長する魚類は巨体を誇る。また、深海には未確認の巨大水棲生物も生息している。

人々は「ステイト」と呼ばれる人工浮遊都市を作り上げ、海上と海中に生活圏を築いている。

各ステイトの管理や統治はコロニー政府から派遣されたステイト・セキュリティが行なっている。

 

 

・シー・スペース

 

ソラリスの海の中を示す。生活圏が基本的に海面か海中に限定されるため、人々は漁業から日々の生活基盤を確立している。シー・スペース内は激しい海流と特殊水素の影響で無線機器が使用不可能であり、漁を行うMDは通信線と命綱であるケーブルで繋がれている。

 

 

・ステイト

 

人工浮遊型の都市。都市型ステイト、市場ステイト、居住ステイトというタイプがあり、そのステイトの規模から上流、中流、下流というランク分けがされている。

 

 

メガロ・ステイト

 

主人公たちが住む下流の居住ステイトであり、ソラリスではじめて建造、運営された最古のステイト。ステイト直下の深海にはバルーン状の格納庫が隠されており、その中にガンダムが眠っていた。

 

 

 

サウス・マーケット・ステイト

 

ソラリスの東海洋にある中流の市場ステイト。東側の漁業組合の拠点の一つであり、ソラリスの海で獲れた魚介類な売買が行われると同時に、コロニー側から送られる物資の輸出も担う。

ホエール・サブマリン号が拠点とするステイトでもある。

 

 

 

 



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第二章「海の世界で」
第八話 宇宙から来るアルテイシア


 

 

ポタリ。

 

無重力が支配する宇宙では、ありえないはずなのに。

 

水が滴るような音が聞こえたような気がした。

 

 

 

 

 

 

密閉型の宇宙コロニー、プロヴィンギア。

 

宇宙世紀末期に建造されたこのコロニーは、人類未到の世界である「太陽系外宇宙」を目指す目的を与えられて産み落とされた。

 

プロヴィンギア船団。いくつもの密閉型コロニー郡で形成され、ソーラーセイルによる推進機構を有した船団。

 

星系間を移動するために創設された最初の探査船団は、人類が開発した「ガンダム」を旗印に太陽系の外へと足を進めた。

 

だが船団が太陽系を脱出した直後に事件は起こった。

 

謎の宇宙嵐がプロヴィンギア船団を襲ったのだ。その被害は甚大で、多くの密閉型コロニーが、それに住まう人々ごと犠牲となった。

 

地球圏との交信手段も奪われ、ソーラーセイル推進機も壊滅的なダメージを負った船団は、旗艦コロニーでなるプロヴィンギアを残して全滅。

 

それでも僅かに生き残った人々を抱えて宇宙を漂うプロヴィンギアは、奇跡にも等しい惑星を発見した。

 

大気があり惑星表面の95%が海水で覆われた星、ソラリス。

 

プロヴィンギアはソラリスを第二の居住惑星と定め、その星へと根を下ろし、生活圏を築き上げていった。

 

それから、150年あまり。

 

プロヴィンギアとソラリス。その二つをめぐる物語は、大きく動き始めようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「アルテイシア様」

 

 

扉をノックする音と共に聞こえた侍女、「ロザエ・ブラッディ」の声に目元を隠すマスクを身につけ、頭部を覆うヘルメットのような装飾品を被る。

 

少女、「アルテイシア」は自室を後にしながら待ち侘びていたロザエに応じた。

 

 

「ええ、わかっていますよロザエ。今の私がなぜこのマスクを身につけているのかという理由くらい」

 

 

伸びる髪を無重力に靡かせながら進むアルテイシアは、迎えにきた侍女の言い分をわかっているかのように答えた。

 

アルテイシアが顔を隠すマスクを身につけているのは、彼女の父であり、コロニープロヴィンギアを治める当主でもある「ベンジャミン・ステンシー」から与えられた使命を果たす為であった。

 

 

「ベンジャミン・ステンシー卿が求められるものは、かつて我々が保有していた一機のMS、ガンダムです」

 

 

惑星ソラリスの浮遊都市のひとつである「メガロ・ステイト」を襲った巨大な海棲生物。その悲劇の最中に確認された「ガンダム」が放った波長を、コロニープロヴィンギアは捕捉していた。

 

それは探して求めていた物で間違いなく、プロヴィンギアの当主が何代にも渡って探し求めてきた失われた遺産でもある。

 

 

「そのガンダムはステンシー家の未来に栄光と称賛をもたらすと言い伝えられてきました。あの青いソラリスのどこかに隠されているとも」

 

 

なにせ100年も前の話だ。それが眉唾物の作り話であると誰もが笑っていたが、ステンシー家はその遺産をずっと追い求めてきた。

 

そのガンダムが現れた以上、何としてもガンダムを手に入れなければならない。

 

 

「故に、我々には最新鋭のMSが与えられ、ソラリスに降りて………」

 

「分かっています、ロザエ・ブラッディ」

 

 

コロニーの中核部に位置するステンシー邸宅から直通でつながるエレベーターへと乗り込んだアルテイシアは、共にソラリスへと降りる役を担うロザエを見つめた。

 

 

「ステンシー卿の悲願のためにも、私は誰も負けるわけにはいかない。誰にも……たとえそれが、ガンダムであったとしても」

 

「それでこそ、マスクを被りしアルテイシア様ですよ」

 

 

褒め言葉にはしては色気がないですね、とアルテイシアがロザエに言う頃には、エレベーターはプラットホームを経由して目的の資源工廠へと到着していた。

 

ヒラヒラした服は無重力の中では破廉恥で不自由なので、アルテイシアもロザエもノーマルスーツをすでに着用している。

 

飛んで二人が入る工廠内部は、ソラリスの漁業組合に供給されるMD(モビルダイバー)や、コロニー修繕用のプチモビ、MS(モビルスーツ)が所狭しと並んでいて、通路から向かって右側に飛んでゆくと、待機していたプロヴィンギアの技師がアルテイシアたちに手を挙げて合図を送った。

 

 

「お待ちしていましたよ」

 

 

無重力の中で着地するアルテイシアたちを支える技師、「ラーディア・フラナガン」は自信有りげに二人を出迎える。

 

こちらですと案内された先は、プロヴィンギアでも貴重な資源を使って作成されるMS用の専用工廠だ。

 

ラーディアがかざしたIDからパスワードを読み取って開いた扉の先にあるものを見上げ、アルテイシアは感慨深そうに声を漏らす。

 

 

「この機体が………」

 

「ええ。これこそが我がプロヴィンギアが開発した最新鋭MS、ドゥン・ポーです」

 

 

REV-81 ドゥン・ポー。

 

外宇宙用に開発された「REV(レヴ)シリーズ」の最新モデルで、旧式となった79型のロンデリアと比べるとマッシブなプロポーションのように思える。

 

ラーディアが取り仕切るフラナガン工廠が作り上げた新作は、機体各所にスラスターノズルが配置されており、見た目によらず高機動戦闘を可能にしている上に、換装すればソラリスの海中にも対応できる汎用性が持たされていた。

 

さすがは次期主力のMS、とアルテイシアは感心する。戦争なんてしないプロヴィンギアとソラリスでは完全に宝の持ち腐れだが、ソラリスで採取できる鉱石から何が作れるかの研究は必要だ。

 

故に、長い時間をかけて完成度の高い新型MSを製造できるし、それに乗り込むこともできる。

 

 

「アルテイシア様の要望通り、貴方の機体の頭部は変更してあります」

 

 

技師が案内した3機のドゥン・ポーの頭部は、ロザエや他隊員が乗る機体はモノアイであるが、アルテイシアが乗る専用機はV字型のアンテナと二つのカメラアイが備わっている。

 

いわゆるガンダム顔。実はこの形の頭部は珍しい物ではなく、旧式の機体の中にも何機かは特殊製造されたガンダム顔の機体もある。

 

プロヴィンギアにとって神格化されたガンダムの顔は験担ぎのような意味合いを持っていた。いかにもな外観を見て、アルテイシアは満足そうに頷く。

 

 

「二つの目、そしてV字型のアンテナ。相手がガンダムならば、私自身もガンダムに乗りこなさなければならない」

 

「ええ、アルテイシア様。貴女もまたガンダムに選ばれしパイロットなのです」

 

 

技師の隣にいたロザエがすかさずアルテイシアの言葉に同意する。

 

相手がガンダムならこちらもガンダムでなければ役不足というものだろう。父であるベンジャミンの言葉を思い返して、アルテイシアは自己暗示をするように繰り返し口ずさむ。

 

 

「ガンダムに乗ってるのだから、私がガンダムに負ける通りなど有りはしません」

 

 

ガンダム顔をしたドゥン・ポーを見上げた彼女は踵を返すように無重力の中へと飛び上がると、用意された大気圏降下用ポッドの元へと向かった。

 

 

「班長、積み込み作業はいかがか」

 

「ええ、すでに降下に必要なものはすべて」

 

「よし、アルテイシア隊は出発準備を進めてください」

 

 

部隊の指揮もベンジャミンの許可でアルテイシアが執ることになっている。

 

まったく、厄介なことに巻き込まれたものだと侍女のロザエは忙しく確認作業をしているアルテイシアを眺めながらふん、と鼻を鳴らした。

 

 

「あんなマスクを付けないと戦えないとはねぇ」

 

「口が過ぎるぞ」

 

「はっ、申し訳ございません」

 

 

他の隊員がつぶやく言葉をやんわりと諌める。アルテイシア隊といったら体裁はいいだろうが、用はガンダムが見つかったんだからソラリスに探しにいってこいと集められた集団に過ぎない。

 

マスクを付けた少女隊長も、MSの操縦センスは認めるが部隊を束ねる者の器ではないということを、ロザエはよくわかっていた。

 

彼女のことはまだ言葉が拙いころから侍女として面倒を見ている。歳を追うごとに亡くなったベンジャミン当主の奥方に似ていくことも知っているし、ベンジャミンがそれを嫌って彼女にマスクを付けさせているという情けない事情も。

 

 

「あの小娘がマスクをつけて、ガンダム顔の機体に乗った程度で戦士になれるものか」

 

「ドゥン・ポーの性能は約束できます」

 

 

ロザエの言い分を聞いたラーディアは反発するように訴えたが、彼女は意地悪い笑みを浮かべて技師である彼をなじった。

 

 

「カタログスペックで全てを語れるなら、パイロットもメカニックもいらないものさ。それを十全に扱ってこそ、プロってものだろう」

 

 

まもなくして、全てのドゥン・ポーとソラリス大気内で行う作戦に必要な物資が積み込まれた降下ポッドは、コロニープロヴィンギアのカタパルトへと乗せられてゆく。

 

 

《大気圏突入ポッド、射出準備完了!》

 

 

卵の上半分を切り取ったような形状をする降下ポッドにドゥン・ポーごと乗り込むアルテイシアは、眼下にある青い星ソラリスをじっと見つめた。

 

 

「いきますよ、アルテイシア様」

 

「ええ、よしなに」

 

《ポッド射出!》

 

 

ロザエの声に応じると、空気と電磁カタパルトの放電音が空気の振動で震えて、降下ポッドは凄まじいGをまとって宇宙へと投げ出された。

 

自動姿勢制御で最適な突入経路へ侵入してゆくポッドの中で、アルテイシアはマスクを脱いだ。青い目に写るソラリスの大海原を見据えたまま、彼女は顔を顰めた。

 

無重力から重力に惹かれていく感覚は嫌い。

 

自由だった命が、海の魔物に睨みつけられるような感覚だから。

 

 

 

 

 

 



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第九話 海上の逃避行

 

 

メガロ・ステイトでの巨大海棲生物の襲来事件は、漁業組合による規制線設置と、ステイト・セキュリティによる情報統制によって収束しつつあった。

 

巨大海棲生物、個体識別名「レビアタン」は観測史上最も巨大な甲殻類の一種であることが判明し、死骸と化したソレは多くの海洋学者たちの関心を集めることになる。

 

研究者いわく。

 

レビアタンが有する甲殻は、水圧に強く粘り強い鉱石由来の性質を持っており、それはソラリスの深い海底から採取できる「ソラリスタイト」と同じ成分で構成されていることがわかった。

 

これにより、レビアタンは海底に生息する深海生物だということが判明したが、その巨大な生物がなぜ浮上し、メガロ・ステイトを襲撃したのか?その理由は研究者の中でもさまざまな意見が飛び交っているが、そのどれもが推察の域を脱していない。

 

ただ、唯一。

 

ソラリスにて生成される最高硬度の材質と同じ性質を持つレビアタンの甲殻を貫く威力を持った〝ガンダム〟。

 

レビアタンが蹂躙する都市に突如として現れたその機体の謎はステイト・セキュリティによる情報統制によって閉ざされていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ステイト・ステップの乗り心地はどうだい?」

 

 

ステイト・セキュリティが独自で保有する貨物やMD(モビルダイバー)の運搬用船であるステイト・ステップ。

 

それに乗船するリークは、年中降るソラリスの雨から貨物を保護するために作られたシートによって覆い隠された「ガンダム」に通信を繋いだ。

 

 

「わからないに決まってるだろ?ずっとガンダムのコクピットにいるんだから」

 

 

コクピットの中にいるシャアは、リークの言葉に不服そうに答えた。メガロ・ステイトの騒動のせいで、祖父の葬儀どころの話ではなくなったのだ。略式葬儀という名の形で海へ海葬された祖父の扱いに不満を抱くのは当然だった。

 

さっさとガンダムや、祖父をソラリスの海に埋納したステイトから離れて、仲間たちが待つサウス・マーケット・ステイトに戻りたかった。

 

だが、そこにもリークことステイト・セキュリティの若手隊員たちから待ったをかけられたのだ。

 

 

「すまないな、シャア。君とガンダムのことは貨物物資として登録されているんだ」

 

 

ガンダムと共に保護され上に、貨物としてセキュリティに載せられている。この船に乗るのは横暴なセキュリティか、それに捕まった哀れな住人くらいしかいない。自分が乗るとは想像もしていなかったシャアは不機嫌さを隠すことなく外にいるリークに答えた。

 

 

「人間も値が付けば商品になるということは承知してるよ」

 

「待て、奴隷制はプロヴィンギア法案で禁止されているはずだぞ」

 

 

驚いた様子のリークであるが、ステイトではそんなこと日常茶飯事だ。漁業組合の中でも借金や生活苦で首が回らなくなった人間を捕まえて漁業の手伝いをさせて使い潰すような船もあると聞く。

 

幸い、ホエール・サブマリン号を仕切るカーディスの下ではホワイトな運営がされているため奴隷船員など居なかったが、市場や船の乗り場では何人もの奴隷たちを見てきている。

 

法律で禁止されているというのはコロニーに住まう人々の言い分で、ステイトには独自の価値観と倫理観がある。事実は異なっているとしか言いようがなかった。

 

 

「何事にも抜け道があるっていうわけだよ。俺たちが不正規にステイトを出港したことと同じように」

 

 

そういうと、リークは返す言葉が見つからないのか少し唸って黙ってしまった。かと言って彼に黙られると色々と面倒になりそうなので、「言い過ぎたよ」と謝罪はしておいた。

 

 

「ガンダムはアイドリングをかけているのか?」

 

「わからないんだ。俺が乗ったらこうなってしまうんだ」

 

 

メガロ・ステイトの深海で見つけたこの機体であるが、何もかもがわからないことだらけだ。その動力源すら謎で、推進剤の補充方法もわからないというのに、エネルギー切れなどのエラーは一切表示されていない。

 

強いて言うなら、機体よりもパイロットのほうが先に干上がってしまう。それほどまでに補給や整備が不必要な機体だった。

 

 

「わからないことだらけだな、その機体は」

 

 

シートの端から見える二つ目とV字アンテナを施されたガンダムの顔を見上げたまま、リークはメガロ・ステイトを出発する前のことを思い返した。

 

 

 

 

 

 

「お疲れだったな、隊長」

 

「あんな怪物を相手にして生き残るなんて、さすがは隊長だ!」

 

 

青いレビアタンの血液はすっかり酸化して青黒い液体と化していた。機体にべったりと張り付いた液体を避けるように愛機から降りたリークは、仲間や同じ考えを持つ若手のセキュリティ隊員に囲まれる。

 

 

「リーク!」

 

 

MDの格納庫に一際大きな怒声が響き渡った。さっきまでリークを取り囲んでいた隊員たちが訓練されたかのように一才に道を開けると、そこには額に青筋を浮かべたメカニックの女性が仁王立ちで立っていた。

 

 

「リーク・デッカード!!」

 

 

ズンズン、という効果音が聞こえてきそうな………まさに鬼の形相でリークのフルネームを言いながら向かってくる技師、「ハリー・レイフィールド」。

 

今までリークを取り囲んでいた若手隊員たちは蜘蛛の子を散らすような勢いで近づいてくるハリーとその標的であるリークから離れてゆく。

 

 

「アンタ、MDのヒートソードを根本から折った上に機体をボロボロにしたですってぇ!?」

 

「ま、待ってくれ!落ち着いてくれ、ハリー!」

 

「落ち着いてるし、待ってもいるわよ!!どう言うことか説明しなさい!!」

 

 

胸ぐらを掴む勢い、というより掴んだまま怒り心頭なハリーにリークは必死に弁明した。

 

そもそもの話、あんな巨大な海棲生物を撃退するためにセキュリティのMDは開発されていないのだから、ヒートサーベル一本と機体各所の傷や凹み程度で済んだことを褒めて欲しいくらいだった。

 

 

「あの巨体を相手に全損で済まなかっただけ許してくれよ」

 

「全損!?そんなことになってたらアンタは今ここにいないでしょうが!!ヒートソードは基本的に斬り付けや振り払いに使う武器で、突き刺すことは考慮されてないの!突き刺した上に振り回されたらそりゃ折れるし、アンタのMDも吹っ飛ぶの!わかる!?」

 

 

取り繕った弁明を真っ向から破り捨てて、声を荒げるハリーにリークはタジタジであった。ここにあの少年がいたら絶対に後で小言を言われるに決まってある。

 

だらだらと汗を流すリークに、ハリーは怒りで上がった息を整えてから打って変わるように静かな声で言葉を放つ。

 

 

「………私が怒ってるのは、機体を粗末に扱ったことじゃなくて、アンタが何ふり構わずに機体を振り回したことよ」

 

 

MDは替えが効く。壊れても整備をすれば使えるようになる。しかしパイロットや、自分たちをみちびくリーダーは替が効かない。

 

仕方がないと言って機体を壊せば、次に訪れるのは抗えない劣勢と死だ。その自覚がないリークにハリーは言葉を強めたのだ。

 

意図を察したリークはハリーに掴まれていた襟首から解放されると頭を下げて謝った。

 

 

「ああ………ごめん」

 

「うむ、わかればよろしい」

 

 

納得したハリーと、それにたじろぐ隊長を見ていた唯一の人物。リークの副官でもある男は愉快なものをみたと言わんばかりに笑っている。

 

 

「相変わらずハリー技師の説教は怖いねぇ」

 

 

リーク・ベッカード率いるMD部隊の副隊長、「アイザック・ドナヒュ」のつぶやくにハリーはめくじらを立てて反論した。

 

 

「アイク、私は別に怖くないわよ」

 

 

愛称であるアイクと呼ばれた彼は「どうだか」と肩をすくめる。前に耐水圧の規定値を突破し潜ってしまったボロ機体を前に、パイロットを工具片手に追い回していた姿は記憶に新しい。

 

閑話休題。

 

ゴホンと咳払いしたリークは、ハリーに預けた本題へと入った。

 

 

「ハリー技師、例の機体は?」

 

「ああ、アレ。ガンダムっていう奴」

 

「ガンダム…それが名称なのか?」

 

 

アイクの言葉に、ハリーは端末を片手に資料を読み漁ってゆく。

 

 

「愛称なのか名称なのか。なにせ型式番号のデータすら無いんだもの」

 

「無い?」

 

「製造元を示す表示物まで細かく廃されてるわ。これを作った奴、相当な職人気質ね」

 

 

 

少なくとも、ビーエム系統の機体ならばコクピットの内部に機体情報が印字されているはずだが、それも無い上にパーツ一個一個に記載されているデータシートも全て排除されていた。

 

リークやアイクから見て、機体の形はコロニーが使うMS、REV(レヴ)シリーズか、それに分類される系統だろかと思ったが、ハリーの答えはそれでもなかった。

 

 

「あーその線も薄いわ。コロニー側のレヴなんてソラリスのシー・スペースなんかに入ればすぐにボン!だもの」

 

「まぁ宇宙とシー・スペースは理屈も何もかもが違うからな」

 

 

ソラリスのシー・スペースは複雑な海流と深刻な電波障害が発生する魔の海だ。しかも特殊水素に対するコーティングがされていない宇宙用MSが海に落ちた場合、適切な清掃を行わなければ二、三日で腐敗が始まるのだとか。

 

 

「けど、ガンダムは海にも潜れていたぞ」

 

「それがあの機体の手がかりだと私は踏んでる。………たぶん、アレは開拓期に使われていた機体よ」

 

 

ハリーの言葉に、リークもアイクも驚きを隠せなかった。ソラリスの開拓期など、今から150年も前の話になる。

 

 

そんな骨董品が?と首を傾げるアイクに、ハリーは甘いと指を立てて言い切る。

 

 

「開拓期の機体は侮り難しよ、アイク。ビーエムも、モデルチェンジやマイナーチェンジは繰り返されてきたけど、コクピットレイアウトって開拓期のソレと全然変わってないのよ?」

 

 

今や漁業組合やステイト・セキュリティにも支給されるMDは、形こそ海中作業を行う作業機ではあるが、そのコクピットレイアウトや操縦方法については全機がほぼ同じになるようにセッティングされている。

 

そのレイアウト構造は開拓期に使われていた機体を忠実に再現し、後世に伝えているのだとか。

 

 

「それだけ開拓期に使われた機体が優秀だったことね」

 

「そうは言ってもだが………」

 

 

どこか納得できないアイクの様子に、ハリーは「そもそも発想からして今と昔は異なるのよ」と付け加えた。

 

 

「MDは戦争用の兵器じゃ無い。あくまでシー・スペースに特化した作業用のマシーンなんだからね。しっかりなさい」

 

「じゃあ、あのガンダムっていう機体は………もとは戦争用に作られた兵器ってわけか?」

 

「どちらかというと、開拓期に移住者を襲っていた海棲生物に対する切り札ね。開拓期にソラリスとコロニーで戦争してたってなら話はわかるけどさ」

 

 

そんな情報なソラリスとプロヴィンギアの歴史書物にも乗っていないし、もっといえばソラリスに降りた人々も、元はコロニーに住まう住人だったのだ。

 

 

「開拓期から今まで、ソラリスは自分たちのことを守るだけで精一杯だったのよ。宇宙から支配しようとするコロニーのインポストの連中のわがままなんて相手にしてる暇もなかったし、今もそんな余裕もない」

 

「世知辛い世の中だねぇ、嫌になる」

 

 

うんざりした様子で言ったリークに、ハリーはニヤリと頬を釣り上げた。

 

 

「だから、アンタが変えるんでしょう?セキュリティを中身から」

 

 

その心意気に自分やアイクは付いてきたのだ。格納庫内で作業に当たるスタッフや、若手のセキュリティ隊員たちもだ。

 

その言葉にリークは当然だと頷く。

 

 

「コロニーがソラリスの海を支配するなんて間違ってる。海で漁をして強く生きる人々を俺たちは守らなきゃならないんだ」

 

「だね」

 

 

セキュリティの往年の人間たちがやる漁業組合やステイトの住人を虐げるような真似は間違っている。本来のセキュリティの役割はレビアタンのような巨大な海棲生物からステイトを守ることや、ステイトに住む人々の平和を維持することだ。

 

150年で溜まった内部の膿を吐き出さなければならない。だからこそ、リークは内部からその形を変えるために行動を起こしたのだ。

 

 

「ところでリーク。ガンダムはどうするんだ?」

 

「ひとまず、このステイトからは運び出す」

 

 

即答な答えに、ハリーとアイクは思わず互いの顔を見合わせた。

 

 

「本気?」

 

「俺たちは命令違反もしている。メガロ・ステイトから逃げ出した往年の連中がこの機体と、あの少年を見たらどうする?」

 

「あー、想像はしたくないわね」

 

 

だろう?とうんざりした様子のリークは、すでにガンダムを操ることができたシャアと方針を話し合っていた。セキュリティの悪人がガンダムに気付けば周りの人にも被害が及ぶとも。

 

