メジロ家の愛のターフのバ場事情 (ボブソン888)
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メジロ家の愛のターフは稍重バ場
朝焼けの出発


「本当に行ってしまうの?」

「ええ、決めたことですから」

 

 鮮やかな朝焼けが差し込む書斎に二つの影。

 帽子を被った苦虫を嚙み潰したような表情の老婆とまだ幼さが残るどこか晴れやかな表情の少年が向かい合っていた。

 

「せめて彼女たちに挨拶をしたら?」

「いえ……あの子達も、俺なんかと会いたくないでしょう」

 

 老婆は引き止めたいのだろう、声が少し責めるように聞こえる。

 その声に臆することなくきっぱりと断る。しかしそう言う少年はどこか寂し気だった。

 

「そんなことありませんよ」

「……」

 

 またも強い口調。しかしその声には絶対の自信があった。決して嫌いになんてなっていない。そう断定するような言葉。

 だが少年はまっすぐに老婆の目を見つめ、ゆっくりと首を振る。

 

「はぁ……わかりました。貴方を勘当します。これ以降、当家に戻るまではメジロを名乗ることを禁じます。母方の姓を名乗りなさい」

「わかりました」

 

 老婆は少年の決意の固さに説得は無理だろうと察した。いや元々分かっていたのかもしれない。

 しかし、はいそうですかと簡単に送り出すにはいかない。

 メジロ家を背負ってきた女傑。内心の苦しみを見せず当主としての厳格さを感じさせる声色。

 

「いつでも戻ってらっしゃい。貴方を拒む門はありません」

「ありがとうございます。しかし彼女たちが許さないでしょう」

 

 それでも最後は表情を柔らげ少年に言い聞かせる。貴方を拒否しているわけではないと伝えたかった。

 それを受け少年も柔らかく微笑む。その表情はやはり少し自嘲的だった。

 

「それではおさらばです。お婆様」

「しばしの別れと信じていますよ」

 

 しばらく沈黙が続いたが、少年がそういうと深く一礼をし部屋を出ようと振り返る。

 そんな少年の背に老婆は自らに言い聞かせるように言葉を投げかける。

 

「じゃあね、ばあちゃん。愛してるよ」

「ええ、私も愛していますよ」

 それを聞くと少年は曇りのない笑顔をして振り向かず扉を閉めた。

 少年がその豪邸から出る足取りは軽やかだった。

 

「……はぁ、あの子たちになんて説明すればいいの? ……胃が痛い」

「おぉ! 婆さん! 今日もいい野菜が取れたぞ! ……大丈夫か?」

 

 少年が出て行った扉を見つめキリキリと痛む胃を押さえ溜息を一つ。

 そんな部屋に土で汚れた作業着を身に纏う矍鑠とした老人が入ってくる。

 

「あなた……あの子が出て行ってしまったわ……決意は固いみたい」

「ふーん。まぁ大丈夫だろ。あいつが望むと望まざるに拘わらず、いつか必ず戻ってくる」

 

 疲れたように言う老婆。

 しかし老人は特に気負うでもなく絶対の自信を持って言い放つ。

 

「……何故そこまで言い切れるのですか? それに心配もして無いようですけれど」

「アイツが()()だからだよ。それにタフじゃなければ生きていけない、優しくなければ生きている資格がないって叩き込んでるからな」

 

 老人はニヤリと笑った。その笑顔は悪童の様であった。

 

「そう……先代の貴方が言うならそうなのでしょうね……」

 

 老婆は少し安心したようにポツリと呟いた。

 聞いていたのは伴侶たる老人だけだった。

 老人が窓を見ると、先ほどまでの晴れ間が嘘のように、今にも雨が降り出しそうな暗く重い雲が広がっていた。




文才が欲しい…


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Vanishing

 種族が違うからしょうがない。

 幼心にしてどうしようもなく嫌いだった言葉。

 

 動物界脊椎動物門哺乳網霊長目ヒト科ヒト族ヒト属の人類種

 動物界脊椎動物門哺乳網霊長目ヒト科ヒト族ヒト属のウマ娘種

 ほぼ近似種のはずなのにその筋力の出力は桁違い。

 見た目は麗しく、人類種の頭の狂ったような対毒性、雑食性も持ち合わせ、頭脳も人類種と遜色ない。

 人類種が今日まで生き永らえたのは偏にウマ娘の名の通りに女性しか生まれないという特性によるものだ。

 それにより人類種とウマ娘種の近似種がお互いを滅ぼさず共生出来てきた。

 きっと古代に争っていればウマ娘種が圧倒しただろうが。

 

 まだ俺が幼い頃、同じ幼稚園のウマ娘に力で勝てなかった。

 そういう事も知らずにただただ俺が弱いからだと思った。

 両親に泣きながら強請り、合気道の道場に連れて行ってもらった。

 本当は空手か剣術が良かったが両親は合気道にしなさいと言われ渋々そうした。

 今思えば力では絶対に勝てないからとそうしたのだろう。

 それを理解していない俺は道場でも力を求めた。

 合気道の理念とはかけ離れた思いなのに師範は俺を否定せず破門にはしなかった。

 師範代や諸先輩方も幼い俺の無謀な挑戦を面白がり、体を作るための食事や効率の良い筋肉の付け方や筋トレの仕方、身体の動かし方や、人体の構造。観察眼。応急処置。そして様々な走り方の理論、色んな事を教えてくれた。

 それだけではなく、脳筋にならないように勉強や、メンタルケアの仕方、相手の懐に入りやすくなる話術、あとなぜか歌やダンスなども叩き込まれた。

 

 道場に通うようになってから体が出来上がって来た頃、年に何度かある本家への集まりに来ている妹分達と遊びと称し、駆けっこを持ち掛けた。

 何度も何度も誘っている内に毎回恒例になった駆けっこは幼き頃からいつも俺の惨敗で終わる。

 その度に道場で必死に鍛錬を重ねた。

 熱意と才能があったのだろう。

 道場の中でも古株になるころには、師範との演舞でもしっかりと着いて行けるようになっていた。

 これならばウマ娘に勝てるかもしれない、などと身の程知らずな自信が漲った。

 そしてその度に惨敗する。

 勝ちたいという願いは呪いになり我が身を蝕む。

 闘争本能は心を燃料に燃え上がる。

 慚愧の灰は塔が如き高さになるだろう

 そしてその度に惨敗する。

 それでも止まることはなかった。

 宛らパラシュートをつけなかったドラッグレースカーのように自壊しながら進み続けた。

 そしてその度に惨敗する。

 心が軋み、罅割れ、捻じ曲がり、錆びつき、ボロボロになった。

 だが心は折れることはなかった。

 けれども、駆けっこをすれば幼稚園の妹分たちに突き放され、本家にあるトレーニングジムで筋トレをすれば小学校に入りたての妹分たちと同じくらいしかできず、年齢が一番近い妹分には遊び半分で引きずり倒される。

 

 狡いじゃあないか。俺が必死に積み上げた努力を易々と飛び越えて。

 情けないじゃあないか。自分より幼い娘に負けてしまうのは。

 悲しいじゃあないか。絶対的に叶わないことを見せつけてくる。

 

 嫌いになれればよかった。

 恨むことで遠ざけれればよかった。

 憎悪の対象に出来ればまだ楽になれただろう。

 それでも俺の周りのウマ娘達は……従妹にあたる妹分たちはウマ娘の中でも特に麗しく綺麗で礼儀正しくいい子達だった。

 こんな俺にも懐いて慕って親戚で集まる時は年が近い事もあり、べったりだった。

 嫌うには眩しく、恨むは輝いていて、憎悪も出来ないほどに尊い存在だった。

 

 大変女性には失礼な物言いになるが、人類種の女性が居なければ男女差と受け入れることが出来ただろう。

 だが現実にはそうはならない、ウマ娘>>人類種男≧人類種女の図式となる。

 だから俺の中の呪いの様な願いは煮詰まり、闘争本能は燻り続け、ウマ娘に何が何でも勝ちたいと願うようになった。

 

 しばらくが経ち

 道場で初段をとって更に力をつけなければと思っていた。

 そんな折、師範から言われたのだ。

 これ以上の年齢が上がり昇段は条件を満たしたとしても試験を受けさせない。

 心を見つめなおせと。

 

 心が引き裂かれそうだった。

 これ以上何を見つめ直せと言うのだろうか。

 勝つ為にしてきた努力を真っ向から否定された。

 師範は確かに俺の願いを否定しなかった。

 ただ終ぞ肯定もしていなかった。

 それ以来道場には行っていない。

 

 無為に時が過ぎた。ただ鍛錬だけは欠かさなかった。

 そんなある日閃いたのだ、悪魔の様な考えが。

 行ったのだ鬼畜の所業を。

 人類種の特性を生かそう、策を巡らして猛暑日に勝負に誘い出し

 人類種が動物の中でも突出した持久力を使い、拷問じみた超長距離の駆けっこに命を燃やして。

 決して折れない心を持って彼女たちを打ち負かした。

 

 それが卑怯な事なのはわかっている。

 最低な事だとは解っているが、それでも俺は愛すべき近似種の彼女たちに勝ちたかった。

 俺の納得の為に俺に利用させられた親愛なる妹分達には本当に申し訳ないことをした。

 きっと卑怯者と、不埒者と俺の事を蔑んでいるだろう。

 安心してほしい。もう君たちと会う事はない。

 もう目の前に現れ心を乱すことなんてしないから。

 どうか俺に君たちの行く末に幸あれと願わせて欲しい。

 

 あぁ、思い出した。

 最初は君たちと並び立ちたかったんだ。

 今では叶う事のない願いだけれど、思い出せて良かった。

 あぁ、ありがとう最後に思い出させてくれて。

 じゃあもう行くよ。

 君たちの人生に燃え尽きた火のない灰はいらないから。

 

 心が軽い。蒼天に浮かぶ雲が如し。

 心が痛い。君達を傷つけてしまった事への後悔で。

 それでもささやかな勝利を誇りに思ってしまう俺は本当にどうしようもなく愚者だ。

 

 

 

「ほーん。お前バカだろ? なんでわざわざ家出たんだよ。脛齧りついてれば金も自由に使えたろうに、しかも習い事も止めちまったんだろ? 自分の金じゃなく通わせて貰えるのにホントにバーカ」

 

 荒谷 司樹(あらや しき) 粗暴で短気の能天気マッチョ。

 基本金儲けを生きがいにしている。

 なんだかんだ言っても面倒見がよくいい兄貴分の様で、特に後輩などに慕われてる。

 だがその豪放磊落な性格で俺の知らない世界を教えてくれた。

 着飾らないこいつといると俺も肩肘張らずに気が楽になる。

 

「俺は見事な判断だと評価する。敵の不得手に付け込み、こちらの得意分野に引きずり込むのは戦いにおいて常道。更には新天地に飛び出るとは、言うは易く行うは難し、剛毅なことだ」

 

 烏丸 葉兵(からすま ようへい) 仏頂面で筋肉質で目つきが悪い。

 機械いじりをよくしている。

 見た目や言動で周りから誤解されやすいが内面はかなり愉快な性格をしている。

 こいつの虚心坦懐な性格に俺は安らいだ。

 求められなければ踏み込んで来ないが必要ならばしっかりと向き合ってくれる。

 その距離感が心地いい。

 

「はぁ、お前らに話した俺が愚かだったよ」

「荒谷は兎も角、俺までとは心外だ」

「烏丸、俺は兎も角ってなんだよ? それにしても俺がせっかく金にもならねぇ話聞いてやったのになんだその言い草は? お、やんのか?」

「はぁ、ならもっとまともな返答をしろよ」

 

 もっとこう……あるじゃん? いい感じの言葉がさ……それをお前……

 

「あーはいはい。わかったよ。どっかの青い魔人みたいに"I need more power"してるのにクヨクヨ弱虫お坊ちゃまくんがよぉ」

「あぁ? なんだとこの拝金主義のクソ成金の張りぼてマッチョ野郎が……くたばれ」

「……吐いた唾のませねぇぞ! このダボがぁ! 張りぼてかどうかわからせてやるよ!」

「やってみろよ! このタンカスゥ! 誰がクヨクヨ弱虫じゃ! ボケェ!」

「round1 fight!」

 

 烏丸の掛け声で殴りかかってきた荒谷の腕を払い関節を決めようとすると間延びした学校のチャイムが鳴り響いた。

 お互いに席に座り直し弁当をしまい込む。

 

「5限ってなんだっけ?」

「現文」

「うへぇ嫌になるぜ」

「そういうな。これもまた勉学だ」

「烏丸は真面目だねぇ」

 

 ゴソゴソと鞄から教科書を出しながら雑談を続ける。

 

「お前の大好きな、人の金での習い事じゃん」

「そーだけど、現文の矢崎が嫌いなんだよ。何度も何度も訳の分からねぇ問題出しやがって、なんだよ作者の気持ちって、んなもん印税しか考えてねぇだろ」

「それに関しては俺もわからん。レイモンド・チャンドラーの作品なら分かるんだが……」

「それは作者の論旨を答えればいいのでは?」

「「あーなるほど」」

 

 このバ鹿二人は家出して高校からの付き合いだ。

 正直、無二の親友たちだと思っている。こいつらといるのは楽だ。

 一緒に馬鹿な事をするのがすごく楽しい。

 

 こんな俺を救ってくれた人がいた。

 こいつらにもたくさん救われた。本当に感謝している。

 こんな事を言うのは恥ずかしいから、我が親愛なる悪友たちには絶対に言わないが。

 

 あと一人、別枠でいるがそいつはまた今度。

 そいつにも本当に救われたがそれはそうとしても本当に疲れる。

 

 あの日々が無駄だっとは絶対に思わないが、きっとあの頃に気が付かなかった救いはたくさんあったのだろう。

 その気が付かなかったその欠片を今になって拾い始めた。

 彼女たちに対しての後悔や申し訳なさはあるけれど、それでも俺は俺の人生を好きなように生きている。

 だから俺の事など忘れ、君たちは君たちの人生を好きなように生きて欲しい。

 

 

 

 さぁ俺の新たな人生へ出航しよう。

 我が人生波高し、なれども晴朗にて視界良好異常なし。



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見知らぬ君へ花束を

 メジロ家を勘当された事を両親にも話をした。

 なんとなくこうなるんじゃないかと薄々は感じていたのだろう。特には何も言われなかった。

 ただ俺が家を出ていくことは予想外だったらしく最初は反対していたが、俺の意思が固い事がわかると諦めたように溜息をついた。

 

 昔から本当に迷惑をかけている。

 

 それで進学にあたって小中高大の一貫校から、都外の別の高校に行くことにした。

 最初は学費やアパートの家賃なども自分で何とかすると言ったのだが、父はそれを許さなかった。

 そんな事は気にせず親に頼ればいい、それよりもしっかりと勉学に励めと言ってくれた。

 住むところは父の後輩が経営しているアパートに入れ言われ、最初は断っていたがそれが出来なければ家を出ることを許さんと言われ渋々従った。

 母には最低でも週一で必ず連絡をするように言われた。

 

 本当に頭が上がらない。

 

 父の後輩は大きな農園で野菜を作っている田所豊(たどころゆたか)さんという人だった。

 豊さんが経営しているアパートは比較的に新しく、八畳一間のバストイレ別とかなりいい所だった。

 ただ豊さんと家賃の話をすると

 

「ガキがそんなの気にすんな! 家賃はいらねぇからその分の金で遊びな!」

 

 とトチ狂った事を言って奥さんの(ひとみ)さんにシバかれていた。

 ただその瞳さんも豊さんから耳打ちされ俺の事情を聴くと

 

「家賃は気にしなくていいから幸せにおなり……!」

 

 と涙を浮かべながら抱きしめてきた。

 えぇ……親父殿どんな説明してんの? 親父殿の目から俺そんなに不幸に見えたの……? 俺は普通に今は幸せ何だけど? なんかゴメンね? 

 流石にそこまで世話になる訳にはいかないので断ろうと思ったんだが豊さんは一向に俺の意見を聞き入れない。

 しょうがないので農園の手伝いをする事で落ち着いた。

 慣れない農作業に悪戦苦闘しながら、田所夫婦の一人息子の(たかし)くんと遊んだり、勉強を教えてあげたりしていると気が付けば家族ぐるみの付き合いになっていた。

 

 今日は日曜日ということで朝は農園の手伝いをしていたが豊さん達に遊んで来いと蹴り出され時間を持て余した。

 もっと手伝いたいのだが、あまりそちらに時間を取ると青春して来いと断られる。

 なんなのこの人? 聖人? 

 とりあえず荒谷と烏丸と連絡を取りカラオケやファミレスなどで駄弁って遊んで来た。

 といっても荒谷は何か用事があるということで昼頃には解散して帰宅した。

 

 さて、夕飯の用意をするにも早いし自分の畑の様子でも見に行くか。

 豊さんは農園の手伝いをしばらくすると、何かを育てるという事は色んな大切なことを教えてくれるからやってみろと畑の一角を俺用にしてくれた。

 と言ってもそこまで流石に大きな土地ではないのだが、薔薇やハーブなどを育てている。

 ハーブなら育てるのもそこまで難しくなく、買うとなると微妙に高いし、有ったら有ったで食卓を豊かにしてくれる。

 意外にも瞳さんには好評で収穫してお裾分けをしている。

 

 作業着と麦わら帽子を被って自分用の畑に行くと制服を着た人影が見える。

 近づくとその人影は中央のトレセン学園の制服を身に包んだ凛としたショートカットのウマ娘だった。

 熱心に俺が畑の脇で育てている薔薇を見ていてこちらに気が付いていないようだ。

 

「おーい、そこの君! うちの畑に何か用かい?」

「ん? あ、すみません。……貴方は?」

 

 こちらに気が付くと涼やかな目元の彼女がこちらを振り向く。

 流石に急に男のに話しかけられて警戒しているようだ。

 

「あ、俺は怪しいもんじゃなくこの農園で世話になってる人間だから」

 

 彼女は俺の素性がわかったからか少し警戒度を下げた。

 

「そうですか。あまりに見事に薔薇が咲いているので見ていたんです」

「お、ありがとな。にしても中央のウマ娘とは珍しいな」

「……この農園の方に仕入れについてお話をしてきたんです」

「へー豊さんとか、てか君学生でしょ? しかも制服の感じからして新入生?」

 

 えぇ……普通そういうのって職員がやるもんじゃないの? 

 それを多分、学校に入りたての子に任せるって……ブラック学校? え? こわ、ポリスメンに通報した方がいい? 

 

「……ええ、担当者が来れなくなった為、社会勉強も兼ねて生徒会には入ったばかりですが、私がお願いして来させて頂きました」

「あ、そうなんだ……トレセン学園ってことは例の人参?」

 

 志願で良かった。思わず通報する所だった。虐げられているウマ娘はいなかったんや! 

 例の人参とは豊さんが品種改良をしている人参の事だ。

 通常の人参よりも糖度が高くフルーツとまではいかないがかなり甘い。

 

「えぇ……まぁそうなんですが……」

「あーその感じだと断られたか?」

 

 ただ豊さん自身は人参が嫌いらしく、俺が美味しく食える人参が出来るまで量産しないと豪語していた。

 それでいいのか生産者……変な所で職人気質だからなぁ……

 それでも人気があるらしく地元の飲食店や知り合いのケーキ屋などに卸している。

 

「はい……せっかく任された仕事だったのですが……」

「どうせ、俺の人参は未完成だからそんなに量産しねぇ! っとでも言われただろ?」

 

 俺の予想は当たっていたらしく、彼女は目を丸くして驚いていた。

 

「……えぇ、一言一句間違いなく」

「あの人、言ったら聞かない頑固者だからなぁ……まぁ完成したら優先するように口添えしておくよ」

「本当か!? ……あ、すみません」

「それが素か? 別に敬語使わなくていいぞ?」

「いえ、年長者にそのような……」

「別にいいんだが……」

 

 なんだか身内に入れば年長者だろうが命令するような女王っぽい外見なのに……

 しかし、口添えするとはいえ折角来てくれた子を手ぶらで返すのもなぁ……

 

「あ、君この後時間ある?」

「? えぇまぁ電車の時間までまだかなりありますが……」

「ならちょっと待ってろ! すぐに戻る!」

 

 そう言って彼女を待たせないように俺は来た道を走って戻ると必要なモノを籠に入れ、畑へ急いで戻る。

 

「ふぅ、待たせたな。君の好みが分からないから適当に飲み物持ってきたから好きなの選んでくれ」

「え? そんな、お構いいただかなくても……」

「いいからいいから、飲んで待っててくれよ。もうちょい時間くれな」

「……ありがとうございます」

 

 籠に入った紅茶やコーヒー、お茶などを押し付けると給水スポンジを水につけ剪定ばさみを取り出し薔薇を切り落とす。

 

「切ってしまうのですか?」

「ん? 丁度、剪定する予定だったからな」

 

 ある程度切り落としたらスポンジに薔薇の切り口を差し込みアルミホイルで包む。

 籠から包み紙を取り出し、花束を作って不思議そうな顔でこちらを見ている彼女に渡した。

 

「ホレ、お土産だ。あと去年作ったラベンダーのサシェもやるよ。ちゃんと保存してあったからまだ香りが残ってるだろ?」

「え? なんで?」

 

 彼女はキョトンとした顔でこちらを見ていた。あらヤダ、年相応で可愛い。

 

「いや、ちょい寝不足気味そうだったから、ラベンダーの香りには安眠効果のあるし」

「いえ! そうではなく! というよりよくわかりましたね!?」

「メイクで隠してるけどちょっと隈あるし」

 

 ナチュラルメイクで隠してるけどよく見ると分かる程度だし。

 その程度の誤魔化しは、散々妹分の喜ぶ顔を見るために機嫌を取ってきた俺には通じないぞ! 

 

「受け取る理由がありません!」

「受け取らない理由もないじゃん」

「そうですが……」

「知らない男に貰っても気持ち悪いかもだけどさ、花が好きそうな君に受け取って貰えるなら花も喜ぶだろ」

「しかし……」

「まぁ豊さんが頑固なお詫びって事で貰ってよ。嫌なら駅にでも捨てていいからさ」

「そんな事はしませんよ……はぁ、わかりました頂きます」

 

 俺のしつこさに諦めたのか彼女は溜息をついてようやく受け取って貰えた。

 まったくなんて頑固なウマ娘なんだ。最初から素直に受け取ればいいものを。

 俺? 俺の事はええねん。

 

「そうしてくれると助かるよ。時間大丈夫か?」

「む、まだ大丈夫ですがそろそろ向かっておきます」

 

 東京に比べると電車を逃すと待ち時間が長いからな、早めの行動が吉だ。

 彼女はサシェを鞄に入れ花束を抱える。

 

「あぁ、じゃあな縁が合ったらまた会おう」

「えぇ、ではまた縁が合えば」

「気を付けて帰れよ」

「ありがとうございます」

 

 そういって彼女は何度か振り向きお辞儀をしながら帰っていった。

 彼女が見えなくなってから自分の畑の雑草取りなど細々とした事を終わらせて最後の仕事を行う為に田所宅に向かう。

 

「瞳さん! 豊さんがまた人参の大口契約断った‼」

「あ! バ鹿テメェ!」

「なんだって! あんた! どういうことだい!」

 

 俺の一言で豊さんは慌て、瞳さんは鬼の形相で詰め寄っていた。

 そりゃ家計を預かる瞳さんにしたら堪らんわな。

 

「母ちゃん! ゴメンって!」

「あんたはいつもいつも!」

「だってまだ未完成だから! そんな半端なもん量産出来ねぇよ! 今の卸してるのも渋々なのに!」

 

 何故そこは職人気質なのかが分からない。

 ……豊さんって商売に壊滅的に向いてないな。

 豊さんがシバかれてるのを見ていると隆くんが帰ってきた。

 

「ただいまぁ! あ、(あん)ちゃん来てたんだ! ……また父ちゃんは母ちゃんに怒られてるの?」

「まぁそういうこった。終わるまで俺と遊ぶか?」

「いいの!? ならキャッチボールしよ!」

 

 隆くんはキラキラと目を輝かせてグローブとボールを取りに外に飛び出た。

 正座で説教されている豊さんが目で助けを求めてきたが無視しておいた。

 俺は火中の栗を拾うような真似はしたくないのだ! 

 

 結局、説教は夜まで続き、隆くんの勉強を見ていて遅くなった俺に夕飯を出してくれた。

 やっぱり人と食べると美味いなぁ……

 

 あ、そういえばあのウマ娘の名前聞いてねぇや。




凛とした顔のショートカットの花が好きなウマ娘…
いったい何グルーヴなんだ…?


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Thinker

 貴女に願う、貴女へ託す、貴女を信じています。

 はい、お任せくださいお婆様。

 

 私の思いを乗せてすべてを超えていきなさい。

 はい、お任せくださいお母様。

 

 (わたくし)のその走る背に乗せているのは祈りか呪いか……

 親子三代の天皇賞制覇という、ともすれば押しつぶされるような重圧。

 それでも私は潰されなかった。

 お兄様という深海の様な暗闇の中で私を導く明星があったのだから。

 

 メジロ家のウマ娘の中で一番貴方に懐いていた自覚があります。

 お兄様が来る日は待ち遠しく二階の窓からピョンピョンと跳ねながら覗いた。

 お兄様が帰る日は帰るのが寂しくて泣きながら縋り付いて貴方を困らせた。

 

 我儘を言ってお兄様のお家へお泊りをしたこともある。

 貴方の匂いが充満した部屋が自分の部屋よりも落ち着いた。

 部屋にあるプロレスの技の本を見つけた。

 貴方を感じたくて技を教えて貰った。そうすれば貴方と触れ合えるから。

 後から知ったウマ娘に勝ちたくて買った本だと。

 私がレースの番組を見ようとテレビをつけたら、貴方はごめんねと野球の中継に変えた。

 今では私の趣味になった。

 後から知ったウマ娘が走る姿を見たくなかったと。

 3時のおやつを出してくれた。

 それは貴方が作ってくれたモンブランのタルト。

 メジロ家のパティシエには及ばない筈なのにとっても美味しかった。

 後から知った私の為に一生懸命に作り方を勉強したと。

 夕飯を貴方が作ってくれた。

 貴方が作ってくれたのはパスタもソースも自作のボロネーゼ。

 貴方のご両親が教えてくれた。昨日から私の為に作ってくれたと。

 それを言われた貴方は少し顔を赤くして美味しいか? と私に聞いた。

 私は世界一美味しいと伝えた。

 貴方はそうかとニッコリ笑って言った。

 夜同じベッドに入った。貴方は天皇賞制覇という重圧に晒されている私を見抜いて、大丈夫。

 今は忘れてお話ししようと頭を撫でてくれた。

 気が緩んだのだろう。

 私は泣いてしまった。

 幼稚園で有った事、メジロ家で有った事。

 色んな事を話した。

 

 翌日、やはりと言うべきか帰りたくないと駄々を捏ねた。

 貴方は軽く笑って今度は親戚の集まりがなくてもメジロ家に来てくれると約束してくれた。

 我ながら単純だった。

 それを聞いて貴方の周りを飛び回って喜んだ。

 帰りに車の中で私は昨日の事を宝物を見せびらかすように爺やに教えた。

 爺やもニッコリ笑ってくれた。

 

 宝石の様なキラキラと輝く日々が続いた。

 いつからか貴方が私達を駆けっこに誘った。

 駆けっこをして貴方を抜き去り、マックイーンは速いなと褒められた。

 嬉しかった。私を見てくれている。

 駆けっこをして貴方を抜き去り、マックイーンは凄いなと褒められた

 嬉しかった。私の頭を撫でてくれる。

 駆けっこをして貴方を抜き去り、マックイーンは偉いなと褒められた。

 ただただ嬉しかった。貴方に認められるのが快感だった。

 もっと褒めて欲しい。

 メジロ家の悲願などその時はすっぽりと抜け落ちていた。

 

 それが幼い私が犯した罪。

 貴方の気持ちを考えず貴方の胸の裡を知らずただただ自分勝手に無知のまま深く傷つけた。

 あの炎天下のターフが忘れられない。

 貴方は幽鬼の様な顔で私たちを駆けっこに誘った。

 いつもと違う超長距離の駆けっこ。

 私は貴方にまた褒めてもらえると思って二つ返事で了承した。

 貴方はいつもと違い、口角が裂けんばかりの笑顔を見せた。

 私はあまりの長距離の駆けっこにターフに倒れこんだ。

 初めて貴方に追い抜かれた。

 その姿は唯々美しかった。

 私のお兄様はウマ娘にも負けない自慢のお兄様だと世界中に伝えたい。

 倒れこみ、そのまま気絶するように寝てしまった。

 

 起きると貴方はもういなかった。

 私に挨拶も無しに帰ってしまった貴方に憤慨して、次に来た時はスイーツを作ってもらう事で手打ちにしようと思った。

 次はなかった。

 いつもなら来るはずの親戚の集まりにお兄様の姿はなかった。

 お婆様に聞いた。

 貴方がメジロ家を出たことを。

 理解が出来なかった。

 

 理由を知った。

 私のせいだ。

 私のせいで皆が大好きなお兄様が居なくなった。

 謝ろうと貴方の家へ行こうと思った。

 お婆様が私を諭した。

 それは貴方を侮辱することだと。

 私は自らの罪を理解して泣き喚いた。

 発狂したと言っていい程に。

 

 (惑星)の様な人だと思っていた。でも違った。

 私を導いてくれる(恒星)は苦悩して血反吐を撒き散らしながらも、その身も心も、魂さえも燃やして輝いていた。

 

 私はそんな尊い人を傷つけた。

 他の彼女たちが私を責めてくれればよかった。

 断罪されれば楽になれた。

 それでも彼女たちは私たちも同罪だからと私を責めなかった。

 私の世界が深海の様な静かな暗闇に包まれた。

 

 私を支えるのはメジロ家の悲願だけだった。

 天皇賞制覇を果たせばもしかしたら貴方に届くかもしれないから。

 ただ貴方に夢を果たした事だけを伝えたかった。

 それだけでいい。

 それだけで私は耐えられる。

 それだけで私は立ち上がれる。

 それが私の最後の(よすが)なのだから。

 胸が切なくなった……狂おしいほどに。

 

 最後に貴方にお願いがあります。

 

 貴方を深く傷つけた私に貴方に想いを伝える資格はないけれど、せめて深海の中でただ貴方をお慕いするのを許してほしい。




バ場は稍重です。


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もう一人の恩人

誤字報告ありがとうございます。


 俺は今、夏の海に来ている。

 と言っても遊びに来ている訳ではない。

 

「はい! 安いよ安いよ! 今なら特製の焼きそばが安いよ!」

「……あつい」

 

 ただでさえ暑い夏に憎たらしい程に快晴の空……そして焼きそばを作る為に熱せられた鉄板……

 シャツが汗で重くなる……俺何してんだろう……

 

「あぁ? 文句言うんじゃねぇ! 今が稼ぎ時だぞ!」

「……何故俺がこんな事をしている?」

「それはお前が暇そうだったから!」

 

 そう俺が海に来ているのは目の前のウマ娘に拉致られたからだ。

 そして気が付けば焼きそばを作らされている……なんでや……

 

「それは理由にならないぞ……」

「こまけぇ事はいいんだよ!」

「マジでせめて普通に誘えよ……何で毎回頭陀袋を被せる……」

「面白れぇから!」

「俺はちっとも面白くねぇよ……ゴールドシップ……」

 

 彼女の名前はゴールドシップ。

 俺が腐っていた時に救ってくれた恩人であり、何かにつけて俺を拉致る厄介な奴だ。

 現実逃避気味に俺はコイツとの出会いを思い出していた。

 

 

 

 

 

 俺がメジロ家から勘当され高校に進学するまでの合間期間に公園のベンチでぼーっとしていた。

 以前ならば走り込みをしたり、筋トレをしたり、合気道の型の確認などに充てていた。

 だがあの日以来はボーっと何も考えずベンチに座っていることが増えた。

 

 燃え尽き症候群。

 

 分かっている。

 道場の先輩達に特に俺の場合はなりやすいからと教わった事があるから。

 対策ももちろん聞いている。

 それをする気力がないだけで。

 言いようの無い虚無感と今のままでいいのかという焦燥感が俺を責め立てる。

 

 あの日はまだよかった。

 初めての勝利に酔いしれ高揚感でどこかおかしくなっていた。

 その日の夜に忍び込んできた妹分を合気でベットの上で転がした。

 誓ってそこまで淫らな事はしていないが男の部屋に忍び込んだ彼女に警告はした。

 そして、ばあちゃんに大見得切ってメジロ家を出た。

 清々しい気分だった。

 だが日に日にその気分は落ち込んでいった。

 彼女たちに勝てた事は嬉しい。

 それは間違いない。

 それを否定するのは俺が傷つけた彼女たちを侮辱することになる。

 頭では理解している。

 なのに本当に彼女たちを傷つけてまでする必要があったのかと考えてしまう。

 ならば勝負なんてしなければよかったのか? 

 否である。

 きっとあれが無ければ何時か俺は自壊していた確信がある。

 ならどうすれば良かったのか……分からない。

 答えの無い答えを求めて、頭の中はあの日の事がグルグルと堂々巡りを繰り返していた。

 

「なぁアンタどうしたんだ? 酷い顔だぞ?」

 

 そう声を掛けてきたのがゴールドシップだった。

 その時の俺はどうかしていた。

 初対面のウマ娘に懺悔するように自分語りをした。

 

「そっか……なぁこれから暇か? どうせ暇だよな。私に付き合え!」

 

 そうゴールドシップが言うと俺の返事を聞かずに手を引っ張り山に連れていかれた。

 ……なんで? 

 次の日にまたベンチに座っているとゴールドシップがやってきて今度は海に連れていかれた。

 ……だからなんで? 

 毎日同じようにベンチに座ってゴールドシップがやってきて色々な所に連れていかれた。

 ……だからなんでこんなに構ってくれるんだよ。

 

「へへ!ちったぁマシな表情になったじゃねぇか!」

 

 正直、何回も繰り返すゴールドシップとのお出かけは楽しかった。

 止まっていた俺の歩みが再び始まったんだ。

 今までに比べれば遅い歩みだが確実に……

 燃え尽きた火のない灰にちょっぴり熱が戻った。

 

 そして高校に入りバ鹿二人と知り合い、友達になり、……親友になった。

 気が付けばあの日の事に後悔はあるけれど自分の中で少しずつ消化出来るようになっていた。

 傷が瘡蓋になり何れは治り、傷跡が残るだけの様に、

 この心もまたいつかは治り、傷跡(思い出)が残るのだろう。

 一人で悩んで苦しんでいたら、きっと後悔の泥の中に沈んでいただろう。

 そうならなかったのは荒谷と烏丸、そして何よりもゴールドシップがいたからだ。

 本当に救われたんだ。

 

 ありがとう、本当にありがとう。それしか言葉が見つからない。

 恥ずかしいから中々言えないけれど、お前たちが大好きだ。

 少しずつでもこの恩は返していくよ。

 お前らが困った時に俺にお前らを救わせてくれ。

 

 

 

 だから……だから頼むよ。

 

 

 

「拉致るのだけは止めてくれ……‼」

「へん! やなこった!」

 

 憎たらしい程快晴の空にいる太陽が俺を嗤った気がした。




心の余裕は大事ですね!
メジロ家は…うん…


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Fall

ヘリオスの口調がわかない…


 私、メジロパーマーにとって兄さんは一緒にいて当たり前の存在だった。

 地球に寄り添う月の様な存在だった。

 やんちゃだった私の後ろを付かず離れず見守ってくれている。

 それでも危ないことから守ってくれる優しい大好きな兄さん。

 貴方の姿が見えると何かと理由をつけて近づいていた。

 

 私は昔からいまいち目立たない質だった。

 かくれんぼをすれば見つからない自信があった。

 いつからかそれが寂しくはあったけど私はそれを受け入れていた。

 だって私の周りはキラキラしている娘が多かったから。

 どうせ私なんてってよく思っていた。

 でも兄さんだけは違った。

 何処にいても何処に隠れても一番に見つけてくれる。

 子供には広すぎるメジロ家の中で貴方だけが私を見つけ出してくれる。

 嬉しかった。

 ある日どうしてそんなに私の位置が分かるの? と聞いたことがある。

 貴方は唇に人差し指を当てて内緒、と教えてくれなかった。

 そして貴方は何処にいても見つけ出してあげるよ、と朗らかに笑った。

 とっても嬉しかったのを覚えている。

 決して色褪せない私の大切な思い出。

 

 近すぎて気が付かなかったけれど、きっとその頃から好きだった。

 家族としてではなく、男性として。

 きっと兄さんに初めて負けた、咽るような暑い日が無ければ気が付かなかった私の本心。

 倒れ伏す芝から見た貴方に消えてしまいそうな儚さを感じた。

 

「ベッケンバウアーなんだけどパマちんってたまに遠い目しちゃってけど何考えてんの?」

「へ? そんなことないでしょ?」

「あり寄りのありだよ★めっちゃ恋する表情でポーっとしてっし! マジキュン顔晒しまくりwなにぃ好きなメンズでもいるの? 恋バナしてバイブスぶち上げちゃう? ウェーイ!」

「あー兄さんの事か……」

「え? なに? そのテンション……兄妹の悲恋系? 空気詠み人知らずでマジメンゴ★」

「あーそういんじゃないよ。兄さんって言っても親戚のだし。でもちょっといろいろあってね」

「よかったー! 変なこと聞いたかと思ったじゃん! で? 実際どうなん?」

「んー、まぁヘリオスならいっか。ちょっと相談聞いてくれる?」

「了解道中膝栗毛★」

 

 卑怯者の私のファーストキスはあの炎天の日の夜。

 兄さんが眠り込んでいるうちにした。

 あの駆けっこが終わり歩けるまでに回復した私は貴方の泊まる部屋に忍び込んだ。

 あの儚さに言いようの無い不吉さを感じてしまったから。

 

 貴方がちゃんと呼吸をして寝ているのを確認すると安心すると共に、いつもより幼く見える寝顔に目を奪われた。

 正確に言うならば、貴方の唇から目が離せなかった。

 ドキドキとうるさい鼓動を聞きながら気が付けば兄さんに覆い被さり唇を奪った。

 背筋を走る焦燥感と罪悪感と背徳感とそれらすべてを凌駕する全身をさざ波のように押し寄せる幸福感と下腹部が疼く甘い痺れ。

 それ以上は足の力が入らず腰が抜け、ただただ貴方の寝入る姿を唇を押さえて見続けることしかできなかった。

 重ねた唇は火傷をしそうな程熱かった。

 心臓の音が寝ている貴方が起きてしまうかもと思うくらいに高鳴っていた。

 深く口付けをすればどうなってしまうのだろうか? 

 きっとグルグルと回る桃色の思考と様々な幸せの感情と甘い感覚を混ぜ合わせて凝縮したような快感だろう。

 

 気が付けば私は自分のベッドで寝ていた。

 どうやって部屋に戻ったのかは覚えていない。

 

パーマーさんって凄いんですね。軽はずみに相談に乗るって調子に乗ってすみませんでした

「なんでそんな敬語? びっくりなんだけど」

「だってめっちゃメスの顔してたよ? 女のアタシが胸キュンするレベル!」

「メスの顔⁉」

「うん★それでそれで?」

 

 私はあのキスで貴方に堕ちてしまったと言ったのに……

 貴方は私を顧みず、なんの戸惑いもなく私の元から飛び去った。

 私は貴方に堕ちてゆくのを止められないのに。

 深く深く深淵の奈落まで堕ちて歪みきったのに。

 最初から止める気なんてなかったのだけれども。

 

 寝ていた貴方が覚えていないなんて解っている。

 それでも私のファーストキスを覚えていて欲しいと思うのは筋違いだとは解っているけれど乙女心ってそういうものじゃない? 

 

 貴方がいなければどんな願いも叶わない。

 月の様に静かに微笑む貴方以外何もいらない。

 

 なんて思っていたけれどヘリオスの底抜けの明るさが私をまっすぐに治してくれた。

 ちょっぴり歪んでるかもだけれどそれはご愛敬ということで。

 もし兄さんにあったらヘリオスを紹介したい。

 私の一番の親友だって。

 

「うをぉおおお! テンションが昇天ペガサスギガ盛マックスオリッ〇ス‼パマちんの恋路をハチャメッチャ応援するし! ウェェェェイ★」

「ちょ⁉うるさ⁉……でもありがとね。マイベストフレンド! フォーエヴァー!」

「イェーイ★フォーエヴァー!」

 

 私はもう待つのは止めている。

 卑怯な私は親友に……何よりも貴方に相応しい私になって追いかけて追いついて抱きしめてあげる。

 忘れたくても忘れられない程の燃えるようなキスをして(貴方)にまで届くように愛を高らかに詠い上げてあげる。




バ場状態はまだ良か稍重か分からないようです。情報をお待ちください。


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タルト・オ・ローザキャロットグラセ

誤字報告ありがとうございます。
非常に助かります。

メジロ家視点は話数調整の為、不定期になります。
また次回の更新は土日になります。


 都内の大学へ進学した。

 荒谷と烏丸との腐れ縁もそれぞれ学部は違うが大学まで続くらしい。

 まぁ嬉しいが。

 

 荒谷は経営学部

 烏丸は機械工学部

 俺は生命科学部

 ゴールドシップはよくわからない。

 

 とまぁ進学にあたってまた両親と話し合いを設けた。

 高校までは学費等を出して貰ったが流石に大学は断った。

 やはりと言うべきか渋られたがそこは成人したし奨学金もあるのでと説得した。

 

 そこへ待ったを掛けたのが荒谷だった。

 荒谷は俺を信じられるかと言い、俺と烏丸に株の投資話を持ち掛けてきた。

 流石に戸惑ったが裏切られたのなら俺が裏切らせたと同じと考え、荒谷の言う銘柄を自分が出せる限界まで購入した。

 購入して、しばらくすると買った銘柄の会社が敵対的TOBがなされたらしく持っている株が急騰を見せる。

 荒谷の言うタイミングで市場に売りに出し、気が付けば大学の学費分を超える金額が残った。

 

 マジでコイツなんなん? 未来でも見えてんの? 怖いんですけど……? 

 

 結局、奨学金を止めておこうと思ったのだがそれも荒谷がストップ

 利子無しの奨学金を貰い、それを定期預金全額ぶち込んで利子分を得る方法を提案された。

 

 荒谷は本来はこんなに簡単じゃないから、今回だけの事で株に手を出すな。

 どうしてもしたいなら俺に相談してからしろ、と言っていたが怖くて出来ねぇよ……

 

 といった具合でまさかの事態が起き、学費関係の問題が解決した。

 だが流石に生活費などもあるのでアルバイトをする事になったのだが豊さんが人参を卸しているケーキ屋で働くことになった。

 履歴書なども作って気合を入れて面接しに行ったのだが、社長は会うなり入れるシフトを聞いてきた。

 どうやら豊さんとケーキ屋の社長が高校時代からの付き合いらしく最初から話が通っていたらしい。

 

 俺の気合を返して……

 

 昔からマックイーン達にケーキを作ってあげていた事もあり、キッチンはすぐに慣れた。

 そしていつの間にかタルト系の担当になっていた。

 そんな訳で勉強とバイトと中々忙しく過ごしていたのだが、何故か新商品開発ミーティングに現在参加しています。

 

 え? マジで大丈夫? 俺社員じゃなくバイトなんですけど? あ、大丈夫なんですか……

 

「はい、じゃぁ始めます」

 

 そう仕切るのは40代で数店舗のケーキ屋を営んでいる社長である里中仁(さとなかひとし)さんである。

 俗に言うイケメン社長なのだが問題があって……

 

「先日、妹が……俺の可愛い可愛い妹が結婚の報告をしてきました。どうやって阻止するかの会議になります」

 

 この悪癖である。

 本当に外面からは想像出来ない程、年が離れた妹の極度のシスコンである。

 

「祝福しましょう」

 

 名前は知らないがベテラン社員の先輩は至極当然の事を言うが社長には届かない。

 

「ヤダ! 俺と結婚するって言ったもん! 絶対にヤダ!」

「えぇ……秋希ちゃんベタ惚れなんだから阻止なんか無理でしょ。彼氏君だって問題ないし」

 

 里中秋希(さとなかあき)さん、社長の年の離れた妹で看護師をしている。

 何度か差し入れを持ってきてくれて何度か面識がある。

 焼き鳥やらチャーシューやらローストビーフやら……確かに甘い物は職場的に欲しくはないが肉多すぎじゃない? 

 

 それはさて置き、秋希さんは美人で優しく気遣いが出来る女性で滅茶苦茶モテる。

 ただ優しすぎて面倒な輩にも好かれてしまうらしく、その度に社長が助けていたらしい。

 そのせいで社長が過保護になったのだが。

 

 そういう事情もあり、社長と秋希さんも仲が良かったが、秋希さんに恋人が出来たら一変、元々社長が過干渉気味だったのだが更に悪化した。

 流石にそうなってくると秋希さんも遠ざけるのだが、社長はヒートアップ。

 彼氏さんに勝手に会ったり、何かとちょっかいを出すように。

 

 それを知った秋希さんが激怒した。

 そりゃそうだ。アンタが面倒な輩になってどうする……

 ただ障害や会えない期間があった方が、得てして愛は燃え上がるもの。

 気が付けばベタ惚れ同士のカップルの出来上がり。

 結局、社長がした事はアシストにしかなっていない。

 

 更には直接会った事は無いが、彼氏さんも特に問題があるような人ではなく、穏やかで優しい人らしい。

 もう社長は諦めた方が皆が幸せになるのでは? 

 

「秋希~! 俺を捨てないでくれよぉ~!」

 

 それでいいのか妻子持ち……

 

「バ鹿は放っておいて、本題を進める」

 

 仕切り直したのは副社長の千葉誠一(ちばせいいち)さん。

 この人は正統派なイケメンで羨ましい限りである。

 

「これが本題だ!」

「うるせぇ! バ鹿! 黙ってろ! まず第一にまだ大分先だが秋希ちゃんのウェディングケーキの発注来ている」

「聞いてねぇ! んなもんキャンセルしろ!」

「第二に皆に考えてきた新商品のプレゼンをしてもらう。ヒットした場合は金一封もある」

「聞いてる? ねぇ、社長ぞ? 我、社長ぞ?」

「じゃぁ私から行きますね」

「あれ? 無視?」

 

 そういうと社員の皆さんは社長を無視してプレゼンを始める。

 ねぇ本当にこの会社大丈夫? まぁ普段は頼りになる社長だから大丈夫か。

 妹さんが絡むとポンコツだけど。

 

 

 

 

「さて、残りは君か。ではプレゼンを頼む」

 

 全ての社員さんのプレゼンが終わり俺の番になった。

 

「っはい! えーと俺が考えたのは人参を使ったケーキですね。ウチには結構な人数のウマ娘が来るのでそれをターゲットにします」

「人参か……キャロットケーキはもうあるが?」

「はい、なのでタルトにしようかと思っています」

 

 実際キャロットケーキの売れ行きはかなりいい。

 ただケーキにするとキャロットケーキに存在感が喰われるからちょっと捻って俺の得意なタルトにする。

 定番中の定番があると案外新作には手を伸ばさないんだよなぁ……だがそれも織り込み済み。

 

「そうなると人間にとっては青臭さが残らないか? ウマ娘をターゲットにするのはいいがそれだけではな……」

「ですのでマロングラッセの手法で糖化、また豊さんの人参を使う事で甘さを出します」

「なるほど、だがそれだけだと弱いな。それだけでは既存のキャロットケーキを選ぶ」

 

 流石はほぼマネジメントを一手に引き受ける副社長。

 一筋縄ではいかない……だが俺には秘策がある! 

 

「なのでウマスタ映えを意識して人参を薔薇みたいに飾り切りします」

 

 これが秘策その一! 

 今の時代はまずはインパクトを与え、写真映えれば売れる。

 SNSの宣伝効果はバ鹿に出来ない。

 広告費もいらないしウッハウハだぜ! とは荒谷の談だ。

 

「ほう……なるほど。うん、悪くないな。仁、どうだ?」

「手法が面倒だなぁ……グラッセするの嫌いなんだよなぁ……手間も金もかかって。あと量産が効かない」

「そこは数量限定で高めに設定します」

 

 これが秘策その二! 

