紅のウマ娘 (双林 柊)
しおりを挟む

かなり異質な転入生

 少しずつ、小説やウマ娘、競馬について勉強しながら作ったりしていたり、時間が無い日があるため、更新がHUNTER×HUNTERの作者くらい不定期です。 コメントなどでアドバイスしていただけたら、ありがたいです。


 ──日本ウマ娘トレーニングセンター学園、通称トレセン学園は、数々の実力あるウマ娘は育てあげた日本でも最高峰の研鑽所だ。

 そんなトレセン学園の門を開こうとするウマ娘がいた。 

 

 

「はぁ……めちゃくちゃ入りたくねぇ……」

 

 

 彼女は、転入の挨拶回りで学園長室などを訪れていたが、生徒会室の前では、狐面を着けたまま腕を組んで佇んでいた。

 

 後ろ髪の末端でまとめた朱殷の長髪の中に、時々綺麗な朱色の毛先が混じっている髪、サラサラとしたシルクのような肌触りの黒い尻尾に黒い耳。

 

 口元まで覆っている狐面から覗く鮮血のように赤い瞳。

 体は雪で出来ていると思わせるような白く綺麗な肌。

 そして、全く胸が無い断崖絶壁な体格でよく細身な男性と間違えられる体。

 

 それが彼女、プライドメテオだ。

 プライドは狐面を常に着けているため、素顔を知るものも一握りと少ない。

 

 彼女は妹がこのトレセン学園に来ると聞き付け、妹の背中を押すために、転入したのだった。 それに、山ではしばらく一人暮らしだったため、プライドでも行ける都会の学園がここしか無かった。

 その理由は、このトレセン学園の入学試験では学力テストもあるが、一番重要なのはウマ娘としての身体能力であり、プライドは身体能力には絶対的とも言える自信を持っていたからだ。

 試験結果は合格。 身体能力は合格点を大きく超えていたが、学力的にはかなりギリギリの妥協点だった。

 

 

「さぁーて、入りたくねぇなぁ……」

 

 

 プライドが、生徒会室の前で動けないのには、理由があった。 

 プライドは、昔から遊んでいるとよく問題行動を起こし、職員室や生徒指導室などで怒られていた。

 そのため、自分から職員室などに訪れようとした事が無く、今までに自分から訪れた記憶は一切残っていなかった……。

 

 プライドはそれから数分間、生徒会室の扉の前で項垂れていたが、意を決した様子で生徒会室の扉をノックし、周囲に響き渡るような声で「失礼します」と言い、生徒会室の扉を開けようとしたが、生徒会室の扉はガタガタという音は立つが、何度やっても開かなかった。

 

 

「……開かねぇな、どうしたもんかねぇ……」

 

 

 プライドは何度か生徒会室の扉を開けようとしたが、どうやら鍵が閉まっているらしく、中に誰かがいるわけでもないようだった。

 プライドが生徒会室前で、どうしようか考えていると、背後から誰かに声をかけられた。

 

 

「君、生徒会室前で何をしているんだい?」

 

「いやー、挨拶回りで来たんですけど、誰もいなかったので、どうしようかと……」

 

 

 プライドはそう言って後ろを振り向くと、前髪の一部に白い二日月のようなメッシュの入ったウマ娘が後ろに立っていた。

 

 

「その狐面……。 君は……プライドメテオかい?」

 

「そうですけど……何で俺の名前を?」

 

「ああ、変わった転入生が訪れると聞いていたんでね」

 

 

 プライドは、なぜこの女性が自分の事を転入生と知っているのか気になったが、今は生徒会室が開いていなかったので、時間を置いてまた来ようと考えて、その場を後にしようとした。

 

 

「まあ、今は生徒会室に誰もいないようなので、また来ますね」

 

「ああ、それはすまない。 今、鍵を開けよう」

 

 

 プライドは元来た道を歩き始めると、その女性は生徒会室の鍵を持っていたらしく、帰ろうとするプライドを引き留めると、鍵を使って生徒会室の扉を開けた。

 

 

「話は聞いている、廊下で立ち話もなんだから、入りたまえ」

 

「いえ、お気遣いな……ん? うぉッ!?」

 

 

 帰ろうとしているのが分かっていたのか、プライドはその女性に腕を掴まれたが、プライドも突然の事なので、軽い抵抗をするが、彼女はとんでもなく強い力で柊の腕を掴んでいた。

 そのため、女性はプライドの抵抗を物ともせず、引っ張って行かれるような形で、プライドはあっという間に生徒会室に連行された。

 

 

「とりあえず、座りたまえ」

 

「は、はい、失礼します。 えーと……あなたは?」

 

「申し遅れた、私が生徒会長のシンボリルドルフだ。」

 

 

 皇帝シンボリルドルフ。

史上初の無敗の三冠ウマ娘であり、あのシンザンやミスターシービーと肩を並べる世代最強の存在。

 

 

「俺は! ……私は、明日から転入させていただく、プライドメテオ!……です!」

 

 

 プライドは、いつも男のような喋り方をしてきたため、慣れていないこともあり、つい素が出てしまった様子で、視線をゆっくりと下に向け、シンボリルドルフから視線を切った。 

 

 

「そう堅くならなくていい。君のことはスターメテオから聞いているよ。個性的だが才能のあるウマ娘だとね」

 

「ア、ハイ。 まあ個性的……というか変わり者とは言われますけど、スタミナには自信がある...とは思います」

 

 

 プライドは妹から自分の事を聞いたと言われると、脳裏には余計な事を言ったのでは無いだろうかと言う軽い不安に襲われていた。

 

 生徒会室の内装を見るようにしてシンボリルドルフから視線を逸らしていた。  

 

 

「ふむ、君たち姉妹とは一度レースで勝負してみたいものだ」

 

「勝負……ですか?」

 

 

  プライドは、シンボリルドルフの「勝負」という言葉を聞くと今まで、逸らしていた視線をシンボリルドルフの方へ向け、奥歯からギリギリっと音が聞こえるほど力を込めて、軽い興奮状態になったプライドの目はギラギラと鈍く光っていた。

 

 

「勝負なら妹共々、いつか仕掛けさせていただきますよ……!」

 

