上杉山御剣は躊躇しない (阿弥陀乃トンマージ)
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第一章
はじまり


                  序

 

鬼ヶ島勇次(おにがしまゆうじ)くん、大変かにゃしいお知らせになるんにゃが……」

 

 目の前にいる黒猫が鳴き声訛りで人の言葉を話しているという異常事態に際しても、鬼ヶ島勇次と呼ばれた短髪で赤茶髪の少年はツッコミを入れるでもなく、驚くでもなく、ただただ茫然と耳を傾けるしかなかった。

 

「『妖絶講(ようぜつこう)』に入り、世を乱す悪い(あやかし)を絶やしたいという、君の固く強い決意、実に見事にゃものにゃ。ただ……」

 

 黒猫がわざとらしく咳払いをして、間を取る。

 

「……ただ?」

 

 間に耐えかねた勇次が訝しげに尋ねる。黒猫は目をつむり、首を左右に振ってから、呟く。

 

「君は我々のおこにゃった測定の結果……霊力ではにゃく、高い妖力を秘めた『半妖(はんよう)』ということが分かったのにゃ。つまり……」

 

「つまり?」

 

 黒猫が少年の青い希望を粉々に打ち砕く残酷な事実を淡々と告げる。

 

「君の妖絶講への入講は取り消し。更に、たった今から君は『根絶対象』とにゃる」

 

「『根絶対象』だぁ? 一体そりゃどういうこった、よ⁉」

 

 人語を操る不可思議な黒猫を問い詰めようとしたが、何かに気付き、勇次はその場に素早くしゃがみ込む。次の瞬間、勇次の頭部を刀が僅かに掠め、勇次のすぐ後ろに生えていた太い木がスパッと斬れる。根を失った幹が一瞬空中を漂い、地面に落ちて鈍い音を立てる。

 

「な……⁉」

 

 自身の後方を確認した勇次は信じられないといった表情を浮かべる。

 

「ほう、今の一撃を躱すとはどうしてにゃかにゃか……」

 

 黒猫の感心したような声にハッと我に返った勇次は黒猫の方を見る。黒猫の近くには白髪のミディアムボブでストレートの女性が立っている。黒地に金のボタンが映える軍服のような服に身を包んでいるその女性は勇次よりはやや小柄であるが、女性にしては長身の部類である。

 

「女……⁉」

 

 若い男である勇次としては黒のプリーツミニスカートから覗く黒色のストッキングを穿いた長くしなやかな脚、細すぎず、太すぎずといったボディライン、ふくよかなバストにも視線を奪われかけたが、何よりも目を引いたのは女性の右手に握られた日本刀である。

 

「……」

 

 女性は無言のまま刀を構え直し、静かに勇次の方に向き直る。

 

「! ま、待て!」

 

 勇次の言葉を無視して女性が斬りかかる。

 

「ちっ!」

 

「!」

 

 勇次は再び女性の繰り出す攻撃を躱すと、身を翻して、背中を向けてその場から逃げ出す。

 

(い、痛え! 躱したと思ったら頬をかすったのか⁉ とにかくここは逃げるしかねえ!)

 

 勇次は心の中で叫ぶと、一目散に駆け出す。ここは新潟県長岡市のとある山の中である。生い茂った木々に身を隠す、又は反撃を試みるということも考えたが、先程太い木を一刀両断してみせた相手である。丸腰という自分の状態を踏まえても、ここは恥も外聞も無く、逃げるのが正解かと思われた。

 

(俺の足なら撒ける!)

 

 相手から少しでも距離を取ろうと、一直線ではなく、わざとジグザグに走る勇次。世界記録を狙えるとまでは言わないが、足の速さにはそれなりに自信があった。しかし、後方の気配は消えない。勇次は走りながら顔だけ振り返ってみると驚愕する。女性がすぐ側にまで迫ってきていたのだ。その手に持つ刀を振れば届く距離である。

 

「マジかよ⁉」

 

 驚く勇次と女性の目が初めて合った。整った目鼻立ちの美しい女性である。

 

(び、美人だな……)

 

 心のほんの片隅ではあるが、この切羽詰まった状況において、勇次は呑気過ぎる感想を抱いてしまう。一方、勇次の顔を見た女性の目には若干戸惑ったような感情の動きが見られた。だが、女性は大きく振りかざした刀を振り下ろすことは止めない。

 

「くっ! どわっ⁉」

 

 よそ見をしていた勇次は何かに躓き、派手にすっ転ぶ。結果として、三度女性の繰り出す斬撃を躱すことが出来た。しかし、急な下り坂をそのまま転がり落ちる形となってしまう。

 

「うおおおおっ⁉」

 

 下り坂の終わりはやや高さのある段差となっていた。地面に叩き付けられる恰好となった勇次だったが、咄嗟に受身を取った為、生じる痛みは最小限に抑えることが出来た。着ている服は上下ともにボロボロである。もっとも、のんびり痛みを感じている場合ではない。勇次はすぐさま身を起こし、状況の把握に努める。どうやらやや広い山道に出たようである。

 

「! あれは!」

 

 勇次の目の先には誰かが乗り捨てたのか、古びた車があった。勇次はすぐに駆け寄り、運転席に乗り込み、ハンドルの脇を確認する。運の良いことに、キーが差したままであった。勇次はそのキーを捻る。

 

「来い! 来い!」

 

 ベタなB級映画のようなセリフを叫びながら、勇次は何度かキーを回す。すると、エンジンが始動した。心の中で幸運に感謝しつつ、勇次はハンドルを掴む。彼には運転の経験は無い。だが、友人の家族によく車には乗せてもらっていた為、要領はなんとなくではあるが、分かっていた。サイドブレーキを外し、シフトレバーをドライブに入れて、車を発進させる。

 

「この先を行けば道路に出るだろう、多分! まず山から下りる!」

 

 少々おっかなびっくりの運転であったが、勇次は車で整備されていないデコボコの山道を進む。自分でも見通しが甘いかと思ったが、道路が見えてきて、勇次は喜びの声を上げる。

 

「よっしゃ! このまま道路を下って街に行って……⁉」

 

 車が揺れる。デコボコした道を通っているそれとは別の揺れである。車に何かが飛び乗ったのである。勇次がすぐにその何かを察する。

 

「はあ⁉ あの女、上に乗ったのか⁉」

 

 勇次が上を見上げたその瞬間、刀が車の屋根を貫き、刀の切っ先が勇次の頬を掠める。

 

「どわあっ⁉」

 

 文字通り血の気が引いた勇次はなんとか気を取り直し、女を振り落とそうと車を左右に蛇行させる。しかし、女の気配は相変わらず頭上にある。

 

「くそっ!」

 

 勇次はハンドルを叩いて悔しがる。間もなく道路に出るという所で、刀が引き抜かれる。再び突き刺されたら、今度は躱せない。間違いなく頭から串刺しだ。それは避けねばならない。ではどうするか、一瞬考え、すぐに答えを出した勇次だが、その答えを選ぶことに僅かに躊躇った。それでも、背に腹は代えられない。

 

「ええい! 恨んでくれるなよ!」

 

 勇次は車を真っ直ぐ走らせたまま、運転席のドアを開けて、勢い良く外に飛び出し、コンクリートの道路に転がる。車はそのまま道路を横切ってガードレールを突き破り、崖から真っ逆さまに落ちるはず……だった。勇次は自分の目を疑った。

 

「なっ⁉ 車が……凍った⁉」

 

 ガードレールに衝突する手前で車が凍りついていたのである。氷の塊と化した車の上で白髪の女が振り下ろした刀をゆっくりと構え直す。

 

「あ、あいつがやったのか……?」

 

「そうにゃ、あ奴は氷の術者でもあるからにゃ~」

 

 呑気な声色で黒猫が勇次の近くに歩み寄ってくる。

 

「氷? 術者? 訳分かんねえ……そんなのアリかよ……」

 

 そう言って勇次は道路上で大の字になる。もはやこれ以上彼に抗う気力は残されていなかった。そこに刀を手にした女がゆっくりと近づいてくる。勇次は女に声を掛ける。

 

「……冥土の土産に教えてくれないか、アンタの名前は?」

 

「……」

 

「いや、無視かよ……」

 

 女は黙って刀を振り上げる。黒猫が口を開く。

 

「最期に教えてやるにゃ、こ奴……上杉山御剣(うえすぎやまみつるぎ)は躊躇しにゃい」



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第1話(1) そんなにレアって訳じゃない

                   壱

 

「はっ!」

 

 目覚めた勇次がガバっと飛び起きる。一呼吸置いて自らの状況を確かめる。

 

「ベッド? 俺は道路で寝ていたんじゃ……ひょっとして、ここがあの世ってやつか?」

 

「残念にゃがら、この世にゃ……あの世ではわざわざ病院服も病院食も用意されにゃい」

 

 黒猫が勇次のベッドにヒョイっと飛び乗る。

 

「まあ、ワシも死んだことにゃいから知らんけどにゃ」

 

「お、お前は……変な猫!」

 

「いや、直球な物言いだにゃ⁉」

 

 黒猫は驚いた様子で勇次の顔を見る。

 

「だって他に言い様が無いだろう……」

 

 勇次はベッドの脇のテーブルに置いてあったバナナの皮を剥き、頬張る。

 

「いくらでもあるにゃ! 『人の言葉を話す賢い猫ちゃん!』 とか!」

 

「賢いっつーか、正直不気味だ」

 

「『俺を幸せに導く運命の黒猫だ!』 とか!」

 

「今の所……不幸に巻き込もうとする化け猫だな」

 

「ば、化け猫⁉ 言うに事欠いて、このガキ……」

 

「お? やるか?」

 

 バナナを頬張りながら、勇次はファイティングポーズを取る。

 

「目が覚めたと思ったら、もう親睦を深めているのか、結構なことだ」

 

「「⁉」」

 

 ベッドの脇にいつの間にか白髪の女が立っている。刀は腰の鞘に納められたままで、空いた右手には紙袋が下がっている。

 

「あ、アンタには聞きたいことが山ほどあるんだ! 何で俺を問答無用で殺しに来たんだ? 半妖ってなんだよ? 根絶対象ってずっとそのままなのか⁉」

 

 ベッドから転がり落ちそうになるほどの勢いで迫る勇次を女は白手袋を付けた片手で制し、ゆっくりと話し始める。

 

「アンタでは無い、私には上杉山御剣という名がある」

 

「じゃ、じゃあ、上杉山さん? 御剣さん?」

 

「名前で呼ばれるのは私の立場上あまり好ましいものではないな……」

 

「ど、どうすれば……」

 

「隊長と呼べ」

 

「た、隊長……ぶほっ!」

 

 御剣は勇次の顔に紙袋を押し付ける。勇次の答えを待たずに、淡々と告げる。

 

「それに着替えて、十分後、第二作戦室に来い。分からないことはこの変な猫に聞け」

 

「変な猫って言うにゃ! ワシには又左(またざ)って名前があるんにゃ!」

 

「それは失礼。では又左隊員、新入りの指導をよろしく頼む」

 

 軽く敬礼をして御剣は部屋を出ていく。

 

「むう……にゃんだか面倒を押し付けられたような……と、とりあえず着替えるにゃ。詳しいはにゃしはそれからにゃ」

 

「いまいち状況が掴めねえんだけどな……」

 

 ぶつぶつと文句を言いながら、勇次は水色の病院服から黒い軍服調の制服へと手早く着替える。そして、自らの服を指先でつまみながら呟く。

 

「これは……?」

 

「妖絶講の男性用隊員服にゃ」

 

「えっ⁉ 俺、妖絶講に入れるのか⁉」

 

「……その辺りは廊下を歩きにゃがらはにゃすことにしよう。第二作戦室はここから意外と遠いからにゃ」

 

 自らの名前を又左と名乗った黒猫は部屋から出ていく。勇次も病院服をベッドの上に畳んで置き、又左の後に続く。

 

「ここは病院かなにかか?」

 

「妖絶講の北陸甲信越管区……通称『第五管区』の隊舎の一つ、拠点施設にゃ」

 

「妖絶講に拠点なんてあるのかよ?」

 

 勇次の質問に又左は露骨にため息を突いて、逆に質問する。

 

「そもそもとして……君は妖絶講についてどれ位知っているのにゃ?」

 

「妖を絶やすための組織だろう?」

 

「また随分とざっくりとした認識だにゃ……」

 

「しょうがねえだろう、つい最近までは都市伝説みたいなもんだと思っていたんだからな、大真面目に調べたことは無えよ」

 

「その信じるか信じにゃいかは貴方次第!の都市伝説をどうやって突き止めたのにゃ?」

 

「ある人に聞いたからだ……それが誰なのかはその人に迷惑が掛かるから言えねえけど」

 

「大方見当はつくけどにゃ」

 

 又左が鼻で笑う。勇次は驚く。

 

「マジかよ⁉」

 

「まあ、それは良いにゃ。改めて聞こうか、にゃぜに妖絶講に入りたいのにゃ?」

 

「……姉ちゃんが行方不明事件に巻き込まれた。俺はそれを妖の仕業だと踏んでいる」

 

「ふむ……」

 

「妖のことをよく知っているのは妖絶講だ。そこに入れば、姉ちゃんのことも何か分かるかも知れない……そう思って、お前らへの接触を試みた。正直半信半疑だったけどな」

 

「にゃるほどね……ただ結果として、君は根絶対象になってしまったと」

 

「それだ、その根絶対象ってどういうことなんだよ⁉」

 

「簡単なことにゃ、君が半妖と認定されたからだにゃ」

 

 又左が淡々と答える、

 

「半妖?」

 

「君は半分人間で半分妖ってことにゃ」

 

 衝撃の事実に勇次はしばし愕然とするが気を取り直して尋ねる。

 

「……で、でも俺の両親は人間だぜ⁉ 爺ちゃんも婆ちゃんも!」

 

「残念ながら血筋の問題では無い」

 

 勇次が声のした方を見ると、廊下の先に腕を組んだ御剣が立っていた。

 

「妖力の高い人間はよく生まれる。そう珍しいことでは無い」

 

「そ、そうなのか?」

 

「確率としては……そうだな、百人に一人位だな」

 

「え、多くね⁉ 百万人に一人とかじゃねえのか⁉」

 

「いいや、百人に一人だ」

 

「マジかよ……それじゃあそんなにレアじゃねえじゃん……」

 

「え⁉ そこにガッカリするのか⁉」

 

 肩を落とす勇次に又左が驚く。勇次がハッと顔を上げる。

 

「で、俺は何で生きているんだ?」

 

「お前はそう珍しくは無い半妖の中では結構珍しい種族の半妖だと判明したからだ」

 

「や、ややこしいな」

 

「他にも色々と理由はあるのだが……とにかくひとまずは生かしておけとの命が下った」

 

「ひ、ひとまずって……」

 

「立ち話もなんだ。作戦室に入れ」

 

 御剣は首を振り、勇次に部屋に入るように促す。勇次は視線を又左に落とす。

 

「どうした? 又左が気になるか?」

 

「いや、こいつもつまり半分猫で、半分妖怪ってことか?」

 

「なかなかどうして察しがいいにゃ、そう! ワシは妖猫(ようびょう)にゃ!」

 

「半妖一人と半妖一匹が妖絶講の施設内に……マズくないのか?」

 

「施設内の妖レーダーが反応し、侵入した妖に対し即座に対応出来るようになっている」

 

「そのレーダー、確実にポンコツじゃねえか! もしも俺らが暴れ出した、ら……!」

 

「その時は私が責任を持って始末する。余計な心配は無用だ」

 

 声を荒げる勇次の首先に御剣があっという間に刀を突き付ける。勇次は押し黙る。

 

「鬼ヶ島新隊員、作戦室に入れ……」

 

「り、了解……」

 

 勇次は御剣に続いて部屋に入っていく。



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第1話(2) 出逢いは億千万のから騒ぎ

「揃っているな」

 

 部屋に入った御剣は三人の女性が席に着いていることを確認すると、彼女たちの正面に立って話を始める。

 

「紹介しよう、彼が新隊員だ。名前は……」

 

 御剣が促していることに気付いた勇次は慌てて自分の名を名乗る。

 

「お、鬼ヶ島勇次だ、い、いや、で、です。よ、宜しく」

 

「何か質問は?」

 

「……姐御よぉ」

 

 勇次たちからは向かって右側の席に座っていた金髪のウルフカットの女性が頬杖をつきながら手を上げる。御剣が指名する。

 

「なんだ、千景?」

 

 千景と呼ばれた女性が立ち上がる。勇次と同じ位の身長である。御剣と同じく黒い制服姿だが、胸元は大胆に開けており、白いサラシが見える。勇次はそのサラシにきつそうに巻かれた豊満な胸と、黒のショートパンツと二―ソックスの間に見える、これまた豊満な太ももに一瞬目を奪われたが、すぐに目を逸らす。

 

「この隊に男を入れるってのか?」

 

「……別に女だけの部隊にすると決めたつもりは無いぞ。諸君らも重々承知の通り、妖絶講は万年人手不足だ。それこそ猫の手も借りているような状態だからな」

 

 そう言って御剣はドアの近くに座る又左に目をやる。

 

「が、それでも不十分だ。男手も無いよりあった方がマシだろう」

 

「姉様、フィギ……異議ありですわ」

 

 勇次たちから向かって左側の席に腰掛けている黒髪ロングの女性がゆっくりと立ち上がる。キッチリと揃えた前髪とキチンと着た制服と長いスカートが印象的な彼女は何故か、口に咥えていた棒付きの飴を取り出して、改めて話を始める。

 

「……古来より妖を退治する妖絶士(ようぜつし)し……。その職は女性が多数を占めているという事実はよくご存知のはずでしょう?」

 

「水準以上の霊力を秘めたものが妖絶士になる。何故かは分からんが、女の方が霊力の高いことが多いからな……何が言いたい、万夜?」

 

「そちらの殿方……どこの馬の骨かは存じませんが、ちょっとばかり腕っぷしが強い位ではかえってわたくしたちの足を引っ張ることになりますわ」

 

 万夜と呼ばれた女性はわざとらしく小首を傾げながら、大袈裟に両手を広げてみせる。勇次は思わずムッとする。

 

「う、馬の骨ってなんだよ⁉」

 

「てめえみてえな訳分かんねえ奴のことだよ、どうやって姐御に取り入った?」

 

 千景が勇次を睨み付ける。

 

「と、取り入ったって……」

 

「霊力も大して感じねえ、そこのパッツンが言うように、ただのバカ力なら要らねえよ」

 

「わたくしの名前は万夜です! 全く……いくら前髪が揃っているからと言って、パッツンという安易なあだ名で呼ぶ単細胞丸出しな思考回路と、その粗野で下品な振る舞い……もう少し何とかなりませんこと?」

 

「常に飴玉しゃぶっているお子ちゃまに言われたくねえんだよ」

 

「ですから、これはのど飴だと何度も申し上げているでしょう? わたくしは喉を大事にケアする必要性があるんですの」

 

「そのピーピー煩え無駄口を減らせば良いんじゃねえのか?」

 

「貴女こそその無駄な脂肪を少しでも脳味噌にまわせば宜しいのではなくて?」

 

「んだと、コラ……」

 

「何ですの?」

 

 部屋の中央で千景と彼女より頭一つ小柄な万夜が激しく睨み合う。それをしばらく眺めていた御剣は力強く頷いて、こう話す。

 

「うむ! 喧嘩するほど仲が良い! 我が隊は今日も順調だな!」

 

「「だから、どうしてそう思える(んですの)⁉」」

 

 的外れな御剣の言葉に、千景と万夜は揃って抗議の声を上げる。二人を一旦落ち着かせて、改めて御剣が話そうとしたその時、勇次たちの前に座っていたピンク髪の三つ編みで度の強そうな眼鏡を掛けた小柄なパンツスタイルの女の子が手を上げて立ち上がる。

 

「どうした億葉?」

 

「え、えっと、ですね……拙者の作った、この『霊力妖力測定器』なんですけど……」

 

「そ、それは⁉」

 

 勇次が驚いた声を上げるが、慌てて口を塞ぐ。

 

「その玩具がなんだって?」

 

「自由研究の発表ならよそでやってもらえるかしら?」

 

 御剣が茶々を入れる二人をたしなめる。

 

「待て、千景、万夜……億葉、話を続けろ」

 

「は、はい。この測定器なんですが、先日誰かに持ち出されてしまったようでして……」

 

「にゃんと⁉ それはにゃんともまた、悪いことをする奴がいるもんだにゃあ~」

 

 又左がわざとらしく大声を出す。御剣はそれを冷ややかな目で見ながら、億葉と呼ばれた女の子に話を続けるように促す。

 

「それで?」

 

「は、はい。それでこの測定器が無事に戻ってきたんです」

 

「そ、それは良かったにゃ~解決したわけだにゃ~」

 

「い、いえ本題はむしろここからでして……この測定器、直近の記録者、測定者がだれか分かるようになっているんです!」

 

「「‼」」

 

 驚く勇次と又左をよそに、御剣が結論を尋ねる。

 

「それで、測定の結果はどうなった?」

 

「こちらの鬼ヶ島勇次さん、霊力がほぼゼロに近い代わりに、妖力が極めて高い『半妖』だという事実が判明しました! つまりですよ、御剣氏……貴女は『半妖』という存在を、妖を絶やす為に戦う我が隊に迎え入れようとしている……これは一体全体……」

 

「「「どういうことなんでしょうか(なんだよ)(なんですの)⁉」」」

 

 三人同時に詰め寄られて御剣はやや気押された様だったが、すぐに答えを返す。

 

「最初に言う。問題は無い」

 

「し、しかし、半妖を部隊に加えるというのはいささかリスキーでは?」

 

「知っての通り、今まで前例が無い訳では無い。そして極めて珍しい種族の半妖だということだ、その力を上手く活用せよと上からの命令だ。それには従わざるを得ない」

 

「高い妖力を持っているということですが?」

 

「現在は不思議なことに妖力のコントロールが出来ているようだ。恐らく偶然だろうが。とにかくこのままならば特に心配は要らないだろう」

 

「妖力が暴走した場合はどうするんだよ」

 

「そうならないように指導するし、常に目を光らせる。それでも運悪く暴走してしまった場合は……私が責任を持って処断する……それで今日の所は納得してくれないか」

 

 御剣の言葉に三人は渋々ながらも引き下がった。御剣は力強く頷く。

 

「理解を得られて嬉しく思う。それじゃあ改めて三人も彼に名前を教えてやってくれ」

 

「アタシは樫崎千景(かしざきちかげ)だ。この上杉山隊の特攻隊長をやらせてもらっている。アタシの足引っ張るんじゃあねえぞ……!」

 

「わたくしは苦竹万夜(にがたけまや)です。以後お見知り置きを。この上杉山隊の副隊長を務めさせて頂いております。精々足手まといにはならないで下さいましね」

 

「拙者は赤目億葉(あかのめかずは)です。この隊の技術開発研究主任を請け負っております。武具のことなどお気楽に御相談下さい。半妖の力、非常に興味あります。ドゥフフフ……」

 

「あ、ああ、宜しく頼む」

 

「名前を覚えたり、呼ぶのが面倒だったら『億千万トリオ』とでも呼べば良い」

 

「だからその雑なくくり止めろよ!」

 

「適当な扱いに抗議致しますわ!」

 

「せ、拙者は結構気に入っていますけど、ドゥフフフ……!」

 

 次の瞬間、作戦室に警報が鳴り響いた。御剣が叫ぶ、

 

「出動だ!」

 

「し、出動って?」

 

「無論、妖退治の為だ」

 

 何を言っているのかといった様に、御剣は勇次の疑問に答え、億葉の方に向き直る。

 

「億葉、画面に映せるか?」

 

「了解……」

 

 億葉の操作によって、部屋の壁が開いてモニターが現れ、地図が映し出される。

 

「新潟市のショッピングモールに数十体程、妖の反応が見られますね……」

 

「級種は?」

 

「ほぼ()級……一部が|壬(じん)級の様ですね」

 

「ふむ……」

 

 億葉の報告に、御剣はほんの一瞬考えてから指示を出す。

 

「千景と万夜、それに鬼ヶ島、私について来い。億葉と又左は待機だ」

 

「ちょ、ちょっと待った、姉御! コイツも連れて行くのか?」

 

 千景は勇次を指差して、御剣に問う。

 

「ああ、新人研修の代わりになるだろう」

 

「ホントに役に立つのかよ?」

 

「何だと?」

 

 千景の物言いに勇次はムッとする。又左が口を挟む。

 

「この男は御剣の攻撃を三度、いや四度躱した、にゃみの身体能力では出来にゃい」

 

「! 姐御の剣を四度も⁉」

 

「ふん、どうよ」

 

 驚く千景に勇次は誇らしげな顔を見せる。

 

「……もっとも、御剣はにゃにゃ割程度の実力しか出していにゃかったがにゃ」

 

「な、7割⁉ あれでかよ⁉」

 

「いや、6割5分位だな……」

 

「細かいことこだわるにゃ……」

 

 妙なプライドを見せる御剣に又左は呆れる。万夜が飴を取って、口を開く。

 

「まあその辺はどうでも良いですわ。研修の結果、あまりにも見込みが無いようならば、彼の入隊は考え直すということでしょう?」

 

「……そういうことになるな」

 

「とにかく出動致しましょう」

 

「よし、転移室に移動だ」

 

「転移室? あっ……」

 

 部屋を出ていく御剣たちと又左に、勇次は慌てて続く。作戦室の近くにその転移室があった。勇次が部屋に入ってみると、部屋のど真ん中に大きな六角錐状の鏡が置いてある。



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第1話(3) 細かいことは知らん

「これは……か、鏡?」

 

「これが転移装置だ。この隊舎からならば佐渡ヶ島を含めた新潟県全域や長野県北部の各地に飛ぶことが出来る。鏡や何かを反射するものがある場所ならばどこでもな」

 

「ど、どういう仕組みなんだ……?」

 

「詳しい仕組みがどうなっているのかは私も知らん」

 

「し、知らねえのかよ……」

 

「とにかく念じた場所に向かうことが出来る……万夜」

 

 御剣の問いに万夜が答える。

 

「ショッピングモールの化粧室でちょうど良いのでは?」

 

「よっしゃ! お先!」

 

「全く、子供じゃないのだから……姉様、お先に失礼致します」

 

 千景と万夜が六角錐の鏡に吸い込まれるように消えて行き、勇次は驚く。

 

「き、消えた⁉」

 

「ボヤっとするな、さっさと続け」

 

「お、おおう……」

 

 勇次の背中をグイッと押した御剣は思い出した様に、又左の方に振り返る。

 

「又左、宝具庫から例の物を持ってきておいてくれ」

 

「! アレを使うのか?」

 

「もしかすると必要になるかもしれん、その時は合図を出す」

 

「了解したにゃ」

 

「頼む。よし、行くぞ」

 

「どわっ⁉ だから押すなよ!」

 

 勇次と御剣も鏡に吸い込まれる。

 

「ぐえっ!」

 

「……何をやっている」

 

 床に思い切りすっ転んだ勇次を御剣は冷ややかな目で見つめる。

 

「こ、ここは? まさか本当にワープしたのかよ?」

 

「ここは女子トイレだ、さっさと廊下に出ろ」

 

 廊下に出ると、千景と万夜が待っていた。御剣が尋ねる。

 

「状況はどうだ?」

 

「反応が徐々に大きくなってきていますわね」

 

「幸いまだ悪さはしてねえみてえだがな」

 

 御剣の問いに二人は腕に着けた時計のようなものを確認しながら答える。

 

「なんだそれ、隊でお揃いの腕時計か?」

 

「少し違う。そういえば渡していなかったな、受け取れ」

 

 御剣はポケットから自らと千景たちが身に着けているものと同じものを取り出し、勇次に向かってヒョイっと投げる。勇次は戸惑いながらそれを受け取る。

 

「こ、これは?」

 

「特に名称は無いが、簡易型の『妖レーダー』だ。妖の反応を探知することが出来る。反応があればアラーム音が鳴る。妖絶講隊員必携のものだ。腕時計としても、通信機器としても使える。余談だがこれは最新版で、うちの億葉も開発に携わっている」

 

「あ、案外ハイテクなものを……ってちょっと待ってくれ」

 

「気になることがあるか? 先に言っておくが、細かい仕組みについて聞かれても答えられんぞ、全く訳が分からんからな」

 

 勇次は何故か胸を張る御剣に呆れながら呟く。

 

「訳分からんものを使っているのかよ……そ、そうじゃなくて、俺ってさ、半妖なんだよな? それならアラームが鳴るんじゃないか?」

 

「ああ、それ位ならば私でも理屈は分かる。このレーダーは妖力が暴走した妖、もしくは人に対して悪意を持った妖に対して反応するようになっている。つまり鬼ヶ島、貴様は今現在、良い妖ということになる。そうだな、万夜?」

 

「良い妖というのは多少語弊が無くも無いとは思いますが……概ねその認識で宜しいかと。先程、姉様がおっしゃった様に、妖力をコントロール出来ているようですわね」

 

「悪運の強い野郎だな……暴走したらこの場でシメてやろうと思ったのによ……」

 

「止めろ、千景。勝手は許さんぞ」

 

「冗談っすよ、冗談」

 

 千景は片目を瞑って肩を竦める。御剣が咳払いをして、指示を出す。

 

「ここは3階か……1階は万夜、2階は千景に任せる。3、4階は私と鬼ヶ島が見回る。何か変化があったらすぐ連絡を寄越せ。作戦開始だ!」

 

「「了解!」」

 

 走り去った千景たちを見送って、御剣は勇次の方に向き直る。

 

「では、我々も行くぞ」

 

「こ、この恰好でショッピングモールをうろつくのか⁉」

 

 勇次は大袈裟に自分の制服を掴みながら尋ねる。

 

「細かいことを気にするやつだな」

 

「いや、気にするだろ!」

 

「堂々としていれば問題ない。どうせ自分が思っているより他人は見ていない」

 

「それはそうかも知れねえけど……刀はどうする⁉」

 

 勇次は御剣の左腰に差してある刀を指差す。御剣は少し間を空けて答える。

 

「これは……その、あれだ、えっと、億葉に聞いたのだが、作品名を忘れたな……なんとかという漫画に出て来る父の形見の刀を肌身離さず持っている女剣士のコス……プレ? とでも言って誤魔化せば良い」

 

「全っ然、誤魔化しきれてねえから、それ!」

 

「とにかく行くぞ、まずはこの階からだ」

 

 歩き出す御剣に勇次はブツブツ言いながら続く。売り場に出ると、二人のレーダーからそれぞれアラーム音が鳴り響く。

 

「おおっ、鳴ったぞ! ってか、アラーム止まらねえ⁉」

 

「かなりの数がいるな。アラーム音が煩わしかったら、左上のボタンを押せ、音が鳴るのを止めて、振動に切り替えることが出来るぞ」

 

「こ、こうか……震えが止まらん。小刻みだけど」

 

「音にしろ、振動にしろ、その妖の持つ妖力に比例するようになっている。例外もあるがな。今回の場合は低級の妖だな」

 

「低級?」

 

「妖は級種に分けて(こう)(おつ)(へい)(てい)()()(こう)(しん)(じん)()の十種に分けられる。国際基準ではアルファベットを用いるが、日本に於いてはこの呼称だ」

 

「ああ、甲乙つけがたいってやつか……むしろ覚えにくいんだが」

 

「その辺は自然と覚えるようになる」

 

「そんなんで良いのかよ?」

 

「それよりもだ……」

 

 御剣はしゃがみ込み、懐の袋から取り出した香を焚き始める。

 

「な、何をやってんだ?」

 

「まあ、見ていろ……」

 

「! こ、これは⁉」

 

 煙が立ち込めるとともに、勇次たちの周囲に紫色の空間が広がる。この空間の内側に存在する店の品々や客の人々は透明に見える。戸惑いを隠せない勇次に御剣が説明する。

 

「至極簡単に説明すれば……人のいる世が『現世(うつしよ)』といい、妖たちがいる世が『幽世(かくりよ)』と言う。今我々が立っているここはその間に存在する『狭世(はざまよ)』。我々妖絶士は妖とは主にこの狭世で戦うことが多い。普通の人間にはこの空間を認識することや立ち入ることは出来ない。ただただ、所謂透明人間として通り過ぎるだけだ」

 

「つまり今ここではっきりと存在を認識出来る俺たち以外のやつが……」

 

「案外察しが良いな、妖ってことだ。おっ、おいでなすったぞ」

 

「ん⁉」

 

 勇次が振り返るとそこには通常よりはやや大きい位の蜘蛛が床に何匹が歩いている。

 

「小さい方が癸級、大きい方が壬級だ、ざっと二十匹位か。よし、貴様に任せるぞ」

 

「ええっ⁉」

 

 いきなりの命令に勇次は戸惑った、

 

「お、俺がやるのか?」

 

「他に誰がいる。ちなみに妖の力は狭世でより強化される。とは言ってもあんな低級に苦戦しているようならば先は無いぞ」

 

「わ、分かった……っっても、どうすれば良いんだ?」

 

 勇次は蜘蛛の群れに対して向き直るが、思い出したかのように尋ねる。

 

「拳で叩き潰すも良し、足で踏み潰すも良し……手足の先に力を込めるイメージだ」

 

 御剣は腕を組んで答える。

 

「つ、潰すのか、ちょっとグロいな……」

 

「虫は苦手だと可愛らしいことでも言うつもりか?」

 

「そういう訳じゃねえけどよ……」

 

「狭世のものは、壊しても現世には影響は無い。店の中とはいえ、遠慮は要らんぞ」

 

「分かった! よし、行くぞ!」

 

 勇次は蜘蛛の群れに向かって行き、まず柱に上っている蜘蛛を渾身の右ストレートで潰し、足元の蜘蛛をサッカーボールの様に思いっ切り蹴っ飛ばす。攻撃を喰らった蜘蛛はそれぞれ爆発したかの如くはじけ飛ぶ。勇次は驚く。

 

「うおっ⁉」

 

「妖とは生き物のようで、少し違う……この場合は蜘蛛というよりは蜘蛛型の妖と理解した方が良いかもしれん」

 

「そ、そうか……って⁉」

 

 勇次は蜘蛛の放った糸を咄嗟に躱すと同時に、すぐさま反撃に移り、蜘蛛を踏み潰す。それを見て御剣が感心する。

 

「ふむ……大した反射神経と格闘センスだ」

 

「へへっ、地元じゃ負け知らずだったからな!」

 

「その調子で頼む、私は少し席を外す」

 

「ええっ⁉ ちぃっ!」

 

 勇次は御剣の発言に驚きながら、群がる蜘蛛を文字通り蹴散らす。

 

「はあ……はあ……」

 

「終わったか?」

 

 約数分後、膝に手を突いて項垂れる勇次に対し、御剣が声を掛ける。

 

「あ、ああ、終わった、ぜ⁉」

 

 御剣が刀を勇次の後ろにあるマネキンの顔に突き立てる。

 

「な、何を……って⁉」

 

「……一匹残っていたぞ。最後まで気を抜かないことだ」

 

 刀の先にはマネキンに隠れ、勇次を襲おうとした蜘蛛が刺さっていた。

 

「あ、ああ……」

 

「これで最後だな」



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第1話(4) 屋上の覚醒

「いや、上の階にもまだいるんじゃねえのか⁉ 急ごうぜ!」

 

 勇次はエスカレーターを駆け上がるが、そこで驚きの光景を目にする。

 

「なっ⁉ 妖が全滅している……⁉」

 

「貴様が遊んでいる間にさっさと片を付けておいた。一分半位だったか?」

 

 後ろから上がってきた御剣が淡々と告げる。

 

「マ、マジかよ……」

 

「なんだ、新入り、それ位で息上がっているのかよ?」

 

「待たせてくれますわね……」

 

「お、お前らまで……もう終わらせたのか?」

 

 千景と万夜が待ちくたびれたという様子で立っている。万夜が御剣に尋ねる。

 

「姉様、本当にこの方見込みはあるんですの?」

 

「筋は悪くは無い……まあ、まだ保留の段階だがな」

 

「上杉山隊、応答するにゃ!」

 

 突然、又左の声が通信機から響く。御剣が冷静に応える。

 

「こちら御剣、どうした?」

 

「上越市の商店街で、妖の反応を確認! 億葉が向かっているにゃ!」

 

「規模は?」

 

「約二十体! 但し、壬級、癸級に合わせて、辛級も数体混ざっている模様にゃ!」

 

「……億葉を信用してない訳ではないが、千景、万夜、念の為応援に向かってくれ」

 

「了解!」

 

「姉様はどうされるのですか?」

 

「一応、ここの屋上も確認する。試したいこともあるからな」

 

「? ……了解しました。億葉の援護に向かいます」

 

「ああ、頼む」

 

 走り去る二人を見送って、御剣が勇次に告げる。

 

「では、我々は屋上に向かうぞ」

 

「ああ、じ、じゃなくて、了解!」

 

 勇次たちは屋上の駐車場に出る。勇次は空を見上げて呟く。

 

「もう夕暮れ時か……」

 

「広さは申し分無いな……やはりここで試すとするか」

 

「試す?」

 

「準備がある。ちょっとその辺りを見回っていろ」

 

「へいへい……」

 

 勇次は下を向いて何やらブツブツと呟き始めた御剣と離れて、駐車場を見回すと、止まっている車と車の間に女子高生の姿を見つける。

 

(買い物客か? あんな所に突っ立って……家族でも待ってんのか?)

 

 勇次が目を逸らした瞬間、女子高生が猛然と飛び掛かってくる。

 

「⁉ 何だ⁉」

 

「ち、躱したか……」

 

「! そ、その手、いや、足か? な、なんだお前⁉」

 

 勇次は驚く。女子高生の胴体に手足とは別に四本の長い足が生えていたのだ。

 

「この臭い……お前、私の可愛い子供たちをよくもやってくれたわね……!」

 

「!」

 

 奇怪な姿の女子高生が鋭い足を伸ばし、勇次を貫こうとしたが、間一髪で駆け付けた御剣が刀でその攻撃を防ぐ。攻撃を跳ね返すと、御剣が叫ぶ。

 

「鬼ヶ島、距離を取れ! コイツは蜘蛛の妖! さっきの奴らの親玉だ!」

 

「ええっ⁉」

 

「この建物自体を狭世にしていたか、私としたことが気付くのが遅れた!」

 

「ちょっと待て、妖も狭世を作ることが出来るのかよ⁉」

 

「は、そんなことも知らないの? 貴様ら人間を引きずり込むためよ!」

 

「そういうことだ!」

 

 後退しながら御剣は妖の言葉に頷く。

 

「あいつ、人の姿をしているぜ! 半妖じゃないのか⁉」

 

「半妖なんて半端なものと一緒にしないで頂戴! 私は完全な妖よ!」

 

 蜘蛛の妖はそう叫ぶと、口から糸を吐き出す。御剣が叫ぶ。

 

「避けろ! 手足を縛られるぞ!」

 

 御剣と勇次は左右に飛び、糸を躱す。勇次が叫ぶ。

 

「人の姿をしているのはどういう訳だ⁉」

 

「人の姿に擬態すると、狩りには何かと都合が良いからね……」

 

「だそうだ!」

 

「だそうだじゃねえよ! 肝心なことは全部アイツが教えてくれてんじゃねえか!」

 

 勇次が堪らず大声を上げる。

 

「さて、どう仕留めようかしら……そうだ、これを使おうかしら」

 

「!」

 

「な、何だ⁉」

 

 駐車場に停めてある車が四台、それぞれの方向から御剣に猛スピードで向かってくる。

 

「車がひとりでに動いた⁉ 危ねえ!」

 

「蜘蛛の糸で操っているのだろう!」

 

 そう言いながら御剣は軽やかに襲い掛かる車を躱してみせる。勇次が感嘆する。

 

「す、凄え!」

 

「ふん、この程度、造作もない……」

 

「……そりゃあ、そうするように誘ったからね」

 

「⁉ しまっ……」

 

 御剣の手足が蜘蛛の糸に絡め取られ、体が宙に浮く。

 

「車を操る糸とは別に薄い糸を張っていたのか……ぐっ!」

 

「やめといたら? 無理やり引っ張ったら貴女の手足が切れるわよ」

 

 蜘蛛の妖はそう言って笑うと、勇次の方に向き直る。

 

「厄介そうなやつは捕えた……まずはアンタから狩らせてもらうわ」

 

「くっ……」

 

 及び腰になる勇次に御剣が声を掛ける。

 

「鬼ヶ島、落ち着け! そいつは丁級! 下から七番目の妖だ!」

 

「丁級って上から四番目じゃねえかよ! 不安を煽るんじゃねえ!」

 

「思ったより冷静だな、良いぞ!」

 

「何一つとして良くねえよ!」

 

「ゴチャゴチャと煩いわね……」

 

「くっ!」

 

 蜘蛛の妖は一瞬で勇次との距離を詰め、その脚を振るう。

 

「うおっ!」

 

 勇次が仰向けに倒れ込む。

 

「首を刈ったつもりだったけど……ギリギリで躱しやがったわね。生意気な」

 

「ちっ! どわっ⁉」

 

 素早く立ち上がって、背を向けて逃げようとした勇次だったが、蜘蛛の妖が吐き出した糸に絡まれて、再び仰向けに倒れ込む。手足の自由が完全に奪われた状態となった勇次を蜘蛛の妖は見下ろすように立って尋ねる。

 

「さて、何か言い残すことはあるかしら?」

 

「……趣味の悪い下着穿いてるんだな、流石は完全な妖さまだ」

 

「……殺す」

 

 蜘蛛の妖が右前脚を大きく振りかざす。御剣が叫ぶ。

 

「又左――‼」

 

「⁉」

 

 蜘蛛の妖は驚き、困惑する。自身の振り下ろした右手を勇次が口に咥えた金棒で受け止めたからである。蜘蛛の妖は思わず勇次に問い掛ける。

 

「何……それ?」

 

「フォッチガフィフィタイ!」

 

「……成程、車のミラーを通じて、隊舎とやらから武器を送り込んできたってわけね。ただ残念ね、手足が満足に使えなきゃ、限界よね?」

 

 蜘蛛の妖が再び右前脚を振りかざす。御剣が再度叫ぶ。

 

「鬼ヶ島、怒れ! 先程のやり取りから判断するに、貴様はまだ冷静さを保っている! 妖力をいたずらに暴走させることは無いはずだ!」

 

「フォ、フォンナコトヲフィワレテモ!」

 

「姉の行方を突き止めるんだろう! こんな所で死んでも良いのか⁉」

 

「‼」

 

「だから、ゴチャゴチャと煩いのよ! ⁉」

 

 蜘蛛の妖の振り下ろした右前脚は空を切る。糸を断ち切った勇次が攻撃を躱したのである。蜘蛛の妖は勇次の顔を見て驚く。

 

「あ、アンタ⁉ その頭!」

 

「あん? うおっ! な、なんだこりゃ!」

 

 勇次は近くの車の車体に映った自分の頭を見て仰天する。二本の短い角が額の辺りに生えていたからである。御剣が勇次に問い掛ける。

 

「貴様の名前は⁉」

 

「お、鬼ヶ島勇次だ!」

 

「年齢は⁉」

 

「もうすぐ十七!」

 

「趣味は⁉」

 

「えっと……スマホゲーム!」

 

「好きなセクシー女優は⁉」

 

「し……って、な、何を言わせようとしてんだよ!」

 

「冷静だな! それで戦え! 『鬼の半妖』! 貴様に正におあつらえ向きの武具だ!」

 

「これは……金棒?」

 

「そう、鬼と言えば、金棒だ! 『鬼に金棒』! もはや敵は無い!」

 

「! ナメンな! ⁉」

 

 勇次に襲い掛かった蜘蛛の妖だが、勇次の一振りによって、八本あった手足を一瞬で四本失ってしまった。支えるものを一気に失くし下半身を地べたにつける。勇次は再び金棒を振るおうとする。蜘蛛の妖が命乞いを始める。

 

「ちょ、ちょっと待った! 鬼のお兄さん! ここで私を生かした方が利口だよ? 私の肉体や血液を調べて、後々の為の研究材料にするのよ。悪い話じゃないと思うけど? それに人間の顔をした私を殺せるの?」

 

 勇次は黙って金棒を下ろす。蜘蛛の妖はニヤリと笑う。

 

「流石、話が分かるね、気高さで知られた鬼の種族を受け継ぐだけあるよ。さて、まずは脚四本の治療をお願いするわ。それが済んだら知っていることは何でも話すわよ。取り調べは妖道的見地に則って行って頂戴――ね? あら?」

 

 手足の自由が利くようになった御剣が蜘蛛の妖の首を躊躇なく斬り落とした。

 

「蜘蛛の妖によって犠牲者多数と他の管区から報告があった。貴様を生かす理由は無い」

 

 御剣が納刀すると同時に、緊張の糸が切れた勇次が倒れ込む。

 

 



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第2話(1) 目標へ向けて

                     弐

 

「はっ!」

 

 目覚めた勇次がガバっと飛び起きる。

 

「ここは……隊舎か?」

 

「勇次君! 良かった~」

 

「どわっ⁉」

 

 勇次に対し黒髪のポニーテールの女子が思い切り抱き付く。

 

「お、お前は⁉」

 

「本っ当~に心配したんだからね!」

 

「な、なんでお前がここに?」

 

「取込み中の所大変申し訳ないのだが……」

 

 二人の様子を眺めながら、御剣が話を切り出す。

 

「どわっ⁉ た、隊長⁉」

 

「ふむ……隊長と認識しているか、ではこちらの彼女のことも説明してくれないか?」

 

「か、彼女……」

 

 勇次に抱き付く女子はポッと顔を赤らめる。

 

「え、えっと……」

 

 勇次は自らに抱き付く女子をゆっくりと引き離し、その顔を見ながら、説明を始める。

 

「えっと、こいつは曲江愛(まがりえあい)。俺の家の近所にある神社、曲江神社の娘さんです」

 

「貴様との間柄は?」

 

「あ、間柄? 友人っていうか……そう、幼馴染ですよ! 単なる!」

 

「た、単なる~⁉」

 

「ど、どうした愛、いきなり、首が……な、なんか、く、苦しいぞ……」

 

 ベッドで繰り広げられる二人のプチ愛憎劇には構わず、御剣は考えをまとめる。

 

「危惧されていた暴走はしなかった模様、戦闘後の意識や記憶もしっかりしている……『半妖の鬼としての力』を完全とまでは言わないが、それなりにコントロールすることが出来たようだな、宜しい……」

 

「よ、よろしい……?」

 

 妙に力のこもった愛の両手をようやく振りほどいた勇次が問う。

 

「合格だ、勇次。貴様を我が上杉山隊の隊員として、正式に迎え入れよう。初の実戦後、己の思っている以上に体力と精神力が消耗したのであろう。今日はゆっくり休むといい」

 

「は、はあ……」

 

「どうかしたのか?」

 

「あ、は、はい……今俺のことを勇次って……」

 

「? 貴様の名前は勇次だろう?」

 

「そ、そうですが……痛っ!」

 

 愛が御剣の見えない所で勇次の手をつねる。勇次が小声で愛に文句を言う。

 

「な、なにすんだよ!」

 

「……勇次君、顔ニヤケていない?」

 

「べ、別にニヤケてねえよ!」

 

 愛が御剣の方に向き直る。

 

「隊長、率直にお尋ねします!」

 

「なんだ、愛?」

 

「先日の私との通信では、彼のことを鬼ヶ島と呼んでいました。それが、任務を一つこなしただけで、下の名前で呼ぶようになるとは……新潟でお二人の間に一体何があったのでしょうか⁉」

 

「何があったか……まず勇次が女子トイレに転がり込み……」

 

「女子トイレに勢い良く転がり込み⁉」

 

「なんやかんやあって金の棒を口に咥え……」

 

「き、金の棒をおもむろに口に咥え……⁉」

 

「蜘蛛の妖の下着を覗き見て、殺されそうになっていたな」

 

「し、下着を厭らしく覗き見~⁉」

 

 愛は勇次の手を思い切りつねる。

 

「痛っ‼」

 

「勇次君! 貴方何をやっているのよ!」

 

「ほ、本当に何をやっているんだろうな! 我ながら!」

 

「ひ、否定しないのね……」

 

「そ、そりゃ否定したいのは山々なんだが……」

 

「大分端折っている気がするが……概ね事実だ」

 

「!」

 

 バシンっと大きな音が病室に響き渡った。愛の平手が勇次の右頬を打ったのである。

 

「は、破廉恥極まりないわ! 貴方の顔なんてもう見たくないわ! 失礼します!」

 

 愛は勢い良く部屋から出て行ってしまう。

 

「なかなか厄介なことになっているようだな」

 

「お陰さまでな!」

 

「怒りの矛先が私に向くのか?」

 

「もうちょっと、物は言いようだったんじゃねえのかな~って思うんですけどね!」

 

「まあ、それは良いとして……」

 

「良かねえよ!」

 

「誤解が生じたのならば、後で解けばいい」

 

「簡単に言ってくれる……ってか、あいつの服装……あいつも隊員なんですか?」

 

「そうだ。ちょうど別の任務にあたっていたからな。紹介が遅れた」

 

「そんなこと俺には一言も……」

 

「原則として、妖絶講に所属していることは家族以外の者には口外禁止だからな」

 

 御剣が愛の座っていた席に腰を掛ける。

 

「話は変わる。貴様の今後の目標について話をさせてもらおうか」

 

「目標?」

 

「又左から聞いたが、姉の行方を突き止める為に妖絶講に入ったのだろう?」

 

「ああ……はい、そうです」

 

「妖が人攫いをするという話は古今東西よくある話だ。貴様の読みもあながち外れというわけではないだろう。仮に貴様の姉上が妖によって攫われていたのだとしたら……」

 

「だとしたら?」

 

「下級の妖には難しい。我々妖絶士の目もある。上級の妖の仕業と見て間違いない」

 

「上級……」

 

「そうだ。級種で言えば、甲・乙・丙位か」

 

「こないだの蜘蛛女よりも上の連中ってことですか?」

 

「そういうことになるな。つまりだ……」

 

「つまり?」

 

 御剣は立ち上がって、勇次を指差す。

 

「貴様は優れた妖絶士にならなければならない!」

 

「優れた妖絶士……」

 

「まずは霊力、半妖の貴様の場合は妖力になるか。これは申し分ない。ただ……」

 

「ただ?」

 

「確かに底知れない妖力を感じるが、それを効率良く引き出す、またはそれに耐え得る、知力・体力・精神力がいずれも圧倒的に不足している! だからそうやって気を失って倒れることになるのだ」

 

「ど、どうすれば……」

 

「なに、難しく考える必要は無い。足りないのなら補えば良いだけのこと」

 

「補う……」

 

「まずは基礎体力をつけることだな」

 

「隊長が直々にトレーニングしてくれるんですか?」

 

「そうしてやりたい所だが、私もこれで色々忙しい。明日、奴の所へ向かえ」

 

「奴、ですか?」

 

 翌日、勇次はその者の場所へ訪れる。

 

「……という訳で来た。い、いや、参りました」

 

「ったく、姐御め……面倒事をアタシに押し付けてねえか?」

 

 千景が腕を組んで憮然とした表情で呟く。



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第2話(2) サブミッションコミュニケーション

「ここは……?」

 

 ジャージ姿の勇次は同じくジャージ姿の千景の後に続いて入った部屋を見回す。

 

「隊舎に備え付けの簡易道場だ、隣がトレーニングルームになっている。その隣がシャワールームだ。ひと汗かきたい時はここだな」

 

「外で走ってはマズいのか? で、でしょうか⁉」

 

