日本国召喚 異世界の異邦人 (アニキ イン ザ スペース)
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第一話 独島警備隊

西暦2015年1月23日 午後11時59分 島根県 隠岐郡 隠岐の島町 竹島(韓国名 独島)

 

冬の到来と共に強風と荒波が増して来た日本海、そんな自然の猛威に耐えながら浮かぶ小さな島があった。

断崖絶壁で囲われた2つの小島と無数の岩礁からなる絶海の孤島……「竹島」である。

日本列島と朝鮮半島のおおよそ中間地点に浮かぶこの島を巡って、周辺の3か国が互いに領有権を主張する中、その中の一国である大韓民国が島に監視施設を建造し武装した人員を配備して実行支配を続けている。

 

かつての大戦後、大国の思惑により領土を分断され、それぞれ独立したあげく同じ民族同士で戦争を行う悲劇を繰り広げた大韓民国にとって憎むべきは、同じ民族で在る北韓(北朝鮮)では無く、かなうはずの無いアメリカ・中国・ロシア(当時はソビエト)の大国でも無く、当時の宗主国であった海の向こうにある日本国であると言う歪とも言える考えの元、彼らが独島(ドクト)と呼ぶこの島に踏み込み支配する事が偏執的とも言える日本に対する対抗心と自らの自尊心を満たす行為そのものとなっていた。

 

現在、韓国の不法占拠状態となっている竹島には大韓民国・慶尚北道警察庁所属、独島警備隊イ・ロウン隊長率いる隊員38名と海洋水産部の灯台管理員の4名が“独島は我が領土”のスローガンの元、実効支配を強化すべく島に常駐していた。

 

その中の一人、独島警備隊員 カン・ジュンソは島に設営された警備隊宿舎で同僚のキム・ドハ、上官で副隊長のチェ・ヒョヌと共に夜間当直の任についていた。

激しい風の音が宿舎の中にまで聞こえてくる……ここ数日、海は荒れ模様で連絡船が寄港出来ない日々が続いている。

気象台の発表ではあと4~5日はこの状況が続くとの事らしい……ため息をつき、ふと窓を覗き込んだジュンソは空が明るくなっている事に気づいた。

 

「おや……流れ星?」

 

そう思って見続けていた空は更に明るくなり、その明るさは流れ星では無い……まるで日中の様な明るさとなった。

 

「何だ! 急に空が明るく!?」

 

部屋にいたチェ副隊長・ドハも窓から外を見上げる中、昼間の様に明るかった空は10秒程で再び闇夜に戻っていく、すると大きな地鳴りが響き始め、ジェンソは足元が揺れている事に気づく。

 

「おい!地面が揺れているぞ!!!」

 

「な…これは、地震!?」

 

地震を体験した事が無い3人は突然の揺れに顔は青ざめ、恐怖のあまりついに床にへたり込んでしまう。

おおよそ1分程であるが、いつまでも続くかの様に思えた地震もようやく収まり、チェ副隊長は近くに有った机に手を伸ばし、恐る恐る立ち上がった。

 

「あぁ……まったく生きた心地がしなかったぞ、ジュンソ! ドハ!!」

 

「あっ……はい! ドハ、大丈夫か!?」

 

ジェンソも立ち上がりながら答える、まだ床にへたり込んでいたドハは、怯えた表情で顔を立てに振って頷いた。

 

「お前達は外に出てさっきの地震で施設に損傷が無いか確認してこい、俺は隊長に指示を伺う!」

 

「了解、副隊長! ドハ、行くぞ!!」

 

いまだに腰がおぼつかないドハを起こしたジェンソは上着を着た後、懐中電灯とトランシーバー、そしてK2自動小銃を持って外へ出た……外へ出るとさっきまで強かった風はいつの間にか収まっており、海の波も穏やかに凪いでいた。

ジュンソとドハは懐中電灯の明かりを建物に照らして損傷が無いか調べていく。

 

「なぁジュンソ……この島の建物って無理矢理、島の上に建てたから崩壊する危険性が在るって聞いた事あるか!?」

 

「あぁ、だから副隊長もその事を知っていて俺達に見回りさせてんだろ…でも、見た所は問題なさそうだ!」

 

付近の建物に損傷が無い事を確認したジェンソは報告すべくトランシーバーのスイッチを入れた。

 

「ジェンソより、指揮所へ応答されたし……。」

 

「こちら指揮所、ジェンソ二警、外はどうなっている!」

 

「こちらジェンソ、先ほどの地震で損傷、ひび割れが入った建物は存在しない事を確認……現在、外は無風で波も穏やか……!? あれ? 月……月が!?」

 

「!?……こちら指揮所、ジェンソ二警、月がどうした!?」

 

「あ・あの……月が……月が2つあります!!」

 

ジュンソとドハは自分達の世界には存在するはずの無い、東の空に浮かぶ2つの月をただ呆然と見続けていた……。

 

 

(日本国転移から)翌日……

 

 

地震から一夜が明け、朝を迎えた竹島は穏やかな波の元、久々の晴天に恵まれた青空には多くの海鳥達が何事も無かったかの様に飛び交っていた……しかし、その島に常駐する独島守備隊は今だ混乱の中にいた。

 

「おい!本当に何処とも連絡がとれないのか……昨夜の地震で無線機が壊れたとかでは無いのか!?」

 

チェ副隊長は通信担当であるチョン・イドゥンに問いただす。

 

「はい、衛星通信から長距離の無線通信、全て応答が在りません、故障に関しては何度も確認しましたが……。」

 

「こちらの故障では無く、本国からの応答が無い上に通信衛星の信号すらキャッチできません。」

 

「水上レーダーも地震後、航行する船を感知した形跡が在りません……こんな事は初めてです!」

 

イドゥンの報告に、チェ副隊長は苦い顔をしつつ腕を組む。

 

「いったい、どうなっているんだ! そういえば公共放送はどうなっている? ラジオの放送ぐらいは聞けるだろ!?」

 

一方的に電波を送信する放送局ならば、テレビの電波はともかくAMや短波のラジオ放送ならば海の上にあるこの島なら遠くの局からでも受信する事ができる。

 

「それなんですが、本国からの放送局の電波はいっさい受信できてません! これは北韓(北朝鮮)・中国・ロシア共に同じです……ですが、日本……日本のラジオ放送だけは受信できました。」

 

「日本だと!?……日本語が解る奴らは今は全員、鬱陵島(うつりょうとう)に居るから、誰も聞いても分かんないぞ!!」

 

何処とも連絡が取れない状況で唯一、受信できた電波がよりによって日本のラジオ放送のみと言うことに大の日本嫌いで知られているチェ副隊長は苛立ちを感じていた……。

その頃、独島警備隊員隊長のイ・ロウンはカン・ジュンソとキム・ドハを連れて警備隊宿舎の有る女島(韓国名ドンド)の西隣に在る男島(韓国名ソド)に建てられた、男島の頂上に向かう急な階段を上っていた。

 

「なあ……ジュンソ、ドハ、海を見て何か違和感を感じなかったか?」

 

階段を上りながらイ隊長が2人に問い合わせる、ジュンソは海の見える方向に顔を向けると夜中には感じなかった妙な違和感を感じた。

 

「ええ……何と言うか、水平線の丸みがなんだか緩やかに見えると言えばいいのでしょうか!?」

 

「やっぱり、そう思うか……昨夜からおかしい事ばかりだ。」

 

やがて3人は息を切らしながらも階段を上り終え、男島の海鳥達が営巣している海を見渡せる高台へと到着した。

イ隊長は持っていた双眼鏡を手に西北西の方向を見続けながら嘆く様に呟いた。

 

「あぁ……これは見えていないだけなのか!? どう理解したらいいのか分からん!!」

 

イ隊長の呟きの意味が解らなかった2人は隊長と同じ方角を見てその言葉の意味を理解し驚愕した……。

 

「鬱陵島(うつりょうとう)が……見えない!!!!」

 

晴天の日なら島から西北西の方角に必ず見える筈の島、竹島より約87km離れた先の鬱陵島が影も形も見当たらないのである。

3人が呆然とする中、キム・ドハが南の方角より海鳥とは違う何かが飛んできているのに気が付いた。

 

「イ隊長! 南西方向より航空機、四発機です!!」

 

3人が空を見上げるとそこには白い四発機……赤い丸の国籍マークを付けた海上自衛隊のP-3Cが島の上空を通過しようとしていた。

 

「日本の奴ら、こんな近くまで飛んでくるとは……空軍は何やってんだ!!!」

 

ドハがそう毒づくと島の上空を通過した日本のP-3Cは進行方向を鬱陵島の在る方角に向きを変え消えていった。

 

「本国と連絡が取れない……日本の航空機がここまで飛んできて鬱陵島へと向かっていった……いったい何が起こっているのか!?」

 

イ隊長は、日本の哨戒機が韓国空軍からの妨げも無くここまで飛んで来ている事から、何か途轍もない事が起こっている事を感じるも、それが何かを確認する術が無いまま時が過ぎていった……。

 

続く




初投稿となります……日本国召喚・本編を読んでみて、語られる事がとても少ない在日外国人達の話はどうだろうと思いついて本編の補間のつもりで書いてみました。

作品を書くに当たって、日本国召喚・本編と日本国召喚wikiを参考にしていますが、作中でも日本が転移された年月がハッキリと書かれていない為、本作では転移の日を「西暦2015年1月24日 午前0時」としています。


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第二話 PLH-10だいせん

(日本国転移から)11日後……

 

それから日数が過ぎ、ようやく落ち着きを取り戻した独島警備隊だが、未だに本国はおろか何処とも連絡が取れない状況が続いていた。

あれからずっと晴天が続いているのに、鬱陵島からの連絡船の寄港はおろか沖を航行する船一隻すら発見できない。

電波に限っては、日本本土から発信されている放送局の電波と、日本の自衛隊、海上保安庁の船舶や航空機から発信された電波を傍受したのみであった。

そんな中、チェ副隊長はイ隊長に対して、島に残っている小型艇を鬱陵島に派遣することを進言したが、イ隊長は晴天時に島から鬱陵島が見えなかった事を理由にこれを却下していた。

今日も晴れ渡る竹島の空を海鳥達が舞う中、ジュンソとドハは女島の東に有る監視所で雑談をしつつ立哨を行っていた。

 

「なぁジェンソ……今朝、灯台職員の連中が言ってた話なんだが。」

 

普段は休憩となるとネットに夢中になっていたドハだが、地震後ネットが繋がらない状態が続いている為か、いつも以上におしゃべりになっている。

 

「何でも地震後に見た夜空の星の並びがデタラメで北極星はおろか、この時期に見える星座も確認すら出来なかったって?」

 

「なんだそりゃ!? 俺達は違う世界にでも来たって言うのか! でも夜警を担当していた連中は人工衛星が飛んでいるのを見たって言っていたぜ!!」

 

「ホントかそれ!? おかしいよな……衛星があるなら何らかの信号をキャッチできる筈だぜ!?」

 

夜警の隊員が夜空で見つけた人工衛星……それは(彼らが転移した)この世界で古の魔法帝国と呼ばれた超文明国家がこの世界に戻る為のビーコンとして衛星軌道に打ち上げた“僕の星”と呼ばれる物で有る事をジェンソ達は知る由がなかった。

 

「あの地震以来、変な事ばかりだ……そう言えば、地震の前に空が昼間みたいに明るくなったよな? アレって地震と関係あるのかな!?」

 

ドハとそんな話を続けていると、近くの壁にかけていたトランシーバーからアラームと共に声が聞こえ始めた。

 

「指揮所より各局! 指揮所より各局へ! 先ほど水上レーダーにて南南東方向・距離37海里にて北上する船舶を確認した!! 繰り返す……。」

 

ジェンソは慌てて壁に掛けて有ったトランシーバーに手を取り応答する。

 

「こちら東監視所! これより該当の船舶を目視できるか確認を行う……ドハ、双眼鏡で南南東方向だ! 何か見えるか!?」

 

2人はそれぞれの双眼鏡で海の水平線を見渡す、しばらくすると船のマストが見えてきて船体も見えてきた……近づいてくる白い船には斜めに入った青い3本のライン、そして船尾に掲げられた白地に赤い丸の旗を確認した瞬間、ジェンソ達に緊張が走った………あれは日本の船だ!!

 

「東監視所より指揮所へ、船舶は日本の海上保安庁の艦艇と確認! 繰り返す! 船舶は日本の海上保安庁の艦艇!!」

 

「おい、ジェンソ! 久しぶりの倭寇の襲来だぜ!!」

 

ジェンソは緊張する中、こんな状況化でも冗談を言えるドハに呆れながらも、本土との交信が途絶え援軍も全く期待できない状況に不安がよぎる、しかし……もしかしたら島の外で何が起こっているのかが分かるのかもとの期待も抱き始めていた。

一方、独島警備隊の指揮所である警備隊宿舎では接近してくる海上保安庁の艦艇に対して国際VHF無線にて呼びかけを行っていた。

 

「接近中の日本船に告ぐ、接近中の日本船に告ぐ! こちらは慶尚北道警察庁・独島警備隊……貴船は大韓民国の領海内に侵入しようとしている! 領海内への侵入は許されない、即刻退去せよ!……繰り返す、即刻退去せよ!!!」

 

「………韓国警察庁の警備隊へ、こちらは日本国・海上保安庁第八管区所属、PLH-10だいせん……現在、本船には大韓民国大使館の書記官が乗船している。」

 

想定外の通信に指揮所で無線を聞いていたイ隊長とチェ副隊長は顔を見合わせ困惑した……さらに「だいせん」からの無線が続く。

 

「乗船しているシン書記官は警備隊長と直接連絡を取りたいとの要望の為、現地までヘリコプターでの移送を行う、ヘリポートへの着陸許可を要請する!」

 

チェ副隊長は、その無線を聞くやいなや、大声で怒り出した!

 

「倭奴(ウェノム・韓国における日本人の蔑称)のヘリがこっちに来るだと! 書記官を乗せているからと言ってふざけやがって!!!」

 

日本人を島へ入れない事を一番の目的にしている独島警備隊にとって日本人のパイロットが操縦する日本のヘリを島のヘリポートに着陸させる事など容認する事が出来ない。

警備隊宿舎にいる隊員達、皆がそう思っているとイ隊長が無線機のマイクを手に取り日本の巡視船に話しかけた。 

 

「こちらは独島警備隊隊長・イ・ロウン警正だ、残念だが貴船の要請は受け入れられない……代わりにこちらから船を派遣して書記官を送迎する、貴船は現在の位置にて待機されたし……どうぞ!」

 

「…………だいせんよりイ警正へ、そちらの要件を確認、了承した……これよりそちらの送迎船の受け入れ準備を開始する……以上!」

 

こちらの要望がすんなりと通ったことに警備隊宿舎にいる全員が沈黙し拍子抜けしてしまった……イ隊長はチェ副隊長に送迎の小型艇の準備を急ぐように指示をだした。

チェ副隊長は未だに不穏な表情を隠しきれない様子でイ隊長に話しかけた。

 

「連中がこんなあっさりとこちらの言うことを聞くとは思いませんでした……。」

 

イ隊長は島の接岸場より書記官を迎えるべく出港準備を行う小型艇を見つめながら答える。

 

「向こう側にも何か事情が在るのか、それとも裏が在るのか……? まぁ、今は良い方向へと進んでいると思いたい……。」

 

そうして、沖合に停船している「だいせん」から、書記官を乗せた小型艇が島の接岸場に戻ってきた。

停泊した小型艇より船員に案内され一人の中年男性が降りてきた、接岸場に整列した独島警備隊員達は一斉に敬礼を行い彼を迎え入れた。

 

「我が韓民族の領土、独島へようこそ! 私が独島警備隊隊長イ・ロウンです、こちらは副隊長のチェ・ヒョヌ警監です。」

 

「イ隊長、それに独島警備隊の皆さん、船での送迎と出向いに感謝します……私は在日大韓民国大使館勤務・二等書記官、シン・ウンチャンです。」

 

イ隊長とシン書記官の二人は固く握手を交わした後、シン書記官は日本で確認できた今まで起きた事を話し始めた……それは孤立し必死に外部と連絡を取ろうとしていた独島警備隊にとっては信じがたい内容だった……。

 

 

同時刻――海上保安庁巡視船・だいせん

 

「船長……本当に良かったんですか? 奴らの大使館と連中を引き合わせて!?」

 

「これも上からの指示だ、まぁ……武装している連中をほっとく訳にはいかんし、それに島の備蓄が切れて本土に乗り込んでくる様な事があったら大変だからな……。」

 

だいせん船長、岩崎淳吾は航海長の疑問に対しこの様に回答した……彼自身も今のやり方に納得してはいないが、突然の異世界への転移からまだ国内の混乱が治まっていない中、今はこれ以上問題を増やしたくない政府が出した妥協案である事を彼は理解していた。

 

続く




今回、警備隊員が夜空に人工衛星(僕の星)を確認している表記がありますが、本編の僕の星がどの様な軌道で異世界を周回しているのか、記述が無かったので(静止軌道だと地上からは止まって見えるので、肉眼での発見は恐らく不可能?)本作では周回軌道に存在する事にしました。

1万年以上周回軌道を周っている魔帝の人工衛星スゴスギィ!!


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第三話 内閣府参事官

数日前――日本国東京都千代田区永田町、首相官邸にて

 

日本国が異世界に転移して遭遇した異世界国家と国交を開く前に、政府は事前に収集した周辺国の情報にて異世界国家の技術水準が前世界の中世から近世代の物である事が判明した為、取り分け兵器関連の技術流出を防止するべく、内閣にて「新世界技術流出防止法」の施行を急いでいた。

 

しかし、日本国が技術の流失を防止しても日本国と共に転移してしまった外国の大使館・企業等が日本の意にそぐわない行動を行う恐れが在る。

日本に在住する外国組織による技術流出、あるいは軍事による異世界国家への侵略……いずれも日本国にとって害としか言い得ない行為である。

内閣調査室にて早急に問題を起こすと思われる日本国内の外国の組織・企業等を調べ上げたが、ほとんどの組織・企業は本国・本社とのつながりが切れた時点で自分達の維持すらままならず、弱体化……または消滅するで有ろうとの予測がなされた。

今、日本で最も多い滞在者を誇る中国ですら北京との連絡が途絶えた中国大使館では国内にいる中国人を纏めて行動を起こすことは無理だろうと判断されたのだ。

 

それでも問題を起こすと思われる組織は存在する……一つは日本国内に空母機動部隊・海兵隊・航空団を保有するアメリカ合衆国、もう一つが3500名もの兵士を北方四島に居座らせ、一緒に転移して来たロシア共和国……双方共に国内の領地に大規模な軍事組織が駐屯している。

いずれの国も本国との連絡も補給も取れない状況の為、弱体化は避けられないが、それでも日本国が望まない行動を起こす可能性が在る。

 

政府はすでにアメリカとは思いやり予算こと在日米軍駐留経費をダシにして駐日アメリカ大使館と在日米軍に独自に外交を行わないよう交渉を始めている。

現在、在日米軍の総額経費7割以上を日本が負担している以上、これを切られるとさすがの米軍も自分たちを維持できなくなってしまう。

 

もう一つの問題であるロシアは公安の調査にてロシア大使館が北方領土に駐屯する部隊と連絡を取り合っている事が確認されており、こちらも早期に交渉を行う必要が出てきているが、当面はロシア大使館と北方領土のロシア軍を監視するとして現在、北方領土近海に「ずいりゅう」「せとしお」の二隻の潜水艦が、領空には航空自衛隊のYS-11EB電子測定機による無線傍受活動を行っているが、今のところ目立った行動は確認されていない……。

 

さらにもう一つ問題を起こす可能性が在る国が出てきた……少数ながら日本の領土で有る竹島に武装組織を常駐させている大韓民国である。

公安の調査にて現在までに韓国大使館と島の警備隊双方は連絡を取り合っていない事が確認されており、アメリカ・ロシアに比べれば脅威度は低いと推測されているが、韓国が異世界国家と接触するよりも、島の警備隊が海賊化する事による周辺への被害が懸念されていた……。

 

この様な韓国――取り分け竹島を占拠している警備隊に対してどの様に対応するか、政府は各省庁の幹部を集め会議を行っていた。

 

「事を起こす前に島を包囲して投降を呼びかけるのはどうでしょうか? それでも駄目なら島に強行突入して取り押さえるとか?」

 

「簡単に言ってくれますが、彼らはあの島の占領を国是としているんですよ! 船で包囲したぐらいで白旗を上げるとは思えません! それに40人程度の人数とはいえ、自動小銃と機関銃で武装して大砲まで島に備え付けているんです! 徹底抗戦されたら被害が大きいのは我々の方です! それに強硬策に出れば国民や在日外国人から非難の声が上がって最悪、内閣の進退問題にもなりかねません!!」

 

法務省幹部の安直とも言える意見に海上保安庁の幹部が食いつく、海上保安庁は過去に竹島を巡って韓国と何度も一触即発の状況になりかけた事がある為か、発言にも怒りがにじみ出ている。

 

「そういえば、島にいる彼らはどうして日本に有る韓国大使館と連絡を取らないのでしょうか……?」

 

外務省幹部が上げた質問に対し警察庁の幹部が手を上げて回答する……。

 

「実は警備隊側からは何度か韓国大使館と在日韓国民団に対して無線連絡を送っているのが確認されています……が、交信は共に確認されていません、 恐らくは連絡体制が自国の所属している警察庁中心になっていて、他部署……この場合は外交部(日本の外務省に相当)への連絡の仕方が確立されていないのではないかと思われます……。」

 

彼は警察庁で諸外国の情報の収集を担当する外事情報部所属の担当であるが、独島警備隊と日本の韓国大使館がこの様な事態にも係わらず何故、互いに連絡を取り合わないのか不思議に思っており、彼なりの推測を答えざるえなかった。

 

「やれやれ……竹島に居る警備隊の気質からして簡単に投降するとは思えず、だからといって放置して兵糧攻め状態にすれば武器を持って本土に来る可能性が在るとは、困りましたね……さて、他に意見はありますか?。」

 

会議の進行役である、内閣府参事官の中田は他の幹部に意見を求めた……。

 

「あの~よろしいでしょうか?」

 

これまで他者の意見を静観していた、眠たそうな顔つきの男が手を上げた……周りにいた幹部達は「えっ、こんな奴いた!?」と言う顔つきで彼のいる席の方に振り向いた。

 

 

「君はたしか……防衛省の三津木君だね、どうぞ!」

 

 

「はい、ぶっちゃけ……忌憚なく言わせて頂きますと、問題の島のなんちゃら警備隊と韓国大使館を我々の手引きで引合わせたらよろしいのではないでしょうか?」

 

気の抜けた言葉で意見する三津木に対し、異議を唱えようと外務省の幹部が身を乗り出そうとするが、三津木はまだ話は終わっていないと右手を差し出して静止するジェスチャーを行い、発言しようとした幹部の口を止めた。

 

「ええ……あの国の外交と武器を持った連中を併せたらロクでもない事しか起こさないという事は理解しています……そして我々が調べた――この世界の周辺の国々は中世程度の技術しか持っていない為、自動小銃を持った連中に蹂躙されようモノなら……一方的殺戮、まさに少数のスペイン兵に滅亡させられたインカ帝国の悲劇が再現されかねません……しかし、これは長期的に見た場合の問題で在って――現在、憂慮しなければならないのは飢えた連中が近隣の街々を武器を持って略奪しに来ることです! だったら連中には本業である島の警備とやらに専念してもらうべく、その面倒を韓国大使館に見てもらうのですよ!」

 

ここまでの話を聞いて幹部たちは様々な表情を浮かべていた、呆れた表情をする者、渋い顔をする者……しかし、内閣府参事官の中田は彼の話を真面目に聞いていた……三津木の話は続く。

 

「韓国大使館は島にいる同朋たちの支援をやらざる得ないでしょう……そうしなければ日本に40万近くいる在日韓国人の結束を維持するのが困難になるからです、しかし本国との繋がりが途絶えている現状では彼らにとってこれは大きな負担になり、うまくいけば資金難で島の占拠を諦める可能性も出てきます……まぁ、そこまで簡単に事が運ぶとは思っていませんが……。」

 

ここで会議を纏めるべく、内閣府参事官の中田が手を上げた……。

 

「とにかく今は短期的に起こりえるトラブルを防止するのが先決だ! 私は三津木君の案に賛成したい、長期的な問題……とりわけ韓国が身勝手な外交を周辺国と行う可能性についての対策は次回迄の宿題としよう……三津木君! 次回も良い案を考えて来る様、頼んだぞ!!」

 

「中田参事官……手段を問わなければ幾らでも良い案を出しますよ!」

 

相変わらず眠たそうな顔をしている三津木は、中田に対してこの様に答えた……。

こうして政府は(表向きは)人道的理由により韓国大使館に竹島の現状を伝え、韓国大使館側からはシン・ウンチャン二等書記官が海上保安庁の巡視船に乗船して竹島に向かう事となった。

 

続く




3話にして、ようやく本編からの人物……防衛省幹部の三津木が登場しました。
本作でも本編に出てきた登場人物は何人か出演させる予定です。


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第四話 情報部別班

竹島(韓国名・独島) 独島警備隊宿舎

 

シン書記官は3時間ほど島に滞在した後、日本の巡視船に乗り、日本へと戻っていった……彼が話した内容……今まで韓国大使館が収集した情報――これまでの出来事は独島警備隊にとって受け入れ難い内容であった。

日本の領土が異世界に転移……それも日本の本土だけでは無く、日本が領土主張していた尖閣諸島・沖ノ鳥島・北方四島、そして竹島――独島が合わせて転移して来ている。

この島は日本の領土で有ると言わんばかりの事が自分達を巻き込んで起こったのだ!!

