アサルトファング Bestia Oratorium (羽桜千夜丸)
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黒鉄嵐
第1話 花と牙


 こんな部隊があったら……と考えて書いていきます。
 先にアニメの流れで百合ヶ丘女学院の話を書きつつ設定を掘り下げ、その後他の2隊の話を書く予定です。


 

 

 荒廃し、苔生した廃墟の街…通称旧市街。

 

 春の暖かな陽射しもまだ顔を出さない早朝、その一角に木製の武器を打ち合う音が響く。

 

 

 ここは、名門校にして日本のヒュージ討伐最前線と言われるガーデン、百合ヶ丘女学院。その広大な敷地内に収まっている街の跡である。

 

 当然、武器を手に朝稽古に励むのはここに所属する気鋭のリリィ……

 

 

ではない。

 

 

「……ふぅ。そろそろ止めにするか」

 

「了解です、隊長」

 

 

 ここにいたのは2人の男。

 

 1人は隊長と呼ばれた、巨大な木刀を軽々と扱っていた屈強な青年。もう1人は全長2メートルはあろうかという長い棒を自在に操る少年であった。

 少年の短い髪と瞳は濃いグレー。彼も青年に劣らず、しなやかな筋肉が全身に無駄なくついている。

 

 動きやすいツナギのような装いの2人は互いに間合いを取り一礼。その後得物を肩に担ぎ、学院の校舎がある方角へ歩き出す。

 

 肩の横には所属先を示すマークが着いている。

 

「明日は入学式だな。編入してくる新しいお姫様方に、きちんと挨拶できるようにしとけよ」

 

「心得ております。隊長こそ、壇上での誓いの文言は暗記されましたか?」

 

「ああ、バッチリだとも」

 

などと雑談しながら進んでいると……。

 

 

「ご機嫌よう」

 

 

「「!」」

 

 道に出たところで、2人に淑やかな挨拶をかける者がいた。

 茶色のロングヘアにスラリとした体格の少女。赤と金のオッドアイが、2人を穏やかに見つめている。

 彼女が身に着けているのは、この学院に所属するリリィの訓練用制服。

 

 それを見た2人…隊長は腰に木刀を当て、もう1人は左手で棒を立てる。そして同時に左胸に右手を当てて礼。挨拶を返した。

 

「「ご機嫌麗しゅう、お嬢様」」

 

「あらあら、なんだか普段より堅苦しいですね。いつもはもっとフレンドリーなのに」

 

 顔を上げた2人は苦笑いしていた。

 

「まあ、入学式を明日に控えているんでな」

 

「けどやっぱ違和感あるか、これ…。どうしたもんかな」

 

 悩む隊長。一方、少年はリリィとの会話を続ける。

 

「それはそうと、君も朝のトレーニングか?(くぉ)嬢」

 

「ええ。ついでに新しいルームメイトのための、道案内もしています。編入してきてから日の浅い方ですから」

 

「ルームメイト…あの木陰からこちらを見ておられる方か?」

 

「はい」

 

 3人から少し離れた道端の木。その幹の後ろから、やや短めの黒髪に翠の瞳のリリィが……恐る恐るといった具合で覗いている。不安そうな顔だ。

 

「……何か、飼い主以外の人間を初めて見た猫みたいだな」

 

「ええ、隊長さんのおっしゃる通りです。彼女の故郷にはあなた方のような組織はなかったそうで…少し怖がっているようですね」

 

「なるほど、実際に見たのは俺たちが初めてか」

 

「ではこちらから行こう」

 

「そうしてあげてください」

 

 

「え…」

 

 3人で近づいてみると、黒髪のリリィは警戒を濃くしていた。

 木の幹に体の大部分を隠し、おどおどとルームメイトに問いかける。

 

「しぇ…神琳(しぇんりん)…この人たちは…?」

 

「ご機嫌麗しゅう、お嬢様」

 

「驚かせたようで申し訳ない。俺は貴女方の騎士…『牙刃の騎士団(ファング・パラディン)』の黒鉄嵐(ヘイティエラン)隊長、函辺(はこべ)紀行(のりゆき)。こっちは…」

 

「同じく黒鉄嵐、平隊員の七須名(なずな)吉春(よしはる)。お初にお目にかかる」

 

 2人は先程、オッドアイのリリィ…神琳にしたのと同じ礼をしつつ自己紹介した。

 それを聞いた彼女は警戒すべき相手ではないとわかったのか木の陰から出て挨拶する。

 

「ど…どうも…。(わん)雨嘉(ゆーじあ)…です…。ご、ごめんなさい…男の人に慣れてなくて…」

 

「いや、そういうリアクションの方が普通だから気にしなくて構わないさ」

 

「ああ。それと言葉遣いも、君の自然体で問題ない」

 

 隊長…紀行と隊員の吉春の笑顔に安堵した雨嘉は溜息を吐く。

 

「……はぁ…。本当にいたんだ、『牙刃の騎士団』…。神琳は知り合いだったの?」

 

「ええ。ですので貴女が朝稽古されているお2人を見つけたときから大丈夫だと…」

 

「だ、だってびっくりしたんだもん…!女学院の敷地なのに、男の人が武器持って殴り合ってたから…!」

 

 その感想を聞いた紀行と吉春は不思議そうに顔を見合わせる。

 

「殴り合って…いたか?」

 

「普段通りだったかと…」

 

 一方の神琳は楽しそうに話す。

 

「あのときの雨嘉さんの慌てっぷりと言ったら…。『知らない男の人たちが暴れてる!』だったかしら?」

 

「おやおや…」

 

「い、言わないで神琳!」

 

 何とも言えない表情で呆れる吉春。対して雨嘉は顔を真っ赤にして恥ずかしがっていた。

 

「本当に可愛らしい反応でした〜」

 

「言わないでってば!」

 

「それにしても…」

 

と、紀行が少し真面目な顔で話題を切り出した。

 

「稽古中、俺たちの周りに人の気配はしなかった…。となると、王嬢はなかなかに目がいいらしい」

 

「あ…えと、音が聞こえてきたから、レアスキルで…」

 

「あなた方が木刀と槍を打ち合う音を聞いた雨嘉さんが、『天の秤目』で見たのです」

 

「なるほど」

 

 紀行は納得した顔でポン、と手を打つ。

 

「お姫様たちは武器が手元になくてもスキルが仕えるんだったか。忘れてた」

 

「基本的なことです、隊長。……っと、結構な長話を…。そろそろ参りましょう」

 

「そうですね。わたくしも雨嘉さんの案内を続けます」

 

「う、うん」

 

「では、ご機嫌よう」

 

「それでは」

 

「また会おう」

 

 軽く別れの挨拶をして、別方向に歩き出す。

 

 4人が進むその道を、昇ったばかりの朝陽が穏やかに照らしていた。

 

 

 

「……ご馳走様。さてと…」

 

 学院内にある食堂で朝食を済ませた吉春は懐から手帳を取り出し、今日のスケジュールを確認する。

 

 彼が今身に着けているのは先程のものとは異なる小綺麗な服。

 白いワイシャツに、黒いブレザージャケットとズボン。ネクタイも黒に統一されていて、ジャケットの袖や襟と同じく白いラインが入っている。

 

 これがこの部隊の制服。

 

 周りには起きてきたリリィたちもちらほらと座っており、彼女らが身に着けているセーラー服をベースとした学院の制服に混じっても違和感がない。

 

「午前中は装備の点検と手入れ……午後からは入学式会場設営の手伝い、か。夕方からはフリーだが、別段することもないな…」

 

 呟いた彼は懐に手帳を放り込み、トレーに載った空の食器を返却して食堂を去った。

 

 

 その後彼が向かったのは校舎から少し離れた場所にある黒鉄嵐の宿舎、その隣にある格納庫。大きさは体育館ほどで、シャッターや重厚な扉などがついた厳しい施設である。

 

 シャッターには牙刃の騎士団の紋章が描かれている。

 牙の部分にサーベルを重ねた、おどろおどろしい狼の横顔の図。隊員に支給される持ち物や装備品、一部の衣類にもこのマークが付いている。

 

 どうやら吉春が一番乗りだったらしく、格納庫は暗く人影もない。出入り口の横にある大きなスイッチを押し上げると、ズガン、という音と共に照明が点いた。

 

 照らされたのは数々の武器。鎧のような物やリリィたちの武器『CHARM(チャーム)』に似た物、バイクのような2輪の乗り物などなどが仕切りの中に収められ、奥には砲塔が人の上半身のような形の4輪戦車が鎮座する。

 そのまた奥にはいくつかの工作機械が見える。並んだ区画の数は30ほど。黒鉄嵐全員分の武器が収容されている。

 

 吉春は通路を進み、彼の武器である機械鎧に近づく。

 

「昨日の出撃の後、大して見てやれなかったな」

 

 仕切りの中に入り、工具箱を手に取ると台の上に寝かされている焼鉄色の装備に触れた。

 

 前腕と脚部に重点的に装甲が施され、胴体は要所に配置された金属板と頑丈な皮革が守る。

 両肩と腰にはウェポンラックがあり、肩の物は小さな盾も兼ねる形で、戦国時代の鬼面頬をモチーフとしたフェイスガード付きのヘルメットと合わせて鎧武者のテイストを醸し出す。

 見た目通り、十分な耐久力を持ちながら人体の動きを阻害しにくい造りになっている。

 

 彼がまず手をつけるのは鎧の背中。ここには肩甲骨付近にジャンプ力を向上させるスリット状のスラスターと、中央部に動力源となるコアパーツが付いているのだ。

 

 背中の中央にやや盛り上がった部分がある。短い円筒形の金属の塊で、中心には燻んだ赤い光を放つ結晶体が見えている。

 

 吉春は工具を取り出すと、金属塊を解体した。これは動力源を守るカバーだったのだ。赤い結晶体は、カバーの中でルーン文字が掘り込まれた金属の輪に嵌められている。直径は手の平に収まるくらい。

 

「まず回路の状態を……問題ない。信号の伝達も良し…と」

 

 検査機器から伸びるケーブルを繋ぎ、鎧の状態を確認していく。

 

「後はセンサーとスラスター出力バランス…各部関節の調整はその後だな…。クリーニングの前に休憩するか…」

 

などなど独言ながら作業していると、格納庫にもう1人の隊員が入ってきた。

 

「やあ、吉春」

 

莱清(らいしん)か」

 

 少し小柄で、明るい雰囲気の少年。(はく)莱清(らいしん)は黒鉄嵐の技術者である。

 

「今日も早いね」

 

「他にすることがないだけ、とも言える」

 

「あはは…。もうずいぶん慣れた感じだね、整備」

 

「さすがに2年目…いや、修行期間も含めて3年目にもなればな。君の手を借りるのは、修理のときくらいにもなるだろう」

 

「それもそっか」

 

「そういえば、昨日の迷惑なお客はどうしているんだ?」

 

「明日からいろいろ弄るって真島(ましま)嬢が言ってたよ。今日はパワーとかの能力を見るんじゃないかな」

 

「そうか。まあせいぜい役に立ってくれれば、俺たちの苦労も報われる」

 

「うん。じゃ、僕も作業に行くよ」

 

「ああ」

 

 

 それから数分もすると庫内にぞろぞろと隊員が集まり、話し声や金属が触れ合う音で賑やかになった。

 ある者は丁寧に装備品の汚れを落とし、あるいは剥がれた塗装を塗り直し、ある者は明日の配置の確認を行い……思い思いの方法で入学式に備えている。

 

 

 作業は午前中一杯まで続き、昼食の後、黒鉄嵐は入学式の設営に向かった。

 主な仕事は重量のある品々を運ぶ手伝いと清掃。隊員たちは学院敷地内に散らばっている。

 メイン会場である講堂の窓ガラスを磨きながら、吉春は傾いていく陽射しを眺めていた。

 

(去年の今頃もこうやって掃除を…。そうか、俺がここに来てからもう1年になるんだな…)

 

 ふと後ろを向き、着々と準備が進む講堂を見渡す。

 

(現場2年目…そろそろ色々な仕事を任されてもおかしくない。明日ここに来る彼女たち同様、俺も気分を改めようか)

 

 ガラスに向き直ると自分の顔が映り込む。彼は右手に持っていた水のスプレーを映った顔にも吹き付け、左手の新聞紙で力を込めて拭き上げた。

 

 

 

 一夜明け……。

 

 百合ヶ丘女学院高等部…その正門から講堂の入り口に至るまで、大混雑の様相を呈していた。

 新入生や来賓が集まっているのはもちろんだが、2年生、3年生のリリィたちも後輩を出迎えるために大勢押しかけている。

 

 理由としてはまず、名門であるこの学院には少なからず有名人がいる。そのような人物を一目見ようとやってくる者がいることが一つ。

 

 もう一つは、この学院の制度である。

 高等部ではリリィの教育のため、上級生と下級生の間で擬似姉妹の関係を持つことが奨励されており、上級生(姉)を守護天使(シュッツエンゲル)、下級生(妹)を(シルト)と呼ぶことからシュッツエンゲル制度と言われる。

 つまり、上級生たちの中には妹を探しにやってくる者がいるのだ。

 ここでは幼稚舎から高等部までの一貫教育を行っている。長い時間を一緒に過ごし、姉妹になることをあらかじめ約束している者も多い。そういう意味での妹探しも行われている。

 

 ちなみに黒鉄嵐と百合ヶ丘の間にある独自の制度……聖騎士(ヘリガリッター)というものもあるが、今はあまり関係がない。

 

 今この場には、新入生とその姉たち、加えて野次馬の上級生がやって来ており、満員御礼。

 

 そんな中、黒鉄嵐の面々は……。

 

 

「よもや、俺が受付に駆り出されようとは……」

 

 

 警備、交通案内、受付…と、忙しく駆け回っていた。

 

 

「しかもこの格好で…。先程から新入生組に恐怖の目を向けられている……」

 

 警備を担当していた吉春だったが、生徒会から受付の増員を頼まれ急遽正門近くに移動した。

 そのため、今タブレット端末を手に進む彼は武装状態である。全身に焼鉄色の機械鎧を纏い、右肩には両端に刃が付いた槍、左肩には柄の長い真っ直ぐな長剣を携え…おまけに額には鬼面のフェイスガード。その下で困り顔の彼はそれなりの強面。

 

 ガチャガチャと物々しい音を立てながら歩く姿は異様としか言いようがない。

 

 したがって、彼に話しかけてくるのは…。

 

「あ、吉春さん」

 

「おや、江川(えがわ)嬢」

 

 中等部から持ち上がってきた顔を知っているリリィくらいである。

 左胸に手を当てて会釈すると、話しかけてきたリリィにタブレット端末を差し出す。

 

「受付は済まされたか?」

 

「いえ…。えと、お願いします…」

 

「では、こちらに生徒手帳の顔写真のあるページを」

 

「はい」

 

 彼女が端末の上に手帳をかざすと、電子音と共に投影されていた名簿にチェックが付いた。

 

「ようこそ高等部へ」

 

「吉春さん……どうして武器を…?」

 

 リリィたちは自分のチャームをケースに入れて持ってきている。

 が、今の吉春は武器の姿を完全に晒し、しかもいつでも使える状態にある。彼女たちには違和感しかない姿だ。

 

「警備をしていたところ、不意にこちらを手伝うように言われてな。外している暇もない」

 

「そ…そうだったんですか…。あ、あの…それでお姉様……天葉(そらは)様は…」

 

「ん…ああ、天野(あまの)嬢なら講堂の前でレギオンの方々と……」

 

「ありがとうございます!」

 

吉春の説明が終わらない内に彼女は走り去る。

 

「……忙しいのは互い様だったようだな」

 

 そう呟くと、彼は業務を再開した。

 

 

 

 それから数分後、人通りもまばらになったころ。

 顔見知り以外に怖がられながらも正門付近で受付を進めていると、ヘルメットに内蔵された通信機に連絡が入る。

 

『吉春、聞こえるか?』

 

「はっ、隊長」

 

『今、俺たちのファンを自称する新入生がそっちの方へ行った。まだ受付を済ませてないから、上手いこと対応してくれ』

 

「……今一つピンときませんが…了解しました。そのときは必ず」

 

『頼んだぞ』

 

 通信が切れると同時に周りを見渡す。

 

(………見たところ、それらしいリリィはいないようだが…)

 

「ほぁああああ……!」

 

「?!」

 

 突如足元から感嘆の声が響き、吉春は驚いてそちらを見る。

 

 いつの間にか、茶色の髪を三つ編みにした空色の目の小柄なリリィが、彼の脚部装甲をまじまじと見ながらメモ帳に何やら速記していた。

 

「すごい、すごい!すごいです!牙刃の騎士団の装備!!生で見たの初めてです!!」

 

 かなり興奮気味の様子。

 

「(…新入生…だよな…?)き、君は…」

 

「あっ!失礼しました!私、二川(ふたがわ)二水(ふみ)っていいます!!」

 

 そう言って立ち上がりつつ顔も上げた彼女……の鼻からは流血が起こっていた。

 

「だ、大丈夫か?!」

 

「鼻血でしたらご心配なく!もうずっと出まくりですから!」

 

「いや、その理屈はおかしい」

 

「本当にすごいです!『コラプサーチャーム』に『カタフラクト』!本で見ただけだったものが目の前に!!さすが百合ヶ丘の黒鉄嵐です!」

 

「落ち着くんだ二川嬢!とりあえず生徒手帳を拝見…」

 

「そっ!そんな!サインなんて畏れ多いです!」

 

そう言って彼女はこの場を去ろうとするが…。

 

「(これで逃げられたのか、隊長たちは!)お待ちを!」

 

 一歩踏み出すと、彼は二水の肩に手を置いた。

 

「ひゃい?!」

 

「サインはしないが、それより今は受付をだな…」

 

「受付…あ、それで生徒手帳が要るんですね!もしかしてさっきの方も…?」

 

「ああそうとも。さ、写真のあるページを」

 

少し落ち着いたのか、彼女は手帳を端末にかざしながら謝罪する。

 

「すみません、私、動揺しちゃって…」

 

「二川嬢……受付完了だ。早いところ、俺たちという存在に慣れてくれ」

 

「はい!」

 

 彼女は血に濡れた笑顔で返答。……と。

 

 

「そこの刃物剥き出しの貴方。わたくしたちも受付してくださる?」

 

「ん?」

 

「こ、こんにちは……じゃなかった。ご機嫌よう…」

 

 2人組の新入生が吉春の方に近づいてきた。

 

 いかにもお嬢様という雰囲気のリリィは、赤みがかったウェーブのある茶色の髪に、蒼い瞳。もう1人は桃色の短い髪を四つ葉のクローバーでサイドテールにしている、赤い目の少女。

 口調がこちらに慣れていない。高等部への新入生だ。

 

「では、こちらに生徒手帳の、顔写真のあるページをかざしていただく」

 

「はい、こちらですわ」

 

「わあ、パスポートみたい!」

 

 2人が手帳をかざすと、(かえで)J(じょあん)・ヌーベルと一柳(ひとつやなぎ)梨璃(りり)の名前にチェックが付いた。楓も吉春とは初対面。

 

「ヌーベル嬢、一柳嬢の受付完了。ようこそ百合ヶ丘へ。まずは…」

 

「あ…あの…」

 

「「?」」

 

 驚きの顔で吉春の横を見る梨璃の言葉。楓と吉春がそちらを見ると…。

 

 

「ふ、二川嬢?!」

 

 

 先程よりも出血が激しくなった二水が楓をじっと見つめていた。

 

「か…楓・J・ヌーベルさん!!有名なチャームメーカーグランギニョルの総帥を父に持ち、ご自身も有能なリリィなんですよ!」

 

「いかにも。わたくしがその楓・J・ヌーベルですわ」

 

「そ、そうなんだ…。リリィに詳しいんだね」

 

 梨璃が感想を漏らすと、二水は更に続ける。

 

「防衛省発行の官報をチェックしていれば、このくらい…!」

 

「それにいたしましても、わたくしのことをぺらぺらと喋ってくださった貴女…それから、わたくしたちの名前を知りながら自己紹介もなさらない刃物剥き出しの貴方は何者ですの?」

 

「あ、私は二川二水といいます!二水でいいです、一柳さん、ヌーベルさん!」

 

「これは失礼。俺は牙刃の騎士団、百合ヶ丘女学院部隊、黒鉄嵐所属の七須名吉春と申し上げる」

 

「え…えーと…?」

 

 長い自己紹介に、梨璃の脳内は疑問符で埋まった。

 

「あ、そもそも牙刃の騎士団というのはですね…」

 

 二水が解説を切り出すと…。

 

「後々わかることですわ。さっさと参りましょう」

 

「…は、はい」

 

 後ろ髪を引かれつつ講堂へ向かう梨璃。

 

「君も行った方がいいだろう、二川嬢」

 

「あ、そうですね…」

 

 メモを取りつつ何か聞きたそうにしていた二水。彼女も楓たちを追う形で歩き始める。同時に彼に通信が入った。

 

『吉春』

 

「はい、隊長」

 

『こっちの人波は落ち着いてきた。もうすぐ開式だし、警備に戻ってくれ。タブレットはこっちに頼む』

 

「了解。直ちに向かいます」

 

 通信を切って彼も歩き出す。図らずも梨璃たちについて行くことになった。その気配を察した楓が振り向く。

 

「付き人は結構ですわ。持ち場にお戻りくださいな」

 

「……ん?今、ちょうど持ち場に戻るところだが…」

 

「受付じゃなかったんですか?」

 

「元々は警備だったんだが、人手が足りずこちらを手伝うよう言われたんだ、二川嬢。その命令が今しがた撤回されて、担当していた仕事に戻るだけだ」

 

「あら、ご縁がありますこと。せっかくですし、こちらの方に騎士団の何たるかを教えて差し上げては?」

 

 彼女が指し示す梨璃は、興味半分、不安半分といった顔で吉春を見上げていた。

 

「……あまり喜んでいる顔ではないが、ヌーベル嬢…。まあ、高等部から入ったなら、俺たちを知らないことも当然だからな…」

 

 吉春は昨日会った雨嘉を思い出し、梨璃への説明を始める。

 

「俺たちは『牙刃の騎士団』という防衛軍の特殊部隊で、リリィの戦闘や技術開発を全面的にサポートするのが仕事だ。要望のある全国各地の拠点…ガーデンに配備され、その指揮下に入る。配備された先によって部隊規模も構成も規律も様々。俺たちが普段身につけている制服もガーデンの雰囲気に合わせて各地で作られている。他所には他所の牙がある」

 

「なるほど…」

 

「共通しているのは……この紋章」

 

少し腰を捻り、左肩に白い塗料で施されたマークを梨璃に見せる。

 

「これを旗印に、俺たちはガーデンは違えどいつでも戦友たる存在だ。騎士団には本部があり、各ガーデンとの交渉や隊員の配属先を決定したり、新装備を用意したりしている」

 

「へぇー」

 

「しかし解せませんわよね」

 

「何が…?」

 

 梨璃からの問いかけに楓ははっきり答える。

 

「貴方方のその口調ですわ!騎士なら騎士らしく、もっと謙ってくださらないと!」

 

「生憎、騎士団とガーデンは書類の上では対等だ。憲兵隊としての権限がある以上はな」

 

「憲兵隊…」

 

「コミュニケーション…言葉遣いに関してもだ。君たちも俺たちも、自由な言葉遣いで会話していいし、何なら理不尽な命令は突っぱねることもできる。全てのガーデンが認めている共通事項だ」

 

「ああ…そんな決まりもありましたわね」

 

「対等じゃなかったこともあるの、吉春さん?」

 

 梨璃の問いかけに、彼は少し難しい顔をした。

 

「……昔の話だが、少々凄惨な事件があってな…。あまり語るものではない。それはそうと、二川嬢。先程は装備のことで何か聞きたそうにしていたが…」

 

「え!いいんですか?!」

 

 二水の顔がぱっと明るくなった。メモ帳とペンを取り出し、取材の体勢に入る。

 

「で…では…!吉春さん、貴方の装備はカタフラクトの3Cシリーズ…だということはわかったんですが、どうしても3桁の型番号が絞り込めなくて…。よければ教えてください!」

 

「…273だ」

 

「273!!最も多くの騎士たちが纏う名機じゃないですか!!抜群の汎用性と拡張性を誇り、バリエーションも多岐に渡る高機能アーマー!貴方のは…背中、脚部のスラスタとウェポンラックから察するに高機動戦特化のサムライタイプですね!実物をこんなに近くで…!」

 

「大量生産された結果の余り物なんだがな…。ちなみに隊長は3C048だ」

 

「048!比較的前期のモデルながら圧倒的耐久力とパワーを兼ね備え、速度も申し分ない重装甲高トルク機!最前線に立つ隊長さんに相応しいです!」

 

「戦闘時には大剣を振り回しておられるよ」

 

「わあ〜〜!ぜひ見たいです!」

 

「こちらを見学する機会もいずれあろうし、そのときにでも…」

 

「はい!」

 

「はぁ…。ついて行けませんわね…」

 

 などと会話していると、4人は講堂の前に到着していた。

 

「あれ…?」

 

 講堂前のスペースには何やら人集りができている。

 

「んん…?(けい)!」

 

 吉春が声をかけたのは、たまたま近くで険しい顔をしていた黒鉄嵐の隊員、御業(ごぎょう)(けい)

 

「人波は落ち着いたと聞いていたが…?」

 

「……あいつ」

 

「……あ」

 

 彼が顎で示した方には、猫耳のような髪飾りのリリィがチャームを背に、長い黒髪の上級生と思しきリリィに向き合っていた。

 

「中等部以来、お久しぶりです。夢結(ゆゆ)様」

 

「何かご用ですか?遠藤(えんどう)さん」

 

亜羅椰(あらや)、と呼んでいただけませんか?そして入学のお祝いに、チャームを交えていただきたいんです」

 

 会話を聞いていた吉春の顔も険しくなる。

 

「隊長たちは何を…!」

 

「さっきラボから連絡を受けてな、急ぎ足でそっちに行っちまった。んで入れ違いに……」

 

「…そういうことか」

 

 一方、梨璃たちも…。

 

「何ですか、あれ?」

 

「大方、血の気の多いリリィが上級生に絡んでいるんですわ」

 

「そんな…リリィ同士でチャームを向け合うなんて…!」

 

「リリィと言ったって、所詮は16、7の小娘ですから。……あら、あれは…!」

 

 時を同じくして、吉春は右肩の槍に手をかける。

 

「入学式から早速出番か…?俺たち憲兵隊が…!」

 

「頼むぜ。あのチャーム相手じゃ、俺は丸腰同然だ」

 

「よし……っ?!」

 

 

白井(しらい)夢結(ゆゆ)様ですわ!ご機嫌よう梨璃さん!お退きなさい七須名さん!」

 

 

 突如、気合いを入れた吉春を押し退け、楓が上級生…夢結の方に向かっていく。

 

「ふむふむ…。あちらの方は遠藤亜羅椰さん!中等部時代からその名を馳せる実力派で、もう一方のお方は、どのレギオンにも属さない孤高のリリィ、白井夢結様!」

 

 二水は更に分析を続ける。

 

「さっきの様子だと、ヌーベルさん…夢結様とシュッツエンゲルの契りでも結ぶつもりかも、ですね」

 

「シュッツエンゲルかぁ。二水さんにもそういう憧れのお方はいるの?」

 

「私みたいな補欠合格のへっぽこが、シュッツエンゲルなんて…」

 

「あはは……。気にすることないよ。補欠なら私だって…」

 

「あ、知ってますよ一柳さん」

 

「……梨璃でいいよ?」

 

 吉春と慶の方では…。

 

「何するつもりだ、ヌーベル嬢まで…。?隊長から通信?」

 

「んだよこんなときに…!」

 

 2人は通信機を起動して紀行からの連絡を受ける。

 

 時を同じくして…。

 

 亜羅椰はチャームを完全に起動して構えていた。背負っていた片刃の大剣が、長い柄の戦斧に変形している。

 彼女に対する夢結もまた、どこか喧嘩腰である。

 と、そこへ…。

 

「はーい、そこ!お待ちになって!」

 

 楓が割って入った。

 

「わたくしを差し置いて勝手なこと、なさらないでくださいます?」

 

「何、貴女…」

 

 亜羅椰からの視線も気にせず、楓は夢結に恭しく一礼。

 

「お目にかかり光栄です。私、楓・J・ヌーベルと申します。夢結様にはいずれ私のシュッツエンゲルになっていただきたいと存じております」

 

「………」

 

 無言の夢結。対して亜羅椰は不満そうな顔をしている。

 

「しゃしゃり出て来て何のつもり?それとも、夢結様の前座と言うわけ?」

 

「上等……ですわ!」

 

 その発言を挑発と受け取った楓もケースからチャームを取り出す…と。

 

 

「だ、ダメだよ!楓さんまで!」

 

「っ!」

 

 楓の腕は梨璃に掴まれて止められていた。

 

「!?」

 

「………」

 

 亜羅椰も驚くが、夢結はなおも静観に徹する。

 

 

「あ、あれ?梨璃さんいつの間に!?」

 

 驚く二水の頭上から、髪の束とともに独特な口調の言葉が降ってきた。

 

「なかなかにすばしこいやつじゃの」

 

「じゃの!?」

 

 声のした方を見上げると、ボリューム満点の銀髪をツインテールにした小柄なリリィが、巨大なチャームのケースの上から様子を見ていた。

 

「じゃが、一歩間違えば斬られかねんぞ。にしても……」

 

(ミリアム・ヒルデガルド・V(ふぉん)・グロピウス!!)

