少年兵、派遣します! (アカザタナ)
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プロローグ
目覚め


そんなわけで投稿です
シリアス的展開や葛藤も考えていますが、人が死ぬことはたぶんありません。
希望の花は咲くかもしれませんが


鉄華団(てっかだん)

 

大人たちに利用され、使われてきた子供たちが作り出した、言うなれば彼らにとって最後の楽園

 

自分たちの居場所、たどり着くべき場所を求め、ただひたすらに進み続けた結果、世界の敵として潰され多くの団員の命が失われ、最後には世界秩序の番人『ギャラルホルン』によって消された

 

そんな鉄華団の団長オルガ=イツカが、暗く冷たい床の次に眼にしたのは、真っ白な照明と天井だった

 

ここはどこだ…

 

状況を確認しよう体を起こそうとするが、出来ない

手足と首がバンドのような物でベッドに拘束されているのだ

 

「遅い!」

「……?」

誰かいるが、顔が見れない

鉄華団の団員の声では無いことは分かるが

 

「脳波が安定してから1か月だぞ!何をやっても起きなかったし、どれだけ寝るのが好きなんだ君は!」

 

首を曲げてようやく声の主が見れた

おそらく少女であろう姿が

科学者のような白衣に身を包んではいるが、背が低くて髪を短く揃えた姿は子供にしか見えない

 

 

「…あんた誰だ?」

「し、知らない!?このボクを!?そ、そんなバカな…キサラギ最高幹部であるボクの顔を知らないなんて…記憶喪失か…?キサラギの医療技術をもってして…?いや、とぼけて無関係なふりをして解放させようって魂胆だろ!そうだよな!?」

 

その少女は捲し立てたかと思えば、急にマントを翻し、手をつき出して叫んだ

 

「そう!ボクこそが秘密結社キサラギの最高幹部が1人!黒のリリスなのだから!!」

 

…………

 

「いや、本当に知らない…」

「嘘だッ!?」

 

驚愕の表情のまま膝から崩れ落ちるリリス

自分が世間の常識に詳しいくない自覚はあるが、これでも鉄華団が拡大して事務仕事を覚えたころからはなるべく情報は収集していたつもりではあるが

 

「なぁ…とにかく教えてくれないか?ここは何処で、なんで俺はここにいる?それと……」

 

 

「なんで俺は仰向けで寝てるんだ?」

 

「…それは君の背中にある生体デバイスの心配をしてるのかい?」

 

床に手をつきうつ向いていたリリスだが、そう言って顔を上げたと思えば凄い速さで立ちあがり、腕を組んで自信ありげに話始めた

 

「なかなか興味深かったよ、あんな前時代的なシステムで人体を機械と接続させようなんてね、さしものボクも少し引いたよアレは」

「まさか、俺から阿頼耶識を除去したのか…?」

 

阿頼耶識システム

 

人と機械を繋ぎ、文字通り1つにすることで、機械の性能を100%以上にまで引き出すための装置

首から背中にかけての神経に埋め込まれ、突起状になるため、これがあると仰向けの姿勢をとることが出来ない

阿頼耶識は無理に切除しようとすると神経を破壊するはずだ…だが指は問題なく動くし、繋がれてはいるが手足も動かすことが出来る

 

「いや、まだ付いているよ。君がその姿勢で寝られてるのはベッドが君の形に合わせて変形させてあるからさ」

「そうか…」

 

そう聞いて少しホッとした

この阿頼耶識とももう長い付き合いになる

一生クズ同然の扱い受ける事を保証するモノだが、これがなきゃ俺も一介のガキ同然だ

愛着がある訳ではないが、無いなら無いで困るものだ

 

「まぁ君のはもう情報を吸い付くしたから取り出してもいいんだけどね、もう1人はまだ時間がかかりそうだけど」

「もう1人…?」

そう言ったリリスが指差す先には、同じようにベッドに寝かせられた鉄華団の団員、三日月・オーガスがいた

 

「ミカ…!?」

「やっぱり君の仲間なのかい?」

 

「そうだ…!おいミカ!返事をしろ!」

動かせない体をひねって、必死になって名前を呼ぶ

 

 

「……オルガ?」

 

ミカが俺を見た

芯のある目で、はっきりと俺を見た

もう見れないと思っていたその目を見ると、胸と目尻が熱くなる

 

何を話そう、何から話そう

 

どう謝ろう

 

そう考えていたからか、部屋に入ってきた別の女に気がついていなかったようだ

 

「お取り込み中良いかしら?初めまして、私は秘密結社キサラギ最高幹部の1人、氷結のアスタロトよ」

「…ねぇ、君も見覚え無い?これでもけっこう有名人なんだけど」

 

しつこく聞いてくるリリスを脇にして立っているのは、黒髪に整った顔立ちの女

最高幹部と言うからにはそれなりの立場の人間なんだろうが……

なんというか…いろいろと際どい

 

オルガ=イツカも、もうガキと呼ぶ年では無いがまだまだ多感な思春期

見せびらかすように開いた胸元、大事な所が見えるんじゃないか心配になるまで上げられたズボン…ズボンかあれ?

 

こんな女性と一対一で心を無にして話に集中できるほど大人でも無い

たまらず視線を反らすが、団長のプライドとして会話は忘れない

 

「…オルガ=イツカ、鉄華団の団長だ…あと、たぶんミカも知らないぞ」

 

またしてもリリスが視界の端で崩れ落ちているが、それよりも…

 

「テッカダン…?聞いたこと無いわね」

「こっちもキサラギなんて聞いたこと無いんだが……って、秘密結社なら当たり前か」

 

お互い自己紹介は完了したが、相手もどうにも腑に落ちない様子だ

 

「し、知らないの?自分たちで言うのもなんだけど、もうぜんぜん秘密でもなんでも無いのだけれど……リリスのことも知らないし、あなたどこの人なの?」

 

そこから話した事はお互い信じられないものだっただろう

 

彼らが言うには鉄華団という組織は存在すらしておらず、人類は火星に入植もしていない上コロニー社会も存在せず、ギャラルホルンも存在しない事

 

この地球も俺の知っている地球ではなかった

 

人口増加による食料不足、貧困、土地不足

一方で進む都市の廃墟化、老朽化

資源の枯渇、環境問題

そしてテロと戦争

 

経済圏同士の軋轢とか、そんな生易しい代物ではなく、まさに存亡の危機に瀕している事

 

 

「いろいろと考察した結果、君たちはボクたちの知らない宇宙の人間だと思う」

「……あんた正気か?」

「ボクとしては君の方が正気じゃないと思うよ…しかし、もしそうなら何とも凄い話じゃないか!まさかこんな形で異世界人に、しかも火星出身者に会えるなんてね!」

 

何故かリリスは興奮した顔で言う

俺としては気味が悪いんだが……

 

「しかも、君たち2人は1度死んだんだろう?よくある王道展開じゃないか!で、チート能力を使ってキサラギの世界征服実現のためヒーローどもをバッタバッタとなぎ倒し……」

「落ち着きなさいリリス…私もにわかには信じがたいけど、見たこと無いそのデバイスといい、この噛み合わなさといい、嘘だとは思えないわね」

「俺だって信じられねぇよ……」

 

死んだかどうかはわからない

あの傷ならすぐに治療すれば助かるかもしれない

 

だが目が覚めたらまったく知らない世界、まったく知らない人間、鉄華団も存在しない

 

そんなことがあり得るのか

昭弘もよく言っていた生まれ変わりってやつか?

いや、俺たちの体は確かにあのときのままだ

傷も記憶も…阿頼耶識も

ならこれは……

 

 

「本当に俺たちは死んで、別世界に来たってことかよ」

 

 

 

まだ本調子じゃないから休むべきだろうと、俺たちの処遇は明日決める事になった

枷も外されたが、部屋は鍵がかけられ、何処にも行けない事に変わりはない

何処か行くあてがあるわけではないが…

 

「体の調子はどうだ、ミカ」

「普通に動くよ、バルバトスと繋がってる時みたいに」

「そうか…そいつは良いことじゃねぇか」

 

あのリリスたちが治してくれたのか、それともこの世界に来るときに治ったのかわからないが、どちらにせよあんなミカを見ずにすむのならそれで良い

 

「なぁミカ…お前はさっきの話、どう思う?」

 

「わからない」

「だよなぁ」

 

「でも、俺はまたオルガに会えて嬉しいよ」

「…俺もだよミカ」

 

「お前らに謝んなきゃな…俺は……とんでもねぇヘマしちまって、その後始末をお前らに押し付けちまった……団長として最悪だ」

 

俺一人が先走って『火星の王』なんてのに食いついちまって

その結果がコレだ

 

 

「オレ、言ったんだ…みんなに」

「…?」

 

「オルガが死んでも、オルガの言葉はオレたちの心の中で生き続けるって」

 

 

「みんな、オルガが逃げ出したなんて思ってないよ」

「鉄華団団長オルガ=イツカは、最後までオレたちに進むべき道を示してくれたって…オレもそう思ったよ」

 

「…ありがとよ、ミカ」

 

もしあの二人の話したことが正しければ、俺だけでなくミカもむこうで死んだ事になる

だとしたらそれは間違いなく俺のせいだ

たどり着くべき場所だなんて言って、大事な家族を死地に飛び込ませちまった

 

団員の死に場所は俺がつくる…か

 

そう言って無理と無茶を重ねて、大勢の家族を失っちまった

 

「俺は…」

「…オルガ?」

 

『間違ってたのか』

 

そうミカに聞くことは出来なかった

 

聞けばそれこそ団長失格だと思ったからだ

 

だが、ずっと聞いてみたかった事でもあるのだ

ビスケットが死んで、ミカの体をぼろぼろにして、名瀬の兄貴も死なせて

 

俺たちは止まらない

そう言っていたが、止まれないの間違いだったんじゃないか

 

そう考え込んだせいで、せっかく仰向けで寝られるようになっても、一睡も出来なかった

 



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元団長

鉄血世界での悪行ポイント上位は
ジャスレイ>イオク>マクギリス>CGS大人組と海賊連中
みたいな感じになりそう
キサラギのコンプラ的にはほとんど制裁案件ですが


「さて、寝起きのところ悪いけど、さっそく今後について話しましょうか」

 

この世界に来て最初の夜を経た俺達の前に立ち、アスタロトが言う

昨日と変わらない格好だが、本当にこれが正装なのだろうか

 

「まず、当然と言えば当然だけど、あなたたちの戸籍は世界中のどの国にも存在しなかったわ」

「そりゃそうだろ」

 

「まぁ二人を異世界人だと判断したのは私たち自身だし……べつに疑ってる訳じゃないのよ?」

 

まだちらちらと疑いの視線を向けられるが、仕方ない

俺だっていきなり目の前に『違う世界から来ました』なんて言う奴がいたら、ギャラルホルンにつき出すしな

 

いや、血迷ってマクギリスにでも相談するか?

バエルとアグニカ・カイエルに取り憑かれたあいつの事だ、きっとそれでも上手いこと利用するに違いないが

 

「ここからが本題よ、私たちなら、その存在しない戸籍を偽造することも出来るの。つまり、あなたたちをこの世界の一般人にすることが出来るってこと。」

 

アスタロトが真剣な面持ちで言う

 

「もしそれを頼んだ場合、俺たちは?」

「その目立つ阿頼耶識…?だかは取り除く、そしてこの基地の事は全部忘れてもらうわ。それと、異世界から来たなんて言いふらさないようちょっと認識操作もするわ」

「な、なんだよその認識操作ってのは…」

 

そんな怖いもの受けたくねぇよ

というかそれって洗脳も同然じゃねぇか…

 

「これでも私たちは世界征服を目指す悪の組織なの。あなたたちからここの情報が漏れないとも限らないし、そのデバイスを広める訳にはいかないの」

「その阿頼耶識システムは単純だからね、技術的に模倣するなんて事はわけないのさ、とりわけヒーロー共にはね」

 

確かに、阿頼耶識とヒューマンデブリの相性は以前の俺たちが証明してるし、実際そのせいで海賊の勢力拡大の弊害もあったしな

というか…

 

「なんであんたらは世界征服なんて企んでるんだ?」

「そりゃ、悪の組織だからさ」

 

何を言うんだ、と言わんばかりにキョトンとするリリス

 

「じゃ、なんで悪の組織なんかやってるんだ?」

「そ、それは……」

 

言いずらそうに口ごもるアスタロト

リリスの性格といいコスプレみたいな格好といい、まさか……

 

「………カッコいいからとかか?」

 

「と、とにかく!どうするの!?私たちとしてはあなたたちは特大の爆弾みたいなものだから、出来れば目の届く所に居てほしいのだけれど…」

 

図星だったらしい

本当にれっきとした組織なのか?

CGSがまともな組織形態に見えてくる

だが、その質問の答えは決まっている

 

「さっきの提案を受ける訳にはいかねぇな」

「じゃあどうしたいのかしら?」

 

記憶を消して別の人間として生きる?

そんなのごめんだ

 

「俺たちを、このキサラギの一員にしてくれ」

 

先程までと違い、落ち着いた表情…冷酷と言ってもいい顔でアスタロトが言う

 

「それがどういう事かわかってるの?」

 

わかってるさ

 

悪の組織を自称してるんだ

どんな事をやらされるかの想像はつく

筋は通しきれないかもしれねぇ

そうなったら、ミカや死んでった団員に顔向けできねぇ

 

でも……

 

「俺は…前の世界で散々仲間を死なせちまった。そして、そいつらには2度と会えねぇと思ってた……死んだらそいつの人生はそこまでだって……

けど、俺は今こうしてここにいる。オルガ=イツカとして!!

もし同じようにこの世界に俺の仲間がいるのなら、俺はそいつらにもう一度会いたい!会って…話がしたい!」

 

「だが、今の俺にそんな力はねぇ…だから頼む!」

 

頭を地面につけて叫ぶ

 

「あいつらを探して欲しい!そのための手伝いなら、何だってやる!人殺しでも!なんでもだ!」

 

団長としての願いだったのか、俺個人の願いだったのか、後から考えても分からなかったが、後悔は無かった

 

 

破天荒な入社面接を終え、二人を帰したアスタロトとリリスは、椅子に深く腰を掛けて息をついた

 

「いやはや…なんとも凄い男だね……」

「そうね…彼もそうだけど、もう1人もなかなかの曲者じゃない?『それがオルガの命令なら』で済ませてたし……」

 

三日月の顔を思いだしながら言う

あれはただの腰巾着の顔つきではない

おそらく長年の付き合いなのだろう

 

「それだけ信頼されてるのかもねぇ…ま、あれだけ仲間思いなら、変な気は起こさないだろうし」

 

実のところ、キサラギのコンプライアンスとして、本当にヤバイ任務の場合拒否する権利というのは存在するのだが

どちらにせよ、あれだけ真摯に頼まれては悪の組織云々以前に一人の人間として断れない

 

「いずれにしろ、キサラギらしくて良いじゃないか、これで異世界人と宇宙人の2つが一気にそろったわけだし、後は未来人が来れば完璧だね」

「あなたは何を競ってるのよ……」

 

 

 

「ミカ…本当に良かったか?」

「何が…?」

 

あてがわれた二人用の自室に寝そべりながら聞く

といっても、この部屋も仮の物だし、二人には持ち物なんて無い

ベッド以外まっさらなものを部屋と言って良いのか疑問だが

 

「キサラギで働くって話だ、あれじゃ鉄華団を抜けるようなもんだろ」

「良いんじゃない?うちにもラフタたちが来てたけど、タービンズを辞めた訳じゃないんでしょ」

 

それはそうだが、鉄華団との関わりがない以上、出向や派遣とは違うわけだし、もう鉄華団を名乗る訳にはいかないんじゃないか?

そう考えると急に寂しくなるな…

 

「それに、オレはどんな命令でもオルガを信じるよ」

「……よし、やるからにはデカく行くぞ!あの二人に並ぶ幹部になって…みんな見つけて、いつかまた鉄華団の旗を上げてやる!」

 

 

 

 

 

「……は?別の惑星?」

 

明日からの命令確認のためにリリスの部屋に呼び出された俺は、その内容に驚愕した

きっと相当すっとんきょうな顔で固まっていたに違いない

なぜならその任務は…

 

「そう、実は今地球はいろいろと問題を抱えているんだよ、星そのものを乗り換えるくらいしなくちゃならないほどのね。だから、確認されている地球型惑星にキサラギの社員を送り込んで侵略…もとい開拓をして人類が住めるようにするのさ」

 

リリスがそう説明するが、問題はそこではない

 

「いや、理屈は分かるけどよ…惑星間移動なんて何ヵ月かかるんだ?」

 

地球から火星まででも、普通の航路でも1ヶ月以上かかる

聞いた話じゃ太陽系には地球の代わりになる星は無いようだから…

宇宙のはるか彼方への旅なんて何ヵ月、何年、下手をしたら世代単位の話になるはずだ

 

しかしそんな俺の疑問に、リリスは自身ありげに宣言した

 

「それは心配無用さ、なんてったって天才であるボクが造った転送装置があれば、どんな遠い星だろうと一瞬で行来できるからね!」

 

転送装置

 

名前から察するに空間と空間を繋いで物の行き来を可能にする道具か?

まさに夢の道具だが、そんなもの本当にあるのか

 

「転送装置は気になるが、言っただろ?俺は団員を探したいんだよ」

「それは分かっているよ、でもね、この地球に君の仲間がいるとは限らないんだよ。同じ地球でももしかしたら地面の中か海の中…最悪宇宙空間か別の星にいるかも知れないんだよ」

 

あまり考えないようにしていたが、その可能性は否定出来ない

そもそも俺とミカも、どうやってここに来たのかまったくの不明なのだ

聞いたところによると本部の入り口に倒れていたらしいが、上から降ってきたのか誰かに運ばれてきたのか

 

「つまり、少しでも確率を上げるためにはこの方法が一番効率が良いのさ!地球ならキサラギのレーダーなんかで捜索しやすいけど、さすがに銀河の端とかだとそうはいかないからね!だからその先兵として君たちを派遣するのさ」

 

えらく自信満々にそう捲し立てるリリスを見ると、不思議と怪しさが込み上げてくる

これがマクギリス相手なら腹の読み合いでもするところだが……

 

「……本音は?」

 

俺が声を低くして尋ねると、リリスは観念したのかため息を吐いてから話し始めた

 

「……我々は君をもて余している。当然だろう?宇宙人で異世界人なんて前列が無い上に、その阿頼耶識…敵の手に渡ったら地球の治安は間違いなく悪化するだろうね。かと言って戦闘以外で君たちを生かす場所もない」

 

そんな事だろうと思ったよ

俺は事務仕事もできなくも無いが、全く違う世界で同じようにできるほど要領良くはない

ミカは戦闘か力仕事か……

 

「だが全く違う惑星であれば話は別だ、そこに行けば君と同じくボクも宇宙人だし、実質異世界の人間だ。現地人からしたら同じようなものだからキサラギ社員との足並みも揃えやすいし、文明レベルの低い星なら阿頼耶識も利用されない……完璧だろう?」

 

「体よく厄介払いって訳か……」

 

だが実際利にかなっているというのも間違いではない

このままここで右往左往させるくらいなら、どうにか上手く使おうと言うのだろう

 

「…実は肝心の地球征服の方も難航していてね、実戦で使える人間はなるべく回したくないんだよ」

「まぁ、何でもやるって言ったのはオレだけどよ…」

 

昨日の晩にテレビをつけて観たが、どうやらキサラギに反抗する勢力があるらしい

キサラギの主観が入った番組ばかりだったが、楽勝ともいっていないようだ

 

「じゃあやってくれるね?」

「ああ、やってやるよ」

 

どうせ地球にいたって右も左もわからねぇからな、だったら、他の星の王にでも何でもなってやるさ

 

「そうか!それは良かった!いやぁなんでか知らないけど君たちの事はボクに投げられてね…なるべく楽したいボクとしては、厄介の種は遠ざけておきたいのさ」

「はっきり言いやがる……」

 

面倒くささを隠そうともしないのはあまり気分が良くないが、裏のない本音のぶちまけあいは嫌いじゃない

 

少なくとも、掴み所のないような奴の相手よりは

 

 

「それじゃ、今日の午後には出発してもらうからヨロシク」

「冗談だろ…」

 

 

今の時刻は11時

そもそも用意なんて必要無くはあるのだが、まだこの場所も把握してないんだが

 

「あ、それと三日月君、君はちょっと残りたまえ」

「…なんで?」

「君の阿頼耶識には気になるデータが残っていてね、それについて話がある」

「わかった」

 

「俺は居なくて平気か?」

「ああ、というかいい加減戦闘員服を受け取りに行きたまえ、いつまで半裸と病人服で悪の組織の本部を歩き回るつもりなんだ……」

 

俺達の格好を眺めたリリスが呆れながら言う

そう、実は今の今までずっと俺は病人服でミカはそのズボンだけ履いているのだ

一応キサラギで働くことを決めたときに戦闘員用の服を支給すると言われたのだが…

 

「あの服真っ黒でダサくないか?」

「黒はボクのイメージカラーでもあるんだぞ!今度言ったら検査と称して頭のなかをいじくり回してやるからな!」

 

 

 

 

指定された場所に時間通り着くと、そこには既にアスタロトと女性が1人、そして俺たちが着ているものより傷んだキサラギ戦闘服を来た男がいた

「さて、集まったようね戦闘員6号、戦闘員オルガ、戦闘員三日月」

 

「あのーアスタロト様?ちょっといいですか?」

 

キサラギ戦闘服を着た男がアスタロトに尋ねる

戦闘員ということは一応俺らの先輩で同僚なのだろうか

眉の上に小さな傷があり、黒髪黒目で面倒くさそうに頭の後ろを掻いている

 

「なんです6号?」

「この二人誰です?俺、キサラギでも古参の部類だと思ってるんすけど、この二人は会ったこと無いんですが」

 

「その二人は先日入社したばかりの新入社員よ、訳あって番号名では呼ばないけども」

 

そうアスタロトが言った直後、6号と呼ばれた男がにやつきながら肩に手を掛けてきた

 

「ってことは俺の方が先輩って事か、おい新入り~あとで焼きそばパン買ってこいよ~」

「なんだそりゃ…」

 

呆れた視線を向けると、その男は分かってないなというふうに手を振る

「これは後輩ができた先輩は必ずやらなくちゃならないしきたりみたいなもんだ、お前も覚えとけよ?」

「そんなもん知るか」

 

俺がその手を振りほどくと、6号が今度はミカを見て言う

 

「で、こっちのガキんちょは?キサラギもとうとう学徒動員って奴ですか?」

「キサラギはそんな事しないし出来ないよ6号。その子はリリスいわくなんだか凄い子らしいから、あんまりいじめるなよ?」

 

そう言ったのはアスタロトと同じように際どい格好を隠そうともしないオレンジ髪の女

聞いていた最高幹部の1人の特徴と一致するが、この世界の女はみんなこうなのか?

 

「はぁ……。イデデ!こらガキんちょ!耳引っ張んな!」

「ミカ、俺は別に平気だ…」

「で、では改めて今回の任務を伝える……」

 

そこからアスタロトによって作戦の概要が伝えられた

 

だいたいは俺達がリリスから聞かされていた通りだ

 

地球と環境の近い惑星に俺たちを送り込み、転送装置を作り上げて物質の移動を一方通行から双方通行にする

そこまでが俺たちの任務

 

冷静に考えて、星そのものを開拓するなんて三人程度で出来る訳がない

そこから先はキサラギから人員を送って何とかするのだろう

バックアップがあるとは言え、まったくの未知の世界へ飛び込む訳だから、自然と気持ちが引き締まって……

 

「さっぱりわかりません」

 

6号が鼻をほじくりながら言った

…こいつマジか?

 

「お前…古参社員じゃないのかよ」

 

「古参戦闘員だよ?逃げ足と生存力だけが取り柄のね」

「それは地味に傷つくんでやめてくださいベリアル様…というか任務についてはわかってるんすよ、分かんないのは地球外惑星のくだりですよ。二人とも、変なコスプレしたり痛々しい自称まではまぁ、俺も何とか付き合ってきましたが……」

「き、貴様、幹部服をコスプレとか言うな!」

「やっぱりあれは常識じゃないよなぁ…」

 

 

そこから再三戦闘員6号に説明が行われたが、結局実際になにするのか説明すると言ってリリスの部屋に連れてこられた

実際って…何か送って見せるのか?

そんな疑問をよそに、やはり仰々しいポーズを取りながらリリスが言う

 

「やっと来たね三人とも、さっそくだがこれを見たまえ!」

 

そう言って指を指すのは床から天井まで伸びた、人が四、五人は入るだろう大きなカプセル

それをペタペタと手で触りながら6号が言う

 

「なんすかコレ?映画に出てくる転送とかするマシーンみたい」

「その通りだよ6号!君はアホだが勘はいいね!」

 

リリスとも親しいのか、6号は顔色一つ変えずにリリスに挑発する

 

「アホは余計ですよリリス様、研究所のどこにお菓子を隠してるかチクりますよ?」

「やめろぉ!というかなんで場所を知ってるんだ!」

「それはお前がパシりついでに運ばせてるからじゃないか?」

 

「……あんた本当に偉いのか?」

 

威厳が少しも感じられないリリスに言う

一応は俺らと同じ階級の6号に良いように遊ばれてるように見えるが、あれで最高幹部だと言うのだから不安なもんだ

さっきまで俺もタメ語だったわけだが

 

「…で、これと俺の任務がどう繋がるんですか?」

 

まだ理解が及んでいないのか、6号が問う

 

「君は宇宙人はいると思うかい?」

 

リリスが意味ありげに含み笑いをしながら問いかけ返した

6号は少し考える素振りを見せると、よくわからないというふうに肩をすくめる

 

「そりゃいるんじゃないですか?分かんないですけど」

「うん…まぁ先日キサラギにも入社したからね……いや、実在するかは重要じゃないんだよ6号!」

 

一応、俺とミカの事はキサラギ内でも特定の人間にしか話さない事に決めたらしい

…決めたならチラチラ落ち着きなくこっちを見るのはやめてくれないか?

いつか絶対バレるぞ

 

リリスが熱い宇宙のロマンを語ると、ようやく6号も理解したようで腕を組んで頷いた

 

一応最高幹部の覚えも良い古参なのだから、もっと責任感を持った方が良いんじゃないか?

 

「つまり、美少女だらけで俺以外に男がいない星に連れてってくれるんすね?さすがリリス様です。じゃあ早く行きましょう。俺はいつでもいいですよ」

 

鼻の下を伸ばしてそう言う6号

 

…この短時間で同じことを二度思わせられるとは思わなかった

 

「お前欲望に忠実過ぎるだろ、俺たちが地球の未来の一端を担ってるんだぞ?」

「つっても俺ら戦闘員を待ってるのはリストラだしなぁ…だったら楽しめるうちに楽しむし、夢は見れるうちに見るほうがいいだろ」

 

「…承諾してくれて何よりだよ。それと、派遣するのは君たち三人の他にもう1人…アリス、おいで」

 

そう言ってリリスが部屋の奥に手招きすると、そこから子供が現れた

年はアトラよりもさらに若い…いや幼いといった方が正しいだろう

俺にそういう趣味は無いが、金髪に青い瞳に整った顔立ちは吸い込まれそうになる

背負った大きなリュックはどう見てもその小さな体には不釣り合いだが、よろけながらもそのリュックを離すことは無かった

 

しかしこの少女の事は俺たちも聞いていない

いったい何の……

 

「またガキですか、俺子供は嫌いなんですけど」

「おい、さすがにこんな小さな子に…」

 

「ガキって自分の事いってんのか?下っ端戦闘員共が調子に乗んなよ」

 

……………

 

この瞬間、オルガ=イツカの中でのキサラギ製アンドロイド、アリスの評価はちっちゃなモビルアーマーに決定した

 

 

 

いまだ信じられないという表情のままカプセルに押し込まれ、リリスがコンソールを弄るのを眺めるだけとなったが、今から不安しか感じられない

 

「なぁ、本当にこの三人と一機だけで行くのか?」

「不満か新入り戦闘員。安心しろ、バカな戦闘員を上手く使い潰すのが自分の仕事だ、無駄死にはさせねぇよ。それと、自分を一機と呼ぶのはやめろ、向こうじゃ人間として扱え」

 

外見は幼気な子供そのものだってのに、口から出るのはキツい言葉ばかり

ものすごく変な気分だ

 

「やっぱりこいつは置いてった方が良い!リリス様ー!緊急停止ボタンとか無いんですかー!」

「今さらじたばたしてもしょうがねぇよ…6号だったか?俺はオルガ=イツカ、鉄華だ…」

 

いや、もうこの名前は使えねぇのか

けど、同僚にキサラギ戦闘員ですとは言えねぇしな

 

「あ!?何だって!?というかこっちのガキの方もコエーよ!なんでアンドロイドより無表情なんだよ!」

「うるさい」

 

じたばたとカプセルの中で暴れる6号に業を煮やしたのか、リリスが少しうつむいてから言った

 

「……もう送り出してしまおうか」

「ちょっとリリス様?まだアスタロト様とベリアル様に別れの挨拶すらしてないんですが」

 

6号が困惑の顔を見せるが、リリスはそれを無視して操作を続ける

 

「ボクの天才頭脳が言ってるんだよ、このままだと君たちはこのポッドから出たがるとね…」

 

「はー!?それってどういう事ですかリリス様!」

「なぁ、俺まで不安になること言うなよ。そういえば成功確率はどんなもんなのか聞いてなかったよな?」

 

「成功率は100%だ、実験回数は黙秘する」

 

リリスの返答に俺と6号は絶句した

 

なんという行き当たりばったり

マクギリスなんてまだマシな部類だった

これが本物のヤバイやつか

 

 

「では、戦闘員6号!オルガ=イツカ!三日月・オーガス!無事帰還する事を祈っている!」

「お前らならちゃんと帰ってくるって信じてるからな!お土産は頼んだぞ!」

 

 

「いやちょっと待て、待って待って!もうちょっと実験とかいろいろするべきじゃないか?なぁ、おい!」

「祈るな!こんな重要な事で適当やってるといつか失敗して酷い事になるぞ!あとお土産期待するなら自分で行けよ!」

 

納得いかねぇ!こんな適当にやってる組織があるのになんで俺たちはあんなに苦労しなくちゃなんなかったんだ!?

 

「オルガ…俺、どうすればいい?」

ミカが期待に満ちた目で俺を見る

 

『次はどんなものを見せてくれるんだ』と

 

カプセルをぶっ壊す?

 

俺たちも神に祈る?

 

ハハッ

 

「もう俺にもわかんねぇよ!!」

 

「ちくしょう!!覚えてろよボクっ子がぁ~!!」

 

俺達の叫びもむなしく、カプセルに煙が充満していく

 

こうして、俺達の初仕事が始まった



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少年兵と不死の力
遭遇と祝詞


鉄血本編見てるとオルガは真面目だなぁと常々思います
本当にザックみたいな奴がもっといれば…


増えすぎた人口、環境問題、地球の抱える問題を解決するため、名誉ある異星探索の第一号として選ばれた俺達は……

 

「うあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

「だぁぁぁぁ!!!ちくしょう!!やっぱりあの女は大バカだぁぁぁぁ!!」

 

落ちていた

 

空から

 

 

「落ち着けお前ら、賢い自分とリリス様がこんなときのためにパラシュートを用意してある」

 

パニックになっている6号の肩を掴み、アリスがまったく表情を変えずに言う

 

「でかしたぁぁ!よし!これを……一個しかねぇじゃねぇかぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「何でだよ!!!!」

 

アリスから受け取った鞄を掴んで絶叫する俺達

 

「そう言えば昨日リリス様がパラシュートのチェックをするとか言って引っ張り出してたな。なるほど、戻し方が分からなかったから放置したらしい」

「ちくしょうあのバカ女!!!!」

 

 

「何か無いのかよ!!!」

「自分には自爆機能くらいしか無いぞ、それよりもそこの三日月を頼れ」

 

「はぁ!!?何言って……」

「オルガ、掴まってて」

 

そう言ったミカの背中にある阿頼耶識から白と青の装甲が生え、その体を包み込んでいく

ミカの顔が見えなくなった後に代わりに見えるのは二本の角と緑に光るツインカメラ

 

なぜか人並みのサイズになっているが間違いない

そこに現れたのは三日月・オーガスの愛機

 

ガンダムバルバトスだった

 

「ミカお前!!?」

「おおおおおおい!!!?俺も乗せろよぉぉぉぉぉ!」

「お前はパラシュートがあるだろ。早く開け、地面に激突するぞ」

「だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 

 

 

スラスターで減速し、ゆっくりと地面に降り立ったバルバトスの背中から降りる

すると、ミカを覆っていた装甲がするすると阿頼耶識に吸い込まれていき、しまいにはいつもの形に完全に戻ってしまった

 

「ミカ…そいつは……」

「オレの阿頼耶識と脳にバルバトスのデータがあったから、それを復元出来るよう改造するって言われたんだ。勝手に受けたけど、ダメだったかな。」

 

そのためにミカの阿頼耶識に拘ってたのか…

俺はモビルスーツに乗ってなかったから何も無かったのか、それともガンダムだからできたのか

 

「ダメじゃねぇけどよ……いや、それにしたってどうやって……」

「ソイツは変身系の怪人の技術だな、呼び出してるというより、デバイスから展開するタイプみたいだ」

 

声に振り替えると、そこにはケロリとした顔でパラシュートを切り離すアリスと、憔悴しきった顔の6号がいた

 

「お前ら、無事だったか…」

「無事なもんか!!ちくしょうあのボクっ子…今すぐ帰って泣くまで乳揉んでやる!!」

 

6号の遠慮ないセクハラ発言にドン引きしていると、アリスからとんでもないことが告げられた

 

「今すぐは無理だぞ、装置を呼び出すにしてもここじゃ組み立てられない。それに空間の安定化に一月はかかるからな」

 

……は?

 

「おい、俺は転送装置で一瞬で行来出来るからこの任務を承けたんだが……!?」

「そりゃリリス様に騙されたな」

「……本物のろくでなしじゃねぇか」

 

キサラギに入って本当に良かったのか?

本当に人の命をなんだと思ってるんだ

CGS時代を思い出す酷さだぞ

 

いや、俺も同じことを団員にやらせてたのか?

 

俺がやるせない気分になっている横で、6号も頭を抱えていた

 

「まただよ、またハメられた!あいつらもう許さねぇ!幹部連中に改造手術を受けないかって言われた時も………!!」

 

改造…そういえば

 

「……ミカ、お前体は平気なのか?」

「うん、平気。それよりこれからどうすればいい?」

 

ミカの言葉に、ひとまずは胸を撫で下ろす

せっかく五体満足でいられたのに、人体改造でまた機能不全になんてなっていたらたまらないからな

 

さすがに今はものを考えられそうに無い

ただでさえ知らない場所で考えが回らないのに、あんな送り出され方をすればなおさら

 

 

だが、アンドロイドなら話は別だ

「さっき降下中に知的生命体の集落らしきものが見えた、位置はマークしてある。先ずはソコへ向かうとしよう」

 

平然とするアリスを見ていろいろと吹っ切れたのか、6号が立ち上がった

「くそっ!おい、改めて自己紹介だ。俺は今までどんな戦場でも生き残ってきた、キサラギ最古参のエリート戦闘員。そう、戦闘員6号さんだ」

 

「自分はキサラギ社製美少女高性能アンドロイド、キサラギ=アリスちゃんだ。立場的にはお前らと同じ平社員だからな。タメ口を利いてもいいぞ」

 

「俺は元鉄華団団長、現キサラギ新入り戦闘員のオルガ=イツカだ。戦力としちゃ期待出来ねぇだろうが、最低限自分の身は自分で守る」

 

「……えーっと、元CGS三番組…元鉄華団遊撃隊隊長…現キサラギ戦闘員……?ガンダムバルバトスパイロット、三日月・オーガス」

 

各々が自己紹介を終えると、それぞれ口を曲げて言う

 

「俺の方が先輩なんだからタメ口でいいぞってのはこっちのセリフだろ」

「ミカ…流石にCGSの部分はもう名乗らなくて良いんだぞ」

「自信があるんだか無いんだか分からん名乗りだな」

「自分で高性能って言っていいの?」

 

 

しばらく歩いていると、アリスの言う都市が見えてきた

 

「そう言えばお前ら、悪行ポイントはどれだけある?」

 

アリスがふと立ち止まって言った

 

俺が腕につけられた端末機を見ると、それぞれ数字が表示されている

これが悪行ポイントというものらしい

 

「俺は今300ってとこかな」

「俺とミカは50ずつもらったが…あれ?おい、ミカそれ…」

 

ここへ来る前、前もって悪行ポイントというシステムについては説明を受けた

 

キサラギ所属の人間が悪行をこなすことで貯まるポイントであり、これと交換でより強い武器や嗜好品を手に入れられる

いわばキサラギの社内通貨のようなもの

 

そんなシステムが上手く成り立っているのか甚だ疑問だが、キサラギ社員はこのポイントで武器や装備を手にいれるしかないらしい

それを最初に50ポイントずつ受け取ったはずなのだが

 

ミカの表示されているポイントは24

 

つまりすでに26ポイント使っている事になる

だが、今まで何か呼び出した事は無かった

………ということは

 

「どうやらさっきの変身にもポイントを使う仕様らしいな」

「嘘だろ……」

 

もはやバックアップがずさんとかではなく、単純にケチなのだと悟った

 

「あの城砦都市を攻略するには300ぽっちじゃ心許ないな、三日月の変身が使えりゃまだ何とかなったかもしれんが…ひとまず徒歩で向かって潜入するぞ」

 

 

 

 

 

「嘘つきー!何が地球に似通った星だ!こんなん地球に居るかバカァ!!」

 

6号がこちらへ迫ってくる謎の生き物に向けて、拳銃を乱射しながら叫んだ

 

「なんだこいつら!これも犬ってやつか!?」

「銃を抜け!数が多いから撃ち漏らすなよ!」

 

俺達に襲いかかってきたのは見たこともない化け物だった

ガキのころ、路地裏を占拠していた野良犬を思い出したが、こいつらはそんなものよりはるかに凶悪だ

 

まず第一にデカイ

成人男性に覆い被される程だ

現に今、6号がその体ですっぽり見えなくなっている

 

「おい!お前も手伝えよ!アンドロイドが人間様を盾にすんな!」

「自分は高性能なアンドロイドと言っただろ。高性能なのでよりリアルを追求し、普通の少女並みの戦闘力となっております」

「このポンコツめ!お前高性能とか絶対嘘だろ!」

「何でこの任務に選ばれたんだよ!」

 

前から飛びかかってきた一体の喉元に支給されたナイフを突き立て、怯んだ隙に蹴り飛ばして別の一体に向き合う

 

初めての肉弾戦にしてはよくやっている方だと思いたいが、いまだに致命的な一撃は与えられずにいて一向に数が減らない

 

「右から来てるぞオルガ、勿体ぶらねーで銃使え銃」

「弾にもポイントを使うんだろ?だったらこんなとこで使ってられるか!」

「なら三日月くらい豪快にやれ豪快に」

 

アリスがそう言って高くのぼっている土埃を指差す

その中で戦っているミカは、バルバトスと一緒に出したメイスを振り回して化け物を叩き潰していた

 

一応、俺とミカに支給された戦闘服には筋力補助の機能があり、ミカの小さな体でも身の丈ほどあるメイスを軽々扱えていた

もっとも、ミカ本人の筋力も充分すぎる程あるのだが

 

アレを真似するのは俺には無理だな…

 

「誰か助けてくれー!!手が、手がプルプルしてる!!」

 

数体に群がられていた6号がたまらず助けを求める

 

「こっちは今動けねぇ…アリス、何とかできねぇか?」

「自分ポンコツなんで打開策は思い付きません、使えないヤツですいません6号さん」

 

アリスはまるでふてくされた子供のように体育座りをしながら言った

 

「助けてくださいお願いします!」

「お前本当に機械なんだよな…?」

 

人間に恩を売るというとんでもない機械に驚愕しながら、新手の犬モドキと対峙する

その間にもミカは一体、また一体とメイスで犬モドキをぺしゃんこにしていた

 

俺が新しく6号へ飛びかかろうとしていた奴を蹴り飛ばしていると、6号にへばりついていた奴が短い悲鳴と共に吹き飛んだ

見るとアリスが手にショットガンを持ち、俺の後ろから構えていた

 

「よし来たぞお前ら、これから三日月以外は自分に敬語使えよ」

 

偉そうにそう言ってくるが、実際助かっているので文句は言えない

 

それからなんとか犬モドキの襲撃を退けた俺達の方へ向かってくる何かを、ミカが発見した

 

「なんだあれ……?」

「何かに乗ってる人間だな……あれは馬か?」

 

つられて6号と一緒に見ると、馬のようなものに乗った集団が土埃を上げながらこちらへ迫っていた

 

「現地住民か。自分が言語を解析してお前らに埋め込まれたチップを通して覚えさせるから、余計なことせずにとりあえず話を聞いとけ」

 

「えっ、そんなことできんの?」

「おい、俺はそんなチップ埋め込まれた記憶が無いんだが」

「今そんなことはどうでもいい。それより、ここは自分に任せとけ」

 

どうでもいいわけあるか

この分だと、絶対まだ何か隠してあるだろ

もしまた会うことがあったら、そのときは俺も6号と一緒に何か仕返ししてやるか?

 

 

「答えろ!貴様らいったい何者だ!?」

 

銀髪に剣を携え、馬に似ている生き物に乗った女がこちらに向けて声を上げていた

 

全く知らない星の知的生命体相手の意志疎通など、本来なら何年もかかってもおかしくない話なのだが

 

「なぁ、お前らにもあの言葉理解出来てる?」

「ああ、不思議とな……」

「うん」

 

どうやらアリスの話は本当らしく、しっかりとその女の言葉を理解出来ていた

 

「そうか…俺としちゃあここらで不思議な力に覚醒してあいつらの言葉がわかるようになったとかの方が嬉しいんだがなぁ」

「前から思ってたが、お前のその自信と欲はどこからくるんだよ」

 

 

それから、明らかに不審な俺たちに関しての説明がアリスによって始まった

 

先ず、6号はアリスを変態から守るために戦い、その時のダメージで脳に障害を負い、アリスと共に療養中だという

俺はそんな6号のかつての戦友で、国のために勇敢に戦ったがあえなく敗れ、放浪の身だったところを二人に出会い、旅に加わった

そしてミカは凄い力をもっているが記憶がなく、自分を探すために旅に加わった

 

というのが俺たちの設定だ

 

「お前何言ってくれてんの?なんで俺が頭の悪い子扱いされてんの?」

 

説明を受けた女から哀れむような視線を向けられた6号がアリスに抗議する

 

「いいか6号、アホなお前じゃ絶対そのうちボロが出る。だがこの設定なら…」

「一般常識を知らなくても、変なこと口走っても大丈夫って訳か、考えたな」

「お前ら俺に恨みでもあんの?」

 

6号が納得がいかない顔で首を傾げているが、当の相手はこれで納得したようだ

「まぁ、事情は分かった。魔の大森林を抜けてきたというのは普通ならとても信じられないが、これを見せられてはな。我が国はお前たちを歓迎しよう。」

 

都市へ向かう道中では軽くこの国について説明された

彼女はこの国の騎士であり、名前はスノウ

この国の名はグレイス王国といい、領土をねらう魔王軍と戦争状態にあり、国境線で争いが絶えないという

魔王軍は数で勝り、戦況は劣勢に立たされている

しかしグレイス王国には古い伝承があり、選ばれた勇者が現れ、魔王を打ち破るというものだ

 

それを聞いた6号が、設定通りに頭の悪い勇者宣言をしたが、その勇者というのはこの国の王子と分かり膝をついた

あれで本気だというのだから凄い奴だ

ああいう奴の方が案外大物に……ならないか

 

「この国の現状は理解してくれたか?それでもこの国に滞在するというのであれば、お前達を歓迎しよう。……それに、仕事のつてだって紹介できる、これも何かの縁だ、話だけでも聞いてみないか?」

 

『おい、これはチャンスだ。お願いしとけ。この星の連中の戦闘力を測るには素晴らしい環境だ。破壊工作もしやすいしな』

『お前アンドロイドなだけあって容赦ねぇなぁ。でもまぁ生活基盤はあった方がいいよな。』

『組織の力は軍事力で決まるって言うしな、この流れなら身分証も必要無いだろうし…』

『ねぇオルガ、凄い見られてるよ』

 

一応、キサラギの任務に関する話はニホンゴで話す事になっている

そんなうまいこと使い分けられるものかと不安ではあったが、これがなかなか上手くいくもので、現にスノウは話の内容を理解できずに訝しげな顔をしている

 

まあ自分たち知らない言語でこそこそと話されれば警戒して当然だろう

 

「ごめんなさい。この人達はアホなので、私達の国の言葉で分かりやすく説明してあげたんです。ですが、戦う事に関しては任せても大丈夫です」

「なぁ俺とミカは6号ほどアホじゃないと思うんだが」

「お前ら隙あらば俺を貶すのやめてくんない?」

 

「ああ、こちらこそよろしく頼む。お前達には期待している!ふふ……ふへへへ………」

 

アリスの言葉を聞いたスノウは、そんな気持ちの悪い笑いを上げた

 

 

 

 

「なぁあれって何なんだ?俺の目には戦車に見えるんだが」

「戦車が何かは俺にも分かねぇが、俺にはモビルワーカーモドキか何かに見えるな」

 

都市に入ってすぐのところに、物騒な戦闘兵器のようなものが鎮座していた

回りの建物はレンガと石でできているのに、こいつだけ鉄製なのも相まって、場違いな異質感を振り撒いている

 

「これはその昔この国を魔獣の脅威から守ったアーティファクトで……あっコラ!勝手に登るんじゃない!保存の魔法を掛けてあるが、もう劣化が激しいのだ!壊れたりしたらどうする!」

「いや、もしかしたら阿頼耶識が付いてないかって気になってな」

 

現状、隊で一番戦闘力が低いのは俺だ

6号ほど場慣れもしていないし、アリスのように射撃で完結している訳でもなく、ミカのように体にモビルスーツを纏って強化することも出来ない

ならせめてこいつぐらいはと思ったのだが、あてが外れたな

 

それより今一番の問題は

 

「魔法?なぁ今魔法って言った!?」

 

魔法と聞いて明らかに興奮している6号だ

 

このあと何をするかは火を見るより明らか

何とか6号が早まるまえに…

 

「おい、待て…」

 

結局制止は間に合わず、俺たちは他人の振りにいそしむ事になった

 

 

 

 

いろいろと言い訳を並べ立てる6号を引っ張って王宮にたどり着いた俺たちは、特に何かされるでもなくそのまま謁見室のような場所へ通された

 

そこで待っていたのは金髪に小綺麗なドレスに身を包んだいかにもなお姫様

クーデリアよりもさらに若く、部外者の俺達を見ても落ち着いた笑顔を絶やさない

 

「スノウ、お帰りなさい。任務ご苦労様でした。…それでこの方達は?」

 

呼ばれたスノウがお姫様の脇に行き、何かを説明し終えたのかこちらに向き直った

 

「四人とも、頭を下げろ。こちらにおらせられる方がこの国の王女、クリストセレス=ティリス=グレイス様だ」

 

「長ぇ名前」

「お姫様ってみんなそうなの?」

「ぶ、無礼者!」

「…………」

 

6号とミカの言葉に、アリスはため息を吐き、俺は頭を抱える

 

もし本当に彼女がこの国の王族なら、無礼を働けば即日死刑なんてこともありえる

もっと危機感を持てと言いたいが、自分も同じことを思っていただけになんとも言えない

 

だが当のお姫様はクスリと笑うだけで不機嫌な素振りは見せなかった

 

「随分と素直な方ですね。なるほど、確かにこの国の住人ではないようです。その反応といい見慣れない服装といい」

 

「あんたの事はなんて呼んだらいい?グレイス様か?クリストセレス様か?」

「お前!敬う気持ちがあるなら敬語も使え!」

 

スノウがたまらず6号に掴みかかるが、ティリスは笑みを崩すことなく話しかけた

 

「ティリスでお願いいたします。あと、敬語も結構ですよ、様も必要ありません。自然体でお願いします」

「そうか?なんか悪いな」

 

お姫様ってのは高飛車なイメージばかりだが、クーデリアといい、実際にはそんな奴には会ってないな

 

俺がそう考えていると、ティリスは一転して深刻そうな顔で話し始めた

 

「…それで、皆さまの強さを見込んでお話があるのですが……」

 

 

 

 

 

「まったく、外国人だからといって口の利き方も知らないとはな!私の評価まで下がったらどうしてくれる!」

 

謁見の間を後にした俺達に、スノウが罵声を浴びせ続ける

 

「あまり怒らないでくださいスノウ様。確かに礼儀も知らないアホですが、戦う事に関してはプロですから」

 

ティリスの話というのは、魔王軍との戦争で数を減らしている戦力を少しでも増やしたいという

いわば傭兵みたいな仕事を頼まれたわけだ

 

「俺たちをわざわざ連れてきた理由がようやく分かったな。俺らが戦場で活躍すれば、お前の手柄にもなるってわけだ」

「あっ、そういう事かよ!だったらそう言えよ!俺の力とセクシーな体が欲しいって!」

「体はいらんわ!」

 

くねくねと体を捻る6号を叩き、もういいとばかりに振り返ったスノウの顔はなんというか邪悪な顔としか言いようがない顔になっていた

 

「もう言っておくが、私は手柄と金、そして名剣が何よりも好きなんだ!」

 

そう言ってスノウは腰に据えた剣を抜いて頬擦りした

ハアハアと息を荒げながら、辛抱たまらんといったふうに刀身を触るスノウ

 

ああ、やっぱりこいつもダメな奴だったか

 

「なぁ6号、お前からは私と同類の匂いがする。私はそれなりの地位にいるから、お前のためなら多少の権限なら行使してもいい。それに三日月!私の見立てではお前はかなりの手練れと見た。お前を新参と迫害する輩がいれば近衛騎士団の権限で捻り潰してやろう。お前達には期待しているぞ!」

 

目を光らせながらそんな事を言うスノウに、俺だけでなく6号も若干引いていた

 

よく堂々と不正行為の話をできるな

まさかもう俺達は共犯だとでも言うつもりじゃないだろうな

不気味な笑い声をあげるスノウを見ると不安が募る

金のために味方を売るような奴じゃない事を信じよう

 

 

同類扱いされて嫌がる6号とめんどくさそうにスノウを振り払うミカを連れて、中庭に出た時だった

そこに、またしても明らかに場違いな物体が佇んでいた

 

「スノウ様、アレはなんですか?」

「さっきの奴と違って明らかなオーパーツ感があるんだが…」

 

高さは三メートルくらいだろうか

青色の箱形の機械に、小さな操作パネルらしきものがついていた

そこを弄りながらアリスが言う

 

「なかなか状態もいい。おそらく動力はソーラー式か。一体コレは何に使うのですか?」

 

ペタペタと触る俺達にため息を吐きながら、スノウが答えた

 

「コレも我が国のアーティファクトの一つで、雨を降らせられる伝説級の遺物でな。時期になると王族が祈りを捧げて雨を乞うしきたりなんだが、見ての通り今はもう動かん。コレもやがては朽ちていくことだろう」

 

祈るだけで雨を降らせる機械なんて、また凄いな

降雨装置なんて、俺のいた世界でもコロニーの中とか限られた環境でしか利用されていない筈だ

それを地上でできるとは……

 

しかしキサラギからすれば珍しくも無いらしく、アリスが操作パネルを外してその中の配線をまじまじと見ると

 

「これぐらいならわたしが治せるかもしれません。中を弄ってみても?」

「ほ、本当か!?わかった!全責任は私が取るから、やってみてくれ!」

 

アリスの言葉に、スノウは興奮してアリスの手を取りながら言った

 

そんな簡単に言っちゃっていいのかよ

騎士団の隊長がどれくらい偉いのか知らないが、一介の兵士にそこまでの権利があるとは思えないが……

 

パネルを外したアリスはどこから出したのか、工具を握りしめてアーティファクトに腕を突っ込んだ

 

『お前、なんでそんなもん持ってんの?』

『自分のメンテナンスぐらい自分でやるからだよ』

 

6号の質問に、アリスが誇らしげに言う

たしかに、一ヶ月孤立無援の状態を想定されて作られているわけだもんな

 

『しかし凄いな、全く知らない星の遺物を修理出来るなんて』

『キサラギ社製の高性能アンドロイドを舐めるなよ?この程度朝飯前だ。わかったら、お前もポイントで自分に何かプレゼントしてくれていいんだぞ』

『勘弁してくれよ…』

 

そもそも俺は悪行なんて進んでやれる人間じゃない

だからポイントは本当に大事に使っていかなくちゃならないんだ

とはいえ、口は悪いが頼れる奴だ余裕があれば何か用意してやるか

アンドロイドが貰って喜ぶものなんて想像つかないが

 

「なぁ、スノウがずっとにやけ顔でこっちを見てるんだが、あいつ絶対手柄を要求してくるぞ」

「あいつ何もしてねーじゃん」

「それはお前らもだぞ…よし、これでいけるはずだ」

 

アリスがそう言った瞬間、アーティファクトが淡く発光し始め、それと同時に合成音声で何かを喋りだした

 

《これより再起動を開始します。

それに伴いパスワードを再設定してください》

 

「なるほどな、この国の人間は、音声認識のパスワードを祝詞だと勘違いしてた訳だ」

「まぁ、伝承や伝説なんてだいたいそんなもんだろ。魔法なんてのも科学の延長線に過ぎねぇよ」

 

そこまで否定する必要もないと思うが、アリスの言い方に凄みがあったのでそれ以上言うのはやめた

 

 

「じゃあここからはティリスとかお偉いさんに任せるんだろ?さっさと……」

 

 

「おちんちん祭り」

 

…………

 

《パスワードの設定が完了しました》

 

 

「何やってんだ6号ー!!」

 



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新隊員と初陣

現状、三日月のバルバトスはルプス以前の形態のみ変身可能です



 

 

「俺はもう6号は地下牢に投獄してもらうべきだと思うんだが…」

「奇遇だな、自分もだ。だが、今戦力を削るのは避けたい事態だったからな。姫さんの寛大さに感謝だ」

 

国の命運を担っていると言っても過言ではない国宝のパスワードを、よりによって男性器の名を関した祭りにするという常軌を逸した6号の行動は、俺だけでなくその場の全員を困惑と呆れ、そして怒りに包み込んだ

 

なんせあのアリスとミカさえも理解出来ないといった表情で固まっていたのだから、相当のものだろう

 

そんなわけだから全員もれなく処刑になるかと思いきや、ティリスはそれでも俺達を評価し、この国の遊撃部隊を任せると言ってきた

実力さえあれば、多少……うん多少の素行の悪さは致し方ないという事だろうか

 

しかし、スノウだけは監督不行き届きということで、厳罰として近衛騎士団隊長の任を解かれ、6号の隊に編入される事となった

 

「貴様という奴は…!本当に!本っっ当に!!」

 

そのせいで先程からスノウはこの調子だ

流石にずっと吠えられていてはうるさいので俺も苦言を呈する

「元はと言えばお前が勝手に責任を持ったからでもあるんだぞ」

「うるさい!まさかあんな事をしでかすとは思わんだろう普通は!」

 

それについては同意しかないが、同情はしないぞ

 

 

 

 

「しかし隊員の募集は必要なのか?部隊ってのは五人一組が一般的なんだろ?」

 

俺達はまだ納得のいっていないスノウを連れて城の訓練場に向かっていた

部隊を編成するにあたって、何人か隊員を追加するようティリスに言われたのだ

 

だが、小隊として運用するなら最低三人、多くても十人いるかどうかというところだ

現在は俺達四人にスノウを合わせての五人

部隊としての一応の様相はとれている訳だが

 

そう思っての疑問だったのだが、スノウはアリスを見て言った

 

「いや、アリスはその…まだ幼いようだし。戦闘部隊に編入するのはどうかと……」

 

たしかにスノウの言うとおり、アリスは外見だけならまだ幼い

子供を戦場に連れ出す事を嫌がった事で俺の中でのスノウの好感度は上がったが、それとは逆にアリスの神経は逆撫でされたようだ

 

「はぁ?何言ってんだお前、高性能な自分を除け者にするとかふざけんなよ。そんなだから降格されるんだよマヌケ」

 

突如として豹変したアリスにスノウが目を白黒させる

アリスはどうやら、スノウに対して下手に出ても何も良いことは無いと判断したようだ

 

「ア、アリス?お前子供の癖になんて口の聞き方を……?」

「口の聞き方なんか、今まで上司の6号とオルガにタメ口利いてるお前に言われたくねーよ」

 

上司

 

そう、何故か俺は副隊長の立場に抜擢された

 

勝手な憶測だが、この中で一番戦闘力のある三日月が俺の命令に従うからだろう

それに、裏で手を回したり策をろうする役目はアリスが担う予定だから、部隊として顔を売るのは俺達の仕事という訳だ

 

それでも、あんな事をしでかした後で6号を隊長に据えるのは最良の判断とは思えないが

 

「し、しかしアリスを含めてもこの隊には後衛が一人しか居ない…五人の内訳としては普通、前衛三人に後衛は二人というのがこの国の小隊割りで……」

 

スノウがアリスにびくびくしながらそう言った

 

「なら俺かオルガが後衛やればいいんじゃねぇの?」

 

と、6号がそんなもっともらしい事を言うが、アリスはハァとため息を吐き

 

「お前ら下っ端戦闘員は耐久力だけが取り柄なんだから前衛に決まってんだろ。この際人数も関係ねぇ、使えそうな奴をスカウトしに行くぞ」

 

人の命をボロ雑巾みたいに扱うのは止めろよ

 

 

 

スノウの案内で訓練所の隅にやって来た俺達は、そこで訓練に励んでいる集団の前で足を止めた

 

「では選出は私が決めよう、お前達はリストに目だけ通しておいてくれ」

 

そう言ってスノウから渡されたのは、おそらくこの場に集められている兵士達の履歴書

 

「………味方ごと吹き飛ばす魔法使いに、部隊の男を片っ端から襲う武闘家、放浪癖のあるじいさん……まともな奴は居ないのか」

 

他の奴も似たり寄ったりといった感じで、兵士というより問題児といった方が正しい面々が揃っていた

 

「いやよく見ろ、武神アレキサンドライト・グレイブニールだって!このじいさんにしようぜ」

「そうかぁ?……しかし、この3人だけやけに討伐数が多いな」

 

しばらくして、アリスとスノウが、年齢は15かそこらだろうか、一人の少女を連れてきた

 

銀を主体に黒と赤を含んだ髪に、右半身にだけ角と羽のようなものを生やし、目は黄色と青のオッドアイ。極めつけはお尻の辺りから生えている、爬虫類を思わせる尻尾

まるで人の手が入ったマシーンのようなアンバランスな外見は、一目でただの人間でない事を伝えていた

 

その少女は俺達から距離を取ったまま片手で眼を隠すと…

「私はロゼ。そう、戦闘用人造キメラのロゼ……あなた達は私を使いこなせる……?」

 

…………

 

「俺の名は戦闘員6号。改造手術によって名前と過去を捨てた戦闘機械……」

「俺はオルガ=イツカだ…なぁ、俺もその返しを練習すべきか?キサラギとこの世界じゃあ可笑しな名乗りは必須なのか?」

 

俺達がそう言いあっている前で、少女は両手で顔を隠した

「うぅ……あたしだって本当はこんなバカなことしたくないのに……」

 

 

 

そんなロゼの履歴書だが、特筆すべきはキメラと呼べるその体の性質だろう

 

「食べたものの能力を取り込んで強くなる……か」

 

まず思ったのは、なんだかバルバトスみたいな能力だなという事だ

ミカの愛機ガンダムバルバトスも、敵から装備と装甲を取り込み、その場その場で違う姿を見せながら戦ったものだ

テイワズで預かるようになってからはその特徴は半ば失われたが、ロゼの右半身だけに表れて見える人成らざる姿と、人に産み出された戦闘用という過去が、どことなく三日月を思わせる

 

「あの…何か変わった食べ物持ってませんか?なんだか凄く良い匂いが……」

 

そう言ってロゼがすり寄る三日月の手にあるのは、火星ヤシ…もとい地球ヤシだ

 

火星ヤシは昔からミカの好物で、小腹が空いた時だけでなく、食事に食べる事もあったくらいだ

 

そんな火星ヤシも、当然ながらこっちの世界には無く、代わりに地球産の似たようなヤシが送られてきたという訳だ

ミカいわく、火星ヤシの方が美味しいらしいが、俺は違いの分かる男じゃないしそもそも火星ヤシ自体そこまで好きじゃない

 

ちなみにこれの取り寄せに悪行ポイントを使った結果、ミカのポイントはすっからかんになった

バルバトスへの変身にもポイントを使う以上、緊急事態を考えると可能な限りポイントは節約しなければならないのだが、そうも言ってられない

そして当然そんな貴重な物を会ったばかりのロゼに易々と渡す訳もなく……

 

「……これはあげないよ」

「ひ、一つくらい……」

「ダメだ」

 

ミカの強固な意思を感じ取ったのか、諦めて6号の方に向かうロゼ

「うぅ……隊長さんは何か持ってますか?」

「コレならあるぞ。みんな大好きバランス栄養食、カロリーゼットだ。欲しかったら、俺の言うことはなんでも聞くんだぞ」

「何でもですか!?……でも抗いがたい良い匂いが……」

 

お腹を空かせた子供を、食料を引き合いに言うことを聞かせようとする今の6号は紛れもなく犯罪者だ

結局6号からしぶしぶカロリーゼットを受け取ったロゼに、ミカが手を差し出す

驚くことにその手には、地球ヤシが握られていた

 

「……?くれるんですか!?」

「一つだけだよ」

その一つも、普通と比べるとかなり小さい物だったが、それでもミカが出会ったばかりの人間にこうして接するのは初めてだ

ミカもロゼに何か感じる所があったのか、それともこっちの世界に来て何か変わったのか

正直、どちらかと言えば寡黙なミカが鉄華団以外で馴染めるか不安だったが、この分ならそこまで心配する必要は無いかもしれない

嬉しそうにヤシを頬張るロゼを見て、俺はそんな事を…

 

「苦くて美味しく無いです……」

「あれ、外れ?」

 

幸先悪ぃなおい……

 

「腹ペコ痛い子キメラか…コイツの扱い方は理解したよ。……次はコイツだな」

 

そう言ってアリスが次に連れてきたのは、茶髪に不思議な形の髪止めをし、ローブのような物で身を包んだ女性

異様なほど白い肌で車椅子に乗っている姿は病人そのものだが、それよりも何で裸足なのかが気になる

 

「初めまして、私はグリムよ。ねぇ隊長と副隊長は妻帯者?彼女なんかは……」

早速変な事を聞いてきたグリムに、ミカが答えた

 

「オレは居るよ」

 

その発言に、その場にいた俺とアリス以外全員の時が止まった

 

「……は?お前結婚してんの?」

「うん」

「子供も出来たんだっけな……そう言えばクーデリアとはどうなんだ?」

「クーデリアとは何もしてないよ」

思えば、ミカには帰りを待つ家族が居るのだ

その間を引き裂いてしまった事に申し訳なさを覚える

 

「そっか……おい6号?」

 

男としてミカに負けたのが相当ショックだったのか、地面に手を突きながら愕然とする6号

まぁ、俺も最初聞いた時は度肝を抜かれたが

 

「……と、とにかく。その反応じゃ隊長と副隊長は独身なのね?ちなみに私も独身よ。こんなに良い女なのに」

「部隊での色恋沙汰は御法度だぞお前たち!戦闘に関することを聞け!」

 

スノウに言われてしまったので履歴書に目を通すと、気になる文字を見つけた

 

「魔法使い…?なぁアリス、魔法なんて本当にあるのか?」

「キサラギで改造手術を受ければ発火能力くらいなら身に付けられるぞ。だから、魔法なんてもんは存在しない」

 

なら俺も、何か特殊能力の一つでも着けてもらうべきか

しかし既に阿頼耶識がくっついているし、何かトラブルでも起こさないか心配だな……

 

「このちびっ子は魔法が嫌いなの?私は不死と災いを司る偉大なゼナリス様に遣える信徒。少しくらいならその力を味会わせてあげても……」

「邪教崇拝者じゃねーか。しかも不死はともかく災いだって?やっぱりこの話は無かった事に……」

「ゼナリス様に罰当たりな事言わないで!……ふふ、ねぇ坊や。お姉さんのスカートの中が気にならない?」

 

そう言いながらグリムは自分の生足を手でなぞり、スカートに手を掛ける

 

「……っ!」

 

思わず俺はそれをガン見してしまい、それに気づいたグリムはさらに声を大きくした

「ふふふ!そうよね気になるわよね?さぁゼナリス様を愚弄したことを悔い改めなさい?そうすれば……」

 

この先はどうなるんだろうかと食い付いていた俺をお構い無しに、6号がグリムのスカートをスパーンとめくり挙げていい放つ

 

「黒かよ」

「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

「6号お前…年甲斐にもドギマギさせられた俺がバカみたいじゃねぇか」

「なにお前黒パンが好きなの?」

そうじゃねぇ

 

グリムもグリムで、自分から見せようとした癖にスカートを抑えて泣き出した

 

「本当に見せるつもりは無かったのに!ねぇ!ちゃんと責任取ってよね!養って!専業主婦として養って!」

 

わんわんと泣きながらそう言うグリムを見ていると、俺は奇妙な感覚に包まれる

 

何だこの気持ち

 

クーデリアやアトラ、フミタンにメリビット、そしてタービンズの面々

これでも鉄華団の団長として、今までいろんな女に会ってきたが、その誰とも違う

なんというか、生け贄を求める亡者のような…

 

俺が得体の知れない恐怖に駆られている横で、6号も同じ物を感じ取ったのか、この爆弾を俺に押し付けてきた

 

「良かったじゃねぇかオルガ。これでお前の将来も安泰だな」

「いや、俺は遠慮させてもらっていいか。なんかこの女とは関わっちゃいけない気がするんだ」

「私を地雷女扱いしないで!それと責任は隊長と副隊長両方に取ってもらうからね!」

「「えっ」」

 

 

 

 

あの後、学歴をバカにされた6号がスノウの胸を鷲掴みにするという暴挙(約30分ぶり二回目)に出たが、無事ティリスから俺達四人用の個室があてがわれた

 

騎士団所属のスノウはもちろんとして、グリムやロゼにも一応住居があるそうで、今日のところは解散となったので俺達もその部屋に集まったのだが……

 

「秘匿性の高い任務だから同室の方が都合は良いんだが、さすがに四人だと手狭だな」

 

部屋には少し大きなシングルベッドが二つに机が一つ椅子が二つ

仮の拠点とはいえ、大の男が三人もいて快適なスペースではない

「つっても、俺達は床で寝るのも慣れてるし。これでも良いよな?」

「うん」

 

足を伸ばしてくつろぐことはできないが、どういう訳か電気も通っていないのに、蛇口を捻れば水が出るし、テレビや照明も備えてある

キメラのロゼといい、魔法使いのグリムといい、もしかしてこの星の方がいろいろとヤバい技術が眠ってるんじゃないか?