これは“独島は我が領土”と唱って来た彼らには、「本国への連絡方法はおろか帰る手段が無い!!」と言う現状よりもショックな出来事でありこの島を日本の領土だと認めて転移させた何者かに対して怒りと憎しみを露わにするのであった……。

 

隊員達の動揺が続く中、イ隊長はシン書記官より入手したUSBカードをパソコンに接続しファイルを閲覧し始めた……。

USBカードには、韓国大使のメッセージとこれまで入手してきた日本の転移とこの異世界に関する情報、韓国外交部が長距離無線通信時に使用する規約と暗号コード……そして、暫定的ながらもこれからの方針に関するファイルが入っていた。

ファイルを一通り読み終えたイ隊長は隊員達に食堂へ集まる様、指示を出した。

 

独島警備隊宿舎で一番広い部屋である食堂に独島警備隊員と灯台管理員のほぼ全員が集まっていた、広い部屋と言えど30人以上が集まればとても狭く感じる、ジュンソやドハも他の隊員と共に肩を寄せ合い並んでいると、イ隊長とチェ副隊長の二人が食堂へと入ってきた。

 

「気を付け!! イ隊長に敬礼!!!」

 

当直の班長の掛け声で整列していた隊員達が一斉に挙手の敬礼を行う、イ隊長は集まった全員を見渡した……。

 

「これよりイ隊長より、独島警備隊及び灯台管理員……島にいる全員にこれからの方針を発表する、心して聞く様に!!」

 

チェ副隊長の発言の後、皆が沈黙し見つめる中、イ隊長の話が始まった……。

 

「今、独島に居る我々は非常に困難かつ理不尽な状況化で在る事は諸君達も知っての通りだ、本国との連絡が途絶え、情報も無く孤立した状態が続いた……本日ついに在日大使館と連絡を取ることが出来たものの、ようやく得る事の出来た情報は異世界への転移と言う信じがたい出来事であり、今は祖国との連絡方法はおろか帰る手段すら見つかっていない……そして何故、我々がこの異世界へ転移したのかその理由すら分からない状況である……。」

 

「だが! 日本に居る在日同胞と連絡を取る手段が確立され、在日大使館は早急に我々の支援を行う事を約束してくれた! 我々が今いる独島はこの世界で唯一の大韓民国の領土であり、我ら韓民族の誇りと自尊心でもある! 今ここで祖国に戻れない事に悲観している場合では無い! 共に異世界に転移した在日同胞の為に、この独島を日本・そして異世界の勢力から守り抜く事が! 今ここにいる君たち独島警備隊と灯台管理員に課せられた使命である!! 我々は祖国へと帰還する術が見つかるまで! 祖国からの援軍が来るまで! この独島を死守していくのだ!!」

 

「そうだ! 我々はこの独島を死守する! 独島は我が領土! 大韓民国万歳(マンセー)! 独島警備隊万歳(マンセー)!!」

 

チェ副隊長の掛け声と共に部屋にいた隊員達全員が大声を上げ万歳三唱を行う! 

 

「独島は我が領土! 大韓民国万歳(マンセー)! 独島警備隊! 万歳(マンセー)! 万歳(マンセー)!! 万歳(マンセー)!!!」

 

食堂に響き渡る、万歳三唱……シン書記官の来訪により独島警備隊員達は自分たちが孤立していない事を知り、イ隊長の激励によりこれまでの憂鬱な雰囲気を吹き飛ばし大いに士気を高めた彼らは、改めてこの島を守る決意を固めた。

……とは言え、独島警備隊は韓国大使館からの補給が来るまでに、少なくとも3~4週間は補給の無い状況が続くのだ。

イ隊長はチェ副隊長を含む各班長を集め会議を行い、今後の方針を話し合う事にした……。

 

在日韓国大使館による独島警備隊への補給業務は独島を訪れたシン二等書記官が総指揮を取り、在日韓国民団や在日韓国人の資産家・経営者から資金を集め、さらに転移により出港出来なくなった韓国籍の大型漁船を船員込みで借り入れる事にも成功していた。

借り入れた大型漁船は35mを超える大きさのFRP船で、韓国大使館の公船として「パランド」と名付けられた。

こうして、監視活動を行っている公安の担当者も驚く程の短期間で独島警備隊への物資補給準備を終えたのであった……。

 

(日本国転移から)24日後……竹島(韓国名・独島) 独島警備隊宿舎

 

独島警備隊宿舎ではイ隊長とチェ副隊長……そして在日韓国大使館のシン書記官が暗号化された秘話無線通信にて打ち合わせを行っていた。

 

「シン書記官、これまでの協力を感謝いたします……しかし驚きました、こんなに早くに補給の準備ができるとは!」

 

「ええ、資金や船を提供してくれる在日同胞を説得するのに骨が折れましたよ! それと物資は要望の有ったもの……武器・弾薬以外は全て揃えて明日までに積み終えますので、明後日にはそちらに届く手はずになっています。」

 

実際は部下に檄を飛ばし方々から資金や物資を集めさせたのだが、シン書記官は自らが苦労して成し遂げたかの様に喧伝していた。

 

「そういえばシン書記官、出港するにあたって日本からの妨害が心配なのですが……?」

 

日本の動向を気にしているチェ副隊長がシン書記官に質問を投げかけた。

 

「そこは問題有りません、物資の調達でも妨害はありませんでしたし、何より補給船は大韓民国の公船扱いになりますので国際法により公船への立ち入りは行えません。 もちろん念を入れて船には大使館の職員を乗船させますので……それに今日本はクワ・トイネ公国との国交樹立を含めた交渉が控えておりますので、前世界の国際法と言えど立場上、日本は破るような事は出来ないでしょう!」

 

「それと今回の補給が無事に終わりましたら、今後の事……ファン駐日大使から、我々も独島を拠点にして異世界国家と独自に国交を開こうと言う話が有りまして……先ほど日本が施行した『新世界技術流出防止法』に影響されず、我々独自で異世界国家に技術を提供すれば、この世界で日本よりも良い立場と関係になる事が出来るだろうと……なので、これから独島はこれまで以上に我ら韓民族の重要な拠点となります!」

 

チェ副隊長は、この異世界で日本を出し抜く事が出来ると聞いて色めき立った。

いや……この世界の国々は中世の技術水準と言う話だ、銃火器を持った独島警備隊だけでも相手を屈服させて領土を割譲させる事も可能だろう! そうすれば我ら韓民族の新天地をこの異世界に築く事も夢ではないと言う事だ……チェ副隊長を始め、彼らは自分たちが支配するであろう土地に関して様々な思いを巡らせていた。

 

 

同日――日本国東京都千代田区永田町、首相官邸

 

この様な拙速とも言える韓国大使館の動きを公安から報告を受けた日本政府は、再び関係省庁から幹部が集まり首相官邸にて会合が行われた。

 

「それにしても、ここまで早く行動に出るとは思わなかった……。」

 

今回も会議の進行役を務める内閣府参事官の中田は両腕を組みため息をついた、最初に手を上げた外務省の幹部が答える。

 

「はい、これまでもそうですが……彼らは一度、目標を決めたら驚くほど速く行動に出ます! 韓国は他の国と違って、日本国国内に本社や拠点を構えている在日韓国人の企業も多く、さらに在日韓国民団といった組織もありますので、資金や物資の調達も他の国に比べれば容易に行うことができます、しかし……この異世界転移時の混乱が有ったと言うのに、ここまで纏まる事が出来るとは思いませんでした。」

 

外務省の幹部は、韓国がここまで事を進める事ができた理由を簡潔に説明した、彼自身も以前、韓国との交渉を担当していた為、かの国がどう動くかは理解していたが、ここまで早く動くとは思っていなかった……続けて警察庁の幹部が発言する。

 

「韓国大使館の職員と警備隊の接触が有った後、双方との通信が確立された為、秘通話無線通信が頻繫にやり取りされています、解読は可能ですが少し時間が掛かります……それと昨日入った情報ですが、韓国の外交関係者が竹島の件で朝鮮総連に協力を依頼している事が確認されました、さらにマスコミや一部の野党議員と接触しているのが確認されています……これは、我々に竹島への補給活動を妨害しないようにする為の牽制策でしょう。」

 

「朝鮮総連とは、また面倒な組織が出て来たな! おまけにマスコミと野党議員まで担いでくるとは……これは様子見を決めるなんて悠長な事は言えなくなってきたぞ!!」

 

腕を組んでいたまま各幹部の発言を聞いていた中田参事官がぼやいた後、防衛省幹部の三津木が手を上げ発言した。

 

「ここでの動きは外務省幹部の発言通り……正直、今回の件を発案した私でもこれは想定外でした! しかし、連中の竹島への補給活動に対しては表立った妨害活動はこれまで通り行わない様に各関係部署にお願いします……正直、最初の一・二回は補給をやってくれないと、物資が切れて連中に暴れられてもこちらが困るので! そうそう……中田参事官から出された前回の宿題だった長期的な問題の対策の件ですが……。」

 

「おおっ……何か妙案が有るのか!?」

 

それまで腕組みしていた中田参事官は身を乗り出して、三津木の話を聞き入れ様とした。

 

「手段を問わないと言う条件ならば……詳細はここでは話せませんが、了承が得られれば、この案件は我々の情報部別班が対応いたします!」

 

三津木の発言に対し中田参事官は何か思い当たる様な渋い表情を浮かべた……。

 

「情報部別班か………………解った! この件は私から直接、総理に話す。」

 

中田参事官はそう返答した後、早々に次の議題に話を進めた。

この後も、竹島の警備隊と韓国大使館について様々な事案が議論されたが、明日にでも出港するであろう韓国の補給船については航空機による遠方からの監視のみとする事と決定された。

そして、三津木と中田参事官の一部の発言に関しては議事録から削除される事となり、その日の会合は終了した。

 

(日本国転移から)26日後・早朝……日本国鳥取県境港市

 

境港の埠頭に停泊している一隻の白い船……その船には大韓民国の国旗で有る太極旗が掲げられ、十数人の在日韓国人とメディア関係者が囲むようにしてその船の出港を見送っていた……以前は漁船だったその船は「パランド」と改名され、大韓民国の公船として大量の燃料・食糧・生活用品等を積載し竹島(独島)へと向かい出港を開始した。

……境港埠頭の対岸の木の陰から出港するパランドを地元の住民と変わらぬ姿で監視する男達の一団がいた、その中の体格の良い――黒いベンチコートを着た男は船を見ながら苦笑いを浮かべていた。

 

「おやおやおや……サトちゃんよぉ~! どんな船かと思って見に来たら、あん時の船じゃねえか! そう言えばあそこに立っているハゲオヤジの船だったなぁ!!」

 

男は漁船には珍しい船橋に傾斜の有る特徴からその船の正体を見抜き、さらに対岸に船を見送っている頭の薄い中年男性を見つけた。

 

「山ちゃ~ん! やっぱりあの船とハゲの事、知ってた!?」

 

隣にいた、ジャンパーを着てメガネを掛けた細身の男が問いかける。

 

「あぁ……あの船は少し前、上海沖に停泊していた北朝鮮の貨物船と瀬取り(せどり)をしていた船でな! 偵察衛星で見つけたアメさんからこちらに照会の依頼が来たから、調べてみると韓国の漁船なのに所有者は何故かそこに立っている在日のハゲオヤジの船だった……てな!」

 

山ちゃんこと、山内哲也三佐は陸上幕僚監部運用支援・情報部別班と呼ばれる公式には存在しない事になっている部署に所属する自衛官である。

普段は身分を隠して主に国内外の軍事情報・工作員の動向の調査を行っていたが、今回は同期である三津木の指名も有り、韓国大使館の公船の調査に赴く事となった。

 

「そう! あのハゲ……高野賢ことコ・ヒョンは、表向きは日本で商社を経営している在日韓国人だが、日本の制裁措置で輸入が出来なくなった北朝鮮に機械部品や幹部用の贅沢品やらをあの船を使ってせっせと運んでいたんだ……その時は韓国にも連絡はしたんだが、何故か連中はあの船の活動を見て見ぬふりをしやがった! しかし、転移に巻き込まれて日本に居たとはねぇ……。」

 

ジャンパーを着たメガネの細身の男……サトちゃんこと、佐藤浩太郎は少し呆れた顔をしながら答えた……。

警察庁の外事情報部に所属する彼は山内とは旧知の仲であり、今回は情報部別班と合同で活動する様、指示を受けていた。

 

「サトちゃん……悪いが、あのハゲオヤジと周辺の情報を集めてくれ! こちらは当面、連中の行動を監視する事になるが、好機と見たら行動に移しても良いと上から指示を受けている!!」

 

「了解!! 今回は取り分け、総理がこの一件で竹島問題にケリを付ける良い機会だと言っているからな!」

 

「そうだな……今日は東京でクワ・トイネ公国との実務者協議が有る日だ! 俺達はこれからこの異世界の連中を相手にしなければならねー! いつまでもアイツ等に構ってなんていられねーぜ!!」

 

境水道を航行する船を見送ると、山内と佐藤は車に乗り、それぞれの行動を開始した。

そして、そんな男達に監視されているとは知らず、補給船パガンドは境水道を通過し、航路を竹島へと向け異世界の海へと旅立っていった。

 

続く




存在しない組織(過去に国会でその存在が疑われた事があった。)と言われている、自衛隊・情報部別班の登場です。
今回登場するオリキャラの山内・佐藤は80年代の探偵ドラマのイメージなので、少々軽めのノリで書かれています。


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第五話 救難信号

同日・正午――竹島(韓国名・独島) 独島警備隊宿舎

 

補給船パランド出港の報告を受けた独島警備隊宿舎では大きな歓声が上がり、宿舎内にいたジュンソとドハも補給船の寄港を今かと待ちわびていた。

 

「ついに待ちに待った日が来たな! 新鮮な果物に野菜……それと肉だ、肉!! それにお菓子に飲み物……あと有るなら酒も!! 全部待ち遠しいぜ!!」

 

「ドハは食い物ばっかだな! 替えの下着や洗剤とか重要な生活用品もあるだろう! まったく……。」

 

2人の会話を聞いていた周りの隊員達はどっと笑いだす……あの転移の日以来、隊員達に笑顔が戻っていた……。

 

その頃、独島警備隊宿舎内の無線室にて業務を行っていた通信担当のチョン・イドゥンは、いつもオープンにしている国際VHF無線ch16から無線信号が入っている事に気が付いた。

 

「………メ……デイ…… メイデイ! メイデイ!!! こちらは大韓民国公船パランド! パランド! パラ………」

 

「え!? メイデイって……まさか救難信号!? おぃ!パランドってまさか!!!」

 

初めて聞く救難信号にイドゥンは驚きの声を上げるが、さらにその船名を聞き驚愕し慌てて無線を取る。

 

「こ・こちら慶尚北道警察庁・独島警備隊! 救難信号を発信しているのはパランド号か! 応答せよ!!」

 

「………ざ……どく…………あ……船の下に何……船体が壊さ……浸水している………」

 

パランドから無線を送信している男の声の奥には、バキバキと船体が壊れていく音と他の船員と思われる悲鳴が聞こえてくる。

 

「………が……てん……操舵室まで浸水………何だあれは!! ………か……怪物! 怪物だ!!! た…助け………………。」

 

「こちら独島警備隊! パランド号! 応答せよ! 応答せよ!!」

 

「……………。」

 

船体が破壊されていると思われる大きな音と共にひときわ乗員の大きな叫び声が聞こえた後、パランドからの通信はプツリと途絶えてしまう。

イドゥンは何度も呼びかけるもパランドからの応答は無かった……。

 

同時刻――隠岐諸島から西北西、約25kmの上空……日本国海上自衛隊第3航空隊所属・P-3C哨戒機

 

パランドからの救難信号は遠くから監視活動を行っていた海上自衛隊のP-3C哨戒機も受信していた。

P-3C哨戒機はパランドの無線が途絶えた竹島と隠岐諸島のおおよそ中間の海域へと全速で飛行を開始する。

 

「救難無線は最初の呼びかけ以外、全て韓国語で行われています……ただ最後に聞きなれない言葉……『クェムル』と言う言葉の意味が解らなくて……。」

 

P-3C哨戒機にて機上航法員と機上通信員を兼任し韓国語にも通じていた塚本1曹は無線の内容を戦術航空士である向井2尉に報告する。

 

「そうか、しかし事故の詳しい内容や現在の位置も伝えずに無線が途切れるとは……一体、何が起こったんだ?」

 

向井2尉は首を傾げながらも機体の横側に設置された丸窓から外を眺めた……P-3Cは高度を下げ、約500m程の高度を維持しながら飛行を続けていた……やがて機体の進行方向側の海に何か白いものが浮いているのを機長が確認した。

 

「向井2尉、11時方向に白い残骸の様なものと、油が浮いているのを確認…………何だ、アレは!?」

 

機長の報告を聞き、向井2尉は再び丸窓に顔を寄せ外を見降ろした……すると海上にはパランドと思われる無数の船の残骸と積み荷、そして船から漏れた燃料である油が浮かんでいるのを確認するが、かろうじて残っている船の船首部分に何か生き物の触手めいた巨大なモノが絡みついている事に気が付き、声を上げた!

 

「何だコイツは!! おい、カメラ撮っているか!! 40m……いや、もっとデカいぞ、これは怪物だ!!!!」

 

同じく窓から海の惨状を見ていた塚本1曹は向井2尉の言葉を聞いて思い出した。

 

「怪物……? クェムル!? 解った!! クェムルって韓国語で『 怪物 』……つまりコイツの事です!!! 」

 

「なんて事だ……信じられん! これが異世界の海か……。」

 

向井2尉はこの世界が地球と全く異なる未知の危険に満ちた世界で在る事を思い知らされた……。

その後、怪物は海へと潜り姿が見えなくなった……しばらくの間、P-3Cは上空から生存者がいないか捜索をしたが、生存者はおろか遺体すら発見できなかった為、厚木基地へと帰還した。

 

 

協同報道社・正午のニュース――韓国の輸送船、消息を絶つ

 

第八管区海上保安庁(舞鶴市)によると、韓国船籍の輸送船「パランド」が18日正午ごろ、隠岐諸島の北北西、約50kmの海域で遭難信号を発した後、行方が分からなくなっているとの発表がありました。

現在、海上保安庁と海上自衛隊にて、海と空から捜索を行っていますが、防衛省によると捜索中の航空機が隠岐諸島沖の海上にて、船の残骸らしきものと油が浮いているのを確認したとの報告があったことを明らかにしました。

現場海域は晴天で風と波も共に穏やかだったということで、現在も引き続き捜索が行われているとのことです。

 

 

同日・夕刻――日本国東京都千代田区紀尾井町・ホテルネオトーキョー

 

クワ・トイネ公国使節団の一員であるヤゴウは日本国により用意されたホテルの高層階・カイザースイートルームのソファーに腰を掛け本日、赤坂迎賓館にて行われた日本、クワ・トイネ実務者協議の内容を振り返っていた……。

農作物の輸出を条件に日本より提示された破格とも言える鉄道・港湾と言った様々な施設の提供……これらは全て、今の我々には未知かつ超越した技術の元で作られた物であり、これからのクワ・トイネを根底から変えてしまう程の代物で有る事は間違えない。

ソファーから立ち上がったヤゴウは窓の景色を見下ろす……夕闇が迫った東京の空、巨大な建物と自動車と呼ばれる鉄の馬車からの無数の灯りはまるで星々が地上に降りてきたかの様に煌びやかに輝く幻想的な光景が写っていた……。

ヤゴウはいつかクワ・トイネの夜もこの様になるのであろうかと思いを馳せていた。

 

「失礼しますヤゴウ様、外務省の田中様と他3名の方がお目見えになられています。」

 

ホテルのドアマンより、ここまで使節団を案内してくれた外務省の田中が来たという事で、ハンキを始め他の使節団員も集まってきた。

入口には田中を始め、田中と似た服を着た男性が一人、その奥に濃い緑の制服を着た2人の男性が立っていた。

 

「お休みのところ申し訳ございません、確認しなければならない事案が発生しまして……急遽こちらに来た次第です、こちらは我が国の行政を補佐する内閣府の中田参事官、奥の2人は防衛省の幹部、三津木三佐と山内三佐です。」

 

田中の紹介により、隣にいた白髪混じりでオールバックの男性が話を始める。

 

「ご紹介に上がりました内閣府参事官の中田です、本日の昼頃に我が国の本土から北西に約100km程離れた海域で一隻の船が消息を絶つ事件が発生しまして……山内三佐、例の写真を!」

 

中田の後ろにいた体格の良い制服を着た男が封筒から数枚の紙を出して使節団に渡した。

 

「これは……?」

 

「船が消息を絶ったと思われる海域の上空……空から撮影したものです!」

 

「撮影……? なんと! 日本では紙に魔写を写せるのか!?」

 

ハンキを始め使節団の面々が驚きの声を上げる……中田は問題はそこでは無いと言わんばかりに話を進める。

 

「魔写がどの様なモノかは分かりませんが、そこに写っている白い物は消息を絶った船の残骸です、そして問題なのはその隣にいる赤黒い巨大な物……撮影した隊員の報告では推定40m以上の大きさだったと……これが何かを知りたくてこちらに来た次第です!」

 

「これは……海魔!? ハンキ将軍! クラーケンですよコレ!!」

 

写真を見た使節団の一人が声を上げる!