「それは楽しみだな。 さて、最後に聞きたいんだが、この言葉を知っているかな?」

 

 

 そういってシンボリルドルフは部屋の壁のある部分を指さした。

 プライドは指を指された方へ視線を向けると指の先には、“Eclipse first,the rest now where”と書いている紙の入った額縁があった。

 

 

「えーと……『えくりぷす……ふぃるすと ざ……れすと なう うぇあ』......?」

 

「あれは『Eclipse first,the rest now where』と読むのだ」

 

 

 首をかしげるプライドに微笑みながら彼女は続ける。

 その瞬間、シンボリルドルフの雰囲気は一転し、常人なら気圧される程の威圧感を醸し出した。

 

 

「唯一抜きんでて並ぶ者なし。我が学園の校訓だ。私達は選ばれし存在、その自覚を持つべきだと考えている」

 

 

 瞬間、プライドは顔を強ばらせ、一時的ではあるが、シンボリルドルフにも劣らないほどの威圧感を漂わせた。

 

 

「わりぃが、俺はあんたらみてぇに選ばれし存在なんかじゃねぇ……。 それに俺は他人に価値観と恩を押し付けられるのは嫌いなんでな」

 

「ほう……それは私への否定と捉えても?」

 

「へっ、好きに捉えやがれ。 俺はルールには従うが、誰にも縛られねぇ! それだけは覚えてやがれ」

 

「フフフ……アハハ! やはり君は面白いな。こうも私に向かって啖呵を切るとは」

 

 シンボリルドルフは急に笑い声を上げると、実に興味深いと言わんばかりに笑みを深めた。

 

 

「君の宿舎は、栗東寮に行けば、寮長のフジキセキが案内してくれるはずだ。 それでは、トレセン学園での健闘を祈る」

 

「ふん……。 そうかよ、じゃあな」

 

 

 柊は生徒会室のドアを開け、会釈をするとドアを閉じて、ため息を付いた。

 

 

「ちっ、食えないヤロウだ……。 とりあえず、あー……東寮に行くか。 それにしても挨拶からやらかすたぁな……気が短いのも考えもんだな」

 

 

 プライドは生徒会室から離れると、彷徨うようにトレセン学園内を歩き続け、三時間後にようやく栗東寮にたどり着いた。 

 田舎の学校に比べて、トレセン学園が広いという事もあるのだろうが、彼女は若干、方向音痴でもあり、昔は何かあると知り合いによく探されていた事もあったのだ。

 プライドは寮の中に入ると、周りを見渡し、誰かいないかを確認していた。

 寮の中は、天井や壁、床を見てもゴミやシミが一つもなく、隅々まで手入れが行き届いていた。

 

「はあ、ここまで手が行き届いているたぁ大したもんだ、まるで新築だぜ……」

 

 プライドは寮がしっかり手入れされていることに感心して、辺りを見渡していると、一人のウマ娘が奥の通路から歩いてきた。

 そのウマ娘は、黒髪のショートヘアで顔も整っており、宝塚歌劇団に所属していてもおかしくない体型と凛々しい顔立ちだった。

 プライドは、ここの寮長であるフジキセキと言うウマ娘がどこに居るのかを聞くために、そのウマ娘に話し掛けた。

 

 

「すいませーん、フ……フジ……ここの寮長っていますか?」

 

 

 そのウマ娘はプライドに声をかけられると、立ち止まり、爽やかな笑顔を見せると、丁寧な口調でプライドの問いに答えてくれた。

 

 

「ん? ああ、私が寮長のフジキセキだよ。 君がプライドメテオ……で合ってるかな?」

 

「ああ、はい。 俺が明日から転入する予定のプライドメテオっす」

 

「本当に狐のお面を着けたままなんだね。 じゃあ、今日から過ごす君の部屋へ案内するよ」

 

 

 分かりましたとプライドはフジキセキに告げると、先に歩き始めたフジキセキの後ろをついて行き、部屋まで案内してもらう道中、周囲を見渡しながら歩いたが、部屋はかなりあるが、一階には風呂やキッチンは見当たらなかった。

 そして、気が付くとフジキセキは一つの扉の前で立ち止まり、プライドの方へ視線を向けた。

 

 

「ここが君の部屋で、仲間と共に過ごすことになる部屋だ」

 

「……菓子折りとか持ってきた方が良かったっすかね……」

 

「いや、大丈夫だよ。 彼女は.....ちょっと変わっているからね」

 

 

 フジキセキがその扉を開けると、部屋には二つのベッドが置いてあり、一つのベッドの上にはプライドの荷物の入っている段ボールが置いてあった。

 そして、もう一つのベッドの近くでは一人のウマ娘が椅子に座って辞書のような分厚い本を読んでいた。

 そのウマ娘は、跳ねっ毛のある茶髪で、プライド的には何とも言えない不思議な感じがするウマ娘だった。

 彼女は、自分の部屋の扉が開かれたことに気付くと、本を机の上に置き、ゆっくりと立ち上がって視線をプライドの方に向けた。

 

 

「紹介するよ、彼女がアグネスタキオンだ」

 

 

 そのウマ娘はアグネスタキオンと言うらしく、彼女は笑みを浮かべ、プライドを興味深そうにじっくりと見ていた。

 プライドはあまりじっくり見られる事に慣れていなかったため、シンボリルドルフと対峙した時のように砕けた姿勢ではなく、身体はカッチコチに固まっていた。

 

 

「今日から君の同居人だから、仲良くね? ポニーちゃん」

 

「ポ、ポニ……え?」

 

 

  ──俺は身長が171.6cmあるんだからポニーじゃねぇ、147cm以下のウマ娘がポニーだろ。 しかもこの俺に向かって「ちゃん」付けとは……。

 

 フジキセキの唐突なポニー発言には、プライドも驚いていた……というか若干引いていた。

 罵声や喧嘩を吹っ掛けられることはあっても、甘い言葉や褒め言葉を言われた事がないプライドにとっては、難解であり、気も引けていたのだ。

 

 

「おや、君が転入生のプライドメテオかい?」

 

 

 プライドはフジキセキとは違うもう一つの声に気付くと、その声が聞こえた方へ振り向いた。

 すると、アグネスタキオンがいつの間にか、さっきよりもとんでもなく近い距離でプライドを興味深そうに隅々まで見ていた。 

 

