異世界暗殺者裏家業 (真鳥)
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影、揺蕩うもの

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「助骨から刃を斜めに差し込めば、肺胞から空気を漏らさず心臓を貫くことが出来る。やってみろ」

 

「はい。師匠」

 

 髑髏の仮面を付けた男か女か判らない黒い外套の人物が幼い少女に指示を下す。

 

 幼い少女、青みがかった黒髪の可愛らしさに溢れた女の子が真剣な眼差しで手にしてたダガーを目の前の手足を縛られ目隠しと猿轡をされた男に向ける。

 

 男は呻めきを上げながら必死になって身体をよじり抵抗する。

 

 そんな男に構わず少女は両手に構えたダガーをゆっくりと男の脇下から挿し込んでいく。

 

 男は苦悶の呻めきを上げながら、ビクビク痙攣し悶える。

 

「あっ…………」

 

 少女が挿したダガーの刀身がガリッと音を立てて途中で止まってしまう。

 

「肋骨に阻まれたか。今のお前の力では、骨を断つことは無理だろう。人体の構造をよく理解しろ。より詳しく、より緻密に、より効率よく」

 

「はい。師匠」

 

 少女は突き刺した刃の向きを確認するように抉るよう変えて、力を込めて押し込む。

 

 男は頭を左右に激しく振り乱し半狂乱になって暴れ、猿轡を噛ませた口から血泡がブクブクと溢れ出し、やがて弱々しく上下に身体を数回跳ねさせると、やがてピクリとも動かなくなった。

 

「心臓に到達したな。だが、時間がかかりすぎた。拘束した相手などカカシに等しい。次は素早く仕留めろ」

 

「はい。師匠」

 

 仮面の人物が死んだ男に構わずに、その近くに横たわる手足を拘束された女に視線を向ける。

 

「次はこの女だ。教えたことをやってみろ」

 

「はい。師匠」

 

 少女は男の骸からダガーを引き抜く。血濡れた赤い刃先からポタリポタリと滴が流れて垂れ滴る。

 

 女は猿轡をされていたが、目隠しはされておらず、男の惨状を目の当たりにして涙を流し、股間から盛大に失禁していた。

 

 悲壮な呻めきを咽び上げながら、近づいてくる少女に必死に許しを乞う。

 

「女は男より肉の脂肪が邪魔になる。特に胸はな。心臓の位置に注意しろ」

 

「はい。師匠」

 

 少女の黒瞳の眼に涙と鼻水でぐしゃぐしゃの女の泣き顔が映り込む。

 

 冷たい眼差しで見下ろす少女。

 

 まるで手にしたダガーと同じように鋭い煌めきを放つ。

 

 昏い輝きを凜然と宿して。

 

 赤々と血濡れた刃が振り下ろされた。

 

「失敗すれば2度目はない。一撃で息の根止めることを心構えろ」

 

「はい。師匠」

 

 貫いたナイフから噴いた返り血を浴びて尚、表情が変わらない少女。

 

「捕まえた取るに足りないならず者の練習台はまだまだいる。次は死なない程度に見極めて、生きたまま解体作業だ。肉筋の張り方、脈の位置、内蔵の仕組み、どのくらいで生きて、どのくらいで死ぬか、すべて感じて、その身に憶えろ」

 

「はい。師匠」

 

 少女は刃を持ち、繰り返す。自分自身に刻み込む。

 

 何度も。何度も。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 十十十十十十

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女には何も無かった。産まれたのは場末の売春宿だった。薄汚い野良畜生どもが屯ろする盛り場。

 

 ろくに食べる物も与えられず残飯を漁り、雑用係をやらされ、10になるかならないかぐらいに客を取らされた。

 

 抵抗もせずに無防備な、痩せたが美しさが残る少女に覆い被さり貪る男たち。

 

 ある日、客の一人のイチモツを喰いちぎり、隠し持っていたナイフで取り巻き囲む男たちの首を切り裂いた。

 

 涙を流して踠き苦しみ果てる男を尻目に、騒ぎ立てる娼婦どもと客の男たちを誰も逃がさないようにひとりひとり次々と狩り、殺していく。

 

 誰が父親だったのか、誰が母親だったのか。

 

 そんなことは、どうでもいいことだ。

 

 最近徐々にハッキリと意識が覚醒していくのが万全と理解した。

 

 前世の記憶。男だった別世界の自分。

 

 そうだ。

 

 自分は前世もこうしていた。

 

 こうやって、ろくでもない塵クズどもを刈り取っていた。

 

 警察に追われて、最後は撃たれた傷から失血して身体が動かなくなり、隠れ家の廃墟で死んだ。

 

 筈だが…………私は輪廻転生をしたのか? 

 

 ここは、もといた日本ではない。それは間違いない。

 

 では、何処だろうか。外国か。その可能性が高いと最初は思っていたが、国どころか世界そのものが違うということを後に知ることになる。

 

「妙な魔力を感じて来てみれば…………これは中々に興味深いな」

 

 いつの間にか、いつからそこにいたのか。

 

 黒衣の人物が佇んでいた。

 

 男なのか、女なのか、成人なのか、年寄りなのか、子供なのか、判らない声色と風貌。

 

 髑髏の仮面だけが闇に白く浮かび上がっていた。

 

 気配は無かった。いや、悟らせなかった? 

 

 私は瞬時にナイフを構え飛び掛かる。

 

 狙うは首。

 

 ローブの下に鎧のような防護服の類いを着込んでいるのを見抜いた。故に手薄で柔軟な首を断つ。

 

「…………刹那の判断。的確だ。だが、少々素直過ぎるな」

 

 黒衣の人物の姿が影と重なり、二重にブレた。いや、増えた? 

 

 ナイフは吸い込まれるように影の中に囚われ、私は首を掴まれ宙吊りにされた。

 

「ガッ、ハァッ」

 

「…………ふむ。魂の型は不安定だが、十分に使えるか。丁度いい。連れて帰って仕込んでみるか」

 

 私は圧迫される喉奥から空気を絞り出されながら、意識が途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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 あの日から私は黒衣の人物に教えられている。

 

 人を効率よく殺す術を。

 

 何故? 一度質問したが返答は一度だけ。

 

 教えるに値するから、と。

 

 彼? 彼女? から学ぶ殺人のイロハは改めて新鮮かつ得難いものだった。

 

 我流で磨いてきた殺人鬼でしかなかった私の技など結局のところ、幼稚な児戯に等しかったと常々思う。

 

 彼? 彼女? を"師匠"と呼んだが、特に呼び名には不定せず好きに呼べばいいとのこと。

 

 師匠は時折り、外部から依頼を受けて仕事をしている。

 

『暗殺』だ。

 