「あまりおススメはしねえな……この隊舎とその周辺一帯も『狭世』の中で形成された謎多き施設だからよ。まあ、妖絶講の隊舎に特攻カマしてくる気合いの入った妖もそうはいねえと思うがな。走りたい時はランニングマシーンやサイクリングマシーンを使え」

 

「と、いうことは……」

 

「アタシの場合はもっぱらこの道場を使っている」

 

「御指導の程、宜しくお願いします! 押忍‼」

 

「やめろ、どこの熱血武道家だ、お前は……」

 

 大声を発する勇次に対し、千景は心底ウンザリした顔を浮かべる。

 

「で、新入り、お前は姐御になんて言われて、アタシのところに来たんだ?」

 

「え……そ、それはですね」

 

「構わねえよ、正直に話しな」

 

 畳の上で柔軟運動をする千景に促され、勇次も柔軟をしながら話を始める。

 

「『まず、貴様は基礎体力や筋力を伸ばす必要がある! 我が隊において、筋力・体力自慢は樫崎千景! 彼女をおいて他には居ない!』」

 

「ふむふむ……」

 

 千景は満足そうに頷く。勇次は続ける。

 

「『最近では筋力自慢を通り過ぎて、筋肉馬鹿の領域に入りつつあるな! 正直同性としてはそれで良いのかと思わずにはいられんのだが、頼りになることもまた事実! 貴様もしばらく彼女のトレーニングに帯同し、筋肉馬鹿、もとい、筋力自慢の極意を学びとってこい!』……とのことです‼」

 

「……ちょっとこっち来い」

 

「えっ? どぉわ⁉」

 

 千景は油断していた勇次の体勢をあっと言う間に崩し、『首4の字固め』を決める。この技は相手の頭を両脚で抱え込んで、自身の膝下にもう一方の足の足首を通して両脚を4の字の形にして相手の首を絞める技である。

 

「な、何を⁉」

 

「誰が馬鹿正直に一言一句伝えろと言った! 何が『筋肉馬鹿』だ! 誰の為にこうして鍛えていると思ってやがんだ! あの白髪クーデレ剣士がよ!」

 

「え⁉ た、隊長ってクーデレなんですか⁉」

 

「知らねえけど、多分そうだろ!」

 

「デ、デレたとこ見たことあるんですか⁉」

 

「だから、無えよ!」

 

「そ、そうすか。あ、ちなみに俺は、名字から名前呼びになりましたよ!」

 

「何だと⁉ あっ!」

 

「今だ!」

 

 勇次は千景の一瞬の隙を突いて、技から抜け出すことに成功する。

 

「はあ……はあ……『クーデレ隊長攻略作戦』一歩リードっすね」

 

「はん、あんま調子に乗るなよ……!」

 

 千景は勇次に飛びつき、腕を取る。

 

「なっ⁉ 飛びつき腕ひしぎ十字固め⁉」

 

「良いだろう、お望み通り鍛えてやるよ、新入り!」

 

 この技は相手の片腕を足で挟み込み自分の手で引き寄せる技である。一度きまるとなかなか逃げ出すのは難しい技である。

 

「ぐっ……ふん!」

 

「うおっ⁉」

 

 勇次は腕を上げ、千景の体ごと持ち上げる。

 

「せいっ!」

 

「危ねっ!」

 

 体を畳に叩き付けられそうになった千景は慌てて技を解き、勇次から距離を取る。

 

「ふん、馬鹿力が……」

 

「ほとんど極められてましたからね。こうするしか……」

 

「成程ね、それなりに喧嘩慣れしているってわけだ。悪い子だな」

 

 千景は愉快そうにククっと笑う。

 

「それはこっちの台詞ですよ……躊躇いなく腕折りにきたでしょ」

 

「我が上杉山隊のモットーは『躊躇しない』ってことなんだよ」

 

「初耳ですよ、そんなの」

 

「そりゃあそうだ。今思い付いたからな」

 

「なんすかそれ……」

 

 勇次の反応に千景は再び笑う。

 

「……さてどうするか、このままルール無用の残虐組手を続けても良いんだが……」

 

「いやいや怪我でもしたらマズいでしょ」

 

「おいおい、つまらねえこと言うなよ……お互い加減の分からない素人でもねえだろ?」

 

 千景が両手を広げて、大袈裟にため息を突く。

 

「万が一ってこともありますし……」

 

 千景が頭を掻いて呟く。

 

「ぶっちゃけ、今はあいつがいるから少しくらい怪我しても大丈夫なんだがな……」

 

「え?」

 

「まあ、姐御が色々うるせえか……そういや姐御はどうしてるか知ってるか?」

 

「今日は見てないですね。昨日色々やることがあるとかなんとか言ってましたが……」

 

「姐御は隊長であり、管区長でもあるからな。この北陸甲信越管区、第五管区の管区長だ。聞いてなかったか?」

 

「! それも初耳ですよ。ってか、もしかして隊長ってめちゃくちゃ偉い人ですか?」

 

「十二管区長の内の一人だからな、偉いといえば偉いな」

 

「俺らとそんなに年齢も変わらないはずなのに……」

 

 勇次が嘆息する。

 

「妖絶士ってのは実力が全てだ。歳は関係ねえよ。まあ、若い方が有利ではあるか」

 

「有利?」

 

「要はアスリートと一緒だ。歳を重ねる程に運動能力、霊力ってのが次第に衰えてくる。中には例外もいるけどよ」

 

「衰えてきたらどうするんですか?」

 

「引退するか、後方支援にまわるか、だな。後進の育成にあたるって場合もあるな」

 

「そうなんですか……」

 

「ちなみに姐御は五年前、12歳の時に管区長になったな」

 

「ええっ⁉ 12⁉ つまり今17⁉ 俺とほとんどタメ⁉」

 

「そんなに驚くところか?」

 

「いや、驚くでしょ⁉ どこからどうみても歴戦の強者って感じですよ⁉」

 

「確か7歳位から妖絶講にいるんじゃねえのか。十年もいりゃ立派なベテランだ」

 

「な、7歳……なんだってそんな子供の時から……?」

 

「そりゃあお前、代々の……いや、やめた。少し喋り過ぎたな」

 

「え?」

 

「おっし、トレーニング始めんぞ」

 

「お、教えて下さいよ!」

 

「るせえな、女のことをあれこれ詮索すんじゃねえよ」

 

 そう言って千景は隣接するトレーニングルームへと入っていく。勇次も後をついていき、御剣のことを尋ねようとしたが、千景がトレーニングに集中し始めた為、これ以上話を聞くのは無理だと考え、千景と同じトレーニングメニューをこなす。

 

「へえ、アタシと同じメニューをこなすとは……やるねえ」

 

「ま、まあ、鍛えてますから、それなりに」

 

 勇次はやや呼吸を乱しながらもあくまで平静を装って答える。

 

「じゃあ、その調子で今と同じのをもう4セットだ」

 

「ええっ⁉」

 

 そこに警報が鳴り響く。千景が叫ぶ。

 

「出動だ!」



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第2話(3) 今日日、今日日って……

 勇次と千景はすぐさま隊服に着替え、作戦室に入る。御剣がそれを確認して頷く。

 

「よし、全員揃ったな」

 

「あ、あの……」

 

 愛がおずおずと手を上げる。御剣が尋ねる。

 

「どうした、愛?」

 

「えっと……あの……なんと言えば良いのでしょうか……」

 

「? 何だかはっきりしないわね、愛さん、今は急を要する出動前ですわ」

 

「万夜の言う通りだ。愛、後でも良いか?」

 

「え、ええ、大丈夫です、すみません……」

 

 愛が手を下げると、御剣が億葉を見る。

 

「億葉、説明を頼む」

 

「はい、それでは皆様モニターにご注目下さい~」

 

 開いた壁にモニターが現れ、地図が映し出される。

 

「上越市のマンションに多数の妖の反応が見られます。級種は壬級、癸級が多数、中には辛級も何体か混ざっている模様です」

 

「前回の商店街と同じ部隊構成ですわね。出動はわたくしと億葉、おまけに単細胞の組み合わせで宜しいでしょうか」

 

「単細胞って誰のことだ、おい!」

 

「奇遇ですわね。わたくしも他に思い付きませんわ」

 

 いつものように睨み合う千景と万夜の様子に目をやりつつ、御剣が一瞬ではあるが考え込み、指示を出す。

 

「私と千景、愛と勇次の4人で向かう! 万夜は残って状況に変化が生じた場合の指示を頼む! 億葉と又左は待機だ!」

 

「ええっ! 脳筋3人で⁉ 愛さんの負担が大きすぎませんこと⁉」

 

「ちょっと待て、サラッと姐御まで馬鹿にしてんじゃねえよ!」

 

「ふっ、なんだかこそばゆいな……」

 

 御剣が鼻の頭を擦る。勇次が声を上げる。

 

「褒められてないですよ!」

 

「だ、大丈夫です、万夜さん。お気遣い頂きありがとうございます」

 

「愛さんが宜しいのであれば構いませんが……」

 

「それでは現場に向かうぞ。転移室に移動だ」

 

「あ、鬼ヶ島氏、ちょっと待って下さい」

 

「?」

 

 勇次を億葉が呼び止める。

 

「これをどうぞ」

 

「これは……?」

 

「作っておいた金棒ホルダーです。背中に背負うことが出来ますよ」

 

「成程……おおっ、これで両腕が使いやすい! 助かるよ、ありがとうな!」

 

「!」

 

「どうした?」

 

 億葉はやや顔を赤らめて呟く。

 

「思ったよりストレートに感謝されたもので少々面食らいました……」

 

「え?」

 

「い、いえ、なんでもありません。どうぞ出動を」

 

「あ、ああ」

 

 勇次が転移室に入ると、御剣が告げる。

 

「転移先はマンションのエントランスホールが良いだろう。行くぞ!」

 

 御剣に続き、千景と愛が転移鏡に吸い込まれていく。勇次もそれに続く。

 

「どわっ!」

 

 勇次はまたもや豪快にすっ転ぶ。それを見て千景が笑う。

 

「ったく、何をやってんだよ」

 

「み、妙に慣れなくて……」

 

「崖から崖に飛び移れという訳じゃない。小川をヒョイとひと跨ぎするイメージだ」

 

「わ、分かりました。今後気を付けます」

 

 御剣は頷くと、指示する。

 

「さて、もう分かっていると思うが、既に狭世が生じている。先のショッピングモールの様に、建物全体を覆っているようだ。これほどのことが出来るのは恐らく丁級以上の妖の仕業だ。レーダーに反応は無いが、どこかに潜んでいると思われる。注意しろ」

 

 御剣の言葉に3人は頷く。

 

「では二人一組で動こう。6階から上は私と愛。5階から下は千景と勇次に任せる」

 

「了解!」

 

「よし行くぞ、愛」

 

「はい!」

 

「気を付けろよ、愛!」

 

「……話しかけないでもらえますか、破廉恥さん」

 

 そう吐き捨てるように言い残して、愛は御剣に続いて階段を上っていく。

 

「あ……って何でちょっと離れてるんですか?」

 

 勇次は訝しげに自身と距離を取る千景に尋ねる。

 

「確かお前らって……幼馴染だとか聞いてたけど?」

 

「ええ、そうですよ」

 

「それなのにお前、今日日破廉恥呼ばわりされるなんて……相当だぞ?」

 

「いや、今日日って……これは誤解というか解釈違いなんですよ」

 

「何じゃそりゃ、さっぱりわけ分かんねえぞ」

 

「俺も分かりません……!」

 

 その時、勇次たちの身に着けている妖レーダーが反応を示す。

 

「! こっちだ!」

 

 千景が走り出し、勇次もすぐ後に続く。角を曲がると、勇次は驚く。

 

「! あれは……蝙蝠?」

 

 廊下の天井部分に蝙蝠型の妖が何匹か逆さまに止まっていた。勇次たちの接近に気が付くと、間髪を入れず襲い掛かってくる。

 

「くっ!」

 

 勇次が背中に背負った金棒に手を伸ばす。そんな勇次を千景が叱りつける。

 

「馬鹿か! そんなもん、こんな狭い所で振り回せねえだろ!」

 

「ど、どうすれば⁉」

 

「こうすんだよ!」

 

「ええっ⁉」

 

 そう言って、前に出た千景は拳を振りかざし、迫りくる蝙蝠を殴りつける。床に思い切り叩き付けられた蝙蝠は砕け散った。

 

「もう一匹来てる! 左上!」

 

「!」

 

 勇次の声を聞き、千景はやや体勢を低くして、すぐさま拳を振り上げる。強烈なアッパーカットが決まった形となり、天井に衝突した蝙蝠も無残に四散した。

 

「す、素手で……いや、俺も前回はそうだったけど、破壊力が段違いだ……」

 

「素手じゃねえよ、拳痛めちまうだろ」

 

 千景は自分の握り拳を勇次に見せる。その指には金属製の武器がはめられている。

 

「そ、それは⁉」

 

「これか? メリケンサックだ」

 

 千景はニヤリと笑う。

 

「剣とかは使わないんですか⁉」

 

「得物を振り回すのはどうも性に合わねえ……やっぱ女なら体一つで勝負だろ‼」

 

 千景はそう言って、両手を腰にやり、仁王立ちで胸を張る。勇次の目は思わずその立派な胸に釘付けになってしまう。その目線に気付き、千景は冷ややかに呟く。

 

「……どこ見てんだよ、破廉恥野郎」

 

「い、いや! で、でも両手だけじゃ……」

 

「心配……すんな!」

 

 千景が回し蹴りを放ち、後方から迫っていた蝙蝠を壁にめり込ませる。

 

「つま先だけじゃなく、踵にも鉄板を入れた特注の安全靴だ。妖退治は足元からだぜ?」

 

「き、今日日、安全靴って……」




※2021年7/1から7/8まででこの話を読んでくださっている方々へ



 7/9、主人公の一人の姓の読みを「かみすぎやま」から「うえすぎやま」に変更させて頂きました。話の大筋には影響ありませんが、一応ご報告させて頂きます。今後は気を付けますので引き続き宜しくお願いします。


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第2話(4) 中庭の目覚め……からの〇〇

 その後、廊下を歩くと、何匹かの蝙蝠と遭遇したが、千景が手際良く片付けていく。

 

「さ、流石ですね……」

 

「ふん、この程度の妖なんざ、造作もねえよ……お前は呑気に見学に来ただけか?」

 

「い、いいえ!」

 

「だったらもっと気合いを入れろ!」

 

「はい!」

 

 勇次は周辺の索敵に集中し始める。しかし、このマンション一階の妖の反応は途絶えたと判断し、階段で上の階に上がろうとする。そんな勇次の肩を千景がガシッと掴む。

 

「どうしました?」

 

「重大な見落としがあるぞ」

 

「えっ?」

 

「このマンションの内側、中庭は屋上まで吹き抜け構造になっている……」

 

「! ということは……」

 

「中庭から各部屋に侵入するという可能性もある……!」

 

 その時、悲鳴が聞こえた。勇次たちはその悲鳴のあった方に急ぎ、その部屋のドアの前に立つ。部屋には鍵がかかっている。千景が叫ぶ。

 

「ええい、まだるっこしい!」

 

「ええっ⁉」

 

 千景がドアをその脚で豪快に蹴り飛ばす。

 

「む、無茶しますね……」

 

「狭世のことは現世には影響しないって聞いているだろ?」

 

「それはそうですけど……」

 

「安全優先の為だ。ほら見ろ!」

 

「! あ、あれは⁉」

 

 千景が指を差した先には、先程2人が相手をした蝙蝠より一回りほど大きい蝙蝠が二匹いて、黒いゴスロリ服を着た小柄な女の子を連れ去ろうとしていた。

 

「ああいう風に人間を狭世に連れ込んで、幽世かどっかに連れていこうって腹積もりだろうが、そうは問屋が卸さねえんだよ!」

 

 千景が素早く飛び掛かり、女の子を掴んでいた蝙蝠一匹を右ストレートで叩き潰す。

 

「おっと!」

 

 蝙蝠が手を離した為、床に倒れ込みそうになった女の子の体を千景は両手で受け止めつつ、自身の体を反転させ、左足を高く上げて、逃げようとしたもう一匹の蝙蝠を蹴り飛ばす。蝙蝠は部屋の壁に叩きつけられて砕け散る。

 

「ほらな、廊下だけでなく、部屋の中も注意する必要があるんだよ」

 

「は、はあ……」

 

「……己の抱きかかえているものに対してもね」

 

「⁉ しまっ! ぐっ……」

 

 千景が驚くと同時に、その女の子の背中から大きな翼が開き、手に生える鋭い爪を千景の肩に突き立てる。苦悶の表情を浮かべる千景とは対照的に、女の子に化けていた蝙蝠の妖は愉快そうな声を上げる。

 

「まさか、こんな単純な手に引っかかってくれるとはね。可愛い子供たち相手に大分好き放題暴れてくれたじゃないのよ……まずはアンタから殺してあげるわ。どんな殺し方が良い? 爪で喉笛を切り裂いてあげる? それとも爪で心臓を抉り出してあげる?」

 

「……二択と見せかけて、結局どっちも爪じゃねえか、芸が無えな、それとも能無しって言った方が良いか?」

 

 痛みに呻きながらも千景が憎まれ口を叩く。

 

「……それじゃあ、とっておきの方法で殺してあげるわ!」

 

「うおっ!」

 

 蝙蝠の妖が千景を抱えたまま、部屋から飛び出て、中庭を一気に上昇していく。勇次がそれを慌てて追いかける。

 

「マンション10階分、約30mの高さ……ここから思い切り叩き落としてあげる! このアイディア、どうかしら?」

 

「……はっ、最高に趣味の悪いご提案だな」

 

「千景さん! くっ!」

 

 勇次が腕のレーダーを使って、御剣らに通信を試みる。しかし、通信状況が思わしくなく、ノイズ音が流れるのみである。

 

「! なんだ⁉ 通信障害かよ⁉」

 

「無駄よ! アタシの翼からは特殊な音波が発生しているの、そんなチャチな通信機器なんて役に立たないわ!」

 

「ならば、隊長――‼ 愛――‼」

 

 勇次はマンションの上階に向かって、大声で呼びかける。千景が首を振って叫ぶ。

 

「無理だ! コイツ、この中庭部分だけ違う狭世を発生させていやがるんだ!」

 

「ええっ⁉」

 

「隣接しているとはいえ別の空間みたいなもんだ。こちらの声が届くどころかその存在にすら気付きにくい。器用なマネしやがって……」

 

「そういうことよ、見かけによらず頭が回るのね」

 

 蝙蝠の妖はクスクスと笑い、思い出した様に勇次に尋ねる。

 

「そういえば、隊長って、白髪の女剣士?」

 

「知っているのか⁉」

 

「それなりにね。私たちにとっては厄介極まりない、近づきたくない存在よ。そうか、この辺りはあの女の縄張りだったわね。まあ、それくらいでないと楽しくないか」

 

「楽しくない……?」

 

「弱い人間どもをただ狩るのも退屈でしょ? ゲームには少し位スリルが無いとね」

 

「! ゲーム……?」

 

「お喋りが過ぎたわね、まずはアンタから肉塊に変えてあげる!」

 

 蝙蝠の妖が地面に向かって千景を投げつける。さらに両翼で大きな風を起こす。風圧に圧された千景の体は凄まじい速さで落下する。

 

「ぐおっ⁉」

 

「そうはさせるかよ!」

 

 勇次が叫ぶ。蝙蝠の妖は嘲笑交じりに声を上げる。

 

「はん、まさか受け止めるつもり⁉ アンタも巻き添えになるだけよ!」

 

「うおおおおっ‼」

 

「⁉」

 

 次の瞬間、千景の体を両手で受け止める勇次の姿があった。千景が呟く。

 

「あのスピードで落ちたアタシを両の手だけで……?」

 

「千景さん、大丈夫ですか⁉」

 

「ああ、なんとかな……って、うおい! ど、どこを触ってやがんだ!」

 

「え? ああっ⁉」

 

 千景は怒声を発する。勇次の左手が千景のその豊満な胸を、右手が健康的な太ももをガッシリと掴んでいたからである。

 

「す、すいません!」

 

 勇次は慌てて千景の体を浮かせ、仰向けにさせると、自身の腹の辺りで抱きかかえる。

 

「こ、これで良いですか?」

 

 所謂『お姫様抱っこ』の状態になり、千景と勇次の互いの顔が近づく。沸騰したかのように千景の顔がボッと赤くなる。

 

「~~~よ、良かねえよ! さっさと下ろせ!」

 

「は、はい!」

 

「ったく……ってお前、その頭……?」

 

「え? って、うおっ! また角が生えてやがる!」

 

 勇次が自分の頭を触って驚く。

 

「姐御の報告よりも角が長くなっているような……妖力がさらに高まったのか?」

 

「ひょっとして、トレーニングの成果ですかね?」

 

「それともアタシのグラマラスな体を揉みしだきやがったからか?」

 

「そ、そんな! そこは関係ないでしょ! 多分……」

 

 勇次はマジマジと両手を見つめ、ワシワシと動かす。

 

「冗談で言ったんだよ! その手つきを止めろ!」

 

「何かの術を使ったかと思ったら、まさか鬼の半妖とはね!」

 

 勇次は背中の金棒を引き抜き、蝙蝠の妖に向ける。

 

「てめえは俺がぶっ飛ばす……!」

 

「はっ、状況を考えなさいよ! この高さまでどうやって飛ぶ気?」

 

「こうやんだよ!」

 

「⁉」

 

 勇次は地面に金棒を思い切り叩き付ける。地面が割れ、土塊がいくつか舞い上がる。勇次はその土塊を足場代わりにして上手く飛び移りながら、蝙蝠の妖に迫る。

 

「どうだ、届いたぜ! 喰らえ!」

 

「ちぃっ!」

 

 勇次は金棒で殴りかかるが、蝙蝠の妖の片翼をもいだのみに留まった。

 

「躱しやがったか!」

 

「まだ片翼がある! もっと上昇するわ! 同じ手は食わないわよ!」

 

「くそっ!」

 

 勇次は落下しながらももう一度、金棒を振るうが、虚しく空を切る。

 

「はははっ! そんな下からじゃ届かな――」

 

「……ならばその上からだ」

 

 御剣の刀が蝙蝠の妖の頭を後ろから貫いた。

 

「隊長!」

 

「すまん、遅くなった。まさか狭世を二重に発生させていたとはな。ちょうど屋上を調査している時、お前らの気配に気付いた。こうした場合の対処法も考えんとな……」

 

「冷静な分析中失礼します!」

 

「? 何だ?」

 

「我々、目下落下中であります!」

 

「ああ、そうだな」

 

「そ、そうだなじゃなくて、ぶ、ぶつかる――! ⁉」

 

 御剣が刀を振るう。自らの脚と地面を一緒に凍らせることによって、直撃を避ける。

 

「簡単にだが凍らせた。叩き割れるぞ。すぐに溶けるから待っていても良いが……」

 

「ほ、ほうですか……じゃ、じゃあこのまましばらく待機します……」

 

「ふ、ふざけんな、早く退けろ!」

 

「皆さん! 大丈夫です……か……?」

 

 中庭に駆け付けた愛が絶句する。勇次が仰向けに倒れた千景の胸にその顔を埋めていたからである。御剣がゆっくりと口を開く。

 

「……妖は絶やした。その他は特に目立った問題はない」

 

「い、いや問題しかないでしょう⁉ 氷の蒲団で男女が同衾をしているんですよ」

 

「あ、愛! こ、これは誤解、というかその、そう、不可抗力だ!」

 

「せめて顔を上げなさいよ! 破廉恥だわ!」

 

 勇次の苦しい弁明を愛は切って捨てる。



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第3話(1) 言葉足らず

               参

 

「はあ……」

 

 隊舎の食堂で独り座り、勇次は大きなため息を突く。千景が対面に座る。

 

「おいおい、どうした? ん? 何だ、水しか飲んでねえじゃあねえか?」

 

 千景が勇次の目の前に置かれたコップを指差す。

 

「あまり食欲が湧かなくて……」

 

「なんでまた?」

 

「色々と悩み事が……」

 

「悩むのは結構だが、妖絶士ってのは身体が資本だ。無理やりにでも食え」

 

 そう言って、千景はピンク色の可愛らしい柄の大判ハンカチに覆われた箱をテーブルにドンと置く。勇次が首を傾げる。

 

「なんですか、これ?」

 

「ふふっ、開けてみな」

 

「! こ、これは……!」

 

 それは彩り鮮やかなおかずが可愛らしく並べられたお弁当であった。おかずが花の形や動物の形に象られているのが印象的である。

 

「こ、これ、ひょっとして、千景さんが?」

 

「……アタシの手作りだ、悪いかよ」

 

 勇次の問いに千景は若干顔を赤らめ、目を逸らしながら答える。

 

「せ、せっかくなので、頂きます」

 

「! お、おう……」

 

 勇次がお弁当のおかずを箸で掴み、口に運ぶ。

 

「! う、美味い! 美味いですよ! 千景さん!」

 

「へへっ、だろう?」

 

「こ、これは意外な……」

 

「意外ってなんだよ⁉」

 

「い、いえ、とっても美味しいです……でもどうして?」

 

「こないだは助けられちまったからな、そのお礼みたいなもんだ」

 

「あ、ああ……」

 

 勇次は地面に叩き付けられそうになった千景を受け止めた時を思い返す。ついでにその時触った豊かな体の感触を思い出してニヤケそうになった顔の筋肉を必死に押し留める。

 

「そ、その、なんだ、勇次さえ良けりゃ、また作ってやるぞ。アタシも任務があるから流石に毎日って訳にゃいかねえが……」

 

「ち、千景さん? 今俺のことを勇次って……」

 

「千景、で良いって。さん付けなんてこそばゆいからよ……」

 

「じゃ、じゃあ、千景……」

 

「お、おう、なんだ、勇次?」

 

「放課後破廉恥クラブのお二人!」

 

 二人の机の脇に愛が腕を組んで立っている。勇次が返事する。

 

「な、なんだよ、愛。放課後って……いくらなんでも言い過ぎだろ!」

 

「いや、そこはどうでもいいだろ⁉ ってか、アタシまで破廉恥扱いかよ!」

 

「当然です。妖絶士にとって大事な任務中に呑気にベッドインされていたんですから……」

 

「だから、あれは不可抗力だって!」

 

「そうだ、不幸な事故だ!」

 

「見苦しい言い訳は結構です。先日の任務についての報告書を早急に提出して下さいと事務方からの連絡です。確かに伝えましたよ!」

 

 そう言って愛は食堂から出ていく。その足音からは怒気が感じられた。

 

「姉様、あの二人、先日何がありましたの?」

 

 離れたテーブルに座り、食後のお茶を啜っていた万夜は不思議そうに首を傾げ、向かいの席で食事をとる御剣に話しかける。

 

「……簡単に言えば、互いに氷漬けになりながらも熱い抱擁を交わしていたな」

 

「肝心な所を省き過ぎの様な気がしますが、それは確かに破廉恥ですわね……」

 

「隊員同士の交流が深まるのは喜ばしいことだ」

 

「その結果、風紀が乱れてしまっては元も子も無いのではと思いますが……」

 

「そうか? 又左はどう思う?」

 

 御剣は隣に座る又左に問い掛ける。

 

「そ、そこでワシに振るかにゃ……」

 

「というか、又左さんは何をお食べになっていらっしゃるの?」

 

「よくぞ聞いてくれたにゃ、『特製ねこまんま』にゃ!」

 

「そんなメニューがあったのですね。初耳ですわ」

 

「それはそうにゃ。知る猫ぞ知る、特別裏メニューだからにゃ!」

 

「隊舎に出入りする猫なんて貴方くらいでしょ……」

 

「とにかく、これは結構なお値段がするにゃ。それを気前よく奢ってくれるとは……流石、我らが御剣隊長! 器が大きいにゃ!」

 

「好きな物を頼め、とは言ったが、奢るとは言っていないぞ」

 

「ふにゃ⁉」

 

 又左は驚きの余り、口にしていた特製ねこまんまのご飯粒を斜め前に座る万夜の顔に向かって噴き出した。万夜が慌てる。

 

「ぎゃっ⁉ ちょ、ちょっと又左さん! はしたないですわよ!」

 

「だ、騙すとはあんまりにゃ!」

 

「そんなつもりは無かった。勝手に勘違いしたのは貴様だろう」

 

「ぐぬぬ……」

 

「……ごちそうさまでした」

 

 御剣は食事を終えると、トレーを下げ、お茶を注いで、元の席に戻る。又左が抗議する。

 

「じゃあ、なんで食堂に誘ったにゃ!」

 

「相談したい事があった。別に食後でも良かったのだが」

 

「相談?」

 

「ああ、勇次の今後の育成方針についてな」

 

 御剣は、弁当を食べ終え、千景とともに、トレーニングに向かう勇次の背中に視線を送る。

 

「育成?」

 

「奴には一刻も早く、一人前の妖絶士になってもらわなければならないからな」

 

「フォノ……そのお話、わたくしが聞いても宜しいんですの?」

 

 飴を舐めながら、万夜が尋ねる。

 

「構わん。隠すような話でもないからな」

 

「ふむ……勇次の課題は大雑把に言えば『妖力を暴走させない』ということにゃ」

 

「そうだな。同感だ」

 

「その為にまず、『基礎体力をつける』……これは千景の指導の下、ある程度順調に進んでいると見て良いと思うにゃ」

 

「あの体力馬鹿のアホ丸出しの練習メニューについていくなんて……随分と食欲を無くしていたようですが?」

 

「まあ、その辺りはおいおい慣れていくだろう。要は根性だ」

 

「そう、結局最後に物を言うのは根性にゃ!」

 

「人猫揃って前時代的な考え方ですこと……」

 

 万夜が呆れ気味に呟く。

 

「それで次はどうすれば良い? やはり『知力を深める』ことか?」

 

「そうにゃ、例えば霊力や妖力の仕組みについて理解を深めることはとても大切にゃ」

 

「それは億葉辺りが適任だな。だが、今は出張中だったか……」

 

「では、もう一点……『精神力を高める』ことだにゃ」

 

「うむ、何事にも簡単には動じない精神力を養う必要性があるな……」

 

「そう、『妖力を暴走させない』ことにも繋がるにゃ」

 

「姉様が直々にトレーニングをなさるの?」

 

 万夜がお茶を啜る。

 

「そうしてやりたいが、私も色々と忙しい……万夜、勇次を男にしてやってくれないか?」

 

「ブホッ!」

 

「ふにゃ⁉」

 

 万夜が口に含んでいたお茶を思いっ切り又左の顔に向けて噴き出す。

 

「げほっ、げほっ……だから、言い方!」

 

 万夜が激しく咽ながら、御剣をたしなめる。



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第3話(2) メンタルトレーニングを履き違えた結果

「あの……」

 

 普段は使用しない予備の作戦室で頭を抱える万夜に勇次が恐る恐る声を掛ける。

 

「あ~みなまで言わないで下さる? どうせ『精神力を高めることが肝要だ!』とかなんとか、姉様に言われてきたのでしょう?」

 

 万夜は俯きながら、片手を挙げて、勇次の考えを推察する。

 

「そ、その通りです」

 

「……」

 

 万夜は顔を上げたものの、両手両足を組んで、視線は明後日の方に向けている。相変わらず飴を舐めている。勇次が再び声を掛ける。

 

「すみません……トレーニングをして頂きたいのですが……?」

 

「フォモ、そもそも論として!」

 

 万夜が飴を取り出し、いきなり大声を上げる。

 

「精神力を鍛える適任者がわたくしだとは到底思えませんの!」

 

「そう言われても……」

 

「姉様の付き人でもしていた方がよっぽど有意義ですわよ?」

 

「管区長として色々お忙しいようなので……」

 

「ああ、それはそうでしょうね……」

 

 万夜は溜息を突いて、しばらくの間考え込み、膝をポンと打って立ち上がる。

 

「……仕方がありませんわね。メンタルトレーニングでもやるとしましょうか」

 

「メンタルトレーニングですか?」

 

「様々な考え方があるかとは思いますが、わたくしの考えとして……メンタルとは三つの構成要素で成り立っています」

 

「三つですか?」

 

 勇次の問いに万夜が頷く。

 

「そう、『思考』・『感情』・『行動』の三つです。この三つの要素の調和、バランスを上手く取ること、それがメンタルをより良い状態に保つ為に必要なことですわ」

 

「な、成程……」

 

「では、まず思考のトレーニングと参りましょう。資料室に移動しましょうか」

 

 二人は資料室に移動する。所狭しと並べられた本や、積み重ねられる資料の束を見て、勇次は感嘆の声を上げる。

 

「凄い量の本や資料ですね……」

 

「妖絶講が組織としてきちんと整備されてからも数百年は経過しているわけですから、これくらいは当然です。むしろ他の隊舎に比べたら少ない方ですわ」

 

 万夜は近くの本棚から、適当に一冊を取って、勇次に渡す。

 

「そこの席に座って、これを朗読なさい」

 

「えっ! こ、これをですか……?」

 

「そうですわ。思考力を高めるにはやはり読書が一番ですわ」

 

「ろ、朗読って、声に出すんですか?」

 

「ええ、実際に言葉にすることによって、理解力も深まるというものですわ」

 

「ほ、本当に良いんですか?」

 

「? 良いから早くなさい」

 

「わ、分かりました……」

 

 勇次は咳払いを一つして、本を読み始める。

 

「『あは~ん、うふ~ん、そうよ、山田君、アタシの言った通りにするのよ……良い子ね、もっとご褒美あげちゃうわ……』」

 

「な、何を読んでいるんですの⁉」

 

「『女教授明美の回路はショート寸前』ですね」

 

「タイトルは聞いておりませんわ!」

 

「渡されたもので……」

 

「どなたですの⁉ こんな本を持ち込んだのは⁉」

 

 万夜が勇次から本を取り上げ、思い切り机に叩き付ける。

 

「万夜さん、少し落ち着きましょう。そんなに動揺しないで下さい」

 

「これが動揺せずにいられますか⁉ むしろ女の前で官能小説を躊躇いなく朗読出来る貴方の神経を疑いますわ!」

 

「トレーニングだと言われたので……躊躇なく読ませて頂きました」

 

「そこは躊躇なさいよ!」

 

 何故か胸を張る勇次に対し、万夜は一旦声を荒げるが、すぐに落ち着きを取り戻す。

 

「ま、まあ、とりあえず思考は宜しいですわ! 次は感情のトレーニングですわ!」

 

 二人は再び予備の作戦室に戻る。勇次が尋ねる。

 

「感情のトレーニングって、何をすれば良いんですか?」

 

「感情力を高めること、それ即ち、いついかなる時においても冷静さを保つことですわ!」

 

「……ちょっと分からないですね」

 

「手本を示して差し上げますわ! わたくしになんらかのアクションをしてご覧なさい。あ、言っておきますけど、お触りとかは無しですわよ!」

 

「し、しませんよ、そんなこと!」

 

「ではお手並み拝見といきましょうか」

 

 万夜が腕を組んで壁際に立つ。

 

「はあ……それじゃあ」

 

 勇次がスタスタと万夜の方に向かって歩き出す。万夜が若干驚く。

 

「な⁉」

 

 勇次が壁にドンと手を付き、万夜に顔を近づけ、囁く。

 

「そのいつも舐めている飴、何味なんですか?」

 

「ひ、日替わりですわ……」

 

「今は?」

 

「い、今?」

 

「今の貴方の口の中を知りたいんです……」

 

「オ、オレンジ味ですわ……」

 

「そうですか……」

 

 勇次は万夜から離れると感心する。

 

「流石ですね、冷静さを保っている」

 

「こ、これくらいお茶の子さいさいですわ!」

 

 万夜は髪をかき上げながら声を上げる。

 

「で、でもなかなかの高等技術でしたわね!」

 

「高等技術ですか?」

 

「一体どこでそんな技を身に付けたのですか?」

 

「身に付けたって……ネットで見かける漫画広告とかですかね」

 

 勇次が鼻の頭をかきながら答える。

 

「……つまり、実戦は初めてと?」

 

「実戦って……まあ、そうなりますね」

 

「ふむふむ、そうですか、成程、初めて……」

 

 万夜は顎に手をやりながら頷く。

 

「あ、あの……?」

 

「では、次はわたくしのターンですわ! そこに跪きなさい!」

 

「ええっ⁉」

 

 勇次は戸惑いながらも両膝を床に突く。万夜は椅子を勇次の前に置き、その椅子に片脚を乗せ、跪く勇次の顎を片手でクイっと持ち上げる。

 

「……さあ、わたくしの脚をお舐めなさい」

 

「い、いや、何を言ってるんですか⁉ 冷静になって下さい!」

 

「わたくしは100%冷静ですわ!」

 

「だったら、尚更マズいです!」

 

「ああ、万夜さん? こちらにいらっしゃったんですか。ちょっと確認したいことが……」

 

 その時、愛が部屋に入ってきた。勇次たちの様子を見て、しばし固まる。

 

「あ、愛……?」

 

「破廉恥さがもはや留まることを知らない!」

 

 愛はそう叫んで部屋を飛び出して行く。

 

「ま、待て、愛! ⁉」

 

 そこに警報が鳴り響く。万夜が冷静に叫ぶ。

 

「出動ですわ!」



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第3話(3) どうしたことか

 勇次たちはすぐに作戦室に集まった。

 

「億葉は出張中……これで全員集合だな」

 

「あ、あの隊長……」

 

 何事か言いたげにしている愛の様子を見て御剣が首を傾げる。

 

「どうかしたのか、愛?」

 

「い、いえ、やっぱりいいです。すみません、大したことではありませんので」

 

「? まあいい。万夜、状況説明を頼む」

 

「はい。糸魚川市の病院に妖の反応があります。数としては約三十体程でしょうか。級種は癸級と壬級のみのようです」

 

「ふむ……ならば今回は私と万夜と勇次の三人で向かうとしよう。愛と又左は連絡係、千景は待機していてくれ」

 

「ちょっと待った姐御! アタシの怪我ならもう大丈夫だぜ?」

 

「この所ずっと出動が続いていたからな、無理はするな。たまには休め」

 

「……そう言われちゃあな、了解」

 

 千景は渋々ながら引き下がる。御剣は頷き、万夜と勇次に向き直る。

 

「では出動する。二人とも、私に続け」

 

 そう言って、御剣は転移鏡に飛び込む。万夜が何かを思い出したかのように振り返る。

 

「又左さん、愛さん、どちらでも構いません。申し訳ないのですが、わたくしのアレを用意して下さいます? 更衣室のロッカーに入っておりますから」

 

「! アレが必要になるのか⁉」

 

「念の為ですわ。なんとなく嫌な予感がするので」

 

「……分かりました。持ってきておきます」

 

「ありがとう。お願いしますわ」

 

 万夜は転移室を出ようとする愛にお礼を言って、転移鏡に飛び込む。

 

「……アレ?」

 

 首を捻る勇次に千景がにやける口元を抑えながら話しかける。

 

「くくっ……勇次、心の準備をしておけよ?」

 

「……骨は拾ってやるにゃ」

 

「えっ? どういう意味だよ?」

 

「健闘を祈るぜ!」

 

「! お、押すなよ!」

 

 勇次は千景に背中を叩かれ、バランスを崩しながら転移鏡に吸い込まれていく。

 

「どわっ!」

 

 次の瞬間、勇次は病院の床に突っ伏した。

 

「ふふっ、三度目の正直ならずか」

 

「全く、何をやっているんですの……」

 

 勇次の間抜けな姿に御剣は笑い、万夜は呆れる。

 

「い、いや千景に押されたんですよ!」

 

「どうでもいいですわ。それより情報の共有と現状の把握をしますわよ」

 

 万夜の言葉に御剣が頷く。

 

「この病院は東棟と西棟の二つの棟で出来ています。我々が現在いるのは東棟の入り口ですわね。レーダーを見た所、妖は西棟に集中しているようですわ」

 

「狭世がこの建物自体を覆っている。新潟や上越の時と同様に、どこかに上級の妖が潜んでいるだろう。私はこのまま東棟を見回る。二人は西棟を頼む」

 

「「了解!」」

 

 勇次と万夜が西棟へ向かったのを見届けて、御剣は東棟の捜索をはじめる。

 

「さて……そう何度も勘が外れてしまっていては隊長としての沽券に係わるのだが……」

 

 御剣はやや早足で、棟内を見てまわり、突き当たりの部屋にさしかかる。御剣はそのドアを押し開く。

 

「ここは手術室か……ん?」

 

「ひっ!」

 

 白衣を着た男性が御剣を見て手術台の陰にしゃがみ込む。

 

「連れ込まれたのではなく、迷いこんでしまったのか……もう大丈夫ですよ」

 

「ひぃ……」

 

 御剣が優しく話し掛けるが、男性は尚も怯えた様子を見せる。

 

「迷い込むということは出ることもまた可能。どこかに穴は……待てよ、あるいは一旦隊舎に送るか? ちょっとお待ち下さい――」

 

「!」

 

 御剣が背中を向けると、しゃがみ込んでいた男性が突如襲いかかったが、その鋭い一撃を御剣は背中越しで刀で受け止める。

 

「ちょっと待てと言っただろう? わざわざ三文芝居に付き合ってやったというのに……」

 

「ちぃっ!」

 

 男性に化けていた妖は舌打ちをする。その妖の両肩辺りからは蟷螂の鎌のようなものが生えていた。

 

「蟷螂型の妖……貴様が親玉か。勘が当たった、三度目の正直だな」

 

「何をブツブツと! 狩りの邪魔をするなら始末してやる! オペの開始だ!」

 

「上手いことを言ったつもりか? その両手でまともな手術が出来るとは思えんが」

 

 御剣は刀で妖の両手を指し示す。

 

「悪性の腫瘍は切除するのが一番だ!」

 

「!」

 

 妖が右の鎌を振るうが、御剣はしゃがみ込んで躱す。

 

「悪性とは随分とご挨拶だな」

 

「褒めたつもりだ、お前のことは知っているぞ、白髪の女剣士!」

 

 蟷螂の妖が今度は左の鎌を振るう。対して御剣は飛んで躱すが、妖は間髪を入れず、右の鎌を振るう。御剣はなんとか刀で受け止めるが、衝撃を殺しきれず、弾き飛ばされ、壁に叩き付けられる。御剣は小さく呻く。

 

「ぐっ……」

 

「喰らえ!」

 

「!」

 

 妖が再び左の鎌を振るうが、御剣はまたも刀で受け止める。

 

「反対側がお留守だぞ! こうやってお前のような剣士を何人も……!」

 

「何人も……どうした?」

 

 妖は絶句する。繰り出した右の鎌を御剣が左手の指二本で平然と受け止めたからである。

 

「そ、そんな馬鹿な!」

 

「鎌使いの達人の相手は何度かしたことがある。貴様の鎌さばきはそれに比べると見極め易いな。次からは気を付けることだ。もっとも……」

 

「お、おのれ!」

 

「次など無いが」

 

 御剣は刀を瞬時に横に薙いで、妖の両方の鎌を切り捨てる。さらに返す刀で妖を左肩辺りから袈裟切りする。妖は力なく崩れ落ちる。御剣はレーダーを確認する。

 

「西棟もあらかた片付いたようだな……ん! これは⁉」

 

 消えかけている妖を見下ろしながら、御剣は舌打ちをする。

 

「そういうことか……」

 

 一方、西棟では……

 

「ミョギ!」

 

「せい!」

 

「フィダリ!」

 

「うりゃ!」

 

「フム、ビョウデキデスワネ……」

 

「飴ばっか舐めてないで戦って下さいよ!」

 

 蟷螂型の妖を何体も金棒で叩き潰した勇次が万夜に抗議する。万夜は飴を取って答える。

 

「これは行動のトレーニングですわ。やはり何事も実戦で実践が一番!」

 

「ええっ⁉ メンタルトレーニング、まだ続いていたんですか⁉」

 

「終わったとは言っていません」

 

「そりゃそうですけど……なんか、それにかこつけて楽してません?」

 

「失敬な。的確な指示をしたでしょう? 何かご不満?」

 

「いいえ! 何も!」

 

 その時、レーダーに新たな反応があった。

 

「まだ妖が残っていましたわ。ん……これは⁉」

 

 次の瞬間、万夜の目前に突如現れた妖が鎌を振るう。

 

「危ない!」

 

 勇次が万夜に飛び付き、抱きかかえるようにして、妖の攻撃をすんでのところで躱し、床に転がり込む。勇次は声を掛ける。

 

「万夜さん! 大丈夫ですか⁉ ん! な、なんだ⁉ 真っ暗だぞ!」

 

「だ、大丈夫ですから! そのまま顔を上げないで下さいませ!」

 

 転がった拍子に、どうしたことか勇次の顔が万夜のスカートの中に入り込んでしまった。

 

「万夜さん、無事なんですか⁉ 」

 

「む、無地なんですかですって⁉ 何を確認しているんですの⁉」

 

「暗くてよく分かりません! それだけ教えて下さい!」

 

「それだけって! それも教えるつもりはありませんわ!」

 

「そ、そんな!」

 

「良いから離れなさい!」

 

 万夜が勇次を蹴り飛ばす。勇次が視界を確保する。

 

「あ、明るくなった! って、お前は!」

 

 勇次の視線の先には看護師服姿の妖が立っている。

 

「……可愛い子供たちを潰すのに飽きたらず、目の前でイチャつくとは……随分とまあ好き放題やってくれるじゃないのよ……!」

 

「くっ!」

 

 勇次は再び万夜を抱き抱え、蟷螂型の女妖が繰り出した鎌を飛んで躱し、距離を取る。

 

「くそ、あの長い鎌は厄介だな……迂闊に近づけない」

 

「……ちょっと下がってなさい」

 

「万夜さん⁉」

 

 次の瞬間、万夜の攻撃が妖に当たる。

 

「ぐおっ⁉」

 

「な、なんだ⁉」

 

 万夜の右手には鞭が握られている。

 

「そ、それは⁉ 万夜さんの武器ですか⁉」

 

 勇次が尋ねるが、万夜はブツブツと呟いている。

 

「ス、スカートの中に……で、でも二回も体を張って助けてくれたのは、恰好良かったというか……それに、なんというか、心が……」

 

「万夜さん!」

 

 万夜が鞭を思い切り床に叩き付けて、勇次に向かって叫ぶ。

 

「ま、まだ認めませんわ! わたくしがあの妖を倒したらノーカウントですわよ!」

 

「な、何を言っているんですか⁉」



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第3話(4) どことなくほんのりと赤い

 困惑する勇次をよそに万夜は気勢を上げる。

 

「さあ、かかってらっしゃい! わたくしの鞭の餌食にしてくれますわ!」

 

「威勢のいいことね」

 

 蟷螂型の女妖は嘲笑交じりに呟く。

 

「長い鎌を持っているとはいえ、この鞭ならリーチの差がある!」

 

 万夜が二、三度素早く鞭を振るい、妖に鋭く的確な攻撃を当てる。

 

「ぐぬっ!」

 

「ほ~ほっほっほっ! 鎌も足も出ないでしょう!」

 

「……あまり調子に乗らないことね!」

 

「⁉」

 

 妖が両の鎌を振るうと、離れていたはずの万夜の腕や脚に傷が付く。勇次が驚く。

 

「な、なんだ⁉」

 

「斬撃を飛ばした……⁉」

 

「あら、案外察しが良いのね」

 

 万夜の言葉に妖が感心した様子を見せる。

 

「ただ、気付いたところで貴女程度じゃどうにもならないけどね……!」

 

 妖が再び両の鎌を振るう。万夜は肩と頬に傷を負う。

 

「ぐっ!」

 

「へえ、首と心臓を狙ったのに上手く躱したのね……生意気な」

 

「万夜さん、こっちです!」

 

 勇次が近くの部屋に万夜を連れ込む。

 

「物陰に隠れる……そういうのを無駄な努力って言うのよ!」

 

「何⁉」

 

 妖の繰り出した斬撃が扉やその周りの壁を破壊し、勇次たちの姿があらわになる。

 

「面倒だから二人まとめて始末してあげるわ!」

 

「うおおおっ!」

 

 妖が攻撃するのを見た勇次が万夜の前に出て、金棒を振るう。次の瞬間、部屋の上部が崩れ落ちる。妖が驚く。

 

「な、なんですって⁉」

 

「斬撃を弾き飛ばした⁉ どうやったんですの⁉」

 

「よ、よく分かりません! やってみたら出来ました!」

 

「出来たって……貴方、その頭!」

 

 万夜が振り返った勇次の頭を指差す。勇次は自分の頭を触り驚く。

 

「うおっ! また角が生えてる!」

 

「そ、それに貴方……」

 

「ま、まだ何か⁉」

 

「どことなくほんのりと赤いですわよ⁉」

 

「いや、なんすかそれ……うおっ、マジだ! どことなくほんのりと赤い!」

 

 勇次は部屋の中の鏡を見て驚く。自分の体から赤色の湯気のようなものが湧いており、体自体もほんのりと赤みがかっていたからである。万夜が不思議そうに呟く。

 

「妖力の極端な発露かなにかかしら……?」

 

「妙な気配をしているとは思っていたけど、鬼の半妖とはね!」

 

「うおりゃ!」

 

「!」

 

「ま、また弾き飛ばした!」

 

「野球部だったんで! 斬撃は確かに速いですけど、軌道が素直で読み易いです!」

 

「か、簡単におっしゃいますけど……」

 

「小癪な……ならば連撃はどう⁉」

 

 妖が両の鎌を素早く何度か振るう。幾つもの飛ぶ斬撃が勇次たちを襲う。

 

「くっ⁉ ⁉」

 

「二人とも、良く耐えた!」

 

 両者の間に飛び込んできた御剣が刀を一閃する。妖の放った飛ぶ斬撃が御剣の術によって氷漬けになり、地面に落下する。

 

「ば、馬鹿な! 斬撃を凍らせた⁉」

 

「さ、流石は百戦錬磨の姉様! 豊富な経験が成せる業ですわね⁉」

 

「よく分からん! やってみたら出来た!」

 

「まさかのアドリブ⁉」

 

 御剣の思わぬ返答に万夜が驚愕する。

 

「おのれっ!」

 

「遅い!」

 

「!」

 

 妖との距離を一瞬で詰めた御剣が刀を袈裟切りに振り下ろす。妖の胴体が二つに別れ、力なく崩れ落ちる。御剣は刀を納め、勇次たちに声を掛ける。

 

「すまん、遅くなった」

 

「い、いえ……」

 

「東棟で丁級を倒したのだが、そいつも囮だったようだ」

 

「ということは?」

 

「今の奴は丙級だ。万夜ですらあまり遭遇したことはないだろう。丙級ともなると、斬撃を飛ばすなど、常識外れの行動を取ってくる。対処することは難しい。間に合って良かった」

 

「隊長も十分常識外だと思いますけどね……」

 

 勇次が呟く横で、万夜が悔しがる。

 

「全く歯が立たなかった……大変な屈辱ですわ!」

 

「その屈辱を今後の糧にしろ……それでは帰投する――‼」

 

「姉様!」

 

「隊長!」

 

 勇次たちは自身の目を疑がった。御剣が背中から脇腹を剣で貫かれたからである。

 

「ちっ!」

 

 御剣が振り向き様に刀を振るうものの、フードを被った急襲者は既に距離を取っている。

 

「随分気を抜いていたようだチュウねえ……正直拍子抜けだチュウ……」

 

「き、貴様が何故ここに⁉」

 

「何故かねえ? 最初は通りすぎようと思ったけど、折角だし、ご挨拶に来たんだチュウ♪」

 

 急襲者はフードを取って顔を露にする。端正な顔立ちの中では特徴的な突き出た二本の前歯が目立ち体格も小柄な、コートに隠された肌も鼠色の男のようである。勇次が身構える。

 

「隊長! 知っているんですか! この鼠男のこと!」

 

「ああ……! 勇次、横だ!」

 

「えっ⁉」

 

 次の瞬間、棍棒を持った大柄な存在が、勇次に向かって殴りかかってくる。巨体に似合わないその俊敏な動きに面食らう勇次だったが、金棒でその攻撃をなんとか受け止める。

 

「ぐおっ……お、女⁉」

 

 この存在はフードなど被っていない。整った顔立ちの色は白く、立った耳の上に短い角が生えている。前髪で隠した右目には黒い大きなぶちがある。問題はコートを羽織っていない体の方である。その豊満な褐色の肉体を、白黒の柄のビキニで覆っているだけなのである。

 

流石にこの相手を「人ならざるもの」だと認識した勇次だったが、そのナイスバディには一瞬ではあるものの、目を奪われてしまう。それを察した万夜が叫ぶ。

 

「露骨な動揺が感じられますわよ! 集中!」

 

「くっ!」

 

「!」

 

「どわっ!」

 

 相手の攻撃を再び受け止めた勇次だったが、桁違いの力で吹っ飛ばされ、壁に叩き付けられる。相手はすぐさま距離を詰め、その手に持つ棍棒を勢い良く振り下ろす。すぐに体勢を整えた勇次は金棒で防ぎ、今度は何とか堪えてみせる。

 

(なんつー馬鹿力だよ、この牛女! いや、この場合は牛力なのか?)