 

「バカな!? 南方海域か北のグラメウス海域ならともかくこの海域にクラーケンだと!!」

 

ハンキの言葉に三津木と山内は互いの顔を見合わせた、やはりこの世界で知られている生物だったかと……。

 

「その海魔と呼ばれている生物について詳しくお話を頂けたい!」

 

ハンキはこの世界の脅威の一つで有る海魔について話を始めた……それを聞いた中田達4人は、自分達はとんでもない世界にやって来た事を知らされるのであった……。

 

 

同日・夜――日本国東京都千代田区永田町・公用車車内

 

明日もクワ・トイネ使節団の案内を行う田中と別れ、中田参事官と三津木・山内の3人は公用車に乗って首相官邸へと向かっていた。

使節団のハンキ将軍が語った海魔……クラーケンについては以下の通りであった。

 

クラーケンは全長約100m、大きい物では150mを超える、外見は地球に生息していたイカに似た海魔と呼ばれている生物で有る事。

主に南方海域・グラメウス海域と呼ばれる極北の海域に生息し、その強力な腕と触腕(しょくわん)を使って大型の船であっても躊躇無く襲ってくる為、この地域に他の国が進出出来ない原因の一つとなっている……今回のクラーケンは海流に乗っていずれかの海域から流れて来たのではないかとの推測らしい。

知られている限りで、最後にクラーケンが確認されたのは、約四半世紀前にクワ・トイネ公国が有るロデニウス大陸から西方に2万km以上離れたムーと呼ばれる国の客船がクラーケンに襲撃されたが、その時は同じムーの海軍により撃退されたとの事らしい。

 

以上の報告を持ってこれから緊急の会合を行わなければならない中田参事官と三津木はゲンナリとした表情であった……。

 

「また緊急の会合とは……しかし、今回は7人の行方不明者が出ている上に明日の国会でも追及される以上やらない訳には……。」

 

中田参事官と三津木はため息をつく。

 

「しかし、今回は韓国の島への補給は失敗した事になっています……もう、あの化け物を放置して船を行かせない様にしたら良いのでは?」

 

「それは駄目だな……この食糧難が叫ばれている中、漁船の操業を止める訳にはいかん! しかし、あの化け物を何とかしないといかんのか……。」

 

山内の発言に中田参事官が答える……だが、クラーケンが出没した海域の漁船の操業を早急に止めないとまた被害が出てしまう、これも会合の議題になるのかと思い、少し苦い表情を浮かべた……。

 

この後、首相官邸に到着した3人の内、山内は任務を再開すべく私服に着替えたのち人知れず夜の東京へと消えていった……。

そして、中田参事官と三津木ら幹部たちを招集し行われた緊急会合は夜通し行われ、その中で竹島・隠岐諸島海域付近での漁船の操業停止とクラーケンを有害鳥獣指定して海上保安庁・海上自衛隊に駆除依頼を行うことが決定された。

 

続く




第5話にて、クワ・トイネ公国使節団、海魔クラーケンが登場し、ようやく日本国召喚らしくなってきました。
作中の山内は、鳥取県境港市→航空自衛隊・美保基地から輸送機搭乗→埼玉県・航空自衛隊・入間基地→公共交通機関で東京入りと言うルートを使って短時間で移動しています。


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第六話 暴走する使命

(日本国転移から)28日後……竹島(韓国名・独島) 独島警備隊宿舎

 

一昨日、パランド遭難の一報を受けた独島警備隊員達は補給が来ない事を知り皆、意気消沈してしまった……。

それも巨大な怪物……海魔の襲撃と言う荒唐無稽な内容だった為、実はパランドは日本により撃沈されて怪物の襲撃は日本がでっち上げたデマだと言う者が出てきて、ついには日本への報復を言い出す者まで現れる始末である。

その様な状況の中、イ隊長とチェ副隊長は在日韓国大使館のシン書記官と秘話無線通信を行っていた。

 

「補給は当面出来そうに無いってどういう事だ! こっちはもう一月以上、補給が無い状態が続いているんだぞ!!」

 

無線機の前でチェ副隊長は声を荒げ、怒りを露わにする。

 

「資金と物資については今、在日同胞達に頼んで集めて来ている、ただ船が……あの怪物の騒ぎで何処も船を貸してくれそうに無い!」

 

シン書記官は現状をありのままに伝えるしかなかった……だが、チェ副隊長はまくし立てる様に追及を続ける。

 

「怪物とか、あんなチョッパリ(韓国における日本人の蔑称)共のデマを信じているのか! 海がダメなら空から……ヘリコプターで輸送出来るだろ!!」

 

「ヘリコプターのチャーターはどの会社も日本政府に睨まれるのを恐れて貸してくれない! それにもし借りれても独島への飛行計画は許可が下りない……だから無理だ!!」

 

「無理だとは何だ! 我々が飢えて戦えなくなったら倭寇共が我が領土を! 独島を踏みにじる事になるのだぞ! 貴様らはそれでもいいのか!!」

 

副隊長と書記官、お互いムキになっての無線でのやり取りにイ隊長はうんざりしてついに怒鳴りだした!

 

「チェ警監! いい加減にしろ!! 問題を解決する気が無いならここから出ていけ!!」

 

「……あっ……はい……………。」

 

イ隊長はチェ副隊長を一喝して黙らせた後、シン書記官との無線を再開する。

 

「しかし、そんな怪物が本当に実在するのか? そんな物がこの海域にいたら船が寄港する事すら出来ないぞ! 危険すぎて小型艇も出す事も出来ない!!」

 

「怪物……どうやらクラーケンと呼ばれている様ですが、少なくとも日本の報道だけでは無く、国会でも取り上げられて写真も公開されています……それに異世界国家であるクワ・トイネ使節団からもこの怪物の特徴を聞き出したとの答弁がありました。」

 

いくら異世界に転移している事を理解しているとは言え、船を襲う巨大な怪物がいると言う非常識な事態を現状では疑わざるえない……だが、今はそれも踏まえて判断を下さなければならない。

 

「うむ……今、我々に出来る事はその怪物が退治されるか何処かに行ってくれるまで、物資を節約して耐え忍ぶしか無いのか……。」

 

「日本政府は怪物の駆除命令を出していますが……我々、外交部は親韓議員に怪物駆除を日本の国会に早める様に催促する事と、その間に資金を集めて、船と物資を早く確保する様にします。」

 

「苦労を掛けるが、今は大使館だけが頼りだ……是非、宜しく頼む!」

 

交信を終えた後、イ隊長は深くため息をつく……この様な状況で果たして部下達が付いて来てくれるだろうか? そう思いながらもまだ不貞腐れた表情をしているチェ副隊長と共に無線室を後にした。

 

 

ジュンソとドハは次の立哨の準備をすべく宿舎内の廊下を歩いていると隣の隊員室で何か騒いでいるのに気付き部屋を覗いてみた。

 

「駄目です! 返してください!!」

 

「何言ってやがる、菓子をこんなにいっぱい箱に貯めこんで! 俺達で仲良く食うんだから、黙って寄こしやがれ!!」

 

部屋の中では古参の隊員のオ・ジンウ一警とその部下達4人が、転移の5日前に島に配属された新入りの通信担当ホン・アンソン二警の私物である箱を取り上げようとしていた。

 

「なんだジェンソ? お前達も欲しいのか!? 余ったら分けてやるよ!!」

 

ジェンソ達が自分達を見ているのに気が付いたジンウがそう言うと彼の取り巻きとも言える部下達が笑い始めた。

 

「何かと思って見に来たら、独島で北韓(韓国における北朝鮮の呼び方)兵士のカツアゲかよ!」

 

ジェンソは止めようとするドハを無視して階級が上であるジンウに侮蔑とも言える言葉で返した。

 

「何だとテメェ! 上官の俺に向かって何て口を聞きやがる!!」

 

その言葉に激怒したジンウは持っていた箱を放り出し、廊下にいたジェンソに飛び掛かりその胸倉を掴んだ。

 

「言った通りさ、カツアゲなんて北韓兵士のやる事だって!」

 

「貴様!!」

 

ジンウがジェンソを殴ろうと拳を振り上げた瞬間、後ろから怒鳴り声が聞こえてきた。

 

「やめんか! お前達!!!!」

 

ジンウとドハが振り向くとそこにはイ隊長とチェ副隊長の姿があった。

ジェンソはジンウの腕を振り払い、挙手の敬礼を行うとジンウとドハを始めそこに居た全員が慌てて敬礼を行う。

 

「オ一警! 階級が上だからと言って、二警の私物を取り上げて良い訳ではないぞ!! チェ警監! コイツはお前の子飼いの部下だったな! ならば責任もって面倒を見てやれ!!!」

 

「分かりました……オ班隊! お前達に独島警備隊魂を叩き込んでやる!! 全員、俺に付いて来い!!!」

 

イ隊長は何事も無かったかの様に隊長室へと戻って行き、ジンウとその部下達はトボトボとチェ副隊長の後を付いて行く……ドハはジェンソの行動に呆れながらも、胸をなで下ろしていた。

 

「ジェンソ、流石にお前でも無茶が過ぎるぞ!」

 

「隊長がココを通るのを判っていての行動だよ、そこまで俺も馬鹿じゃない!」

 

二人がそう話す中、アンソンは私物の箱を拾い上げ箱の中をゴソゴソと何かを探していた。

 

「あ……ありがとうございます、カン二警! この箱……菓子以外に大事な物が入っていたので。」

 

「ジェンソでいいよ、それより大事な物って?」

 

ジェンソがそう言うと、アンソンは箱の中からアクリル板に挟まった写真を取り出し2人に見せた、写真には戦闘警察の制服を着たアンソンに母親らしき女性と学生服を着た少女の3人の姿が写っていた。

 

「家族の写真です……母は僕が独島警備隊に配属された事を喜んでいましたが、こんな事になるなんて……。」

 

「家族って……3人だけだが親父さんは? まさか母子家庭なのに徴兵されたのか!!」

 

ドハの質問にアンソンは目を伏せながら答える。

 

「両親は……離婚したんです、長男の兄は大学の学費が必要で父について行ったんですが、僕は母さ……母を裏切った父が許せなくて妹と一緒に母についていったんです……でも、離婚した時期が悪くて僕には徴兵の免除が下りなかったんです。」

 

「そうか……悪い事、聞いてしまったな。」

 

「いいんです! それより、これはお礼です!」

 

アンソンは箱の中からチョコレートスナック菓子を出してジェンソとドハに渡し、改めて2人に礼を言うと通信室へと駆け出していった。

 

 

同日――竹島(韓国名・独島) 女島(韓国名・ドンド)の東側監視所内

 

今日も晴れの空を相変わらず無数の海鳥達が飛び交っている……ジュンソとドハは日課でも有る東の監視所にて立哨を行っていた。

ドハはアンソンから貰った菓子を摘まみながらジュンソに話かける。

 

「なあジュンソ、この世界に来てから一か月近く経って補給も来ない状況が続いてる……俺達、一体どうなるんだろうな!?」

 

「どうなるにしろ、今は隊長を信じて付いて行くしかないよ……少なくとも俺はイ隊長を信用している!」

 

ジェンソは波一つ立たない穏やかな海を見ながらそう答えた。

親分肌で怒ると怖い事で恐れられているイ隊長だが、シゴキの様な無駄な訓練は行わず、部隊内でのいじめを容認しない上に隊員達への面倒見が良い事で、慕われてる存在でもある。

 

「それは俺も同じだよ、でも問題なのはイ隊長とチェ副隊長とはウマが合わないと言うか、よく対立するのがな……。」

 

状況を見据えて慎重な行動を取るイ隊長に対して、早急な行動を取りたがり、自分に媚びを売る連中を贔屓にするチェ副隊長はしばしイ隊長と対立している所を隊員達は何度も目撃している。

 

「このまま補給が来るまで何も起こらなければいいんだが……。」

 

ジェンソにはチェ副隊長に対する心配事がまだ一つあった、それは日本に対する敵愾心が有り過ぎる事、何かと日本に対して敵視する言動が多い為、もしかしたらこの事が何らかの災いになるのでは無いかと……。

やがて日が西の空に沈み、竹島にも何時もの平穏な夜が訪れる……ジェンソは今日一日が無事に終わった平穏とこの世界から孤立している焦りからでる複雑な感情に悩まされながらも一日を終えるのであった。

 

 

(日本国転移から)34日後……竹島(韓国名・独島) 女島(韓国名・ドンド)の接岸場

 

ジェンソ達は他の班隊と共にチェ副隊長の指示の元、男島(韓国名・ソド)に建設された今は無人になっている漁民用の避難施設から備蓄用の食料と燃料を独島警備隊宿舎の有る女島へと移送する作業を行っていた。

小型艇にて男島から女島の接岸場まで移送した後、ロープウェイを使って警備隊宿舎まで持っていく手筈となっている。

 

「オラッ! モタモタしてると荷物を全部上げる前に日が暮れてしまうぞ!!」

 

チェ副隊長の激が飛ぶ中、隊員達は大急ぎでロープウェイのゴンドラに荷物を載せて上げ始めた。

 

「ドハ、ちょっと荷物入れ過ぎていないか……?」

 

「あぁ……でも、今日は風が吹いていないから大丈夫だろ?」

 

少し離れた場所から作業を見守っていた二人がそう言っていると、何か妙な音がしたと思った瞬間、釣り上げているロープウェイが止まった! 過積載により支索ワイヤーの一部に重量が偏りゴンドラが停止し、更にワイヤーを回しているモーターが停止しなかった為、内部で腐食が進んでいた曳索側ワイヤーの接続金具に破壊的な負荷が掛かってしまった……次の瞬間、バチン! と言う音と共にジェンソとドハのすぐ横を切れたワイヤーがムチの様にしなりながら、もの凄いスピードで横切っていった!!

 

「!!!!」

 

2人が声を上げる間も無く、切れたワイヤーは接岸場の滑車付近に居た隊員達を次々と吹き飛ばしていき、積み荷待ちの荷物に巻き付いてようやく動きを止めた。

 

「冗談だろ……何てことだ!」

 

「ドハ、急げ! 怪我人が出ているぞ!!」

 

2人が駆け付けた接岸場はワイヤーに飛ばされた物品が散乱し、地面に倒れうめき声を上げる隊員、血を流し動かなくなった隊員達の姿があり、そこには地獄としか言えない光景が広がっていた。

このワイヤーの破断事故により5人の隊員が巻き込まれ、3人が即死、1人はワイヤーを胸に受け意識不明の重体、もう一人は意識は有るもワイヤーにより左足を切断される大惨事となった。

 

息の有った2人は大急ぎで警備隊宿舎へと搬送されるも、島には医師が常駐していない上に医療施設も無い為、わずか数時間の応急処置の研修を受けた隊員が手を血まみれにしながら応急処置を行っていた。

麻酔も無しに止血処置をされる隊員の苦痛の声が響く中、ここまで他の隊員と共に負傷した隊員を運んできたチェ副隊長は、血まみれの手を見て何かブツブツと独り言を呟いていた。

 

「とにかく、ここでは手の施し様がありません! 早く2人を治療が出来る施設に行かせないと死んでしまいます!!」

 

応急処置を行っている隊員がイ隊長に向かって叫ぶ! 普段、重傷者が出た場合はヘリコプターにて鬱陵島(うつりょうとう)にある病院に搬送するのだが、鬱陵島はおろか韓半島すら存在しないこの異世界で2人を治療できる場所……もう日本の病院しかなかった。

 

「日本の海上保安庁に連絡してヘリコプターを手配させる、とにかく2人の命が最優先だ!」

 

日本への連絡を決断した事に周囲の隊員達は安堵する、しかしイ隊長が無線室へ向かおうとすると、チェ副隊長が目の前に立ちはだかった。

 

「隊長……駄目ですよ、日本の連中を独島に呼び寄せるのは……。」

 

血で汚れた両手を狂気じみた目で見つめながら、チェ副隊長は訴え続ける。

 

「あいつら……死んだんですよ、死んでも独島を守るのが俺達の使命でしょう……なのにアンタは奴らを独島に入れようとしてる……そんな事したら死んだ連中が……独島を死守したアイツ等が……。」

 

「チェ副隊長! 今はこの2人を助けるのが先決だ! キサマの話なんぞに付き合ってられん!!」

 

パン! パン!

 

イ隊長はチェ副隊長を押しのけ部屋を出ようとすると、後ろから2発の銃声が聞こえ、イ隊長はそのまま前のめりに倒れた。

胸に2発の弾を受けたイ隊長は身をよじる様にして後ろを向くと、そこにはK5自動拳銃を右手に構えたチェ副隊長の姿が在った。

 

「チェ……貴様!!」

 

イ隊長は立ち上がろうとするが手に力が入らず再び床に倒れこみ、肺に溜まった自らの血を吐き出して動かなくなった。

 

「隊長!!!!」

 

近くにいたジェンソが隊長に駆け寄ろうとするとチェ副隊長は拳銃を一発、天井に向けて発砲し大声で叫んだ!

 

「そいつはもうお前達の隊長では無い! 独島にチョッパリ共を連れ込もうとした土着倭寇(韓国における売国奴の別名)だ!!」

 

部屋にいる皆が沈黙すると、机で横になっている重傷の隊員達の苦痛のうめき声だけが部屋に響く……チェ副隊長は重傷の2人に近づき、一言呟いた。

 

「助けられなくて……すまん」

 

パン! パン! と乾いた銃声が鳴り響く……チェ副隊長は重傷で動けない2人の頭を拳銃で撃ち抜き、その行動に驚愕している隊員達に向かってこう言い放った。

 

「いいか! キム・ユアンとパク・ハヌル二警の2人は独島を守る為に名誉ある死を遂げた! 解ったか!!」

 

部屋に居た隊員達全員がチェ副隊長の狂気に囚われつつも使命を成そうとするその姿に恐れおののく……。

 

「今から独島警備隊はこの俺が指揮を取る! 亡くなった5人の葬儀は明日行う、オ一警! お前達はその土着倭寇を崖まで持って行って海に捨てて来い! 他の者は接岸場の荷物の搬入と片付けだ! 早く行け!!」

 

こうしてチェ・ヒョヌ警監が自ら独島警備隊の新たな隊長の名乗りを上げ、他の隊員達はその狂信的な理想と狂気としか言えない使命への執着に恐れるが余り、彼を隊長として受け入れるしかなかった。

 

その後、亡くなった5人の埋葬方法について各班長が集まり話し合いが行われたが、岩山しか無い島には5人を埋葬する土地が無く、火葬をするにしても十分な薪の量が無い上に、チェ隊長よりいつ補給が来るか分からない船舶・発電機用の燃料を火葬には使わない様に指示が有った為、亡くなった5人は島から離れた海に水葬する事に決定した。

 

5人の水葬が決定する中、イ・ロウン警正の遺体はオ・ジンウ一警達に島の端の崖まで運びこまれ、満潮の暗い海に投棄された……後でジャンケンに負けたジンウの部下が様子を見に入ったが、既に海流に流されたらしく遺体は見当たらなかった。

 

翌日、毛布と重りで包まれた5人の遺体は小型艇にて島の沖へと運ばれ、一度、国旗で有る太極旗に被せた遺体は太極旗を外されるとそのまま海へと葬られた……。

ジェンソ達は接岸場に整列し、挙手の敬礼にて仲間との別れを告げる中、3回の弔銃が竹島に鳴り響いた。

 

続く




この回にて、ついに必須タグに“残酷な描写”が表示される様になりました。
今回、六話のサブタイトルは最初、「 土着倭寇 」にする予定でしたが差別用語っぽいので別のタイトルにしました。

この作品を書く際に“独島警備隊”について韓国語のサイトを含めて色々と調べては見ましたが、今回チェ副隊長が使ったK5自動拳銃(韓国の軍官で使われている標準的な拳銃)は実際、独島警備隊で使用されているのかすら分からなかったりするんですけど、細かい事は気にスンナ!


