アムロ大尉、ガンダムに乗る。 (しんしー)
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第一部 BEYOND THE TIME ~ 始まり ~
第1話 跳べ!ガンダムに


 処女作、初投稿です。

 同じ着想からすでに投稿されている作品があるのは存じていますが、自分で思いついたアイディアです。しばらく投稿は差し控えていたのですが、拝読していて、最初の着想は同じでも話の方向性は異なる、と思えましたので投稿させていただくことにしました。

 一年戦争が主な舞台となりますが、ファーストガンダムに出てこないキャラはほぼ、出てきません。また、辻褄が合わない、ご都合主義…にはならないように考えているつもりですが、筆者のアタマの程度ではこれが限界でした。悪しからずご了解ください。
 
 序盤は少し展開が遅い…くどいかも、しれません。
 お楽しみいただければ幸いです。

 * * * 
 追記:
 もう少し読みやすくなるように、文章のレイアウトを整えてみました。
 いかがでしょうか? 
 * * *




『ララァ・スンは私の母になってくれるかもしれなかった女性だ! そのララァを殺したお前に言えたことか!』

『お母さん? ララァが? うわっ!』

 

   * * *

 

 激しい光に全身が包まれて、アムロ・レイの意識は跳んだ。

 

   * * *

 

 気が付くと、アムロは狭いコクピットにいた。

 アムロは眼前にあるものが照準器だとも気づかぬまま乱暴に押しのけ、前後左右を見渡した。

 正面と左右には平たいモニターが配置され、正面モニターの上には通信用の小さなサブモニターが設置されている。

 汗ばんだ手が握りしめているのは、アームレイカーではなく昔懐かしい操縦桿だ。

 

 操縦桿?

 

 そしてアムロは、自分が素手で操縦桿を握りしめていることにようやく気がついた。

 自身の手首はデニムのジャンパーの袖口に包まれている。

 

「! なんだ、此処は!」

 

 アムロは思わず叫んだ。

 見回したモニターには、緑が多くあつらえられた丘陵地の景観があった。

 直感的に、アムロは此処がコロニーの中だと理解した。それも造られて間もない…新造のスペースコロニーだ。

 正面のモニターに、マシンガンを構えゆっくりと歩いてくる緑色のモビルスーツが見えた。

 ネオ・ジオンのモビルスーツ…ギラ・ドーガにしては妙にのっぺりとして野暮ったく、そのフォルムは全体的に丸みを帯びている。

 

「…ザク、か?」

 

 アムロはかつて味わった、腹の底からこみ上げてくる圧倒的な不快感を思い出した。

 それはアムロが生まれて初めて感じた死への恐怖、だ。

 そして、アムロは自身の置かれている状況を本能的に理解した。

 確信を得るために、膝元に視線を落とす。

 そこには今の今まで忘れていた…しかし、一目見たと同時にそれと思いだす、あれがあった。

 

 地球連邦軍Ⅴ作戦の極秘マニュアル。

 

「――ガンダムのコクピットか? 此処は!」

 

 此処は…今は、宇宙世紀0079の9月。サイド7。2機のザクと戦った、アムロ・レイ初陣の時だ。

 

   * * *

 

”…ははっ、怯えていやがるぜ、このモビルスーツ”

 

 ザクのパイロットの思念がアムロの中に流れ込んできた。

 アムロはシャイアンの基地での生活が始まったばかりの頃に、一年戦争の様々な記録を見たことがある。

 その中には、自分が行った史上初のモビルスーツ同士の戦闘の記録も当然あった。

 相手のザクのパイロットは確か、ジーンとデニムといった。

 初めて自分が殺した人間の名前くらい覚えておこうと、半ば自虐的に思った覚えがある。

 

「っこいつッ!」

 

 アムロの中に怒りが込み上げた。

 このジーンというパイロットはただ手柄が欲しくて暴走しただけだということを、アムロは流れ込んできた思念からリアルに感じ取ってしまったのだ。

 この男の浅はかな功名心が、平和に暮らしていたサイド7を戦場に変え、殺める必要のない大勢の民間人の命を奪い、生き残った人々の運命を変えた。

 アムロ自身の運命もだ。

 この2機のザクがこうしてサイド7を襲撃することがなければ、自分は軍人になどならずまったく違う人生を歩んでいただろう。アムロは軍人として生きてきた自分の人生は受け入れている。しかし、自身の意思に依らない選択を決定づけた敵パイロットのあまりに愚かしい行動理由に、衝動的な怒りに突き動かされた。

 

 ザクは至近距離からのマシンガンの攻撃でガンダムを破壊しようとしている。ルナ・チタニウム合金とはいえ、ほとんど零距離となればダメージは避けられないだろう。頭部のバルカン砲は弾丸切れだ。

 とっさにアムロはガンダムの左掌でザクマシンガンの銃口をふさぎ、そのマシンガンを右腕で殴り飛ばした。そのままザクの鼻面をつかみ、力尽くで引き寄せる。反動をつけて、今度は押し飛ばした。

 ガンダムのパワーに振り回されたザクは、顔面の動力パイプを引きちぎられて吹っ飛んでいった。それが14年前に自分がとっさに繰り出した攻撃と同じことに、アムロは後から気が付いた。

 

”やるじゃないか、昔の俺も”

 

 心の中で少し笑い、アムロは落ち着きを取り戻した。

 ガンダムに押し飛ばされたザクは僚機に助けられながら立ち上がり、ガンダムに背を向けた。

 サイド7のシリンダー基部にある宇宙港に向けて跳ぶつもりだ。

 

 「逃がすか!」

 

 ガンダムはビームサーベルを引き抜いて、ザクに向けて駆けた。

 と、同時にアムロは思い出す。

 確か俺は、一台目のザクをビームサーベルで両断し爆発させコロニーに大穴を開けてしまったのだ。まだサイド7の中にいる民間人を危険にさらすわけにはいかない。

 

「…やってみせる!」

 

 港に向けてジャンプしたザクを追って、ガンダムが翔ぶ。

 登録されたモーションに従いザクを薙ぎ払おうとするガンダムの操縦系を、アムロは素早くマニュアルに切り替える。

 

「うおおおおっ!」

 

 ガンダムはランドセル越しにザクの右胸を刺し貫いた。サーベルは手放し着地する。

 ザクは爆散することなく、轟音を立ててサイド7の大地に落ちた。

 

”…よくもジーンを!”

 

 あまりにも静かに僚機を倒されたもう一人のパイロットの怒気がアムロを叩いた。

 だが、アムロはそれどころではなかった。

 ガンダムがおかしいのだ。

 動きが重い。

 アムロの思ったように動かない。

 

「そうか! マグネットコーティングされてないから、俺の動きについてこれないんだ!」

 

 マグネットコーティングは、一年戦争以降に開発されたモビルスーツにはほぼ標準で使用されている技術である。

 この技術を搭載していないこんな鈍重なモビルスーツを扱うのはまさに14年ぶり…かつてガンダムに限界を感じた時以来だ。

 アムロはザクを追ってガンダムを跳躍させてから違和感を確信した。そこから、動作のタイムラグさえ計算に入れて空中でザクのコクピットを刺し貫くことができたのは、まさに神がかりと言っていい技量である。

 

 そんなアムロにとって、怒りに任せて突進してくる2機目のザクを、記憶にあるとおりコクピットだけを狙って刺し貫くなど造作もないことだった。

 崩れ落ちて屍となったザクを見下ろしながらため息をつき、握りしめていた操縦桿から手を放して額の汗をぬぐう。

 静けさを取り戻したサイド7の惨状を見渡し、アムロは独り言ちてみる。

 

「さて…どうする、これから…」

 

 



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第2話 再会、父よ…①

第2話、行きまぁす――!




 声だけでテンパっていることがよくわかるブライトに言われるまま、アムロはガンダムのパーツをホワイトベースへ搬入する作業を続けていた。

 しかし、心は此処にあらず、である。

 今、アムロはガンダムで無人のガンタンクを支えながら、サイド7の人工の大地から宇宙港へ昇る巨大なエレベーターに載っている。

 

 アムロ・レイ、29歳。

 地球連邦軍外郭部隊ロンド・ベルMS隊隊長。階級は大尉。

 

 これが、アムロが知る自分自身である。

 しかし、今の自分はサイド7で少しばかり有名だったらしい、機械いじりが好きな15歳の少年だ。サイドモニターの電源を落として暗い画面に映してみた自分の顔は、乳臭ささえ残る少年の顔である。

 

「どうやら俺は…意識だけが昔の自分に戻ってしまったのか?」

 

 アムロはもともとの気質が理論とリアリティを重んじる技術者タイプである。

 そして、長く戦場で生きてきた軍人だ。

 どんな予想外のあり得ないことが起きてもそれを受け入れ迅速に判断し、対応できてきたから生き延びることができた。

 その一方で、アムロはニュータイプ同士の意識の共有と刻の間を見るなどという、まるで科学的ではない超常現象も体験している。

 それはアムロ自身、自分の体験でなければオカルトだと思うような話だ。

 しかし、この矛盾からできていると言っていい自身の成り立ちが、意識だけが若い頃の自分の肉体へタイムスリップするなどという信じられない状況を、アムロに現実として受け入れさせていた。

 

”もともとの俺の方はどうなったんだろうな…“

 

 宇宙世紀0093。

 地球へと落下するアクシズの破片に取り付き、全開でスラスターを吹かしていたのはアムロの主観ではそれほど前のことではない。

 大気圏突入の摩擦熱でνガンダムは灼熱化し、いつ爆散してもおかしくはなかった。

 

”いや…爆散したんだろうな。つまり、俺は死んだってことか…。シャアはどうなった?”

 

 自問してみるが、答えは一つだ。

 νガンダムとアムロがアクシズに押し付けたシャアの脱出ポッドは、アムロの意識が15歳の身体へ跳んだ直後に爆散したのだ。

 そしてアクシズの欠片は地球の大地に激突し、地殻すらも砕き、人類の母なる星は急速な寒冷化に見舞われた…。

 

”結局、シャアの勝ちだったっていうことか。だが…何故、俺は今、此処にいる?”

 

『アムロ。ガンダムのパイロット。聞こえているか?』

 

 自問自答が今の自分の存在意義に及んだ時、固く乾いたやや甲高い男の声がアムロの思考を遮った。

 正面の小さなサブモニターに、痩せぎすで見るからに神経質そうな中年男の顔が映った。

 

「父さん!」

 

 それは、14年ぶりに会う父、テム・レイだった。

 

『おお、アムロか、よくやったな。さすが私の造ったガンダムだ。ジオンのモビルスーツなぞ敵ではないな』

「父さん…生きてるんですね」

『当たり前だ。それよりアムロ、ガンダムでFの第7区画のパーツを優先的にホワイトベースへ運べ。キャノンやタンクのパーツなぞ後でいい。ガンダムが最優先だ。わかったな』

 

 言うだけ言って、テム・レイは一方的に通信を切った。アムロは呆然と取り残される。

 

”父さん…宇宙へ放り出されなかったんだな。よかった…”

 

 一年戦争が終わった後、アムロはサイド6で再会した父がジャンク屋の階段から転落して死んだことを聞かされた。

 不思議と感慨はなかった。

 ただ、心の何処かに持って行き場のないどんよりとした思いが残った。

 それから何年かの間は、父との数少ない思い出さえ受け入れることができないでいたものである。

 だが、それももう昔の話だ。

 今のアムロはわだかまりなく父のことを考えることができるようになっていて、そして宇宙世紀0079の9月であるならば当たり前のことなのだが、父がこうして生存していることを素直に嬉しく思っていた。

 

”待てよ…今、サイド7に父さんがいるってことは、俺は…歴史を変えてしまったんじゃないのか?”

 

 アムロの背筋に悪寒が疾った。

 歴史の改変をしてしまったかもしれないという事実は、アムロに耐えがたい不安と恐慌を招いた。

 

”どうする? 元の時代に戻れたとしても、俺が知っている宇宙世紀とはまるで違う世界になってしまっているかもしれないぞ…。いや、元の世界はそのままで、パラレルワールドができたのか…?”

 

 パラレルワールドが生み出されたのなら、元の世界が改変されたわけではないだろうからそれほどの問題ではないような気がする。

 だが、世界の理を乱したという点では、やはり犯してはならない暴挙のようにも思える。

 

”いや…歴史には改ざんされても元に戻ろうとする修復力があるって説もあるぞ…。どうする? 俺はこの後、どう動いたらいい?”

 

 再び通信のコールが入った。

 サブモニターに、小さな目にさらに白目の少ない青年の硬直した顔が映った。

 アムロの長き戦友、ブライト・ノアだ。

 ただし、19歳である。

 アムロはそれまでの焦燥を忘れて噴き出しそうになった。

 10数年後、核ミサイルを持ち出し地球の命運をかけた戦いを繰り広げる連邦軍歴戦の名将の容貌は、この頃からまるで変わっていない。

 決戦に向けて「皆の命をくれ」とまで言った男も、今はテンパってアムロに怒鳴り散らしてくる若僧だ。

 アムロは笑いをこらえながら青いブライトを適当にいなし、人とはわからないものだな、としばし感慨にふけってしまったのだった。

 

『聞いているのか、アムロ! やり方はわかるのか!』

「ああ、すまない、ブライト…さん。スーパーナパームを使うなら大丈夫だ…です」

 

 まだ追いかけてくるブライトの叱咤を聞きながら、アムロはスーパーナパームを探しにホワイトベースの倉庫へとガンダムを向かわせた。

 

    * * *

 

 見つけたスーパーナパームをガンダムの小脇に抱えてサイド7に戻る最中、アムロは民間人ともみ合うノーマルスーツの男を見かけた。

 急いでガンダムで駆け寄ったが、ランドムーバーを操るジオンの兵士は小回りを利かせて飛び回り、そのまま姿をくらましてしまった。

 アムロは舌打ちし、ガンダムの足元からこちらを見上げている民間人に目をやった。

 

”セイラさんか!”

 

 一年戦争が終結しホワイトベース隊が解散してから、結局アムロはセイラと再会することはなかった。

 14年ぶりに再会したセイラは、アムロが知る十代の少女のままだ。

 しかし金髪の美少女の眼差しは相変わらず、カメラ越しにでさえわかるほど他人を拒むかのように硬く厳しく、いっそ冷徹にさえ見える。

 

「モビルスーツの方。どうなさったのです?」

 

 近づいてきたものの立ちすくむガンダムを見かねて、セイラが声を掛けてきた。アムロははっと我に返る。

 

『スーパーナパームを使います。この辺りにあるモビルスーツのパーツを処分するんです。ガンダムの手に乗って寝そべってください』

 

 アムロはガンダムの掌を操作し、セイラの身体を潰さぬように包み込んだ。逃げたジオンの兵士のことをブライトに報告しながら、港へと移動する。

 

”参ったな…この齢になってもセイラさんには頭が上がらないか”

 

 一連の作業を続けながら、頭の片隅でそんなことを考えアムロは苦笑した。

 

 巨大エレベーターに載り港を目指しながら、出力を絞ったビームライフルでスーパーナパームに点火する。戦うことなく破壊されたモビルスーツの残骸たちが、悼む炎に包まれていく。やがてエレベーターが停止し、宇宙港へ続く隔壁が少しずつ開き始める。その隙間を縫って先ほどのジオン兵士が脱出していくのを、アムロの目は捉えた。

 

「! シャアか?!」

 

 アムロは突然、自分から遠ざかっていくジオンの兵士がシャアであることに気づいた。

 すぐにもコクピットから飛び出して後を追いたかったが、今のアムロはノーマルスーツを着ていない。歯噛みしながら隔壁が開くのを待ち、掌のセイラを気密エリアに降ろす。

 出港しようとするホワイトベースとともにガンダムで宇宙に出た時には、シャアの姿は最大望遠の映像でもかろうじてしか捉えられないほどにサイド7から遠ざかっていた。

 

”ええい! どうして俺はあれがシャアだと気が付かなかった!”

 

 照準器越しに、ぶれるシャアの後姿を睨みつけながらアムロは歯噛みした。

 

 




 んでででん―――

 ででででん―――

 ―――しゅうっ!(笑



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第3話 再会、父よ…②

 んでででん―――

 ででででん―――

 ―――しゅうっ!(笑笑



 シャア・アズナブル。

 赤い彗星の異名を取ったジオンのエースパイロットにして、スペースノイド独立運動の指導者ジオン・ズム・ダイクンの遺児。

 一年戦争の後、地球の引力に魂を魅かれた人間たちに絶望し粛清するためにネオ・ジオンを立ち上げ、アクシズを地球に落とそうと画策し実行した男。

 後世の文献ではこの男を『連邦の英雄アムロ・レイの好敵手』などと謳っているものも多くあったが、アムロにしてみればそんな美しい言葉で語られるべき相手ではなかった。

 有り余るカリスマ性と能力を拙速な行動につぎ込み、勝手に人類に絶望し暴挙に走る愚かな男。

 極限状態の戦いの中で、自分が切っ掛けを作った私怨で最期までアムロに絡んでくる小さな男。

 それがシャア・アズナブルだ。

 無論、アムロにもシャアに対する遺恨はあるし、自分が決着をつけねばならないと思う相手ではある。

 だが、アムロにしてみればシャアは好敵手どころか、彼の人生に現れた忌むべき怨敵である。

 

「これで終わりだ、シャア!」

 

 ニュータイプ能力に覚醒しているアムロ大尉には、照準器でシャアを捉えられずともビームライフルを直撃させることは容易い。だが、なぜかアムロはトリガーを引くことができなかった。身体が動こうとしないのだ。アムロは自分に憤る。

 

”アクシズで燃え尽きて死んだ筈の俺が、なぜ今、此処にいる! シャアを殺すためなんじゃないのか!”

 

 だが、どんなに自分を叱咤しても、アムロはシャアを撃つことができなかった。シャアに向けてトリガーを引こうとする指が、誰かに押さえられているかのように動かない。

 

「…ええぃ!」

 

 アムロは苛立ちに任せて闇雲にビームライフルを乱射した。シャアの気配はまったく怯えることなく、悠然と遠ざかっていく。

 

「…シャア、サイコフレームの借りはこれで返したぞ…!」

 

 吐き捨てた次の瞬間、アムロはホワイトベースに向けて飛ぶ熱源体を察知した。

 ムサイ艦が放った二発の対艦ミサイルだ。

 アムロは瞬時に冷静さを取り戻し、ビームライフルを二連射してミサイルをなんなく撃墜した。

 

 そして…赤い彗星のザクが来る。

 

   * * *

 

”見せてもらおうか。連邦軍のモビルスーツの性能とやらを”

”! どうしていつも貴様は人を見下す!”

 

 変わらぬシャアの傲慢な思念を受けて、アムロに衝動的な殺意が込み上げる。

 

”シャア! お前は此処で殺す!”

 

 照準器に赤いザクを捉え、ビームライフルのトリガーを引いた。

 しかし赤いザクは一瞬早く、かき消すように真横へ回避した。

 

「やるな、シャア!」

 

 シャアはアムロの背後に回り込んでガンダムを撃つ。アムロもまた、難なく回避した。

 

”馬鹿な。直撃の筈だ!”

「舐めるな!」

 

 アムロとシャアは互いの攻撃を回避し、さらにライフルとマシンガンを撃ち合った。時に肉弾戦まがいの接近を許しあいながら、しかしどちらも致命となる一撃を与えることができない。

 

「ええい、あんなザクに! どうしたっていうんだ俺は!」

 

 思わぬ苦戦にアムロは苛立った。

 シャアが驚愕するガンダムの運動性だが、今のアムロには機体全体に鉛を張り付けられているような鈍重さしか感じられなかった。

 だが、それを差し引いても、シャアの赤いザクの機動力や運動性能は、グリプス戦役やネオ・ジオンのモビルスーツと比べればあまりに鈍く遅い。

 攻撃を当てられない筈はない。

 しかし、シャアの操縦はアムロの感覚の死角に滑り込むように動く。

 

“これが赤い彗星の腕前ってことか。…しかし、それ以上に!”

 

 アムロはもう一つ別の理由で焦り苛立っていた。

 シャアへの殺意に突き動かされていながら、自分の中にそれを押しとどめようとするもう一つの衝動がある。

 アムロはそのせめぎあいに困惑し、ひたすらに消耗していた。

 

”ええい! 此処でシャアを殺さなかったら、地球が破滅するんだぞ、アムロ!”

 

 二人の戦いにコアファイターが乱入し、シャアをけん制した。

 その隙に、アムロは戦場に接近してくる別のザクを狙撃した。ビームライフルは一撃でザクを四散させる。シャアに当たらない鬱憤を晴らすがごとくの正確な狙撃だ。

 その破壊力に驚愕しながら、シャアが後退していく。

 

 遠ざかっていくシャアを感じていながら、疲れ果てたアムロは赤いザクを追撃することができなかった。

 

    * * *

 

 ホワイトベースに着艦したアムロは、コアファイターに乗っていたリュウ・ホセイに導かれ、メイン・ブリッジに上がった。

 勝手知ったるホワイトベースだが、初めて乗った軍艦を我が物顔で闊歩する15歳の少年というのもまずかろうと、言われるままに従うことにした。

 ブリッジには、宇宙服を身に着けたままのブライトに、青い少年兵の軍服をまといオペレーター席に座るオスカとマーカー、私服姿のミライにセイラ、カイにハヤト、フラウ・ボゥの姿があった。

 傷ついた正規の軍人たちに助けられながらホワイトベースを操る彼らは、あまりにも少年であり、少女であった。その景色にアムロは衝撃を受ける。

 

”こんな子供ばかりで戦っていたのか、俺たちは”

 

 リュウと小声で言葉を交わしたブライトが、つかつかと歩み寄りアムロの前に立った。

 あれ?この時ブライトに殴られたんだったかな、とアムロは身構える。

 

「…素晴らしい操縦だった、アムロ君。君のおかげでホワイトベースは無事出港することができた。礼を言う」

「い、いえ…」

 

 予想外の言葉に戸惑ったアムロだったが、睨みつけながら続いたブライトの言葉に思わず安堵してしまう。

 

「だが、ガンダムの性能をあてにしすぎる。戦いはもっと有効に行うべきだ」

「…え?」

「甘ったれるな! ガンダムを任されたからには君はパイロットなのだ。この艦を守る義務がある」

 

 ああ、これでこそブライトだ。

 若く青いブライトにアムロは笑いがこぼれそうになる。

 だがブライトは、たかだか半年の士官候補生のキャリアで100名を超す民間人の命を預かる羽目になったのだ。そしてこれから、ア・バオア・クーでホワイトベースが撃沈されるまでの長い戦いを陣頭に立って歩まなくてはならない。そして、その中では多くの命が失われていく。

 

 アムロは格納庫ですれ違った少年の顔を思い出した。

 その少年は、かつてホワイトベースが地上で白兵戦をした時にジオン兵に撃たれて死んだ少年だ。

 彼は額を撃ち抜かれ、苦痛ではなく驚きの表情を固めて即死していた。

 それは、アムロが初めて見た殺された人間の遺体、だった。

 アムロは、この世界で自分がなすべきこと…いや、したいと思うことがようやく見つかったような気がした。

 

「あ、ああ…そうだな、ブライト…さん。次はもっとうまくやってみせる」

 

 アムロの決意と意思のこもった言葉に、どうなることかと息を吞んでいたブリッジのすべての人間がアムロを見た。

 アムロは言葉を続ける。

 

「僕がホワイトベースを守ります。だからみんなで、全員で生き残りましょう。ジャブローまで辿り着くんです。そうでしょう、ブライトさん」

「…あ、ああ。そうだな…。ガンダムの整備をしておいてくれ。人を使ってもいい。アムロ、君が中心になってな。…頼む」

「はい」

 

 鼻白みながら命令するブライトに、アムロは決意を込めた敬礼で返した。

 14年前の自分の身体に心を飛ばされた意味と理由は、今のアムロにはわからない。

 だが、目の前にいる少年たちと、これから自分が係る人たちの命を守ること。

 そして、シャアによるアクシズ落としを阻止するために、自分は宇宙世紀0079に戻ってきたのかもしれない。

 

 アムロは決意に満ちた足取りで、ガンダムの待つ第2デッキへと向かった。

 



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第4話 アムロ、独考。

 アムロ大尉、主に一人でぶつぶつ言ってます。


 改行を多めに入れてみました。
 少しは読みやすくなっているといいのですが…。





「アムロ、よくやったな。さすが、私の造ったガンダムだ。赤い彗星何するものぞ、だ」

「父さんのおかげだよ。ガンダムじゃなかったら僕は撃ち墜とされてた」

「何を言う、アムロ。お前の操縦もなかなかのものだったぞ。ガンダムの性能をあそこまで引き出せるとは、さすが私の息子だ。私は嬉しいぞ、アムロ」

 直に再会した父の言葉に、アムロは抱擁したくなるほどに愛おしさを覚えた。

 

   * * *

 

 サイド7を出港後、アムロは目が回るほどに忙しい時間を過ごしていた。

 主な原因は父、テム・レイである。

 ガンダムについて最も詳しい開発者なのは確かなのだが、テムはあくまで技術者であり、整備そのものの作業や補給備品の管理などの実務的な能力は皆無…いない方がましなほどだったのである。ド素人の少年たちを怒鳴りつけ、無茶ぶりをしては激昂する父に、少年たちが苛立ちと不満を募らせていく。アムロはそんな彼らをなだめて回りながら、父を諫めつつ自らガンダムの整備に精を出した。

 

 一方でアムロは、避難民たちの世話を担当するフラウ・ボゥを手伝って幼子の母親や老人たちを励まして歩いた。その足でブリッジに顔を出し、戦況やクルーの様子を窺う。そしてブライトに見つかり何をやっているか!と怒鳴られる。シャアへの補給艦を叩きに出撃したり、ようやくルナツーに寄港できたらできたでブライト他数名と軍事機密の無断使用で軟禁されたりと、サイド7を出てからこっち、とにかくまぁ怒涛のような2日間だったのである。

 

 ホワイトベースの大気圏突入を前に、ガンダムのコクピットで待機するアムロは迷っていた。

 シャアがこのタイミングでホワイトベースに攻撃を仕掛けてくることを、アムロは覚えている。ホワイトベースとガンダムを撃破することができればよし。仮に失敗しても、ホワイトベースの大気圏突入のタイミングを遅らせることで、ジオンの勢力下である北米大陸に降下させようという二段構えの作戦である。アムロはシャアの作戦に乗って史実どおりに北米大陸に降下するか、あるいは先手を打って出撃し当初の計画どおり南米ジャブローに降下できるよう尽力するか、答を選びあぐねていた。

 ホワイトベースの乗員たちの命を守るためならば、ジャブローへ直行できるよう先手を打って出撃し、現在の航路を守るべきである。しかし…この選択は、アムロの知る一年戦争の経緯を大きく変えてしまう可能性があった。

 

 北米大陸に降りたホワイトベースはこの後、ザビ家の末弟ガルマ・ザビと戦い、これを討ち取ることになる。アムロの読んだ戦後の記録では、このことがもともと一枚岩とは言い難かったザビ家の不和を表面化させ、ザビ家は自壊していくとあった。

 また、ランバ・ラルや黒い三連星といったジオンのエースパイロットたちと交戦し、これも撃破していくことになる。

 地上での覇権を賭けたオデッサの戦いでは、後方かく乱というレビル将軍が意図していた戦果も十分に挙げていたといっていいだろう。

 さらに言えば、この後アムロが繰り広げる戦いをガンダムの教育型コンピューターが学習し、そのデータが連邦軍の量産型モビルスーツ・ジムに搭載され、連邦軍は戦いを優勢に進めることができたとも言う。

 

 かつてアムロは、ジャブローの技術士官に「たかが一機のモビルスーツが戦いの趨勢を決めることはない」と言われたことがある。 

 グリプス戦争などの小規模の戦いならともかく、人類最大の物量戦・総力戦では自分やホワイトベースの戦果など微々たるものだろうとアムロも思う。 

 だが、これから先のホワイトベースの行動が一年戦争に少なからぬ影響を与える事もまた確かだ、とアムロは考えていた。

 ホワイトベースがこのままジャブローに直行し史実どおりの行動を取らなかったとしても、地球連邦軍の勝利という一年戦争の結末はおそらく変わらないだろう。

 だが、戦いが長引き、史実では死なずに済んだ大勢の人間が命を落とすことになるのかもしれない。言わば、ホワイトベースの仲間たちを救うことでより多くの命を失わせることになる選択かもしれないのだ。

 

”…いや、それは俺の思い上がりだ。ニュータイプだって神様じゃない。すべての人間を救おうなんて、傲慢という意味ではシャアと同じじゃないか。俺は確実に人の命を助けられるように努力するだけだ”

 

 アムロは覚悟を決めた。

 今、此処で、今度こそシャアを討ち奴との因縁に決着をつける。

 

 アムロは過去の自分自身に戻ってからのシャアとの戦闘を振り返ってみた。

 2度目の宇宙世紀0079で、シャアとは都合3回戦っている。初戦、補給艦急襲作戦、ルナツーでの防戦。結果はすべて引き分けだ。ブライトたちからすればそれでもすごい戦果なのであろうが、アムロとしてはこれほど不甲斐ない戦績もない。

 

 性能的にガンダムにはるかに劣るザクで挑んでくるシャアは、まだニュータイプとして覚醒していない。無自覚のレベルでニュータイプの能力を使っているとは思われるが、『赤い彗星』の二つ名はシャアが自らの技量のみで得たとアムロは考えている。シャア・アズナブルというパイロットはそれほどの男なのだ。

 対して、今の自分はどうか? アムロの動きについてこられないとは言え、ガンダムの性能はザクに比べて圧倒的だ。にもかかわらず、アムロは赤い彗星を撃墜できない。それは、自分自身に問題があるということだ。

 

”何故、俺はシャアを倒せない? あの男は急ぎすぎる。地球を駄目にしなくたって、人間はまだ進化することができる筈なんだ。人をすべてスペースノイドにするには時間がかかるんだよ。どうしてそれがわからないんだ。お前にしかできないことはもっと他にあるだろう…”

 

 アムロには、シャアが急ぎすぎる理由がどうしてもわからない。

 そして、もうひとつわからないことがある。

 シャアを討とうとしたときの…金縛りのような不可解な硬直だ。

 肉体的な硬直というよりは、トリガーを引こうとするアムロを心の中から別の誰かに止められているような感覚だ。そこには、誰とも知れない不思議な意思…のようなものを感じる。それはいったい何なのか?

 

“…まさか…俺は、シャアを殺したくないとでも思っているのか?”

 

 その時、アムロの脳裏に電撃のような閃きが走った。

 もし、今、此処でシャアを殺したら宇宙世紀はどうなっていくのか?

 

 一年戦争が連邦軍の勝利で終われば、アースノイドのジオン憎しの感情はスペースノイドへの圧制に繋がる。

 アムロが知る史実のとおりの、ティターンズの台頭だ。仮にクワトロ・バジーナを欠くエゥーゴがティターンズの覇権を防ぎとめたとしても、誰かがスペースノイドの意思を束ね人類を指導し、すべての人々が宇宙に上がる足掛かりを築かなくてはならない。

 

 世界は広い。

 有能な人材なぞ、掃いて捨てるほどにいる。

 だが…。

 宇宙の民を束ね、地球の重力に取り込まれた人々と力でなしに戦い、自由を勝ち取り、ニュータイプが生まれ出る世界の土壌を作ることができるのは…少なくとも最短でこれを成し遂げることができるのは、やはりシャア・アズナブルのほかにいないのではないか?

 アムロは直感的にそう思った。

 シャアが地球に魂を魅かれた人間たちに絶望することなくスペースノイドのために立ち続ける道を選べば、それは地球にとって、また人類すべてのニュータイプへの革新に向けて、最良と言える道なのではないか? 

 

“アムロ、私の代わりに大佐を導いて。”

 

“――ララァ?!”

 

 アムロは思わず虚空にララァの姿を求めた。

 それほどはっきりと、ララァの声が聞こえたのだ。

 だが、ララァの姿は勿論、その思惟は何処にもいない。

 アムロは大きく息を吐いてパイロットシートに身を任せた。

 

“人の革新をこの目で見るためなら、シャアに協力するのも悪くはない、か?”

 

 タイムスリップする前の生涯で見たシャアの性急な革命を、アムロは今も認めることはできない。

 だがその一方で、人間の英知を信じて人の革新を待つという自分のスタンスもまた、間違いだったのではないかと思うこともある。自身のそののんびりとした考え方が、シャアの拙速な行動を呼んだのかもしれないとも思うからだ。

 

“俺が暴走するシャアの手綱になるってことか? 冗談じゃあない…”

 

 だが、アムロとて少しでも早く人の革新を見届けたいという思いはある。

 ならば。

 

“…とは言うものの…、な”

 

 シャアとの確執はアムロにとって、そうやすやすと共闘して生きていく決意ができるほど簡単なものではない。

 

 どうしたものか。

 



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第5話 大気圏、突入。


 …うお。

 たくさんの感想と高評価、ありがとうございます。
 ガチでびっくりしています。
 期待に応えられるよう頑張りますので、よろしくお願いします。

 …でもね、あまり期待値のハードル、上げないでくださいね?
 これ、思いついた時はしょーもないギャグ話の筈だったので…。

 では、本編です。

 


 

『敵だ!!』

 

 ブリッジからオペレーターのマーカーの声が響いた。アムロはアイドリング状態のガンダムを素早く立ち上げた。

 大気圏突入まで8分。会敵まで34秒。

 ホワイトベースの第二デッキが大きく開口すると、弧を描いた地球の輪郭が大きく宇宙を割っていた。通信用のサブモニターにセイラの顔が映った。

 

『アムロ。発進後4分でホワイトベースに戻って。必ずよ』

「ああ。俺だってまる焼けになりたくはないからな」

『後方、R3度。ザクは4機』

「ホワイトベースの援護は?」

『後方のミサイルと機関砲でリュウとカイが援護するけど。高度には気をつけて』

「了解。セイラさん、大丈夫。此処でシャアを討ったりはしない」

『? なんなの、アムロ?』

「いや、なんでもない」

『そう。大丈夫、あなたならできるわ』

「アムロ、ガンダム、出る!」

 

 カタパルトを蹴って、ガンダムが地球上空に翔んだ。

 

   * * *

 

 コムサイからのミサイル発射で、古今例のない大気圏突入ぎりぎりの戦いは始まった。

 アムロが捕捉した4機のザクは二手に分かれる。

 

”今度こそシャアの動きに追いついてみせる。覚悟しろ、シャア!”