 

「は……はい、プライドメテオっすけど……」

 

 

 アグネスタキオンの謎の距離感と刺さるような視線でタジタジになっていたプライドだが、アグネスタキオンは何かを思い出したような顔をして、プライドから少し距離を置き、スカートについている自分のポケットの中を探りだした。

 何かを取り出そうとしているようだが、ポケットの中からは硝子が軽くぶつかり合うような音が聞こえていた。

 

 

「突然で悪いんだが........これを飲みたまえ!」

 

 

 アグネスタキオンが、何を取り出すのか見ていると、ポケットから緑色の液体の入った試験管を取り出した。 

 

 プライドは試験管に入っている液体の揺れ具合で、あの緑の液体がかなりドロッとしていて身体に悪そうなものだと予想した。

 プライドはこの予想が外れ、青りんご味のかき氷シロップ原液というイタズラの可能性を求めたが、すぐにその可能性は断たれた。

 何故なら、視線をフジキセキの方へ向けると、フジキセキは目があった途端、「それじゃあ、仲良くね」と言って部屋からそそくさと出ていったからだ。

 

 

「見た目はちょっとあれだが、飲みやすいようにメロン味にしているから、早く飲みたまえ」

 

「は、はぁ……」

 

 

 プライドは流れで、緑の液体が入った試験管を手にとってしまったが、プライドの体の中では、無知の不安よりも怖いもの見たさの好奇心が燃えていた。 しかし、そんなプライドでもやはり得体の知れないものを口に運ぶのは、まだ抵抗があるらしく、挙動不審になっていると、プライドの視線はアグネスタキオンの方へ向いた。

 アグネスタキオンは、なぜかニヤニヤとした期待の目で未だにプライドのことを見ていた。

 プライドも腹を括ったのか、溜め息をつくと目を瞑り、試験管の中身をグッと一気に口内へ流し込んだ。

 

 

「うぅん、かなり甘い……砂糖入れすぎだな。 入ってるか知らねぇけど……」

 

 

 プライドが試験管に入っていた緑の液体を飲み干すと、アグネスタキオンは急に腹を抱えて笑い始めた。

 

 

「アーッハッハッハ! まさか、本当に飲むとはね! 君は私にとって素晴らしいモルモットになるだろう!」

 

「あ? モルモッ……毒か? ……副作用とかねぇだろうな?」

 

 

 アグネスタキオンの「モルモット」という言葉で、何かの実験に巻き込まれたと察したプライドは真っ先に、先ほど飲み干した緑の液体が思い浮かび、何か身体に悪影響が及ぶのでは無いかと、ほんの少し不安になっていた。

 

 

「理論上、副作用も無いし、問題も無いさ。 特にはね........」

 

「理論上って、試したことねぇのかよ!? それに『特には』って……」

 

「だから今、君で試しているじゃないか「俺で試すなよ!?」おや失敬」

 

 

 アグネスタキオンの視線が髪の毛に向いていることに気が付いたプライドは、近くに置いてあった鏡で頭を見てみる。

 すると、朱殷だったプライドの髪の毛は、ネオンイエローに変色し、発光しており、髪は全て重力に逆らうように上を向き、逆立っていた。

 

 

「……何だこの髪は!? これじゃ、スーパーサ○ヤ人じゃねぇか!?」

 

 

 さすがのプライドも髪の毛の変化には取り乱していたが、アグネスタキオンに見られていることに気付き、すぐに正気に戻すと、逆立った髪の毛を元に戻そうとしているのか、髪を触りながらアグネスタキオンの方に視線を向けた。

 

 

「……この髪の毛は、治るんだろうな?」

 

「心配しなくても多分、治るさ」

 

「多分って……勘弁してくれよ……。 まぁ、こういう不思議な事は嫌いじゃねぇし、良いか……。 ただ、俺はてめェのモルモットじゃねぇ、俺はプライドメテオだ」

 

 

 プライドはそう言って、自分のベッドになるであろう場所に腰を下ろすと、自分の住んでいた場所から送った段ボールを開けて始めた。 中には少し汚れたノートが数十冊と野菜などの食料が入っているが、もう一つの段ボールには新聞紙で包まれた調理器具やカーディガンなどの衣服類、使い古されてボロボロのジョッキーブーツのが入っていた。

 プライドは、まだ自分に向いている視線を感じたのでアグネスタキオンの方に視線を向けると、今度は不思議そうな顔でアグネスタキオンが、こちらを見ていた。

 

 

「……私が言うのも何だが、君はなかなか変わってるって言われないかい?」

 

「へっ、変わってるどころか、どこへ行っても変人扱いされてらぁ」 

 

 

 どこへ行っても変人や変わり者と呼ばれていプライドにとっては、変人扱いされることは日常茶飯事だった。

 そのため、変わり者という共通点のあるプライドが一人暮らしになる前の同居人と同じタイプの仲間として、唯一仲が良かった。

 プライドもアグネスタキオンを結構変わり者だと思っていたため、同居しても苦にはならないという確信に近いものを持っていた……先程のような実験以外では。

 

 

「あと一つ……いや二つほど気になる事があるんだが……君は見た感じ、くびれはあっても、色々と乏しくて女性には見えないが……男の子なのかい?」

 

「んな訳あるか。 ウマ娘なんだから、女に決まってるだろ。 まあ、男みてぇな生き方はしてるけどな」

 

「ふぅン……最後の質問だが、その面の下はどうなっているんだい?」

 

 

 下を向いて荷物の整理を済ませている中、プライドは視線がまだ此方に向いていることに気付き、頭を上げると、アグネスタキオンが興味深そうにプライドの狐面……の隙間から顔を覗こうとしていた。 

 それに気付いたプライドは少し慌てるように両手で狐面の隙間を防ぐ。

 

 

「どうもねぇよ、ただ面を見られて覚えられるのが嫌なだけだ。 昔からなんでか知らねぇが、面倒事には巻き込まれやすい体質だからな。 一応言っとくが、絶対に面の下を見ようとするなよ?」

 

「それは残念だな。 薬の効果が顔にも無いか確かめたかったんだが……」

 

 ──!?