 

どんどん当初の楽な任務からかけ離れていってる気がするが、6号はそれでも大丈夫なのだろうか

一応幹部連中とも親しいようだし、あまり無茶はしない方が……

 

「じゃあこのベッドは俺専用ってことだな。ひゃっほーう!」

 

「前言撤回だミカ、6号を引摺り下ろして俺達がベッドを使うぞ」

「おぉい!三日月をけしかけるのは反則だろ!」

 

しばしの抵抗を見せた6号だったが、ミカに腕と首を固められ、ベッドから転げ落ちた

 

「しかしお前はやけに荷物を抱え込んでるな…何をそんなに持ってきたんだ?」

 

見ると6号のバッグはパンパンになっていて、よくわからない紐や紙も漏れ出している

俺とミカの持ち物はキサラギの戦闘服とナイフ、そしてミカは乾燥地球ヤシとバルバトスのメイスだけだ

 

「これは当たりの記念にとっといたパチンコ玉だよ…あとはナイフの手入れ道具と、八裂きミート君と…」

「なんなんだよそいつは……」

 

 

「さて、手柄を欲しがるスノウの事だ、明日にでも戦場に駆り出されるだろう。だが忘れるなよ、自分らはこの国のサポートはするが、旗色が悪くなれば即とんずらだだ」

 

持ってきた荷物をひとしきり整理し終えたアリスが、手を叩いてから言った

任務の重要性なだけに、アリスの言っている事は正しいのだが、そう言われてもなあ

 

「俺としちゃあ、ロゼは子供なのに結構酷使されてるみたいだったから、見捨てるのは嫌だな。それにスノウもあれでスラムの生まれだって話だし……」

「ロゼとグリムは激戦区で捨てゴマ同然の扱いを受けてたらしいからな。ティリスから騎士に取り立てられた自分らを厄介者の中にに放り込んだ事といい、この国にもなかなか良い性格をしてる奴がいるらしい」

 

俺がこの国に訝しさを感じていると、6号が寝転がりながら笑った

 

「なんにせよ、この国の連中は銃も戦車も知らない太古レベルの連中だ。ここはキサラギの力で大きい手柄の一つでも挙げて、褒美にアジトでも貰おうぜ」

 

 

 

 

その翌日

俺達はさっそく魔王軍との戦闘に駆り出されたのだが

 

「下級魔族で構成された補給部隊など襲って手柄になるか!それより敵の本陣に突っ込み、指揮官クラスの首を取るのだ!」

 

先程から同じことばかり言い立てるスノウに、再三俺とアリスが説得を重ねているのだが、スノウは一向に首を縦に振らない

 

「あのなスノウ。敵の補給を狙う事の重要性はアリスが説明してくれただろ?」

 

俺達の考案した作戦は、敵の補給部隊を襲うというものだった

 

軍において補給物資の役割は武器の輸送だけではない

今回俺たちが狙うのは食糧や日用品、医療器具だ

たとえ勝ってもそれらが不足しては部隊はその場所に留まれない

 

加えて今までこの国ではそういった戦法はとられていないらしく、もし上手くいったのが今回だけでも、敵は次回以降補給部隊に兵を割かざるをえなくなり、実働部隊の数も減らせる

そういう旨をスノウに説明したのだが

 

「し、しかしそんな姑息な作戦をあの将軍や参謀が認めるものか。手柄がなく降格されれば愛剣のローンも払えんのだ…このままでは灼熱剣フレイムザッパーのローンが払えず取り上げられてしまう……」

 

ローンで買ったその剣がよほど大事なのか、腰に挿した剣を両手で掴み目尻に涙を浮かべるスノウ

 

「そういう事なら6号に任せておけ。手柄を誇張し、最大限に報告するのは大の得意だ」

「……姑息なコイツらしいな」

「お前ら、ひっぱたいて良いか?」

 

戦闘直前とは思えない空気感のまま、俺達は出立した

 

 

 

 

 

「来たな…予想通り、武器も持たずに油断しきってるぞ」

 

アリスの呼び掛けで草影から様子を見ると、そこには鼻が大きくて平たくて…なんというか豚のような頭をした人形の生き物が服を着て荷車を引いていた

 

「ヒャッハァー!!ここは通さねぇぜぇぇ!!」

「な!?て、敵襲!敵襲ー!」

 

いかにもチンピラなセリフを吐きながら6号がその目の前に躍り出た

当然襲撃など想定していなかったその敵は、右往左往しながらちりぢりになり始める

もはや部隊としての様相は完全に失われたが、悪の組織は勝ってる時は調子に乗ってドンドン行くらしい

 

「逆らう奴は皆殺しだぁ!命が惜しけりゃ荷物を置いて失せやがれ!」

「失せやがれ!」

 

6号が先頭の荷車をひっくり返し、アリスがショットガンを空に向けて撃つ

戦闘力のない兵站部隊ならこれだけでも十分だが、こっちも出来るだけ戦果が必要なんでな

 

「こっちも負けてらんねぇぞミカ!」

「うん」

「た、隊長…なんだか物凄い悪事に加担しているような気分に……あっ!ミカさん!それはあたしのご飯になるんですから叩き潰さないでください!」

 

 

 

「お前ら喧嘩してる場合かよ!仮にも隊長とお目付け役なんだから敵と戦え敵と!」

 

順調に制圧が進む裏で、6号によって降格させられた事と胸を揉まれた事を根に持っていたスノウが、6号を背後から襲ったらしい

二人はじりじりと間合いを計り合っており、今にも殴り合いを始めそうだ

 

「いやオルガ、こいつはいつか絶対やらかす。どっちが上か今ここでわからせてやる」

「や、やる気か!?良いだろう、我が愛剣の錆にしてやる!」

 

「一番まともに戦ってるのがミカと新入りのロゼってどういう事だよ!」

 

もしかしたらロゼがこの隊で一番まともな奴かもしれない

そのロゼはというと

 

「我が業火の海に沈むがいい…永遠に眠れ、クリムゾン・ブレス!」

 

またしても謎のポーズと口上と共に口から火炎を吹き出し、慌てて武器を持ち出した魔族を文字通り炎で包み込んだ

 

あの口上を聞いていると地球に降りた時に追ってきたやつらを思い出す

あいつらのは『面壁九年、堅牢堅固』だったか?

 

 

「……じゅるっ」

 

丸焼きになった魔族を見て、ロゼの口からよだれが垂れた

 

そう言えばコイツ、魔獣の肉を食べ漁ってるとか言ってたが…

コイツら、一応は知的生命体だよな

 

「おい、魔獣って狼とか熊じゃねぇのか」

 

「……?オークも似たようなものですよ?」

 

キョトンとしながら食人宣言するロゼに、俺はたまらず目をそらした

 

やっぱりこの隊にまともな奴は一人も居ない

 

俺がそう再確認している間に、ショットガンで無慈悲にオークを蜂の巣にしたアリスがキョロキョロと見回しながら言う

「そう言えばグリムはどうした?」

 

たしかにこの戦いが始まってから一度も姿を見ていない

あれだけ言っていたのだから魔法の一つも見せてもらいたいものだが、一体どこに……

 

「「「おい」」」

 

木陰で寝ているグリムを見て、思わずスノウと6号と声が揃ってしまった

 

協調性が無いにも限度があるだろ

 

呆れのあまりため息を吐いた時、ミカがメイスを持ち直した

「オルガ、新手だよ」

「新手?いったいどこから……」

 

 

「上!?」

「「グリフォン……!?」」

俺達の上空に、鳥と獅子の合わさったような怪物が現れた

 

 

 

「補給部隊が遅いと思って来てみれば、まさかこんな事になってるとはね……」

 

グリフォンと呼ばれた怪物に乗って現れたのは、白髪褐色で、これまた扇情的な衣装を身に付けた女

人間にしては長い耳と、頭から生えた二本の角

魔族とみて間違いなさそうだ

「まったく、部下に丸投げするんじゃなかったよ。この惨状はお前達がやってくれたのか?変な鎧のお兄さんよ」

 

 

「……なぁあんた、さっきから何してんの?それ」

 

「おい6号、どうせ撮るならグリフォン撮れ。あいつの存在は航空力学に真っ向から喧嘩売ってやがるからな」

「バッカお前!こんなエッチな褐色巨乳お姉さんだぞ!撮らないなんてむしろ失礼だ!へっへっへ、こいつは使えるぜ」

「本当に欲望に忠実な奴だな、何に使うかは聞かねぇけどよ……」

 

その肝心の6号はカメラを手に一心不乱にシャッターを切っていた

レンズに写っているのが胸と尻じゃなければ現地調査ご苦労と言ってもいいんだがなぁ

 

「で、あんたは誰だ?見たところ…まさか幹部か?」

「へぇ、ひと目見ただけで分かるとはね。あたしの実力を見抜いた事に免じて、お前の無知は許してやるよ」

 

まさかと思ったが当たりだったようだ。キサラギの奴らといい、悪を名乗る連中はどうして常軌を逸した格好を好むのか

 

機嫌を良くしたのか、その魔族は例のごとくポーズを決めて名乗りを始めた

「あたしは魔王軍四天王が一人、炎のハイネ!なんだかあんた達は面白そうだ。荷物を置いていくなら見逃し、て………!?」

ハイネを守るかのように上空を旋回していたグリフォンに、ミカがメイスを投げつける

 

戦闘服で増幅されたミカの筋肉による全力の投擲は、グリフォンの胴体に直撃し、毛と血を撒き散らした

 

「おいおいマジか三日月」

 

さすがにたまらなかったようで、バタバタと空中で暴れながらハイネの後ろに隠れるように降り立った

そんなグリフォンの頭を心配そうに撫でながらハイネがこちらを睨んで言う

 

「グリフォンを投擲だけで落とすなんて……いや、あんただけじゃない、そこの前髪の男も6号も。それにそのゴーレム臭い小娘といい、本当にお前たちは何者だ?」

 

姿勢を低くしたハイネの指先から、小さな火球が現れる

流石にヤバそうだと感じたのか、6号は写真を撮る手を止め、アリスはショットガンをハイネに向けて構える

 

その時だった

 

頭上を掠める大きな影

影の進んだ先を振り返ると、そこには三メートル以上ある巨体に角と羽を生やした魔族が立っていた

 

「怪人級……」

全身の鎧とその隙間から見え隠れする筋肉

そして巨大な鋼鉄製の棍棒を片手で担いだその姿は、まさしく悪魔と呼ぶにふさわしかった

 

その姿を見た6号とアリスは即座に顔を見合わせると

 

『スノウを囮に即刻逃げるぞ!』

『がってんだ!』

『おまっ!そういうのは最後の手段だろ!』

 

「おい貴様ら!今何かよからぬやり取りをしただろう!」

スノウが身の危険を察して二人に叫ぶ後ろで、その魔族の握っていた棍棒が無造作に振るわれる

 

「おはようございまし……た?」

 

瞬間、辺りに響く小気味良い音

 

骨が砕け、血が飛び散った音

 

それが聞こえなくなった時、グリムの体は車椅子から投げ出され、木の陰で動かなくなっていた

「お、おいグリム?」

「くそっ。おい6号!アレの相手は私がするからグリムを回収してこい!」

 

回収……?

 

いや、あれはだってそんなまさかいやきっと

 

……落ち着け、冷静になれオルガイツカ

 

「おいハイネ、人間イビリなら俺も混ぜろよ!」

「……チッ、もういい興が冷めた。後は好きにしな」

 

ハイネを乗せたグリフォンが飛び去っていく

頭が混乱しているが、スノウの口振りだと、グリムは何とか無事なのだろう

 

「……ミカ、あいつの相手は出来るか?」

「さっきのでメイスがどっかいっちゃったけど、たぶん何とかなるよ」

 

「おい人間!殺す前に名乗ってやるから覚えとけ!俺は魔王軍四天王が一人、地のガダルカンド様だ!覚えたか?覚えたな?じゃあお前らも死ね!」

 

四天王を名乗るだけあって、ガダルカンドの攻撃は苛烈だった

巨大な棍棒をいとも軽々と操り、背中に生えたこれまた巨大な羽で突風を巻き起こしてこちらの体勢を崩そうとしてくる

 

ミカもその動きについていき攻撃をすんでで回避して反撃を食らわせているが、全身を鎧に包んだ相手ではたいしたダメージは期待出来ないし、ロゼのクリムゾン・ブレスも効果が薄い

ミカがバルバトスになれれば勝機は見えるかもしれないが、悪行ポイントが無ければそれも出来ない

 

「おい6号!グリムの回収はどうだ!?」

ガダルカンドの隙をうかがいながら6号を急かす

「………6号?」

 

6号はぐったりとしたグリムの背中に手をかけて呆然としている

何やってんだ、治療ならともかく回収するくらい…

 

「ソイツはもうダメだ、既に死んでいる」

 

「………っ!」

 

アリスからの無慈悲な通告が頭の中に響く

 

あの棍棒で頭を打たれて生きているとは思えなかったがが、スノウの反応で少しは生きていると思えた

だが、そんなのはただ楽観していただけだと知る

 

 

死んだ

 

死なせた

 

俺が殺した

 

 

 

「ミカ!俺のポイントで武器を送る!あいつを潰せ!」

「アリス!R-バッソーを転送してくれ!あいつはズタズタに引き裂いてやる!」

 

6号もまったく同じ考えのようだ

激昂した6号の顔が、自分の殺意を肯定してくれているように感じ、ここ最近感じていなかった思いが心の底から沸き上がってくる

 

 

コイツは今、ここで殺す!

 

 

そんな俺達を見て、ガダルカンドは可笑しそうに笑っている

「なに熱くなってんだよ人間!どうせお前らは簡単に死ぬってのによ!」

 

そこへ、ガダルカンドよりも一回り小さい魔族が慌てた様子で駆けつけてきた

「何をしておられるのですかガダルカンド様!」

 

武器の到着も待たず、今にも飛びかかろうとする俺と6号をよそに、ガダルカンドはその部下のと会話を始めた

 

「何だお前か。今日の戦はクソ生意気なラッセルの野郎が指揮してるからよ…」

「主戦場では既に戦闘が始まっております!あてがわれた戦場な遅れればそれはあなた様と我ら一族の責任となります!それに今回の戦ではハイネ様の部隊が著しい活躍を見せており、このままでは四天王内での影響力に差が生まれてしまいます!一刻も早く戦場にお越しください!」

 

それを聞いたガダルカンドは小さく舌打ちをすると、羽を翻して大きく飛び上がった

 

「命拾いしたな人間!今日はその女でも抱いて泣きながら寝るといいぜ!!」

 

 

 

目的は無事に達成した

補給に打撃を受けた魔王軍は、そう長くは留まれないだろう

しかし、そんなことは何の慰めにもならない

 

「あの野郎戦場に向かうって言ってたな…」

「今から向かっても間に合わんだろう、相手は空を飛べるんだ。今から戦場へ向かうには遠すぎる。それにあいつの口振りから察すると四天王クラスが三人も揃ってる事になるし、この状況じゃ退くしか無いな」

 

6号がもう動かなくなったグリムを抱き上げしばらく虚空を眺めた

きっとあいつも何か思うところがあるんだろう

何だかんだと言って、あいつはまだ良心のある子悪党だ

仲間の死を悲しむくらいはして当然だろう

 

「……グリムを弔ってやろうぜ。スノウ、この国じゃ遺体は土葬か?それとも燃やすのか?」

 

葬式じゃあ、花を弔いに捧げるんだったな

あいつの好きな花くらい聞いてやるんだった

 

仲間になったからには日の浅い深いに関わらず家族同然であり、身を裂くような悲しみがオルガの中を駆け巡る

仇も討てず、ただただ無駄死にさせたこともさらに拍車をかける

一瞬、自分の背後から散っていった鉄華団の仲間に睨まれているような気がした

 

 

俺は何も変わってないじゃないか

 

 

拳を握り、唇を噛んでうつむく俺と6号を、スノウが訝しげな顔で見つめる

「グリムはこのぐらいでは死にはしないぞ。履歴書をちゃんと読まなかったのか?」

 

……は?

 



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不死と復活

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「案の定というか…負けたようだな。連中の表情が暗い」

奪った物資とグリムの死体を載せた荷車を引きながら、出撃前に集まった本陣へ帰還した

 

本隊の方はこっぴどく負けたらしい

見ると、残っている兵士も皆傷だらけ

キサラギで改造手術を受けた6号や、ミカですら手を焼かされた相手が二人もいたのだ

その辺の兵士など雑兵もいいところで、足止めも難しいだろう

「なぁ、あの苛立ってるおっさんが今回の指揮官なのか?」

俺が指差す先には、偉そうな服を着て兵士達に罵倒を浴びせる一人の男がいた

「あれはこの国の参謀殿だ。全線に立つことは無いが、負けるといつも出張ってきて叱責を浴びせているな」

そんなスノウの言葉に、アリスが口元をにやけさせながら言う

「おい6号、今こそ手柄を勝ち誇る時だ。たっぷり恩を着せてこい」

「任せろ!」

嬉々として向かう6号にスノウが顔をひきつらせる

「お、お前らはなんてゲスな事を…だがそういうのは嫌いじゃないぞ。失態を犯したエリートをネチネチ追及するのは最高に楽しいからなぁ」

 

普段なら、お前らそういうところだぞと言うところだが、今の俺は違う

 

「6号、その役目、俺に任せてくれ」

 

 

 

 

 

「よぉ、あんた。ずいぶんと荒れてるな」

 

「なんだ貴様は?わしはこの国の参謀だぞ……おや?誰かと思えば、例の部隊に配属された外国人じゃないか。貴様ら、戦闘中いったい何をしていたのだこの役立たず共が!」

 

………あ?

 

「お前状況わかってんのか。そのセリフを言えんのは、お前か、俺か、どっちだ?」

「な、何を!」

 

「お前らが無謀な戦いをしてる間に、俺達は敵の補給部隊に大打撃を与えてやったんだ。しかも、敵の幹部を二人も相手にしてな」

「補給部隊など狙って何の意味があるというのだ!」

「あんた正気か?魔王軍の狙いはこの国の領土なんだぞ。だったら、俺達を負かしたとしても、それを維持出来るだけの物資は必要不可欠だ。それが無くなった以上、あいつらはここに留まることは出来ねぇ」

 

戦のいの字も分かっていないバカのハゲ向かって言う

「無能な指揮のせいで、死ななくていいはずの兵士が大勢死んだ。この落し前、あんたいったいどうつけるつもりだ?」

屈辱に顔を歪める参謀の顔を前に

俺はこの世界に来て初めての悪行ポイントを手に入れた

 

 

 

あれが悪行なのかと納得いかないまま、アリスに言われた小さな洞窟の中に入る

進んでしばらくすると、天井が吹き抜けになった祭壇のようなものがみえた

祭壇の上にグリムの死体が置かれた台座の周りに隊の一同が並んでいる

「おう、早かったな。一応、準備終わったみたいだぞ」

「こっちもうまくやったぞ。あのおっさん、相当屈辱だっただろうな」

俺の言葉に、ロゼ以外の全員がよくやったと口元をにやけさせる

 

「こんな所でグリムは復活出来るのか?」

「ああ、まぁ復活と言っても、ここに供物と死体を放置しおくだけだがな。夜になったら勝手に蘇っている事だろう」

そんな雑な……

「供物ってのはそこに置かれたガラクタの事?」

「あっ、それはあたしが大事にしてた靴下です」

それ、別にグリムゆかりの物じゃないと思うんだがそれでいいのか

 

割とよくある事なのか、スノウとロゼは手際よく準備を済ませ、アリスはいまだ胡散臭そうにグリムを眺めている

「さて、私はもう帰らせてもらう。今夜はゾーリンゲル社のナイフ特番があるからな」

「あ、私も補給物資食べちゃいますね!」

「自分はショットガンの手入れでもするかな。お前らはどうする?」

 

「俺はここにいるよ。グリムがどうやって復活するか気になるしな」

「それは俺も気になるから、ここに残る。ミカ、お前は?」

そう聞かれたミカがポケットの中の布を引っ張って言う

「もう地球ヤシが無くなりそうなんだけど、何かいい手無いかな」

「なら、自分に任せろ。仕事と引き換えに自分が取り寄せてもいいし、そろそろ三日月にも悪行のなんたるかを教えてもいいからな」

そんな不穏な事を言いながら、俺と6号以外の全員が祭壇を後にした

 

 

 

 

 

「なぁオルガ、お前って結構良い奴だよな」

「……何だよ急に」

皆が洞窟を去ってしばらくして、6号がそんな事を言い出した

「いや、キサラギに新入りが来た時は可能な限り顔を会わせる事にしてるんだが、お前は何と言うか……真面目なお人好しって感じがするんだよな」

と、いきなり変な事を言う6号

腹でも壊したかと言いたくなったが、それを飲み込んで俺も返す

「お前も、決して真面目じゃあねぇと思うが、お人好しだろ?グリムの事を心配して残った癖に」

「そ、そんなんじゃねーよ!ただ、頭が吹っ飛んでも生えてくるって聞いて子供の頃飼ってたトカゲを思い出しただけだ!」

「それ、グリムが聞いたら怒るだろうな」

「そしたら、今回役立たずだった事を引き合いに出して逆ギレしてやる。そんで、またスカート捲ってやろう」

「おまっ…」

6号とそんな談笑をしながら時間を潰していると、祭壇が光に包まれた

それが収まった後、祭壇におかれていた供物は無くなっており、寝かされていたグリムの体が小さく動いた

 

やがてその体は起き上がり………

 

「……隊長に副隊長?そんな所で何やってるの?」

 

本当に…………

 

「お前が蘇生するのを待ってたんだよ」

「そう………。えっ!?ちょっと副隊長!?」

「すまねぇ!お前が死んだのは俺の責任だ!」

まだ意識がはっきりしないのか、頭を押さえるグリムに、俺は突然土下座をして言う

「勝ち戦だと油断して、お前をあんな無防備な状態で放置した俺の落ち度だ!本当にすまねぇ!!」

 

顔は見えないが、唖然としたグリムの声が聞こえる

「ちょ、ちょっと副隊長!?別にいいのよそんな気にしなくて!元はと言えばあんな所で寝てた私のせいでもあるし!」

「……そ、そう言えばそうじゃん。それに、お前この戦いで何もしてないじゃん」

「お黙り隊長!ゼナリス様の超パワーは夜じゃないと発揮できないのよ!」

あっけにとられていた6号が、フォローなのかグリムに突っ掛かる

「そんな事関係ねぇ、副隊長として、お前らの命を預かる立場だってのに俺は……!」

「なぁオルガ、その言い方だと俺にも責任がある感じなんだけど、今回こいつが死んだのはほとんど自業自得みたいなもんじゃないか?」

「ねぇ副隊長、本当に止めて!そこまで本気で謝られるとこっちもどうしたらいいのかわからくなるわ!あと隊長は呪うわよ!」

 

 

6号に諭され落ち着いた俺に、グリムが少し安心したような顔で言う

「それにしても、二人は変わってるわね。今まで所属してた部隊じゃ、私の復活を待っていてくれる人はいなかったわよ?」

「なんか、この国に来て初めて人として誉められてるっぽいんだが」

いざ誉められると弱いのか、6号が手を頭の後ろに回しながら言う

「ええ、誉めてるわよ?普通の人はゼナリス様を崇めているだけでも嫌な顔をするのに、こうやって普通にしてくれてるし。ロゼの事も特に気にしなかったでしょ?」

 

「二人に忠告してあげるわ。厄介者ばかり集められる隊は、毎回危険なところばかりに送られるの。だからとっとと止めて、この国を出た方がいいわよ?」

「いや、何言ってんの?俺は今の隊から離れないよ?」

「俺も、そんなことする気は微塵も無いぞ」

「………な、何言ってるの?危険な最前線だとか、捨て駒みたいな任務ばかり与えられるのよ!?」

何だそんなことか……

「俺がもといた組織じゃあ、魔王軍の幹部クラスが入り乱れる戦場に身一つで送られたりしてたんだぞ。今日だってその四天王と会ったけどこうやってピンピンしてるしな」

「俺だって、こっちの何倍もの戦力のある連中に気合いと根性だけで打ち勝ってきたんだ。今さらこんな戦況、屁でもねぇよ」

「………えっ?それはなんというか、運が良かったわね。普通は四天王クラスと対峙したら、まず無事じゃすまないわよ?」

運……たしかに運が良かっただけかもしれねぇ

けど、そうじゃないかもしれないだろ?

「あの程度の相手なら、万全の状態なら五人は相手に出来るな。ヒーローって基本五人組で襲ってくるし」

「あんなやつ本気のミカの敵じゃねぇよ。俺ももっと装備が使えりゃあな…そういや結局獅電には一度も乗ってねぇなぁ」

 

 

「隊長達は一体何者……」

 

「そんな事いいじゃないか。て言うかよく考えたら俺の隊って女と後輩しかいないじゃん。こんなん頼まれたって辞めねーよ!」

「結局お前はそこだよなぁ。ま、良いけどよ」

 

「…さて、もう随分遅い時間だけど、これからどうするの?今日は作戦行動があったから、明日はお休みよ?」

「マジで?俺、前の職場で三日間徹夜で戦闘した後で上司にパシりに使われたことがあるんだけど」

「うちはそこまで酷く無かったが………いや、一週間近くぶっ通しでゲリラ戦やらせたりしたな」

あれは状況が状況なので仕方なかったようなものなのだが、メリビットの言う通り、違う方法もあったのだろうか

そんな俺達の職場のブラック事情に少し引きながらグリムは

「そ、そう……。結構苦労してるのね。ねぇ二人とも、もしどちらかこの後予定が無かったら……」

 

「私とデートしない?」

 

そんな、思春期を弄ぶような事を言ってきた

 

それを聞いた6号が少し考えてから言う

「いいけど、カップル狩りとかじゃないだろうな」

 

……何でこういうときだけ冷静なんだお前は

 

 

 

 

 

夜の歓楽街

 

それは子供たちは寝静まり、夢を見始める頃に開く大人の世界

 

美男美女があちこちで体を絡めて歩く道で俺は…

 

「あははははははは!!」

「夜の町中で何させられてんだ俺は!くそっ!」

 

車椅子にグリムを載せて爆走していた

 

本当になぜこんな事をしているだ俺は

 

イチャイチャしているカップルに、幾度となく車椅子を手に突っ込みながらずっと同じことを考える

当のグリムが満足そうな顔をしているし、俺も悪行ポイントが加算されるのでそれは良いのだが……

別にあいつらが別れてもお前に惚れる訳じゃ無いだろとうっかり言った時のグリムの顔はそれはそれは恐ろしいものだった

 

ちなみに、悪行ポイントの稼ぎ方を知らないんだからちょうど良いだろと、6号は帰っていった

たぶんそんな事まったく関係無しに、面倒だからとっとと寝に行ったのだろう

あいつは女好きの癖に相手を選り好みするところが最高に図々しい

「副隊長!この車椅子は凄いわ!軽いし速いし、こんなの知ったらもう前の体には戻れない!」

「ああそうかよ!なんてったってキサラギ製だからな!あいつらの事だ、きっと変形とかジェット飛行とかついてる奴もあるぞ!」

「最高よ!今夜は最高の夜だわ!あっ!副隊長見なさいな!前方にカップル発見よ!」

「ちくしょう!ああ分かったよ!連れてってやるよ!どうせ後戻りは出来ねぇんだ!連れてきゃいいんだろ!途中にどんな障害があろうと!お前を!俺が連れてってやるよ!」

 

《悪行ポイントが加算されます!》

 

数えきれない程のカップルの間に突っ込み、悪行ポイントがそれなりに貯まったころ

俺達の前に一人の女が立ち塞がった

「そこの二人!なんて迷惑な事をしているの!?ここはカップル憩いの逢引き街なのよ?そんな物で走り回るならよそでやりなさい!」

「だからこそよねぇ?」

「……えっ?」

 

「確信犯なの!?ちょっと署の方まで来てください!話はそこで伺います!」

聴いても大した話は出てこないと思うのは俺だけだろうか

そんな俺をよそに邪悪な笑みを浮かべたグリムが警官に囁きかける

「汝、こんな遅くまで働かされる者よ、素直になりなさい。憎いでしょう、カップル達が!」

「いえ、私は彼氏がいるんですが……」

それを聞いて車椅子の上からげしげしと警官を蹴りつけるグリム

これって公務執行妨害にあたらないだろうな

流石に本物の犯罪を進んでやるほど落魄れるつもりは無いんだが……

 

と言うか

「お前足普通に動くじゃねぇか。何か問題があるのは腰か?」

「これは呪いの反動よ、ゼナリス様の力を借りる時は、いろいろと制約があるの。まず、呪いは必ずしも成功するとは限らないの。私ほどの場合、成功率は八割といったところね。そして呪いにはそれ相応の対価が必要で、失敗するとその呪いは私に降りかかるわ」

 

「……そうか、それで足の力を」

「これは靴を履けなくなる呪いのせいね」

「お前、ちょっとミカに謝ってこい」

「な、何でよ!三日月は普通に歩けてるじゃない!」

ミカはあれでも右半身不随になったことがあるんだよ

それも、俺や鉄華団のためにバルバドスのリミッターを解除した結果でだ

なのにこいつときたら……

 

警官の女もあんまりな理由に呆れたのかやるせない表情を見せる

「な、何てしょうもない事を……。なんだか署に連行するのもバカらしくなってくるわね……」

 

それを聞いたグリムは目を光らせ、いかにもお手製な人形を懐から出して掲げ……

「しょうもないですって!?そこまで言うなら見せてあげるわ!偉大なるゼナリス様!この彼氏持ちに災いを……!」

「止めろバカ!警官にそんなことしてただで済むわけねぇだろうが!ずらかるぞ!!」

「あっコラ!待ちなさい!」

「そうよ副隊長!あの女にはタンスの角に足の小指をぶつけた痛みを味わせてやるの!」

何でそうしょうもない呪いしかかけられないんだ

 

ひととおり走り回って警官を撒いた俺達は、人通りの少ない路地を進みながら文句を垂れる

「まったく…。お前だって一応はこの国の兵士なんだろ?カップル狩りといい、バカはほどほどにしろって」

「それはそうだけど…副隊長だって途中ノリノリだったじゃない」

あれはいろいろと自暴自棄になってたからだよ

グリムを死なせて気分も落ち込んでたし、悪行ポイントも稼げたからな

 

しかし警察組織相手となると話は別だ

ここの警察に、ギャラルホルンほどの横暴と権力は無いだろうが、それにしたって心臓に悪い

「でも警察に手を出すのは止めとけよ。ああいう組織に手を出すとろくな事にならないからな」

 

「いやよ、これはゼナリス教の教義でもあるんだから。それに、警官ってのは職務に追われるあまり、出会いに乏しいものなの。あの女は例外だったけど、きっとみんな私の気持ちを理解してくれるわ」

「そんなバカな宗教があってたまるか。それに万が一捕まってみろ、アリスがどんな顔をするか…」

 

 

 

「ふぅ、今日はこのぐらいね。ありがとう副隊長、楽しかったわ」

「何一仕事終えてスッキリしたみたいな顔してんだ……。まぁいい、家まで送らなくても大丈夫か?」

グリムを一人でいかせると、またカップルに噛みついて今度こそ留置場送りにされかねない

それを抜きにしても、これ以上変な呪いを自分に重ねたら本格的に足手まといになる可能性がある

 

俺の心配を聞いたグリムは、何を勘違いしたのか頬を染め

「副隊長?それってもしかして乙女の部屋に入れるんじゃないかって期待してるの?ダメよ。私たちまだ出会って日も浅いんだから……。こういうのはもっと段階を踏んでから……。ねぇ待って!無言で立ち去ろうとしないで!」

 

車椅子に座りながら器用にしがみつくグリムを振りほどきながら、グリムに聴きたい事があったのを思い出す

「…なぁ、そういや一つ聴きたいことがあるんだが」

「……なぁに?」

 

 

「その不死の力ってやつは、誰かに与えたり出来るのか?」

その質問に、グリムは顔を固め、俺の体を掴んでいた手を離した

 

グリムの不死の話を聞いてから、ずっと気になっていた事を尋ねる

グリムが、険しい表情で言う

「副隊長、それはどういう事かしら」

「そのままの意味だよ、誰かから貰ったりして手に入れられる物なのか?」

 

俺の質問に、グリムは表情を曇らせる

その顔は、なんだか悲しそうにも見えた

 

「……副隊長、悪いけどそれは教えられないわ。でも、これはあなたのためでもあるのよ」

そこまで言ったグリムは、一息ついてから、俺の目をまっすぐ見て言った

 

 

 

「死ぬのは、本当に辛いから」

 

と、そんな当たり前の事を言った

 

 

「知ってるさ。俺も、一度死んでるからな」

 

 

それは、ミカとキサラギの幹部以外、誰にも言っていない秘密

当然、グリムが驚きの表情を見せる

「……えっ?……ちょっと待って、それってどういう事なの?まさか副隊長もゼナリス様を……」

 

「いや、理由は知らねぇ。でも、俺は確かに一度死んでるんだよ。だから死ぬのが辛いってのはわかる」

 

 

 

「けどな、死ぬより辛い事だってある」

 

 

 

「今の俺にとって、仲間を……家族を喪う事は…俺が死ぬよりも……何よりも辛い事だ」

 

「けど俺には力がねぇ、ミカやお前みたいな力が」

 

「それでも、俺は守りてぇ。護らなくちゃならねぇ。俺の大事な仲間を、自分が腑甲斐無いせいで目の前で喪うのは、もうたくさんだ」

 

 

 

 

 

 

翌日

 

結局あの後グリムが何かを言うことはなかった

 

そして俺に与えられた一応の休日ではあるのだが、特に何かする事があるわけでも無い

思えば何もやることがないなんて状況、かなり久しぶりな気がする

しかし職業病というのは恐ろしいもので、何もする事が無いと逆に不安になってくる

しょうがないので、昨夜の警官が居ないか気を配りながら街をうろうろしていると

 

「………何してんだミカ」

「あ、オルガ」

何やら人集りがあると思って覗いてみたのだが、何故かそこには屋台を出してカウンターに座るミカがいた

 

その店の看板には大きな文字でこう書いてある

「何やってんだこれ、じゃんけん屋……?」

 

ルールは簡単、ミカに負ければ出した小銭を支払い、勝てば今までミカがここで稼いだ金を全て手に入れる

普通ならこんなふざけた商売成り立つ訳が無いのだが、何故か次々に挑戦者が雪崩れ込んでくる

周りの連中が興奮している理由は、ミカの脇にどっさり積まれている金貨が大量に詰まった袋だろう

 

「ちくしょう!おい小僧!心を詠む魔法なんか使ってねぇだろうな!」

「また負けた!いったいどうなってんだ!」

おそらく今まで負けてきたであろう男達が、地に膝をつけて叫ぶ

 

「アリスに言われたんだ。ここに座って、じゃんけんに勝ち続けるだけで良いって」

そうミカが言う間にも、新たな挑戦者が現れ、金を台に置く

 

そしてお互いの拳が振り下ろされると……

 

「んあぁぁぁぁぁ!!」

「おい!もう何連勝だよあれ!」

「おかしい!絶対おかしい!!」

「でも魔法を使ってる素振りも無かった…まさか幸運の女神の加護でも……!?」

騒ぐギャラリーをよそに払われた金を無造作に袋に詰めるミカ

 

ミカが勝ち、挑戦者は負けた

それだけなら、運が良かったなで終わるのだが

 

周りの連中は気づいていないが、俺にはわかる

ミカは、相手が何を出すか分かってから自分の手を決めているのだ

つまり、超高度な後出しじゃんけん

ミカの超人的な反射神経の成せる技だが、それを隠してやっていると言う事は……

 

《悪行ポイントが加算されます!》

小さな効果音と共にミカと俺にだけ聞こえるアナウンスが流れる

 

「なるほどなぁ……」

これぐらいならキサラギで改造手術を受けた6号にも出来そうなもんだが、あいつがやると絶対ボロが出るだろう

 

とうとうイカサマだとキレて暴れだした相手をアイアンクローで返り討ちにするミカを背に、俺は城の兵舎に帰る事にした

 



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搭と悪党

俺達が最初の戦いを終えてから数日が経過した

あの後何度か出撃し、魔王軍の手勢と小競合いを繰り広げているが、ハイネやガダルカンドの姿は無い

おかげで俺達は特に苦戦することもなく順調に手柄を挙げているわけだが

 

「おかしい……」

ある日、6号がそんな事を言い出した

「……何がだ?」

「珍しいね、6号がそんな難しい顔するなんて」

「三日月も6号の事が分かってきたじゃないか。どうした6号、何か気になる事でもあったのか?」

いつになく深刻そうな顔をする6号に、何かあったのかと三人とも6号に向き直る

 

「俺達はここに来て、度重なる活躍を収めた。なのに、誰も俺の事を好きになる気配がないんだ」

「「………は?」」

「………」

そんな6号のふざけた台詞に、アリスと俺はポカンと口を開け、ミカはポイントで取り寄せた農作の本を読む作業に静かに戻った

 

俺達の反応が納得いかなかったのか、6号が立ち上がって捲し立てる

「は?じゃない。いいかお前ら、俺はこの星に来てから今までいろんな女と出会ってきた。俺の隊の連中に加え、炎のハイネまで!それにこの国は戦争中だから騎士団も警官も女ばっかりだ!なのに!」

「その警官達から、街中を疾走するグリムを何とかしろって苦情が来てるぞ」

あいつまだそんな事やってんのか

「な、の、に!!何でか知らんが未だ何一つ色気のあるイベントが起こらないんだ!」

 

「スノウが男湯と女湯を間違えて俺の入浴中に入ってきたりとか!」

「だからお前、風呂入るとき着てた服を毎回見辛い位置に隠してたのか」

スノウも貴族連中に弱みを作ってやろうと定期的に同じ方法を使ってるからたぶんバレてるぞ

 

「寝ぼけたグリムが部屋を間違えて俺の布団に潜り込んで来るとか!」

「部屋に入ってきたらたぶんオレかオルガが気付いて止めると思うよ」

そもそもあいつと俺らとじゃ生活サイクルが真逆だから寝ぼけるて来る事はあるのか疑問だが

 

「腹を空かせたロゼがウインナーと間違えてうっかり俺のを……とか!」

「それについてはただただ最低なだけだぞ」

うん、それについてはただただ最低なだけだぞ

 

「俺は負け続きだったこの国に初の勝利をもたらした英雄様だぞ!それだけでも惚れられ要素は高いはずだ!しかも俺は、ラッキースケベを期待して廊下や交差点の角で待ったりと日々の努力も怠っていない!」

「あれ、邪魔だから止めてくれって色んなとこから苦情がきてるぞ」

「お前が面倒を起こすと俺達にしわ寄せが来るんだから止めろよ…。このあいだなんかも黒い服の人はお断りだって入店拒否されたりしたんだぞ……」

 

苦言を呈しても6号の欲望は収まるところを知らない

「俺も美少女に告白されて偶然突風が吹いて聞こえなかったりだとか、相手の好意にちっとも気づかず、『この鈍感男!』とか罵られたい!そんでそんで、何人かの美少女に『一体誰を選ぶの!?』とかいって修羅場に発展してみたい!そこからさらにアスタロト様とかベリアル様に、『行かないで6号、実は私あなたの事が………』とか言われてーなーちくしょう!!」

 

…………

 

「…今日の6号は一段と頭がおかしいぞアリス。だから6号をこの星の薬草の実験台にするのは止めとけって言ったじゃねぇか」

「ちゃんと成分に問題は無いからお前も安心して生活しろ。おい6号、ちょっと医務室までついてこい。自分が精密検査してやるからな」

おい、その言い方だと俺にもなんか投与しただろ

 

「俺は正気だっつーの!」

「正気じゃない奴はみんなそう言うんだぞ。まったく……」

人間くさく深いため息を吐いたアリスは、6号の手を自分の胸に持っていくと……

「あんあんあーん」

 

……え?今の何だよ

 

「美少女の胸が触れて良かったな」

「ロボットのシリコン揉んで何が楽しいんだ!あともうちょい感情込めて言えよ!て言うか違うんだよ!いや、もちろんエロい事もしたいんだけども!」

「お前って奴は……」

大声で囃し立てる6号の声が聞こえたのか、ドアからスノウの声が聞こえた

「き、貴様ら一体何を叫んでいる!ドアの外まで聞こえているぞ!今から会議を行うからお前達もついてこい!」

6号とアリスが何をしていたのか気になったのか、ドアからスノウが少しだけ顔を出した

そこにミカが近づいて言う

「ねぇスノウ、ちょっと6号と一緒にお風呂入ってくれない?」

「たたっ切るぞ三日月!お前まで頭がおかしくなったのか!?」

「そうだぞ三日月!こんな胸だけの女と風呂なんて入ってもそんなにしか嬉しくない!」

「お前いい加減にしろよ!?何でさっきと言ってること変わってんだ!!」

「……医務室の予約は一杯だなこりゃ」

 

 

 

 

先程の会議の内容は、勇者が敗北したという話だった

なんでもダスターの搭と呼ばれる場所にある秘宝とやらを手に入れなければ魔王のいる城への道が開かないらしく、そのために搭を攻略に行ったが返り討ちにされたそうだ

ジリ貧なグレイス王国として勇者だけが最後の綱であり、その勇者のため、総力戦でダスターの搭を攻略するとのこと

そこで6号が吹き抜けになっている搭の構造を利用して焚き火でいぶり出す作戦を立てたのだが却下されたらしい

「で、正面突破って訳か。ホントにこの国の連中は戦術ってもんを理解しようとしねぇな」

「残虐な行いは人民を恐れさせるからな。貴様らの基準で戦っていてはどちらが魔王軍か分からなくなるぞ」

そういうのは国内から卑怯者を追い出してからにしろと言いたい

「ま、そういう訳だから、俺達はこのままここでのんびりしようぜ」

荷物から携帯式のコンロを取り出してコーヒーを入れだした6号に、スノウが突っかかる

「な、何を言っている、既に搭の攻略は始まっているんだぞ!しかも相手は勇者すら任したとびきりの手柄首だ!」

「お前なぁ、勇者って強いんだろ?その勇者を負かした奴を正面から倒そうなんて怖いじゃん。夕方になってグリムが起きるまで待って、それでも搭が落ちてなかったら考えようぜ」

「き、貴様というヤツは!戦闘においてはそこそこ頼りになると思っていた私がバカだったわ!もういい!私一人で行ってやる!手柄は分けてやらんからな!」

あいつ人の手柄は横から頂戴しようとしてくる癖に自分の手柄は譲らないつもりか

あいつが出世出来た理由がわかった気がする

 

「いいんですか?一人で行かせちゃって……」

さすがに心配なのか、ロゼがスノウの後ろ姿を眺めながら言うと6号は

「あいつそこそこ強いしやられる事は無いだろ。その内疲れて帰ってくるよ」

信頼してるんだかしてないんだか分からん事を言った

 

 

「……ハァ………ハァ……」

6号の言った通り、息を切らしたスノウが搭から帰ってきた

息が上がっているが、大した怪我もしていない辺り、やはり実力は本物のようだ

「……ま、まだグリムは起きないのか?もう夕方だぞ……」

そう聞かれたミカは黙って指差す

そこには車椅子で寝ながら何かうわごとのように呟くグリムの姿

「あああ…スノウが……、スノウが真っ赤な顔で隊長に……私の胸でも何でも好きにするがいいと……はしたないおねだりを……」

それを聞いたスノウが腰から剣を抜く

「待てスノウ、もうすぐ起きそうなんだから永眠させようとするんじゃねぇ」

「あうあ……それに副隊長が……俺がお前を守ると……お前は大事な家族だって言って…」

それを聞いた俺は腰から銃を抜く

「待てオルガ、銃で殺すと復活の時に弾丸の摘出が面倒だ、ナイフでサッとやれサッと」

もう復活させる必要無いんじゃないだろうか

「二人とも止めてください!これでも今度こそ活躍するんだって張り切ってたんですよ!?」

「……はっ!私今素敵な予知夢を……」

確かに仲間は家族同然だが、グリムは絶対違う捉え方をしてるだろ

「オルガ……お前いつグリムと良い仲になったのだ?」

「なってねぇよ、二人で車椅子使ってカップル狩りしただけだ」

「あれお前の仕業だったのか」

「それよりアリス、どうだ?行けそうか?」

搭の外壁を触っていたアリスに尋ねる

「おう、搭は頑丈な石造りだが、キサラギ製プラスチック爆弾の敵じゃない。何ヵ所か爆破すれば崩れ落ちるだろうよ」

「オルガもキサラギ色に染まってきたじゃねぇか。こういう作戦は俺も大好きだぜ」

そんなアリスと6号を見て何かを察したのか、スノウが震えながら俺を見つめる

「お、おい貴様らまさか……」

「ああ、こんな何のためにあるのか分からない搭、残しとく意味もねぇ。こっちには三日月がいるんだ。ちゃっちゃと秘宝をいただいて、搭ごと吹き飛ばす」

俺がそう言った後ろで、ミカの姿が白い悪魔へと変貌を遂げた

 

 

 

ダスターの搭の最上階

そこに、何人もの兵士を返り討ちにして上機嫌の二人の魔族がいた

「フハハハ!これで何人目だ兄弟?俺はまだ、かすり傷一つ負わされてはおらんぞ!」

「ヒッヒッヒッ!ま、勇者ですら敗北した俺達に、ただの兵士など敵うまいよ!」

これから何が起こるかなど知るよしもなく、高笑いを重ねながら言い合う

「フハハハ!夢が広がるな兄弟!そうとも、俺達が揃えば、最近良い手駒を手に入れたって噂のあのハイネだって敵うまい!」

「ヒッヒッヒ!そうともさ!いずれ世界に轟くぜ!俺達………」

「秘宝ってどれ?」

「ん?ああ、秘宝ならそこの台座に……」

 

…………

 

「だ、誰だてめぇ!!?」

「こいつ俺達の配下じゃねぇぞ!?」

あまりに自然に聞いてきた謎の金属製の魔物に、うっかり秘宝の場所を話す二体

「ど、どうやってここに来やがった!!階段はここだけ………!」

「まさか飛んで来たとでもいうのか!?あ!おい待て、秘宝は渡さん!」

 

形無しの番人に踵を返しながら無線機で報告する

「盗れたよアリス」

『ご苦労さん。じゃ、やるか』

 

「は?おい貴様一体何を……」

「お、おい!人間の兵士達はどこに行った!?」

 

 

 

三日月がスラスターを全開に飛び上がった瞬間、ダスターの搭は基礎部分を木端微塵にされ、音を立てながら崩れ落ちた

 

 

 

 

「き、貴様らは……………」

「どうだ?これが鉄華団流の搭の攻略だ」

「なかなかやるじゃねぇか。キサラギ流に負けず劣らずの良い作戦だったな」

「ああ、俺はオルガはやれる男だって信じてたぜ」

「ねぇ、これ結局私何もしてない……」

「ふ、副隊長酷い………」

 

巻き込まれた魔物達の悲鳴と共に、いつものアナウンスが流れる

 

《悪行ポイントが大量に加算されます!》

 

 

 

 

 

俺が悪の組織としての不思議な達成感を得、代わりに隊員と騎士達にゴミを見る目で見られた日の晩

「おい、お前達。居るか?」

俺達の部屋にスノウが訪ねてきた

「清く優しい6号さんは、川のゴミ拾いに出掛けてるよ」

「ふざけるな!居るじゃないか!」

6号の言葉にたまらずドアを蹴り開けるスノウ

「こんな時間に男の部屋に来るなんて、誘ってんのかおっぱい女」

「夜遅いんだからあんまり大声出すなよ守銭奴女」

「おいおっぱい女。自分は気を利かせて席外しといた方がいいか?」

「そのバカな呼び名は止めろ!あと、貴様は普通の罵倒を混ぜるな!」

 

スノウは苛立ちでプルプルと震えながら、俺達の前に両拳ほどの大きさの袋を差し出した

「何だコレ?」

「それは貴様の給金だ。ここ最近の戦果の報奨も含めたな」

それを見て固まる6号を不審に思い、俺とアリスはその袋の中を覗くと

「おお…」

「ワオ…」

そこには金貨のような物がぎっしりと入っていた

「まったく、私はまだ納得していないからな。あんな搭の攻略などあんまりだ。確かに犠牲も少なく搭の秘宝を手に入れ、魔物を壊滅させることが出来たが……おい、何を固まっている?」

「なぁスノウ……この金貨の量だと、この国でどのくらいの価値があるんだ?」

「ああ、お前は紙幣価値すら忘れたのか。その量だと、一つの家庭が一年は贅沢な暮らしが出来る程度だが…不満か?分かるぞ、私も金に関してはうるさい方だからな」

 

『お前ら、俺もうスパイ辞めるわ』

 

と、そんな6号の告白を………

『おい待て早まるな。お前日本語で言ってくるって事は本気だろ』

『お前、俺らの任務に地球の未来がかかってるのを忘れたのかよ』

 

慌てて制止するが、6号は振り返って目尻に涙を浮かべて叫ぶ

『いいか、よく聞け。俺はサハラ砂漠で一ヶ月以上戦闘させられてようやく帰ったと思ったら、何の労いもなく上司にパシりに使われた事があるんだぞ!そして給金はいろいろ引かれて手取り十八万だった!』

 

『むしろ、なんで今まで辞めなかったのか不思議なくらいだな』

『そもそもキサラギって辞めたくなって辞められるもんなのか……?』

キサラギのブラック事情を聞かされ、今さら入った事を後悔する

 

「どうしたお前達。また変わった言葉を使いだして」

「気にすんな。貰った金が予想以上に多かったから興奮してるんだ」

「そ、そうなのか?ならいいが……これはお前達の分だ」

そう言って、6号と同じ袋を俺とアリスとミカにスノウが渡す

「おおう、これはどうも。人様から何かを貰うだなんてショットガン以来だな」

「手数料とか言ってちょろまかしたりしてないだろうな」

「しとらんわ!」

俺達が浮き足立つよそで、ミカは貰った袋を無造作に部屋の隅にある何倍も大きな袋の上に投げ置いた

それを見たスノウが不審そうに尋ねる

「そういえば三日月はずいぶんと荷物が増えたな……。なんだその袋は」

「これ?お金」

「……全部か?」

「うん」

そこまで聞いたスノウは膝をついて三日月を見上げる姿勢をとると……

「三日月様、実は私にいい話があるのですが」

「お前、子供に金をせびって悲しくならないのかよ」

お前だって昨日は飲み代が欲しいとか言ってミカに泣きついてただろ

 

 

 

その翌日

 

俺はまたしても暇を潰すために街へくり出す事にした

 

ミカはもっぱら部屋で野菜や農業に関して書かれた本を読み漁っている

スノウが仲介料を要求して城の図書館から本を持ってきたが、ミカは俺達の言語ですら上手く読めるか怪しいのに、この星の文字で書かれた本なんて読めるわけ無いので丁重にお断りした

別に仲介料がかなり割高だったからではない

 

何か面白い事でも無いかと兵舎を出た時、ロゼの叫ぶ声が聴こえてきた

「勘弁してください!本当に無理なんですって!」

「何やってんだお前ら」

魔王軍幹部クラスの実力派変質者でも出たかと思って駆けつけると、そこにはロゼを押さえつける6号と、その前で昆虫を手にわきわきさせているアリスがいた

 

状況を飲み込めないでいる俺を見つけたロゼが、助けを求めて懇願してくる

「ふ、副隊長!副隊長は助けてくれますよね!あんなことしても、仲間には優しい人だって信じてますから!」

あんなこととはダスターの搭を魔族ごと粉々にしたことだろうか

あれはあの状況での最適解だったと思うんだが

しかし、ロゼがそこまで怯えるなんて一体どんな虫なのか

気になってアリスの掴んでいる虫を見ると、何かと思えばただのバッタだった

「なんだ、バッタって不味いのか?」

「いや、日本じゃみんな大好きだぞ」

「だとよ。食ってみたらどうだ?」

「副隊長もそっち側なんですか!?もう誰も信じられない!」

6号に押さえつけられながら必死の抵抗を見せるロゼを前に、アリスに目的を尋ねる

「嫌なら別に無理しなくて良いと思うんだが…なんで急にこんなことを?」

「いやな、コイツは食べた物の遺伝子情報を取り込んで、それに影響されるだろ?」

「すまん、さっぱり分からん」

俺だって最低限の教養と基礎知識が備わってるだけで、学力的には6号と大差ない

ただちょっとまともな思考が出来るだけだ

「……そうか。まぁつまり、ロゼの体がどうなってるのか調べてたんだよ」

 

「それは俺も気になるけどよ…だったらなんでバッタなんだ?」

「そりゃ、バッタの力を取り込めば最強になるからだよ。キサラギじゃあ、バッタ型の怪人はタブーだったほどだ」

「へぇ、なら強くなれて良いじゃねぇか。なぁ」

「そんなわけ無いじゃないですか!たまに思いますが副隊長ってものを知らない時がありますよね!」

 

 

 

面白がった俺も加えた三人でロゼにバッタを食わせようとしたが、『やっぱり人類は愚かで滅ぼすべき存在なんだ!』と物騒な事を良いながら俺達を丸焦げにしようとしたので結局は諦めた

急に暴れて疲れたのか、ロゼが壁際で座り込み、それに合わせて俺達も横に背をつける

「前から聞きたかったんだけど、お前はどうしてここの連中にこき使われてんの?その強さならもっと良い仕事だってあるんじゃないか?」

「それもそうだな。なんなら真っ当に働いて、金で魔獣の肉を買ったって良いわけだし」

「あたしに戦う以外の事なんて出来ませんよ…。それに、あたしは自分の正体を知りたいんです。あたしがこの国のために働いたら、研究結果を教えてくれるって約束でして……」

 

いったいどれ程前の話なのか検討もつかないが、とある老人によって、ロゼは産み出された

しかし、その老人は禁断の秘術に手を染めて命を落としてしまい、その老人は秘術の直前、ロゼに様々な遺言を残した

 

ロゼが覚えているのはそれだけであり、ロゼ本人も研究や遺跡の事について何も知らないので、現在この国が進めている調査以外で、自分のことを知る方法が無い

 

そしてこの国はそれをいいことに薄給で死地に放り込んでいるわけだ

 

『なぁアリス。今からでも違う国に乗り換えて、グレイス王国に宣戦布告させよう』

『まぁ待て、そんな事しなくとも遺跡の情報さえ手に入れれば、ロゼの引き抜きはそう難しい事じゃない。今一番の脅威である魔王軍さえ潰せれば、グレイス王国も侵略対象だしな』

『ロゼはすでに見た目も怪人っぽいしな。きっと優秀な戦闘員になるぞ』

 

「な、何ですか変な言葉を喋りだしたと思ったら、急に笑顔になって……」

6号とアリスがロゼの肩を両側から掴み、俺はロゼの頭の上に手を置く

「ロゼ、今日から正式な仲間にしてやろう」

「ああ、仲間ってのは家族同然だ。安心しろこの国の連中みたいに酷い扱いはしねぇよ」

「そうだな、これからは自分を母親だと思ってくれていいぞ」

「あ、あたし正式な仲間じゃ無かったんですか!?と言うか、だったらバッタを食べさせようとしないでくださいよ!それにアリスさんの方があたしより年下じゃないですか!な、何ですかこのバッジ!勝手にくっ付けないでくださいよ!何で急に拍手するんですか!やめてください!バッタも地球ヤシも食べませんから!」

 

ひとしきりロゼで遊んだ俺達は解散し、それぞれまた暇になった

俺はと言うと、前々から気になっていた事をロゼに尋ねた

「なぁロゼ、お前夢は何かあるのか?」

「夢ですか?前にも言いましたけど、世界中の魔獣を食べて最強のキメラになる事です」

それは最初の戦闘の前にも聞いた、お爺ちゃんの遺言の一つ

 

「そりゃ、お前を造った人間の夢なんじゃねぇのか?」

俺の質問に、ロゼが目を落として言う

「それは……わかりません………。でもあたし、お爺ちゃんのことが大好きだから、お爺ちゃんの願いは叶えてあげたいんです」

「そうか……」

 

「…やっぱり変ですよね。あたしにお爺ちゃん以外の記憶がほとんど無いからかもしれません。あたし、皆の言う生きる目的も全然理解出来なくて……」

「いや、変じゃねぇよ。そりゃ、すげぇ立派な事だ。その爺さんも、お前みたいな孫を持って誇らしいだろうよ」

「…副隊長………」

本当の家族かどうかとか

そんな事は重要じゃねぇ

 

子供と親が互いを信じる事

これに勝るもんはねぇ

 

「ロゼ、お前好きな事は?」

「た、食べる事です!」

俺の問いに、ロゼが元気よく答える

 

「よし、じゃあ、それがお前の生きる理由だ。うめぇもん腹一杯になるまで食って、強ぇえもん吐くくれぇ食って、世界で一番のキメラになれ!そうすりゃお前は世界で一番の自慢の孫になれるんじゃねぇか?」

「………!」

 

俺に出来る事なんか、悩みがあったら相談に乗って、敵がいたら一緒に戦うくらいのもんだ

 

でも、それをしてくれる仲間がいるだけで、救われる奴も大勢いる

 

俺ももれなくその一人だった

 

 

鉄華団の団長だった男として、迷える家族は見捨てねぇ

 

 

「ありがとうございます副隊長!あたし、いつか隊長や副隊長も食べて、最強のキメラになって見せます!」

悪いが、それは遠慮させてくれ

だが、無邪気そのものなロゼの笑顔を見ると、それも良いような気がしてくる

いや、やっぱりダメだが

 

「よし!じゃあ俺の初給料でパーっと行くか!」

「わーい!副隊長素敵ー!」

 

こうして俺は戦闘キメラの本気の食欲を味わうことになり、当然初給料は消えて無くなった




ロゼの話は時系列的には前の回なのですが、今回に入れこみました

人の手によって産み出されて、目の前で唯一の肉親を失って眠りにつき、自分の正体も分からず何度も死地に送り込まれる
こう考えるとロゼだけ話が重い気がしますが、たぶんそんな深刻な話にはならないでしょうね
きっとろくでもない秘術だったに決まってますよ(紅魔族を見ながら)


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宿敵と発覚

「いいか貴様ら!今回我らが請け負った任務はとてつもなく名誉なものだ!心してかかれ!」

いつになく頬を紅潮させたスノウが、俺達に向けて声高々に言う

 

「6号、何で俺らの部隊が軍の中央に配置されてるのかと、何でスノウのテンションが高いのか教えてくれ」

俺達の部隊は何故か、王国騎士団が配置されている中央陣地のど真ん中に陣取っていた

今までの脇役みたいな任務と比べると大出世といったところだが、そんな上手い話がある訳がない

「あの参謀のおっさんに言われた任務なんだからな。それでやたら張り切ってるんだろ」

そう答える6号の顔も、うんざりといった感じだ

 

「あいつか。なら、この捨て駒同然の任務も納得だな」

「俺、あの参謀のおっさん嫌いなんだよ。あいつからは自分の保身しか考えない姑息な卑怯者の臭いがする」

それは悪の組織が苦言を呈する事なのかと言いたい

6号の台詞を聞いた他の隊員達は何言ってんだと首を傾げると

「お、お前…自分を客観的に見たことはあるか?」

「おい6号、鏡っていう道具を知ってるか?」

「隊長、ブーメランも知ってますか?」

「お前ら、この任務が終わったら覚えてろよ」

そう言って口々に6号を攻め立てるが、6号はいざとなってもお前らを見捨てる事は無いと思う

悪の組織だ何だ、セクハラだ何だと言ってはいるが、良心は捨ててきていないんだからな

「6号はあのおっさんとは違ぇよ」

「オルガ…!俺の味方はお前だけだ……」

 

「まぁ、うちの隊が目の敵にされるのは俺があのおっさんをボロクソに罵ったせいでもあると思うがな」

 

「そう言えばそうじゃん!何してくれてんのお前!」

お前だって嬉々としてあのおっさんをバカにしようとしてただろうに

 

俺が6号に肩を揺さぶられている間に、スノウとロゼが後で何かしている音が聞こえる

「……お前ら何やってんだ?」

「な、なんでもない!」

「ですっ!」

そう言って姿勢を正す二人と、その後でぐったりと寝るグリムを見て、少し不安を覚えた

 

 

 

 

しばらくすると、魔王軍の部隊が現れ始めた

それを先頭で仕切っているのは、以前俺達の前に姿を見せた四天王の一人炎のハイネ

当然、ハイネを乗せるグリフォンもいるのだが、その脇にまた別の何かを従えていた

「なぁ、ハイネとグリフォンだけじゃなくてなんかいるんだけど、何だアレ」

「あれはゴーレムと呼ばれる岩石で作られた魔法人形だな」

それは巨岩で作られたであろう岩石の人形

その巨体はまるで小さなモビルスーツだ

動きはそこまで速く見えないが、普通の人間には手強い相手だろう

 

そうこうしているうちに魔王軍が動き出し、騎士団もそれに対応して部隊を動かし始めた

しかし、堂々と中央を進むハイネ達にはどこの部隊も向かう様子がない

「…なぁ、他の部隊がどんどんどっか行ってくんだけど。これってあいつらの相手は俺らがするって事だよな」

「だろうな」

「ちくしょう!結局ここでも俺は危険任務担当かよ!」

 

「落ち着け6号、あんな石人形ミカの敵じゃねぇよ。それに、こっちにはグリムもいんだ、あんな的足止めして遠くからぶっ壊せば……」

「グリムを起こすのは任せるぞオルガ!私はこの氷雪剣アイスベルグであの女に雪辱を果たさねば!」

そう言ってハイネの方へ走っていくスノウ

雪辱って言ってもあいつは何もされて無いんじゃないか?