 

 アムロはガンダムを操って赤いザクを追った。

 早々にシャアにダメージを与えて、撤退に追い込む。

 戦いを早く切り上げ、ホワイトベースに南米大陸への降下コースを維持させる。

 そしてアムロとガンダムもホワイトベースへ帰投だ。

 ガンダムに大気圏突入機能があるとはいえ、モビルスーツでの地球降下などそうそうやりたいものではない。

 

 アムロの撃ったハイパーバズーカの弾頭が赤いザクに命中し爆発した。

 しかし、あえて肩のシールドで被弾していた赤い彗星は、その衝撃を活かして思いもよらぬ軌道変更をする。

 思わずアムロは舌を巻いた。

 シャアもバズーカを放ち、ガンダムを狙う。

 アムロも回避した。

 ビームライフルだったら被弾していたかもしれない一撃だ。

 アムロは赤いザクに向けて再びバズーカを撃ったが、シャアはこれも回避した。

 撃墜しないように手心は加えているが、本気で撃っていないとも言えないアムロの射撃を、シャアは躱しているのだ。

 

『アムロ、シャアに気を取られすぎないで。ザクがサラミスのカプセルを』

「了解。…奴に後ろを取られるのは嫌だが」

 

 高度を下げていくホワイトベースとサラミスの大気圏突入カプセルの近くに戻ったアムロは、ハイパーバズーカで量産型のザクを狙撃する。

 一発は距離がありすぎた。もう一発はザクの肩を直撃したが、シールドを吹き飛ばすにとどまった。そして、ハイパーバズーカの砲弾が切れた。

 

「ええぃ、当たっているのになぜ落とせない?! セイラさん、ビームライフルを頼む!」

『無理よ。ビームライフルを発射することはできないわ。メカニックマンに聞いてみるけど…』

 

 その間にもシャアはホワイトベースに接近し、確実な砲撃でダメージを与えていく。

 ホワイトベースの対空機銃が弾丸をばらまくが、赤いザクは気に留めることもなくホワイトベースを観察し、急所への一撃を狙う。

 アムロはガンダムを接近させてシャアをけん制したいが、ホワイトベースに近寄りすぎれば射出されるビームライフルを受け取ることができない。

 

『アムロ、今はガンダムハンマーしか撃ち出せないわ』

「…ガンダム、ハンマー? なん…だ、それは?」

『知らないわ。あなたのお父様とオムルが今はこれしか使えないというのよ。ハンマーを射出したら教えるわ。アムロ、前を』

 アムロは眼前まで迫っていたザクを頭部バルカン砲で迎撃した。ロケットノズルを吹かして距離を取る。バルカン砲で蜂の巣になったザクが爆散した。

 

『アムロ、ガンダムハンマーを発射するわ。いいわね』

 

 ホワイトベースの艦底にある大型マジックハンドからガンダムハンマーが投擲された。

 アムロは飛んでくるハンマーの射線上にガンダムを持っていく。

 

”相対速度、早いか…掴めるか…っていうか、ガンダムハンマーって、なんだ?”

 

 アムロには、ガンダムでそんな武器を使った覚えはない。

 

 アムロはモニターが捉えたガンダムハンマーを見て、ほんの一瞬、頭の中が真っ白になった。

 トゲトゲのついた巨大な鉄球に長い鎖とグリップが付いている。

 あれを振り回してシャアに当てろというのか?

 

「! セイラさん! なんだ、アレは!」

 

 アムロはほとんど泣き声で叫んだ。

 

『大丈夫、あなたならできるわ』

「だから、おだてないでくれ! ――シャアっ!」

”とどめだ”

 

 赤いザクのバズーカ弾がガンダムを捉えた。未知の武器に動揺したアムロの隙を、シャアは逃さず突いたのだ。

 しかし、バズーカの弾頭は奇跡のような確率で射線上に割り込んできたガンダムハンマーに命中し、ガンダムは直撃を免れた。この機を逃さず、アムロはガンダムハンマーを掴む。

 

「うわあああああ!」

 

 とにかくアムロは、トゲトゲ鉄球を赤いザクに向けて投げつけた。

 シャアはバズーカで狙撃する。弾き返された頑強な鉄球は、破壊されることなくガンダムの手元に戻った。

 

 シャアは部下のザクにガンダムを攻撃するよう命令し、弾頭の尽きたバズーカを投げ捨てた。自身もヒートホークで接近戦を挑む。

 ハンマーを振り回しシャアを狙うガンダムの背後から、部下のザクが接近した。

 シャアも思いきりよくガンダムに肉薄し、ヒートホークで切りかかる。

 

「うわあッ!」

 

 アムロはかざしたガンダムシールドでシャアの攻撃を受け、一方、直近まで迫っていたザクにガンダムハンマーを叩きつけた。

 質量兵器の重い一撃を胴体に受けたザクは、パイロットを揺さぶりながら大きく吹き飛ばされていく。

 自分を相手しながら片手間に部下のザクを迎撃されたことに、シャアは怒る。

 

”なめるな!”

 

 シャアの意志とともにザクの鉄拳がガンダムの頭部を殴りつけた。

 今度はアムロがコクピット内で大きく揺さぶられ、何度もシートに叩きつけられる。

 一方、ガンダムハンマーの一撃を受けたザクはそのダメージが動力炉まで浸透し、ついに爆発した。戦死した部下の名を叫び、しかしシャアは退却を余儀なくされる。シャアにとっても大気圏突入までもう時間がないのだ。

 

『アムロ、ホワイトベースに戻って。オーバータイムよ』

「了解、セイラさん」

 

 ガンダムはハンマーを投げ捨て、ホワイトベースに接近する。

 しかし、いまだホワイトベースに攻撃を仕掛けていたザクが着艦への進路を阻み、アムロは近づくことができない。

 

”ええい! お前も焼け死ぬことになるんだぞ!”

 

 そしてアムロとガンダムは、ホワイトベースへの着艦のリミットを超えた。 

 アムロが知る史実どおりだ。

 

   * * *

 

 大気圏突入による電波障害で、アムロはホワイトベースから孤立した。

 思わずため息をつく。予想以上に戦いに時間がかかった。

 ホワイトベースの進路がどうなったのか気になるところだが、今は確認する術もない。それよりも今は我が身の心配だ。ガンダムの落下速度はすでにホワイトベースへの帰還を不可能としている。

 

”…それにしても何だったんだ、あのガンダムハンマーって武器は…ふざけてるのか?”

 

 心の中で毒づきながら、アムロはガンダムの操縦マニュアルをめくった。大気圏突入の手順はかなり後ろの方に載っていた筈だ。

 

「あった! 大気圏突破の方法が…え?」

 

 アムロは再び、固まった。

 ガンダムに大気圏突入機能があることを知っているアムロは正直どこかのんびり構えていたのだが、今まさにハンマーで脳天を殴られたような衝撃を受けていた。

 だが、そんな暇はない。

 時は一刻を争う。ガンダムのコクピットはすでに温度が上昇してきている。アムロはあえて思考を停止して、余計なことを考えずただマニュアルどおりに大気圏突入シークェンスを開始した。

 

「…姿勢制御。冷却シフト。全回路接続…耐熱フィルム!」

 

 アタマ真っ白で固まるアムロをよそに、ガンダムは下腹部のポケットから耐熱コーティングが施された巨大なシートを展開した。大気が生み出す高熱から逃れようとその陰に身を隠す。

 

 正直、あまりかっこいい絵面ではない。

 

「え、ええと…大丈夫なのか、これ?」

 

 大気圏突入の衝撃はガンダムを大きく揺さぶる。

 だが、アムロの不安をよそに、赤熱化していたガンダムの装甲は冷却され、通常のトリコロールの色彩に戻り始めていた。コクピット内の温度も低下している。アムロは安堵のため息をついた。

 

「耐熱フィールドよりよっぽど効率がいいじゃないか…すごいな…νガンダムにも搭載すればよかった…」

 

 やがて無線が回復し、アムロに呼びかけるセイラの声がノイズ交じりに聞こえ始めた。

 ホワイトベースの後部甲板上部に着艦するよう指示が出る。

 残り少ないロケットノズルの燃料を吹かし、言われたとおりにアムロはガンダムをホワイトベースに着艦させた。

 

「セイラさん、此処は地球のどのあたりだ? ジャブローへの降下の航路を守れたのか?」

『…アムロ、今、ホワイトベースからの映像を送るわ』

 

 セイラの沈痛な声とともに映像が切り替わり、モニターは多数のドップ戦闘機を引き連れたジオンのガウ攻撃空母の姿を映した。

 

「…北米か…」

 

 アムロは人生で二度目の、地球をほぼ一周する長い旅を覚悟した。

 

 








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第6話 現状はこうや。


 昨日ですか…日間ランキング1位をいただいていて、たまげました。
 ありがとうございます。
 予想は裏切り、期待も裏切る…ことのないよう、
 頑張って投稿しますのでよろしくお願いします。




 大気圏突入から数日が経った。

 

 ホワイトベースはガルマ率いるジオン軍に追われるまま、北米大陸を逃げ回っていた。

 アムロがいかにガンダムで活躍すれど、他のクルーはみな素人である。致命的な被害を出さずに敵中を彷徨っていることは、それだけでも奇跡といえた。

 

   * * *

 

「なんです、オムルさん? ぼくに用って」

「アムロくん…さっきの出撃で、ガンダムで空中戦やったんだってな…」

 

 アムロを呼び出したホワイトベースのメカニックマン・オムル・ハングのテンションは低い。

 

「ええ。ガンダムのロケットノズルとジャンプ力があれば、短時間なら可能だと思っていたんです」

「それはいいんだが…ジオンの戦闘機、30機以上も撃墜したんだって? 装備していったのはハイパーバズーカだったよな?」

「はい。だからバルカンで」

 

 アムロの答えにオムルの顔が引きつった。

 

「それなんだ…バルカンの弾丸が、半分以上残ってるんだ…ガンダムのバルカンは150発しか装填できないんだよ?」

「知ってます。だから、一機につき二、三発で済ますようにしたんです。ドップ程度だったらエンジンかコクピットを狙えば十分墜とせますから」

「ふ、ふーん…そうだな…」

 

 オムルは動揺した。アムロが言うとおり、それはそうなのだが、できるかどうかは別問題だ。こんなことは普通、神業という。

 

「もういいですか、オムルさん。ぼく、ちょっと父さんに用があるんです。じゃあ」

 

 とりあえず、中身の自分が15歳の少年ではないことを訝しがられることがないよう、それっぽく振舞ってみることにしたアムロ大尉であった。

 

   * * *

 

 北米大陸に降下してしまったことで、アムロの中から完全に迷いが消えていた。

 ホワイトベースの進路と今後がアムロの記憶にあるとおりに進むのであれば、仲間たちを死なせないためにはどうすればよいかは実にわかりやすいのだ。

 シャアも、ジャブローにたどり着くまではホワイトベースに絡んでくることはない。ニューヤークでガウを撃墜しガルマ・ザビを討ち取ることで、シャアは左遷される筈だ。当面…ジャブローにたどり着くまでは、ホワイトベースの仲間たちを死なせないようにすることに集中できる。

 

 父テム・レイは、マチルダ中尉の最初の補給の際、サラミスの大気圏突入カプセルから移乗してきた面々とともにジャブローに向かうことになった。最後までガンダムを心配し、ビームジャベリンとかいう新しい武装を嬉しそうに説明しようとする父と半ば喧嘩別れしながら、アムロは安堵してミデア輸送機を見送った。これで父が死ぬことはおそらくないだろう。

 

 アムロは記憶にない細かい戦闘をいくつかこなし、地球に降下してきたランバ・ラルのグフと戦った。そして、ホワイトベースは太平洋を横断し、日本の山陰地方のとある海岸でしばしの休息をとっていた。

 

「太陽の光が一か所から来るって、わざとらしいわね」

「でも、これが自然というものなのね」

 

 水着で日光浴を楽しむセイラとミライのもとに、やはり海パン姿のカイがやってきた。

 

「アムロを知らないかい」

「デッキでガンダムの整備をするって言っていたわ」

「はっ。相変わらず真面目だねえ」

 

 セイラの答えにカイは毎度のシニカルな表情を作って肩をすくめた。

 

「アムロだって死にたくないだけなのよ。少し根を詰めすぎてるとは思うけど…」

「そうでもないぜミライさん。アムロだ」

 

 少年兵用の青い軍服の上着を脱いだランニングシャツ姿のアムロが、三人のもとへやってきた。

 

「よぉアムロ。お前もセイラさんたちの水着姿を拝みに来たのかい」

「違いますよ。ミライさん、ブライトさんを知りませんか。ガンダムの補給パーツの在処がわからないんです」

「ブライトなら自室で仕事をするって言っていたわ。…彼も少しは休んだ方がいいんだけど」

「指揮官はそうもいかないですよ。ちょっと行ってきます」

「おぅおぅ。男どもはみんな真面目だねえ。ところでアムロ、お前、実家は地球にあるんだって? どの辺なんだい?」

「なんです? カイさん、急に」

「いや、何となく気になってな」

「北米のプリンスルパートっていう街ですけど」

「…ふぅん」

「もう行っていいですか」

「…ああ。悪かったな、足止めしてよ」

「いえ。じゃあ」

 

 その場を立ち去りながら、そういえば母さんと会いそびれたな…とアムロは一瞬思った。

 

 でもまあ、いいや。

 

 ホワイトベースは中央アジアに渡った。

 

   * * *

 

 ちなみに、数日前。

 

「――父さん!」

「おお、アムロ。無事だったか。さすが、私のガンダムだ」

「そのガンダムの大気圏突入装備なんだけど…耐」

「ああ、耐熱フィルムか。あれはまだ連邦軍の中でも極秘の装備でな。試作品だったから心配だったぞ、アムロ」

「…そ、そうなのかい…なんでそんなものが」

「そんなことよりアムロ、私はガンダムの教育型コンピューターから今のデータを取らなくてはならん。装甲の損傷具合、もだな。…ほれ、おまえだってやることはいくらでもあるだろう、はやくしろ」

 

 例によって、テムは言うだけ言うととっととガンダムのもとへと駆けて行った。

 アムロは憮然として取り残される。

 さすがに腹は立つのだが、なにか、父の振る舞いには自身にもある良くない所を見せつけられたような気がして、素直に怒れない。

 

 親子というのはそういうものなのか?とアムロは思った。

 

 

 





 地球に降りたホワイトベースの状況説明回になる予定だったのですが…

 でもまあ、いいや(笑

 * * *

 …少なすぎると私も思いますよ! バルカン!

 でも、ウィ、ウィキペディアにも書いてあったし…!



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第7話 ランバ・ラル、即行!


 たくさんの感想、そして誤字の指摘もいただきありがとうございます。

 第1話でザクを「台」で数えている件なのですが、結論から言えば意識して書いていました。
 「台」の方がファーストガンダムの最初の頃っぽい雰囲気が出るかと思いまして…
 でもやはり「機」の方がよいですかね。

 同様の理由で、古めかしい?言葉をあえて使っています。
 「スラスター」ではなく「ロケットノズル」とか、ですか。

 ま、オレ基準判定なので、テキトーです(笑




 ランバ・ラルである。

 

 この男との戦いが厄介だ。

 モビルスーツ戦でアムロに敗れグフを失ったランバ・ラルは、ホワイトベースに白兵戦を挑んでくる。

 ルナツーを発ってから此処まで奇跡的に死者が出ていないホワイトベース隊だったが、この白兵戦では幾人もの少年たちの命が奪われる。

 ランバ・ラル自身も戦死し、その伴侶のハモンも跡を追って命を落とす。そして、リュウ・ホセイもだ。

 

 ランバ・ラルに対しては、アムロにも想うところがあった。

 ランバ・ラルは、生き残るためにただ必死で戦っていただけのアムロが初めて超えたいと思った相手だった。

 それまでもシャアに対して勝ちたいとは思っていたが、それは戦闘の勝敗のことである。

 人として…男として超えたいと思ったのは、ランバ・ラルがアムロにとって初めての人間であった。 

 

 それ故に、どうしたものか…とアムロは考える。

 

 戦争をやっていて敵を殺したくない、などというのは傲慢だとアムロは考えている。

 アムロは、自身にニュータイプの才能とパイロットとしての高い技量があるとはいえ、いつ誰かに命を奪われても仕方がないという覚悟を持って敵を討っている。

 だが、ランバ・ラルに対しては、できるならば死なせたくないという思いがアムロの中にはあった。

 自身が乗り越えるべき男としてアムロの前に立ちはだかり、生き様を見せて散っていった、ある意味では師といってもいい男なのだ。

 しかし、あの男は生半なことではホワイトベース撃破をあきらめないだろう。

 それこそ、彼の命を奪わない限り…だ。

 

 考えたうえで、アムロはもう一度ランバ・ラルと会うことにした。

 会って戦いをやめてくれ、などというつもりはない。ただ、とにかくもう一度会ってみようと思ったのである。

 記憶にあるとおりならアムロはガンダムに乗ってホワイトベースを脱走しランバ・ラルと出会うのだが、10年以上軍人をやっていたアムロにはそんな恐ろしい真似はできなかった。

 アムロはブライトに交渉し、単独でパトロールに出ることにした。

 ブライトは、少年でありながら妙に達観し冷静なアドバイスで自分をサポートしてくれるアムロのことを、頼りにしつつもどうにも扱いづらく思っていた。だが、アムロはブライトの顔を立てつつ巧みに振舞っているので、聞く耳を持たざるを得ない。しかめ面をしつつ、ブライトはアムロの申し出を了解した。

 

 ガンダムが、夜の砂漠に飛ぶ。

 

   * * *

 

 …あれ?

 

 ランバ・ラルとは、出会えなかった。

 

   * * *

 

 よく考えてみれば当たり前である。

 

 アムロは自分が何時頃、中央アジアのどのあたりで脱走したか明確に覚えていたわけではない。

 多分この辺のタイミングだろう、くらいでパトロールと称して砂漠に出たのだ。出会うことができないのも当然だろう。さらに言えば、今アムロが生きているこの歴史もアムロの行動により本来の歴史から改変されてきている筈だ。本来の歴史から乖離していけば、ホワイトベースの仲間たちを守る戦いも難しくなる。アムロは頭を抱えてホワイトベースに戻った。

 

 で、ランバ・ラルが攻めてきた。

 ガンダムで出撃し、アムロはビームサーベルで応戦する。ビームライフルはあえて投げ捨てた。記憶のとおりならば、多分この戦いはガンダムがすんでのところでグフの腕を切り飛ばし、だが互いにコクピットの装甲を破られ、そしてお互いの顔を認めたあの瞬間の戦いなのだ。

 

「やってみせるっ!」

 

 ガンダムは赤熱化したグフのヒート剣をかつてよりもさらにぎりぎりでかわし、ビームサーベルでグフの腕を付け根から切り飛ばした。サーベルを形成する高熱の粒子はグフのコクピットの装甲を切り裂き溶かす。一方、一瞬早く自身の間合いのうちに入られたグフのヒート剣は、ガンダムの腹部を撫でることもできず砂漠に落ちていた。

 

「ちいいっ、このランバ・ラルとしたことが!」

 

 ランバ・ラルは溶解してまだ柔らかいグフの装甲を手で押しのけ、視界を確保した。

 ビームサーベルの刃が消え、数メートル先のガンダムの胴体の装甲が開く。中から、白いパイロットスーツの少年が姿を見せた。

 子供か、とランバ・ラルは思わず呟いた。その少年が、パイロットシートから叫びかけてくる。

 

「ランバ・ラル! もう引いてくれ! あなたの負けだ」

「俺の名前を知っているかよ、小僧。なら、このランバ・ラルが引くと思うか!」

「この戦争はもうすぐ終わる。ジオンが負けるんだ。無駄死にすることはない」

「俺は戦争屋だ。戦いを投げ出して引いたりはせん」

「わからず屋が…!」

 

 アムロが歯噛みする間にランバ・ラルはグフのコクピットから脱出し、ワイヤーフックをガンダムに投げつけた。それにつかまり、振り子のように宙に舞う。

 

「小僧、自分の力で勝ったのではないぞ。そのモビルスーツの性能の…」

「ビームジャベリン、伸びろっ」

 

 ガンダムの右手からジャベリンの柄が伸び、切っ先の高熱の粒子がランバ・ラルのぶら下がるワイヤーを瞬時に焼き切った。

 

「あ」

 

 どてっ。

 

 青き巨星、堕つ。

 

 砂漠とはいえ、数メートルの高さから意図せず落ちたランバ・ラルの両脚は粉砕された。命に別状はないようだ。パイロットシートから立ち上がったアムロはため息をつきながら、ランバ・ラルを見下ろした。

 

「殺せ、小僧! 戦場で敵のパイロットに情けをかけると命取りになるぞ!」

「その怪我が治るころには戦争は終わってます。早く宇宙に帰ってください。戻れなくなりますよ!」

「この借りは返すぞ、小僧!」

「ホワイトベースはもう行きます。すぐにハモンさんたちが見つけてくれますから、少し我慢してください」

 

 アムロはランバ・ラルに敬礼し、背を向けた。

 

 





 …タイトルどおり、400字くらいで終わる予定だったんです。




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第8話 一撃! トリプルドム

 

 敵機が接近している。

 

 すでにカイのガンキャノンが迎撃に出ているが、敵のモビルスーツの動きは速い。

 翻弄され、すでにホワイトベースへの接近を許している。

 

「…じぃ、ぱぁつ…。なんですか、これ…」

 

 緊迫した状況でありながら間抜けな声を出すアムロを、マチルダ中尉は一瞥した。

 

「コアブロックシステムを利用したガンダムのパワーアップメカです。このパーツがあれば、ガンダムはもっと強くなることができます」

「…持ってきてくれるのはコアブースターじゃないんですか…?」

「なぜ君がその機体の名前を?」

「いえ、なんとなく。それよりマチルダさん、この『じぃぱぁつ』とガンダムが合体した『じぃあーまー』ですけど…ビールライフルが持てませんよね。そのあたりはどうなってるんですか?」

「機体の左右にシールドを装備しないと、飛行時の機体の安定性が大きく落ちます」

「それはわかりますけど…ビームライフルはジオンのモビルスーツに対してガンダムが持っている最大のアドバンテージです。それが使えないとなると…」

「今後、改良の余地はあるでしょう。今はパワーアップメカの性能を検証する段階です。これで出撃なさい、アムロくん」

「いや、そんな無責任な…誰か死にますよ、この戦いで!」

「それをさせないのが君の仕事でしょう? 期待しているわ」

 

 それで死ぬのあなただよ!と心で叫びつつ、去っていくマチルダの後姿をアムロは見送った。そのマチルダが不意に振り返る。

 

「Gファイターのパイロットはリュウ曹長を予定していましたが、前の戦いで重傷を負ったのでしたね。代わりのパイロットを呼びました。よく打ち合わせをしておきなさい」

 

 …それ、もしかしてセイラさんか? 

 

 この世界は、アムロの知る歴史とは所々が異なっている。だが、重要なところは変わらない。

 

   * * *

 

「…オムル、ビームライフル! ビームライフルッ! 早く! 早くしてくれぇっ」

 

 ガンダムのコクピットでアムロは叫んだ。

 ビームライフルだけはいつでも使えるようにしておけと、あれだけ口を酸っぱくして言っておいたんだから、ないとは言わせないぞ。

 

『アムロ、ビームライフルを射出するわ、大丈夫ね?』

「いいからフラウ・ボゥ! 早くしてくれぇっ」

 

 だしゅうっ!

 

 ガシィッ!

 

「…よぉし、見てろよ、スカート付きめ!」

 

 だきゅーーん!

 

「お、俺たちを串刺しにしたぁ?!」

 

 どかーん!

 

 どかーん!

 

 どかーん!

 

 …黒い三連星、地球に散る。

 

  * * *

 

「ありがとう。君のおかげで命拾いしたわ。アムロ君、貴方はエスパーかもしれない」

 

 




 

 …だいたい1000文字で終わりました(笑




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第9話 オデッサの激変


 たくさんの様々な感想、ありがとうございます。

 出来の良しあしはあれ、書きたいことを書きたいように書かせていただいています。

 …とりあえず、乗っ取られては、いないです(笑







 

 Gアーマーの訓練飛行兼パトロール中である。

 

 Gアーマー形態の時は、ガンダムに乗っているアムロには特にすることがない。

 ガンダム側からGパーツのコントロールができるよういろいろと弄ってはいるが、現時点ではこれと言った何かができるレベルにはない。

 アムロは、GメカAパーツのコクピットにいるセイラの様子をサブモニターでぼんやりと眺めていた。

 

”この人も、いろいろ大変なんだよな…”

 

 セイラ・マスこと、アルテイシア・ソム・ダイクン。

 ジオン・ズム・ダイクンの娘にして、シャア・アズナブルの実妹。

 ザビ家の目を逃れて静かに生きることを望んでいた少女を、戦争は再び翻弄しようとする。

 

 モニターに映る斜めから見たセイラは、正面から見るいつもの凛としたセイラではなく、緊張を隠さない真顔だった。普段はあまり感じさせない、そこはかとない少女らしさが窺える。

 

『なに? アムロ。私のことをじっと見ていたりして』

 

 セイラがまっすぐ前を見つめたままアムロに声をかけた。自分がセイラに見惚れていたことに気づかれていたのかと、アムロは動揺した。

 

「…いえ、えーと、…セイラさんがチャーミングすぎるからです」

 

 咄嗟に口にしてしまってから、アムロは自分の台詞がセイラの地雷を踏んだだろうことを確信した。

 案の定、セイラの顔が侮蔑の表情に変わったのがバイザー越しにも窺える。

 

『アムロ。』

「はい」

 

 アムロは年甲斐もなく緊張しながら答えた。

 

『将来、あなたがそんな言葉で女性を口説く男にならないことを願うわ』

「駄目ですか、こういうの?」

『不潔ね』

「そうでしょうか」

『そうよ。アムロ、高度三千まで急上昇。そこから急降下します』

 

 機体が大きく上方に傾き突然のGに舌を噛みそうになりながら、アムロは、言葉とは裏腹にセイラの心の扉が一つ開いたように感じていた。今のセイラの表情や態度は、気品の高さではなく一〇代の少女の潔癖さが作ったもののように思えたからだ。

 あてがわれていたとはいえ、とっかえひっかえで女性とベッドを共にした軟禁生活の経験も伊達ではない。

 

 わずかに気持ちが緩んだアムロだったが、そんな気分は一瞬にして吹っ飛んだ。モニターの片隅に、ジオンの陸戦艇を見かけたような気がしたのだ。

 

「待ってくれセイラ…さん。…敵の前線がこんなに近くに?」

『本当なの、アムロ』

「見つかったのか…? セイラさん、高度を下げてください。見つかったかもしれません」

『了解』

 

 アムロとセイラは、ジオンの陸戦艇から飛び立った小型の飛行機を目で追った。

 

『プロペラ機のようね。よくわからないけど、ジオンにはない飛行機じゃないかしら』

「調べてみます。…ドラゴンフライ…? 連邦軍の小型連絡機です。どうしてジオンの陸戦艇から出てきたんだ? 撃ち落されもしないで」

『妙ね…』

 

 その時、セイラのコクピットで通信機のアラームが鳴った。ホワイトベースからの帰還命令だ。

 

『どうする? アムロ』

「気にならないか? セイラ…さん」

『なるわ。行きましょうか』

「ええ」

 

 Gアーマーは謎のドラゴンフライ連絡機を静かに追跡した。

 

「そういえばマチルダさんが言ってたな…ミデアの動きがジオンに筒抜けのようだって」

 

 やがてドラゴンフライは連邦軍の陸戦艇ビッグ・トレーに着艦した。Gアーマーも後を追って着艦する。

 

   * * *

 

「まさかと思ったが、貴方が…」 

 

 この後アムロは、連邦軍のとある将軍と対面し、その将軍がジオンと通じていた裏切り者であることを明るみに出すこととなる。それは、アムロ大尉の知らなかった物語である。

 

 そして、オデッサ作戦が始まった。

 

   * * *

 

『アムロ、聞こえるか。敵は水爆を使う』

 

 通信機から飛び込んできたブライトの言葉にアムロは耳を疑った。

 

「水爆?! だってあれは」

 

『そうだ。敵は使ってはならん武器を使うのだ。ミサイル発射まで30秒はかかる。モビルスーツはいい。水爆ミサイルを破壊する方が先だ』

「そんな! できるわけ…ない…かな?」

『データを送る。赤いところが水爆を爆破させるところだ。すれすれのところで叩き切ればいい』

「こんな雑な分解図で…。役に立つのか、ブライト?」

『わからんな。一応南極条約の時の公開データだ。当てにしていい。水爆が本物なら此処もやられるんだ。やるしかない、アムロ』

「本物なら、か…よし、ハヤト、行けっ」

 

 ハヤトが操縦するGメカに乗って、アムロとガンダムは水爆ミサイルを追った。

 発射されたばかりの水爆ミサイルの初速は遅い。接近するのは思いのほか容易いことだった。

 

 だが、問題は此処からだ。

 

 操縦桿を握る掌に、我知らず力がこもる。

 

「や、やれるか…ヤ――――ッ!」

 

 ガンダムのビームサーベルが、水爆ミサイルを切り裂いた。

 

 ……

 

  * * *

 

永井一郎「オデッサの作戦は連邦軍の勝利に終わった。ホワイトベースの少年たちは、此処に親しくレビル将軍と会見した」

 

 





 ↑リスペクト、ガルマ三部作v



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第10話 風に吹かれて

 

 ホワイトベースはヨーロッパを横断し、アイルランドの地球連邦軍ベルファスト基地に辿り着いた。

 応急的な修理を受け、大西洋を渡り今度こそ南米のジャブローを目指すことになる。

 

 此処からジャブローまでの旅で、アムロには気になることがあった。

 カイ・シデンである。

 

 今にして思えばだが、この時からカイは少し変わった。

 皮肉屋で一言多い性格はそのままだったが、戦争に向き合う姿勢が何か変わったようなのだ。

 一年戦争ののち、カイはジャーナリストになった。

 その礎はこの時にできたようにアムロには感じられている。

 

 何があったのかは、アムロは知らない。大西洋上での戦闘から帰ってくると、ガンペリーで出撃していたらしいカイが泣き崩れていたのだ。

 ミハルがいなくなった…らしい。

 居合わせた誰にも何のことかわからなかった。だが、アムロには、別にニュータイプでなくても推測することは容易だった。戦闘前、アムロが一瞬見かけた当時の自分と同年代の少女…その娘がカイとともにガンペリーで出撃し、死んだのだ。

 その時のブライトの問いに、アムロは密航者だと答えた。

 だが、多分それは違うだろう。

 伝え聞いたその少し前のカイの行動から察するに、その少女はおそらくジオンのスパイだったのだ。

 

 さて、どうしたものか。

 

 アムロが考えあぐねている間にホワイトベースはベルファスト基地を出港し、アムロはカイの自室の前で、その少女を見かけることとなった。

 

「…誰です?」

「野暮なこと聞くんじゃねえの!」

「――恋人、ですか?」

「ヘッ、そんなところかね。南米で降ろすからさ、みんなには内緒だぜ」

「…ええ、僕は何も見ていませんから」

 

 一度は立ち去りかけたものの、しかし思い直したアムロはカイを強引に引き寄せた。

 

「なんだよアムロ…口止めに何か欲しいってのか?」

「いいですかカイさん。僕は何も見てません。そのかわり、絶対に彼女を部屋から出さないでください。でないと、一生後悔することになりますよ」

「な、なんだ、アムロ…オーバーだな」

「彼女、死にますよ」

 

 アムロはカイに顔を近づけ、低い声で小さく言った。

 

「ああ?」

「いいから僕の言うことを聞いてください。…人の善意を無視すると一生苦しむぞ、カイ」

 

 アムロの怒気すら孕んだ物言いに、カイは唾を呑んだ。

 

「わ、わかったよアムロ…その代わりアムロ、お前も絶対に黙っててくれよ。じゃあな」

 

 アムロは自室に引っ込むカイを不安気に見送った。

 他にできることはもうない。

 

   * * *

 

 アムロが戦闘から帰還した時、泣き崩れるカイの姿はなかった。

 何がどうなったのかわからない。

 しばらくして、破損したガンダムの修理をしていたアムロは、カイが密航者を匿っていたことをブライトに告げたと聞いた。

 ミハルというその少女はカイと一緒にガンペリーで出撃し、ジオンのモビルスーツと戦ったという。

 ブライトは事情聴取の末、その少女をベルファストでの戦闘中にホワイトベースへ逃げ込んだが下艦しそびれた避難民として扱うこととした。

 地元の漁業組合に依頼し、ベルファストへ送り返す算段をつけたという。

 カイは、ミハルというその少女の正体だけは、頑として明かさなかったのだろう。

 

 そのカイは、密航者を匿ったとしてジャブローに着くまで独房入りとなった。アムロは他のクルーの目を盗み、カイのいる独房を訪ねた。

 

「すまねえな、アムロ。黙っててもらったのに結局こんなことになっちまってよ」

「どうしてブライトさんに話したんです?」

「ミハルは俺と出撃した時にもう少しで死ぬところだったんだ。これ以上危険な目にあわせるわけにいかねえだろ。あいつには帰りを待ってる小さいきょうだいが二人もいるんだ」

「…カイも、一緒に行かなくていいのか?」

「へへっ、馬鹿言うなよアムロ。…でもな。」

「…?」

「…いや、なんでもねえ。もう帰れよ。いつまでもこんなところにいると誰かに見つかるぜ。それとも仲良く隣の独房にでも入るかい」

 

 カイはそう言い捨てると、硬い寝台に身を投げ出して目を閉じた。アムロも扉を離れ、自室へと向かった。

 

 歩きながらアムロは考える。

 この一件で、カイはアムロの知るカイ・シデンとは違う人間になるのかもしれない。

 だが、例えそうだとしても、一人の少女とそのきょうだいが三人で生きていけるのなら、これでいいのではないかとアムロは思った。

 

 



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第11話 ジャブローに居る!

