ホロライブファンタジー~因縁の騎士対海賊、悲しき戦い~ (狛柳)
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第一章:――逃亡のマリン――

はじめまして、狛柳と申します。
こうして書いた作品をサイトに投稿するというのは初めてですが、
本作はすでに完結しているので、その面では安心して読み進めていただければと思います。

つたない文章かとは思いますが、楽しんでいただけると幸いです。


//0話(穏やかな森の中、二人は思う)

 

 高い木々が生い茂り、深い緑で覆われた森の中。その奥に、とあるエルフの集落があった。

 その集落より少し離れた場所で、見回りの為に森の外周をぐるっと散歩している二人の女性がいた。

「今日も平和だねぇ」

「そうぺこねぇ~」

 一人は美しい金髪をポニーテールに束ね、切れ長のキリッとした目に特徴的な長く尖った耳。エルフだ。

 エルフ女性は顔だけ見れば中性的ですらある美しくも凜々しい立ち姿だが、豊満な胸とスラッと伸びた健康的な太腿は見る者を魅了してやまないだろう。

 しかし普通のエルフとは少し違う点がある。エルフは通常、透き通るような白い肌をしているが、彼女の肌は褐色だ。というのも、他の種族と交わるのを好まないエルフの中では、非常に稀な存在であるハーフエルフだからだ。

 そんな彼女と共に歩くのは、人の姿にウサギの耳が生えており、バニーガールの衣装の上に白い上着をはおり、水色を基調とした白とのストライプ調の長い三つ編みを左右に二つ束ね、それに好物の人参を挿した不思議な格好をしている。

 そして、そのウサギ(?)女性の後ろには無数のウサギが付いてきている。

 不思議な光景ではあるが、平和な空気の流れる一行の姿はこの森が驚異の無い平穏な場所だという事を感じさせる。

「ねえフレア、今日の夕飯は何ぺこ?」

「木の実のスープに鳥肉のハーブ焼きかな?」

「ハーブ焼き! 楽しみぺこ~。でも、あんまり変わり映えはしないぺこね」

「いつも通りっちゃいつも通りだからね」

「ん~。たまにはちょっとした事件でも起こると面白いけど、そうあるもんじゃ無いぺこね」

「あたしは平和が一番だと思うから今のままでも良いけど、確かに退屈ではあるね」

 そんな、何度したかもわからないような会話をしながら今日も二人の一日は終えていく。

 とてもそうは見えないが、(よわい)100を越える二人。

 この森に生きる者達にとってはまだ若い部類だが、寿命の大きく違う人間とは時間の感覚が違ってくる。

 そんな二人にとって、激動とも言える出来事がすぐそばに迫っている事を、彼女達はまだ知らない。

 

 

//1話(宝鐘海賊団)

 

「Ahoy! きみたちぃ~! 今日の首尾はどうですか~?」

 屈強な男達に気さくに声をかける人物の名は宝鐘(ほうしょう)マリン。

 ワインレッドの髪をツインテールに束ね、小柄な身体に幼い顔立ち。それには不釣り合いにも見える豊満で魅力的なスタイルを持つ。

 海賊をイメージする帽子をかぶり、右目には眼帯をしている。その他の衣装も黒と赤を基調とした海賊をイメージするものだが、各所に身体的な魅力を際立たせる露出があり、その幼い顔立ちに見合わない色香を持っている。

 ここ、幻生の都東部にある山を拠点に活動する宝鐘海賊団の船長である。

 

「おう、マリン。良い感じだぜぇ」

「マリン船長だるぉぉおん!? 君からは聞きません。そっちの君ぃ、どうですか~?」

「バッチリですぜ船長!」

「お、流石ですね~。なら今夜はご馳走ですね♪ 呼び捨てにした君は今晩のご飯は抜きですよ」

「そりゃないぜマリン船長、軽い冗談ですよ」

「わかれば良いんです。言葉使いには気を付けるように!」

 冗談を交わしながら談笑する雰囲気は明るい。海賊団と言っても特に悪さをする訳ではなく、狩り等で自給自足をして生活している。あげく山に住んでいる自称海賊のコスプレ集団だ。

「船長、また入団希望者が来てんですがどうしますかい」

「はあん。また船長の魅力にやられちゃった男が増えてしまいましたね。勿論歓迎しますよ~」

「きっつ」「きっつ」「年考えて船長」

「ちょっときみたち酷くない?! でもなんだかんだ言って船長の事好きなの知ってるもんね」

「まあ、それはそう」「じゃなきゃここにはいねぇしな」

 マリンを中心に流れているアットホームな空気に、緊張していた入団希望者も安心してその輪に入って行く。

「入団希望の子は後でサブちゃんから話を聞いておいて下さいね。サブちゃんっていうのはうちの副船長みたいなものですから、何でも質問すると良いですよ」

「おう、宝鐘海賊団の心得ってやつをきっちり教えてやる」」

 近隣の村や集落からは、時折親しみも込めて山賊自警団というよくわからない呼称をされることもある宝鐘海賊団。

 山賊や海賊という荒くれ者の集団をイメージする名前だが、その本質は全く逆で、むしろ近隣の治安維持に貢献している。

 元荒くれ者やはみ出し者の割合も多いが、集まってくる者は皆マリンを慕って問題行動を起こさなくなる。問題を起こせばマリン船長が悲しむことを知っていて、皆がそういった行動を自重しているからだ。

 はみ出し者の集まった一味だが、マリン船長の事を思った行動のおかげで、今では周辺の皆に受け入れられて充実した毎日を送っている。

 自分達の為にしか行動出来ず、周りに馴染めなかったのがここまで変わったのもマリン船長のおかげだと、一味の皆が感謝している。

 宝鐘マリンへの感謝と敬愛。それを皆が共に持つ宝鐘の一味の結束は、強く確かな者だと皆が信じている。その確かなものを胸に、宝鐘海賊団は日々を楽しんでいる。

「キミたち今日もお疲れ様。夕食は皆で楽しく飲みましょ~」

「おぉー!」

 

 

//2話(幻生の都の白銀騎士団)

 

 コツ、コツ、コツ――

 ミディアムショートに整えられたホワイトアッシュの髪にライトグリーンの目が美しく、背筋を伸ばし、堂々とした歩みで石造りの廊下を進む一人の女性。

 黒に近い紺色と白を基調とした鎧に、豊満すぎる胸は隠しきれずに圧倒的な存在感を放っている。彼女は、この先の議場に呼び出されていた。

 荘厳な雰囲気のある扉の前まで来ると一度足を止め、大きく息をついた後、緊張した面持ちで扉を開く。

 一段高い位置にある半円状の列席には鋭い目つきの老人達が並び座っている。ここ幻生の都の最高意思決定機関である元老院の面々だ。

「白銀騎士団団長、白銀(しろがね)ノエル。召集に応じ参上致しました」

 緊張しつつも、堂々とした口調で宣言する。

「よく来た、白銀ノエル。此度の呼び出し、この幻生の都でも特に実力のある貴団に任務を与える為である」

「勿体ないお言葉、ありがたく存じます」

「うむ。本題だが、以前から時折話題に上る存在だった、宝鐘海賊団という集団があるのは知っているな。そやつらが勢力を拡大しており、このまま放っておくには危険だという判断が下った」

「騎士団を率いて東部山脈へ向かい、この脅威を排除せよ。やり方は白銀団長に一任する」

「は。その命、謹んでお受け致します」

「うむ。任せたぞ。本日の要件は以上である、下がりなさい」

 議場を出たノエルは緊張で溜まった息を大きく吐いて、団員達のいる修練場へと向かうのだった。

 

 修練場に戻ったノエルは、修練に励む団員を見て感心すると共に、広間へ集合するよう号令をかける。そして集まった団員達に向け、元老院からの勅命を伝える。

「元老院から直々に呼び出しがあり、命を受けました。内容は東部山脈を拠点として勢力を拡大している宝鐘海賊団の鎮圧です。

 街のならず者が中心となった組織がこれ以上拡大するのは今後都にとって驚異になる可能性があり、危険の芽を早めに摘んでおこうというものです。相手は訓練を受けた兵士では無いとは言え、戦闘になった際は負傷者が出る可能性は大いにあるので、油断しないようにして下さい。

 出発は明朝、装備など出陣の準備を怠らないように。話は以上ですが、質問はありますか?」

 数秒の間を置くも団員達から質問の声は上がらず、任務へ向けた気持ちの高揚がわずかに見えるのみだった。

「それでは明朝、東部山脈へ進軍します。以上、解散」

 ノエルが解散の号令を出すと、一糸乱れず敬礼がされる。そのままノエルが立ち去ると、各々が宝鐘海賊団鎮圧の為、山攻めの準備を始めるのだった。

 

 

//3話(団長と船長の初邂逅)

 

 初夏の緑が広がり、気持ちの良い風が流れる山の中腹。

 平和を絵にしたようなその場所に似つかわしくない軍靴(ぐんか)の音が響き、統一された鎧を身に(まと)って現れた一団は広場に整列している。

 一団の先頭に立つのは団長である白銀ノエル。

 その様子を少し離れた高台からうかがう宝鐘マリンと、警戒心をあらわにする海賊団の一味達。

 集落の長である一人の男がノエルに対して質問を繰り出す。

「騎士様の一団がこのような何も無い集落に一体何用でございましょう」

「驚かせてしまい、すみません」

 警戒と畏怖(いふ)をうかがわせる男に対し、丁寧な対応をするノエル。その言葉に少しの安堵を覚えた男の様子を確認し、本題を切り出す。

「この辺りを中心に活動している宝鐘海賊団と名乗る一団を鎮圧する命を受けて来ました。拠点となっている場所を知りませんか?」

 その宣言に男は戸惑いの様子を見せ、声を上げる。

「確かに宝鐘海賊団はこの辺りで活動していますが、若者の少ないこの集落で力仕事を手伝ってくれたりする気の良い連中です。他で何か悪さでもしていたのでしょうか……?」

「集落の仕事を手伝っている……? ならず者が徒党を組んでいるという話のはずですが、違うのですか?」

「確かに元々はならず者や町のはみ出し者達だったという事は聞いています。しかし今は船長を中心に悪さをせず暮らしているものと思うております」

 男の話を受けてノエルは少し思案する。

(話を聞く限り今は悪さもせず平和に暮らしている。であれば必要なのは鎮圧では無く解散。船長と話をして説得出来ればそれで済むかもしれない)

「わかりました。ではその船長と話をして、海賊団とやらを解散してくれるよう説得してみます。であれば若者もそのまま残る事になりますし、大きな変化も無しに暮らせますよね」

「……騎士様、お気遣いは本当にありがたく思います。しかし、恐らくそれは難しいかと……」

「どういうことですか?」

「彼らは船長を慕って集まっているので、船長が解散と言っても結果的に状況は変わらないと思います」

「……お話ありがとうございます。しかし何もしないまま帰る訳にもいきません。

 まずはその船長さんと話をしてみようと思います。どこにいるかわかりますか?」

 男は集落からさらに少し登った所に宝鐘海賊団の拠点となっている場所がある事を伝え、穏便に済ませて欲しいとお願いするのだった。

 

 宝鐘海賊団は騎士団が進んでくるのを確認すると、いつでも逃走出来るよう準備を進めつつ、何も悪い事はしていないのだからと堂々と迎えることにした。

 拠点を背に少し広い場所でマリンとサブが前に出て騎士団を迎える。

「騎士さん方ぁ、うちの連中があんたらにビビっちまってるんでそこで止まってくれますかい」

 サブが声を上げると、ノエルはそれを受け入れるように騎士団の進みを止め、一人前に歩み出る。

「私は白銀騎士団団長の白銀ノエルです。宝鐘海賊団船長の方と話をしに来ました」

「はい。私が宝鐘海賊団船長の、宝鐘マリンです」

 ハツラツとした挨拶に緊張の緩みを感じながら、ノエルは本題を切り出していく。

「はじめまして、マリン船長。私はここより西にある幻生の都から派遣されて来ました、白銀ノエルです」

 改めて丁寧に挨拶をするノエルに明確な敵意を感じ取る事は出来ない。だからといって武装した騎士団を無視する訳にはいかず、警戒心を持ったまま会話を進めていく。

「私たちに会いに来たみたいですけど、そんな大所帯で一体どんな御用なんでしょうか。あんまり物騒なのはイヤだなって思うんですけど」

「私も暴力は好きじゃ無いですし、穏便に済ませたいと思っています。なのでまずは落ち着いてお話がしたいです」

「わかりました。ちょっと外野が殺気立ってますけど、このまま話しましょうか。その方がお互いの部下も安心するでしょう」

「お気遣いありがとうございます。せめてものお返しとして、団員達にはすぐに動き辛いように座ってもらいますね」

「ならうちの一味も同じようにさせますね」

 二人がお互いに意思を伝えると、すぐにそれぞれの一団へこれを実行させる。

「みんな、武器を納めて座って待機してて下さい。くれぐれも相手を刺激するような事の無いように」

「君たちー、ひとまず話し合いをするから座って良い子に待ってて下さーい」

 騎士団はそのまま言われた通り着席。海賊団の一味は少し動揺する様子を見せるが、船長の言いつけならとその場に着席する。

「ありがとうございます。では、本題に入らせていただきます」

 マリンとサブは緊張の面持ちでノエルの言葉を待つ。

「今回私たちが派遣されたのは、宝鐘海賊団の鎮圧が目的です」

 その言葉を聞いた瞬間、サブが警戒の色を濃くする。マリンはこれを制し、まずは聞こうという態度を取る。

「これというのも、幻生の都にある元老院が宝鐘海賊団の勢力拡大に対して危機感を覚えたからです。何か企んでいたり、暴動が起きれば多大な被害が出る事が予測される為、鎮圧を指示されました。

 しかし、道中にあった集落の方から聞いた話や、マリン船長と話しても都が危険視するような集団では無い印象を持ったので、解散していただければ私の一存で任務の完遂として報告したいと思っています」

「危険視……解散……」

 その言葉に一味がざわつく。

 鎮圧から解散という差は非常に大きな譲歩だが、健全に生活してきた宝鐘海賊団側からすればそれでも不当な扱いという印象を持つだろう。

「ならず者やはみ出し者が集まった集団がどんどん大きくなっているというだけで怖がる人がいるんです。何も今後会ってはいけないという話では無く、組織、集団としての体を崩してくれるだけで良いんです」

 ノエルとしても罪も無い人達を捕らえたい訳でも無ければ、争いたい訳でも無い。まして感謝すらされている人達なら尚更だ。なんとか穏便に、平和的に解決しようと言葉を重ねるが、マリンとサブは思案する。

「サブちゃん、どう思いますか」

「残念ながら受け入れるのは難しいように思いますねぇ」

「どうしてですか? これなら誰も傷つかないし、自由に生きる事も出来ます」

「俺達は元々街や村で嫌われてきた人間です。それこそ、一人のままでいたら問題を起こして牢屋に入ってた可能性のある奴もいる。それをまとめ上げて、生きる意味を、力をくれたのが船長だ。離れるなんて考えられねぇんだ」

「そんなにまっすぐ言われたら恥ずかしいでしょ……」

「こういう時はビシッと言わなきゃですから。普段は絶対言いませんけどね! まぁ、これは俺じゃなくて一味の総意ってやつです」

 宝鐘海賊団の結束の固さを思い知らされるノエル。境遇は違えど、白銀騎士団にも自分を慕って集まってくれた団員が少なからずいることを知っているからこそ、余計に解散の難しさを感じ取れてしまう。

「でも、このままじゃ鎮圧しなきゃ……」

 

「…………」

 わずかに悲しみの表情を浮かべるノエルに、マリンは一つの考えを実行する決意をする。

「ノエル団長に質問です、宝鐘海賊団の中心は?」

「……マリン船長?」

「正解、解散をするのに一番大事なのは?」

「マリン船長の指示?」

「そうですね。それを忘れちゃダメですよ」

「一体何を言って……?」

 マリンはノエルの答えにニッと笑い、一味に向かって声を上げる。

「君たちー! このままじゃ船長、君たちと離ればなれにされちゃいます~。断れば都のお爺ちゃん達に捕まって言いたく無いこと言わされちゃいます~! どっちもイヤなので~、逃げますよー!!」

「乗ってくだせぇ、船長!」

「ハイヨー! サブちゃーん!!」

「アイサー!!! 逃げるぞお前らぁ!!」

「え? な? えぇ!?」

 突然の逃走宣言と一斉に動き出す一味に呆気にとられるノエル。だがそこは都でも有数の騎士団団長、すぐに気を取り直して団員達に指示を出す。

「みんな、急いで追いかけるよ! 目標は船長の宝鐘マリン一人に絞って、絶対に殺さない事、必ず無傷で捕まえて!!」

 先の問答の意図がここにあると察したノエルは、これを徹底させる。マリンが傷ついたり、まして死ぬような事があれば本当に宝鐘海賊団は暴走して都に襲いかかるだろう。そして宝鐘海賊団をむやみに傷つけるなら、マリンも黙ってはいられなくなる。

 それら全てを見越していたかは定かではないが、ノエルを誘導し、尚且つこの地を離れる事で鎮圧は出来ずとも脅威を退ける事には成功する形とする。

 結果的に元老院も妥協出来る落とし所として、ノエルにも大きなお咎めは無いだろう点を作り出したのだ。

 

 

//4話(逃げるマリンと森の番人)

 

 脱兎のごとく逃げに徹する海賊団の動きは素早かった。元々騎士団よりも軽装であり、さらに土地勘もあるのだから、騎士団との距離はみるみる開いていく。

「君たちー! 丁度良い機会だしこのまま海まで行っちゃいましょう!!」

「おぉぉ! ついに本物の海賊になるんですかい船長!」

「そうですよー。これも運命、今こそ宝鐘海賊団が海に出る時です!」

「おぉっしゃぁああ!!!! 行こうぜ船長! 大航海の始まりだぁ!!!」

「約束ですよ! 誰一人欠ける事無く合流しましょう。その為にも、船長は一旦別行動を取ります」

「!? 何言ってんですか船長!」

「騎士団が狙ってるのは船長です。なので別行動を取って森を抜けて海まで出ます。君たちは山側からぐるっと回って行って下さい! サブちゃん、皆の事頼みますよ」

「せめて誰か護衛に付けて下さい! ただでさえ体力無いんだから!」

「う……そこを突かれると弱い……。でもダメです。私一人じゃないといけない理由がちゃんとあるんです! だから今は君たちの船長を信じなさい」

「……わかりました船長。必ず来て下さいよ、信じてますからね」

「当然です! 海賊を名乗っているのに海に出ずして終われますか!!」

 渋々といった様子ながら、一味は一部を除いて言いつけ通り山側から海へ向かって逃走していく。一部は山中に潜み、マリンが捕らえられないよう森に入るまで見守る形だ。

 

 マリンが単独で向かうのは、この辺りでも有名なエルフが住んでいるとされる迷い森。森に入ってしばらく進むと磁器がうまく機能せず、いつの間にか森の外周のどこかに出るという。

 その実態は、エルフが外部勢力に侵略されないよう、領地とする集落の外周全域に張り巡らせた結界によるものである。幻生の都でも一部の者しか知らないその結界を突破する方法だが、地域に根ざして活動していたマリンはこの方法を聞いたことがあった。

「森には一人で入り、ひたすらまっすぐ進む事。だよね」

 今は誰から聞いたかも定かでは無いその情報を頼りに、騎士団の追跡を切り抜けるべく一人森の奥へと進むのだった。

 