 フラリと消えて、フワリと現れる神出鬼没。

 

 この世界には魔法なる未知なる力が存在する。誰でも使えるわけではない特別な能力。

 

 師匠はその力を使い、依頼をこなす暗殺者。

 

 私は素質があるらしいが、まだ覚醒していないらしい。

 

 今日もまた『影』の中から現れる師匠。

 

 しかし、その姿はボロボロ。半死半生だった。

 

「…………よもや依頼対象が隣国の勇者とは…………計られたな…………」

 

 いや、生きているのか死んでいるのか分からないほどに。

 

 人の形すら保っていない消える寸前の揺らぎの存在と化した師匠。

 

「…………こちらに来い、我が学び子よ…………」

 

 私は黒い影の揺らぎとなった師匠に歩み寄る。

 

「…………我は消え逝く。故に最後に我の力を与えよう。我が知識、我が技、我が魔力、我が魂…………すべて持っていくがいい…………お前が新たな………………だ」

 

 影が私に重なり合う。

 

 そして旧き私は終わりを告げ、新しい私になった。

 

 混沌の種から新たな闇の暗殺者が芽吹いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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虚無、喰らうもの

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………しくじったな。名の知れたと言っても、所詮は殺し屋風情か。ふん、役に立たん」

 

 豪奢な屋敷内の、煌びやかに飾られた調度品が並ぶ部屋で肥えたカイゼル髭の初老の男性が椅子に座って手に持つ報告書を読み、炎で灰も残さず焼き尽くした。

 

 ミドニック枢機卿は二重顎の余った肉を撫でて眉を顰める。

 

「隣国は蜂の巣を突いたように大騒ぎか。まあ、そうだろう。国お抱えの最強たり象徴たる勇者が瀕死の重症なのだからな」

 

 突如、何者かに襲われた隣国の勇者。正体を隠し、密使で未だ紛争の傷が癒えない停戦状態国に視察中の事件。

 

 辛くも撃退したものの、浅くは無い傷を受けた。

 

 これには双方の国同士が再び一色即発の緊張に包まれ、今尚慌ただしい。

 

「さっさと死んでくれれば、加盟国として大量の魔導兵器を捌けたものを…………まあ、開戦も時間の問題ではあるか」

 

 ぶふぅ〜と、豚のように鼻を鳴らして事務卓上に置いてある高級菓子の「チョコレート」を包みを解き頬張る。

 

 う〜む。なんと甘美なる菓子か。魔導革命に於いて開発された副産物には、こうして食文化にも目新しいものが多々ある。

 

 素晴らしい。やはり人は戦争により文明を発達、進化させるという偉人学者の言う通りなのかも知れない。

 

「ん? もう無くなってしまった」

 

 あまりの旨さにペロリと平らげたドミニク枢機卿は、机の引き出しを開けて取り置き分を探す。

 

「…………ん? おかしいな。予備があった筈だが…………」

 

 肥えて出張った腹を机につっかえながら、机中を漁る。

 

 伸ばした手の影が、ぐにゃりと曲がり自身の身体に纏わり付く。

 

「なっ!?」

 

「動くな。ミドニック・ド・ベラング枢機卿。首が落ちる」

 

 背後に黒い外套の何者かが佇む。

 

 ミドニック枢機卿の身体に実態を伴った影が縄の如く拘束し、首にギラリと刃の鈍た光が反射する。

 

「き、貴様ッ! 『魔影の兇手』ッッッ!!! 生きていたのかッ!?」

 

 髑髏の仮面が不気味なまでに生々しい。

 

「勇者相手は流石に骨が折れた。暗殺対象を謀られたと気付かなんだら、危うくトドメを差していたところだ」

 

 男か女か判らないくぐもった声で淡々と話す暗殺者。報告書では、勇者に撃退されたとあったが、まさか生きていたとは。しかし、魔導結界により何人も侵入不可能な筈なのにどうやって侵入した?

 

「ま、待て……っ! 儂じゃ無いぞっ!? 貴様に依頼をしたのはっ!」

 

 喉元に喰い込む寸前の刃が止まる。

 

「誰が仕組んだ?」

 

 魔影の兇手と呼ばれる者の仮面の髑髏の目が仄かに光る。

 

「そ、それは…………実は………馬鹿がっ!! 教えるか賊めがッッッ!!!」

 

 "瓏々たる盤古の火武瞑(エグザードフレアブラスタ)"

 

 ミドニック枢機卿の身体がブワアアッと紅い焔に包まれる。

 

 拘束していた影がボロボロと焼き尽くされ、豪奢な室内が真っ赤な熱波に包まれる。

 

「ヌハハハハアァッ! 戦場では、熟炎の魔術軍将と呼ばれた身よぉっ!! 木っ端暗殺者如き、塵も残さず焼き尽くしてくれるわぁッッッ!!!」

 

 極炎の赤火の渦が黒衣の髑髏仮面を轟々と飲み込む。

 

 だが、

 

 荒ぶる渦巻く炎の波が、黒い暗影の中に誘いこまれように吸い込まれてしまうではないか。

 

 やがて、暴れのたうつ炎は跡形も無く闇の懐へと掻き消え去った。

 

「ば、馬鹿なっ! 儂の、儂の最強魔法がァァァ…………っっっ!!?」

 

 信じられないと驚愕するミドニック枢機卿。

 

「戯れは済んだか? 枢機卿」

 

 ミドニック枢機卿の足元の影から無数の影が伸びやり、巨漢の肉体を雁字搦めに巻き取り、巨大なギロチンの処刑台が瞬く間に形作られる。

 

「ま、待てっ! 話す話す話すからぁぁぁ助けてくれぇえええッッッ!!!」

 

 涙目で命乞いするミドニック枢機卿。

 

「わ、儂が知っているのは王宮元老院の誰かということだけだああああッッッ!!! それ以上は知らされておらんッ! 本当だぁぁぁぁぁぁ」

 

「そうか。元老院か」

 

 魔影の兇手は短く呟くと、スッと手を無慈悲に下ろす。

 

 巨大なギロチンの刃が同時に滑り降りた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 十十十十十十

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月明かりが照らす夜。

 

 厳重に警備が施された王宮の城上に夜風を受け、黒衣を靡かせる者。

 

 髑髏の仮面を取る。

 

 露わになる十代の黒髪少女の素顔。

 

 美しさと妖しさに彩られた相貌。

 

 傾国の寵姫。あるいは、死を司る冥府の女神。

 

 昏い闇の瞳に夜の蒼き輝きを帯びて。

 

 後日、王宮元老院の数人が謎の変死を遂げる。

 

 恐怖と苦痛に踠き苦しんだ壮絶なる表情だった。

 