 人間、得てして限定に弱いものだ。

 期間限定、数量限定、プレミア……

 これを逃せば買えないかもしれないという心理は購買意欲を刺激する。

 俺も数量限定のパーツは使わなくても買う。とは烏丸の談だ。

 

「試験的にやってみてもいいかもしれんな……」

「えー勝算は結構ある思うけど作るのメンドくせーよぉ」

「よし、ならやってみよう」

「いいんですか? 社長はああ言ってますけど……」

「アイツは面倒臭がりなだけだ。それに当たればデカそうだ、今回は君の案で行こう」

「ヨシッ!」

 

 社員さん達から拍手を貰い、俺の案の新作ケーキで会議が終わった。

 さてさて、勝算はあるがどうなることやら……

 

 

 

 

 

「いやぁ売れますねローザキャロット」

「だな、どうやら有名なウマスタグラマーが取り上げてバズってるみたいだ」

 

 店の先輩達の雑談を尻目に俺は死んだ目で人参を切っていた。

 ローザキャロットは俺が考案したタルトの名前だ。

 店の売上自体も、かなりいいみたいで結構な額のボーナスを貰った。

 勝算自体はあったのだが、ここまでとは予想外だ。

 そのせいで発案者でタルトの担当という事で、俺が酷使されている……

 タスケテ……タスケテ……

 

 




有名なウマスタグラマー…
一体何チャンなんだ…?

投機の話は適当なので気にしないでください。
タルトは何度か作りましたが人参のグラッセが出来るかはわかりません。


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綺麗で素敵な緑の美人

土日に投稿といったな……あれは嘘だ


「じゃお先っス……」

「おぉ、お疲れ」

 

 俺は今日のバイトを終え帰路についた。

 本当に疲れた……マジで……

 来る日も来る日も延々とタルト生地を作って、クレームダマンド作って、人参を飾り切りをして、グラッセを作って……

 当初の予定よりもバズった。

 テレビにも取り上げられそのせいで数量を増やす事が決定。

 そして俺が酷使される。

 時給はアップしたが、それ以上に忙しい……

 労働とは斯くも過酷なモノなのか……

 まぁその甲斐もあり豊さんに家賃を渡せるようになったのだが。

 

 とりあえずゴールドシップにあげる分は確保した。

 アイツも女の子だから甘い物には目がない。

 フフフ、きっと喜んでくれるだろう。

 

「あ、あの! もうローザキャロットってもう売り切れちゃいましたか?」

「はい? えぇ、有難いことに売り切れです」

「そうですよねぇ、どうしよう……」

 

 俺が店から出ると女性が走ってきて店の前で止まり俺に話しかけて来た。

 第一印象は緑の美人。

 

「どうされました? ご予約は御座いますか?」

 

 バイトは終わっているが流石に対応しないのもなぁ……

 という訳で、しょうがないのでサービス残業。

 

「実は予約は一杯で……当日のキャンセルがあればと思い仕事が終わり次第に来たんですけど……」

「あーそうですね……キャンセル自体はあったんですけど売れちゃいましたね」

 

 キャンセル自体はあったのだが丁度その時にいた常連のマダムが買っていった。

 

「そうですよね……ごめんなさい理事長……」

 

 えぇ……そんなに悲しまれると凄い居たたまれないんだけどぉ……

 ……まぁゴールドシップには申し訳ないが流石にこれを見逃すのはなぁ……

 

「あの……これもしよければ差し上げますよ」

「え? コレって⁉」

 

 俺はゴールドシップにあげる予定のタルトを緑の美人に渡した。

 

「いいんですか⁉」

「ええ、まぁ大丈夫ですよ。その代わりにまたのご利用をお待ちしています」

「それはもちろん! ……でも貴方が買ったものでは……?」

「あー大丈夫です。個人的に研究目的で取って置いた物なので……あーえっと」

「私は駿川たづなっていいます。たづなって呼んで下さい」

「そうですか。じゃあたづなさん、俺はこれで失礼しますね」

 

 ゴールドシップには今度、個人的に何か作ってやるか。

 アイツが物凄い楽しみにしていたから許してくれるか分からないが……

 最悪、俺が拉致られればいいだけだし。

 拉致に慣れている自分が悲しい……

 

「あ、待ってください! お金を……!」

「いえ、お気になさらず……」

「なら! せめてお礼をさせて下さい!」

「本当に大丈夫なんで……あの、たづなさん……離してくれますか? ねぇ……離して? たづなさん、ちょ……すごい力だ!」

 

 たづなさんは俺の腕を掴み離さない……

 あれ? マジで離さないなこの人! 

 

「お礼を! させて! ください!」

「いらないから! そんなのいらないから! あ、めっちゃ痛い! イタタタタ! 離して! それが一番のお礼だから!」

 

 アカン! めっちゃ力強い! 骨がミシミシ言ってる! ミシミシ言ってるから! 

 

「それじゃお礼になりませんから!」

「現在進行形で無礼だよ! なんで関節キメてんだテメェ! 合気でも抜けれねぇだろうが! たづなぁ! 離せぇ!」

 

 たづなさんは俺の肘をその怪力でロックしてる。

 一応、抜け方はあるが、それをすると流石にタルトの箱が壊れる! 

 アッカーン! 腕が折れるぅ! 

 

「お礼!」

「あ、ダメなやつだコレ! 絶対に意思を曲げないやつだ! わかった! お礼してもらうから離して! 腕が折れる! 曲がっちゃダメな方に曲がっちゃうから!」

 

 なんて頑固な人だ! 普通そこまでしてお礼しようとしねぇだろ! 

 RPGの無限ループとちゃうねんぞ! 

 

「はい! お礼させて頂きますね。それにしても私みたいな手弱女に大袈裟ですねぇ」

「あー折れるかと思った。お前マジでふざけんなよ? なにが手弱女だこの駄バが!」

「あ”?」

 

 俺の言葉に地獄の獄卒も真っ青な重低音を響かせる……めっちゃコワイ!  

 

「あ、すみませんでした。たづなさんは綺麗で素敵なウマ娘です」

「いえいえそんなことありませんよ。それにウマ娘ではありませんよ?」

「……そうですか。俺の勘違いですね。失礼しました。綺麗で素敵な美人のたづなさん」

 

 ……人には色々な事情もある。

 深く詮索しない方がいいだろ。

 

「ありがとうございます。そんなに褒められると照れてしまいます」

「じゃぁそういう事で……」

「逃がしませんよ?」

 

 折角いい感じにフェードアウトしようと思ったのに通じなかった……

 

「……ッチ。はぁホントにラーメンとかでいいんで……っぐは! なんだ!?」

 

 その時、俺の体に物凄いの勢いで重い何かがぶつかって来た。

 とんでもない衝撃にたたらを踏むが体幹をなんとか維持して体勢が保つ。

 

「何よその女! 俺の瞳に乾杯した夜を忘れたの!? 酷いわ!」

「オレと一緒の時が一番楽しいと言っていた。あれは嘘だったのか?」

 

 俺に抱き着きウザ絡みしてきたのは荒谷と烏丸だった。

 あまりの事態に思考が一瞬停止する。

 何やっとんねん……ッ! くねくねするな! しなをつくるな! キモォ! 

 

「気安く触らないでくれるかしらん! この泥棒ポニーちゃんたちぃ! ……あ、やべぇ」

 

 よくわからないオネェ口調で話しかけて来たゴールドシップだったが小声で何かを言うと全力で走り去っていった。

 あいつはなにがしたかったんだ? 

 

「なんだよアイツつまんねえな。最後までやれよ」

「走り去って行ったな。やはりウマ娘、速い」

 

 こいつらの言い方的にまだなにかあったんだろう。

 しかしやけにゴールドシップは俺の方を見て焦っていたな……何かに怯えるように。

 後ろにはたづなさんくらいしかいないのだが? 

 まぁ角度的にたづなさんはゴールドシップを見ていないだろうけど……

 

「で? マジでなんだよ。恥ずかしいから止めろや」

「だってお前が逆ナンされてんだもん。邪魔しようと思って」

「オレはこいつに誘われてやった」

「逆ナンじゃねぇよ……」

 

 仮に逆ナンだとしても邪魔するんじゃねぇよ。

 お前ら……ほんまにそうとこやぞ。

 

「うふふ、仲がいいんですね」

「……えぇまぁ。悪友ですけどね」

 

 クスクスと笑われてしまった。

 少しばつが悪い。

 

「で? 誰なん?」

「私は駿川たづなっていいます。彼には限定ケーキを譲っていただいて、お礼をしようとしていたんです」

「やはり逆ナンでは?」

「お礼ですよ? そうだお二人も一緒に行きませんか? そうですねぇ、バルなんてどうでしょう?」

 

 烏丸の言葉をスルーしてたづなさんは可愛らしく手を叩き二人も誘う。

 それを聞いて荒谷はパッと笑顔になる。

 

「え? いいんすか? やったぜ! ただ酒! ただ酒!」

「ふむ、御相伴に与ろう」

「たづなさんいいんですか? それだとお礼が過ぎますよ?」

「いえいえ、私が楽しみたいだけですから」

「でもケーキが……」

「あ、そうですね……持って帰るのも時間が掛かりますし……どうしましょう?」

 

 困り顔のたづなさんはオロオロとしながらタルトの箱を右に左に行き来させる。

 実際問題タルトをそのまま放置するのは衛生的に避けたい。

 

「あーそういう事ならウチで預かっといてやるよ」

「社長? いいんですか? ってか聞いてたんですか?」

「そりゃあれだけ店の前で騒げばな」

 

 いつの間にか俺たちの後ろに立っていた社長。

 そりゃここまで大騒ぎすれば聞こえるか。

 

「お、仁ちゃん久しぶり!」

「元オーナーもお久しぶりです」

「え? 面識あるのか荒谷? しかも元オーナー?」

「オーナーってよりも出資者ってのが正解かな」

「店の立ち上げの時に世話になってな。まぁ明日にでも来てくれたら渡すよ」

 

 本当にこいつは何者だよ。

 最近流行りの学生起業的なものなのか? 

 それにしてもこいつの金儲けに対する嗅覚は何なんだ。

 

 

「それなら明日の分を取り置きしておけばいいのでは?」

「もう人参のグラッセのストックがないだろ。しばらくは無理だ」

「あーそういえば豊さんの人参も品切れでしたね」

「そーゆーこった。ホレ、営業妨害だから冷蔵庫に入れてサッサと行け」

「うぃーッス」

 

 まあそういう事ならタルトも悪くならないだろうと店の冷蔵庫に入れて戻ってくると社長がナンパしているのが聞こえてきた。

 

「ありがとうございます。何から何まで!」

「美人の頼みですからね! 任せてください! 今度個人的にお酒でも如何です? いいbarをしってるんですよ!」

「社長……奥さんにチクっときますね!」

「ゴメン、やめてくれる?」

 

 社長は真顔だった

 

 

 

 

「じゃあこの出会いを祝しまして乾杯!」

「「「カンパーイ!」」」

 

 あの後、奥さんにきっちり連絡を入れ、震えている社長を置き去りにして俺たちは小洒落たバルに来ていた。

 何故か荒谷の仕切りで乾杯をする。

 普通そこはたづなさんちゃうの? 

 

「いやぁ悪いっスね! 俺達も奢って貰っちゃって」

「感謝する」

「本当に良かったんですか? このバ鹿共も一緒で。ラーメンくらいで良かったんですよ?」

「いえいえ、私も楽しいですから。職場環境的になかなか飲み会も出来ませんし。それに私そこそこの高給取りなんですよ?」

「へぇ、そうなんですね。じゃあまぁ散々断っといてなんですけど、今日はとことん飲んじゃいましょう!」

「ええ! そうしましょう! 私このデミグラスチャーシューが気になります!」

 

 俺たちは酒を飲みつつメニューを見てあーでもないこうでもないと注文を済ませ、来た料理に舌鼓を打った

 

 

 

 

 宴もたけなわ、結構飲んだ筈なのに顔色が変わらないたづなさんは話題を振ってきた。

 

「皆さんはどのウマ娘が好きなんですか?」

「ウマ娘? レースの事? 俺は見ねぇな。ボートとか競輪の方がいい。賭けれるならするけど出来ねぇし」

「オレはそもそもスポーツ観戦に興味がない」

「えぇ……そうなんですね。貴方はどうなんですか?」

 

 たづなさんは荒谷と烏丸の言い分にションボリしていたが俺に向けてキラキラした顔で聞いてきた。

 どうしよう……凄く答え辛い。

 

「あーこいつはウマ娘が嫌いなんだよ」

「え?」

「正確ではないな、現在は好きでもないが嫌いでもないだろう」

「そう……なんですか?」

 

 こいつらは本当に好き勝手に言う。

 事実だけに言い返せないのが悔しいが……

 

「お前ら勝手に人の事を言うなよ……でもまぁ好きではなかったですね」

「なかった? 今は違うんですか?」

「ックク、今でも笑えるけどウマ娘に勝ちたくて超長距離のレースを従妹のウマ娘として勝ってるからなw」

「ああ、聞いた話だが見事な作戦勝ちだった」

 

 ねぇ? 何で言うの? 

 自虐ネタは自分が言うからネタになるのであって他人に言われるのは辛いんですけど? 

 なんで俺、こいつらに相談したんだろう……

 

「え? 勝ったんですか!?」

「あーまぁ勝ったは勝ちましたけど罠に嵌めたようなもんですから。今では別段ウマ娘に対してどうってないですね」

「……そうだったんですか。じゃぁレース等は見られないんですね」

「いえ、まったく見ない訳じゃないですよ?妹分たちのレースぐらいなら見ますから。まぁ彼女たちは俺なんかに見られたくはないでしょうけど……」

「……すみません、あんまりいい話題ではなかったですね」

「こちらこそすみません。しんみりさせちゃって」

 

 荒谷と烏丸の巻き込み事故だけどたづなさんの申し訳なさそうな顔に失敗したなぁと思う。

 あんなに懐いて慕ってくれていたのに俺のした事は俺が納得する為だけに彼女達を傷つけた。

 きっと彼女達はこんな俺の事を恨んでいるだろうから。

 そんな俺が見ているなんて知ったら彼女達は怒るだろう。

 ともあれ飲み会でするには場違いな話題だった。

 

「別によくね? 勝ちは勝ちなんだし」

「オレは何故お前がそれを卑怯だと思うのかがわからない」

 

 うん、そうだね! でも納得の問題だからそこは関係ないんだ! 

 あと飲みの場で初対面の人に他人の恥を暴露するのも違うからね! 

 

「お前らちょっとは空気読んでくれない? 今話題を変える場面だよ? バ鹿なの? バ鹿だったわ」

「モー照れちゃって!」

「照れてねぇよ」

「話題を変えればいいのか? 脳波と神経系の電気信号の解析と応用についての件なんだがな」

「話題を変えれば何でも良い訳じゃないよ? 何でそれをチョイスしたの? アホなの? アホだったわ」

 

 もうヤダこいつら! なんで頭はいいのにバ鹿なの! アホなの! 

 

「……ップ、アハハハ! 本当に面白い人達ですね」

「ほらぁお前らのせいで笑われたじゃねぇか」

「遺憾の意を表す。お前のせいでもあるだろう」

「そーだそーだ! やーいバーカバーカ!」

「本当に楽しいです! また飲み会に来ましょうね! その時は奢ってください!」

「この状況で凄いっスね! あーハイハイわかりましたよ! まったく!」

 

 結局宴会は閉店するまで続いた。

 なんだかんだ言っても滅茶苦茶楽しかった。

 相当な量を飲んでいるが泥酔者はいなかったのが幸いだな。

 

 

 あとたづなさんは相当なザルだった。




明日はメジロ家視点になります。
次回の話を見返しましたがやはり稍重でした。


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Remember

 アタシ、メジロドーベルは真夜中に机に向かって自作の少女漫画を作っていた。

 カリカリと音を立てGペンでペン入れをする。

 皆が寝静まるのを待ってコッソリ書いている少女漫画。

 それを書いているのを知っているのはアタシとお兄ちゃんだけ。

 

 そもそも書き始めたのは貴方がきっかけだった。

 貴方がメジロ家に泊まりに来た時にこっそり持ってきた漫画。

 それを見つけたアタシは貴方と同じことをしたくて読ませてほしいとせがんだ。

 少し驚いたような顔をしてそれでもニッコリ笑って貸してくれた。

 面白くてつい夢中で読んでしまった。

 それでもアタシは不満だった。

 大好きな貴方が夢中になっているから。

 もっとアタシを見て欲しい。

 

 それならアタシが書けばいいんだ! 

 そんな事を思いついたアタシは貴方が次に来てくれた時に自作の漫画を見せた。

 今にして思えばストーリーも滅茶苦茶で絵も下手な漫画とは名ばかりなものだった。

 それでも幼いアタシが書いた漫画を見た貴方はたくさん褒めてくれた。

 上手だね。面白い。才能があるよ。

 認められて嬉しかった。

 他の子にも見せようと貴方は言ってくれたけれど、それは恥ずかしかったからアタシは秘密にして欲しいとお願いした。

 なら二人だけの秘密だねとウインクをしてくれた。

 二人だけの秘密。

 アタシの心はときめいた。

 

 貴方は参考用に少女漫画としっかりとした漫画用品を買ってアタシにプレゼントしてくれた。

 それがアタシの漫画の方向性を決めた。

 それから貴方との秘密の関係が始まった。

 貴方が来るとコッソリ書いた漫画を読んでもらって感想を聞かせてもらった。

 感想を受けて絵を修正したりストーリーを練り直したり、イラストの勉強をした。

 貴方はその度に上手くなってると褒めてくれた。

 そんな秘密の関係が何年も続いた。

 

「ふぅ、今日はこのくらいにしようかな」

 

 書いていた少女漫画を引き出しの奥にしまい込みベッドに倒れこむ。

 同室のタイキシャトルはもうすっかり寝入り、”もう食べられまセーン”と寝言を言っている。

 現実にいう人がいるとはと驚くとともに、あまりにベタな寝言にクスリと笑ってしまう

 アタシは寝ようと思ってもなかなか寝入る事が出来なかった。

 

 夏の暑さだけが原因ではない。

 この時期になると鮮明に思い出してしまう。

 あの猛暑日の事を……アタシたちの関係が壊れたあの日を……

 暑いはずなのに体が震える。

 

 あの日の貴方の死に物狂いの表情が怖かった。

 あの燃え盛る炎のような視線が恐ろしかった。

 何よりもアタシを見ていないような瞳に、体が……そして心が震えあがった。

 今でも夢に見る、あの日のことを……

 貴方のいつもの日向のような温かさとは違う、敵意にも殺気にも似た灼熱の感情を。

 それが怖くて忘れてしまいたいと何度も思った。

 あの日がすべて幻想であれば良かった。

 思い出の中で夏の木漏れ日のようなホッとできる貴方で居て欲しかった。

 でも本当の貴方は木星の様な人。

 その姿は大きく雄大で優し気なのに、心の中で吹き荒ぶ暴風と灼熱の魂を持った恐ろしい人。

 それでもすべてを黒く燃やし尽くすような貴方の姿(意思)を忘れることはできなかった。

 

 それ以来アタシは男の人が苦手だ。

 貴方の恐ろしい姿が脳裏にチラつくから。

 だからアタシは男の人に威嚇するようにつっけんどんな態度を取ってしまう。

 

 お婆様から貴方がメジロ家を出たと聞いた時に少しだけ……ほんのちょっぴりだけホッとした。

 貴方のあの恐ろしい姿を見なくて済むから。

 それ以上に心にぽっかりと空いた喪失感があったけれど、それでもホッとした。

 

 ホッとしてしまったんだ……

 あんなに良くしてくれたお兄ちゃんが出て行ったのに! 

 あんなに褒めてくれたお兄ちゃんが出て行ったのに! 

 あんなに大好きだったお兄ちゃんがアタシ達のせいで出て行ってしまったのに! 

 自分が許せなかった! 

 自分が怖いからと、貴方が魂を燃やして勝ち取った気高き偉業を忘れたいなんて恥知らずな事を思ってしまった! 

 こんな小心者の誇りなき自分が堪らなく大嫌いだ! 

 

 だからアタシは貴方に謝罪する資格を失った。

 だからアタシは貴方に贖罪する資格を失った。

 だからアタシは貴方に縋りつく資格を失った。

 

 恐ろしくも情熱的で、無様で美しく、憎たらしい程愛おしい。

 そんな貴方の姿がアタシの心に焼き付いている。

 

 きっと貴方はメジロ家を出てたくさんの思い出を作っているだろう。

 いつかメジロ家での日常よりも多くの思い出を……

 いつの日にか貴方に恋人が出来て、ただの妹分のアタシの事なんか忘れてしまう程に強く想い合うこともあるだろう。

 

 本当は貴方が溜まらなく欲しい。

 貴方の体と触れ合いたい。

 貴方の心と通じ合いたい。

 きっとそれは天頂の幸福だろう。

 

 こんな恥知らずのアタシが貴方の恋人なんて夢物語だから、アタシは書いている少女漫画に想いを託す。

 自分の妄想の中でしか貴方に愛を伝えられない小心者のアタシが本当に嫌いだ。

 アタシが書いた漫画の中の誇りある主人公の様に勇気を出せなかったアタシが本当に嫌になる。

 なによりも追い詰めたアタシが漫画の中とはいえ貴方と浅ましく結ばれるなんて吐き気がする。

 それでも……それでも貴方の事が好きなんです。

 

 だから、ごめんなさいお兄ちゃん……

 あの日のことを忘れたがった小心者で恥知らずアタシがいうのは凄い我儘なのだけれど、それでもアタシを忘れないでください。

 せめて貴方の広くて大きな心の片隅にいさせてください。




ターフの状態は稍重の発表です。


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バーニャ

ゴールデンカムイ面白いですよね。


「なぁお前なんか太ってね?」

 

 ゴールドシップと荒谷と烏丸といういつものメンツでカレーを食べに来ている時に言われた。

 ジッと俺の腹辺りを見ているゴールドシップ。

 思わず目を逸らす……

 

「そんな事ねぇし……」

「いや、目測で約11.24㎏程増量している」

 

 烏丸……今はお前の冷静さが憎いわ。

 というか怖いわ……何でそんな細かく分かるだよ。

 

「おいおい! なんだよ! ダッセェなwww」

 

 俺に向かって指を刺して笑う荒谷をぶん殴りたい……ッ! 

 ゴールドシップも一緒になって笑うんじゃありません! 

 

 最近はゼミの研究とケーキ屋のバイト、農園の手伝いで疲れて筋トレもサボり気味だ。

 見かねた豊さんはしばらくは手伝いはいいと言ってくれたがそんな不義理は出来ない。

 そんな訳で、忙しさに感けてついつい外食が増えPFCバランスも崩れ気味……

 

「ゴルシちゃん的にはもう少し痩せてた方が好きだな!」

「あーうん……なら体絞るか」

「お前ゴルシに甘いよなw」

「うるせぇ」

 

 ゴールドシップには恩人という事を差し引いても何故か甘くなってしまう。

 ……なんでだろう? 

 

「そういえばそういうアンタらはどうなんだよ」

「俺? 俺はボクシングジム行ってるし」

「え? そうなの?」

 

 ゴールドシップの言葉に荒谷がそう返すと目を瞬かせた。

 あーゴールドシップは知らなかったか。

 なんでも昔しつこく勧誘されてたらしい。

 その時はやらなかったが大学に入ってから始めている。

 なんだかんだ続いているし楽しそうだ。

 ただプロになるつもりはないらしいが。

 

「オレの場合は特にしていないが燃費が悪いのでそこまで太らない」

「烏丸ぁ……お前なんて羨ましい体質なんだ!」

「おーやっぱりゴルシも女だなw」

「ぶん殴るぞ荒谷!」

 

 烏丸の体質は女性に恨まれるからな……

 高校時代にもクラスの女子の前で同じ事を言って、とんでもない視線を向けられていた。

 本人はまったく気にしていなかったが……

 あと、はしたないから女の子が殴るとか言うな……

 

「まぁ痩せる気あるならこれやるよ」

 

 荒谷がそういうとトレーニングジムの優待券を渡してきた。

 結構有名なジムのじゃん……

 

「荒谷……ありがとな」

「いいって事よ」

 

 とりあえず減量頑張りますか! 

 

 

 

 

 あれから数か月が経ち俺の体重は元に戻った。

 今は筋肉量を増やすため増量期に入っている。

 

 今日はバイト後に来たので少し遅くなってしまった……

 軽く流すか……

 

 いつもとは違う時間帯なので客層も変わってくる。

 例えば今、目の前のベンチプレスでやっている男性とか。

 

「……フッ! ……フッ! ……フッ! ……フッ! ……フゥー」

 

 白いジャージで上着の前を開け放ち、室内にも関わらずサングラスとバンダナをしている。

 完全に見た目はヤの付く自由業の方……

 

「黒沼さん。お久しぶりです」

「……あぁ、久しいな」

 

 まぁ知り合いなんですけどね。

 この人は道場の先輩の黒沼さん。

 俺に色々な事を教えてくれた一人であり、口数は少なかったが良くしてくれた。

 

「お前が道場に来なくなって以来か……」

「……その節はどうも。黒沼さんはまだ道場に?」

「仕事が忙しくそこまで頻繁ではないが、たまに顔を見せている」

「……そう……なんですね」

 

 なんの仕事をしているのかは知らないがまだ道場に行っているのか……

 あんなに良くしてくれたのにアレ以来、俺は逃げるように道場には行っていない。

 

 気まずい、物凄く気まずい……

 

「……俺が補助しよう」

「え? いいんですか?」

「ああ」

 

 俺の気まずさが伝わったのか、はたまた優しさか、そう提案してきてくれた。

 その申し出に見た目に反して相変わらず優しい黒沼さんに頬が緩む。

 そして軽く流すつもりが黒沼さんのスパルタトレーニングに付き合わされた。

 

 怒ってます? あ、違うんですか……本当は怒ってますよね? ねぇ!? 

 

 

 

 その後、黒沼さんに誘われジムの近くにあるサウナに向かっている。

 向かっている途中で俺が夢を果たした事を伝えた。

 黒沼さんはただ静かに“そうか”と呟いた。

 その一言には万感の思いが込められているのを感じる。

 俺に精神は肉体を超越すると教えてくれたのが黒沼さんだ。

 そして俺はそれを為せた。

 その事を黒沼さんに伝えれた事が嬉しかった。

 サウナへ向かう俺達は無言で、それでも気まずさの無い沈黙のまま歩いていた。

 

 サウナへ着くと俺達は受付を済ませ体を洗ってからサウナに入った。

 ジムの近くという事でマッチョメンが多い……

 今日は世界のサウナフェアとの事だ。

 黒沼さんはサングラスと持参したサウナハットを付けて……

 頑なに外さないんですねサングラス……

 

 

 バーニャ!! 

 ロシア式の蒸し風呂。

 白樺の葉を束ねたヴェニクで体を叩くことにより、血行が促進されると同時に室内の空気をかき回す事で体感温度を更に上げる。

 別段、俺はサウナ通ではないので知らなかったが、一緒に入っていた人が説明しているのが耳に入ってきただけだ。

 

全員同時に来て欲しいっ! プァ★ あぁあ! もっと!  

 

 先ほどバーニャの説明をしていた人が一緒に来ていた人達にヴェニクで囲まれ叩かれていた……

 屈強な男がフルチンで同じく屈強なフルチンの男達に囲まれスパッキングされている……

 

 なんだこの地獄みてぇな状況は……

 

「師範には会わないのか?」

「え? この状況でそんなシリアスな事聞きます?」

 

 この地獄絵図の中で黒沼さんは冷静だった。

 何なのその精神力……

 

「どうなんだ?」

「……いつかは会いに行かなきゃならないと思ってます。でも師範に合わす顔が無いですよ」

「そうか」

 

もっとだ! もぉっとォ! もっとだァ!  

 

「だが、師範はお前に会いたがっていた」

「……そうですか。……今度顔を出しますよ」

「そうしろ」

「はい」

 

ぬぅぅあ! ああァうァ! んんもっとォ!  

 

 

「とりあえずこの地獄から出ませんか?」

「……そうだな」

 

 あ、やっぱり嫌だったんですね。

 俺たちはサウナを出て、水風呂に入り、外気浴を済ませて帰った。

 

 二度とこのサウナは使わねぇ……!!




俺は一体何を書いているんだ…


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Conservation

今回は短め。
またこの話は時系列が前後しています。

独自設定、戦歴捏造などがあります。
この作品の世界線ではそうなっているという事でお願いいたします。


 あの子を失い、いまやメジロ家の火が陰りを見せている。

 ひしひしとそれを感じる。

 このままでは確実に不味いと私のカンが警報(サイレン)を鳴り響かせている。

 

 分かってはいたが、出て行ってしまったあの子の存在の重要さを思い知る。

 あの子が居た時は本当に穏やかな時間が流れていた。

 孫娘達はあの子にカルガモの様に着いて行くのが恒例の微笑ましい光景。

 それだけではなく一人一人との時間も取っていた。

 下手なカウンセラーよりも孫娘達のメンタルケアになっていた。

 特にマックイーンは私の願いを重く受け止め追い込まれていた。

 それを見抜き彼女を癒してくれた。

 改めて感じる、本当にあの子に甘えていた。

 そのツケが私の背中に這い登るのを感じる。

 

 

 

 

 マックイーンは天皇賞を筆頭にG1を4勝、その他多くのレースで勝利を収めている。

 パーマーは大逃げウマ娘として開花。有マ記念では大逃げ戦法で周囲に自らを知らしめている。

 ドーベルは阪神ステークスで勝利。優駿、秋華賞とクラシックのタイトルを手中に収める。

 ライアンは宝塚記念でマックイーンを抑え勝利。また多くのG1、G2で入着。

 アルダンは日本ダービーと天皇賞秋で2着だったものの、その後G1で2度の勝利。

 

 表面上は頗る順調に見えるだろう。

 パーティーで内情を知らない方々からの賞賛。

 メジロ家黄金の時代ですね

 本当に羨ましい

 御当主も誇らしいでしょう。

 

 

 こめかみに力が入るのを自覚する。

 握り締めた掌が裂けてはいないだろうか? 

 私はちゃんと笑えていただろうか? 

 

 

 マックイーンは左足繫靭帯炎で療養中。

 パーマーは家を出て滅多に帰って来ない。

 ドーベルは軽度の男性恐怖症と発覚。

 ライアンは一心不乱に体を鍛えオーバーワークを繰り返す。

 アルダンは無理を続けもう二度とレースでは走る事は出来ず引退。

 

 最早、壊滅状態というべき惨状の何処が黄金の時代か。

 羨ましいなら私と変わってみろ。

 孫を犠牲にした名誉の何処を誇ればいい。

 

 私は頭を抱え胃の痛みに耐える生活を送っている。

 主治医に胃薬を処方される事が格段に増えた。

 

 そんなメジロ家の中で夫はただ一人凪いでいた。

 メジロ家とは別の財閥としての目白家の当主。

 私の従兄弟にあたり私の愛を受け入れてくれた人。

 戦乱で傾いた目白家を彼一代で立て直した鬼才。

 

 そんな夫は日がな趣味の車の整備やガーデニング、家庭菜園をして下手な口笛を吹く始末。

 稀に来る目白家の相談役としての仕事はしていたが……

 この状況を嘆くでも憂うでもなくただ受け入れていた。

 今までに経験のない重圧を受けていた私は思わず語気を荒げて聞いてしまった。

 

「何故そんなに能天気に過ごせるのですか? あの子が出て行ってメジロ家が滅びてしまいそうなのに……」

 

 夫はただ笑い気軽に言った。

 

「アイツは帰ってくるさ。仮に帰らずに滅びるなら所詮はそれまでの家だったって事だ。気にしてもしょうがねぇよ」

 

 あの戦後の激動の時代。

 貴方が必死に駆けずり回って私の為だけに築き上げてくれたウマ娘の名門としてのメジロ家。

 それをいとも容易く賭けにベットする。

 本当に敵わない。

 

「それにな、婆さん。ワシがデカい賭けで負けた事あるか?」

「……無いですね。それでも今回負けるかもしれませんよ?」

「負けんさ。ワシには勝利の女神(お前)がついてるからな」

 

 本当に質が悪いすぐにこれだ。

 本当に日本人だろうか? 

 伊達男の血でも入っているのだろうか……

 

「貴方は本当に……」

「なんだ? 惚れ直したか?」

「……ふふ、ずっと貴方に惚れ込んでいますよ」

 

 夫は“そうか!”と嬉しそうに笑った。

 一頻り笑うと今度はニヤリとした笑顔で私に語り掛ける。

 

「それにワシの孫娘達はそう弱くは無い。仮にあのバ鹿がいなくてもその内立ち直るさ」

「そうですね。信じて待つ。それが一番美しいかしらね」

「それが無くてもお前は一番美しいよ」

 

 蔵の中の家系図でイタリアの血が混ざってないか探してやろうかしら。

 夫と話して心が軽くなるのを感じる。

 本当に貴方と夫婦になれて私は幸福だわ。

 

 それはそれとして胃薬が手放せないのだけれど。

 

 誰もが貴方を恨んでなんかいません。

 メジロ家の誰もが貴方の帰還を望んでいます。

 私の可愛い孫息子よ。

 帰っていらっしゃい。

 

 




良バ場ですが芝の状態が悪いようです。


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葉見ず花見ず

前の話よりも時系列的に前の話です。


 立派な門扉が眼前に聳え立つ。

 歴史を感じさせる純和風の佇まい。

 昔はそんな事は思いもしなかったが罪悪感のせいか一種の威圧感を感じる。

 心持ち一つでこうまで感じ方が違う。

 想い一つでこうまで世界は色を変える。

 ……カッコつけているが、ただビビッているだけだ。

 うん! やっぱり今日は止めよう! 

 

「人の家の前で百面相して帰るつもりか?」

「……師範。ご無沙汰しております」

「ああ。サッサと入れバ鹿弟子」

「……はい」

 

 いつの間にか後ろを取られ師範に招き入れられた。

 彼岸花が咲く庭園を超え道場へ向かって歩く。

 小さい頃はこの庭園を通る時はワクワクしていたんだけどなぁ……

 フフ……足が震えるぜ! 

 

 

 

 浅間繁國(あさましげくに)師範、俺の合気道の先生であり多くの門下生を抱える道場主。

 もう高齢だが貫禄ある高潔な雰囲気で年を感じさせない。

 体は小柄ながら圧を感じさせ実際よりも大きく感じる。

 

 その人が道場の神棚の前に正座をしてお茶を啜っている。

 師範がお茶を啜る音だけが道場に響き渡る。

 

 ……気まずい……気まず過ぎる! 

 なんて言えばいいんだよ……! 

 あれだけ良くしてくれたのに勝手に傷ついて勝手に失望して背を向けて逃げた。

 ごめんなさい? 夢を果たしました? お元気そうで何よりです? 

 どの口が言う。

 俺がした事は俺を受け入れてくれた師範に後ろ足で砂をかけたも同然。

 本当なら合わす顔も無いのに黒沼さんに言われたからといっておめおめと来てしまった。

 やっぱり帰ろう。

 これ以上師範に無駄な時間を使わせる訳にはいかない。

 

「すまなかったな」

「……え?」

「ワシの言葉がお前を傷つけた。もっと言い方があったろうに慕ってくれるお前に甘えてキツイ物言いになってしまった。本当に申し訳ない」

 

 師範が俺に向かい頭を下げた。

 ……? 何で師範が俺に謝ってんの? 

 師範を裏切ったのは俺なのに。

 

「頭を上げてください! 謝るべきは俺です!」

「いいや、お前の大人びた雰囲気で見誤ったが本来お前はまだ子供だった。いい年した大人が子供に対して、行う事ではない」

「そんな事ありません! 俺がガキだったから師範の御言葉の真意が分からなくて拗ねて癇癪を起しただけです!」

 

 師範は顔を上げジッと俺の目を見る。

 そうだ、そもそもからして俺の動機自体が合気道の精神に喧嘩を売っていたんだ。

 それを受け入れてくれただけでも恩があるのに助言までしてくれたのに……

 

「お前は本当に自分に対して厳しすぎる」

「……性分ですので」

「そうやってなんでも自分のせいにして傷つく者もいる事を忘れるな。時にはしっかりと相手に行いを見つめさせる事も大事だ。それが良きにしろ悪きにしろな」

「……返す言葉も御座いません」

「また説教臭くなってしまったな。すまない」

「いえ、金言有難く」

 

 本当に凄い人だ。

 こんな若造の俺にもしっかり謝って自らの否を認める。

 拗ねて裏切ったクソガキの俺にまた温かく叱ってくれる。

 本当に……本当に大きな人だ。

 

「黒沼に聞いた。本懐を遂げたそうだな」

「はい」

「合気の者としては言う事はない。ただワシ個人として言おう。おめでとう」

「……ありがとうございます」

 

 声が震えた。

 目の前の師範の顔が涙で歪む。

 また一つ俺の心の中で傷が癒えた気がした。

 

「終わった後に気づきました。力ではないという事が」

「ああ」

「終わった後に分かりました。師範の言っている意味が」

「そうか」

「終わった後に思い出しました。俺の最初の願いを」

「なによりだ」

 

 いつも俺は後悔ばかりだ。

 後悔なき人生などないだろう。

 だがそれでも俺には後悔が多すぎる。

 

「遅くなりました。貴方のおかげで俺は大願を成就できました。本当にありがとうございます」

「ワシの方こそありがとう。お前を弟子に出来た事を誇りに思う」

 

 それでも俺の人生は恵まれている。

 師範もまた気が付かなかった救いの欠片だ。

 いつもいつも俺は気が付くのが遅い。

 

「黒沼さんにお礼を言わなきゃいけませんね。あの人と会わなければこうしてまた師範とお話出来ていませんでした」

「そうか。ワシからも礼を言っておこう。彼奴もトレーナー業が忙しいだろうに」

「……黒沼さんはトレーナーなのですか?」

 

 嘘やん? 絶対年頃のウマ娘が泣く風貌じゃん。

 え? マジで? 

 

「……? 何を言っておる。お前にあれやこれやと教え込んでいたのは、ほぼ中央でトレーナーを生業にしている者達だぞ?」

「……え?」

 

 ……なるほど。

 だから走り方に詳しかったのか。

 そりゃ筋トレやら応急処置やら色々知ってるわ。

 だから何故か歌や踊りも仕込まれたのか……

 というよりも、ウマ娘に勝ちたいって言う身の程知らずのガキによく色々教えてくれたな! 

 

「気が付いておらんかったのか……」

「恥ずかしながら……」

「そうか……」

 

 あ、師範が呆れてる。

 マジで恥ずかしい……穴があったら入りたい! 

 

「あー……トレーナーが多い理由は分かるか?」

 

 俺が恥ずかしがっているのを察して師範が話題を変えてくれる。

 サンキュー師範! 

 

「ウマ娘を変質者から守る為ですか?」

「それもある。だが多くはウマ娘が思春期で暴走した場合に制圧出来る可能性が残るように学ぶ事を推奨されている」

「あーなるほど」

 

 実際、力じゃ勝てないから無理矢理って事も出来るもんな。

 まぁウマ娘と特に深い関わり合いがない今の俺には関係ない話だが。

 ゴールドシップ? 

 アイツは……まぁうん。

 思春期とかじゃなく、いつも暴走気味だったわ。

 

「ふむ……お前、既に為したな?」

「ええ、夢を果たした日の夜に少し……」

「そうか。力ではなかっただろう?」

「はい。最低限の力で十分なのですね。終わってから気付く我が身の不明を恥じるばかりです」

「謙遜はよい、そこに至る者はそう多くない。しかしそうか……」

「……? どうかされましたか?」

 

 師範は何処か遠くを見るように視線を外す。

 何かを噛みしめるように。

 

「いや、お前の才能に嫉妬しただけだ。ワシがそこに至ったのは30半ばだった」

「俺が師範に勝るなど……恐れ多い」

「やはりお前は才がある。流石は私の愛弟子だ」

「俺にはもったいない御言葉です」

「ふん、抜かせ。顔がニヤついておるぞ?」

 

 そりゃ師範にそんな事言われたら嬉しいし? ニヤつきもしますわ。

 

「まぁ頑丈さと観の目はお前以上の異才がいたがな」

「上げて落とさないで頂きたい。その方もトレーナーですか?」

「あぁ、さわりだけ学んでもう辞めているがな。ウマ娘のトモを撫で回す変態であったが」

「……自殺志願者ですか?」

「ウマ娘の後ろ蹴りを顔面に受けて痛いで済む頑丈さだ」

「バケモノじゃねぇか」

 

 思わず敬語が忘れてしまった。

 師範に対して失礼過ぎるだろ俺。

 口調しっかり! 

 

「大変失礼いたしました」

「いや、いい。本人はトモを見て撫でれば体重や体調、才能までも分かると言っていたが」

「やっぱりバケモノじゃねぇか」

 

 撫でれば分かるってお前! なんだその変態! 

 何なの中央トレセン学園! どんな魔境だよ! 

 妹分達は大丈夫なの!? 心配する資格無いけどめっちゃ心配! 

 ごめんね妹分達!目の前には現れないから安心して!でも心配はさせてね!

 

 

 

 その後、師範と色々話をした。

 心のつっかえが取れ師範とまた昔の様に話せるのが楽しく遅くなってしまった。

 

「また来い。待っている」

「ええ、また来ます。今度は師範の好きな芋羊羹をお土産に」

「ああ、いい茶葉を用意して待っている」

 

 あんなに威圧感を感じた門扉が俺を受け入れてくれている様に感じた。

 我ながら現金だとは思う。

 だが心の持ちようでこうまで変わるのが少し面白かった。

 

 彼岸花が風に揺れた。

 まるで俺に“またね”と手を振っているかのように。

 それがなんだか堪らなく嬉しかった。




なんちゃってファンタジー合気道です。


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Rain

 あたし、メジロライアンは昔から赤面症ですぐに顔が赤くなった。

 特にお兄さんといると紅潮した顔が収まらなかった。

 恥ずかしかったけど貴方はそれを可愛いと言ってくれた。

 他の人にはある程度慣れ、赤面しなくて済むようになったのに貴方にだけは赤面してしまう。

 それが堪らなく恥ずかしかったけど貴方は“なら俺だけ特別だね”と温かく微笑んでくれた。

 あんなに治したい癖だったのにあたしはそれでいいか、と受け入れた。

 だって本当に貴方はあたしにとっての特別だったから。

 

 貴方は太陽の様な人。

 太陽(貴方)の周りをクルリクルリと惑星(あたし達)が回ってる。

 そして皆に等しく優しく暖かく照らしてくれるのだ。

 きっとその(優しさ)があたしは顔を赤くしてくれている。

 だからあたしの心の中にも()が宿った。

 

 お兄さんが体を鍛え始めてあたしは近くに居たくてメジロ家のトレーニングジムに着いて行った。

 本当は興味はなかったけれど、貴方と一緒に居たくて嘘をついた。

 貴方は重そうなバーベルを肩に担いでゆっくりとスクワットをする。

 あたしもその後に真似して同じバーベルを担いでゆっくりとスクワットをする。

 貴方はベンチに寝そべりゆっくりとベンチプレスをする。

 あたしもその後に真似して同じバーベルでゆっくりとベンチプレスをする。

 貴方はバーベルをゆっくりと持ち上げデッドリフトをする。

 あたしもその後に真似して同じバーベルでゆっくりとデッドリフトをする。

 

 お兄さんと同じ事が出来て嬉しかった。

 貴方に近づけた様な気がして。

 あたしはきっとキラキラとした笑顔をして貴方に出来た事を報告した。

 貴方は温かな微笑であたしを褒めて撫でてくれた。

 汗をかいていたから、ちょっぴり恥ずかしかったけれど、貴方の手の魔力に逆らえなかった。

 

 筋トレに興味があると嘘をついたあたしにメニューや注意点を書き込んだリストを作ってくれた。

 全く色気のないモノなのにあたしはお兄さんとの絆に感じて大事に抱え込んだ。

 

 貴方がジムに行く度にあたしも着いて行った。

 だって一緒に居たいから。

 貴方がトレーニングする度にあたしもトレーニングをした。

 だって貴方に褒められたいから。

 貴方が終わるまでトレーニングに付き合った。

 だって貴方の撫でてくれる手に魅了され心奪われていたから。

 いつしかお兄さんがいなくてもトレーニングをするようになった。

 だって貴方にあたしが成長した姿を見せたかったから。

 

 それはあの酷暑の駆けっこまで続いた。

 メジロ家のウマ娘の誰もが倒れているターフにあたしも横たわったのに貴方は走り続けていた。

 貴方はやっぱり太陽の様な人だった。

 優しく温かな太陽だと思っていたけれど……本当の貴方は残酷なまで熱く燃え盛る灼熱の太陽。

 いや、きっとどちらも本当の貴方だ。

 残酷に燃え盛らせたのは……幼く残酷なあたし達だ。

 貴方が走るその顔は何処か泣いているようだった。

 あたしの意識が途絶えるまで貴方の泣いているような顔から眼を離せなかった。

 

 そして(あたしの心)太陽(お兄さん)を失って雨が降り出した。

 

 

 それまでの人生でお兄さんがいなくなる事なんて考えもしなかった。

 きっとずっとあたし達と一緒にいてくれると思っていた。

 それが傲慢な考えだったと、その時まで考えもしていなかった。

 貴方が居なくなったその時からあたしの心の中にシトシトと雨が降り始めていた。

 激しくでは決してない。

 シトシトと降り続ける雨は豪雨よりも質が悪い。

 豪雨なら心という器をすぐに満たして壊れてしまえたのに、逃げ場のない喪失感という雨に晒され続けるのだから。

 貴方という春の麗らかな太陽の如き温かさを失って、絶え間なく降り続ける止まない雨に病みながら……

 唯々あたしは貴方が褒めてくれた筋トレを頑なに続けた。

 そこがあたしと貴方を繋ぐ絆だと思ったから。

 あたしの心の支えとするために筋肉という鎧を纏って弱く脆くて柔らかい心を守ろうとしていた。

 

 

「凄い頑張ってるね! でもオーバーワーク気味だからそろそろ切り上げよ?」

「あ、トレーナーさん……、わかりました。今日はあと3セット終えたら上がります」

「うん、わかってないね。現状でもうオーバーワーク気味なんだからこのセットで終わりです」

「……でもあたしにできるのはこのくらいですから……」

「毎年この時期になるとこんな感じね……」

「すみません……」

「どうせ詳しくは話してくれないんでしょ?」

「……すみません」

「怒ってるわけじゃないのよ。貴女に傷ついてほしくないの。それはわかってくれる?」

「それはもちろん! ……トレーナーさんに心配かけちゃってごめんなさい」

「いいのよ。それが仕事みたいなもんだし。でもねライアン、あたしは貴女の力になりたいって思っている事だけは覚えておいて」

「はい! ありがとうございます!」

「ライアンはレース成績もいいし、直近のレースも無いからしっかり休みましょう」

「……分かりました」

「じゃぁ今日はおしまいね」

「やっぱりあと一セッ「いいわね?」……はい」

 

 筋トレはいい。

 あたしにはそれが必要だ。

 だってやっている時は思考しなくてすむから……

 シャワーで汗を流していると後悔が滲み出る。

 シャワーの音が雨の音に聞こえる。

 雨音があたしを苛む。

 

「本当にあたしはダメだなぁ……。トレーナーさんにも迷惑かけて何やってるんだろう……ハハハ」

 

 貴方に謝ろうと思っても恐怖に震え行動に移せない。

 お婆様に止められなくてもきっとあたしは貴方に謝る事は出来なかった。

 だって決定的な拒絶が怖いから。

 だからあたしはそんな臆病者のあたしが堪らなく嫌いだ。

 

 ただ許されるのならば優しい太陽の様な貴方の笑顔をもう一度だけ見たい。




小雨が降っていますが、バ場は稍重の発表です。


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不動の寡黙

「目白君? やっぱり目白君じゃないか‼」

 

 折角の日曜日なのでパスタを食べる為に荒谷と烏丸と一緒にイタリアンの店へ遠出している。

 ゴールドシップは何やら用があるということで今日は不参加。

 そんな向かっている途中に話しかけられた

 

「ん? あんたは……君は上田君!? いやぁ久しいね! 中学以来じゃないか!」

 

 上田正幸(うえだまさゆき)

 眼鏡を掛けヒョロっとした印象の彼は俺の小中学校時代のクラスメイトだ。

 頭もよく学年一の秀才で生徒会長も見事に勤め上げていた。

 そんな彼は中学時代にはよく俺に何かと声を掛けてくれた。

 

「あ? なんだ? 知り合いか? しかもなんだその口調……キモォ」

「うるせぇ。中学の時の同級生だよ」

「旧友というやつか。積もる話もあるだろう。俺たちは先に行っている」

「あ、おい烏丸! ったく! まぁお前もゆっくりでいいからな。どっかの茶店で待ってるから終わったら連絡くれ」

「ああ、悪いな」

「気にすんな。んじゃな」

 

 そう言うと荒谷と烏丸はスタスタと去っていった。

 アイツ等……気を遣える事も有るんだな。

 めっちゃビックリ。

 

「……彼らは友人かい?」

「ん? あぁ……まぁ悪友だよ」

 

 立ち去った二人を興味深そうに見ている上田君がそう声を掛けてきた。

 俺は恥ずかしく相変わらず憎まれ口を聞いてしまう。

 本当はもっと感謝した方がいいのは分かってるんだけどなぁ。

 俺の悪い癖だ。

 

「そうなのかい? それにしても久しぶりだね。高校に進学する時に別の学校に行くとは思わなかったよ」

「ああ、少し色々あって家を出てね……」

 

 上田君はそう言って少しジト目をしてきた。

 正直言うチャンスは何度もあったが別に言わなくてもいいかなぁと思っていた。

 俺が腐っていた時も話しかけてくれていたのに……いま思えば失礼な話だ。

 いやぁでも恥だしなぁ。

 

「おや? ……失礼なことを聞いてしまったかな?」

「いや、ただ個人的な事だから気にしないでくれよ。……別段、不幸があった訳じゃないからね」

「そうなんだね。良かったよ」

 

 本当に個人的な事なのに方々(ほうぼう)を巻き込んで迷惑をかけている。

 だがそれでも、ゴールドシップ達や豊さん一家、バイト先の人達にたづなさん。

 家を出てその人達に出会えた事は本当に俺の人生の中の幸運で何よりの宝だ。

 

「上田君は今はどうしているんだい?」

「僕は父の跡を継ぐ為に大学で勉強中さ」

「確かお父様は弁護士だったね」

「ああ、覚えていてくれたんだね。勉強していると父の偉大さがわかるよ」

「案外近しい人というのは近すぎる故に分からない事もあるからね」

 

 上田君はしみじみと語るが本当にそう思う。

 特に親父殿は今思えばバケモノクラスのメンタルとバイタリティーを持っていた。

 おそらく日本でも有数のブラック組織に属しているのにそれを家庭に持ち込んでいなかった。

 バイトとはいえ働く事で親父の偉大さを本当によくわかった。

 しかも不肖の息子たる俺が多大なる迷惑を掛けている。

 ……今度いい日本酒でも送るか。

 

「目白君は今はどうしているんだい?」

「今は大学に行ってるよ。上田君みたいに何かを目指している訳じゃ無いけれどね」

 

 特に目標もなく大学に行っている俺と比べて上田君が輝いて見える。

 まぁ最後のモラトリアム(悪足搔き期間)だしそこまで気にしてはいないが。

 うーむ、俺は就職どうするか……

 大学で学んだ事を活かせる研究所やナノテクノロジーメーカーも気になる。

 豊さんの農園やバイトのケーキ屋にそのままでも就職もいいな。

 

「意外だな、目白君なら目白家の要職に就くための勉強をするか、君のお父様の様に中央のトレーナーになると思っていたよ」

 

 ……それこそどの面下げて戻ればいいのか。

 もう目白の名を捨てて逃げたした俺が戻る場所なぞない。

 

「……あー色々あってね。今は勘当されて母方の姓を名乗っているんだ」

「……そうなんだね。……君は変わったね。なんだか柔らかくなったよ」

「え? そうかい? 自分じゃ分からないんだけれど」

「ああ。昔の君はもっと礼儀正しかったが刺々しくて近づき難い雰囲気だったよ。裏では不動の寡黙なんて恐れられていたよ」

「ええ!? そうなのかい? 気が付かなかった……」

 

 え? 俺って怖がられたの!? 