ガンダムから降りた彼は、今頃祖父の残した遺品からガンダムに関する書物を漁っているところだろう。

 

 

「とにもかくにも、シャアはサウス・マーケット・ステイトに戻らなければならない。ほとぼりが冷めるまでなんとかするさ」

 

 

サウス・マーケット・ステイトはセキュリティよりも漁業組合のほうが規模が大きい。しばらくはガンダムを漁業組合側で隠してもらい、そこから今後の対策を練ろうかとリークは考えていた。

 

だが、事態はそれほどの刻を待ってはくれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

コロニープロヴィンギアから射出された降下ポッドは予定通りソラリスの大気に適切な角度で侵入を果たしていた。摩擦熱が生じる層を突破し、ポッドを操縦する隊員から通信が響いた。

 

 

《外部熱、規定値に到達。オンラインモードに移行》

 

「アルテイシア様、我々は今ガンダムが確認されたメガロ・ステイトから上空25000メートルより落下しています」

 

 

ドゥン・ポーのコクピットから見える映像通り、ソラリスの広大な海を上空から見下ろしたアルテイシアはすぐに言葉を発した。

 

 

「ガンダムの波長は?」

 

《検索中………見つけました。メガロ・ステイトから南下。サウス・マーケット・ステイトの領海線近くです》

 

「ステイト・ステップにガンダムを乗せているのか?まったく、あの機体の価値も知らないアウトポストのクズどもめ」

 

 

反応を感知した隊員がそんなことを口にする。アルテイシアはマスクの下にある陰鬱な気持ちをため息と共に吐き出しながら注意をした。

 

 

「アルテイシア隊。相手はガンダム………アウトポストだからといって見下ろすとこちらがやられることになります。それを忘れないでください」

 

「………了解です」

 

 

不満そうにも返事をする隊員。その様子を眺めながらアルテイシアの側近であり侍女であるロザエはニヤリと口に弧を描く。

 

 

(さて、仮面を被った小娘の実力。お手並み拝見といきましょうか)

 

《高度15000。フライテール分離。大気圏突入ポッドは自立操縦モードに》

 

 

役目を終えたポッドはドゥン・ポーや物資を分離した後、最寄りのステイトにある降下ポイントへと帰還する手筈となっている。

 

ガコン、と半球体状のポッド側面が蕾が花開くかのように三方向に開くと側面がそのまま分離した。

 

ポッドに接続されていたフライテールと呼ばれる大気圏内飛行ユニットは、分離後にドゥン・ポーを乗せたまま海面に向かって滑空を始める。

 

 

「フライテール分離。数値正常。各機、自由落下の後、高度10000で編隊を組め。アルテイシア様」

 

「任せます、ロザエ。我々は真っ直ぐにステイト・ステップで運ばれるガンダムを抑えます」

 

 

目標高度に達したと同時にスラスターに火を入れたフライテールは、ビームライフルなどを武装したドゥン・ポーを乗せて飛行を開始。

 

目標は悠々と海上を航行するセキュリティのステイト・ステップ。

 

そこに乗せられているガンダムだ。

 

 

 

 

 



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第十話 降りくる影

 

 

 

ソラリスの地平線は見回す限り海だ。

 

ステイトという海上での生活圏を築き上げたとは言っても、惑星の表面95%が水で満たされている星で海に出てしまえば、数百あるステイトなど砂漠にある一粒の砂に過ぎない。

 

乗り込んでいるステイト・ステップの航路は順調で、今はサウス・マーケット・ステイトの管理下にある領海線間際まで近づきつつあった。

 

そこまで到達してもまだ目的地のステイトは見えてこない。

 

船の甲板から足を投げ出しているリークは、足をぶらぶらと揺らしながら穏やかなソラリスを眺める。

 

穏やかな海だ。

 

眼下ではステイト・ステップに搭載された作業用MDが船底に粘り着く寄生貝類を引っ剥がす作業が行われていて、時折酸素の泡と一緒に浮上してくるのが見えた。

 

ステイト間を行き来する船舶には、必ず作業用MDが載せられている。その役目は船底に付着した寄生物の排除や、船の修理に使われているが、巨大な海棲生物が船に手を出してきた際の防衛機構という意味合いもある。

 

現に、リークの愛機であるMDもガンダムの隣に乗せられている。MDはソラリスの海洋生活を送る上でなくてはならない存在だった。

 

 

「先日のような化け物が住んでいるなんて、想像もできないな」

 

 

ガンダムの全天周囲型のコクピットに乗り込んでいるシャアに、リークは声をかけた。

 

開け放たれたコクピットの中で、機体のデータバンク内に見つけた機体マニュアルに目を通していたシャアは、昨日にメガロ・ステイトを襲撃した化け物、レビアタンのこと、そしてその化け物を本で見た時の記憶を思い返す。

 

 

「じいさんが言っていた。海には宇宙のような星々の道標がない。深くなればなるほど光はなくなって、人はその闇に恐れを抱かずにはいられないって」

 

 

穏やかな海とは言っても、ソラリスの海は危険が多い。ステイト間を移動する船の海難事故は後を絶たないし、漁をしている漁業組合はもっとひどい。ソラリスの周りにある衛星の周期によって潮の満ち引きもあるし、大しけでステイトが洪水に見舞われることもある。

 

ソラリスの海の脅威によって命を落とす人々は、普通に生活して寿命を迎える人々よりも圧倒的に多いのだ。

 

 

「たしかに恐怖はあるが……同時に夢があると俺は思うよ」

 

 

リークはそう言って、足を投げ出した先にあるソラリスの海を見つめた。海は表面は青く、そして深くなるほどに青黒くなってゆく。

 

吸い込まれそうな青さに恐ろしさは確かに感じるが、その先にある神秘へ目を向ける力を人は持っていると思えた。

 

 

「人は未知の世界に足を踏み出し、そこで多くの発見と進歩をしてきた。同時に愚かな真似もしたがな」

 

 

たとえば人類の半分を死に至らしめた戦争だとか。たとえば隕石を落とした愚行だとか。人は神になれると思った誰かのせいで多くの人が死んでしまうこともあったし、未知の力に縋って間違ったこともある。

 

歴史はその過ちを淡々と語りかけてくる。

人の過ちを。人の愚かさも。

 

 

「だが苦難に立って、間違って、その身には重すぎる傷を負っても、背負いきれない罪に押し潰されそうになっても、人は立ち上がって、再び未知へと挑んだ」

 

 

立ち上がって、空を見上げて、宇宙を目指して、その先へ。人は少しずつ前に進んで、生活圏を広げて、踏み入れていないフロンティアに挑み続けた。

 

海の底に恐怖する。宇宙の深淵に恐怖する。その気持ちを乗り越えて、人は歩みを続けてきたのだから。

 

 

「そうやって、俺たちのご先祖さまはこの星に辿り着いたんだからな。だったら、その未知への恐怖に足踏みするなんて馬鹿馬鹿しいだろう?」

 

 

ソラリスで生きる人々は、この惑星の過酷な環境に恐怖はすれど、挫折や諦めはしていない。考えて、工夫して、この環境で生き続ける道を選んできたのだから。

 

それこそが人が人ざる強さだと感じられた。

 

 

「……そうだな」

 

 

シャアもリークの言葉を聞いて頷く。海を見る。確かにこの深い海は神秘と秘密に満ち溢れていて、それに前に恐怖して足踏みをしているなんて馬鹿馬鹿しいと思えた。

 

立ち塞がる脅威に怖じけて、前に進めなくなるくらいなら、それを打ち倒してでも前に進むべきだと。

 

 

 

《デッカード隊長》

 

 

甲板でダラリとしていたリークに艦内の隊員から通信が届いた。インカム越しに話を聞くリークはその報告に顔をしかめる。

 

 

「なに?漁業組合の潜水艇が浮上して近づいてきている?」

 

 

その言葉と同時だった。ステイト・ステップから30メートルほど離れた海面があぶきだして、酸素の渦から巨大な潜水艦が浮上したのだ。

 

ざわつくステイト・ステップの甲板の上で、ガンダムのコクピットから見ていたシャアは小さくつぶやく。

 

 

「ホエール・サブマリン号……?」

 

《突然の接触に失礼する。こちらはホエール・サブマリン号艦長、カーディス・レインバーである》

 

 

広域の通信で入ってきた声は、シャアが出稼ぎで所属していた漁業組合の潜水艦、ホエール・サブマリン号からの声だった。

 

カーディス・レインバー艦長は厳格な声でセキュリティが保有するステイト・ステップへと発した。

 

 

《そちらが不当に拘束するシャア・レインはホエール・サブマリン号に所属する漁業組合員であり、本ステイトへの不当送還は組合側としては……》

 

「まてまてまて!こちらはステイト・セキュリティのリーク・デッカードだ!」

 

 

慌てて応じたリーク。その後ろでは、シートをマントのように被ったままガンダムが立ち上がった。

 

 

「カーディス艦長!」

 

《シャア!無事か?お前はこちらの稼ぎ頭だ。セキュリティに不当逮捕なんてさせられるものか!》

 

「待ってくれ!こちらは不当逮捕などしてない!保護だよ、保護!」

 

《セキュリティの戯言など信じられるわけが……》

 

 

サウス・マーケット・ステイトでも漁業組合はリークの所属するステイト・セキュリティの面々から嫌がらせを受けていた。カーディス自身、先日の漁の売り上げの大半を中抜きで引っこ抜かれたばかりだったので、リークの言葉などまるで信用できなかった。

 

困ったように言葉をあぐねるリークを見て、シャアはガンダム越しにホエール・サブマリンへ通信を試みた。

 

 

「艦長、ありがとうございます。しかし、これには訳が……」

 

《内容はおおよそ、お前の幼馴染から聞かされている。所属不明のMDに乗って海の化け物をやったのだろう?》

 

 

シャアがステイト・セキュリティに捕まった、彼がメガロ・ステイトを守ってくれたのに。そう言って連絡してきた彼の幼馴染であるアニス・ブルームのことを伝えると、シャアは頭を抱えたくなった。

 

自分の幼馴染は何かと心配性で、何かあるとすぐに誰かに言う癖があった。そんなことを今更思い出して、シャアは内心でうんざりしたのだ。

 

 

「アニスが連絡したのか……まったく、状況をややこしくして」

 

《そう言ってやるな、お前を心配してくれるいい子じゃないか》

 

《艦長もでしょ?サブマリン号のテスト航海をするってステイト海領の受付に怒鳴り込んで航海権をもぎ取ったんだから……っていってぇ!》

 

 

後ろからそう告げ口をしたイーサンの声が、痛みでくぐもった。余計なことを言った彼にゲンコツを落としたのは漁夫長だった。

 

 

《バカ!こういうことは黙ってやるのが海の男ってやつだろうが!》

 

《殴ることはないでしょ!?》

 

 

ぎゃあぎゃあと喚き始める通信を聴きながら、リークは少しおかしそうに笑って、ガンダムを見上げた。

 

 

「賑やかな仲間たちだな」

 

「自慢の仲間だよ、リーク」

 

 

シャアの言葉は嘘偽りはなく、本心だった。

 

 

《セキュリティのリーク・デッカード。そちらはそのままサウス・マーケット・ステイトに入港するのか?》

 

 

騒ぎ始めた乗組員を一喝したカーディスから改めて聞かれ、リークは通信を取り直した。

 

 

「その件については、シャア・レインの処遇についてもこちらとしても相談したいことが……」

 

「待ってくれ、レーダーがなにかを掴んだ」

 

 

リークとカーディスの声を遮ったシャアは、ガンダムのコンソールに備わるレーダーをじっと見ていた。

 

自分たちが乗るステイト・フラップ。

仲間達が乗るホエール・サブマリン。

 

その大きな船影のほかに、高速でこちらに近づいてくる三つの信号があった。

 

 

「海じゃない。上から来るぞ」

 

 

すぐにその影は電子機器から現実世界へと切り替わった。水平線の向こうから三つの影が現れる。

 

影の正体は、飛行ユニットである「フライテール」と、それに乗ったMSの姿だった。

 

 

「フライテール?なぜコロニーの機体がここにいる」

 

 

リークは突如として現れたその影に疑念を抱いた。ホエール・サブマリンとステイト・ステップの頭上を通過した3機のフライテールとMSは、ぐるりと旋回してこちらを見下ろす形で上空を飛び回っている。

 

 

 

「リーク、あれはコロニーの機体……ロックしてきた!?」

 

 

ガンダムのコクピット内が、レーザーロックを受けているアラームを鳴り響かせる。シャアはすぐにコクピットシートに座ってハッチを閉じた。

 

 

「アルテイシア様、あれが例の機体です」

 

 

ガンダムや船の上を旋回するフライテール、それに乗るドゥン・ポー。侍女のロザエの言葉に、アルテイシアはグッと手袋を引っ張って指の感覚を研ぎ澄ました。

 

 

「分かっています。あれがステンシー卿が望むガンダム…だけど、負けはしない!」

 

 

構えたビームライフルは、ステイト・ステップを沈没させない程度に威力を制限している。ガンダムが抵抗する前にアルテイシア達は、あの機体を抑える必要がった。

 

だからこそと、アルテイシアの乗るドゥン・ポーは緑色の両眼を光らせる。

 

 

「このドゥン・ポーはガンダムと同じ顔をしているのだから!!」

 

 

空気を焼くような独特な音が響いたと同時に、ドゥン・ポーからビームが放たれる。その一閃はガンダムが羽織るマントのようなシートの一部を焼き切って、ステイト・ステップのすぐ脇の海面に着弾する。

 

凄まじい蒸発と水柱で船は揺れ、作業着やリークは船の上をまともに歩けていなかった。

 

 

「なんだアイツら……見境なく攻撃なんて!」

 

 

ここにいては船がビームにさらされる。直感的に判断したシャアの思考に追従するように、ガンダムは虹色の燐光をエンジンから放出して空へと飛び上がった。

 

 

「ガンダムは空を飛ぶか!!」

 

「リーク!船の中に隠れていろ!相手の目的は明らかにガンダムだ!」

 

「シャア!深追いするな!その機体は危険だ!」

 

 

手すりにしがみついて言うリークの言葉に答える間も無く、ドゥン・ポーのビームがガンダムへと放たれた。ぐるりと機体を横へ回転させてビームを避けながら、現れたフライテールに乗るMSにシャアは驚愕する。

 

 

「正気か!?」

 

「正気でガンダムを奪えるかい!!」

 

 

迎え撃ったロザエはガンダムをロックしたまま引き金を引く。ミノフスキー粒子なんてものはない。海上にいれば問答無用でロックされるのだ。

 

だが、シャアは再びエンジンの出力を上げて放たれたビームを次々と避けていく。

 

虹色の燐光を放つエンジンは出力が落ちることなく、グングンとガンダムを前に押し出していた。

 

 

《シャア!その機体は飛べるのか?》

 

「わからない!けど、推力はMDのような酸素じゃない。なにか…もっと別の力で動いている!」

 

 

同僚のイーサンの問いかけに丁寧に答える暇などなかった。飛行手段を乗り込んだフライテールに頼るドゥン・ポーとは違ってガンダムは単独で空を飛び続けている。

 

だが、相手のビームライフルのロックから逃れられる訳ではない。もう一機、モノアイ顔のドゥン・ポーがロザエの加勢に加わろうとした時、その隙をついてシャアはソラリスの海へと飛び込んだ。

 

 

 

「海に潜るソラリスのアウトポストめ!この機体はまだ海中に適応できてない!!」

 

「ロザエ!ドゥン・ポーでシー・スペースは無理です。奴も海から上がって来なければこちらを攻撃できない!」

 

 

苛立つロザエを冷静にさせたアルテイシアの言葉は間違ってはいなかったが、正しくもなかった。基本的なMDに搭載される武器の性質上、海中から海面にいる対象物に攻撃を仕掛けることはできない。

 

だが、ガンダムのビームライフルはそれを凌駕していた。

 

海の中で姿勢を整えたシャアは、予測したデータに従って海上にいる敵へビームライフルの狙いを定めた。

 

 

「外した!?」

 

 

放った瞬間、シャアは相手が避けたことをすぐに理解する。ビームの光が海面から上に立ち上り、ロザエの乗っていたフライテールの翼端を焼き落とす。しかし、飛行機能を奪うまでは出来なかった。

 

 

「海からでも届く出力なのか、ガンダムのビームライフルは!」

 

 

驚愕に染まるロザエの眼下で、白波の水柱が立ち上った。ガンダムが海の中から出てきたのか?

 

 

「どこだ、ガンダム!後ろ!?がっ!!」

 

 

海中から飛び上がってきたガンダムは、ロザエの後ろにいたのだ。凄まじい機動性で回り込まれたロザエのドゥン・ポーを、シャアはエンジンのパワーにモノを言わせて押し出してゆく。

 

 

「このままサウス・ステイトの外に押し出す!!」

 

「アウトポストの寄生虫が……馴れ馴れしく私に触れるな!!」

 

 

接触回線で聞こえた憎悪に満ちたロザエの声に、シャアは困惑する。なんなんだ、この相手は?その一瞬の隙に、アルテイシアが割ってはいった。

 

 

「ロザエ!助けます!!」

 

「アルテイシア様!?」

 

 

アルテイシアはドゥン・ポーの腰に備わるビームサーベルを引き抜き、ロザエの後ろにまとわりつくガンダムへと切り掛かる。それに応じるようにシャアもガンダムのビームサーベルを取り出して迎え撃った。

 

ビーム同士の干渉波で照らされた敵MSの顔を見てシャアは驚愕する。

 

 

「この機体もガンダムと同じ顔をしているのか!?」

 

「私もガンダムに乗っています。その機体が特別なのだと思わないでもらいたい!!」

 

 

その日。

 

ソラリスの空で150年振りとなるMS同士の空中戦が繰り広げられるのだった。

 

 

 

 

 





プロヴィンギアのお話は地球連邦やジオンといった組織ではなく、もっと人間的な組織関係となっています(組織というのも怪しい)

イメージとモデルにしたのは、武士と農民、または上級武士と下級武士のような関係で、機嫌が悪ければ斬られるし、金品奪われるような上下関係がソラリスでは根付いています。



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第十一話 無自覚の殺意

 

 

 

稲妻が眼前で迸った。

 

ビームの刀刃を目の前に、シャアの〝思考〟はガンダムへと伝達されて、振りかざされた光の一閃に自分の刃を重ね合わせる。

 

アルテイシアのビームサーベルと、それを受けたガンダムのビームサーベルは激しいプラズマ光を発し、そのエネルギーのぶつかり合いは空間を湾曲させるような力場を生み出した。

 

こと、ビームサーベルと言っても、ガンダムとドゥン・ポーの持つサーベルの出力源は純粋なプラズマ波ではなく、ミノフスキー粒子の縮退作用をあらかじめ設定された「枠組み」内に放出したエネルギー刃だ。

 

ビームライフルの出力源も同じ原理が応用されているので、ビーム同士の干渉が生じた場合、立方格子状の不可視のフィールドが形成される。

 

ビーム同士の干渉波が更なるプラズマ波を発生させ、それぞれのコクピットに乗り込む二人のヘルメットのバイザーを白く染め上げた。

 

 

「シャア、乗せられるな!相手の動きに誘われている!」

 

 

数度目の斬り合いを退けるガンダムを見上げながら、リークは通信機越しにいいように乗せられているシャアへ言葉を投げた。

 

 

「分かっている!ええい、下から好き勝手に…」

 

 

気が逸れた!感じ取った直感に従ってアルテイシアは離れた機体を翻し、フリルのような脚部に備わる幾つものスラスターを全開にしてフライテールから飛ぶ。

 

海中での運用を約束されていない今のドゥン・ポーでソラリスの海に落ちてしまえばひとたまりもないが、それでもアルテイシアはシャアの裏を掻くことを選んだ。

 

 

「捉えました!」

 

 

後頭部から迫る一撃ならいくら反応速度が良かろうと防げはしない。そう確信して振り下ろしたビームサーベルだったが、その一閃はまるで背後に目がついてるかのような反応を見せたシャアの〝直感〟によって阻まれる。

 

 

「シールドで防がれた!?なに!?」

 

 

Iフィールドが形成されるガンダムのシールドに阻まれた瞬間、ガンダムの脚部がドゥン・ポーの胴体を捕らえた。

 

 

「きゃああーーっ!?」

 

 

横腹から回し蹴りを受けた形となったアルテイシアはコクピットの中で衝撃をもろに受けてしまい、そのままソラリスの空へと放り出される。

 

 

「ガンダムは人を殺すために蘇ったわけじゃないんだ!!」

 

「アルテイシア様!この……ガンダムめ!!」

 

 

吹き飛ばされたアルテイシアを援護する形で前に出た他の敵。放たれるビームの弾丸をシールドから発生するIフィールドで防ぎながら、シャアはフットペダルを強く踏み込む。

 

虹色の燐光を発したガンダムは、二つのカメラアイを煌めかせながらビームを放つ敵のドゥン・ポーへ一気に距離を詰めた。

 

 

 

「ガンダムで人殺しをするなぁー!!」

 

 

振り下ろした一閃でドゥン・ポーのビームライフルを切り落とし、返す刀でライフルを握っていた腕を切り落とす。あまりにも早い動きに、横合いから見ていたロザエは思わず息を呑んだ。

 

 

「あの反応速度……なんなの……!?」

 

 

あれがMSだとしても、あんな素早い動きなどすれば「PCPU」が負荷で耐えきれないはずだ。

 

サイコミュ・セントラル・プロセッシング・ユニット(Psycommu Central Processing Unit)は、文字通り人の思考などの脳波信号をデータとして受け取り、MSに反映させるシステムではあるが、人の脳波信号よりも機械は確実に劣る。

 

PCPUが人の脳波信号よりも通信速度を遅らせている理由がまさにこれだ。人の思考力に機械がついてこれない。

 

コロニー最新鋭機でいるはずのドゥン・ポーだって、その論理の範疇から脱することができていないというのに、目の前のガンダムはその処理速度が段違いで早い。

 

まるで人の思考力とMSの手足が神経細胞でつながっているのではないかと錯覚するほどに。

 

 

「アルテイシア様!」

 

「ロザエ!ええい、ガンダム……!」

 

 

ロザエの援護を受けて姿勢を立て直したアルテイシアは、スラスターで対空し位置を合わせたフライテールに着艦する。

 

ほんの少しの戦闘時間で3機の内一機がビームライフルと片腕を失った。それはコロニー側の人間からすれば想定外の損害だった。

 

ガンダムという「顔」はコロニー内で周知の事実ではあったが、「ガンダム」そのものは未知の存在。

 

 

(あの反応速度……純粋な操縦技術ではない……さらに高速度な脳波コントロール……?)