 悪魔、もしくは死神に遭遇したと、真しやかに噂が囁かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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日常、潜むもの

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 活気溢れる鮮産市場。

 

 行き交う人々。競り合う店の売り人。値引きを要求する客。

 

 採れたての野菜、瑞々しい果実。出店の屋台で売られている香ばしい香りを放つ串焼き、甘い匂いを漂わせる飴細工。

 

 ここは王都南部城下町。

 

 様々な人々が日夜暮らす生活の資本たる骨子たる憩いの場。

 

 故に喜怒哀楽が絶えない盛り場。

 

 肩が打つかる、誰彼と文句を付ける、喧嘩する、そんなことは日常茶飯事。

 

 スリ、置き引き、万引きもセットとばかり毎日毎日付属する。それだけに油断ならない場でもある。巡回する兵士たちもいつものことと適当に遇らうのがセオリーだ。よほどでなければいちいち咎めない。

 

「はい、お嬢ちゃん。熱いから気をつけなよ。可愛いから一本オマケだぜっ!」

 

 飾り気のない白い目立たないワンピースを羽織る13、14くらいの黒髪ショートの麦藁帽子を被った小柄な少女が屋台のオヤジから串焼きを買い、華奢な細腕で受け取る。

 

 麦藁帽子を深く目深に被り鍔広で隠すも、雪のように白い肌と可憐な美貌が僅かに覗き見えてしまう。

 

 串焼きを食べながら手提げの編み籠を持ち、俯き加減で歩く。ごった返す人波の中を縫うように器用に自然に違和感なく、さりげなく躱しながら。

 

 その時、見すぼらしい姿の幼い少年が鋭く眼を光らせ、人と人の僅かな合間から手を伸ばし、少女の編み籠から財布を抜き取った。

 

 まさに神業。彼はスリの常習犯。未だ捕まったことのないプロの手口。

 

 少年は隙だらけの少女からまんまと財布を頂き、ホクホク顔で獲物を確かめようとして顔を顰めた。

 

 手にしていたのは財布では無く、果物だったから。

 

 慌ててさっきの少女を探すが、とっくに姿を見失ってしまい判らない。

 

 首を何度も不思議そうに傾げる少年。

 

 間違いなく財布を盗ったはずなのに。何故? 

 

 混乱するスリ少年を尻目に人々の波を流れるように進む少女が編み籠から幾つか果物を取り出すと、シャクリと小さな口を当てがい噛り付く。

 

 艶めいた紅い唇に垂れた果実の甘い汁を舌先でペロリと舐める。

 

 少年に財布をスられた瞬間に、近場の青果店から代わりに果物をくすねて交換したのだ。

 

 一瞬の出来事。瞬きよりも速い。少年の技術より遥かに高度な技だ。少年すら気付かなかった。ちなみに果物の代金は少年の財布からしっかりと頂いて店先に置いてきたので、盗品ではない。

 

 喧騒の中を歩み去る少女。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 十十十十十十

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食糧品と日用品を買い揃え、家路に帰路するため歩く少女。

 

 人目が疎らな裏路地近辺。常識人なら、まず誰も近付かないエリアだ。

 

 酔っ払い、浮浪者、不審者、違法なモノを捌く売人、犯罪者など数多棲家にするために普通ならば絶対に寄り付かない。

 

 そんな所に年端もいかない少女が訪れればどうなるか。

 

 路地裏から薄汚い格好の男たちがワラワラと現れる。どう見てもカタギではない真っ当な手合いではないだろう。

 

 背後からも下卑た笑みを浮かべた輩どもが、逃げ道を塞ぐように陣取る。

 

「へへへ…………自分からノコノコ、こんな辺鄙な場所まで来るとはよ〜」

 

「帽子で隠れてるが、俺は見たぜぇ。かなりの上モノだぜ。このガキ。狙ってたんだぜ?」

 

 どうやら最初から目を付けられていたようだ。

 

 遠巻きから視線を感じると思っていたら、人攫いの類いか。

 

「どうする? 楽しんでから売り捌くか?」

 

「そうだな。オレたちで暫く飼って、客取らせて稼がせるのも悪くないな」

 

「おいおい、お前ら。そうやって前の女も、その前の女もブッ壊しちまっただろうが。遊び過ぎるなよ〜」

 

 男たちは楽しそうに汚ない嘲笑を上げながら少女を囲い込み近付く。

 

 彼らの頭の中では、泣き叫ぶ痛いけな少女を思う様に組み敷き蹂躙している想像が漏れなく展開されているに相違ない。

 

「ひひっ!どれ、顔を見せやが─────」

 

 ひとりの男が少女の麦藁帽子の鍔広を捲り上げようとし───────

 

 その腕が肩口から、消えた。

 

 すべての動きが止まる。すべての時間が固まる。

 

 あらゆる事象、誰もが塗り込められる。

 

 少女の足元。濁った黒々しい水溜りの波紋から伸び上がった影が鋭利な大鎌の刃を造り出していた。

 

 まるで死神が携えた大鎌の如く、切り取った男の腕を切っ先に突き刺したまま持ち上げる。

 

 周囲の男たちは一体何が起きたか、何が行われたのか、それを足りない頭で理解する機会は永遠に訪れない。

 

 影の虚刃が超速でグルグルリと円周を描いた。

 

 男たちの身体に水平に亀裂が幾重にも奔り、そうしてスライスされ、薄い何枚もの肉の破片へと成り果てたから。

 

 卑しく浅ましい愚かな表情を貼り付けたまま。

 

 バシャアァッ!と大量の血と肉塊が弾け、ブチ撒く水音が響く加工屠殺現場と化した路地裏。

 

 麦藁帽子の少女は特に感情を窺わせない冷たい視線でバラ肉となった男たちの成れの果てを無表情で見下ろす。

 

 少女の足元の影が膨れる。

 

 意思を持つかのように滲み出し拡がり、肉片の残骸を暗闇の中にゆっくりと飲み込んでいく。

 

 ほんの僅かな合間に路地裏は、血潮のシミひとつ残さずに綺麗さっぱりと清掃された。

 

 少女は何事も無かったような足取りで裏路地の影中へと歩み入り、文字通り溶け込むよう姿が消えた。

 

 後には表通りの市場の活気のいい客引きと、人々の忙しない声だけが聴こえる。

 

 誰もいない裏路地に、いつまでも静寂さが支配し、横たわっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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夜闇、追うもの

 

 

 

 

 

 

 

 

 深い夜の闇中、男は走っていた。

 

 ほんの数メテル先すら見通せない、真っ暗な視界。

 

 方向感覚を狂わせる暗闇に覆われた街群。昼日の人々の往来が嘘のようにまるで無人の迷宮のごとく続く。

 