 

 彼女の正体をあっさり看破した二水。そうとは知らないミリアムは、通信機相手に何やら言っている黒鉄嵐の2人に視線を移す。

 

「この事態に何やっとるんじゃ、黒鉄嵐のやつら……」

 

 その2人…吉春と慶は楓が夢結への自己紹介をしていた頃からずっと……

 

 

「だぁから!何なんだって言ってんだろが!」

 

『……るい…!きゃ…のヒュ……げた…!……で、たいお……!』

 

「隊長?!隊長ーー!!もしもーし!!」

 

『で………いんじゃ……も…とかい…まか…』

 

「真島嬢?!いるのか?!今何と……」

 

『あー……れて……お……ンか…』

 

「くっ!繋がりゃしねぇ!何なんだよ!」

 

 

 こんな調子である。

 

 終いには…。

 

「ああっ!?」

 

「切りやがったな!!」

 

 通信が途絶えた。

 

「何やっとるんじゃ、黒鉄嵐のやつら……」

 

 ミリアムが呟いた直後……。

 

 

 

ゴォォォォォォン…ゴォォォォォォン…ゴォォォォォォン…

 

 

 突如、不気味な鐘の音が学院内に響き渡った。

 

「ッチ!こいつぁ…」

 

「ヒュージのアラートか!……ん?」

 

「あ…?」

 

 途切れ途切れであり、遂には完全に切れた隊長たちからの通信。そしてあまりにもタイミングがいいヒュージの警報。

 

 そして最近、黒鉄嵐が参加した任務。

 

 慶と吉春の中で、全く同じ仮説が浮上する。

 

 

「「まさか…!」」

 

 2人の声が重なった瞬間、困惑している梨璃たちの方にもう1人、上級生のリリィが現れた。

 

「何をなさっているのですか!?あなた達!」

 

 茶色のロングヘアをゆるく結わえた3年生…出江(いずえ)史房(しのぶ)である。

 

「遊んでいる場合ではありません!先程、校内の研究施設から生体標本のヒュージが逃走したと報告がありました。出動可能な皆さんには捕獲に協力していただきます!」

 

 

「ちっ!!」

 

「やはりかっ!!」

 

 輪をかけて顔を険しくする慶。吉春は頭を抱えて天を仰ぐ。

 

「……わかりました」

 

 一方の夢結は史房からの指示に冷淡に従うが…。

 

「待ちなさい。夢結さん、単独行動は禁じます」

 

「何故です?」

 

「このヒュージは、周囲の環境に擬態するとの報告があります。必ず2人以上で行動してください。それから…」

 

「「はっ!」」

 

 黒鉄嵐の方に視線が向く。吉春と慶は騎士らしく史房の前に跪いた。

 

「……貴方方とは一蓮托生。協力を頼みます」

 

「「了解!!」」

 

「それでは……貴女。夢結さんと一緒に行きなさい」

 

「えっ…あ、はい!」

 

 史房に同行者として指名された楓は嬉しそうである。

 

「それからすぐに動ける貴方も。貴方は彼女を連れて行ってください」

 

「はっ!」

 

 続いて指名されたのは吉春。慶は駄々をこねる亜羅椰を捜索に押し出す手伝いをすることになった。

 

「では直ちに…」

 

 立とうとする吉春を、夢結が制止するように睨め付けた。

 

「必要ありません。足手纏いですし、騎士は信用しません」

 

「っ…」

 

 一瞬、彼は悔しさを顔に滲ませる。だが…。

 

「……貴女には、足手纏いも騎士も必要でしょう…?」

 

「……」

 

 史房からの問いかけに沈黙で答えた夢結。それを肯定と受け取った吉春が立ち上がる。

 

「二川嬢、悪いがこれを預かっていてくれ」

 

「え…?!」

 

 手にしていた騎士団のタブレット端末を偶々見つけた二水に押し付け、夢結たちの方へ。

 

 一方、後ろでは…。

 

「私の勝負〜〜!!」

 

「イテッ!こら、暴れんな!」

 

「行くよー亜羅椰」

 

「ちょっと!全然戦ってないじゃな~い〜!!」

 

 亜羅椰は緑髪の1年生である田中(たなか)(いち)と、慶にも捕まえられ連行されて行った。

 

 史房が次の指示を出す。

 

「実戦経験のないものは体育館へ……!」

 

 だが、梨璃は夢結たち3人の方へと向かう。

 

「わ、私もお供します!」

 

「む?!」

 

「何ですってぇ!?」

 

「お役に立ちたいんです!」

 

「「………」」

 

 楓と吉春はただ目を合わせ…次いで夢結を見る。彼女の判断に任せるつもりだ。

 

「……いらっしゃい」

 

 先程、彼女が楓の間合いに入ったのは一瞬。そのスピードと的確さ故の判断であった。

 一言だけ言うと、夢結はスタスタと歩き出す。それを楓と梨璃が追うことになる。吉春は気付けば先頭にいた。

 

「ああ、お待ちになってください!」

 

 追いながら、何か思いを込めて話しかける梨璃。

 

「あ、あの…私、一柳梨璃っていいます…!」

 

「………」

 

 それにも無反応で進む夢結。楓は威嚇するように梨璃に歯を見せた。

 2人を見た彼女は足を止め、ある記憶を思い出す。すると…。

 

「何してる」

 

 先頭の吉春が声をかける。その言葉で、はっとした彼女はまた2人に追いついた。

 

 吉春は、背後から時折感じられる冷たい気配を気にかけていた。

 

(俺たちを信用しない…。まあ、そういうリリィも中にはいるだろう。白井嬢の話も聞いている。だが…それでも……!)

 

 

 彼は思い出す。

 

 

 巨大な武器を手に、もっと、もっと巨大な敵に笑顔で立ち向かっていった少女たちの姿。

 

 そして、“最大の恩人”がくれた魔法の言葉。

 

(俺は…!!)

 

 右手を肩の槍に伸ばして握る。戦う意思を感知した鎧はウェポンラックのロックを解除した。

 肩から槍を外し、担ぎ直す。

 

 

(リリィのために“骨を折る”と決めている!!)

 

 

 

 空は晴れ。春が訪れた旧市街地は新緑麗しい芽吹きの季節。

 

 今、逃げ出したヒュージの追跡任務が幕を開けた。

 

 

 




 エレンスゲと神庭にフォーカスできるのはいつになるやら……。


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第2話 煙に巻かれて


 アニメシーンの独自解釈があります。


 

 梨璃、夢結、楓、吉春の4人は、学院近くの旧市街地を通り、逃げたヒュージを探していた。

 

 そんな中、楓は恨めしそうに梨璃を見ている。

 

(七須名さんだけなら適当なタイミングで別行動を提案すればよかったのですわ。しかし……梨璃さんが…!)

 

「梨璃さんさえいなければ、夢結様と2人きりなのに…梨璃さんさえいなければ……!」

 

 そんなことはつゆ知らず。梨璃は荒れ果てた街の景色を見渡した。

 

「すごい…。これ、ヒュージと戦った跡ですか?」

 

「学院自体が海から襲来するヒュージを積極的に誘引し、地形を利用した天然の要害となることで周囲の市街地に被害が及ぶことを防いでいるんですわ」

 

「弓形の海岸線を使って、引き込まれてきたヒュージを袋叩きにするのが俺たちや君たちの仕事だ」

 

「…なるほど…」

 

 

 それからしばらく進むと、深い塹壕のような道に入る。

 歩きっぱなしであるためか、楓は愚痴を溢した。

 

「はぁ……。何なんですの、この道は…」

 

「切り通しといって、1000年ほど前に作られた通路よ」

 

「はあ…。歴史の勉強になりますわね」

 

 更に進み、空き地で小休止。槍と、左肩に装備した柄の長い長剣を点検する吉春の横に楓も座り込んだ。

 

「ふぅ…入学式の前からくたびれ果てましたわ……」

 

「安心してくれ、ヌーベル嬢」

 

 武器の点検を終えた彼が立ち上がり、少し先まで歩き出す。

 

「七須名さん?」

 

「ヒュージを捕らえて運ぶときには、黒鉄嵐の乗り物を使う。つまり帰りは楽だ」

 

「気休めご苦労様ですわ。わたくしたちが見つけられなければ歩いて帰ることになりますでしょう?」

 

「む……。確かにな…」

 

「全くもう…」

 

 

 風が吹き、周りで萌え始めた木々の葉がざわざわと音を立てる。

 目に入るのは、ただその光景だけ。

 

「何にも出ませんね…」

 

 梨璃が呟く。

 

「もうちょっと奥まで行きますか?」

 

「ん?まあな」

 

「本当にこの辺りにはいないのでは……何ですの?」

 

 突然、吉春が空いた左手を伸ばして3人に「待て」と言うような仕草をする。

 目を閉じ、そして……。

 

 

(開け……『ホルスの(まなこ)』)

 

 

 ドクン……

 

 

 彼の背中にある赤く光る結晶体が、短く、僅かにその強さを増す。

 目を開き、左手の崖を見つめた。

 

(……一柳嬢、チャームが“留守”だな。だが、今はそれより…)

 

 

「……隠れるな、出てこい!」

 

 

 言い終わると同時に、額のフェイスガードを顔に下す。彼の顔は鬼へと変わり、目の位置でセンサーが黄色の光を放った。

 すると、彼の声に応えるように、崖の表面にヒュージの姿が浮き上がる。周りの景色と同化していたのだ。

 

 この地域によく出現する、角の生えた球体型。三日月のような形の3本の脚を崖に開いた穴に引っ掛けて、3つの目でこちらを睨んでいる。

 

「うわっ!ほ、本当に出た!」

 

「何を呼んでますの!」

 

 叫びながらチャームを取り出す楓。金属の円環内部に柄があり、その先に長い刃が付いたジャマダハルを思わせる形の剣を抜く。

 

「奴はこちらに気づいていた!来るぞ!」

 

 ヒュージは鋭い足を崖に突き立て、壁を走る昆虫のように動き、梨璃目掛けて落下する。

 

「っ!お退きなさい梨璃さん!!」

 

 梨璃は自分のチャームに手をかけるが、しかし。

 

「う、動かない?!」

 

「?」

 

 楓は梨璃の動きに一瞬気を取られてしまう。

 

「……っ!」

 

「スゥ……」

 

 この事態にまず動いたのは夢結。梨璃をかかえて攻撃を躱す。次いで動くのは吉春。楓の前に立ち、息を吸いながらヒュージに向けて槍を構え……

 

 

「イィヤッ!!」

 

 

 掛け声と同時に突き出す。そのとき、背中の結晶体から血の色をした稲妻が迸った。それは肩、腕を通って槍まで達する。

 そして槍の上で弾け飛び、その刃が瞬く間に光を放つ。

 溶鉱炉の鉄のようなオレンジの光。

 

 ヒュージは灼熱の槍の突きを後退で躱し、吉春の背後から放たれた楓の銃撃を受けると崖を崩す。

 

「おっと…!」

 

「一旦退きますわ!」

 

「そうだな!」

 

 

 土煙が舞う中、4人は切り通しの上に架かっている橋の下へ移動した。

 

「コマンダー、こちら七須名。標的を発見したが逃げられた。位置情報を送り対応を乞う……」

 

 吉春が学院に報告する一方、楓は梨璃を崖に追い詰める。

 

「うぅっ?!」

 

「貴女、チャームも使えないで一体何をなさるおつもりでしたの?!」

 

「ごめんなさい……私…」

 

「…通信終わり。もう止せ、ヌーベル嬢。過ぎたことだ」

 

「しかし…!」

 

「一柳さんをそこまでの初心者と見抜けなかった私の責任ですから」

 

 夢結の言葉に俯く楓。

 

「それは…。だからって、自重すべきでしょう、貴女は…」

 

「はぁ…」

 

 吉春は腰に付けていた小箱を外して梨璃に渡そうとする。

 

「?…何ですか?」

 

「さっき怪我をしただろう?こちらにも落ち度はあった以上、お詫びはしておかなくては…」

 

 梨璃の右腕には切り傷があり、指輪を嵌めた中指の先まで血が流れている。先程のヒュージの攻撃が掠っていたのだ。

 

 吉春の手にあるそれを、夢結が横から取って開いた。

 

「…応急セット…。いえ、今はまだいいわ」

 

「と言うと?」

 

「……2人とも、少しの間周囲の警戒をお願いします」

 

「え?」

 

「了解した」

 

「は、はい…」

 

 吉春と楓がこの場を離れ、夢結は梨璃に向き合う。

 

「まだチャームとの契約を済ませていないのでしょう。略式だけど、今してしまいます」

 

「はい…」

 

 夢結は梨璃を背後から支え、チャームを持つ彼女の手に自分の手を添えた。

 

「痛むでしょう…」

 

「いえ…大丈夫です……。夢結様、私の血が…」

 

 梨璃の腕からの血が腕をつたって指輪へと流れる。

 

「それでいいの。略式ということになっているけれど、これが本来の形なの」

 

 チャームの心臓部……金属の輪に嵌め込まれたオレンジ色の結晶体が淡い光を放ち始めた。

 

「指輪を通じて、貴女のマギがチャームに流れ込んでいるわ」

 

「マギが…。そう言えば、吉春さんの背中にあった、これと似たような物は……?」

 

 

「……あれはヒュージよ」

 

 

「え?!それってどういう…」

 

「……今はこちらに集中して」

 

 

 

 その頃、楓と吉春は背中合わせの位置に立って警戒していた。

 刃を開き、弓矢のような形になったチャームを手にしている楓から話しかける。

 

「先程報告しておられましたが、学院の方からは何か?」

 

「『カサドール』の機動隊を向かわせてくれると。ただ、遠くまで標的を探しに行っていたそうで、こちらに着くのはいつになるやららしい」

 

「……不安そうですわね?」

 

「ああ。胸騒ぎがしてな…」

 

「相手はただ1体の小型ヒュージですわ。何を恐れますの?」

 

「…奴はどこか妙だ。まず、俺たちに奇襲を仕掛けるために待ち伏せしていた。普段の同型なら、人間を見つければ即攻撃してくる」

 

「偶々ではなくて?」

 

「そうかもな。だが、違和感が強くなったのはさっき……俺の槍を躱された時だ。あの瞬間、奴は確かに俺の手を読んでいた。前に俺たちと戦ったことをしっかり覚えている」

 

「………」

 

「それにすぐに追って来ない。引き際…戦術的撤退を心得ていると見える」

 

「……結局何が言いたいんですの?」

 

「奴は他と一味違うということだ。用心深く頭がキレる。何を仕掛けてくるか、予想はつかない物と思ってくれ……っ!」

 

「そうですわね…。っ!!来ましたわ!!」

 

 角の生えた球体が上空からすっ飛んでくる。地面に近づくと装甲の隙間から足を生やし、着地しながら楓に襲いかかった。

 

 

『□□□□□□□!』

 

 

「っ!」

 

「ヤッ!」

 

 彼女が剣に戻したチャームで受け止めた足の付け根に、灼熱の槍で突きを見舞う吉春。しかし。

 

「なっ!」

 

「おっと!」

 

 ヒュージは足を細分化し、先端に刃が付いた触手を放って攻撃する。

 

「息を合わせなさい!」

 

「心得えた!」

 

 弾かれつつ距離を取る楓は再びチャームを変形。上方からヒュージに連続射撃を浴びせつつ、その隙を吉春が突く。

 

「ィヤァァァァァッ!!」

 

 槍の中ほどを両手で持ち、棒術の要領で振り回して槍の両端にある灼熱の刃で何本かの触手を斬り落とす。

 

 楓が着地し、挟み撃ちの形になると、ヒュージは煙を吐き出しながら跳ね上がった。辺りに煙幕が満ちる。

 

「ぐっ!」

 

「ガス?!」

 

「大丈夫、ただの目眩しよ」

 

 冷静な夢結。

 対して梨璃は、頭を押さえた吉春に声を掛ける。

 

「大丈夫ですか?!」

 

「あ…っああ。正しく目が眩んだだけだ。しかし、これは…!」

 

 ヒュージは煙の中に逃げた。楓もその後を追う。

 

「これじゃ、わたくしのカッコいいところを夢結様にお見せできないんですってば!」

 

 彼女の様子を見ていた吉春は、はっとして声を上げる。

 

「………!!まさか!?戻って来いヌーベル嬢!!これは罠だ!!」

 

「上等ですわーー!!」

 

 煙の向こうから彼女の声だけが響く。

 

 ドクン……

 

 吉春の背中の結晶体がまた光を強める。

 

「っ…」

 

 すると、フェイスガードの下で彼の瞳も同じ色に輝いた。

 彼の視界は暗転し、少し離れた場所にある2人分のマギが“視え始める”。顔は向いていないが、視えるのだ。

 その不思議な光景にはノイズがかかっていた。

 

(一柳嬢のチャームはまだか…!それに奴のマギも、ヌーベル嬢のマギも“視えない”!この煙幕…俺の『スキル』を…!)

 

 吉春は会話している夢結と梨璃の方へ走る。再び槍の刃を赤熱化させ、2人に近づいていく。

 

「白井嬢!一柳嬢!場所を変えるんだ!!」

 

「何が……っ!」

 

 彼よりも少し速く、煙から飛び出したヒュージが梨璃たちへ迫る。

 夢結は咄嗟にチャームを構え……

 

「止せっ…」

 

 

「待ってください!」

 

 

 梨璃が夢結の腕を押さえた。それと同時にヒュージが跳躍。背後から……

 

 猛烈に加速した楓が飛び出してきた。

 

「「?!」」

 

 

 驚愕する夢結と楓。楓のチャームの刃が、夢結と梨璃へ向かう…その間に。

 

 

Break a leg…!

 

 

 

 カキン

 

 

 吉春が割って入り、楓の突撃を槍でいなす。そのまま身を捩り、背後に立ったヒュージ目掛けて……

 

「ィヤッ!!」

 

 灼熱の槍を投擲。楓から受け取っていた全運動エネルギーも加わり、赤い稲妻を伴ったそれは文字通り雷のごとく、振り向いたヒュージの目の上に突き刺さる。

 

 

『□□□□□□!?』

 

 

 ヒュージは悲鳴を上げ、再び姿を消した。

 

「当たった…が浅いか…」

 

(先程の動き…伊達や酔狂では不可能ですわ…。七須名さん…貴方は一体、どんな訓練をどれほど…?それに、「足を折れ」とは…何ですの?)

 

 槍に触れた瞬間にはほとんど速度をゼロにされていた楓。驚きの様相で吉春を見ていた。

 

 

 再び移動し、煙のない場所まで来た。

 吉春が先程と同様に学院に報告している横で、楓は謝罪を口にする。

 

「申し訳ありません、夢結様…」

 

「あのヒュージ、私たちの相打ちを狙ったわ」

 

「まさか。ヒュージがそんな知恵を?」

 

「残念ながら事実だ、ヌーベル嬢」

 

「七須名さん…?」

 

「待ち伏せして不意打ち。その後煙幕で撹乱し、誘導して罠に嵌める。俺たちが奴を捕獲したときの作戦だ。それを奴は自分で再現してくれた。君たち3人を惨殺処刑するためのアレンジまで加えてな」

 

「今回は罠ではなく、その場所に夢結様と梨璃さんが…」

 

「一柳さんにお礼を言うべきね。一柳さんが私を止めなかったら貴女、今頃真っ二つになっていたところよ」

 

「貴女、眼はいいのね」

 

「あはは…。田舎者なもんで、視力には自信あります」

 

「そういう意味では…」

 

「あ、吉春さん!さっきは助けてくれてありがとう!」

 

「務めを果たしただけだ。君の視力を俺にも分けてもらえれば嬉しかったが…」

 

「視力?」

 

「ああ。俺にはマギの存在と流れを視覚化するスキルがある。…が、さっきの奴の煙はそれを邪魔する作用があった。どうやら相当嫌われているらしい」

 

「あ、さっきの『目が眩んだ』って……」

 

「それで、どうしますの?」

 

「学院からは捕獲は諦めて撃破に切り替えよとの指示が出た。戦術を変えなければ、捕獲を前提とした俺たちの動きでは奴に逃げられる可能性が高いからな」

 

「では追いましょう。先程七須名さんが手傷を負わせたので、流れ出たヒュージの体液を辿って追跡できますわ!」

 

「……そうね」

 

 が、すぐさまその必要がなくなる。

 

 辺りに突如、またもや煙が立ち込めた。

 

「わっ!何?!」

 

「奴か!!」

 

 吉春はすぐさま左肩の長剣を抜いて構える。と、煙の中から例のヒュージが飛び出した。そして鋭い刃が付いた触手を射出し……

 

「……っ!」

 

「ぐおっ!?」

 

 吉春を弾き飛ばし、刃を受け止めた夢結を上に押し上げる。

 

「夢結様!吉春さん!」

 

 空中に放られた夢結は触手の束に捕まってしまう。

 

 その時。

 

 

「……!」

 

 梨璃のチャームにある結晶体の表面に、ルーンが重なった光の筋が浮き上がる。

 

 そしてチャームは形を変える。今までライフルのような形をしていたそれは、折り畳まれていた刃を展開し……

 

「わっ…!」

 

 柄がやや短い片刃の大剣となった。

 

「!」

 

 その光景を見た楓。彼女たちの後ろには、真っ赤に焼けた長剣の上で血色の稲妻を瞬かせる吉春がいる。

 

「白井嬢は任せろ!君たちは……!」

 

 彼が指差したのは、ヒュージの額に刺さったままの槍。

 

 楓は頷くと、チャームを構える梨璃に問う。

 

「一撃でしてよ。そのくらいできまして?」

 

「う…うん!」

 

 梨璃と楓は突撃、吉春は斬撃の構えを取り……

 

「「やああああああ!!!」」

「イヤアアアアッ!!」

 

 一度に飛びかかる。マギ放出によって加速する2人に、彼は背と脚のスラスターからのエネルギー噴射でタイミングを合わせた。

 ヒュージにとっては、前の2人か後ろの1人か…どちらに夢結を叩きつければいいか迷っている間の出来事だった。

 

 稲妻を纏った灼熱の剣が扇状の弧を描き触手を焼き斬る。同時に2人の攻撃が、槍が刺さった場所に過たず命中。

 僅かな傷口は、その衝撃でもって蜘蛛の巣状のひび割れとなり…ヒュージの顔面を崩壊させる。

 

『□□□□□□□□□!!!』

 

 ヒュージは脇を駆け抜けた2人に、斬り裂かれたものとは違う触手を繰り出そうとする。

 

 が、勝負は着いていた。

 

 拘束から開放された夢結はチャームを振り下ろし、崩れたヒュージの顔に四角い刃でもって最後の一撃を加える。

 ひび割れはヒュージの背中まで達し、その体を割り砕いた。

 

『□□□□□□□□□……!!』

 

 青い体液と共に撒き散らされる断末魔。

 

「よし、これで……?!不味い!!」

 

 ヒュージは倒れたが、その余波もまた大きかった。

 

 亡骸が衝突して切り通しの崖が崩れ、楓の頭上から岩が落ちる。

 

「楓さん!!」

 

「え……きゃあ?!」

 

 梨璃は咄嗟に彼女を崖の穴に突き飛ばした。直後、その穴が岩で塞がり……

 

「梨璃!」

 

「あっ…?!」

 

 岩だけでなく、飛び散ったヒュージの体液も降ってくる。それから梨璃を庇うように、夢結が彼女に被さった。

 

 

 が、2人にはさほど体液が付いていない。

 

 

「大丈夫か?」

 

 

「…っ」

 

「吉春さん!」

 

 夢結の更に上から、2人を覆う形で吉春がしゃがみ込んでいたのだ。体液の大部分は彼が背中で受け止めている。

 開かれたフェイスガードの下には、涼しい顔があった。

 

「…何故?そんなことをしても、私が貴方たちを信用しないことに変わりはないわ」

 

「それはさっき聞いた。こちらも、さっき言ったことをもう一度言わせてもらうが……」

 

 立ち上がった彼はヒュージの残骸に向かい、剣を肩のウェポンラックに収めて槍を拾い上げる。

 

「務めを果たしただけだ。君がどう思おうが、俺は役割を遂行する。さ、そこを退いてくれ。ヌーベル嬢を引っ張り出す」

 

「……」

 

 2人が岩から離れると、吉春は槍を穴の入り口と岩の隙間に差し込み……

 

「わっ…しょい…!!」

 

 力を込め、テコの要領で岩をずらす…と、隙間からは無事な姿の楓が出てきた。

 

「楓さん、大丈夫?」

 

「り…り…さん…」

 

 再び太陽の光を浴びることができた彼女。その表情は…どこか心ここに有らずといった具合だ。

 

「さてと…」

 

 

 ブロロロロロロロロロロロロ……

 

 

 吉春が槍を肩に装着し直す。時を同じくして、バイク型の乗り物が近づいて来た。

 

「迎えが来た。学院に戻るぞ」

 

 車体全体が装甲され、機関砲やミサイルが載せられた2輪のマシン2台が4人の前に停まる。

 

「何…あれ…」

 

「黒鉄嵐の機動隊の機体、『カサドール-NGC2632(ビーハイヴ・クラスタ)』。これに乗って帰る」

 

 車体の表面には、その車輪を咥えるように狼の横顔の紋章が描かれていた。

 





 アニメ第1話の敵、自分が捕まえられたときの状況を再現してるんじゃない?と思ったので。


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第3話 牙の誓い


 設定の解説がメインになるかと思います。



 

 

「助かりました、姐御」

 

 吉春はしがみついていたバイク型装甲車……カサドールの装甲から手を放し、学院の体育館前に降り立った。その中に乗っているパイロットに話しかける。

 

『気にすんじゃないよ。入学式は昼過ぎ…あの子たちの検査が終わるまで延期されてんだ。アンタもさっさと医務室行っときな』

 

 パイロットの女性隊員…小鬼田(こきた)片子(ひらこ)が彼の通信機に返答。

 

 隣に停まった2台目のカサドール…やや武装が少ない代わりに荷台が設けられた機体からは、その荷台に乗っていた楓、梨璃、夢結が降りていた。

 

「その前に、預けたものを回収しなくては…」

 

『ああ、タブレットが足りないって隊長たちが言ってたあれかい?アンタの仕業だったとはねぇ…』

 

「では、俺はこれで」

 

 体育館からはリリィたちが出てきている。吉春はその人波の中に目当ての人物を見つけた。

 

「二川嬢!」

 

「あ、吉春さん!」

 

 彼の声に振り向き駆け寄ってくる二水。その手には彼が預けた黒鉄嵐のタブレット端末があった。

 

「助かった。すまなかったな、預けっぱなしで…」

 

「いえいえ、こちらこそ!ありがとうございます!梨璃さんたちを助けた上に、こんなにネタをくださって!」

 

「いや、大したことは……何?ネタ?」

 

「はい!」

 

 ぽかんとしている吉春の前で端末を起動する二水。その上に投影された立体映像には……

 

 吉春を含めた黒鉄嵐の面々の、武器、技術、年齢、血液型などの情報に……スキルも表示されていた。

 

「リリィ新聞のコラムは、当面の間黒鉄嵐の皆さんの紹介でいけますね!第1号はやっぱり隊長さんがいいでしょうか?」

 

 吉春にはツッコミ所が多すぎる発言である。

 

「待て待て、勝手に見るなネタにするな発行するな載せるな!こちらにはネタを提供する気は何一つない!」

 

 吉春は少し強引にタブレットを取り返して映像を切る。

 

「も、もしかして私…何か機密情報を見ちゃいましたか?!」

 

「うーむ…そういうわけでもないが…。いや、君にこれを預けた俺の責任もあるか…。よし、わかった。新聞のことは今はいい。ただし……記事にするなら必ず扱いに注意して欲しい情報がある。この頼みを断ったなら…」

 

「……はい…!」

 

「君への俺たちの信頼は限りなくゼロになると思ってくれ。人としてやってはいけないこともあるからな」

 

「心得ました!それで、その情報とは…?」

 

「俺たちのスキルについてだ」

 

「あ…EXスキルですね!私もよく知らないので、どういうものか教えてください!リリィのレアスキルとは違うのでしょうか?」

 

「ああ、完全に別物だ。このスキルの名前や、能力の詳細を知られたくない隊員もいる。新聞に載せるなら、逐一確認の連絡をしてくれ……って…」

 

「ふむふむ、EXスキルはレアスキルとは全く異なる…と」

 

「……聞いていないな?」

 

 彼女は吉春が言っていたことの内、興味がある部分だけをメモ帳に記していた。

 

「では、EXスキルの詳細を、お昼をいただきながらお聴きします!」

 

「その前に、装備を外させて…ついでに検査も受けさせてもらう。見ての通り、青ざめているんでな」

 

 黒鉄嵐の格納庫の方に向かう吉春。その背中には、先程のヒュージの体液がべっとりと付いていた。

 

 カタフラクトの洗浄は技術者の莱清に任せ、宿舎で検査を受けた後に二水と合流。制服に着替え、昼食を摂りながらインタビューを受けることになった。

 

 

 

「さて……」

 

 ラウンジにて。焼き魚定食を手にテーブルに着いた吉春の前には、大盛りの牛丼と共にメモ帳を構えて待機する二水がいた。

 

「まずは確認だが、君は『EX(イーエックス)』が何の略か知っているか?」

 

「いえ…。『エクストラ』ではないんですか?」

 

「ああ。……君がリリィの観察を好むように、俺も野鳥の観察を好む。そこで、彼らが見られるのがどの程度珍しいのかをよく調べていた」

 

「なるほど…」

 

 二水はさらりと、『吉春さん、シュミ、鳥見る』とメモした。

 

「……いや、何一つ本質的な話をしていないのだが…まあいい。珍しさの指標には……。君はレッドリストという言葉を知っているか?」

 

「あ、はい。聞いたことあります。数が減っている野生生物のリストですよね」

 

「その通り。生物がどの程度危機的な状況にあるかがカテゴリー別に分けられたリストで、カテゴリーはアルファベットで表される。低い懸念であればLC、情報がなければDDなどだ」

 

 そこまで言うと、彼は皿の上で開かれていたアジの頭にかぶりついた。

 

「………あ。もしかして、EXスキルの『EX』もそのカテゴリーを表す文字なんですか?」

 

「察しがよくて助かる。EXに分類される生物は地球から姿を消している。つまりこれが表す言葉は……Extinct。『絶滅』だ」

 

「絶滅…スキル……?何の意図でそんな…」

 

「さて、どこから話したものか……」

 

 

 

 

 少し時間を置き、陽も傾き始めた頃。

 

 夢結と梨璃は、病棟に来て検疫を受けていた。ヒュージの体液の大部分は吉春がカタフラクトで受け止めていたとはいえ、念を入れておく。

 

「その傷、跡が残るわね。騎士団の応急セットは使いにくいのよ」

 

「これで今日のこと、忘れずに済みそうです」

 

 包帯の巻かれた右腕に手を当てた梨璃は、壁に投影された景色を見ている夢結と話を続ける。

 

「……夢結様、チャームを変えたんですね」

 

 彼女の記憶にある夢結は、幅の広い大剣型のチャームを手にしていた。が、今の彼女が使っているのは四角い片刃の、ライフル型のチャーム。

 

「………」

 

 夢結は黙ったまま、何も語らない。

 

「私、2年前…甲州撤退戦のとき夢結様と黒鉄嵐に助けてもらったんです」

 

 

 

 2年前のある夜。

 梨璃は友人と共にヒュージから逃げていた。

 彼女たちを逃すために、ヒュージの足止めをした2人組のリリィ……その内の1人が夢結だった。

 

「リリィの援軍に騎士たちも、すぐそこまで来ているから、お友達を連れて真っ直ぐ行きなさい」

 

「は、はい」

 

 駆け出そうとする梨璃だったが、少し立ち止まって夢結に礼を言っておくことにした。

 

「あ、あの……お気をつけて!」

 

「…ありがとう」

 

 

 

 

 優しい微笑みを返した彼女。それが、梨璃の記憶にある夢結の姿だ。

 

「騎士団の皆さんから聞いて、百合ヶ丘のリリィだってことはわかっても…それ以上のことはわからなくて……」

 

「まさか、それだけでここへ?」

 

「はい。へへ…補欠ですけど…」

 

「筋金入りの無鉄砲ね…」

 

 苦笑いする梨璃を見た夢結は呆れた様子である。

 

「こうしてすぐ夢結様に会えて……夢、叶っちゃいました。けど…夢結様、2年前にお会いしたときよりも、どこか…。あの…」

 

「?」

 

 梨璃は、気になっている点の一つを、勇気を出して聞いてみることにした。

 

「夢結様…以前は騎士団の皆さんを信頼している感じでした。それなのに…今はどうして…。吉春さんの背中にあったあれがヒュージって…そのことが関係あるんですか?」

 

「……貴女に話す気はないわ。でも、彼の装備の一部がヒュージというのは本当。どうしても気になるなら、今から来る人に聞くといいわ」

 

「え…?」

 

 

 次の瞬間、2人がいる部屋の扉が唐突に開き、眼鏡を掛けた上級生と思われるリリィが現れる。

 その横には、がっしりとした体格の青年…黒鉄嵐の隊長、紀行が立っていた。

 

 

「やあやあやあ、2人ともごっめんね〜!初めまして、私は真島百由。標本にするはずだったヒュージをうっかり逃しちゃって」

 

「……真島嬢…。はぁ……。黒鉄嵐(ヘイティエラン)隊長の函辺(はこべ)紀行(のりゆき)だ。こちらとしても面目ない。速やかに事態に対処できていれば、これほど大事にはならなかったはずだったんだが…」

 

「まさか厚さ50センチのコンクリートを破るとは思わなかったわ〜。通信ケーブルも切られたし」

 

 紀行はそうでもないが、百由の方は、言葉とは裏腹に元気はつらつ。反省の色が感じられない。

 

「迂闊なことね」

 

「予測は常に裏切られるものよ。私たちは楽な相手と戦ってるわけじゃない。そのためのリリィと牙刃の騎士団でしょ?もちろん、夢結とこの子には感謝してるのよ?『のりっぴ』もね」

 

「『この子』ではないわ、梨璃よ」

 

「夢結様…」

 

「わかってるわ。だからこうして来たんでしょ?」

 

「あのなぁ真島嬢…」

 

 紀行にジト目を向けられ、百由はその意図に気付いた。

 

「あー…この言い方がいけないのよね。反省してます、ごめんなさい!」

 

 一応頭を下げる百由だが、やはり軽薄な感じは否めなかった。

 