 

「ええい、これだからガンダムは!!」

 

 

ロザエの推察をよそに、アルテイシアは再びシャアへ攻撃を仕掛けた。シャアが操るガンダムは、ステイト・ステップやホエール・サブマリンの近くに着弾するビームをシールドで防ぎながら戦闘を繰り広げてゆく。

 

 

《シャア!そのMDは一体なんだ!?》

 

「艦長!みんなは逃げろ!!こいつら、普通じゃない!リーク!あいつらはセキュリティの人間じゃないのか?!」

 

「ステイト・セキュリティはあくまでソラリスに対する末端の警備部門だ!コロニー側にどついう意図があるのか……」

 

 

ホエール・サブマリン号に避難するように伝え、リークに相手の正体を問いただすシャアの目の前をビームが横切った。

 

 

「見境なしなのか!コイツらは!!」

 

 

ロザエを先頭に片腕を失ったドゥン・ポーがビームサーベルを振りかざしてくる。

 

燐光を発してサーベルを避けたガンダムを追い払って、ロザエは眼下にいる二つの艦船を睨みつけた。

 

 

「ステイト・ステップか、あの潜水艦を人質にするんだよ!」

 

「ロザエ!無関係なステイトの人を巻き込むわけには……」

 

「ドゥン・ポーを与えられてなにを言っているのですか!この期に及んで!!」

 

 

人質を取ろうとすることに難色を示すアルテイシア。その下ではカーディスがシャアの言葉に従って急速先行の指示を乗組員に発した。

 

 

「ホエール・サブマリンは急速潜航!シャアの邪魔はするな!」

 

 

浮上用の酸素を排出して海へと潜ろうとするサブマリン号を見たロザエは傍にいたアルテイシアの機体を押しのけてビームライフルを構える。

 

 

「逃がさない!」

 

 

まばゆい光を発して伸びた一撃は、まさに潜航を始めようとしていたサブマリン号に直撃する。爆発と黒煙を上げた潜水艦は酸素の泡を吐き出しながら海面に浮かび上がった。

 

 

「う、右舷に着弾!浸水してます!」

 

「ええい、修理したばかりだというのに!乗られた!?」

 

 

響き渡る金属の鈍い音と衝撃に、カーディスは潜水艦の真上に敵のMSが乗ったことを察した。

 

黒煙をあげるサブマリン号はもう海の中に逃れることはできない。ロザエのやったことではあるが、とアルテイシアは納得はできないものの、そのチャンスを生かすために思考を切り替えた。

 

 

《聞きなさい!ガンダムのパイロット!こちらはコロニー、プロヴィンギアのアルテイシアである!》

 

 

広範囲の音声通信に、シャアの操るガンダムは動きを止める。

 

 

「アルテイシア……!?」

 

《この船は人質に取った!こちらの目的は、そのガンダムの無条件引き渡しです!応じれば我々は引き上げ、船員などには一切の危害を加えません!》

 

 

高らかに言うアルテイシアのドゥン・ポーを見上げながらすぐ隣に浮かぶステイト・ステップに乗るリークは、パイロットである彼女に通信を向けた。

 

 

《こちらはステイト・セキュリティのリーク……》

 

 

その刹那、ステイト・ステップの真上をビームが横切る。思わず頭を守って屈んだリークが前を向くと、そこにはアルテイシアのドゥン・ポーが船に銃口を向けていた。

 

 

《これは交渉ではありません!プロヴィンギアのアルテイシアによる命令なのです!》

 

 

余地はない。

 

その強硬な姿勢にリークは歯を食いしばった。

 

ステイト・セキュリティは確かにコロニー側からすればソラリスの警備部門でしかないだろうが、コロニーもコロニーで、やってることが無茶苦茶だ。

 

そのアルテイシアの気概をコクピットで眺めるロザエは、侍女として長年見てきた「アルテイシアの」という少女の思い切りの良さに感心したような息を漏らした。

 

 

「随分と強気に出るじゃないか、あの小娘は」

 

《選びなさい!潜水艦とステイト・ステップの人命か、ガンダムを引き渡すことを!》

 

 

聞こえない侮蔑にも似たロザエの言葉も知らずに、アルテイシアは空に浮かぶガンダムに最後通告を発した。ここでガンダムを渡さなければ潜水艦は沈めて、ステイト・ステップを壊して、必ずガンダムを仕留める。

 

それが愛する父の望みで、命令なのだから。

 

アルテイシアの言葉に、シャアはすぐにコクピットの中から答えた。

 

 

《わ……わかった!わかった!!ガンダムは引き渡す!!》

 

 

ビームライフルを腰に懸架して降参の意を知らせるために両手を上げたガンダムが虹色の光を僅かにスラスターから発しながら、ゆっくりと空から降りてくる。

 

それを見てアルテイシアは小さく息をついた。これで潜水艦や船に乗る人たちの命を奪わなくて済むと、安心したのだ。

 

 

《それでよろしい、ガンダムさえ渡していただければ…》

 

 

降りてきていたガンダムを映していたモニターの中央に、突如としてアラートが現れた。

 

 

《真下からのロックアラート!?》

 

 

全天周囲型のコクピットの下を覗き込むと、そこにはホエール・サブマリン号に備わるロケット砲がこちらに狙いを定めているのが見えた。

 

 

「この図体のでかい機械人形が!照明弾で追っ払ってやる!!」

 

 

ロケット砲を操作するイーサンとレオニールは、ドゥン・ポーは上に乗った忌々しいMSを追い払おうと躍起になっていた。

 

危険な漁をする以上、潜水艦にな最低限の防衛手段が備わっている。

 

光に敏感な魚を追い払うために照明弾積んでいたサブマリン号は、船の上に乗るドゥン・ポーにその一撃を撃ち込もうと狙いを定めていたのだ。

 

 

《ロケット砲で、私の機体を狙うと言うの!?》

 

 

ロックオンアラートと、向けられたロケット砲の矛先に驚愕と恐怖を抱いたアルテイシアは自衛する本能に従うまま、操縦桿のトリガーを引いた。

 

彼女の思考をPCPUを通して読み取ったドゥン・ポーは、銃口を真下に向けてビームを放った。

 

極光はゼロ距離からホエール・サブマリン号の中枢部を貫き、光はソラリスの海の減衰率によってか細くなって消える。

 

淡く光った海面。次の瞬間には、中枢部のオーバーロードが生じたホエール・サブマリン号が白波の水柱を上げて粉々に爆散していた。

 

 

「ビ、ビームが……出た……」

 

 

呆気なく。

 

ソラリスの海水を電力に変換するユニットが吹き飛んだ連鎖反応で跡形もなく粉々になったホエール・サブマリン号は、水柱が収まる頃には海中に没してゆく。

 

ガンダムのコクピットから一部始終を見ていたシャアは、何が起こったのか理解できなかった。

 

 

 

 

 



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第十二話 引き金の報い

 

 

「……カーディス艦長!!みんな!!」

 

 

通信が切れノイズしか流れてこない音声通信に呼びかける。帰ってくるのは変わらない音だけで、隣のステイト・ステップに乗るリークが手すりから海面を見たがホエール・サブマリン号は瞬時に爆散していた。乗組員の生存は絶望的だった。

 

 

「わ、私が……殺したの……?あの潜水艦に乗る人間を……」

 

 

アルテイシアは、震える手で顔を覆いたくなる衝動に襲われていた。バイザーに手袋が当たって顔を覆うことができない。

 

彼女はホエール・サブマリン号が爆散した瞬間まで接触回線で船の中の声を聞いていた。もちろん、爆発によって吹き飛び、消え去った命も、その一瞬の痛みに上がった乗組員たちの断末魔の悲鳴も。

 

 

「…や、やったなぁ……ッ!!」

 

 

気がつくとシャアはフットペダルを押し込んでいた。フライテールに乗って爆散した潜水艦の残骸を前に放心するアルテイシアのドゥン・ポーへ出力に任せた勢いでぶつかり吹き飛ばす。

 

 

「アルテイシア様!」

 

 

片腕を失った敵がビームサーベルを掲げてシャアとアルテイシアの間に割って入る。だが、それは単にシャアの怒りに油を注ぐだけだった。

 

 

「どけよ、貴様はぁ!」

 

 

ビームライフルを向けて慟哭を上げたシャアは、その引き金を引いた。放たれたガンダムのビームは襲いかかってきていた敵のドゥン・ポーのコクピットを貫き、一瞬にして機体の胴体の大半を消しとばす。

 

しばらく火花が帯電したのち、ビームサーベルの柄を掲げたままのドゥン・ポーは爆散した。

 

 

「ブロンズ!?一撃でやられたのか……!?コロニーの最新鋭機でいるはずのドゥン・ポーが!」

 

 

あまりにも呆気ない味方の撃破に驚愕するロザエを尻目に、シャアは吹き飛んだアルテイシアを追い詰めていく。

 

 

「逃すものかよ!!」

 

「フ、フライテールのエンジンが!?」

 

 

頭部のバルカンでエンジンを撃ち抜かれたフライテールは徐々に高度を落としていた。

 

海面に飛行ユニットが叩きつけられる前に残った推進剤で飛び上がるアルテイシアの機体に、シャアは容赦なく追撃を与える。

 

 

「よくも……よくもホエール・サブマリンをやってくれたな!!」

 

 

引き抜いたビームサーベルの刃を同じビームで受けるアルテイシアに、シャアは怒りと憎悪の感覚を真っ向からぶつけた。

 

 

「な、なにを……」

 

 

PCPUは脳波をダイレクトに、データとして受け止め、MSに反映されるシステムだ。

 

そして機能は逆も然り。機体のシステムが感じた強い脳波を逆流させ、パイロットのイメージに結びつける副作用が、アルテイシアにシャアの強烈な怒りと憎悪を刻み込んだ。

 

 

「俺は降伏すると言った。ガンダムを引き渡すと……なのに、貴様は殺したんだ!俺の仲間達を!!」

 

 

流れ込んでくる仲間たちへの想い。その乗組員たちの断末魔の悲鳴。嵐のようなイメージの中、湧き上がる怒りは明確な形となってアルテイシアに恐怖を植え付ける。

 

 

「貴様だけは、絶対に許さない!!」

 

「ひっ…!?逃げ…がはっ!?」

 

 

下から打ち上げられたガンダムの膝蹴りによる衝撃に、アルテイシアの体は固定されているはずなのにふわりと浮かび上がって、コンソールに頭を叩きつけられた。

 

今度はマニピュレータによる殴打を頭部に受ける。ガンダムの象徴であるV字のアンテナは折れて、ツインカメラの片方が殴打の影響で歪み、破壊されてゆく。

 

 

「ビームで人を殺すことは、海で死ぬことよりも酷いことなんだぞ!!」

 

「出力負けをしているの!?同じガンダムの顔のはずなのに!!」

 

 

ガンダムの顔をしているはずなのに。そんな言い分はもう通用しなかった。脳裏に刻まれたホエール・サブマリン号の乗組員の断末魔の悲鳴と、シャアから発せられる明確な怒りは、アルテイシアの闘争心を無意識のうちに打ち砕いていた。

 

 

「ここで報いを受け入れろ!!」

 

 

トドメと振り下ろされたビームサーベル。咄嗟にドゥン・ポーの腕部を犠牲に致命傷を避けたが、アルテイシアの機体にもはや飛ぶ力など残っていなかった。

 

 

「ぎゃ、逆噴射!!うぅっ…!?」

 

 

なけなしのスラスターで逆噴射し、海面にぶつかってバラバラになるようなことは防いでみせたが、海に落ちたドゥン・ポーに海中での活動機能は存在しない。

 

 

「ガンダムに負けるなんて!!み、水が!?」

 

 

歪んだフレームや、コクピットの隙間から水が吹き出す。ゴボッ、と水があぶいてアルテイシアを乗せたドゥン・ポーは少しずつソラリスの海に沈もうとしていた。

 

僅かに残ったサブモニターを見て、アルテイシアは戦慄する。

 

頭上からこちらを見下ろすガンダムが、ビームライフルの銃口をこちらに向けていたのだ。

 

海水が満ちてゆくコクピットの中で、それを見たアルテイシアが何を思ったのか。

 

その答えなど、どうでもいい。

 

シャアが引き金を引こうとした瞬間、ステイト・ステップにいるリークから通信が入った。

 

 

《シャア!戻れ!ステイト・セキュリティが来るぞ!!》

 

 

レーダーを確認する。ガンダムの索敵範囲内にはサウス・マーケット・ステイトから出てきた数隻のセキュリティの艦艇の影が映っていた。

 

 

「止めるな、リーク!」

 

《いくら俺でも暴れ回るお前は擁護できん!!引き際だと言っているのだ!!》

 

「こいつは俺の仲間達を!!」

 

《聞き分けをしろ!シャア!!……シピロンの漁業組合から通信?》

 

 

拒否するシャアを尻目に、割って入った通信に応じたリークは、向こうの要件を聞き終えて小さく息を整えてからシャアに語りかけた。

 

 

《シャア、シピロンの艦長が保護を申し出てくれている。ここからサウスのステイトに入港するのは無理だ》

 

 

ホエール・サブマリン号と同行であるシピロン・スパロウ号は、その一連の流れをつぶさに観察していたようだった。

 

艦長いわく、おなじ漁業組合の中で抜きん出た漁獲量を誇るホエール・サブマリン号の後をつけていたらしいが、ステイト側の機体にサブマリン号が破壊されたのを見て、シャアとガンダムを保護すると提案してきたのだ。

 

リークとしても、ここまで騒ぎが大きくなってしまった以上、ガンダムとシャアを庇いきることができないと自覚していた。

 

もちろん、コロニー側のMSがやったことは悪虐非道で許し難いことではあったが、シャアも「一機のMS」と「そのパイロット」を確実に殺害してしまったのだ。

 

そんか重罪人をセキュリティが見過ごすわけにはいかない。故に、シャアが逃げれる道筋を確保したのだ。

 

 

《シャア!!》

 

 

リークの呼びかけを静かに聞いていたシャアは、ビームライフルを下ろして息を吐いた。さっきまで浮かんでいたドゥン・ポーはもう海へと沈んでいた。

 

 

「そっちに……戻るよ……」

 

 

できれば、そのまま沈んでホエール・サブマリン号の敵討ちになっていてくれ。

 

そんな一方的な期待だけかけて、シャアは機体を翻してリークから送られた海域へと向かってゆく。

 

遠ざかってゆく虹色の燐光を見つめながら、ただ一人無傷で残ったロザエは期待はずれ、といったふうに肩を落とす。

 

 

「なんだ、引いていくのか……アルテイシア様」

 

 

アルテイシアとの通信を試みるロザエだが、ソラリスの海の影響で通信どころか沈んだドゥン・ポーの発信源すら微弱だ。あの海は深度100Mを超えると複雑に入り組んだ海流が姿を表す。その前に引き上げられなかったらアルテイシアの命はないだろう。

 

もっとも海に対応できていない今のドゥン・ポーで彼女がどこまで耐えれるのか、という前提があるが。それでも、ロザエにとってアルテイシアをここで死なせるには状況が悪すぎる。

 

 

「機体を引き上げろ!こんなところでコロニーの最新鋭機を失うわけにはいかないのだからな!」

 

 

遅れて到着したサウス・マーケット・ステイトのセキュリティたちに指示を出しながら、ロザエは釣り糸のように海面に突き刺さるワイヤーを眺めていた。本来なら、あのアルテイシアの父に目をかけてもらい後妻にでも収まるつもりであったが……。そんなドス黒い思惑を忍ばせながら、ロザエは静かに引き上げられるアルテイシアの機体を見下ろした。

 

 

(所詮は、仮面を被っても小娘ということか)

 

 

仮面の底が知れたな。

 

海水を滴らせながら引き上げられたボロボロのドゥン・ポーを眺めながら、ヘルメットを脱いだロザエは塩気と汗でごわついた波風に踊らせるのだった。

 

 

 

 

 

 



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第十三話 悲しみと策謀

 

 

 

 

シピロン・スパロウ号に保護され、セキュリティの人間であるリークと別れたシャアは極秘裏にサウス・マーケット・ステイトに入港した。

 

規制線の前に入港できたのは幸いだった。漁業組合の秘密ドッグの近海はセキュリティの警備網やMDでごった返していて、入出港しようとする船舶や潜水艦は軒並み検閲の対象となってしまっていた。

 

ホエール・サブマリン号の沈没。

 

連日流れるコロニーの新型MSが撃墜されたニュースよりも、古兵であった漁師たちの命が失われたことのほうが漁業組合やステイトの住人たちの中では重要であり、突然の訃報だった。

 

シピロンのロレーニ・べサーラ艦長や漁業組合の尽力のもと、沈没事件の翌日の夜には簡易的な葬儀が執り行われる運びとなった。

 

セキュリティの検閲を避けるために漁業組合の所有する多目的ホールで行われた葬儀には多くの参列者が訪れた。

 

彼らが祈りを向ける数多くの棺。その中にホエール・サブマリン号の乗組員の遺体は無い。

 

コロニー側のMSが放ったビームは、船の主導力部と転換機構の中枢部に直撃し、飽和した水蒸気による爆発と圧壊によって船は粉々に砕け散った。乗組員の肉体もろとも。

 

観測していたシピロンの艦長から、少なくとも苦しまずに逝けたことが救いだったと苦しげな声で慰められたが、それが救いになるわけでは無い。

 

ポタリ。

 

水の一雫が落ちるような音が聞こえた気がした。

 

振り返ってみると、そこには棺の前に立つ女の子がいた。父の名だけが刻まれた空っぽの入れ物の前にいる少女は、黒い正装に身を包んで静かに涙を流す母の手をしっかりと握っている。

 

少女はぬいぐるみを抱きしめながら何かを堪えているように見えたが、その我慢はすぐに崩れ去った。

 

 

「お父さん…次の漁が終わったら帰ってくるって言ってたもん…!」

 

 

その少女は、ホエール・サブマリン号のMDたちをまとめていた漁夫長の遺族だったと後で知った。母が静かにさせようと少女を抱きしめたが、とてもじゃないが掛ける言葉が見つからなかった。

 

彼女たちからすれば、ホエール・サブマリン号は長期漁ではなく船のテストのために沖合に出ただけで、その日のうちに家族が帰ってくるはずだった。

 

心構えも、予感もなく、一瞬で最愛の人たちを失った。

 

その事実を受け入れる余裕も与えられずに、現実を直視しなければならない場に足を運んだ彼らになんと言えばいいのか、分からなかった。

 

 

「お父さん…なんで…帰ってきてくれないの…!いやだよ…海に行かないで…お父さん…お父さん……!」

 

 

それを最後に大声を上げて泣き始めた少女。毅然としていた母も堪えきれずに空っぽの棺に縋りついて声を殺して涙を流していた。

 

何を思えばいいのか分からない。

 

何を言葉にすればいいのか分からない。

 

どす黒く渦巻く自分の中にある感情の正体もわからないまま、その光景を見続けているシャアは静かに拳を握りしめる。

 

その手からは血が滲み出ていて、ポタリと血に落ちてゆくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ガンダムのパイロット……シャア・レインね」

 

 

ソラリスの海に沈んでいたアルテイシアを回収したプロヴィンギアのMS隊は三機中、一機撃墜、一機中破という散々たる戦果を引き下げて、ガンダムが出現したと言うメガロ・ステイトへと上陸を果たしていた。

 

撃墜されたドゥン・ポーはどうにもならないが、アルテイシアの機体は幸いにも修復可能で現在、コロニーから降りてきた技師たちは、ステイト・セキュリティの設備を使って機体の修復に取り掛かっている。

 

ガンダムの資料を眺めるロザエの機体は無傷であったが、宇宙、空戦用の外装が取り外され、共にコロニーから降ろされた海中用の外装へと換装が進められている。

 

ドゥン・ポーは外装を換装する必要はあるものの、宇宙、空域、海中に対応できるオールマイティな機体だ。現存するセキュリティのMDとは開発コンセプトが根本的に異なっている上に、MS同士の戦闘を前提にした機体でもある。

 

もっとも、ガンダムの出力が予想外すぎて安易に手を出したアルテイシアは痛いほどのしっぺ返しを食らっているが。

 

医療ルームに運び込まれた仮面の少女のことを思い返しながら、ロザエは再びガンダムに関する調査資料を見た。

 

パイロット……なんの因果でガンダムなんてものに乗ることになってしまったのか知らないが素性がわかっている以上、手の打ちようはいくらでもある。サウス・マーケット・ステイトを含む全ステイトで指名手配も掛かっている。

 

漁業組合の所属というのが難儀ではあるが、彼が捕まりガンダムがこちらに渡るのも時間の問題だろう。

 

 

「さて、助かったよ。アニス・ブルームさん」

 

 

まとまった調書と報告書を置いたロザエは、セキュリティの任意同行と言う名の連行に従ってくれたアニスににこやかな顔で言った。

 

彼女はシャア・レインの幼馴染であると同時に、シャアがどうやってガンダムを手に入れたかという経緯を知る人物でもある。

 

彼女からもたらされた情報は面白いほどにこちらが求めるものと合致しいて、ロザエはアニスがいない所で思わず高笑いをしてしまったほどだ。

 

 

「それで……そのガンダムという機体をお返しすれば……シャアは無事に解放されるんですよね?」

 

「ああ、その通りだ。私たちが責任を持って彼をこのステイトに送り届けよう」

 

 

嘘だ、とロザエは本気で与太話を信じるアニスを心中でなじる。シャアは経緯はどうであれ、コロニーのインポスト側の人間の行動を邪魔し、あろうことかパイロットを一人殺害しているのだ。

 

ソラリスに住み着くアウトポストの人間が暴力を振るうだけで重罪だと言うのに、人を殺している以上、待っているのは裁判なしの公開処刑だ。

 

だが、ロザエはその確定された未来をアニスに伝えない。考えがあったからだ。

 

 

「君は父の仕事の手伝いでMDには精通しているのかな?」

 

「ええ……人並みに操縦することはできます」

 

 

結構。そう言ってロザエは微笑む。

 

 

「我々としてもシャア・レインを保護したいが、彼が乗る機体はあまりにも危険だ。彼を落ち着かせる人を探している」

 

「わ、私が!シャアを説得すればいいのですね?」

 

「話が早くて助かるよ」

 

 

臨時的な措置ではあるが、彼女には「ステイト・セキュリティ」、強いてはアルテイシア隊に編入する形を取ると決めていた。

 

無論、口上で交わした言葉は全て出鱈目であり、ロザエの目的はアニスを人質にシャアにガンダムを引き渡すよう命令をするためだった。

 

ガンダムのパイロットが人命に価値観を揺さぶられるという点は、あの薄汚い潜水艦を沈めた段階で分かっている。

 

なるば、身近な彼女を人質にさえとって仕舞えば簡単な話だ。捕まえてさえしまえば、あとは好きに料理ができる。目の前の少女もその時に一緒に〝処理〟してしまえばいい。

 

セキュリティの契約書に電子サインをするアニスの姿を眺めながら、ロザエはほくそ笑むのだった。

 

 

 

 

 



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第十四話 海の世界で

 

 

 

助けてくれ!

 

あつい……体が焼ける……!

 

嫌だ!俺はまだ死にたくないんだ!