 走っても走っても同じ景色で、錆びついた魔光街灯のぼやけた並んだ明かりだけが自分の移動を証明している。

 

 クソっ! 自分は上手くやっていた。失敗(しくじ)る筈が無い。

 

 闇にまかれ、方向感覚は狂い、不自然なほど人の気配が無い街中をひたすら走る。

 

 肺が限界を訴えて悲鳴を上げ、男は魔光街灯の一つに手をついて、ぜぇ、ぜぇ、息を整えた。

 

 街灯の表面に刻まれた十字の傷。

 

 先ほど通り過ぎたはずのそれと、同じ傷痕。

 

 男はこれでも暗殺者だ。最近、名を少しばかり知られた新進気鋭の若手のホープ。鍛えられた感覚と死線を潜り抜けた勘が告げている。街灯の錆ぐあい、舗装された路道の石畳の配置。街並みの姿。全てが「自分が元の場所に戻ってきた」ことを証明していると。

 

 事の起こりは数日前に遡る。

 

 どこから漏れたのか、何が発覚したのか。情報の出所が明らかになる前に、男は逆に暗殺者組織から追われることとなった。

 

 何人かの追っ手を撃退し、捕えられることはなかったが、状況は最悪に近い。

 

 男は忌々しげに星明かりすら無い、暗い空を見やる。

 

 クズどもを殺した。殺しに殺しまくった。死んで当然の連中だ。

 

 男は依頼に忠実で、しかし柔軟で融通の利く、優秀な暗殺者だ。

 

 同職と比べてもとりわけ優秀。気が荒く自信家であるが、冷静冷徹であり、頭が回る。要領がよく抜け目ない。悪く言えばズル賢く、欲張りで意地汚かった。

 

 だから、ちょいとばかし報酬に色目を付けても許されるだろう? 死んだゴミカスどもの蓄えた金や女を頂いても何も問題ないだろう? 

 

 ぎり、と男は歯噛みした。

 

 これからはフリーでやるべきだな。やはり自分には組織など合わない。だが、今は状況がそれを許さない。

 

 そもそもの話、ここから抜け出す術が分からないのだ。

 

 追手から命からがら逃げ伸びて、隠れたはいいものの、この謎の空間に囚われたままだ。走った距離と広さから通常なら有り得ない街並みの構造。間違い無く敵の攻撃を受けている。

 

 魔法。それも何らかの幻惑系、空間に作用する高等魔術。

 

 毛の生えた同輩の下っ端程度ならどうにか切り抜ける自信があるが、高等魔術は専門外にもほどがある。自分に使えるは姿眩ましと、せいぜいが三階位止まりの魔法のみ。

 

 荒く吐いた息を抑えて整える。周囲への油断無く見廻し、警戒も怠らない。

 

 何処にいやがるのか。この空間を作り出したクソ術者が必ず自分を監視している筈だ。

 

 その時、張り詰めた神経が肌をゾワリと震わせる。

 

「浅はかな選択だ」

 

「っ、誰だッ!」

 

 とっさに振り返ってナイフを投げ付けた。

 

 しかし視界の先には疎らな街灯と暗闇のみ。人影らしきものは欠片もない。

 

 馬鹿な。警戒は怠っていなかった。周囲にこれ以上ないほど気を張っていたというのに、まったく気配が感じ取れなかった。

 

「ちっ! 凍える息吹の千針(アイシクルサウザンドニードル)ッッッ」

 

 男の周囲に白い氷雨が現出し鋭い氷の刃を形成され、全方位に一気に放射された。街灯、街壁、路道に無数に突き刺さる。真上にも繰り出される。何処に潜んでようが、これならばひとたまりもあるまい。先手必勝、自分が最も得意とする魔法だ。

 

「貴様はやりすぎた。自らの欲を優先した。ある程度なら組織も黙認しただろう。だが、貴様は一線を超えた。組織の品格を著しく貶めた。故に手が下された」

 

「…………なッ!?」

 

 街灯に照らされた足元の影がザワザワと揺らぎ、夥しい人の手となり男の身体を羽交い締めに捕らえる。

 

 影が実体化しているっ!? こんな魔法があったのかっ! 6階位、いや7階位、もっと上かもしれない。ヤバい、こんな高等魔術を使うヤツは上位クラスの限られた手練れだ。

 

 男は全力で身を捩り、振り払おうと藻搔いた。

 

 しかし、影から伸び上がる無数の手は大樹が生えたか動くこと敵わず、万力さながら凄まじい力で男の身体を軋ませ、押さえつける。

 

 カツ、カツ、石畳を踏む足音。

 

 暗闇から最初からそこにいたかのように、その者は現れた。

 

 全身黒尽くめの外套。その黒に浮かぶように白い髑髏の仮面。

 

「ここは我の固有領域。我は影の猟狗。虚無の狩人。名は魔影の兇手」

 

 不気味なシャレコウベの眼孔から深淵を覗いたかのように紅い輝きが揺らめく。

 

 魔影の兇手っ!? 存在自体が噂の域を出ない最高位の暗殺者。裏界隈に長らく伝説となって伝わっている凄腕の闇の住人。年齢、性別、すべて正体不明。殺した人間は数えきれない。史上最強最高峰のアサシン。

 

「な、何でそんな大物が出てくるっ!? 俺如きに…………っ!!」

 

 拘束された男の顔を値踏みするよう眺め、魔影の兇手は語りかける。

 

「…………貴様は今まで依頼対象以外にも手を掛けていたな? そして此度は依頼対象の娘を犯したな?」

 

「……はっ! それがどうした? 殺しの後のお楽しみだぜっ! 何だぁっ? まさか、んなことで俺をバラそうってのかよお? 娘はヤッたが、殺しちゃいねえ。まあ、たっぷりと遊んでやったがなあ。殺しの醍醐味だ。昂ぶった気分のまま犯す。最高だろ? たまたま現場にいやがった生娘に本物の男を教えてやったのさ。くっくっくっ」

 

 さも愉快そうに思い出してせせら嗤う男。

 

「…………殺しは最高だあ。アンタだってそうだろう? 同じ匂いを感じるぜええ? 殺しが楽しくって楽しくってしょうがねえってなあっ! だから長々と続けてんだろ? じゃなきゃ暗殺者なんて狂ってなけりゃやってらんねえよな」

 

 男は意気揚々と捲し立てながら、黒衣の暗殺者の間合いを測る。

 

 もうちょい、もうちょっと来やがれ。そうだ。近付いて来い。

 

 そう……ここだあっ!! 