 

 検疫の結果、梨璃と夢結の体は問題ないとわかった。百由が去り、2人が制服に着替えて廊下に出る。

 壁には紀行が寄り掛かって待っていた。

 

「一柳嬢、話って何だ?」

 

「あの…黒鉄嵐の装備のことを教えてください。一部がヒュージだとは聞いていたんですが、それ以外は全然知らなくて…」

 

「構わないけど、気分悪くなるかも…おや?」

 

 通路の先には、梨璃たちを待っていたのか楓の姿があった。

 

「……っ!」

 

 彼女は梨璃を見つけて近づいていく。

 

「楓さん、さっきは突き飛ばしちゃって……?!」

 

「お…」

 

 楓は梨璃に目一杯近づき……

 

 抱きしめた。

 

「あの…私、梨璃だけど…?」

 

「……自分でも驚きですわ。信じていただきたいのですけど、わたくし、そんなに軽い女じゃありませんのよ」

 

 楓は少し梨璃を放し、夢結の方を見た。

 

「すみません、夢結様。わたくし、運命のお相手を見つけてしまいました」

 

「…運命の相手ねぇ…」

 

「いえ、お構いなく」

 

 夢結はこれといって気にする素振りは見せない。紀行は少し興味あり気に2人を見ていた。

 

「あの…そんな…ええ…?」

 

「例え隊長さんでも、梨璃さんは絶対に渡しませんわ…!」

 

 困惑する梨璃の横で、楓は何故か紀行を睨んでいた。

 

「別にいいよ…。恋人ならいるしな。……それより、一柳嬢に装備の説明を。歩きながら話そう」

 

 

 4人は講堂に向かって歩き始めた。

 

「牙刃の騎士団の装備は、基本的にヒュージの心臓部を特殊な術式で作り替えて封じ込めた炉……H(ヒュージ)M(マギ)R(リアクター)が動力源。俺たちの体に流れるマギはヒュージのものと性質が同じ…『負のマギ』ってやつなんだ」

 

「え…人の体にそんなのを流して…大丈夫なんですか?」

 

「普通は大丈夫じゃない。けど、負のマギに耐性のある人間もいる。それが俺たち。生まれつき耐性があったり、後天的に付与されたり……」

 

「後天的に…?」

 

 と、楓が会話に割って入る。

 

「オホン!その辺りの暗い話は今は不要ですわ!」

 

「…ああ、そうだな。…それで、負のマギを受け入れると、俺たちはスキルを得る。リリィには絶対に入手できない……EX(絶滅)スキルを」

 

「絶滅…」

 

「リリィのレアスキルと相乗効果を生むものではありませんから。滅ぼすべき相手と同じ力を手にした結果、目覚めるスキルという皮肉も込められているのですわ」

 

「まあ、役割や効果がレアスキルと似てるものもあるが…。とにかく、俺たちの能力は後付けなんだ。好きな装備を選べる反面、普段はただの人間っていうのがリリィとの最大の違いかな」

 

「確か、全てのEXスキルには共通して、再生に関する機能が付属しておりましたわね。それに特化したものもあるとか…」

 

「ああ、言い忘れてた」

 

「なるほど…。楓さんも詳しいんだね」

 

「当然ですわ!」

 

 梨璃に褒められたのが嬉しいのか、楓は鼻を高くする。

 

 

 しばらく歩いて、梨璃たちは講堂の前に着く。

 

「入学式、もう終わっちゃいましたね…」

 

「………」

 

 梨璃の後ろには、相変わらず黙り込んでいる夢結がいる。

 

「誰もいま………いたーーー!!」

 

 ダメ元で扉を開ける梨璃。しかし講堂の中は彼女の予想に反して満員であった。

 

「入学式はこれからですよ〜!」

 

「二水ちゃん!」

 

 出入り口の近くで、楓と梨璃を出迎える二水がいた。

 

「では、俺はこれで」

 

「あ、はい。ありがとうございました」

 

 胸に手を当てて礼をした紀行は、黒鉄嵐が集まっている場所へ向かった。

 

「今日1番の功労者のためにって、理事長代行が時間をずらしてくれてたんです!」

 

「お、有名人。初陣でチャームと契約して、ヒュージを倒すとはやりおる」

 

 近場に来ていたミリアムも声をかけてくる。

 

「私は足を引っ張っただけですよ…」

 

「そんなことありません!梨璃さんはご立派でしたわ!」

 

「ふむ、これにもそう書いてあるがの」

 

 ミリアムは手にしていた紙を広げて梨璃に見せる。

 

「何です、それ?」

 

「私が刷りました!週刊リリィ新聞号外です!」

 

 二水が自慢気に語るその新聞では、今日の一連の騒動が梨璃を主役に報道されていた。

 

「でも、何でヌーベルさんと腕組んでるんですか?」

 

「これには深〜〜い訳がありますの」

 

 幸せそうな楓。一方、梨璃は在校生の席に彼女の姿を探す。しかし…。

 

「あれ、夢結様……?」

 

 見つけられなかった。

 

 

 式は問題なく淑やかに進み、そして彼らの出番が訪れる。

 

『それでは、牙刃の騎士団、黒鉄嵐の皆様に、新入生へ“牙の誓い”を唱えていただきます。黒鉄嵐、起立』

 

 司会の言葉に従って、総勢30人ほどの黒い服の一団が立ち上がる。

 二水は「はあ〜!この耳で生で聴けるなんて!」と興奮気味だった。

 

 隊長の紀行が壇上に立ち、マイクに向かう。

 

『それでは…今日、このよき日に入学された皆様に忠誠の誓いを。黒鉄嵐、共に唱えよ!』

 

「「はっ!!」」

 

 声を揃えて返答し、吉春を含めた隊員たちが右手を左胸に当てて背筋を伸ばす。

 

 

 ――我ら志ある者なり、故に蔑むことなかれ。我ら牙ある者なり、故に嗤うことなかれ。我ら傷ある者なり、故に驕ることなかれ。我ら祷ある者なり、故に怨むことなかれ。――

 

 

  力強く唱えられるのは、牙刃の騎士団としての生き様。

 

 

――あゝ響け、獣の嘶きよ。我ら大いなる縄張りをここに。手繰る鎖を華の手に。――

 

  それは、リリィと共に戦う意思の表明。

 

 

――我ら野を駆け、山を越え、天を舞い、海を渡る者。各々の逆境にあって牙を研ぐ者。生命(いのち)の守護者の刃なり。――

 

 

  ヒュージに奪われた場所を取り戻す決意。そのために……。

 

 

――君よ、いざ命ぜられよ。しからば我ら全うせん。――

 

 

  リリィの命令に従うことを約束し、誓いの言葉が締め括られた。

 

 

 

 

 すっかり陽も沈んだ頃。

 夢結は暗い自室の机から外を見ていた。

 彼女の傍には、短い銀髪のリリィが立っている。

 

「見届けなくてよかったのかい?入学式」

 

「……私には関係ありませんから。彼らも、もう…」

 

「関係あるさ。夢結も慕う側から慕われる側になった訳だ。黒鉄嵐の新顔も一人前になって……月日の流れを実感するね」

 

「…からかうのは止めてください」

 

「ふふ。夢結にまだ可愛いところが残っているとわかって、僕も嬉しいよ」

 

「………」

 

 黙り込む夢結。

 窓からはただ、青白い月明かりが入るばかり……。

 

 

 





 短い……。切りのいいところで区切るとこうなってしまうな…。


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第4話 巡回警備

 アニメ第2話に入ります。この話の内に、どうにかエレンスゲ編と神庭編にも出てくる共通設定を固めておきたい……。


 入学式の翌日の朝。

 黒鉄嵐(ヘイティエラン)の格納庫にある、砲塔部分に人の上半身を付けた形の4本足の戦車の上で、吉春と慶が作業していた。戦車の右腕は長大なキャノン砲であり、左腕部分には9連の箱型ミサイルポッドが付いている。

 

「悪ぃな。オーバーホールの作業だけじゃなく、試運転まで手伝わせちまってよ」

 

「何、気にするな」

 

 慶は人の胴体に当たる運転席におり、吉春は制服を着て、その正面にある脚の付け根に座る。彼の手にはタブレット端末があり、戦車との無線接続を行っていた。

 

「つってもお前、今日は仕事あったろ?」

 

「確かに見回りがあるが、校舎内以外はこれに乗って移動しながらでもできる。君を手伝いながら、俺の仕事も進むという寸法だ」

 

 起動シークエンスを進める慶は愚痴を溢す。

 

「はぁ…。本当は出撃と訓練以外いっつも司令室にこもってばっかの隊長に手伝わせるつもりだったんだがよ……今日に限って休暇申請してて朝からいやがらねぇ。何か聞いてるか?」

 

「例の彼女とデートだと言っていたな」

 

「デートだぁ?」

 

 慶は目を丸くした。

 

「ああ。今頃、鎌倉市街で楽しくやっていると思うが…」

 

「ケッ。いい身分じゃねぇかよ」

 

 吉春のタブレットから電子音が鳴り、戦車のシステムと繋がった。

 

「そう僻むな。『彼女たち』に慕われている証拠だ。それに君にだってチャンスはある。昨日の一件でアールヴヘイムに気に入られたのだろう?」

 

「止せや。連中はただ足が欲しいだけだっての」

 

「どうだかな。こちらは準備完了だ」

 

「おう、こっちも…出せるな。コックピット閉じるぞ」

 

 上方向に持ち上げられていた金属パネルが音を立てて閉じていき、最後に慶の肩から上にヘルメットの機能を備えた装甲が降りてくる。非対称の顔に取り付けられた3つの視覚センサーが黄色の光を放った。

 

『リアクター3基、相互接続完了……同調をかける』

 

 背中に収められた動力炉には、3基のH(ヒュージ)M(マギ)R(リアクター)がある。相互接続では、出力は単純に3倍だが……。

 

『出力増加』

 

「こちらも確認した」

 

 同調させると、そのパワーが3倍を大幅に上回った。

 

「動力系統…異常なし」

 

『その他、各部異常…現状はなしだ』

 

 戦車のスピーカーから聞こえる慶の声を聞きながら、吉春もタブレットを操作。投影された立体映像の戦車を見る。

 

「では、シャッターを開ける」

 

 投影されたボタンを押すと、牙刃の騎士団の紋章が描かれた格納庫の巨大なシャッターがカタカタと持ち上がり始めた。

 やがて春の風が吹く晴天と対面する。

 

『クリバノフォロス-Cen(ケンタウルス)A(アーチェリー)。御業慶、試運転に出る』

 

 ヒト型4輪戦車は、朝陽を浴びながら格納庫を出発。学院の中へと進んでいく。

 

 

 

 しばらくして校舎の近くまで来た。

 

「快調のようだな」

 

『まぁ莱清(らいしん)の整備の腕ならこんなもん必要ねぇと思……おい!!』

 

  ギギィッ

 

「?!」

 

 突如急ブレーキを掛けて声を荒げた慶に驚き、吉春の肩が跳ね上がった。

 

『ウロチョロすんじゃねぇ!!轢かれてぇのかテメェ!!どうかしてんぞ!!』

 

「わああっ!?ご、ごめんなさいぃい!!」

 

「ん?!」

 

 何やら聞き覚えのある声。辺りを見回して主を探すと……

 

「二川嬢!!」

 

 車輪のすぐ近くに、いつの間にか二水が来ていた。彼女は昨日に引き続き鼻血を流しながらメモ帳に走り書きをしている。

 

「よ、吉春さん?!」

 

「何をやっているんだ?近くにいると危険だ」

 

「すみません…」

 

 車体の上から声をかけると、彼女はペコリと頭を下げる。

 

「まさかクリバノフォロスが間近で見られるなんて思ってなかったので……興奮しちゃいまして、それで…」

 

『言い訳なんかしてんじゃねぇ!とっとと行きやがれ!』

 

「ひぇっ!」

 

 慶の声にすっかり萎縮してしまっている二水。

 

「落ち着け慶。ここから先は徐行しなければならない。となると、彼女を追い払っても結局はついて来るはずだ」

 

『マジかよ…』

 

 吉春はもう一度二水に向き直る。

 

「二川嬢、どうせなら乗って行かないか?」

 

「え゛っ!いいんですか?!」

 

『おい、俺の装備でナンパすんな』

 

「そうではなく、近くをうろつかれるより、乗せた方が安全だろう?」

 

『…ハァーッ。しょうがねぇな…。ほら、さっさと来い。肩の上にでも座ってろ』

 

「あ、ああありがとうございますぅ!!」

 

 さっきまでの怯えはどこへやら。大喜びの彼女は勢いよく車体によじ登り、吉春の横からミサイルポッドの付け根に移動して腰を下ろした。

 

「わぁあああ!すごいです!!高いですーー!!」

 

「落ち着け二川嬢!」

 

『行くぞ。大人しくしてろよ、いいな?』

 

「はい!もちろんです!」

 

『………』

 

「………」

 

 二水は元気いっぱい。

 装甲の下で、慶は吉春と同じく呆れ顔をしていた。

 重々しく車輪が回り、再び動き出すと……

 

「う、動きました!動いてます!!」

 

『大人しくしてろっての!』

 

「二川嬢……」

 

 

 またしばらく進むと、道の先に見覚えのあるリリィが立っていた。

 

『一時停止だ』

 

「あれは…一柳嬢か」

 

「あ、本当です!梨璃さーーん!」

 

 二水が手を振って声をかけると、梨璃がこちらに振り向く。

 

「あ、二水ちゃ…ええええっ?!」

 

 ヒト型4輪戦車の肩に乗っての彼女の登場に、梨璃は飛び上がる勢いで驚いた。

 

「ご……」

 

「ご……」

 

 梨璃と二水はタイミングを合わせて……

 

「「ご機嫌よう!!」」

 

 慣れない挨拶を交わした。

 それが嬉しかったのか、二水は戦車から降りて梨璃に駆け寄り……

 

「「わぁぁぁ!」」

 

 がっちりと手を組む。2人とも満面の笑みを浮かべていた。

 

「私今、百合ヶ丘に来たーって実感してます!」

 

「私もだよ!」

 

「それに梨璃さんと私、同じクラスになったんですよ!」

 

「本当?!よかったぁ、嬉しい!」

 

 すると…。

 

「そんなに喜んでいただけると、わたくしも嬉しいですわ!」

 

「わっ!楓さん?!」

 

 戦車の影から楓が飛び出した。

 

「ヌーベル嬢!いつからそこに…」

 

「あら、吉春さん。昨日はどうも…」

 

 と、すぐさま慶が叱りつける。

 

『おいゴラァ!!近くをウロチョロすんじゃねぇ!!』

 

「「ひゃっ!?」」

 

「ぐうっ」

 

 その大声に梨璃と二水はびっくりし、吉春は咄嗟に耳を塞ぐ。

 

「むっ、野蛮な言動は謹んでいただけますか重騎士さん?往来でしてよ」

 

 対する楓は毅然として慶に向き直る。

 

『……ハァ。わぁったよ。けど止まってるからって無用心に近づくんじゃねぇぞ』

 

「心得ておりますわ」

 

 一方、梨璃と二水は…。

 

「あ、せっかくですから梨璃さん!クリバノフォロスに乗っかってみませんか?」

 

「え?あれに…」

 

 梨璃は眼前で、彼女を見る4本足の巨人に視線を移す。

 

「い、いいのかな…」

 

「学院の敷地内をテスト走行されるとのことで、いろいろ見て回るチャンスですよ!」

 

 聞いていた楓がくるりと振り向く。

 

「素晴らしいご提案ですわ、二水さん!さ、梨璃さん!わたくしとドライブと参りましょう!運転手付きで!」

 

 様子を見ていた吉春は、後ろを向いて慶に問いかける。

 

「……と、言っているがどうする?」

 

『ああ…どうせならもう使われてやる。お前ら、行きたい場所あるか?』

 

「いいんですか?じゃあ…」

 

「ささ、梨璃さんお先に…」

 

 

 こうして、ヒト型戦車は右肩に梨璃、左肩に二水、頭の上に楓、胴体の正面に吉春を乗せた。

 

「わ、結構高い…!」

 

「怖いようでしたら、わたくしにしがみついて構いませんわよ梨璃さん!」

 

『頭の上でごちゃごちゃすんな!さっさと目的地を言いやがれ!』

 

「あの、私まだクラス分けを見てないので、よければ掲示板に…」

 

「では逆方向だな。アトラクションと洒落込むぞ慶!」

 

『しっかり掴まってろよお前ら!』

 

 吉春は制服の懐にタブレットをしまい、立ち上がるとジャンプして右腕の砲身にぶら下がる。

 それを確かめた慶は……

 

「うわわっ!」

 

「あら…」

 

「わっ?!」

 

 上半身を180度回し、車体の前後を入れ替えた。

 

「よっ…と」

 

 手を離して、再び胴体の前のスペースに着地する吉春。

 

『んじゃ行くぜ』

 

 

 4人を乗せた戦車が、先程までとは逆方向に、ゆっくりと走り出す。

 

「わぁ…」

 

「んん〜、風が心地いいですわ。そういえば、吉春さんは何を?」

 

 吉春は制服の前を開き、そこに提げられているケースとその中身を楓たちに見せる。

 

「見回りをしている。昨日話した、憲兵隊としての仕事だ。そのついでに慶の試運転を手伝っている」

 

「よ、吉春さん。それって銃…?」

 

「いや、トンファーバトンだ。高強度合金製折り畳み式。マギの入っていないチャームの斬撃くらいなら耐えられる」

 

「トンファー…」

 

「心配はいらない。使う機会はそれほどないからな」

 

「そうなんだ…」

 

 

 少しして掲示板の前に着いた。

 梨璃たちは戦車から降りて座席表を見る。

 

「ホントだ…。二水ちゃんと楓さんと同じクラスで……」

 

「わたくしと梨璃さんが隣り合って……。これもきっと、マギがわたくしたちを導いたんですわ!」

 

「あいうえお順じゃないかな…」

 

 

 その頃、吉春は戦車の上でタブレット端末から投影されたレコーダーの数値を確認していた。

 

「……んー…?」

 

『んだ?吉春』

 

「以前までの記録と微妙に違う数値が出力されている。…誤差の範囲に留まっているものもあるが…」

 

『戻って調整しとくか?』

 

「…もう少し動かして様子を見る。致命的な異常が発生する兆候ではない」

 

『了解……っと』

 

 梨璃たちが戻ってきた。

 

「次はどちらまで?ヌーベル嬢」

 

「そうですわね…。足湯場に連れて行っていただけますか?」

 

『はいよ。ほら乗った乗った』

 

 

 次にやって来たのは海が見える風情ある場所。それなりの大きさの和風の建物の中に梨璃たち3人が入り、建物の後ろでは、戦車の胴体から出た慶が吉春と共にタブレットに表示されたデータを見ている。

 

「わー、いい景色…」

 

 二水は足を湯に浸しながら外を眺めた。隣には梨璃、その横に楓が座っている。

 

「足湯なんてあるんだ…。いいのかな、朝からこんな…」

 

「講義は明日からですから…」

 

「理事長の方針だそうですわ。学院はヒュージ迎撃の最前線であるのと引き換えに、リリィにとってのアジールでもあるべきだって」

 

「アジール?」

 

「聖域のことですわ。何人にも支配されることも脅かされることもない常世…」

 

「トコヨ…?」

 

「まあ、いい大人がわたくしたちのような小娘に頼っていることへの贖罪ということでしょう。その割には殿方もうろうろしていますが…」

 

「聞こえてんぞ!」

「構うな慶。…それよりこの辺りは…」

「ああ、戻ったら調整したほうがいいな…」

 

 壁の代わりに設けられた木の格子。その向こうをちらりと見た楓の目には吉春たちが映る。

 

「……でも不思議ですよね。同じクラスでも、私と梨璃さんみたいなド新人から、ヌーベルさんのように実績のあるリリィまで、経歴も技量もバラバラです」

 

 聞いた楓は得意げに笑う。

 

「ほほほ。よく調べているわね。わたくしのこと、“楓”って呼んでくださってよろしくてよ」

 

「うわわー!ホントですか!?すごいです!グランギニョルの総帥のご令嬢とお近づきになれるなんて!」

 

「なぁんてことございませんわ、ほほほ」

 

 楓が高笑いしていると、吉春が柱の影から顔を出す。

 

「こちらはいつでも出せる。声をかけてくれ」

 

「あ、うん。……ところで、ギ…ギニョギニョ…って何ですか?」

 

「まさかご存知ないとか?!」

 

「一度説明したじゃないですか!」

 

 梨璃の疑問に真っ先に答えたのは吉春だ。

 

「擬声語とか擬態語というやつだろう。おそらく油ぎった粘土を掴んだ感触を…」

 

「ぜんっぜん違いますわ!」

 

「なぬ?!これは失礼!」

 

「わざとじゃないですよね…。グランギニョルはフランスに本拠を置くチャーム開発のトップメーカーの1つなんですよ、梨璃さん、吉春さん!」

 

「ああ、その話か。すまない、ギニョギニョのくだりしか聞いていなかったもので…」

 

「1つではなくトップでしてよ!お父様の作るチャームは世界一ですわ!!仰ってくだされば、いつでも梨璃さんにはキレッキレにチューニングしたカスタムメイドの最高級チャームをご用意して差し上げますから……お楽しみに!!」

 

「はぁ…」

 

「到底扱いきれんだろ、そんなチャーム…」

 

 

 

 しばらくして。

 5人は校舎にあるラウンジに来ていた。梨璃たち3人が1つのテーブルを囲んでティーカップを手に会話し、吉春と慶は隣のテーブルで試運転の結果を見ている。

 

「ここの関節がこっているようだ。もう少し遊びを持たせた方がいい」

 

「だな。あとは火器管制システムの調整だけか…」

 

 吉春たちが話している一方…。

 

「梨璃さん、朝食の後はどこに行ってたんですか?」

 

「あ、うん。ちょっと旧館に…」

 

「そっか。夢結様にご挨拶に行ったんですね!」

 

「……私、夢結様にシュッツエンゲルになってほしくて…」

 

「あら。ですがそれは普通、上級生からお声がかかるものですわ」

 

 二水と、あの場に居合わせていた吉春と慶が苦笑いする。2人にも会話が聞こえていたのだ。

 

「楓さんだって昨日は…」

 

「過去には囚われませんの」

 

 

「便利な言葉だなぁ…?」

「慶、しーっ…」

 

 

「それが…夢結様、目も合わせてくれなくて……」

 

「えっ?昨日はいい雰囲気だったって…」

 

「私、嫌われちゃったのかな…」

 

「まぁ、元々気難しいことで有名なお方ですから?」

 

「今の夢結様はシュッツエンゲルどころか、どのレギオンにも属さず、常にたったお1人でヒュージと戦っているそうです。黒鉄嵐が応援に来ても追い返すんだとか…」

 

「昨日もそうでしたものね」

 

 楓が吉春の方を見る。彼は頷いて返した。

 

「……。楓さん、私にチャームの使い方を教えてくれませんか?」

 

「それは喜んで…」

 

「でも、明日から実習が始まるっ…」

 

「お黙り、ちびっこ!!」

 

 二水を罵倒と共に一喝する楓。

 

「ちびっこ?!」

 

「野蛮な言葉を謹めと言ったのは誰だったか、ヌーベル嬢?」

 

 吉春の言葉にも彼女は耳を貸さない。

 

「過去には囚われませんの」

 

「また出しやがった…」

 

 慶が呟いた頃には、彼女は梨璃の方を向いていた。

 

「楓さん、私、早く一人前のリリィになりたいんです。そうすれば…」

 

「お気持ちはお察ししますが、焦りは禁物……と、普通なら申し上げるところですが、ここはヒュージ迎撃の最前線ですわ。初心者と経験者をまぜこぜにしているのは、リリィ同士が技を鍛え合う自主性もまた、期待されてのこと」

 

「……それじゃあ…」

 

「喜んで協力して差し上げますってことですわ」

 

「………」

 

 いい笑顔の楓の言葉に含みを感じた吉春がスッと席を立つ。同時に二水が彼女に問いかけた。

 

「その心は?」

 

「手取り足取り合法的に……うへへ…って何を言わせますの?!」

 

  カチャ…

 

  ニコリ

 

「………」

 

「無言で近づいてトンファーに手をかけないでくださいまし、吉春さん!笑顔にも影がかかっていますわ!」

 

 

 

 慶が格納庫まで戻り、吉春も見回りを再開した。

 一方で梨璃たちは訓練場を訪れている。

 

 

「行くよ、樟美」

 

「はい、天葉姉様」

 

 天井からぶら下がる台の上には、大型のチャームを構える金髪の上級生。その視線の先には白い髪の1年生が、梨璃が持つものと同じ型の黒いチャームを手に立っていた。

 

「は〜…」

 

 2人は息を合わせてターゲットを破壊。梨璃はその様子に見惚れていた。

 と、二水が解説する。

 

「2年生の天野天葉様と1年生の江川樟美さん!あのお2人もシュッツエンゲルなんですよ!」

 

「えっ、もう?!」

 

「中等部時代からの付き合いだそうだ」

 

 二水の隣にいた吉春が補足。

 

「ささ、梨璃さんも……って、なんでまたいますの吉春さん!?」

 

 澄まし顔だった楓が突如表情を変えて彼を指差す。

 

「見回りをしていると言ったろう。それに、今日ここの警備は後輩の担当だ。ついでに覗きに来た」

 

「後輩……ああ、あちらの隊員の方でしょうか?」

 

 楓と吉春の視線の先には、ツナギのような戦闘服を着た少女の隊員が立っている。彼女はチャームと思しき大剣を携えていた。

 

「喧嘩や流血沙汰に対処するのが彼女の役割だ。トンファーバトンでは心許ないので、彼女のようにチャームを扱う隊員が担当する」

 

「……ま、まぁ貴方方のことは気にせずにいきますわ。梨璃さんもご自分のチャームをお抜きになって」

 

「あ、うん。…ええと…ええっと…」

 

「こうですわ」

 

 楓が梨璃に手を添えると、刀身が展開されて片刃の大剣となる。

 

「っ!」

 

「ユグドラシル製の“グングニル”。初心者向けですわね」

 

 そう言って、楓は早速斬撃と銃撃のコンビネーションを披露する。

 

「……ほぅ…」

 

 吉春も興味深そうに彼女の動きを見ていた。

 

「鳥の羽根よりも軽く、蜂の針よりも鋭く、ときに鋼よりも重く、硬く。これがチャームですわ」

 

すると、楓たちにもう1人リリィが近づいて来た。

 

「ふん。グランギニョルらしい外連味じゃな」

 

「「じゃな?」」

 

 特徴的な語尾と共に声の方に振り向くと、巨大な戦鎚型チャームを携えたリリィ……二水が昨日見かけたミリアムが立っていた。彼女の制服は上着が半袖のローブであり、他の皆とはデザインが異なる。

 

「「わぁっ?!」」

 

「自主練か?感心なことじゃ。それにお主は見回りか、吉春」

 

「ああ、そうだ。グロピウス嬢」

 

「セリ共々お疲れ様じゃの」

 

「ミリアムさん、何をしに?」

 

 彼女を笑顔で出迎える楓。

 

「チャームの調整じゃ。寮に入ってからは毎日来ておるぞ」

 

「チャームをいじれるんですか?」

 

 彼女が梨璃の方を向く。

 

「もちろんじゃ。わしは工廠科じゃからな」

 

 二水が興奮を抑えきれずに解説する。

 

「工廠科に属しながらリリィでもあるミ゛リ゛ア゛ム゛・ヒルデガルド・フォン・グロ゛ビヴズざん゛でずよ、梨璃さん!」

 

「わっ!二水ちゃん、鼻血が!」

 

「お主、大丈夫か?」

 

 梨璃とミリアムが心配する横で、吉春は顔色を悪くしていた。

 

「はいっ、ご心配なく!昨日から出っ放しですから!」

 

 慣れた手つきで鼻を押さえて止血する二水。彼女の横で吉春が頭を抱えて項垂れた。

 

 

「二川嬢のコレが普通に思えてきた自分がいる……。俺は怖い…」

 

 

「自己嫌悪できとる内は大丈夫じゃろ…」

 

 そう言いながら、ミリアムは梨璃のチャームを検分していった。

 

 少しして、吉春は後輩…末黒野(すぐろの)セリの方に向かう。といっても、梨璃たちからは数メートルの距離。

 

「やあ、セリ」

 

「どうも。先輩」

 

 墨のような黒髪をボーイッシュなショートカットにした彼女が淡々と挨拶を返す。

 

「何か変わったことはあったか?」

 

「……。血の気の多い方は何人かいましたが、乱闘や流血もなく平和にことを運びました」

 

「それは何よりだ」

 

 

 その頃…。

 

 

「ふむ。マギもまあまあ溜まっておる。なかなか素直なようじゃな」

 

「わかるんですか?」

 

「普段から側に置くことで、チャームは持ち主のマギを覚えるのじゃ。そうやって、チャームはリリィにとって身体の一部となる。騎士団の装備も似たところがあるのう」

 

「へぇー」

 

「私たちにもそんな日が来るんでしょうか…」

 

「ふーむ…。とは言え、百合ヶ丘に入れたということは、お主らにだってきっと何かあるはずじゃ」

 

「だといいんですが…」

 

「楓だってそう思っておるはずじゃがな。お主らに言っていないということは……ふぅん」

 

「?」

 

 ミリアムが間を置き、吉春とセリを一瞬だけ見てから続けた。

 

「自信のない者の方が操りやすいからの」

 

「うぐっ……」

 

 図星を突かれた楓が顔色を変えて一歩下がる。

 それを見逃す黒鉄嵐ではなかった。

 

  シャキッ

  ジャカッ

 

「ヌーベル嬢…」

 

「少々お話……よろしいですか?」

 

「っ?!」

 

 笑顔でトンファーとチャームを構える吉春とセリ。

 恐怖する楓の様子を、二水はメモ帳にしっかり書き込む。

 

「楓さん、意外と悪どい…っと」

 

「ちょっと?!人聞きが悪すぎますわ!」

 

「というか、お主のコラプサーチャームは変わっとるのう、セリ。見たことのない形をしとる」

 

「今はそれどころでは……あら。確かに」

 

 ミリアムと楓は、目の前で構えられている剣をまじまじと見る。

 梨璃にはそれがただの剣型チャームにしか見えない。

 

「コラプサー…?」

 

「要するにチャームを牙刃の騎士団の装備に再利用したものじゃな。詳しくは隊長殿か莱清に聞くとよいのじゃが…」

 

「このチャーム、シューティングモードへの変形機構がありませんわ。何年前の品ですの?」

 

 問われたセリは2人の前でくるくると得物を回す。

 

「……タカアマハラ製、“ハバキリ”のコラプサーチャーム。近接戦専用。40年ほど前…極めて初期の物です」

 

「タカアマハラ……。チャームの黎明期を支えた日本の企業ですわね。かなり前に廃業していて、今や製品が出回ることもないとか。性能は語るまでもありませんわ」

 

「立派な骨董品じゃな…」

 

 二水は再び鼻血を噴き出す。

 

「とんでもないレア物ですね!今どきこんなチャームを使って前線で戦えるなんて、末黒野さん凄いです!!」

 

 その言葉にセリはショックを受けて青ざめる。

 

「…『今どきこんなチャーム』……」

 

「いや、彼女の本領はチャームを使った戦闘ではない。その内見られるだろうが…」

 

「とりあえず、チャームのことをもっと知りたければ工廠科に行ってみればどうじゃ?百由様なら色々教えてくれるじゃろう」

 

 かくして、梨璃、楓、二水、ミリアムの4人は工廠科に向かうことになった。吉春たちは楓を軽く叱っておく。

 

「それでお主はどうするんじゃ?吉春」

 

「工廠科も見回りのルートに入っている。同行させてもらうとしよう」

 

「わしは構わんぞ」

 

「まぁここまでくれば腐れ縁ですわ」

 

「一緒に行きましょう!」

 

「うん!」

 