 

 プライドは初日であるにも関わらず、来て早々やっていけるか少々不安を感じていた。

 しかしその反面、それも新しい刺激になって面白いかもしれないと思うだった。

 

 その後、プライドの髪の毛はネオンイエローのまま、微かな光を放っており、どんな手段を用いても翌朝まで元には戻らなかった。




 次回、「四国不敗の妹」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四国無敗の妹

「……髪、治ってるな」

 

 

 カーテンの隙間から差し込む優しい暁光で、一人のウマ娘が目を覚ます。

 そのウマ娘、プライドメテオは、先日タキオンの薬で髪が変色していたが、無事に元の鮮やかな朱殷の髪に戻っていた。

 しかし、髪は寝癖で髪の毛の先端が逆立っているが、気にする様子は無い。

 プライドは起きたばかりのハッキリとしない意識と視界の中、光が指していたカーテンの隙間から外を見ると、まだ夜が明けたばかりで空も薄暗く、人通りも少ない。

 

 プライドは大きな欠伸をすると上半身だけを起こし、隣のベッドで寝ているタキオンの方へ視線を向けると、タキオンはまだ眠っている。

 

 ───まだ寝ているのか……。

 

 プライドはそんなことを思いながら、隣のベッドで眠っているタキオンを起こさないように、ロングスカートの制服に着替え始める。

 別にタキオンが起きるのが遅いわけではない、むしろプライドが早すぎるだけなのだ。

 

 トレセン学園では本来、生徒はミニスカートを履く事となっているのだが、スカートを履いた事が無いプライドはミニスカートを履くことが恥ずかしいと感じ、学園長にズボン使用の許可をもらうため、直談判をしに行ったが、さすがに許可は下りなかった。

 しかし、直談判の甲斐があってか、スカートはスカートでもなんとかロングスカートの使用までは許可してもらっていたのだった。

 

 プライドは音を立てないように着替え、鞄を持って部屋から出ると、寮にある共同キッチンへ向かう。

 

 

「寝る前にキッチンがあるか聞いといて良かったぜ。 飯喰わねぇと、目が覚めねぇんだよな……」

 

 

 プライドは寝癖の付いた髪の末端をヘアゴムで纏めると、手と顔を洗い、昨日の夜、袋に入れて仕舞っておいた食材を取るために冷蔵庫を開ける。

 冷蔵庫の中には誰かの名前が書いてあるプリンやチョコレート、コンビニ弁など様々なものが入っていた。

 

 

「確か……この辺に……あれ? この辺に置いて……ない。 ……誰か喰ったのか?」

 

 

 冷蔵庫の奥まで調べてみるが、袋に入れておいた食材は欠片すらも見当たらず、プライドは不思議そうに首を傾げる。

 念のためもう一度、冷蔵庫の隅々まで探すがやはり見つからず、しばらくすると溜め息をついて、冷蔵庫のドアを閉める。

 

 

「はぁ……仕方ねぇ。 次から袋にでも名前、書いとこ」

 

 

 プライドは朝食を諦めてキッチンから離れると、栗東寮の玄関で今にも壊れて履けなくなりそうな程傷んだジョッパーブーツを履き、トレセン学園へ向かった。 しばらく歩いて進んでいるとトレセン学園手前でプライドの腹の虫が鳴る。

 ───やっぱり朝食を抜いたせいだろうな…。

 そんなことを考えて歩いていたプライドは辺りを見渡してみるが、朝早くから開いているような飲食店は見当たらない。

 

 

「飲食店は開いてねぇし、コンビニ……は、どこにあるか分からねぇし、炭酸飲んで腹を張らすか……」

 

 

 プライドは腹を擦りながらそう言うと、軽く周囲をを見渡し、近くにある自販機を見つけると小走りで駆け寄った。

 プライドは自販機で、炭酸水を五本買い、自販機の隣に立って無言で炭酸水を飲み始めた。

 しばらくそのまま炭酸水を飲み続け、3本目の炭酸水を飲み終えると、青髪のウマ娘が走ってトレセン学園に入って行くのがチラッと見えた。

 プライドは慌てた様子でトレセン学園の本館に付いてある時計を確認するが、授業が始まるまでにはまだかなり余裕がある。

 

 

「焦らせやがって、遅刻したと思ったじゃねぇか」

 

 

 プライドは、ほっとした様子で四本目の炭酸水を開けて、飲み始めるが、途中で何かに気付いたような様子でプライドは手を止める。

 それはさっきトレセン学園の方向に走って行った青髪のウマ娘に心当たりがあるからだった。

 

 

「俺が寝ぼけてなかったら、アイツか? だったら、一緒にトレーニングでもするかな。 残りの炭酸飲んだらだけどな」

 

 

 プライドは残っている炭酸水を全部飲み干し、空になったペットボトルをリサイクルボックスに放り込むと、青髪のウマ娘を追いかけるように、小走りでトレセン学園に向かった。

 暫くして、トレセン学園に到着したプライドは校門を潜ると、自分の教室ではなく、学園内の案内板の前で立ち止まり、数分ほどこの場所からグラウンドへの道のりを確認していた。

 

 暫くして、プライドはグラウンドに辿り着くと辺りを見渡して驚いた。 自分が知っているレース場の倍ほどの大きさで、それがいくつもある。 

 

 それでもプライドはすぐに気を取り直し、先程見かけた青いウマ娘を探した。 数人程、芝練習場で走っていたが、その中には先程見かけた青髪のウマ娘も走っていた。

 

 

「えーと……あ、いた! やっぱりアイツだ」

 

 

 そのウマ娘は……

 時々、コバルトブルーの毛先が混ざっているアザーブルーのショートヘアで、黒く艶のある尻尾に耳。

 人形のようにパッチリとした二重の青い目に、雪のように美しく白い肌。

 プライドメテオよりはある控えめな胸と、プライドメテオと同じ170cm前後の高身長。

 

 その特徴から自分の知っているウマ娘だと確信したプライドは、大きく息を吸い込んで、青髪のウマ娘の名前を呼んだ。

 

 

「おーい、スターッ!」

 

 

 それは、どのウマ娘も夢から覚まされたような反応してしまうほどの大声であり、トレセン学園の周辺にある木々に止まっていたであろう鳥たちも羽ばたいていくほどだった。

 

