第6世界転生記 (ホリイ)
しおりを挟む

1話 まずは厄ネタから

 美しい少女がその太ももを惜しげもなくさらし、大きく足を上げていた。

 だがそれはあまりに鋭く、的確であり、彼女の正面に立っていた"角の生えた"大男の頭にヒットする。

 死を覚悟した大男だが、その目は驚きに見開かれる。

 彼女の非力そうな見た目にふさわしく、その上段蹴りには大した威力は備わっていなかったのだ。

 

(な、なんだ?なんでこいつに部下は皆殺しにされたんだ?)

 

 男のその疑問が最期の思考だった。

 刹那の次の瞬間、男の頭はスイカのように弾けたからだ。

 彼女の魔力が足をつたい、男の頭に流れたのだった。

 彼女、サザンカと呼ばれるシャドウランナー(裏の仕事人)はゆっくりとその足を下げた。

 すでに血まみれの彼女だが、その姿はあまりに美しい。

 アジア系のようだが、そのざんばらな頭髪と瞳は金色をしており、何らかの人種とのハーフであることを推察された。

 その服装は奇妙であり、一言でいうと着崩した和服だった。

 肩を惜しげもなくさらし、その肌には赤い花のタトゥーがそこかしこに刻まれている。

 そして、髪の隙間からわずかに覗く耳の先の尖りが、彼女が人間ではないということを示していた。

 

「あれ?」

 

 すると突然彼女は童女のような表情で呟きを漏らした。

 それまで冷酷にギャングを肉塊に変えていた様子とは大きな違いだった。

 

『サザンカ、落ち着きなさい。どうやらとんでもないことになったようね』

 

 その声にサザンカが後ろを振り向くと、まるでファンタジーの冒険者のような姿をした銀色の少女が、落ち着いた様子で彼女に声をかけていた。

 

「シロガネ?そ、そう。あなたはシロガネ…私の導師精霊。私はサザンカ、日本帝国から逃げてきたミスティックアデプト…。」

 

 そう言って、サザンカは自分の状況は必死に理解しようとしている。

 しかしなぜそんなことが必要なのか?

 

『そういう設定だったわね。それで、元の名前は思い出せる?』

 

 シロガネは腕を組んでサザンカに問いかけた。

 

「本名?大空 美月…いやそうじゃないわよね、プレイヤー名…思い出せない!」

 

 彼女は絞り出すように声を出すと、両手で頭を押さえた。

 サザンカの頭髪が血で汚れていくが、それを省みる余裕はない。

 それはそうだ、彼女は、正確には彼はたったさっきまでパソコンのアプリケーションで、シャドウランというTRPGのキャラクターを作成していたのだ。

 そして今、そのキャラクターの姿になり血溜まりの中にいる。

 彼は、人を殺すどころか喧嘩すらしたことがなかった。

 

『ふぅ、私はあなたのことを完全に理解しているからわかるけど、こんな現象が起きるなんてね。とりあえず今は体を拭いて家に帰りましょう。いつナイトエラント(民間警察企業)がやってくるかわからないわ。』

 

 サザンカは頷くことしかできなかった。

 

◎◎

 

 第6世界と呼ばれる世界がある。

 そこは21世紀の後半という未来世界だが、現実世界とは大きな違いがある。

 そこでは、覚醒とよばれる異常現象が起きているのだ。

 人間が、動植物が覚醒し、違うものになる。

 街にはエルフやオーク、ドワーフと呼ばれる種族が当たり前のように歩き、荒野には動物が覚醒したクリッターと呼ばれる危険な生き物が闊歩する。

 海を航行するタンカーはクラーケンの襲撃に怯え、飛行機すら安全ではない。

 そしてこの世界には、ドラゴンや精霊と呼ばれる上位存在すらいた。

 数代前のアメリカ大統領はグレートドラゴンが勤めていたほどだ。

 

「今は2075年…どうやら5版世界のようね。」

『そりゃあなた5版しかもってなかったもの。』

 

 シャドウランというTRPGは版を重ねた歴史のあるTRPGだ。

 本国であるアメリカでは6版まで出ていたが、日本語に訳された書籍は5版までだった。

 

『それよりあなた、シャワー浴びたら?』

 

 彼女たちは高級マンションと呼んでふさわしい場所にいた。

 彼女はライフスタイルを上流としていたのだ。

 それはかなりの生活費を要求するが、それだけの住環境を得ることが出来ていた。

 

「だ、だって私男なのよ?ちょっと悪いような…。」

『何バカなことを…自分の体じゃない。』

 

 それはそうだった。

 今のサザンカには第6世界における18年の人生の記憶が元のTRPGプレイヤーの記憶と融合していた。

 どちらが本来の人格かわからないほどだ。

 だから彼女が自分を男と呼ぶのは、正しく、そして間違っている。

 

「うーん、そうなのかしら。」

 

 そういうと彼女は、諦めたようにシャワーに向かおうとする。

 しかしその時、彼女のコムリンク(ようするにスマホ)がコール音を鳴らした。

 相手を見ると彼女のフィクサー(依頼人)だ。

 少々悪さをしすぎたギャングの一団の殲滅を彼女に依頼した男だ。

 この世界は国家よりもメガコーポと呼ばれる企業が世界を支配していた。

 企業の利益に手を出したものは、血の制裁を受ける。

 彼女はそれをアウトソーシングしていた。

 

『やあ、ミス。今日も見事な仕事ぶりだったね。おや?映像は無しかい?』

 

 そういうのはおそらく40代の細面のヒューマンだ。

 彼には色々と世話になっている。

 このマンションを紹介してくれたのも彼だ。

 その依頼を断ることはできなかった。

 

「これからシャワーを浴びるところなのよ。それより何かあったのかしら?仕事のあとに連絡してくるなんて珍しいわね。」

 

 実際そうだった。

 彼は余計な連絡をよこしてこない。

 愛想はいいが、あくまでビジネスライクだ。

 恩着せがましいところもなく、彼女はこの本名も知らないフィクサーを気に入っていた。

 

『おっと、シャワー上がりの君と画像越しで会話したがったが残念だ。まあ実は君に急ぎで依頼したい仕事があってね。』

 

「今から?とんでもなく急ね。」

 

 彼女は嫌な予感に襲われた。

 緊急の仕事なんてものは大体は厄ネタなのだ。

 そして今の彼女は自己認識に大きな問題を抱えていた。

 優先度をすべてAのプライムランナー(ようするにチート)として作った彼女には大きな資産がある。

 しばらくは精神安定のために仕事を休みたかった。

 

『とある研究所でね、バイオハザードが起きた。そこにいる連中をすべて破壊してほしい。企業は表沙汰にしたくないらしいんだ。』

 

「それ…数はどのくらいなの?私一人でカバーしきれるならいいんだけど」

 

 実際彼女はさっきのラン(仕事)を一人でこなしたが、それは相手が雑魚だったからだ。

 普通シャドウランニングは複数のランナーでチームを組んで行う。

 いつも同じチームでこなすランナーもいるが、大体はそのとき動けるものを即席のチームとすることが多かった。

 

『2人ほど仲間を用意したよ。アデプトとデッカーで、ふたりとも優れたランナーだ。まあ君よりは劣るだろうがね、信頼できる人材だよ。』

 

「ふう、しょうがないわね。場所を送ってくれる?シャワーを浴びたらすぐ向かうわ」

 

 フィクサーはふぅと息をついた。

 ひょっとしたら彼としては中々に困った事態だったのかもしれない。

 

『場所はレドモンドだ。詳細は送ったデータを見てくれ。』

 

「レドモンド!?そんなとこにある研究所って…。」

 

 レドモンドはシアトルで一番の危険地帯だ。

 原発事故の影響でまともな人間は住んでいない。

 いわゆるモヒカンがヒャッハーしているエリアだ。

 

『そこでは昆虫精霊の研究をしていた。急いでくれ、今は内部に閉じ込めてあるが、あれが外にでたら大惨事だ。』



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2話 仲間との出会い

『原因は不明だが、その研究所の人員はほぼ昆虫精霊に乗り移られたようだ。』

 

 サザンカの住居があるタコマ地区はシアトルの南西、くだんのレドモンド地区は北東だ。

 それなりの距離がある、彼女はマイカーであるGMCブルドックを走らせていた。

 スピードは遅いが、厚い装甲をもつバンで、小火器の銃弾などものともしない。

 この世界ではオートパイロットが一般的だったが、現実世界(ここもすでに現実なのだが)の意識が強く残っている彼女は自ら運転を行っていた。

 

「あんなものを研究するなんて頭がおかしいわね。」

『私もそう思う、だが一応研究所には対昆虫精霊用のガス兵器と、最終的に研究所ごと爆破するシステムが用意されている。依頼人は最悪それを起動してもかまわないとのことだ』

 

 昆虫精霊は人類の敵と言っていい存在だ。

 まず現世に顕現するために人間の肉体を必要とする。

 そして際限なく増えていくのだ、かつてそれらが市街に溢れた際は、戦術核が使用された。

 

『サザンカ、それを使ったほうがいいと思うぞ』

 

 助手席にちょこんと座ったシロガネがそう言う。

 導師精霊はもちろん昆虫精霊とは全く違う存在だ。

 気に入った覚醒者に取り憑き、加護と代償を与える。

 しかしそれが本当に精霊なのかは議論が行われていた。

 何しろ取り憑かれた覚醒者以外には一切認識がされないのだ。

 二重人格の一種なのでは?と考える研究者もいた。

 

「で、やっぱりそこはアレスの研究所なわけ?」

『それはノーコメントだ、わかってくれると思うが一切口外禁止で頼む。』

 

 アレス重工はトリプルSと呼ばれるこの世界のトップの大企業だ。

 前述の核を使用したこの企業は昆虫精霊について大いにやらかしていた。

 

「もうすぐ合流地点ね、それじゃ切るわよ?」

『ああ、すまない。シアトルでシカゴの二の舞が起きるのはごめんだ、君たちを信じているよ。』

 

 そう言ってフィクサーはコムリンクを切った。

 なんとなく車の周囲を見ると、街灯がゆっくり後ろに流れていく。

 

「転生していきなり昆虫精霊に核とか…ゲームマスターは相当のろくでなしね。」

『いるとすれば、ナイアルラトホテップ当たりか?』

 

 シロガネが言ったのはクトゥルフ神話TRPGに登場する邪神だ。

 人をもてあそぶのが大好きなやつだ。

 

「はあ、いくらそいつでも第6世界を丸々作るなんて無理だと思いたいわね…。」

 

 彼女は車を急がせた。

 

◎◎

 

「よう、あんたがサザンカか?いい車に乗ってるな。」

 

 集合地点には既に二人の人物が待っていた。

 一人はヒューマンの若い女性で、一人は巨大なトロールの男だった。

 彼は気さくに手を上げて挨拶をしてきた、恐らく彼がアデプト(魔力による身体能力強化者)だろう。

 その巨体は厚い脂肪に覆われていて一見鈍重そうだが、あれが突撃してきたならそれをいなすのは自分でも苦労するのは間違いない。

 

「ええ、エルフでミスティックアデプト(魔法を使えるアデプト)のサザンカよ。よろしくね」

「メイジがいるのは助かるな、俺はジェイムズと呼んでくれ。銃は使わんし、頭も悪い。だが敵の前に置いてくれりゃあ仕事はするぜ。」

 

 その言い方からすると恐らくかれはブローリングアデプトと呼ばれる存在だろう。

 銃万歳のこのアメリカでは珍しい存在だ。

 もっとも、トロールの拳はそこら辺のマグナムより遥かに危険な武器だ。

 実際彼は頼りになるだろう、そして"サザンカ"の記憶は彼の顔に見覚えが会った。

 

「貴方、もしかして武蔵山?」

 

 サザンカがそのしこ名を言うと、ジェイムズは額を押さえた。

 

「日本人ぽかったから嫌な予感はしたんだよな。まあそれは気づかないふりをしてくれ。」

 

 ジェイムズは認めたも同然だった。

 武蔵山は日本帝国の大相撲で数年前に活躍した外人力士だ。

 黒人としては久しぶりの横綱になるのは確実と呼ばれていた彼だが、18歳のときにゴブリナイゼーションが起きた。

 それは思春期のヒューマンが突然にオークやトロールに変異する現象である。

 日本の大相撲はヒューマン限定だった。

 サザンカは変異したその顔をマトリクスニュースで見た覚えが合ったのだ。

 

「あ、ごめん。私の方が失礼だったわね。今の会話は無しってことで。」

「そうしてくれると助かる。」

 

 どうやら彼はかなり頼りになる戦士のようだ。

 サザンカはその会話中、しゃがみこんでじっとARに没頭していたもうひとりの女性を見た。

 黒髪のショートカットで、背中にかわいらしいデザインのリュックを背負っている。

 一見するとそこらへんのティーンエイジャーにしか見えない。

 まあもっとも、スリングで吊るした傑作アサルトライフル、アレス・アルファが全てを台無しにしていたが。

 

「もうひとりはデッカーと聞いていたけど、貴女はサムライ?」

 

 サムライは人体改造を積みまくった戦士の隠語だ。

 サザンカはオーラ・リーディングの能力を持っていた。

 それによればこの女性はエッセンスがかけらほどしか感じられない。

 エッセンスは生きるものなら皆が持っているエネルギーで、肉体にサイバーを入れると減少する。

 ここまでエッセンスが減っているのは、サムライしかありえない。

 

「ん、兼業。デッキングもできるよ。ロータスって呼んで。」

 

 どうやらフィクサーは最高級の人材をよこしてくれたようだ。

 

『すばらしい戦士たちね。でもサザンカ、貴女以上の戦士はそうそういないわ。彼らを驚かしてあげなさい』

 

 シロガネが膨れた様子で言った。

 どうも彼女は彼らに感心していたサザンカにご機嫌斜めらしい。

 自分の相棒ひいきが激しいな、と彼女は思った。

 

「じゃあ行こうぜ、シアトルの危機だ。対応するのがたった3人ってのが馬鹿げてるけどよ。」

「施設のマップをコムリンクに送るね、確認して」

 

 どうやらロータスはずっと研究所のホストコンピュータにアタックをかけていたようだった。

 恐らく直結できる場所を見つけていたのだろう。

 サザンカがコムリンクに送られてきたデータを見るとそれはとても詳細なものだった。

 昆虫精霊のマザーがいるであろう場所の候補や、対昆虫精霊用兵器の保管場所がマークされている。

 腕がいいだけでなく、気も利くようだ。

 

『サザンカ、もうあいつ一人でいいんじゃないかなって言わせるのが目標よ』

「馬鹿じゃないの?」

 

 彼女はシロガネのセリフに首を振って呆れた。

 

◎◎

 

 侵入は地下の駐車場からだった。

 分厚い扉をフィクサーから預かっていた解除コードで開くとそこには3体の化け物が待機していた。

 

「本当に受肉してるわね…。」

 

 直立するゴキブリのような怪物が1体と、巨大なカマキリのようなのが2体だ。

 

「ロータス、弾は節約していいぜ。」

 

 そう言うとジェイムズは何の恐れもなく突進していった。

 すさまじい反応速度だ。

 神経増速を入れたサムライのロータスよりもさらに速い。

 一瞬で間合いを詰めると彼はカマを振り上げていたカマキリに強力なぶちかましを当てた。

 

 ゴギィン!

 

 すさまじい音が響くとカマキリは数mを吹き飛び、壁に当たって動かなくなる。

 息はあるようだが、あれでは恐らく立ち上がれまい。

 

「私も負けてられないわね。」

 

 サザンカは既に起動していた魔力収束具の支援を受けながら同じく突進した。

 さらには能力値増強『直観力』の魔法を使い、集中力で維持している。

 今の彼女はアサルトライフルのフルオートすらかわす自信があった。

 

「ハッ!」

 

 彼女の美しい脚が振り上げられ、巨大ゴキブリの頭部を狙う。

 サザンカの筋力は人並みで、その威力は大したことがない。

 だが蹴りはあくまで敵に触れるための触媒だ。

 本領は死神の手の魔法だ。

 これは接触という条件があるため、メイジが使うことはまずない。

 彼女のような身体能力を増強したミスティックアデプトが使う魔法だった。

 

「後一匹!」

 

 脚を通って流し込まれたF8の魔力が巨大ゴキブリの体内で暴れ、弾け飛んだ。

 チート存在である彼女は卓越した能力値で魔力を7にし、さらにF3の魔力収束具を結合している。

 この程度の昆虫精霊なら、彼女にとってはいつぞやのギャングと大差ない敵なのだ。

 シャーマン様式のメイジである彼女は魅力と意志力によって魔法の反動であるドレインに抵抗する。

 エルフであり、両方を高い水準で持つ彼女にとってそれは容易いことだった。

 

「ヒュ~、何だよその威力。むちゃくちゃじゃねえか。」

「ん、私マトリクスを見てるね。」

 

 ロータスは銃口を構えつつも、視覚をARに切り替えた。

 道はサザンカと、ジェイムズの巨体が塞いでいる。

 こちらの射線は通ってないし、向こうも自分を狙えないだろう。

 

 KISYAAA!

 

 カマキリが意味のわからない叫びを上げてジェイムズにカマを振り下ろす。

 それは命中したものの、彼のまとうアーマージャケットに弾かれ、全くの無傷のようだ。

 サザンカは一瞬ジェイムズが巨大な熊に見えた。

 ひょっとしたら彼は熊の導師精霊に憑かれているのかもしれない。

 

「よしよしいい子だ。」

 

 ジェイムズはそう無駄口を叩くと、カマキリの体をがっしりと掴んでそのまま放り投げた。

 その体は数mを飛行し、地面に勢いよく叩きつけられる。

 カマキリは2体並んで、重傷だ。

 そして彼らは傷のため立ち上がれない2体にトドメを刺した。

 

「まず、3体。この研究所にはどのくらい人がいたんだっけ?」

「30人以上はいたらしいが、全部やるのは少々面倒だな。隠れられても面倒だし例の自爆装置を使おうぜ」

 

 サザンカとジェイムズはそう方針について語る。

 しかしその時、ロータスが二人の間に割って入った。

 

「生き残りがいる、どうする?」

「え!?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3話 ダメージ抵抗35?直接魔法使うね…

 ロータスが二人に回してきた映像は施設の監視カメラだった。

 警備員風の男が1名と、研究員風の男が2名狭い詰め所と思しき場所に立てこもっている。

 その部屋の前にはかなりの数の昆虫精霊が密集していた。

 

「んー、まあ助けるか。」

「それは依頼に含まれていない、無視してもいいが?」

 

 ロータスはジェイムズの答えに反応してそう言った。

 実際それが普通なのだ。

 第6世界で人の命はあまりにも軽い。

 彼らを見捨てたところで非難するものなど誰もいない、サザンカはジェイムズが彼らを助けようと言ったことに驚いていた。

 

「ま、助けられるんなら助けてやりたいだろ。」

「助けた後のフォローはできないけど、まあ反対しないわ。」

 

 ジェイムズはサザンカの反応に嬉しそうにした。

 どうやら彼も救助を反対されると思っていたらしい。

 

「お、お前さん中々のお人好しじゃねえか、気が合うな。」

「それって自画自賛…いえこの場合は自分を馬鹿にしてるんじゃないの?」

 

 サザンカは呆れたように言う。

 彼女は現実世界の認識を強く持っていた。

 助けられるのなら助けたい。

 

「わかった、チームの方針に従う。それじゃあ、あの集団を何とかする算段を。」

 

 ロータスは特に何も感じなかったようだ、反対はしなかった。

 あとは実際どうやって助けるかだ。

 

「扉は厚そうね。私が範囲攻撃魔法を使うから、ロータス、あなたは一緒にその銃のグレネードを撃ち込んで頂戴。」

 

 サザンカの言葉にロータスがうなずく。

 彼女の銃の下部にはグレネードランチャーがマウントされていた。

 

「でかい音がしそうだな、よし、俺は集まってくる連中に備えよう。」

 

 作戦はスムーズに決まった。

 TRPGではここで30分以上かかることも珍しくない。

 サザンカは仲間たちを頼もしく思った。

 

◎◎

 

「た、助かったよ!感謝する」

 

 作戦はスムーズに進んだ。

 サザンカの放った酸の波の呪文は昆虫精霊たちを瀕死にし、ロータスのグレネードがそれにトドメを刺した。

 大きな音が響いたが、意外にも昆虫精霊たちは集まってこなかった。

 

「ああ、それは多分マザーを守っているんだろう。連中にとっては生命線だからな。」

 

 研究員の一人がそう言った。

 恐らく人体実験もしていたであろう人間だ、サザンカは思うところはあったが、何も言わないことにした。

 

「それで、君たちは俺達の抹殺を命令されているか?」

 

 それまで何も言わなかった警備員風のオークの男が緊張をにじませながら言った。

 その言葉を聞いて研究員の二人がピタリと固まる。

 サザンカはそういえばそういう指示があってもおかしくなかったな、と思った。

 企業はこの件を無かったことにしたかっただろうからだ。

 証人は残してはならない。

 

「いや、別にそういう命令はない。だからあんたらがここから逃げていっても邪魔はしねーぜ、だがあんたらは生き延びてもSINレスにならざるを得ないと思うが。」

 

 答えたのはジェイムズだった。

 SINとは、簡単に言えば国民番号のようなものだ。

 これによって国家や企業に管理されるが、無ければ人権がないものとして扱われる。

 シャドウランナーはほとんどが偽造のSINを所有していた。

 ちなみにチートのサザンカはR5の偽造SINを持っている。

 

「だろうな…、まあ命あっての物種だ。あんたらには感謝しかないよ。」

「マザーの位置はわかる?」

 

 オークの男にサザンカが聞いた。

 彼は少し考えた後話し始めた。

 

「おそらく管制室にいると思う。そこに自爆装置があるからな、壁は厚いが、実はそこに入る隠し通路がある。」

「ほんとに?ホストにそのデータはなかった。」

 

 ロータスの言葉にオークはうなずいた。

 

「ああ、デッカー対策にマップにも入ってないんだ。昆虫精霊どもも気づいてないと思う。君たちがそこに行くならその道を使うべきだ。」

 

 それは非常に貴重な情報だった。

 ゲームマスターがいるなら、第三者を救助した報酬として設定した情報なのだろう。

 

「ところで今更なんだが、この中に昆虫精霊はいないよな?」

 

 ジェイムズが今思いついたように言った。

 彼らは人間に擬態することもできるのだ。

 

「安心して、一番最初に霊視したわ。」

 

 サザンカはうなずいて答えた。

 研究員の二人は普通の人間であり、警備員のオークはまあまあのサイバーが入っていたが、昆虫精霊ではない。

 3人はびっくりしたようにサザンカを見つめる。

 そのことは考えていなかったのだろう。

 

「あ、ああそれと管制室には対昆虫精霊用のガス兵器の起動スイッチもある。そちらの女性がデッカーなら起動できるかもしれない。」

「それも隠されている?」

 

 ロータスの言葉にオークはうなずいた。

 

「同じ部屋に入れば操作できるはずだ。」

 

 サザンカは皆を見回して言った。

 

「OK作戦は決まったわね、管制室に突入したらコムリンクに連絡するから、あなた達はそのタイミングで脱出しなさい。」

 

◎◎

 

「テラフォーマーズのゴキブリ…。」

「なんだそりゃ?」

 

 マザーは非常に人間に近い姿態をしていた。

 だが人間であるはずがない、それは無機質な目で隠し通路から突入してきた3人を見つめた。

 そしてその周囲にいた昆虫精霊たちが3人に向かってくる。

 

「酸の波よ!」

 

 真っ先に動いたサザンカが強力な範囲魔法を放つ。

 それは昆虫精霊たちに大きなダメージを与えていたが、肝心のマザーはまるで痛痒を感じていないようだった。

 そしてマザーがすさまじいスピードで動くとジェイムズに殴りかかった、速い!

 

「ぐはっ!糞、やりやがる。」

 

 マザーの拳が深くジェイムズの腹にめり込んでいた。

 カマキリの刃すら無効化した彼が肉体的ダメージを受けているのがわかる。

 かなりの強敵だった。

 

「おらっ!」

 

 お返しとばかりにジェイムズが張り手を飛ばす、それはマザーの顔を大きく振動させるが、表情は一切変わらなかった。

 

『マークが付いた、ガスを出す。』

 

 ロータスが冷静な口調でサブボーカル・マイク(秘話通信システム)で仲間に声をかける。

 すると管制室の天井の通風孔から激しい勢いでガスが吹き出した。

 視界が微妙に悪くなる。

 

「これ人体に影響ないんでしょうね!」

「多分。」

 

 おそらくそれは効果があったようだ。

 酸の波で瀕死だった昆虫精霊は動かなくなり、マザーもわずかに動きが遅くなった。

 

「いける!喰らえ!」

 

 サザンカはそう叫ぶとマザーに前蹴りを叩き込んだ、そして魔力を解き放つ、だが!

 

「耐えた!?」

 

 マザーは爆発する魔力に耐えてみせたのだ。

 ダメージは入ったようだが、恐らく僅かだ。

 そして今度はその拳でサザンカを狙う。

 彼女はギリギリでそれをかわした、ガスがなければかわせなかっただろう。

 

「時間はかかるが、いけるか!」

 

 ジェイムズは本気のぶちかましをマザーの背後からかました。

 さしものマザーも吹き飛ぶ。

 だがこれもダメージが小さい、あまりに硬すぎる。

 

『ダメージ抵抗が30以上ありそうね。』

 

 サザンカの視界の端でシロガネが呆れていた。

 だがその時、全員にとって予想外のことが起きる。

 

『自爆装置が起動しました、自爆装置が起動しました。3分以内に脱出してください』

 

 ジェイムズがその放送に目を剥く。

 

「確認。作動している、停止不能。」

 

 ロータスがそんな状態でさえ冷静に言う。

 その時全員のコムリンクに連絡が入った。

 それはさきほどの警備員のオークだった。

 

『すまんな、俺が生きてることを知られたくなかった。自爆装置は詰め所からでも起動できたんだ。あんたらに感謝しているが、そこで死んでくれ。』

「シット!」

 

 ジェイムズが叫ぶ。

 映像を見るとオークの男の後ろでは研究員二人が頭を撃ち抜かれて死んでいた。

 連絡はすぐに切れる。

 

「いいでしょう。」

 

 絶体絶命の危機だが、サザンカは何か楽しくなってきている自分に気づいた。

 これは決してサザンカの感情ではない。

 間違いなく、プレイヤーだった、彼は危機を楽しんでいる。

 現実世界に生きていた彼は、あまりに異常な精神をしていた。

 

「ダメージ抵抗が高いなら、これでどう!?」

 

 サザンカは飛び上がると見事な飛び蹴りを放った。

 そして放つのは粉砕の魔法。

 それはダメージ抵抗を無視して直接ダメージを叩き込む魔法だ。

 彼女はそれをF12で放った。

 それは彼女の魔力を超えている。

 サザンカの体から鮮血がほとばしる。

 

「エッジ!」

 

 意味があるかわからないが彼女は叫んだ。

 エッジは運命力ともいうべきものだ。

 そして、彼女はF12が万全にヒットしたことを悟った。

 

◎◎

 

「なんとか間に合ったわね。」

「ああ、しかしこいつは誰がヤッたんだ?」

 

 爆発する研究所の外で、オークの男が死んでいた。

 苦しそうな顔だ、恐らく窒息死したのだろう。

 

『私だよ、トロールの戦士殿。』

 

 そう言って現れたのは、透明な大気の精霊だった。

 彼には、対象を包み込む能力がある。

 

「あー、そういやあんたメイジなのに精霊呼んでなかったな。」

 

 ジェイムズは納得いったように言った。

 メイジの力の一つは勿論魔法だが、精霊を呼び使役するのも重要な能力だった。

 精霊は様々な能力を持ち、そしてシンプルに強い。

 

『マスターの命令で陽動を行っていたが、その男が敵対したようなのでな。始末させてもらった。』

「最初から教えてほしかった」

 

 ロータスが拗ねたように言った。

 初めて彼女が見せた表情にサザンカは笑った。

 

『いい笑顔ね、行動指針が決まった?』

 

 シロガネがサザンカに問いかけた。

 彼女は頭の中でそれに答える。

 

『ええ、この世界を、楽しむわ。』

 

 シロガネも笑う。

 しかし彼女は釘を刺した。

 

『でもF12なんて使っちゃったから大変よ、ドラゴンに目をつけられないといいわね。』

「そ、それはまずい…。」

「何がだ?」

 

 二人の会話が聞こえないジェイムズが不思議そうに聞いた。

 サザンカはそれに答えず皆に話しかける。

 

「とりあえず依頼完了!さっさと帰りましょう!」

「ん、帰るまでがシャドウラン。気をつけて帰ろう。」

「OK、じゃまたどこかで会おうぜ」

 

 昇ってくる太陽を見つめるサザンカの顔は、とても楽しそうだった。 

 




R…レーティング、高いとすごい。
F…フォース、高いとすごい。F12?世界に目をつけられるレベル。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4話 ヨタカは今も歌う1@GMこめぶくろ

本話はこめぶくろGMのセッションを、GMと参加PLに許可を取り、テキスト化したものです。
なおキャラクターはオリジナルキャラクターとなっています。
未通過注意


 昆虫精霊の件から一週間ほどたっていた。

 その間サザンカは今まで何の興味も抱いていなかったマトリクスゲームのアカウントを作ったり、友人の頭のおかしいガンスリンガーアデプトと服を買いに遊びに行くなど、前言の通りこの世界を楽しんでいた。

 だが馴染みのフィクサーから誘いがかかったのだ。

 

「やあ、ミス来てくれて嬉しいよ。」

 

 そう言うのはバーウィックのスーツに身を包んだ白人の40代の男だった。

 シアトルのダウンタウン地区のレストランの前だ。

 サザンカはいつもの崩れた和服ではなく、カジュアルなドレスに身を包んでいた。

 肩から見える桜のタトゥーが、エキゾチックな美しさをかもしだしている。

 

『まるでデートね。』

 

 茶化したようにシロガネが言う。

 彼女の姿はいつも変わらない。

 プレートアーマーを身にまとい、背中にはグレートソードを背負っていた。

 彼女はドラゴンスレイヤーの導師精霊なのだ。

 いつも彼女に英雄として相応しい立ち居振る舞いを求めてくる。

 仕方なくサザンカはドレスコードを守っていた。

 

『残念ながら、デートと言うには人数が多いけどね。』

「よお、サザンカ。久しぶりだ。」

 

 そこには金髪の黒人のトロールも待っていた。

 信じられないことに彼はアロハシャツを着ている。

 ドレスコードなど全くの無視だ。

 

「あなた、日本じゃそれなりにいいところに出席してたんじゃないの…?」

「ふーむ、なぜか日本じゃこの格好だと喜ばれたんだが。なんでも偉大なセキトリがアロハシャツを好んでいたとか。」

 

 楽しげに会話する二人をやっかんだわけではないだろうが、フィクサー、ミスタースミスが会話に割って入った。

 

「店の予約はすんである。立ち話もなんだ、入ろうじゃないか。」

「まだ全員来てないみたいだが?」

 

 ジェイムズの疑問にスミスは何も気にしてないように言った。

 

「ロータスは自由人だからね、気にしなくても大丈夫だ。それよりホストをまたせちゃいけない。」

「あれ、貴方がホストじゃないの?」

 

 サザンカは驚いた。

 てっきりこのフィクサーが依頼人だと思ったのだ。

 

「実は私も呼ばれた一人でね。雲を掴むような依頼なんだ、Mr.ジョンソンが中で待っている。」

 

 Mr.ジョンソンはれっきとした企業人、つまりカンパニーマンの隠語だ。

 普通はフィクサーが間に入って彼らの依頼をランナーに降ろす。

 カンパニーマンにはランナーと会いたがらないものも多いのだ。

 

「どこのジョンソンかは聞かないでくれよ?だがまあ、ちゃんと信頼できる人物だ。おかしな依頼ではないはずだよ。」

 

 サザンカはスミスの言いぶりに嫌な予感を受けた。

 はず…?