 

「勇次!」

 

「おっと、助太刀には行かせないチュウ!」

 

(速い!)

 

 御剣の前に鼠男がすぐに回り込む。

 

「ならば押し通る!」

 

「出来るものなら!」

 

 御剣の繰り出す刀を鼠男の剣が難なく受け止める。二か所で鍔迫り合いが起こっている状態である。御剣は舌打ちをして、指示を飛ばす。

 

「勇次! 隙を見て、万夜を連れて撤退しろ! ここは私が何とかする!」

 

「そ、そんな!」

 

「こいつらは甲級の妖! 今のお前らには荷が重い!」

 

「こ、甲級⁉」

 

「ならば、この鼠と牛はあの……ここで絶やすが好機ですわ!」

 

「万夜⁉」

 

「又左さん! 例のアレを!」

 

 次の瞬間、部屋の棚のガラスから『例のアレ』と言われる物体が、万夜の手に届く。勇次はそれを見てまたも自分の目を疑う。

 

「はぁっ⁉ メガホン⁉」

 

「アーアーテステス……よし、行きますわよ!」

 

「勇次、両耳を塞げ!」

 

「ええっ⁉」

 

「早くしろ!」

 

 御剣の唐突な指示に従い、勇次は両方の耳を塞ぐ。次の瞬間、万夜がメガホンで叫ぶ。

 

「わたくしの術、『リサイタル』! ご清聴なさい、ア“~ア”~」

 

「!」

 

「! な、なんだ、このダミ声は⁉」

 

「姉様、彼奴ら、わたくしの歌声にメロメロですわ! 今です!」

 

「そうだな、そういうことにしておこう! 勇次!」

 

「おおおっ!」

 

 御剣と勇次は万夜の歌声にたじろいだ相手との鍔迫り合いを制し、すぐ攻撃を加えるが、すんでのところで躱され、かすり傷を負わせる程度に留まってしまう。鼠男は口を開く。

 

「思わぬ伏兵の登場だったチュウ……まあ、今日はこの辺で失礼させてもらうチュウ……」

 

「逃げんのか、鼠男!」

 

「流石は半妖、礼儀知らずな物言いチュウね……僕は『子日(ねのひ)子日』。そしてこちらが『丑泉(うしいずみ)』……以後お見知り置きを。もっとも次会う時が君らの最後だけど……」

 

 そう言って、二体の妖は姿を消す。勇次が御剣に問う。

 

「追いますか⁉」

 

「いや、無駄だ……奴らは神出鬼没。捕まえるのはまず無理だ」

 

「姉様、あいつら……」

 

「ああ、目覚め始めたようだな、『干支妖(えとのあやかし)』……」



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第4話(1) 破廉恥の擬人化

                   肆

 

「はあ、はあ……いくつか質問宜しいでしょうか?」

 

 糸魚川市の病院での任務から数日後、隊舎のトレーニングルームで勇次が上半身裸で腕立て伏せをしながら、御剣に尋ねる。

 

「良いぞ」

 

「怪我の方は大丈夫なんでしょうか?」

 

「治癒治療が迅速に行えたからな、傷は既に癒えた。もう少し静養せよとのことだが」

 

「そ、それは良かったです……。あ、あと、あのサドの駄菓子屋でしたっけ? 奴らは一体何者なんですか?」

 

「……『えとのあやかし』だな、なんだその怪しげなサービス店は……」

 

「もしかして……干支って、子牛虎卯……ってやつですか?」

 

「そうだ」

 

 勇次の適当な言葉に御剣は少し呆れ、頭を抑える。勇次は重ねて尋ねる。

 

「本当に何者なんですか?」

 

「簡単に言えば、人に仇なす妖の中でも最上級種の『甲級』に類する妖たちだ。奇妙なことに干支の動物たちを模した格好をしているため、いつからか干支妖と呼ばれるようになった。その妖力は他の下級の妖と比べれば桁違いだな」

 

「よく、そんな相手にその程度の怪我で済みましたね?」

 

「本気じゃなかったということだろう」

 

「ええっ⁉ あれで本気じゃなかったんですか!」

 

「まあ、その辺りの詳しい話はアイツに聞いてみろ」

 

「ア、アイツですか?」

 

「そうだ、さっきも言ったアイツだ」

 

 御剣は腕を組みながら答える。勇次が再び質問する。

 

「最期にもうひとつお尋ねしても宜しいでしょうか?」

 

「なんだ?」

 

「何故に、俺の背中に座っていらっしゃるのでしょうか?」

 

 勇次の言葉通り、腕立て伏せをする勇次の背中に御剣は優雅に腰を下ろしている。

 

「トレーニングをつけろとは貴様からの要望だろう?」

 

「それはそうですけど、例えば組手とか……」

 

「医療班からはまだ無理はするなと言われているのでな。仕方ないなと思っていたところに……お前の背中が寂しそうだったからな」

 

「そんなに哀愁漂わせていたつもりはないんですが!」

 

「こちらにいらっしゃいましたか、隊長。確認したいことが―――」

 

 トレーニングルームに入ってきた愛は絶句する。その眼に四つん這いになって、背中に御剣を座らせている上半身裸の勇次の姿が映ったからである。それでも愛は、隊長の御剣の手前、何とか平静さを保とうとする。

 

「隊長、例の件なのですが……」

 

「そうだな……この会議は本来なら私も同行したいところだが、生憎こういう状態だ」

 

 御剣が自身の腹の包帯を指し示す。

 

「申し訳ないが、一人で向かってくれないか?」

 

「ひ、一人で、ですか?」

 

「? なにか問題があるか?」

 

「い、いいえ、別に何も問題はありません!」

 

「? それでは頼む」

 

 御剣が立ち上がって、勇次の方を振り返る。

 

「千景に課せられたメニューは消化したのじゃないか。少し休んだらどうだ?」

 

「は、はい……」

 

「勇次さま~♡」

 

 万夜が猫撫で声を上げながら部屋に入ってくる。勇次が戸惑う。

 

「な、何っ?」

 

「はい、ど~うぞ」

 

 そう言って万夜はドリンクボトルを手渡す。

 

「こ、これは……?」

 

「わたくし特製のオリジナルブレンドドリンクです! 水分補給と栄養補給を同時に高い質でまかなえる、スペシャルなドリンクです! 是非ご賞味あれ!」

 

「い、いただきます……! うん、独特な舌触りだけど、喉ごしはさわやか! 不思議な感覚ですね! これを万夜さんが?」

 

「万夜さん、だなんて……万夜で宜しいですわ」

 

「えっ?」

 

「だって、あの日二人は……きゃっ、恥ずかしい!」

 

「隊長!」

 

 勇次たちのやり取りを見ていた愛が御剣の方を向く。

 

「先日の任務、あの二人に何があったんですか⁉」

 

「……簡単に言えば、股ぐら探検を敢行したようだな」

 

「ま、股ぐら⁉」

 

 愛と御剣の会話に気付いた勇次が慌てて弁解する。

 

「い、いや、あれも咄嗟のことで、不可抗力だったんだ!」

 

「股ぐらミステリーツアーは否定しないのね!」

 

「ミ、ミステリーツアーって! ほ、ほら万夜さ……万夜も何か言ってくれ!」

 

 勇次に促された万夜は顔を赤らめながら叫ぶ。

 

「……わたくしはもう、勇次さま以外の方のお嫁にはいけませんわ!」

 

「な、何を言っているんだ!」

 

「~~~! もういいです! 失礼します」

 

 愛が部屋から出ていこうとする。

 

「ま、待て、愛!」

 

「待ちません! 話しかけないでもらえますか! 『破廉恥の擬人化』さん!」

 

「ぎ、擬人化って……!」

 

「少し落ち着け、愛」

 

「隊長……」

 

 御剣が歩み寄ってきて愛に声を掛ける。

 

「見たところ私が勇次の背に座っていたことも、どうやら気に入らなかったのだろう?」

 

「そ、それはちょっと驚いたというか……」

 

「順を追って説明しよう。私がトレーニングルームに入ると、勇次は上半身裸になり、腕立て伏せを始めた。まるでこの上に座ってくれといわんばかりだった」

 

「そ、そんな……」

 

「時系列は間違いないけども! 隊長の主観が混ざっていませんか⁉」

 

「や、やっぱり、『破廉恥の擬人化、破廉恥人』だわ~~~!」

 

 愛は部屋を飛び出して行く。御剣が呟く。

 

「かえって誤解は深まってしまったようだな」

 

「本当ですよ! 何を言うかと思ったら……!」

 

「まあ、女心はなかなか難しいものだ、あまり気にするな、破廉恥人」

 

「破廉恥人って言わないで下さい!」

 

 御剣は勇次を落ち着かせながら、咳払いを一つして、話題を変える。

 

「勇次、貴様の体力は千景に、精神力は万夜にみてもらい、それぞれ大いに高められたようだ。昨日行った抜き打ちの体力テスト、メンタルテストも悪くない結果だった」

 

「は、はい……」

 

「よって、次に鍛えるべきは『知力』だ。妖力の仕組みなどについて、理解を深めることはとても大切だ。先程も言ったが、アイツの所へ向かえ。話はしてある」

 

「は、はい……」

 

 しばらくしてトレーニングルームを後にした勇次は『研究室』と名札が付いた部屋の前に立っていた。ドアをノックしようとした次の瞬間、部屋の中から物凄い爆発音が聞こえた。勇次は驚いて急いでドアを開ける。

 

「大丈夫ですか⁉」

 

「大丈夫、大丈夫、研究に失敗はつきものですから……ドゥフフフ……」

 

 そこには頭が豪快なアフロヘアーになった赤目億葉の姿があった。

 

「それにしてもおかしいですね……計算上なら隊舎ごと吹っ飛ぶはずなんですが……」

 

「ちょ、ちょっと待った! 何の研究をしている⁉」



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第4話(2) そっちの知ですか

 勇次の叫びを聞いて、億葉は勇次の来訪にようやく気付く。

 

「あ、鬼ヶ島氏、どうかされたんですか?」

 

「い、いや、それより大丈夫なんですか⁉」

 

 勇次は億葉の文字通り爆発した髪型を指差す。

 

「大丈夫ですよ、こんなの日常茶飯事ですから」

 

「日常⁉」

 

「ご心配には及びません」

 

「そ、そうですか……」

 

 億葉がポンと両手を叩く。

 

「そういえば思い出しました、御剣氏、隊長が言っていましたね。鬼ヶ島氏が拙者の下を訪ねるからそこんとこよろしく、と」

 

「ええ、『知力を深める』ことが必要だと言われまして……」

 

 億葉がキョトンとした顔で尋ねる。

 

「それならもう十分ではないですか?」

 

「え?」

 

「任務中にも関わらず、金の棒をおもむろに口に咥えるは、布団で同衾するは、スカートの中に頭を突っ込むは……拙者が教えるようなことは何もないと思いますが」

 

「何の話をしているんですか⁉」

 

「痴力の話ですよ、痴漢としての素質は抜群でしょう」

 

「知力を深めたいんです! 知識の知!」

 

「ああ、そっちの知ですか」

 

「そっちしかありませんよ!」

 

「分かりました。ちょっと待っていて下さい」

 

 億葉は隣の部屋に入っていく。

 

「……お待たせ致しました」

 

 しばらくして部屋に戻ってきた億葉の姿に勇次は驚く。ボロボロになった白衣を着替え、モジャモジャになっていた髪の毛もいつもの三つ編み姿に戻っていたからである。

 

「え⁉」

 

「替えの白衣に着替えてきました」

 

「い、いや、それは分かりますが、髪の毛はどうやって……?」

 

「日常茶飯事ですから、セットし直すのも慣れたものです」

 

「そ、そういうものですか……」

 

「そういうものです。どうぞ座って下さい」

 

 億葉は椅子に座り、勇次にも座るように促す。

 

「さて、何か聞きたいことなどはありますか?」

 

「は、はい?」

 

「知力を深めると言っても、拙者にそんなに大層なことは出来ません。ここはシンプルに質疑応答を行うのがベストだと判断しました」

 

 億葉の言葉に勇次は納得する。

 

「ああ、そういうことですか」

 

「お答え出来る範囲でお答えします」

 

「そうですね……まず単純に『霊力』と『妖力』の違いってなんでしょう?」

 

「『霊力』とは簡単に言えば不思議な力のようなものです。実は人間誰しも備わっているものなのですが、通常はその力を自覚したり、他者が認識することはまずありません。特に傑出した霊力の持ち主だけが妖絶士になることが出来ます」

 

「傑出した霊力……」

 

「これまた簡単に言えば、『妖を認識出来るかどうか』ですね、霊力が低ければ、妖の存在に気づくことはありません。水準以上の霊力を備えていれば、妖に気付き、祓うことが可能になります」

 

「視えるかどうかってことですね」

 

「そういうことです。それで『妖力』ですが、これも不思議な力のことを指します。完全なイコールという訳ではありませんが、人間で言う霊力が妖や半妖の場合になると、妖力と言い換えられます」

 

「そうなんですね……」

 

「高い妖力を秘めた妖は人間にとって危険な存在ですので、『根絶』の対象になります」

 

「根絶……根を絶やすってことですか」

 

「そうです。『悪しき妖を根絶し、人間社会の平穏を守る』、それが我々『妖絶講』の掲げる基本的な行動理念です」

 

「ということは俺も……?」

 

 勇次の疑問に億葉は静かに首を振る。

 

「今、悪しき妖と言いました。あくまで人間に害を成す存在が根絶の対象です。もっとも『全ての妖を絶やすべし!』という過激な思想の一派もいますが」

 

「それはまた……」

 

「反対に『妖を徹底的に保護すべし!』という考えの一派もいます。まあ、どんな組織や集団にも極端な人たちは出てくるものですね」

 

 億葉はそう言って笑う。勇次は一呼吸置いて尋ねる。

 

「そもそも妖絶講とは何なんですか?」

 

「古来より妖は人間にとって脅威でした。その脅威を取り除く為に組織された集団です。成立は古代の終わり、つまり平安時代の頃と言われています」

 

「平安時代ですか!」

 

「中世、鎌倉時代から戦国時代においては、全国各地でそれぞれの講が独自に活動していたそうです。近世、江戸時代辺りから、全国的に統一された組織になっていったようですね。それが近代を経て、現代に至ります」

 

「長い歴史があるんですね」

 

 勇次が感心したように呟く。

 

「そうですね。ざっと数えても千年位になりますか」

 

「『干支妖』とは?」

 

「妖の中でも上位に位置する妖です。何故なのかは分かりませんが、十二支を模した姿の為、そのように呼ばれています。はっきりとは分かりませんが、妖絶講にとっては千年の長きに渡る敵ですね」

 

「え、千年ですか⁉」

 

「高い妖力を持っている為、完全に祓うことが出来ていないのが実情です。過去の記録や伝承を調べてみても封じ込めることなどが精一杯なようです。極めて厄介な存在です」

 

「そんな厄介な奴らとこれまでどうやって……」

 

「これは不幸中の幸いと言いますか、連中の活動時期は限定されています。高い妖力を維持する為なのかどうか、正確なことは分かりませんが、一定期間出現した後、十数年間沈黙することが多いです。ただ、今回……」

 

「その沈黙が破られた、と……」

 

 勇次の言葉に億葉が頷く。

 

「そうです。活動し始めたことが確認出来ました。憂慮するべき事態ですね」

 

「不意を突かれたとはいえ、隊長も傷を負わせられました……」

 

「御剣氏も超人的な存在ですが、連中相手には流石に手こずりそうですね。ああ、そうです、更にマズいことに……」

 

「更に?」

 

 首を傾げる勇次に億葉が説明する。

 

「干支妖の覚醒時期にはこれまでややズレがありました。一体、あるいは数体の出現にはなんとか対処することが出来ました。それが今回は一気に二体同時に同じ箇所での出現……! この事実が意味することは!」

 

「……!」

 

 息を呑む勇次に億葉が続ける。

 

「他の干支妖も覚醒している可能性があるということです。しかも……」

 

「しかも?」

 

「孤高の存在とも言える干支妖が連携を取っているという最悪の事態も想定されます」

 

「!」

 

「これまでの歴史ではあまり見られなかったことです。イレギュラーな事態ですね」

 

 億葉がずれた眼鏡をクイっと上げる。そこに警報が鳴り響く。

 

「警報だ!」

 

「出動ですね!」



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第4話(3) ヤベエ奴らの集まり

 勇次は急いで隊服に着替えた億葉とともに作戦室へ向かう。

 

「全員揃ったな」

 

「愛と千景は?」

 

「愛は出張中、千景は燕市での別任務に向かってもらった。万夜、状況説明を頼む」

 

「新発田市のスーパーマーケット内に妖の反応が多数見られます。ただ、級種は癸級と壬級のみによる構成の模様ですね」

 

 万夜の説明に御剣は頷く。

 

「よし、私と億葉、勇次の3人で向かうぞ」

 

「姉様⁉ あまり無理はなさらない方が……」

 

「無理はするが無茶はしない。現場では主に億葉たちに任せるつもりだ」

 

「それならばその役目はわたくしが!」

 

「負傷した箇所は貴様の方が多い。疲れもあるだろう、今回は待機していてくれ」

 

「……了解しました」

 

 万夜はおとなしく引き下がった。御剣は億葉と勇次に向き直る。

 

「では、行くぞ、二人とも」

 

「はい!」

 

「了解したであります!」

 

 勇次が元気よく返事をし、億葉は大袈裟に敬礼ポーズを取る。

 

「私に続け!」

 

「はい! ……って、億葉さん、それは……?」

 

「? 何か?」

 

 転移鏡に吸い込まれていった御剣に続こうとした億葉の姿恰好を見て、勇次が思わず呼び止めてしまう。

 

「その大きいリュックは?」

 

「女の荷物はどうしても多くなるものです、お気になさらず!」

 

「いや、気になりますよ! 登山にでも行くつもりですか⁉」

 

 勇次の指摘は至極もっともなものであった。億葉は彼女の小柄な体がすっぽり入る位の大きさのリュックを背負っていたからである。

 

「山登りの趣味はありませんが……出来なくもないですね!」

 

「出来るんですか⁉ 本当に何が入っているんですか?」

 

「そこは乙女の秘密というやつです」

 

 そう言って億葉は自分の唇に人差し指をあてる。

 

「はあ……大体そんなの背負って動けるんですか?」

 

「意外と軽いですよ、背負ってみますか?」

 

「お二方! 今は一刻を争う事態ですわよ!」

 

 万夜が大声を上げる。

 

「どぅおふ、お叱りを喰らってしまいました、それではお先に」

 

億葉は苦笑しながら転移鏡に吸い込まれていく。

 

「だ、大丈夫なのか……?」

 

 勇次は首を傾げながら、それに続いた。

 

「どわっ!」

 

 転移先はスーパーマーケットの駐車場で勇次は車の縁石に躓いて転び、目の前にいた億葉を押し倒すような形になってしまう。

 

「うおっ、こ、これは噂以上の破廉恥ぶり……」

 

「す、すみません!」

 

 勇次は慌てて立ち上がる。

 

「いきなりとは面食らいました。ところで起こして下さいますか?」

 

 仰向けに倒れた億葉が両足をバタバタさせながら勇次に頼む。背負ったリュックが大きく、足が地面に着いていないのである。

 

「ああ……はい」

 

 勇次が若干呆れながら、手を引いて起こす。御剣が冷静に告げる。

 

「じゃれ合っているところ悪いが、状況を確認するぞ」

 

「は、はい!」

 

「見ての通り、駐車場を含むこのスーパーの敷地全体に狭世が発生している」

 

「ふむ……ただ、妖の反応は店内のみに見られますね」

 

「そうだな。とりあえず店内に入るぞ」

 

 御剣に続き、勇次と億葉も店に入る。何体かの妖が侵入者を撃退するかの様に、三人に向かって襲い掛かってくる。御剣は素早く刀の鯉口を切る。

 

「早速来たな!」

 

「あれは……蜂⁉」

 

 勇次の言葉通り、襲ってきたのは蜂の妖だった。普通の蜂よりも一回り以上大きいが、飛ぶ速さはそれ以上である。億葉が叫ぶ。

 

「飛行スピードが速い! これは厄介ですぞ!」

 

「問題ない!」

 

 声を上げながら御剣が刀を振るう。襲い掛かってきた数体の蜂は御剣による氷の術によって凍らせられて、力なく床に落下し、砕け散る。

 

「すげえな……対空戦も問題なしか……」

 

 勇次が感嘆する。そこに腕に着けている妖レーダーが激しく振動する。

 

「なんだ⁉」

 

「反対方向から蜂の大群来襲であります!」

 

「億葉、任せるぞ!」

 

「任されました!」

 

 億葉はとてとてと前に進み出る。本人は軽いというものの、端から見ればそのリュックは明らかに重そうである。

 

「だ、大丈夫ですか⁉」

 

 心配そうに声を掛ける勇次に対し、億葉は振り向いて答える。

 

「鬼ヶ島氏、先程説明し損ねたことがあります!」

 

「え?」

 

「霊力が極めて高い者、或いは特別な才のある者、はたまた血筋の影響による者、もしくは幸運に恵まれた者が、隊長や万夜氏の様に術を使うことが出来ます!」

 

 億葉が急な早口で捲し立てる。勇次が戸惑う。

 

「は、はあ……って、ってことは億葉さんもなにか術を使えるんですか⁉」

 

「使えませんよ! ヤベエ奴らと一緒にしないで下さい!」

 

「ええっ⁉」

 

「術を使えない、かといって千景氏の様にフィジカルバカでもない、そんなか弱い拙者は……科学の力を駆使して戦うのです!」

 

 そう言うと、億葉の履いているブーツの靴底部分にローラーが、踵の部分に噴射ノズルが飛び出してくる。億葉が叫ぶ。

 

「ブースト、マックス!」

 

 噴射ノズルが火を噴き、凄まじい速さで億葉が妖の群れに向かっていく。

 

「は、速い! あっという間に距離を詰めた! で、でも、どうやって攻撃を⁉」

 

「ふふん! 『一億個の発明! その17! フライスワター!』」

 

「い、一億個⁉ すげえ!」

 

「あくまで自己申告だがな」

 

 純粋に驚く勇次の横で御剣が呟く。億葉が背中のリュックから網付きの棒を取り出す。

 

「って、ハエ叩き⁉」

 

「これはただのハエ叩きにあらず! 伸縮自在のハエ叩き! 伸びろ!」

 

 億葉は伸びた棒を豪快に振るう。網に当たった数体の蜂型妖が四散する。

 

「縮め!」

 

「ハエ叩きが手鏡程のサイズに⁉」

 

「あまり意味のない機能だな……」

 

 尚も蜂型妖は複数飛んでいる。億葉はリュックからプラスチックの小箱を取り出す。

 

「『一億個の発明! その33! ネイルミサイル!』」

 

 小箱を開け、ネイルを指に着けると、両手を上にかざす。そこから超小型のミサイルが発射され、スーパーの天井の一部もろとも残っていた妖を消し飛ばした。

 

「ミ、ミサイル⁉ なんつう破壊力だ……ってかネイルにする必要あったのか?」

 

「年がら年中、ああいう怪しげな発明をしているヤベエ奴、それがアイツ、赤目億葉だ」

 

 唖然とする勇次に対し、御剣が淡々と説明する。



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第4話(4) 大事な発明品

「凄い……あっという間に片が付いた」

 

「まあ、ざっとこんなものです」

 

 億葉は爪の先から立ち上る煙をフッと吹き、駆け寄ってくる勇次に対して胸を張る。

 

「! まだだ!」

 

 二人と離れていた御剣が叫ぶ。

 

「「‼」」

 

 何段にも並んでいる商品棚が次々と倒れ、そこから一体の女の妖が勢い良く飛び出してくる。その姿は一見スーパーに買い物に来た会社帰りのОLかと思われたが、羽が生えており、腰の部分には鋭利な長い針が見える。その妖は億葉に対し襲いかかってきた。

 

「くっ……⁉」

 

 迎撃が間に合わないと判断した億葉は思わず目を瞑る。しかし、体に痛みが感じられない。不思議に思った億葉が目を開けると、そこには驚きの光景が広がっていた。勇次が億葉の前に立ち、妖の繰り出した鋭い突きを背中で受け止めていたのである。億葉が叫ぶ。

 

「な、何をやっているんですか、鬼ヶ島氏⁉」

 

「咄嗟に……体が動いて……ぐふっ!」

 

 勇次が呻く。妖が勇次の体に刺さっていた針を思い切り引き抜いたからである。

 

「ち、邪魔しちゃってくれちゃってさ……まあいいわ、次で仕留める!」

 

 妖が針を億葉に向けて突き出す。しかし、これも勇次が金棒で受け止める。

 

「好きにはさせねえ!」

 

「!」

 

「折角作ったものを潰させるわけにはいかねえんだよ‼」

 

「‼」

 

 勇次の言葉に億葉は両手で胸を抑える。妖は信じられないといった様子で話す。

 

「ば、馬鹿な! あの方に比べて即効性が薄いとはいえ、効き目自体は間違いないはずだ! 私の針を少しでも食らったら、痺れが酷くて満足には動けないはず!」

 

「片手片脚が動けば問題ねえ!」

 

 勇次が叫ぶ。その体の周囲にはまたどことなく赤い空気を纏っている。

 

「鬼ヶ島氏! その頭!」

 

 億葉の言葉に勇次は自らの頭部をさすりながら、自嘲気味に呟く。

 

「へへっ、角が生えてくるのにも慣れてきちまったな……」

 

「お、お前、鬼の半妖⁉」

 

「どうやらそうみたいだぜ! サインでも欲しいか?」

 

「そんなもの要らないわよ!」

 

「ぐっ!」

 

 妖が勇次との距離を一瞬で詰め、針を勇次の左膝に突き刺す。

 

「鬼ヶ島氏!」

 

「一瞬感じた妖力には驚いたけど、まだまだ覚醒途中ってところね! 人間どもにつくっていうのならここで始末する!」

 

 距離を取った妖が、再び勇次に向かって襲い掛かろうとする。勇次は後ろに振り向き、億葉の両肩をガシッと掴む。

 

「でええっ⁉ こ、これはそういうことでごさいますか? 不束者ですが……」

 

 億葉は戸惑いながら両目を閉じて、唇を突き出す。

 

「こんな時に何目を閉じているんですか! それよりも何かないんですか⁉」

 

「え?」

 

「回れ右!」

 

「あ~れ~」

 

 勇次は億葉の体を180度回転させて、その背に背負った大きいリュックのファスナーを下ろし、その中に手を突っ込みかき回すように探す。

 

「あ、そ、そんな強引な……案外嫌いじゃないけど」

 

「ないんですか⁉ アイツの虚を突けるようなものは⁉」

 

「え、えっと、右奥かな~」

 

「これか!」

 

 億葉に言われたものを掴み、勇次はすぐさま振り返る。

 

「よし来い! って、スプレー⁉」

 

「はん、ただの虫除けスプレーが通用すると思うか!」

 

「鬼ヶ島氏、噴射です!」

 

「ええい、ままよ! って、えええっ⁉」

 

「ぐおおっ⁉」

 

 単なる市販の虫除けスプレーかと思われたが、強力な火炎が妖を包みこんだ。

 

「『一億個の発明! その48! フレイムスプレー!』です!」

 

「また物騒なものを……」

 

「今が好機ですぞ!」

 

「よ、よし! 喰らえ!」

 

 勇次は金棒を燃え盛る妖に思い切り叩き付ける。妖は燃えながら、消えていった。

 

「はあ……はあ……やったか?」

 

「まだ反応があります! 駐車場です! 急ぎましょう!」

 

「い、いや、ちょっと待って下さい……ぐえっ!」

 

 億葉は勇次の首根っこを乱暴に掴み、引き摺るようにしながら、ローラーブーツのエンジンを全開にして、駐車場へと急ぐ。

 

「御剣氏!」

 

「来たか! 戊級をよく撃破した!」

 

 御剣が刀を構えながら、駆け付けた億葉たちに声を掛ける。その先の空にはもう一体の妖が浮かんでいる。

 

「ひょっとして、あ奴が親玉ですか⁉」

 

「ああ、さっきの妖が『あのお方~』と言っていたのでな。僅かな気配を察し、駐車場に出てみたら案の定だった!」

 

「援護しますぞ!」

 

「待て、奴は丙級だ! 無闇に動くな!」

 

 御剣は意気込む億葉を制止する。妖が呟く。

 

「私の可愛い子供たちを……よくもやってくれたわね……万死に値する!」

 

「気が合うな、私も貴様を逃すつもりは無い!」

 

 御剣が刀の切っ先を妖に向ける。

 

「ふん……白髪の剣士め、おのれは後回しだ!」

 

「! 億葉! 勇次!」

 

 妖は億葉たちに向かって急降下する。

 

「こ、こっちに来た!」

 

「か、億葉さん、取りあえず手を離して下さい!」

 

「あ、はい」

 

「げほっ、げほっ……これでも喰らえ!」

 

 勇次は金棒で駐車していた車を打ち上げる。車体が妖の方に飛んで行く。

 

「くっ!」

 

 妖はなんとか車体を躱す。

 

「ちっ、外したか……次は当てる!」

 

 勇次は再び車を打ち上げる。

 

「来ると分かっていればこんなもの! どうということはない! ……?」

 

 妖は鋭い針で飛んでくる車体を貫いてみせるが、勇次たちを見失う。

 

「車の陰に隠れたか、小癪な真似を……ん?」

 

 妖の目が車の陰から覗く億葉のリュックを捉える。妖は叫びながら降下する。

 

「はみ出しているぞ! 車体ごと貫いてくれる!」

 

「はみ出させているんですよ!」

 

「!」

 

「『一億個の発明! その62! 火事場の馬鹿力アーム!』 喰らえ!」

 

 両腕に金属製の大きなアームを着けた億葉が車を持ち上げて、妖に向かって思い切り投げつける。妖は急降下を止める。

 

「だから同じ手は……なにっ!」

 

「野球は9回、ツーアウトからだぜ!」

 

 投げつけられた車体から勇次が飛び出してくる。

 

「車に乗り込んでいたのか⁉」

 

「よっしゃ! 捉えたぜ!」

 

 妖よりも上に飛び上がった勇次が空中で金棒を振り下ろす。

 

「ちっ!」

 

「なっ⁉」

 

 勇次の渾身の一振りはすんでのところで躱されてしまう。

 

「馬鹿な!」

 

「大振り過ぎる! 軌道が読み易い―――」

 

「だ、そうだ。次に活かせ」

 

 御剣が背後から妖の腹を貫く。勇次が驚く。

 

「隊長、飛べたんですか⁉」

 

「飛ばしてもらった」

 

 そう言って御剣が視線を下に向ける。勇次が下を見ると、これ以上ないドヤ顔でアームをブンブンと振る億葉の姿が見える。

 

「成程……って、やばい! 着地⁉」

 

「億葉!」

 

「承知!」

 

 億葉が両手のアームを広げ、左手で御剣を、右手で勇次を受け止める。

 

「あ、危なかった……」

 

「助かったぞ、億葉。礼を言う」

 

 億葉はアームを着けたまま、大袈裟に両手を振る。

 

「いやいや礼には及びません。そうですね、研究予算を多少増額して頂ければ……」

 

「……前向きに検討しておこう」

 

「ありがとうございます!」

 

 地面に降りた御剣が指示を出す。

 

「妖の反応は消えた。隊舎に戻るぞ」

 

「了解! ……よいしょっと」

 

 アームを片付けた億葉はリュックを背負う。勇次が戸惑い気味に尋ねる。

 

「億葉さん、その中に何個発明が入っているんですか?」

 

「いや~細かいことは良いではありませんか、旦那様」

 

「だ、旦那様⁉」

 

「拙者の大事な発明品を命懸けで守って下さいました。そんな方は初めてです。それに……いきなり押し倒されたり、中をまさぐられたり……そんなことも初めてです」

 

「誤解を生む言い方止めて下さい!」

 

「拙者のことは億葉とお呼び下さい。もはや夫婦と言っても過言ではないのですから」

 

「過言だ!」

 

 顔を赤らめる億葉の横で勇次は頭を抱える。



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第5話(1) サプライズ転校生

                伍

 

「ったく、たまの休みかと思ったら、学校に行けとはね……」

 

「……」

 

「っていうか、退学とかになっていなかったのかって感じだけどな」

 

「……」

 

「そういや、親に妖絶講のこと全然聞かれないんだけどなんでだろうな?」

 

「……」

 

「おい、なんか反応しろよ」

 

「……前にも言ったように、私に話しかけないでもらえますか。破廉恥の方と同類だと思われたくありませんので」

 

 勇次に対し、前を歩く愛が立ち止まって振り返り、冷たい返事をする。二人は今、同じ高校へ通学している途中である。家が近所の為、当然の如く通学路も同じになる。

 

「破廉恥の方って……」

 

「だって、そうでしょう? やれ同衾や、やれ股ぐら探検隊だとかなんとか言っていたら、今度は夫婦の契りを交わすなんて……これが破廉恥でなくてなんなんですか?」

 

「夫婦云々は億葉が勝手に言っていることであってな……」

 

「億葉……呼び捨てとは随分と親しくなられたようで」

 

 愛がプイっと前を向き、再び歩き出す。

 

「なに怒ってんだよ」

 

「怒ってなどいません!」

 

「いや、怒っているだろ」

 

「別に!」

 

「ムキになっている時点で……」

 

「怒ってないったら‼」

 

 そこに通りがかった自転車に乗った少年が勇次たちに声を掛ける。

 

「いよ~お二人さん、久々に痴話喧嘩かい!」

 

「違う」

 

「違うわよ!」

 

 愛は叫んで、スタスタと歩いていってしまう。自転車の少年が首を竦める。

 

「ありゃ、マジで機嫌が悪い系? タイミング不味かったかな?」

 

「いや、気にすんな、健一……」

 

 勇次が頭を掻きながら呟く。健一と言われた少年は改めて勇次に声を掛ける。

 

「っていうか、久々だな、勇次。風邪は治ったのか?」

 

「え?」

 

「半月近くも休むなんて、随分拗らせたな~」

 

「あ~そういう欠席理由になってんのか……」

 

「ん?」

 

「い、いや、何でもない。それより俺らも早く行こう」

 

 勇次は首を振って歩き出す。

 

「っていうか、勇次お前さ、俺が送ったメッセージくらい返せよな。それくらい出来ただろ? 未読無視は結構傷付くぜ~」

 

「あ、ああ、それは悪かった。ちょっとスマホの調子が悪くてな……」

 

「気の無い男に対する女子の言い訳か!」

 

「色々バタバタしていてな……」

 

「風邪なのに出歩いていたのかよ! そりゃ長引くわ」

 

「ちょっと殺されかけたりしてな……」

 

「お、穏やかな話じゃねえな、そんなにヤバい病気だったのか?」

 

「冗談だ」

 

「なんだよ、冗談かよ~」

 

 健一は笑って勇次の肩を小突く。勇次もふっと笑う。この少年は山田健一と言って、勇次と愛とは小学校から一緒の間柄である。特に勇次とは気兼ねなく話すことが出来る、数少ない友人である。

 

「曲江もなんか怒っていたな、痴話喧嘩の内容は?」

 

「なんだ、痴話喧嘩って……幼馴染同士の単なる口論だ」

 

「待って、今なんて言った? 〇〇〇同士の所、もう一回言ってくれ」

 

「なんだよ……幼馴染同士って言ったんだよ」

 

「あ~」

 

 健一が頭を抱える。

 

「勇次、お前よお、俺らはもう高二だぜ?」

 

「そんなことは知っている」

 

「そろそろさ、ほら、進展させないと!」

 

 健一の言わんとしていることを勇次がようやく理解して、顔を赤らめる。

 

「い、いや、俺と愛はそんなんじゃなくてだな……」

 

「はい、出た! 『そんなんじゃない』! じゃあ他に『どんなん』があるの? もしかして『あんなん』があるの? それとも『こんなん』があるの?」

 

「健一、少し落ち着け……」

 

「これが落ち着いていられるか! お前らとはガキのころから約10年の古い知り合いだ。是非とも良い感じに落ち着いて欲しいと思っているんだよ!」

 

「その気持ちはありがたいが……」

 

「何か問題があるのか?」

 

「うん……問題だらけだな」

 

 勇次の頭の中には自分に愛情たっぷりのキャラ弁を作ってくれる千景、栄養たっぷりのスペシャルドリンクを作ってくれる万夜、実験要素たっぷりのよく分からない怪しげな実験品を作ってくれる億葉たちの顔が次々と浮かぶ。

 

「まさか、他の女か⁉」

 

 妙に鋭い健一の追及に内心舌打ちした勇次は無理やり話題を変える。

 

「そ、そういや、部活の方はどうなんだ?」

 

 一瞬間が開いたが、健一が笑顔で答える。

 

「それなんだけどよ、今度の大会レギュラー取れそうなんだよ!」

 

「おお! そりゃ良かったな、おめでとう」

 

「……勇次も野球部戻ってこないか?」

 

「え?」

 

「投手のお前が戻ってきてくれたら凄い戦力アップになる! 県大会も良い所狙える!」

 

「い、いや、悪いけど俺は野球辞めたんだ……他にやることが出来てな……」

 

「他って、お姉さんのことか?」

 

「……」

 

「わ、悪い。変なこと言っちまった」

 

「いや、良い。それより俺と同時期に辞めたキャッチャーのアイツにもう一回声を掛けてみたらどうだ?」

 

「え? そんな奴居たか?」

 

「いや、居ただろ、俺とバッテリー組んでいた……名前は思い出せないが」

 

「おいおい、マジの幽霊部員でも見たんじゃねえの⁉」

 

「はは、笑えねえな……」

 

 今度は健一が話題を変える。

 

「そう言えばさ、ウチのクラス、今日転校生が来るらしいぞ!」

 

「え? こんな時期にか?」

 

「ああ。そして喜べ、すげえ美人らしいぞ!」

 

「誰の情報だ、それ?」

 

「安藤、アイツこういうことは耳聡いからな~」

 

「そうか」

 

 勇次は足早に校舎に入る。

 

「なんだよ、興味ないのかよ」

 

(それよりも眠い……保健室で休むとするか)

 

 朝のHR、担任の後ろを歩く制服姿の美少女を見て、クラスが騒然となる。男子生徒のみならず、女子生徒もその美貌に目を奪われる。担任に促され、美少女が自己紹介する。

 

「はじめまして、上杉山御剣と言います」

 

「「⁉」」

 

 あまりの驚きに勇次と愛は思わず立ち上がってしまった。



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第5話(2) ハイスクールに通ってみた

「どうした? 鬼ヶ島、曲江。座りなさい」

 

「は、はい……」

 

「……」

 

「……では上杉山さんの席はあの二人の間の席で」

 

「分かりました」

 

 御剣が席に座るやいなや、愛が手を挙げる。

 

「先生!」

 

「ん? どうした?」

 

「隊、い、いえ、どうやら上杉山さんの体調があまり優れないようなので、保健室に連れていっても宜しいでしょうか?」

 

「そうか? ならば保健委員の井上が……」

 

「いえ、ここは私が!」

 

「そうは言ってもだな……」

 

「ご心配なく! こう見えても小学校の頃、いきものがかりでしたから!」

 

「心配はしていないが……まあいい、頼むぞ」

 

 愛の剣幕に押され、担任は愛に任せることにした。愛が勇次に目配せし、それを受けて勇次もすかさず手を挙げる。

 

「先生! 二人に何かあるといけないので、俺も行きます!」

 

「いや、何かって、ただ保健室に行くだけだろう……」

 

「お願いします! こう見えても小学校の頃、ベルマーク回収委員でしたから!」

 

「だからどう見えるかなんて知らん!」

 

「ここは行かせて下さい! 実は俺もちょっとまだ体調が……病み上がりなので!」

 

「元気そうだがな……まあいい、二人で連れていってやれ」

 

「はい!」

 

 勇次と愛は御剣を連れて、一階の保健室へと向かった。御剣はベッドに静かに腰を下ろして、二人に尋ねる。

 

「……どういうことだ?」

 

「「それはこっちの台詞です!」」

 

 勇次と愛は一言一句、大声で同じセリフを叫ぶ。御剣が両耳を抑えながらウンザリした様子で呟く。

 

「いきなり大声で叫ぶな……養護教諭がいたら注意されるところだぞ……」

 

「叫びたくもなりますよ!」

 

「そうです! どうして隊長がここにいらっしゃるんです⁉」

 

「ふむ、話せば長くなるのだが……」

 

 腕を組む御剣に勇次たちは息を呑む。

 

「私も急遽非番になったのでな……ヒマだから来てみた」

 

「話短っ⁉」

 

「ヒ、ヒマだからって……」

 

「付け加えるのならば、ハイスクールライフというのを体験してみたくなった」

 

「そ、そんな……」

 

「心配するな。貴様らに迷惑を掛けるつもりは無い」

 

 そう言って御剣は立ち上がり、スタスタと保健室を出ていく。勇次が追いかける。

 

「あ、ちょ、ちょっと待って下さいよ!」

 

「余計な心労が掛かりそうなんですけど……」

 

 愛が頭を抑えて呟く。

 

「……このように、平安時代の貴族たちは自作の歌を送り合ってお互いの愛を育んでいたのです。ロマンチックだと思いませんか、皆さん。えっと、上杉山さんはどうかしら?」

 

「まだるっこしいことこの上ないですね」

 

「はい?」

 

「好きだと思ったのなら、すぐにその思いを伝えるべきです」

 

「は、はあ……」

 

「戦場においては一瞬の判断が生死を分けます」

 

「せ、戦場……?」

 

「ぶほっ、ぶほっ、うぉっほん!」

 

 御剣の隣に座る愛がわざとらしく大きく咳き込む。古文の女性教師が戸惑う。

 

「だ、大丈夫? 曲江さん?」

 

「大丈夫です。それより先生」

 

「な、なにかしら?」

 

「上杉山さんは恋愛を戦いに置き換えて考えていらっしゃるのだと思います」

 

「あ、ああ、なるほど、それなら合点が行きます……行くかしら?」

 

 女性教師は首を傾げながらもその話題を打ち切った。愛は溜息をつく。そして放課後、女子生徒たちに囲まれて、質問攻めにあう御剣。

 

「上杉山さんって何か趣味とかあるの?」

 

「趣味? そうだな……強いて言うなら、鍛錬だな」

 

「た、鍛錬?」

 

「ああ、絶え間ない研鑚だ、あれはいいぞ、自己を高めてくれる」

 

「スマホでメールとかやらないの?」

 

「メール? ああ、文のことか、ちょっと違うが写経は毎晩欠かさずしているな」

 

「しゃ、写経?」

 

「ああ、あれもいいぞ、心を落ち着かせてくれる」

 

「よく分かんないけど、いわゆる意識高い系ってやつ~? それも良いけどさ~良かったらウチらとカラオケとか行かない?」

 

「空……桶……?」

 

「そう、みんなで楽しく歌うの」

 

「空の桶に敵将の首を詰めて、勝利の凱歌を上げるわけだな! どうしてなかなか見上げた心意気ではないか!」

 

「あ――‼」

 

 愛が突如叫んで立ち上がり、御剣たちに向き直る。

 

「ごめんなさい、上杉山さんのことは私と勇次君が先に誘っていたの。だから申し訳ないんだけど、カラオケはまた今度にしてもらえる?」

 

 愛は両手を合わせて、女子生徒たちに謝罪する。

 

「曲江さんはともかく……鬼ヶ島は何の関係があんの?」

 

「ん?」

 

 女子生徒たちの視線が勇次に集中する。愛が目配せする。なにか気の利くことを言えということであろう。勇次は頭を撫でながら、答えを絞り出す。

 

「い、いや、上杉山、さんがさ、愛の実家の神社に結構興味があるみたいでな、俺らで案内しようって話になったんだよ。な、そうだよな?」

 

「そ、そう! そういうことなの!」

 

 愛が同調する。女子生徒たちが互いの顔を見合わせる。

 

「それってつまりさ……」

 

「そういうことだよね?」

 

「そうだよ、曲江さんの実家にご挨拶ってこと!」

 

「「え?」」

 

 間の抜けた表情をする勇次と愛の肩を女子生徒たちがポンポンと叩く。

 

「いや~とうとう決心したんだな、お二人さん」

 

「ご挨拶が上手くいくように健闘を祈る!」

 

「後は籍入れるだけだな。いや~お互い休みがちの間にそこまで進展していたとは……」

 

「ち、違うわよ! そんなんじゃなくて!」

 

 何やら誤解をしている三人組に対し、抗議しようとする愛だったが、三人組は笑顔で無言のサムズアップを返してくるだけだった。これ以上なにを言っても無駄だと思った愛は、鞄を取り、勇次たちに声を掛ける。

 

「もう帰ろう、勇次君! 上杉山さん!」

 

「お、おう……」

 

 勇次たちも続く。

 

「全く……皆で家に行くってだけで、なんでそんなことになるのよ! 本当に困っちゃうわよね、勇次君?」

 

「あ、ああ……」

 

「何よ、その生返事は」

 

「い、いや、久々に俺のことを勇次君って呼んでくれたな~って思って、何だかうれしくなってさ」

 

 そう言って、勇次は満面の笑みを浮かべる。愛は顔を赤らめて早歩きで歩き出す。

 

「おい、どうしたんだよ、急に」

 

「何でもないわよ!」

 

「お二人さん、いちゃついている所大変申し訳ないのだが……」

 

「「いちゃついてません‼」」

 

 またも二人の大声が揃う。御剣はまた両手で両耳を抑えながら呟く。

 

「今日の私と勇次の泊まる宿なんだが……」

 

「ああ、それならウチにどうぞ、一応この辺りではそれなりに大きい神社ですから、客間の一つや二つ……って、ええっ⁉」

 

 愛が驚きの声を上げる。

 

「どうした?」

 

「と、泊まる?」

 

「やはり宿泊代を出した方が良いか。後で隊の経理の方から……」

 

「そ、そうではなくて! いやそれも大事ですが!」

 

「だからどうした?」

 

 愛が震えながら尋ねる。

 

「私と勇次の泊まる宿とおっしゃいましたか?」

 

「ああ、言ったな」

 

「勇次君は自分の家に帰れば良いじゃないですか!」

 

「ああ、そう言われると、それもそうだな。すっかり失念していた。それでは勇次、貴様の部屋に泊まらせてもらうことにするぞ」

 

 ペットボトルの水を飲んでいた勇次が水を吹き出す。

 

「けほっ、けほっ、な、なんでそうなるんですか⁉」

 

「トレーニングをつけて欲しいと言っていただろう? 最近任務続きで互いの時間がなかなか合わなかったからちょうど良い、夜のトレーニングだ」

 

「だから、誤解を招く言い方!」

 

 御剣を諌めながら、愛の方に恐る恐る視線を向ける。愛が俯いて小刻みに震えている。

 

「あ、愛……?」

 

「破廉恥警報最大級……青少年の皆様は一夜の間違いにご注意下さい……」

 

「お。おい。なにをブツブツ言ってんだ……?」

 

 すると愛はバッと顔を上げて、こう宣言する。

 

「お二人とも、今日は私と三人で仲良く寝ましょう!」

 

「ええっ⁉」

 

 愛の突拍子もない提案に勇次は驚く。



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第5話(3) 衝撃は突然に

「愛ちゃん、お帰りなさい。あら、勇次君、お久しぶりね」

 

「和子さん、どうも……」

 

 元気な声で帰宅する娘を出迎える愛の母親、和子に勇次が軽く頭を下げる。おばちゃんと呼ぶと機嫌が悪くなるためである。

 

「えっと、そちらは……」

 

「ご無沙汰しております。上杉山です」

 

 御剣が丁寧に頭を下げる。

 

「あ~隊長さん! 愛ちゃんと同じ制服だから全然気が付かなかったわ。今日はどうされたの? 愛ちゃんが何かやらかしちゃいました?」

 

「お母さん!」

 

「いえ、愛さんはよくやってくれています」

 

「そうですか……それじゃなんでまた?」

 

 愛は言いにくそうに口を開く。

 

「き、今日、この二人が私の部屋に泊まるから」

 

「え……? 隊長さんと勇次君が?」

 

 和子はきょとんとした顔になる。

 

「だ、ダメよね、やっぱり……」

 

「愛ちゃん!」

 

「は、はい!」

 

「おめでとう! 遂にこの日が来たのね」

 

「は?」

 

 和子は勇次の方に向かって正座し、三つ指を突いて頭を下げる。

 

「不束な娘ですが……どうぞよろしくお願いします」

 

「ちょっと待ちなさいよ! それは私の台詞……でもないわよ!」

 

「さあさあ、勇次くん、ご飯にする? お風呂にする?」

 

「あ、すいません、飯はさっき食べてきたんですよ……」

 

「じゃあお風呂ね、どうぞ、一番風呂よ!」

 

「ちょ、ちょっと待って……」

 

 和子は勇次の腕を引っ張っていってしまう。呆然と立ち尽くす愛に御剣が声を掛ける。

 

「お邪魔する」

 

「あ、ああ、二階ですから、私の部屋……」

 

「分かった」

 

「あ、先にお風呂頂いたぜ……」

 

 体を火照らせながら、勇次が愛の部屋に入ってくる。愛が冷ややかに話し掛ける。

 

「子供のころならともかく、図々しいでしょ」

 

「和子さんが強引で、つい……」

 

「ふっ、幼馴染というか、もはや家族同然の扱いだな」

 

 愛の学習机の椅子に腰掛けながら御剣はフッと微笑んだ。

 

「で、どうするんだ?」

 

「私が聞きたいわよ!」

 

「鍛錬でもつけてやるか?」

 

 御剣が部屋の真ん中のテーブルに片肘を突いて構える。

 

「え?」

 

「知らんのか? 腕相撲だ」

 

「知ってますよ、それくらい……えっ、俺と隊長がやるんですか?」

 

「他に誰がいる」

 

「わ、分かりました」

 

 勇次は戸惑いながら、御剣と向かい合わせになって手を組む。勇次は考える。剣術は勿論のこと、体術さばきにおいても今の御剣には到底叶うまい。ただ、純粋な腕力勝負ならば、自分に分があると判断した。その結果……

 

「ふん!」

 

「ぐおっ⁉」

 

「これで隊長の30勝0敗ね、どうする、まだ続ける?」

 

 愛が呆れた声を上げる。勇次は床を叩く。

 

「くそ! どうして⁉」

 

「当然、腕力は貴様が上回っている。ただ力の使い方、込め方、そして、勝機の見極め方がまだまだ甘いな」

 

「くっ……」

 

「要はタイミングだ、何ごとにおいてもな」

 

「タイミング……」

 

 勇次が自身の手を見つめながら悔しそうに呟く。雰囲気を変えようと、愛が提案する。

 

「息抜きにゲームでもしませんか? 楽しいですよ!」

 

「ゲーム?」

 

「ええ、『桃〇』とかどうですか?」

 

「お、良いな、『〇鉄』! 懐かしいな~99年プレイやろうぜ!」

 

「そんなのやっていたら寝る時間が無くなるでしょ!」

 

 勇次の無謀な言葉に愛が突っ込む。

 

「もも……てつ……?」

 

 御剣が首を傾げる。愛たちが驚く。

 

「え、ご存じないんですか、桃〇⁉」

 

「『太ももが鉄のように硬い男てつ〇』、略して、ももてつなら知っているんだが……」

 

「いや、なんでクソゲーの方を知っているんですか⁉」

 

「億葉から教えられた」

 

「ロクでもないこと教えているな、アイツ……」

 

「まあ、5年プレイでやりましょうか」

 

「……これは私の勝ちか?」

 

 数時間後、御剣がゲーム画面を見ながら呟く。

 

「ば、馬鹿な……ことごとく青マスに、サイコロの目の出も良すぎる……」

 

「カードの引きも抜群……強運の域を超えている、もはや豪運……」

 

 勇次と愛はがっくりと肩を落とす。しばし間を置いて愛が首を左右に振って御剣に向き直って尋ねる。

 

「隊長、そろそろ本当のことを教えてくれませんか?」

 

「ん?」

 

「今日私たちの学校に来た理由です。まさか本当に気まぐれな訳がないでしょう」

 

 真っ直ぐ自分を見つめてくる愛に対し、御剣はふっと笑う。

 

「流石に誤魔化せんか」

 

「当然です」

 

「えっ⁉ 普通の女の子みたいにハイスクールライフを体験してみたかったんじゃないんですか⁉」

 

「勇次君、黙っていて! ……どうなんですか?」

 

「……これを見て欲しい……ん? 画像はどうやって表示するんだ?」

 

 御剣が自身のスマホを取り出すが、不慣れの為か操作に戸惑う。愛が手を差し出す。

 

「貸して下さい」

 

「すまん。通話はなんとか覚えたのだが……」

 

「……この方々は⁉」

 

「見覚えがあるだろう?」

 

「ええ勿論、先日の会議でお会いしました。どうされたのですか?」

 

「妖の襲撃により、二人とも命を落とした」

 

「‼」

 

「え……」

 

 愛は驚きの余りスマホを落とし、勇次は言葉を失う。御剣は淡々と説明を続ける。

 

「この二人と貴様には明確な共通項がある。妖はそれを狙って動いているようだ」

 

「……共通項?」

 

 勇次がスマホを手に取り、首を捻る。画像に映っているのは男性と女性だった。

 

「……俄かには信じがたい話です。妖がそこまで計画的に動いていると?」

 

 愛はなんとか冷静さを保ちつつ、御剣に尋ねる。

 

「長い歴史を紐解いてみれば、無くも無い話だ、連中はただの獣とは違う。多少知恵の働く輩も出てくるだろう」

 

「干支妖の仕業ですか?」

 

「それはまだ分からん。だが、手口から見て上級の妖が動いているようだ」

 

「……次の狙いは私ですか?」

 

「彼らはそれぞれ福島と群馬で殺られた。地理的に考えれば、次は新潟の貴様だと考えるのが妥当だろう。必要以上に怯えさせたくはなかったから黙っていた、すまん」

 

「いいえ……」

 

 頭を下げる御剣に対し、愛はゆっくりと首を振る。勇次が堪らず口を挟む。

 

「そ、それならほとぼりが冷めるまで隊舎にいた方が良かったんじゃないですか?」

 

「……このご時世、妖絶士というのはあくまでも陰の仕事だ。陽に当たる道を歩ける者にはその道を歩いて欲しい。私の分もな……」

 

「隊長……」

 

「今のも半分本音だが、もう半分の本音を白状すると……愛には囮役になってもらおうと思っていた。私の管区でケリをつけられるならそれに越したことはないからな」

 

「そ、それはまた随分な本音で……」

 

「許してくれとは言わん」

 

「いえ……私が隊長なら同様の判断を下したと思います」

 

 愛は小さく呟く。御剣は立ち上がる。

 

「ちょっと厠を借りる……今日、兄君たちは不在か?」

 

「え、ええ、長兄は東京に会合で、次兄も新潟の方に……トイレは階段を降りて左です」

 

「そうか。失礼する」

 

 御剣は部屋を出る。愛と勇次は黙る。階段を降り、廊下を歩きながら御剣は思考する。

 

(不在とはいえ、かなりの霊力、いや、神職の場合は『神力(しんりょく)』か。神殿を中心に強い結界を張っているのが感じられる。こんなところに襲ってくるはずも無いか……)

 

 御剣は考えながらトイレに入る。

 

(次に狙うとすれば山梨のアイツか? 一応注意喚起しておくか、いや、アイツが私の言うことに素直に耳を傾けるとは思えんな……⁉)

 

 御剣は僅かな異臭を感じ、鼻を抑える。

 

(しまった! 眠りの香か! 馬鹿か私は! 油断した……)

 

 意識を失った御剣はドアにもたれかかるように倒れ込んでしまう。

 

「ん?」

 

「どうしたの?」

 

「いや、和子さんが外に出ているんだけど……」

 

 勇次が窓の外を指し示す。愛が覗き込む。

 

「境内の警備かしら?」

 

「警備?」

 

「賽銭泥棒とか罰当たりな奴がいるからね。境内を見て回っているのよ。でも変ね……兄さんたちが居ない今日は泊まりの職員さんもいるのに……」

 

「……ちょっと、見てくるわ」

 

「あ、勇次君、私も行くわ」

 

 勇次たちは玄関を出て、和子の後を追いかける。

 

「和子さん! 警備なら俺が代わりますよ」

 

「お母さん! 買い物なら明日でも良くない?」

 

 勇次たちの問いかけに反応した和子はゆっくりと振り向く。

 

「境内から出たな……この時を待っていた!」

 

 和子が猛然と愛に襲い掛かる。勇次が咄嗟に愛をかばう。

 

「! 危ない!」

 

「⁉ 勇次君!」

 

 勇次が脇腹を右手で抑えてしゃがみ込む。抑え込んだ部分には血が滲んでいた。

 

「ぐっ……」

 

「ちっ、今のに反応するとはな……」

 

「お母さん⁉」

 

 和子の手には血の付いた包丁が握られている。



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第5話(4) 影の狙い

「どういうことなの……?」

 

「死ね!」

 

 和子が再び愛に向かって飛び掛かる。

 

「させるか!」

 

「くっ!」

 

 勇次が再び愛をかばい、和子を抑え込む。

 

「まだ動けるか、貴様!」

 

「ふん……!」

 

 愛は混乱した頭を何とかまとめようとする。

 

(狙いは私だったのに! 呑気に出て来るのは迂闊だった! それにしてもお母さんはどうしたというの? 操られているの?)