 

「ん? あ、プラ姉! お面は相変わらずだけど、珍しくスカート履いてる……!?」

 

 

 青髪のウマ娘はプライドの声に気付くと、模擬レース場から抜け出し、プライドの方へ小走りで駆け寄ってきた。

 

 この青髪のウマ娘は、スターメテオ。

 

 プライドメテオの妹であり、トレセン学園に来る前から、高知競馬場で行われている黒潮皐月賞や黒潮菊花賞、果てには黒潮ダービーと言われる高知優駿などでも優勝しており、現在16戦16勝の四国地方無敗のダービーウマ娘。

 そのため、四国での知名度は高く、競馬を知っている人なら知らない人はいない。

 

 高知競馬場はダートしか存在しないが、その中でも負けたことの無いスターは、まさにダートのスペシャリストであり、 四国では、「蒼い一番星」や「土佐の蒼星」なんて異名も付いていたが、本人は気にする様子は無い。

 

 しかし、彼女はダートよりも芝の方が得意らしく、プライドがダートと高知競馬場について知識があるのも、スターメテオのレースをたまに見ていたからだ。

 そのため、プライドは彼女と何度競争しても、今まで一度も勝ったためしが無い。

 

 

「やっぱ、スターだったか。 一年振りだな」

 

「はい、その前にそのロングスカートはどうしたんですか?」

 

「ああ、ロングスカートはわざわざ学園長に話して許可をもらったし、生徒会からも許可は出た。 そんな事よりトレーニングするんなら、どっちが速いか勝負しねぇか?」

 

 プライドがそう言うと、スターは軽い笑みを浮かべ、やれやれ、というふうに力なくに笑う。

 それは数年前から変わらないプライドに呆れると共に安心したからでもあった。

 二人……主にプライドは予定など噛み合う事が少なく、約二年に一度と言う機会でしか会うことが出来ないのだ。 そのため、スターはプライドが何をしているのかをあまり知らない。

 

 

「仕方ないですねぇ……何か条件はありますか?」

 

「じゃあ、ダートの3600で」

 

「は!?」

 

 

 プライドの提案した条件を聞いたスターは驚きの声をあげ、ほんの少しの間だが、意識は完全に上の空だった。

 こんな事を言えるのは、プライドが競馬場について無知だからと言っても過言ではない。 プライドは競馬場を走った事すらなく、人の話で聞いていたとしても、自分で確かめるまでは基本的に信じようとしないからだ。

 

 

「いやいやいや、ダートにそんな長距離はありませんからね!? 高知にある()(こい)ナイターが一周1100m、日本最長でも中山と新潟の2500mですよ!?」

 

「1100も3600も大差ねぇだろ? それに東京……大賞……典だっけ? あれはダート3000mだって聞いたぞ?」

 

「今はダート2000mです! 私を殺す気ですか!?」

 

 

 何だかんだで暫くこの流れが続き、スターの必死に説得よりプライドは妥協し、ダートの1100mで勝負することとなった。

 

 プライドは模擬レース場に入る前に一礼すると、小走りで更衣室へ向かい、

 

 プライドは制服から体操服に着替え終えると、脱いだ制服のポケットからスマートフォンを取り出すと、スタートの合図としてタイマーを5分後にセットし、模擬レース場の端っこにあるベンチにスマートフォンを設置した。

 

 ───対人は数年ぶりだから、裸足で走った方がいいだろうか。

 そんなことを考えながら、プライドは使い古されてボロボロになっていたジョッパーブーツを脱ぎ捨て、足裏で砂の感覚を確かめるように歩き回っている。

 

 これはプライドが毎日最初だけに行っている走る前のルーティンのようなものであり、これを行うことによって路面などの状態を確かめているのだ。

 

 暫くするとプライドは、スマートフォンのタイマーを見て、スタートラインに歩いて戻ってきた。

 

 

「あと、三十秒でスタートのアラームが鳴るからな」

 

 

 プライドはスタートラインで立っているスターにもうすぐ始まることを伝えると、

 スターはその間、呆気にとられて動けなかった。

 靴を脱ぎ、裸足で走ろうとするプライドの行為に驚いたわけではない。 プライドの足元を見て驚いたのだ。

 靴を脱いだプライドの足元には、青い痣や痛々しい傷が数多く刻まれていた。 特に目立ったのは、他とは違い、何かを巻き付けていたようなハッキリとした足首の痣だった。

 それを見て心配になったスターは視線をプライドに向ける。

 

 プライドは、曇った表情のスターが視線をプライドの足元に向けていることに気付いていた。

 それでも、プライドは前を向いたまま、真剣な表情でスタートの合図を今か今かと待っている。

 その様子はスターから見て、何かに執着しているようにも見えた。

 

 

「プラね「今は勝負が先、話は後」……そう、ですね」

 

 

 プライドに話し掛けても、スターは納得がいかない様子だが、前を向くとそのような素振りは見せず、なくなった。

 そして、数秒後にタイマーが鳴り出すと、プライドとスターはほぼ同時にスタートした。

 

 

「相変わらず直線、速ぇなぁ……!」

 

「……」

 

 

 スターはプライドの言葉に反応を返すことなく、スターを引き離すように、前だけを見てひたすら走っている。

 

 直線では、プライドよりもスターは速く、二馬身、四馬身と確実に距離を開いていく。

 だんだんと引き離されていくプライドだが、焦っているような様子は見えない。 それどころか、広角を上げ、うずうずとしており、何かを待っているような様子だった。

 

 

「……あと少し……あと少し……! うッ!?」

 

「……?」

 

 

 あと少しで第一カーブに突入するという所で、プライドは急な腹痛に襲われた。

 それでもまだ走ろうとするプライドだが、一度足を止めて、腹を手で抑え、その場に蹲ってしまった。

 

 

「プラ姉、大丈夫ですか? いきなり座り込んで……お腹でも痛いんですか?」

 

 

 競争中に腹痛で座り込んだプライドの顔を覗き込むようにスターが走って近づいて来た。

 

 

「いや、急に腹が痛くなって…… いや、吐くかも。 多分、炭酸が走ってた衝撃で膨らんでるんだわ」

 