 だがまあ彼女は人生を楽しむと決めたのだ。

 ここで引き返すはずもなかった。

 

◎◎

 

「まあまずは食べてくれ、ここのイタリアンは中々行けるんだ。」

 

 ジョンソンは中々忍耐の強い人物らしかった。

 集められた4人のうち2人はドレスコード無視だ。

 ロータスなど早々にドッグイートを始めている。

 

「あー、チョコレートは入ってないよな。実はアレルギーなんだ。」

 

 しかしジェイムズはそう言いながらもナイフとフォークを扱う手はなめらかだ。

 彼は日本でセキトリの地位にあった。

 彼らは強さだけでなく、マナーも要求されるから当然なのかもしれない。

 フェイス(交渉役)であるスミスはもちろん見事な対応をしている。

 サザンカはエルフとしても最高の魅力値と、対人技能グループを取得していたことから、エチケットは完璧だった。

 

「素晴らしいですな、この仔牛は。」

 

 スミスがあからさまなおべっかを使う。

 しかしそれでも上等なスーツを着たアングロサクソンのアゴのごついジョンソンはご機嫌になったようだった。

 

「このワインもどうだい、60年ものだ。」

 

 ジョンソンはそういって店員にワインのコルクを開けさせる。

 サザンカはおいおい仕事の話をするんじゃないのかと思ったが、それを止めるものはいなかった。

 そんな和やかな会食が続く中、突然何気なくジョンソンが話しだした。

 

「フチ電子工業を知っているかね?」

 

 それに一番に反応したのは夢中で食事をしていたロータスだった。

 

「20年とちょっと前に崩壊したトリプルSのメガ・コーポ。エレクトロニクスが中核事業で今はネオネット、レンラク、シアワセに吸収された。」

 

 ジョンソンは満足そうにうなずいた。

 

「さすがデッカーは詳しい。あの頃は私も若かったが、中々ひどい状況を見せられた。」

「…そうですね、あの最期は見るに堪えませんでした。」

 

 サザンカはスミスの雰囲気が少し変わった気がした。

 なにか関係があるのか、もっともこの男のやることだ、これすらも演出かもしれない。  

 ジョンソンは目をつむると続けた。

 

「だが教訓は残った、それとちょっとした仕事のネタが今出てきたのさ。」

「(あー、サザンカ。)」

 

 するとジェイムズがサザンカの耳元で小さな声で話しかけてきた。

 

「(何?)」

「(俺あ、難しい話は苦手なんだ。後でかいつまんで教えてくれ。)」

「(…おーらい。)」

 

 ジョンソンはジェイムズの様子に気づいているのかいないのか、話を続けた。

 

「最近出た情報なのだがね、崩壊前のフチは内紛もひどかった。フチ・アメリカからフチ・ヨーロッパの工作員が重要な情報を盗み出していたらしい。」

「それは?」

 

 スミスの疑問にロータスも続きを促すようにジョンソンに視線を向ける。

 ジョンソンは見事にこの依頼の場を支配していた。

 

「旧フチの子会社が最近『サイバーN』というサイバーデッキを発売した。知っているかね?」

 

 ジョンソンは視線をロータスに向ける。

 彼女はよどみなく答えた。

 

「ん、マトリックス能力の切り替えや、一部ソフトウェアが使えないといった弱点はあるものの、非常に廉価でパワーのあるサイバーデッキ。正直私も買い替えを検討した。」

 

 ロータスは小声でその後に(今のデッキは頭の中に入れてあるから断念した。)と続けたのにサザンカは気づいた。

 

「そのとおり。フチ・ヨーロッパの工作員、通称『ナイトバード』が盗み出したのはそのサイバーNの欠点をフォローするデータらしい。」

「まさか…、つまり切り替えとソフトウェアが使えるように?」

 

 ロータスが驚いたように呟く。

 サザンカは知らないことだが、サイバーNは未訳のデッカー向けサプリである『キルコード』に記載されているデッキだった。

 

「ナイトバードは恐らくフチの解体のトラブルに巻き込まれたのだろう、結局フチ・ヨーロッパに帰還しなかった。今はどこにあるか不明のこのデータが手に入れば、素晴らしいと思わないかね?」

「なるほど、ミスターは大きな勝負に出たようですね。」

 

 スミスが感心したように呟いた。

 そしてジョンソンが続ける。

 

「そして見つかったデータはそれだけではない、ナイトバードのセーフハウスについての情報だ。我が社だけが掴んでいる情報だと思うが、他の2社もいつ動くかわからん。」

 

 そうジョンソンが言うということは、彼はフチを吸収した3社のうちのどれかに所属しているのだろう。

 

「そういうわけで君たちには情報を得て欲しい。報酬についてはミスタースミスと話がついている、いや、彼にはうまく言いくるめられたよ。」

 

 スミスはランナーに向けてウインクしてみせた。

 どうやらかなりの高報酬を確保したようだ、こういうことについては彼を信頼していいだろう。

 

「それと、気になることがある。」

「気になること?」

 

 サザンカの問にジョンソンは不機嫌そうに答えた。

 

「くだんのセーフハウスはオーバーン地区の南、イーナムクローにある。だがそこで最近殺人事件が起きた。」

「殺人なんて、いつもあちこちでおきてるけど?」

 

 ジョンソンはワインに口をつけて続けた。

 

「まあな、被害者はSINレスの娼婦。これだけなら何も気にすることはないが、被害者の衣服には血で文章が記されていた。内容は『ヨタカよ囀りを止めよ』だ。」

 

 意味がわからない、サザンカはそう思ったがそれに答えたのは意外にもジェイムズだった。

 

「ヨタカか、そりゃナイトバードの日本語だな。ついでに娼婦という意味もある。」

 

 ジョンソンは頷いた。

 

「そう、さすがMr.リキシだ。私はこれが他の2社の手のものの仕業ではないかと疑っているのだ。」

「確定はできませんがね、ひょっとしたら娼婦を殺したい…そう切り裂きジャックのような異常者かもしれない。」

 

 もちろんそうかもしれない、ジョンソンは頷くとワインを飲み干した。

 

「だが気をつけてくれたまえ、君たちは間違いなく凄腕だ。だが他のトリプルSが動いたとすれば、相手も只者のはずがない。」

 

 スミスとジェイムズは緊張に包まれたようだった。

 ロータスは興味深そうに聞いている、そしてサザンカは。

 

『楽しそうね。』

『もちろんよ。』

 

 

 その口元を、歪ませていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5話 ヨタカは今も歌う2

 ジョンソンからサイバーデッキを補強するデータを入手するという依頼を受けた翌日、サザンカたちチームはスミスがダウンタン地区のオフィスビルに用意したセーフハウスにいた。

 

「『スミス探偵事務所』?UCAS(分断されたアメリカの一つ)中で1000はありそうね。」

「HAHAHA、まあペーパーカンパニーだから問題ないよ。お客も来ることはない。」

 

 恐らく賃料も安いだろうビルだ、暗い通路の奥にその事務所はあった。

 しかし扉を開けてみるとアーバン風の室内は清潔に整えられており、居心地は悪く無さそうだ。

 サザンカはスミスが掃除する姿を想像して何かおかしくなった。

 

「ん、回線も悪くない。使っても?」

「もちろんだよロータス、頼りにしてる。」

 

 さて現地入り前のレッグワークの始まりだ。

 コンタクトを利用したり、マトリックスでの調査なのに『レッグ』と付くのはおかしい気もするが、ランナーたちはそう呼んでいた。

 

「調査項目は、そうね。フチの工作員ナイトバードについて、娼婦殺しについて、現地であるイーナムクローについて、と言ったとこかしら?」

「そうだね、ではナイトバードについては僕が調べよう。」

 

 サザンカの提案にスミスが答える。

 何かコネがあるのだろう。

 

「私は動いている企業について調べてみる。」

「へ~そいつはすげえや。頼むぜ、ロータス。」

 

 デッカーはマトリクス検索による情報収集の達人でもある。

 だが企業の動向を調べる、などと言い出すのは普通ではない。

 彼女の能力の高さゆえだろう。

 

「じゃああたしはイーナムクローについて調べてみるね、オーバーン地区なら知り合いのギャングがいる。」

 

 サザンカの提案にジェイムズが奇妙そうな顔をする。

 

「あそこにギャングなんていたか?金賀組のシマだと思ってたが。」

 

 それは事実だ、オーバーン地区の裏社会はヤクザに支配されている。

 

「ギャングというか、正確にはフーリガンとでも言えばいいのかしら。オーバーンカーディナルズの応援団のヘッドと知り合いなのよ。」

 

 オーバーンカーディナルズはそこを拠点とする野球チームだ。

 オーバーン地区ではスポーツが人気であり、スポーツバーがそこかしこにある。

 サザンカの話を聞いてジェイムズは石でも飲み込んでしまったような顔をする。

 

「それってまさかミルクのことか?とんでもねえのと知り合いだな。」

「友達よ、この前も一緒に買い物に行ったわ。というか貴方も知ってるの?」

 

 ミルクはサザンカのキャラメイクの際に設定したコンタクト(味方NPC)だ。

 普通のルールでは、その能力は一定の数値に制限されるが、彼女のコンタクトはルール無視で高いコネ値と忠誠値を持つ。

 

「シアトルのトロールで『マイクロビキニトロールズ』の頭を知らねえやつはいねえよ、いやトロール以外でもか?」

 

 それはカーディナルズお抱えの頭の痛い応援団だ。

 トロールの女性のみで構成されたその集団は金と、力があり、どこの試合にもついていく。

 そしてマイクロビキニを付けて蛮声を上げて応援するのだ。

 UCAS内でも野球好きなら知らないものはいないだろう。

 そのリーダーであるミルクのコネ値と忠誠値は6/6だった。

 サザンカのピンチなら自分の結婚式を放って駆けつけてくるレベルだ。

 前話でサザンカと一緒に服を買いに行った頭のおかしいガンスリンガーアデプトというのが彼女だった。

 

「ジェイムズ、君は何かするかい?」

 

 頭を抱えてうめきをあげるジェイムズにスミスは訊ねた。

 するとジェイムズは調子を取り戻し、ニヤリと笑うと室内に設置された冷蔵庫を開けると中からクラフトビールを取り出してその栓を親指で飛ばした。

 

「ここで皆を応援してるさ。」

「やくたたず。」

「はっはっは。」

 

 ジェイムズは悪びれない。

 そして彼らは行動を始めた。

 

◎◎

 

「やあサザンカ、連絡を入れてくれて嬉しいよ。また遊びの誘いかい?残念だけど今日はアウェーでね、シアトルにいないんだ。」

 

 コムリンクの映像の彼女はまだマイクロビキニを付けていなかった。

 どうやら今日はナイターのようだ。

 

「ごめんね、今日は仕事関係で調査をお願いしようと思ってかけたのよ。」

「おっとそうか、あまり危険なマネはするなよ。あんたはアタシの未来の花嫁なんだからね。」

 

 ミルクはバイセクシャルを公言している。

 サザンカに気があるようなのだ。

 

(忠誠値、高くしすぎたな…)

「それは毎度のごとくお断りするわ。今日はイーナムクローについて教えてほしいの。最近娼婦の殺人事件があった場所よ。」

 

 サザンカの説明を聞くと彼女が何かを調べている様子がした。

 恐らく殺人事件についてだろう、シアトルでは毎日のようにあちこち殺人が起きている。

「ああ、そこはイーナムクローのウェザービーストリートってとこね。景気の悪い場所よ、工場労働者の住むドヤ街で、特にどこかのシマにはなってないわ。旨味がないのね。」

 

 すると彼女が少し考え込む様子がした。

 

「殺しについてはアタシのツテにちょっと聞いてみるわ、少し時間をくれる?」

「もちろんよ、それで調査報酬はどうしようかしら?」

 

 サザンカがそう聞くとミルクが微笑んだ。

 

「100新円か私のほっぺにキスのどちらかで。」

「100新円払うわ。」

 

 つれないわねえ、そう悔しそうに言うとミルクは連絡を切った。

 

「調子はどうだい?」

 

 コムリンクから顔を離したサザンカの前にスミスがアイスコーヒーの入ったマグカップを置いてくれた。

 さすが気の利く男だ。

 周囲を見るとロータスはVRに入って集中している。

 ジェイムズはトリデオを見ながらポップコーンを口に入れていた、どうやら彼は本当に何もやる気が無いらしい。

 

「調査待ちといったところね。」

「ミス・ミルクの噂は聞いている、きっと彼女ならいい情報を掴んでくれるだろう。」

「そういうあなたは?」

 

 自分のコーヒーを飲むスミスにサザンカは訊ねてみた。

 すると彼は上手なウインクをする。

 

「君と同じで回答待ちだよ、まあ恐らくいい情報をくれるはずだ。」

 

 企業の工作員の情報などいったいどこから仕入れるのかしら、とサザンカはいぶかしんだ。

 ひょっとしたら彼はフォーマーカンパニーマン(元企業人)なのかもしれない。

 そうしてしばらくするとサザンカのコムリンクが彼女をコールする。

 ミルクだ。

 

「おまたせ。ちょっと貴女、これ普通の殺しじゃないわよ。」

「それはわかってるわ。」

 

 なにしろジョンソンの推測ではそれをやったのはトリプルSのどれかの可能性があるのだ。

 

「ふぅ、本当に気をつけなさいよ?殺されたのは通称『ホクロのメリッサ』30代後半のSINレスのヒューマンよ。当たり前だけどナイトエラントはまともな捜査をしてないわ。」

「そんなものでしょうね。」

 

 SINレスに人権はないのだ。

 

「死因は絞殺ね、でも首を単純にしめたんじゃなくて、これはギャロットね。綺麗に殺してるわ、プロの可能性があるわよ。」

 

 それは予想内だった。

 だがサザンカは緊張を感じた。

 

「第一発見者はストリートチルドレンみたいね、その後その辺の顔役が通報。そいつの情報はちょっとないわね、大した力を持ってるわけじゃなくて、ほんとにただの町内会長みたいな人物よ。」

「わかったわ。そいつは自力で調べてみる。」

 

 この情報は役に立ちそうだ。

 

「そして死体には『ヨタカよ囀りを止めよ』って血で文字が書いてあったそうよ。ヨタカは日本語で娼婦を意味するらしいわ。」

「ふーん、なんで日本語なのかしらね」

 

 それはなんとなくの疑問だった。

 だがミルクがそれに反応する。

 

「わからないけど、そのストリートでは日本人の用心棒がいるらしいわ。それと関係があるかもね。」

「へー、そいつの情報はわかる?」

「写真を送るわ。」

 

 さすがコネ値6だった、情報収集に隙がない。

 送られてきたデータを見ると、優男の日本人が写っていた。

 

「今の所こんなものね、もし追加情報があったら送るわ。」

「ありがとうミルク。恩に着る。」

「ふふ、じゃあシアトルに帰ったらまたデートに行きましょう。」

 

 サザンカはそれを断らなかった。

 忠誠値というのは双方向なのだ。

 彼女はミルクに強い親しみを感じていた。

 

◎◎

 

「ナイトバードについて調べてみたよ、フチ・ヨーロッパの工作員で、変装の達人だったらしい。ヒューマンの男で、今生きていれば50代後半と言ったところか。外見のデータも入手したが、おそらく同じ顔はしていないだろうね。」

 

 スミスがそう皆に報告する。

 まったくどうやってその情報を入手したのか。

 フチ・ヨーロッパは今はトリプルSの企業であるレンラク・コーポレーションに吸収されているはずだ。

 そこにコネがあるのだろうか。

 スミスの次はロータスが集めた情報を語る。

 

「サイバーN関連の動向について調べてみたけど、レンラクの動きが激しい。シアトルの事業所にレンラク・サムライの部隊が来ているよう。」

 

 それは重要な情報だった。

 レンラク・サムライはかのコーポレーションの実働部隊で、精鋭だった。

 

「競争相手はレンラクかしら。」

「その可能性は高いね。」

 

 スミスがうなずく。

 次はサザンカの番だ。

 

「あたしが調べたのはこんなところね。」

 

 そう言って彼女はミルクから得た情報と用心棒の画像を皆に見せた。

 なにしろ日本人だ、何か関係があるかもしれない。

 そのとき予想外の言葉がかかった。

 

「あれ、こいつマタじゃねえか。」

「え!?」

 

 それは用心棒の画像を覗き込んで言ったジェイムズだった。




7月5日はビキニの日だったのでビキニ出してみました


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6話 ヨタカは今も歌う3

 レッグワークの翌日、朝の10時、サザンカたちはウェザービーストリートにやってきた。

 サザンカのブルドッグをパーキングに駐める。

 その重装甲バンの内部には、ロータスの装備が積み込まれていたが、車上荒らしを警戒する必要はない。

 ジェイムズがオーバーン地区を支配するヤクザ、金賀組に話をつけてくれたのだ。

 この組に逆らうようなチンピラはいなかった。

 

「ひゅ~俺の住処と似た雰囲気のとこだな。」

「あなた、こんな下流に住んでるの。シャドウランで稼いでるんじゃないの?」

 

 ジェイムズのつぶやきにサザンカが疑問を呈した。

 実際前回の昆虫精霊騒ぎで、彼はかなりの大金を得ていたはずだ。

 そして、ブローリングアデプトである彼は銃を使うランナーと比べてランニングコストが低い。

 その体しか使わないからだ。

 

「まあ、ちょっと食わせてやらないといけない連中がいてな。」

 

 どうやら扶養家族の資質を持っているようだ。

 しかし意外だった、ひょっとしたら子沢山なのだろうか。

 トロールの子供がたくさんいるなら確かに生活費はすごそうだ。

 

「しかし、どうも嫌な感じだね。」

 

 スミスが眉をしかめてそうつぶやいた。

 サザンカはそれに同意だった。

 どうも、そこかしこから彼女たちを見つめる視線がある。

 それはどうやらプロの諜報員などでなく、ここの住民たちのようだった。

 ここはよそ者を嫌う土地のようだ。

 

「気にすんなよ、それより待ち合わせの喫茶店はこっちだ。早く行こうぜ。」

 

 サザンカたちはジェイムズに導かれて、移動を始める。

 彼女はジェイムズに気になることを聞いてみた。

 

「それにしても、貴方がヤクザとツテがあるなんて意外ね、悪く言うつもりはないんだけど、ヤクザってメタヒューマン嫌いじゃない?」

 

 正確にはヤクザがではなく、日本帝国という国がメタ嫌いなのだ。

 日本出身の記憶を持つエルフのサザンカは、それを骨身に染みて感じていた。

 

「あー、俺とツテのあるワカガシラは改革派でね。メタも内部に取り込もうとしてるんだよ。それで元関取の俺は都合が良かったんだろ、新年会とかによく呼ばれたんだ。」

 

 そんな事情があったのか、サザンカは頷いた。

 そしてジェイムズが続ける。

 

「そこでマタ、いや又三郎のやつと知り合ってね。あいつは金賀組の食客みたいな身分なのさ。」

 

 又三郎はここ、ウェザービーストリートの用心棒の日本人だ。

 ジェイムズと同じアデプトで、彼の知り合いだった。

 サザンカたちはジェイムズに渡りをつけてもらって、彼とこのストリートで会うことにしたのだ。

 

「ん、気をつけて。」

 

 その時、それまでずっと無口だったロータスが皆に警告した。

 

「どうしたの?」

「この先の待ち合わせの喫茶店、ミディアム・ドローンが2体いる。多分ニッサン・ドーベルマン。」

 

 ドローンとは自動、または操縦によって動く戦闘機械だ。

 ミディアムならアサルトライフルをマウントすることもできる。

 自動ならともかく、専門のドローン使い、リガーが操ったならばかなりの強敵になる。

 

「こちらは4人だからな、まあ少しぐらい警戒してんだろ。」

 

 しかしジェイムズは意に介さなかった。

 ノシノシと歩くと、古風な喫茶店の前に進み、無警戒にドアを開く。

 それはカランカランと音を立てた。

 

「ジェイムズ殿、お久しぶりだ。」

 

 店内にいた客は一人だった。

 情報として得ていた画像と一致する20代の日本人の男性ヒューマンで、腰にカタナを二本差して和服を身にまとっている。

 サザンカの着崩したそれとは違って、きっちりとした装いだ。

 ちなみにジェイムズはまたしてもアロハ、ロータスはいつものティーエイジャーのような服、スミスはスーツだった。

 恐らく全員が服の下にアーマーベストを着けている。

 これはアーマージャケットほどの防御力はないが、普通の衣服の下に装備することのできる便利な防具だった。

 

「よう、無理言っちまってすまねえな。」

 

 ジェイムズはマタの正面に座った。

 彼一人で椅子二つを占領している。

 他の3人は仕方なく別のテーブルに座った。

 

「それで、このストリートで起きた殺人事件について調べているとか?」

 

 マタの質問に答えたのは立ち上がったスミスだった。

 彼は探偵免許(恐らく偽造だ)を提示するとマタに話しかける。

 

「実はある筋から依頼を受けましてね。死体に書かれた文章が気になる方がいるのです。犯人を捕まえられればと思っています。」

 

 サザンカのチームは、ナイトバードのセーフハウスに既にフライスパイ(ロータスの操るミニマム・ドローン)を飛ばしていた。

 その結果は残念なものだった。

 その安アパートは散々に荒らされていたのだ。

 恐らくライバルが既に手を付けたのだろう。

 そこで娼婦を殺したライバルの調査から始めることにしたのだ。

 

「ふむ、事情があるのでしょうな、それは聞きたいところですが…。」

「申し訳ない、依頼主については守秘義務が。」

 

 スミスが本当に申し訳無さそうにそう言った。

 相変わらず口がうまい。

 するとマタはそれに納得したようにうなずいた。

 

「わかりました、それは聞かないでおきましょう。」

 

 彼は最初からサザンカたちに大して敵意のようなものは持っていなかった。

 ジェイムズのコネが効いたのだろう、そして用心棒ゆえこのストリートで再び殺人がおきるのを忌避しているのだ。

 犯人を探したいというスミスを受け入れる姿勢だった。

 だがその時ドローンが突然動くとマタの足に体当たりをした。

 

「えっと…、大丈夫?」

「まあ、説得いたしますゆえお気になさらず。」

 

 どうやらそのドローンには何者かがリギング(乗り移った状態)しているようだ。

 おそらくリガーだろう、彼(もしくは彼女)はマタの判断に異論があるようだ、何度もそれを繰り返す。

 

「このストリートの顔役の技師、ブドリ殿のところに案内いたしましょう。拙者は死体を見ておりませんが、彼がストリートチルドレンに伝えられて、ナイトエラントを呼んだのです。身寄りがないメリッサの遺品も預かっています。犯人を探すなら、まず彼と会うのがいいでしょう。」

 

 マタがそう言うと、ドローンの動きはより激しくなった。

 まあ、そのリガーにはサザンカたちに突っかかって来ないくらいの常識はあるようだ。

 

「ブドリ?」

 

 だがそれとは別に、サザンカは気になることがあった。

 

「それってグスコーブドリのブドリ?」

 

 サザンカはそう聞いてみた。

 グスコーブドリは宮沢賢治の著作、「グスコーブドリの伝記」の登場人物だ。

 優れた木こりで、火山の噴火を止めるために自分の命を犠牲にした。

 サザンカの言葉を聞いた又三郎は驚いたような顔をした。

 

「はあ、いや彼は生粋のアメリカ人だと思いますが、言われてみれば偶然ですな。拙者の名前も又三郎だ。」

 

 風の又三郎はグスコーブドリよりもメジャーな同じく宮沢賢治の著作だ。

 別に彼らは示し合わせてそう名乗っているわけではないようだ。

 

(これって、もしかしてゲームマスターのお遊びかしら)

 

 TRPGに限らず、フィクションでは登場人物の名前に関連性をもたせるのはよく行われる手法だ。

 ひょっとしたらこのウェザービーストリートの登場人物はすべて宮沢賢治関連の名前をしているのかもしれない。

 

「何の話なんだい?」

 

 不思議そうにスミスが言う。

 さすがに100年以上前の日本の作家についてまで彼は知らなかったようだ。

 

「いえ、又三郎さんと、ブドリさんの名前が偶然日本の同じ小説家の作品名だったのよ。」

「ほぉ、それは偶然だね。」

 

 スミスは少し考え込んだようだった。

 

(あっちゃ、ごめんねスミス。多分それに意味は無いと思う…。)

 

 そして又三郎が嫌そうに言った。

 

「そういえば宮沢賢治の著作にはよだかの星、というのもありましたな。ふむ、犯人は我々に何か言いたいことがあるのかもしれません…。」

 

 それは何とも悩ましい情報だった。

 サザンカはよだかの星という作品までは知らなかったが、もしそうならこれはウェザービーストリートへの攻撃という意味をもつ。

 彼女は念の為聞いてみた。

 

「貴方の知り合いに、よだかまたはヨタカという名前を持つ人は?」

「いませんな、いたら最優先で守らねばならんでしょう。」

 

 皆が思い悩む様子になっった。

 だがそれを止めたのはジェイムズだった。

 

「難しいことはいいからよお、とりあえずそのブドリさんに話を聞きに行こうぜ。」

 

 それは正しい判断だった、今思い悩んでも意味はない。

 

「ジェイムズ殿の言うとおりですな。」

 

 そうして、彼らは喫茶店を後にした。

 

◎◎

 

「とっ…父さん、銃!ダスティのとこの猟銃預かってるでしょ!」

 

 マタが案内してくれたのはこのドヤ街に相応しい、古い民家だった。

 一応ガレージがついていて、どうやら工房になっているようだった。

 

「ああ、あれはブドリ殿のご息女のイローナ殿です。」

 

 家からは女性の甲高い声が聞こえる。

 そして猟銃を構えた20代の女性が飛び出してきた。

 しかしその銃を構える様子はどう見ても素人だ、サザンカ一行はフェイスのスミスも含めて生暖かい目でそれを見た。

 

「ちょっと!マタ!なによそ者を案内しちゃってるわけ!?」

「わかりました、イローナ殿。あちらでお話しましょう。」

 

 そう言うとマタはイローナの腕をとって引っ張っていく。

 どうもかなり親しい関係のようだ、ひょっとしたら恋人なのかもしれない。

 

「ブドリ殿は工房におります、話せばわかる方です。ですが失礼なことはなさらぬように。」

「おー、わかった礼儀はしっかりするぜ。」

 

 マタの言葉にジェイムズが反応する。

 

「こんな時によそ者を招き入れてどうすんのよ!」

 

 マタはそう叫ぶイローナを説得しようとしているようだ。

 しかしサザンカは奇妙に思った。

 

(宮沢賢治関連でイローナってあったかしら?)

 

 しかし彼女はよだかの星という作品を知らなかった。

 ひょっとしたらあるのかもしれない。

 そう考えつつ彼女たちは工房に向かった。

 

◎◎

 

「…騒がしいこった。」

 

 サザンカたちを待っていたのは50代後半の男性のヒューマンだった。

 恐らく故障を起こしたのだろうソイ調理器をいじっている。

 苦労してきたのか、顔には深いシワがいくつも刻まれている。

 工房はジャンク品だらけで散らかっているが、機材は整備が行き届いており、彼の技師としての実力の高さを伺わせた。

 

「お、俺の使ってるのと同じ機種だ。」

「どうもはじめまして、スミス探偵事務所所長のスミスといいます。殺人事件を調べてまして。」

 

 ブドリは胡散臭そうにスミスを見ると、ソイ調理器をいじる手を止めて言った。

 

「ああ、マタのやつから聞いているよ。ふん、確かにナイトエラントの連中は動かねえ、仕方ねえ八方塞がりか…。」

 

 どうやら彼も殺人事件の解決を望んでいるようだ。

 サザンカたちに対して敵対的ではなかった。

 だが、予想もしない報告がロータスから全員に伝えられる。

 

『注意。』

『どうしました?ロータス。』

 

 ロータスはぎらぎらした目を工房の奥に向けていた。

 その視線を追うと、一台の、よくわからない筐体がガレージの隅にある。

 それは、サイバーデッキに見えた。

 恐らく自作で、それも古いものに見える。

 それは奇妙なことだった、サイバーデッキはとても高額な品物なのだ、こんな場末の工房にあるはずがない。

 ましてや、それを自作できる技師など企業に囲い込まれているはずだった。

 

『あのデッキ、サイバーNと酷似している。』

『なんですって?』

 

 それは、サザンカたちの依頼の目標物だった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7話 ヨタカは今も歌う4

『ねえ、これ依頼終わったってこと?』

 

 ブドリの工房で、サイバーNに非常によく似た筐体を見たサザンカはサブボーカルマイクでそう言った。

 彼の年齢は50代後半、ナイトバードに一致している。

 

『それは早計だよサザンカ。』

 

 しかしスミスがそれを制する。

 彼は常に冷静だった。

 

『ナイトバードは工作員で、技師じゃない。盗んだのもデータだ、彼にサイバーデッキを自作する能力はないだろうね。』

 

 まあ無関係とは思えないけどね…、そう続けると、スミスは何事もないようにブドリに話しかける。

 

「我々はある方の依頼で犯人を捕まえたいと思っています。あなたは被害者の遺品を預かったとか。それを見せていただいても?」

「ああ、あと犯人の心当たりとかねえかい?」

 

 スミスとジェイムズが続けざまに質問する。

 彼はまずジェイムズの問いに不機嫌そうに答えた。

 

「心当たりなんてあったら街の連中がリンチにしてるよ。」

 

 彼は安そうなタバコをくわえて火を付ける。

 

「若い娘が、ひどい話さ。事件以来街のモンが怪しい輩に目を光らせてるが、兄さんたち以外にそんな連中は一人も見当たらねえ。」

「なるほど、内部犯の可能性もあるってことか?」

 

 ブドリはジェイムズのその一言に眉をしかめた。

 

「おい、あんたら。聞かなかったことにしてやるから、ここ以外では滅多なことは言うんじゃねえぞ。」

『ジェイムズ、彼は街の中に犯人はいない、と思っている。合わせてくれ。』

 

 スミスがジェイムズに指示を出す。

 ジェイムズはうなずいてブドリに謝罪した。

 

「すまねえ、言い過ぎた。忠告感謝するぜ。」

 

 そしてブドリはガレージの奥に向かうと、収納から丁寧に保管した遺品を取り出して、作業台に広げてくれた。

 それはハンドバックと護身用のホールドアウトピストル、安物のコムリンクに化粧道具など何の変哲もないものだった。

 安い香水の香りがまだ残っている。

 

「ん…。」

 

 その時、遺品を見ていたロータスがなにかに反応した。

 品物を手に取るとその匂いを嗅ぐような仕草をする。

 

「コムリンクに何か?」

 

 サザンカがロータスに聞いたが彼女は首を振った。

 

「違う、昔よく嗅いだ匂いがする…これは汚染排水。下水の匂い。」

 

 サザンカは意外に思った。

 ロータスは高額なサイバーとバイオウェアを体に入れ、サイバーデッキまで保有している。

 彼女の体にはとんでもない大金がかかっているのだ、元企業の実働部隊辺りではないかと思っていた。

 

「ふむ、遺留品を見せてもらいましょう。サザンカ、オーラリーディングを頼めるかい?」

「ええ、もちろんよ。」

 

 そしてスミスはまるで警察の鑑識のように遺留品を確認しだした。

 ライトを当て、細かいところまで観察している。

 そしてサザンカは霊視を行った。

 それは持ち主の、殺されたときの感情の発露を見出すこともできる。

 しかし。

 

「驚愕と、恐怖があるけど…すごい薄い。これは、多分一瞬で殺されたのね。」

 

 ついでに彼女はブドリを霊視していた。

 それによると彼はマンデイン(非覚醒者)で、データジャックを入れているようだが、他にウェアはない。

 スミスの言う通り、工作員かどうかは怪しいところだ。

 

「指紋や痕跡も何も残ってない。サザンカの観たところを合わせると、ホシはプロだろう。一瞬で綺麗に殺している。苦しみは、少なかっただろうね…。」

 

 スミスの言葉にブドリは渋い顔をした。

 

「……プロ…。」

 

 しかし彼は気を取り直してサザンカたちに説明する。

 

「遺留品はここにあるので全部だ、死体はすぐそばにある食堂の裏手で見つかった。浮浪児のガキどもが見つけたんだ。」

 

 ブドリはスミスのコムリンクにデータを送信した。

 恐らく発見した場所だろう。

 

「気になるなら行ってみな。」

 

 そうね、とサザンカは考えた。

 現実世界では現場100遍という言葉があった。

 そこには行くべきだろう。

 だが、ロータスが突然言い出した。

 我慢できなかったのだろう、いやよくここまで我慢したというべきか。

 

「ん、あれってサイバーN?」

 

 それは何の修飾もない直球だった。

 ロータスの言葉にブドリは面食らったような顔をする。

 

「ああ、あれか?あれは爺の自作機だ。ロクな性能もねえよ、あんなのよりシアワセのサイバー5でも買うんだな。」

「自作機にしては出来がよく見える。触らせて欲しい。」

 

 食い下がるロータスにブドリは機嫌を悪くしたようだ。

 

「話は終わりだ、とっとと行け、仕事のじゃまだ。」

 

 露骨に一行を追い出しにかかるブドリ。

 そこで意外にもスミスがロータスの言葉にのった。

 

「シアワセならツテがありますね。もしよければ紹介しますが。雇っていただけるかもしれませんよ?」

 

 ブドリはスミスの言葉にカッと目を見開くと大声を上げる。

 

「おめえらは殺しを調べに来たんだろうが!さっさと行け!塩まくぞ!」

 

 これはダメそうだ。

 サザンカは皆に出ていくことを提案する。

 そして彼らはカッカと興奮するブドリを置いてガレージを出た。

 サザンカはスミスに疑問をぶつけた。

 

「スミス、なんであんなことを言ったの?」

「ちょっと気になってね、カマをかけたんだが、あんなに反応するとは思わなかった。」

 

 彼は苦笑した。

 

「多分彼は、元企業人なんだろうね。そして企業に戻るつもりはないようだ。」

「ナイトバードでは?」

「本人ではないと思うけど、何か知っているかもね。重要人物だ、センサータグを置いてきたよ。見つからないといいが。」

 

 センサータグはいわゆる盗聴器的なものだ。

 サザンカは気づかなかった。

 彼のパーミング技能はかなり高いようだ。

 そしてガレージを出たサザンカは、大きな声に気づいた。

 

「だからねえ!この事件は私達で解決するべきでしょ!」

 

 ぎゃーぎゃー言っているのはイローナだった。

 マタがなだめているが、聞く様子はない。

 

「まだやってたのか。」

 

 ジェイムズが呆れたようにいうが、それにはサザンカも同意だった。

 その時、サザンカは視線を感じた。

 ブドリの家の路地の向こうだ、彼女が目の端で見ると、そこには小さな小汚い浮浪児がいた。

 サザンカたちをじっと見ている。

 

『スミス。』

『ああ、気づいてる。ふむ、第一発見者かな。話を聞いてみよう。』

 

 しかし一行が気づいたと見るや、その浮浪児は踵を返して路地の向こうに走り去った。

 

「あー、逃げたか。どうする?」

「追ってみよう。どうも気になる。」

 

 ジェイムズの問いにスミスが答えた。

 そして彼らはその浮浪児を追いかける。

 しかし素早い、撒きにかかっている。

 

「ガキのわりにえらく尾行なれしてないか!?」

 

 狭い場所に無理やり体を押し込むジェイムズが呆れたように言った。

 結局彼らは見失ってしまう。

 

「まいったね、見失ったよ。ふーむ探偵としての自信を失うな。」

「名前だけの探偵でしょうに…。」

 

 サザンカがツッコミをいれる。

 しかしロータスが目ざとく声をあげた。

 

「向こうの通り、子供の声がする。多分物乞いをしてる。」

 

 ロータスに導かれて向かったのは食堂の近くの通りだった。

 偶然にも、いや必然かもしれないがそれはメリッサが殺された現場だった。

 数人のストリートチルドレンが通行人に物乞いをしている。

 

「旦那ぁ!クレッドか食い物恵んでくれよ!」

 

 ほとんど無視されている。

 だが彼らの前で恐ろしいお人好しが少年たちにソイバーを配っていた。

 あれ、知った顔だ。

 

「キャロルじゃない…、何であの子が。」

 

 それはサザンカのコンタクトのナイトエラントの隊員だ。

 アデプトで、SWATに所属していたはずだが、巡回警察の制服を着ている。

 施しをする彼女にペアらしき警官が呆れた顔をしている。

 

「変わったナイトエラントだね?」

 

 スミスも呆れた表情をしている。

 サザンカはまあ、あの子の性格ならやりそうだけど…と思いながら彼女たちが立ち去るのを待った。

 そして、浮浪児に近づくと、さっき彼らを撒いた少年が肩で息をしていた。

 サザンカたちをみると嫌そうな顔をする。

 

「うわ、来たよ…。」

「つれないこというなよ、坊主。とって食おうってわけじゃない。」

 

 だがトロールに追いかけられれば逃げるのは当たり前かもしれない。

 

「まあまあ、そんなに怖がらなくてもいいよ。」

 

 スミスが笑顔で話しかける。

 

「嘘だあ!とって食いそうな図体してるぜ!」

 

 サザンカは少年のものいいに苦笑する。

 だがその時、ロータスがサブボーカルマイクで皆に話しかけた。

 

『この少年たち、あの匂いがする。別におかしくはないけど、下水の匂い。』

『ふむ、了解したよ。』

 

 そう言うと、スミスは少年たちの前に進み出て、懐からクレッドスティックを取り出す。

 

「君たちにとっていい話だよ、僕らがするのは。」

 

 少年たちはクレッドスティックを見ると目の色を変えた。

 

「おっさんいい人!?」

「君らの態度次第ではね。」

 

 彼はどうやらこういった場合に備えて少額の新円が入ったクレッドスティック(電子マネーの入れ物)を複数持っているようだった。

 

「これには1個100新円入ってる、いいかい100新円だ。」

 

 え、そんなに!?とサザンカは思った。

 なにしろ彼女がミルクに支払った情報料が100新円だ。

 まあ、もっとも忠誠値6のコンタクトなら、ゲームマスターによっては無条件で無料にしてもおかしくはないのだが。

 

「くれー!」

「くれくれー!」

 

 餌を欲しがる鯉のように子どもたちが群がる。

 スミスは彼らをあしらうと続けた。

 

「この辺りで人殺しがあったのは知っているね?女性が殺されたんだ。」

「うん、知ってる知ってる。」

「そこの路地で死んでたんだ!俺たちが見つけたんだぜ!」

 

 スミスはフェイスらしく彼らから死体を見つけたときの状況について聞き出している。

 そしてその匂いをどこで着けたのかも。

 