あれか、グリムの仇とかそんなところか

と、そんな間にロゼもどこかへ駆け出していく

「あ、あたしもグリフォンの味が気になるので行ってきますね!」

「お、おいロゼ。グリムの御守りはお前の仕事だろ!」

「グリムを起こすのは自分に任せろ」

今日はショットガンを置いてきたアリスがグリムの元へ向かう

高性能アンドロイドだし、衛生兵としてこの部隊にいるのだから、任せても良いだろう

「おう、じゃあやっちまえミカ!」

俺の言葉を聞いたミカが、バルバトスへ変身し、ゴーレムへ向かって飛び出した

 

 

思った通りというか、ゴーレムは硬さは相当なものだが動きは鈍重といった様子で、すばしっこく動き回るミカに対応しきれていなかった

しかし今日のミカはメイスではなくロングソードを持ってきているので、相性はあまり良くなく、決定的な一撃を食らわせるのは苦労しそうだ

 

「三日月にだけ任せてられるか!おらぁぁぁ!食らいやがれ!」

そう叫んで駆け出した6号が、ミカを掴みあぐねているゴーレムの背中に渾身の一撃を与える

その拳が当たった場所にはピキピキとヒビが入る

「やるじゃねぇか6ご…」

「いだぁぁぁぁ!!折れてるー!これ絶対折れてるよ!!」

そう言って地面を転げ回る6号

「何やってんだ6号!」

「本当にヤバい時はそんな事叫ぶ余裕なんて無いもんだ。だからお前は大丈夫だ」

アンドロイドなのだから当たり前だが、本当に血も涙も無いヤツだ

 

「ち、ちくしょう!キサラギの戦闘員が舐められてたまるか!『制限解除』!」

そう言った6号の戦闘服が、いつもより光を増していく

 

「このバカ!相手は他にもいるんだぞ」

「制限解除?なんだそりゃ!」

「お前らの戦闘服にある機能だよ。一時的なパワーアップだが、引き換えにクールタイム中は無防備になる」

 

「おらぁぁぁ!!やっちまえ三日月!!」

6号が、地面に拳を落としていたゴーレムの手を掴んで動きを止める

それを背後から、ミカがロングソードをゴーレムの頭部と思われる場所に突き立てて砕いた

何か重要な部位だったのか、ゴーレムは動かなくなり、音を立てて倒れた

その手前、6号の体からは湯気が立ち煙り、肩をだらんと落として立ち尽くしていた

 

「無茶しやがって…。しばらく動けねぇんだろ?」

「おう、けどまぁハイネとグリフォンはスノウとロゼが相手してるし、オルガと三日月がいりゃあ…」

「そのハイネがこっちに向かってきてるぞ。あとロゼもグリフォンに振りほどかれて落っこちてきてるな」

 

「ぐ、グリムは……?」

「確認したが、何故か気絶してたぞ」

さっきスノウとロゼが慌ててたのはそれか

あいつ本当にまともに戦闘に参加出来ないな

 

「6号、貸し一つな」

「くそったれー!」

これに懲りたら変な無理はすんなよ

 

 

 

 

「よぉ6号!」

スノウを下したハイネが、6号の前に仁王立ちして6号に向かって話しかける

「ひ、久しぶりだな炎のハイネ…」

「やっぱりお前らは面白いよ!ダスターの塔もお前らがやったんだろ?最高だよ!さぁ、殺ろうぜ!」

そう言って両手に火玉を作り出して構えるハイネ

 

「ま、待った!その前にお前に一つ聞きたい事がある」

それは不味いと制止する6号に、ハイネは動きを止める

「……なんだい?言ってみな」

 

そうだ、いいぞ6号。そのまま時間稼ぎを

 

「なに食ったらそんな胸になるんですか?」

 

それを聞いたハイネが何も言わずに6号へ火玉を飛ばすが、ミカが盾になり防いだ

モビルスーツのナノラミネートアーマーは熱に非常に強く、その性質はそれをコピーしたキサラギ製でも健在のようだ

「次は守ってあげないからね」

「いや!つい気になって!」

 

あのバカ…

 

お互いもう相手にされなくなったのか、スノウとロゼが帰ってきた

スノウは刀身が溶けて柄だけになった剣を涙目になりながら振り回し、ロゼは口からペっペと毛と羽を吐き出しながら6号の元へ駆け寄る

「うわぁぁぁ!アイスベルグがぁぁぁ!」

「隊長!グリフォンは不味いです!とても食べられません!」

片や氷を炎の使い手に突き立て、片や空を飛ぶ相手を生のまま丸かじりにしていた二人

「お前らは変な武器を持ってただろ!あれでアイスベルグの仇をとってくれ!」

「隊長!何か燃やせる物もってませんか?弱火でじっくり焼けば食べられるかもなので!」

「お、おいバカ。揺らすな…!」

二人に揺らされるだけの6号を見て不審に思ったのか、ハイネが聞く

「どうしたんだ6号…?なぜずっと固まっている?もしかして動けないのか?」

 

 

しめたという顔をしたハイネは飛び上がると

「その娘とゴーレムモドキは炎に強いみたいだが、お前らが防ぎきれない特大のヤツをおみまいしてやるよ!」

そう言って両手を掲げ、頭上に大きな火炎の渦を作り出す

 

「あれはヤバいよオルガ、ここら一体をまとめて焼くつもりだ」

「た、隊長!あたしこんなところで服が燃えると困ります!こんなところで全裸ショーをやらされたらお嫁に行けなくなっちゃいます!」

「その時は俺が貰ってやるから安心しろ!おいスノウ!お前この役立たず!ここはお前が自分の命と引き換えに俺たちの助命をだな……!」

「そ、そんな事するか!というかなぜ貴様は動けんのだ!」

「アリス!何か火を防げる装備はキサラギに無ぇのかよ!」

「あるにはあるが、自分の体内時計によれば向こうは昼休憩中だ。今から申請しても間に合わないな」

「悪の組織が昼休憩なんかとってるんじゃねぇ!」

どうする?6号を見捨てて逃げるか?

いや、そんな事出来るか!

何とかその前にあいつを……!

 

「偉大なるゼナリス様!あの女に災いを!金縛りに会うがいい!」

「ッ!?……これは呪いか!?」

突然、ハイネの体がピクリとも動かなくなる

振り返るといつの間にか目を覚ましたグリムが、いくつもの人形を握り、ハイネに向かって手を伸ばしていた

「な、ナイスだグリム!初めてお前が役に立ったな!」

「ねぇ、それを言うのは止めてくれないかしら」

そんなやり取りをしているうちに、6号が戦闘服の小さな起動音と共に動き出した

動けないハイネの前に立ち、勝ち誇った顔でスノウが言う

「ふふふ、さぁ炎のハイネ!諦めておとなしく投降しろ!そして我が手柄になるがいい!」

しかしハイネは小さく笑って言った

「……なに終わった気になってるんだい?あたしにはまだ隠し玉がいるんだよ」

そう言ったハイネの背後に、黒い何かが勢いよく着地し、土埃が上がる

 

「ッ……!?」

「ミカ!?」

何を察知したミカがそこへロングソードを振り下ろすが、それは二本のバトルアックスによって防がれた

 

ミカの攻撃を正面から受け止めた相手

 

一体何者かと目を凝らし、見えたその姿は

 

 

 

 

 

『これこそまさしく運命だ!クランク二尉!ボードウィン特務三佐!私は今度こそ!彼らを悔い改めさせて見せます!!』

 

地球で三日月と戦って倒された筈の、ギャラルホルンのモビルスーツだった

 

 

 

 

 

黒いモビルスーツとミカが斬り合う

お互いの金属の体に武器を振るい、互いにそれを回避しながら次の攻撃に移る

流れるような打ち合いはまさしくあの時の再現だ

 

「あいつは、エドモントンの時の……!?」

 

何であいつがここに……!?

 

「どういう事だオルガ!あんな魔物は見たことが無いぞ!なんだか変身した時の三日月に似ているような気がするが……」

スノウがそう聞いてくるが、今は俺にもわからない事が多すぎる

「お前らは一旦下がれ!あいつはミカと互角の相手だ!油断してると殺されるぞ!」

 

「偉大なるゼナリス様!あの黒いゴーレムに……」

「我が業火の渦に焼かれ……」

『邪魔をするなァァァァ!!』

「ひゃっ!?」

「わっ!?」

ミカを援護しようとしたグリムとロゼに向け、黒いモビルスーツは持っていた斧を投擲した

ロゼはすんででそれを回避し、グリムは6号に抱えられて逃げてきた

後に残された車椅子がバラバラに吹き飛ぶ

「おいオルガ!なんだかあいつは殺意がヤバい!こっちの事本気で殺そうとしてくるぞ!」

「そりゃそうだろうよ。とにかく、ミカが相手をしてる内に他の奴らを片付けるんだ。その後で、全員でかかるぞ!」

 

振り下ろされる斧をかわし、返しにロングソードを顔に向けて振るうが、膝蹴りを受けた刀身は肩を掠めるだけに留まる

そのまま密着し、胴体に爪を突き立てようとするが、黒いモビルスーツは体をその場で回転させて斧を食らわせてきた

「前よりも速い……!」

『貴様らは、クランク二尉の思いを無駄にして!ボードウィン特務三佐から多くのものを奪って!それでもなお罪を重ねると言うのかッ!!』

「……あのおっさんは自分で死にたがってたよ」

『またそれかァァァァ!!!!』

 

 

 

 

「おいハイネ!こいつはいったいどういう事だ!何であいつが魔王軍にいる!?」

「さぁね、どういう関係か知らないが、お前らに教えるわけないだろう!!」

金縛りが解けたハイネがグリフォンを呼びながら言う

 

「アイン!今日のところは引き上げるよ!」

『ハイネさん!私はッ!私の信じる人道のため!彼の罪を祓わねばならないんです!止めないでくださいッ!』

「聞きなアイン!味方が居ない今、あんた一人が戦ってもジリ貧になって負けるだけだよ!今は退くんだ!命さえあれば復讐だろうがなんだろうが、何度だってやり直せる!」

『くっ!ですがッ…!』

「命令だアイン!そのゴーレムから離れて今すぐ……」

 

「殺ったーー!!」

 

「あっ!」

 

黒いモビルスーツを説得していたハイネの懐に潜り込んだスノウが、ナイフでハイネの手元から何かを弾き飛ばした

それを拾ったアリスが目を光らせながらハイネに尋ねる

「……ほう?これはもしかして、何か大事なものか?」

それは赤く光る石だった

研磨され丸くなり、吸い込まれるような淡い光はまるで宝石のようだ

 

「あっ、いや、そんな事は……」

口ごもるハイネを見た6号はアリスと目を合わせ

「だってよ、じゃあ貰っとこうぜ」

「い、いや!それはその……。た、大切な……」

 

それを見たグリムが俺達の側に来て言う

「それは魔導石ね。魔法使いが魔法を使うときの触媒として使う物だけど……。その石はかなりの魔力を内包しているようね」

 

「じゃあハイネが四天王なのは……」

「その石の力じゃないのかしら。他の物でも代わりは利くと思うけど……」

「四天王程の力は使えなくなるって事だな」

 

それを聞いた6号は、過去一番のにやけ顔を見せた

 

 

 

 

 

戦いの音の聴こえなくなった戦場に、カメラのシャッター音だけが響く

『き、貴様ら!何と非道なッ!!』

「う、うぅ……死にたい……」

「死にたいの?」

「ひっ…!?」

『貴様ァァァァ!!』

 

ついさっきまで殺し合いが繰り広げられていた場所で、何故か魔王軍幹部の撮影会が始まった

「よーし、次は手を後ろについて、脚を開いて腰を落とすんだ。そんでそのままダブルピースを……こら!手で隠そうとするんじゃない!」

カメラ片手に遠慮ない要求する6号

対するハイネはさんざん扇情的なポーズをさせられて涙目になっている

「うっ…ううっ……うううううー……!」

『申し訳ありませんハイネさん!自分が指示を聞かなかったばかりにッ!!』

 

それを見せられた隊員は俺を含め全員がドン引き…

 

しているわけでは無かった

 

「くっ…!くくく!いい様だな炎のハイネ!良いぞ6号もっとだ!強敵が墜ちていくさまを見るのは実にたまらん!」

6号の後ろからスノウが腹を抱えながら恍惚とした表情で笑う

こいつはもうダメかもしれない

 

「た、隊長、さすがに可哀想ですよ。石を返して、堂々と再戦すれば良いじゃないですか」

「なぁアリス。俺、言うこと聞けば返してやるなんて言ったか?」

「いいや?こいつが勝手に勘違いしただけだな」

それを聞いたハイネは愕然とした表情で固まる

さすがは6号、下手に出る相手にはとことこ容赦が無い

しかし仮にも幹部がこんな言葉狩りに引っ掛かって大丈夫か?

 

「こ、ここまでやらせておいてそりゃないだろ!こ、殺す!お前は絶対に……!」

「魔法も使えねーのにどうやんだよ!ほら、早く俺を殺してみろ!」

「ぐぎぎぎぎぎ………!」

そのさまを見せつけられた黒いモビルスーツは体をワナワナと震わせて叫ぶ

『貴様は……!貴様らは!またしても罪深き子供を増やし、清廉な者を愚弄するのかッ!!』

「こ、これは俺達のせいじゃねぇよ!」

『黙れェェェェェ!!』

後ろでうるさい俺達を見た6号が、ハイネに向き直って言う

「ったく、そんなに返してほしいのか?」

「か、返してくれるのか!?た、頼む…それは大切な……!」

そこまで聞いた6号は戦闘服のズボンに手をつけると

 

「ほーら、取ってごらん」

 

魔導石を股間のチャックに入れ、ブリッジのポーズでハイネに見せつけた

 

 

 

『貴様ァァァァァァッ!!!!!』

 

「や、止めろアイン!く、くそッ!くそッ!……6号、お前、覚えてろよぉぉぉぉぉ!!!!」

 

 

 

 

 

戦いが終わった後、俺達は街にある酒場に集まっていた

 

「それじゃあ、四天王炎のハイネの無力化及び、魔王軍先兵の壊滅に~!?」

 

「「「「「乾杯!!」」」」」

 

6号の合図に合わせて乾杯をし、それぞれテーブルに出された酒と食事に飛び付く

「しかし、大戦果だったな6号!あのゴーレムを撃破し、手段はアレだったが魔王軍四天王を弱体化させたのだ!我が隊の一人勝ちではないか!」

「最近は私が死ぬことも減ってきたしね、隊長達が来る前は戦闘のたびに死んでいたのに……」

「たいひょうたひが来てからは、おいひい物をお腹一杯食べられてひあわせれふ!」

「そうだろうそうだろう!もっと俺を誉めてくれてもいいんだぞ!」

 

 

「……どうひたんれふか副隊長?難しい顔して」

ロゼが口いっぱいに食べ物を含ませながら聞いてきた

「いや、あの黒いモビル…ゴーレムの事でな」

俺の言葉を聞いたスノウも、少し考え込んでから言った

「ふむ、確かにアレについては気になるな…。私は今までそれなりに場数を踏んでいるが、あんな魔物とは戦った事が無い」

「副隊長達をやたら目の敵にしていたけど、何か心当たりでもあるの?」

「心当たりというか、殺しあったっつーか……」

何故ここに居るのか、何故あいつもミカのように小さくなっているのかなど、疑問は山積みだが、考えても結果が出ない

魔王軍にキサラギが関与しているのか?

だとしたら俺達は一体……

 

「しかし、あいつ相当強かったな~。三日月ですら苦戦させられてたみたいだし、スノウなんか一撃だろうな」

「き、貴様言わせておけば!私だって、これでも腕には自信がある!なんせこの国の最年少で騎士に叙勲されたのだからな!」

そこまで聞いた6号が尋ねる

「……つーかお前、今いくつなんだ」

「十七だ、騎士に叙勲されたのは十二の時だな」

それを聞いた俺と6号は口に含んでいた酒を揃って吹き出した

「お前ふざけんなよ老け顔が!俺より年下なのかよ!?」

「き、貴様老け顔とはどういう了見だ!私だってこれでも乙女の端くれなのだぞ!」

しかしまさか二十歳以下とは思わなかった

まぁ昭弘もあの顔と体で俺らと同年代だし、アトラもあれでそこまで子供でも無いしな……

というか普通に酒を飲んで問題無いのか

「おい、お前ちょっと焼きそばパン買ってこい」

あの時は冗談だと思ってたが、それ本当にやるんだな

 

「ふぅ。そう言えば、今日はアリスと三日月は連れて来なかったの?」

「あぁ、こんな時間の酒場はお子様の教育に良くないだろ?」

「ミカはトレーニングしたいっつって、先に帰ってるよ。今、何か腹の足しになるもの持って帰ろうか考えてるとこだ」

 

「戦場にまで連れていって今さら…?しかし、あの子は口は悪いが凄まじい才能を秘めているな。この間なんかも、城の図書館の全ての本を一日で読み終えたなどという噂を聞いたぞ」

「あたし、商人さんと何か交渉しているアリスさんを見かけましたよ」

「私は、治療術師の詰め所に何かを持ち込んでいるアリスを見かけたわ」

あいつそんな事もしてるのか

俺達三人じゃあそういう頭を使う仕事は難しいからな

しかし、このまま放っておくとこの国がアリスに裏から牛耳られそうだが、本当に任せておいて良いのだろうか

 

「……それに三日月もだ、あの変身能力といい本当に我々と同じ人間なのか?あいつも、城の騎士達と勝ち抜き戦をやって優勝したなどと嘘みたいな噂ばかり聞くが」

「……あたし、近所で有名な悪党一味をミカさんが一人で壊滅させたって聞きましたよ」

「……私も、駄目になった大量のトレーニング器具を城から持ち出してる三日月を見かけたわね」

ミカもなかなか好き勝手やってるんだな

前から別に俺が手綱を握っていた訳じゃなかったし。いろいろ自由な状況なら、あいつも楽しくやれているのだろう

 

スノウが胡散臭いものを見る目で俺達を見つめる

「おい6号、オルガ…貴様ら……」

「何もしてないよなぁ?」

「おう、何もしてないぞ」

6号にあわせて俺もとぼけて見せる

それを見たスノウはジョッキを煽ると

「…フン。まぁ、貴様らの素性なぞどうでもいい。今やお前たちは我が隊に欠かせない存在だからな。だが!私はまだ貴様を認めた訳ではないぞ6号!」

「おい見ろよお前ら、これがツンデレってヤツだ。口ではこんなでも、もう俺が好きで好きでたまらないんだぞ」

「へー!スノウさんが隊長に突っかかるのは好きの裏返しですか!」

「ふざけるな!叩き斬るぞ!」

ツンデレが何かは知らねぇが…たぶんろくでもないことなんだろうな

そんな事を考えながら、俺もぬるい酒の入ったジョッキに手を伸ばす

そのまま俺達は、夜がふけるまで宴を楽しんだ

 

 

 

「おう、帰ったか。……また偉く酔っ払ってるな」

「酷いものだったぞ、墫ごと持ってこさせたり、今日の俺はお大尽だと叫んだり……。ここに来るまでも、道端で用を足そうとしたりところ構わず吐いたり……」

「……すまねぇ」

頭がガンガン鳴り、腹から何か逆流してくるのをこらえながら小さく謝る

 

「こいつは金を貯める事ができないからな、あればあるだけ使う男だ。それにオルガも、たいして酒に強くねぇのに、お前らといるといい気になって飲みまくるからな……ご苦労さん」

「じゃーなスノウちゃん!ほら、おやすみのチューしろよ!!」

「バカな事をいってないでとっとと寝ろ!」

 

 

水を飲んで一息つき、壁にもたれ掛かった時、ミカが聞いてきた

「ねぇオルガ。オレ、弱くなってるかな」

ミカのそんな質問に、一瞬どう答えればいいかわからなくなる

「……何言ってんだよミカ。そんなわけねぇだろ?」

それは間違いない事だ

ミカがいなかったら鉄華団はあそこまで大きくなることも無かったし、ギャラルホルンと渡り合う事も無かった

それは事実だ

 

なのに

 

「あいつ、前よりも強くなってた」

「でも、お前より強いって事はねぇだろ」

「……………」

ミカは軽くうつむいた

 

俺は、この世界に来て気付いた

 

たまに見せるその顔が、俺は嫌いだったのだと

 

何か覚悟を決めた顔

俺のため、鉄華団のため

自分を後回しにするその顔が

 

もちろん、ミカにそうは言わない

 

ミカをそうさせたのは俺であり、それがオルガ=イツカと三日月・オーガスの関係なのだから

 

ただ

 

「なぁミカ、これだけは言わせてくれ。今度は無茶はするなよ」

「……それがオルガの命令なら、そうする」

 

 

 

 

「しっかし、どうすんだこの活躍ぶり!そのうち王様が、ティリスと結婚してこの国を治めて欲しいとか言い出したらどうしよう。この国は一夫多妻制ってどうなんだ?」

と、そんな事を言い出す6号

こいつはいつもこんなこと考えてるのかと疑問に思う

アリスも同じような事を考えたのか面倒そうしながら言う

「しるかんなもん。というかティリス一人じゃ不満なのか?」

「そもそも勇者がこの国の第一王子なんだぞ。国の治世はそいつが継ぐだろうな。ティリスは大方、政略結婚にでも使われるんじゃないか?」

「あいつの場合、逆に嫁ぎ先を懐柔して取り込んだりしそうだがな……」

 

「いや、不満ってわけじゃないんだが。ほら、結婚式前夜とかに、『私実は隊長の事が……』みたいな展開になったとき困らないようにさ」

「……自分はもう理解出来ない事なんて無いと思ってたが、まだまだだったよ」

「……俺も、それなりにお前とつき合ってきて何だかんだ意思疎通出来るようになったと思ったが、全然だったよ」

「そうか。まぁ、お前らは出来る子だ。これからも頑張れよ」

そう6号に慰められた俺とアリスは顔を見合せる

……どうしろって言うんだよ

 

「しかし、ロゼは食費がバカにならなそうだし、グリムは何しでかすかわかんないしなぁ。まぁ、スノウなんかを嫁にしたら違う意味で刺激がありそうだな!」

そう言って6号が笑う

酒が入って口が緩くなっているのか、今日の6号は話が止まる気配がない

 

「あぁ、そろそろキサラギの幹部ルートも確立しとかないとな。ぼちぼちスパイ任務を完了させるか」

 

「お前なぁ、一応近くに近衛騎士団の連中も寝泊まりしてるんだぞ」

 

「まったくだ。だからそういう話は日本語でしろと……」

 

 

 

そう俺達が6号に言った瞬間、部屋のドアが開かれる

 

「スパイとは……どういう事だ……?」

 

そこに立っていたのは、顔をうつむかせて小さく震えるスノウだった

 

 



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軽犯罪と窮地

オルガは三日月を、三日月はオルガをそれぞれ必要として、お互い信頼しあってるの本編見ててよくわかりますね
この二人ほどの相棒はガンダム世界でもそうそう……
え?セイとレイジ?あっはい


グレイス王国は夜でも街の灯りが消える事はない

魔王軍に攻められ、今や風前の灯と言ってもいいこの国でも、市民は一縷の希望を信じて当たり前の日常を送っている

ある者は幸せな家族と、ある者は息の合う友人と、ある者は信頼出来る同僚と

 

そしてある者は、将来を誓い合った恋人と

 

「きゃあぁぁぁぁ!」

「な、何ですかあなた達は!」

 

そんな恋人達の前で俺は

 

「俺は怪人カップル狩り男!カップルは爆殺する!」

「そして私はカップル狩り女!カップルは呪殺よ!」

 

車椅子を片手にポーズを組みながら口上を上げた

 

 

 

 

 

 

 

遡ること数日前

 

スパイだと口を滑らせた6号と、それを知ってしまったスノウとが一触即発の状態になった日

 

「スパイとはどういう事だ」

スノウの冷めきった声を聞いた俺達は、言葉を失ってしまった

「………」

「待て、ミカ」

ミカが拳銃を抜いて構えようとしたのを止める

6号はアリスと顔を合わせると、立ち上がって早口に捲し立てた

「お、お前ノックも無しにドア開けるとか!俺らが特殊な事してたら大惨事だぞ!それともエロイベント期待してんのかおっぱい女!」

「というか、この酔っぱらいの戯言を真に受けてんじゃねぇ。そんなだから常日頃6号に……」

 

そこまで言ったアリスは6号に言う

「こりゃダメだ。諦めろ」

 

6号が顔をひきつらせている後ろで、スノウは腰の剣に手を伸ばそうとして、その手を力なく落とした

「……お前達が何者かは聞かない。それは今まで国を守ってくれたせめてもの礼だ……」

 

 

「出ていくがいい。そして、二度と私の前に姿を見せるな……」

 

 

 

 

 

そうして俺達が軍を除隊し、グレイス王国の王都から姿を消してから数日後

俺はグリムの復活に使われた洞窟に来ていた

 

洞窟に入ってしばらく進んだところにある祭壇

そこにいた目当ての人物は、俺を見て目を丸くした

「ふ、副隊長!?どうしたのこんなところで!」

「よぉ、やっぱここだったか」

ゼナリス教の協会は街中を探しても見つけられなかった

だったら祈りを捧げるならきっとここだろうと思ったのだ

 

「急に辞めるなんて……。私達に何か言ってくれても良かったんじゃないの?ロゼがどれだけ悲しんだか……」

「それについちゃ、謝るしかねぇな」

「そうよ、それにスノウや私だって……」

「なぁグリム」

そこまで言ったグリムを止めた俺は

 

 

「ちょっと付き合ってくれるか?」

 

と、乙女心を弄ぶような事を言った

 

 

 

 

 

そして、グレイス王国に怪人カップル狩り男と怪人カップル狩り女が爆誕した

 

 

 

 

「嘘つき!副隊長の嘘つき!!」

さっきまでノリノリでカップル狩り女を演じていたグリムが、俺の服を引っ張りながら涙目で罵る

 

「これで十四組目か……嘘つきって何だよ」

それをはらいながら、メモ帳にチェックを増やす

腕につけられた悪行ポイントを示す数値は200と少し

この調子なら夜明けまでに400はいけそうだ

 

「うっうっ…。こんな夜遅くに女を誘っておいてまさかカップル狩りだなんて。乙女心を弄ばないで!」

「お前だって俺をデートっつってカップル狩りに付き合わせただろ」

そう言われたグリムはばつが悪そうに話題を変えた

 

「……それにしても、どうしていきなりカップル狩りに目覚めたの?副隊長もゼナリス様を崇めたくなったの?」

何の意味もなくこんなバカな事をしているわけではない

これは、最近集結し始めている魔王軍に対抗するための備え

この国で捕まらない程度の犯罪を犯して悪行ポイントを貯めるため、きっと今頃6号とミカも街中で軽犯罪に勤しんでいるはずだ

 

「カップルか魔王軍かお偉いさんか…この中で今ひどい目に逢わせられるのが、カップルだっただけだよ」

「どうしてそこがイコールなの!?カップルを恨む気持ちはすごくよくわかるけど、今日の副隊長は本当にどうしたの!?」

 

 

囃し立てるグリムに、今の俺達の状態を伝えると、少し安心したのか、胸に手を当ててため息を吐いた

「はぁ……。それじゃあ、隊長達は皆元気なのね?」

「おう、この国の外れに小さな家を借りてる。今は皆そこにいるよ」

 

それを聞いたグリムは、どこか遠くを見つめながら言う

「まぁ、これで良かったのかもね。近々、魔王軍が本格的にこの国を攻めるなんて話もあるし。軍にいたらこれまで以上に苛烈な戦いに巻き込まれる事になったでしょうから」

「あー、それについてなんだが……」

 

「俺らは俺らで、魔王軍とは戦わせてもらうぞ」

「……えっ?」

俺の言葉を聞いたグリムが、驚いた目で俺を見る

 

「6号も言ってただろ?この国を出るつもりはねぇって。俺らも、この国を落とされちゃ困るんだよ」

 

それはアリスの提案だった

今の拠点に設置中の、地球とこちらを繋ぐ転送装置は安定化に一ヶ月はかかる

その間に魔王軍によってこの国が落とされれば、転送装置は放棄せねばならない

しかし逆に転送装置さえ完成してしまえば、キサラギから強力な怪人や戦闘員を送り込む事も可能

 

つまり、一ヶ月耐えれば魔王軍なんて屁でも無くなるという事だ

なら、魔王軍を壊滅とまではいかなくとも、グレイス王国に一ヶ月耐えてもらい、後からキサラギの一人勝ちに持っていけばいいという訳だ

 

「副隊長達はこの国の人間じゃないのに…。ありがとう」

そんな俺達の打算を知らないグリムは、暖かな微笑を見せた

 

 

それからもう十数組のカップルを散らした頃、グリムが口元に手を当てて言った

「…ねぇ、確かにやってる事は最低だけど、これって副隊長が私をデートに誘ったって事で間違いないわよね。そうよ、カップル狩りなんて副隊長一人でも出来るじゃない。どうして副隊長は私を誘ったの?私との夜が忘れられなかったの?」

 

と、またそんな面倒くさい事を言い出したグリムに向かって言ってやる

「日頃からカップル狩りしてるお前がいれば、警察に絡まれた時にお前を囮にして逃げられるからだよ」

 

「私をトカゲの尻尾みたいに扱わないで!なんなの?そんなにこのあいだ弄んだことが許せなかったの!?」

 

「今の俺はこの国の軍人じゃ無いからな。あんまり派手なやらかしは出来ないんだよ」

「だったらなんで軍を抜けたのよ。スノウが近衛騎士団の隊長に戻った事と何か関係あるの?」

あいつ隊長に返り咲いたのか

それは俺達をスパイだと見抜いた功績なのだろうか

あれは立場上仕方の無い事だからスノウを責めるのはお門違いだが、あいつが本心で俺達を摘発したとは思いたく無いな

 

「……俺らが抜けてスノウも抜けたなら、今隊はどうなってるんだ?」

「私とロゼも近衛騎士団入りしたわよ。正直、あまり嬉しい話では無いのだけれどね」

いきなり四人も隊員が抜けたのだ

解散してバラバラになっているかと思ったが、スノウが隊長なら二人も悪いようには扱われないだろう

 

「本当に心配だったのよ?ロゼなんて心配で定食が五人前しか喉を通らなかったし、私だって九時間しか昼寝できなかったんだから」

「それ、そこまで心配してなかっただろ」

 

俺のツッコミを聞いたグリムはクスリと笑うと

「だって、あなた達は大丈夫でしょ?そりゃあいきなり居なくなってびっくりしたけど、アリスや三日月がいるんだもの、きっとどこでもうまくやれるって信じていたもの」

俺と6号はカウントしないのかよと言いたいが、グリムは続ける

「でもスノウは違ったわ。まるであなた達のことを忘れようとしてるみたいに、毎日訓練と指導に打ち込んで、ときどき目に見えて悲しそうにしたり苛立ったり……」

 

そこまで言ったグリムは、真っ直ぐに俺の目を見ながら言った

「スノウとあなた達に何があったのか、詮索はしないわ。でも、このまま何も言わずに去っていくのだけはやめて」

 

 

「……ああ。そんな事はしねぇよ」

あれで6号もかなり落ち込んでいたのだ

きっとひょんな事でスノウとも和解出来るだろう

いつかグリムやロゼにも、俺達の任務の事を伝える日が来るのだろうか

その時は、本当に全てを話そう

そんな事を考えながら路地を曲がると……

 

 

 

「ほーらお嬢さん、手も触れないのにズボンのチャックが下りていくよー!」

「きゃーっ!変態!!誰か来てぇぇぇぇ!」

 

 

 

そこには一人の変質者がいた

 

「……ねぇ副隊長。あれって」

「……あれは怪人チャック男だな。目を合わせるなよ、目の前でチャックを下ろされるぞ」

 

どこの国にも変態はいるもんだと自分を納得させながら、踵を返して来た道を戻る

 

「絶対違うわよね!ねぇ待って副隊長!真剣に悩んでた私たちが本当にバカみたいじゃない!」

 

 

 

もう夜も明けるかといった頃

警察と何度かチェイスするハメになりはしたが、無事に目標だった400ポイントを達成した

「まぁ、これで良いだろ。ありがとな」

「……いいように乙女を利用して終わったらポイなんて。この埋め合わせはしてもらうからね」

「……こっちは一応魔王軍と戦うためにやってるんだがなぁ」

「余計この行動の意味がわからなくなったわね……。まぁ私も楽しかったから今日はいいけど……」

そう言って一人で器用に車椅子を押して帰ろうとするグリムを呼び止める

 

「なぁ、やっぱりダメか?」

 

「………何がかしら?」

それを聞いたグリムはとぼけるように言う

 

それは今日グリムを誘ったもう一つの理由

 

俺の目を見て察したのか、グリムが真剣な声色で言う

「……副隊長、この話はもう止めましょう。じゃなきゃ、私はあなたを呪わなきゃならなくなるかもしれないわ」

 

「ああ、呪いで不死になったっていいんだぜ、俺は」

 

そんな自暴自棄とも言える俺の言葉を聞いたグリムは、顔を暗くする

その顔は怒っているようにも見えた

 

「副隊長、前からときどき思うことがあったけど、何をそんなに焦っているの?」

 

「言っただろ?俺には力が無ぇんだよ」

 

 

「ミカは昔、俺のために身をなげうって戦った事があんだ。俺はその時……いや、その時だけじゃねぇ。いつも…いつも俺はそれを、ただじっと待つしかできなかった。それで、ミカが遠くに行っちまうんじゃないかってずっと不安だった」

 

そうだ

 

俺達は、俺達のたどり着くべき場所を目指して進み続けた

 

俺はそのために、ミカ達の進む道を指差し続けた

 

でも、そこを進むのはいつだってミカで

命令を下した俺は、それを見ているだけで

 

なら俺は……

 

「俺はもう、三日月に守られるだけじゃダメなんだ。俺はあいつを、男として尊敬してる。あいつのために、俺はいつでも、意気がって、最高にカッコいいオルガ=イツカじゃなきゃダメなんだ」

 

そこまで聞いたグリムは、真剣な、それでいてどこか悲しそうな顔で言う

 

「副隊長……。あなたの気持ちは分かったわ。でも、あなたの仲間も、そう考えていたんじゃないの?」

 

 

「あなたは確かに三日月ほどの強さは無いかもしれない。けれど、そんなあなたを必要としていた人がいた……。そんなあなたのために強くなろうとした人がいたんじゃないのかしら」

 

 

 

「あなたが仲間をどれだけ大切に思っているかは分かったわ。でも私には、今のあなたは自分を追い込んでいるだけにしか見えないの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その翌日

 

アリスが借りた俺達の拠点で

「うわぁぁぁぁ!聞いてくれよお前ら!!街の連中が酷いんだよ!」

買い出しに行ってきた6号が泣きながら作戦会議室に飛び込んできた

きっと何か酷い目に逢ったんだろう

大丈夫だ、何があっても仲間である俺達だけはお前を温かく迎え入れてやる

 

「どうしたチャックマン。チャックの換えなら仕立て屋に行けよ?」

「どうしたんだいチャックマン。チャックに皮でも挟んだのかい?」

「オレ、チャックって使ったこと無かったけど、ああやって使うわけじゃないと思う」

「チャックチャックうるせぇよ!!こちとら魔王軍と戦うためにやってんだぞ!」

 

涙目で文句を言う6号に、アリスが尊敬と呆れを含んだ目で見ながら言う

「悪行ポイントを稼いでこいって言ったのは自分だが、まさかあんな方法で貯めようとするとは思わなかったよチャックマン」

「しかも、500ポイント近くもな。あんなんでそこまで稼ぐとは、やるじゃねぇかチャックマン」

「ちくしょう!この街の連中も覚えてろよ!全部終わったら俺がただの変態じゃないって知らしめてやる!」

一応変態って自覚があったようで何よりだよ

 

 

「オルガが400、6号が500、三日月が400、細かいのを合わせて1400はポイントが使えるわけだ。これだけあればかなりの装備や武器を呼んでも平気だな」

「うひょー。俺、今までそんなポイント貯めたことねぇわ。なぁ、少しエロ本に使っても…」

「良いわけねぇだろ。それで、どうするんだ?」

 

「まずは地雷だな。6号とオルガからそれぞれ200出して400ほど使って、小型の魔族用のクラスター系のヤツと、ゴーレム用の対戦車タイプをそれぞれ用意しよう」

 

「それと三日月の分だが、バルバトスは現状一番安定した戦力だ。三日月が持つ300ポイントはそのままバルバトス形態用にとっておいて、あとは好きに使っていいぞ」

ミカは以前はじゃんけん屋とダスターの塔の稼ぎで一時期700近くポイントがあったのだが、あいにく地球ヤシと農作物の本に道具、それといつの間にか頼んだ子供用の教科書やトレーニング器具に使ってしまった

 

「そういや昨夜ミカは何してたんだ?」

「街の人の家とか店に行って、高そうな物を壊したり持ち出したりしてたよ」

 

「…それって普通の泥棒なんじゃ」

「違うぞオルガ、これには借金の取り立てという大義名分があるんだ。だからちょっとやり過ぎて悪行ポイントを稼いでも、犯罪にはならない」

そんな都合よくいくもんかなぁ

 

「これで残るはオルガに200と6号に300。切り札級の装備には200は残しときたいところだが」

 

それを聞いた6号は嬉々として言う

「じゃあ100ポイントは好きに使っていいって事だよな、何呼んでやろうか」

「切り札ってのは何があるんだ?戦車とかビーム兵器とかか?」

 

「なんでもあるぞ。

森の植物に寄生して全部枯らし、最後には自分も死滅する生物環境兵器。

太陽光を使ってレーザーを生み出し、圧倒的な制圧力を持つ巨大虫メガネ。

超エネルギーで杭のような物を打ち出すことで、高い貫通力を誇る準禁止兵器。

電子部品に影響を与え、連鎖的に崩壊させる事で都市や宇宙基地を壊滅させるミサイル……」

と、アリスの口からヤバそうな兵器が次々に語られる

「あれ?もしかしてキサラギってかなり危険な組織なんじゃ」

「なんで古参のお前が驚いてんだよ……。というか一つはなんか聞いたことあるような……」

 

「他にも毒ガスやら巨大電子レンジやらいろいろとあるが。まぁ、そこまでの物は今のポイントじゃ呼べんな。対戦車ライフルか、TNT火薬の無誘導ミサイル程度がせいぜいだろう」

「ま、ヒーローじゃなくて魔王軍相手ならそれでも充分だな」

「おう、魔王軍の進行ルートは割り出してあるから、明日は地雷埋めに付き合ってもらうぞ」

 

 

 

翌日

 

俺達が朝から地雷埋めに性を出してから街へ帰ると、なにやら不穏な空気に包まれていた

誰も彼もが憔悴したような顔で青ざめ、中には嗚咽を漏らすものまでいる

「いったい何があったんだ?」

「こりゃ相当な何かがあったな。謎の変質者が出たときでも、ここまで街の空気は悪く無かったぞ」

「なぁ。もう忘れたいからやめてくんない?」

 

 

変質者として肩身の狭い俺達を路地裏で待たせ、情報を収集してきたアリスの口から状況が伝えられる

「自分が仕入れてきた情報によると、勇者は魔王軍四天王の一人、風のファウストレスとやらにランダムテレポートという魔法で道連れにされたらしい。この魔法はどこに繋がるか使用者にもわからないトンデモ魔法らしくてな。まぁ確率からいって生存は絶望的だな」

 

「マジでか……。でも勇者ってのは予言まであるたいそうな存在なんだぞ。けろっと帰ってくるんじゃねぇか?」

「どうだろうな…。まぁ俺達も同じような目にあっているかもしれないわけだし、こっちは確立の高い転送で助かったぜ」

 

「………………そうだな」

そんな6号の言葉を聞いたアリスは少し固まってから答えた

「なぁ、今の間は何?」

「…本当に他人事じゃなくなってきたな」

次にキサラギの幹部にあったら、特にリリスに対しては、組織の幹部の有り様について説教してやりたい

 

「しかし、このまま勇者が戻って来ないとして、この国は大丈夫なのか?」

 

「……無理だろうな。単純に敵幹部クラスの戦力を失っただけじゃない。この国にとって勇者は最後の希望なわけだから、その勇者が不在とあっちゃ魔王軍には追い風だし、この国にとってはお通夜日和だ」

「なんとかならないの?」

「ならないな。そもそも自分らの作戦に、膠着状態は必須の条件だ。今となっちゃ、魔王軍は是が非でも王都を落とそうとしてくるだろう。この国は戦力としても劣っているし、何度か防げても焼け石に水ってヤツだ」

 

そんなアリスの分析を聞いて、俺達は顔を見合わせる

 

今の俺には、6号とアリスが何を考えているか手に取るようにわかる

……正直、わかりたくないし、外れてほしい

 

しかし、現実は非情だ

 

 

「「バックレるか」」

 

6号とアリスは潔く諦めた

 

 

 

 

 

「おいお前ら!せめてもうちょっと悩んだり葛藤したりとかあるだろ!」

俺は荷物を纏めて退散しようとする6号とアリスを引き止めていた

グリムにあんなこと言った手前、これで早々に逃げ出しては格好がつかないし、あいつらを見捨てるなんて事は………

「お前アリスの話を聞いて無かったのかよ!この国はもう終わりなんだよ!」

そんな事を自室から叫ぶ6号

 

「っ!お前、自分が情けなくねぇのかよ!」

「情けねぇよ!女子供が命かけて戦おうってのに逃げ出そうとしてる自分がよ!」

俺がたまらず叫ぶと、6号も部屋から飛び出して叫んだ

 

6号も逃げたくは無い

 

そんな事は俺にだってアリスにだって、当然本人にだってわかっているはずなのだ

 

だが当人はまだ意地を張っている

 

「だったら!命張って戦ってやろうじゃねぇか!」

 

「………っぬぅあぁあ!!!」

俺の言葉に、頭を抱えて悩む6号

あと一押しだという瞬間、俺達の家のチャイムが鳴った

 

「うるせー!こんな忙しい時にどこの誰だ!」

6号が肩を怒らせて玄関のドアを開けると

 

「お久しぶりです6号様。お話があって参りました」

そこには、多数の兵士を連れたティリスが、笑顔で立っていた

 

 

スパイとして追われた俺達に、王女様直々に何の用かと思ったが、俺達を他国のスパイだと知った上でのお願いだった

一応、俺達が他国のスパイではないかと以前から探ってはいたようだ

しかし、本気でこの国のために戦う様子から俺達をただの魔王軍のスパイとは考えなかったようだ

そして、他国の人間なら、グレイス王国の最後をその目で見て、自国に帰った後に、魔王軍の脅威とグレイス王国の生き様を伝えて欲しいとのこと

 

そんなティリスの切なる願いを聞いてはさしもの6号も折れるしかなく

結局俺達は城に戻って来ることになった

 

6号が承諾した際、ティリスの口元が少しにやけた気がするがきっと気のせいだろう

王女とはいえあんな年端もいかぬ少女なのだ

さすがに6号が土壇場で断れないお人好しと踏んで迫ったわけでは…

 

 

 

「あ!隊長だ!」

「あら、聞いたわよ。隊長達ったらスノウのセクハラに耐えられなくなって辞めたんですって?」

「お前たち!それはこいつのデマだ!」

城のバルコニーで明日の事を考えていると、元隊員達がやって来た

明日の打ち合わせや訓練があるだろうに、わざわざ抜けて来たのか

何より、ロゼとスノウも元気そうで何よりだ

 

変わらない様子の三人を見て、6号が言う

「お前らも明日はヤバくなったら逃げろよ」

そんな6号の台詞を聞いたスノウは、何を言うかといった顔で俺達へ向けて宣言する

「バカを言うな!我々は誇り高き近衛騎士団、逃げるくらいなら玉砕を選ぶ。そうだろうお前たち!」

 

「「えっ」」

 

「おい。えっ、て言ったぞ」

スノウが震えながら二人を見る

だが当の二人は俺と6号の方を向いて言う

「あ、あたしはもっと強いキメラになるために、こんなところじゃ死にませんよ!」

「わ、私もよ!生き残って、絶対素敵なお婿さんを見つけるんだから!」

「お、お前たち……!」

スノウが愕然とした表情を見て、6号が鼻で笑う

「へっ、裏切られてやんの」

 

それを見たスノウは顔をひきつらせて6号に詰め寄る

「くっ、貴様!ティリス様に言われたからといって、あの事が許されるわけでは無いぞ!」

 

「なんだぁ?いつまでもケツの穴の小さいヤツだな……。おい止めろ!剣を抜くな!明日魔王軍が来るんだぞ!味方同士で争ってどうすんだよ!」

そうしていつもの喧嘩を始めた6号とスノウを見て

ロゼとグリムは楽しそうに笑った

 

 

その晩、部屋は他にも空いているはずなのに、何故か四人全員が、以前俺達が寝泊まりしていた部屋に押し込まれた

「なぁ、明日はどうする?」

6号がそんな事を聞いてくる

 

「俺は前線に出ようと思う」

「………」

ミカが抗議の視線を送ってくるが、それを目で制する

 

「本気か?もし戦闘が始まれば、前線から離脱するのは困難だぞ」

「あいつらが中央に構えるらしいからな。ここまで来たら、見捨てるなんてできねぇよ」

 

「心配すんな。いざとなったらあいつらも連れてなんとか逃げてやるよ」

「そんな心配してねぇよ!……ただ、キサラギ社員を置いて行くのが嫌なだけだ!」

「それ、対して言ってること変わんねぇぞ?」

「うるせぇ!」

結局6号も、ただの良いヤツって事だ

 

「ミカ、お前は?」

「……オルガが前に出るなら、俺も出るよ。あいつは俺が殺らなくちゃ」

あいつとは、あの黒いモビルスーツの事だろう

ミカが一度倒した相手とはいえ、あの時も本当にギリギリの勝負だった

今のミカも、あの時より腕は上がっているが、それでも油断ならない相手だ

下手をすればまた………

 

 

「さすがにオルガ達を前線に放置するわけにはいかねぇよ。ギリギリまで城で待って、旗色が悪くなったらスノウ達を回収に行け。自分と6号は城から援護する」

 

いつものようにアリスが纏め、俺達はそれに頷く

 

こうして、俺達はこれが最後になるかもしれない作戦会議を終えた



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激闘と死

 

 

魔王軍が攻めてくると思われる日の朝

俺達四人はティリスの部屋に集まり、その時が来るのを待っていた

 

「6号様。敵はどのように動くのでしょう……」

ティリスはバルコニーから街の入り口で構える騎士団を心配そうに眺めながら聞いてきた

 

 

「本当だって!ユニコーンが角でスカートを捲ってたんだよ!あれ絶対中におっさん入ってるって!」

 

だが当の俺たちはユニコーンの正体の話で持ち切りだった

 

「本当かぁ?確かに若い女ばっかり乗せる変な馬だと思ってたが……」

「そもそもユニコーンなんて神話の生き物がなぜ存在するのかが疑問だな。魔法やら呪いやら、不条理極まる現象もだ」

相変わらずの魔法アンチを見せつけるアリスに対し、ティリスがおずおずと言う

「…魔法なら、簡単な物ですが私にも扱えますよ?」

「マジ?見せて見せて!」

「それは自分も興味あるな」

もう魔王軍の事など半ばどうでもよくなった6号とアリスが食い付くようにティリスの手元に集中している

 

それにしても、魔王軍は来るのがやけに遅いが地雷源で足止めを食らっているのだろうか

 

 

 

 

グレイス王国との国境付近に、魔王軍の軍勢が終結していた

圧倒的な数を誇るオークやゴブリンに、屈強なオーガやさまざまな魔獣、10を越える数にまで増産されたゴーレム

そしてそれを率いるのは魔王軍四天王の炎のハイネと地のガダルカンド

この布陣を見て、震え上がらない人間など居ないと言ってもいい

 

「さぁお前たち!今こそあの国を我々の支配下に置くときだ!人間共に、魔王軍の恐ろしさを思い知らせてやれ!」

グリフォンに乗り、上空から部下達をそう鼓舞する

そう言いながら、あの男達の顔が浮かんだが、もう敵ではないと考え直す

 

「おいハイネ!俺のゴーレム達は必要だったか?もう勇者もいねぇんだ。お前らだけでも十分だろ」

「油断するなよガダルカンド。勇者がいなくても、あたしを出し抜いたヤツらがいるんだ。正直、あたしは勇者よりあいつらの方が厄介だと思うね」

 

「俺のゴーレムをぶっ壊したヤツらか。おいハイネ、そいつは俺に…」

『いいえ!彼らの罪は私が祓わねばならないのです!!』

ガダルカンドの言葉に割って入るのは、つい最近魔王軍に入ったばかりではあるものの、その力で戦果を挙げ続けている謎のゴーレムモドキ

一応の上司はあたしなのだが、名前がアインという事しか知らない

会った当初は少し言動が不安な奴程度の認識だったが、あの6号達……いや、オルガとあの小僧にあってからの取り乱し方は異常なほどだった

 

「……また同じ事言ってやがる。ここまで話が通じないのは獣人以下だぜ」

ガダルカンドが呆れながら言う

幅を効かせているアインを最初は忌々しそうにしていたガダルカンドも、最近ではもう制御しづらい獣のような認識でいる

 

『ハイネさん。あなたには感謝しています。私に、彼らともう一度戦う機会をくださったこと、一生忘れません』

そう言って金属で造られた無機質な頭を下げるアイン

本来のアインは礼儀正しい男なのだろう

自分の事を気にかけてくれる、あたしや魔王軍の兵士に対して礼節を欠かす事は無い

だが、その口から語られるのは常に、正義、正しさ、清廉さについて

 

そしてある二人の名前だった

 

「…なぁアイン。あんたはあいつらに……」

アインがあの二人を憎む理由は何なのだろうか

何度も聞こうと思ったが、何かを思い詰めてうわ言のように繰り返すアインを見ると、いつもそれ以上何も言えなくなってしまう

 

『今こそ、クランクニ尉の無念を晴らす時…。見ていてくださいクランクニ尉!ボードウィン特務三佐!私は………!』

 

 

 

 

 

 

 

もう日も暮れるかといった頃

 

「魔王軍が来たぞー!」

 

そうか、来たか

 

「第六騎士団は前へ出て敵を撹乱しろ!対ゴーレム部隊は第三騎士団の後ろへ!弓隊は城壁の上で待機!」

 

部隊へ次々に指示が下され、各々迫り来る魔王軍の軍勢と戦闘を開始する

 

自分達の隊が配置されているのは陣形の最奥だが、そこからでも最前線の戦いが見てとれるほどの数しか騎士は存在しない

対する魔王軍は、地を埋め尽くすほどの数と、天に昇るほどの大きさのゴーレムを引き連れ、こちらへ雪崩れ込んでいた

 

この戦いで私は死ぬのだろうな

 

スノウがそんなことを考えている間にも、次々に騎士団の後退や壊滅の知らせが届く

 

「スノウ殿!第四騎士団が破られました!」

伝令がまた新たに悪い知らせを伝えてきた

「な…、まさかこんなにも早く!?まさか四天王か!?」

「そ、それがその相手というのが……」

そう伝令が言った瞬間、背後で数人の騎士が宙を舞った

一瞬、何が起きたのか分からなくなったが、吹き飛ばされた騎士が地面に激突する音で目が覚める

倒された騎士は鎧ごと一太刀で打ち上げられたようで、皆即死だった

この攻撃力はオーガ以上の……

 

騎士達を吹き飛ばした方向から、何体ものゴーレムがこちらへ向かってくる

 

「6号はどこだ!あいつを出しな!!あの男ッ!生かしちゃおけない!!」

『隠れていないで出てこい!貴様らの悪行もこれまでだッ!!』

 

そう言って騎士団の中に割って入ってきたのは、ゴーレムの肩に乗って火弾を構えるハイネと、二本の斧を振り回す黒いゴーレム

なぜハイネの服がぼろぼろなのか気になるが、ただならぬ二人の剣幕に騎士団はじりじりと後退していく

 

これ以上前線を下げれば街へ侵入される…

剣を抜き、ハイネを乗せたゴーレムの前に立ちふさがり言う

「6号達はここには居ない!貴様らの相手は我々だ!」

 

それを聞いたハイネは私を一瞥し、鼻で笑いながら言った

「お前らじゃ力不足なんだよ!アイン!こいつらを血祭りに上げて、あのバカ共を引きずり出しな!」

『お前たちもこれ以上罪を重ねる前に!私の手で引導を渡してやるッ!!』

 

そう言ってこちらへ向かってくるゴーレム達の前に騎士達が立ちふさがる

そこで少し足を止めたゴーレムに対し、グリムが人形を手にしながら叫ぶ

「偉大なるゼナリス様!この石人形に災いを!足裏を地に縫い付けられるがいい!」

呪いを掛けられたゴーレムの足が動かなくなり、そこへハンマーを持った対ゴーレム部隊が追撃を加える

しかし足を止めたとてゴーレムの怪力と頑丈さは健在であり、なかなか無力化出来ずにいる

 

6号と三日月は数秒で決着を着けたというのに

 

「ちっ!それ以上はやらせるか!お前たち!あの術師を狙いな!」

ハイネの指示を聞いた黒いゴーレム…アインが騎士達をなぎ倒しながらグリムの元へ近づいていく

そこへロゼが勢いよく飛び掛かる

 

「やらせません!」

しかしそれをいとも容易くかわす黒いゴーレム

その動きは一瞬本物の人間のような滑らかさを見せた

見れば見るほど、その動きは三日月そっくりだ

もしあいつらが他国のスパイなら、魔王軍に協力者がいてもおかしくはない

そう少しでも考えてしまった自分に嫌気がさす

 

『クランクニ尉……。あなたが命を掛けてまで救おうとしたというのに……。彼らは今なお、自らの罪に気付かずに、この世界にさえ汚れた影を落としている……』

「…っ!!」

また何かぶつぶつと呟き始めた黒いゴーレムがロゼの足を掴みんで持ち上げ、宙吊りにする

 

『全ては私が至らぬゆえ……あなたにも、ボードウィン特務三佐にも、会わせる顔がありません……』

「ロゼ!」

 

『私は今度こそ!今度こそッ!!彼らの罪を祓って見せます!それが私の……私に残された最後の………!!』

そう叫びながら黒いゴーレムがロゼに向かって斧を振り下ろそうとした瞬間

その胸をめがけて、ロングソードが突き立てられた

 

「どいてて」

 

「待たせたなお前ら!」

 

そこに現れたのは、いつもの鎧を身に付けた三日月と、見たこと無い武器をいくつも担いだオルガだった

 

 

 

 

その少し前

 

 

 

 

「6号様…。そろそろ……」

バルコニーから騎士団の戦いを見ていたティリスが、6号を見つめて言う

「いよいよか……。んじゃ、予定通りにやるぞ」

「おう、こっちは任せとけ」

俺と6号は互いに拳を合わせて立ち上がる

 

そんな俺たちを見たティリスは首をかしげた

「6号様…?あなた方には脱出の準備を……」

 

「分かってるよ。でも、うちの副隊長は仲間を見捨てられないお人好しなんだよ」

「ああ、それにうちの隊長も、あんたを放っておかないお人好しだよ」

そう言って、俺と6号はお互い口元をにやけさせる

 

 

そして俺とミカは、見張りも出払った城を飛び出し、戦闘が続く街の入り口へと急いだ

 

 

 

 

 

 

 

「副隊長!?あなた、ティリス様の護衛はどうしたのよ!」

「そうだオルガ!貴様らはティリス様からなにやら任務を与えられていただろう!」

 

「ああ、それなら今6号が遂行してるよ!俺達の仕事は……てめぇらをぶっ倒す事だ!」

そう言って、ゴーレムの上に立ちながらこちらを睨み付けるハイネを指差す

当のハイネは怒りを目に滲ませながら憎々しげに指を指し返す

「やっと姿を見せたね……。オルガとか言ったな?ずいぶんとちょこざいな真似をしてくれたじゃないか。あたしの魔導石をエサに、よくもやってくれたね!」

ちょこざいな真似ってのは6号がやった、ハイネの魔導石を囮に使った爆弾罠の事か

ハイネの服が所々破れている理由に合点がいった俺は、ハイネに向かって言う

「あんなもんに引っ掛かる方がマヌケなんだよ!」

 

それを聞いたハイネは、両手で大きな炎の弾を作り出しながら言う

「…良いだろう!6号より先に、お前から地獄に送ってやるよ!」

そんなハイネに向かって、グリムがペアリングと人形を手に叫ぶ

 

「偉大なるゼナリス様!あの女に災いを!炎の魔術を永続的に封じられるがいい!」

 

「………っ!」

呪いの内容を聞いたハイネが青ざめながらゴーレムを盾にする

さすがに今の呪いはかなりの圧力になったのか、ハイネはそのままこちらの様子を伺っている

「いいぞグリム!そのまま……」

 

「あんたみたいな男の目を集める淫売が、私は一番嫌いなのよ!もう少しだけ勇気があれば反動を覚悟で乳がもげる呪いを掛けてやるのに!!」

 

怒りで全身を震わせながら、とんでもない事を口走るグリム

それを見たハイネはますます萎縮して完全にゴーレムの影に隠れてしまった

「ひ、人を淫売呼ばわりすんな!」

いや、お前もその格好でそれは無理があるだろ

 

ハイネが俺たちに苦戦していると見て

それまで退屈そうに上空を旋回していたガダルカンドが、グリムの脇へ降り立った

「何遊んでんだよハイネ!とっととその女を……あん?お前、このあいだ……」

「とりゃー!!」

グリムを見て首をかしげるガダルカンドめがけて、ロゼが跳び蹴りを放った

しかしそれはガダルカンドの強靭な鎧の前に阻まれ、当のガダルカンドは忌々しそうにロゼを睨み付ける

 

「なんだてめぇ……!」

 

口調を荒げさせたガダルカンドが無造作に棍棒を振るい、空中で身動きの取れないロゼの体を吹き飛ばす

ロゼの体はそのまま勢いよく街の外壁に激突し、ぶつかった周囲の石とともに地面に転がった

 

「おいガキ、混じり物のてめぇでも、俺に勝てねぇのは魔物の本能で感じ取れるだろ!俺の邪魔すんじゃねぇ!」

そうガダルカンドが宣言するが、ロゼは血の滴る頭を押さえながら立ちあがって、ガダルカンドを睨み返す

 

「か、勝てなくても、怖くても……見習い戦闘員は戦わないわけにはいかないんです……それに、お爺ちゃんの遺言で、仲間は見捨てるなって言われてるんです!!」

 

そんな台詞を言いながら、ロゼは再びガダルカンドめがけて飛び付いた

 

 

 

『以前のようにはいかないぞ!この忌ま忌ましい悪魔め!!』

「そっちの方が悪魔じゃないの?」

黒いモビルスーツが投げつけた斧をいなしながら、懐に入り込んで切り上げる

『おのれ!いつまでもギャラルホルンをコケにしてッ……!!』

だが相手はそれをかわし、足裏をドリルに変形させてぶつけてきた

 

『クランク二尉は貴様らに救いの手を差し伸べてくれたはずだ!なぜ拒んだ!!』

「そんなのあんたらの理屈でしょ!」

 

戦いに集中したくても、さっきから相手がうるさい

前はこんなに声は入ってこなかったのに

 

「お前達のせいで、こっちだって何人も死んでる」

『クランク二尉は!私のような圏外圏出身の者にも差別せず!お前たち子供と戦う事に反対し!最後まで部下の事を考えて行動してくれた!!そのクランク二尉をどうして!!』

 

黒いモビルスーツの頭部が、まるで目を見開くかのように割けて、大きな赤いカメラアイがこちらを睨み付ける

 

『どうして殺したあぁぁぁぁ!!』

 

 

 

 

まだか6号……

 

俺はライフルと手榴弾で迫り来る魔物を倒しながら、6号からの報告を待っていた

ティリスを連れて街から離れるだけなのに、なぜかこんなにも時間がかかっている

そろそろスノウ達を連れて離脱しないと……

「おい!あともう少しだけ持ちこたえろ!そうすりゃ、6号がティリスを連れて離脱出来る!」

「でも、このままじゃ押し切られるわよ!」

既に騎士団は半壊し、魔王軍は続々と街への入り口に向かって来ている

 

「おい6号!そっちは今どんな状況だ………!?おい6号!?」

無線で6号に呼び掛けるが、応答が無い

6号だけならふざけんなで済むが、何故かアリスにも繋がらない

 

まさか、何者かに妨害されてるのか?

 

あるとするならあの黒いモビルスーツのエイハブウェーブの可能性が高い

だがミカのバルバトスからは、そんな弊害は受けていない

 

似ているのは外見だけで、構造は違うのか

 

 

一応、交信が不能になった場合や、非常事態が起きた場合はアリスが何らかの方法でこちらに伝えると言っていた

だが、城の周辺に変化は見られない

何かあったのか……?

 

「くそっ!……おいスノウ!どうした!?」

 

スノウはうつむき、ただそこに立っていた

 

拳を握り締め、唇を噛んで血を流しながら

 

「……私は無力だ。お前たちに、さんざん誇り高い騎士だ何だと言っておきながら、結局一介の騎士同然の働きしかしていない」

 

スノウの独白は続く

 

「ロゼやグリムを厄介者扱いしておきながら……お前たちを追い出しておきながら……私は何も………!」

 

とうとう握る拳からも血が滲み出る

 

「悔しい……!!不甲斐ない自分が……!!こんな事で忠誠を誓った国を滅ぼされる事がッ………!!」

そう言ったスノウは、今にも泣き出しそうな顔で俺を見た

 

「だったら……する事は一つしかねぇだろ!」

そう言って俺は城を指差した

 

スノウには愛馬ユニコーンがいる

 

俺達より早く城にたどり着けるだろう

 

「行って、6号とアリスを連れて来い!ここまでくりゃあ、あいつだって覚悟を決めるだろうよ!!」

 

「行きなさいスノウ!」

「スノウさん!」

グリムはハイネと、ロゼはガダルカンドと対峙し、背中を向けたままスノウに言う

 

 

「……………感謝する!!」

スノウは目尻に涙を浮かべながら、ユニコーンにまたがって城へ向けてユニコーンを走らせた

 

「よしミカ!スノウが6号を連れてくる!それまで耐えろ!」

そう言って目の前に並んだ強敵達に向かい合う

 

「今さらあの小僧一人にすがって何になるってんだ?お前らはもう終わりなんだよ!」

 

「結局あいつも、あたしが見込んだ通りの男って訳かい!でも、楽には死なせないからね!!」

 

『ネズミの悪足掻きもこれで終いだ!!せめて死ぬ前に己の罪を数え、懺悔しながら死ねッ!!』

 

 

 

 

グリムはハイネを呪いで牽制しながらこちらへ進み続けるゴーレムの足を止め、ロゼはガダルカンドとその部下をくぎ付けにし、ミカは黒いモビルスーツと一騎討ちをしている

敵の幹部級はこれで全員止めているが、それでも魔王軍は依然として圧倒的な数でこちらへ向かってくる

 

このまま続けていると本当にまずいぞ6号…!

 

 

 

『しぶとい奴らめ……!!』

黒いモビルスーツが、肩部からミニガンを展開し、ミカに向かって撃ち込んだ

組み合いながらの射撃は、命中はしなかったものの、放たれた弾はグリムの周囲に着弾し、グリムの注意が一瞬だけハイネから逸れた

 

「貰った!!」

それを見逃さなかったハイネが、炎の弾をグリム目掛けて投げつけるが、すかさずロゼがそれを叩き落とした

だが、そんなロゼを今度はガダルカンドが掴み、地面に向かって叩き付ける

「甘ぇんだよ!半分魔族の癖によ!!」

 

 

そのまま飛び込んできたガダルカンドの棍棒が、グリムに振るわれる

 

「あ………」

 

 

俺は叫ぶより早く駆け出してその間に割って入った

 

「グリム!!」

 

 

 

横凪ぎの一撃が体を打ち、激痛が全身に走る

 

本来の狙いだったグリムは、俺の体と共に車椅子から吹き飛ばされ、地面に転がった

 

 

「副隊長……!そんな……!!」

地面に突っ伏していたロゼが叫ぶ

 

「へっ!相変わらず人間ってのは貧弱だなぁ!てめぇも一緒に死んでやれよ!!」

そう言って、ガダルカンドが地べたを這うグリムに棍棒を振り下ろそうとした時

 

ガダルカンドの背後で、ゴーレムが音もなく四散した

 

いや、音がなかったのではない

音が遅れていた

 

「………っ!?何だこりゃあ!!」

ガダルカンドが驚愕している間にも、ゴーレムは次々と粉々に粉砕されていく

 

「おいハイネ!いったいどうなってやがる!」

「ゴーレムが一撃で……!でもさっきのヤツとは違う……これは攻撃だガダルカンド!!城の方角から攻撃されてる!」

狼狽えるガダルカンドに、ハイネが城へ目を向けて答える

「城だぁ!?あんな遠くからどうやって……!!くそっ!お前ら!俺に着いてこい!」

ガダルカンドは城の敵を最大の脅威と見なしたのか、グリフォンに乗ったハイネと自身のお供をつれて城へ飛び去っていった

 

 

 

「副隊長…!!」

胴体から血を流す俺を見て、グリムは叫び、ロゼは呆然と立ち尽くしていた

 

そんな二人の仲間に、俺は小さく笑いながら言う

 

「…なんて声、出してやがる……」

 

「……どうして!?私は死んでも大丈夫なのに!!何で庇うような真似を………!!」

声を震わせながら言うグリムの前に、俺は膝を押さえながら立ち上がった

 

「俺は鉄華団団長、オルガ=イツカだぞ……こんくれぇ何て事ねぇ………」

そうだ…アリスなら、このぐらいの傷…応急手当てでなんとか……

「そんなこと………!!」

地面にまで血を流す俺を見て、グリムは目に涙を浮かべる

 

「鉄華団の団長として……もう仲間は見殺しにしねぇ………

それに、お前言っただろ……死ぬのは辛いって………!