 

「どけっ!」

 

「うおっ⁉」

 

 和子が勇次を突き飛ばす。その様子を見て、愛は驚きながら考えを巡らせる。

 

(お母さんの腕力で勇次君を突き飛ばすなんて、普通は無理! 身体ごと乗っ取られているということ? でも一体どうやって?)

 

「くたばれ!」

 

「!」

 

「⁉ 煙玉⁉ 小癪な真似を!」

 

 三度飛び掛かろうとした和子に向かって、愛は煙玉を投げつける。和子の周囲に煙がもくもくと立ち込める。その隙を突いて、愛は勇次を引きずりながら、わずかばかりではあるが距離を取る。

 

「お前、あんなもん持っていたのかよ……最近のJKの流行りなのか?」

 

「どんな流行りよ! 知っている人から最近貰ったのよ。まさか使うことになるとは思わなかったけどね……」

 

「奴の狙いはお前だ! 俺のことはいいから!」

 

「そういうわけにはいかないでしょ! ちょっと黙っていて!」

 

「な、何を……⁉」

 

 愛が勇次の脇腹の傷に両手をかざす。愛の両手と勇次の傷口が青白い光に包まれる。

 

「こ、これは⁉」

 

「……ふぅ、とりあえず応急処置よ」

 

 愛が額の汗を拭いながら呟く。

 

「応急処置って……傷が塞がっている⁉ 痛くねえ⁉」

 

「これが私の術よ」

 

「お前も術持ちだったのか……!」

 

 煙が晴れて、和子が襲い掛かってきた。勇次は愛を抱きかかえるようにして、その攻撃を横っ飛びで躱す。

 

「大丈夫か⁉」

 

「ちょ、ちょっと、何処触っているのよ⁉」

 

 勇次の手が愛の胸に触れていた。勇次は慌てて手を離す。

 

「わ、悪りぃ! 不可抗力だ!」

 

「頻繁に不可抗力が働くことで……」

 

「す、すまん……」

 

「でも助かったわ。ありがとう」

 

「お、おう。それで話は変わるけど、さっき隊長が言っていた明確な共通項っていうのはもしかして……その術か?」

 

「そうよ、細かい種類は違うけど、二人とも私と同じ治癒・治療系の術を有していたの」

 

「そうなのか……」

 

「妖を相手にして全く無傷でいるというのは難しいからね、妖絶講の各管区、各隊、必ず一人二人は回復系統の術を持った隊員がいるわ。前線に出る出ない等の差はあるけどね」

 

「そこを狙ってきたってことか……」

 

「どこで知り得たのかは分からないけどね」

 

「女め! 貴様を始末すれば! この地域の妖絶士など恐るるに足りん!」

 

 和子が包丁の刃を愛に向けて叫ぶ。

 

「くっ……和子さんの姿っていうのがどうにもやりにくいな……どうする? 腹パンでもブチかまして気絶させる……って訳にはいかないよな?」

 

 勇次は横目で愛に尋ねる。

 

「気を失わせるのは悪くないけど、お母さんの身体が保たない恐れがあるわ。回復すれば良い話だけど、母親を痛め付けるのは気が進まないわね」

 

「だよな……」

 

「ここは……」

 

 愛が視線を境内に向ける。

 

「一旦、境内の中に戻るわよ!」

 

「おう!」

 

 愛と勇次は境内に向かって走り出す。

 

「させるか!」

 

「ぐっ⁉」

 

「な、何⁉ 身体がほとんど動かない……!」

 

 和子が手をかざすと、勇次と愛の身体が何かに縛り付けられたように止まってしまう。

 

「ふふっ、境内から引き離した意味が無くなるからな……」

 

「くそっ!」

 

「ふん、流石は下っ端でも妖絶士ということか、動きを止めるのが精一杯とはな……まあいい、後は心の臓を貫くだけだ」

 

 妖は和子の声で笑いながら、包丁を片手に勇次たちにゆっくりと近づく。

 

「やべえ! くそ、どうする⁉」

 

「!」

 

 次の瞬間、境内中の照明が一斉に点灯する。御剣の叫び声が響く。

 

「影だ! 二人とも、互いの影を思い切り踏め!」

 

「! 影⁉」

 

 照明に煌々と照らされ、勇次たちの背後には影が伸びている。勇次と愛はなんとか足を動かして、互いの影を思い切り踏み付ける。

 

「それ!」

 

「えーい!」

 

「ぐえっ!」

 

 叫び声がしたかと思うと、勇次たちは身体の自由を取り戻した。

 

「お、動けるぞ!」

 

「どういうこと⁉」

 

「妖、『影憑き』の仕業だ……」

 

 御剣が姿を現す。

 

「隊長!」

 

「なっ! 貴様は眠らせたはず⁉」

 

 妖は驚きの声を上げる。

 

「起きた、無理矢理起こしたと言った方が良いか……」

 

「き、貴様⁉ 自らの身体を傷付けて……⁉」

 

 御剣の太ももから血が滴り落ちる。

 

「完全に眠りに落ちる寸前に、小刀で太ももを突き刺した。痛みでパッと目が覚めた」

 

「隊長、大丈夫⁉ ……じゃないですよね?」

 

「私の太ももは鉄の様に固くはないからな。まあ、かすり傷の範囲だ」

 

「ちょっと待って下さい!」

 

 愛が御剣の下に駆け寄り、しゃがみ込んで傷口に向かって両手をかざす。青白い光が御剣の太ももを包み込む。

 

「……これで大丈夫です……」

 

「愛!」

 

 倒れ込みそうになった愛を勇次が支える。

 

「この術は霊力、私の場合は神力かしら……力を結構消費するから、短時間に連続して使用するにはちょっと不向きなの……」

 

「愛、ご苦労だった。後は任せろ」

 

 御剣は刀を構える。勇次が叫ぶ。

 

「どうするつもりですか⁉」

 

「知れたこと、妖を絶やす」

 

「ど、どうやって⁉」

 

「勇次、周囲に目を配れ、大事なのはタイミングだ……」

 

「えっ……⁉」

 

 御剣が和子に向かって飛び掛かる。和子は包丁を振るうが、御剣はそれを難なく躱し、和子の影に刀を突き立てる。

 

「ぐええっ⁉」

 

 悲鳴とともに、和子の影から黒ずくめで人間の様な姿をした妖が這いずり出てくる。

 

「ふ、ふん、馬鹿め、急所を外したな!」

 

「ああ、わざとな」

 

「な、なんだと……?」

 

「誰の差し金だ?」

 

「何?」

 

「貴様らの種族がこうも大胆に動くのは珍しいからな。治癒の術を持った者を狙うやり口を見ても、貴様単独とは考え難い。黒幕がいるはずだ、教えろ」

 

「ふ、影の黒幕か……誰が素直に教えるものか!」

 

 妖が自身の頭部を刃状に変形させて、御剣の顔を狙う。御剣が叫ぶ。

 

「勇次!」

 

「!」

 

 御剣の脇から飛び込んできた勇次が金棒を振りかざし、妖の頭部を薙いだ。首をもがれた妖は霧消する。力なく倒れ込む和子の身体を御剣は片手で支える。

 

「良いタイミングだったぞ、勇次」

 

「会話で相手の注意を引く隙に又左に金棒を投げ込んでもらうとは……俺が気付かなかったら、どうするつもりだったんですか?」

 

「まあ、その時はその時だ。和子さんを運んでくれ」

 

 御剣は笑いながら、和子を勇次に預け、家に戻る。

 

「……隊長は影憑きの仕業だと分かっていたんですか?」

 

「……報告からある程度の推測はついていた」

 

 愛の問いに御剣が天井を見ながら答える。

 

「文献などでしか知りませんでしたが、影憑きって結構、上級に位置する妖ですよね? 何故、家の中で仕掛けて来なかったんでしょうか?」

 

「兄君たちが張った結界がかなり強力なものだからな。この結界内では和子さんの身体に憑いて、動くのが精一杯だったんだろう」

 

「成程……すみません、注意を促されながら、不用意に外に出てしまいました」

 

「貴様を囮にしようとしていた私などに謝る必要は無い。むしろ母君を危険に晒したことをこちらが謝罪せねばなるまい。済まなかった」

 

 御剣が愛に頭を下げる。

 

「そんな……まさかこんなことになるとは誰も思いませんでしたから……」

 

 愛が手を軽く左右に振る。そして俯きながら呟く。

 

「妖絶講に入ると決めてから、自分なりに覚悟は出来ているつもりです。でも、誰にも傷付いて欲しくありません。もし傷付いたら、私の術で治してみせます!」

 

 愛の力強い言葉に御剣はフッと微笑む。

 

「頼もしい限りだ」

 

「ええ、もうドンと頼りまくって下さい!」

 

 愛が自分の胸を叩く。

 

「よし、折角の機会だ、背中を流してやろう」

 

 御剣が立ち上がって湯船から出る。愛が戸惑う。

 

「い、いや、そんな、自分でやりますから!」

 

「遠慮するな。シャワーを貸せ」

 

「良い湯だな♪ 良い湯だな♪ アハハン……」

 

 風呂のドアを開けた勇次がシャワーを巡り裸で揉みくちゃしている御剣らと目が合う。

 

「あ、汗かいちまったから、もう一回シャワー借りようと思って……」

 

「破廉恥の塊!」

 

 愛がシャワーを勇次の顔面に思い切り投げ付ける。



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第6話(1) 何の変哲もない女子高生

                   陸

 

「あんなことがあった次の日に学校ってのもなかなかダルいよな……」

 

「……」

 

「っていうか、狭世じゃなくても妖って襲ってくるんだな」

 

「……」

 

「そういや、和子さん昨夜のこと覚えていなかったな。まあ忘れてもらって良いんだが」

 

「……」

 

「おい、なんか反応しろよ」

 

「……お願いですから破廉恥の塊が口をきかないでもらえますか」

 

「もはや人扱いすらされていない⁉」

 

 そんなやりとりをしながら教室に入った勇次と愛は驚く。

 

「おはよう、二人とも」

 

「なっ……⁉」

 

「隊、う、上杉山さん⁉ なんでここに⁉」

 

「学生だからな、登校している」

 

「そういうことではなくて……」

 

「そろそろ朝のHRが始まるぞ」

 

 御剣が勇次たちに席につくように促す。愛が小声で尋ねる。

 

「まさか……また妖ですか?」

 

「いや、今日はそういうわけではない。単に来てみただけだ」

 

「来てみただけ⁉」

 

「折角、色々と誤魔化して学籍も取得したわけだからな、使わなければ損だろう」

 

 愛が呆れ気味に尋ねる。

 

「それなら別に万夜さんの学校でも良かったんじゃないですか?」

 

「おいおい、万夜の通っている学校は超のつくお嬢様学校だぞ。そんな所に私が行ってみろ。浮いて浮いてしょうがないだろう」

 

「浮く浮かないの概念はお持ちなんですね」

 

「ここでも十分に浮くと思いますけど……既に浮いてるし」

 

「何だと? 一体どこがだ? どこからどう見ても何の変哲もない女子高生じゃないか」

 

 勇次の言葉に御剣が不服そうな顔を見せる。

 

「まず、腰のそれですよ! 何の変哲もないJKは普通腰に刀を帯びないんですよ!」

 

「そ、そうなのか……?」

 

 御剣は刀を手に取りながら露骨に戸惑う。

 

「困惑されてもこっちが困りますよ! 何で昨日は持っていなかったのに、今日は持ってきちゃったんですか⁉」

 

「昨日の今日だからな、やはり携帯しておいた方が良いと思ってな」

 

「現世ではアウトって常識でしょ! ここがコスプレ会場だったらギリギリイケるかもしれませんけど!」

 

「刀剣好きが高じた女子高生とでも言えば問題ないと億葉から教わったのだが……」

 

「ロクなこと教えねえな、アイツ……」

 

 勇次が両手で頭を抱える。愛がため息混じりに呟く。

 

「はあ……とにかく大人しくしておいて下さいね」

 

「任せろ。気配を殺すことは得意だ」

 

「誰もそこまでしろとは言っていません」

 

「このようにナポレオンのロシア遠征は失敗に終わりました……では、どうすれば良かったのかな? 上杉山さんはどう思う?」

 

「……」

 

「いやいや、ちょっと難しい質問だったかな?」

 

「まず防寒対策をもっとしっかりと入念に行うべきだったかと考えます」

 

「え?」

 

「更に言えば、兵站が不十分であったとの記録もあります。補給が滞ってしまえばどんな精強な軍隊でも継戦行動は不可能です。そもそもとして歴史を学ぶ上で、『もしも』などとという考え方を持つこと自体が……」

 

「あ、ああ……」

 

「う、上杉山さんは歴史シミュレーション大好きだものね!」

 

 愛がわざとらしく大声を上げる。世界史の教師が頷く。

 

「そ、そうなんだね、ゲームも案外馬鹿には出来ないものだからね、ははっ……」

 

 教師は御剣の席から離れた。次の休み時間、御剣は時間割を見て呟く。

 

「次は体育か。女子は体力テストと聞いたが」

 

「上杉山さん、ジャージは……」

 

「心配無用だ。用意してある」

 

「素直に見学して欲しかったです……更衣室はこちらです……」

 

 愛は御剣を案内する。勇次は苦笑する。

 

「大変だな、愛も……ん?」

 

 勇次は視線を感じ、周囲を見回す。しかし、視線の主は見当たらなかった。

 

「気のせいか……男子はバスケか。さて、俺も更衣室に行くか」

 

 体育の授業が終わり、女子生徒たちが教室に引き上げてきた。

 

「凄いよ、上杉山さん! インターハイとか行けるんじゃない!」

 

「陸上部に入らない?」

 

「いやいや、球技なんかどう?」

 

 興奮気味の女子生徒たちに囲まれる御剣。その隣で愛が軽く額を抑える。

 

「申し訳ないが、興味がない。他をあたってくれ」

 

 残念そうな女子生徒たちの言葉を余所に御剣は席についた。そうしている内に怒涛の女子高生体験二日目も放課後を迎えた。またも御剣がクラスメイトたちから遊びの誘いを受けたが、愛が体よく断って、教室には勇次たち三人が残るのみとなった。

 

「どうした愛、帰らないのか?」

 

 勇次は座ったまま頭を抱える愛に対して声を掛ける。

 

「……」

 

 勇次が苦笑混じりに御剣に尋ねる。

 

「体育でまたやらかしたんでしょう、隊長?」

 

「またとはなんだまたとは。普通の女子高生らしくつつがなくこなしたぞ」

 

 愛がドンと机を叩く。

 

「どこがつつがなくですか! 普通の女子高生はナポレオンの遠征について持論を展開しませんし、体力テストで県の記録をことごとく破らないんですよ!」

 

「ええっ⁉ ああ、インターハイ云々ってそういう……」

 

「手加減したんだが……」

 

「足加減して下さい!」

 

「足加減って……愛、少し落ち着けよ」

 

「落ち着いていられないわよ! 隊長、あんまり悪目立ちすると、学籍を偽造した件もバレて、色々と面倒なことになりますよ!」

 

「そう言われるとそうだな……済まなかった、今後は気を付ける」

 

 御剣が愛に頭を下げる。それを見て愛は冷静さを取り戻す。

 

「……いえ、私も言い過ぎました。帰りましょうか」

 

 教室を出る愛に二人の女子生徒が声を掛ける。

 

「あ、いたいた! 愛ちゃん!」

 

「佐藤先輩、鈴木先輩、どうかしたんですか?」

 

「どうかしたじゃないよ! 今日は部活出れるって言ったじゃない!」

 

「ああ、そうでした……」

 

「頼むよ~活動実績が無いと、即廃部になっちゃうんだから、『オカルト研究部』!」

 

「愛、そんな部活に入っているのか……」

 

 御剣が腕を組んで呟く。愛が小声で話す。

 

「どうしてもと頼まれたので……同じ中学の先輩ですし、断りきれなくて……」

 

 愛の言葉に勇次は納得する。勇次も見掛けたことのある顔だったからだ。

 

「すみませんが、私はここで失礼します!」

 

 二人に引きずられる様に愛はその場を去る。

 

「じゃあ、帰るか、貴様の家に」

 

「はい……って、ええっ⁉」

 

 御剣の突拍子も無い言葉に勇次は驚く。



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第6話(2) 勇次宅にて

「ただいま! って、誰もいないか……」

 

「ご家族は不在か?」

 

「親父は単身赴任、おふくろは病院の当直、爺ちゃん婆ちゃんは敬老会の旅行です……」

 

「成程、お邪魔する」

 

 御剣はさっさと家に上がる。

 

「あの……躊躇いとかは一切無いんですね?」

 

「何がだ?」

 

「いや、誰もいない家に男と二人きりですよ?」

 

「貴様に組み伏せられるほどか弱くはない」

 

「い、いや、そんなつもりは毛頭ないですけど……」

 

 御剣は洗面所で手洗いうがいを済ませ、妙に肩を落とす勇次に尋ねる。

 

「貴様の部屋は?」

 

「2階です」

 

「そうか」

 

(って、まさか、マジで泊まる気か?)

 

 階段をスタスタと上がっていく御剣に勇次は戸惑いながら続く。

 

「ふむ、意外と片付いているな……」

 

「それはどうも……」

 

 御剣は椅子に腰掛ける。勇次は床に正座する。

 

「貴様の部屋だろう。もっとくつろいだらどうだ?」

 

「い、いえ、なんというか、その、落ち着かないと言いますか」

 

「おかしな奴だな?」

 

 しばらく沈黙が流れた後、勇次が口を開く。

 

「飲み物を持ってきます!」

 

「そうか、すまんな」

 

 勇次が台所から飲み物を持って、二階に戻ってくると、廊下に御剣が立っている。

 

「どうかしましたか?」

 

「こっちの部屋だが……」

 

 御剣が勇次の部屋の隣の部屋を指差す。

 

「あ、姉ちゃんの部屋です……」

 

「入ってもいいか?」

 

「は、はい、どうぞ……」

 

 御剣がドアを開けて中に入る。テーブルの上には可愛らしい雑貨、ベッドにはぬいぐるみなどが置いてある、ごくごく普通の若い女性の部屋である。

 

「行方不明になってからそのままにしてあります」

 

「ふむ……」

 

「なにか分かりますか?」

 

「残念ながら特には……」

 

「そうですか……もしかして、ウチに来たのはこれが理由ですか?」

 

「半分な」

 

「半分って、もう半分は?」

 

「なんだったろうな……もう少しで思い出すはずだ。部屋に戻ろう」

 

 二人は勇次の部屋に戻る。飲み物を御剣に渡しながら、勇次が尋ねる。

 

「そういえば気になっていたんですが……」

 

「なんだ?」

 

「俺の親が妖絶講のことを聞いてこないのはどうしてなんですか? 普通、息子が何日も家を空けていたら、問いただすと思うんですが……」

 

「……例えば、妖絶講には嗅ぐと記憶が改竄される作用を持つ香がある……」

 

「それを嗅がしたんですか⁉」

 

 御剣は少し間を空けて答える。

 

「……取りあえずそういうことにしておこう」

 

「何ですかそれ⁉」

 

「現状不都合は無いだろう? それとも一から懇切丁寧に説明するか?」

 

「い、いや、面倒なのでいいです……」

 

 それから約一時間後、愛が鬼ヶ島家のドアを開ける。

 

「開いてるし……不用心な……こんにちは!」

 

 愛が挨拶するも返事は無い。

 

「誰も居ないのかしら? お邪魔しますよ~」

 

 愛は洗面所で手洗いうがいを済ます。子供の頃から何度も来ている家なので勝手知ったるものである。愛はふと考える。

 

「ああ、おば様は当直かしら……って、それじゃあ部屋に二人きり⁉ 破廉恥の匂い!」

 

 愛は急いで階段を駆け上がり、勇次のドアの前に立ち、聞き耳をたてる。

 

「はあ……はあ……」

 

「まだだ、勇次。それでは全然足りないぞ……」

 

 部屋からは勇次の荒い息遣いと御剣の囁き声が聞こえる。

 

「! 何をやっているんですか⁉」

 

 愛がドアを思い切り開ける。そこにはうつ伏せになった勇次の背中に跨り、首から顎を掴んで勇次の体を海老反り状に引っぱり上げている、所謂プロレス技の『キャメルクラッチ』を仕掛けている御剣の姿があった。愛が叫ぶ。

 

「本当に何をやっているんですか⁉」

 

 落ち着きを取り戻してから勇次が尋ねる。

 

「隊長が来ているって、よく分かったな」

 

「お母さんが見かけたって言うから……」

 

「そうか……隊長、もう半分の目的は思い出せたんですか」

 

「う~む、それがとんと思い出せんのだ」

 

 御剣が腕を組んで、首を捻る。

 

「案外一眠りすれば思い出すかもしれんな……よし、寝るか!」

 

「早っ⁉ ま、まだ6時前ですよ⁉」

 

「起きていてもやることないだろう?」

 

「そ、それは……まあ、寝ますか」

 

「ダ、ダメよ、そんなの! 一緒の部屋で眠るだなんて!」

 

 愛が首を左右に振りながら大声で否定する。

 

「昨日も貴様の部屋に泊まっただろう」

 

「ハレンチ・ザ・ロックには結局客間で寝てもらったでしょう⁉」

 

「リングネームみたいに言うなよ!」

 

「仕方ありませんね……私も泊まります!」

 

「何故そうなる⁉」

 

「では勇次、貴様には廊下にでも寝てもらうか……」

 

「部屋の主が追い出されるんですか⁉」

 

「真に申し訳ない」

 

 御剣が深々と頭を下げる。

 

「そんな謝られても! そ、そうだ! 押入れだ! 俺は押入れで寝ますよ! うん! それがいい!」

 

「ドラ〇もんか!」

 

 愛のツッコミを余所に、勇次は立ち上がり、押入れに入ろうとする。

 

「いや~なんか子供の頃を思い出すなあ~! って、ひえええっ⁉」

 

 勇次は悲鳴を上げる。押入れに黒装束に身を包んでいた男が眠っていたからである。

 

「ん! 曲者か!」

 

 黒装束の男が目を開けて、身構えながら押入れから出てくる。

 

「く、曲者はお前だ!」

 

 混乱する勇次とは対照的に愛と御剣は冷静な反応を示す。

 

「あ、黒駆さん……」

 

「そうだ、三尋、お前を呼んでいたのだったな」

 

「「え?」」

 

 勇次と黒装束の男は御剣の顔を見る。

 

「忍ばせすぎて貴様の存在を完全に忘れていた」

 

「「ええっ⁉」」

 

 勇次と黒装束の男は揃って驚きの声を上げる。



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第6話(3) 忍び過ぎた結果

 勇次のさほど広くない部屋で、四人の男女がひしめいている。その中でも押入れから突如現れた闖入者に対して、勇次はまだ警戒心を緩めてはいない。闖入者は忍者を思わせるような黒い装束を身に纏っていて、勇次よりも細身かつ長身で見様によっては女性かと思うほど端正な美しい顔立ちをしている。

 

「そういえば、初顔合わせになるか、挨拶でもしたらどうだ?」

 

 御剣が何の気なしに提案する。勇次はそれに応ずる。

 

「……初めまして、鬼ヶ島勇次です。よろしく」

 

「初めまして、だと……!」

 

「え?」

 

 黒装束の男が怒りを含んだ表情を見せてくることに勇次は戸惑う。

 

「あ、あのお名前伺っても……?」

 

黒駆三尋(くろがけみひろ)だ!」

 

「あ、ああ……」

 

「な、名前を聞いても分からないのか⁉」

 

 脇で眺めていた愛が助け舟を出す。

 

「ほら、勇次君、野球部の……」

 

「! あ、ああ~キャッチャーの! お前、あの三尋か⁉」

 

「やっと思い出したか……」

 

「むしろ、どうして忘れられるのよ……」

 

「いや~なんでだろうな~記憶からすっぽり抜け落ちていたみたいだぜ」

 

 勇次は申し訳なさそうに後頭部をポリポリと掻く。

 

「まったく……女房役として濃密な時間を過ごしたというのに」

 

「え? 女房役?」

 

 愛が二人から距離を取る。

 

「思い出すなあ~あの夏の日のお前の握ったタマを受け止める俺の掌!」

 

「タ、タマ……握った……」

 

 愛は顔を赤らめる。

 

「思い出すなあ~あの夏の日の熱い抱擁!」

 

「ほ、抱擁!」

 

 愛が尻餅をつく。勇次は誤解を解こうとする。

 

「いや、愛、野球で言う女房役というのは例えであってだな……」

 

「女性に限らず男性まで手当たり次第……破廉恥の二刀流!」

 

「落ち着け!」

 

「シャワールームで互いの身体を入念に洗い合ったものだな!」

 

「ヒィッ……!」

 

「三尋、お前ちょっと黙っていろ!」

 

「知り合いだったか、旧交は温められたようだな」

 

「かえって、無用な混乱を生みましたよ!」

 

 腕を組んでうんうんと呑気に頷く御剣に対し、勇次は否定の声を上げる。

 

「……しかし、三尋がこの隊にいたとは驚いたな」

 

「私よりも更に早く、この上杉山隊に入隊していたのよ」

 

 なんとか落ち着きを取り戻した愛が勇次に説明する。

 

「なんでまた入隊したんだ?」

 

「そうだな、話せば長くなるのだが……」

 

 勇次の問いに、三尋は顎に手をやり勿体つけるように話す。御剣があっさり説明する。

 

「私を暗殺しようと忍びこんできた所をあっけなく返り討ちにあった。自分には帰る場所が無いというので、隊に所属させてやることにした」

 

「「えっ⁉」」

 

 愛と勇次が同時に驚く。

 

「そ、そんな経緯があったのですか?」

 

「今サラッと暗殺って……穏やかな話じゃないなあ」

 

「まあ、妖絶講内にも色々あるということだな」

 

 御剣が事もなげに言うが、勇次と愛は戸惑いを隠せない。

 

「色々あるって……」

 

「今更ながら不安になってきたわ……」

 

 勇次が思い出したように尋ねる。

 

「そういや俺が入隊するとき、千景や万夜なんかは随分と反対姿勢でしたね? 男をこの隊に加えるのは如何なものかとかなんとかって」

 

「ああ、そうだったな」

 

「三尋については何も言わなかったんですか?」

 

「うむ……恐らく単純に存在を忘れていたんだろう」

 

「ええっ⁉ そんなことがあるんですか?」

 

「少し抜けている所もあるが、基本的には相当腕が立つ忍びだからな。見事に忍び過ぎて、容易に存在を感じさせない境地までに達してしまったのだろう」

 

「まさかとは思いましたが、本気で皆さん忘れていたんですね……」

 

 呆れ顔の愛に御剣が尋ねる。

 

「むしろよく覚えていたな?」

 

「任務が一緒になることが多いですし……最近もご一緒しましたから」

 

「成程な」

 

「言っておきますけどその任務を命じたのは隊長ですよ?」

 

「そうだったか?」

 

 首を傾げる御剣を見て、勇次は苦笑する。

 

「ははっ、案外抜けた所があるよな、隊長は……って三尋?」

 

 三尋が部屋の片隅でしゃがみ込んでいじけている。勇次が恐る恐る声を掛ける。

 

「お前……ひょっとして落ち込んでんのか?」

 

「落ち込まないと思ったのか⁉」

 

「そりゃあ忍びとして優れているとプラスに考えてだな……」

 

「お前も忘れていただろう!」

 

「存在感消すのが上手すぎんだよ、全く敵わねえなあ」

 

「フォローになってないぞ、それ!」

 

「兎に角だ、三尋」

 

 御剣が口を開く。

 

「今現在はこうして貴様の存在をきちんと認識している。それで良いだろう?」

 

「まあ……はい」

 

「納得しちゃった⁉」

 

 頷く三尋に愛が驚く。御剣が話を続ける。

 

「それで貴様に命じた任務……進展があったのだな?」

 

「ええ、この長岡市内の工場で、妖が不穏な動きを見せています」

 

 三尋も真剣な顔つきになる。

 

「工場施設を用いて、何らかの活動を行っているということか」

 

「調べた所その様です。ここ数日、今くらいの時間帯になると活動し始めます」

 

「ふむ、逢魔(おうま)(とき)……狭世が発生しやすい時間帯だな……」

 

 御剣が窓の外を眺めながら呟く。勇次が愛に小声で尋ねる。

 

「青玉ねぎってなんだ?」

 

「逢魔が時よ……夕方の薄暗くなる、昼夜の移り変わる時刻のこと。大体午後六時位ね。黄昏時とも言うわ。古来より妖の動きが活発化しやすい時間帯なの。その為霊力の低い、或いは全くない人でも、“魔”と“出逢う”ことが多いのよ」

 

「成程な……」

 

 勇次が頷く。御剣は三尋に質問する。

 

「活動の詳細は?」

 

「残念ながらそこまでは……ただ恐らく、人に危害を加える類のものでしょう」

 

「捨て置けんということだな」

 

「そうなります」

 

「結構……であれば一度、隊舎に戻り、即現場に向かうぞ」

 

 勇次と愛が頷く。御剣が叫ぶ。

 

「出動だ!」



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第6話(4) 凍る魂

 長岡市内の工場の敷地内に四人は潜入した。

 

「工場の敷地はほぼ完全に狭世に覆われているな」

 

「何の工場なんだ?」

 

「食品製造・加工等を行う工場だ」

 

「この施設を利用して何をするつもりなのでしょう?」

 

「分からんが、どうせ人間にとっては有益なものではないだろう」

 

 御剣は振り返って、三人に告げる。

 

「現在この敷地内にいる妖は全て根絶対象とする。一体たりとも逃がすな」

 

 三人は頷く。愛が問う。

 

「作戦はどうしますか?」

 

「無い」

 

「え⁉」

 

 即答する御剣に愛は驚く。

 

「レーダーを見る限り、妖はほぼ一か所に集中している。そして、こちらにはまだ気が付いていないようだ。一気に叩く!」

 

「だ、大丈夫でしょうか?」

 

「多分な!」

 

「大雑把過ぎません⁉」

 

「兎に角、あの一番大きな建物の中に入るぞ!」

 

 走り出した御剣に三人が続く。建物の入り口に差し掛かったところ、その上から紫色の巨体が飛んで襲い掛かってくる。

 

「!」

 

「危ない!」

 

 人によく似た巨体が繰り出した拳を勇次が金棒で受け止める。しかし、その衝撃を完全には受け止めきれず、勇次は後方に吹っ飛ばされる。

 

「勇次君!」

 

「くっ……なんて馬鹿力だよ」

 

「奴は『剛力』という種族の妖だ! その名の通り、力自慢だ!」

 

 刀を構える御剣に対し、すくっと立ち上がった勇次が声を掛ける。

 

「ここは俺に任せて下さい!」

 

「何⁉」

 

「今回の親玉は奥にいるんでしょう? 逃げられる前に早く!」

 

「……分かった、貴様に任せる。愛、行くぞ!」

 

「良いのですか⁉」

 

「ああ、三尋!」

 

 御剣は三尋に目配せする。三尋は頷く。

 

「!」

 

 自身の脇を通り抜けようとする御剣らを剛力は阻止しようとする。

 

「お前の相手は俺だ! デカブツ!」

 

 勇次は飛び掛かり、金棒を剛力の右肩辺りに叩き付ける。

 

「よっしゃ、手応えあり……って、うおおっ⁉」

 

 剛力が振り返り、うなり声を上げるとともに拳を振りかざす。

 

「どわぁっ!」

 

 勇次は再び大きな拳を金棒で受け止める。吹っ飛ばされそうになるが、今度はなんとか踏み留まる。勇次は舌打ちする。

 

「ちっ、力比べでは不利か、どうすれば……!」

 

 剛力が拳を振り上げて、勇次に向かって殴りかかろうとする。

 

(パンチスピードが速えっ! ガードが間に合わない! ⁉)

 

 次の瞬間、剛力がバランスを崩し、その場に膝を突く。

 

「な、何だ⁉」

 

「奴の両脚の腱を斬った! これで立ち上がれん!」

 

「三尋か!」

 

 黒い風を巻き起こしながら三尋が勇次の横に並び立つ。

 

「勇次、覚えておけ! 例外もあるが、妖も生きている。特にこの人に似た種族はほとんど人体と同じような肉体構造をしている! つまり弱点もまた同じということだ!」

 

「! 分かったぜ!」

 

「ただ皮膚は相当固いぞ! 力を一点に込めるイメージだ!」

 

「おっしゃあ!」

 

 勇次が力を込める。頭部には角が生え、体全体を赤い光が包み込む。その姿を間近で見て、三尋は驚く。

 

「そ、それが鬼の半妖の力か……噂には聞いていたが、ほんのりと赤いな……」

 

「まだほんのりか……それじゃあ、やっぱり完全には覚醒しきれてないってことかな……まあいい! てめえを倒すには十分だ!」

 

 そう言って、勇次は上空に勢い良く飛び上がり、金棒を剛力の脳天目掛けて思いっ切り叩き付ける。剛力の頭部はスイカのように真っ二つに割れ、残された胴体は霧消する。

 

「……助かったぜ、三尋。お前が居なかったらヤバかったぜ」

 

「隊長がお前を援護しろと合図を送ってきたからな。お礼は隊長に言うんだな」

 

「隊長が……ちぇっ、なんでもお見通しってわけか」

 

 勇次は悔しそうに頭を掻く。三尋が問い掛ける。

 

「ところで勇次……質問があるんだが?」

 

「何だよ?」

 

「入隊間もないにも関わらず、隊長はお前のことを下の名前で呼んでいるな……」

 

「? ああ、そうだな」

 

「俺でも半年はかかったというのに……」

 

「? それがどうかしたのか? 千景も万夜も億葉も俺のことを名前で呼ぶぜ。いや、億葉の場合はちょっと違うか……」

 

「⁉」

 

 驚愕の表情を浮かべる三尋。

 

「心を通わせたのか……俺以外の女と……」

 

 そう言って、あからさまに落胆する三尋に勇次は戸惑う。

 

「ちょっと待て! 何に対して、どうショックを受けているんだ、お前は⁉ 行くぞ!」

 

 勇次は肩を落とす三尋を置いて、建物内に向かって走り出す。

 

「……隊長、あれは?」

 

 物陰に隠れて奥の様子を窺いながら、愛が御剣に尋ねる。奥には様々な体色をした人間よりはやや小柄だが、頭部は人間よりも大きい不思議な人型の妖が集まっている。

 

「あれは『魂喰(こんじき)』という妖だな。生物の魂を喰らう種族だ」

 

「魂を……⁉」

 

「ああ、そして食品製造工場を根城にしている……連中の狙いが見えてきたな」

 

「……それは話が早くて助かります」

 

愛と御剣の背後に青色の魂喰の姿があった。

 

「⁉」

 

「しまっ……!」

 

 青色の魂喰が両手を二人の体内に突っ込む。そして、白い綿菓子のようなものを二人の体から取り出す。御剣たちは力なく、その場に崩れ落ちる。

 

「? どうしました、課長?」

 

「お喜び下さい、部長。妖絶士の魂を二つほど取って参りました」

 

 青色の魂喰が赤色の魂喰に二つの魂を見せる。赤色の魂喰が驚く。

 

「ほう! これは大変なお手柄ですよ、課長! 特にこの大きい方の魂は、相当な値で売れるでしょう! 早速、この工場で加工し、市場に流通させるのです!」

 

「工場の稼働は明日からの予定では?」

 

「そうも言っていられません! 前倒しで作業を始めましょう! 別室で待機している職員を皆呼んできて下さい!」

 

「分かりました!」

 

「さあ、忙しくなるぞ!」

 

「……部長、魂喰以外の妖も魂を喰らうのですか?」

 

「直接喰らう種族は我々を含め、そこまで多くはありません。用途は様々ですが、主にその体内に取り入れる種族が多いようですね」

 

「成程……勉強になります」

 

「勉強熱心なのは結構ですよ……って、えええっ⁉」

 

 赤色の魂喰が振り向くと驚いた。そこには魂が抜かれてもぬけの殻になったはずの御剣が立っていたからである。

 

「お、お前は妖絶士⁉ 何故、そのような状態で動けるのだ⁉」

 

「私は氷の術者でもあってな。魂を六分の一ほど凍らせて、体内に残しておいた」

 

「そ、そんな馬鹿げた芸当が……!」

 

「やってみたら出来たな……それより貴様に聞きたいことがある」

 

「な、なんだ?」

 

「貴様らの種族は人さらいをするのか?」

 

「そ、それはまた別の種族だ! 貴様らに目をつけられるような余計な真似はしない! 我々はどこからか流れてきた人体から魂を抜くのだ!」

 

「そうか……ならば用はない」

 

「!」

 

 御剣は刀を赤色の魂喰に突き刺す。

 

「ぐっ……か、課長! 何をしている!」

 

 ドアが開き、青色の魂喰がゆっくりと姿を現す。

 

「おおっ! 課長、早く皆でコイツを……⁉」

 

 青色の魂喰はバタっと倒れ込み、霧消する。その後ろからやや長目の黒髪をかき上げながら、三尋が顔を出し、御剣に告げる。

 

「隊長、全て俺と勇次で片付けました」

 

「ご苦労だった」

 

「ぐっ、お、おのれ……」

 

 赤色の魂喰はガクッと頭を垂れ、やがて霧消した。御剣が倒れ込む。

 

「た、隊長!」

 

 勇次が慌てて御剣の体を支える。御剣は目を閉じている。

 

「だ、大丈夫ですか⁉」

 

「落ち着け、勇次」

 

 両手に白い魂を持った三尋が大きい方を勇次に差し出す。

 

「これを食わせろ、そうすれば元に戻る。俺もよく分からんが、そういう理屈だ」

 

「お、おう、分かったぜ……って結構難しいな、これ」

 

「鼻をつまめば口は開く。俺は曲江さんの方を……」

 

 三尋は要領よく愛に魂を食わせる。愛がぼんやりと目を開く。

 

「ん……た、隊長! ⁉」

 

 愛の方からは倒れ込む御剣に顔を近づける勇次の背中が見える。愛が叫ぶ。

 

「ハレンチオンザドサクサマギレ‼」



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第7話(1) 女に殺されかける(数日振り三度目)

                 漆

 

 長岡駅前でわいわい盛り上がる女子高生数名にくっついて歩く男子高生二名に猫一匹。

 

「いや~テンション上がったわ~」

 

「新鮮な面子だけど楽しかったね」

 

「みっちゃん、最後に歌った曲って何?」

 

「ゆ、雪の進軍だが……」

 

「出た! 予想外のガチ軍歌!」

 

「もう大穴すぎるって~」

 

「もののふにも程があるよ~あ~お腹痛い」

 

 三人組がカラオケの選曲であーだこーだと盛り上がっているのを眺めながら、とうとう『みっちゃん』呼ばわりされてしまった御剣は鼻の頭を擦りながら呟く。

 

「そんなに笑われるとは……ひょっとして結果的に良かったのか?」

 

「良くないです」

 

 愛が冷ややかに告げる。

 

「普通の女子高生は『雪の進軍』なんて高らかに歌いません」

 

「そうか……『露営の歌』の方が哀愁あって良かったか?」

 

「もっと良くないです」

 

「成程、難しいものだな、カラオケというものは」

 

「難しく考え過ぎなんですよ……」

 

「しかし、どうしてなかなか楽しかったぞ」

 

「そうですか、それは良かったですね」

 

 御剣の素直な感想に愛がふっと微笑む。

 

「今度は億葉や千景に万夜も呼ぼう」

 

「い、いや、万夜さんはどうでしょうかね、ははは……」

 

 御剣の提案に愛がこれでもかとばかりに苦笑を浮かべる。

 

「いや~皆アオハルを送っているにゃ~! ふにゃ⁉」

 

 勇次が慌てて両手で又左の口を塞ぐ。周囲をキョロキョロと確認しながら、ゆっくりとその両手を外してやる。又左はその扱いに抗議する。

 

「いきなり何をするにゃ! 窒息するかと思ったにゃ!」

 

「街のど真ん中でいきなり猫が人語を話すな! 余計な騒ぎは起こしたくない!」

 

 勇次は小声で又左をたしなめる。又左が呆れる。

 

「……にゃんだ、そんにゃことを心配しているにょか?」

 

「霊力・妖力が水準以上に高くなければ、ワシの言葉は只の鳴き声にしか聞こえないにゃ」

 

「そ、そうなのか……?」

 

「そうにゃ、妖絶士にとっては常識中の常識にゃ」

 

「知っていたのか、三尋?」

 

「そこで俺に振るのか……ああ、知っていた」

 

「何だよ、知らぬは俺ばかりかよ」

 

「にゃははは! みゃだみゃだ学びが足らんな! 青少年!」

 

「ふん……」

 

 勇次は又左の煽りを無視して歩き出す。三尋が呼び止める。

 

「待て、どこへ行く?」

 

「便所だよ。どうせしばらくこの辺りにいるだろ?」

 

 勇次は今一つどころか、二つ三つかみ合わないのだが、かえってそこが妙な面白さに繋がっているガールズトークに花を咲かす五人組を指し示しながら、トイレに向かった。

 

「ふう……って、あれ? あいつらが居ない……移動したのか?」

 

 用をたして元の場所に戻ってきた勇次だが、そこには皆の姿が無かった。

 

「ったく、なんだよ、冷たい連中だな……ん?」

 

 ぼやく勇次の視界に白い犬が入る。綺麗な毛並みの可愛らしさを感じさせる犬である。勇次は思わずしゃがみ込んで話しかける。

 

「お、どうした? お前もぼっちか? 腹減ってそうだな」

 

 勇次はポケットを探る手を途中で止める。

 

「って、餌付けしたらマズいか。ってか、首輪が付いてないな、野良か? 誰か良い人に引き取られると良いんだけどな……」

 

「相変わらず優しいんだね、勇次君」

 

 不意に声を掛けられ、犬の頭を撫でようとした勇次はその手を止めて振り返る。そこには赤色が主体のパンキッシュな服装に身を包み、顔の至る所に大小様々な赤色のピアスをつけた小柄な赤髪の少女が立っていた。

 

「えっと……」

 

「久しぶりだね、元気にしてた?」

 

 そう言って、赤髪の少女が舌を出して悪戯っぽく笑う。舌にも赤色のピアスが付いている。勇次は戸惑いつつも答える。

 

「ま、まあ、元気ではあるけど……」

 

「そう、それは良かった……残念ではあるけどね!」

 

「!」

 

 赤髪の少女が懐から小刀を取り出し、勇次に向かって突き立てる。突然のことに勇次は反応できなかったが、横から現れた三尋の苦無がそれを防いだ。

 

「誰?」

 

「……それはこっちの台詞だ」

 

「ふ~ん、邪魔するのならまとめて始末するよ?」

 

 赤髪の少女が一旦距離を取って首を傾げながら呟く。ショートボブの赤髪が揺れる。

 

「やれるものならやってみろ」

 

 三尋も改めて身構える。

 

「行くよ! ……⁉」

 

「お止めなさい、山牙さん……」

 

 三尋たちに飛び掛かろうとした赤髪の少女をクラシックな服装をした茶髪の女性が片手で遮って止める。

 

「何よ、風坂。邪魔しないでくれる?」

 

 風坂と呼ばれた女性がストレートヘアをかき上げながら、子供を諭すように話す。

 

「ご挨拶をしたいというから協力して差し上げたのです。いたずらに揉め事を起こすのは感心しません。ご主人様にも余計な迷惑が掛かりますよ。貴女にがっかりされてしまうかも……そんなことはお嫌でしょう?」

 

「む……それは確かに嫌だな」

 

 山牙と呼ばれた少女は小刀を懐に納める。

 

「聞き分けが良くて助かります……それではお二方、今日の所はこれで失礼します」

 

 風坂が勇次らに会釈して、彼らに背中を向けて歩き出す。山牙と白い犬もそれに続く。

 

「ま、待て! むっ⁉」

 

 その後を追いかけようとした三尋だったが、突風が巻き起こり、思わず顔を覆う。手をどけると、二人組と犬の姿は既にそこには無かった。

 

「! き、消えた……」

 

「うおっ! 急に人が増えたぞ!」

 

 突如現れた周りの人々に驚く勇次に対して三尋が冷静に説明する。

 