 …ミハルを救わずして、何のための二次創作か!(自分で感涙しながら)





 ホワイトベースはついにジャブローに到着した。

 

 此処でも、アムロは忙しく飛び回ることとなった。

 まず、到着早々、マチルダ中尉に迎えられた。

 傍らには、体格のいい大人然とした士官が立っている。ああ、マチルダ中尉には婚約者がいた、とアムロは思い出した。確か名前は…ウッディ大尉、だっただろうか。

 マチルダ中尉は三日後に、ウッディ大尉と簡単ではあるが結婚式を挙げるという。ホワイトベースの面々は式に招待されることとなった。アムロは嫌な予感をぬぐうことができなかった。アムロの記憶では、このマチルダの婚約者は、シャア…赤いモビルスーツに特攻をかけ散っていったのだ。

 

 だが、前回と違って今は傍らにマチルダがいる。

 無茶はすまい…。

 

 いや、とアムロは思い直した。

 この士官は確かえらく実直な人物だった。マチルダも然り、である。

 ホワイトベースを守るために、逆に二人してとんでもないことをしでかしかねない。

 とにかくシャアが現れたら早々に俺が相手するほかないな…アムロは過去の自分にタイムスリップしてから何度目になるかわからない、深いため息をついた。

 

 続けて、病院である。

 長い身体検査を受けた。

 連邦軍はこの時すでに、自分をニュータイプではないかと疑っていたことをアムロは再認識した。

 一年戦争が終わった後の身の振り方も考えておかねばな…アムロはちらりとそんなことを考えた。シャイアン基地での軟禁生活はもう御免被りたい。

 

 そして、カイ、ハヤトと連れ立ってリュウ・ホセイの見舞いに赴いた。

 転生前の人生では、リュウはランバ・ラルとの白兵戦の最中に銃弾を受け重傷を負った。その身体でアムロを救うためにハモンの機体に特攻をかけ死んでいったのだ。

 二度目の一年戦争…今回のリュウ・ホセイは、アムロがランバ・ラルのグフと戦っている間に、搭乗していたコアファイターに被弾してやはり重傷を負っていた。だが、ランバ・ラルの仇討ちをハモンが仕掛けてこなかったために、リュウは死の運命を免れていたのだ。そして、同じく黒い三連星との戦いに介入しなかったために戦死しなかったマチルダのミデアで、オデッサ作戦の前にジャブローへ搬送されていたのである。

 少しやつれながらも血色のいい顔色のリュウから全治2か月と聞き、アムロは安堵した。

 ランバ・ラル同様、怪我が治る頃には戦争は終結している。リュウが一年戦争で命を落とすことは、おそらくないだろう。

 

 その帰り道、エレカで爆弾を捨てに行くというカツ、レツ、キッカの三人と出会い、アムロ達はこれを助けた。

 この一件がもとになり、チビ達三人は引き続きホワイトベースに残ることになったのはアムロが知っているとおりだ。

 子供が戦争を見ることは良くないよと思うが、その一方、ア・バオア・クーからの脱出が何とかなりそうなことに安心してしまっているのも確かである。

 

 続いて、父と再会した。

 テム・レイは、ジャブローで早くも新しいモビルスーツの開発に携わっているらしい。

 アムロはテムに、ガンダムが自分の操縦についてこられないことを相談した。

 マグネット・コーティングを施してほしい…と口に出したかったが、今のアムロが知っている筈のない技術を言葉にするわけにはいかない。どうしたものか…と思っていたが、どうやらテムも同じことを思いついたようだった。何かぶつぶつと呟きながらパソコンを叩き、やがて諦めた顔でアムロに振り返った。

 

 曰く、ガンダムの動きを速くすることができる技術を持ったモスク・ハンという男がいるが、今はジャブローではなく別のところにいるらしい。

 ホワイトベースがこれからどこへ向かうのかはわからないが、自分の方からもハン博士と軍に掛け合い、ガンダムの改良ができるように手筈を整えるという。

 やはりガンダムのパワーアップはソロモンの後になるか…と、アムロは少し落胆しながらホワイトベースへの帰路へ就いた。

 

   * * *

 

 三日後、マチルダの結婚式の最中にジオンがジャブローを急襲した。

 ホワイトベース隊にもジャブロー防衛の命が下る。

 オムルからGパーツの戦車形態での出撃を提案されるが、アムロはそれを蹴ってガンダムで出撃した。

 そして、防衛を任された地表へ続く大型ゲートから、理由をつけてカイたちに後を任せ、早々にホワイトベースのいるドックへ戻る。

 

 目的は、シャアだ。

 

 ズゴックといったか…赤く染められた水陸両用モビルスーツと相対することができるのは、自分とガンダムだけだ。

 

 ホワイトベースのほか、何隻もの艦船が整備を受ける広大な地下空洞にガンダムは戻ってきた。

 ニュータイプの知覚がシャアの気配を教える。

 ロケットノズルをふかして跳躍し一気に距離を稼ぐと、赤いモビルスーツとジムが対峙しているのが見えた。

 ジムのビームライフルの射撃をかいくぐりその懐に飛び込んだ赤いズゴックは、鉄の爪でジムの腹部を貫く。

 

「いたな! シャア!」

 

 アムロはビームライフルでシャアを狙撃する。

 しかしズゴックは悠然と回避し、腕に仕込まれたメガ粒子砲で反撃してくる。

 アムロはシールドを手放し、さらにビームライフルも投げ捨て、シャアの動揺を誘った。

 その隙に一気に距離を詰める。

 シャアと対峙した時に起きる謎の硬直で、どうせビームライフルは当たらない。また、下手に致命傷を食らわせて撃墜してしまうわけにもいかない。ならば、接近して確実なダメージを与え撤退に追い込むまでだ。

 

 ガンダムはビームサーベルを抜き放ち、ズゴックの左腕の付け根めがけて振り下ろした。

 ズゴックは鉄の爪を開いてサーベルの刀身を受け止めようとする。だが、高温のメガ粒子から成るビームサーベルを鉄の爪で受け止めることなどできはしない。

 しかしシャアは、ビームサーベルの刃を受けると同時に爪の中心部のメガ粒子砲を発射して、ビームサーベルのメガ粒子を相殺した。

 激しい爆発が起こる。

 その閃光にガンダムのメインカメラが焼き付き、アムロは一瞬赤いズゴックを見失ってしまった。

 ズゴックはモノアイを側面にまわしてカメラの焼き付きを免れている。

 

 此処で追撃をかければ、シャアはガンダムに致命傷を負わせたかもしれない。

 だが、ビームサーベルを相殺したメガ粒子砲の一撃は、ズゴック自身の左腕を爆散させていた。

 シャアは撤退を優先する。

 

「…! さすがだな、シャア」

 

 狙いどおりシャアを撤退させたものの、アムロはまたしてもシャアに敗北感を覚えた。

 

 



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第12話 シャアが来る①

 

 宇宙世紀0079、12月2日。

 ホワイトベースは二時間後に出港するティアンム艦隊のおとりとなるべく、ジャブローから宇宙に向けて発進した。

 アマゾンの空を羽ばたく何万ものフラミンゴが、ホワイトベースの旅立ちを見送る。

 

「ところでハヤト…本当なのか、これから宇宙に出るっていうのにガンタンクで戦うって」

「ああ。連邦軍だって戦力は少ないんだ。使えるものは使わないとな」

「だけど…ガンタンクはモビルアーマーですらないんだぞ。いくらなんでも…」

「モビルアーマー? ジャブローの教練で聞いた…大西洋でアムロが戦ったっていう変なやつかい?」

 

 緊迫感のないハヤトの態度に、なにかアムロは気が削がれた。

 

「いや…いいんだ。ハヤト、頼むからフラウ・ボゥを泣かさないでくれよ」

「なんのことだ?」

「…いや、いいんだ」

 

 アムロはハヤトの無事を心の底から祈った。

 

 その、モビルアーマーと、散々戦う羽目になった。

 まず、巨大な三角形のボディに一対のマニピュレーターが付いたモビルアーマー…確かビグロとか言う機体と戦った。とてつもない加速力を誇るこの機体との戦いでは、アムロは敵機にとりついたと同時に失神させられた。

 撃破はしたものの、ガンダムの教育型コンピューターの記録を見る限り、かなり危機一髪の状況だった。

 結局、意識は歴戦のパイロットであるアムロ・レイ大尉であっても、肉体的には何処にでもいるハイスクールの少年のそれなのだ。ア・バオア・クーでシャアと繰り広げたフェンシングはニュータイプ能力による先読みで何とかなったが、急加速・急制動に対するGの問題は、突き詰めれば単純に身体を鍛えているか否かなのである。

 

 巨大な顔と鉈を装備した、黄色い奇怪なモビルアーマーとも戦った。

 ビグロはシャイアン基地で眺めた一年戦争の記録にあった機体だったが、こちらの機体は戦後のデータベースでも見たことのないモビルアーマーだった。

 アムロはビグロの加速力に翻弄された経験から、ガンダムをモビルアーマー化して出撃してみた。

 GパーツのBメカ部分をガンダムに履かせて加速力を向上させてみたのだ。

 

 結果、あまり関係がなかった。

 

 黄色い巨大な顔だけのモビルアーマーは、その軌道を簡単に読むことができ、あっけなく撃墜できたのだ。

 戦略的なタイミング…という意味でも、あのモビルアーマーが何だったのか、アムロにはちっともわからない。

 

 だが、そんな機体に小破させられたガンタンクのハヤトが心配である。

 転生前のソロモンの戦いでは、ハヤトはガンキャノンで出撃しても被弾し負傷した。ガンタンクでは撃破されて戦死しかねない。

 前世では一年戦争を生き延びたハヤトだが、今回もそうとは限らない。

 リュウやマチルダが生き残ることができた…つまり歴史が変わる可能性があるなら、その逆も十分にありえるのだ。

 

 ソロモンの戦いの後の話ではあるが、謎のモビルアーマーとも戦った。

 パイロットはおそらくニュータイプ…シャアともララァとも違う第三の男、だ。いや、男なのは間違いないだろうと思うが、正直なところ定かではない。

 操っていた機体はジオングと同じ有線式のサイコミュ搭載機だろう。有線式サイコミュの機体はパイロットの意志を感じ取りにくいのだ。

 ガンダムがオーバーヒートするほどの戦いの末、謎の機体をアムロは撃破した。

 わかりあうことはできないかと呼びかけていたのだが、パイロットはまるで死に急いでいるかのようにアムロの呼び掛けに答えなかった。

 

 この戦いの後、ガンダムはマグネット・コーティングにより反応速度を強化することができた。

 しかし、ガンダムの追従性は大幅に高まったものの、実用初期の技術はアムロが期待していたレベルに及ぶものではなかった。

 それでも、これでララァやシャアと渡り合うことはできるだろう。

 もちろん戦わず和解することができればそれに越したことはないのだが、万が一の備えは必要だ。

 

 そう言えば、シャアの乗るザンジバルとも戦った。

 この時アムロはホワイトベースの進路上にいるムサイの艦隊と戦っていたため、あまり印象にない。

 だがこの戦いのダメージを癒すため、ホワイトベースはサイド6へ寄港する。

 

 そこには、ララァが待っている。

 

   * * *

 

「…天気の予定表ぐらいくれりゃあいいのに」

 

 サイド6の田園風景の中をエレカで走りながら、突然の雨に降られたアムロは静かに毒づいた。そして、そんなセリフを我知らず口にしたことに、またため息をつく。

 この時、このタイミングで雨に降られることをアムロは覚えていたからだ。にも拘らず、多分、前と同じセリフを自分は口にした。

 今のアムロは、歴史という名の河を流されている。

 

 アムロはこれからララァに会う。

 この突然の雨を避けるために軒の下を借りたコテージに、ララァがいるのだ。

 意思に反して呟いた今のセリフが、これから起こる運命の出会いが今度もまた起こることをアムロに確信させた。

 

 宇宙世紀0079に転生して約3か月。

 アムロはいくつかのことを理解し始め、そして大きな疑問に突き当たっていた。

 

 理解したことは、自分が取った行動により歴史の改変ができることと、改変ができても歴史の大筋は変わらないということだ。

 歴史の改変が可能であることはリュウやマチルダ、ランバ・ラルの生存で証明され、アムロは確信を持っていた。

 しかし同時にそれは、歴史の大筋が変わることがないということもアムロに実感させていた。

 例えばリュウ・ホセイは、死ぬことはなかったが負傷によりホワイトベースから離脱した。そしてアムロが前世で知るとおり、代わりにセイラがパイロットに抜擢され、また、リュウの代わりの補充パイロットとしてスレッガー・ロウ中尉が配属されてきた。

 歴史は、アムロが知るとおりの流れと大筋では変わっていないのだ。

 もっともこれは、彼らの生死が歴史の大きな流れに影響を及ぼすものではない、ということにすぎないのかもしれない。

 

 だが、それでいて『歴史』は大きく改変されてもいる。

 アムロの記憶ではホワイトベースはオデッサ作戦には間にあわなかった筈が、今回の宇宙世紀0079では水爆ミサイル切りなどと言う無茶ぶりをされた。コアブースターはGメカという面白メカに取って代わられているし、ハヤトはガンタンクで宇宙を駆けている。

 これは、歴史の改変によるバタフライ効果、というやつなのだろうか。

 

   * * *

 コテージが見えてきた。

 

 




 んでででん―――

 ででででん―――

 ―――しゅうっ!(笑


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第13話 シャアが来る②

 
 ――んジャン!

 ――――い――で、
       お――――――ん!


 …あ、アイキャッチ間違えちゃった(笑)という、しょうもないボケ(汗




 

 コテージが見えてきた。

 

 アムロはエレカを停め、玄関口の軒下で一息をつく。

 建物の角を曲がるとそこにはテラスがあり、ララァが湖を眺めている筈だ。

 アムロはゆっくりと歩を進めた。

 

 デッキチェアに腰かけたララァがいた。

 インド系の浅黒い肌に、貫頭衣のようなワンピースドレス。

 額の装飾がビンディーと呼ばれるものであることを、アムロは後に知った。

 エメラルドグリーンの瞳は、アムロを見ることなく静かに湖畔を見つめている。

 アムロはその視線の先を見なかった。

 ララァを殺めてから、アムロは白鳥が嫌いだ。

 

「…あなたは美しいものが嫌いなの?」

 

 力尽きて湖に落ちる白鳥を見つめながら、ララァはアムロに視線を向けることなく呟くように問うた。

 

「君は好きなのかい」

「美しいものが嫌いな人がいて?」

 

 ララァは初めて、静かにアムロに目を向けた。

 吸い込まれそうな、またすべてを見透かしているかのような静かなまなざしに、アムロの中でいくつもの感情が激しく滾る。

 そして、そのことにアムロは激しく動揺した。

 共にニュータイプとして覚醒し、共感しあうことのできたララァが生きて目の前にいることは、アムロにとってこの上なく幸せなことと言ってよかった。

 自らの手で殺め失った大切な人と、再び出会うことができたのだ。こんなに嬉しいことはない。

 

 しかし一方で、魂となって永遠に成長することのなくなったこの少女は、長くアムロを苦しめても来た。

 自分とシャアの間を漂っていたいだけ…と夢の中で笑うララァに、いつしかアムロは苛立ち、激しく否定し、強い怒りと憤りの感情をぶつけるようになっていた。

 

 そしてアムロは今、致命的なミスを犯した。

 

 目の前にいるララァに対しても、その複雑な思いを強く抱いてしまったのだ。

 

 期せずして、アムロの強烈な喜びと苛立ちと怒りの感情に触れてしまったララァの顔に、疑念と、不安と、怖れが色濃い影を差した。

 

「…あなたは、誰なの?」

 

 怯えた硬い声でララァはアムロに尋ねた。アムロは動揺する。

 

「待ってララァ、落ち着いて…俺だ、アムロ・レイだ…」

「誰…誰なの、あなたは…」

 

 ララァはデッキチェアから立ち上がり、後ずさりながら、図らずも、動揺しているアムロの心の中を覗いてしまった。

 それは、自分が死にゆく瞬間のビジョンだ。

 

 ララァは絶叫した。

 

「来ないで! …あなたは私を殺す怖い人…そして、シャアをいじめる…いえ、殺そうとする悪い人だわ」

「違うんだララァ! 俺は、ただ君と…」

「――大佐! 助けてください、大佐!」

 

 ララァは飛び立つ鳥のように、湖へ続く緑の芝の上を駆けていった。アムロは茫然とその後姿を見送るしかなかった。

 

   * * *

 

 雨は上がっている。

 

 コテージから少し離れた湖畔の畦道に停めたエレカのボンネットに腰を預けて、アムロはぼんやりと…しかし必死に心を落ち着けていた。

 

 この後、もう一度ララァと会う。

 しかも、シャアに伴われたララァとだ。

 記憶ではアムロは、ララァと出会った後ジャンク屋の2階に住む父に別れを告げて、その帰り道にこの畦道でエレカをスタックさせてしまった。

 困っているところに別のエレカが通りかかり、助けを求めたアムロに応じて降りてきたのが、シャアだったのだ。

 シャアは乗ってきたエレカとアムロのそれにロープを結び、同乗の女性にけん引させた。それが、ララァだ。

 

 この際、シャアはどうでもよかった。

 この3か月考え続けた、シャアをスペースノイドのリーダーとして正しく導く方法。 

 それは案外、簡単な結論に行き着いた。

 

『ララァ・スンは私の母になってくれるかもしれなかった女性だ! そのララァを殺したお前に言えたことか!』

 

 つまり、そういうことだ。

 ララァが、シャアのお母さん役を務めてくれれば…いわゆる母性というやつでシャアを包み込んでくれていれば、シャアは歪むことはなかったのではないか。

 

 アムロは正直、母性と言うものがわからない。

 自分は父と宇宙に上がった時に母に捨てられていたのだ、ということがなんとなくわかったのは大人になってからだろうか。

 母に絶望し訣別したのは、一年戦争に巻き込まれ、そして再会した時だが、思い返してみれば一人でハロを組み立てることに夢中になっていた頃には、すでにアムロは母親に何かを求めるということを諦めていたような気がする。また、軟禁生活時代の毎夜のように訪れる娼婦たちとの同衾も、女性が持つ筈の母性への失望に拍車をかけたと思う。

 自分がプレイボーイだと思ったことはないが、傍から見たらそう見えるのかと思うことはある。

 人それぞれだろうとは思うが、自分の場合は女性に母性を求めないから…様々な女性と出会い別れることができるのではないか、とアムロは思っている。

 

 話がそれた。

 アムロは女性に母性を求めていないが、シャアはそうではないということだ。

 つまり、地球に魂を魅かれた人間たちにシャアが絶望しても、ララァがよちよちキャスバル坊や…と頭を撫でてその胸で抱っこの一つもしてやれば、シャアは性急な地球寒冷化作戦など企てることはなかったのではないか。アムロにはそう思えるのだ。

 

 シャアは純粋で優しい人間ではあるのだが、一方で人を道具のように扱うことを悪しとしないところがある。

 ララァが傍らにいても、愚行に走る可能性は高い。

 だが、ララァだって自分の愛する男が人類史上最大の悪行に手を染めようとすれば、さすがに全力で止めるだろう。

 もしかしたらシャアのしようとすることを全肯定してその背中を押しかねない気もするが、その時は飴と鞭だ。ララァが飴なら自分が鞭を振るって、シャアを正す。急がずに、力ではなしにすべての人類を宇宙に上げて地球を守り、そしてニュータイプへの革新を待たせるのだ。それでもシャアが性急な判断で愚行に走るなら…その時は前世のように、自分が刺し違えてもシャアを止めるまでだ。

 

 シャアを正していくのに一番重要なのは、アムロの考えをララァに理解してもらうことである。

 アムロの意図をララァに理解してもらい、二人三脚…いや、シャアを加えて三人四脚で、ニュータイプが生まれ出る時代と世界を創るのだ。

 

 アムロとララァが触れ合った機会は意外に少ない。

 サイド6で2回、テキサスコロニーで1回、連邦が陥落させたソロモン宙域で1回、そしてあとはララァを殺めた最期の時、だ。

 おそらく、ララァと邂逅できる回数は今生でも変わらないだろう。その中で、ララァと交感し、同志になってもらわねばならない。

 すでに、ファーストコンタクトは、最悪と言ってよい。

 その失敗を挽回し、こういう言い方はどうかと思うが…ララァの自分に対する好感度をできるだけ上げておかねばならない。

 

 遠くに、近づいてくるエレカが見えた。

 アムロは意を決して畦道に立ち、エレカに向けて親指を立てた。

 

   * * *

 

「あの少年、何か困っているようだったな。止まってくれないか、ララァ」

「急ぎましょう、大佐」

 

 ハンドルを握り前を見つめたまま、ララァは生硬に答えた。

 

「いいのか?」

「あれは連邦軍の制服のようでした。大佐が赤い彗星だとわかったら何をするかわかりません」

「私が赤い彗星だと、わかるものかな?」

 

 思わずララァはシャアの全身を一瞥し、すぐに視線を前方へ戻した。

 二人の間に降りた沈黙に、シャアは拘泥しなかった。

 

「今、このコロニーにいるなら木馬の乗組員の可能性が高いな。先回りするにはちょうどいいというところか」

 

 若さゆえの過ちに囚われ躊躇しない処が、シャアという若者の美徳だ。

 ララァはアクセルを強く踏み込んで、エレカを加速させた。

 

   * * * 

 

「……」

 

 シャアとララァの乗るエレカは走り去り、アムロは畦道に一人、取り残された。

 

 



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第14話 ミライ・ヤシマ、恋のあと

 
 こんにちは、作者のしんしーです。
 いつもご愛読いただきありがとうございます。

 …
 ガルマ・ザビ(黙殺)。
 ランバ・ラル(「あ」どてっ)。
 黒い三連星(どか―ん! どか―ん! どか―ん!)。
 そして…
 
 私はここまで、数多のジオンの勇者たちを救うことなく、
 その名声を地に墜としてすらきました。
 ここから先も、今までと同じような行為を繰り返すことでしょう。

 そうです。
 私はジオニストではありません。



 …地球れんぽニアンなんですっ!

      ――――ジーク・ゴップ!!




 

 ホワイトベースはサイド6からの出港を待ち伏せるジオンの艦隊を一蹴し、ワッケイン率いるソロモン攻略の艦隊に合流した。

 本隊であるティアンム艦隊が動くまで、ソロモン攻略の囮部隊としてチェンバロ作戦の先陣を切る。

 

 戦いはパブリク突撃艇の攻撃から始まった。

 機体ほどの大きさがあるミサイルを2発抱えたパブリク突撃艇は、その大型ミサイルを発射してビーム攪乱幕を展開する。

 パイロットの生還率は20パーセントに満たないという決死の特攻により、ソロモンの長距離ビーム砲は封じられた。

 続けて、巡洋艦サラミスから連邦軍の量産型モビルスーツ・ジムとボールが大量に発進する。迎え撃つソロモンからもザクとリック・ドムが多数出撃し、両軍のモビルスーツ同士の衝突が繰り広げられた。 

 

 ワッケイン艦隊が命ぜられていた15分の陽動の後、ソロモン攻略の本隊・ティアンム艦隊のソーラ・システムによりソロモンが焼かれる。

 ソロモンの将ドズル・ザビは展開させていたモビルスーツ部隊を呼び戻し、水際で連邦を叩く作戦に切り替えた。

 連邦の艦隊は宇宙要塞に接近し、モビルスーツ部隊はソロモンへ上陸せんと肉薄する。

 

「よし! 取りついた!」

 

 ガンダムは先行するモビルスーツ部隊のさらに先頭で、ソロモンへの血路を開いていた。

 後続のジム部隊がソロモンに着岸する様子を見たアムロは、斬込み役の特命を達成したことに安堵する。

 歴戦のパイロットであるアムロとて、これだけの物量戦はア・バオア・クー攻略戦以来だ。

 戦場に渦巻く異常なまでの数の殺意と、怒りと、憔悴と恐怖の感情を、アムロのニュータイプ能力は敏感に感知する。

 その感情の渦に引き込まれずに自分への殺意を見逃さないようにするのは、エースパイロットたるアムロ大尉であっても強い緊張を強いられるのだ。

 

 “これで、次は…ビグ・ザムか…。スレッガー中尉だな…”

 

 アムロはジャブローからホワイトベースに乗り込んだ年嵩の兵士を思い返した。 

 前世でのスレッガー・ロウ中尉は、このソロモンの戦いでジオンの巨大モビルアーマー『ビグ・ザム』を倒すために特攻し戦死した。

 3週間ばかりの短い付き合いだったが、齢若いアムロたちのいい兄貴分だった男だ。彼もまた、アムロが救いたい仲間の一人だった。

 後で聞いたところでは、操舵を務めるミライ・ヤシマと恋仲だったらしい。

 もしかしたら、ブライトとミライのこれからの人生に大きな変化を与えてしまうのかもしれないという不安は、あった。だが、それはタイムスリップする前の世界の話だ、とアムロは自分に言い聞かせる。過去の未来がそうなるからといって、今生きている命を軽んじていいわけはない。ブライトには自分でいっそう頑張ってもらうほかはない…アムロは心の中で、長年の戦友に謝罪した。

 

 アムロは、まだソロモン内にいる筈の巨大モビルアーマーを探して意識を広げてみた。

 しかし、戦場でうごめき飛び交う多くの思惟がアムロの邪魔をする。

 どうにかそれらしき存在が見えた気がしたが、そこに辿り着こうとするガンダムを、今度は迷宮のようなソロモンの構造が阻む。

 アムロの中に焦りが生じる。

 ようやくアムロが巨大な格納庫に辿り着いた時には、ビク・ザムは巨大な火柱を立てて宇宙へと発進していくところだった。

 ガンダムは後を追うが、違いすぎるロケットノズルの推力差にあえなく引き離されてしまう。

 カイのガンキャノン、そしてスレッガー中尉のGファイターと合流したアムロは、もう一度意識を拡大し巨大モビルアーマーを探した。

 

”――見つけた!”

 

 ガンダムは白い矢となってビグ・ザムを追った。

 その先の宙域で、多くの命が消えていく。

 ビグ・ザムの胴体360度に設置されたメガ粒子砲の一斉射が、何隻ものマゼラン級やサラミスタイプの連邦艦船を、一瞬にして撃沈したのだ。

 

「…圧倒的だ…」

 

 呟いたアムロに、ガンダムのセンサーが僚機の接近を知らせた。

 スレッガー中尉のGファイターだ。

 コクピットが目視できるほどに機体を接近させてきたスレッガー中尉は、アムロに向けて両手の人差し指をツンツンと突き合わせている。

 

「合体して突っ込もうって言うのか! しかし…」

 

 コアブースターとGファイターの違いはあれど、二人してビグ・ザムのIフィールドの内側まで接近しようとするのは、明らかにスレッガーの死亡フラグである。

 戦後の資料では、ビグ・ザムはごく短時間しか戦闘継続できなかったらしい。このまま距離をとって放っておけば…とアムロは一瞬考えたが、やはりそれは余計な戦死者を生む。

 

「――行くしかないか!」

 

 Gアーマーに合体していれば、前世と違ってスレッガーの無茶な特攻を止めることもできるかもしれない。スレッガーとアムロは二つの機体を合体させた。

 

「しかし中尉、どういうつもりです?」

 

『つもりもへったくれもあるものか。磁界を張っているとなれば、接近してビームをぶち込むしかない。こっちのビームが駄目なら、ガンダムのビームライフルそしてビームサーベルだ。いわば三重の武器があるとなりゃ、こっちがやられたって』

 

「スレッガー中尉!」

『私情は禁物よ。これ以上の損害を出させるわけにはいかねえ。哀しいけどこれ、戦争なのよね』

 

 合体して通信状態がよくなった無線は、スレッガー中尉の粗だが低く逞しい声を明瞭に伝えてくる。アムロが知るスレッガーの声はもう少し甘く、プレイボーイを思わせる声だった。

 

『下から突っ込むぜ!』

 

 Gアーマーは弾かれたように急加速し、ビグ・ザムの足元から急接近を試みた。

 

“――対空防御ォ!”

 

 ドズル・ザビの思惟の雄叫びとともに、ビグ・ザムの脚部のクローが射出されGアーマーの機首を貫く。

 

『まだまだァッ!』

「!」

 

 ひるまないスレッガー中尉からアムロは咄嗟にGアーマーの制御を奪い、逆噴射で急制動をかけた。

 同時にBメカの下面部バーニアを全開にして、ジャックナイフターンのように機体を反転させる。

 さらに、強引にGアーマーの合体を解除した。

 射出されたスレッガーの乗るAメカはビグ・ザムから遠ざかっていく。

 

「脱出しろ、スレッガー!」

『了解! …え、おい、アムロ!』

 

 幾度も死地を越えているアムロの威勢に呑まれたスレッガーはそんな自分に動揺し、その一瞬の分だけ、コクピットからの脱出が遅れた。

 直撃したクローにより、機首のミサイルが誘爆する。

 四散するAメカから放り出され、スレッガー中尉の身体は宇宙に消えた。

 

「やったなァ!」

 

 アムロの怒りを乗せてガンダムは反転した。

 Iフィールドを突破しビグ・ザムに接近。そのメインノズルにビームライフルを突っ込み発射する。

 ライフルはそのまま手放し、ビームサーベルを抜きながらバーニアを全開にして飛ぶ。ガンダムはビグ・ザムの胴体に取りついた。

 アムロは怒りに任せ、ビグ・ザムの堅牢な装甲に幾度もビームサーベルを突き立てた。

 先程のライフルの一撃もビグ・ザムの内部に誘爆を呼び、その巨体のあちこちが火を噴いていく。

 

“やられはせん! やられはせんぞぉ!”

 

 動きを止めたビグ・ザムのハッチの一つが開き、大柄な男が前世と同じくアムロに強烈な思念を叩きつけながら姿を現した。

 

“ジオンの栄光! この俺のプライド! やらせはせん、やらせはせん、やらせはせんぞォ!”

 

 この男がジオン公国を支配するザビ家の一人、ドズル・ザビであることをアムロは知っている。

 対人用のマシンガンをガンダムに向けて乱射しながら吠える男の背後に、アムロは人の悪意の形を見た。

 前生でアムロが見た時よりもわかりやすく、悪魔のような姿で立ち揺らいでいる。

 そして、前世のこの瞬間と違いすでに覚醒しているアムロのニュータイプの能力は、叩きつけられるドズル・ザビの最期の咆哮を、強烈な感情の塊として受け止め、そして理解させていた。

 

 ジオンの栄光?

 自分自身のプライド? 

 

 アムロは呆れ果てた。

 ドズル・ザビは、ザビ家では稀有な武人肌の男だという。

 おそらくは本当にそうなのだろう。そして、彼がぶつけてくるこの思いも、戦いに生きた軍人であれば当然だろう。

 だが、死を覚悟して叫ぶ思いがこんなつまらぬ見栄かと、アムロは激しい嫌悪と怒りを抱いた。

 こんな下らぬ人間が、スレッガーや多くの兵士の命を無駄に奪ったのだ。

 

「…宇宙におまえのような人間がいるから!」

 

 ビームサーベルを振り下ろし、ガンダムはビグ・ザムにとどめを刺した。

 重モビルアーマー、ビグ・ザムは、ドズル・ザビ中将の命を載せて、爆散した。

 

   * * *

 

「…嘘だって…言えないのね、アムロ」

 

 ホワイトベースに帰還したアムロは、ブリッジに上がりスレッガーの戦死を伝えた。

 アムロにすがって問うミライ・ヤシマに、前世と同じくアムロは何も言うことができなかった。

 カイもセイラも何も語らない。二人とも、自分が生き残れたことだけで十分だったのだ。

 アムロには、涙をこらえながらブリッジを出ていくミライ・ヤシマの後ろ姿を見送ることしかできなかった。

 

   * * *

 

『ミライ少尉。心配かけてすまなかった。宇宙を漂っているところを味方の船に救出されて助かった。アムロ曹長に礼を言っておいてくれ。だがちょいと負傷した。兵隊を続けることはできなさそうだ。故郷に帰ってお袋とのんびり暮らすことにするよ。そういう訳で指輪の話は嘘っぱちだ。宇宙にでも捨てちまってくれ。ミライ少尉が生き残って幸せになることを願う。スレッガー・ロウ』

 

 後に、そんな手紙がミライ・ヤシマのもとに届けられたことを、アムロは知らない。

 

 



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第15話 怒る宇宙


 誤字のご指摘、ありがとうございました。
 気をつけているつもりですが、見落としているものですね…さらに注意していきたいと思います。

 もう一点、感想でいただいた「転生」という言葉の使い方ですが…
 こちらも見直させていただきました。
 なんとなく違和感は覚えつつ、でも書き進めるのに夢中になって放置してしまった…というのが正直なところです。
 いや、お恥ずかしい限りです。
 「転生」という語感の良さが気に入ってたんだなぁ…自分。


 …では、本編です。

 


 

“聞け、シャア!”

 

 ガンダムが振り向きざまに、エルメスが操るビットを撃破する。

 

“ニュータイプを戦いの道具にするな! お前だって人の革新を見たいんだろうが!”

“なんなのだ、この不快な感覚は!”

“大佐、下がってください、邪魔です!”

 

 ガンダムを討たんと赤いゲルググが前に出るが、その進路をビットが横切り、妨げる。

 

“ララァ、落ち着いて話を聞け! 俺はシャアを殺すつもりなんかないんだ!”

“…アムロと言うの、貴方は? 大佐は私が守る”

“ララァ! 奴との戯れ事はやめろ!”

“――シャア…!”

“…あそこに、アムロと兄さんが…?”

“――セイラさんか? 此処は危険だ! 来ないでくれ!”

 

   * * *

 

 連邦とジオンの決戦の場となるア・バオア・クーへ向かう宙域で、アムロと、ララァと、そしてシャアは戦っていた。

 連邦の白き流星に、ジオンの赤い彗星とソロモンの亡霊が猛攻をかける。

 

 サイド6では空振りに終わった出会いから、テキサスコロニー、ソロモン宙域と、幾度かの対話によってララァとアムロはニュータイプの交感を成し遂げていた。

 しかし、最初の出会いでアムロに強い不信と恐怖を抱いたララァは、アムロと共感するには至っていなかった。

 ララァは、宇宙世紀を人類が革新を迎える時代にしたいというアムロの思いはすでに共有することができていた。

 シャアをスペースノイドの良き指導者として立たせるために、自分に力を貸してほしいというアムロの思いが本心であることも理解できている。

 

 だが、アムロの中のいくつもの矛盾した思いがララァを混乱させていた。

 シャアに対する期待と憎しみ。

 アムロがララァを殺したという偽りのない記憶と感覚。なのに、今こうして生きている自分。

 ニュータイプ同士の共感でアムロが嘘をついていないことがわかるだけに、ララァは混乱し、怯える。

 そして、シャアと自分を守るために、アムロに牙を剝く。

 

 自身に原因があることはアムロも理解していた。

 シャアに対してもララァに対しても、アムロは前世での因縁を強く引きずっている。

 シャアを導き未来を救いたいという志があっても、心の奥底にあるシャアへの敵意と殺意をアムロはどうしても消すことができなかった。

 ララァを殺めた時の絶望と、魂となってから変わることがなかったララァに対する苛立ちと憤りも同様である。

 シャアとララァ、それぞれに対するアムロの負の感情が、理性の部分よりも強くララァに伝わっていた。

 そして、それはシャアに対しても、である。

 特に、ニュータイプ能力の目覚めが浅いシャアには、アムロの志の部分は伝わらず、どす黒い負の感情のみが強く伝わっていた。

 

『ララァ! ガンダムのパイロットはニュータイプとして危険すぎる。私はガンダムを討ちたい。私を導いてくれ』

『お手伝いします、大佐!』

『すまん、ララァ』

 

 二人の通信による会話は、思惟の流れとなってアムロには駄々洩れである。

 

“だからシャア! ララァを…ニュータイプを道具にするな!”

「! ええい、ガンダムのパイロットかこれは!」

 

 シャアに対する条件反射のようなアムロの怒りが、三者の理解をまた妨げていく。

 そんな中、アムロは接近してくるもう一つの思惟を感じ取った。

 セイラのGファイターが、アムロ達が戦う宙域に闇雲に飛び込もうとしている。

 

“来るな、セイラさん!”

 

 アムロは焦った。

 敵意むき出しの二人のニュータイプを相手にセイラを庇いながら戦うのは、アムロ大尉をもってしても困難だ。

 アムロに増援が来るにしても、カイのガンキャノンとハヤトのガンタンクくらいか。シャアとララァが撤退するほどの脅威とは思えない。

 

 やむを得ない。

 

 アムロはこの場でのララァの説得を諦めた。

 ジャブローの時と同じように、シャアの機体に相応のダメージを与えて撤退させる。

 

「覚悟しろ、シャア!」

”え?”

 

 アムロの決意を感じ取ったララァは動揺した。

 あるいは、アムロの意思を誤認した。

 アムロの中のシャアに対する殺意を、今、アムロが下した決意と結びつけてしまったのである。

 それが誤りであることに、ララァはすぐに気がついた。

 だが、その一瞬の遅れが新しい悲劇を生む。

 

”! いけません、大佐!”

「なに?!」

 

 ゲルググのビームナギナタの刃は、シャアの狙いどおり正確にGファイターのキャノピーを切り裂いた。

 セイラの肉体が高熱のメガ粒子に瞬時に焼かれていく。

 

”――ああっ、兄さん!”

「――アルテイシアか?!」

 

 アムロとシャアは、宇宙に霧散していくセイラの意識を感じ取った。

 

「シャアッ!」

 

 アムロは激昂し、過去の自分にタイムスリップしてから抑え続けていたシャアへの殺意に身を任せた。

 

「――貴様ッ! 自分の妹を!」

 

 怒りに任せてゲルググに接近したガンダムは、ビームサーベルでゲルググの右腕を切り落とした。

 

「シャア、覚悟ッ!」

 

 ビームサーベルを突き出し、ゲルググのコクピットを狙う。

 しかし、セイラを殺めてしまったことにシャアは放心し、ガンダムの攻撃を回避しようともしない。

 ゲルググの動きが止まった違和感に、アムロはかろうじて我に返ることができた。

 この展開は、まずい。

 

“――大佐、危ない!”