「ではセリ。ここの警備を引き続き頼む。何かあれば皆に連絡を」

 

「了解しました。皆様もお気をつけて」

 

 胸に手を当てて一礼するセリに見送られ、5人で工廠科を目指して訓練場を後にした。

 

 




 また1エピソード3本立てになりますかね…。

 ラスバレのイベントで、『装甲騎兵ボトムズ』ってアニメを思い出したのは自分だけじゃないと思ってます。


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第5話 演目は守護天使(シュッツエンゲル)

 設定の解説回が続きます。3本立てにする予定でしたが、後半部分をまとめることができたので第2話はこれで決着です。シリアスムード注意です。



 ミリアムと吉春に案内されながら工廠科に向かって歩く梨璃、楓、二水。

 

「…ん?」

 

 校舎の入り口に近い場所で、異様な風体の人物が近づいてくるのが見えた。

 

「どうした、一柳嬢」

 

「あれは…?」

 

 ガチャリ、ガチャリと音を立てて歩く人物。黒々としたシルエット。梨璃は、何となく吉春が使っていた装備の音に似ていると感じた。

 

 その人物は、巨大な金属の箱を2段重ねで背負っている。頭は大きく、フェイスガードが3つあり、背中の荷物を支えているのは6本の腕だ。

 

「ああ、莱清(らいしん)じゃの。黒鉄嵐のブラックスミス……まあ、あっちの工廠科みたいなもんじゃ。結構交流があるんじゃぞ」

 

「何なんですの、あの装備…」

 

「阿修羅型のパワーアシストアーマー…でしょうか?聞いたことないです…」

 

 

「あ……や、やあどうも…」

 

 莱清は背負っている箱のため前傾姿勢になっており、皆の影が視界に入るまで気づかなかった。

 やや焦りつつ顔を上げる。

 

「どうしたんだ、それは」

 

 吉春に問いかけられた彼は苦笑いした。

 

「工廠科に『お土産』をね…」

 

「助かるのじゃ。しかし…1人でこれだけ運んどるのか?」

 

「いや、出撃と訓練以外司令室に篭ってる隊長に手伝ってもらおうと思ったんだけど、朝からいなくてさ……。何か聞いてる?」

 

「なぜ他のメンバーに言っていないんだ?…隊長なら、例の彼女とデートらしい。今頃街だろう」

 

「デートだって?!何だよ、こっちは忙しいのに…!」

 

 不満を露わにする莱清。

 と、二水が食いつく。

 

「そ、その隊長さんの恋人について詳しくお願いします!」

 

「ええっ?!」

 

「これこれ」

 

 莱清に詰め寄る彼女をミリアムが引き剥がした。

 

「工廠科の見学に来たんじゃろ?それに、露骨に他人のプライベートに踏み込むものではないじゃろ」

 

「えぇ…。で、ではその装備の詳細を…!」

 

「また後でね…」

 

 梨璃と楓は莱清の背中に重なっている箱を見上げる。

 

「手伝いましょうか?」

 

「重いよ?」

 

「中身は何ですの?」

 

「チャームのスペアだ。引退したリリィや、家に使わなくなったチャームがある人々が寄付してくれることがある」

 

「それを修理して使えるようにしたり、『コラプサーチャーム』にしたりとね。僕らの格納庫より、工廠科の方が設備の都合がよくて……この辺りの説明、真島嬢交えながらがいいかな?」

 

「そうじゃな…。皆、改めて工廠科に行くのじゃ!」

 

 

 エレベーターで校舎の地下施設まで降りてくる。大きな荷物もあり、そこそこ狭い空間から解放された。

 

「ここが工廠科じゃ」

 

「地下にこんな施設があるんですね」

 

 梨璃が感心していると、ミリアムがある扉に近づき、インターホンを押す。

 

「おーい、百由様おるかー?」

 

 言いながら彼女は返事を待たずに扉を開けた。

 

 と、扉の向こうからオレンジ色の光が漏れてくる。

 

「わっ、眩しい!」

 

「それにこの熱気は…」

 

 光を放っていたのは、真っ赤に焼けているチャームの刃であった。

 その前に立つ生徒…真島百由が振り向かずに挨拶する。

 

「ご機嫌よう。ちょっと待って……。これからチャームの刃を硬化処理するところなの…」

 

 天井から伸びる機械のアームが、炉から引き出した刃を持ち上げてオイルへと沈めていく。

 熱せられたオイルが弾け、刃を炎で包み込んだ。

 

 その傍ら、ようやく百由が振り返る。

 

「いらっしゃい…って、結構な大人数ね…」

 

「見回りに来た、真島嬢」

 

「お土産持ってきたよ」

 

 莱清は背負ってきたコンテナを部屋の外に置いている。

 

「なるほど、『よっしー』と『らいっち』はいつものやつ、と。それから梨璃さんと楓さんね。えーと貴女は…」

 

 二水は再び鼻血を抑えながら答える。

 

「二水です、二川二水っ!」

 

「よろしく二水さん。今いいところなの」

 

 炎が止まり、オイルによる冷却が完了した。

 

「さあ、上手くいってよ〜」

 

 アームがゆっくりと刃を持ち上げる。空気に晒し、更に急冷。

 皆が見守る中……

 

 

  キン

 

 

 

「「あ…っ」」

 

 

 嫌な音が鳴った。ある意味同志である百由と莱清の声が重なる。

 

「ああー……」

 

 彼女はオイルプールの前で脱力し、頭を抱えて膝を打った。

 

「この(ひと)月の努力の結晶がぁ〜〜……」

 

 

 

 

 百由は顕微鏡をプロジェクターに繋ぎ、壁のスクリーンにひび割れた刃を映す。

 

 幾重にもなるルーン文字の列も同時に映った。梨璃が見上げる。

 

「何ですか、これ……?」

 

「チャームの刃には、マギを制御する術式が組み込まれているの。よっしーが使ってるような、騎士団の近接武器にもね」

 

「リリィの体から流れ込むマギ、あるいはリアクターから流れ出た負のマギが、この術式によって活性化し、ヒュージを支えるマギをまた断ち切るのじゃ」

 

「ヒュージの…マギ…」

 

「僕たち騎士団の装備だと、負のマギは活性が低くて充分な威力はないんだ。それで、リアクターからのマギの一部を熱変換して、更に高いエネルギー状態にしてるんだよ」

 

「それで……」

 

 梨璃は昨日見た吉春の槍と剣を思い出す。

 

「リリィに力を与えるのもマギなら、ヒュージに力を与えるのもまたマギじゃ。ま、道理じゃの。お主も知っておろう?」

 

「はい……習いました」

 

 ミリアムは徐に、テーブルの上にある筒状の物体を手に取って梨璃に見せる。

 

「こんなのもあるぞ。ほいっ」

 

「はい?」

 

「チャームの銃身じゃ。よく見い。ライフリングにも術式が刻まれておる。弾がここを通るときに、マギと共に術式が刻まれるというわけじゃ」

 

 梨璃が見上げて覗き込むので、銃身を支えるミリアムは思い切り腕を上に伸ばしている。

 

「ヒュージと違って、リリィはチャームを依代に、騎士は体も依代にしてマギを制御する……んだけど…。あ〜…やっちまった…」

 

 項垂れる百由を、莱清が宥める。

 

「そう落ち込まないで、真島嬢。気晴らしに何か食べてくるといいよ。チャームのリサイクル作業はできるだけやっとくから」

 

「あー…んじゃ、片付け諸々もよろしく…」

 

 椅子に座っている百由がピラピラと手を振った。

 

「うぇ?!」

 

 仕事が追加されるとは予想していなかった莱清。驚きの声を上げる。

 

「莱清、百由様はこういう方じゃ。わしも手伝わんとな…」

 

「『聖騎士』使いが荒いよ…。そうだ、二川嬢。聞きたいことあったら言って」

 

「いいんですか!?それでは…」

 

 二水はメモ帳とペンを取り出し、コンテナを部屋に運び込む莱清に取材を始める。

 

「まず、その阿修羅のような装備は一体何でしょう?」

 

 両腕は吉春と同じ機械鎧だが、それとは別に機械のアームが背中から4本生えている。

 アームの先端には、特徴のないマニュピレータ以外にも大小の指や工具、カッターなどが付いていた。

 

「これはね、僕が作った新しい型のカタフラクトだよ。4Cシリーズ、37.11モデルって呼んでる」

 

 答えながら腕を伸ばしてコンテナを開けた。中から壊れかけのチャームを取り出し、フェイスガードを切り替えながら両手の工具と4本腕の先にあるマニュピレータで器用に解体していく。

 

「作業用ですか?」

 

「まあそんなとこ。状態のいいヒュージの亡骸があれば、今からでもこのチャームをコラプサーにできるよ」

 

 と…。

 

「あの、時々出てくるコラプサーって…」

 

 今度は梨璃への解説役が吉春に移った。

 

「チャームの心臓部にマギクリスタルコアがあるよな。実は俺たちのリアクターと全く同じ大きさになっていて、コアをリアクターに換えて調整すれば俺たちもチャームが使えるようになる」

 

 莱清の背中で鈍く光るリアクターを指差しつつ説明を続ける。

 

「このとき、チャームは『リリィのマギ』を『受け取る』物から『負のマギ』を『発する』物になる。真逆の存在になるわけだが、それでも威力を発揮する様が…天文学で潰れた星が重力を残すことに例えられ、崩壊した星……コラプサーと付けられるようになった」

 

「末黒野さんが持っていたあれですわね…。すぐに作れるものなんですの?莱清さんの口ぶりではそうでしたけど…」

 

「ああ…リアクターを1から作るのは難しいが、それに特化したEXスキルもある。莱清の『ジェフティの(さにわ)』がそうだ。ヒュージの亡骸から、リアクターの炉心を精製することができる」

 

「EXスキルにも色々あるんじゃの。勉強になるわい」

 

「珍しいモノでは『死に瀕すること』が覚醒条件のスキルもある。レアスキルと似たり寄ったりの多様性だ」

 

 吉春が話していると、一息ついた百由が立ち上がった。

 

「さて、お昼に行きますかね〜。皆、見たいところあったら見てらっしゃい。ただし、あんまり触らないようにね」

 

「あ、待ってください!」

 

 彼女を梨璃が呼び止める。

 

「お聞きしたいことが……」

 

 

 

「ふーん、なるほどねー」

 

 百由と共にラウンジに戻って来た梨璃たち。

 昼食を摂りながら聞き出そうとしているのは夢結のことである。

 ちなみに、莱清とミリアムは工廠科で作業と片付けの真っ最中。

 

「しっかし、よりによって夢結とシュッツエンゲルなんてねー」

 

 梨璃、楓、二水の前には一人前の料理の皿があるが、百由は5、6人前の食事をぺろりと平らげた。

 隣のテーブルには流れでついて来た吉春が、シーフードパスタにカボスを絞って食べている。

 

「でも、全然相手にしてもらえなくて……。あの、夢結様が今使っているチャームは…」

 

「“ブリューナク”ですわ」

 

 楓が答えたのは、四角く長い刀身と、シンプルな変形機構が特徴のチャームである。

 

「2年前に使っていたのは……?」

 

「“ダインスレイフ”ね」

 

 幅の広い双刃の剣型で、刀身が縦に分かれて銃口が出現する機構。

 

「なぜ夢結様はチャームを持ち替えたんですか?」

 

「……なるほどね。それは本人に聞くしかないでしょうね」

 

「百由様は何かご存知なんですか?」

 

「私ってるわ。けど教えない」

 

「……なぜですか?」

 

「本人が望まないことを、私がベラベラ喋るわけにはいかないでしょう」

 

 きっぱりと答える百由。梨璃は今まで静かに話を聞いていた吉春の方に向く。

 

「……黒鉄嵐の方は…?」

 

「……2年前となると、黒鉄嵐は再編成される直前だな。白井嬢の事情を知っているのは一部のメンバーだけで……皆口は硬い。俺はその再編成の流れで着任した。こちらから言えることはない」

 

「…そうですか…」

 

 梨璃は百由に向き直る。

 

「リリィや、防衛軍の一部である騎士団は税金も投入される公の存在だけど、その個人情報は本人がそれを望まなければ一定期間非公開にされるの。個人の心理状態が戦力と直結する上に、感じやすい10代の女子たちとなれば、まあ仕方ないかもね。騎士団はオマケに『ワケあり』も……」

 

「真島嬢…!」

 

 吉春はキッと百由を睨む。

 

「あ、ごめん。今のは忘れて」

 

「しかしあのお方、感度高そうには見えませんけど」

 

 楓が話題を変えた。

 

「……感じ過ぎるのよ。感じ過ぎて、振り切れてしまった……」

 

「?」

 

 百由は顔をパッと上げて態度を戻す。

 

「おっと言い過ぎた。後は本人に聞いて。話してくれるならね」

 

「はい……」

 

 梨璃は少し残念そうに頷いた。

 と、彼女にやや呆れ気味に問いかける楓。

 

「梨璃さん、どうしてそこまで夢結様にこだわりますの?」

 

「……。初めて出会ったときの夢結様と、今の夢結様はまるで別人みたいで…。私、それが不思議で。知りたいんです」

 

「………」

 

 吉春は静かに、しかし鋭い目で梨璃と楓のやりとりに耳を傾けていた。

 

「夢結様がそれを望んでいなくてもですか?それとも、ご自分なら夢結様を変えられる?そんなのは梨璃さんのエゴではなくて?」

 

「それは……」

 

「……一柳嬢」

 

 彼も口を開く。

 

「知的好奇心は大変結構。だが、それのみで他人に近づくのは……その人の心に、土足で踏み入るに等しい行為だ。君たちの精神衛生を守るのも俺たちの仕事の一つである以上、実行に移すとなると憲兵隊(こちら)も看過はできない」

 

「…そうかもしれないけど……」

 

 梨璃は俯きつつ言葉を続ける。

 

「…何が夢結様を変えてしまったのか……。夢結様が胸の内に何をしまっているのか……。私、それを知りたいんです」

 

「………」

 

「はぁ。これはもう、当たって砕けるより他になさそうですわね」

 

「……ヌーベル嬢…?」

 

 思いついたように笑顔になった彼女に、吉春は違和感を抱く。

 

 

「夢結様にケチョンケチョンにされてボロ雑巾のようになった梨璃さんにわたくしが手を差し伸べれば、一丁上がり!という寸法ですわ!」

 

 

 彼女は目をキラキラ……否、爛々と輝かせて腹の中を自ら暴露した。

 

「楓さん、妄想がダダ漏れです…」

 

 二水が呆れていると、吉春が席を立って暗い笑顔を楓に向ける。

 

「はははは、懲りないな君は。一柳嬢、この後も白井嬢を捜して、話をするつもりか?」

 

「え…?…うん」

 

「ならば、見回りついでに同行させていただこう」

 

「なぜですの?」

 

 楓は不満気に吉春を見る。

 

「一柳嬢を看過できないと言ったろう?それに、君もなヌーベル嬢。先程の言動……君たちに監視が必要と判断するには十分だと思うが?」

 

「ぐぬぬ…。お邪魔虫ですわ…!」

 

 彼女は淑女にあるまじき表情で歯を見せる。

 

「何とでも言うがいい。俺は役割を遂行するのみだ」

 

 対する吉春は開き直って食器を片付けた。

 

 

 

 

 

 

 夢結を捜して学院内をめぐる、梨璃と楓、二水の3人。そして見回りをしつつ彼女たちの動向を監視することにした吉春。

 

 しばらく敷地内を巡り、やがて夕暮れ時。

 4人は校舎の中を歩いていた。

 

 すると。

 

 

「……あ…」

 

 

 梨璃たちの前から夢結が歩いてきた。時刻を知らせる鐘が鳴る。

 

「………」

 

 彼女は何を言うでもなく、4人の横を通り抜けようとした。

 

「……ま、待ってください!」

 

 が、梨璃に呼ばれ足を止める。

 

「夢結様!私とシュッツエンゲルの契りを結んでください!…私、夢結様に助けてもらって……夢結様に憧れてリリィになったんです!」

 

(ストレートに言ったな……。だが…)

 

 吉春は心の中に不安を抱く。夢結の性格への印象がそうさせているのだ。

 

「……。誰に憧れるのも貴女の自由だけれど、それと貴女が私のシルトになることには何の関係もないわ」

 

「……それは…」

 

 目を伏せ、淡々と話す夢結。

 

(白井嬢……やはり君は……)

 

 同時に吉春は直感する。それに従って、上着の内側にしまっているトンファーに意識を向けた。

 

 俯く梨璃の方を向き、彼女は言葉を続ける。

 

「貴方とシュッツエンゲルの契りを結んでも、私の作戦遂行能力が低下するだけよ。それが貴女の望み?」

 

 夢結が言葉を区切った瞬間。彼女に向かって駆け出したのは楓だった。

 

(潮時か……)

 

 その気配に、吉春はトンファーに手をかける。

 

 楓は手を振り上げ、夢結の頬に平手打ちを叩き込まんと……

 

 

  ガシッ

 

 

「?!」

 

 

 その動きが止められる。素早く移動した梨璃が、頭上にて彼女の腕を掴んだためだ。

 

「止めてください、楓さんっ!」

 

(またこのわたくしが…?!)

 

 動揺する彼女に向けて夢結が左手を上げた。そして、楓の頬へと振られ……

 

  シャキシャキッ

 

Break a leg

 

  ガツン

 

「っ!」

 

「えっ」

 

 3人の間に吉春が割って入った。折り畳まれていたトンファーが展開し、夢結の腕と衝突。

 

(吉春さん…またその言葉…!身のこなしも只者では…!)

 

 彼女の平手打ちを右腕の武器で阻んだ吉春は、今度は風のように現れた彼に驚いている楓と梨璃に、左手のトンファーを向ける。

 

「……全員、手を下ろせ」

 

「…っ!邪魔しないでくださいませんこと?!この方は今…!」

 

 静かに喋る吉春に食ってかかる楓。だが、彼は冷静にもう一度。

 

「下ろすんだ。感情が昂ると、手の位置も高くなるらしい。二川嬢、君もだ」

 

 少し離れて様子を見ている二水も、不安からか胸の前で手を組んでいた。

 

 4人が腕の力を抜いて下ろしたところで、彼も武器を持つ手から力を抜き、下げる。

 

「……はぁ。とりあえず、ヌーベル嬢。淑女ならまず筆舌を尽くせ。敵意と実力を向ける相手なら、ヒュージだけで充分なはずだ」

 

「っ……!」

 

「それから白井嬢。はっきり言って、君は捩じくれている。シュッツエンゲル制度の目的が、単なる戦力向上だと思っているのならな」

 

 と、楓が夢結の目を見て反論した。

 

「シュッツエンゲルとは、そういうものではないはずですわ!互いを愛し慈しむ心を、世代を越え伝えるもの!単純な目先の利益を求めるものではないと聞いていましたが、違いますか?!」

 

「………」

 

 夢結は黙って彼女の言い分を聞いている。

 

「貴女のような“すっとこどっこい”には、むしろ梨璃さんのような純粋なお方が必要ですわっ!」

 

「………。そうね。わかったわ」

 

 夢結の意外な言葉に、楓はぽかんとした。

 

「…?わかった、とは?」

 

「申し出を受け入れます」

 

「…え…」

 

「……ほぉ…」

 

 梨璃も驚くが、吉春と二水はこの様子を静観している。

 

「私が梨璃さんの守護天使……シュッツエンゲルになることを、受け入れましょう」

 

「夢結様…」

 

 彼女は梨璃、楓、吉春の順に目配せした。

 

「少しスッキリしたわ。ありがとう」

 

「……」

 

 吉春は姿勢を正し、トンファーを手にしたまま左胸に手を当てて一礼。

 と、立ち尽くす楓に二水が近寄ってきた。

 

「楓さんって、案外いい人だったんですね!私、見直しました!」

 

「同感だな」

 

 彼女と吉春に言われた楓は頭を抱える。自分が好いている梨璃と、夢結の関係を進展させてしまったのだ。

 

「あああ?!わたくしってば何てことを〜〜!!」

 

 一方、梨璃と夢結の方は……。

 

「…梨璃さん」

 

「は、はい!」

 

「後悔のないようにね…」

 

 硬い微笑みで言われた言葉。だが、梨璃は目を輝かせる。

 

「……はい!絶対しません!」

 

「………」

 

 その眼差しに……夢結は目を逸らさずにはいられなかった。

 

 

 

 

 校舎の外で夢結と梨璃たちが別れた。一足先に寮に戻る彼女を見送る。

 

「さて、今日のところは監視の必要性もなくなったようだな、一柳嬢」

 

「そうですか…。吉春さんはこれから…?」

 

 彼はもう一度、上着の内側に収納しているトンファーに手を当てる。

 

「見回りを続ける。君たちも、寮に戻る頃合いだろう」

 

 言いながら3人から離れていく彼。だが。

 

「少々お待ちくださらない?」

 

「……ヌーベル嬢?」

 

 楓に呼び止められた。

 

「先程の貴方の身のこなし…軍隊やリリィとも違う、特殊なものを感じましたわ。貴方は……何者ですの?」

 

「………」

 

 吉春は困ったと言うような表情で後ろ頭を掻いた。

 

 

 

「………“誰でもない”…と言えばいいのだろうな」

 

 

「「?!」」

 

 梨璃たちの顔が驚愕へと変わる。

 

「ただ…これは君たちが望んだ答えではないだろう。どこか、落ち着ける場所に…」

 

 

 

 4人はラウンジへ戻ってきた。この、夕方の遅い時間には、大抵のリリィが寮に戻るか自主練に行っており、閑古鳥が囀っている。

 

「さて…」

 

 コーヒーや紅茶がテーブルに並んだところで、彼は話題を切り出した。

 

 

「まず俺には、故郷と呼べる場所がない」

 

 

「では、貴方は人造人間だとでも?」

 

「いや、その場合でも、造られた工場なり研究所なりが故郷になるだろう…」

 

 彼はコーヒーを一口飲んで続ける。

 

 

「俺はサーカス団で育った。名前もそこで付けられ、物心ついたときからメンバーの1人だった」

 

 

「サーカス…?」

 

 梨璃が彼を見て言葉を反芻する。

 

「“北斗座”という名前でやっていた。団長の話では巡業していたある街で、楽屋の入り口の前に赤ん坊の俺が置かれていたそうだ。覚えているはずもないが……」

 

 楓はティーカップを持つ手に力を込める。

 

「何という親ですの…!」

 

「落ち着けヌーベル嬢。北斗座が活動していたのは、ヒュージに襲われた街や人々の避難先が中心だった。そういう場所で、大切なものを失った人々や戦いに疲れたリリィたちに……ワンダーを届けるのが役目だった。そうなれば必然的に……俺以外にも、同じような境遇の団員はいたぞ」

 

「…そうだったんですのね…。その街が貴方の故郷では?」

 

「巡業先の街をいちいち覚えてはいない。俺が出自に疑問を持ったころは団長も変わっていたから、確定できることは何もなかった。だから俺に、生まれ故郷はない」

 

「でも、育ったそのサーカス団が故郷とも言えますよね?」

 

 

「……二川嬢。俺はなぜここにいると思う?」

 

 

「…え……あ…」

 

 彼の問いかけの意味がわかり、二水はシュンと視線を落とす。

 

「色々な場所を巡りながら武器芸の稽古をしつつ、転校を繰り返して学校にも通っていた。小学校高学年の頃、初めて舞台に出て演技をしたが……世界が広がったあの日のことは忘れられない」

 

「なるほど、サーカスで槍や剣、身のこなしを……。通りで普通ではないはずですわ」

 

「だが、その日々は長くは続かなかった。中学生の頃だったな。巡業で来ていた街がヒュージに襲われた」

 

「「!」」

 

「その前にも大規模な侵攻があった場所で、次は当分ないと思われていたところに追い討ちがかけられた。開演中の出来事だった。テントは破壊され、団員や動物たちも大勢亡くなり……北斗座は解散した。生まれに関係なく、皆、俺の家族だったが…」

 

「「………」」

 

 3人とも、沈痛な面持ちで吉春の話を聞く。

 

「それでも、俺は生き延びることができた。観に来てくれていたリリィたちに救われたからな」

 

「リリィに…」

 

 梨璃がどこか親近感のある眼差しを彼に向ける。

 

「その後、騎士団に保護されて負のマギに耐性があるとわかり……リリィのために戦うと決めた。あの日、あの時…俺を命懸けで救ってくれた彼女たちへの恩に、報いるために…」

 

「それでここまで…」

 

「騎士団には、入隊後の修行期間がある。全国のガーデンを巡りながら鍛えるもので、俺の場合は1年間だった。サーカス団時代を思い出すものだったな。そして去年ここに配属され……という具合だ。ヌーベル嬢、俺が何者かの説明にはなったか?」

 

「ええ。ありがとうございました。あと少し気になるところとしては……時折呟いておられる『足を折れ』でしょうか。何か意味がありますの?」

 

「ああ、あれは気合いを入れるための一種のルーティンだ。足を折る勢いで……。そういう、舞台に立つ者を鼓舞する言葉。俺の師匠がことある毎に言っていて、俺の中に染み付いているだけのことだ。深い意味はない」

 

「決まり文句なんだ…」

 

 梨璃が感心していると、メモ帳を開いていた二水が呟く。

 

「出自不明……なるほど、百由様がおっしゃっていた『ワケあり』というのは、そういうことだったんですね」

 

「気づいたか、二川嬢。実は騎士団の隊員は、『そういう』者の集まりだ。例えば隊長は、ヒュージの攻撃でご家族が経営する店を失い、家計を支えるために入隊した」

 

「隊長さんが…」

 

「これはまだマシな方だ。俺や慶、セリに莱清…。今日会った3人は……ここを離れても帰る場所すらない身。口にするのも憚られる事情がある者もいる」

 

 一旦言葉を区切り、言い聞かせるように続けた。

 

 

 

「俺たちは……牙刃の騎士団(ファング・パラディン)は皆……大切な何かを失い、同時に何かを背負って戦っている」

 

 

 

「「………」」

 

「二川嬢……それから君たちも。頼むから俺たちにあまり突っ込んだ真似はするな。彼らの名誉を貶めることにもなりかねない」

 

「……はい、わかりました…」

 

 

 

 陽は沈み、百合ヶ丘に夜が訪れる頃。

 

 梨璃たち3人は浴場に来ていた。シャワーに並んで身体を洗いながら、楓は左隣に座っている彼女の方を見る。

 

「どこか気になるところはありませんか?どこであろうとお流しいたしますよ。…く、くふふっ…」

 

 悪戯な笑みを浮かべる楓。彼女の右隣にいる二水が苦言を呈した。

 

「ずっと気になってましたけど、楓さんが梨璃さんを見る目、何か(よこしま)です」

 

 言われた彼女はわざとらしく目を見開いた。

 

「まさか!こんな純粋な眼差しのわたくしが?」

 

「『手が滑りましたわ〜』なんて言って、変なとこ触ろうとしてませんか?」

 

「くっ、余計なことを…!梨璃さんには変なところなどございません!どこでもオッケーですっ!」

 

 すると、当の梨璃は意外なリアクションをした。

 

「そうだよ二水ちゃん。女の子同士だし……」

 

 瞬間、楓は勢いよく彼女の方に振り向く。

 

「えっ!よろしいんですの?!」

 

 その目をまたもや爛々と輝かせながら。

 

「やっぱり心配です……」

 

 ジト目を彼女に向ける二水。楓は嬉々として言い訳を口にした。

 

「梨璃さんの役に立った当然のご褒美ですわ!」

 

 すると、3人の後ろに更に2人が来て、二水と同じく楓にジト目を向けた。

 その内の1人、ミリアムが話しかける。

 

「犬かお主は」

 

「なんですってぇ?!……あら…!」

 

「あ…末黒野(すぐろの)さん!」

 

 ミリアムの隣には、訓練場を警備していたセリが立っている。と言っても、装備しているのは入浴セットくらいだが。

 

 憲兵隊が来ていることに、少なからず楓は動揺した。

 

「あ、貴女は……黒鉄嵐宿舎の浴場を使われるのでは?!」

 

「ええ、通常ならば。本日より試験的に、浴室も警備対象といたしました。終了時期は未定です。学年毎に交代で女性隊員が来ますが、皆様は普段通り平穏に過ごしてくだされば大丈夫です」

 

「ぐぬぬ……。こんなところにまでお邪魔虫ですわ…!」

 

 悔しそうな楓を放っておき、セリは二水の隣のシャワーに向かう。

 

「お隣、よろしいですか?二水お嬢様」

 

「え…あ、はい…」

 

 予想外の呼ばれ方だったので、彼女は焦りながらも迎えた。

 

「では、失礼します」

 

「……っ!」

 

 セリの肌を見た二水は一瞬息を飲む。

 胴体に巻かれたバスタオル。その上に見えている肩から背中にかけて、はっきりと火傷の跡が広がっていた。液をぶちまけたような広がり方。首の下に見えた鎖骨は歪んでおり、身体の何か所かには雑な縫合の跡が浮かんでいる。

 

「……?何か?」

 

「あ、いえ。何でもないです……」

 

 二水はセリの様子に、吉春の言葉を重ねる。

 

 

『ここを離れても帰る場所すらない』

 

 

(末黒野さんの事情……なんとなくお察ししました。これは記事にできません…)

 

 

 二水が感傷的な気分に浸っている一方。

 その斜め後ろでは、ミリアムが楓と梨璃に説教していた。

 

「よいか梨璃。世の中にはいろんな奴がおる。どんな性癖も認められて然るべきなのは言うまでもないが、己が欲望をダダ漏れにするのは戒むべきことじゃ。そこのちびっ子がのたまったのは、そういうことじゃな」

 

「ふぇっ?!」

 

 予想外の流れ弾に当たった二水が悲鳴を上げる。

 

「ちびっ子にちびっ子って言われたあぁぁ〜〜!」

 

 湯船の一角から「やかましい」という声が上がったが、彼女たちの耳には入らなかった。

 

 

 

「お帰りなさい」

 

「ぇ…あ…ただいま」

 

 風呂から上がった梨璃は、寮の自室へと帰る。ルームメイト…長い紺の髪が特徴的な伊東(いとう)(しず)の出迎えを受けた。

 

「…ふふ…」

 

 彼女が笑いながら荷物を置くと、閑も嬉しそうに問いかける。

 

「何かいいことあったの?」

 

「うん。リリィになれて、百合ヶ丘に入れて…何だかんだ、皆いい人たちで…。夢みたいだなって…」

 

「なぁにそれ。ふふ…っ。まだ入学2日目でしょう?」

 

「うんっ!本当に…よかったなって……!」

 

 

 

 同時刻。

 黒鉄嵐の司令室に、隊長の紀行が帰ってきた。今日の活動をまとめるために、吉春も含めた何人かの隊員たちがパソコンに向かっている。

 

「皆、帰ったぞー」

 

「お帰りなさい、隊長」

 

「やれやれ、やっと戻って来やがったか……」

 

「あーあー、疲れたなー」

 

 慶、莱清ら数名の隊員から冷たい視線が刺さる。

 

「おやおや、どうしたんだ?」

 

「別に。隊長、俺、アールヴヘイムの『聖騎士(ヘリガリッター)』に指名されたからよ。諸々の書類とバッジの用意頼むぜ。明日中にな」

 

「……ん?いや、待って。バッジ作りは莱清の専門じゃ…」

 

「あー隊長。明日もリサイクルに回すチャーム、来るそうですよー。僕は他の仕事あるんで、代わりに工廠科に運んでくださいねー」

 

「莱清まで?!ちょ、ちょっと誰か……よ、吉春。これは一体…?」

 

「隊長…」

 

 慌てている彼の肩に手を置き、吉春が続ける。

 

「次に私用でお出かけになるなら……事前に全員に周知徹底してください」

 

「あれ……今日のデート、皆に話してなかったっけ……?」

 

「俺とセリくらいでしたよ、知っていたのは」

 

「…ああ…。み、皆ごめん!雑用でも何でもするから……そんなに冷たくしないでくれ〜!」

 