 不良でもなんでもなかったじゃん! 

 喧嘩とかもしてないじゃん! 

 ただちょっと精神状態が最悪で闘争本能が暴走して体が闘争を求めてただけじゃん! 

 あ……それか。

 

「失礼な言い方だけれど、さっきのご友人たちに対しての口調は大分悪いけれど雰囲気が優し気で気安かったよ」

「……それは喜んでいいんだろうか?」

「誉め言葉だよ。しかし……少し悔しいな」

「悔しい……かい?」

 

 本当にアイツらとつるむようになってから俺の口調は悪化の一途を辿っている。

 自覚はあるが正直、今の方が性に合ってる気がする。

 それにしても悔しがる部分あったか? 

 上田君の方が人生勝ち組だと思うけど? 

 

「ああ、僕は彼らみたいに君に対して何も出来なかったからね」

「……上田君が悪い訳じゃなくて、アイツ等が空気を読まないで人の心に土足で入ってくるからだと思うけどね」

「ハハハ! いい友人じゃあないか! 正直、柄の悪い連中と付き合ってるんじゃないかと心配したんだ。杞憂だったけれどね」

「……まぁ本当は親友だと思っているよ。恥ずかしいから言わないけれどね」

 

 ただのクラスメイトだった俺をそんなに心配してくれるとかめっちゃ良い人じゃん。

 頭が良くて優しくて良い人とか完璧超人かコイツ? 

 そんな彼に釣られてつい本音を言ってしまった。

 柄は悪いのは否定できないけどな! 

 

「うん、だから羨ましいんだよ。僕は君のクラスメイト止まりだったからね」

「……あの頃はちょっとどうかしていたからね」

 

 そういう彼の表情は少し寂し気だった。

 正直、小中学校の時は本当にどうかしていた。

 クラスメイトとの交流もほぼ無く、ただトレーニング理論やらの栄養学の本ばかり読んでいた。

 そんな何処かクラスから浮いていた俺に上田君はよく話しかけてくれた。

 あの頃は余裕が無く気が付かなかったが本当に良くしてくれた。

 

「きっと彼らが中学時代に居れば変わっていたよ」

「そうかな?」

「きっとそうさ」

 

 小中学校は自慢じゃないがいい所の学校だった。

 その制服を着ているアイツ等を想像すると吹き出しそうになる。

 クッソ似合わねぇ! 

 

「さて、じゃぁそろそろ行くよ。引き止めて悪かったね」

「いや、いいさ……なぁ、連絡先交換しないか? 飲みにでも行こうぜ!」

 

 俺が普段の口調で話しかけると上田君は少し驚いた顔をしたがすぐに笑顔になる。

 なんだか距離が近づいた気がした。

 あの頃作っていた壁が崩れてやっと彼と向き合えている。

 

「……フフ、ありがとう。ああ是非、君とは酒を酌み交わしたいよ。その時は彼らを含めてね」

「やめとけやめとけ! アイツらうるせぇからな!」

「いいじゃないか! 君の中学以来の話も聞きたいしね! それに彼らにも中学以前の話もしてみたい!」

「……なんで好き好んで黒歴史披露しなきゃなんねぇんだよ」

 

 おうホンマにやめーや。

 アイツ等がそんなの知ったら絶対に揶揄ってくるだろうが! 

 しかも何でテンション上げとんねん! 

 そんなに俺を陥れたいのか! 

 

「ハハハ、やっぱり今の雰囲気の方がいいよ。じゃまたね」

「あぁ! じゃあな! 連絡するから待ってろよ?」

「うん、連絡待ってるね」

 

 きっと彼も俺が気が付かなかった救いの欠片だったんだろう。

 それを今になって気が付くなんて随分と遠回りをしたもんだ。

 俺の才能があるとすれば、きっと周りに恵まれる運だと思う。

 本当に恵まれている。




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Stain

どこまでのラインが大丈夫なのか分からない…
かなりソフトにしたし大丈夫だよね?


 兄様と私、メジロアルダンはメジロ家のウマ娘の中で一番付き合いが長い。

 色々な貴方を知っている事に優越感を持っていないと言えば嘘になる。

 体の弱い私を心配してお見舞いしてくれる貴方。

 体調が快方に向かって一番喜んでくれた貴方。

 私を外に連れて行ってくれた貴方。

 私に優しく微笑んで導いてくれる貴方。

 下の子達が増え構ってくれる時間が減って、嫉妬した私に時間を割いてくれる大好きな貴方。

 

 でもいつからか貴方への印象は変わっていた。

 本当の貴方は水星のような人。

 優し気な仮面を被って内に秘めた灼熱の想いと凍てつく心を隠してる。

 きっと私と貴方は似ている。

 私も清楚な淑女の仮面を被って醜い本性を隠している。

 最初は自覚がなかったのに貴方と過ごす内に醜悪な本性を見つけた。

 

 その本性を炙り出したのは貴方をふざけて引きずり倒した時だった。

 年上で私よりも体の大きなカッコいい大好きな兄様。

 そんな貴方が体が弱い筈の私の力に逆らえず押し倒された。

 背筋が粟立った、恐怖ではなく、どうしようもないほどの興奮と快感で。

 独占欲、或いは支配欲と言っていいだろう。

 でも貴方はきっと私の本性すら受け入れてくれる。

 ううん、仮に受け入れてくれなくてもいい。力が違うんですもの。

 無理矢理にでも受け入れさせる。

 そう思うとまた電流の様な快感が全身を駆け巡る。

 でもまだ早い……淑女たるもの清楚さは失ってはいけません。

 それでもその快感は手放し難かった。

 

 

 それから秘密の遊びが始まった。

 無邪気な笑顔で悟られぬように遊びに誘う。

 押し合いをして押し倒したら勝利。

 勝者は相手の首筋を噛む。

 貴方は怪訝そうな表情だったけれど私達のお願いに弱いのは知っています。

 貴方は私達を大切にしてくれている。

 最終的には苦笑いで了承してくれた。

 

 それからは毎回貴方と会う度に私の部屋で行われた秘密の遊び。

 貴方が私の部屋に自ら負けに来る度に私は暗晦な悦びに打ち震えた。

 貴方を押し倒す度に私はドロドロとした涅色な愉悦に酔った。

 貴方のその首筋に噛みつく度に私の朱殷色な官能は疼いた。

 貴方の負けた後の悔しさを押し殺した表情を見る度に真暗な劣情を催した。 

 兄様は知っていらして? 動物の中には交尾の時に首を噛む事もあるのですよ? 

 歪な求愛行動(マーキング)は私をどんどん狂わせました。

 

 いつからか貴方の思考がなんとなく分かるようになっていました。

 私たちに勝ちたいのですね。

 だから必死に武道を習われているのですね……お可愛い事。

 そんな事をしても体の弱い私にも勝てないのに……本当にお可愛い事。

 本当に私の醜悪な本性には自分でも嫌になる。

 それでも私は、はしたなくも貴方を欲しています。

 貴方はきっと勝ってしまえば私の前から消えてしまうでしょう? 

 だから絶対に私は貴方を勝たせませんわ。

 

 終わりはあの茹だるような暑さの日。

 貴方の誘いは不吉を孕んで私を不安にさせた。

 しかし私は逃れられなかった。

 これまで積み上げたプライドと、貴方に勝っているという優越感で。

 私は貴方の勝利への渇望を侮った。

 私は太陽の炎熱を孕むターフに崩れ落ちた。

 

 深夜、自室で目を覚まし、すぐさまシャワーを浴びて寝汗を流す。許せなかった。

 貴方がくれた香水を付け、お気に入りの下着を着け、ナイトガウンを羽織る。許せなかった。

 気が付けば深夜の貴方の部屋にいて泥の様に眠る貴方の上に腰を下ろした。許せなかった。

 

 勝つのは私であって貴方じゃないわ。

 支配者は私であって貴方じゃないわ。

 どちらが上であるか分からせなければ……

 

 貴方は目を開くとぼんやりと私の事を見つめてきた。

 寝ぼけているのかしら? 可愛らしい。

 そう思っているとクルリと視界が回った。

 痛みもなくただ遠心力を感じただけ。

 戸惑う私を置き去りにまた視界が回る。

 気が付けば貴方は私の背中から手足を押さえていた。

 

 アハぁ♥

 

 ハッとする。

 これは違う。怒りで震えているんだ。誰にいう訳ではなく言い訳をする。

 これは違う。貴方は私に支配されればいいの。自分に言い聞かせるように言い訳をする。

 だからこの震えは怒りであって快感なんかじゃない。

 なのに……なのに、なんで私はこんなに哂っているの? 

 後ろから押さえつける貴方を跳ね除けることなんて簡単だ

 そう思っていたのに魔法の様にそれは出来なかった。

 貴方はポツリと、“力じゃないとはこの事か、終わった後に理解するとはな”と呟く

 どうして? 疑問が沸き上がる。

 跳ね除けられない事にでは無く、快感に打ち震える私自身に対して。

 これじゃあ私が兄様に支配されたがってるみたいじゃないですか。

 そう思い至ると快感の質が変わった。

 より上質に、より深く、より甘美に……

 きっとここが分水嶺。これを超えたら今までの私に戻れなくなる。

 ゾクゾクする。これを超えたいと女たる私の本性が言う。

 それはダメだと貴方の支配者たる私の理性が止める。

 

 あれ? 私の本性が支配するのを望んでいた筈なのに、どうして理性が止めるの? 

 

 混乱する私をよそに貴方は私の首筋を噛む。

 私が秘密の遊びでそうするように、勝者の権利として。

 それは本当に軽く、歯形も残らないような甘噛み。

 私は弾け震えた。あられもない嬌声を出さないようにベッドのシーツを噛みしめながら。

 体の内側すべてをくすぐられる感覚。

 私の胎をゆっくりと、しかし逃さぬようにしっかりと握りしめるような感覚。

 脊髄に快感が走り、脳を揺らす。

 心臓が鼓動する度に下腹部が切なくなる。

 どうしようもなく私の女の部分を疼かせる……

 視界は真っ白に染まり、いくつもの星が瞬いた気がした。

 フーフーと獣の様な吐息が聞こえる。

 兄様が私で興奮してくれているんだと思った。

 違和感を感じて定まらない思考で考えると私の吐息だと分かった。

 ダラダラとはしたなく唾液が止まらない。シーツはグチュグチュになるほど汚れていた。

 その事実を認識すると私はまた深く達し、震えた。

 貴方はそれを勘違いしたのか“これが男の怖さだよ。アルダンは美人なんだから気をつけなさい”と的外れな事を言う

 違うのです。恐怖で震えているのではないのです。

 貴方に支配されて狂わされて犯されて喜びで打ち震えているのです。

 そう伝えたくても私の体はいう事を聞かず、快感を耐えるために、或いは快感を一片も逃さぬように震え続けていた。

 貴方が私から退いて体を起こす。

 違うと伝えなければそう思いゆっくり息を吸うと貴方の香りが鼻腔を通って肺に取り込まれる。

 私は気をやってしまった。

 また体が震える。

 私が積み上げていたプライドや貴方に対しての優越感、それらが全部壊れてしまった。

 また私は果てた。

 腰が跳ね、尻尾が私の意思とは関係なく左右に柔らかくふわふわと揺れる。

 降りてこられない快感。

 

 貴方は部屋を出ようと扉を開き“ゴメンね”と悲し気に謝った。

 ここで貴方を行かせてしまったらどうなるか分かっている。

 だから手を伸ばそうとして、出来なかった。

 扉が閉まると同時に私の意識は夜の闇の中に溶けていった。

 

 夢を見ました。

 貴方との子を生して、幸せに笑い合う温かく柔らかい夢を……

 それは素敵で、泣きたくなる程に幸せな(願い)

 でもそれが甘く切ない泡沫の夢だと分かっている。

 現実はいつだって嗤ってしまう程……残酷だ。

 

 翌日の昼頃に起き、いの一番にお婆様の書斎へ向かいました。

 やはりと言うべきか、貴方は家を出ていました。

 まだ下の子達にいうのは止めておきましょう。

 一番長く同じ時を共にした私は察して予め覚悟は出来ていました。

 彼女たちはきっとまだ覚悟は決まっていないでしょうから。

 

 お婆様の書斎から部屋へ戻る。

 本当に憎い御方……首筋をさすり私は思う。

 あの時、貴方が首に嚙みつかなければ私はきっと貴方を諦められたのです。

 あの時、歯形が付くほどに噛み締めて貰えたなら全てを捨てて貴方を追いかけられたのです。

 どちらも出来なかった私は貴方の為になにが出来るのでしょうか? 

 

 私は思い悩みました。贖罪する罪人の様に。恋する乙女の様に。

 

 思い至ったのは私が貴方の所有物になる事。

 だから貴方が私を手に入れた時に誇れる私で有りたいのです。

 貴方の為だけに生き、貴方の為だけに走り、貴方の為だけに勝利を捧げます。

 私の身体など、その為には惜しくはないわ。

 この身が例え走れなくなろうとも。

 この身が例え歩けなくなろうとも。

 きっと貴方はそんな私を受け入れてくれるから……

 だから待っていてくださいね。

 決して貴方を逃しません。

 

 私を染め上げたのは貴方です、本気にさせた責任を取ってもらいますわ♡




今、情報が来ました。バ場状態は重から稍重に持ち直したようです。


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曇天を往け

 今日は俺のリクエストで駅の中の立ち食い蕎麦を食いに行く事になった。

 

「なんで立ち食い蕎麦なんだよ」

「別にいいだろ? あのチープさが、たまに食いたくなるんだよ」

「オレは構わない」

 

 あのチープな感じがなんか、たまんないんだよなぁ。

 今日はキツネ月見蕎麦にするか、かき揚げ蕎麦にするか迷うなぁ。

 

「おーおーハマっちゃってw最初は何処で蕎麦を打っているんだ、とか十割蕎麦は無いのかだのうるさかったのにw」

「まぁそう言うな。何事にも必ず最初というモノはある」

「……うるせぇ」

 

 上田は来たがっていたが司法試験の勉強がある為、今回は不参加。

 折角チープな美味さを教え込もうと思ったのに……

 ゴールドシップは駅で待っているとの事で現地集合。

 そういえばアイツってどこに住んでるんだ? 

 本人が言いたく無さそうだから聞いてないけど、もし遠くならアイツに負担かけてるしなぁ。

 

「ねえいいじゃん。俺たちと遊ぼうよ」

「そーそー。めっちゃ気持ちよくしてあげるから!」

「……ウゼェ」

 

 駅でオシャレな服を着て髪を下ろしたゴールドシップが絡まれているのを見つける。

 如何にもな恰好をした二人組のナンパに心底うんざりしたような表情をしていた。

 

「アイツ、絡まれてんじゃん」

「あ? ……あれヘッドギア外したゴルシか! 気が付かなかったわ」

「ナンパだろうな。ゴールドシップは外面はいい」

「内面も可愛いぞ? アイツ」

「お前だけだよ。それ言えんの」

「そうか? ……まぁ助けに行ってやるか」

「ならば行くか」

 

 近くに寄り、ゴールドシップの肩を手を置きこちらに抱き寄せる。

 ゴールドシップは急な事で一瞬、驚いてこちらを見るが俺だと分かると体を預けてくる。

 おい、匂いを嗅ぐなゴールドシップ。

 

「悪いな俺達の連れだ。別当たってくれ」

「あ? なんだテメェ? 俺がだれかわかってんのか?」

「お前らは引っ込んでなここらの締めてるスケアクロウのマコっさんだぞ!」

 

 ……え? 誰? 知らねぇけど? なんで案山子? 

 

「え? 誰だよ? まったく知らねぇわ。なんで案山子?」

 

 ゴールドシップ……流石に口に出すのは止めてやれ。

 恥ずかしさか怒りかでちょっとプルプルしてんじゃん。

 

「……こいつらバ鹿だ」

「安心しろ。制圧するのに1分もいらない」

「やめとけって。あーお前らな、連れがいるやつナンパすんなよ」

 

 荒谷が呆れたように呟き、烏丸は物騒な事を言い始める。

 挑発するなよお前ら……面倒臭いだろうが。

 適当にあしらえばいいから。

 あとゴールドシップ、いい加減に嗅ぐのを止めろ。

 くすぐったいだろうが。

 

「なんだテメェ! 腰抜けの雑魚が引っ込んでろ!」

「ビビッてるダセェ奴はどっかに行きな!」

 

 俺が穏当に対応しているのを怯えていると勘違いしたのか尻を蹴られる。

 荒谷達の方を向いていたから死角で見えなくて避け損ねた。

 ……まぁいいか、別にそこまで強くじゃないし。

 衝撃は来るが、それだけで痛くも無い、ただの威嚇程度の蹴りなど可愛いもんだ。

 ただ、他の三人の機嫌が何故か分かりやすく悪くなった。

 荒谷は携帯を出して何処かに電話し始め、烏丸は臨戦態勢になり、ゴールドシップは指をポキポキと鳴らし前掻きをしている。

 

「……もしもし? 俺だよ俺。詐欺じゃねぇよ。それよかスケアクロウってやつ知ってるか? ……あーハイハイ。そっち系統の奴らね。いい感じに潰しといて」

「腕をへし折って無力化する。すぐに済むから安心しろ」

「ここはアタシに任せろ! アタシのドロップキックが火を噴くぜ! 顔面崩壊させてやる!」

「お前ら早く逃げろ! こいつらがお前らの人生を滅茶苦茶にするぞ!」

 

 おい! 何でそんなにヒートアップしてるんだよ! 

 荒谷! お前は何処に電話したんだ! 潰すって何!? 

 烏丸! それは安心できないから! すぐに済めばなんでも良い訳じゃねぇぞ! 

 ゴールドシップ! 下手すりゃ死ぬわ! 女の子がドロップキックなんてはしたないでしょ! 

 お前ら何でオーバーキルしようとするんだよ! 

 ただのナンパでそれは可哀想でしょ! 

 あと何で俺がチンピラを助ける羽目になってんだよ! 

 

「……は? なんだよ……つまんねぇ。おい帰るぞ」

「はい! マコっさん!」

 

 俺の説得が通じたのか、それとも危険を察知したのかチンピラ共は退散しようとする。

 唾を吐き捨てながら煙草に火をつけ背を向けて歩き出し、取り巻きの奴が後を追う。

 判断が遅い! もっと早めに行動しろよ! 

 

「チッ、こんなブスなビッチに声かけんじゃなかったぜ」

「おい、今なんつった?」

 

 自分で出した声が明らかに低くなった。

 こめかみに力が入る。

 握り締めた掌が裂けてはいないだろうか? 

 怒りで口角が吊り上がるのが分かる。

 視界が赤く染まった気がした。

 

「こんな乳がデカいだけのブスでお前らみたいなキチガイ共を侍らかしてる売女をナンパするんじゃ無かったって言ってんだよ! やんのか!? 雑魚がよ!」

 

 よりにもよってゴールドシップの頬に唾を吐き掛けタバコを投げつけてきた。

 こいつらは今何を吐き捨てた? しかも俺の大切なモノに対して唾を吐きかけたのか? 

 更にはゴールドシップに火のついた煙草を投げつけた? 

 俺の大切な恩人(宝物)に対して? 貴様等如きが俺の誇りに悪意を向けたのか? 

 

「ハハハハハハハ……貴様等は地獄すら生ぬるい」

 

 箍が外れた。

 理性は俺に落ち着けという。

 だがこの激情は留まる事無く理性を呑み込み暴走する。

 思考が凍てつく。心が燃え上がる。腹の底からドロドロとしたマグマの様な怒りがせり上がる。

 

「やべぇこいつブチギレてる! 押さえろ烏丸!」

「任せろ荒谷。オレに秘策がある」

「離せ」

 

 荒谷と烏丸が慌てて俺を止める。

 

「落ち着け! やべぇから! ゴルシ! お前もボーっとしてないで手伝え!」

「お前らは疾くと失せろ」

「離せ」

 

 俺がチンピラに近づこうとするのをやはり荒谷と烏丸が止める。

 何故、お前等が止める? 

 

「いやいや、離したら殺しちゃうでしょ!? こいつら殺しても別にいいけどお前が捕まるのは看過出来ねぇよ!」

「殺しはしない、今後一切自立生活が出来ないようにするだけだ。離せ」

 

 荒谷がそういうがそんなにすぐには楽にはしない。

 全ての関節を外そう。全ての骨を砕こう。

 もう二度と介助無しには動け無い様にしよう。

 残りの人生を惨め人生に変えてやろう。

 

「落ち着け。お前は今冷静じゃない。前にお前は俺の人生に関係ない奴はどうでもいいって言っていた。コイツ等はどうでもいいやつらだ」

「だからこいつらがどうなろうがどうでもいい。離せ」

 

 烏丸がそう言うがだからこそ、こいつらの今後の人生を潰すのだ。

 もう二度と俺の宝物を汚されたく無いから。

 どうでもいい奴が俺の恩人を穢すのが赦せないから。

 

「……万策尽きた」

「烏丸ぁ! 秘策ってそれだけかよ! お前も落ち着けって! いつものお前らしくもねぇ!」

「こいつらは、ゴールドシップを侮辱し危害を加えた。それだけでこいつらを地獄に落とす何億もの理由になる。離せ」

 

 だからこいつらを叩きのめす。

 一切の慈悲も無く。

 ただ俺の誇り(救い)を穢した事を思い知らせる為だけに。

 

「お、おい逃げるぞ!」

「待ってマコっさん!」

 

 俺の雰囲気に見栄よりも恐怖が勝ったのだろう。

 チンピラ二人は焦った表情で逃げ出した。

 逃げてそれで終わりだとでも? その顔覚えたぞ。

 

「見つけ出して肥溜めにぶち込んでやる」

「もういいよ。アタシは大丈夫だから落ち着いてくれ」

「ゴールドシップ。だがな」

「アタシの人生にあいつら関係ないんだろ? ならそれでいいよ」

「……ゴールドシップ」

「アンタは笑顔が一番似合うよ。だからアタシの為に笑ってくれ」

「わかった」

 

 ゴールドシップの言葉で視界が元に戻り、心の熱が下がるのを感じる。

 ペットボトルの水で濡らしたハンカチでゴールドシップの頬を拭き、火傷が無いか確かめる。

 ……よかった。火は当たっていないようだ。

 

「おい、あんた血が出てるじゃねぇか……」

「ん? あぁ、手の皮が裂けたか」

「……ったく。勿体ねぇな」

 

 怒りで手を握り締め過ぎたのか掌から血が滲んでいた。

 ゴールドシップは俺の手を取ると自身の口元へ持っていき俺の血を舐め始めた。

 チロチロと動く舌が俺の掌に着いた血を舐め取っていく。

 その動きは、やけに艶めかしい。

 血が止まるまで舐め回すと満足したのか、ゆっくりと嚥下する。

 ゴールドシップは酩酊とした表情で熱い吐息を吐き出す。

 自分のハンカチ出して俺の掌に巻いてくれた。

 ……俺は何されてんの? 

 ただムフーと満足そうな表情のゴールドシップに何も言えなかった。

 ……うん、スルーしよう。

 

「おい、こっち放っておいてイチャイチャしてんじゃねぇよ。そういうプレイか?」

「してねぇし、プレイじゃねぇよ」

「そーだそーだ! ただの医療行為だ!」

 

 荒谷は呆れた顔でこちらを見ていた。

 ゴールドシップ、ただの医療行為にしては熱が籠ってたぞ。

 

「血液を舐め取るのは双方に感染の危険性がある。故に吸血プレイはお勧めしない」

「心配ありがとよ。でもプレイじゃねぇよ」

「そーだそーだ! ゴルシちゃんもコイツも綺麗だぞ!」

 

 烏丸は真剣な表情でこちらを見ていた。

 ゴールドシップ、違う……論点はそこじゃねぇ。

 

 それはそれとしてアイツ等は許せない。

 だが俺が何かしたらゴールドシップは悲しむだろう。

 だから手を借りることにする。

 

「荒谷……頼めるか?」

「はぁ……まったくよぉ。安心しろ、もう終わってる」

「ありがとう親友」

「ラーメン奢れよ? 親友」

「ふむ。蕎麦をやめてラーメンにするか。オレも奢ってもらうぞ」

「わかってるって。親友」

「なら今日はトッピング全盛の特盛でチャーハンと餃子も頼んじゃお!」

「太るぞ? ゴールドシップ」

「たまにはいいじゃんか! …その、…ありがとな。アタシの為に怒ってくれて…嬉しかったよ」

「……別に」

 

 ゴールドシップは少し照れながら微笑んだ。

 俺もこそばゆいモノをを感じ視線をそらし、ぶっきらぼうに答えた。

 合気道を習っていたのに、心の制御を失た。

 恥ずべき事だがあれは無理だ。

 また怒りがぶり返しそうになる。

 

「ゴールドシップは内面も可愛いか。なるほど少し理解した」

「ゴルシ照れてんのか? なんだよw明日は槍でも降るのか?w」

「よーし! お前らドロップキックな! アタシは最初から可愛いだろ! それに照れてねぇ!」

 

 まったく……バ鹿どもが。

 はしゃぎだすこいつ等がいて本当に良かった。

 ぶり返した怒りがスッと消えていくのが分かる。

 冷静になった思考が、こいつ等がヒートアップした理由に漸く思い至る。

 そっか、お前ら俺の為に怒ってくれたのか……

 それが堪らなく嬉しかった。

 

なぁお前ら! 俺はお前らが心の底から大好きだ!

 

 あれだけ恥ずかしがって言えなかったのに、素直に思いを伝える事が出来る。

 不思議なもんだ。 だが晴れ晴れとして清々しい気分だ。

 ……本当に、本当にありがとな! お前らと出会えて本当に俺は幸せだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからしばらくしてマックイーンの繫靭帯炎のニュースが飛び込んできた。

 空には曇天が広がっていた。



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cosmos

ゴールドシップ…君、若い頃大人しい優等生な馬だったんだね…

あとライアンの一人称間違えてました。
修正済みです。
すみませんでした。


 子供の頃からアタシは一族の中で何処か異質だった。

 自由に強く憧れて自由に振舞っていた。

 悪戯が好きでよく場を引っ掻き回した。

 探検と称して、山の中に入り遭難もしかけたっけ……

 また頭が良かったのだろう。

 教わった事は一度で覚えた。

 他の子が何故一度で覚えれないのかが、理解できず聞いたこともある。

 人をバ鹿にしたような態度を、知らず知らずの内にしていたんだ。

 正直、嫌われはしなかったが腫物扱いをされていたと思う。

 寂しさが無いと言えば嘘になる。

 悲しさが無いと言えば嘘になる。

 孤独感がアタシを苛む。

 それでもしょうがないじゃねぇか、それがアタシなんだから……

 

 そんな中、貴方だけはしっかりとアタシを見てくれていた。

 アタシの話をちゃんと目線を合わせて聞いてくれた。

 悪戯もアタシと一緒にしてくれ、一緒に怒られてくれた。

 遭難しかけた時は本気で怒ってくれた。

 恍けた振りをして“俺も一度じゃ覚えれないんだ。お前は凄いな”と他の子が普通なんだって、アタシが特別なんだって教えてくれた。

 

 色んな事を教わった。

 雑学を教えてくれたり、実家じゃ出ないようなジャンキーでチープな食べ物の美味しさ。

 釣りやキャンプや将棋に麻雀。

 アタシに負けないくらい、自由奔放にアタシと一緒に遊んでくれた。

 山に連れて行ってくれた。

 海に連れて行ってくれた。

 色々な場所に連れて行ってくれた。

 そして疲れ果てたアタシは、いつも決まって貴方の匂いに包まれて膝の上で微睡む。

 それが一番のお気に入りだった。

 

 一番の思い出は天体観測をしたあの日の事だろう。

 貴方は大きな望遠鏡を担いで、アタシを山へ連れて行ってくれた。

 日が落ちる前にテントを張り、望遠鏡を設置し、篝火に火を灯した。

 夕飯は篝火で調理をして作った、ただ塩と胡椒を振って焼いただけの肉と硬いバゲット。

 乱暴な料理の筈なのに、それがとっても美味しかった。 

 いつの間にか日もすっかり落ち、篝火以外は闇に包まれていた。

 周りの闇が何故か、堪らなく恐ろしかった。

 それを見かねた貴方は、アタシのお気に入りの膝に座らせてくれる。

 もう怖くなかった。

 アタシ達にしては珍しく静かな、それでも優しい時間が過ぎた。

 小夜中になると貴方は篝火から火を落とした。

 夜のしじまに、少しだけ怖くなったが貴方の温かい掌がアタシの頭を撫でる。

 その掌に頭をグリグリと押し付けていたら、いつの間にかアタシは満天の星の下にいた。

 キラキラして、吸い込まれそうになる程の美しい星の海。

 しばらく感動で動けなかった。

 そんなアタシを貴方は望遠鏡まで連れて行ってくれた。

 覗き込んだ宇宙は本当に胸が切なくなる程、美しかった。

 望遠鏡をあっちこっちに向けて、色々な星を見た。

 そんな中にアタシが大好きな赤い色の望遠鏡に大きく映る星を見つけた。

 その星が凄い気に行ったアタシは、その星をゴルゴル星と名付けて貴方にも教えてあげた。

 貴方は“綺麗な星だな。いつか行ってみたい”と笑って言った。

 アタシは“ならアタシが連れてってあげる! 一緒に行こう! ”と笑って返した。

 明けてしまうのが惜しいほどの素敵な夜は更けていった。

 きっとその日が一番アタシを変えてくれた。

 

 いつしか一族の立ち振る舞いも使い分けれるようになっていた。

 そして気が付けばアタシの周りには笑顔が一杯あった。

 アタシの尖った部分を貴方の温かな愛が優しく削ってくれていた。

 いつも感じていた寂しさも、悲しさも、孤独感も、いつの間にかなくなっていた。

 

 そもそもアタシは周りに愛されていたと後から気が付いた。

 見当違いな寂しさと、悲しさと、孤独感だったと知った。

 顔から火が出そうだった。

 

 随分と遠回りしたもんだ。

 それを貴方に話すと“お前はやっぱり凄いな。俺はもっと時間が掛かった”とお道化て笑った。

 耳を疑った。

 アタシの知る貴方は、愛をよく伝える人だったから。

 それこそイタリア人の様に、歯の浮くセリフを恥じらいも無く言い放てる人だったから。

 アタシを揶揄ってると思って、ハイハイなんておざなりに返事をしたのを覚えている。 

 

 貴方の柔らかい笑顔が好きだった。

 貴方が教えてくれる知識は面白かった。

 貴方がアタシの個性を認めてくれたことがなによりも嬉しかった。

 

 だからこそ、ここに来ると決まった時に貴方に頼られたのが誇らしかった。

 貴方の頼みはアタシにとっての最優先事項だった。

 ただ発破をかけて尻を蹴っ飛ばすくらいお茶の子さいさいだ! アタシに任せとけって胸を張って言い切った。

 ちゃっちゃと終わらせて若い頃の■■■■■■をからかって遊ぼうなって考えてた。

 ただ想定外があったとするならば、アタシが知っているよりもずっと若いあんたの辛そうでつまらなそうな表情。

 それが溜まらなく気に食わなかった。

 

 

「そんな訳で天体観測に行くぞ!」

「どういう訳かわからない。誘えば普通に行くから……だからこの頭陀袋を外せ……」

「俺、これから授業あるからパス」

「おう! そうか! 勉強は大事だからな!」

「ねぇ聞いてる? ゴールドシップ?」

「オレも用事がある。行くならお前達だけで行け」

「用事があるなら仕方がないな!」

「あれ? 聞こえてます? ゴールドシップさん? ゴルシちゃん? ねぇ?」

「んじゃいくぞ! 抜錨じゃぁい!」

「お、お前らふざけんな! 毎回、俺を見捨てるんじゃねぇ! やめ、ヤメロォォ!」

 

 

 あんたの笑顔はそんな寂しそうな笑顔じゃない! 

 そんな後悔を滲ませるような表情じゃない!! 

 そんな諦観の内に壊死する様な事なんて絶対に似合わねぇ!!! 

 貴方がアタシにくれた贈り物()をあんたに返すぜ! 

 卵が先か鶏が先か(タイムパラドックス)なんてどーでもいい! 

 あんたの人生もっと楽しくしてやるぜ!!! 

 

 

「んじゃ飯食いにいくか」

「授業はいいのか?」

「あんなん方便に決まってるだろ。お前もだろ?」

「ああ」

「それにいうだろ? 人の恋路を邪魔する奴は()()()()()()死んじまえってな」

「ああ、そうだな。それでは行こうか。今日はうどんの気分だ」

「なら、うどんにするか」

 

 

 あんたはアタシの事を恩人と言ってくれているけれど、本当はあんたがアタシの恩人なんだ。

 尖って生意気だったガキは貴方が立派な淑女にしてくれた。

 本当のアタシを否定せず、しっかりとアタシを見てくれた。

 アタシの見当違いの感情を教えるのではなく、気が付くように導いてくれた。

 

 

「そういえば荒谷、犬に喰われて死んじまえでは?」

「あ、ヤッベ。……烏丸お前の聞き間違いだ」

「そうか。()()()()()はいないからな」

「……そうだな」

 

 

 少し前のあんたは火星のようだった。

 地球に似ててそれでいて、心が凍っていた。

 今はテラフォーミング(アタシの贈り物)が成功して心の氷が解け始めてる。

 それが堪らなく嬉しい。

 貴方がアタシにしてくれた事への恩返し。

 だからアタシに任せろよ。

 あんたが居ない間のメジロ家の面々をアタシが陰ながら支えてやるからよ。

 あんたの帰る場所を守ってやるから、安心して思い悩んで納得する答えを見つけてくれ。

 少しでもあんたの役に立つ(恩を返す)、それがアタシにとってなによりも嬉しい事だから。

 

 

「なぁアタシに出会って、あんたの人生楽しくなったろ?」

「あぁそうだな……だがな何度も言うが拉致するのをやめろ!」

「へん! やなこった!」

 

 

 これが家族に向ける愛なのか、異性に向ける愛なのかは分からない。

 今はきっとそれでいい。

 何時か答えが分かった時は、どんな愛だろうと可能だったならば、あんたの隣に居たい。

 

 別に100年なんて経ってないけど、四捨五入して100年後(未来)のアタシから100年前(過去)のあんたへ花束を! ありったけのアタシの笑顔と共に!!




バ場の情報が今届きました。稍重での発表となります。


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マティーニとラムコーク

ランキングに入っていました…メッチャびっくり。
皆さんのおかげです。本当にありがとうございます!


 俺はたづなさんを差し飲みに誘った。

 相談があると誘った俺は、たづなさんのおすすめの“ビックソング”と言うbarに誘われた。

 なんでも中央の有名トレーナーも使うbarだとか。

 流石は高給取りと言われるトレーナーも使うbar。

 バーテンダーさんも、若いのにカクテルを作る手つきはスムーズで淀みはない。

 

「お待たせしました。マティーニとマンハッタンです」

「ありがとうございます。じゃ乾杯という事で」

「はい、乾杯です」

 

 俺はマティーニ、たづなさんがマンハッタンのグラスを傾ける。

 レモンピールのスッキリとした香り。

 ヴェルモットの爽やかで甘い味わいの後に、キリっとしたジンの酒精。

 オリーブを食すと、油分が口の中のアルコールを和らる。

 食した後は、残りのマティーニの鋭い味わいを堪能する。

 

「それにしても珍しいですね。貴方から誘うなんて」

「あー、まぁそうですね。いつもはたづなさんか荒谷が音頭を取りますからね」

 

 俺が誘う事も有るが、たづなさんが誘う事が一番多い。

 まぁ、それ程ストレスが溜まるのだろう。

 特にたづなさんは―何度も飲み会をする中で、俺の事情やたづなさんの仕事についても、教え合った―中央トレセン学園の理事長秘書している。

 たづなさんは仕事が、とても楽しくて好きだとよく言っていた。

 だが、いくら好きな事を仕事としていても人は、働き続ける事は出来ない。

 たまに精神力だけで動き続ける人がいるが、それは命の前借をしているだけだ。

 だからこそ、しっかりとした休みとリフレッシュ出来る場は必要不可欠。

 たづなさんが俺との飲みでリフレッシュ出来ているなら何よりだ。

 荒谷はただの酒好きなだけだが。

 

「今日は俺が誘ったから奢りますよ」

「ふふ、ええ分かりました。ご馳走になります」

 

 たづなさんは口に手を当てて上品に笑った。

 本当に絵になる人だなぁ。

 同じものを頼み俺たちはしばらく静かにグラスを傾けていた。

 

 

 

「あの……マックイーンはどうですか?」

「……職業上で知りえた情報はお伝え出来ません」

「そう……ですよね」

 

 漸く決心が付きたづなさんに聞いてみたが彼女ははピシャリと言った。

 そりゃそうだ。

 当たり前の事が、すっぽりと抜け落ちてた。

 特に国内トップの中央のトレセン学園なんだから、そこら辺はキッチリしているだろう。

 それも俺がしている事は、たづなさんとの友情を利用して情報を聞き出そうとしている。

 本当に最低だな俺って。

 

「……本当にすみませんでした。たづなさんに甘えてしまっていました」

「いえいえ、大丈夫ですよ。心配だから……ですもんね?」

「その資格も無いような男ですけど、それでも心配しています」

 

 仮にたづなさんから聞けたとして、俺の出来ることは無い。

 せいぜいが、祈る事ぐらいだろう。

 それすらも、きっとマックイーンからしたら不愉快だろうに。

 結局は自己満足。

 

「……貴方はまったく。あー酔っちゃったなぁ」

「……はぁ? なに可愛い子ぶってるんですか? いつもザルの癖に」

 

 たづなさんが、俺ににっこり笑いかけてくる。

 ヒェ……これ威嚇の笑顔だ……

 相変わらずの素敵な笑顔だが眼光が鋭い。

 だが、もう付き合いも長いから慣れたし……。

 ビビッてねぇしッ! 全然ビビッて無いからァ! 

 

「今日はお酒に弱い日なんです。だから独り言も出ちゃうんです」

「たづなさん……」

「メジロマックイーンさんはチームメンバーやトレーナーさん、なによりもライバルのトウカイテイオーさんのおかげで前に進んでいます」

「……」

「トウカイテイオーさんの有マ記念で吹っ切れたようです」

「……はい」

「それに治療も順調だとか」

「……そうですか」

「以上! 独り言でした」

 

 ホッと息が漏れ、肩から力が抜ける。知らずの内に気を張っていた。

 マックイーンは立ち直ったようだ。

 本当に彼女を支えてくれた人々に頭が下がる。

 特にトウカイテイオーというウマ娘に感謝しかない。

 そこに俺がいる事なんて、出来ない事は分かっている。

 それでも、寂しさを感じてしまう。

 そんなもの感じる資格など俺には無いのに。

 

「ありがとうございます」

「私は独り言を言っていただけです」

「たづなさんって、やっぱりいい女ですよね」

「ふふ、ありがとうございます」

 

 本当に素敵な大人の女性だ。

 ……出会ってすぐに関節極められたのは忘れないけど。

 知り合えた事に本当に感謝している。

 ……関節極めたのは絶対に忘れないけど。

 

「何か困った事があれば言って下さい。何かあれば、俺にたづなさんを助けさせて下さい」

「……貴方はまったく。そういう所ですよ?」

「……?」

 

 どういう所だ? 

 ……聞きようによっては口説いてる……のか? 

 そんなつもりは全くないから、分からんフリしとこ。

 俺の恍けた顔に腹が立ったのか、たづなさんはジト目で俺の事を見ていたが、溜息をつき真剣な表情をする。

 

「許す事は大事ですよ。もういいじゃないですか。自分を許してあげても」

「……そうもいきませんよ。俺がした事は許されない事ですから」

「貴方は本当に頑固ですね……」

「性分ですので」

 

 あと貴女には言われたくないんだけど? 

 お礼をする為に、関節極めた貴女には。

 ただこれを言うと、また関節極められるので黙っている。

 柔剛合わさって、メッチャ痛いねんアレ……

 

「彼女達はいい子達ですからね。俺なんかがいなくても周りに恵まれて支えてくれますよ」

「それは否定しませんけど、そこに貴方がいない事が彼女達を曇らせているんですけど?」

「まさか。きっと彼女達も俺の事なんか忘れていますよ」

「……女の情念を甘く見ない方がいいですよ?」

「……? それはどういう意味ですか?」

「……ご自分で考えてください」

 

 情念? え? そこまで恨まれてるの? 

 まぁ、そりゃそうか……俺、吐き気を催す邪悪だもん。

 自分の都合でマックイーン達を俺の納得の為に利用した。

 あれだけ慕ってくれていたのに。

 

「これだけは覚えておいてください。自分が赦そうとしない限り、救われませんよ?」

 

 たづなさんは暗くなった俺に微笑みながら優しく言った。

 赦す事は大事か……

 誰も彼もが、俺の事を気にかけてくれる。

 本当に幸運な事だ。

 でも……あんな事をした俺は赦されてもいいのか? 

 

 

 

 

 

「人は赦されるのか? 哲学的な問題だね」

「思考実験か?」

「まーた、なんか悩んでんのかよお前」

 

 たづなさんとの飲みから、しばらく経った。

 今は荒谷達と“ストレイシープ”というbarのボックス席でラムコーク飲んでいる。

 

 少し前まで、上田に紹介する為にゴールドシップもいた。

 上田はゴールドシップに驚いていた。

 俺が出会った時と()()()()()()、スタイルの良い美人なウマ娘。

 しかも、小・中学校時代にウマ娘を好んでいなかった俺が紹介するのだ、それは驚くだろう。

 

 だがゴールドシップは、まだ未成年という事で帰らせた。

 ブーブー文句を言っていたが成人していないのだから、しょうがない。

 それに、ゴールドシップはかなり疲れていた。

 本人は隠しているつもりだろうが、もう何年の付き合いだと思っているのか。

 

 上田は俺達と飲み会をする頻度も上がり、荒谷達とも気安い関係になったもんだ。

 ただそのせいで、俺の小・中学時代の黒歴史を気軽にぶち撒けるのだが……

 それを荒谷にメッチャ揶揄われ、烏丸は頓珍漢な物言いで俺の黒歴史を抉ってくる。

 おう、ホンマにやめーや。

 

 こんな事を相談するとまた揶揄われるのは分かってはいる。

 だが、それでもやはり相談はしてしまう。

 だって……親友達だから。

 

 

「僕は人が踏み外してはいけない道理を超えなければ、人は赦されるべきだと思うよ。そうじゃなければ世界は悲しすぎるじゃないか」

 

 上田は生来の真面目さ故の意見。

 お前は本当に優しい奴だよ。

 優しくて、高学歴、面も良くて、性格もいい、とか完璧超人かコイツ? 

 

「好きなように生き、好きなように死ぬ。誰の為でもなく。それがオレの生き方だ」

 

 烏丸は自身の人生哲学。

 そんな事を言っているが、その好きなように生きる中に俺がいる事が嬉しい。

 誰のためでもなく、と言うが誰か()を救ってしまう事に優しさを感じる。

 

「喜びも悲しみも、権利も義務も、行いに対する責任も全部テメェが背負って生きろや。テメェの人生だろ?」

 

 荒谷はケツを蹴り上げる様な厳しい言葉。

 ……コイツは本当に言って欲しい言葉をくれる。

 きっと、心の何処かで誰かに背を押して欲しいと願っていた。

 それでも、まだ踏ん切りがつかない臆病者な自分が嫌になる。

 

「それによ……どんな選択しようが俺はお前の親友だよ」

 

 厳しい言葉を発した荒谷だったが、頬を掻きそう言った。

 恥ずかしいのだろう、顔を横に向け頬を赤く染めながら……

 

「荒谷……お前が頬を染めても、キモいだけなんですけど?」

 

 うん、やっぱりキモい。

 なんだそのツンデレっぽい言動は。

 ゴールドシップみたいな可愛い女の子ならいいが、顔も体も厳ついお前がすると本当にキモい。

 

「上等じゃワレェ!ぶっ飛ばしてやる! クヨクヨ弱虫お坊ちゃま君がよぉ! 頑張れよ親友!」

「誰がクヨクヨ弱虫だクラァ!張りぼてクソマッチョ! やってみろやぁ! ありがとよ親友!」

「Round 1 Fight!」

「えぇ! 止めないのかい!?」

 

 ギャーギャーと騒ぎながら夜は更けていった。

 なんだか心が軽くなった。

 まだ踏ん切りがつかないけれども、少しだけ自分を赦せた気がした。

 

 

 

 

 後でサングラスをかけた、やたらと渋い声のbarのマスターにしこたま怒られた。

 

 




清算の時まで、あと少し。


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為すべき事を為せ

 俺は今、浅間師範の道場で滝の様な汗を流している。

 黒沼さんも丁度、時間が空いたとの事で道場に顔を出していたので、演舞に付き合って貰った。

 一通りして軽く流そうと思っていたが、気が付けば汗が噴き出る程やっていた。

 ……何で黒沼さんすぐにスパルタになるん? 

 俺、軽く流しますって言ったよね? 何なの言語が違うの? 

 黒沼さんの中で、軽く流すは死力を尽くすなの? 