「匂い?」

 

 少年たちは自分たちの服をクンクンと嗅ぐ、だがどうやらわからないようだ。

 鼻が慣れてしまっているのだろう。

 そのとき、サザンカは、メリッサの残留思念を見るつもりで霊視を行った。

 

 そして気づいたのだ。

 

『楽しくなってきたわね。』

 

 シロガネが、口角を釣り上げる。

 それはサザンカのそれと全く一致していた。

 

「あん、どうしたサザンカ。」

 

 突然笑みを浮かべたサザンカにジェイムズが気味悪そうに聞く。

 

「大したことじゃないわ、後で話す。」

 

 サザンカは霊視で周囲をみた。

 

 ロータスからはほとんどエッセンスが感じられない、大量のウェアを入れている証拠だ。

 ジェイムズは覚醒者だ、魔力が6もある。

 スミスは置いておこう。

 

 そして、少年たちからは

 

 

 ロータスと同様、ほとんどエッセンスを感じなかった。




あと3話くらいかかりそうです
1セッションをSS化すると結構長くなるんですね


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8話 ヨタカは今も歌う5

 エッセンスとは生命なら誰もが持つエネルギーだ。

 殺された生き物からは自然とエッセンスが抜けていき、例えば加工された食肉にはエッセンスがなくなる。

 この世界には死んだ直後(もしくは生きたまま)の知的生命のエッセンスのある肉しか食えないグールという恐るべき(あるいは哀れな)種族も存在する。

 生きたままエッセンスが減っているということは、エッセンスを吸収するクリッターの被害にあったか、もしくはサイバーウェアを入れたかだ。

 サイバーウェアは非常に高価で、当たり前だが浮浪児に入っているはずがない。

 

「お前らは普段どこで寝泊まりしてるんだ?」

 

 少年たちに下水の匂いが付いているという情報が気になったのだろう、ジェイムズが質問する。

 

「この先の水路だよ、ねえ喋ったろ?クレッドくれよお。」

「もう少し教えてもらえるかい、なんでブドリさんの家で僕らをジロジロ見てたのかな?」

 

 リーダーと思しき少年が答える。

 よく見ると、その目鼻立ちは整っている、美少年といってもいいだろう。

 

「あんたら、よそ者だろ?シセツとかに連れて行くんじゃないかと思って。」

 

 その受け答えにはおかしなところはなにもない。

 だが彼らが普通の少年であるはずがなかった。

 

『ねえ、ちょっと一回離れない?』

 

 サブボーカルマイクでサザンカが皆に提案する。

 この場で話すことはしない方がいいと考えたのだ。

 ロータスがいるから大丈夫だと思うが、この少年の中にデッカーがいれば自分たちのコムリンクにマークを付けられている(ようするにハッキングされている)かもしれない。

 無線会話を盗聴されている可能性があった。

 

『ふむ?何かあるのかな、サザンカがそう言うなら従おう。』

「OK、話してくれてありがとう。これは君たちのものだ。」

 

 そう言うとスミスがクレッドスティックを少年たちに渡す。

 少年たちはヒャッハーというとそれを掲げて走り去っていった。

 

「で、何かあったのか?」

「そうね、場所を変えましょう。最初の喫茶店なんてどう?」

 

 ジェイムズの問いにサザンカは微笑むと答えた。

 

◎◎

 

「まいったね、全く気づかなかったよ。彼らが工作員だったとはね。」

 

 フェイスのスミスが深刻そうな顔をして言う。

 

「いや、しょうがねえだろ。あんなガキがまさかな。第一発見者が一番怪しいってやつか。」

 

 その喫茶店には相変わらず客がいなかった。

 彼らは安いソイカフ(大豆で作った合成コーヒー)を注文すると、大きめのテーブルに座って話し合った。

 

「ジェイムズ、ランナーに『しょうがない』は許されないよ。フェイスの僕が、腹の探り合いで敗れたということは、サムライで言えば銃を手から取り落したのと同じことだ。」

 

 すると珍しくロータスがスミスを慰めた。

 

「でも生きてる。」

 

 スミスはロータスを見てニコリと笑う。

 

「そうだね、ありがとうロータス。チームワークのおかげで、なんとか生き延びることができたというわけだ。」

 

 ロータスは少し顔を赤らめた。

 どうやら二人には何か絆があるようだ。

 

『ロ、ロリコ…!』

『貴女は黙ってなさい』

 

 サザンカは触れないシロガネにツッコミチョップを入れた。

 

「それでどのくらいのウェアが入ってたんだい?」

「そうね、オルソスキン、筋肉強化、筋肉調律、骨密度強化、神経増速。リーダーっぽい少年にはテーラードフェロモンも入っていたと思うわ。すべてアルファウェア。」

 

 ジェイムズがソイカフを吹き出しそうになった。

 

「フルセットじゃねえか!そこら辺のサムライより強いぞ。」

 

 実際そうだった。

 通常ルールで作成したプレイヤーキャラクター並の性能だ。

 アルファウェアというのは通常よりも高性能のサイバーウェアで、消費エッセンスが少なくなる。

 その等級には更に上があり、デルタまでが基本ルールブックに記載されているが、デルタなどを入れているのはメガコーポ秘蔵の最強の戦士くらいだろう。

 これはオーラリーディングでもそう簡単に分かる情報ではない。

 サザンカの霊視技能と、強化魔法による直観力の高さゆえだった。

 

「そしてなぜか知らないけど、全員にBTLのデータジャックがあったわ。」

「BTL…?」

 

 ロータスが嫌そうな顔をする。

 BTL、ベターザンライフ(人生よりも素晴らしい)とは、他人の人生を追体験して快楽を味わうデータチップだ。

 高い中毒性があり、やりすぎるとどれが本当の自分かわからなくなり廃人と化す。

 賢いものなら手を出したりはしない。

 

「なんでそんなもんを?」

「ひょっとしたら彼らの演技力の高さはそれが原因かもしれないね、BTLで浮浪児になりきってるのかもしれない。」

 

 ロータスが嫌悪感に満ちた表情をした。

 今日は珍しい日だ、彼女が何度も感情を発露させている。

 

「まさか本物の浮浪児を?」

「"天然物"ってことかい?それは判断がつかないね。」

 

 スミスはいつもどおりだ。

 サザンカはひょっとしたら彼が真に感情を見せたのを見たことがないかもしれない。

 その彼は手をパチンと合わせて皆の注目を集める。

 

「さてどうしようか、おそらく彼らはブドリ氏を張っていたのだろうね。恐らく彼には何かある。」

「もう直球で聞いちゃう?ナイトバードについて。」

 

 スミスはうなずいた。

 

「それもありかもしれないね、あとはそう…工作員を襲ってみるかい。彼らはセーフハウスの情報をもっているはずだ。」

「そいつはうまくねえと思うぜ、連中がセーフハウスの情報を得ていたなら、それを元にブドリを張ってたってことだ。結局あの爺さんが鍵だろう。」

 

 ジェイムズの意見は正しいだろう。

 それに連中の拠点に襲撃をかけるのは中々に勇気のいることだ。

 そのときスミスが片眉を上げた。

 

「ふむ、どうやらやはりブドリ氏のところに行くのが正解のようだね。」

「どうかしたの?」

「彼が独り言を呟いた。『ナイトバード、20年もたったのになんでいまさら』とね。」

 

 スミスはブドリの工房にセンサーチップを仕込んでいたのだ。

 

◎◎

 

「おう、探偵さん方。犯人は見つかったかい?」

 

 ブドリはどうやら機嫌を直したようだ。

 あいかわらず無愛想で、視線をこちらによこさずソイ調理器の修理に手こずっている。

 

「ギャーギャーうるせえイローナを買い物に追い出したと思ったら次はお前さん方か、嫌になるね。」

 

 スミスは相変わらずの笑顔を見せると、何の遠慮もなく話しかけた。

 

「実は犯人の目星がつきましてね、少し奥で話しても?」

「ほう……。」

 

 ブドリは驚いたようだった、ソイ調理器から手を離す。

 

「聞かせてもらおうじゃねえか。」

 

 彼はガレージのシャッターを降ろすと、そこかしこにあるジャンク品の上に座るよう彼らに促す。

 ジェイムズはどすりと古タイヤの上に座ったが、他の3人は立ったままだった。

 

「少々お待ちを…。」

 

 そう言うとスミスはホワイトノイズジェネレーターを取り出すとそれを起動する。

 その機器には盗聴を防ぐ能力があった。

 あの少年たちがスミスと同じくセンサータグを置いていることを警戒したのだろう。

 

「…いいもん持ってやがるな。」

 

 スミスはまず軽いジャブからはなった。

 

「最初に死体を見つけた物乞いの子供についてどう思いました?」

「……?かわいそうな連中だと思うが、いちいち恵んでやってもきりがねえ。」

 

 ブドリは不思議そうな顔をしていた。

 そこに演技は無いように思える。

 

「いつの間にかどこかから来て、そのうちいなくなる。顔ぶれなんぞ気にしてても仕方ねえ。」

「なるほど、つまり今のガキどもが昔からいるかはわからねえってこった。」

 

 ジェイムズの言葉にスミスが頷く。

 

「紛れるには自由自在ということですね。」

「それがどうしたってんだ。」

 

 スミスは冷静な口調で説明を始めた。

 

「ではそいつらが、全身バイオウェアで改造されてたとしたら?」

「待て、お前ら何を言っている…?」

 

 彼は絶句していた。

 

「彼らの目的はわかりますよ、ナイトバードを探している。そうでしょう?」

 

 フェイスの本領発揮だった。

 スミスの言葉にはいかなるごまかしも許さないという威厳のようなものがこめられていた。

 その言葉を聞いたブドリはわなわなと震えてタバコを取り落とす。

 そしてカラカラの声を絞り出した。

 

「な、なぜ。なんで今さら…。」

 

 だがその次に出て言葉は誰も予想しないものだった。

 

「イローナを…!」

「え!?」

 

 イローナ、それはブドリの娘の名前だった。

 20代にしか見えない彼女が、まさかナイトバード?

 

 スミスもまた驚愕している。

 

「詳しく聞かせて下さい、このままでは彼女が第二の死体になるかもしれない。」

 

 顔面蒼白で絶句するブドリはなんとか声を絞り出す。

 

「今更なんであいつに用がある!?あいつは、イローナは…糞、買い出しに行かせちまった。」

 

 なんですって!

 そいつはまずい、サザンカは思った。

 

「きっと彼女は貴方に話してないことがあるわ。」

 

 ブドリはサザンカの言葉に唾を飛ばして答える。

 

「そりゃああるだろうよ!」

 

 そして背後のラックから一枚のチップを取り出した。

 それは彼女の目にはBTLのチップに見えた。

 

「ん、BTL?違う、これはペルソナフィックス…仮想人格埋め込みプログラム。」

「そうだ、あいつはもう何も覚えちゃいねえんだ!」

 

 サザンカは悟った。

 やはりこのストリートの登場人物はすべて宮沢賢治で占められていたのだ。

 ブドリが「グスコーブドリの伝記」、マタが「風の又三郎」、そしてイローナが、「よだかの星」だった。

 

「彼女はどこに買い物に行かせたんだ!?」

 

 ジェイムズがタイヤから立ち上がってブドリに詰め寄る。

 

「通りの、ジャンク屋だ…。水路の近くの…。」

「ち、よりによって!」

 

 そう言うと彼は猟銃を手にとった。

 どうやら自分も向かうつもりのようだ。

 

「ジャンク屋に行ってみて、彼女が来て無ければ水路、敵の拠点に向かおう。サザンカ、君の車を呼んでくれ。」

 

 スミスがサザンカに要請した。

 第6世界の車はオートパイロット完備だ、パーキングからここに呼ぶこともできる。

 

「フル装備で行かなければ、おそらく勝てない。」

 

 決死の戦いが、始まろうとしていた。




次回戦闘回
なお実際のセッションではここまで一日でいきました


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9話 ヨタカは今も歌う6

 そこはドヤ街の真ん中を横断する小さな水道だった。

 以前は用水路として使われていたのだろう、だが今は生活排水と工場排水の通り道となっている。

 例の下水臭が強く漂っていた。

 

「ん、マップは入手した。ドローンは戻らせる…これ以上進ませても壊されるだけ。」

 

 ARで下水が流れ込む地下の調査を行っていたロータスが言う、やはりイローナはジャンク屋を訪れていなかった。

 コムリンクにも応答しない、電源が切られていた。

 

『いやいや、この先は魔境だね。』

 

 そう報告するのはサザンカが召喚した大気の精霊だ。

 すでに時間はブドリの家を飛び出してから40分はたっている。

 彼らは即時突入を選ばなかった。

 あまりに危険すぎると判断したのだ。

 

『だがお探しのお嬢さんは見つけたよ、迷路の奥に建物があった。その中で倒れていたよ、周囲には君たちの大好きな武器を持った人間が、そうだね6,7人いたかな。』

「武器?つまり銃のこと?」

『そうそう、そこのお嬢さんが持っているのと似ているね。』

 

 精霊はロータスに風を送った。

 彼女のショートカットの黒髪が揺れる。

 ロータスはスリングで、アレス・アルファを吊るしていた。

 それは非常に厄介な話だった、恐らく相手はアサルトライフルを装備しているということだ。

 その銃種は戦場の花形で、制圧射撃とフルオートをされたなら回避に特化したサザンカでもかわし切る自信がなかった。

 しかしロータスは気にせず続けた。

 

「恐らくそれはレンラク・シティサービスのポンプ場。そして追加情報、レンラクの事業所にいたレンラク・サムライの部隊がいなくなっている。ここに向かっている可能性大。」

 

 サザンカたちの調査結果を聞いて、ブドリとマタが色めき立つ。

 彼らも同行していたのだ。

 

「おい、爺さん無茶すんな。彼女は俺たちが助け出す、ここで待っていろ。」

「何を言う、イローナは俺の娘だ!」

 

 ジェイムズの忠告にしかしブドリは首を振った。

 仕方ない、走って引き離すか、そうサザンカが思った時、予想だにしない声がかかった。

 

「……いたぞ!あいつらだ!」

「おや?」

 

 それはこのドヤ街の住民たちだった。

 手に手に簡単な即席武器を持ち、血気だっている。

 

「ブドリさん!そいつらだ!浮浪児のガキどもが、事件の日に見たと言ってたんだ!」

「な、何を言ってんだおめえら?」

 

 スミスが肩をすくめる。

 

「ふむ、アジテーターとしての技能も優秀なようだね。あの子供らは。」

「感心してる場合じゃないでしょ!?彼らと戦うわけにはいかないわよ?」

 

 スミスはまあ任せてくれと言うと、かなり改造されていると思しきSCKのモデル100サブマシンガンをロータスに預けて彼らの前に進み出た。

 

「私達が娼婦を殺した?とんでもない、私達は犯人を探しに今日はじめてこの街にきたのですよ。」

 

 彼は腕を広げて朗々と話しだした。

 口調、表情、手の動き、恐らく全てが計算されている。

 

「浮浪児が私達のことを触れ回っていたといいましたね、では聞きますがその浮浪児はいつからこの街にいました?」

「な、何を言ってる?」

 

 彼は構わず続けた。

 

「どこから来たのかご存知で?顔見知りですか?"よそもの"が紛れていないと、本当に言えるのですか?」

「………。」

「彼らこそが真の犯人です。彗星の影響を受けた、子供に紛れるのが得意なクリッター。それがその正体なのですよ。」

 

 サザンカは呆れた。

 20世紀のハレー彗星はただの天体現象だった。

 だがこの覚醒した21世紀で、それは世界に大きな影響を現した。

 子供に紛れるクリッターの出現もその一つだ、だがそれをこの場に使うとは。

 まあ、企業の工作員と言うよりもわかりやすく、後腐れないのも事実だ。

 

「昔からいたよな?」

「いや、でも顔ぶれなんて…。」

 

 人々はスミスに完全に惑わされていた。

 武器をおろし、口々に言い合う。

 

「ブドリさんにマタさん、彼らをまとめていただけますか?我々はその間にご息女の救助に向かいましょう。」

「そうですな、私とブドリ殿でなんとかしましょう。皆さんはイローナを…!頼みます。」

 

 マタはスミスの提案にうなずいた。

 ブドリも渋々了承する。

 実際彼らがこの場を収めねばサザンカたちは突入することができない。

 

「まったくひどいことをしますね、煽動家め。罪もない街の人々を操るとは。」

「あんたら、頼む。娘を…助けてくれ。"あれ"は、娘の体の中にある、助けてくれたら渡すのを約束する!」

 

 ブドリが言ったそれは、恐らくこのランの目的物だ。

 結局やはり、彼は知っていたのだ。

 

「ご心配なさらず、娘さんは必ず貴方の下に戻します。」

 

 スミスはブドリの肩に手を置くと、励ますように力強く言った。

 一見感動的な風景だが、サザンカは内心呆れていた。

 スミスは必要があれば眉一つ動かさず女子供を殺す男だ。

 まあ、必要がなければやらないだけマシなのかもしれないが。

 

「じゃあ行きましょう、レンラク・サムライの応援が来る前にイローナを取り戻すのよ!」

 

 サザンカの呼びかけに、チームの全員が頷く。

 訂正する、一人を除いて。

 

「ああ、僕は行かないよ。」

「はあ?貴方何いってんの?」

 

 それはスミスだった。

 今までの感動的な風景はなんだったのか。

 

「フェイスの僕が荒ごとをするわけがないだろう?バックアップをさせてもらうよ。」

「何を言って…バックアップ?」

 

 すると何かを察したロータスがスミスの前に進み出る。

 

「無茶はしないで。」

「僕は危険は嫌いだからね、安心してくれ。"危ないこと"はしない。」

 

 彼らはうなずきあい、そしてそれぞれの道に進みだした。

 

◎◎

 

 そこは打ちっぱなしのコンクリートと、機械類が並ぶ殺風景な場所だった。

 目的のポンプ場だ、汚染水を送るポンプの音がこだましている。

 

『ハチドリより各雛鳥へ、お客さんの来場だ。フチの流儀を教えてやろう、各員の健闘を祈る。』

 

 その通話を送ったのは浮浪児たちのリーダーと思われた整った顔の少年だった。

 無邪気そうな表情はすでになく、冷徹な視線が、監視カメラのARを見つめている。

 その映像には、サザンカたち3人がポンプ場に突入してくるのが写っていた。

 なお、ハチドリとは『よだかの星』において、よだかの弟だった。

 

「前方の遮蔽に子供姿が3名!装備はヤマハ・ライデン!」

 

 叫ぶサザンカ、彼らは隠密を捨てていた。

 どうせバレている。

 雛鳥たちが装備するのは日本製の高性能なアサルトライフルだ。

 彼らは完全にサザンカたちを待ち受けている。

 位置が悪い、サザンカが範囲魔法を放っても、遮蔽の影に隠れられてしまうだろう。

 

「俺が行く!」

 

 そう言ったのはジェイムズだった。

 アーマージャケットをまとった彼は3つの銃口に向けて突進した。

 まるで無策だが、そうではない。

 

「えっ!?」

 

 雛鳥の一人、少女の外見をした工作員が驚愕の声を上げる。

 ジェイムズはすさまじい速さだった、人の出せるそれを超えている。

 それはサザンカの精霊が彼に付与した『移動のパワー』だった。

 

「おらよっ!」

 

 遮蔽を飛び越したジェイムズのぶちかましがその少女に直撃した。

 あれで無事で済むはずがない、だが恐るべき光景がそこに現れた。

 身長130センチほどの少女が、3メートル近いトロールの体当たりを、受け止めたのだ。

 大きなダメージを負っているが、意識はあり、倒れてもいない。

 

「なんだと!?」

 

 ジェイムズが驚愕する番だった。

 彼は相手が人体改造の粋を尽くされた化け物であることを忘れていたわけではない、だが、それでも"かわいすぎてうてなかった"のだ。

 それは意志力の代わりに、防御に魅力を使う資質だ。

 ジェイムズは、無意識に手加減してしまったのだ。

 

「処理する。」

 

 すると両隣の少年二人がジェイムズに向けてアサルトライフルをフルオートする、ジェイムズはずたずたになって死ぬと彼らは思ったろう。

 だが。

 

「!?」

 

 ここには化け物しかいないのだ。

 ジェイムズはかすり傷しか負っていなかった。

 ダメージ抵抗にエッジを使ったのかもしれない。

 

「ふん、あの虫野郎のパンチに比べれば大したことはないな。」

 

 ジェイムズはタンクとして十二分に仕事をした。

 一番厄介なのは制圧射撃をされることだった。

 そうすれば進むだけで一苦労だったろう。

 

電撃(ライトニング・ボルト)!」

 

 サザンカがジェイムズを撃つために体を晒した少年に、単体遠距離攻撃魔法を放った。

 相手にメイジがいないのが幸いだった、彼はそれに抵抗できず、ボロボロになると倒れ伏す。

 

「あなた達は違う、私の、弟たちとは!」

 

 もう一人の少年はロータスが仕留めた。

 彼女は射撃の名手だ。

 そしてサザンカも知らない銃を扱う格闘技を習得していた。

 彼女の放ったAPDS弾(装甲貫通力の高い弾丸)は少年の頭部を貫通すると、さらにその向こうにいた少女を叩きのめした。

 『スルー・アンド・スルー・アンド・イントゥ』という技法だ。

 

「寝とけ…!」

 

 そして転倒した少女にジェイムズがトドメの膝打ちを行う。

 彼女は気絶した。

 この間わずか2秒。

 それが、ランナーたちの戦いだった。

 

「進みましょう!」

 

 サザンカの声にうなずき、彼らは通路の先の部屋に向かう。

 精霊の話では、そこにイローナがいるはずだった。

 残りの敵も。

 

「はあ、卒業テストのつもりが、これじゃボクのキャリアがやばいね。」

 

 室内にはリーダーの少年、ハチドリがいた。

 その周囲には、戦闘服に身を包んだ大人の体を持ったものが3人、そしてサザンカの瞳は、彼女に精霊が一体隠れているのを教えてくれた。

 

「気をつけて、メイジが…!?」

 

 だがそれ以上言うことが出来なかった。

 先頭で部屋に入った瞬間、彼女の背後で金属製のドアがすさまじい勢いで閉まり、ロックされたのだ。

 

「サザンカ!?」

 

 彼女は孤立した。

 敵は4人と1精霊。

 おそらくデッカーの仕業だろう、絶体絶命だ。

 

「まずはメイジから殺せ…君がメイジだろう?」

 

 ハチドリが笑う、しかし彼はすぐその笑みをかき消さざるをえなかった。

 信じられないものを見たからだ。

 

「お前…なんで笑っている。」

 

 サザンカは、答えた。

 

「なんでかしら?私もわからない。でも、顔が勝手にこうなるのよ。」

『サザンカ、導師精霊として言うけど、嘘を吐くのはよくないわ。』

 

 シロガネはとても邪悪な笑みを浮かべていた。

 

『そうね。ペナルティは?』

『勘弁してあげましょう。』

 

 彼女は、この状況をとても楽しんでいる。

 

『感謝するわ。』

 

 そしてサザンカの体から、他を圧倒する、膨大な魔力が吹き出した。




次話、多分ヨタカ編最終話


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10話 ヨタカは囀りをやめた

今回はチート回


 イーナムクローの裏路地を、一台のレンラク・カメキチが進む。

 気の抜けた名前と裏腹に、それは市販されてる中で最大の装甲値をもつ輸送車だ。

 戦車に等しいそれは、車内にレンラク・サムライの1個小隊を乗せ、静かな音を立てて進んでいた。

 しかし

 

 カッ

 

 すさまじい爆発が起こった。

 大量の火薬を仕込まれた地雷が敷設されていたのだ。

 さしもの装甲車も、タイヤを吹き飛ばし、横転する。

 

「散!」

 

 しかし彼らは冷静だった。

 とっさに車から離脱すると、それぞれ遮蔽を取りアサルトライフルを構える。

 その視点の先には、一人の白人の男がいた。

 スーツの上に、似合わないアーマージャケットをまとい、SCKサブマシンガンを持っている。

 

「ふむ、中々の練度だね。いやいやもっと火薬を持ってくるんだった。」

『隊長、例のチームのフェイスです。』

 

 そう報告したのは小隊付きのデッカーだ。

 彼は情報収集の達人だった。

 

『フェイスか、時間稼ぎに来たか?ならば対応は一つだ。会話せず、撃ち殺せ。』

 

 それは最適解だった。

 フェイスとは、脅迫と虚偽と交渉のプロフェッショナルなのだ。

 逆に言えば、会話をしなければ、それはただの人だった。

 

「僕の話を聞いてくれるかな、とても君たちのためになる話なんだよ。」

 

 フェイス、スミスはニコニコと笑みを浮かべて彼らに近づいていく、まるで無防備だ。

 

 レンラク・サムライは、発砲した。

 

◎◎

 

「いやいやまいったね…。」

 

 スミスが呟く

 十数秒だ。

 持ちこたえたのはたったの、十数秒だった。

 

「本当に君たちのためになる話だったのに。」

「ば、馬鹿な…。」

 

 倒れ伏したレンラク・サムライの隊長が息も絶え絶えに呟く。

 彼の部下は全員が二階級特進していた。

 そして彼もまもなくそうなる。

 

「な、なぜ貴方が生きて…。」

「レッド・サムライが来ていなかったのは残念だよ。」

 

 レッド・サムライ、それはレンラクが誇る世界最強の特殊部隊だ。

 彼らはコモン・ドラゴンなど軽々と狩る。

 そして命じられたなら、恐れること無くグレート・ドラゴンに挑むだろう。

 

「残念だ、僕を裏切った元部下たちが来てなかったのはね。」

「レッド、サムライ…、マスター…!」

 

 スミスはサブマシンガンをバースト射撃した。

 戦場から、彼以外の生者が消える。

 

「まあ、正直言うと、今のチームでレッド・サムライと正面からやり合うのは厳しい。」

 

 彼はあごに手を当てた。

 サザンカの霊視では、彼の体はベータ以上のウェアで埋め尽くされているということしかわからなかった。

 実際、彼の体に埋まっているのはデルタウェアだったのだ。

 

「サザンカは素晴らしい、彼女はいいが…ジェイムズとロータスにはもう少し成長してもらわないとね。それにもう少し前衛が欲しいかな…。」

 

 そんな事を言いながら、彼はその場を立ち去った。

 

◎◎

 

 イニシエーションと呼ばれる技法がある。

 覚醒者は、己の魔力を高めていく過程で、限界にぶつかる。

 それは一般的には魔力6だ。

 それ以上に魔力を高めようとするならば、特別な儀式が必要となる。

 サザンカはシャーマン様式のメイジだ。

 彼らの儀式は、導師精霊からの試練、ヴィジョン・クエストという形で行われることもある。

 つまり導師精霊が認めれば、彼らの階梯は上がるのだ。

 

「はぁ、はぁ…」

 

 ハチドリは、当たらないアサルトライフルを地面に落とした。

 信じられない目で眼前の女性を見つめる。

 

「お前は…なんなんだ!?」

 

 レンラク・サムライの先遣隊たるサムライ、デッカー、メイジはすでに物言わぬ骸となっている。

 そのメイジが呼んだ神道様式の精霊はとっくに途絶している。

 そして、ドカンと音がして閉まっていた扉が吹っ飛んだ。

 何度目かの、ジェイムズの張り手だ。

 

「サザンカ!?…ひゅー…。」

 

 彼は呆れたような口笛を吹いた。

 ハチドリは諦めて地面に腰をついた。

 イローナを人質にとることも、彼女をかついで逃げ出すのももはや不可能だ。

 

「ごめんね、私イニシエーション3なんだ。」

 

 初期カルマはメイキングアプリのオプションで馬鹿みたいな数値にしていた。

 彼女の魔力が素で10に達していた。

 "絶対に関わってはいけない"ドラゴンの魔力に等しい。

 さらに魔力収束具R3により、それは13まで高まっていた。

 完全なチートだった、すべてはシロガネが『いいよ』と言ったからだ。

 それで彼女の階梯は上がったのだ。

 

 ダダダ

 

 銃声が響く。

 ロータスだ。

 彼女は自分が弱いことを知っている。

 無力状態の敵に、止めを刺さないような真似は、できなかった。

 

「ガフッ」

 

 ハチドリが血を吐く。

 彼は少し呟くと、動かなくなった。

 

「ん、なんて言ったんだ?」

「フチが潰れたときより、マシ、だってさ。」

 

 ジェイムズは不思議そうに言った。

 

「そんなもんかねえ、企業人の考えはよくわかんねえぜ。それで、あれどうするよ?」

 

 彼が指差したのは気絶している子供の工作員だった。

 それが"天然物"つまり普通の浮浪児をさらって改造したのだとすれば、殺すのはどうも気持ちよくない。

 そのとき、声がかかった。

 

「やあ、さすが皆だ。イローナ女史も無事のようだね。」

 

 それはスミスだった。

 傷一つ負わず、サザンカたちに合流する。

 

「スミス、怪我は?」

「僕のやることだよ?安心したまえ。」

 

 心配そうなロータスの問にスミスが答える。

 サザンカはうさんくさそうに彼を見たが、何も言わなかった。

 

「それで、何かトラブルかい?」

「いや、このガキどもをどうするかって…。」

 

 ジェイムズがそう説明しようとすると、スミスは倒れた子供に近づく。

 そしてサブマシンガンを二発ずつ丁寧に発射した。

 血の花が咲く。

 

「スミス!?」

 

 驚き、声を上げるジェイムズ。

 だがスミスは冷徹に言った。

 

「ジェイムズ、彼らは工作員だよ。」

 

 そう言われ、ジェイムズは言葉を失った。

 拳を握りしめる。

 

「意外だね、子供を殺したことが?」

「ハッ、こんな商売やってりゃあそりゃあるさ!」

「なら問題ないだろう?」

 

 ジェイムズは一つ息を吐き出すと、普段どおりに戻ったようだ。

 

「そうだな、すまなかった。だがな、殺せるのと好き嫌いは別さ。食わなくていいなら、それですませたかった。」

 

 サザンカはやっと気を取り直した。

 ここは第6世界なのだ。

 これが当たり前だった。

 彼女は危険を愛していたが、こういった件については、いまだ現実世界の認識が強かった。

 

『好きにしなさい。』

 

 シロガネが言う。

 

『強くなればいいのよ、強者には、全てが許される。』

『ありがとう、シロガネ。』

 

「ん、監視カメラの処理はすんだ。」

 

 ロータスが皆に呼びかける。

 彼らのデータは消えたのだ。

 あとはずらかるだけだった。

 

「イローナは?」

「寝てるだけだね…。彼女のどこにデータが有るのか…それはブドリ氏に聞こうじゃないか。」

 

 そうして、彼らはその場を後にした。

 

◎◎

 

「…昔の話だ、仕事帰りに一人の浮浪児を見かけた。」

 

 ブドリの工房で、彼はイローナを起こさず彼女のデータジャックに自作のサイバーデッキを繋ぐ作業を行っていた。

 

「死んだ娘とよく似ていた。気まぐれだ、車に乗せて家で飯を食わせてやった、そしてそのあと記憶がぷつりと消えた。」

 

 彼はイローナ、つまりナイトバードとの因縁を話してくれていた。

 

「目が覚めたら会社の上司から何件もコールが入ってたよ、会社に賊が忍び込んで、俺の生体データで錠が解かれ、大事なデータがまるごと無くなってたそうだ。」

「それは…よく聞く話ですね。」

 

 ああ、ブドリはそう呟いた。

 

「よくある話さ、自分がそんな目に遭うとは思わなかったし…」

 

 彼はイローナの首筋の皮下ポケットを開いた。

 そこには、通常のものと違うデータジャックが格納されていた。

 

「何の因果か、憎いはずの賊と、こうして暮らしている。」

「なんでそんなことに?」

 

 サザンカの質問にブドリは首を振って答えた。

 

「知らんよ、ただストリートに逃げた俺の前にこいつが現れたとき、こいつは何もかも忘れていて、俺を『お父さん』と呼んだ。」

 

 ロータスは推測を語る。

 

「ん、演技のためのペルソナフィックスが暴走した?フチの崩壊で、メンテナンスを受けれなかった可能性…。」

 

 さてな、そうブドリは言うと、自作のサイバーデッキをロータスの前に置いた。

 

「こいつは今、スペックを限界まで引き上げてある。あと2分でぶっ壊れるが、それだけあれば大丈夫だろう。このデータジャックの中にお前さん方の欲しい物がある。あとは勝手にやりな。」

 

 ロータスは頷くと、サイバーデッキを自分と直結する。

 マトリクスの操作時間は現実時間と比べると圧倒的に早い。

 結果はすぐに出るだろう。

 

「ん、回収した。」

 

 そうロータスが言うのと同時だった。

 イローナが目を覚ましたのだ。

 

「あ、あれ?父さん?私ジャンク屋行って、それから…?」

 

 イローナは以前と変わらなかった。

 サザンカはひょっとしたら彼女が記憶を取り戻し、暴れだすのではないかと警戒していたが杞憂だったようだ。

 

「大丈夫だ、イローナ。全部片付いた。」

「え?」

「もうこの街には何もない、何も、残っちゃいねえんだ…。」

 

◎◎

 

 サザンカ一行はブドリの家の前に出た。

 ブドリは彼らを見送ってくれるようだ。

 その時、ジェイムズがブドリに話しかけた。

 

「こいつは俺の持論なんだが。」

「ん?なんだよセキトリ。」

 

 そう話し出す彼は普段と違って見えた。

 

「不幸だと思ったことが、何年も立ってから幸運のきっかけだったってわかることがある。俺はゴブリナイゼーションしたとき、人生が終わったと思ったが、今はかわいい嫁さんとガキどもがたくさんいる。ダチどももな。」

 

 そういってサザンカ、ロータス、スミスを見る。

 

「だからどうだってわけじゃねえが…まあ、あんたが最後に満足して死ぬのを祈ってるよ。」

 

 それはあまりにも青臭いセリフだった。

 だが彼にしか言えないセリフだろう。

 

「…はん、ガラにもねえ事を…。」

 

 その時、サザンカは家の中から不思議そうにこちらを覗き込むイローナの唇が少し動いたのに気づいた。

 

『ありがとう、ランナー』

 

 サザンカは、彼女がそう呟いたような気がした。

 

◎◎

 

 サザンカの運転する車内では、誰も口を利かなかった。

 その時、かけていたラジオが次の曲の説明を始める。

 

『次のリクエストは、21世紀前半の天才シンガーソングライターの一曲だ。曲名は、"カンパネルラ"』

 

 情熱的で、せつない日本語の唄が車内に響く。

 サザンカは現実世界でも聞いたことのあるその曲に引き込まれた。

 カンパネルラは、ジョバンニの友人で、彼と一緒に銀河鉄道に乗った。

 

『素晴らしかったわ、ゲームマスター』

 

 彼女は恐らく届かない独り言を呟いた。




これにてリプレイ風小説終了です
どこまで創作でどこまで実際にあったのかは皆さんの想像にお任せします
素晴らしいセッションを、GMと参加PLに感謝を

次回は少しお休みいただいて短めの掲示板回にでもしましょうかね


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

とあるマトリクスの片隅で1

クロム『サザンカってミスティックアデプトを知ってるか?』

 

K00 『ああ、スミスのとこのだろ?』

 