 

 こうして、黒鉄嵐の夜は更けていく……。

 

 

 

 

 月明かりと夜風が入る窓辺に立ち、夢結は青白く照らされる景色を見つめていた。

 徐に左腕の袖を捲る。夕方、平手打ちを阻んだ吉春のトンファーにぶつかったところが、少し赤くなっていた。

 

 

「それは自分への罰?」

 

 

 背後から、短い銀髪のリリィが語りかけてくる。

 

「彼のカウンターが出てくるのはわかっていただろうに……。まぁそれはともかく、おめでとう夢結。あの夢結が、下級生とシュッツエンゲルの契りを結ぶなんて、感慨深いな」

 

「……私が望んだことではありません」

 

「ふぅん?でも夢結だって、懐は開いたんだろ?」

 

「それは……思い知らないとわからないようですから…」

 

「おぉう怖い。酷い人だな、君も」

 

 その言葉を肯定する彼女。

 

「…そう。酷い女……。私とシュッツエンゲルだなんて……後悔するといいわ…」

 

 

 呪詛のような呟きが、夜風に乗って運ばれていく……。

 

 

 




 ようやく基本設定が固まりました。次の更新はエレンスゲ編の第1話の予定です。


 ……エレンスゲ編と神庭編が終わってもアニメ本編準拠の百合ヶ丘編は終わってない気がする……。


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第6話 訓練の間にて


 お待たせしました、百合ヶ丘編の続き、アニメ第3話の時間軸に入ります。
 やっとできた……。




 

 それは1年前……吉春が黒鉄嵐(ヘイティエラン)に着任してしばらく経ったころのこと。

 

 ある朝、彼と慶、そして苗代(なわしろ)すずなの新入り同期3人組は、宿舎から司令部へと歩いていた。宿舎と司令部はひと繋がりの建物で、廊下を進み司令室に向かう。

 と、部屋の入り口付近に1人の教官、そして彼女と話す隊長の函辺紀行が立っているのが目に入る。

 

「……中等部時代から変わっていないようで…」

 

「はぁ、またですか……」

 

 

「?」

 

 何やら困り顔の紀行と、イライラが顔に滲んでいる教官。吉春たちはとりあえず、普段通りの挨拶をする。

 

「「おはようございます、隊長、教官殿」」

 

「ん…ああ、おはよう」

 

「お困りのようですね……?」

 

 すずながシャンパンゴールドの短い髪を揺らしながら問いかける。

 

「ちょっとな……。そうだ、君たち、今日の仕事は…俺とすずな、姐御は街のマディック主催の式典だったよな。慶と吉春はどうなってる?」

 

「俺は莱清と、クリバノフォロスの武器付け替え作業だぜ、隊長」

 

「いつもと同じく、学院内の見回りですが」

 

「ふむ……教官殿、彼でも構いませんか?」

 

「きちんと出席させてくれるなら誰でもいいですよ」

 

 紀行と教官が吉春を見ながら話す。

 

「……?俺に何か?」

 

「あー…」

 

 紀行は手にしていたタブレット端末を操作して、1人のリリィの顔を表示させる。やや短めの緑の髪を、二つに結わえた快活そうな人物。

 

「この姫様なんだけどな、その……授業への出席率が低めなんだそうだ。学院敷地内で猫と昼寝しているところが度々目撃されているらしい」

 

「……なるほど、彼女を捜し出して教室に出頭させよ、と?」

 

 ここで教官が食いつく。

 

「話が早くて助かります。サボタージュはきっちり取り締まってくださいね?期待してますから。それでは、ご機嫌よう」

 

 教官は早口で命じると、せかせかと司令部を去って行った。

 

「……やれやれ、なんでいつもせっついてんだかなぁ。ああいうイライラが、全ての心の悩みを作るってのにさ」

 

「しかし、風紀の乱れに繋がるとすれば、憲兵隊(こちら)も見過ごすことはできないのでは?」

 

「まあな。……ホント細かいことで悪いが、吉春。頼んでもいいか?」

 

「ご命令とあれば」

 

 

 

 『彼女』の顔を覚えた吉春は、式典に向かう紀行とすずな、そして姐御こと小鬼田(こきた)片子(ひらこ)の3人を、慶と共に見送ってから見回りを始めた。

 

(高機動戦を得意とするリリィ…。交友関係は広く、サボり癖の傾向あり、か……)

 

 学院内はいつも通り、静かだが人の気配は多い。授業が選択制であるため、昼間はどの時間帯でもある程度の人通りが構内に絶えないのだ。

 

(学院内は今日も平和だ。……彼女は見つからなかったな…)

 

 一通り見終わった吉春は、校舎から離れて近くの山に向かう。

 

(野鳥観察をしていても、猫と遭遇することはあった。大抵は少し離れた人目につきにくい場所で……となると、彼女がいるのもその辺りか。猫と昼寝という目撃情報にも合うし、何よりサボるなら見られない場所で堂々とするだろう……)

 

 しばらく山を登り、少し開けた木陰に着く。

 

(確か、以前この辺りにも猫が……)

 

 すると……。

 

「……くかー……くかー……くかー……」

 

「……案の定か…」

 

 丸くなった1匹の猫を腹に乗せて横たわり、寝息をたてて木漏れ日を浴びるリリィがそこにいた。

 

「…もし」

 

「くかー……くかー……」

 

「もし…!」

 

  ユサユサ

 

「かー……んが………くかー……」

 

「肩を揺すっても駄目か…」

 

「……にゃ?」

 

 彼女の代わりに反応したのは猫だった。頭を持ち上げて眠そうに彼を見る。

 

「……。君、済まないが手を貸してくれるか?」

 

「にゃ〜…?」クンクン

 

 猫は吉春のポケットに鼻を近づけてヒクヒクと動かす。

 

(……?…ああ、この前、野鳥観察ついでに野外調理をしたとき、出汁に使った煮干しを……出し忘れていたか)

 

 彼がポケットから煮干しの入った袋を取り出すと……。

 

「!…にゃ〜」ゴロゴロ

 

 猫は目を輝かせて喉を鳴らし始めた。

 

「……。よし、彼女を起こしてくれたらこれをあげよう。俺の言う通りにしてくれ」

 

「にゃ」

 

 吉春は人差し指を立てると、猫の眼前で横に動かして目線を引く。猫が目で指先を追い、頭を振り始めたところで……。

 

「……それっ!」

 

 突如持ち上げ、円を描くように振る。すると、猫は立ち上がると同時にジャンプ。

 

「くかー……んがが?!」

 

 飛び上がった猫が着地したのはリリィの顔面。顔に猫の腹が被せられ、息苦しさと衝撃で彼女は目を覚ます。

 

「もがもが……ぷはっ!」

 

 一瞬慌てた彼女だったが、すぐに顔から猫を引き剥がした。

 

「いい夢は見れたか?昼眠り姫」

 

「……余計な一文字が入ってるゾ、それ…」

 

 彼女はぼやきつつ、吉春の手にじゃれつく猫を腕に抱えて身を起こした。

 

「お前、確か新入りだったよナ」

 

「ああ。七須名吉春という」

 

「ふーん。私、吉村(よしむら)Thi(てぃ)(まい)。1年生だゾ。同級生だナ」

 

「……そうとも言えるな。一応、君たちと年齢も同じだ」

 

「一応?……まぁいいか」

 

 

 吉春は猫に煮干しを与えつつ話を続ける。

 

「どの科目かは知らないが、教官殿から君を出席させよと命令された」

 

「あー……」

 

 梅はバツが悪そうに目を逸らして頬を掻く。

 

「……授業に出席できない理由があるのか?」

 

 彼が問いかけると、梅は意外そうな顔をした。

 

「……何だ?怒らないのか?」

 

「場合によるが」

 

 吉春は猫を撫でながら淡々と返答する。

 

「……まぁ、その…ちょっと考え事しててナ…」

 

「……そうか」

 

「にゃ…?」

 

 徐に立ち上がり、校舎の方を向く吉春。そのまま歩き始める。

 

「お、おい?」

 

「……。黒鉄嵐への悩み事の相談内容は秘匿される。授業を抜けてでも考え込んでしまったことは頷ける悩みだったから、なおさらだ。……結構な長話をしたな。午前中の授業は終わってしまった」

 

 梅は何度か瞬きし……彼が言いたいことを理解する。

 

「……ぷっ…あはははっ!お前、面白くてヘンな奴だナ!」

 

「にゃ〜」

 

「………」

 

 吉春はその強面にニッと笑みを浮かべ、背後の梅と猫に手を振ってその場を後にした。

 

 

 

 数日後。

 吉春が再び見回りをしていると……。

 

「かわいい〜〜!」

「どこから来たのー?」

「うりうり」

 

(あれは…?)

 

 リリィ3人組の足元には、以前に煮干しを与えた猫がいた。

 

「!……にゃ〜」

 

 3人に撫で回されていた猫は、吉春を見るなり駆け寄って……

 

「?」

 

 そして、彼の横にちょこんと座る。

 

「あーん、振られちゃった〜」

「騎士くんの方がいいのー?」

「羨ましい」

 

「………」

 

 彼はとりあえず一礼し、去っていく彼女たちを見送った。

 

「にゃ〜」

 

「……何だ?煮干しならもうないぞ」

 

 そう言うと猫は彼から少し離れ……

 

「……にゃ〜」

 

 また呼びかけてきた。

 

「……にゃ〜!」

 

 離れては呼びかけることを繰り返す猫。吉春の中である考えが浮上する。

 

「ひょっとして……ついて来いと言っているのか?」

 

「にゃ〜!」

 

 

 猫について歩くこと数分。数日前に来た場所に連れてこられた。

 

「……ここは…」

 

「にゃ〜…」

 

「…吉村嬢…?」

 

 猫の視線の先。

 木陰では梅が眠っている。が、様子が以前と違う。数日前は仰向けで堂々と寝ていたが、今回は体を丸めている。

 

「……ぅ……ゅ…ゅ……」

 

「!」

 

 苦しそうに寝言が口から漏れる。

 

「…ま…い……は……梅…は…っ…」

 

「吉村嬢!吉村嬢!!」

 

 強めに彼女の肩を揺さぶる。彼の直感が、放ってはおけないと警告していた。

 

「ぅ……あ……?…お前…なんで…?」

 

 目を覚まして顔を上げる梅。その目からは涙が滴った。

 

「猫に案内された。大丈夫か?」

 

「あ……いや…大丈夫って言いたいんだけどナ…」

 

 彼女は眉の下がった切ない笑みをこぼし、上体を起こして背後の木の幹に背中をつける。

 

「……なぁ、相談したことが秘密にされるって……本当に本当か?」

 

「ああ、約束する。俺も、仲間もな」

 

「………」

 

 梅は意を決した顔になり、静かに話し始めた。

 

「……梅の友達がナ……去年、大事な人がいなくなったんだ……」

 

「………」

 

「…それから、あいつ…一人でいたくなったみたいでさ……しばらくしたら落ち着いて、また仲良くできると思ったんだ…でも…」

 

「……今でも独り…か…」

 

 こくりと頷く梅。吉春には、彼女の言う“友達”が誰か心当たりがあった。

 

 

 いつも一人で戦い、黒鉄嵐の支援も跳ね除ける……孤高のリリィと呼ばれる彼女。

 

 

 梅の隣に座り、彼女を悪夢から引き戻した功労者たる猫を撫でつつ、話の続きを聞く。

 

「少しなら話すんだ。ただ…あいつ、笑わなくなってて……それで…梅にも何かできないかって思ったんだけど…」

 

「……どうすればその友人に笑顔が戻るか…考えていたのか」

 

「…まあナ。笑顔が向けられるのは、梅じゃなくていいんだ…。梅じゃ、あいつの傷を癒せないのはわかってるからナ…。でも、このままじゃ…だめなんだ……あいつを、このまま独りにしてたら…」

 

「………。なるほどな…」

 

 彼女の顔に浮かぶ悲しみが濃くなっていく。

 

「…なあ、吉春…。教えてくれ…梅は…私は何をしてやれるんだ…?何なら…あいつのためになれるんだ……?」

 

「………」

 

 彼はしばらく黙考し……口を開く。

 

 

「吉村嬢、君は……その友人を信じているか?」

 

「…?そりゃあナ」

 

「そうか。それなら……信じ抜け」

 

「?」

 

 梅は目を瞬かせる。

 

「…どういうことだ?」

 

「友人に笑顔が戻ることを……誰かが救いに現れることを、君は信じ抜くんだ。例えその友人自身が諦めても…諦めていても。君は…君だけは、諦めてはいけない。必ず信じ抜け」

 

「……!」

 

「孤独はゼロか百かではない。その間の度合いがある。だが、君が信じなくなれば完全に孤独になってしまうかもしれない。そうなれば、もう誰にも救えない…」

 

 吉春は梅の肩に手を置き、真っ直ぐ彼女の目を見る。

 

「吉村嬢、君だけは希望を捨てるな。例え孤独を癒せなくとも、完全な孤独からは遠ざけることができる。だから……君の友人が、誰かに癒されるその日まで、遠ざけ続けろ。引き戻せ。もし、君自身が挫けそうになったら…」

 

 手を離し、胸に手を当てて梅の前に跪く。

 

「俺たちがいる。君に必ず手を貸す、そのための騎士団が…!」

 

「………」

 

 梅は呆気に取られたのか、一瞬言葉を失い……

 

「…ふふっ。顔、上げてくれ。そういうのは梅にはいいゾ」

 

「…了解……ん?」

 

 吉春は見る。彼女の顔は……木陰にあってなお明るくなっていた。

 

「ありがとうナ、吉春。私は……梅は絶対、諦めないゾ!」

 

「……ああ。俺も…君たちの友情を諦めない」

 

 

 この後、孤高のリリィと呼ばれた“彼女”は戦い続けた。彼女の剣はいくつもの戦場で踊り、ヒュージへの鎮魂歌(レクイエム)を独奏していた。

 その事実こそ、彼女が、信じ続ける誰かの存在に支えられていたことを示す証明であると

 

 気づいた者は一握り。そのまま時は流れ去り………

 

 

 

 

 

 百合ヶ丘女学院高等部のラウンジに、一柳梨璃の感嘆のため息が響く。

 

「わぁぁ〜。これで私、夢結様とシュッツエンゲルになれたんですね!夢みたい…!嘘みたいです!」

 

 喜ぶ彼女の手には1枚の書類。彼女と白井夢結の署名が記され、マギを使った捺印も施されたもの。学院が彼女たちを姉妹と認める証明書である。

 

「………」

 

 梨璃の向かいに座っている夢結は、ただ無表情で紅茶片手に梨璃の言葉を聞いていた。

 

「早く私も夢結様と一緒に戦えるようにならなくちゃ。あ、でも私初心者すぎて、何のレアスキル持ちかもわからないんですよ。あははは…」

 

「………」

 

「あ、二水ちゃんは“鷹の目”のレアスキルなんだそうです。高〜いところから物事を見渡せるって…」

 

 彼女はふと浮かんだ疑問を口にした。

 

「そうだ、夢結様は何のレアスキルを……」

 

 

「……“ルナティックトランサー”…」

 

 

 夢結は静かに返答する。この言葉を聞いても…。

 

「え?」

 

 梨璃の表情は明るいままだ。夢結の説明が続く。

 

「それが私のスキル……いえ、レアスキルなんてとても呼べない代物よ…」

 

 

 

 余所余所しく続く2人の会話を、少し離れた場所から盗み見ているのは…。

 

「朝っぱらからお2人で何をイチャついてなさいますの…!?」

 

「私にはどこかぎこちなく見えますけど…」

 

 楓・J・ヌーベルと二川二水である。オペラグラスを持って観察に勤しむ楓は、二水が手にしている物に目を落とす。

 

「……ところでそのメモは?」

 

「お2人のことを週刊リリィ新聞の記事にするんです」

 

 何一つ悪びれることもなくサラリと答える二水に、さすがの楓も呆れ気味になった。

 

「貴女も中々容赦ないですわね……」

 

 すると…。

 

「コホン」

 

「それ、私も興味あるナ。あの夢結をたった2日で落とすなんて、びっくりだ」

 

「ご機嫌麗しゅう、お姫様方」

 

 咳払いと共に現れ、恭しく礼をするのは吉春。その彼の近く…楓たちの後ろの席には、短めの緑の髪を2つに結わえたリリィがいつの間にか現れた。

 

「んぐ?!よ、吉春さん…?」

 

 リリィの登場にまた鼻血を出しそうにりながらも、やや警戒気味に彼を見上げる二水。

 

「そういうことは程々にな、二川嬢」

 

 そんなやりとりをする2人の後ろでは、楓と緑髪のリリィの会話が続く。

 

「そりゃあ梨璃さんですもの、当然ですわ。で、貴女は?」

 

「私は吉村・Thi・梅。2年生だゾ」

 

「それは失礼しましたわ、梅様」

 

 梅は笑顔で梨璃たちの席を見つめる。

 

「ほんと、あの夢結がナ……」

 

「………」

 

 しみじみと呟く彼女に、吉春もまた微笑みを向けていた。

 

「ところで、貴方は何かご用件がありまして?」

 

 楓が彼の方を向く。

 

「ああ。主に二川嬢……正確には実戦未経験リリィにだが」

 

「わ、私ですか?」

 

 吉春は再び二水を見る。

 

「二川嬢、君は今日の訓練……射撃と近接格闘、どちらにする?」

 

「え?えと…近接格闘って…」

 

「黒鉄嵐隊員が相手だが?」

 

「う…じゃあ射撃で……」

 

「承知した。的は副隊長…姐御こと片子さんとすずなだ。あの2人はカサドールで撃ち返してくるからな。遠慮、忖度どこ吹く風。頑張ってくれ」

 

「ひぇええっ?!」

 

 バイク型高機動装甲車に備えられた機関砲やミサイルを思い出した二水は戦慄の悲鳴を上げる。

 

「訓練弾とはいえ、そこらのヒュージより厚い弾幕を駆け回りながら張ることのできる方々ですわね。どれくらい持ち堪えられますやら…」

 

 楓が淡々と評判を口にする。

 

「当てるより当てられないようにする方が難しいじゃないですか!!」

 

「頭を低くしておけば大丈夫だゾ!」

 

「そんなこと言われたって…!」

 

 梅のアテにならないアドバイスを尻目に、吉春は通信機を取り出す。

 

「では、姐御たちに連絡を……」

 

「ま、待ってください!近接戦で…近接格闘訓練でお願いしますぅ!!」

 

 必死に懇願する彼女。その言葉を彼は聞き届けた。

 

「…そうか?ではそのように人数を組む。ああ、ちなみに……」

 

 振り向きながら、彼は二水をさらに恐怖させる一言を放った。

 

 

「今日の当番は俺だ。お相手つかまつる」

 

 

「っ?!」

 

 二水は青ざめてしまい、がっくりと項垂れる。

 

「……吉春さんに対してどうしろって言うんですか…」

 

「お、黒鉄嵐1番のクセ者相手に、どこまでできるか見ものだナ!」

 

「そんな異名をお持ちだったんですの、吉春さん」

 

「勝手にそう呼ばれる」

 

 吉春が司令部にメールで連絡していると、二水が思いついたように顔を上げた。

 

「あ、そうです。梨璃さんもお誘いしなくては……」

 

「その必要はないと思いますわ。ですわよね、吉春さん?」

 

「ん?……ああ」

 

 彼は楓たちと同じように梨璃と夢結に目線を移す。

 

「彼女の訓練は白井嬢に任せる。実習以外のシルトへの訓練は、シュッツエンゲルからの頼みがない限りは基本的にしないからな。……彼女の場合、そのケースを考えておく必要もないだろう」

 

「……そうですか…」

 

 夢結と黒鉄嵐の間には深い(みぞ)がある。それを知っている二水は、少し残念そうな顔をした。

 

 

 それから吉春はラウンジを巡り、二水と同じ実戦未経験リリィを探しては訓練の希望を聞いて回った。

 

 

 それから少し経った頃。

 彼は格納庫で装備の点検をしていた。

 

(吉村嬢…。少し希望が見えたなら、よかったな…)

 

 考え事をしていると、その後ろに御業慶が通り掛かる。

 

「よぉ」

 

「ん?…慶か。今日のヒュージ迎撃班はアールヴヘイムだったな」

 

「ああ。命令があるまで俺はここで待機だ。ったく、かったりぃ……」

 

「交流を深めなくていいのか?」

 

 慶は両手を広げて肩をすくめ、呆れを全身で表現する。

 

「連中が期待してんのは砲台付きの乗り物としてのクリバノフォロスだ。それ以外じゃお呼びでねぇとよ」

 

「なんと……」

 

 吉春は諦めと驚きが混じった顔になった。

 

「あのメンバーでそういうことを言うのは……遠藤嬢か?」

 

「一番キツいのは江川嬢だ。知らねぇか?」

 

「彼女が?普段の様子からは想像できないが……」

 

「あのシュツコン(シュッツエンゲルコンプレックス)のおかげでリーダーとすらロクに話せやしねぇ。天野嬢の連絡先登録しようと近づいたら……あいつ、俺の通信機ブッ壊そうとしてきやがった」

 

「それは……かなり、だな」

 

「姉妹仲睦まじくてなァ、泣けてくるぜ…。レギオンリーダーとの連絡くらい取らせろっての…。他のやつらも堂々とアッシー君とか呼びやがって……!」

 

 イライラを吊り目の顔に浮かべ、怒りを滲ませる慶。吉春が諦観の笑みを溢す。

 

「そうは言っても、彼女たちの命令は受けるあたりは君の優しさか?」

 

「ああ?まさかだろ。仕事だからやってんだ。お前も聖騎士(ヘリガリッター)になりゃあわかるぜ」

 

「先の話になりそうだな」

 

 などと話していると……。

 

 

『黒鉄嵐海中偵察班より百合ヶ丘全域へ。海面下よりヒュージの侵攻を確認。直ちに迎撃態勢を整えてください』

 

 

「「!」」

 

 

 館内全体への放送で、やや緊張した末黒野セリの声が響く。

 

「……聖騎士としては初出撃か」

 

「ああ。つっても、やることは普段通り。変わらねぇ」

 

 そう言いながら、慶は颯爽と四足のヒト型戦車の胴体に乗り込んで装甲を閉じる。

 

『さぁて……こちら御業慶。これよりアールヴヘイムとの合流予定地点に向かう。クリバノフォロス-Cen(ケンタウルス)A(アーチェリー)。出る』

 

 司令室との簡単な通信を終えた慶は、吉春が開けたシャッターをくぐって海岸の方向へ走る。

 

「……最低限のコミュニケーションはしていると見た」

 

 彼は少しホッとした後、自分の装備を着けて司令室からの命令を待った。

 

 

 

 数分後。

 

 万が一アールヴヘイムが迎撃に失敗した場合に備え、数人のリリィと黒鉄嵐隊員が彼女たちの後方に来ていた。黒鉄嵐からは吉春と、前線で指揮を執るべく紀行も来ている。

 

 紀行の装備は吉春たちの物より一回り大きなパワーアシストアーマー、カタフラクト3C-048。西洋のフルプレートメイルを思わせる重厚な鎧で、波打つ刃の付いた幅広の大剣を背負っている。

 

『隊長、間もなく防衛軍本部隊の前段ミサイル攻撃が開始されます』

 

「了解」

 

 旧市街から海を見つめる紀行は、司令室のオペレーターから情報を受け取ると慶に通信する。

 

「慶、アールヴヘイムとの具体的な連携は考えてあるか?」

 

『あ?ねぇよそんなもん』

 

 ぶっきらぼうな返事があった。

 

「よし、では基本的なプランで……撃破はリリィ任せでやってくれ」

 

最初(ハナ)からそのつもりだっての…』

 

 一方……。

 

(ん?)

 

 EX(絶滅)スキル“ホルスの(まなこ)”でヒュージの観測を試みていた吉春は、後方部隊のさらに後ろにある校舎の一角にマギを見つけた。

 そちらを振り向くと……。

 

(あれは…一柳嬢に二川嬢たち…。見学に来たか。となれば、黒鉄嵐が出しゃばらない隊長の判断も悪くない)

 

 

 直後、地面が鳴動する。それに間髪入れず背後から上がる噴射音。

 

 学院近くにある防衛軍基地から放たれた通常ミサイルが、ヒュージが潜んでいる海面へと叩き込まれる。

 

 

 が、敵はこれを阻止。海中でマギを放ったヒュージは、自らの頭上に防御結界……高密度のマギで作られたバリアを展開する。

 爆炎も爆風も破片も、ヒュージには届かない。

 

「やはりシールド持ちか…。セリ、やつの移動方向は?今のミサイルでこちらに誘引できたか?」

 

 少し間を置き、彼女から通信が入る。

 

『……いえ、少し離れます。近隣の鉄道橋にぶつかる可能性があるかと』

 

「了解。となると……慶、出番だ」

 

『…やれやれ…』

 

 

 

 慶は半身のクリバノフォロスと共に、旧市街の中に身を潜めていた。彼の背後ではアールヴヘイムがフォーメーションの確認を進めている。

 

『お前ら、話し合いの最中に悪いがちょいと離れろ』

 

 言いながら左腕にあたる9連の箱型ミサイルポッドと胴体を動かし、仰角、方位角を設定する慶。

 彼の言葉を聞いた天野天葉含む数人が距離を取る。が。

 

「はっ。大袈裟ですわ。高々騎士団の装備に…」

 

 遠藤亜羅椰は彼の背後から動こうとしない。

 

『……あぁそうかよ。俺を馬車扱いして、連携(ダンス)なんざこれっぽっちも考えてねぇシンデレラにゃあお似合いだ』

 

「はぁ?」

 

『そのツケ、お前が灰で被れ。遠藤嬢』

 

 

  ドドドシュウゥゥゥゥゥッ!!

 

 

 

 言うが早いか慶はトリガーを引く。ミサイルポッド最上段の3発が点火し、煙を吐きながらヒュージの方へ。

 後ろには……。

 

「……ケホ…」

 

 噴き出された煙を浴び、煤まみれになった亜羅椰がいた。

 

「…よくも……よくもやったなアアアアア!!?」

 

 怒髪天を突いてチャームを抜き、戦車に斬り掛かろうとする彼女を、ラベンダー色の髪の番匠谷(ばんしょうや)依奈(えな)が抑える。

 

「とっとと配置に着いて!」

 

「きぃいいいいい!!絶対仕返ししてやるウウウ!!」

 

『言ってやがれ』

 

 

 

 慶の機体から発射されたミサイルはヒュージの頭上を超え、進行方向の先へ。

 空中で分解し、それぞれが多数の球体を放出して海面にばら撒く。

 金属製の球体は泡を出しながら海中に沈み、ちょうどヒュージがいる深度で泡の放出を止めてその場に留まる。そしてランプを点灯させた。

 ヒュージの目には、突如現れた無数の赤い光点が写る。

 

 

『こちら御業。対ヒュージ機雷の散布完了。作動させこちらへ誘導する』

 

 

 

『□?』

 

 水中で、ヒュージの体が機雷の一つに触れる。

 

  キィィィィィィィィィィィィンン…!

 

 すると球体が弾け、血色の稲妻…強烈な負のマギのパルスが放出された。水中ゆえにくぐもった爆発音が響く。

 

『□□□!!』

 

  キィィィィィィィィィィィィンン…!

  キィィィィィィィィィィィィンン…!

  キィィィィィィィィィィィィンン…!

 

 

 周囲の機雷も次々にパルスを放つ。

 防御結界の内側の距離で威力を発揮する。その武器の正体を知ったヒュージは、仕方なく方向転換。始めに敵の拠点を叩くことにした。

 

 

 一方、陸上では…。

 依奈が自らのチャームに“ある弾丸”を装填。

 その仕草をスキル……紅玉に輝く“鷹の目”で見ていた二水が、吉春たちの背後にある高台から声を上げる。

 

「アールヴヘイムが、ヒュージにノインヴェルト戦術を仕掛けます!」

 

 楓、夢結と共に梨璃が様子を見ていると…。

 

 依奈のチャームから青い閃光の塊が放たれる。普通の射撃とは異なる光。

 

  ギン!

  ギン!!

  ギン!!!

 

 それが空中を跳ぶメンバーのチャームに触れる度に大きさと輝きを増し、すぐさま天葉によって海中のヒュージに撃ち込まれた。

 

 

  ドギャウッ!!!

 

 

 ヒュージが再び防御結界を張るが、閃光はその壁を砕いて敵を貫き、爆発。

 

「わっ!な、何?!」

 

 驚く梨璃に楓が解説する。

 

「レギオン9人のパスで繋いだ“マギスフィア”を、ヒュージに叩き込んだんですわ。それがノインヴェルト戦術です」

 

 防御力を持つヒュージに一歩も上陸させず、ただ一撃の下に撃破した。その事実が、彼女たちの技量を物語る。

 

 マギを可視化するスキルでこの光景を見ていた吉春が呟いた。

 

「……こればかりは慣れないな。毎度毎度、眩し過ぎる…」

 

 少しして、セリから通信が入る。

 

『……こちら海中偵察班。敵ヒュージの撃沈を確認しました。本部隊とラボに遺体の回収と処理を依頼してください』

 

「任せろ」

 

 紀行の返答を最後に、今日の戦闘は終了した。

 

 

 しばらくして。

 校舎内にある広い屋内訓練施設では、カタフラクトを纏った吉春が実戦経験のないリリィに訓練を施していた。

 手にしているのは、脱走したヒュージを追跡したときにも使った双刃の槍と同じ長さの、真っ直ぐな金属棒。

 

 攻撃を回避し、棒で相手の斬撃を防ぎ、受け流し……隙を突いてチャームを手から叩き落とす。

 その合間に蹴りや拳打が挟まれ、何人もの初心者リリィが翻弄された。

 

 リリィの身体は狙わず、ただチャームを手放させることだけを繰り返して訓練の時間が過ぎる。

 

「さて……」

 

 吉春は壁際に身を寄せている二水の方を向いた。

 

「最後は君だ、二川嬢」

 

「ひぇぇ…ついに私の番が…」

 

「他のリリィたちにずっと先を譲っていたな。それだけ俺を観察したなら、多少なりとも手を焼かせてはくれると期待する」

 

「うう…自信ないですぅ…」

 

「頑張ってー!二水ちゃーーん!」

 

 後ろで楓や夢結と一緒にいる梨璃の声援を聞きながら、彼女は自分のチャーム…水色のグングニルにマギを流して片刃の大剣に変形させる。その刃には訓練のためのカバーがかけられていた。

 チャームを構える彼女に吉春が呼びかける。

 

「さあ、君の方から打ち込んで来い。俺は絶対に先制しない」

 

「い……行きます…!」

 

 不安そうな二水だったが、覚悟が決まったのか。彼女は足裏からマギを放出し、ジャンプしながら加速。

 

「たぁぁああああっ!」

 

 剣を前に出し、吉春に向け突進する。

 対する吉春は棒を構え直して駆け出すと…

 

 

「あれ?」

 

 

  ズシャァッ

 

 

 二水の視界から消える。

 彼がサッカー選手のスライディングの要領で足下に滑り込み、彼女の突進をやり過ごしていたためであった。

 

「わ!…わ!わっ!!」

 

  ドテ

 

 二水は何とか着地したもののつんのめり、前方向に転んでしまう。

 

「いたた……」

 

 起き上がって振り返れば、棒を構えて立つ吉春がいた。

 

「これで終わりとは言わないよな、二川嬢?」

 

「うぅ……。や、やあああっ!」

 

 再び駆け出した二水。チャームを横薙ぎに構えて彼に近づいていく。

 

「………」

 

  パリ…

 

 対する吉春が持つ棒の上で、血色の稲妻が弾けた。負のマギを得物に流したのだ。

 そのマギが棒の先端を床に吸い付け、がっちりと固定した。今や金属棒は柱も同然。

 

 吉春が床を蹴る。掴んだ棒を軸に、ポールアクションのごとく胴体を回転させ……

 

 

「っ?!」

 

「ィヤッ!!」

 

 

  バッキャャァアアアアアアッ!