 

 だから他の人達は、黒沼さんと組みたがらなかったのか……

 おい、そこの君達……拝んで感謝しなくていいから、俺と代われ。

 え? ヤダ? まぁそうなるよね……

 まぁそのおかげもあって、無駄な思考をせずに済んだのだが。

 

「どうした? 今日はキレがない。悩み事か?」

 

 ヤカンに入った麦茶を飲み、汗を拭きながら休憩していると師範に声を掛けられた。

 自分では無心でやっていたつもりだが、師範からすれば集中していなかったみたいだ。

 ……本当に敵わないなぁ。

 黒沼さんも近くで休憩をしていたのでこちらに視線を向けてくる。

 ……二人とも、教え導く事を生業にしている人達だから相談してみるか。

 

「そうか……しばし待て。少し早いが今日の指導は、ここまでとしよう。師範代、挨拶を頼む」

「はい。神前に礼。……先生に礼。……お互いに礼」

「「「「「「ありがとうございました!」」」」」」

 

 俺が相談があると言うと、師範は指導を切り上げて挨拶が終わると先に母屋へ向かった。

 習っていた人達と掃除をした後、未成年の子達が保護者の方々と帰るのを見送り道場を閉めた。

 その後、黒沼さんと一緒に母屋へ向かうと師範はお茶を入れて待っていた。

 

「まぁ座れ。お前が持ってきてくれた、芋羊羹を食べよう」

「ご相伴に与ります。……旨い」

「頂きます。あ、本当だ。お茶が美味しい」

「言っただろう、いい茶葉を仕入れた。……邪道かと思いきや、紅芋羊羹もなかなか美味いな」

 

 10畳程の和室に案内されると、お茶と俺のお土産の芋羊羹と紅芋羊羹を出してくれる。

 

 シンプルな芋羊羹はサツマイモの柔らかい味が実に美味い。

 口あたりの良く、甘さも抑え目で、素朴な風味と素材本来の美味しさ。

 なんだかホッとする味わい。

 

 少し冒険をして買ってきた紅芋羊羹も、また美味い。

 どちらかというと煉羊羹に近いが、紅芋の風味が口に広がる。

 疲れている今には丁度いい、上品でくどくない甘さ。

 

 

 しばらく三人でまったりと、芋羊羹とお茶に舌鼓をうった。

 師範と黒沼さんは、話を急かすでもなく俺が話すのを待ってくれている。

 何を言えばいいのか、どこから話せばいいのか迷った。

 

 結局、俺は自身の半生と後悔を訥々と懺悔する様に語った。

 彼女達にしたことを思うと、慚愧に堪えない。

 師範達は俺の話が終わるまで、静かに聞いてくれていた。

 

「人生、結局誰だって後悔ばかりだ。俺の指導で怪我をしたウマ娘も多い……後悔は散々してきた。だがお前はまだやり直せる」

 

 黒沼さんは嚙みしめる様に、絞り出す様に語った。

 それは己を悔いる様に、俺を羨む様に聞こえた。

 

「為すべき事を為せ。お前ならそれが出来る筈だ」

 

 師範は俺の目を見詰め冷厳に語る。

 ただ俺がそれを為せると確信を持っているのか、薄く笑っている様に見えた。

 

「……ありがとう……ございます」

 

 俺はやり直していいんだろうか? 

 俺が為す事とは、何なのだろうか? 

 思考が頭の中を、グルグルと堂々巡りを繰り返していた。

 ゴールドシップと出会ったあの日とは、また違う答えを求めて……

 

 

 

 

 

 

 思い悩む日々がしばらく続いたが、嬉しい知らせが届いた。

 ようやく豊さんが納得する人参が完成し、量産体制が整った。

 甘さはもちろんの事、旨味であるグルタミン酸も豊富。

 生でも十分すぎる程に美味いが、火を入れる事によりさらに味が濃く甘くなる。

 人参嫌いな豊さんが生で食べて、美味いと言える程の出来。

 苦節十数年という豊さんと瞳さんの苦労が偲ばれる。

 

 余程、嬉しかったのか田所宅で関係者が一堂に会する大宴会が開かれる運びになった。

 田所一家、未完成時に卸していた飲食店、里中社長と千葉副社長、そして俺。

 豊さんの涙ながらの音頭に、万雷の拍手を誰もが贈った。

 

 飲食店の人からの完成した人参を使った料理や、社長が自ら作ったキャロットケーキ。

 そして俺がこの日の為に作ったローザキャロット。

 どの料理やケーキも実に美味しく、俺のタルトも皆、美味しいと言ってくれた。

 俺は賑やかで楽しい宴会を大いに楽しみ、はしゃいだ。

 不安や悩みを掻き消す様に……

 

 

 大盛況の宴も終わり、昔からの豊さんの友人である社長と、お目付け役の副社長と俺以外は千鳥足で三々五々と帰っていった。

 俺は少し酔いながら、瞳さんと片付けを行っていた。

 豊さん達はまだビールを飲みながら笑い合い、隆君は眠たそうにテレビを見ていた。

 

 片付けも一段落して瞳さんと一緒に輪に加わり笑いながら酒を飲む。

 しばらく話していると会話が途切れ、皆が少し間黙り込む。

 

「赦されない事をした人間が、自分を赦していいと思いますか?」

 

 祭りの後症候群とでも言えばいいのだろうか? 

 寂しさの様な虚しさの様な、そんな心持ちが俺の口からポロと祝いの場とは不釣り合い事を聞いてしまった。

 皆、一様に俺を視線を向ける。

 

「赦されない事? 俺から秋希を盗む事だろ! それ以外は基本どうでもいい!」

 

 社長、アンタまだ言ってんのかよ。秋希さんもう結婚したじゃん。幸せそうだったじゃん。

 いい加減諦めてどうぞ。でもいつも通りで安心する。

 きっと俺の悩みなんて関係ない人からしたら、くだらない自己陶酔なのだろう……

 

「バ鹿は放っておこう。これは俺の持論だが行動するのはいつだって自分だ。その結果はどうであろうと受け入れるべきだ」

 

 副社長は社長を軽く叩くと真剣な表情でそう言った。その通りだ。自らの行いには責任が伴う。

 だからこそ、彼女達と会わない事が責任だと思っていた。

 だがそれが、正しいのか最近分からなくなっている。

 

「貴方は幸せになっていいのよ? 自分を赦してあげなさい」

 

 瞳さんはいつだって、俺の幸せを願ってくれている。

 隆くんと同じ様に思ってくれている。それが嬉しい。

 でも今が不幸せみたいな言い方止めてもらえます? 幸せですからね? 

 

「お前はごちゃごちゃ考えすぎ。そんなに気になるならとっとと行動しろよ」

 

 豊さんはとにかく動けと言う。豊さんはその行動力でついに夢を叶えた。

 羨ましく思う。葛藤や悩みが有るだろうに、それでも前を向いて進んで往く、その心が。

 本当に尊敬出来る人だ。

 

兄ちゃん(あんちゃん)。悪い事したら、ごめんなさいだよ?」

 

 隆くんは俺を諭す様に教えてくれた。

 ハッとする。

 俺は彼女達に一度でも謝っただろうか? いや謝っていない。

 きっと心の何処かで彼女達に拒絶されるのが……怖かったんだ。

 それを彼女達の為だと嘯いて、俺は彼女達から逃げていたんだ。

 ああ、なんて無様なんだ……

 

「そうだな……すっかり忘れてたよ。気づかせてくれて、本当にありがとう隆くん。いや、隆!やっぱり君は俺の自慢の弟分だ!」

 

 ガシガシと乱暴に頭を撫でると、隆は照れくさそうに笑った。

 謝ったって赦さないかもしれない。

 でもだからって、謝らなくていい理由にはならない。

 そんな簡単な事を忘れていた。

 

 

 彼女達を傷つけた事を謝りに、メジロ家に行こう。

 例え、それを受け入れられずとも構わない。

 例え、それで赦されなかったとしても構わない。

 例え、彼女達に罵倒され蔑まれたとしても構わない。

 報いは……受けるべきだろう。

 だが俺が謝る事で彼女達が僅かながらでも、心が軽くなるならば……

 きっとそれが、俺が為すべき事なのだろう。

 

 情けなく、意気地なしな俺だけれど、せめて俺は、俺の恩人達に胸を張れる様に為りたい。

 我が心と行動に一点の曇りなし。

 なんて、とても言えたもんじゃぁ無いが……それでも俺の心に光が差した。

 

 

 今は曇天なれども、晴れ間にて光差し込み視界良好異常なし。

 

 




■■新聞 8 全国版

調子↗
前走では勝ちはしたがその後、気持ちが切れてしまった。
かなり長期間、間隔を開けてリフレッシュし、調整も順調。
本質的に良バ場の方が、得意なタイプだと思う。
仕切り直しの一戦を是非、物にして欲しい。
➡【▲】 心身充実。数年ぶりの勝負の舞台へ




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Life in Ash

 あれから、爺やに連絡を取った。

 爺やは俺の突然の連絡に驚いた様で、俺だと伝えるとしばらく沈黙が続いた。

 まぁ逃げ出した俺が今更連絡をしたのだ、腸煮えくりかえっているのだろうと思っていた。

 しかし聞こえてきたのは嗚咽だった。

 俺が困惑していると、嬉しさで泣いてしまったと言う。

 こんな俺にそう言ってくれるとは……昔も今も、爺やには本当に世話を掛ける。

 

 マックイーン達の予定を聞き、メジロ家に集まる日取りを聞いた。

 中々、彼女達一同に会する事は少ないらしいが丁度、集まる機会があるらしい。

 その時にメジロ家にお邪魔する事にする。

 爺やは彼女達に伝えようとするが、それは俺から止めておいた。

 

 彼女達が珍しく集まる機会なので、俺が行くと事を伝えたら集まらないかもしれない。

 折角のお茶会なのに、それは流石に可哀想だ。

 まぁ憎い相手が、その場に来るのだからどの道、台無しになってしまうのだが。

 爺やは何かを言いたげだったが、最終的に了承してくれた。

 集まる日時は奇しくも、俺の誕生日だった。

 

 

 

 さてメジロ家に行くまでに、大学は春休みなので時間もある。

 完成した人参の件もあるので、田所家の農園を手伝っている。

 バイトは、しばらくの間は、休みにさせてもらった。

 ただ問題が発生した。

 

 豊さんが、人参をかなり安価で卸そうとしていた……

 値段設定がちょっと……いや、だいぶおかしい。

 何、軽い市場破壊しようとしとんねんッ! 

 急遽、経営学的視点が必要になった為、荒谷を招喚。

 豊さん、俺、荒谷の三人で、あーでもないこーでもないと話し合い妥当な値段で落ち着いた。

 

 完成前の人参の大口契約を持ち掛けて来た所に、営業を掛けようとなった。

 ……のだが、まさかの連絡先を捨てたと言う。

 半ギレで理由を聞くと“いいものを作れば、その内また来るからいいかなぁって”と宣う。

 ……なにしとんねんッ! いいものなら売れる驕った考え捨てろ! 

 当然、捨てられた連絡先にはトレセン学園も含まれている。

 ……よりによってそれを一番捨てんじゃねぇよ! 

 トレセン学園の、ウマ娘の在籍人数と食欲を考えろや! 

 

 マジでこの人、大丈夫か……? 

 いや尊敬はしてるよ? でもさ経営能力が皆無でどんぶり勘定が過ぎる……

 マジで一回、色々見直さないとヤバいんじゃ……

 ともあれ、何としてでもトレセン学園との契約が欲しい所。

 別に無くても他の所で契約は取れるだろうが、あればかなりデカい。

 

 ……使いたくはなかったが尊敬する恩人の為だ、仕方あるまい。

 俺は中央でトレーナーをしている親父に電話を掛ける。

 たづなさんも候補に挙がったが、少し前に相談して今回もとなると流石に甘え過ぎだ。

 事情を知った親父は”相変わらずバ鹿過ぎるだろ……待ってろ今聞いてみる”と言ってくれた。

 本当に忙しくブラック業務しているのにスマン親父殿……

 

 結局、トレセン学園側も契約に前向きで、搬入して大丈夫との事だった。

 そのまま契約をするので代表者が来いとの事で、親父に礼を言って電話を切りその事を伝える。

 しかし、豊さんは隆の誕生日があるので俺に行けと言う。

 家族を大切にする事はとても大事な事だ。うんうん、めっちゃ大事大事! アハハハ! 

 ……キレそう! 商売なめてんじゃねーぞ! 

 

 だが、我が親愛なる弟分の隆のハレの日、ここは兄貴分として俺が一肌脱ごう。

 指定された日時は、俺の誕生日の一週間前の日曜日。

 隆の誕生日プレゼント用意しなきゃ! 

 

 

 

 

 

 私達は、一週間後のお茶会の為、デパートメントストアに買い物に来ていた。

 休日という事も有り、多くの買い物客が溢れている。

 

「アルダンさん、マックイーン大丈夫?」

「ええ、大丈夫よ。心配してくれて、ありがとうライアン」

「私も大丈夫です。もう、ライアンは心配し過ぎですわ」

 

 ライアンの心配そうな表情にアルダンお姉様は安心させる様に笑いながら答える。

 パーマーとドーベルは買い物している間に、私たちはベンチで休憩をしている。

 別行動していた私達も、付き合おうとした。

 だけど、ライアンに大事を取って休めと無理矢理ベンチに座らされてしまった。

 アルダンお姉様は屈腱炎を発症し引退しているが、日常生活に支障は無い。

 私は繫靭帯炎を乗り越え、テイオーとの併走をするまでに回復したというのに……

 ライアンは自分には無頓着なくせに心配性が過ぎる。

 ただ、その優しさを嬉しく思う。

 

「おーい、おまたせぇ! 選ぶのに時間が掛かっちゃった」

「今、戻ったわ。ごめんなさい、アタシも悩んじゃって」

 

 買い物を終えたパーマーとドーベルが紙袋に入った商品を大事に抱え戻ってくる。

 かなり時間が掛かっていたが、それは私も同じなので気にしていない。

 ふと、パーマーから嗅ぎなれない香りがする。

 

「パーマー、貴女は香水にしたのですね」

「うん、ムエット貰って来たから嗅いでみる?」

「ええ、そうさせて頂きますわ」

 

 ライアンやアルダンお姉様と一緒に香水が付いたムエットの匂いを確かめる。

 爽やかで優しく、それでいて何処か儚さを感じさせる月の様な香り。

 キュっと胸が切なくなる、そんな香り……

 

「……うん、きっと似合いますわ」

「でしょ? 色々迷ったけど、この匂いを嗅いだらコレだ! ってビビッて来た」

「ドーベルは何にしたの?」

「アタシはこの腕時計にしたよ。アルダンお姉ちゃん」

 

 パンフレットを貰って来たドーベルが、買った商品の写真を指差し見せて来た。

 少し厳つい印象を受ける、黒い文字盤の自動巻きのシックな大きめの腕時計。

 文字盤側に見えている内部構造が印象的できっと似合うだろう。

 

「ドーベルはセンスいいね。あたしだと、どうしてもスポーツモデル選んじゃうよ」

「フフ、ライアンは相変わらずだね」

「そういえば、マックイーン達はなんにしたの?」

 

 パーマーが私達の買った物に興味を示し、図らずもプレゼントの見せ合いが始まった。

 ライアンは濃灰色のビーバーファーフェルトの中折れ帽。

 私は花紺青色に染めたブライドルレザーの長財布。

 アルダンお姉様は濡羽色のロング丈のトレンチコート。

 

「おー全部、似合いそうじゃん。でもアルダン姉さんのは渋すぎじゃない?」

「あら? 兄様はお爺様の影響でハードボイルドに憧れていたのですよ?」

「えー、お兄ちゃんが? 全然ハードボイルドなんて似合わないのに……」

「アハハ、お兄さんいつも優しかったもんね」

 

 

 ……毎年開催していたお兄様の誕生会。

 お兄様が出て行ってしまってからも続いている。

 主役のいない誕生日にプレゼントを持っていくのが、いつの間にか恒例になっていた。

 受け取り手のない贈り物は、ほぼお兄様専用となっている客間に飾る。

 それでも毎年お兄様にプレゼントを買っていき、来ない主役を待つお茶会。

 いつかその日に、お兄様が帰って来てくれる事を夢想して……

 少しだけ視界が涙で歪む。

 

「……すみません。お花を摘みに行って参りますわ」

「……ええ、私達は先に、いつもの喫茶店で待っていますね」

「かしこまりました」

 

 

 化粧室でメイクが崩れていないか確認する。

 幸い、軽い化粧直しで済んだ。

 思い返すのは今までの事。

 お兄様がメジロ家を出て行き、私は天皇賞を制覇する事しか眼中に無かった。

 ただそれだけでいい、と思っていた。

 それが私の最後の(よすが)だと思っていた。

 

 でもテイオーと出会い、競い合い、チームに誘われて、スピカでの騒がしい日々。

 私の静かな深海の様な灰色の世界に、音と色彩が少しずつ戻っていった。

 ……本当にスピカの面々とテイオーには感謝しかない。

 いつの間にか、心は治り始め、傷跡(思い出)を残すだけになっていた。

 

 そう……思い込んでいた。

 いや……思い込もうとしていた。

 でも、繫靭帯炎の時に、本当は誰よりもお兄様に居て欲しかった。

 頭を撫でて、褒めてもらって、抱きしめて貰いたかった。

 私はお兄様……未だに貴方を想っています。

 貴方に会いたい。貴方に謝りたい。貴方に一緒に居て欲しい。

 

 でも……それでも私は前に進もうと思います。

 あのメジロ家の療養所での、テイオーの雨の中の誓い。

 あの有マ記念での、テイオーの奇跡の走り。

 あのウイニングライブでの、テイオーのとびっきりの笑顔。

 それらが私の心に想い()を注ぎました。

 燃え尽きた火のない灰に熱が灯る様に……

 

 他のメジロ家の彼女達もそう……

 アルダンお姉様は、ヤエノムテキさんや、サクラチヨノオーさん達。

 パーマーは、ダイタクヘリオスさんや、マチカネフクキタルさん達。

 ライアンは、アイネスフウジンさんや、スマートファルコンさん達。

 ドーベルは、エアグルーヴさんや、カワカミプリンセスさん達

 それぞれ、いい御友人に囲まれている。

 きっと彼女達の心にも想い()が注がれている。

 

 

 いくら注ごうとも、満たされない心。

 でも誰も彼も、本当に満たされている者など少ないでしょう。

 この満たされない心を抱えて、私は生きていきます。

 だから今年のお兄様の誕生日で、私は待つのを止めようと思います。

 貴方に“さようなら”を、直接言えないのが本当に心残りです。

 ですが、きっと貴方は貴方の心を傷つけた私達に会いたくないでしょう。

 でも、どうか私に貴方の行く末に幸あれと、願わせてください……

 

 あぁ、思い出しました。

 ……貴方の優しく温かな笑顔を。

 最後に見た、不吉を孕んだ、泣いている様で、全てを黒く燃やし尽くす様な、儚く、美しい姿。

 その姿が焼き付き、本来の貴方の愛おしい笑顔を忘れていました。

 あぁ、ありがとうございます……最後に思い出させてくださって……

 

 心が軽い。黄昏に瞬く星の如く。 

 心が痛い。貴方を傷つけてしまった事への後悔で。

 それでも、貴方の笑顔を思い出せた事を嬉しく感じる私は、本当にどうしようもない愚者です。

 

 お兄様……私は貴方を心から愛しておりました。

 “さようなら”は……もう少しだけ……せめて貴方の誕生日までは、待っていて下さい。

 

「よぉマックちゃん。随分とポエミーな顔してるじゃん」

「ひゃああぁぁぁっ!? ゴールドシップ!? どうしてここに!?」

「今すぐメジロ家の皆を連れてトレセンに向かえ」

「いきなり何を……」

「いいから早く。後悔するぞ」

 

 いつもはふざけた顔して場を引っ掻き回すゴールドシップが、真剣な表情を見せる。

 悲しんでいる様な、覚悟を決めた様な、使命を果たした様な……そんな顔。

 

「……分かりましたわ。貴女のそんな真剣な顔は初めて見ました」

「ああ、お幸せにな。おさらばです、マックイーン■■■■■

「なんですの? その言い回し…それに今なんておっしゃいました? 聞き取れませんでしたが」

「……気にすんなよ! ほら行った行った!」

「そんなに押さないでくださいまし!」

 

 結局、ゴールドシップの助言に従い、ウマホで皆を呼び出し学園に戻ることにした。

 ゴールドシップの表情は気になるが、予感がした。

 

 燃え尽きた火のない灰の様な悲しみの日々が裏返る。そんな予感が。

 

 

 

 

 




厚い雲が切れ始め、日が出てきました。
ええ、これはバ場状態の回復に期待できますね。
このバ場状態の変化が、どうレースに影響するか注目です。



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Forgive an Angel

「いやぁ、まさか君が担当とはね」

「不服か?」

「まさか! ……縁が合ったな」

「ああ、合縁奇縁とは、この事だな」

「まぁ約束を果たせて良かったよ」

「フフ、私も数年越しに仕事を終えれてホッとしたよ」

 

 俺は作業着を着て、軽トラで豊さんの人参を搬入し、契約を済ませた。

 エアグルーヴ。

 それが数年前に聞きそびれた名前。

 彼女は生徒会副会長となり、今回の契約の担当として、また出会えた。

 元々、麗凛な美しさはあったが、それに加えて自信と貫禄をもって、俺を出迎えてくれた。

 そんな彼女が、契約が終わり、トレセン学園の校門前まで送り届けてくれる。

 

「チームアルデバランの、目白トレーナーから連絡が来た時は驚いたぞ」

「あー俺の親父殿でな……まぁ勘当されているから、苗字は違うんだが」

「……まぁ深くは聞かないでおく」

「わりぃな。それにしても春休み中の、しかも日曜日なのに悪かったな」

「いや、どうせ生徒会の仕事をしていたから気にするな」

 

 学生の大事な長期休暇に仕事をさせる……

 ……やっぱりブラック学校? ポリスメンに通報した方がいい?

 いや、この場合は出版社の方がダメージあるか? 

 

 ともあれ、元気そうで良かった。

 契約後に、彼女と色々と話が弾んだ。

 

 生徒会の仕事とアスリートとしての充実した生活。

 尊敬できるが、しょうもない駄洒落を言う会長の話。

 頼りになるが、サボり癖のある口の悪い副会長(同僚)の話。

 俺が贈った薔薇を、挿し木で増やし学園での名物にした事。

 ラベンダーのサシェを作り、後輩にプレゼントしている事。

 

 数年越しに、素を見せてくれる事が嬉しい。

 きっと彼女も、いいパートナーと巡り会えたのだろう。

 その事を伝えると、頬を赤らめながら“別にアイツはそんなんじゃない”とポツリと呟いた。

 ……そうだよ、ツンデレって、こういう可愛い子が言うから絵になるんだよ。

 なんで、初めて見たツンデレが、荒谷みてぇな厳つい男のなんだよ……

 

「さて、名残惜しいが、そろそろ行くとするよ」

「そうか、駐車場への見送りは不要か?」

「ガキじゃあるまいし、ここまでで十分だ。じゃあ、ありガァアアアッ! いってえぇえぇッ!

 

 エアグルーヴに別れの挨拶をしていると、俺の体に物凄い勢いで何かがぶつかって来た。

 とんでもない衝撃に体幹を維持しようとするが、体勢が保つ事が出来ず引きずり倒される。

 体が地面を滑り、摩擦で全身が、とんでもなく熱くて痛い! 

 なんだ!? なんなんだ!? 

 

「お兄……様!」

「お兄さん!」

「……お兄ちゃん!」

 

 衝撃の原因を見ると、そこにはマックイーンにライアンにドーベルが俺に抱き着いていた。

 Oh……MY Cousins……

 そりゃ、不意打ちで3人のウマ娘の突進力で来られたら、勢いよく滑るわ。

 てか、よく骨が折れなかったな……

 お袋……丈夫に産んでくれてありがとう! 

 

「あー、まぁこうなるよね」

「そうですね。……独り占めは出来そうもありませんね

 

 パーマーとアルダンは少し離れた所でこちらを見ている。

 不意打ちで出会った事で、少し混乱するが彼女達に謝らなければ……

 マウントポジションの状態じゃあ、恰好が付かないが。

 ……あれ? もしかして、ぶん殴られる? まぁ、俺がした事を考えれば当たり前か。

 

「お前らに殴られてもしょうがない。好きな様になぐ「ごめんなさい……ッ!」?」

 

 ……? 何故、俺が謝られている? 

 謝らなければならないのは俺の方なのに。

 

「ドーベル? 謝るのは俺のほ「私は……私達はお兄様を深く傷つけてしまいました……」」

「マックイーン。だから俺の「お兄さんの事を考えないで! 自分の事ばっかりで……っ!」」

「ライアン……あのな、悪いのは俺だか「本当に……ごめんなさいっ……! お兄ちゃんッ!」」

 

 お願い! 話を聞いてください! 

 俺に謝る機会をください! 

 君達が謝る必要なんて、まったく無いから!

 

「……だから、お前らが謝るこ「……う、うう……うううッ……! うああぁぁ……ッ! ゴメンさないお兄様ッ! 泣く資格など……ッ! 謝る権利など私には無いのにッ! ましてや貴方に会えてうれしく思ってしまって……ッ! うああぁぁ……ッ!」」

「マックイーン……」

 

 彼女達はわんわんと泣きじゃくる。

 参ったな……俺は彼女達の涙に勝ててた試しが無いんだが。

 謝らなければならないのに、謝られてしまって。

 まぁ美人の涙が最優先だ……俺の事情など後でいい。

 落ち着かせる為に、昔の様に背中をさする。

 

「あー、えっと? どういう状況だ?」

「あ、スマンなエアグルーヴ」

「……春休み中とはいえ生徒はいる。流石に、ここで痴話喧嘩をされるのは困るのだが……」

 

 状況が良く飲み込めていないエアグルーヴが、頭を抑え困惑しながら聞いてくる。

 痴話喧嘩ではないのだが……

 事情を知らないエアグルーヴにしたら、そう見えるのか? 

 

 ともあれ、彼女達はアスリートとして有名人だ。

 そんな彼女達が男を下敷きにして泣いている……絵面がヤバいね! 

 俺の世間体はどうでもいいが、彼女達の名声に傷がついてしまうのは忍びない。

 全力で慰めを実行する! 

 

「ご安心を、エアグルーヴ。もう爺やに連絡して、迎えに来て貰っています」

「そーそー! まぁ、もうちょっとだけ許してあげてよ」

「……お前達はいいのか?」

「私は大学部に入ったら、兄さんを追いかけるつもりだったし」

「私も大丈夫です。……もう時間の問題だったので……兄様を逃す気など最初からありませんわ♡

 

 アルダン達が何か話しているが、マックイーン達を慰めるのに夢中でよく聞こえなかった。

 爺やが迎えに来てくれるまで、泣き続ける彼女達を慰め続けた。

 昔はもっと慰めるの、上手かったんだがなぁ……

 

 結局、車で彼女達とメジロ家へ向かっている時も、さめざめと泣くマックイーン達を慰めた。

 ……ねぇ、君達。スンスンいってるけど、匂い嗅いでない? 

 今、汗臭いから嗅がないでくれない? 

 あ、違うんだ……嗅いでるよね? 絶対嗅いでるじゃん! メッチャ深呼吸してんじゃん!! 

 

 

 

 

 

「お邪魔しています。お婆様」

「おかえりなさい。孫息子。それと、“ただいま”でしょう?」

「いえ、それは……というか婆ちゃん……体、大丈夫かよ」

 

 数年ぶりに婆ちゃんと対面した。

 最初は婆ちゃんの書斎に行こうと思った。

 だが、彼女達が頑なに俺の傍を離れようとしなかった。

 流石に全員だと書斎では狭すぎる。その為、応接室を使うことになった。

 婆ちゃんは非常に晴れやかな表情で、ニコニコ笑っているが……めっちゃ頬こけとるッ! 

 病気か? 病気なんか!? 主治医! なにしとんねん! 

 

「ええ、大丈夫ですよ。悩みが解決しましたので」

「なら、いいけどよぉ……マジで無理すんなよ?」

「お前がなかなか帰って来ねぇから、胃に穴が開きそうになってたんだよ。クソ孫」

「マジかよ……ごめんな婆ちゃん。あと居たのかクソジジイ」

 

 ソファで足を組み、優雅に寛ぎながら珈琲を飲んでいた爺さんから声がかかる。

 爺さんは相変わらず、元気そうだ。

  

「まったく、ワシの愛妻(女神)を傷つけおってからに……それで? 娑婆はどうだった?」

「……何ものにも代えがたい、()を手に入れたよ」

「そりゃよかった。まぁ後は、しっかりテメェでケツ拭きな」

 

 爺さんは“じゃあ頑張ってね! ”と腹が立つ顔でニヤニヤ笑いながら黙った。

 まったく、この人は本当に……浮雲のように掴み所がないのに、人の機微には鋭い。

 俺がどう切り出そうか迷っていた所に、絶妙なタイミングで話を促した。

 本当に、いざという時の爺さんの姿は、どっしり構えていて安心する。

 

「アルダン、パーマー、ライアン、ドーベル、マックイーン。本当に申し訳ございませんでした」

 

 俺はその場に膝をつき、土下座をした。

 彼女達が何かを言おうとするのを感じたが、そのまま続ける。

 これはケジメで、俺の為さなければならない事だ。

 俺は顔を上げ彼女達、一人一人をしっかり見詰めて言葉を紡ぐ。

 

「君達を納得の為だけに利用し、卑怯な策を弄し、騙し、最低な行いをして、君達を傷つけた」

 

 一番年上の男で兄貴分が、まだ幼い少女達にしていい事じゃあない。

 “タフじゃなければ生きていけない 優しくなければ生きている資格がない。”

 正しくその通りだ。

 その言葉を胸に、あの炎天の日まで生きていた。

 だが俺は、あの灼熱の日にその言葉を裏切った。

 

「罵倒されようとも殴られようとも受け入れる。少しでも君達の気が晴れるなら、それでいい」

 

 君達には、その権利がある。

 俺には、それを受け入れる義務がある。

 為すべき事を為す……ただ、それだけだ。

 

「自己満足だと分かっている。だがもう二度と君達の目の前には表れないから安心してくれ」

 

 俺が納得する為に利用し、今度は俺の自己満足の為に付き合わせる。

 本当にどうしようもない。

 愚か者にしても、ほどがある。

 

「赦してくれとは請わない、恨んでくれ」

 

 これでいい……

 本当は……君達に嫌われると思うと体が震える。心が張り裂けそうになる。

 だが本来ならば、あの日に受けるべき事を今日まで引き延ばしていたんだ。

 だから……これでいい。

 

「……なんで、なんでお兄様が謝るのですかッ! 最初に傷つけたのは私達なのにッ!」

 

 マックイーンは、涙を浮かべながら叫んだ。

 君達に、傷つけられてなんていない。

 俺が勝手に劣等感を感じ、癇癪を起し、拗ねて、君達を傷つけただけだ。

 

「そうだよ……アタシ達がお兄ちゃんの事を考えず、甘えっぱなしで……」

 

 ドーベルは耳を怯える様にたたみ、懺悔するように呟いた。

 兄貴分が甘えられる事は、当たり前の事だ。

 そして俺は、それを途中で放棄して、最低な方法で裏切った。

 

「お兄さんは自分に厳しすぎるし、あたし達に優しすぎるよ……」

 

 ライアンは自嘲する様に、静かに涙を流して力なく笑った。

 自分に厳しくなんてない……今の今まで逃げていた。

 俺は優しくなんてない……君達を傷つけた。

 

「本当に兄さんは……私達がそんな事、望んでると思ってんの!?」

 

 パーマーは耳を後ろに少し伏せて声を荒げた。

 君達は優しいから、きっと望んでないだろう。

 それは分かっているが、俺に出来る事が他に思い浮かばない。

 

「皆さん落ち着いてください。兄様、何故そこまでして勝ちたかったのですか?」

 

 アルダンは優しく微笑んで俺に問いかけた。

 いつの間にか、軋み、罅割れ、捻じ曲がり、錆びつき、ボロボロになった最初の願い。

 もう二度と叶わない原初の祈り。

 

「……君達と並び立ちたかった。それが一番最初の願い(祈り)だ」

 

 彼女達は体を震わせ、押し黙った。それはそうだろう。

 近似種の筈なのに、その筋力の出力は桁違いでスペックが違う。

 人類種の特性を、ほぼ持ち合わせている。

 だからこそ、その差を埋める為に、信頼を利用し、卑怯な策を弄し、君達を騙し、……傷つけた

 そんな奴が並び立ちたいだって? 

 呆れてものも言えない。嘲笑する他ないだろう。憤怒して当たり前だ。

 

 

 

「あーあ、最高の殺し文句、言っちゃって……こりゃもう止まらんな。ワシしーらね」

 

 爺さんが何か呟いたが小声過ぎて、聞き取れなかった。

 静かに聞いていた婆ちゃんは、溜息をつき彼女達に話しかける。

 

「貴女達、覚えておきなさい。男って言うのはね。勝手に決めて、勝手に行動するものよ」

 

 俺は耳の痛い話に、思わず視線を逸らす。

 逸らした先に居た爺さんも視線を逸らしていた……

 爺さん……あんたもかい!

 

「だから、男を留める錨になるか、後押しする帆になるか、導く舵になるか、自分で決めなさい」

 

 ん? なんだろう違和感がある……

 その言い方だと、まるで俺がメジロ家に戻るみたいな……

 

「メジロ家は貴方の帰還を歓迎します。盛大にね♪」

「小悪魔な婆さんも可愛いなぁ!」

 

 婆ちゃんは悪戯っぽく笑い、爺さんはそれに見惚れていた。

 

「いやいやいや! 今更そんな事、出来ねぇだろ!? あとほら! 口も悪くなってるし! メジロ家に相応しくねぇって!」

「貴方を拒む門は無いと言った筈ですよ? それに口調は、愛しの旦那様()みたいでカッコいいわ」

「はぁ、ワシの妻が女神過ぎて幸せ……婆さん愛してるぜ!」

「私もですよ。愛する旦那様♪」

「あーもー! なんで婆ちゃんはジジイが関わると、いつもポンコツになるんだよ!? マックイーン達もそんな事、望んでねぇだろ!?」

 

 

「あたしは、お兄さんの優しい笑顔を見たいよ! だからおかえりなさい。あはは! やっと雨が上がったみたいだ!」「お兄ちゃん……誇らしいアタシになる為に、今度はアタシの姿をお兄ちゃんの心に焼き付いてあげるね」「並び立ちたかった……アハぁ♡本当に素敵……♡ようやく私は兄様のモノになれるのですね♡」「おかえり! 紹介したい子がいるんだ! 私の一番の親友! その子のおかげで、兄さんに相応しい私になれたんだ!」「お兄様……貴方は私を導く明けの明星です……いいえ、今度は私も貴方を導く星になります。だからお願い致します。どうか私と共に歩んでください」

 

 いっぺんに話しかけないで!? 聞き取れねぇから! 聖徳太子じゃないんですよ!? 

 あーもう滅茶苦茶だよ! 

 

 

 




パドックでの様子を見て見ましょう。


1番 メジロ■■■ 体重〇〇㎏+10

数年ぶりの出走です。
体が成長し、厚みを感じさせますね。
筋肉もいい仕上がりですよ。
ですが、他の出走者に注目され落ち着きがありません。
少し気負っているかもしれないですね…
これ、周りの出走者、全員掛かってませんか?
完全に掛かってますね……



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ギムレットには早すぎる。ジンライムには丁度いい。

 あの後、収拾がつかなくなった。

 そんな中、爺さんは暢気にどこかに電話し、彼女達に何かを耳打ちすると大人しくなった。

 俺に外出の準備をするように言いつけ、爺さんはガレージに向かった。

 シャワーを浴びて着たままの作業着を脱ぎ、爺やが用意してくれた服に着替えた。

 準備といっても荷物はそう多くない。

 スマートフォンとマックイーン達に貰った少し早い誕生日プレゼントの、時計と財布、中折れ帽、香水、それとトレンチコートを身に着けてガレージに向かった。

 爺さんは黄緑色のクラッシックカーに乗りながら待っていた。

 

「おぉ、おせぇぞ。早く乗れ」

「女性の買い物に比べれば早いだろうが」

「違いねぇやw」

 

 爺さんはカラカラと笑ってエンジンに火を入れた。

 エンジン音は思ったよりも静かだ。

 

「それにしても珍しいな。爺さんが自分で運転するなんて。しかもこんな古い車に」

「お前、古い車って……ミジェッ〇だよ。いい車だろ? 高いがな。主に維持費が」

「車に興味ねぇっての。それにしてもジジイの道楽だな」

 

 そういえば荒谷もこの前、ワルキュー〇というバイクを買って俺に自慢してきた。

 まぁ高い物だから自慢したいのだろう。

 うーん、でもあんまり興味ねぇんだよなぁ……

 カッコいいとは思うが、どうしても移動手段の一つとして見てしまう。

 

「うるせぇ。この車には思い入れがあるんだよ。婆さんとのデートによく使ったもんだ」

「相変わらずの愛妻家なこって」

「そりゃおめぇ、あんないい女は他にはいないからな」

 

 爺さんがニカっと笑う。仲がいいのは構わない。

 だが毎度、惚気を聞かされる身にもなって欲しい。

 苦笑いしか出来ない。

 

「それで? 今日は何処へ行くんだよ?」

「大人の男が集まったなら酒飲むに決まってんだろ」

 

 そういうと車は都心に向かって走り出した。

 車運転してるのに? と思ったがまぁ迎えを寄こすのかと納得した。

 

 

 

 

 連れてこられたのは、都心のホテルのBarだった。軽快なジャズをBGMに俺たちを迎える。

 あたりを見まわすが、俺たち以外の客はいなかった。

 不思議に思っていると、初老のバーテンダーさんが声をかけてきた。

 

「お待ちしておりました。本日は貸切とさせて頂いております。心行くまでお寛ぎください」

「いやぁ、いきなり無理言っちまって悪かったな」

「いえいえ、目白家の大旦那様からの願い事ですから構いませんよ。どうぞお掛け下さい」

「ああ。支配人にも礼を言わんとな。あとで呼んでくれ」

 

 口振りを聞くに常連なのだろう。

 屋敷だと口の悪い、いつも何かしら弄っている爺さんなんだが……

 こういう所を見ると、やはり目白家の当主としての威厳を感じる。

 ……違和感が半端ないが。

 貸切という事なので、コートと帽子を脱ぎ隣の席に置きカウンターに座る。

 

「かしこまりました。そちらの方が?」

「ん? ああ、こいつが今代だよ」

 

 今代? どういう意味だ? 

 メジロ家は兎も角、目白家には関わるつもりはないのだが……

 会長兼相談役の孫だからといって、基本的に目白家の方はノータッチだし……

 それに、てっきり財閥を継ぐのは、一族以外の人だと思っていた。

 今のメジロ家の親戚は全員レース関連の方に行ってるし。……メッチャ偏ってるなウチって。

 

「左様ですか。初めまして若様。しがないバーテンダーですが以後お見知りおきを」

「よろしくお願いします。……今代ってなんだよジジイ」

「後で説明してやる。まずは酒だ。マスター、俺はスプリン〇バンクの25年をトワイスアップで。水を別でくれ。あとナッツを……お前は?」

 

 しがないバーテンダーにしては気品があり過ぎなんですけど……

 それはそうと、“今代”の意味を聞いてみたが、はぐらかされてしまった。

 爺さんはウィスキーとツマミのナッツを頼むと俺に振ってきた。

 

「え? あーじゃあギムレットを……」

「かしこまりました。少々お待ちください」

「ギムレット? マーロウ気取りか? お前は精々テリー・レノックスの成り損ないだろ」

「うるせぇ。いいじゃねぇか。好きなんだよ」

 

 ギムレットは酒を飲めるようになって、初めて飲んだカクテルだ。

 最初はジンの酒精で美味く感じなかったのだが、アルコール慣れしてからは、堪らなく美味い。

 まぁハードボイルドへの憧れもあるが……

 

「なぁそれで今代ってなんだよ?」

「焦んなよ早漏。酒くらい飲ませろ。この童貞」

「早漏じゃねぇよ。童貞は……まぁその通りだけどよ」

「お待たせいたしました」

 

 こんな雰囲気がいいbarで下ネタやめない? お下品です事よ? 

 出されたギムレットは普通の物とは違った。

 神秘的で半透明な黄緑色の液体。

 氷がオールド・ファッションド・グラスの中でカラカラと涼やかに鳴る。

 これって……

 

「フフ、“ロンググッバイ”の話題が出ましたので、テリーこだわりのギムレットで御座います」

 

 ダ、ダンディ……ッ! 

 何処が、しがないバーテンダーなのか……

 絶対、日本一とか、下手すりゃ世界一って看板背負ってるでしょ……

 謙遜も過ぎれば傲慢になりますよ? 

 

「おう、じゃぁ乾杯」

「はいはい、乾杯、乾杯」

 

 いつものライムの爽やかでフレッシュなギムレットとは違う。

 ローズ〇ーディアルのライムジュースの甘さとジンの鋭い味わい。

 なるほど……少し甘すぎるかな? だが、美味い。

 でも、これは……

 

「どっちかというと、ジンライムですよね? ……明確に分けるの、日本だけなんですっけ?」

「左様で御座います。それに今の若様ですとギムレット(遠い人を想う)よりも、ジンライム(色褪せぬ恋)の方が似合うかと」

「ジンライムの方が? ……あぁカクテル言葉か……どういう意味なんです?」

 

 マスターにカクテル言葉を聞こうとすると、爺さんは鬱陶しそうに、こちらに視線を向けた。

 

「おい、無粋だぞ。そういうのは後で自分で調べろ」

「爺さん……まぁそうだな。すみませんマスター。では改めて頂きます」

「お気になさらず。どうぞお召し上がりください」

 

 確かに無粋だった。

 俺が謝罪すると、マスターは笑いながら許してくれた。

 テリー流のギムレットをしばらく堪能していると、爺さんが語り始めた。

 

「お前は、メジロの花婿だよ。“今代”のな。先代のワシが言うのだから間違いない」

「メジロの花婿? なんだそりゃ?」

 

 メジロ家の花婿なんて珍しくもねぇだろ? 

 どちらかというと、メジロ家は女系の一族なんだから、入り婿が当たり前だ。

 親世代で言えば、俺の親父殿以外は全員ウマ娘だし。

 俺達の世代でも、俺以外は全員ウマ娘だ。

 

「お前は、目白家の来歴を覚えてるか?」

「あーなんだっけか? 元は公家から来てるっていう眉唾な話だっけ?」

「ちゃんと家系図から分かっとるわ。まぁ簡単にいうなればメジロ家のウマ娘に滅茶苦茶好かれる目白の男って事だ。その男が一族にとって、いい風を運んでくるって寸法よ。こんなに近い年代に出るのは珍しいらしいがな」

 

 大体、公家→貴族→華族→財閥ってそんな荒唐無稽な話、信じる訳ねぇだろ。

 家系図なんて、いくらでも捏造出来るし。

 俺の胡散臭そうな顔で見ているのを気にせず、爺さんは惚気始めた。

 

「婆さんの若い頃も本当に可愛らしくてなぁ、お兄様お兄様とワシにべったりだった。あの激動の時代を駆け抜けて、夫婦になって何度も愛し合った……」

「爺と婆のイチャイチャした話なんて、吐き気がするから止めてもらえます?」

「黙れ、事細かにワシらの、めくるめく愛の日々を教えてやろうか……!」

「あ、本気で気持ちが悪い……吐きそう」

 

 やめてくれ! なんでそんな非道な事しようとするんだ! 

 想像しちまったじゃねぇか! どんな顔して婆ちゃんに会えばいい!? 

 人の心とかないんか!? 

 

「ふん……ワシの時はメジロ家を名門にした事と、財閥の立て直しだったらしい」

「らしいって爺さんがやったことだろ? なんでそんなに他人事なんだよ」

「ワシ知らんもん。仲良くなった奴らが助けてくれたんだもん。ワシ悪くないもん」

「えぇ……いい年こいたジジイがもんって……キッショ」

 

 爺さんは俺の口ぶりに睨んでくる。

 だが、俺の事も考えろやぁ……

 ジジイが可愛い子ぶった口調してんじゃねぇよ! 

 ちょっと見直せば、すぐにコレだ……もう少し威厳ってものを大事にしろよ! 

 

「貴様……まぁいい。昔に、“タフじゃなければ生きていけない”と教えたのは覚えているか?」

「耳にタコができるほどに聞かされて、忘れられる訳ないだろ」

「アレな、花婿以外なら普通のハードボイルドな名言なんだよ。花婿以外なら……」

「なんだよその含みある言い方……怖いんだけど? ……花婿ならどうなんだよ」

 

 それを座右の銘にしていた事もある。

 だが、あの茹るような酷暑の日に俺は捨てた。

 グジグジと思い悩む、俺はタフなんかじゃない。

 彼女達を傷つけた、俺は優しくなんてない。

 

「メジロの女に滅茶苦茶愛されるんだよ。それこそ全身全霊で、血の一片すら余すところなく」

「へぇー、でもアイツらは兄貴分として慕ってくれてるだけだぞ?」

「お前、そんなゲロ甘なこと考えてんの? バ鹿なの? アホなの? 自分の状況を把握しろよ」

 

 彼女達が俺を嫌っていないのは、何となく伝わった。

 ありがたい事だ。あんな事をした、俺を赦してくれるなんて。

 好かれているのだろう。だが、それはきっと親愛だ。

 冷静で的確な状況把握力だろうが。

 

「お前、マックイーンの天皇賞にかける思い、分かるか?」

「……誇り高い矜持と、メジロ家の悲願っていう、呪いじみた夢を背負わされても挫けない心、それを貫き通した努力と意思。年下で可愛らしい妹分だけど尊敬しているよ」

 

 本当に尊敬している。

 マックイーンは、まだ幼い時分から期待されてなお、潰れずに夢を果たした。

 俺だったならば、何処かで期待に圧し潰されていただろう。

 その姿を眩しく感じる。

 その在り方を美しく感じる。

 自分が恥ずかしくなる程に……

 

「最低あの数倍」

「……? 何が?」

「下手すりゃ、その十倍の想いをお前に向けている。まぁアルダンが一番ヤバそうだが

 

 天皇賞の時のマックイーンは、テレビ越しでも感じる程の鬼気迫る走りだったぞ? 

 それが最低でも数倍? ……重くね? 

 ……ま、まっさかぁ! 俺を担いでるんだろ? 

 俺が視線を向けると、爺さんは目をスッとそむける。

 

「……は? 笑えない冗談だな……冗談だろ? 冗談だよな? ……こっちを向けジジイ‼」

「しかも、ワシの孫娘全員が、お前に懸想している……」

「ウッソだろおい!? 俺は特別なことなんてなんもしてねぇぞ‼」

「あれだけ優しくして、欲しい言葉と行動を欲しい時に的確に与えてるのに?」

「そんなの兄貴分として当たり前の事だろ。きっと年上への憧れだろ? 

「憧れだったとして、お前が家出している間に、煮詰められて、蒸留されて、凝縮されてる」

 

 そんな事……ないよね? マックイーン達はいい子だもんね? 

 いや、待て……なんか悪寒がしてきた。

 一応、対策はしておこうかな? そんな事無いと思うけど一応ね? 

 全然、焦ってないけど、経験者に聞くのが一番だ。

 そんな事無いだろうから別に全然焦ってないけど一応聞いておこううん。

 

「ジジイ! どうやって乗り切った!? 言え! 言うんだ!!」

「乗り切るもなにも……受け入れるしかなくね?それとも嫌なのか?」

「嫌じゃねぇけど、肉体が持たねぇだろうが!」

「でもワシの時は婆さんだけだったし……なんでお前全員落としてんの? ……怖ッ」

 

 5対1だぞ!? 絶対、干からびるじゃん! 救いはないのですか!? 

 いや、待て……落ち着け俺……何も一度に全員を相手にする必要ないだろ。

 1対1を5回すればいいだけだろ。そう考えれば、なんか大丈夫な気がしてきた。

 

「落としてねぇし……ただ普通に接してただけじゃん……こうはならんやろ……」

「なっとるやろがい……タフじゃなければって意味を理解したか? まぁせいぜい頑張れww」

「なにわろとんねん……ッ!」

「お前の不幸に対してだよ! 婆さん(我が女神)を困らせて、ワシの可愛い孫娘達を誘惑しおってからに!」

「俺もあんたの孫だよ! しかも誘惑なんてしてねぇ! 婆ちゃんに関してはごめんなさい!」

「黙れ下郎! 悪魔! 今代メジロの花婿!」

「うるせぇバ鹿! アホ! 先代メジロの花婿!」

 

 あれ? ……なんか、受け入れる方向で話が進んでね? 