シャイア 『スミス?どのスミスだ?』

 

K00 『フィクサーのスミスだ』

 

シャイア 『どのフィクサーのスミスだよ!』

 

K00 『ああ、悪い。サイバーをバリバリに入れてるスミスだ』

 

シャイア 『わかった、あの怪しげなやつだろ』

 

クロム 『それもフィクサーの共通特徴の気もするが、まあ話はサザンカについてだ』

 

Jam 『いい女だよな。変な格好してるけど』

 

クロム 『どうもあいつ、イニシエートしたみたいだぞ』

 

K00 『ほう?なぜわかったんだ』

 

クロム 『この前街で見かけてな、なんとなく霊視したんだが、魔力が5に減ってた』

 

Jam 『バーンアウトしたんじゃないのか?』

 

クロム 『いや、サイバーは入ってなかった。』

 

シャイア 『擬態術を会得したってことか、だがそいつはアホなのか?イニシエートしたことがバレバレじゃねえか』

 

クロム 『初見の相手には効くかもよ』

 

シャイア 『イニシエートしたような奴は顔が知れていくんじゃないか?』

 

Jam 『特にあいつは独特のスタイルをしているしな、マンデインに擬態すればいいだろうに』

 

k00 『しかし彼女はもともと魔力7だったろう、てことは今8か。化け物だな』

 

Jam 『てことは最近レドモンドやオーバーンであった強力な魔法は彼女か?』

 

クロム 『それはちょっとわからんな、シアトルに怪人は多い』

 

Jam 『だが派手な魔法があんなに連続したんじゃ、ドラゴンが調べてるかもな』

 

クロム 『霊視は欠かさないようにしよう。見たら情報は共有する』

 

K00 『よろしく頼む』

 

デコース・ワイズメル 『ドラゴンなら昨日見ましたよ』

 

クロム 『何?どこでだ』

 

デコース・ワイズメル 『オーバーン地区のスポーツバーですねい。外見はシニアスクールくらいの顔のいいエルフの女でしたよ。』

 

Jam 『クソッタレのドラゴンめ』

 

デコース・ワイズメル 『初見のドラゴンでしたな。どこの所属か…あるいは無所属かはわかりません』

 

Jam 『しかし、オーバーンか。やはりメイジを探しているのか』

 

デコース・ワイズメル 『それはわかりませんねえ』

 

クロム 『なぜだ?』

 

デコース・ワイズメル 『変なやつでしたよ。ドリンクを注文もせず夢中でベースボールの試合を見ていました。なんというか…ガキっぽくて面白かったですねえ』

 

Jam 『ガキのドラゴンなんているのか?』

 

クロム 『まあ、いるんじゃねえか?』

 

Jam 『ドラゴンが交尾しているところは想像したくねえな』

 

k00 『ドラゴンカー…』

 

クロム 『やめろそれはやばい』

 

シャイア 『実はそういう性癖のドラゴンもいるらしいぜ』

 

Jam 『冗談だろう?冗談だと言ってくれ。ゼーダークルップの車に乗れなくなる』




ゼーダークルップ…社長がグレートドラゴンのメガコーポ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11話 マザーズラブ・イズ・ストロング1

新章開始しました
原作なしです
がんばります


 サザンカは夜のタコマのストリートを何をするでもなくぶらついていた。

 ここは彼女のマンションのあるベッドタウンで、サザンカのようなメタヒューマンにとって比較的、住心地のいいエリアである。

 もっともだからと言って夜歩きができるほど安全なわけではない。

 彼女も何度かおかしな輩に声をかけられたが、彼らは全員後悔するはめになった。

 今やこの街で彼女に手を出そうとする者はいない。

 

『ロータスの調子はどう?』

『術後は良好だよ、ただしばらくは動けないね。彼女の家族の様子は?』

 

 コムリンクで会話をする相手はスミスだった。

 彼とロータスは今シアトルにいない。

 前回の仕事から1週間ほどたっていた。

 二人はその仕事で得た報酬により、ロータスのサイバーウェアのアップデートのためにシアトルの外にでかけているのだ。

 スミスのツテのある腕のいいストリートドクがいるらしい。

 

『ふふ、お姉ちゃんに会えなくて寂しそうだったわ。でも貴方が雇った護衛も、真面目に仕事をしていたわよ。』

 

 サザンカはロータスのことをフォーマーカンパニーマンだと思っていたが、実はストリートチルドレン出身だった。

 彼女の二つ名はサムライスレイヤー。

 恐ろしいことに彼女はノンサイバーの状態でサムライを殺してそのウェアを奪い、自分の体に埋め込んでいったのだ。

 その費用を出したのはスミスである。

 彼は偶然その殺しを目撃し、その才能に目をつけてあしながおじさんしたのだ。

 ロータスがスミスに懐いているのはそれが原因だった。

 

『それはよかった、ロータスの調子が良くなり次第帰るよ。しばらく君に仕事を紹介できないのはすまないね。』

『気にしないで、別に私のツテはあなただけじゃないし。』

 

 スミスが肩をすくめる気配があった。

 

『君を独占できないのは残念だよ。』

『気持ち悪いジョークね。』

 

 スミスはHAHAHAと笑うと通話を切った。

 

「しばらく、仕事は無さそうね。はあ…ヴィジョン・クエストに専念しましょうか。ねえシロガネ、もっとヒントくれない?」

『だめー、そう簡単にイニシエーション4になれると思った?頑張って考えなさい。』

 

 この一週間、サザンカはミルクと遊んだり、原質(魔法のブーストアイテム)を探したり、そしてシロガネから出されたクエストに頭を悩ませたりして過ごしていた。

 あとはジェイムズにアルカナ技能の授業を行っている。

 これはイニシエートするために必要な技能である。

 しかし彼はそれについて全くの無知だった。

 ジェイムズの魔力は6だ、サザンカは好漢である彼の成長を望んだのだ。

 

「あれ?」

 

 その時サザンカは道の先にナイトエラントのパトロールカーが駐車しているのに気づいた。

 

「何か事件かしら?」

『ランプはなにもついてないわよ。ほら、自販機の前に誰か座り込んでるわ。休憩中でしょ。』

 

 サザンカはSINレスの脛に傷持つ身である。

 何も悪いことをしていなくても、パトカーなど見たら避けたくなるものだ、ランナーである彼女は進む道を変えようと思ったが、よく見るとその座り込んでいる人物は知り合いだった。

 

「あれ?キャロル何やってるの?」

「あ、サザンカさん…。」

 

 それは彼女の友人の警察官だった。

 同い年の、SWATに所属するアデプトで、UCASでは珍しいオニであり、小麦色の肌と緑がかった黒髪の美少女だ。

 サザンカが現実世界の『彼』と融合する前に仕事の途中で偶然知り合い、協力関係となった。

 だが今彼女は巡回警官の制服を着ている。

 

◎◎

 

「巡査部長に昇進、それはおめでとう。」

「全然めでたくないんですよ~。」

 

 彼女はくたびれているようだった。

 

「部下の使い方を覚えろって地域課に異動になっちゃって…、でもみんな私と仕事したくないって言うんです。」

「へー…。なんでかしらね。」

「わかりません。私は普通に仕事をしてるだけなのに。」

 

 サザンカはちょっと気まずい思いになった。

『彼』はコネ値2、忠誠値5の巡回警官のコンタクトを設定していたのだ。

 だとすれば彼女、キャロル・ガルシア・ヒメネスが異動になって今悩んでいるのは、自分のせいということになる。

 

「そんなわけで、今一人でパトロールしてるんです。はぁ、早くSWATに戻りたい。」

 

 SWATは刑事課に所属する実力行使部隊だ。

 サザンカはナイトエラントの上層部が魔力6の凄腕であるキャロルを、一時的とはいえ前線から外したのを奇妙に思った。

 なお彼女の知り合いのアデプトはトロールのミルクを含め魔力6ばかりだが、本来魔力6の覚醒者は中々いない。

 

「うーん、部下の使い方を覚えれば戻れるってことよね。」

「そういうことだと思いますけど。」

 

 サザンカは背中を預けることのできるこのコンタクトのために力を貸そうという気持ちになった。

 

「じゃああたしがしばらく一緒にいてあげる。それでキャロルの仕事ぶりにアドバイスさせて。」

「え、ええ~?」

 

 キャロルは困った顔になった。

 

「それはまずいですよ、PCに一般人…一般人?を乗せるなんて。」

「バレなきゃいいでしょ。」

 

 PCはパトロールカーの略語のようだ。

 彼女は現実世界のTRPGを思い出して懐かしくなった。

 

「まああたしに任せなさいって!」

「は、はあ。」

 

 彼女は押し切った。

 

◎◎

 

「起きて下さい、起きて下さいー!」

 

 二人がいるのはダウンタウンの猥雑とした歓楽街だった。

 店の真ん前で人が何人も倒れているという通報が入ったのだ。

 しかしそれはどう見てもただの酔っ払いだった。

 キャロルはその一人に必死に話しかけている。

 

「キャロル…こんなのほっときましょう。ただの酔っ払いよ。」

「いえ、でもお店の人は困ってます。」

「それはそうかもしれないけど、こんなのナイトエラントの仕事じゃないでしょう。」

 

 現実世界では警察が酔っぱらいの対応をしているのはよく見るが、ここは第6世界だ。

 こんなことをする必要はない。

 

「ねえ、貴女ゲル弾入のピストル持ってるでしょ?それで2,3発撃ってやれば起きるわよ。」

「ええ!?そんなことしたらかわいそうですよ。」

 

 サザンカはなぜ彼女がペアを解消されたのかを理解するとともに、面倒くさくなって、威力をめちゃくちゃ抑えた拳打(クラウト)の魔法を使った。

 

◎◎

 

「間違いないんです!隣の家の住人は昆虫精霊に体を乗っ取られてるんです!」

 

 そう言うのはヒューマンの老婆だった。

 昆虫精霊の目撃の通報だ。

 老婆の家に入ってみると、その家の内部の壁には白い紙がいたるところに張ってあり、彼女の頭にはアルミホイルで覆われたヘルメットがかぶせられていた。

 

「た、大変ですサザンカさん。対精霊部隊を呼ばないと!」

「キャロル…落ち着きなさい。絶対に違うと思うけど、霊視してくるね…。」

 

 当たり前だが隣家の住民は普通の人間だった。

 

「というわけで、勘違いですよ。」

「そんなことありません!魔法でごまかしてるんです!早くアイツラを殺してきて!」

「は、はあ。」

 

 キャロルは一体どうすればいいのかと困り果てている。

 気の短いサザンカはまたもや面倒くさくなって、電撃(ライトニング・ボルト)の魔法で老婆の頭のヘルメットを吹き飛ばすとその胸ぐらを掴んだ。

 

「フフフ。よく気づいた。だが残念だな、ナイトエラントは既に我々昆虫精霊が乗っ取った。お前は生かしてやる、だから誰にもこのことを言わず、二度と通報するな。」

「そ、そんな…。わかりました!だから殺さないで!」

 

 彼女の魅力は8、脅迫と虚言技能は5だ。

 多分4hitぐらいした気がする。

 

「さ、サザンカさん何を!?」

「いいのよ、これで事件解決。次に行きましょう。」

 

◎◎

 

 次の通報は盗難だった。

 そのストアに行くと、店の事務室に小汚いホームレスが座り込んでいる。

 テーブルの上には酒が並んでいた。

 どうやらそれを盗んだようだ。

 

「ええと、SINレスは逮捕するのが規則になっていますね、すぐ刑事課を呼びます。」

「待ちなさい。」

 

 サザンカはキャロルの頭にチョップを入れた。

 

「いた!サザンカさん痛いですよお。」

「それは建前だけの規則でしょ?SINレスを全部捕まえてたら留置所はすぐ満員になっちゃうわよ。」

 

 キャロルは困ったような顔をした。

 

「ええ?でもどうするんです?無罪放免ですか?」

「そうね、カウンシルに行きましょう。」

「へ?」

 

 サザンカたちはホームレスをパトカーの後部座席に乗せた。

 ちゃんと毛布を敷いてだ。

 彼はとても汚い、毛布は後で洗濯することになるだろう。

 そしてライトを一切消して隠密で橋を渡ると、サーリッシュシー(ネイティブ・アメリカンの国)の飛び地であるその島で彼を解放した。

 

「いい、これはからはここで盗みをしなさい。二度とシアトルに入るんじゃないわよ!?」

「へ、へいわかりゃした。」

 

 脅迫技能がまた役に立つ。

 サザンカは魅力値の高いであろうキャロルにフェイス系技能を教えなきゃと考えた。

 

「サザンカさん、こんなのまずいですよ…?」

「バレなきゃいいのよ。」

 

◎◎

 

「ええと、次は無銭飲食のSINレスの子供だそうです。」

「はあ!?ようするに、ストリートチルドレンでしょ。そんなの福祉施設に送ればいいじゃない。」

 

 しかし、キャロルは続けた。

 

「それが、身なりがとてもよくて、ストリートチルドレンに見えないそうです。コムリンクを無くした迷子じゃないかって。」

「はぁ、しょうがないわね。」

 

 ナイトエラントって大変なのね…。

 サザンカはキャロルを除いて嫌っている彼らに少し優しくしてあげようと思った。

 そして、パトロールカーはオーバーンのスポーツバーにたどりつく。

 そこには通報した店主と、確かに上等そうに見える服を着た中学生くらいの少女がいた。

 

 エルフで、金髪で、複数の人種の混血に見える。

 その顔はサザンカとよく似ていた。

 そしてその少女はこう言ったのだ。

 

「ママ!やっと見つけた!」

「はぁ!?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12話 マザーズラブ・イズ・ストロング2

「さ、サザンカさんお子さんがいらっしゃったんですか!?」

 

 オーバーン地区のスポーツバーでエルフの少女にしがみつかれたサザンカを見て警官のキャロルが驚愕している。

 客観的に見て、二人はとてもそっくりに見えた。

 

「あ、あたしにそんな記憶はないわよ!?」

 

 本当だ。

 サザンカというエルフはまだ18歳で、日本帝国でトラブルを起こしてUCASに逃げてきた身の上だ。

 その人生で子供を作る暇はなかった。

 年齢=彼氏いない歴である。

 

「あのぉ、ご家族さんならドリンクの料金を払っていただきたいのですが…。」

 

 店主はホッとした様子だ。

 サザンカも身なりは綺麗だ、金を持っていないように見えないし、実際ゴールド(日本円で1000万ぐらい入る)のクレッドスティックを何本か持っている。

 

「ママぁ、リョウキンってなあに?」

 

 少女は無邪気にサザンカを見上げて聞いてきた。

 サザンカと同じ和服だが、もっと軽装で、ひざの出た浴衣に近い衣服だ。

 紫色を基調にしている。

 

「仕方ないわね…とにかくこの場所を離れないと。」

 

 サザンカは諦めてドリンク代を支払う。

 店主はそのクレッドスティックの色に驚いていた。

 そして近くの人気のないパーキングに彼らは向かう。

 

「あのね、お嬢ちゃん。あなたお名前は?」

 

 しゃがんで少女に目線を合わせたキャロルが優しく聞く。

 エルフの平均身長は180センチもあるが、その少女はまだ背が小さい。

 なおサザンカは平均よりも低く170センチほどだった。

 

「名前?まだないよ!ねえママ、名前つけて?」

 

 少女の答えは意味不明だ。

 

「な、何なのこの子?」

「妹さんとかじゃないんですか?」

 

 サザンカは悩んだ。

 確かに日本にはまだ親族がいるはずだ。

 しかしこの少女は12,3歳くらいに見える、こんな年の妹や、従姉妹などいるはずがない。

 大体彼女の一族はヒューマンだった。

 サザンカは取り替えっ子なのだ。

 

「持ち物はなし…、おかしな子ですね。まるでなにもないところから突然現れたみたい。」

 

 少女はとりあえずとキャロルが渡したキャンディーを舐めてご満悦の様子だ。

 ありがとうお姉ちゃん、と言ったところからして、サザンカだけを母親として認識しているらしい。

 

『貴女日本から来たの?』

 

 サザンカは試しに日本語で話しかけてみた。

 

『日本?なにそれ?』

 

 すると日本語で応答が返ってくるのだが、その内容はやはり意味がわからなかった。

 そしてサザンカはうーんと唸りながら霊視をしてみた。

 困ったときは霊視、これはシャドウランの鉄則である、すると。

 

「え?」

 

 サザンカはその結果に目を疑った。

 目を瞬いて何度か霊視を繰り返す、だが結果は変わらない。

 

「あ、貴女一体?」

 

 その時キャロルが身につけているコムリンクが音をもらした。

 サザンカにも聞こえるようにスピーカーにしていたのだ。

 

『シアトルから、シアトル3。レドモンドで爆発が連続して起こっているとの通報だ。研究所地区に近い、直ちに急行し、現場を確認せよ。応援は、おって向かわせる。』

「シアトル3了解、ベルレッド・ロードを経由し向かう。所要5分」

『シアトル了解、オーバー。』

 

 レドモンドは現実世界ではアマゾンの本社もあるビジネス街だが、第6世界では無法地帯だ。

 しかし、企業の研究所がある地域は比較的治安が保たれていた。

 どうやらそこに近い場所でトラブルのようだ。

 サザンカは、キャロルは連絡の受け答えはカッコイイのにな、と現実逃避をしていた。

 

「サザンカさん、というわけでその子はお任せしていいですか?どうもトラブルみたいなんです。」

 

 キャロルはパトカーの運転席に乗り込むとエンジンをかけた。

 すぐにも出発する雰囲気だ。

 

「待って、何か気になるの。私も行くわ。」

「ええ!?危険地帯ですよ!その子を残すのも連れて行くのもダメですよ!」

 

 サザンカは苦笑いした。

 

「この子に危険な場所はそうそうないと思うわ。」

「へ?」

「時間がないんでしょう?さあ行きましょう!」

 

 そうしてサザンカは、膝の上に少女をのせて助手席に乗り込んだ。

 

◎◎

 

「あ、あれは一体?」

 

 それは、一見すると火の精霊に見えた。

 ヘルメス様式のメイジたちが召喚できるとっておきで、戦闘向きのとても高い能力をもつ。

 巨大なそれが、企業の警備員たちの銃撃を無視しながら進んでいる。

 だがそれは普通の精霊ではない。

 なにかによって、汚染されていた。

 

「汚染精霊ね、汚染魔法使いがいるかは不明。フォースは…10よ。」

「10!?」

 

 キャロルが驚愕していた。

 プレイヤーキャラのランナーが召喚する精霊のフォースは6であることが多い。

 それでも十分に強力で、エネミー相手に無双することができる。

 10というのは、『いますぐ背を向けて逃げろ』ということと同義だ。

 

「ナイトエラントの主力が来るのを待ちましょう。」

「いえ、そういうわけにはいきません。」

 

 しかしキャロルは極めて理性的なサザンカの提案に首を振った。

 車内にしまってあった武器を取り出す。

 

「あれは南に向かっています。このままだとレントン地区に入ってしまいます。」

「本気?どうせどこかの企業の研究所がやらかしたのよ。それにレントン地区なんて、ヒューマニスの根城じゃない?」

 

 ヒューマニスとは人間至上主義者のことで、サザンカやキャロルのようなメタヒューマンに激しい敵意を抱いている。

 過去には虐殺事件なども起こしていた。

 レントン地区はそのヒューマニスが根付いており、メタヒューマンは立ち入ることすら危ない場所だった。

 

「そんなのは関係ありません。これが、私の職務です。」

 

 彼女は美しく飾られた鞘からカタナを抜くと、それを八相に構えた。

 紫色の光を放つそれは、F6の武器収束具(ようするに魔法の武器)だった。

 彼女はソード・アデプトであり、規制品(メッチャ強い装備を1個買える資質)の資質持ちなのだ。

 

「わかったわ。」

 

 サザンカは微笑んだ。

 どうやらキャロルのプロ意識は5か6のようだ。

 夜の闇の中、炎を顔に受け、カタナを構える彼女はとても美しかった。

 サザンカは魔力を集中させると、能力値増強:直観力の魔法をF8でキャロルにかけた。

 

「ありがとうございます!」

「ねえ貴女。」

 

 サザンカは興味深そうに精霊を見ていた少女に話しかけた。

 

「貴女も飴をくれたお姉ちゃんになにかしてあげたら?お礼は大事よ。」

「うん、わかった!」

 

 すると少女は存外素直に頷くと、サザンカのマネをするようにしてキャロルに魔法をかけた。

 それは、サザンカよりも遥かに繊細で、強力な魔法だった。

 F10は軽く超えている。

 

(アーマー)?ふう、こんなすごいの初めて見たわ。」

『当たり前よ、魔法の深淵はまだ遥か彼方。貴女はその入口をくぐっただけにすぎないわ。』

 

 シロガネが言うのは真実なのだろう。

 サザンカはまだこの世界の上位者たちを甘く見ていた。

 

「示現流四段、キャロル・ガルシア・ヒメネス…参る。」

 

 キャロルはそう呟くと、凄まじいスピードで走り出した。

 彼女の構えるカタナが紫の残光を走らせる。

 すると、それまで銃撃を全く無視して進行していた精霊が、動きを止める。

 間違いなくキャロルを見ていた。

 そしてキャロルがまだ届かない距離から、炎弾を放つ。

 それがソード・アデプトの弱点だった、当たり前だが、剣は遠くまで届かない。

 

「ふっ!」

 

 しかしサザンカの魔法の援護を受けた彼女は、とっさに横に身をかわす。

 炎弾が道に大穴をあけるが、彼女は全くひるまない。

 そしてまた走り出した。

 彼女の流派には、それしかない。

 いや、それしか必要ないのだ。

 

「ああああ!」

 

 鬼の蛮声を上げ、火の汚染精霊に突っ込む。

 それは自殺行為だ。

 なぜならば、精霊の周囲にはエネルギー・オーラが張り巡らされている。

 F10のそれは、少女が張った(アーマー)とキャロルの装甲を貫いて、彼女を焼く。

 だが彼女はまだ生きている、そして痛みを感じていないように突き進み、接敵する。

 カタナの射程内であり、今まで警備員たちの銃撃を防いでいた『通常攻撃への耐性』は、彼女には全くの無意味だ。

 

「限界を超えなさい!」

 

 サザンカが叫ぶ。

 あらゆる武器には限界がある。

 どのような達人でも、現実世界では箸で鎧を斬ることはできない。

 だが、この世界にはそれを可能にするものがある。

 それがエッジだ、エッジは限界を超える力をもたらす。

 箸で鎧が斬れるのだ。

 そして、それがF6の、アーティファクトと言っていい武器ならば。

 

「チェストオオオ!」

 

◎◎

 

 キャロルは救急車で運ばれた。

 サザンカが治癒の魔法を使ったが、完全に意識を失っていた。

 もちろんそれでもカタナを手放したりはしていなかった。

 

「おはよう!ママ!」

「はいはい、おはようアヤメ。」

 

 結局サザンカは少女をマンションに連れて帰った。

 彼女を送り届けるにふさわしい場所など想像もつかない。

 名前を付けろとうるさいので、仕方なく花言葉をマトリクスで検索しながら名前を考えた。

 アヤメの花言葉は、『優しい心』だ。

 

「ママー朝ごはん食べたい。」

「わかりました、ちょっと待ってね。」

 

 彼女の生活スタイルは上流だ。

 冷蔵庫の中にはそれなりの自然食品があった。

 何を作ろうかな、と考えているとコムリンクが彼女をコールした。

 相手はミルクだ。

 

「おはよう、ミルク今日はどうしたの?」

 

 またデートの誘いかな、アヤメを紹介したらひっくり返りそう、と思いながらそれに出ると緊張した顔の彼女が映った。

 

『サザンカ、今すぐ荷物をまとめなさい。セーフハウスを用意するわ。急いで!』

「へ?どうしたの?」

 

 彼女は必死だった。

 

『まだマトリクスニュースを見てないわね。これよ!』

 

 彼女が送ってきたリンクを見ると、それは殺人事件のニュースだった。

 シアトルの市議会議員が殺されたいう内容だ。

 そしてその犯人として手配されているのは。

 

「は?」

 

 サザンカと、キャロルだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13話 マザーズラブ・イズ・ストロング3

「サザンカさん~。」

 

 ミルクが用意してくれたセーフハウスは、エヴァレット地区の下町にあった。

 ここは10年以上前に起きたマトリックスの世界的事故、クラッシュ2.0によって住民情報が消滅した地区だ。

 セーフハウスを置くにはぴったりなのだろう。

 中々きれいな一戸建ての建物に入ると、そこにはキャロルがいた。

 サザンカを見ると泣きながら抱きついてくる。

 

「キャロル!よかった…でもどうしてここに?」

「そ、それが刑事課の先輩に逃してもらって…ここに行けって言われたんです。」

 

 それに続けたのはミルクだった。

 ちなみにビキニは着ていない。

 トロール用のごついチェインメイルを身にまとっていた。

 

「トッシュのやつとは知り合いでね。あの手配について聞いてみたら、向こうからその子を預かってくれないかと頼まれたんだ。」

 

 トッシュというのはどうやらトロールの刑事のようだ。

 そしてミルクは不思議そうな顔をしてサザンカに訊ねた。

 

「ところでその子はなんだい?妹がいたなんて初耳だよ?」

 

 それはもちろんアヤメのことだった。

 ミルクの巨体に物怖じせず、口をあけて彼女を興味深そうに見つめていた。

 

「あ、ああそれはね…。」

 

 どう説明しようとサザンカが悩んでいると、アヤメは容赦なしに爆弾を叩き込んだ。

 

「アヤメはママの娘だよ!ママに造ってもらったんだ!」

「…サザンカ、詳しい話を聞かせてもらおうかい?」

 

◎◎

 

「どこから来たのかもわからず心当たりもないけどあんたとそっくりでママと呼ばれた?…それ正気で言ってるのかい?」

「事実なんだから勘弁して…。」

 

 ミルクはジト目でサザンカを見る。

 サザンカは背中に汗が流れるのを感じた。

 

「ミルクさん、それが本当なんですよ。会った時私も一緒にいたから間違いありません。ところで名前つけてあげたんですね。アヤメって日本語ですか?」

「うん、花の名前。」

「うわー、それは素敵ですね。」

 

 ミルクはしばらく目をつむったがそれをカッと見開くと決意したように言った。

 

「いいよ、アタシはすべてを受け入れる。あんたがバツイチだろうがずっと年上だろうが気にしないよ!」

「あ、ありがとう…。」

 

 ミルクはアヤメにアタシのこともママと呼んでいいよ、と言ったがすげなく断られていた。

 サザンカはパン!と手をうつ。

 

「それはともかくこの件は一体なんなの!?あたしは全く心当たりが無いんだけど。」

「わ、私もです。ナイトエラントの警察病院の病室にいたら、ちょっとあまり上手くない変装をしたトッシュ先輩が来て、いいから逃げろと…。はあ、私のカタナ今どこにあるんだろう…。」

 

 ミルクはコムリンクを操作するとデータをサザンカのそれに送った。

 なおキャロルのコムリンクは病院に置いてきたらしい、追跡される可能性が高いからだ。

 

「今わかってるのは、この程度だね。一般のマトリックス検索で分かる範囲だ。これ以上を調べようとしたら、ツテに頼るか、デッカーに依頼するしか無いわ。」

 

 それには事件の概要が書かれていた。

 殺されたのは、反市長派の親メタヒューマン若手議員。

 自宅にいたところ、侵入してきたキャロルに撃ち殺されたことになっている。

 それを支援したランナーとしてサザンカの顔写真がついていた。

 ピンボケしたあまり良くない画像だ。

 

「これって…。」

「あー、多分私のボディカメラに写ったやつだと思います。」

 

 サザンカは不意をうたれた。

 

「え、じゃあ昨日あたしがキャロルと一緒にいたのはバレバレだったの!?」

「あれ、サザンカさん警官にはみんなボディカメラがついてるのご存知なかったのですか?」 

 

 ご存知なかったのだ。

 

「あんた…そんなの常識だろう…。」

 

 ミルクが呆れたように言う。

 

「状況からするとキャロルちゃんだっけ?あんたがランナーとツテがあるのに気づかれて、丁度いいからと罪を着せられた感じだね。だがナイトエラントも一枚岩じゃない感じだ。」

「それってこの議員を殺したのがナイトエラントってこと?」

 

 ミルクは腕組みした。

 

「まあ、あそこも所詮企業だからねえ。市長あたりと共謀したんじゃないかい?」

 

 現在のシアトル市長、ケネス・ブラックヘイブンはよりによってヒューマニスの首魁だ。

 シアトルのメタヒューマンは皆市長の交代を望んでいるが、やり手の彼は現在うまく立ち回っている。

 

「そんな…じゃあもうシアトルにいれないってことですか?」

「というかそれ以前にあんたはこのままだとSINレス真っ逆さまだよ。ようこそ影の世界に。」

 

 キャロルはそんな~と泣き言を言う。

 

「まだ全てが決まったわけじゃないでしょう、ようするに真犯人とその証拠を見つけて突きつけてやればいいのよ。」

「それしかないだろうね。」

「でも、違和感があるわ。キャロルほどの戦力を、何でこんなに簡単に捨てたのかしら。」

 

 ミルクはサザンカに聞いた。

 

「この子は凄腕なの?」

「F10の精霊に突撃して生き残るくらいには」

 

 ミルクは綺麗な口笛をふく。

 ジェイムズよりずっとうまい。

 

「それも調査事項ね」

 

 サザンカは決意して言った。

 

「となるととっかかりは、『実行犯』『ナイトエラントの犯人の協力者』の調査かしら。あとは『実際の殺人現場』を調べたいわね。」

「警官がガッチリガードしてるんじゃないかい?」

 

 サザンカは微笑んで言った。

 

「それにはプランがあるわ。」

「嫌な予感しかしませんが、やるしかないんですね…。」

「ふん、じゃあ前の二つについてはアタシが調べるよ。」

 

 行動指針は決まった、だがその時アヤメを除く彼女たち全員が緊張する事態が起きた。

 セーフハウスのインターホンが鳴らされたのだ。

 

「ミルク、ここを知っているのは?」

「マイクロビキニズの腹心を除けばいないわ。彼女が裏切ることは、ありえないと思っていい。」

 

 カメラの画像を見ると、そこには派手な赤いドレスを着た妙齢のヒューマンの女性が立っていた。

 知らない顔だ、後ろの二人を見ると、キャロルも首を振る。

 しかしミルクは引きつった顔をした。

 

「な、なんでこいつが…。」

 

 すると、鍵がかかっていたはずのドアが勝手に開いた。

 サザンカは、魔法の指と物品移動の魔法が使われたことに気づいた。

 メイジだ。

 

「お邪魔するよ。」

 

 その女性は遠慮もなく家に入ってくる。

 サザンカたちは警戒した。

 いつでも戦える姿勢だ。

 しかし、彼女はサザンカたちに目もくれず、アヤメを注視した。

 そしてため息をつく。

 

「わかっちゃいたけど、違ったかい。」

「どちら様?勝手に鍵を開ける人はあんまり迎えたくないんだけど。」

 

 女性はちらりとサザンカに目をやった。

 嫌な目だ、まるで虫でも見るような。

 

『サザンカ、こいつに喧嘩を売るな。』

 

 そのとき、サブボーカルマイクで、緊張したミルクの声がサザンカにかかった。

 女性は、少し考える姿勢を取ると、サザンカに向けて話しだした。

 

「あんたらのことは知ってるよ。困ってるんだろう?もしよかったら仕事をしないかい?そしたらあの変な手配を引っ込めるように圧力をかけてあげるよ。」

 

 そんなことを言うということは、彼女はどこかのメガコーポの実力者あたりなんだろうか。

 しかしミルクが首を振った。

 

「悪いが断らせてもらうよ、こちらにもメンツがある。」

「そんなことを言ってる場合かねえ、それならあれだ。私の名前はラビアル、とあるヒューマンのラビアルからの依頼ということでどうだい?」

 

 ミルクはちらりとサザンカを見た。

 霊視をしたサザンカは状況を察していた。

 ミルクにうなずくとラビアルに答える。

 

「わかったわ、それで依頼ってのは?」

「卵を探してほしいのよ、でかい卵。」

「なんですって?」

 

 だが彼女は真剣なようだった。

 

「魔法がかけてあって、ちょっとやそっとじゃ壊れない。だけどアーティファクトとかで殴られると危ないね。報酬はさっき言ったのに加えて一人頭2万新円。」

 

 それは一つのランの報酬としては破格だった。

 だが、これは普通のランではない。

 

「勘だけどね、あんたらはどこかで関わる。その時必ず確保して、しなかったら…後悔することになる。」

「いいでしょう、連絡は?」

 

 そこのトロールが知っているでしょう。

 そう言うと、彼女は来たときと同じようにドアに手を触れずに締めて立ち去った。

 

「あのオバサン、なんかいやー!」

 

 アヤメが口をへの字に曲げて言う。

 サザンカは苦笑した。

 

「それ、本人の前で絶対言わないでね。」

「な、なんだったんですか?」

 

 一人だけ状況を理解していないキャロルが戸惑ったように言う。

 

「知らぬが吉よ、それより動きましょう。彼女の言ってた依頼は、全くとっかかりがないからね。今は予定通りに。」

 

◎◎

 

「け、刑事課長?なぜこちらに。」

「なぜも何も殺人現場に私が来ておかしいのかな?」

 

 だがおかしいようだった。

 殺人現場は刑事課の管轄だ。

 だがそこには刑事は一人もいない、鑑識すら来ていなかった。

 

「現場を見たい、君たちは外の警備を頼むよ。」

「は、はあ…。」

 

 地域課の警官たちは戸惑ったような表情をしていたが、階級が上の相手に言われたことだ。

 引き下がると屋外に出ていった。

 

「魔法ってすごいんですね…。」

『キャロル、センサータグがあるかもしれないからサブボーカルマイクを使って。』

『あ、ごごごごめんなさい!』

 

 それは物理の仮面の魔法で変装したサザンカと、完全透明化の魔法で透明になったキャロルだった。

 

『それで、どう?刑事の勘ってやつは。』

『それ何十年前の話ですか?時代は科学捜査です。』

 

 だがキャロルはプロだった。

 殺人現場の見分を始める。

 

『実行犯は複数ですね。護衛も殺されています。武器はサブマシンガンかな?フレシェット弾が使われてますね、確実に殺したかったようです。』

『何か犯人につながる手がかりは?』

 

 そうですね…。

 キャロルは考え込んだ。

 

『弾痕が多すぎます、腕は悪いですね。弾痕の種類も多いので、違う銃を使ってますね。だから企業の戦力とかじゃないんじゃないかな…、ランナーでもないし、程度の低いギャングあたりかしら。』

 

 なるほどね。

 サザンカは呟いた、これで犯人がかなり絞れる。

 その時、外を警備していた警官たちが銃を構えて駆け込んできた。

 

「貴様!何者だ!?刑事課長は今中央署にいらっしゃるぞ!?」

「あらら、もうバレたの?早かったわね。」

『サザンカさん、あの、殺さないでくださいね?同僚なので…。』

 

 サザンカは苦笑をしてそれにうなずいた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14話 マザーズラブ・イズ・ストロング4

「どういうことだ?アーティファクトが力を発揮しないというのは。」

「ハッ、そ、それがどうやら持ち主以外使えないパワーがあるようで…。」

 