 

 ゲルググを押しのけて、エルメスがガンダムの前に立ちふさがった。

 ビームサーベルの切っ先がエルメスのコクピットに迫る。

 ララァの身体は脱出装置によりシートごと後方に運ばれる。

 ララァは、前面コンソールが外側から溶解し、膨れて溶けていく様をストップモーションのように見て取った。

 

 次の瞬間、ララァは光に包まれ絶叫する。

 

   * * *

 

 ララァは自分の意識が宇宙に拡散していく様を見た。

 

 

 

 

 銀河に浮かぶ草原と山々。

 

 

 

 

 駆けていく二つの人影は、自分とアムロだろう。

 

 

 

 

“人は、変わっていくのね…私たちと同じように”

 

 

 

 

“アムロは、本当に信じて?”

 

 

 

 

 ララァの問いかけに答えはなかった。

 

 ララァは、後ろを振り返ってみる。

 

 後ろを駆けている筈のアムロがいない。

 

 

 

“…アムロ?”

 

 

 

 アムロは宇宙に浮かぶ草原の向こうで、ララァを呼んでいた。

 

“おーい、ララァ。帰ってこい。君は死んでなんかいないんだから”

 

“え?”

 

 戸惑いながら、ララァはふと空を見上げた。

 

 巨大な隕石が、高熱をまとい降ってくる。

 

 空が落ちてくるかのようだ。

 

 その岩壁にへばりつきロケットノズルを吹かす白いモビルスーツの小さな姿が、ララァには見えた。そして、その手元近くに埋もれた、さらに小さな赤い球体。

 

 ララァは、すべてを理解した。

 

“あ――ッ!!”

 

 ララァは再び絶叫した。

 

   * * *

 

 戦場だった宇宙空間で動きを停めたエルメスに、ガンダムが不安げに寄り添っていた。

 

“ララァ、しっかりしろ。怪我もないだろう?”

 

 呼びかけてくるアムロの思惟に、ララァは目を覚ました。

 

“アムロ…私は一体…?”

“ビームサーベルをオフにした。すまない、コクピットは押しつぶしてしまったかもしれないが…なんとか間に合ったみたいだな”

“大丈夫…二度目はなんとかなったようね、アムロ。最初の時もこうしてくれればよかったのに”

“まったくだ” 

 

 全てを理解したララァの軽口に、アムロは苦笑する。

 ララァは、エルメスのコクピットに開いた大穴から宇宙を見ながら頭を振った。

 

「アムロ…私、刻を見てしまったわ…」

「なら、俺の言うことが理解できるか、ララァ?」

「ええ。…あんなことをするなんて…大佐らしいわ」

「だが、奴のエゴで地球も大勢の人間も死なせていいわけはない。力を貸してくれるか、ララァ」

「私は大佐の役に立つと決めているわ」

 

 ララァの眼前の穴の向こうに、ガンダムが現れた。腹部の装甲が開き、コクピットにアムロの姿が見えた。

 アムロは、ララァを見据えて言った。

 

「なら…ララァ。シャアを頼む」

「わかったわ、アムロ」

 

 二人のニュータイプは、ついに共感と理解を果たした。

 

   * * *

 

「ウォオオオオーーッ」

 

 シャアは絶叫し、ゲルググのコンソールに拳を振り下ろした。

 

「アルテイシア…取り返しのつかないことを…取り返しのつかないことをしてしまった…大切な人を…実の妹を、この手で殺してしまった…」

 

 シャアとセイラ、いや、キャスバルとアルテイシア、二人の未熟なニュータイプは、今際の際の別れの交感すら叶わなかったのだ。

 

 決死の覚悟で宇宙遊泳をしてきたララァが、ゲルググのハッチを叩きながら必死にシャアに呼びかけている。

 その呼びかける声すら、今のシャアには届いていなかった。

 

 



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第16話 脱出…

 

 …くろ、と み の……

 …『ハーメルンのトニーたけざき』を目指していたはずなのに、

 どうしてこうなった…?





 

「判るか、此処に誘い込んだ訳を!」

「ニュータイプでも体を使うことは、普通の人と同じだと思ったからだろ」

「そう、体を使う技はニュータイプといえども訓練をしなければ」

「そんな理屈…」

 

 アムロとシャアは、宇宙要塞ア・バオア・クー内部の一室で戦っていた。

 互いに手持ちの火器の弾丸も尽き、サーベルを振るう肉弾戦である。二人が生身で戦うなど、これはもはや戦争ではなかった。

 

「なぜアルテイシアを戦いに巻き込んだのだ! アルテイシアは戦いをする妹ではなかった!」

「貴様が言うか、それを!」

「貴様がガンダムに乗らなければ、木馬はとうに沈んでこんなことにはならなかったのだ!」

「だからそれじゃあ、セイラさんも死んでいるだろうがっ」

 

 アムロはア・バオア・クーの宙域でシャアのジオングと遭遇し、前生同様の激しい宇宙戦を繰り広げた。要塞内で互いの機体が大破してからもずっとこうしてシャアと話し続け、戦い続けている。

 

「人は流れに乗ればいい! 私は君を殺す!」

「だから、ちょっと待てシャア!」

 

 アムロとてセイラを失ったことに衝撃はある。

 宇宙世紀0079の自分にタイムスリップし、ホワイトベースの仲間たちを守ると誓って戦い続け、しかし作ってしまった状況がこれなのだ。慙愧の念と悔恨がある。だが、兵士として長く戦い続けてきたアムロは、今が悲しむ時ではないことを十分に理解していた。今すべきことは、シャアとわかりあうことなのだ。今のシャアの行動は…気持ちはわからないでもないが突き詰めれば自業自得であり、もはや駄々っ子の八つ当たりである。シャアは明らかに冷静さを失っていた。

 

「やめてください大佐! やめなさいアムロ! 二人が戦うことなんてないのよ、戦争だからって、二人が戦うこと!」

 

 シャアとアムロの戦いの場に辿り着いたララァが叫んだ。

 シャアとともにジオングに乗り込んでいたのだが、ガンダムと相打ちになったジオングの頭部から脱出した際にシャアとはぐれてしまったのだ。今のシャアは、ララァを探すことも忘れるほどに自分を見失っている。そしてシャアは十分な勝機を確信してこの場にアムロを招き寄せていたにも拘わらず、アムロに押されている自分に焦り、歯噛みしていた。

 

「ちぃぃっ!」

 

 シャアは壁を蹴り、剣先をアムロに見据えて跳んだ。

 アムロも迎え撃つ。

 

 実際のところはアムロも焦っていた。

 実の妹を自らの手で殺めてしまった衝撃が、シャアの持つニュータイプ能力をよりいっそう開花させていたのだ。剣での戦いになる前の銃撃戦で、アムロは前生では受けなかった数発の被弾により傷ついている。ほとんどは掠り傷だが、ノーマルスーツの中にはいくつもの血だまりの感触がある。

 

「うぉおおおーッ!」

「あああっ!」

 

 雄叫びとともにぶつかり合ったシャアとアムロが、ララァには差し違えたかのように見えた。

 

 シャアの剣はアムロの右肩を貫き、アムロのそれはシャアの眉間を打っていた。

 

 中空で重なった二人は、時が止まったかのように動かない。

 

「…今、アルテイシアが言った。ニュータイプは戦いの道具ではないそうだ」

「だからっ、最初からそう言ってるだろうがっ」

 

 再びアムロは突っ込んだ。全ての仮面を外したこの男は、意外に天然なのかもしれない。

 薄い空気が爆風となってララァを襲った。

 ララァは乱暴に吹き飛ばされた。シャアがすかさず後を追い、アムロもその後を追う。三人は、どうにか安全そうな通路の壁に身を寄せた。

 

「大佐!」

「大丈夫か、ララァ」

 

 その優しい声音にララァは、シャアがいつものシャアに戻ったことを感じた。

 

「大佐こそ。…額の傷は」

「ヘルメットがなければ即死だった。…すまなかったな、ララァ」

「いえ…」

「…赤毛でくせ毛の少年はどうした?」

「アムロ・レイだよ、シャア!」

 

 アムロは傷の痛みに耐えながらシャアに突っ込んだ。この男、アムロの天然パーマに気づくなどニュータイプ能力を変なところに覚醒させている。

 

「ふむ。その元気なら大丈夫そうだな」

「おかげさまでな…」

「アルテイシアのおかげで私のするべきことがわかった。…私の同志となってくれるか、アムロ君」

「貴様が人を不幸にしない限りはな…」

「私はそんなに情けない男か、ララァ?」

「ふふっ、どうでしょう。でも、大佐にはいつでも私がついていますから」

「助かる、ララァ」

 

 何をイチャイチャしているんだこの二人は…と思いながら、アムロは折れて腕に刺さったままの剣を抜き、ノーマルスーツのあちこちにテープを貼り付け応急処置を終わらせた。

 立ち上がり、シャアを見る。

 

「シャア。どうするんだ、これから」

「ザビ家打倒なぞもうついでのことだが…やはり許せぬとわかった。その決着はつける」

「大佐、キシリア閣下は此処を離れるようです」

「急いだほうがいいな。アムロ君、君はどうする」

「俺のことはいい。ザビ家を討ち滅ぼして、そのあとはどうするつもりだ、シャア」

「そうだな…しばらく地球圏を離れて考えてみるのも悪くないか? な、ララァ」

「大佐がそうなさりたいなら」

 

 ララァは微笑みながら答えた。アムロは強くシャアを見つめながら言葉を紡ぐ。

 

「だが、忘れるなシャア。貴様はスペースノイドの意思を背負って生きなければいけない男だ。それをしない…あるいは間違った手を使うというなら、俺はお前を討つ」

「正直荷が重い話だが、考えておこう、アムロ君。…いくぞ、ララァ」

「はい、大佐。」

 

 アムロはア・バオア・クーの奥へと消えていくシャアと、一度だけ足を止めて振り返り微笑んだララァを見送った。

 心の底からため息をつく。

 これでシャアがアクシズ落としなどという暴挙を成さない、とは限らない。だが、今の自分にできることはやった。もしもシャアが再び愚行を犯すなら、もう一度…先ほどシャアに言ったとおり、今度こそ自分が奴を止めるだけだ。

 

「さて、ガンダム…コアファイターはどっちだ?」

 

 自動操縦に切り替えてガンダムを降りる際、アムロはビーコンを作動させてきた。

 要塞内という至近距離でもミノフスキー粒子の電波障害は影響していたが、か細いながらもビーコンはどうにかアムロをガンダムに導いた。

 大破して横たわるガンダムの上半身を排除し、機首を展開したコアファイターのコクピットに身体を納める。

 ノーマルスーツの下で、あちこちの傷の痛みがアムロを襲った。だが、アムロにはまだやらなくてはならないことがある。

 

“しかし…今の俺にできるか、あの時と同じことが…”

 

 アムロは自分のニュータイプ能力が15歳のころに比べて衰えていることを自覚している。そんな自分が、ホワイトベースの仲間たちに語り掛けることができるのか。

 

“大丈夫。あなたならできるわ、アムロ”

 

 そんなセイラの声をアムロは聞いたような気がした。

 

「そうだな…やってみるよ、セイラさん」

 

 アムロは目を閉じて、心を広げてみた。

 ブリッジで命令を下すブライト、隔壁を閉じるよう指示を出すミライ、モビルスーツを捨ててなおホワイトベースを守り戦うカイとハヤト、そして艦内に隠れ必死で涙をこらえるキッカたちと、そんな三人を必死で励ましているフラウ・ボゥ。

 

「ああ。見える。見えるよ、セイラさん」

 

 アムロは仲間たちに呼びかけた。退艦命令、脱出ランチの準備、撤退の指示、そして脱出ランチへ向かえというメッセージ。

 

“…ああ、ララァたちはどうした?”

 

 アムロは、ザンジバルのブリッジ前に立ちふさがり、バズーカを構えるシャアの姿を見た。

 伸びた火柱がザンジバルのブリッジを貫く。シャアは復讐を遂げたようだ。いや、復讐ではなく、ニュータイプが生まれ育つ世界を歪める独裁の血を絶ったのだ。

 だが、シャアにとってこれはまだ始まりである。

 シャアはこれから、地球の引力に魂を魅かれた者たちと長く、辛抱強く戦い続けなくてはならないのだ。

 

 ブライトたちの乗った脱出ランチがア・バオア・クーを離れていく。

 程なくして、ホワイトベースは撃沈した。

 

“さあ…俺も脱出だ”

 

 アムロはコアファイターを発進させた。

 コアファイターにはジオングと相打ちになった時のダメージがあり、燃料もほとんど残っていない。姿勢制御用のサブノズルを何度か吹かすことができる程度だ。

 そしてアムロ自身も、仲間たちを導くためにニュータイプの力を使い果たしてしまった。

 残された力を振り絞って宇宙を目指したが、今のアムロにはもう、どちらへ向かえばこの巨大な宇宙要塞から脱出できるのかわからない。

 

“前の時と同じだな…頼むよカツ、レツ、キッカ。もう一度俺を助けてくれ”

 

 アムロは目を閉じて、チビたちの声が聞こえるのを待った。不安を紛らわせるために、これから先のことを考えてみる。

 

 一年戦争は数刻の後に終わる。

 仲間たちと合流できた脱出ランチは連邦軍の艦に収容され、それからは保護という名の監察処分が続く。連邦軍による長い軟禁生活の始まりだ。だが、今のアムロは大人しく前生をなぞる気はない。

 

“…エゥーゴを立ち上げたのは確か、ブレックスという准将だったな…。シャア…いや、地球に戻ってきた時の奴はクワトロ・バジーナと言ったな、奴より先にブレックスという男に接触してみるか? …いや、ハヤトと一緒にカラバを立ち上げるって手もある…”

 

 しかし、エウーゴもカラバも、旗揚げして精力的に活動を開始するのはティターンズが勃興してからだ。

 

“あれは…何年ごろだったかな? くそ、こんなことになるならもう少しやる気を出して暮らしているんだった…”

“よし! わかったぞぉ! わかるゥ!”

 

 突然、頭の中にキッカの声が響いた。

 

“…キッカか? みんなはどっちだ? …右でいいのか?”

 

 アムロも思念でキッカに語り掛ける。

 

“そ。ちょい右!”

“ちょい右ぃー”

 

 アムロはシャアにやられた傷の痛みに耐えながら、レツとキッカの声に応えて操縦桿とペダルを操作した。

 

“はい、そこでまっすぐ!”

“こっちだよこっち”

“大丈夫だから!”

“すぐ外なんだからぁ!”

 

 アムロは賑やかな三人のチビたちの声に従って、コアファイターの姿勢制御ノズルを吹かし、宇宙要塞の中を移動していった。

 やがて、コアファイターは広い空間に出た。あたりを見渡すと、百メートルほど先に星々が小さく輝いている。モビルスーツの発進ゲートらしい。出撃することなく朽ちたリック・ドムとザクが中空を漂っていた。

 アムロのニュータイプ能力がわずかに力を取り戻し、宇宙が見える反対側…ア・バオア・クーの深部に当たる方角でもうすぐ何かが起こることを感じ取った。コアファイターの機首を宇宙に向ける。カツ、レツ、キッカの声がアムロの頭の中に響く。

 

“いい、アムロ。あと、ごー”

“よん!”

“さん!”

“にぃ!”

“いち!”

“ぜろぉ!”

 

 アムロは身をすくめて衝撃に備えた。

 同時に背後で大きな爆発が起こり、その衝撃を受けてコアファイターは乱暴に加速される。発進ゲートの内壁に衝突を繰り返しながら、コアファイターは宇宙へと飛び出した。宇宙へ戻った開放感が、アムロのニュータイプ能力を呼び起こす。

 

「あっちか…!」

 

 アムロは残り少ない燃料でコアファイターを方向転換させ、宇宙を流れていった。

 やがて、仲間たちの気配を感じ取れるようになる。

 小さな発光信号がアムロを呼んでいた。

 ちっぽけな脱出ランチに、アムロを待つ仲間たちの姿が見えた。

 二度目の景色にも拘らず、アムロの目には涙が溢れ出していた。

 自分を待っていてくれる暖かい光の主たちを見つめ、そしてアムロは自分の旅はまだ終わっていないことを思い出す。アムロは、シャアやララァとともに、ホワイトベースの仲間たち…いや、すべての人間が幸せに生きていける新しい未来を創り出さなくてはならないのだ。

 

 そしてアムロは、その未来に大切な仲間の一人がいないことを思い出した。

 

「ごめんよ…俺にはまだやらなきゃいけないことがあるんだ。こんなに嬉しいことはない…わかってくれるよね? セイラさんには、いつでも会いに行けるから」

 

 アムロはコアファイターのコクピットを蹴った。

 ゆっくりと宇宙を流れながら、ホワイトベースの仲間たちのもとへと近づいていく。

 ……

 …

 

永井一郎「この日、宇宙世紀0080。この戦いの後、地球連邦政府とジオン共和国の間に終戦協定が結ば

 

 アムロの視界が、ぐるりと廻った。

――――――◇ー◇ー◇――――――     

「なに?!」

 

 気が付くと、アムロは狭いコクピットにいた。

 アムロは眼前にあるものが照準器だとも気づかぬまま乱暴に押しのけ、前後左右を見渡した。

 正面と左右には平たいモニターが配置され、正面モニターの上には通信用の小さなサブモニターが設置されている。

 汗ばんだ手が握りしめているのは、アームレイカーではなく昔懐かし…くもない操縦桿だ。

 

 操縦桿?

 

 そしてアムロは、自分が素手で操縦桿を握りしめていることにようやく気がついた。

 自身の手首は、デニムのジャンパーの袖口に包まれている。

 

「! なんだ、此処は!」

 

 アムロは思わず叫んだ。

 見回したモニターには、緑が多くあつらえられた丘陵地の景観があった。

 直感的に、アムロは此処がコロニーの中だと理解した。それも造られて間もない…新造のスペースコロニーだ。

 正面のモニターに、マシンガンを構えゆっくりと歩いてくる緑色のモビルスーツが見えた。

 ネオ・ジオンのモビルスーツ…ギラ・ドーガにしては妙にのっぺりとして野暮ったく、そのフォルムは全体的に丸みを帯びている。

 

「…ザク、だ?」

 

 アムロは自身の置かれている状況を本能的に理解した。

 確信を得るために、膝元に視線を落とす。そこには…あれがあった。

 

 地球連邦軍Ⅴ作戦の極秘マニュアル。

 

「――ガンダムのコクピットか? 此処は!」

 

 此処は…今は、宇宙世紀0079の9月。サイド7。2機のザクと戦った、アムロ・レイ初陣の時だ。

 

 



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第二部 廻 戦士
第17話 ガンダムまた大地に立つ!!


  

 訳が分からなかった。

 いや、一度目のタイムスリップだって訳がわかっているわけではない。だが、何故ア・バオア・クー宙域にいた自分が再び…いや、三度サイド7にいるのだ? 

 

”…ははっ、怯えていやがるぜ、このモビルスーツ”

 

 ザクのパイロットの思念がアムロの中に流れ込んできた。マシンガンの銃口がガンダムに向けて鈍く光る。だが、今のアムロはそれどころではない。

 

「うるさい! 引っ込んでいろ!」

 

 ガンダムの右拳がザクの頭を殴りつけた。強大なパワーにザクの巨体が大きく揺らぐ。

 

「うぁあああああっ!」

 

 アムロの気合とともにガンダムの左腕がビームサーベルを抜き放ち、そのままザクの胴体を袈裟切りにした。

 

“――しまった!”

 

 アムロはガンダムのロケットノズルを全開にして距離を取る。推進剤が発火したザクは爆発を起こし、サイド7の大地に宇宙までつながる巨大な亀裂を造った。最初の時と違い、地表での爆発はサイド7にアムロが知る以上のダメージを与えていた。

 

“――父さん?!”

 

 アムロは、テム・レイの気配が宇宙に吸い出され遠ざかっていくのを感じた。

 

「何をやっているんだ、俺は!」

 

 迂闊なヘマにアムロは苛立ちつつ、もう一機のザクに目を向ける。仲間をやられた怒りに任せて突進してくるはずのザクは、ガンダムの動きと攻撃力…いや、アムロの迫力にたじろいだのか立ちすくむばかりで向かってこない。

 

「ええい!」

 

 アムロは自分からザクに駆け寄り、逃げる間も与えずサーベルでコクピットを貫きその動きを止めた。

 崩れ落ちて屍となったザクを見下ろしながらため息をつき、握りしめていた操縦桿から手を放し額の汗をぬぐう。

 メインカメラを回して、静けさを取り戻したサイド7の惨状を見渡してみる。

 

「…どうする…これから!」

 

 アムロはいら立ちを隠せず独り言ちた。

 

   * * *

 

 声だけでテンパっていることがよくわかるブライトに言われるまま、アムロはガンダムのパーツをホワイトベースへ搬入する作業を続けていた。

 しかし、心は此処にあらず、である。

 今、アムロはガンダムで無人のガンタンクを支えながら、サイド7の外壁の内側にあたる大地から宇宙港へ昇る巨大なエレベーターに載っている。

 

 アムロ・レイ、29歳。

 地球連邦軍外郭部隊ロンド・ベルMS隊隊長。

 階級は大尉。

 地球へ落下するアクシズの破片を押し戻そうと巨大な岩塊に取りつき、最期の瞬間にタイムスリップして再び宇宙世紀0079を生きる破目になった男だ。そして今、三度目のガンダムでの初陣を済ませた。

 

 これが、アムロが知る自分自身である。

 しかし、今の自分はサイド7で少しばかり有名だったらしい、機械いじりが好きな15歳の少年だ。サイドモニターの電源を落として暗い画面に映してみた自分の顔は、乳臭ささえ残る少年の顔である。

 

「どうやら俺は…意識だけが昔の自分に戻ってしまったのか? それも、また、だ!」

 

 アムロはもともとの気質がリアリティを重んじる技術者タイプである。

 そして、長く戦場で生きてきた軍人だ。

 どんな予想外のあり得ないことが起きてもそれを受け入れ迅速に判断し、対応してきたから生き延びることができた。

 その一方で、ニュータイプ同士の意識の共有と刻の間を見るなどという、まるで科学的ではない超常現象も体験している。

 それはアムロ自身、自分の体験でなければオカルトだと思うような話だ。

 しかし、この矛盾からできていると言っていい自身の成り立ちが、意識だけが若い頃の自分へタイムスリップするなどという信じられない状況を、アムロに現実として受け入れさせていた。

 

 …ただし、それは一度目の時は、である。

 さすがに二度目ともなると、そう簡単に現実として受け止めることはできなかった。

 いや、受け止めることはできている。正確に言えば、何故またなのだという怒り、だろう。

 通信のコールが入り、モニターに齢若いブライトの硬直した顔が映ってもアムロは笑うどころではなかった。大体この三ヶ月、19歳のブライトとはさんざん顔を突き合わせていてもう見飽きている。

 

『聞いているのか、アムロ! やり方はわかるのか!』

「ああ、スーパーナパームを使うなら大丈夫だ」

 

 アムロは不機嫌を隠すことも忘れたまま乱暴に答えた。

 

『…ならさっさと始めてくれたまえ。出港まで時間がないのだ。急げよ!』

 

 ブライトの冷ややかな怒りにも気づかず、アムロはスーパーナパームを探しにホワイトベース内の倉庫へとガンダムを向かわせた。

 見つけたスーパーナパームをガンダムの小脇に抱えてサイド7に戻る最中、アムロは民間人ともみ合うジオンの兵士らしきノーマルスーツの男を見かけた。

 

“――シャアだ!”

 

 急いでガンダムで駆け寄ったが、ランドムーバーを駆るシャアは小回りを利かせて飛び回り、そのまま姿をくらましてしまった。アムロは舌打ちし、足元でガンダムを見上げる民間人に目をやった。

 

”セイラさん…か!”

 

 ガンダムのカメラ越しに、アムロはセイラに目を奪われた。

 ひとつ前の前生で、兄・キャスバルに殺された金髪の美少女。

 アムロはセイラの断末魔の意識の拡散を思い出した。

 絶望や悲しみに囚われる間もなく、一瞬の恐怖ととてつもない痛みを受けてその思惟は宇宙に広がっていったのだ。

 

 そして、アムロは思い出していた。

 タイムスリップした自分の成すべきこと、である。

 

 ホワイトベースの仲間たちを守り、シャアをスペースノイドの希望とする。

 

 …

 アムロは再び決意した。

 また転生した理由は、わからない。

 わからないが、もう一度宇宙世紀の歴史を創り直せというのなら、それをやる。

 それだけだ。

 助けることのできなかったセイラも、今度は死なせない。

 アムロは自分の中に沸々とこみ上げてくる光の力を感じた。

 

「…モビルスーツの方。どうなさったのです?」

 

 近づいてきたものの立ちすくむガンダムを見かねて、セイラが声を掛けてきた。その声にアムロははっと我に返る。

 

『スーパーナパームを使います。この辺りにあるモビルスーツのパーツを処分するんです。ガンダムの手に乗って寝そべってください』

 

 アムロはガンダムの掌を操作し、セイラの身体を潰さぬように包み込んだ。ブライトに先程の非礼を詫び、逃走したシャアのことを報告しながら港へと移動する。巨大エレベーターにガンダムを載せながら、アムロはガンダムの掌に寝そべるセイラをちらりと見つめ、3度目の宇宙世紀0079に決意を新たにした。

 今度はこの金髪の少女も守り抜いて、皆が幸せな宇宙世紀を築き上げるのだ。

 アムロの心は志と希望に満ちていた。

 

   * * *

 

 五日後、ガンダムは大気圏突入に失敗し、アムロ・レイは燃え尽きて死んだ。

 

 



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第18話 アムロ散る

 
 やあ!
 黒・しんしーです!
 おはこんばんちわ!(ふっきれた笑顔)

 第一部、多くの皆さんにお付き合いいただきまして、本当にありがとうございました。
 たくさんの感想をいただき、大変励みになっております。

 …さて、物語は、ターニングポイントを迎えました。
 アムロ大尉の本当の旅は、今、始まったのです。
 これまでどおり、あまりハードルを上げず、
 付けておりますタグを再度ご確認の上、緩~い心でお付き合いくだされば幸いです。
 まあ、展開は黒いけどな!




 
 …
 ―――― う、う ろ ぶ ちぃぃぃ?  … orz
 



 

 大気圏突入による電波障害で、アムロはホワイトベースから孤立した。

 思わずため息をつく。

 今度こそは時間内にホワイトベースに戻ると心に決めていたのだが、やはり戦いに時間がかかった。ガンダムで大気圏突入する羽目になるのは、避けることのできない固定イベントなのだろうか。

 ホワイトベースの進路がどうなったのか気になるところだが、今は確認する術もない。それよりも、今は我が身の心配だ。

 アムロはガンダムの操縦マニュアルをめくった。大気圏突入の手順はかなり後ろの方に載っている。

 

「あった。大気圏突破の方法が…」

 

 アムロはページを読み込み、あらためてため息をついた。

 また耐熱フィルムだ。

 勿論この出撃前に、装備されている大気圏突入機能が耐熱フィルムであることは確認している。別に無事に大気圏突入ができるのなら問題はない。問題はないが…なにかこう…耐熱フィルムで大気圏突入をしているガンダムを想像してみると、アムロは非常に複雑な気分になるのだ。あくまでもイメージなのだが、リアル感に乏しいとでも言うのだろうか。しかし技術的にはこちらの方が理にかなっていて現実的な気もするし、とにかくアムロは何ともデリケートな気分にさせられるのだ。

 

 いや、そんなことを考えている暇はない。

 ガンダムのコクピットはすでに温度が上昇してきている。

 アムロは思考を停止して、マニュアルどおりに大気圏突入シークェンスを開始した。

 

「…姿勢制御。冷却シフト。全回路接続…耐熱フィルム!」

 

 ガンダムは下腹部のポケットから耐熱コーティングが施された巨大なシートを展開し、大気が生み出す高熱から逃れようと…した。しかし、ガンダムの右手は何も掴むことなくフリーズした。コクピット内に緊急ブザーが鳴り響く。

 

「なに? どういうことだこれは? …エラーコード099? 耐熱フィルムが積み込まれていない、だと…?」

 

 アムロは必死で大気圏突入シークェンスを何度も繰り返した。しかし、その度にガンダムは虚しく指をつまみ合わせ、動きを停める。物理的に搭載されていない物は、何度やったところで取り出せるわけはないのだ。

 

「どうなってるんだ、いったい! メカニックの連中は何をやっていた! …駄目だ、うわぁっ!!」

 

 ガンダムのコクピット内は目に見えるほどに赤熱化し、大きく揺れながらあちこちで火花を咲かせた。ガンダムの機体各所が大きくかしいでいく。

 

 その頃、シャアはコムサイの操縦室でモニター越しにガンダムの様子を窺っていた。

 

「あのモビルスーツはなんとか手に入れたかったが、やむを得んな。破壊できるだけでも良しとしよう。ドレン、無線が回復したら大陸のガルマ大佐を呼び出せ」

「ようやくわかりましたよ、シャア少佐。よしんば大気圏突入前に敵を討ち漏らしても、敵の進入角度を変えさせて我が軍の制圧下の大陸に木馬を引き寄せる、二段構えの作戦ですな」

「戦いは非情さ。そのくらいのことは考えてある」

 

 シャアは乱れる映像の向こうでガンダムが爆散していく様を、仮面の下でドヤ顔を決めながら見つめていた。

 

 シャアは、名も知らぬガンダムのパイロットの断末魔の叫びを聞いたような気がした。

――――――◇ー◇ー◇――――――

“…ははっ、怯えていやがるぜ、このモビルスーツ”

 

 流れ込んでくるジーンの思念をアムロは感じ取った。マシンガンの銃口がガンダムに向けて鈍く光る。だが、今のアムロはそれどころではない。

 

「! なんだ、此処は! …まさか、またか?!」

 

 此処は…今は、宇宙世紀0079の9月。サイド7。2機のザクと戦ったアムロ・レイ初陣の時だ。

 

 ……

 …

 

「出てくるなら早く出てくれよ」

 

 宇宙要塞ソロモンの内部に侵入したアムロとガンダムは、ドズル・ザビ中将の気配を追っていた。

 

『うわあーっ!!』

『ビ、ビームが。ば、化け物だーっ!!』

 

 通信機に飛び込んできた絶叫が、アムロに敵が近いことを教えた。

 

「いたか! 確かめてやる」

 

 ガンダムはモビルスーツ用の巨大な通路を進んでいく。やがて、前方の十字路にぐずぐずに溶解したジムとボールの残骸が見えた。

 

「遅かったか。――むこうか!」

 

 アムロは額に電気をスパークさせながら、ガンダムに十字路を折れさせた。

 モビルスーツ用の通路は数百メートル先で、上下に伸びた巨大な発進口に繋がっているようだ。そこに、巨大な鉄柱のようなものが動いているのが見える。

 

“あそこか、ビグ・ザム! 間に合った!”

 

 連邦軍の艦隊に特攻される前にビグ・ザムを叩くことができれば、甚大な被害を未然に防ぐことができる。アムロはガンダムを駆けさせた。が、次の瞬間、アムロのニュータイプ能力は自身に自分の死を悟らせた。

 

“――しまった!”

 

 おそらくビグ・ザムは脚を折って屈むようにして高さを合わせたのだろう。通路の先に巨大な砲口が覗き、解放を待ちきれない無数のメガ粒子の光が一つの強い光芒となった。人間感覚では巨大な通路も、モビルスーツには逃げ場のない細い一本道だ。ガンダムは無駄を承知でシールドをかざす。

 

 物理的な力とさえ言っていい光の柱に飲み込まれて、アムロとガンダムは消滅した。

――――――◇ー◇ー◇――――――

“…ははっ、怯えていやがるぜ、このモビルスーツ”

 

 流れ込んでくるジーンの思念をアムロは感じ取った。マシンガンの銃口がガンダムに向けて鈍く光る。だが、今のアムロはそれどころではない。

 

「! なんだ、此処は! …まさか、ま(ry

 

 ……

 …

 

 中央アジア、砂漠地帯。

 ホワイトベースはランバ・ラル隊の艦内への侵入を許し、兵士と兵士が互いに生身をさらす、血みどろの戦いを続けていた。

 

“…まったく、この展開になるとは、今度のやり直しときたら…!”

 

 拳銃を手に通路を掛けていたアムロは、ジオンの兵士と出合い頭に取っ組み合いになった。

 鍛え上げられた屈強な兵士に、インドア派のハイスクールの生徒の体力が太刀打ちできるわけはない。

 顔面を思いきり殴られ、さらに床へと投げ飛ばされた。

 

「…くっ!」

 

 兵士の持つアサルトライフルの銃口が目の前で鈍く光るのを、アムロは見た。

 

 ダダダダダッ!

 

 アムロの意識は、瞬時に消し飛んだ。

 もう一発、銃声。

 最後に、硝煙の立ち上る拳銃を片手に走り寄ってくるブライトを見たような気がする。

 

「アムロ! しっかりしろ! ガンダムをセイラと代われ。第2ブリッジの敵をガンダムで撃退するんだ! アムロ! アムロ―――!」

――――――◇ー◇ー◇――――――

“…ははっ、怯えていやがるぜ、このモビルスーツ”

 

 流れ込んでくるジーンの思念をアムロは感じ取った。マシンガンの銃口がガンダムに向けて鈍く光る。だが、今の(ry

 

 ……

 …

 

「もう剣を引け! 汚い手しか使えないお前はもうパワー負けしている!」

 

 ガンダムはテキサスコロニーの宙域で、尖った細い角を頭に付けた灰色のモビルスーツと、剣戟を振るいあっていた。

 なかなか姿を現さず、僚機に牽制させて宇宙機雷が撒かれた宙域に誘い込んだりする小賢しいパイロットの戦い方に、アムロは苛立っていた。

 

「ええい!」

 

 アムロは思い切りよくロケットノズルを吹かし、一気に敵モビルスーツに肉薄した。 

 灰色のモビルスーツはシールドをかざし、身を隠す。

 

「無駄だ!」

 

 ガンダムはビームサーベルで一気呵成に切りかかる。

 

“フフフ。かかったな、ガンダム”

 

 ドコドコドコッ!

 

「うわぁっ、盾からミサイルが! だまされたあっ!」

「もらったぞ、ガンダム!」

 

 つんっつんっつんっ!

 

 どかーん!

 

 マ・クベ、アムロとガンダムに三勝目。

――――――◇ー◇ー◇――――――

“…ははっ、怯えていやがるぜ、このモビルスーツ”

 

 流れ込んでくるジーンの思念をアムロは感じ取った。マシンガンの銃口が(ry

 

 ……

 …

 

“聞け、シャア!”

 

 ガンダムは振り向きざまに、エルメスが操るビットを撃破する。

 連邦とジオンの決戦の場となるア・バオア・クーへ向かう宙域で、アムロと、ララァと、そしてシャアは戦っていた。

 連邦の白き流星に、ジオンの赤い彗星とソロモンの亡霊が猛攻をかける。

 

“ニュータイプを戦いの道具にするな! お前だって人の革新を見たいんだろうが!”

“なんなのだ、この不快な感覚は!”

“…あそこに、アムロと兄さんが…?”

“――セイラさんか? 此処は危険だから! 頼むからもう来ないでくれ!”

 

 シャアの説得を続けながら、アムロの知覚は接近してくるもう一つの思惟を感じ取った。セイラのコアブースターが、アムロ達が戦う宙域に闇雲に飛び込もうとしている。

 

“! 駄目だ、シャア!”