 

 

 二水が想定していたより遥かに遠い間合いから、思い切り身体を伸ばして彼女のチャームを蹴飛ばした。

 

「あー……」

 

  ガランガラン…

 

 床の上に大剣が転がる。二水の顔が絶望感に染まった。

 

「さて二川嬢。拾って続きを…」

 

「うぅう……」

 

「?!」

 

 吉春は驚く。彼女は涙目になっていた。

 

「もう無理ですぅ……心が折れましたぁぁ…」

 

「お…おい、何も泣くことはないだろう…」

 

「だって普通は武器で反撃が来ると思うじゃないですかぁ…。なのに…うう…」

 

「そう言われてもな…」

 

 すると、2人の方に楓が近づいて来た。

 

「確かに、些か意地の悪い戦い方をされますわね」

 

「ヌーベル嬢…」

 

「ですが二水さん、ヒュージは予想外の攻撃を繰り出してくるのもまた事実ですわ。それに対処する力も重要なんですのよ」

 

「はい…」

 

「……ん?」

 

 ふと視線を感じた吉春が見るのは梨璃たちの方。夢結から剃刀のような気配を感じる。

 

「…どうやら後ろがつかえているようだ」

 

「あ、梨璃さんと夢結様…」

 

 二水もその気配を察したらしい。

 

「今日のところは一旦、ここで終わりにする。この後時間があればもう一巡するからな。他のリリィたちにも伝えてくれ」

 

「わかりました」

 

 二水が返事をして、楓と共に梨璃たちの方へ。吉春も適当な壁際へと歩いて場を開け……

 

 

 顔見知りのリリィの隣に立った。

 

「……君にはもうこの訓練は必要ないだろう。(くぉ)嬢」

 

「うふふ。ご機嫌よう」

 

 長い茶色のロングヘア。赤と金のオッドアイに淑やかな雰囲気を湛えるリリィ。

 この訓練施設に、郭神琳も顔を出していた。

 

「また道場破り紛いのことでもするつもりか?君のチャームに殴り倒されるのは懲り懲りなんだがな」

 

「とんでもありません。今回はわたくしというよりも…」

 

「?」

 

 神琳の視線の先には、入り口からこちらを覗く黒髪に翠の目のリリィ……王雨嘉の姿があった。

 

「雨嘉さんの訓練です」

 

「……王嬢?実戦経験はあると聞いているが…」

 

 神琳が手招きすると、雨嘉は恐る恐ると言った具合に近づいて来る。

 

「ええ。ですので実力の程を知っていただきたくて」

 

「俺に?」

 

「……それでも構いません。貴方には彼女のチャームを見ていただきたいのです」

 

「…?今一つ話は見えないが…」

 

 

「ご、ご機嫌よう…」

 

 話している内に近づいていた雨嘉が挨拶する。

 

「ああ、ご機嫌麗しゅう」

 

 礼を返した吉春。神琳は雨嘉に武器を見せるように促した。

 

「雨嘉さん、貴女のチャームを吉春さんに見せてくださいませ」

 

「え…。で、でも、私のは普通の“アステリオン”だし、見せるようなことなんて…」

 

「………」

 

 神琳は無言で彼女を見つめる。その笑顔にはやや圧力があった。

 

「…まあ…神琳が言うなら…」

 

 結局折れた雨嘉は、射撃形態のチャームを吉春へ渡した。

 

「……ほう…」

 

 両手で受け取った彼は、興味深い様子で武器の観察をする。

 

(…これは…)

 

 刃の周りなどを一通り見て、次に射撃姿勢を取りスナイパーライフルの要領で構えた。

 

「……なるほどな」

 

「な、何か変だった…?」

 

 不安そうな雨嘉にチャームを返す。

 

「まさか。わかったのは君がこのチャームを使い込んでいるということくらいだ」

 

「そんなことは…」

 

 

「刃が何度か交換されていて、傷も補修された跡があった。極め付けは照準。初期設定からずらされている。君の癖に合わせてチューニングしている証拠だ。ここまでしていて、使い込んでいないということはないだろう」

 

 

 聞いた雨嘉は俯いてしまう。

 

「…確かに狙撃はちょっとだけできる…。でも、近接格闘は全然ダメで…」

 

 

「そういうことでしたら雨嘉さん、吉春さんをお相手に訓練なさってはいかがです?」

 

 

 神琳のこの一言で、吉春は彼女の狙いを察した。

 

(ああ…郭嬢、王嬢に自信を持たせたいのか)

 

「そんな…迷惑かかるし…」

 

「いや、王嬢。決して迷惑ではない…が、今日は無理だ。何せもうすぐ……」

 

 

 彼が言いかけた次の瞬間…

 

  ガギンッ

 

「くあっ…!」

 

 

 背後で梨璃が膝を打った。

 

 

「……もう次が始まっている」

 

 

 相手に打たせるのではなく、自ら徹底して打ち込んでいく。

 吉春とは真逆の訓練が、夢結の手で開始され……

 

 

 訓練の時間一杯まで続くのであった。

 

 

 




 初期案では、主人公と梅さんは縁もゆかりもない関係だったのですが、ゲーム内イベントのストーリーから関係性を考えついたので修正していました。
 次はエレンスゲ編の続きを投稿する予定です。



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第7話 Alas……


 アニメ第3話の続きです。この回は難産で、書くのに時間がかかり過ぎた……。





 

 

「あ痛たたた……」

 

 夜。学院の浴場で、楓、二水と一緒にシャワーを浴びている梨璃が小さく呻いた。夢結によるしごきとも言える訓練で床などに何度となく叩きつけられた彼女の体には、薄い痣が何ヵ所もできている。

 

「おいたわしや梨璃さん。全身痣だらけですわ」

 

 そんな彼女の背中を洗っている楓は、ここぞとばかりに肌の触り心地を堪能していた。

 

「ほらここも…ここも……あら、こんなところまで!」

 

「そこは違います!」

 

 例に漏れず、楓の目は爛々と輝いていた。

 すると…。

 

 

「どうやら派手にやったようだねぇ、お嬢さん」

 

 

 やや低く、力強い印象の声が投げかけられた。

 声の方に3人が振り向くと、楓より赤みが強い茶色のロングヘアを後ろに纏めた、背の高い黒鉄嵐メンバーが笑顔で立っていた。スラリとしているが、痩せているのではなく筋肉が適度に付いた、いわゆる細マッチョな体格の女性。

 

「また…!梨璃さんとの貴重なひと時を邪魔しないでくださいませんこと?!」

 

 彼女を睨みつける楓だが、隊員は適当にあしらう。

 

「ヌーベル嬢に一柳嬢だね?元気そうで何よりだよ」

 

「あ…はい、おかげさまで…。……どこかでお会いしましたっけ…?」

 

 きょとんとして彼女を見上げる梨璃。見覚えがない隊員だ。

 

「ほら、煙吐くヒュージとやり合った後、あんたたちの隣に吉春乗せてたマシンあったろ?あれの中身さ」

 

 梨璃は2台のカサドールが迎えに来ていたことを思い出す。彼女たちは荷台のある方に乗って学院に戻ったのだ。

 

「ということは貴女が……」

 

「はい、黒鉄嵐副隊長の小鬼田(こきた)片子(ひらこ)さんですよ!梨璃さん!」

 

「今日のあんたたちの浴室警備はあたしさ。ドーンと任しとくれ」

 

 興奮気味に彼女を紹介する二水。片子は彼女の方を向く。

 

「っと、二川嬢だね?今度はあんたも射撃訓練に来るんだよ?待ってるからね?」

 

「ひぇえ…」

 

 少し萎縮する二水を放っておき、楓に向き直る片子。

 

「それからヌーベル嬢、嫌がるまで相手の体にベタベタするもんじゃないよ。加減を覚えな」

 

「ちゃんと加減していますわ!」

 

「そうかい?んじゃ、隣で見させてもらおうかねぇ…」

 

「ぐぬぬぬ…」

 

 楓は渋々と手を引き、さっさと体を洗って湯船に移動した。

 その中に置かれた仕切りのブロックの上に寝そべり、離れた場所で浸かっている梨璃と二水に話しかける。

 

「わたくしにはやっぱり解せませんわ。そこまでして夢結様にこだわること、ないんじゃありません?」

 

「楓さんだって最初は…」

 

 二水が苦笑いで呟くが、楓は無視を決め込む。

 

「……こんなところで挫けてられないよ。だって私、夢結様のことまだ全然知らないから……」

 

 と、彼女の後ろからぞろぞろとリリィが入って来る。

 

「貴女が夢結様のシルトね?」

 

「まさか本当にものにしちゃうなんてね」

 

 まず話しかけて来たのは壱と亜羅椰だ。次いで樟美が祝いを述べる。

 

「おめでとう梨璃さん」

 

「アールヴヘイムの皆さん……!」

 

 二水が反応すると、続いて片子も湯船に浸かった。

 

「あんたたちだね?ウチの慶に泣き言言わせてんのは」

 

 彼女の言葉に真っ先に壱が答える。

 

「まあ大半は樟美のせいだけど」

 

「お…怒りますか…?」

 

 すこし不安そうな彼女に、片子は笑顔を向ける。

 

 樟美は、愛する姉である天葉と連絡先を交換しようとする慶に敵意剥き出しで襲いかかり、勢いに任せて彼の通信機を破壊しようとしたのだ。相手が男というだけでも、彼女はとてつもなく強い不安に駆られてしまう。

 

 そんな気持ちを、片子は理解しているようだった。

 

「いいや、責めやしないさ。何なら感謝してるんだよ?何せ、あいつがあんな面白いことになるなんて、これっぽっちも思ってなかったからねぇ。いいもん見せてもらったよ、くっくっ…」

 

「ほっ…」

 

「まあでも、程々にしといてやりな。慶の評判が下がると、あいつが好きな隊員が付き合いづらくなっちまうからね。あの子と同じ女なら、その恋の邪魔になる真似はしないことだよ、江川嬢」

 

「はい……えっ?」

 

「普通あんなのに恋する?!」

 

 樟美と亜羅椰は目を丸くした。

 

「5年もいるとねぇ、後輩の色恋沙汰にも慣れるようになるのさ」

 

「5年…?」

 

 その活動歴の長さに興味を引かれる梨璃。片子なら、もしかすると…。それに、アールヴヘイムは中等部からの持ち上がりも多いベテランチーム。

 楓も同じことを考えたのか、今しがた来た彼女たちに問いかける。

 

「丁度いいですわ、教えていただけません?夢結様のこと」

 

 壱が困り気に空を見上げる。

 

「そうは言っても、中等部は校舎違うしね…」

 

「でも夢結様と言ったら……」

 

 

「甲州撤退戦……」

 

 

「甲州…?」

 

 亜羅椰に次いで樟美が呟いた。梨璃は夢結と初めて会った日を思い出す。

 

「2年前…ヒュージの大攻勢に遭って甲州の大部分が陥落した戦いのことですね」

 

 二水が解説を始めた。

 

「百合ヶ丘からも幾つかのレギオンや黒鉄嵐が参加したものの大きな損害を出して、威勢を誇った先代のアールヴヘイムが分裂するきっかけにもなったんです。先輩方や黒鉄嵐の古参の方に伺っても、この件には口が重くて…」

 

「度胸あるわね、貴女も」

 

「中等部の3年生だった夢結様も、特別に参加していたと……」

 

 壱が感心していると、亜羅椰が呆れ気味に言う。

 

「なら知ってるでしょ?夢結様は…

 

 そこでご自分の守護天使(シュッツエンゲル)を亡くしてるって」

 

「え……!」

 

 梨璃は衝撃を受けたが、これだけではなかった。

 

 

「その時、助けに来なかった黒鉄嵐を夢結様は恨んで信用されなくなって……この戦いの後、黒鉄嵐が再編成されたのよ」

 

 

「あ…吉春さんも言ってました。再編成があったって…」

 

 以前のラウンジでの会話を思い出しながら、梨璃は片子の方を見る。彼女は苦しい顔をして目を伏せていた。

 

「ああ……いい思い出じゃなかったねぇ…。一緒に戦ってきた仲間といきなり散り散りになるっていうのも」

 

「どんなふうに変わったんですか?」

 

「昔の黒鉄嵐は、あんたたちのとびっきりな攻撃を裏打ちするための防御力重視でね。そこを削ぎ落として攻撃力と機動性を増して、今のバランス重視にしたのが、あの再編成だったのさ。ただ……」

 

 片子は目を開けると、梨璃を真っ直ぐ見た。

 

「これだけはわかっとくれ。これはあの戦いの結果から決まったことなんだよ。決して、白井嬢があたしらを恨んだからってわけじゃない。あの子は何も悪くないんだ」

 

 一度言葉を区切り、順番に彼女たちを見回す。

 

「そこだけは…念頭においてあげな。あんたたち皆もだよ」

 

「はい…」

 

 梨璃を含め、亜羅椰たちや楓たちも彼女の言葉に頷いた。

 

 

 

 梨璃たちが浴室で話している頃。

 夢結は自室の窓から夜の空を見ていた。彼女の横には、短い銀髪のリリィが今日も立っている。

 

「新入生相手に手荒いな、君は。彼のことも、あんな風に睨まなくたってよかっただろう」

 

「これが私です。仕方ありません」

 

 夢結は淡々と答える。

 

「……嫌われるのが怖くない?」

 

「別に……構いません」

 

「本当は、あの新入生や今の騎士たちが怖いんじゃないか?怖いから遠ざけたい。受け入れる勇気がない」

 

「そんな……私は……。……」

 

 言葉に詰まる夢結に、銀髪のリリィが頬を寄せる。

 

「ごめん…」

 

 一言謝罪し、彼女は窓の向こうの景色を夢結と眺めた。

 

「見てごらんよ、あそこ。今年もソメイヨシノが咲いたようだ…」

 

 旧市街地を挟み、寮の向かいにある山の頂。そこでは白い花が月明かりを受け、ぼんやりと光を放っている。

 

 

 

 1週間後。

 吉春は今日も屋内訓練施設に足を運んでいた。リリィの訓練相手ではなく、普段行っている見回りのために。

 

「はぁ…」

 

「ん?」

 

 入り口の近くにあるベンチに座っているリリィ…二水のため息が聞こえる。

 

「二川嬢」

 

「あ…吉春さん」

 

 彼女は座ったままぺこりと一礼。あまり元気がないようだ。

 

「一柳嬢やヌーベル嬢を待っているのか」

 

「はい…」

 

「……。何か悩みでも?」

 

「…実は、今日こそはと思って先程、射撃訓練に行ったんですけど……」

 

「ほう。今回の的も、確か姐御たちだったな」

 

「それで、片子さんが撃ってきた榴弾砲に一撃でやられちゃったんです…。しかも一番最初に……」

 

「……そうか」

 

 しょぼんとする二水に、かける言葉が中々見つからない。

 

「今日ヒュージが出たら、私たちが迎撃するんですよね?もう不安で…」

 

「いや、実戦未経験のリリィを無理矢理引き摺り出すことはないが」

 

「そうなんですか?」

 

 彼女は意外そうに見上げる。

 

「ああ。ただ、いつまでもそうとはいかないだけの話だ」

 

「ほっ…。ちょっとだけ気持ちが楽になりました…」

 

「そうだ、ついでに姐御たちの攻略法も少しばかり教えよう」

 

「え、そんなのあるんですか?!」

 

 目を丸くする彼女の隣に座った吉春。淡々と説明する。

 

「姐御が最初に君を狙い、破壊力の大きな榴弾砲を惜しげもなく使ったのは、君を最初に無力化しておきたかったからだ」

 

「私を…?」

 

「君のレアスキル、鷹の目。遮蔽物に関係なく敵の位置を捕捉できる。つまり君が長い時間生き残り、最適の行動を取ったなら……姐御たちはかなり不利になっていた」

 

「はあ…。それはそうですけど…まだ慣れてなくて…」

 

「ならば、訓練で積極的に使っていくといい。他のリリィや姐御たちも、きっと期待しているはずだ」

 

「……。そうですね。梨璃さんも頑張ってますし、私も挫けてられません!」

 

 拳を握って立ち上がる二水。気力は戻ったらしい。

 と…。

 

 

「二水ちゃーーん!」

 

 

「あ、梨璃さん!」

 

「噂をすれば」

 

 遠くから梨璃が駆け寄って来た。彼女も相変わらず気合いが入っている様子である。

 彼もベンチから立ち上がった。

 

「では、俺は見回りに戻るとしよう」

 

「はい、ご機嫌よう!」

 

 二水の挨拶に礼で返すと、巡回警備を再開した。

 

 

 

 しばらく歩いて正門の近くに着く。すると荷物を背負った隊長の紀行が、その門を潜って帰還した。

 

「お、吉春!戻ったぞ」

 

「お帰りなさい、隊長。関東地方の部隊長報告会でしたね」

 

「ああ」

 

 2人は並んで歩き始める。

 

「どうでした?」

 

「まあ刺激的だったな。年度始めとなると、新しい試みを始める他所のガーデンもあって面白そうだった」

 

「ほう」

 

「ただ……『連中』と仲のいいガーデンの部隊はいらない苦労をしてるようだがな」

 

「……それは、そうでしょう…」

 

「あとは事故もあったそうだ。H(ヒュージ)M(マギ)R(リアクター)を直接触ったリリィがいて、大変なことになったらしい」

 

「リアクターから生成される負のマギは、謂わばヒュージの怨念、呪詛…。リリィには毒になる。それに直に触れたとなれば……」

 

「黒鉄嵐でも、安全管理の体制見直しておくか」

 

「それがよさそうで……」

 

 

  ゴォォォォォォン…ゴォォォォォォン…ゴォォォォォォン…

 

 

「「!」」

 

 唐突に鳴り響く鐘の音はヒュージ出現アラート。その後、屋外スピーカーからセリの声が流れる。

 

『黒鉄嵐海中偵察班より百合ヶ丘全域へ。海上よりヒュージの侵攻を確認。頭数は1体。当ガーデンに直接上陸するコースにあり。直ちに迎撃態勢を整えてください』

 

「「………っ」」

 

 吉春と紀行は目を合わせて頷くと、すぐさま格納庫へと駆け出した。

 

 

 

 廃墟の上に立ち、チャームを手に海を眺めるリリィたち。その視線の先には、黒々とした異様な塊が見える。

 

「上陸まではまだ少し、余裕がありそうですわね」

 

 その内の一人である楓が呟く。その横に梨璃と夢結も合流していた。

 

「あれ、楓さんも出動なの?」

 

「今回は、まだレギオンに所属していない、フリーランスのリリィが集められていますわね。この時期にはよくある光景ですわ」

 

 

「俺たちは大抵いるけどな」

 

「あら、ご機嫌よう」

 

「わっ…ご、ご機嫌よう…」

 

 

 楓たちが優雅に挨拶するのは、大柄な体格を西洋風のアシストアーマーで覆い、波打つ刃の付いた幅広の大剣を背負った紀行。

 彼の後ろには、和風のアーマーを装着した吉春も来ている。右肩のウェポンラックに両端に刃を備えた槍、左肩には長い柄の長剣を携える。

 

「じゃあ二水ちゃんも?」

 

「あの方は後方で見学ですわ。実戦経験ありませんもの」

 

 4人が振り向いた先。校舎近くの高台に二水が立って声援を送っていた。

 

「皆さん、頑張ってくださーーい!」

 

 

 吉春が楓たちに話す。

 

「近いうちに、二川嬢もこちらに来るとは思うが…」

 

「ええ。とりあえず、初陣は梨璃さんだけですわね」

 

「……。今更だけど、一柳嬢は大丈夫なのか?チャームにしても今一つだと聞いているけど」

 

「心配いりませんわ隊長さん。先程、完全にマギが入りましたから。技量はともかく、出力面では戦えますわ」

 

「そうか」

 

「は、はい…!頑張りま…」

 

「貴女もここまでよ」

 

 と、気合いを入れようとする梨璃を遮るのは夢結だ。近くに集合している黒鉄嵐メンバーとは目を合わせようともしない。

 

「え…?」

 

「足手まといよ。ここで見ていなさい」

 

 唖然とする梨璃の横で、吉春が疑問を呈する。

 

「君がわざわざ連れて来たのにか?白井嬢」

 

「………」

 

 …が、彼女は無視を決め込んだ。

 

「……夢結様……」

 

「来いと言ったり、待てと言ったり……」

 

 楓も不満そうではあるが、結局夢結は取り合わなかった。

 

 

 

 ヒュージが陸地に近づくと、その全貌が鮮明となる。太い腕が2本生えた分厚い楕円体であり、棘が付いた甲羅を背負っているような形。中央にある単眼の中で、曲線状の視覚器が青い光を放つ。

 

「いつにも増して歪な形のヒュージですこと」

 

「吉春、奴のマギを透視してくれ。いつも通りにな」

 

「了解」

 

 吉春の瞳が燻んだ赤い光を湛え、彼のスキルであるホルスの眼が作動する。

 すると…。

 

  グォォ……

 

「!」

 

「飛んだ?」

 

 ヒュージの巨体が海面から浮き、廃墟の街の上を飛行し始める。その下目掛けて夢結が駆け出した。

 

「待て白井嬢!奴の弱点は……言っても無駄か…」

 

 吉春の声はもう聞こえない。

 

 

「はあっ!!」

 

 ヒュージの足の付け根を斬りつけ、巨体を地面に落とす夢結。逆に勢いよく飛び上がった彼女は、ヒュージの甲羅が修復の跡であると理解した。

 

(このヒュージ……『レストア』だわ…)

 

 

 一方、梨璃たちのいる場所では…。

 

「ふーん。レストアね……」

 

「最近は出現率が上がっとると聞くのう」

 

 百由とミリアムが皆の横に現れ、吉春とは別に解析を進めていた。ミリアムは戦鎚型のチャームを持っており、百由が立体映像のディスプレイを見ている。

 

「わ、百由様!……とミリアムさん。どうしてここに…。レストアって何ですか?」

 

 百由が梨璃たちの方に誇らし気な笑顔を向けた。

 

「工廠科とはいえ、私たちもこう見えてリリィなの。結構戦えるのよ?」

 

「今日は当番と違うがの」

 

「で、損傷を受けながらも生き残ったヒュージが、(ネスト)に戻って修復された個体。それを私たちはレストアード……レストアと呼んでるの。何度かの戦闘を生き延びた手合いだから、手強いわよ」

 

「はあ…」

 

 

 夢結の攻撃に感づいたヒュージは、体の表面にある六角形のパネルを弾き飛ばして球形のミサイルを多数連射する。

 生命体故か、僅かながらに誘導性能を持つそのミサイルを回避し、爆風もものともせずに接近戦を試みる夢結。

 

 

「その分、古傷を突ければ有利になることもあるから、よっしーみたいにマギを透視できる騎士団のスキルは重要になってくるわね」

 

「………」

 

 吉春はじっとヒュージを見つめている。

 

「どう?よっしー、何か見えた?」

 

 

「……。奴のミサイルは奴自身が誘導している。込められたマギの量からして、おそらくこの市街地をもう一度滅ぼすくらいは容易いだろう。だが…」

 

「だが?」

 

「奴の背中…棘や甲羅の下がよく見えない。爆炎から噴き出すマギが眩しくてな。何かはあるようだが……もう少し集中すれば…」

 

 

 その頃。

 梨璃は夢結の戦いに目を奪われていた。殺到するミサイルの群れを次々と回避し、ヒュージに斬撃を浴びせる。

 

「凄い……夢結様…」

 

「じゃが、ちょっと危なっかしいの」

 

「なまじテクニックが抜群だから、突っ込みすぎるのよね」

 

 ミリアムたちが会話していると……。

 

 

「……っ?!」

 

 

 吉春が何かに気づいた。

 

「よっしー?どうかした?」

 

 

「……悪辣な…!」

 

 

  ギリ……

 

 彼の握り拳か、あるいは食いしばった歯が音を立てる。

 次いで彼は誰かを捜すように辺りを見回し、立っている場所より下の区画へと飛び出した。

 

 カタフラクトの脚と背中のスラスターからエネルギーを噴射し、かなり急いでいる様子。

 

「吉春さん?!」

 

「どうされましたの?」

 

 梨璃や楓は不思議そうに呼びかけるが、紀行は冷静だ。

 

「何か見つけて、急いで伝えるべき相手がいるってことだろうな。たぶん理由はすぐにわかる」

 

 

 

 

「吉村嬢!!」

 

 吉春が探していたのは、夢結の戦いを見守っている梅であった。舟型の薙刀状チャームを手に、驚く彼女の後ろに着地する。

 

「吉春?何だ、急に」

 

「何かまずい!白井嬢をヒュージから引き剥がせるようにしてくれ!」

 

「どういうことだ?」

 

「奴の甲羅の下に……!」

 

 

 

 

 ヒュージの棘を叩き斬るべく、その根本にチャームを振る夢結。

 

 すると……。

 

 

  ガギィン!

 

 

「なっ?!」

 

 ぶつかった。チャームを通さぬ何かに。

 

 棘には“芯”があるのだ。夢結に……否、リリィ誰しもに聞き覚えのある、打撃音を発する芯が。

 

 距離を取り、割れ目を見る。そこで何かが陽の光を受けて銀色に煌めいた。

 

「あれは………っ?!」

 

 ヒュージのミサイルが眼前に飛来し、チャームの刃に食い込んで爆発。夢結を吹き飛ばし、地面へと叩き落とす。

 

「っ!」

 

「そろそろ引け、夢結!!」

 

 着地した彼女に梅が詰め寄る。が。

 

 彼女は起き上がるや否や飛び出し……

 

「なっ……?!」

 

 なんと空中で、ミサイルをチャームに当てさせたのだ。

 着弾から吸着、そして爆発。そのタイムラグの内にチャームの刃を振り下ろす。

 

「やぁあっ!!」

 

 

  ドグォォォッ!!

 

 

『□□□□□ッ!!』

 

 

 叩き付けられる形で自らを放ったヒュージの装甲を爆破するミサイル。

 その爆風でもって吹き払われる炎。その中から現れるのは……

 

 

 「な……っんだと…?!」

 

 

 チャーム、チャーム、チャーム、チャーム……

 

 

 10機は有に超えるチャームが、ヒュージの甲羅に囚われていたのだ。それらが突き立てられたこの光景は正に……チャームの墓場。鋼の墓標である。紀行と楓は息を呑んだ。

 

「あれって……」

 

 

 梅と吉春もまた、その光景を見上げている。

 

「コイツ……どれだけのリリィを……!」

 

「連れ去って…その上、閉じ込めていたのか……!!」

 

 2人の目には義憤が宿った。

 

 

 

「マジか……」

 

 ミリアムが絶句の末に発したのは、その一言だけ。

 

「ど…どういうことですか…?」

 

「チャームはリリィにとって身体の一部。それを手放すとしたら……」

 

 

「吉春……」

 

 アーマーのヘルメットに内蔵された通信機に向け、紀行が静かに呼びかける。

 

『……わかっています。しかし、白井嬢のマギが…!』

 

 

 

 ヒュージの上……チャームに囲まれた夢結の胸を苦しみが襲う。

 

「あ………う…っ…!」

 

 胸を押さえて呻く彼女に、もう一度梅が近寄った。

 

「もういい!!下がれ夢結!」

 

 

「……っ!」

 

 

 だが、その声は聞こえていないようだった。夢結の黒い髪の下から、真紅の眼光が閃いて肩に手を置く梅を睨みつける。

 

「あ…っ!」

 

 そして彼女を突き飛ばした。

 

「吉村嬢っ!」

 

 落下する梅を吉春が空中で受け止め、スラスターからのエネルギー噴射で安全に着地。

 

 

 その時には、夢結の黒髪にも変貌が訪れていた。眼光と同じ真紅が彼女を包み、髪は銀を経て純白へと変わる。

 

 

 

 月が昇った。

 その瞳は、低空に燃える紅い月。

 そして髪は、天高く闇夜(あんや)を照らす白い月。

 どちらも冷たい輝きを放つ。

 

 

「うぅ……っ!」

 

 

 彼女の脳裏を支配するのもまた、冷たい記憶。

 

 伸びる触手。飛び散る鮮血。

 

 愛する人を貫いた苦痛の悲鳴が、晩鐘のごとく頭に響く。

 

 

うあああああああああああああっ!!!

 

 

 彼女は叫ぶ。

 怒り、絶望、怨嗟、悲嘆……ありとあらゆる負の感情が掻き混ぜられた、禍々しい咆哮を。

 

 

 

「ルナティックトランサー……」

 

「動き出したのか…またしても…!」

 

 楓と紀行が呟くと、百由が解説を始める。

 

「一度トランス状態に陥ったリリィは理性を失くし、敵味方の見境なく、マギが枯れ果てるまで破壊の限りを尽くす。夢結自身が封印したスキルよ」

 

「それが何でまた…?」

 

「主を失ったチャームの群れが、夢結に思い起こさせたのね……」

 

「それって……」

 

 ミリアムと梨璃に向けた説明。その間にも、夢結はヒュージとの戦闘を続ける。自失となったかのように、荒々しく。

 

「……夢結は、中等部時代に自分のシュッツエンゲルを亡くしているの。そのときにルナティックトランサーを発動していたことから、夢結に疑いがかけられたわ」

 

「そんな……」

 

「実際、遺体には夢結のチャームで付いた刀傷もあったと言われているわ。結局、証拠不十分で疑いは晴れたけど…夢結自身、記憶が曖昧な状態で……でも、はっきり覚えていることもあったみたいなの」

 

「それってもしかして……」

 

 梨璃は紀行の方を向いた。

 

「……ああ。最初の事情聴取は俺たちが受け持った。そこで白井嬢は……

 

『黒鉄嵐ならお姉様を救うことができた。お姉様が助からなかったのは黒鉄嵐のせいだ』

 

…そう叫んだんだ」

 

「………」

 

 梨璃はただ絶句する。

 

「白井嬢のシュッツエンゲルが亡くなったあの日……俺たちは一般市民の避難に手を貸していた。その判断が間違いだったわけはなかった。そうしなければ大勢死人が出ていたからな」

 

 一度言葉を区切り、悲しそうに夢結を見る紀行。

 彼女の近くには梅と吉春が。通信機を介して、彼らの会話は2人にも聞こえている。

 

 

「だから俺たちが支援に向かったときには……もう…。やれるだけのことはやった。だが間に合わなかった。純粋に機動力が足りなかった。それが事実だ。当然白井嬢にも説明して謝罪した。だが…彼女にはそれが受け入れられなかった…」

 

「じゃあ、夢結様は……」

 

 紀行の目が悔しさに歪む。

 

 

「ああ…俺たちを心から信頼してくれていた。だからこそのやり切れなさが、受け入れ難さがあったんだ…!それに……

 

わかっているんだ…!あの白井嬢の叫びが、本心なんかじゃなかったことはな!ただ、一度口にしてしまったから、白井嬢は俺たちから距離を取った…!それしかないと考えてしまったんだよ!それから…ずっと…っ!」

 

 

 紀行の言葉を、百由が補完する。

 

「……ずっと、自分を苛み続けているの……。シュッツエンゲルが亡くなってしまったこと…黒鉄嵐を遠ざけたこと…。この二つを、自分のせいにしてね……」

 

「………」

 

 黙り込んで何か考えていた梨璃は、表情を切ないものから真剣なものに変える。

 理解したのだ。初めて出会った時の笑顔が、今や見る影もない、その理由を。

 

「私、行ってきます……!」

 

 彼女の手にあるチャームにマギが流れた。クリスタルコアにルーン文字が重なった図柄が浮かぶ。

 

「駄目だ、一柳嬢!」

 

「今の夢結は危険よ!」

 

「それだけじゃない!これは黒鉄嵐と白井嬢の問題でもあるんだ!無関係な君を巻き込んでは……!」

 

「…百由様…」

 

 振り返った梨璃の顔は……

 

 笑っていた。

 

「私、夢結様のこと…少しだけわかってきた気がします!それから紀行さんも。無関係だなんて言わないでください。夢結様の力になりたいのは…私も黒鉄嵐の皆さんも一緒です!」

 

 そう言って彼女は飛び出した。足からマギを放出し、廃墟を飛び越えながら夢結へ近づいていく。

 

「それ答えになってないわよ?!」

 

 百由の声はたちまち届かなくなった。

 

「……。吉春」

 

『はい、隊長』

 

 対する紀行は、吉春との話を始めていた。

 

「今までの会話、聞いてたよな?」

 

『はい』

 

「……どこまで、白井嬢の動きに対応できる?」

 

『…次の挙動くらいであれば、ホルスの眼で予見できるかと』

 

「よし…では命令だ」

 

『何なりと』

 

 

「『彼女たち』を救出しろ。そしてお前なりのやり方で……白井嬢と、黒鉄嵐にケジメを付けてくれ…!」

 

 

『かしこまりました』

 

 

 

 

 通信が切られると、吉春は梅に振り向く。

 

「……そういうわけだ。…吉村嬢」

 

「わかってるゾ。手を貸せって言うんだナ」

 

「ああ。一柳嬢、白井嬢、そして俺と、彼女たち。とてもやるべきことが多い。頼めるか?」

 

「当たり前だ。お前も夢結も、大事な友達だからナ。お前らのためなら、梅の手くらいいくらでも貸すゾ!」

 

「…そうか。ありがとう。感謝する」

 

 胸を張って答える梅に、微笑みで返した吉春。

 左肩のラックから剣が抜け落ちた。切り離したのだ。

 

(今必要なのはこいつだけだ。白井嬢は百合ヶ丘でもかなりの腕利き。小細工は通じないからな。さぁて……)

 

 右肩から槍を取り、見つめる先には置き去りにされたチャームと、それらに囲まれた夢結。

 

(俺は君たちに救われた。だから……。乱世に芽生え、戦火に散った華の束(リリィたち)……。その一片も救い出す!!)