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第七話 クラーケン

(日本国転移から)36日後……日本国東京都千代田区霞が関 中央合同庁舎第2号館

 

中央合同庁舎第2号館……霞が関の中央官庁地区にて巨大なアンテナ塔がそびえ立つこの官庁庁舎の一室に陸上幕僚監部運用支援・情報部別班、山内哲也と警察庁・外事情報部の佐藤浩太郎、そして数人の職員達が集まり、昨日確認できた竹島の異変について会合を行っていた。

 

警察庁・外事情報部より、一昨日から昨日までの独島警備隊―韓国大使館との無線交信記録が提出される……今まで秘通話通信で行われて解らなかった通信内容が暗号コードの解読により無線傍受が出来る様になったのである。

それにより3日前、竹島の接岸場にて物資搬入用ロープウェイの事故で隊長を含む6人の隊員が死亡し、ロープウェイも破損した為、物資の搬入に支障を来している状況が判明した。

 

「ふうん……隊長も死亡……ねえ?」

 

渡された通信内容のコピーをペラペラとめくりながら山内は呟く……この通信内容は果たして本当の事を話しているのか? 山内には何か引っかかるモノがあった。

 

「やっと無線が傍受できたと思ったら、また想定外の事が起こるとは……それに部隊の後任であるチェ副隊長のプロファイリングも作成しないといけないんだが、いかんせん交信記録ぐらいしか資料がなくてね……。」

 

佐藤は苦笑いしながら答える。

 

「そいつはご苦労様だな、あ~そうそう! この前貰ったハゲオヤジの報告書だけど!」

 

以前、山内が佐藤に依頼していた補給船パガンドのオーナーである、高野賢ことコ・ヒョンの詳細な情報――彼が経営している商社は一件普通の企業に見えるが、実は在日韓国人の会長が務める指定暴力団・特亜会のフロント企業であり、彼が所有していた船のパランドも、元々は北朝鮮の覚醒剤を国内に密輸する為に購入したものであった。

そして、最近のコ・ヒョンの動向については……彼は転移前に事業の失敗により多額の損害を出した事とパランドを失った事でボスである特亜会会長より叱責を受けており、現在は必死に損害の補填の為の金集めに奔走している。

今回の韓国大使館への船の貸し出しも金集めの一環だったが、船を失った後の賠償を含む用船の費用の支払いを大使館側があれこれ理由を付けて支払いを拒んでいる事にかなりの不信感を抱いているらしい。

山内はこの情報を見て、これはイケるかもと考え込んだ。

 

「このハゲは使えそうだ! だから、まず大使館側に仕込みを入れようかと思っている、仕込みのネタを揃えて向こうが動き出したら、公安にもこちらの手伝いを依頼したい。」

 

「また、山内さんの悪だくみに付き合うんですかぁ!? もう、決まっているじゃないですか! 喜んで付き合わせてもらいますよ!!」

 

会合に出席している警察庁の職員がそう答えると、会議室に笑い声が広がる……その後も会合は続き、竹島問題の解決について様々な話し合いが行なわれた。

 

 

同時刻――竹島から南南西、約20kmの海域・深度160m……日本国海上自衛隊第1潜水隊群・第3潜水隊所属・けんりゅう

 

光すら届かぬ漆黒の深海を全長100mを超える巨大な生物が回遊している……そしてその後方約8km先には、ほぼ同じ深度を一隻の潜水艦がその巨大な生物の追跡を行っていた。

海上自衛隊第1潜水隊群・第3潜水隊に所属する潜水艦けんりゅうは有害鳥獣指定された海魔クラーケンを駆除すべく6日前に母港で在る呉を出港し、4日前に目標であるクラーケンを隠岐諸島の西北西約100kmの海域で捕捉し、発見の報告と雷撃にて駆除を行うべく事前に無線連絡を行った所、司令部より攻撃を待つよう指示を受けたのである。

 

司令部によるとこの海魔ことクラーケンはこの世界でも極地にしか生息していない為、文部科学省から捕獲は無理としても死骸だけでも回収し調査を行いたいとの意見が出ており、それに環境省を始め一部の官庁がそれに同調して、駆除後に死骸を回収出来る様に回収手段を確保してから攻撃を行う様、指示が来たのである。

しかし、最初に準備しようとした国内に唯一残った捕鯨母船を使っても胴体だけでも50m近いクラーケンを回収する事は不可能な為、代わりに150mクラスの船舶を入渠できる浮きドックが現場の近くである隠岐諸島方面へと向けて2隻の海洋曳船に牽引され佐世保港を出港したのは昨日の話である。

 

少なくとも、後2日間はクラーケンをこちらから手を出さずに追跡する必要がある……クラーケンは漏斗と呼ばれる個所から吸い込んだ海水を吐き出しながら海中を泳いでおり、その噴出音を頼りに追跡を行っている。

この様な生物の追跡は前代未聞な訳であるが、海流と無音潜航を巧みに使いこちらの失探(ロスト)を狙うロシアの潜水艦や猛スピードで航行しこちらの追跡を振り切ろうとする中国の原潜に比べればはるかに簡単な追跡であった。

 

「艦長、宜しいでしょうか?」

 

発令室の右側にて聴音を行っているソナーマンが、けんりゅう艦長・小久保淳司二佐に声を掛ける。

 

「クラーケンが進路を東北東から北へと変えました……速度も6ノットから約13ノットへ増速、少しづつですが浮上している様です!」

 

「進路を変えただと? クラーケンの進路上に船舶が航行しているのか!?」

 

「いえ、聴音した限りでは、付近に船舶は確認されていません。」

 

現在、この海域では一般船舶の航行が禁止されているが、万が一船が存在するなら今すぐに雷撃を行わなければならない! だが、進路上に船が居ない事に艦長は安堵する。

 

「艦長、クラーケンがこのまま北に進みますと、今の速度で約1時間程で竹島に到達します!」

 

発令室の奥で海図を見ながらクラーケンの進路を割り出した航海士が艦長に報告する。

 

「竹島だと? イカの化け物が島なんかに向かってどうするんだ!?」

 

小久保艦長は何かやな予感を感じつつも、現時点では雷撃の許可が出てない為、竹島へと接近しつつあるクラーケンを監視するしかなかった。

そしてクラーケンは暗い深海の中を竹島へと向かって進んでいった。

 

 

一時間後――竹島(韓国名・独島) 女島(韓国名・ドンド)の接岸場

 

今日も無数の海鳥達が曇り空を舞う中、独島警備隊は事故により中断していた、男島(韓国名・ソド)の避難施設から備蓄物資の回収作業を再開していた。

男島の接岸場に小型艇を停泊し、7人の隊員が物資の搬入を行う中、ジェンソとドハは他の6人の隊員達と共に女島の接岸場にて食料確保の魚釣りを行っていた。

6人の命が失われる惨劇から2日が経過するも、今だ宿舎内に居る隊員達の間に漂う憂鬱な空気から逃れる事が出来る外での業務はジェンソ達にとって心安らぐ数少ない時間となっていた。

 

「畜生、今日も小物しか釣れていないぞ……!」

 

「困ったな……少しは大物を釣らないと隊長からまた嫌味を言われるぞ!」

 

ドハがそう嘆くと隣で竿を振っていた灯台職員のムン・ハギョルがため息を付きながら嘆いた。

 

普段は竹島に建設された灯台の維持・管理を行う灯台職員であるが、島にシン書記官がやって来た翌日に燃料の節約を理由に灯台の運用が停止されており、その事を新たに隊長となったチェ・ヒョヌ警監が事あるごとに「仕事が空いているのだから、その分大物を捕まえろ!」と小言を言われているらしい。

 

ジェンソとドハはそんなハギョルの愚痴を聞いていると、ドハの足元において有ったトランシーバーからコール音がしたので、ドハは釣竿片手にトランシーバーを手に取った。

 

「南監視所より各局! 接岸場南側の海に黒い巨大な影が!! 繰り返す! 接岸場に……おい、アレは!!!!」

 

突然の無線にジェンソ達が聞き入っていると、ドハの横に居たハギョルが悲鳴を上げた! 2人が悲鳴の方向を見上げるとそこには巨大な触手な様なモノに掴まれ持ち上げられたハギョルが海の中に引きずり込まれる光景だった……。

 

「怪物が来るぞ! お前達何している! 早く逃げろ!!」

 

トランシーバーの音声で我に返ったジェンソとドハは釣竿とトランシーバーを投げ捨て島へ上がる階段へと一目散に逃げ出した!

 

ジェンソ達と少し離れた場所で同僚達と一緒に釣りをしていた通信担当のホン・アンソンは突然の悲鳴に振り返ると、ジェンソやドハの隊員達が走って来る姿と、接岸場をよじ登ろうとする巨大な生物の姿が見えた……その生物の巨大さに驚愕したアンソンは恐怖の余り立ちすくんでしまった。

 

「アンソン! 走れ! 逃げるんだ!!」

 

ジェンソの声に気が付いたアンソンは走り出そうとすると横に居た隊員にクラーケンの触腕が巻き付き引き寄せられて行く、捕まった隊員は悲鳴を上げながらクラーケンの口元に寄せられて行く……アンソンはそのおぞましい光景を目視する事は出来ず、そのまま階段へと駆け出した。

 

ジェンソは必死に階段を駆け上がり上へ上へと登って行った……その間にも下側から他の隊員達の悲鳴が聞こえ、南監視所からは自動小銃を撃ち続ける音が聞こえていたが振り返る事はせず、ひたすら階段を駆け足で上り続けた。

 

「ハア……ハア……助かったのか……。」

 

何とか階段を上がりきり警備隊宿舎の近くまでやって来たジュンソが後ろを振り向くと後ろにいるのは、息を切らしながらへたり込むドハと恐怖で泣き出したアンソンの2人だけだった……。

 

「ドハ、アンソン、他の奴らは……。」

 

「逃げ切れなかった……あの化け物に捕まって、喰われちまった!」

 

ジェンソの問いにドハはうな垂れながら答えた、接岸場の8人の内、無事だったのは自分達3人だけだったとは……。

だがジェンソ達が感傷に浸るのを打ち破るかの様に今度はヘリポートから連続した銃声が聞こえて来た。

 

ジェンソ達がヘリポートへ向かうと、7人の隊員達が西の方角に銃を下に向けて発砲している。

下を見るとクラーケンが男島の接岸場に上がろうとしている姿が見えた。

 

「畜生! まったく効いていないぞ!!」

 

ヘリポートの上からオ一警の班隊がK2自動小銃を連射するも全く効果が無く、その内弾切れや弾詰まりを起こす銃が出て来てついには射撃が出来なくなっていた。

 

「そうだ……K6機関銃だ! 早くヘリポートに持って来い!!」

 

銃の弾詰まりを直すのに悪戦苦闘しているオ一警の横で、ベテランのアン上警が島に配備されているK6機関銃(韓国で生産されているブローニングM2重機関銃の改良型)を持ってくる様、トランシーバーで指示を出していた。

こうしている間にもクラーケンは男島の接岸場に登ろうとする際に停泊していた小型艇の上に乗っかり小型艇を大破させてしまった。

 

「ああっ! 船が……。」

 

島に残っていた唯一、外洋航行が可能な小型艇を破壊したクラーケンは隊員達が男島で作業していた隊員達が逃げ込んだ避難施設へと向かっていった。

 

「貴様ら、何をしている! 発砲の許可は出してはいないぞ!!」

 

後ろから大声が聞こえた為、振り向くと今頃になってこの状況を理解していないと思われるチェ隊長がヘリポートにやって来た。

そんなチェ隊長に対しアン上警は強張った表情で何も言わずにクラーケンがいる方向を指差した。

 

「その方向に何か有ると言うのか……!? な……な……何だ……アレは!!!!」

 

アン上警が指差した場所を見下ろしたチェ隊長の眼下にはそれまで頑なに信じようとしなかった怪物の姿が……そしてその怪物は目の前の建物の窓に触腕を入れ込み、逃げ込んだ隊員を中から引きずり出して自らの口に押し込み捕食し始めた。

 

「ひっ……あ……あの化け物は……ひ……人を喰うのか……。」

 

チェ隊長は人が怪物に……しかも自分の部下が喰われている光景を見て悲鳴に似た声を上げた、その場に居た全員が立ちすくむ中、ようやくK6機関銃が運ばれクラーケンを撃つべくヘリポートの端に設置された。

 

ドンドンドンドンドン!! ドンドンドンドンドン!!!

 

銃座に着いたアン上警がK6機関銃の引き金を引きクラーケンに向けて12.7x99mm弾を撃ち込む、先に放たれたK2自動小銃の5.56x45mm弾よりも強力な弾丸がクラーケンの分厚い皮膚に深く食い込むが、決定的なダメージを与えるまでは至っていない様だ!

 

「何だと! 機関銃の弾が効いていないのか!!」

 

「アン上警、目です! あの怪物の目を狙って下さい!!」

 

人間を吹き飛ばす程の威力を持つ機関銃弾を喰らってもビクともしない相手に驚くアン上警にジェンソがアドバイスをする、アン上警はクラーケンの左目に照準器の狙いを定め再度引き金を引いた。

 

ドンドンドン!! ドンドンドンドンドン!!!

 

「プギィアアァァァァァァァァァァ!!!!」

 

撃ち放った機関銃弾の数発が左目に命中しクラーケンは悲鳴の様な鳴き声を上げ避難施設に激しく衝突し建物を押し潰した後に海へと逃走を開始した。

アン上警が再びK6機関銃の引き金を引くも途中で給弾不良により弾が発射できなくなってしまい、クラーケンに追い撃ちを掛ける事に失敗し、海へと逃げるクラーケンを見過ごす事になった。

 

 

クラーケンは去って行き、ようやく島に静寂が戻ってきた……女島の接岸場には上陸したクラーケンに捕食され喰いちぎられた隊員の身体の一部が散乱し、男島ではクラーケンに押し潰された小型艇と避難施設の残骸が無残な姿を晒していた。

 

余りにも大きな被害に独島警備隊の生き残った隊員達の全員が呆然と立ちすくむ中、ジェンソは一人、何故この様な事が起こったのか冷静に考えていた……そして思いついたのは、水葬……恐らくあの怪物は海に葬った仲間の遺体の臭いを嗅ぎつけこの島へとやって来たのだろう。

 

この様な冷静な考えが出来ても、亡くなった仲間に対して何もできず、自分だけが助かった事に無力さと罪悪感が込み上げ、ジェンソはその場で泣き崩れてしまった。

 

続く




独島警備隊に更なる不幸が……そして山内達、情報部別班の暗躍が本格化してきました! 色々と調べていると独島警備隊には重機関銃が配備されている事を知りまして、今回、本作では数少ない戦闘シーンで使うことにしました。


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第八話 雷撃深度195m

(日本国転移から)37日後……竹島(韓国名・独島) 男島(韓国名・ソド)の接岸場

 

昨日のクラーケン襲撃から一夜が明け、独島警備隊は厳戒態勢の中、男島の崩壊した避難施設の捜索を行っていた。

女島(韓国名・ドンド)の各監視所には予備弾薬を持たせた隊員と島の中央にある砲台にも砲手となる隊員を待機させ、再度襲撃して来るかもしれないクラーケンへの警戒を行っていた。

 

そしてジェンソは男島で瓦礫となった避難施設で行方不明者と残った物資の捜索を他の隊員達と共に行っていた。

クラーケンに小型艇まで破壊された為、男島に移動するには残った2隻のゴムボートに乗って移動し手作業で他の隊員と共同で瓦礫を一つずつ取り除いていく……途中、回収しきれなかった食料等の備蓄物資がいくつも瓦礫の中から出てきたが、袋が破れていたり潰れて中身が漏れ出していたりしていずれも使い物にならなかった。

 

昼を過ぎた頃、瓦礫の中から圧死した一人の隊員の遺体が見つかり、その後も瓦礫を掻き分け捜索したが遺体は発見されなかった。

今回のクラーケンの襲撃で10人の独島警備隊員と2人の灯台管理員、合計12人が死亡し、圧死した一人を除けば全員がクラーケンに捕食された事になる。

今日一日の捜索を終え、ジェンソ達は僅かに回収できた物資を手に警備隊宿舎へと引き返していく。

そして疲弊したジェンソはドハやアンソンに声を掛けられても返事する事すらできず、そのまま寝室へと向かい泥の様に眠りについた。

 

そして翌日、亡くなった隊員達12人の葬儀が行われた。

ただ一人、識別出来る形で遺体が発見されたカク・スンヒョン二警の遺体は女島で集められた誰の者か判らない肉片と共に火葬され、女島の灯台そばに有る僅かな土地に建てられた5つの殉職者の墓標の横に埋葬された。

この異世界の転移に巻き込まれて既に18人もの死者が出ており、ジェンソは事態が好転する希望があるのか、それともこの独島が自分達の墓になるではないかと考えていると、空から唸る様な音が聞こえ始めた……見上げると上空に日本の飛行機が島を旋回して監視しているのが見えた。

 

「あぁ……あれは俺達が死ぬのを待っているハゲタカだな……。」

 

ジェンソは上空を飛行する海上自衛隊のP-3Cを見つめ、そう皮肉交じりな言葉を呟いた。

 

 

それから2日後――隠岐諸島から北北西、約40kmの海域……日本国海上自衛隊第1潜水隊群・第3潜水隊所属・けんりゅう

 

ここまでクラーケンの追跡を継続していた潜水艦けんりゅうは無線通信の為、潜望鏡深度へと浮上を開始した。

何処までも広がる紺碧の大海に一つの黒い影が浮かび上がる……やがてその黒い影から突起物にしか見えない通信用アンテナが海上へと上げられ通信を開始する、そして一分もしない内に通信用アンテナは下げられ海中の黒い影も海の底へと消えていった……。

 

「艦長、こちらが司令部からの通信です!」

 

小久保艦長は通信士より渡された通信内容が印字された用紙に目を通し……横に居た先任士官の工藤一尉に紙を手渡す。

 

「本番ですか!?」 

 

「あぁ、やっと雷撃許可が出た……しかし、自国民では無いとは言えココまで人的被害が大きくなるとは……。」

 

小久保艦長は工藤先任の問いに答える、まさか一匹の生物が船や島に居る人間を襲ってここまで被害がでるとは……こんな化け物を万が一、仕留め損なって無防備な沿岸部に押し寄せてきたら大変な事になる! 小久保艦長は深く息を付き、ここでクラーケンを退治する決意をした。

 

「ソナーマン、クラーケンの現在の位置は!」

 

「はっ! クラーケンの現在の位置、方位010・距離約6km・深度約195m、進路方向は350・速度約6ノットです!」

 

クラーケンは竹島を襲撃後、竹島近海をまる一日かけて周回し、10時間ほど前から隠岐諸島方向へと進路を変えそのまま南下を続けている、退治したクラーケンを回収する浮きドックも既に隠岐の島近くに待機している。

司令部も機は熟したと判断したのだろう……小久保艦長は工藤先任と目を合わせた後、互いに頷いた。

 

「これより雷撃戦を行う、総員戦闘態勢! 目標、方位010方向のクラーケン!!」

 

待機中だった隊員達を含め、全ての隊員がそれぞれの持ち場へ駆け出していく! 海上自衛隊の潜水艦が演習以外で雷撃を行うのは1974年の第十雄洋丸事件以来である、しかも相手は海魔と呼ばれる未知の怪物であり、けんりゅうに搭載されている89式魚雷が生物でもあるクラーケンに有効なのかも実は不明な状況なのである。

水雷長の話では、目標の誘導に関してはクラーケンの推進音ともいえる、漏斗から出る音で魚雷のパッシブ誘導は可能であるが、鉄でできた船とは違い、クラーケンは生物なので磁気信管が作動しない事を想定し魚雷をクラーケンに直撃させる必要があり、それでも接触信管がちゃんと機能するかは五分五分とのことらしい。

 

「後、魚雷のアクティブ追跡モードなんですが、音波を発する事であの化け物がどう動くか全く想像できません!」

 

水雷長いわく、アメリカの原潜程では無いが、89式魚雷がアクティブ追跡時に発する音波もある種の海洋生物にとっては轟音である為、下手に刺激するとパニックになったクラーケンがこっちに向かって来て最悪の場合、艦に激突して被害を受ける可能性も在り得るとの事だが、それでも相手が驚いて動きが鈍ったり、強烈な音波で麻痺する可能性が在れば、アクティブモードも十分使い道が在るとの意見があった。

 

「進路このまま……1番魚雷発射管、雷撃よーい!」

 

「一番魚雷、諸元入力よし、1番魚雷発射管、注水開始……注水完了! 1番魚雷発射管、開きます!」

 

けんりゅうの右上にある発射口がゆっくりと開く……発令室に居た隊員全員が艦長のいる方向に振り向く。

 

「1番魚雷! 撃てーっ!!」

 

艦長の号令と共に、シュゴォーッ!と言う音を立て89式魚雷が水中へと放たれる! 89式魚雷は誘導ワイヤーを引きながらパッシプ追跡モードにて時速55ノットの速度で真っ直ぐと目標であるクラーケンへと向って行く。

 

「1番魚雷、航走確認! 目標到達まで約4分!」

 

このまま魚雷の問題が無ければ命中間違い無しと思ったその時。

 

「クラーケンが増速、転舵した模様……ん? これは……クラーケンのいる方向にもう一つ音の塊が……まさかデコイか!?」

 

海中から発する音を表示するソナー画面に新たな音源が増えた事にソナーマンは驚きの声を上げる。

クラーケンは自らの後方から高速でやって来る異音に危険を察知し、体に吸い込んだ海水を漏斗から最大の力で噴出し一気に時速20ノット以上の速度を出し、更に漏斗から細かい空気の泡を大量に吹き出して自らの囮を作り出し魚雷を回避しようとしたのである。

 

「生物がデコイだと!……いや! コイツは外見もイカに似ているから、あり得るのか!!」

 

「なるほど、イカの墨みたいなものか!?」

 

工藤先任と小久保艦長のそれぞれがクラーケンの取った行動に驚きと感心を示している間にパッシブモードの89式魚雷は巨大な細かい泡の塊から出る音がクラーケンの漏斗から出る音と似ていた為に、泡の塊に突っ込み、そのまま通過して目標を見失ってしまった。

 

「魚雷、目標を失探! クラーケンは左方向に逃走……魚雷、左旋回を開始します。」

 

有線ワイヤーを牽引した89式魚雷は、けんりゅうからの指令により左側に弧を描きながら旋回し再びクラーケンを捉えた、しかしクラーケンは直径8mを超える巨大な右目で深度200mに近い光の無い深海にも係わらず魚雷の動きを「 目視 」し、タイミングよく漏斗から海水を噴き出し高速推進する事で魚雷を回避してしまった。

 

「なんて奴だ! 魚雷を回避したのか、次は右旋回!!」

 

小久保艦長の指示により89式魚雷は右旋回を始める、三度目の魚雷の接近を察知したクラーケンだが、左側の目は3日前に独島警備隊から受けたK6機関銃の弾により視力が大きく下がっていた為、接近してくる魚雷を見つける事が出来無かった。

 

「アクティブモード開始!!」

 

タイミングを計ったかの様な艦長の指示により89式魚雷から有線ワイヤーが切り離されると同時に魚雷から強烈な探信音が発せられる! 突然の大音響に驚愕し動けなくなったクラーケンの左の胴体に時速55ノットで航走する魚雷が突き刺さる! そしてその衝撃により接触信管が起動した。

 