 嫌な訳じゃ決してないけど、いや、本当は嬉しいけど……俺にその資格無いだろ。

 

「フフ、仲がよろしい様で」

「「よくねぇ!」」

 

 俺達は、じゃれ合いながら会っていなかった分を取り戻すように、酒を飲みながら話をした。

 どんな経験したか、恩人の話、親友達の話、出会った愉快な人達の話……

 こそばゆかったが、それ以上に成長した俺を見てもらうのは嬉しかった。

 

 

 

 

「さて……そろそろ、いい頃合いか」

 

 爺さんは、腕時計をチラリと見てそう言うと、ホテルのカードキーをこちらに渡してくる。

 

「あ? 今日は泊まるのか? ジジイと同じ部屋なんて嫌だぞ?」

「ワシだって嫌じゃい。安心しろワシは別の部屋を取ってある。これはお前用の部屋のキーだよ」

「別に迎えを寄こせばいいだろうに。まぁジジイの奢りだしいいか」

「あぁ奢りだから安心しろ。ルームサービスも使っていいからな。存分に楽しめよ」

「お、なんだよ。気前いいじゃん」

「まぁ孫の為だからな。俺はまだ飲んでるから、お前はこれ飲んで部屋に戻りな」

 

 爺さんは栄養ドリンクの瓶を俺に渡すと、まるで虫を追い払うかのように手を振っている。

 

「まだ飲めるんだけど……」

「若造が、カクテルは酔いやすいんだよ。泥酔する前に切り上げるのがハードボイルドだぜ?」

「まぁ忠告に従うよ。……うぇ、なんだコレ、マズゥ……」

 

 なんか生臭くて鉄臭いし、口の中ジャリジャリするんだけど?  

 よくよく見ればラベルとかねぇんだけど? 

 え? 飲んで大丈夫な物なのコレ? 

 

「どうぞ、お水です」

「あ、マスター。ありがとうございます」

「ククッ……“良薬は口に苦し”だ」

「それにしても不味過ぎるわ! ったくよぉ。まぁいいや……んじゃご馳走さん」

 

 席を立ちあがると、立ち眩みの様な酔いを感じる。

 にやにやと笑う爺さんの忠告を聞いておいて、正解だったかもしれない。

 体がぽかぽかして、頭の回りも鈍くなっている。

 

「マスターありがとうございました。また自分で来れるようになったらお願いします」

「えぇ。次は素敵な女性をエスコートされてくるのを、お待ちしております。良い夜を」

「あー……まだ先だと思いますけどね。爺さんをよろしくお願いします。マスターも良い夜を」

 

 カードキーを懐にしまいBarを後にする。

 いつもより酔っているようだ……

 頭がクラクラする……

 

 

 

「お伝えしなくてよろしかったのですか?」

「あぁ、結局自分で解決するしかねぇからな。まぁなるようになるさ。世は全て事も無しってな」

「左様で御座いますか……お次は何にしましょう」

「そうさなぁ、ホースガールズテール(ホーセズネック)なんてどうだ? レモンの皮が鎖みたいで今のアイツにはピッタリだろwマスターも飲めよ。奢るぜ」

「フフ……それではプリンセスメアリーを頂きましょう」

「ああ、不肖の孫だがありがとよ」

 

 取り留めの無い話をしている間も、老バーテンダーは素早くカクテルを作る。

 レモンの皮を、するすると螺旋状に剥く手つきは淀みない。

 あっという間に二つのカクテルが出来上がる。

 

「では、今代の花婿様の幸せを祝って」

「ああ、あのバ鹿の不幸を笑って」

「「乾杯」」

 

 アイスペールの中の氷が崩れ、涼やかに小さく響いた。

 

 

 




まもなく出走の時間です。


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Day After Day

 ホテルの部屋に向かっている最中に、自分の思ったよりも酔いが回っているのを自覚する。

 いつもならここまで酔わないんだが……雰囲気に酔ってしまったのか……? 

 やけに体も熱い…… 頭がフワフワとしてなんだか、変な全能感すらある。

 ただアルコールで血流が早くなったのか、鼓動が早く自身の脈動すら聞こえる。

 ふぅ、と息を吐きだし気を引き締める。

 エレベーターから降りると専用フロントがあり、細身で品のいい50代くらい男性が待っていた。

 こちらに気が付くと深く頭を下げ話しかけてきた。

 

「お待ちしていました。私、当ホテルの支配人を務めさせて頂いております、藤堂と申します。本日はご利用していただき誠に幸甚の至りでございます」

「……は?」

「……? 何かご不明な点がございますか?」

「え? いやなんでわざわざ支配人さんが俺なんかに挨拶を?」

「メジロ家の大旦那様から、何もお聞きでないのですか?」

「これっぽっちも」

 

 そういや、爺さんが支配人に礼をするとか言ってたような……? 

 あれ? ならなんでここに? 

 あーダメだなんだか頭が回らない……

 体も、なんだか熱くなってきている……

 

「左様でございますか……だいぶお飲みになったご様子、先に部屋へご案内いたしましょう」

「あー助かります。すみませんね……わざわざ支配人さんに案内お願いしちゃって」

「いえ……構いませんよ。日頃から大旦那様には良くして頂いておりますので」

 

 フラフラする体で藤堂さんの後ろを付いていく。

 頭を振り酔いを散らそうとするが、無駄に終わる。

 ……歩き辛い。

 

「こちらが当ホテルのスイートルームになります」

「え? スイート? 随分と爺さんも俺なんかに奮発したな」

 

 何でスイートルーム? 

 寝るだけなら、そこら辺の部屋で構わないんだが……

 爺さんも、なんだかんだで俺の帰還を歓迎してくれてるのか? 

 ……まぁ違和感はあるが、明日にでも考えればいいか。

 

「飲み物や、軽食類も中にご用意してありますのでご自由にお使いください。もし足りないようでしたら内線をお使い頂ければドアの前に置かせて頂きますので」

「何から何までありがとうございます」

「いえいえ、私共のおもてなしを気に入って頂ければ幸いです。素敵な夜をお過ごしください」

 

 さて、寝る前にシャワーでも浴びるか……

 服を脱ぎシャワールームへ入る。流石にこの酔いで入浴するのは危険すぎる。

 本当は良くないが、冷たいシャワーで酔いを醒ます。

 彼女達との再会の事が頭に浮かんでは消えていく。頭がボーっとして、思考が定まらない。

 

 冷水を浴びてる筈なのに、身体は熱いままだ。

 ……風邪でも引いたか? 埒が明かないので備え付けのガウンを羽織りベットルームへ向かう。

 

「お待ちしていましたわ、お兄様」

「……? 酔いすぎたか? マックイーンの幻聴が聞こえる」

 

 その声を聞き後ろを振り向くと、薄暗い室内に影が見える。

 ……やべぇ酔い過ぎた。その影がマックイーンに見える。

 

「遅かったね……兄さん。だいぶ酔ってるね……手を貸そうか?」

「アカン、パーマーの幻覚まで見えてきた。フラフラするけど大丈夫だ」

 

 今度はパーマーの声が聞こえた。

 酔いで視線が定まらないが、よくよく見ると影が複数見える。

 

「無理しないでね、お兄さん! えへへ、待ってましたよ!」

「元気がいいなライアン。何かいいことでもあったのか? それにしても俺は欲求不満なのか?」

 

 だんだんと目が薄暗さに慣れはっきりしてくる。

 下着姿のライアンに見える……なんで妹分のそういう幻覚見てんだよ俺……

 

「うん、お兄ちゃん。とってもいい事があったんだよ。そしてこれからもね……」

「それは何よりだよドーベル。でも背伸びし過ぎだな……風邪ひくぞ?」

 

 爺さんの話でそっちの方に頭が行ってんのかな……

 下着姿のドーベルは顔を真っ赤にしながら、体を手で隠していた。

 

「私の姿は如何でしょうか? ちゃんと兄様を欲情させられていますでしょうか?」

「アルダン。君は流石に言葉を選ぼうか」

 

 言葉遣いは淑女なのに、内容がはしたないからね? 

 他の子は、大なり小なり恥じらいがあるのにアルダンには一切なかった。

 

 ……さてと、んじゃ現実逃避はここまでにしますかぁ! 

 

 彼女達は男を誘惑する為だけに作られたとしか思えない、淫らな下着をつけていた。

 吐息に熱を孕ませ、目は爛々と妖しく輝いている。

 妖艶な、そして隠し切れないほどの、発情した笑みを浮かべてこちらを見ていた。

 

「クソがあああぁぁぁ! 騙したなクソジジイイイィィ‼道理でやけにいい部屋だと思ったわ! 孫の為って俺じゃなくてコイツ等の事か! しかもクスリ盛りやがったな!」

メジロ家秘伝の精力剤(蛇の卵、すっぽんの血など)です。ご安心ください。私達も飲みましたから……体が熱いですわ♡」

「マックイーンさん!? 全然安心できないんですけど!? ぺってしなさい! ペッて!」

 

 マックイーンがニッコリと素敵な笑顔で教えてくれる。

 なんで、そんな怪しいモン飲んでんの!? 

 君達、アスリートでしょ!? そこら辺ちゃんとしなきゃダメでしょ! 

 それにしても、そっか~。だからこんなに下が元気いっぱいなんだね! アハハ! クソがぁ! 

 あと、モジモジしないでくれる? なんか俺がイケナイ事させてるみたいで興奮するから……

 

「色々考えて自分を誤魔化してたけど、やっぱりムラムラしてたのはそのせいか!」

「アハぁ♪ 兄様の獣欲を全部、私にぶつけて下さってよろしいのですよ♡」

「落ち着けアルダン! 錯乱してるだけだから! 冷静になろう! ね!?」

 

 アルダンは手を広げ、その情欲を搔き立てる豊麗な身躯を見せつけてくる。

 ハァハァと息を荒げ、蕩けた顔と欲情した目で俺を舐め回す様に見ている。

 ……完全に捕食者の顔やんけ! 

 ……多分、俺もそんな顔して、喰い応えがある女体を舐め回して見てるけど。

 

「アハハ、そうだね、兄さんの言う通り錯乱してるかも。で? それが何か問題なの?」

「問題しかねぇよ! 自分を大切にしろパーマー!」

 

 パーマーは頭の後ろで、手を組み笑って言った。

 あのね……目のやり場に困るから隠してくれない? 

 あと、錯乱してる自覚あるなら冷静になって? 

 ぷるんぷるん……ハッ! つい目がッ! ……顔を赤くするなら隠して? 

 

「うるさいよお兄ちゃん。もう覚悟を決めて。私は出来ているんだから」

「ドーベル! なんだそのイタリアンマフィアみたいなセリフは! そんな覚悟捨ててしまえ!」

 

 ドーベルは相変わらず体は隠そうとしているが、真剣な目で俺を見ている! 

 昔みたいなの優しい微笑じゃなくッ! 『スゴ味』のある覚悟の表情でッ! 

 ただ、それは必要ないからね!? 

 あー……下手に隠すからチラリズム感があって、より淫らに見えるぅ……

 

「あはは……でもお兄さん……苦しそうですよ?」

「なんでライアンも積極的なの? 恥じらいをもって? すぐに赤面する君はもういないの?」

 

 ライアンはウットリとした表情で俺の筋肉と……下半身を見入っていた。

 昔はもっと照れてたじゃん! 可愛く赤面してたじゃん! 

 成長したのは嬉しいけど、メッチャ複雑な気持ちになるんだけど!? 

 なんだろう……筋肉と女性らしい丸みが、滅茶苦茶リビドーを刺激するんだけど……

 

「はぁ……お兄様は私達が、どれほど想っているかをご理解されていない様子ですわね」

「あーそのー……それは本当に申し訳ない……お前らに恨まれても仕方がないと思っている」

 

 メジロ家で言った事に嘘はない……恨んでくれて構わない。

 君達からの軽蔑を受け入れる覚悟をした。それが俺の咎だ……

 でも、それとこれとは違うじゃん? 

 

「……もう体に直接、忘れられないくらいに刻み込むでいいんじゃないかな?」

 

 ポツリと誰かが言った。

 OK分かった落ち着こう! こんな形じゃお前等が後悔するから! 

 ね? これ以上お前等を傷つけたくないんだよ! 分かって!? 

 結局、俺の願いも虚しくベットへ引きずり込まれる。

 

「兄さん! あのキスの続きをしちゃうね♪ 今度は深くね……考えただけでヤッバ♡」

 

 あのキスの続きって何!? ヤバいなら止めておこ? 

 

「あ、ズルい! お兄ちゃん♪ アタシは頭を撫でて欲しいな♡」

 

 うん、それだけ聞くと可愛い要求なのに、その蕩けた表情と下着で台無しだよ? 

 

「私は兄様の匂いを堪能させて頂きます♪ あぁ……汗の匂いで気をやってしまいそう……ッ♡」

 

 君は本当にもっと恥じらいを持って? あの日の夜の警句忘れないで? 

 

「うーん、あたしはどうしようかなぁ……。あ! お兄さん手を借りますね♡」

 

 こういう事に積極的にならないで? あと、そんな恍惚とした表情で俺の指舐めないで? 

 

「あら? 私に本丸を譲って頂けるのですか? それでは遠慮なく頂きますわ♡」

 

 まぁ確かに男の本丸だけどやめてくれる? 俺のだから頂かないでくださる? 

 

 彼女達は俺の近くに腰を下ろし腕や足を絡めとる。

 あ、ダメだ完全に抜け出せない。

 酒と精力剤(ジジイの罠)のせいか力も入らない……本当は心の何処かで受け入れている。

 それでも……一縷の望みを込めて聞いてみる。

 

「お前等が何を考えてるか、俺にはわかるよ。……この先、何が起こるかもね……拒否権は?」

「「「「「ありません♪」」」」」

「ですよねぇ……やめ、ヤメロー!」

「「「「「もう逃さない♡」」」」」

 

 窓から見える月がやけに大きく、そして赤く見える。

 清々しい程、雲一つない夜空の月が愚者()を嘲り嗤う様に見えた。

 或いは、彼女達を祝福するように……

 

 

 

 

 

 

 彼女達と一緒に熱く長い夜を過ごした(うまぴょいした)……

 

 

 

 

 

 

 

 

 窓から差し込む太陽の光がもう昼だと教えてくれる。

 俺はソファに座りながら部屋に備え付けてあったコーヒーメイカーで作った珈琲を飲んでいた。

 流石、高級ホテルのスイートルームの珈琲だ。若干脱水気味なのも相まって実に美味い。

 

「確かに勝ちたかったけど……こういう事ちゃうねん……ッ!」

 

 ベッドルームでは彼女たちが泥の様に眠り込んでいるだろう。

 なんで5対1で勝ってんだ……精力剤のバフがあったとはいえ俺の体どうなっとんねん……怖ッ

 

 それはともかく、これからの彼女たちとの付き合い方を考えなければいけない。

 こんな俺を好いてくれているのに、今の俺の考え方は彼女たちを侮辱している。

 “ふぅ”と一つ溜息をつき、現実逃避の為に美味い珈琲に再び口をつける。

 

 贖罪ではなく愛を送ろうか? 

 それが彼女たちが望んでいることだろう。

 そんな事は、わかってはいるんだ……

 だが……本当に俺が愛していいのだろうか? 

 彼女達の心に穴を開けてしまった事は間違いない。

 それは忘れてはいけない事だ。

 

「また、バ鹿な事を考えておりますの?」

「……マックイーン。ゴメンな……暴走して首に噛みついちゃって。痛みは大丈夫か?」

「ええ、大丈夫です。貴方からの痛みなら、それすら愛おしく感じますわ」

 

 声が聞こえる方へ顔を向けるとシーツを体に当て、前を隠しているマックイーンの姿があった。

 ウットリとしている表情は、幼さを感じさせるのに妖艶な艶めかしさも同時に感じさせる。

 シーツに隠れていない彼女の肌は未だに紅潮している。

 俺の視線に気が付いたのか、肌よりも赤く頬を紅潮させ恥ずかし気に視線を逸らす。

 首に噛み跡が残ってるし……暴走したとはいえ、血が出るまで噛みつく事ねぇだろ俺……

 でもなんで全員、噛まれたがったんだ? 

 

「めっちゃ足震えてるぞ」

「貴方のせいです……昨夜を思い出してしまいました♡。コホン……昔みたいに紅茶を淹れてくださる?」

「はいはい、俺の可愛いお姫様」

「もう、お兄様ったら……」

 

 マックイーンが噛み跡を摩る。……ゴメン、やっぱ痛かった? でも、嬉しそうだしなぁ……

 俺の軽口に拗ねた表情を見せるマックイーンに苦笑しつつ、紅茶葉とティーポットを取り出す。

 ムム……ダージリンか……俺としてはキーモンの方が好みだが……

 まぁマックイーンはダージリンが好きだったな。

 さてはて、昔はよく彼女達に淹れてやっていたが、腕が錆びついていなければいいのだが。

 

「ねぇお兄様……何を考えておいででしたの?」

 

 その言葉に紅茶の準備を止めてしまった。

 正直に言うべきか言わざるべきか……

 俺は彼女達の人生の道半ばに再び現れた亡霊の様なモノだから。

 きっと恩人たちの言葉が無ければ、彼女達の苦悩も知らずに遠くで留まっていた存在なのに……

 それでも、彼女達と再会して愛されていたと分かって……本当は嬉しかったんだ。

 君たちに、背を向けた俺が言える立場ではないのは分かっている。

 それでも……こんな俺が君たちを愛していいんだろうか? 

 彼女たちを追い詰めた俺に……そんな資格があるのだろうか? 

 

 結局、いう事にした。

 黙っているのはマックイーンに失礼だろうから。

 

「俺にお前らを愛する資格があるのかなぁって」

 

 振り返らずにそう言うとマックイーンはため息をついた。

 自分でも呆れるくらいにグジグジと、くだらない思い悩んでいる事は分かっている。

 彼女達の望みを昨夜、思い知らされた。

 だが、それでもあの日、俺はマックイーン達(尊いモノ)を踏み躙った。 

 ありがたい事に、自分を赦せと恩人達は言ってくれる。

 

 でも……それでも、俺は自分自身を赦せていない(納得していない)

 納得が無ければ、俺は『前』に進めない、何処へも……『未来』への道を探すことが出来ない。

 納得があれば、荒れ果てた大地(理不尽な事)だろうが踏破してみせる(乗り越えてみせる)

 我が事ながら、難儀でバ鹿な生き方だ……だが、変えるつもりはない。

 

「お兄様、ちょっとこちらを振り向いてくださるかしら」

「どうした? まだ準備は出来ていないぞ?」

「いいから早く」

 

 振り向くとポスっと軽やかな音を立てて、俺の胸の中にマックイーンが飛び込んできた。

 抱きしめると、彼女は尻尾を嬉しそうに高く振り、耳も真横を向きふにゃふにゃと揺れている。

 

「しっかりと抱きしめてくださいな」

「……ああ」

「まったく……お婆様の言う通りですわ。勝手に決めて勝手に行動して……本当に質の悪いお人」

「……そうかな?」

「そうですわ……まったく」

「……ゴメンな」

 

 マックイーンは俺の背に手を回し抱き着き、猫の様に頭を俺の胸にグリグリと擦り付ける。

 彼女の色艶のいい葦毛の髪を手櫛で梳くと、サラサラと手から零れ逃げてゆく。

 しばらく、髪の感触を懐かしみながら楽しんでいると、彼女がじっと俺の目を見つめる。

 

「資格が……とおっしゃいましたね?」

「……ああ」

「……私の想いをお伝えいたします」

 

 マックイーンは俺の胸の中で呟くように囁くように、だが強い意志を込めて言葉を紡いだ。

 その言葉を聞いて、やはり彼女たちには敵わないと自らの敗北を受け入れた。

 あれ程に焦がれた勝利ではなく、あれ程に苦しんだ敗北なのに不思議と心地よく心が軽い。

 俺たちはしばらく抱きしめ合った。

 

 本当に……本当に……遠い廻り道をしてしまった。

 それでも……ようやく『納得』ができたんだ。

 きっとこれから、辛い事もあるだろう。悲しい事もあるだろう。

 だがそれ以上に、楽しい事があるだろう。幸せな事があるだろう。

 

 そんな日々を彼女達と共に生きれることを、何よりも愛おしく思う。

 愛しているんだ君たちを……心の底から。

 

 

 

 

 

 

 ―貴方の腕の中、此処が……此処こそが私の魂の場所です―

 

 

 

 




場内にファンファーレが流れます。
ターフは稍重バ場での発表です。
京都11レース全7名……今、スタートしました!




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Curtain Fall ~end roll~

 チェックアウトすると爺さんがホテルのロビーで珈琲を飲んで寛いでいた。

 “昨日は楽しんだか?”とほざくクソジジイを殴ろうとしたが、俺は悪くねぇ! 

 爺さんはムカつく笑顔で避けやがった! クソが! 

 

 婆ちゃんはいつの間にか来ていたらしく、非常に機嫌が良さそうに笑っていた。

 婆ちゃん今からでも離婚した方がいいよ……え? ベタ惚れ? 趣味わりぃぞ? 

 

 執事の爺やは、漢泣きをしながら“若様の御子を抱くまで死ねませぬ”と言っていた。

 まだ、先だから当分の間、生きてくれる? 存分にこき使ってやる……健康を害さない程度に。

 

 少し早いが俺の誕生会がメジロ家総出で盛大に開かれた。

 もう、いい年なんだし恥ずかしいから、しなくていいと言ったんだが……まったく。

 …………ただいま。

 まぁ、親世代の人達に謝罪しまくったんだけどね……本当にすみませんでした

 

 

 さて、俺がメジロ家に戻ってから、しばらく経った。

 今までの分を取り戻す様に、マックイーン達との時間を過ごした。

 だが、彼女達はアスリート。春休み中とはいえ、トレーニングは怠らない。

 なんでも、俺の為に勝利を捧げるとか…… うん、そんなに気負わなくていいんだぞ? 

 今までのトレーニングよりも気合が入っているとの事だ。

 俺の存在が彼女達のプラスになっているのなら、あの夜も無駄ではなかったのだろう。

 

 まぁ戻ったと言っても、未だに一人暮らしは続行中。

 自分だけの城だからな。早々に手放すつもりはない。

 だが、少しずつマックイーン達が俺の部屋に侵食して来ているのだが……

 うん、まあ、嬉しいよ? 嬉しいんだけど……その……なんだ……困る。

 おぅ、ベットの下漁るのやめーや。 “貴方の好みは何ですか? ”って直接聞いてくるな。

 泊まるのはまぁ、よしとしよう。だがベットに横になって、俺を誘惑しようとするんじゃない! 

 それに穴を開けようとするな! ホントにヤメテ! 針をしまいなさい! 

 貴方との(子供)が欲しいって言わないでください! もっと青春しようよ!? 

 そんな事しなくても……お前達の事を心から愛してるから。

 

 

 

 慌ただしくも温かな時間が過ぎ、久しぶりに荒谷達と会っている。

 そして、コイツ等(親友達)にも俺がメジロ家に戻った事を伝えた。

 反応は三者三様だった。

 上田は、“おめでとう”と純粋に祝ってくれた。

 烏丸は、“豪胆なことだ”と相変わらずの物言い。

 荒谷は、“あっそ”と関心無さげに流していた。

 

 閑話休題、大学の長い春休みも、もうそろそろ終わり。

 来年度から最終学年という事で、その前に旅行に行こうという話になった。

 その計画を立てる為に、朝早くから喫茶店にムサい男共が集まっていた。

 なんだろう……最近、美麗で愛らしいマックイーン達と一緒にいたから、よりムサく感じる。

 その分、気楽で楽しいのだが。

 しばらく、4人であーだこーだ言っていたが、気になっていた事を聞いてみた。

 

「なぁお前ら。ゴールドシップの事何か知らない?」

 

 最近、連絡取れないんだよなぁ。電話しても、SMSしても無反応。

 たまに、連絡が付かない事もあるにはあるが、こんなに連絡が取れないのは初めてだ。

 なんか嫌われるような事したかなぁ……アイツに嫌われたら2,3週間は寝込む自信がある。

 

ゴールドシップ(黄金の船)? タイの市立公園にあるモニュメントだったかな? 生憎そっちの方はよく知らないな。もしかして海外への旅行が希望かい?」

 

 上田……この前紹介したばっかりだろうが。

 なんか知らんがゴールドシップに興奮してサイン貰ってたじゃんか。

 つまらないボケは要らないんだが……

 

「……聞き覚えが無いな」

 

 笑えない冗談はやめろよ烏丸。

 散々、俺達は遊んで飯を食いに行って騒いだだろうが。

 まぁ、俺が拉致られる時は一度だって助けてくれねぇけどよ! 

 

「お前、子供が出来る前に孫の名前考えてんの? 気が早すぎるだろw」

 

 何を言っているんだ荒谷。

 彼女達にはまだ青春を味わって貰いたいんだから、子供なんてまだずっと先だよ。

 それに何でゴールドシップが、俺の孫の名前になるんだよ。

 

「何言ってんだよ……ウマ娘でスタイル抜群の葦毛で天真爛漫な美人のゴールドシップだよ」

 

 三人は顔を見合わせている。

 それは俺の事を揶揄っているのではなく、言っている意味が分からず困惑しているようだった。

 てか、お前等この前、会ったばっかりじゃねぇかよ。

 俺が出会った時と変わらず美人でスタイル良くて破天荒な……()()()()()()()()()()? 

 もう、かれこれ長い付き合いなのに姿が変わっていない? 

 

「わりぃ、俺行くわ」

 

 なんだコレ……なんで今まで疑問に思わなかった……? なんで今更それに気が付く……? 

 心臓がゆっくりと心拍数を上げる。嫌な……途轍もなく嫌な予感がする。

 胸がざわめく、脳内に警鐘が鳴り響く。

 まかり間違えば取り返しのつかない事になる、そう心の何処かで不安が搔き立てられる。

 

「手助けは必要か?」

「……いや、いい」

 

 烏丸は俺の様子に何かを感じたのか、手伝いを申し出る。

 だが何故だろう……きっと俺だけしかゴールドシップを見つけられない。

 そんな確信がある。

 

「……何か手伝える事があれば言ってくれよ?」

「ああ、ありがとな」

 

 上田は心配そうに俺にそう言った。

 勿論だ。意地張って本当に大切な事を見誤る様な事はもうしない。

 何かあれば、お前等も情け容赦なく働かせるから安心しろ。

 

「おい。これ持ってけ」

 

 荒谷は何かを俺に向かって投げた。

 

「……おい、コレって」

「俺のバイクのキーだ。使えよ」

 

 慌てて受け止めると、それは荒谷が大事にしているバイクのカギだった。

 決して他人には触らせない、俺達でさえダンデムする事を拒否する程に大切にしている。

 

「いいのか?」

「何かは分かんねぇけどよ……大切な事なんだろ?」

「ああ、俺の救いだ」

「ならサッサと行けよ。“時は、待たない”だぜ?」

 

 まったく、本当にお前らは、俺には過ぎたるものだよ。

 散々、俺を助けてくれたお前等に、更に甘えてわりぃな。

 だからこそ、お前等が困った時に、俺にお前らを救わせてくれ。

 

「ありがとよ」

「がんばれよ」

 

 喫茶店を飛び出ると、駐車場にあるバイクに飛び乗りエンジンをかける。

 大型二輪の響く重低音を、体に感じながら心当たりの有る所まで疾走する。

 ゴールドシップ……俺はお前にまだ何も返しちゃいねぇ。

 だから……待ってろよ。絶対にお前を見つけ出す。

 

 

 

 

 

 山を探した、天体観測をしたあの山を駆け登りゴールドシップを探す。

 ……いない。

 海を探した。焼きそばを一緒に売ったあの海を走り回りゴールドシップを探す。

 ……いない。

 色んな場所を探した。一緒に買い物に行ったデパート。一緒に遊んだゲーセン。

 一緒に歌ったカラオケ。一緒に見に行った映画館。一緒に食べに行った飲食店。

 ホームセンター。川。湖。美術館。ケーキ屋。雑貨屋。博物館。薔薇園。科学館。花屋。

 ……どこにもいない。

 

 ここで見つけられなければ、二度と会えないという予感。

 心の中に、得も言われぬ焦燥感と喪失感が去来する。

 本能は何としてでも、早く見つけろと俺を急かす。

 理性はゴールドシップが居そうな場所を必死に検討を付ける。

 

 ふっと思い出す。

 最初に出会った……燃え尽きた火のない灰()に、再び熱が戻った場所を……

 俺が腐っていた時にゴールドシップのおかげで、また歩き始めた場所を……

 確信に近い思いつき。

 

 

 

 

 

 

 不思議と人の気配を感じない公園。

 ただ一人だけぼんやりと空を見上げていた。

 ショールを肩にかけ白いブラウスと黒いロングスカートを着ている深窓の令嬢然としたウマ娘。

 いつもと印象が違うな……だがゴールドシップだ。ようやく見つけた……

 もう日も落ち始め、空は茜色と藍色が混ざったように染まっていた。

 

「探したぞ、ゴールドシップ……心配したじゃねぇか」

「……アタシが分かるのか?」

「当たり前だろ」

 

 俺が声をかけると、ゴールドシップはビックリしたような顔を見せる。

 まったく、何年の付き合いだと思ってやがる。

 ちょっと会わないだけで、顔を忘れるほど薄情じゃねぇよ。

 

「何処に居ようが見つけてやるよ」

「なんだぁ? ストーカー宣言かぁ? ゴルシちゃん保護法違反だぞ?」

「うるせぇ。そんなの知った事じゃねぇんだよ」

「アハハ……そっか。見つけてくれて……あんがと」

 

 いつもの無邪気で型破りなゴールドシップからは考えられない程……力なく笑った。

 悲しんでいる様で、泣いている様で、覚悟した様な表情で……

 何処か誇らし気に、使命を果たした様に、運命を受け入れた様に……笑っていた。

 どちらからともなく近くのベンチに腰を下ろす。

 

「なぁお前はさ……アタシが未来から来たって言ったら、笑う?」

「……笑わないな」

 

 探し回っている時に、何となく……本当に何となく、察した。

 爺さんの隠し子かと一瞬疑ったが、あの砂糖を吐きたくなる程の愛妻家がそんな事する訳ない。

 

 ゴールドシップに甘い理由も何となく分かっていた。

 性格もスタイルも言動だって全く違うのに……

 共通点は葦毛で美人って事以外はまったく違う筈なのに……

 ゴールドシップの中にマックイーンを見ていた。

 

「ってことは荒谷が言ってたみたいに……お前は俺の孫って事か?」

「……まぁそんな感じ」

 

 最初は多分、代償行為だった。

 でも、それはいつの間にかゴールドシップ自身だからに変わっていた。

 ゴールドシップと遊ぶのは楽しかった。いや……ただ一緒に居るだけで楽しかったんだ。

 お前にいっぱい救われたな。本当に感謝している。

 

「俺を助けに来てくれたのか?」

「……ンな訳ないじゃん! アタシだぜ? ただこの時代に遊びに来ただけだよ」

「……嘘だな。お前は優しい子だ。誰かの為に献身する事が出来るいい子だよ」

 

 想えばコイツの行動は全部、優しさから来ていた。

 辛い時、悲しい時、しんどい時……コイツはいつも、いつの間にか一緒にいてくれた。

 無理矢理連れ出して、俺の心を救ってくれていた。

 俺は本当に気が付くのが遅い……

 

「……あんたは本当にズルい。……本来だったらあんたはまだメジロ家に戻ってない」

「……」

「隆さんの所の人参の契約の後、事故って3年くらい昏睡状態になってた筈だ」

「そう……なのか」

「あ、死んじゃいねぇぞ?」

 

 そっか、手段は分からんが、お前がまた救ってくれたんだな。

 何度も孫に救ってもらうとは……まったく……情けねぇな俺も。

 

「お前は本当に俺の恩人(大切な人)だ……ありがとなゴールドシップ。世話掛けたな」

「……いいよ」

「しっかし、時空間移動なんてとんでもねぇな。どうなってんだよ未来は。頭狂ってんのか?」

 

 少し湿っぽくなった空気を変える為に、極力明るく振舞う。

 そうしないと、何か悲しい事を起きてしまいそうだから。

 でもきっと、それは無駄な努力なんだろうと分かってる。

 ゴールドシップは何とも言えない顔をしていた。

 

「……? なんだよ? その顔」

「……あんたの親友とマッドサイエンティストは凄いなって思っただけだ」

「はぁ?」

「なんでもねぇよ」

 

 しばらく俺達は、無言でベンチに座っていた。

 夕日に照らされた彼女はいつもの快活な姿からは、想像つかない物憂げにぼんやりとしている。

 どれぐらい座っていただろうか、日が沈み始めた頃にゴールドシップは立ち上がった。

 

「じゃあな! いつか生まれてくるアタシをしっかり愛してくれよ」

「何言ってんだよ。今目の前にいるお前も愛してるよ」

「……そっか、やっぱりアンタはいい男だな! 流石はアタシの大好きな人だ!」

「ああ、俺もお前が大好きだよ」

 

 ……そっか、俺は君に恋をして、いつからか愛していたんだ。

 パズルの最後の1ピースをはめた様に、しっくりと来た。

 万感の想いを込めて、ゴールドシップに感謝をする。

 

「ゴールドシップ……ありがとう。俺のまだ生まれていない愛しの孫娘。お前のおかげで人生面白くなって、未来への楽しみが増えたよ」

「こちらこそありがとうございます、今代の花婿様。貴方の優しさに小さい私は心救われました。少しでも恩返しが出来たのなら望外の幸せです」

 

 ゴールドシップはスカートの裾をつまみ、俺に向かって一礼をする。

 いつもとは違う口調と行動に面食らった。

 だが、何故だろう不思議とその言葉遣いは彼女に似合っていた。

 俺の驚いた表情に満足したのか、ゴールドシップはニヤリと笑い俺を揶揄ってくる。

 

「なにびっくりしてんだよ。未来のメジロの令嬢なんだぜ? こんなのお茶の子さいさいよぉ!」

「あぁ、そうだな。今のお前も、いつものお前もどっちも素敵だよ」

 

 ……うん。心からそう思う。

 今の清楚でお嬢様然とした姿も、いつもの天真爛漫な姿も、どちらも彼女に似合っている。

 やはり美人だと絵になるな。

 

「……ほんっとぉにメジロの花婿ってやつは……女たらしもいいとこだぜ」

「えぇ……孫にまでそんなイメージなのぉ?」

 

 マックイーン達も最近、俺を女たらしと詰る(なじる)

 なら、やめた方がいいかと聞くと“それはダメ”と言われる。

 なんでや……女心はよく分からん。

 

「やっぱり若くても、あんたは貴方だな!」

「てか本当は、メジロのウマ娘がチョロすぎるだけだろ?」

「いや、それはない」

「マジトーンで言うのはやめてくれ……」

 

 別れの予感があった。

 それでも、俺達はいつもの様に笑いあった。

 それがきっと、俺達らしいから……

 

「……もうそろそろ時間だ。最後に目をつぶってくれねぇか?」

「最後の最後まで悪戯か? まぁ可愛い美人の孫の頼みだ。これでいいか?」

 

 夕日に照らされて伸びる影法師は一つに繋がった。

 俺を抱きしめたゴールドシップの体は……少し震えている。

 彼女は驚き目を開けてしまった俺に咎めるようで、悪戯が見つかった様な表情を浮かべていた。

 少し頬を膨らませたゴールドシップが、目を閉じ顔を近づけてくる。

 一瞬戸惑ったが、俺はそれを受け入れ目を閉じた。

 唇が俺の頬に触れる。

 彼女の悪戯が成功したかの様な、恋する乙女のような儚い表情は何よりも美しくかった。

 

「おいおい! まさか口にして貰えると思ったのかぁ? このスケベ!」

「……まぁ正直期待したよ」

「お、おぉ……まさかそんなに正直に答えるとは……」

 

 ゴールドシップは、俺の正直な感想にたじろいでいた。

 先程の口付けの意味が“長いお別れ”なのか、それとも“再会の約束”なのか俺には解らなかった。

 

「じゃあな愛していたよ。私の愛おしい人! 親愛か恋慕かは自分で考えな!」

 

 あぁ成程……俺には“ギムレット”よりも“ジンライム”が似合う。

 

「じゃあ今度こそ「ゴールドシップ」んっ!? あむ……んちゅ……♥んっ……ぷはっ……♥」

 

 だから今度は俺がゴールドシップの腰と後頭部に手をまわし、抱きしめ口付けをした。

 彼女はビクリと体を固くして目を見開くが、俺がそうであったように受け入れ目を閉じた。

 俺の背に手を回し、俺の服を少し震えながら握りしめる。

 ゴールドシップの唇の感触は、絹のように滑らかで、マシュマロのように柔らかく、薄く塗っているグロスが吸い付くようで、溶け合うように情熱的で、熱かった

 短い時間だったと思う、それでも永く感じた。……永く感じていたかった。

 唇を離すと二人の間に銀糸が繋がり夕日に照らされてキラキラと光る。

 口を離すと銀糸の橋が架かり、プツリと途切れた。

 これから離れ離れになる俺たちを暗示しているようで、ほんのチョッピリだけ胸を締め付ける。

 ゆっくりとゴールドシップの体を離すとトサリと軽やかな音を立てて崩れ落ちる。

 

「お、おい大丈夫か?」

「あ、あぁ大丈夫……大丈夫じゃないかもしれねぇ……これがパーマーさんが言っていたキスか……やべぇなこれ

「……? 何か言ったか?」

「い、いやなんでもねぇ……腰砕けしちまった」

 

 ゴールドシップは瞳を閉じて、唇に指を這わせていた。

 その姿は、堪らなく情欲を掻き立てる程に美しかった。

 俺が見惚れていると、ゴールドシップの体から光の粒子がゆっくりと立ち昇る。

 

「お、おい! お前体が透けてきてるぞ! 大丈夫なのか?」

「ああ問題ない。もうすぐ時間切れだ……最後に二つ我儘いっていいか?」

「……なんだ?」

 

 へたり込んだゴールドシップを起そうとする俺を、彼女が手で制する。

 “我儘なんていくらでも聞いてやるよ! だから行くな”……とは言えなかった。

 ゴールドシップは“納得”をしているんだ。その覚悟に泥を塗る事は……出来なかった。

 

「アタシが消えるまで頭を撫でてて欲しい」

「もちろん。もう一つは?」

 

 座り込んでいるゴールドシップを、しっかりと抱きしめ頭を撫でた。

 彼女は嬉しそうに目を細め、頭をグリグリと俺の掌に押し付けてくる。

 

「アタシが居た事は、皆の記憶からは段々と無くなっちまうんだ」

「そんな……どうにかならないのか?」

「そーゆールールなんだよ。例外はないんだ」

 

 だから、荒谷達がゴールドシップの事を覚えていなかったのか……

 

「それでも、それでもね……貴方に覚えておいて欲しいの。無理ことだって解ってるだけど……だけれど愛した人に忘れられるのは悲しいから……」

「ああ、任せろ。お前を忘れてやるもんかよ。例え世界が忘れても、俺だけはお前を覚えてる」

 

 もう一度、ゴールドシップの唇に口付けをした。

 俺の感謝が伝わるように、俺の覚悟が伝わるように。……俺の愛が伝わるように。

 

「……本当に心憎いお人……どれだけ私を本気にさせるのかしら」

「先に俺を本気にさせたのは、お前自身だ」

「ならしょうがねぇな……そろそろタイムリミットだ。愛おしい貴方、宇宙一愛していたよ」

「あぁ……俺も宇宙一愛しているよ。ゴールドシップ」

 

 ゴールドシップは、桜の花びらのようなひらひらと揺れる光の粒子と共に、消えていった。

 まるでそこに、最初から居なかったように……忽然と。

 

「まったく……最後の最後で自分の恋と愛に気が付くとはなぁ……しかも孫とか。業が深すぎる」

 

 喪失感でしばらく茫然としていたが溜息を一つしてその場で背伸びをする。

 もう夕日はほぼ沈み辺りは仄暗く夜の帳を下ろそうとしていた。

 

「ありがとう。ゴールドシップ。本当にありがとう。愛していたよ」

 

 誰に言うともなく囁いた。まったくいつの間にかセンチメンタルになっていたらしい。

 これからこの喪失感を抱えて生きていく。

 そうか……これがマックイーン達が味わった喪失感か。本当にひどい男だ……俺は。

 周回遅れでようやく自分の所業を理解するとは……無能にしても、……程がある。

 

 

 切なく甘い色褪せぬ失恋。

 何時かは癒え、傷跡(思い出)になるのだろうけれども……傷がついた時は酷く痛む。

 雨が降ってきた、どうやらこの雨は俺の目に溜まるらしい。

 そんな使い古された表現で、自分の涙を誤魔化した。

 零れ落ちない様に上を向いて歩こうか? いや……やはり、前を向いて歩くとしよう。

 頬を濡らす雨は、夜の闇が隠してくれるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁんだよぉ。“愛していた”なんて過去形って事はもう愛してくれてないのかぁ?」

 

 ……結局、俺はゴールドシップに振り回されっぱなしだなぁ。

 やれやれとため息をつくと、愛おしい声がする方へ振り向いた。

 どうやら雨はにわか雨だったらしい。

 

「いっただろ? 私はメジロの令嬢だぜ? 滅茶苦茶、愛が深い一族の令嬢だぜ? そう簡単に逃げられると思うなよ? もー絶対、離さねぇからな♡」

 

 満天の星のような笑顔でこちらを向いているゴールドシップは、少し大人っぽくなっていた。

 ヘッドギアを外し、チューブトップに丈の短いライダース、スキニーにブーツを着こなしてる。

 まったく、本当にいい女になって……

 

「格好つけてハードボイルドに決めようと思ったのに……まったくお前は」

 

 あの喪失感は何だったのか? あの覚悟はなんだったのか? 

 そういう気持ちもあったのに、気が付けば俺も笑顔になっていた。

 

「はぁ? アタシのカレピッピは、そんなことしなくてもカッコいいんだがぁ?」

「ハイハイ、ありがとよ。お前は何にもしていなくても可愛いよ」

 

 俺の言葉にゴールドシップは頬を赤らめ目を逸らす。口元も緩んでいる。

 夜の暗さが隠してくれると思ったのか……だが、見えてるぞ

 ……やっぱ、可愛いなコイツ。

 

「バーカ……なぁ100年後ヒマ? 空いてたら宇宙に行こーぜ!」

「……それもいいかもな」

「よっしゃ! 言質は取ったぜ! いい星がある! ゴルゴル星って言うんだ! 行こうぜ!」

「おいおい……100年後のお楽しみじゃないのかよ」

 

 ゴールドシップが俺の手を取って走り出した。

 そういえば、初めてかもな……拉致られるんじゃなく、こうやって手を繋いで出掛けるのは。

 

 

 

 風に乗ってゴールドシップの呟きが聞こえる。

 

 

 

 

 

 

 

 ―ねぇ……聞こえる? 愛してくれて……ありがとう―

 

 

 




外から猛烈に追い上げてきた!これはどうなる!?
七名まったく並んでゴールイン!

さぁ、どうでしょうか……七名並んでいます。
わかりません。まったく並んでいます。

写真判定です。……今、結果が出ました!

勝ったのは―――ッ!




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蛇足なあとがき、稍重の理由などの解説

 最初にお礼を言わせて頂きます。

 

 この作品を読んで下さった皆様。

 ウマ娘を生み出した株式会社Cygames様。

 ウマ娘に登場する元ネタの馬の馬主様。

 そして何よりも、モデルとなった馬に感謝しています。

 本当にありがとうございます。

 

 

 なお、私はウマ娘の影響で競馬を始め、一切勝っていません。

 もっと勝たせてくれていいのよ? 

 まぁロマン求めて3連単ばっかり勝ってるからしょうがない……

 

 気が付いている人が多いと思いますが、フロムソフトウェアの作品が好き。

 是非、英語題名の元になった曲も聞いて欲しい。

 ペルソナの作品も好き。ジョジョも好き。

 セリフはそれぞれの作品から影響を受けています。

 

 

 

 

 

 さて、解説をさせて頂きます。

 

 Q、絶対、稍重じゃねぇじゃん、重バ場だろ etc.

 

 

 A、稍重です。

 

 

 

 解説、

 

 重バ場はヤンデレなイメージなので本作では稍重と表記しています。

 自分の中で、ヤンデレとは

 

 対象に愛を持ち、他者、対象、自分のいずれかに、過剰なまでの攻撃性を有している人物。

 

 と解釈をしています。

 

 なので、メジロ家内で過剰な攻撃性をもっているウマ娘がいない為、稍重となります。

 アルダンに関しては、最初は支配欲という攻撃性を有していましたが、主人公の行動で攻撃性が減り、その代わり隷属する欲求が発生したのでギリ稍重です。

 

 マックイーン、ライアン、ドーベルは防衛機制における代償行為をそれぞれ、天皇賞制覇、筋トレ、漫画作成でしています。

 逆にパーマー、アルダンは、マズローの五段階欲求の自己実現の欲求を持ち行動しています。(貴方に相応しい私になりたい、貴方が私を誇れるような私で有りたい、など)

 いや、承認欲求なのか……?まぁ専門的な話は分かりませんが、此処には過剰な攻撃性はないので稍重となります。

 

 まぁ、重バ場じゃないというだけで、全員がクソデカ感情をもっていますけどね……

 だから愛自体はドロドロしている模様。

 

 因みに、重バ場の場合は、そもそも家出する前に拉致られて、愛に塗れて主人公白痴化エンド

 不良バ場の場合は、岸辺露伴は動かないの“六壁坂”みたいなネクロエンド

 

 ……なんで主人公綱渡りみたいな状況になってるの? これが分からない

 でも、私は書くならハッピーエンド主義なので書きません。

 読むなら、いいんだけど書くとなると難しいです。

 

 

 

 

 

 以下、大雑把なキャラ解説

 

 

 メジロ賞(春)出走者 主人公+メジロ家+ゴルシ

 

 目白 〇〇(めじろ なにがし)

 

 本作、主人公にして元凶。もしくは作者の被害者

 彼がカッコいい兄貴分を演じずに最初から妹分に胸の内を打ち明けていれば、こんな惨状にはならなかった。

 ウマ娘(同園生)に勝ちたがっていたのに、願いが歪んで、その対象がいつの間にか妹分に向かった。

 でも、マックイーン達が才能溢れていた為、負け続けて、更に歪んでいく悪循環。

 家を出て色んな人達から、助けられ成長して受け入れる事が出来た。

 

 5対1で勝てたのは

 男は体で感じ、女は心で感じるという、男女差に加え、

 主人公の酒、精力剤、黒沼さんからのスパルタトレーニングで体力増強、負い目で興奮しすぎない等のバフ。

 マックイーン達の精力剤、積年のドロドロした愛がオーバーフローしていた事、再会での気持ちの高ぶり、先にされている様子を見せつけられて興奮している、首への噛みつき等のデバフがあったから。

 それが無ければ、1対1なら有利~やや有利、2体1ならイーブン~不利、3対1以降は勝てるわけないだろ! いい加減にしろ! 状態

 

 “納得”し彼女達を受け入れ、愛をまっすぐに伝える様になったのに女たらしと詰られる。

 なんでコイツこんなに“納得”にこだわる様になったんだろう? ようわからん

 

 

 

 メジロマックイーン

 

 主人公の拗らせの被害者。

 家出の原因は自分のせいだと自己嫌悪してしまって、天皇賞制覇以外は捨てる覚悟をしていた。

 けど、テイオーを筆頭とするメンバーとゴルシのおかげで、主人公の事を昇華する事が出来そうだった。

 ただ、タイミングよく再会しちゃうから…… 設定はアニメ寄り。その為スピカ所属。

 作者の解析度が高かった為、メインヒロインぽくなった。

 

 

 

 メジロパーマー

 

 彼女が良か稍重か微妙に分からない。

 行動原理は普通の愛だと思う、愛している人に相応しくなりたいってだけだし。

 ……けど、クソデカ感情あるしなぁ。メジロ家の中で顔だちが一番好き。

 大学部に入ったら、同棲しようと虎視眈々と狙ってる。

 

 

 メジロドーベル

 

 正直、解析度があまり高く無かった為、好きに捏ね繰り回された子。

 男性恐怖症の理由、漫画を描く理由なども主人公所以とされた。

 最初はもっとサラっとしていたのに書いてるうちに、どんどん重くなっていった。

 一番、テーマソングの落とし込みが出来た。

 

 

 

 メジロライアン

 

 メジロ家の中で一番、作り辛い話だった。

 ライアンの乙女な部分の表現が難しい、筋トレのイメージが強すぎる……

 ライアンの話を作ってる途中に天体を盛り込むのを思いつきました。

 実はオーバーワーク(自身への攻撃性)をし過ぎるので一番、重バ場に近い子。

 

 

 

 メジロアルダン

 

 多分、作者の一番の被害者。

 この話を書き始めた時には、シングレにちょっと出てたくらいだったので、こんなキャラに……

 ゴールドシップが居なければ、この子とパーマーだけが主人公と結ばれる可能性がある。

 メジロ家の中で唯一、主人公の家出前から自分の恋を自覚してそれに向けて行動していた。

 書いててメッチャ楽しかった……本当にゴメンね、アルダンちゃん

 

 

 

 ゴールドシップ

 

 実は主人公の孫ではなく従姪孫(従妹の孫)

 最初は良バ場かと思ったが、祖母の従兄の為に此処までする……重くね? ってなり稍重。

 

 ゴルシの世界線だと、主人公が事故って昏睡状態の間にマックイーンが別の人物と結婚してる。

 主人公の勘違いに気が付いてた、けど伝えなかった。そうすれば傷になって唯一になれるから。

 でも、寂しくなって、主人公と共に歩むため未来を捨てて、再びやってきた。

 体が成長していなかったのは、ヘッドギアが老化を極端に抑える装置なため。

 未来周りの設定はあんまり深くは考えてませんので突っ込まないで……

 

 ゴルシが居なければ、アルダンとパーマー以外はそれぞれ別のパートナーと結ばれる。

 一番、書きやすいキャラ。ウマ娘中一番好き。

 

 

 

 

 親友ズ

 

 

 荒谷 司樹(あらや しき)

 

 主人公の親友その1

 作者の前作の主人公の同位体。出した理由は作者が性格を把握していて動かしやすいから。

 ペルソナ3からの転生者。主人公に近づいた理由は、目白家のコネ目的。

 ただ、一緒に居る内にそのことは、どうでもよくなり気が付けば親友になっていた。

 主人公の口の悪さの元凶。なんだかんだ、主人公と一番仲がいいキャラ。

 前作自体は未完。プロットだけは出来てるけど、戦闘描写が難しすぎる……

 

 

 烏丸 葉兵(からすま ようへい)

 

 主人公の親友その2

 作者の前前作の主人公の同位体。出した理由は上に同じ。

 ACFAからの転生者。現実世界の延長線上の未来から来ているので技術力がヤバい。

 それに目を付けた荒谷がコネ目的で絡んでいる内に主人公を含め仲良くなる。

 ゴールドシップが未来から来た元凶。もう一人の元凶はマッドサイエンティストなウマ娘。

 彼が主人公の作品名は絶対に教えません。読み返したら酷い出来だった……こちらも未完

 

 

 

 上田 正幸(うえだ まさゆき)

 

 主人公の親友その3

 別に前作の主人公とかではなく主人公の小中学校時代の説明の為に出したキャラ。

 それだけだったのに、いつの間にか親友キャラになってた。

 純粋にウマ娘世界の住人。だからレースも見るからゴールドシップを選手として知っていた。

 顔だちも整っていて、優しく、気遣いも出来る、高学歴……なんやこの完璧超人。

 多分、主人公周りで一番マトモな人類種。

 

 

 恩人達

 

 田所一家

 

 豊さんは競馬のレジェンドの名前と同じですけど、特に意図はありません。

 金儲けの才能がなさすぎる……でも、そのおかげで再会のきっかけを作った。

 一応、後日談の話の為の設定でこんな事に……

 ゴルシが(隆さんの所の人参)と言ったのは、未来ではもう豊さんは引退していた為。

 ぶっちゃけ、瞳さんがアパート等の経営をしている。なので瞳さん居ないと生活が破綻する。

 

 

 

 バイト先

 

 先にたづなさんとの絡みを思いついてそれの関係で発生したキャラ。

 で、この社長、経営出来るの? って思って副社長も発生。

 なんか、ギャグ要員みたいになってしまった。

 

 

 

 駿川たづな

 

 ぶっちゃけ、関節極めるネタを思いついて出した。

 気が付けば、主人公の良き相談相手に……なんで? 