 

 アムロは叫んだ。

 

「なに?!」

 

 アムロの強い思念の叫びに、ゲルググのビームナギナタの刃は、かろうじてコアブースターのキャノピーを焼かずに避けて宇宙の虚無を切った。アムロは安堵する。しかし、ララァはアムロのその隙を逃さなかった。

 

“ごめんなさい、アムロ! あなたの来るのが遅すぎたのよ!”

 

 ほんの一瞬動きを停めたガンダムを、ビットの放ったメガ粒子の光線が四方から刺し貫いた。

 

“――ララァ!”

 

 アムロは絶叫する。

 

“私は救ってくれた人の為に戦っているわ”

“たった、それだけの為に?”

“それは人の生きる為の真理よ”

“では、この僕達の出会いはなんなんだ?”

“これは? これは運命なのよ、アムロ!”

“うわぁあ――ッ!”

 

 ガンダムとともに、アムロの身体は爆散し消失した。

――――――◇ー◇ー◇――――――

“…ははっ、怯えていやがるぜ、このモビルスー(ry

 

……

 

 






 …
 …自分で書いといてなんですけど! 
  こんな鬱展開、ザツにしなけりゃ、やってられないっすよ!
      (ノンアルビール片手に、やさぐれながら(汗。 )


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第19話 アムロ・レイ、脱出せよ

 

「そう、このバルブが 一本やられているわけだから」

「ああ、それで出力に8パーセントの影響が出るんですね」

 

 宇宙世紀0079、9月下旬。

 ジオンに追われながら北米大陸を彷徨うホワイトベースのブリッジに、生き延びたい少年たちが集っていた。少年たちはそれぞれに計器やコンピューターにかじりつき、試行錯誤を繰り返している。

 

「マーカー、出力12パーセント減で計算してみてください」

「了解。…無理ですね、衛星軌道には到底乗れません」

 

 操舵手のミライとオペレーターのマーカーの会話を聞きながら、アムロはオムルに声をかける。

 

「そっちの回路と接続できるんだろう?」

「ああ」

「カタパルトの強度は?」

「ああ、そりゃあ大丈夫だ。中央カタパルトはもともとガンペリー用だ、コアファイターなら持つよ」

「よかった…」

 

「そんな。我々は軍人です。民間人を守る義務があります」

 

 リード中尉と話し込んでいたブライトが唐突に声を荒げた。

 リード中尉とは、ルナツーより随伴していたサラミスの大気圏突入カプセルから移乗してきた連邦軍の士官だ。肝の小さそうなこの中尉は、ブライトの剣幕に押されながら反論する。

 

「だ、だからこそだよ。百人以上いる避難民をホワイトベースから降ろせばだな、我々は衛星軌道に戻って態勢を」

「此処はジオンが占領している所なんですよ。子供や老人達を…」

「避難民を、降ろすの?」

 

 フラウ・ボゥが、そばにいたカイ・シデンに尋ねた。

 

「いや、ブライトさんはいつまでも逃げるつもりよ」

「そんな事は言っていない!」

 

 ブライトの怒声が今度はカイに飛ぶ。

 

「へえ、悪かったかい? でもよ、食料はどうするんだい? 戦闘できない人達が百人もいるんだぜ」

「カイ…!」

 

 カイの言い分は正論ではある。だが、ブライトにはそれを飲み込むことはできない。

 

「今の少年の言う通りじゃないか、え?」

 

 ブライトは、カイの尻馬に乗るリード中尉に対してさらに込み上げてきた怒りをどうにか噛み潰した。頃合いかと見たアムロはブライトに声をかけ、オムルと検討していたある計画を口にする。

 

「ホワイトベースのエネルギーを利用してコアファイターを発進させる?」

 

「ああ。弾道軌道に乗れば目的地には確実に着ける筈だ」

「確かに可能性は十分ね。さっき計算してみたんでしょ?」

 

 傍らで聞いていたミライがアムロに問いかけた。

 

「ああ。中央カタパルトにメインエンジンのスチームバルブを繋げさえすれば、やれる…筈、です」

「しかし…」

「いつまでも敵と根比べを続けてても始まらねえでしょう。アムロの提案をやってみたら?」

 

 カイの意見に、逡巡しているブライトは頭を捻る。

 

「カタパルトを手直しできるかどうかの問題がある。それに、やれたとしても発射する時のショックに誰が耐えられるか」

「言い出したのは俺…僕です。失敗しても犠牲者は一人ですむはずです」

「アムロ…」

「おうおう、言ってくれるねえ」

 

 茶化すカイは無視して、アムロはブライトに言葉を続けた。

 

「失敗すると決まった訳じゃないでしょう! ブライトさん、カタパルトの手直しをお願いします」

「よし! よろしいですね? リード中尉」

 

 ブライトは決断し、キャプテンシートに座るリード中尉に了解を求めた。リード中尉に異論があろうはずはない。

 

「認める。なによりもまず参謀本部に連絡を取ることだからな」

「了解です」

 

 アムロはリード中尉に敬礼を返した。

 

 中央カタパルトの手直しの間に、アムロは軽い食事を済ませた。カタパルトにセットされたコアファイターのコクピットにアムロは身体を預ける。通信機越しにミライの声が聞こえてくる。

 

『カウントダウンに入ります。いいわね? アムロ。…5、4、3、2、1、0』

 

 コアファイターを打ち出すには明らかに大きすぎるカタパルトが、轟音と突風を生んだ。

 

「うわあっ! …うっ…う…」

 

 身体の全面の空気が突然、想像を超える巨大で固い壁となってアムロの意識を押し潰した。

――――――◇ー◇ー◇――――――

 

 ……

 …

 両脚を投げ出して草原に座るガンダムを、10名ばかりの男たちが眺めていた。

 彼らの背後にはワッパと呼ばれる何機ものホバーバイクが駐機されている。男たちは、代わる代わる、のんびりと、双眼鏡をのぞき込んでいた。

 

「ん?パイロットらしい奴が爆弾をはずすらしいですぜ」

「常識的に考えたってもう爆発するってのはわかるはずだ。それをはずそうってのか」

「あと10分しかないんだぞ、本気でやるつもりかよ」

 

 ジオンの兵士たちのそんな会話を知る由もなく、アムロはガンダムに取り付けられた爆弾をまた一つ取り外すことに成功した。

 

「――ふう…」

 

 高所作業車の架台を移動させながら、アムロはバケットに収めた爆弾を見つめた。

 

“今これが爆発したらガンダムは勿論、俺だって…”

 

 チッチッチッ、かちり。

 

「え?」

――――――◇ー◇ー◇――――――

 

 ……

 …

 

『アムロ、目を覚まして、アムロ』

 

 アムロの意識は混濁から抜け出そうとしていた。

 

『アムロ、アムロ、応答して、アムロ』

 

 セイラの冷静な、しかし悲壮な呼び声がアムロの意識を現実へ引き上げる。

 

「お、俺は…」

『気がついて? アムロ』

「セイラ、さん…」

 

どうやら、また自分は弾道軌道への射出の急加速で気を失ったらしい。

 

『アムロ、気をつけて。近くに敵の追撃機がいるはずよ』

「ああっ…!」

 

 アムロは瞬時に状況を理解した。コアファイターの教育型コンピューターが、コムサイの接近を知らせる。

 

『落ち着いて、落ち着いてアムロ』

『アムロ、断じて撃ち落されてはならん。いいか、相手をよく見るんだ』

 

セイラの声に被さってブライトの怒声がアムロの鼓膜を打つ。

 

“――言われなくたって!”

 

 前回のこのシチュエーションの時には、コアファイターが射出されたと思った次の瞬間には初陣のガンダムのコクピットへタイムスリップしていた。気を失っている間に追撃してきた敵機に撃墜されたのだろう。

 コアファイター射出のGに今度はこらえてみせる…と決意していたのだが、今のアムロは肉体的には何処にでもいるごく普通のティーンエイジャーだ。覚悟だけでどうにかなる問題ではなかった。

 

“ええい、同じヘマを二度もやらかすとは…!”

 

 アムロは操縦桿を握り直して、シャアのコムサイを照準器に捉えた。

 

「相手はたかが大気圏突入カプセルだ。戦闘機じゃないんだ…!」

 

 コアファイターの放ったミサイルはコムサイを直撃した。しかし、コムサイは被弾させられてなお悠々と降下していく。そして、入れ替わるようにドップ戦闘機の編隊が上昇してきた。

 

「ブライト、六機対一機じゃ勝負にならん。引き返すぞ」

 

『アムロ? 冷静にね。地上すれすれに戻っていらっしゃい』

 

「了解、セイラさん、リュウにガンペリーでガンダムのパーツを持ってくるように伝えてくれ。空中換装をやる」

『空中換装? 話には聞いているけど…無理よ、いきなり実戦でなんて』

「訓練なら前生で何度もやっている。大丈夫だ、急がせてくれ」

『前世…なんなの? …わかったわ、メカマンに急がせるわ』

 

 アムロはコアファイターの機首を回して、ホワイトベースへの帰途に就いた。

 ドップ戦闘機隊の追撃をかわしながら、アムロのコアファイターはホワイトベースを目視できる距離にまで帰投した。長方形の巨大な箱を抱えたローター式の輸送機・ガンペリーは、中央デッキから発進したばかりのようだ。戦闘濃度に散布されているミノフスキー粒子の影響で雑音だらけの通信から、アムロに呼びかけるリュウの声が聞こえてきた。

 

『アムロ、ガンダムパーツを投下できる高度まで上昇する。付いてきてくれ』

「了解」

 

 コアファイターはガンペリーを後方下から追尾する。十分な高度に達したところでガンペリーのコンテナが割れて、アムロの目からも懸架されているガンダムのパーツが見えた。

 

「いくぞ…リュウ! ドッキングサーチャー同調」

『レーザーサーチャー同調、5、4、3、2、1、ガンダムBパーツ投下』

「コアチェンジ、ドッキングゴー!」

 

 アムロの掛け声とともに、コアファイターは機首と翼を折りたたんだブロック状の形態に変形し上昇した。何故か下方から上昇してきたBパーツが、コアブロックと合体する。

 

『アムロ…なんかノリノリだな…』

 

 通信機からこぼれてきたリュウの独り言を、アムロは聞こえなかったことにした。いくつ前の前世かもうわからなくなってしまったが、空中換装の訓練を繰り返しているうちにリュウからタイミングを計るのに声を掛けてほしいと言われ、面白がったカイやハヤト、ジョブ・ジョン達まで交えて台詞が考えられたのだ。初めは嫌々だったアムロだが、訓練を繰り返すうちにすっかり癖になってしまった。

 

『続いて、Aパーツ投下ぁ』

「! 早いよリュウ、こっちはまだ準備が整ってないってのに!」

 

 思わずアムロは叫んだ。

 垂直姿勢で合体したコアブロックとガンダムBパーツが仰向けに倒れ込み、投下されたAパーツと高度を合わせ水平状態で合体して空中換装は完成する。しかし、まだガンダムの下半身は水平状態まで倒れ込んでいない。

 

「くっ、レーザーサーチャーの連動がまだ完全じゃないのに…!」

 

 ガンダムのAパーツがコアブロックに接近してくる。アムロは機体操作を手動に切り替え、必死で微調整をした。

 しかし。

 

「――うわっ!!」

 

 コアブロックはガンダムAパーツの赤い腹部装甲に激突した。頑強なルナ・チタニウム合金が拉げ、アムロをパイロットシートにつなぎとめるシートベルトが引きちぎれそうなほどの衝撃だ。

コアブロックはガンダムのBパーツから外れて墜落を始めた。アムロは必死で機体を制御しようと手を尽くす。

 

「くっ…リュウの奴! …駄目だ、コアチェンジができない! キャノピーも開かないじゃないか!」

 

 アムロの絶叫とともに、コアブロックは地球の大地へ引かれ、衝突した。

――――――◇ー◇ー◇――――――

 ……

 …

 

”セ、セイラさん、た、立って、立つんだ!”

「アムロ? アムロなの? でも、ここはどこだかわからないのよ…」

 

 宇宙要塞ア・バオア・クーという迷宮の中で、セイラはとある一方に目をとめた。

 

「…ここをまっすぐ?」

”そうだ、そして500メートル行ったら左へ90度曲がって…”

 …

「ああっ、ホワイトベース!」

 

 セイラの背後で爆発が起こり、セイラは広大な宇宙船ドックに放り出された。

 

「! セイラさん、こっちよッ」

「セイラ!」

 

 カイとミライがセイラに気づき、カイが精いっぱい手を差し伸ばす。

 

「おおっと!」

「カイ!」

 

 カイに抱き止められて、セイラが脱出ランチに取りついたことをブライトは確認した。

 

「よーしいいぞ、やってくれ!」

「了解!」

 

   * * *

 

 …アムロは、ザンジバルのブリッジ前に立ちふさがり、バズーカを構えるシャアの姿を見た。

 伸びた火柱がザンジバルのブリッジを貫く。シャアは復讐を遂げたようだ。いや、復讐ではなく、ニュータイプが生まれ育つ世界を歪める独裁の血を絶ったのだ。

 だが、シャアにとってこれはまだ始まりである。

 シャアはこれから、地球の引力に魂を魅かれた者たちと長く、辛抱強く戦い続けなくてはならないのだ。

 

”…アムロ、見えていて? 今、大佐が…この宇宙の悪意を絶ったわ”

”ああ…見ていたさ、ララァ。これは全ての人たちが俺たちのようにわかりあえる未来への…その第一歩だ…こんな嬉しいことはない。わかってくれるよな? ララァとは…こうしていつでも会うことができるから”

 

 アムロは残り少ない燃料でコアファイターを方向転換させ、宇宙を流れていった。

 やがて、仲間たちの気配を感じ取れるようになる。

 小さな発光信号がアムロを呼んでいた。

 ちっぽけな脱出ランチに、アムロを待つ仲間たちの姿が見えた。

 何度目なのかもうわからないほど見た景色にも拘らず、アムロの目には涙が溢れ出していた。

 自分を待っていてくれる暖かい光の主たちを見つめ、そしてアムロは自分の旅はまだ終わっていないことを思い出す。アムロは、シャアやララァとともに、ホワイトベースの仲間たち…いや、すべての人間が幸せに生きていける新しい未来を、今度こそ創り出さなくてはならないのだ。

 

 アムロはコアファイターのコクピットを蹴った。

 ゆっくりと宇宙を流れながら、ホワイトベースの仲間たちのもとへと近づいていく。

 ……

 …

 

永井一郎「…宇宙世紀0080、この戦いのあと、地球連邦政府とジオン共和国の間に終戦協定が結ば

 

 アムロの視界が、ぐるりと廻った。

 

「え?」

――――――◇ー◇ー◇――――――

 

 ……

 …

 

『我々は一人の英雄を失った。しかし、これは敗北を意味するのか? 否、始まりなのだ! 地球連邦に比べ我がジオンの国力は30分の1以下である。にもかかわらず、今日まで戦い抜いてこられたのはなぜか? 諸君! 我がジオン公国の戦争目的が正しいからだ!!』

 

 戦いを終えたアムロがホワイトベースのブリッジへ戻ってくると、メインモニターでは切れ長の目をした眉なしの男が演説をぶっていた。アムロの帰還に気づいたブライトが、アムロにちらりと目をやった。

 

「ジオンめ、あてつけに実況放送を世界中に流している。アムロも見ておくんだな!」

「ああ」

 

 アムロはあらためてジオン公国総帥ギレン・ザビに目を向けた。そういえば、アムロは何度も一年戦争を繰り返しているが、この男にはついぞ会ったことがない。

 アムロの傍らにフラウ・ボゥがやってきてそっと寄り添った。

 

「アムロ、大丈夫?」

「心配かけたようだね、大丈夫だよ」

「頑張ってね…」

「ありがとう」

 

 フラウ・ボゥとの心が和むやり取りもそこそこに、アムロの意識はギレン・ザビの演説に搦めとられていく。

 

『…戦いはやや落ち着いた。…だが、地球連邦軍とてこのままではあるまい。諸君の父も兄も、連邦の無思慮な抵抗の前に死んでいったのだ! この悲しみも怒りも、忘れてはならない!! それをガルマは、死をもって我々に示してくれたのだ!! 我々は今、この怒りを結集し、連邦軍に叩きつけて初めて真の勝利を得ることができる。この勝利こそ、戦死者全てへの最大の慰めとなる。国民よ立て! 悲しみを怒りに変えて、立てよ国民!! ジオンは諸君らの力を欲しているのだ!! ジーク・ジオン!!』

『ジーク・ジオン! ジーク・ジオン! ジーク・ジオン! ジーク・ジオン! ジーク・ジオン! ジーク・ジオン! ジーク・ジオン! …』

 

 コロニーの自転さえも揺るがしたという何百万人の熱狂が、アムロの耳朶と精神を打った。それは狂信と言っていい盲目の意思の塊だ。

 

「これが、敵…」

「何を言うか! ザビ家の独裁をもくろむ男が何を言うのか!」

 

 キャプテンシートで立ちあがったブライトが吠えた。

 

「独裁?」

 

 思わず口を突いた言葉が、一瞬ジオン公国の意思に圧倒されたアムロを我に返らせた。

 人類は一年戦争の開戦からわずか一週間で、全人口の半数を失った。

 このギレン・ザビという男の傲慢が、スペースノイドの独立の意思を利用し、55億もの命を奪ったのだ。

 この男の起こした戦争がアムロの運命もまた大きく変え、そして、シャアとの因縁が生まれた。

 その因縁の果てに、アムロは無限のように繰り返される刻の円環でこうして足掻き続けている。

 事の発端は、この男なのだ。

 アムロの中に、何かにぶつけずにはいられない怒りがこみあげてきていた。

 目の前には、伸びた支柱の先につけられたモニターテレビがあり、国民のシュプレヒコールをバックに満足げな笑みを湛えたギレン・ザビを映している。

 

「うおーーーっ!!」

 

 アムロの右拳がモニターテレビを殴り抜いていた。

 

「負けんぞ…絶対に、キサマらなどに負けるものか…!!」

 

 血の滴るこぶしを握りしめ決意を新たにするアムロを、ブライトとフラウ・ボゥは頼もし気に見守っていた。

 

   * * *

 

「シ、シミュレーションで完全に覚えているつもりなのに、Gがこんなにすごいなんて…う…あああっ!!」

 

 モニターに映ったグフが、伸ばした左手をセイラの乗るガンダムに向けた。至近距離からの、マシンガンの斉射がガンダムを襲う。

 

『ああーーーッ!!』

 

「セイラ、ガンダム、ロスト! 撃墜されました!」

「なんだと!」

 

   * * *

 

「俺が…ブラウン管を殴って怪我をしたばっかりに…セイラさんが…セイラさん…セイラさん…セイラさんセイラさん…セイラさぁぁぁぁん!」

 

永井一郎「少年たちは悲しみに沈む間もなく、次の戦場へと向かった」

   

 

 




 
 
 …そういえば、この辺を書いていた頃は
 「どういうシチュエーションならアムロ大尉を死なせられるか」ばっかり考えていました。闇。




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第20話 血まみれの巨神と月の女王

 

 ベッドの中で目が覚めた。

 起床しなくてはならない時間ではない。

 二、三度寝返りを打ってみたが、一度目覚めてしまった意識は本能が求める眠りに戻ることを許さなかった。

 眠くないわけではないのだ。だが、このジュピトリス級超大型輸送艦『メイフラワ』が木星オリュンポスコロニーを出立して約一年、ずっと続いている胸騒ぎがこのところひどく強くなってきている。あきらめてベッドを抜け出しシャワーを浴びたアムロは、新品の青い縞柄パンツで気分を切り替え士官食堂へ赴いた。

 

 アムロがいる此処は、全長2キロメートルを超す木星往還輸送艦『メイフラワ』の士官用区画である。

 宇宙世紀0092、秘密裏に木星圏を訪れたアムロ・レイは特命を受けた任務を完了し、地球圏へと戻る長い旅の途中だった。今は…火星と木星の間にある小惑星帯の軌道あたりであろうか。

 士官食堂には、アムロの部下の齢若い女性士官シマ・八丈と大柄な青年士官、通称・鉄面皮の姿があった。

 今回の特務をアムロとともに受命した、連邦きってのニュータイプである。鉄面皮はその大きな体躯を丸めて心配げにシマ・八丈に寄り添っていた。

 

「どうしたんだ?」

 

 アムロが近寄って声をかけると、シマは両の掌で抱いていたコーヒーカップから視線を上げた。その顔色は蒼白だ。

 

「…アムロ…」

 

 シマはわずかに微笑んだ。

 

「…きついのか?」

「数日前からのようですが…どんどんひどくなっているようです。大尉は大丈夫ですか?」

 

 シマの代わりに鉄面皮が心配げに答えた。だが、彼のイケメンな風貌も決して良い顔色はしていない。おそらくは自分もそうなのだろうとアムロは思う。

 

「…やはり俺たちのニュータイプ能力が何かを予感しているな…それも、お世辞にも良いとは言えないことをだ」

 

 アムロの言葉にシマは視線をカップに戻し、鉄面皮も顔を曇らせてあたりに視線を泳がせた。

 ニュータイプが神ではないことを、こういう時にアムロ達は痛感する。

 何かが起こることはわかっても、それが何かを知ることは容易ではないのだ。結果、いたずらに不安な時を過ごすばかりになる。中途半端な予知能力など単なるストレスの種でしかない。

 アムロの持つ通信機がコールサインを鳴らした。

 通信に出たアムロは短いやり取りを手早く済ませ、シマと鉄面皮の顔を見つめて言った。

 

「…艦長からだ。至急、メイン・ブリッジに来て欲しいそうだ」

「私たちもよいのですか? アムロ大尉」

 

 鉄面皮が聞き返す。

 

「構わんよ…俺の権限で許可する」

 

 なにかはわからない。だが、来る時が来たかと覚悟を決めて、アムロはよろよろと立ち上がるシマと鉄面皮を伴い、メイン・ブリッジへと向かった。

 

   * * *

 

「…隕石群と衝突する? だと?」

 

 アムロの鸚鵡返しに、中肉中背で40代後半の艦長は沈痛な面持ちで頷いた。その顔は…絶望を通り越した無我の面持ちである。

 

「『メイフラワ』の火力では…破壊できないのか?」

「…無理だ。核ミサイルが数十発あっても破壊できる量ではない…何故こんな大きな隕石群の軌道を把握できなかったのか…」

 

 艦長はこめかみを押さえながら言葉を絞り出すように呟いた。

 超長距離を往く『メイフラワ』は、積載している燃料の問題から進路の変更や加減速をすることができない。定められた航行プランを乱すということは、目的地への帰還…地球圏へ還ることを不可能とすることと同義だ。

つまり、この『メイフラワ』は巨大な隕石群と衝突する運命から逃れようがないということである。なんと無責任な航海かと思えるが、広大な宇宙空間で隕石群と航路が重なり、しかも衝突するなどということはほぼあり得ない確率と言っていい。

 

「…衝突まであとどのくらいあるんだ?」

「16時間と少し…というところだ」

「…艦長。残りの燃料から効率的な方を選ぶとして、加速か減速を掛けよう。何もしないで衝突を待つわけにはいかない。そうだろう?」

 

アムロはしばしの逡巡の後に、艦長に向けてそう言った。

 

「そうだな…。少しでも可能性がある道を選ぶべきか…だが、それでどうにかなりそうなのか、アムロ大尉?」

「わかるものか。ニュータイプは全能の神様ってわけじゃない。何もしないよりはましということだ。後のことは後で考えよう」

 

 艦長の問いかけにアムロは憮然として答えた。

 ついに意識を失ったシマを鉄面皮が医務室へ運んでいくのを見送って、アムロもメイン・ブリッジを後にした。此処にいてもアムロのできることはない。

 

“どうする…何か手はないのか?”

 

 階下へ下るエレベーターへ向かいながら、親指の爪を噛んでいることにすら気づかずアムロは必死で解決策を求めていた。

 『メイフラワ』には乗組員全員が乗り込めるだけの救命艇も装備されてはいる。しかしそれは申し訳のようなもので、いつ救助がやって来られるかもわからない宇宙の深遠で何年も…いや、何ヵ月すら生きていられるようなものではない。むしろ、加減速をかけ地球圏に帰れなくなった『メイフラワ』で漂流する方が、助かる可能性はいっそ高いかもしれない。だがそもそも、たかだか16時間ばかりの加減速で隕石群との衝突を回避できるのか?

 

 エレベーターのドアが開き、思索にふけるままアムロは中に乗り込んだ。そして、扉が閉まると同時に、アムロの意識は暗闇に包まれた。

 

“――やあ。こうして直接言葉を交わすのは初めてだったかな、アムロ・レイ君”

「――マチルダさん?!」

 

 アムロの頭の中で響いた声の主は、若干ずっこけたようだ。

 

“…残念ながら違う。私は…君たちが言うところの無限力。血まみれの巨神だよ”

 

アムロは一瞬、紺色の髪と青い瞳、細い眉に彫りの深い顔立ちをした齢若い美女の姿を見たような気がした。

 

「――無限力だと?! 」

 

むげんちから。

それこそ、アムロが往復4年以上もかけて木星を訪れ、シャアと共闘してまでその発動を退けた超常の力だ。

 

「無限力…! …まさか、この隕石群は貴様の」

“そんな誤解をされているのではないかと、やってきたのだよ。ジュドーから私の意思は聞いているだろう?”

 

 やれやれ…と言わんばかりの無限力の意志を受けて、アムロは木星で出会った齢若い…次世代のニュータイプと言える逞しい少年の顔と、その少年の別れ際の言葉を思い出した。

 

「…自分に落とす小石をシャアにするか、俺にするか考えてみる…というやつか?」

“そうだ。そして私が君に言いに来たことは、この結末は私が仕組んだものではない、ということだよ”

「…どういうことだ?」

“奇跡のような確率だが…この隕石群は本当に偶然ということだよ。そして私が言いたい一番大切なことは、このことは私が仕組んだことではないが、だからと言って私に君を助ける義理もない…ということだ”

 

 無限力の台詞にアムロは言葉を詰まらせた。

 

「…随分と身勝手な神様だな」

 

 アムロの口を衝いたのはただの負け惜しみだった。案の定、無限力が嗤うような意思を見せた。

 

“神だって? 私はそのようなものではないよ。無限の力を持っているからと言って何でもできるわけではない。できないわけでもないがね”

 

「その言い方…! この隕石群は本当に貴様が仕組んだものではないのか?」

“フフッ。いつの世も猜疑心が人を滅ぼす…”

 

 無限力の軽く、しかし冷ややかな言葉にアムロは自分の運命を悟らざるを得なかった。

 今回も、またか。

 今生では、シャアとの確執をなくすことはできなかったが、多くの仲間たちを死なせることなく一年戦争の終結を迎えることができた。

 最初の人生に一番近いやり直しができていたかもしれない。

 そしてシャアとの関係も、木星で共闘したことで、アクシズをめぐる攻防に入る前に和解することができるのではないかと一縷の希望を抱いていたのだ。

 しかし。

 今回も、志半ばで、また俺は死ぬのか。

 アムロは、歯を食いしばって、耐えた。

 無限力は、興味深げにそんなアムロを眺めている。

 

「…しかし無限力、覚えておけ」

 

 アムロは必死で、言葉を絞り出すことに努めた。

 

「…この世界での俺は此処までかもしれないがな、生きている人間の力を信じているのは俺だけじゃない」

 

“ほう? 何が言いたい?”

「貴様に落とす小石は俺だけじゃないってことだ。俺の代わりはいくらだっているんだ。無限の力を持っているというなら、その力で探してみろ!」

 

 無限力は、とめどなく膨らむ好奇心を押し殺せない…そんな笑みを浮かべた。

 

 チン!と小さな到着音が鳴り、エレベーターの扉が開いた。

 アムロは現実に引き戻された。

 

   * * *

 

「…れいとうすいみんそうち…。 そんなものが本当に…?」

「あるのだよ、アムロ大尉…いや、アムロ」

 

 此処は『メイフラワ』の艦長室である。

 再び艦長に呼び出されたアムロは、隕石群との衝突までの残り時間では、『メイフラワ』がどれだけ加減速をかけても回避は不可能であることを告げられた。乗組員はすべて、脱出艇に分乗して深遠なる宇宙に飛び立つこととなった。そして、その後に告げられた艦長の言葉は、さすがのアムロをして唖然とする内容であった…というところだ。

 

 艦長曰く、この『メイフラワ』のみならず、ジュピトリス級超大型輸送艦には救命設備として極秘裏に…『冷凍睡眠装置』が用意されているそうだ。しかも、この技術は百年以上も前からすでに確立されており、ごく一部の人間だけが長寿を甘受しているらしい。さすがのアムロをしても、にわかには信じがたい話である。

 

「ただし…と言おうか当然と言おうか、これはとてつもなく高価な設備でね。これだけ巨大な本艦にも一人分の設備しか搭載されていないのだよ」

「それを…俺に使えというのか? 艦長?」

 

 艦長は今日初めて、アムロに向けて人間臭い笑みを浮かべた。

 

「アムロ。君とは往路もあわせて3年以上の付き合いがある。そして私も…こんな仕事を長くやっていれば君やシマ少尉ほどじゃないがニュータイプの能力みたいなものが身についてもくる。この艦で生き残らなくてはならないのは君だ。明日の地球圏のためにも、人の革新を待つためにも…。私のように凡庸な人間にも、そのくらいのことはわかるのだよ」

 

 端正ではあるがモブキャラのように地味な容貌の艦長は、柔らかな面持ちでアムロを見つめた。

 

「…断っても…無駄なのだろうな」

 

 しばしの沈黙の後に哀しげに呟いたアムロに、艦長は破顔した。

 

「そういうことだ。私は君を殴って気絶させてでも装置に放り込むつもりだったからな」

「それは…勘弁してくれ」

 

 苦笑いを浮かべてアムロが答える。そんなアムロに艦長は信頼を寄せた笑顔で言った。

 

「なに、冷凍睡眠に入った君が助からない可能性も、普通に救助を待つ私たちが助かる可能性もどちらもある話だ。互いに生きて帰って笑い話にするだけのことさ」

「…そうだな。艦長、乗組員に至急、退避の準備をさせよう」

 

 頷く艦長と、アムロは固い握手を交わした。

 

   * * *

 

“無限力よ…俺が何度となく過去の自分にタイムスリップしていることも貴様は知っているのだろう? こうして何度も生き返ってはいるが、結局のところ俺は必ず死ぬ…何処にでもいる人間だ。だが、だからって俺はいつ死んでもいいなんて思っちゃいない。生きるために最大の努力をしてやる。しかし…もう一度言う。それでも…俺がこの世界で死んだ時は…世界に俺の代わりなどいくらでもいる。だから貴様は、貴様に落とす小石を探し続けろ”

 

 宇宙に放たれた冷凍睡眠カプセルの中、遠くなる意識でアムロはそんなことを強く念じていた。

 アムロの意識は凍り付いていく。

 そんなアムロの心の傍らに、いつしか無限力が寄り添っていた。

 

“いいだろう…アムロ君。同じことを繰り返している限り、それを何処で終わらせても同じことだ。なら、もう少し君たちに付き合ってみるのも悪くない。…それでいいのだろう?”

 

 しかしその思惟を受け取ることなく、アムロの意識は冷徹な氷の温度の中へと落ちていった。

 ……

 …

 

 



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第21話 ヘンだ・刻を越えても

 



 

――――――◇ー◇ー◇――――――

……

「キッカたちのいるゆうえんちが、ジオンこくのロボットに おそわれているって?」

『そうだ。アムロ、ガンダムですぐに たすけにいくんだ』

「わかった。ガンダム、しゅつどう!」

 

 ガンダムがゆうえんちにつくと、キッカたちは ジオンこくのロボットにつかまっていました。これでは、ガンダムは たたかうことができません。

 

「ふっふっふ、デニム、ジーン、いまのうちに ちきゅうぼうえいぐんのガンダムを やっつけてしまえ」

 

 シャアが ムサイせんかんから いいました。

 そのとき、

 

『アムロ、キッカたちは おれたちがたすけたぞ』

 

 ガンキャノンにのっているカイと、ガンタンクのハヤトが アムロにいいました。

 

「よぉし、ひきょうなジオンこくのロボットには まけないぞ!」

 

 ガンダムは、はりのついたてつのたまではんげきして ロボットをたおしました。

 シャアのムサイせんかんも、ホワイトベースにやられてにげていきました。

 ゆうえんちののりものは こわれて つかえません。キッカたちはがっかりしています。

 

「よし、みんなで なおそう」

「なおるまで、ガンダムであそんでいていいぞ!」

「わあい!」

 

 キッカたちは ほかのこどもたちと たのしい いちにちを すごしました。

 

   * * *

 

 アムロは、ガンタンクのたいほうのさきにのって ジェットコースターのせんろをなおしていました。このせかいにたいむすりっぷしてから、なにかいろいろおかしいなとおもうのですが、なぜか あむろはつっこむ きになりませんでした。

 

“それにしても…『はりのついたてつのたま』とはな…”

 

 アムロはジオンこくのロボットをやっつけたガンダムのぶきをおもいだして、おもわずわらってしまいました。そして、てをすべらせて、もっていたスパナをおとしそうになりました。

 

「…おっとっと…」

 

 アムロはすこし あわててしまいました。

 

 つるっ。

 

 あしをすべらせたアムロは、ガンタンクのたいほうのさきから まっさかさまにおちてしまいました。

――――――◇ー◇ー◇――――――

 …

 

「ルロイ! ガンダムは気づいてくれたのだぞ!」

――――――◇ー◇ー◇――――――

 …

 

「…人は流れに乗ればいい。私は君を、殺す。絶対に、だ」

――――――◇ー◇ー◇――――――

 …

「ララァのいない世界で、何故この私が愚民どもを導かねばならんのだ? アムロ」

「歯ぁ食いしばれ、シャア! 貴様、修正してやる!!」

「うっ、あっ、な、殴ったな…」

「殴ってなぜ悪い? 貴様はいい、そうして拗ねていれば気分も晴れるんだからな!」

「わ、私はそんなに安っぽい人間か!?」

 

 アムロの鉄拳が、再びシャアの頬に見舞われた。

 

「…二度も殴った。父にも殴られたことがないというのに!!」

「それが甘ったれなんだ!! 殴られもせずに一人前になった奴がどこにいるものか!!」

「…今の私はクワトロ・バジーナ大尉だ。それ以上でもそれ以下でもない」

「…貴様!」

「もうやらないからな。誰が二度と百式なんかに乗ってやるものか!!」

 

 ……

 …

――――――◇ー◇ー◇――――――

 …

 

“なんてことだ…急加速に耐えられるよう筋トレをしていたのが、こんなところで仇になるなんて!”