何回死んでもいいって…

死ぬのは辛くねぇみたいな顔しても……

死ぬのが大丈夫な訳ねぇだろうが……!」

「…………っ!!」

俺の言葉を受けたグリムはとうとう目から涙を流す

 

 

「いいから行くぞ……あいつが……6号が待ってんだ………」

 

 

すまねぇミカ、お前ら……

 

俺はやっぱり、お前らがいなきゃ何も出来ないただのガキだった

 

お前らにまた会えるかと思ったが……それはできなかったな………

 

それでも…俺は……鉄華団の団長として………お前らに胸張れるように……最後まで…仲間を………

 

 

「お前らが止まらねぇ限り……その先に俺はいるぞぉ!!」

 

 

だからよ……

 

止まるんじゃねぇぞ………

 

 

 

目の前がどんどん暗くなっていく

一度目の死の瞬間を、思い出すことすらできなかった

 

 

 

 

 

目の前で起きた光景に、三日月・オーガスは一瞬我を忘れそうになった

 

 

「…………!!」

 

 

オルガが死んだ

 

以前のように、目の届かないところでは無く

目の前で、手の届く近さで死なせてしまった

 

怒りが自分の中を、バルバトスを駆け巡るのが分かる

 

「バルバトス…お前の力を……オレに………!!」

 

そこまで言ってから思い出す

 

あの日オルガに言われた言葉

 

 

 

 

今度は無理はするなよ

 

 

 

 

「…オルガの命令……だけど…!!」

 

歯がゆさと苛立ち

 

自分で自分を制御できなくなっていくのが分かる

 

『これで残るは貴様だけ……!貴様を倒し!貴様らの罪祓い切る!!』

 

「………うるさいんだよ、お前!!」

 

 

攻撃を返すが、感情的になった単調な攻撃は易々と防がれる

 

『終わりだ!!』

「………っ!!」

振り下ろされる斧を頭に受けながら、バルバトスからリミッター解除のデータが送られる

 

ごめんオルガ

 

オレ………

 

 

バルバトスが潜めていた野生を解放しようとした時、急に黒いモビルスーツの動きが止まった

 

「…………………!?」

 

『バカな……あれはハイネさんの停戦信号…!?』

 

その見つめる先には、いくつかの色の違う炎が空へ向かって打ち上げられていた

 

『……つくづく運の良い奴めッ!!』

それを見た黒いモビルスーツは、構えていた斧を地面へと振り下ろし憎々しげに叫ぶと、他の魔物と共に撤退していった

 

それを追撃するでもなく、三日月・オーガスはただ眺めていた

 

 

オルガを守れず

 

オルガの命令も守れず

 

 

「オレはッ…!」

 

 

まだ弱い……!

 

 

 

 

 

騎士団の生き残りと共に戦場に散らばる無数の死体を眺めていたロゼが、キメラの再生力で治した頭の傷から手を離しながら言う

「グリム……あたしたち、勝ったの………?」

 

「…ええ、きっと隊長が何かしてくれたのね」

動かなくなった一人の男を膝にのせ、震える声を抑えながら答える

 

 

「グリムのせいじゃない…あたしが……」

 

背中にそっと置かれるロゼの手

 

「…………っ!!」

 

目から溢れ続ける涙を両手で押さえる

それでも涙は止まらず、顔を押さえる指の隙間から噴き出した

 

 

 

もう一度、自分の膝で横たわる男の顔を見る

 

どこまでも優しくて

誰よりも仲間思いで

死ぬのだって怖くなくて

 

それでもどこか子供な男

 

みんなに慕われる自分達の副隊長

 

 

 

両手でその頭を持ち、その額と自分の額を合わせ

 

 

「…偉大なるゼナリス様……!この愚かなる信徒の名において!どうか…!どうかこの男に災いを……!」

 

 

願わくばこの呪いが

 

 

「不死の呪いに、掛かるがいい!!」

 

 

彼にとっての祝福になりますよう─────

 

 



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少年兵、復活します

真っ白な空間

 

白い部屋ではない

 

地平線と呼ぶべきか、彼方の果てまでが全て白で塗られた不思議な空間に俺は立っていた

 

 

ここは天国か何かか……?

 

 

「ようこそ、オルガ=イツカ。私は不死と災いを司る神ゼナリス」

 

目の前に現れた女?が言う

 

輪郭も表情も、何故かぼやけていてよく見えない

 

なぜ女だと思ったのかもわからない

 

「オルガ=イツカ……今こそ、我が忠実なる信徒と、我が名において、あなたに不死の呪いを……………えっ待って」

その女は俺に手をかざしたかと思うと、急に声のトーンを落として言った

 

「え、何これ………何なのこの力は…………ええっ!?本当に何なの!?」

そう言って驚愕する女

 

「な、なぁ……俺がどうかしたのか?」

不審に思い尋ねる

 

「ね、ねぇあなたもしかして前世は神だったりするの?私の力が介在する余地が無いくらい、信仰に似た力が溢れてるんだけれど!」

 

「えっ?」

 

「これはある種のミーム……?いや、もはや宗教だわ!これなら不死くらい簡単に身に付けられるじゃない!!」

 

 

………は?

 

 

「お、おい!それっていったいどういう事だよ!」

 

「私に聞かないでよ!ああもう面倒くさい!またあの女神の仕業!?チート能力は配りすぎるなって言ったのに!!もうあなたには関わりたくない!出てって!!」

 

そう言ってその女がパチンと指を鳴らすと、俺の体は下に向かって引っ張られて落ちていく

 

「ちょっ!おい!待てよ!!」

 

「力はあげるからうちの信徒によろしくね!あと代償も要らないわ、あなたとは関わらない方がいい気がするもの!!じゃあ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「………っ!」

 

おかしな世界から帰還し、目を覚ました俺の眼に映ったのは、何か薬を手にしたアリスだった

 

「お、起きたか。また無茶やらかしたじゃねぇか」

 

 

「……なぁ、俺は死んでたのか?」

アリスに尋ねる

未だにさっきのことは信じられない

もしかしたらあれは単なる夢で、俺はかろうじて助かったのかもしれない

 

「おう、バッチリ死んでたぞ。自分の検査だから間違いない」

「マジかよ……」

死んだ事があるとはいえ、これはまだ二回目だ

さすがに死ぬことに慣れたくは無いが、一回目より明らかに落ち着いている自分が怖い

あいつが本当にゼナリスだとしたら、俺はグリムと同じ力を手に入れた事になる

何の力も無しにいきなり神に会えるとは思えないしな…

もしかしてグリムが俺に……?

 

ふと思ったことを尋ねる

「あれから何日経った?」

「まだ一ヶ月しか経ってねぇぞ」

「あのなぁアリス。機械のお前と違って、人間にとっては一ヶ月ってのはそれなりに長い時間なんだぞ」

そんな俺に、アリスは少しうんざりしたように答える

「わかってるよ。一ヶ月の間、毎日毎日ここにあいつらが来てたからな」

 

そのアリスの台詞に、ひとまず俺以外は無事だと分かって安心する

「そうか…全員無事か……」

 

俺が枕に頭を埋めて一息吐くと、廊下から6号の声が聞こえてきた

「おいアリス、オルガはまだ起きねぇのかー?今日起きなかったら顔に八裂きミート君ペイントを……」

部屋に入るなり、俺を見て固まる6号に声をかける

 

「よぉ、元気そうだな」

 

「っ………!!心配かけさせやがって!!」

 

俺の言葉に、6号は嬉しそうに笑った

 

 

 

 

それから、俺が死んでからの顛末が説明された

 

ガダルカンドを倒し、ハイネに一ヶ月間の休戦協定を持ちかけた事

6号は調子に乗ってポイントがマイナスになるまで武器を呼んだために、今は地球へは帰れない事

そしてその事を隠すために、この国に戦闘員を派遣する計画を提出し、ポイントがプラスになるまで6号をこの星に置いておく事

などなど……

 

「なるほどな……。まぁ大体の状況は分かったよ」

 

俺の言葉に、アリスが驚いて言う

「すげーなお前。6号がスノウのパンツ下ろした事も理解できたのか」

味のある表情のアリスに、俺もなにいってんだと肩をすくめてから言う

「んなわけねーだろ。プラスにするポイント稼ごうと、うちの隊員を剥こうとして取っ組み合いの喧嘩になったことも意味わかんねーよ」

 

6号は反省していない顔だが、そんな6号のおちゃらけさが今はありがたい

 

そういえば……

 

「……なぁ、そういやさっき俺の顔に落書きしようとしてたが、他には何もしてねぇだろうな」

 

そんな俺の質問に、6号はわざとらしく目をそらした

 

「おい、何した」

俺が6号に掴みかかると、アリスは呆れるようにため息を吐いて俺の下腹部を指差した

 

ズボンを下ろして確認するとそこには

 

 

と書かれていた

 

「これをやったのは……」

声を低くして聞く俺に、アリスが答える

「6号だぞ」

 

俺は病み上がりの体に鞭を打って、6号と全力の追い駆けっこを繰り広げた

 

 

 

 

 

 

6号を捕まえて、仕返しに同じ位置にバエルソードと書きなぐって満足した後

俺は、ミカがいつもトレーニングをしているアジトの裏庭にやって来た

 

「ミカ!ここに居たのか」

「オルガ……!」

俺が声をかけると、ミカは嬉しさと安心の入り交じった顔をして小さく笑顔を見せた

「オルガ…オレ……」

「いいんだ、ミカ。別にお前のせいじゃねぇよ」

 

 

俺が横に座ると、ミカは少しうつむいてから言った

 

「オルガ……オレ決めたよ」

 

決意を秘めた顔でミカが言う

 

「あいつはオレが倒す」

 

こうなったミカを止められる奴は居ない

 

「分かったよミカ。けど……」

「無茶はするな……でしょ?」

「……ああ」

 

今のミカと俺なら、きっと同じ過ちは繰り返さない

 

 

 

 

 

やることがあるからお前も同席しろとアリスに呼ばれ、ミカと共にアジトの地下室にやって来た

そこには6号もいた

「おし、全員集まったな」

俺たちを見て、アリスが立ち上がって何かを準備し始める

 

「集まったは良いが、何すんだ?」

アリスは俺の質問に答える事なく、目の前の機械に掛けられた布を外した

それは、地球からこの星へ来るときに乗せられたものとまったく同じカプセルだった

 

「そういや一ヶ月経ったんだもんな。転送装置が使えるようになったのか」

「ああ。これからは、こいつでじゃんじゃんうちの戦闘員を連れてきて、こっちの侵略を手伝わせられるぜ」

そんな6号の言葉に、少し不安になる

 

「一応こっちの連中との相性もあるし、まだ基盤も安定してねぇんだ。そんなにヤバい奴は呼ばない方が……」

「心配すんな。誰か決まってるのは一人だけだが、そいつ含めてキサラギの戦闘員は、みんなヘタレのチキンか変態紳士だけだ」

その変態紳士が問題にならないかって言ってるんだが

あとそのヘタレチキンの連中は全員が6号級のバカじゃないだろうな

 

 

 

現地戦闘員の増員に際して、幹部から一度話があるとして、俺たちは転送装置の横に備え付けられたモニターの前に集まっていた

 

やがてモニターに、キサラギ最高幹部の顔が映る

 

『やぁ諸君!久しぶりに君たちの顔が見れて僕も……』

 

「やいこらてめぇゴラ!!ふざけんなよリリス様このやろう!!」

「6号、気持ちは分かるが落ち着け。モニター越しじゃ、何やっても意味ねぇよ」

この星へ無責任な転送をした張本人に向かって、6号がモニターを掴んで叫ぶ

 

『そ、そうだよ6号!オルガの言う通りだ、分かったら下がって僕の話を聞きたまえ。それと、僕に暴言を吐いたことを謝って……』

「あぁん!?こっちはこっからでもあんたらを涙目に出来るんだぞ!!そこんとこ理解してから言ってもらえますかねぇ!!」

「お、おい6号何を……」

 

『ふ、ふん!無駄だよ6号!キミが何と言おうと……こ、こらっ!分かった!分かったからズボンを下ろしてソレをモニターに押し付けるのはヤメロォ!!』

 

 

 

『……さて、話が逸れたがよくやったね諸君。無事に転送装置を使用可能にし、現地民とのパイプも作るとは。期待以上の働きだ』

「リリス様が俺を褒めるとか、何企んでるんすか?」

『き、キミはすっかりひねくれてしまってるね…。まぁ悪の組織の構成員としては正しい姿か。とはいえ、今回の功績は素直に評価しているよ』

 

リリスが自分だけは理解してあげるよと言わんばかりにうなずいているが、6号は鼻をほじりながら言う

「じゃあ給料上げて、ついでに幹部の地位を明け渡してください」

『ついでで幹部の地位を奪おうとするなよ!僕だって地球で遊んでる訳じゃないんだよ!?』

 

相変わらず頼りない上司のせいで、このままじゃ本題に入れないと思い、俺から聞く

「それで、戦闘員は何人くらい送ってもらえるんだ?」

『現時点では、怪人二人を含めた十数人ってところかな』

 

リリスの回答に、またしても6号がモニターに引っ付いた

「おいふざけんなよ!こっちじゃ何にだって悪行ポイントを使うんだぞ!せめて戦力ぐらいまともなものを寄越せよ!」

『地球じゃ、ヒーローとの戦いにはいくらでも戦力が必要だからね。最初は怪人だって一人もいなかったんだから、感謝してよね』

そう言ったリリスは、何故か俺の方をチラと見ると

 

『まぁ、感謝するなら、一人は僕らじゃなくて、オルガにかもね』

「………は?」

 

 

『それじゃあ、戦闘員を送ろうか!戦闘員6号以下三名!詳しい指令は追って出されるだろう!これからもキサラギと地球の未来のため、そして君らがリストラされないために頑張ってくれ!』

「リストラって俺をやる気にさせるための嘘じゃ無いのかよ!?本当にソレだけは納得できねぇんすけど………!!」

6号が突っかかる横で、ついに起動した転送装置にエネルギーが入る

やがて小さなスパークと閃光が走り、転送装置が煙で充満した

装置のハッチを空け、戦闘員が出てくるのを待つ

やがて転送装置から立ち込めた煙が消え、そこにいる戦闘員の顔が見え始めた

 

その中に一人

 

知っている顔があった

 

「げほっごほっ…ちくしょうリリス様め……帰ったら上だけじゃなく下も剥いてやるからな……」

6号がそんな事を言っているが、もはやそれもどうでもいい

 

 

なぜならそこに居たのは……

 

「よぉ、オルガ!」

 

「シノ………!?」

 

 

鉄華団の団員、ノルバ・シノだった

 

 

シノが、驚きで動けない俺に対して言う

「……あ?どうしたオルガ、鉄華団の流星隊隊長、ノルバ・シノさんだぜ、嬉しくねぇのか?それとも忘れちまったか?」

「そんなわけあるか!!」

あの日から、一度もシノの事を忘れた事はない

いや、お前だけじゃねぇ、俺は……

 

「何か変な事になってっけどよー、またよろしく頼むぜ!団長!お、三日月も元気そうじゃねぇか!」

 

「うん。シノも変わってなくて良かった」

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ、オルガ達の知り合いか。だからリリス様がオルガに感謝しろって言ってたんだなぁ」

「おう!おめぇが6号か!乳のデッケーねーちゃんから話は聞いてるぜ!」

「それってどっちのねーちゃん?」

「どっちもだよ!お前相当心配されてたぜ、弱っちぃから死んじまってねぇかってな!」

「ここへ送り込んだのはその二人だし、俺に旧式の改造を施したのもあの二人なんだがなぁ」

 

その二人とはアスタロトとベリアルの事だろう

確かに胸はシノの好みだと思うが、あの二人にセクハラしてよく無事だったな

 

「そういやぁシノ、お前怪人として来たってことは……」

「おう!もちろんあるぜ、俺様と流星号の華麗な変身がよ!!」

そう言って背中の阿頼耶識から、派手なピンクの装甲を出し入れするシノ

 

「ほう、お前も三日月と同じ変身能力持ちか。悪行ポイントも稼げそうな性格みたいだし、戦力として期待できそうだ」

そんな事を言うアリスを、シノは少しの間眺めると

「あー、あんたが聞いてたあんどろいどってヤツか。なぁ、もっと乳でっかくしてもらえよ。その方がいろいろと捗るだろ」

 

「……こいつは6号と気が合いそうだな」

アリスが呆れるように返すと、その後ろから今度は違う声が聞こえた

「シノはわかってねぇにゃん。このくらいのちいちゃい子が一番かわいいにゃん」

「そうかぁ?やっぱ女は乳あってこそだろ!」

 

「それと、その猫は何なんだ?」

 

その声の主は猫?のような外見で二足歩行している怪人だった

どうみても獣なのに何で二足歩行なのかとかそのサングラスはなんなのかとか気になる事は多いが、全部話されてももう理解が及ばないんじゃないかと半ば諦める

 

「俺の名前はトラ男。ちいちゃい子が大好きな、引退した暁には改造手術で美少女にしてもらう予定の怪人にゃん」

ああ、やっぱり分からなかった

 

またとんでもないヤツが来やがったな……

 

「なぁ、本当にキサラギにまともな人間はいないのか?」

「自分の記憶回路が正しければその質問はもう六回目だが答えてやろう。そんなやつ一人も居ないぞ」

アリスから無慈悲な解答を受け取り愕然とする俺を見て、6号が首を振る

「おいオルガ!トラ男さんをそこらの変態と一緒にするんじゃねぇよ。トラ男さんは決して子供に手は出さない紳士という名の変態だ!」

「いや、でも今美少女になりたいって……」

 

俺が理解できずにいる横で、シノがうんうんとうなずく

「その気持ちもちょっと分かるぜ。俺だって、自分におっぱいがあれば毎日揉めるのになーとか考えたことあるからな!」

「それ、俺もあるわ。でもずっとは嫌だからおっぱいパッドとか人格入れ替わりとかそういうんじゃないとダメだよなー」

「いつかオルガにも分かる日が来るにゃん。それに、オルガからは子供に好かれそうなオーラがプンプンするにゃん」

そう言ってトラ男が俺の肩に手を置く

分かりたくないのは俺がおかしいのか?

 

俺が話に着いていけてないのを見て、アリスが同情するような視線を向けながら言う

「トラ男はこんなだが、森林やジャングルでのゲリラ戦のプロだ。変態だが、戦力としちゃ期待出来るだろ」

 

そんなアリスの台詞を聞いたトラ男は

「口の悪い美少女も悪くねぇにゃん。ま、アリスにゃんにこう言われた以上、張り切るから期待するにゃん」

 

本当に大丈夫か………?

 

 

 

 

6号が他の戦闘員と話をしてる間に、俺は部屋の隅でシノとミカと話していた

「しっかしまたオルガに会えるなんてなー」

シノはそう言って感慨深そうに宙を見つめる

「そういや、すまねぇなオルガ。俺がしくじっちまったから……」

「いいんだよシノ。お前はよくやってくれた」

シノは俺たちのために体を張ってくれたのだ

感謝こそすれ、恨む理由などない

お陰で俺たちは犠牲を少なく撤退できたのだから

 

シノが神妙な顔で聞いた

「なぁオルガ、ヤマギの奴は……」

 

「きっと上手くやってるよ…ミカと昭弘がなんとか守ってくれたらしいからな」

それを聞いたシノは歯を出して笑う

「そっかぁ……昭弘とかビスケットにもまた会えるといいな!」

 

ビスケット

 

「……ああ、そうだな」

その名前を聞いて、俺は全身が強張るのを感じた

 

 

 

 

残りの戦闘員のチェックはアリスに任せてアジトを出ると、そこには俺たちの隊の面々が揃っていた

 

「「副隊長!!」」

全員が駆け寄ってきて、体をペタペタと触ったり、手を握ったりしてくる

「心配かけたな、お前ら」

「心配なんてもんじゃないわよ!!まったく……!本当に………!!」

「副隊長!!あたしもすごい心配したんですよ!」

「オ、オルガ……お前、もう大丈夫なのか?」

 

「おう、この通りだ」

心配そうに聞いてきたスノウに対し、ガッツポーズで安心させる

「そうか……。して、その男は?お前達と似たような格好だが」

スノウがシノの服装をまじまじと見る

 

そして対するシノはスノウのある一点をガン見すると

「デッケー……」

「おい6号。この男はお前と同じバカの予感がする。殴っていいか?」

何かを察したスノウが拳を握りしめて6号に聞く

「今日来たばかりなんだから問題は起こすな。というか三日月級ならお前じゃ勝てないぞ」

6号の答えにスノウは顔をひきつらせる

「み、三日月級!?お前達はあんな実力者を何人も抱えているのか!?」

 

 

「あ、あの、隊長達のお仲間なんですか?」

ロゼがシノに近づいて尋ねる

シノはロゼの体つきを、顎に手を置きながら見ると

「うーん、変な格好してるが伸び代ありってとこだな。よーし嬢ちゃん、いっぱい食ってでっかくなれよ!」

「はい!でっかくなります!」

たぶんシノが期待してるのは身長じゃないと思うが、まぁこのままにしといた方が仲も良くなるだろ

 

そして当然シノの視線はグリムへと移る

「な、何よ。結婚してちゃんと私を養ってくれるなら胸の一つや二つなら触らせても……」

そう言って顔を赤くするグリムに対してシノは小さく唸ると

 

「デッケーけど色気が足んねぇな」

 

「偉大なるゼナリス様!この男に災いを!」

「やめろやめろこんな街中で!」

シノを呪おうとして6号に押さえつけられるグリムに対して俺は言った

 

「なぁグリム。ちょっと話せるか?」

 

 

 

ミカとシノをスノウとロゼに押しつけ、俺はグリムの車椅子を押しながら街を歩く

 

シノが『とうとうオルガも女を知ったか』とニヤニヤしていたのがなんか嫌だが…

 

それにグリムも、いつもならやんややんやと面倒な事を言うのだが、今日は鳴りを潜めている

 

黙っていても進まないので、夢であったことを言う

「俺、ゼナリスってのに会ったのかもしれねぇ」

 

「…………」

グリムはやはり押し黙ったままでいる

「もしそうなら…あれはお前が………」

 

「……えぇ、そうよ。私があなたを呪ったの」

「やっぱりか」

ようやく口を開いたグリムから出たのは、半ば予想していた答えだった

 

「ごめんなさい副隊長!」

そう言って頭を下げるグリム

「何言ってんだよ。謝る必要なんかねぇよ。俺が今こうして立ってられるのは、お前のお陰なんだからよ」

そう言っても、グリムは未だ申し訳なさそうに顔を伏せている

 

そのまましばらく歩いていると、グリムが言った

「………でも、副隊長の体って少し変なのよね。本来なら復活には代償が必要なのに、副隊長の場合は何も使わなかったし。それに私が呪いを掛けた時も、何も要求されなかったわ」

 

グリムの呪いには、それに応じた対価が必要

魔法の原理はよく解らないが、グリムが人を呪う時には、確かに触媒にした人形が消えているわけだし、嘘では無いだろう

 

「正直、それが一番変なのよね、私は自分の呪いが解ける覚悟であなたに呪いを掛けたのだけれど……」

さらっととんでもない事を言うグリム

 

ゼナリスは言っていた

俺の体には不思議な力が流れていると

よく分からないが、代償は要らないと言っていたし、そういう事なのだろう

 

「まぁ、良いじゃねぇか。全員無事なんだしよ」

「………そうね」

そう言ってグリムは、俺が復活してから初めての笑顔を見せた

 




不思議な力とは団員の団長を思う力……

ではなく、我々がオルガをおもちゃ…ゲフンゲフン……宗教じみた扱いで信じている事に起因します

なので別に何かエモい理由があるわけではありません

一応、代償無し、その場復活、のいつものヤツです


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少年兵の因縁
異星の儀式


お気に入り登録が30人を越えたということで大変ありがたい限りでございます
誤字報告や感想等じゃんじゃかいただけると励みになります


キサラギから追加の人員が送られてから数日後

 

俺の目の前で6号たちは城の訓練所を占拠し、模擬戦という名のごっこ遊びに勤しんでいた

 

「かーっ!まったくキサラギ様々だぜ!ちょっと道行く女の子の尻触ったり胸揉んだりしても注意されるだけで済むんだからよぉ!!」

と、すっかりキサラギに染まったシノが訓練所に入ってきた

 

「シノお前なぁ……」

「固いこと言うなよオルガ!悪行ポイントも貯まって俺たちの戦闘力も上がるし、モチベーションも上がる!そんでこの国を守ってやってんだから、必要経費って奴で全部お咎め無し!」

 

キサラギの悪行ポイントシステムは一応ティリスに説明しており、一線を越えた犯罪はしないという約束で一応はお目こぼししてもらっている

まぁキサラギの戦闘員は本当にヘタレばかりだったので、そんな派手な悪事を働く奴はいないだろう

 

「心配すんなって!子供に手は出してねぇし、グリムさんにだってなんもしてねぇよ!」

とシノがまたそんな事を言ってくる

「グリムとは別にそんなんじゃねぇってのに…」

メリビットさんの時もそうだが、お前らは俺がそんなに女に飢えてると思ってるのか?

正直グリムは裏が無いから話しやすくはあるが、結婚したいかと聞かれるとやっぱりなぁ

 

 

「で、お前らは何やってんだ」

俺の目の前で冷や汗を流している6号とトラ男に言う

 

「いや……えっと」

「な、何でも無いにゃん」

俺の質問に、わざとらしくはぐらかす6号とトラ男

 

「6号どこだぁぁぁ!!今日という今日は許さん!!」

と、6号を探すスノウの怒声が聞こえる

それに反応するように、グシャリという何かが折れる音が聞こえた

その音の元を見ると、トラ男の手に折れた刀身が握られており、ちょうど真ん中くらいから折ったらしく、隣の6号の手には柄の側が握られている

しかもトラ男はその人間離れした握力で、刀身にヒビを入れていた

 

 

 

その剣ってスノウがローンを組んでまで買った愛剣じゃなかったか

 

 

「6号!私の愛剣をどこへやった!私が五年ローンで買った……」

「その剣なら、もっと乳でかくて甘やかしてくれる主人を見つけに旅に出たぜ」

シノがスノウを落ち着かせようとそんな逆効果な事を言う

「そんなバカな話があるか!というか私はこれでも胸のデカさと剣の取り扱いには自信があるのだ!私以上の主人など………」

そこまで言ったスノウは、6号とトラ男の手に握られている変わり果てた愛剣を見つけ、膝から崩れ落ちる

 

「うっうっ……フレイムザッパー……。寝る前には必ず磨いてあげたフレイムザッパー……。買った日は嬉しさで朝まで眠れなかったフレイムザッパー……。寒い日の夜は毎日抱いて寝たフレイムザッパー……。」

6号達に怒る事もなく、ただ泣き崩れるスノウ

折られた事による怒りよりも先に悲しみが来ているのを見るに、本当に剣が好きなんだな

 

「うぅむ、これはちょっと見てられないにゃん」

「でも、トラ男さんが片っぽ握りつぶしちゃったからもう修理もできないっすよ」

「いい案があるぜ。スノウちゃんのおっぱい揉んで貯めたポイントで、何かいい刃物を……ぅわとぉ!!」

シノの言葉にスノウが目尻に涙を浮かべながら怒りで立ち上がる

「おのれ許さんぞ貴様ら!フレイムザッパーの仇!!」

そう言いながらフレイムザッパーの柄で殴るのはどうなんだ?

と、俺がスノウの死体蹴りに疑問を浮かべていると、トラ男が手に付けられた装置を使って何かをキサラギに申請したようだ

やがて虚空に小さな穴が開くと、そこから一振りの刀が現れた

 

刀は、前にマクマード・バリストンの家で見たことある

噂では相当な切れ味らしいが、実際に振るわれたところを見たことは無い

トラ男はそれをスノウの前に差し出した

 

「愛剣の代わりにこいつをやるにゃん」

「トラ男さまぁぁぁぁぁ!!」

スノウは渡された刀を舐め回すように何度も鞘から出し入れすると、トラ男に絡み付いてねだった

「実は最初に会った時から、トラ男様はただ者ではないと思っていたのです!もしや他にも業物を……?」

「てめぇ、初めて俺に会った時はいきなり斬りかかってきたにゃん。気持ち悪いから様付けは止めるにゃん」

 

「さっすがトラ男だぜ、問題を解決しながら、おっぱいの信頼も勝ち取るとはよ」

「俺は小さい子が好みだからこのデケェ女は範囲外にゃん」

「さすがは怪人トラ男さんだ。とんでもねぇぜ」

その信頼はどこから来るんだよ

この外見だから当のロゼや子供からの好感度が高い事が余計にヤバい

中身は普通のおっさんだし、何よりその密かな野望が変態なのだ

 

あとシノはスノウの事をおっぱいと呼ぶのは止めろ

 

 

 

 

 

魔王軍との停戦期間も開けたため、俺達は魔王軍との戦闘に駆り出されていた

あの戦い以来、敵の幹部の姿は確認されていない

少なくない戦力とゴーレム、そして四天王の一人を失ったのだ

立て直しにはそれなりの時間がかかるだろう

 

「オラオラ!戦闘員6号様だ!冥土の土産に覚えとけ!」

「キサラギ社員のお通りだ!道を空けやがれ!」

「隊長!その悪人っぽいセリフはまだやるんですか!?」

ロゼが俺と6号の台詞に相変わらず抗議してくるが、悪行ポイントのためには仕方のない事だ

 

ちなみに、トラ男とキサラギ戦闘員は別の場所で戦っている

初めは不安もあったが、戦闘員達の予想以上の活躍によってそれは払拭されていた

正直、今も木の陰で寝ているグリムよりもよっぽど頼りになる

 

「バカ野郎!戦争に悪人もクソもあるかよ!勝った方が正しいんだよ!」

「あたしバカだけどそれは違うと思います!」

「いや、ロゼ。それは6号の言う通りだ」

「ふ、副隊長!?」

俺はロゼの肩に手を置き、反対の手で6号を指差して言う

「今の6号を見ろ、相手がどんなに正しくてもねじ伏せそうだろ?こんな風に敗者に何か言う権利ってのはねぇんだ。同じことを相手にされないためには、俺達も勝つしかねぇ」

「や、やっぱり人類とは愚かで滅ぼすべき存在なんじゃ……」

「俺を反面教師みたいに扱うのは止めろよ!これは悪の組織の戦闘員マニュアルにも書いてあるんだからな!」

 

6号が文句を言っていると、恍惚とした表情で血を被ったスノウが同じく血で塗られた刀を撫でながらこちらへ走ってきた

その姿はパッと見では殺人鬼にしか見えない

「おい6号!私は試し斬りを済ませたからもう満足だ!後でお前たちにも聞かせてやろう。この剣は凄いぞ、それはもうズパズパと……」

「聞きたくねぇよそんなの…」

スノウが理解不能な事を言う後で、大きな爆発音がした

 

「しかし、あの二人はすごいな相変わらず」

スノウがそう言う二人とは、シノとミカのことだ

二人とも変身をし、迫り来る魔王軍の部隊を蹴散らしている

 

「三日月!そっち行ったぞ!」

「わかってる」

近距離で鬼のような機動力と攻撃力を発揮するバルバトスと、変形で二つの姿を使い分けて遠近両方に対応するフラウロス

戦い慣れた二人のコンビネーションが、魔王軍を少しの抵抗も許さずに蹂躙していく

最後に残されたゴーレムを、キャノンで粉々にしたシノが叫ぶ

「っしゃー!見たか!これが俺様と流星号の力だ!!」

 

それを聞いたスノウが、少し申し訳なさそうに俺に尋ねた

「なぁ、流星号というのは…その……」

「何も言うなよ……?」

遠い星の人間なら、シノのセンスも光るかと思ったが、やはりここでもあまり格好良くは無いようだ

 

 

 

 

 

今日もまた小競合い程度の戦闘を済ませた後

今やキサラギ社員行きつけの場所と化したいつもの酒場に、貰いたての給料で飲みに繰り出した

 

「っかぁぁぁぁ!!仕事の後の一杯はたまんねぇな!」

「まったくだぜ!酒も女も溢れてて、その上英雄扱いだ、気分良いなんてもんじゃねーよ!!」

今やすっかり意気投合した6号とシノは、肩を組み、揃って酒を喉に流し込む

 

「よーし、今日は俺の奢りだ!ジャンジャン飲めよ!」

そして気分の良くなった6号が奢りだすまでが通例となっている

その奢りもアリスから借りた金で払うというのがまた酷い話だ

今日貰いたての給料も、きっとすぐに底をつくのだろう

 

「あたし、ご飯奢ってくれる時の隊長だけは大好きです!」

「私も、こういう太っ腹なところは嫌いじゃないわよ!でもお金使いが荒いのは伴侶としては減点ね!」

「ハッハッ、そんなに褒めるなよ。給料日にはまた奢ってやるからな!」

 

「凄いな6号、お前には今のが誉め言葉に聞こえるのか……」

俺が驚く横で、そんな6号を冷ややかな目で見つめながらアリスが言う

「その前に自分が貸した金を返せよ」

 

 

「そう言えば、アリスが着いてくるなんて珍しいね」

ミカが机に運び込まれた野菜料理に手を伸ばしながら言う

たしかにそうだ

前までは何か理由を付けて断っていたが…

6号も不思議に思ったのか、アリスに聞いた

「リリス様に食事機能でも付けてもらったのか?」

「お前どんどん隠さなくなってきたな」

 

一応、俺たちが違う星からやって来た事は、隊のメンバーには話してある

どこからともなく人を連れてきたりしたのだから、無用に怪しまれるくらいなら、いっそ話してしまおうと言うのが一つ

それに、どうせ隠していてもどこかでボロが出るだろうというのが一つだ

 

最初こそ可哀想なものを見る目で見られたが、今では凄い魔法使いみたいなものだと勝手に納得しているらしい

そしてもちろんアリスがアンドロイドだという事も伝えてある

 

「店まで付いてきたのは調査の一環だよ。例えばオルガ。その目の前の料理に何が使われてるか知ってるのか?」

そう言ってアリスが指差したのは、拳大ほどの骨付き肉

拳というか、腕とか脚のような部位もある

「さぁ……?そもそも合成じゃない肉なんてほとんど食ったこと無かったし……」

「たしかに気になるな、おっさーん!俺がいつも頼んでる日替わり肉って何が使われてんのー?」

6号が店主に問うと、店の奥からオークの死体を抱えて現れて言う

「今日はオーク肉だよ。魔王軍との小競合いで、オーク肉が安いんだ」

 

それを聞いた俺はちょうど口に含んでいた肉を吐き出し、6号はそれが載せられた皿をそっと除けた

 

「隊長?食べないのならあたしが貰っちゃいますよ?」

そう言って美味しそうにかじりつくロゼを見て、ロゼが以前戦場で丸焼きにしたオークをその場で食べようとしていた事を思い出した

あの時はロゼが野生児なのだと思っていたが……

 

「ここに来て初めて文化の違いを思い知ったぞ俺は……」

 

ミカは嫌そうな顔をしながらもオーク肉を一口齧ると、それからはもう吹っ切れたのか、何の抵抗も無く残りを口に入れ始めた

シノはそんなことお構い無しに、運ばれた料理を口に入れてそれを酒で流し込む作業に夢中になっている

後で教えてやるべきだろうか

 

「食材と言えば……数日前三日月が苗のようなものを持ち出していたが、家庭菜園でもするつもりなのか?」

「うん。それがどうかした?」

ミカに、スノウが悩みながら言う

「うーむ、本来なら国が認可していない施設での農作は禁止されているのだ。なんせ魔の大森林から魔物が寄ってくるからな」

 

そんなスノウに6号が珍しい物を見たような顔で言う

「お前、なんだか久しぶりに騎士っぽいこと言ってんじゃん」

「その言い様は納得いかんが……。とにかく農業をするのなら気を付ける事だな」

「……止めないのか?」

俺の疑問に、スノウは笑みを浮かべて言う

「あれはお前たちの故郷の作物なのだろう?市場に流せば高値が付くことは間違いない。まぁ実を言うと、私もその昔隠れて他所の植物を栽培して大変な目に遭った事があるのだが、三日月ならば問題あるまい」

「やっぱコイツ騎士失格だろ」

 

「とにかく、この星の連中が当たり前に食べている物でも、地球人にとっては毒かもしれない訳だ。そろそろ本腰入れて調査を始めるぞ」

 

「別に良いけど、この6号さんを雇おうってんなら報酬は高く付くぞ?」

「これは本来、お前もやらなきゃいけない仕事なんだがなぁ……」

「報酬はいくらだ?愛剣のローンのためにも、ぜひ私も参加させてくれ!」

最初は子供から金を借りる6号を、ゴミを見る目で見ていたスノウも、最近では羽振りの良いアリスから何かにつけて仕事を請けようとしている

その様は若干惨めだが、当人が幸せなのだから良しとしよう

 

「……そうか、まぁガイドは必要だから構わないが、ロゼとグリムはどうだ?」

「ええっと、明日は空けておけってグリムが…」

「明日は月に一度のゼナリス集会があるからね。まぁ集会って言っても、私以外だとロゼと副隊長しか居ないけど」

 

「「えっ」」

と、俺とロゼが思わず声をハモらせた

「ロゼ、お前いつの間にゼナリス教に入信したんだ?」

「副隊長こそ……。ねぇグリム、あたしお茶会みたいなもんだって聞いてただけなんだけど!」

どうやらロゼも何か勘違いしていたらしい

 

「もう対価の食事は奢ってあげたんだし、ちゃんとお茶も出してあげるからちゃんと来るのよ?それと副隊長はもうれっきとしたゼナリスの信徒なんだから、参加するに決まってるじゃない。これからは祭壇にも顔を出すのよ?」

「俺、そのゼナリスに色々と拒否されたんだが」

「おい、お前のオカルト話のためにオルガは貸さんぞ。そろそろまともに活動しないと幹部連中がうるさいからな」

相変わらず魔法や呪いに対して厳しいアリスを、6号がたしなめる

「まぁいいんじゃねぇか?この星の原生生物くらい、俺とスノウだけでも何とかなるだろ」

「自分はオカルトが幅を効かせるのが許せんだけだ、オルガの好きにするといいさ。ただし、お前までバカな事を言い出したら即刻記憶処理を施すからな」

 

 

 

 

翌日の夕刻、俺とロゼは言われた通りに、グリムに呼ばれた喫茶店にやって来た

「で、集会って何すんだ?」

そこにいたグリムに俺が聞くと、グリムは少し考えた後

 

「……何をしようかしら」

 

「決まってなかったの!?」

無計画なグリムに唖然とするロゼ

こんな事なら俺も6号達と一緒に行くべきだったか?

 

「だって、いきなりこんなにゼナリス教徒が増えるだなんて考えもしてなかったんだもの」

「そもそもあたしはこんな集会知らなかったんだけど」

 

いまいち釈然としない俺達の前に、男性店員が注文を取りに来た

「お客様、何かご注文はございますか?」

「この定食を六人前お願いします」

「ちょっとロゼ!食事はもう済ませたでしょ!!あなたまた文無しなんだからって私に奢らせるつもりじゃないでしょうね!」

ロゼがグリムの制止を振り切って注文をし、それをメモした店員は俺にも……

 

「こんな夕方に女を二人も侍らせたそこのお兄さんは何かございますか?」

と、そんな事を憎たらしそうに言ってきた

 

「えっ、じゃあ俺は水を……」

「けっ!」

 

…………

 

「やっぱりこの飲み物を……」

「ご注文ありがとうございます!」

俺が注文をするや否や、その店員の顔が元の笑顔に戻る

 

俺は、それを呆然と見ていたグリムに耳打ちすると

「グリム、悪いことは言わないからこの店に来るのはこれっきりにした方がいいぞ」

「そ、そうね……。前はあんな店員居なかったんだけれど……。というか何だかゼナリス様を崇める者の匂いを感じたわ」

 

ゼナリス教徒って俺達以外にいるのか?

というかそれなら教祖のお前が把握しておけよ

 

「とにかく、何か早いとこ目的を決めろ。じゃなきゃ、ロゼが追加の注文をしちまうぞ」

俺の言葉でメニューを覗き込むロゼに気付いたグリムが、慌てて立ち上がる

「そうだわ!最近アンデットを呼び寄せて無いじゃない!これじゃ、せっかく力を与えてくれたゼナリス様に申し訳ないわ!今日はそうしましょ!だからロゼ!もうここを出るわよ!」

「あ、これとこれお持ち帰りでお願いします」

「ロゼ!!」

 

 

 

グリムに連れられて、街からちょっと離れた丘のような場所に案内された俺は、ロゼに一つ尋ねる事にした

「なぁ、お前そんなに金に困ってるのか?給料が出たばっかりなのに文無しだし、その服も一帳羅なんだろ?」

「あたし、給料が出たらすぐ食べたこと無い魔獣の肉を買うのに使っちゃうんですよね」

ロゼだって俺達と一緒になってからはそれなりの給料を貰っているはずだが、それでも一瞬で使い切るのか

 

6号達は本気でロゼをキサラギに引き抜こうとしていたが、そう言えばキサラギって超が付くほどのブラック企業だったな……

いや、幹部の奴らは好き勝手やってるみたいだし、下っ端の待遇が悪いだけか?

ロゼに食事を与えなかったりすると、俺達まで食われないだろうな

 

「で、こんなとこで死者を甦らせるのか?」

「今日は正確には死者を甦らせるんじゃなくて、アンデットを呼び起こすだけね。私なら簡単な意志疎通ができるけど、普通の人じゃ何も話せないし」

 

「ねぇグリム、これって前にスノウさんに怒られてたやつじゃない?あたし止めた方がいいのかな」

「私はゼナリスの信徒、その信徒がしもべを呼んで何が悪いの?この間はスノウにバレちゃったけど、今回はちゃんと証拠隠滅するから大丈夫よ」

「もし危険な事だったらすぐにスノウと6号にチクってやるからな」

 

何か道具をいろいろと並べてから、グリムが何か呪文のように呟くと、地面に薄い光が走った

そこから白い玉のようなものがいくつも空中に飛び出していく

 

「これがアンデットっていうのか?何だか思ってたのと違うような……」

「これはゾンビじゃなくてゴーストですね、食べるところが無いので嫌いです。ゾンビは臭いからもっと嫌いですけど」

「ふわふわ飛んで……なんと言うか変な感じだな」

数十のゴーストはふよふよと俺達の周りを回っている

 

「どう?これがゼナリス様によって遣わされた私のしもべ達よ!」

と、自慢げに言うグリムだが、当のゴースト達は飛び回るだけで、別にグリムに従っている感じはしない

というか

 

「そんなに強くなさそうだな」

「正解です副隊長。下級ゴーストの力なんてせいぜい人に冷気をかけるくらいです」

そんなもんなのか

まぁこれだけ集まってると害は無くても気持ち悪いが

 

俺の反応が気に入らないのか、息を切らしたグリムが納得がいかないように言う

「どうしてそんなに反応が薄いの!?下級とはいえこれだけ呼ぶと結構疲れるんだからね!!」

 

「コイツは何て言ってる?」

「そうね……『こんな何も無いところで呼ぶんじゃねぇこの行き遅れが』ですって!?ねぇ、この人もう還してもいいかしら!!」

「勝手に呼んで勝手に返されるのも迷惑そうだな」

 

 

「ねぇ、皆あなたの前髪がカッターみたいに飛ばせないのかって気になってるみたいなんだけど、どうなの?」

「そんなわけねぇだろうが」

 

 

 

「おう、帰ったか」

「おう、お前らも無事で……。6号はどうしたんだ?」

 

「分からん、森でモケモケに襲われていたところを助けてやったのだが……」

「モケモケ?」

 

「でっかいザリガニだよ。肉のサンプルが取ってあるが、少しなら食ってもいいぞ」

「いや、遠慮しとく」

ザリガニはよく知らないが、話には聞いたことがある

かなりグロテスクな見た目らしいが……

 

「うっうっ…。せっかくできた俺の友人を生醤油かけて食いやがって……」

「何があったのか知らんが、お前がまともじゃないことは分かったよ」

訳のわからない事を言う6号を横目に、採ってきた植物を仕分けするアリス

 

「それよりオルガ。ちゃんとオカルト詐欺師の種は暴いてきたんだろうな」

「お前そんな目的で俺を行かせたのかよ。まぁ見せてもらったけど、種は無いんじゃねぇか?」

オカルトへの敵意剥き出しのアリスが俺に聞くが、俺は化学にもそこまで詳しくないので、あれがオカルトか何なのかはよく分かっていない

 

「ちょっとアリス!あなたまだ私の力を信じようとしないの?いいわ!明日あなたにも見せてあげる!」

「良いだろう。しっかり種を仕込んでおくんだな、この高性能なアリスさんを騙せると思うなよ」

自信満々な顔で言い合い、一歩も譲らない二人

正直どっちの言い分も正しいと思うんだが、お互い譲れないものがあるらしい

 

「俺も参加した方が良いか?」

「オルガ、お前はもうあのペテン師の術中にある。今後は怪しげな儀式には関わるなよ」

「ちょっと!待ちなさい副隊長!貴重な信徒を逃がすもんですか!」

 

結局、アリスと雇われた6号とスノウに阻まれて、翌日のグリムの儀式には参加出来なかった

 

アリスからは、『悪魔なんて大した事ない』とだけ言われた

 

一応、バルバトスとフラウロスも悪魔の名前なんだがな

 

 



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二つの外交

魔王軍との戦闘も減り、若干暇をもて余し始めた頃

 

俺は、先に来ていた6号と共に、城の謁見の間でティリスから話があると呼び出された

「オルガ様、そして改めて6号様。本日はご足労いただき、感謝します」

そう言って軽く会釈するティリス

 

俺がその上品な立ち振舞いに圧されていると、6号が耳打ちして言った

「オルガ、ティリスったら中庭でとんでもないことを叫んでたんだぜ、後で教えてやるよ」

「へぇ、まぁ姫様ってもはしゃぎたい年頃だしな」

「どうして二人とも妙な納得をするのですか!元はといえば6号様のせいなのに!」

 

6号のせい…もしかしてアレをさけんだのか

 

「…それで、話というのはそのアーティファクトの事なのですが……。オルガ様?」

顎に手を置いて考え込む俺にティリスが声をかける

 

さっきから気になっている事があるのだ

それはティリスの脇に控える一人の男

「なぁ、あんたどこかで………」

「ひ、人違いじゃないかな」

俺の言葉に、露骨に目を反らす男

 

どこか疲れたような肉の落ちた顔、分けた黒髪、ヨレが見えるもしっかりと堅めたスーツ

どこかで見たことあるような……

 

「あっ!あんたビスケットの兄貴だろ!ドルトコロニーの!!」

「そ、そんな人は知らないよ!私に構わないでくれ!!」

その男は顔を隠して言うが、その言い方では本人だと言っているようなものだ

俺が詰め寄るとティリスが顔をしかめて言う

「彼には失踪した参謀の代わりをやってもらっているのですが……。お知り合いなのですか?」

 

「い、いえ。何のことやら……」

「お前、うちの炊事係をギャラルホルンに売ろうとしたよな、あの事は忘れてねぇぞ」

「ああもう!放っといてくれ!今は君たちとは関わりたくない!!」

「放っとけって言われてもなぁ、こっちは……」

 

俺が今にも首元を掴もうかとしたとき、ティリスが声をかけた

「オルガ様、サヴァラン様と何があったのかは知りませんが、ここはわたくしに免じて許してはくれませんか?彼はこの国のために懸命に尽くしてくれているのです。すぐにとは言いませんが、どうかお願いします」

 

そう言って頭を下げるティリス

前から思っていたが、この年でいっぱしの統治者をこなしているのはさすがとしか言いようがない

 

「……分かったよ。あれも事故みたいなもんだしな……」

「僕はここで新しい人生を始めたんだ、積もる話はとりあえず後にしてくれよ………」

 

 

 

二人の意思を汲みひとまず退いた俺に、ティリスが話し始める

 

「お二方をお呼びした理由なのですが、実は護衛の任務を頼みたいのです」

 

深刻そうな顔のティリスが続ける

 

「アーティファクトが壊れてからは、資源大国である隣国のトリス王国から水精石という水を産み出す石を輸入して必要な時期を凌いでいたです。ですが一応アーティファクトが直ったとの事で、今年は輸入量を減らしてもらったのです。なのにお父様が……」

 

王様に何かあったのか

もう歳もそれなりにいっていたと思うが老衰だろうか

 

しかし、俺達にも公開されていないとなれば、もっと何か別の…

 

「逃げました」

「よし6号。その王様はキサラギで見つけてケジメをつけさせよう」

「お前無責任な上司嫌いすぎだろ…。というか王様が居なくても、ティリスが叫べばいいじゃん」

 

「叫べませんよあんな祝詞!」

 

顔を赤くして両手で押さえるティリスから、サヴァランが少し呆れながら話を引き継ぐ

「それで、トリスに輸入量を減らすのを止めてもらうよう外交官を派遣する事になったのですが……。こちらの一方的な事情で減らしたものをまた増やしてくれるかどうか……。そう悩んでいたのですが…その……」

サヴァランはそこまで言って口を籠らせてティリスの方を見る

 

「トリスの第一王子は大変な好色で知られているので、『性格はアレですが容姿だけは整っているスノウを外交官として派遣すればいい』と……」

 

「なぁティリス、あんたへの信頼が揺らいでるんだが」

「俺ももう話の続きを聞きたく無いんだけど」

 

俺達が引いているのもお構い無しに、ティリスが笑顔で言う

「私は護衛をお願いしているのですよ?あの子を売ろうという気はありません。ただ、美女好きで知られる王子の事、スノウを見ればきっと良からぬ事を考えるでしょう。その現場を押さえて糾弾してください」

 

サヴァランが目を反らしながら言う

「外交官に手を出せば国家間の大問題です。そうなれば交渉は有利に進められると……」

「それ、俺の国じゃ美人局って言うんだぜ」

 

俺はティリスの横で苦虫を磨り潰したような顔をしているサヴァランに対して言う

 

「あんたはもっとまっとうな人間だと思ってたよ」

「私だってこんな事好き好んでやりたくないさ……。でも肝心のティリス様が悪どいことばかり考えてるんだ……」

腹黒姫様の側近も、それはそれで大変そうだな

 

「詳しい交渉はこちらで行いますから、皆様には護衛だけしていただければ大丈夫です。それに、今回の報酬としてアリスさんから頼まれたものを用意してありますので」

 

 

 

ティリスから任務を受け取った俺達は、キサラギのアジトでアリス達に報告した

「この国の遺跡の調査、ね……」

「ああ、ロゼの事だけじゃなく、この星のオーパーツは可能な限り情報を集めときたいからな」

 

ティリスから提示された報酬は、この国とトリス王国に眠る古代の遺跡の位置だった

「しかし、外交官としてスノウを派遣するから護衛しろ、か。6号、今度はバカな事やらかすなよ?いくら自分が高性能だからって、何度もフォローしてられねぇからな」

そうアリスが言うと、6号は自信ありげに言った

 

「お前がリリス様に何を吹き込まれたか知らんが、まぁ見とけ。最古参の戦闘員は外交だってできるんだ」

「余計な事すんなって言われてんだぞ」

「お前の交渉はチンピラ相手の値引き程度だろ」

 

 

「まぁ、詳しい話は向こうでサヴァランとスノウがやるんだし、俺らはただ護衛すればいいんだからそうそう失敗はしねぇだろ」

俺がそう言うと、シノがうなずきながら言った

「しっかし、ビスケットより先にその兄貴に会うとはな~。交渉はオルガの分野だから任せるけどよ、何かあったら三日月を頼れよ?」

そう言うシノはトラ男達と一緒に防衛に残る事になっている

まぁシノは交渉の席には出席した事は無いし、自分の仕事をよく理解している

 

サヴァランの名を聞いてドルトコロニーでの出来事を思い出したのか、ミカが渋い顔をして言う

「あいつ、アトラにひどいことしたからな…」

「俺もそれについちゃ言ってやったが、反省もしてたし、今さら掘り返すのも気が進まねぇしな」

形はどうあれ、あいつもドルトコロニーの労働者のために働きかけた一人なのだ

もしあいつの考えた通りに進めば、ギャラルホルンも交渉の席について組合の奴らも死ななかったかもしれない

 

だが、あのギャラルホルンのやり方を見ていると、始めから労働者側の意見を聞き入れるつもりは無かったのだと思う

サヴァランもギャラルホルンによる被害者の一人と言えるかもしれない

 

 

 

 

翌日、俺達は悪行ポイントで呼んだ車に乗ってトリス王国へ向かっていた

さすがに八人で乗るようにはできていないので、俺はミカを、グリムはロゼを、6号は車を運転するアリスを膝に載せていた

 

道中、ロゼやグリムを見ながらサヴァランが言った

「なぁ、彼女達はどうして着いてきているんだ?」

「いや、俺の隊に任せられた任務なんだから、俺の隊の人間を連れてくのは当たり前だろ?」

そう自分で言いながらも、サヴァランの懸念も分かる

 

「それはそうなのだが……。本当は交渉に子供ばかり連れていくのはあまり……」

サヴァランの言葉に、アリスとロゼが子供らしからぬ反応を返す

「お?自分を人間の子供扱いとはいい度胸じゃねーか。後でキサラギ製高性能アンドロイドの力を見せてやるよ」

「あたしだってただの子供じゃありません!副隊長の知り合いだとしても齧りますよ!」

好戦的な二人の態度に頭を抱えるサヴァラン

 

「ほ、本当に大丈夫なのか…?交渉は舐められたら終いなのだが。その態度も貴族の気に触らないだろうか……。なぁオルガ=イツカ、私は以前の君たちの方が信用できるまであるんだが……」

「鉄華団を評価してくれてるようで何よりだよ……」

これが常識人の反応か……

俺ももうこれ状況に慣れてるのが怖いな……

 

と、そんな横で非常識人達が囃し立てる

「心配するな参謀代理殿。何せ交渉はお手の物のこの私が着いているのだ。今回も賄賂の準備は抜かりないぞ!」

「ねぇ、あなたは妻帯者?そこだけ教えてくれない?ちなみに私は独身よ」

「今度オレの仲間に手を出したら容赦しないから」

 

「ど、どうしてこんな事に………」

俺達の隊は国の中でも異質な役割だったから多少の迷惑は自己責任だったが、それに巻き込まれるのはたまったもんじゃないだろうな

 

なんだかかわいそうになってきた

 

 

 

 

 

スノウが賄賂を要求したり、6号に騙されたロゼが暴れだしたりしたが、トリス王国が城で歓待の宴を催してくれるとのことで俺達はそのための準備支度に取りかかっていた

「お、結構似合ってるじゃねーか」

「そうかぁ?俺は正直スーツってのはあんまり好きじゃねぇんだが……」

俺と6号は適当なスーツを見繕ってもらい、自前のスーツを着たサヴァランと、全員の集合を部屋の前で待っていた

スーツは仕事柄身につける事が多かったが、事務仕事があまり好きでは無かったし、昔から作業服ばかり着ていたから、そこまで気に入っているわけではない

だからといって袴やいつもの戦闘服を着るわけにはいかないが

 

やがて俺達の元にグリムがいろいろと見えすぎている際どいドレスを来てやって来た

そのまま、見せつけるようにポーズを取ってグリムが言う

「ねぇ二人とも、このドレスはどう?セクシー?ねぇセクシー?ムラムラして押し倒したくなるかしら?」

 

着る相手が、名前も知らない美女であれば美麗に映るかもしれない

いや、グリムも十分美女の部類だとは思うが……

 

なんと言うか……

「正直、あんまり似合って…」

「ババア無理すんなとしか言えねぇ」

と、そんな失礼極まりない事を言う6号に、グリムは今まで見たことがない恐ろしい表情で、声を張り上げて叫ぶ

 

「偉大なるゼナリス様ッ!この男に災いを!!不能の呪いに掛かるがいいッ!!!」

 

それを聞いた6号も、これまた見たことがない表情で横に跳ね翔んでそれをかわした

 

呪いが不発に終わったのを確認したグリムが一言

 

「外した……」

 

6号が半泣きの顔でグリムに詰め寄る

「恐ろしい女だなお前は!!俺は今どんな強敵より恐怖を覚えたぞ!!」

「6号、お前は少し口に布を着せることを覚えた方がいい。いや、本当に……」

そう言って騒ぎ会う俺達の元に、今度はスノウがやって来た

 

「どうだお前たち、このドレスは!セクシーか?ムラムラきて財産を貢ぎたくなるか?」

さっきのグリムのように変なポーズを取りながら見せつけてくるスノウ

それを見て、俺と6号は言葉を失い、グリムは頭を抱える

「私が悪かったわ、これからはもう少しだけ自重するわね……」

「ぜひそうしてくれ」

 

 

そんな俺達の元に、最後にロゼとアリスがやってくる

二人とも子供用のかわいらしい……いや、よく見たら結構際どいドレスを身に付けている

アリスはアンドロイドなのにどうやって身体測定を誤魔化したんだろうか

 

「隊長!早く行きましょう!きっと美味しい物食べれますよ!」

ちょっと野性味が強いだけで中身は普通の少女のロゼが、この部隊だと一番まともに見える

 

しかしドレスからキメラの特徴が隠すこともなくはみ出ているが大丈夫なのだろうか

まぁこの世界には魔族なんてのがいる訳だし、全部が全部忌み嫌われている訳でも無いだろう

 

それに、好色の王子というのがどういう女の好みをしているかはわからない

もし問題になったら、それこそ全力で引き留めるのが仕事だが、案外グリムやスノウのような半分ハズレみたいな女性や、子供のロゼやアリスの方がかえって気に入られるかもしれない

 

さっそく問題を起こしかけた俺達を見て、サヴァランが苦い顔で言う

「頼むから余計な事はしないでくれよ……?」

「保証はできない」

そう言うと、サヴァランは肩を落としてため息を吐いた

心配はもっともだが、なんだかんだと言っても俺たちだってそれなりの場数を踏んできた

今さらこれぐらいの任務、なんて事は無いだろう

 

 

 

 

そう思っていた時期が、俺にもあった

 

 

「人選ミスったとかいうレベルじゃねーぞ」

「ああぁぁぁぁ………」

アリスが唸り、サヴァランが膝をつく

 

俺達の目の前には見ることも躊躇われる惨状が生み出されていた

 

 

まずグリムはと言うと

「あら、そうなんですの?わたくし、そういった方が好みなんです~!」

「い、いえそんな……。ハハハ……」

早速、目をつけた男貴族にアタックを仕掛けていた

 

そしてスノウは……

「エンゲル王子はまだか!?好色で知られるエンゲル王子が歓待してくれるのだ!きっと私ならご満足いただける事だろう!」

「そ、その……今しばらくお待ちください……」

もう体を売って既成事実を作る気満々だった

 

その後ろでロゼは……

「おいしいです!おいしいです!」

「ロゼ様、豚の丸焼きは一人で食べる物では……。ロゼ様!骨は食べるところではございません!!」

テーブルにまたがり、料理にしがみついて食べ散らかし、召し使い達を困らせていた

 

そしてミカは……

「オレの仲間がどうかした?」

「……ひっ!い、いえ……!」

隊員に対して白い視線を向ける相手を、片っ端から黙らせていた

 

ミカ…これはちょっと怒らせた方がこいつらのためと思うぞ……

 

 

しばらくして、肥満体型の男が現れた

あれが噂の第一王子エンゲルらしいが、その見てくれはお世辞にも美麗とは言い難いものだ

しかしそんな事関係ないとばかりにスノウは第一王子にすり寄っていく

 

あいつ、もうこのままにした方が幸せなんじゃないだろうか

 

「……私はこの国の大臣と話してくる。ここは任せたぞ」

「おい、俺に押し付けるなよ」

駆け足で離れていくサヴァラン

あいつ、貧民街の生まれなだけあって結構たくましいな

 

「おい6号、お前もあいつらを………」

さすがに全員を静かにさせるには、俺一人では無理だ

そう思って6号とアリスに声を……

 

そこに二人の姿は無かった

 

あいつら、さては逃げやがったな

 

 

俺がどうしようかと悩んでいると、背後に立つ者が現れた

たまたまではなく、何か俺に用があるようだ

きっと俺の仲間を何とかしろという苦情だろうな

そう思って振り向くと

 

 

「相変わらず、愉快な仲間を連れているな。君は」

 

そこにいたのは、見たことのあるウィッグ付きの仮面を被った一人の男

その男は、まるで旧知の仲であるかのように話し掛けてきた

 

 

「………マクギリス……か?」

 

「久しぶりだな、オルガ団長」

 

俺の言葉に男は、仮面で隠れていない口元だけを笑わせて見せた

 

 

 

 

スノウが何やらエンゲルと揉め会い、グリムが頭から水を被っているのを無視し、目の前に立つ最大の問題に身構える

「すぐに分かってくれた様でなによりだ。まさかこんなところでまた会えるとはな。運命というのは、いささか悪戯が過ぎるようだ」

相も変わらず洒落た言い回しと口調で、マクギリスが言う

 

「何でここに居るんだ?」

「では、君は同じ質問に答えられるのかな?」

マクギリスは掴み所無く返してくる

 

「俺は、グレイス王国の使者としてこの国に……」

「私が聞きたいのはそういう話ではないよ」

まるですべて分かっていると言わんばかりに、マクギリスが話を制する

 

「………悪の組織、キサラギの戦闘員として、この星を侵略に来ている」

「そうか……まぁ、おおむね予想通りといったところか」

 

ありもしない前髪を掴む仕草を見せ、マクギリスが言う

 

「じゃあ教えてもらおうか……あんたはここで何をしてる?」

 

俺の質問に、マクギリスは隠す素振りもなく言う

「単刀直入に言えば、下見だよ」

「……下見?」

 

「そうだ、この国と世界が、我々の思惑通りに進んでいるのか……」

「我々……?いや、この世界ってなんだ」

いきなりの話にペースを持っていかれそうになる

 

ダメだ、こいつのペースに持ち込まれるのは……

 

 

「オルガ団長、いずれ君たちにも、また私のために協力してもらうかもしれないな」

 

焦る俺を他所に、マクギリスは声色一つ変えずに言った

 

「あんた……アグニカ=カイエルも、バエルも無い世界で、今度は何をするつもりなんだよ」

 

俺の言葉にマクギリスは、どこか残念そうな、遠い目をして言う

 

「偽善、欺瞞………どこの世界にも、正義に根付く腐敗の芽というものは存在するのだよ。オルガ団長」

 

 

 

「それに、アグニカは……バエルはすでに、私と渾然一体となっている。今の私に、以前のような過ちを期待されては困るな」

 

「また…革命か……?」

 

「それはご想像にお任せしよう。今は私を信じられなくとも結構だ。だが以前も、最終的に私を選んだのは君たち自身だ。

君たちを、甘言で私の都合良く利用した事は認めよう。だが君たちも、それを承知で私に協力してくれたのではないかな?」

 

 

 

「………何が言いたい」

「私は君たちを高く評価している。もし次があれば、またふさわしい席を用意するというだけの事さ」

 

「……あんたの話はよく分かった。けどな、俺も前までの俺じゃねぇ。だから、俺を団長と呼ぶのは、もうよしてくれ」

俺の言葉に、マクギリスはどこか楽しそうに口元を笑わせる

「ああ、わかったよオルガ=イツカ。ところで、お友達が大変なようだが?」

 

 

 

 

「おいおいおい!テメーキサラギ舐めてんのか!」

 

マクギリスの言葉で振り返ると、6号がテーブルの上に飛び乗って、目の前の男にガンを飛ばしていた

その男はさっきスノウが言い寄っていたこの国の第一王子だ

 

「おいオルガ!このおっさん、よりによって魔王軍と手を握ってやがった!」

「なんだって!?」

俺が驚いていると、6号の後ろから何故か手を後ろで拘束されたハイネが現れた

 

「そ、それは一体どういう事ですか!?その話が本当ならば、我が国としては黙っている事は出来ませんぞ!」

スノウの言葉に、第一王子は言う

「なに、無論貴国に敵対するつもりは無い。魔族が戦争を仕掛けたのは巨大魔獣【砂の王】と【蟻の王】に国土を侵食され、他に選ぶ道がなかったからだという」

 

そんな情に流されたような事を言うエンゲルに、俺は呆れながら言う

「あのなぁ第一王子さんよ。勇者がいたグレイス王国すら魔王軍に劣勢なんだぞ?しかも魔王軍は不毛の大地しか持っていないのに、だ。もしここでグレイス王国が敗れたりしたら、もうあんたらに勝ち目はねぇんだぞ」

 

「いいや。エンゲル様のお陰で、この国の古代遺跡から、砂の王に対抗できる兵器を入手できるかもしれないのさ。そうなれば、もう他所を侵略する必要は無くなるんだよ」

俺の言葉に異議を申し立てるように、ハイネが割り込んで言った

「あんたも久しぶりだねオルガ。てっきりガダルカンドの攻撃で死んだかと思ってたが、生きてたんだね。またアインがうるさくしそうだ」

「あいつに、次会う時はミカがぶっ倒すって伝えとけ」

 

単身拘束されて俺たちに囲まれているのにこの余裕…

この国と魔王軍が手を組んでいるというのは本当のようだ

 

「どうかねスノウ殿?我が国は裏切ったのではなく、むしろグレイス王国を助けようとしたのだよ。しかし、どうやら伝わなかったらしい……」

やれやれと首を振るエンゲル

こいつはそんな事が平気でまかり通ると思っているのか?