 

子供たちに会いたい……。

 

 

うめく様な声が響き、あたりから断末魔の悲鳴が聞こえる。冷たい水に晒され、体が冷えてゆく。

 

かじかんで感覚すら無くなった手を伸ばす。体が勝手に、陽の輪郭が揺らめく海面に向かっていった。

 

海の上で炎が揺れている。

 

バラバラになった船の残骸が浮かんで、多くの人の形をした黒い塊が炎に包まれている。

 

途端、海面に出ていた自分の足を何かが引っ張った。

 

海の底から伸びてきたいくつもの手が、私の体を海底へと沈めようとしてくる。

 

思い出したかの様に海水が肺に入り、息ができなくなった。溺れてしまう。助けを求めて手を空に伸ばした。

 

そして見上げた空には、ビームライフルを構えた〝ガンダム〟が浮かんでいた。

 

 

〝貴様だけは、絶対に許さない!!〟

 

 

はっきりと覚えている思念。

 

海底に連れてゆかれる私の意識を貫く。

 

同時に放たれた光が手足を燃やして、やがて私と言う存在そのものを焼却していく……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ!!」

 

 

跳ね上がる様にアルテイシアは起き上がった。

 

マスクを外されて医療用のベッドに横たわっていた彼女は、夢の中の息苦しさを思い出して思わず咳き込んだ。

 

深く息を吸って吐くということを繰り返し、ゆらりとベッドに横たわる。

 

汗が気持ち悪い。べったりと張り付いた病院着を肌から剥がす。あの戦闘の後、ああいう夢を見る様になった。

 

いくつもの思念と断末魔。死体と炎。そして空に浮かぶガンダム。

 

鮮明に蘇った悪夢の記憶に身が凍えそうになる。意識を失う前に感じ取ったガンダムからの〝絶対に許さない〟という思念を思い出した。あれほどの怒りと憎悪に満ちた感情など初めてで、アルテイシアの心は戸惑うばかりだった。

 

 

「アルテイシア様」

 

 

ノックで確認をとり入室してきたのは、侍女であるロザエだった。

 

アルテイシアの素顔を見せられるのもロザエにだけ。彼女は侍女である同時に友達であり、家族であり、かけがえのない人だ。

 

彼女からの報告を受けたアルテイシアは疲れたように息をついた。

 

 

「お疲れの様子ですね。ソラリスの海水は体に堪えましたか?」

 

「十二分に休みました。あの程度の海水では私は死にません。けれど……ありがとうロザエ」

 

 

父から授けられた家柄と金と地位。それと引き換えに自分の名前と顔を失った。

 

アルテイシアは、サイドテーブルに無造作に置かれるマスクを手に取って眺める。父の言いつけでマスクを被り続けているのだから、いつか父が自分を認めてくれて、褒めてくれるのだと彼女は信じていたのだ。

 

 

「ベンジャミン様もアルテイシア様のご活躍を心から願っていますよ」

 

「ロザエ……」

 

「貴女とあの方はご家族なのですから、相手を思いやるのは当然なんですよ」

 

 

そう言って彼女は微笑み、アルテイシアの滑らかな頭髪を撫でる。

 

昔からロザエはそうやってアルテイシアを落ち着かせていた。地位が上がるにつれて増える慣れない公務や郊外での査察。

 

当主の娘と会うこともあって不満が溜まりがちなアルテイシアを甘やかすロザエにいつしか彼女は遠い昔に無くした〝母〟というビジョンを見出していたのかもしれない。

 

 

(……貴女にはまだ働いてもらわないと困りますもの。私とベンジャミン様の願いのために)

 

 

アルテイシアという仮面すら保てなくなった少女をロザエは見下ろす。

 

優しげな顔。それとはかけ離れたどす黒い思惑。

 

そんなものを自分の侍女が抱いていることなど、アルテイシアには分かるはずもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ホエール・サブマリン号の乗組員、25名。

 

肉体も何も無い彼らを象った棺はステイトの伝統に従い水葬となった。

 

ソラリスの海に降ろされる幾つもの棺桶。それを見送った親族たちが海に手向けの花を投げ入れて葬儀は終了した。

 

海をしばらく眺めては一人、また一人と親族が去って行き、最後まで残っていた漁夫長の家族も海を一瞥してこの場を去っていった。

 

 

「……組合から慰労金で相当額が家族に入るらしい。金の心配はせずに、あっちでゆっくり過ごせよ、イーサン、レオニール」

 

 

誰もいなくなった景色の中で、ソラリスの海にそっとそんなことを呟く。

 

漁業組合は人情と義で成り立つ組織だ。彼らの手腕は手早く、船と共に海に散った彼らの遺族には手厚い補償と見舞金が送られることになっている。

 

お調子者のイーサン。

冷静沈着なレオニール。

 

二人はいい仲間だった。

 

同じ出稼ぎの人間であったし、MDの操縦でも効率のいい追い込みをどうすれば掛けれるか、3人でよく話し合いをしていた。

 

そこに艦長や他のMD乗り、しまいには漁夫長も加わって気がつけば酒が入った面子がお祭り騒ぎを起こしていた、なんてことも今となっては思い出でしかない。

 

何もかもが終わって、変わってしまった。

 

唯一の生き残りである自分自身も、今じゃ各ステイトに指名手配されるお尋ね者。

 

逮捕される理由なんていくらでもでっち上げられる。おそらくはガンダムを手に入れるためのコロニー側の策略に過ぎない。

 

一人でステイトをほっつき歩けば、半日も立たない内に強制収容所か、絞首刑に処させるだろう。

 

 

「サブマリン号のパイロット」

 

 

ふと、後ろから声をかけられた。

 

振り返るとシピロンの艦長、ロレーニ・べサーラが立っていて、彼は手に持っていた花を海に投げ入れ哀悼を捧げてから口を開いた。

 

 

「カーディスのやつとは腐れ縁だった。元はやつと同じ船の作業員だったんだ」

 

 

一流の漁師となるために技を盗み見、過酷な漁業をこなす日々の中でロレーニはカーディスと時に助け合った。

 

職人気質な漁師に説教された時はお互いを身代わりし合いながらも、共に苦難を乗り越え、いつしか自分の船を手にすることができるところまで成長できた。

 

ロレーニは共にやっていこうカーディスを誘ったが彼はそれを断わったという。その話はシャアも漁夫長から少し齧った程度で聞いていた。

 

カーディスと彼が腐れ縁だということは知っているが、自分の身柄をなぜ保護したのか?とシャアが問いかける。するとべサーラは肩を少し上げて答えた。

 

 

「やつとは持ちつ持たれつ。こんな世界だ。セキュリティの横暴も前はもっと酷かった。俺たちは生きていくために必死だったんだ」

 

 

売り上げの中抜きなんて当たり前。ひどい時は検閲なんて称しながら船の中を荒らし回って金品などの代物を接収だと言って奪い取ってゆく。そんなことが日常茶飯事だった。

 

 

「……漁の後に、セキュリティに俺たちの情報を売った謝罪がそれだというのですか?」

 

 

シャアの声がほんの少し低くなった。

 

祖父の訃報を聞く前。

 

ホエール・サブマリン号が過去最高に近い漁獲量を卸した際に、セキュリティに売り上げの大半を中抜きされる出来事があった。

 

セキュリティをこちらに仕向けたのはシピロンだとサブマリン号の誰もが怒っていたが、不思議とカーディス艦長は「仕方ないさ」と開き直っていたのが印象的だった。

 

その様子を聞いて、彼は笑っていた。なにせ、その前に自分もカーディスの身代わりにされたのだから。

 

 

「言っただろう?奴とは持ちつ持たれつ、だとな。やつも俺をセキュリティに売ったこともあるし、俺がやつを売ったこともある。そうしないと生きていけなかったのさ。どっちかが売らなければどっちかが潰れちまう」

 

 

そうやってステイト・セキュリティの横暴を切り抜けてきたのさ、と言うロレーニの横顔は悲しげだった。

 

海にはさっきほど彼が手向けた花が漂っていているが、水葬された棺の姿はなく、海は恐ろしくなるほどに静かだった。

 

 

「……奴らは俺の腐れ縁仲間を殺しやがった」

 

 

今まで理不尽なセキュリティの横暴にも耐え忍んできた。莫大な収入の大半が中抜きされても仲間達と何とか食い繋いできたし、暴力や権力を振りかざされても酒と仲間と船があれば明日はやっていけた。

 

だが、その一線をコロニー側は踏み躙って超えたのだ。

 

 

「コロニーとセキュリティの連中は。今まで我慢を続けてきたが……今回ばかりはこちらにも考えがある」

 

 

覇気のある声色でそう言ったロレーニは改めてシャアの方へと向き合った。

 

 

「サブマリン号、唯一の生き残りであるMD乗りよ。俺たちはこれからメガロ・ステイトに向かい、漁業組合としてセキュリティとコロニーに対して決起をする。お前にはその旗本になってほしい」

 

「俺に……ですか……?」

 

「お前の特別なMDをシンボルにして、俺たちは漁業組合の団活力を高めるのさ。ステイトにかかる違法な関税、不平等な契約、セキュリティの横暴。そしてサブマリン号の奴らや……カーディスの仇を取る」

 

 

ガンダムを決起の旗印として、今まで散々と虐げてきたコロニーとステイト・セキュリティに反乱を行う。

 

実は、その計画は随分と前から存在していた。

 

だがサウス・マーケット・ステイトの漁業組合と、その顔役でもあったカーディスとロレーニが反対姿勢を崩さなかったのだ。

 

どれだけコロニーやセキュリティが横暴を働いても、それで血で血を洗う戦いになっては旅立った地球と同じことをしてしまう、と。

 

だが、彼らはその防波堤を担っていた片割れを殺した。それは許されないことであり、ロレーニが決起に賛同したのは必然だった。

 

 

「出港は夜だ。大しけの闇に乗じる。それまでじっくり考えておいてくれ」

 

 

そう言って去ってゆくロレーニの背中を見る。

 

彼がシャアを保護すると決めた段階で……いや、目の前で親友の船が沈められた時点で、覚悟は決まっていたのかもしれない。

 

一人、ソラリスの海を見つめる。

 

泡立った白波が音を立てて打ち寄せてくる。

 

 

〝……MDのパイロットっていうのは、常に死と隣り合わせなんだ。海洋生物に押し潰されたり、不慮の事故で死んだりするのさ〟

 

 

初めて、大規模な沖合の漁に行った頃にイーサンが言っていたことを思い出した。いつもは飄々たしているくせに、その時だけはやけに真剣で、握っていた手は小さく震えていた。

 

 

〝けど、そうしないと生きていけないのが俺たちなんだ〟

 

 

その恐怖を踏み越えて、ソラリスの男たちは海へと挑む。未知なる青い世界に降りて、生きてゆくために戦うのだ、と。

 

その生き方に正直に言えばセキュリティもコロニーも関係はない。

 

彼らは確かに悪どく、邪魔をしてくるが海で生きるやり方の邪魔にはならない。

 

漁師は魚で得た金銭に誇りを持つのではなく、その船と生き様に誇りを持つのだ。

 

入団当初に、カーディスから言われた言葉。それを胸にシャアはMD乗りとして生きてきた。

 

 

「管理する側の都合の良いように世界ができていることが、間違ってるなんて俺は言わない。そうしないと、世界のシステムは成り立たないのだから」

 

 

 

だがな、みんな。

 

静かな海を見つめながら、シャアは小さく、そして短く、言葉を連ねた。

 

 

 

「俺は……仇は取るぞ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

第二章「海の世界で」完

 

 



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■登場人物紹介(第二章)

 

 

シャア・レイン

 

メガロ・ステイトでのガンダム覚醒事件の後、セキュリティがガンダムを私物化することを恐れたリークの計らいのもと、メガロ・ステイトから脱出。解析のためにMDの開発などを行うマルドゥク・ステイトへと向かう予定だったが、シャアの要望でサウス・マーケット・ステイトに寄港する進路をとった。

 

ステイトの領海線付近で、シャアを出迎えたホエール・サブマリン号との再会に喜ぶのも束の間、アルテイシア率いるコロニー側のMS「ドゥン・ポー」隊の奇襲を受け、なし崩し的に交戦状態となる。

 

ガンダムの性能によって善戦していたものの、アルテイシアがホエール・サブマリン号を人質に取ったことで形勢は逆転。

 

ガンダムの引き渡しにシャアは応じたものの、ホエール・サブマリン号が照明弾で抵抗し、それに驚いたアルテイシアがサブマリン号をビームライフルで沈めてしまう。

 

その光景を前に激昂したシャアは三機いる一機のドゥン・ポーを撃破。アルテイシアの機体も撃墜寸前まで追い詰めるが、リークの説得とセキュリティの追跡、そしてシピロン・スパロウ号の保護の申し出があったため撤退する。

 

サブマリン号の乗組員たちを弔ったのち、シピロンの艦長、ロレーニ・べサーラからコロニーとセキュリティへの決起の仲間に誘われ、サブマリン号の乗組員たちの仇を取るため、決起に賛同することを決めた。

 

 

 

 

 

 

アルテイシア

 

コロニー・プロヴィンギアの当主ステンシー家の一人娘であると同時に、父から命じられるままマスクと「アルテイシア」という名を身につける少女。

 

14歳の頃から父に「醜い顔を隠せ」と切って捨てられ、そこから今日まで父に素顔を見せていない。

 

父から愛をもらえなかったことと、父に名前で呼んでもらえていないことにより、父性に飢えていると同時にコンプレックスになっている。

 

マスクを外せないのは、いつしか父が自分を認めて昔のように褒めてもらえると信じており、マスクをつけて父の願いを叶え続けることで、その未来が現実になると信じている。

 

ソラリスで観測された「ガンダム」を父が欲していることにより、ガンダムの奪還任務を受けた彼女は部下と共にソラリスへ降下。

 

与えられた「ドゥン・ポー」の頭部をガンダムフェイスにし、「自身もガンダムに乗るのだからガンダムには負けない」という自己暗示めいた自意識を持っている。

 

シャアの駆る本物のガンダムに機体性能で圧倒され、苦し紛れにホエール・サブマリン号を人質に取るが、人質のサブマリン号が抵抗したことに驚き、ビームライフルで誤射してしまう。

 

その際、接触回線でサブマリン号の乗組員の断末魔を聞いてしまい、以降はその断末魔が耳から離れないことと、シャアの「許さない」という怒りの声に恐怖を抱くようになった。

 

 

 

 

ロエザ・ブラッディ

 

メリル・ステンシーの侍女として長年仕えてきた女性。優れた知識と教養があり、幼い頃からメリルを育ててきた。

 

メリルの顔が亡き奥方の顔に似てきていること、その顔を当主がおぞましいと嫌悪していることを把握しながら、メリルを侍女として支え、当主の情けないところを的確に慰めている。将来的には当主の後妻となり、ステンシー家の資産を狙っていたが、ガンダムが復活したことにより状況が一変する。

 

メリルは父の期待と父性を取り戻すためにマスクを被って「アルテイシア」と名乗ることを決め、ロエザはアルテイシアの側近として共に地球に降下。

 

サウス・マーケット・ステイトに戻る間際のガンダムを上空から襲撃する。

 

船とガンダムのパイロットが面識あることを通信で察したロザエはアルテイシアに船を人質にとってガンダムを渡すよう要求することを提案。

 

ロザエの言葉に反感を抱きながらもアルテイシアはサブマリン号を人質に取るが、サブマリン号からの抵抗があり、驚いたアルテイシアは誤ってビームライフルを撃ってしまう。

 

その際、サブマリン号の乗員の断末魔を接触回線で聞き、さらに精神感応でシャアの「許さない」という怒りと憎悪をまともに受けたアルテイシアは、精神が不安定となってしまう。

 

それを好機と見たロザエは単独で行動を開始し、シャアというガンダムのパイロットの身辺調査を行い、幼馴染であるアニスと出会い、言葉巧みに「シャアを追いたいのなら私と共にセキュリティに入れば、彼を保護してやる」と約束する。

 

 

 

アニス・ブルーム

年齢 16歳

 

古くから家族くるみの付き合いをしてきたシャアの幼馴染。

 

祖父の施設費用を稼ぐために出稼ぎに出たシャアを待ち続けていて、普段は海洋学者である父や母の手伝いをしながら過ごしていたが、シャアの祖父が死去してから状況が一変する。

 

ガンダムのパイロットに導かれ、ステイトを後にしたシャアを想うあまり、コロニー側のロザエの好意を受けてアルテイシア隊の臨時人員としてセキュリティに加盟した。

 

 

 

リーク・デッカード

 

ステイト・セキュリティの隊長。

セキュリティがガンダムを占有、私物化をすることを恐れてメガロ・ステイトからの脱出をシャアに提案する。

 

アルテイシアのMS隊の襲撃の際は地上からシャアのサポートをしつつ、セキュリティの増援が来たことに対する状況不利をシャアに伝え、ガンダムをシピロン・スパロウ号に保護させた。

 

その後、メガロ・ステイトへと帰投する航路へと戻っている。

 

 

 

ハリー・レイフィールド

 

ステイト・セキュリティに所属するメカニック。リークの考えに共感し、共にセキュリティを内部から改革する志を抱いている。

 

MDに深い造詣と愛着を持っている一流メカニックであるが、目を離すと備品で魔改造を施す悪癖がある。

 

 

 

 

アイザック・ドナヒュ

 

ステイト・セキュリティ所属のMD乗り。リークの副官であり、部隊の副隊長を務める。

 

年上であるが、セキュリティの横暴に絶望し無気力な日々を送る中で、内部改革を志すリークと出会い、彼の考えに共感。以降、副官としてリークに従事している。

 

 

 

 



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■用語解説(第二章)

 

 

サイコミュ・セントラル・プロセッシング・ユニット

(Psycommu Central Processing Unit)

 

頭文字からPCPUと称される、文字通りサイコミュで受信した人の脳波信号をデータ化し機体挙動に反映させる機器。宇宙世紀初期から中期にかけて登場したバイオセンサーの完成形である。

 

宇宙世紀末期に至るまで、戦争という実験場から得られたあらゆるデータがフィードバックされており、脳波の低いパイロットでも特殊な装置や外科的処置なしでPCPUを扱うことができる。

 

しかし、あくまでも機体のコントロール補助のためのデバイスであり、その用途はソラリスの海中での細かな姿勢制御やマニピュレーターの力覚センサの補助、機体固定時の自動操縦程度である。

 

海中用作業機であるMDや、コロニーのMSに標準装備されており、その大きさもマイクロチップ程度に小型化されている。

 

しかし、ニュータイプ能力を持つパイロットが搭乗した場合、反応速度が飛躍的に上昇し、その感覚は搭乗した機体の手足まで自身の神経と繋がっているように思えるほど俊敏となる。

 

 

 

 

REV-81 ドゥン・ポー

 

REV-79 ロンデリアの発展型である本機は、コロニープロヴィンギアが開発する「REV(レヴ)シリーズ」の最新型であり、宙域での戦闘のみに特化したロンデリアとは異なり、宙域、空域、地上すべてに対応できる汎用機として設計された。

 

マッシブな機体の随所にはスラスターが内蔵されており、機動性は高く、外装を換装することによってソラリスの海中でも戦闘が可能となる。

 

頭部はモノアイ型が標準であるが、デュアルカメラのガンダム頭も用意されており、コロニーのパイロット、アルテイシアの専用機となっている。

 

標準装備

ビームライフル

シールド

ビームサーベル

 

 

 

 

ガンダム

 

ソラリスの海から現れた謎の機体。

その動力源は従来のものではなく、虹色の燐光を発する。

 

機体脚部には小型化されたミノフスキークラフトが内蔵されており、海中、空中でも力場を足場に驚異的な機動力を発揮する。

 

また、PCPUの設定も他の機体とは異なり、シャア自身が登場した際には手足がつながっていると思えるほどの反応速度を発揮した。

 

ビームライフルの威力は強力であり、ソラリスの海中に潜航している状態で、上空にいる敵機を狙い打てるほどの出力を有する。

 

なお、ドゥン・ポーやコロニー側の所持するビームライフルの出力ではソラリスの電気分解に晒され海中から出る前にビームが消耗してしまう。

 

 

装備

 

ビームライフル

シールド

ビームサーベル

 

 

 



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第三章「船乗りの誇示」
第十五話 蜂起のステイト


 

 

 

底が抜けたように水がこぼれ出してゆく。

 

海と空を隔てていたはずの境界線は崩れ、人が営む空も水が侵してゆく。

 

すべてはソラリスの海に呑まれる。

 

海は広く、深く、暗い。

 

すべてか湿った音と共に海底に没する。

 

誰もが逃れられない母なる海の濁流に飲まれ、沈んでゆくのだ。

 

湿った声と、海の冷たさと共に。

 

その海から蘇った「ガンダム」

 

それは神か、それとも海深くに封印されていた悪魔か……。

 

 

 

 

 

 

 

 

上流、中流、下流ステイト。

 

ソラリスの海上に浮かぶ人工浮遊島の中でも、規模ごとにそれぞれのあだ名で呼ばれるステイトであるが、最大の規模を誇るステイトも存在する。

 

都市型の上流ステイト。

 

「メトロポリス・ステイト」。

 

人口はソラリスのステイト内でも最大の14万人が居住しており、上流ステイトでも珍しい高層ビルが建造されるほどの規模を誇るメトロポリスは、治安維持の警備隊であるステイト・セキュリティや、漁業組合を牛耳る本部にとっても重要な拠点でもある。

 

居住区も広大であり、都市部と隣接する市場では食料品の取引以外にもコロニーからもたらされる品々が目まぐるしい流れの中で取引されている。

 

まさに、惑星ソラリスの経済の中心都市と言えた。

 

 

《我々は、海で生きることができない》

 

 

メトロポリスに聳えるビル群。

 

その壁面に備え付けられた巨大なモニターには、ステイトの放送システムを掌握した反乱分子のリーダーが映し出されていた。

 

ステイト・セキュリティの管理本部があるメトロポリスであるが、今やこのステイトにセキュリティの隊員はいない。皆、突如として決起した反乱分子によってステイトの外へと追放されたのだ。

 

たしかにセキュリティは最新鋭のMDや武器を持ってはいたが、彼らにとって大規模な反乱は未経験の出来事であり、命令系統が混乱を見せた途端に組織は崩壊した。

 

統制された組織による一成蜂起。そして、セキュリティの戦意を削いだのは他でもない海中から空へと飛び上がった「ガンダム」の存在だった。

 

果敢にもガンダムに挑むMDも居たが、機体性能の何もかもが別格だった。ビームライフルによって武装を全て剥ぎ取られたセキュリティのMDになす術はなく、ソラリス最大のステイトはたった半日という速さで反乱分子に占拠されたのだ。

 

 

《我々はソラリスに住まう人々の声を代弁する者たちだ》

 

 

各ステイトを結ぶ衛星電波により展開される反乱分子による宣言放送であったが、ソラリスに滞在するセキュリティの誰もが楽観視していた。あるものはデタラメだと罵り、あるものは悪戯だと唾棄し、あるものは興味すら示さない。

 

だが、その事実を知る者達からすれば危機感を覚える他なかった。

 

 

《荒れ狂う海に落とされた我々の先人たちは、息すらもできない海に潜り、多大なる犠牲を払いながらも「ステイト」と言う海上での生活圏を築き上げた。我々が属する漁業組合もまた、先人たちが生み出した遺産であり、宝であり、継承されてきた営みである》

 

 

反乱分子の全員が、ソラリスの海で漁を行う漁業組合の人間だった。食料や貴重な資源ともなる海の恵みを収穫する彼らが反旗を掲げたのはある意味では必然であった。

 

 

 

《我々を過酷な海に突き落としたコロニーは愚かにもステイトと我々漁業組合を監視下に置いた。先人たちがソラリス独自の営みを邪魔しないことを、コロニーと約束したというのに、彼らはその約束を踏み躙り、我々の営みを私物化し続けてきた》

 

 

漁業組合の組合長が言う言葉がすべてだ。

 

ソラリス開拓期に発足された漁業組合であるが、150年あまりの時間中で大半がコロニーによる不当な扱いに晒されたものでしかない。だが、彼らの多くはコロニー側の理不尽に耐え続けてきた。

 

皆がソラリスという過酷な世界で生きることに必死だったこともある。それ以上に、漁という生き方を選んだ彼らにはコロニーの不当な扱いにも屈しない海の男という誇りがあったからだ。

 

だが、コロニー側の人間は超えてはならない一戦を越えたのだ。

 

 

《彼らの私利私欲のために多くの仲間が傷つき、命を落としたのだ。その命を無碍にしてまで我々はコロニーの支配に耐え忍ぶ道理などない!》

 

 

彼らは同族同士が商売仇であるが、見捨てるような真似は決してしない。

 

命がかかった場面では必ず協力し、困難を乗り越えてきた。怒りや腹に抱えるものはあれど、漁を営む彼らは見えない絆でたしかに結ばれていた。

 

そんな彼らの生き様と絆を、コロニーの人間は踏み躙ったのだ。それを飲み込んで耐え忍べば、先人たちが大切にしていた誇りが汚されてしまう。

 

故に彼らは立ち上がった。

 

組合長の背後で、ある機体がライトアップされる。そこに立つのはメトロポリスのセキュリティ隊員達を恐怖に震え上がらせた「ガンダム」であった。

 

 

《見よ!我々には守護神、ガンダムがある!海の神々を撃退し、人の生活圏を築く原動力ともなった伝説が朧げな幻から立ち上がって、我々の力となってくれるのだ!》

 

 

ソラリス開拓期、海獣たちが跋扈する世界で人の生活圏を切り開いたのは当時の先人達であるが、彼らから言い伝えられた物語があった。

 

破滅をもたらす海の魔物が現れたとき、人の希望の光を宿した「ガンダム」が魔物を討つ、と。

 

今のソラリスにとって、コロニーとステイト・セキュリティこそが、破滅をもたらす海の魔物に違いなかった。

 

 

《同志達よ!我らは戦わなければならない!コロニーによる圧政を退き、ステイト・セキュリティの横暴を打破し、ソラリスの海に生きる全ての人に与えられた恵みをもたらすのだ!》

 

コロニーにも、ステイト・セキュリティにも屈しない。我らは生活する世界を守り、そのために生きてゆく。

 

ソラリスに住む全ての人が享受できる権利を認めさせるために彼らは反乱を決意し、立ち上がったのだ。

 

 

《今ここに我々漁業組合は、名を新たに「M.A.R.I.O.N(マリオン)」と定め、組合領域を打ち立てることを宣言する!》

 

M.A.R.I.O.N(Migrate Adequate Right Ideal Own Navy)。漁業組合から完全なる反乱者として立ち上がった彼らは、移住者への適切な権利を認めさせる船団として、『組合領域』を宣言した。

 

ステイトに移住する全ての人は、ソラリスの海からもたらされる恵みの恩恵を受ける権利。

 

それを不当な理由で剥奪する権利はコロニーにも、ステイト・セキュリティにも存在せず、その剥奪行為や不正行為はソラリスの生活圏に住む人々の恵みを阻害する悪であるとし、マリオンは、ソラリスで生活する組合員とその家族にある権利を守るために、権利の剥奪や不正行為を行う相手を排除する必要がある。

 

 

《我々マリオンは、コロニーの不正な行為やセキュリティの横暴から人々を守り、ステイトに新たなる秩序と自治を設立するのだ!》

 

 

万雷の拍手と共に歓喜の声が上がった。虐げられ続けたソラリス移住者のほぼ全てが、漁業組合から発足されたマリオンという組織を迎え入れる。

 

その背に立つガンダムという機械の持つ可能性を旗印にして立ち上がる彼ら。

 

その映像を見つめるセキュリティやコロニーの人間たち。

 

 

 

惑星ソラリスの開拓から150年。

 

 