 多分、この人のせいで大体が酒盛りの話になった……だからなんで? 

 主人公に好意は特になく、純粋に友情を抱いている。

 

 

 

 黒沼トレーナー

 

 結構、初期段階から出すことが決定していた。

 合気道の道場へ向かうようにする為に出した。

 腹筋バキバキだからトレーニングジムで会う事にしよっと思っていた。

 その後のサウナは完全悪乗りした……後悔はない。

  

 

 

 

 師範

 

 所謂、師匠キャラ。

 主人公のある程度の強さの裏付けの為に、武道をしていた事にしたかった。

 一番、ウマ娘にワンチャン勝てるかなぁってことで合気道に……

 本当はもっと豪放落籍な性格だったけど爺さんとキャラ被りする為、今の形になった。

 

 

 

 メジロ家

 

 目白家当主の爺さん

 

 先代メジロの花婿。愉悦枠

 アプリ、アニメでほぼ存在が無かった為、好きなキャラ像を詰め込んだ。

 作者は強いジジイキャラが好きなんですw

 書いてて楽しかったキャラです。お婆様にベタ惚れ

 

 

 

 メジロ家当主のお婆様

 

 本作の胃痛枠

 この人がマックイーン達が謝罪に行くのを止めなければ、ここまで大事になっていない。

 でも、それをすると主人公が意固地になりかねないので止めるしかない。

 最終的にニッコニコで主人公の帰還を喜んでいる。

 この人もキャラを凄い好き勝手させて貰った。爺さんにデレデレ

 

 

 

 また追加するかもですけど大体、こんな感じです。

 

 

 

 

 メジロ家の愛のターフは稍重バ場は一旦、区切りとなります。

 私の作品で、皆様の何かしらの一助に少しでもなれたなら幸いです。

 あー文才が欲しい……

 

 

 

 一応、後日談も作成中です。

 でも、私の性格上、中途半端に投稿すると尻切れトンボになるので公開は先です。

 

 

 



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メジロ家の愛のターフは良バ場……?
Remain


 窓から引っ越し会社のトラックが発車するのを、ぼんやりと見ている。

 季節は春。きっと新しい生活を迎える為に、近くに誰かが越して来たのだろう。

 春一番も収まり、穏やかな花の風が頬を撫で、春の生き生きとした若草の香りが鼻腔を擽る。

 視線を上げると空は青く、雲も無し。気持ちがいい春風吹く、日本晴れ。

 空はあんなに青いのに……俺の心はレイニーブルー。

 

「なぁ! テーブルはこっちに入れておいた方がいいか?」

「ああ、そこの押し入れに入れてくれ。悪いな」

「てか、黄昏てねぇでオメェもやれよ!」

「……ああ、そうだな、ゴールドシップ」

 

 現実逃避をしていたら、ゴールドシップがブーブーと文句を言う。

 愛しの従姪孫(従妹の孫) ―あの後、本当の事を教えて貰った― は拗ねた表情も可愛らしい。

 今、俺達は俺の部屋の掃除をしていた。

 

 マックイーン達に、ゴールドシップとの関係について伝える為に集まって貰う……

 未来関係の事は伝えないつもりだ。多分、信じて貰えないだろうから。

 これから起こる事を思うと、胃の辺りがキリキリと痛む。

 胃に穴が開きそう。改めて思う……婆ちゃん本当にゴメンね。

 為すべき事を為す……為すんだ……頑張れ俺。……心が折れそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

「アルダン、パーマー、ライアン、ドーベル、マックイーン。本当に申し訳ございませんでした」

 

 俺は自分の部屋で膝をつき、土下座をした。それは完全降伏の姿勢。

 これで赦して貰おうなんて考えてはいない。だが、せめてもの誠意を示すためのモノ。

 煮るなり焼くなり好きにして欲しい。それを受け入れる義務が俺にはある。

 

「……なんで、お兄様は謝っているのでしょうか?」

「お兄ちゃんはアタシ達の事をちゃんと考えた? ……不潔」

「あはは、お兄さんは優しすぎるね……誰に対しても」

「本当に兄さんは……私達がそんな事(土下座)、望んでると思ってんの?」

「返す言葉も御座いません……」

 

 あの日と似たような言い回し。だが、棘のある言葉が俺を刺す。

 アルダン以外の彼女達は後ろに耳を絞り、不機嫌な表情を隠そうともしない。

 ベットや座布団に座って居なければ、ウマ娘特有の前掻きをして威嚇していただろう。

 尻尾も立っていて、恐らくトモ辺りに力が入っている。

 アルダンはニコニコと穏やかな笑顔を浮かべ、怒りのサインは一つも出ていない。

 ……なんだろう。逆に怖いんだが。

 

「まぁまぁ、マックちゃん達ぃ。そんなに怒んなよぉ。小皺が出来ちゃうぞ★」

「「「「あ゛ぁ゛?」」」」

 

 ゴールドシップの言葉に地獄の獄卒も真っ青な重低音を響かせる……めっちゃコワイ!  

 マックイーン達の姿に、たづなさんを幻視する……

 いや、あの人は一人で、同レベルの重圧を放つな。……これについて考えるのはやめよう。

 ゴールドシップはマックイーン達のプレッシャーを受けても、お道化て煽る。

 お前なんなの? どんな心臓してんの? 尊敬するよ……絶対に見習わないけど。

 

「ワァオ! ゴルシちゃん怖ぁい♪ あぁん助けて私の愛おしいカレピッピ♪」

「ゴールドシップ……貴女は知っていたのですか? 私のお兄様だと……私が苦しんでいる時に、私にお兄様の事を伝えずに、お兄様と過ごされていたのですか? あんまりじゃないですか……」

 

 お前は何をやっているんだゴールドシップ──―ッ!? 煽っている理由(わけ)を言え──―ッ! 

 アッカーン! マックイーンがその綺麗でつぶらな瞳に涙を浮かべてる! ゴメンね! 最低な兄貴分で本当にゴメンね! 悪いのは俺だからゴールドシップを責めないでやってくれ! 

 煽った事に対しては、擁護出来ないけど……

 

 ゴールドシップもマックイーンの涙を見て、ふざけた顔を一変させ真剣な表情で語り始めた。

 ゴールドシップ……お前、なんで最初から真剣に出来ないの? 

 

「……マックちゃんさ。仮にアタシと初めて会った時に、コイツの事、教えて自分を赦せた?」

「それは……赦せなかったと思います」

 

 マックイーン達に、自分を責め無くていいと言っているのだが……

 俺が勝手に劣等感を感じ、癇癪を起し、拗ねて、君達を傷つけたのだから……

 それでも、マックイーン達は気に病んでいる。

 まったく……そういう所で俺に似なくてもいいのだが……でも、似ている事が少しだけ嬉しい。

 

「だよな? なぁあんた。仮にアタシと初めて会った時に、彼女等の事、教えて自分を赦せた?」

「……無理だな。受け入れる事が出来たのも恩人達(豊さん達)アイツ等(親友達)、そして何よりお前のおかげだ」

 

 きっと、あの時に会っていても自分を赦せず、意固地になっていただけだろう。

 仮にあの時に謝られていたら、それは侮辱だと受け止めていただろう。

 だってあの勝利は、俺にとって誇り(呪い)であり、存在価値(罪の証)だったから……

 もしそうなれば、あの時のマックイーンの言葉でも負けを受け入れられなかっただろう(“納得”する事も出来ていなかっただろう)

 

「な? マックちゃん達が苦しんでるのは分かってたけど、あのタイミングしか無かったんだよ」

「……それでも……納得いきませんわ」

「……その気持ちもわかるよ。……でもさ、アタシも愛しちまったんだ……もう、止まれねぇよ」

「……ゴールドシップさん、やはり貴女もお兄様の事を本気で……」

「並び立ちたいからって、アタシ達(ウマ娘)に本気で向き合ってくれる人……お兄ちゃんしか知らない」

「うん……お兄さんは一緒にいると、いつの間にか心を蝕まれて、本気になっちゃうよね」

「……それは分かる。兄さんってホントに私達(ウマ娘)にとってメッチャ危険だよね」

 

 あの……人の事を毒みたいに言わないでくれる? あ、そんなにジト目で見詰めないでくれ。

 キュートな小悪魔みたいで可愛いが、美の女神が嫉妬するいつもの可愛い笑顔を見せてくれ。

 ……顔を赤くするか、睨むかどっちかにしてくれる? 

 

「皆さん落ち着いてください。兄様、お願いがあるのですがいいですか?」

「俺が出来る事ならば、全力で当たらせて貰います……」

 

 アルダンは相変わらずニコニコ笑いながら、優しく俺に問いかける。

 なんだろう……その表情に怒りも悲しみも無い。……喜び? うん、これ喜びだ。

 喜ぶ要素なんてあったか? 

 

「そうですか……なら、貴方との絆が欲しいです♡」

 

 おっと~、これは完全に掛かってますねぇ……はっはっは……落ち着けアルダン! 

 マックイーン達が“それだ!”とばかりに目を輝かせる。“それだ!”じゃないが!? 

 そんなに、目をギラつかせないの! はしたないですわよ!? 

 

「……それは出来ない。お前達はまだ若い。これから色んな経験をするだろう。それはかけがえのない経験になる。せめて大学は出てからにしてくれ……」

 

 欲しくない訳じゃ無い。だが、子供が出来れば、どうしても自分の時間は少なくなってしまう。

 花も恥じらい、月も光を消す、そんな可憐な彼女達にそれはあまりにも酷だ。

 それが、俺の我儘なのは分かっているんだ。

 でも、俺がそうであったように大学で色んな経験をして欲しい。そして友情を育んで欲しい。

 それは、何ものにも代えがたい()になる。

 暗闇の荒野に進むべき道を切り開く()になる。

 折れそうになる心を支える(意思)になる。

 

「……分かりました♪ 大学を卒業したらすぐにでもお願いますね♡当然、彼女達もですよ?」

「いや、もっと青春してからでもい「いいですね?」……マックイーン達が望むならな」

 

 ……うん、マックイーン達も、めっちゃ喜んでますね。

 嫌じゃないんだけどさ。なんで、覚悟ガンギマリなん? もっと、青春を謳歌していいのよ? 

 まぁ、お前達みたいな傾国の美女に、そこまで想われるのは男冥利に尽きるが。

 

「パーマー達も、兄様が私達を捨てる訳じゃないのよ? あんまり責めないであげなさい」

「お姉様……承知しました。……流石にこれ以上は赦しませんわよ?」

「……あはは、アルダンさんには敵わないや。本当に他の子を口説かないでね? お兄さん」

「わかったわよお姉ちゃん……女たらしな言動はアタシ達以外には禁止だからね」

「……しょうがないなぁ。アルダン姉さんに免じて赦す! ヘリオス紹介して大丈夫かなぁ……」

 

 あの……人の事を、誰でも口説く軟派な女好きみたいに言わないでくれる?

 ……なんでそんな諦めたように溜息つくの? 君達に俺はどう映ってるの?

 あ、やっぱりいいです。ハッキリ言われたらショックを受けちゃう……

 

 まったく……本当に彼女達は優しい。

 理由はどうあれ俺は浮気をした。それを、アルダンの説得が有ったとはいえ俺を赦してくれる。

 本当に……俺には勿体無いくらいに、いい女達だ。

 幸せになって貰いたい……いや、俺が絶対に幸せにしてみせる。

 

「それはそれとして、兄様……愛していただけますか? 勿論、拒否権はございませんわ♡」

「」

 

 思わず絶句してしまった。この話の流れでそうなるの? 

 今、完全に違う流れだったじゃん! 赦される流れだったじゃん! 

 流石に、あの時(バフ有)みたいには無理だぞ!? 

 

「なぁ、あんた……」

「ゴールドシップ……」

 

 助けてくれるのか? お前、優しいな……

 

「アタシも頼むぜ♡」

 

 ゴールドシップ……お前、ホンマそういうとこやぞ? 

 だが、“煮るなり焼くなり好きにして欲しい”と俺は言った……男に二言はねぇ!! 

 男には引いてはいけない時がある……それが今だ! ……多分! 

 

……やって見るさ、お前達の望むままに

 

 思わず声が震えてしまった……生き残れるといいなぁ……

 

 

 

 

 

 

 熱く長い夜を、彼女達と一緒に踊った(うまぴょいした)……

 

 

 

 

 

 

「ふんふふーん♪」

「……う゛あ゛ぁ゛あ゛ぁ゛ぁ゛」

 

 鼻歌と、食欲を刺激するいい香りで目を覚ます。

 体の水分が全て無くたった様な感覚……喉がカラカラで掠れた声しか出ない。

 窓から差し込む光が夕暮れと教えてくれる。どんだけ昏倒してんだよ……

 まぁ、そりゃそうなるか……なんとか、生き残ったぜ。

 鼻歌はアルダンがしていたのか……彼女は私服にエプロンの姿で台所で何かをしていた。

 

「あ、おはようございます兄様。はい、お水です」

「ああ、ありがとな……おはようアルダン……お前だけか?」

 

 アルダンから水を受け取り、一気に飲み干す。全身の細胞という細胞が、潤う様な感覚がする。

 どれだけ脱水状態だったのか……部屋を見回すがマックイーン達の姿は見えない。

 

「あら? 酷いです……私だけじゃご不満ですか?」

「そういう意図では言ってねぇよ」

「ふふ、冗談です♪ 彼女達は学校があるのでもう戻りました」

「お前はどうした?」

「自主休講です♪ ズル休みなんて初めて! ちょっとワクワクします」

 

 あーそりゃ、マックイーン達は高等部だが、アルダンは大学だからその辺は緩い。

 それに、アルダンはよく学校を休んだが、それは体調不良が大半だったもんな。

 自らの意思で休んだのは初めてなんだろう。俺も最初にサボった時はワクワクしたなぁ……

 

「さぁ兄様。お食事の準備がそろそろできます。テーブルを出してくださいな」

「あぁ、ちょっと待ってろ……あいよ」

「ありがとうございます」

「お……ニシン蕎麦か」

 

 アルダンは、お盆に丼を二つ乗せて持ってきた。これは、なかなか本格的だな。

 駅蕎麦のチープ感もいいが、やはりしっかりとした蕎麦も好きだな。

 うん、ニシンの甘露煮も甘すぎず、ニシンは肉厚で食い応えがあって実に美味い。

 ただでさえ、甘露煮は作るの面倒なのに、骨も抜いてる……メッチャ手間かかってるぞこれ……

 二八蕎麦のつるりとした食感が今の俺にはありがたい、蕎麦の香りもしっかり立っている。

 ツユも濃い口で俺好みだ。これは椎茸と鰹節、それと昆布出汁か……染み渡る。

 腹が減ってたのを差し引いても美味い。無言で蕎麦を啜る。

 気が付けばツユまで完食……ついつい夢中で食っちまった。

 

「ご馳走さん。美味かった……」

「ふふ、お粗末様です♪ お口あったようで良かった♪」

「出汁とかも自作しただろ? アルダンは料理が上手いな」

「ええ、花嫁修業としてお婆様に手ほどきをして頂きました」

 

 あー婆ちゃん滅多に料理しないけど、作る料理は全部がメッチャ美味いからなぁ……

 まぁ料理上手の理由を聞けば、爺さんに美味しい物を食べて貰いたいからと惚気られたが……

 マジで、夫婦揃って()に惚気んのやめてくれない? 

 

 俺もそこそこ自炊するが 誰かに食べさせるわけでもないのだから、雑な男料理。

 ここまで手の込んだ食事は作らない。男の一人暮らしなんて、そんなもんだ。

 しかし、ニシンもそうだが蕎麦なんてインスタント以外にウチの冷蔵庫に無かったぞ? 

 

「ニシンと蕎麦を買ってきてくれたのか? 悪かったな。代金払うよ」

「いえ? 買っていませんよ? 家から持ってきましたから」

 

 ん? メジロ家に戻って、材料を持って、また俺の家に来たのか? 

 爺やに頼めばいいのに……いや、流石に甘え過ぎか? 

 いや、爺やなら嬉々として持ってくるな。わざわざ市場まで行きそう。

 

「わざわざメジロ家に戻って、また来たのか? そこそこ遠いだろ?」

「いえ? メジロ家に戻ってませんよ? すぐそこなので」

 

 んん? 凄い離れている訳じゃないが、そんなに近くないぞ? 

 大体、往復で電車で二時間くらいはかかる。車だと、多分もっと時間が掛かる。

 しかも、メジロ家に戻っていない? ならどこから持ってきたんだ? 

 

「あ、蕎麦ですけれど、すぐ味わって頂きたかったので調理させて頂きました」

「んんん? どういう事?」

「遅くなりました……隣に越して来たメジロアルダンと申します♪」

「あ、これはご丁寧に……はぁ!?」

 

 アルダンは見惚れる笑顔でそういった。あー滅茶苦茶可愛い……やっぱり美人はズルいわ。

 ……って、今、隣に越して来たって言った? 聞き間違いか? 

 

 

「末永く宜しく願いしますね♡私の愛しの兄様♪(所有者様♪)

 

 

……あれぇ? どうしてこうなったぁ? 

 

 

 




まだ、他の話は出来ていませんが取り合えず投稿します。
それぞれに一話……出来るといいな。
次は気長にお待ちください。


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Blue Magnoria

「貴女は付いて来なくて良かったのですよ? ゴールドシップさん」

「冷てぇ事言うなよぉ、マックイーン。同じチームメンバーだろ?」

「休みの日に悪いな、付き合って貰って」

「お気になさらず、お兄様。一緒に居れるだけで嬉しいのですから」

 

 トレーナーさんへの挨拶とは分かっています。けれど、少しデートの気分でしたのに……

 私は今トレセン学園に来ています。

 私は、直近でのレースでお兄様に捧ぐ為の勝利を収めました。

 今までで一番の会心の走りをする事が出来ました。

 誰かの為に走るのも、素晴らしい事ですわね。それが愛しい人の為なら尚更に……

 

 今日は休養日でしたがお兄様が、可能なら付き合って欲しいとお願いされました。

 お兄様に頼られて、否とは言えません。むしろ嬉しいくらいですわ。

 トレーナーさんに今までの事も併せて、お礼をする為に付き添いをしています。

 

 お兄様の持っている箱から、微かに甘い匂い(スイーツの気配)が……ハッ! いけません! 

 今は減量の為、節制中……ぐぬぬ……自分の太りやすい体質が恨めしいですわ……

 

「そういえば、お世話になってるトレーナーさんは、なんて名前なんだ?」

「あ、お伝えしていませんでしたね。沖野トレーナーです」

「……待っててくれ、少し電話する。……お休み中にすみません、師範。お聞きしたい事が……」

 

 お兄様は名前を聞くと、眉を顰め、私達から少し離れた所で何処かに電話をしました。

 “師範”と仰っているのが聞こえたので、道場主の方だとは思いますが……なぜ急に? 

 電話が終わると、微妙そうな顔になっておられました。

 

「ゴールドシップ……ちょっとこっちに来い」

「あぁ? なんだよ……」

「そ……沖野……に、マッ……は脚…………たのか?」

                  「あ? あー……、……加入の……無断で…………」

へぇ……

 

 ゴールドシップさんを呼ぶと、二人でコソコソと内緒話をしている。

 ウマ娘の耳をもってしても、聞き取れませんでした。

 あの……仲間外れにされるのは寂しいのですが……

 

「さぁマックイーン、トレーナ室へ案内してくれ」

「……えぇ、かしこまりました」

 

 二人が戻ってくると、お兄様はニッコリと笑っていた。

 ……あ、これは威嚇の笑顔ですわ。

 私に対してではありませんが、急に不機嫌になられましたね……

 どうしたのでしょうか……

 

 

 

 トレーナー室の扉をノックする。

 気の抜けた返事が返ってきたので、扉を開けるとトレーナーさんがパソコンに向かっていた。

 こちらに気が付くと、いつも咥えている飴の棒を捨て、こちらにやってくる。

 

「マックイーンからお話は伺っています。担当トレーナーをしている沖野と申します」

「マックイーンの従兄の目白と申します。お噂はかねがね……」

「んん? 目白? 何処かで聞いたことがあるな……あぁ! 浅間道場で有名な!」

「ええ……貴方の兄弟子にあたります。師範から貴方の事は伺っています……色々と」

 

 お兄様は、トレーナーさんと握手をしながら話している。先程の笑顔はそのままで……

 あ、これはトレーナーさんに対して怒ってますね。

 ……何か関わり合いがあったのでしょうか? 

 

「マックイーン、ゴールドシップ」

「かしこまりましたわ。お兄様」

「あいよ、任せな」

 

 お兄様が、私達の名前を呼ぶ。何となく、することを察する。

 私は机などを片付け、ゴールドシップがどこからともなく、マットを取り出し床に敷く。

 準備万端ですわ、お兄様。その箱は私がお預かりしますわ! 万難を排して守ります! 

 

「ん? お前等、何やってんだ?」

「マックイーンがお世話になったようで……」

「あ、いえいえ、俺はただトレーナーとして当たり前のことをしただけですよ」

「いえ、そちらではなく……俺の大事な可愛いマックイーンの脚を撫で回した方だクソがぁ……」

 

 お兄様は、にこやかな笑顔を一変させ、般若の様な表情になった。

 このような顔も出来たのですね……あの日とはまた違う表情に少し恐ろしさを感じてしまう。

 それでも私の為に怒ってくれている。私を大事に思ってくれている。それが嬉しい。

 恐怖と嬉しさ、そして愛おしさがまぜこぜになって、背筋と尾骶骨辺りがゾクゾクする。

 

「え? 急に怖い!」

「受け身を取れ、弟弟子」

「……は? え? うわ! あ゛あ゛あ゛ぁ゛あ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛! 

 

 お兄様は小手返しの要領でトレーナーさんをマットの上に投げる。

 その動きは、演舞の様に美しく雅さすら感じさせる。

 トレーナーさんも、一瞬でスイッチが入って受け身を合わせてダメージを減らしましたわね。

 そして、トレーナーさんをロメロ・スペシャルで極めている! 私の技よりも完成度が高い! 

 キャー! お兄様! カッコいいですわぁ! 

 

「おうワレェ……! 何してくれとんねんボケェ……シバキ倒すぞクラァ!」

「マックイーンの技より痛い! しかも弟弟子って言いながらプロレス技じゃねぇか!」

「お兄様は私にプロレス技を教えてくれた、謂わばプロレスの師匠ですわ」

 

 私は、つい自慢げに胸を張って語ってしまう。

 投げ技から締め技の鮮やかな連携……流麗で惚れ惚れする程の技量。

 更には、一見乱暴に技を掛けてる様に見えて、怪我をさせてない程度に抑える配慮。

 何よりも、私の為に怒ってくれている優しさ……胸キュンですわ♪ 

 

「マックちゃんって、コイツ関わると割とポンコツになるよな」

「ギブギブ! マックイーン! ゴルシぃ! 助けてくれぇ!」

「自業自得ですわ」

「トレーナーの悪癖が招いた事態だぜぇ……まぁしょうがねぇなぁ」

 

 ゴールドシップはそういうと、どこからともなくゴングを取り出す。

 先程も思いましたけれど、何処から出しているんですの? 

 ゴングの音が部屋に6回響き渡る。その音でお兄様はトレーナーさんにかけている技を解く。

 

「痛ってぇ……いきなり酷くない?」

「沖野さん、貴方は大切な人の脚を無断で撫で回されて、笑っていられますか?」

「……すみませんでした」

「触診で解る事があるのも理解しています。ですが、せめて本人に許可は取ってください」

 

 全く、お兄様の言う通りですわ。

 私だって、触診の必要性も理解していますもの、事前に教えてくれれば許可も出します。

 それを情動で動いて、挙句に蹴られているのですもの、世話が無いですわ。

 ……そういえば、私以外でもスペシャルウィークさん達にも無断で触って蹴られていましたね。

 というよりも、ウマ娘に蹴られて痛いで済むトレーナーさんの耐久力ってどうなってますの? 

 ……バケモノじゃないですか。

 

「仰る通りです……配慮が欠けていました」

「若造の戯言と、聞き流されない事を感謝致します」

「いやいや、俺も無神経だった。そりゃご家族からしたら怒って当然だよな……」

「ご理解いただきありがとうございます。改めましてマックイーンがお世話になっております」

 

 先程のやり取りとは正反対に、穏やかな会話が続く。

 余所行きの対応をするお兄様は、久しぶりに見ましたわね……

 パーティーなどでも見ていましたが、昔よりも男らしさが増し、堂に入っています。

 いつもの優しいお兄様もいいですけれど、凛々しいお兄様の姿も素敵ですわ。

 

「それではこちらを……自作したスイーツで恐縮ですが、チームの皆さんでお召し上がり下さい」

「お、いいのかい? 悪いね……おーこりゃ美味そうだ!」

「日持ちはしますが、なるべく早めにご賞味下さい」

 

 お兄様に促され、トレーナーさんに箱を渡すと、すぐに開け、中身を確認している。

 ついつい、箱の中身を覗いてしまった……ってなかなか予約が出来ないローザキャロット!? 

 しかも、お兄様の自作スイーツだったのですか!? ック! 今は節制中……ッ! 

 お兄様が、私の勝利を祝って、色々食事を作ってくださった事が、仇になるとは……ッ! 

 なんてことですの……ッ! こんなのあんまりです! 

 ……ゴールドシップさん、何ですの? そのドヤ顔。

 貴女まさか!? ……作って貰った事があるのですね!? ズルいですわ! 

 

「……マックイーン、お前にも節制が終わったら、作ってやるから落ち着け」

「はい! お兄様! 約束ですよ!」

「アタシが間違えてた……マックちゃんはスイーツでもポンコツになるな」

 

 ……うるさいですわ。

 

 

 

 

 結局あの後、お兄様とトレーナーさんは話が弾んでいました。

 特に私の怪我の時に支えてくれた事を、感謝していたみたいです。

 ……トレーナーさんには沢山、迷惑をかけています。まぁ迷惑もかけられていますが……

 今度、二人でお酒を飲みに行く約束までされていました。打ち解けるの早すぎませんこと? 

 お酒ですか……お兄様は、かなりお好きなご様子。

 何時か、私もお兄様とお酒を飲んでみたいです。ふふ、その時は私が介抱して差し上げますわ。

 

 今はお兄様と二人きりで歩いています。

 ゴールドシップさんは空気を読んでか、用事があると言ってどこかへ行ってしまいました。

 まったく……気が利くのか、利かないのか分からない方ですね。

 

 夜空の星は、街の明かりで見えづらい。

 それでもなお、光輝く星(宵の明星)が私達を導いてくれるように瞬いている。

 ふと気になった。あの日の約束は私は果たせているだろうか? 

 

「ねぇお兄様。私は貴方を導く星になれていますか?」

「ああ、お前が居てくれるから、俺は前に進む事が出来る。ありがとな」

「よかった……」

 

 無粋かもしれませんが、ついお兄様に聞いてしまった。

 それでもお兄様は、穏やかな笑顔で私にそう言ってくれた。あぁ、本当に愛おしい。

 他人の目がない夜の闇に紛れて、お兄様の腕を胸に抱き、頭をグリグリと押し付けてしまう。

 歩き辛いだろうに、腕に抱き着く私を剥がすでもなく、お兄様はクスリと微笑んだ。

 

 

 

 

 お兄様のお家で夕飯を頂く、何時か作ってくれた時と同じ、手作りのボロネーゼ。

 貴方は“パスタは無理だった”と申し訳なさそうだったけれど、それでもとっても美味しかった。

 私、知っていますのよ? 自分一人なら雑な料理しか作らない事を。

 私の為に作ってくれる……本当に嬉しい。

 穏やかな時間に、心が癒されるのを感じる。お兄様はどうでしょうか……?

 優しい貴方は、きっと癒されると答えてくれるだろうけれど、聞くのは流石に無粋ですわね。

 

 お兄様のお家で湯を頂き、身体が温まっている内にストレッチをする。特に左足を念入りに……

 お兄様はベットに腰を掛け、私の左足を見ながら、ポツリと呟いた。

 

「もういいだろ……マックイーン。走るのを終わりにしても……」

「……まだです。私は……私はまだ走ります」

「マックイーン、何がお前を駆り立てるんだ……」

「お兄様の腕の中……それは間違いなく私の魂の場所です……ですが、あそこも、あの戦場(ターフ)も、私の魂の場所なんです」

 

 後悔する様で、懺悔する様で、悲しんでいる様な声色。

 貴方が、私の事を案じてくれている事は、分かっています。

 それでも、私はまだ走れます。テイオーがそうであったように……

 私は、彼女とライバルに成れた事を誇りに思う。

 そして、彼女に負けたくない……何にも、誰にも……怪我にだって。

 

「……俺はお前に傷ついて欲しくなかった。でもそれは、俺の思い上がりだったんだな」

「貴方は優しいですね。お兄様……だからこそ、貴方の為に走りたいのです」

「もう……止めねぇよ。俺が支えてやるから、行ける所まで行ってみろ」

「……ありがとうございます」

 

 お任せくださいお兄様。

 私に願い、私に託し、私を信じてください。

 貴方の想いを乗せて、すべてを超えてみせます。

 

 私の胸に宿っているのは、願いと想い……

 押しつぶされるような重圧は無く、私の優しく背を押してくれる。

 何処までも行ける。貴方と言う翼があるから。

 私は温かな光明の中で、お兄様を導く星でありたい。

 

 私を支えるのはチームメンバーとメジロ家、そしてなりよりも……愛しい貴方です。

 貴方に勝利と栄光を届けたいのです。

 けれど、けれどね……お兄様。

 それだけでは、嫌です。

 それだけでは、私は耐えられません。

 それだけでは、私は立ち上がれません。

 私には数多の(よすが)ができました。

 その方々にも、勝利と栄光を届けたいのです。

 私は……我儘になってしまいました。貴方は赦してくれるかしら? 

 

 胸が高鳴なった……張り裂けそうな程に。

 

「ねぇ、お兄様……今日は帰りたくないです」

「……何処でそんな殺し文句を覚えた? 悪い子だ……まぁいいさ。おいで、マックイーン」

「えへへ……失礼しますわ」

 

 私はベット中でお兄様に抱きしめられる。あぁ……心が満たされる。胸がポカポカする。

 安心してしまい、私はついウトウトと気持ちいい倦怠感に身を任せ、目を閉じる。

 

「なぁ、マックイーン……愛してる」

「私も愛しています。お兄様……貴方を」

 

 本当にズルいお方……

 抱きしめて貰えるだけでこんなにも胸が熱くなる。愛を伝えてくれるだけで胸が切なくなる。

 お兄様の体温が気持ちいい。フワフワとした、微睡みの中で、思った事を口にする。

 それが、しっかりと言葉に出来たか分かりませんが、お兄様が微笑んでくれた気がした。

 

 お兄様が帰って来るまでは、悪夢は巡り、そして終わらなかった。

 でも、今は優しい温かな夢を見る。悪夢は溶けていき、もう見ない。

 

 

 

 

 ──ねぇお兄様……私は今、とっても幸せです。だから永遠に私と共に、人生を歩んでください。私を導く明けの明星のような貴方なしでは、もう呼吸すらできないのです──

 




バ場は良……?です


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Why Don't You Come Down

ヘリオスは好きだけど、パリピ語が難しい……

作品タイトルを変更しました。



 私は今、学園の外のファミレスでヘリオスと一緒に他愛もない話をして時間を潰している。

 今日は兄さんに、あの日にした約束の為にヘリオスを紹介するつもりだ。

 ただ、心配している事がある……それは兄さんの言動だ。

 勿論、私に対して言ってくれるのは嬉しい……凄く恥ずかしいけど。

 可愛いとか、綺麗とか、俺のパーマーとか、女神かと思ったとか。

 マジ、お爺様とほぼ言動が変わらないじゃん。

 本人達に伝えると、ムキになって否定するけど似た者同士だよ。

 

 そんな兄さんを紹介する……不安だ。

 特にトレセン学園の生徒は、男性に対する免疫が低い。

 まぁ、ほぼ女子校みたいなもんだから、しょうがないのかもしれないけど。

 そんな男性への免疫がないトレセン生徒に、兄さんみたいな劇薬を紹介する……

 今からでもやめようかなぁ……

 

「パマちんのお兄(おにぃ)に会えるなんて、マジ楽しみなんだけど!」

「アハハ……マジで会う? やめとく?」

「え? なしてそんな、ぴえん顔なん? うける★」

「いやぁ……何となくね」

「ひよってるやついる? いねえーよな!」

「……うっせぇわ」

「すいやせぇんw でもパマちんの、ちゅきぴに会えるんだもん☆彡 バイブス上がるっしょ!」

 

 ヘリオスは底抜けに明るい笑顔でそういった。

 本当に大丈夫かなぁ……不安しかない。

 兄さんの言動はフジキセキとタメ張るんだけど……いや、流石にあんな芝居がかってないけど。

 皆がフジの言動にキャーキャー言う理由が分かった。

 でもまぁ、私にとっては、兄さんとフジを比べるまでも無いけどね。

 それから私達は、待ち合わせ時間まで取り留めのない話をした。

 

 

 

 

「よぉパーマー。待たせたな」

「あ、兄さん♪ ……っん゛ん゛! 待ってたよ、兄さん。この子が親友のダイタクヘリオス」

「ウェイウェ~イ★ よろたのでぇす☆彡 ポンポォン!」

「あぁ、よろしくなダイタクヘリオスさん。パーマーからよく君の事は聞いてるよ」

 

 待ち合わせ場所のトレセン近くの公園で待っていると、後ろから兄さんに声を掛けられた。

 兄さんに久しぶりに会って、声が弾んでしまった……でも、これはしょうがないし。

 レースへの追い込みで、2週間も兄さんに会えなかったんだもん。そりゃ声も弾むよ。

 兄さんとヘリオスを合わせるのに、危機感を覚えた私の苦肉の策は時間を遅くする事だった。

 会う時間が少なければ、大丈夫だろう。

 あと、兄さんには絶対に私の親友を口説くなと言い含めてある。

 “俺ってそんなに信用がないのかぁ”って悲し気だったけど当たり前でしょ? 

 私達メジロ家の面々は兎も角、トレセン学園一のトリックスターを堕としてんじゃん。

 あの、傍若無人な気分屋に、あんな乙女な顔させてんだもん。

 あんな顔のゴールドシップ初めて見たよ。女の私ですらドキッとしたもん。

 

「ヘリオスでいいよ♧ ズッ友のお兄だもん♦」

「そうか。君がパーマーを支えてくれたんだろ? ありがとなヘリオス」

「ノープレ! ウチもメンブレの時はパマちん(ズッ友)に、かまちょしてもらってるし☆」

「そうか。パーマーと君が支え合えているなら、何よりだ。これからもよろしくな」

「りょ★」

 

 ……うん、私はヘリオスに凄く支えられている。ヘリオスが居たから、今の私が居るんだ。

 私がヘリオスを支えられているなら良かった。甘えっぱなしじゃなくて本当に良かった。

 ヘリオスの底抜けの明るさが、私を救ってくれた。

 本当に大好きな友達だ。……ずっと親友で居たい。

 

「お兄の事はメッチャ聞いてるよ☆ パマちん最近はずっと、ちゅきちゅきいってんもん!」

「ヘリオス!? ちょッ! 嘘つかないでよ!」

「え~だって、男前とか、カッコいいとか、私の大好きな兄さん♡とか、言ってるじゃん☆彡」

「に゛ゃ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛!!」

 

 ちょっ! まちっ! ヘリオス何言ってんの!? 

 そりゃ本心からそう思ってるけど、兄さん本人の前でいう事ないじゃん! 

 私がブラコンみたいで恥ずかしいじゃん! 

 兄さん!? なんで、“あらぁ”みたいな顔してんの!? これは違……わないけど! 

 あーもー! はいはい! 兄さんの事が大好きだし! 

 なにも、ヘリオスの前で言わせなくてもいいじゃん……顔から火が出そう。

 ヘリオスのニヤケ顔が腹立つぅ! 

 

「パマちん、どちゃくそドハテンじゃん☆ ジワるw」

「まぁ、そう怒るなパーマー。ヘリオスも、そんな笑ってやるな」

「……まぁいいや。事実だし。私のカッコいい大好きな兄さん♪ 愛してる♡」

 

 これでどうだ! 私だってやり返してやるんだから! 

 たまには、兄さんが恥ずかしがればいいんだ! 

 ……あれぇ? 兄さんが嬉しいそうに笑ってる……無敵かコイツ!? ぐぬぬ……

 ん? そういえばヘリオス普段と同じ言葉遣いだよね? あれ? 

 

「……兄さん、ヘリオスが何言ってるか分かるの?」

「ん? ああ、しゃべる事はしないが理解はしてるぞ?」

「マジ!? ならベッケンバウアー、フロリダ、MJKってわかる!?」

 

 って! もうヘリオス! それ最初に私に会った時のやつじゃん! 

 いや、でもこれは兄さんでもわかんないでしょ! 

 ふっふーん♪ 私が兄さんにパリピ語を教えてあげてもいいよ♪ 

 

「話は変わるが。風呂に入ってくる。マジか。だろ?」

「MJK……パマちんのお兄だから、わかんないと思ってた……」

 

 MJK……なんでぇ!? なんで理解できてんのぉ!? 

 兄さんはパリピだった? ……いやいや、そんな訳ないじゃん……落ち着け私。

 私だってまだ全部、理解しきってる訳じゃ無いのに……

 

「バイブスぶち上がってきたぁ★ ならさ! 超やばたにえん、あざまる水産は?」

「凄いヤバいと、ありがとうだろ?」

「メッチャ分かるじゃんw うけるw じゃあさじゃあさ!」

 

 それからしばらくヘリオスが色々パリピ語を聞いて、それに兄さんが答える。

 なんだろう……胸がイガイガする。

 愛する人と親友が仲良くなるのは、いい事の筈なのに……嬉しい筈なのに。

 

「君は、明るく笑うな。パーマーが救われた理由がわかったよ、ありがとなヘリオス」

 

 なんだか兄さんが遠く感じて、ヘリオスに取られているようで……嫉妬した。

 親友に向ける感情ではない……それでも私の中の堕ちた部分が騒めく。

 その優しい笑顔を、私以外に向けないで欲しい。

 その朗らかな声を、私以外に掛けないで欲しい。

 その温かい心を、私以外に見せないで欲しい。

 私だけの兄さんじゃないって、納得した筈なのに醜い感情(独占欲)が這い出て来る。

 気が付けば、兄さんのシャツの裾を引いていた。

 

「……パーマー? どうした?」

「え? ……あ。いや、これは違くて……えっと……」

「……悪かったなパーマー。お前を無視してた訳じゃないんだ」

 

 兄さんのゴツゴツとした男らしい掌が、優しく慈しむように私の頬を撫でる。

 ヘリオスに見られて恥ずかしいのに、兄さんの手を退かすことが出来なかった。

 頬を撫ぜる掌の心地よさで、醜い感情が溶けていく。にやける顔が元に戻らない。

 兄さんの手に、自分の手を重ね頬擦りをする。爽やかで切ない香水の匂いが鼻腔を擽る。

 あ……月の香り。そっか、プレゼントの香水付けてくれてるんだ……嬉しい。

 兄さんは私の頭にキスをしてくれた。ヘリオスに見られている恥ずかしさより嬉しさが勝った。

 出来れば私の唇に……して欲しい。目を閉じて、兄さんの口付けを言葉なく強請る。

 兄さんの吐息を至近距離で感じる……ねぇ早く……キスして? 

 

ひょぉわ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!! あ゛ばばばば!! 

 

 奇声が公園に響き渡り、私は驚いて兄さんとの距離を慌てて取る。

 …………あっぶなかったぁ!! 

 ヘリオスはおろか、外にいる事すら忘れてた! あのままなら完全にキスしてた! 

 ……ちょっと惜しかったなんて思ってないし! てかなに!? 

 周囲を見渡し、奇声の発生源を見つけると、木の影でサングラスとマスクをしたピンク色の髪のウマ娘(不審者)が地面に横たわりビクビク跳ねていた。えーっと、あぁ……アグネスデジタルかぁ……。

 

「うわぁ! 君! 大丈夫か!?」

 

 兄さんはあまりの事態に驚きアグネスデジタルに駆け寄り心配している。

 ……あー兄さん? その子の事はそんな心配しなくていいよ? 

 

「はううぅ! ウマ娘ちゃん達のカプの間に、他人が挟まるのはNGなのに……でもパーマーしゃんの嫉妬メス顔……脳が破壊されるぅ……でも新境地にたどり着きそう!」

「うわぁ……君、頭大丈夫か?」

「嫉妬メス顔!?」

「あ! 分かりみが深い☆ かまちょして欲しそうにして可愛いかったよね★ キュンでぇす!」

 

 兄さんが顔を歪ませてドン引きして、アグネスデジタルの頭の心配をしている。

 まぁ気持ちは分かる……私も最初そんな顔してたし。

 てか、嫉妬メス顔ってなに!? いや嫉妬はしたけどメス顔って! 

 なんかその語感だと、私がいやらしいみたいじゃん! やめてよね! 

 

「しかも、パーマーしゃんをトロ顔にまでさせて!? なんなんですか!? 貴方は何者ですか!? ご馳走さまです!!」

「おっと~こいつは強敵だぞ……苦手なタイプだ。俺はパーマーの兄貴分だよ」

「トロ顔!?」

「よく、お兄とのLOVE話してる時になってるよ?」

 

 兄さんに苦手なタイプっていたんだね……ちょっとビックリ。

 てか、トロ顔ってなに!? ポーっとしてたけどそんな顔してた!? 

 しかも兄さんの話してる時によくなってんの!? 嘘でしょ!? 

 LOVE話? ……惚気話の事かな? え? 惚気? 

 

「ヒェ!? パーマーしゃんのお兄しゃん! 先のご無礼をお許しください! お兄しゃん!」

「いや、まぁ別にいいけど。あと、君に兄と呼ばれる筋合いはないが?」

「え? ヘリオス? 私は惚気話なんてしてないじゃん……何言ってんの?」

「え? だって、あんだけカッコいいとか、大好きとか、私の兄さんとか言ってんじゃん?」

 

 ……? 事実、カッコいいし、大好きだし。私の愛してる兄さんじゃん。

 別に、本当の事を言ってるだけで惚気話じゃなくない? 

 そりゃ兄さん本人に、私が言ってることがバレるのは恥ずかしいけど、ホントの事だし。

 流石に惚気聞かせるのは鬱陶しいだろうから、遠慮してたけど…… 

 

「はうわぁ! 冷たい……でも、推しの推し! しかも、キス待ち顔までさせるなんて……ッ! 激エモ尊い! どれだけデジたんを喜ばせるつもりですか!? ありがとうございます!」

「……やべぇ。無敵かコイツ?」

「え? だってそれは別に惚気じゃないでしょ? 本気の惚気を聞かせようか?」

「え? あれでLOVE話じゃないって……正気? マジで勘弁してください

 

 ヘリオスに真顔で断られた……なんか……ゴメンね? 

 ギャーギャー騒ぎながら、時間が過ぎて、混沌とした状況が、門限が近づきなんとか収まった。

 待ち合わせ時間を遅くしておいて、正解だったかもしれない。

 ヘリオスは、デジタルを引きずって連れ帰ってくれた。397(サンキューな)ズッ友フォエバー……

 デジタルは、今度惚気を聞かせて欲しいと言ってたけど本当にいいのかなぁ? 

 聞いてくれるなら惚気ちゃおうかな? 兄さんについて色々語りたいんだよね♪ 

 ヘリオス達を見送り、電車に揺られた後、兄さんの家へ続く薄暗い夜道を歩く。

 

「そういえば兄さん、ちゃんと私の言いつけを守って口説かなかったね」

「だから、お前等の中の俺ってどういう存在なん? そんなに女好きにみえるの? そもそも、俺そんなにモテねぇからな?」

「はいはい、そういう事にしておくよ」

「マジなんだけどなぁ……」

 

 女好きって本気で思ってる訳じゃないけど……

 自分の愛している人がモテるのは誇らしいけど、それ以上に心配だよ。

 私だって、そこそこルックスには自信が有るけど、周りに綺麗な子が多いんだもん。

 誰かに取られちゃいそうで……私を見てくれなくなるんじゃないかって不安になる。

 親友にすら嫉妬する醜い感情が、ドロドロと胎の中から溢れ出て来るんだよ? 