 

このままではまずいと思ったのか、スノウがエンゲルの腕に体を絡めつかせる

「………っ!エンゲル様はグレイス王国を選んでくださいますよね?ささ、友好の証に仲良く……」

「お、お前そこまで……!?くっ、エンゲル様、あたしだってその……仲良く……」

それに負けじとハイネも、顔を赤くしながらエンゲルに体をくっ付ける

 

それを見せつけられた6号は膝をついて地面に倒れた

エンゲルに男として負けたような気分になっているのだろうか

当のエンゲルが、見てくれは良い二人にあれだけ言い寄られてもそっけない態度を貫いているのが敗北感を煽っているのだろう

6号は思い詰めた顔で、アリスと俺を見て言った

 

「おいお前ら、俺は今から無茶をする」

 

「…耐えろっつっても無駄だろ?」

「自分は高性能なアンドロイドでお前の相棒だ。何をやらかしても、一緒に後始末してやるよ」

 

「なぁ、待ってくれ。君たちはグレイス王国の代表として来てるんだ、そこのところをよく理解して……」

 

 

サヴァランが訴えるように言うが、俺と6号はそれを無視してエンゲルの前に立つ

 

 

「なぁ王子さんよ。確かにあんたのやり方は賢い。どっちが勝っても問題無いように日和見決め込もうってんだからな。けど、こっちはそんなの認めらんねぇんだ」

 

 

 

「だから…俺らを敵に回したこと、後悔すんなよ」

 

 

俺がそう言うと、6号がエンゲルの背後に回る

 

 

 

やってやれ6号

 

 

 

「ちょんまげ!!!」

 

 

 

6号がエンゲルの頭に自分の性器を載せて叫んだ

 

 

 

そんな6号に俺は

 

 

 

 

「何やってんだ6号ぉぉぉぉ!!!」

 

 

 

誰もが呆然と固まる中で魂の絶叫を放った

 

 

 

 

 

翌日

グレイス王国の謁見の間

 

俺達の前にいるのは、穏やかな笑みを浮かべながら微動だにしないティリスと呆れが怒りを通り越したのか面白い表情で固まるサヴァラン

 

「顔を上げなさいスノウ」

 

ティリスの言葉に、土下座しているスノウの体が小さく跳ねる

 

「まさか友好の使者を送ったら、宣戦布告状を叩き返されるとは思いませんでしたよ」

 

 

まったくその通りだよ

 

 




サヴァラン君はグレイス王国側に人間を増やしておきたかったので登場してもらいました
団員ほどではありませんが、これからもちょくちょく顔を出すと思われます


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砂漠の王者

グレイス王国の街の、テザン砂漠へと繋がる入り口

夜中にここから出るなんて、普通であれば自殺行為と言われてもおかしくない

 

「嫌です嫌です!砂の王って魔王も逃げ出す大魔獣なんですよ!?そんな奴の縄張りに入るなんて自殺行為ですよ!」

 

俺達はそこで、嫌がるロゼを押さえつけていた

 

俺達の目の前にあるのは、トリスへ行くときも使ったバギー

 

 

 

俺達はトリス王国との交渉任務から休む暇もなく次の任務を与えられた

 

普段なら少しの休息を要求するところだが、任務の理由が理由なので何も言えない

 

6号がバカをしたせいで、グレイス王国はトリス王国と戦争状態に突入することになった

ただでさえ魔王軍との戦争中であるのに、だ

 

俺達がいればグレイス王国が負ける事は無いだろうが、いかんともしがたいのが水問題だ

ティリスが儀式を嫌がらなければ万事解決だと、その場にいた誰もが思ったのだが、俺達に強く出る権利など無かったのでこの任務を与えられたというわけだ

 

その任務というのが、テザン砂漠へ行って、水の実なる物を回収してこいというものだった

 

そしてその砂漠というのが、どうやら魔王軍も手を焼く大魔獣【砂の王】の縄張りだという

 

「大丈夫だロゼ!ちょっと行ってすぐ帰ってくるだけだから!な?帰ったら肉を奢ってやるから!」

「俺だって巻き込まれたんだから諦めろ!ほら、飴ちゃんやるぞ飴ちゃん!」

「この間の失敗は連帯責任みたいなもんだからな?ほら、俺もアイツからもらったチョコレートやるから」

 

ロゼを押さえつけるスノウと6号に合わせて、俺もロゼをバギーへと引っ張り込む

 

「美味しい物さえ与えとけば言うこと聞くと思わないでください!それに連帯責任って言われても、あたし何もしてないじゃないですか!」

あれに関しては何もしなかったのも問題なんだぞ

 

 

 

 

 

グレイス王国とトリス王国にまたがるテザン砂漠を、似つかわしくないキサラギ製バギーが疾走する

今日はアリスが運転席、6号が助手席、後ろに俺とスノウとロゼとグリム

そしてミカとシノは変身して、バギーの脇でスラスターを吹かして並んでいた

 

 

 

見渡す限り一面の砂漠を見せられて呟く

 

「しっかし、見えるとこ全部砂漠か……。本当にこんな星侵略して旨みがあんのか?」

『なんか火星みたいで味気ねぇなー』

『うん。でも、ちょっと懐かしい感じがする』

 

俺達がこの星を侵略する理由は地球の代わりに人が住める場所を確保する事だったはずだ

確か砂漠に植物を植えたり、建物を建てるのは大変な苦労を伴うと聞いたが

 

『ここらが砂漠なのは砂の王の仕業らしいからな。砂の王さえ倒せば、キサラギの技術で肥沃な土地に再生できるさ。それに、金属や石油なんかでも需要はあるからな』

 

そんなキサラギでも手遅れな地球って一体どんだけひどい状態なんだ

俺たちからしたら地球なんて、海と森があるだけで楽園みたいなもんだが、それもかなりの問題を抱えているらしい

 

『何なら、ここでそいつを狩っちまうのも一つの手だな。んで、それを手土産に土地の一つでもぶん取っちまえばいい』

 

6号がそんな事を言いながら振り向く

 

『ちゃんと命令も忘れてなかったか。今月中にキサラギの領地を増やさないと、アスタロト様が怒りだしかねないからな』

 

 

 

 

しばらく進んでいると、肉と殻のようなものが入り交じった塊がいくつも転がっている地帯に出た

 

「なんだありゃ?」

「これはヒュージアントリオン……だと思うわ。こんなにぐちゃぐちゃになった死骸は初めて見るけど……」

 

よく目を凝らして見ると、確かに頭や手足のような部分があるのが分かる

しかし、一目で見分けるのはもはや困難だった

 

グリムの話では、砂漠一帯に生息する蟻地獄?との事だが

「にしたってこの数はなんだよ……」

 

俺達がバギーを走らせる横に、大量の死骸が転がっていた

中にはオークやオーガのような魔族のものもある

 

「これも砂の王の仕業なのか?」

「いや、ヒュージアントリオンは普段は砂の中に潜んでいるし、食用にも向いていない。だからこんな事は今まで無かったぞ?」

 

スノウに話に、気味悪がってシノがフラウロスの肩をすくめる

 

「意味もなく砂の中から引きずり出されたって事?」

「だろーな…。にしても、ずいぶんと入念に潰してあんな…」

 

 

 

 

やがて、死骸は全く無い代わりに、金属片のようなものが散乱する場所に出た

その真っ只中に、サボテンのような植物が数本生えているのが見える

 

バギーから降りて、スノウと6号が採集を始めた

 

「なんでこんなところに金属片なんか落ちてるの?裸足に優しく無いわね……」

 

痛そうに足をぴょんぴょんさせるグリム

確か靴を履けなくなる呪いが跳ね返ったんだったか

グリムの力を疑う訳ではないが、これを見せられるとアリスの言う通り、ただの自己暗示なのではと思ってしまう

 

「何か履けば良いじゃねぇか」

「そんなことしたらボン!ってなるからダメよ」

 

ボンってなんだ、爆発するのか?

 

 

 

 

 

「これが水の実か。本当にこんなんで水不足が解消されるのか?」

 

6号が手に摘み取った小さな実を見ながら言う

 

「魔法で水を圧縮してあるのだ。魔法を解除して搾れば大量の水が手に入る」

 

スノウの説明に、アリスは露骨に不機嫌そうな顔を見せた

 

「また魔法か。そういう話を聞くたびに、自分の存在が否定されてるみたいでイラッとすんだよ」

 

「もう魔法は魔法で良いじゃねぇか……」

 

「良いわけあるか。いつかキサラギの化学力を使って魔法撲滅教を作ってこの世界からオカルトな存在を消し去ってやる」

「お前ってそういう事が絡むとバカになるよなぁ」

 

進みすぎた化学は魔法だと言うが、その逆にはならないのか?

 

 

 

ミカとシノが見張る中、袋一杯に水の実を集めた頃

 

「………なんだ!?」

 

突然、地面が大きく揺れ出した

その揺れはどんどん大きくなっている気がする

 

「お前ら、バギーに乗れ。静かにだぞ……」

「うぉぉぉぉぉ!?なんだなんだ!?攻撃か!?」

「シノ!静かにしろって!」

 

アリスに言われたにも関わらず大声で慌てるシノ

その口を6号が押さえるが、もう手遅れだとばかりに振動は大きくなっていく

 

「……よしお前ら、静かにはもういいから急いで乗れ。引き揚げるぞ」

 

アリスが呆れ顔で指示を出し、ミカとシノは変身してバギーの脇について、他はバギーへと駆け込んだ

 

アリスは俺達の乗車を確認すると、無言のままエンジンを吹かす

 

実の生っていた木が小さくなってきた時、一帯の砂が盛り上がり始めた

 

やがて砂が流れ落ち、その中から巨大な生物が現れた

 

 

月明かりに照らされ、神々しくもある巨大魔獣

その姿を、俺達は吸い付くように見た

 

「あれが砂の王……!?」

「あたしも初めて見ました……。こんなにでっかいんですねぇ……」

 

小さなビルほどはある巨大な魔獣

砂の王と呼ばれているのも納得だ

 

しかし、何か気にかかったのかスノウが言った

 

「だが妙だな……。全身傷だらけだぞ?」

 

見ると、砂の王の体には小さな傷が無数につけられていた

 

これが示す事は一つ

 

「おい、あれと殺り合えるヤツがこの辺りに居るってことか!?」

「わ、わからん!だが最近は砂の王と縄張り争いをする、蟻の王と呼ばれる魔獣の噂を聞く。そいつの仕業かもしれん!」

 

蟻の王……

さっきの死骸の山を作った奴か

 

 

「おいお前ら!砂の王が追って来てんぞ!」

 

砂の王はその巨体からは想像もつかないほどのスピードで、砂を掻き分けながらこちらへ迫っていた

 

それを見たスノウが、顔を青ざめる

 

「も、もしかしてこの実は……」

「砂の王の体の一部って事か…?」

 

おそらく、砂漠で生きるために水を溜め込んでおく器官なのだろう

それをプチプチと摘み取っていた訳だ

 

「アリス!もっと飛ばせねーのか!?」

「この砂地でこれ以上は無理に決まってんだろ!くそっ、こうなったらバギーを囮に使って……!」

 

俺がそう考えた時、何かに気付いたアリスが後ろを向いて叫んだ

 

「………!お前ら、飛び降りろ!!」

 

アリスがバギーをドリフトさせる

俺達は指示の通り、グリムとスノウを掴んでバギーから飛び降りた

 

その瞬間、辺りに強烈な閃光が走り、砂ぼこりが大量に巻き上げられる

 

 

「ぺっぺっ!……なんだ今の!?」

「高エネルギー粒子と屈折反応……。今のはビーム兵器か……?」

 

 

 

今、目の前で起きた光景を、俺は知っている

 

ミカも

シノも

 

 

「おいオルガ……こいつは!!」

 

 

「ああ、まさかとは思ったが……!」

 

シノの言葉に返し、目の前の光景に息を飲む

 

 

小山ほどの巨体に長い尻尾

大きく発光して開いた頭

鋭い爪と二枚の羽根

 

間違いない

 

 

「モビル……アーマー!!」

 

 

人類最悪の兵器が、砂ぼこりの中から姿を現した

 

 

 

 

 

変わらない巨体のモビルアーマーから一キロ程の場所に放り出された俺は、近くで腰を抜かすスノウ達に言った

 

「お前ら!急いでここを離れるぞ!」

 

「あれが何なのか知っているのかオルガ!」

「あれは人を殺すためのマシーンだ!ここにいたら殺されるぞ!」

 

人だけじゃない

ここら一帯の生物が死滅しているのはアイツの仕業だ

 

「オルガ!俺達はどうすりゃいい!?」

「あいつの前でモビルスーツの姿を見せるのは不味い……!お前らはグリムを担げ!すぐに離脱するぞ!」

 

 

 

 

 

モビルアーマーが現れた砂ぼこりの中から、無数の黒い影が砂の王へ殺到していく

砂の王はしばらくそれらを潰していたが、やがて不利と見たのか砂の中に潜っていった

それをモビルアーマーがビーム砲で砂を焼きながらかき出していき、姿を見せた砂の王に再び攻撃を開始した

 

 

俺達は少し離れた場所からその様子を眺めていた

「砂の王を襲ってんのか……?」

 

「どうやら砂の王を傷つけたのはアイツらのようだな。じゃあアイツが蟻の王か」

「あの二体が暴れてるから、魔族はこの辺りで生活できないという訳か……」

 

確かにあんなものが近くにいたら、対抗手段が無い魔族は夜も眠れないだろうな

 

「オルガ達はアイツの事を知っているみたいだったが、何か情報はあるか?」

 

アリスの問いに、俺は聞き齧った情報を伝える

 

あれはその昔、人類の三分の一を虐殺した、天使の名を持つ無人兵器

ただ人を殺す事のみを基本プロトコルとし、無限に戦い、無限に殺し続ける

武装は頭のビーム砲とワイヤー式テイルブレードのみだが、子機としてプルーマと呼ばれるサブユニットを持ち、そのプルーマによって自身を修理させる事も可能

加えてモビルアーマー自体にプルーマの製造能力も備えてあり、資源のある限り無限に増え続ける

そんな無敵とも呼べる兵器

 

そんな俺の説明に6号は

 

「聞いた限りだと勝てる気しないんだけど」

「ああ、キサラギの兵器でも、そこまで完成度の高い兵器は稀だぞ。まぁ人殺ししか出来ないんじゃ欠陥も良いところだが」

 

アリスでさえもそんな評価を下すとは、やはり相当な兵器だと見るべきだろう

実際俺達もかなり無理をして倒した相手だ

そう、ミカの半身を犠牲にして……

 

 

「お前らはどう思う?」

「蟻っていうか鳥みたいですね……。ちょっと綺麗でカッコ良かったです」

 

「最近のゴーレムはみんな命を吹き込まれてなくて嫌になるわね……。あんなのとは戦いたくないわ」

 

「あいつからは金の匂いがプンプンするが、倒せるビジョンが浮かばないな……。しかしあんなヤツと、砂の王はよく渡り合えるな」

 

スノウの言葉に、アリスが考え込む

「それは確かに疑問だな。ビーム兵器をなんとも思ってないようだったが、一方であの子機の事は鬱陶しそうにしていたし……」

 

確かに、砂の王はあの姿で遠距離武器を持っているとは思えないし、モビルアーマーと撃ち合える力は持っていないはずだ

それだけで決着は着きそうなもんだが……

 

 

 

「何にせよ、一旦帰ろうぜ。水の実も少しだけど手に入ったし……」

「ああ、これだけでも十分な成果と言えるだろう」

 

そう言ってスノウはポケットから一掴みほどの水の実を出して見せた

 

逃げ出す時に袋は落としてしまったのだが、こんなときだけはスノウのがめつさがありがたい

 

これだけで一国の水不足を解消出来るとは思えないが、無いよりはマシだろう

あとは、砂の王から効率よく採取する手段さえ考えればいい

 

俺は6号に言って、バギーを呼び出してもらおうと…

 

「あんなのがいる砂漠をバギーで突っ切るのか?」

 

 

「……この砂漠を横断すんのか?」

 

6号の回答に、俺はどこまでも広がる砂漠を見て呟いた

 

 

 

 

砂漠横断初日

 

 

「暑い!!」

「暑い暑いうるっせーぞ!!」

「あっじぃ~……」

 

俺達は灼熱の砂漠を突き進んでいた

 

今のところモビルアーマーと砂の王の気配は無い

しかしところどころに魔物の死骸やプルーマの残骸、そしてビームの焼き跡があるので油断はできない

 

「……グリムはどうだ?」

 

ロゼにおぶられてぐったりと寝込んでいるグリムを、アリスが診ている

普段の日光ですら嫌がっているほどの夜行性のグリムだ

砂漠の上下から照りつける日差しに、一瞬でダウンしたのだが

 

「すでに日射病の症状が出てるぞ。たぶん今日中に死ぬな」

 

またか……

 

 

「ミカとシノに救援を呼びに行ってもらうか…?」

 

俺はアリスに提案するが、6号が渋い顔をした

 

「こっちの位置を向こうに伝える手段が無いから微妙だがな……」

「まぁ何もしないよりマシだろ」

 

ミカとシノが変身すれば、俺達が歩くよりも遥かに早く街まで帰れるだろう

あとはティリスに言って、捜索隊を出してもらえば……

 

本当に捜索隊を出してくれるんだろうか

 

目障りな俺達を、失態の責任を理由に始末するつもりだったんじゃないだろうか

 

「じゃあグリムも連れてってあげてください……。このままじゃミイラになっちゃいます……」

 

ロゼが死にかけの友人を見せて言う

 

すでに血の気が引いて、白い肌がカラカラに乾いているんだが……

 

「……干からびても復活できんのか?」

「さぁな……。だが、グリムを持っていく前に試したい事がある、おい6号グリムのスカートを捲ってみろ」

 

アリスの言葉に、まんざらでもなさそうな6号が手をわわきわきさせて応える

 

「しょうがねぇなぁ……ほらよ!」

「あっ!」

 

ロゼの制止も間に合わず、グリムのスカートがまたしてもはねあげられる

 

《悪行ポイントが加算されます》

 

「「おぉう」」

 

そのアナウンスに、俺とシノはドン引きする

 

「というわけだ。グリムにはポイントの餌になってもらおう」

「血も涙もねぇ……」

 

 

 

 

二日目

 

変身したミカとシノを先行させて、俺達は砂漠を歩き続ける

 

「おい6号、お前らのその黒い服はなんなのだ…。見ているこっちまで暑くなるではないか」

 

スノウが俺達の戦闘服を見て、うんざりそうに言った

 

お前こそ、そんな露出の多い格好でよく砂漠を歩けるな

 

「キサラギの戦闘服には体温調節機能がついてるんだよ……。俺のは旧式な上に整備してなかったから調子悪いけど……」

 

6号の言う通り、俺達の戦闘服は全領域対応を目指して作られた高性能品だ

暑さや寒さに対しては耐性と調節の二重でサポートしてくれる

だが日差しや汗に関してはどうしようもない

アリスに相談したところ『思考を弄って不快感を無くせばいい』なんてとんでもない事を言われた

 

何故か俺のも調子が悪いが、不良品を掴まされたのか使い回しなのか……

 

「な!ずるいぞ貴様ら!上と下片方ずつ私に寄越せ!」

「バカ言うんじゃねぇ!」

「お前こそそんなに暑いなら裸にでもなれ!」

 

暑いと思考が鈍る

俺もついスノウに怒鳴った

 

あと、グリムは死んだ

 

 

三日目

 

 

「6号……。お前、食料の残りは?」

「今かじってるのが最後だよ……」

 

そう言ってポケットを裏返して見せる6号

パラパラと食べかすとゴミが砂の上に落ちる

 

こんな事なら、ミカとシノにポイントで何か呼んでもらえば良かった

特にシノは日頃のセクハラでポイント長者なのだから、食料くらい訳ないだろうに

 

「ま、砂漠で水の心配が無いのはついてるじゃないか」

「しかし、せっかく手に入れた水の実を……」

「文句言うなら分けてやんねーぞ」

 

アリスに言われて肩を落とすスノウ

現在、水の管理はアリスが、食料の管理は6号が、テントなどの夜営道具は俺が、そしてグリムの管理はロゼがやっている

スノウにはこの国の騎士としての経験を生かして道案内でもしてもらおうと思ったのだが…

 

「自分の内蔵データによるとこの先で間違いない」

高性能アンドロイドのマッピング技術は凄いもので、街と自分たちの位置関係を完璧に把握していた

いや、たとえ間違ってても誰も分からないが

 

「今あるポイントで食料を呼んだら、夜を待って出発するぞ」

 

「おいお前ら、こうなったら四の五の言ってられねぇ。次何か魔獣を見つけたら、絶対に食べるぞ」

 

俺の言葉に首肯くロゼとスノウ

6号は何か嫌な予感がするのか、苦い顔を見せた

 

 

その日の晩

俺達はテントの中で鍋を囲んで久しぶりに温かい食事に……

 

「やっぱりじゃん!やっぱりオークじゃん!!」

 

鍋でグツグツと煮込まれるオークの死体……

いや、死体ではなく肉と考えるべきだろう

 

……その方が罪悪感が湧かない

 

「何でお前ら当たり前のように食ってんの!?こいつら俺達と話通じるじゃん!」

「それなら気にするな、魔王軍所属のオークと違い、野生のオークは蛮族語しか使えない」

「知的生命体を食えないって言ってんだ!オルガもなんか抵抗しろよ!」

 

「いや、言い出しっぺは俺だし……」

 

地球じゃ、人間の言葉を理解する犬や猫も一部では食べられていた

前の世界でも、厄災戦後の食糧難では、人間同士を食べて飢えを凌いだという

さすがにここまで人に近いとまだ抵抗が残るが、正直魚よりも見た目はマシ……

 

いや、やっぱり顔は見せないでくれ

 

 

「……うまいか6号」

「……おいひい」

空きっ腹に染み渡ったのか、6号は少し涙を流した

 

 

 

四日目

 

「おい6号……。そろそろ一時間経ったぞ……」

「…気になるなら自分で捲ったらいいだろ……」

 

どういうわけか、俺達がグリムのスカートを捲っても悪行ポイントが加算されなくなった

 

6号に聞いたところ、悪行ポイントは相手がどれだけ嫌がっているか、そして自分がどれだけ悪事の自覚をしているかで決まるらしい

つまり、グリムが嫌がっていない、もしくは俺達が当たり前だと思っているのか

というかそもそも死んだ相手にこんなことしてポイントを稼ぐことが許される訳がない

きっと幹部連中が細工しているのだ

 

「ちくしょう……。前借りも使えねぇし。絶対アスタロト様が見てるんだ……」

 

 

 

 

たぶん五日目

 

体力の消耗を抑えるため、なるべく夜に移動をすることにしたのだが、そのせいで魔物にほとんど出会わない

なにより二体の魔獣の縄張り争いのせいで、見つけたら頃にはみんな死んでカラカラなのだ

 

腹を空かせ過ぎたロゼがプルーマの残骸を齧っていたが、すぐに吐き出させた

さすがに機械まで取り込むことは無いだろうが、もしそれでロゼが敵に寝返ったりしたらたまったもんじゃない

 

 

 

六……か七日目

 

とうとうスノウが自分のスカートを捲れと言い出した

 

6号が言われた通りに捲ってみたが、それでもポイントが入らない

アリスが言うには、緊急時には犯罪が犯罪では無くなるという

6号から、国が滅びかけてる時はツボや樽を割っても犯罪にならないなどと訳のわからない事を言われた

 

 

 

 

何日目か……

 

 

俺達はテントの中で休んでいた

皆一様にぐったりとして、ロゼに至っては自分の尻尾を齧っている

6号が『その尻尾ってちょん切ったら生えてこないのか』なんて言ったせいで一時本気で悩んでいたほどだ

 

ミカ達はまだ帰ってこない

アリスに言われた通りに直進しているのなら、もうとっくに向こうへは着いているだろうが、こっちへ戻ってこれるかどうか……

今のところ通信も無い

 

そろそろ本格的にヤバくなってきた

 

特にスノウが重症だ

 

昼間に『オアシスを見つけた!』などと叫んで走りだし、結局蜃気楼で無駄足に終わったりしていた

 

そのスノウは俺達の横で倒れたまま動かない

かろうじて意識はあるようで、水の実を見せると小さく反応を返した

 

俺達の戦闘服みたいなものも無いのに、よく耐えているもんだ

 

 

汚れた髪をかきむしりながら、どうしたもんかと考えていると、6号が疲れきった顔で言ってきた

 

「……おいオルガ。意識があるうちにスノウでポイント稼いでおけよ……」

「お前がやれよ……。俺だってさすがにそこまでしたくねぇよ」

 

さすがに瀕死で倒れる女性を剥いて腹を満たすほど落ちぶれたくは無い

 

だが、俺がそれで良くてもスノウとロゼは限界が近い

 

そうなると……

 

「おい6号、俺とお前で殴り会うぞ」

 

そう、無理に女に嫌がらせする必要も無い

俺と6号が殺しあってポイントを稼げばいい

 

……これで本当にポイントが入るかは知らん

 

「却下だボケ!!この極限状態で野郎の裸拝んで何が楽しいんだオラァ!!」

 

俺の画期的なアイデアを一蹴する6号

 

 

 

 

 

「隊長、副隊長……。あたしも、もう我慢出来ません……」

 

と、俺と6号が構えるのを見たロゼが、顔を赤くして言った

 

………も?

 

「ロ、ロゼ?待て、こういうのはエロ担当で良心が痛まないスノウを先に……」

「……そうだロゼ考え直せ、6号は絶対に責任とろうとしないぞ」

 

……言っていて何かが引っ掛かる

 

「でも、これ以上は……!」

「……分かった、悪かったな恥をかかせて。行きなりの事で取り乱した」

「お前吹っ切れるの早すぎだろ……」

 

6号にツッコミながらも考える

 

なんだろう

何か大きなすれ違いをしているような

 

「そんな……。あたしもこれは越えちゃいけない一線だって分かってます……。でも……」

「ロゼ、今は非常事態だ、気に病むな。それに言ってみればこれは本能だ。別におかしな事では無いんだよ」

「本能……。別におかしな事じゃない……」

 

おかしい

 

この部隊でそんなうわついた話になる事が

 

6号だって前に嘆いていた

隊の連中と全然エロいイベントに発展しないと

 

これがそれなのか?

 

 

「はい!あたし何だかスッキリしました!こんな状況ですし、しょうがないですよね!」

「ああ、しょうがない!一つ問題があるとすれば、互いに合意の上ってとこだな」

 

吹っ切れたような笑みを浮かべるロゼの肩に手を置き、目を輝かせる6号

そんな6号の台詞に、ロゼが首をかしげて言った

 

「合意の上だとマズいんですか?」

 

 

……あっ

 

 

「ストレートに言われると何もマズくない気もしてくるが、皆を助けるためだ。そう、必然性ってヤツが………。どうしたオルガ、合点がいったような顔して」

 

すべてが繋がった俺は、巻き込まれる前にテントを出ようとした

 

「……俺はミカ達が来ないか見張ってる事にするよ」

 

早いとこ、ここから出た方がいい

 

「おいオルガ。ロゼがここまで言ってるんだ、俺達もそれに応えてやろうぜ」

「お願いします副隊長!お二人とは一度全力でやってみたかったんです!」

 

そそくさと退散しようとする俺を、二人が引き留めてくる

 

違うんだ6号

 

お前は違うんだよ……

 

 

俺が助けを求めるように、事態を面白そうに見ていたアリスを見る

 

「ロゼと6号に聞きたいんだが、今から何をするつもりなんだ?」

 

 

「何って、食うんだよ!」

「そうです!隊長と副隊長を食べるんです!」

 

なぜだろうか

言葉は同じなはずなのに、俺には全く異なって聞こえる

 

「……今からロゼとエロい事をするんだろ?」

「今から三人で殴り会うんですよね?」

 

だんだんと理解が追い付いて来たのか、6号が顔から赤が抜けていく

 

「食べるって性的な意味じゃなくて?」

「食欲的な意味ですよ?」

 

「……………」

 

やっと理解した6号が騒ぎたてる間に、俺はこそこそとテントの入り口に手を掛けて……

 

「おいオルガ!お前何一人だけ逃げようとしてるんだ!元はと言えばお前のせいなんだからお前も来い!!」

「そうですよ副隊長!これは自然界の節理にのっとった生存競争なんです!」

 

助けを求める俺に、アリスは指を3本立てて見せると

「……おいアリス」

「ノルマは三百な」

 

 

くそったれ!

 

 

「グレイス王国遊撃隊所属、戦闘キメラのロゼ!参ります!」

「秘密結社キサラギ古参社員、戦闘員6号だ!お前でポイント稼いでやるよ!」

「同じくキサラギ所属の新入り戦闘員、オルガ=イツカだ!ロゼ!まずは6号を潰すぞ!」

 

 

 

 

翌朝

 

 

6号がアレコレとロゼにセクハラして得たポイントと、俺と殴り合って得たポイントを使って呼んだバギーに乗って、俺達はグレイス王国の正門が見える辺りまで到達した

 

問題のロゼは、戦闘中に稼いだポイントで取り寄せた食料を使って無力化してある

口から食べかすとよだれを垂らし、服もズレてひどい有様だが、幸せそうな顔で今は眠っている

 

途中で合流したミカとシノが、バギーでぐったりとしている俺達を見て言う

「なぁ、皆疲れきってるのは分かるけどよ。何でオルガと6号は歯形まみれなんだ?」

 

 

 

「……言いたくねぇ」

「……俺もう地球に帰りたい」

 



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遺跡の調査

ここ最近、何かにつけて呼び出されている王城の謁見の間

そこにやってきた俺達の前には、これまた最近よく見るティリスの苦い顔があった

 

「トリスと魔王軍が手を組み、侵攻の動きを見せています」

 

ティリスの言葉に、6号は指を鳴らすと

 

「なるほど、俺達の力を借りたいってわけだな?」

 

任せとけとばかりに得意気な顔をする6号

 

「おい6号。トリスが敵になったのはお前の責任でもあるんだぞ」

「俺は過去を振り返らない男なんだ。昔の事なんて覚えてない」

 

俺の苦言に6号がきっぱりと返す

 

「すげぇな6号、それって先週ぐらいの出来事だぞ」

「砂漠の暑さでおかしくなった……。と考えたいくらいですね」

 

その場の全員から呆れられても、6号はケロリとした表情を変えない

もう才能と呼ぶべきだな

 

「で、実際問題どうなんだ。トリスにはどのくらいの軍事力がある?」

 

俺の質問に、サヴァランが書類を見ながら言った

 

「トリスの軍事力は我々と大差ありません。ですが、トリスは資源大国です。その気になれば他国から戦力を借りだしたり、国そのものを差し向ける事もできるでしょう」

 

「そういやそんな国だったな…。やっぱり6号とスノウを引き渡すか?」

 

トリスから送られてきた宣戦布告状には、無礼な振る舞いをした二人を引き渡せば侵略まではしないと書いてあった

二人というのはたぶんアホをやらかした6号と、なぜか代表扱いされているスノウの事だろう

 

「オルガ!6号がバカなのはもう仕方がないが、貴様がそれを止めなかったせいでもあるんだぞ!」

「おいオルガ、俺達の仲だろ?それにお前だって乗り気だったじゃねーか」

「いや、あのおっさんには腹が立ったがあんな事するとは思わねぇよ……」

 

それまで俺達の騒ぎを静観していたアリスが、ティリスに言った

「周辺国については問題無い。トリスと魔王軍が条約を結んだことを言いふらして、人類の敵扱いしてやればいい」

 

さすがは、抜け穴をつつく事に関しては他の追随を許さないアリスだ

 

「こういう時は本当に頼りになるなお前」

「ああ、さすが俺の相棒だぜ」

「6号の後始末は自分の仕事だからな。にしたって今回は呆れたが」

 

「私も人の事を言えた性格ではないですが、アリスさんも大概ですね……。ですがそれで押し通しましょう、不可侵条約の事は事実ですし……」

 

アリスの提案に、呆れながらも一息吐くティリス

 

「……しかし、他国を抜きにしても現状は芳しくありませんよ。皆さんが採取してきた水の実のお陰で、しばらく水問題はなんとかなるでしょうが、その……アーティファクトが使えないとなれば……」

 

サヴァランがチラとティリスを見るが、ティリスは少しも顔を動かさずにスルーした

国の存亡がかかってるんだぞと言ってやりたいが、俺達の責任がでかすぎて何も言えない

 

サヴァランはどっちに同情すればいいのかわからないのか、ずっと複雑な顔をしている

いや、あんたに対しては謝罪しか無いよ

 

「…なにより、魔王軍との戦争の傷も癒えぬ内にトリスとも戦争するとなれば、国民の不満も高まるでしょうし、商人の往来も減るでしょう。長期戦になればなるほどこちらが不利です」

 

たしかに、ずっと戦争状態が続くのはかなりの不安だろうな

魔王軍との戦闘で少なくない兵士が犠牲になっているわけだしな

 

「まぁ、俺達キサラギが本気を出せばトリスだってなんとかなるだろ。本部からの応援は期待できないけど……」

 

地球では現在、キサラギに対抗するヒーローによって大規模な反抗作戦が展開されているらしく、兵器や人員の移動が大幅に制限されている

アスタロトがミカとシノにも帰ってきて欲しいなどと言っていたが、俺は無視を決め込んだ

 

しかし、俺達だけでも四天王クラスの相手を十分に相手できる

一般兵はトラ男を筆頭としたゲリラ部隊で相手をし、俺達が敵の首級を落とせばなんとかなるだろう

 

「今回の相手は人間ですから、あまり非人道的な行いは避けて欲しいのですが……。本気とはどのような…?」

 

ティリスが恐る恐る尋ねると、アリスは親指を立てて言う

 

「自分が捕虜のふりをして敵の真ん中に行って自爆する」

「お前なんでそんなに自爆したがるの?それはマジで最後の手段だからな?」

 

聞いて後悔したのかティリスが顔を反らす

「……私達は全力でお父様を捜索します。その間に、6号様にはある任務をお願いしたいのです」

 

そう言ってティリスが見せたのは一枚の地図

いくつかバツ印が付けられた、随分と古い地図だが、グレイスとトリスの地図のようだ

 

「これは任務が成功していた場合に、報酬としてお渡しする予定だった遺跡の地図です。聞けば、現在二人の魔王軍幹部がこの遺跡を調査中だとか」

「二人?ハイネはトリスに居たから確定だろうが、ガダルカンドは死んだし、ファウストレスが戻ってきたのか?」

 

俺の疑問に6号が答える

「いや、たぶん最後の四天王だよ。お前は会ってないけど、トリスにもう一人四天王が居たんだ」

「そうなのか。だとしたらやっこさん、その遺跡に随分とご執心だな」

 

二人しか残っていない四天王を両方とも差し向けるのだ

トリスで言っていた、砂の王を倒す兵器というのは相当重要らしい

……そういえば四天王って穴埋めはしないのか?

 

話の筋を理解したのか、6号が言った

 

「つまり、連中が古代兵器を手に入れるのを阻止しろと」

 

 

 

 

 

 

ティリスからの依頼が終わった帰り道

 

「待ってくれオルガ=イツカ!」

「俺になんか用か?」

 

サヴァランが俺を呼び止めた

どこかそわそわしながら、サヴァランは咳払いをする

 

「その…ビスケットは…死んだのか……?」

 

サヴァランのその言葉に、少し言葉につまる

 

「……ああ」

「そうか……」

 

俺がそう言うと、サヴァランは悲しそうな表情を浮かべた

 

「……すまん」

 

俺がそう言って頭を下げるが、サヴァランは首を振ると

 

「いや、私に君たちを責める権利は無いよ……。ビスケットだって押しやるように火星へ送り出して、その上ドルトであんな事を……」

 

そう言って申し訳なさそうに顔を背けた

 

 

いや、違う

 

ビスケットが火星でサクラさんやクッキーとクラッカーと仲良く暮らせていたのは、サヴァランが助け船を出してくれたからだ

ビスケットは結果的にCGSへ入隊しひどい扱いを受けたが、それでも貧民街よりはマシだったはずだ

 

それに、ドルトでの一件だって同じ労働者や貧民街の皆のためを思ってやっていた事だ

 

 

 

なにより……

 

「ビスケットには、堅実な人生を歩んで欲しかったんだがなぁ……。まぁ、あいつは頑固で真面目で、私なんかよりよっぽど勇気がある。君たちと一緒に行って正解だったのかもしれないな」

 

……サヴァランは死の直前まで、ビスケットの身を案じていたのだ

 

俺からすれば、立派な兄貴だ

 

 

「今回の任務は頼むぞオルガ=イツカ。君たちと居れば、いつかまたビスケットに会えるかもしれないからな。こんなところで終わるわけにはいかないんだ」

 

サヴァランは意を決したように向き直ると、声をはっきりとさせて言った

 

 

 

 

 

 

 

「さて聞けお前ら。明日、自分ら数人でトリスにある遺跡に行き、魔王軍の連中が求めてる兵器をかっさらう。その間、トラ男とキサラギ戦闘員部隊にはこの国の防衛を任せる」

 

俺達はアジトの作戦室で、アリス主導に明日の予定を確認していた

 

 

アリスの話では、トリスに居たもう一人の四天王というのが、ロゼと同じ戦闘キメラの可能性が高いという

 

オーパーツ気味な力を秘めた戦闘キメラと同じ技術で造られた遺跡

そしてそこに眠る古代兵器

 

もし魔王軍の手に渡れば、戦局に大きな影響を及ぼすだろう

だからその兵器を強奪、あるいは鹵獲してしまおうというのだ

そうすれば、現状では望めない戦力の強化も行えて一石二鳥

それがダメでも、破壊さえできれば任務は達成できる

 

 

「お前らばっかりズルいにゃん。俺もそっちがいいにゃん」

「魔王軍は性懲りもなく森から侵攻してきてるからな、ゲリラ戦じゃトラ男の独壇場だろ?おまけに、敵の幹部は出払ってるしな」

 

猫のようにしょんぼりと尻尾を落とすトラ男を、アリスが激励する

 

「おい6号、もし遺跡に美少女製造マシンとか、使用者を若返らせる機械とかがあったら持って帰ってこい」

「トラ男さん、語尾のにゃん忘れてますよ」

 

本気のトーンで6号に頼むトラ男

 

怪人はみんなこうなのか

以前6号が言っていたトラ男と双璧を成すゲリラ戦のプロ、カメレオン男は露出狂じゃないだろうな

 

 

「しかし、砂の王を倒せる兵器なんて俺達の手におえるのか?」

 

兵器というのがどんな用途でどんな力を持つのか、何も情報が無いので対策や準備のしようがない

一応、ミカとシノを連れていく予定ではあるが、どこまでいっても、人型では相性の限界というものがある

銃や爆弾ならいいんだが、それこそモビルアーマーでも出てきたら破壊は困難だ

 

「まぁ、なんとかなるだろ。俺達は悪の組織だ、美味しいとこだけ横取りしようぜ!」

 

楽観的な6号の言葉に、一瞬不安がよぎる

 

行き当たりばったりに進んでいると、いつか何かを失うのでは無いか

 

 

 

……6号ならそんな事は無いかもな

 

 

 

余裕が無いわけではない

悲観的でも無い

 

そんな6号が、少し羨ましくなった

 

 

 

 

 

翌日、トリス領内へ向かう俺達のバギーで

 

 

「お前ら、もう平気なのか?」

数日前と同じようにミカとシノをバギーの横に走らせながら、俺は元気になった三人に話しかけた

 

 

「うっ、ううっ……私の給金があぁぁ……」

 

今日は助手席に座ったスノウは、さっきからずっとこんな調子だ

なんでも騎士団長の位を剥奪されたあげく、減俸を言い渡されたらしい

半分とばっちりみたいなものではあるが、あのままスノウにやらせて上手くいったかと言われると……

 

 

「王様にあんな事したのにまたトリスに向かうだなんて、副隊長ってたまに思うんですけど隊長くらいアホですよね」

 

すっかり元の調子を取り戻したロゼが、窓の外を眺めながらそんな事を言ってきた

ロゼも、こんな年端もいかぬ姿で以外と毒を吐く

キメラの適応力の成せる技か、はたまた製作者の趣味か

いずれにせよ6号と同等のアホ呼ばわりは聞き捨てならない

気を使って渡さなかった苦いチョコレートを食わせてやろうか

 

「……………」

「おい、グリム?」

 

グリムは体育座りの姿勢でブツブツと何かを呟いていた

垂れた髪で顔を暗くしながらのその姿は、完全に魔女のそれだ

やっぱり砂漠で長時間干からびていたのがいけなかったのか?

車椅子が無いとまともに活動もできないグリムは、もう少し体を鍛えた方がいいんじゃないだろうか

たぶんそんな提案、それこそ死んでも受諾しないだろうが

 

 

「おいスノウ、いつまでもメソメソうるせーぞ。俺なんて給料は貰った週に全部使っちまうが、それでも楽しくやってるぞ?人生金じゃねーよ」

 

「楽しくやれてるのは自分が小遣いやってるからだろ」

「お前この国の給料額に目が眩んでキサラギ辞めようとしただろ」

 

アリスと俺のツッコミを知らん顔でスルーする6号

コイツ、俺とアリスだけじゃなくミカやシノからも金を借りてるからな

金の無いスノウやロゼには貸しが無いが、グリムにだって相当奢らせてるはずだ

 

「今回の減俸は痛い……痛すぎる……。氷結剣の二代目をと思っていたのに………」

そう言いながら、ハイネに溶かされた初代氷結剣を思い出したのか遠い目をするスノウ

 

「ああ、あの何の見せ場も無かったやつか」

「……いいだろう。もし二代目を手に入れた暁には、貴様で切れ味を試してやる」

 

俺の言葉が逆鱗に触れたのか、腰からナイフを抜いて後部座席に振りかえるスノウ

というかそのナイフって俺達が使ってるキサラギ製の奴じゃないか?

いつの間に手に入れたんだ

 

 

「ところでロゼ。お前本当に砂漠での事を覚えてないのか?」

6号がロゼに問う

あの一件以降、6号は顔を会わせれば同じ質問を繰り返している

俺は正直あまり思い出したくないんだが…

 

「またその話ですか?何度も言いますが覚えてませんよ。あたしが隊長達に襲いかかるわけないじゃないですか」

 

と、ロゼは同じ事を6号に返す

最初は俺も都合よく誤魔化そうとしているのかと思ったが、どうやら本当に覚えていないらしい

 

非常時になって動物の本能が優先された結果だろうか

なんにせよ、これからはロゼの扱いには気を付けよう

 

俺の不死身もあまりあてにし過ぎたく無いし、たぶん消化されたら生き返れないだろ

 

「……隊長の言うことが本当なら、あたし色々されたって事になるんですが。あたし一体何されたんですか?」

 

「覚えて無いんならそれでいい……」

「……聞かない方が良いぞロゼ」

 

顔を背ける俺と6号の肩を、ロゼが掴んで揺さぶる

 

「本当にあたし何されたんですか!?怒りませんから言ってくださいよ!」

 

なんて事は無い

俺と6号が死闘を繰り広げ、ついでにロゼにちょっとセクハラしただけだ

 

……本当に生きた心地がしなかったぞあれは

なんせ、ロゼはお構い無しに齧ったり引っ掻いたりしてくるんだからな

まさに死に物狂いと言った様子だった

 

振り解く時にどこを触ったのか、悪行ポイント加算のアナウンスが何度か鳴ったがどうやって謝ろうか

 

 

「ロゼ、俺達は全員無事なんだからそんな事は良いじゃないか。もう過ぎた事さ、帰ったら何かご馳走してやるから」

「それはいただきますが、府に落ちません!場合によっては責任取ってください!」

 

「俺、責任取ってって言葉が嫌い」

 

「やっぱりお前をトリスに引き渡すべきだったよ」

 

 

最低な発言をする6号を乗せてバギーを走らせ、もう日も暮れるかといった頃

 

「デケェな……」

バギーを岩陰に停めて外に出た俺達の前には、ドーム状の建造物が建っていた

モビルアーマーだって収まるほどの大きさに、中で眠る兵器の重要度が現れていた

 

「できれば夜の内に遺跡の調査を済ませたいわね。でないと、私の持つ強大な力の恩恵は受けられないわよ?」

日が落ちてすっかり元気になったグリムが、車椅子をバギーから降ろしながら言う

 

「最近お前の力が活躍したことってあったか?」

「ちょっと!ピンチの時は頼りなさいよ!この間だって隊長が泣いて謝るほどの呪いを使ったじゃない!」

 

半泣きではあったが、謝ってはいなかったと思う

というか、アレに関しては一つ疑問がある

 

「なぁ、呪いって避けられるもんなのか?あの時6号目掛けて撃った呪いの球みたいなのはどっか飛んでったが」

「それは私も気になってる事なのよね。何か生き物を身代わりにすれば防げるけど、避ける事は無理なはずなのよ。だからきっとあの呪いはどこかの誰かに……」

 

そこまで言って自分でも何かに気がついたのか、グリムは目を見開く

 

「おいグリム。好色で有名なトリスの第一王子の奴だが、スノウやハイネにすり寄られても眉一つ動かしてなかったよな」

「そうね。きっと好みじゃなかったんじゃないかしら」

 

俺の追及に、露骨に目を反らすグリム

あの時は6号に勝ち誇るための演技だと思ったが

 

「6号が吹っ切れた原因はあのエンゲルの反応に敗北感を味会わされたからだ。つまり、あれはお前が……」

 

「私はスノウの貞操を守ったのよ。あのままじゃ、きっとスノウは賞味期限間近の惣菜並みに体を安売りしていたもの。それに比べたら、トリスに宣戦布告される事ぐらいなんて事無いわ」

 

 

 

哀れ6号

 

 

「……この事は黙っておこう」

「……そうね、それに二人だけの秘密って憧れるものね」

 

お前はもう少し反省しろよ

 

 

 

 

遺跡付近の様子を偵察すると、魔王軍の夜営らしきものを確認できた

オークなどの下級魔族が数十人

ほとんどの兵士は傷を負い、中には死体となった者の姿もある

皆一様に疲れた様子で、連日ここで遺跡の攻略に努めているようだ

ハイネや幹部の姿は無いが、テントで休んでいるのかそれともまだ遺跡の中なのか

 

 

「今から少々卑怯な作戦を提案する」

 

「連中もまさかトリスから逃げ帰った我々がここに居るとは思わずに油断しているだろう。そこで、闇に乗じて奴らを………!」

 

と、騎士道に真っ向から抗う作戦を提案するスノウ

変わり果てた仲間の姿に、ロゼとグリムが頭を押さえる

 

「スノウさん。ここんとこ隊長達に毒され過ぎてませんか?」

「ねぇスノウ。あなた私やロゼと違ってちゃんとした騎士なのだから、寝込みを襲うのは……」

 

「し、仕方がないだろう!相手は魔王軍の幹部が二人だぞ!?それにハイネが居るのなら、あの黒いヤツも来ているかもしれないし……。なぁお前達なら分かってくれるだろう?この作戦が有効な事を!」

 

二人に責められ、味方を求めるように呼び掛けるスノウ

最近のスノウは本当に堕ちていくなぁ

 

「だったら、下っ端の魔族達を人質に取るってのはどうだ?」

 

シノがそんな事を提案すると、ロゼとグリムはスノウだけでなくシノからも距離を取った

だがアリスは、少し考えてから口元に笑みを浮かべた

 

「それも手だな。もし見捨てるのであればあえて人質を解放して、四天王は血も涙もないって知らしめて魔王軍を内側から崩壊させよう」

「相変わらずえっぐいな~」

 

アリスからの追加提案に、とうとう手遅れな物を見る目で見つめるロゼとグリム

そんな様子を見てていた6号が、小さく鼻で笑いながら言う

 

「おいオルガ。ダスターの塔の時は譲ったんだ。今度はキサラギ流でやらせてもらうぜ」

「自信ありげじゃねぇか。言ってみろよ」

 

6号は目を閉じて腕を組み、不敵な笑いを絶やさずに言った

 

「今夜はここで朝まで休み、連中が動き出したら尾行する。道中の罠や警備は全部あいつらに押し付けて、ゴールして油断しているところを襲撃する」

 

ゲス笑いを浮かべながら6号が言った作戦に、ロゼやグリムだけでなくスノウも固まる

 

 

だが俺達は

 

「なるほどな。それなら安全に苦労もせず兵器を手に入れられるって訳だ」

「いいんじゃない?それならオルガも死ななくて済みそうだし」

「6号もたまには頭使った事考えるじゃねーか!見直したぜ!」

「さすがだ6号、よく言った。それでこそキサラギの戦闘員だ」

 

 

6号の案を絶賛する俺達に激昂するスノウを放置し、床についた

 



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二人の相棒

 

「おい6号、いい加減起きろ。スノウが怒ってるぞ」

 

俺はテントの中で爆睡している6号の頬を軽く叩きながらそう言った

 

6号は目を開けるが、すぐにそれを閉じ

「……ワンテンポ遅らせた方が尾行に気付かれにくいだろ?あいつにもそう言っといてくれ………」

「俺もそう思ったんだがな。あいつ、遺跡に財宝が隠されてるんだと睨んでるみたいでよ」

 

「……しょうがねぇなぁ」

 

6号がボサボサになった髪を掻きながらテントから出る

 

すでに他の皆は軽めの朝食を済ませ、6号を待っていた

 

まだ6号は眠そうだし、代わりに隊員の準備チェックでも……

 

「……おいスノウ。まさかその格好で行くつもりじゃないだろうな」

「ん?それがどうかしたのか」

スノウが頭に疑問を浮かべて聞いてくる

 

「脱いでけ」

「オルガ、貴様まだ砂漠での遭難気分が抜けていないのか?6号だったら斬り捨ててやったところだぞ」

 

最近のスノウは遺憾なことに、俺も6号に負けないバカだと見ている

こいつも相当なダメ人間だと思うが、ダメのベクトルが違うので優劣付けがたい

 

「尾行っつったろ。その鎧じゃ音が出るだろ?」

「むぅ……。しょうがない、ちょっと待ってろ」

 

俺に言われて仕方なくテントの中でガチャガチャと鎧を脱ぐスノウ

 

その隣には準備万端と言わんばかりの表情のグリム

 

「……グリムは車椅子から降りろ」

「ちょっと副隊長。トリスに行った時から思ってたけど、最近私の扱いがおざなりじゃない?」

 

グリムが抗議してくるが、こればっかりはしょうがない

 

「車椅子で尾行なんかできるわけ無いだろ。持ってっても、階段なんかがあったらまた誰かにおんぶしてもらうんだろ」

「砂漠で足裏を火傷してから、もうこの子からは降りないって決めたのに……」

 

名残惜しそうに愛車にしがみつくグリムを引き剥がし、車椅子をバギーにしまう

 

「シノ、お前はいつまでフラウロスでいるつもりなんだ?」

「……やっぱりダメか?」

 

シノが恐る恐る言ってくるが、回答は決まっている

 

「ダメに決まってんだろ。どうやっても音が出るし、中に入ったらなるべく小さく屈んでる方が良いからな」

「四代目にはあんまり乗れてねぇから、できるだけ使ってやりてぇんだがなぁ」

 

 

いまいち緊張感のない仲間を引き連れ、魔王軍の監視を潜り抜けて遺跡の入り口へたどり着いた

扉のロックは解除されて開けっ放しだし、相手もすっかり油断しているようだ

 

「警備はザルだな。扉も閉めてないし、中には見張りも立ててないみたいだ」

「埃まみれじゃねぇか。足跡は残っちまうが、音は消せそうだな」

 

中に入ると、そこには異質な通路が続いていた

壁や天井には照明が埋め込まれ、小部屋のようなものもいくつか確認できた

 

外から見たときも思ったが、雨を降らせるアーティファクトとどことなく似ている

 

「おいおい、俺達は文明レベルが低い惑星を選んで送られたんじゃなかったのか?」

「ずっとファンタジーだったくせに、ここだけSFって感じだぜ」

 

いまさらリリスや他の幹部達を責めはしないが、こちらとしては文句の一つも言ってやりたいところだ

 

「……やはりこの星は文明レベルにズレがあるな。過去に発展した文明があり、一度崩壊したと考えるのがしっくりきそうだ。まぁ、そもそも……」

 

アリスがそう言いながらロゼを見るので、俺と6号もそれに連られる

 

「な、何ですか?どうしてあたしを見るんですか!?」

 

「コイツ自体があり得ない生き物だもんなぁ」

 

6号がそう言うので、俺もロゼの体をまじまじと眺める

食べた物に応じて体に現れた形質は、自然にできたものとは考えにくい

 

個人的には、見た目の抵抗は魚の方があると思うが

ロゼの場合、人間らしさが残っている事が気味悪がられているのだろうか

 

「ロゼは魔法で産み出されたもんだと思ってたが、この感じだと……」

「はい。私が見つかった遺跡とは別のはずなんですが、壁や天井の形とか模様なんかがどことなく見覚えあるような気がします」

 

ロゼの遺跡はグレイス王国でも調査中らしいが、どこまで分かっているのだろうか

この国のことだ、全て分かっている上でダシに使われているのかもしれない

 

『なぁオルガ。ロゼちゃんの記憶が戻ったとして、人間側だと思うか?』

 

シノがそんな事を聞いてくる

 

『……確証はねぇよ。けど、あいつはグリムや俺達の事も慕ってくれてるし、きっと大丈夫なはずだ』

 

…何が大丈夫なんだ?

 

もしロゼが人類の敵だとしたら、無理して俺達といるより魔王軍に居た方が幸せなんじゃないか

 

「くそっ!俺はまたこんなことを……」

 

自分に嫌気がさして頭を掻く

 

「副隊長、どうしたんですか大声出して。見つかっちゃいますよ?」

 

「……悪い。なんでもねぇ、先を急ごうぜ」

 

 

そこから少し通路を進んだ脇に、何かが落ちていた

 

ハイネ達が破壊したのだろうか

人間大ほどの大きさの残骸が転がっていた

装甲の隙間から機械の配線が飛び出しているその姿は……

 

『おいアリス、これってどう見てもロボットだよな』

『えらく経年劣化が激しいが、まぁロボットだなあ』

 

6号とアリスが互いに頷き合う

 

『なぁ、アンドロイドとロボットってのはどう違うんだ?かわいいのがアンドロイドで、そうじゃないのがロボットか?』

シノが、俺も気になっていた事を言った

 

『そりゃお前アレだよ……。なぁアリス、アレだよな』

 

6号が知ってる風を装ってそう言うと、アリスが呆れながら言った

 

『外見が人ならアンドロイドって感じで別にいいぞ。あとはAIとかそういう話だが……』

 

『うん。知らん』

『それは俺も知らねぇ』

 

『…もし侵略が成功したら、教育普及は急務だな』

 

アリスが戦闘員の知識不足に頭を悩ませている間に、スノウはロボットのパーツを広い集めていた

 

「おい、お前達も見てないで手伝え!こいつなんかは持ち帰ればそれなりに……!」

「そんなもん全部終わってから回収に戻れよ!あいつらに先越されたらどうすんだ!」

 

こんな時でもがめつさを忘れないスノウに6号が言うが、アリスとシノもロボットの残骸を見て屈み込む

 

「確かにこいつらの構造は気になるな。三日月、いくつか持っててくれ」

「修理すれば使えるようになんのか?なぁオルガ、なるべく綺麗な奴を持って帰ろうぜ!」

 

「お前らもかよ!」

 

6号がたまらずキレるが、結局いくつかの残骸を持って帰る事にしたらしい

スノウが袋いっぱいに担いで笑みを浮かべた

 

そう後ろで、グリムが埃まみれの足を上げて気持ち悪そうに言った

「うぅ、素足にこの大量の埃は堪えるわ…。ねぇロゼ、またおんぶして………ロゼ?」

 

グリムが、どこか上の空のロゼを見る

 

「あたし、なんだかこの子達と遊んだ事があるような……」

 

 

 

 

 

 

しばらく進むと、なにやら戦闘の光が見えた

顔を覗かせてそこを見ると、そこにはハイネともう一人

ほぼ人間の姿だが、腕にはヒレのような物を生やし、尻尾が生えたその姿はロゼに似ている

ロゼが爬虫類を思わせる姿なのに対して魚に似た姿をしていが、恐らくはロゼと同じキメラだろう

 

「あれが話にあった最後の四天王か……」

「たしかにロゼに似てるね」

「あのねーちゃんおっぱいデケーな!」

(お前ら静かにしろ!)

 

思わず声を抑えるのを忘れてしまったが、幸いこちらには気付いていないようだ

ハイネが気楽そうに話しかける

 

「そろそろゴールが近そうだね。ラッセル、あんたも大分魔力を使ったみたいだけど休憩を取らなくてもいいのかい?」

「戦闘キメラの魔力は無尽蔵だからね。食べ物さえ切らさなければ一日中だって水魔法を放てるさ」

 

(あいつ、今戦闘キメラって言ったぞ。どうやら予想は当たったみたいだな)

(名前は水のラッセルっていうらしいし、水の使い手か…。スタンガンでも取り寄せるか?)

(まだ様子見だな。あいつの戦闘力を見てからにしよう)

 

 

「それじゃあとっとと攻略しようか。こんな不気味なところからは早く出て、魔王城でゆっくり寝たいよ」

「ボクにとってはここは故郷みたいなものなんだけどね……。まぁしょうがないか、ハイネは現代環境に適応した魔族だしね」

 

 

(現代環境に適応した魔族?キメラは魔族より前から存在してるってことか?)

(リリス様いわく、この星の生物の進化には不明な点が見られるそうだ。こりゃ、魔族自体が人造生物な可能性も出てきたぞ)

(この遺跡を作った文明の仕業か……。ゾッとする話だな)

 

 

それからも二人は、時には助け合い、時には軽口を叩き合いながら、幾度となく迫り来る敵と罠を何度も退けていた

 

二人の絆が垣間見えたが、それを隠れながら見ていた俺達は

 

(へっへっへ……!やつら、何も知らずに油断してやがる。横取りしてやるのが楽しみだぜ)

(おうおうおう、仲睦まじいじゃねーか。あのガキんちょ、あんなおっぱいと一緒に夜営してんのか?羨ましーぜあんにゃろう)

 

6号とシノが邪悪な笑みを浮かべる

それを見ていたスノウは不安そうに俺を見た

 

(おいオルガ、こうしてあいつらの頑張りを見ていると、なんだか躊躇してしまうのだが……)

(ここまで来たらやるしかねぇだろ。国の存亡が掛かってるんだ、良心は今だけどっかに預けとけ)

 

俺達が軽い葛藤に苛まれている間にも、6号はまた何か思い付いたのかグリムへ耳打ちする

 

(おいグリム、こっからあいつらを呪えるか?あいつら二人とも魔法使い系みたいだし、一時的に魔法が使えなくなる呪いをかけてやるのはどうだろう)

 

(誰かを呪う時はそれなりの声量で言葉にしないと効果が無いわ。でも、なかなかいい手ね)

(あたし、もういたたまれないんですが……)

 

 

 

 

俺たちの思惑を他所に、やがて二人は大部屋のようなところへ足を踏み入れた

どうやら、目当ての物を見つけたようだ

 

「これが砂の王に対抗出来る切り札かい?またとんでもない大きさだね……」

 

ハイネがそう言って見上げるのは、巨大なガラスの格納庫

 

「ああ、本来コイツは地上に繁殖した猿どもを駆除するための兵器さ。これで砂の王を駆除した後は、うざったい人類を根絶やしに出来るね」

 

ラッセルが悪い笑みを浮かべながらそう言う

 

その話だと、元々対人間を想定して作られたようだが、ありゃまるでモビルスーツじゃねーか

 

埃を被っていてうっすらとしか見えないが、人型の巨大ロボットがそこにあった

 

人が乗るのか、自動で動くのかわからないが、この星の一般技術と比べると明らかにオーバースペックなことに違いはない

 

「またあんたはそんな事を……。そこまで人間が憎いのかい?」

「ああ、憎いね。それがボクを作った創造主の願いだし」

 

ラッセルがそんな不吉な事を言う

 

ロゼとラッセルの製作者が同じだとすれば…

 

いや、今はよそう

 

「ハイネはあいつらが憎くないの?何度も酷い目に遭わされたって聞いたけど」

 

「これは戦争だしね。一々あいつらを憎んでいたらしょうがないだろう?憎しみに囚われた奴を一人知ってるけど、あんたにはそうなってほしく無いよ」

 

「あの黒いヤツの事?あいつ、うるさいからどっかやって欲しいんだけど」

 

ハイネとラッセルがそんな話をしている間に、6号は二人のすぐ後ろまで移動している

案外気づかれないもんだ

 

「そう言うなよ。あいつだって、いろいろと思いがあってやってるんだからさ……。じゃあラッセル、期待してるよ」

「任せてよ。……うん、状態も良いしどこかが故障している様子もない。この分なら…………」

 

ラッセルがガラスケースの前に備えられたコンソールを弄っていた時

 

「死にさらせぇぇぇぇぇぇ!!」

 

「ほっ!?」

 

6号がラッセルの背後に忍び寄り、股間を思いっきり蹴りあげた

 

中性的な顔立ちだが一応、男……だよな?