 エルフの森にある集落では、森の外の情報までは知り得ない。基本的に興味も抱かない者が多いというのもあるが、木々や動物達からの情報を得られないというのが主な理由だ。

 この日、珍しく一人で迷い込んだ人間がいるようだという情報が入り、若手狩人の不知火フレアがこれの様子を見るよう指示を受けた。

「人間が一人で迷い込むなんて随分久しぶりだね」

「そうぺこね。最近は迷いの森とか言われて木陰で休むくらいの目的でしか入ってくる人間はいなかったぺこ」

「いつも通り、森の出方を教えてあげて終わりかな。たまにはちょっと話してみても良いと思うんだけどなぁ」

「村長への言い訳を考えるのが面倒ぺこ。お説教も長いのがいかにも頑固ジジイって感じで苦手ぺこ……」

「あはは。それはぺこらが怒られるようなことするからでしょう。ちょっと前までしょっちゅう日が暮れるまでお説教されてたもんね」

「お説教プラスにんじん抜きはきついぺこよ……」

「そうだね。いつも通り対応しますか~」

 今回の迷い人がいつもとは違い、非常に切羽詰まった状況にあることを知らない二人の会話は平和そのものだ。

 森の木々や動物達から迷い人の居場所を聞きながら迷わず進む二人。程なくして森の緑とは対照的な濃い赤の衣装を身にまとった女性を見つける。

「あれだよね」

「間違い無いぺこ」

「でも普段迷い込む人間とは様子が違うと思わない?」

「なんだか急いでるように見えるぺこ。普通は迷ったならもっと不安そうに進むと思う……ぺこ」

「うん。あたしもそう思う。しかも足取りに加えて一人だし、もしかしたら村を探してるのかもしれない……。このまま結界に近づくようなら警告しなきゃだね」

 マリンが持っていた情報は正しく、エルフの結界を突破して集落へ向かう方法だったのだ。

 先ほどまでとは打って変わり、緊張した空気が流れ始める。結界の中へ進入する条件が整っている相手を放っておく訳にはいかない。

「ぺこらもいざという時は村へ戻れるよう準備しておいて」

「わ、わかったぺこ」

 警戒しつつ様子を見ると、森を歩き慣れた様子は無く、装備も身一つに見える。銃など手頃な武器を携帯している可能性はあるものの、何より……。

(あれは……襲撃者にしては弱そう……だね……)

 いくら弱く見えるとは言え、最初に抱いたフレアの懸念はそのまま現実となり、赤い衣装の女性はまっすぐ結界に近づいていく。

(これ以上は見過ごせないね……)

 このまま無条件に進ませる訳にはいかず、フレアは持っている弓を構え、威嚇射撃からの警告を開始するのだった。

 

「うぅ~、歩きにくい……山より涼しいかと思ったらそこまで変わらないし、思った以上に大変……それに明かりもないし、絶対夜になる前に辿り付かないと。それにしても……もう汗だくだし、息は切れてるし、一味のみんながいたら襲われちゃいますね」

 ――ズボッ

「うわぁっ!! 変な事考えてたら足ハマっちゃった!」

 木々による影は途切れる事が無く、森は進むほど風が無くなり、湿度が高く、さらに足場も悪くなっていく。

「う~ん……この足場なら追いつかれる事は無いだろうけど、こんな森の中で野宿は……ちょっと怖いし、ヤダなぁ……」

 内心全くちょっとではないマリンは、足が汚れる事など気にせず進んでいく。そこへ――

 ――ビシュッ。

「ぬぉおお! なになになに!?」

 突然射かけられる矢に驚き尻餅をついてしまう。

「止まりなさい。貴方の目的は何」

「突然何なんですか!! びっくりしたじゃないですか」

「質問に答えて。じゃないと威嚇じゃ済まなくなるよ」

「ストップストップ! わかりました、答えますから撃たないで下さい」

 相手の声音が冗談では無い事を察して、急いで現状を説明するマリン。

 騎士団に追われている事、争いを避けて逃げを選び、自分だけで迷いの森にあるというエルフの集落を目指して来た事を説明する。

「そういう事……どうりでさっきから森が騒がしくなってきた訳だ……」

 マリンが説明を始めて少しした頃、騎士団も森に入って来た事で木々が騒ぎ始めているのだ。

「騎士団に追われてるって事は、貴方は罪人か何か?」

「いやいや、全然違いますよ。私達は平和に暮らしていたんです。それこそ近くの村にだって感謝されるくらいまっとうに!

 でもほら、私ってばとても魅力的ですから……どんどん人が集まってきちゃってぇ……都のお爺ちゃん達が私を手元に置きたがっちゃったんですね~」

 ――ギリリ。

「あぁぁ待って下さい!! 真面目に話します!」

 スッと弓を構え直すフレアに対し、急いで態度を改めるマリン。

「実際の所、海賊団やってますけどまだ海に出た事も無いし、悪い事も何もしてないんですよ。それは本当です。でも徒党を組んで悪さをするんじゃないかっていう、都にいるお爺さんたちの妄想のせいで捕まえられそうになってるって感じですね」

「本当にそんな言いがかりみたいな事で騎士団が動くの?」

「私もそう思いますけど、実際動いちゃってるんですよねぇ。困っちゃいます」

「はぁ……本当に困ってるって事で良いんだよね」

 性分なのだろう。最後には少しふざけた様子も入れてくるマリンだが、急いで森を進んでいたのを知っているフレアは、真剣に困っているのだと受け取ってくれる。

「それで、本当に悪い事はしてないんだね」

「してませんよ。私は一味のみんなと健全に面白おかしくやっていただけ。信じて下さい」

「わかった、信じるよ。あたしは不知火フレア。君は?」

「私は宝鐘海賊団船長の、宝鐘マリンです。よろしくお願いしますね、フレア」

 少し呆れた表情を浮かべながら、未だ尻餅をついたままのマリンに手を差し伸べるフレア。その手を取って、笑顔で立ち上がるマリン。

 

 状況を把握した所で、ここからどうするかを決めるべく、フレアが口を開く。

「追われてるのはわかった。あの人数を巻くのも簡単じゃないだろうし、一旦あたしの村に案内しようと思うけど、どうする?」

「それは助かります! 安全に森を抜けれるようになったらすぐに村を出るし、他言もしません」

 その言葉を期待していたかのように、食い気味にフレアの提案を受け入れ、その後の対応も述べるマリン。

「それは勿論そうしてもらうけど……もしかして、最初から期待してた……?」

「えぇと、それはぁ…………てへっ」

「はぁ……ついてきて」

 ペロリと舌を出すマリンにため息を付きつつ、観念したように森を歩き出すフレア。

 その様子を見て、一人離れていたぺこらが顔を出した。

「もう平気ぺこ?」

「ああ、大丈夫だよぺこら。このまま村まで連れて行く事にしたから」

「ええー、何この子可愛いですね。お名前なんていうんですか?」

 ぺこらを一目見るや声を上げ、一気に距離を詰めるマリンだったが、ぺこらは無言でフレアの後ろに隠れる。

「あぁん、隠れちゃった。恥ずかしがり屋さんなんですね」

「い、いきなり何ぺこ……なれなれしいぺこな……」

「この子は兎田ぺこら。人見知りだから距離感には気をつけてあげて」

「ぺこらって言うんですね。私は宝鐘マリン。これからよろしくね」

「兎田ぺこらぺこ。よ、よろしくぺこ」

 まだ返事をするのもたどたどしいが、屈託の無いマリンの笑顔に自己紹介を返すことの出来たぺこら。

 生きてきた年数から言えばぺこらの方が長いのだが、人慣れしていないぺこらと一味のリーダーをしているマリンとでは、コミュニケーションスキルは雲泥の差だった。

 そんな二人に挟まれる形で様子を見ていたフレアも穏やかな苦笑を浮かべつつ、先を促すように言葉をかける。

「さ、あんまりのんびりしている暇も無いし、先を急ぐよ。あの大所帯に捕まりたくは無いしね」

「よろしくお願いします。フレア」

 フレアとぺこらの案内で結界を通過し、まっすぐ村まで向かう。

 村に着くと、フレアはそのまま踵を返して騎士団の方へ向かうと言う。

「戦う訳じゃないでしょうけど、喧嘩は売らない方が良いと思いますよ」

「喧嘩を売ったりはしないよ。ただ、マリンの事を諦めて帰ってもらうように話しに行くだけ」

「よかった。団長のノエルは話のわかりそうな子だったので、話すならその子がいいと思いますよ」

「わかったよ、ありがとう。ぺこら、マリンの事よろしくね」

「こいつと二人ぺこか……気は進まないけどわかったぺこ」

 少し嫌そうな顔をするがしっかりと了解したぺこらに笑いかけて、来た道を戻っていくフレア。二人はそれを見送り、村の中にあるぺこらと野ウサギ達が暮らしている場所へと向かった。

 

 

//5話(ノエルとフレアの出会い)

 

 白銀騎士団を率いて山中からそのまま森へと進行してきたノエル。

 迷いの森を進む上で最も注意する必要があるのは、決してはぐれない事。はぐれてしまうと別々の場所へ出てしまう可能性が高く、森の外で時間をかけて合流するしかないからだ。

 エルフが住むという噂はあるが、それについての確かな情報をノエルは持っていなかった。その為、先に森を抜けて逃げられる可能性を考慮して森の外周を警戒するように部隊を分けて編制し、森の中でははぐれないように一団で進む、マリンを捕らえる為の行動を取った。

(これでなんとか捕えられたら良いんだけど……)

 自分でも本心からそう思っているのか怪しいと感じながら、今自分のやるべきことをやろうと、騎士団を率いて懸命に森を進む。

 すると、注意深く進んでいる騎士団の前に、褐色のエルフ女性が現れた。

「みんな止まって。そのまま待機して下さい」

 まだ距離はあるが、ノエルはその姿を確認するとすぐに、団員達が相手に対して無礼のないように指示を出す。

 一方フレアは騎士団の対応を見定めるようにまっすぐ視線を送り、指示を出すリーダーを見つける。

「貴方が団長で合ってる? 少し話があるんだけど、良いかな」

(迷いの森にはエルフがいる。人前にはあまり姿を現さないって聞いてたけど……。ここで機嫌を損ねるのは危ないだろうし、今は穏便に……)

「話をするのは良いのですが、私たちも先を急いでいるんです。そちらが終わってからではダメでしょうか」

「それって海賊の女の子を追いかけてる件かな?」

「……!」

「だよね。私もその件で聞きたいことがあるんだ。団長さんだけこっちに来てくれないかな?」

 もしエルフがマリンを匿ったのだとしたら、この森で見つける術は無いと言っても良いだろう。逆に共に捕縛する場合はまだしも、マリンを捕らえている場合は引き渡しにエルフの協力が必要となる。どちらの場合であっても話を聞く以外の選択肢は無いのだから、言う事を聞くのが賢明だ。

「わかりました。団長の白銀ノエルです。今そっちに行きます」

「ありがと。あたしは不知火フレア」

 

 普通に話す声音では会話内容まで聞こえない程度の距離まで騎士団から離れてフレアは歩みを止める。

「この辺りで良いかな。完全に隠れちゃうと彼らも変に動き出しちゃうかもしれないしね」

「私だけにしか話せないような内容なんですか?」

「そうだね。君を信用してみたいと思う」

 わずかに射す木漏れ日の中、美しい髪をなびかせて振り返るフレアは、さながら森に降り立った天使であるかのようだった。

「綺麗……」

「ん?」

「いえ、何でも無いです。ここで良いなら本題を始めましょう」

 ノエルは両手を左右に振って気を取り直しつつ、マリンの話を始めようとする。

「そうだね。なら早速始めようか」

 どういった話になるのか、少しの緊張を持ってフレアの言葉を待つノエル。

「宝鐘マリンは今、エルフの村で保護してる」

「……保護、ですか」

「そう、保護だよ。本人から話を聞く限り、悪い奴じゃない。それに女の子一人に対してこの人数で追い回すのを見て放置するのは流石に忍びないしね。ただ――」

 苦笑するフレアだが、すぐに視線をノエルに向けて見定めるように言葉を投げかける。

「マリン一人の言い分を全面的に信用する訳にもいかないからね。そっちの言い分もきちんと確認したいんだ」

「わかりました。騎士団が彼女を追う理由や、今受けている指令を説明します。その上で、引き渡していただければ助かります」

 ノエルは都の元老院から宝鐘海賊団が危険視されている事や、鎮圧を命じられて騎士団が動いている事をフレアに説明する。

「マリンから聞いた部分の話は概ね一致だね。だとするなら、今のところあたしはマリンの肩を持つかな。そこまで危険だとは思えない女の子を、こんな大人数で追い回すのは……ちょっと怖いよ」

「それは宝鐘海賊団の人数を考慮して、もし戦闘になった場合に被害を抑える為にであって、決して戦う事が目的じゃないんです」

「それなら最初は交渉という形で話し合う方が良かったんじゃない?」

「それは……その通りなんだけど……でも、情報だとならず者の集団だったし、それは実際そうだったから、間違っ行動ではなかったはず、です」

(元老院とやらが出した指令で動いたけど、実態を知ってこの子も今は迷ってる。って感じかな)

 少し口調が乱れたり言いよどむノエルを見たフレアは、マリンの言った通り、この団長は信用しても良さそうだと思った。

 そして、元老院を納得させる理由があれば引いてくれそうだとも。その為の考えを巡らせる。

「一つ確認なんだけどさ、その元老院ってのはマリンの海賊団を怖がってるんだよね?」

「都への脅威となる前に排除するというのは、要約するとそういう事だと思います」

「ならマリン達が都へ悪さをしないって約束させた上で、この辺りからも離れたなら、問題は無くなるんじゃないかな」

「そうかもしれませんが……」

「海賊って名乗ってるんだし、海に行くみたいだから元いた山に戻る事もそうそう無いと思うんだよね。それなら、ノエルがわざわざ複雑な思いをして追いかけなくても良いんじゃないかな」

「でも、私の気持ちは二の次なんです。都に仇なす可能性が少しでもあるからこその元老院の決定で、その驚異が存在しなくなるっていう確証が無いと引けないんです」

「……」

 揺れるノエルの心が表に出る程になり、フレアは一度目を閉じる。そしてゆっくりと目を開き、真剣な眼差しでノエルを見つめて言葉をかける。

「なら、私、不知火フレアの血と魂にかけて誓うよ。私がマリンから都へは手を出さない事を約束してもらう。それで追っ手が無くなるならマリンとしても悪い話じゃないはずだからね」

 名に誓うフレアのたたずまいは凜として美しく、ノエルにはこの世の誰より気高く見えた。

「……わかりました」

 気がつくと肯定の意を表していて、ノエル自身少し驚いたが、すぐに心が軽くなっている事に気が付いた。それ程までにこの追跡が心の負担になっていたのだと自覚する。

 そして、自覚してしまった後は彼女を信頼して託す他ない。それについても、不思議なくらい安心して任せる事が出来るのが驚きだった。いつの間にか、心から彼女を信頼している。普通ならあり得ない事だろう。しかし自分の中に違和感はわかず、代わりに初めての感覚に戸惑いを覚えるだけだった。

「約束の件、よろしくお願いします」

「うん、任された。こっちこそ無理言ってごめんね、ノエル」

 緊張がほどけ、はにかむフレアの顔は少年のようでもあり、それを見た瞬間にノエルの鼓動が跳ねた。

(なんだ……そういう事だったんだ)

 いつの間にかあった自分の感情を理解し、腑に落ちたノエル。様々な要素が重なった結果ではあるが、だからこそ必然だったのかもしれないと、この運命的な出会いを受け入れる。

「そうだ、さっき一瞬だけ素が出てたよね。今度からあたしにはそっちで話して欲しいな」

「え…………。うん、わかったよフレア。また会いに来るね」

「うん、待ってるよ。その時はいっぱい話そう」

 今度。また。

 出会い方は特殊だったが、他愛ないやりとりが出来る幸せをかみしめながら、お互いに手を振ってその場を後にする二人。

 ノエルは団員達へ事の顛末を簡単に説明し、都へ向けて撤収していく。

 フレアはそれを見届けた後、マリンとぺこらの待つ村へと戻るのだった。

 

 

//6話(マリンの旅立ち)

 

「フレア! ありがとう~」

「っおうふ。どうどうどうどう、急にどうしたの」

「あ、ごめんなさい。ぺこちゃんといる間に緊張もなくなっちゃって」

 顔を合わせるなり飛びついてきたマリンに驚くフレアだが、ぺこらとは仲良くやっていたようで安心した……のもつかの間。

「フレア!! マリンったらひどいぺこよ! 初対面なのに礼儀も何もあったもんじゃないぺこ」

「え?? 何があったの?」

「えぇー、仲良くお喋りしてただけじゃないですかぁ~」

 声を荒げてフレアに訴えかけるぺこらがいるかと思えば、かたやマリンは満面の笑みでぺこらの訴えを受け流している。

「はいはい、楽しそうなのは良いけど――」

「楽しくないぺこ!」

「!?」

「えぇ、ぺこちゃん、そんなにマリンの事嫌いですかぁ……?」

「う”……別に嫌いとは言ってないぺこ……」

「ですよね♪ 船長もぺこらの事大好きですよ」

 一瞬驚いたフレアとは対照的におどけて場を納めてしまうマリン。そのやりとりを見て、確かにこれはぺこらが怒ったりするのもわからないでもないと納得出来てしまう。そして、それがこれまでに無かった楽しさを持っている事も。

 ここまで感情を爆発させているぺこらを見るのは久しぶりだったフレアは、森に新しい風が入ってきた事を感じて嬉しくなるのだった。

 

「ぺこらもストップ。マリン、ちゃんとお話するよ」

 このやり取りをもう少し見ていたい気もしていたが、それよりも今は話すべき事があると本題を切り出していく。

「はい、わかりました。騎士団の事ですよね」

「うん。マリンの言う通りノエルは話のわかる子だったよ」

「ですよね。私と話してる時も根の良さがひしひしと伝わって来ましたからね」

「それでさ、ひとまずマリンを見逃してくれる事にはなったんだけど」

「さすがフレアですね!」

「喜ぶのは少し早いよ。それにも条件がついた」

「条件ですか。やっぱりタダで逃がす訳にはいかなかったって事ですね」

「多分そんなに難しくないから安心して」

 フレアはノエルと話した条件を説明していく。

 悪事を行わない事は前提として、マリンを含めて海賊団は都へ近づかない事が安全の条件と。

「故郷に帰り辛くなったのは少し残念ですが、仕方ありませんね。むしろその程度で済んだ事を喜ぶべき!」

「前向きぺこな。ぺこーらなら家に帰れないとかしばらくショックで動けなくなりそうぺこ」

「そうだね。あたしたちは森から出た生活ってちょっと想像出来ないかも」

 苦笑する二人に対して、なおも元気な笑顔を向けてマリンは言う。

「なら二人には船長が本物の海賊団船長になって旅した思い出を語って聞かせてあげましょう! お世話になったし、何より私が二人と仲良くなってもっと話したいですからね」

 にっこりと笑うその顔には悲しみも後悔もなく、希望に満ちた未来を楽しく共有したいという思いだけがあるようだった。

「マリンは凄いね。うん。楽しみにしてるよ」

「ウザ絡みだけなんとかして欲しいぺこだけど、楽しみに待ってるからとびっきりの土産話を持ってくるぺこ」

「わかりました! それじゃ、都には近づきませんがここへは定期的に立ち寄りますね」

「うん。元気でね、マリン」

「気をつけていってくるぺこ」

「はい、いってきます!」

 いってらっしゃいと言われた事で、故郷へは戻れなくても帰ってくるべき場所が出来た事を内心嬉しく思いながら、マリンは一味と合流すべく森を後にする。

 

 こうして、エルフの森を巻き込んだ一連の騒動は一旦の幕を下ろした。

 だが、この一部始終を影から観察していた一人の少女が、人知れずつぶやく。

「今回は無事に乗り越える事が出来たみたいだね。でも、まだ物語は始まったばかり。本当の試練はこれからだよ……」

 少女の言葉は風に消え、平和に解決したように見えたこの騒動の火が未だ消えていない事を示唆していた……。

 

 

第一章:

――逃亡のマリン――




投稿終了後は駄文となりますが、本日より4日かけて終章まで進みます。


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第二章:――海賊と騎士団の成長。フレアとの交友――

 

//7話(海賊と騎士団の成長)

 

 エルフの森を離れ、先行して港町に集合していた一味と合流し、全員が乗れるように中古の船を調達していた一味を労うマリン。

 立派とは言い難いながらも、一味全員で目標だった海へ出られた事を心から喜び、今日が宝鐘海賊団として本当の船出だと意気を上げる。

 

 海へ出た宝鐘海賊団は各地の海を旅し、港へ上がっては酒場で盛大に宴会を開いた。

 一味を率いるマリン船長の気質はそのまま宝鐘海賊団の気質として、各地を旅して楽しく酒を飲む、気ままで自由な生き方を体現していった。それが各地でくすぶっていた者を刺激し、老若男女問わず仲間に引き入れるスタンスも相まってどんどん大所帯になっていった。

 宴会ではその場にいる無関係な人々も巻き込んで、面白おかしく夜を明かす。それが恒例となり、海賊と名乗りながらも悪さもせず、とても気の良い集団だと話題になっていった。

 世界に七つあると言われていた大海原を全て制覇する頃には、もはや一国の軍隊とすら渡り合えるとも言われるほど成長し、その名を知らぬ者はない大海賊となっていた。

 

 一方で白銀騎士団は幻生の都を守る騎士団として順調に成長を遂げていた。

 容姿も美しく優しさに満ちた性格、包容力に溢れる性質は騎士団の中に収まらず、幻生の都周辺へも知れ渡っていく。

 

 都の元老院から近隣侵攻の命を受けても不要な争いを避け、可能な限り話し合いで領地を取り込む。争いになってしまう場合においても、兵士以外は相手取らず、兵士すらも出来る限り殺さずに生かす姿勢から、一部では慈愛の騎士とまで呼ばれるようになっていた。

 しかし、騎士団の仲間や領地の民を脅かす存在相手には先頭に立って戦い、その力を発揮する。

 幻生の都にノエル有りと言わしめる程の存在となる。

 

 幻生の都が領土を拡大する中で、フレアとぺこらのいるエルフの森もその勢力内に取り込まれるかと思われた。しかしエルフの森はその天然要塞と種族柄を以て庇護下に置かれる事を固辞し、中立を保つこととなった。

 結果エルフの森は、幻生の都が領土を囲むように展開したが、独立した勢力として特異な存在となっていた。

 

 

//8話(ノエルとフレアの尊い時間)

 

 ある日の早朝、幻生の都にある白銀騎士団宿舎ではノエルが愛馬を撫で、遠出の準備をしていた。

「今日もよろしくね。マスキュラー」

「おはようございます団長。そういえば今日は森へ視察の日でしたか」

「うん。月に一回の視察日」

 視察の日、ノエルの口調が普段よりも心持ち明るい事を、多くの団員が知っている。

 それだけエルフの森へ行き、フレアに会う事は大きな楽しみとなっていた。

 早朝から馬を飛ばし、途中休憩を挟みながらエルフの森近くの村へ向かう。そこに愛馬を預け、単身森へと入っていく。

 

「いらっしゃい、ノエル」

「フレア! 久しぶり」

 森へ入ってしばらくすると、フレアが笑顔で迎えてくれる。

「久しぶりって言っても一ヶ月しか経ってないけどね」

「フレアにとってはそうでも、私にとっては長かったの」

「そだねぇ。ノエル達に会う前は何も感じなかったけど、最近は私も一ヶ月を長く感じる感覚がわかるようになってきたよ」

「そうなの?」

「うん。ノエルやマリンが外の話を色々してくれるからさ。それが楽しみで、待ち遠しくなるんだよ」

「私もフレアに会うの楽しみだし、いくらでも話したいくらいだよ」

「うん。ありがと、ノエちゃん」

 笑顔で会話が出来る喜びを二人で噛み締めながら、近況を報告していく。

「そういえば、マリンがついに世界に七つあるって言われてる海を全部旅し終わったらしいって報告が最近入ってきたよ」

「ほんとに? ついに世界の海を制覇したんだ。マリン凄いなぁ」

「きっと近いうちにこれを話す為に会いに来るんじゃないかな」

「そうだね。楽しみだなぁ」

 フレアを通して宝鐘海賊団の情報を知り、マリンが楽しく海を旅している事をノエルも嬉しく思っていた。そんな折に入ってきた報告だから、フレアにも話したくなったのだ。

「あれからもう五年も経つんだなぁ。色々あったからあっという間だった気がしちゃうよ」

「あたしにとっては逆に長かったかも。ノエルやマリンが色々話に来てくれるから、それが待ち遠しかったし、それについて色々考えたりぺこらと話したりもしたからね。二人に会う前はもっと何もなくて、思い返す事が何もなかったから」

「フレアの中では思い返した時に何があったかの方が重視されてるのかな?」

「そうかも。寿命が関係してるのかもしれないけどね。

 人間は今を生きてるって感じがする。だから忙しかったり、未来を見ている時は時間が早く進んでる。あたし達みたいに停滞してる種族は、どうしても身近に変化が無い分、未来を見る時も遠い未来になりがちなんだ。ただ過ぎ去る今を短く感じがちだし、過ぎ去った時を思い返しても何も無かった。

 でも今は二人のおかげで思い出す事がいっぱいで凄く充実してる」

「私、難しい話はよくわかんないけど、フレアが喜んでくれてるなら私も嬉しいよ」

「うん。あたしが外の世界にある話を知れて、こんな風に思えるのはあの時ノエちゃんがそういう決断をしたおかげ。だから、ありがとう」

 あの時というのが、マリンを逃した時の事だというのをすぐに察したノエルは、大きく両手を左右に振って答える。

「いやいやいやいや、それこそ私のほうがありがとうだよ。私だってマリンを捕まえたくなかったし、もし自分の意思を殺して捕まえてたら、今みたいな環境は絶対作れてなかったもん」

 ノエルの言う今の環境とは、周辺の地を平和的に幻生の都の領地として拡大し、争いも無く平和で穏やかな世界を広げた都周辺の事だ。

 

 当時、フレアの提案を受け入れてマリンを逃した。それを報告する義務があるノエルは幻生の都にある最高議会である元老院で、「宝鐘海賊団始め、船長のマリンも取り逃がしてしまいましたが、彼女らは都から遠く離れた海へ逃亡、結果的に驚異を排除することには成功しました」という報告が、元老院で受け入れられていた。

 これが受け入れられた事で、元老院は経過ではなく結果を重視しているのだとはっきりと知る事ができ、この一件はノエルにとって大きな収穫となった。この結果があったからこそ、元老院の少し過激な勅令も柔らかく解釈し、周辺各地を統治するのに迷うこと無く武力ではなく言葉による説得を重視出来たのだ。

 騎士団長に就任した時から命令があれば戦争に赴く可能性も受け入れてはいたが、やはり可能な限り戦闘は避けて通りたい。それが防衛ではなく侵攻ならなおさらだ。

 ノエルの尽力により被害も無く領地を拡大していく幻生の都の勢いは凄まじく、五年前と比べると数倍にもなっていた。

 

「それに、フレアに出会ってから生活に張りが出たっていうか、前より頑張れるっていうか、花が咲いたっていうか……ゴニョゴニョ……」

「それはあたしも一緒だよ。ノエちゃんが毎月来てくれて嬉しいし、楽しい。ちゃんと生きてるって感じがする」

「フレア……」

 二人は暫し無言で見つめ合い、そして笑い合う。

 その後もこの一ヶ月であった出来事や他愛ない話を互いに語り合い、歓談を楽しんだ。

 種族も生きてきた時間も大きく違う二人だが、互いに誰より気心の知れた間柄となり、それが感じられるのが嬉しいというのがはたから見ても感じられる。

 ぺこらもそんな二人を少し距離を開けて見守り、肩をすくめて呆れつつも、フレアの嬉しそうな顔を見て自分も嬉しくなるのだった。

 

「お二人さん、そろそろ良い時間になってきたぺこよ」

「ほんとだ、これ以上はノエちゃんの帰りが心配になっちゃうからお開きだね」

「む~。時間すぎるの早いよぉ」

「わがまま言わないの。それじゃぺこら、森の出口までノエルを送ってくるね」

「は~い、いってらっしゃいぺこ~」

 これも恒例となっている、その日最後の時間。

 森から出るところまで二人きりで歩きながら、この一ヶ月平和であったことへの感謝と、次の一ヶ月も怪我なく平和に暮らせることをお互いに願いながら最後の時間を楽しむ。

 そして別れ際にはそれを惜しむように指を絡め、互いに触れ合うことで英気を養う。

「それじゃ、また一ヶ月後を楽しみにしてるよ」

「わかった、また来月ね」

「うん、待ってる」

 ゆっくりと指が解け、ノエルが歩き出す。

 フレアも森から離れていくノエルの姿が見えなくなるまで見送るのだった。

 

 

//10話(マリンとフレアの交流。不穏の影)

 

 ノエルが訪れた日とはまた別の日。

 普段通りぺこらとフレアの二人が横たわった古木の幹に座って歓談していると、ぺこらの耳がピクリと動いた。

「Ahooooyy!!! マリン船長ですよー!」

「うわぁっ、出たぺこ!」

「アハハハ、ぺこちゃんは反応が良くて驚かしがいがありますね~」

「あんた、人驚かして喜んでんじゃねーぺこ」

「マリーン、久しぶりだねー」

「フレアも久しぶりー! 元気だった?」

「元気だよー。でもなんで? 今日は皆マリンの事何も言って無かったのに」

「あんた達、まさか裏切ったぺこ?!」

「野うさぎの皆は悪くありませんよ。会うのも久しぶりだしぺこらの事を喜ばせたいからって、船長がお願いしたんです」

「何まんまと騙されてんの! マリンが何もしない訳ないなんてちょっと考えればすぐわかるぺこじゃん!」

「ごめんってぺこちゃん。ちゃんとお土産も持ってきてるから許して~。協力してくれた野うさぎの皆さんにもちゃんとありますから、安心して下さいね」

 そう言うとマリンは持ってきたカバンの中から大量の野菜を取り出す。

「見たこと無い、野菜? が多いぺこね」

「ほんとだ、この辺りじゃ見ない野菜だね」

「二人はこの辺りのものしか知らないだろうから、海の向こうで手に入れた日持ちするタイプの野菜をいくつか持ってきたんです。ちょっとクセのあるものもあるけど、ちゃんと火を通せば食べれるのばっかり持ってきたから良かったら食べてね。あと気に入ったのあったらまた仕入れて来るから教えて下さい」

「わかった、ありがとマリン」

「ありがとぺこ~。今から食べるのが楽しみぺこ」

「後で何作るか考えようね~」

「それじゃあんた達、これいつもの場所に運んどいてくれるぺこか」

 ぺこらが声をかけると、野うさぎたちはぴっと顔を上げた後、すぐさま絨毯のようにぴっしり密集して、背中に野菜を乗せていく。

 野うさぎ達に頼んで野菜を村の冷暗所まで運んでもらうのだ。皆がマリンからのお土産を喜び、夕食が今から楽しみにする。

「相変わらず凄い連携ですね。海の向こうでもこんな子たちはいませんでしたよ。君たちは凄い!」

 マリンにとってはこの光景を見るのも恒例だが、何度見ても見事な連携だと関心する。

 そして荷物を乗せ終わった野うさぎたちは一糸乱れぬ動きで、不安定な足場の森をスイスイと進んでいくのだった。

 

「ところで、最近何か変わったことはあった? ここいら一帯が幻生の都の領地になって、後はこの森くらいになってるみたいだけど」

「特に変わったことは無いかなぁ。ノエルが間に立ってくれてるし、異変が無いか毎月様子を見に来てくれるしね」

「それは良かった。ノエルも元気にしてるみたいで何よりです。ここ以外にも視察とか行ってるだろうし、きっと忙しいんだろうなぁ」

「そうだねぇ。それでも毎月会いに来てくれるんだから、嬉しいよね」

「相変わらずラブラブみたいで羨ましいな~。船長にもそろそろいい人出来ないかなぁ~」

「マリンには一味の皆がいるでしょ」

「そう、聞いてよフレア! 私はこれでも海に出るにあたって覚悟の準備をしていた訳ですよ。広い広い海の上、一つの船、屋根の下で一人の女と多くの屈強な男たち。何も起こらない訳が……」

 少し溜めを作るマリンだが、オチが読めている二人。フレアは苦笑し、ぺこらは少し目をそらしながら呆れるようなため息をついている。

「……二人の察する通り、本当に何も無いんですよ~。私ってそんなに魅力無いですか~」

 情けない声を出しながら問いかけるマリンに、二人は笑って答える。

「ほんとに、マリンはいつまで経っても変わらないね」

「まったくぺこ。とても大海賊の船長には見えないぺこ」

「え、これって褒められてるの? けなされてるの?」

「褒めてるんだよ。いつまでもそのまま、元気で可愛いマリンでいて」

「今更ふんぞり返られても困るし、そのままで良いぺこ」

「よくわかりませんがわかりました! これまで通り、私は私らしく生きていきますよ」

「うん、それが良いよ」

「ところで七つの海を旅し終わったみたいな話をノエルから聞いたぺこだけど、最後の海はどうだったぺこ?」

「お、ぺこちゃんも気になってますね~。良いでしょう! 聞かせてあげようじゃあありませんか」

 

 世に語られる全ての海を制した事、最後の海であった出来事や、まだまだ世界は広く、旅は終わらない事など、面白おかしく二人に語って聞かせるマリン。

 まるでおとぎ話を聞く子供のように楽しむ二人。

 マリンがくれる土産話はどれも新鮮で、二人は人生を潤してくれるものだと本心から感じていた。マリンも二人がとても楽しみにしてくれているのをわかっているからこそ、森の外である出来事を二人に聞かせようとしっかりと覚えて持ち帰る。今ではそれが冒険をしようという意欲の源泉であり、七つの海を制した今も途絶えることは無かった。

 三人にとっての楽しい時間も一つの話が区切りを迎えた頃、徐々に夜の帳が下り始めているのに気づいた。

 

「そろそろ良い時間になってきたね」

「もうそんな時間ぺこか……」

「楽しい時間はあっという間ですね~。幻生の都との約束がある手前あんまり堂々とうろちょろ出来ないのがもどかしい所です」

「まったく、めんどうな奴らぺこ。都には近づかないんだからほっいてくれればいいのに。ノエルは好きだけどその上司? は好きになれんぺこな」

「言っても仕方ないさ。マリンはもう帰る?」

「はい。無事に帰らないと一味の皆が心配して今度から付いてくるとか言いかねないですからね。よいしょっと」

 言うとマリンは立ち上がり、二人と最後の語らいを楽しみながら森の出口へと向かって歩き出す。

「相変わらず過保護な連中ぺこな」

「それだけマリンの事が好きなんだよね。あたしたちだって心配するんだから、気をつけて帰ってね」

「わかってますよ。それじゃまた新しい話を仕入れて来るから、二人も元気でね!」

「うん。またね」

「そっちこそ元気でいるぺこよ」

 森の出口まで付いてしまえば、後は別れるだけだ。互いに元気でまた会おうと語り合い、帰路につくマリンと見送る二人。今度会うのは何ヶ月後になるかはわからないが、きっと次も楽しい時間になると楽しみにしながら、明日を見る三人であった。

 

 これまで幾度となく繰り返されたやり取り。

「みんなが楽しそうで本当に嬉しい。でも、試練はすぐそこまで来てるから……気をつけてね、みんな」

 三人の様子を密かに見守る少女の目は優しいものだが、同時に憂いも帯びている。

 試練の火が近づいている。これを乗り越えられるかはまだ不透明で、見守るしか出来ない自分を不甲斐なく思い、もどかしい気持ちでいっぱいだった。

 そして、彼女の憂慮を現実とするように、事態は動き出していくのである……。

 

 

//11話(動き出す悪意、利用される新兵)

 

 夕暮れ時、エルフの森を幻生の都首都から見て逆方向に出てすぐの辺り、まっすぐ海へ向かうルートをマリンは馬に乗って駆けていく。この時、哨戒任務でエルフの森付近を担当していた白銀騎士団の新兵が赤いマントをなびかせて走り去るマリンを見かける。

「あれは……? 戻ったら隊長に報告してみるか」

 ……

 …………

 ……………………

「あぁ、それなら恐らく宝鐘マリンだろう。エルフの森にいる友人に会いに行ってるだけだから気にしなくて大丈夫だぞ」

「宝鐘マリンってあの?」

「察しの通り宝鐘海賊団の船長だ。だが特に悪さをするでもないし、都に悪影響は無い。変に目をつけて敵対する方が恐ろしい相手だ」

「そうなんですね……」

 

「ってことがあったんですけど、本当に問題ないと思いますか?」

 新兵のルークは隊長に報告した話を親しい先輩に相談していた。普段から隊長より接点も多い為、より信頼出来る先輩ならまた違った意見があるかもしれないと思ってのことだった。

「懐かしいな。俺も昔お前と同じように確認に行った事があったよ。対応はお前と似たようなもんだったし、結果今まで何も起こってないから大丈夫だぞ」

「でも、今と昔じゃ宝鐘海賊団の規模が違うんじゃ……それに海賊団って犯罪者集団ってことですよね?」

「確かに規模は違うが、奴ら海賊団って名乗ってるだけで悪さをする様子は見せないっていうのが現状だからな。その気質が変わったって話も聞かないし、規模が大きくなればこそ、隊長の言うように敵対するのは怖いんじゃないか?」

「我々が負けるって言うんですか!?」

「勿論簡単に負けるつもりはないが、海戦だと勝ち目は無いだろうな。上手く陸戦に持ち込んだとしても、多大な被害が出ることは想像に難くないだろう」

「それは、そうかもしれませんが……」

「ま、こっちから手出ししなきゃ問題ないだろうし、気にする必要は無いさ」

「そう……ですね……」

 新兵ルークは今ひとつ腑に落ちない様子ではあったが、隊長も先輩も問題無いというならそうなのだろうと納得してこの件を切り上げた。

 

 ルークがマリンに関する話をした翌日、訓練後に酒場で酒を煽っていると訓練などでは見かけない人物が声をかけてきた。

「やぁ、ここ良いかな?」

「どうぞ」

「ありがとう。たまにはこうして飲まないとやってられないね」

 細いツリ目にとっつきやすそうな笑顔で気さくに話しかけてくるその男は、白銀騎士団の一員ではありそうだが、それにしては体つきが華奢に見える。ルークから見ると、口ぶりからしてもまだ入って間もないのかもしれないと思った。

「まぁ、でもここは居心地が良いから特に不満は無いな」

「違いない。君は騎士団に入って長いのかい?」

「僕もまだ一年と少しいるだけだよ」

「そうだったんだね。それにしては体つきがもう完成されてきてるように見えますね。私はあまり筋肉が付かない体質みたいで、羨ましい」

 ツリ目の男は自身の身体を見下ろしながら自虐気味に苦笑してみせる。

「訓練には人一倍気合を入れているつもりだからね。君も食生活に気をつけつつ密度の濃いトレーニングを重ねればもっと筋肉をつけることは出来るはずだよ。良ければ僕が見てあげようか」

 まだまだ新人として扱われるルークは、教える相手が出来るかもしれないと少し喜びながら話を進めていた。

「ありがとう、でももう少し自分で頑張ってみますよ。行き詰まったら話を聞きに来て良いかな」

「勿論だ。いつでも声をかけてくれ」

 