史上初の民間人による反乱劇が幕を上げた。

 

 

 

 

 

 

 



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第十六話 妖艶と葛藤と

 

 

 

ソラリス最大のステイト、メトロポリスの占拠。

 

そこから通信をジャックし、放映された漁業組合による反乱決起。

 

名を「M.A.R.I.O.N(マリオン)」と改めた反政府勢力の出現は、150年にも渡って宇宙から星を支配してきたプロヴィンギア政府の内情を大きく刺激した。

 

事態を楽観視していたステイト・セキュリティも甚大な被害を被っている。メトロポリス・ステイトでの決起と時を同じくして、ソラリスの各ステイトでも漁業組合によるデモや反乱が相次いだのだ。

 

多くの居住者がいるステイトとはいえ、そのほぼ全てが漁業組合関係者であるがセキュリティにとって致命的だった。怠慢と権利にあぐらをかいていた体制を突かれ、セキュリティの施設や装備はなだれ込んできた反乱者達によって奪取され、地方に支部を置くセキュリティは組織としての形が総崩れとなっていたのだ。

 

今、まともな戦力と統治力を持つのは皮肉にと「ガンダム覚醒事件」の調査で人員がかき集められていたメガロ・ステイトのセキュリティ支部であった。

 

メトロポリスにあるセキュリティ管理本部は完全にマリオンの手中のある。

 

コロニー政府は臨時措置として宇宙からの支援物資やMDの予備機、パイロットの補填、さらには地上対応が可能な新型MSドゥン・ポーの追加配置も行い、ソラリス最大のステイト奪還作戦をなんとしても成功させようと躍起になっているように思えた。

 

作戦準備が進む中、大所帯となった地方ステイトの支部内を進むリーク・デッカードは、進む先で技師や隊員に指示を出す女性を睨みつけた。

 

 

「ロザエ・ブラッディ。貴女は何を考えているんだ?」

 

 

彼女の前にたどり着いたと同時に発した言葉に、ロザエは怒気を隠そうとしないリークに妖艶な笑みを浮かべて応じた。

 

 

「さて、なにをと言われましても」

 

「惚けるな。貴女がメガロ・ステイト付きになってからMD乗りの何名かが貴女達の部隊に引き抜かれている。隊のバランスを崩す行為だ」

 

 

すでにリークの指揮していたMD隊からも何人か引き抜かれるという指令書が届いている上に、メガロ・ステイトの組織配置は大幅に変更されている。この支部の隊長であるリークの預かり知らぬところでだ。

 

目の前にいるロザエという女は、そう言った指揮系統や組織配置を無視してコロニー上層部に掛け合い、勝手に人員配置を入れ替えている。そのやり方に不満を隠さないリークに、ロザエは笑みをたやさぬまま口を開いた。

 

 

「相手はガンダム。ならば、我々の戦力の拡充も必要ではありませんか」

 

「それはコロニーの総意なのか?」

 

「そう思ってもらっても」

 

「アニス・ブルームを貴女の部隊に編入させたこともか?」

 

 

リークの語気の鋭さが増す。セキュリティ、それも彼女の指揮系統下にその名を見つけた時は目を疑った。

 

アニス・ブルームはガンダム覚醒事件の際、パイロットであるシャアと関わりの深い人物として重要参考人として扱っていたが、あくまで彼女はステイトに住む一般人だ。

 

入隊するための規律や、訓練期間、それらを無視した上に、独断で彼女をセキュリティに入隊させるなど組織という形を取る自分たちがとっていいやり口などではない。

 

そこを指摘すると、彼女は少し驚いたような顔をしてからコロコロとしたたかに笑う。

 

 

「彼女はガンダムのパイロット、シャア・レインを止めたいと心から想っています。ステイトに住まう者の願いを聞き入れるのも、セキュリティの役目ではありませんか?」

 

 

そんな彼女の想いなど知ったことではない。リークは人情を重んじるような言い訳をするロザエを睨みつけた。

 

 

「ロザエ、彼女はただの民間人なんだぞ……!」

 

「それが何か問題があるのでしょうか?」

 

 

そう切って返されたリークは思わず言葉を無くした。何を言っている?民間人を起用することになんの躊躇いも見せないロザエはこう付け加えた。

 

 

「セキュリティや我々は軍属ではありません。あくまで警備隊。ならば、志願した彼女を拒む理由など……ありはしないじゃないですか」

 

 

セキュリティの本質はステイトの治安維持と海棲生物から民間人を守護するのが目的で発足された組織だ。軍のように厳しい入隊試験はなく規律は緩い。コロニーと縁がある者が優遇される側面はあるが、ソラリスに住む人間でも門を叩けば入隊ができる組織ではある。

 

だが、それは平時の言い分でしかない。彼女の独断によるアニス・ブルームの入隊はそんな人情じみた理由じゃないことくらい、誰の目から見ても明らかだった。

 

 

「体のいいシャアへの人質にするつもりか?無関係なステイトの住人を巻き込んでおいて……!」

 

 

アニスというシャアの幼馴染をセキュリティに置くことで、ガンダムを奪う材料としか見ていない。それを人情だとか人を想う気持ちだとかで覆い隠しているだけだ。

 

組織で好き勝手をする彼女のやり口より、目的を果たすために人の命や身を危険に晒す真似を躊躇いなく実行する根深い心の闇に、リークは怒りを堪えやれなかった。

 

その想いをわかっている上で、逆撫でするようにロザエはリークに告げる。

 

 

「それほどの価値がガンダムにはあるということですよ、リーク・デッカード隊長?」

 

 

途端、リークの手が上がったがロザエとリークを近くから見ていた側近が平手打ちをしようとしたリークの手を押さえた。

 

ここではリークが隊長であるが、一介のセキュリティ隊長でしかない彼と、コロニー当主の一人娘が率いる隊の人間。力の差は歴然だった。故に彼女の好き勝手がまかり通っている。

 

リークは側近とロザエと睨みつけるが、状況を理解し、悔しげに手を下ろしてその場を後にした。怒気が滲み出るリークの背中を見つめるロザエは、妖艶な笑みを消して忌々しくその男を眺める。

 

 

「あの男……少し面倒ね」

 

 

そうつぶやく、彼女は物資搬入が行われる施設へと足を向けた。そこはリークの指揮下に置かれるセキュリティの古株たちの巣窟だ。ついでに物資確認の用を済ませながら、彼女は目的である古株のリーダー格に近づいた。

 

 

「あぁ、ロザエ・ブラッディ殿。そちらから申請された物資についてですが」

 

「貴方、あの隊長さんだった人はお嫌い?」

 

 

畏まる相手の言葉を無視して、ロザエは古株に問いかける。相手は二、三度あたりを見回してから小さな声でロザエに言った。

 

 

「好きなやつなんて……我々の中にはいませんよ。若造の分際で」

 

「ふふふ、なら……ちょうどのいい話があるんだけど?」

 

 

彼女は古株たちのリーダーである男に近づくと、滑らかな手つきで男の腰に手を回した。妖艶な笑みと女性特有の溶けるような声に、男の体裁や警戒心が解きほぐされてゆく。

 

 

「あぁ……それは、気になるな」

 

 

その姿に自分の欲も相まったのか、すっかりその気になった男から名残惜しげに手を離すと、ロザエは誘惑をさらに続けた。

 

 

「今晩、私の部屋でゆっくりとお話をしましょう?」

 

 

部屋の場所と連絡先を教えてその場を去る。あとは男がノコノコとやってきて、一晩一緒に寝れば、あの男と共に古株共という都合のいい手駒が増える。

 

ロザエは浮き足立つ男に背を向けたまま妖艶さとは程遠い邪悪な笑みを浮かべているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「守護神になった実感は湧かないかしら?ガンダムのパイロットさん」

 

 

占拠したメトロポリス・ステイトにあるMDの格納庫に収められたガンダムを見ていると、ふいにそんな言葉をかけられた。

 

掛けられた声の方向に目を向けると、バイタル・スーツの上半分を脱いで、腕を組んでこちらを見ている女がいた。

 

ソラリスの海中で生命活動を維持する役目を持つバイタル・スーツは上下ともにつながる防護スーツであり、作りとしては宇宙用のノーマルスーツと大差はない。

 

ただ宇宙線を考慮しなくてもいいため、素材として使われている繊維はノーマルスーツよりも柔軟で軽く、薄い。

 

よって、こちら見る彼女のようにまるで上半身だけ脱皮したような扱いをしても問題がない代物だと言える。

 

 

「君は……」

 

「貴方達、ホエール・サブマリン号に助けられたMDのパイロットよ」

 

 

ぶっきらぼうに言う彼女の声を聞いて、シャアは「あっ」と声をこぼして思い出した。心当たりはある。ガンダムに出会う前に出た漁での出来事だった。

 

 

「あの時の漁でライトを当てた奴か」

 

 

五日間に渡る長期漁でようやく当てた魚群を捕らえるために追い込みをしていた最中、横合いから掻っ攫おうとしたシピロンのMDが居たことをシャアは思い返す。

 

漁師仲間の間ではご法度とされる魚群へのライトの投射を行い、機体を大破寸前まで追い込まれたのが、目の前のパイロットというわけだった。

 

 

「わ、私も必死だったのよ」

 

 

毅然と振る舞うが、救助された時に彼女が泣きじゃくっていたことを通信機越しに聞いていたので、シャアは吹き出しそうになるのをなんとか堪えて助言をしておく。

 

 

「ソラリスの魚は光に過剰反応するから、今後は気をつけるんだな」

 

 

彼女の醜態を指摘しなかったのは、シャアなりの配慮であった。赤面した彼女は少し咳払いをして、佇まいを治してから改めてシャアに言う。

 

 

「漁だとか、呑気なことを言ってる場合でもなくなってるでしょ」

 

「……そうだな」

 

 

ソラリスの海を行く漁業組合は、今じゃ民衆反乱の旗本となってしまっている。

 

セキュリティの横暴に約一世紀も苦しめられてきた移住者たちの怒りも最もだろうし、ソラリス居住者で身内が漁業組合に属している者たちはほぼ全てが漁業組合の立ち上げた反政府組織を支持しているのが実情だった。

 

 

「マリオン。移住した全ての人に与えられる権利を認めさせるための船団、だってさ」

 

 

皮肉めいた言い方をする彼女に、シャアは疲れたような目を向けながらも言葉をかける。

 

 

「アウトポストに住む俺たちは常に虐げられてきた。その仕打ちにずっと耐えてきた。だけど……」

 

「ロレーニ艦長の親友が殺されたんだってね」

 

 

無意識に、シャアの手に力が篭った。たしかに武力で立ち上がった組織が勝利した後に待ち受けているのは凄惨たる悲劇であることが多い。そんなこと、立ち上がった誰もがわかっている。反対派だったロレーニも、シャア自身も。

 

だが、その堪えていた一線を相手は踏み躙った。

 

ホエール・サブマリン号の乗組員たちの命を奪ったのだ。あまりも呆気なく、あまりにも突然に。

 

 

「……アンタはそうやって復讐のためにガンダムの守護神に祭り上げられるわけ?」

 

 

聞きたくない言葉がシャアの胸の内に突き刺さった。眼光を鋭くしてそう言い放った相手を睨むが、否定する言葉が出てこなかった。居場所悪く目を逸らすシャアに、彼女は続ける。

 

 

「無言は肯定と受け止めるわよ」

 

「それ以外に、死んでいった仲間達の仇を取る方法はないんだ」

 

 

やっと出た言葉が、そんな自己肯定をするようなものでしかない。ため息をついて彼女はシャアを見つめる。

 

 

「昔の地球ってね。そうやって殺されたから殺してっていうのを何百年、何千年と続けていた結果に滅びかけたのよ」

 

 

大義名分で戦争なんてものを始めた人間もいるだろうが、そんな綺麗事を綺麗なまま掲げ続けられるほど戦争は優しくない。

 

その大義名分を塗りつぶす憎悪と欲と本能が、人々が当たり前に大切にしてたものを奪い去ってゆくのだから。

 

 

「貴方しかガンダムに乗れない。だったら、貴方がその連鎖を断ち切らなければソラリスも地球と同じ運命を辿るのよ」

 

「知ったような口を!!そう言うなら、なぜお前はここにいる!!」

 

 

シャアは立ち上がって声を荒げた。そんな綺麗事を言う彼女も人殺しを強要する側にいる人間でしかない。

 

ガンダムなんてものを神格化して、守護神として奉って大義名分を得ればセキュリティの人間を殺すことだって許される。

 

そんなこと、シャアは考えていない。だが、周りはそれを強要する。なにせ、ガンダムに乗っているのだから。

 

 

「私はただ、ロレーニ艦長に拾ってもらった恩義を返すためにここにいる」

 

 

彼女は淡々と、そう言って翡翠色の目でシャアを見据えた。

 

 

「私はサヤカ。サヤカ・バーンスタイン。コロニー、プロヴィンギアの五貴族の一家、バーンスタイン家の最後の生き残りよ」

 

「なにを……言ってるんだ……?」

 

「私は、何もできないまま家を奪われ、家族を失って、帰る場所も失った。そんな私を助けてくれたのは他でもないロレーニ艦長よ。だから私は、私を助けてくれた恩義を返すためにここにいる」

 

 

受けた恩は仇手で返してはならない。それが彼女が両親から受け取った教えの一つでもあった。故に、サヤカ・バーンスタインという女パイロットは命をかけてでも拾ってくれたロレーニへ恩義を返そうとしていた。

 

 

「けど、アンタは違う」

 

 

コロニーの生家を潰され、両親を殺され、這う体でソラリスに逃れてきた自分とシャアは違う。サヤカには選択肢がなかった。けれど、シャアには選択肢が確実にある。それを見えないようにしているのは自分自身なのだ。

 

 

「アンタは選ぶことができる。ガンダムを上手く使える鍵はそこに……」

 

 

最中、MDの格納庫にブザーが鳴り響く。続いて、奪取したセキュリティの通信設備からマリオンの通信士からの指令が響きわたった。

 

 

《MDパイロットは搭乗MDにて待機せよ》

 

 

セキュリティのMDが動き始めた。その知らせを受けてマリオン所属のパイロットたちに緊張が走る。忙しくなり始めた格納庫の中で、シャアは呆然とガンダムを見上げてから傍にあったバイタル・スーツのヘルメットを取った。

 

 

「行かないと……」

 

 

コクピットから垂れ下がるワイヤーウィンチの手すりに捕まったシャアに、サヤカは大声で叫んだ。

 

 

「シャア・レイン!ガンダムは人を殺戮できる悪魔にもなれるし、その逆にもなれる!全てはアンタの想い次第よ!」

 

 

全天周囲型のコクピットに乗り込んだシャアは、その言葉に答えを出さずコクピットハッチを閉じる。しばらく暗闇が降りて、エンジンの出力が上がると同時にモニターに光が通った。

 

わかっているさ。けれど、俺は決めたんだ。

 

みんなの仇を打つと。

 

誰しも聞こえない思念をたぎらせてシャアは格納庫に鎮座していたガンダムを操るのだった。

 

 

 

 

 

 



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第十七話 決戦間際

 

 

 

 

「ええ……そうです。アルテイシアの役目もわかっているでしょう」

 

 

夜のとばりが降りるメガロ・ステイトのセキュリティ宿舎。平隊員の宿舎とは別棟となる来賓向けの建屋は、コロニーから派遣されたパイロットや技師、スタッフ用の部屋として割り当てられており、通信ルームでコロニー側と連絡を取るロザエにあてがわれた部屋は、来賓向けの棟の中でも上級官僚向けに作られた豪勢なものであった。

 

今頃、ベッドの上で夢見心地な男を捨て置き、ルームウェアを一枚だけ体に巻きつけたロザエは、通信画面越しに不安げな顔をする男を見て柔らかく微笑む。その笑みは先ほどまで男を喜ばせるために見せていた妖艶なものではなく、母性や慈愛に溢れる表情であった。

 

 

「うまくやらせますよ。そのために貴方は彼女に仮面をつけさせたのでしょう?私は貴方を理解していますよ、ベンジャミン。長く貴方を見つめてきましたから。貴方の中で渦巻く葛藤も、悲しみも、戸惑いも」

 

 

通信相手は、コロニー「プロヴィンギア」の当主であり、仮面を被るアルテイシアの実父であり、彼女の侍女であるロザエの雇用主であり、内々の愛人関係でもあった。

 

ベンジャミン・ステンシーとは、プロヴィンギア船団が地球圏を旅立ち、太陽系外を目指した頃に就任した船団長、マクシミリアン・ステンシーから数えて3代目のステンシー家の当主にあたる。権威のために兄弟や親をも利用する冷徹な欲がありながらも、その内面は繊細だ。妻を早くに亡くし、残された実子である娘が妻の面影を持つようになってから、その脆さは単著に現れたと思える。

 

当時、ベンジャミンの娘の侍女であったロザエは侍女となる経緯上、ベンジャミンとも個人的な関係があった。彼の繊細さを理解していたロザエは言葉巧みにベンジャミンを誘惑し、彼の愛人という立場を手にしている。

 

彼をさらに籠絡させ、ベンジャミンの妻としてコロニー統治者の妻……プロヴィンギアの女王になるという欲も出始めた頃に、事態は一変する。

 

ベンジャミン……いや、ステンシー家が150年にもわたって探し求めていた「ガンダム」が突如として現れたのだ。

 

 

「ベンジャミン、貴方は間違ってはいません。貴方が選んだ道はコロニー、プロヴィンギアへの多大なる貢献となるのですから」

 

 

彼の望むガンダムが手に入れば、地球圏を脱した功績を持つプロヴィンギアは更なる栄誉を与えられる。

 

ステンシーの一族には言い伝えられ、ベンジャミンは是が非でもガンダムを手にしたい欲があった。ならば、それを叶えることこそが、彼女がプロヴィンギアの女王となる最適な道筋であり、その栄誉にもあやかれるという魂胆もある。

 

 

「ええ……はい。では、また連絡をいたします」

 

 

だらしない顔をして別れを告げるベンジャミンに笑みを絶やさず挨拶を交わして通信を切る。ロザエは疲れたように巻き上げていた髪を下ろして椅子へもたれかかった。

 

 

「フン、軟弱な男。けど、便利ではある……伊達にコロニーの当主を務めている訳ではないか」

 

 

男というのは単純なものか、と側に置いてあるワインに口をつける。口に広がるのは安物の粗悪品。設備はいいが、やはりコロニーと移住惑星では勝手が違う。ロザエは立ち上がって、開けられている外からグラスをかざし、中身を地に向けて滴り落とした。

 

真っ赤なワインが暗いソラリスの海へと落ちてゆく。部屋の照明がワインの赤を怪しく照らし、それはまるで人の皮と肉の合間から溢れる血のように思えた。

 

 

「うまくやりなさい、ロザエ・ブラッディ。あの頃の惨めな自分に戻らないようにね」

 

 

過去の自分をお問い返すように呟いたロザエは空になったグラスも外へと放って自室へと引き上げてゆく。

 

息の臭い男の相手をするのは骨が折れるが、それで手駒が増えるなら楽なものだろう。ベッドの傍に着いた彼女は身につけていたルームウェアを脱ぎ、身一つで男が寝息を立てるシーツへと身を預けるのだった。

 

 

 

 

翌朝、プロヴィンギア標準時7時45分。

 

 

 

ハンガーにはステイト・セキュリティの関係者の全てが招集されていた。目的は漁業組合あたらめマリオンによって制圧された最大ステイト、メトロポリスの奪還と首謀者の捕縛にある。

 

 

「アルテイシア様、機体の修復はすでに」

 

「ご苦労」

 

 

ソラリスの重力下で鉄製の階段を上がるアルテイシアは、すっかり補修された自機のドゥン・ポーを見上げる。機体装甲は宇宙や空域用よりも厚みが増しており、スラスター配置も機体下方に変更。バックパックは酸素を推進力とした「OⅡブースター」に換装されている。

シャアの乗るガンダムに破壊された頭部も真っ新な新品に交換されており、その姿はまさにガンダムと言っても差し支えはなかった。

 

 

(ガンダム……そう。私はまたガンダムに乗る。今度こそ、お父様の望む本物を手に入れるために。そして、私がお父様の娘であることの証明のために)

 

 

蘇ったガンダム。それに一度打ち倒されたが、こちらもまたステイトの技師たちの力によって蘇った。今度は海にも潜れるガンダムだ。相手との土俵は揃った。なら、こちらが負ける道理もない。ガンダム顔のドゥン・ポーを見上げた彼女は振り返って拡声器越しに声を紡いだ。

 

 

「皆さん、私はコロニーのアルテイシアという者です」

 

 

ざわついていたセキュリティのMDパイロットたち、コロニーから派遣されたパイロット、技師、隊員たちの視線がMD登場用の橋の上にいるアルテイシアへと注がれた。彼女は今作戦であるメトロポリス・ステイト奪還の指揮官として赴くこととなっていた。

 

 

「マリオンと名乗る漁業組合からの返答は単純でした。説得の答えはノー。彼らは占拠したメトロポリスを開放はしない、こちらの投降要請にも応じることはないというです」

 

 

先んじて派遣されたセキュリティの交渉団とも話し合いは決裂。彼らは断固としてコロニーやセキュリティによる不正な介入を拒否し、その要求が通らない場合は武力行使もやむなしという態度を崩さない。コロニーやセキュリティとしてはそのような違法行為はされていないという認識なのだから交渉が決裂するのは火を見るよりも明らかだった。

 

 

「ならば、我々ステイト・セキュリティが取る道はひとつ」

 

 

アルテイシアの一言の後、巨大なホログラムがハンガー内に展開される。その立体映像にはマリオンによって占拠されたメトロポリス・ステイトの主要港でいる「ハーバンズム」から続くステイトの内陸地の概略図が投影されていた。

 

 

「まずは先発隊がメトロポリスの主港ハーバンズムを攻め入る隙に、二班と三班が側面から手薄になった網をくぐり抜けてメトロポリス内に進行します」

 

「相手は旧式のMDどもだ。取るに足らない」

 

 

現地のステイト・セキュリティの誰かがそう言ってハンガー内は「それはそうだな」と下劣な笑いが響き渡るが、アルテイシアの無言の圧力の前に開口した誰もが黙った。

 

 

「続けます。先発隊は私が指揮し、第二班はロザエ・ブラッディに任せます。第三班には……リーク・デッカード。貴様に指揮を預けます。過去の失敗を挽回するチャンスです。うまくやってみせなさい」

 

 

所属隊の通達は事前に行われており、隊の指揮は指名された隊長に一任される。アルテイシアはドゥン・ポーを中心にしたコロニー側のパイロットで構成され、ロザエの部隊はステイト・セキュリティの古株たち、そしてリークが指揮するのは若年層のMDパイロットたちだ。

 

 

「では、解散とします」

 

 

作戦開始まで数分。開始時刻後はメガロ・ステイトから三分隊の艦艇が出撃し、先行したアルテイシア隊の連絡を待つ形となる。乗組員やパイロットたちとの最終確認のために足早に歩くリークへ、雑踏の中から呼び止める声が響いた。

 

 

「デッカードさん!」

 

「アニス・ブルーム……」

 

 

振り返ったリークはわずかに顔をしかめた。そこにはセキュリティを示す青と白のバイタル・スーツを着たアニスが立っていた。彼女にはリークは作戦前もあっており、何度か説得は試みたがその行動は無駄に終わっていたのだった。

 

 

「貴方もシャアを止めに行くのですか?」

 

 

彼女の入隊理由は一貫して、幼馴染であるシャア・レインのためだ。彼がガンダムに乗る以上、メトロポリスにいるのは確実な上に、MD同士の史上初の海域戦となれば遭遇する事態にもなりかねないのだ。

 

 

「……彼個人に構ってられる余裕なんて無いさ。俺たちの仕事はステイトを不正占拠している漁業組合を外に追い出して、決起なんていう馬鹿馬鹿しい真似をやめさせることだ」

 

「そういう言い方……私は好きじゃないです」

 

 

不満げにいうアニスであるが、組織の一員として隊を率いるリークと彼女の立場はあまりにも異なる。リーク自身、シャアが目の前で仲間を殺されていることは知っているし、その下手人が誰かもわかっている。彼がガンダムでセキュリティやコロニーに反旗を翻した理由もわからないわけではないが、それはあくまでリーク個人の感性の問題であり、ステイト・セキュリティのMD隊長であるリーク・デッカードと紐つけることはできなかった。紐つけてしまえば、リークが毛嫌いする個人の感性のまま民間人から搾取をするセキュリティの人間と同じようになってしまうからだ。