“…ヘルメットがあったが…即死だった…”

 …

――――――◇ー◇ー◇――――――

 ……

 …

『大尉! 早く百式をΖガンダムに載せてください! もう間に合わなくなる! 大尉ッ。クワトロ大尉ィィィっ!』

 …

 ……

――――――◇ー◇ー◇――――――

 …

 

 

 ……

 …

 

 打ちっぱなしのコンクリートの壁の上方に、明り取りのように小さな窓がある。

 ただし、そこには太く丈夫な鉄格子が固くはめ込まれていた。

 さして広くもない冷たい部屋の中で、アムロ・レイは数人の連邦軍兵士に囲まれていた。

 粗末な椅子に括り付けられているアムロの顔はひどく腫れあがり、流れた血が固まりこびりついていた。顔に特殊なゴーグルを装着した大柄な将校が、巨体を揺すりアムロの前に立って嗤った。

 

「一年戦争の英雄もこうなってはかたなしだな。我々ティターンズの目を盗んで脱走など企むからこのようなことになる」

「…ひと思いに殺せ! この俺を殺してみろ、バスク・オム!」

「フン」

 

 バスクはアムロの挑発を鼻で嘲笑い、カーボン製の警棒で正確にアムロの頬を打ち据えた。アムロは括り付けられている椅子ごと床に倒れた。頬の肉がバッサリと裂けて、生温かい血がアムロの咥内に溢れた。

 

「貴様をこのようなところで死なせるわけにはゆかん。貴重な駒はもっと大切に使わなくてはな」

 

 バスクは軍靴の踵で、ばっくりと裂けたアムロの頬を踏みにじりながら嘯いた。

 

「エゥーゴとやらの連中を誘き出すに使うもよし、人の革新なぞとほざくスペースノイドどもの見せしめにするもよし…どのように使ってくれよう? なぁ、アムロ・レイ」

 

 アムロは歯を食いしばり、痛みと怒りに耐えながらバスクの嘲笑を聞くほかはなかった。

 宇宙世紀0085。

 ティターンズが起こしたコロニーへの毒ガス散布による大量虐殺事件…『30バンチ事件』を知ったアムロ・レイは、地球連邦軍による軟禁生活から単身脱走を試みた。しかし、エゥーゴもカラバもいまだ組織としての体裁を整えられていない状況下での脱走は、あまりに性急過ぎた。あえなくティターンズの手に落ちたアムロは、過激な地球至上主義者たちに自身の存在を利用されようとしていた。

 

「よし、兵ども、この男の手足の自由を奪え。二度とモビルスーツなぞに乗れんようにしてやるのだ。ただし、顔はこれ以上傷つけるな。この男がアムロ・レイだとわからなくなっては意味がないからな!」

 

 アムロの目は霞み、もはや物を見ることもままならなかった。嗤いながら拷問室から立ち去るバスク・オムの靴音が聞こえ、それを見送る配下の兵士たちの敬礼の気配が感じ取れる。彼らの心は、これから行う残虐な行為への昂りを隠そうともしていなかった。

 アムロは初めて、絶望を受け止めた。

 

   * * *

 

「アムロが見つかっただと! 何処にいるんだ!」

 

 制圧したばかりのティターンズ基地の通路を走りながら、ハヤト・コバヤシは通信機に叫んだ。

 連邦軍の軟禁生活から脱走を図ったというアムロが消息不明となり、約2年がたつ。

 反ティターンズ組織の一翼・カラバのリーダーの一人となったハヤトは、漸くかつての戦友アムロ・レイの所在を突き止め、その奪還のために大規模な作戦を遂行したのである。

 基地への突入部隊からアムロ発見の報を受けて、居ても立ってもいられなくなったハヤトは気づけば自ら走り出していたという訳だ。

 ハヤトは基地の奥深くにある収監棟の地下でアムロ・レイと再会した。しかしそれは、言葉にできない衝撃的な再会だった。アムロはティターンズによる壮絶な拷問に耐え、長い幽閉を生き延びていたのだ。

 

「――アムロ!」

 

“…ハヤトか? よく助けに来てくれた…ありがとう”

 

 ハヤトの頭の中にアムロのか細い声が届いた。そのことにも動じたが、ハヤトはそれ以上に、激しい拷問を受けながらろくな手当もされずに放置されていたアムロの無残な姿に言葉を失った。ハヤトの頭の中に、アムロの声が笑いかけた。

 

“大丈夫だ。なんてことはない。…ハヤトともこうして話ができているだろう? なんてことはないさ…”

 

「そうだな…アムロ、おまえニュータイプの力は昔よりも強くなっているな。…オールドタイプの俺でもアムロの声がこんなにはっきり聞こえるんだからな…よかった、アムロ…生きていてくれて本当に良かった…」

 

 ハヤトはアムロの強い意志に、涙と嗚咽を堪えることができなかった。

 

 

 



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第22話 今はおやすみ

 

 天気の良いある日の、穏やかな昼下がりだった。

 黒髪にも見える栗毛を短髪に刈り揃えた小柄な少年が、地球の小さな町の片隅にある古い病院にやってきた。結わいた柔道着を肩にかけた少年の闊達な若さは、静かな病院に爽やかな活力を振りまいていく。

 

「アムロじいちゃん、来たぜ。ハヤトだよ」

 

 少年は、窓際のベッドに横たわる小さな老人に声をかけた。

 

“ハヤト…? 馬鹿な…お前はダブリンで戦死したはずじゃあ…”

「またかよアムロじいちゃん…それは俺のひい爺ちゃんのハヤト・コバヤシ。おれはハヤト・コバヤシ4世…4代目だよ」

 

 4代目ハヤト・コバヤシは手慣れた動きでカーテンの陰から丸椅子を引っ張り出し、どっかと腰を下ろした。横たわっているアムロはわずかに首を動かして、閉じたまま開くことのない瞳で眩しそうにハヤトの仕草を見つめていた。

 

“おお、そうだったなハヤト…ところで、フラウ・ボゥは元気か…?”

「だからそれはひい婆ちゃんだろ? ひい婆ちゃんなんてもうとっくにさぁ…まぁいいや、アムロじいちゃん100歳超えてるんだもんな、ボケても来るよな…」

“それにしてもハヤト…お前はいつまでたってもサイド7に居た頃のままだのう…”

 

 ハヤトは人差し指で鼻の横を搔きながら、少し考えるように天井を見つめた。

 

「今おれ、15歳だからな。おれ、その頃のひい爺ちゃんによく似てるらしいよ。写真見て自分でもびっくりしたしな。…15歳ってさ、アムロじいちゃんやひい爺ちゃんが初めて戦争した時の齢なんだろ?」

“ああ、そうじゃ…だが気をつけろよ、ハヤト。ハヤトの血筋は固太りしてくるからな。フラウと結婚した後のお前はどんどん太ってなぁ…よく食べるのもいいが、よく運動するんじゃぞ…”

「じいちゃん、もう何言ってんのかわかんねえよ。それより、今地球は大変なんだぜ。もうすぐコロニーが落っこちてくるんだぜ」

 

 ハヤトはアムロの枕元にあるフルーツバスケットに手を伸ばし、オレンジを一つ手に取った。

 

“なんだと! シャアの奴、性懲りもなくまたそんなことを…!”

「違うって。シャアって言うのは…アレだろ、何とかっていう小惑星を地球に落とそうとしたとんでもねえ奴なんだろ。コロニー落としたのはホラ…あれだよ、何だっけな、イオンとかキオンとかそんな名前のヤツ」

“じおん…そう、そうじゃ、ジオン公国じゃ”

「でもよ、今度のはコロニー落としじゃないんだぜ。スペースコロニーでもって大気圏突入して、地球に降りてこようとしてるらしいぜ」

“…何を寝ぼけたことを…”

「本当だよ。なんか、一億人ぐらいの人間がスペースコロニーで地球に落りてきて、そいつら、これからそのまんま地球で生きていくつもりらしいぜ」

“馬鹿な…スペースノイドが宇宙を捨てるというのか?”

「なんか、宇宙じゃもう食っていけないらしいぜ。宇宙世紀っていうのはもうすぐ終わっちまうなんて言ってる奴らもけっこういるしさ」

“なんてことじゃ…人は刻を見て、やがては時間さえも自由にすることができるようになるはずなのじゃ。地球を離れて、やがては星々の彼方まで命を広げて…”

「でもよ、じいちゃん。腹減っちまったら何にも出来ねえじゃん。やっぱりさあ、人間はみんな地球が好きなんだよ。だってさ、スペースノイドだってアースノイドだって、ニュータイプだってオールドタイプだって、おれたちみんな地球人じゃん」

 

 言いながらハヤトは、剥いたオレンジの房を口に放り込んだ。

 

「…まぁ、でもな、アムロじいちゃんなんかは宇宙にいたおかげでこうやって心で話ができるようになったんだろ。それは悪くないよ。悪くないよな。…でもさ、便利かなとは思うけどさ、そんな力、なきゃあないでも何とかなるって思わねえ?」

“…そうなのか?”

 

 ハヤトの頭の中に、きょとんとしたアムロの声が響いた。

「じいちゃんみたいに口が利けない人にはもちろん便利だろうけどさ、そんな力があったってそれで人間同士がすぐわかりあえるわけじゃないだろ? だったら柔道の方がさ、戦った相手のことよっぽどよくわかるようになるぜ?」

“…そう、なのか?”

「おれはそうだと思うぜ。…大体みんなさぁ、難しいこと考えすぎなんだよ。人と人がわかりあえないのなんて当たり前なんだからさ、なんていうのかな…みんなもっとさ、身体動かして、汗かいて、それで話し合えばいいんだよ。それで一緒に飯でも食えばさ、大抵のことは解決すると思うぜ、おれ」

 

 窓の外から一筋の風が吹いた。

 

“…そうか…そうかもしれないな…”

 

 アムロは何故か、笑いが込み上げてきた。

 ハヤトの口にしていることは若さゆえの青臭さだとアムロは思う。だがアムロは、半世紀…いや、過去の自分に戻り、人生を繰り返して生きた数百年以上の間、頭の中にずっとあった曇天に思いもよらぬ一条の光が差しこんだような気がした。ハヤトの言葉はこれまでの永かった自分の人生の根本を否定しかねない考えのようにも思えたが、それ故に、アムロは自身の肩の力がふっと抜けていくような解放感を感じたのだ。

 

“そうか…革命はインテリが始めるものだが、わしもそのインテリにかぶれてしまっていたのかもしれないな…”

 

 病室の中に、爽やかな風がまたふっと流れていった。

 ハヤトはバスケットから真っ赤な林檎を一つ、手に取った。シャツの袖でこしこしと拭いてから、がぶりと歯を立てる。瑞々しい甘さがハヤトの口蓋に溢れていった。

 

「ところでさぁアムロじいちゃん、昔、シャアってやつが地球に隕石落とそうとした時さぁ、誰がそれを防いだの? シャアって、アムロじいちゃんの敵だったんだろ?」

 

 アムロからの返事の思念がないことに、ハヤトはリンゴ半分をかじり終えるまで気がつかなかった。ふとベッドのアムロに目をやると、相変わらずアムロは静かに横になっている。

 

「なんだよ。アムロじいちゃん、眠っちまったのかよ…しょうがねえなあ」

 

 ハヤトは優しい陽光と静かな風が差し込む窓の外に目を向けた。レースのカーテンがわずかに揺れていて、その向こうには木々と空と緑の風が広がっている。

 アムロ・レイは、その後、目を覚ますことはなかった。

 

――――――◇ー◇ー◇――――――

 

 ……

 …

 

 固く冷たいその空間は…此処は礼拝堂なのだろうか。

 無機質で広い空間の中で静かに、ほのかに指し示す光がとある物体を照らしていた。

 小さな手が操作パネルに触れることを繰り返し、光の下にある冷凍睡眠カプセルは今、中に眠る主を解放した。

 アムロ・レイは冷たい眠りから少しずつ意識を覚醒させていく。

 身体を動かしてみて、その重力のかかり方から此処が月であることをアムロは察知した。ゆっくりと、上半身を起こしてみる。

 

「おはよう。黒歴史から来た人。名前はなんていうの?」

 

 傍らに目を向けると、端正な顔をした少女…いや、幼女が静かに、しかし好奇心を隠し切れないキラキラした眼差しでアムロを見つめていた。かつて見たその眼差しを思い出し、アムロは自分の置かれている状況を思い出していた。

 

「…アムロだ。アムロ・レイ…それが俺の名前だ」

「わたしはディアナ・ソレル。月の世界の女王なの。あなたはどんな人なの?」

「…時のさすらい人、とでもいうのかな」

 

 自嘲するアムロに、ディアナ・ソレルはふぅん…とうなずいた。

 

「ねえアムロ、わたし、あなたにいろいろなお話を聞かなくてはいけないの。でもね、その前に…、わたしと遊ぼう?」

 

 不安を隠しながら真摯な瞳で自分を見つめる少女に、アムロはゆっくりと、かつては作ることのできなかったできる限りの微笑みを作った。

 

「ああ。今度は君に最後まで付き合うよ。一緒に…これからの時間を過ごしていこう」

 

 ディアナ・ソレルの顔に無邪気な喜びの光が差した。

 かつてアムロは、この少女と数百年の時を共に過ごし、やがて袂を分かって星の海へ旅立ち、そこで命を終わらせた。

 だが、最後に別れた時の彼女の静かな哀しい瞳を、アムロは忘れることができなかった。

 だから、アムロはもう一度、此処へやってきた。

 自分と同じく、永い時をさすらう月の女王のために。

 

 だが、アムロ・レイとディアナ・ソレルの物語は、語られることのないまた別の物語である。

 

 



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第三部 巡り あい 宇宙
第23話 麗しのアルテイシア


 

 “また失敗したか…”

 

 アムロは失意の底にいた。

 シャアを導き宇宙世紀をニュータイプの時代にするための戦いに、アムロはまた敗れたのだ。

 もう何度死んだことだろう。

 

“でもまあ今度は…失敗したことは何千年も前にわかっていたがな…”

 

 アムロはついさっき息を引き取った今生を思い出し、自嘲気味に笑った。

 

 今回死んだ場所は、地球から五光年離れたプロキシマ・ケンタウリにある人類の植民地『ダンディ・ライオン』だった。

 木星からの帰還の途中、不慮の事態から人工冬眠に入ったアムロはその永い眠りから目覚め、月の女王と永い時を共にしたのち、彼女と袂を分かつこととなった。

 地球へ還ることを自身の使命とする彼女と、より遠くの宇宙を目指したいと思うようになったアムロは、そうするほかはなかったのである。

 アムロは”かつて地球圏を逃げ出した”開拓者たちを追って、プロキシマ・ケンタウリを目指した。

 

 数百年の眠りの後に辿り着いた其処は、人類とは関係のない世界だった。

 いくつものコロニーで生きる住民のすべてはニュータイプであり、誰もがその能力を自在に使いこなしていた。心で噓をつく者すら多く存在した。

 しかし、それでも諍いは起こらない。

 真の意味で、人と人が理解しあえているのだ。此処はまさに真のニュータイプの世界と言えた。ちなみにこの世界では、地球圏で最上級レベルであるアムロのニュータイプ能力でさえ、平均以下のそれでしかなかった。衝撃を受けつつ、凡人であることにある種の解放感を感じながら、アムロは新世界で生きた。

 

 そして、天寿を全うしたアムロは、今、何処かへ向かって翔んでいた。

 

“しかし…俺は何度、このやり直しを繰り返せばいいんだ?”

 

 アムロは自問する。

 無限ループのように繰り返される人生。

 死ぬ度に、宇宙世紀0079の9月、初陣のガンダムのコクピットへと跳ぶ。

 そしてまた、一年戦争のやり直しだ。

 アムロはタイムスリップ――いや、正しくはタイムリープ、と言うべきなのだろうか?――した最初のやり直しの人生と…アクシズの破片とともに燃え尽きた本当の最初の人生で一年戦争を生き延びることができたこと、それがいかに奇跡的なことであったのかを痛感していた。

 

 死ぬ。

 とにかく、死ぬ。

 

 ガンダムの高性能と、覚醒している自身のニュータイプ能力をもってしても、死ぬ。

 自分は戦場で死なない…などと思ったことはないアムロだが、これほどまでに死ぬかと驚くほどに、アムロは死を重ねていた。

 

 戦場で敵機に撃墜されるようなことはほとんどなかった。…と、言いたいところだが、油断や焦り、苛立ち、蓄積された精神的な疲れ…そう言ったことが原因となって死んだことも、幾度かあった。

 言い訳にならないことはアムロ自身が百も承知だ。だが、致し方なし、と言えないことはないだろう。

 なにせアムロは、地球の命運がかかった極限状況である5thルナの攻防からアクシズでの死闘を経てそのまま過去の自分にタイムリープし、それからは孤立した最前線での死闘と激戦の数か月を、休むことなくひたすら繰り返しているのだ。

 戦い、死ねばすぐにまた、一年戦争の始まりへループさせられる。

 アムロの体感では、極限まで緊張を強いられた精神状態での孤独な生活を何年間続けているのかわからない…という状況だったのである。

 精神に異常をきたさなかったアムロのメンタルの強さと使命感は、鋼を通り越し、ガンダリウム合金すら凌いでいる…と言えるだろう。

 

 迂闊と言える死以外にも、とにかく意外な形でそれは訪れた。

 例えば、ブライトが倒れミライが指揮を執った戦いがあった。その戦いでは、ホワイトベースの左エンジンにジオン軍が地上に設置していたメガ粒子砲の直撃を喰らい、クルー全員とともに爆死した。

 ガンダムで自分の戦闘をしながら、戦況を把握し全体に指示を出すことも十分に難しいことだった。だがそれ以上に、アムロが指示した危機回避のための行動を素人ばかりのホワイトベースのクルーに求めることは、あまりにハードルが高いと言えた。例えば、アムロが左舷に弾幕を張れと指示しても、指示された側が機銃の撃ち方がわからなければどうしようもないのだ。 

 ニュータイプの直感や先読み能力があっても、一個人の能力を超える何かが起これば、それは運命として迎え入れるほかはなかった。

 攻める戦いと違い、守りの戦いは想像以上に難易度が高かった…とも言えるだろう。

 

 繰り返される運命の輪から逃れるために、連邦軍に助けを求めることも試してみた。

 だが、誰もが認める歴戦の勇士であるアムロ・レイ大尉が言うならまだしも、たかだか15歳の子供の発案を取りあうほどに地球連邦軍という組織は融通が利くところではなかった。地球規模の超巨大組織はその体のとおり、柔軟な即応ができる組織とはお世辞にも言えなかったのである。

 

 組織が硬直していることは確かだったが、必ずしもそうとは言い切れない部分もあった。

 様々な立場の人々の思惑の違い、である。

 組織が動くことの難しさ…とも言えるだろう。

 例えばレビル将軍は、ジャブローに辿り着くまでのアムロとガンダムの戦果が尋常ではないことは認めていたが、それ以上の過度な期待をすることはなかった。

 レビル将軍がホワイトベース隊に求めたのは囮部隊としてジオンの気を引くに十分な戦果であり、それは現況のホワイトベースとガンダムの活躍で十分だった。一兵士…とすら言い難い、現地徴用の少年兵の戦略的な意見具申などレビルは求めてはいなかった。レビルにはレビルの描く戦略があり、駒は駒として自分が求めるとおりに動いていれば十分だったのである。

 無論、優秀な駒を使い捨てる気はない。

 だから、子飼いのマチルダ中尉にホワイトベース隊への決死の補給を命じたりしている。

 だが、この戦争で、連邦軍の戦力も、生産力も開発力も底をついている。ガンダムより優れた武器を開発し送り届けることなどできはしないし、そんなことをする気もなかった。超人的な少年兵に専用にカスタムした機体を開発供与してさらなる活躍を求めるより、量産型のジムの10機でも20機でも増産し配備する。それがレビルと地球連邦軍の戦略であり懐事情だ。

 

 また、アムロは幾度ものやり直しの中で、北米大陸に降下した時、南下してジャブローを目指すようブライトやリード中尉に進言してみたこともある。

 しかし、結果としてそれは叶うことはなかった。

 ホワイトベースがその進路を南に向ければ、ガルマ大佐は無理をしてでも総力を挙げて阻止せんと動いた。

 それは、ガンダムが一騎当千の働きをしたところでどうにかなる戦力差ではなかった。

 この頃の戦いのアムロの敗北条件は、ホワイトベースの撃沈である。

 ホワイトベースが撃沈されれば、帰るところをなくしたアムロとガンダムも、自動的に詰む。

 そして、ガンダムが一度の戦闘で持てる武器弾薬も高が知れている。

 ビームライフルの弾数は一丁につき15発程度だし、ハイパーバズーカの装弾数もたった5発だ。ビームサーベルとて無限に使えるわけではないし、いちいち接近して戦うのでは守るべきホワイトベースが手薄にならざるを得なくなる。例えドップ戦闘機をバルカン数発で撃破していってもザクやグフを相手にそうはいかないし、そもそも、ホワイトベースに積載されている補給物資自体が潤沢とは程遠い。

 所詮、戦いは物量、なのだ。

 

 そして、ジャブローの総司令部から『太平洋を渡りアジア大陸へ向かえ』と命令を受け取ってしまえば、軍人であるブライトは拒否できなかったし、しなかった。

 極限状態でどうすればよいのか見当もつかない齢若いブライトは、例え無茶でもこうしろと指示を出されれば、それを寄る辺として動いてしまう。人は、そういうものだ。それは、アムロがどんなに言葉を重ねてもどうこうできることではなかった。繰り返し言うことになるが、見た目が15歳の少年の意見に左右されるほど、人や組織と言うものは縛られたものから自由には成れないのだ。

 

   * * *

 

 やり直す回数を重ねるにつれ、アムロは、迂闊な死や予想外の死を遂げることは格段に減っていった。

 アムロは学習し、同じ過ちは繰り返さない。

 一年戦争の先に辿り着けることも多くなった。

 その人生の中では、齢を重ね、それなりに穏やかに幕を閉じた人生もある。

 今回のように、気ままに、思うとおりに生きた人生もある。

 

 だがそれは、シャアを宇宙世紀の希望にするという目的を果たせなかった時の…言わば余生の過ごし方、のようなものだ。

 シャアと戦い、アムロがシャアを殺めてしまったこともあるし、その逆もある。

 シャアが世捨て人となり、大義を持って立たなかったこともある。

 そんな時のアムロは、自分が死を迎えるその時まで、ただ生きるほかなかった。

 死ねばまたループしてやり直すことができるのではないかという疑念はいつも抱えていたが、だからと言って自死を選ぶことだけはアムロはしなかった。

 必ずループする保証はないし、なにより、それは何かが違うのではないかとアムロは思ったのだ。

 命を無駄に使ってはいけない。

 アムロは、人生を、懸命に生き続け、ループを繰り返した。

 

 そのなかで、どうしてもわからないことがあった。

 『死』による過去へのタイムリープは、百歩譲って、わかる。

 この繰り返される生と死のループにはなにか脱出条件があり、自分はそれを満たせていないのだろう。

 そう考えれば、かろうじて心が折れないでいられる。

 

 だが、わからないのは、なんの脈絡もなく、死にもせず強引にタイムリープするケースだ。

 

 ア・バオア・クーである。

 

 シャアと和解し、仲間たちを導き、自身も燃え落ちる要塞から脱出する。

 ブライトやフラウ・ボゥたちと再会し互いに触れ合おうとする瞬間、突然世界がぐるりとまわり、ガンダムでの初陣の時に戻る。

 何度、このパターンがあったことか。

 理由がわからずやり直しを強いられるのは、特にアムロを精神的に追い詰めた。

 なにか理由…原因はあるはずなのだが、それがわからない。

 積み重ねた過去の経験を分析しようにも、あまりに幾度もタイムリープを繰り返すうちに、記憶も混乱を極めていた。冷凍睡眠を取っていた期間は別に勘定しても、アクシズとともに燃え尽きた最初の死は、アムロの体感で数百年も前の出来事なのだ。

 

 何をすれば、この繰り返しから脱することができるのか?

 ゲームのように言うなら、クリア条件がわからない。

 最初にこのループに陥った時、アムロはホワイトベースの仲間たちの生還と、シャアをスペースノイドの希望の旗印とすることを目的に定めた。

 幾度となく、この目的のためにアムロは生きた。

 この目的設定が間違っているのか?

 その可能性は、ある。

 だが、目的が間違っているとして、では真の目的…正解と言うべき目的は何なのか?

 他にすべきことが、わからない。

 だが、自分の定めた目的こそが脱出の条件であるということに、確信めいた思いもある。

 自分はこの目的を成就するために世界をループしているのだ…揺るぎない確信が、心の奥底にある。

 …なにより、13年前の自分たち…あんな子供たちを戦争で死なせていい筈がない。

 だからアムロは、これからも…もしまた、初陣のコクピットにタイムリープしたとしても、この目的のために生きる。

 その覚悟は、何百年も前から、できている。

 

 …とは言うものの、だ。

 先の展望を見いだせない状況に、アムロは限界を迎えていた。

 

 絶望に囚われまいと、アムロは視線と意識を外に向けた。 

 その時初めて、アムロは自分が何処かへ向かって翔んでいることに気づいた。

 そう、翔んでいるのだ。

 闇の中に柔らかな光が漂っているような、光の中に闇という無数の小さな星がちりばめられているような、不思議な空間だ。

 その空間を、アムロは自身が光よりも早く移動していることを理解した。

 見ることもできない遥か彼方の何処かを目指して、アムロは魅きつけられるかのようにただ一直線に翔んでいる。

 

“――待て。そもそも此処は一体…何処なんだ?”

 

 わからない。

 ただ暖かく、やわらかい空間。

 無限に広がっていることだけは理解できる。

 やがて、遥か彼方に小さな光点が感じ取れるようになってきた。

 

“――あれは…太陽、か?”

 

 まだ数百億キロは離れているだろう、目が捉えているのではない小さな光。プロキシマ・ケンタウリ星系の恒星とは違う、懐かしさと優しさを感じさせる小さな光。

 

“俺は…地球に還るところなのか?”

 

 その思いを裏付けるかのように、アムロの脳裏に地球が感じられた。魂が囚われることを嫌い旅立った星に、今、アムロは言いようのない懐かしさを覚えている。

 故郷たる太陽系の外惑星軌道を抜け、火星を飛び越し、地球圏へとアムロは帰還する。

 アムロは月を通り越し、地球の周りのあちこちに吹き溜まりの塵のように集まっている人類史上最大の建造物を見た。ちっぽけなスペースコロニーの群れだ。連邦軍やジオン公国の宇宙戦闘艦の艦隊を追い越し、地球の向こう側へとアムロは翔ぶ。

 母なる青い星の向こう側にある、完成途上の人工の大地がこの旅の終着点だ。

 

“ああ…サイド7か…また初めから…なんだな…”

 

 諦めの沼に沈みかけるアムロの感覚が、自身を呼ぶ小さな声を捉えたのはあるいは奇跡かもしれなかった。

 なんだろう。

 アムロは心の中で耳をそばだててみた。

 

“…アムロ。アムロ――”

 

 空耳かと思うほどに小さな声が、アムロの名を呼んでいる。

 

“――誰だ?”

 

 アムロは声に求められるまま、振り返ってみる。

 

“――セイラ…さん!”

 

 金髪さん…セイラ・マスの姿が、そこにはあった。

 

 



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第24話 再会、アムロとセイラ

 

「ようやく気がついてくれたのね、アムロ」

 

 17歳の姿のセイラ・マスはアムロに微笑んだ。

 

「セイラさん…何故こんなところに…っていうか、此処はいったい何処なんだ? いや、それより…その恰好!」

 

 セイラを認めた瞬間、アムロは目のやり場に困っていた。

 無数の光の粒をまとってはいるものの、ホワイトベースに乗っていた頃の容姿のセイラ・マスは一糸まとわぬ姿だったのである。

 

「何を言っているの、アムロ。貴方だって裸じゃないの。それに…一度は夜を共にした仲じゃない。何を今更、恥ずかしがることがあって?」

 

 わざとらしく頬を赤らめ、照れたふりをしながらセイラが言った。

 言われて初めて、アムロは自分も全裸であることに気がついた。プレイボーイで鳴らしたアムロ大尉であるから女性に裸をさらすなど何ということもなくはないのだが、自身の身体が10代のそれで、また身体をさらしている相手が10代の姿のセイラ・マス…となれば、戸惑わないわけはない。

 だが、今はそれどころではない。

 アムロは、それは些末な問題として割り切ることにした。

 今、気にすべきことは別にある。

 

「セイラ…さん。此処は一体…どこなんだ? 君は一体…何故こんなところにいる? もしかして…俺を待っていたのか?」

 

 セイラは、今度は溢れる幸せをこぼすようににっこりと笑った。

 

「アムロ、落ち着いて。質問は一つずつ…。大丈夫、此処での刻は瞬きする間でも永遠…無限の時間が流れてもほんのひと時。だから慌てることはないわ…って、ねえアムロ、こういうものの言い方、ちょっと素敵に聞こえないこと? なんだか自分でうっとりしてしまうわ…。うふふふふ…。さあアムロ、私に何が聞きたくて?」

 

 なんだかとっても不思議ちゃんなセイラに戸惑いながら、とにかくアムロは質問をぶつけてみることにした。

 

「…じゃあ、まず此処は一体、何処なんだ?」

「此処は生と生の間…人の命が次の生命に紡がれていくところ。…因果地平なんて言い方もされるわね。地理的には海と大地の狭間にあるらしいわ。ねぇ、おかしいわね、アムロ。海と大地の狭間って…私、ジュニアハイスクールの授業でそんなところ習った覚えがないわ。アムロ、此処がいったい何処にあるのだか、貴方にはわかって?」

 

 わかるものか。

 内心憮然としたアムロをよそに、セイラはどこまでも無邪気な笑顔でくっくっと喉を鳴らした。

 

「…生と生の間…。つまり、セイラ、君は…死んでいるのか?」

「そうよ。何回も死んだわ。アムロだって知っているでしょう? 貴方が世界をやり直すたびに、私はかなりの確率で死んでいるのよ?」

「俺が世界をやり直している…何故、そんなことを知っている? 君は…前生の記憶があるのか?」

「そうね…記憶があるというより、いろいろな世界で幾度も死んだ私の遺志が集って今の私を形作っている…そんな感じかしら。私はアムロのように選ばれていないし、ニュータイプの能力もわずかなものしかないわ。だから今まで死んだ大勢の私が集まって、どうにか貴方を呼び止められるだけの私になったの。待っていたのよ。ずっと、とても長い間」

「呼び止めようと待っていた?」

「貴方に話さなくてはならないことがあるからよ」

 

 セイラはくるりと後方へ一回転しながら答えた。金髪の美少女はあちらへ飛び、こちらへ踊り、心の動くままに空間を舞いながらアムロに話しかけてくる。

 

「貴方が死んでまたタイムリープする前に…私が知ったこの世界の理を伝えたいと思って何度も呼びかけていたのよ。なのにアムロったら、まったく気がつかないでいつもすぐガンダムに乗ってしまって…本当に嫌な人」

 

 くくく…とセイラはまた喉を鳴らす。

 

「じゃあ今回は何故、俺に話しかけることができたんだ?」

「さあ。貴方、今回はずっと遠くで死んだからこの因果地平にも長くとどまっていたのではないかしら。私にもわからないわ」

 

 この因果地平とやらにいるセイラは、憑物でもついてるかのように無邪気で屈託がなくテンションも高い。ホワイトベースにいた時からでは考えられない、アムロの知らない顔ばかりを見せる。

 

「セイラさん…こんな訳の分からないところにいて…性格、変わったのかい?」

 

 セイラは心底おかしそうに笑い出した。

 

「いやぁね、アムロ。本当の私はこんな女なのよ。貴方も知っているでしょう? ややこしい家庭環境に生まれて育ったから、なんだかすっかり難しい性格に育ってしまったの…ねえアムロ、此処はいいわ。だって、ずっと本当の私でいられるんですもの」

 

 それは俺にとっては「キャラ崩壊」と言うんだがな、とアムロは心中呟いた。

 気を取り直して、セイラに質問を続けることにする。

 

「さっき君は、自分は選ばれていないと言ったな。それはつまり、俺が選ばれているという意味なのか?」

「そうよ。そう、私はそういうことをあなたに伝えるために待っていたの」

「何を…俺に教えようとしているんだ?」

「あなたの知りたいこと」

「回りくどい言い方はやめてくれ」

「じゃあ、何から聞きたくて?」

 

 アムロは諦めのため息をついた。

 

「…わかった。君が知っていること…俺に教えたいこと。それを一から話してくれ。長くなってもかまわない。此処はどんなに長い刻も一瞬なんだろう?」

「そうね。じゃあ順番に話しましょう。まずアムロ、貴方は選ばれたのよ」

「だから、誰にだ」

「この方たち」

 

 セイラが軽く腕を広げてわずかに左右に視線を投げると、アムロは突然無数の意識に取り囲まれた。賑やかな魂たちは時に人の姿を取りまた光の粒になり、雑踏のようにアムロの周りを埋め尽くしている。アムロは溢れるほどの意志の奔流に自我をとろけさせないよう、必死で心を固くした。

 

「…誰なんだ、この人たちは?」

「この戦争の始まりに亡くなった人たち。」

 

 セイラは静かに答えた。

 

「ジオン公国が使った毒ガスとスペースコロニー落とし…そして地球に起きた天変地異で亡くなった命たちよ。55億の命。」

 

 

 言われて見つめる魂たちは、少年、赤子、老婆、夫婦、中年、教師、科学者、スポーツ選手、技師、耕夫、運転手、庭師、看護師、デザイナー、パイロット、金持ち、自由人、運送屋、アナウンサー、紳士、精肉業者、科学者、占い師、傭兵、バーテンダー、船乗り、犯罪者、壺職人、作家、コンピュータプログラマー、オペレーター、コック、木こり、音楽家、僧侶、女王、プロレスラー、社長、漁師、俳優、ヤンキー…同じ色同じ形がただ一つとしてない多くの命だった。その圧倒的な生命の量に、アムロはまた吞み込まれそうになる。

 

「アムロ。この方たちが求めていたものは二つ。一つは、アクシズが地球に堕ちないようにすること…コロニー落としで奪われた自分たちの命を無駄にさせないために、アクシズが堕ちて地球が死の星にならないように、それを防ぐことを貴方に託して過去に送り返しているのよ。死んだ者は何もしない。何もできない。だけど…55億もの命が貴方の言葉と行動に懸けたのよ」

「俺の、言葉…?」

 

『――たかが石ころ一つ! ガンダムで押し返してやる!』

 

 アムロの中で、無我夢中の記憶がフラッシュバックした。

 

「死んだ人間の力なんてたかが知れたものよ。これだけの命が力を合わせても、できることは人ひとりの意識を少し過去に送り返すくらい…でも、それでも彼らは貴方に託した。地球を駄目にさせない奇跡を起こすことを」

「待ってくれ。俺が過去に戻ってシャアにアクシズ落としをやめさせることができたら、この人たちは生き返るのか?」

「過去を変えても現在が変わるわけではない…別の歴史…別の世界ができるだけ。刻はそういう風にできているの。アムロならわかるでしょう?」

「パラレルワールド…並行世界ができるってことか。だったらますます、何故この人たちは」

 

 アムロは気づいた。死者たちの献身に。

 

「…自分たちは生き返れなくても…シャアに地球が滅ぼされない世界を創ろうってことか…」

「兄は鬼子よ。でも、そんな兄を貴方なら正すことができる。兄を…シャアを救世主にしようという点は私としては少し引っかかるのだけど…宇宙世紀の人々が一つにまとまって、ニュータイプの時代と世界が生まれる土台を創ること。それも、彼らが夢見た未来。二つ目の願いよ」

 

 賑やかな魂たちが、静かにアムロを見つめていた。

 アムロは背負わされていたものの重さを、今、理解する。

 アムロは、先ほどまで生きていたアルファ・ケンタウリの新世界を思い出した。

 すべての人間がニュータイプで、諍いの起こらない理解しあえた世界。

 理想郷ではあったが、あそこは自分がゴールとしていい世界ではなかったことをアムロは悟った。

 俺のこのループの先にあるべきゴールは、いつかあの世界を地球圏に創り出すその土壌を築くことだ。

 それを知るために、俺は星の海と永い時を渡ったのではないだろうか?