 

 意思に呼応して、背と脚のスラスターから噴き出すエネルギー。それは彼の体を持ち上げ、今や焼け野原となったヒュージの甲羅に着地した。

 

「……」

 

「……っあ……!」

 

 ミサイルの攻撃が止むと、夢結も動きを止めてただ苦悶の声を上げる。

 吉春が見えてはいないようだ。彼は手近なチャームに空いた手をかけて……

 

「まずは君だ……っ!」

 

  ズボッ!

 

『□□□?!』

 

 チャームが引き抜かれ、ヒュージは驚きと痛みからか悲鳴を上げる。

 

「悪いが、これらは君のトロフィーではない。還してもらう」

 

 そう言って放り投げたのは夢結が立っている方向。彼女の眼前に、古びたチャームを通過させる。

 

「…あ…?」

 

  ガランガラン……

 

 彼女は目でそれを追い、地面に転がった瞬間を目撃。

 

「…あぁ…!」

 

 次いで睨み返したのは、チャームが飛来した方向。

 

 そこには、サーカスのピエロのように大仰な礼をする吉春がいた。背にした槍の刃は、血色の稲妻と共に赤々と焼ける。

 

「さあ、君の月夜を踊り明かすとするか!白井嬢!朝日が昇るその時まで!」

 

「ああぁあ!!」

 

 夢結がチャームを構える。

 

「君を救う者に手を貸す。これが俺の……黒鉄嵐の、君へのケジメだ!来いっ!!」

 

 フェイスガードが閉じる。鬼へと変わる吉春の顔。

 

 

「ぃやぁああああっ!!」

 

 チャームを振り上げ、夢結が彼へと斬りかかった。

 

 





 次の投稿も百合ヶ丘編の続きになるかと思います。3本立てになったり2本立てになったり……(楓さん風)
 戦闘シーンがある回は本数が多くなるんですかね。




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第8話 夜明け

 ようやくアニメ第3話が決着です。



 

 梨璃が夢結の下へ向かっている頃。

 

「ぃやぁああああっ!!」

 

 ヒュージの体の上で、夢結は吉春に斬りかかっていた。

 

 そのマギを、彼のホルスの眼が透視する。

 

(体内のマギの流れを見る。これは予備動作の前の予備動作…。一手先ならこちらが、一瞬速く読める)

 

 

Break a leg…!

 

 吉春が呟いた次の瞬間。

 

 

「……あ?」

 

 夢結の眼前から、彼の姿が消えた。攻撃は空振り。

 彼女が辺りを見回すものの、辺りを囲む炎とチャームが目に映るばかり。

 

「……っ…あっ…!?」

 

 気配を感じて彼女は天を仰ぐ。頭上には彼女を振り払わんとするヒュージの腕と……

 

 そこに刺した槍にぶら下がる吉春がいた。

 

「あぁああっ!!」

 

 夢結は顔に怒りを湛えてジャンプ。同時に吉春は、胴体を曲げてヒュージの腕の先にある指に脚を絡める。

 

 瞬時に槍を抜き、脚でヒュージの腕にぶら下がった正にその時。

 槍が刺さっていた場所に夢結の斬撃が命中し、打ち砕く。

 

『□□□□□!!?』

 

 バラバラと降り注ぐヒュージの腕の破片と共に着地した吉春は、眼前に二振りのチャームを見つけた。片方は深々と刺さり、もう片方は浅く突き立てられている。

 

「よし、次は君を…!」

 

 まず深く刺さっている方に近づき、根本に槍を突き刺して押し下げ、テコの要領で引き上げて抜こうとする。

 が。

 

「あぁぁあああああっ!!」

 

 背後から、落下しながら夢結が斬りかかってくる。

 

「っ!」

 

 吉春は槍の角度を戻し、それに足を掛けて甲羅を蹴り軸回転。またもや夢結のチャームは空を斬り、甲羅に打ちつけられた。

 衝撃は甲羅の一部を砕き、その拍子にチャームが抜ける。もう片方は回転しながら吉春が引き抜いていた。

 

 それを投げて地面に転がし、夢結の攻撃を躱して深く刺さっていた方も拾い、やはり地面へと放る。

 

「うああっ!」

 

 苛立っているのか、槍と共に距離を取る吉春を追い始めた夢結。

 

 

 それは、彼女の記憶の遡行でもあった。

 

 

 

 2年前…忘れもしない、あの月の夜。

 

 

「夢結!!」

 

 背後から名を呼ぶのは、彼女が愛し、愛された姉。

 

「え?!」

 

 彼女は振り向いた。ヒュージの不意打ちが迫っていたことにも気付かぬままに。

 

 

  ドズ……

 

  ジャラララ……

 

 

「……え?」

 

 彼女は状況がわからなかった。理解したくなかった。

 

 愛する姉が

 

 

 ヒュージの、鎖状の触手に貫かれ

 

 

 空中に磔にされている。

 

 

「……お姉様……お姉様……?」

 

 

 返答などない。力のなくなった手から溢れ落ちたチャームが地面に刺さり、否応なく現実を見せつける。

 

「……っ!?」

 

 真っ先に彼女の胸に沸いた感情……それは。

 

 

「…よ……よくも…お姉様…をっ!!」

 

 

 怒りと憎しみだけ。彼女の瞳に真紅が灯る。

 

 

 

 

「はあ…っ…はあっ……ぅあああああっ!!」

 

 記憶と共にトレスされる感情。それに任せて夢結は武器を振るう。相手は刺さったチャームを抜き取りながら、彼女の攻撃を躱し続ける騎士。

 

「いいぞ白井嬢!ぶち撒けろ!!君が独りで抱え込んできた思いを!感情を!全て曝け出せ!!」

 

 騎士…吉春のホルスの眼。死角なくマギを可視化するスキルには、新たなリリィの接近が見えていた。

 

「それでいい!大丈夫だ!何故なら!」

 

 大きく振りかぶった一撃が回避され、勢い余って真後ろを向く夢結。その視線の先に。

 

 

「君はもう……独りではない!!」

 

 

「夢結様ぁぁあああああああああ!!」

 

 

 真っ直ぐに飛び込んでくる、梨璃の姿があった。

 

「っ!」

 

 夢結は得物を振り上げ、梨璃の手にあるチャームに叩きつける。

 

「やぁああああああっ!!」

 

 

  ギィンッ!!

 

 チャームの…マギの衝突。叩きつけられた部分から、青い閃光が放たれる。

 

「す、すみません……?!」

 

 咄嗟に謝る梨璃の耳に、微かに、しかし確かな夢結の声が聞こえた。

 

 

『見ないで……』

 

 

「……!」

 

「!」

 

 この隙にチャームを抜く作業を進める吉春の目…ホルスの眼が興味深い事象を捉えた。

 

(今…あの2人のチャームに入ったマギが結合した…?これは……)

 

 だが、それは一瞬のこと。そのまま夢結が梨璃を振り払って投げ出す。

 

「あぁっ?!」

 

 海の方向へ飛ばされる梨璃。しかし。

 

(頼むぞ……吉村嬢!)

 

 

 

 次の瞬間、彼女は梅の手によって陸の廃墟の上に運ばれ、楓の胸に落下していた。

 

「梨璃さん!何なさいますの?!」

 

「バカかお前は!?」

 

 楓に次いで、梅が叱責する。

 彼女たちだけでなく、紀行や百由、ミリアムも近づいて来ていた。

 

「……私…今、夢結様を感じました……」

 

「何を仰いますの?!」

 

 

「マギだわ……。チャームを通じて、梨璃さんのマギと夢結のマギが触れ合って…」

 

 百由の見解に、楓が首を傾げる。

 

「そんなチャームの使い方、聞いたことありませんわ」

 

「じゃがあり得るのぅ……」

 

 ミリアムの隣から、紀行が言葉をかける。

 

「一柳嬢。吉春は奴に囚われていたチャームを全て回収する。…が、後は君に任せていいのか?」

 

 しゃがんでいた梨璃が立ち上がり、皆の方を向く。

 

「……私、前に夢結様に助けてもらったことがあるんです…!今度は、私が夢結様を助けなくちゃ!」

 

 そう言うが早いか、彼女は再びヒュージに向かって飛び出した。ミリアムが叫ぶ。

 

「正気かお主?!」

 

「後でお背中流させていただきますわよ!!」

 

「しょうがないナ…」

 

 すると、楓、梅が彼女の後を追い始める。他にも見ていたリリィが何人か続く。

 

「私もチャーム持ってくればよかったかな?」

 

「うぅぅ〜…わしも行けばいいんじゃろがぁっ!」

 

 ヤケになったミリアムも飛び出した。紀行は百由の隣に立つ。

 

「どうせなら近くで見たいだろう?チャームの代わりに、俺を使っていいぞ。真島嬢」

 

「ふ〜ん?いいのかなぁ、彼女がいるのに私にそんなカッコつけて?」

 

「嫉妬されるか絞られるか…。どっちでもいいな」

 

 大剣を抜いた背中に百由が掴まったことを確かめ、紀行は中世ヨーロッパの騎士甲冑風のヘルメットからフェイスガードを下ろす。

 視覚センサーが放つ黄色の光により、彼の姿はロボットさながらになった。

 

 

 

 ヒュージも負けじとミサイルを放って、近寄ってくるリリィたちを迎撃する。が、彼女たちは次々とミサイルを撃ち落とし、梨璃が通る道を切り開いていた。

 

 ミサイルの一群がミリアムに迫るが、彼女は気づいていない。

 

「頭を低く、真島嬢」

 

「はいはーい」

 

 ミリアムの様子を見た紀行は、隣にいた百由をしゃがませる。

 

 続いて、彼の手にある大剣の刃がスライドして開き、柄に近い部分からもう一本の柄が出現。

 

 それを掴んで引き抜くと、両刃の短剣が現れる。負のマギで赤熱化したそれを振りかぶり、ミリアムの方へ投擲。

 

「?!」

 

 彼女に迫っていたミサイルの、先頭の一つに突き刺さり爆発。残りも全て誘爆させた。

 驚愕するミリアムに、紀行はフェイスガードを開けてウィンクする。

 

 

 

 気づけば、ヒュージの甲羅の上は片付いてきていた。囚われのチャームは残り2つ。どさくさに紛れて、ヒュージは両腕とも落とされていた。

 

 吉春が甲羅の縁の部分に刺さったチャームを抜く、その背後に夢結が迫る。

 

「ああぁああああっ!!」

 

「っ!」

 

 振り向いた彼に後ろはない。吉春はチャームを後方へ投げ飛ばし、斜め前に側転して攻撃を躱す。

 

「あっ…」

 

 彼は自分が投げたチャームが向かった先を見た。それは見事な放物軌道を描き……

 

  ザブン

 

 海に落ちる。

 

「……済まない…」

 

「うぅ!!」

 

「っ?!」

 

 その一瞬を夢結は逃さなかった。大上段から思い切りチャームを打ち込む。

 

  ガギィィィン!!

 

「うううううぅぅぅ…っ!!」

 

「ぐ……ぬおおおお……っ」

 

 吉春はどうにか槍を横にして受け止めていた。しかし槍はギチギチと軋み、押さえ込む力を強める夢結によって曲げられ始める。

 

 その時。

 上空から降ってくる声があった。

 

 

「夢結様っ!!私に、身嗜みはいつもきちんとしときなさいって、言ってたじゃないですか!!」

 

「うぅ……」

 

「!」

 

 僅かな反応。それを見逃さなかった吉春は……

 

 フェイスガードの下でニッと笑った。

 

「ッイャ!!」

 

  ギャリギャリッ!

 

 吉春は槍を傾けて夢結の斬撃を足下へ流す。そしてチャームが向いた刃の先には……。

 

 

「夢結様!!私を見てください!!」

 

「やあああああっ!?」

 

 梨璃が飛びついてくる。彼女は咄嗟に武器を持ち上げて迎え打とうとした。

 

「!」

 

 梨璃はチャームの刃を傾け、夢結のチャームに擦るように当てる。

 なるべく長く、たくさん、彼女と触れ合うために。

 

 再び放たれる青い閃光。しかし、先程とは大きく違う。

 マギがぶつかり、調和し、結合。一点に集中したマギは球体状の塊となる。

 

 

「あれは……」

 

「マギスフィアですわ……!」

 

 ミリアムと楓が呟いた。

 

 光に包まれる中、夢結の意思がチャームを伝って梨璃へと流れる。

 

『……がっかりしたでしょう…梨璃…。これが私よ……。憎しみに飲まれた、醜く浅ましいただのバケモノッ……!』

 

「それでも、夢結様が私のお姉様です!!」

 

「……!」

 

 梨璃はチャームを手放し、両腕を広げて夢結を抱きしめた。二つの剣は繋がったまま宙に浮く。

 

 

「夢結様!!」

 

 

 冷たい月夜が明けた。温もりが夢結を包み、狂気から解放していく。座り込んで抱きしめ返した。

 

 

「梨璃……!!」

 

 

 妹の名を呼ぶ彼女の瞳は、水晶のような紫になって元通りに。長い髪も黒へと戻っている。

 

 2人の横に吉春が立ち、囚われていた最後のチャームを引き抜いた。それは盾の形をしている。

 夢結は彼を見上げた。

 

「……迷惑をかけたわね…」

 

「ああ、全くだ」

 

 フェイスガードを開け、涼しい顔で続ける吉春。

 

「偶にはあれくらい素直になってもいいだろうに、普段の君ときたら……」

 

「なっ……!?」

 

「ふふ…」

 

「梨璃?!」

 

 予想外の返答と、梨璃が微笑んだことに戸惑う。

 

「…さて、俺はこのヒュージを一撃で破壊できる場所に印を付けるから、君たちはそこに叩き込んでくれ」

 

 弱点は既に探索済みなのだ。

 マギスフィアを指差して説明する彼は盾のチャームを放り上げる。それはスフィアから漏れるマギの流れに反応し、クリスタルコアを輝かせながら上昇して行った。

 

 まるで、風に乗って天に舞う花弁。梨璃と夢結が見上げる。

 

「……貴方はどうするのかしら?爆発したら、海まで吹き飛ぶわよ」

 

 吉春の答えは単純だった。

 

「ああ、だからいいんだ」

 

「……。チャームを取りなさい。跳ぶわよ、梨璃」

 

「え…でも吉春さんは……」

 

「彼なら大丈夫。行きましょう」

 

「…!はい、お姉様!」

 

 マギで繋がれたチャームを頭上に掲げ、抱き合ったままジャンプした2人が舞い上がる。彼女たちはマギの流れに身を任せていた。

 

 2人を見送った吉春は槍の刃を赤熱化させて走り、弱点の真上に当たる甲羅に十字の切り込みを入れた。

 

 

「さて……」

 

 背後の海原に振り返る。

 その波の上には一筋の航跡と、それを引いている、白く光沢のあるサメのヒレらしき物があった。

 

「よし……フィナーレだ」

 

 そう呟く頭上からは、リリィ2人の気合いの掛け声が。

 

「「はぁああああああああああああっ!!」」

 

「………」

 

 恭しく礼をする吉春の前に着弾するマギスフィア。

 閃光と共に、ヒュージの体が割れ砕ける。

 

 

「やったな……夢結……」

 

 皆が目を見張る中、梅は微笑んでこの場を後にした。

 

 

 

 

「ソメイヨシノが花を咲かせるには、冬の寒さが必要なの」

 

 夕方。

 旧市街とその向こうにある学院を見渡す山の頂に、夢結と梨璃は訪れていた。

 

 周りには、同じ形をした墓碑が整然と並ぶ。名前のみが記され、百合の花が掘り込まれた簡素な墓石。

 

 ここは、ヒュージとの戦いで命を果たしたリリィたちが永遠の眠りに就いている場所だ。

 

 風が吹き、花弁が舞い散る中で夢結が続ける。

 

「昔は春の訪れと共に咲いて、季節の変わり目を告げたというけれど…冬と春の境目が曖昧になった今は、いつ咲いたらいいか戸惑っているようね」

 

「……?」

 

 夢結は首の下を探り、ペンダントを取り出した。そこに収められた写真を、梨璃も見つめる。

 

「この方が…夢結様の守護天使(シュッツエンゲル)……」

 

 そう呟いた彼女は、眼前の墓碑に刻まれた名前を読む。

 

「そう……私の、お姉様…」

 

川添(かわぞえ)……美鈴(みすず)様…」

 

 

  ザリ……

 

 2人の後ろで足音が鳴る。紀行と片子が小さな花束を手に来ていた。

 

「……隊長さんに…片子さんも…」

 

 梨璃が呟くと、片子が美鈴の墓石に優しく触れる。

 

「まあ…ささやかなお祝いさ。あんたのシルトが、立派なシュッツエンゲルになったよ…ってねぇ……」

 

「君たちはいたいだけいてくれ。俺たちの献花は後でいい……」

 

「……」

 

 夢結は何か決意した顔で黒鉄嵐の2人に向き直った。

 

「今までのことを……謝罪させて欲しいわ。私は…貴方たちを…一方的に……」

 

「ふ…」

 

 俯く彼女の頭に、微笑んだ片子が手を置いて優しく撫でる。

 

「いいんだよ…今までのことはさ。またいつでもおいで。あたしたちは必ず待ってるからね……」

 

 4人の後ろ…墓地の入り口には、楓、二水、梅も来ており、梨璃たちの様子を見守っていた。

 そこに吉春が合流する。

 

「おや…案外、大勢来ているな」

 

「おっ、吉春!」

 

「よくご無事でしたわね」

 

「どうやったんですか?」

 

「サーカスの定番、大脱出だ。タネは明かせない」

 

 彼もまた、梨璃たちを見つめた。

 

「…これでまた、白井嬢と俺たちの関係が修復できればいいが……」

 

「ま、それはこれからの話ですわ。心配しても仕方のない話です」

 

「……。それもそうだな」

 

 

 皆の頭上を、桜の花弁が舞って行く。

 

 

 

 夜。

 夢結は暗い部屋の窓から今日も景色を眺めていた。

 その宵闇に、あの日の記憶が重なる。

 

 

 

「夢結!!」

 

「っ!?」

 

 怒りと憎しみの渦から抜け出し、最初に見たものは……。

 

 彼女を抱きしめる美鈴だった。だが。

 

「全く……危なっかしいな……夢結は…」

 

「お姉様……!」

 

 美鈴の体を、自らの手にある刃が深々と抉っている様もまた、彼女ははっきりと認めたのだ。

 

「やり過ぎないで……その力は、夢結自身も壊してしまうから……」

 

「あ……あぁ……」

 

「気にしないで、夢結…。これが、僕と君の…運命だから……」

 

「あ……っ!お姉…様……!」

 

 夢結は悟った。もう、美鈴は助からないと。

 美鈴は傷口からチャームを抜き、マギを込める。クリスタルコアには彼女のルーンが浮かび上った。

 

「このチャーム……僕が預かるよ……」

 

 彼女はふらつきながら、虫の息になっているヒュージへと歩みを進める。

 

「あっ……ああ………」

 

 足が動かない。彼女の手は…愛する姉の血で、べっとりと濡れていた。

 

 

 それからどれくらい経ったのだろう。

 美鈴の面影を求めてふらりと訪れた高等部で、とあるリリィたちの会話を耳にした。

 

「……お別れの挨拶、できた?」

 

「はい…お姉様…。でも…やっぱり……」

 

「うん、寂しくなるわよね…。仲のよかった黒鉄嵐の皆が、ここを離れてばらばらになるの……」

 

 

「あ…」

 

 夢結が黒鉄嵐と交わした最後の会話は…

 

『貴方たちならお姉様を救えたのに!!貴方たちのせいよ…!黒鉄嵐のせいで!お姉様は!!』

 

 病棟のベッドに拘束され、事情聴取に来たメンバーを追い返したとき。

 

 結局、親しかったメンバーと別れの挨拶もできぬまま……。

 黒鉄嵐は再編成されたのだ。

 

 

 

「……ふ…」

 

 彼女は小さく息を吐き、今日の出来事を思い返した。

 

 真っ直ぐ彼女と向き合い、決して責めなかった騎士……吉春の涼しい顔が浮かぶ。

 

「……。もう一度、やり直せるかしら…私は……」

 

 と。

 

  パチッ

 

「!」

 

 部屋に電灯が灯る。

 

「ただいま〜」

 

 灯を点けたのは、彼女のルームメイト、(はた)(まつり)。短いグレーの髪と、赤紫の瞳が特徴的だ。

 

「また明かりも点けないで。目、悪くなっちゃうわよ」

 

 彼女は夢結の後ろから労いの言葉をかける。

 

「今日は出動だったんですってね。お疲れさま」

 

「ありがとう、祀さん。ええ…上手くやれたと思うわ」

 

「………!?」

 

 この素直な反応は、祀が予想していたものとは全く別であった。彼女はしばしぽかんとする。

 

「今、ありがとうって言った…?」

 

 嬉しくなり、笑顔を浮かべて夢結に近づいた。

 

「あはっ。もう一度言って?」

 

「……何で…?」

 

「だって。こんなに素直な夢結さんなんていつ以来?」

 

「……そんな…いつも通りでしょ…」

 

 言いながらも、夢結は少し頬を染めてはにかんでいた。

 

 

 

 

 翌朝。

 

  ザパーーン……

 

「ない…!ない……!!どこに行ったんだ…?!」

 

 昨日、ヒュージが爆裂した場所のすぐ近く。浜はなく、崩れた道路の先がいきなり海になっている波打ち際に、慌てながらうろつく吉春の姿があった。

 

「どこかに流れて行ってしまったのか……!?俺が……うっかり投げ込んだあのチャーム!!」

 

 ズボンの裾とシャツの袖を捲り、靴下と靴、ジャケットを脱ぎ散らかして遠浅の海中を弄るものの、それらしい感触に一向に出会えない。

 

「こんな時、海の女神が現れて……『貴方が落としたのはこの古いチャームですか?それともこの最新のチャームですか?』……などと問いかけてくれたらいいんだがなぁ…」

 

 現実逃避するほど弱気になっていると、背後から……

 

 

「見つけましたー!吉春さーーーん!ご機嫌よーーーう!!」

 

「げぇっ?!二川嬢!」

 

 

 海の神ではなく、二水が現れたのである。

 

(何かまずい…!この状況を彼女に見られたのは……とんでもなくまずいぞ……!)

 

 打開策を考えている間に、彼女はスタスタと近寄ってくる。

 

「昨日のチャーム、まだ全部回収できてなかったんですね?」

 

「うぐっ?!い、いやぁ…その…」

 

「それはそうと、これ!見てください!」

 

「ぬぅ?!」

 

 二水が懐から取り出したのはリリィ新聞号外。

 そこには……

 

『奇跡の大脱出!そのトリックは非公開?!』

 

 と大書され、吉春が爆発から無事に帰ったことを大々的に報じる記事があった。

 

「どうですか?今までで一番いい出来だと思います!」

 

「そ…そうだな…。い、いいんじゃないか……?」

 

「……。吉春さん、ひょっとして何か隠してませんか?」

 

「ぎっ?!ま、まさか…。それよりほら、君も用事があるだろう?ほら、早く…」

 

 だが、無慈悲な瞬間は唐突に訪れる。

 

  ザパーーン……

 

 波が打ちつけた……その時。

 

  バシャアアアアアッ……

 

 その波に乗って、人魚が海面から躍り出る。下半身がサメで、右手首から先が剣になっている人魚だ。

 首には防水加工された通信機をかけ、左手に古びたチャームを握っている。そして、金属のような体の光沢は……。

 

「!!!」

 

「ヒュージ…?!」

 

 吉春が驚愕し、二水が警戒する横に、黄色い目の人魚型ヒュージが着地した。

 ヒュージは手にしたチャームを彼に差し出す。

 

『はい、先輩。拾ってきましたよ』

 

「あ……ぁあ…ありがとう…」

 

 ぎこちない動きでチャームを受け取る吉春の後ろでは、二水があることに気づいていた。

 

「その声……もしかして海中偵察班の末黒野(すぐろの)セリさん?!」

 

『?…はい、二水お嬢様』

 

 サメ人魚は頷き、全身に血色の稲妻を瞬かせるや否や人…セリの姿へと戻った。右手には剣型のコラプサーチャームを持っている。

 

「どうかされましたか?」

 

「いえ…末黒野さん、EXスキルが『アポフィスの(うろこ)』でしたよね。ヒュージに変身する…。私、生で見たのが初めてで……」

 

 説明する二水は視界の端で、頭を抱えている吉春を捉える。彼女はメモ帳とペンを取り出した。

 

「……あの、もしかして昨日、海まで吹き飛んだ吉春さんを助けたのは…」

 

 

「はい、私ですが?」

 

 

 呆気なく答えるセリ。吉春はついにうずくまってしまった。

 対照的に、二水は顔を輝かせる。

 

「謎が全て解けました!!」

 

 言うや否や走り出す彼女。彼女もリリィである故に、足はそこそこ速いのだ。あっと言う間に追いつけなくなる。

 

「待て!二川嬢!二川嬢!!」

 

  ザパーーン……

 

 吉春の叫びは、虚しく波に掻き消された。

 

 

 翌日のリリィ新聞号外で、彼は無駄な恥をかくこととなる……。

 

 




 この話は難しかった……。

 ところで、皆さんは『機動戦士ガンダム00』という作品をご存知でしょうか。10年以上前にテレビ放送されていたSFロボットアニメーションなのですが、この『アサルトリリィ』にとてもよく似た設定が複数存在し、多くの類似点が見られます。気になった方は調べてみてください。少し調べるだけで、引っかかる情報に出くわすと思います。
 そして、これが偶然でなく、ストーリーのゴールも似ているものになる運命ならば、ヒュージとの戦いの最終的な目標は、「全人類にラプラスを覚醒させ変革をもたらし、人間をより高度な生命体に進化させること」だと、私は考えています。
 勝手な推測でしかないですし、外れる可能性のほうが大きいとは思いますが……。一つの考察として、受け取っていただけるとうれしいです。





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第9話 聖騎士

 百合ヶ丘編はひと段落して、第二幕の始まりですね。いよいよ、キャスティング完了……。




 それは、春の雨が降る3月下旬。

 傘を濡らしながら、スーツケースを引くリリィ…(わん)雨嘉(ゆーじあ)が、新学期を迎えるべく百合ヶ丘女学院の敷地を歩き、寮へと向かっていた。

 

「……?」

 

 そして、寮の入り口からいくらか離れた場所に立つ、異様な人影を見つける。

 

 黒い手袋を嵌め、鮮やかなオレンジの雨合羽を纏い、腰のホルスターに折り畳み式トンファーバトンを携えた人物。

 透明なビニールの縁が付いたフードを目深に被り、横から見ていることもあってその顔は見えない。

 

 その人物はじっと立ち尽くし、誰かを待っているかのよう。

 

 人を呼んだ方がいいかとも思ったが、ホラーを苦手とする彼女が抱いた恐怖が、その考えを撤回した。関わらないことを決心して、彼女は寮の建物に入る。

 

 少しして、割り当てられた部屋に着いた。ルームメイトはもう来ているようだ。

 一呼吸し、彼女は扉を開ける。

 

「!」

 

「あっ…」

 

 部屋の中から、茶色のロングヘアのリリィが振り向いた。そのリリィは椅子から立ち上がり、雨嘉に手を差し出す。

 

「王雨嘉さん?(くぉ)神琳(しぇんりん)と申します。名高い(わん)家の方と同室だなんて、光栄だわ」

 

 が、雨嘉は神琳の手を取ることはなく、代わりに両手を振って遠慮がちに言った。

 

「う…ううん、そんな…!私なんて全然……ヘボリリィだから……!」

 

 

 

 その頃。

 寮の外に立つオレンジの人影に近づく者があった。傘を差し、大きな鞄を肩に提げたリリィである。その鞄には猫の頭のシルエットが大きくプリントされていた。

 

 彼女は人影に声をかける。

 

「……吉春」

 

「ようやく来たか、安藤(あんどう)嬢」

 

 フードの中から強面を向ける彼の視線の先には、淡い金髪をポニーテールにした赤い目のリリィがいた。

 

「人使いが荒いな、君は。これでも仕事中なんだが」

 

「この時期、こんな天気の日の見回り警備なんて暇なものだろ?」

 

「だからと言って手を抜いていると、隙を突いて妙な輩が現れるかもしれないだろう」

 

「それで、実際のところはどうなんだ?誰か捕まえたのか?」

 

「………」

 

 吉春はバツが悪そうに目を逸らした。

 

「はぁ…。相変わらず嘘が下手だな、お前」

 

「生まれつきだ。それより、目的地に行くとしよう。猫が雨宿りに集まる場所だったな?」

 

「ああ。……その、心配で…」

 

「では、案内いたそう」

 

 並んで歩く2人の姿が、雨の中に溶けていった。

 

 

 

 

 

 それから、およそ1ヶ月後。

 

「えへへ…」

 

 休日。学院のラウンジで、梨璃は同じテーブルに向き合って座る姉の夢結を見つめ、気の抜けた笑みを浮かべていた。

 教本を読み返していた夢結は、その視線に耐えかねる。

 

「梨璃。貴女、そろそろ講義でしょう。予習は?」

 

「わかってはいるんですけど、今こうしてお姉様のお顔を見ていられるのが幸せで幸せで……。はぁぁ…」

 

 夢結は軽く頭痛を覚えた。

 

(ダメだわこの子。完全に弛みきってる……。まさかシュッツエンゲルになった途端にここまで緩むとは……迂闊だったわ……)

 

 彼女が内心で頭を抱えていると、2人組のリリィが通りかかって声をかけてくる。

 

「あら、ご機嫌よう」

 

「ご機嫌よう、“ユリ”さん」

 

「あはは……ご機嫌よう…」

 

 梨璃が顔を上げて2人を見送った。一方……。

 

「はて、ユリさん?誰かと間違えたのかしら?」

 

 夢結が疑問に思っていると…。

 

「あ、それ、カップルネームです」

 

「カップルネーム…?」

 

 聞き慣れない言葉で示された梨璃の答えを反芻する。

 

 梨璃はラウンジの掲示板に夢結を連れて行った。

 

「これです。週刊リリィ新聞の号外です」

 