 軽く70歳を超えて見えるヒューマンの男が、部下を冷たい目で見ていた。

 部下は冷や汗を浮かべながらそれに答える。

 

「持ち主はヒメネス巡査部長だったね。」

「ハッ、どうやら刑事課の誰かが逃がしたようです。」

 

 男は舌打ちをした。

 

「探せ。」

「では彼女に命じて?」

「そんな必要はない。」

 

 部下は理解できない顔をしていた。

 

「ヒメネスくんに死んでもらえれば、新しい持ち主を設定できるのだろう?」

「こ、殺すなどと…本気ですか?」

 

 彼は部下を蔑んだ目で見た。

 彼らはもう彼女に殺人罪を着せたのだ。

 今更殺したところで大した違いはない。

 

「急ぎたまえ。」

「は、ハッ!」

 

◎◎

 

「私のツテで調べたよ。」

 

 セーフハウスに戻ったサザンカとキャロルは、ミルクの報告を受ける。

 痕跡は、しっかりと"消毒"していた。

 

「ナイトエラントについてだが、怪しいのはこいつだね。」

 

 彼女はデータをコムリンクに送信する。

 そこには一人の男のデータがあった。

 一見すると70歳以上に見えるヒューマンの男だ。

 

「あ、ヤマダ課長…?」

「そう、ブーア・ヤマダ公安課課長。ヒューマニスに入ってる噂がある人物だ。シアトルのナイトエラントで、一番市長と繋がりが強い。」

 

 小柄な老人だ。

 偏見かもしれないが、陰険そうな顔をしていた。

 

「どういう人?」

 

 サザンカはキャロルに聞いてみた。

 

「はあ、研修で一度公安課に行きましたが、よくわからない人でした。研修もなぜかずっと分署の草むしりをさせられて…。」

「なにそれ…。やっぱりキャロルがオニだから?」

 

 ミルクはため息をついた。

 

「かもねえ、それなら腕のいい彼女のことが余計憎かった可能性はある。」

「主犯らしき人物がわかったわけだけど、あとは実行犯を知りたいわね。」

 

 ミルクはかぶりをふった。

 

「それはちょっと候補が多すぎたわね。ヒューマニス関連で探したんだけど。」

「こっちで現場検証をして使った武器はわかったわよ。」

「それでも無理よ、まったくクソッタレのヒューマニス。多すぎるのよね。」

 

 サザンカは悩んだ。

 

「いっそ抽出する?このじーさん。」

「それが手っ取り早いかもしれないね。ただナイトエラントを敵に回すことになるよ。」

 

 抽出とは界隈の用語で、要するに誘拐のことだ。

 

「そ、それは困ります。」

 

 そのとき、ミルクがコムリンクを手にとった。

 どうやらコールがあったようだ。

 

「ホワイトナイトのお出ましのようだ。」

「え?」

 

◎◎

 

「ホワイトナイトって貴方?」

「何だよ、文句あるのか?せっかく助けに来たのによ。」

 

 郊外のバーで合流したのは、ジェイムズだった。

 相変わらずアロハを着ている。

 だが場に浮いているわけではなかった、ミルクの経営するこのバーは、トロールの客が多い。

 

「まあ、正確には俺じゃなくてスミスのやつなんだがな。彼女と繋いでくれたのは。」

 

 そう言って彼は隣りにいるサングラスを付けた女性をアゴで示した。

 30歳くらいの、なんというかいかにもな軍人に見えるヒューマンの女性だ。

 

「アンダーソン先輩?」

「名前を呼ぶんじゃない巡査、いや巡査部長か。」

 

 その人物はどうやらナイトエラントの関係者のようだ。

 

「私は、ナイトエラントではなくアレスの意向を受けてここにいる。」

「へえ?どういうことだい。」

 

 ミルクは交渉慣れしているようだ。

 さすが多くのコネをもつギャングリーダーだけのことはある。

 そしてアレス重工は、世界トップのメガコーポで、ナイトエラントの親会社のことだ。

 

「彼はやりすぎたんだよ。ヒューマニスに入ろうが市長と繋がろうが問題ないが、身内から殺人犯を出すような差配はナイトエラントの名誉を大きく傷つけた。本社はこの件を、彼も含めてなかったことにすると決定した。」

 

 君たちのフィクサーが交渉したようだがね、と彼女は続ける。

 

「ふうん、サザンカのフィクサーはかなりやるようだね。」

 

 サザンカは苦笑いした。

 彼が善意で何かするのは想像できない、きっと後で面倒な仕事を任せられるだろう。

 

「それにどうも彼は最近それ以外でもおかしな動きをしている。タリスモンガー(魔法屋)と渡りを付けているようだが、強力な収束具をさがしているらしい。」

「収束具?それってキャロルが持ってたみたいな?」

 

 アンダーソンはうなずいた。

 

「そうだ、彼女のカタナは今行方不明になっている。彼の手元にある可能性が高い。」

「わ、私のカタナが!?」

 

 どうやらキャロルが狙われたのはそれが原因のようだ。

 

「じゃああたし巻き添えじゃない!?」

「ご、ごめんなさいサザンカさん…。」

 

 キャロルが涙を浮かべる。

 サザンカはさすがに慌てた。

 

「あ、キャロルを悪く言ったつもりはないの。キャロルは私の大事な友だちだし…。」

「あ゛り゛がとうございます…!」

 

 キャロルは抱きついてきた。

 彼女の意外にある胸が当たる。

 男の意識も混ざっているサザンカは真っ赤になった。

 

「サザンカ…?」

「う、浮気じゃないわよ!?」

 

 しかしサザンカは別にミルクと付き合ってるわけではない。

 

「ひゅー、修羅場かよ。」

 

 ジェイムズが下手くそな口笛を吹く。

 この世界ではLGBTは珍しくない。

 手術で性別を変えることもできるのだ。

 

「しゅらばってなに?おじちゃん?」

「ん?あー…、サザンカ何だこのガキは?」

 

 サザンカはジェイムズの疑問を無視した。

 いちいち説明するのが面倒になったのだ。

 それに、問題が合った。

 

「ミルク?」

「ああ…、囲まれている。」

「何!?」

 

 アンダーソンが驚いている。

 

「ジェイムズ、貴方たち付けられたわね。」

「マジか?気づかなかったなあ。」

 

 ミルクは店のスタッフに指示を出している。

 客はそれに素直に従っていた。

 マイクロビキニトロールズのかしらに歯向かうものはこの店の客にいない。

 

「さすが公安といったところか、だが実行部隊の腕はどうかな?」

「ふぅ、SWATには動かないよう指示をだしてある。おそらくヒューマニス関連だろう。好きにしてくれ。」

 

 アンダーソンの許可が出た。

 

「実行犯が来てくれたのかもしれないわね。」

「すまないね、サザンカ。アタシは殺さないのは苦手なんだ。」

 

 サザンカはミルクにウィンクした。

 

「任せてよ、全員ふんじばってやるわ。」

 

◎◎

 

「攻撃準備は整いました。」

「よし、ナイトエラントとは話がついている。グレネードをぶちこんでやれ。」

 

 そのバーの周囲には思い思いの装備をしたヒューマンの集団がいた。

 人種も肌の色も様々だ。

 覚醒の結果、それらの差別は下火になった。

 メタヒューマンは、それ以上の問題だと彼らは考えたのだ。

 浄化せねばならない。

 

「汚い化け物どもめ、思い知らせてやる。」

「隊長!トロールが一匹出てきました。」

 

 店のドアを開けてアロハシャツを着たトロールがのんびり歩み出る。

 ヒューマニスたちは色めき立った。

 

「いいだろう、やつから殺せ!」

 

 だが隊長の隣で声が出る。

 

「無理だと思うけどね。」

「何!?」

 

 誰もいない場所から声が出る。

 それは、サザンカの透明魔法だった。

 そして透明になった彼女の蹴りを受けて、隊長らしき男が倒れる。

 残念ながら彼女は非殺傷の範囲魔法を習得していない。

 一人ずつ蹴り倒すしかなかった。

 

「メイジだ!」

 

 混乱したヒューマニスたちはメクラっぽうに銃を撃ちまくる。

 同士討ちがあちこちで発生した。

 

「あら、計算違い…こんなに練度が低いなんて。」

 

 店先を見るとジェイムズが掴んでは投げ掴んでは投げしている。

 銃弾は彼の皮膚すら傷つけていない。

 相変わらずの強靭さだ。

 そして、彼女らは殺人の実行犯を捕らえることに成功した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15話 マザーズラブ・イズ・ストロング5

 その、看板も何もない2階建ての建物に侵入したのは、アレス重工の特殊部隊だった。

 訓練通りに各部屋のクリアリングを行い、"目的のもの"を探索していく。

 その建物には人員はひとりもおらず、それは見つからないだろうと隊長は考え出していた。

 

「さすが諜報機関だな。我々の動きに気づいたか。」

 

 戦闘が起きることはなさそうだ、そう彼が考え出したとき、部下からサブボーカルマイクで連絡があった。

 

『隊長、課長室に例のものがありました!』

『わかった、向かう。』

 

 自室に残したか…、そう考えながら彼は無人のその部屋に向かう。

 しかし彼は考えを至らせるべきだった。

 その建物には大量の"紙の資料"がそのまま残されていたのだ。

 それは諜報機関が拠点を引き払うにしては、異常なことだった。

 

「これか…見るのは初めてだが、さすがに大きいものだな。」

 

 その部屋の隅には、くすんだ白色の、課長用デスクと同じくらいの大きさの卵が鎮座していた。

 しかし。

 

「隊長!?これは卵ではありません!」

 

 それを霊視した部下のメイジが叫ぶのと同時だった。

 卵に見えるそれが爆発したのは。

 建物ごと全てを破壊する巨大な火柱が起こり。

 その部隊の家族は、全員が遺族年金の対象となった。

 

◎◎

 

 サザンカは自宅マンションに帰っていた。

 議員殺害の実行犯を捕らえたことで、ナイトエラントと話が通り手配が解除されたのだ。

 今や追われるものと追うものの立場は逆になった。

 

「おおっ、いい部屋だな。」

 

 ジェイムズはサザンカのマンションに入るとまっすぐ冷蔵庫に向かう。

 

「ちょっと!うちの冷蔵庫は貴方にかかればすぐ空っぽよ!?接近禁止!禁止です。」

 

 サザンカは悲鳴のような声を挙げる。

 ジェイムズは残念そうに台所から離れた。

 

「ちょっとあんたら、遊んでる場合じゃないでしょ?サザンカを嵌めたクソッタレを探さないと。」

 

 ミルクが憤る。

 ナイトエラントの"軍曹"ことアンダーソンによると、ヤマダ課長は拠点を爆破させて逃走中らしい。

 アレスの部隊が一つ犠牲になった。

 キャロルは疑問を呈した。

 

「で、でも本社が動くなんて変な話です。議員殺害以外に何かあるんでしょうか?」

「たしかにね、どうもアレスが協力的で違和感を感じてるんだ。そのヤマダって奴は企業にとってまずいことをやってるのかもしれない。ツテのデッカーに調査依頼をしてるんだが、まだ結果はきてないよ。」

 

 さすがミルクはそつがなかった。

 サザンカはジェイムズを台所から排除すると、チームに振る舞うための料理を始める。

 アヤメが彼女の足にまとわりつき、ぴょんぴょんと跳ねながら料理の完成を促していた。

 

「情報なしにこの広いシアトルを探し回っても無駄足よ。今は待ちましょう。」

 

 そして彼らは天然コーヒーと彼女の料理したオムライスに舌鼓をうつ。

 卵はこの世界では貴重品だった。

 なにしろ、鶏は油断すると覚醒してコカトリスになるのだ。

 農業も畜産も第6世界では命がけの仕事だった。

 

「サザンカの手料理は最高においしいね。ねえ、アタシのために毎日手料理を作ってくれない?」

「毎度のごとく遠慮させていただくわ。あたしはまだ誰ともくっつくつもりはないの。」

 

 いつもの掛け合いが終わった時、ミルクの動きがとまる。

 どうやら連絡が入ったようだ。

 彼女はサブボーカルマイクで会話をしているようだった。

 

「うちの部下におかしな情報が入ったわ。ウル…じゃなくてラビウル?だっけ、あの女が言ってた卵の話よ。巨大な卵をアレス・ロードマスターから運び出してる連中がいたらしいわ。あいつの依頼を無視すると面倒よ、行ってみない?」

 

 サザンカはうなずいた。

 

◎◎

 

「ああ!殺しちゃいました!」

 

 キャロルが悲鳴をあげる。

 彼女はコンバットナイフを装備していた。

 当然だが両刃のそれで峰打ちはできない。

 

「気にしなさんな。ほら、進むよ。」

 

 その隣では彼らが必死にしつらえたバリケードを頭のおかしい銃で破壊したミルクがリロードを行っていた。

 クライム・コンフェデレイトという名を持つそのドでかい銃は、小型戦車の主砲と同じ威力を持つ携行火器だ。

 クライムは基本ルールブックに三流企業と記載されているが、『クライム・カタログ』という専用サプリがあるほど公式に愛された企業だ。

 ミルクはクライムのブランド信仰の資質を持っていた。

 

「やることねーな…。」

 

 ジェイムズは呆れた顔だ。

 だがそれも仕方あるまい、この建物に立てこもっていたのは戦闘員ではなく、諜報員だった。

 少し小細工をしたようだが、彼らはどの勢力に襲撃をうけていても、対抗できなかったろう。

 

「や、やめろ。降参する!」

 

 一人の男が両手を挙げて震えながら部屋の中から歩みだしてきた。

 

「フォーブ係長です。ええと、担当してるのは…。」

「頼む…命だけは…グハッ!」

 

 だがそのヒューマンの中年男性は背後から銃弾を受け崩れ落ちた。

 仲間から撃たれたようだ、胸を銃弾が貫通している。

 

「あらあらかわいそうに」

 

 ミルクがそういうと、コンフェデレイトを発射した。

 それは人に対して撃つべき銃ではない。

 すさまじい轟音がひびき、そこから人の形は無くなった。

 

「ぐへっ、ミンチよりひでえや。」

「楽にしてあげたんだよ、優しいだろ?」

 

 気持ち悪そうな声をあげたジェイムズにミルクがウインクするが、絶対に嘘だ。

 彼女がヒューマニスに情けをかけるわけがない。

 

「はいはい、いいから進むわよ。」

 

 そして銃弾を恐れもせず、サザンカが裏切り者を撃った誰かがいる部屋に進む。

 イニシエートによる上位魔法、固着術で能力値増強直観力を高フォースで維持し、戦闘感覚のアデプトパワーまで持つ彼女には、レンラクの工作員ですら銃弾をかすらせることもできなかった。

 不意打ちを受けなければ彼女は回避の達人であり、戦闘感覚は不意打ちに対する対抗力まであるのだ。

 

「くそ、人外どもめ!近づくな!」

 

 その部屋にはメガネをかけた白髪の老人がいた。

 ヘビーピストルを構えているがその腕は大したことが無さそうだ。

 そして、彼は巨大な卵を盾にしていた。

 

「これがドラゴンの卵…初めて見たわ。」

 

 ドラゴンには関わるな、という言葉がある。

 それは全くもって正しい格言だ。

 彼らはあまりにも強大すぎる存在であり、そして人間を羽虫程度にしか思っていない。

 友好的に見えるものもいるが、それは貴重な昆虫なので保護しようという程度の認識なのだ。

 

「ヒメネス巡査部長!これを破壊しろ!」

 

 ヤマダ課長が叫ぶ。

 

「ドラゴンは世界の害悪だ!増えることなど許容できない。卵のうちに破壊するのだ!」

「へー。」

 

 ミルクが感心したような言葉をもらす。

 それは一理あった。

 ドラゴンは機嫌を損ねれば人類虐殺など屁でもない。

 実際複数の都市が消滅していた。

 それを実行すれば確実にドラゴンに殺されることになる、自身の命を顧みない英雄的行為ということもできた。

 

『サザンカ。』

『何?』

 

 そのときシロガネが話しかけてきた。

 

『その卵、破壊しなさい。あなたならできるでしょう?』

 

 サザンカは驚いた。

 たしかにシロガネはドラゴンスレイヤーの導師精霊だ。

 彼らは犯罪、不正、汚染を倒すべき敵とみなし、そして実在のドラゴンもそれに含める。

 しかし、同時に約束を守ることをとても重視する。

 サザンカはラビウル…いや真紅の女王の二つ名を持つドラゴン、ウルビラから卵の保護の依頼を受けていた。

 これを反故することは重大な約束破りだ。

 

『本気?』

『"許可"するわ。ドラゴンは倒すべき存在。卵といえど例外ではない。』

 

 サザンカは卵の前に進み出る。

 そして、通過すると素手でヤマダ課長に強力な当て身を入れた。

 彼は何も言えず気絶する。

 

『サザンカ?』

『お断りするわ。』

 

 彼女はシロガネに答えた。

 

『許可してもペナルティは無しと言ってないじゃない?全ての判定に-2なんてごめんよ。』

『うーん、見抜いたか。』

『貴女本当は蛇か鴉でしょう』

 

 シロガネはぺろりと舌を出す。

 サザンカは悪辣な相棒に呆れたように肩をすくめた。

 それに彼女は気づいていた。

 

「ウルビラさん?卵は確保したよ?」

 

 ミルクたちがハッとして振り返る。

 そこには人の姿に変化したドラゴン、ウルビラがこちらを注視していた。

 おそらく、サザンカたちをつけていたのだ。

 

「貴女がおかしなことをしていたら、殺してたわ。」

「約束は守るわ、私にとって約束は大事なの。」

 

 ウルビラは卵を魔法によって引き寄せる。

 

「全く私としたことが油断したわ。報酬はすぐ支払う、そのトロールはいなかったけれども。おまけよ、含めてあげましょう。」

 

 どうやらジェイムズも報酬をもらえるようだ。

 太っ腹なことだ。

 だが彼女はやはりドラゴンだった。

 

「次はケジメをつけなきゃね。ナイトエラント…許すわけにはいかない。」

 

 ええ!?とキャロルが悲鳴をあげる。

 

「待って、これはこの男が勝手にやったことよ。ナイトエラントは貴女の卵を探して返そうとしていたはずよ!?」

 

 サザンカが慌てて彼女を説得しようとする。

 しかしウルビラは無視した。

 建物の窓から外に飛び出すと、ドラゴンの姿を取り戻す。

 その巨大な真紅の姿は、二つ名にふさわしい猛威を誇っていた。

 おそらくナイトエラントの中央署に向かおうとしている。

 

「くそ!おいミルク!ナイトエラントの連中に避難の連絡を!」

「やるけど、多分間に合わない!」

 

 ジェイムズが叫ぶが、ミルクは悲観的な反応をした。

 恐らく彼女がたどりつくまで数分もかからない。

 サザンカは決意した。

 

「アヤメ?あのおばさんを追いかけないといけない。ママを助けてくれる?」

「うん!もちろんいいいよ!」

 

 サザンカのコンタクトの数値はなぜかアプリで36あった。

 そこでギャングリーダーのミルクが6/6で12、フィクサーのスミスが4/2で6、巡回警官のキャロルが2/5で7だ。

 そしてタリスモンガーのコンタクトを1/3で取得していた。

 残りは7ポイントだ。

 シャドウランでは、知識技能とコンタクトはリストから選ぶのではなく、好きなものを設定できる。

 そしてゲームマスターが認めたなら、それを使うことができるのだ。

 だから、例えば知識技能に整髪/リーゼントも設定できるし、コンタクトにJKを持つこともできる。

 

「えいっ!」

 

 アヤメはウルビラが飛び出したのと同じ窓から飛び降りるとその姿を変える。 

 それは、ウルビラがいわゆる西洋竜だったのと違い、長い胴体を持つ東洋の龍の姿だった。

 サザンカのPLは、普通のゲームマスターだったなら絶対に認めないコンタクト:ドラゴン1/6で設定したのだ。

 

『ママ、落ちないでね?』

 

 しかし、コネ値が1で、人間に対して忠誠値が6のドラゴンなど存在しなかったのだ。

 だから世界は、アヤメを創り出した。

 サザンカを母と慕う彼女を。

 

「空中戦ね!行くわよ!」

『がんばりなさいサザンカ!いいでしょう!イニシエート4を認めます!』

 

 シアトルの空で、死闘が始まろうとしていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16話 マザーズラブ・イズ・ストロング6

久しぶりに投稿させていただきました
何度かオリシを回したのでそれをもとにした話を書こうと思います


「あれ?」

 

 気がつくと、サザンカは自分が椅子に腰掛けているのに気づいた。

 瀟洒なつくりの金属製の背もたれのないチェアで、目の前にはデザインを合わせたと思しき黒色の同じく金属製の丸い小さなテーブルがある。

 そして、その向こうには同じチェアが置かれ、一人のヒューマンの男が腰掛けていた。

 

「やあ、こんにちはサザンカお嬢さん。いや、本来は男性だったのかな。」

 

 おそらく『平凡』の資質を持っていそうなその痩せた白人の中年男性は、気楽そうな様子でサザンカに話しかけてきた。

 仕立てのいいスーツに身を包み、ある意味スミスと似ているが、間違いなく彼とは別人だ。

 

「ええと、ここはどこかしら?私ドラゴンと空中戦をしてたような気がするんだけど。」

 

 夢でも見てるのかしら、と思うサザンカに、男は簡単な様子で爆弾を投げ込んできた。

 

「ここはまあ、言ってみればあの世かな。君はあのドラゴンにまあまあの火球を受けてね、今心臓は止まっているよ。」

 

 そう言われてサザンカは思い出した。

 アヤメの警告のドラゴンスピーク(ドラゴンの意思伝達方法)を受けた次の瞬間、巨大な火球が迫った来たのが最後の記憶だった。

 しかしサザンカは妙に冷静に現在の状況を推察した。

 

「てことは貴方は転生担当の神様?土下座して生き返らせてくださいってお願いしたほうがいいのかしら。」

 

 男は苦笑して手を振った。

 するとテーブルの上にティーカップが二つ出現する。

 そして彼はそれを手に取ると口にふくんだ。

 

「残念ながら私は神なんてそうたいしたものじゃないよ。実は私も死人でね、ここから君のことを時々覗いていたんだが、君が落ちてきたから少し話してみようと思ったんだ。」

 

 その男はどうやら異世界転生ものにも詳しいようだ。

 サザンカは男にうながされてカップを手に取った。

 しかしそこで考え直す。

 

「これ、飲んじゃったら私も死者確定ってこと?」

「日本神話だね。ヨモツヘグイだったかな。安心していい、これは言ってみれば味のある幻覚だよ。今現世では君の仲間たちが必死に蘇生をしている。もうしばらくすれば向こうで目を覚ますだろう。」

 

 サザンカは男の『意図を探ろう』としてみた。

 だがどうもうまくできている気がしない。

 男のダイスプールは桁が外れている気がした。

 

「美味しい。紅茶には詳しくないけど、いい葉っぱを使ってるわね。」

「そう言ってもらえると嬉しいよ。」

 

 男は少しはにかんだ。

 どうも不思議な愛嬌がある。

 

「ところで貴方のお名前は?私だけ名前を知られてるなんてずるいわ。」

「うーん、死人の名前なんて知ったところで意味はないが。そうだね、Dとでも呼んでくれ。」

 

 その名前には一つ心当たりがあった。

 緊張が走り、肩に力がこもる。

 

「貴方が私に何の用が?」

「君は上方世界から来たんだろう?興味を持つのは当然だよ。」

 

 サザンカの知らない言葉が出てきた。

 

「上方世界?」

「ああ、君の世界ではここは物語として描かれているんだろう?」

 

 サザンカ諦めたように肩をすくめた。

 

「結局貴方神様みたいなものじゃない。それで、私に何を聞きたいの?残念だけど未来のことは知らないわ。」

 

 Dは苦笑してカップに再び口をつけた。

 

「神様じゃあないんだけどね、それで君に聞きたいのは、君がこれからどうするつもりかということさ。」

「どうする?」

 

 それはとても抽象的な質問だった。

 サザンカは綺麗な金色の瞳をぱちくりさせてオウム返しをした。

 

「君は今はそこまででもないが、素晴らしい素質を持っている。しかもエルフだ、おそらく偉大なメイジになるだろう。あの道化師のようにね。」

 

 サザンカはお茶を吹き出しそうになった。

 あんな化け物と一緒にされては困る。

 

「私、イモータルエルフじゃないわよ。まさか、貴方が私をそうするつもり?」

 

 イモータルエルフはグレートドラゴンがエルフを遺伝子改造して作ったとも言われる存在だ。

 古の、世界に魔法が残っていた時代、第四世界から生き続ける超越者で、くだんの道化師はイニシエーションの階梯は24を超えていると言われている。

 つまり魔力30以上だ。

 

「うーん、君なら自力でそこまで行きそうな気がするがね。まあ単純に、私は君にホラーと戦う戦士の一人になって欲しいのさ。」

 

 ホラーとは昆虫精霊をはじめとする異次元からの侵略者だ。

 ドラゴンは彼らと戦い続けてきた。

 

「それは、当たり前じゃないの?この世界で生きようと思ったらホラーとは戦わざるをえない。」

 

 サザンカはとまどったようにまばたきした。

 ホラーは世界の敵だ、それと戦わない選択肢はなかった。

 だがDはその返事が欲しかったようだ。

 

「それを聞いて安心したよ、大丈夫じゃないかと思っていたが、君には危険を愛好する様子が合った。そのために自らホラーを呼び込んだりしないかと心配になってね。」

 

 サザンカは慌てた、こんな存在に危険分子と思われては長生きできない。

 自分は被告人席に立っているということに今更気づいたのだ。

 

「そ、そんなことはしないわよ。まあそれは私の趣味だけど…他の人を巻き込もうなんて思わないわ。」

 

 Dは大きくうなずく。

 

「私はまだしばらくここにいなくてはいけない。世界のことは頼んだよ。」

「いや、私そんなことを頼まれるたいそうなものじゃないんだけど…。」

 

 だが彼は納得し、どうやら話は終わったようだ。

 サザンカは周囲がかすみはじめたのに気づいた。

 

「現世の君の体は少々ひどいことになっているがなあに、人間の技術は大したものだ。しばらく休めばなんとかなるだろう。」

「待って、アルビラは、ナイトエラントの中央署はどうなったの?」

 

 Dは再び手を振るとテーブルの上のティーカップが消滅する。

 そしてなんでもないことのように言った。

 

「あのドラゴンなら君たちから受けたダメージが大きかったからね。どうやら引いたようだ。中央署も無事だよ。」

 

 サザンカは一息つくとDに別れの挨拶をした。

 

「教えてくれてありがとう、二度と会わないことを祈るわ。」

「つれないね、できれば私が戻るまで長生きしてくれ。」

 

 そうして彼女は消える世界に身を任せ、そして後にはDのみが残される。

 しかし、サザンカの座っていた席には代わりに別の人物が座っていた。

 

「さて次は君と話をしようか、名前は…ナイアルラトホテップだったかな。」

 

 その席には銀の鎧に身を包み、背中に大剣を背負った少女が座っていた。

 

 彼女は、薄く笑った。

 

◎◎

 

「目を開けたわ!」

 

 目覚めはミルクのドアップだった。

 中々刺激的だが、悪くはない。

 

「ママ!よかった!ごめん…あたしが避けれなかったから…」

 

 一緒に泣いているのはアヤメだ。

 エルフの子供の姿に戻っている。

 顔に彼女の涙が落ちるのを感じた…あれ?感じない。

 

「重度の火傷よ、すぐドクワゴン(武装した民間救急隊)がくる。意識を保ち続けて。」

 

 何か夢を見ていたような気がするが、よく思い出せない。

 そういえばどうやらドラゴンに敗北したようだ、これはドラゴンスレイヤーの導師精霊であるシロガネにイニシエーションの階梯を落とされるかもしれない。 

 しかし彼女の気配はなかった。

 

「まさかクビになったかしら…。」

「なんですって?いえ、なんでもいいわ!話し続けて。」

 

 ミルクはどうやらドクワゴンが来るまでの間、医療キットでサザンカの治療を行っているようだった。

 周りにはジェイムズにキャロルといった仲間が心配そうにこちらを覗き込んでいる。

 

「なんだかこれから死ぬみたいなシーンね。」

「馬鹿なことを言わないで!」

 

 サザンカはミルクの怒鳴り声を聞きながら再び意識を手放した。

 

◎◎

 

「アルビラは引いたか、まったくランナーに借りを作るとは。」

「まったくですね、署長。」

 

 そう呼ばれたのは初老のヒューマンだった。

 警官の制服を身にまとい、デスクに深く腰を下ろしている。

 その姿からは隙が感じられない。

 管理職となった今でも訓練を続けているのだろう。

 

「アンダーソン、情報統制は?」

 

 彼と会話しているのはミルクのもとに連絡員として訪れた『軍曹』のあだ名を持つ警官だった。

 綺麗な姿勢で気をつけをし、報告を行う。

 

「本社の援助を受けました。あれは馬鹿な幻術師の『立体見世物』だったという方向にしています。」

「ふむ、ドラゴンと敵対したなどと知られるのはまずい。しかしヤマダめ、まったくとんでもないことをしてくれた。」

 

 ヤマダは自身の正義感に基づいた行動を行ったのだろうが、それは組織としてあってはならないことだった。

 

「職員の思想確認が必要だな…。」

「はあ、しかしアンケートを取るわけにも。」

 

 署長と呼ばれた男は少し思案した。

 

「それは後々だな、それで例のミスティックアデプトは生き延びたのか?」

「はい、五体満足のようで、サイバーを入れる必要もないそうです。」

「F15の火球を食らってか…。」

 

 彼は呆れたように嘆息した。

 

「監視をつけろ、ドラゴンを従えるメイジなど放置できん。」

「了解しました。」

 

 そして、キャロルの異動が決まった。

 SWATに戻ることは、残念ながら永遠になくなったのである。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

17話 アリス・イン・ザ・エレメンタル1

テキスト3時間2回、ボイセ3時間1回でやったセッションです


「サザンカさん、朝ですよ。ほら起きてください。」

「うーん、あと5分…。」

 

 サザンカが治療のための培養槽から出てから1ヶ月が経っていた。

 第六世界の技術はすさまじい。

 焼けただれていた彼女の肌は元の白さを取り戻していた。

 そして、その間には色々なことがあった。

 

「うーん、あと5年。」

「アヤメちゃんも変な真似しない!」

 

 まずオニ種族の警官であるキャロルがマンションの隣に引っ越してきた。

 サザンカの監視任務を受けたらしい。

 そして毎朝彼女の元を訪れてくる。

 さすがに服装は警官の制服ではなく、ジーンズにコットンシャツだ。

 キャロルは真面目なのだ、緑色の頭髪もきっちり整えられている。

 

「キャロルに合鍵渡さなきゃよかったかな。」

 

 サザンカはぼんやりと目を覚ますと寝癖まみれの金髪をかきむしった。

 この一ヶ月、何をするでもなく過ごしている。

 いや、一応やることはやってるのだ。

 

「アヤメちゃん、早くしないと遅刻しますよ。」

「はーい。」

 

 次にアヤメをスクールに入れた。

 それなりにいいところだ。

 嫌がるかと思ったが意外に楽しんでいるらしい。

 もちろん正体は内緒だ。

 サザンカはアヤメが人間を下等生物だと思わないようになって欲しいと考えたのだ。

 サザンカとアヤメは洗面台に並んで一緒に髪をとかす。

 

「サザンカさん、今日のスケジュールを教えてください。」

「んー、そうね。イニシエーションの修行かしら。」

「まだ強くなる気ですか…。」

 

 そしてなぜかシロガネがいなくなった。

 やはりドラゴンに敗北したのがよくなかったのだろうか。

 導師精霊も資質の一つだ。

 ならば消えてなくなることもあるのかもしれない。

 

「なんだか覚えてないんだけど強くなっておかないとまずいような気がするのよね。」

「強迫観念では?精神科医を紹介しますけど…。」

 

 そこで修行に打ち込んでいるのだがどうもイニシエーションが成功しない。

 ひょっとしたらこれは初期カルマが切れたのだろうか。

 だとしたら『ラン』をする必要がある。

 そして扶養家族の資質を得た今、生活費も工面しなければならなくなっていた。

 

『おはようサザンカ、今日も美人だね。』

 

 そのときコムリンクがコールを伝え、トロードからではなく手動で通話をオンにすると、見慣れた平凡な男の姿が写った。

 

「その義務感みたいな枕詞いらないわよ。」

『うーむ、女性というのは難しいな。』

 

 それはフィクサーのスミスだった。

 おそらくサザンカの身の回りが慌ただしかったせいだろう、最近連絡をよこしてこなかったが、いつもどおりの調子で話しかけてくる。

 

「ところで今キャロルがいるけど大丈夫なの?彼女企業SIN持ちよ?」

『あーできれば聞こえないところに行ってもらえると助かるね。』

 

 というわけでサザンカは今トイレの中だ。

 さすがにキャロルもここまでは来ない。

 

『久しぶりに君に依頼をしたくてね、なにしろ「信頼できる人材」を求められた。』

「また昆虫精霊じゃないでしょうね。」

 

 サザンカはこの世界に来て最初のランを思い出した。

 あれも命がけだった。

 命がけでないランなど無いかもしれないが。

 

『いや、戦闘はないかもしれない。君のタリス・モンガーとしての力を借りたいのさ。』

「え?私別に専門家じゃないけど…。」

『聞いてるよ、ずっとイニシエーションをしてるらしいじゃないか。アルカナに関する知識は深くなっているんじゃないか?』

 

 それは事実だった。

 アルカナ技能はイニシエーションをする際に判定する技能だ。

 サザンカのそれは相応に高まっている。

 

「そうね、それで何をすればいいの?」

 

 スミスは少し間をおいた。

 どうも何かジョークを言うために溜めを作っているようだ。

 

『眠れる美女をキスで起こすのさ。いや、美少女かな。』

「はぁ?」

 

◎◎

 

「ん、サザンカ久しぶり。」

 

 キャロルを振り切ってたどり着いた待ち合わせ場所にいたのは、ロータスだった。

 スミスの手駒で、優れたデッカーであり、サムライでもある。

 大掛かりなサイバー手術を受けたはずだが、黒髪の彼女は以前とほとんど変わらなく見えた。

 

「久しぶりねロータス、体の調子はどう?」

「貴女よりよほどマシ。死にかけたと聞いた。」

 

 ロータスはメガネに手を当ててこちらをジロジロと見てきた。

 サムライである彼女はサイバーアイなのだろうが、アイに含みきれない機能をメガネに仕込んでいるのだろう。

 状況に合わせて視覚を変えるためにサイバーアイの上にさらに光学機器を装着するのはサムライの常套手段だった。

 つまりサムライはメガネっ娘が多い。

 

「傷は残っていない、いいドクに診察を受けたよう。」

「ええ、友達が腕のいいストリートドクを紹介してくれてね。」

 

 お陰で魅力値は下がっていない。

 もっとも魅力とは外見の美しさではなく、口のうまさや騙されにくさも含んでいるのだが。

 

「ところでここにくれば貴女が案内してくれると聞いたんだけど。」

「ん、車を用意してる。乗って。」

 

 ダウンタウンのパーキングでロータスのフォードに乗ると、それはオートパイロットで移動を始めた。

 どうやらルートはすでに設定してあるらしい。

 