「朝っぱらから炭酸って……何本飲んだんですか……」

 

「5本」

 

「……」

 

 

 プライドがそう答えると、スターは無言でプライドの肩を掴んで体を激しく揺らし始める。

 

 

「や……やめろ! やめんと、お前に吐くぞッ!」

 

「それは気持ち悪いので、やめてください。 まだ揺らしますけどね」

 

「あー、もう出る……出るぞぉー」

 

 

 プライドがそう言うとスターは、パッと手を放して遠くに走って逃げるが、プライドも腹痛に耐えながらスターを走って追いかけた。

 

 

「ちょッ!? 吐きそうならこっちに来ないでくださいよッ!」

 

「知るか……! お前の顔に、胃液の混じった毒霧かましてやる! 待ちやがれッ!」

 

「こっちに来るなーーッ!!」

 

 

 プライドは吐きそうだというのにも関わらず、さっき程よりも速いスピードでスターを追いかける。

 

 絶叫しながら本気で逃げるスターとそれを追いかけるプライドは、朝の予鈴の鐘が鳴るギリギリまでグラウンドで走り続けた結果、気が付くと時間は遅刻寸前になっていた。

 

 

「まずい! 鬼ごっこは終わり! 早く制服に着替えるぞ!」

 

「あと4分しかないじゃないですかッ!? 着替えるのは自分の教室に入ってからにして下さい!」

 

「分かった! じゃ、放課後にまた練習な!」

 

「はいはい、初日から遅刻しないでくださいよ!」

 

 

 スターとプライドは体操服を着たまま、それぞれの教室に向かって走り出した。

 

 プライドの教室が4階にあるため、一々階段を登っていたら遅刻してしまう場所にあった。 それでも普通に考えたらそれ以外に方法は無い。

 しかし、プライドは違った。 プライドは学園の壁にある微かな凹凸などに足の爪先を引っかけ、器用にも足だけで素早く4階まで登り、開いている教室の窓へ突入した。

 

 

「滑り込み……セーフッ!」

 

「え!?」

 

 

 プライドはギリギリ遅刻にならずに済んだが、他のウマ娘たちは驚き、視線をプライドに向けていた。

 それもそうだ、この場所は4階だと言うのに狐の面を被ったウマ娘が、開いている窓から飛び込んでくるのだから。

 

 

「……何見てやがる?」

 

 

 プライドがそう言って、お面越しに他のウマ娘を見ると、全員サッと目線を反らす。

 そんな事を考えていると、チャイムが鳴り、教室のドアを開けて、先生のような人が入ってきた。

 

 

「あら? みんな、静まり返ってどうしたの? 転入生が入って緊張してるのかしら。 転入生のプライドメテオさん、前で皆さんに自己紹介をしてもらってもいいですか?」

 

「分かりました」

 

 

 プライドは先生に指示された通り、教卓の前に出て、クラスの皆に自己紹介をした。

 

 

「……今日からトレセン学園に転入してきた高1のプライドメテオ。 ……よろしく」

 

「みなさんもプライドメテオさんと仲良くしてくださいね」

 

 

 プライドの自己紹介が終え、先生がそう言うと、教室の雰囲気は一気に落ち着きの無いものになり、所々では「よ、夜露死苦って言った……?」や「不良なのかな?」、「何、あのお面?」と言うような声が聞こえてくる。

 

 

「プライドさん、あなたの席は真ん中の一番後ろの席ですから」

 

「……はい」

 

「それでは授業を始めます」

 

「……先に制服に着替えていいっすか?」

 

 

 授業が始まってから放課後まで、プライドは誰からも声をかけられなかった、と言うよりそれ以前の問題で誰も近寄ってこなかった。

 

 普段、プライドは目を瞑ったまま腕を組んで静かに座っていることが多いが、今日のように話しかけられないことはあまりなかった。

 

 プライドは誰もいない教室で狐のお面をつけたまま、黙々と宿題と戦っていた。

 

 競馬知識の無いプライドには、少々時間のかかる問題だったが、暫くして宿題を終えると、プライドは座ったままほんの少し背伸びした。

 

 

「宿題は片づいたし、ジャージに着替えてスターとトレーニングでするか」

 

 

 プライドは宿題を無造作に鞄の中にしまい、制服からジャージに着替ると、教室の戸締まりを確認して、グラウンドへ向かった。

 すると何故かグラウンドには妙に人だかり……いや、ウマ娘だかりができていた。

 その理由が分からなかったプライドは近くにいたウマ娘に話を聞くことにした。

 

 

「あの~、すんません。 これは一体、何で集まってるんですか?」

 

 

 プライドがそう問いかけると、そのウマ娘はグラウンドにある何かを見つめたまま、振り替えること無く、問いに答えてくれた。

 

 

「ああ、何かG1に出場したウマ娘とスタープライドって子が2600mの芝で模擬レースをするみたいなの」

 

「そうなんすか…… ありがとうございました」

 

 

 プライドがその情報を聞いて、大人しく観戦するという訳もなく、模擬レースへ乱入するために走り出す。

 並大抵の事なら興味も持たないプライドだが、G1はレースの中でも最高格。 もちろんG1がどれ程のものか気になるというのもあるが、本質は自身の実力が他のウマ娘にどこまで通用するか気になっていたのだ。

 

 

「よぉ、スター! 俺も混ぜろよ」

 

「え、誰!? き、狐のお面……?」

 

 

 G1のウマ娘は、模擬レースの直前に突然乱入してきたプライドとプライドの容姿に驚き、動揺していたが、スターは当たり前のような顔をしてプライドに近付いてた。

 

 

「いや、私が先なんですから、割り込んで来ないでくださいよ」

 

「そう固いこと言わずに、混ぜてくれよ」

 

「だったら、私じゃなくて私の相手に聞いてくださいよ!」

 

 

 突然の乱入者に観戦しているウマ娘たちが騒然とする中、俺はスターに向けていた視線を狐面越しに相手の目を見るように向ける。

 そうするとプライドの目を見たウマ娘は目線を反らし、プライドから逃げるようにしてスターへ駆け寄った。

 

 

「あ……あの~、私は構いませんよ?」

 

「今、目線反らして逃げられたなぁ……」

 

 