 私の本心を知ったら嫌われるんじゃないかって、いつも怖がってる。

 それでも聞いて欲しい。見て欲しい。出来れば……受け入れて欲しい。

 破滅願望なのかもしれない。だけどこんな心じゃ、兄さんに顔向け出来ない。

 

「あのね兄さん……私はさっきヘリオスに嫉妬したんだ。親友なのに……最低だよね 」

「バーカ。親友だからって負の感情を抱いてはいけない訳じゃねぇだろ。嫉妬しようが、喧嘩しようが、最終的に赦せるのが親友ってもんだろ」

「……そうかな?」

「少なくても俺はそう思ってるよ。……てかな、俺のツレ共なんてヒデェもんだぜ? 人の黒歴史を笑顔で抉るし、暴言吐き合って殴り合いなんてよくあるし、拉致られても助けちゃくんねぇし」

「……あはは! 何それ! ……って拉致!?」

「ゴールドシップにな……」

「……あぁ。なんていうか……その、ドンマイ」

 

 兄さんと話している内に、いつの間にか私の心は軽くなっていた。

 そうだよね……親友だからって、嫉妬したり喧嘩しちゃダメなんて事は無いんだ。

 親友に嫉妬を抱いたという、鉛の様な罪悪感や不安が私の胎の底に堕ちていく。

 きっとまだ、私の中にドロドロとした深淵の泥みたいな感情は残ってる。

 でも、それでいいんだ。それをコントロール出来ればいいんだ。

 醜い感情の代わりに、愛おしさが溢れ出て私を満たす。

 

「ねぇ……さっきの続きしてくれる?」

 

 気が付けば、兄さんの家の前まで来ていた。

 あとちょっと歩けばすぐそこなのに、私は今キスをして欲しかった。

 我慢が出来ない。今すぐに貴方を感じたい。

 

「まったく、我儘で可愛いお姫様だ」

 

 兄さんが私の顔に指を添えて軽く引き、視線が絡み合う。

 兄さんの顔が私に近づいてくる。 私はそれを受け入れ、そっと目を閉じる。

 

 私の額や首、そして唇にキスをしてくれる。

 慈しむように、情熱的に、愛情を注ぐように……

 

 本当に兄さんは卑怯だ。

 額にキスするだけで、私をときめかせる。

 首にキスするだけで、私を本気にさせる。

 唇にキスするだけで、私を夢中にさせる。

 

 兄さんからのキスが私を狂わせる。

 

 目の前が白色と桃色に瞬く。世界が酩酊としたように揺れる。

 自分の意思とは関係なく足が震える。自力では立っていられないほど力が入らない。

 ドキドキと鼓動が煩い。胸が狂おしく高鳴り心臓が破裂しそうだ。

 兄さんの唇が触れた場所が、燃えるように熱く、温かい。

 厚い胸板に縋りつき、兄さんの服を力なく握りしめ、腰を抱かれてようやく立っていられる。

 息は荒くなり、ハァハァと何とか呼吸を整えようとする度にキスをされる。

 本当に……なんて卑怯者なんだろう……♡

 

 浮かぶ満月だけが私達を見ている。月光が私達を照らす。本当に無粋な月だ。

 私と兄さんの逢瀬を邪魔するな。でも、赦してあげる。あまりに綺麗だから。

 

「大好きだよ。兄さん♡ ねぇ……これからもずっと私と一緒に月を見てくれますか?」

「……ずっと前から月は綺麗だな、それだけは永遠に変わらない」

 

 ホントにキザなんだから……けど、惚れた欲目かな? 凄く素敵だった。

 本当は私だけに堕ちて欲しい。兄さんが私に堕ちてくれる……考えただけで身震いする。

 それはきっと素晴らしく、気持ちいい事だろうから……でもきっと兄さんは、そうはならない。

 色々背負い込み、傷つき、ボロボロになっても、それでもなお、折れない心を持っているから。

 私だけに堕ちてくれない事を少し残念に感じる。

 だけど、そんな兄さんに私は恋に堕ち、そんな兄さんに私の愛を捧げたい。

 

 貴方と歩む世界は、息を飲むほど美しく輝いている。

 多くは望まない、三女神様お願い。兄さんと一緒に居る、代り映えの無い明日を私にください。

 なんでもない代り映えの無い日が、貴方が居ればそれだけで特別になる。

 人寄せぬ荒野だろうと、私は貴方の横にいて貴方の手を握りしめてあげたい。

 何度聞かれようとも、何が起きようとも、変わらぬ不変の愛を貴方に捧げたい。

 

I was born to love you.(貴方を愛する為に生まれてきました)

No matter how much time goes by, I love you.(未来永劫、君の事を愛している)

 

 

 

 

 

 ──世の中のラブソングより情熱的に、貴方への愛の唄を謡わせて。今宵も月が綺麗だから──

 

 

 

 

 




バ場状態は良……?か分からないようです。情報をお待ちください。




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Morning Lemontea ―a cup with love―

 アタシは毎朝、貴方に恋をする。

 朝に起きて貴方の事を想う。心が温かくなるような感覚が好きだ。

 いつもよりも心が弾むのは、今日がデートの日だからかな? 

 自分の部屋の中で精一杯のオシャレをする。お兄ちゃんに可愛いと思って欲しいから。

 姿見で全身を写して、変な所がないかをチェックする。

 うん、これなら、お兄ちゃんも褒めてくれるかな? 想像して頬が緩んでしまう。

 待ち合わせ時間までもう少しあるけど、そろそろ行こうかな。

 

「Wow! So cute! ドーベルおめかしして、今日はBoyfriendとDateですか?」

「あ、タイキ……うん、デートしてくるよ。あと今日は外泊するから」

 

 同室のタイキが朝食から戻ってくると、アタシの恰好を見て褒めてくれる。

 ……あ。デートの事で浮かれ過ぎて、余計な事言っちゃったかも。

 

「わかりました! 楽しんできてくださいネ! ……What!? 

「……あー、もう時間がないやー。じゃ、いってくるね」

「Wait! ドーベル! どういう事なんですか!? Please Wait!  Wait! 

 

 ……帰った時に絶対に色々と聞かれる。

 メジロ家に泊った事にしよう。実際、メジロ家に泊まるのだから。

 ただ、お兄ちゃんと一緒にだけど……

 休み明けにメジロ家から直接、登校する為に制服などを入れた鞄を掴み部屋を出る。

 タイキが後ろで何か言っているけど、聞こえないフリをして寮を飛び出す。

 逃げ出すために駆け出した脚は、お兄ちゃんに会えるのが嬉しくて、いつもよりも軽かった。

 

 

 

 待ち合わせ場所の駅に着くと、もうお兄ちゃんは待っていた。

 毎回、早く着くのに……いつもお兄ちゃんは先に待ってる。

 たまには、待つ楽しみを経験させて欲しいんだけど……

 前にそれを言うとお兄ちゃんは、悪戯っぽく笑ってウインクするだけだった。

 キザな仕草なのに、不思議と不快感はなく、お兄ちゃんに似合っていた。

 

「おはよう、今日の恰好も可愛いな。天使かと思ったよ」

「おはよう……お兄ちゃんのバ鹿。ほら! 行こ!」

 

 いつもコレだ。アタシに会う度にいつも可愛いと言ってくれる。

 ……余計な修飾語もついていて恥ずかしいけど。

 アタシが自分なんて可愛くない言おうものなら、お兄ちゃんが事細かにアタシを褒める。

 いつもの感覚で自分を卑下して言ったら、公衆の面前でひどい目にあった。

 今思い出しただけでも、顔が赤くなる。

 それ以来、お兄ちゃんの前では、絶対に言わない様にしている。

 今度は何を言われるか分かったものではない。

 

 お兄ちゃんの手を握ると、お兄ちゃんは鞄をアタシから奪い、ギュッと握り返してくれる。

 気恥ずかしさと嬉しさが、アタシの心を擽り、胸が弾む。

 手を握ってくれる。それだけで、胸が弾むアタシってチョロいのかな? 

 

「さて、今日は何処に行くんだ?」

「……ありがと。今日は画材屋さんに付き合ってくれる?」

「勿論だよ。俺の可愛い天使様」

 

 ……本当に質が悪い。恥ずかしいけど……それ以上にやっぱり嬉しい。

 昔も勿論優しかったけど、こんなに甘い言葉を言いう人だったっけ? 

 何だか箍が外れてない? ……まぁ嫌じゃないけど。

 

 電車に揺られて目的駅に着き目的地のお気に入りの画材屋さんまで歩く。

 お兄ちゃんはアタシと歩く時に、いつも歩調を合わせてくれる。

 それが大事にしてくれている事が伝わって、堪らなく嬉しい。

 いつもよりもゆっくりと時間を掛けて歩く。繋いだ手を離すのが惜しくて……

 ただ、そこまで離れていない場所の画材屋さんだからすぐに着いてしまう。

 ……もう少し手を繋いでいたかったなぁ。

 店内に入るとお兄ちゃんは珍しそうにキョロキョロと辺りを見回している。

 その仕草が、なんだか子供っぽくて可愛い。

 

「おー、めっちゃデカい店だな。そういえば、今日は何を買うつもりなんだ?」

「つけペン用のインクが切れちゃって……あと、ペン先と用紙も買う予定」

「了解。……ちょっと俺も買い物してもいいか?」

「うん。ならすぐに商品持ってくるから、一緒に周ろ」

「ゆっくり選んでもいいんだぞ?」

「あはは、買うモノは決まってるからそんなに掛からないよ」

 

 お兄ちゃんが気遣ってくれるけど、お兄ちゃんの買いたい物も気になる。

 行きつけの店だから、商品の場所も把握しているからアタシの目的の物はすぐに揃った。

 お兄ちゃんの持っている買い物カゴに商品を入れる。

 

 

「沢山持たせてゴメンね。アタシが買い物カゴ持つよ」

「いや、別に重くも無いから大丈夫だ」

「もーお兄ちゃんはすぐそうやって……いつでも持つから言ってよ?」

「心配してくれてありがとな」

「別に……普通だし」

 

 アタシは気恥ずかしさで、ぶっきらぼうに答えてしまった。

 でも、お兄ちゃんは気にせず笑ってアタシの頭をガシガシと撫でてくれる。

 セットした髪が崩れるからやめて欲しい。怒ったふりをして後ろを向く。

 クラフトのコーナーに行きたいとお兄ちゃんが言うので、振り向かないで案内する。

 振り向かないのは、決して顔が熱くなっているからじゃない。

 お兄ちゃんはクラフトコーナーで、少し悩みながら商品をカゴに入れていく。

 石粉粘土にアクリル絵具とニス、革紐とカラー麻紐と木製フープ。

 ……? 何を作るつもりなんだろう? 

 

「ねぇお兄ちゃん。何を作ろうとしてるの?」

「……お前等はさ、俺が勘当されてる時に寝付きが悪かったんだろ? 詫びって訳じゃねぇけど、フクロウの置物とドリームキャッチャーでも作ろうかと思ってな」

「そっか……ありがと」

 

 また心が温かくなる。愛おしさがこみ上げてくる。

 今日もまた、貴方への恋が愛に変わる。

 本当に勘弁してほしい。どれ程アタシの心をときめかせるつもりなんだろう。

 顔に手を当ててニヤケる顔を直そうとするけど、顔が元に戻らない。

 

「なぁ、なんでさっきからちょくちょく後ろ向いてんだ? ドーベルの可愛い顔が見えないぞ?」

「なんでもないから……早く会計済ませてご飯に行こ」

「……? 分かった。会計してくるからちょっと待ってろ」

 

 ニヤケた顔を見られない様に後ろを向いていたら、お兄ちゃんはサッサとレジに向かいアタシの分まで会計してしまった。

 慌てて代金を払おうとしても、お兄ちゃんは頑なに受け取ってくれない。

 買い物に付き合って貰ったのに……アタシだってレースの賞金でそこそこ稼いでるのに……

 

 画材屋さんから、また少し歩き目的の店に着く。

 着いたのは隠れ家的なオシャレな焼肉店。

 昼は定食を出しているらしくて、凄い美味しいと教えて貰った。

 暖簾を潜ると店員さんの、威勢のいい声がアタシ達を迎える。

 

「いらっしゃいませ!」

「すみません。予約したメジロです」

「お待ちしてました! こちらへどうぞ!」

 

 案内された席に着くと、おしぼりとお冷を渡される。

 注文はもう予約の時にしているので喉を潤して待つ。

 予約していた席以外は満席だった。期待感が高まる。

 

「おぉ、なんだか雰囲気の良い店だな」

「ここはエアグルーヴ先輩が、教えてくれたお店なんだ」

「へぇ、エアグルーヴがね。いい店知ってんだな、あいつ」

「……ねぇ、先輩とどういう関係なの?」

 

 エアグルーヴ先輩の事を、随分と親しげに呼ぶんだね……お兄ちゃん。

 そういえば、あの再会した時にも一緒に居たね……

 自分の心から、嫉妬の炎が這うを感じる。これはどっちに対しての嫉妬なんだろう。

 尊敬している先輩と、親しげなお兄ちゃんに対してか。

 それとも愛しているお兄ちゃんと、親しげな先輩に対してか……

 

「エアグルーヴ? 別にただの知り合いだぞ? 強いて言えば取引先?」

「と、取引先?」

 

 え? 取引先? どういう事?

 予想外のワードに面喰って、頭の中が混乱している。

 

「俺が手伝いをしてる農園の作物を学園に卸しててな? その調整とかで顔を突き合わせてるだけだ。まぁ世間話するくらいの仲かな?」

「そうなんだ……良かった♪ 

「お待たせしました! 牛カツ定食です!」

「お、ありがとうございます。ドーベルなんか言ったか?」

「ふふ、なんでもない♪ 食べよ!」

「そうだな、頂きます」

 

 タイミングよく料理が来て、アタシの呟きはお兄ちゃんには聞こえなかったみたいだ。

 嫉妬の炎が収まり、心が軽くなるのを感じる。我ながら単純だ。

 でも、ヤキモキするのも不思議と楽しく感じる。

 

 出て来た定食は、牛カツと具がネギだけの味噌汁とご飯のシンプル定食だった。

 調味料はタレとワサビの2種類。まずは、そのまま食べてみる。

 ……凄く美味しい! 流石、エアグルーヴ先輩のお勧めのお店! 

 柔らかくって少し歯に力を入れただけで嚙みきれる! 

 赤みがまだ残ってるけどそれが逆に歯触りの良さに繋がってるんだ……

 血の味も臭みがなくて上品で、脂がほんのりと甘みを出している。

 

「おぉ……美味いな。これ本ワサビか。少し苦みがあるけど爽やかな辛味がいい。ワサビが肉の脂をサッパリしてくれて、鼻から抜けるワサビの香りが食欲が増す」

「お兄ちゃん! タレも美味しいよ!」

「醬油ベースか……焼肉屋のタレとしてはサッパリしすぎだが、それが逆に肉のポテンシャルを損なわせず肉の味を後押ししてるな……米が進む味だ」

 

 お味噌汁も美味しい……ホッとする味だ。これだけでもご飯が進むよ、これ。

 ネギだけのシンプルさだから、カツオ出汁とお味噌の旨味を邪魔しないでダイレクトに感じる。

 二人して美味しいと言いながら食べ進めた。

 結局、ゆっくりと味わいたかったけど、美味しさですぐに食べきってしまった。

 はしたなくなかったかな……? 今更ながら恥ずかしくなってきた。

 

「……ちょっと、お手洗いに行ってくるね」

「おぉ、行ってきな」

 

 鏡を見て、自分の姿に乱れがないかを確認する。

 食事でリップが落ちていたので塗り直し、髪のセットを手早くなおす。

 少し顔が赤いけど……まぁ許容範囲でしょ。

 

「お待たせ」

「んじゃ行くか」

 

 水を飲んでいたお兄ちゃんが、アタシが戻るのを確認すると立ち上がる。

 お兄ちゃんがスタスタと店の外に出ようとする。

 

「ちょっと待って、まだお会計が……」

「ん? もう払っといた」

「え? アタシに払わせてよ」

「オイオイ、こういう時は男を立てるもんだぜ?」

「……ごちそうさまです」

「あいよ」

 

 それは時代錯誤だよって言いたかったけど、言葉を飲み込んだ。

 こういう時のお兄ちゃんは、絶対に引かないから。

 まったく……本当に頑固なんだから。

 お兄ちゃんは、よく人の事を頑固だと言うけれど、お兄ちゃんが一番頑固だよ。

 

「この後、どうする?」

「ちょっと早いけど屋敷に戻ろう」

「いいのか? 服とか見に行ってもいいんだぞ?」

「どうせ、お兄ちゃんがお金を出すんでしょ? だから行かない」

「別にいいじゃねぇかよ。ドーベルの可愛い姿が見られるんだ、必要経費にしたって安いモンだ」

「いいの。それに元々、お昼ご飯の後は屋敷に戻る予定だったから」

「……わかったよ。今日のデートプランはドーベルに任せてるからな」

 

 アタシはちょっと嘘をついた。

 本当はお兄ちゃんの好みの服を選んでもらって、それを買おうと思っていたけど……

 これ以上、お兄ちゃんにお金を使わせたくない。

 なんだか、それじゃあアタシがお兄ちゃんを利用して、貢がせてるみたいでイヤだ。

 

「それじゃ、エスコートさせて頂いてもよろしいかな? 可愛らしい俺のお嬢様」

「ふふ、何それ……えぇ手を取って頂けますか? アタシの愛しのジェントルマン」

 

 お兄ちゃんは差し出したアタシの手を取り、手の甲にキスをする。

 本当に油断するとすぐにコレだ……

 お婆様も言ってたっけ、もしかするとお爺様にイタリアの血が入ってるかもしれないって。

 冗談半分で言っていたけど、お兄ちゃんの事を思うと納得できる。

 お兄ちゃんの指がアタシの指に絡む……俗に言う、恋人繋ぎ。

 

「お兄ちゃん、荷物重くない? 爺やに迎えに来てもらう?」

「いや重くないよ。それに今はドーベルと手を繋いで歩きたい気分だ」

「……そっか、アタシもお兄ちゃんと手を繋いで歩きたい気分だった」

「なら、相思相愛だな」

「……お兄ちゃんのバ鹿」

 

 ギュッとお兄ちゃんの手を握ると、優しく握り返してくれた。

 ……やっぱり、アタシってチョロいかも。

 何を話すでもなく、屋敷までの道のりを手を握りしめてくれて、ゆっくりと歩く。

 ただそれだけで嬉しく、そして楽しかった。

 

 お兄ちゃんといると時間が極端に短くなる。

 屋敷までそこそこ距離が有った筈なのに、気が付けばもう着いてる。 

 

「おかえりなさいませ、若様、ドーベルお嬢様。言ってくださればお迎えに上がりましたのに」

「ただいま、爺や。……デートについて来ようとするのは、年寄りの冷や水が過ぎるぞ?」

「ハッハッハ、これは失礼、些か無粋でしたな。お茶をご用意します。談話室でお待ちください」

 

 屋敷に着くと、爺やが出迎えてくれた。

 爺やはお兄ちゃんの軽口に朗らかに笑う。

 談話室で待っていると、サービスワゴンにティーセットを乗せ運んできてくれた。

 ケーキスタンドにマカロンやクッキー、カヌレなどが乗っている。

 ……マックイーンが“減量中にメジロ家へは帰りたくない”と言っていたのを思い出した。

 概ね同感だ。体重が増えすぎない様にしないと……

 

「お食事はおすみのご様子だったので、スイーツをお持ちしました」

「……ありがとう、爺や」

「いえいえ、ドーベルお嬢様。この程度に礼は不要で御座います」

「給仕は俺がしよう。爺やは下がってていいぞ」

「かしこまりました」

 

 爺やが外に出たのを確認すると、お兄ちゃんが苦笑いでこちらを見ていた。

 お兄ちゃんは食べさせたがりだけど、案外減量に理解がある。

 ……その分、減量明けに、しこたま食べさせられるんだけど……

 まぁ日持ちする物ばかりだから、すぐに食べなくてもいいかな?

 お兄ちゃんが紅茶を淹れてくれて、穏やかで楽しい時間が過ぎる。

 本当に和やかな時間が好きだ。貴方の事を愛していると再確認できるから。

 この何気ない日常が堪らなく愛おしい……

 

 

 

 気が付けば日も落ち始め、夕焼けが部屋を照らしている。

 本当にお兄ちゃんと一緒に居ると時間が早く感じる。

 不意に談話室の扉からノックの音が聞こえ、お兄ちゃんが入室を促すと爺やが入ってくる。

 

「失礼いたします。ドーベルお嬢様、例の物が届きましたが……如何、致しましょうか?」

「あ、ホントに? なら持ってきてもらってもいいかな?」

「かしこまりました。少々お待ちください」

 

 爺やがアタシの荷物を持ちに部屋を出た。今日届いてくれて良かった。

 お兄ちゃんは、不思議そうな顔でアタシを見ている。

 

「……例の物? 俺は席を外した方がいいか?」

「ううん、此処にいて。お兄ちゃんに渡したい物だから」

「渡したい物?」

「お待たせしました。ドーベルお嬢様、どうぞこちらです」

「ありがとう、爺や。お兄ちゃんへのプレゼント。受け取ってくれる?」

 

 爺やが持ってきてくれた桐の箱を、お兄ちゃんに渡す。

 プレゼント……気に入るといいけど。

 

「……これは、酒か? 葦名の竜泉じゃねぇか! マジかよ!」

「お兄ちゃん、いつもありがとう。お礼だから受け取ってください」

 

 お兄ちゃんに贈ったのは所謂、幻の酒と言われている日本酒。葦名の杜氏が作る至高の酒。

 製造量も極端に少なく、杜氏が時間と素材を惜しみなく使って、ようやく出来る情熱の結晶。

 

「……いや何で!? 別に誕生日でもなんでもないぞ!? こんな高い酒受け取れねぇよ!」

「おやおや、若様……女性からのプレゼントを断るのは些か無粋が過ぎますな」

「あーまぁ確かにな……ありがとなドーベル。後で存分に味合わせてもらうよ」

「我儘言っていい? 今飲んで欲しいんだ」

「は? 今か?」

「うん、今。お兄ちゃんのお酒を飲んでる所を見てみたいんだ」

「えー……なんでそんな所を見たいんだよ」

「だってお兄ちゃんが酔ってる姿、見たことないんだもん」

 

 いつもと違う貴方をみたい。

 お兄ちゃんは、あまりアタシ達の前ではお酒を飲まない。

 酔っぱらってアタシ達に迷惑を掛けたくないと言っていた。

 だから、アタシ達はお兄ちゃんが酔っぱらった姿を知らない。

 あの日の夜の事は……その……別枠で……

 

「……酔っ払いなんて、そんなにいいもんじゃないぞ? まぁいいさ、実は俺もすぐにでも飲んでみたくて、うずうずしていたんだ」

「もしよろしければ、おつまみをお持ちしますが? それとも、なにか作らせましょうか?」

「ドーベルに軽食をやってくれ。俺は塩だけでいい。こんないい酒は、なるべく濁したくない。ドーベルからのプレゼントなら尚更な」

「かしこまりました」

 

 プレゼントを貰った子供の様に興奮しつつ、お兄ちゃんはニコニコ笑っている……可愛い。

 爺やが部屋を出て、しばらく待つと漆器製の盃と塩、サンドイッチを持ってきてくれた。

 爺やは手早く配膳すると、静かに一礼すると退室していった……気を遣わせちゃったかな? 

 でも、正直有難い……いくら爺やでも、お兄ちゃんとの時間を邪魔して欲しくない。

 お兄ちゃんの隣に座り直し、お酌をするとお兄ちゃんは盃に顔を近づけ香りを楽しんでる。

 

「堪らぬ匂いで誘うじゃねぇか……ぷはぁ……実に染み入る」

「お兄ちゃん、美味しい?」

 

 正直、アタシはあまりお酒の匂いは好きじゃなかった。

 でも、このお酒から感じる香りは、完熟した桃の様な甘く、それでいて爽やかな匂い。

 お兄ちゃんがゆっくりと、盃を呷ると目を閉じて、噛み締める様に呟く。

 

「ああ、果実の様に香り高く、口当たりは絹の様な滑らか、そして……いや、御託は無粋だな。ただただ美味い……本当にいい酒だ。ありがとなドーベル」

「どういたしまして♪ お兄ちゃんが喜んでくれて良かった」

 

 お兄ちゃんは、時々塩を舐めながら時間を掛けて飲む。

 盃が空になる度にお酌をする。

 ……なんだかお兄ちゃんのお嫁さんになったようで楽しい。

 酔いが回るとお兄ちゃんのテンションが、いつもより3段階ほど高くなった。

 上機嫌になってきたお兄ちゃんを見て、ふと疑問が沸き上がる。

 

「そいえば……お兄ちゃんは、なんでお酒を飲み始めたの?」

「……あー、うん。爺さんには言うなよ? 実はな爺さんに憧れたんだ」

「お爺様に?」

 

 お兄ちゃんとお爺様は、仲が悪い訳じゃ無いけど、暇さえあれば煽り合い、じゃれ合っている。

 その関係に、ちょっぴりだけ嫉妬する。

 普段なら言わないだろうけど、酔いのせいかお兄ちゃんはお爺様との思い出を饒舌に語る。

 

「ああ、爺さんが昔飲んでる時に一緒に居てな。酒を飲んでる爺さんが、なんていうか凄い絵になってて……カッコ良かったんだよ。フィリップ・マーロウみたいに見えた」

「そうなんだ……」

「それで俺も、そんな大人になりたいって思ってな。今は好きだから飲んでるだけだけどな!」

「そっか……アタシもお兄ちゃんにみたいな大人になりたいな」

 

 頑固で自罰的で自分勝手などうしようもない人。でも、明るく優しい大らかな愛の深い人。

 アタシの大好きで愛している素敵な人……そんな貴方に近づきたい。

 

「あぁ? 俺みたいな? やめとけ! やめとけ! 俺なんて、ろくな奴じゃねぇよ。ハハハ!」

「お兄ちゃんは凄い素敵な人だよ! ……お酒かぁ、いつか飲んでみたいな」

 

 いつもの余裕のある笑顔じゃなく、上機嫌な子供の様な笑顔でお兄ちゃんが陽気に笑う。

 ……可愛い。なんだか母性本能を擽られる。アタシって子供が好きなのかもしれない。

 

「ありがとよ。……その時は俺と飲んでくれよ! ハハハッ!」

「うん! 二十歳になったら一緒に飲もうね!」

「だがな、ドーベル。酒には注意点がある!」

「……注意点? なんだろう? 教えてくれる?」

「恋も酒も人を熱くし、明るくし、くつろがせる。だがな、酒を飲むようになったら気を付けろ。人類は酒の事を友だと思っているが、酒は平気で裏切ってくるからな! アーハハハハハハッ!」

 

 いつもと違う姿を見れた。本当にお酒を贈って正解だった。

 悪童の様に悪戯っぽく笑うお兄ちゃんが、とても可愛らしく見えた。

 新しい貴方の一面を見て、それがとても嬉しくて、そして愛おしさが溢れる。

 

 

 

 

 

 日が完全に沈み、夜になる頃には、お兄ちゃんはお酒を飲み干しソファーで寝てしまった。

 こんこんと寝入るお兄ちゃんを、アタシの部屋まで運びベッドに寝かせる。

 シャワーも浴びていないお兄ちゃんから、汗の匂いがする。

 本来であれば不快な香りの筈なのに……堪らなく愛おしく感じる。

 アタシがお兄ちゃんを愛しているからだろうか? 

 それがなんだか負けた様な気がして、お兄ちゃんの頬をグニグニ引っ張る。

 ふふ、面白い顔。つい興が乗って色々と悪戯をしてしまう。

 耳をつねったり、鼻を摘まんでみたり、頬を撫でてみたり、……唇に指を這わせてみたり。

 ……唇に触れた指先から、愛おしさがまた溢れる。

 どこまでアタシの愛は沸き上がるのだろうか? 今日だけで貴方への愛が溢れ出て止まらない。

 

 アタシは貴方に謝罪も、贖罪も、縋りつく資格も失ったと思っていたのに……

 貴方はそんな事、知った事じゃないとばかりに、アタシを赦し、愛してくれた。

 恐ろしくも情熱的で、無様で美しく、憎たらしい程愛おしい。

 今でも、そんな貴方の姿がアタシの心に焼き付いている。

 それでも、もう恐ろしさは不思議と感じない。

 貴方の体と触れ合い、貴方の心と通じ合ったからだろうか……?

 

「おやすみなさい、お兄ちゃん。アタシは、あなたを愛しています」

 

 アタシは毎夜、貴方に愛を捧げる。

 こんなにも胸が締め付けられるほど切ないのに、アタシの心は愛おしさで満ち満ちている。

 寝ている貴方の額に口付けをする。出来れば毎晩、貴方に口付けをして眠りにつきたい。

 おやすみなさい。大好きな貴方。貴方の目覚めが、有意なものでありますように……

 

 

 

 

 

「おはようドーベル。お前が好きなレモンティーを入れてみたんだ。飲んでくれるか?」

「おはようお兄ちゃん。覚えててくれてありがとう。頂くわ」

「今日は日差しが温かいし、風も穏やかだ。昼はピクニック気分で外でなんてどうだ?」

「……うん!」

 

 アタシは朝、貴方にまた恋に落ちる。

 ねぇ、お兄ちゃん……アタシは貴方にとって誇らしい存在になれているでしょうか? お兄ちゃんの心にアタシは焼き付いているでしょうか?

 貴方が家を出て色々な思い出を作っても、アタシ達の事を忘れないでくれてありがとう。

 アタシが想いを託した少女漫画よりも、素敵なこの日常がいつまでも続きますように。

 

 

 

 ──穏やかな風の中、夏の木漏れ日のような、ホッとできる貴方の肩で眠らせてください。貴方の心の中心に、アタシを居させてください──

 

 

 

 




ターフの状態は良……?の発表です。


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Vulture

時系列がだいぶ後の話になります。
次以降の話は時系列が戻りますのでご注意ください。
会社関係は自分の妄想なので深くは突っ込まないでください。




 大学を卒業し数年が過ぎた。

 就職先を色々考えていたが結局、目白家の財閥に就職した。

 まぁ養う家族が多いので、自分の食い扶持だけ稼ぐだけでは足りないからなぁ……

 アルダン達もレース等の賞金や仕事もあるので、好きな事をして欲しいと言ってくれた。

 だが、それじゃ俺のプライドが赦さんのじゃ! 意地があんだろ、男の子には! 

 爺さんから目白家関連の会社には、コネで入る事は禁止された。

 勿論、俺も最初からそのつもりだったので、母方の苗字で面接まで漕ぎ着けた。

 流石に最終面接まで行くと、俺の事を知っている社員もいるので完全な実力とは言い難い。

 正直、ただのコネ入社だと役員には思われ、俺に聞こえる様に陰口などを言われている。

 ……まぁ、ある意味その通りだが。少し前に自分の我儘を通した事も有り、最近は特に顕著だ。

 だが、そういう声は真正面から実力でねじ伏せれば良し。

 という訳で、今は関連会社の一般社員をしている。役員会議とかには参加しているけどな。

 ……ちょっと、水戸〇門とか〇れん坊将軍みたいで楽しいのは内緒だ。

 

 さて今は、今日の業務も終わり帰宅している。

 金曜日という事もあり、帰りの電車内もどことなく浮ついた空気が漂っている。

 まぁ、かく言う俺もその一人なのだが……今日は用事もあるので寄り道をせずに帰路につく。

 通り慣れた道を歩き、相変わらず田所一家の経営するアパートに帰ってきた。

 ……鍵が開いてる。まったく、今日は誰だ? いい加減慣れて来た。

 

「あ、おかえりなさいませ兄様♪ お食事にしますか? お風呂にしますか? それとも私?」

「ただいまアルダン。……どこで覚えて来るんだ?」

「もう、いけず……うふふ、お友達が教えてくれるんです♪」

「……そうかぁ。いい友達だなぁ……そういえばパーマー達はどうした?」

 

 アルダンは大学に入ってから、友人に色々教わったり、遊んだりしている内に世間知らずな部分も減った。

 成長している事は嬉しいんだが……恋人兼兄貴分として、こういう成長はどうなんだろう? 

 まぁ、俺も人の事言えた立場じゃないし……ってか俺のツレの方が酷かったわ。

 アルダンを筆頭に、彼女達は大学部に入学すると、俺の住んでいるアパートに引っ越して来た。

 なので、今住んでるアパートは全部屋がメジロ家で埋まっている。

 瞳さんが滅茶苦茶、喜んでたけど……そりゃ全部屋埋まってたら嬉しいわな。

 セキュリティ大丈夫? って思ったが爺さんが札束でぶん殴って、セキュリティ問題を解決した。……俺の部屋以外。

 何故か俺の部屋の鍵を、彼女達全員が持っている状況に……なんでや! 

 なので、必然的に俺の部屋が溜まり場になる。

 ……うん、嬉しいよ? 嬉しいんだけど……その、俺にもプライベートな時間をください。

 

「彼女達は友人と遊びに行ったり、レースの調整の追い込みで帰って来れないそうですよ?」

「そうか」

「二人っきりですね……♡」

「俺はすぐに出るけどな。だから先に寝てていいぞ。自分の家でな」

「あら、つれないですね……なんて冗談です♪ 今日は飲み会ですよね?」

「あぁ。だからアルダンは明日……な?」

「……はいッ♥ コホンッ! 荒谷さんが日本に帰って来たんでしたっけ?」

「そーそー」

「そうですか……目一杯楽しんできてください♪ 私は明日……お願いしますね♥」

 

 荒谷は大学を出てすぐに世界旅行に出かけた。昔からそれを目的に金儲けをしていたらしい。

 愛車とバックパック一つで世界を周り、昨日帰国した……アイツすげぇな。

 そういう事も有り、久しぶりに四人で飲もう、って事になった。

 

「じゃ、行ってくる……いい子で待ってろよ?」

「はい♡」

 

 

 

 

 

「なんでいつもの店じゃないんだ? 久しぶりにマトンのオッサン揶揄おうと思ったのに」

「もう、そこ無いぞ?」

 

 駅で集合し再会の挨拶もそこそこに居酒屋へ移動してた。

 注文を済まして、荒谷はお通しの枝豆をモソモソと食べながら俺達に疑問をぶつけて来た。

 そういえば、荒谷は知らなかったな……

 

「ストレイ・シープなくなった!? マジかよ……」

「丁度、お前が世界旅行に出かけた辺りで閉店した」

「トーマスさんのお店は居心地が良かったんだけどね……残念だよ」

「あぁ、種の繁栄がどうのと言っていたな。それがどういう意味なのかは知らんが」

 

 あの店どんだけ騒いでも、なんだかんだ許してくれたから都合が良かったんだが……

 ダッサいグラサンして白いスーツ着て、ややヘタレのマスター……好きだったんだけどなぁ。

 奥さんに浮気がばれて殺されかけたって話を、何回もしてくるのは止めて欲しかったが。

 

「じゃぁアメリカで見た店はマジでマトンのオッサンの店だったのか……寄れば良かった」

「あぁ? あのマスター、今アメリカで店してんの?」

「へぇ、あのつまらないパズルゲームの筐体も置いてあるのかな?」

「あれの何が楽しいのか、オレには未だに分からん」

 

 あのマスター、何やってんだ? もう結構な歳だったろうに。

 まぁ、あの歳で新しく挑戦するってのもすげぇ話だ……

 

「まぁ何はともあれ、荒谷が無事に帰ってきた事に……乾杯!」

「「「乾杯!」」」

 

 話が途切れたタイミングで、丁度良く酒が来たので俺が音頭をとる。

 という訳で、久しぶりのバカ共との酒宴が始まった。

 

 

 

 

 

「そういえば、最近仕事はどうなんだ?」

「俺は目白の関連会社の方で働いてるな。まぁ役員会で嫌味を言われる日々だな」

「僕は父の法律事務所で修行中の身だね……なかなか学んだ事と現場の違いに戸惑っているよ」

「オレはただ淡々と仕事をしているだけだな……個人的な研究は完成したが採用されなかった」

 

 荒谷の旅行中の話や、最近あった事など話していると荒谷がそう聞いてくる。

 酒も進み、気分が高揚して口も軽くなった事も有り愚痴の様な言葉が出てしまう。

 

「そういや、烏丸は知り合った時から何か作ろうとしてたな」

「あーなんかパーツがどうのとか言ってたっけ?」

「へぇそうなんだね。どんなものを研究していたんだい?」

 

 何かを作っていた事は知っていたが、具体的に聞いた事なかったな……

 じゃ、その話を酒の肴にでもして盛り上がるか! 

 なんて考えていたんだけどなぁ……

 

「あぁ……オレが研究していた物はな────────―」

 

 

 

「……なぁ荒谷。俺はそこまで経営とかに詳しい訳じゃねぇけどよ……勝算高くね?」

「……勝算しかねぇよ。むしろコレでコケたら、相当な無能だ」

「僕は門外漢だけど凄い事は分かるよ。でも、具体的にどのくらいなんだい?」

「やってる事がほぼ医療革命」

 

 荒谷がボソりと呟いた。

 だよなぁ……医療革命に近いよなぁ。

 てか、この情報コンプライアンス的に大丈夫か? 絶対に外に漏らしちゃダメな情報じゃね? 

 

「会社では、夢物語だと言われた。オレ個人で作った試作機でも上手くいっているんだが……」

「お前さ……会社内で嫌われてない?」

「ああ、嫌われているだろう。だが、むしろ必要最低限の話で済むから楽だ」

 

 烏丸は言い方がなぁ……昔から勘違いされやすいからそのあたりか? 

 いやだとしても、こんな好機を逃すか普通? 

 ……なんとか出来ないのか? 散々俺を救ってくれたコイツ等に何か報いる事が出来ないのか? 

 ふとある考えが思いつく。

 

「なぁ……俺達で会社作らねぇ?」

「……資金とコネが無ければ難しいね」

「資金面は俺が目白から引っ張ってくるか、部門を立ち上がらせるから問題ねぇな。あとコネに関しては荒谷……お前どうせ世界中に作って来ただろ?」

「それに関してはバッチリだ。ついでにそのまま販路に出来るぜ。ついでにロボexpoにでも展示すりゃいいだろ」

 

 上田から意見が上がるが、資金面は俺がコネに関しては荒谷が問題をクリアできる。

 あと、どうせそんな事だろうと思ったが、やっぱ荒谷はコネを作って来たか。

 前から思ってたが何なんだよ、お前のそのコミュ力。

 

「烏丸、仮に生産するとして安定生産と技術盗用の対策は?」

「生産に関してはパーツ事に作りアセンブルする事で、ある程度量産は出来ると思う。盗用対策としてはOSはオレ独自の物を使用しているし、スパゲッティコードにしてあるから解析は困難だ。

 保守についてはオレが居れば問題ないが、それ以外は諦めろ。またリミッターを設けているから巨大兵器などの軍事転用は不可能にしている。絶対に兵器にはさせてない、絶対にだ」

 

 お、おう……そうか。

 とりあえず、生産性と盗用対策は烏丸を信じて大丈夫だろう。

 しかし、軍事転用か……盲点だったな。

 だが烏丸がこれ程までに言っているなら、兵器にはならないだろう。

 

「上田、お前が企業内弁護士になれ」

「まったく急だね……でも面白そうだし、吝かではないよ」

 

 上田の親父さんには悪いが、引き抜かせてもらおう。

 正直、俺を含めて法律関係に詳しいのは上田しかいない。

 引き抜きが無理なら顧問弁護士で雇入れするか。

 

「後は会社名か……なんか案ある?」

「アノールロンドってのはどうだ?」

「……なんだか、最終的に乗っ取られそうだから却下」

 

 何だろう……最初は栄華を誇るが、その内寂れて、変な奴に乗っ取られそう。

 

「レイクヴィラっていうのはどうだろう?」

「んー保留だな。良い名前だけど別に湖の近くでもねぇし、別荘でもねぇ」

 

 その名前にするなら、北海道洞爺湖町に本社を置かなきゃいけない気がする……

 

「ストレイド」

「迷っちゃダメだろ」

 

 よりによって、企業の名前としたらダメだろ。

 

「ごちゃごちゃ言いやがって! ならお前の案はなんだよ!」

「……シュープリス」

「はぁ!? 散々ダメ出ししておいてそれかよ!? なんで断頭台なんだよ!!」

「あー俺達が世界を変えるって事で、今までの常識と決別する的な?」

「お前ってやっぱりバカなんじゃねぇの? バカだったわ」

「アハハ……流石に擁護できない」

「笑止」

「うるせぇ! うるせぇ!」

 

 自分でもどうかなぁって思ったけど、そこまでボロカスに言わなくてもいいじゃねぇか! 

 あれやこれやと意見を言っては誰かからダメ出しが出る。

 最終的には俺がひねり出したシンプルな意見でようやく纏まった。

 

「じゃぁ会社名は“NEXT”って事でいいな?」

「いいと思うよ。次のステージに行くって意味でも素敵な名前だ」

「革命家気取りか? まぁ、お前にしては、いい案だと思うぜ?」

「世界は俺達が変える……か。随分とロマンチストじゃないか」

「……うるせぇ」

 

 ロマンチストな革命家気取りか……なんだか水没しそうな響きだな。

 でも、キャラとしては面白いかもしれん……

 

「世界は俺達が変える。さぁ“NEXT”のお披露目だ。諸君……派手に行こう。……なんてな!」

「なにお前カッコつけてんの? アホなんじゃねぇの? アホだったわ」

「……正直、まったく似合ってないよ?」

「自分に酔っているな……」

「……」

 

 え? 普通そこまで言う? 酔ってテンションが上がっただけじゃねぇかよ……

 それからギャーギャーと騒ぎ散らし時を忘れて騒いだ。いやぁ酒が美味い! 

 アーハハハ! 今日はいい日だ! コイツ等とつるんで会社を作る! 

 心が躍ってしまうな! これから絶対に楽しくなる! 

 荒谷達との久しぶりって事も有って、めっちゃ楽しい宴会だった……飲み過ぎるくらいに。

 

「荒谷君、彼を送ってくれないかな?」

「オレは帰る。荒谷、あとは頼んだ」

「ふざけんな! 今日は俺が主役じゃねぇのかよ! なんで酔いつぶれたコイツを送んなきゃなんねぇんだ!」

「つぶれてませ~んwwwちゃんとおきてま~すぅwww」

 

 まったくぅ! 俺はそんなに酒弱くないぞぉ?www

 久しぶりだからって忘れんなよぉwww

 

「なぁ……そこら辺に捨てちゃダメか?」

「「ダメ」」

「クソが」

 

 荒谷に肩を借りながら、なんとか家に着く。

 文句を言いながらも送ってくれる荒谷は、相変わらず良い奴だなww

 口は悪いけどwww

 

「兄様♪ おかえ……あら? 荒谷さん? お久しぶりです」

「あーえっと? あぁメジロアルダンか……このクソを引き取ってくれ」

「誰がクソだぁw俺かぁwwwアルダン達傷つけたもんな……すみませんでした」

 

 はぁ……ゴメンなぁアルダン……ダメで情けない兄貴分でゴメンなぁ……

 

「……お前まだ引きずってんのかよ。まぁどうでもいいけどよ」

「……フフ」

「え? 今ので笑うの? もしかして、お前性格悪い?」

「あぁ!? アルダンが性格悪いだと!? てめぇコロちゅぞ!! 天使だろうが!!」

 

 さっき散々アルダン達の、素敵さや可愛さや可憐さや優しさを語ってやっただろう!! 

 親友のお前といえど俺の愛する天使達の悪口は許さんぞぉ!!! 

 

「黙れ酔っ払い」

「笑ってすみません……兄様がこんなに泥酔しているのを見るのは初めてです」

「はぁ? それがどうしたってんだよ」

「きっと嬉しかったんですよ。荒谷さんが帰って来てくれたのが……少し嫉妬します」

「おーww俺はお前が無事に帰って来てくれて嬉しかったぞぉwww」

 

 心配したんだぞぉ? お前が海外でトラブルに見舞われてないか……

 でも無事に帰って来てくれて、また遊べるようになって良かったぞぉ!! 

 

「野郎に好かれてもなぁ……」

「顔赤いですよ?」

「……うっせぇ」

「www相変わらずのツwンwデwレw……やっぱキモいわ」

 

 本当にキモいわ……アルダン達みたいな可愛い子ならまだしも、お前のツンデレは求めてない。

 

「ブチのめすぞテメェ。まぁいい、それじゃ確かに送り届けたからな。俺は帰る」

「あら? もうお帰りですか? お茶でも飲まれていってください」

「そうだそうだぁww 俺の部屋で二次会しようぜぇwww」

 

 家には酒はストックしてねぇから宅飲みするなら買って来ねぇとなぁ……

 

「絶対に嫌だね! なんで独り身の俺がお前の妹分との惚気話を延々と聞かなきゃなんねぇ!」

「そうですか……今日はありがとうございました。またいらしてくださいね」

「……」

 

 独り身が寂しいのかぁ? そうかそうかぁ……俺に任せろぉ! もうちょい待ってろよぉ! 

 

「……まぁ機会が有れば考えておく。あばよ酔っ払い」

「おぉ! また飲もうな! 気を付けて帰れよぉwww」

「荒谷さん、ありがとうございました」

 

 えぇ……帰っちまうのかよぉ。なぁんだよつまんねぇなぁ……

 でも日本にいるんだ……またすぐに飲めるからいいかぁ! 

 アハハハ! え? なにアルダン? シャワー浴びろ? 

 えーめんどくさいなぁ……飲み足りないからお酒買ってくるぅ……

 ……あ、すみません。すぐに浴びますので、そんな悲しそうな顔しないで……

 

 

 

 

 シャワーを浴び少し酔いが醒めた。あぁ飲み過ぎた……

 アルダンに介抱されながら、今日の事を思い出しながらベッドに倒れこむ。

 ベッドに潜り込んできたアルダンを抱きしめウトウトと微睡む。

 

「なぁアルダン……また走りたいかぁ?」

「酷い事を聞くのですね……当たり前じゃないですか……でももういいんです。諦めました」

「そうかぁ…………」

 

 そうか……走りたいか。まぁ当たり前だよな……なら、全力だ。

 

 

 

 

 

 

 

「ふざけるな! 会社は貴様の玩具ではないぞ!!」

「会長の孫だとしても、もう我慢ならん!」「ふん……コネで入れさせて貰った分際で……」

「ふむ……勝算は高いな。ウチの主導にならんかなぁ……ならんよなぁ」

「……もし本当ならば、これは確実に取り込まねばならんぞ」

 

 

 先日の荒谷達との会社の件で部門設立か、株式に金を出すかを決めて貰う為、役員会議の議題にあげた。

 プレゼン資料を読み終えた辺りで、一部の役員たちが口角泡を飛ばさせながらがなり立てる……うるせぇなぁ。

 

「そもそも農園の取り込み自体我儘が過ぎる! しかも聞けば旧知の仲の農園ではないか! 会社は仲良しこよしで経営するものでは無い!」

「まったくもってその通り!」「ふん、我儘を言っても許される立場とは……是非とも肖りたいものですな」

「……いやそれに関しては利益を上げているのでいいのでは?」「彼奴等はただケチ付けたいだけだろ」

 

 俺の我儘で目白財閥に農業部門を作り、豊さんの農園を組み込んだ。

 豊さんの経営能力があまりにお粗末過ぎたので経営をこちらに任せて貰い、豊さん自身は新しい作物の品種改良に集中してもらってる。

 豊さんは最初難色を示していたが、瞳さんの鶴の一声(物理)で参入が決まった。

 結局、豊さんはなんだかんだ言っていたが経営に関わらず、好きな様に作物を作る方が肌に合ったみたいだ。

 人参を皮切りに、次々に野菜の改良に成功している。

 葡萄園も任せてみたら、新品種の開発に成功した……あの人マジで品種改良に関しては、天才以上の存在だった。

 という訳で、目白ブランドの野菜が最近は人気を博している。

 

「静粛に! 君の案が有用なのは理解している。だがそれでも新しく部門を立ち上げるとなればそれ相応のリスクもあるのは分かるな?」

「それは理解しています」

 

 取り纏めの専務の鶴の一声で、会議室は静まり返る。

 専務は俗に言う反会長派の頭目。爺さんとは一応対立する立場にある。

 まぁ無茶苦茶言っているのは自覚はしているが、これに関しては……悪いが譲れないな。

 

「利益を上げているとはいえ、前に君の我儘を聞いている。それでは皆も納得できまい」

「はい。納得は重要ですからね」

「だが、実現性が高い事もまた事実だ。そこでだ……君には株式会社を立ち上げて貰い、期限を設けよう」

「期限?」

「五年間。それが君のタイムリミットだ。それまでに何らかの形で実績を残して貰おう。それが出来なければ、君は今後、経営方針に関わるな」

「クク、五年程度で何も出来まい」「目白の影響力を削るにいい機会だ」

「ふむ……案外、いけるかもしれんな。君はどうするつもりだ?」「私は全力で尻尾振りますね。その方が利益になりそうだ」

 

 内心は分からないが一瞥したところ、賛成4 反対6くらいか……

 思ったより賛成が多いな。

 

「気の長い話だな。オイ、クソ孫。一年間だ。それで成果を上げみせろ。見せてみな、お前の力をさ。お前になら、それが出来る筈だ」

「な!? 会長! 流石にそれは短すぎます!」

「ああ、やって見せるさクソジジイ。……証明してみせよう」

「なに!? 君はそれでいいのか!?」

「別に構いませんよ?」

「君は……いや、よそう。皆、異論はないな? ならば本日の会議はこれで終わりとする」

 

 

 最終的には俺の意見が通った。

 株式会社にして40%を財閥が、60%をメジロ家が保有する事が決まる。

 さて……これで準備は万端。後は事を為すだけだ。

 そう気合を入れていると爺さんが俺に近づいてくる。

 

「よぉクソ孫。大変な事になったなw」

「よく言う、誰がそうさせたのか」

「そっちの方が面白れぇだろ! ……お前に教えてやることがある。専務の件なんだがな……」

「あぁ分かってるよ。あの人は俺に対しての隔意ないって事だろ?」

「ほぉ……どうしてそう思う?」

「大方、自分が旗印になって俺へのヘイトを集めて、実績を積ませて俺の発言力を高めようとしてんだろ?」

「なぁんだよ、つまんねえ奴だな。まぁ正解だ。サッサと引退して楽隠居になって曾孫と遊びたいってよ」

 

 まぁだろうな。

 あの人の目に特に俺への害意はなく、なんなら孫を見るような眼をしていた。

 ……そういえばメジロ家のパーティーで何回か会った事あったな。

 子供の頃だったから忘れていた。その時も優しかった。

 なんならジジイよりも優しかったわ。

 

「さっきは聞いてなかったが会社のメンツは決まってんのか?」

「前に話したツレ共だよ。社員とかは、まだだけどな」

「……お前もメジロの特性がしっかり遺伝しているようだな」

「あぁ? メジロの特性? なんだよそれ」

 

 まぁた変なワードが出て来やがった。

 メジロ家ってなんなの? ビックリ箱かなんかなの? 