 一つ話の区切りが付いたところで、ここからが本題だと言うように別の話題が投げかけられた。

「ところで、君が先日海賊団の船長を見かけたって聞いたのだけど、それは本当なのかい?」

「ああ、エルフの森近くでね。単騎で特に旅人らしい荷物も無かったから隊長に報告したんだ。場所や服装の特徴からも恐らく宝鐘マリンだろうっていう話になった」

「単騎で……」

 一瞬真剣な目つきになるも、ルークはそれに気づかないまま話は進んでいく。

「それで、その話はどうなったんだい? 捕縛作戦でも検討されるのかな」

「いや、宝鐘海賊団には手を出さない方針みたいだ。奴らは悪事を働いている訳ではないってことが理由らしい」

「ふむ……しかし今はまだっていうだけじゃないのかい?」

「僕もそう思う。今悪事を働いていないと言っても、海賊を名乗ってる以上いつ問題を起こしても不思議は無いんじゃないかって」

「そうだよね。私も君の懸念は正しいと思いますよ」

「だよな! 問題を起こしてからじゃ遅いんだし、近隣に現れたなら警戒くらいするべきなんじゃないかと思うんだが、先輩も隊長も気楽なものだよ」

 ルークにとって初めて自分の意見に同意してくれた人物だ。自然と自分の思いを吐露していく。

 そしてツリ目の男はルークの気持ちを助長させるように相槌を打ち、その考えは正しいという気持ちを大きくさせる。その中にルークがこれまで知らなかった情報を織り交ぜていくが、酒を煽っている上に高揚しているルークにはその真偽もさほど重要な事ではなく、自分の気持ちを肯定する材料であれば受け入れてしまう状態だった。

「私も君の意見に賛成だ。今ならまだ鎮圧出来るかもしれないというのに、これ以上野放しにして本当に歯が立たなくなってからでは何もかも手遅れになってしまう」

「間違いない。それにさっき言っていた過去、白銀騎士団が奴らを都から追い出したというのが本当なら逆恨みして牙を向いてくる可能性さえあるんじゃないか?」

「今はおとなしくして方々の信頼を得て、力をつけた所で確実に我々を潰しに来る算段なのかもしれないと?」

「その通りだ! 仮にその可能性があるとして、どうすれば良いと思う?」

「そうだね……。宝鐘海賊団は船長のカリスマで成り立っているという側面があると聞いた事があるから、船長さえ捕らえてしまえば降伏させることが出来るんじゃないかと思いますね」

「それは良い。船長の無事と引き換えに投獄してしまえば都が脅かされることもない。船長命令も無く暴動を起こしたとあってはただの暴徒だ。鎮圧の大義名分も出来る」

「実にスマートだ。捕らえるにはやはり見かけたという森の近くで待ち伏せるのが良いと思うかい?」

「そうだな。目立たないように単騎で都の領地に来ているとしても、領地から出てしまうと海賊団と合流するだろうし、中立である森から出た所で、早いうちに捕縛してしまうのが良いと思う」

「私も同意見だよ。君は身体だけでなく頭もキレるようで羨ましい」

「そんなことはないさ。僕なんてまだまだ」

「謙虚な姿勢も好感が持てるよ。いやはや、楽しい時間だった。今日はこの辺りでお暇するけど、近いうちにまた会おうルークさん」

「ああ、また話そう」

 酔いも回った様子で顔も赤くなったルークをよそに、ツリ目の男は来た時と変わらず飄々とした様子のままその場を後にする。

 ルークはと言えば、その場で酔いつぶれて眠ってしまうのであった。

 

「昨日は飲みすぎてしまった……」

 軽い二日酔いになってしまったことを反省しながら訓練場に入ったルークに、隊長が声をかけてくる。

「おはよう。体調不良か?」

「いえ、少し気が緩んでしまっていただけです。申し訳ありません」

「いや、問題無いなら良いんだ。お前に呼び出しがかかっててな、今から言う所へ向かってもらえるか?」

「承知しました。すぐ向かいます」

 指定されたのは元老院管轄の兵士宿舎で、白銀騎士団とはあまり交流のない場所だった。

 到着して所属と名前を告げると、案内役の兵士がやってくるが、その顔には見覚えがあった。

「また会いましたね。ルークさん」

「あの時の。ここの所属だったのか」

「はい。あの日は楽しい話をありがとうございました。今日は君にとってもきっと良い話ですよ。こちらへどうぞ」

 通された場所では上官に当たる人物が待っており、礼と挨拶を済ませると早速本題を切り出した。

「貴君には一つ特別な任務を遂行してもらいたい」

 特別な任務と聞いてルークは身構えるが、同時に自分が期待されているのだと気分も高揚していく。

「先日宝鐘海賊団船長、宝鐘マリンが目撃されたという報告があった。我らが領土には進入しないという制約があるにも関わらずそれを破ったとして身柄の拘束命令が出た。単騎で駆けているという所を目撃したという貴君には、今後同じことがあった際には拘束してもらう。可能か」

「ハ! エルフの森付近で目撃した際には単騎であり、早馬という訳でも無いように見受けられましたので、数名の共があれば容易かと思われます!」

「頼もしい回答だ。共とする兵士はこちらから手配しよう。さらに港からエルフの森にかけての道中、我が部隊から見張りを常駐させ、発見の際には貴君へ伝えるよう指令を出しておく。我が期待に応えてくれる事を願う」

「ハ! 必ずや完遂してご覧に入れます!」

「うむ。貴君の活躍に期待している。下がってよし」

 再度の敬礼をし、退出していくルーク。彼に続いて退出してきたツリ目の男が分かれる前にと話しかけてくる。

「どうでしたか、任務を与えられた感想は」

「まずはお礼を言いたい、ありがとう。君と話したからこそ与えられた任務だと思う。部隊の違う僕が指名されたのも君が推薦してくれたからだろう?」

「流石にバレバレでしたね」

「そこまで鈍くは無いさ。この恩に報いる為にも必ず成し遂げてみせる」

「そうしてくれると私としても助かります。恐らく協力する兵士に私も入るでしょうから、その時は一緒に手柄を上げましょう」

「そうであれば僕としても心強い。今から楽しみだ」

「えぇ、ノエル団長の為にも、必ず成功させましょう」

「ノエル団長がこの件に何か関係あるのかい?」

「おや、私の勘違いだったら申し訳ない。ノエル団長が思いを寄せる方のいるエルフの森に近づく宝鐘マリン。奴を捕らえれば団長の心象も良くなるかもしれないと、少しは考えていたりするんじゃないかと思っていたのですが」

「そ、そんな事は考えていない! 僕は純粋に宝鐘海賊団の危険性をだな……」

「ふふふ、そういう事にしておきましょう。それじゃ、また後日」

「ああ、また会おう!」

 話し終えるとまっすぐ白銀騎士団の訓練場へと向かうルーク。

 彼は初めて己自身に向けられた期待を嬉しく思い、必ず成し遂げてみせるという意気込みと、成功した際にはどのような評価が行われるのかという楽しみを胸に、来たる日の為により一層訓練に励むのだった。

 

 ルークと別れた後、ツリ目の男は謁見していた部屋へと戻り、先ほどとは違った様子で上官と話し始める。

「奴は使えるのか」

「えぇ、いい具合にテンションも上がってますし、疑われている様子も無い。望む働きはこなしてくれると思いますよ」

「微塵も疑わんとは、とんだ単細胞だな。逆に心配になる」

「周りの評価も話した感じもバカで真面目な熱血漢。私が補助に入れば宝鐘マリンを捕らえるのに問題は無いでしょう」

「たかだか数日でよくそこまで調べ上げるものだ」

「それが諜報部の仕事ですからね。必要とあらば上官殿の事も調べ上げてご覧に入れますが」

「戯言はよせ。今回の件、上手くやれよ」

「勿論ですよ。お任せあれ」

 利用されているとも知らないルークをよそに、事態は確実に動いていくのだった。

 

 

 

第二章:

――海賊と騎士団の成長。フレアとの交友――

 



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第三章:――新人団員の暴走。海賊団と騎士団の対立――

//12話(捕らわれるマリン。捜索する一味)

 

 ルークに任務が与えられ数ヶ月、未だマリンも現れず特に事件らしいものは無く、フレア、ぺこら、ノエル、マリンの関係性も変わらず平和そのものだった。

 しかし水面下では確実に動きがあり、それは行動を起こしている者たち以外は誰も気づいていない。

 そしてついに、潜伏者たちが待ちに待った日がおとずれる……。

 

「それじゃフレア、ぺこら、また来ますね」

「うん、またいつでもおいで」

「気をつけて行ってくるぺこ」

 この日はマリンがエルフの森を訪れて普段通り楽しく談笑し、一味の元へ帰ろうとしている所だった。

 森が終わる所に繋いでいる馬の元まで歩いた後は、港まで馬で駆けて行くいつも通りの行動。

 しかし森を背に駆け出してしばらくすると、いつもとは違う事態が発生した……。

「なんなんですか、あなた達は……」

 騎士甲冑に身を包んだ男数名に囲まれ、マリンも普段の軽口で済ませるには少し空気がヒリついている事を感じる。そんな中一人の男が声を上げる。

「我らは幻生の都に所属する騎士である。貴殿は宝鐘海賊団船長、宝鐘マリンとお見受けするが、いかがか」

「都の騎士が私になんの用ですか……」

「拘束させていただく。おとなしくすれば乱暴はしない」

「拘束?! どうしてですか! 何も悪いことしてないでしょーが!」

「ここにいることがすでに罪だ!」

「知りませんよ!」

 言うや馬を走らせ、その場を切り抜けようとするが、後ろに控えていた騎士の一人が放つ投げナイフがマリンの馬を襲う。

「うわぁぁっ!!」

 かろうじて受け身をとって大事には至らなかったものの、馬から落ちては逃げる事はもはや不可能。すぐに取り囲まれ、これ以上の抵抗は無意味だと拘束を受け入れるしかなくなる。

「いたっ。どうせもう逃げれないんだからもっと優しくしてください」

「罪人に気遣う必要は無いだろう」

「私が何したって言うんですか……」

 罪人と言い切られるこの状況では何を言っても無駄だと悟り、おとなしくついていく事にする。手足を拘束されたまま馬に乗せられ、幻生の都へと連れて行かれる。

 故郷への帰還がこのような形になる事を悔しく思いながらも、為す術もなく馬に揺られるのだった。

 

「先程の見事なナイフさばき助かった。ありがとう」

「いえいえ、こういう時の為に派遣されましたからね。ルークさんのお役に立てて何より」

「ああ、おかげで無事任務を果たせる」

「都に着くまでに逃げられては問題です。最後まで気を引き締めていきましょう」

「無論だ。この任務、必ず成功させる」

 気負い気味のルークに対して程よく気が抜けているツリ目の男。明らかに経験の差を感じさせる組み合わせだが、ルークの方がリーダーである様子。そして拘束する時のやり取りにしても少々強引すぎる問答を見るに何か裏がありそうだと推察するマリン。

 しかし手足を縛られている今出来ることは無いので、おとなしくついて行きつつ道順を出来る限り覚えようと頑張るのだった……。

 

 マリンがルークら白銀騎士団に囚われた翌日の夕暮れ時。

 それまで待ち合わせ場所の宿屋で酒を飲んでマリンの帰りを待っていた一味だが、二日目の夕暮れになっても戻らないことを心配した一味はエルフの森へおもむき、森へ少し入った所でフレアへ向けて声をかける。

 時間はもう夜に差し掛かる頃だが、森の木々からの伝言を受けたフレアはすぐに一味の元へと向かった。

「みんなが来るなんて珍しいね。何かあった?」

「フレア姉さん、うちの船長知りませんかい?」

「マリンなら昨日の夕方にいつも通り帰ったけど、もしかして戻ってない?」

「ええ、一日泊まってくる事はこれまでにもたまにあったんで気にしませんでしたが、何も言わずに二日っていうのは今までに無かったもんで様子を見に来たんですが……」

 双方少し黙り込んでしまうが、一味の副長であるサブはフレアに心当たりが無いならと近辺の村や集落に聞き込みをしてみると言う。

「何度も通ってる道ですから迷うとも考えられませんし、俺らが待ってるのを知ってて長時間寄り道をするとも考えにくい。だから、何かあったと考えるのが妥当だと思うんですよ」

「そうだね……。あたしが全く知らなかったから少なくとも森の外で何かあったっていうのは確か。森の外だとあんまり力にはなれないけど、あたしも出来ることはやってみるよ」

「助かります。俺らだけで探すよりは絶対早いと思うんで、よろしくお願いします」

 強面な様相には不釣り合いなほど丁寧に頭を下げるサブの姿勢から、心からマリンを心配している事がうかがえる

「うん、あたしも心配だからね。何かわかったらすぐに連絡する」

「ありがとうございます。俺らも近くにあるルドの村に拠点を移しておきますんで、何かあればそこへお願いします」

「わかった。無事に見つかると良いね」

 改めて頭を下げると、他の一味も連れて森を後にした。

「お前らはそのまま聞き込みに回ってくれ。俺は一旦港へ行って他の奴らを連れて来て明日から聞き込みを始める」

「そんな悠長な事言うなんてサブちゃんらしくないな。船長が心配じゃないのか?」

「んな訳ねぇだろが! こっちに戻ってくるのが夜中になるってのもあるが、何よりこの辺りが幻生の都の勢力下にあるってのが問題なんだよ」

「あぁ~……そういやそうだったな。長いこと平気だったから忘れてたわ……」

「そういう事だ。お前らもあんまり目立ちすぎる動き方はするなよ」

「了解だ。そっちも人数増やすならどうしても目立つから気をつけてな」

「おう。それじゃよろしく頼む」

 サブは他の一味にその足で近隣の村々に聞き込みへ行くよう指示を出し、自身は港町まで戻って他の一味と合流した。

 そしてルドの村へ早馬を一頭と、聞き込みと戦闘が得意な者を引き連れて戻るのだった。

「無事でいて下さいよ船長……こんな所で終わりなんて絶対に嫌ですからね」

 最悪を想定しながら、それでも希望の火を消すこと無く、一味は全力で船長の行方を探して回る。

 それから数日が経った頃、定期連絡をしにノエルが都からエルフの森へ向かっていた。

 

 

//13話(都に流れる空気の変化)

 

 時は少し遡り、ルーク達は連行してきたマリンを元老院直轄の兵士へと引き渡していた。

「任務完遂ご苦労だった。ここからは我々が引き継ぐ」

「は。これからこの者はどうなるのかだけ教えていただいても?」

「貴様が知る必要は無いが、ここまで連れてきた褒美に教えよう。これから牢へ繋ぎ、しばらくは各都市にいる海賊団の情報を引き出す。その後は海賊団の出方次第だ」

「お教えいただきありがとうございます。私はこれからいかが致しましょう」

「追って連絡する。それまでは白銀騎士団員としての通常任務に戻るように」

「は。では失礼します」

 兵士はマリンを連れて都の中心部にほど近い牢へと向かっていった。

「お疲れ様でした、ルークさん」

「ああ、無事に完遂出来た事は嬉しい限りだ。これで都が大きな驚異から解放された」

「そうですね、同時にノエル団長殿の恋敵も引き離す事が出来たのですから、貴方の覚えも良くなるはず」

「そ、そんな事は二の次だ! 僕は都のためにだな……」

「そうでしたね。……あなたとご一緒出来て楽しかった。また一緒になることがあればよろしくお願いしますよ」

「こちらこそよろしく頼む。では、また」

「ええ、また」

 ツリ目の男とも別れ、ルークは再び白銀騎士団の通常業務へと戻っていった。

 

 マリンが捕らえられてから数日が経つが、白銀騎士団のノエルにこの報告は入ってこなかった。ノエルは過去に意図的にマリンを逃した経緯がある為、余計な事をする可能性があると見られているのだ。

 しかし諜報部を始め、元老院直轄部隊は宝鐘海賊団船長が投獄されたという重大な事実を知っている。勿論、宝鐘海賊団にこれが知られれば襲撃される可能性もあるだろう。

 その為、都を守る準備として戦闘準備が進められているというのが、都の現状である。

 ノエル自身に詳しい情報は無くとも、都が普段と違う動きを見せている事は理解できる。何やらきな臭いこの状況に不安を覚えながらも、定期視察を怠る理由にはならず、普段通りの業務をこなしていく。

 いつもなら楽しみなはずのエルフの森へと視察に出る日でさえ、若干の胸騒ぎを抱えつつ向かうのだった。

 

 

//14話(フレアからの情報)

 

 ノエルがエルフの森まで着くと、普段は必ず笑顔で迎えてくれるフレアの顔に少し影が見える事に気づく。

「フレア……? 何かあったの?」

「うん、ノエルには心当たりない?」

「え……無い、けど……え、私何かしちゃった?」

 自分が何かしてしまったのかと焦るノエルだが、慌てるノエルの様子を見て今度はフレアが慌ててノエルに謝る。

「ごめんノエちゃん、そういう事じゃなくてね――」

 宝鐘マリンが行方不明になり、一味が必至に近辺を探している事を伝える。

「この辺りを広く知ってるノエちゃんなら何か知らないかなと思って。で、もしかして都が捕まえたりしてないかちょっとカマかけた。ごめんね」

「ううん、いいの。でもマリンがいなくなったっていうのは結構問題かも……」

 申し訳なさそうな声音と共に両手を合わせ、いつもの空気に戻そうとするフレア。

 だがノエルは都にある領地の多くを管轄する立場上、フレアよりも見える部分は多い。マリンが行方不明となることで起こりうる問題に考えを巡らせる。

「一味の人たちがこの辺りで聞き込みしてるって言ったよね。それって、海賊団ってわかる形でやってるかわかる?」

「サブちゃんはあれでしっかりしてるし多分わからないようにやってると思う。ただ、探してるのが目立つマリンだから……察しのいい人は気づくかも」

「それが数日前からか……もう都に何らかの情報は入ってるかもしれない」

「え?」

「最近都の様子がちょっと変だなって思ってた所だから……。私の方でも調べてみる。少し時間くれるかな」

「助かるよノエちゃん! ごめんね、ノエちゃんの仕事考えたら無理なお願いなのに」

「そんな事無いよ。私もフレアの話を聞いてたら友達になれるかもって思ってたし、何より変な形で争いになって欲しくないから。何かわかったら連絡するね」

(マリンに何かあったら本当に戦争になりかねない……それくらい宝鐘海賊団は大きくなっちゃってるし……)

 フレアには笑顔で返すが内心不安を感じるノエルは、急ぎ都へ戻る事にして普段より早く森を後にした。

 

 フレアからの話だけでなく騎士団長としての情報も得ているノエルは、宝鐘海賊団の規模を具体的に知っている。それを鑑みれば迂闊に手を出すのは得策では無いと考えるが、温厚な気性で知られる彼らだからこそ侮られている節もある。しかし弱いから討伐するというのは道理に反する上に、温厚は弱さの裏付けにはならない。

 今回の件に限らず、正しく倫理的なノエルが道理を通してきたからこそ幻生の都はここまで成長出来たと言っても過言ではない。

 そのノエルの脳裏には、都へ近づく危機がひしひしと感じられていた。

 圧倒的なカリスマ性で一味を統率するマリンが危害を加えられたとしたら……危害が加えられていなくても、所在を調べる為の行動が安全という確証は無い。

 一国の軍とも渡り合えると言われている宝鐘海賊団が何をしでかすかわからないという、言葉では言い表せない不安がノエルを襲う。

 民の安全の為にも、詳しい状況を急いで把握しようと、馬を走らせるのだった。

 

 

//15話(ノエルの立場。都の目的)

 

 幻生の都まで戻って来たノエルは、その足で元老院へ謁見を求めた。

 しかし返答は思っていたものとは違い、元老院管轄の兵士宿舎へ向かうようにという指示だった。そこで知りたいことは知れるだろうといった事を言われるが、疑惑が良くない方向へ確信に変わっていく、嫌な感覚を覚えるのだった……。

 