 

ラッセルは急所への一撃をくらい、変な声を出しながらその場に倒れる

 

6号がそれを踏みつけて勝ち誇った

 

「魔王軍幹部、水のラッセル討ち取ったり!!」

「ラッセルーーッッ!?」

 

ハイネが悲鳴を上げて駆け寄ろうとするが、そこへシノが割って入る

 

「おっと、ねーちゃんはおとなしくしててもらおうか!」

「な、なんであんた達がこんな所に!?」

 

涙目になりながら俺達を見て驚愕するハイネ

 

「悪ぃなハイネ。この兵器は俺達が回収させてもらう。もし抵抗すれば……」

 

俺が銃を突き付けながらそう言い、ミカが口から泡を吹くラッセルを押さえつける

 

 

「おお、お前ってヤツは!いやちょっと待て、ひょっとしてあんた達はずっと後をつけてたのか!?で、最後の最後で美味しいところをかっさらおうと!?」

 

自分で言いながらどんどん青ざめるハイネ

 

「……よく分かってるじゃねぇか」

「そうだよ、お前らが露払いした後を悠々とついてきた」

「酷すぎるだろ!そんなのズルい!」

 

俺にはハイネの抗議が耳に痛いが、6号とシノにはそんなこと無いらしい

 

「よーしおっぱいのねーちゃん。俺もせっかくのおっぱいを傷つけたくねぇ。おとなしくして、ちょっとおっぱいを揉ましてくれれば、悪いようには……」

「おっぱいおっぱいうるさいよ!あんたは見ない顔だけど6号の同類って事がよく分かったよ!!」

 

とうとう怒り出したハイネをよそに、6号はミカに掴まれたラッセルへ視線を向ける

 

「よし三日月、そいつを起こせ。アリスにこの兵器の情報を……」

 

「6号。こいつもう息して無いよ」

「クリティカルヒットだったな。やるじゃねぇか6号」

 

と、二人がそんな事を……

 

「……は!?」

「ラッセルー!」

 

その場にいた全員が6号の所業にドン引きし、ハイネは泣きながらラッセルの体にしがみついた

 

「え、マジで!?俺子供を殺っちゃったのか!?」

「おいおい6号、何もそこまでやらなくたって…」

 

当の6号もさすがに子供を手にかけるのは罪悪感があるのか、慌ててラッセルを掴む

白目を向きながら口から大量の泡を吹き出してぐったりとするラッセルの腕に、アリスが注射器を立てて言う

 

「一応カンフル剤打ってみるが、ダメだったら諦めろよ」

 

 

 

 

アリスの処置から数分後

うめき声と共に、ラッセルがなんとか戻ってきた

 

「う……一体何が……?」

 

「おう、目が覚めたか?変な事は考えるなよ。ハイネがどうなっても知らねぇぞ」

 

そうラッセルに警告する

たぶん6号とシノがハイネにすることは決まってるが

 

「お前は俺の一撃で瀕死の重症を負ったんだ。でもまあ勝敗は付いたからな。優しい俺達は治療を施してやったってわけさ」

 

まだ意識がはっきりしないのか青い顔でボーっとするラッセルを覗き込みながら、6号が言う

そしてそれを見ていた仲間達は…

 

(ガキを背後から不意討ちしといて、よくあそこまで勝ち誇れるよな~)

(まったくだ、しかも慌てて治療していた癖に)

(勝敗は付いたとか、勝手に決めちゃってますしね…)

(さすがのゼナリス様もドン引きされているご様子よ)

(ねぇオルガ。オレ、見てるだけでいいのかな)

 

 

「……なるほど、不意討ちを食らったのか。で、キミはこの兵器を横取りするために、ボクの復活を待っていたんだね……」

「そういうわけだ。変な動きを見せたら、お前だけじゃなくその機械とハイネにも攻撃を仕掛けるからな」

 

そう言ってラッセルの首元を掴み、頭に銃を突き付ける6号

 

「まずはコイツを開けてもらおうか。その後はこのデカブツの操り方を教えてもらおう」

 

(まるでこっちが悪者じゃねーか…あいつ、ちょっとやり過ぎなんじゃねーの?)

(あたし極悪人になった気分です…)

(悪の組織だし、間違って無いけど…)

(これは国のため、そう、国のためなんだ……)

(ねぇスノウ、私の目を見て言ってご覧なさいな)

 

隊員が思わず目を背けるのもお構い無しに、6号はラッセルをコンソールに向け直させる

 

「起動方法は簡単だよ。この施設の関係者なら、実は誰にだって動かせる」

 

そう言ってコンソールを触っていたラッセルの体が青く輝く

 

「おい、なんかヤバくないか…」

 

そう言った瞬間、ラッセルの体は光になってガラスの中へ吸い込まれていった

それと同時に、中に収められた機械の光が明滅を繰り返す

 

「これはもう手遅れ臭ぇな……!」

「お前ら一旦離れろ、回収は諦めて破壊に移行だ!」

 

俺達が離れると、ガラスを突き破って巨大な手が現れた

その手が、そのまま自身を封じ込めていたケースを破壊して立ち上がる

 

その姿は巨大な人型兵器

俺達が知るどのモビルスーツとも似て非なる外見だが、それ以外に形容しようがない

 

「動くなぁぁぁぁ!!!」

 

6号がすかさずハイネを背後から押さえて銃を背中に突き付けるが、ハイネは不敵に笑うと

 

「……ラッセル、後は任せていいかい?」

《ああ、コレさえあれば楽勝さ。先に帰って待っててよ》

 

そんなやり取りを終えた瞬間、ハイネは腕の魔導石とは違う石を取り出して掲げた

 

「させるかぁぁぁぁぁ!!!」

「えっ!?ちょっ!きゃあああああ!!」

 

何かを察知した6号が石を奪おうと手を突っ込む

 

 

しかし、あと少し遅かったのかハイネの姿は忽然と消え……

 

「おっ、やったな6号。お宝ゲットじゃねぇか」

「6号お前……」

 

6号の手には、ハイネが身に付けていたブラジャーが残されていた

 

《………ッ!ハイネを辱しめた猿め!踏み潰してやる!!》

 

ハイネがどんな目に遭っているか理解したのか、ラッセルが操るロボットが6号へ向けて動き出す

 

 

「おっと!そうはさせねぇぜ!」

 

6号に向かって手を伸ばすロボットの前に、シノがフラウロスへと変身して立ちふさがる

 

 

「そんなにハイネが好きならくれてやるよマセガキが!!」

「あっ!もったいねぇ!!」

 

6号がロボットの前にハイネのブラを投げつけると、ラッセルが動揺したのか動きが止まる

 

《ボクとハイネはそんなんじゃ………あっ!》

 

その隙に、バルバトスに変身したミカがロボットの頭部へ瓦礫を投げ付ける

 

《そんな攻撃効かないよ!》

 

「だったらコイツを食らいやがれ!」

 

ミカに気を取られて足元へ手を伸ばすロボットに、フラウロスがキャノンを食らわせる

ピカピカだった装甲に傷が付き、ロボットは少し体勢を崩した

それを見逃さなかったミカが、傾くロボットの体にメイスを叩き付ける

 

狭い屋内では不利と見たのか、ロボットがリフトで上へ上がっていき、ドームの天井に穴が開く

 

《……ッ!ちょこまかと鬱陶しいヤツだな……!いいよ!どうせ出口はあそこだけだ。外なら全力で相手出来るからね!》

 

 

 

 

ラッセルが外へ飛び出して行った後

俺達はひとまず小部屋へと待避して作戦を立てていた

 

俺達が籠城すると見たのか、ラッセルは遺跡そのものへ攻撃を始めている

すでに壁や天井に亀裂が入り、パラパラと瓦礫が降ってきていた

 

「さて、これからどうする?」

 

アリスが気楽そうにあぐらをかきながら言った

こいつはキサラギでバックアップをとってあるからって余裕だな……

 

「俺と三日月なら、あんなヤツ大した敵じゃねーよ。さっきの感じだとそこまで強く無さそうだったしな」

「どうだろうな。見たところ携行火器は持ち合わせて無いみたいだったが、何か内蔵されてるのかもしれないし……」

 

シノが自信満々に言うが、6号は厳しい顔だ

 

「外には魔王軍の雑魚兵も残ってるしな。ハイネが部下を連れて戻ってこないとも限らねぇし、早めに決着を付けねぇと……」

 

「あの、あたしが交渉してみましょうか…?」

 

俺達が意見を出し合っていると、ロゼがおずおずと申し出た

 

「あたし、あの人の同類っぽいですし……。それにもしかしたら、自分の素性が分かるかも知れませんし……」

 

そう明るい表情で提案するロゼ

 

 

だが、そう言うロゼの肩は……

 

「よし!いいかロゼ、まずは仲間意識を高めさせるために……」

 

6号がロゼの肩を掴んで激励するが、俺と同じように気付いたようだ

 

 

平静を装っているが、ロゼは小さく震えていた

 

 

魔王軍の幹部級の力を持っていても、まだ幼い子供

自分の素性に何か不吉なものを感じているのか、あのロボットの実力を肌で感じ取っているのか

 

 

6号は小さくため息を吐くと、ロゼから手を離してアリスに言った

 

「……おいアリス。何か良い手は無いか?」

「一つ、絶対にアイツを倒せる手がある」

 

6号の言葉に、アリスが笑って言う

 

「なんだ、あるならそう言えよ」

「問題が無い訳じゃない。まず、あのロボットの回収は諦めろ。そして、その準備のために時間を稼いでもらう必要がある。最後に、お前達全員のポイントを使う事になるだろうが、構わないか?」

 

アリスの試すような説明に俺達は

 

「いまさら回収なんて二の次だろ?破壊しても依頼は達成できるしな」

「時間稼ぎなんてしてたら、先に俺達が倒しちまうかもな!」

「ポイントなら、また貯めれば良いしね」

 

「俺はキサラギが誇る最古参の戦闘員6号さんだぞ。そんなの今さら知ったことかよ!」

 

そんな自身に溢れた言葉を返してやった

それを聞いたアリスは、少し呆れたようなそれでいて楽しそうな顔を見せた

 

「よし、スノウとグリムとロゼは自分の手伝いをしてくれ。今からいろいろと組み立てる必要がある」

 

アリスは相当大がかりな何かを呼び出すつもりのようだ

スノウ達はアリスの指示で先ほどのドームの所へ向かっていく

 

と、部屋の入り口で見張っていたシノが叫んだ

「おいアリス!魔王軍の下っ端が入り込んでんぞ!」

 

「ちっ、おいシノ!アリス達の護衛は任せていいか!?」

俺の言葉に、シノだけでなく隊の皆が振り返ると

 

「へっ!そういうことは“守れ”だけで十分だろオルガ!」

「あたしも、オークくらいなら片手間に相手できますから!」

「ゼナリス様の力で活躍できないのが癪だけど、仕事は果たすわよ!」

「この遺跡は宝の山だからな!こんなところでやられる訳にはいかん!」

 

本当に頼りになる奴らだよお前らは

 

 

「何を取り寄せるつもりか知らねぇが、頭を使うのはお前の仕事だ。頼りにしてるぞ、賢い相棒」

 

「頭と性格に関しては不安しかねぇが、戦う事と生き残る事に関してだけは信頼してるよ、強い相棒」

 

そう言ってアリスに背中をバシッと叩かれた6号が、楽しそうに駆け出した

 

なんだかんだ言って、いいコンビじゃねぇか

 

 

 

俺も負けじとに笑いかける

 

「俺達も負けてらんねぇぞ!」

 

「ああ、言ってくれオルガ!」

 

 

 

いつも横にいて、何度無茶やってもついてきてくれた

 

“相棒”に

 

 

「やっちまえミカ!!」

 

 

 

 



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因縁の対決

「秘密結社キサラギ社員、戦闘員6号だ!ガンガンうるせぇんだよクソガキが!壁殴りならラブホでやれ!」

 

崩落を始めた遺跡から飛び出した6号が、ラッセルが操るロボットに蹴りを入れながら叫ぶ

 

《やっと出て来たね。ハイネには悪いけど、まずはお前から潰してやるよ!》

 

「俺らを忘れんじゃねぇぞ!」

 

俺がそう言うと同時に、ミカがロボットの足元へ飛び込み、そのままジャンプしてその頭を蹴り付ける

そこがコックピットになっているのか、ラッセルの言葉が止まる

 

《………ッ!またお前か!》

「大きいだけなら、やりようはあるよ」

 

その後も、ミカは高硬度レアアロイ製のメイスと滑腔砲を使って絶えず攻撃を仕掛けた

始めは新品同然だったロボットの体は傷とススにまみれて見る影もない

 

そしてそのすぐ足元で、6号は拳銃でコックピットに牽制射撃を加え続けている

 

《くそっ!……お前は何なんだよさっきから!ちょこまかと鬱陶しい奴だな!》

「へっ!どんなエネルギーを使ってるのか知らないが、その図体なら長くは持たねぇだろ!」

 

俺達の目的は時間稼ぎだ

6号はラッセルの注意を引くために、無意味と分かっている拳銃の攻撃を続けながら言った

 

《コイツの燃料は操縦者の生命力さ!常人ならすぐに尽きるとこだけど、ボクみたいなキメラが乗れば問題無い!》

「持久戦なら望むところだ!俺達のしぶとさを舐めるなよ!」

 

俺も6号に続いて攻撃を加える

 

《お前だって何も出来ないくせに!》

 

怒ったラッセルが俺に向けて手を振り下ろす

 

「オルガ!」

 

6号が叫ぶが、俺はあえてその場から動かなかった

 

そのまま俺の視界はロボットの手の平で埋め尽くされ、鈍い音が鳴る

 

《ふん…まずは一匹……》

 

ラッセルがロボットの手を地面から持ち上げると、そこには手形とともに俺の死体が……

 

「……俺は止まらねぇよ!」

 

俺は地面から立ち上がって宣言した

 

《な、何だよお前……!?何で潰されてピンピンしてるんだよ!!》

「……へっ!まだ信じられねぇが、ありがたいもんだ!」

 

思惑通り、復活した俺を見てラッセルは怯んだ

 

「そぅら!よそ見してると斬り刻んじゃうぞー!」

《うわっ!?お、お前何を……!》

 

そこへ6号が腰からチェーンソー状の武器を抜き、ロボットの脚を斬りつけた

 

あれはガダルカンドをミンチにした、R-バッソーという6号お気に入りの武装らしい

キサラギ製のその刃が、ロボットの装甲を切り裂いて………

 

「あ、ヤベ…!」

 

ロボットは体勢を保てなくなったのか、6号の側へ倒れ込んできた

斬り込みすぎたのかR-バッソーの刃が抜けず、6号はそのままロボットの下敷きになる

 

「6号!!」

 

ラッセルがロボットの体を起こすと、6号は半身を潰されて苦しそうに呻いた

戦闘服のお陰で即死はしなかったのは幸いだが、このまま放置する訳にはいかない

俺は6号の元へと……

 

《お前は普通の猿みたいだね。ちょっと予定と違うけど、これで終わりだよ!》

 

ラッセルが6号を掴もうと手を伸ばした時、ロボットの頭に砲弾が命中して爆炎が巻き起こった

 

「そうはいくかぁ!!」

「シノ!」

 

崩壊しかけている遺跡の上にあるのはフラウロスの姿

 

「待たせたなオルガ!!お前も見て驚け!これが俺達の秘密兵器!!」

 

そうシノが叫ぶと、遺跡の壁を突き破って巨大な何かが現れた

 

《待たせたな相棒。後は自分らに任せとけ》

 

スピーカーで辺りに響くアリスの声

 

その声は、目の前の蜘蛛型巨大兵器から聞こえる

 

またとんでもないもんを呼び出しやがって…

 

「………やっちまえ!」

 

親指を突き立ててそう返す6号

致命傷ではあるが、スノウ達が駆け寄っているので大丈夫だろう

 

《な、なんだコイツは……》

《自分の相棒にずいぶんとやってくれたじゃねぇか。本気の自分とデストロイヤーさんに勝てると思うなよ》

 

唖然とするラッセルのロボットに、アリスが操る巨大蜘蛛兵器が襲い掛かった

 

 

 

「おい、6号は平気か!?」

 

アリス達がラッセルと戦っている間に、俺は6号を介抱するスノウ達の元へ向かった

 

「意識は無いが、脈も安定している。まさかコイツがここまでやられるとは……」

 

スノウはぐったりと目を閉じて眠る6号の頭を膝に乗せながら心配そうに言った

 

たしかに俺も、何をやっても死なない奴だと思ってたが、そこは6号も人間ってことだ

 

「ねぇ副隊長、私たちには何かできる事は無いの?」

「アレを組み立ててくれただけでも十分だよ。お前らはアイツに近づきすぎんなよ」

 

俺がそう言って三人を後ろに下げている間に、アリスはデストロイヤーの体躯を活かしてラッセルのロボットを追い詰めていた

反撃しようにも、ミカとシノがぴったりとくっついて援護してくるので、思うように対応できていないようだ

 

 

もうロボットの装甲はところどころ剥がれ落ちているし、このまま行けば……

 

俺がそんな事を考えたのがいけなかったのだろうか

 

 

轟音とともにデストロイヤーの体が大きく揺れた

 

 

《………ッ!?》

 

《………へ?》

 

ロボットに覆い被さったデストロイヤーの頭部に、巨大な斧が突き刺さっていた

 

そして体に小さな爆発がいくつも起こり、デストロイヤーがその巨体を地面に伏せる

 

「アリス!!」

 

俺はアリスの名前を叫んだ

コックピットに直撃はしていないはずだが、返答が無い

 

「今の攻撃は……あいつか!?」

 

シノの言葉に攻撃のあった方向を見るとそこには

 

 

 

『ああ…見つけた。間に合って良かった……』

 

グレイス王国での戦いでも見た、黒いモビルスーツ

 

 

しかし、一つ大きな違いがある

 

 

《お、お前その姿は……!?》

 

ラッセルもその姿に驚きの声を出す

 

『彼らがこれ以上罪を重ねる前に……』

《ボクを助けに来たんじゃないのかよ!》

 

 

 

その黒い体が、モビルスーツそのものの大きさになっていた

 

 

 

 

俺はデストロイヤーの頭部に登り、コックピットを叩いてアリスを呼んだ

 

「おいアリス!無事か!?」

《……平気だよ。デストロイヤーさんのダメージコントロール力を舐めんじゃねぇ》

 

黒煙とスパークが時々見えるが、アリスの言葉を証明するかのように、デストロイヤーは依然としてその動力を絶やさず立ち上がろうとしていた

 

「そうか……。お前一人でアイツら二体を相手出来るか?」

《それは難しいな。というかあっちの黒いヤツはタイマンでも勝てるか怪しい》

「………ッ!」

 

そんな絶望的なアリスの返事

 

アリスとキサラギの秘密兵器を持ってしても敵わない相手……

そんなの、俺に相手出来るはずもない

 

《一つ手がある。三日月、シノ、聞こえるか?》

 

「聞こえてるよ」

「お、おう!」

 

アリスの呼び掛けに、ミカとシノが体勢を立て直しつつあるデストロイヤーの脇に戻り、変身を解く

 

《お前ら“怪人”には特殊能力がある。変身とは別にな》

「特殊能力……!?」

 

《リリス様お手製の怪人には皆、“巨大化能力”がある》

 

巨大化

 

つまり、あの黒いモビルスーツがやった事と同じ事をするわけだ

 

同じ大きさになれば、勝機はある!

 

「そうか、それなら……!」

《まだ聞け、巨大化には代償もある。生命力を使うデメリット付きだ》

 

安堵して意気揚々としていた俺は、アリスの説明に言葉を失う

 

「…そんなの………!」

 

 

認められるか

 

あいつに……また同じ苦痛を味会わせろってのか

 

ここで

 

ここまで来て

 

 

そんなの認められるか……ッ!

 

 

もうこうなったら、何とか俺達が気を引いてる隙にアリスの攻撃で……

 

「やらせてくれ、オルガ」

「ミカ……!?お前そんなの……!!」

 

俺の前にミカが立って言った

 

俺はそれを止めようと肩を掴んで……

 

 

「オレでなきゃ、あいつは倒せない。あいつはオレが倒さなきゃダメなんだ」

 

ミカの強い言葉

 

「でも、またあの時みてぇに……」

 

このままじゃまた……

 

「オルガ!」

 

……ッ!

 

「頼む」

 

ミカがそう言って目を閉じる

 

 

 

そこまで言われちゃ止めらんねぇよ

 

 

 

「……ミカ。俺からの命令は二つだ」

 

 

俺はミカの肩を掴んで

 

 

「何が何でもアイツに勝つこと。そんで……」

 

 

ミカの目を見て

 

 

「これが終わったら、俺と一緒に野菜育てようぜ」

 

 

ミカと向き合って

 

 

言った

 

 

「ああ、やるよ。それがオルガの命令ならね!」

 

 

ミカの顔が、自信に溢れた笑みに変わった

 

 

 

 

 

オルガに背を向け、またぶつぶつと騒いでいる黒いモビルスーツを見る

 

「おい三日月!俺も援護するぜ!」

 

シノがそう言ってフラウロスのキャノンを上下させる

 

「シノはアリスの方についてて」

「は?でもアイツは……」

 

「オレが一人でやる」

 

「……分かったよ。負けても、担いで逃げてやっから心配すんな!」

 

シノは笑って応えてくれた

 

 

「ああ」

 

仲間達を背後に、全身に力を込めて念じる

 

一瞬、体が浮くような感覚に包まれる

 

閉じていた目を開けると、三日月・オーガスはバルバトスのコックピットに居た

 

背中の阿頼耶識が確かにバルバトスと繋がっており、両手をレバーに載せると、かつての戦いが思い出された

 

「バルバトス。お前とこうするのも久しぶりだな」

 

オレの呼び掛けに、バルバトスは応えるようにリアクターへ火を入れた

阿頼耶識から情報が伝わり、網膜に情報が投影される

 

そこに映るのは、エドモントンで倒した黒いモビルスーツ

 

画面の端にはwarningとdangerの文字

 

このまま戦っても勝てないのだと伝えようとしているのだろう

 

 

「また、代償が欲しいんだろ?でも、そうする訳にはいかない」

 

 

どこまでも強欲で貪欲で最後まで諦めなかった、もう一人のオレの相棒

 

 

宝の在処を示し

獣と会話し

友情を回復する力を持つ

 

そんな悪魔の名前を冠したガンダムに

 

 

「オレは前に進み続ける。だからお前も、オレに着いてこい」

 

バルバトスの目が光り、リアクターの動く音が全体に伝わる

 

 

 

そうだ

 

 

もっと“貸せ”お前の全部!!

 

 

 

 

 

 

目の前で、かつて戦ったモビルスーツの姿へと変貌する罪深き子供

 

あの時、自分が越えられなかった相手

 

『罪深き子供……。今日ここで、お前達の罪はようやく祓われる……』

 

今度は負けない

 

負けるわけにはいかない

 

ここまで私を信じてくれた人のためにも

 

クランク二尉………

私はあなたの意志を継げているのでしょうか

 

ボードウィン特務三佐………

私はあなたの清廉さを継げているのでしょうか

 

 

『もうわからない………。もしこの世界にいるのなら教えてください!私は、あなたの正しき信条に!あなたの思いに答えられているのでしょうか!?』

 

そう叫んでも、当然自分に声を掛けてくれる者はいない

 

あの時

どんな手を使っても仇を討つと決めた時

 

俺の道は決まったのだ

 

 

 

 

 

『私に出来る事は……もう………!!』

 

そこまで言ったモビルスーツの頭が開き、中から赤く光る機械の目が現れてこちらを見る

 

 

『貴様の悪魔の皮を剥ぎ取り!貴様の罪を削ぎ落とす事のみ!!』

『そういうのは、本当の悪魔にやってよ』

 

 

コックピットとスピーカー越しに言葉を交わす

 

互いに顔も見たことが無い

 

片方は相手を悪魔と呼び

片方は相手を見てすらいなかった

 

そんな関係で終わった二人が、どういう因果か再び合間見える

 

 

『………最後に貴様に問う。貴様らはあの人の名前を………』

『クランクでしょ。いい加減覚えたよ』

 

あの時はすぐに消えた名前

 

今はもう、脳裏にこびりついて離れないその名前を言う

 

 

『ならばそれだけで結構……!その名を胸に、懺悔しながら逝けッ!!』

 

黒いモビルスーツが斧を振り下ろすのも構わず、オレは言った

 

『だったら、あんたも覚えてよ』

 

 

あのおっさんがそうしていた

 

決闘は、名乗りで始まるもの

 

 

『オレの名前は三日月・オーガス。今から、もう一度あんたを倒す男の名前だ』

 

『……いいだろう!!私はアイン・ダルトン!この決闘を捧げ、クランク二尉への手向けにするッ!!』

 

 

 

 

 

始まった戦いは、常に三日月が優勢だった

 

大型メイス、太刀、レンチメイスの三つを使い分ける三日月の攻勢に、アインはすっかり呑まれていた

 

迷いの無い連撃が、グレイズアインの装甲を奪っていく

 

『これなら……ッ!』

『まだだ……。私は、クランク二尉の涙を……!』

 

そう叫んで斧を振りかぶったその懐に潜り込んで殴り付ける

返しに伸ばしてきた腕を掴んだ三日月は、それを背負い投げした

地面に転がるグレイズアイン目掛けてメイスを叩き付けようとするが、仰向けのままスラスターを全開にしてそれをかわした

その移動先へ、レンチメイスへ持ち代えたバルバトスの攻撃が入る

 

『ぐっ……!何故だ……!なぜ何の信念も持たず、正しき道を歩まないお前達が……ッ!』

『信念とか、そんなのどうだっていい……。オレはオルガと鉄華団のために戦うだけだ……!』

 

いつだって、鉄華団の進む道は一つだ

 

オルガが示した道

 

それがオレ達の……

 

『ならば何故だ!そこまでの想いを持ちながら何故!!何故あの人を手に掛け、あの人を脅かした!!』

『そんなの、敵だったからに決まってるでしょ!』

 

そう言ってくるグレイズアイン

 

………?

 

敵だから

 

倒さなきゃいけないから以外に

 

 

理由が必要か………?

 

 

『そんな……!そんな割りきって……!?それでお前はなんの罪の意識も持たないと言うのか………!!?』

 

まるでその事が信じられず、唖然とするかのようにグレイズアインの動きが止まる

 

そこへ片足を退きながら太刀を構え、コックピット目掛けて突き出す

 

『これで………!!』

『………ッ!!』

 

それをすんでのところで刀身を掴んで止めた

 

『私は…!私は……!私は…………!!』

 

グレイズアインの頭部が、まるで苦しんでいるように何度も何度も動く

 

 

『ウゥうおォアァァぁァぁぁァ!!!!』

 

まるで獣のような雄叫びとともに太刀の柄までを掴み、バルバトスごと放り投げた

 

『な………っ!』

 

あまりの剛力に、三日月は太刀から手を離して引き下がる

 

『もっと……!もっと私に力を……!!ファリド特務三佐!!わたしに、仇を討つための力をもう一度!!』

 

バルバトスの太刀を半分に叩き折りながら、グレイズアインはその目をさらに赤黒く光らせた

 

『もっとよこせ……!!グレイズアイン!!』

 

 

 

 

 

グレイズアインが野獣へと変貌する様を見ていたアリスは、デストロイヤーのコックピット越しにラッセルへと言った

 

《おい、お前の仲間が大変みたいだが?》

《……っ!あいつの面倒なんて見てられないよ!》

 

ラッセルがロボットの腕を伸ばしてデストロイヤーを殴るが、凹みを作るだけに終わる

その腕を振り払い、デストロイヤーはお返しと言わんばかりにタックルをかました

密着した状態でアリスが言う

 

《お前、アイツの事をどこまで知ってる?あの巨大化はキサラギの技術に似てるんだよ》

《知らないよ!連れてきたのは魔王だし、面倒を見てたのはハイネだからね!!》

 

と、べらべら喋るラッセル

しかし、アリスが知りたい情報は得られなかった

 

《なら、お前を喋らせとく必要も無いな》

 

《な、何…!?》

 

「ギャラクシーキャノン!発・射!!」

 

デストロイヤーがその手足でロボットの動きを止めた瞬間、四足形態へと変形したフラウロスが全出力を集中させた一撃を放った

 

《うわあああああ!!》

 

その渾身の一撃は、胴体を貫通とまではいかなかったものの、装甲に大穴を空け、内部のシステムに甚大なダメージを与えた

 

ロボットが体制を維持できずに倒れる

 

「く、くそっ……。こんなはずじゃ……!」

「確保ーー!!」

 

頭部のコックピットから飛び出してきたラッセルを、スノウが取り押さえる

しかし当のラッセルはまだ負けた気ではないようで、手から水の球を生み出して威嚇する

 

「お前ら雑魚相手に………!」

 

「偉大なるゼナリス様!この男の娘に災いを!全身の水分を持っていかれるがいい!!」

「ひっ!?」

 

グリムはそう叫ぶと同時に、怯えるラッセルの目の前でミイラになった

 

「グ、グリムーー!!」

 

「…ハッ!やっぱり人類はバカだな………ぴぎゃっ!!」

 

煽るラッセルの背後から現れたのは、デストロイヤーから降りたアリス

ラッセルは情けない声とともに、ビクビクと震えながら地面に転がった

 

「ア、アリスさん!それって……」

「スタンガンっていう、痺れさせる道具だよ。食うか?」

「食べませんよそんな物騒なもの!」

 

抗議するロゼと、グリムと6号を介抱するスノウ、そして人型へ変形するシノを見たアリスは、その場にいない一人の男を思い出した

 

「……オルガはどこ行った?」

「ミカさんの側に行くって言って……」

 

ロゼが指差した先には、三日月が操るバルバトスとアインが操るグレイズアイン

そしてその闘いの目の前で仁王立ちするオルガの姿

 

「あのバカ………」

 

相変わらず、責任感の塊だな

 

そこへ駆け寄ろうとするシノを押さえながら、アリスはそんなことを思った

 

 

 

 

グレイズアインの動きが変わった

 

おそらく、ミカがバルバトスに力を求めた時と同じ状態になっているのだろう

 

『ウがァァァァァァぁ!!!』

 

先程までと違い、姿勢を低くして全身を使いながらミカへ襲い掛かっている

 

バルバトスの装甲へ、まるで食らいつくかのように体をぶつけてくる

 

その戦いぶりに、ミカも及び腰になっているのが分かる

 

 

何やってんだ……

 

 

何やってんだミカ……

 

 

お前はそんなんじゃねぇだろ

 

 

鉄華団の悪魔は!

 

俺の相棒は!

 

 

 

 

「負けんじゃねぇぞミカーー!!」

 

 

 

俺がそう叫んだ瞬間、ミカの動きが止まって見えた

 

 

 

そしてその次の瞬間には、グレイズアインの脇腹に折れた太刀が突き刺さっていた

 

 

 

 

 

『オ……おぉオォぉォ………!!』

 

自分の意識がどこにあるのかわからない

 

目の前がスパークで見えなくなる

 

失った体の感覚も甦り、まるでそこにあるかのように痛む

 

『わたしは………!クランク二尉……!ボードウィン特務三佐……!』

 

何度名前を叫んでも、返ってくる事は無い

 

 

またしても突き立てられた鉄の刃

 

 

変わらない……

 

変われない……

 

 

『申し訳……ありま………!』

 

最後まで言う事も出来ずに、アイン・ダルトンの意識は暗闇の底へ落ちていった

 

 

 

 

 

元の大きさまで小さくなって、地面に落ちる黒いモビルスーツ

 

それを確認したアリスが、デストロイヤーのスピーカーから言った

 

《聞こえてるかお前ら。ラッセルの身柄は押さえた。トリスの連中も撤退したぞ。こっちの勝ちだ》

 

アリスのその言葉を聞いた俺は空を仰いで笑った

 



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少年兵、増員します

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俺達が古代遺跡で巨大兵器同士の大バトルを繰り広げた翌日

 

 

「……とまあ、そんな感じだ」

 

俺は仮アジトの地下に備えられた地球のキサラギ本部と繋がるモニターから、事の顛末をリリスに報告した

 

『直に報告してくれて助かるよ、なんせ6号の報告書は解読に苦労させられるからね。しかし、過去に存在したであろう超古代文明と、キサラギに似た技術形態の怪人か……』

「もう一度聞くが、アイツの事は何も知らないんだな?」

『知らないねぇ。しかし、君たちがこの世界に来た経路が謎な以上、何が起きてもおかしくは無いだろうさ』

 

無責任にそう返すリリス

 

色々と分からない事がある以上しょうがない事ではあるのだが、もうちょっと危機感を持ってほしい

 

「本当に勘弁してくれよ?6号だって打ち所が悪けりゃ死んでたんだからな」

 

『あの6号がそこまでやられるとは僕も思ってなかったよ。送られてきたロボットのデータを見るとスペック上はデストロイヤーを上回ってるし、思ってたより簡単にはいかなそうかな』

 

マジか……

 

動きは遅いし武器も無いし、性能はそこまで高くないものと踏んでたが、操縦士の問題か

勝てたのはアリスの腕のおかげだろうな

 

「こっちはアレを送ってもらったせいでポイントがすっからかんになっちまったんだ。修理パーツくらいは手配してくれねぇか?」

 

『そうは言ってもねぇ……。本来なら、決戦兵器であるデストロイヤーをほいほい呼び出す事自体が問題なんだよね。こっちでの戦いも激化してるし、戦力は温存しとかないと』

 

「先勝パーティーとかしてるからそんな事になってんだろ」

 

俺達が遺跡の調査に繰り出す前日

キサラギは地球で先勝パーティーなんか開いてやがった

 

それをリリスが世界中に放送したりして、ヒーローの襲撃にあったりしていたが、悪の組織が聞いてあきれるもんだ

 

『まあ、君たちは大事なモルモ………部下だからね。僕も一肌脱ぐとしよう』

「お前ミカに勝手に改造を施した事といい、いつか覚えてろよ」

 

幸いな事に、巨大化をしてもミカの体に異常は見られなかった

そうだとしても、軽々と乱用はできないが

 

『………侵略地は確保できたみたいだし、次はアジトの建設に勤めたまえ。そのための資材のみ、ポイントの前借りを許そう』

「そこはタダで寄越せっての………」

 

相変わらずキサラギはみみっちいと言うかケチと言うか……

こっちは命懸けで地球のために働いてるってのにこの扱い

せめて正規社員である6号とアリスにはマシな待遇で接してほしいもんだ

 

「それと、鹵攪した例のモビルスーツの事なんだが……」

『それについては僕としても調べたい事だらけなんだが、あいにく暇が無くてね。悪いがそっちで面倒見てくれ』

 

あの戦いの後、機能停止したかに見えたグレイズアインだが、やはり中に生体デバイスが埋め込まれているようで、しっかりと生きていた

今は目立った抵抗はしていないが、目下一番の不安要素なのでキサラギ本社に送って調査してもらうつもりだったのだが……

 

「分かったよ……。じゃあ、団員探しの方はどうなってる?」

 

『新しく一人見つかったよ。世界中の戦闘員に探させてるから、もうちょっと簡単に行くと思ってたんだが、なかなか時間が掛かってしまったね』

 

リリスの返答に、体が熱くなる

 

「そうか!誰なんだ!?名前は……!」

 

誰でもいい

 

昭弘、ビスケット、アストン、ハッシュ……

 

名瀬の兄貴、アミダさん、ラフタさん、フミタンでもいい

 

もう一度会えるなら俺は………

 

『昭弘・アルトランド君だね。彼も阿頼耶識にデータが残留してたから、現在チューン作業中さ』

 

「昭弘……!そうかあいつ……!」

 

昭弘にまた会える

 

それは何よりも嬉しい

 

けど……

 

 

本当なら会えない方が良かったよな……

 

 

俺のそんな気持ちが顔に現れていたのか、リリスがモニター越しに覗き込みながら言う

 

『ちょっと悲しそうだけど、どうしたの?』

「いや、こっちの世界で会えるってことはあいつも死んだって事で……。それは俺の責任で……」

 

『あー……。まぁ良いじゃないか、せっかくまた会えるんだから』

 

気遣いなれていないのか、照れ臭そうにしながらそんな事を言うリリス

 

「ありがとよ。それで、こっちに来るのはいつぐらいになりそうだ?」

『本当は彼にも地球で戦ってほしいくらいなんだけどね……。チューン作業にはあと二日はかかると思うよ』

 

チューン作業というのは、おそらくガンダムグシオンの事だ

ミカのバルバトス、シノのフラウロスと並ぶ鉄華団の大戦力だ、きっと活躍してくれるだろう

 

「そうか。じゃあ頼むぞ」

『任せといてよ。そっちも、6号とアリスによろしくね』

 

 

 

 

リリスとの通信を終えた俺は、6号の代わりに王城へ呼び出されていた

 

「オルガ様。先日の任務達成ご苦労でした」

「おう」

 

ティリスが深々と会釈して迎える

俺がそれに軽く返すと、いつもならスノウが突っ掛かって来るのだが、今日はもじもじとしながら俺に話しかけてきた

 

「オ、オルガ。6号は本当に大丈夫なのか?皆で見舞いにと思ったのだが、アリスには絶対安静だと断られてしまったのだ……」

「平気だよ。あいつはあれぐらいでくたばるタマじゃねぇし、アリスに任せとけ」

 

俺の言葉を聞いたスノウは、ほっと胸を撫で下ろす

 

なんだかんだ言って、6号が心配なんだな

あの王都での戦いじゃ、6号にパンツ降ろされたのにキスまでしたらしいし、本当にツンデレってヤツなのかもしれねぇな

 

 

「それで、トリスとの和平交渉は進んでるのか?」

 

俺の質問に、すっかりティリスの側近が板についたサヴァランが答える

 

「それが、思うようには進んでいなくてね。向こうは水精石という外交カードを持っているから依然として強気な姿勢を貫いているんだ」

 

「こっちにゃアーティファクトがあるんだし、他国の水精石の需要を無くしてやると脅しを掛けてみるのはどうだ?」

 

アリスの話では例のアーティファクトはトリスを始めとする周辺の国々にまで影響を及ぼす強力な物だそうだ

それを盾に、向こうの主要産業に脅しを掛ければ………

 

そう考えたが、サヴァランは首を横に振る

 

「アーティファクトの事は我々も提示したんだが、直ったと言っておきながらまだ一度も作動させていないのがバレてね……。どうやらこちらのハッタリだと思い込んでいるようだ」

「なぁ姫さん。ここはやっぱり腹くくって……」

 

俺がそう言うと、ティリスはにっこりと笑い

 

「皆様は砂の王に対抗出来るという兵器を破壊なされたのですよね?ならば砂の王から水の実を採取する事も、もはや難しく無いのでは?報酬として、この国で調べていた遺跡の調査結果を提示しますので………」

 

早口で捲し立てるティリス

 

どんだけ嫌なんだ

公衆の面前でなくては効果が無いので、恥ずかしいのはわかるが………

 

「いや、ラッセルを捕まえたからそれはもういいよ。アイツは記憶も残ってるみたいだからな」

 

水のラッセルは現在この城の地下牢に入れてもらっている

身体能力も高いロゼと違い、ラッセルは魔法が使えなければただの非力な子供だった

見張りも立ててあるし、脱走の心配は無いだろう

アイツが素直に情報を渡すとは思えないが、そこは最悪アリスに任せよう

 

「………そうです。水の四天王なら、搾れば水が大量に染み出てくるのでは………?」

「お前、そろそろ自重した方が良いぞ……」

 

とうとう人道から外れ始めたティリスに釘を差し、俺は地下牢へと向かった

 

 

 

牢の中で鎖に繋がれたラッセルが、階段を降りてきた俺を見て鼻で笑った

 

「……なんだお前か。アイツはどうしたんだよ。もしかして死んじゃった?」

「お前ごときに殺せるほど、6号はヤワじゃねぇよ。分かったら知ってる事全部話せ」

 

俺の言葉を聞いて、ラッセルはそっぽを向いた

 

「嫌だね。拷問でも何でも好きにすれば良いさ!戦闘キメラに何をやったって無駄だけどね!」

 

こんな状況でも、相変わらず生意気な事を言うラッセルに内心呆れながら言う

 

「……まぁ好きにしろ。こっちはお前のためを思って言ってやってるんだ。それに、今日の目的はお前じゃねぇからな」

 

そう言って、ラッセルの隣の牢の前へ移る

 

「よう。調子はどうだ?」

 

『………黙れ』

 

そこには、金属製の槍で手足を封じられた黒いモビルスーツ

 

アインの姿があった

 

「お前メシは良いのか?人の姿になってるところを見たことねぇが、ずっとそのままなのか?」

『……私の役目に、そんなもの必要ない』

 

何とか話を進ませようとするが、相変わらずこちらを拒絶するアイン

 

「………俺達が殺したギャラルホルンのパイロットが、お前の恩人だったんだってな」

『………クランク二尉だ』

 

俺達が鉄華団を立ち上げるその時

 

俺達が倒したパイロット

 

名前はクランク=ゼント

 

「…そのクランク二尉の仇討ちで、俺達を殺そうとしたんだろ?」

『………………』

 

「……もういいじゃねぇか。お前が居るって事は、きっとこの世界のどこかにクランク二尉も……」

『私に残された使命は、貴様らを殺す事だ…!もうそれしか無い……!』

 

そう言って目を光らせてこちらを睨むアイン

 

「………分かった。何かあったら呼べよ。お前の面倒を見るのは俺達の仕事だからな」

 

俺は背後に憎しみの視線を感じながら、地下牢を後にした

 

 

 

 

俺は城を出て、街中にある広場に向かう

 

 

「おうオルガ。悪いな色々と任せちまって」

「構わねぇよ。6号はまだ目を覚まさねぇのか?」

 

そこに建てられたキサラギの仮アジトの一室

 

アリスが6号を看病している部屋に入った

 

「ああ。まあどこかの誰かさんの時は一ヶ月待たされたんだ。気長に待つさ」

「……あの時はありがとよ。でも6号の悪戯を止めなかったのは同罪だからな」

 

6号が運ばれてから、アリスは付きっきりで6号の面倒を見ている

俺の時も同じような事をさせていたと思うと、頭が上がらない

 

「お前は平気なのか?アインに派手にやられてたが」

「高性能な自分は、あれぐらい何て事ないさ。デストロイヤーさんはかなり損傷しちまったがな」

 

そう言って、少し悔しそうにするアリス

俺達がポイントを全て使ってまで呼んだ兵器に傷を付けられたからだろうか

 

いずれにせよ、今回は誰も何も失わずに済んだ

……一人を除いてだが

 

「リリスが修理パーツは送ってくれるってよ。あとは、また俺の元仲間が一人増えるな」

「そうか。アジト建設には一人でも多く人員が欲しいから、増員は大歓迎だ」

 

「トリスと魔王軍から奪った土地って、魔の大森林のすぐ側なんだろ?そんなとこにアジトなんか建てて大丈夫なのか?」

「もし抵抗が激しければ、森ごと焼けばいいさ。最悪、禁止兵器や枯れ葉剤で森そのものを吹き飛ばす」

 

そんなことしたらこの星が第二の地球になりそうなんだが、そうなったら本末転倒じゃねぇか

 

「これから忙しくなるぞ。グリムが祭りだなんだと騒いでたが、お前は関わるなよ」

「あいつ結局このあいだも死んでたし、できるだけ目は離したく無いんだがなぁ……」

 

耳を澄ますと、外からグリムがロゼに泣き付く声が聞こえてきた

この短期間で二回も干物になったのに、元気な奴だ

 

 

 

 

それから二日後

 

6号が目を覚ましたと聞き、俺は新しく加わった昭弘を含めた四人で病室へ押し掛けた

 

アリスに下の世話をさせていたのが相当ショックだったのか、股間を押さえながらシクシクと泣く6号

その女々しい動作はなんなんだ

 

「……で、あんた誰?」

 

ベッドで布団をかけ直しながらこちらを見た6号が、見慣れない顔を見つけて言った

 

「昭弘・アルトランドだ。オルガの仲間って言えば、信用してくれるか?」

「……本当にただの人間?素でトラ男さんくらいあるんだけど」

 

昭弘のガチムチで長身な体を見て驚く6号

確かに俺も昭弘よりデカイ人間は見たこと無い気がするな

 

「昭弘は良い奴だから心配すんなって!ちょっと真面目すぎるけど、彼女だっていたんだからよ!」

 

警戒する6号を和ませるようにシノが言うが、6号はさらに目を丸くして言う

 

「……お前らって結構モテるんだな」

「………彼女?何の事だシノ」

「お、お前まだそんな事言ってんのか……」

 

呆れて頭を押さえるシノの脇から、ミカが出てきて昭弘に言う

「ラフタにも、また会えると良いね」

「…ああ、そうだな」

 

 

 

 

 

 

まだ足元がおぼつかない6号と共に、俺達は城の地下牢へと足を踏み入れた

 

「よう、元気そうだな」

 

6号が、そこにいるラッセルに声をかける

 

「……しぶとい奴だな、あれだけボロボロにしてやったのに。大挙してどうしたんだ?」

「最近皆にしぶといだけだって思われてるから止めてくれよ。ここに来たのはお前に用があるからだよ」

 

6号に続いて、俺が言う

 

「おいラッセル。最後にもう一度だけ聞いてやる。俺達に協力しろ」

 

これが本当に最後の機会だ

 

これがダメなら、6号に任せる事になっている

ヘタレなコイツの事だから、そこまで非道な事はしないだろうと踏んではいるが、建前があると調子に乗るのもコイツなのだ

 

「嫌だね。どうせこの国のために水を出せとか言うんだろ?お前らの頼みなんか聞くつもりは無いよ!」

 

そんな事を言いながら口元を歪ませるラッセルに、俺はため息を吐く

ここまで強情に抵抗するなら仕方ない

 

「……んじゃ、あとは任せて良いんだな?」

 

俺は、秘策があると言う6号に向かって聞く

 

「おう。つーわけで、トラ男さん。頼みます」

 

そう言って6号がトラ男に深々と頭を下げる

 

………トラ男?

 

「よし、あとは俺に任せとくにゃん。むしろ、こっからは俺のお楽しみタイムってやつだにゃん」

そう言って舌舐めずりしながら牢の前に出るトラ男

 

………これってヤバい奴じゃねぇか?

 

俺が危機感を募らせている間に、トラ男は顔を牢の檻に当ててラッセルを凝視する

 

「……なんだコイツ?おい獣人、ボクの言葉が分かるか?何とか言ってみろよ!」

 

ラッセルが虚勢を張るが、トラ男は黙ってラッセルの体を見続けると

 

「よくやったお前ら、今度美味い酒でも奢ってやるにゃん」

 

「さすがトラ男さん、キモいだけじゃなく太っ腹でカッケーっス」

「お、おいおいトラ男よぉ……。いや、俺が言える事じゃねぇけどよ……」

「シノはヤマギの事があるしね。で、オルガ。このまま任せて良いの?」

「そうだなぁ………」

 

俺達が困惑しているのを見て、それまでラッセルをじっと見ていた昭弘が口を開いた

 

「俺が見張ってる」

 

と、昭弘が言った

 

「敵だったとは言え、子供に変な事はさせねぇよ」

「……そうか。んじゃ、任せるぞ」

「昭弘にゃんは子供に優しい良い奴の匂いがするにゃん。でも、俺は嫌がる子供に酷い事はしないから安心するにゃん」

 

トラ男が昭弘にニカッと笑って見せるが、昭弘はピクリとも動かずに事の成り行きを見守っていた

 

「お、おいお前らは何を言ってるんだ?」

 

自分が置かれている状況を理解できていないラッセルが、一人困惑する

 

「お前もバカだな。俺達の話に乗っておけば、ただ水を生成するだけで済んだのに」

「………は?」

 

俺が檻から離れながらそう言うと同時に、トラ男が立ち上がって言った

 

「俺の名前はトラ男。ちいちゃい子が大好きな、引退した暁には改造手術で美少女にしてもらう予定の怪人にゃん」

 

「………………は!?」

 

 

その後、トラ男の脅迫とも呼べる愛情の押し付けによって、ラッセルは涙目で要求を受け入れた

 

グレイス王国のために、毎日水を生成すること

 

女装して、だが

 

 

俺は早速ラッセルを連れ出しすトラ男と、その見張りに付いていった昭弘を見送りながら考える

 

 

[反抗するなら最後まで、裏切るのなら真っ先に]

 

そんなキサラギの社訓の意味が分かった気がした

 

 




今回ちょっと短めに切り上げました


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少年兵は祭り囃子
死体は浄化


遅くなりましたぁぁぁぁ!!
私生活が立て込んでましたが、これからはマシになるかと思われます。
それでは


「おい6号。グリムが呼んで……」

 

グリムに頼まれて6号を探しに来た俺が、アジトの一室に足を踏み入れる

 

「………何やってんだ?」

 

愕然となった俺の目の前に居たのは、女装して窓を拭くラッセルと、その脇で雑巾を絞る昭弘

そしてラッセルのスカートを捲ってまじまじと見ている6号とトラ男

 

何とも頭の痛くなる光景に、俺は思わず尋ねた

 

「オルガ、お前もこっちに来て、世界の真理に触れてみろ」

「……いや、遠慮しとく」

 

どこか達観した目で誘ってくる6号を断り、俺はバケツの前に屈んでいる昭弘に目を向ける

 

「昭弘、お前は何やってんだ」

「見りゃわかるだろ。雑巾絞ってる」

 

それは分かる

分かるんだが………

 

「これは、その……どうなんだ?」

「…その格好で働けば刑期を短くしてやるんだとさ。本人も慣れてきてるしな」

 

昭弘は小さくため息を吐いてから言った

まぁ、ラッセルはあくまでも捕虜なんだし決定権は俺たちにあるから普通の事か?

いや、男子にこんな格好させてこき使うのは普通ではねぇが……

 

「……そうか。うん……まぁラッセルの好きにしたら良いと思うが……」

「ボクだって好きでこんな格好してるわけじゃないよ………」

 

俺が精一杯気を使って言うと、それまで遠い目で窓拭きに勤しんでいたラッセルが言う

その目に見えるのは怒りではなく困惑と呆れ

 

トラ男いわく、格好はメイド服の類いらしいが、俺が知ってるメイドの着ていた服と違い、ヒラヒラフリフリとしたデザインといろいろと見えそうなスカートのせいで、あまり正装という感じはしない

セブンスターズの使用人はあんな格好はしてなかったが……

正直男の身でいるうちは一生着たくない

 

「そうは言ってもラッセルにゃん、毎晩俺の抱き枕になってる時だって満更でもなさそうだったにゃー」

「……勝手に言ってろ。お、おいお前、その目はやめろよ!別に変な関係にはなってないからな!」

 

トラ男の言葉を否定しながらも、恥ずかしいのか少し顔を赤くするラッセル

たぶん本当に何もしていないんだろうが、聞くだけだと犯罪臭がすごい

俺も今ではトラ男を信頼してはいるが、何か間違いが起こらないか心配になる

 

「昭弘、これで良いのか?」

「別に構やしねぇさ。少なくともトラ男は、デブリの飼い主とは違げぇよ」

「俺はちいちゃい子を泣かせるのは好きじゃねぇから安心するにゃん。ラッセルにゃんの方からデレる日を待つにゃん」

「そんな日は絶対に来ないからね……」

 

俺たちがそんな話をしていると、俺に続いてロゼが扉を開けて入ってきた

 

「副隊長!いつまでかかってるんですか!早くしないとグリムが………」

 

そこまで言ったロゼは、6号にスカートを捲られているラッセルを見て固まった

 

「………おい同族?ボクだって好きでこの格好をしてるわけじゃないんだ。その反応は傷つくんだけど」

「あ、え……??えっと、隊長は何でラッセルさんのスカートを……??」

 

ロゼが何とか平静を取り戻して6号に問いかけるが、当の6号はスカートから手を離さないまま、俺に言った

 

「おいオルガ、さっきもグリムがどうのとか言ってたけど、何かあったのか?」

「ああ、グリムが俺達に城へ来いってさ。緊急とか言ってたから内容は聞かないで急いで呼びに来たんだが……」

 

「グリムがぬいぐるみを買ってきて欲しいそうです」

 

ロゼの言葉を聞いた6号は、自然な動作でラッセルのパンツを………

 

「スルーして続行すんな!お前が来ないと代わりに俺が呪われるだろ!!」

「邪魔にしかなってないからさっさとどっか行け!あと昭弘は絞りすぎだ!もうほとんど水分が残ってないじゃないか!!」

「ん…すまん」

「6号、お前はオルガにおとなしく付いていくにゃん。こんどラッセルにゃんの服のチョイスをお前にもやらせてやるからにゃあー」

 

 

 

 

 

名残惜しそうにする6号を引っ張ってたどり着いたのは、町外れにある空き地

そこでグリムが何やら魔方陣の側でわたわたしている

 

「遅ーい!急いでって言ったでしょ!!ねぇ、口元のタレは何!?あなた達食べ歩きしながら来たでしょう!!」

「何それ。ウネウネしてて気持ち悪りぃ……」

 

グリムの前にいるのは、泥で造られた触手のような何か

 

「悪霊よ!野放しにしておけないから、こうして土くれで作った依り代に閉じ込めてるのよ!それよりぬいぐるみよぬいぐるみ!買ってきてくれた!?」

 

グリムがそう言うと、しょうがねぇなと言わんばかりに6号が懐を漁る

 

「キサラギのマスコット、八つ裂きミート君だ。背中のボタンを押すと喋るんだぞ」

『コンニチハ、ボクミート!ヒーローハヤツザキダ!』

 

そう言って6号が取り出したのは、モヒカン頭に戦闘服を着た小さな人形

いつだったか見せてもらったキサラギのマスコット人形だ

なぜ悪の組織にマスコットが必要なのかアスタロトに聞いた事があるが、社のイメージアップらしい

悪の秘密結社がイメージアップとかもはや意味不明だが

 

「気持ち悪っ!なに、この愛らしさの欠片も無い人形は!」

「そうかなぁ、よく見ると結構可愛いような……」

「たしかに可愛げは無いが、案外愛嬌のある顔してるぞ」

 

グリムが嫌悪の表情を露にするが、ロゼと俺は八つ裂きミート君をつついて言う

こういうのをキモカワとか言うのだろうか

愛でたいとは思わないが、どこか味のある風貌は何か魅力があるような……

 

「あなた達一体どういう感性してるの!?こんなのに悪霊を詰め込んだらホラーそのものじゃない!!」

 

引いているグリムの前に、6号がミート君を突きだして背中のボタンを押す

 

『コンニチハ、ボクミート!イキオクレハヤツザキダ!』

「どんなレパートリーしてるんだよ……」

「その人形寄越しなさい!セリフに悪意があり過ぎるでしょう!!」

 

とてもデフォルトで入っている音声とは思えないが、心を代弁してくれたりするのだろうか

 

俺がそう思ってミート君を持ち上げると、裏で動き続けていた悪霊が膨張し始め……

 

「なあ、なんだか様子がおかしくねぇ?」

「えっ?……ああっ!?マズい!」

 

グリムが慌てて手をかざすが、悪霊はそのまま破裂して辺りに泥を撒き散らした

 

「…………お前ら覚えてろよ」

 

ロゼと6号に盾にされた俺は顔にかかった泥を落としながら言う

たしかに俺は死んでもいいわけだから正しいよ

でもそれとこれとはまた話が違ってくるだろ

 

「いいかオルガ、全責任はグリムにある。ロゼ、グリムを取り押さえろ」

『ムノウナブカハヤツザキダ!』

 

両手を広げてワキワキさせながら近づく6号と、ミート君を口元にジリジリとグリムににじりよるロゼ

俺も服の汚れを落としながら後に続く

 

「ちょ、ちょっと三人とも?もうすぐアンデッド祭りが始まるんだから、私に何かあったら大変な事に……待ってごめんなさい!お願い許して!!」

 

 

 

 

 

「で、結局アンデッド祭りって何をする祭りなんだ?」

 

ひとしきりセクハラして満足した6号が、いまだ泣き声を上げるグリムに尋ねる

 

「毎年この時期になると行われる、ご先祖様をお迎えする儀式ですよ。お祭りになると美味しいものがタダでたくさん食べられるので、あたしは好きです」

「グスッ……。だからちゃんとした依り代を用意しないとそこらの死体に取り付いちゃうのよ。さっきのも、仮の依り代だったから耐えられなかったの」

 

二人の説明に、だいたいの概要は理解出来た

グリムが以前やっていたように死者の霊を呼び出し、それをぬいぐるみや人形に入れて現世に招き、それを祝ってお祭りしようというわけだ

 

「で、ゼナリス教の教祖であるお前がその祭りを取り仕切ってると……」

「まあ何となく事情は分かったよ。じゃ、俺らはもう帰っていいか?」

 

面倒事の予感をキャッチしたのか、6号が踵を返して言う

 

「待って!アンデッド祭りまでもう一週間しか無いの!それまでに依り代を揃えなきゃいけないから、それを手伝ってほしいのよ!」

 

グリムが仕事をこなせなければ、この国の人間がご先祖様や喪人に会えなくなるんだよな

そう思うと、俺も何とか手伝いたくなるが…

 

「面倒くさそうだから遠慮しとく」

「悪いが、アリスにその祭りには関わるなって言われてるんでな」

『チカラガホシケリャ、タイカヲヨコセ!』

 

俺と6号だけでなく、ロゼにまで逃げられそうになったグリムはたまらず泣きついてきた

 

「お願いよぉぉぉぉぉ!!手伝ってくれるならサービスしてあげるから!あとロゼはいい加減自分の口で話しなさい!」

 

グリムの抗議に、6号と俺は顔を見合わせると

 

「サービスも何も、軽いセクハラならいつもやってるからなぁ」

「お前、最近ちょっと自意識過剰なんじゃないか?昭弘にも色仕掛けして玉砕してただろ」

 

「何でよぉぉぉぉ!!」

 

 

 

 

 

 

「つーわけで、例の祭りの手伝いすることになった」

「何がアンデッドだバカにしやがって、アンドロイドの自分に喧嘩売ってんのか」

 

あの後、結局グリムの手伝いをすることで決定し、俺たちはアジトのアリスにその事を話した

 

「どうする?祭りの期間中はアジト建設は延期するか?」

「そうだな。よし、全員で祭りの妨害に取りかかるぞ」

「たぶんそんな理由で言ったんじゃないと思うぜ」

 

またアンデッドやら呪いやらに拒否反応を示したアリスが物騒な事を言うが、この国ではもう定番行事みたいだし、邪魔したら何されるかわからんぞ

 

 

 

「……で、なんでコイツがここに居るんだ?」

 

何故か俺たちのアジトに居て、何故か火薬を広げて弾丸造りに勤しんでいるスノウを見て6号が言った

 

「愛剣のローンの支払いで、本格的に金に困っているみたいでな。真剣な顔で体を売ろうか悩んでいたから内職させてるんだ」

「俺はどっからツッコめばいいんだよ」

 

黙々と作業していたスノウが、出来立ての弾を目を輝かせながらアリスに見せる

 

「アリスさん!出来ました!」

「よし、まだ作りが甘いが上手くなってきたな」

 

アリスに褒められてパアッっと笑顔になるスノウ

 

「ふへへ…!………なんだ6号、いやらしい目で私を見て。お触りしたら金を取るぞ」

 

変わり果てたスノウの姿に、6号が目尻に涙を浮かべる

いや、コイツは落ちるべくして落ちたような気もするが……

 

「そういや、昭弘はどこ行ったんだ?」

 

スノウの隣で同じように弾を作っていたシノが聞く

言われてみれば、部屋の中に昭弘の姿は無い

もう夜も更けてきてるが、他の部屋にいるのだろうか

 

俺たちの疑問に、アリスが答える

「昭弘なら、ラッセルを鍛えに行ったぞ。あいつはキメラの癖に貧弱だから、変身してない昭弘にも完敗したらしいからな」

「昭弘の訓練に付き合わされてんのかよ!あいつ大丈夫かなぁ……」

 

昭弘のトレーニングと言えば、同じ鉄華団の男衆でも音を上げるほどのハードスケジュールだ

まだ子供なラッセルの筋肉が破壊され尽くさないか心配だが、たしかにラッセルは魔法に頼りきりだし少しやらせてみるのもアリかもしれない

 

「……じゃあ、俺はそろそろ行くかな。オルガも来るか?」

 

グリムに言われた時間が近づき、6号が立ち上がって俺に声をかけてきた

 

「あー…どうだアリス」

「どっちかだけだ。弾の製作だって必要な仕事なんだぞ」

 

俺が顔を向けると、アリスは嫌そうな顔をしながら言った

 

「オルガ、俺にはやることがあるからグリムは任せたぞ」

「やることってなんだよ、お前は弾丸作るの下手くそだったろ。それは俺がやってるからグリムの面倒はお前がだな……」

 

「俺の仕事は悪行ポイントを貯める事さ。これを見ろ」

 

そう言って6号は、腕の悪行ポイントカウンターを見せつけた

 

「……お前いつの間にこんな貯めたんだ?」

 

6号のカウンターの数値は300以上

デストロイヤーを呼ぶのにすっからかんになっていたはずだが、もうそんなに貯めたのか

 

「お前らには秘密だ。今度なんかプレゼントしてやるよ」

 

ニヤニヤと笑う6号に一抹の不安を感じながら、俺は待ち合わせの場所に向かった

 

 

 

 

 

「さあ副隊長、準備はいいかしら?ほらほら、ロゼもしっかり車椅子押して!」

 

夜行性を発揮したグリムが、昼間とは見違えるようなテンションで言う

 

俺は宇宙での生活も経験してるから、昼夜というより時間できっちりと動くように心がけている

でないと時間の感覚が狂ってしまうからだ

人間として、一応昼に起きて夜に寝る生活から外れたくは無い

 

「で、人形の材料ってなんだ?その辺の生地と糸じゃダメなのか?」

「人形自体はそれでもいいけれど、それとは別に花が必要なのよ。それは死者が正式に地上に留まるための許可証になるの」

 

「へぇ…やっぱり花ってのは大事なもんなんだな。俺もそういうこともっと考えるべきだったかもな」

 

俺達は葬式の時くらいしか花に興味をしめさなかったが、聞いた話じゃ花にもそれぞれ意味があるらしい

死を意味する花、彼岸花なんて聞いた時は驚いた

 

「副隊長も案外ロマンチストじゃない!だから今から魔の大森林に行って、その花を摘んでくるの」

 

「……俺、魔の大森林は魔族でさえ開拓を投げる危険地帯って話を聞いたんだが」

「そうね、それにあの森には蛮族だっているの。そんなところにか弱い乙女が一人で行ったらどうなるかしら?副隊長は可愛い部下が傷物にされるのを黙って見たりしないわよね?」

 

そんなグリムの言葉

脅迫……なのか?

教祖としての責任感から、自ら危険な地へと足を踏み入れようとしているわけだが

 

いやあんまり迷わないな

 

仲間がピンチになったら助けるのが俺達だが、グリムは割と死んでも平気なヤツだし……

 

「もう早く済ませて帰りましょうよ……。あたし、お腹いっぱいご飯を食べたからもう眠いんですよ……」

 

俺がこめかみを押さえていると、眠たそうに車椅子を押していたロゼが欠伸まじりに言った

 

「可愛い部下ってのはロゼみたいな部下だけだ。お前が襲われても原形があるうちは放置するぞ」

「なんだか副隊長の私への扱いがどんどん雑になっていく気がするわ……」

 

 

とても車椅子に適した環境とは言えない道なき道を進んでいると、木の陰にひっそりと咲いた小さな花が見えた

 

「あの白い花がそうよ。じゃあ、私はここで待ってるから……」

「おい、お前も摘めよ。なんで教祖がやらねぇんだよ」

 

「私はもうたくさん依り代を作ったんですぅー!副隊長はゼナリス教徒なのになにもしてないからこうして働いて貰ってるのよ!」

「入信した覚えはねぇからな俺は。というか森の中に車椅子で入ってくるなんて正気か?」

 

木の根っこに突っ掛かって進めなくなっている車椅子を見て言う

グリムは遺跡でも車椅子を使おうとしていた

普通に歩けるんだからなるべく歩いてくれた方が手が空いていいのだが

 

「車椅子って色々と便利なのよ。自分で漕がなくても誰かに押して貰えて楽ちんだし。それにパッと見た感じ、儚げな病弱美女の印象を与えられるでしょう?」

「まったく経験が無いのに打算的なところがダメなんだと思うぞ俺は」

 

腕に掴みかかってきたグリムをいなしていると、反対の袖をつまんでロゼが言った

 

「グリムはこのままの方が運びやすくていいですよ。昼間は大体寝てますし、目を離すとちょこちょこ死ぬので」

 

ロゼに言われたグリムが不満そうな顔を見せる

 

「ねぇ、私が死んでる時の扱いもうちょっと良くしてくれないかしら」

 

「その辺の野菜と一緒に荷車に載せられて、アリスに謎の薬を投与されて、6号にパンツ捲られることの何が不満なんだ?」

「全部不満に決まってるでしょ!!というかアリスは私の体に何をやってるの!?」

 

グリムが騒いでいると、森の奥から何かがうごめいている音が聴こえてきた

 

「……おい、何か来てるぞ。グリムの叫びに反応したな」

「私のせいなの!?元はと言えばあなた達が……!」

 

グリムの口を押さえて、ロゼがこちらへ迫る何かを警戒する

 

音からしてそこまで大きくは無さそうだが……

 

「おい、こいつは………」

 

暗闇から現れたのは、体が腐敗して所々が崩れ落ちた死体

それも立って歩いている死体だった

 

アンデッドとは自分の事だと言わんばかりに、腐った体を引きずりながら数体の群れがこちらへ向かってくる

 

「ゾンビ!?ねぇ副隊長ゾンビよ!ふふ、ここは私に任せなさいな!」

「そう言うなら任せるけどよ……。ロゼはゾンビが苦手なのか?」

 

車椅子から飛び上がったグリムが言う

その言葉を信じた俺はゾンビの群れから半歩身を引き、ゾンビの腐臭に鼻を押さえているロゼに言った

 

「あたし無駄に鼻が良いから、この臭いだけで倒れそうで……。副隊長も嫌いなんですか?」

「嫌いってか……単純に気持ち悪いだろアレ」

 

まあ今の俺も似たようなものなのかもしれないけどな

 

どういう理屈か知らないが、死んだ人間を生き返らせている事は凄い事だと思う

しかしここまで腐敗していて、意識もあるようには見えないと……

 

「俺と同じように、あいつらも誰かに呼び起こされたのか?」

「どうでしょう、ゾンビが自然発生するかは知りませんが……。誰かに願って呼び出されたんじゃなくて、単純なしもべとして操るだけのネクロマンサーもいますし」

 

眠りについた死者を自分の私利私欲のためだけに操る

そんな事は死者への冒涜に他ならない

 

「もし犯人がいるのなら、捕まえて償わせてやらなきゃな」

「隊長や副隊長って変なところで正義感発揮しますよね。そういうところは嫌いじゃないです」

 

ロゼが嬉しそうにそう言ってくる

これは別に正義感じゃない

 

誇りを持って死んだ人間に対して敬意を払わない行動が嫌いなだけだ

 

 

「おいグリム。そろそろゾンビの始末は終わったか?」

「痛い痛い!!ちょっと二人とも助けて!!」

 

俺が声をかけるとゾンビに群がられたグリムが、手を伸ばして助けを求めた

その様はとても上手くいっているようには見えない

 

「おい、さっき私に任せてっつってただろ」

 

「違うの副隊長!普段ならアンデッドのアイドルであるグリムさんに手なんて上げないの!このゾンビ達は何かがおかしいわ!」

「い、いつもは上手く説得してくれるんですが……。あたしもこんなグリムを見るのは初めてです」

 

ゼナリスを崇める教徒が不死であるアンデッドに敵視されている?