 

 "永遠の極氷牢(アブソリュートコキュートス)"ッッッ

 

 暗闇の一点が一気に真っ白に凍り付き、一本の巨大な氷柱が造り上げられた。

 

 その冷たい柱、煌めく氷像の只中に髑髏仮面の暗殺者が閉じ込められていた。

 

「ヒャヒャヒャヒャアッッッ!!! やったぜええええッッッ!!! 最強の、伝説の殺し屋を殺ってやったぜええええええッッッ!!! 何が最強だああ? 俺が最強だっ! 俺が伝説だっ! クソ野郎っ! ザマァ見やがれええええええええッッッ!!! …………ハァッ! …………ハァッ! …………ハァッ!」

 

 1日に一度しか使えない大魔術。自分の生命を魔力に変えて行使する大技。おいそれとは使用できない危険だが、一撃必殺必中の魔法。自分が絶体絶命のピンチにしか使わない切り札だ。

 

 だが、すぐに異変に気付く。おかしい。極零度の氷だ。術者は死んだ。なのに暗闇の空間から解放されない。自分を縛める束縛が解けない。

 

 どういうことだ? まさかおとりか? まだ他に居たのか? 術者は別に居たのか? ハメられたのか? 

 

 バキ、バキンと目の前の氷像にヒビが走る。

 

 ギョッとする男。

 

 氷像は瞬く間にヒビ割れ、ガラスが砕けるように破壊された。

 

 何事も無かったように氷の牢から髑髏の仮面の暗殺者が姿を見せる。が、その仮面が割れ、外套が綻び崩れ去る。

 

 さらりと流れる艶やかな黒髪。麗しい長い睫毛。切れ長の凛とした眼差し。蒼黒の双瞳。僅かな膨らみを持つ胸、しなやかな肢体を滑らかに包む黒衣のインナー。

 

 曝された素顔。嫋やかな小柄な肉体。現れたのは少女。歳の頃は13、14。愛らしい子供。

 

 闇夜の輝きよりも昏く煌めく純黒の乙女。それは人外の美、魔性の美であり、冷徹な死神のごとき震えが走る程の美絶さ。

 

「今のが貴様の奥の手というわけか。実力を隠していたな。なるほど、中々の威力だ」

 

 可愛らしくも氷より冷たい音声。裏の世界で都市伝説のように囁かれていた暗殺者の正体。

 

 史上類を見ない最高の腕を持つ最強の殺し屋、魔影の兇手。

 

 闇の世界で生きる者は、知らぬ者はいないほどの知名度を持つその暗殺者は、しかし謎だらけの存在である。

 

 国さえ脅かす情報収集能力、洗練された武術、技術、魔術を有す。しかし、その背後関係、協力者、関与する者等は一切不明。過去幾度となくその正体を突き止めようした者が何人も挑んだが、誰も生きて帰ることは無かったという。

 

 それが、その正体が、こんなに幼い少女だったとは。

 

「……は、はははは。まさか最強の殺し屋の正体が、こんな餓鬼だったとはな…………俺が犯った小娘より子供じゃねえか…………はっ! とんだビックリ箱だ」

 

 男は呆れたように嘲笑う。

 

「その娘からの依頼だ。父親を殺し、自分を犯した暗殺者を暗殺してくれ、と」

 

 少女は年相応な可憐な声色で拘束されたままの男に告げる。

 

「はあ……? 殺し屋に依頼されて殺されるような悪徳貴族だぞ? 殺されて当然な野郎の元で、汚ない金でヌクヌク温室育ちの娘だぜ。俺が手を下さなくても必ず誰かがやったさ。寧ろ俺は善意で命を助けてやったぐらいだ。恨まれる筋合いはない、逆に感謝してほしいねえ」

 

 男には悔いる心など、はなから無い。そんなものはとうの昔に捨ててきた。奪われたモノは奪い返す。そうやって生きてきたのだから。

 

「そうか。それが貴様の生業の矜恃か。しかし、私にはそんなことはどうでもいいことだ。私は私の仕事を熟すまでだ」

 

 少女、魔影の兇手の影から小さなナイフが取り出される。

 

「ま、待てっ!何であんたみたいな最上ランクの暗殺者が、たかが小物貴族の娘の依頼なんかを受けるっ!?おかしいだろっ!!」

 

「………ふむ。元々は他の同業者が請け負う依頼だったが、()()()()私の目に留まったから、()()()()引き受けた。それだけだ」

 

 言葉は要らないとばかり、ナイフを握り鋭い切っ先を向ける。

 

「…………がっ!?」

 

 男は何か言う暇も無く、小ぶりのナイフが胸に突き刺さっていた。

 

 手術用のメスのような鋭さを持つナイフが、バターでも切り分けるようにするすると皮膚を切り開く。

 

「依頼は、より時間を掛けて、よりゆっくりと、より苦しめて、自ら死を懇願するまで切り刻む、という内容だ」

 

 骨から肉を削ぎ、臓物を腑分けし、皮下脂肪をくすぐる。

 

「ぎぃっ!? ぐひぃっ! ぎゃばあっ!?」

 

 男は奇声と苦悶が混じった間抜けな悲鳴を上げる。

 

「安心するがいい。私は人体を熟知している。臓器の配置。血管脈動の流れ。どうすればより長く、息絶えぬように生きながら解体する術を心得ている」

 

 手慣れた手付きで解剖する体内。教え子に教える講師のように至極丁寧に軽やかに、慎重に、かつ大胆に、次々と男の内部を露わにする。

 

「大丈夫だ。意識を失うことは決して無い。私の施術は完璧だ。痛感も感触もすべて味わうことが出来る。貴様は心ゆく迄、確かめ、堪能するがいい。最後の刻を逝く瞬間まで」

 

 仄かに燈る路面の石畳と錆びた街灯に囲まれた暗闇の世界の中、鮮やかな赤色飛沫が飛び交う。

 

 少女の瞳には、なんの感慨も映っていない。

 

 明けることない夜の下で男の悲痛な叫びが鳴り止むことは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 十十十十十十

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 街中は騒然だった。

 

 盛大に飛び散った血飛沫がべったりと石畳に張り付き、陽に照らされ、その惨状を鮮明にする。

 

 街灯に高々と磷付にされた四肢はピクリとも動かない。

 

 空っぽの血みどろの体内。その足元には、高度な人体知識に基づいて選り分けられ、丁寧に広げられた臓物の数々が綺麗に並べられていた。

 

 まだ新鮮で瑞々しく生々しく、湯気を上げ、心臓など未だに緩く鼓動を立てて脈打ち、動いている。

 

 鮮血でぐっしょりと濡れたの男の死体には肝心の首が無かった。

 

 殺人など珍しくもない世の中。死体など街の暗がり、スラム街などでは当たり前に転がっている。

 

 しかして、これほど露骨にアピールされることは殆ど無い。

 

 処刑。この男は一体何をしでかしたのか?