 プライドがそう言うと、スターに駆け寄って行くG1ウマ娘を眺めていると、それを見たスターが少し怖い顔をして、プライドに近付いてきた。

 

 

「プラ姉、今、圧で押しきったでしょ!?」

 

「威圧って……。 ただ狐の面、着けてるからそう見えただけじゃねぇの? ……それとも俺ってそんなに怖いのか?」

 

「そうですね、初対面の方はかなり怖いと思いますよ。 だって狐のお面を被っていて赤い目がこっちを向くんですからね。 ホラーゲームとか映画に慣れてる人ならびっくりするくらいで済むと思いますけど」

 

「そんなに言わねぇでも……。 まぁいいか」

 

 

 プライドは二人に背を向け、多くのウマ娘から向けられる視線を感じながら、少し離れた所で足踏みを始めた。

 ほとんどの視線は乱入者であるプライドに向けられたものだが、一部の視線はスターに向いていた。

 

 

「それでは模擬レースを始めますが、準備はいいですか?」

 

 

 プライドがストレッチを始めてから数分後、ストップウォッチを持ったウマ娘が、大きな声でプライドたちの準備ができているかを確認し始めた。

 

 

「ふぅ……俺の準備はできている。 いつ始めても構わねぇよ」

 

 

 プライドは大きく深呼吸をすると、準備が出来ていることをそのウマ娘に告げ、言うが早いか指示されるよりも早くスタートラインへ向かった。

 

 

「私もプラ姉と同じで、いつ始めても構いませんよ」

 

「私も準備は、出来ています」

 

 

 プライドと同じく、二人も準備が出来た様子でそう答える

 

 

「それでは三人は、スタートラインについてください」

 

 

 審判役のウマ娘がそう言うと、プライドは先にスタートライン上でスタンバイしており、残りの二人も無言でスタートラインについた。

 

 プライドの体の中では勝ち気と興奮が渦を巻き、体は少しずつ熱を帯び始めていた。

 

 

「位置について」

 

 

 審判役のウマ娘がそう言ってスターターピストルを構えると、スターとG1のウマ娘は立った状態で片足を出したスタートの姿勢をとる。

 しかし、プライドは二人とは全く違う、重心を前に倒した状態で姿勢を低く保ち、素早く走れるような姿勢をとった。

 

 

「よーい……」

 

 

 プライドにとって初めての模擬レースという事もあり、心臓も今では大きく、速く、鮮明に脈打ち、その力強い鼓動はプライドの身体中に響き渡っていた。

 

 

「ドンッ!」

 

 

 それから数秒後、合図となるピストルの音で、プライドは模擬レースのスタートと共に、人生初となる競馬ウマ娘としてのスタートを切った。




次回、「G1クラスの模擬レース」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

G1クラスの模擬レース

 スタートの合図が鳴ると同時にプライドは、全く走ったことのない芝だというに土煙が上がり、地面を抉り抜くほどの力強い蹴りでスタートダッシュを決めると、勢いよく先頭へ飛び出した。 スターたちは先行の位置でプライドの様子を見るような形で背後を走る。

 

 

「あの狐のお面を付けたウマ娘、良いスタートダッシュだね」

 

「確かに良いスタートだったけど、あのスタートダッシュは短距離、マイル、もしくは逃げウマ娘向きのものよ」

 

 

 観客席で模擬レースを見ているほとんどのウマ娘たちの視線は先頭に出たプライドに向けられた。 しかし、それも束の間。  いざ走り始めると一歩ずつは地面を抉り取るほど力強かったがスピードはスターたちに全く追い付いておらず、フォームも全くなっていない。 スタートから200、300mが過ぎるとプライドの勢いは急激に落ちはじめ、あっという間にプライドは先頭から最下位になった。

 それを見ている観客席のウマ娘からのプライドに対する評価は少しずつ嘲笑うようなものへと変わっていく。

 

 

「自分の実力も知らず、しゃしゃり出るからそうなるのよ」

 

「スピードはないし、フォームもあれは自己流だ。 良かったのはスタートだけか」

 

「そんなことない、スタートと威勢は良かったわ」

 

「確かに。 今回の最下位は、あの狐面で決まりね」

 

 

 観客席でそんなことが呟かれる中でも、プライドはまだ諦めることなく、スターたちの背後を追い駆けていた。

 スターは今朝よりもスピードを上げて、プライドから六馬身、九馬身と離れていくが、もう一人のウマ娘はスターと比べると劣るが、それでも、二馬身、三馬身と確実にプライドとの差を開きはじめる。

 

 しかし、コーナーまであと数十メートルのラインに入るとプライドは、狐のお面を顔の正面から右側へ移動させ、まだ他人からハッキリと顔は見えない。 外野からしたら、狐面をずらした以外何も変化は見られないが、プライド自身には大きな変化があった。

 プライドは誰の眼から見ても明らかにスピードが急激に上昇し、フォームはコーナーを曲がるために洗礼されたものへと変化し、序盤とは打って変わってまるで別人のように変化した。

 

 コーナーでは、誰もが少なからず遠心力で、内側から大外へ押し出される。

 よく山道でスピードを出し過ぎたバイクや車が曲がりきれずに事故をしてしまうように、スピードを出せば出すほど曲がりづらくなり、曲がれるとしてもタイヤのグリップや繊細なハンドル捌きなどが必要になる。

 それはウマ娘にとっても似たようなものだ。

 

 プライドは今まで誰にもコーナーの曲がり方なんて教わってないが、子供の時から積み重ねていた日々のトレーニングによって、コーナーを巧みに曲がる術を頭ではなく、身体で覚えていたのだ。

 

 

「あのウマ娘、もう先頭から十七馬身くらい離れてるけど、どこまで落ちるのかな?」

 

「この調子だと私は三十馬身くらい離れると思うな~」

 

「私は途中で走るのをやめると思うわ」

 

 

 観客席からはプライドを嘲りの対象として見るウマ娘や後ろ指を指すようなウマ娘が、序盤に比べて増えていた。

 

 しかし、プライドの脳内では第一コーナーに入る一歩手前、プライドの集中力が高まり、プライドの目線では自分を含む全てが停滞しているほど遅く見えていた。

 