「ようこそいらっしゃいました。白銀騎士団団長、白銀ノエル殿」

「あなたは……」

 通された宿舎の応接室で待っていたのは、ルークを勧誘した時の上官だった。ただしルークと面談した時とは違い、口元は穏やかな笑みを浮かべている。

「会議の場で何度か同席させていただいております、情報統括部のゲイルと申します」

「覚えてます。各地の情勢を細かく調べる部隊……私達もその情報を元にした調査をする事もありますから」

「覚えていただいていて光栄です。さ、どうぞお座りになって下さい」

 ノエルは促されるままソファに座り、正面からゲイルを見つめる。

 ゲイルは変わらず余裕な表情で目の前にあるカップの飲み物に口をつけつつ、事の本題を語り始める。

「ノエル団長殿がこちらに顔を出す日が来る事は、あの日からわかっておりました。宝鐘海賊団船長、宝鐘マリンを捕らえた日からね」

「やっぱり……」

「そう怖い顔をしないで下さい。何もノエル団長殿の不利益にはなっていないでしょう」

「どうしてそう思うんですか」

「なぜって、宝鐘海賊団は味方でもなければ何かに協力してくれている訳でもない。我々にとって利益と呼べる事は何一つしていない。であるならば、その首領を捕らえて不利益になる事など無いでしょう? それとも、白銀団長殿には何かあるのでしょうか」

 逆に問いかけてくるゲイルの表情は笑顔のままだが、その目はノエルを探る意図が見て取れる。

(ここで下手な事を言うのは良くなさそうかな……でも――)

「確かに、現状宝鐘マリンを捕らえる事に不利益は無いかもしれません。しかし捕らえなかったとしても不利益は無かったんじゃないですか?」

「それこそどうして、ですよ団長殿。奴らは海賊であり、素行の悪い者が集った集団です。それがここまで大きくなってしまった……これを憂慮せずにいられるのは、些か平和ボケがすぎるというものではないかと」

「平和ボケ……でも事実彼女たちは他国で問題行動は起こしていないじゃないですか。それを一方的に拘束するというのはやりすぎじゃないですか? それこそ敵対心を持たれても仕方ないと思います」

「しかし奴らは我らが領地へ侵入していた。賊が領地内をうろついていては領民も安心出来ますまい。民の安全と安心を確保する事が我らの責務だと思いませんか」

 不当性を説くノエルだが、ゲイルも確たる筋があっての行動であると主張し、話は平行線をたどる。

 だが話が宝鐘海賊団の驚異に言及するにつれ、ゲイルの言い放つ言葉がノエルが許容出来ないラインを超えていく……。

「仮に、もし今回の一件で奴らが襲ってくるならむしろ好都合。近隣諸国を脅かす賊を討伐する良い口実が出来たというものではありませんか?」

「なんてことを言うんですか! 既に簡単に制圧出来る規模の相手じゃありません。そんな相手を不用意に敵に回すのは凄く危険だって言ってるんです。すぐに彼女を釈放して溜飲を下げてもらうよう言葉を尽くすべきです!」

「我らが頭を下げるべきだと言うおつもりですか? それこそ逆でしょう。賊を名乗った時点でこれくらいは覚悟して然るべきというもの。何よりいくら巨大となったとは言え所詮は賊。正規の訓練を受けた白銀騎士団の敵では無いのでは? 安全を期すのなら陸まで引きずり出して戦えば良いのです」

「だからそれじゃ被害が……」

(ダメだ……全く聞く耳を持ってくれない……それにいつの間にか白銀騎士団が戦うような流れになってるし……)

 話が良くない方向へ進み、口論では相手の方が上でありどうしようも無いと悟ったノエルは、事態を好転させる方法が思い浮かばない。

 それから少し続いた口論も結局ノエルの望む結果に近づけるには至らず、失意のまま兵士宿舎を後にするのだった。

 

 

//16話(ノエルとマリンの邂逅。るしあの思いとは……)

 

 ノエルは兵士宿舎を後にしても、どうにかしてマリンを釈放出来ないかと考えを巡らせていた。しかし良い考えは浮かばないまま、その足は自然と牢の方へと向かっていた。

「宝鐘……マリン……」

「おやおや、どしたの~? 懐かしい顔の美少女がそんなに暗い顔してぇ。可愛い顔が台無しだよ」

 まるで友人に向けるような笑顔と口調。ここが牢屋などでなければ、本当に昔なじみだったのではと錯覚するほど自然な……。牢屋に捕らわれてなお、昔会った時よりも輝きを増したように見える彼女を見て、思わず涙が溢れそうになるのをぐっとこらえる。

「どうして、領地にいたの……?」

 気丈を装いつつも心根の優しさが滲むノエルの言葉に、マリンは一瞬あっけに取られるが、得心がいったように笑みをこぼす。

(良かった。ノエルはあの時から変わってないんだね)

「エルフの森にね、友達がいるんだ。あの辺が幻生の都の領地になる前からの、大事な友だちが」

「フレア……」

「ぺこらも忘れないであげて?! ……あの二人がいなきゃ今の私は無かったと思ってる。同じようにノエル、あんたとも友達になれると思ってたんだけどね……」

「っ…………私だって……」

 ついにこみ上げてくるものを抑えきれなくなったノエルは、そのまま牢に背を向けて立ち去っていった。

 ……これまで自分のやってきた事はなんだったのか……領地を増やすというのは相手が望んでいなければ侵略に等しい行為でもある。それを出来る限り平和的にやってくることで自分をごまかして来たが、本当にやりたかった訳でもない。

 命令だから……これで皆が豊かに平和にやっていけるならと従ってきた結果が、意見を聞いてもらえず、話すことすら受け入れてもらえていない今の状態だ。

 結局、マリン一人を牢屋から出すことも出来ない。ほんの少し状況が違えば親友になれたかもしれない相手なのに……。

「……人生、ままならないね」

 七つの海を踏破した海賊は灰色で冷たい牢の壁を見つめ、察するに余りあるその心情を思ってつぶやく。

 

 ノエルが立ち去り、マリンもこれからどうするかを思案していた。

 都にいる上層部の狙いがなんなのかは今ひとつ掴みきれないが、すぐにマリン自身をどうこうするつもりは無さそうだと考察する。

 救いなのはマリン自身が傷つけられていないこと。捕らわれたままの状態で拷問でも始まろうものなら、一味を完全に止めるのは少し難しくなる。

「ノエルの前ではおどけてみせたけど、このままってのは結構まずいですよねぇ。みんないい子だしサブちゃんもいるから、しばらくは大丈夫だろうけど……」

 拷問が無かったとしても長期間合流出来なければ、どうにかして解放しようと行動を起こすだろう。

 その前に居場所を探り当てる為、虱潰しに聞き込みをする中で部外者を怖がらせる事があるかもしれない。

「みんな船長の事大好きですからね。だからこそ船長が嫌がる事はしないと信じてもいる訳ですけど……」

「でも、我慢の限界が来たらどうなるかわからない」

「そうなんですよね~……って誰?!」

「……」

 突如マリンの目の前に現れた少女は、横目にマリンを見ると、牢のドアに目を戻す。

「もしここから出れたら、マリンはどうするの」

(ぉぉ……華麗にスルーですね)

「出れたらもちろん一味と合流しますけど……」

「それだけじゃ済まないとしたら、どうする?」

「え? ……それってどういうことですか」

 マリンの脳裏に嫌な予感が走る。ただ合流出来るだけじゃないとするなら、それは何か一味に関わる問題があるという事に他ならないからだ。

「何か知ってるなら教えてください!」

「……これから、人が死ぬの。マリン、貴方がここを出る事で誰かが死ぬと知っても……それでも出たいと思う?」

「なっ……」

 自分が牢から出て一味と合流することで、誰かが死ぬと突きつけられ絶句する。

 しかし呆けている場合ではないと、すぐさま少女の言葉の意味を確かめようと質問を飛ばす。

「それってどういう事ですか?! それに、どうしてそんな事がわかるんですかっ」

「私はね、ネクロマンサーのルシア。だから人よりも死の気配に敏感なの」

「ネクロマンサー……? 美少女なのに……?」

「っ……」

 ポロッと出た本音にルシアも一瞬戸惑うが、すぐに調子を戻して続きを話していく。

「マリンとノエルを中心にした死の気配が数年前からあったの。それが今ピークに来ようとしてる……」

「数年前……つまり幼女の頃から見られてた……? ダメですよ! そんな小さい頃から船長みたいな大人の女を見てたら教育に悪いじゃあありませんか」

「もう! 真面目な話をしてるの! ちゃんと聞いて! それにルシアはネクロマンサーで1600歳だからなんの問題も無いから!」

「せんろっぴゃくさぃぃい?!! シワひとつ無い美少女なのに?! 船長もネクロマンサーになりたい!!」

「だぁかぁらぁ!! ちゃんと聞いてってばっ!!!」

「はいぃ! ごめんなさい! シリアスが長くてちょっと耐えられなくなりました!!」

「せっかくかっこよくお話したかったのに……マリンのせいで台無しだよまったく」

「ごめんなさい。呼吸も出来たので、改めて教えて下さい。私が一味と合流する事で人が死ぬって、本当なんですか?」

「そうだよ。さっきも言ったけど、私は死の気配に敏感なの。ノエルとマリンが交わる時に大きな戦いが起こるのは間違いない。そして、その時は近い」

「それを回避する方法は?」

「詳しくはわからないけど、マリンとノエルがお互いの仲間を連れて会わなければ大丈夫なはず」

「確実って訳じゃないんですね。それなら今度は、確実に人が死ぬんですか? だとしたらどれくらい?」

「死の気配が強いから誰かが寿命以外で死ぬのは確実だけど、人数まではわからないかな。ただ断片的に見えた光景に、マリンとノエル、それと宝鐘海賊団と白銀騎士団がいたのは確かだよ」

「自然死以外の気配を感じ取れて、おまけに断片的な未来視まで出来るなんて……ルシアちゃん凄すぎない……?」

「ネクロマンサーだし、こう見えて1600歳だし。だからちゃんはやめて」

「ちなみに、人数って一人以上って事以外は全然わかんない感じですか?」

「うん。死の気配って死ぬ人だけじゃなくて、普通の人にもあるんだ。死に近い人ほど気配が強くなるから、大きな争いになると気配が入り乱れてわからなくなるの……」

「そんな中でも、一人は確信出来るのは?」

「う~ん……説明するのは難しいんだけど、最大値はわかる……みたいな感じ。その土地に死の色がした太陽がある……みたいな?」

「例えが怖い……! でもなんとなくわかりました。死者一人以上、負傷者多数っていう所までが確実って事ですね」

「そうだね」

「……そんな大惨事が……私が一味と合流したら起こるんですね」

「そう。それでも、合流する?」

「…………」

 即答は出来ず、深く悩むマリン。それを黙って見守るルシア。

 彼女の脳裏に、これまで共に旅をしてきた仲間たちとの思い出が駆け巡る。その中でマリンにとって、宝鐘海賊団にとって、最も大切な事、捨ててはいけないものが何なのかがはっきりとしていく。

 そして再び顔を上げる時にはもう、曲がらぬ信念を持った目をしていた。

「決めたんだね」

「ええ、決めました。最初は、沢山の人が死んじゃうっていうならこのまま動かない方が良いのかなとも思いました。

 でもルシアの話をしっかり聞いていくうちに、必ずしもそういう訳じゃないなら、逆に死者を減らせるようにも出来るんじゃないですか?」

 否定も肯定もせず、ルシアはマリンの話をまっすぐ受け止めている。

「勿論、最低でも一人の死人が出てしまうことは簡単に割り切れる事じゃない……。

 ですが、船長が船長じゃなくなってしまったら、宝鐘海賊団は全員が不幸になってしまう。

 自惚れてるって言われるかもしれませんが、私の事が好きだったり、宝鐘の旗の下を自分の居場所だと思ってくれる人が集まってくれたのが私の船です!

 私には、船長としての責任があります!!」

 力強く言い放つマリンに、ルシアも微笑みを浮かべて頷く。

「勿論、犠牲になった人への償いは可能な限りするつもりです。それに、自慢じゃないですけど結構社会貢献もしてますし!? 宝鐘海賊団は有益です! 多分! おそらく! きっと!」

「クスっ。最後まで自信持ってよマリン。せっかく格好良かったのに」

 犠牲者が出る事を許容した自分へ、多少なりともマイナスの感情が向けられる事を覚悟していたマリンだが、吹き出したルシアの笑顔にそんなものは無いように見えた。

「あの、ルシア……」

「うん? どうしたのマリン」

「これでも結構覚悟のいる宣言だったんですけど……?」

「ああ、うん。そうだと思う。でもね、マリンはこんな所でぼんやりしてるべきじゃないと最初から思ってたんだ」

「そうなんですか?」

「うん。ただ、覚悟はちゃんとしておいて欲しかったの。マリンが今の輝きを失う事になったら、それは合流しなかった時と何も変わらない結末になっちゃうかもしれない。そんな、誰も幸せになれない結果は見たくないから……」

「誰も幸せにならない結末なんて絶対嫌です。それは多分、私が戻らなくても同じなんですよね」

「マリンがいてこその宝鐘海賊団だからね」

「わかりました! なら私は船長として、出来ることを全力でやってやりますよ!」

「うん。それでこそマリンだよ」

 ルシアは嬉しそうにはにかむと、まるで壁など存在しないように難なく牢をすり抜けていく。

 あっけに取られるマリンを横目に外から鍵を開いて通路の先を指す。

「疑ってた訳じゃないんですけど……ネクロマンサーって凄いんですね……」

「ルシアは特別だからね」

 胸を張るその姿はえっへんと聞こえてきそうなくらい可愛らしかったが、見回りがいつ来るかわからない状況では騒いだりのんびりとはしていられない。マリンは抱きつきたい程の興奮をぐっと堪えて、先に続く言葉に耳を傾ける。

「それで、ここをまっすぐ進むと階段があるから、それを登って地上に出たら――」

 ここまで連れてこられた時の記憶とルシアの説明を擦り合わせながら、脳内に脱出経路を描いていく。

「う~ん、初めての街ですから完璧とまではいきませんが、なんとかなると思います」

「それじゃマリン、見てるからね」

「えっ――」

 ルシアも一緒にと言おうとした矢先、牢から出た時と同じように……まるで始めからそこには誰もいなかったかのようにふわりと消えてしまった。

「ここからは一人で行けって事ですね……」

 冷や汗をかきながら覚悟を決める。そして敵の本拠地である都の中を一人進んでいくのだった。

 

 

//17話(ぺこらとの合流、都脱出)

 

(よしよし、まだ誰にも見つかってませんね……へへへ、だてに海賊団の船長やってませんからね……これくらい余裕ですよ……)

 ルシアに教えてもらった通りの道を慎重に進んでいき、順調に捕らわれていた建物の外へと向かう。

 その道中、不穏な会話を耳にする――

「白銀騎士団は出陣したか」

「ええ、これまでほぼ犠牲者を出す事無く勢力の拡大を続けてきたようだが、今回ばかりはそう上手くいくまいて」

「ふふふ。奴らの勢力さえ減退させれば軍部の掌握も容易だ。これでやっと各地からの税収を上げる事が出来るというもの」

(んんん? 各地の税収を上げる……? それを白銀騎士団……ノエルが食い止めていた?

 一味を使って騎士団を疲弊させてノエルの立場を弱らせようって事……?!)

 都内部での勢力争いに利用されたのだと知ったマリンは、怒りに身を任せて殴りかかりたい衝動をぐっと抑える。

(ここで暴れてもまた捕まって終わっちゃう。まずは皆と合流しなくちゃ)

「……」

(……ん?)

 一味との合流を目指して再度出発しようとしたマリンの目の前に、うさぎが一匹座っていた。

「……」

「まさか……ぺこらの野うさぎ?」

 マリンがそう声をかけると、踵を返してぴょんぴょんと進んでいく。その方向が建物の外へと向かう道と同じだった事もあり、マリンは黙って進む野うさぎの後を追う事にした。

……

…………

……………………

「あ、マリーン!!」

「!!? ぺこらーーー!!!」

 建物から出ても迷わず進んでいく野うさぎの後を追いかけて街中をしばらく進むと、路地裏にいたぺこらと合流する事が出来た。

 喜びをあらわに、勢いのまま抱きつこうとするも華麗にスルーして野うさぎを撫でてやるぺこら。

「あんたよくやったね。えらいえらーい」

「もう、ぺこらったら照れ屋さんなんだから……」

「まあ無事で良かったぺこ。こんなとこさっさと出て森に帰るぺこよ」

 再会の挨拶もそこそこに、ぺこらはポケットから笛を取り出して勢いよく吹く。

ピィーー――

 人の耳にはかろうじて聞こえるかどうかという甲高い音が辺りに響くと、足元の野うさぎの耳がピクリと動く。

 するとまたたく間に野うさぎ達が目の前に集まってきた。

「来たねあんた達。今から森へ帰るからいつもの絨毯フォーム頼むぺこ!

 それとあんたは先に戻って、フレアにマリンと合流出来た事を伝えて。急がないと間に合わなくなっちゃうぺこ……」

 ぺこらが号令をかけると野うさぎ達は綺麗な正方形の陣形を組んだ。そして一匹だけ急いで先に戻るように指示を出す。

 その横顔の真剣さに、マリンも事態が動いた事を察して状況を再確認しようとぺこらに声をかける。

「ぺこら……今どういう状況になってるんですか」

「結構まずい感じぺこね。でもマリンが戻ればきっと解決するはずぺこ。詳しい話は戻りながらするから、とりあえず乗るぺこ」

「わかりました」

(何度か荷物を運んでいくのは見たことあるけど、まさか自分が乗る事になるとは思いませんでしたね……)

 負担を少なくするように低い姿勢を取って、恐る恐る野うさぎ絨毯の上を真ん中の方まで進んでいく。

(思ったよりしっかりしてるし、ふわふわで温かくて…………良いですね)

「心配しなくても野うさぎは見た目より力あるから、安心して乗っかって良いぺこよ。それじゃあんた達、ぺこーら達を出来るだけ早く、それでいて安全にフレアの所まで運びな! 行くぺこーー!!!」

 ぺこらの号令がかかるやいなや、二人を乗せた野うさぎ達は街中を猛スピードで跳ねていく。

 都の街路を風のように駆け抜けていくその姿は、メルヘンチックでありつつも鮮烈で、住民の記憶に強く残るのだった。

 

「急いでね、マリン……」

 都の上空でマリンとぺこらが駆け抜ける後ろ姿を見届けるルシア。

 その目には二人だけでなく、今まさに衝突しかねない二組の軍勢の姿が映されているのだった……。

 

 

第三章:

――新人団員の暴走。海賊団と騎士団の対立――

 



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終章:――決着、そして未来へ――

//18話(宝鐘の一味と白銀騎士団の動き)

 

「それでぺこら、一味の皆は無事なんですか? さっきまずい事になってるって言ってましたけど」

「現場に着くまでの間かいつまんで説明するぺこ。フレアとノエルが抑えてくれてるはずだけど、マリンが来ないと絶対収まらない状況ぺこ……」

 野うさぎ絨毯の上で、ぺこらはここまでにあった宝鐘の一味の動きと、白銀騎士団が武装して向かってきた事を説明していく。

「最初、サブちゃんが戻ってこないマリンの様子を見に来た所から始まるぺこ――」

 

 宝鐘の一味でも周りに指示を出す立場にあるサブがエルフの森を訪れ、マリンが戻ってこない事を共有したあの日から二日後。

 周辺にある村々へ向かい聞き込み調査を行っていくにつれて、過去に近隣の村々からも数名、幻生の都へ連れて行かれた経緯がある事も発覚した。

 近隣の村には特に異変も無くマリンを連れ去る理由も無いが、村々が抱く都への不信感も垣間見えて来たことで、一味はこれを聞いてより危機感を強めていく。

 そしてさらに二日後、都周辺に散らばって聞き込み調査をしていた一味が集結し、情報を統合した。結果として幻生の都に連行され、捕らえられている可能性が非常に高いという結論に至る。