「狭世を発生させていたんだ……俺でも気付くのが遅れるほど、巧妙にな……」

 

「狭世ってことは……奴ら妖か⁉」

 

「久しぶりとか言われていなかったか? お前、妖の知り合いがいるのか?」

 

「いねえよ! た、多分……イマイチ自信がないけど……」

 

 勇次の答えに三尋は溜息を突く。

 

「……とにかく、隊舎に戻って隊長に報告だ」

 

「あれ? 他の皆はどうした?」

 

「解散した、正確に言えば曲江さんが解散させた。さっさと行くぞ」

 

 周囲の様子を窺いつつ、三尋が窓ガラスに吸い込まれる。勇次も慌てて追いかける。

 

「……妙な女たちに絡まれただと?」

 

 隊長室で御剣が勇次たちの報告を受ける。

 

「貴様の周りは妙な女だらけだろう」

 

「いや、なんつー言い草! 山牙って赤い髪の女と、風坂って茶髪の二人組です!」

 

「ほう……」

 

「知っているんですか⁉」

 

 御剣の反応に勇次が前のめりになる。



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第7話(2) やかましい来訪者

「まあ、少し落ち着け」

 

 御剣は鼻息荒い勇次をなだめる。

 

「ご存知の様に見受けられます」

 

 勇次の隣に立つ三尋も御剣に問いかける。

 

「まあ、答えはすぐ分かる……」

 

「?」

 

 その時、隊長室に愛が駆け込んできた。

 

「た、隊長! 転移室の様子が!」

 

「本当にすぐだったな……まあいい、答えを教えてやろう」

 

 御剣はゆっくりと立ち上がって、隊長室を出て、スタスタと転移室へと向かう。勇次たちもそれに続いていく。

 

「⁉ こ、これは⁉」

 

 転移室に入った勇次たちは驚く。転移鏡が眩い赤い光に包まれているのである。

 

「こんな状態は初めてです……!」

 

 戸惑う愛に対して、御剣は冷静に説明する。

 

「霊力・妖力が極めて高い者が利用すると、こうなることがある。もっとも我々は一回きりの転移にも多少なりとも力を消費しているわけだから、いたずらに力を放出するような阿呆な真似はしないが」

 

「すると……?」

 

 首を傾げる愛の問いに御剣はにべも無く答える。

 

「阿呆のお出ましだ」

 

 赤い光が治まったかと思った次の瞬間、御剣と同じ妖絶講の隊服に身を包んだツインテールの少女がその姿を現した。意志の強そうな大きな眼と紅色の髪が印象的である。わりと小柄な体格であり、ロングスカートからのぞくブーツはかなりの厚底である。

 

「ほう、上杉山隊の諸君か、出迎えご苦労である!」

 

 まだまだ幼さが抜けていないような声色であるが、口調自体は慇懃無礼であり、なんとも言えないミスマッチ感を醸し出している。ツインテールの少女は御剣の姿を見つけると、その前に喜々として歩み寄り、張り合うように立つ。身長をはじめ、あらゆるサイズが御剣の方が一回り大きい。少女と見つめ合う御剣はウンザリしたように口を開く。

 

「……同じ管区内とはいえ、隊舎に来るというのなら、あらかじめの連絡くらい寄越せ……それが規則だ」

 

「久々の再会だというのに、固いことを言うでない! 我が宿敵!」

 

「転移鏡にも負荷がかかり過ぎると故障の原因になるのだ。貴様の様にこれ見よがしに強い霊力を発しながら移動する必要性は全くと言っていいほどない。それに何度も同じことを言うが貴様と宿敵になった覚えは無い」

 

「ふむ! そのつれない感じ、いつも通りじゃ! 変わらずにいてくれて嬉しいぞ!」

 

 ツインテールの少女の真っ直ぐな返答に、御剣はあからさまに閉口した。

 

「あの……?」

 

 口を開いた愛の姿を見ると、ツインテールの少女は不思議そうに御剣に尋ねる。

 

「よくよく見ると見掛けない顔ばかりじゃが、三馬鹿はどうした?」

 

「馬鹿は余計だ……取り消せ」

 

 御剣がキッと睨み付ける。その鋭い眼光に少女はややたじろぐ。

 

「お、億千万トリオはどうした?」

 

「それぞれ出張中だ……」

 

「さっき自分も阿呆って言っていたのにな?」

 

「少し黙っていろ……」

 

 小声で囁く勇次を三尋が咎める。少女はそんな勇次を見て、したり顔で頷く。

 

「ああ、其方が噂の半妖君か?」

 

「噂のって……」

 

「名はなんと申す?」

 

「え……隊長、このお嬢ちゃんは誰なんです?」

 

「お、お嬢ちゃん⁉ 平の隊員が此方をつかまえてお嬢ちゃん扱いか⁉」

 

 少女が憤慨する様子を見て、噴き出した御剣が口元を抑えながら話す。

 

「ふふっ……まずは自分の名を名乗るのが礼儀だろう?」

 

「む……まあ、それもそうか。一度しか言わんからよく聞け。此方は妖絶講、北陸甲信越管区副管区長兼、武枝隊隊長の武たけ枝えだ御盾みたてである!」

 

 御盾と名乗った少女は右手を前に突き出し、比較的平坦な胸を張る。

 

「ええっ! 副管区長⁉」

 

「そうだ! 存分に敬え!」

 

「この管区の二番手の方⁉」

 

「隊長の次に偉い人⁉」

 

 愛と勇次の言葉に御盾が両手を頭上でブンブンと振る。

 

「ええい! 二番手とか次とか言うな! 二位じゃ駄目なんじゃ!」

 

「サ、サブリーダー!」

 

「ネ、ネクストなんちゃら!」

 

「横文字で言い換えるな! しかもなんちゃらってなんじゃ!」

 

「どうでも良い……貴様らも名乗れ」

 

「……黒駆三尋です。お見知り置きを」

 

「曲江愛です。よろしくお願いします」

 

「鬼ヶ島勇次です……どうも」

 

 三人が順に名乗り、御盾は頷く。

 

「忍者に巫女に半妖か! なかなかに個性的な面子を集めたな!」

 

「!」

 

「な、何故私たちのことまで……?」

 

「既に下調べ済みか……相変わらず猪口才な」

 

「猪口才とか言うな! 用意周到と言え!」

 

 御盾は御剣をビシっと指差す。御剣は腕を組んで尋ねる。

 

「それで?」

 

「ん?」

 

「まさか時候の挨拶に来たわけでもあるまい。さっさと本題に入れ。私も色々と忙しい」

 

「ふふっ、本日此方が参った理由は……これじゃ!」

 

 御盾が懐から一通の書状を取り出して、御剣の胸に向かって勢いよく叩き付ける。書状は御剣に当たって、パタッと床に落ちる。

 

「い、いや、そこは受け取れ! 床に落とすな!」

 

「今時書状とは……アナログな奴め」

 

 御剣が心底面倒そうに床の書状を拾う。

 

「スマホを満足に使えん奴に言われとうない!」

 

「通話は覚えたぞ」

 

「それくらいで威張るな! そもそもとして其方は何度聞いても番号もメアドも教えてくれんじゃろうが!」

 

「……なんで貴様に教えなくてはならんのだ」

 

「う、うるさい! 此方だって宿敵と電話で静かに熱く闘志を燃やしながら会話したり、鬼気迫るメール交換とかしてみたいんじゃ!」

 

「貴様にとっての“宿敵”の定義を知りたい……」

 

「教えてやろうか?」

 

「いや、それはいい。大体、隊舎に専用の連絡回線もあるだろう」

 

「や、やかましい! こういうものは雰囲気が何よりも大切なんじゃ! いいからさっさと書状を見んか!」

 

「やれやれ……?」

 

 御剣が渋々と書状の表を見ると、そこには大きく『果たし状』と書かれている。

 

「なんだ、これは?」

 

「果たし状じゃ!」

 

「それは見れば分かる……意味を聞いている」

 

「ふふふっ! よくぞ聞いてくれたな、上杉山御剣! この北陸甲信越管区の管区長の座を懸けて、其方の隊に対抗戦を申し込む!」

 

「「「ええっ‼」」」

 

 御盾の言葉に勇次たちは驚く。



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第7話(3) あえて受けてみる

「……断る」

 

「何じゃと?」

 

「こ・と・わ・る」

 

「それは分かる! 何故じゃ!」

 

 御剣は溜息を突きながら答える。

 

「管区長という地位は勝負事で左右されるべきものではないからだ」

 

「前例が全く無いわけではないというのは其方も知っているはずじゃ。他より強い者、他所より強い隊がその管区を束ねる……自然な話であろう」

 

「……」

 

「それともなにか? 譲ってくれと素直に頼めば良いのか?」

 

「……地位に執着は無いが、放り出すほど無責任ではない」

 

「ふむ、そうであろうな、なればこその果たし状じゃ。どちらの実力が上か下かをはっきりさせようではないか」

 

「管区長にこだわる理由は?」

 

「実力に相応しい地位を求めるのはこれまたごくごく自然なことではないか?」

 

 そう言って御盾が大袈裟に両手を広げてみせる。

 

「……何も一年かけての大戦をしようと言っているのではない。一日限りの合同演習のようなものじゃ。隊員も経験を積める、悪い話ではないはずじゃ」

 

「経験か……」

 

「既に審判兼監査役も頼んである」

 

「誰にだ?」

 

「関東管区の星ノ条管区長じゃ。話してみたところ、あの魔女さんもノリノリでの~本人がわざわざやって来るそうじゃ。治癒・治療の術に長けた隊員も複数連れてきてくれる。負傷者が出ても心配は無用じゃ」

 

「あの方は貴様の方がお気に入りの様だが?」

 

「つまらぬ依怙贔屓はせぬよ。何気ない悪戯はあるかもしれんがの」

 

「それが困るのだが……わざわざ他の管区から呼ばなくても、同管区では駄目なのか?」

 

「対抗戦当日とその前後一日ずつの計三日間、古前田隊には其方の隊の担当区域を、華田隊には此方の隊の担当区域を、代わりに警備してもらうように既に手配してある。その点手抜かりは無い」

 

「肝心の私の許可が後回しなのが一番の手抜かりなのだが……」

 

 御剣は片手で軽く頭を抑える。御盾が腕を組んで尋ねる。

 

「これでも断るつもりか? さては怖気づいたか?」

 

「稚拙な挑発には乗らん……」

 

 御剣は勇次に視線を向ける。

 

「経験を積ませるという意味では存外悪くはないか……」

 

「?」

 

 勇次は首を捻る。御剣は視線を御盾に戻して答える。

 

「分かった、武枝。貴様の申し出を受けよう」

 

 御盾の顔がパアっと明るくなる。

 

「ふふっ、そうこなくてはな! 詳細は書状に記してあるからしっかりと一字一句目を通しておくのじゃぞ! では、また会おう!」

 

「待て、一点抗議しておくことがある」

 

「? なんじゃ?」

 

「貴様の所の隊員……山牙だったか? あの赤髪の。奴がつい先程、こちらの勇次のことを殺そうとしたそうだ」

 

「! なんと!」

 

「どういう理由があるのか知らんが、隊員の教育はしっかりしておくんだな」

 

「うむう……」

 

「急に殺しにかかるとはあまり感心できんな」

 

「全くその通り……」

 

「隊長とお前が言うか……」

 

 勇次は御剣と、その言葉に同調する三尋に冷ややかな視線を向ける。

 

「……すまんな、半妖君! 奴めにはよ~く言っておく!」

 

「は、はあ……」

 

「それではごきげんよう!」

 

 御盾が転移鏡に吸い込まれていく。愛が呟く。

 

「嵐のような人でしたね……」

 

「あいつの相手をするとドッと疲れる……」

 

「そのわりには少し楽しそうな様にも見えましたが?」

 

「そう見えたか? まあ、あの上昇志向自体は嫌いではないからな」

 

 御剣が静かに微笑む。

 

「隊長、対抗戦の日にちは?」

 

 三尋の問いに御剣は書状を広げて確認する。

 

「……一週間後だな」

 

「大丈夫でしょうか?」

 

「負けるつもりは毛頭ない」

 

「これは愚問でした」

 

 御剣は頭を下げる三尋の肩を気にするなというようにポンと叩いて、指示を出す。

 

「億千万トリオもそろそろ戻る頃だろう。作戦室に移動しろ、対策会議を行うぞ。それと愛、貴様に頼みがある」

 

 

 

 約数十分後、武枝隊の隊舎のトレーニングルームにて、筋トレを行う一人の女性がいた。長身かつスタイルも良く、ベリーショートの黒い髪が印象的な女性である。

 

「ふん! ふう……」

 

「火場さん、只今質問を行っても宜しいでしょうか?」

 

 トレーニングが一息ついた頃に、さほど長身ではないが細身でスラッとした体格の女性が話しかける。左目の眼帯とオフホワイト色のセミロング髪が特徴的な女性である。

 

「ん? どうした、林根?」

 

「山牙さんと風坂さんの現在の居場所をご存知でしょうか?」

 

「いや、日中は非番だから出掛けるとは言っていたが……どうかしたのか?」

 

「先程、隊長がお戻りになられ、二人はどこかと大層お怒りのご様子だったもので」

 

「お館さまは大抵お怒りだが……」

 

「左様でごさいますか。自分の認識を改めます」

 

「いや、冗談だ。そろそろ戻るだろう」

 

「わたくしたちのお話かしら?」

 

 風坂と山牙が部屋に入ってくる。林根と呼ばれた女性が恭しく礼をする。

 

「お帰りなさいませ。隊長がお二人をお探しの様です」

 

「もう会って参りました」

 

「流石に速いな。で、どうしたんだ?」

 

 火場と呼ばれた女性は二人に尋ねる。山牙が唇を尖らせて答える。

 

「……怒られた」

 

「またか、今度は何をやらかしたんだ?」

 

「……」

 

「上杉山隊に所属する半妖の少年を刺殺しようとしたのです」

 

「なんと、それはまた……」

 

 むくれる山牙の代わりに風坂が答え、火場は呆れる。

 

「先日の独断専行といい、隊長の山牙さんへの信頼度は著しく低下したと思われます」

 

「な、なんだと!」

 

「止めろ、林根、無自覚に煽るな」

 

「それよりもお二人にお伝えすることがありますわ。一週間後、上杉山隊と対抗戦を行うそうですわ。勝った方が管区長になるというご主人様にとって大事な勝負です」

 

「! そうか……もう1セット、追加するか」

 

「上杉山隊のデータ収集を開始します」

 

 火場はトレーニングを再開し、林根は金属音を響かせながら部屋を出ていく。

 

「山牙さん、対抗戦、良い所を見せなくてなりませんね?」

 

「ふふっ、また会える、勇次君に……」

 

 風坂の問いかけに山牙は不気味な笑みを浮かべる。



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第7話(4) 対抗戦に向けて

「先日の繰り返しになるが……我が隊は武枝の隊と対抗戦を行うことになったわけだ」

 

「ははっ、面白そうなことになってきたじゃねーか」

 

 御剣の言葉に千景は拳を叩いて楽しそうな声を上げる。万夜が軽く頭を抑える。

 

「まったく……単細胞はお気楽で宜しいですわね」

 

「あん? 誰のことだよ?」

 

「分かるように言ったつもりでしたが、まだお分かりではないと?」

 

「喧嘩を売っているってのは分かったぜ」

 

 千景と万夜が立ち上がり、部屋の真ん中で睨み合う。勇次が止めに入る。

 

「や、やめろ! 仲間同士で争うなって!」

 

「ゆ、勇次がそういうのなら……」

 

「他ならぬ勇次さまの頼みとあれば……」

 

 二人はあっさり大人しく身を引いた。億葉が称賛する。

 

「流石は旦那様、猛獣二人を難なく飼い慣らしてしまうとは……なかなか出来ることではありません!」

 

「は……?」

 

「だ、旦那様?」

 

「ちょ、ちょっと億葉! 色々ややこしくなるからその呼び方は止めろって!」

 

「いやいや、今更何を恥ずかしがることがあるのです! もはや熟年夫婦と言っても差支えない程の間柄に……」

 

「大いに差支える!」

 

「どういうことだ、勇次?」

 

「説明して頂きましょうか? 勇次さま」

 

 千景と万夜がゆっくりと勇次に近づく。堪らず愛が叫ぶ。

 

「ここは神社です! 神様の御前で騒がないで下さい! 破廉恥総進撃は中止です!」

 

「愛の言う通りだ」

 

 御剣に対して愛は抗議する。

 

「なんで我が家で作戦会議なのですか⁉ 隊舎で宜しいじゃありませんか⁉」

 

「必勝祈願をしてもらったからな、そのついでだ」

 

「頼みがあるって……御祈願のことかと思いましたのに……」

 

「たまには気分を変える必要性を感じてな、折角こんな広い部屋があるんだ。貸してもらうのも良いのではないかと思ってな」

 

「まあ、近所の町内会の方々も会合などでお使いになりますけど……」

 

「すぐに終わる。時間は取らせん」

 

「……仕方ありませんね」

 

 愛は渋々ながらも頷く。

 

「よし、では改めて当日の作戦なのだが……無い!」

 

「いや、無いって⁉」

 

 勇次が驚きの声を上げる。

 

「先も説明をした通り、今回の対抗戦の構造上、連携などを取ることが容易ではないと予想される。よって、下手な小細工は弄さん!」

 

「そんな……せめて相手の情報は?」

 

 愛の言葉を受け、御剣は三尋に視線を向ける。

 

「色々と探りを入れてみましたが、思いの外、警戒が強く、相手方に近づくことさえままなりませんでした……申し訳ない!」

 

 力なく肩を落とす三尋に千景たちが声を掛ける。

 

「い、いや、あんまり気にすんなよ、く、黒田?」

 

「そ、そうですわ。そこまで気に病むことはありませんわよ、く、黒……黒崎さん!」

 

「ドンマイでござるよ、黒、黒……いや、逆に白井殿?」

 

「黒駆三尋です! 名前忘れ過ぎでしょう! なんですか、逆にって!」

 

 三尋が抗議の声を上げる。御剣がそれを気にせず口を開く。

 

「まあ……要は目の前の相手を全力を以って倒せ、以上!」

 

「「「了解!」」」

 

 千景たち三人は勢い良く返事をするが、勇次と愛は首を傾げる。

 

「だ、大丈夫なのか?」

 

「不安しかない……」

 

「案外にゃんとかにゃるものにゃ」

 

「うお! 又左、いつの間に!」

 

 勇次は自分の膝の上に乗っていた又左に驚く。

 

「ここまでの接近に気が付かないとは……そんなことでは危にゃいぞ」

 

「危ないって?」

 

 又左が呆れる。

 

「危機感が乏しいにゃ……その山牙という女がまた君を殺しにくるかもしれんぞ?」

 

「ええっ⁉ 何でだよ⁉」

 

「それはこちらが聞きたい、何か恨みでも買ったんじゃにゃいのか?」

 

「そんな覚えは……」

 

「どれだけ破廉恥な所業を重ねれば気が済むの?」

 

「そもそも重ねてねえよ!」

 

 冷ややかな視線を向けてくる愛に勇次は力一杯否定する。

 

「だ、大体、俺は根絶対象から外れたんじゃないのか⁉」

 

「妖絶講とその周辺には色々な思想が渦巻いているからにゃ~」

 

「そ、そんな……」

 

「あの反応を見る限り、武枝は何も知らんようだな。一応武枝が上官として釘を刺しているとは思うが……いざ始まってしまえばどう転ぶか分からん。可能な限り手助けはするつもりだが、自分の身は自分で守るという気構えでいろ」

 

「は、はい……」

 

 御剣の言葉に勇次は戸惑いながら頷く。

 

「よし、話は以上だ。本日は解散とする」

 

 皆が部屋を出た後、御剣も廊下に出て、愛が続く。そこに男性が立っていた。

 

「あ、実継(さねつぐ)兄さん……」

 

「本日はお参りにお越し頂きありがとうございました」

 

 神職の袴姿に眼鏡を掛けた物腰が柔らかそうな青年が御剣に頭を下げる。

 

「こちらこそありがとうございました」

 

 御剣もお辞儀を返す。青年は心配そうな口調で話す。

 

「聞き耳をたてるつもりはありませんでしたが、大丈夫なのでしょうか? 『殺しにくる』などと物騒な発言が聞こえてきましたが……」

 

「……ご心配なく、あくまでも演習の一環ですから。言葉のあやの様なものです。愛……妹さんの身の安全は保障いたします」

 

「そうですか……愛はご迷惑をかけていませんか?」

 

「ちょ、ちょっと兄さん!」

 

「いえ、活躍してくれています。大した神力の持ち主です」

 

「そうですか……愛は兄と同様に幼いころから才覚を発揮していましたから……平凡な神主の私とは大違いです」

 

「そんなことは……申し訳ありませんが、用事がありますので、失礼させて頂きます」

 

 御剣は頭を下げて、その場を後にする。

 

 

 

 それから数日が経ち、対抗戦当日を迎えた。

 

「へへっ、腕が鳴るぜ!」

 

「武枝隊……どれほどのものか、楽しみですわね」

 

「研究に活かせれば良いんですけど……」

 

「ここで目立って影の薄さを解消してみせる!」

 

「うむ、皆、闘志抜群で結構なことにゃ!」

 

「若干バラバラな感じが否めませんけど……」

 

 又左の言葉に愛は首を捻る。御剣が勇次に声を掛ける。

 

「勇次、準備は出来たか?」

 

「は、はい。大丈夫です」

 

「よし、上杉山隊、出発するぞ……対抗戦の場所は川中島だ!」



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第8話(1) 自称18歳

                  捌

 

「川中島って言ってもあの川中島じゃなくてその近くの山か……」

 

「川中島の場所についての定義は時代とともに変遷しております。隊長の発言もあながち間違っているわけではありません」

 

 勇次の発言に億葉が眼鏡をクイっと上げて反応する。

 

「近隣の山をまるごと演習場として確保しておくことが出来るとは……妖絶講も案外資金が潤沢なのですわね」

 

「そんな余裕があるなら給料をもう少し上げて欲しいもんだけどな」

 

 万夜の言葉に千景が笑う。

 

「一般人が迷い込む危険性は無いのだろうか?」

 

「大きな狭世を発生させて、山全体を囲んでいるからその心配は必要ないにゃ」

 

 三尋の疑問に又左が答える。

 

「! 隊長! 来ました!」

 

 集合場所に武枝隊の姿が現れ、愛は岩に腰を下ろし、瞑想している御剣に声を掛ける。

 

「そうか……」

 

 御剣は目を開いて、ゆっくりと立ち上がり、前に進み出る。武枝隊からも隊長である武枝御盾が一人進み出てきて、二人は向かい合って立つ。

 

「時間通りに来るとは意外だったな」

 

「それは此方の台詞じゃ。てっきり怖気づいて来ないものかと思ったわ」

 

「貴様ら如きを恐れる要素が皆無だからな」

 

「なんじゃと?」

 

「は~い、お待た~♪」

 

 睨み合う御剣と御盾の間に割って入るように黒髪の長身美人が現れた。

 

「うおっ⁉」

 

「!」

 

 突然の出現に御盾は声を上げて驚き、御剣は息を呑む。

 

「も~そんなに驚かないでよ~傷付いちゃうわ~」

 

 黒髪美人は腰をくねくねと動かす。ミディアムロングの黒髪と豊満な胸と尻が揺れる。

 

「普通に出て来てもらえませんかの⁉」

 

 色々と癪に障ったのか、御盾が大声を上げる。

 

「あ~ん、御盾ちゃん怖~い」

 

「隊長、その方は……?」

 

「ああ、こちらは……」

 

 愛の質問に答えようとした御剣を黒髪美人が制する。

 

「待って、御剣っち! 折角だから自己紹介するわ!」

 

「はあ……」

 

 黒髪美人はひとつ咳払いをして、自分の名を名乗る。

 

「初めまして♪ 関東管区管区長兼、星ノ条隊隊長、星ノ条雅(ほしのじょうみやび)永久(とこしえ)の18歳よ♪」

 

「「……」」

 

 美人は雅と名乗り、往年のアイドル歌手のようなポーズを取る。それに対して上杉山隊、武枝隊、双方の隊員が沈黙し、その場が一瞬の静寂に包まれる。

 

「ちょっと、ちょっと! そこは『またまた♪』でしょ⁉」

 

「そのような約束事など知りませぬ!」

 

「……茶番には付き合っていられません」

 

「酷っ! 二人とも容赦なくない⁉」

 

「時間がありませんので話を進めて下さい」

 

「ちぇっ、分かりましたよ~だ」

 

 雅は唇をぷいっと尖らせる。その後すぐ真面目な顔つきになり、説明を始める。

 

「……大体のことは既に把握しているとは思うけれど、今回の対抗戦はこの演習場で行って貰います。ウチの優れた隊員が張った狭世の結界だから、つまらない乱入者や一般の方が迷い込むということは無いから安心して。怪我などした場合は、これまたウチの自慢の隊員たちが迅速な治癒・治療を行うから、心おきなく殺りあって……戦って頂戴」

 

「今不穏な言葉が聞こえたような……」

 

 勇次がボソッと呟く。雅は説明を続ける。

 

「自分たちで回復してもいいけど、それだとキリが無いから一人につき一度にしましょう。もっとも戦闘続行不能に近い状態になったら回復する余裕なんか無いだろうけどね。これ以上は無理だと私が判断したら、ウチの隊員に回収してもらうわ。」

 

「戦闘続行の可不可の判断は如何様に?」

 

 御剣の問いに雅は右の掌を広げる。そこに雀のようなものがとまる。

 

「これもまたウチの優秀な隊員が開発したこの雀型ドローンを多数配置します。これで私がこの場所にいながらでもモニタリングを行うことが出来るわ」

 

「おおっ、高性能!」

 

 億葉が目を輝かせる。

 

「スポーツじゃないし、明確に反則というものは定めないけど、多少行き過ぎた行為があれば……私が直々にお仕置きしてあげるわ」

 

 雅は突如低い声色になって、両隊に睨みをきかせる。御剣が呟く。

 

「地が出ていますよ」

 

「何か言った?」

 

「いいえ、何も」

 

 御剣は微笑みながら首を振る。雅は更に説明を続ける。一本の木を指差す。

 

「あそこに少し改良を加えた転移鏡を用意しました。一人ずつあそこに飛び込んでね。この演習場のどこかにランダムに飛び出るようになっているわ」

 

「ランダムに……」

 

「そう、運が良ければ味方と即合流出来るし、運が悪ければ相手に包囲されるわ。先に全滅した方が負け……説明は以上よ。何か質問あるかしら?」

 

「……」

 

 御剣は黙って雅を見つめる。

 

「何? 御剣っち?」

 

「……この間、武枝が魔女呼ばわりしていましたよ」

 

「んなっ⁉」

 

「ほ~う? 御盾ちゃん、それはどういうことかしら」

 

「い、いや、単なる言い間違いです……そ、それではお願いします!」

 

「……お願いします」

 

 御剣たちは雅に頭を下げ、それぞれ自らの隊員のもとへと下がる。

 

「さて……とにかく、作戦通りに行くぞ」

 

「作戦というかにゃんというか……」

 

「ん? あれは……」

 

 三尋が指差した方を見ると、武枝が大袈裟に隊員たちの頭上で右手を左右に振りかざすのが見える。勇次が怪訝そうに呟く。

 

「何をやってんだ?」

 

「……儀式のようなものだ、気にするな」

 

「そうは言っても大分気になりますけどね……」

 

 愛がそう呟いた後、雅が両隊に声を掛ける。

 

「準備は良いかしら? じゃあ、順番に転移鏡に飛び込んで!」

 

「あちらが儀式をするならこちらは円陣でも組みますか?」

 

「良いことを言うな、万夜。そうしよう、皆、円になれ」

 

 出来上がった円陣の中心で御剣が気勢を上げる。

 

「己の力を信じて戦え! 苦境に陥っても諦めるな! 上杉山隊はヤワではないと信じている! 絶対に勝つぞ!」

 

「「「おおっ!」」」

 

 両隊の各員が転移鏡に飛び込んで行く。千景はある地点に出た。

 

「さてと……ウダウダしていたら、あの自称18歳の人が言っていた様に敵さんに囲まれちまうな……早く愛と合流したい所だ、勇次を狙ってやがる赤髪の女も気になるし……!」

 

 その時、千景の首筋を刀が襲ったが、千景は間一髪躱す。

 

「ほう、今の一撃を躱しますか、さっさと終わらせてあげようと思いましたのに……」

 

 茶髪の女性が刀を構え直す。千景も笑みを浮かべ、拳を突き出して構える。

 

「へっ、色々考えるのも面倒臭え……片っ端からぶっ飛ばすか!」



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第8話(2) 風に乗る千

「お名前だけでも伺っておきましょうか?」

 

 茶髪の女性がのんびりした様子で千景に語りかける。ここで如何にも『敵とのんびりおしゃべりしているヒマは無えんだよ!』と殴りかかりそうな千景であったが、一呼吸置くだけの余裕は持っている。構えは解かずに名を名乗った。

 

「……樫崎千景だ」

 

「樫崎さん……平の隊員の方ですね」

 

「平じゃねえ! 特攻隊長だ!」

 

「そのような役職は貴女の所属する隊に確認出来ませんでしたが」

 

「じゃあ、覚えて帰りやがれ!」

 

 千景が殴りかかるが、相手は素早いバックステップを踏んで躱す。

 

「踏み込みが甘いですね……」

 

「ちっ!」

 

「折角ですから私の名前を覚えて帰って下さい。私は風坂明秋(ふうさかめいしゅう)と申します。以後お見知り置きを宜しくお願い致します」

 

「んなもん、秒で忘れるっつーの!」

 

 千景が鋭い右ストレートを二発繰り出すが、これも風坂の巧みなバックステップによって難なく躱されてしまう。

 

「鋭い拳ですが、軌道が極めて単調ですね……」

 

「くそっ!」

 

「『挑発にも面白いように乗るタイプ』……成程、事前の情報通りです」

 

「んだとぉ!」

 

 千景はさらに風坂との距離を詰め、左フックを放つ。だが、これも難なく躱される。

 

「甘いですね」

 

「……ふふっ」

 

 いきなり笑い出した千景を見て、風坂が首を傾げる。

 

「何がおかしいのですか?」

 

「そういや、ウチの黒……岩?が言っていたっけな。『茶髪女は逃げ足だけは速い』って、こりゃマジだなって思ってな」

 

 風坂が少しムッとした顔つきになる。

 

「……これは回避というのです」

 

「物は言い様だな、さっきから後ろに下がってばっかりじゃねえか」

 

「……宜しいでしょう」

 

 風坂が刀を鞘に納め、間を置いて呟く。

 

「……風立ちぬ!」

 

「!」

 

 次の瞬間、風坂の刀が千景の脇腹を切り裂く。

 

「ぐっ……」

 

 千景が脇腹を抑えて呻く。

 

「逃げ足ではなく、足が速いのです。お間違いなきよう」

 

「とどめは刺せていないぜ……成程、スピードは大したものだ、ただ一撃が軽いな」

 

「癪に障る方ですね……いいでしょう、手数で圧倒して差し上げます」

 

「挑発に乗り易いのはてめえの方じゃねえか……!」

 

野分(のわき)!」

 

 風坂が低く叫ぶと、彼女の振る刀が激しく乱舞し、千景を襲う。

 

「ぐおっ! つうっ!」

 

 千景はその素早い連続攻撃をなんとか躱そうとするが、逃れ切れず、肩や膝を斬られてしまう。斬られた箇所から血が噴き出し、千景はその痛みに顔を歪める。

 

「行き過ぎた行為は仕置きの対象ということですから……急所は避けて差し上げました。もっともその出血は放っておくと危険だと思いますが」

 

 風坂は血の付いた刃先を見ながら話す。

 

「それはそれはお気遣いどうも……!」

 

 傷口を抑えながら、千景は必死に考えを巡らす。

 

(手練れであることは間違いねえが、こうして顔を合わせている分にはアタシとそこまでの霊力差は感じねえ……互いの相性があるとしてもここまで圧されるとは……)

 

「棄権することをお勧めします」

 

 風坂は雀型ドローンに目をやりながら提案する。千景は尚も考える。

 

(恐らく、ってか、間違いなく風系統の術使いだ……そして、術を使う時に、霊力が飛躍的に上がっている! ……様な気がする!)

 

「この場合の沈黙は肯定と受け取っても宜しいですか?」

 

(何か仕掛けがあるのか……? さっぱり分からねえが、こちらから仕掛けるか!)

 

「!」

 

 千景が両手首のリストバンドを外して、遠くに放り投げる。それを見た風坂が細い目を更に細めて尋ねる。

 

「何の真似です……?」

 

「あ~手が軽いわ~」

 

 千景が両手をブラブラとさせる。

 

「?」

 

「今捨てたリストバンドさ、所謂パワーリストってやつでよ。片手で10㎏、両手で20㎏もあったんだよ」

 

「⁉」

 

「つまりこっからアタシのパンチスピードは断然速くなるってことだ。尻尾巻いて逃げるなら今の内だぜ?」

 

「戯言を……」

 

 風坂が迎撃の体勢を取る。千景がニヤッと笑い、振りかぶる。

 

「……いっくぜー!」

 

 風坂は千景の拳の軌道を予測し、そこに合わせて峰打ちを放つが、刀は空を切る。

 

「えっ⁉ 全然遅いじゃないですか⁉」

 

「嘘だよ! バーカ!」

 

 千景は更に一歩踏み込んで、ローキックを風坂の脚に喰らわせる。

 

「ぐっ!」

 

「おらあっ!」

 

「ごほっ!」

 

 千景はバランスを崩した風坂の胸部に追撃のパンチをお見舞いする。まともに喰らった風坂は堪らず仰向けに倒れ込む。

 

「うう……⁉」

 

 風坂は驚いた。千景が自らの体に跨り、マウントポジションを取っていたからである。

 

「お前、良い子だな……」

 

「え……?」

 

 千景が風坂を見下ろしながら呟く。風坂は戸惑う。

 

「さっきのラッシュの時、急所の他に、顔も狙わないでくれたろ? 治癒の術を使ったところで多少は傷が残るかもしれねえからな……お前が男だったら、アタシ惚れていたかもしれねえ……だけどよ」

 

 千景はニヤっと笑う。

 

「アタシは顔思いっ切りぶん殴るぜ! 悪い子だからな!」

 

 千景が風坂の顔を左右から殴りつける。

 

「おらっ! おらっ! お! ……?」

 

「そこまでです。勝負は決しました」

 

 千景の腕を男が掴む。雅が連れて来た星ノ条隊の隊員である。男は風坂の様子を窺う。

 

「気を失っていますね……武枝隊隊員も周囲にはいません。棄権扱いとして回収します」

 

「はいはい、さいですか」

 

 立ち上がった千景は指にポケットから取り出したメリケンサックをはめる。男が驚く。

 

「外していたのですか?」

 

「傷でも残ったらやっぱマズいっしょ?」

 

 千景は笑う。男が風坂を抱えその場から去ると、千景は木にもたれかかって呟く。

 

「……術の使えねえアタシはただひたすら体を鍛えるしかねえ……パワーリスト、マジで両手両足に付けるかな?」



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第8話(3) 副隊長、激突

 千景と風坂が戦っていた時とちょうど同じ頃、別の地点で両隊の隊員が遭遇した。

 

「苦竹万夜……だったか、副隊長同士がバッタリ出会うとはまた奇妙な縁だな」

 

 万夜よりも一回り大柄な黒髪の女性は苦笑する。万夜はすぐさま相手との距離を取る。

 

火場桜春(ひばおうしゅん)! ……さん」

 

「さて、闘るか」

 

 火場が黒い隊服を着ていても分かるくらい隆々とした両腕を前に突き出して構える。

 

「!」

 

「ん?」

 

 万夜はさらに距離を取り、木々の中に身を隠しながら、対策を考える。

 

(火場桜春さん……副隊長レベルも出席する会合で何度かお会いしてご挨拶はしたことありますけど……どのような戦い方をなさるのかしら? やはり、あの鍛えに鍛えたであろう体格を存分に活かしてのパワーでゴリ押し戦法かしら? いや、いくらウチの筋肉バカでもそんな脳筋丸出しの戦い方はしませんわ。少し会話したのみですが、終始落ち着いて理知的な方だという印象を受けました。きっと戦い方もスマートな……)

 

「フン‼ フン‼」

 

「⁉」

 

「お、見つけたぞ」

 

 木々をなぎ倒し、隠れていた万夜を強引に見つけ出した火場は二カッと笑う。

 

「クソ脳筋でしたわ!」

 

 予想外の衝撃に万夜は思わずはしたない口を利いてしまう。

 

「捕える!」

 

「ぐっ!」

 

 火場が思ったよりも素早い動きを見せた為、万夜の反応が遅れ、隊服の襟をがっしりと掴まれてしまう。

 

「貰った!」

 

「しまっ……」

 

 気付いたときには火場は背負い投げの体勢に入っており、万夜の軽い身体は簡単に宙へと浮き上がり、次の瞬間、地面に叩きつけられる。

 

「ぐはっ!」

 

 声にならない声を発する万夜。火場は感心する。

 

「少しばかり手加減したが、それでも咄嗟に受身を取るとは……流石にそれなりに体術も心得ているか」

 

「ぐっ……」

 

「油断大敵、さっさと終わらせるか」

 

 絞め技に入ろうと、火場が身を屈める。万夜は自身の腰部にぶら下げていたメガホンを手に取り、口に当てて叫ぶ。

 

「『リサイタル!』」

 

「⁉ くっ!」

 

 耳元で大音量を聴く羽目になった火場は思わずたじろぐ。

 

「!」

 

「ちっ、どこへ行った⁉ ぐっ⁉」

 

 火場がたじろいでいる隙に素早く起き上がり、再び距離を取った万夜は火場の背後に回り込み、そこから鞭を投げつけ、火場の首を絞め上げて思い切り引っ張る。

 

「鞭での打撃もその見事な体躯には効き目が薄いでしょう! それならば絞め落とす!」

 

「ううっ……桜火(おうか)!」

 

「なっ⁉」

 

 火場は苦しそうに顔を歪めながらも、片手で鞭を掴み、術を用いる。鞭が一瞬で燃え上がり、驚いた万夜は鞭を引く手を緩めてしまう。その隙に火場が巻き付いた鞭を外す。

 

「しまっ! ええい!」

 

 万夜は火を消火する為、鞭を周囲に振り回したり、地面に叩き付ける。これによって煙が辺りに立ちこめたため、再び身を隠すことが可能になると瞬時に判断する。

 

(火系統の術者! ただでさえ力があるのに反則ですわ! ……とここで愚痴ってもどうにもなりません。わたくしのやることは一つ、接近戦を避けること!)

 

春暁(しゅんぎょう)!」

 

「はっ⁉」

 

 火場は拳を燃え上がらせて、左右に大きく振るう。煙が一瞬の内に晴れ、身を屈めていた万夜の姿があらわになってしまう。

 

「それっ!」

 

「ちぃっ!」

 

 火場が今度は万夜の襟を両手で掴む。

 

「絞め技の手本を見せてやる!」

 

 火場は襟を掴んだ両腕を十字の形にして、両手の甲を上にして、前腕で万夜の頸部を絞めようとする、柔道でいう並十字絞である。

 

「ぐぬぬ……」

 

 万夜は再びメガホンに手を伸ばし、口に当てて叫ぶ。

 

「『コンサート!』」

 

「⁉」

 

「なっ⁉」

 

 火場は再び一瞬たじろぎ、絞め上げる手の力をわずかに緩めたが、それでも体勢を崩さずにその場に踏み留まる。万夜が驚く。

 

(そんな! さっきのリサイタルよりも一段階上の術ですのに⁉)

 

 火場がニヤっと笑って、顔を横に向ける。万夜が再び驚く。

 

「こ、小石を拾って耳栓代わりに⁉」

 

「お前の妙な術は封じた! これで終わりだ!」

 

「それならば!」

 

 万夜が前に踏み込み、火場に顔を近づけ、三度メガホンに口を当てる。

 

「距離を詰めれば、即席の耳栓など!」

 

「来ると分かっていれば耐えられる!」

 

「『ライブハウス……』」

 

 万夜の言葉を聞いて、火場は思わず笑ってしまう。術の詳細までは分からないが、『リサイタル』と『ライブハウス』を比べれば、むしろ規模が小さくなっている=威力が減ることになるのではないか。窮地に立たされて、冷静さを欠いたのだと考える。しかし、次いで発せられた言葉に火場は完全に意表を突かれる。

 

「『武道館へようこそ‼』」

 

「ぐおっ!」

 

 先程とは比べものにならない程の音圧が火場を襲う。火場は万夜を離し、自らの両耳を抑える。絞め技から解放された万夜は苦しそうに咽ながらも体勢を立て直し、鞭を火場の両腕ごと巻き込んで、首を絞める。

 

「手が使えなければ、術は使えないはず! 今度こそ落とす!」

 

「……うおおっ!」

 

「なっ⁉」

 

 火場は絞められながら体をぐるぐると高速で回転させる。

 

「ええいっ!」

 

「そ、そんな馬鹿なぁぁぁ……」

 

 まるでハンマー投げ選手が投じるハンマーの様な形で、万夜は遠くに投げ飛ばされる。火場はその場にしゃがみ込んで、呼吸を整える。

 

「なんだ、あの技の名は……文章じゃないか……」

 

 呼吸が落ち着くと、火場はゆっくりと立ち上がって、ハンマー、もとい万夜が飛んで行った方角に目をやる。

 

「我ながら随分飛ばしたな……しかし、あの辺は高い木も多い。木の枝などに引っかかって、地面に直接落下したとは考えにくいな……つまり奴と再びまみえる可能性もあるということか……今は味方と合流することを考えるか」

 

 火場は小石を耳から取って放り投げ、悠然と歩き出す。

 

「今後の妖との戦いに備え、耳栓なども用意する必要があるかもしれんな……この対抗戦、なかなかどうして有意義かもしれん」



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第8話(4) 科学の力

 千景が風坂と、万夜が火場と鎬を削っているのと同じ頃、両隊の内の二人がまた別の地点で会敵した。

 

「あ~あ~こちら、億葉! 大至急応援を乞う!」

 

「赤目億葉さん、この演習場全体に強い妨害電波が発せられています。それについて説明はありませんでしたが、味方同士の連携を取れなくする為かと推察されます。現状、通信を試みるのは無駄な労力と思われます……」

 

 左目に眼帯を付けたさほど長身ではないものの細身でスラッとした体格の女性が大木の陰に隠れる億葉を覗き込んで、早口で説明する。億葉は驚く。

 

「んなっ⁉ 『一億個の発明! その75! デコイバルーン!』で完全に目をくらましたはずなのに、こんなにも早く察知されるとは……」

 

「7体のデコイは非常によく出来ていました。一瞬どれも本物ではないかと誤認しました。ですが、いずれにも生体反応を感知することが出来ませんでしたので、本物の貴女は別の方向に逃げたのだと判断しました」

 

「に、逃げた訳ではありません!」

 

 億葉の言葉に対して女性が不思議そうに首を傾げる。オフホワイト色のセミロングの髪がかすかに揺れる。

 

「これは転進です!」

 

「転進……そうですか、認識を改めます」

 

 意外と話が通じるタイプではないかと感じた億葉は話を続けてみる。

 

「……貴女は拙者のことをよくご存じのようですね」

 

「ええ、赤目億葉さん、好きな食べものから初恋の人、スリーサイズ、さらには学生時代の黒歴史事件簿まで、全てデータに入っております」

 

「直ちに抹消して貰いたいデータがいくつかありますが、それはこの際良いとして……よくそこまで調べ上げましたね?」

 

「我が隊には優秀な忍びが所属しておりますから、それに隊長のよくおっしゃっていることです、『いくさというものは戦う前に既に勝敗が決しているものだ』と」

 

「ああ、孫子の兵法ですか……成程、諜報戦の時点で我々は既に後手後手に回っていたのですな……所謂一つの高度な情報戦とかウチの御剣氏には到底無理な芸当ですから」

 

 そう言って、億葉は肩を落とす。女性が億葉を覗き込みながら尋ねる。

 

「メンタルリズムから判断したところ著しい戦意低下を感知……このままでは徒に怪我を負うリスクが極めて高いです。よって速やかな棄権を勧告します」

 

「お優しい方ですね……最後にお名前だけ伺っても宜しいでしょうか?」

 

「……自分は林根笑冬(はやしねえとう)と申します。聞けば、赤目さんは上杉山隊の技術開発研究主任を務めておられるとのこと。今後なにかしら縁があるやもしれません。以後お見知り置きの程を宜しくお願い致します」

 

「そうですか、こちらこそ宜しくお願いします……ポチっとな!」

 

「!」

 

 億葉がその場から飛び去りながらスイッチを押す。いつの間にか林根を包囲していた小さい風船8個が彼女の体に纏わりついたその瞬間に爆発する。億葉が快哉を叫ぶ。

 

「『一億個の発明! その87! バルーンボム!』 風船型爆弾を自らで操作し、好きなタイミングで起爆させることが出来……ってええっ⁉」

 

 億葉は目を疑う。林根の左腕と左脚がもげていたからである。

 

「い、いや、そんなはずは! 今回の対抗戦用に爆弾系の発明品に関しては全て火薬等の量を調節し、殺傷能力はギリギリまで下げたのに! って、そんなことを言っている場合ではありませんな! 治癒・治療の出来る方を呼ばなくては!」

 

「……ご心配には及びません」

 

「え?」

 

 林根は左腕と左足を拾うと、それぞれカチッと装着する。

 

「自分はわけあって体の約半分が機械でできておりますから、わりと頑丈なのです」

 

「ええっ⁉ サイボーグ⁉」

 

 億葉はパっと目を輝かせるが、すぐにその考えを打ち消すかのように頭を左右にブンブンと振り、ローラーブーツを走らせて、林根と距離を取る。

 

(成程、どことなく機械的な口調の御方だなとは思いましたが、本当に機械だったとは! 言われて見れば足音などに金属音が混ざっていました……いずれにせよ、対策を練り直さなければなりません!)

 

「考える時間を与えては危険な相手だと判断、早急に決着をつけさせて頂きます」

 

「どわっ⁉」

 

 億葉は再び驚く、それなりにスピードを出していた自分に対して林根が事も無げに並走していたからである。

 

「なっ⁉ このスピードについてくる⁉」

 

「左脚にエンジンブースターを装着しております故」

 

「くっ!」

 

 億葉は方向を転換する。林根はため息交じりに片手を掲げて呟く。

 

「呑気に鬼ごっこをしている場合ではありません……『寒林(かんりん)』」

 

「なっ⁉」

 

 億葉は戸惑う。自らの進路に突然林が出現したからである。

 

(何もない所に木々が生えた! これは植物系統の術! 術使いでもあるのですか!)

 

 億葉は少し慌てたが、すぐに気持ちを取り戻し、スピードを若干緩めて、木々の間を器用にすり抜けてみせる。

 

「よしっ! 落ち着けば躱せる!」

 

「当然そうきますね……発射!」

 

「なっ! ……ぐおっ!」

 

 木々の間を突破した億葉の体を林根の拳が襲い、億葉は堪らず吹っ飛ぶ。

 

「ロケットパンチです……貴女の木々のすり抜けるコース、タイミングを予測し、それに合わせて発射しました」

 

 林根は説明しつつ、宙を舞って、自らの元に戻ってきた左腕を装着しようとする。

 

「それっ! 『一億個の発明! その9! ロングレンジマジックハンド!』」

 

「!」

 

 億葉はマジックハンドを伸ばし、林根の左腕を奪取する。

 

「これで攻撃手段は一つ封じましたよ! さあ、どうしま―――⁉」

 

凍枝(とうし)―――」

 

 林根が右腕をかざすと、そこから鋭く尖った枝が伸びて、億葉の左肩に突き刺さる。

 

(ぐっ……成程、手足にも生やすことが出来るというわけですか……科学技術と不思議な術の合わせ技! どうすれば……!)

 

「『一億個の発明! その3! エアーブースター!』」

 

 億葉は林根の左腕を手放しそうになるも、慌てて抱え込み、リュックサックの下部からブーストを噴射させて空中に飛ぶ。

 

「先程の木々の高さから判断するに、これ以上の長さの木は生やせないはず! ロケットパンチはまだ私の手の中! 貴女に拙者を攻撃することは出来ない!」

 

「色々と頭が回る……そうですね、現状の自分の術の練度ではその高さには届きません」

 

 林根が感心した様に呟く。その言葉に億葉は満足気に頷く。

 

「よし! ならばこちらのターンですね!」

 

「術ではね……」

 

 林根はそう言って、左眼の眼帯をめくる。

 

「『一億個の発明! その―――⁉』」

 

 億葉の体が爆破に見舞われる。億葉は落下するが、大きなリュックサックがクッション代わりになり、大怪我はなんとか避けられた。林根の左眼が緑色に光っている。

 

「……言い忘れていましたが、左眼も義眼なのです。今放ったレーザービームなどいくつかの便利な機能が備わっています」

 

「そ、そりゃあなんともロマン一杯な……研究者心をくすぐりますね……」

 

 億葉はそう力なく呟いて気を失う。そこに一人の女性が飛び出してくる。

 

「失礼、私は星ノ条隊の者です。近くに上杉山隊隊員の姿は確認出来ません。彼女を棄権扱いとして直ちに回収します」

 

 女性は手際よく億葉を回収する。それを眺めつつ林根は眼帯を直し、左腕を着け呟く。

 

「面白い方でした。機会があったら新機能の性能試験に帯同して貰いたいですね」



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第9話(1) 忍びと忍び

                    玖

 

 上杉山隊の億千万トリオと武枝隊の面々が戦っているほぼ同時刻、武枝隊の二人の人物がある地点を歩いている。

 

「気配を掴んだのか?」

 

 短い茶髪の男性がもう一人に問う。

 

「……」

 

 問われたもう一人、長めの黒い前髪を顔の両側に垂らし、後ろ髪は短めのポニーテール風にまとめ、口元を赤布で覆っている中性的な雰囲気の男が無言で頷き指を二本立てる。

 

「二人か。ってか、口に出せよ」

 

「……忍びと巫女……まだ合流はしていない。北東と北西に分かれている。互いに気付いたかどうか、合流されると厄介だな……」

 

「どうする?」

 

「……北東の忍びは引き受ける。北西の巫女は任せる」

 

「お、女をやるのか? なんだか気が引けるな……」

 

 茶髪の男は戸惑い気味に答える。

 

「忍びは相性的にてこずると思うぞ。それとも二人で組んで一人ずつ潰すか?」

 

「い、いや、それは武枝隊の名折れだ! 分かった、女は俺がやる!」

 

「……」

 

「な、なんだよ」

 

「いや……さっさとケリをつけて互いの中間地点で合流だ」

 

 中性的な男が指を真っ直ぐ北に指し、茶髪の男が頷く。

 

「よし、分かったぜ!」

 

「ヘマするなよ、尾藤」

 

「俺は仁藤だ!」

 

 二人は勢いよくその場から走り出す。

 

 

 

(この対抗戦で私の最も優先すべき役目は傷ついた隊員を回復すること……ある程度近づけば、まだ未熟な私でも味方の霊力を感知出来る!)