 

 首のない、臓器の展覧会に人々は戦慄する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 十十十十十十

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 領地剥奪、私財没収、取り潰しが決まったとある貴族屋敷。

 

 贅を模した調度品も、使用人もいない空虚な屋敷内に窶れ細った娘が部屋でひとり椅子に腰掛け、テーブルの一点を見つめている。

 

 テーブルの上には蠅が無数に飛び交う男の生首が置かれていた。

 

 白眼を剥き、悲壮な泣き顔で、ただただ赦しを乞う表情。

 

 痩せた娘は昏い笑みを浮かべ、ずっと生首を眺めていた。

 

 いつまでも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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勇者は考察する

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瑞々しくしなやかな容姿の女が暗闇に包まれた夜の森の中を疾駆する。

 

 雲の切れ間から差し込む月明かりの光が一瞬だけ彼女を照らし出す。外見年齢は10代前半、幼い少女といってもいい年頃か。

 

 滑らかな白い肌を覆う最小限の布生地の黒衣はその体にぴったりと張り付いていて、均整の取れたスレンダーな肉体のラインをありありとエロティシズムに見せてつけている。

 

 黒髪のショートヘアー。青みがかる黒艶の髪がサラリと舞う。顔全体を覆うのっぺりとした白い仮面で素顔は判らない。

 

 その少女の背後からローブを纏う3つの人影が木々の枝から枝へと飛び、追い掛けてくる。

 

 すかさず仮面の少女が自身の影中からある物を取り出し構えた。右手に持つは鈍色に輝く円筒形の物体。その引き金を引き、空気を切り裂く乾いた破裂音が小さく鳴ると、ローブの追手の者ひとりがぐらり崩れ、枝から落ちた。

 

 仲間を葬られ追跡者たちは僅かに動揺するも、片手をかざし素早く何か唱える。

 

「火よ、眼前の敵を穿つ弩矢と成れ"射抜き貫く火矢(ファイアルアーチェ)"」

 

「風よ、立ち塞ぐ輩を払う劍刃と化せ"烈風の切り鎌(ウィンガルエッザー)"」

 

 炎が巻き起こり、幾つもの燃える矢となる。

 

 風が巻き起こり、幾つもの鋭い刃となる。

 

 炎の矢と風の刃が少女に襲いかかる。少女が軽やかに身体を翻し、素早く円筒形の武器を構え、続け様に引き金を引き撃つ。

 

 小さな押し込めるような空気の破裂音が数度鳴ると、迫り来る炎の矢と風の刃が弾けたちどころに霧散する。

 

 ローブの者たちが驚愕したように狼狽えたが、すぐさま短剣を振りかざし飛びかかる。少女は手に持つ円筒形武器から空になった弾倉を取り出して新たな弾倉をカシャンと装着し向け放つ。

 

 と、再び小さな破裂音が漏れて谺す。

 

 態勢を崩れさせて、ローブの者たちは力無く地上に真っ逆さまに落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 十十十十十

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 静寂が訪れた暗夜の森。

 

 仮面少女が手に持つサプレッサ(消音器)を装着したFNX45を油断なく構えて周囲を見渡す。

 

 サイレンサーとの使用を前提として開発された近代的なハンドガンである。亜音速弾である.45ACPとの併用により、高い消音性と威力を兼ね備えている。

 

 ボルトアクションにて排出される薬莢は地に落ちる前に消失する仕様であり、射出された弾も使用後は速やかに消失するので対象の身体から痕跡は残らない。

 

 能力で造られた擬似銃。始末には困らないが、再現機構もオリジナルと同じために弾詰まり(ジャム)や作動不良(フレームジャンクション)は起こりうるので、過信は禁物。メンテナンスは本来通り入念に行わなければならないのがネックだ。それはあらゆる銃火器類、種類問わず適用される。弾数的制限、リロードは従来通り必要であるのがネックだが、それでも余りある性能のアドバンテージをこの『異世界』には、もたらす。

 

 さらに彼女が扱う武器には先ほどのように魔法に対して何らかの特殊な効果を持っているようだ。

 

 追手を始末した少女が追撃は無いと確認して、スッと仮面を取る。

 

 森を照らす朧げな月の明かりが少女の完成された美貌の素顔を晒す。

 

 コバルトブルーの青みを含んだシャギーショートの艶やかな黒髪。鋭い眼付きに宿る透き通る蒼い瞳は、鋭利な刃物を思わせる。つんと整った小さな鼻先、淡い桜色の可憐な唇。

 

 美しい。幼くも形造られた美の女神像。絶世の美女とはかくもこうあるのか、と懸想させる。

 

 歳は13、14ぐらいか。スレンダーで痩身。しかしながら未だ女性的な肉付きが余り無い起伏が薄い肢体は雌の匂いが漂い魔性なる魅力さが備わり、さらに特徴的かつ煽情的な黒い際どい衣装を纏う。

 

「…………任務は完了した。追手の残敵の消失を確認。帰還する」

 

 凛とした涼やかな声色で呟くき、白い髑髏の仮面を被る少女。

 

 月明かりが陰り、再び雲の合間から光が差すともうそこには少女の姿は存在していなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 十十十十十

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お身体の加減、如何でしょうか? 勇者様」

 

 ブルネットの髪、流れる金錦糸。妙齢の、法衣の美女。垂れ目が魅惑的な瞳。豊満な乳房が衣装を押し上げ女盛りをこれでもかと主張する。

 

 傾国の寵姫さながらの女が天蓋付き寝所の上で腰掛ける青年に問う。

 

「はい。大夫、良くなったと思いますよ。治癒魔法、ありがとうございます。ユリィーゼ創始教様」

 

 青年は華奢ながら鍛え抜かれた二の腕を上げ何度か振るい確かめ、柔かな笑みを称える。

 

 端正な顔立ちの十代半ばだろう男子。並みの女子ならすぐさま惚れてしまう美青年だ。

 

「ふふ。貴方の為ならば国宝クラスの秘伝の回復薬(エリクサー)すら惜しみません。傷痕もなく無事に治療出来て良かったです」

 

 妙齢の美女、ユリィーゼ創始教は静かに微笑い勇者が腰掛けるベッドの隣りに腰掛けた。

 

 そして青年の肩にしなだれ掛かる。まるで情婦のように。

 

「…………あの、ユリィーゼ創始教様?」

 

 勇者の青年が困惑気味に自身の身体に体重を預けてくる妖しい美熟女に声を掛ける。

 