 その情報を元にして、サブを始めとした宝鐘の一味幹部数名で会議をすると、満場一致で幻生の都へ出向くという話になった。

「我らが船長を捕まえた奴らがどう出てくるかはわからんが、俺らが本気だという態度は示さねばならん。港にいる奴らも集めろ。行ける奴全員で行くぞ!」

 方針が決まった一味の動きは素早く、港に残っている団員も招集すべく早馬を飛ばした。そして港に残っていた大部分の一味が大挙して、合流地点となったエルフの森へ向けて移動を始めた……。

 

 宝鐘の一味が港から大挙して移動を始めた日、幻生の都にとっても一大事であるこの情報を届ける為、港近くにある駐屯地から早馬が駆け出していた。

「あの数が都になだれ込んだら大惨事になりかねない……早く都へ知らせなければッ!」

 大移動する一味を追い抜き、都へ到着した諜報部の兵士は上官であるゲイルの元へと情報を届けた。

「ふふふ……ついに来たか」

 ほくそ笑むゲイルは、その情報を少々過激に脚色した上で元老院へと報告した。

 この報告により、いよいよ都の驚異となった宝鐘海賊団を迎え撃つことが決定される。そしてその迎撃には、当然のように最大戦力である白銀騎士団に白羽の矢が立つ。

「やっぱり……こうなっちゃうよね……」

 予想した通りの事態となってしまった事を悲しむと共に、少しでも被害を出さない為に自分に出来ることは何かを必死に考えるノエル。

「私の力じゃマリンを解放する申し出は通らなかった……かといって脱獄に加担する訳にもいかない…………。

 でもマリンが戻らないんじゃきっと納得してくれない……。

 もしかしたら私が行っても何も変わらないかもしれない……けど……それでも……!」

 立場上マリンの解放という方法を取れない自分にどこまで出来るのか、何も出来ないのではないかという不安も頭をよぎる。しかし何もしなければ全面衝突による甚大な被害が出るだけだ。白銀騎士団以外が迎撃にあたってもそれは同じ。

 ならせめて、彼らと敵対したくないと願っている自分が出るのは恐らく最善だろうと気持ちを強く持つ。

 そして幻生の都からはノエルを大将とした白銀騎士団が、宝鐘海賊団の目的地であろうエルフの森へと向けて進軍を開始するのだった。

 

「――港の一味が合流して少しした頃に、野うさぎから騎士団が来てる知らせがあったぺこ。

 それで一味は隊列を組んで進むのは得意じゃないから、エルフの森近くの平野で陣を組んで迎え撃つ形をとったぺこ。

 同時にぺこーらは野うさぎ達と一緒にこうしてマリンを探しに来たって訳ぺこな」

「森を戦場にする訳にはいきませんからね。それに地の利が相手にある以上、変に奇策を用いるよりも数で威圧する方が良いかもしれませんね……」

 一味の判断を認めつつ、それでも不安を拭うことは出来ないマリンに、ぺこらは説明を続ける。

「マリンの懸念は多分サブちゃんもわかってたぺこ。だからこそ正面から待ち構える形を取ったとも言えるぺこ」

「そうなんですか」

「うん。相手を威圧することで簡単に手を出させず、まずは睨み合う形を作った。これは話し合いをする為ぺこ。

 マリンを返すなら何もせずに去る事を伝える為だって。陣形を組んで戦う軍勢が現れたなら、たった一人を解放することで被害を無くせるメリットは大きいぺこ。あと……」

 言いよどむぺこらにマリンは嫌な予感を覚えずにはいられない。

「話し合いが決裂しても陣形を組んでれば簡単にやられはしないって……」

「…………早く着かなきゃね……」

(君たち……早まった真似だけはしないでよ……)

 マリンは苦虫を噛み潰したような顔を隠す余裕も無く、その様子を見るぺこらもまた、今まさに戦場になろうとしている方向を見つめるのだった。

 

 

//19話(対峙する二軍)

 

「あの時以来ですね……宝鐘海賊団の人」

「久しぶりですね、白銀ノエルさん。俺の名前はサブ。あの時は自己紹介もせずに失礼しやした」

 白銀騎士団と宝鐘海賊団。両軍睨み合う中、その中央でリーダーとなる二人が対峙する。

 決して穏やかではない状況だが、まずは話し合いをすべくノエルが一人中央へ歩み出たのだ。その際、先制して攻撃を仕掛けないように指示を出すと共に、騎士団の誇る銀盾部隊を前列に配置し、相手が動いた際に被害を抑えられるようにしておく。

 それに呼応するようにサブも中央へ向かう。こちらは騎士団が動いたら容赦しなくて良い旨を一味に伝えている。

 かくして、過去にあった対話とはまるで違う緊張感の中、話し合いが行われるのである……。

 

「まどろっこしいのは苦手なんで早速本題に行かせていただきますよ。……白銀ノエルさん、うちの船長を返して下さい」

 普段見せる事の無い鋭い視線と声音。元の人相が決して良いとは言えないサブは他者を威圧する事の無いように、出来る限り出さないよう気をつけている空気だ。

 それを正面から受けるノエルは、サブの気持ちは受け取るが、かと言って威圧に気圧される事はない。今日に至るまで各所とやり取りを行ってきた経験が生きている。

「言いたい事はわかります。でも、宝鐘マリンを解放することは出来ません」

「それは何故か、納得出来る理由を教えてもらえるんですかい」

「納得するのは難しいかもしれませんが、端的に言えばマリンが都の領内にいたからです」

「……」

 到底納得出来ないといった様子のサブは、先を促すように視線を投げる。

「過去、宝鐘海賊団を鎮圧するよう命令が出たのは覚えていると思います。それは貴方達が領地を出た事によって回避出来ました」

 宝鐘海賊団が海へ出る前、都の元老院によって出た鎮圧命令は『一時保留』となっていただけというのが元老院側の言い分であり、領地を拡大したことによって適用範囲も同時に広がったという認識だった。

「領内にて宝鐘マリンが見つかったとあって、再び命令が出されました。そして結果的にこうして向かい合う形になってしまった……」

「あんたらが船長を拐わなきゃこんな事にはなってなかったさ」

「そう……ですね……。それでも、私にはマリンを解放する権限はありません。そして貴方達をこのまま都へ向かわせる事も出来ない。

 このまま争えばお互い多くの負傷者が出るのは間違いないでしょう。私はそんな事望んでいません……どうか引いてもらえませんか」

「ノエルさん、あんたが優しい人ってのはわかってるつもりだ。だけどな、俺らも船長が戻らなきゃ引けねぇんだよ。それも、昔話したよな」

「時間はかかるかもしれないけど、なんとか解放してもらうよう、私が上に掛け合います。それじゃダメですか」

「それが本当でも、解放されるとは限らないし拷問があるかもしれねぇ。まして死ぬような事があったら俺らは死んでも死にきれねぇ。それこそ弔い合戦にでもなってみな、最後の一人になっても戦うような事になるかもしれねぇくらい、俺らは船長が大事なんだよ」

「…………」

 

 互いが平和的に解決する為の話し合いだったはずだが、マリンの解放という決定的な一打が難しい以上、話が平行線をたどるのは必定だった。

 業を煮やしたサブが直接都へ向けて動く事をノエルに告げようとしたその時、ノエルの後ろから一人の兵が近づいてくる。

 それを見て警戒を強める一味を手で制し、サブはノエルの動きを待つ。報告を受けたノエルの表情は険しくなり、サブも都側で何かあったのだろうと察する。

 そして気持ちを整え、内容を一味の方へも共有するべく口を開く。

「……サブさん、落ち着いて聞いて下さい。マリンが、都の牢から脱獄しました」

「なにぃ……?」

「都の牢から消えているのが発覚してから警備の間で騒ぎになり、捜索を開始すると同時にこちらへ連絡をよこしたそうです。それと、赤い服の女性がうさぎで出来た絨毯に乗って風のように疾走する姿が目撃されていたとか。もしかしたら都を出て、どこか付近の集落で身を隠しているかもしれません」

「……」

「だとすれば私達はこうして睨み合うよりも、マリンを探しに行くほうが良いんじゃないでしょうか」

「それをおいそれと信じる訳にはいかねぇ」

「ど、どうしてですか」

「ノエルさんが確かめた事なら信じる事も出来ましょう。でもね、報告を上げてきた奴まで信じることは出来ねぇんですよ。

 都のお偉方が何を考えているかは知らねぇが、俺らを良く思ってないってことは知ってる」

「それは……」

「そんな奴らが俺らの船長をそう簡単に逃がすとは思えねぇよ。

 船長を餌に俺らを各地へバラけさせ、各個撃破する算段かもしれねぇ。

 仮に報告が本物だったとしても、各個撃破を防ぐ為に集団のまま移動したなら、またあんたらに先を越されるだろう。戦いの準備を整える時間を与えるだけだ。

 俺も一時的にだが船長代理である以上、無駄に一味を危険に晒す訳にはいかねぇからよ。そっちの不手際で右往左往する訳にはいかねぇんだ。

 こっちの要求は変わらず、船長を返してもらうことだ」

 船長を探しに行くという提案を一蹴したサブだが、内心は今すぐにでも探しに行きたい思いでいっぱいだ。しかし、述べたように一味にとっての最善を選ぶように毅然とした考えと態度を貫くという決意があった。

「そちらが引いてくれないのなら、やっぱり私達も引くことは出来ません……今頃都の追手がマリンの追跡をしていたとしてもです」

「その脅しにゃ乗りませんよノエルさん。俺らとしちゃ、その脱走した船長がエルフの森か俺らに合流してくれるのが最高の結果でもあるんだ」

 マリンの行方がわからなくなったという互いにとって大きな情報がもたらされても、膠着状態の打開とまではいかなかった。

 しかし全くの無意味だった訳ではなく、サブには大きな迷いが生じていた。情報がもたらされる前は強行手段に出て都へと侵攻する事も考えていたが、もし本当にマリンがいなければ無駄に仲間を傷つける事になってしまうからだ。

 サブが迷いを生じていると突如――

 

ピィーーーーーー

 

「――ッ!?」

 エルフの森方面から辺り一帯に甲高い音が鳴り響いた。

 音の方へ目を向けると、両軍の間、ノエルとサブの元へ向けて一頭の馬が駆けてくる。

「あれは…………フレア?」

「フレア姉さんがどうしてこんなとこに」

 今この瞬間にも戦場になりかねない場に単騎で来るという行動は常軌を逸しているようにも見えるが、その点は代表である両者ともが知っている人物であり、信頼しているからこその行動だった。

 ためらうこと無く二人の元へ到着したフレアは、無理にでもこの場に来る必要があった理由を説明する。

「二人とも、まだ戦い始めてなくて本当に良かった。もう争う必要は無いよ」

「どういうことなのフレア??!」

「マリンはぺこらが保護したから、しばらくしたらこっちに合流する。だからもう、ノエルもサブちゃんも争わなくても良いよね!」

「本当ですか姉さん! 船長は無事なんですか!?」

「うん。これと言った外傷も無かったみたいだから、安心して良いよ」

「そうすか……良かったっす……。今どの辺りにいるんですかい?」

「何も無ければあと一時間くらいで到着するはずだよ。速駆兎(はやがけうさぎ)の瞬兎(しゅんと)くんが自慢してたから」

 マリン保護の報告によって緊張が緩み、一同和やかなムードに包まれる。一息ついた後、サブは再度真剣な表情で口を開く。

「フレア姉さんを疑う訳じゃないが、俺たちもこれだけの行動を起こした手前、きっちり船長を迎えるまで解散って訳にはいかねぇ。すまないがここで待たせてもらっても良いですかい」

「わかりました。マリンが戻ったら私も少し話したいので、それまでお互いに少し休戦としましょう」

「そうですね。船長が合流するまで休戦とするなら、一味の奴らにこのことを話して安心させてやるのと、こっちから手を出したりしないようにさせるんでしばらく戻ります。フレア姉さんもこっちへどうぞ」

「フレアも?」

「さっきも言った通り、そっちの連中はあんた以外信用出来ないんでね。こっちの方が安全だ」

「私としてはその言い分にも思う所はありますが、今言葉を並べても仕方ないですね……。

 ……無いとは思いますが、どんな理由があってもフレアに危害を加えたら許しませんからね……」

 初めて見せるノエルの敵意に似た気配にサブは一瞬たじろぐが、フレアは動じずに穏やかの口調で声をかける。

「大丈夫だよノエル。一味はみんな素直な子達だから」

「うん。でもやっぱり心配だから……」

「うん、ありがとう。それじゃサブちゃん、案内して」

「はい」

 そうして、双方共に休戦という形で各陣営へ知らせを出し、マリン合流の時を待つことになった。

 マリンが無事に合流して宝鐘の一味が海へと戻る。これでまた平和な日常が訪れると、サブもフレアも、ノエルもそう思っていた。

 

 

//20話(望まぬ一矢、顕われる悪意)

 

 それから約一時間が経ち、日も沈み始め、空の端に夜の色が見えてきた頃。

 エルフの森方面から両軍へ向かって進んでくる一つの影が現れた。

「あの人影は?」

「あれは……ッ! きっとそうだ、間違いねぇ!!」

「せ……せ……船長ォォォオオオーーーー!!!!!!」

 宝鐘の一味側から地響きでも起ころうかという程の大歓声が沸き起こった。

「君たちーーー!!! 君たちの船長が帰って来ましたよーーーー!!!!」

「ウォォォォオオオオオオ!!!!!!」

 歓声に応えるマリンの声に、再びの大歓声。白銀騎士団員もノエルへの好意は負けていないが、ここまでまっすぐな熱気を表すことは普段無い為、面食らっていた。

「あはは……流石の人気だねマリン」

「うちの連中はみんな船長大好きですからね。それにしても、船長の乗ってるあれはいったい……」

「あれはぺこらの友達の野うさぎ達だね。普通のうさぎより力持ちでマリンくらいなら平気で運べるんだよね」

「へぇ~……ははは。やっぱり世界はまだまだ広いな!」

 船長が無事に姿を表し、一味へ向けて元気に声をかけてくれる。その事実にサブの顔にもようやく笑顔が戻った。その時――

 

トスッ――

 

「えっ…………?」

「な……ッ!?」

 姿勢を上げて声をかけていたマリンの胸には、つい一瞬前には存在しなかった物が突き刺さっていた……。

 変わらず走り続けるうさぎの絨毯の上で、ゆっくりと背中から倒れるマリンの姿に声を失う一帯。

「マリン……? マリーーーーン!!!!!!」

 

 つい先程までの熱狂とは打って変わった静けさが支配する中で、ぺこらの叫び声だけが響いた……。

(船長が倒れた。何者かの攻撃を受けたのは間違いない。船長がいなくなるかもしれない? もう笑いかけてもらえない? 船長が、船長が……船長が…………)

 頭の中をぐるぐると良くない想像が巡るその時間はまるで永遠にも感じられる程の絶望で、全ての一味が魂の抜ける感覚を味わった。

 両陣の中間にいたサブもまた例外ではなかったが、霞む思考の中でマリンを攻撃するなんてこと一味がするはずのない事であると共に、倒れ方も含めて騎士団が行ったという事は確実だと判断した。したならば、彼――いや、彼らの取る行動は火を見るよりも明らかだった……。

「ぉぉぉおおおオオオオ゛オ゛オ゛オ゛ア゛ア゛ーーーー!!!!!!」

 サブが鬼の形相で雄叫びを上げたかと思うと、呼応するように宝鐘海賊団全体が先程とは真逆の……悲嘆と狂気に満ちた咆哮を上げた。

 サブは、同じく両陣の中央にいたノエルを強く睨み付けると同時に近づいていく。

 その動きに倣うように宝鐘海賊団全体が白銀騎士団に向かって進軍を開始する。

「ちょっと、皆落ち着いて! 争いなんてマリンは望まないでしょ、止まって、マリンの所に行かなきゃ!!」

 海賊団の中で共にいたフレアによる必死の制止も効果は無く、怒りに囚われ、中には涙を流しながらも進む一味の歩みが止まる気配は無かった。

 彼らの悲しみと怒りを目の当たりにしたフレアはすぐにマリンの元へと向かって走り出した。

「このままじゃダメだ……こんな争い誰も望んでない……。マリン、本当に死んだりしてないよね、こんなお別れ絶対許さないから……!」

 

「白銀ノエルッッ!! これは一体どういう事だァ!! どうして船長が射掛けられた!!?」

「落ち着いてください! 私にも何が何だかわからないんです! 私に争う意思はありません!!」

「これが落ち着いていられると本気で思ってんのかぁ!!!! 船長が、うちの船長がやられたのに、本気で思ってやがんのかぁぁああああ!!!!」

(くっ、話が通じる状態じゃない……これじゃ力づくで止めるしか……)

 決して自分からは手を出さないように後ずさりながら、騎士団にも臨戦態勢を取るように指示を出す。

 信じてもらう為に武器を構えず無抵抗だったとしても、彼らがこの状態ではそのまま蹂躙されてしまう可能性のほうが高いだろう。

(一味のみんなの悲しみもわかるけど……騎士団のみんなを守るのも大切だから、今は覚悟を決めなきゃ)

 

 宝鐘海賊団と衝突するギリギリの所でノエルが覚悟を決め、騎士団に戦闘の指示を出そうとしたその時――

「宝鐘の子らよ、落ち着くのです。マリンは生きているのです、すぐに手当を」

「なっ、今のは……」

 突如、一味全員の頭に直接届くような声によって船長の存命を知らされる。その感覚の異質さと、不思議な説得力のある声で一味は冷静さを取り戻す。

「みんな、良かった。こっちだよ!!」

 殺気立った一味の元からマリンの方へと移動し、ぺこらと共に一味陣営の後方へとゆっくり移動していた所だったフレアが、正気に戻った一味へ声をかける。

 その声に、一味の中でも比較的冷静な衛生班等がいち早く負傷している船長の為の行動を起こす。

「船長!! 今行きます!!」

 そして衛生班以外の者たちは声の主を探そうと辺りを見回すと、夜の空にいるにも関わらず、薄く光るような存在感を放つ少女を見つける。

「あんたは一体……」

「私は潤羽るしあ。死を司る者」

「死を……もしかして、死神……?」

 空に浮かび、頭に直接届く声を発し、黒い装束を纏う姿に死を司る。多くのものが連想したのは神話や物語に出てくる死神だった。

「死神……神と呼ばれる程の力は持ち合わせていないのです。でも死の気配を感じ、死後の魂と共に生きる能力を持っています。その力でマリンの死はまだ感じられないのです」

 再度送られたその言葉に、一味は船長の命を最優先に動くべく野うさぎ達を陣営に取り込む。そして船長の容態を確認する。その頃……。

 

(殺気が止んだ……? 白銀ノエル、あの状況から戦闘を回避したというのですか……となるとあの団長さんのことだ、射掛けた私を探し出すでしょうね。それでは計画に支障が出てしまう。仕方がない、最終手段と行きますか……)

 ツリ目の男は喜ぶべき全面衝突の回避を心良く思っていなかった。それどころか再度衝突させようと思考を定めると、すぐに行動へと移した。

 