 

 愛が走りながら考えを巡らす。その行く手を飛び出してきた茶髪の男が阻む。

 

「!」

 

「合流はさせないぜ!」

 

「……」

 

「なんだ、ビビッて声も出ないか。安心しろ、この仁藤正人(にとうまさと)、大怪我させるようなヘマはしねえ。ただ回復の術を持ったお前さんは厄介なんでな、多少痛い目は見てもらうが」

 

 仁藤と名乗った男はそう言って刀を構える。愛は無言でそれを見つめる。

 

「……」

 

「い、いや、なんか反応しろよ」

 

「……つまりこの先に私の味方がいるのですね」

 

「はっ! し、しまった! ええい、とっとと片付けさせてもらうぜ!」

 

 仁藤が愛に斬り掛かる。

 

 

 

「!」

 

 木々の枝を飛び移りながら移動していた黒駆が急停止し、横から飛び込んできた相手の苦無での攻撃を自身の持つ苦無で受け止める。

 

「ほう……なかなかの反応だな」

 

 中性的な男が体勢を立て直し、黒駆と相対する。二人は同じ位の身長であるが、黒駆の方がやや体格が良い。

 

「戦闘面だけはそれなりということか」

 

「だけは?」

 

 黒駆の問いに中性的な男は鼻で笑う。

 

「肝心の諜報活動がさっぱりだっただろう? 知っているぞ、貴様がここしばらく、我が隊の周辺を嗅ぎ回っていたことを。そして何の成果も得られなかったこともな」

 

「……返す言葉も無いが、ここでお前を倒して、少しでも隊に貢献してみせる!」

 

 黒駆は身構える。

 

「決意だけは立派だ―――な!」

 

「!」

 

「何⁉」

 

 黒駆は再び相手の繰り出した攻撃を受け止めてみせる。

 

「お前のことは知っている……朔月望(さくげつのぞみ)

 

「! 流石に同業者のことくらいは知っていたか」

 

「お前の流派のこともな……」

 

「ほう……ならば、確かめさせてもらうか!」

 

 朔月が三度仕掛ける。苦無を使って、速い連撃を繰り出すが、黒駆がそれをいなす。

 

「その技は知っている!」

 

「くっ!」

 

 黒駆が反撃に出る。朔月は咄嗟に躱す。

 

「お前と同じ流派のやつと何度か戦ったことがあるからな……」

 

 黒駆が苦無の先に引っ掛けた赤い布をヒラヒラとさせる。朔月がハッと口元を抑える。

 

「なかなか男前じゃないか、隠すのは勿体ないぞ」

 

「それは気に入っている奴だ、返してもらおう!」

 

 朔月が飛び掛かる。黒駆はこの周囲で一番大きい木の枝に飛び移ろうとするが、朔月はその動きをしっかりと捉えており、先回りする。

 

「速さではこちらに分がある!」

 

 朔月は苦無を太い木の幹に突き立てるが、そこには赤い布が残っているだけである。

 

「⁉」

 

「返したぞ、趣味じゃないのでな」

 

「何⁉」

 

 黒駆が朔月の背後に周り込み、体を羽交い絞めにする。

 

「確かに速さはお前の方が上だな、ならば力はどうかな⁉」

 

「ぐっ!」

 

 黒駆は朔月を抱えた状態のまま、上空に高く飛び、そこから真っ逆さまな体勢になり、きりもみ状に落下する。

 

「飯綱落とし!」

 

「ちっ!」

 

「! しまっ―――ぐおっ!」

 

 朔月が両手を叩いたその瞬間、強烈な違和感を覚えた黒駆は思わず、体を抑える手を緩めてしまう。その隙を逃さず、朔月は黒駆の腹に肘鉄を喰らわせ、羽交い絞めから逃れ、落下を避けることに成功する。着地した朔月は再び両手を叩くと、体勢を崩している黒駆に襲い掛かる。黒駆は朔月の連撃を受け止め切れずに、左肩、左腕、右膝、そして最後に右の脇腹を苦無で刺されてしまう。

 

「ぐおっ!」

 

「喰らえ!」

 

 追い討ちとばかりに朔月が繰り出した蹴りをまともに腹に受けた黒駆は後方に勢いよく吹っ飛ばされ、そのまま崖から転落してしまう。

 

「!」

 

 朔月が崖際に駆け寄り、状況を確認するが、既に黒駆の姿は見えない。

 

「受け身くらいは取っただろうが……しかし、あの傷では満足には動けまい。勝負は決した。流派を知っているくらいで良い気になるからだ……さて、尾藤と合流するか」

 

 踵を返した朔月は自らが指定した地点に移動する。しかし、そこには仁藤の姿は無い。

 

「ちっ、さっさとケリをつけろと言っただろうに!」

 

 舌打ちをして、朔月は再び動き出す。仁藤の気配のする所にたどり着くとそこで驚くべき光景を目にする。ボロボロになって倒れ込む仁藤とその傍らに平然とした様子で立つ愛の姿があったからである。

 

「なっ⁉」

 

 愛も朔月の姿を確認し呟く。

 

「黒駆さんかと思ったら、違いましたか……」



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第9話(2) 人形遊び

「まさか、尾藤が負けるとはな……」

 

「仁藤さんとおっしゃっていましたが……」

 

「……」

 

「あの……」

 

「大方、女相手だからと相当手を抜いていたのだろう。そういう奴だ。妖絶士は女の方が圧倒的に多いというのに……」

 

 朔月が倒れ込む仁藤を見ながら、首を左右に振って呆れる。

 

「実際のところは私にはどうか分かりませんが……」

 

「まあいい、曲江愛……忍びの次は貴様だ。加減はせんぞ」

 

「! 黒駆さんは貴方に倒されましたか……」

 

「そうだ、白旗を上げるなら今の内だぞ」

 

「……ここに参加している時点で退くつもりは毛頭ありません」

 

「上等!」

 

 朔月が愛に向かって飛び掛かる。愛は懐から人の形をした小さな紙を二枚取り出し、筆でその紙になにかを書き込み、息を三回吹きかけてから上に放り投げる。

 

「! 人形の形代(かたしろ)⁉」

 

「……宿り給へ」

 

 愛が唱えると、人の形をした形代が、はっきりと人の姿になって現れる。

 

「仁藤が二人⁉」

 

 仁藤そっくりの姿をしたものが二体、朔月に一気に襲い掛かる。刀での鋭い攻撃を苦無でなんとか受け止めて弾き返すと、一旦距離を取る。

 

「くっ! 成程……形代にその者の名を書き込むと、その者を具現化させ、己の手駒として自由に使えるということか」

 

「流石に察しが良いですね。そうです、仁藤さんはご自身の姓名を漢字まで丁寧に教えて下さいましたので、具現化の度合いはかなり高いです」

 

 仁藤その一とその二が朔月に一斉に斬り掛かる。隙の少ない二段構えの攻撃である。朔月は攻撃を受け止めきれす、肩と膝に僅かに傷を負う。

 

「ちっ! 敵に回すと厄介な奴め!」

 

 舌打ちしながら朔月は上に飛び、木の枝に乗る。

 

「……偽物ならば遠慮は全くの不要ということだな!」

 

 朔月は手裏剣を投げる。素早く投げられた手裏剣は仁藤その一とその二の顔と首に突き刺さり、それぞれの仁藤は紙となり、ヒラヒラと地面に落ちる。

 

「弱点は人体と同じということだな!」

 

「まあ、分かりますよね……」

 

「形代にそのような使い方があるとはな、神主や巫女というのもなかなか侮れん」

 

「いや、自分で言うのもなんですが、これは極めて特殊な事例ですから……全ての方がそうだというわけではありません。逆に……」

 

「? なんだ?」

 

「いえ、なんでもありません……宿り給へ」

 

「! しまった!」

 

 朔月の周囲を四体の黒駆が取り囲む。愛が呟く。

 

「本人に代わってリベンジマッチです」

 

「今度は四体か!」

 

 朔月は群がる黒駆の攻撃をなんとか間一髪の所で躱す。

 

「ええい、面倒だ!」

 

「!」

 

 朔月が四人に分かれる。分身の術である。四人の朔月と四体の黒駆がそれぞれ空中や木々の間、または地面すれすれで目にも留まらぬ速さの乱戦を繰り広げる。時間にして数十秒程で決着がつく。朔月本人が苦無で黒駆その三の首を斬る。斬られた黒駆は紙に戻る。残りの三体の黒駆と三人の朔月は相討ちとなる。

 

「戦績は一勝三分けか、悪くはない」

 

「やっぱり……」

 

「なんだ?」

 

 愛の呟きに朔月が反応する。

 

「手裏剣とか分身の術とか……貴方って結構ベタで面白味のない忍者ですよね」

 

「! 貴様、喧嘩を売っているのか!」

 

 逆上した朔月が再び飛び掛かる。

 

「朔月望……宿り給へ」

 

「なっ!」

 

 四体の朔月が朔月を襲う。思わぬ攻撃を喰らい、倒れ込んだ朔月は戸惑いながら、すぐに立ち上がるが、周りを包囲される。愛が淡々と告げる。

 

「黒駆さんから貴方の名前はしっかりと聞いていました。具現度はかなり高いはずです。さあ、ご自分相手にはどう対処されますか?」

 

「ふん、わりと意地が悪いな!」

 

「褒め言葉として受け取っておきます」

 

「姿形は一緒、能力はほぼ同等……試してみるか……」

 

 朔月が両手をポンと叩く。

 

「⁉」

 

 愛は驚く。朔月が女性の姿に変化したからである。動きの止まった四体の自分を見て、朔月はニヤッと笑う。

 

「速さならば女の姿になった方が速い!」

 

 朔月は再び四人に分身すると、戸惑う相手の虚を突き、あっという間に四体の自分を片付け、分身の術を解くと同時に、愛との距離を詰め、その首根っこを掴む。

 

「ぐっ、性別を変えられる……それが貴方の持つ術ですか。中性的な雰囲気の方だなとは思っていましたが」

 

「忍術や体術までは真似出来ても、そこまでは再現出来なかったようだな」

 

「私の練度不足ですね……」

 

「人形遊びは終わりだ」

 

「貴方、男なのですか? 女なのですか?」

 

「答える必要は無い。このまま絞め落とす。貴様の負けだ」

 

「……このままではね」

 

「なに?」

 

 愛が顔を下に向け、息を三回吹く。

 

「苦竹万夜……お貸し給へ……リサイタル!」

 

「うおっ!」

 

 朔月は愛から発せられた怪音波に顔をしかめ、掴んだ手を離してしまう。愛は素早く距離を取って叫ぶ。

 

「特殊な能力でも一度見聞きさえすれば、再現出来ますよ!」

 

「なっ⁉」

 

「名前を書いた形代を私の体に貼り付ければ、その方の能力を私自身が使えるようになるのです! 無論完璧にとまでは言いませんが!」

 

「思った以上に厄介な奴だな! さっさと終わらす!」

 

 朔月は両手を叩いて男の姿になり、愛に向かって殴りかかる。

 

「ぐっ!」

 

「何⁉ 受け止めた⁉」

 

「樫崎千景……お貸し給へ!」

 

「うおっ!」

 

 朔月の強烈なパンチを受け止めた愛は千景の様な怪力で朔月を自身の方へ引っ張る。朔月はバランスを崩し、前につんのめったような形になる。そこに愛がすかさず朔月の顔面に膝蹴りを叩き込む。

 

「ぐはっ!」

 

 朔月が仰向けに倒れる。愛が語りかける。

 

「男の顔で良かった、躊躇なく膝蹴りを叩き込めましたよ……」

 

 相手がどうやら気を失ったことを確認し、愛はホッと一息つく。

 

「なんとか勝てた……? やっぱり連戦はきついわね、力も消耗するし、皆の回復用に出来るだけ温存したかったのだけど……早く誰かと合流しなきゃ」

 

 愛は再び走り出す。



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第9話(3) 対峙

「ひとまず合流出来たことを喜ぶとするか」

 

「……そうですわね」

 

 御剣の言葉に万夜が頷く。千景が問う。

 

「億葉は?」

 

「見当たらないということは残念ながら脱落したということだろう」

 

「ちっ……黒谷は?」

 

「黒駆さんですよ……千景さん動かないで下さい」

 

 愛は治療の術を施しながら、落ち着きのない千景をたしなめる。

 

「こちらにいらっしゃらないということは、あの方も脱落でしょう?」

 

「相手方の忍び、朔月望さんに倒されたようです」

 

 愛が万夜の質問に答える。又左が口を開く。

 

「現状を整理するにゃ、まず相手の一人、風坂名秋は千景が倒したと……」

 

「おう、楽勝だったぜ」

 

「さっきまでボロボロだったじゃありませんか……」

 

「よくあの量の出血でここまで動けましたね……」

 

 治療が済んで、スクッと立ち上がって自慢気にガッツポーズを取ってみせる千景を万夜と愛が呆れ気味に見つめる。

 

「そして、仁藤正人と、朔月望は愛が倒したということにゃ」

 

「お手柄だな、愛」

 

 御剣の言葉に愛は恐縮する。

 

「すみません、皆さんとの早急な合流を優先した為、星ノ条隊に回収されたかどうかまでは確認していないのですが……とりあえず、二人とも気絶させときました」

 

「さらっと恐ろしいことを言っていますわね……」

 

 万夜が苦笑する。御剣が腕を組み、頷きながら話す。

 

「ということは現在、武枝隊は少なくとも、隊長である武枝本人と副隊長の火場、そして林根、さらに山牙が健在ということになるか。風林火山カルテットの内、三人も残っているのは厄介だな……」

 

「風林火山カルテット?」

 

「武枝ご自慢の部下たちだ、一々名前を呼ぶのが面倒だから、頭文字を取ってそのように呼んでいるとか言っていたな」

 

「発想が似た者同士だな、名前もよく似ているし」

 

 千景はそう言って笑う。御剣はややムッとする。

 

「名前は向こうが寄せてきたのだぞ。我が家はそうでもないのだが、あそこの家はなにかと対抗心を燃やしてくるのだ。私が御剣という名を付けられたと聞いて、『それではこちらは剣を折る盾だ!』とかなんとか言って、御盾という名前になったと聞く」

 

「へ~そりゃまた結構な対抗心だ」

 

「かれこれ四百年以上の因縁があるからにゃ……」

 

「ええっ! 戦国時代からですか⁉」

 

 又左の言葉に愛が驚く。

 

「……どうでも宜しいですけど、そろそろどなたか降ろして下さいます⁉」

 

 木の枝に引っ掛かったままの万夜がウンザリしたように叫ぶ。御剣が首を傾げる。

 

「万夜、なんでそんなところにいる?」

 

「さっきも申し上げたでしょう⁉ 馬鹿力の相手に投げ飛ばされた結果ですわ!」

 

「自然と一体化しようとしているのかと……」

 

「そんなわけが……姉様!」

 

 万夜が叫ぶと同時に、茂みから大きな白い犬に跨った御盾が飛び出してきて御剣の背後から襲い掛かる。

 

「!」

 

 御盾の振り下ろした鉄製の軍配を御剣が刀で受け止める。御盾がニヤっと笑う。

 

「ふん、奇襲失敗か! そうでなくてはな!」

 

「四百年前の意趣返しか?」

 

「なかなか乙なものであろう!」

 

 御盾が笑う。千景が二人の間に入る。

 

「隊長はやらせねえよ!」

 

尚右(なおすけ)! 距離を取れ!」

 

 御盾が自身の跨る犬に指示を出す。犬は背を向けて後退する。

 

「待ちやがれ! どわっ⁉」

 

 後を追おうとした千景に別の方角の茂みから吹っ飛んできた勇次がぶつかる。

 

「勇次⁉ お前、その傷!」

 

 勇次の体は肩や膝、脇腹など至る所から出血している。同じ方角から長い槍を持った赤髪の少女がゆっくりと姿を現す。

 

「ちょろちょろ逃げ回らないでさ……そろそろ観念してよ」

 

「! てめえ……アタシの勇次をよくも!」

 

「? アンタ誰? 勇次君はアタシの大事な獲物だよ?」

 

「! わけ分かんねえこと言ってんじゃねーぞ! てめえからぶっ飛ばす!」

 

「やってみな!」

 

「待て! 恋夏‼ 一旦こちらに下がれ!」

 

「! 姐さん……」

 

 御盾の言葉にふと我に返ったような赤髪の少女は素直に御盾の下に駆け寄る。御盾の周りには火場と林根と朔月も集まっている。

 

「……其方の名前は?」

 

山牙恋夏(やまがれんか)……」

 

「ふむ……まあよい、其方ら横一列に並べ」

 

 火場たちが並び、頭を下げる。御盾がその頭上で手に持った軍配を左右に振りかざす。

 

「よし、かかれ!」

 

 山牙を先頭に上杉山隊に向かって突っ込んでいく。林根が冷静に問う。

 

「隊長、山牙さんですが……」

 

「様子がおかしいのは承知している、目は光らせておく。いよいよとなれば、此方かあ奴が止める。例え間に合わなくても魔……雅さまがなんとかするじゃろう」

 

「了解しました」

 

 林根は頷くとブーストを噴かす。山牙の迅速な攻撃に勇次の反応が遅れる。

 

「くっ!」

 

「又左!」

 

「分かったにゃ!」

 

「うおっ⁉」

 

 勇次は驚く。巨大化した又左が自らの体を咥えて、山牙の攻撃を躱したからである。

 

「尻尾が二本に分かれている⁉」

 

「巨大化したことよりもまずそこに注目するとはなかなか通だにゃ……これがワシの妖猫としての真の姿にゃ!」

 

「かわいげが無くなっている! 元々無いようなもんだけど……」

 

「! ええ~い! この恩知らず!」

 

「ぐえっ!」

 

 又左は勇次を乱暴に投げる。そこに万夜の治療を終えた愛が駆け寄る。

 

「よし、勇次はまず治療しろ! 又左、背を貸せ!」

 

「ほいにゃ!」

 

 御剣が又左に跨る。千景が御剣に尋ねる。

 

「姐御よお、心なしか連中の力が上がっているような気がするんだが?」

 

「それはそうだ! 武枝は味方の能力を一定時間上昇させることが出来るからな!」

 

「! そういう大事なことは早く言えよ!」

 

「どこが儀式のようなものなんですの⁉」

 

「今言った! それで許せ! お前らならば必ず打ち勝てると信じている!」

 

「し、しょうがねえなあ!」

 

「し、仕方がありませんわね!」

 

 千景と万夜が身構える。

 

「テンションが上がっているせいか、万夜さんまであっさりノセられている……」

 

 愛が呆れ気味に呟く。



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第9話(4) 両隊、衝突

「ふん!」

 

 御剣が斜めに振り下ろした刀を御盾が軍配で巧みに受け流す。すぐさま返す刀で斬りかかるが、これも難なく受け止める。又左が舌を巻く。

 

「これは相当腕を上げているにゃ!」

 

「はははっ! こんなものか、宿敵! ちなみに此方は全然本気を出しておらんぞ!」

 

「……私もまだまだ序の口に過ぎん」

 

「どちらも負けず嫌いだにゃ……」

 

 又左が呆れる。

 

「乗り手が力を出し切れていないのはお前が不甲斐ないからではないか?」

 

「!」

 

 尚右の突然の発言に又左は顔をしかめる。

 

「……どういう意味かにゃ」

 

「そのままの意味だが? 低能な妖猫には難しかったか?」

 

「シャ―――! 忠犬気取りの駄犬が調子に乗るにゃ!」

 

「! ま、待て、又左、少し落ち着け!」

 

 相手に噛み付かんとする又左を落ち着かせようとする御剣を尻目に御盾は距離を取る。

 

 

 

「オラオラァ!」

 

 千景がパンチを数発繰り出すが、火場がそれを紙一重で躱す。

 

「一撃一撃が速くかつ重い……まともに喰らってしまってはマズいな―――!」

 

「どぉっ!」

 

 火場は千景の腕を掴み一本背負いを決める。電光石火の早業に千景は受け身を満足に取ることが出来ずに、地面に容赦なく叩き付けられる。火場はすぐさま絞め技に入る。

 

「大人しくしていてもらおう!」

 

「ぐぬぬ……!」

 

 しばらくジタバタと抵抗していた千景だったがそれも虚しく失神する。

 

 

 

「せい!」

 

 万夜が鞭を振るうが、林根は事もなげに躱してみせる。

 

「な⁉ 何故当たりませんの⁉」

 

「……鞭の軌道自体は不規則ですが、腕の向きや振りなどを見ればある程度の予測がつきます。回避行動をとるのは然程難しいことではありません」

 

「!」

 

 林根があっという間に万夜に接近する。

 

「この距離では鞭は満足に使えないでしょう」

 

「ならば、こちらをどうぞ! 『リサイタル』!」

 

「……」

 

「ぐはっ! な、何故……?」

 

 声を発して林根の動きを止めようとした万夜だったが、林根は微動だにせず、強烈な左ストレートを万夜の腹部に叩き込む。まともに受けた万夜は膝から崩れ落ちる。

 

「……シャットダウンモードを起動させていました。貴女の怪音波は通用しません」

 

 

 

「次は……貴女です」

 

 林根が愛に視線を向ける。火場が自ら両の拳を突き合わせて呟く。

 

「朔月、助太刀するぞ」

 

「無用だと言いたいが……一度負けただけになにも言えんな」

 

 愛に三人が襲い掛かる。愛は4枚の形代を手に取って投げ付ける。

 

「朔月望……宿り給へ!」

 

「火場!」

 

「春暁!」

 

「!」

 

 火場の繰り出した火を纏った拳により、形代は燃えてしまう。朔月はふっと笑う。

 

「思った通りだな、自分が燃やされている様で少々複雑だが……」

 

「くっ……」

 

「曲江愛さん、観念して頂きます」

 

「しばらく眠っていてもらう!」

 

「そういうわけには……!」

 

「させんぞ!」

 

 三人と愛の間に又左に跨った御剣が割って入り、刀を振る。

 

「上杉山流奥義……『凍土』」

 

「「「⁉」」」

 

 御剣が刀を振るうと、三人が一瞬にして凍りついた。

 

「一人一人相手をするのは面倒だ、しばらく凍っていてもらう」

 

 

 

「それでこそ我が宿敵!」

 

 尚右に跨った御盾が上から襲い掛かる。愛が前に進み出る。

 

「ここは私が! 火場桜春……宿り給へ!」

 

「⁉ 火場まで出せるのか⁉」

 

「名前を知って直接会話すれば、具現化出来ます!」

 

 四体の火場が御盾を取り囲む。

 

「なんの! 『風林火山・火の構え・火炎』!」

 

「!」

 

 御盾が軍配を振るうと、大きな火の渦が起こる。

 

「形代を用いているのはもうネタが割れておるぞ! ……何じゃと⁉」

 

 御盾が驚く。燃やしたと思った四体の火場が、燃えずに攻撃してきたからである。

 

「ど、どういうことじゃ⁉」

 

「あらかじめある程度水に湿らせておいた形代を用いました!」 

 

「小癪な真似を……!」

 

 四体の火場の繰り出す鋭い攻撃をなんとか躱しながら御盾は忌々し気に呟く。

 

「火場さんは火系統の術者です! 耐性も強い為、簡単には燃やせません!」

 

「……『風林火山・風の構え・疾風』!」

 

「⁉」

 

 御盾が再び軍配を振るうと、今度は強い突風が巻き起こり、その直撃を喰らった四体の火場は哀れにも体が千切れてしまう。

 

「ふん、燃えにくい代わりに破れやすいの……味方を引き千切る様で後味は悪いが……」

 

「そ、そんな……」

 

「其方ら呑気に凍っておる場合か! 溶かせばまだ戦えよう!」

 

 御盾が後方に振り返り、軍配を振るおうとする。

 

「氷を溶かす気か、そうはさせん!」

 

 御剣が素早く回り込み、振り下ろそうとした軍配を刀で受け止める。

 

「隊長! 援護します!」

 

「待て! 私のことは良い! 勇次を助けろ!」

 

「! 了解!」

 

 愛が少し離れた勇次の所へと急ぐ。御盾が笑う。

 

「回復要員なしで良いのか⁉」

 

「ハンデだ! 喜べ!」

 

「! ふざけたことを!」

 

 

 

「勇次君!」

 

 愛が駆けつけた時、そこには山牙のみが立っていた。

 

「! 勇次君は⁉」

 

「……さっきよりもヤル気にはなってくれたんだけど、足踏み外しちゃってさ……」

 

 山牙がため息を突きながら槍で崖を指し示す。

 

「まだ妖力は感じるし、そんな高い崖じゃないからその内戻ってくるでしょ。そしたら、アタシの槍で貫いてあげるんだ♪」

 

「! そんなことはさせない!」

 

「……何なの、アンタ……ウザ……決めた、アンタから先に始末して上げる……」

 

 笑顔から真顔に変わった山牙が槍を構える。



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第10話(1) 山牙の槍

                  拾

 

「さっさと終わらせる……!」

 

「!」

 

 山牙があっという間に距離を詰めてきたため、愛はすぐさま後退しながら形代を四枚投げつけて唱える。

 

「朔月望……宿り給へ!」

 

「⁉」

 

 四体の朔月が山牙を取り囲み、攻撃を仕掛ける。四方からの素早い攻撃だったが、山牙は戸惑いつつも、槍を振り回して、その攻撃を受け止めてみせる。

 

「ちっ、そういう術か……マジでウザいな……」

 

 山牙は舌打ちする。愛が叫ぶ。

 

「速さと手数で圧倒します!」

 

「ふん……竹落葉!」

 

「なっ!」

 

 山牙の繰り出した槍の連撃に、四体の朔月は頭部を貫かれ、紙きれとなる。山牙は槍を肩に担ぎながら笑みを浮かべて呟く。

 

「手数なんてこうやって補えば良いだけ……」

 

「くっ……」

 

「それに速さは本人ほどじゃないね」

 

 山牙は再び距離を詰めようとするが、言葉の調子とは裏腹に今度はゆっくりと歩いて愛に近づく。愛は形代を四枚投げつけて唱える。

 

「火場桜春! 宿り給へ!」

 

「! へえ、今度は火場か……」

 

「速さが駄目なら、力はどうです⁉」

 

 四体の火場が山牙に飛び掛かる。次々と繰り出される攻撃をなんとか躱しつつも、山牙は顔をしかめる。

 

「一人でもウザいってのに四人もいるとかウンザリだね……!」

 

 山牙は槍を振るう。

 

「ふん!」

 

「ちっ!」

 

 素早い振りだったが、一体の火場が槍を掴む。

 

「ぬん!」

 

「どわっ⁉」

 

 火場が掴んだ槍を持ち上げる。小柄な山牙の体は宙に浮く。

 

「せい!」

 

「ぐっ!」

 

 火場が槍を思い切り振りおろし、山牙の体は地面に勢い良く叩き付けられる。

 

「がはっ……」

 

 山牙が呻き声をもらす。愛が静かに呟く。

 

「槍を手放せば良かったのに」

 

「……戦いの最中に武器を捨てる阿呆はいないでしょ……」

 

 そう言いながら、山牙はのっそりと起き上がると槍を両手で掴み、杖代わりにしてゆっくりと立ち上がる。愛は山牙の耐久力に内心驚く。

 

(⁉ 今の攻撃を喰らって、なおも立ち上がる⁉)

 

「さあ、続けようか……」

 

 とはいえ、効いていないわけではないようで、山牙の足取りは若干ふらついている。愛は諭すように話しかける。

 

「……倒れていた方が楽だったかもしれませんよ?」

 

「はっ? 余裕だし」

 

「強がりを……」

 

「マジだから、大したことないね、アンタの手品」

 

「! ならば畳みかける!」

 

 愛が手を振ると、四体の火場が再び山牙に襲い掛かる。山牙はボソッと呟く。

 

「馬鹿力には馬鹿力だ……」

 

「⁉」

 

「岩山!」

 

「なっ⁉」

 

 山牙がそう叫ぶと、彼女の両の細腕が、山が隆起したように盛り上がり、倍以上の太さとなり、四体の火場の攻撃を受け止めた。

 

(あれは山地系統の術⁉ それにしてもあのような使い方をするなんて……自身の体に相当な負担が掛かるのでは?)

 

「うおりゃあ!」

 

「!」

 

 山牙が四体の火場をはねつけて、間髪入れす反撃に移る。

 

「弱い!」

 

「!」

 

「遅い!」

 

「!」

 

「温い!」

 

「!」

 

「甘い!」

 

「!」

 

山牙の繰り出した鋭く力強い突きに反応しきれず、四体の火場は頭部を貫かれ、単なる紙きれとなって、その場に落ちる。

 

「うおりゃあ! とか吠えちゃったよ、我ながらダサ……」

 

 山牙は苦笑しながら、愛に向き直る。

 

「さあ、速さも強さも封じたよ、そろそろネタ切れじゃない?」

 

「ぐ……」

 

「随分苦しそうだね」

 

「……」

 

「隠しているつもりでも呼吸の乱れが感じられるよ。アタシの目は誤魔化せない、この手品、相当消耗するんでしょ?」

 

「……手品などではありません」

 

 愛はややムッとして答える。

 

「体力をそんなに削られているようじゃん。術に振り回されているようじゃ術とは呼べないね。アタシの持論だけど」

 

「お説教は結構!」

 

「それもそうだね、アタシも柄じゃないと思っていたし……」

 

 山牙は片手で持っていた槍の柄をもう片方の手でポンポンと叩き、次の瞬間、愛に向かって飛び掛かる。

 

「くっ!」

 

「させないよ!」

 

「ぐっ!」

 

 形代を投げようとした愛の右腕を山牙の槍が突き刺す。愛は痛みに顔をゆがめる。

 

「……!」

 

「おっと!」

 

「うっ⁉」

 

一瞬の間を置いて、愛は左腕で形代を投げようとしたが、再び山牙の槍で刺される。

 

「これで両腕は塞いだよ、次はどうする? 足で投げる?」

 

「そんな器用なマネは出来ません……」

 

「そりゃ残念、少し期待したのに。これで終わりにするよっと―――!」

 

「!」

 

 山牙が情け容赦なく自身の腹部に向けて槍を繰り出してきたのが見えて、愛は思わず目を瞑る。しかし、腹部には予想された痛みが走らなかった。不思議に思って目を開けると、そこには山牙の槍を金棒で受け止める勇次の姿があった。

 

「ゆ、勇次君!」

 

「悪い、ちょっと遅くなった! 選手交代だ! 後は俺がやる!」

 

 勇次は山牙の槍を弾いて叫ぶ。



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第10話(2) 整合性

「ふふっ、来たね、勇次君……」

 

 山牙が槍を構え直してニヤリと笑う。

 

「お前……」

 

「勇次君……」

 

「愛、自分で治癒することもできるんだろう?」

 

 勇次は山牙を見据えたまま、愛に尋ねる。

 

「え、ええ。でも私は大分消耗してしまって……気休め程度にしかならないわ」

 

「それでも構わない。俺はさっき治癒してもらったからな」

 

「これなら隊長の為に温存しておいた方が良いんじゃ……」

 

「隊長は大丈夫だ、あの人を信じろ!」

 

「!」

 

「そして俺も負けん! 勝つのは俺たちだ!」

 

 勇次は金棒を構える。勇次の体の周囲に赤い気が漲る。それを見て山牙が笑う。

 

「あはっ! 良いよ、勇次君♪ 鬼の半妖の力、どんどん高まってきているよ! 頭の角も聞いていたよりも長くなっているね!」

 

「そうかよ!」

 

「おっと!」

 

 勇次は金棒を振り下ろすが、山牙が後ろに飛んで躱す。

 

「良い一撃! 殺し甲斐があるってもんだよ!」

 

「それだ!」

 

「ん?」

 

「俺は一応根絶対象から外れているんだろう? 何故お前は俺を殺そうとする?」

 

 勇次は金棒を山牙に向ける。

 

「……ひょっとして怖いの?」

 

「そりゃわけも分からず殺意を向けられたらな」

 

「子供の頃さ、短い間だったけど同じ小学校だったんだよ……アタシと勇次君」

 

「何だと?」

 

「学校の近所の公園にアタシが可愛がっていた野良犬がいたの……でもある時、意地悪ないじめっ子たちがその犬を寄ってたかっていじめていたの、その頃のアタシにはどうすることも出来なかった……」

 

「……」

 

「そのいじめっ子たちを勇次君が追い払ったの! 恰好良くて優しい人だと思った……大袈裟じゃなく眩しい存在に見えたんだよ。この間、長岡の駅前でも尚右にも優しく話しかけていたよね? ああ、この人変わっていないってすごく嬉しかったんだ……」

 

「あの時か……」

 

「だから殺すの、アタシの手で」

 

「ちょ、ちょっと待て! 全然話が繋がっていないぞ! 整合性が無い!」

 

 勇次は左手を前に突き出し、山牙を落ち着かせようとする。山牙は首を傾げる。

 

「整合性なんて必要ある?」

 

「大いにある!」

 

「う~ん……知らないと思うけど勇次君はね、世にも珍しい鬼の半妖ってことで、色んなところから色んな意味で狙われているの」

 

「そ、そうなのか?」

 

「……っていうのはどうかな?」

 

 そう言って、山牙は舌を出す。勇次は声を荒げる。

 

「どうかな? ってなんだよ⁉」

 

「半分アドリブ、今考えた」

 

「アドリブで殺そうとするな!」

 

「細かいことは気にしない、気にしない♪」

 

「気にするだろ!」

 

「まあ、下手に抵抗しないでくれたらすぐ終わるから」

 

 今度は山牙が襲い掛かり、槍の突きを連続で繰り出す。勇次は金棒でその連続攻撃をなんとか受け止める。攻撃を続けながら、山牙が感心する。

 

「反応がさっきより良くなっているね!」

 

「答えを聞いていないぞ!」

 

「答え?」

 

「半妖としての俺の存在が珍しいっていうのは隊長から聞いたことがある! それが理由で狙われているというのも分かった! だがそれでお前が俺を殺しにくるっていうことにはならないだろう!」

 

「アタシが守ってあげたいって思ってさ!」

 

「は?」

 

「アタシが勇次君のこと殺しちゃえば、誰にも狙われなくなるでしょ? つまりイコール守ってあげたってことになるじゃん!」

 

「そのイコールは成り立たんぞ!」

 

 勇次は金棒を思い切り振り回し、山牙の槍を弾き飛ばす。

 

「くっ!」

 

「させん!」

 

 山牙が急いで槍を拾いに向かう。勇次はその背後を狙うが、山牙はそれに対応する。

 

「山壊!」

 

「どわっ⁉」

 

 山牙が地面を力強く踏むと、その周囲が僅かにではあるが崩れる。それに足を取られて勇次はバランスを失い、体勢を崩してしまう。山牙は槍を拾うと、そんな勇次の様子を見て笑みを浮かべる。

 

「ふふっ、これでお終いだよ!」

 

「っ!」

 

 山牙が飛び掛かり、槍を突き出す。絶体絶命の窮地に立たされた勇次は一瞬意識を失うがすぐに目覚めると、山牙をキッと睨みつける。

 

「『鬼瓦』!」

 

「⁉」

 

 勇次の放つ、まさしく鬼の様な眼光を受け、山牙は思わずその動きを止めてしまう。

 

「な、なに、この気迫は⁉ ……足が震えている⁉ アタシがビビッているというの⁉」

 

「急激な妖力の高まり……また一段階、目覚めた……?」

 

 戦いを見つめていた愛が呟く。

 

「ふん!」

 

「どわっ⁉」

 

 勇次が少し力を込めただけで、山牙が吹っ飛ばされ、近くの木にぶつかる。その場に立ち尽くしていた勇次がハッと我に返る。

 

「ん? ど、どうしたんだ、俺は?」

 

「くっ……ヤバ過ぎるよ勇次君……ここで終わらせてあげる!」

 

「ちっ!」

 

「そこまでよ」

 

「何⁉」

 

 突如現れた雅が山牙の突き出した槍の刃先を左手の指二本で受け止める。

 

「山牙ちゃん、やはり正気を失っているわね。これ以上は流石に危険だわ。貴女は失格扱いとします。槍を下ろしなさい」

 

「はあ⁉ なんなのオバさん⁉ 邪魔しないでよ!」

 

「オバさん? 誰のことかしら?」

 

 微笑をたたえながら、雅が首を傾げる。

 

「アンタのことよ! どこからどう見たって18歳の醸し出せる貫録と雰囲気じゃないし! どうせ術でも使っているんでしょ⁉ その短いスカート、若作りが見苦しいのよ!」

 

「……永久の18歳と言ったでしょ? お姉さんと呼びなさい……」

 

「! なっ⁉」

 

 山牙の持つ槍が刃先から塵と化していく。山牙は驚いて槍を手放す。

 

「少しお仕置きよ」

 

「うっ!」

 

 雅が一瞬で距離を詰め、山牙の額を右手の人差し指でデコピンする。山牙は気を失って倒れ込む。それを勇次と愛は茫然と見つめる。振り向いた雅は微笑を崩さずに告げる。

 

「さてと……隊長対決の様子でも見に行きましょうか?」



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第10話(3) 隊長、激闘

「ええい!」

 

 御盾の振る軍配を御剣が刀で受け止める。

 

(凍らされた奴らの氷を溶かすつもりが、大分引き離されてしまった!)

 

「戦力は分散させるに限るからな……」

 

「!」

 

「貴様の考えていることなど大方そんなところだろう?」

 

「ふん、癪に障る奴よの!」

 

 鍔迫り合いの状態から互いに力強く押し込んだ為、両者は反発し合い、距離を取る。

 

「言葉巧みに此方を尚右から降ろすとは! 色々と賢しい手を使う!」

 

「事実を捻じ曲げるな……挑発したのは又左で、それに乗ったのはあの妖犬だ」

 

「あの妖猫は尚右に相当対抗心があるようだな!」

 

「貴様ほどではない……」

 

「猫と同じにするな!」

 

「だから事実誤認を止めろ、猫未満だと言っている……」

 

「! キィ―――!」

 

 御盾が軍配を振るうが、御剣が横に飛んで躱す。

 

「ちっ!」

 

 御盾がすぐさま追撃しようとするが思い留まり、その場で呼吸を整える。

 

(落ち着け此方よ……冷静さを欠いてはならん、頭に血が上っていては奴には勝てぬ……それではこれまでの二の舞じゃ……)

 

 呼吸を落ち着かせると、御盾は御剣の方にゆっくりと向き直る。

 

(軍配の一撃の重さが格段に増している……加えて、互いの得物のリーチ差を埋めるあのスピード……相当鍛え上げてきたようだな……)

 

 御剣は刀を横に構えながら、警戒心を強める。御盾が軍配を横に振るう。

 

「『風林火山・風の構え・疾風』!」

 

「!」

 

 巻き起こった突風を受けた御剣は体勢をやや崩す。それを見た御盾はニヤリと笑う。

 

(隙を見せたな! ここが狙い目よ!)

 

 御盾は軍配を縦にして、それを前に突き出して叫ぶ

 

「『風林火山・火の構え・火炎』!」

 

「上杉山流奥義……『凍柱』!」

 

 御盾の軍配から激しい炎が噴き出すが、御剣は自身の前に氷の太い柱を立てて、火炎の放射を防いでみせる。御盾が驚くが、すぐに気持ちを切り替える。

 

「その程度の氷柱、溶かしてくれるわ!」

 

「それは手間が省けて助かる」

 

「何っ⁉」

 

次の瞬間、御剣は自身の前の氷柱を思い切り蹴り飛ばす。炎によって溶けやすくなっていた柱はあっけなく折れ、その折れた柱は御盾のみぞおちに命中する。

 

「ぐはっ!」

 

「まだだ!」

 

「!」

 

 御剣が宙を飛び、柱の端の部分に飛び乗る。てこの原理で、柱のもう片方の端の部分が上に勢い良く上がり、御盾の顎に激突する。

 

「ぐふっ!」

 

 予想だにせぬ攻撃を喰らった御盾は仰向けに倒れ込む。それでも、やや間を置いてではあるが、なんとか半身を起こそうと試みる。その様子を見て御剣は感心する。

 

「ほう、随分とタフだな……」

 

「ぐっ……」

 

「脳が相当揺れているはずだ、下手に動かん方が良いぞ」

 

「……」

 

「この対抗戦は一度だけ回復がありだったな。貴様自身はまだ回復してなかっただろう。術を使わないのか?」

 

「キョナタノミャケダ……」

 

「ん? なんだ?」

 

「其方がアギョ(顎)を砕いたシェイデ(せいで)ウミャク(上手く)喋れんのだ……」

 

「そうか、それは悪かったな」

 

「キョキョデ(ここで)回復してもオソリャク(恐らく)同じキョト(事)……潔くミャケ(負け)を認めよう……」

 

「じゃあ、決着ということで良いわね?」

 

「⁉ み、雅さん!」

 

 いきなり背後に現れた雅に御剣は驚く。

 

「相変わらず僅かに気を抜いちゃう癖があるわね、御剣っち。油断大敵よ~」

 

「はっ、精進します……」

 

「隊長!」

 

「大丈夫ですか⁉」

 

 勇次と愛が遅れて駆け寄ってくる。

 

「ああ、二人とも無事だったか」

 

「まあ……」

 

「なんとか……」

 

「なによりだ」

 

 御剣が安心したように頷く。それを見て雅が口を開く。

 

「ということでこの対抗戦は上杉山隊の勝利ってことで……」

 

「ちょっとお待ち下さい」

 

「ん?」

 

「まだ又左と尚右の決着が着いておりません」

 

「ああ、ニャンちゃんとワンちゃんね……放っておいても良くない?」

 

「そういうわけには参りません」

 

「どこら辺で戦っているのかしらね~?」

 

 雅が周囲を見回すと、茂みから声がする。

 

「探しているのはこいつらのことかい?」

 

「⁉」

 

 傷を負った又左と尚右が乱暴に投げ捨てられ、勇次たちの下に転がる。

 

「又左!」

 

「ニャオスケ!」

 

「半妖は半妖でも用があるのは人型なんだよなあ~」

 

 首の骨をコキコキと鳴らしながら、長い黒髪を後ろで一つ縛りにした男が姿を現す。

 

「なんだ、てめえは⁉」

 

「答える必要は無いね、鬼ヶ島勇次。俺たちと一緒に来てもらうぜ」

 

 男が勇次をビシッと指差す。

 

「なんだと⁉」

 

「勇次君のことを知っている……?」

 

「なかなかの妖力ね、接近を私に気が付かせないとは……しかもウチの隊員たちが張った結界も破ったっていうこと?」

 

「それなりやったけど、それほど手応えは無かったで?」

 

「⁉」

 

 別方向に目を向けると、虎縞のジャケットを羽織り、ジーンズ姿の女が現れる。

 

「だ、誰だ⁉」

 

「凄い妖力……」

 

「貴様は……」

 

「貴女……ウチの可愛い隊員たちに何をしてくれたの?」

 

 雅の問いにジャケットを羽織った女性は笑いながら首をすくめる。

 

「別に? 単に通り道におって邪魔やったから、軽くどついたっただけやで? 運が良ければ生きとるやろ」

 

「ふ~ん……」

 

「雅さん、こいつは……」

 

「御剣っちはそっちのロン毛くんをお願い、こっちの子は私がお仕置きしてあげるわ」

 

「……了解しました」

 

 雅と御剣がそれぞれ、謎の乱入者と対峙する。



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第10話(4) 管区長の戦い

「ふ~ん、わりと楽しめそうな相手やな……」

 

 虎縞ジャケットの女が指の骨をポキポキと鳴らしながら笑みを浮かべる。

 

「……私ははっきり言って不愉快な気分よ」

 

 雅が低い声色で呟く。虎縞がカカッと口を広げて笑う。その口から牙が覗く。

 

「まあまあ、そないつれないこと言うなや」

 

「その妖力の強さ……相対するのはウン十年振りね、私の知っているものとは違うけど」

 

「ん? なんや?」

 

「何でもないわ、只の独り言よ」

 

 そう言って雅は構えを取る。

 

 

 

「噂の白髪の女剣士か……お前に用は無いんだよ」

 

 黒髪の男は呆れたように両手を広げる。男は山伏を想起させるような服装をしている。

 

「貴様のお目当ては勇次の様だな」

 

「そう言っただろう? 大人しく引き渡してくれよ」

 

「そうはいかん。邪魔をさせてもらう」

 

 御剣は刀を構える。

 

「へっ、仕方が無いねえ……」

 

 山伏が二本の小太刀を交差させて構える。

 

 

 

「!」

 

 一瞬の間を空けて、虎縞が仕掛ける。両の拳を使った、拳闘スタイルである。右、左と拳を素早く繰り出すが、雅は慌てずに手の甲を使ってそれを冷静に捌く。

 

「武器は使わへんのか! 意外やな?」

 

「女は意外性が大事よ」

 

「軽口をたたく余裕があるのが気に食わんな!」

 

「同感だわ」

 

「オラッオラッ!」

 

 虎縞が猛然とラッシュを仕掛けるが、雅はこれも慌てずに対応する。

 

 

 

「せい!」

 

 山伏が両手に持った小太刀で仕掛ける。右手は御剣の頭部、いわゆる上段を狙い、左手は御剣の腹部、いわゆる中段を狙う。

 

「⁉」

 

 山伏は驚く。御剣が刀の刃先の部分で右の小太刀、刀の柄の部分で左の小太刀を受け止めてみせたからである。

 

「な、なんだと……」

 

「……それほど驚くことか? 二か所別々の場所を狙ってくることは容易に予想出来る」

 

 涼しい顔で御剣は語る。山伏は舌打ちをする。

 

「気に入らないねえ!」

 

「別に気に入られようとは思っていない」

 

「そうかよ!」

 

 山伏が再び斬りかかるが、御剣は冷静にその攻撃を見極め刀で受け流す。

 

 

 

「こ、これが管区長の戦い……目で追うのがやっとだぜ……」

 

 御剣と雅の戦い振りを見ていた勇次は息を呑む。

 

「だ、大丈夫ですか⁉」

 

 愛の声に振り返ると、御盾が立ち上がっている。自らで傷を治癒したのである。

 

「大丈夫じゃ、このくらい……ええい、どけっ!」

 

 御盾は勇次を押し退けて前に出て叫ぶ。

 

「助太刀いたす!」

 

「「無用!」」

 

「⁉」

 

 御剣と雅が戦いながら揃って声を上げる。

 

「御盾ちゃん、ウチの隊員たちを見てきてくれる⁉ 霊力を辿れば分かるはずよ!」

 

「それが済んだら、又左と尚右の治癒を頼む!」

 

「……!」

 

 振り返った御盾は勇次をキッと睨む。勇次は戸惑う。

 

「あ、あの……?」

 

「なんでもないわ! すぐに戻る!」

 

 御盾は唇を噛みしめながらその場を走り去る。

 

(援護もままならん……目で追うのがやっと? 此方にはほとんど見えなかったわ……くそ! まだまだ管区長の器ではないということか!)