 その停滞した刹那的な時間の中で出来る限り、脚に力を溜め、地に脚が着く時を待つ。

 

 プライドの脚が地につき、芝を強く蹴ると同時に、停滞していた時間は瞬く間に動きだし、プライドの走りも全身で風を切るような走りへと変化する。

 

 

 

「ッツー!? ……チッ!」

 

 

 

 プライドは左手で何かを動かすような動作を見せ、一瞬、強い圧力をかけられた空気が抜けるような音を口にする。 そして、不機嫌そうな舌打ちを行った後、コーナーをガードレールと身体との隙間が数センチという間隔で攻める。 それからは凄まじい追い上げを見せ、あっという間にG1ウマ娘の背後まで追い付いた。

 

 プライドがコーナーに入ってほんの十秒足らずで一気に差を縮められたG1ウマ娘は、プライドの足音がだんだんと背後に近づいてくることに気付くと振り返る。

 

 

 「なッ……!? さっきまでかなり後ろにいたのに……!」

 

 

 その瞬間、プライドの赤い瞳は獲物を狙う肉食獣のようにギラリと鈍く輝かせ、チャンスとばかりにG1ウマ娘を抜きに出る。

 

 

「くっ!」

 

 

 プライドがコーナーで前の相手を抜く時、その一瞬だけ左に体を傾かせて、大外に左脚と全体重を運び、その相手の横に並ぶ。

 そして、全体重を乗せられ、圧縮されたバネのようになっている左脚で大地を蹴り、相手を抜くと、右足を内側に運び、またインコーナーを攻める。

 

 この動作は時間が重要で1秒以内に、これらの動作を成功させなければならなかった。

 それ以上時間を掛けてしまうと相手に反応する余裕を与えてしまうし、下手をしたらプライドが弾き跳ばされるからだ。

 

 この要領でプライドは、前にいるG1ウマ娘を抜き去り、第二コーナー手前でも、同じ要領で妹のスターも追い抜く。

 

 

「……」

 

 

 だが、スターはプライドに抜かれても、G1ウマ娘と違い、驚きもせず、ただ冷静に自分のペースを乱すことなく走っていた。

 まるで、プライドに隙が訪れる時を待つように。

 

 

「えッ!? 何、あのコーナリングとコーナーの立ち上がりッ!?」

 

「あのウマ娘、フォームはおかしいが、なかなか上物じゃないか?」

 

「ああ、育て方によっては化けるな」

 

 

 第二コーナーが終わると、プライドのフォームはまたおかしくなるが、コーナーの勢いを落とさないようキープしたまま、奥の直線に入っていく。

 

 コーナリングでは、あの二人を抜くのには十分な走りをしたプライドだったが、それはあくまで抜くことに関しての十分である。

 そのため、スターはプライドに少しずつ差を開かれながらも、第二コーナーが終わるまでしっかりと、プライドの背後に食らい付いていた。 

 

 ギャラリーからはプライドを嘲笑う声ではなく、プライドのコーナリングに驚いているような声が多く聞こえてくるが、所々で男性の声も聞こえてきた。

 さっと視線を観客席に向けると、いつの間にかウマ娘に混じって、数十人ものトレーナーがこの模擬レースを観戦していた。

 

 ───ちっ、思い通りに走れねぇ! どうすれば……!

 

 そんな事を考えながらプライドが走っていると、背後から力強い足音と共に何かが近づいてくる。

 

 

「私がいるのに、よそ見するなんて随分と余裕ですねッ!」

 

 

 声が聞こえた方へプライドが目をやると、蒼い影が一瞬でプライドの視界を横切り、抜き去った。

 数コンマの間、プライドの処理能力では何が起こったのか分からなかったが、抜かれた相手だけはすぐに分かった。

 

 

「はっ!? ちょ……速ッ!?」

 

 

 観客席の声に気を取られていたとは言え、プライドはスピードを全く緩めていなかったのに、プライドはあっさりとスターに抜かれてしまった。

 

 

「くっ……! でも、まだ第三、第四コーナーがある。 ……でもなんか、面白くねぇ……」

 

 

 プライドは抜かれた事で今の状況を思い返すと、いつもスターと競争してた時と変わらないことに気付く。

 模擬レースが始まる前は、いつもより早くも熱く、脈打っていた心臓も現状と比べると、熱は冷め、早かった脈も収まっていた。

 プライドにとって、これはいつも通りの展開だった。

 ただ、コーナーで少し邪魔な障害物があるだけの。

 

 ───なんか色々と冷めちまったなぁ……

 

 プライドはスターを追って、第三コーナーに差し掛かるが、第一コーナーの時のような集中力は無くなっており、力も十分、脚に込められなかった。

 理由なんて明確なもの、いつも通りだから。

 

 

「ほんじゃ、お先~」

 

「はぁ……?」

 

 

 プライドがそう言って軽くスターを抜くと、スターは少し不思議そうな顔でプライドを見ていたが、プライドは先程と違い、スピードがあまり上がらなかったため、スターは遅れることなく、プライドの背後にピッタリと張り付いていた。

 

 暫くしてプライドとスターは最終コーナーをほぼ同時に抜けると、二人は横並びの状態で最後の直線に入る。

 

 ───コーナーでは俺が速いが、直線ではスターに分がある……。 この勝負は見えたとしても、これが……この程度がG1クラス……なのか?

 

 

「はぁーーーッ!!」

 

 

 スターはプライドの予想通り、最後の直線に入って暫くすると、姿勢を低くして、ラストスパートを仕掛けてきた。

 

 プライドも一応、追い抜こうとはしたが、最終的には残り500メートル付近で、プライドはスターに抜き去られてしまった。

 

 

「あー、やっぱ追い付けねぇな」

 

 

 最終的な結果は、スターが1着、三馬身以上の差でプライドが2着、プライドがゴールしてから五馬身程の差でG1ウマ娘が3着だった。

 

 冴えていた前半に比べて、明らかに後半のプライドは集中力を欠いており、まさに心ここにあらずという状況だった。 

 

 スターは中央初の模擬レースでも勝利を掴み、プライドは初めての模擬レースで敗北してしまったが、スターもプライドも何も感じていないような様子だった。




次回、「メテオ姉妹と三人の変質者」


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。