 

 

「すまない。だが、それが俺たちセキュリティの責任でもいるんだよ」

 

 

それでも納得できていないアニスは、不安そうに瞳を揺らす。彼女が危惧するのは、説得に応じなかったシャアがこちらに武器を向けてきた時のことだろう。

 

 

「もし……もしも、シャアがガンダムに乗って私たちを倒しにきたら……」

 

「そのときは、俺も君も、覚悟を決めて向き合うしか無いんだ」

 

 

リークには組織の人間としてその覚悟がある。だが、アニスは幼馴染を止めたいだけなのだ。その優しさにつけ込んで武器を手に取らせている事実がリークの気分をひどく陰鬱なものにしていた。

 

 

「アニス・ブルーム!何をやっている!さっさと機体に搭乗しなさい!」

 

「申し訳ございません!」

 

 

上官であるセキュリティの古株による怒号に体を跳ね上げたアニスは、リークに一礼してから急いで自身に充てられたMDのコクピットへと走って行ってしまった。呼び止めることも出来なかったリークは悔しげに拳を握りしめて呟く。

 

 

「純粋な子を巻き込むのか……コロニーが宇宙の思考と言っても、やってることは無茶苦茶じゃないか」

 

 

その矛盾に満ちた組織のあり方に疑問を抱く者は多い。だが、その思いだけでは彼女が背負わされる理不尽な運命を拭うことはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻。

 

セキュリティ側の行動を感知したメトロポリス・ステイトでも、新たに編成されたマリオンの海域部隊の展開が始まっていた。

 

 

「各艦艇は所定の位置へ待機。MDの積み込みを急げよ!」

 

 

広域通信の下、各ステイトからかき集められた潜水艦や水上航行艦、MD一機を積むのがやっとなほどの小型の漁船が海にひしめいていて、まるで定置網を展開するようにソラリスの海へと広がってゆく。

 

膨大な数を誇る漁業船団の中、海中を航行する潜水艦、シピロン・スパロウ号は先陣となる海域に到着しようとしていた。

 

 

「シピロン・スパロウの艦長、ロレーニ・べサーラだ。本艦もメトロポリス防衛戦に参加する」

 

 

いつものように動力を潜水艦に回して省エネモードとなってあるMDの中で、シャア・レインや、サヤカ・バーンスタインら、パイロットたちは通信機から流れてくる艦長の言葉に耳を傾ける。

 

 

「我々の役目はセキュリティどもの撹乱と獲物の誘導だ。こちらにはとびきりいい呼び餌があるのだから、相手は確実に食いつく。呼び餌に相手の目が眩んでいる隙に後方から他の漁船が奇襲を仕掛ける」

 

「MD相手に漁でもしようっていうんですか?」

 

「あながち間違ってないな。俺たちは漁しかできない。だが、それができてきたからこそここにいるのも事実だ。なら、漁師の誇示ってやつあいつらに見せつけてやろうじゃないか」

 

 

古強者であるロレーニ艦長の言葉に、艦内のパイロットたちの空気は最高潮に達する。まるで大物を発見した時のようだなとシャアはぼやき、その言葉にサヤカはあきれたような目をしていた。

 

 

「艦長、所定の位置に到着しました」

 

「よし、お前たち!仕事の時間だ!」

 

 

セキュリティの先遣隊がくる位置についたシピロン・スパロウ号。ハンガー内ではMDの電源回路が取り外され、忙しく発艦準備が進められてゆく。

 

ガンダムも同じく発進準備に取り掛かっていると、個人回線で艦橋にいるロレーニとの通信が繋がった。

 

 

「シャア、さっき言った呼び餌だが……やってくれるな?」

 

「そう言った意味なのはわかってるさ」

 

 

バイタル・スーツのヘルメットを被るシャアに、ロレーニはにこやかに笑みを向けた。

 

 

「助かる。守護神ガンダムの力ってやつを見せつけてやらないとな!各機発艦準備!ハンガー内の圧力を抜け!」

 

 

ハンガー内に海水が注水され、適応深度に合わせて減圧される。ゴボッと水が弾けるような音が響き、機体にかかる浮力で操縦桿は柔らかく感じられた。

 

 

「各位、今回は命綱は無しだ!それぞれが責任を持って役目を果たせ!帰り道はメトロポリスが示してくれる!」

 

 

戦闘をゆくシピロンの漁夫長のいう通り、本来の漁ならばMD各機に命綱を数珠繋ぎされるのだが、今回はMD同士の海中戦が想定されるため戦闘の邪魔となる命綱は繋がっていない。つまり、ソラリスの複雑な海流にのままれれば、いくらオゾン・ミノフスキー・ステークス(O.M.S)が機体の表面に展開された圧力を逃すシールドだといっても無事に生還することは困難になる。

 

それほどの覚悟をマリオンのパイロットたちは決めてきていたのだ。

 

 

「さて、じゃあいつもの漁の時間だ!」

 

 

ハッチが開き、MD各機がソラリスの海へと踏み出してゆく。しんがりを務めるサヤカのMDの出撃を見送ったシャアに、接触回線が響いた。

 

 

「よし、ガンダムも発艦させろ!」

 

 

荒れ狂うソラリスの深い深い海。海流に揉まれる白い水泡を見つめて、シャアはバイタル・スーツのヘルメットのバイザーを下ろして、息を鋭く吐き出した。

 

 

 

「了解。シャア・レイン。ガンダム、行きます!!」

 

 

虹色の燐光を発してシピロン・スパロウ号から飛び出してゆくガンダム。

 

 

史上初のMDによる海域戦が始まろうとしている最中。

 

 

その虹色の燐光に惹かれた〝化け物〟が青白く光る眼をぎらつかせて深い深海から日が刺す海面へと登り始めて行くのだった。

 

 

 

 



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第十八話 メトロポリス攻防戦(1)

いつも誤字修正報告の方、ありがとうございます!!
いよいよガンダム史上類を見ない「漁師vs警備隊」の局面を迎えます!


 

 

 

太陽系から遥か。

水の惑星、ソラリスの海。

 

通称「シー・スペース」と呼ばれる海は地球に存在するものとは別世界であった。

 

複雑に絡み合う海流は深海で蓄えられた栄養素を組み上げ、豊かな生態系を構築するのに一役を買っているが、海に潜る人々からしたら脅威以外の何物でもない。

 

強烈な栄養素と特殊な水素、複雑な海流により電子機器は役に立たず、短距離レーザー通信でしか音声通信もままならない具合で、漁業組合の荒くれ者たちでもソラリスの海は危険で、死がすぐそこにあるような場所であった。

 

 

「アルテイシア様!」

 

 

セキュリティの潜水艦から出撃したアルテイシアの駆るMS「ドゥン・ポー」はガタガタと機体を揺らす海流に抗いならも、先鋒隊としての任務を果たそうと、眼前に展開するマリオンのMDたちに攻撃を仕掛ける。

 

大気中では猛威を振るうドゥン・ポーのビームライフルではあるが、ソラリスの海の中では強力なレーザー兵器も意味を成さない。放たれた閃光は数十メートル進んだだけで壊落してゆく。海中にミノフスキー粒子が拡散され、構造を保てなくなった弾頭は粒子を撒き散らしたまま海の中へと消えていった。

 

コロニー側の戦力に対するマリオン側のMDはビーム兵器など最新鋭の武装はなく古典的な魚雷砲や、ワイヤーアンカーで応戦しているのだが、皮肉にもコロニー最新鋭を誇る機体は回避と防護に徹するという防戦一方に追い込まれていた。

 

 

「チィ……海中でのビームはこれほどまでに減衰するものですか!?」

 

 

バイタル・スーツのバイザーの下で顔をしかめるアルテイシアは、海流に揉まれながらも機体の出力に任せて迫る魚雷を回避してゆく。すでに先陣を切った数機のMDが撃破されている。戦況は明らかにマリオン側の優勢だった。

 

ドゥン・ポーに備わるビームライフルもサーベルも海中では役に立たない。

 

宇宙からソラリスを見下すコロニーの開発部門が、高濃度の水素が漂う海での戦いなど大真面目に検証しているはずもなく、海中戦のドゥン・ポーで役に立つと言えるのはショートバレルのマシンガンと非常用の中型ナイフくらいだ。

 

分子振動を行うナイフで斬りつければ、装甲が薄い旧式のMDなど目ではないのだが、ソラリスの複雑な海流のせいで接敵することすら困難となってしまっている。

 

 

「ステイト・セキュリティが生意気に海に潜るなど!」

 

「海はこちらのステージなんだよ!!」

 

 

相手は旧式。それもドゥン・ポーと比べれば数世代以上も性能差が空いているはずなのに、完全にセキュリティ側の勢力が押し負けていた。物量でも海中戦闘の技量でも、ソラリスを牛耳る彼ら漁師の方が圧倒的に上だったのだ。

 

 

「ええい、旧式のMDのくせに!」

 

 

そう叫んで迂闊に飛び込む僚機がいたが、海流の狭間に揉まれ、動きが鈍った瞬間にワイヤーアンカーを撃ち込まれていた。

 

オゾン・ミノフスキー・ステークス(O.M.S)は圧力を逃すシールドでしかなく、一点に力を掛けるワイヤーアンカーを撃ち込まれればひとたまりもない。撃ち込まれた箇所から海水が侵入し、僚機は深度相応の水圧に晒され、即座に圧壊した。

 

その様を目の当たりにして、アルテイシアは戦慄する。僅かな被弾がこの海では死を意味していた。

 

 

「お前達とは場数が違うんだよ、場数が!!」

 

 

先陣を切って漁業組合やマリオンを撹乱するといきがっていた先鋒隊の戦意は呆気なく崩れ去り、中には命令に従わず逃げ惑う事態に陥る者もいた。統率や指揮系統があっという間に崩壊し、アルテイシア率いる隊は撹乱どころかいいように嬲られているに等しかった。

 

 

「まったく、先鋒隊になると言っておきながらあの有り様かい」

 

 

湾内前方に展開するマリオンの勢力の気を引くという点では当初の目的は達しているが、壊滅も時間の問題だな、と後方から側面を狙っていたロザエはコクピットの中でつぶやく。アルテイシア隊が壊滅しようが全滅しようが知ったことではないが、そこからあぶれた敵勢力が側面から叩いているロザエたちに向かってこられたら元も子もない。すぐ後ろにいるリーク・デッカードのMDへ、ロザエはレーザー通信を繋いだ。

 

 

「こちらロザエ・ブラッディ。先鋒隊が攻撃を受けています。側面からの奇襲はベッカード隊に任せる」

 

 

一方的な報告だけして、ロザエ率いる隊は進行方向を変えて苦戦する先鋒隊の方へと向かっていった。つまり、側面からの敵に奇襲をかけるのは、リーク率いる隊のみだということを意味している。

 

 

《隊長!あの女……!》

 

《放っておけ!こうなることはわかっていたことだ!》

 

 

接触回線で喚き散らす部下、アイザック・ドナヒューの声にピシャリと声を返したリークはすぐそこに迫ったマリオンのMD勢力を目視で確認する。バイザーを下げて鋭く息を吐いた。

 

 

「相手は統率の取れた民間人の烏合の衆。対するこちらは統率も取れてない腐敗した組織か……まるで取っ組み合いの喧嘩じゃないか!!」

 

「セキュリティのMD!?」

 

 

海流の合間を縫うように姿を表したリークの駆るMDに不意をつかれた相手は、咄嗟に手に持っている魚雷砲を向ける。

 

 

「押し通る!!」

 

 

放たれた酸素を吐き出す魚雷を紙一重で避けたリークは水中でも充分に高温域に達するヒートソードを翻して魚雷を構えるマリオンのMDに迫り、その腕を切り落とした。

 

 

「う、腕を斬られた!?」

 

 

乱れたO.M.Sに混乱する相手を蹴り飛ばして、リークは酸素から得る推力をさらに放出して展開しているマリオンのMDたちの中へと突っ込んでゆく。

 

 

《各機、彼らはソラリスの海を知る貴重な人材だ!戦力だけ奪えばいい!最大の目標だけに狙いを定めろ!》

 

 

リーク・デッカードという男はステイト・セキュリティという警備部門を束ねる役職の地位にいる父が居ながらも、幼い頃からソラリスの海でMDの操縦訓練を受けてきた経歴を持つ。時には漁業組合の知り合いを紹介してもらい、ともに魚の追い込み漁をした経験もあり、そのMDの操縦センスはセキュリティの中でもトップクラスだった。

 

次々と放たれるアンカーや魚雷を回避し、敵対するマリオンのMDを戦闘不能にしてゆくリーク。それに追従させられるアイザックたち隊員らは堪ったものじゃなかった。

 

 

「って、隊長は簡単に言ってくれるけど!!」

 

 

セキュリティの隊員は総じて、MDの戦闘に不慣れなのだ。そもそもステイト・セキュリティの訓練内容にはMD同士の戦闘など想定されていない。

 

マリオンのパイロットたちは魚を相手に実践経験を積んでいる上、武器の扱いにも慣れている荒くれ者たち。経験の差も戦闘技術の差も歴然だ。それでも、リークは前に出てマリオンのMD数機を相手取って大立ち回りをしている。

 

ステイト治安を乱すマリオンの武装蜂起に対して、リークは毅然として武装解除と降伏を呼びかけ続けているのだ。

 

 

「俺たちの隊長が命を張ってるっていう時に、怖気ついてる暇なんてないんだ!!」

 

 

リークの戦いが彼の部下を鼓舞する。

 

漁師と警備部隊。圧倒的な経験差がある中、リーグ率いる隊は側面からのマリオン制圧に尽力してゆくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

先鋒隊の援護に進路を向けたロザエであったが、彼女自身からすれば、アルテイシアが苦戦していることなど、どうでもいいことだった。

 

そもそも、彼女たちコロニーから降下してきたパイロットの本来の目的はソラリスの海から蘇った「ガンダム」の捕獲であり、マリオンによる蜂起など二の次でしかない。ガンダムのパイロットであるシャアに絶大な効果を示すであろう人質まで持ってきたというのに、アルテイシアの尻拭いなどしてもロザエやコロニーからすれば何ら旨みのない話でしかなかった。

 

 

 

「さて、ガンダムがさっさと出てきてくれればこちらもお荷物を早々に捨てることができる」

 

 

後方から付いてくる一機のMDを見ながらロザエは呟いた。その機体に乗るのはシャアの幼馴染であり、彼にとって人質にもなりうるアニス・ブルームだった。

 

彼女の機体に搭載されている武装はコロニーのフラナガン家から供給された武器であったのだが、その操作には高い脳波とサイキックが必要であった。ロザエの手駒となったステイト・セキュリティの古株はもちろん、コロニーから降りてきたパイロットたちでも扱えない武器は役立たずに過ぎない。よって、単なる人質としか価値がないアニスの機体にその武器は取り付けられていた。

 

 

「この武器……ロザエ隊長から強力なものだと言われたけど……」

 

 

他のMDが標準装備している魚雷砲やショートバレルマシンガンなども装備されておらず、使い方もマニュアルでもわからないような武器を背負わされて、アニスはソラリスの海の中にいたのだ。

 

 

「武器なんて私は……えっ!?」

 

 

突如、海流の中からマリオンのMDが姿を表したのだ。相手はアニスがいることを知っていたらしく、機体の脚部に格納されているナイフを引き抜いて襲いかかってきたのだ。

 

 

「セキュリティのMDがノコノコとやってきたか!」

 

「て、敵!!」

 

 

咄嗟にフットペダルを踏んで振り下ろされた一撃を避けるが、相手は手練れの漁師。苦し紛れのアニスの行動を読んでいた相手はナイフを捨ててMDの堅牢な型装甲をぶつけるような体当たりを仕掛けてきた。

 

 

「う、動いて!!うわ!?ああ!?」

 

 

弾き飛ばされた衝撃でアニスは思わずうめき声を上げてしまう。

 

シャアを連れ戻すことしか考えていないアニスも、相手からすれば単なる標的に過ぎない。ライフルもシールドもなく良いように攻撃をされ続ける彼女の眼前には、モニター上のアラームの嵐が鳴り響き、漠然とした死のイメージがすぐそこまで迫ってきていた。

 

 

「人質になる前に死んでしまうなんて馬鹿な話があるか!」

 

 

感じ取ってしまった死のイメージに呆然としてしまったアニス。それに迫るマリオンのMD。だが一撃を肩代わりに受け止めたのは、割って入ってきたロザエのドゥン・ポーであった。

 

 

「た、隊長!」

 

《アニス・ブルーム!迂闊に敵の間合いに入るな!相手はMDだぞ!》

 

「そ、そんなことを言われても……私はシャアを……!」

 

《幼馴染を説得する前に死んでしまってはどうにもならない!!》

 

 

アニスの反論すら認めずに敵の攻撃をあしらうロザエは、酸素の泡を吐き出しながら敵を翻弄してゆく。突然のロザエの乱入に功を焦ったのか、マリオンのMDはロザエを無視し、再びアニスの方へと進路を向けた。

 

 

「くっ……!?」

 

《生きるためには戦いなさい、アニス・ブルーム!!》

 

「こ……のぉお!!」

 

 

フットペダルを押し込み、スロットルも全開にした上で、アニスは迫ってくる敵をギリギリの間合いで避けた。

 

たが、アニスの機体には武装やシールドも装備されていない。撃破されるのは時間の問題である。キリがいいところで切り捨てるのも一興か、と思考を巡らせていたロザエであったが、目の前で起こった出来事にその思考はすぐさまに吹き飛んでしまった。

 

 

「武器は……こう使うのか!行きなさい!トーピード・ビット!!」

 

 

技術者から渡されたマニュアル通りに彼女はモニターに投影された武装項目を選択し起動させた。強い脳波とサイキックがなければ動かなかった武装はジョイント部が解除されて、ふわりとソラリスの海中に浮かび上がる。さながらアニスのMDを飛び回る魚雷状の武装は、コクピットに備わるサイコミュ・セントラル・プロセッシング・ユニット(PCPU)から思念を読み取り、まるで生きているかのように躍動した。

 

 

「な、何だこいつは!?うわっ!?」

 

 

警戒心を引き上げたマリオンのMDをトゥーピード・ビットが取り囲む。トゥーピードの名の通り、魚雷を意味するビットは本体から小型の高速魚雷を射出する。死角から小型魚雷に撃ち抜かれたマリオンのMDは何が起こったのか把握できないまま爆発とともに圧壊した。

 

 

「すごい……隊長が言った通り、この武器強いじゃないですか!!これなら……相手がガンダムでも、シャアを止められる!!」

 

 

合計四基の魚雷ビットを同時に操りながら、アニスはこの戦場のどこかにいるシャアの存在に向かって語りかける。その様子はまるで見えない何かを自覚しているかのような不気味さがあった。

 

 

(まさか……あの武器があんな性能をしていたとはね……案外、あの娘は有用かもしれないわね)

 

 

アニスの理解できない行動に距離を置きつつも、ロザエはサイキック能力が強く体現するアニスの存在を目の当たりにして、野望のための手駒が増えたとほくそ笑んだ。

 

 

 

 

 

 



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第十九話 メトロポリス攻防戦(2)

 

 

 

ソラリス最大のステイト、メトロポリス・ステイトを巡る戦いは、一つの局面を迎えようとしていた。

 

攻勢するステイト・セキュリティと、数の多さで防衛に徹するマリオンであったが、側面からの奇襲を受けたことに加え、前線で防衛していたMDの大部分が撃破されたことにより、堅牢なマリオン側の防衛布陣に綻びが生じ始めていたのだ。

 

 

「ええい、敵の数が多い!けれど……!」

 

 

側面から攻め入るリーク率いるMD隊を防ぐために数を分散せざるを得ないマリオン。手薄になった前線の防衛を突破したアルテイシア率いるMD各機は後退してゆくマリオンの勢力を押し込む形で雪崩れ込んできていた。

 

 

「このドゥン・ポーを相手には守りが手薄い!」

 

 

迎撃の魚雷を巧みに避けるアルテイシアは、設置された自立魚雷砲をショートバレルのマシンガンで次々と破壊してゆく。伊達にコロニー最新鋭のMSではない。機動性や加速性はマリオンが保有する旧式のMDとは比べ物にならなかった。

 

魚雷ビットで脅威的な撃破数を稼いでゆくアニスの後押しもあって、メトロポリス・ステイトの主要港である「ハーバンズム」の奪還が現実味を帯びてきた時だった。アルテイシアの横に位置するセキュリティのMDの腕が、迸ったビームの閃光によって吹き飛ばされたのだ。

 

ソラリスの海中でビームが放たれるなど。信じられないものを見た気分になったアルテイシアであったが、彼女はその脅威的な出力を持つ武器を1度目にしていることを思い出した。

 

ソラリスの海の中にいながらも、海面から遥かに離れた上空にいた自分達を狙撃した相手を。

 

 

「きましたか……ガンダム!!」

 

 

海流の流れの中、虹色の燐光が煌めき一機の影がこちらに向かってくる。アルテイシアの確認通り、その影はシャアの操るガンダムであった。マリオン側が後退したのも状況が悪くなった前線にガンダムを投入し、戦力を立て直す狙いがあったからだ。

 

 

「セキュリティのMD!それにあの機体は……!」

 

「今日こそ、その機体を私が抑える!」

 

 

向かってくるガンダムに真っ向から向かい合ったのは、アルテイシアのドゥン・ポーだ。ソラリスの水素を取り込み、酸素に転換する出力エンジンを使って推力を得たアルテイシアは、ビームライフルを構えたまま突っ込んでくるシャアと一戦を交わした。

 

 

「こいつ、海にも潜れるのか!!」

 

 

マシンガンからばら撒かれた弾頭を脅威的な運動性能で回避するシャアだが、それはアルテイシアの仕掛けた誘導だった。マシンガンで進路を変えさせた彼女は、右へと回避したシャアのガンダムへ体当たりをするように距離を詰める。

 

 

《その機体を渡しなさい!シャア・レイン!》

 

 

組み付かれ、接触回線で聞こえてくるアルテイシアの声にシャアは目を見開いた。

 

 

《な……にぃ……!?》

 

《それはコロニーが保有すべき機体なのです!》

 

《……それが、人殺しの言うことかぁ!!》

 

 

激情に駆られるまま、分子振動ナイフを振りかざしたアルテイシアを蹴り飛ばしたシャアは海中を漂うドゥン・ポーへビームを放つ。

 

アルテイシアから見て真下から降り注いでくるビームの雨を回避しつつ体勢を整える。ビームライフルの威力は凄まじいが、冷静さを失っているシャアの狙いを避けることなど、彼女には容易いことだった。

 

 

「その機体はお父様が求められてる機体なのです!」

 

「貴様のエゴをガンダムに押し付けるんじゃない!!」

 

 

再び距離を詰めて分子振動ナイフを振るうアルテイシアへ、シャアはビームサーベルを引き抜くとそのままナイフを持つ彼女の機体の腕を切り飛ばした。アラームがコクピットに鳴り響き、O.M.Sのシールド領域が再形成される。幸いにも腕部の損失で機体が水圧で圧壊することはなかったが、それでも武器を扱う腕を奪われたのは痛手であった。

 

 

「ガンダムめぇ!?」

 

「管理者だからって、人の生き死にまで管理しようとするんじゃない!!」

 

 

トドメ、とビームライフルを構えたシャアの元へ、アルテイシアの部下が操るMDが魚雷を放ちながら無理にでも距離を詰めていくのが見えた。

 

 

「邪魔をするな!このステイト・セキュリティがぁ!!」

 

 

シャアからすればホエール・サブマリン号を海の藻屑へと変えたアルテイシアを落とすチャンスだというのに、横合いから邪魔をしてくるセキュリティのMDは障害物でしかない。ビームライフルの銃口を向け、無謀に突撃してくるMDを貫く。

 

その威力は海中の水素などによって分解されることなく一直線に敵のMDへと向かって、ねらい定めた相手を花を散らすように吹き飛ばした。

 

瞬時に上がった機体熱とビームライフルによる水蒸気爆発が湧き上がって、ハーバンズムの真ん中に巨大な水柱を噴き上げさせた。

 

その光景を見て、シャアは怒りに支配されていた感情から一気に引き戻されたような気分になった。ビームの威力が高すぎる。迫り来きていたMDの体はほんの一瞬でバラバラになって爆発してしまったのだ。

 

 

「こ、こんな道具を人に向けて使ってはいけないんだ…!!これは、破滅を呼ぶ光だ…!!」

 

 