ガンガン、ガン……ガンガン、ガン……

 一定のリズムで所持している大盾と剣の柄をぶつけて音を出すと、それに呼応するように複数の地点から同じリズムがこだまする。

「なに……この音は……?」

 何も知らない者からすれば不気味にも聞こえるこの音は、白銀騎士団だけでなく宝鐘海賊団の方まで聞こえる大きさで鳴り響いた。

 少しして音が鳴り止んだと思えば――

「何をする!!」「どうしたんだ! やめろ!!」「うぐあぁぁ!!!」

 今度は騎士団の内側から困惑の声と悲鳴が聞こえ始めた。

「え、何が起こってるの? すぐに報告を!」

 すぐさま状況報告をするよう指示を出し、何が起こっているのかを把握するよう務める。

 その必要性は各部隊長も把握しており、持ち前の連携を以て素早くノエルの元へと情報が集約される。

「団長! 騎士団内にて同士討ちが起こっている模様です! 最近加入した者だけでなく、中には数年在籍している者もいるようで動揺が大きく、混乱は激しい状況です!」

「同士討ちって……どうしてそんな事が……」

 ノエルが思考している間にも事態は動き、同士討ちを始めた裏切りの騎士達は仲間を傷つけながら前線へと進んで行く。

「お前らぁ! 船長を傷つけた奴らを殺(や)りながら合流するぞぉ!」

「お前ら、宝鐘海賊団なのか!! ふざけやがって、黙ってやられると思うなよ!!」

 裏切りの騎士たちが発した言葉と進む方向から、宝鐘海賊団のスパイかと思った兵士が声を上げる。すると裏切った兵士を見て後ずさるのではなく、自ら歩みを海賊団の方へと向けて進む者たちも現れ始めた。

 そしてその流れは少しずつ大きくなっていく。

「皆待って! 戦闘開始なんて私は指示していません! 止まりなさい!!」

(ククク……自らの頭で考えない愚者は大きな声に流されてくれるから楽で良い。愚かな騎士団よ、このまま我らが敵を攻撃するが良い)

 すでに騒乱の渦中にある者たちにノエルの声は届かず、争いが止まる気配は起こらないのだった……。

 

 マリンが戻った事で、自分たちから直接攻撃の意思は無くなっていた宝鐘海賊団も、武器を持って向かってくる相手を前に無抵抗という訳にはいかない。

 こうして、ついに白銀騎士団と宝鐘海賊団の武力による衝突が始まった。

 

 

//21話(開戦。戦いの方針決定)

 

「オラッぁぁ!!」「船長には近づけさせねぇぞぉぁ!」

「うぐあぁぁ!!!」「お前ら卑怯な手使いやがってぇ!!」

 白銀騎士団の兵装をした者たちの同士討ちに加え、勘違いから宝鐘海賊団の方へ攻撃を加える者も現れた戦場は、混沌とした様相を呈している。

「ぅ……ぐっ……始まりましたか……」

「船長!!」

「マリン!!」

「始まったって、この状況の原因が何か知ってるぺこか?!」

 衛生班とフレア達の懸命な治療もあって意識を取り戻したマリンだが、発した第一声はこの混沌とした戦場を予期していたかのようで、心配と同時に説明を求める声も上がる。

「まずは状況の確認、です……。ノエルに、声をかけて下さい。きっと、向こうも混乱、しているはずです」

「わかりました。すぐに確認させます。皆さん、大声が上がりますので少しの間耳に気をつけて下さい」

 言うや否や、一味の中でも声の大きさが自慢の者に直接ノエルへと声をかけさせる。

「皆の者!! 我らが船長は目を覚ました!! 船長は争いを望まない!! 白銀ノエル!! この状況が貴方の意思ではないというのなら、すぐに現状の説明をされたし!!」

 戦場の中にあってなおビリビリと響く大声は、ノエルや両陣営の兵士の耳に響き渡った。

 だというのに、宝鐘マリンを引き合いに出して戦闘行為を始めた者たちは聞こえていないかのように振る舞い、戦闘を止めようとはしなかった。更には宝鐘海賊団へ向かって攻撃を仕掛ける者の一部も止まる気配は見せず、その流れに逆らえずに止む無く突撃をする部隊もあった。

「この戦闘は私の意思ではありません! 何者かが意図的に戦闘させようと動いています! 私の声が聞こえている人は今すぐ攻撃を止めて!」

 攻撃を止めるようにという声も、攻撃態勢になってしまっている部隊には届かず止まる事は無かった。

 ノエルのこの声は直接マリンの元まで聞こえるものでは無かったが、宝鐘の一味がすぐに伝言としてリレーし、マリンへ一言一句違えずに伝えた。

「やっぱりそうですか……」

「ノエルの命令じゃないのに攻撃をし始めたバカタレがいるってことぺこか?!」

「そうなるね……それをマリンが予め知ってたってなると、都でノエルも知らない何かがあったってこと?」

「流石フレア。そういう、事です」

「え、でもそれじゃどうするぺこ? ノエルでも止められないって事ぺこでしょ?」

「多分、ね。でも、ノエルの意思じゃないなら、やれることは、ある」

 傷を負いながらも強い決意を宿した瞳で、フレアを見つめる。

「考えがあるんだね。あたしに出来る事ならなんでもやるよ!」

 フレアもマリンの意思に応える心づもりはとうに出来ていると即答する。

「ぺこーらも協力するぺこよ!」

「勿論俺らもですよ船長!!」

 未だ戦況芳しく無い中ではあるが、皆の意気込みに口元が緩む。そして、皆でノエルを……白銀騎士団を救う為に行動を開始する。

 

 まず動いたのは前線で今まさに交戦中の一味へと方針を伝えるサブ。

 

「都にいる奴らの狙いは白銀騎士団の弱体化です。それを阻止する意味でも、宝鐘海賊団の信条という意味でも、極力白銀騎士団を殺さない事。向かってくる相手はのしちゃって良いですけど、殺さないようにして下さい。難しいかもしれませんが、君たちなら出来ますよね」

「任せて下さい船長!」

 

 一時は死んだかもしれないと思った船長からの指示が来たとあって、その事実だけで士気が上がる一味達。

 重装備な騎士団相手だが、だからこそ膂力で力任せに殴っても死なず、気絶や骨折といった戦闘不能にさせることが出来るのだ。

 

 次に動いていたのは兎田ぺこら。

 

「白銀騎士団の要で、この辺りの平和に最も貢献しているのは間違いなくノエルです。絶対にノエルを殺させちゃダメです。

 それを確実にするためにも、ぺこらにはノエルを保護してこちらがわに連れてきて欲しいんです……。

 一番混乱している場所に行かなきゃダメで、一番危険な役回りなんですけど……お願い出来ますか?」

「あんた、あたしを誰だと思ってるぺこ? 野うさぎたちの長である兎田ぺこーらぺこよ! それくらいおちゃのこさいさいよ」

「ぺこちゃん!? ほんとに危ないんだからね?」

「わかってるに決まってんでしょ。でも、あたしになら出来ると思ったし、他に出来る人もいないと思ったから頼んで来たんでしょ。大船に乗ったつもりで任せときな!」

 いつもの調子で応えるぺこらに吹き出しつつも、その頼もしさに心から感謝する。

「ありがとう! これはぺこちゃんにしか任せられません。お願いします!」

 

 最後にフレア。彼女は他の者にはない高い判断力と身体能力、そして持ち前の弓を使って臨機応変に動いてもらうことにする。

「え? あたしだけなんだか適当じゃない? 思いつかなかったとかないよね」

「え、そ、そんな訳無いじゃないですかぁ……。ん、んん。フレアの事を信じてるからこそ、自由に動いてもらった方が船長の見えない所もカバーしていい結果になるんじゃないかと思ってるだけですよ」

「う~ん。わかった。今回はマリンにのせられてあげるよ」

「流石フレア! いい女!」

「ほんと、調子良いんだから」

 

 各々に指示を済ませた後、マリンは傷に触らない程度にではあるが、衛生班について負傷者の治療に当たるのだった。

 

 

//22話(転機:ノエルの大胆な作戦)

 

 ぺこらの目的であるノエルの保護。その為に、跳躍力を活かして上空から戦況を俯瞰すると、思いの外すぐに見つける事が出来た。というのも、敵味方の識別が難しい状況ではいつ不意打ちを付かれてもおかしくない為、ノエルを守るよう円形に陣が組まれていたからだ。

 見つけたらすぐに目的を遂行する為、その円陣の中心へと跳ぶ。

「ノエル!!」

「ぺこら!? こっちは危ないんだから来ちゃダメだよ!」

「そんな事わかってるぺこ。だから一緒に向こう行くぺこよ。あんたが死んだら敵の思うつぼだからね」

「向こうって海賊団の方? 私だけ行くなんてそんなのダメだよ!」

「そんな事言ってないで来るの! 敵の狙いは騎士団そのものとノエルなんだからね」

「騎士団と私が狙い……? 無理やり海賊団を殲滅させる為とかじゃなくて?」

「それもあるかもしれないぺこだけど、都で騎士団が邪魔みたいなことを聞いたってマリンが言ってたぺこ」

「都で……。でも、それでも私がここを離れるわけにはいかないよ。私は団長だから。団員さん達の被害を少しでも減らす為に出来ることをしないと」

 混乱の中心。最も危険な立場に晒されているとわかっても、仲間を最優先に考えるノエルの言葉に迷いは無い。ぺこらはその力強さにおされながらも説得を試みる。

「被害を減らすって事なら、マリンが一味に騎士団員を殺したりしないように指示を出したから安心するぺこ。騎士団員は混乱してるだけで、本当の敵は別にいる。だから殺さないようにしろって」

「フレアが言ってた通りの良い人なんだね……」

 それなら最前線で衝突している団員たちの被害も大きく減るだろうと、安堵の息を漏らすノエル。そしてすぐに気持ちを引き締める。

「ありがとう、少し安心した。マリンは協力してくれるんだよね。だったら伝えて欲しい事があるの」

「どうしても、一緒には来ないぺこ……?」

「うん。ここまで来てくれたのにごめんね」

「はぁ……ノエルも意外と頑固だね。仕方ないからメッセンジャーになってあげるぺこ。何を伝えれば良いの」

 ノエルの決意が堅いことを知ったぺこらは、その気持ちを汲んでマリンへと作戦を伝達する役目を請け負う。

 ぺこらに伝える内容は同時に騎士団全体の方針とする為、それを伝達する為にも声を張り、作戦の展開を指示する。

「ありがとうぺこら。皆も周囲を警戒しつつ聞いて!」

(敵は団員として溶け込んでるから見た目じゃ判断はつかない。仮に名前や顔がかわかっても、それが敵側に与しているのかを短時間で判断するのはかなり難しい……それならいっそ――)

「私達白銀騎士団は今から武器を捨てます。防具はそのまま装備し、攻撃手段を手放して下さい!

 攻撃手段が無いことを証明しつつ宝鐘海賊団へと合流し、協力して敵勢力を迎撃します!

 これを全団員に伝わるよう伝達していって下さい!」

 円陣を組んでいる周囲の団員も一瞬動揺したが、これまでずっとノエルの指示通りにすることで被害を最小限に抑えてきたのだ。

 ノエルの言葉を信じて次々と団員たちは武器を捨てていく。

「ぺこらはマリンに武装解除した騎士団員を受け入れてくれるように伝えて欲しい」

「かなり大胆な作戦ぺこね……どうなるのかぺこーらにはわからないけど、確実に伝えてくるから、それは安心するぺこ!」

「うん、お願いね! 大丈夫、こう見えても私って結構強いから」

 笑顔で力こぶを作って見せて心配するなと言ったノエルの顔に不安はもう見えなかった。

「わかった。……ノエル、信じてるからね。それじゃまた後で会おうぺこ!」

 話を終え、ぺこらは来たときと同じように大跳躍で海賊団の方へと戻っていった。

「さぁみんな、今からが本番だよ! この瞬間より死ぬ事は許しません。みんなで生き残ってお酒飲むよ!!」

「オオォォォ!!」

 

「という訳で、ノエルは向こうに残るって」

 ぺこらによる報告を受け取ったマリンは静かに頷いた。

「ふむ。ノエルにはこっちに来てほしかった所ですが、作戦は了解しました。

 より犠牲者を減らせる良い策だと思います。

 君たち、すぐにこの話を前線まで伝えて。内側から崩されないように身体検査は徹底的にやって下さい!」

「了解でさぁ!」

 

 

//23話(戦況を決定づける二人の力)

 

 白銀騎士団、宝鐘海賊団の双方が同じ作戦を念頭に置いて動き出した。

 本当の敵を見つけ、無益な争いを終結させる為の作戦。混乱した状態とは違い、両軍共に信じるリーダーから直接下された指示を全力で遂行する。

 白銀騎士団はノエルの作戦行動に従って武器を捨て、盾と防具のみで宝鐘海賊団の方へと向かう。

 宝鐘の一味は投降してくる騎士団員の身体検査を行い、武器を持たないことが確認され次第、陣の内側へと迎え入れる。

 そして、騎士団員も投降してそのまま終わる訳ではなかった。その盾と防御力を活かして一味を守りながら、攻撃を加えてくる騎士団員へ向かって声をかけて説得し、味方の数を増やすのだ。

 その説得にも従わずに攻撃を仕掛けるものには、一味が容赦なく攻撃を加えて気絶させていく。

 

「重傷者の数はだいぶ減ってきたね。二人の作戦がうまく行ってる証拠だ」

「自主的に防衛に協力してくれてるのも大きいぺこ。騎士ってのは伊達じゃないって事ぺこな」

「この分だとここはぺこらと皆に任せても良さそうだし、あたしもあたしの仕事をしないとね」

「危ないことはしないようにするぺこよ。ノエルはキレたら怖そうぺこ……」

「あはは……うん、そうだね。でも大丈夫、ちょっとした作戦もあるから、多分ここのお世話にはならないよ」

 苦笑を浮かべた後、すぐにいつも通りの笑顔で前線の方に視線を飛ばす。

「……うん、ちゃんと聞こえる。ねえ、ちょっとお願いがあるんだけど、良いかな?」

 少しの間目を閉じて耳を澄ませたかと思うと、近くにいる一味へと声をかけた。

「へ、へいっ! 何でも言って下さい!」

 声をかけられた一味は、フレアにまっすぐ見つめられて一瞬ドギマギするも、すぐに姿勢を正してその意思を汲み取ろうとする。

「ありがとう。前線で守備に当たりきれてない騎士団の人達の盾を足場に出来ないかなって思ってるんだ。あれだけの大きさならあたしには十分だから。

 ただ一人だと流石に飛び乗った時にバランス崩しちゃうと思うのね。だから一味の人と二人一組で頭の上でしっかり構えてて欲しいんだけど、出来そうかな?」

「騎士団の奴らが協力してくれるかどうかって所ではありますが、問題はそこだけですね。

 奴らも兵士だ、俺らと協力すればフレア姉さんが飛び乗るくらい訳ねぇと思います。すぐに声掛けさせます!」

「うん、お願い」

 一味を伝って前線で説得を試みていた団員たちへも話が伝わると、飽和気味だった説得とは別の新しい役割を得たと、協力的に動いてくれた。

 彼らも訳がわからないままに仲間が傷つくのは望んでおらず、この戦いの早期終結をこそ望んでいるのだ。

 大盾を持った白銀騎士団は、一味と共に陣のあちこちで頭上に足場を作っていく。この時、彼らも独自に二組のペアをワンセットとして、より広く足場を展開してフレアへのサポートを充実させた。

 足場が多く展開されてきたことを確認すると、フレアも前線のサポートへと行動を移す。

「二枚セットにしてくれたんだ。みんなありがとう。本当なら部外者なのに、あたしのことも考えてくれる。こんないい子たちを争わせてる連中には……ちゃんと痛い目見てもらわないとね」

 戦場にあって尚、凛とした立ち姿は美しく、敵を見定める瞳の奥には炎が宿っていた。

 両陣の協力を得て作られた大盾による足場。その上にあって耳を澄まし、白銀騎士団の中に潜んで宝鐘海賊団を攻撃するように唆している声を探す。

 複数の箇所から聞こえる敵と思しき声を聞くことは出来た。しかし、それが混乱しているだけなのか、主導しているのかまでの判断がつかない者もいる。しかし――

「……逃さないからね」

 その決意を形にするように精神を集中させると、フレアを中心に周囲の風が集まるように動き、弓に力が集約していく。

「我らが守護者たる森の精よ、我に正しく敵を裁く力を貸し給え。

 我らが友人たる風の精よ、我に定めし敵を討ち貫く加護を与え給え。

 "裁定弓・偽穿(さいていきゅう・ぎせん)"」

 『裁定弓』それは森の守護者として、悪意を持った来訪者や裏切り者が出た時に、精霊の力を借り、正しく害意のある者だけを裁く力だ。

 フレアの持つ力の中で、混乱した戦場の中から目星を付けた相手が本当に敵だと決定付ける、最も確実な方法がこれだった。敵は貫き、そうでない者は打撲程度にしかならない。この力のおかげで、フレアは迷うことなく敵を射抜く事が出来る。

 海賊団側で広く配置された足場の上を持ち前の身体能力で縦横無尽に移動するフレアに対し、敵勢力は狙いを定めることも出来ず、為す術もない。

 更には裁定弓の力により、一方的に混乱へと先導する輩を射抜いていくのだった。

 

「良かった……このまま行けば二人が死んだりすることは無さそう。どっちがいなくなっても、先の戦争は避けられないはずだから……」

 一人いまだ上空にあって行く末を見守っていたルシアがそう呟いた時、周りにはぼんやりと光るモノが多数浮かんでいる。

「どうしたのみんな。未練があるのはわかるけど、ルシアは生き返らせたり成仏させたりする事は出来ないから……」

 それは、この戦場で諜報部の毒牙にかかってしまった死者の魂だった。それが死者の隣人として在るルシアの力を頼りに集まって来たのだ。

――――。

「そうじゃないの?」

――――。

「そう。みんなノエルの力になりたいんだね」

 ルシアの予想に反して、魂たちは自身の為に集まってきた訳ではなく、ノエルの助けになれればという思いが強いようであった。

「わかった。それなら少しの間だけど、動けるようにしてあげるね」

 魂たちの願いを聞き入れ、ルシアはネクロマンサーとしての力で、器である本来の肉体との繋がりを紡ぎ直す。これによって空になっていた身体は再び動き始めるのだ。疲れを知らず、痛みも感じないアンデッドとして。

 再び仮初の生を得た騎士たちは、迷わずに自らを死に追いやった裏切り者を手にかけていく。

 

 騎士と海賊の共同戦線、エルフの狙撃、アンデッドの強襲。

 全てが共通の敵である諜報部を倒そうと行動する。所属や種族は勿論、生死の垣根まで超えた多くの者たちが協力して事をなす……。

 この世界で理想とすべき光景が、そこにはあるのだった。

 

 

//24話(終戦)

 

「死者までも動き出すとは……流石にこれは予測の範囲外ですね……これ以上は無駄死にか」

 戦況が大きく変化し、騎士団が安定を取り戻しつつある状況を冷静に分析するツリ目の男。

 もはや目的である騎士団の弱体化も果たす事が出来そうにないと判断すると、すぐに諜報部に伝わる撤退の合図を出す。

 その合図を確認次第、諜報部の者たちは素早く撤退行動へと移っていった。

「あんたが主犯か? 逃げられると思うなよ」

 合図を出した瞬間、遠方から鬼神に睨まれたかのような気配を感じて冷や汗を流すツリ目の男。次の瞬間――

 

「団長! 一部の団員達が独自に固まって都の方へと向かって行きます! 恐らくは敵勢力が撤退しているものかと思われます!」

「わかりました! 逃げるのなら追わなくても良いから、これ以上被害を出さないように徹底して!」

「はっ!」

 指示を伝えに行く団員と入れ替わるように、別の団員が報告を持ってきた。

「団長、フレアと名乗るエルフがノエル団長を名指しで呼び出しているのですが、いかがしますか」

「フレアが? すぐに向かいます。要件は?」

「は。その者によれば敵の主犯を捕らえたとの事です!」

 

 ノエルが出した指示よりも早く、フレアは撤退指示を出したツリ目の男をリーダー格として補足し、裁定弓によって身動きを取れない状態に追い詰めていた。

「あんたの処遇はノエルに任せるけど、それまで絶対に逃さないからね」

 近くにいた数人も同じように戦闘不能にし、騎士団員に協力してもらって身柄を拘束の上組み伏せている。

「クソ……。その肌の色、お前は混沌を好むダークエルフじゃないのか。なぜ私の邪魔をする」

「私は褐色なだけのハーフエルフ。堕ちた者たちを指す、ともすれば蔑称とも言えるダークエルフって呼ばれるのは好きじゃないの。次は本気で怒るよ」

 一瞥もせずに語るフレアの目は不機嫌な光をたたえていた。

 この世界ではダークエルフという種族は存在せず、心を闇に染めてしまったエルフを総じてダークエルフと呼んでいる。堕ちてしまう際に透き通るような白い肌がくすんでしまうことから、事情に詳しくない者たちには肌の白くないエルフはダークエルフという間違った認識が広がっていた。

 少しすると、伝言を頼んだ団員に連れられてノエルが現れた。

「お待たせフレア。そいつが例の?」

「うん。直接大きな被害を受けてるのが騎士団だから、処遇はノエルに任せようと思って待ってたんだ」

「そっか。ありがとうフレア。でも騎士団だけじゃなくて海賊団の方にも被害は出てるんだから、マリンの意見も聞かなきゃ」

「そう言うと思って、マリンの方にも伝令は出してもらったよ。そろそろ返事くらいはあると思うけど……」

「フレアの姉さん~。船長からの伝言を預かってきました」

「ナイスタイミング。マリンはなんだって?」

「はい。言いたいことはあるけど、都の問題だからノエルに任せる。との事です」

「わかりました。……マリンとも後でちゃんと話さないとね」

 

 伝達してくれた一味に感謝を示しつつ、ツリ目の男に向き直る。

「貴方が今回の騒動の主犯だと聞きましたが、本当ですか」

 ツリ目の男はフレアの方にも目を向けつつ、騎士団にも囲まれた状態に観念したのか、正直に答え始める。

「私が全てを計画した訳ではありませんが、部隊の指揮を任されたという意味では、引き金を引いたのは私ということになりますね」

「貴方より上の立場にいる人は誰ですか」

「流石にそれは勘弁していただきたい。生きて都に戻ったとしても殺されちゃたまりません」

「生きて戻れると?」

「慈愛の騎士として知られるノエル団長殿が、無為な処刑をするとは考えにくいですからね」

 見透かしたように笑うツリ目の男に、周囲の騎士たちも苛立ちを隠せないが、ノエルはそれを制する。

「貴方の上官を聞き出したとしても、都へ戻らずに身を隠す事も出来ると思いますが? その為に両の手足を動かせなくするくらいは私でもやりますよ」

「それは恐ろしい。ですが、それでも私は生きて都に戻る方を選びます。屈辱に塗れて隠れ生きるなど、それこそ死んだほうがマシというもの」

「わかりました。では次の質問です。騎士団と海賊団を衝突させようとした理由はなんですか」

「少し想像を巡らせればわかる話です。どちらも邪魔だからですよ。

 各国の港に我が物顔で出入りし、いつの間にやら一大勢力として驚異的な存在になっているクズ共。

 周辺を統治したにも関わらず、大した税も取れない状態で据え置くしかない状態にした張本人であり、慈愛の騎士などと言われて気をよくしている偽善者。

 この二つの組織をぶつけて、どちらも消耗してくれればこんなに喜ばしいことはない!