それはつまり……

 

「お前とうとうゼナリスに見捨てられたのか」

 

「違うわ副隊長!たしかにちょいちょい意味もなく死んでいるけど、こうしてアンデッド祭りのために頑張ってるしカップルに裁きを下してるもの!」

 

なんでグリムの中で不死と災いの神がカップル撲滅と結び付いているのか甚だ疑問だが、たしかに貴重な教祖をないがしろにするとも思えない

 

「いいわよ!これぐらい自分でなんとかしてみせるから!偉大なるゼナリス様!この場に満ちた不死の加護を取り払い、あるべき形に戻したまえ!」

 

やけくそ気味のグリムがそう叫ぶと、ゾンビ達のいる地面から青白い光が天に向かって高く伸びていく

光が辺りを包んだと思った瞬間、グリムを袋叩きにしていたゾンビ達の動きが止まる

 

おそらく、アンデッドの不死を取り払ったのだろう

加護を失ったゾンビ達がバタバタと倒れていく

 

初めてグリムの聖職者らしき姿を見た俺は、一言謝ろうと何故かピクリとも動かないグリムに手をかけ

 

そのグリムの体が地面に倒れ伏した

 

 

 

「……もしかして自殺したのかコイツは」

 

「……これ、いつもの儀式で治るのかなぁ」

 

というか一歩前にいたら俺も死んでたんじゃないか

 

 

 

 

 

グリムの死体をロゼに任せ、俺がアジトに戻ってきた頃にはもう夜明け前だった

 

6号はまだ留守か……?

 

こんな時間までどこでどんな悪行に励んでいるのだろうか

 

アジトが完成すれば一応あいつが本部長になるのだ

そろそろ隊長としての自覚を持ってほしいもんだが、いったい何をしてるんだろうか

 

まあ、あれでなかなか人に好かれやすい性格だし、もう少し常識と気品が身に付けば問題は無いだろう

おそらく事務はアリスがやってくれるし、俺も二人をサポートすればいい

 

そんな事を考えながら床についた次の日の朝、俺は爆炎に包まれて目を覚ました

 

 

 

 

「……とうとうやらかしやがったな」

 

「………すいませんでした」

 

「お前、人の命を何だと思ってやがる」

 

「………すいませんでした」

 

煤だらけの顔をひきつらせる俺の前で、正座しながら同じ言葉を繰り返すスノウ

 

聞いたところによると、昨晩火薬を放置したままその側に二代目フレイムザッパーを置きっぱなしにしたらしい

 

そのせいで、俺はまた死んだ

 

どうして戦場でもなんでもない街中の、しかも自室で死ななければならないのか

 

ミカ達はとっさに変身して無事だったし、6号とアリスはたまたま外に居たから無傷

他の戦闘員達も外のテントで寝泊まりしていたから大丈夫だった

幸いというか、死んでもいい俺しか被害を受けなかったわけだ

 

「で、これからどうするの?」

 

瓦礫の中から野菜の苗を掘り起こしていたミカが聞く

 

「こうなったら、アジト建設を早めるしか無いな。スノウ、お前も手伝えよ?」

「はいアリス様!」

「様はやめろって言ってんだろ」

 

アリスに泣き付くスノウを見ていた6号が、ため息混じりに言い寄る

 

「ったくしょうがねぇなぁ。グレイス支部長であるこの6号さんに野宿させるんだから体で接待しろよ?というかお前の家に泊めろよ」

「家ならもう追い出された。城の兵舎も空きがない。だから私も野宿するしかないのだ」

 

さらっととんでもない事を言うスノウに、倒れた柱を押し上げながら昭弘が言った

 

「お前は剣をいくつかコレクションしてただろ。それ売って当面の生活費にしたらどうだ」

「な…!それだけはダメだ!今の私だと足元を見られて安く買い叩かれるに違いない。こうなったら体を売ってでも……」

「金に取り付かれた女は怖いにゃあ」

 

家が吹き飛んだというのに、みんなすぐにいつもの調子を取り戻していく

 

……平気ではあるんだが、もうちょっと俺が死んだことに対して反応してくれよ

 

いつも足蹴にされているグリムの気持ちが少し分かった気がした

 

 

「しかしスノウに任せた分だけじゃ、あそこまでの爆発は起きないと踏んでたんだがな」

 

あっぶね~。実は俺も火薬放置しちまってたから、証拠隠滅できて助かったぜ

 

シノお前ふざけんなよ

 



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建設は爆発

俺達が魔王軍とトリス王国から奪った土地の、魔の大森林の脇

 

その一角に立っている俺達の目の前にあるのは、地球から取り寄せた大量の資材

拡声器を手にした6号がその上に乗り、咳払いしてから話し始めた

 

『おはよう諸君。この俺が秘密結社キサラギ、グレイス支部長の戦闘員6号さんだ。今回の任務は、魔の大森林開拓のため、足掛かりとなる要塞建設が目的となる。地球で深刻化している環境汚染や人口増加による土地問題、食料問題。諸君の肩には人類の未来が懸かっており………』

 

「話が長いし何を言っているのかサッパリ分からん!くだらない挨拶はいいからとっとと始めろ!」

「隊長が急に難しい言葉使っても、ちっとも似合わないですよー」

「おい6号ー!それこの間アスタロトさんに言われた事そのまんま言ってるだろー」

 

柄にもなく真面目な話を始めた6号に、居並ぶ面々が罵声で囃し立てる

6号はしばらくそれを聞いた後、声を張り上げて叫んだ

 

『うるせー!アジトが完成すれば俺はお前らみたいな下っ端社員とは別格の存在になるんだよ!そこんとこを理解しやがれ!』

「私はあくまでもこの国の騎士だ!貴様らの怪しげな結社に入った覚えはないぞ!」

「そうですよー、あたし達を勝手に社員扱いするのやめてくださいよー!」

 

偉そうに言い放つ6号に、スノウとロゼが文句を言う

 

『かーっ!守銭奴のエロ女と大食いキメラが偉そうな口ききやがって。それとそこの女装キメラはもっとシャキッとしろ!』

 

6号が資材にもたれ掛かってぐったりとしているラッセルを指差す

 

「なんでお前寝てんの?」

「……昭弘の筋トレに付き合わされたせいで全身筋肉痛なんだよ」

 

案の定というか、夜遅くまで昭弘のトレーニングに付き合わされたラッセルは、全身の筋肉を破壊され尽くしていた

その様子を気の毒そうに眺めていたシノが、トラ男にふと尋ねる

 

「トラ男的にはどうなんだ?ラッセルが昭弘みたいになってもいいのか?」

「体質的にラッセルにゃんはガチムチにはなれないから別にいいにゃあ。今の柔らかいラッセルにゃんも好きだけど、ちょっと身が引き締まったラッセルにゃんもそれはそれで悪くねぇにゃん」

 

相変わらずブレないトラ男に俺が感心していると、拡声器を手にしたアリスが前に出る

 

『おいお前ら。アジト建設さえ上手くいけばテント暮らしとはおさらば出来るんだぞ。自室でエロ本も読めるし、庭先に畑を作っても何も言われない。莫大なボーナスと豪勢な食事だって出してやる。……分かったな?それじゃあキリキリ働け』

 

頼れる俺達の司令塔の指示に、6号達は人が変わったようにテキパキと動き始めた

 

 

 

 

順調に進む基礎工事を見て、俺はそこまで苦労しなくて済むだろうと思っていた

 

だがそれは大きな間違いだった

 

「ラッセルー!!」

「昭弘!回収頼めるか!?」

「…おいあいつどこまで吹っ飛んでくんだ」

 

突如として森の中から飛び出してきたカエルの群れによって、逃げ遅れたラッセルの体が景気よく吹っ飛ばされる

ただのカエルならいざ知らず、相手は自爆特攻を習性とするミピョコピョコ

すでに建材にも被害が及んでいた

 

「おいオルガ!ラッセルは大丈夫なのか!?まだアイツを逝かせるわけにはいかないんだ!」

 

珍しく心配そうな顔でスノウが聞いてくる

こいつそんなにラッセルと仲良かったっけか?

 

「一応戦闘キメラだし大丈夫……だと思うが……。というかなんで建設現場にメイド服で来てたんだアイツ」

「疲れてぶっ倒れてたとこを俺がそのまま引っ張り出して来たからな」

 

昭弘がグシオンのバトルアックスを手に言う

 

つまりメイド服のまま筋トレさせられて、疲れてそのまま寝てたせいでそのまま連れてこられたのか

元敵とはいえ哀れだな

 

「バハリン飲ませとけ。それがダメなら電気ショックで無理やり起こしてから考えよう」

「そ、そうか!私より下の扱いを受けているアイツを見ていると、心が安らぐのだ!」

「誰かそのクソ女を森に捨ててこい!」

 

相変わらず最低だったスノウに6号がキレている間にもミピョコピョコは湧き続け、どんどん被害が大きくなっていく

 

「もう七回目の襲撃だぞ!もっとマシな候補地は無いのかよ!」

 

この数時間で何度も何度も攻撃を受けて、6号もイライラが募っている

森からやって来る魔獣の対処に追われ、建築がちっとも進んでいないのだから無理も無い

 

「ぶんどった土地はここしかないからな、諦めろ。嫌なら他国を侵略してこい」

「なんでここに来て急に実力行使に出なきゃなんねぇんだよちくしょー!」

 

たしかに大変ではあるが、避けて通れない道でもある

なんせこの大陸の大部分が、この魔の大森林らしいからな……

こんなところで躓いてちゃ、惑星開拓なんて夢のまた夢だ

 

「オルガ、今度は蛇と蟹が来てるよ。また凄い数だ」

「おい三日月、あれは蟹じゃなくてザリガニっていうんだぞ。旨いから今度お前にも食わせてやるよ」

「それは別にいいや」

 

お前モケモケとは親友なんじゃないのかよ

けど今はそんな事はどうでもいい

問題は次から次へと殺到してくる魔獣たちだ

 

「くそっ!おい流石にちょっとおかしくないか?俺も魔の大森林に入った事はあったが、ここまでじゃなかったはずだ!」

 

俺がそう言うと、森の中を双眼鏡で観察していたアリスが指差す

 

「やつらの背後を見てみろ。カチワリ族の連中はこうやって縄張りを守ってるんだな、興味深い」

 

森の中で、奇妙なお面を被った人間が武器を手に魔獣を追い立てていた

今までの魔獣はあいつらがけしかけてたって事か

 

「んな事言ってる場合かよ。おい三日月、俺とお前で突っ込んで散らすぞ」

「わかった」

 

痺れを切らした昭弘と三日月が、グシオンリベイクとバルバトスに変身して森の中に飛び込む

しばしの戦闘音の後、魔獣の襲来はひとまず収まったが、建材が砕けてしまっているし、いつの間にかラッセルの姿もない

 

「ったくキリがねぇな……。おい、トラ男さん達キサラギ部隊も呼び戻そうぜ!」

 

疲れはてた6号が地面に尻をつけて言う

 

「まだトリスや魔王軍とは戦争中だからな。商売敵にアジト建設の邪魔はされたくないんだが、そうも言ってられねぇか……」

 

 

 

 

カチワリ族による攻撃があった翌日

一応は建物としての様相を見せ始めた要塞の一角で休憩していると

 

「おいオルガ!また蛮族が出た!」

 

6号の叫びに目を向けると、そこにはまたしてもお面を被った先住民の姿

 

「カチワリ族とは違う連中だな。見たところ武器は持ってねぇが」

「あの程度ならスノウとロゼだけでどうにかなるだろ。お前らは作業を続けろ。このままじゃいつまで経っても完成しねぇからな」

 

もう一端の建築士みたいな格好でいたスノウが蛮族の姿を見て声を上げる

 

「む、おい6号!あれはヒイラギ族だ!自然との調和、共生を旨とする連中で、魔法とも違った不思議な力を行使してくる厄介な連中だ!」

 

不思議な力と聞いたアリスが、あからさまに嫌そうな顔を見せる

 

「ここにきてまた新しいオカルトパワーとかふざけんなよ。おい三日月、ちょっと行って潰してこい」

「やめろやめろ!まだ向こうはなんもしてきてねぇだろうが!」

 

もしかしたら友好的なやつらも居るかもしれない

ほら、あいつらは襲ってこないで楽しそうに……

 

「なんかアイツらが踊り出したぞアリス!俺も空気読んで交ざってくる!」

「そんな事で中断すんな!……いや、本当になにしてんだアイツら」

 

突然円を組んで踊り出したヒイラギ族に俺達が困惑していると、何かに気づいたアリスが空を見上げながら言った

 

「ちょっと待て、降り注ぐ太陽光の量がおかしいぞ」

 

 

俺達の要塞の辺りが眩しく照らされた瞬間

 

空から光の降り注ぎ、要塞の上部を木端微塵になった

 

 

「ぶわあああああああ!!!!」

「うああああああああああ!!!!」

 

 

儀式を終えたヒイラギ族が森へ引き返した後

焼け跡が残る地面に転がっていたシノが声を大にして言った

「ビーム!ビームだぜ三日月!また新しいモビルアーマーか!?」

「ビームってよりはレーザーだな。おそらく光の収束攻撃だろう。対策は考えておかねぇとな」

 

他の仲間がなんとも無さそうにしているのを見て、6号が祈りを捧げながら言った

 

「お前らバチ当たりだぞ!きっと神パワーだよ神パワー!天罰的なものを落としたんだって!」

「なんで全く関係ない神様に裁かれなきゃいけねーんだ。おいオルガ、お前からも何か……」

 

天を仰ぐ6号と呆れるアリス

 

 

「「し、死んでる……」」

 

その目の前で俺は焼死体となって転がっていた

 

 

 

その翌日

 

丸焦げから生き返った俺を待っていたのは猛烈な砂嵐だった

 

「おい6号、そっちもっと引っ張れ!テントがひっくり返っちまうぞ!」

「もうひっくり返ってるんじゃねぇかコレ!?骨組みがひしゃげててもうどっちが上かもわかんねぇ!」

 

吹き荒れる砂嵐によって、仮設テントや資材が次々に吹き飛ばされる

6号の言うとおり、本当に神を怒らせたのかもしれない

不死と災いの神なんてのがいるくらいだから、砂嵐の神や蛙の神がいたっておかしく無い

 

というか『災い』の神……?

 

「……砂で何も見えん。全員無事か?」

「昭弘さん、ラッセルさんが吹っ飛ばされて木に引っかかってるので回収お願いします。あたしはこのムピョコピョコのお肉を避けとかないと…」

「俺はラッセルのお守りじゃないんだが……。まあアイツが身動き取れないのは俺のせいでもあるからな」

「わ、私もこの戦利品だけは……」

 

強欲にテントにしがみついていたスノウの頭に飛ばされた岩が直撃し、そのまま一緒に空へ飛んでいく

 

「さっきまであんな晴れてたクセに!って、あー!スノウが!」

「森のそばでこんなバカでかい砂嵐が起きるのも変だな。一応収束に向かってるが……」

 

アリスが冷静に分析していると、小さな爆発音とともにまたしてもカエルが飛び込んできた

 

「おいオルガ!風に乗ってミピョコピョコが飛んできてるぞ!」

「シノ!アイツらを撃ち落とせ!」

「無茶言うんじゃねぇよぉぉぉ!!」

 

結局、抵抗むなしく要塞の基盤は吹き飛んだ

 

 

 

「なあ、やっぱり他の土地探した方がいいんじゃねぇか?このペースでポイント稼いでると、そろそろ対俺専門の自警団が結成されそうなんだよ」

「シノはたまにはセクハラ以外でポイント稼いでこい。しかし、この状況が続くのはあまりよくないな」

 

現在、俺達が持っているポイントは、すべて建築資材につぎ込んでいる

このまま泥沼に物資を注いでいると、いざとなった時に戦闘でポイントを使えない

 

ミカはここ最近はずっと畑仕事に熱中しているので、悪行ポイントはほぼ無し

 

昭弘はまったくと言っていいほどポイントを稼げていない

アリスが強面な外見を生かして借金とりをやらせていたが、それもすぐに終わってしまった

 

このままだと二人は変身分も怪しいのだが、アリスが本部と交渉してこっちの星のサンプルと引き換えでポイントを手に入れてくれているのでなんとかもっている

 

「お前ら情けねぇなあ。ちょっとは俺を見習ったらどうだ?」

 

6号が見せびらかしているポイントは200近く

これだけ要塞建設につぎ込んでなおそれだけのポイントを持っているとは、どんな悪行をやらかしたのか

 

「古参戦闘員をナメるなよ?この程度のポイント稼ぎは朝飯前ってヤツさ」

「そうだな、悪かったよチャックマン」

「せっかく忘れかけてたんだからやめろよぉ!」

 

こいつはそこまで大がかりな犯罪には手を染めないだろうが、時々本当にバカをやらす事がある

心配だし、今度発信器でも付けておくか

 

 

 

さらに翌日

 

いつまでたっても進まない建築に業を煮やし、前線で戦っていた戦闘員を何人か借りてきたのだが

 

「こんな所にいられるか!もう俺は地球に帰るぞ!」

「一人でもそれを許したら我も我もと他の戦闘員も帰りかねないからダメだ」

 

6号を始め、その全員が萎縮して逃げ出そうとしていた

 

理由は、今日の相手は魔獣ではなくゾンビだからだ

 

「6号もゾンビがダメなのか。たしかに装甲越しでもスゲー臭うしなぁ」

 

シノがフラウロスの、あるかないかわからない鼻を押さえながら言う

 

「臭いじゃねぇよ!いいか?ゾンビ映画なんかじゃ、俺達みたいなヒャッハーしてるチンピラなんかが真っ先に殺されるんだぜ」

 

6号がまたわけのわからないジンクスを持ち出して言い訳し、他の戦闘員もそれに首肯く

 

「大の男が揃って情けない!どけ、私が始末してやる!」

 

ここのところアリスにボーナスを貰って張りきっているスノウが前に出て、早速手に入れた三代目フレイムザッパー片手にゾンビを火葬し出した

 

「やっぱり戦闘ならそれなりに頼りになるな……。おいお前らどこ見てんだ」

 

重い鎧を脱ぎ捨て、全身を使って剣を振るうスノウ

いつの間にか元気を取り戻した戦闘員達が、立ち上がって応援し始めた

 

「いいぞ異世界人!あんた最高だ!」

「すげー!揺れてる揺れてる!」

「俺達にもっとあんたの活躍を見せてくれ!」

 

……ある一点を凝視して

 

「……もう好きにやってくれ」

 

俺が呆れていると、森の奥から今までとは比べものにならないほどのゾンビの群れが現れた

 

「おいおいおい!なんだよあの数は!」

「退避だお前ら!」

 

その数なんと数百体

これ全部魔の大森林で死んだ人間かよ……!

 

「……これ、グリムの仕業じゃないよな?」

「そんなわけないじゃないですか!グリムはあれでもずっとこの国のために頑張ってきてるんですよ!」

 

要塞を放棄して逃げながらふとロゼに尋ねると、とんでもないというふうにロゼが否定する

でもゾンビは魔獣や先住民みたいに俺らを狙う理由も無いと思うんだがなぁ

 

ゼナリスの呪いだと考えれば、ここ最近の出来事も辻褄が合うんだが……

 

「じゃあアリスがオカルト嫌いなように、向こうも科学的なものを敵視してるとか……」

「全面戦争なら望むところだ。今度はやつらの森ごと焼いてやる」

 

追ってくるゾンビの集団に火炎ビンを投げつけるアリスを見て、俺は自分の言ったことを後悔した

 

 

 

またしても翌日

 

『野郎ども、用意はいいか?自分達は悪の組織だ、良心なんか捨てちまえ。ゾンビもモケモケもピョコピョコも、森と一緒に焼却だ』

「「「「「「「ヒャッハー!」」」」」」」

 

アリスの指揮の元、俺達は手に火炎放射器を担いで森の中へ進軍した

 

「これこれ!やっぱこれだよ悪の組織ってのはよ!」

 

煙対策にガスマスクを被った6号が、辺りに生い茂る木々を焼き払いながら言う

俺もそれに習って草木に火をつけるが、地球の環境のために他の星の環境を壊して良いのか疑問が募る

 

「お前らは炎に強いってのがいいよなあ。露払いは任せたぞ」

『だからって俺の後頭部を執拗に焼こうとすんなよ。溶けないだけで熱さは感じるんだからよ』

 

戦闘員達がキャンプファイアー感覚でどんどん森を焼いていると、焦った様子のスノウがユニコーンに乗ってやって来た

 

「おいお前達!大森林に何をしているのだ!」

「あんまりにも邪魔ばかりしてくるから、森ごと焼くことにしたんだが……。やっぱまずかったか?」

 

何も知らない俺がそう返すと、スノウは呆れたように言った

 

「まったく……!急いでここから逃げないと森の反撃が来るぞ!」

「……そりゃどういう事だ?」

 

スノウの言葉の意味はすぐに分かった

俺達が立っていた地面が突然割れ、そこから現れた植物の根が次々と襲いかかってきたのだ

 

「なんじゃこりゃあああああ!?」

「ひゃああああ!?た、隊長ー!!」

 

それまで森を焼いていた戦闘員達が足首を掴まれ、宙釣りにされる

キサラギ社員だけでなくロゼも捕まっており、6号達がその元へ駆け寄る

 

「何してんだバカ共!」

 

ロゼを助けるつもりだと思ったのか、捲れそうになっているロゼのスカートを凝視している6号に昭弘がキレている

この状況でも呑気な戦闘員にも、次々と根が這い寄っていた

 

「うおおお!?やめろ!俺は6号みたいな露出癖は持ってない!」

「この場には美少女が何人もいるんだぞ!?何で俺のところに来るんだよ!」

 

もう統率もへったくれもなく、皆逃げまどっている

かくいう俺もさすがにこんな状況に対処できるはずもなく、自分に迫ってくる根を焼くのに手一杯だ

 

「おいオルガ、こりゃ一旦退いた方が……あっ」

「ちょっおまっ!?無理やり担いできたんだからせめて守れよぉぉぉ!!」

 

昭弘に背負われていたラッセルが根に囚われ、抵抗も出来ずに宙に浮く

 

「うーん、絵面的には触手責めされる囚われの美少女メイドなんだけどなぁ」

「しみじみ見てないでお前も昭弘と一緒に助けてこい!」

「いや、この隙に私たちだけでも脱出すべきだ!」

 

思わぬ植物の逆襲に右往左往しながら、俺達は森から逃げ出した

 

 

 

全身ボロボロになって大森林の入り口に座り込む俺達の前で、アリスがなにやら薬品のようなものを取り出していた

 

「さっきから何してるんだ、それ」

「除草剤を試してるんだよ。よし、この星の植物にもちゃんと効果があるみたいだな」

 

そう言いながら、そばに置いてあった農業などで薬を散布するためのドローンの起動に取りかかった

 

「あーっ!変なのが飛びました!隊長、アレなんですか!?」

「相変わらず君たちは変な物を持ち出すね……。おー、飛んでる飛んでる………」

 

何かが琴線に触れたのかやたらと興奮するロゼと、すっかりアウェーな様子のラッセルが、飛び立ったドローンを眺めている

 

「よし、これで問題が無ければ、大量のドローンで一気に………」

 

アリスがコントローラーを手に動作をチェックしていると、小さな破裂音とともにドローンの姿が消えた

 

「一瞬でいなくなりましたよ!ドローンってすごいんですね!」

 

ロゼがドローンの機能だと勘違いしているが、今のは間違いなく攻撃だ

 

「また森の中からだ…。今度は何が来るってんだよ!」

 

精密射撃が可能な野生生物なんて厄介極まりねぇじゃねぇか……

 

俺だけでなく6号も森から現れた未知の敵に向き合い……

 

「美少女だ!この星には美少女の生る木があるんだ!バンザイ!」

「「「「バンザイ!」」」」

 

他の戦闘員(+シノ)と一緒に歓声を上げた

 

6号達が興奮するのも無理はない

森から現れたのは全裸の女だったのだから

 

しかし体に蔓のようなものを纏わせて自在に動かしているのを見るに、コイツも森の魔物なのだろう

 

「見てくれに騙されるな!こいつらは敵だぞ!」

 

俺の言葉を証明するかのように、その植物女は6号達に棘のようなものを飛ばしてきた

 

「いだだだだだ!戦闘服越しなのにすげー痛い!」

「痛い痛い!頭に当たったらザクロになるぞ!」

「昭弘とシノは盾になれ!さすがにMSの装甲までは……!」

 

キサラギ製の戦闘服でさえダメージをカット仕切れないだけでなく、グシオンやフラウロスの装甲にも傷がつくほどの威力を持っている

 

これが原生生物とか冗談じゃねぇ!!

 

「た、助けてぇ!!見てくれだけとは言え女に服を脱がされるのはちょっと……待って!そこから水は出ないから!!」

「もうその役立たずは置いてこい!」

 

逃げ遅れたラッセルが捕まってメイド服をびりびりに破られている間にも、植物女の攻撃は続く

 

「きゃあああああ!アリス!アリース!!」

「重機でもダメか……。これは撤退だな」

 

爆発するパワーショベルに背を向け、俺達はグレイスの街へ逃げ帰った

 

 

 

キサラギが占領して仮アジトになっている公園に座り込む

連日のように撤退戦が続いてるせいで全員ヘトヘトだ

いや、ミカだけはいつも通りの平然さを保っているが

 

「……やっぱり君たちはバカだ。あの程度で魔の大森林は開拓できないよ、なんのためにボクたちがこの国を侵略してたと思ってるんだ」

 

トラ男に自分からもたれ掛かるほどまでに憔悴しきったラッセルが言う

 

「お前寝て拐われてただけなのに偉そうな事言うんじゃねぇよ!助けてやった俺達に感謝して今日の晩飯は肉じゃがにしろよ!」

「お、お前らが無理やり連れてったんだろ!……まったく、最近は散々だ……。筋肉痛になるし、砂嵐に飛ばされるわ服は破られるわ………」

 

今のラッセルの格好は、魔王軍に居たときの以前の服装に戻っている

破られたメイド服を見てちょっと残念そうにしていたが、それを言ったら食事に変な物を混ぜられそうなので言わないでおいた

 

「俺が魔王軍の相手してる間にそんなことになってたなんてにゃあ。今夜はラッセルにゃんの好きなだけ甘えていいにゃん」

「…………」

 

トラ男に優しく頭を撫でられたラッセルが、トラ男の腹に顔を埋める

心が疲れてると人ってのは変わるもんだな

 

たぶん明日になったらまた否定するだろうが、もうすっかりなついてる判定されてるからな

 

「しっかしこの星の植物はたくましいなぁ……。ん?おい三日月、その手に持ってるの何だ?俺にはなんかの実に見えるんだが」

「さっきあいつからもぎ取ってきた。これも育てられるんじゃないかな」

 

ミカの手にはあの植物女に生っていた実が握られている

つまりこれを育てていくとゆくゆくは……

 

それに気付いた6号がミカにすり寄る

 

「でかした三日月!そいつを使って、俺達に従順な美少女を育てようぜ!」

「お前に任せられるか。そいつは貴重なサンプルになるんだ。三日月、しっかり世話するんだぞ」

「わかった」

 

アリスが6号を引き留めて言う

このまま放置するとミカの農園が完成した時に美少女まみれになりそうで心配だが、今はそれよりも……

 

「で、結局要塞建設はどうするんだよ」

 

俺が目下最大の問題について言うと、6号とアリスは顔を見合わせ

 

「「明日考えよう」」

 

そう言っていそいそとテントに籠っていった

 

お前らほんっとそっくりだな

 



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死霊は事件の香り

俺達がこの星の大自然に完膚なきまでに叩き潰された翌日

 

アジト建設が上手くいっていればベッドの上での起床だったのだが、あいにくそうはならなかったので寝袋だ

 

「おうミカ、調子はどうだ」

 

テントから出た俺は、小さなプランターの前で屈み込むミカに声をかけた

そのプランターには、これまた小さな植物が葉をつけている

 

「トウモロコシか?」

「うん」

 

トウモロコシは、火星でミカが手伝っていた農場で育てていた作物なだけに思い入れ深い

あれはバイオ燃料として安く買い叩かれちまってたが、これは食用として使いてぇもんだ

 

だがその苗の葉はしおれており、他の苗も似たような状態だった

 

「やっぱりそう簡単にはいかねぇか……」

「アリスが水と栄養を与えすぎだって」

 

手伝った事があるって言っても一から育てた事はねぇし、本で知識を得ただけで上手くいくとも思っちゃいなかったが、こう現実を見せられるとな

 

「本当は畑で育てたほうがいいんだろうが、ここじゃ無理だからなぁ」

 

「でも支部の立ち上げは延期になったんでしょ?」

 

「そうなんだよな……。今はこれで練習するしかねぇか………そういや、あの実はどうしたんだ?」

 

あの実とは、最後にアジト建設を邪魔した植物人間からミカが採取した実だ

上手く育てば貴重な生体サンプルになる予定だが

 

「そこの花壇に埋めたんだけど、もう芽が出てるんだよね」

「なんかヤバそうだよなぁ……。こんな街中で育てて大丈夫か?」

 

あの植物人間は重機を易々と破壊し、キサラギ戦闘服さえ貫通できるような攻撃力を持っている

 

増やしすぎなけりゃ大丈夫か?

いや、あれが成体とは限らねぇし生育にも注意しねぇと……

 

「おいオルガ、グリムが探していたぞ。これからアンデット祭りの依り代に霊を呼び込むそうだ。アリス様と6号に今度こそ力を見せてやると息巻いていたが、アリス様は忙しいらしい。6号はここには居ないのか?」

 

俺が文字通りの悩みの種をどうしようか考えていると、すっかりアリスの子分と化したスノウがそう言って公園の入り口に立っていた

 

「やっと復活したのか。城でやるんだろ?6号も見かけたら連れてきゃいいさ」

 

俺が腰を上げてスノウに着いていこうとすると、入れ替わるように見慣れない男が公園に入っていった

 

「あ、居た居た!三日月さん、探しましたよ!」

 

その男はミカの知り合いのようだが、俺には面識が無かった

 

「……誰だ?」

「お前は闘技場の支配人ではないか。いったいどうしたのだ?」

 

スノウがそう聞くと、その男は一瞬の疑問を浮かべてから答えた

 

「ああスノウさん、知らないんですか?三日月さんが闘技場の現チャンプなんですよ」

 

それを聞いたスノウは邪悪な笑みを浮かべながら凄い勢いでミカの肩に手を回した

 

「おい三日月。私が悪行ポイントとやらを集めさせてやろう。なに、謝礼はいくばくかの金だけで十分だ」

「八百長させようとすんな。というかミカお前いつの間にチャンピオンになってたんだ」

「結構前だけど」

 

俺の知らない間に、ミカも結構自由にやってんだなあ

嬉しいような寂しいような……

 

「三日月さんは血塗れマリエルとのマッチが近づいているので、ここらでお互いの実力を確認しておこうと前座試合を組ませていただきました」

「わかった。じゃあオレも行ってくる」

 

戦闘服に着替えて出ていったミカを見送りながら、俺はスノウに尋ねた

 

「血塗れマリエルってのは……」

「最近名を上げ始めた女武闘家だ。彼女のフックは相手の頭蓋を粉々にすると言うぞ」

 

倫理観のおかしなこの星の事だ、娯楽だからって闘技場内の殺人が合法化されてねぇだろうな

 

 

 

城へやって来た俺とスノウは、車椅子の上で腕を組みながらウキウキとしているグリムと、数百は下らないであろうぬいぐるみの山に出迎えられた

 

「フフフ、来たわね副隊長。今日こそはゼナリス様の強大な力の片鱗を……ねぇ隊長とアリスは?あの二人にこそ見せつけたいのだけれど」

 

「アリス様は忙しいのだ、お前に付き合っている暇など無い」

「6号なら、川にゴミ拾いに行くってよ」

 

「スノウはこの国の騎士でしょう!?いつからアリスの側になったのよ!あと隊長のそれは絶対嘘よ!副隊長は分かってて放置したでしょう!」

 

逃げに入った6号を捕まえんのがどれだけ大変だと思ってんだよ

この間なんか、制限解除で逃げてクールタイムは隠れてやり過ごすってやり方で一日逃げ続けられたからな

 

「……まあいいわ。さあ刮目なさい!ゼナリス様の偉大なる力を!」

 

グリムが一つだけ手前に置かれているぬいぐるみに手を掲げると、それが少し光り……

 

そのまま平然と動き出した

 

グリムの話が本当なら、このぬいぐるみにはこの国の人間の魂が入っている

 

死んで肉体を失った人間を現世に呼び戻す

 

そんな神をも恐れぬ儀式を見た俺は

 

「……終わりか?」

「何よその目は!想像より地味だったとか言うんじゃ無いでしょうね!」

 

今までみたいに、魔方陣とか光の柱とか、そんなものを使うと思ってたんだが

 

まあ市民に見せるわけでもないし、これだけの数を捌くのに時間をかけて派手にやる必要もないか

 

俺は嬉しそうにぴょんぴょん跳ねているぬいぐるみに手を触れる

 

「これでこのぬいぐるみの中に、この国のご先祖様の霊が入ったのか」

 

「ああ、祭りの期間中はそれぞれの親しい人の側に居るだろう。これから忙しくなるぞ、なんせ祭り期間中は出店が増えるからな」

 

「…怪しい物を売るやつがいないか見張るんだよな?」

 

「………そうだ」

 

目を反らして答えるスノウに俺がジト目を向けていると、グリムがパンッと手を叩いて俺達を呼んだ

 

「ほらほら二人も手伝って!祈りを捧げるのはプリーストがやってくれるから、あなた達はぬいぐるみを運んできて!」

 

それから俺とスノウは他の騎士やメイド達とともに、ひたすらぬいぐるみを並べ続けた

 

俺はグリムお手製だというぬいぐるみを担ぎながら、一つ疑問に思っていた事をグリムに尋ねた

 

「気になってたんだが、まだ祭りの期間より少し早くねぇか?」

「実は、毎年ちょっとだけ気の早い霊がいるのよね。その人たちのためにちょっと前からこうして依り代を用意しておくの」

 

合計して百体ほどは運んだだろうか

せっかちな霊は一通りみんな入ったのか、ぬいぐるみはそれ以上は動かなくなった

 

案外重いぬいぐるみに疲れて、俺は床に座り込んだ

 

「……結構デカいよな。動物モチーフなのはなんか理由があんのか?」

「そんなの可愛いからに決まってるじゃない。あなた達の気持ち悪い人形も祭り関係者に見せてみたけど、満場一致で却下だったわよ」

 

生き遅れ呼ばわりされた事が相当癪に触ったのか、グリムは八裂きミート君人形への当たりが強い

きっとグリムが見せた他の人にも、何かしらの暴言を吐いたんだろうな

 

「そういや、ロゼはどうした?あいつならお前の手伝いだって進んでやるだろ」

「ロゼはあのトラの男に着いてっちゃったのよ。お菓子を貰ってるからってホイホイ行っちゃって。隊長の影響で何かにつけて奢ってもらおうとしてくるし……」

 

今まで自分にべったりだったロゼを盗られたと思っているのか歯ぎしりするグリム

グリムはロゼの事を数少ない友人って言ってたが、マジで他のゼナリス信者っていねぇのか

 

「まあトラ男は悪い奴じゃないから別にいいだろ。それにお前だって自分に優しいイケメンが出たらホイホイ着いていくだろ?」

「一応これでも中身を認めた人にしか本気のアタックはかけてないんだけど……。でも、保証はできないわね」

 

 

いつの間にか逃げ出していたスノウにどんな呪いをかけてやろうか話し合っていた俺達の前に、ティリスがやって来た

その顔はひどく疲れているように見える

 

「……オルガ様、それにグリム様もご苦労様です。アンデット祭りは無事に開催できそうですか?」

「ええ、今のところ滞りなく……。あの…ティリス様、少しお疲れの様子ですが何か?」

 

グリムが心配そうにそう言うと、ティリスは少し強がった笑みを見せたが、すぐに肩を落とした

 

「……そうですね、お二人なら何か知っているかもしれません。実は最近悪夢にうなされているのです」

 

額を押さえながらそう言うティリス

俺はその原因が何か、ひとしきり頭を巡らせて考える

 

「キサラギの戦闘員がバカな問題ばかり起こしてるからそのストレスで……とかか?」

「その線が本当にありそうで嫌ね……。でも、何かしらの呪いの可能性もあるわ」

 

キサラギ戦闘員の悪行は国公認だが、当然街の一般人から苦情は出ている

シノや6号なんかは一日一回はセクハラや小犯罪をしているだろうし、かなりティリスの頭を痛めているはずだ

 

て言うか、キサラギに独学で呪いを修得した猛者がいても不思議じゃねぇよな……

 

「城の見回りが怪しげな影を見たという報告も上がっていますし、私は魔王軍の破壊工作ではないかと思っているのですが……」

 

この国の政治は、かなりティリスに依存している

サヴァランをはじめとする他の人間もうまくやっているが、それでもティリスの働きはかなり大きい

それだけでなく、国王が失踪し王子であった勇者が行方不明な今、ティリスに何かあれば王族がいなくなってしまう

だからティリスは国の精神的主柱としての働きも大きいのだ

 

キサラギとしても今グレイス王国の傘を失うのは結構困るだろうし、手は貸した方がいいな

 

「心配なら、キサラギの戦闘員を見張りにつけるか?あんたの寝顔を見てハアハアしたりするかもしれねぇが、手は出さねぇだろうし」

「そんなの余計に眠れませんよ!見張るとしても部屋の入り口まででお願いします!」

 

自分で言いながらも、それは止めといた方がいいなって思ってたよ

 

 

 

一旦持ち帰って相談するとティリスに言い残し、依り代の様子を確認したいと言うグリムを車椅子に乗せた俺は城から出て街へと足を運んだ

 

「うん、ひとまずは問題無さそうね」

 

嬉しそうに街中を闊歩するぬいぐるみ達を見たグリムが、満足そうに言う

 

「わざわざ見回りまでするのか?」

「そうよ?アンデット祭りは国から正式に任された仕事だからね」

 

そう言ってグリムは誇らしそうな顔を見せた

 

国からボロ雑巾のようなな扱いを受けてなお、こうして誠心誠意尽くしているのは紛れもなく聖職者の器だと言う他ない

グリムの話じゃ、ゼナリス教を忌み嫌う人もいるらしいが、どういう経緯でアンデット祭りが始まったんだろうな

 

そんな事を考えながら、俺は目の前に広がる現実離れした光景に目をやった

 

犬、猫、兎、熊……

様々な形のぬいぐるみがひとりでに街中を歩き回り、周囲の人間から暖かい声を掛けられている

 

「本当に死者を迎え入れてんだな」

「やっぱり信じてなかったの?副隊長にはゴーストだって見せたじゃない」

 

グリムが頬を膨らませてそう言ってくる

 

「あんなの得体の知れない化け物みたいなもんだろ。こうやって生きてる人間と変わり無い様子が見れるだけで違うもんさ」

 

死んだ後の事は、普通の人間にはわからないものだ

死後の世界が有るのか無いのかは墓からはわからないし、人間の形を保てているのかどうかはゴーストからはわからない

だから、ああして普通に生活している姿が見れるだけでも安心できる

 

俺も、ああやって死んだ人間に会えればどんなに嬉しかっただろうか

言葉を交わせずとも、一言謝れたらどれだけ救われただろうか

 

まあ、今こうして会えてるんだけどな

ほんと、ありがてぇもんだ

 

 

「ねぇ、副隊長と私ってやっぱり気が合うと思うの。ぬいぐるみの趣味だけは看過できないけど、結婚さえしてくれればあの気持ち悪い人形も毎日作ってあげるから……」

「急になに言い出すかと思ったらそれか…」

 

俺が改めて自分の数奇な巡り合わせに感謝していると、グリムが真顔で求婚してきた

俺が呆れると、グリムは車椅子に乗りながら駄々をこねる

 

「何よ、副隊長もそろそろデレてくれたっていいじゃない!」

 

俺は黙って車椅子を押しながら、グリムの姿をもう一度見てみた

 

顔もスタイルも良いし、家事全般も得意で、金使いや酒に荒いわけでもなく、ロゼのような半魔族や俺達のような流れ者にも差別しない

 

ちょっと圧が強い事と、邪教信者な事に目を瞑れば、俗に言う良い女ってやつそのものだ

 

そんな女性に好意を寄せられているのは、普通なら嬉しい事だろう

いや、俺だって嬉しくねぇわけじゃねぇだろ?

 

じゃあなんで俺は……

 

「俺じゃなくて6号にしたほうがいいんじゃねぇか?」

 

俺は半ば逃げのような問いをグリムに投げ掛ける

 

「隊長も悪く無いけど、副隊長は私と同じゼナリス様の加護を受けた身じゃない。あと、副隊長は死者との向き合い方が真摯なのもポイント高いわよ?隊長と違って身も固そうだし」

 

平然と言ってくるグリムから目をそらす

 

俺にはもう家族がいる

そしてその家族には、もうグリムも入っている

 

だから、これ以上は存在しない

 

だから……

 

 

 

……名瀬の兄貴がいたら、情けねぇって言われちまうかもな

 

「副隊長は好きな人でもいるの?居ないなら私にしておいた方がいいわよ。後で惚れても遅いからね」

 

グリムのそんなふざけたような言い方が、今だけはありがたかった

 

 

 

 

 

「ちくしょう!地雷を踏んだ!」

「期待させるだけさせておいて、そのまま放置だなんていやああああああ!」

 

見回りを続けていた俺達が6号の声で酒場に入ると、そこにいた涙目の女が6号に掴みかかっていた

そこはかとなくヤバい人間の臭いがするその女は、顔を赤くしながら全身をくねくねとさせている

 

「……なんだ、珍しく女性から好意を向けられてんじゃねぇか。良かったな6号」

「良くねぇよ!ちょっと嫌がってくれるだけでよかったのに……!」

「こらっ、見ての通り女連れよ!あっちへお行き!」

 

グリムがしっしっと追い払うと、その女は舌打ちをしてしぶしぶと離れていった

 

「ふう、助かった。危うくとんでもない地雷女を掴まされるところだった」

「隊長も案外大変なのね。奢ってくれるなら、いつでもデートに付き合ってあげるからね」

 

俺と6号はどの口が言うんだとばかりに顔を見合わせるが

グリムはそんなこと気付きもせずに、車椅子から身を乗り出して話し出した

 

「ちょうどいいわ。副隊長だけじゃなく、隊長にもアンデット祭りに関する重要な話があるの」

 

真剣な面持ちのグリムに、俺は気を入れ直す

 

「いいけど、ここの会計お前もちな」

「「……………」」

 

当たり前のようにたかろうとする6号とテーブルに座り、その対面にグリムが座る

 

「こんな事になるならもっと高い店にいるんだったな……。あ、このつまみおかわり」

「人の金でバカバカ注文するなよ。まあこの前とかは奢ってもらったけどよ」

 

6号は給料が入ると気を良くして皆に奢りまくるのだが、金使いが荒いせいですぐに底を尽かしている

それで周りの人間に奢らせているわけだから、プラスマイナスゼロ……むしろマイナスな時もありそうだ

キサラギ社員としてはわりと珍しくもないらしいが

 

「それで二人に話っていうのは、ここ最近アンデット達の様子がおかしい事についてなの」

 

アンデットの様子がおかしい

 

俺はアンデットを何度も見たことがある訳じゃないし、自分が不死だからって違いがわかるわけでもないが……

グリムが言うならおかしいのだろう

 

おそらく、グリムの手伝いで魔の大森林に行った時みたいな……

 

「副隊長はこの間見たと思うけど、ゾンビやアンデットが私の言うことを聞かなくなっているのよ。今までこんなこと無かったのに……」

 

グリムがそう言うと、6号はグリムに胡散臭い物を見るような目を向け

 

「お前が無駄に死んでばっかりいるからゼナリスに見捨てられたんじゃね?」

「どうして隊長も副隊長と同じ事を言うのよ!私は貴重な信徒の一人だから捨てられたりしないわよ!」

 

やはり俺と同じ結論にたどり着いた6号に、グリムはテーブルをバンッと叩いて抗議する

 

「私の予想では、何者かがアンデットを裏で操ってるんじゃないかと睨んでるの。それなら私の言うことを聞かなかったのも辻褄が合うわ!」

 

グリムが人差し指を立てながらそう言う

 

「そいつが死体を弄んだ張本人ってわけか」

 

「そういや俺も、この間ゾンビにアジトを襲撃された時に怪しい影を見かけたような気がする」

 

「このままじゃ、アンデット祭りに影響が出かねないわ。だから二人には何か怪しい事件が起きないか、街中を監視しててほしいの」

 

グリムに言われた6号が眉をひそめる

 

「祭りにトラブルってのは付き物だろ。俺達キサラギとしては悪事をうやむやにできるから大歓迎だぞ。イカサマにショバ代に、手口には困らないからな」

 

「アンデット祭りは神聖なものなんだからそんなことしないで!」

 

所属しておいてなんだが、キサラギって本当にろくでもないな

祭り期間中は戦闘員を見張っていた方が良いのかもしれない

 

「まあアジト建設が延期になって暇だしな。見張りと報告くらいならしてもいいが、あんまり肩入れするとアリスがうるさいし……」

 

そう言いながら俺は、アリスの嫌そうな顔を思い浮かべた

この間もアンデット対策と言って俺の服に殺虫剤をぶちまけてたし……

色々と過剰な気もするが、筋金入りのアイツの事だ

きっとこの世からオカルト現象が消滅するまで止まらないだろう

 

「あのちびっ子はまだ信じてないの?もし私のぬいぐるみに変なことしたら呪うって伝えておいて」

 

「アンドロイドに呪いは効かねぇっての。あいつはどうやったって信じねぇだろうからやめとけ」

 

ゴーレムなんかは体は無機物でできていてもその実何か魂のようなものが宿っているらしく、ゆえにグリムの呪いも効果がある

しかしアンドロイドは完全な機械なので、おそらく呪いは通じない

もし呪いがグリムに返っていかない場合、トリスでのエンゲルの例のように関係ない人間に呪いが降りかかるかもしれない

グリムとアリスはあんまり顔を会わせない方がいいのかもしれねぇな

 

「まあ、魔王軍が絡んでるんならまた土地をぶん盗れるかもしれないし、頭の隅にでも置いとくよ。じゃ、会計よろしく」

「お前本当にそれでいいのか」

 

良い笑顔で席を立ち、店を出ようとする6号

俺が呆れながら自分も少し払おうと懐から財布を取り出していると

 

「違うって!ちょっと俺を見て嫌がってくれるだけでいいんだって!」

「いやああああああああ!!」

 

店の奥から聞きなれた声と、聞きたての声が聴こえてきた

 

「あっ!おい待ってくれよオルガ!スルーしないで助けてくれよ!」

「御愁傷様」

 

さっきの女に絡まれているシノを放置して勘定を済ませた俺達は、さっさと店を出た

さっきの6号もそうだが、俺の予想だと先に絡んだのはこっち側だ

あれは自業自得だ、シノも少しは慎め

 

 

 

 

その後さらに二軒目に連れ回そうとする6号をグリムに押し付け、俺は仮拠点の公園へと帰ってきた

 

本当は、俺が押し付けたかったのはグリムの方だが

 

 

「魔王軍のネクロマンサー?」

 

公園に勝手に設置した物干し竿から洗濯物を取り込んでいるラッセルに尋ねた

 

「ああ、誰か居ないか?こう、こそこそ裏からやる姑息な奴は」

「君たちの仲間同様、ネクロマンサーはだいたい姑息だと思うよ。でもボクが知る限りじゃ、幹部級のネクロマンサーは居なかったような気がするなぁ。ガタルカンドはもう殺されたし……」

 

ダメ元で聞いてみたのだが、ラッセルはすんなりと話してくれた

嘘の可能性も否定できないが、ラッセルはそんな事ができるような性格はしていない

現に今俺達に従ってこの格好で働いているのがなによりの証拠だ

 

「お前、そんなべらべらと内部情報をしゃべって大丈夫なのか?」

「……黙ってたらなにされるか分かったもんじゃないからね」

 

自分がこの格好をする事になった理由を思い出し、遠い目をするラッセル

 

「四天王としていいのかそれで。一応、魔王軍がお前を消そうとしてきたら阻止するけどよ」

 

ラッセルは俺達にとって大事な捕虜だ

まあ大事かどうかに限らず虜囚に手を出す事は許さねぇが、ラッセルにはグレイス王国に水を供給するっていう極めて重要な仕事があるからな

 

それを止めようと魔王軍が奪還作戦を決行してくるかもしれないし、最悪の場合刺客を放ってくるかもしれない

 

ハイネがそんな事を許可するとは思えないが

 

そういえば、ハイネはどうしてんだろうな

重要な任務を失敗して四天王の一人を失ったわけだし、四天王の位を剥奪されたりしてそうだ

 

「それはどうも………。まあ、アイツみたいに強情にしてても良いことないって気づいたんだよ」

「あのエドモントンの時の奴か。俺はアイツと直接はやりあってねぇんだが、魔王軍ではどうだったんだ?」

 

ちょっと安心したような顔のラッセルの言葉に、背をいかして高いところの洗濯物を回収していた昭弘が言った

 

アインはまだ俺達に何も言ってきていない

牢の見張りからは何も不審な事はしていないと言われている

やっぱり、俺の方から持ちかけるしか無いかもな

 

「一言で言うなら、抜き身のナイフみたいなヤツだったな。俺達以外にはそこまで酷くねぇみてぇだったが」

「魔王軍に居た時も、けっこう好き勝手やってたよ。おかげでずる賢い系の大人はだいたい殺されてたからね」

 

アインは俺達を[罪深き子供]と呼んだ

 

アインと彼の上官について、マクギリスから少し聞いた事がある

火星でのアインの上官クランク=ゼントは子供が犠牲になる事を良しとせず、己の身一つで決闘による解決をはかった

クーデリアと火星独立は大人の問題であり、それに子供が巻き込まれる筋合いは無いと

だがそれは俺達が鉄華団がとなり、初仕事に決意を固めた翌日だった

俺達は巻き込まれた無力な子供ではなく、彼らにとっての本当の敵になった

 

敵だったのだからしょうがない

 

それを言う事を、誰も責めはしないだろう

 

けれど、知ってしまった以上俺はそうは言えない

 

「……なんとかしてやりてぇんだろ?」

 

昭弘の言葉に、俺はうなずく

 

「……ああ、アイツの恩人を殺したのは俺達だ。今さら償ったりできねぇし、したってどうなるって話でもねぇ。でもどんな形であれ決着は着けねぇとな。でなきゃアイツはまた、死ぬまで俺達に縛られちまう」

 

俺は仲間達に戦いしか知らない人生を歩ませたからこそ、憎しみや復讐に駆られた人生は何も生まないと知っている

和解なんて到底無理かもしれないが、こうして奇跡のような新しい人生を歩んでいるのだ

 

争わずにいられりゃ、それに越した事はねぇ

 

「そういやお前、ロゼにキメラの素性は話さねぇのか?」

「向こうからは聞いてこないし、こっちからは話さないよ。もともと人間側より魔族側だったって事は言ってあるけどね」

 

ラッセルはあの遺跡で、人類を殲滅する事にこだわっていた

あのロボットにそれができるかはさておき、それが創造主によって命じられた、戦闘キメラの役目

それについてロゼが詳しく知れば、一体どうするのだろう

 

「あの同族も悩んでるみたいだったよ。お前らがどうなろうと勝手だけど、あいつはボクほどひねくれて無いんだから相談くらいはのってやれよ?」

 

同じ戦闘キメラとして思うところがあるのかそう言うラッセルに、俺は少し考えを改める

 

「お前、けっこういいヤツだな」

「そう思うならもうちょっと待遇を改善してくれないかなぁ……。トラ男に言っておいてよ、メイド服はまだいいけど、バニー服だけは絶対に着ないから」

 

もうだいぶ毒されてきているラッセルを見ていた昭弘が、洗濯カゴを地面に置きながら言った

 

「ラッセル、お前家族は?」

 

その質問にラッセルは何を言ってるんだという顔をしながら答える

 

「キメラに家族は居ないよ。強いて挙げるなら創造主だけだね。その理屈でいくと、同族は兄弟姉妹って事になるのかな」

「そうか……。いや、なんでもない」

 

 

それからしばらくして、少し汗ばんだミカとげっそりとしたシノ、そしてなぜか仕事してやった感を出しながら帰ってきた6号を迎えた俺達はラッセルが作った晩飯を食べた

 

「敵に兵糧掴ませてるのはどうなんだ?」

「美味いからなんでもいいや」

 

危機感が欠如している6号に俺は呆れたが、実際ラッセルの作る食事は本当に美味かった

 



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祭りは自殺日和

公園の隅に寄せて点てられた小さなテント群

 

その一つの中で、俺は通信機と向き合っていた

 

アジト建設に失敗した事によって、今やテントに取り付けられた小さな通信端末だけが地球とここを相互に繋げる場所になっている

 

「……つー訳で、アジト完成まではもう少し時間がかかりそうだ」

『うーん、やっぱり一筋縄ではいかないようね』

 

俺はアジト建設が難航している事をアスタロトに伝えていた

本来ならこれも6号の仕事なのだが……

 

「なあ、一つ聞いてもいいか?」

『なにかしら?』

 

アスタロトに6号へ対しての文句も垂れたくなるが、それより聞きたい事がある

 

 

「……そのオペレーター。俺の知り合いに似てるんだが」

 

今日はいつもと違いアスタロトだけでなく画面の端に一人通信係のような人間が居るのだが、その通信係というのが……

 

『……お久しぶりですオルガ団長』

 

クーデリアの保護者兼世話役のフミタン・アドモスだった

今までキサラギとの通信にはリリスかアスタロトだけが出ていたのだが

 

『やっぱり彼女も団員だったの?本人は否定してたけど』

「いや、団員じゃないんだが……。出向っつーか、保護者っつーか……」

 

彼女の立ち位置は非常に難しい

俺達の船のオペレーターをやってくれていたが、本業はクーデリアの護衛だったはずだ

しかも後からクーデリアに聞いた話じゃ、実はノブリスから送られてきた監視役だったらしいし……

 

『今後、あなた達からの報告は彼女を通してもらう事になるわ。これからは定期的に通信を入れるように』

 

俺はアスタロトの言葉にフミタンへ視線を移すと、フミタンは少しばつが悪そうにした

 

まあ出自はどうあれ、フミタンもクーデリアのために命を賭けた大切な仲間だったからな

今さら疑ったりなんかしないさ

 

「……分かった。で、そっちはどうなんだ。まだ戦局が安定しないのか?」

『一応、一段落は着きました。ですがヒーロー側にも依然として戦力が残っており、余談を許さない状況が続いています』

 

アスタロトの代わりにすでにオペレーターが板についているフミタンが答えた

 

ヒーローについてはたびたび6号の口から聞かされているが、詳しい事は知らない

悪の組織のキサラギに対抗して創られたらしいし、善行ポイントとかがあるんだろうか

 

「というか通信機に着信が溜まってるんだが、何か重要な知らせでもあったのか?」

『それは……。6号がぜんぜん連絡を入れてくれないのよ。報告書は解読不可能だし……』

「あー………。俺から言っておくか……」

 

アスタロトが不安そうに言う

 

前に6号が本部へ送るために書いていた報告書を見たことがあるが、ハーレムだのモケモケと友達だの頭の痛くなる事ばかりだった記憶がある

 

『ほ、本当?じゃあお願いね?………そ、それでは吉報を期待しています』

「今さら隠そうとしたって無駄だと思うんだが」

『それと!例の黒いモビルスーツの回収班の用意は済んでるから、必要になったらリリスに連絡入れてね!』

 

顔を赤くして誤魔化すようにアスタロトが言った

 

アインについてはもう少し待ってもらうつもりだ

まだ俺達との決着がついたわけじゃないからな

 

『あの……。オルガ団長』

「クーデリアなら、無事地球に送り届けたよ。そのあとも、火星でうまくやってたしな」

 

アスタロトが顔を隠しながら画面から消えていった後、フミタンがおずおずと言った

 

彼女としてはどうしてもそこが気がかりだったのだろう

フミタンは俺の言葉を聞いて大きく胸を撫で下ろした

 

『そうですか……。聞きたい事は山ほどありますが、ひとまずはこれで……』

「ああ。これから……いや、今後ともよろしくな」

 

俺は相変わらずメリハリのあるフミタンに心強さを感じながら通信を終えた

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ副隊長!隊長がどこにいるか知らない!?」

 

俺がアジトを出ると、顔を赤くしたグリムが詰め寄ってきた

 

「知らねぇな……。またホームレスのおっさん達と廃材拾いに行ってるんじゃねぇか?」

「隊長はそんなみっともない事してるの!?そんな恥ずかしい事させないで!」

 

最近は話すたびに騒いでいるグリムをなだめて事の顛末を聞くと、なんでも6号のせいで見ず知らずの女性と一夜を共にする事になったのだという

どうなったらそんな事になるのか理解が及ばないが、6号の行動が読めた事など無かったのを思い出す

 

「もうその女と幸せになればいいんじゃねぇか?」

「私も一瞬そう思っちゃったけど、やっぱり結婚するなら男の人とがいいの!」

 

昨夜の事を思い出したのか顔を隠すグリム

半分アンデットだっつうグリムがどのくらい生きているのか知らねぇが、本当に良い相手は見つからないのか?

 

……いつか運命の人でも現れてくれればいいんだが

 

「じゃあ6号を探せばいいんだな?」

「ええ、ついでに祭りの巡回もするからなるべく人通りが多いところを回ってね」

 

俺はまたいつものようにグリムの後ろにつき、車椅子を押して進み出した

 

 

 

しばらく街を回っていると、大きな建物に人だけでなくぬいぐるみが沢山集まっていたので、俺はグリムを連れて入る事にした

そこはスノウに教えてもらった、ミカがチャンピオンになっている闘技場だった

 

『やはり強い!破竹の勢いで勝ち進み、ついにはチャンピオンとなったこの男を止められる者は居ないのか~!!?』

 

背丈が倍はある対戦相手を関節技でギブアップさせたミカに実況が叫ぶ

 

「やっぱ強ぇなミカは」

「そうねぇ、たまに私たちと同じ人間なのか心配になる時があるわ」

 

俺は歓声で讃えられるミカに感心した

バルバトス抜きでも、対人戦でミカに勝てる人間はそう居ない

それこそトラ男のような人体改造を受けた人間か、ハイネのように魔法を使える能力者だけだろう

 

鍛え上げられた筋肉は人間離れした印象を与えるが……

 

「悪魔なんて言われた事もあるが、ちゃんとした人間だよあいつは。……今度は絞め技か」

「なんというか、容赦がないわよね彼。まだ子供なのに………」

 

次の相手のパンチを避けてそのまま背後に回ったミカが、首を固めて白目を剥かせる

 

ミカの一番の強さは迷わない事だ

 

……それも状況によっちゃ弱さになりえるかもしれねぇが、俺は信じるさ

 

俺は余計な事を考えないよう、入り口で買った串焼きを頬張る

酒場でオーク肉を食わせられた一件以降は少し避けていたが、やはり人間というのは肉が必要だ

合成ではない肉の旨味と塩気が舌に乗って心地いい

 

「なあグリム、この串焼きって何の肉が使われてるか分かるか?食ったことない味がするんだが」

「さあ、何かの魔獣の肉じゃないかしら。祭りが始まるといるのよね、そういうよく分からない肉を売っている屋台って」

 

グリムがそんな不安になる事を言ってくる

ちゃんと国主導で許可制にして取り締まってるんだろうな

スノウみたいながめつい騎士を買収してる奴がいるのかもしれない

 

「ねぇ副隊長。前から気になってたのだけれど、あなたと三日月ってどういう関係なの?」

「簡単に言うと幼なじみってやつだ。もうかなり古い付き合いになるな」

 

俺が躊躇いながら串焼きを口に運んでいると、グリムが俺とミカを交互に見ながら言った

 

ミカと最初に会ったのはいつだったか……

歳ははっきりとは分からないが、場所はあの路地裏だった気がする

 

それからずっと一緒だった

 

「副隊長と三日月ってまさに相棒って感じよね。三日月ってあんまり感情を表に出さないけど、それってあなたを信じてるからでしょう?」

「そうだな、昔からあいつは俺に着いてきてきてくれた。正直俺は、あいつが怖かった時もあった。ミカが振り返ったらいつもそこに居て、俺の言葉を待ってんだ。そんなミカを幻滅させたくなくて俺は……」

 

俺は本当はそんなに強い人間じゃないのかもしれない

 

ミカや鉄華団の仲間が居なかったら、ただの小心者でいたかもしれねぇ、弱音ばっかり吐いてたかもしれねぇ

 

けど、お前らがいたから俺は……

 

「あいつのおかげで俺は見栄張れたんだ。あいつのおかげで俺は前に進めたんだよ」

 

 

そこまで言った俺は、急に恥ずかしくなって頭を掻いた

 

俺、格好付けるのは似合わねぇ気がしてきたな

 

「………おいグリム聞いてるか?自分でもちょっと恥ずい事言ったんだが」

「ふ、副隊長、あれ………」

 

グリムが青ざめながら指差す先には、指をポキポキ鳴らすミカと、泡を吹いて倒れる対戦相手の姿

 

『ああーっと緊急搬送です!これでチャンピオンになってから計八人の病院送りとなりました!』

 

ミカに絞められた相手が力なく担架で運ばれていく様子を眺めていたグリムが不安そうに言ってきた

 

「ねえ副隊長、拳闘士って一応スポーツ選手なのだけれど……」

「………大丈夫だろ。最悪お前が呼び起こせば……」

「死者を迎える祭りの最中に死者を出してどうするのよ!ちゃんとやり過ぎないよう三日月に言っておいて!」

 

グリムを無視していると、肩の力を抜いていたミカと目があった

ミカが顔色一つ変えずにガッツポーズをして見せる

 

たしかに、農作だけじゃ体もなまっちまうかもな

 

この国の拳闘士連中には悪いが、ミカにはしばらく闘技場のヒールとして頑張ってもらおう

 

 

 

 

グリムが『ねぇ、これってデートなんじゃないかしら』とか言い出したのでさっさと闘技場を後にして進んでいると、トラ男を見送っている6号を見つけた

 

「居たああああああああ!!!」

 

6号を見るなり自分で車椅子を走らせてグリムが突っ込んでいく

あんなに元気なんだから車椅子も自分で押して、というか自分の足で歩いてくれねぇもんかな

靴がダメなら松葉杖、せめて電動車椅子とか……

 

俺がリリスに相談してみようか考えていると、6号と一緒にいたロゼが俺の方に来て言った

 

「祭壇に居ないと思ったら副隊長と一緒に居たんですね。最近グリムがあんまりあたしと一緒にいてくれなくて拗ねちゃいそうです」

「グリムもお前がトラ男に盗られたとか言ってわめいてたぞ。ほら、無理な態勢で6号に掴みかかって倒れそうになってるし支えてやれ」

 

慌ててグリムに駆け寄るロゼを見ながら、俺はふと考えた

 

俺達が来た事でこの星はどれだけ変化していくのだろう

 

キサラギはここを植民地にする腹積もりらしいが、そうなったらこの星の住人は奴隷にでもされるんだろうか

 

地球でも植民地支配による先住民の迫害は問題になっていたらしいが、同じ事はしないと信じたい

キサラギはなんだかんだ身内である戦闘員には甘いところがあるし……

 

でもそれで地球の人間を全員救えるのか?