シャアはビームライフルを目にして思わず呟いた。魚雷やマシンガン、ワイヤーアンカーでは到底及ばない威力と出力を持つ武器だ。水蒸気爆発のあと、バラバラになった敵の機体がゴボッと泡を立てて海底へと沈んでゆくのが見える。その姿はさっきまでのものとは比べ物にならず、吹き飛んだ衝撃と水圧によって圧壊した無惨なものだった。

 

 

「水圧で…パイロットは…潰されてしまった…?俺が殺したのか…俺が…!」

 

 

この時になって、シャアは自らの手で人を殺めてしまったことに気がつく。すでに二人の命を奪っているシャアにのし掛かった罪悪感は計り知れなかったが、その恐怖や痛みを味わう時間など戦場は与えてくれない。

 

 

「シャア・レイン!ガンダムを渡しなさい!」

 

 

味方の撃墜を目にしたアルテイシアもまた、激情に駆られる。明確な怒りの火を灯した彼女の追撃に、シャアはシールドを構えながら叫んだ。

 

 

「MDはシースペースで漁をするために作られた道具なんだ!人と人が争うために作られたものなんかじゃない!それなのにお前たちは!!」

 

 

それを使って人殺しをするのか!俺と同じように!その言葉が出る前にドゥン・ポーの体当たりを受け止めたシャア。体当たりで吹き飛んだガンダム目掛けて構えられたマシンガンだが、その斉射が当たるまでにシャアはガンダムを飛翔させる。虹色の燐光を残して飛び上がったガンダムにアルテイシアは驚愕の声を上げるしかなかった。

 

 

「は、早い!?ドゥン・ポーよりも運動性が上だと言うの!?うわぁっ!」

 

 

飛び上がった速度のまま海中でとんぼ返りをしたガンダムは、アルテイシアの機体の頭上から一気に押し出した。衝撃でコクピットシートとコンソールの間を数度叩きつけられるアルテイシアを見下ろし、シャアはビームサーベルを引き抜く。

 

 

「お前だけはこの手で……倒す!!」

 

 

ホエール・サブマリン号の仇だ。自らにそう言い聞かせてサーベルをアルテイシアに突き付けようとした時、背後から形容できない気配をシャアは感じ取った。

 

 

「ガンダム?シャアが乗っているの!?」

 

 

海流の向こう側、魚雷ビットを腰のアーマーからぶら下げるアニスのMDが、ガンダムをついに見つけたのだ。アーマーから分離した魚雷ビットはシャアの周りを瞬く間のうちに取り囲み、搭載された小型の酸素魚雷を放ってゆく。

 

 

「なんだ、こいつは!!邪魔を!!」

 

 

多方向からのオールレンジ攻撃に身を揺らすガンダム。その隙にアニスは意識が朦朧とするアルテイシアのドゥン・ポーに寄り添った。

 

 

「アルテイシア隊長!ご無事ですか!?」

 

 

強か打った体の痛みに顔をしかめながらアルテイシアは駆けつけてくれたアニスの通信に答えた。

 

 

「え、えぇ……助かりました。あなたは、アニス・ブルーム隊員?」

 

「はい!……手足さえ切って落としてしまえば、シャアは止められるの!なら行きなさい、ビット!!」

 

 

ガンダムに乗っているから、マリオンなんていう過激な組織で戦えるなんて思えてしまう。だから、そのガンダムをガラクタにすればシャアはメガロ・ステイトに帰ってきてくれる。

 

そう信じるアニスの思念は、無自覚のサイキックと化してビットに伝導する。操られる魚雷ビットを前にシャアはビームサーベルを構えて向かい合った。

 

 

「セキュリティはそんな武器まで民間人に向けるのか!」

 

 

酸素の尾を引いて飛来する小型魚雷を避ける。一つ、二つ、三つと躱したシャアは他方向から飛来するビットの特性を見抜き、ビームサーベルもつマニピュレーターを高速で回転させる。高出力のミノフスキー粒子を含むビームサーベルは高速回転と海水の蒸発により、機体周辺に物理的な膜状のフィールドを出現させた。

 

次々と飛来する小型魚雷は膜のフィールドに阻まれ爆散。魚雷を出し切ったビットの隙を突いて、シャアはビームサーベルで停滞したビットを切り刻んだ。

 

 

「トーピード・ビットが!?あぁっ!?」

 

 

ビットを切り裂く勢いのまま、アニスの乗るMDの懐に飛び込んだシャアは、そのままの勢いでMDに飛び蹴りを放ち、ビームライフルを向ける。

 

 

「お前達なんか!!」

 

《やめろ、シャア!》

 

 

アニスのMDを切り裂こうとするシャアのガンダムへ、ヒートソードを携えたMDが肩を入れて体当たりを仕掛ける。側面から活路を切り開いたリークは部下たちがメトロポリス・ステイトに上陸したのを確認したのち、苦戦する先鋒隊の援護にやってきたのだった。

 

吹き飛ばされたシャアは海中で虹色の燐光を発し姿勢を反転させ、突っ込んできたMDを睨みつける。

 

 

「その機体、リーク・ベッカード!!」

 

「シャア!貴様は幼馴染の命を奪うつもりか!」

 

 

通信が繋がらないコクピットの中、シャアは仲間を奪ったセキュリティに加勢するリークに怒りをたぎらせ、リークは幼馴染すら手にかけようとしたシャアに怒りを露わにしていた。ガンダムはビームサーベルを起動させ、リークは真っ赤なヒートソードを起動。ソラリスの海水が蒸発し泡が湧き上がる中をシャアのガンダムが切り裂いて飛び出した。

 

 

「仲間の命を奪った奴らの味方をする!お前はやはり、セキュリティのクズどもと変わらない男なのか!!」

 

 

慟哭のような声をあげてビームサーベルで斬りかかるガンダムを受け流すリークは、ヒートソードで応戦するがその出力は完全にガンダムの方が上回っている。数度の斬り合いを経て、ガンダムのビームサーベルを受けたヒートソードが刀身の半ばまで溶断された。

 

 

「リーク!ガンダムとは無理です!」

 

 

遠目から圧倒的降りに立たさせるリークの戦いを見たアルテイシアが悲鳴のような声を上げるが、リークは関係ないと一喝して傷ついたヒートソードをガンダムへと翻した。

 

 

「このバカは殴らんと止まらん!」

 

「無茶だと言ってるんですよ!?」

 

「知ったことではない!!」

 

 

強力なレーザー通信から発せられるアルテイシアの声を一蹴したリークは限界を迎えつつあったヒートソードを距離をとったガンダム目掛けて投擲する。

 

 

「リーク!この動きは……まずい!?」

 

 

投げつけられたヒートソードを斬り払ったシャアが、その狙いに気づいた頃には手遅れだった。背部の魚雷砲を発射したリークは魚雷が撒き散らす酸素の尾に紛れてシャアの目の前に現れたのだ。

 

眼前のモニターに映るMDのモノアイに身が固くなるシャア。

 

 

「がはっ!?」

 

 

そのコクピットにリークは蹴りを叩き込んで、海中を漂う投擲したヒートソードを拾い上げて真上から斬りかかった。ノイズが走る視界で迫るリークのMDを見たシャアが咄嗟にシールドを使ってヒートソードを受け止める。眩いプラズマの光が暗いソラリスの海の中で輝いていた。

 

 

「機体の性能が上でも経験と戦い方で何とでもなる!貴様に足りないものを俺が持っている限り、負けることはない!!」

 

「チィ……このぉおお!!」

 

 

ガンダムの出力に物を言わせて押し返したシャアだったが、ガンダムのコクピットに備わるレーダーが巨大な反応を捉えた。

 

 

《各機に通達!海底から巨大な熱源を探知!こちらに上がってくる!》

 

 

それは海上にいたシピロン・スパロウ号も感知していた。傷ついたマリオンのMDを回収していたロレーニ艦長は、海底から凄まじい速さで上昇してくる影に息を呑む。この大きさは既存のMDや作業機では存在しないサイズだったからだ。

 

巨大な影が水深100Mに到達した時だった。進撃していたセキュリティの水上艇が海底から登った青白い光に包まれ、爆散したのだ。

 

 

《なんだ、あれは!?》

 

 

シピロンのMDが何かを指差す。回収作業を手伝っていたサヤカ・バーンスタインが目を凝らすと、海面に不気味な背鰭が渦巻いていた。見たこともない色と姿をしたそれは、凄まじい水飛沫を上げてその頭を海上へと持ち上げる。

 

四肢を持たない、大きな胴をしたそれは巨大な海蛇だった。

 

 

《また化け物が出たのか!?》

 

 

青く光る目を激らせて敵意をあらわにする大海蛇はマリオンやステイト・セキュリティの艦艇を一瞥し、次の瞬間には青白い閃光を口から吐き出した。

 

不運にも光に呑まれたマリオンの艦艇は一瞬で燃え上がり、引火した結果大爆発を引き起こす。

 

ソラリス最大のステイトであるメトロポリスの湾に収まりきらない体躯をする海蛇。その姿を海中から見たシャアは目を見開く。それは確かに祖父が読み聞かせてくれた本に描かれた伝説の怪物そのものだったから。

 

 

「大海蛇……リバイアサン……!!」

 

 

海を支配する大海蛇であり、青く光る目と青白い閃光を口から吐き出す化け物。

 

深き深海から現れた化け物は戦う人類を咎めるようにソラリスの空へ咆哮を響かせるのだった。

 

 

 

 

 

 



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第二十話 神話の戦い(1)

 

 

 

その怪物は恐ろしい。

 

その背は並んだ鱗は、一つ一つひしめき、風もその間を通らない。

 

その口からは稲妻を放ち、さらには歯が燃え出し、火花を散らす。

 

その鼻からは煙が上がり、口から滴り落ちる唾は燃え盛る業火となり海を焼く。

 

その存在の前に恐れが踊る。肉は巨岩のように硬く、その心臓は黄金の如き輝きをもって、臼の下石のように堅い。

 

かの怪物が海から起きあがる。

 

力ある者もおじけづき、とまどう。剣で襲っても効きめがなく、槍も投げ槍も矢じりも効果がない。

 

それは深みを釜のように沸き立たせ、海を香油をかき混ぜる。

 

それが通ったあと、海は輝き光の尾は地平まで届く。

 

怪物はすべて高いものを見おろす。

 

さぁ、起き上がった怪物を刮目せよ。

 

その名はリバイアサン。

 

それは、すべての誇り高い海の王であった。

 

 

(旧約聖書・ヨブ記41章)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ソラリスの深海から姿を現した巨大な海棲生物、リバイアサン。その巨体は甲殻と鋏、触手を持った化け物レビアタンとは全く異なる種の怪物であり、渦巻くように波間をゆく胴はまるで巨大な海蛇を思わせる姿であった。

 

 

「何だってこんな時に!!」

 

 

マリオンのMD乗りが思わず叫んだ。メガロ・ステイトを襲ったレビアタンを撃退したばかりだというのに、今度は神話に出てきても不思議じゃない巨大海蛇を相手にするなど考えもしなかった。

 

その怪物は青い目を色鮮やかに輝かせながら海を行き、真っ直ぐにマリオンの漁船が集結している場所を目指しているように思えた。

 

 

「こ、こっちにくるぞ!!」

 

 

マリオンの御饌各員がロケット砲や照明弾、巨大なバリスタ砲などで応戦するが、どんな攻撃であろうとリバイアサンはことごとく跳ね除けてゆき、開いた口からプラズマ光を迸らせ、その一閃を漁船団へと吐き出したのだ。

 

 

「ば、化け物!!うわぁあああ!?」

 

 

三隻の船がプラズマの光に呑まれた瞬間、船は静かに燃え上がった。光に包まれた船員らは強力なプラズマの光の前になす術もなく炭化し、絶命したのだ。

 

 

「魚雷も爆雷槍も歯が立たない!!」

 

 

泣き言のような言葉が通信網を辿り、やがてマリオンの司令本部へと通達されるがもはや一組織では対応できない規模の破壊行為がリバイアサンによってもたらされていた。

 

メトロポリス・ステイトの主要湾の中で暴れ回るリバイアサンが吐き出すプラズマの稲妻に焼かれた船は、その被害を増やすばかりで前線のマリオンとステイト・セキュリティは戦闘どころか壊滅状態となっていた。

 

 

《マリオンの奴らも、セキュリティの奴らも無茶苦茶だ!!》

 

 

海中でも海面でも猛威を振るうリバイアサンに堪らず海面に浮上したシピロン・スパロウ号。距離が近くなったレーザー通信から、船員の悲鳴のような雑音と共に艦長の怒号のような声が響き渡ってくる。

 

海中でうねりを上げながら暴れ回るリバイアサンを、シャアはガンダムのコクピットから見た。同時に激昂する化け物も青く光る眼差しで海中にいるガンダムを捉えた。

 

モニターがプラズマの光に照らされた。

 

とっさの反応で身をよじったシャアの乗るガンダムの左肩すれすれにリバイアサンが放ったプラズマの一閃が掠めたのだ。

 

それを合図にするように、マリオンやセキュリティの船舶、MDを獲物にしていたリバイアサンは青い瞳を赤く変色させ、身を翻してガンダムへと向かってくる。

 

ガンダムを目にした途端、文字通り目の色を変えて獲物をただ唯一の物に切り替えた化け物相手に、シャアもフットペダルを踏み込み虹色の燐光を発してガンダムは戦闘機動へと突入する。

 

 

「シャア!おい!聞こえてるか!」

 

 

リバイアサンに狙われ始めたガンダムめがけてレーザー通信を試みるリークだが、シャアはそれどころじゃなかった。この化け物、巨大に似合わない速さを有していて、ガンダムの誇る最高出力にも難なくついてくる。コクピットの中で、一瞬で戦闘機動に至った加速度に歯を食いしばるシャアの視界には、リバイアサンは赤い目を迸らせながらプラズマ光を口に蓄えさせているのが見えていた。

 

 

(対応しきれない……!やられる!?)

 

 

そんなネガティブな思考が頭をよぎった瞬間、リバイアサンの長く伸びる胴に水泡と衝撃、そして爆薬の赤い光が放たれた。モニターの端には、ガンダムを追い立てるリバイアサン目掛けてロケット砲を構えるリークのMDの姿がある。

 

邪魔をされた化け物は狙いをガンダムからリークへと変え、プラズマ光が溢れた口から光の束を吐き出した。あの攻撃はMDよりも堅牢な潜水艦すら貫くものだ。いくらセキュリティの最新鋭MDと言っても、飲み込まれれば無事では済まない。

 

それに、さっきまでリバイアサンに追い立てられていたガンダムでは、プラズマとMDの間に入るには〝距離〟が遠すぎた。

 

 

「リーク!ちぃ!!」

 

 

光の束を前に成す術もないリークのMDを目にしたシャアは、スロットルを引いた。間に合わないのはわかっていた。だが、それでもシャアの中に、光に飲まれそうになっているリークを見捨てるという選択肢は存在しなかった。

 

スロットルを引き、フットペダルをベタ踏みしたシャアは奇妙な感覚に襲われる。海が揺蕩う光景。銀に輝く宇宙の中にある水面。それが荒れ狂い、波間の間に光が見えるような……そんなビジョンが見えたのだ。

 

〝あぁ、刻が見える〟

 

遠くで、女の声が聞こえた。

 

 

 

「すまない、助かった!だが、まずいぞこれは!!」

 

 

ハッとリークの声でシャアの意識は現実に引き戻された。ガンダムの手を取るリークのMD。モニターの端ではプラズマの束が収束し、一筋の光になったのが見えた。

 

間に合わないのはずの距離にいたリークのMDをシャアのガンダムは〝助け出していた〟のだ。今の一瞬、シャアには何が起こったのか理解できなかった。あの水面のビジョンと女の声だけはハッキリと覚えているのに、どうやって〝間に合わせたのか〟が理解できなかった。

 

その困惑はリバイアサンの咆哮によって飛散する。反射でリークのMDの手を離したシャアは、化け物の体躯を振るう鞭のような一撃をギリギリの間合いで躱す。ビームライフルで応戦するが、リバイアサンの体の大部分を覆う装甲のような表皮には傷一つ付いていなかった。

 

 

「シャア!またあんな化け物相手に!?」

 

「ガンダムはそういう時のために作られた機体なんだろ!!」

 

 

離れたリークの声に、シャアはそう切り返す。これほどの圧倒的なパワーを有する機体が、ほかのMDのような漁に使われるために開発された訳ではないことくらいシャアにも理解できた。

 

ソラリスのMDや、コロニーのMSよりも優れる機動性と高出力の武器、ビームすら弾き返すシールド。それを使ってあの化け物を倒せと誰かが語りかけてくるようにシャアには感じられた。

 

 

「ちぃ、あんな化け物が出てくるなんて想定外もいいところだ!」

 

 

殺戮の嵐とか化すリバイアサンを睨みつけながら、リークの後を追ってきたロザエは吐き捨てる。マリオンのMDは練度は高いが性能差でこちらが勝っている。このままいけば問題なく組織を蹴散らして、ガンダムを捕縛できると予想を立てていた彼女からすれば、リバイアサンの出現は事態を悪い方へ向かわせる危険性があったのだ。

 

 

「アルテイシア様!はやく離脱を!」

 

 

呆然とガンダムと戦いを繰り広げる化け物や姿を見つめているアルテイシアのドゥン・ポーに接触回線を使ってロザエはそう声を上げた。

 

 

「あんな化け物相手に……いくらガンダムでも無茶ですよ!!」

 

 

一部始終を見ていたアルテイシアは、圧倒的な生物優位を体現するリバイアサンを目にして完全に気後れしてきた。襲われたMDは簡単に砕け散り、船はプラズマの光に焼かれて沈んでゆく。

 

あんな化け物と戦おうなんて正気じゃない。化け物との戦いで父が望む〝ガンダム〟を失わせるわけにはいかなかった。

 

 

「化け物にお父様が望む物を壊されては!その前にガンダムは……」

 

 

ロザエの静止を振り切り、ドゥン・ポーのバックパックから酸素を吹き出してガンダムの元へと向かおうとするアルテイシア。そのモニターの右側から突如として黒い影が映り込んだ。

 

 

「アルテイシア!!」

 

「きゃあああー!?」

 

 

リバイアサンの尾の先端が、激戦の間合いに入ろうとするアルテイシアの機体を捉えたのだ。尾の先が掠めただけでコロニー最新鋭のドゥン・ポーの装甲はひしゃげて弾き飛ばされてゆく、

 

 

「ええい、役立たずの小娘が!」

 

 

吹き飛んできたアルテイシアの機体を受け止めながら悪態をつくロザエ。その視線の先では、ビームライフルを連射するガンダムと、プラズマ光を吐き出すレビアタンの姿があった。

 

 

《シャア!このままじゃマリオンもセキュリティもやられる!》

 

 

シピロン・スパロウを旗印に撤退を余儀なくされるマリオンのMD。セキュリティの統率も崩壊している状況で暴れ回るリバイアサンがシャアの眼前にいるのだ。

 

 

「漁業組合も、ステイト・セキュリティもごちゃごちゃと!!」

 

 

ビームを弾く強度を誇るリバイアサンの表皮に、ビームよりも効率よくダメージを与えるのは物理的なロケット弾だった。リークが放ったロケット攻撃に苛立つ化け物の間合いに入ったシャアは、ビームサーベルを引き抜いて巨大な体に一撃を振るう。サーベルの刃は僅かにだがリバイアサンの体に傷を作った。攻撃は通じる。距離をとったシャアはその確信を胸に、リークのMDと肩を並べた。

 

 

「共同戦線だ!やれるな?シャア!」

 

「やってみせるさ!蘇ったガンダムの力は伊達じゃない!!」

 

 

お返しだと言わんばかりのプラズマの束を回避するシャアは撤退をするシピロンのロレーニ艦長へ通信を繋げた。

 

 

「ロレーニ艦長!マリオンのMDは湾外に退避を!あいつの目的をこちらに逸らす!」

 

《できるのか!?シャア!》

 

「当たらなければどうという事はない!!」

 

 

相手が使うのは高出力のプラズマ砲だ。攻撃方法が物理的な体当たりじみた攻撃と、プラズマ砲に限定されるため、躱し続ければどうということはない。あとはパイロットの精神力がついて来れるのかが問題ではあったが。

 

 

「巨大な海蛇めぇー!!」

 

 

ガンダムに意識を向けている隙に、リークはリバイアサンの真下に潜り込み、ヒートソードを突き刺す形で構えて突撃した。腹の下ならば強度は劣るだろうと予測を立てたリークの期待をへし折るように、突き立てたヒートソードの刀身は化け物の身を貫く前に折れてしまった。

 

 

「シャア!こいつはMDの武器ではどうにもならない!」

 

 

半ばから折れたヒートソードを待ったまま距離を取るリークのMD。その真上を虹色の燐光を発して追い抜いたシャアは、リークの同じく化け物の腹下を狙ってビームライフルを構えた。

 

 

「化け物と戦う、こういう時のための〝ガンダム〟なんだろう!!」

 

 

トリガーを引くと同時に放たれる高出力のビームはソラリスの海流をも貫いてリバイアサンの腹下に到達する。海中でも高温に達するビームの束は、今度は弾かれることなくリバイアサンの腹部を食い破って見せた。

 

青い血が煙のように海中に広がり、リバイアサンの悲鳴が水の中に反響する。

 

 

「攻撃が通った!!」

 

 

ようやく攻撃が通じた。その光景を見ていたリークのMDの通信機に、かすかにだが外部から繋がる声が発せられた。

 

 

《……隊……あの……攻撃……!!》

 

「アイク!?が近くにいるのか!」

 

 

リークが周囲に目を向けると、メトロポリスへの上陸作戦を展開していたはずの部下がこちらに向かってくる姿が見えた。副隊長であるアイク・ドナヒュが怒り狂ったようにガンダムを追い回すリバイアサンを見て驚愕する。

 

「隊長!!何なんですか、あのデカブツは!!」

 

「説明は後だ!今はアイツの傷跡目掛けて攻撃を集中させろ!」

 

「マリオンの連中はどうするんです!?」

 

「馬鹿野郎!今はステイトの安全確保が先なのが見てわからんか!!」

 

 

構わずにアイクに檄を飛ばしたリークに従い、8機のMDが一切に攻撃部隊へと加わる。

 

 

「各機!あのデカブツの傷目掛けて攻撃開始だ!」

 

 

シャアのガンダムが傷を負わせた箇所目掛けてロケット攻撃が開始される。その中で、プラズマの束を吐き出すレビアタンと、ビームライフルを放つガンダムの戦いは苛烈さを増させてゆくのだった。

 

 

 

 

 

 

 



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第二十一話 神話の戦い(2)

 

 

 

 

ソラリスに古くから伝わる伝承。

 

深き海から現れる化け物と、人の形をした機械の戦いを綴る物語は、海の上に浮かぶステイトに住まう移住民のほぼ全てが知る御伽噺でもあった。地球でいう神話や、英雄伝に当たる物語であるそれは、人々の冒険心や探究心の情景にも深く関わっていて、ソラリスやコロニー「プロヴィンギア」では、化け物と相対する〝ガンダム〟という存在は特別な意味を持っていた。

 

メトロポリス・ステイトの主要湾「ハーバンズム」。

 

ソラリス最大のステイトの玄関口でもあるその場所では、今まさに御伽噺で語られていた化け物との死闘が繰り広げられていた。

 

 

「ぐうぅ……がぁっ!!」

 

 

ガンダムの強固なシールドを構えながら、シャアはリバイアサンによって吹き飛ばされた衝撃を歯を食いしばってなんとか堪えていた。味わった衝撃が尋常じゃない。おそらく、普通のMDなら木っ端微塵に吹き飛ぶか、ペシャンコにされるのが関の山だ。20メートル級のMD3機を縦に並べても余りある巨大を誇るリバイアサンから繰り出される物理攻撃の全てが即死級の攻撃だ。それに耐えれているのはひとえにシャアが〝ガンダム〟という機体に乗っていたからだ。

 

機体性能に助けられている。そんなもの、考えずとも分かっていたことだ。現存のMDよりも遥かに優れた耐久性と機動力を持つガンダムだからこそ、海の化け物であるリバイアサンと対等に渡り合えているのだから。

 

リバイアサンは虹色の燐光を発するガンダムに咆哮を上げる。リークや彼の部下たちによって浴びせられた傷口への追撃もあるはずなのに、そんなものお構いなしに化け物はガンダムに襲いかかってくる。

 

まるでラチが開かない。幾度となく訪れる衝撃の度にコクピットシートにバイタル・スーツを埋めさせていたシャアの我慢は限界に達していた。

 

 