 と、そう考えるやんごとなき方々がいるって事ですよ」

 その言い方から、ただ命令されたから行動したというだけでなく、心から賛同しているというのがわかった。

「よくわかりました。貴方に同情の必要が無いという事も含めて……。

 改めて聞きます。上官が誰か話すつもりはありませんか。そして、何か言い残した事はありませんか」

「私からこれ以上話すことは何もありませんよ。慈愛の騎士様」

「わかりました。では最後にこれだけ」

 ノエルは組み伏せられているツリ目の男に顔を近づけ、心から漏れ出る怒りをそのままに宣言する。

「次、私の大事にしているものに手を出したら……今度こそ容赦しないからね」

 それは至近距離で聞いたツリ目の男だけではなく、周囲の騎士団員も恐怖を感じずにはいられない声音だった。

「武器は勿論、鎧など全ての武装を解除した後、両腕を後ろ手に固く結んで開放して下さい」

「よろしいのですか」

「これ以上得られるものも無さそうだからね」

 ノエルの指示を受け、ツリ目の男とその仲間である諜報部の者たちは警戒の中で全ての装備を外され、誰にも危害を加える事が出来ないように両腕を固く縛られた上で開放された。

「やはり貴方は甘すぎる」

 去り際、吐き捨てるように言ったその顔は、悔しさと軽蔑とが入り混じった複雑なものだった。

 

 かくして、エルフの森近隣の命運を決める大規模な軍事衝突は終息したのである。

 

 

//25話(騎士団の今後。皆の決意)

 

 予想だにしない形で始まった争いも、団長と船長の決断と采配によって、終わる頃には騎士団と海賊団は手を取り合って戦う形で終息した。

 フレアとぺこらにルシア、そしてサブを始めとする両陣営が見守る中、それぞれの代表であるノエルとマリンが対面する。

「……」

「……」

 しばしお互いに無言で見つめ合う。そして先に口を開いたのは……。

「あの……本当にごめんなさい!」

 ノエルは謝罪の言葉と共に勢いよく頭を下げる。

「んん?! ノエルさん?? ここはお互いの健闘を称え合って握手とかする流れじゃないの?」

 まったくいつもの調子に戻ったマリンがそう言うと、ノエルはゆっくりと頭を上げた。

「そんな事出来ないよ。宝鐘海賊団の皆には本当に迷惑と心配をかけさせたし、マリンなんて……すん……本当に、無事で良かった……」

「ノエル……私のために泣いてくれてありがとね。初めて会った時からいい子だと思ってた私の目に狂いは無かったって訳だ」

「あはは、ほんとにそう思ってた? 私は……領地から追い出したり、牢屋で会ったり……嫌われてても仕方ないって思ってたから……」

「そんな事無いよ。そっちにも色々事情はあるだろうし、どっちの時も私の事を心配したり気を使ってくれたのは感じてたから。……でも」

 穏やかだったマリンの表情が真剣なものへと変わるのを受けて、ノエルも涙を拭って向き直る。

「今回の騒動、これがノエルの望んだものじゃなかったとしても、都の奴らの画策だとしても……騎士団にもうちにも、少なくない被害が出たのは確かだから。これを無かった事には出来ない」

「うん。わかってる。マリンが望む事は出来る限り受け入れるよ」

「……全員自害しろって言ったら、どうする?」

「私の団員たちは命令を遂行しただけ。部下に直接の罪は無いから、私の命だけで許して欲しい」

 互いに大きな組織を率いるリーダーだ。お互いの要求を述べ、見つめ合う空気は周りの者たちを緊張させる。

「……」

「……」

 しばし緊張をもたらしたチリつく空気が、フッと和らぐ。

「ま、冗談ですけどね!」

「マリンはそんな事言う人じゃないって、信じてたよ」

 マリンは冗談めかした笑みを、ノエルは安堵の表情を浮かべつつ、緊張した空気は霧散した。

 

「ノエルの覚悟は受け取りました。とは言っても、元々白銀騎士団をどうこうしようとは思って無かったんですけどね。

 けじめを付けさせるべきは今回の騒動を画策した都の奴らですから」

「うん……。これまで良いように使われてるのは知ってたけど、騎士団は都の為にあるからって、我慢してた」

 長く続いた緊張から開放されたからか、これまで対等な立場で相談出来る相手がいなかったからか、今まで内に秘めていた気持ちを吐露させていくノエル。

「でも、今回のは我慢できないよ……。同じ国に生きる人を、こんなやり方で殺そうとするなんて酷すぎる。

 しかも相打ちすれば丁度いいなんて理由で宝鐘海賊団の人たちまで巻き込むなんて、卑怯だよ……」

 マリンは黙って、ノエルの心の内側にあるものを受け取る。

「これまで私なりに一生懸命頑張って来たのに……こんな事されるくらい邪魔に思われてるなら……もういっそ辞めちゃった方が……」

「そ、そんな事言わないで下さい団長!」

「そうです、辞めないで下さい団長!」「ノエル団長!」

 ノエルの漏らした一言に、静かに聞いていた団員の一人が声を上げる。するとそれに同意する声がいくつも上がってきた。

「て、みんな言ってるけど? ノエル団長」

「でも……」

「ノエル、こんなに慕ってくれる部下がいるんだから、見捨てるようなこと言っちゃダメだよ」

「そんなつもりじゃ! 私はただ、団長として相応しく無いのかなって……」

 マリンは自信を無くしかけているノエルを見て、仕方ないなといった調子で話し始める。

「実際の所、ちゃんと団長やれてると思うよ。私も船長やってるし、各地を回って色々見てきたからわかる。

 心から慕われて、しっかりと信頼の上で言うことも聞いてくれる部下を持ってる長が、相応しくないなんて事は絶対に無い!」

 キッパリと言い切るマリンの言葉に迷いは無い。それを見て軽く吹き出すフレアだが、同意しつつ別の視点からノエルに声をかける。

「あたしもマリンの意見はその通りだと思うよ。

 それに今回の戦いだって不意打ちから始まって、しかも仲間に紛れて急に敵が湧いたような状態だったのに、これだけの数が生き残ったんだよ」

「そうですよ! 私の作戦だけじゃもっと被害は多くなってました。

 これはノエルの指示が的確だったって事だし、どこに敵が潜んでるかもわからない状況で武器を捨てろなんて命がけの指示をしっかりと実行してくれる団員たちが、ノエルを信頼していないとはとても思えません!

 よって、的確な指示を出せる上に厚い信頼を得ているノエルは団長として相応しい! Q!E!D!」

「都にいる人たちの事は知らないけど、少なくとも団員からはちゃんと団長として見られてるし、続けて欲しいと思われてるんじゃない?」

 二人の話を聞いていた団員たちも、口々にその通りだと声を上げる。

 

「みんな……ありがとう。

 ……でも、都に戻っても今まで通りではいられそうにない……かな」

 苦笑を浮かべるノエルに――

「じゃあ、やめちゃえば?」

「……え?」

 舌の根も乾かぬうちに辞めちゃえばと言うマリンに呆然してしまう一同。しかし、周囲を見て慌てて言葉の真意を語る。

「違うよ!? 辞めちゃえばっていうのは団長をって話じゃなくてさ。団長のまま、都の騎士団ってのを辞めちゃえばって話!」

「それってどういうこと……?」

「団員の皆はノエルの事好きな訳でしょ。ノエルも団長そのものを辞めたい訳じゃないけど、都に戻るのは微妙だし、やり方についていけないかも~と思ってる。

 だったら、都に仕える騎士団じゃなくて、この辺全体を守る中立の騎士団! みたいな感じで、ノエルのやりたいようにやれば良いんじゃない? ってこと。

 弱い人を守る正義の味方なんてノエルにピッタリじゃない?」

「あははは、良いかもしれないね。あたしもノエルにピッタリだと思うよ」

「フレアまで……団長のままで都を離れるって、ちゃんと意味わかってる……?」

 そう疑問を投げかけられるが、フレアは笑顔のままでノエルに向かって一つの提案をする。

「うん、わかってるよ。それなんだけどね、エルフの森に来ない? 長や他の人はあたしが説得するからさ」

「ええ?! それこそわかってる!? エルフの森は普通人間が立ち入れる場所じゃないはずでしょ」

「実は長も白銀騎士団については野蛮な人間にしては見どころのある奴らだって言ってるんだよ。

 住む場所に関しては集落より外側になるかもしれないけど、なんとかなるって」

「それにぃ……エルフの森が拠点になったらいつでもフレアと会えるんじゃないかな~?」

「っ!? もう、マリン!」

「あははは」

「あたしは勿論大歓迎だよ。ぺこらも賛成だよね?」

「まぁノエールは知らない仲じゃないし、騎士団の連中も集落の外なら別にいいぺこよ」

 集落へ入る結界の外であれば不意に襲われる心配は無い。という意味で警戒を解きはしないものの、人見知りのぺこらが森の中で暮らす事に反対しないというのは、彼女なりの信頼の証だ。

 

「ここには反対する人もいないし、フレアも多分大丈夫って言ってくれてる。

 暮らしは多少変わるだろうから慣れるまでは大変かもしれないけど、真剣に考えても良いんじゃない?

 それに、会いたい人が一箇所に集まってるってのも私としては都合が良い!」

「あ、本音はそこか~。まったく、マリンらしいね」

「マリンのこの感じはいっぺん死ぬまで変わらないぺこ」

「ふふ、あははは。毎日がこんな感じなら、きっと楽しいだろうな。

 少し団員さん達とも相談してみるね」

「善は急げ! 後ろにいるんだし、すぐに声かけましょう!」

「わかった、わかったから押さないでマリン」

 文字通りの意味でも背中を押されて、騎士団の面々に向けて声を上げる。

 静かな平野にノエルの声は響き渡り、騎士団の全員に拠点を都から森へと移そうと思うという話を余さず伝える事が出来た。

 静かに聞いていた団員たちは、ノエルの意思を否定する事なく、団長であるノエルの行く所へ付いて行くという声だけが上がった。

「みんな……ありがとう。わがままな団長でごめんね。本当にありがとう」

 

「さてと、フレアとぺこらは元々森にいるし、ノエルの森に行く事になりました。私は勿論これまで通り定期的に顔を出します。

 貴方はどうしますか、ルシア?」

「……え?」

「……え? じゃありませんよ。私としては今回色々助けてくれたルシアとこれからも会いたいなぁ~と思っている訳なんですがっ」

「え、でもルシアはネクロマンサーだから……ダメだよ」

「何がダメなんですか?」

「何がって、ネクロマンサーは死者をどうこうする術士で、世間からは邪悪って言われたり悪くしたら悪魔なんて言われたりもするくらいなんだよ! だからルシアがいたらみんなも悪く言われるかもしれないの、迷惑かけちゃうからダメなの」

「何も知らない周りの連中なんて好きに言わせとけば良いんですよ! 私なんて海賊ですよ海賊!」

「マリンが言うと説得力が違うぺこな」

「そうでしょうとも! ルシアが悪いネクロマンサーじゃないってことはもうわかってるから気にしなくていいの」

「まだ会って間もないし、ルシアの事なんて何も知らないでしょ! 本当は悪いネクロマンサーかもしれないのに、どうして言い切れるの」

「そんなの、後ろにいる団員たちを見ればわかりますよ。ねえみんな?」

 ルシアのすぐ後ろには、ネクロマンスで一時的に動く死体となった団員たちが控えている。

 暴れるでもなく、唸るでもなく、おとなしく佇んでいる彼らに敵意を感じる事は出来ない。それどころか、穏やかさすら感じる面持ちでこの場を見守っているのだ。

 これを見てルシアを糾弾する者は、この場にはいなかった。

「確かに死体が動くとかネクロマンスとか、悪いイメージがある事は認めるよ。見慣れないから驚いたりはするし、完全に受け入れられるかって言われたらすぐには難しいかもしれない。

 でも、ルシアが悪い子じゃないっていうのはわかってるんだから、これから慣れていけば良いって、あたしは思うな」

 フレアの言葉に、多少動揺を見せていた面々も頷きを見せてルシアを受け入れる事に肯定的である意思を見せる。

「ルシアはどうしたい?」

「本当に……一緒にいてもいいの……?」

「勿論! 美少女は大歓迎ですよ!」

「……もう、仕方ないなぁ。そこまで言うなら、いてあげる。これからよろしくお願いします」

「「「「よろしく!!」」」」

 皆で笑い合い、エルフの森への一大居住計画が始動するのだった。

 そんな和やかなムードの中、一晩をかけて行われていた騒動の終わりを告げるように、朝日が昇り始めた。

「朝日が……」

「……終わったんだね」

 辺りが明るくなるにつれ、ルシアの力によって動いていた団員たちの体が光り始める。

「お別れの時間だね。みんなノエルの為に戦ったから、最後に労ってあげて」

「みんな……本当にごめんね。でも、最後まで団長を助けてくれてありがとう。みんなのおかげで私は生きてるから、これからもみんなに恥じない生き方をするって誓う。だから……みんなも…………元気でね!」

 死した後も、生者とは違う概念で先があるかもしれない。天国へ行けるかもしれない。生まれ変わりがあるかもしれない。

 どんな可能性が先にあるとしても、存在が、意識が残るのであれば元気でいて欲しい。

 そんな願いから送られた言葉。

 それを理解してかはわからないが、団員たちは穏やかな顔を浮かべて朝の透き通る光の中に消えていった。

「しっかり生きないといけないぺこな」

「生かしてくれた命に恥じない生き方を、一生懸命に」

「ノエルだけじゃない。ここにいるみんななら大丈夫ですよ! 私はそう信じてます」

「うん。きっとみんな信じてるから、あんなに穏やかな顔で逝けたんだよ」

「うん……うん……。団長として、一人の人間として、これからもみんなが誇れるような生き方をするよ」

 

 

 こうして、結果だけ見れば、規模に対して被害は少なく、様々な者たちが協力するという大きな意義を持った戦いとなった。

 五人の少女はこの戦いを経て、新しく紡がれた絆と大きな決意を胸に、エルフの森を中心としたこの地域に長く名を残す事となる。

 

 未だ都に残る不穏な思惑と、逃した諜報部という明確な火種を残している。

 しかしこの火種がどうなっていくかは、また別の物語。

 今回の物語は、五人の少女が志を同じくするに至る序章でしかないのだから。

 

 

//26話(エピローグ)

 

 ノエルと白銀騎士団が幻生の都から離れた事はすぐに近隣の噂となり、ノエルを信頼して幻生の都の領地となることを受け入れた街や村は、次々と離反していった。

 すぐには離反しなかった地域に対して、盾となっていた白銀ノエルが消えた事で都は税を上げる施策を取る。

 表向きは離反していった街や村から得られるはずだった税の補填だが、各地域に対して守護以外の何も行っていなかった都から他の地域が離反したからと言って、必要な税が変わる正当な理由が無い事は明確だった。

 これを受けて都からの離反は更に拡大し、隆盛を誇った幻生の都の領地は見る影もなく、白銀ノエルの功績がいかに大きかったかを浮き彫りにさせた。

 

 そして、離反した各地域は都による報復を防ぐ意味でも、白銀騎士団が身を寄せたエルフの森と同盟を結ぶ。

 エルフの森は人間の領地を管理する気は無く、対等な条件で中立を示す盟約を交わす。

 その条約の中に、明らかに非の無い状態で侵略行為に晒される場合、出来得る限りエルフの森が有する戦力でそれを退ける為に協力するというものがあった。

 言わずもがな、これは白銀騎士団の事であるが、白銀騎士団にも大きな変化があった。

 これまで人間だけで編成されていた団内には少数だがエルフの協力者が在籍するようになり、偵察にはうさぎを用いる為、誰にも気づかれる事無く各地の情報が細かく得られるようになっていた。

 そして騎士団の理念として、侵略せず、正義へ協力するという決意から、白銀聖騎士団へと改名した。

 白銀聖騎士団は、永久中立を宣言しているエルフの森の守護者として名を馳せていく。

 

 エルフの平等性と白銀聖騎士団による守護を信頼の柱とし、周囲には互いに協力する関係として参画する街や村がどんどん増えていき、次第に共和国としての形を作っていくのであった。

 種族を超えた平等性は話題を呼び、エルフや人間、獣人だけではなく、天使や悪魔といった特異な存在も顔を出すようになり、世界に類を見ない国として注目を浴び、更に発展していくのだった。

 

 

 

終章:

――決着、そして未来へ――

 




いかがだったでしょうか。
始めは1話ずつ毎日投稿という形にしようと思っていたのですが、最低文字数に足りない話もあり、一章ずつドバっと投稿する形にしました。
一気に読み進めるには少し多い量だったかと思いますが、中で話数区切りもしていたので途中で止める事もしやすかったかと思います。

話の内容に関しては出来る限りハッピーエンドを意識して収めました。
仲の良い5人が好きですからね。
今後も応援していきたいと思っています。


続編等は考えていませんが、もし、万が一、希望が多いようなら検討致します。


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