炸裂した267kgもの高性能炸薬はクラーケンを屠るのには十分な量で有った、魚雷の爆発によって左胴体を大きくえぐられたクラーケンはその一撃で絶命し、その轟音と衝撃は秒速1.5kmの速度で6km先のけんりゅうにも伝わった。

 

「魚雷命中!!」

 

「やったか……?」「間違いない!!」「うおおぉぉぉっ! 怪物を仕留めたぞっ!!」「やったぞーっ!!!」

 

魚雷命中に艦内の乗員達は歓喜の声を上げる。

 

「静かにせぃ!!!!」

 

「…………」

 

歓声を上げる乗員達を水雷長が一喝して黙らせた。

 

海中のノイズが消えるのを待ち、ソナーマンがソナー画面を見つめ状況の確認を行う、クラーケンが発していた活動音は何処にも聞こえず小さなパチパチと言う気泡の音だけがクラーケンの居た方向から聞こえてくる。

 

「艦長、目標の活動音は停止を確認、どうやら浮上している様です!」

 

「よくやった! これより目標の死亡を確認する、浮上せよ!」

 

「了解! ベント閉鎖、浮き上が~れ!」

 

けんりゅうはゆっくりと浮上し、巨大な葉巻型の姿を海面に現した。

小久保艦長と工藤先任は艦橋へ上がり双眼鏡でクラーケンの捜索を開始した、程なくして11時方向に赤黒い小島の様なモノが海面を漂っているのを発見する。

 

「あれがクラーケンか!」

 

「でかい……浮いている部分だけで、シロナガスクジラよりもはるかに大きいですよ!」

 

2人は自らが倒したクラーケンのその巨大さに圧倒される……その後、けんりゅうはクラーケンから2キロ程離れた位置で停船し通信用アンテナを上げてクラーケン討伐成功の報告を司令部に送信する。

そして浮上したまま定期的に現在の位置を示す為に信号を発信し続ける……本来なら潜水艦にはあるまじき行為であるが、異世界に転移後GPSが使えなくなり、さらに異世界が地球より巨大な惑星の為に経度緯度の概念まで使えなくなった為、位置を知らせる術が限定されているのである。

 

それから約3時間後に2隻の海洋曳船に牽引され、多くの学者達を一緒に乗せて来た巨大な浮きドックが到着し、クラーケンの回収作業が始まった。

2隻の曳船は手際よく浮きドッグの中にクラーケンの死骸を入れた後、浮きドッグがゆっくりと浮上を開始する……浮きドックが徐々に浮き上がるにつれて海魔クラーケンの全容が明らかになってくる。

 

「でけぇ……コイツは足まで入れたら100m以上あるぞ!」

 

「あそこに魚雷が命中したのか! 胴体の半分以上がえぐれている……。」

 

「この生物、イカに似ているのに触腕が4つもありますよ!」

 

「おい見ろ、怪物の胴体……破れた部分に何かいっぱい動いている!? 凄いぞ! 見たことの無い生物が喰いついている!!!」

 

浮きドッグの艦橋からクラーケンの死骸を観察していた学者達から驚きの声が上がる、地球の生物では想像できない大きさの生物を目の当たりにし、彼らは興奮を隠せないでいた。

さらに魚雷で引き裂かれたクラーケンの胴体部分には分厚くて固い皮では無く、柔らかい内臓を喰らいつくそうとした無数の異世界の生物、海魔が一緒に捕獲できたのである。

 

その後、クラーケンの死骸と無数の生物達を収容した浮きドッグは本土に回航され、捕獲した異世界生物の本格的な調査が開始された。

学者達はクラーケンの死骸から出る強烈なアンモニア臭に似た悪臭に悩まされながらも解剖調査を行った結果、この世界で海魔と呼ばれる生物は今までの生物学の見地から見ると生物としては存在しえない構造となっており、後にクワ・トイネ公国より招いた学者・魔術師の意見を参考にした結果、彼らが「 魔素 」と呼ぶこの異世界由来の未知の物質(そもそも検知する手段がない為、物質で有るかも分からない。)を何らかの形で体内を取り込み、通常なら破綻してる筈の身体を維持する為のエネルギーに変換しているのでは? と言う仮説に行き着いたが、魔法と言う科学とは全く異なる存在を理解していない状態で、生物にも魔法由来の要素が含まれている事に日本の学者達はどの様にすればこれらを解明できるのか、思案にくれるのだった。

 

 

クラーケン討伐から翌日――日本国海上自衛隊第1潜水隊群・第3潜水隊所属・けんりゅう

 

司令部より、昨日討伐し浮きドッグに収容されたクラーケンの写真と映像が送信され、艦内のTVモニターに映しだされた、クラーケン討伐成功の興奮が醒め止まぬ艦内に再びどよめきの声が起こった。

 

「デカいデカいと言っていたが、こうやって人と比べる映像が有ると本当にデカい事が分かるなぁ!」

 

「しかしこのデカさで2度も魚雷を回避したんだぜ……驚きだよ!!」

 

「でもコイツを魚雷で倒すことが出来るのが解ったんだ、それだけでも殊勲ものだ!」

 

「そうだ、それにまたやって来る様な事があっても、この艦なら負ける事は無い!」

 

思い思いの事を語り合うけんりゅうの隊員達、未知の怪物に初めて勝利した事に彼らは潜水艦乗りとしての自信を高め、この異世界の脅威に立ち向かう決意を新たにした。

そして、クラーケン討伐と言う潜水艦けんりゅうの功績は大きく報道され、多くの人々の称賛を得る事となった。

 

続く




八話にてついに自衛隊と海魔との交戦が繰り広げられ、やっと日本国召喚っぽくなったぽい!
とりあえずタイトルやら話の合間に潜水艦名作の何かをコッソリといれておけば、ナウなヤングにもバカウケだからイケイケドンドンと言いつつ執筆が遅れまくりました……。
現代の潜水艦って分からん部分が多すぎるので、潜水艦の戦闘シーンはPCゲームのDangerous WatersやCold Watersをプレイしてそれっぽく書いてみました。


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第九話 終焉

(日本国転移から)39日後……竹島(韓国名・独島) 独島警備隊宿舎

 

今日も独島警備隊と在日韓国大使館との無線通信が紛糾している光景を通信担当であるチョン・イドゥンとホン・アンソンの2人はうんざりとした顔つきで見ていた。

何かと自分が優位に立たないと気が済まないチェ隊長は大使館との交信においても事ある毎に大声でまくし立て、問題を全て大使館側に責任転嫁しようとする姿は部下の自分達でも(決して口にはしないが)非常に見苦しさを感じる。

 

ようやく通信が終わりチェ隊長は無線機のマイクを机に叩き付け、独り言を言いながら無線室を後にする。

部屋に残ったイドゥンとアンソンは顔を見合わせる、チェ隊長は何も言わなかったが、本日は久々に進展する出来事があった。

一つは島を襲ったクラーケンが日本により退治された事、そしてもう一つは新たな補給船の確保に向け話が進んでいるとの事である、2人は久し振りに良いニュースが出てきた事に喜んだ。

 

「チョン一警、久々の朗報ですね!」

 

「あぁ、後で皆に伝えよう! 補給船が来る様になれば、状況が改善される!」

 

2人は久し振りに笑顔で無線室を後にするもアンソンはふと立ち止まる、今までも事体が好転すると思っていた後に必ず不幸な事が起こっていた、まさか今回も……アンソンはそんな不安を感じるも、イドゥンに呼ばれて気を取り直し再び歩き始めた。

 

 

(日本国転移から)43日後……竹島(韓国名・独島) 女島(韓国名・ドンド)の接岸場

 

「ドハ、どうだった!?」

 

「駄目だ……小魚一匹も釣れない。」

 

クラーケンが退治された事を知り、ゴムボートで竹島の沖合に出て釣りをしていたドハが接岸場で待っていたジェンソに力無く答えた……。

接岸場で全く魚が釣れなくなった為、ゴムボートを使って沖での釣りを試してみたが結果は同じで全く釣れなかった。

失意のままジェンソはドハや他の仲間達と共に釣り具の片付けやゴムボートの収容を行っている時にふと空を見つめ、有る事に気が付いた。

 

「そう言えば……海鳥達がいない!? ドハ、空を見ろ! 海鳥が一匹もいないぞ!!」

 

「そう言われれば……全く気が付かなかった! どういう事だ!?」

 

ジェンソの声にそこに居た全員が空を見上げた……クラーケンが島に襲撃してから魚が居なくなり、鳥達までも何処かに行ってしまった。

これはクラーケンが島に来た事で魚や鳥達が驚いて逃げたしたのか? それとも何かの凶兆なのか……。

 

 

(日本国転移から)50日後……竹島(韓国名・独島) 独島警備隊宿舎

 

竹島が日本本土と共に異世界に転移して50日が経過した、その間に日本では閉鎖されていた旧オーストリア大使館に新たにクワ・トイネ公国・在日大使館が開設され、初の異世界国家との外交活動がスタートした。

再来週にはクイラ王国の在日大使館も開設され、それぞれの国との交流が本格化する。

 

日本本土では目まぐるしく状況が変化する中、独島警備隊宿舎の無線室ではイドゥンとアンソンが、在日韓国大使館と無線交信を行うべく無線機を操作していた。

ここ8日程、大使館との交信が途絶えており「明日、新しい補給船を確保する為の交渉を行う」との内容を最後に大使館側との通信が行われていない。

チェ隊長には無線機の故障かつ、転移の影響で部品の交換に手間取っているのでは? と報告しているが、実際はどうなんだろう……通信が出来ない事にチェ隊長は不信感を募らせており何時爆発するか、気が気でならない状況だった。

 

「…………チョン一警! 通信、来ました! 大使館からです!!」

 

8日ぶりに通信できた事にアンソンは喜びの声を上げる、最後の無線の内容通りだったら、今日は補給船確保の報告と補給の日程について話し合われるだろう。

イドゥンは内線でチェ隊長を呼び出そうとした時、大使館側の担当であるシン二等書記官とは違う声が無線機から聞こえて来た。

 

「……独島警備隊……聞こえますか…………こちらは在日大韓民国大使館……私はソン・ミンウ三等理事官……。」

 

「独島警備隊よりソン理事官、よく聞こえます! これからチェ隊長をお呼びしますので……ところで今日はシン書記官はお休みですか?」

 

「実は……その事について何だが……君たちには話し難い事なんだが……。」

 

今までの通信では必ずシン2等書記官が大使館側の代表として出ていたのだが、今回は初めて聞く名前の職員が無線で話しかけて来た。

しかし、話し難い事ってなんだ? イドゥンは首を傾げる、そしてソン理事官はチェ隊長の到着を待たないまま話を始めた……。

 

「シン・ウンチャン二等書記官が8日前から行方不明になった……。」

 

「えっ……!?」

 

突然の事にイドゥンとアンソンは驚きの声を上げる中、ソン理事官はこれまでの経緯について話し始めた……約2週間前、とある業者から「350トンクラスの遠洋マグロ漁船を傭船として仲介できる」との連絡があり、シン書記官が話を聞いてみると、日本の遠洋マグロ漁船の船主が転移の影響で遠洋への漁に出られない上に、さらに金に困っているとの事で、金さえ支払えば直ぐにでも船を出せると言う話らしい。

内訳は4年の傭船契約で費用は1億4千万円、ただし現金で先払いする事が絶対条件で有ると言われるが、他に船舶を確保できる当てが無く早急に補給船を確保する必要が有った為、シン書記官はこの条件を呑む事にした。

これまで在日同胞から集めて来た資金を現金に換え、8日前に職員1人を同行させて仲介人が指定したホテルへ公用車で向かったのだが、その後の連絡も無く、シン書記官と職員1人の行方が分からなくなってしまった。

大使館は日本の警察に捜索を依頼したが、シン書記官が該当のホテルへ立ち入った形跡及び、公用車がホテルや付近の駐車場を使用した形跡が無かった事とNシステムにて該当の公用車が東名高速を名古屋方面へ走行しているのを確認したとの報告があり、シン書記官はこれまで集めて来た資金を持ち出して失踪したと大使館側では推測し、今も行方を追っているとの事だ。

 

その後、大使館側は大慌てで仲介人に連絡を取ったが、この件はもう終わった話だと言われて取り合って貰えず、更に資金を持ち逃げされた事が何故か出資者や在日韓国民団に知られてしまった為に大使館は在日同胞達の信頼を大きく失墜させる事態となってしまった。

この様な状況の為、ソン理事官は現時点で独島警備隊への支援は困難で有ると伝え、次回の通信は事態が好転したら此方から連絡を行うと言い残し一方的に無線を切ってしまった。

 

「ちょっと待ってください! ソン理事官、応答せよ!!」

 

イドゥンは慌てて通信を送るも無線を切られた為、韓国大使館側からの応答は無かった……あまりの事にイドゥンとアンソンは呆然となるも、遅れて通信室にやって来たチェ隊長にはありのままを話すしか無く、録音していた通信内容を聞かせるとチェ隊長は烈火の如く怒り出した。

 

「あの野郎! 金を持って逃げ出すとは、何て奴だ!!!」

 

激高しわめき散らしながら通信室の扉を蹴り壊してチェ隊長は出て行った……イドゥンとアンソンはチェ隊長に壊された扉を修繕しつつ、この異世界に転移してから今まで起こった出来事を思い返していた。

ロープウェイの事故、クラーケンの襲来、そして今回はシン書記官の失踪により大使館からの支援が当てにならなくなった事……次々と起こる災難にやり場の無い怒りと無常さを感じつつも、次は何が起こるのか、そして自分達はこれからいったいどうなるのか……もう何をすればいいのか分からぬまま希望の無い明日を彼らは迎える事になった。

 

(日本国転移から)57日後……竹島(韓国名・独島) 女島(韓国名・ドンド)の東監視所

 

この異世界の転移から2ヶ月近くが経過するも、ジェンソとドハは相変わらず日課である監視所での立哨を行っていた。

監視所から海を見下ろすと沖合に釣りに出ていたゴムボートが戻って来る姿が見える、だが今日も魚が一匹も取れていない様だ……夕闇が迫る海鳥が居なくなった空を見上げジェンソが呟く。

 

「俺達、明日もココに居るんだよな……何処かに飛んで行った鳥達がうらやましいぜ。」

 

「ジェンソ……お前らしくないな、それに今の言葉、隊長に聞かれたら大変な事になるぜ!」

 

ジェンソの呟きに対してドハが返事をする、大使館からの連絡が途切れてからチェ隊長が以前にも増して粗暴な態度を取るようになり、不満を口にした部下に対して拳銃を突きつけて脅迫すると言った常軌を逸する行動を取る様になっていた。

多くの隊員達はこの様な状況から逃げ出したいと内心思っているが、島にあった唯一、外洋を航行出来た小型艇がクラーケンに破壊された為、島から脱出する事も叶わなくなり(船外機付きのゴムボートが残っているけど、外洋に出るのは危険すぎる上に航続距離が短かくて一番近い島にも行けない。)常に独島死守を言い張り続けるチェ隊長の前で本心を語る事すら出来ない……今やこの島に生き残っている24人の隊員達は大使館からの通信が途切れ、さらに倉庫室に備蓄してる食料と燃料の残りがどう持たせても後5日持つかどうかと言う事態にまで追い込まれている。

ドハはさすがに食料の備蓄が無くなれば隊長も考えも変えるだろうと口にするが、果たしてチェ隊長が考えを改めてくれるのか? ため息を付きジェンソは日没の空を見上げる……そこにはここが異世界で在る事の証である2つの月が青く輝き海を照らしていた。

 

 

(日本国転移から)59日後……竹島(韓国名・独島) 独島警備隊宿舎前

 

海鳥達の姿が見られなくなって久しい竹島の空の下、監視所での立哨を別班と交代したジェンソとドハは警備隊宿舎へと島の狭い道を歩いている、だがその足取りは何処と無く重い……今や独島警備隊は食料やあらゆる物資が枯渇し始めている上に日本に居る在日同胞達から見捨てられた状況化で有るにも関わらず、今日も朝礼でチェ隊長は拳銃を手にしながら独島死守を声高に訴えていた。

 

「なんか宿舎に戻るのも億劫だな……。」

 

「まったくだ! 中にいると何処も殺伐としていて、居心地が悪くてさ……。」

 

ジェンソとドハはそう話しあいながらも警備隊宿舎前に着くと突然、宿舎内から連続した銃声が鳴り響いた!

 

「ジェンソ! 今のはピストルの音じゃ無い!! 自動小銃の音だ!!!」

 

「いったい何が……ドハ、急ごう!!!」

 

2人は肩に担いでいたK2自動小銃を手に持ち替え、駆け足で宿舎内へと入って行った。

 

 

ジェンソ達が宿舎に戻る3分前……独島警備隊宿舎内・隊員室

 

「なんだよ、この前まで菓子がパンパンに入っていたのにもう空っぽかよ!」

 

オ・ジンウ一警がホン・アンソン二警の私物入れである箱を持ち上げ、つまらなそうに呟く……その横では顔に青痣ができ出血しているアンソンが

ジンウの取り巻きである4人の隊員に両腕を押さえ付けられていた。

 

島の食糧が減っていく中、腹を空かせていたジンウ達は以前、ホン・アンソンの私物の箱に大量の菓子が有った事を思い出し部屋の中を物色していたが、偶然アンソンが部屋に入って来た為、騒がれる前に5人でアンソンを袋叩きにして押さえ付けたのであった。

 

「菓子なんて、とっくの昔に無くなりましたよ……。」

 

アンソンはジンウを睨みつけ吐き捨てる様に言った……以前、箱の中に入っていた菓子は通信室で何かと荒れるチェ隊長をなだめる為に、使い切ってしまった。

 

「新兵のクセにてめぇ! 生意気言ってんじゃねえっ!!!」

 

その言葉と態度に腹を立てたジンウはアンソンの腹を蹴り、手に持っていた箱を床に投げつけた、すると僅かな私物と共に入っていたアクリルケースが壊れて中から一枚の写真が出て来た、ジンウは何かとおもむろに写真を拾い上げて見てみる。

 

「なんだコレ……オイ、見ろよ! コイツの家族の写真だぜ!!」

 

ジンウは写真を取り巻き達に見せつけると彼らは下品な笑い声を立てながらアンソンをからかい始めた。

 

「アンソン! お前の妹、可愛いじゃねえか! 俺がハメてやるから今度紹介しろよ!!」

 

「俺はお前の母ちゃんでもいいぜ! いいだろ、お前の兄妹が出来るまで頑張るからよ~!」

 

「ハハッ、聞いたかアンソン! こいつらお前の家族とヤリてーだってよ!! まぁ、今頃は他の男共を家に呼びこんでヤリあってんじゃねーか!!」

 

家族を侮辱されたアンソンはジンウに唸り声を上げながら睨み付け彼に飛び掛かろうとするが、取り巻き達がさらに強く押さえ付け動きを封じた。

 

「何をバカみたいに唸っているんだ! だいたいこんな物持っていたって、もう二度と会えないんだからよ……だったらこの俺が諦めがつく様にしてやるぜ!!」

 

そう言うとジンウはアンソンの前で家族の写真を破り始める、そして床に破り捨てた写真を笑いながらブーツで踏みにじった。

 

するとアンソンの左腕を抑えていた取り巻きの一人が悲鳴を上げた、アンソンが彼の腕に激しく噛み付き左腕を振りほどくと今度は右腕を抑えている取り巻きの頭に頭突きをして怯ませると隣の部屋に走って逃げ出した。

 

「イテェ!! この野郎!!!」

 

「テメェ! 待ちやがれ!!」

 

2人の取り巻きがアンソンを追いかけて隣部屋に入るが次の瞬間、取り巻き達の悲鳴と一緒に銃声が鳴り響いた!

 

パンッ!パンッ! パンッ!パンッ!!

 

追いかけていた一人が隣部屋から慌てて逃げ出して来たが銃声と共に頭を撃ち抜かれジンウ達の前で倒れてしまった、ジンウが隣部屋の扉を見るとそこにはK2自動小銃を手にしたアンソンが居た! 転移依頼、何時でも日本の奇襲に対応出来る様にと常に実弾の入ったマガジンを装填して部屋内に置いていたのをアンソンは手に取り、その銃口をジンウ達に向けた。

 

「や、ヤバいぞ! 逃げろ!!」

 

パンッ!パンッ!パンッ!! パンッ!パンッ!!

 

そう言いだして逃げ出した残りの取り巻き達に対しアンソンは発砲した! たちまち床に倒れ血を流している2人を見て一人残ったジンウはその場で腰を抜かしてへたり込んでしまった。

 

「や、やめろよ……アンソン、さっきまでのは冗談……冗談なんだから……なあ!!」

 

「アレが……アレが冗談だと!! ならばこっちは本気だぁ!!!!」

 

「アンソン! やめるんだ!!」

 

パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!!