「ん?こっちってベリビューじゃない?」

「そう。依頼者はベリビューの病院にいる。」

 

 ベリビューはシアトルの高級住宅地だ。

 企業のエグゼクティブが住居を構えている。

 サザンカやロータスには縁のない場所だ。

 

「てことは依頼者は結構な金持ち?」

「ジョンソンと聞いている。詳しくは私も知らない。現場で本人から詳細が説明されるとのこと。」

 

 そして二人は看板のない病院にたどり着いた。

 明らかにワケアリの患者を引き取る場所だ。

 霊視してみるとどんよりとした感情がそこかしこに染み付いている。

 

「体悪くしそうな病院ね。」

「医師の腕は良いと聞いている。」

 

 だがアストラルを感知しないロータスはどんどん進んでいく。

 そして、階一つを占有する病室にたどり着いた。

 

「ナニコレ、超VIP用じゃない。」

「よく来てくれた、ランナー。」

 

 そこには、髪をポマードで固めた壮年の男がサムライと思しき護衛を連れて待っていた。

 

◎◎

 

「私は家に結婚相手を決められていてね、だが特に不満は感じていなかった。彼女と会うまでは。」

 

 その男はサザンカたちに椅子を勧めると、自分も同じく対面に座り、仕事の説明を始めた。

 出だしはまるで仕事の話に見えなかったが。

 

「彼女について話すと数日経ってしまうので省くが、私達には子供が産まれた。それがこの子だ。」

 

 ジョンソンの視線を追うと、しっかりとしたベッドに横たわるヒューマンの少女が視界に入る。

 年齢はアヤメと同じくらいに見えて、同じく金髪をしている。

 だが特別美人というわけでなく、どこにでもいるような少女に見えた。

 彼女の体にはたくさんのチューブが取り付けられ、心拍を表示するモニターが彼女が健常であることを示している。

 

「彼女はこの子が6歳のとき、死んだ。つまらないチンピラに撃ち殺されてな。」

 

 ジョンソンは沈鬱な様子で目線を下げた。

 ロータスはそれに反応を示さない、あまりにもよくある話だった。

 そして彼は続ける。

 

「そして今度はこの子が失われようとしている、ずっと眠ったままで、少しずつ弱っている。医師がいくら検査をしても何もわからないと言う。」

「それでタリス・モンガーを手配したってわけね。でもなんでランナーを?企業にもメイジはいくらでもいるでしょう?」

 

 サザンカの疑問にジョンソンはうなずいた。

 その質問は想定していたのだろう。

 

「恥ずかしいことだが、私はこの子の存在を家と、特に妻に隠しているのだ。知られれば、この子の命が危なくなるかもしれない。」

 

 彼は自虐げに苦笑すると、続けた。

 

「この病院を手配するためにかなり金を使ってしまった。その結果妻は怪しんでいる、正規のルートでメイジを呼ぶと、危険があると判断したのだ。」

 

 そこでサザンカにお鉢が回ったようだ。

 

「そうね、これは普通の医者には解決できないでしょうね。」

「何かわかるのか!?」

 

 ジョンソンが興奮したように立ち上がる。

 サザンカはこの部屋に入ったときにすぐに霊視をしていた。

 だから気づいたのだ。

 

「とりあえず、この子、覚醒しているわね。」

「なんだと!?」

 

 霊視は対象が覚醒しているかどうか、そしてヒット数が大きければその魔力すらも判別できる。

 

「魔力は6。メイジかアデプトかはわからないけど、かなりの才能ね。感情は恐怖と期待…夢でも見ているのかしら。そして…。」

 

 サザンカは彼女のベッドの前に立つと、その掛け布団をめくった。

 あらわになった少女の左手に、慎ましいシルバーの指輪がはめられている。

 

「この指輪は?」

「それは…彼女の形見だ。若い頃に私が街で買ったものだが…。」

 

 サザンカは険しい顔でその指輪を見つめた。

 これは、そんなちょっとイイ話的なアイテムではない。

 

「これは、収束具ね。精霊の召喚収束具、フォースは10。」

「ん、フォース10?収束具は魔力を超えるものを起動すると危険と聞いた。」

 

 それ以前にフォース10の収束具などそこら辺にあるものではない。

 キャロルのカタナですらフォース6なのだ。

 これは、それを遥かに超えている。

 

「そして起動している。」

「どういうことだ!?ならば…これを外せば!?」

 

 サザンカは興奮したように少女に近づくジョンソンを押し留めた。

 

「待ちなさい!何がおきるかわからない、ここはプロに任せなさい。」

 

 だがその時、その場にいた全員に、不思議な声が聞こえた。

 

『わたさない…。』

 

 そして、指輪が突然凄まじい光を放つ。

 

「な、これは…!?」

 

 ロータスのサイバーアイに備わった大光量補正ですらカバーできない光が病室に満ち。

 そして全てが消えた。

 

◎◎

 

「ここ…どこ…?」

 

 *もりのなかにいる*



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

18話 アリス・イン・ザ・エレメンタル2

「ん、動体反応はない。虫一匹。」

「こちらのセンサーにも反応はない。」

 

 二人のサムライが報告をする。

 一人はロータス、もう一人はジョンソンのボディガードだ。

 おそらくオークの短髪の黒人で、スーツを身にまとっているがその下にアーマー・ベストを着込んでいる。

 エッセンスはロータスと同じくほとんど感じられなかった、かなりのサイバーを入れているのだろう。

 

「な、何が起きてるんだ?アリスはどこに?」

 

 慌てているのは白人のジョンソンだ。

 だが喚き散らさないだけの分別はあるようだった。

 護衛の指示に従い、草むらで身を縮こませている。

 そう、ここはどうみても森だった。

 

「ランナー、いや名前を教えてくれ。どうやらチームを組む必要がありそうだ。」

「そうね、私はサザンカ。そっちはロータスよ。」

 

 護衛のサムライはうなずくと自らの名を名乗った。

 

「俺のことはレックスと呼んでくれ。ミスターの護衛をして長い。それで、メイジとしてこの現象をどう推察する?」

 

 サザンカはきれいな形をした顎に手を当てて考え込んだ。

 

「まず思いつくのはアルケラかしら…。アストラルの隙間に出来る異次元空間で、時間も物理法則も違う場所よ。」

「そんな場所があるなんて初耳、でもそうならマトリクスが一切感じられないのも納得がいく。」

 

 まるで驚いた顔をしていないロータスがそう言う。

 それは信じられない話だった。

 ここにはネットが繋がっていないというのだ。

 

「そんな馬鹿な…ほ、本当だ!」

 

 ジョンソンが自分のコムリンクを見て驚きの声を上げる。

 レックスはため息をつく。

 

「まるでおとぎ話だな。それで、どうすれば脱出できる?」

「わからないわ…話によるとアルケラに迷い込んで出てきたら5万年経ってた人もいるそうよ。」

 

 サザンカは正直頭を抱えていた。

 シャドウランTRPGは未来世界を舞台としたTRPGだが、実は同じ会社から発売されているアースドーンというファンタジーTRPGと世界観を共通している。

 遥か古のアースドーン世界は第四世界と呼ばれるのだ。

 サザンカはプレイしたことがないが、日本語未訳のシャドウラン6版にはアルケラ帰り、つまりアースドーンでアルケラに迷い込み、シャドウランの時代に戻ってくるという資質があった。

 

「そいつはごめんだな。」

 

 レックスはため息をつくと、構えたFN HARの銃身をさすりながら思慮しているようだ。

 そしてサザンカに目線をやると提案した。

 

「思うにここに来る前に声が聞こえた。あいつをヤればいいんじゃないか?」

「それはありえるわね。」

 

 あの光と声は明らかに異常だった。

 しかも彼らはフォース10の収束具に手を出そうとしていたのだ。

 間違いなく関係があると言っていいだろう。

 

「ん、それでこれからどうする?私はこの道を進むのを提案する。」

 

 そうだ、ロータスの言う通りここには道があった。

 森の中を一本のむき出しの獣道が通っている。

 気がついたらサザンカたちはそこに立っていたのだ、そしてすぐに草むらに隠蔽をとって今に至る。

 

「それしか無い気がするわね、それにしても、何か見覚えが…。」

「どういうことだ?何かあるなら教えてくれ。」

 

 しかしサザンカはお茶をにごした。

 さすがに転生前の世界のオンセツールのデフォルト画面に似ている、とは言えない。

 そう、木の怪物が一体、ゴブリンが二体、そして冒険者と子供のコマがいるあの画面だ。

 

「えーっと、多分デジャブってやつよ。気にしないで、それより行動を始めましょう。」

 

 彼らは、草むらから出ると、”足跡の一切ない”その道を進み始めた。

 

◎◎ 

 

「森が途切れているようだ。」

 

 レックスがサイバーアイで注視しながらそう言った。

 どうやら彼のアイには映像拡大が入っているようだ。

 

「みんな、警戒して。何があるかわからない。」

 

 ジョンソンを含めた全員がうなずく、そして彼らは森から出た。

 

「広いわね。」

 

 サザンカが呆れたようにつぶやいた。

 そこは広大な平原だった。

 短い草が生えており、地平線が見える。 

 彼女は途方にくれた。

 

「まいったわ、どこに向かえばいいのかしら。」

「サザンカ、気をつけて!なにか来る!」

 

 ロータスが珍しく声を高くして警戒を告げる。

 サザンカは霊視を行って襲撃に備えた。

 しかし、そこに現れたのは…。

 

『やあ、よく来たね。』

「馬鹿な、猫がしゃべっただと!?」

 

 レックスがアサルトライフルを構えて驚きの声を上げる。

 そしてサザンカも同じく驚いていた。

 ”サムライにも見える”

 それは実体のある存在なのだ。

 

『僕はチェシャ猫さ、知らないかい?有名だろう?』

 

 そうサザンカたちに話しかけてきたのはトラジマの猫だった。

 だが、口元がおかしい。

 まるで人間のように嫌な笑みを浮かべている。

 普通の猫であるはずがなかった。

 

「それ以上近づくな!貴様何者だ?」

 

 レックスは静止の声をあげる。

 ボディーガードとしてそれは当然だった。

 

『レックス、ずいぶんよそよそしいじゃないか。あんなに優しくしてくれたというのに。』

「…猫好き?」

「そんなわけがあるか!」

 

 しかしその猫はレックスの名前を知っていた。

 だが彼が何かを隠しているような様子はない。

 

『細かいことはいいじゃないか、君たちはアリスを助けにきたんだろう?ならば僕は君たちの味方だよ。』

 

 チェシャ猫のセリフを聞いてジョンソンが目をむいた。

 

「アリスがここにいるのか!?どういうことなんだ!教えてくれ!」

『ゲームだ。』

 

 だが、必死に娘を心配するジョンソンをチェシャ猫が遮った。

 前足を振ると、突然目の前にトランプが現れる。

 

『僕はアリスの味方だが、チェシャ猫なのでね。ひねくれものなんだ、情報がほしければゲームに勝つことだ。』

 

 カードが浮遊し、サザンカたちの前に配られる。

 2枚ずつ…これはブラックジャック?

 

「サザンカ、これは精霊?」

「いえ…霊視結果は猫よ。」

 

 そうなのだ。

 それはどう見ても普通の猫だ。

 覚醒している様子もない。

 だが宙に浮かび、人語を喋っている。

 

「ふざけるな!アリスはどこにいる!?」

 

 興奮して猫に詰め寄ろうとしたジョンソンをレックスが抑える。

 ロータスがどうする?という目線をサザンカによこした。

 

「いいでしょう。」

 

 サザンカはカードを手に取った。

 

「ヒット。」

『いいね、さすがはランナーだ。』

 

 猫はいやらしい笑みを浮かべた。

 

◎◎

 

『おっと、バストだ。』

「は?」

 

 イカサマする気満々だったサザンカの意気は、すぐにそがれた。

 チェシャ猫は勝手にカードをひいて21を超えたのだ。

 自爆だった。

 

『うーん、うまくいかないものだね。トリッドのようにかっこよく決めたかったんだが。』

「あなた、何なの?」

 

 チェシャ猫は再びおかしな笑みを浮かべた。

 だが、今のサザンカにはそれがどうも下手な役者の演技のように見えた。

 

『約束だからね、教えるさ。この先には街と村と城がある。』

「はあ?」

 

 わけのわからない情報だった。

 

『それぞれ守護者がいる、なんとかしないと進めない。そして城にはアリスがいる、助けてやってくれ。』

「なにそれ?ゲームのつもり?」

 

 だがサザンカは気づいた。

 これは、『ゲーム』なのかもしれない。

 テーブルトークという名の。

 

『僕の役目はここで終わりだ、"エッセンスが尽きた"のでね。』

 

 サザンカたちの目の前で、チェシャ猫は少しずつ消えていく。

 燃え尽きるかのように。

 

『だが僕は嬉しかったよ、”パパ”が来てくれて…。』

「なんですって?」

 

 そして、そこにはもはやカードも、猫も何も残っていなかった。

 

◎◎

 

「本当に街があったな…。」

 

 呆れたようにレックスが言う。

 サザンカは同意だった、何も見えない草原を進むと、突然目の前に中世風の街が現れたのだ。

 今突然作られたかのように。

 アルケラには、物理法則という言葉は存在しないのだ。

 

「サザンカ、フライスパイは今のところ何も見つけていない。」

 

 サザンカたちは警戒しながら石畳の街の中に入った。

 その街は、たしかに街のように見えるが、明らかに偽物だった。

 人は一人もおらず、生活感もない。

 テーマパークの方がまだ本物らしかった。

 

「気をつけて、あの猫が言っていた守護者がいるはずよ。」

 

 サザンカは確信していた。

 これは間違いなくギミックだ、次はきっと戦闘がある。

 

「ち、しかし厄介な地形だ。クリアリングが難しすぎる。」

 

 レックスが愚痴を放った。

 サザンカたちはそれぞれ装備した映像リンクを用いて、フライスパイ、つまり超小型のドローンを含めた視界を共有している。

 しかしそれでも死角は多い。

 ボディガードである彼にとっては辛い状況だろう。

 

「すまない、レックス。しかしここで死ぬわけにはいかない。アリスが待っている。」

「ミスター、弱音を吐いて申し訳ない。貴方は必ず守ります。」

 

 どうやらこの主従はたしかな信頼で結ばれているようだ。

 

「サザンカ、これがBL?」

「ロータス、誰にそれ教わったの?殴っておくから教えて。」

 

 その時、ロータスと共有しているフライスパイの視界に人影が写り込んだ。

 ジョンソンを除いた全員がその方向に身構える。

 

「どうする?」

「あの猫はなんとかしろ、と言っていたわ。」

 

 彼女らは警戒をしながら近づく。

 フライスパイは人影を精密に捉え始めた。

 

「子供?」

「アリスお嬢様…ではないな。」

 

 どうやらターゲットではないようだ。

 それはファンタジーものにでてくるような服装をした少女だった。

 赤を基調とした服装に身を包み、自然素材で編まれたカゴを手に持っている。

 その中には、小さな箱がいくつも入っていた。

 

「マッチ?」

「ん?なんだそれは。」

 

 そしてサザンカたちがその少女の前に立つと、彼女は突然言葉を紡ぎ出した。

 

「寒い、寒いよ…ママ。」

 

 そしてマッチをする。

 サザンカは、嫌な予感に包まれた。

 そして。

 

「火の精霊!フォースは6!」

 

 彼らは、マッチから生まれた精霊に向かって、悪態をつきながらトリガーを引いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

19話 アリス・イン・ザ・エレメンタル3

 サザンカの『雷撃』の魔法が火の精霊を貫く。

 だが一撃で仕留めきることができない。

 F6の精霊とは恐るべき存在なのだ。

 

『ガアアァッ』

 

 炎のオーラをまき散らすその存在は、サザンカに狙いを定めたようだ。

 揺らめく腕を彼女に伸ばそうとする。

 しかし。

 

「撃つ。」

 

 ロータスの手首が落ちる。

 いや、ふたが外れたのだ、彼女の前腕はサイバーアームになっていた。

 どこぞの宇宙海賊のように腕に銃が仕込まれていたのだった。

 

 TATATATATA

 

 軽快な音がして、サイバーサブマシンガンが斉射される。

 それは的確に火の精霊に突き刺さった。

 精霊は、通常武器に対する耐性を持つが、その弾丸は見事に精霊の体を貫く。

 おそらく高い貫通性を持つ、APDS弾が装填されているのだろう。

 

『グォウ』

 

 精霊はうめき声を上げると途絶した。

 そして、ボディーガードのレックスがアサルトライフルの銃口を少女に向ける。

 その判断は間違っていないだろう、しかし。

 

「待って!レックス。私に任せて。」

 

 サザンカは簡易動作を用いて声を上げた。

 そして2パス目に走行すると、『マッチ売りの少女』に走り寄る。

 彼女は、少女からマッチと編みカゴを強引に奪い取った。

 

「あ…。」

 

 さらにマッチを擦ろうとしていた少女は驚いたようにサザンカを見つめる。

 まるで、いままで彼女の存在に気づいていなかったようだ。

 少女はサザンカを見つめると小さく呟いた。

 

「ママ、なんで死んでしまったの?」

「な!?」

 

 その声を聞いたジョンソンがうめき声を上げる。

 そして、少女はチェシャ猫と同じように、燃え尽きるかのように消えていった。

 

◎◎

 

「なぜ撃つのをやめさせた?確かにあれで問題はなかったが…。」

 

 彼らは再び草原を歩いていた。

 『マッチ売りの少女』の消失と同時に、街は跡形もなく消えたのだ。

 サザンカはごまかすように手を振るとレックスの質問に答えた。

 

「なんとなくの勘よ。特に理由はないわ。」

「ふむ、ランナーの勘は馬鹿にできないからな。」

 

 さすがに説明しづらかった。

 もしGMが日本人なら、子供を撃ち殺したらペナルティをかけてくるんじゃないかと思った、とは言えない。

 しかしそれが正解のような気がサザンカはしていた。

 

「それにしてもロータス、サイバーガンなんて仕込んでたのね。」

「ん、幸運だった。さすがに病室に銃を持ち込むのは難しい。」

 

 おそらく拳銃ぐらいはどこかに隠し持っているのだろうが、精霊を相手にするにはそれはあまりにも頼りなかった。

 レックスがアサルトライフルを持っているのは、彼が護衛であり、主であるジョンソンが大金を病院に支払っているからこそだろう。

 

「レックス、あの子供の声なんだが…。」

 

 それまでずっと黙っていたジョンソンが隣を歩くレックスに話しかけた。

 眉間に深いシワを寄せている。

 レックスは目を伏せると答えた。

 

「そうですね、アリスお嬢様に似ていました。」

「ああ、あの猫もおかしなことを言っていた。どういうことなんだ…。」

 

 サザンカの中にはいくつか推測があったが、それを声に出すことはしなかった。

 確証があまりに乏しい。

 そのとき一陣の風が吹き、サザンカの金髪を揺らす。

 彼女はその風のなかにアストラルのゆらぎを感じた。

 

「みんな、気をつけて。多分、『村』が出現する。」

 

 一行に緊張がみなぎる。

 そして、まもなくサザンカの言う通り、虚空に建物が出現していった。

 

◎◎

 

「ん、変わった作りの建物。アジア方面?」

「そうね、これは日本の…茅葺き屋根の家ね。」

 

 そこには確かに村と呼ぶにふさわしい作りの家が並んでいた。

 外周部には、田んぼが並んでいる。

 

「日本にはこんな建物があるのか?意外だな。」

 

 レックスが驚いたように言う。

 確かに第六世界の日本は恐ろしく発展しており、都市は高層建築が並んでいる。

 田舎にもこんな建物は残っていないだろう。

 

「今はさすがに…いえ全くないとは言い切れないけど、こんな建物はまずないわよ。」

 

 サザンカは言うべきか少し悩んだ後、続けた。

 

「そうね、大昔の、おとぎ話の舞台みたいな村ね。」

「おとぎ話、それがキーワード?」

 

 相変わらずフライスパイを飛ばしながらロータスが応じる。

 彼女はひょっとしたら扶養家族の弟たちに、絵本を読んで聞かせたこともあるのかもしれない。

 

「ええ、今のところ『不思議の国のアリス』に、『マッチ売りの少女』ね。」

 

 それはしかし偶然かもしれない。

 だが、3つ重なったならば、それが偶然である可能性はほぼ無くなる。

 そう、今まさにその3つ目が彼らの前に姿を現した。

 

「動くな!」

「いきなり銃を向けるとは、物騒でござるな。やはり鬼とは気が合わない。」

 

 現れたのは、桃の絵の描かれた陣羽織を羽織った、ちょんまげの若い男だった。

 

◎◎

 

「あなたは話が通じるのね。」

「会話はできるでござる。しかし意味があるかはわからないでござるがな。」

 

 彼の後ろには犬と猿と雉がいる。

 だが霊視したサザンカは気づいていた。

 すべて覚醒している。

 そして覚醒生物学の知識技能が彼女に伝えていた。

 あれはバーゲストと、ブラッドモンキー、そしてコカトリスだ。

 すべてエネミーサプリ、ハウリングシャドウに記載されているクリッターである。

 

「さて、ここを通すわけにはいかぬでござるな。アリスの夢を叶えなければならぬゆえ。」

「なんですって?」

 

 だがサザンカ以上にジョンソンが反応した。

 

「アリスを知っているのか!?アリスは今どこにいるんだ!」

 

 『桃太郎』はジョンソンを見ると、辛そうに答えた。

 

「アリスは今、城にいるでござる。そして、物語を書いている。母上に見せるために…。」

「馬鹿な!彼女は、もういないんだぞ…。」

 

 ジョンソンの表情は見るに耐えなかった。

 苦悩が詰まりきったような顔をしている。

 桃太郎は続けた。

 

「しかし、あの神々しい精霊は約束したでござる。アリスがそのエッセンスを捧げれば、母にあわせると。」

 

 桃太郎のその言葉で、サザンカは状況を察した。

 これはつまり、よくある詐欺だった。

 もっとも、詐欺師がおそらく神に近いだろうフォースを持つ精霊なのが厄介な点だった。

 

「貴方、それを信じているの?」

「なんとも言えぬ。だが…価値はあるとアリスは判断したでござる。命を捧げることになっても…。」

 

 ジョンソンが目をむく。

 

「命をだと!?」

 

 サザンカはジョンソンに説明を始めた。

 だが、それは桃太郎に聞かせるためでもあった。

 彼女は彼を言いくるめることにしたのだ。

 

「エッセンスを吸い取る精霊…それはおそらく影の精霊ね。そして物語を書かせてるとなると、詩神(ミューズ)と呼ばれるタイプよ。」

「ん、そんなものが?」

 

 サザンカはロータスにうなずいて答えた。

 

「だけど、死者を蘇らせるなどどんな精霊にも不可能よ。たとえ最も強力なグレートドラゴンにでも…それがこの世界のルール。」

 

 そう、この世界には死者蘇生魔法は存在しない。

 サザンカは目に力を込めて桃太郎をまっすぐ見つめて言った。

 

「だから、あなた達は騙されている。ここを通してちょうだい、アリスを救わなきゃ。」

 

 NPCの態度は中立+0

 NPCにとって有益+1

 相手の弱みか大きな取引材料を握っている+2

 チームにオークかトロールがいる-2

 

 サザンカはダイスを振った。

 そして。

 

「そんな気は、していたでござる…。そんな夢のようなことが現実にあるはずはないと。」

 

 桃太郎はうなだれて呟いた。

 彼が腰に差すカタナからオーラが消える。

 武器収束具の活性を解いたのだ。

 

「あなたは、あなた達は何者なの?」

 

 サザンカは重ねて問うた。

 桃太郎は素直にそれに答える。

 

「我らは、アリスのかけらのようなもの。」

 

 そう答える彼のからだが薄れていく。

 おそらく今までの彼らのように消えようとしているのだろう。

 

「アリスの意思は統一されてはいない、拙者のようにどちらとも言えぬと思うものや、あの猫のように完全に否定したものもいる。」

 

 犬が、猿が、そして雉が消える。

 それらの光は遠くに向かって飛んでいくように見えた。

 おそらく城に。

 つまりアリスのもとに。

 

「だが城には精霊に賭けたものたちがいる。彼らはお主らに刃をむくでござろう。」

「彼らを傷つけると、どうなるの?」

 

 消えかけの桃太郎は答えた。

 

「問題ないでござる、アリスの元に還るだけ。お頼み申す、あの精霊を倒してアリスを救ってくだされ。」

 

 サザンカは、うなずいてそれに答え、桃太郎は消えた。

 

◎◎

 

「ジョンソンさん、状況はわかったかしら。」

 

 彼は苦悩をにじませて答えた。

 

「ああ、アリスはそんなに彼女に会いたかったんだな。私の、おそらく私のせいだ。あの子とは月に数回しか会ってない、父として振る舞えていなかった。」

「ミスター…。」

 

 しかしロータスが空気を読まないことを言う。

 

「ん?上乗せ交渉?」

「んなわけないでしょ、依頼内容はアリスを目覚めさせること。それは今も変わってないわ。」

 

 だがジョンソンは首を振って彼女たちに答えた。

 

「状況は最初とまるでかわっている。アリスを救ってくれたなら、報酬は大きく上乗せしよう。」

 

 ロータスは社交技能をまったく取っていないだろうが、どうやら交渉は成功したようだ。

 サザンカは肩をすくめると言った。

 

「行きましょう城に…クソッタレの精霊をぶちのめしにね。」

 

 そして、彼らは神に挑む。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

20話 アリス・イン・ザ・エレメンタル4

 気温が上がってきた気がする。

 石畳の通路を進みながらサザンカは思った。

 見通しは悪くない。

 今は、石造りの城下町を通り抜けている途中だ。

 上空からフライスパイで一望することができた。

 

「ミスター、やはり残ったほうがよかったのでは。」

「すまんレックス、だがここは我を通させてもらう。」

 

 その城は確かによくできていた。

 おそらく馬車の通行によって凹んだ街路、武器で傷つけられた痕のある外壁。

 年季の入った建造物を再現できている、だが甘い。

 そこには、砂利も砂埃もない、まるで3Dプリンタから今出てきたかのようにつるつるなのだ。

 モデラーが見たら激怒するだろう。

 

「ん、橋が見える。」

「水堀にかけられた跳ね橋といったところね、ようやく本丸かしら。」

 

 だがフライスパイが近づくと、サザンカの予想が外れているのに気づく。

 それは強固な石造りの大橋だった。

 橋の途中に、立てこもることもできそうな重厚な建物がある。

 そして50倍までズームすることのできるフライスパイのカメラが橋の向こうを捉えようとしたとき。

 

 Bom!

 

「ん、撃ち落とされた。おそらくライフル。」

「来たわね。精霊を信じた、アリスのかけら。」

 

 サザンカは一層の警戒をチームに呼びかけた。

 次の瞬間に、体が炎に包まれていても不思議はない。

 一ヶ月前の敗戦を思い出し、サザンカは体が震えるのを感じた。

 

(意外、私ちゃんと恐怖できてる。)

 

 嬉しいんだがどうだかよくわからない感情に包まれながら、彼女は装備した収束具を順に活性化させていった。

 

◎◎

 

「それ以上近づくな!」

 

 高い壁の上部に設けられた胸壁の隙間から、西洋風の鎧を身にまとった赤い髪の長身の女性が見える。

 手に持っているのはレミントンか。

 狩猟用の民生品だが、ランナーにも愛用するものがいるほど優れたスナイパーライフルだ。

 

「優しいのね。警告してくれるなんて。」

 

 サザンカが軽口を叩くと、3メートルくらいある城門が音を響かせて開いていく。

 どうやら相手には閉じこもるつもりはないようだ。

 真っ正直に勝負をしかけてくる。

 それだけ自信があるのだろう、自分の力に。

 

「来たか、アリスの夢を邪魔するものよ。」

 

 門が開ききり、どんな大軍が出てくるのかと身構えていたが、現れたのは二人の男だった。

 二人とも、精霊ではない。

 一人は兜をつけた鎧の小柄な男。

 もう一人は彫りの深い長身の男だ、やはり鎧をまとっている。

 

「ハート、クラブ、スペードか。ダイヤの騎士はどうした?」

 

 アサルトライフルを構えたレックスが彼らに問いかける。

 よく見ると確かに彼らの鎧にはそれぞれの意匠が刻まれている。

 つまり彼らはトランプの騎士、ならば確かにあと一人ダイヤの騎士がいるはずだ。

 隠れているのか?だが答えはすぐに返ってきた。

 

「あいつなら、女王に挑んで敗れた。ヘンゼルとグレーテルも、ジャックも浦島太郎もだ。」

 

 背の高いスペードの騎士が、その黒い肌にわずかに冷や汗を流すレックスを見据え、答えた。

 そして続ける。

 

「猫が一匹逃げ出したがな、お前たちを導いたのはあいつか。」

 

 そして、我慢できなくなったジョンソンが叫ぶ。

 

「君たちは、アリスなのだろう!?こんな馬鹿なことはやめるんだ!」

 

 しかし、その言葉は彼らには届かないようだ。

 地上にいる二人の騎士が剣を抜く。

 彼らの武器はソードのようだ。

 甘く見ることはできない、この世界ではカタナを振るうサムライが主人公だ。

 ソードを振るうナイトがそうなれないはずがない。

 

「もう話すことはない、俺達の中でさんざんに話し合ったんだ。これが、アリスの下した結論だ。」

 

 クラブの騎士が後を次いで続ける。

 どうやら交渉はできないようだ。

 サザンカは頭のなかでどう動くかを何通りも組み立てだした。

 戦闘が、つまり殺し合いが始まる直前特有の、淀んだ空気が流れ出したとき、城壁の上のハートの騎士が突然叫んだ。

 

「聞け!女王のお成りである!。」

 

 サザンカは霊視していた視界を慌てて通常に切り替えた。

 目がくらむかと思ったのだ。

 フォースが計り知れない。

 

「アリス?」

 

 ジョンソンが驚きの声を上げる。

 城門の奥から現れたのは、豪奢な青と金の衣に身を包んだ少女だった。

 そう、病室で目をつむっていたジョンソンの娘である。

 

「落ち着いて、ジョンソン。あれが貴方の娘に見える?」

「ん、嫌な顔つき。」

 

 その少女の顔には、長い年を経た怪物のみが醸し出すことのできる傲岸で、邪悪が笑みが張り付いてた。

 

『ひれ伏せ』

 

 サザンカは思わずこみ上げてきた吐き気を必死に抑えた。

 アストラルを感知できないはずの他の3人も氷を飲み込んだような表情をしている。

 たった一言発しただけで、このアルケラにヒビが入っていた。

 

『私はただ契約を果たそうとしているだけだ。その邪魔は許さん。』

「何を白々しい、どうやって?死者を蘇らせるなんて、誰にもできないわ。」

 

 怯みもせず反論したサザンカに、彼女はいたく機嫌を損ねたようだった。

 

『私に不可能はない、あとは契約者がエッセンスを譲渡すればそれですむだけ。』

 

 女王と呼ばれた精霊は、どうやら話が通じないようだった。

 だが、わかったことがある。

 アリスはまだこの精霊を、信じ切っていない。

 ならばまだ助け出せる。

 

「ん、私は騎士たちを相手にする。今持っている銃ではあれの硬化装甲を抜ける気がしない。」

「悔しいが、俺も同じくだ。精霊の相手は、メイジに任せる。」

 

 そして、外見をとりつくろうこともなく、心からの叫びを上げたジョンソンの言葉が、開戦の合図となった。

 

「娘を、返せぇ!!」

 

◎◎

 

『掌握』した。

 

 先手は譲れない。

 できれば、いや…必ず一撃で仕留める。

 自分の持つ最も強力な一撃に、すべてをかける。

 

「はあっ!」

 

 サザンカは突進した。

 30m以上の距離を一気に詰めて、地面を蹴る。

 隠していたが、サザンカはニンジャである。

 その格闘技法には飛び蹴りがあった。

 ニンジャだが、気分は仮面をつけたライダーだった。

 

『無礼者が!』

 

 女王が叫ぶが、彼女は止まらない、空中で例のスタイルになったになったまま突っ込む!

 そして脚の先が女王の胸に触れた。

 

「『粉砕』!」

 

 サザンカの目と耳から血が吹き出す。

 10を超える彼女の魔力をさらに上回る、巨大なフォースでかけた魔法の反動だ。

 『粉砕』のドレインは、フォース-6だが、それでも殺しきれないほどの大魔法だった。

 

「ハアっ!」

 

 サザンカは女王の体を踏み台にすると、空中で一回転し、地面に着地した。

 彼女の背後で大爆発が起きる。

 

「やったか!?」

 

 レックスが叫ぶ。

 サザンカはまずいと思った。

 精霊が途絶するときに出る気配がない。

 そして。

 

「キャアッ!」

 

 サザンカは倒れ伏しながら自分の口から出たかわいらしい言葉に赤面した直後、激痛に身悶えた。

 痛い!これは『苦痛』の魔法だ、論理力と意思力で抵抗するタイプである。

 彼女は恥ずかしながら論理力が低かった。

 シャーマンの性だ。

 

『ふざけたことをしてくれる。』

 

 それは女王の魔法だった。

 なぜ精霊が魔法を?

 しかし痛みのあまりまともに考えることができない。

 タンスの角に小指どころではないのだ。

 それが全身を苛んでいる。

 常人ならとっくに意識を手放しているだろう。

 

「サザンカ!」

 

 ロータスが声を上げるが接近してきたスペードの騎士とスパーで切り結んでいる。

 彼女に援護はできない。

 レックスはさらにひどかった。

 サザンカに気を取られたためにハートの騎士の銃撃を受けてしまったのだ。

 スペードの騎士の攻撃を必死にかわす。

 

(どうする?)

 

 2パス目だ、サザンカは必死に考えた。

 頼るべきは、エッジと、そしてジョーカーのカードだ。

 ハートの女王を屠るには、ふさわしいだろう。

 

「ふっ!」

 

 サザンカは倒れたまま視線を上げた。

 魔法の届く範囲は視線である。

 すると傷ついた女王が見える。

 

『八つ裂きにしてやろう。』

 

 彼女はこちらに近づこうとしている。

 おそらく直接攻撃をするつもりだ。

 相手にパスを渡してはならない。

 今度こそ決める。

 体はもはやドレインに耐えられないだろう、だが。

 

「とっておきをくれてやるわ。」

 

 サザンカは着物の内側にしつらえられたポケットから小さな物体を取り出した。

 それは『原質(リージェント)』。

 簡単に言えば、魔法のブースターである。

 その最高級のものだ。

 シャーマンは動植物の一部を原質として扱うこともあるが、彼女が握っていたのは。

 

「キレイでしょ?私の娘のプレゼント。」

 

 美しい、虹色の飾り羽、それはフェザード・ドラゴンの頭から抜かれたものだった。

 

『ギャアアア!』

 

 女王が悲鳴をあげる。

 放たれたのは馬鹿みたいに太い雷撃。

 その光に包まれて、女王が真っ黒になり、そして消えていく。

 いや!?

 

『アリス!力を、力を貸しなさい!お前の望みを叶えるために!』

 

 女王は消えていなかった。

 燃えカスのようになりながら抵抗している。

 そして、召喚主にエッジを要求している。

 まずい、『原質』はもう無い。

 ここで押し返されたら手詰まりだ。

 

「だめだ!アリス。」

 

 そのとき、ジョンソンの声が響いた。

 

「そんなことをしてはいけない!母さんはもういないんだ!私が、私がお前と一緒にいるから…!」

『でも…』

 

 その時、精霊でない声が聞こえた。

 これは…?本当のアリス?