 

 

 

「……思ったほどの攻撃ではないわね。目が慣れてきたわ」

 

「ああん?」

 

「貴女も目覚めて間もないということかしら?」

 

「それがどないしたんや⁉」

 

「ならばこれはまさに絶好の機会というもの……ここで仕留めさせてもらうわ! 干支妖の天寅(てとら)さん!」

 

「なんや、ワイも結構有名やの!」

 

「資料で見たわ、関西訛りで虎柄を好む変な妖だってね!」

 

「どんな資料やねん!」

 

「隙有り!」

 

「くっ⁉」

 

 雅が天寅の手を弾く。天寅の猛攻が止む。

 

「貴女の攻撃は既に見切ったわ……」

 

「そういや、ワイもなんや聞いたことがあるで、妖絶講にはいつの時代にも外見のほとんど変わらん妖絶士がおるって―――!」

 

「お喋りが過ぎるわね」

 

「ぐっ!」

 

 雅が左手で天寅の右腕をガッと掴み、微笑を浮かべる。

 

「私に手の甲じゃなくて、掌を使わせたらマズいわよ?」

 

「何⁉」

 

「『廻老(かいろう)』……」

 

「ぐおっ!」

 

「んっ!」

 

 天寅が雅の膝を蹴り、強引に離れる。そして自身の右腕を抑えて驚く。

 

「くっ……な、なんや、皮膚が溶けた⁉」

 

「溶けたじゃなくて、老いたのよ。流石ね、一瞬じゃ消滅させられなかったわ」

 

「なっ……」

 

「次は仕留める……」

 

「ちぃ!」

 

 天寅が空高く飛び上がり、その場から逃げる。

 

「ここは逃げ一択や! 面覚えたで、姉さん! この借りは返す!」

 

「変に潔いわね……」

 

 そこに御盾が駆けつけ、声を掛ける。

 

「雅殿! 隊員たちはどなたも命に別状はない! 出来る限りの治癒は行い、近隣の医療部隊に連絡は取りました。間もなく回収に参るとのこと!」

 

「ありがとう。とりあえず一安心ね。さて……」

 

 雅が視線を御剣の方に向ける。

 

 

 

「ちっ、風刃!」

 

「『凍結』!」

 

「なっ⁉」

 

 距離を取った山伏が小太刀を振るい、風の刃を発生させたが、御剣が刀を一振りすると、その刃は凍って、力なく地面に落ちて砕ける。

 

「ようやく分かった……貴様、天狗の半妖だろう?」 

 

「!」

 

「ならば風を使った戦い方をしてくるのは想定の内だ」

 

「……そうか想定内か、ならばこれはどうだ!」

 

「⁉」

 

 山伏は風を巻き起こすと、その風に乗り一気に勇次に襲いかかる。

 

「大人しくしてもらうぜ!」

 

「ちっ!」

 

「なっ⁉」

 

 山伏は驚く。勇次が急襲攻撃を防いだからである。

 

「どりゃ!」

 

「うおっ!」

 

 勇次が金棒を振るい、山伏の小太刀を弾き飛ばす。

 

「これでてめえの武器は無い! 終わりだ!」

 

「っ!」

 

「⁉」

 

 勇次が金棒を振り下ろした次の瞬間、鎌を持った女性がその金棒を受け止めていた。金糸雀色の髪をしたロングヘアのその女性は、女子高生の制服を着ている。長い鎌とはあまりにもミスマッチである。しかし、勇次が驚いたのはそんなことでは無かった。

 

「お、お前は……?」

 

「……」

 

 女性は勇次と目を合わせた後、山伏に視線を送る。山伏は舌打ちをしながらも頷く。

 

「はいはい、この場は出直せってことね」

 

「待て!」

 

「そう言われて待つ馬鹿はいないよ!」

 

「ぬっ!」

 

 御剣が斬りかかろうとするが、山伏は先程よりもさらに大きな風を巻き起こし、小太刀を手早く拾って、鎌を持った女性とともにその風に乗り、上空に高く舞い上がっていく。程なくして彼らの姿は見えなくなる。

 

「……新手が来ていたとは気が付かなかった。奴も半妖か?」

 

 御剣は言葉を失くして立ちすくむ勇次と愛に声をかける。

 

「どうした、二人とも?」

 

「ゆ、勇次君、あの人は……」

 

「ね、姉ちゃん……?」

 

「! 何だと……?」

 

 勇次の発言に御剣は目を見開く。



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第11話(1) 御剣の考え

                  拾壱

 

「……まあ、振り返ってみれば良い対抗戦だったと言えるかもしれないわね」

 

「総括にしては少々楽観的過ぎるかもしれませんが……」

 

 隊舎の隊長室に備えられた専用回線でビデオ通話をする御剣はため息混じりに答える。通話の相手である雅はお気楽な声色を崩さず、話を続ける。

 

「分かったことがいくつかあるもの。これは収穫じゃない?」

 

「収穫?」

 

「まず一つ、干支妖は相も変わらず各々が勝手気ままに動いているということ」

 

「断定するには早い気もしますが……」

 

「あの天寅という妖は昔から関西、畿内を中心に活動するのよ」

 

「なかなかお詳しいですね」

 

「……文献資料によるとね。こほん」

 

 雅がわざとらしく咳払いをする。

 

「互いに綿密な連携を取るなら、各々が勝手知ったる地方で動き回った方が色々と都合が良いじゃない? そう思わない?」

 

「そういう考え方もあるかとは思いますが、その点に関しては保留ですね」

 

「じゃあ何? 連中が組織だって動いているということ?」

 

「可能性はあります」

 

「あり得ない! あの天寅とは初対面だったけど、私の知っている何体かの干支妖は私たち妖絶講と争いながらも、互いにいがみ合い、騙し合い、潰し合ってきた存在よ?」

 

「……随分と事情通のようで」

 

「……これも文献資料の受け売りだけどね。ごほん!」

 

 雅が今度は強めに咳払いをする。御剣が説明する。

 

「私が言いたいのは最悪の事態も想定しておいた方が良いということです」

 

「連中が組織的に動くということ?」

 

「いえ、もっと大変なことです」

 

「つまり?」

 

「……こればかりはもう一度くらい連中と遭遇してみないことには分かりません」

 

「とは言っても神出鬼没な相手だからね……」

 

「私は連中と不思議な縁があると思います。縁と言っても因縁みたいなものですが……」

 

 御剣は子日と丑泉の存在を思い浮かべながら話す。

 

「そう言えば御剣っちは交戦経験があったわね」

 

「ええ」

 

「まあ、この件は良いわ。もう一つ、鬼ヶ島勇次君を狙う勢力の存在よ」

 

「目的はなんでしょうか?」

 

「そこまでは分からないけど、先の対抗戦では、直接的手段だけでなく、間接的な手段も併せて用いてきていたわね」

 

「間接的な手段……山牙の暴走ですか」

 

「そうよ」

 

「誠にすみません」

 

「え? なにが?」

 

 急に頭を下げる御剣に戸惑う雅。

 

「私も武枝も山牙になにか仕込んだのは雅さんの仕業かと思っていました」

 

「ちょっと、ちょっと、あまりに偏見が過ぎるでしょ、それは」

 

「ですから謝罪しております。すみません」

 

「しょうがないわね、色々と前科があるから」

 

 雅は苦笑する。

 

「頭を上げて。話を戻しましょう。私は何者かが、山牙ちゃんをマインドコントロールしたと見ているの……こう言っては失礼だけど、元々、結構歪みのある性格の娘みたいだしね」

 

「その何者かが勇次を殺すように仕向けたと……?」

 

「ええ、それが不首尾に終わったのを見て、あのロン毛君、天狗の半妖が出てきた……もっとも狙い通りだったのかもしれないけどね」

 

「狙い通り?」

 

「そう、曲江ちゃんの報告とドローンで撮影された映像によると、山牙ちゃんとの戦いの最中、鬼ヶ島君の妖力が一段階上に覚醒したことが窺えるわ。御剣っちも見たでしょ?」

 

「それは確認しました。力を目覚めさせることが目的だったということだったですか」

 

「私はそうだと見ているわ」

 

「勇次を窮地に追い込むことによって、その力をより覚醒させるのが狙いだった……成程、それならば辻褄は合うか?」

 

「何か思い当たる節でもあるの?」

 

 俯いて小声で呟く御剣に雅は尋ねる。御剣は首を振る。

 

「ああ、いや、まだ推測の域を出ていませんので……」

 

「聞かせて欲しいわね」

 

「もう少し確信が持てる材料が揃った時、お話しします」

 

「慎重なことね……まあ、いいわ。今の話に関連することなのだけど……」

 

「金糸雀色の髪をした女のことですか?」

 

「そうよ、曲江ちゃんの証言は確かなの?」

 

「愛は基本的には冷静な性格です。いい加減なことは言いません」

 

「では……あの恐らく半妖と見られる女は……」

 

「当の勇次本人がまだ混乱しておりますので、確実とは言い切れませんが……顔立ちや体付きから判断する限り、行方不明になっていた鬼ヶ島一美(おにがしまかずみ)本人だと思われます」

 

「ふ~ん、そうなると姉弟揃って半妖の血の持ち主か……全く聞かない話でもないけど、わりとレアなケースではあるわね……時に御剣っち」

 

 雅は御剣をビシッと指差す。

 

「なんでしょうか?」

 

「もしも上が……妖絶講本部が鬼ヶ島君のお姉さんを根絶対象としたら―――」

 

「無論、絶やします」

 

「そ、即答……躊躇いがないわね……」

 

「それが妖絶士としての務めですから」

 

「そ、それはまあ、そうなんだけどね……う~ん」

 

 雅が頬杖をついて考え込む。少し間を空けてから御剣がゆっくり口を開く。

 

「……本音を言えばそういう事態にならないように願っています。事実をしっかりと見極める時間が欲しいですね」

 

「ふふっ、私に根回しをしろってこと?」

 

「色々とお顔が広くいらっしゃるので」

 

「色々と、ね……」

 

 御剣の言葉に雅が笑みをこぼす。

 

「大事な隊員の家族を手にかけるのは避けたいのです」

 

「分かった、関係各所に働きかけてみるわ」

 

「よろしくお願いします」

 

 御剣は頭を下げる。

 

「なにかあったらまた連絡するわ。まあ、近々管区長会議があるみたいだけどね」

 

「管区長会議ですか……」

 

「鬼ヶ島君のことも含めて、いい報告が出来ると良いわね」

 

「努力します」

 

「それじゃあこの辺で……ご苦労様~」

 

「お疲れ様です」

 

 通話が切れ、隊長室に沈黙が訪れる。御剣はドアの向こうに声を掛ける。

 

「盗み聞きとは感心せんな、又左」

 

「ドアが少し開いていると思って近づいただけにゃ……」

 

 又左が隊長室に入ってくる。

 

「怪我の具合はどうだ?」

 

「もう平気にゃ、ヤワな鍛え方はしてないにゃ」

 

「勇次たちはどうしている?」

 

「しばらく自宅で静養していたが、今日は学校に行っているようだにゃ」

 

「学校か……」

 

 御剣は腕を組んで考え込む。



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第11話(2) 色とりどりの授業模様

「勇次君、登校しても大丈夫なの?」

 

 通学路で愛が勇次に心配そうに尋ねる。

 

「ああ、三日も休んだんだから、もう充分だろう」

 

「そう……でも家にいた方が安全じゃない?」  

 

「三尋と同じ屋根の下っていうのがどうにも落ち着かねえんだよ」

 

「あ、やっぱり押し入れが定位置なんだ、黒駆さん……」

 

 勇次は自分の体をベタベタと触る。

 

「ど、どうしたの?」

 

「いや、家を出ることとこうして学校に行くことに関して、今の所、妖絶講から全然NGが出てねえなあと思ってさ」

 

「なんで体をベタベタ触るのよ?」

 

「なんか、封印の術とかそういうのを掛けられるんじゃねえかと思ってさ」

 

「何よそれ……大体登校のことはちゃんと報告したの?」

 

「勿論報告したさ、臨時で来ている他の隊の人が代わりに対応してくれたな。又左にちゃんと伝えてくれるってさ」

 

「そう……」

 

 教室に入り、二人は座席に座る。

 

「ってか、億千万トリオはまだ入院中なのか?」

 

「退院したとは聞いているけど、一日か二日は静養じゃないのかしら? あの人たちも流石に底なしのタフネスってわけじゃないだろうし」

 

「ああ、それならもうしばらく落ち着けそうだ」

 

 勇次は満足気に頷く。愛が冷ややかな視線を送る。

 

「……破廉恥騒ぎが出来なくてむしろ寂しいんじゃないの?」

 

「なんだよ、それは……」

 

「別に……」

 

 愛がプイと視線を逸らす。

 

「何怒ってんだか……」

 

 勇次は頬杖をつきながら、ため息をこぼす。そこに声が掛かる。

 

「おはよう、二人とも」

 

「おはよう……って⁉」

 

「はよ……ええっ⁉」

 

 挨拶を返した愛と勇次は驚く。そこに御剣が立っていたからである。

 

「な、何やってんすか⁉」

 

「登校だ」

 

「い、いや、それは分かりますけど……」

 

 あっけにとられる勇次を尻目に御剣が席に着く。愛が小声で尋ねる。

 

「勇次君を守る為ですか?」

 

「……それもある」

 

「それも?」

 

「先生が来たぞ、ホームルームの時間だ」

 

 御剣は会話を打ち切る。ホームルームが終わり、一限目の授業となる。科目は地学である。

 

「今日は代わりの先生が来るって話だけど……」

 

「あっどうも……皆さんおはようございます……本日代理で参りました、赤目億葉です」

 

「えっ⁉」

 

「億葉⁉」

 

 勇次たちが驚く。教室に億葉が入ってきたからである。周囲から視線が集中したため、勇次たちは黙る。愛が再び御剣に小声で囁く。

 

「億葉さんまで来るって、どういうことですか?」

 

「普通の高校生活というのを体験してみたくなったんじゃないか?」

 

「普通は教壇には立ちませんよ!」

 

 生徒たちが授業開始の挨拶をすると億葉が口を開く。

 

「えっと、地学の授業ですが……皆さん、教科書とノートをしまって下さい」

 

 教室がザワつく。愛が首を捻る。

 

「どういうこと……?」

 

「皆さん、私の真似をして下さい」

 

 億葉は床に寝そべる。教室が更にザワつく。愛が尋ねる。

 

「お、億葉さん⁉ い、いえ、赤目先生、何をなさっているのですか⁉」

 

「……見て分かりませんか?」

 

「さっぱり!」

 

「地学という学問分野は地球で生じる様々な現象のしくみを解き明かしたり、地球の構造と歴史、地球の将来の姿を研究する学問です」

 

「はあ……」

 

「よって、教科書や参考書とにらめっこするよりも、このようにまず、地球と一体化し、地球の鼓動を感じることが重要なのです」

 

「ええ……」

 

「皆さんも騙されたと思ってやってみて下さい」

 

 戸惑いながらも皆、それぞれ床に寝そべり始める。愛が叫ぶ。

 

「み、みんなそれで良いの⁉」

 

「ほ、本当だ!」

 

「地球の鼓動を感じるな……!」

 

 勇次と御剣が感嘆した声を上げる。

 

「まんまと騙されているわよ、二人とも!」

 

 こうしている内に億葉の授業は終わる。

 

「次は体育、男女一緒とは珍しいな……」

 

 ジャージに着替えた勇次が呟きながら体育館に向かい、整列する。

 

「おっし! 時間だな! 授業始めんぞ!」

 

「ええっ⁉」

 

「何⁉」

 

 愛と勇次は再び驚く。ジャージ姿で竹刀を持った千景が現れたからである。

 

「臨時教師の樫崎千景だ! ビシビシ行くから覚悟しろ!」

 

 千景は竹刀を床に叩き付ける。愛が呆れる。

 

「なんとも時代錯誤な……」

 

「よし! まずは体育館を50周だ!」

 

 生徒から戸惑いの声が漏れる。千景が一喝する。

 

「うるせえ! これからてめえらは受験だ、就職だなんだと社会の激しい荒波に揉まれることになるんだ! それに比べたら50周がなんだ! ほれ! 分かったら走れ!」

 

 千景のあまりの迫力に圧され、生徒たちは走り始める。愛が御剣に囁く。

 

「まさか千景さんも普通の高校生活に憧れて……ですか?」

 

「あいつは中退だが一応高校に通った経験はあるからな。なんとなくノリだと思うぞ」

 

「ノリで授業しないで欲しいわ……」

 

 怒涛の勢いのまま千景の授業は終わる。

 

「お次は音楽か、嫌な予感が……」

 

「皆様、ごきげんよう」

 

 勇次の嫌な予感は的中する。眼鏡にスーツ姿の万夜が音楽室に入ってきたからである。

 

「うわ……」

 

「本日は臨時教師を勤めさせて頂きます、苦竹万夜です。宜しくお願いします」

 

「まさかここで万夜さんが来るとは……」

 

 愛が顔をしかめる。万夜がピアノの前に座る。

 

「余計な言葉は不要! 皆様には音楽の楽しさを感じて頂きます! 教科書の10ページを開いて下さい。一緒に歌いましょう! ジョン・レノンで『イマジン』!」

 

「! いきなりかよ! 皆、気を付けろ!」

 

「! 皆、耳を塞いで!」

 

 勇次と愛が周囲に呼び掛けるも時既に遅く、万夜の発する声、否、怪音波によって、生徒たちは皆バタバタと倒れ込んでいく。演奏が終わると皆の様子を見て万夜が首を傾げる。

 

「あら? 皆様どうされたのですか? わたくしの美声に聞き惚れてしまったのかしら?」

 

「はははっ、そうかもしれませんね……」

 

「ヨーコ・オノが殴り込みにくるレベルだな……」

 

 愛が苦笑し、御剣が腕を組んで静かに呟く。



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第11話(3) 呼び寄せてしまいましたとさ

 放課後、勇次たちの教室に集まる上杉山隊の面々。

 

「何事もなくて良かったな」

 

「何事だらけだったでしょ!」

 

 御剣の発言に愛は思わず声を荒げる。

 

「おいおい、どうしたんだよ」

 

「いつも冷静沈着な愛さんらしくないですわね」

 

「曲江氏、何かあったでございますか?」

 

 隊服に着替えた億千万トリオが心配そうに席に座る愛を覗き込む。

 

「~~~! 原・因・は! 貴女方でしょう⁉」

 

 愛は立ち上がって、三人をリズムよく指差す。

 

「「「ええっ⁉」」」

 

「何で揃いも揃って『そんなこと言われるのはちょっと心外だな』、みたいなリアクション⁉ 良いですか! まず億葉さん!」

 

「は、はい!」

 

「何が地球の鼓動を感じろ、ですか! 冷たい床の感触しかしませんでしたよ!」

 

「若い人たちに科学を好きになってもらいたくて……」

 

 億葉は後頭部を掻く。

 

「次に千景さん!」

 

「お、おう」

 

「授業に竹刀を持ち込むとかいつの時代ですか⁉ いやむしろどの時代にもいませんよ!」

 

「あ、あれは気合いの表れというか、なんというか……」

 

 千景は俯いてボソボソと呟く。

 

「それから万夜さん!」

 

「え、ええ」

 

「一般人相手に術を使わないで下さい! 全員回復させるのにどれだけかかったか!」

 

「フォ、フォもわず力が入ってしまって……」

 

 飴を舐めながら、万夜が項垂れる。

 

「最後に隊長!」

 

「わ、私か⁉」

 

 怒りの矛先を向けられた御剣は驚く。

 

「この三人の狂気、愚行、暴走を阻止しなかった……それどころかむしろそうなるように仕向けた! これは隊長としての監督不行届を通り越して、重罪ですよ!」

 

「そ、そこまで言うか……」

 

「言います! ……うっ」

 

 愛が頭を抑える。勇次が声を掛ける。

 

「あ、愛?」

 

「力を少々使い過ぎたわ……」

 

「大丈夫か?」

 

「平気よ、少し横になれば……保健室で休んできます」

 

 多少ふらつきながら、愛は教室を出ていく。

 

「……怒られたじゃないか、大体貴様ら悪ノリが過ぎるぞ」

 

「いや、自分は関係ないみたいに言うなよ!」

 

「フォモ……そもそもとして監督責任ですわ!」

 

「曲江氏の言う通りであります!」

 

「……悪かったな、後で皆、愛に謝りに行くぞ」

 

「い、いや、今行った方が良いんじゃないですかね?」

 

 勇次が頬を掻きながら呟く。

 

「用事が済んでからな」

 

「用事?」

 

 勇次が首を傾げる。それと同時に勇次の妖レーダーのアラームが教室中に響き渡る。

 

「うおっ⁉ び、びっくりした!」

 

「レーダーが反応したか」

 

「ここ最近はアラームを切っていたからかな……久々に聞いたら、結構な音量ですね」

 

「音量がデカいっていうことはそれだけヤバい妖ってことなんだよ」

 

 千景が勇次に教える。

 

「そ、そうなのか? おっ、アラーム切っても振動が収まらねえ⁉」

 

「隊長、この狭世……相当な規模であると同時に、かなりの濃度を感じます」

 

 万夜の言葉に御剣が頷く。

 

「確かにこの濃さは気になるな……よし、三手に分かれるぞ。私は校舎の屋上と三階を調べる。勇次と万夜は校庭と体育館を調べろ。億葉は原因を究明しつつ、二階と一階を調べてくれ、千景はその援護を頼む」

 

「了解!」

 

 御剣の指示を受け、全員が行動を開始する。千景が振り返って尋ねる。

 

「そうだ、姐御、愛はどうする⁉」

 

「少し休ませておけ。あの調子ではすぐに戦闘に移るのは無理だろう。一応各自互いに連絡は取れるようにしておけ!」

 

 そう言って御剣は走り出す。

 

(まずは屋上に上がって、全体を見渡すか……)

 

 御剣は屋上に飛び出す。

 

「億葉よ、原因を究明しろって言われたけどどうする気だ?」

 

「ふっ、大方の見当はついております……」

 

 億葉は眼鏡をクイッと上げて得意気に答える。

 

「マジかよ⁉」

 

「この事態を想定していたから学校に集まっていたのか?」

 

 階段を駆け下りながら、勇次は万夜に尋ねる。

 

「ええ、ここまでの規模は予想していませんでしたけど」

 

「さっき濃度がどうとか言っていたな?」

 

「狭世にも薄さ濃さというのがあります」

 

「ヤバい妖がいると濃くなるのか?」

 

「まあ、そういう認識でも構いませんが、より問題なのは……」

 

「問題なのは?」

 

「ひいっ!」

 

 悲鳴を聞いて目線をやると、プールの近くで用務員の男性が腰を抜かしている。その側に妖が立っている。万夜が叫ぶ。

 

「狭世が濃いと、あのように一般の方が迷い込みやすくなってしまうのですわ!」

 

「成程な!」

 

 勇次が男性を守る様に妖の前に立つ。

 

「きゃあ!」

 

「い、嫌……」

 

 悲鳴を聞いて、千景と億葉がある教室に入ると、隅で二人の女子生徒が怯えている。その

 

反対方向に妖が立っている。

 

「こ、こいつは……」

 

「御剣氏、聞こえますか、原因が分かりました」

 

「……ああ、ちょうど私も分かった。一応教えてくれ」

 

「……二人の女子生徒が『こっくりさん』を行っていたようです」

 

「オカルト研究部か……」

 

 億葉の報告を受け、御剣は先日見かけた二人の女子生徒の顔を思い浮かべる。そのやり取りを聞いていた勇次が尋ねる。

 

「ど、どういうことなんですか⁉」

 

「人の多く集まる場所に妖が寄ってきやすい。特に若々しい気が集う学校という場所は奴らにとっては恰好の餌場みたいなものだ」

 

「ああ、それで……」

 

「そこにご丁寧に呼び寄せてしまったわけだ……『狐狗狸(こっくり)さん』を!」

 

 御剣の真ん前に狐の顔をした人型の妖が、千景と億葉の前側に(いぬ)の顔をした人型の妖が、勇次と万夜の目の前に(たぬき)の顔をした人型の妖がそれぞれ立ちはだかる。

 

 



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第11話(4) 上杉山隊対狐狗狸さん

「気を付けろ、乙級か丙級ほどの妖力はある連中だぞ」

 

 御剣は皆にそう呼びかけて、刀を鞘から抜いて身構える。狐は地面を蹴ったかと思うとその姿が見えなくなる。

 

(速い!)

 

 一瞬で間合いを詰めた狐の拳が御剣の顔面を襲うが、御剣は首を捻って躱し、すぐさま刀を横に薙ぐが、狐はバク転で回避する。

 

「む!」

 

 狐は着地すると、再び御剣との間合いを詰める。顔面への攻撃を警戒し、上半身の守りを固める御剣だったが、狐はその裏をかき、足払いを喰らわせる。

 

「ちっ!」

 

 バランスを崩して倒れかけた御剣だが、片手を床についてくるりと回転し、追撃を受けないように一旦距離を取る。

 

(武器の類は使わない、体術に特化した妖か……それもまた厄介だな)

 

 刀の刃先を狐に向けつつ、御剣は呼吸を整える。狐が再び飛び掛かってくる。今度は鋭い爪を立てているが、御剣が刀で受け止める。

 

(よしっ! 目で追えている! ⁉)

 

 御剣は刀をデタラメに振り回す。驚いた狐は距離を取る。御剣は顔を抑える。

 

(くっ、刀と爪の鍔迫り合いで生じた火花が目に……しかも両目とは)

 

 御剣に異状が起こったことを察知した狐は御剣に襲いかかる。御剣は舌打ちする。

 

(これでは距離感と方向感が掴めん!)

 

「左下にゃ! 爪で首を狙っているにゃ!」

 

「!」

 

 又左の声に反応した御剣は目を閉じたまま、刀で狐の攻撃を受け止める。

 

 

 

「億葉! その二人を守っていろ! こいつはアタシがやる!」

 

 千景が億葉に指示する。

 

「大丈夫でありますか⁉」

 

「へっ、アタシを誰だと思ってんだ!」

 

 千景は机を足場にして、わずか三歩で狗との距離を詰める。

 

「!」

 

「先手必勝!」

 

 千景の繰り出した拳は黒板にヒビを入れるほど強烈なものであったが、これを狗はしゃがみ込んで躱す。千景は笑みを浮かべる。

 

「そっちに避けるのは読めてんだよ!」

 

 地面にあるサッカーボールを蹴る要領で千景は左足で狗を蹴る。狗は吹っ飛ばされた様にドアを破り、廊下に転がり出る。億葉が歓声を上げる。

 

「やった!」

 

「まだだ……」

 

「えっ⁉」

 

「後ろに飛んで衝撃を和らげやがった。小賢しい真似を……!」

 

 千景も急いで廊下に出る。狗が既に立ち上がっている。

 

(ダメージはほぼ無しか、嫌になるぜ……)

 

 今度は狗が先に仕掛けてくる。千景の反応が僅かに遅れる。

 

(しまった! いや、飛び込んできた所をカウンターで沈める!)

 

 千景は右手を小さく振り上げる。自分に攻撃を仕掛けてきた所にタイミング良く右フックを合わせるイメージであったが、思っていた所に狗はいなかった。狗は深くしゃがみこんでいたのである。

 

(くそっ! 人型だと思っていたら油断した! 四足歩行が本来のスタイルか!)

 

 千景の放った鋭い右フックは虚しく空を切る。そしてがら空きとなった千景の右脇腹を狗の爪が引き裂く。

 

「ぐおっ!」

 

 千景が痛みに顔を歪める。そこに狗が追撃を加える。千景は防ごうとしたが左腕を切り裂かれ、押し倒される。狗は両腕両足を使って、千景の体を強く抑え込む。そして、口を大きく開いて、牙で千景の喉笛を噛み千切ろうとする。

 

「くっ!」

 

「千景氏! 目を瞑って!」

 

「なっ⁉」

 

 億葉の声が聞こえ、千景は目を瞑る。

 

「それっ! 『一億個の発明! その98! ショッキングライト!』」

 

「!」

 

 億葉によって凄まじい光量のライトに顔を照らされ、狗は思わずのけそる。

 

「続いて! 『一億個の発明! その18! ロングレンジマジックハンド改!』」

 

 億葉はマジックハンドの先にボクシンググローブを付けたものを勢い良く放ち、それをもろに喰らった狗は後方に吹っ飛ぶ。億葉は千景に駆け寄り、抱き起こす。

 

「千景氏、平気でありますか⁉」

 

「な、なんとかな……サンキューな、億葉。お前のヘンテコな発明も役に立つんだな」

 

「ヘンテコは余計です! ⁉」

 

 狗が体勢を立て直すのが見える。千景は億葉を退かせる。

 

「離れていろ、億葉……」

 

「しかし、その体では奴のスピードには⁉」

 

(そうだ、マジで獣を相手にしているようなもんだ。あの速さをなんとかしねえと……)

 

 狗が再び床を蹴って、千景に飛び掛かる。

 

「ちっ!」

 

「黒駆三尋、宿り給へ!」

 

「⁉」

 

 四体の黒駆が狗の手足をガシッと掴み、自由を奪う。千景は狗の後方に愛を見つける。

 

 

 

「万夜、用務員さんを避難させろ!」

 

「勇次さま、どうなさるつもり⁉」

 

「そんなの決まってんだろ! こいつをぶっ飛ばす!」

 

 勇次が勢い良く拳で殴りかかる。狸は反応が遅れているように見える。

 

(遅い! 大したことはねえ!)

 

「……」

 

「どあっ⁉」

 

 狸が自らのポコっと突き出た腹をポンっと叩く。すると衝撃波のようなものが発生し、勇次は吹っ飛ばされる。

 

「なっ……!」

 

 勇次の方を向いた狸はリズム良く腹をポンポンと叩く。衝撃波の波が勇次を襲う。

 

「ぐっ……これじゃあ近寄れねえ!」

 

「えいっ!」

 

「!」

 

 万夜が鞭を使って狸の両手を器用に縛る。

 

「勇次さま! これで奴は腹を叩けませんわ!」

 

「よっしゃ! もらった!」

 

 勇次は再び殴り掛かる。狸は真上に飛ぶ。

 

「! しまっ……」

 

 狸の顔面を狙った勇次の拳が狸の腹に当たり、強烈に弾き返されて、勇次はまたもや吹っ飛ばされる。

 

「勇次さま!」

 

 狸が鞭を引っ張る。

 

(くっ、凄い力! ただ、一般人の方も近くにいますから術は使えない……!)

 

「‼」

 

「きゃあ! ……?」

 

 狸が両手を強く振り、振り回された万夜は近くのプールの壁にぶつかりそうになる。しかし、その直前で三尋が万夜の体を受け止める。

 

「あ、ありがとうございます……黒崎さん」

 

「黒駆です……」

 

「三尋!」

 

「忘れ物だ」

 

「い、いや、まさか学校に持ってくるわけにもいかねえだろ……とにかくサンキュー!」

 

 勇次は三尋が投げた金棒を受け取って礼を言う。

 

 

 

「ふん!」

 

 御剣が目を瞑ったまま刀で狐の爪を弾き飛ばす。

 

「又左! 距離と方向を教えろ!」

 

「10時の方向! 3m先にゃ!」

 

「よし!」

 

 御剣が刀を素早く振り下ろし、それを受け切れなかった狐は真っ二つにされる。

 

 

 

「よっしゃ、愛! そのまま黒谷に抑えてさせていろ!」

 

「黒駆さんです! 言われなくても!」

 

 四体の黒駆によって、身動きのとれなくなった狗に向かって千景が殴りかかる。

 

「喰らいやがれ!」

 

 千景の拳が狗の腹を貫く。

 

 

 

「よし、俺と苦竹さんで抑えている! 今の内に!」

 

「うおおおっ!」

 

 勇次が金棒を振りかざしながら飛び掛かる。狸は再び体を宙に浮かし、腹で攻撃を受け止めようとする。

 

「自慢の腹みたいだが関係ねえ!」

 

「!」

 

 勇次のフルスイングした金棒が狸の胴体を突き破る。

 

 

 

「……根絶を確認したにゃ」

 

 又左の報告に御剣が頷く。

 

「皆、よくやった。帰投するぞ」

 

「迷い込んだ人たちは?」

 

 勇次の問いに万夜が髪をかき上げながら答える。

 

「眠りの香を嗅がせて、少し眠っていてもらいます。起きた時には何か悪い夢でも見た気がする程度にしか覚えていませんわ。用務員さんにはそこの木陰で眠ってもらいましたわ」

 

「鈴木先輩と佐藤先輩は頃合いを見て、私が起こします」

 

 愛に対して億葉が告げる。

 

「起こすついでにこっくりさんは止めた方がいいって伝えておいて下さい」

 

 億葉の言葉に全員が笑みをこぼす。



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第12話(1) こんなにも柔らかい手触り

                   拾弐

 

「そういえば隊長」

 

 新潟市近郊のとある山の中、勇次は前方を歩く御剣に尋ねる。

 

「なんだ」

 

「目の方は大丈夫なんですか?」

 

「愛に治癒してもらったし、あの後すぐに専門医にも診てもらった。大事ない」

 

「それは良かったです」

 

「それよりも貴様の金棒問題だ」

 

「なんですかその問題」

 

「出先で妖と遭遇した場合に武器を携帯していないのはやはりマズい。貴様も常日頃金棒を持ち歩くようにしたらどうだ」

 

「職質の嵐ですよ、そんな事をしたら」

 

「なにか袋やケースに入れて持ち運ぶというのはどうだ。私はよく分からんが、ネットには様々なものが売っているのだろう?」

 

「流石に金棒ケースはどこにも売ってないと思いますよ……ただ、成程、ケースか、例えば大き目の楽器ケースを改造すれば……億葉に相談してみるか」

 

「着いたぞ」

 

 御剣は立ち止まる。

 

「こんなに沢山!」

 

 勇次が驚きの声を上げる。辺り一面の木々や地面に茶色い泥のかたまりのようなものがいくつもうごめいていたからである。

 

「奴らの巣のようなものだな」

 

「こ、こいつらも妖なんですか?」

 

「ああ、『邪粘(じゃねん)』という種族だ。人や動物に文字通り粘着し、悪事を働く」

 

「レーダーにそれらしい反応がなかったんですが……」

 

「元々単体ではそこまで妖力が高い妖ではない。生物に取り付くことでその真価を発揮する種族だからな。レーダーに引っかからない場合もある」

 

「取りつく……」

 

「悪事の度合いはそれぞれなのだがな。邪な気持ちが強い人間に取りついたりすると厄介だ。それ故に、発見次第根絶する必要がある」

 

「よく発見出来ましたね?」

 

「この辺りの近隣で野良犬や野良猫が凶暴化したという報告が何件かあったので、こいつらが絡んでいる可能性に思い当たった」

 

 前に進み出た御剣は抜刀しようとするが思い留まり、勇次の方に振り向く。

 

「貴様に任せてみよう。やってみろ」

 

「は、はい!」

 

 勇次は金棒を手に取り、片っ端から邪粘を叩き潰す。

 

「これは楽勝ですね!」

 

「気を付けろ……」

 

「え? どわっ⁉」

 

 勇次は驚く。目の前の小さな邪粘が突如大きくなり、勇次に覆いかぶさろうとしたからである。勇次は間一髪のところで後ろに飛んで躱す。

 

「取りつくのではなく、中に取り込もうとする奴もいるからな」

 

「は、早く言って下さいよ!」

 

「日々鍛錬に明け暮れるのも結構だが、資料にも目を通しておけということだ」

 

 御剣は腕を組み、木にもたれながら呟く。

 

「くっ!」

 

 勇次は若干手間取りながら、辺り一面の邪粘の根絶に成功する。御剣は膝に手をつき、肩で呼吸する勇次に歩み寄り、声を掛ける。

 

「ご苦労だった……!」

 

「……ちら又左……御剣、応……応答せよ……」

 

 又左からノイズ混じりの通信が入る。御剣がすぐさま答える。

 

「どうした?」

 

「現……隊舎が……多数の妖によって……撃されているにゃ……大至急救援を……」

 

「! おい、又左!」

 

「……」

 

「ちっ、通信障害か?」

 

「今の通信、隊舎が攻撃を受けているってことですか⁉」

 

「そのようだな。急いで戻るぞ!」

 

「はい! ん⁉」

 

 二人の背後に大きな邪粘が現れる。

 

「巣の主が戻ってきたか!」

 

 大きく広がった邪粘は二人を一気に覆い尽くしてしまう。うつ伏せの形になり、目の前が暗くなった勇次が必死にもがく。

 

「く、くそ、破れない! こんなにも柔らかい手触りなのに!」

 

「ば、馬鹿か、貴様! ど、どこを触っている!」

 

「え?」

 

 勇次は御剣の声を聞いてハッとする。どうやら自分が仰向けに倒れた御剣の体に覆いかぶさってしまっているらしいことに気付く。

 

「す、すると、この柔らかいものは……!」

 

「下手に動かすな! 器用に両の手で両の……を掴むな!」

 

「り、両の何をですか⁉」

 

「捩り斬るぞ……!」

 

「す、すみません……!」

 

 勇次は慌てて手を離す。

 

「早く隊舎に戻らねばならんというのに!」

 

「どうすれば出られますか?」

 

「取り込まれたことなど無いから知らん!」

 

「そ、そんな……」

 

 御剣は一旦深呼吸をして、自らを落ち着かせる。

 

「とにかく打てる手は打つか、少し癪だが……」

 

 

 

 一方その頃、上杉山隊舎は混乱のさなかにあった。作戦室で千景と万夜が睨み合う。

 

「おい、どうするんだよ!」

 

「わたくしに怒鳴らないで下さる⁉」

 

「いつも副隊長だなんだって威張っているじゃねえかよ!」

 

「こんな事態は初めてなのだから仕方がないでしょう⁉」

 

「二人とも! 喧嘩している場合じゃありませんよ!」

 

 愛が千景と万夜を諌める。二人は後輩に注意される自分たちを省みて、それぞれ苦々しい顔を浮かべる。

 

「ぐぬぬ……」

 

「むう……」

 

「万夜さん、指示をお願いします!」

 

「あ、改めて状況を確認!」

 

 作戦室に駆け込んできた又左が告げる。

 

「複数の上級妖から攻撃を受けているにゃ! 既に一部侵入を許してしまったにゃ!」

 

「姉様、隊長に連絡は⁉」

 

「通信状況が思わしくないにゃ! 一応通じたとは思うのにゃけど……」

 

「姐御はアテに出来ねえってことだな、アタシらだけでやるしかねえ!」

 

 千景は左の掌を右の拳で叩く。そこに億葉から通信が入る。

 

「こちら現在、転移室! 転移鏡に強い反応があるであります!」

 

「! こんな時になんだというのですか⁉」

 

「さっぱり分からないであります!」

 

 万夜たちは困惑しつつ転移室に向かう。すると転移鏡が眩く赤い光を放っている。

 

「!」

 

「ふはははっ! 宿敵の頼みならば致し方あるまい! ここは此方たちに任せよ!」

 

 転移鏡から武枝御盾ら武枝隊の面々が現れる。



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第12話(2) ロケットで突き抜ける

「なっ……⁉」

 

「おおっ、出迎えご苦労!」

 

 御盾があっけにとられる万夜たちに声を掛ける。愛が尋ねる。

 

「ど、どうしてこちらに?」

 

「其方らの隊長に頼まれたのだ。まあ、正確に言えば、星ノ条管区長経由の連絡だがな」

 

「隊長が……そうだったのですか……」

 

「それで? 状況はどうなっている?」

 

 御盾の問いに又左が答える。

 

「上級の妖、複数箇所からの攻撃を受けているにゃ」

 

「ふむ、非戦闘員の避難は済んでいるのか?」

 

 そこに三尋が姿を現す。

 

「まだ若干名、避難出来ておりません」

 

「そうか、では避難誘導を優先しつつ、妖どもを迎撃、各個撃破するぞ!」

 

「ちょっとお待ち下さい! 何故貴女が仕切るのですか!」

 

 食ってかかろうとする万夜の鼻先に御盾が軍配を突き付ける。

 

「管区長殿が不在ならば、副管区長の此方が采配を振るう……なにかおかしいか?」

 

「い、いえ、失礼致しました……」

 

「分かれば宜しい……ではこの転移室を臨時の作戦室とする。此方がここから指示を出す。状況が変化次第、連絡を入れろ。では、各員はこれから迎撃に向かえ!」

 

「そ、その前に一つ宜しいですか⁉ 気になることが!」

 

 三尋が叫ぶ。

 

「何じゃ忍び君?」

 

「実は……」

 

 三尋の報告に御盾は頷く。

 

「ふむ……それは思ったよりも厄介なことになりそうじゃな。そういえば此方も一つ大事な事を忘れておったわ、全員頭を下げろ」

 

「はあっ⁉ なんでそんなことをしなきゃなんねえんだよ⁉」

 

「千景! ここは黙って言う通りにするにゃ!」

 

「わ、分かったよ……」

 

 又左の言葉に千景は渋々と従う。

 

「参るぞ……『鼓武(こぶ)』」

 

 御盾が頭を下げる上杉山隊、武枝隊の両隊員の頭上に軍配を大きく振るう。

 

「こ、これは……! 力が漲ってくるようですわ!」

 

「此方は回復系統の術使いだが、単なる回復とは少し違っていてな……其方らの持っている力をより大きく引き出せることが出来るのじゃ。これで格上の相手に対しても後れを取ることはあるまい!」

 

「では、指示をお願いします!」

 

「うむ!」

 

 愛の言葉に御盾が力強く頷く。

 

 

 

「きゃあ!」

 

 隊舎の中庭を走っていた女性が足を取られ、逆さまで宙吊りになる。

 

「ふふっ、非戦闘員でも妖絶講所属だけあってそれなりの霊力ね。頂くとするわ!」

 

「させるかよ!」

 

「間一髪……」

 

 妖が女性に襲いかかろうとしたが、千景と林根笑冬がその攻撃を防ぐ。

 

「⁉ ちっ、妖絶士か……」

 

 妖は距離を取る。林根は女性を救出し、避難させてから振り返り、千景に問う。

 

「いかがですか?」

 

「驚いた……白崎の言っていた通りだぜ……」

 

「? あの方の名前は黒駆さんと認識しておりましたが?」

 

 林根が冷静に訂正する。

 

「と、とにかく、アイツは以前に姐御、うちの隊長が始末した蜘蛛の妖で間違いねえ!」

 

 千景が指差した先には女子高生の制服を着た人型の蜘蛛の妖が立っている。

 

「なんでてめえ、甦ってやがんだよ!」

 

「はっ、答える義理は無いわ」

 

「何だと⁉」

 

「それよりも……白髪の女剣士と鬼の半妖小僧はどうしたの?」

 

「それこそ答える義理はねえよ! 今ちょうど留守にしてんだ!」

 

「回答してしまっていますよ」

 

 林根の指摘にも構わず、千景が蜘蛛の妖に殴りかかる。蜘蛛の妖は上に飛んで躱す。

 

「くそっ! 降りて戦いやがれ!」

 

「馬鹿なのアンタ?」

 

「はっ! 分かったぜてめえ!」

 

「なにがよ?」

 

「この中庭中に蜘蛛の巣を張り巡らしていやがるな!」

 

「……まあ、馬鹿でも気付くわね」

 

「つまり、この糸をたどって行けば、てめえに行きつく!」

 

 千景は勢い良く糸を上り始める。

 

「……思った以上の大馬鹿ね、アンタ」

 

 蜘蛛の妖の言葉に千景は激昂する。

 

「ああん、何だって⁉」

 

「それを易々と許すのかって話でしょ」

 

 蜘蛛の妖は強靭な蜘蛛の糸を使って、中庭隅に生える大きな木を軽々と抜いてみせる。

 

「この木で串刺しになってアンタはおしまいよ!」

 

 尖った木の先端が千景の体に迫る。

 

「くっ!」

 

「『凍木』!」

 

「な⁉ 何をしたの⁉」

 

 驚いた蜘蛛の妖が林根を見て問う。

 

「ご覧の通り、カチコチに凍らせました。私の術の応用です。ぶっつけ本番でしたが、上手く行きました。ついでに樫崎千景さん、その凍った木を……」

 

「おっしゃー!」

 

「……蹴り飛ばして妖に当てて下さいと言おうと思ったら、もう実行されていましたね」

 

 千景の蹴った凍った木の先端部分が蜘蛛の妖の右わき腹に刺さる。

 

「ぐっ!」

 

「どうだ! うおっと!」

 

 ガッツポーズを取った際にバランスを崩した千景は地面に派手に落ちる。

 

「馬鹿は後で殺すとして……まずは眼帯のアンタよ!」

 

 蜘蛛の妖が口から大量の糸を吐き出し、林根の体に巻き付かせる。

 

「術の使い手みたいだけど、ぐるぐる巻きにしちゃえば関係ないわよね!」

 

「確かにその意見は参考になります」

 

「余裕かましている暇あるの⁉」

 

「ぐるぐる巻きにされる前にパーツを切り離します」

 

「はっ⁉」

 

 林根は左手のロケットパンチを作動させる。糸の先を辿るように蜘蛛の妖に向かってぐるぐると回って飛んで行く。

 

「いいな、そのロケット借りるぜ!」

 

 千景がロケットに飛び乗り、蜘蛛の妖の胴体に突っ込む。妖の胴体に風穴が空く。

 

「ぐはっ……!」

 

「こいつはおまけだ!」

 

 千景の強烈な右ストレートが蜘蛛の妖の首を派手に吹っ飛ばした。

 

「……本体が消滅すると、糸も消失すると……絡まったままでは難渋するところでした」

 

 冷静に戦況を分析する林根の側に千景が落下する。

 

「おい、受け止めてくれても良いだろうが!」

 

「……貴女の身体能力の高さとタフさから考えて、必要ないと判断しました」

 

 

 

 一方、隊舎の外ではゴスロリ服を着た蝙蝠の妖が女性を抱えて、空高く舞っている。

 

「ふふふ……流石の忍者もこの高さまでは届かないでしょう?」

 

「くっ!」

 

 隊舎の屋根に上った三尋は悔しそうな表情を見せる。

 

「避難させるつもりだったのに残念ね。任務も碌に果たせない忍者って価値があるの?」

 

「……」

 

「この女を喰らったら、アンタをさっさと片付けて、白髪の女剣士に借りを返すわ。あの鬼の半妖男と馬鹿そうな金髪にもね」

 

「更に借りは増えそうだな」

 

「何⁉」

 

 女がそう呟くと、両手をポンと叩く。すると、男の姿に変わった。蝙蝠の妖が戸惑う。

 

「男になった⁉ お、重い!」

 

「失礼だな……」

 

 性別を変えることの出来る武枝隊の忍び、朔月望が小刀で蝙蝠の妖の左腕と翼を薙ぐ。

 

「ぎゃあっ⁉」

 

「立て直す暇は与えん」

 

「ぐえっ!」

 

 朔月が空中で蹴りを放つ。それを腹に受けた蝙蝠の妖は高度を下げる。

 

「その高さならば問題なく届く……」

 

 三尋が屋根から飛び立つと小刀で蝙蝠の妖の首を斬り捨てる。

 

「がはっ……」

 

 空中で霧消する蝙蝠の妖の様子を見ながら、三尋と朔月は屋根に着地する。

 

「やはり知っている奴だったか?」

 

「以前、隊長と勇次、そして樫崎さんが交戦した妖だ。報告書通りの恰好だった」

 

「そうか、一度消滅したはずの妖がどうして甦ったのか……」

 

 朔月は顎に手を当てて考え込む。

 

「考えるのは後だ、避難誘導を急ぐぞ」

 

「……」

 

 三尋は走り出そうとするが、朔月は尚も考え込んでいる。三尋が問い掛ける。

 

「どうした?」

 

「……なあ、私って太ったか?」

 

「……そもそもの体型を知らん。どうでもいいことだ、行くぞ」

 

 三尋が他の場所に移動する為、その場から姿を消す。

 

「いやいや、大事な事だぞ」

 

 朔月も首を左右に振りつつ、その後に続く。



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第12話(3) え、普通に無いです

 隊舎の他の部屋に比べると少しばかり広い部屋に侵入した蟷螂の妖が、逃げ遅れた妖絶講の女性隊員をじりじりと追い詰める。

 

「さて……一体、どう切り刻んでくれようか?」

 

「ひっ……!」

 

 女性はあまりの恐怖に腰が抜けたような状態で、立ち上がることすら出来なくなってしまっている。蟷螂の妖は笑みを浮かべる。

 

「すぐに殺しては面白くない。まず死なない程度に生きたまま解剖してやろう」

 

「ひえっ……」

 

 女性は震えながら両腕を使って後ずさりする。

 

「逃げるなよ……まずはその腕から切り刻んでやろう!」

 

「⁉」

 

「何っ⁉」

 

 妖が振り下ろした鎌は女性の腕ではなく床に突き刺さる。万夜が鞭を女性の体に巻き付け、自らの元へ引っ張り寄せたからである。万夜は女性に声を掛ける。

 

「手荒な真似をしてすみません。御怪我は無い?」

 

 万夜の言葉に女性はコクコクと頷く。万夜は微笑む。

 

「それは何よりです。わたくしたちの後ろに隠れていて下さい。すぐに済みますので」

 

「見覚えのある妖ですか?」

 

 風坂明秋が刀を抜きながら、万夜に尋ねる。

 

「生憎……わたくしたちが交戦したのは女性の姿をした蟷螂の妖でしたから」

 

 男の姿をした蟷螂の妖が忌々し気に呟く。

 

「妖絶士か……」

 

「そうです、妖絶士ですよ、観念して下さい」

 

 風坂が笑顔で答える。

 

「白髪の女剣士以外に用は無い……」

 

「あら、私も一応剣士なのですが、私では役不足ということでしょうか? なんだか少し傷付いてしまいますね……」

 

 風坂が細い目を悲しそうに伏せる。

 

「目障りだ、さっさと切り刻んでやる!」

 

 妖が一気に間合いを詰め、両腕の鎌を振りまわすが、風坂は冷静に刀で捌く。

 

「ば、馬鹿な! 一本の刀で両の鎌を受け止めているだと⁉」

 

「せっかくの左右の鎌なのですから、左右で別々の軌道を描くように振ってみるとか、やりようはいくらでもあると思うのですが……ただ、出鱈目に振り回せば良いというものではありませんよ?」

 

「だ、黙れ!」

 

「いいえ、黙りません。リズムも極めて単調です。あえて一呼吸置いてみるとか……もっと相手のタイミングをずらすことを意識するべきです。はっきり言って……欠伸が出ますね、というか出ました、ふあ~あ」

 

 攻撃を捌きながら、風坂は片手で欠伸を抑える。それを見て妖は激昂する。

 

「き、貴様!」

 

「ほら、足元がお留守ですよ」

 

「⁉ しまっ……」

 

 妖の両脚に万夜の鞭が巻き付いている。

 

「それっ!」

 

 万夜が思い切り鞭を振り回し、妖は成す術なく天井、床、壁に容赦なく打ち付けられ、ぐったりとして床に転がる。風坂がゆっくりと近づく。

 

「間合いに不用意に踏み込み過ぎなのですよ……ってもう聞こえていませんか」

 

 風坂が刀を鞘に納めると、妖の首が転がる。万夜が風坂に尋ねる。

 

「余計な手出しだったかしら?」

 

「いいえ、別に。それより喋り過ぎました……苦竹副隊長、飴を一つ下さいませんか?」

 

「何味がご希望ですの?」

 

「え、もしかして抹茶味とかありますか?」

 

 

 

「ぐあっ!」

 

 広い廊下で妖絶講の男性隊員がうつ伏せに倒れる。背中を斬られたからである。

 

「た、隊長! 大丈夫ですか⁉」

 

 若い男性が声を掛ける。倒れたベテランの隊員は指示を出す。

 

「くっ……俺のことは良いから早く逃げろ!」

 

「そ、そういうわけには!」

 

「俺たちでどうにか出来る相手じゃない! 撤退だ!」

 

「くっ……すみません!」

 

「おっと、逃がさないわよ……」

 

「ぐわっ⁉」

 

 その場から離れようとした若い隊員も崩れ落ちる。

 

「両脚の腱を切ったわ、満足に立ち上がれないでしょう?」

 

 廊下の先の黒い物陰から女の姿の蟷螂の妖がゆっくりとその姿を現す。

 

「くっ、おのれ……!」

 

「貴方たち……戦闘員じゃないわね、後方支援部隊ってところかしら? それにしても弱すぎる……支援どころか、足を引っ張っているじゃない。貴方たちの存在理由皆無ね」

 

「くっ、おのれ!」

 

「もう貴方たちとの追いかけっこも飽きちゃったの……これで決めるわ!」

 

「風坂明秋……宿り給へ!」

 

「!」

 

 二体の風坂が妖の蟷螂の両の鎌を防いでみせる。妖は驚き一旦距離を取る。

 

「同じ顔の奴が二体? 何の術?」

 

 妖が覗くと、傷付いた隊員を治癒する愛の後ろ姿がある。

 

「来てくれたのか、ありがとう」

 

「支援部隊あっての我々です。困ったときはお互いさまですよ」

 

「立てることが出来た!」

 

「足の怪我は専門医の方にすぐ診てもらって下さい! 慌てないで転移室へ避難を!」

 

「貴様か! 余計な真似をしてくれる!」

 

 妖は両の鎌から斬撃を飛ばす。

 

「⁉」

 

 予期せぬ攻撃を受け、二体の風坂は紙きれに戻って床に落ちる。

 

「お人形遊びは気が済んだかしら? これで終いよ!」

 

「させない!」

 

 武枝隊所属の仁藤正人が剣でその斬撃を受け止める。だが、受け止め切れず、腕や膝に怪我を負ってしまう。仁藤は痛みに顔を歪める。

 

「仁藤さん! 無理をしないで!」

 

「……強がりを言うなって、惚れた男が守ってやるからよ」

 

「……はっ?」

 

 愛は心底理解が出来ないという顔を浮かべる。

 

「対抗戦の時、俺のフルネームを細かく尋ねてきただろう? その時気付いたのさ、あ、コイツ俺に惚れているなって……だからここで退くわけには行かねえんだよ!」

 

 仁藤は妖に向かっていく。妖は嘲笑交じりで呟く。

 

「手負いで向かってくるとは……白髪の女剣士と鬼の半妖に取っておいた技だが……⁉」

 

 妖が目を疑う。五体の仁藤が、あらゆる方向から斬りかかってくるのだ。

 

「ちっ! あの女の術か! 斬撃は四つしか同時に飛ばせないというのに! 本物はどいつだ? 真ん中が本物と見せかけて違うと見せかけて逆だろう⁉ ならばこっちだ!」

 

 妖は斬撃を左右から向かってくる二体ずつの仁藤に飛ばした。斬撃をまともに喰らった四体の仁藤は紙切れと化す。妖は己の目を疑う。

 

「何⁉ 真ん中⁉」

 

「これが愛の力だ!」

 

 仁藤が妖を斬って捨てる。興奮冷めやらぬ仁藤が愛に振り返って告げる。

 

「曲江愛さん、俺と付き合って―――」

 

「ごめんなさい」

 

 愛は食い気味に断った。



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第12話(4) 両隊共同戦線

「ふむ、なかなかの設備だな……」

 

 隊舎のトレーニングルームを見渡しながら火場桜春が唸る。

 

「ぎゃあー!」

 

「上杉山隊長の方針だろうか? 正直少し羨ましいな……」

 

 トレーニング器具を触りながら火場が呟く。

 

「うぎゃあー!」

 

「我が隊もトレーニングルームを拡張すべきだとお館様に進言だけでもしてみるか……」

 

 火場が腕を組んで考え込む。

 

「ふんぎゃあー!」

 

「……何事だ、騒々しい」

 

「これを見て分かりませぬか⁉」

 

 億葉が女王蜂の妖に追われながら叫ぶ。

 

「交戦経験があるのか?」

 

「以前、少々!」

 

 億葉は女王蜂の妖の攻撃を必死に躱す。手持ち無沙汰の火場は両手を広げる。

 

「相当恨みを買っているようだな、さっきから君ばかりを狙っている」

 

「待っていなさい、コイツを片付けたらアンタよ!」

 

 女王蜂の妖は部屋の片隅に億葉を追い詰める。。

 

「片付けられたくはないであります!」

 

 億葉は背中を向けてしゃがみ込む。大きなリュックサックが億葉の体を隠す。

 

「馬鹿め、それごと貫くまでよ!」

 

 女王蜂の妖が針を突き出す。

 