 

1階入口から駆け上がってきたジェンソがアンソンを止めようとするが、ジンウの言葉に激高していたアンソンは聞き入れる事無く引き金を引きジンウに弾丸を浴びせた! ジンウは数発の弾を喰らうが全て急所を外していた為、うめき声を上げ床をのたうち回った。

 

「アンソン……何て事を。」

 

ジェンソの姿を見て我に返ったアンソンは、床に倒れた死体とうめき声を上げ続けるジンウの姿を見て自分が何をやったのかを理解しワナワナと震え出した、そして自分の顔に銃口を向け呟いた……。

 

「母さん……ごめん。」

 

パンッ!! と言う音と共にアンソンは自らの頭を撃ち抜きその場に倒れた……あまりの事にジェンソ達は呆然と立ち尽くしてしまう。

 

「そんな……ウソだろ!」

 

「アンソン、どうして……どうしてこんな事に!」

 

ジェンソとドハ、そして遅れてやって来たイドゥンが倒れたアンソンの前に駆け寄る、既にこと切れたアンソンを見てイドゥンは崩れ落ちる様に膝を付き涙を流した……その横ではイドゥンと一緒にやって来たアン上警が負傷したジンウに応急処置を施しているが、既に手の施し様の無い状態であった。

これほどの騒ぎが起きているにも係わらず、ようやくチェ隊長が部屋へとやって来た。

 

「な、何だコレは……ジェンソ! これはどういう事だ!!」

 

「……報告します、ホン・アンソン二警がオ・ジンウ一警と他4人を射殺後、持っていた銃で自殺しました! 原因は……不明です。」

 

床一面、血だらけとなり5人の遺体が倒れている現場をみて顔を引きつらせながら青くなっているチェ隊長にジェンソは淡々と答える。

 

「そ、そうか……だったら早くコイツ等の死体を片付けろ……片付けたらさっさと持ち場に戻れ!!」

 

そう言いながら部屋を出ようとしたチェ隊長の前にジェンソが立ち塞がった。

 

「な、何だ……ジェンソ? そこを退け!!」

 

「チェ隊長……まだ続けるんですか!!」

 

「!?……何だと貴様!!」

 

「まだ続けるんですか! と聞いているんです!!」

 

「き、貴様……我々は独島警備隊だぞ!! この独島は我ら韓民族の自尊心で、この世界唯一の韓国領土だぞ!! 貴様はそれを捨てて逃げるつもりかぁ~!!!」

 

チェ隊長は立ち塞がるジェンソに対し手に持っていた拳銃を向けようとするが、急に彼の足を誰かが引っ張り始める……驚いてその方向を見ると息も絶え絶えなジンウがチェ隊長の右足にしがみ付き助けを求めていた。

 

「た、隊長……助けて……チェ隊……長……。」

 

「ひいっ!!!」

 

驚いたチェ隊長はしがみつくジンウに対し拳銃を発砲する! しかしジンウは中々離れようとせず、何発も発砲する事でこと切れたジンウをようやく振りほどき急いで部屋を出ようとすると、今度はジェンソだけではなく他の隊員達も部屋の出口に立ち塞がっていた。

 

「隊長……島の食糧は後3日もしたら枯渇します、ご決断下さい!」

 

ジェンソの横にいたアン上警が今の状況をチェ隊長に伝える……今まで何度、進言しても独島に留まる事に固執したチェ隊長は聞き入れる事が無かったが、ここで今一度、今の独島警備隊の最悪な状況を声に出して伝えるのであった。

 

「怪我をすれば誰も救える事は出来ず、食糧すら補給のアテが無い! もう、これ以上持たない事はアンタも分かっている筈だ!!」

 

「き、貴様ら! それでも独島警備隊かぁー!!!」

 

激怒したチェ隊長は手にしていた拳銃をアン上警に向け引き金を引くも弾が出ない……さっきジンウを振りほどく為に連発した事で弾を使い切ってしまったのだ。

 

「な、なんだよ……お前達は……く、食い物だろ……医者だろ! 持ってくればいいんだろ!! だ、だったら……俺が、俺が持ってきてやる!!!」

 

チェ隊長はそう言うとジェンソ達を押しのけて警備隊宿舎を飛び出した後、接岸場に係留したゴムボートの一隻に乗り込み、海へと向かっていった。

ジェンソ達は接岸場までチェ隊長を追いかけていったが、そこで沖合へと消えていくチェ隊長のゴムボートを見送るしかなかった。

チェ隊長は鬱陵島(うつりょうとう)へと向かって行ったんだろうか? だがこの転移した世界には鬱陵島は存在せず、もし在ったとしても外洋を航行しなければならない為、ゴムボートで辿り着くのは無理な話であった。

 

あれから数時間、チェ隊長が戻って来るのを待っていたが、既に日は落ちており、もう戻ってこない事を悟った残りの隊員達は警備隊宿舎に集まって最後の決断をすべく話し合いを始めた……。

 

そして通信室に全員が集まり、通信担当のイドゥンが無線機に電源を入れるのを皆で見守っていた……無線機の電源を入れたイドゥンは周波数が合っているのを確認した後、無線通信を開始した。

 

「……こちらは慶尚北道警察庁・独島警備隊……日本国海上保安庁……応答を願います……。」

 

 

(日本国転移から)60日後……竹島(韓国名・独島) 独島ヘリポート

 

次の日の朝、18人の独島警備隊隊員達は僅かな手荷物のみを抱え、毛布に包まれた5人の遺体と共にヘリポート前に集合した。

打ちひしがれ疲弊した彼らの顔には表情は無く、ただ南側の空と海を虚ろな目で見つめている……。

この島を守る使命を帯びながらそれを成すことが出来なかった悔いや負い目が心に重く伸し掛かってくる……しかし、まだこの島に残ろうなどと思う者はいない……たとえこの島に居残ってもこの次に起きるであろう更なる惨劇にもう耐え切れないと皆がそう思っていたからだ。

 

ジェンソとドハ、そしてイドゥンの3人は待ちくたびれたかの様にその場に座りこむ、イドゥンの横には毛布で包まれたアンソンの遺体があり、彼の亡骸を見続けていたイドゥンは何かを語ろうとしたが、途中で感情を抑える事が出来なくなりその場で泣き崩れてしまった……。

 

やがて大きな音と共に南の空より2機の陸上自衛隊の大型ヘリコプターCH-47JAが飛来し、その内の1機がヘリポートへと着陸して来た。

着陸したヘリの後部ランプドアが開くと4人の陸上自衛隊員が降りて来て、その内の1人が韓国語でアン上警と話し合った後、アン上警は

皆に向かって大声で話しかけた。

 

「今朝言った通り、手荷物以外は持ち込む事ができない! 検査を終えて収容次第、日本へ出発する!!」

 

ジェンソ達はボディチェックと手荷物検査を終えた後、陸上自衛隊員にヘリコプターのキャビンへと案内され乗り込んだ、最後にアンソン達5人の遺体を乗せた機体は後部ランプドアを閉め、離陸を開始した。

 

2機のCH-47JAは編隊を組み高度を上げて行き巡行速度へと速度を上げていく、ヘリに収容された隊員の一人が近くの丸窓を見つめると皆に伝えるかの様に叫んだ!

 

「おい! 独島がみえるぞ!!」

 

その一声で独島警備隊員の皆が「片方に集まるな!」と言う自衛官の声を無視して、左の窓側に集まり窓を除き始めた、ジェンソとドハは駆け寄った丸窓に顔を寄せると小さな2つの島……独島が2人の目に入った。

 

「独島が……もうあんなに遠く、小さくなってしまって……なぁ、ドハ!?」

 

ジェンソがドハの方を向くと目に涙を浮かべるドハの姿が有った。

 

「ジェンソ、空から独島を見て分かったよ……あそこに置き去りにしてしまったんだ! 俺達の誇りも、何もかも、全て……。」

 

ドハはこれまで誰にも見せなかった表情で泣き叫び、窓に寄りかかる様に崩れ落ちた。

 

「分かっている……でも、今はこうするしかないんだ! そうしないと、次は皆やお前まで……全てを失ってしまう、だからあの島には戻れないんだ……。」

 

ジェンソは泣き崩れるドハに対してそう答えた……小さな丸窓の周囲には同じ様に独島を見つめ涙する独島警備隊員の姿が在った、ジェンソとドハは再び丸窓に顔を寄せ今まで自分達が過ごして来た小さな島が見えなくなるまでずっと見続けていた……。

 

 

続く




やっと投稿ができました……何と言うかこの回が一番陰惨な話になる事と、言葉の回し方に難儀した為、先に第十話の方を書いていました。

次回で生き残ったジェンソ達、独島警備隊と日本サイドで活躍した山内達のその後……そして在日米軍と北方領土のロシア軍がどの様になったかを2回に分けて書いてきます。



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第十話 日本で最も危険な男

(日本国転移から)61日後……美保飛行場(米子空港) 広島出入国在留管理局 境港出張所

 

ジュンソ達、独島警備隊の隊員達が竹島から日本本土へと移送されてから一夜が過ぎた。

朝食を済ませた彼らは殺風景なロビーの様な場所で各々テレビを見たりしてくつろいでいる……ジェンソが格子の付いた窓から外を見渡すと1機の小型旅客機が滑走路へと移動しているのが見えた、昨日ここに来た時は日本の施設へ移送するとしか説明されなかった為、最初は日本の軍事基地に来たのかと思っていたが、どうやらここは民間の空港の施設らしい。

 

ジェンソ達は広島出入国在留管理局境港出張所の施設に移送され事情聴取の後、数日間その身柄を拘束される事となった。

その後、在日韓国大使館の職員を名乗る男が身元引受人として現れ、隊員全員をバスを乗せ移動中にこれからの説明と称しあれこれと話していたが、彼の態度からしてどうやら我々独島警備隊は在日同胞から歓迎されていない事をジェンソ達は理解した。

 

 

(日本国転移から)66日後……日本国東京都千代田区永田町、首相官邸

 

東京は数日ぶりに春らしい天気に恵まれ雲一つ無い青空の元、ここ永田町の首相官邸では2階の南会議室にて竹島奪還の報告会を内閣総理大臣 武田 実成と防衛大臣 厳田 虎を迎えて行われていた。

国のトップを迎えての会議であるものの、今回は自衛隊から情報部別班の山内三佐が参加している都合、内情を知るごく数人が参加するだけの会議となった。

 

「………以上の調査の結果を踏まえ、韓国側で建てられた施設は倒壊する恐れも在り……また他の勢力が島に上陸した際に施設を使わせない様にする必要がある為、島に在る施設は接岸場を除くヘリポート、アンテナ塔を含む全てを撤去後、新たに小型の無人灯台を設置するのみとし竹島は職員等を常駐しない無人島にする方針とします。」

 

竹島の管理を担当する海上保安庁の幹部より、今後の竹島に関する報告を聞き武田総理は軽く頷いた。

 

「うむ……今後は兎も角、今は竹島に人材を割くほどの余裕も無いからな……ところで、山内三佐、君たち別班で対処して貰った、例の警備隊と韓国大使館との報告は概要だけは受け取っているが、せっかくだからここは君から直に報告を聞きたいが良いかな?」

 

武田総理から突然の指名があった山内だが、特に慌てる事も無くこれまでの経過の報告を始めた。

まず彼はこれまで通信傍受で得た内容と生き残った独島警備隊の隊員達からの事情聴取で判明した、島内で起こった出来事から話を始めた。

補給船の遭難から始まりロープウェイの事故、隊長が射殺され、クラーケンの襲撃で多くの隊員を失い、韓国大使館ら同胞から半場見捨てられた状態となり最後には隊員同士が殺し合う事態に発展し副隊長は錯乱して逃亡し行方不明……残った隊員達はこれ以上島に留まる事は無理だと判断し日本への投降を選択した事を……。

 

「………以上が生存者18名から聞き取った内容となります、それとゴムボートで脱出したチェ・ヒョヌ警監についてですが今朝がた、彼が乗っていたと思われるハングルの書かれたゴムボートがひっくり返って漂流しているのを竹島から北西約150kmの海域にて哨戒活動中の護衛艦せとぎりが発見・回収しています。 なお、遺体や遺品等は発見していないとの事です。」

 

事前に概要を聞いていたとはいえ、転移から2ヶ月で半数以上の隊員が死亡するその凄惨な内容に話を聞いた首相と会議に出席していた幹部らは皆、顔を歪める……続いて山内はこれまで行ってきた工作活動に関しての報告を始めた。

 

「この件については色々と想定外の事が起こりましたので、正直な所を言いますと……終わり良ければ総て良し! と言った所でしょうか。

まずは一番の問題だった竹島に常駐していた本土まで航行できる性能を持つ小型艇と補給船ですが、当初はSBU(海上自衛隊 特別警備隊)にて破壊工作を行う予定でしたが、どうしてもリスクが付きまとう為、別の手を考えていた時に例の怪物ことクラーケンが現れて、都合よく2隻の船とも破壊してくれました。」

 

「あぁ……あの怪物は視察で実物を見たときは本当に驚いたよ! しかし、こちらの戦力で対処できる相手で良かった……もし怪獣映画みたいにこちらの攻撃が効かなかったら今頃どうなっていたのやら……。」

 

この会議に参加しているメンバーで実際に退治されたクラーケンを見て来た、厳田 防衛大臣が呟くように感想を漏した……それを聞いた山内は一瞬ニヤリと表情を浮かべてから、話を続けた。

 

「そして韓国大使館の件については……今回、国税庁から税金の滞納で差し押さえていたマグロ漁船を借りる事が出来たので、この船を使って韓国側の担当者を釣り上げる事にしました。 盗聴で韓国大使館側も新しい船が借りれなくて切羽詰まった状況なのは確認していましたので、こちらの話にあっさりと喰いついてきました……さらに貸し出す船の代金を現金で前払いにする様に要望して、事前に調べた彼らが用意できる金額……一億四千万円を当日準備する様、条件を吞ませる事にも成功しました。 そしてその後はヤクザ連中が使う情報屋を通じて、在日韓国人のコ・ヒョン達、暴力団特亜会の連中にその情報を流しました……そうしたらとりわけ船を失った上に代金の支払いすら無視されていたコ・ヒョンは激怒して、特亜会の会長に傭船の代金の回収と自分の面子を潰したシン書記官に“落とし前”をつける為に手下を貸してくれる様、頼んでいた事を確認したので、後は連中が動いてくれるのを待つだけとなりました……。」

 

そして当日、待ち合わせ場所であるホテルの地下駐車場に車でやって来たシン書記官と職員の2人は車から降りた瞬間、特亜会の組員に囲まれ、そのまま彼らと現金の入ったアタッシュケース、そして乗っていた車と共に拉致されていくのを事前に潜伏し張り込んでいた公安の捜査員が目撃していた。

だが彼らはその場で事件を止める事も無く、拉致現場を撮影していた現場の監視カメラのビデオテープを別案件の名目で早々に回収し、捜査依頼をして来た韓国大使館には書記官達はホテルには向かっていないとの嘘の報告を行ってた……。

それだけでは無く、これまで資金を提供していた在日韓国人の出資者、在日韓国民団に「シン書記官達は出資した金を持ち逃げした!」とデマを流し韓国大使館と在日韓国人の関係を大きく悪化させた事で独島警備隊への補給活動を破綻させただけでは無く、在日韓国人の結束にも大きな亀裂を与えた事にも成功したのである。

 

「まったく、この悪党め……よくここまで考えつくモノだ!」

 

武田総理は笑いつつもそう呟いた……。

山内三佐の事は前世界で首相に就任していた頃から知っているが、体育会系の見た目に反して悪知恵がやたらと働き、驚くばかりの行動力で過去にはロシアのGRUや中国の統一工作部すら手玉に取っていたと言う……“異端児”“大悪党”“日本で最も危険な男”等と呼ばれている彼だが、異世界に転移した今の様な時代……いや、どんな時代であっても彼の様な男がこの国には必要とされているのだ。

 

今回の件を本人は結果オーライな事を言っているが、状況が大きく変化してもここまで最善の結果に持ってこれた山内三佐の技量に武田総理は感服するのであった。

 

その後、行方不明となったシン・ウンチャン二等書記官と同行した職員は2年後、神奈川県にて発生した建設残土処分地の崩落事故にて土の中から死体となって発見された事が新聞の事件面に小さく掲載された。

 

こうして竹島は海上保安庁の指示の元、韓国により島に建てられた施設の解体工事が開始された。

途中、ロウリア王国との戦争により作業が中断される事が有ったが、島に建てられた建造物は全て撤去された後に新たに無人灯台が建設され、さらに韓国政府により設置された石碑や岩刻された文字、島を訪れた旅行者が残した落書きまでもがキレイに撤去されるか削り取られていった。

その後、船着き場に新たに設置された石碑には日本語と大陸共通言語にて文字がこの様に刻まれていた。

 

日本国 島根県 隠岐郡 隠岐の島町 竹島

 

こうして62年ぶりに無人島となった竹島には何時しか魚達が戻り始め、それを追うように海鳥達も島へと帰ってきた……そして夜になると新たに設置された波力発電機の電力により無人灯台に灯りが燈り始める……その輝きは異世界の夜空を照らす2つの月と共に水平線の向こうを照らし続けていた。

 

 

(日本国転移から)71日後……日本国東京都千代田区霞が関 中央合同庁舎第2号館

 

中央合同庁舎第2号館、高層棟1階のエントランスに複数のテレビモニターが設置された待合室の一画……公共放送のチャンネルを映し出すモニターからは海上保安庁主導で竹島に設置されていた施設の解体が始まった事を伝えるニュース映像を視聴する2人の男の姿があった。

 

「やっと終りましたね……。」

 

「あぁ……まったく驚く事ばかりの2ヶ月だったぜ!」

 

相変わらず眠たそうな顔をした三津木と山内が映し出される映像を見ながら語りあっていた。

 

「悪いな、お二方! 待たせてしまって。」

 

細身でメガネを掛けた警察庁外事情報部の佐藤が2人の元へやって来る、今日は山内と佐藤の2人が異動の為、後任となる職員と引継ぎの会議をここ中央合同庁舎2号館で行うのだが、まだ時間に余裕があった為、3人は低層棟にあるコーヒー店で時間を潰す事にした。

3人はそれぞれ注文したコーヒーを受け取り、空いているテーブル席に座ってくつろぎ始めた。

席に着いた三津木が佐藤に今回の異動についての話を投げかける。

 

「佐藤さんも異動になったと山内から話を聞いたのですが何処に行かれるのですか?」

 

「あぁ……今度、この異世界で使われている“魔信”って呼ばれている魔法由来の通信システムの解析と通信傍受を専門とする部署が新設されて俺が抜擢されたんだ……まだ“魔法通信情報解析班”って仮名で正式名称は決まっていないが、この部署の設立に伴って今度クワ・トイネから魔信技術士と呼ばれている人物が来る事になっている。」

 

「魔信かぁ……何でも、魔力って奴を持っていないと使えないって話らしいが、そこはどうなんだ!?」

 

山内はクワ・トイネ公国使節団が披露した“魔法”についての報告書を読んでいた事も有り、魔法や魔信についてもある程度の知識は有った為、佐藤に疑問を投げかけてみた。

 

「この世界の魔法とやらに関しては国の研究所も回析を始めているが、魔法なんざ如何せん前の世界ではお伽話かオカルトなシロモノで、今はどう研究すればいいのかも分かっていない状態だからな……向こうから詳しい奴が来るとはいえどうなる事やら!?」

 

佐藤はそう答えると手にしたコーヒーに口を付けた後、再び話始める。

 

「そう言えば山ちゃん……俺まだ、お前さんが何処に飛ばされるのか聞いてないけど、左遷先は何処なん!?」

 

「人聞きの悪い事を言うな! 俺は今度、在クワ・トイネ公国日本大使館に駐在武官として赴任する事になったよ。」

 

「それはおめでとう……と言いたいところだが、急な話だよな? そもそも何で山ちゃんなの!?」

 

「ロウリア王国って知っているか?」

 

「確かクワ・トイネ国の西側に在る国で、この前外務省の訪問団を追い返したってニュースでやっていたが、それが!?」

 

コーヒーカップをテーブルに置き佐藤は山内の問いに答えた、そして山内は表情を変える事無く話を続ける。

 

「あぁ……訪問団を追い返した理由ってのが、日本がクワ・トイネ公国とクイラ王国とに国交を結んだ事が原因らしい、外務省の連中の話だとロウリア王国と国交を結ぶ条件がクワ・トイネとクイラとの断交が最低条件として突きつけられたってな。」

 

日本にとってこれから食料と資源を供給して貰う重要な2カ国との断交など在り得ない! 訪問団が2カ国との断交は出来ないと答えると、ロウリア王国の外交担当者は侮蔑的な言葉を口にし衛兵を呼び出して訪問団を追い返してしまった……これにより現在、ロウリア王国との外交活動は中断しているとの事である。

 

「その国が最近、不審な動きをしていてな……クワ・トイネとの国境で大規模なロウリア軍の集結が確認されて連日演習を繰り返しているらしい。」

 

「おい! それって、まさか戦争……。」

 

佐藤がそう言いかけると山内は口の前に手を寄せ「静かに!」とジェスチャーした。

 

「ウチ(自衛隊)では最悪、早くて4月上旬に動きがあると見ているが、外務省を始め政府の動きが鈍くてな……とりあえず自衛隊はこの俺を現地に向かわせる事にしたって事だ。」

 

山内はそう言い終えると、手にしていたコーヒーをぐっと飲み干した。

 

「山ちゃん、本当にそんな事が起こるのか!? 大変な事になるぞ!!」

 

「大使館からの話ではロウリア王国の王様ってのが、どうやらクワ・トイネ公国の穀倉地帯を手に入れたいと以前から狙っていたらしい、それに亜人……エルフとか獣人とか呼ばれている耳の長い奴や毛深い連中を酷く嫌っているらしくてな、今回の侵攻に合わせて亜人達を根絶やしにして大陸の統一を図るつもりらしい……。」

 

佐藤の問いに答えた山内は飲み干したコーヒーカップをテーブルに置き、腕組みをする。

 

「そのロウリア王国の兵力って……クワ・トイネ公国の戦力で対抗できるモノなのか!?」

 

「ロウリア王国の兵力は直轄軍だけでも陸海軍合わせて約24万、それに配下の諸侯軍が40万と言う話です、それに対してクワ・トイネは総兵力5万にしか満たない兵力です……戦争は兵力が全てでは有りませんが、我々が出した予測ではどう頑張っても4ヶ月以内に首都を攻略されると言う結果が出ています。」

 

山内に変わって三津木が佐藤の問いに答える……そこにはいつもの眠たそうな表情では無く、彼自身その戦争の過程で起きるであろう惨劇を予測しているかの様な真剣な顔つきで有った……。

 

「そんな、話にならないじゃないか! 仮に……もし仮にだ、自衛隊を派遣すればロウリア軍には対抗できるのか?」

 

佐藤の所属する警察庁外事情報部ではこの様な情報が無かった為か、動揺しつつも何とか山内達から情報を聞きだそうと躍起になっていた。

 

「外務省の報告だとロウリア王国の軍事技術はクワ・トイネとほぼ同じとの事です、ミサイルや大砲はおろか、火縄銃すら存在しません……脅威なのはワイバーンと呼ばれている騎乗できる火を噴く飛行生物ですが、それも自衛隊では退役が始まっているF-4戦闘機の敵ですら有りません。」

 

再び佐藤の問いに三津木が答える、すると山内が三津木の話に割り込む様に喋り始める。

 

「つまり、ロウリア軍と自衛隊ではネズミとライオン程の差が有るって事だ! 参戦すれば大した損害も無くロウリア軍を駆逐できるだろう……だが!」

 

「だが!?」

 

「政府に俺達を送り出す覚悟が有るかどうかだよ、それに派遣するにしても何かしらの条件……まさか相手と同じ剣や弓矢で立ち向かえって事は無いにしろ派遣するに当たってこちらの手足を縛る様な交戦規程を盛り込むだろう……もっとも変な条件が来たらウチのオヤブン(統幕議長)が突っぱねる気でいるがな。」

 

「だとしたら後は政府の判断次第か……流石に今回はこれだけの事態とはいえ、それでも何時ぞやの憲法論議みたいに足を引っ張られる事も有り得るのか。」

 