 

『でもパパ、あたしはママと約束したの。童話作家になってママに読み聞かせてあげるって。だから、どうしても…。』

 

 悲痛な声が聞こえる。

 サザンカは『雷撃』を維持しながら言葉を挟んだ。

 

「アリス、私を霊視しなさい!」

『え?』

「見て、私と、お父さんの感情を。私たちは貴女を助けたい。そして嘘をついていない!人は、生き返らないのよ…。」

 

 そして雲耀の刹那の後。

 

『やっぱり、そう、だよね。ごめんなさい…パパ。』

 

 そして、詩神と呼ばれる影の精霊は、今度こそ断末魔の叫びをあげた。

 

◎◎

 

『アリスお嬢様の身体検査は終わった。何も問題はないそうだ、まあ覚醒したというのは大きな問題だが。』

 

 自宅でテレビを見ながら体を動かすアヤメを眺め、リビングの長椅子に座ったサザンカは、レックスからの連絡を受けていた。

 

「様式は何かしら?シャーマンなら助言できるけど。」

『どうやらヘルメスのようだ。マトリクスで調べて自力でいくつか呪文を習得し、そしてあれを呼び出してしまった。』

 

 女王の『苦痛』は、生得呪文の追加パワーだったようだ。

 術者の使える魔法を精霊も使えるようになるというパワーである。

 アリスに感謝すべきだろう、戦闘魔法を習得していなかったことに。

 

「そう、それなら私にできることはないわね。」

『いや、それでも同じメイジだし、お嬢様が君と話したがっていた。今度彼女のコムコードを送る。』

「いいの?ランナーなんかにそんなの渡して。」

 

 レックスはとぼけたような笑みを浮かべた。

 口からはみ出た牙がいかしている。

 

「それで今そっちはどこにいるの?まだ病院?」

『いや、飛行機の中だよ、ミスターが参加しなければならない重要な会議があってね。」

 

 サザンカはジョンソンの体力に呆れるとともにアリスが少し気の毒になった。

 つい嫌味を言う。

 

「あらまあアリスが寂しがるわよ。」

『それは、そうだな。』

 

 しかしレックスは少し悩んだようだが、続けた。

 

『ミスターはアリスお嬢様を正式に娘として認知し、世に知らしめることにした。これからは二人会いやすくなるだろう、トラブルも起きるだろうが。』

 

 サザンカは気持ち良い笑みを浮かべた。

 

「それはよかった。」

『また仕事ができたら優先して頼むよ、ランナー、いやサザンカ。いい夜を。』

 

 そして通信は切れ、コムを見るとサザンカの口座に大金が振り込まれたことを示すメールが届いていた。

 シアトルの夜は更けていく。

 世界の驚異になりかねなかったトラブルも、世間は何も知らない。

 いや、サザンカ以外のランナーも、こうして人知れず世界を救っているのかもしれない。

 彼女は好物のオレンジジュースを口にふくんだ。

 天然ものだ、苦い甘みが襲ってくる。

 

「ねー、ママ。認知ってなに?」

 

 そしてジュースを吹き出した。




終わりちょっと長くなりました
セッションでは救助対象は最初おっさんだったのですが助けるなら女の子がいいよね?ということで3回し目で変更しました
ジョンソンとレックスはセッションでは登場しませんでしたが活躍しそうなので出しました

次はアリス救出後の続きとなるワンナイトセッションをやったのですが小説だと時間がすぐ過ぎて違和感あるのでどうしようかなーって考えてます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話 アリスの冒険1

 私は今、レックスおじさまが運転するヴィークルに乗っています。

 胸にはたくさんの荷物の入った大きなバッグ。

 そう、お引っ越しなのです。

 

「お嬢様、まもなく見えてきますよ。ああ、あれが明日から貴女が通う学校です。」

 

 私は良くないことをしてしまいました。

 たくさんの人に迷惑をかけ、レックスおじさまも怪我をしたそうです。

 でも、パパ、いえお父さんは、私を許してくれました。

 そして、名前が一つ増えたのです。

 

「すごい広さですね。」

「小学校から大学まで入ってますからね。日本にある本校はさらに大きいそうです。」

 

 アリス=ヤマナカ=トカチューク

 

 ヤマナカは母の名字、トカチュークは父の名字です。

 私は、正式にお父さんの子供になったそうです。

 

「ミスターの、お父さんの会社も出資していて、正式名称はヤマブキカゲ大学というそうです。」

 

 山吹影大学シアトル分校付属中学校。

 それが、私がこれから通う学校です。

 

◎◎

 

「ようこそ、ミス・ヤマナカ。私は君の担任になるゴードンだ。」

 

 そう言って手を差し出してきたのは黒いローブに身を包んだドワーフの男性教師でした。

 意外と、手は柔らかかったです。

 

「君は覚醒者向けのクラスに入ることになる。メイジだからといって特に引け目を感じることはないよ。」

 

 そうです、私が転校することになったのは、私が覚醒したからでした。

 そのことは、隠していたのですが、あの事件で明るみになってしまいました。

 父から、強く転校を勧められたのです。

 

『君の夢が童話作家だということは知っている。だが将来への選択肢は増やすべきだ、メイジは希少な才能だ。それは君自身を守ってくれる。』

 

 父にそう言われれば、断るすべはありませんでした。

 タコマの友人たちに別れを告げ(まあマトリクスでいつでも会えるのですが)、私はここにやってきました。

 

「君のお父さんはセキュリティをずいぶん気にしていたが、安心してくれ。寮はハイセキュリティだ。」

 

 お父さんは私に親族とは会わなくてもいいと言いました。

 そして私の身の安全をとても気にしています。

 学校の外に出るときは、レックスおじさまが必ずつくそうです。

 

「寮は二人部屋で、君の相部屋は覚醒者じゃないがいい子だよ。同じクラスの子とは相部屋にしないという決まりがあってね。」

 

 ゴードン先生は、とてもながいヒゲをたくわえていましたが、正直あまり似合っていませんでした。

 子供が付け髭をつけてるみたいです、言いませんが。

 

「わかりました、何か、書類とかあるんでしょうか?」

「手続きは全部すんでるよ。あとは部屋に行って荷物を片付け、シャワーを浴びて今日は休みなさい。ルームメイトの長話につきあわされないようにね。」

 

 優しい声でした。

 先生からは、私を労っているような気配を感じました。

 ひょっとしたら、突然覚醒して途方にくれている子を、他にも見てきたのかもしれません。

 その後、私はカートに載せた荷物を転がしながら、寮に向かいました。

 学園内は無人ヴィークルが運んでくれます。

 校舎から、寮までは結構距離がありました。

 そして、指定された番号のついた建物に入ります。

 カードを当てると、厚い扉が開きました。

 どうやらハイセキュリティというのは本当のようです。

 

「……」

 

 寮の廊下を歩くと、物珍しそうな視線が私に刺さります。

 学校の生徒たちです。

 私と同じ年代の女の子で、種族も肌の色も様々です。

 そういえば、レックスおじさまがここは奨学制度があって、才能さえあれば誰でも入学できる学校だと言っていました。

 ヒューマ二スの影響はないようです。

 私は、あの人たちは怖いし、友達にもひどいことを言うので嫌いです。

 

「298号室、ここかな…?」

 

 私は、2階の奥にある部屋にきました。

 98個も部屋は無いと思いますが、そこにはその番号がついていました。

 

 トントン

「はーい。」

 

 ノックをすると、ハスキーな声が返ってきました。

 

「あら、いらっしゃい。あなたがアリス?よろしく、あたしはアーニャ。アーニャ・ミルトンよ。」

 

 驚きました。

 扉を開けて出てきたのはゴードン先生よりもさらに背の小さいオレンジの髪の女の子でした。

 

「え、ええ。そうです。私がアリス・ヤマナカ。今日からよろしくお願いします。」

「はは、他人行儀ね。気にしなくていいのに。」

 

 ちょっと恥ずかしくて、お父さんの名字は名乗れませんでした。

 お父さんの国では、名字が多いのは珍しくないそうです。

 でも、私の知り合いでそういう人はいなかったので、気後れしたのです。

 

「ほら、そっちのベッドが貴女のよ。これまで一人部屋を謳歌してたんだけどねえ。掃除がんばったでしょ?キレイにしたのよ。」

 

 アーニャさんは、とても明るい性格のようでした。

 荷物を片付ける私を手伝ってくれて、ずっと話しっぱなしでした。

 それによると、彼女はドワーフのメタバリアントであるノームという種族で、学業成績の良さで特待でこの学校に来たそうです。

 夢は学者だとか。

 

「この学校は覚醒者も多いから、慣れてるから安心して。同い年の子が突然フォード・アメリカーを持ち上げ始めたのを見たこともあるわ。」

「は、はあ。」

 

 この学校ではスポーツ特待も行っており、フィジカル・アデプトも多数在籍しているそうです。

 

「勉強って難しいです?」

「んーアリスは覚醒者クラスだっけ?そんなに難しくないと思うけど、むしろメイジの実技が大変なんじゃないかな。でも面白そうよね、私も覚醒してみたい。」

「あはは…。」

 

◎◎

 

 結局、昨夜は夜更かしをしてしまいました。

 実を言うと、私も勉強はできるほうなのです。

 前の学校では、目立ちたくなかったので、テストはわざと間違えたりしていました。

 でも昨夜は、アーニャとウラムの螺旋について熱く語り合ってしまいました。

 私は、素数には神の見えざる手が入っていると唱えましたが、アーニャは偶然にすぎないと論じたのです。

 私に魔法について簡単なレクチャーをしてくれた、サザンカさんというシャーマンの女性は、『ヘルメスだけあって論理高い』と言っていました。

 メンターも無しに魔法を覚えるのは異常だそうです。

 それは、いやです。

 目立ちたくは、ないのです。

 

「お前ら、静かにしなさい!今日は転校生を紹介する。」

 

 ゴードン先生について、教室の中に入ります。

 渡された学校の制服を着てきましたが、その教室の生徒たちはほとんどそれを着ていません。

 私も、慣れたら自分の着やすい服を用意しようと思います。

 

「お、この時期ってことは最近覚醒したのか?」

 

 生徒の一人からそんな言葉が聞こえます。

 私は、ここに来る前に先生からあまり霊視はしないようにと言われました。

 感情を読み取ってしまうため、人間関係に問題が出るからだそうです。

 でも、今私は霊視を受ける感覚がゾクゾクと首筋にします。

 その気配を探ると、生徒たちから私を見て驚いたような気配を感じます。

 そういえばサザンカさんが言っていました。

 魔力6は1万人に1人くらいだと。

 

「彼女は今日から皆の仲間になる。ミス・ヤマナカ、自己紹介を。」

「はい。」

 

 私は、決心して前に出ると、できるだけハキハキとした声で自己紹介をしました。

 

「アリス・ヤマナカ・トカチュークといいます。最近メイジに覚醒しました。アリスか、ヤマナカと呼んでください。」

 

 生徒たちからは色々な感情が読み取れました。

 私をうらやんでるような、さげすんでるような、にくんでるような…、でもそんな小さな感情は一つの巨大なうねりにかき消されました。

 

「おーほっほっほ!」

 

 突然一人の生徒が立ち上がって私を見つめて高笑いを始めたのです。

 私は、あっけに取られました。

 

「わたくしと同じ魔力6!たいしたものです!いいでしょう、貴女を私のライバルと認めましょう!さあ今から勝負です、訓練場に行きましょう。」

「ミス・シーラ。いいから席に座りなさい…。」

 

 ゴードン先生が呆れたように額に手を当てます。

 本当に、途方にくれているようです。

 彼女は、コミックでしか見たことのないような、金髪の縦ロールをした長身の白人のエルフでした。

 なんというか、とても豊かな体をしていて、しかし引っ込むところは引っ込んでいます。

 服装はさすがに普通です。

 ただ、動きやすそうな…戦いやすそうな服装をしていました。

 

「ミス・ヤマナカ。君の席はあそこだ。」

 

 ゴードン先生が指さしてくれたのは、幸運にも未だに仁王立ちをして高笑いを上げている彼女からは離れた席でした。

 私はバッグを持って、怯えながらその席に行きます。

 

「(彼女、頭おかしいから気にしないで。)」

「は、はあ。」

 

 隣の席の、片目を髪で隠した女生徒が小声でささやきました。

 しかし、私の驚きはそれで終わりませんでした。

 

「たのもー!」

 

 教室の前の扉がドカンと音を立てて開いたのです。

 そして、そこから奇妙な服装をした少女が入ってきました。

 なんといえばいいのか、日本風なのでしょうか。

 浴衣という服装をトリッドで見たことがあります。

 それの、丈の短いものを着た、紫の髪のエルフの少女でした。

 

「ミス・ソラ。今日も遅刻しましたね?」

「だって飛んだらダメだってママが言うから…。」

 

 ゴードン先生の額に深いシワがよっています。

 そして、生徒たちの間に緊張が走っていることに、私は気づきました。

 まるで怪物と相対しているような…。 

 シーラでさえ、高笑いをやめました。

 

「ん?あの子転校生?」

「そうです、ミス・ヤマナカです。仲良くするように。」

 

 そうゴードン先生に言われると、その紫の少女は私の前に走り寄ってきました。

 

「あたしも転校生なんだ!名前はアヤメ!いい名前でしょ?ママがつけてくれたんだ。」

 

 私は、何かとてつもなく不穏な予感に包まれました。




山吹影学園は源GMの「JKラン~蛇の道は蛇」の舞台であり、GMに許可を取り登場しました


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話 アリスの冒険2

誤字教えてくださってありがとうございます


授業は、そんなに難しくありませんでした。

前の学校では、範囲よりも先を予習していましたが、ここの学校は少し進んでいるな、とは思いました。

魔法の授業もまだ基礎的なもので、他の生徒の皆さんはまだ魔法を習得していないようでした。

 

「ああ、ミス・ヤマナカ。少しお待ちなさい。」

 

 帰りのホームルームが終わり、クラスメイトと雑談をしていたとき、ゴードン先生が話しかけてきました。

 やはり、ヒューマンの子供に付け髭を付けたような外見が、少し似合いません。

 髭が無い方がかわいいと思うのですが…、あ、失礼なことを考えてしまいました。

 

「本校では部活動への参加を推奨している。転入生は途中から入りにくいと思うが、もしよかったら各部活を見学してくるといい。」

 

 私は前の学校では特に部活動には参加していませんでした。

 かといって打ち込んでいる趣味があるわけではなく、なんとなく家でトリッドを見ていることが多かったです。

 そういえば、魔法が使えることに気づいたときは、ずっとそれに集中してしまいました。

 でも、それであんなことが起きたことを考えると、あまり魔法には触れたくないのが本心です。

 

「部活動ですか…。」

「運動部でも文化部でもかまわないよ、顧問の先生やコーチの方々には転入生がいることは話してある。気楽に訪ねてみたまえ。」

 

 そして、ゴードン先生は自席でようやく居眠りから目覚めた、アヤメと名乗った少女を見据えると語気を強めて言いました。

 

「ミス・ソラ。君もそろそろ部活動を決めてくれないか?」

 

 彼女は美しい顔にボーッとした表情を浮かべていましたが、私を見ると何度かまばたきをして言いました。

 

「アリスちゃんもブカツまだ決めてないの?じゃああたしと一緒に探そうよ!」

 

 ゴードン先生は渋い顔をしました。

 

◎◎

 

 アヤメさんはグラウンドを見て回る間、私に何度も話しかけてきました。

 それは綺麗な鳥が飛んでいたとか、雨音が音楽みたいだったとか、母親の料理が美味しかったとか。

 他愛のない話でしたが、彼女がとても素直に世界を観ているような気がして、なんだか羨ましくなりました。

 そういえば教室の皆がこの子について明らかにおかしな反応を示していたのに、一切話題にしていませんでした。

 見た目はエルフの美少女ですが、ひょっとしたらすごいメイジなのかもしれません。

 でも先生に、霊視はあまりしてはいけないと言われていたので、私はそのいいつけを守りました。

 

「うーん、あんまり面白くなさそう。」

「覚醒してない方向けの部活動ですから、そうかもしれませんね。」

 

 クラスメイトに聞いた話では、覚醒者、つまりアデプトが参加するハイレベルな部活動もあるそうですが、私はメイジだからあまり関係ありません。

 あ、全く関係ないことはないです。

 私はサザンカさんの勧めに従って、『反射強化』や『戦闘感覚』の呪文を習得していました。

 ただ私が魔法を覚えたことを話した時、サザンカさんの様子がおかしかったのが気がかりです。

『え?一日で?』と呟いていましたが、よくわかりませんでした。

 とにかくそれらの魔法を使うと、まるでスタントマンのような動きができるのです。

 だから、運動部はやめた方がいい気がしてきました。

 

「アヤメさん、文化部の方を見に行きませんか?」

「うん、ブンカブ?見に行こう!」

 

 アヤメさんが同意してくれたので、私たちは部室棟の方に進みました。

 やはり、途中で無人ヴィークルに乗ります。

 

「走ったほうが早くない?」

 

 とアヤメさんが言って、冗談かと思いましたが、私も精霊を喚んで『移動のパワー』を使ってもらえれば、ヴィークルより速く走れることに気づいてしまいました。

 サザンカさんが『移動のパワーはチートだから絶対用意しておいた方がいい』とも言っていました。

 チートとはなんなのでしょうか?

 

「あんまり、目立つのはよくないですよ。」

「うーん、そうだね。」

 

 アヤメさんは説得を受け入れてくれました。

 私たちは目立つことなく部室棟に着きます。

 そこは、私の勝手な予想と違って、近代的なとても綺麗な建物でした。

 エレベーターもついています。

 そして、玄関の壁に部室の配置図が貼っていました。

 

「あ、文芸部…。」

「ブンゲイブ?何それ?」

 

 私は不思議そうな顔をしているアヤメさんに答えました。

 

「そうですね。小説や、おとぎ話とかを書いたりする部活動です。」

 

 アヤメさんはよくわからないという顔をしていましたが、満面の笑みを浮かべて言いました。

 

「わかんないけど、アリスちゃんが見たいなら行ってみよう!」

 

 わたしは、その笑みに何か引き込まれ、心が暖かくなりました。

 そして彼女にうなずくと、部室の位置を確認します。

 

「3階にあるみたいですね、エレベーターで行きましょう。」

 

 私たちは、綺麗に掃除されたエレベーターに乗ります。

 その時、何か不思議な感覚がありました。

 

「あれ?」

 

 私は、その感覚が何かわからなくてエレベーターの中を見回しました。

 しかし、壁には車いすの方用の鏡があり、そして階を指定するボタンがあるだけです。

 ただ、何か違和感がある。

 その原因が私には見つけられません。

 すると、アヤメさんがボタンを拭うような動作をしました。

 

「アヤメさん、何かしました?」

「うん?汚かったから拭いただけだよ。」

 

 アヤメさんが腕を振ると、さっきまであった違和感が突然消えたのです。

 私は、わけがわからないままとりあえず3階のボタンを押しました。

 エレベーターの扉が閉まり、箱が上昇していく感覚があります。

 光る数字が、1から2、そして3へと移動していきます。

 

「へ?」

 

 その時おかしなことが起きました。

 私は、たしかに3階のボタンを押したのに、階の表示が4階に移動したのです。

 そして、階を示す数字からはついに光が消えてしまいました。

 箱が上昇する感覚は、それなのに終わりません。

 

「ねえ、アヤメさん。この建物って何階でしたっけ?」

「どうだったっけ。うちのマンションよりは低かったと思うけど。」

 

 長いような短いような時間がすぎると、ポーンと音がして上昇が終わります。

 そして、エレベーターの扉が開きました。

 

「ここ、屋上かしら…。」

 

 だとすれば納得がいきます。

 押し間違えか、誤作動で私たちは屋上の出口だけがある階にきてしまったのかもしれません。

 目の前には、狭い空間に、扉が一つだけです。

 ですが、扉の上に設置されたプレートを見て、私はここが屋上ではないと気づきました。

 

「第二文芸部?」

 

 そこにはそう書いてあったのです。

 部室棟の地図には、そんな部室はありませんでした。

 それに、文芸部に第一も第二も無い気がするのです。

 

「文芸部だね!アリスちゃん、見学してみよう!」

 

 しかし、逡巡する私の手をアヤメさんが引きます。

 確かに考えてみれば、私たちは部活見学にきたのです。

 どんな部活動でも、とりあえず見てみるのはいいことのはずです。

 私は、控えめなノックをして扉を開けてみました。

 すると、そこにいたのは

 

「おや、君たちがここ来るとはね。これも運命かな。」

 

 黒いボブカットに、メガネをかけ、縦に線の入ったセーターを着た、とても美しい女性でした。

 

◎◎

 

「どうだい、良い紅茶だろう?私の古い友人も気に入ってくれてね、よく再現してみせると息巻いていた。」

 

 その女性は、第二文芸部顧問の、ロザミアと名乗りました。

 今はまだ部員が来ていないそうです。

 私達のことは知っているようでした。

 

「ゴードン先生から、転入生が見学にくるかもしれないとは聞いていたけど、まさかここに来るとはね。」

 

 ロザミア先生は苦笑しながら紅茶を口にふくみました。

 一つ一つの所作がとても洗練されていて、美しいと思いました。

 

「うん、美味しい。おかわりしてもいい?」

「もちろんさ。」

 

 アヤメさんが無遠慮に言いますが、ロザミア先生は何も気にした様子はありません。

 彼女はお湯を温めながら、葉っぱの保存方法について語ってくれます。

 私は、何か申し訳ない気分になって、部活動についての質問をすることにしました。

 

「ここは、普通の文芸部とは違うのですか?」

「ああやっぱり気になる?」

 

 彼女は、アヤメさんのカップに二杯目の紅茶を注ぎながら、答えてくれました。

 

「ここの文芸部はね、もちろん物語を書くのも大事な活動なんだけど。」

 

 そしていたずらっけのある顔でいいました。

 

「自分たちで物語のネタを作るのも活動のうちなのさ。」

「ネタを作る?」

 

 彼女の言っていることはよくわかりませんでした。

 物語のタネは、たしかにどこからか引っ張ってこなくてはなりません。

 でも、彼女の言ってることはそれとは何か違う気がしました。

 

「おっと、どうやら部員が来たようだ。」

 

 その時、先生がそう言いました。

 しかし、人の気配どころか、何も音が聞こえません。

 そういえば、この階に来てから、雑音が全く聞こえなくなっているような…。

 

 ポーン

 

 ですがまもなく、先生の言う通り、エレベーターが止まる音が聞こえました。

 ひょっとしたらエレベーターをマトリクスで見ていたのかもしれません。

 そして、どこかで聞いたような声が部室の中に響き渡りました。

 

「フィクサー!依頼人をお連れしましたわよ!」

 

 扉を開けて現れたのは、あのすさまじい存在感を持つ、クラスメイトのシーラさんでした。

 大きな胸と、縦ロールが揺れています。

 そして、私達を見ると目をまんまるにした後、ニコリと笑って嬉しそうに叫びました。

 

「ほーほっほっほ!どうやらあなた方もここに来る運命だったようですわね!これからよろしくですわ!」

 

 その後ろで、依頼人と呼ばれた小柄なヒューマンの女性が、何がなんだかわからないという表情をしていました。

 

「ここは、どこなんですか?」

 

 私には、それに答える術がありませんでした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話 アリスの冒険3

アで始まるキャラが多いということに気づいて頭を抱える


「私の名前は、大空(おおぞら)紅葉(もみじ)といいます。普通科の一年生です。」

 

 意図せず迷い込んだ第二文芸部の部室で、私とアヤメさんは顧問のロザミア先生と、そして部員でクラスメイトのシーラさんと一緒に彼女の相談を聞くことになってしまいました。

 紅葉さんと名乗った彼女は、見るからに日系で、鴉のような黒い髪をした美しい方でした。

 この学校では珍しく、制服を身にまとっています。

 

「お父さんの仕事の都合で、日本からここに来たんですが、街に出ることは禁じられていて、ずっとこの学校の敷地内にいるんです。」

 

 椅子に座る彼女の話を聞いて、なんだかひどい話だと思いました。

 でも考えてみると、私も学校を出るときはレックスおじさまの付き添いが必要になるのでした。

 私も、あまりいい環境ではないのかもしれません。

 

「私、引っ込み思案で友達もできなくて、寂しくしてたんです。でもお姉さまがいてくださって…。」

「なんですの?そのお姉さまという方は。」

 

 シーラさんが首を傾げて問いかけると、紅葉さんは紅茶の入ったカップを強く握りしめ、私達に目線を向けました。

 

「とても、とても優しい方なんです!先輩で、放課後に時々一緒におしゃべりをして、勉強も教えてもらって…それなのに、いなくなってしまった。」

 

 彼女の相談とは、どうやらその『お姉さま』を探して欲しい、ということのようでした。

 私は、この部活動の単なる見学者で、無関係なのについ口から質問を発してしまいました。

 

「そのお姉さまって、どういう方なんですか?いなくなったというのは?」

 

 紅葉さんは、本当に困ってしまったような顔をしてそれに答えました。

 

「名前は、わかりません。何年生かも知らないんです。ただ、ここの制服を着てましたから、山吹影の生徒なのは間違いないと思います。」

 

 アヤメさんが不思議そうに紅葉さん聞きました。

 

「友達なのに、名前を聞かなかったの?あたしなら、すぐ聞くし、名乗るんだけどなー。」

「そ、そうなんです!それが、私も不思議で…。」

 

 紅葉さんは困惑していました。

 そこに、嘘をついたり、誤魔化しているような様子は見られません。

 

「なんで私名前を聞かなかったんだろう?何年生で、どのクラスかって、知りたいはずなのに。」

「それで、いなくなったというのはどういうことなんだい?」

 

 それまで黙っていたロザミア先生が口をはさみました。

 生徒が行方不明と聞いて、見過ごせないと考えたのかもしれません。

 

「そうとしかいいようがないんです。数日前、お姉さまが私にハンカチを貸してくださって、それを返そうと思ったんです。」

 

 彼女はカバンから、黒い上品なハンカチを出しました。

 綺麗に洗濯され、折りたたまれているように見えます。

 

「そしたら、あれ?お姉さまって何年何組にいるんだろう、そういえばお名前は何ていうんだろうって思って。」

 

 彼女は途方にくれたようにしながら、そのハンカチを再びカバンにしまいます。

 

「勇気を出して、全部のクラスを探して回ったんです。覚醒者の方のクラスも…でもどこにもいなくて、そして今まで会っていた場所にも来られなくなってしまったんです…。」

 

 ロザミア先生が顎に手を当ててつぶやきました。

 

「ふうむ、不思議だね。そう思わないかシーラくん。」

 

 するとシーラさんは胸を張って言いました。

 

「お任せください先生!第二文芸部の久々のラン、見事達成してみせますわ!紅葉さん、安心なさって。あなたのお姉さまは、私達が必ず見つけてみせます!」

「お、お願いします?」

 

 彼女は奇妙なことを言いました、紅葉さんがぽかんとしながら返事をしています。

 ラン?私達?

 ですが、それはどうやら合言葉か何かだったようです。

 ロザミア先生は、口を三日月の形に開いて、告げました。

 

「ではよいランを、兄弟(チャマー)。」

 

◎◎

 

「まずは生徒名簿をみたいですわね。」

 

 紅葉さんは、帰りました。

 そしてロザミア先生もどこかに行ってしまいました。

 第二文芸部の部室で、私とアヤメさん、そしてシーラさんは作戦会議を始めることになってしまいました。

 あれ?私見学なのに。

 

「ロザミア先生にお願いすれば?」

「それはノーでございますわ。先生はあくまで顧問、活動には参加なさいません。フィクサーでございますしね。」

 

 ですがアヤメさんはとても乗り気のようでした。

 ワクワクするように拳を握っています。

 

「へー、これが第二文芸部の活動なの?」

「先生から説明がありませんでしたこと?第二文芸部は物語を生み出すのが活動なんですわ。」

 

 そういえば、そんなことを言っていたような…。

 

「どうやってかは知りませんが、先生が依頼人を見つけ、その方をお連れして依頼を受ける。幾ばくかとのお礼とカルマを得る。それがランですわ。」

「ランって、まるでシャドウランみたいな…。」

 

 シャドウランナー。

 それは影を走るものたち。

 決して表に出ることなく、時には汚い、時には心温まる、そんなランを繰り返して日銭を稼ぐ刹那者の集まり。

 

「そのとおりですわ。つまりここは…。」

 

 シーラさんは腰に手を当ててウインクをしました。

 金色の縦ロールが揺れます、胸も。

 

「シャドウラン部なのですわ!」

「は、はあ…。」

 

 言ってることは無茶苦茶でしたが、奉仕部のようなものなのかもしれません。

 生徒の悩みを聞きそれを解決するのが活動と考えれば、そんなにおかしなものではなさそうです。

 

「デッカーがいたらよかったのですが、アリスさんデッカーの知り合いはいませんこと?学校のホストに潜り込んで生徒のリストを盗み出してほしいのですわ。」

 

 と、思ったらシーラさんが突然物騒なことを言い出しました。

 

「そ、それは犯罪じゃないですか?」

「ランナーが何を仰ってますの?」

 

 シーラさんがアヤメさんにちらっと目を向けます。

 彼女は手を左右に振って答えました。

 

「あたし、マトリックスはダメなんだよね。」

「そういえばそうでございました。」

 

 どうやらシーラさんはアヤメさんがどんな覚醒者か知っているようでした。

 そういえば、私はこの二人がどんなことができるのか知りません。

 

「お二人は、どういう覚醒者なんですか?」

 

 私がそう問いかけると、シーラさんは嬉しそうに答えます。

 

「フィジカル・アデプトでございますわ。カミカゼをキめたトロールの方と殴り合いをしたこともありますのよ。」

 

 とんでもないことを言い出しました。

 ひょっとしたらルームメイトのアーニャが言っていたヴィークルを持ち上げる同級生とはシーラさんのことなのかもしれません。

 

「うーんと、あたしはねえ。」

「ストップですわ!」

 

 アヤメさんが自分の能力を話そうとしたところでシーラさんが待ったをかけました。

 

「貴女と一緒にランをするという現実で、実は気が狂いそうなのでございますわ。どうか言語化しないでくださいまし!」

「ほへ?うーんわかんないけどわかったよ。」

 

 どうやらアヤメさんは本当にすごい覚醒者のようです。

 私はアイデアを出してみることにしました。

 

「そういえば、ルームメイトのアーニャがマトリックスに詳しいって言ってたけど。」

「あら、アリスはアーニャとルームメイトなんですの?」

 

 気がつけばシーラさんは私を呼び捨てにしていました。

 ちょっと嬉しいかもしれません。

 友達は、嬉しいです。

 では私は、まだちょっと恥ずかしいかな。

 

「うーん、実は前にもアーニャに仕事を頼んだことがあるのですわ。ただ彼女興味を持ってくれないといくら積んでも仕事をしないのですわ。」

 

 結局、私が彼女に頼んでみることになりました。

 

◎◎

 

「面白そうね。」

 

 二つ返事でした。

 彼女は自室で今、苦労して手に入れたという中古の格安サイバーデッキにホット・シムでインしています。

 これは、確か危険な行為だったと思うのです。

 私はとんでもないことを頼んでしまったのかもしれません。

 

「ふぅ、大体抜いてきたわ。」

 

 しかしそれは杞憂だったようです。

 アーニャは首筋のデータジャックからケーブルを引き抜くと、まだ半分マトリックスに浸ったような顔で説明を始めました。

 

「その紅葉って子、結構大変な身の上ね。」

 

 アーニャによると、紅葉さんはビッグ10と呼ばれるAAAの大企業の一つ、シアワセ・コーポレーションの重役一族の隠し子だそうです。

 相続を巡る争いに巻き込まれ、この国に逃げてきたとか。

 とても、嫌な話だと思いました。

 嫌だな、とても。

 彼女が幸せになれればいいのに。

 

「それで、狙われるかもしれないから校外に出れないわけね。そんでもって、件の『お姉さま』?探したけど、ちょっとわかんないわね。」

「やっぱり、人が多すぎて?」

 

 アーニャは首を振りました。

 

「私は単純に、防犯カメラを洗ったのよ。その紅葉ちゃんがお姉さまと一緒にいる映像を探したの。」

 

 アーニャは私のコムリンクに映像を飛ばしてきました。

 それを見ると、小柄な、美しい少女が映っています。

 山吹影の制服を着て、紅葉さんと一緒に歩きながら会話をしている。

 

「音声はないけど、参考には十分。だから同じ外見データを持つ生徒を照会したんだけど、該当は無し。」

「え、それって?」

 

 それは奇妙な話でした。

 ハイ・セキュリティのこの学校に、偽生徒が紛れ込んでいる?

 アーニャは首を捻って言いました。

 

「学校に通報したほうがいい気がするけど、情報元が私だからそれはかんべんしてほしいわね。それに第二文芸部はいつも学校に頼らないし、これは貴女たちで解決しないといけないわよ。」

 

◎◎

 

「どうでして?アリス?」

 

 翌日、私はシーラさんと一緒に、紅葉さんがお姉さまといつも一緒に会話をしていたという空き教室に来ています。

 みんなと相談して、現場を見てみようということになったのです。

 アヤメさんは、お母さんに用事をいいつけられたとかで、今日は欠席です。

 とても悔しそうにしていました。

 

「アストラルの残滓があります。お姉さまは、多分覚醒者だったのかな?」

 

 私は霊視をしてみました。

 人の感情の残り香や、魔力を持つものが魔法を使ったなら、霊視によってその痕跡を探ることができるのです。

 

「それって、なにか魔法を使ったということですの?」

 

 私はうなずいてそれに答えました。

 紅葉さんの不思議な様子から、私は彼女が何か…そう『感化』あたりを掛けられているのではと考えたのです。

 

「うっすらですが、霊紋は覚えました。ここからたぐっていきましょう。」

「さすがはアリスですわね。」

 

 シーラさんは、まるで自分のことのように嬉しそうです。

 私も、実はちょっとわくわくしています。

 私もひょっとしたら、本当にひょっとしたら、サザンカさんのようなランナーに…。

 その時、校内放送が鳴り響きました。

 

『生徒は避難プログラムに従って体育館に集合してください。これは訓練ではありません、これは訓練では…。』

 

「何かしら?火事でも起きたのかしら。」

「わかりませんが、ちょっと見てきます。体を任せても?」

 

 私はシーラさんに提案しました。

 彼女は黙って頷きます。

 そして私は体から、抜け出たのです。

 

◆◆

 

 これは、アストラル投射。

 肉体から、精神を分離する。

 フルメイジのみが可能な、奥の手です。

 

『助けて!』

 

 アストラルの空間に沈む、あるいは浮かび上がると、遠くで光が連続して放たれているのが見えます。

 私は、壁も何もかも無視してすさまじい速さで光の元に向かいます。

 なんてことでしょう、これは、魔法。

 しかも高いフォースの戦闘魔法です。

 

『お姉さま!助けてください!』

『紅葉を離しなさい!』

 

 私は、その抱きかかえられて塀の上から運び出されようとしているのが、紅葉さんだと気づきました。

 そして、彼女を巡って戦う幾人か、メイジと精霊もいます。

 え…あの人頭が

 

◆◆

 

「アリス!?大丈夫ですの?顔が真っ青ですわよ?」

 

 私は、それを見てしまいました。

 だからコワクテ、こわくて、とても怖くて。

 何もできず、紅葉さんを助けようともせず、体に逃げ帰りました。

 

 そして…ロザミア先生から、紅葉さんが誘拐されたと、聞かされたのです。




※カミカゼ…エンジェルダストみたいなもの
※感化…催眠術みたいなもの


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話 アリスの冒険4

「さて、新たな依頼だ。これは()()()のものとなる。」

 

 部活棟のエレベーターに乗って、『そこに行きたい』と思いながらボタンを押すとたどりつくことのできる、異常な第二文芸部の部室で、ロザミア先生が説明を始めます。

 この人は、ヒトではありませんでした。

 そして、アヤメさんも。

 

「依頼内容は本校の生徒である大空紅葉くんの救出。」

 

 シーラさんは口元に笑みを浮かべて、腕を組んでます。

 彼女は、自分が気が狂いそうだと、先日言いました。

 ですが、きっととっくに彼女は狂っているはずです。

 隣の席のクラスメイトが言ったように。

 でなければ、なぜこんなに楽しそうなのでしょうか?