「『一億個の発明! その27! ビッグマジックハンド!』」

 

「なっ⁉」

 

 リュックサックから巨大な二つの手が飛び出してきて、針を払いのける。

 

「ぐっ! ⁉」

 

 体勢を崩した女王蜂の妖の目に巨大な手がデコピンの形を取っているのが見える。

 

「喰らえであります!」

 

「ぐはっ!」

 

 指に弾かれた女王蜂の妖は壁を突き破り、隣の簡易道場にまで豪快に吹っ飛ばされる。

 

「くっ! 相変わらずふざけた戦い方を……」

 

「そうか? 立派な戦い方だと思うが」

 

「⁉」

 

 起き上がろうとした女王蜂の妖に跨るように火場が立っている。

 

「毒針を使う相手に正攻法で挑む馬鹿もそうは……おるまい!」

 

「がはっ!」

 

 火場の振り下ろした拳が女王蜂の妖の首をもぎ、床にめり込んだ。

 

「ここが道場か……ここも良いな」

 

 火場が周りを見回しながら、うんうんと頷く。億葉が恐る恐る近づく。

 

「い、一撃必殺とは……お見事です」

 

「君、建物の設計図などは書けないのか?」

 

「はい?」

 

「ここのトレーニング施設が気に入った、我が隊舎にも欲しい。図面も併せて説明すれば、お館様、我が隊長にも理解を得やすい」

 

「流石に建築に関しては素人ですが……所持している図面のデータをお送りしましょう」

 

「それは助かる」

 

 

 

 隊舎の正面の広場で、姿を大きく変化させた二匹が言い争う。

 

「与太猫は引っ込んでいろ……」

 

「駄目犬は大人しくしているにゃ!」

 

「この間もお前が出しゃばりさえしなければ、あんな天狗の小僧如きに後れを取ることなどなかった!」

 

「はっ! よく言うにゃ! ほとんど一撃でやられた癖に! 二秒と保たにゃかったんじゃにゃいか⁉」

 

「醜い言い争いね……」

 

 空中でそれを見ていた蜂の妖が呆れたように呟く。又左と武枝隊所属の妖犬、尚右はそんな相手を一瞥すると、再び言い争いを始める。

 

「ちょ、ちょっと! 無視すんじゃないわよ!」

 

 尚右はため息をつく。

 

「……まずうるさい奴を片付けるか」

 

「それは同感にゃ!」

 

「うるさいって……それはこっちの台詞よ!」

 

「行くにゃ!」

 

 又左が隊舎の壁に向かって飛び、壁に着くと同時に再び飛び、蜂の妖に飛び掛かる。蜂の妖が余裕の笑みを見せる。

 

「ふふっ! 残念! 高さが足りないわよ!」

 

「三味線!」

 

「なっ⁉」

 

 又左が振り下ろした両手の爪から斬撃が飛び、蜂の妖の両翼を引き裂いた。蜂の妖は地上に落下する。尚右がそこに襲い掛かる。

 

剣歯(けんし)!」

 

「ぐはっ……」

 

 喉笛を噛み千切られた蜂の妖は霧消する。

 

「ワシのお陰だにゃ!」

 

「一撃で仕留めろ、手間を取らせるな、阿呆猫……」

 

「シャ―! わざわざ手柄を譲ってやったのにゃ! この馬鹿犬!」

 

 二匹の醜い言い争いが再開される。

 

 

 

 臨時の作戦室となった転移室で各自の報告を受けた御盾は満足そうに頷いて叫ぶ。

 

「非戦闘員の避難は完了、死者はゼロ! 皆、よくやった! 此方らの勝ち戦じゃ!」

 

「勝どきを上げるにはまだ早いかと……」

 

 転移室に白いスーツ姿で中折れ帽を目深に被った男が入ってくる。

 

「其方か……何用じゃ?」

 

「知れたこと……大将の首を取って一発逆転ですよ!」

 

「させるか!」

 

 スーツ姿の男が二又の槍を御盾に向かって鋭く突き出すが、陰から飛び出した山牙恋夏の槍がそれを阻む。山牙はすぐに反撃し、男の首を狙うが、男は素早く躱す。山牙の一撃は帽子をはたき落とすにとどまる。その時露になった男の顔を見て、山牙は驚く。左眼の部分が骸骨化していたのである。

 

「ふふっ、そうは甘くありませんね。ここは大人しく引き下がるとします……」

 

 男は帽子を拾うと、その場から姿を消す。御盾が山牙に声を掛ける。

 

「よくやった、恋夏」

 

「あ、あいつは何者なんです?」

 

「あ奴は狂骨(きょうこつ)……妖を甦らせることの出来る半妖じゃ」

 

「まさか隊舎を狙ってくるとはな……だが、大体分かってきた」

 

 そう言いながら転移鏡から御剣が勇次を連れて姿を現す。御盾が笑う。

 

「ふん、わりと遅かったではないか」

 

「少し手こずってな……武枝、礼を言う前にもう少し付き合ってもらいたい」

 

「それは構わんが……」

 

「勇次君♪ って、ど、どうしたの⁉ その顔!」

 

 山牙が勇次の顔を見てギョッとする。ボコボコに腫れ上がっていたからである。

 

「なんていうか、ちょっとした代償を払ったというか……」

 

「どさくさまぎれに人の体を色々と弄るからだ……」

 

「い、いや、あれは半分不可抗力ですよ! 邪粘の奴がギュッと締め付けてくるから二人の体の色んな所が密着したり、絡み合っちゃったりして……」

 

「ぐ、具体的に言わんでも良い! たわけが!」



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第13話(1) 無断城主ヅラ

                 拾参

 

「やっぱり隊舎は移転することになりますか……」

 

 慌ただしく動き回る人々を見ながら勇次が呟く。御剣が腕を組んで答える。

 

「死者ゼロ、建物自体の損傷が少ないとはいえ、やはり縁起が悪いからな。正式な決定は上からの沙汰待ちとなるが、とりあえず、文献など重要なものを一旦別の隊舎に移す」

 

 御盾が尋ねる。

 

「其方が指示を出さなくていいのか?」

 

「用事が済んでからな。今は万夜と又左に任せてある」

 

「その用事じゃが……本当にこの人数で良いのか?」

 

 御盾が居並ぶ顔を見る。そこには、御剣と御盾の他に、勇次、愛、山牙がいる。

 

「少数精鋭で臨むというと、他の連中に悪いか……とにかく下手に多人数で動くと察知される恐れがある。それでは意味が無い、今日の内に片を付ける」

 

 御剣の側に見知らぬ忍びが姿を現し、御剣に囁く。

 

「報告致します。標的は上越市の……に向かっております」

 

「そうか、ご苦労だった。星ノ条管区長にも宜しく伝えておいてくれ」

 

「はっ」

 

 忍びは姿を消す。御盾が問う。

 

「わざわざ他管区の忍びを使ったのか?」

 

「三尋を信頼していないわけではないが、向こうに警戒されていると思ってな。雅さんに頼んで貸してもらった」

 

「既に目星は付いているということじゃな?」

 

「ああ、そうだ」

 

「話を繰り返す様じゃが、我が隊の面々だけでも連れていかぬのか?」

 

「無いとは思うが、万が一、隊舎が再襲撃された際の迎撃を頼んである。逆にこちらにもしものことがあれば、我が隊ともども救援にきてもらうことになる」

 

「そうか、分かった」

 

「では急ぐぞ」

 

 御剣たちは転移室に向かう。

 

 

 

 雷も鳴る大雨の中、上越市市内を走る車が一台あった。車は迷うことなく市内を抜けると、山道に入る。しばらく進み、ある場所に車を停め、スーツ姿の男が傘を手に降りる。

 

「こんにちは、いえ、こんばんは、ですか」

 

 男が振り向くと、そこには御剣の姿があった。

 

「この場所に一体何の用です?」

 

「……」

 

「黙っていては分かりませんよ、曲江実継さん」

 

 雷がピカッと光り、傘を差していた男の顔がはっきりとする。勇次たちは驚く。御剣が標的云々と言っていたのが愛の次兄である実継だったからである。

 

「えっ……!」

 

「実継兄さん⁉」

 

 実継はパッと笑顔を浮かべる。

 

「これは上杉山さん、どうしたのですか?」

 

「それをこちらが聞いているのです」

 

「この先の神社にお参りしようと思いまして……」

 

「このような天気の日に、しかもこんな時間に?」

 

「この雨ですからね、時間が思ったよりもかかってしまいまして……」

 

 御剣がため息を突きながら、歩み寄る。

 

「もう茶番は結構です……」

 

「茶番?」

 

「半妖を集めて何をなさるおつもりです?」

 

「平凡な神主を捕まえて一体全体何のお話をしているのか……?」

 

「平凡な神主は半妖の猫が発する鳴き声を言葉と認識することができません」

 

「!」

 

 愛が先の戦勝祈願の際の廊下でのやり取りを思い出してハッとする。実継は又左の話した『殺しにくる』という言葉が聞こえてきたと言っていたからである。

 

「……」

 

「勇次に妖絶講のことを教えたのも貴方でしょう。世間一般にとっては単なるマイナーな都市伝説に過ぎない妖絶講も、確かに存在するのだと勇次に信じさせることの出来る人、また勇次にとって信用に値する身近な存在は貴方しかいない」

 

「……ふはははっ、噂では多少剣の腕が立つだけの脳筋女だと聞いていたのだが……なかなかどうして鋭いじゃないか」

 

 実継が傘を放り投げ、眼鏡を外し、髪をかき上げながら不敵に笑う。愛が戸惑う。

 

「に、兄さん……?」

 

 御剣が刀に手をかける。

 

「貴様の目的はなんだ? 人に仇なすつもりか?」

 

「そうだと言ったら?」

 

「斬る!」

 

 御剣が刀の鯉口を切り、刀を抜いて実継に斬りかかる。愛が叫ぶ。

 

「隊長!」

 

「⁉」

 

 御剣の刀は実継の鼻先で止まった。横から飛び出した金糸雀色の髪をした鬼ヶ島一美が鎌で御剣の刀を受け止めたためである。勇次が叫ぶ。

 

「姉ちゃん⁉」

 

「やや踏み込みが甘かったね、可愛い隊員の肉親ということで情でも湧いたかい?」

 

「……鬼ヶ島一美に何をした?」

 

「さっきから質問が多いね。そうだな……折角だから中で話そうか」

 

 実継が指をパチンと鳴らすと辺り一帯を覆い尽くす紫色の巨大な空間が広がる。

 

「こ、これは……⁉」

 

 御剣が驚いた、山の上に城が立っていたからである。

 

「かってこの地にあった名城、春日山城を再現してみたんだ、どうかな?」

 

「父祖伝来の城にズカズカと上がり込んで、尚且つ城主ヅラか……!」

 

「所詮分家の末裔にしか過ぎない君にとやかく言われる筋合いは無いね」

 

 自らを睨み付ける御剣を、実継は一笑に付して、城に向かって歩き出す。

 

「待て!」

 

 御剣は追いかけようとするが、一美が鎌を振ってそれを防ぐ。

 

「だから話なら中で聞くよ、濡れるのは嫌いなんだ」

 

「くっ!」

 

 御剣は一美と数合激しく打ち合う。すると、いつの間にか実継が山を登って大手門にまで差し掛かっている。実継が一美に声を掛ける。

 

「ずぶ濡れになるといけない。それくらいにして、君も中に入りなよ」

 

「はい……」

 

 一美は頷くと、空高く飛んで、実継の側に降り立つ。

 

「逃げるな!」

 

 御剣の言葉に実継は呆れたように首を振る。

 

「この期に及んで逃げたりなんかしないよ。何度も同じことを言わせないでくれ……中で、そう、天守で話をしようじゃないか。もっともそこまで来られたらの話だけど……」

 

 そう言って、実継と一美は大手門をくぐる。

 

「追いかけるぞ!」

 

「おっと、そうは行かねえよ!」

 

 山伏姿の男が現れ、御剣たちの前に立ちはだかる。

 

「天狗の半妖か! 貴様に構っている暇は無い!」

 

「そう言うなよ!」 

 

「おっと!」

 

「⁉」

 

 天狗が御剣に向かって斬りかかるが、山牙が槍でそれを防ぐ。

 

「て、てめえは⁉」

 

「正直全然覚えてないんだけど、なんだかどでかい借りがあるみたいだからね……アンタの相手はアタシがやる!」



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第13話(2) 凄かった、赤かった

「山牙!」

 

「恋夏!」

 

「姉さんたち! 先に行って下さい!」

 

「すまん!」

 

 御剣たちは天狗と山牙の脇を素早くすり抜けていく。

 

「しまった!」

 

「余所見している余裕あんの⁉」

 

 山牙の鋭い槍が天狗の頬を掠める。天狗は舌打ちする。

 

「ちっ!」

 

「へえ、よく躱したね」

 

「……そういや、この先には奴らがいるな。そう焦ることは無えか……」

 

「ああん、何だって?」

 

「何でもねえよ、てめえをさっさと片付けて、連中に追い付いて始末する! そうすりゃ全部チャラだ!」

 

「はっ、出来るものならやってみな!」

 

 山牙は鋭い突きを間断なく繰り出す。天狗はこれを回避するのに精一杯である。

 

「くっ!」

 

「人のこと、ウインドウショッピングしてくれちゃって! 許せない!」

 

「……マインドコントロールだろ⁉」

 

「そう、それ!」

 

 山牙の怒りが込められた渾身の一突きを天狗は宙に舞って躱し、大手門の上に着地し、やれやれといった表情で告げる。

 

「洗脳したのは俺じゃねえぞ? 大体、簡単に洗脳される方が悪いだろ」

 

「この際どっちでも良い! 降りてこい!」

 

「滅茶苦茶だな……」

 

 天狗は呼吸を整えつつ、考えを巡らせる。

 

(怒りに身を任せているようで、槍さばきは実に冷静だ……俺の小太刀と奴の槍ではどうしてもリーチ差が生じる……ならば!)

 

 天狗が飛び降りると同時に両手に持つ二本の小太刀を振り、斬撃を飛ばす。

 

「風刃!」

 

「ぐっ!」

 

 飛んできた風の刃を防ぎ切れず、山牙は右肩と左膝に傷を負う。

 

「ははっ! どんどん行くぜ!」

 

「ちぃ!」

 

 山牙は舌打ちをしながら側転などを織り交ぜて何とか風の刃の連撃を躱す。

 

「はっ! 身軽なもんだな! ただ、いつまで続くかな⁉」

 

「はあ……はあ……」

 

 山牙は肩で息をしながら考える。

 

(リーチ差を埋められるどころか逆に差をつけられてしまった……さて、どうする?)

 

「そろそろ終わりにするぜ!」

 

跳山(ちょうざん)!」

 

 山牙は地面を槍で叩くとその周囲が山のように勢い良く隆起し、その勢いを利用して上に大きく飛び、天狗との間合いを一気に詰める。

 

「何だと⁉」

 

「おりゃ!」

 

「ぐはっ!」

 

 山牙は天狗の胸部に強烈な飛び蹴りを喰らわせる。天狗がなんとかその場に踏み留まったところに山牙が追い打ちをかける。

 

「とどめ!」

 

「どおっ!」

 

 天狗は自身の腹部を狙った山牙の槍を小太刀で受け止めようとするが、衝撃を吸収し切れず、後方に吹っ飛び、崖から転落する。

 

「! ……」

 

 山牙はゆっくりと崖際に近づき下を見下ろすが、天狗の姿を確認することが出来ない。

 

「え? ひょっとしてくたばった?」

 

 反応はない。山牙は気持ちを切り替え、大手門に向かって歩き出す。

 

(あれで終わりとは思えないけど……今は皆との合流を優先しよう)

 

 山牙は痛む傷口を抑える。

 

(悔しいが差を感じた。到着前の姉さんの『鼓武』が無かったら、ヤバかったかも……)

 

 山牙は自嘲気味な笑みを浮かべながら大手門をくぐる。

 

 

 

「虎口も抜けた! 三つの曲輪を抜ければ、本丸だ!」

 

 走る御剣に三人が続く。二つ目の曲輪に差し掛かったところ、紫色の巨体が二体、猛然と襲い掛かってくる。

 

「⁉」

 

 人に似た巨体が繰り出した拳を御剣はすんでの所で躱す。「

 

「『剛力』か!」

 

「なんか、以前に見たのよりは若干小柄なような……」

 

 愛の疑問に御剣が答える。

 

「恐らく剛力の半妖だ! 力は本来のそれよりは劣るはずだ」

 

「しかし、それでも二体もいるとは厄介じゃの!」

 

 それぞれ刀と軍配を構える御剣と御盾に対し、勇次が口を開く。

 

「御二人とも先に行って下さい……」

 

「は? まさか其方一人で相手するつもりか⁉」

 

「ここは俺に任せて下さい」

 

「……分かった、勇次! 貴様に任せる! 愛、援護しろ!」

 

「りょ、了解!」

 

 勇次の目を見た御剣は頷き、二体の剛力の間を駆け抜ける。御盾もそれに続く。

 

「勇次君……」

 

「大丈夫だ、愛……俺はこんな奴らに負けねえ!」

 

 勇次が叫ぶと、その体全体を包むように赤い気が充満し、頭部に角が生える。うなり声を上げて、二体の剛力がその太い腕を勇次に向かって振り下ろす。

 

「うおおおっ! 『一閃!』」

 

 勇次が金棒を横向きに薙ぐと、赤い光が閃き、二体の剛力はあっという間に消滅する。

 

「す、凄い、一撃で……」

 

 感嘆する愛に勇次が尋ねる。

 

「どうだった?」

 

「え? あ、赤かったかな……」

 

「見たまんまじゃねえか!」

 

 

 

「この曲輪を抜ければ本丸だ!」

 

「見つけたっチュウ!」

 

「くっ⁉」

 

 走っていた御剣にコート姿の男が斬り掛かる。御剣はなんとかその攻撃を防ぐ。

 

「大丈夫か⁉」

 

「武枝! 後ろだ!」

 

「何⁉ どわっ⁉」

 

 立ち止まった御盾の背後から白黒のビキニ姿の女が棍棒を振り下ろしてくるが、御盾は間一髪で横に飛んで躱す。御盾が軍配を構えながら御剣に尋ねる。

 

「宿敵よ、まさかとは思うがこやつらは……」

 

「そのまさかだ、干支妖の子日と丑泉だ」

 

「くっ、こんな時に!」

 

「今、貴様らに構っている暇はない……私と戦いたいなら日を改めてくれないか?」

 

 子日が静かに口を開く。

 

「以前言ったチュウ……『次会う時が君らの最後だけど』と……」

 

「そうだったな、まあいい、行きがけのなんとやらだ、貴様らはここで絶やす!」

 

 御剣は刀を構える。



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第13話(3) 二人の隊長と干支妖の死闘

「ふん!」

 

 一瞬の静寂の後、御剣から仕掛けた。鋭い攻撃を連続で繰り出すが、子日は事もなげに自身の刀でそれらをことごとく捌いてみせる。

 

「ふふっ、妖絶講の中でも名うての剣士だと聞いていたが……そんなもんチュウか? やはり期待外れだったチュウかね……」

 

「くっ……」

 

 笑う子日に対し、苦い表情を浮かべる御剣。御剣の連続攻撃が止まった僅かな隙を突いて、子日が反撃に出る。

 

「それそれ!」

 

「ちっ⁉」

 

 子日の目にも止まらぬ速さの反撃を紙一重のところで躱す御剣―――と思われたが、御剣は左肘に傷を負う。血が流れる。

 

「腕一本狙ったのだけど、よく躱したチュウね……ただ、次は無いよ」

 

「次は無い?」

 

「君の実力は大体分かったチュウ。ダラダラと戦うのは剣士としての美しさにかける。君もそう思うだろう?」

 

「貴様の美学など知らん。興味も無い」

 

 御剣のにべもない反応に子日は残念そうな顔を浮かべる。

 

「まあいい、人間如きに僕の崇高な考えを理解してもらおうとは最初から思っていないチュウ。というわけで……さっさと死んでくれ!」

 

 子日がさらに速度を上げて、御剣に斬り掛かる。

 

血凍(けっとう)!」

 

「⁉ なっ……血を凍らせた⁉」

 

 御剣は左腕に流れる血をわざと下に滴らせるその瞬間に凍らせて、血のつづらを何本も生やす。その内の何本かのつづらで子日の攻撃を防ぐと同時に、残ったつづらで子日の右腕を突き刺す。

 

「ぐっ!」

 

 子日が再び御剣から距離を取る。

 

「こういうことも出来るぞ」

 

「う⁉」

 

 御剣はつづらを何本かボキッと折ると、すぐさま子日に投げ付ける。何本かは叩き落としたが、残った二本が子日の右肩と、左肘のあたりに命中する。

 

「悪くない命中率だ。隊では一番ダーツが下手なのだが」

 

「き、君は剣士だろう! なんだっチュウね! その戦い方は⁉」

 

 声を荒げる子日に御剣は何故そんなことを聞くのかという顔で答える。

 

「刀は好きだ。物ごころついた頃から刀を抱いて眠っている。剣士としての修練はこの十数年、一度たりとも欠かしたことはない」

 

「ならば何故⁉」

 

「……貴様は思い違いをしている」

 

「何……?」

 

「私は剣士である前に妖絶講という組織に属する妖絶士だ。悪しき妖を根絶するためには、手段など選んでいられない。私にも美学というものが全くないとは言わんが、任務遂行の上で。それは邪魔でしかない。要は……」

 

「要は……?」

 

「勝てば良いのだ……!」

 

「⁉」

 

 驚愕する子日に対して、御剣は刀を振りかざす。

 

「上杉山流奥義、『凍土』!」

 

 御剣が勢い良く刀を振り下ろす。

 

 

 

「ウン!」

 

 丑泉が振り下ろした棍棒を御盾が寸前で躱す。棍棒が地面を打ち砕く様子を見て、御盾は背中に冷や汗を流す。

 

(一撃一撃が速い上に重い! あんなものを下手に受け止めたら、此方の身が保たん!)

 

「ムン!」

 

「くっ!」

 

 丑泉が棍棒を振り回す。御盾はなんとか躱し続けるものの次第に追い詰められていく。

 

(このままではジリ貧じゃ! 此方から仕掛けんと……!)

 

「ムウン!」

 

「考える余裕も与えてくれんか! だが!」

 

 丑泉が棍棒を再び振り下ろしたが御盾が横に飛んで躱そうとする。

 

(棍棒の軌道自体は単純じゃ、落ち着けば対応出来る!)

 

「フン!」

 

「ぐっ⁉」

 

 丑泉が左手を伸ばし、御盾の体をガッシリと掴む。

 

「しまっ……!」

 

「フウウン!」

 

 丑泉が御盾の体を持ち上げて、思い切り地面に叩き付ける。

 

「ぐはっ!」

 

「ムウウン!」

 

地面に倒れ込んだ御盾が起き上がろうとしたところを丑泉が棍棒で叩き付けてくる。

 

「ぐっ、『風林火山・山の構え・巨山』!」

 

「!」

 

「がはっ!」

 

 丑泉の攻撃を御盾は軍配で防ごうとするが、あまりの衝撃に堪えきれずに横に吹っ飛ばされてしまい、地面を派手に転がる。

 

 

 

「ちっ!」

 

 御剣の繰り出した攻撃によって子日の左腕が凍る。

 

「よく躱したな……もう一度だ!」

 

「鼠斬!」

 

「なっ⁉」

 

 子日は自らの左腕を斬り落とす。予期せぬ行動に御剣が戸惑う。

 

「ふ……ふん!」

 

 子日の左腕が瞬く間に再生する。

 

「再生させた⁉」

 

「君に勝ち目は無いチュウ……」

 

「確信するのはまだ早い!」

 

 御剣が一瞬で子日の間合いに入る。刀を振れば、子日の首を落とせる。

 

「おのれ!」

 

「もらっ……⁉」

 

 御剣の動きが止まる。背中から体を刃で貫かれたからである。御剣は視線を後ろに向けて驚く。もう一体の子日がそこにはいたからである。子日が笑みを浮かべる。

 

「僕は鼠斬で体の一部を切り取ることで、自分の分身を増やすことが出来るんだチュウ」

 

「ぐっ……」

 

「さて……心の臓を貫いてお終いだチュウ!」

 

「『凍心!』」

 

「何っ⁉」

 

 子日が刃を御剣の心臓に向かって突き立てるが、御剣によって刃ごと凍らされてしまい、その場から動けなくなってしまう。子日の分身もまた同様である。

 

「捉えたぞ……」

 

「ば、馬鹿な……自らの体ごと凍らせただと⁉ 自分の動きを封じてどうする⁉」

 

「口と右腕さえ動けば十分だ!」

 

「なっ……」

 

「上杉山流秘奥義、『凍剣』‼」

 

「ぐぎゃあ⁉」

 

 御剣の振るった刀から放たれた氷の斬撃が、二体の子日の首を飛ばし、氷漬けにする。

 

 

 

「ぐうっ……」

 

 なんとか起き上がろうとする御盾の目に、追い討ちを掛けにくる丑泉の姿が映る。

 

(ドーピングのようなものじゃから、色々な意味でやりたくなかったが……)

 

 御盾は軍配を自らの頭上で振りかざす。

 

「『鼓武激励』‼」

 

「ン⁉」

 

 丑泉の棍棒を素早く立ち上がった御盾の軍配が受け止める。

 

「それ!」

 

「グヌヌッ⁉」

 

 御盾の軍配が自らの棍棒を押し返していることに丑泉は驚く。

 

「……まさか力比べに負けるとは思わなかったか?」

 

 御盾はニヤリと笑うと、棍棒を弾き飛ばす。

 

「ヌオッ⁉」

 

「丸焼けにしてくれる! 喰らえ! 『風林火山・火の構え・火炎』‼」

 

「ウオオッ⁉」

 

 丑泉の大きな体を炎が包みこむ。

 

「隊長!」

 

「武枝隊長!」

 

 勇次と愛が駆け付ける。そこに半分火だるま状態になった丑泉が転がり込む。

 

「⁉ てめえは丑女!」

 

「干支妖! ここで仕留め……」

 

「……ドケッ!」

 

「きゃあっ!」

 

 丑泉が愛を突き飛ばし、その場から姿を消す。

 

「愛! 大丈夫か!」

 

「へ、平気よ……それよりも……」

 

「! 隊長! 武枝隊長も!」

 

 勇次と愛はその場に崩れ落ちている御剣と御盾の元に駆け寄る。

 

「うぐっ……」

 

「こ、こんな凍った状態に⁉ ど、どうすれば良いんだ⁉」

 

 勇次が御剣を抱き起す。御剣がゆっくりと口を開く。

 

「……人肌の温もりで溶かせる」

 

「! わ、分かりました。文字通り、ひと肌脱がせて貰います!」

 

 躊躇なく隊服を脱ぎ始める勇次を見て、御剣は慌てる。

 

「じょ、冗談だ! 大たわけもの‼」



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第13話(4) 天守の決戦

 御剣の傷を愛が治癒している途中で御剣が刀を杖代わりにして立ち上がる。

 

「ま、まだ途中なのですが……」

 

「いや、もう十分だ、ありがとう」

 

「そ、そうですか、では武枝隊長の治癒を……」

 

「無用じゃ」

 

 御盾は地面に大の字になりながら答える。愛が戸惑う。

 

「し、しかし、大分消耗されているように見受けられます……」

 

「此方は自分で回復出来る。恋夏……山牙の奴めもこちらに向かってくるだろう。ここでしばらく休んで、奴と合流してから追い付く」

 

「回復ならば、私でもいくらかお役に立てますが……」

 

「其方も力を消耗するであろう。悪いことは言わん。自分の為に取っておけ」

 

「は、はあ……」

 

 御剣が愛と勇次に声を掛ける。

 

「では、先に向かうぞ」

 

「は、はい……」

 

「了解しました」

 

 御剣は刀を鞘に納めると、すぐに走り出す。

 

「た、隊長!」

 

「無理はなさらないで下さい!」

 

 勇次と愛が慌てて追いかける。本丸までたどり着くと、御剣は忌々しげに建物を見上げる。後に続いてきた勇次が尋ねる。

 

「どうかしたんですか?」

 

「元々、天守など無い城だったというのに、趣味の悪いものを造りおって……」

 

「城と言えば、天守の一つも無くては締まらないだろう?」

 

 実継が天守の欄干に姿を現す。

 

「兄さん!」

 

「実際には存在しなかったとされるものを築造して悦に入るのか、滑稽なことだ」

 

「個人の趣味さ」

 

「悪趣味だな」

 

 御剣は実継の言葉を切って捨てる。実継は苦笑する。

 

「そうやって安っぽい挑発をして、冷静さを失わせようとしても無駄だよ。もう少し実のある話をしようじゃないか。まあ、ここまで辿り着けるとは思わなかったけど」

 

「……干支妖も貴様の差し金か?」

 

「奴らは災害のようなものだよ、とてもじゃないが完璧にコントロールすることなど出来ない。多少の誘導は出来たけどね」

 

「勇次を妖絶講に導いたのは?」

 

「彼に鬼の半妖の血が流れていることには気づいていたのだが、それを覚醒させる為の有効な手段がなかなか見つからなくてね。やや荒療治だとは思ったが、思い切ってそちらに預けてみることにした……思った以上の成果が出たね」

 

「姉ちゃんに何をしたんだ⁉」

 

 勇次が問い掛ける。実継は大袈裟に両手を広げて首を振る。

 

「特別なことは何もしていないよ、彼女がある時、夜叉の半妖として目覚め、都合の良いことに私の手駒となった……ただそれだけのことだよ。幸運だったね」

 

「幸運?」

 

「そう、私の理想に近づくことが出来たからさ」

 

「理想とはなんだ? 半妖どもを従えて、何を企む?」

 

 御剣が刀に手を掛けて問う。

 

「生き物と妖……その両方の血を持つ半妖こそ、この世で最も崇高なる存在だ、世を統べるに相応しい存在だと言えるだろう。そんな世界をこの目で見てみたいんだ」

 

「その為に世の平穏を乱し、人に仇なすというのか?」

 

「少し違うね……世を正し、人を排する……そういう考えだ」

 

「その上に貴様が立つと?」

 

「それも少し違う、私は導き手の一つになりたいんだ」

 

「……ちょっと待って」

 

 愛がゆっくりと前に進み出る。

 

「愛……」

 

「勇次君の力を目覚めさせる為に彼を危険に晒したの?」

 

「ふむ……端的に言えばそうなるね」

 

 実継が顎に手をやりながら頷く。

 

「私も殺そうとしたわよね?」

 

「ああ、影憑きの件か? あれは成り行き上としてはそうなったね」

 

「……母さんも操って、その手を血で汚した!」

 

「ちょうど良い駒が無かったものでね」

 

「手駒だ駒だって……人のことをなんだと思っているの⁉」

 

「排すべき存在だと思っているよ」

 

「……! 隊長!」

 

 愛が実継を指差して叫ぶ。

 

「危険思想の持ち主です! 根絶対象とすべきかと!」

 

「全面的に同意だ!」

 

 御剣が刀の鯉口を切り、実継に飛び掛かろうとする。

 

「上杉山御剣……宿り給へ」

 

「⁉ くっ!」

 

 実継が形代を投げつけると、四体の御剣が現れ、御剣本人に襲いかかる。御剣は戸惑いながら、その攻撃をなんとか受ける。実継は笑う。

 

「ははっ! 名うての剣士殿は自らの分身相手にどう戦うかな?」

 

「隊長!」

 

「私のことは良い! 奴をやれ!」

 

「了解! 喰らえ―――⁉」

 

 勇次が実継に向かって飛び掛かり、金棒を勢い良く振り下ろすが、その寸前で夜叉の半妖、鬼ヶ島一美が鎌で受け止める。

 

「姉ちゃん⁉」

 

「離れなさい……!」

 

「ちっ!」

 

 一美の鎌によって押し返され、勇次は着地する。実継は愉快そうな声を上げる。

 

「こちらは世にも珍しい夜叉の半妖と鬼の半妖の戦いか! しかも姉弟同士の骨肉の争いだ、まず滅多に見られない光景だな!」

 

「……黙りなさい」

 

「うん?」

 

「黙れと言っている!」

 

 愛が形代を手に実継を睨みつけながら叫ぶ。

 

「ふん、来るか、愛! 良いだろう、相手をしてやる!」

 

 

 

「ぐうっ!」

 

 天守の真下で御剣は四体の御剣に四方を囲まれ、苦渋の表情を浮かべる。

 

「敵に回すと、この上も無く厄介だな、私!」

 

 前方の御剣の振り下ろした刀を躱し、後方の御剣の刀を背中越しで受け止め、右方の御剣が下段に繰り出した刀を飛んで躱し、左方の御剣の刀をブーツの裏で受け流す。

 

「やれば出来るな、私! その一方で味方との連携は今一つだな、私!」

 

 御剣は自賛と自省を同時に行う。そして、攻撃の反動を利用し、空中に高く舞う。

 

(修練や研鑚とは突き詰めれば自分自身との戦いだ……自己を乗り越えることによって、より高みへと登れる。今この状況はこの上もない好機とも言える! だが!)

 

 御剣は四体の御剣を見下ろしながら叫ぶ。

 

「だらだらと長引かせている暇は無い!」

 

 御剣は降下しながら刀を構える。

 

「上杉山流秘奥義、『凍剣円舞』‼」

 

 御剣は円を描くように刀を振るう。四体の御剣は一瞬にして凍りつく。

 

 

 

「くうっ!」

 

 天守の欄干の下に位置する屋根で、勇次は一美の攻撃をなんとか躱す。

 

(鎌の太刀筋が鋭い! 躱すので精一杯だ! こちらから攻撃する隙が無い! 俺よりも半妖としての覚醒度合いが違うってことか⁉)

 

 勇次は内心舌打ちをする。そこに御剣が下から声を掛ける。

 

「怯むな、勇次!」

 

「隊長⁉」

 

「貴様も少なからず修羅場を潜り抜けているはずだ! それを思い出せ!」

 

(そ、そうだ……俺だって!)

 

 勇次は妖絶講隊員としての日々に思いを馳せる。顔を埋めた時の千景の豊満な胸、(今にして思えば)スカートに潜り込んだ時の万夜の程よい肉付きの太もも、押し倒した時の億葉の華奢な体、風呂場で鉢合わせしてしまった時の愛の半裸、邪粘に覆われた際の御剣のよく引き締まっていて、それでいて出る所はしっかりと出ている体……。

 

(ロクな思い出が無えな、俺! いや、ある意味良い思い出なのか?)

 

 勇次は首をブンブンと左右に振る。すると一美が鎌を振ろうとしていた。

 

「やべえ! ええい、煩悩退散!」

 

「⁉」

 

 半ばやけくそになった勇次が金棒で足元を叩くと、周囲の瓦が崩れ、一美がバランスを失って、体勢を崩す。

 

「おおっ! 今だ!」

 

 勇次が金棒で一美の腹を突く。

 

「かはっ……!」

 

 攻撃を喰らいながらも反撃しようとする一美に対し、勇次の反応が遅れる。

 

「ちぃっ!」

 

「そこまでだ」

 

「ぐっ!」

 

 一美の背後に回った御剣がその首筋に手刀を入れる。気を失って倒れ込む一美を勇次が慌てて抱き抱える。

 

 

 

 天守の中で、愛と実継が相対する。愛が語りかける。

 

「……大人しく投降して下さい」

 

「ほう、怒り心頭かと思ったが、まだ情は残っているか」

 

「それは……兄妹ですから」

 

「生憎、私はお前に対して愛情は無いよ」

 

「えっ……」

 

「兄もお前も嫌いだったんだよ! ことある毎にこれ見よがしに自分の神力の高さを見せつけやがって! 私にどうしようもない劣等感を植え付けた!」

 

「そ、そんなつもりは……」

 

「苦労の末、私はお前よりも高い神力を有するに至った! 上杉山御剣、宿り給へ!」

 

 実継は四体の御剣を出現させる。愛が驚く。

 

「⁉ そんなに続け様に形代を具現化するなんて!」

 

「尊敬する隊長の剣でくたばるが良い!」

 

「……丑泉、宿り給へ!」

 

「なんだと⁉」

 

 愛は四体の丑泉を同時に出現させる。丑泉の急襲により、四体の御剣は消滅する。

 

「はあ……はあ……」

 

「そんな……干支妖を具現化するだと……?」

 

「先程、言葉をかわしましたので……」

 

 愛は膝を突く。すると、四体の丑泉は紙切れと化す。実継は笑みを浮かべる。

 

「ふははっ! 流石のお前でも、干支妖を四体同時に具現化させるのは無謀だったな!」

 

「くっ……ただ、それは貴方も同じでは?」

 

「まだだ! 上杉山御剣、力を貸し給へ!」

 

 実継は形代を体に貼りつけると、壁に掛かっていた刀を手に取る。

 

「!」

 

「お前は私直々に始末してやる!」

 

 実継は刀を鞘から抜き、愛に向かって振り下ろす。

 

「貸しても良いとは言っていない……」

 

「なっ……!」

 

「隊長!」

 

 御剣が刀を一振りして、実継の体を斬り付ける。

 

「ぐぬっ……」

 

 実継は刀を落とし、膝を突く。御剣は冷静に告げる。

 

「大体構えからしてなっていないぞ、それではどうせ私の力を活かせないだろう」

 

「き、貴様っ……!」

 

「喜べ、手加減をしてやったぞ、本当は首を刎ねて終いにしたかったが、貴様には色々と聞きたいことがあるのでな……」

 

 御剣は刀の刃先を実継に向ける。実継は傷を抑えながら、憎憎しげに叫ぶ。

 

「隊員の肉親に対して容赦なく刀を振るとは……!」

 

「はっ、一体どの口が言うのか……それに少しばかり調べが甘いぞ」

 

「?」

 

「妖絶士としての私の生き様を知らないのか?」

 

「生き様だと?」

 

「そうだ、私……上杉山御剣は躊躇しない!」



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ひとまずのおわり

                 終

 

「ふ~ん、御剣っちからの報告書と併せて大体のことは分かったわ」

 

 御盾の通信での報告に画面上の雅は頷く。御盾は俯きながら呟く。

 

「すみません、干支妖は一体とり逃してしまいました……」

 

「これまで千年近くも封印することが精一杯だったんだし、そう気にすることは無いわよ。一体倒しただけでも上々だわ」

 

「……」

 

「なにか気になることでも?」

 

「いえ、曲江実継が形成したと思われる狭世は奴自身によって崩されてしまいました」

 

「よく逃げられたわよね~下手したら、本当に世の狭間に落ちてっちゃったかもしれないんだから。間一髪だったわね、御盾ちゃん」

 

「宿敵……上杉山管区長が拾って下さいましたので……此方と山牙だけでは到底無理だったでしょう。全く不甲斐ない話です」

 

「まあまあ、そういう時は助けあいよ。あまり気に病まないの。貴女はよくやったわ」

 

「……ありがとうございます」

 

 御盾は頭を下げる。

 

「それで? 気になることは?」

 

「はい。狭世が発生していた跡地を探査していたのですが……上杉山管区長が凍らせた干支妖の骸は一応確認出来ました。ただ、天狗の半妖の方が……」

 

「大体の場合において、妖は霧消したりするものだけど……」

 

「それでも消失跡というものは感知することが出来ます。妖力の高い者ならば尚更です」

 

「成程、それはひょっとしたら面倒かもね……」

 

 雅は両手で頬杖を突く。

 

 

 

「ぐっ……」

 

「やっとお目覚めかい?」

 

 とある山の中で天狗の半妖が目覚めると、白いスーツ姿の男が覗き込む。

 

「狂骨か……寝覚めにてめえの顔は見たくねえな」

 

「狭間に落ちる所を助けてあげたのにあんまりな言い草じゃないかい?」

 

 狂骨は肩を竦める。天狗の半妖は体を起こして尋ねる。

 

「あの御方は?」

 

「それをこれから確かめに行こうと思ってね。移動は君がいた方が便利だからさ」

 

「俺は足代わりかよ……まあいい、借りは返す」

 

「それじゃあ宜しく頼むよ、烏丸君」

 

「その名で呼ぶな……」

 

 烏丸と呼ばれた天狗の半妖は狂骨を睨みつける。

 

「はいはい、失礼しましたっと」

 

 狂骨は首を竦め、帽子を目深に被り直す。

 

 

 

「おい、億葉! どこに行くつもりだ!」

 

 千景が億葉の背中をガシッと掴む。

 

「い、いいえ、決して旦那様の所にお義姉さまのことでお見舞い申し上げて、旦那様の好感度ポイントをたんまり稼ごうなどとは思っていませんよ?」

 

「思ってんじゃねえか! 大体てめえの私物運びだろうが! なあ、黒岩⁉」

 

「黒駆です……」

 

 荷物の入った段ボールを運びながら、三尋が悲しげに呟く。

 

「で、ですから、その辺に適当に置いておいてもらえば、後の荷解きは時間の空いた時にでもやりますから……」

 

「せっかくこうしてアタシらが手伝ってやってんだ! 今やりやがれ!」

 

「ぐ、ぐえ……わ、分かりましたから首を絞めないで下さい……黒住さん、助けて……」

 

「黒駆です……」

 

 三尋は再度悲し気に呟く。

 

「全く何をやっているのやら……」

 

 そんな様子を見て、万夜が自室に私物を運び込みながら呆れる。

 

「副隊長、移転作業は順調そうだにゃ」

 

「ああ、又左さん。ええ、後は各員の私物を運び込めば、晴れて隊舎移転完了ですわ」

 

「流石は副隊長、見事な手腕だにゃ」

 

「ほほほっ、褒めても何も出ませんわよ……ところで、又左さんにちょっとお聞きしたいことがあるのですが?」

 

 万夜は荷物を置いて、又左に小声で尋ねる。

 

「どうしたのにゃ?」

 

「勇次様のお姉様は今どちらに?」

 

「……詳細は分からにゃいが、身体検査等も含めて、東京管区の方の医療施設でその身柄を預かっているそうにゃ」

 

「根絶対象にはなりませんの?」

 

「御剣……というか、星ノ条管区長が色々と根回しをしたみたいだから、そのあたりの心配は当面は無用だにゃ」

 

「そうなのですか……」

 

「ただ、弟の勇次でも面会はなかなか難しい状態そうだからにゃ~あの二人を出し抜いて自分だけお見舞いに行こうとしても無駄だということにゃ」

 

「そ、そんな卑怯なことは考えておりませんわ!」

 

 万夜は首を振って慌てて否定する。

 

 

 

「愛、改めて……申し訳なかった」

 

 新しくなった隊長室で御剣は愛に頭を下げる。

 

「そんな、頭を上げて下さい。次兄は……実継は大分妄執に憑りつかれていたようですから。それにまだあの人が死んだとはどうしても思えないのです……」

 

「……正直同感だ。身柄を拘束する前に逃すとはとんだ失態だ」

 

「愛、家にはどう説明するつもりなんだ?」

 

 勇次が愛に尋ねる。

 

「長兄には流石に伝えたわ。ただ、母さんにはどう言ったらいいか分からなくて……」

 

「だよな……」

 

「サイドビジネスとして友人の会社を手伝っていたみたいだから、その関係で長期出張をしていると伝えたわ。いつまでも誤魔化せるものではないと思うけど……」

 

「そうか……」

 

 自身の席に座った御剣が俯きがちに口を開く。

 

「話は変わるのだが……勇次、貴様はこれからどうする?」

 

「どうすると言いますと?」

 

「妖絶講に入った目的は姉上の行方を突き止めることだろう? とにもかくにも姉上は戻ってきた。貴様が妖絶士を続ける理由も無いのではないかと思ってな」

 

「ああ、そのことですか。勿論、続けますよ」

 

「そうか、続けるか……なにっ⁉」

 

 驚いた御剣が顔を上げる。

 

「そんなに驚くことですか?」

 

「危険が伴うんだぞ?」

 

「何を今更……折れかかった骨っていうじゃないですか」

 

「乗り掛かった舟ね……」

 

 横に立つ愛が小声で訂正する。

 

「億葉に頼んでこれも作ってもらったし!」

 

 勇次は御剣の机に大きな黒いケースをドカッと置く。御剣が訝しげに尋ねる。

 

「……さっきから気にはなっていたのだが……なんだこれは?」

 

「金棒ケースです! これで学校でもどこでも金棒を持ち歩けますよ!」

 

「! ふふっ、はははっ! ほ、本当に作ったのか⁉」

 

 御剣が声を上げて笑う。次の瞬間、隊長室に警報が鳴り響く。御剣が真顔に戻り叫ぶ。

 

「上杉山隊、出動だ!」

 

「「了解!」」

 

 走り出す御剣の後に勇次と愛が続く。

 

                  第一章~完~



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第二章
第14話(1) 妖退治だよ、全員集合!


                  壱

 

「ふむ……やっぱり思った通りにゃ」

 

「何が思った通りなんだよ、又左(またざ)

 

 黒髪短髪で精悍な体付きをした青年が、自分の前をてくてくと歩く、人の言葉を話す不思議な黒猫、又左に尋ねる。

 

「勇次、アレを見るにゃ」

 

 又左が首を振って山道の脇を指し示す。勇次と呼ばれた青年は視線をやって驚く。

 

「うおっ! な、なんだありゃ⁉」

 

 勇次が驚いたのも無理からぬ話である。一本足でピョンピョンと飛び跳ねる、一つ目の付いた傘が山の崖を下ったところにひしめいていたからである。

 

「あれはからかさ小僧という(あやかし)にゃ」

 

「聞いたことがあるし、見たことがあるな、まさか実在したとは……」

 

「フィクションだと思ったかにゃ?」

 

「……っていうか、あんなに数がいるのに、妖レーダーが反応しなかったぞ!」

 

 勇次は自分の手首を又左に向かって突き出す。そこには腕時計のようなものが巻かれている。

 

「それはまだ発生して間もないということにゃ」

 

「発生?」

 

「そう、妖の発現には何パターンかあるにゃ。あのからかさ小僧の場合は自然発生的に発現するというパターンだにゃ」

 

「そ、そういうものなのか……」

 

「からかさ小僧は梅雨の時期に現れることが多いにゃ。ここ新潟県では阿賀野市のこの地域で発生することがほぼお決まりにゃ」

 

「なんでだよ」

 

「さあ? 環境などが適しているんじゃにゃいか?」

 

 又左は首を傾げる。勇次が呆れ気味に呟く。

 

「細かいところが適当なんだよな……しかし、なんだか気が進まないな……」

 

「にゃんでにゃ?」

 

「発生して間もないっていうことはつまり赤ん坊みたいなもんだろう? いくら妖だって言ってもな……うおっ!」

 

 その時、勇次のレーダーが激しく振動を始めた。又左が冷静に告げる。

 

「そのレーダーが反応したということは、人間に対して悪意を持った妖が近くにいるということ……つまり、あのからかさ小僧たちは『根絶対象』にゃ」

 

「『根絶対象』ね……」

 

「そう、我々、妖を絶やす為の組織、妖絶講(ようぜつこう)の出番というわけにゃ」

 

「しかし、流石に数が多すぎないか? 四十体はいるぞ……」

 

「正確には五十体だにゃ」

 

「お、俺一人でやれってか?」

 

「一人頭十体なら余裕だろ!」

 

「⁉」

 

 通信機能も備えているレーダーから声がすると同時に、金髪のウルフカットで長身かつ豊満なスタイルの女性がからかさ小僧の群れに殴り込みをかける。

 

「オラオラッ!」

 

「千景!」

 

 千景と呼ばれた女性はメリケンサックをはめた拳と安全靴を履いた足を振り回し、からかさ小僧たちを圧倒する。千景の攻撃を受けたからかさ小僧は霧消する。

 

「どうだ!」

 

「どうだじゃファ……ありませんわ! ロクダン……独断専行は止めて下さる⁉」

 

 別の場所から黒髪ロングの女性が飛び出してくる。キッチリと揃えた前髪とキチンと着た制服と長いスカートが印象的な彼女は口に咥えていた棒付きの飴を舐めながら、もう片方の手で鞭を自由自在に振るい、からかさ小僧たちを撃退していく。

 

「万夜も来ていたのか! すまない、助かる!」

 

「ふふっ、妖絶士(ようぜつし)として当然の責務を果たしたまでですわ」

 

 勇次の声に万夜は長い髪をかき上げる。

 

「拙者もおります!」

 

 また別の場所からピンク髪の三つ編みで度の強そうな眼鏡を掛けた小柄なパンツスタイルの女の子が飛び出してきたかと思うと、背中に背負った大きなリュックサックから何かを取り出して投げつける。

 

「『一億個の発明! その108! 煩悩退散爆弾!』です!」

 

 爆弾は派手な爆発を起こし、周囲のからかさ小僧たちは爆散する。

 

「シ、シンプルに爆弾じゃねえか、それを108番目にする意味よ……と、とにかく億葉もきてくれたんだな!」

 

 勇次が声を掛けると、億葉と呼ばれた女の子は勇次の方に向かって笑顔でピースする。

 

「半分は削った! 後三十体にゃ!」

 

「お次は私が!」

 

「愛か⁉」

 

 またまた別の場所から今度は黒髪のポニーテールの女子が飛び出し、主に神事などで用いられる、人の形をした紙、形代を自身の胸に当てて叫ぶ。

 

「武枝御盾……お貸し給へ……『風林火山・火の構え・火炎』!」

 

 激しい炎が噴き出し、前方に立っていたからかさ小僧たちを燃やし尽くす。

 

「す、すげえな……あの人の技まで使えるのか……」

 

「一度話をした人の力はお借り出来るわ……こ、ここまで強力だと消耗激しいけど……」

 

 勇次の言葉に愛と呼ばれた女子はやや苦しそうに答える。

 

「よし! 後は俺に任せとけ!」

 

 勇次は背中に背負っていた大きな黒いケースから金棒を取り出すと、崖下に向かって勢いよくジャンプする。

 

「うおおおっ!」

 

 勇次は着地と同時に、金棒を力いっぱい横方向に振るう。金棒の直撃を受けた周囲のからかさ小僧たちが撃破される。

 

「よし! これで終わりだ!」

 

「勇次君、まだよ!」

 

「何⁉ ――上に飛んだのか⁉」

 

 愛の声に勇次は上を見上げると、上から降りてきたからかさ小僧が長い舌を伸ばして、勇次の手から金棒を掠め取る。

 

「しまっ……ぐっ!」

 

 からかさ小僧はすぐさま距離を詰めると、一本足で強烈な蹴りを勇次の腹に見舞う。予期せぬ攻撃を喰らった勇次はその場にうずくまってしまう。

 

「ぐはっ……」

 

「……」

 

 からかさ小僧は金棒を巻き付けた舌を振り上げる。

 

「マ、マズいにゃ! 誰か援護を!」

 

 又左が指示を飛ばし、周辺にいた愛たちが助けに向かおうとするが、それよりも早く、からかさ小僧は舌を振り下ろす。勇次は思わず目を瞑ってしまう。

 

「―――⁉」

 

 次の瞬間、勇次が目を開くと、白髪のミディアムボブでストレートの髪型をした女性が日本刀をからかさ小僧に突き立てていた。からかさ小僧は霧消し、女性が口を開く。

 

「最近、気の緩みが目立つぞ、鬼ヶ島勇次(おにがしまゆうじ)……」

 

「た、隊長……」

 

「この上杉山御剣(うえすぎやまみつるぎ)の隊の隊員がそんな調子では困るな……」

 

「す、すみません……」

 

「全員無事だな、それでは帰投する」

 

 御剣と名乗った女性は凛とした声で皆に告げる。



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