佐藤は前世界で起こったカンボジアのPKO、イラクへの自衛隊派遣の事を思い出す、いくら自衛隊への印象が以前より良くなっているとはいえ、今回の案件は確実に武力行使が起こり得るので国内での反発は必至で下手すると政権すら揺るがす事態になりかねない。

佐藤がそう考えていると、腕組みしたままの山内が答える。

 

「まあな……ただし今回の転移騒ぎで護憲派の皆さま方はパトロンたる中国や北朝鮮との関係が途切れているから、そんな大っぴらには動けない筈だ、そもそも苦労して手に入れた食い扶持を放棄してまで憲法を守ろうなんざ、タダでさえ食料品の値上げで苦しんでいる国民が支持する訳ねえだろう! 政府は間違いなく自衛隊を派遣するよ。」

 

「それに今クワ・トイネには港湾建設の為の日本人労働者と技術者、農業機器の導入の為にJICA(国際協力機構)の職員と同行している陸自の施設部隊が在留している、これだけで邦人保護の名目で派遣が可能だが、相手は60万を超える大軍だ! 邦人保護何てケチな理由じゃなくてもっとそれらしい露骨な口実が必要だ! それにもし戦争が起きた場合、モタモタしていたら多くの罪の無い人々が命を落とす事になる、今この世界で日本とクワ・トイネを救えるのは俺達自衛隊しかいない……だから俺はクワ・トイネに行くことを志願したんだ!」

 

それを聞いた佐藤は最初は驚いたが、やがて笑みを浮かべながら言葉を返した。

 

「そうか、山ちゃん……俺はその言葉を聞いて安心したよ。」

 

佐藤は幼少の頃からの長い付き合いだったから彼の事はよく知っている、山内は昔から大柄でコワモテだったが、弱い者に対しては優しい男だった。

彼との酒の席で一度だけ聞いた、その驚く程の英知と行動力の原点は太平洋戦争中、陸軍中野学校で工作員として学んだ祖父から教わったものであり、大学を卒業して自衛隊に入隊した彼が聞いた祖父の最後の言葉が「哲也……日本を頼む」だった事を……そして情報部に配属された彼は祖父の遺言を果たすべく世界を舞台に駆け回り活躍してきたのだ。

 

そうだ……この男、山内哲也ならきっとやってくれる、佐藤はそう思うとさっきまでの不安が払拭され希望が見えて来た。

 

「話が過ぎたようだな……もう会議の時間だ、行こう!」

 

「あぁ……そうだな!」

 

「あっ! もうこんな時間なんですね、行きましょう!」

 

3人は席を立ち、高層棟の会議室へと向かい歩き始める……そして5日後に在クワ・トイネ公国日本大使駐在武官として公都クワ・トイネに赴任した山内は駐クワ・トイネ大使である田中 一久と共に自衛隊派遣に奔走する事となる。

 

 

次回 最終回

 




今回は最終回に向け、日本サイドの主人公でもある山内哲也の暗躍と彼のその後についての話しがメインとなりました。
彼の渾名の一つである“日本で最も危険な男”は“ヨーロッパで最も危険な男”と呼ばれたオットー・スコルツェニー中佐からもじったモノでそのままタイトルとしました。

日本国召喚本編では自衛官の切れ者幹部に三津木と言う人物がいますが、情報部と言う手前、もっと行動的なキャラクターが必要だった為、山内と言うオリジナルの人物が誕生しました。

当初は作中でも、山内が言っている通りSBU(海上自衛隊 特別警備隊)の破壊工作により小型艇とパガンド号を破壊する予定でしたが、後々の展開をどうするか詰まってしまった為、彼と同時にクラーケンが登場する事になりました。

次回こそ、韓国側の主人公カン・ジュンソと独島警備隊員達のその後と、北方領土もロシア軍、在日米軍がどうなったかを書いていく予定です。


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第十一話 異世界の異邦人

中央歴1640年(西暦2016年) 1月28日 日本国東京都新宿区四谷 韓国文化院 

 

元独島警備隊、カン・ジュンソが仲間達と共に日本国転移に巻き込まれてから1年が経過していた。

在日韓国大使館にて独島警備隊の解散式を行った後、新たな生活を開始した元独島警備隊の隊員達だが、この日本での生活は苦難の連続であった。

多くの在日韓国人は悲劇的な運命を辿った独島警備隊に同情こそはしているが、彼らを「独島を見捨てて逃げ出した臆病者!」と言う心無い事を言う人々も多く存在するが故に、日本語が喋れず必然的に在日韓国人のコミュニティーに依存せざるを得ない彼らは肩身の狭い存在となっていた。

多くの元隊員達が名前を変え、自分が独島警備隊の隊員で在った事を伏せての生活を余儀なくされる……そしてこの様な状況化に耐え切れずにこれまで3人の元隊員達が自ら命を絶ってしまった。

 

自殺した元隊員の中の1人に、ジェンソとも仲が良く、独島警備隊では通信を担当していたチョン・イドゥンがいた。

警察から見せてもらった彼の遺書には「祖国に戻る術も無く家族と二度と会う事が出来ず顔見知りすらいない日本での孤独な生活……さらに職場で元独島警備隊員で在る事がバレてしまい居場所を失ってしまった事……そして後輩であったホン・アンソンを助ける事が出来ず、自分だけのうのうと生きている事に耐えがたい苦痛を感じる様になり、生きて行く理由を失ってしまった……自分だけでも独島に残ってそのまま朽ち果てれば良かった!」と書かれていた……。

ジェンソは今、新宿区四谷に有る韓国文化院で在日韓国人向けの韓国語ネットニュースの編集者として働いている、ここで務めている人々は編集長を始め皆がジェンソを元独島警備隊員で在る事を知りつつも彼を快く迎えてくれた……そして、そんな自分がとても幸運で有った事をイドゥンの死により知る事となった。

 

異世界に転移したとはいえ、1月の東京は地球にいた時と変わらない寒さが続く中、編集部で業務をしていたジェンソは他のスタッフ達と共にこれからテレビで放送される日本政府の会見が始まるのを待っていた、何でもこの放送は通常のデジタル放送の他に魔導通信と言う異世界由来の技術を使って世界に同時放送されるらしい。

そして放送が始まり、内閣官房長官の挨拶の後、映し出された録画映像には異国の軍装を着た騎士団と共に民族衣装を着た黒髪の美しい女性……この世界の列強国であるパーパルディア皇国の侵略で滅亡したと言われているアルタラス王国のルミエス王女が映し出され、彼女はその容姿とも釣り合う美しくも力強い声で演説を始めた。

 

だが、ここに居るジェンソを始め韓国人スタッフ達にはルミエス王女が話す異国の言葉が分からない、テレビに表示される字幕放送を読む事で韓国人スタッフ達はその内容を理解していたが、日本に来て一年も満たないジェンソは日本語の会話を少し覚えた程度で文字に関しては半分も読めないので、隣に居るスタッフの女性に通訳して貰っていた。

 

そしてルミエス王女の演説が終わると再び内閣官房長官が映し出され、日本国はルミエス王女を君主とした臨時政府を正統政府として承認し、さらにフェン王国に侵攻していたパーパルディア皇国の陸海軍を自衛隊がフェン王国軍と共同で壊滅させ、占領されていたニシノミヤコを解放した事を発表した。

 

「おい! 日本の部隊が出発したのって昨日だろ……早すぎないか!!」

 

「それにアルタラス王国は日本に臨時政府を置くって事か!? まるで日帝占領時代の大韓臨時政府の様な話だな……。」

 

「だけど、このまま戦争が続いたら、日本に居る私たちまで巻き込まれるかもしれないわ?」

 

「でも、あのお姫様、凄い美人だから……俺、応援しちゃうな!」

 

突然の発表に騒然となり、編集部に居る韓国人スタッフがそれぞれ思い思いの事を話している中、ジェンソも自分が思った事を皆に話してみた。

 

「そう言えば、異世界人の言葉って初めて聞いたけど、本当にチンプンカンプンですよね……日本の外交官達ってどうやって会話しているんだろ?」

 

その言葉を聞いた編集部のスタッフ達は最初は怪訝そうに顔を見合わせたが、ある事に気づいてジェンソに話しかけた。

 

「そっか……ジェンソは転移してから最初の2ヶ月は独島に居たんだから、あの事は知らないよね!」

 

「あの事って……俺が日本に居ない時に何かあったんですか!?」

 

ジェンソの横にいた女性スタッフが“あの事”について話してくれた……それは去年、日本国が異世界の国々と国交を開く中、どの様にして日本政府はこの短期間で異世界国家との交渉を可能にしたのか? と言う謎を韓国を含む各国の大使館が調べていたのだが、日本は異世界の言葉を短期間で解析した訳では無く、何らかの作用で日本人にだけ異世界人との会話が自動的に翻訳されているらしい。

実際、日本にクワ・トイネ大使館が開設された時の記念パーティに招かれた各国の外交官がクワ・トイネ人と会話を試みるも、誰一人として日本人の様に直接クワ・トイネ人と会話をする事が出来なかったのだ……。

 

「そんな事があったんですか……しかし、どうして日本人にだけそんな事が?」

 

「それが当の日本人達にも解らないらしいのよ……だから私たちはこの事を“神様のえこひいき”って呼んでいるわ!」

 

ジェンソは彼女の“神様のえこひいき”と言う言葉に思い付く事があった……それは日本が異世界に転移した時に、独島や自分達を含めロシアの北方4島と言った島々まで転移されてしまい、まるでこれらの島々を日本の領土だと認める存在が居るのでは!? と思った事があるからだ。

そして日本人だけが、この異世界の住民と何も障害も無く意思の疎通ができると言う信じがたい事実……ここまで理解を超えた出来事が起こると、何やら日本を贔屓している“超越した意思”……神の様な存在が介入しているのではないかと思い始めた。

だが、その神の様な存在はどうしてこの国をこの異世界へと転移させたのか……天罰? いや、罰する目的で異世界へ転移させたのなら異世界人と会話できたり、独島まで転移させるなんて事はしないだろう、ならば何の為に……。

 

そして、この日よりジェンソは日本と自分達が何故この異世界に転移したのか、その理由を探し求める事を密かに決意するのであった。

 

 

中央歴1640年(西暦2016年) 8月28日 日本国東京都千代田区永田町 首相官邸

 

この異世界に転移してからの二度目の夏も前世界の時と同様、うだる様な蒸し暑さと蝉の鳴き声が騒がしく聞こえる例年通りの夏日となった。

ここ首相官邸2階の南会議室では内閣府参事官の中田を進行役として各官庁の幹部が集まり恒例の会合を行っていた。

 

この8月でパーパルディア皇国に対し大規模な攻勢が行われた為、ほぼ連日の如く首相官邸での会合が続いているが、今回の議題はパーパルディア皇国では無く、ロシア大使館職員が起こした事件に関しての報告であった、中田の手元には先週の新聞の切り抜き記事が置かれていた。

 

夕月新聞・8月25日 朝刊――海上保安庁 ロシア貨物船を拿捕、船内には大量の武器と弾薬

 

第一管区海上保安本部によると8月24日昼頃、北海道稚内市沖約150kmの海域にて新世界技術流出防止法違反の容疑の為、リーム王国へと航行していると思われるロシア船籍の貨物船マルスコーイ号に第一管区所属の巡視船「つがる」と「もとうら」が接舷を行いこれを拿捕、稚内港に回航したとの発表があった。

本件において海上保安庁・特殊警備隊(SST)が投入されヘリコプターによる降下作戦後、船内に突入した特殊警備隊によりロシア国籍の船員7名及びロシア軍将校と兵士3名、さらに通訳の日本人1名を関税法及び新世界技術流出防止法違反の容疑にて逮捕した。

海上保安庁により拿捕されたマルスコーイ号は稚内港に回航後、船内を調査した所、ロシア製AK-74M自動小銃が300丁以上、7.62mm弾薬が推定1万5千発以上が見つかり、その他にもRPK-74M軽機関銃やRPG-29対戦車擲弾発射器が数十丁発見され、いずれも押収済みとの事である。

また、国内に滞在して密輸の手引きをしていた4名のリーム王国使節団員とロシア側でリーム王国への武器密輸を主導したと思われるロシア大使館職員イゴール・ガブレブスキー駐日一等書記官を拘束するも外交官への不逮捕特権にて釈放、これを受けて外務省は4名のリーム王国使節団員とガブレブスキー駐日一等書記官に対し48時間以内の国外退去処分を通告した。

ガブレブスキー駐日一等書記官は48時間以内に身元の受入国が見つからない場合、外交官資格を剥奪され同容疑にて逮捕される模様である。

 

「どうやらこれでロシアとの問題はケリが付きそうだな、それに異世界国家への武器密輸を阻止出来て何よりだ!」

 

海上保安庁の幹部から報告を聞いていた、中田参事官は笑みを浮かべつつ頷きながら語った。

 

日本と共に異世界へ転移して来た、択捉、国後、色丹、歯舞群島の4島には3500人程の極東ロシア軍の兵士と1万4千人を超えるロシア人の民間人が在留しており、転移当時の日本政府はロシア大使館が北方領土を拠点として異世界で独自に外交活動を行う事を最も恐れ、問題視していた。

しかし、前世界の2014年にウクライナで勃発したクリミア半島危機の影響でロシア共和国は極東方面への軍事物資の補給が滞り気味だった為か、転移時の北方4島は火力発電所の燃料を始め各種物資が不足している窮状をロシア大使館側に訴えていた事が自衛隊の無線傍受により発覚しており、さらに国後島に近い根室市や標津町には様々な理由でロシア人が頻繁に訪れる様になっていた為、日本政府はロシア側が独自に異世界国家との交渉を行える状況では無い事を把握するに至った。

 

この状況を踏まえ、日本政府はロシア大使館に対して異世界国家との交渉を行わない事を条件に北方領土のロシア人に対して食料や燃料等の支援を行いつつ、北方領土問題を話し合いで解決する方針を取っていた。

対するロシア側は、竹島の独島警備隊が辿った悲劇を見ている上に、これまで供給を依存して来た本国との繋がりが途絶え、北方4島の1万7千人を超える人々が島で自活生活を行う事は不可能なので日本への投降やむなしと考えるグループと、少数派ながら意地でも北方4島を自国領土として堅持しようとするグループに分かれ紛糾していた。

 

その様な中、日本への投降を支持していたグループのメンバーであるイゴール・ガブレブスキー書記官がリーム王国から来た使節団員の特使と日本人通訳を経由して接触を行っている事が警視庁外事課の調査により判明した。リーム王国使節団はガブレブスキー書記官に魔法通信装置を渡して密かに交信を行っていたが、警察庁で新たに発足した“魔法通信情報解析班”により魔法通信を傍受され、ガブレブスキーと一部の将校達が日本への投降前に、不要となる武器を異世界国家に密売し不正な利益を得ようとしている事と、リーム王国への武器の引き渡し日とその方法が日本側の知る所となった。

 

「ガブレブスキー書記官の逮捕を受けて、ロシア大使館の職員に聞き取りを行った所、事前の調査通り書記官個人が数人のロシア軍将校を巻き込んで行った犯行で在る事は間違いない様です。」

 

警視庁の幹部はガブレブスキー書記官を昨夜逮捕した事と、これまで得た情報について淡々と報告を進める。

 

一度は外交官特権により警察からの逮捕を免れたガブレブスキー書記官であるが、外務省は書記官に対し外交官への国外退去処分「ペルソナ・ノン・グラータ」を通告、これに伴い日本国に大使館を開設していた異世界国家の各大使はガブレブスキー書記官の入国拒否を宣言、さらに彼と取引をしていたリーム王国ですら日本との関係悪化を恐れ書記官の受け入れを拒んだ為、27日に外交官資格を喪失し、関税法及び新世界技術流出防止法違反の容疑で警察に逮捕されていた。

その後、警察は事前に調査した情報の裏取りを得るべくロシア大使館の職員から聞き取りを行ったが、本国との繋がりを失っているロシア大使館の職員は前世界の時の様な傲岸不遜な態度を取る事も出来ず、ただ日本の警察の聞き取りに応じるしかなかった。

 

「ロシア大使館の職員がこうも簡単にこちらの聞き取りに応じるとは……連中も相当弱っているって事だな。」

 

中田参事官がそう呟く中、次の順番が回ってきた外務省幹部が進捗報告を行う。

 

「これまで北方4島のロシア兵に行ってきた離反工作も予想以上に上手くいっています、後はロシア軍指揮官が島に残された武器の引き渡しに応じてくれれば北方領土問題は解決したも同然となります!」

 

外務省は北方領土に在留するロシア人への物資支援を行うさなか、ロシア軍の兵士や島に住んでいた住民に対し、日本本土へ移転すれば住居と就職先の支援の上、一時金の支払いを行う事を提示し、島を出ようとする人々に対する支援活動を行っていた。

現に北方4島内に駐屯するロシア軍を始め島民達の生活環境が悪化しており軍民共に士気が低下している事と、ロウリア戦争後の日本が好景気になった事も有って島を離れる人々は日を追うごとに増えていき、これに対しロシア側はその動きを止める術が無かった為、8月までに兵士や住民達の4割近くが北方4島を離れ北海道を始め日本本土側へと移り住む様になっていた。

 

「とりわけ今回の書記官逮捕の件は、次のロシア大使との交渉で北方領土問題を解決する重要な一手となる! 皆、よくやってくれた!!」

 

中田参事官は満足した表情で、ここに集まった各省庁の幹部達に謝辞を述べ、ロシア書記官逮捕と北方領土問題に関する会合は予定の時間よりも早く終了した。

 

その後、日本政府はロシア大使館と極東ロシア軍との数度に及ぶ話し合いの後、条件付きながらも北方4島の日本国への帰属とロシア軍の武器引き渡しの承認をロシア側から得る事が出来た。

ロシア側から提示された条件とは「再び前世界へと戻った場合、北方領土の帰属問題の交渉を再度、ロシア本国と行う事。」と「ロシア軍側で指定した武器弾薬は日本政府が“買い取る”形で引き渡し、それ以外の武器はロシア軍側で“破砕”しスクラップにした後に引き渡しを行う事。」であった。

いずれも万が一、日本領土が前世界に戻った時にロシア本国への「言い訳」が必要なロシア側からの条件で有ったが、日本側はこれを了承し戦後から長きにわたる北方領土問題にひとまず終止符を打つ事となった。

 

 

中央歴1640年(西暦2016年) 10月14日 日本国北海道根室復興区 国後島 国後郡 

 

今年も数えるほどであろう秋晴れの青空の下、国後島に日章旗を掲げた一隻の貨客船がユジノ・クルリスクこと古釜布港へと入港して来た。

以前の様な国境警備局の追跡や税関の執拗な取り調べも既に過去のモノとなり、港には多数の日本の漁船が停泊して釣り上げた魚の水揚げをロシア人達と一緒に行っている姿が見えた。

領土問題解決後、正式に復興区となった北方4島には多くの日本資本が流れ込む様になり、新たな魚貝類の加工所や缶詰工場の建設が始まり、日本語とロシア語の看板が併設された街にはソ連時代に建てられた記念碑の前で記念撮影を行う日本人観光客の姿が在った。

この北方領土には以前から原油や天然ガスが埋蔵されている事が知られていたが、資源エネルギー庁が算出した所、現時点ではクイラ王国から輸入した方が安く済む事が判った為、原油採掘計画は取り止めとなったが、代わりにクイラ王国でも見つかっていない貴重なレアメタルであるレニウムが産出される為、政府はこのレアメタルの採掘を行うべく大規模な採掘施設を択捉島に建設する事となった。

これにより一度、本土へと渡った一部のロシア人達が北方4島へ戻って来る様になり、かつて国境の寒村であったこの北方領土は道内で最も活気の有る地区へと変貌した。

 

 

同日――― 日本国北海道根室復興区 択捉島 紗那郡 イトゥルップ空港

 

国後島から北東に有る北方領土最大の島、択捉島も10月の夜ともなれば風が吹かなくとも気温は10度以下となり、これから長く寒い冬が訪れる事を肌で感じさせる。

ここ択捉島には転移前、ロシア政府により改修工事を行われたイトゥルップ空港が有り、複数の航空機が駐機している駐機場には2人の男達の姿が在った。

初老のロシア人の男と彼よりも背が高く体格の良い日本人の男の2人はテーブルを挟み雲一つない夜空を見つめている。

ロシア人の男はウオッカの入ったグラスに口を付け深く息を付いた後、隣に居る体格の良い日本人の男に話し掛けた。

 

「初めてこのイトゥルップ島に来た時は、よくこの星空を眺めたものだ……どんなに離れていてもこの空は故郷まで続いていて、6000km以上離れたカザンに居る子供や孫達も同じ星空を見ていると思えば寂しさなど感じなかったものだ……。」

 

ロシア人の男はグラスの中のウオッカに再び口を付ける、男は厚手の上着の下にロシア軍将校の服を着ており、彼がロシア軍の―――それも高位の将官で有る事が見て取れる。

 

「だが、今は違う……この空は故郷にも……ロシアの空とも繋がっていない! あの2つ有る月を見るたびに何時も考えてしまう、なぜ自分達はこの様な世界に来てしまったのか……そしてヤマウチ、君たちイーポニア(日本)はこれからこの異世界でどうするつもりなんだ?」

 

喋り終えたロシア人の男はグラスをテーブルに置き、夜空に輝く2つの月を睨むように眺める……テーブルを挟んで横にいた情報部別班の山内は彼と同じ様に2つの月を見上げながら答えた。

 

「私達、日本人はこの異世界でも平和主義を貫く事を国是……理想としていました。 しかし、2年もしない内に2度にも渡り避ける事が出来ない争いが起こり、ロウリアでは4万人、パーパルディアでは50万人以上の人間を殺して来たのです。 そしてこれからも、望まない争いが起きるのならば、自衛隊はこの国を守る事を名目に今まで以上にこの世界の人々を殺し続けるでしょう……。」

 

彼もロシア軍将官と同じ様に手に持っていたグラスのウオッカに口を付けたが、そのアルコール度数の高さに思わず咽そうになりながらも軽く咳をした後に自分の思いを口にする。

 

「私は祖父の遺言に従い、前世界に居た時からこの日本……この国に住んでいる人々の為に戦ってきました。 これからも、この異世界で同胞達を守る為に戦い続けます……そして守るべき同胞の中にはこの島に住んでいる人々も含まれています。」

 

山内の言葉にロシア軍将官は満足そうに頷いた。

 

「ヤマウチ、本国の加護が無い我々ロシア人は今や君達日本人に身を寄せなければ生きていけない程、弱くなってしまった……今は君が言った『この島に住んでいる人々も守る』と言う言葉を信じよう。 私も先立つものは貰ったし、約束通り後ろの機体を君たちに譲る事にしよう。」