 

「対象は現在ランナーのセーフハウスにいると思われる。依頼主の回収を待っているのだろう。つまり生きている可能性が高い。」

 

 思い出してください。

 彼女はカミカゼをキメたトロールと殴り合ったと言いました。

 では、彼女が生き残っているのなら、相手は今どうなっているのか。

 生きているとは…思えません。

 シーラさんの手は、きっと血で汚れています。

 

「報酬は1万新円、紅葉くんが無傷なら、更に5千新円を上乗せしよう。」

 

 紅葉さんが無傷でいるとは思えません。

 襲撃者は全員男性でした、そして彼女は美しい少女なのです。

 そのことは伝えてあるのに…ここにいる私以外の全員に、気にした様子はありません。

 いえ、本当に私以外なのでしょうか。

 私が今考えていることは…。

 

「さてアリスくん、そしてアヤメくん。」

 

 ロザミア先生が、私とアヤメさんを交互に見ながら問いかけました。

 

「ここまでは部活体験ということでよかったが、ここからは先に進むには、入部届にサインをして欲しい。」

 

 そう彼女が言うと、部室の中央にしつらえらえたテーブルの上に、突然紙の書類が現れます。

 サインするためのペンと一緒に。

 まるで魔法のようです、いえきっと魔法なのでしょう。

 私のまるで知らない、恐ろしく高度な。

 

「いいよー。」

 

 アヤメさんは、何のためらいもなくペンを取ると、空欄に自分の名前を記載します。

 私は入部届の文面を読んでみました。

 そうじゃないかな、と思っていましたが、堂々と書かれています。

 

『生命は保証しない』

 

「お願いがあります。」

「何かな?言ってみるといい。」

 

 私は、紅葉さんが誘拐されてから、ずっと考えていたことを口に出しました。

 私が彼女を救うために、ランをする条件。

 殺す、いいわけ。

 

「私の行動規範を認めてください。私も、そして他のランナーにも。それは、無関係の第三者は殺さないということです。」

 

 私は目線に力を込めて、この部室にいる他の3人を見つめました。

 シーラさんは鷹揚に頷き、アヤメさんは別にいいよ、と答えました。

 

「ランナーの間で合意が取れているならフィクサーとして口を挟むことはない。だが目撃者をどうするかには注意したまえ。そうだな、顔は隠すことだ。」

「部室の倉庫にガスマスクが何個か合ったと思いますわ。用意しておきますが、臭いは我慢してくださいませ。」

 

 そして、私は入部届にサインしました。

 手が震えて、字は汚くなってしまいました。

 ロザミア先生は、嬉しそうに嘲笑うとコムリンクを操作し、私たちのそれにデータが送られます。

 敵対ランナーのセーフハウスは、あまり遠くありませんが、ヴィークルは必要でしょう。

 紅葉さんを運ぶためにも。

 

「では確認だ。皆、このランは受けるかな?」

「はい。」

「うん、やるやる。」

「もちろんでしてよ。」

 

 そして、ロザミア先生はまた口を三日月の形にして言ったのです。

 

「ではよいランを、兄弟(チャマー)。」

 

◎◎

 

 私は、寮で体格の似たクラスメイトに必死に頼み込んで、衣服を一揃い都合しました。

 なぜなら、私の服にはすべてにステルスタグが仕込んであるはずだからです。

 紅葉さんも、きっとそう。

 レックスおじさまにバレずに校外に出るためには、必要な手順でした。

 

「足はいつも利用してるスマグラーに依頼しますわ。運んでくれるだけで戦闘には一切関知なさいませんが、信用のおける方々でございます。」

 

 私たちは、第二文芸部がいつも使っているという『裏口』に向かいました。

 そこからなら、外出記録も残らないそうです。

 しかし、その隠し扉の前に、私達を待っている人物がいました。

 

「どこに行こうというのかね?ミス・ヤマナカ。」

 

 それは担任のゴードン先生でした。

 いつものように、黒いローブを身にまとい、豊かな髭をたくわえています。

 

「せ、先生?いえ、これはですね。つまり若者の青春を求めてのエスケープというやつでございまして、ぜひお目溢しくださいませんこと?」

 

 シーラさんが慌てますが、私は、その必要が無いとわかっていました。

 アストラル投射をしたとき、見ていたから。

 

「ゴードン先生、一緒に行きたいんですよね?」

「何を言って…。」

 

 私は、特に飾ることなく伝えました。

 口はうまくない、フェイスの才能が無いということはわかっています。

 

「だって、貴方が『お姉さま』なのだから。」

 

◎◎

 

「女装は趣味なんだ。」

 

 付け髭を外し、ローブを外して、山吹影の女子制服を着たゴードン先生が恐ろしいことを白状しました。

 そうすると、本当に彼は少女にしか見えません。

 ドワーフやオークといったメタの方々には、体質はその種族のままなのに、外見がヒューマンと変わらない方が、たまにいると聞いたことがあります。

 彼は、ヒューマン似のドワーフだったのでしょう。

 

「ミス・オオゾラ、いや紅葉には、特別に何かあったわけではない。彼の保護者に特別に護衛を頼まれたわけじゃないんだ。」

 

 ゴードン先生は、しゅんとしていました。

 とてもかわいらしくて、私まで魅了されてしまいそうです。

 シーラさんはぽかんと口を開けたままで、アヤメさんはとても興味深そうに見つめています。

 

「ただ放課後に、彼女が寂しそうに一人でいたから、ちょうど女装して徘徊していたときに、つい声をかけてしまった。」

 

 そして奇妙な交流が始まったそうです。

 ゴードン先生は、自分の正体がバレないようにやはり紅葉さんに『感化』をかけていました。

 

「彼女に劣情を抱いたことは一度もない、ただ…女装して、女学生として会話をするのが楽しくて、ずるずるとこんなことを続けてしまった。彼女が、私の『感化』に抵抗するまで。」

 

 これで、1つ目のランは解決しました。

 いえ、違う。

 依頼主に、報告しなければなりません。

 紅葉さんはどう思うだろう、でもそのためには彼女を生きて連れ戻す必要があります。

 

「ブルドックがこの壁の向こうに用意してある。君たちはあの自由精霊に依頼を受けたのだろう?私も、連れて行ってくれ。」

「先生は、コンバット・メイジですか?」

 

 彼は首を振りました。

 

「ランナーの分類で言えばオカルト探偵に近い。だが戦闘魔法を習得していないわけではない。ヘルメスのイニシエーションを一段階済ませてある。魔力は7だ。」

 

 十分な戦力でした。

 私は、自らの行動規範をゴードン先生に説明し、彼は頷きました。

 

◎◎

 

「ここですわね。寂れた廃工場、良いスポットですわ。」

 

 シーラさんが満足そうに笑みを浮かべます。

 たどり着いたのは郊外の雰囲気のある場所でした。

 霊視をすると、強い恐怖のオーラが鍵のかかった門を通って中に入っているのがわかります。

 そして、廃工場の空に漂っていた、大気の精霊がこちらに気づいたようです。

 

「気づかれました。」

「そのようだ。」

 

 ゴードン先生が『魔法の指』の魔法を使います。

 マグロック式の鍵が音を立てて外れて地面に落ちました。

 探偵を名乗るだけのことはあります。

 でもこの人、どちらかというと犯罪者のような。

 

「一番乗りですわ!」

 

 扉を押し開き、シーラさんが工場の敷地に駆け込んでいきます。

 銃で狙われるかもしれないのに、正気ではありません。

 そして、目の錯覚でしょうか?彼女の体がみるみると膨れ上がっていきます。

 体中の肉が、筋肉が増強されていきます。

 シーラさんはあっという間にトロールのような巨体になりました。

 彼女は、「普通のアデプトは筋力ブーストを使っても筋力は増えないのですが私だけなぜかこうなるのですわ」と言っていましたが、まさかここまでとは思いませんでした。

 

「にーばん!」

 

 次いでアヤメさんが入っていきます。

 彼女について何も心配する必要はないでしょう。

 そして私が続きます。

 

「行きます!」

 

 3番目ですが、私は特別遅いわけではないのです。

 私も、『反射増強』の魔法を鉱石の形をした『原質』を使って、フォース1のそれをフォース5の効力で使っています。 

 同じくフォース1の『戦闘感覚』にも『原質』を使って効力を上げています。

 この二つは、サザンカさんから贈られたフォース1の維持収束具で維持しているのです。

 

「そんな魔法の使い方が…。」

 

 ゴードン先生が目を丸くして驚いています。

 このやり方はサザンカさんに教えてもらいました。

 マンチがどう…とおっしゃってました。

 

「な、なんだこの化け物!?ぐはぁ!」

 

 建物内に入ると、敵対ランナーの位置が把握できました。

 手前にエッセンスの少ない、おそらくタンクサムライがシーラさんの強力な蹴り攻撃を食らって足を浮かしています。

 奥のコンテナに遮蔽を取って銃を構えた同じくサムライ…ですがマトリックスを覗いているような気配がします。

 コンバットデッカーかもしれません。

 

「こいつら、全員ノンサイバーだ。まさか、全員覚醒者か!?」

 

 どうやらそのようです。

 恐らく私達をマトリックス知覚したのでしょう。

 私達にデッカーはいません、簡単な仕事だったでしょう。

 ですが、それはつまりデッカーとしての仕事がほとんどないということを意味します。

 銃をブリッキングさせることもできません。

 私たちは、誰も銃を持っていないから。

 

「は、嘘だろ?」

 

 一番奥には若い男のエルフ、恐らくメイジ。

 魔力は4といったところ、魔力6のメイジは希少なのです。

 その隣にはエッセンスのそこまで減っていない、おそらくライトサイバーのマーセナリーと思しきオークの男。

 

「なんだ、どうしたってんだ?」

 

 マーセナリーは隣のメイジにそう話しかけています。

 エルフメイジは青い顔をしています。

 多分、霊視したのでしょう。

 私がアヤメさんを初めて霊視したときと同じ顔です。

 

「とどめの連撃ですわ!」

 

 そしてシーラさんに目線を戻すと、彼女は振り上げた足のかかとをタンクサムライの頭に振り下ろしました。

 トリッドで見たことがあります。

 あれは、踵落とし。

 ムエタイという格闘技です。

 タンクサムライの頭頂部の高さが、肩と同じになりました。

 私は歯を食いしばってその光景に耐えます。

 

「お、俺は逃げ…ぎゃあ!」

 

 アヤメさんの指先から発された『雷撃』が、エルフメイジを焼き尽くしました。

 隣でオークマーセナリーが顎をガクンと落とします。

 

「ママが言ってたんだ、メイジから殺せって。」

「ち、畜生!」

 

 コンバットデッカーが、やけになったのか、アサルトライフルを全力でフルオートさせます。

 狙いは私!

 私は、サザンカさんにどうやって銃弾をかわしているのか聞いたことがあります。

 答えは、『気合』。

 だから、私は意志力を増強し、集中力で維持しているのです。

 

「見える!」

 

 『戦闘感覚』の魔法と、増強された意志力での全力防御が、私にその力を与えてくれました。

 殺意を持って走る、10発の弾丸を私はかわしたのです。

 そして。

 

「『喪神球(スタン・ボルト)』!」

 

 それが私の牙でした。

 わかっています、これは欺瞞。

 気絶させた、コンバットデッカーをその後どうするか。

 答えは決まっています。

 ですが、これが私の精一杯なのです。

 

 こうして、大勢は決しました。

 

◎◎

 

「見事だ兄弟(チャマー)。依頼は完全に成功だ。」

 

 ロザミア先生が、部室でそう言いました。

 紅葉さんは、気絶していましたが、傷はありませんでした。

 どうやら相手の依頼主はそれが望みだったようです。

 

「彼女、まだこの学校にいるんですの?」

「そこら辺は上で協議中のようだ。なにしろこの学校のセキュリティで守れなかったのだからね。転校になる可能性もあるだろう。」

 

 シーラの問いかけにロザミア先生が答えます。

 私は残念に思いました。

 紅葉さんと、仲良くなりたかった。

 何を思っているのか聞きたかった、私の想いを伝えたかった。

 

「わあ、何買おうかな。」

 

 アヤメはどうも報酬に意識が移っているようです。

 そういえば、お小遣いが少ないと文句を言っていました。

 私は、気になったことを聞いてみます。

 

「ゴードン先生は、どうなるのでしょう?」

「彼ならもう退職届を出したそうだ。」

「えっ?」

 

 そんな気は少ししていました。

 別れる時、そんなことを言っていた。

 きっともう、紅葉さんともゴードン先生とも、二度と会うことはないのでしょう。

 とても、残念です。

 

◎◎

 

「みなさん!ありがとうございます。お姉さま高等部だったなんて!もぉ、なんで教えてくれなかったんですか?」

「ご、ごめんね、紅葉。中等部の校舎にいるのが恥ずかしくて…。」

 

『お姉さま』は、山吹影大学付属高校普通科に、『正式』に在学しているそうです。

 私は、額に汗を浮かべる『彼女』をジト目で見ました。

『彼女』は、目をそらしました。




何を言っているのかわからねーと思うが
卓で「筋力ブーストで筋力は増えないんですよ」と言われた時何のことかわからなかった…
頭がどうにかなりそうだった…シャドウランの片鱗を味わったぜ

キャラクターは基本的にルールに従って作っていません
物語性重視してます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

21話 カット・ザ・スパイダー・ウェブ1

 サザンカは小洒落たカフェで待ち合わせをしていた。

 屋外の席に座り、アイスコーヒーを口にふくむ。

 ある人物に呼び出しを受けたのだ。

 前回アルケラで死にかけてからわずか1週間。

 

「ダウンタイム、短かったわね。」

 

 ダウンタイムとはキャンペーンにおいて、セッションとセッションの間に置かれる期間のことだ。

 ダイスで決められ、その期間によって技能の成長に制限がかかる。

 もちろん1月が過ぎたなら、生活費が消える。

 ライフスタイルを上流にして、ダウンタイム3週間が連続したならば、ひどいことになるだろう。

 サザンカは上流だった。

 トラブルがすぐ起きるのは、嬉しいような、嬉しくないような。

 

「よお、サザンカ待たせたな。」

 

 手を振って、現れたのはジェイムズだった。

 黒人のトロールで、元関取のアデプトだ。

 気のいい男でサザンカと何度か一緒に仕事をしていた。

 

「一体何の用?マトリックスで話してくれればいいじゃない。」

「ねえちゃん、クラフトビールを1本。」

 

 真っ昼間だというのに席にどかんと座り込んだ彼は、サザンカの問に答えずウェイトレスに酒を注文した。

 ため息をつく彼女の前で、彼はそれを一気に飲み干す。

 だが彼としては珍しい態度を示した。

 どうも言い淀んでいるようだ。

 サザンカは嫌な予感がした。

 

「どうしたの?いったいどんな厄介事?」

 

 そして目を左右に揺らした後、ジェイムズは諦めたように言った。

 

「サザンカ、俺の嫁になってくれないか?」

 

◎◎

 

「いらっしゃい、貴女がサザンカさんね。サムからはよく話を聞くわ。」

 

 サザンカが招かれたのは、オーバーンにあるメタ向けのマンションだった。

 それほど高級なものではないが、サザンカは気づいていた。

 セキュリティに気が配られている。

 中流にセキュリティが高いのオプションを付けたライフスタイルなのだろう。

 そしてさらに。

 

「うわー!エルフだ!。ねーねーお姉ちゃんメイジなの?」

 

 おっとりとした赤毛の平凡な容姿のヒューマンの女性の足元に、5歳くらいの男の子が二人がいてサザンカを好奇の眼差しで見つめている。

 少し離れたところに同じ年くらいの女の子が一人。

 どうやら三つ子のようだ。

 

「おら!お前らお客さんに失礼するんじゃねえぞ!向こうに行ってろ!」

 

 サムと呼ばれたジェイムズが子どもたちを追いやる。

 もちろんその子供たちはヒューマンだ。

 ジェイムズの実子ではないだろう、彼がゴブリナイズしたのは10年近く前だ。

 

「貴方が生活費で苦労してると言った理由がわかったわ。」

「まあ、それなりにな。」

 

 サザンカとジェイムズはマンションのダイニングに入った。

 ジェイムズはトロール用と思しき椅子に座り、空いている椅子を彼女に勧めた。

 女性は子どもたちの相手をしているようだ。

 

「良い家族ね。」

 

 サザンカの言葉にジェイムズは少し言い淀んだようだが、言葉を返した。

 

「まあな、俺には贅沢すぎる。」

 

 そしてテーブルの上に置かれた合成甘味料が詰まっていそうなクッキーに手を伸ばす。

 サザンカは話の続きを促した。

 

「ってわけでお前には、リズに化けてほしいんだ。そういう魔法を使えるって前に言ってたよな。」

「最初からそう言って欲しかったんだけど。つい雷撃を使っちゃったわ。」

「ひでえだろ!」

 

 もっとも彼はアーマーベストと魔力装甲、そして皮膚でそれを完全に弾いていた。

 相変わらずの硬さである。

 

「女性に対してあんなことを言ったら仕方ないわ。」

「勘違いさせた俺が悪かったが、だからといって致死魔法を使うんじゃねえ!」

 

 しかしサザンカは初めて求婚されたのである。

 少し恥ずかしくなてって混乱しても仕方がない。

 それに雷撃を撃つのは日本における伝統だった。

 サザンカはオニ種族ではなかったが。

 

「それで、なんで奥さんに化けてほしいの?」

 

 やっと二人の話は核心に近づいた。

 ジェイムズは恐らくわかりやすく説明するためだろう、ゆっくりと話し始めた。

 

「俺が金賀組とつながりがあるのは知ってるな?」

「ええ、前にそれで助かったことがあったわね。」

 

 それはオーバーンのドヤ街で起きた事件だった。

 ジェイムズのお陰で、ヤクザと繋がりのある用心棒と平和的に接触ができたのだ。

 

「ヤクザってのは基本的にメタ嫌いなんだが、あそこは前の代の重田組長の時代はメタに融和的だったんだ。」

 

 サザンカは初めて聞く話だった。

 それは珍しいことだった、日本は…メタ差別が激しい。

 今の代の帝になってから少しは緩和したと聞く。

 しかし彼女が母国を離れたのは、結局それが原因だ。

 それなのに日本にルーツを持つヤクザが、メタに融和的というのは意外だった。

 

「だがその組長が殺されて、今の金賀組長は伝統派、つまり反メタだ。」

「よくあなたが繋がれたわね?」

 

 ジェイムズは頷いた。

 その質問は予期していたのだろう。

 

「須田っていうワカガシラがいてな。そいつは前の重田組長の直参で、まあようするに組の反体制側だ。つまりメタを組織に取り入れたいと思っているのさ。」

 

 ジェイムズによると彼は別にメタに優しいわけではなく、単に使えるコマだと思っているらしい。

 実際トロールやオークは優れた兵士になる。

 彼らを組織から除外するのはうまくないと考えているそうだ。

 

「その須田の旦那とよ、この前飲んだ時嫁がいるって口を滑らせてな…。」

 

 滑らせたというか、写真まで見せて自慢の嫁だと見せびらかしたらしい。

 サザンカはヤクザにそんなものを見せるなと思った。

 

「それで今度ある組の例会議の飲み会に、連れてこいって言われちまったんだ。」

「別に問題ないんじゃない?ワカガシラの客に手を出すようなバカはいないでしょう?」

 

 だがそうも言い切れないとジェイムズは言った。

 

「さっきも言ったように須田の旦那は反主流派だ。主流派の連中にとっちゃ俺はウザったい相手なのさ、それに…。」

 

 そこでジェイムズは言おうかどうか懊悩したようだが、ついに口に出した。

 

「その、嫌な予感がどうもするんだ。それで、動くテディベアの幻覚が連れて行くのはやめろって何度もいいやがる。」

 

 サザンカはため息をついた。

 その幻覚は、きっと熊の導師精霊だ。

 彼らは仲間や家族を守ることを重要視する。

 

「精霊のお告げじゃしょうがないわね。でもこれはランよ?」

「わかってる。」

 

 ジェイムズは頷いた。

 サザンカと彼をコンタクトに例えれば、忠実度は3か4といったところか。

 無料で仕事をしてくれることもあるが、そうでないこともある。

 

「確認してくれ、5千新円入っている。」

 

 彼はテーブルの上にクレッドスティックを置いた。

 サザンカは中身を確認せず懐に入れる。

 そのくらいは信用していた。

 

「それで、その日はいつ?」

 

 ジェイムズは目をそらしながら言った。

 

「明日だ。」

 

◎◎

 

「サザンカさん、とっても綺麗な肌ね。」

「そ、そうですね!」

 

 サザンカはジェイムズのマンションに一泊することになった。

 そしてなぜか今彼の妻であるリズと一緒にバスルームに入っている。

 それは和風の風呂の造りをしていた。

 

「いつも子どもたちと一緒に入るんだけど、大騒ぎなの。」

「でしょうね。」

 

 彼らの子どもたちはまさにはしゃぎ盛りだろう。

 サザンカは自分より年上だろうが、同年代で大きな子供を持つ女性に、少し引け目を感じていた。

 彼女だって母親ではあるのだが。

 そういえばアヤメは大人しくしているだろうかとサザンカは思った。

 

「あれ、サザンカさんもお子さんがいるの?」

「え?なんでですか?」

 

 リズは湯船の湯を体にかけながら、微笑む。

 

「だって今、お子さんのこと考えたでしょう?」

 

 どうもこの人にはかなう気がしなかった。

 そして、今一緒にお風呂に入って気がついたことがある。

 彼女の体だ。

 

「あ、気になる?」

「いえ、そんなことは。私だってあるし。」

 

 サザンカが示したのは自分の肩にある桜の入れ墨だ。

 それは気収束具でもある。

 リズの体には、あちこちにタトゥーがあった。

 一番大きいのは背中にある蜘蛛の形をしたそれだ。

 赤い蜘蛛が、逆さに吊り下がっている。

 

「ティーンエイジャーのときに入れたんだけど、何考えてたんだろうな。あの頃の私。」

「消さないの?」

 

 サザンカはつい疑問を口に出した。

 だがその後失礼なことを言ってしまったと後悔する。

 この時代、性別を変えることすらできるのだ。

 タトゥーなど簡単に消せる。

 残してるのなら、理由があるのだ。

 

「うーん、消してもいいんだけど。そうしちゃうと今までの経験みんな消えちゃいそうな気がして。」

 

 サザンカはその言葉になんとなく頷いた。

 彼女は、あるいは彼女と融合した彼は、人生をやり直せるボタンがあっても押さない派だ。

 それは嫌だ、辛いことも、苦しいことも、今の自分の一部なのだ。

 それが無くなるのは、自分を無くすようなものだ。

 

「サザンカさん、優しいんですね。サムが友達になるはずだわ。」

 

 リズはまた微笑んだ。

 だが次の瞬間、その笑みが邪悪になる。

 湯船に彼女と一緒に浸かっているサザンカは、嫌な予感を覚える。

 

「貴女、レズかバイでしょ?」

「ぶっ!!」

 

 サザンカは吹き出した。

 そして彼女から体を離そうとするが、リズはたくみに彼女に足をからめてくる。

 

「わかるわよ?だって私の体を見る目がそうなんですもの。私、実はそっちも得意なの。よかったら、マッサージしてあげる。」

「そ、それは…。」

 

◎◎

 

チュンチュン



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

22話 カット・ザ・スパイダー・ウェブ2

「なんか予想と違うわね。」

 

 アロハシャツを着た黒人のトロールであるジェイムズの隣で、サザンカはひとりごちた。

 ジェイムズは面白そうに言う。

 

「どういうのを想像してたんだ?結局はパーティーさ。皆で楽しむ会だよ。」

 

 サザンカは水色のスマートカジュアルな衣服に身を包んでいた。

 だが、今の彼女を見てそれが本人だと気づくものは霊視の技能を持っているか、よほど直観力の高い人間だろう。

『物理の仮面』の魔法が、彼女の外見を変えていた。

 そう、ジェイムズの妻であるエリザベスに変装しているのだ。

 

「よお、ジェイムズ。嫁さんがいるというのは本当だったんだな。大した美人さんじゃないか。」

 

 威勢のいい大柄なヤクザがジェイムズに話しかける。

 どうやら彼にはメタ差別は無いようだ。

 

「俺が嘘を言ったことがあったか?リズって言うんだ。俺の自慢の恋女房さ。」

 

 牙のこぼれる口元をにやけさせてジェイムズは言う。

 サザンカは呆れた。

 彼はこの会合に危険がある予感がするからと、彼女を妻の身代わりにしたのだ。

 そのくせ彼には普通にパーティーを楽しんでいる様子しか感じられない。

 

「ちょっと、ジェイムズ。貴方気を抜きすぎじゃない?」

「そう言うなって。あの連中には散々からかわれてたんだ。」

 

 サザンカはついうっかり髪をかきわける仕草をしそうになって、それを引っ込めた。

 今の彼女はざんばらな金髪ではなく、黒髪のショートカットをしているように見える。

 勘のいいヤクザに気づかれてはたまらない。

 

「それで、おえらいさんにはいつ会うの?」

「んー、須田の旦那のお付きが多分呼びに来るはずだ。齋藤っていうんだが、目端の利くやつさ。」

 

 彼らが今いるのはシアトルに勢力を持つヤクザ、外隈連合の一角、金賀組の総本部だ。

 金賀組はトロールやオークなどのメタを排斥する主流派と、彼らを迎え入れようとする反主流派の間でわだかまりがあるらしい。

 ジェイムズと彼の妻エリザベスは、反主流派のドンであるワカガシラ、須田三蔵に招かれてこのパーティーにいるのだった。

 

「その人もヒューマン?」

「外見はな。だが俺の読みじゃ、あいつは多分オークだぜ。腕相撲で勝負したんだが、ヒューマンに出せる筋力じゃなかった。」

 

 その時、サザンカは自分たちに近づく人影に気づいた。

 足音を忍ばせている、中々の腕だ。

 ジェイムズは気づいていない。

 

「センセイ、そういったことを大きな声で呟かれるのは困りますな。真偽がどうであれ。」

「うおっ。」

 

 ジェイムズの背後を取ったのは、いかにも暴力で生きていますという外見の30がらみの大男だった。

 黒髪の長髪のアジア系で、ヒューマンに見える。

 

「齋藤か、びびらせるんじゃねえよ。」

「こちらのセリフですよ、あらぬ噂を立てないでいただきたい。」

 

 顔面にはいくつもの刀傷がある。

 幾多の修羅場をくぐってきたのだろう。

 サザンカは霊視したいのをぐっとこらえた。

 今の自分はジェイムズの妻の一般人だ、下手な動きはできない。

 

「こんにちは、エリザベスといいます。今日はお招きいただきありがとうございます。」

 

 サザンカは丁寧に挨拶をした。

 せっかくエチケットの技能を高めてあるのだ。

 使わないのはもったいない。

 

「これはご丁寧に。私は須田の兄貴の舎弟で、齋藤といいます。」

 

 彼のエチケット技能も中々のものだった。

 おそらくヤクザに専門化されているのだろうが、コーポの上流階級でも通用しそうだ。

 ちなみにジェイムズはおそらく魅力2だが、エチケット技能はそれなりにがんばっている。

 日本にいた頃に、角界で磨いたのだろう。

 

「それでジェイムズセンセイ、兄貴がお呼びです。ヒューマンもメタも含めて貴方が声掛けの一番目ですよ、兄貴を不機嫌にさせないでくださいね。」

「お、そいつは光栄だな。なーに、リズがいるからな。心配しないでくれ。」

 

 そう言ってジェイムズはサザンカに向けて下手なウインクをした。

 彼女は、しょうがないという風にうなずく。

 齋藤は少し驚いたような顔をした。

 

「ほう、センセイはどうやら尻にしかれているようだ。」

「それは、まあ間違っちゃいねえな。」

 

 ジェイムズは苦笑する。

 今いる彼女は偽物だが、ジェイムズが本物のエリザベスの尻にしかれているのは本当だった。

 彼の家に一泊してサザンカはそれを実感していた。

 

「とにかく行こうじゃねえか。いい日本酒を飲ませてくれるに違いない。」

 

◎◎

 

「よく来たな、ジェイムズ。まあ飲め。」

 

 彼の予想は当たった。

 差し出された瓶には日本語のラベルが貼ってある。

 かなりの高級酒だ。

 

「おう、すまねえな旦那。だがリズは酒が飲めねえんだ。こいつは勘弁してやってくれ。」

 

 金賀組のワカガシラは50歳くらいのかっぷくのいい色男だった。

 いかにも人好きのしそうな魅力に溢れている。

 男を惚れさせる男というやつだ。

 

「そいつは人生の半分を無駄にしているな。しかし大した女性だ、この場所にまるで怯んでない。」

 

 サザンカはしまったかな、と内心で思った。

 一般人がヤクザの会合に顔を出したら怯えるのが普通だ。

 鉄火場をくぐってきたサザンカはそういった偽装がまるでできていなかった。

 

「それは…、ええと立派な旦那様が隣りにいるからです。」

「はは、それはたしかにそうだ!ジェイムズ以上の漢は中々いない。」

 

 サザンカの下手なごまかしはどうやら通じたようだ。

 そして彼らは座布団に座ると雑談を始めた。

 齋藤の話では須田に呼ばれる客は多くいるようだが、ジェイムズにかなりの時間をとるつもりのようだ。

 確かに彼にはそれだけの価値がある。

 ジェイムズと何度もランをしたサザンカはそう思った。

 

「それで、やはり正式にうちに加わるつもりはないか。」

「勘弁してくれ旦那、俺はランナーさ。流儀はあんたらヤクザとは近いようで違う。」

 

 サザンカにはとてもデリケートな会話に聞こえたが、どうやらこのやり取りは何度も行われていたようだ。

 彼らに緊張はない。

 

「それじゃあ、うちらは行くぜ。仕事があったらいつでも呼んでくれ。旦那には恩義もある。」

「そうだな。それじゃあ近いうちに呼ぶことになるだろう、実は…。」

 

 左手に徳利を持った須田が続けようとしたとき、サザンカは奇妙なものを見た。

 須田の首に、一本の線が引かれたのだ。

 その赤い線は、横にどんどんズレていく。

 そして。

 

「ジェイムズ!下がって!」

 

 サザンカは慌てて叫んだ。

 その声に反応して、ジェイムズがアデプトパワーを励起する。

 熊のオーラが彼を包んでいった。

 

「くそ!旦那!」

「あ、あ…?」

 

 声にならない声を漏らしながら、須田の首がポトリと地面に落ちる。

 サザンカの瞳は、首のない須田の背後に立つ透明な人影を捉えていた。

 

「ゾーエ・セカンドスキン※!モノフィラメント・ギャロット!暗殺者よ!」

「お、お前は?」

 

 サザンカは即座に戦闘態勢に移り、呪文の準備を始めた。

 しかし、ジェイムズは驚愕したように口を開き、動かない。

 そして、彼らの怒鳴り声に反応したのか、部屋の襖が開けられ、ヤクザの一人が覗き込んで驚愕の声を上げた。

 

「て、てめえら!?クソッ、ワカガシラが殺られたぞ!」

 

◎◎

 

「殺すなよ!」

「無茶を言うわね!」

 

 パーティー会場は戦場に変わった。

 ドスとハジキを持ったヤクザが次々に現れてサザンカとジェイムズにそれを向ける。

 だがサンシタは彼らの敵ではない、ジェイムズは手加減をした打撃で彼らを気絶させ、サザンカも同じように非殺傷の魔法を使う。

 彼らを攻撃するか迷っているのは、ある程度頭の回るヤクザたちだ。

 グレーター・ヤクザたちはジェイムズが須田を殺す理由がないということに気づいていた。

 だがだからといって、ジェイムズたちをこのまま逃がすわけにはいかない。

 覚悟を決めた凄腕のヤクザたちが、ジェイムズの前に立ちはだかろうとした時、凶暴な声がかかった。

 

「馬鹿野郎!とっとと静まれ!」

 

 現れたのは、豪華な和服に身を包んだ老人だった。

 片目で、どでかいノダチをつかんでいる。

 ヤクザたちは慌てたように道を開けた。

 

「誰?」

「金賀興津星(おきつぼし)組長だ。」

 

 サザンカは驚いたように彼を見た。

 魔力も無いし、サイバーを入れてるようにも見えない。

 だが、彼からは決して目を離してはいけないという緊張感を彼女は感じた。

 

「こりゃーいったい何があった?説明しろ!」

 

 彼の舎弟と思しきアーチ・ヤクザがすぐに報告する。

 

「須田の兄貴が殺られました。その場所にはこいつらだけがいたってぇ話で。とっ捕まえろってことになってこの騒ぎです。」

「かーっ、須田の野郎ドジ踏みやがって。」

 

 金賀はまるでショックを受けていない様子でそう一人ごちると、視線をジェイムズとサザンカに向けた。

 

「で、てめーらが殺ったのか?」

「違うわよ!」

 

 サザンカは思わず演技を忘れて素で反応した。

 

「殺したのはプロよ。モノフィラメント・ギャロットを使っていた。私たちはそんな武器はもっていない!調べてもらってもいいわ。」

 

 金賀は片目でサザンカを見つめる。

 彼女はかなりの高フォースで張った『物理の仮面』が、どうも頼りなく感じた。

 

「いいだろう。おめえらが下手人じゃなさそうだ。」

「ああ、俺たちに須田の旦那を殺す理由はねえ。」

 

 サザンカは内心ホッとした。

 どうやら、トラブルはこれで終わったようだ。

 だが。

 

「じゃあランナー、俺の部屋に来な。()()()()()。要件はわかるだろう?須田を殺したやつを始末してもらう、拒否はさせねえぜ。」

 

 サザンカは、ジェイムズの導師精霊がリズを連れてこさせなかった判断が正しかったと認めるとともに。

 

「あー、なんで私を呼んだのよ。」

「いやお前がいてくれて助かったぜ。」

 

 盛大に溜息を吐いた。




※ゾーエ・セカンドスキン 光学迷彩。初期キャラでは購入できない


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。