 

 目を伏せてすこし考えてから、アムロは赤みがかったくせ毛を軽くかき上げた。

 

「俺にとってもシャアとの因縁は宿命だ。やってみせるさ」

 

 顔を上げ、セイラの瞳をまっすぐに見据えてアムロは言った。

 どよめきが、無限の因果地平に広がっていく。

 やがてそれは歓声になった。

 

「やあやあ、流石はファースト・ニュータイプ。私を殺した男だけのことはある」

 

 突然、銀髪で口髭を蓄えた壮年の男が拍手しながら声をかけてきた。

 アムロの知らない男だ。

 いや、その気配はタイムリープして繰り返した人生の中で出会ったことがある。

 

「シャリア・ブル」

 

 男を見据えたセイラがその名を呼ぶと、シャリア・ブルはウインクをしながら敬礼を返した。どうやら軍人であるらしい。

 

「アムロ、こちらシャリア・ブル大尉…此処で階級なんてどうでもよいことなのだけど、元ジオン公国のニュータイプよ。私たち、何度か戦ったことがあるのだけれど、わかるかしら」

「ああ…思い出した。有線式サイコミュの機体のパイロットか。有線式は気配が読みづらかったから咄嗟に思い出せなかったよ」

「ブラウ・ブロという機体です。私の棺桶にはいささか大きすぎましたがね」

 

 そう言って一人で愉快そうに笑うシャリア・ブルに、セイラは少し困ったような表情を浮かべた。そんなセイラを横目で見つつ、アムロはシャリア・ブルと言う男に声を掛ける。

 

「こんなことを言うのもどうかと思うが…何度も貴方を殺して、すまなかった」

 

 アムロがそう言うと、シャリア・ブルは子どものようにきょとんとした顔をして、再びかか…と笑い声をあげた。

 

「あの戦争で最強のニュータイプにそう言われるのは光栄です。私とて君を殺すつもりでかかっていたのだ。お互いさまということでしょう?」

「…いい友人になってくれる、と思っていいのか?」

 

 右手を差し伸べるアムロにシャリア・ブルはにかりと笑みを浮かべ、今度はアムロにまでウインクを投げてきた。どういう男なのだろう、さすがのアムロも訝しむ。

 

「ごめんなさい、アムロ。彼も生きているときは柵が多くて…此処へ来て、少しはっちゃけているのよ。こんな人ですけど、実務家で役に立ってくださる方よ」

 

 “彼も、か…”

 

 シャリア・ブルをフォローするセイラに、彼女にも自分がはっちゃけてるという自覚はあったんだなぁ…とアムロはあらためて思ったりする。

 

「さぁ、アルテイシア様。話が脱線してしまいました。アムロ君の聞きたいことに答えて差し上げましょう。この世界の理を理解するには永遠だって短すぎますからな」

「そうね…アムロ、何処まで話したかしら」

 

 気を取り直したセイラがアムロを見つめた。

 

「俺がタイムリープを繰り返す理由も、やらなくてはならない事もわかった。だが…俺が死ななくても過去に戻る理由。それがわからない。…何を言っているか、わかるか?」

 

 セイラはこくりと頷いた。

 

「ア・バオア・クー。あの時で過去に戻ってしまう理由が知りたい…そうね、アムロ」

 

 今度はアムロが頷いた。

 セイラはシャリア・ブルと顔を見合わせる。

 そして、セイラは言った。

 

「端的に言うとね、アムロ。そのときのその世界は、あの瞬間で終わっているの」

 

 



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第25話 密会

 

 アムロはしばし、呆けた。

 セイラの言っていることの意味が、分からない。

 セイラはシャリア・ブルと再び顔を見合わせ、言葉を続ける。

 

「アムロ、過去に戻った貴方が本来の歴史ではしなかった行動を取ったら、歴史はどうなると思って?」

「それまでの歴史から分岐したパラレルワールドができる。先刻そう言ったな」

 

「ええ、そのとおりよ。貴方はこれまでのタイムリープでかなりたくさんの新しい歴史…世界を創った。でも、歴史の改変で作られる小さな新しい世界とは別に、もともと存在する大きな世界がいくつかあるの」

「…具体的には、どういうことなんだ…?」

「そうね…」

 

 セイラは少し考えこんだ。

 

「貴方や私がもともと軍人だった世界。覚えているわよね? ホラ、私と貴方が…しちゃった世界」

 

 一夜の思い出にまた頬を赤らめるセイラをしり目に、ああ…とアムロは呟いた。

 あの世界では何故かアムロはもともと軍人で、ララァと半ば相打ちとなりガンダムを失った。宇宙の漂流から救助され、辿り着いたサイド6から連邦軍に戻り、グレーに染められたガンダムに乗り換えて再びジオン公国と戦った。そして共闘を訴えるシャアと共鳴し…その直後、撃墜されて死んだ世界だ。

 

「他にも、兄さんが遊園地に攻めてくる世界とか、木星で血まみれの巨神と戦った世界とか…いくつか思い当たる世界があるわね、アムロ」

 

 アムロは黙って頷いた。あれらの世界は自分の行動が創った世界ではなく、もともとあった…と考える方がしっくりくる、明らかに異質な世界だ。

 

「アムロがもともと生きていた世界もその一つ。基本の世界から分岐してできた世界の一つなの」

「分岐してできた世界…? 俺が最初に生きていた世界は…オリジナルじゃない、のか…?」

「ええ。大きいのは確かなのだけど、基本の世界ではないわ。でも、もしかしたら基本の世界よりも丈夫で…発展した世界なのかもしれないわね。ちなみにこちらのシャリア・ブル大尉は、おおもとの…基本の世界のご出身よ」

 

 話を振られたシャリア・ブルは、はっはっはと笑って見せた。何処か、無理矢理陽気に振舞おうとしているように見える笑い方だ。

 

「ええと…シャリア・ブルは、俺が生きてきた世界には存在してなかった。だから俺は彼を知らなかった…ということでいいのか?」

「さすが最初にして最強のニュータイプ。察しがよいですな」

「55億の魂の方たちが貴方を送り返すことができるのは、貴方が初めてガンダムで戦った時が限界なのだそうよ。そして、そのあたりのタイミングというのが…ちょうどアムロの生きてきた世界が基本の世界から枝分かれするタイミングのようなの。いい、アムロ。貴方は貴方の行動によって、基本の世界で生きるか、貴方が生きてきた世界の方で生きるのかが決まるのよ」

「なんだかわかりづらいな…」

 

 アムロの呟きに、セイラはまた少し考えこんだ。

 

「そうね…オリジナルの世界ではないけれどアムロが本来生きてきた世界…アムロにとっては正しい歴史の世界と言うことだから、さしずめ『正史』と言うところかしら。基本の世界の方は…『正史』で生きてきた貴方が、何かの拍子で一時的に訪れるだけの世界。基本の世界の方からしたら、貴方は仮初めに訪れた旅の途中の来訪者…『Travel Visitor』。基本の世界は、略して『TV版』の世界とでもいうところかしらね」

「『TV版』の世界!」

 

 何がツボに嵌ったのか、シャリア・ブルは大爆笑を始めた。アムロもセイラのセンスにツッコミを入れたかったのだが、ナイスミドルが全裸で股間を揺らしながら大笑している様は二人を本気でドン引かせ、それどころではなくなった。

 笑い続けるシャリア・ブルを前に、アムロは咳払いして気を取り直す。

 

「ちょっと待ってくれ…まず、此処までの話と先刻言っていた…その、”『TV版』の世界はあの瞬間で終わっている”というのはどう繋がってくるんだ?」

 

 セイラはこの不思議な空間で出会って初めて見せる難しい顔で言葉を紡いだ。

 

「ア・バオア・クーで強制的に過去に戻らされてしまう『TV版』の世界には、そこから先の時間がないのよ」

「時間が…ない?」

「ええ。『正史』の世界は兄さんがアクシズを落とそうとしたり、もう少し小柄なガンダムが出てきて戦争をしたり、その後もいろいろなことが起きてずっと続いていく。でも、『TV版』の世界では…貴方や私…ホワイトベースのみんながア・バオア・クーから脱出した後の時間が存在しないの。其処で切り落とされたかのように…ぷっつりと終わっているのよ」

「それは…どういうことなんだ?」

「わからないわ。私に言えるのは『世界はそのようにできている』ということだけよ。でも…考えようによっては幸せなことかもしれないわ。アムロと再会できたあの瞬間で世界が終わっているなら、兄さんがあんな馬鹿な事をすることはないのだもの…」

 

 セイラは身体を震わせ、堪えきれずに俯いた。

 

「それは違いますよ、アルテイシア様」

 

 セイラの肩に、シャリア・ブルはそっと手を置いた。大爆笑から一転して実直な面持ちで語り掛けるシャリア・ブルは、実に切り替えが早い。

 

「キャスバル様のことを思っての貴方のお気持ちはわかりますが…今に満足して未来のない世界を望むなどやはり間違っていると私は思います。悲惨な未来が来るとわかっていても…それを乗り越えるために与えられたのが私たちのニュータイプの能力なのではないですか? いえ、ニュータイプでなかったとしても、持っている力で明日を創ろうと努力していくのが人間なのだと私は思います。現にアムロ君はそのために頑張っているのではないですか。貴方だって、そんなアムロ君を助けるためにこうして世界の理を解き明しそれを伝えようとなさっているのでしょう? …なによりアルテイシア様。私からしたら、未来がある世界に存在していた貴方たちは…それだけで羨ましい限りですよ」

 

 最後の言葉で、アムロはシャリア・ブルの境遇と心情を理解した。

 『正史』の世界には存在しないシャリア・ブルには、仮にアムロに討たれることがなくても未来が存在しないのだ。アムロがシャアにニュータイプの時代の礎を築かせることができたとしても、その世界にこの男はいない。

 セイラもシャリア・ブルを慮ったのだろう。涙を拭い、顔を上げた。セイラの立ち直りを見て、アムロは話を再開させる。

 

「…もし仮に、次に俺がタイムリープした過去が『TV版』の世界になったとしたら、俺が歴史を改変して、死んでしまう筈のみんなを助けたりシャアとわかりあえたりしても、無駄になってしまうということか…」

「そういうことになるのかしら。貴方が『正史』に繋がる行動を取れば、アムロは未来のある時の流れに進むことができる…間違えたら、またア・バオア・クーで強引に巻き戻される世界を生きることになる…」

「まさしく、アムロ君が何をしたら『正史』の世界に進めるのか、が問題でありますな」

 

 シャリア・ブルが口髭を撫でながら深刻な面持ちで呟いた。

 

「…ああ。だが、どうしたらいいんだ?」

 

 アムロは険しい顔で考え込む。

 

「…なぁんて、大丈夫ですよ、アムロ君」

 

 突然、シャリア・ブルがにかりと笑いながら自信満々に言った。

 

「私とアルテイシア様にぬかりはありません。私たちはちゃんと、貴方が『正史』の世界に進むための方法を見つけてあります」

「なんだって?」

 

 セイラとシャリア・ブルは顔を見合わせ、にんまりと笑みを交わした。シャリア・ブルはわざとらしく咳払いなぞをする。

 

「答えはですな、アムロ君。…貴方がガンダムで」

”そこまでです、シャリア・ブル”

 

 圧倒的な力を感じさせる声が響いた。

 セイラとシャリア・ブルが、時を止められたかのように固まってしまう。アムロ自身も身体を動かすことができなくなった。

 

”シャリア・ブル、それにアルテイシア様。貴方たちがこの世界の仕組みをこそこそと調べていることは気がついていました。アムロがあまりに手間取っているから少しだけヒントを与えることを許しましたが、これ以上は認めません。さあ、元の姿にお戻りなさい”

 

 声の言葉とともに、セイラとシャリア・ブルは無数の光の粒となって四散した。

 

“誰だお前は…何者なんだ!”

 

”アムロ、貴方ももう行くのです。早くこのゲームをクリアなさい。刻は無限にあるけれど、これ以上無駄に世界を創っても仕方なくてよ”

 

 声の主は何処か辛そうに…哀しそうにそう言った。

 

“…君は…もしかして、ラ”

 

”お行きなさい、アムロ!”

 

 アムロは、落ちるよりも早くサイド7へと飛んだ。

 

 



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第26話 来訪のハサウェイ

 

 宇宙世紀0100。

 宇宙は沸き立っていた。

 浮足立っていたと言っていい。

 だが、それはやむを得ぬことと言えるだろう。

 長い圧政と大きな戦乱。

 混迷、あるいは混乱の時が流れ、その果てに、ついにスペースノイドがその悲願を勝ち取る日が訪れたのだ。はしゃぐなという方が無理というものである。

 しかし、その立役者たる男は、スペースノイドの興奮を理解しつつも、彼らの勝利で終わることを良しとはしないだろう。

 今日という日はスペースノイドの勝利の日ではない。

 人類が革新するための真の第一歩を歩みだす日なのだ。

 昨日までの価値観が逆転しただけ世界…スペースノイドがアースノイドを蔑視、あるいは虐げることを良しとする時代の到来であってはならない。彼はそのことを十分に理解している。今日と言う日は、全ての人類が宇宙に上がり手を携えて新たな時代を築いていく、その礎となる日でなくてはならないのである。

 

 サイド1空域に浮かぶコロニー、スウィート・ウォーター。

 地球連邦が難民対策で急造したこのコロニーは、無茶な設計が影響して自転速度すら一定ではないなどと囁かれている。かつて貧困と無秩序と暴力が跋扈していたこのコロニーは、その男が自らの政治活動の拠点としたことにより、清貧の地となった。

 彼の説く、ともすれば絵空事の理想論は、その男の静かな、けれど熱い想いにより着実に宇宙に広まっていった。そしてついには、地球に生きる人々の共感すら得ることとなった。

 無論、いまだ敵は多い。

 戦いはまだ続くだろう。だが、今日という日が歴史の大きな転換点となることを、アムロ・レイは確信している。

 

 雑多な工業区画の、どこにでもある小さなデブリ回収会社の整備工場。

 その地下…すなわちコロニーの外殻に最も近い区画にある秘密のMSドックで、背中に大きく“ブルー・ジャイアントスター”のロゴがついた作業用ジャンパーを着たアムロは、一人ガンダムの整備を続けていた。若々しくはあるが、全体的に少しに肉がつき…中年と言えないこともない年恰好である。赤毛のくせ毛に、白髪を見つけることもあるようになった。

 一応つけっぱなしにしているテレビには、地球連邦大統領選の開票を待つとある陣営の様子が映し出されている。集まった支持者…報道するテレビクルーすら興奮し浮足立っている中、シャア・アズナブルはわずかな笑みを静かに浮かべて質素なソファに腰掛けていた。

 傍らに、ララァ・アズナブル夫人が幼子を膝に乗せて寄り添っている。幼子の齢は3歳くらいだろうか。大人たちの興奮にあてられることもなくきょとんとしている様が愛らしい。大人たちの熱狂は何なのか尋ねるように父を見た息子の頭を、シャアは優しく撫でた。アムロは物色していたガンダムのプラグの交換部品に見切りをつけて、別のパーツに手を伸ばす。

 

「アムロ」

 

 呼び掛けられたアムロが顔を上げて振り返った先には、二人の青年が立っていた。

 一人はきかん気の強そうな面影を残し、アムロと同じジャンパーを着たカツ・コバヤシ。もう一人は植物監察官を目指して大学で学ぶ、ハサウェイ・ノア。アムロの旧知の若者たちである。

 

「カツ、仕事は大丈夫なのか?」

「今日のこの日に仕事なんかしてられないよ。宇宙世紀の歴史が動くって一日なんだぜ、アムロ」

 

 アムロは手元の部品箱に視線を戻した。

 

「大人はどんな時でも、自分がやるべきことをやるもんだ」

「アムロさんこそ、仕事している場合なんですか? ラルさんもシャリアさんも、上のパーティ会場でアムロさんのこと待ってますよ」

 

 ハサウェイが生真面目な口調でアムロに呼びかけた。

 

「俺はいいよ」

 

 そっけないアムロにハサウェイは小さく肩をすくめながら、持参したワインのボトルとつまみの品々を傍らの作業テーブルに静かに置いた。

 

「ラルさんなんか酔っぱらって、感極まって泣き出してるよ。キャスバル様がついに大統領になられる日が来るとは…ってさ。なぁ、ハサウェイ」

「クラウレさんも呆れ返ってましたよ。…見ておく価値があると思うな、僕は」

 

 その様を思い浮かべてわずかに口元を緩めながら、アムロはどうにか納得のいく交換部品を見つけることができた。使えそうな同じジャンクパーツを、あと七つは見つけなくてはならない。カツは三人の傍らにそびえ立つ白いモビルスーツを見上げて言った。

 

「アムロはホントにガンダムが好きだな…もう大昔のポンコツじゃないか」

「ちょっと、ポンコツはないでしょ、カツ」

 

 ハサウェイが慌ててカツをたしなめる。

 

「年代物は確かだが、こいつだってまだまだやれるさ」

 

 アムロの静かな言葉にカツは、へぇ…と反応した。

 

「…アムロ、これでよかったのかい?」

「何がだ?」

「シャアがテレビの中でこんなにもてはやされてるのにさ、アムロはこんなところでガンダムいじって…世間的にはテロリストだぜ?」

 

 テロリスト、という過激な言葉にハサウェイはさらに慌てる。

 

「人にはその人なりにやるべきことってのがある。カツだってもうわかってるだろ。それを間違えちゃ駄目だぜ。なぁ、ハサウェイ」

 

 突然自分に話を振られたハサウェイは、はぁ…と曖昧な返事を返した。カツはガンダムを見上げたまま言葉を続ける。

 

「まあね…おれもエゥーゴに入って戦いたいって思ってた時があって…父さん母さんに反対されて随分喧嘩もしたけど、今となってはそれで正解だったかなと思ってるさ。おれ程度の腕じゃ戦死するのが関の山だったろうしさ」

 

 アムロがこの世界でカツと出会ったのは、最初の人生で言う『ネオ・ジオン戦争』が終わってからである。

 カツが『正史』で戦死する運命を辿ったのは、自分と再会したせいだとアムロは思っていた。

 だからアムロは、ア・バオア・クーの先の時間へ行くことができた時には、カツと会うことを極力避けてきた。今の人生でカツに出会ったのは宇宙世紀0090を過ぎてから…スペースノイド解放武装過激派組織「ロンド・ベル」のMS隊隊長を務めるようになってからだ。

 カツのことをハヤトに頼まれた時は、相当に悩んだものである。

 だが、二十歳を過ぎて再会したカツは、もう大人になっていた。

 衝動に任せての志願でないことがわかり、アムロは彼を受け入れた。ただし、カツのパイロットとしての技量はアムロの眼鏡に叶うことはなかったので、後方支援的な仕事に従事させている。公社の下請けでコロニー外壁保全を手掛ける小さな会社のプチモビ部隊主任が、カツの表の顔だ。ちなみにこの会社、社長はランバ・ラル、実務の取り仕切りはシャリア・ブルが務めている。シャリアについては彼が『正史』にも存在していたことに、アムロは感慨深くもあったりしたものだ。

 

「…父さんと母さんを泣かせない親孝行がカツのするべきことさ」

 

 アムロは変わらず、部品箱から目を離さずにカツに言った.

 

「まぁ…そうだよな。おれとレツとキッカのこと、一生懸命育てててくれた父さんと母さんを泣かせることはしたくないからな。…おい、お前もだぜ、ハサ。ブライトさんとミライさん、困らせるようなことするんじゃないぞ」

「僕はそんなことしないよ」

「どうだかな。ハサは何処か俺の若い頃と似てるからな」

 

 にやにやとそんなことを口にするカツに、ハサウェイは少し真顔で唇を尖らせる。キャラが被ると昔から言われ続けているため、このネタは彼には禁句なのだ。

 

「アムロさん、真面目な話、上に上がりましょう。シャアが大統領になってくれれば僕たちロンド・ベルの役目も一段落じゃないですか。そりゃあ表社会でシャアと一緒に喜ぶわけにはいかないですけど、せめてみんなで…」

「いいよ、ハサ。無理強いはするなって」

 

 今度はカツが、齢若い弟分をたしなめた。

 

「こんなタイミングで何かを仕掛けてくる奴らがいないとも限らないだろ。こう見えてこのガンダム、いつでも発進できるようにスタンバってあるんだぜ」

 

 え、とハサウェイは静かに佇むガンダムを見上げる。

 

「ラル社長だってアレは酔ったふりだよ。みんな、万が一に備えてこうして集まってんだ」

 

 アムロは手を止め、初めてカツと目を合わせて笑みを返した。

 

「もう少ししたら上がる。ラルやみんなにはそう伝えておいてくれ」

「わかったよ。行くぜ、ハサ」

「ちょっと、待ってくださいよ、カツ」

 

 さっさとエレベーターに向かうカツを追って、しかしハサウェイは一瞬立ち止まってぺこりとアムロに頭を下げた。やっぱり育ちがいいなと感心しながら、アムロは二人を見送った。

 なんとなく、アムロはハサウェイの運命も変えているような思いに捉われた。

 

 




 
 
 地球連邦政府の代表は「首相」だと思われますが…
 その響きだと、なんかこう…カタルシスに欠くと言いますか…そういうことで、
 シャアが目指しているのは大統領にさせていただきました。

 


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第27話 メビウスの刻を超えろ

 

 一年戦争を『正史』でクリアしたアムロは、満を持して行動を開始した。

 すべてに万全の対応をし、自分が助けられる人々はすべて助けてア・バオ・クーを迎えることができた。父もラル夫妻もマチルダ夫妻もリュウも、カイが匿った少女もスレッガー中尉も、もちろんララァもセイラもシャアも、すべて健在である。

 燃えさかるア・バオア・クーから仲間たちを導きその脱出を確認してから、アムロは別れのメッセージを彼らに贈った。

 

 アムロはジオンに投降したのである。

 

 ジオングとの決戦でガンダムのダメージを最低限にとどめたアムロは、ガンダムを持ってそのままジオンに降ったのだ。

 シャアの庇護があったとはいえ、敗走でただでさえ混乱しているジオンに『連邦の白い悪魔』が投降することはあまりに予想外かつ危険な行動と言えた。

 友の仇と嬲り殺しにされる可能性もあったし、その不可解な行動は後に連邦軍からも疑義がかかる可能性が高い。だがアムロは、7年の歳月を半ば幽閉されて過ごす愚をまた犯すことはできなかった。アムロもまた、スペースノイドの自由とニュータイプの時代を創るために戦わねばならないのだ。

 シャアはララァとともに、アクシズへ向かう艦隊と合流した。

 そのシャアの別れ際の尽力により、アムロはどうにかジオン本国へ向かう艦に移乗することができた。サイド3に辿り着き、これもシャアの口利きでジオニック社に接触、『ノボル・ソウゲツ』というモビルスーツのテストパイロットの籍を手に入れた。戦後、ジオニック社はアナハイム・エレクトロニクス社に吸収され、『ノボル・ソウゲツ』もアナハイムの人間となった。

 

 躍進するアナハイム社のMS開発部門でテストパイロットを務める『若き天才』ノボル・ソウゲツはすぐに頭角を現し、より中枢に近い計画に携わるようになった。

 日進月歩するMS開発に、ノボルも積極的に関わった。これから起こる戦乱に強力なMSは欠かすことはできない。アナハイム社でMS開発に関わるということは、敵陣営に渡る技術の開発に関わることでもある。しかし、アナハイム社が戦争を操る闇商人として君臨していく歴史の流れを覆すことはできそうになかったし、アナハイム社に秘匿されていく技術に関わることや、そこで培われる人脈は有益なものだとノボルは判断した。また、最新の機体のテストパイロットという仕事は、ノボルにとっても充実を得られる貴重な時間でもあった。

 

 しかし、時代は再び、さらに不穏な臭いを強くしていく。

 ティターンズが勃興し、ノボルはララァの気配を感じてシャアの帰還を知る。

 また30バンチ事件が発生したことは、アナハイムの情報網とノボルの人脈により早期に知ることができた。

 ブレックス・フォーラ准将と、クワトロ・バジーナ大尉がエゥーゴを立ち上げる。

 そして、グリプス戦役が勃発した。

 この戦いの趨勢は本来の『正史』とほぼ変わることはなかった。

 アナハイム社の人間であるノボルは戦線に加わらなかったので、クワトロ・バジーナ大尉と再会することはなかった。

 『アムロ・レイ』がいないことは歴史の流れに影響はあったはずだが、グリプス戦役からネオ・ジオン戦争においては『アムロ・レイ』はさほど大きな影響は与えていない筈だった。実際、この時期の『アムロ・レイ』の不在は、時の流れの修復力に打ち消される程度だったようだ。

 

 戦役の最中、クワトロ・バジーナはその正体を明かす。

 そして、戦いの終結とともに行方不明となる。

 引き続き勃発したアクシズ…ネオ・ジオン戦争中、シャアの消息が知れないのは本来の『正史』と同じだった。しかし、ノボルは焦ることはなかった。シャアが歪むことはないと確信していたのだ。

 

 そして、宇宙世紀0093年。

 スウィート・ウォーターで、シャア・アズナブルがついに立った。

 難民救済政策により生まれたコロニーで政治家として立身し、行政長となったのである。これを知ったアムロは『ノボル・ソウゲツ』の名を捨て、アナハイム・エレクトロニクスから出奔した。

 『アムロ・レイ』に戻ったアムロは、サイド3を経由しスウィート・ウォーターへと渡った。

 シャアを支えるシンパたちと合流する。

 かつてジオンに投降し本国に辿り着いた時に出会ったランバ・ラル夫妻とはこの時再会し、シャリア・ブルとも初めて対面した。

 

 シャアのシンパは政治家としてのシャアに賛同した言わば『表社会』の者たちのほか、ネオ・ジオン戦争の後に瓦解したエゥーゴやカラバのメンバー、一年戦争からシャアに付き従う古参の部下たち、そしてキャスバル・レム・ダイクンを知る父の代からの重臣と様々な者たちがいた。

 かつてのホワイトベースの乗員たちの名前もあった。

 その運命が変わるようにとアムロが影で尽力したハヤトはカラバからの流れでシャアと志を同じくし、カイはジャーナリストの立場から、時にシャアを支持し自身が信じる未来を求めた。セイラは…正しい道のりで父の跡を継ぐシャアに、複雑な思いはあれど本来の『正史』ほどには厭世家になっていないのか、遠回しながら資金援助や財界等のコネクションで支援をしている。

 

 シャアの側近と言える幹部たちの間で議論が重ねられた。

 結果、『裏方担当』のシンパはシャアと袂を分かつことになった。

 シャアが唱える『スペースノイドとアースノイドの融和』政策は、アースノイドはもちろん、過激なスペースノイドの集団からも敵視される可能性が高い。

 シャアは非暴力の元でスペースノイドとアースノイドの相互理解と協調を勝ち取らねばならないが、軍事力を行使してシャアを潰そうという勢力が現れるなら、対抗できる力は必要だ。『裏方担当』のシンパはスペースノイド解放武装過激派組織『ロンド・ベル』を名乗り、シャアとは無関係にこれを討つ役割を担うこととしたのである。主にジオン公国時代からのシャアの部下たちと、エゥーゴ・カラバ上がりの元軍人たちが『ロンド・ベル』に移籍した。

 

 『ロンド・ベル』のモビルスーツ部隊隊長となったアムロは、地球圏で起きる戦火にガンダムを駆って介入し、地球圏の真の統一を妨げる者たちと戦った。

 一番大きな戦いは宇宙世紀0096に起きた戦乱であろうか。

 「地球連邦議員まで上り詰めたシャア・アズナブルは偽物である」として『真のシャア・アズナブル』が蜂起した戦いは、封印されていた宇宙世紀憲章の解放を招いた。ロンド・ベルの活躍により解決したこの事件を追い風にして、シャアはさらに躍進する。そして宇宙世紀0100年の今、シャア・アズナブルは初めてのスペースノイド出身の地球連邦大統領となるべく選挙戦を戦い、あと数刻ですべてが決する。下馬評は、僅差ながらにシャアの勝利と見込まれていた。

 

   * * *

 

 使えそうな交換プラグの入った小箱を手に、アムロは高所作業車の架台に乗ってガンダムのコクピットへ向かった。架台はガンダムのすぐ近くを舐めるように上昇していく。間近で見るガンダムの装甲は傷だらけである。

 

“こいつも長く戦っているからな…”

 

 姿かたちは変わっているものの、この機体は正真正銘のガンダムである。

 ア・バオア・クーでジオンに投降した際、ガンダムはアムロとともにサイド3へと運ばれた。ジオニック社のシャアの知己は、アムロとシャアの希望に従い、10余年に渡りガンダムを隠匿していたのである。アナハイムを出奔したアムロはガンダムと再会し、ともにスウィート・ウォーターへと渡った。以来、ガンダムは修理を施され、アムロの愛機として幾多の戦場を駆けてきたのだ。

 

 試作機であるガンダムの純正補給パーツなど、ジオンはおろか、連邦軍内にいたとしても手に入る筈はなかった。

 ジムシリーズや横流しされたアナハイム製のガンダムのパーツ、その他、手に入る限りの最高最良のパーツでガンダムはレストアされ続けた。

 実のところ、オリジナルのガンダムのパーツはすでに一つもない。

 外観とて、ガンダムらしい意匠は見受けられるものの、面影はないと言っていい。

 胴体のコアブロックシステムはとうの昔に廃されジムⅡのそれをベースに原形をとどめない改造を施されているし、両脚はΖガンダムの規格落ち部品を強引に流用している。腕はジェガンとリガズィのそれを継ぎ接ぎ、頭部もカスタム仕様のジムのそれに取って付けたⅤ字アンテナがかろうじてこれはガンダムであると主張している始末だ。

 それでも、流石にフィンファンネルなどのサイコミュ兵装は搭載していないものの、バイオセンサー系は最新のものがこれでもかと搭載されている。

 アムロでなくては操縦できないとてつもなくアンバランスな機体ではあるが、この時代の最新型モビルスーツに匹敵する戦闘力を持つ冗談のような機体である。

 

 もちろん整備性は劣悪だ。

 『連邦軍系のモビルスーツの部品なら何でも使って当たり前』『戦場から帰還したこの機体をもう一度出撃させられるように整備できなけりゃアマチュア』などとメカマンたちから言われ放題のガンダムは、マークツーだゼータだダブルゼータだと『ガンダム』を冠する機体が数多く存在するようになったことから、いつの頃からか『テセウスガンダム』と呼ばれるようになっている。アムロに言わせればこれはガンダムでありガンダムはガンダムなのだが、『テセウス』という言葉の意味するところを知ったアムロは納得して、以降彼らがそう呼ぶことを咎めたりもしない。

 

 架台をガンダムの腹部で停止させ、アムロはコクピットにもぐりこんだ。

 つけっぱなしのテレビがガンダムの足元で歓声を上げる。

 選挙の結果が、出たらしい。

 

 



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第28話 リング・オブ・ガンダム

 

「馬鹿な! こんなところでガンダムハンマーだと!!」

 

 ノックスとか言う戦禍を受けた街で無断借用した自転車のハンドルを握りしめ、アムロは思わず叫んだ。

 ディアナ・カウンターの一員として地球に降りてきたアムロは、たまたま目にした白いモビルスーツ…髭のガンダムに何故か心奪われ、その機体の後を追うように北アメリア大陸を放浪していた。アムロが知るいずれのガンダムとも違いながら、それでいてガンダムと思わせるホワイトドール…異形の機体が、アムロの目の前でガンダムハンマーを振り回している。

 

 髭のガンダムとガンダムハンマー。

 

 二つの衝撃がアムロの脳内を過電流となって奔り、長く長く混乱していた記憶の歯車を嚙み合わせた。

 

「――ガンダムハンマー、か…?!」

 

 そうだ。

 ア・バオア・クーで終わる『TV版』の世界…未来を閉ざされたあの世界で生きた時、俺は必ずガンダムハンマーを使っていなかったか?

 幾度もの大気圏突入の記憶がフラッシュバックする。

 間違いない。

 ガンダムハンマーだ。

 アムロは我知らず雄叫びを上げていた。

 

――――――◇ー◇ー◇――――――

 

「父さん! 応答してくれ!」

 

 サイド7に立つガンダムのコクピットで、アムロは通信機に叫んだ。

 

『なんだアムロ、私は忙しいんだ。言われていることをさっさとやれ』

 

 仕事に没頭している時のテム・レイはひときわ愛想がない。そんなテムの言葉を無視してアムロは叫ぶ。

 

「父さん、ガンダムの予備パーツ、Fの第七区画と言ったよな」

『私は忙しいんだ、アムロ』

「ガンダムハンマーはどのコンテナに入っているか、すぐわかるようになってるかい?」

『…何故おまえがその武器の名前を知っている?』

「…ああ、マニュアルに書いてあったんだよ! それより、なんてコンテナに入ってるんだ?」

『ちょっと待て…GB‐893のコンテナだな。アムロ、そのコンテナ…いや、Fの第七区画のコンテナは必ずホワイトベースに搬入しろ。いいな』

「どうして!」

『ビームライフルの交換パーツや予備のビームサーベルが入っている。あそこのコンテナがあるとないとでは、今後の戦いがまるで変ってくるぞ。ビームライフルとビームサーベルはジオンのモビルスーツは使えない、ガンダムだけの武器だからな』

「なんで最新兵器とハンマーを一緒にしてあるんだよ!」

「万が一ということもある。原始的な武器はいざという時の信用度が高いからな」

 

 アムロは納得した。

 『TV版』の世界では、テムの言う『万が一』が起こったのだろう。

 大気圏突入時の戦いで使えるビームライフルが一丁もなくハンマーを使う羽目になるのは、恐らくそういうことだ。

 なら、大気圏突入の戦いでガンダムハンマーを使わなければ、自分が生きていく世界を『正史』にすることができるのではないか? 

 

『アムロ、どうした! 何をやっている』

 

 通信用のモニターに映ったブライトが、冷静を装いきれず怒鳴るようにアムロに呼びかけてきた。

 

「ああ、すまない、ブライトさん。すぐに搬入作業を続けます」

『…出港まで時間がないのだ。搬入はできる限りでいい、急げよ!』

「了解」

 

 アムロはGB-893のコンテナを、スーパーナパームで廃棄した。

 

   * * *

 

 ア・バオア・クー宙域。

 連邦軍とジオンの、互いに総力を結集した泥沼のような戦いが繰り広げられている。

 そして、アムロはシャアと、もはや幾度目かもわからぬガンダムとジオングの戦いを繰り返していた。

 

“こう近付けば四方からの攻撃は無理だな、シャア! 頼む、俺の話を聞いてくれ!”

“私も低く見られたものだな。この程度のことができないと思われるとは。なぁララァ”

「なにっ!」

 

 ジオングの有線サイコミュハンドのビームが、ガンダムをピンポイントで狙撃した。

 

「うわっ!」

 

 ガンダムは、幾度目かもわからぬ爆散で宇宙に散った。

 

――――――◇ー◇ー◇――――――

 

 …

『アムロ、どうした! 何をやっている』

 

 通信用のモニターに映ったブライトが、冷静を装いきれず怒鳴るようにアムロに呼びかけてきた。

 

「わかっている! すぐに搬入作業を続ける。少しは落ち着け、ブライト」

『俺は落ち着いている! …出港まで時間がないのだ。搬入はできる限りでいい、急げよ!』

「…了解」

 

 アムロはGB-893のコンテナを、スーパーナパームで廃棄した。

 

   * * *

 

「駄目だ。こんな危険なタイミングで戦闘など考えられん!」

「シャアが来るんだよ、父さん。俺がガンダムで出なくちゃホワイトベースは沈められてしまう!」

「例えシャアであろうと、大気圏突入まで数分しかないような状況で戦闘を仕掛けてきたりするものか。艦の指揮はブライト君に任せればいい。…どちらでもいい、せめてガンダムの大気圏突入装備があれば…」

「ないものは仕方がないさ。父さん、俺は行くよ」

「アムロ!」

「大丈夫、今度こそ大気圏突入前にホワイトベースに帰ってくるさ」

「…今度こそ…? おい、待てアムロ!」

 

 …どちらでもいい?