 

グラスが置かれていたテーブルにはウオッカの瓶の他に蓋が開き中に日本円の札束がぎっしりと入った大きなトランクが置かれており、酒を酌み交わす彼らの後ろには1機のロシア空軍の戦闘機Su-27SMの姿が有った。

既存のSu-27を近代化改修したこの機体は転移前、オホーツク海上空での演習中に不具合を起こし、ここイトゥルップ空港に緊急着陸した後、転移に巻き込まれてからずっとこの空港に駐機したままだったらしい。

 

ロウリア戦後、日本に戻った山内はロシア軍が島内に残ったロシア製の最新兵器を破壊する前にそれを手に入れるべく密かに交渉を行っており、その中でもこの戦闘機はもっとも入手すべき兵器として上げられていた。

 

(これで何とかノルマは達成できたとして……しかし、この爺様には悪いけどガブレブスキーの奴をそそのかしてリーム王国の連中に引き合わせたのって、この俺なんだよね~。)

 

山内はそう思いつつも再びウオッカの入ったグラスを口に付け軽く咽つつも、笑顔を見せていた。

 

後日、このスホーイ戦闘機は破壊の名の元に整備分解され調査の為に日本本土へと送られた後、飛行可能なまでに整備され、以後の自衛隊機の機体改修の資料として役立てる事となった。

 

 

中央歴1643年(西暦2019年) 8月15日 日本国東京都港区六本木 在日本アメリカ合衆国大使館 (旧赤坂プレスセンター)

 

日本国が異世界に転移してから5度目の夏、そして74度目の終戦記念日となる8月15日の東京は昨日の雨も有ってか、いつもより蒸し暑い天気の中、市ヶ谷の靖国神社には例年より多くの参拝者が詰めかけており、神社に祀られている英霊の鎮魂を祈る中、去年の4月に勃発したグラ・バルガス帝国との戦争を案じ、多くの人々はムーに派遣された自衛隊員の無事を願っていた。

 

そして2年前に赤坂の一等地から六本木の赤坂プレスセンターへと移転して来たアメリカ大使館の一室では2人の男達が大きな机を挟み意見を対立させていた。

1人目の背広を着た男性は在日アメリカ合衆国大使であるトーマス・ラッセン大使、そしてもう1人の軍服を着た男性は在日米軍司令とアメリカ空軍第5空軍司令官を兼任するキャスパー・ディーン中将であった。

 

「大使、貴方は何も分かっていない! グラ・バルガス帝国は今までの帆走船に乗っていた連中とは違うんだ! それに被害が出てしまったら傍観していた我々は役立たずの汚名を着せられるのだぞ!!」

 

「ディーン司令! たとえ同盟国からの要請が有っても、軍の出動には最低でも大統領権限が必要なのは君も分かっているだろう、大使の権限では軍を動かす事は出来ないと……そもそも日米安全保障条約は自動的に発動する条約で無い事を日本側も理解している。」

 

2人は先日、防衛省から在日米軍へ送付された『グラ・バルガス帝国海軍による日本本土進攻の可能性』についての会合を行っていた。

その内容とは現在、日本と交戦状態にあるグラ・バルガス帝国が、負傷し捕虜として日本に搬送されたグラ・カバル皇太子の身柄引き渡しについての交渉が決裂した後、帝国本土にて非常に大規模な艦艇の集結が確認され、これらは日本に対して報復攻撃を行う艦隊であると防衛省は推測しており、日本までの航路を最短距離で航行すればおよそ2ヶ月以内に日本本土に到達する事が書かれていた。

 

大使との会合は平行線に終わった為、ディーン中将は部下と共に足早に大使館を抜け、車にて第5空軍司令部の在る横田基地へと戻って行く。

そしていつもながらの渋滞に嵌った車の窓から東京の街並みを眺めつつディーン中将はため息と共に呟く。

 

「やれやれ……昔はヘリを使ってあっという間に帰れたと言うのに、今は渋滞に嵌って帰るのは何時になるやら……。」

 

「司令……そうボヤかないで下さい。 そう言えば今回のグラ・バルガス帝国の件、日本は相当焦っていると見て良いのでしょうか?」

 

今回の会合でディーン中将に同行し、彼の隣の席に座っていた部下のコール少佐が質問して来た。

 

「半分はそうだ……しかし、極秘であるこの文書を何故送って来たのかを考えろ! これは日本の金を使って5年間何もせずに居候を続けて来た我々アメリカ軍への催促状だと見るのが正解だろう。」

 

「3年前のパーパルディア戦争の時、我々は静観を決めた為、日本のマスメディアから大きく非難を受けた……そして今回、同じ様な態度を取れば日本政府に在日米軍駐留経費を大きく削減させる口実を与える事になる。」

 

ディーン中将は今回の文書が在日米軍だけで無く、異世界に転移してきたアメリカ合衆国そのものに対する通告である事をわざわざ大使館まで出向いてラッセン大使に再三説明して来たが、彼は理解しようとしてくれなかった。

そもそもラッセン大使は前世界でのアメリカ政府が日本の政権が長期化する事を見込んで大使として送り込んで来た人物であり、ビジネス界出身のタフ・ネゴシエーターとして知られていた彼は、交渉など出題された課題は満点に近い結果をもたらす事が出来ても、今回の様な現実離れした異常事態には全くと言っていい程、対処出来ない無能な男で在った。

それでも、この異世界への転移から5年たった今でも前世界の国家で唯一、日本と外交を行う大使館として機能している事や、異世界国家の日本大使館にアメリカ人職員をオブザーバーとして送る事が出来た功績を思えばそこまで出来の悪い奴でもないだろう……。

 

やがて渋滞を抜けた車は八王子インターを抜け、在日米軍横田基地へと到着する。

司令部の執務室へと戻ったディーン中将は窓から滑走路の向こう側に有る駐機場へと目を向ける、そこには布の様な物に巻かれた多数の航空機が所狭しと駐機している姿が有った。

 

横田基地の駐機場に有る布の様な物に巻かれた無数の機体……それはアメリカ合衆国海軍第7艦隊所属の航空母艦ジョージ・ワシントンに搭載されていたFA-18Eスーパーホーネットを始め、MH-60RやE-2Cと言った艦載機達のモスボール保管された姿だった。

他にもC-17と言った大型機やアメリカ本国からの部品の供給が無いと整備が出来ない最新鋭機のMV-22オスプレイの姿も有り、それはさながら「飛行機の墓場」と呼ばれていたアメリカのデビスモンサン空軍基地を髣髴とさせる光景で有った。

 

「まったく、海軍には貧乏くじを引かせてしまったな……。」

 

その様に呟き、執務室の椅子に深く腰掛けたディーン中将はこれまでの事を回想していた……。

 

5年前に日本の異世界転移に巻き込まれた在日米軍は本国との連絡が取れなくなり混乱の最中であった。

そして今を思い起こせばあの時こそが、第2のアメリカを作り出す最大のチャンスだったかも知れない……。

ところが交渉事以外に能力の無かったラッセン大使同様、司令官で有ったこの私も在日米軍を維持する事ばかりに目を向けていた為、新天地とも言えるこの異世界へと踏み込む機会を失ってしまったのだ。

代わりに自らの生存の為に、この異世界へと恐れずに向かって行った日本はこの世界で新たな秩序をもたらす列強国へと変貌した。

その事に気づいた時、我々の手元に有った最強の軍艦と戦闘機は既に錆び付き動かなくなっていた。

我々アメリカ人が掲げていたフロンティアスピリッツとはいったい何だったのか……悔やむに悔やみきれない。

 

その後、日本政府は自国民から非難を受けつつも在日米軍への駐留経費を提供し続けてくれるが、それでも我々在日米軍は縮小を余儀なくされ日本各地に有った米軍基地はその規模を縮小、又は閉鎖するに至り、以前から返還が予定されていた普天間基地も2017年に返還され、代替基地として建設されていた辺野古基地は普天間基地に所属していた部隊の縮小、併合と本土への移転に伴い建設が中止された。

 

そして日本各地に展開していた各部隊の航空機や艦船、これらも異世界に転移してから年を追う事に運用が困難になってしまった。

空母ジョージ・ワシントンは2017年にアメリカ本国で予定されていた燃料棒交換が出来ないまま原子炉を停止した状態で5年間、横須賀港に停泊したままで、佐世保に入港中、転移に巻き込まれた原子力潜水艦オリンピアも同様に佐世保港に停泊したままの状態である。

現在、アメリカ海軍の艦艇は第7艦隊司令官であるハワード中将の指示によりその殆どがモスボール化されており、横須賀港や佐世保港に停泊しているアメリカ海軍の艦船は稼働可能な一部を除き、装備を外され防錆処理をされた状態で停泊している。

(この時、取り外されたイージスシステムがハワード中将の独断により日本側に引き渡されていた事が判明し問題となった。)

航空機に関しては最新鋭機でもない限り、日本の企業に委託しての重整備も可能で有ったが、異世界に来て3度に渡る戦争により自衛隊機への部品の供給と整備が優先された為、アメリカ軍航空機の稼働率は低下の一途を辿り、各航空隊の所有する機体の定数割れ、それに伴うパイロットの訓練不足に因る練度の低下が深刻な状態となっていた。

特に空母が稼働しなくなった艦載機の航空隊は悲惨の一言で、ここ横田でも稼働できるFA-18Eは数える程しか無いのが現状である。

 

現在、在日米軍で戦力と言える物は、沖縄の海兵隊師団と2隻のイージス艦(いずれも練習艦扱い)それに三沢のF-16を保有する第35戦闘航空団と嘉手納のF-15を主力とする第18航空団(それでも共に定数割れして飛ばせる機数は半分も満たない)で有るが、アメリカ本国から兵器と弾薬、そして兵士が来なくなった今となっては、これらの残った部隊もやがて衰退し消滅するのは火を見るよりも明らかである。

 

私はこれまで在日米軍のトップとしてこの組織を維持すべくここまで奔走して来た。

だがそう遠くない将来、決断を迫られる時が来るであろう……その時はアメリカ軍と言う組織の為では無く、部下である5万5千人の兵士達の為に、そして転移に巻き込まれ、この国に滞在する15万人のアメリカ人の為に決断しなければならない。

 

もう、間違える事は許されないのだ……。

 

 

同日―――日本国東京都新宿区大久保 韓国料理店 ミナム

 

この異世界でも夏日の日没は遅く、18時を過ぎてもまだ太陽は西の空に浮かび、やわらかくなった日差しで東京のビル街を照す中、同じく西日を浴びながらカン・ジュンソを乗せ、滑る様に走っていた電車はJR新大久保駅で停車した。

電車を降りて駅を出たジュンソは舗装路からくるムッとした暑さの中、大久保通りを東へと歩いて行く。

 

「また新しい店が増えたな……どこの国の店なんだろう?」 

 

夕闇が迫り始めた街を見渡すと、真新しい一軒の店舗が有る事に気が付く、書かれている文字からして東欧系の料理店の様だ……そしてその隣はベトナム料理店で、さらにその隣はレバノン料理店……通りを歩く人々も様々な人種の人達とすれ違って行く。

かつて韓流ブームの中心地だったこの街も、転移後は前世界のさまざまな国の人々がこの一角で飲食店を開く様になり、現在は『多国籍街』と呼ばれる様になっていた。

 

ジュンソは大通りから小道へと曲がったすぐ近くに有る韓国料理店へと入っていった。

 

「いらっしゃ……おう、ジェンソ来たか!」

 

「カン先生のお出ましか! こっちは待てなくて先に飲んでたぞ!!」

 

店に入ると韓国人ばかり数人程、席に座っているが、その中にかつての独島警備隊の隊員で同僚のキム・ドハと上官だったアン・ユンジェの姿があった。

ジェンソは久しぶりに会う隊員達を見て笑みをこぼしつつ、ドハの隣の席へと座った。

 

「今日は我が祖国の光復節だと言うのに集まったのはオマエとドハだけとは全くもって情けない話だな! せっかくの記念日を何だと思っているんだ!!」

 

ジェンソが来る前からビールを飲んでいたアンはジョッキ片手に愚痴り始める。

 

「そりゃあ、今日は光復節と言っても日本だと終戦記念日で平日だから他の連中は真面目に働いていますし……それに奥さんほっといてこんな所に来るのはアン上警だけですよ!」

 

「ドハ!てめぇ……俺は明日は遅番だし、あいつにだって今日は遅くなる事ぐらい許可をとっている……。」

 

この中で唯一の既婚者で現在、横須賀の造船所で働いているアン・ユンジェだが、一緒に住んでいる奥さんには頭が上がらない為、今回の飲み会も泣きついてようやく許可を貰えた事はさすがに口には出来なかった。

 

「それよりドハ、お前はこの店の店長なのに俺達とくっちゃべっていて大丈夫なのか!?」

 

「客の接待をするのも店長の仕事ですよ、おーい! こっちにも生ビール追加で!!」

 

「ハハ……見ろよジェンソ! アレでこの店の店長だぞ!!」

 

客と全く区別がつかないドハを見て、ジェンソとアンは笑いだす……ジェンソの同僚だったキム・ドハは日本本土に移住後、ここ大久保に有る韓国料理店で働く様になり、ついには店長としてこの店を任されるまでになったのである。

3人にジョッキが渡った所でアンが乾杯の音頭を取る。

 

「では3人揃ったので! 我が祖国と独島警備隊に……乾杯(カンベィ)!!」

 

「乾杯(カンベィ)!!」

 

「ところでジェンソ先生は最近どうなんだ? 週刊誌で連載の仕事をやっているから大変だと思うんだが……。」

 

「ええ……確かに隔週とは言え、ネットニュースの仕事をしていた時よりも大変ですよ……毎回、締め切りに追われていますし。」

 

ジェンソは自らが編集者を務めているネットニュースに編集長の要望で『独島警備隊の悲劇』と言うタイトルで独島警備隊としての自らの体験談を執筆し連載していたが、韓国語での掲載にも拘わらず日本の大手出版社から声が掛かる様になり、これを機会に以後ルポライターとして働く様になっていた。

現在は日本の週刊誌にて前世界の外国人達の暮らしを調査し紹介するルポルタージュを『異世界の異邦人』と言う題名で連載しており、時には地方まで取材に出かける等、多忙な日々を送る様になっていた。

 

それから3人で飲み食いをしつつ様々な事を語り合っていた……その中でジェンソは年を追う事に、皆が話し合う会話の中に故郷の話や独島に居た時の事がだんだん話され無くなっている事に気が付いていた。

 

そしてアン・ユンジェが奥さん怖さに早々と店を出た後もジェンソとドハは店の席で語り合っていた……そして店が閉店となり、店員が帰り、2人が気が付いた時には終電の時間はとっくに過ぎており、仕方がないと言いながらドハは冷蔵庫に有った韓国焼酎を持ってきてグラスに注ぎ始め、一杯をジェンソに渡して自分も飲み始める……そしてグラスの焼酎を飲み干すとジェンソに向かって話しかけた。

 

「なあジェンソ……お前が昔、日本やこの俺達がどうしてこの異世界に転移したのか、その理由を探すって言っていたよな……。」

 

「ああ……俺はルポライターになってから、何故この異世界に転移したのか、どうして日本人にだけ異世界人と難なく会話が出来るのか、その理由を知りたくて今も俺なりに探し続けてるんだ。」

 

ジェンソはドハと同じ様にグラスの中の焼酎に口を付け、深く息を付いた。

 

「でも、俺一人で調べるのには限度が有るし、いまだに日本人がどうして異世界人と話せるのかは分からないままだが、それでも少しだけ分かった事が有った……それは、この異世界の神話で『太陽神の使者』と呼ばれている存在の事を日本政府が大真面目に調べているって事だ!」

 

「日本政府が異世界の神話を調査? どうしてそんな事を!?」

 

ジェンソのグラスに焼酎を注いでいたドハが首を傾げる。

 

「なんでも異世界の神話で『太陽神の使者』とはこの世界の神に召喚されて異世界にやって来た存在らしい……そして日本の調査団がクワ・トイネ公国でその『太陽神の使者』の遺構とやらを発見したらしいが、何故かそれ以降これらの情報が全く発信されなくなったんだ……。」

 

「ん……よく分からんが、日本は自国民にまで秘密にしなきゃいけないモノを見つけたって事か?」

 

ドハは自分で注いでいた焼酎がグラスからこぼれるのも忘れる程の問いかけにジェンソは答える。

 

「色々と調べてみたけど、分からず仕舞いだよ……それにその遺構が有った場所ってのが、クワ・トイネでも聖地と呼ばれている場所で普通に行ける場所じゃないんだ……。」

 

「そうか、ここは前世界と違って金が有れば何処にでも行けるって訳じゃ無いしな……それに今は戦争中だし。」

 

この日本が異世界に転移してから5年が経過するが、一般人が海外に旅行として出かけられるのは日本と国交を樹立した第三文明圏の一部の国のみで有り、ムーの様な国交の有る第二文明圏や第一文明圏では政府から許可を受けた企業の社員や従業員で無いと渡航が出来ない。

さらに現在、日本国はグラ・バルガス帝国と戦争状態の為、第一、第二文明圏への渡航中止勧告が発せられている状況で有る。

 

「だから今度、グラ・バルガスとの戦争が終わったら、俺はムー国に行けないか出版社を経由して頼もうかと思っているんだ!聞けばムーと言う国はその大昔に前世界から日本と同じ様に転移して来たって話だから、調べたら何か分かるかもしれない。」

 

「ムー国か、ガキの頃はムー伝説なんて作り話かと思っていたが……しかし、どうしてそこまで、この事に拘り続けるんだ!?」

 

ドハの問いに対しジェンソは険しくも悲しげな表情をしながら答える。

 

「俺達は祖国へ戻る方法も無く、この日本に居続けている……そして、日本人じゃ無い俺達はこの世界から見れば『異世界の異邦人』と言う存在だと言う事を……それに独島で亡くなった仲間達は、真実も何も分からないまま死んでいったんだぞ!! だからこそ知りたいんだ! 俺達を巻き沿いにしてこの国がこの世界に転移した理由を……。」

 

ジェンソは酒も入った勢いか、自らの思いを大声で叫んだ……しばしの沈黙の後、ドハが笑顔で答える。

 

「分かったよ、ジェンソ……オレはこの店を任されている以上、一緒には行けないが、だからこそお前がやりたい様にやればいい……。」

 

「この事で、お前や奥さんがいるアン上警を巻き込むつもりは無いよ……でも、ありがとうドハ。」

 

「ジェンソ、始発までまだ時間があるから、もう一本開けるとするか……ちょっと待ってろ!」

 

そう言うとドハは店内の冷蔵庫から新しい韓国焼酎を持ってきて、ジェンソのグラスに注ぎ始めた。

 

それから2人は電車の始発時間近くまで飲み明かし、ジェンソが店を出た時には東の空が日の入り前の白く薄い輝きを放ち始めていた。

ドハは店で仮眠を取ると言い、店の入り口の鍵を閉め店内の事務室へと向かう姿を見守るとジェンソは店を後にした。

 

新大久保駅のホームに着くころには白かった東の空は段々と赤みがかった色へと変わりビル街にも光が差し始めた。

やがて始発の電車が到着し駅へと降りる僅かな人々と入れ替えにジェンソは電車に乗り込み空いている席へと座る。

そして走る電車の中へと朝日の陽光がジェンソに眩しく差し込む。

 

「新しい朝が来た……か、そう言えばこの時間にラジオを聞くとそんな曲が流れていたな……。」

 

今日も東から日が昇り日本国の、この異世界の新しい一日が始まる……そして昇り始めた太陽はこの異世界に住まう日本人にも異世界の異邦人たる日本国内300万の在日外国人にも等しくその光を放ち続けるのであった。

 

 

日本国召喚 異世界の異邦人 完




「本を書くと言う事はかなりの冒険です。
初めのうちは玩具や娯楽の様に他愛の無い事なのですが、やがて恋人となり、さらに主人となり、暴君と化するのです。
そして『なぜこんなにまで奴隷の境遇に呻吟(シンギン)しなければならないのか』と、ギリギリまで追い詰められた所で最後の勇気を振り絞ってその怪物を殺し、死体を読者に投げつける、と言う次第です。」

                    ―― サー ウィンストン チャーチル ――

今回の物語はまさにコレ……小説といい絵といい、創作活動とは何故か毎回、かのチャーチル卿が言う様になります。

楽しいはずの創作活動は毎回、文章の表現や使い方に対し、作者が無知で無学な上に才能すら無いが故に、毎度の如く悶絶し、のたうち回りながら稚拙な文章を書きこんでいきます。

今作は日本国召喚を読んで、まず本篇では語られる事は無い個所を自分なりに補間する事を目的で執筆を行い何とかそれらしく完結させる事ができました。
しかし物語は当初のプロットとは異なり、独島警備隊が竹島を去ると言う大筋こそは変わりませんが、書き進める内に話は肥大化しエンディングすら初期に考えていたモノと大きく変わりました。

当初のエンディングではジェンソは日本の片隅で失意の中、生きる事を余儀なくされる内容でしたが、当初、自殺する予定だったドハが陽気なキャラクターになってしまい自殺させずらくなった事や、この事が原因で自分の意思で行動する事でこの異世界で生き抜こうとする内容へと変更した為、現在の様なエンディングとなりました。

そして日本側の主人公で有る山内の登場によりプロットがさらに大きく変わる事になりました、彼は参謀肌でアクティブな行動が出来ない三津木の代わりに4話で初登場した、初期のプロットには影も形も無かったキャラクターですが、彼の登場によりクラーケンとクワ・トイネ使節団が登場する様になり、この物語をより“日本国召喚”らしくさせる事が出来ました。
(ちなみにこの物語では、後に建造されるイージス艦「まや」と「はぐろ」はアメリカのイージス艦から引き抜いたイージスシステムを搭載しています。)

かくして、初期の構想から大きく変わり肥大化したこの『怪物』を完結と言う名で打ち倒し、殺したばかりなのに新鮮さをまったく感じさせないその死体を無事、読者の皆様の前に放り出す事が出来ました。

「オラの殺した怪物を見てチョ~!!!!」

恥を知らないとは全くお気楽なモノです……。

次回作もある程度は構想が出来上がっており、今度も日本国召喚の二次創作物で行く予定ですが、今作では出来なかった主人公の固定やヒロインを登場(エルフの少女や獣人娘とか出したいのう♡)させて挿絵とかにも挑戦して、真っ当なライトノベルにしたいところです。

「俺達の戦いはまだ始まったばかりだ!」

ご愛読ありがとうございました


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