 一回色々と検査した方がよくない? 

 

「お前、ウチが入婿が多い事に疑問を抱くか?」

「は? 入婿なんて別に普通だろ」

 

 このジジイ何言ってんだ? 今、ウチに居る親世代の男なんて親父殿以外は入婿じゃねぇか。

 しかも、その大体が元トレーナーとかが大半だろ? ……トレセンって婚活会場かなんかか? 

 たづなさんも新人トレーナーとくっついてたな……それもあって最近は飲みに行ってない。

 たづなさんには、本当に世話になったからな……幸せになって欲しい。

 

「あのな、世間一般だと嫁に行くのが基本的に普通なんだよ」

「はぁ? そんなの知ってるわ。だからどうし……アレ?」

 

 そういえばおかしくね? 俺の知る限り、ウチで嫁に行った人いなくね? 

 一般常識を知っている筈なのに、ウチの状況に疑問を抱いていなかった……

 なんかゾワッとした。意味が分かると怖い話かなんかか? 

 

「ウチの一族な、基本的に気に入った相手を自然と一族に取り込もうとする。多分、お前が可愛い孫娘達を全員を誑し込まな無けりゃ、そいつらに宛がって取り込んでただろ?」

「言い方ぁ!! ……なら俺がしている事は、その特性って事か?」

「まぁ、そうだな」

 

 爺さんの言葉に俺は、なにも言えなかった。

 メジロ家の親戚の中でアルダン達以外の適齢期の女性が居れば、確実に紹介していただろう。

 いや、正直に言おう。

 爺やにメジロの分家の方で適齢期の女性を探って貰って、もう既にピックアップ済みだった。

 勿論、悪意や害意は無い。分家だから強制で宛がうつもりも無かった。

 だが意識しない様にしていたが、完全な善意だけでは無かった。

 ……俺がしている事は、何なんだ? 

 結局、アイツ等をメジロ家に取り込むという自己満足の為だったのか? 

 

「だがそれの何が悪い?」

「えぇ……散々語っておいてそれぇ……?」

「強制的にって訳じゃねぇし、不幸を願ってる訳でもねぇだろ? だから別にどうでもいいだろ」

「……たしかに!」

「お前の望むようにやってみろよ。それがきっと一番上手くいく」

 

 元々そのつもりだよ。

 まぁ見てろよ。新たな地平を見せてやる。

 

 

 

 Allegory-Manipulate-System

 通称AMS。

 ヘッドギアを装着し脳波を感知して義肢を制御する。

 この機構を用いることで、従来の義肢とは異なり、非常に精密な機体制御が可能となる。

 事故などで失った四肢の代わりになり、AMS義肢を纏わせる事で切除せずとも使用可能。

 慣熟すれば歩行困難になったウマ娘でさえが再び走れるようになる。

 AMS適性なしでも使用でき、適性持ちは触覚すら感じるというオーバーテクノロジーの塊。

 

 

 余裕を持って期限の一年を迎え、実績を叩きつけて反対をしていた役員を黙らせた。

 ……まぁそりゃ勝算しかない勝負なんだ、結果としては予想通りに落ち着いた。

 これにより、役員会での俺の発言力が高まったが、正直そこはどうでもいい。

 

「経営も順調だな。次はどうする?」

「そうだねぇ。まだリソースはあるし違う事にも挑戦するのも面白いかもね」

「オレは特にない」

「……なぁお前等。宇宙目指さねぇか?」

 

 俺の提案に、荒谷達はキョトンとした顔をさせていた。

 しばらくして意味を理解したのだろう、悪ガキ染みた笑顔でニヤリと笑った。

 きっと俺も同じような顔をしているだろう。

 

「いいじゃねぇか! 面白そうだ! ついでにコロニーも作っちまえ!」

「まったく、何処まで行くつもりだい? 本当に君と一緒に居ると飽きないよ」

「お前はロマンが過ぎるな……挑戦か。新しい……惹かれるな」

「決まりだな! 次の目標は宇宙というフロンティア! 成長と野心の新しい時代の幕開けだ!」

 

 俺はお前等を救う事が出来ただろうか? 

 正直、メジロ家の特性とか、恩返しだとかはもうどうでもいい。

 ただお前等とまだ見ぬ地平を見てみたいだけだ。

 そうそう、気が付いてると思うけど、一応言っておく。

 

 

 

 

 

 ──俺は強欲なんだ、手にした宝物は絶対に手放さない──




バ場は良での発表。芝の状態もまずまずのようです。



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Sunrise

前の話よりも時系列的に前の話です。


 夏が過ぎ朝方は少し肌寒さを感じ始める、今日この頃……

 あたしは駅のロータリーで着替え等をスポーツバッグに入れ、お兄さんを待っている。

 秋のレースが本格化する前に、リフレッシュの為にお兄さんが某県のリゾート施設に誘ってくれた。

 お兄さんの家に泊まる事はあるけど、泊り掛けは初めてだ……ドキドキする。

 SMSの通知音がなりウマホを取り出すと、お兄さんから着いたと連絡が有った。

 キョロキョロと周囲を探すと、見覚えのある車を見つける。

 運転席を覗き込むと、お兄さんが笑顔で手を振ってくれている。

 

「おはようライアン。今日も可愛いな」

「おはようございます! お兄さんもカッコイイよ!」

「ハハハ、世辞でも嬉しいよ」

「お世辞じゃないよ! この車はメジロ家のだったよね?」

 

 前にお爺様がこの車を整備しているのを見たことがある。

 お爺様、車大好きだからなぁ……

 

「あぁ、借りて来た。車買ってもそんなに俺は乗らないからな……」

「そういえばお兄さんが運転するんだね……大丈夫?」

「ペーパードライバーじゃないから安心しろ。流石に爺や同伴のデートじゃ嫌だろ」

「アハハ……流石にね」

 

 

 爺やにはお世話になってるし、好きだけど流石にデートの時はお兄さんを独り占めしたい。

 本当は……ずっとあたしだけで独り占めしたいけど……それは出来ない。

 他の子達の想いが痛い程、解っているから

 

「上に羽織る物は持ってきたか?」

「うん! 言われた通りに持ってきたよ! でも昼はまだ温かいよ?」

「今から行く所は標高が高いから、昼でも結構寒いんだよ」

「そうなんだ……」

 

 お兄さんに言われた通りにちゃんと厚手のカーディガンを持ってきた。

 でもちょっと失敗したかな? なんて思ってる。 

 アスリートとしては論外だけど、抱きしめて温めて欲しい……なんて。

 

「まぁそれでも寒かったら、俺が抱きしめてやるよ」

「……お兄さんには敵わないなぁ」

 

 あたしの想いを察してくれて、それに応えてくれる。

 誰かを思いやる事が出来る素敵な人……本当に大好きだ。

 

「そういえば、何でこの時期なの?」

「オフシーズンだから、そんなに人が多くないんだ。ライアンは有名人だし美人だから注目され過ぎたらリフレッシュになんねぇだろ?」

「マックイーン達なら分かるけど、あたしは美人なんかじゃないよ……」

「お前はまったく……ライアンは美人だよ。さっきだって色んな男共に見られてたぞ?」

「え? そんな事ないよ! あたしなんか……」

「……はーい。そういうあたしなんかって言う悪い子には罰ゲームしまーす」

「ば、罰ゲーム? な、なにするの?」

 

 お兄さんの事だから、あたしが嫌がる事はしないんだろうけど……

 本当に何をするんだろう……? 

 

「赤信号で止まる度に、お前にキスするから逃げるな」

「………………はぇ?」

 

 赤信号に捕まる度にキスをされた。

 お兄さんは運転席から顔をあたしに近づけ、目で早くキスしろと訴え掛けて来る。

 最初の内は恥ずかしくて出来ないと言っていたけれど、根負けしてあたしからキスをする。

 あたしからのキスに、満足そうに笑うお兄さんの顔が可愛かった……

 でも恥ずかしいと思ったのは最初だけで、最後の方はあたしの方からキスをしたがっていた。

 ただ、不思議なもので望むと赤信号に捕まる事も無くスムーズに高速道路に入ってしまう、

 流石に高速道路では危険なのでキスが出来ない……罰ゲームになってないなぁ。

 早い時間から向かった事もあり渋滞に捕まる事も無くスムーズに進み、目的地にだいぶ近づいた。

 休憩の為、サービスエリアに入ると高速道路でキスを出来なかった分を取り戻す様にキスをした。

 10分程してようやく満足したので車を降りる……ウソ……本当はもっとしていたかった。

 けれど、これ以上は我慢できなくなるから、後ろ髪を引かれたけど頑張って車を降りた。

 

「背中がバキバキだぜ」

「お兄さん、運転お疲れ様。待ってて、珈琲を買ってくるよ」

「いや、俺も行くわ。休憩がてら売店でも冷やかそうぜ」

 

 お兄さんはそう言って首を鳴らしながら、あたしの手を握ってくれる。

 ギュッと握りしめると、握り返してくれる。

 手と心が温かくなる。

 

「おー、これお土産にどうだ? ここら辺限定のゴーフレット」

「……いいと思うよ?」

「荷物になるから帰りに買うか」

「ハハ……そうだね」

「……ライアンはゴーフレット嫌いだったか?」

「そんな事ないよ?」

「……? そうか。食い方に悩むよな、デカいゴーフレットだと。小さいのにしとくか」

「お兄さんはゴーフレット好きなの?」

「いや別に? 洋菓子ならフィナンシェが好きだな」

 

 上手く誤魔化せたかな? 

 お兄さんは優しいから他の子達の為にお土産を買ってあげるのだろう。

 今はあたしと居るのに、他の子達の事を考えて……

 我儘なんだろうけど……あたしだけを見て欲しい。

 あたしは本当に嫌な女だ。

 

「さて、そろそろ行くとするか」

「あ、うん」

「このままだと早いな……ライアンはソフトクリームって好きか?」

「え? あんまり食べないけど好きだよ?」

「なら、丁度いいか。チェックインよりも先に食いに行こう」

 

 

 

 高速道路から降り、しばらく車を走らせると広大な牧場に着く。

 高原にある牧場という事もあり、肌寒さを感じ持ってきた厚手のカーディガンを羽織る。

 牛を見ながら、牧場に併設された売店で買ったソフトクリームを食べる。

 

「濃厚かと思ったけど、意外とサッパリしてるな」

「うん! 美味しいね! あ、牛が寄ってきた……可愛い」

「…………」

 

 ソフトクリームを食べた事もあり体が冷えてくる。

 肌寒さもありブルりと体が震える。……流石に体を冷やし過ぎかな? 

 

「……ほらおいでライアン」

「……うん」

 

 それに気が付いたお兄さんがあたしの手を取り後ろからギュッと抱きしめられる。

 背中越しに感じるお兄さんの体温があたしを温めてくれる。

 あぁ幸せだなぁとしみじみと感じる。

 

「この後はどうする?」

「もうちょっとこのままで……居たいです」

「了解。しばらくしたらチェックインしに行こうな」

 

 またそうやって、あたしの精神力を試すような事を……

 断腸の想いで満足したと嘘をつくと、再び車に乗りしばらく走ると今日泊まる施設に着く。

 いくつかのショップと一体型のリゾートという事で、独特な雰囲気を感じさせる。

 チェックインを済ませ部屋に荷物を置くと、お兄さんが話しかけて来る。

 

「さて荷物も置いたし、飯に行くか?」

「それよりもプールに行こうよ! 波のプール楽しみなんだ!」

 

 それとご飯を食べて膨らんだお腹を見られたくないからね。

 受付を済ませ、更衣室へ入り持ってきた水着を取り出す。

 ……お兄さんに見せる為に買った黄緑色のタイサイドビキニ。

 アイネスはこれが可愛いって言ってくれたけど……やっぱり攻め過ぎじゃないかな? 

 今になって恥ずかしくなって来た! どうしよう!? 

 でも、あんまりお兄さんを待たせるべきじゃないよね? 

 ……よし! 女は度胸だ! 

 室内プールなのに打ち寄せる波があって、ビーチを模して作ってあるから開放感が凄いや! 

 

「おぉ来たかライア……」

「お待たせお兄さん。 変じゃない?」

「……凄い似合ってる。可愛いよ」

「えへへ、良かった! お兄さんも……その、カッコいいよ」

 

 群青色のサーフパンツを着たお兄さん。

 お兄さんの見慣れた筈の筋肉質な上半身から目が離せない……

 パーカーか何かを着てくれればいいのに……周り女の人に見られている。

 ……この人はあたしのモノだと知らしめるように腕を組む。

 お兄さんは笑ってあたしを抱きしめてくれて、額にキスをしてくれた。

 いつもなら人前でなんて恥ずかしくて照れていたのに、今は唯々嬉しい。

 お兄さんを見ていた女に、見せつける様に唇へのキスを強請る。

 なんて醜い独占欲だろう……あたしってこんなに嫉妬深かったんだ。

 少し驚いた顔をしたお兄さんだけど、軽く幾度も口付けをしてくれた。

 お兄さんはあたしの気が済むまでバードキスをしてくれた。

 ……本当はもっとして欲しいけれど、外にいる事を思い出した。

 きっと今あたしの顔は真っ赤になっているだろう。

 

 頭と顔を冷やす為に、お兄さんと一緒に波のプールで泳ぐ。

 まぁ流石に今の水着で、トレーニング程泳げないので軽く泳いだりプカプカと浮いたり、波が出る時間になると二人で手を繋いで波に逆らったり、ビート板をボディボード代わりにして遊んだ。

 そういえば、トレーニング以外でプールで遊んだのって、いつぶりだろう? 

 久しぶりだからか、本当に楽しかった。

 一通り遊んで休憩の為にビーチチェアへ向かって、腕を組んでプールの波打ち際を歩いていると、サウナルームを見つける。

 サウナで汗を流すのもいいかもなぁ……お兄さんはどうだろ? 

 それに一緒にサウナに入るなんて経験無いから、ちょっと一緒に入ってみたい。

 

「お兄さんサウナだって! ここなら一緒に入れるね!」

「あぁ……サウナかぁ……」

「あれ? 嫌いだったっけ?」

「別に嫌いではないんだが……」

 

 お兄さんは少し嫌そうな顔をしている……なんだろう? 

 もしかして、あたしと入るのは嫌なのかな……? 

 そうだとしたら悲しい……

 

「あー言っておくけど、別にライアンと一緒ってのが嫌な訳じゃねぇからな」

「……そっか。よかった」

 

 それを聞いて安心した。

 お兄さんがそういう事を言わないって事は分かっているけど、それでも不安になる。

 優しい太陽の様な貴方がメジロ家に戻って本当にあたしの心の雨は止んだ。

 それでも時折、臆病者な自分が顔を覗かせる。

 折角お兄さんと遊びに来ているんだから、こんな事で暗くなっちゃダメだ! 

 サウナに近寄ってみると看板が設置していて何かが書いてある。

 えーっと、なになに? 

 

「あ、世界のサウナフェアだって! ロシア式みたいだ……入っ「待て、ライアン」……どうかしたの?」

「俺が先に中の様子を見る。ライアン……お前は地獄を見る必要はない」

「地獄って……そんな大げさな」

「思い過ごしなら……それでよし」

 

 そもそも、サウナで地獄って何だろう? 高温サウナでもあたしは平気なんだけどなぁ……

 お兄さんはサウナの扉をゆっくりと少しだけ開け、中の様子を伺っている。

 

もっとぉぉおぉ! うぬぅああぁバン!  

 

 扉を乱暴に閉めるとお兄さんはあたしに向かって笑顔を向けて来た。

 なんだろう……獣みたいな声が聞こえた気がする……

 

「ライアン! サウナは今度にしよう! な!」

「アッハイ」

 

 ……お兄さんの目は全く笑っていなかった。

 

 

 あの後はプールで普通に遊び、サウナは明日一緒に行く事を約束した。

 結局、あれは何だったんだろう? 

 お兄さんは“知るべきでない事もある。敢えて近づくなど愚かな者の仕業よ……”と言っていた。

 ……お兄さんはたまに大仰な言い方するよね。

 

 目一杯プールで遊び尽くし、日も暮れ始めた頃にお兄さんが食事をしに車を出してくれた。

 心地良い疲労感を感じながら、お兄さんと話していると目的地に着く。

 庭園が取り囲む欧州風の建物に着く。

 人気なレストランみたいで世間的に休みという事も有り、広い店ながらほぼ満席状態だった。

 お兄さんは予約をしてくれていたらしく、スムーズに席に案内された。

 

「この辺はカレーの有名店が多くてな。ここが気になってたんだ」

「……お兄さんが気になったのはお酒でしょ?」

「バレた? 此処はどっちかっていうとドイツのビアホール的な感じの所だな」

 

 逆になんでバレないと思ったの? 

 醸造施設とレストランを一体化してるし、なんなら入ってすぐに醸造タンクが見えるんだけど。

 うーん……何にするか迷うなぁ。

 カレーもいいけど、パスタもいいかも……ステーキもあるのか。

 いや、スタンダードにカレーにしておこう。飲み物は紅茶でいいかな? 

 醸造タンクを置いてだけあってクラフトビールのメニューも豊富だ。……一杯目専用のビールってなんだろう? 

 お兄さん飲みたいだろうなぁ……あたしが運転できるなら良かったんだけど免許持ってないし……

 

「5種飲み比べセット……いやいや、我慢我慢。ライアンは決まったか?」

「うん! カレーにしておくよ。お兄さんは?」

「ライアンが迷ったのはどれだ?」

「え? トマトソースのパスタだけど……」

「OK、ならそれとオリーブでも頼むか。すみません注文お願いします」

「え? お兄さんが食べたい物を頼んでよ」

「いいじゃん。俺もパスタ気になってたしシェアしようぜ?」

「……ありがとね」

「え? なにが?」

 

 ……まったく、お兄さんは優しいね。

 本当にその優しさに心癒されてるし、救われてる。

 冷たい雨にずっとうたれ続けたからだろうか? 

 小さな事でも麗らかな日の光を浴びたように様に心が温かくなる。

 

 先に来たオリーブを味わいながら料理が来るのを待っていると、しばらくしてカレーとパスタが運ばれてくる。

 カレーとサラダがワンプレートにのり、その上に厚切りベーコンとレーズンバターが乗っている。

 カレーを一口食べてみるとホテルの様な洗練された味ではなく、ただ純粋に上質な素材をひたすらに煮込んだ様に野蛮な美味しさ。

 ……なんて、評論家ぶってみたけど、メニュー表に書いてあっただけなんだよね。

 でも、書かれた通りに美味しい。

 

「あ、このパスタめっちゃ美味い。……ほらライアン食ってみろよ」

 

 お兄さんがパスタをフォークに巻きこちらに差し出してくる。

 家の中ならまだしも、レストランであーんするのはハードルが高いんですが……

 お兄さんは全く照れてないし。

 ……うう、恥ずかしいけど旅の恥は搔き捨て! 

 

「い、頂きます。あーん」

 

 あ、美味しい。アマトリチャーナになるのかな? 

 ベーコンのスモーク感と旨味が凝縮されていて、玉葱の香りと辛味がアクセントになってる。

 唐辛子が少しだけ辛いけど、それがトマトソースを味を引き締めていて本当に美味しい。

 

「このパスタ美味しいね!」

「だろ? いやぁ……ビール飲みてぇ」

「もー本当にお酒好きなんだから……あの、お兄さんも……あ、あーん」

「お、サンキューな! あーん。カレーも美味い!」

 

 ……あれぇ? 全然恥ずかしがってない? もう少し戸惑ってもよくない? 

 そもそもお兄さんが照れる事あるの? 

 照れてるお兄さんかぁ……見てみたいかも

 とりあえず食事中にあーんを沢山してみたけど全く照れてくれなかった……強敵過ぎる。

 むむ……これは対策が必要かもしれない。

 

 ……結局、クラフトビールをお土産で買って配送を依頼していた。

 お兄さんって本当にお酒好きだよね。

 

 

 食事を終え、宿泊する部屋に戻ると穏やかに時間が過ぎる。

 一緒に居て話をする。ただそれだけで心が満たされていく。

 何となく備え付けの冊子を見ていると、気になるタイトルを見つける。

 これって……

 

「なにか気になる物でも見つけたか?」

「あ、お兄さん……あたしが好きだった少女漫画の実写映画があるみたいで……」

「ならそれ見るか。なんてタイトルなんだ?」

「いいの? 恋愛映画だよ?」

「俺は恋愛映画が嫌いな訳じゃ無いからな? それにライアンが好きな物なんだろ? 俺もそれを見てみたいよ」

「そっか……それなら一緒に見よ!」

 

 昔からずっと好きだった少女漫画……お兄さんが家を出てしまっている時に実写化された。

 あんなに好きだったのに、何となく気が乗らなくて見ていなかった。

 ……いや、正直に言おう。

 お兄さんを傷つけた、あたしなんかがそんなキラキラした恋愛映画を見る気にならなかった。

 輝いてる美しい物語を、臆病者で醜い心のあたしが見るなんて自分が惨めに感じるから……

 でも、お兄さんが帰って来てくれて、自分を見つめ直せた今なら見ても大丈夫かな? 

 ソファに二人で座り、お兄さんがあたしを後ろから抱きしめてくれる。

 ドキドキとうるさい心臓の音が聞かれてないかなぁ? 

 最初の内はハグで集中できなかったけど、映画が進むにつれて物語に引き込まれていた。

 

 

「はぁぁ~本当に素敵な話だったなぁ。実写ってちょっと不安だったけど全然大丈夫だった!」

「……そっか、ライアンが喜んでくれてよかったよ」

「……? お兄さんどうかした? やっぱりつまらなかったかな?」

「別にそうじゃないんだけどな……」

 

 なんだろう? 怒ってる程じゃないけど不機嫌? 

 やっぱり、つまらなかったかな? 

 無理に付き合わせちゃって悪いことしたなぁ……

 

「何回生まれ変わっても真っ先にお前を見つけてあげるよ……」

「あ……ふふ、映画のセリフ♪ でもどうしたの? いつもと違うよ? 」

 

 後ろからハグされながら囁かれる原作で一番好きなセリフ。

 状況は違うけど、あたしに向けて言ってくれる事が嬉しい。

 お兄さんがあたしをギュッと強く抱きしめる。

 

「……ただ嫉妬してるだけだ」

「そっか嫉妬してるんだね。……え?」

 

 ん? 嫉妬? 何に対して? そもそも、嫉妬する様な事あった? 

 それにお兄さんが嫉妬? いつも笑ってるイメージしかない。

 いや結構、焦ったり、叫んだり、困ったりしてるな……

 でも嫉妬しているのはイメージ出来ない。

 

「アハハ。嫉妬するなんて、お兄さんは冗談が下手だね」

「ライアン……俺だって嫉妬する」

 

 あ、これ本気で言ってる。

 お兄さんが乱暴にソファにあたしを押し倒す。

 少し顔を動かせばキスできる距離。

 お兄さんの瞳は真剣で少しジットリしている視線。

 その視線はあたしを……あたしだけを見ている……

 

「駅でライアンを他の奴らに見られて嫉妬した。他の男にお前の水着姿を見られて嫉妬して見せつける様にキスをした。レストランでもそうだ。牛にすら嫉妬した」

「……え? え? あれ? どういう事?」

「今は映画の主役の男に嫉妬してる」

 

 お兄さんの囁き声は熱を帯び、響くような重低音があたしの耳元に届く。

 お兄さんがあたしの為に嫉妬してくれている。

 あたしと同じ醜い感情(独占欲)を持ってくれている。

 ……ゾクゾクと快感が背筋を昇る。

 ……キュンキュンと胎が疼く。

 快感で自然と涙が溢れ視界が歪む。

 それでもお兄さんの顔だけはクリアだ。

 お兄さんの視線も甘い言葉も体温も……全部独り占めして喜んでる。

 本当に貴方はあたしにとっての特別。

 想いと快感がぐちゃぐちゃに混ざり合って、心から溢れて制御が出来ない。

 制御するつもりも……最初から無いのかもしれない。

 

「ライアン。お前は俺のモノだ。身体も心も魂さえも……全て」

「え……嘘♡ ダメぇ……ッ! 声だけでそんな……ッ♡……あッ♡ ああぁッ♡」

 

 世界が暗転したように視界が黒く染まる。

 溶けゆく意識の中、お兄さんの体温だけ感じていた。

 唯々それに幸せを感じていた。

 

 

 

 

 

「おはよう。俺の可憐で愛らしいライアン」

「……おはよ。あたしのカッコいい愛おしい貴方」

 

 ここは……ベッド? 

 そっか……昨日ドキドキし過ぎて気絶しちゃったんだ。

 勿体ない事しちゃったなぁ……あたしのバカ。

 

「昨日のは……その、忘れてくれよ。嫉妬と独占欲でおかしくなってた」

「…………ふふ。絶対に忘れてあげない!」

「……え? あれ? ライアンさん? もしかして反抗期!? 忘れて下さいお願いします!」

「うふふ、ダァメ♡」

 

 お兄さんの照れる顔も、恥ずかしがる顔も、焦る顔も、拗ねる顔も……

 アルダンさんにも、パーマーにも、ドーベルにも、マックイーンにも、ゴールドシップにも……

 今は他の誰にも渡さない。今だけはあたしのモノ♡

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──春の麗らかな太陽のような貴方を、今だけは独り占めしていいですか? ──

 




小雨が降っていますが、バ場は良……?の発表です。


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Viper

「改めて誕生日おめでとうアルダン」

「ありがとうございます。兄様」

 

 先日、私は誕生日を迎え、成人になった。

 誕生日当日は、メジロ家でパーティーが盛大に開かれ親戚一同がお祝いをしてくれた。

 特にお婆様には、メジロ家の成人としての心構えを説かれた。

 心から私を想っての言葉は、正しく金言といっていいでしょう。

 兄様を絶対に逃すなとも言われましたが……それについては言われるまでも無い事です。

 もう二度と兄様の元から離れる事など、ありはしない。

 

 あの子達からも、いっぱいお祝いをしてもらった。

 パーマーは朗らかで優しく、温かみを感じさせる太陽の様な香りの香水。

 ドーベルは白い文字盤の自動巻きのシックな小さな腕時計。

 ライアンは亜麻色のフェルトのウマ娘用のつば広ハット。

 マックイーンは淡紅藤色に染めたブライドルレザーの長財布

 丁度、兄様と対になる様に……本当に私は周囲の方々に恵まれている。

 兄様もプレゼントを買ってくれると言ってくれたが、それは待ってもらった。

 

「しっかし、良かったのか? 誕生日プレゼントが俺とbarに行きたいなんて……別にプレゼントとしてじゃなくても一緒に行くが?」

「いえ、いいのです。前から決めていたので……成人したら兄様にbar連れていってもらうと」

「まぁアルダンがいいなら、俺は別にいいけどよ……それじゃ行こうか」

「えぇ、そうしましょう」

 

 兄様と腕を組み、撓垂れ掛りながら歩き出す。

 歩調は私に合わせてくれてゆっくりと……

 兄様の体温を感じながら歩くのは本当に幸せですね。

 しばらく歩き、兄様に連れて来られたのは小洒落たバル。

 

「……ここは?」

「俺の学生時代からの行きつけのイタリアンバルだよ」

 

 兄様の行きつけ? しかも、学生時代からの?

 非常に気になる。気になるのですが私の希望はbar。

 ここでお酒を飲むのでしょうか?

 

「barに行かないのですか?」

「腹に何も入ってないと悪酔いするし、胃が荒れるんだよ」

「そうなのですか? 兄様は博学ですね」

「経験済みだ……」

 

 兄様は遠くを見るような目つきで自嘲的に笑った。

 あっ……ま、まぁ何事も経験とも言いますし! 

 ダメです、全然フォローになっていません……

 

「まぁ、そういう訳で先に飯を食おう」

「かしこまりました」

「店長どうも。予約した目白です」

「ん? あ、そっか君は目白になったんだったね。ハハ、慣れないなぁ。こちらの席へどうぞ」

 

 店長さんだったのですね。

 三十代程の年若い男性だったのでウェイターさんかと思いました。

 まだ、兄様が母方の姓を名乗っていた時のお知り合いという事は二十代でお店を?

 これは楽しみですね。

 兄様が頼んでくれていたのは略式のコース料理。

 

 前菜はスモークサーモンのブルスケッタ、サーモン自体の美味しさは勿論、燻製の香りが独特な風味を出している。パンのサクサクとした歯ごたえも楽しい。

 スープはビシソワーズ、元がジャガイモとは思えない口当たり滑らか。それでいてジャガイモの味をしっかりと味わえる

 魚料理は真鯛のポアレ、魚特有の生臭さは全くなく、ともすれば肉と勘違いしてしまう程の旨み。皮目の香ばしい香りもカリッとした食感も素晴らしい

 口直しは洋ナシのソルベ、洋ナシの爽やかな甘さが口の中をサッパリとさせてくれる。

 肉料理は牛肉のタリアータ、肉は柔らかく噛めば噛むほど肉の旨味が溢れ出て来る。バルサミコ酢の甘味と酸味、そしてローズマリーの清々しい香り。ルッコラの辛味とパルミジャーノチーズの塩味も合わさりとても美味しい。

 デザートはパンナコッタ、生クリームのコク、牛乳の風味と蜂蜜の甘さ。ブルーベリーのソースの甘酸っぱさが上品に纏め上げている。

 兄様はエスプレッソ、私は紅茶を飲みながら余韻に浸る。

 

「いやぁ凄く美味かった。いつも美味いけど段違いだ」

「そうですね……このお店にはよく来られるのですか?」

「あぁ、ここはリゾットカレーが絶品なんだ。今日はお前の誕生日だからコースにしてもらったけど、今度はそれも一緒に食べに来るか?」

「えぇ! 是非!」

 

 ふふ、デートの約束が出来ました。

 次回のデートに思いを馳せ、心躍る。

 しばらく雑談をしていると兄様が立ち上がる。

 

「さて、それじゃそろそろ向かうか」

「ふふ、ワクワクしてます。barはよく行かれている所ですか?」

「いつも行っていたbarはもう閉店しちまってな。それに今日はアルダンのハレの日なんだ。俺の知る限り最上位のbarに行く」

 

 

 

 

 バルから出て再び、しばらく歩いていると都内のホテルの前で兄様が立ち止まる。

 此処は……兄様が帰って来たあの日のホテル。

 そういえば、兄様が部屋に来る前にお爺様と一緒に飲まれていましたね。

 ホテルに入り受付を済ませるとbarのある階へ向かう。

 

「お待ちしておりました。今代様、お嬢様」

「マスター、またお世話になります」

「本日はよろしくお願い致します」

 

 初老のマスターさんが綺麗な一礼と共に私達を出迎えてくれる。

 とても上品な方で柔和な笑顔は少し緊張していた私の心を解かして下さいました。

 

「……意外と早く約束を守られましたね」

「俺も予想外でしたけどね」

 

 何やら私の知らない所でお約束をしていた様子……

 むぅ……なんだか仲間外れの様で少し不満です。

 表に出さない様にしていた筈ですが、マスターさんは目敏く気が付いた様で私へ水を向ける。

 

「お嬢様。私はしがないバーテンダーで御座います。お見知りおきを」

「あら? ご丁寧にありがとうございます。メジロアルダン(兄様の所有物)と申します」

「……今代様も存外……いえ或いは……」

 

 私の自己紹介に何かを感じ取ったのか、マスターさんは私を見ながら何かを呟いている。

 見定める様な視線ですが、不思議と不快感は無い。

 

「マスター……人の事情を詮索するとは、感心しないな」

「……これはご無礼を、あまりに甘そうな秘密だったのでついつい……私もまだ未熟者ですね」

「まったく……食えない人だ」

 

 まるで男の世界だと言わんばかりのやり取りに、少し嫉妬してしまう。

 私って狭量なのでしょうか?

 

「もう、兄様。男性同士だけでズルいです」

「おっと、失礼致しました。……さて私の本分を全うしましょう。何に致しますか?」

「俺はグレン〇ベットのロックを。アルダンは酒初めてだろ? ノンアルコールで頼むか?」

「いえ兄様。私、飲みたいカクテルがあるんです。x・y・zをください」

「お前、そんな強いカクテルを……まぁいいさ。彼女にチェイサーに、そうだな……シードルを」

「……かしこまりました。少々お待ちください」

 

 初めてみるカクテルを作る姿に目を奪われた。

 決して急いでいる訳ではないのに、その動作は無駄がなく洗練されて素早かった。

 

「愛するアルダンの新たな門出に……」

「それでは、兄様と過ごせる、この素敵な夜に……」

「「乾杯」」

 

 カクテルグラスに口を付け傾ける。

 口に含むお酒の初めての酒精。

 口の中を突き刺すような、痛みにも似た刺激に瞳に涙が溜まる。

 なんとか飲み込むと、食道を焼くような熱さ。

 いまお酒が通っている場所がはっきりと解る。

 胃に到達しても、なお熱く暴れているような痛み(刺激)

 美味しくは感じなかった。それでも嬉しさがある。

 少しでも兄様に近づけたという喜び。

 

 たった一杯……いや一口で酩酊と世界が揺れる。

 フワフワと肉体が覚束ない。

 水中にいる体の様に、思考に抵抗を感じる。少し理性の箍が外れた様な気がする……

 兄様は普段からこんなものを……? 

 

「まったく……最初からそんなに強いカクテルを飲むからだ。寄こしな」

「あ……それは私の……」

「……柑橘類の爽やかさと甘み、そしてちょっぴりの苦みがアクセントになっていて美味い」

「……美味しいのですか? 私にはまだ分からない感覚です」

 

 兄様が頼んでくれたチェイサー? と呼ばれるモノを少しずつ嚥下する。

 あ、これもお酒なのですね……

 林檎の爽やかさとアルコールの独特な香りと、外国の林檎のような酸味と渋みと仄かな甘味。

 痛みに似た刺激が、じんわりと癒えていく。

 そんな私の姿を、見守っている兄様が揶揄う様に微笑んでいる。

 

「アルコール慣れしてなければ、度数の高い酒なんてそんなもんだよ」

「そういうものなのですか? 兄様は苦も無く飲まれていますけれど……」

「散々飲んできたんだ、そりゃ慣れたさ……まぁ慣れた所で、別に偉くもなんともないがね」

 

 私の言葉に兄様は笑いながらお道化ながら呟く。

 私の事を励まそうと……しているわけではなく、これは本心から言っていますね。

 

「所詮、酒は何処まで行っても嗜好品だ。飲めたところで生きていく上で意味なんてねぇよ」

「……意味がない?」

 

 あの……それってbarで言っていい事なのですか? 

 チラリとマスターさんの方を見てみると怒った様子は無く、聞こえて居るだろうに我関せずを装っている。

 

「あぁ、意味なんてないさ……だからこそ価値がある」

「価値がある……」

 

 意味がないのに価値がある? どういう事でしょうか? 

 視界の端でマスターさんがニヤリと笑った気がした。

 

「これは持論だがな。生きるだけなら飯食って、寝て、子孫を残せばそれでいい。だがな……人間ってのは音楽を聴き、物語を読み、趣味に熱中する。それらは生きていくだけなら無意味だろ? だがそれらを価値が無いなんて言う奴はそうはいない」

「それは……そうですね」

 

 成程、確かに言われてみれば“意味が無い”と“価値が無い”は同意義ではないかもしれません。

 それこそ、私達ウマ娘のレースなど最たる例。

 生きていく上で必要が無く、意味も無く、それでもなお観客は興奮し熱狂し価値を見出している。

 

「価値ってのは各々が見出す事だ。だからお前もお前自身で価値を決めてみな? それで何かを好きになるなら、それはきっと素敵な事だ。まぁ説教臭くなったが、お前の好きな様にしてみろって事だ。俺がそうであったようにな」

「私自身で価値を決める……?」

 

 思えば、私の価値観を決めていたのはメジロ家だったかもしれない。

 それが悪い事だとは思わない。

 誰しも教育や環境によって、価値観を築き上げていくものでしょう。

 そして成人した私は、自分の責任で物事を決めれるようになった。

 きっと兄様は、私に人生の楽しみ方と責任の重さを教えてくれたのでしょう。

 それは幼い頃、私を導いてくれた様に優しく微笑んで見守ってくれている。

 

「あぁ……そうそう自分の価値観の押し付けはやめておけ。それをすると下手すりゃ喧嘩(戦争)だ」

「それは勿論、承知しています」

「そりゃなにより。俺はそれに気が付くまで、あのバ鹿共と殴り合いだったからな。ハハハ」

 

 それほどまで感情をぶつけ合い、喧嘩をして、貶し合い、それでも間柄は断金。

 一度お会いした事がありますが、その時の兄様の表情は心に焼き付いている。

 信頼、仁、親愛、甘え、信用、友情、義……色々な感情が籠った表情。

 嫉妬してしまいそう。……嘘、本当は嫉妬している。

 兄様の大切な御友人に対して、深く嫉妬を抱いている。

 私は無理矢理、思考を変える。そうしなければ嫉妬に狂った醜い表情になってしまうから。

 

「私の好きな様にですか……そうですね。私はそのカクテルを飲みきりたかったです」

「よく言う。その綺麗な瞳に涙を浮かべていたくせに」

「それでも飲みたかったです。折角、色々調べたのに……」

「……こんなもの飲まなくても、お前は俺のモノだ。そして、俺もお前のモノだよ……永遠にな」

「あ……」

 

 私が永遠に兄様のモノ……そして、兄様が永遠に私のモノ……

 ドクドクと全身に血流が巡る感覚……血が滾り体が熱くなる。

 お酒を飲んだからでは決して無い。

 天にも昇る様な感覚……あぁ……何処まで、何処まで貴方は私を悦ばせるおつもりですか? 

 もう、これ以上無いくらいに好きなのに……愛しているのに……

 それでも、なお溢れ出る想い……この想いは何と名を付ければいいのでしょう? 

 好きでは到底不足していて、愛でも言葉が足りず、偏執にも似た、この想いの名は……? 

 

「ねぇ兄様、我儘かもしれませんが、もう一つだけプレゼントを頂けませんか?」

「ん? 勿論だ。むしろプレゼントした気がしてなかったから丁度いいくらいだ。何か欲しい物でもあるのか?」

「……今日は私に気を遣わずに、貴方の好きな様になさってください」

「……はい?」

 

 もう、私が秋波を送っているのに、分からないフリをするなんて……

 本当にいけずな方ですね……女に皆まで言わせるなんて♡

 今の想いをこの場で口にする……お酒も相まってクラクラする♡

 

「ですから、ケダモノの様に乱暴に私の事を、お「言わせねぇよ!?」してください」

 

 あら? 聞き返されたので分かりやすく言い換えたのですが、遮られてしまいました。

 兄様が頭を抱えてる……どうされたのでしょうか? 

 兄様は深いため息をつくと、ウィスキーを呷ると真剣な表情で私を見る。

 じっと私を見詰めている兄様の瞳に、獣欲の炎が見え隠れする。

 アハぁ♡……素敵♡

 

「……本当にそれでいいのか?」

「えぇ……それがいいのです」

「……後悔するなよ?」

「……はい」

 

 いつも私の事を想ってくれている兄様。

 壊れ物を扱うように優しく、傷つけない様に慎重に、緩やかで包み込むような愛

 それを嬉しく思う気持ちは、決して嘘ではありません。

 でも、私は野性的に、少し乱暴なくらいに扱って欲しいという思いも、また嘘ではありません。

 

「わかったよ……マスターありがとうございました。また近いうちに……」

「えぇ、次の機会を心よりお待ちしております」

「マスターさん、ご馳走様でした。初めてで不作法があったでしょうけれど、お許しください」

「いえいえ、とてもスマートでしたよ。それではアルダン様も……いい夜を」

 

 

 

 部屋に着くと扉に押し付けられながら荒々しく唇を奪われる。

 あぁ……貴方のモノだと実感できて心が満たされる。

 手首押さえ付けられ、身動きを封じられる。

 兄様の舌が私の口腔内を蹂躙される。

 何時もとは違い余裕がない接吻。

 それだけ私を強く求めてくれているという満足感。

 僅かな時間すら惜しいと思ってくれているという充実感。

 すぐ外に人が通って聞かれてしまうのではないかという背徳感。

 

 獣の様なキスが終わり、ベッドへ誘われる。

 私を引っ張るその手には、配慮というモノは一切なく少し痛い。

 付き飛ばすような勢いでベッドに寝かされると一瞬兄様の動きが止まる。

 疑問に思い視線の先を確認すると私の右脚があった。

 

 貴方の瞳が私の右脚を捉える度に、ゾクゾクと背筋に快感が走ってしまう。

 貴方の顔が私の右脚の事で後悔で歪むのを見る度に、暗い悦びを得てしまう。

 貴方の手が私の右脚を労わるように這う度に、胎の奥底が蟻が這う様にムズムズとしてしまう。

 貴方の唇が私の右脚にキスをする度に、脳髄の奥が震える様に気をやってしまう。

 

 なんて私は度し難く愚かなんでしょう。

 貴方が傷つく姿など見たくないと思っているのに……貴方のその表情に欲情している。

 他の子達は見れない表情が私だけのモノと言うだけで……薄暗い悦びを感じている。

 あぁ……胎の奥が疼く……たまらなく重く響く疼き。

 

 その疼きを耐える為、自分の腹部を両手で押さえて隠そうとしました。

 でも、隠そうとする腕を掴まれベッドに押し付けられ、兄様の瞳が私を貫く

 ドロドロとした欲望をチラつかせ、燃え盛る獣欲を滾らせて……それでいて愛おしそうに。

 あぁ……なんて綺麗なんでしょう。そこに私は吸い込まれそうな宇宙を見た気がする。

 夜空の様な瞳に心を奪われて、魅入り、思考が出来ない。

 私に出来る事は唯々、兄様からもたらされる(快感)に溺れるだけ

 私のすべてを……身も心も……魂すらも貴方に捧げたい。

 

 だからもっと、私を求めて下さい。

 もっと首に血が出るほどに噛み締めて、貴方のモノである証を下さい。

 もっと私の血を舐め取り、その身に取り込み、私の血で酔って下さい。

 貴方の思うままに、願うままに、気の済むまで……

 もっと、もっと、もっと、もっともっともっともっともっともっと……

 どうか、この愚かな私を罰して(愛して)ください。

 

 あのG1レースを初めて勝利し、ウイニングライブを踊りきった時の様な……いえ、それ以上の心地良い疲れ。

 朦朧としる意識が最後に捉えたのは貴方の愛おしい顔だった。

 

 

 

 

 ふと目を覚ますと眩い朝焼けが私の瞳を刺す。

 横を見ると兄様が、規則正しい寝息を立て寝ている。

 あの宇宙の様な瞳は、今は瞼に隠されている。

 あれ程、雄々しかった表情は、今は何処かあどけなく可愛らしい。

 愛おしい想いが溢れ、起こさぬように兄様の頬を撫ぜる。

 

 兄様の寝顔は安らかで、そこに痛苦は見えない。

 ですが、私は知っているんです。

 私達に見せる明るい笑顔の裏側に隠している苦悩を……

 私達の前から消えた事を、貴方はいつも後悔している……

 私達が引け目を感じている事を、貴方は気に病んでいると……

 私達を傷つけたと、貴方が苦しんでいると……

 

 私は兄様の為と嘯いて、無理をして二度と走れなくなった事で貴方を傷つけてしまった……

 もう二度とターフの上を駆け抜ける事が出来ないこの身に、後悔が無いと言えば嘘になる。

 私には勿体ないくらいの素敵な友人達と共に走れない事に、後悔が無いと言えば嘘になる。

 どうしようもない程に、私の本能はレースを……あの戦場を渇望している。

 兄様の為ならこの身体など惜しくないと誓ったのに……本当に私はどうしようもない愚者です。

 

 それでも……私はこの壊れた右脚を誇りに思う。

 貴方のモノになったという証として(貴方を繋ぎとめる鎖として)

 兄様は私を手に入れた時に、誇らしく思って頂けたでしょうか? 

 ……きっと思ってくれていないでしょう。

 貴方は優しく愛の深い方だから、自分のせいで傷ついたと思い、心の傷になっているでしょう。

 事が済んだ後にそこに気が付くなど……私は救われない程、無様だ。

 

 朝焼けに照らされた愛おしい貴方の唇に、私の想い(願い)を乗せてそっと口付けをする。

 いつか見た夢の様に、貴方と貴方との子と……そしてあの子達と笑い合う現実()が欲しいです……

 体温を感じたくて貴方の体にそっと寄り添い、再び眠りに落ちる。

 三女神様……どうかこの人を守り、癒してください。

 この人を囚える悪夢(過去)が、穏やかな微睡み(現在)で癒され、優しい目覚め(未来)の先触れとなりますように。

 

 

 

 

 昼に身支度を整え、チェックアウトの準備をする。

 私が身支度を終えると、兄様が花束を贈ってくれた。

 

「本当は昨日サプライズで渡す予定だったんだけどな……おめでとうアルダン」

「ありがとうございます。本当に兄様には色々と貰ってばっかりで……」

「んなこたぁ、いいんだよ。俺がしたい様にしてるだけだ」

 

 兄様から頂いたのは、21本の薔薇の花束。

 21本の薔薇の花束の意味は“心からの愛”

 しかもご自身で育てていた薔薇を、私の誕生日の為に温室を作り開花を早めてくれたらしい。

 ……本当に素敵な想いが詰まったプレゼント。

 その想いが私の胸をキツく切なく甘く締め付ける。

 

「ホントは成人だし、20本の薔薇の花束にしようと思ったんだがな……意味がなぁ」

「ふふ、お気遣いいただきありがとうございます。……あら? 一本だけ黒い薔薇?」

「あーそれだけ花屋にしてもらったんだ。チョコ風のワックスでコーティングしてもらった」

「本当に……本当にありがとう……ございます」

 

 黒薔薇の花言葉は“憎しみ”“恨み”

 ですが状況的に、この言葉は除外。

 残るの意味は“決して滅びることのない愛”や“永遠の愛”

 本当に素敵な言葉で思わず頬が赤くなる。

 そして……“貴方はあくまで私のモノ”

 本当は良くない意味の筈の花言葉。

 その言葉が私の心を、鋭く無慈悲に甘美に貫いた。

 きっと貴方の事だから、意図してではないでしょうけれど……

 

 

「それじゃあ、行こうか My fair Lady(愛しい俺のアルダン)?」

「……えぇ、My Hard-Boiled(最愛の私の兄様)

 

 ねぇ兄様……私は今、涙が出る程に幸せです。

 だから……だからね。愛おしい私の兄様………………

 

 

 

 

 

 

──私をもっともっともーっと貴方の色に染め上げて下さい。きっとそれが貴方の水銀のような甘い愛(劇毒)に犯された、私に相応しいのだから──

 

 

 

 

 

 





今、情報が来ました。バ場状態は稍重から良……?に持ち直したようです。



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