「いい加減……暴れるのをやめろ……!!このデカブツがぁああ!!」

 

 

体当たりをかけてきた化け物の動きに合わせて、シャアは機体をぐるりと反転させた。機体装甲ギリギリを掠めたリバイアサンの巨体にマニピュレーターを引っ掛けて張り付き、そこへビームサーベルを振り下ろした。硬い。質量を持たない刀身のはずなのに、シャアはたしかに刃が通らない鈍さを体感で味わった。だが関係ない。ビームの出力を上げて無理やり刀身を化け物の身に突き刺してゆく。痛みにリバイアサンが巨大を捻り、シャアは振り落とされないようバランスを保ちながら目的のために刃を突き立て続けた。

 

ビームサーベルの根本付近まで食い込んだことを確認したシャアは、出力を切り、捕まっていたマニピュレーターを離す。同時に、空いた手で腰に懸架していたビームライフルを取り上げて、ビームサーベルで穿たれた傷跡に狙いを定めた。

 

 

「沈めえぇええ!」

 

 

鮮やかなビームの弾頭がライフルから弾き出され、その一閃は痛みに身じろぐリバイアサンの傷口へと直撃する。青い血がドバッと海中に放出され、化け物の絶叫が海中にハウリングした。

 

 

「撃て撃て撃て!!」

 

 

絶叫と共に、援護陣形を組んでいたリーク率いるMD部隊も追撃を開始する。8機のMDから発射されるロケット砲は壮観で、リバイアサンの体がみるみると空気の泡と爆薬の炸裂閃光に包まれていった。その光景を見ていたマリオンのMDも怯んだリバイアサンへ攻撃を仕掛けてゆく。爆雷槍、ロケット、スプレーガン。遠距離武器は何でもかんでも叩き込んでゆく。

 

 

「ステイトの保護が最優先だ!人類の遺産を傷つけるわけにはいかん!!」

 

「ステイトの平和と安全のために!!」

 

 

メトロポリスの湾口がいくら広いとはいえ、あれほどの巨大さを誇るリバイアサンがステイトに上陸でもすれば被害は計り知れない。マリオンもリークたちセキュリティ隊からしても、互いにいがみ合うよりも、化け物をここから追い払うことが最優先だった。

 

青い血を撒き散らしながら苦悶の唸り声を上げるリバイアサン相手に、シャアはビームサーベルを再び展開して身構えた。

 

 

「あと一押しで……ウゥッ!?」

 

 

怯む化け物に斬りかかろうとしたタイミングだった。警戒しない方向から放たれたロケット弾がガンダムの側面に直撃したのだ。衝撃に揺れるコクピットの中で、シャアは自分を攻撃してきた相手を睨みつけた。

 

 

「なんだ!?誰が撃った!?」

 

 

モニターに目を走らせるとそこにはリークの指揮下とは違う、セキュリティのMD部隊が迫ってきている光景が写っていた。先頭の数機は確実にシャアが乗るガンダムに狙いを定めている。その光景にシャアも、そしてリークも険しい表情を浮かべるしかなかった。

 

 

「目標はあくまでガンダムである!ステイトなど、あとで修復すればいいのだ!!」

 

「貴様!正気かぁ!?」

 

 

人類が百年かけて築き上げた海上都市よりもガンダムを優先するなど、正気とは思えなかった。

 

襲い掛かろうとするMDに乗る男はリークの顔馴染みだった。普段、若年であるリークの命令を嫌々聞くような中堅のMD乗りが、ガンダム目掛けて振り下ろしたヒートナイフの一撃を、間に割って入ったリークが半ばで折れたヒートソードで受ける。

 

 

「ステイト一つでガンダムを捕獲できるなら容易いことぉおお!!」

 

 

まるで仇を打つかのようにヒートナイフを振り回す相手に対処しながら、リークは同僚の説得を試みるが効果があるとは言い難いものだった。

 

 

「やめろ!今はステイトの安全が優先だ!我々がステイト・セキュリティである誇りすら忘れたか!?」

 

「邪魔をするか!リーク・デッカード!!所詮、貴様はインポストからこぼれ落ちた半端者!!ならばここで引導を渡してくれる!!」

 

 

ガンダム捕縛の妨害をしてくるリークに痺れを切らした中堅パイロットは、もう一つのヒートナイフを手に取る。一気に放たれた同僚からの殺気に、リークは戸惑いを隠せなかった。

 

 

「ヒートナイフを!お前!!」

 

「ずっとお前が気に食わなかったんだよ、若造!!」

 

 

一撃、二撃とヒートナイフの斬撃がリークのMDへと放たれる。半ばで折れたヒートソードで防御をするが、能力を十全に出せない状況と、顔見知りの同僚からの凶行に後手に回るリークは状況的不利に立たされた。逆手に持ったナイフが防衛するリークの機体の片腕に深く突き刺さった。一瞬の隙であったが、その隙はリークにとって致命的だった。

 

 

「隊長らしく死ねよやぁああ!!」

 

「リーク!!」

 

 

振り下ろされようとしていたヒートナイフは、その行手をシールドによって阻まれる。セキュリティ同士の殺し合いに割って入ったのはシャアだった。シールドで腕を弾き飛ばしたガンダムは、ビームサーベルを翻しヒートナイフを敵の腕ごと切り落とす。目にも止まらぬ速さで成された一撃に、優位に立ってきたパイロットは目を剥いた。

 

 

「ガンダム……!!邪魔をしてくれるか!!」

 

 

距離を取ると同時に向けられる魚雷砲の銃口。シャアの反応は早かった。

 

 

「冗談じゃない!!」

 

 

魚雷が発射されるよりも前に空いた距離を更に詰めるガンダム。眼前に迫ったガンダムの姿にパイロットは声を失った。こうも密着されれば炸裂作用を持つ魚雷を放つことはできない。放てば自分の機体も破壊されかねないからだ。

 

そして、そのパイロットの迷いが明暗を分けた。

 

 

「MDは人を殺すための機械じゃないだろ!!」

 

「う、うわぁあああ!?ブラッディ隊長ぉお!?」

 

 

ビームサーベルの一閃で残った手と足を切り落とされたセキュリティのMD。海中に放り出されたヒートナイフを手に取ったシャアは機体をぐるりと旋回させる。

 

 

「化け物は!!」

 

 

青い血を待ちき散らしながらもプラズマの束を吐き出すリバイアサン。青白い光に飲まれて消えてゆくマリオンのMDを見て、シャアはスロットルを弾きながら叫んだ。

 

 

「ガンダムは、この星の守護神にだって、なれるはずなんだぁー!!」

 

 

気が逸れているリバイアサンの体に空いた傷跡目掛けて、シャアは手に取ったヒートナイフを深々と突き刺す。プラズマを吐き出していたリバイアサンは突き刺さった異物の痛みと衝撃で怯んだ。

 

 

「リーク!!今だぁ!!」

 

 

シャアの声に応じるように、リバイアサンの眼前へと飛んだリークのMD。片手のみで持つ折れたヒートソードを構えて口を開く化け物へと突貫する。

 

 

「チェェェストォオオーー!!」

 

 

折れながらも高温と溶断力を維持するヒートナイフをリバイアサンの口内へと突き立てたリーク渾身の一撃は、それまで持ち堪えていた化け物にとうとう致命打を与える結果となった。ヒートソードが突き立てられた口から青い血を撒き散らして沈んでゆくリバイアサン。

 

猛威を振るった化け物の最後だ。シャアの中で張り詰めていた緊張の糸が解けて、思わず頭を下ろす。汗がバイザーのグラスに滴り落ちていて、背中はぐっしょりと嫌な汗に濡れているのがわかった。

 

 

「はぁ……はぁ……やったのか……」

 

 

ステイトを襲った巨大な深海生物を退けた英雄。そんな彼を待ち構えていたのは、ロザエ率いるセキュリティのMDだった。リバイアサンに吹き飛ばされたアルテイシアの機体も、ビットを全て破壊されたアニスの機体も、ロザエの率いる隊の中に紛れている。使えなくなった仮面の指揮官を差し置いて、ロザエが今や実権を掌握していたのだ。

 

彼女の命令で、ロケット砲やマシンガンを構えたMDたちが、化け物を退治したばかりのガンダムを容赦なく狙っている。

 

 

「大人しくしてもらおう、シャア・レイン」

 

 

ゾッとするような声が響いた。シャアは消耗しきっていた。ガンダムの性能を最大限活かしてやっと化け物を撃退したのだ。銃口を向ける多くのMDを前に抵抗する意思はあるが、体がついてこない。疲労も気力の限界も限界を超えつつあったのだ。

 

 

「ロザエ・ブラッディ!!」

 

 

消耗しきったガンダムを捉えるだけだと卑しく笑うロザエの前に立ち塞がったのは、片腕をだらりと下ろすリークのMDだった。なけなしのロケット砲を構えながらロザエの前に出たリークの機体を、彼女は冷たい眼差しで睨みつける。

 

 

「何のつもりですか?リーク・デッカード」

 

 

まさか敵対行為をするつもりじゃないでしょうね?同じセキュリティだというのに。そんな言葉を連ねる前に、リーク自身から怒気を孕んだ言葉が返ってくる。

 

 

「とぼけるな!セキュリティ隊員の役目はステイトの保安確保が本命のはずだ!貴隊の方針はガンダム捕獲を最優先にしていた段階でセキュリティの在り方から反する体制を隊員に強いたのだ!ならば、貴様らをここで捕縛するのが道理!」

 

「我が隊はステイトの安全を保護していた。なぁ?そうだろう?」

 

 

そう言ってロザエが視線を向けるのはガンダムに返り討ちにされたMDに乗るパイロットだった。彼はいい手駒だった。あの混乱に乗じてリークを殺せていれば文句のない出来であったし、彼を籠絡するために自身の体を使ったように、褒美でまた自分の体を抱かせてやってもいいと思えるほど。

 

だが、彼は失敗した。それがロザエにとって全てだった。

 

 

「お、俺はただ、隊長に言われた通り……」

 

 

そう言葉を濁す男に、ロザエは自身のドゥン・ポーを近づけて接触回線で男を慰めるように優しい声で語りかける。

 

 

「なぁ、そうだろう?私を愛してくれてるのだから」

 

「そ、そうだ!俺はあんたを愛して……」

 

 

ベッドの上でまぐわったように。その体をむさぶったように。それが愛だと勘違いした男のいるコクピットへ、ロザエはドゥン・ポーのビームライフルの銃口を押し当てた。

 

 

「あぁ、私もアンタを愛していたよ」

 

 

その言葉の最中に彼女はビームライフルの引き金を引いた。男は何が起こったのか分からなかった。わからないまま、体がビームの粒子に焼かれて分解した。痛みがあったのかもわからない。ただ、男は哀れにもビームに焼かれて、その生涯を終えたのだ。

 

全ては、ロザエの駒という野望のために歪められたまま。

 

ビームが迸って機体が海中に没してゆく。その光景を見てリークは相手が何をしたのか、理解できなかった。いや、理解はできた。しかし、心がそんな残虐な真似を受け入れることが出来なかった。

 

目の前の女は、何の躊躇いもなく、自分の部下をビームで焼き殺したのだから。

 

 

「隊の規律を乱した裏切り者は我が手で粛清した!これならば、文句はあるまい?リーク・デッカード」

 

「……貴様ぁあ!!」

 

 

怒り狂ったリークの叫びを遮るように、プラズマの束が二人の間を遮った。ハッと目を向けると、そこには青い血を出しながらも再び浮上してきたリバイアサンの姿があった。

 

 

「こいつ!まだ生きていたのか!?」

 

 

あたりにプラズマ光を放ち続ける化け物の姿にロザエは顔をしかめて後退する。リバイアサンはMDを巻き込みながら浮上すると、その身を折って進路を変える。

 

化け物が進む先はメトロポリス・ステイトの陸地だった。

 

 

 

 

 



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第二十二話 災厄

大変お待たせしました。


 

 

 

メトロポリス・ステイトの主要湾「ハーバンズム」で事態は最悪の方向に進んでいた。

 

マリオンとステイト・セキュリティのMDが入り乱れる湾口部の海域に浮上した化け物、リヴァイアサンは青い血を垂れ流しながらも多くの居住者が住まうメトロポリス・ステイトの内陸地へと一直線に進み始めたのだ。

 

状況はマリオン側とセキュリティ側の睨み合いの状況であり、混戦状態の二つの勢力は巨大な体躯から生み出されるエネルギーに抗えずにリヴァイアサンが陸地エリアへと侵攻することを食い止めることすら叶わなかった。

 

 

「動ける者は戦闘を中断!あの化け物が見えているならさっさと止めるんだ!」

 

 

膠着する現場に怒号を轟かせたのはシピロン・スパロウ号のロレーニ艦長だ。彼の号令のもと、近くにいたマリオン側のMDたちは戦闘を中断して持てる武装の火力を直進するリヴァイアサンへと打ち込んでゆくが、そのどれもが致命打に至ることはなく、悠然と進む巨大な海蛇はびくともしなかった。

 

 

「通常のMDでは無理だ!下がっていろ!ガンダムで仕留める!」

 

 

無駄だと分かっていても爆雷槍や、短距離ロケットを打ち込むマリオンのMDの真上を虹色の燐光を発したシャアの駆るガンダムが水中を切り裂いて進んでゆく。携行したビームライフルから放たれた閃光は強固なリヴァイアサンの外郭を貫き、青い血を辺りに撒き散らした。

 

高熱で貫かれた海蛇は悲鳴のような咆哮をあげると進路を真下に向ける。

 

 

「ちぃ、総員退避!やつがステイト下部に侵入するぞ!!」

 

「シャア!?追うのか!?」

 

「当然だ!ガンダムの性能なら追いつける!人類の遺産であるステイトを破壊させるわけにはいかない!!」

 

 

追従しようとしているリークのMD。だが、虹色の燐光を放ちながら潜航したリヴァイアサンを追うガンダムについて行くことができない。ガンダムの潜航速度が既存のMDが許容できる速度を超えているのだ。このままついていけばリークの乗る最新型のMDでもバラバラになってしまう。

 

ここまでか。コクピットモニターに表示されるアラートを横目にリークはシャアに追従するのを断念して機体にブレーキをかけた。そのすぐ横を、アルテイシアが操るREV、ドゥン・ポーが追い抜いた。

 

 

「無茶だ!機体がバラバラになるぞ!」

 

 

コロニーで開発された次世代型とはいえ、ソラリスの水圧は想像を絶する。コクピットにはすでにアラームの嵐で機体も過度な水圧と急速潜航の影響で軋み、モニターにもノイズが走っていた。それでも、アルテイシアは潜航速度を緩める気は無かった。

 

 

「見失うわけにはいかない……!わたしには、あのガンダムを捕まえる義務と責任がある……!」

 

先の戦闘でも自分は醜態を晒してばかりだ。こんなことじゃガンダムを捕らえるなんて不可能だと自分でもわかっている。

 

ここで前で瞬く虹色の光を追えなければ、自分がこのような顔を隠すマスクをしている意味も無くなってしまう。そんな強迫観念がアルテイシアの恐怖心をねじ伏せる歪な原動力となっていた。

 

それでも、ガンダムの燐光はどんどんと海の底へと沈んでゆく。光が遠ざかってゆき、目の前には真っ暗な深海が広がる。光すら届かず、逃れられない闇が横たわる世界。

 

喉が乾く。呼吸が浅い。息が詰まりそうだ。

 

 

「ガンダムが!!このままじゃお父様の願いを叶えられない……!!どうすればいいの!?」

 

 

「……アル……テイ……アルテイシア、聞こえて?」

 

 

真っ暗な深海の光景に心が呑まれかけた時、海面にいるロザエの機体から強力なレーザー通信が耳元に届いた。アルテイシアは何とか深く息を吸い込み、息も絶え絶えに声が聞こえたロザエの通信にすがりつく。

 

 

「ロザエ!わたし……わたしは……一人で……ガンダムを見失った……!暗い海で……!」

 

「落ち着いて、アルテイシア。このステイトの下部は防衛用システムがあります。それごと巨大生物とガンダムを拿捕できればあるいは……」

 

 

ロザエから送られてきたデータを震える指先で開く。たしかにそこには彼女のいう通り、ステイトの防衛用システムの項目があった。ステイト底部に位置するユニットのコア部を破壊すれば始動防衛システムが作動し、それを利用すればガンダムを巨大生物ごと捕らえられることができる。

 

 

「……わかりました、ロザエ。やってみせます……私はアルテイシアの名を持ったパイロットです!」

 

 

真っ暗な暗闇の中で一つの光を得たようにアルテイシアはロザエから受け取った海域データを元に進路を変え、進み始める。

 

ガンダムを鹵獲することへの執着と、深海に潜り過ぎたために起こる精神障害を抱えた彼女は気づきもしなかった。ロザエから送られてきたデータが杜撰に改竄されたデータであると言うことを。

 

 

「ふふふ、せいぜい私たちのために頑張りなさいな。仮面を被ることしかできない小娘さん?アッハッハっ!」

 

 

深海にさらに潜ったことで通信が途絶えた。ロザエは海面近くを漂いながら海の底へと向かってゆくアルテイシアの滑稽さに笑いが止まらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、レヴィアタンを追い詰めるガンダムは化け物の向かう先を見て驚愕の表情を浮かべていた。一気に深度3000M近くまで潜航したレヴィアタンの前には、この巨大なメガロポリス・ステイトを支えるバランサーがあったのだ。ステイトはいわば浮遊島。底部がO.M.Sで保護されてるとはいえ、その基部を支えるのは最も最深部にあるバランサーユニットだ。そこが分離される、もしくは破壊された場合、ステイトのバランス制御ユニットが崩壊してしまう危険がある。

 

故に、ステイト近域での漁業行為ならびに戦闘行為はタブーとされていた。さきほどのマリオンとセキュリティの戦闘も深度限界が設けられており、ステイト基部のバランサーに被害を出すことは禁じられているのだ。

 

 

「ステイトは浮島なんだぞ!!そんなものを下からひっくり返せば、ステイトに住む人々が!!」

 

 

この深度は危険域だ。こんな場所でガンダムのビームを撃てば、ステイトを支えるバランサーに傷がつく。

 

 

「ここでは、ビームを使ってはならない!だから!」

 

 

ビームライフルを腰に喧嘩したガンダムはビームサーベルを展開。二つの腕に二つのビームサーベル。水中でも一切熱量を失わずに当たりの水を沸騰させるほどの出力を誇るビームサーベルを、シャアはバランサー部に向かおうとするリヴァイアサンの体躯へ突き立てた。青い血が瞬時に蒸発し、突き刺した部分の肉が一気に焼け焦げてゆく。化け物の断末魔が深海に響き渡った。

 

 

「止まれ、化け物ぉぉ!」

 

 

ガンダムの脅威的な出力に任せて二刀のビームサーベルを左右に切り開いてゆき、シャアの雄叫びと虹色の光が共に溢れ、ガンダムの出力を上げた。肥大化したビームの刃は巨大なリヴァイアサンの肉体を輪切りにして、大海蛇を二分割する。断面から青い血を溢れさせた海の化け物は今度こそ、その瞳から光を失った。

 

 

「こいつでトドメ……何!?」

 

 

ダメ押しの一撃にと、沈黙したリヴァイアサンの頭部にビームサーベルを突き立てたシャアは、コクピットのアラームの響く方向へ視線を向け、目を剥く。

 

そこには海中用のバズーカを構えたアルテイシアのドゥン・ポーが浮かんでいたのだ。

 

 

「……ッ!ガンダム!」

 

 

突如として放たれるバズーカ。シャアは死に絶えたリヴァイアサンからビームサーベルを引き抜き、降り注ぐバズーカの弾頭を切り裂いた。すぐそこにはステイトのバランサーがある。アルテイシアが仕掛けてきたタイミングといい、シャアにとっては危険極まりない行為だった。

 

 

「コイツ!自分が何をやっているのか、わかっているのか!?」

 

 

アルテイシアが狙っているのは、まさにそのバランサーだった。ロザエが改竄したデータには、そのバランサーユニットが防衛システムの起動ユニットだと記されていたのだ。外的な衝撃によって機能するシステムであるということも。

 

 

「ドゥン・ポーの性能なら……私なら……アルテイシアという名があるなら……見えた!防衛システムの起動ユニット!」

 

 

バズーカの銃口をバランサーユニットに向けて放つアルテイシアの蛮行に、シャアは声を荒げてフットペダルを押し込んだ。虹色の燐光を発したガンダムは血迷ったようにバズーカを放とうとするドゥン・ポーに迫る。

 

 

「ステイト・セキュリティに化け物……お前たちはそこまでして、このステイトを破壊したいのか!!」

 

 

緑光の眼を閃かせながら迫るガンダムに、アルテイシアの脳裏に同じように迫られてガンダムに海へ叩きつけられた光景がよぎった。押しとどめていた恐怖心とパニックが彼女の体の自由を奪い、口からはただ悲鳴をあげることしかできなかった。

 

 

「うわぁああ!!……ガンダムゥ!!」

 

 

機体を押さえようとした瞬間、ガンダムのメインセンサーのすぐ横をバズーカの弾頭が横切った。シャアが振り返ったと同時、その弾頭はバランサーユニットの中心部に直撃。水泡と共に中の炸薬が起動し、バランサーユニットは閃光に包まれた。

 

歪な音が辺りに響き渡る。バランサーユニットから張り巡らされていた制御用ワイヤーが軋み、次々と引きちぎれてゆく。直径20メートル程度の巨大なワイヤーが、バランスを崩して引きちぎれて行く。

 

 

「な、何だ!?お前!!何をした!!」

 

 

アルテイシアのドゥン・ポーに接触回線でシャアが怒鳴り散らすが返事は返ってこなかった。その言葉の最中もステイトの崩壊が凄まじい速さで進んでいった。バランサーユニットを失った底部は大きく傾き出し、その歪みは約一世紀近くもステイトを支え続けたシステムにも及んだ。

 

 

「ステイトのO.M.Sが解除されたのか!?分離も始まってる……!」

 

 

異変はすぐに会場に浮かぶ居住区でも起こった。これまで平面を保っていた巨大な地上部は大きく反り上がり、高層建造物が立ち並ぶエリアは耐え切れず倒壊し始めていく。その建物には多くの市民が取り残されたままだ。

 

 

「何だ!?ステイトが崩壊していく!?何だ!?何が起こったんだ!?」

 

「艦長!ステイトの底部から異常な観測値が……!このままだとメトロポリスの都市部が沈みます!」

 

 

シピロン・スパロウの乗組員はオペレーターの悲鳴のような声を聞きながら目の前で起こる惨劇を目にすることしかできなかった。ガラガラと音を立てて居住区が崩れ落ちてゆく、反り上がった地表面は耐えきれずに裂け、ひと繋ぎであった地上エリアは分割されてゆく。末端部は裂けたと同時に海中に沈み、瓦礫は湾口部にいたマリオンとセキュリティの船を差別なく押し潰して共に海の底へと導いていった。

 

 

「なんてことを……」

 

 

浮上してコクピットから出たリークも、その惨状を前に言葉を失っていた。数十万人が避難している居住区が瞬く間のうちに瓦礫となってゆく様を、その場にいる誰もがただ見つめることができない。

 

海中でバラバラになったステイトの底部を見ていたシャアのいるコクピットに、絹を裂さくような絶叫が響いた。それは、接触回線で繋がったままのアルテイシアの機体からだった。

 

 

「そ、そんな……あれはステイトの防衛システムのはずで……!そんな酷いことなんて起こるはずがないのに……!」

 

深海の中、響き渡るアルテイシアの悲鳴。シャアはその無知さに憎悪の目を向けたまま、ドゥン・ポーを離して一人海面へと登ってゆく。

 

倒壊し、崩壊してゆくステイト。ソラリスで築かれてきた最大のステイトの崩壊。その光景を見て、ロザエは抑えきれない高揚感と愉悦感を口から吐き出した。

 

 

「ふふふ……ははは……あーっはっはっはっは!!あの小娘、本気でやりやがったよ!!ざまぁみろ、ステイトに縋りつくゴミども!」

 

 

ロザエの怨念がこもった笑い声が静かな海に木霊する。ロザエの目論見通り、バランサーユニットを破壊されたステイトはその大部分を崩壊させ、ソラリスの海に散らせた。

 

メガロポリス・ステイトの崩壊。

 

ソラリスでの歴史上、最も悲惨な人災であるその事故による犠牲者は、今もなお、完全には把握されていない。

 

 

 

 

 

第三章「船乗りの誇示」完。

 

 

 

 

 

 



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