「もう、勇者様。二人きりのときはユリィとお呼びくださいと申し上げてるのに。貴方様の御身は万一があってはならぬ故。私はとてもとても心配だったのですよ」

 

 ユリィーゼは今にも衣装から零れ落ちそうなくらい豊満な乳房、爆乳、いや超乳、いやいや魔乳と呼ぶに相応しい大双丘を勇者の腕にムニュンムニュンムニュリンと押し当て柔らかな物体の形を変えてくる。

 

「はは…………心配を掛けてすみません。ですが、この通り僕は大丈夫でした。まあ、かなりの深手は追いましたが…………」

 

 勇者は困り顔で頬を掻く。美女の大胆なアプローチに多少戸惑いつつも慣れているのか動じない。

 

「流石は稀代の勇者様…………あの賊、裏界隈に名高い闇の暗殺者『影喰いし者』と認識しました。ですが、あれほどの強者を仕留めてしまえる力を持っているのはやはり神に選ばれし勇者様で在られます。私めは感服致しましたわ」

 

 勇者により寄りかかり、懐いた猫のように密着し身体に頬擦りするユリィーゼ。ほんのり頬が赤みを差している。瞳は潤み、ギラギラしている。情欲に満ちた牝の顔だ。

 

「…………やっぱり相当な名のある人物だったんですね。道理で恐ろしく腕が立つ手練れだと思いました。対応が一歩遅ければ、やられていたのは僕でした。しかし、僕は変装スキルで完全に別人に成り代わっていたのに見抜かれていたのは暗殺者だからか」

 

 勇者は抱き付き頬擦りしてくるメス猫美熟女を軽くいなしながら考察する。

 

「かの者はあらゆる隠密暗殺の術技に卓越していると聞き及んでおります。看破されたのも肯けます」

 

「…………でも、最後に何故トドメの攻撃して来なかったんだろう? 何だから驚いていたように見えたけど。まあ髑髏の仮面だったからなんとなくしか分からなかったけど」

 

「勇者様の聖なる力にたじろいたのでしょう。所詮は闇に生きる生業の輩。光挿せば闇は祓われて当然。すべては勇者の徳が導いたのです、そ、れ、よ、りも♡」

 

 ユリィーゼはガバッと勇者をベッドに押し倒し組み伏せた。

 

「ちょっ!? ユリィーゼさんっ!!」

 

「あはぁん♡勇者様のお身体に本当に傷が無いか、隅から隅までじっくりたっぷりねっぷり確かめるのも聖職者の務め♡久しぶりにこうして二人きり逢えた機会、またあの時のように激しく互いの理解を深め─────」

 

 赤い舌でベロォと紅い唇を舐めながら眼下に押し倒した青年を睨め付けるユリィーゼ。まるで獲物を捕らえた猛禽類、肉食獣さながらに。

 

 バッッッタァアアアアアンンンッッッ!!! 

 

「お母様ッッッ!!! やっぱりここにいたッッッ!!!」

 

 いきなり扉を乱暴に壊れんばかり開け放ち現れたのは美少女。

 

「チッ…………鍵ごと破壊したのね。流石、我が娘、身に余る馬鹿力。人払いしたのは逆に不味かったかしら」

 

 金髪をサイドテールに結ぶ年の頃16、17ぐらいの美少女。

 

 ハーフメイルの胸当て、腰に剣を帯びる姿は剣士か。

 

「あらあら、どうしたのミリィーナ? 血相変えて。お母さん勇者様と大事な用があるって伝えといたわよね?」

 

 ユリィーゼがわざとらしく起き上がり可愛らしい仕草で小首を傾げる。

 

「…………お母様。勇者は、ユズルは、私の婚約者なのよ。それを実の母親が真昼間から寝取ろうなんて…………こんの、泥棒万年発情期猫クソババアがッッッ!!!」

 

 怒髪天とはこれいかに。金髪を逆立てる美少女は歯を剥き出し鬼の形相で憤怒する。帯剣していた腰のロングソードを今にも抜き放ちそうだ。

 

「…………ふう。貴女の旦那さんになるなら、彼は私の義息子にもなるのよ? 母と義息子の大事なスキンシップぐらい大目に見なさい。それでも栄えある王宮聖騎士団を率いる千人隊長なの? クソ雑魚メスガキ」

 

 さも、威は我に有りとばかりに腰に手を当て豊満な双丘をたわませ、娘の行手に敢然と立ち塞がる母親。いつの間にか手には華美な装飾が施されたメイスロッドがにぎられている。

 

 互いの視線に魔力を織り混ぜた激しい火花が奔り交差する。

 

 勇者ことユズル、本名「比良坂結弦(ひらさかゆずる)」は溜め息を吐く。

 

 また始まった。もう珍しくもない親子喧嘩。

 

 こんな光景は何度目か。

 

 そして開催される世紀末母娘ゲンカを尻目にふと考える。

 

 あの襲撃してきた暗殺者のことを。

 

 暗殺者は特殊な能力か何かで擬態していたが、神から授かったチートスキルで見抜いていた。

 

 その朧気な姿を。

 

 真っ黒な暗闇。

 

 何処までも黒色の暗影だった。

 

 人の形を為した影そのもの。まさにそれだった。

 

 不意を突かれたが、反撃には手応えは確かにあった。人ならざる魔性、不死者、魔人の類でも神から貰ったこの力を受ければ生きてはいないだろう。

 

 しかし、ふと思う。

 

 また、逢う。

 

 そんな気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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背徳、忍びよるもの

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗闇に満ちている石畳の回廊。

 

 壁には等間隔に魔導光の燭台の明かりが灯されている。

 

 その何処までも続く薄暗い石造りの廊下を歩む黒衣の人物。

 

 長身、全身黒尽くめ、髑髏の仮面が対照的に白くぼうっと浮かび際立ち、白いのっぺりした風貌に冷たい不気味さを醸し出す。

 

「おや、現場復帰ですか。仕事に差し支えはないようですね。良かった良かった」

 

 いつの間にそこにいたのか、赤いマフラーを首に巻いた紅い髪のローブを纏った女が壁際に寄りかかり声をかけてきた。

 

「…………何用か。百蛇の」

 

 歩みを止めて傍らの女に問う黒衣の髑髏仮面。

 

 男か女か若者か年寄りか判別し難い声質は正体を知られないため意図的なものだろう。

 

「いえ、かの名高い『魔影の操者』が最近姿を見せていなかったので、心配していたのですよ。まさか、「やられた」のではと…………ふふ、どうやら私の杞憂だったようですね」

 

 マフラーの女、百蛇が微笑む。意味ありげに。

 

「…………少しばかり遠出していた。仕事だ。何も問題は無かった」

 

 そのまま通り過ぎて歩み去る黒衣の人物。

 