 テムの言葉がどこか引っかかったアムロだったが、今はそれにこだわる余裕はなかった。シャアはアムロに時間を与えてはくれない。アムロはパイロットシートに身体を納め、ガンダムに火を入れた。

 

 30分後、やはりホワイトベースへの帰還がならなかったアムロは、ガンダムとともに大気圏で燃え尽きた。

 

――――――◇ー◇ー◇――――――

 

 …

『アムロ、どうした! 何をやっている』

 

 通信用のモニターに映ったブライトが、冷静を装いきれず怒鳴るようにアムロに呼びかけてきた。

 

「…すまない、ブライトさん。すぐに搬入作業を続けます」

『あ、ああ…出港まで時間がないのだ。搬入はできる限りでいい、急いでくれ!』

「了解」

 

 アムロはGB-893のコンテナを、スーパーナパームで廃棄した。

 

   * * *

 

「…じぃ、ぱぁつ…なんですか、持ってきてくれたのは…」

 

 ミデア輸送機が運んできた新兵器を見上げて間抜けな声を出すアムロを、マチルダ中尉は一瞥した。

 

「コアブロックシステムを利用したガンダムのパワーアップメカです。このパーツがあれば、ガンダムはもっと強くなることができます」

「…コアブースターじゃないんですね…?」

「なぜ君がその機体の名前を?」

「いえ、なんとなく…」

 

 気もそぞろにGファイターの巨大な連装ビーム砲を呆然と見上げるアムロを見かねたように、マチルダ中尉はアムロに声を掛けた。

 

「…連邦軍でモビルスーツを開発するには、上層部で様々な確執がありました。その結果がこの機体…戦車としても戦闘機としても使える汎用性…妥協の産物かもしれませんが、これがなければガンダムの開発がなかったことも確かです。民間人の貴方たちに命懸けのモルモットになれと言うのは軍人として申し訳がないのですが…これが今のホワイトベースの戦力になることも確かです。今はこれで出撃してください、アムロくん」

 

 だが、マチルダ中尉の言葉も耳に入らず、アムロはGファイターを見上げ続けていた。

 

「ちょっと待て…これでは…また、誰も未来にたどりつけないんじゃないのか? これは…『TV版』の世界なんじゃないのか…?」

「? 生きてみんなを未来に導く…それが君の仕事でしょう? 頼りにしているわ、…アムロ」

 

 呼び捨てにして距離を縮めてくれたマチルダ中尉の厚意も、今のアムロは気づくことができなかった。

 

   * * *

 

『アムロ、聞こえるか。敵は水爆を使う』

 

 通信機から飛び込んできたブライトの言葉にアムロは耳を疑った。

 

「水爆! またか?! わかった。こちらで何とかする」

『データを送る。赤いところが水爆を爆破させるところだ。すれすれのところで叩き切ればいい』

「相変わらず雑な分解図だが…。ないよりはましだな、ブライト」

『? 一応南極条約の時の公開データだ。当てにしていい。水爆が本物なら此処もやられるんだ。やるしかない、アムロ』

「ああ…よし、ハヤト、行くぞっ」

 

 ハヤトが操縦するGメカに乗って、アムロとガンダムは水爆ミサイルを追った。

 発射されたばかりで初速の遅い水爆ミサイルを捉えるのは思いのほか簡単だった。

 だが、問題は此処からだ。

 

「やれるか…ヤ――――ッ!」

 

 ガンダムのビームサーベルが、水爆ミサイルを切り裂いた。

 

「え?」

 

 アムロの中に違和感が生じた。

 そして、東ヨーロッパの空に、巨大な茸雲が立ち上った。

 

「フフフ…愚かだったな、レビル。この戦いは私の勝ちだ。歴史は生き残った者が創るのだよ。ンフフ…ハーッハッハッハ!」

 

 成層圏から茸雲を見下ろすマ・クベの高らかな嘲笑が、宇宙に響き渡った。

――――――◇ー◇ー

 

 生と生の狭間の刹那で、アムロはふと思う。

 …ガンダムハンマーを使わなかったのに、今の世界は『TV版』だったんじゃないか? 

 

          ◇――――――

 …

 

「父さん! 応答してくれ!」

 

 サイド7に立つガンダムのコクピットで、アムロは通信機に叫んだ。

 

『なんだアムロ、私は忙しいんだ。言われたことをさっさとやれ』

 

 仕事に没頭している時のテム・レイはひときわ愛想がない。そんなテムの言葉を無視してアムロは叫ぶ。

 

「父さん、ガンダムの予備パーツ、Fの第七区画と言ったな! GB‐893のコンテナ、中身は何なんだ? 教えてくれ!」

『そんなことまで私がいちいち知っているわけがないだろう。いいから、Fの第七区画のコンテナはすべてガンダムで運び込め。死にたくなかったらな』

 

 死にたくなかったら、か。

 まったくだと毒づきながら、アムロはガンダムをFの第七区画へと向かわせた。

 其処には、今までどおりGB-893と書かれた淡いグリーンのコンテナがあった。アムロはガンダムを操り、めりめりと外装を壊して中を確認した。

 

「まずは…これか…」

 

 其処には、黒光りするガンダムハンマーが静かに眠っていた。

 そしてアムロは、そろりと視線を移し、隣に鎮座するコンテナを見た。

 こちらのコンテナも、ガンダムで破壊して中を調べる。

 アムロが探しているものは、なかった。

 次のコンテナを壊して、また中を調べる。

 ガンダムの奇行に搬入作業に励んでいた作業員たちが手を止め集まってくる中、アムロはコンテナの中身を調べる作業を繰り返した。

 そして。

 

「――!」

 

 コンテナの中で巨大なシートに包まれ眠るあれに…アムロの目は釘付けになった。

 

 耐熱フィルム。

 

 前生から持ち越した疑問が、アムロに閃きをもたらしていた。

 タイムリープした過去が『正史』か『TV版』か、これを確定するもの…それは、ガンダムハンマーではなかった。

 耐熱フィルムの方だったのだ。

 耐熱フィルムを大気圏突入の際に使用した時、アムロの生きる世界は『TV版』に確定していたのだ。

 

 耐熱フィルムを使用しなければ、アムロが生きる世界は『正史』に確定される。

 この時、シャアがスペースノイドのために正しく立ち上がり世界を統べることができれば、おそらくこの無限に繰り返されているタイムリープは終わる。

 条件クリアでミッションコンプリート、だ。

 だが、これまで幾度となく繰り返したタイムリープで『正史』に確定した例は必ずしも多くなかった。

 今後の戦いに備えて、アムロはなるべく多くガンダムの補給パーツをホワイトベースに搬入するようにしていた。後の戦いが少しでも楽になるようにと補給パーツを積み込めば積み込むほど、アムロは『正史』で生きる可能性を低めていたのだ。

 

 耐熱フィルムが納められたコンテナ。

 これをホワイトベースに搬入すれば、その世界は『TV版』に確定する。

 搬入しなければ、『正史』だ。

 

 だが…この選択をせざるを得ない時点で、アムロは状況がすでに詰んでいることに気づいた。

 今回のタイムスリップも、失敗だ。

 このまま耐熱フィルムをホワイトベースに積み込めば…大気圏突入でアムロとガンダムはそれを使わざるを得なくなり、世界は『TV版」に確定する。

 積み込まなければ…アムロとガンダムは大気圏突入に失敗し、燃え尽きる。2度目のやり直しだったか、耐熱フィルムを欠いていたガンダムは大気圏で燃え尽きた。あれを繰り返し、アムロはまたサイド7の初陣の時に戻ることになる。

 この状況には、欠けているものがある。

 冷却フィールドの発生装置。

 『正史』の世界へ行くための、重要なピースが不足している。

 

“どうなっているんだ…どうしたら冷却フィールドの発生装置を手に入れることができる? いや、『正史』の世界に行けた時はどうして冷却フィールドの発生装置がガンダムに搭載されてたんだ? ルナツーか? いや…あんなところにガンダムのパーツがある理由がない…。どうなっている?”

 

 アムロは取り乱していると言っていいほどに焦っていた。

 

”大丈夫だ…まだ『正史』で生きるチャンスはある筈だ…今度のタイムリープは、無駄じゃない…無駄にしてたまるものか…”

 

 だが、幾度となくやり直しを繰り返してきた経験が、アムロに囁いた。

 

 今回も、失敗だよ。

 

 絶望感が、アムロを襲った。

 

“…一番早い解決策は…耐熱フィルムを積まずに大気圏突入して燃え尽きる…いや、この場で自死、だな…そしてもう一度やり直しだ。だが…!”

 

 自分は決して自死を選ばない。

 それは、アムロの矜持だ。

 しかし。

 

『アムロ。何をやっている。ガンダムが動いていないぞ。どうしたんだ』

 

 通信用モニターに映ったテムの呼び掛けも、今のアムロには虚ろに響いた。

 

『アムロ、どうした。何をやっている』

「…何でもないよ、父さん。…また、やり直せばいいだけのことだ…」

『何を言っている、アムロ。どうしたんだ?』

 

 ほとんど泣いていると言っていいアムロの声に、テムは息子の異常を察知した。

 

「何でもない。何でもないんだ、父さん…また、耐熱フィルムだった…それだけだよ。それだけのことなんだ…」

『耐熱フィルム? ガンダムの大気圏突入装備のことか?』

「他に何があるっていうんだ」

『あるぞ?』

「…え?」

『あると言っているんだアムロ。ガンダムの大気圏突入装備は耐熱フィルムだけではない』

「あ、ああ…。え? でも、…どういうことだ?」

 

 アムロは溢れかけていた涙を拭いながらテムに尋ねた。

 

『耐熱フィルムはガンダムの実験的な装備でな。開発が間に合わない可能性が高かったんだ。だから、私は他の装備も並行して開発していてな。ガンダムには非常事態に備えて過熱したエンジンを冷やすための冷却剤が積んであるんだが、大気圏突入時にこいつを放出することで冷却フィールドを生成してだな…』

「父さん…それ、本当なのか?」

 

 小さなモニターの中のテムは、心外だとばかりに表情を固くした。

 

『当たり前だ。メカのことについて私は嘘などついたりはせん。耐熱フィルムより効率は悪いが、ガンダムを大気圏内に送り届けるくらいの冷却能力があることは私が保証する』

「…父さん…、つまり冷却フィールドの発生装置があるんだな? それ、何処にあるんだよ…?」

『お前がいるのはFの第七区画だな。そのあたりのコンテナの中にある筈だ。冷却フィールド発生装置を組み込んだガンダムの腰部ユニットがそのへんにある筈だぞ』

「…え?」

 

 アムロはなにか、全身の力が抜けそうになった。

 状況を、整理してみる。

 

「…父さん、まずガンダムの腰部ユニット、基本的には耐熱フィルム装備型が実装されてるってことだよな?」

『ああ、そうだ』

「…もしさ、俺が耐熱フィルムをホワイトベースに搬入してなかったら、どうする?」

『冷却フィールドのユニットに交換する』

「…そのこと、俺に言うかい?」

 

 テムは怪訝な顔をして答えた。

 

『…それは、言う必要があるのか? もともとお前が知っていることでもないだろう』

 

 アムロはぐうの音も出なかった。

 そのとおりだ。

 わかってみればどうという話でもなかった。

 アムロは二回目のタイムリープで父を宇宙に放り出してしまって以来、この過ちだけは絶対に繰り返さないよう心に決めて、実行し続けていた。

 宇宙に放り出されずホワイトベースに乗り込むことができた父は、耐熱フィルムがホワイトベースに積み込んであれば、当然それをガンダムに実装する。

 『TV版』の世界に確定だ。

 もし、たまたま…耐熱フィルムがホワイトベースに積み込まれていなかった場合、父はガンダムの腰部ユニットを冷却フィールド発生装置搭載型に換装する。

 このパターンの時、アムロは『正史』の世界に生きていたのだ。

 確かにテムが言うとおり、もともとアムロが知っているわけがない耐熱フィルムと冷却フィールド発生装置のユニットの換装を、わざわざアムロに伝える必要もないだろう。むしろ、忙しい中マニュアルまできちんと差し替えこのことをアムロに全く気付かせなかったあたり、テムの仕事は細部まできちんとしていると言っていい。父は、アムロとガンダムが大気圏に散ることのないよう最善を尽くしていたのだ。

 だが…。

 アムロの中に、父に対する何とも言えない感情が込み上げる。

 父がガンダムの腰部ユニットについての経緯をきちんと伝えてくれていれば、少なくともここ何回かのタイムリープはしなくて済んだのではないか?

 どんなに忙しくても、ホウ・レン・ソウは仕事の基本だぞ。

 持って行き場のない怒りとも苛立ちとも言える複雑な思い、父の仕事ぶりへの敬意、ようやく無限の監獄から脱出するための光が見えた安堵。様々な思いがアムロの中で渦を巻く。

 

「…父さん…ははっ、さすが、俺の父さんだ…」

 

 やっぱり仕事バカのクソ親父だ、とアムロは心の中で罵倒してやりながら呟いた。

 

『え? なんだアムロ、どうしたんだ?』

 

 息子に初めて感謝と憧憬と…何故か怨嗟のこもった眼差しを向けられたテム・レイは、動揺した。

 だが、息子はさらに、意味不明な申し出…いや、おねだりをしてくる。

 

「なぁ、父さん…俺が頼んだらガンダムの腰部ユニット、冷却フィールド発生装置の方に交換してくれるかい?」

『え? なんだ、アムロ? 何を言っている?』

 

 しかし、アムロの切羽詰まった真剣な…すがるような顔を見たテム・レイは、一瞬で決断を下した。

 

『構わんぞ。腰部ユニットのコンテナを持って早くホワイトベースに戻ってこい。時間はいくらあっても困らないのだからな』

「…いいのか、父さん?」

『――お前がそうしたいのだろう。なら、構わん』

 

 アムロは小さなモニターの中の父の顔を見つめた。

 

「わかった。…父さん」

『なんだ』

「ありがとう」

『…ああ。』

 

 テムは動揺と照れ臭さに耐えきれず、慌ててモニターからフェードアウトした。

 

『アムロ、ガンダムで何をやっている。コンテナを壊して回っていると報告が来ているぞ』

 

 もう一つの通信用モニターに、ブライトの顔が映った。

 

「ああ、すまない、ブライト。すぐに搬入作業を続けます」

『…出港まで時間がないのだ。搬入はできる限りでいい、急げよ!』

 

 言うだけ言って、ブライトは通信を一方的に切った。

 アムロは潤んでしまった目をこすり、鼻をすすって心を立て直すことに努めてみる。

 

“…あんたがそうしていつも急かしたのも原因だったんだぜ、ブライト”

 

 アムロは、運びきれないほどたくさんのFの第七区画のコンテナを見渡して心中呟き、ブライトに八つ当たりして強がってみた。

 

   * * *

 

 五日後。

 アムロとガンダムは、史上初のモビルスーツによる大気圏突入を成し遂げた。

 

 このタイムリープを最後にすると、アムロは不退転の決意で一年戦争を駆け抜けた。

 

 

 



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最終話 永遠にアムロ

 

“おめでとう、アムロ!”

“おめでとう!”

“おめでとう!!”

 

 テセウスガンダムのコクピットに潜り込んだ瞬間、アムロは無数の思惟の礼賛に囲まれた。

 其処はいつの間にか、全天周囲モニターを搭載した球形のコクピットの中だった。

 

“此処は――νガンダムのコクピットか?!”

 

 アムロがそう理解した瞬間に、周囲の映像は因果地平に切り替わった。いや、アムロは因果地平に転移したのだ。

 今回はアムロは裸ではなく、いつの間にか着替えた宇宙世紀0093年製のノーマルスーツをまとっていた。目の前には全天周囲モニターのウィンドウのように別の世界が開いている。

 其処には、聴衆の歓声に手を振り応えるシャア・アズナブルが映っていた。

 シャア・アズナブルは、ついに地球連邦政府の大統領へと上り詰めたのだ。

 

“…やったな、シャア”

 

 その姿には、さすがのアムロも感慨深いものがある。

 

“おめでとう、アムロ”

 

 天から響く、無限力とも違う神のような声があった。

 死者たちの魂の群れが静かに大きく割れていく。

 その先から、ひと際大きな思惟が現れた。

 アムロはその姿を凝視する。

 

「やはり君だったか、ララァ」

 

 相変わらず質素なワンピースドレスをまとったララァは、しかしこの世の女王のように泰然と振舞っていた。55億の魂たちが彼女の前に傅いていく。

 

“おめでとう、アムロ。ついに…この人たちの想いを結ぶことができたのね。素晴らしいわ”

「…ララァ、俺が最初にタイムリープした時、シャアを撃てなかったのは…君が止めていたんだな?」

 

 55億の魂たちの一部がわずかにざわついたようだ。

 ララァは答えず、笑みを浮かべて静かにアムロを見つめているだけだ。

 

「君は一体…なんなんだ? この世界の女王か?」

“私はこの世界で一番の力を持ったニュータイプ…”

「この世界で全知全能の力を持つとでもいうのか?」

“私はただ、私らしく振舞っているだけ。因果地平にいる誰もと同じように…それが何かいけないことなのかしら”

「君は…いったい何を企んでいる?」

”企むだなんて、アムロ”

 

 ララァは冷笑した。

 

“私は貴方と同じ世界で生きて、貴方に殺された最初のララァ・スン…。永遠に貴方と大佐の間に居たいだけよ”

 

 アムロの聞きたいことは、そういうことではなかった。

 何か、はぐらかされている気がする。

 だが、アムロには、何にも代えがたく尋ねたいことがある。

 アムロは、意を決してその問いを口に出す。

 

「ララァ。本当に…本当に俺は、この人たちの願いを叶えられたのか…?」

 

 アムロの問いに、ララァは慈母の微笑みで頷いた。

 その微笑みの意味を信じるまでに、アムロはわずかな時を必要とした。

 

「…うぉ、おおおおおーーーーーっ!」

 

 そして、アムロは吠えた。

 55億の魂たちは一時慄いたが、すぐにアムロに続いて雄叫びを上げた。

 歓声が無限の因果地平に広がっていく。

 

「…長い旅だったよ。ララァ」

“よく頑張ったわ、アムロ。まずはお寛ぎなさい”

 

 気がつくとアムロは、リゾートホテルのプールサイドにありそうなデッキチェアに横たわっていた。フルーツジュースを差し出されながら、アロハシャツに着替えた姿で寛いでいる。55億の魂たちの一部がその姿を変えて、大きな団扇を仰ぎ、グラマラスな女性の一団となって南の国のダンスを踊る。

 アムロの中に、静かに達成感が込み上げてきた。

 

「ララァ…俺は…本当にやったんだな?」

“ええ。大佐を導き、地球にアクシズが落ちない世界を一つ、貴方は作り上げた…アムロは救世主よ”

「やめてくれ。そんなたいそうなものじゃない」

 

 とは言うものの、充実感に満ち溢れたこの気持ちは何物にも代え難い。

 

“御覧なさいアムロ、これが貴方の守った地球。人がニュータイプに進化するための舞台…”

 

 ララァが小さく指を回すと、二人の眼前に青く美しい地球の姿が浮かんだ。その隅にモニターのように開いた世界で、大歓声の中、シャア・アズナブル新大統領が演台に歩を進めていく姿が見える。

 今度はシャンパンのグラスが差し出された。アムロは受け取り宙空にかざしてみた。

 俺は、乾杯をしてもいいかもしれない。

 

“おめでとう、アムロ大尉”

 

 聞き慣れているがどこか違和感のある声が、アムロの耳朶を打った。

 

「誰だ?」

“僕だよ。アムロ・レイさ”

「――なに?」

 

 アムロの背後に、15歳のアムロ・レイが立っていた。

 

   * * *

 

 若き日の自身を見つめて、アムロは固まる。

 やっと、声を絞り出した。

 

「お前は…俺、なのか?」

“そうだよ。この20年、ずっと一緒にいたじゃないか。やっぱり気づいていなかったのかい?”

 

 少年兵の軍服を着たアムロは軽く笑いながら、穏やかに答える。

 

「どうして…俺が、もう一人いるんだ? ララァ」

 

 茫然としたアムロの問いに、ララァは少年のアムロを招き寄せて、アムロを見た。

 

“アムロ、時の仕組みと、貴方がなぜタイムリープを繰り返していたかはアルテイシア様から聞いているのだったわね”

「ああ…俺は一年戦争のはじめに死んだこの人たちの力で、過去の自分の身体に心だけ送り込まれていた…」

 

 アムロは、周りで事の成り行きを見守っている55億の魂たちを見渡しながら言った。

 

“僕は、君がタイムリープしてきた身体にいたアムロ・レイだよ”

 

 ララァに代わって少年のアムロが答えた。

 

「え?」

“考えたことはなかったのかい? 君の意識だけが僕の身体に入り込んだなら、その身体にいた筈のアムロ・レイの意識は何処に行ったんだろうって”

「――」

 

 考えたことがなかった。

 少年のアムロは苦笑する。

 

“そうかもね。僕からしたら君は僕の身体に入り込んできた闖入者だけど、君は僕の身体が言わば空き家だと思っていたんだろ? 君がタイムリープしてきて…僕たちは同化したわけなんだけど、君は僕の知らない…未来の記憶を持っているから僕は僕じゃない僕にすぐ気がついた。でも君は僕の記憶のすべてを知っているから、違和感が生じなかった。だから気がつかなかった。そういうことさ」

 

 アムロは絶句した。

 

“でも、僕もかなり君のことを手伝っていたんだぜ。15歳のアムロの振り、もっぱら僕が演っていたんだ”

 

「そう…なのか?」

 

 それすら気づいていなかったか、と少年のアムロは苦笑する。

 ふと、アムロは気がついた。

 

「ちょっと待て…君は先刻まで生きていた世界の俺と一緒にいたおれ、ということだな。なら、…今まで何度もタイムスリップしていた時にも…おれが、居たのか?」

“そうだよ”

“そのとおりさ、アムロ”

“ご苦労だったな、ぼく”

“お疲れ、アムロ”

 ……

 …

 因果地平に、幾多のアムロ・レイの思惟が現れた。

 15歳の少年のアムロ。

 パイロットスーツを着たアムロもいれば、デニムのジャンパーとジーンズを身に着けたアムロもいる。

 少しやさぐれた20代前半のアムロ。

 老人のアムロ。

 横たわり、意識だけで生きるアムロ。

 セイラと夜を共にした、19歳のアムロ少尉。

 正暦を生き、未来の地球を放浪していたアムロ青年。

 プロキシマ・ケンタウリという未知の世界で生きた、見慣れぬ異星人の服を着た壮年のアムロ。

 その数は言うまでもなく、アムロがタイムスリップを繰り返した回数分だ。

 アムロ達を見渡したララァが、アムロを見て静かに言った。

 

“アムロ、貴方は自分が創った世界で死んだあと…またガンダムのコクピットに旅立っていったけど、彼らは肉体と運命を共にして此処へやってきていたのよ。アルテイシア様のように一つになったりはしなかったけど”

「そう…だったのか…」

 

 アムロはあらためて、これまでの永い旅を想った。

 

“さあ、アムロ大尉。みんなで一緒にシャアの演説でも聞いてみようよ”

 

 そう声を掛けてきたのは、一番初めに自分に話しかけてきた自分だろう。アムロ達は、ララァと、55億の魂たちとともにシャアの演説に聴き入った。

 

「…此処に至って私は、人類が今後、絶対に戦争を繰り返さないようにすべきだと確信したのである! それが、私が地球連邦政府大統領を目指した真の目的である。これによって、地球圏の戦争の源である地球に居続ける人々を宇宙に上げる。諸君、自らの道を拓く為、宇宙も地球もなくすべての人々のための世界を手に入れる為に、あと一息! 諸君らの力を私に貸していただきたい! それを成し遂げた時、私は、父ジオンのもとに召されるであろう!」

 

 シャアは万雷の拍手に包まれた。

 因果地平の魂たちもため息をつく。

 アムロは、また気づかぬうちにテレビを観るようにソファに腰掛けている。そして、自分の隣で寛いでいるララァに尋ねた。

 

「ララァ。俺はこの後…どうなるんだ?」

“どうなるって?”

「他のおれのように…此処で過ごしていくのか?」

 

 アムロの眼前に小さく世界が開き、其処にはまたアムロ自身が映っていた。

 暗く、赤熱化した球形コクピットの中に火花が飛び、リニアシートも吸収できないほどの振動の中、アムロは必死でパイロットシートにしがみついている。それが、最初の人生の今際の際の自分の姿だとアムロはすぐに理解した。

 

「…俺は、一度あそこに帰るのだな。そしてνガンダムとともに燃え尽きて、もう一度此処に来る…」

 

 ララァは沈黙を返した。

 

「俺の旅は終わった…いいんだ。いいんだが…」

 

 アムロは言い淀んだ。

 

“なんなの? アムロ”

「…俺は、俺の世界の地球を救うことはできなかったのだな。そのことだけ…悔しいよ」

 

 ララァは、喉を鳴らして静かに笑い始めた。

 

“何を言っているの、アムロ。貴方の旅はまだ終わっていないでしょう”

「――なに?」

 

 ララァは周囲の55億の魂たちを見渡した。

 

“あなたはまだ、この人たちの願いを叶えていないじゃない”

「え?」

 

 アムロは魂たちを見渡した。アムロと目が合って、慌てて視線を逸らす者、にやりと笑いかける者、哀し気な眼差しを向ける者…その態度は様々だ。

 

“この人たちの願いは『地球に隕石を落とさないこと』よ。こちらのアムロとガンダムだけではお話にもならないわ”

 

 アムロは、自分とともに20年を過ごしたという自分を見た。少年のアムロは、深く頷きながら自分を見つめている。

 

「え?」

“だって、貴方はそう言ったじゃない”

 

『ふざけるな! たかが石っころ一つ! ガンダムで押し出してやる』

 

 突然、記憶がフラッシュバックした。

 アクシズの片割れが地球への落下コースに乗ったと知った時、アムロはそう叫んだ。

 そして、シャアを道連れにアクシズに取りついた。

 …絶望的な予感がした。

 自らの一言で、これから先の何かがすでに決定していたことをアムロの無意識は悟った。

 それがいったい何なのか。

 

“この55億の魂の方たちは、『正史』の世界の出身の方たち。新しくできたほかの世界ではなく、自分たちの世界…『正史』の地球を救いたいのよ…”

 

 ララァが静かに、アムロの絶望を紡ぐ。

 

“さあ、アムロ、御覧なさい。これが元の世界の貴方の一秒後の姿。”

 

 ララァの声にあわせて、小さな窓の中にアクシズの破片に取りついているνガンダムが映しだされた。その機体から、優しくも力強い七色の光が迸る。

 

「僕の世界をハッピーエンドにしてくれたお礼に力を貸すよ。テセウスガンダムのスラスター出力なら少しは役に立つ。本当に少しだけどね」

 

 少年のアムロの声に重なって、νガンダムの機体からアクシズの破片の下へ光が広がっていった。

 その光がナノサイズと言っていいレベルまで拡大された時、アムロは、その光の粒がアクシズを押し戻そうとするテセウスガンダムのスラスター光であることを知った。となりにも、となりにも、となりにも、…無数のガンダムが岩肌にへばりつき、推力全開でアクシズを押し戻そうとしている。

 

“あの光は…貴方のタイムリープの結果、生まれて救われた世界のアムロとガンダムたち…”

 

 ララァがうっとりと、静かに言った。

 

「そう。僕たちはガンダムでアクシズを宇宙に押し返すんだよ」

 

 アムロ少年が淡々と言葉をつなぐ。

 アムロは55億の魂たちをもう一度、見渡した。申し訳なさそうに目を逸らす者、アムロの絶望の顔を見て嗤う者…彼らの意志とて、一つではないのだ。

 

「馬鹿な…いったい何機のガンダムが必要なんだ、そんなことをするのに…」

 

 アムロは茫然としながら呟いた。

 νガンダムから迸る光の粒は、すでに地球の裏側まで届こうとしている。それは、アムロの知らないとてつもない大きさを表す数の単位を、その数だけ掛けた答より多いだろう。

 ララァが変わらず微笑みながらアムロを見た。

 

“アクシズの破片は落下エネルギーだけで1.4×10の22乗ジュール…νガンダムのスラスター出力を約90トンとして…ガンダムが何体必要か、計算してあげましょうか?”

「…ラ、ララァ、君も此処では…不思議ちゃんなのかい…」

“フフッ、私は私らしくいるだけ…”

「では…この仕打ちは何なんだ? 55億の魂たち、おまえたちは何がしたい?」

 

 アムロは、自分たちを囲む無数の死者たちに叫んだ。

 ララァが、アムロの問いに静かに答える。

 

“意識が永遠に生き続けたら拷問よ。私たちはただ、あなたの活躍が見たいだけ”

「俺を見て嗤っているのか!」

 

 ララァは小さな窓に映るシャアを見た。

 

“私は永遠に貴方たちの間に居たいの…”

 

「もういい、やめろ、ララァ! お前たちも何処かへ行け!」

 

 アムロは叫んだ。

 55億の魂たちがアムロの叫びに慄く。

 その思惟を感じながら、アムロは理解していた。

 

 人は、死んでも人だ。

 死んで聖人になるわけではない。

 無限に続く時の拷問には、少しばかりの余興も必要だろう。

 俺は、死者を慰める道化なのだ。

 

 因果地平に長い沈黙が下りた。

 

 すでにララァから事の真相を知らされていたのだろう幾多のアムロ達も、55億の魂たちも、いつの間にかその姿を消していた。

 

 因果地平には、アムロとララァの二人だけだ。

 

 アムロはうずくまるように身体を丸め、動かない。

 

“アムロ。貴方が思ったとおり…人は、死んでも人よ。生きている人に…妬みも、羨みも、悪意も、すべてあるわ。…そして…善意も”

 

 ララァの静かな声が消えて、さらに、数万年とも思える僅かな静寂が降りた。

 

 やがて、アムロが静かに動き出す。

 

「…すまない、ララァ。長く待たせたようだ」

 

 アムロは小さな声で、呟くように言った。

 

“もう、やめるの、アムロ?”

 

「…いや、もう大丈夫だ。君が僕を、ガンダムのコクピットへ送り返すんだろう? …準備する。もう少し待ってくれ」

 

 青いジーンズとデニムのジャンパーに着替えたアムロは、静かに立ち上がった。

 

”…いいの、アムロ?”

「ガンダムでアクシズの破片を押し返す。…俺が言ったんだ。それを叶えるチャンスがあるなら、やるさ」

 

 力強い瞳でアムロはララァを見据える。

 アムロ・レイは、決してあきらめない。

 

 ララァは慈愛と哀しみを混ぜた笑顔を作った。

 

「ララァ。ひとつ頼みがあるんだが…いいか?」

”――なに? アムロ”

「魂の人たちに…謝っておいてくれないか。怒鳴ってすまなかったと」

“――わかったわ、アムロ。”

 

 アムロ・レイ大尉は、いつの間にかそこにあった、仮初めのガンダムのコクピットに座った。

 アムロが戦いに飛び立つなら、此処からが一番ふさわしいだろう。

 アムロはこれからまた、宇宙世紀0079・サイド7のガンダムでの初陣の時にタイムリープする。

 おそらく、これからも幾度も…ガンダムのコクピットへと翔ぶのだろう。

 

 いや。

 翔んでみせる。

 地球が駄目になる瀬戸際なのだ。

 やってみる価値はある。

 アムロ・レイは、くじけない。

 

 アムロの飛ぶ意志を静かに待っていたララァが、アムロに声を掛ける。

 

”――アムロ、発進の準備、よろしくて?”

 

 アムロはガンダムの操縦桿を握りしめた。

 そして、叫ぶ。

 

「了解。――アムロ、ガンダム、行きまぁす!」

 

 

 

 

 

 

 

   * * *       

 

 

 ~ エピローグ ~ 

 

「…行ってしまいましたな、アムロ大尉は」

 

 因果地平に一人佇むララァ・スンの傍らに、シャリア・ブル大尉が現れた。

 そして、もう一人…と数えていいのだろうか、150億年前に滅びた異星の美女の姿を借りた血まみれの巨神が静かに立った。

 

「どちらにいらしたの、大尉も、無限力さんも」

「空気を読んでいました。…よろしかったので? ララァ様」

「何がです」

”儀式さ。アムロ君に施すいつもの魔法だよ”

 

 シャリア・ブルに代わって、無限力がララァに問うた。

 ララァは口元だけで小さく笑った。

 

「いいのです。今回のアムロは、辛い記憶を消すことを求めませんでしたから」

「…その代わり、永い沈黙でしたな」

「あら、短かったわ」

 

 何処かむきになって答えたララァに、シャリア・ブルは少しだけ苦笑した。

 

「おっしゃるとおりで。…しかし、やはり、生きている人間はいい。人が変わる瞬間…立ち上がる姿ほど見ごたえのあるものはない…それが良い方向へ変わるものならなおさらと言うものです。魂の皆さんも、きっと満足でしょうなぁ…。貴方はどう思われるのです、無限の力を持つ…貴方は?」

 

 シャリア・ブルは、傍らの美女に言葉を投げた。

 

”彼に付き合った甲斐はあった…そう言えば満足かい?”

 

 無限力は、静かにシャリア・ブルを一瞥して優しく答える。

 

「…しかし、ララァ様もお人が悪い。何故教えて差し上げなかったのです? 55億の魂の方たちは、これを最後にもう彼を自由にしてあげようと決めておられるのに」

 

 ララァはシャリア・ブルに背を向けたまま少し歩みだし、そして彼に振り返り笑った。

 

「だって、それでは面白くないでしょう? 意識だけが永遠に生き続ける私たちにも、糧は必要ですから。アムロには、カーテンコールの代わりにもう少し頑張ってもらいましょう」

 

 シャリア・ブルは小さく肩をすくめてみせた。

 強大と言っていいララァのニュータイプの能力は、いつしかララァをこの生と生の狭間の世界で無数の魂たちに崇め奉られる立場にさせていた。

 だが、それはララァがこの世界を統治していることを意味しない。

 むしろ、逆と言っていいだろう。

 たとえ自らの意にそぐわぬことでも…多くの魂が望むことならば、それを成さねばならない。

 

 ララァは、アムロが翔んでいった地平の彼方を静かに見つめていた。

 

「…ところでララァ様。シャア大佐と…アルテイシア様は、どちらに?」

「…アストライア様のところです。もうずっと、母上に甘えてらっしゃるわ。…特に大佐が。」

 

 シャリア・ブルは、顎にあてた口髭を撫でる手を止めてララァの後ろ姿を見つめた。

 それは崩れ落ちそうに華奢な、小さな少女の寂し気な背中だ。

 シャリア・ブルは無限力と顔を見合わせ、小さく呟いた。

 

「…女性というのも、大変なものですなぁ」

 

 因果地平は静かに闇を煌めかせている。

 

                                        < 了 >

 

 



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