 

今さら反対だなんて言えないが、そうして侵略を繰り返してできたのが今の地球の現状なのだ

 

俺にできるのは、俺らみたいな人間が生まれないよう尽くすだけ…か

 

 

「うおおっ!?この野郎、何しやがる!俺はこのガキのパンツを下ろそうとしただけで……!」

「隊長、なんでそんなバカな事しようとしたんですか!?」

 

俺が考えていると、悲鳴を上げた6号とそこに割り込んだロゼがぬいぐるみにもみくちゃにされていた

 

ぬいぐるみの体ではポフポフとなるだけでダメージは無さそうだが、二人の体はすっかり埋もれてしまっている

さすがに放置してると窒息しそうだな

 

俺が止めに入ろうとすると、そこに別のぬいぐるみが立ち塞がった

気がつくと俺の周囲を数体のぬいぐるみが囲っていた

コイツら、やる気か?

 

「三人とも気を付けて!やっぱり様子がおかしいわ!私の作った依り代には、入る前に生者に危害を加えない事を誓って貰うのよ!」

「これが危害かは人によるだろうが、言いたい事は分かった。じゃあ近くにネクロマンサーがいるんだな?」

 

俺はグリムの言いたい事を理解して辺りを見回すが、周囲はぬいぐるみだらけで見つけようがない

くそっ!里帰りの最中に悪いが、ここは一旦中を改めさせてもらって……

 

「私は今あなた達が使っている仮初めの体を与えた者よ。直ちに危害を加えるのをやめなさい。さもなくば、不死の加護を取り上げてゼナリス様の下に送るわよ!」

「あっグリム!加護を解くときは文言に気をつけて……」

 

そう言われてもなお止まらないぬいぐるみ達に、グリムが指を指す

 

「偉大なるゼナリス様!この場にいる愚かな不死者から、その加護を外したまえ!」

 

俺はグリムが宣言すると同時にその場から飛び退いた

 

それまで俺がいた場所も巻き込んで光の柱が昇ると……

 

「じ、自殺しやがった………」

「……祭りが終わるまでに復活できるんだろうな」

「ど、どうかなあ……」

 

目の前に転がる愚かな不死者達に、俺達だけでなくその場を通りかかった通行人も気の毒そうな顔を見せた

むしろ祭りが終わるまで眠らせといた方がいいんじゃねぇか?

 

 

 

グリムの死体を6号とロゼに任せ、俺は城の一室の戸を叩いた

 

「ようサヴァラン、邪魔するぜ」

「また来たのか。今日は戦闘員を引き取りに来たんじゃなさそうだが、例の件かい?」

 

俺は机に座りながら書類に目を通しているサヴァランに声をかけた

以前からサヴァランにはこうして話を聞きに来ている

 

「おう、で、どうなんだ砂の王と蟻の王は。こっちとしては共倒れしてくれるとありがたいんだが」

 

気になっているのは蟻の王……モビルアーマーの動向だ

 

砂の王と縄張り争いを繰り広げているMAだが両者の実力は拮抗しており、依然としてテザン砂漠を荒らし回っている

 

しかし砂の王とMAで決定的に違うのは、MAの本来の目的は人を殺す事だという点だ

この星の地図がマッピングされていないのか周辺国に侵攻する兆しは無いが、砂の王を放り出してこちらへ攻撃してくる可能性は十分に存在する

 

もしそうなれば、アンデット祭りだのアジト建設だの言っている場合ではなくなる

 

だからこうして定期的に話を聞きに来ているんだが

 

「やはり変化なし、と言う他ないでしょうね。砂の王は逃げ足も速いですし、蟻の王は兵隊蟻を上手く使い潰しているようで……」

 

あの二体はお互い有効打をもたず、逃げ足も速い

初めのうちはMAが優勢だったが、砂の王が学習して一撃離脱の戦法をとるようになってからは互角の戦いになっている

 

「ですが実のある報告も上がっていてね、なんでも兵隊蟻の動きが鈍くなっているのだとか」

「へぇ、部品の劣化か?いや、三百年眠ってても問題なく起動したし……。燃料切れか?」

 

それは以前火星で戦った時もそうだった

MA本体はエイハブリアクターとビーム兵器によって無限の継戦能力を持つが、子機であるプルーマはエイハブリアクターを搭載しておらず、武装も実弾

ゆえに子機の稼働を維持するには補給が不可欠になる

 

「おそらくはそうだろう、あれも機械だからな。けど、それに関して気になる点があってね……」

「なんだ?」

 

些細な事でも貴重な情報だが……

 

「兵隊蟻の活動範囲がどんどん広くなっているんだ。燃料に限りがあるのなら、むしろ活動範囲に制限をかけるべきなのに……」

 

広大なテザン砂漠に子機を拡散させれば、いくら数が多くても砂の王との戦闘に回せる戦力も減る

そうまでして子機を散りばめるという事は……

 

「資源を探してるってことか……」

「でしょうね。それで周辺国の存在がバレれば、おそらく蟻の王は進攻を開始するでしょう。近いのはトリスか、我々か………」

 

もしトリスが落とされれば、俺達の商売仇は減るが……

 

トリスは資源大国だから、燃料だけでなく金属も相当な量保有しているだろう

 

もしMAがそれでプルーマを量産すれば……

 

改めて考えると、やっぱり人類を滅ぼしかけた兵器ってのは伊達じゃねぇな

 

「分かった、気に留めとく。それと、姫さんの悪夢は治りそうか?」

 

俺が尋ねると、サヴァランは肩を落とした

 

「いや、まだ続いてるよ。城の使用人の間でも良くない噂が広がっているし、国王も見つからないしでストレスも溜まっていく一方だ」

「一番のストレスはうちの戦闘員だと思うけどな」

 

最近じゃ、俺とアリス以外の戦闘員は用がなければ城に入る事もできないくらいだ

 

「アンデット祭りについても不穏な噂を聞くし、無事に済んでくれるといいんだが……」

 

サヴァランはそう言ってため息を吐いた

 

サヴァランはもうこの国に骨を埋めるつもりなのだろう

この国のために真剣に働き、悩む姿は見ていて心地いい

 

ビスケットも見つかるといいんだが……

 

俺もできる限りで、この兄弟のために尽くそう

 

「……まあ、すべてが平穏無事ってわけにはいかねぇだろうな。なんせさっきも一人死んだわけだし」

「……彼女に限らず、君の仲間達はしっかり見張っておいてくれないか」

 

すまんそれはちょっと無理だ

 

 

 

 

 

その日の夜

 

 

「おい6号。お前またどっか行くのか」

 

俺は戦闘服を着てなにやら支度している6号に声をかけた

 

「おう。……そうだな、そろそろオルガも連れてってもいいかもな」

「……?お前が前から言ってるポイント稼ぎか?」

 

前からちょくちょく6号はそう言って夜更けにどこかへ出かけているのだ

いい加減何をしているのか教えてくれないと心臓に悪い

後始末をするのはだいたい俺かアリスだからな…

祭り期間だしグリムの責任にもなるかもしれない

あいつはスノウと違って職務を全うしているから、俺達のせいで責任に問われるのはあんまりだ

 

「へっへっへ、今日は俺が先輩としていろいろレクチャーしてやるよ」

 

そう言ってリュックを背負った6号に着いていくと、やがて6号は王城の前で足を止めた

外壁は高いものの、制限解除状態のジャンプなら越えられなくもなさそうだ

 

「おい6号。もしかしてこれからやる悪行ってのは……」

 

ガサガサとリュックから鉤縄を取り出した6号を見た俺は、最近城で怪しい人影が目撃されている事を思い出した

 

「感がいいなオルガ。そうだよ、ティリスの寝室に侵入するんだよ」

「住居侵入は普通に重犯罪だぞ」

 

俺が即座にツッコむと、6号は親指を立てた

話を聞いた時はまさかと思ったが、よりによってお前が主犯かよ

 

「心配すんな。俺達ほどのベテランになれば、痕跡の一つも残さない完璧なスニーキングスキルを身に付けてるからな。それに、この国の法整備はガバガバだってアリスが言ってた」

「俺が心配してるのはお前らの罪状じゃなくてティリスの容態だよ」

 

ティリスが毎晩悪夢を見させられてるのはお前らが侵入してるせいかもしれないんだぞ

 

「……今俺達って言ったな。その口ぶりだとまさか……」

「ああ、今いるキサラギ戦闘員はみんな一回は侵入してるぞ」

「シノは……?」

「俺と一緒に五回は潜入してるな」

 

俺は戦闘員の意外なハイスペックさに驚いたがそれ以上に、こんな連中使って世界征服目指してる幹部連中に畏怖を覚えた

 

それと、シノにはキツく言っておこう

 

俺は6号に連れられて城の見張りを易々と突破し、壁を登ったり地面を這ったりしながら、着々とティリスが眠る寝室に近づいていた

巡回の兵士を物陰でやり過ごしながら小声で6号に話しかける

 

(なるほどな……。そりゃあれだけ悪行ポイントを稼げるわけだ)

(今だってギリギリプラスだけど、もう一回アジトを立てたらまた相当マイナスになっちまうんだよなぁ。ティリスにバレたら止めるつもりだし、今のうちに稼いどかないと……)

 

6号がそう言ってため息を吐く

 

アリスの話では、6号は制限しておかないと底無しに散財するからとまったくその通りな理由で、アジトの建築資材にのみポイントの前借りを許されているそうだ

 

キサラギには制裁部隊という組織があり、ポイントがマイナスのまま放置しているとキツい制裁を加えられるらしい

俺達の中だとアジトの建材にポイントを使いまくっていた6号と、まったくポイントを稼げていない昭弘が現在危ない状況だ

 

 

俺がどう昭弘に狡い事をやらせるか考えているうちに、俺達はティリスの寝室の天井裏にたどり着いた

 

そろりそろりと部屋に入っていく6号に続いて俺も大きなベッドの脇に立つ

そこにはスヤスヤと眠るティリスの姿があった

 

父と兄を失ってなお、この国のために懸命に尽くしているお姫様にこの仕打ち

 

どういう神経してたらこんな事できるんだ

 

(おい6号、お前一体なにするつもりだ?)

(へっへっへ、今日の主役はコレよ………)

 

俺は邪悪な笑みを浮かべる6号を見て決意を固めた

 

仲間が道を踏み外した時、それを止めてやれるのがいい仲間ってやつだ

 

俺は6号に自首を促そうとその肩に手を置く

 

そんな俺をよそに6号はリュックからなにやら箱を取り出すと……

 

(キサラギ製の人気玩具、八裂きミート君危機一髪だ。絶対に落とすなよ)

(お前らが真正のバカで良かったよ)

 

 

俺はうなされるティリスの隣で久しぶりに楽しい一時を過ごした

 

 

……リラックスは全然できなかったけどな

 

 



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仇敵は無知ゆえに

いよいよアンデット祭りが本格的に始まり、市民の興奮冷めやらぬ中

俺が早々に脱落した管理者の代わりに街中を見回りをしていると、なにやら揉めている6号とスノウ、そして疲れた顔のシノを連れたアリスに遭遇した

 

「あっオルガ!聞いてくれよ、この借金女とうとう騎士としての誇りを完全に捨てたぞ」

「そんなもんとっくに捨ててた気がするが……今度はなんだ?」

 

俺がスノウに疑惑の目を向けると、スノウは顔を反らしてしらばっくれた

真面目に運営しようとしていたグリムや、真っ当に働いている他の騎士が哀れになってくる

 

「じゅ、巡回中に本当にマズい商売をしていたならちゃんと取り締まる!祭りの期間中であればグレーゾーンの商売は見逃してやってもいいのだが、野放しにすると調子に乗るからな。適度な締め付けが必要なのだ」

「でもお前、賄賂返す時半泣きになって嫌がってたじゃん。警察に当たり散らしてたじゃん」

 

そんな処世術聞きたくねぇよ

俺もこのくらいがめつい方が良いか?

 

俺は少しうんざりとした気持ちのまま、顔色の悪いシノに話題を変える

 

「で、シノはどうしてそんな疲れてんだ」

「自分が警察を呼びに行ったら、何故か警官に絞られてたから連れてきた。あのままじゃたぶん留置所送りだったぞ」

 

もうなんで警察署に居たのかは聞くまい

このままだと本当に懲役刑を食らいそうだし、シノには何か誓約してもらうか

 

「そんな事よりオルガ、あちこちにいるぬいぐるみを襲撃しないか?どんなペテンか知らないが、科学の力で正体を暴いてやろうぜ」

「前から気になってたんだが、お前のその性格ってリリスが設定したのか?だとしたら任務のために今すぐ改良すべきだと思うんだが」

 

俺だって魔法とかアンデットとかに疑問は残ってるが、それだからって排除しようとは思わねぇからな

 

というか俺自身神らしき存在に会ってるわけだし、もう信じる信じないの次元の話じゃない気がするなあ

 

もしアリスをゼナリスに会わせたりしたら、どんな事故が起こるか分かったもんじゃないし、せめてもう少しマイルドにならんもんかな

災いの神を怒らせたらそれこそ……

 

俺が自分の想像に軽く身震いしていると、残念そうに手を頭の後ろに回していたシノが何かに気付いた

 

「おい、あの兎だけやけに動きが俊敏じゃねぇか?」

 

シノがそう言って指差したのは、街中を動き回る兎モチーフのぬいぐるみ

 

それだけならアンデット祭りの最中だということで何の問題も無いのだが、そのぬいぐるみは機敏に動き回りながら俺達が寝泊まりしている公園の様子を伺っていた

 

「確保ー!!」

「────ッ!」

 

6号とアリスに背後から襲い掛かられ、その兎のぬいぐるみが押し倒される

俺とシノもそれに続いてぬいぐるみを押さえつけた

 

「ゴーストの中身って引きずり出せんのか?……ぶはっ!こいつ抵抗するぞ!」

「おらっ、おとなしくしろ!おい誰かロープ持って来い!」

「お、おいお前達!その中にはグレイスのために戦った霊が入っているのだ。あまり手荒な真似は……」

 

スノウが静止するが、今までのぬいぐるみと違ってこいつには明らかに“中身”がある

なぜか幸せそうな顔でぬいぐるみの胴体をまさぐる6号をよそに、俺はシノと一緒に縫い目を探す

 

「おいオルガ、このぬいぐるみ凄いぞ。触ってるだけで悪行ポイントが出てくる」

「へぇ、そんなもんが……いや普通に誰かの迷惑になってるんだろ」

 

このぬいぐるみに入ってる奴の子孫や関係者にとっちゃいい迷惑だ

そういや、霊に対しての犯罪に法って適用されんのか?

もしされなかったら、6号には絶対言わないようにしねぇと……

 

「い、いい加減にしなッ!!」

「うわっちっ!」

 

俺が考えていると、聞き覚えのある声とともにそのぬいぐるみの手から火の玉が生み出される

 

……当然可燃性のぬいぐるみに引火し、その全身が炎に包まれる

その炎にしばらく苦しそうに地面をのたうち回ってから、ぬいぐるみを裂いて中から人影が飛び出した

 

「はあっ、はあっ……!ひ、久しぶりだね6号。アタシが入ってる事を見抜くだなんてやるじゃないか。さあ、どこからでも……」

 

息を荒げながら現れたハイネは、ゴッという鈍い音とともに首後ろを押さえて地面に倒れ付した

 

「………殴っていいんだよな」

「でかした昭弘。ほら6号、縛り上げろ」

 

背後からハイネの後頭部を殴り付けた昭弘に、アリスが親指を立てる

6号も嬉々としてハイネの体を押さえにかかった

 

「おいアリス、ぬいぐるみガチャを引いたらSSRが出たぞ」

「ぬいぐるみガチャってなんだ。しかし、これで中に人が入ってると証明されたな」

 

アリスがほれ見ろと勝ち誇るような顔を見せる

6号は縛り上げられたハイネの胸を揉んでご満悦だ

 

「ハハハハハ!まさか魔王軍四天王が一人でこんなところにいるとはなあ!この街に何しに来たのか、これからたっぷりいたぶって聞き出してやろう。そして私のボーナスになるがいい!」

 

自分は何もしていないのに、涙目のハイネに向かってそう宣言するスノウに6号が若干引いている

 

「ハイネの尋問は俺がやる。お前はあっち行ってろ!」

「なっ!この女を見下しながらいたぶれるのだぞ。貴様はエロい事がしたいだけだろう!」

「おい6号、お前はさっきさんざん揉んだだろ。今度は俺にやらせろって!」

 

思い思いに手をわきわきさせる6号とスノウとシノ

ハイネはそれを見て顔をひきつらせる

 

「尋問なんて面倒くせぇ。強烈な自白剤で全ての情報を引き出してやる。それでも耐えたら外科手術で頭を直接弄ってやろう」

「ヒイッ………!」

 

そう言って注射器をこれ見よがしにちらつかせるアリスに、ハイネは悲鳴を上げる

あまりにも見ていられないので、俺はハイネの肩に手を置いて話しかけた

 

「……悪い事は言わねぇから素直に目的を話せ。そうすりゃ命までは取らねぇよ」

「あ、アタシはラッセルを取り返しに来たんだよ!この時期ならぬいぐるみがウロウロしていてもおかしくないからそれで………」

 

ぬいぐるみに入っていた理由は予想通りだったが、ラッセルの奪還が目的とは思っていなかった

しかしそんな事に隠密が得意そうでもないハイネが駆り出されるとは、魔王軍は相当な人材難か

 

「言うことはそれだけかぁ?ここんとこ俺達のアジト建設が上手くいかないのはお前が工作しているからだろ!」

「私の愛剣が何度も失われたのも、借金まみれになったのもすべては貴様の工作だな!」

「最近俺を見ただけで街の住人が避けてるのも、あんたが工作してたって事だな!」

「し、知らない!いったいなんの事だよ、何でもかんでもアタシのせいにするなよ!」

 

6号のはともかく、スノウとシノにいわれの無い罪を押し付けられているハイネは敵ながら哀れだが、魔王軍の関与を疑っている事案がいくつかあるのも事実

情報は可能な限り引き出したいが、こいつらの好きにさせてていいのか……?

 

「や、やめろ、それは本当にシャレにならないだろ!」

 

6号に服を脱がされそうになって本気で焦るハイネを見たアリスが6号へ待ったをかけた

 

「おいお前ら、そのぐらいで赦してやれ。どうやら本気で水のラッセルの奪還に来たみたいだぞ」

 

その言葉に6号は意外そうな顔を見せ、スノウとシノは舌打ちをしながらハイネを掴んでいた手を放す

 

「アリスがそう言うならしょうがねぇ。今日のところはこれぐらいで勘弁してやらあ!」

「心優しいアリス様に感謝しろ!」

「少しでも怪しい動きをしたら遠慮なく揉むからな!」

 

すっかりチンピラ子分と化しているように見える三人に俺はため息を吐いた

特にスノウ、お前はまだこの国の人間なんだからあんまりアリスに尻尾を振るんじゃねぇよ

 

「か、感謝するよ……。アイツは力はあるが、まだ子供なんだ。あまり酷い事はしないでやってくれよ……」

「俺達だってそこまで落ちぶれちゃいねぇよ。さっきの尋問だって脅しだよ」

「それほど酷い待遇じゃないはずだ。その目で見てみろ」

 

アリスに連れられ、手を縛られたハイネがよろよろと歩いていく

 

酷い待遇じゃない……か

たしかに変な格好させたりトラ男の抱き枕にしたり筋トレさせたりしてるが、傷つけたり拷問したりはしてないからな

 

……いや待て、それって本当に酷く無いのか

 

「……なあ昭弘、今のラッセルの格好は……」

「……メイド服だな」

 

俺が危惧した通り、鼻歌まじりに洗濯物を干していたラッセルを見て、ハイネは固まった

 

「………ラッセル?」

「………ハイネ?」

 

二人の間にしばしの沈黙が流れた後、状況を飲み込めていないラッセルが尋ねる

 

「ハ、ハイネ……?えっ、なんでハイネがここに……!?」

「ラ、ラッセル……?お、お前なんでそんな格好を……!?」

 

ハイネに言われて今の自分の格好を思い出したのか、ラッセルが慌てて体を隠そうと手を伸ばす

 

「ここ、これは違っ……!この格好は無理やり……!」

「最近はまんざらでもなさそうだったよなあ?」

「おう、さっきも鼻歌なんか歌っちゃってよ」

 

6号とシノの追い討ちにハイネは呆然と立ち尽くしている

俺とアリスは顔を見合わせて首肯くと、ハイネの肩に手を置く

 

「見ての通り、ラッセルはここで充実した毎日を送ってる。このままそっとしといてやれ」

「ああ、それに戦闘ばかりの魔王軍より、ここで皆の世話を焼いている方がいいだろ」

「お、おいやめろよ、ボクはまだ魔王軍に戻りたいんだけど……。ちょ、ちょっとハイネ?」

 

ラッセルが俺達に詰め寄るが、それをよそにハイネは少し寂しそうに笑い…

 

「ラッセル、あんたはまだ子供なんだ。ここで大事にしてもらうんだよ………」

「ハイネ!ボクを見捨てないでくれ!」

 

涙目になるラッセルを昭弘に後ろへ下げさせる

 

「さて、そろそろこれを解いてもらえるかい?祭りの間はもうここには来ないからさ」

 

と、ハイネがそんな事を……

 

「お前状況分かってんのか?」

「……え?」

 

俺は思わずハイネに言った

 

「オルガの言う通りだ。すっトロく生きてんじゃねーぞエロ女」

「ええっ!?」

 

俺に続いてアリスも呆れながら言うと、ハイネは驚きの声を上げる

 

「お前は自分たちの捕虜になったんだぞ。本来ならセクハラだろうが拷問だろうが文句も言えないところを、わざわざ面会までさせてやったんだ。それを今さら解放しろとか、お前の頭は6号以下か?」

「……そ、それは傷つくから止めてくれ。そうだ、お前らに耳寄りな情報があるんだ!」

 

ようやく状況を理解したのか慌ててそんな事を言うハイネに、ハイネを囲んでいた俺達は少し動きを止める

 

「なんだ?話によっちゃ、一日十揉みのところを二十揉みで勘弁してやるよ」

「なんで増えてるんだよ!アタシの情報ってのはここ最近のアンデット達についてだ!」

 

アンデットの事って、最近グリムの言うことを聞かなくなってたり大挙して押し掛けたりしてきてる事か

それって本当にお前ら魔王軍の仕業じゃ無いのか?

 

「………お前もアンデットだの言い出すのか」

「…おいアリス。グリムもそんな事言ってたし、聞くだけ聞いた方が……」

 

ハイネの言葉にあからさまにイラッとするアリスに、俺が言葉をかけるが…

 

「聞かん。おい6号、こいつはこのまま荒野に捨ててこい」

「えーっ、もったいねぇ」

「ちょっ!?いくらなんでもそれは……!」

 

これから自分がどういう目に遭うのか想像したのか、ハイネが今まで以上に慌てて身をよじる

 

「自分たちの方が悪の組織として格上だって事を思い知らせてやる。いいからとっとと捨ててこい」

 

血も涙も無いアリスに俺が軽く引いていると、ハイネが絞り出すように言った

 

「ま、待ってくれ!その前にアインにも会わせてくれ!あいつも無事なんだろ!?」

 

 

 

 

 

俺はハイネを連れて城の地下牢へやって来た

門番は縛り上げられた魔王軍幹部の姿に驚いたが、キサラギの問題解決のためと説得した

 

アインが繋がれている牢屋のすぐ前まで着いた俺は、ハイネを一人でアインの前まで進ませた

 

 

『ハイネさん………』

「久しぶりだねアイン。無事で何よりだよ」

 

ハイネの姿を見たアインは、ずっと下げていた頭を上げた

 

「もうあいつらが憎くは無いのかい?」

『……いえ、憎いです。私は彼らを赦せない……』

 

ハイネの問いかけに、アインは怒気を孕んだ声でそう言うと、それとは一転して悲しそうな声で話し始めた

 

『……私は彼らに理由を求めました。あの人を殺すだけの理由を……。何か崇高な理想があって、救いたい者や変えたい思想があるんだと』

 

「………でも?」

 

『………彼らにそんな理由など無かった。私が迫らなければ、あの人を覚えてさえいなかったでしょう。ただ敵だったから、ただ邪魔だったからというだけで彼らは………。そんなの獣と変わりない……』

 

アインはそう言うと悔しそうに体を捩り、鎖が音を立てた

ハイネは少し考える素振りを見せてから話し始めた

 

「……きっとそれしか道が無かったんだろうね、そいつらには。魔王軍にも大勢いるよ、産まれながら戦う事を強いられているやつが。殺して、殺されて……そんな命のやり取りの中で、そいつらは普通の人間にとっては罪な事だって知らずに生きてきたんだろうね」

 

『罪を……知らない………?』

 

アインが驚くような声色で言った

 

「ああ、生きるためには殺さざるを得なかったんだよ。自分たちが前に進むためには、ね」

『そんな………でもそれは………』

 

アインが一瞬言葉に詰まる

 

 

 

『とても悲しい事じゃないですか……』

 

 

そう言ったアインの頭は心なしか、うなだれているように見える

ハイネは少しうつむいて話し続けた

 

「なあアイン、アタシだって相手が憎くなった事だってあるさ。今日だってもしラッセルやアインが殺されてでもしたら、アタシはこの街を燃やし尽くしてただろうからね」

『…………』

 

「けど、いつか気付くのさ。後に残るむなしさと悲しさに」

 

 

ハイネはそう言うと、死んでいった仲間の事を思い出したのか、遠い目で上を見つめる

 

「アイン、あんたは魔王軍には居ない方がいい。うちにいたら、あんたはどんどん人から離れてしまう。アタシの勝手な願いだけど、あんたもいつか赦せるといいね」

 

『…俺は………』

 

 

金属で覆われた体が震える

 

 

 

そうか

 

 

彼らも犠牲者だったのだ

 

 

だからクランク二尉は命をかけて彼らを

 

 

俺はクランク二尉の思いを……

 

………踏みにじってしまった

 

 

 

 

 

「もういいのか?」

「ああ……。アインの事は頼んだよ」

 

俺は内心ハイネに感謝しながら、城を後にした

 

 

 

ハイネを捨てるのは6号に任せ、俺は一足先に公園へ帰ってきた

ハイネは帰ったとラッセルに話すと、頭を抱えながら膝から崩れ落ちた

 

「あああああ………。これじゃ変態女装キメラ扱いされて、もう魔王軍に戻れないじゃないか………」

「あながち間違いでもないだろ。それに、ここでの生活も楽しそうだったじゃねぇか」

 

シノがそう言うと、ラッセルは頭を押さえながらため息を吐く

 

「キメラは人の役に立つのが本分だからね。確かにここでの生活に不満は無いし……。筋トレやらされた時は死ぬかと思ったけど」

「何言ってんだ。明日からまたやるぞ」

 

「…………は?」

 

昭弘の言葉にラッセルが再び固まる

 

「お、おい!あれで終わりじゃないのかよ!」

「一回激しい運動をしただけで体が鍛えられるわけないだろ。あれはお前の限界を測るためにやったんだ」

 

そう言った昭弘はテントからタオルと水筒を運び出してラッセルの前に並べた

 

「お前の限界は把握したし、どこまでの負荷なら生活に支障が無いかも分かった。今度は毎日適度なトレーニングをする」

「さっすが昭弘だぜ、筋肉の事ならなんでもおまかせだな!」

 

思わぬ事態にラッセルが助けを求めてトラ男を見るが、トラ男はそれに親指を立てて見せる

 

「疲れたラッセルにゃんが熟睡できるように、俺のお腹は温めておくにゃん。安心して昭弘と汗を流してくるといいにゃん」

「ハイネー!やっぱり助けてくれえええ!!」

 

 

 

ラッセルを抱えて出ていった昭弘と入れ違いで戻ってきた6号に、アリスが釘を指す

「おい6号、そのハイネはちゃんと捨ててきたんだろうな」

「おう、でも良かったのか?本当にあれで」

 

さすがにいたたまれないのか6号がそう言うが、アリスは表情を変えずに言う

 

「いいんだよ、アイツに取り付けておいた発信機で魔王城の正確な位置を知るのが目的だからな」

 

相変わらず考える事に心がこもっていないアリス

いや、これくらいなら俺達もやってたかもしれねぇけどよ

 

「でも四肢を縛られてるわけだし、いくら四天王でもあのまま魔獣のエサになっちまうんじゃ……」

「抜け出しやすいように縛り方に一工夫してあるから心配ない。ああすれば向こうも油断するだろうしな」

 

一応ハイネの安否も気にかけていた事に俺は安堵する

 

アインやラッセルの事を本気で気にかけてるような奴だからな

敵とはいえ、あんまりむごい事はしたくない

それに、今ハイネを殺すとアインが何をするかわからねぇし

 

「なあ俺、ハイネを捨ててくる時に隠し持ってた魔石を取り上げて、縄をキツめに縛り直したんだけど」

「……マジかよ」

 

有能なのか無能なのかわからない6号に、アリスが言葉をこぼす

俺はその場にいた仲間と目を合わせる

 

「……今からでも回収してくるか?」

「……仮にも魔王軍幹部だ、そう簡単にやられねぇだろ」

「そ、そうだよな。大丈夫だよな……」

「ラッセルには黙っとこうか……」

 

俺は血も涙も無い……いや、ただ面倒くさがりな仲間を残して、荒野に転がっているであろうハイネを探しに駆け出した

 



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稼ぎ場は変態の巣窟

雲で月が隠され、犯罪行為には絶好の夜

 

今夜俺が居るのはいつも寝泊まりしているテントではなく王城の一角、それもこの国の王女であるティリスが寝ている部屋の前だった

 

ティリスが最近うなされているのは、キサラギの戦闘員が毎晩ティリスの部屋に侵入している事が原因と分かった

戦闘員の生命線である悪行ポイント稼ぎに最適な事、ティリスに手を出したり起こしたりするような悪事はしない事を条件に、6号は俺に口止めしてきた

しかしそれを鵜呑みにできるほど、俺はまだキサラギに染まっちゃいない

一線を越えるバカが出ないか監視するために、ティリスに掛け合って扉の前で見張る事にしたわけだ

 

 

しばらく部屋の扉の前に座り込んでいると、ゴソゴソと小さな物音が天井近くから聞こえた気がした

 

俺が静かに扉を開け、部屋の様子を確認すると……

 

 

「………お前、うちの戦闘員だろ」

「仮副支部長じゃないか。そんな入り口から堂々と侵入するなんて見直したぞ」

 

 

眠るティリスの隣には、全裸で屈んでいる一人の男が居た

 

キサラギからは6号以外に十人ほど戦闘員が送られてきているが、俺はまだその全員と親しいわけじゃない

それでも元団長の心構えとして、顔と名前くらいは記憶している

こいつはたしか6号に次ぐ古参戦闘員の……

 

「……もしかして天井裏からティリスの部屋に侵入してたのか」

「フッ……。このくらいキサラギ戦闘員なら誰でもできるさ」

 

 

親指を立ててそう言う十号に、俺は頭を抱える

 

 

まだだ、まだ耐えるんだオルガ=イツカ

 

 

もしかしたら何か重要な任務なのかもしれない

もしかしたらティリスを守るためなのかもしれない

何か深い事情があるのかもしれない

 

そう自分に言い聞かせながら、俺は汗だくの十号に尋ねた

 

「………で、なにしようとしてんだ」

 

 

「何って、うんこしようとしてるだけだが」

 

 

 

 

 

「…………分かった。いや分からねぇが、とにかくゆっくり………」

 

 

俺は思考が追い付いていない頭をなんとか回し、十号に部屋から出るよう促す

こんなところを誰かに見られたら間違いなく……

 

 

「………オルガ様……?」

 

 

目を擦りながら上体を起こしたティリスを見た俺は、城中に響き渡るほどの大声で衛兵を呼んだ

 

 

 

 

そして夜が明け……

 

 

「遅かったなお前ら……!」

「どうしたオルガ、そんな面白い顔して」

 

俺は城の謁見の間……今日は見上げる側ではなく見下ろす側に立って6号とアリスを出迎えた

俺の顔は怒りと呆れでおかしくなっていたに違いない

 

 

「……今までは良い関係を築けていただけに、此度の事は残念です」

 

場所を事件現場であるティリスの部屋に移し、ティリスが話し始めた

 

「すまんな姫さん、自分もアホ共に目を光らせていたつもりだったんだが……。まずは何があったのかを聞こうじゃないか。オルガが何かしたのか?」

「アホやらかしたのは俺じゃなくて戦闘員十号だよ」

 

何故かティリスの側にいる俺を見たアリスが不審そうに尋ねてきた

俺を他の戦闘員と同じだと思わないよう言っておかねぇと駄目だなこれ…

 

「被害者はこの私ですし、犯行は未遂に終わりましたが………。罪状は、その…夜這い、でしょうか」

「マジか……。そんな事やらかすクソ度胸を持つヤツがうちの戦闘員に……」

「アイツ、そんなに根性の据わった悪党だったのか……」

 

アリスと6号が感心しているのが意味が分からない

 

「いや、戦闘員十号は、その………」

「戦闘員十号様は、キサラギの他の方と違って城内での評判も良く、子供達に気前よく色んな物をくれたりする気さくな方だっただけに、非常に残念です」

 

ティリスがもの悲しそうに顔を伏せる

6号は十号に会いに行くと、城の地下牢へ向かっていった

俺は十号の日頃の行いを聞いて一層頭が痛くなっていた

 

「どうしたオルガ、何か知ってる事があるなら話せ」

 

「………何でもねぇ」

 

「夜中目が覚めたら、部屋の中に全裸の十号様がしゃがみ込んでいたのです。オルガ様が居なければどうなっていたか………!」

 

ティリスが震えて自分の身を抱きしめる

年頃の女の子にはさぞ恐ろしかったに違いない

これが強姦や暗殺だと思っているからだろうが……

 

「よし分かった、その辺の話はこれから詰めていこう。おいオルガ、お前も状況を事細かに………」

 

「………うんこだよ」

「「………は?」」

 

俺はこの頭のおかしくなりそうな状況に耐えきれず言葉をこぼした

 

「おいオルガ、お前までおかしくなったのか?」

「そうですよ、オルガ様までダメになったらいよいよキサラギにまともな人間が居なくなってしまいます」

 

二人が何言ってるんだとばかりに言ってくるが、もうここまで来たら俺は真実を言うしかない

 

「………いや、戦闘員十号はティリスの部屋でうんこしようとしてたんだよ」

 

「「…………は?」」

 

だから俺を頭のおかしくなった人間を見る目で蔑むのはやめろって

 

 

それからしばらくして戻ってきた6号から、俺と同じ説明が成された

 

俺も嘘か戯れ言であって欲しかったが、やはり十号の目的は本当だったようだ

 

当然、ティリスは困惑している

 

「…………!?!?!?あのすみません、何を言っているのかがまったくもって分かりません!」

「全裸だった理由は、裸じゃないと部屋でくつろげないタイプなんだってさ」

「そこじゃねぇよ」

 

変態同士、共感できるものがあるのか6号はそういうことあるよなと言わんばかりに腕を組んでいる

 

「な、なぜ深夜に、しかも私の寝室でそのような事を……!?どうしてトイレに行かないのですか!?」

「マーキング的なもんじゃないのか?縄張りを主張したかったとか」

「私の寝室は私の物です!もう嫌!バカな祝詞を言わされそうになったり、寝室にまで侵入されたり!」

 

変態の奇行に理解が追い付かなくなったティリスが自分のベッドに体を埋めて泣き出した

6号がそれまでフリーズしていたアリスに声をかける

 

「アリス、アンドロイドのお前にも人の心があるなら、慰めの言葉の一つも掛けてやれよ」

「……いや、かわいそうだとは思うよ。自分が同じ立場ならもれなく戦闘員達を追放してるよ」

 

「オルガ、お前も人間なら同情してやったらどうだ?見てらんねぇよ」

「……………俺もうキサラギ辞めていいか?」

割と本気でそう思った俺がため息を吐いていると、扉の向こうからこめかみをひくつかせたサヴァランが顔を出した

 

「……で、どうするんですかティリス様。私としてはあの男の追放もやむ無しと考えていますが」

「……今回だけは軽罰で済ませておきます。ですが今後このような事があれば、厳しい措置を取らせてもらいますからね」

「あんた懐広すぎだろ………」

 

キサラギをあてにしてくれるのは結構だがよ……

 

あんまりにあんまりな原因に、城の兵士達は気の抜けた顔で俺達を見ていた

 

「まったく……。魔王軍の刺客かとピリピリしていたのがバカらしく思えてくる。というか警備の者は何をやっていたんだ……」

「いや、この部屋の警備はザルだったぞ。俺が何回この部屋に侵入したと思ってんだよ」

「!?」

 

6号の自白に、やっと落ち着き始めていたティリスが再び驚愕する

 

「いや、なんか王族の部屋に侵入するだけで悪行ポイントがすげー稼げるんだ。で、本人に気付かれるまで稼ぎ場にしようって事になった」

 

6号の説明にアリスは再び固まり、ティリスは目を白黒させながら俺を見た

 

「も、もしかしてオルガ様も……?」

「………………」

 

 

認めたくねぇもんだな

自分自身の若さ故の過ちってやつは

 

 

 

 

ティリスに城から追い出された俺達は、目的もなく街中をうろついていた

 

「まったく。せっかく警備のアドバイスをしてやったのに、何だよアイツ。あんなに怒る事ないじゃないか」

「現行犯じゃないからと、罪に問われなかっただけ感謝するべきだと思うけどなあ………」

 

まったく悪怯れる様子のない6号にアリスがもっともな事を言う

 

「あのな6号、普通だったら人の家に勝手に侵入するだけで重罪なんだぞ。しかもなんだスクワットにジャンガに焼き肉って。どうしてそう頭の痛くなる事ばかり考え付くんだ」

 

「じゃあ、ティリスに夜這い掛けろって言うのか?やだよティリスって腹黒いし、国なんか継ぐことになったら責任とか取りたくないし」

「犯罪を犯すなって言ってんだ」

 

もういっそ罪状の付くような犯罪を犯して捕まってくれた方がマシだったかもしれない

 

「そうは言っても、それが俺達悪の組織の仕事なんだぞ。あそこは良い稼ぎ場だったんだがなあ」

「ここ最近の建設資材やら重機はあれでポイント稼いでたのか。おい6号、次は王様の部屋に侵入しろよ。警備が厳重だったらサヴァランの部屋でもいい」

「頼むからそれは止めてくれ、絶対俺に責任飛んでくるだろ」

 

俺は昨夜の報告を聞いた時のサヴァランの顔を思い出しながら言った

 

「それよりお前ら。十号が拘束された以上、アジト建設は当面の間また延期だ。暇な戦闘員をかき集めて、そこいらのぬいぐるみに片っ端から火を付けねぇか?」

「お前は普段まともなクセに、非科学的な事が絡むとバカになるなあ」

「グリムが手ぇ出すなって釘刺してたぞ、せめてそういうのは祭りが終わってから確めろよ」

 

俺がそう言っても、アリスは我が物顔で闊歩しているぬいぐるみ達を忌々しげに観察している

実際に我が物だったんだから問題無いが……

 

「おい、あそこにいるのはグリムじゃねぇのか」

 

アリスが指差す先には、人混み…正確には人とぬいぐるみの集りがあった

祭り期間だから復活が速いのか、その中心にはグリムの姿

その前に立っているぬいぐるみと涙目の少女の手をとって、目を閉じて優しく何かを話していた

 

死者と会話ができるのはグリムだけ

ああやって死者の言葉を代弁しているのだろう

 

 

「グリム様、兄は何を言っているのですか?この中には本当に兄がいるのですか……?」

 

ぬいぐるみの手を握りながらグリムにそう尋ねているのは、まだ若い少女だった

グリムは優しく笑いかけながら、少女とぬいぐるみを近づける

 

「あなたのお兄さんかどうかは知りませんが、彼の名はレリウス。あなたに向けて『ただいま、僕がいない間にちゃんと夢を叶えられたんだね。おめでとう。一人で生活出来ているかがずっと心配だったけど、安心したよ』と仰っていますよ」

「兄さんッッ!」

 

感極まった少女が兄に抱き付く

ぬいぐるみもよしよしと少女の頭に手を乗せた

 

あの少女の兄というと、年齢的に戦争で喪ったんだろうか

別れの挨拶も満足にできなかった相手がああやって帰ってきてくれたんだもんな、そりゃ泣きつきたくなるか

クッキーとクラッカーにも、ビスケットを……

 

「『辛かったね、大変だったね。マリエルは凄いね、僕の自慢の妹だよ』と仰って………」

「わあああああああー!!」

 

優しくぬいぐるみに抱きしめられた少女が泣き声を上げた

そんな二人を見ていると、自然と目尻が熱くなる

 

「…『内気で体の弱かったマリエルが、将来は拳闘士になってチヤホヤされながら荒稼ぎしたいなんて言い出した時は、何を言い出すんだと思って止めたけど………。今思えば僕達が間違っていたよ』って」

「うんっ!あのね、あのね……!私ファンの人から『血塗れマリエル』なんて二つ名まで貰っちゃたんだ!それでね、今度チャンピオンとの対戦があって……」

 

血塗れマリエル……?

 

それって頭蓋砕きが得意技の?

 

拳闘士の家庭事情に俺が少し引いていると、その周りで感涙していた人山が動き出した

 

「おい見ろ!チャンピオンだ!」

 

人混みを掻き分けながら現れたのは、買い物帰りなのか両手に肥料と苗を抱えたミカの姿だった

それを見たアリスが首をかしげる

 

「……なんで三日月がチャンピオンって呼ばれてるんだ。もしかしてお前らも自分の知らないとこで好き勝手やってんのか?」

「昭弘は犯罪行為には手を染めてねぇよ。シノがセクハラのし過ぎで自警団にボコボコにされたくらいだ」

「俺ですら厳重注意で済んでんのに、あいつどんだけ見境なく手ぇつけてんだ」

 

歓声を上げる通行人に迷惑そうにしていたミカの前に、兄を後ろへ下がらせたマリエルが立ち塞がる

 

「チャンピオン!あなたの無敗記録、私が終わらせます!」

「……………」

 

マリエルの事がよく分かっていないのか、ミカが無視して通りすぎようとする

ミカはいちいち相手の顔を覚えたりしねぇからな

 

「完全スルーだ!まるで眼中に無いとでも言わんばかりに……!」

「さすが、鉄の鎧も血に染める『鉄血の三日月』と呼ばれるだけあるぜ……!」

 

このまま引き下がれないのか、拳を握り締めたマリエルが再びミカの前に飛び出すと、今度はミカもそれを睨み付けた

両者の間にひりついた空気が流れ、辺りの人間はみな固唾を呑んで二人見守っている

 

「ねぇ、どうして私と関係ないところで盛り上がってるの?せっかくこのグリムさんが真面目に働いてるのよ、もっと構いなさいよ!」

 

すっかり話題を奪われたグリムの悲痛な叫びを背に、俺達はアリスが放火犯になる前に退散する事にした

 

 

 

「アイツ、珍しく聖職者っぽい事やってたな。死者との会話とか凄くねぇ?」

「俺も祭りが始まる前は心配してたけど、最近は真っ当な聖職者らしくなってるよな」

 

俺と6号が、出会った頃には想像も付かなかったグリムの姿について話していると、アリスがやれやれと手を上げる

 

「お前らは詐欺に注意しろよ。あのマリエルとかいった女はサクラだな。事前にグリムと打ち合わせといて一芝居打ったんだろ」

「お前、頑なにファンタジーを信じようとしないのな」

「俺もこの状況を受け入れてる自分が少し怖いが、お前は疑い過ぎだろ」

 

そこらじゅうでぬいぐるみと戯れている街の住民をバカを見る目で眺めていたアリスにつられて、6号もぬいぐるみの群れに目を向ける

 

「しっかし、これがこの星の祭りかぁ……。お前ら、どう思う?」

「どうって……。まあ平和だよな、戦争中の息抜きって感じがして良いんじゃねぇか?」

 

俺は祭りなんかの催しものに馴染みが無い

そういうのはもっぱら地球や歳星みたいな場所だけで開かれてたし……

火星でもクリュセなんかじゃやってた気がするが、それもギャラルホルン主導の物ばかりで馴染みが薄かったからな

でもバカ騒ぎすんのは嫌いじゃないし、戦時はこうやってガス抜きすんのも大事だからな

 

だが俺の回答に納得いかなかったのか、6号だけでなくアリスもやれやれと首を振った

 

「祭りと言えば喧嘩にボッタクリと決まってんだろ。こんな大人しい祭りはキサラギとして認められんな」

「おう、テキ屋もなければ揉め事もない。こんなお上品な祭り見てられねぇよ」

 

悪い笑いを見せる二人を見た俺は、この祭りが無事に終わる事は無いなと思った

 



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縁日は嘘だらけ

 

人々が無邪気にお祭りを楽しんでいる昼下がり

俺はテントから出てすぐに植えられた謎の種の世話をしていた

 

「やっぱりコイツ成長速くねぇか?同じ日に植えた他の種はまだ芽も出てねぇんだが」

「よーし、このまますくすく育って元気な美少女になるんだぞー」

 

6号はアジト建設の時に蜂の巣にされそうになった事をもう忘れたらしい

あの人型の部分が一般の植物でどの部位にあたるのか分からないが、そう遠くないうちにあの姿になりそうだ

というか花壇の他の植物の元気が日に日に無くなってる気がする

 

「早いとこアジトを完成させて植え替えた方が良さそうだな……」

「つっても、当分先だろうけどな」

 

 

畑作業を切り上げ、俺は6号と一緒に屋台が建ち並ぶ通りを進む

 

そこには暇になったキサラギの戦闘員が悪行ポイント稼ぎのため、次々とイカサマや詐欺の仕込まれた店を広げていた

 

もちろん俺達も例外じゃなく……

 

 

「君たちって本当に魔王軍よりタチが悪いよね」

「“君たち”……か。まあそうだよなあ………」

 

この星に来てからずるずると犯罪者の仲間入りを果たしている気がする

俺は窓を拭いているラッセルにそう言われながら、机と椅子を部屋に並べていた

 

俺達が出す店は、6号考案の女性従業員が男性客とおしゃべりする店

いわゆるキャバクラとかいう奴だろう

路地裏に接した小さな家を借り受けて店を出したが、それなりに客は舞い込んでいる

 

「一名様ご案内!ささっ、今なら当店のナンバーワン、スノウちゃんが空いてるよ!」

 

服装だけはまともな飲食店スタッフのような6号が、新しい客を店に連れ込んできた

 

おどおどと席に着いた男の隣に、扇情的な服装をしたスノウが座る

6号は女性経験の薄そうな青年ばかり連れてくるので、見てくれだけは良いスノウに簡単にほだされている

そしてスノウがダメでも……

 

「ううっ、本当にこんな格好で見ず知らずの男の人と……!」

「ほら、これが終わったら自分が美味しいものを食わせてやるから」

 

第二第三の手としてロゼとアリスを連れてきている

トラ男と昭弘が最初反対したが、最終的にアリスがねじ伏せた

俺は店の奥に構えて裏方作業を担当している

 

誰が見ても割高な価格設定のスナックや飲み物をカウンターに並べ、受け取った金を袋に詰めるのが主な仕事だ

 

「……というかラッセルさんはなんで居るんですか?ここって男の人しか来ないと思うんですけど………」

「ど、同族?違うぞ、ボクは下働きとして呼ばれただけで、君たちみたいにお客さんに侍ったりしないから……!」

 

 

 

 

こうして俺達の仲間がそれぞれ男性客の相手をするのだが……

 

 

「おいアリス。お前もうちょっと愛想良くできないの?スノウみたいにうまくアピールしろよ」

「お前見てくれは子供なんだからせめて言葉は選べよ。もう愛想悪いとかじゃなくてただ単に口が悪いだけじゃねぇか……」

「当店のナンバーツー、アリスちゃんは口が悪いのが売りなんだぞ。こういうのはなるべく色んなタイプを用意しておくんだ。おら、そのポテト運ぶからよこせ」

 

毒舌極まるアンドロイドに恐怖し……

 

 

「隊長、この仕事凄いです!ちょっと一緒にお話しするだけで、勝手に食べ物頼んでも怒られません!」

「よし良いぞ、お前が美味しそうに物を食べてるだけでお客さんは満足するからな。もっとじゃんじゃん注文していいぞ。相手が子供なら向こうも手荒な手段には出にくいしな」

「おいロゼ、この仕事は本当は悪い事なんだからな?たぶんお爺ちゃんが知ったら悲しむからな」

 

食いしん坊キメラに財布を空にされ……

 

 

「ね、ねぇ6号。あのお客さんさっきからずっとボクの方を見てて怖いんだけど……」

「あの目はガチだな……よし、ちょっと行って笑顔を振り撒いてこい。今日はあの子は無理なんですって俺が言ってくる。そんで先伸ばしにしまくって稼げるだけ稼ごう」

「伸ばすだけ伸ばして実は男でしたなんて発狂するだろ。大人しく帰ってもらえ」

 

女装キメラに絶望を突きつけられ……

 

 

「ふふん、どうだお前たち、私のナンバーワンっぷりは!今のところ私が一番男達を満足させているのではないか?私の取り分は半分でいいぞ!」

「あいつちょっと前までこの国の公務員だったよな。これ以上落ちぶれるところは見たくねぇんだが……」

「一応、アリスに借金返すためだしなあ……」

 

おそらく俺達の中で最も悪女と呼んで差し支えない守銭奴女に金をむしりとられ……

 

 

一瞬の油断につけこまれた男達が、俺達の目の前で次々と泣きを見ていた

 

 

そして揉め事に発展しそうになると……

 

「話があんなら裏で付けようか」

「い、いえ、なんでもないです……!」

 

黒いスーツを着こんでサングラスをかけた昭弘の出番だ

昭弘の巨体を見てまで暴れる人間はそう居ねぇからな

ちなみにだが、ロゼとラッセルを連れてきた理由の一つに昭弘を連れ出すためというのがある

スノウとアリスだけなら参加しないと言ってたからな

 

誰がどう見てもケツモチ以外の何者でもないが、賢いやり方だ

このやり方で悪行ポイントを稼いでもそこまで罪悪感が湧かないのが恐ろしいところだ

 

「トラ男さん、見ての通り手は出させてませんよ」

「うん、やっぱり昭弘を信じて正解だったにゃん。あっアリスにゃん、スマイル一つ」

「やってもいいが、有り金全部置いてけよ」

 

嫌そうな顔のアリスにそう言われながら、嬉々として財布の口を開くトラ男

アリスは金を受け取ると、信じられないくらい雑な作り笑顔を見せた

やろうと思えば普通の笑顔も作れるだろうに……

まあトラ男が満足そうだし別に構わねぇがよ

 

 

そうしてしばらく荒稼ぎしていた俺達を、客がぼったくりだと通報するまでにそう時間はかからなかった

 

「全員動くな、警察だ!この店が違法営業をしているとの通報が………!」

 

ドアを開け放って通告してくる警察官

それを見た6号の動きは速かった

 

「撤収!」

「がってんだ!」

「お前らは一回怒られろ!」

 

俺達は重たい金の袋を譲ろうとしないスノウを犠牲に、店を放棄した

 

 

 

その翌日

 

 

俺はアリスに連れられて、6号とロゼと一緒にとある屋敷にやって来たのだが……

 

「パトラッシュ!お座り!ほら、お座りしろ!」

「───ッッ!────ッッッ!!」

 

俺の目の前で、6号にリードを引いて押さえつけられている犬のぬいぐるみ

その中身はこの街のご先祖様ではなくロゼだった

それを屋敷の主人が心配そうに見守っている

 

「パトラッシュなのかい!?おいでパトラッシュ、私と一緒に散歩しよう!」

「パトラッシュが帰ってきて良かったな。早速報酬を払ってくれ」

 

俺はどっちに同情すべきだろうか

仮にも人間なのに犬の真似をさせられているロゼか

素直な願いをいいように利用されているこの老人か

 

どっちもが正しい人間の答えかもしれない

 

(おいアリス、最初依頼を聞いた時はどうやってパトラッシュを連れてくるのか疑問だったが、これはパトラッシュが見つからなかったのか始めからそんな気無かったのかどっちだ)

(そんな事ができるならとっととこの国のアンデッドとやらを殲滅してるよ。始めから爺さんを騙くらかして礼金をせしめるつもりだったよ)

 

やっぱり最低だよお前らは

 

(爺さんは喜び、俺達も喜ぶ。ロゼ以外みんなが幸せになれる素敵な依頼だろ?)

(隊長、恨みますよ!お爺さんをガッカリさせたくないので我慢しますが、帰ったら覚えといてくださいね!)

 

ロゼは唯一の家族だったお爺ちゃんの事を思い出しているのか、嫌そうながらも四つん這いになりながら爺さんの側に歩いていく

 

もしバレたらロゼの命は無いんじゃねぇかこれ

 

俺は死んだ団員に会わせるとか言って中身がジャスレイだったりしたらその場で殴り殺す自信があるぞ

 

(そもそも人間以外も帰ってくんのか?)

(さあ?もしそうならネコぐるみに魔獣が入ってたりするかもな)

 

グリムはともかく、一般人にはぬいぐるみの中身を判別できないのは地味に大きな問題だな

ハイネみたいな奴が紛れ込んでいても気づけないわけだし、ぬいぐるみに罪を擦り付けようとする犯罪者もいるかもしれねぇし…

 

「パトラッシュ、どうしたんだい?四つん這いだがどこか苦しいのかい?」

「おい爺さん、パトラッシュは犬じゃねぇのか?」

 

アリスが訝しんで爺さんに尋ねる

そういえば6号とアリスは犬だと思っていたみたいだが、なんでそう思ったんだろうな

 

「パトラッシュはマウンティングゴリラだよ。とても好戦的で、強そうな人を見付けるとマウントを取ってボコボコに……」

「うおおおおおおお!?パトラアアアアッシュ!」

 

お爺さんが説明するや否や、パトラッシュが6号に向かけてタックルを放った

6号はすんででそれを回避し、二発目を放ってきたロゼに掴みかかる

 

ロゼがマウントを取って6号に思いっきり殴りかかっているのを見て、砂漠で遭難した時の事を思い出す

あの時もロゼは無理やり連れてったんだよな

食事でなんでも許されると思ってる訳じゃないが、今度何か奢ってやるか……

 

「パトラッシュ、お前が好きだったスポポッチの高級リブロースを山ほど用意したからね。せめてこの祭りの間、たんとお食べ」

「こらパトラッシュ、行くな!後でバナナやるから行くんじゃない!!」

 

爺さんの言葉を聞いたパトラッシュが、6号に尻尾を向けて爺さんの側へ駆け寄ろうとする

これだけ利用されてるんだから好きに過ごせばいいと言いたいが、それは洒落にならない

幽霊が物を食べられるはずがないだろ

 

(おいロゼ、バレないで無事終わったらとっておきのお菓子を取り寄せてやるから我慢しろ!)

(副隊長も食べ物で釣ろうと……!で、でもとっておきですか?どんなのですかそれって)

 

やっぱり美味しい物には抵抗できないのか、聞き返してくるパトラッシュ

あれはマクマード親父の家で出してもらった……

 

(名前はカンノーリとか言ったっけな。パリパリの生地に砂糖とクリームたっぷりの……)

(うっ……。で、でも高級リブロース………)

 

爺さんに飛び付こうとしていたパトラッシュの動きが鈍る

いいぞ、あと一押しで…

 

「パトラッシュの口に合うかわからないけど、最近私が気に入ってるモケモケ肉も上等な部位を取っといてあるんだ、それも好きなだけ食べるといいよ」

「パトラッシュ!お前グリムにバレたらどうなるか分かってるんだろうな!肝に命じておけよ!!」

 

高級肉に負けた俺は、そう捨て台詞を吐いて屋敷を後にした

 

 

 

 

やることが無くなって解散した後、俺が街中を監視していると、物影から道行く人を観察している物体が目に留まった

背後から近付いてみると、それはネコの形をしたぬいぐるみだった

おそらくグリムが作ったアンデッド祭り用のぬいぐるみなのだろうが、やはり動きが人間臭い

 

俺はそのまま忍び寄り、背後から両手を掴んで押し倒した

 

「ハイネ、お前はもう来ないよう……ん?」

 

取り押さえている俺の手を叩きながら、ぬいぐるみの頭が外れ落ちる

 

「お、俺だよオルガ……」

 

どういう訳かそこからシノが顔を出した

 

「シノ?お前なんでぬいぐるみ被ってんだ」

「最近街の人に迷惑かけ過ぎたからよ、お詫びにこの格好でちょっと見回りでもしようかと……」

 

そう言うシノの目線は俺の眼ではなく、空中を泳いでいた

 

「………本当にか?」

「この格好ならうっかりセクハラしてもたぶんバレないから………」

 

あまりに想像通りだったので、俺は脱力してしゃがみこんだ

昔から女に飢えててすぐに手を出そうとする奴だとは思っていたが、これ程とは思わなかった

そう考えると、俺はシノの事をまったく理解していなかったのかもしれない

 

いや、悪化したのには理由があるな

 

「シノ、それお前のアイデアか?」

「………そうだぜ」

 

俺の問いにシノは再び目線を反らした

 

「嘘付くな。誰だ、誰に聞いた?どうせ6号だろ!お前あいつらに毒され過ぎだぞ、鉄華団に居た時だって真面目じゃなかったがここまでじゃなかっただろ!」

「ど、毒された訳じゃねぇと思うけどなあ……」

 

ここ最近のキサラギの活動は、本当に酷い物だった

 

雇い主でもある王女の部屋に侵入するわそこでおかしな事ばかりするわ……

 

何かにつけて犯罪の既成事実を得ようとして不可抗力を装い、はた迷惑な行為を繰り返す

最初は悪を名乗るほどの器じゃ無いと思っていたが、最近はもうこっちのほうが悪質だと思い始めている

 

俺達が嫌っていた悪どい大人になりかけている気がしてならない

 

「鉄華団だって最終的には真っ当な商売だけでやっていく筈だったんだぞ、なのに俺は今日だって結局詐欺まがいの事を………!」

 

本当にこのままでいいのか?

こんな事してて、死んでいった団員に顔向けできるのか?

 

最近そう思う事が増えてきた

 

「オルガよぉ。俺はお前のその真面目さに助けられて来たから今さら文句なんて言えねぇけどよ、もうちょっと肩の力抜いてもいいんじゃねぇか?」

 

シノが肩をすくめながらそう言う

 

「俺だって気は緩んでるさ……こんな生活続けてりゃあ嫌でもな。けどそれで後悔なんてしたくねぇんだよ俺は」

「やっぱ真面目だなあオルガは。俺なんかこれだけ好き勝手やってるってのに、お前はまだ皆の事考えてるんだもんなー」

 

この世界は確かに居心地がいい

いつもピリピリ張り詰めていたあの頃とは大違いだ

 

バカばかりするキサラギの戦闘員

気ままに生活する鉄華団の団員

慕ってくれているこの星の仲間

 

こんな環境、恵まれ過ぎてるとも思う

だからこそ、もう一度失う事も、自分らのせいで危険にさらす事も、まっぴらごめんだ

 

「俺はよオルガ。確かに鉄華団がでっかくなって、皆が楽になって嬉しかったけどよ。CGS時代も今じゃそんなに嫌いじゃ無くなってるんだぜ」

 

シノが俺やユージンの前でたまに出す、落ち着いたトーンで話し出した

 

「確かに大人はおやっさん以外皆クソ野郎だったし、あいつらのせいで皆辛い思いして、勝手な都合で皆…ダンジも死んでよ」

 

シノがそう言って静かに拳を握りしめる

シノは鉄華団の実働部隊として、前線で数えきれない程の仲間を失ってきた

俺のように、自分を信じて従った仲間を失ってきた

 

「俺バカだから、火星の王がなんなのかもよく分からねぇで、オルガを信じて着いてきたけどよ。火星の王になるって決めてからのオルガは張り詰めてるっつーか、なんか辛そうだったぜ?」

 

そう言われた俺は、なんて返したらいいのか分からなくなった

 

火星の王になると言い出してからの俺は、ずっと書類とマクギリスとばかりにらめっこしていて、団員と面と向かって話す機会はどんどん少なくなっていった

だが俺がそうしている間も、団員は俺の顔を見ていたんだな

 

「俺思ったんだよ、俺達にたどり着くべき場所なんか必要無いんじゃないかってな」

「………!」

 

シノの言葉に、俺は思わずその顔を見た

俺に顔を合わせたシノは口元をほころばせると、そのまま少し笑った

 

「だって俺、お前らと前に進んでるだけですっげー楽しかったんだよ。オルガとユージンが居て、ヤマギが居て、皆でバカやったり一緒に戦ったりしてよ」

 

俺もそうだったのかもしれない

あのときは先も見えない旅ばかりだったが、皆で悩んで乗り越えていくのは確かに楽しい日々だったかもしれない

ビスケットを失ってからかな、俺が躍起になったのは

 

「だから……あー、結局難しい事は言えねぇけど、俺はガキ大将やってた頃のオルガの方が好き……って事か?」

 

恥ずかしいのか、思考がまとまらないのか、シノは頭をかきむしりながら俺に問いかけてきた

 

「そんなに心配しなくてもよ。俺はもう失敗しねぇし、三日月と昭弘だってきっと負けねぇって。それに6号とアリスを見てると、何でも乗り越えられそうな気がすんだろ?安心してドーンと構えててくれよ団長!」

 

ぬいぐるみの手に背中を叩かれ、俺はさっきのシノと同じように手に力を込めて握りしめた

 

いつまでも引き摺ってるのは俺だけか

 

ミカも前に進んでる

なら、俺が変わらなくてどうする

 

「俺はもう団長じゃねぇってのに……。でも、確かにな………ありがとよ」

「お?なんでオルガが感謝すんだ。まぁあれだよ、俺も皆も笑ってるオルガの方が好きって事だよ」

 

俺がそう言うと、シノは歯を剥き出して笑った

 

どんなに絶望的な状況になっても前を向き続けるシノの姿に、俺も知らない間に元気付けられてたのかもしれない

俺は最後になって逃げようとしたってのにな…

 

シノの明るさはやっぱり鉄華団には必要だった

居なくなってからの鉄華団は終始重苦しい雰囲気のままだった

その時にこそ、シノの力を借りたかった

 

そして今ならいくらでも借りられる

 

「でも、だからってお前みたいにはならねぇからな」

「っかー!オルガは女を知らねぇからなー!メリビットさんはおやっさんに取られちまったしよぉ!仮でも誰かと付き合ってみろっての!」

 

シノが大きくため息を吐きながら言う

 

「俺はそういうのは……。お前らが俺の家族だしよ、俺は一家の長として……」

「わかってるけどよぉ。オルガだって最初はメリビットさんにドキドキしてただろ?そういう気が少しも無いってのは家族の前に男として心配になるんだよ」

 

お前だってザックに連れてってもらった店じゃ赤っ恥かいたんだろうが

それに、別にメリビットさんには何も感じちゃいねぇって……

 

「あの昭弘だってちょっといい感じになったんだぞ!オルガも一人くらいそういう相手を持ってみろって!第一女の魅力を分からねぇ癖に俺にとやかく言う権利は無いだろ!」

「うるせぇよ!この話はもう止めだ止め!ほら、その着ぐるみも脱げ!」

 

俺にネコぐるみを脱がされそうになったシノはそれをまた被り直し、そのまま裏路地に消えていった

 



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