「ああ、そうそう。知っていますか? 隣国、神聖王国リンドブルームの勇者が何者かに暗殺されかけたそうですよ。まあ、失敗したそうですが。いやしかし、勇者を屠ろうなどとは命知らずにも程がある。「アレ」は正真正銘のバケモノですからねえ。アレと渡り合うには神代に伝わる伝説の魔王しかいないでしょう」

 

 そこでマフラーの女はややあ、とわざとらしく小声になる。

 

「おっと、これは機密事項案件。うっかり他者に漏らさぬようお願いしますね」

 

 マフラーの女の足元にいつの間にか白い蛇がシュルルと這い寄りローブを伝い肩口まで登ると、舌先をチロチロと出す。

 

「おや。私の使い魔が戻ってきまたしたか。ふむふむ、なるほど。どうやら隣国との密約協定は無事に解決したようです。いや、一事はどうなることかと思いましたが、これで再び戦争にならずに済みましたね」

 

「…………そうか」

 

 一言、振り返ることなく黒衣の仮面の者は返すと歩き去った。

 

 その様子を蛇使いの女は細い糸眼を薄く開き、蛇と同じ縦長の瞳孔で見送る。

 

「ふふふ…………もちろん貴方の活躍のおかげですよ、魔影の。国の無能の老害による傀儡戦争など持っての他。しかし、あの勇者と引き分けて生きて帰るなど貴方はやはり素晴らしい一材ですね。それでこそ、私の超えるべき目標…………貴方を殺すのは私なのですから…………」

 

 仄暗い輝きを放つ蛇目を畏敬と羨望に妖しく光らせながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 十十十十十十

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガラガラガラ…………

 

 一台の幌馬車が人里離れた森近い街道をゆったりとした足踏みで走る。

 

 御者台に痩せた背の小さい男が手綱を引いている。

 

 荷台の幌の上で幼い少女がハープを弾いて音色を奏でている。

 

 そこの場所の行手に突如、人相と風体の物騒な男たちが何人も現れ道を塞いだ。

 

「ヘッヘッヘ。ここの街道をわざわざ通るなんて命知らずな奴らだ」

 

「ハイドライド共和国の街に行くなら遠回りしてでもこの森は避けていくもんだぜ?」

 

 ゴロツキたちは手に手に武器を持ち、下卑たしたり顔でニヤニヤ笑う。

 

 退路を塞ぐように後ろからもゴロツキが茂みから現れる。

 

「…………おやぁ、どうやら戦争で食い扶持が溢れた傭兵崩れどもですか。これだから戦争の後始末は面倒なんですよねえ」

 

 馬車を停めた御者の子男が溜め息を吐く。

 

「せっかくの戦争が終わっちまったからな、俺たちはおまんまの食い上げよ。テメエら、その馬車と有り金と荷物残らず置いてきな。命までは取りゃしねえぜ」

 

 ゴロツキたちが剣や槍をチラつかせ脅す。

 

 もうすでに自分たちが絶対的な優位者であるということに疑う余地がない余裕の態度を示す。

 

「…………ふむ。ひい、ふう、みい、よう…………併せて二十人ちょいですか。この程度なら直ぐに済みますかね。ついでに片付けますか。出番ですよ、アナタたち。ミルシャルル、ヴァンヴァーズ」

 

 子男が周りのゴロツキをまるで出荷前の家畜を数えるように無機質に数えると、馬車の荷台に向かって声をかけた。

 

「えー? めんどくさいなぁ。たかがゴミ掃除でしよ。それぐらい自分でやりなよ」

 

 幌の上に載っている少女がハープを奏でながら嫌そうにする。

 

「貰った給料分はしっかりと働いてください、ミルシャルル。ほら、彼はちゃんとヤル気充分ですよ。働き者ですねぇ、ヴァンヴァーズは。誰かさんと違って」

 

 幌馬車の中から巨大な丸太のような太い長い筋肉の塊りの腕がヌウゥと出て来た。

 

「うわぁっ! な、なっ!?」

 

 それが、近い場所にいたゴロツキの頭を掴み上げ────

 

 

 潰した。

 

 

「「「!!?」」」

 

 

 突然に仲間が無残な有り様で殺され、戸惑うゴロツキたち。

 

 幌の中から有り得ないくらい異常なほどの巨体を持つ毛むくじゃらの猫背形の巨人のような大男が姿を見せた。

 

 手に持つ頭を潰されてビクビクと激しく痙攣させているゴロツキの血だらけの肉体を物凄い勢いで呆然としていたゴロツキたちに向けて、しならせ投げ飛ばす。

 

「ぐっげえっ!!」

 

「ぎゃばぁああっ!!」

 

 仲間の死体に巻き込まれ叩き付けられ身体をくの字に曲げ、ボロ雑巾の如く吹き飛ぶ数人のゴロツキ。

 

「はあああ〜、仕方ないわね。やるわよ、やりゃぁいいんでしょう? 働くわよ、仕事だから」

 

 幌の上に乗っていた少女が手に持つハープを軽やかに掻き鳴らす。

 

「な、なんだっ!? か、身体が、勝手にぃいいいぃっ!?」

 

「う、動かねえ、い、いや、腕が、脚が、ひ、ひとりでに動きやがるうううっ!!」

 

「がががっ! や、やめ、ぎゃあああああああああああああッッッ」

 

 ゴロツキたちが苦しみだし、ぎこちない動きでそれぞれ手にした武器を振り上げ、自分たちの仲間に対して振り下ろす。

 

 そして、たちまち仲間同士で殺し合いが始まった。

 

 馬車から降りた毛むくじゃらの巨人が腕を振り回し周囲のゴロツキをまとめて薙ぎ倒す。

 

 嫌がり泣き叫ぶゴロツキたちが延々と互いに斬り、刺し、嬲り、殺し合いを披露する。

 

 そこは、まさに阿鼻叫喚、地獄絵図そのものだった。

 

 

 

 

 

 

 やがて、その場に動くモノがなくなり静けさが訪れる。

 

「さて、これで道を塞いでいたゴミは綺麗になりました。我々の本来の業務に戻りましょう」

 

「ちょっと〜、街に着いたら露店巡りぐらいさせてよね〜。久々に隣国まで行くんだから〜」

 

「オ、オデも、大きな街、た、楽しみ、ダ」

 

 少女がフンスと気丈に言い放ち、大男が巨体を器用に馬車の幌中に収め言う。

 

「まあ、いいでしょう。ですが、我々の役割りを忘れずにお願いしますよ」

 

 馬車は何事も無かったようにその場を離れて再びゆったりと走りだす。

 

 辺り一面におびただしい血肉の惨状を遺して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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