 デカデカと貼り付けられたその見出しには、『異色のシュッツエンゲル誕生』の文言と共に……

 

 夢 梨

  ×

 結 璃

 

と記されていた。

 

「………」

 

「ほら、横に並べるとユ、リって読めるんですよ〜」

 

 目立ちたくはなかった夢結の背後に、暗いオーラが立ち込める。2人で並んでいると、周りに続々とリリィたちが集まってくるのだから、彼女にとってたまったものではない。

 

「あはは。ヤだなぁ…ここまですることないのに、二水ちゃんってば……」

 

「あら、本物ですわよ」

「まあ!このお2人が?」

「ユリ様ですわね」

「ユリ様ね」

「ユリ様ですね」

 

 夢結が苛立ちに打ち震えていると……。

 

「ほらほら、お嬢様方。あまり固まると通行の邪魔に……」

 

 壁際に集まるリリィたちの交通整理をしようと吉春が声をかけてきた。そのタイミングで……。

 

「……っ!」

 

 夢結は遂に怒髪天となった。余りに強い怒りの波動を受け、梨璃は腰を抜かす。

 

「お、お姉様ぁ!?」

 

「早まるなっ!白井嬢!!」

 

 吉春が怒りに囚われた夢結を押さえに入った。今日の彼はトンファーバトンを持っておらず、身一つでこの事態に対処しなければならない。

 

 

 

 ラウンジでちょっとした騒ぎが起こっている頃。

 雨嘉は寮の部屋で電話越しに会話していた。

 

「…うん…うん。大丈夫……。それじゃ……」

 

「お母様ですか?」

 

「うん」

 

 電話を切った彼女に、神琳が話しかける。

 

「ご実家のアイスランドは、今は夜の11時といったところかしら?」

 

「うん…。ここには男の人もいるからって心配して、毎日、電話をくれるんだけど…」

 

「大切に想われているのね」

 

 雨嘉は切ない表情で首を振った。

 

「ううん。私は姉や妹より出来が悪いから……だから心配…なんだと思う…」

 

「………」

 

 沈黙で返した神琳の顔は…少し不満気であった。

 

 

 

 一方、ラウンジでは……。

 

「……はぁ……ぜぇ……。り、リリィと生身で張り合うのはキツいな……」

 

 レモン水のコップを握って突っ伏す吉春が、落ち着きを取り戻した夢結と梨璃に近い席にいた。

 

 紅茶を一口飲み、夢結が口を開く。

 

「梨璃、貴女にお願いがあります」

 

「はい!何なりと!」

 

 サイドテールの髪を揺らして、梨璃が嬉しそうに答えた。ティーカップをソーサーに置き、夢結が続ける。

 

 

「レギオンを作りなさい」

 

 

「わかりました!……え…レギオン……って、何でしたっけ?」

 

 梨璃の天然ボケが、偶々近くを通り掛かった二水を襲う。

 

「ぐえっ!」  

 

「わっ?!二水ちゃん!」

 

 彼女は驚きの余り転んでしまった。

 

「あっ…ご、ご機嫌よう…あはは…」

 

 床に倒れたまま、二水が顔を上げて挨拶する。

 

「二水さん、お願いします」

 

「はっ、はい!」

 

 夢結に言われ、勢いよく立ち上がった彼女が説明を始めた。

 

「レギオンとは、基本的に9人一組で構成されるリリィの戦闘隊員のことです」

 

「ところで二水さん…」

 

「はっはい?!」

 

「お祝い……ありがとうございます」

 

 夢結は二水に笑顔を向けるが、その表情はどこか不自然に歪んだ陰りがあった。

 

「ど…どういたしまして……あはは…」

 

 その笑顔に気圧された二水は、冷や汗と共に後退る。

 

「けど、どうして私がレギオンを…?」

 

「貴女は最近弛んでいるから、少しはリリィらしいことをしてみるといいでしょう」

 

「リリィらしい……?はあ……。わかりました、お姉様!私、精一杯頑張ります!」

 

 夢結は頷くと、また紅茶を口に含む。

 

(正直、梨璃にメンバーを集められるとは思わないけれど。時には失敗もよい経験となるでしょう……)

 

 だが、次の瞬間。

 

 

「なんたってお姉様のレギオンを作るんですから!!」

 

「ぶ……っ!?」

 

 

 危うく紅茶を噴き出すところだった。梨璃は盛大な勘違いをしている。

 しかし最早、止めることはできそうにない。

 

「私もお手伝いしますね!」

 

「ありがとう!頑張るよ!」

 

「では早速勧誘です!」

 

「「おーー!」」

 

「いえ、そういう意味では……」

 

 今や夢結は置いてけぼり。2人で勝手に盛り上がっている。

 

「まずは聖騎士(ヘリガリッター)を決めちゃいましょう!」

 

「…えと、ヘリガリッターって?」

 

「百合ヶ丘のリリィの集団を目的に合わせてサポートするための、専属の黒鉄嵐メンバーを指名できる制度です。例えば工廠科には、黒鉄嵐の技術者である(はく)莱清(らいしん)さんが、聖騎士として所属しています」

 

「レギオンでもいいの?」

 

「はい!単純な戦力アップ以外にも、騎士団の情報網にいち早くアクセスできるようになったり、相談相手、訓練相手が確保できたり…男性隊員を指名して、リリィ引退後の男性免疫を付けられるといったメリットも期待できます。殿方と結ばれて家庭を持つことを夢見るリリィも当然いますから!」

 

「へぇー。誰がいいのかな?」

 

 二水はメモ帳を取り出し、黒鉄嵐の情報が書かれたページを捲る。

 

「まず隊長さん、副隊長さんは役柄上、聖騎士になれませんので外して……あ、ちょうどです!あそこに、まだ聖騎士になっていない方が!」

 

 二水の視線の先には、背もたれに体重を預けてぼうっと天井を見上げる吉春がいた。先程の疲れによる放心であった。

 2人はさっそく駆け寄る。

 

「吉春さん!」

 

「…んあ?」

 

 彼は放心を止め、梨璃たちに向き合った。

 

「梨璃さんたちのレギオンの、聖騎士になってくださいませんか?」

 

「お姉様のレギオンなんだけど……」

 

「え……ああ、俺は構わないが…白井嬢はいいのか?」

 

「吉春さんなら大丈夫です!」

 

 彼は夢結を探し…試しに目を合わせてみると、彼女はこくりと頷いた。

 

「…確かに問題はなさそうだな。それで、メンバーはあと何人集める予定なんだ?」

 

「合計9人だから……」

 

「(あと6人か)…なるほど。勧誘するなら、手伝うとしよう」

 

「いいのかな…。まだ結成してないのに手伝ってもらって…」

 

「手続きはあるが、それより先にサポートの仕事を始めても大丈夫だ。とりあえず、よろしく頼む」

 

「は、はい。こちらこそ…」

 

「聖騎士、確保です!」

 

 

 

 

 梨璃たちがメンバー勧誘に動き出した一方。

 夢結は射撃場に来ていた。一通り的を撃ったところで、隣にいた梅が声をかけてくる。

 

「夢結は何を気にしてるんだ?」

 

「……?」

 

「梅が6発撃つ間に夢結は10発も撃った。気が焦ってる証拠だ」

 

「……相変わらず、人のことをよく見ているのね」

 

 梅は満面の笑みを浮かべる。

 

「おう!梅は誰のことも、大好きだからナ!」

 

 

 夢結たちは射撃場の後ろにあるベンチに腰掛けた。射撃に来た何人かのリリィや、黒鉄嵐メンバーと交代した形である。

 

「へーえ。自分のシルトにレギオンを作らせるなんて、やるな」

 

「私は梨璃に、自分のレギオンを作るよう言ったつもりだったのに……」

 

「夢結らしいな。聖騎士のアテはあるのか?」

 

「……一応、七須名くんが務めてくれるそうよ」

 

「ふぅん、吉春か。なぁそれ、私入ってもいいか?」

 

「貴女までそんな…」

 

「あはは〜」

 

 梅の笑い声が射撃場に響いた。

 

 

 その頃。

 梨璃たちは二水の似顔絵と共に『レギオンメンバー めざせ9にん!』と書かれたチラシを作っていた。それを手に、校舎の中を歩く。

 

「さて……これからどうするんだ?」

 

「まず、同じクラスの人からあたってみましょう」

 

「うんうん!えーと、1年椿組は……」

 

 梨璃が辺りを見回していると…。

 

「お。彼女はどうだ?」

 

「あ!あの人……!」

 

 3人の視線の先に、淡い金の髪に赤い目のリリィが通り掛かる。

 

安藤(あんどう)鶴紗(たづさ)さんですね!」

 

 だが、声をかけようとすると……。

 

「あ゛ぁ?」

 

 睨み返して来た。

 

「「っ?!」」

 

 彼女たちの間に広がるのは、ディスコミュニケーションの荒野。

 威嚇された2人は声をかけられなかったが、吉春は苦笑いしている。

 

「おやおや…。ここにいてくれ。少し話してくる」

 

「え…?」

 

 梨璃は心配になったが、吉春は気にすることなく笑顔で鶴紗に近づいた。

 

「やあ、安藤嬢」

 

「吉春……」

 

「クラスメイトには、もう少し愛想をよくしてもいいと思うが?」

 

「私の勝手だろ。……あの2人は何だ?」

 

「レギオンのメンバーを募集していてな。俺も聖騎士に指名されたので、手伝っているところだ」

 

「……出世したな」

 

「止してくれ。仕事が増えるだけだ」

 

 鶴紗が歩き出すと、手を振りながら見送った。

 後ろから梨璃たちが来る。

 

「かなり仲がいいんですね…?」

 

 二水は不思議そうに吉春を見上げた。

 

「ああ、彼女た……彼女は友人だ。以前、騎士団に修行期間があると話したろう?その間に、とある任務で知り合ってな」

 

「じゃあもっと誘ってくれても……」

 

「いや、友人だからこそ、無理強いはしないと決めている。打ち解ければ、案外素直で親しみやすい面もあって……快い関係になれるものだが。まあ、クラスメイトならば、そのうち仲よくなるだろう」

 

「うん、そうだね!」

 

「とりあえず、他のクラスメイトを探しましょう」

 

 

 メモ帳を手に歩く二水について行き、ラウンジ内の小部屋にたどり着いた。

 次に勧誘するのは、茶色の髪を三つ編みのツインテールにした、落ち着いた雰囲気のリリィである。

 

「私を一柳さんのレギオンに…?それは光栄だわ」

 

 二水が彼女を紹介する。

 

六角(ろっかく)汐里(しおり)さん。『不動劔の姫』の異名を持つ使い手です」

 

「いいんですか?あの……私じゃなくてお姉様のレギオンなんですけど…」

 

「うーむ……二川嬢、彼女は…」

 

「あっ……」

 

 吉春に言われて気付いた二水は、顔を青くした。

 

「…現在はレギオン、水夕会の副隊長として活躍されて……」

 

「えっ、そうなの?」

 

「不覚です……」

 

 汐里は笑顔を見せた。

 

「そうなんですよ。素敵なレギオンができるよう、願っていますね」

 

 笑顔のまま、吉春の方を向く。

 

「貴方も頑張ってください」

 

「ああ…ありがとう」

 

「そういえば、水夕会にも聖騎士が……」

 

「失礼いたします…」

 

 二水が呟くと同時に、小部屋の入り口から黒鉄嵐メンバーの一人が顔を覗かせる。

 短めのシャンパンゴールドの髪の、大人しそうな女性隊員。

 

「汐里お嬢様、リーダーが本日午後、お茶会を開かれるそうです。お嬢様もぜひにと…」

 

「わかりました。ありがとうございます、すずなさん」

 

 二水の脳裏に、射撃訓練の日が蘇る。

 

「な、苗代(なわしろ)すずなさん……!吉春さんの同期で、屈指のカサドールの使い手…!」

 

「上手くやれているようだな、すずな」

 

「はい。吉春くんはこれからですね?」

 

「ああ。夕方にでも正式に手続きする」

 

 

 梨璃たちが構内を巡っている頃。

 寮の部屋では、自作のテラリウムを確認していた雨嘉が神琳と話す。

 

「神琳はレギオンに入るの?」

 

「ええ。貴女もせっかく留学してきたのだから、交流するといいわ」

 

「………」

 

「ところでこれ、読みました?」

 

 神琳がテーブルに差し出すのは、彼女が読んでいた週刊リリィ新聞号外。朝のラウンジで起きた騒動の火種である。

 

「週刊リリィ新聞……?こんなの読むんだ…」

 

 雨嘉は見出しを読む。

 

「……ユリさん…?」

 

「雨嘉さんも見たでしょう?この前の戦い」

 

「…うん」

 

 

 前回のヒュージ襲撃…大量のチャームが回収されたあの戦いに、雨嘉と神琳も参加していた。梨璃が夢結の下へ向かう道を切り開くための、支援攻撃役として。

 

 

「技量もバラバラで、息も合っていない。なのに、不思議な迫力があって……」

 

「……うん」

 

 雨嘉の返答はどこか上の空。彼女は記事を見ながら思い返していた。梨璃と夢結と…もう1人の戦いを。

 

「…わたくしの話、退屈…?」

 

「うん……あ、そ、そんなことないよ…。…あのね…神琳…」

 

「はい…?」

 

「神琳は……黒鉄嵐の人と仲がいいみたいだけど…」

 

「………」

 

「お…男の人、とか。どうやったら神琳みたいに上手く接するようになれるのかな…って。あの時みたいに一緒に戦うのに、まともに話せなかったら……私…」

 

「……。単純に、慣れているだけですよ。何度か話せば、雨嘉さんもきっと慣れます」

 

「そう……だよね…」

 

 雨嘉は新聞を読むフリをしながら、考え込んでしまう。

 

(やっぱり神琳はすごい…。でも…私は…)

 

 

 

 その頃。

 鶴紗は校舎のすぐ外にある道を歩いていた。視界の横には青々と木が茂る。

 

  ガサガサッ

 

「!」

 

 草むらに近づいたところで、茂みに飛び込む何かの気配を感じた。振り向くと……。

 

「ニャ〜」

 

「何だ、猫か……」

 

 茂みから這い出したのは一匹の黒猫。安堵のため息と共に笑顔を見せ……次の瞬間。

 

 

  ズジャアアアアアアア

 

 

「にゃにゃにゃ?!こんなところで何してるにゃあ?!」

 

 

 上半身を地面に滑らせながら、うつ伏せの姿勢で猫に急接近。口調も何故か猫に近づいていた。

 

「迷子になったかにゃ?!お腹空いてないかにゃあ?!猫缶あるけど一緒にどうかにゃ!?」

 

 目を爛々と輝かせ、呆気に取られる猫に詰め寄る……のだが。

 

「……ん?」

 

 

「…………」

 

「……ぁ……ぁ…」

 

「ニャ〜……」

 

 

 彼女の背後に、いつの間にか2人もやって来て、猫とのやり取りをまじまじと見ていた。

 顎に手を当てて、興味深そうに見ているのは吉春。見てはいけないモノを見てしまったと言わんばかりに顔を引き攣らせているのは二水である。

 

「………」

 

「………」

 

 沈黙が流れていると、梨璃が駆け寄って来た。

 

「どうしたの二水ちゃん、吉春さん。あ、鶴紗さん!」

 

「言ったろう二川嬢?安藤嬢は案外、親しみやすげえっ?!」

 

 

「どうぞごゆっくりぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 

 

「えっ?!」

 

 二水は吉春の後ろ襟と梨璃の手を掴み、顔を赤くする鶴紗を置いて真っ直ぐ校舎へ走り去る。

 

「な、なに〜〜!?」

 

「ふ、ふたが……はな…っ!首がっ……ぐぇ……」

 

 勢いのまま引かれる梨璃はまだマシで、二水より背が高い吉春は首を締められながら引き摺られて行った。

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 肩で息をしながら3人がたどり着いたのは廊下の一角。壁や膝に手をついて息を整える二水と梨璃の間には、吉春がうつ伏せで倒れ込んでいた。

 

「はぁ……どうしたの二水ちゃん…?吉春さんも大丈夫……?」

 

「……サーカス団で鍛えたからな……」

 

 シャツの襟を緩めながら彼が立ち上がっていると、吊り目の黒鉄嵐メンバー…慶が近づいて来た。

 

「何やってんだお前ら……」

 

「ああ、慶……。何、ちょっとした野暮用で……というか、君がいるなら…」 

 

 

「貴女たち、レギオンのメンバーを集めているんですってね」

 

 彼だけでなく、アールヴヘイムの1年生たちとも鉢合わせた。

 

「え?あ、はい。壱さん、樟美さん。ご機嫌よう」

 

「ご機嫌よう……」

 

 壱の後ろから顔を出す樟美。そのさらに後ろから現れたのは……。

 

「ご機嫌よう、梨璃」

 

「わっ、亜羅椰さん…」

 

 彼女はずい、と梨璃に詰め寄った。

 

「……も、アールヴヘイムでしたよね…確か…」

 

 顔を近づけたので目を逸らす梨璃に、亜羅椰は妖しげな笑みを浮かべて問い詰める。

 

「私の樟美に手を出す気?いい度胸だわね?」

 

「そんなこと、誰も言っていないぞ。遠藤嬢…」

 

「ったく、他所のレギオンにまで迷惑かけんなよな、お前……」

 

 慶と吉春が彼女を引き剥がしにかかる。梨璃が見るからに嫌そうにしているためだ。

 すると……。

 

「樟美を貴女に差し上げた覚えはありませんけど?」

 

「天葉姉様……。はっ!」

 

 そこに彼女も合流。樟美は反射的に慶を睨みつける。

 

「ああ…くっそ…ややこしいことに…!頭が割れちまいそうだ……!」

 

「だ、大丈夫か?慶……」

 

 更には……。

 

 

「梨璃さんからそのいやらしい手をお放しになって!」

 

「「うわぁ!?」」

 

 

「楓さん…!?」

 

「楓……?」

 

 2人の背後から楓が現れて梨璃共々驚かせる。彼女の登場に、壱も意外そうな反応をしていた。

 

「ヌーベル嬢……」

 

「どっから出やがった?!」

 

 驚きが収まらない騎士2人を無視し、楓と亜羅椰が睨み合う。

 

「ふん?天葉様はともかく、楓こそ梨璃に馴れ馴れしくない?」

 

「何故?わたくしと梨璃さんは同じレギオンですから。貞操の危機からお守りするのは当然ですわ!」

 

 そう言って、楓は亜羅椰の手を振り払って梨璃を引き寄せる。

 

「わぁ…!」

 

「楓さん…!」

 

 嬉しそうにする梨璃たちの横で、吉春は頭を悩ませた。

 

「これは……仕事が減った…?いや、増えたのか……?駄目だ、皆目わからん……」

 

「ささ、参りましょう♪」

 

 楓が梨璃の手を引き、この場を離れようとする。

 

「あ…み、皆さん、ご機嫌よう!」

 

「ご機嫌よう〜〜」

 

 梨璃たちが挨拶して3人で去って行った。

 

「……慶、明日にでも頭痛薬を分けてやる」

 

「ならお前にゃあいずれ胃薬をくれてやるぜ吉春。せいぜい大事に使え」

 

 騎士2人も言葉を交わすと、吉春は梨璃たちの後を追い始めた。

 

 

「なんで楓ヌーベルみたいな凄腕が、あんなド素人と……?」

 

 壱の疑問に、不満気な亜羅椰が口を開く。

 

「どうせ下心だけの繋がりでしょう」

 

「亜羅椰ちゃんがそれ言う?」

 

「冗談は鏡見てやってろってんだ……」

 

 こめかみを押さえる慶と、天葉の後ろから顔を出す樟美がツッコミを入れる。

 怒りを剥き出し、すかさず樟美に飛びかかる亜羅椰。

 

「食うぞ樟美ぃ!!」

 

「きゃあっ!」

 

「食わないで」

 

 その亜羅椰の頭を天葉が押さえ込む。

 

「お前、いちいち騒がねぇと気が済まねぇのか?遠藤嬢よぉ」

 

「っ!このっ…!リリィでもないのに馬鹿力な…!」

 

「イテッ!暴れんな、コラ!」

 

 抵抗する亜羅椰を引き離しながら慶が叱り、この場をどうにか収めることができた。

 

 

 

 梨璃、二水、楓の3人は足湯場に来ていた。建物のすぐ裏手にある庭園の石には吉春が座り、壁代わりに設けられた格子の裏から彼女たちの話を聞いている。

 

「さっきの皆さんは、中等部時代からアールヴヘイムへの引き合いがあったそうですよ」

 

「へえ、すごいんだね……」

 

「はい。とりあえず、楓さんゲット…と」

 

 淡々とメモ帳に書き込む二水に、楓は不満を漏らす。

 

「ちょっとそれ、リアクション薄過ぎじゃありません?!」

 

「そ、そんなことないよ……」

 

 梨璃が楓を宥めていると……。

 

「うわーーヌーベル嬢だーーぎゃああああ」

 

「お黙り!」

 

 吉春なりに濃ゆいリアクションを試してみたが、棒読みであったために一蹴された。

 

「あはは…。とにかく、これで4人だね」

 

「え?3人じゃありませんか?」

 

 二水はぽかんとして梨璃を見る。

 

「は?」

 

「……?」

 

 楓と吉春が不思議そうに見つめると、彼女は指折り数え始めた。

 

「夢結様と、梨璃さんと、楓さん……」

 

「二水ちゃんは?」

 

「え?!わ、私も…!?」

 

 心底驚いたという顔を見せる。

 

「貴女だって卑しくも、百合ヶ丘のリリィでしょうに」

 

「というか……今までの話の流れから、君を仲間外れにはできないと思うぞ」

 

 楓と吉春が呆れ気味に言うと、二水は嬉し涙を浮かべた。

 

「はあぁぁ…!光栄ですっ!幸せですぅ!私が綺羅星のごときリリィの皆さんと同じレギオンに入れるばかりか、黒鉄嵐の専属サポーターがついているなんて!!」

 

「あと5人だよ!頑張ろうね!」

 

 感激する二水を、楓は楽しそうに眺めた。

 

「ちびっ子ゲ〜〜ット…っと」

 

 呟いた後に、吉春の方を見る。

 

「それにいたしましても貴方、よくわたくしたちの前に現れますわね、吉春さん?」

 

「ん?……ああ、言われてみれば…。まあ、腐れ縁とでも思って諦めてくれ。これからは仕事仲間でもあるからな」

 

「ま、貴方に恨みはありませんけど……憲兵隊の見張りが付くというのも面倒ですわね…」

 

「君が加減を覚えればいいだけのことだろう……」

 

 

 その後。

 4人で学院内を回ってみたものの勧誘に乗るリリィはいなかった。黒鉄嵐の司令部まで行って話をすると、自由に動ける隊員をこれ以上減らすことができないため、梨璃たちのレギオンの聖騎士は増やせないと言い渡された。

 

 夕方になると今日の勧誘は終わりにし、他のクラスメイトとの話し合いも明日から続けることになる。

 

 

「はあぁ〜〜……」

 

 寮の部屋に戻った梨璃は、ベッドに身を投げ出した。

 

(二水ちゃんや楓さんが来てくれたとはいえ、レギオンの人集めなんて……。やっぱり私には難し過ぎるよ……)

 

 うつ伏せになっている彼女は、頭を動かしてルームメイトを見る。

 

「閑さん、入ってみません?」

 

 ソファで読書していた閑が顔を上げる。

 

「それは無理ね。私も高等部に入ったら、自分のレギオンを持つって決めていたから」

 

「志が違い過ぎる……」

 

 枕に顔を埋める梨璃に、閑は笑顔を向けた。

 

「貴女のレギオンには、楓さんだっているんでしょう?」

 

「うん……。知ってるんだ」

 

「噂でね。楓さんは8つのレギオンから誘いを受けていたみたいだけど……」

 

 梨璃は身を起こし、ベッドに腰掛ける。

 

「え…?そんなこと、楓さんは何も……」

 

「それと二川二水さん」

 

「はい?」

 

「あの方は『鷹の目』と呼ばれるレアスキルを持っているそうね。欲しがるレギオンは多いわ。それに聖騎士になった七須名吉春さん」

 

「吉春さんも?」

 

「槍や剣だけでなく、ほとんどの火器も満遍なく扱えるオールラウンダー。あの人を狙っていたレギオンも、多かったと思うわ」

 

「ええ…そ、そうなんですか……?」

 

 閑は紅茶のカップを取り自慢げに笑う。

 

「情報収集と分析は得意なの」

 

「………」

 

 ぼうっと天井を見上げ、物思いに耽る梨璃。

 

(皆、すごいんだ……。何でもないのは…私だけか……)

 

 

 

 その頃、吉春は司令室で聖騎士になるための書類に記入していた。すると後ろからすずながやって来る。他のメンバーは今はいない。

 

「意気込みはどうですか?吉春くん」

 

「……ああ、やれるだけはやってみる。これでリリィへの恩返しもやりやすくなるな」

 

「特別手当ても出るんですよ」

 

「驚くほどの額でもないが……まあ、将来のために金を蓄えておくのも悪くないだろう」

 

「……慶くんは、そのために聖騎士になることを受け入れたんですよね……」

 

「……。彼は事情が事情だからな…。個性の塊のアールヴヘイムで、あれだけ苦労していても辞める気はないようだった」

 

 すずなは頬を染めて、胸の前で指を組む。

 

「や…やっぱり支える人がいないとダメ……ですよね……」

 

「………」

 

 呆れた顔で、吉春は彼女を見上げた。

 

「さっさと告白でもして付き合えばいいのに……」

 

「だ、だって…彼の負担にはなりたくないですし……一緒にいられる時間も少なくなってしまってますから……その…」

 

「やれやれ……」

 

 吉春は席を立ち、記入が終わった書類を隊長のデスクに置く。

 

「これ以上恋の悩みを聞かされても、俺ができることは秘密にしておくくらいしかないぞ。後は普段通り姐御と話せ」

 

「うう……そうします…」

 

 2人は司令室を出て、夕食を摂るべく食堂へ向かった。

 




 まともにセリフを出すまでこんなに時間がかかってごめんよ、鶴紗さん……。ゲームで普段からお世話になっているメンバーの1人なのに……。


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第10話 狙撃

 神庭編が難産に入ったので、こちらを更新します。
 2ヶ月近く構想したはずなのになんでこうなるんや……。


 梨璃がメンバーを集めているレギオンの聖騎士になった翌朝、吉春は黒鉄嵐宿舎の近くを歩いていた。肩に担いでいるのは、いつもの棒や槍ではなく立て札である。

 

 向かう先は、小鳥の囀りが聞こえる学院敷地内の林の一角。そこにはいつの日にか積まれて古びたコンクリートブロックと、その上に伏せられたままの、焼き物の植木鉢が置かれている。

 

「昨日のうちにこれを立てていればよかったのだが……」

 

 梨璃たちのレギオンのメンバー勧誘に付き合っていて、後回しにしていたことを思い出しながら進んでいると……。

 

「……おや?」

 

 植木鉢に近づくリリィを見つけた。独特な形の白いシャツにミニスカートを穿いた黒髪の彼女は、植木鉢の底に開いた穴を覗き込み……

 

  フシッ!

 

「わっ?!」

 

 穴の中から響いた怪しい音に驚き、慌てて後ずさる。後ろに来ていた吉春にも気付いて振り向いた。彼から声をかける。

 

「ご機嫌麗しゅう、王嬢」

 

「あ……な、七須名さん…。ご機嫌よう…」

 

 リリィ…雨嘉は慌てながらも会釈した。

 

「どうしたんだ、先程は?」

 

「えと…あれ…」

 

 彼女が指差すのは、先程覗いた植木鉢。

 

「あの中に……変なのがいて…」

 

「ああ、シジュウカラのことか」

 

「……シジュウカラ…?」

 

 雨嘉が不安な顔で首を傾げていると、吉春は懐から『鎌倉の野鳥』と題されたポケットサイズの図鑑を取り出してページを捲る。

 そして、青みがかった羽に白と黒の頭、首の後ろが黄色い鳥の写真が載ったページを彼女に見せた。

 

「あ…かわいい…」

 

「体長15センチ前後の小さな鳥で、東アジアに分布する。今はちょうど抱卵期……卵を産み、子育てを始める時期だ」

 

 吉春は植木鉢に目を遣った。

 

「あのように人間の生活に近い場所に営巣する割に、こちらから近づくと威嚇してくる。卵を守るためとはいえ、我儘な鳥だな」

 

 説明を聞いた雨嘉はショックを受けて俯く。

 

「あんな…小っちゃくてかわいい子にびっくりさせられちゃったの……私……」

 

 吉春は彼女に笑顔を向けながら、担いで来た『鳥が子育て中 ここから見守ってください Please watch from here.』と書かれた立て札を足元に刺す。文章と共に、ニワトリが卵を温めているイラストも添えられていた。

 

「気にするな。君はたしか北ヨーロッパの出身だったろう?なら、彼らと初めて触れ合ったのだから無理もない」

 

「………」

 

「それにしても…」

 

 やや落ち込み気味な彼女に話題を振る。

 

「こんな時間に、一人でこの辺りまで来るリリィはそういないが……考え事でもしていたのか?」

 

「……その、自信が…持てなくて……」

 

 頷いた雨嘉がぽつりと呟く。吉春は不思議そうに聞いていた。

 

「以前話した時にも思ったが、何がそこまで君をブルーにしているんだ?」

 

 2人で昇ったばかりの朝日を浴びながら、それぞれ少し離れた木によりかかって会話を続ける。

 

「……。今、こうやって貴方と話すだけでも…き、緊張してるから…。神琳みたいに、普通に話せた方がいいのに……」

 

「ああ……」

 

 吉春は苦笑いした。

 

「どちらかと言うと、郭嬢の方が珍しいがな。何の気なしに俺たちと交流しようとするのは……」

 

「そう…なの…?」

 

「ああ。無理に彼女と同じようにすることはない」

 

「………」

 

 少し安心したのか、彼女の顔に浮かんでいた不安の色が薄れる。

 

「後は……この前話していた技量の不安か。大分時間が開いてしまったが、あれから何か変わったか?」

 

 雨嘉が首を振って返した。

 

「……全然…」

 

 答えた彼女の顔が暗い。吉春はただ事ではないと感じた。

 

「何があったんだ、君は……」

 

 覚悟を決めたのか諦めの境地に達したのか。雨嘉は身の上を明かし始める。

 

「…私には、姉と妹がいて…。2人とも優秀なリリィで…。私だけ、日本に行くように言われた。私も、2人と一緒に故郷を守りたいんだけど……」

 

「……ほぅ…」

 

 吉春は興味深そうに彼女の話を聞いている。

 

「百合ヶ丘には世界レベルのレギオンがいるし、黒鉄嵐の人たちの実力を疑ってもいない…。でも……」

 

「ふーむ、なるほどなぁ…」

 

「え…」

 

 彼のリアクションは、雨嘉にとっては予想外だった。これほど真面目に聞かれるとは思っていなかったのだ。

 

「な、情けなくない…?自分の実力が足りないだけなのに、うじうじ悩んでて……」

 

「とんでもない。俺自身、そういう手合いの悩みや不安を持った経験はあるからな。ところで、一つ聞きたいんだが……」

 

「ん…?」

 

 

「日本に行くように言われた……と言うのは、君が以前所属していたあちらの学校…ガーデンからそういった処分を下されたということか?それとも、姉君や妹君から家を追い出されたのか?」

 

 

「……ううん、母親から…直接。きっと、私の出来が悪いから…」

 

「ほう、母君から…。ご本人の口から、そのように?」

 

「…そうとは言われてない…けど。毎晩…向こうが夜の時間に電話してくるから。心配して…。男の人がいるからって言ってたこともあったけど、たぶん、本当は……」

 

「ははあ……。なるほど、これは…ふふっ」

 

 吉春は何かに納得したように笑顔を溢す。

 

「……何…?」

 

「……いや、母君が君をこちらに来させた理由が、何となくわかってな…」

 

「本当…?」

 

 雨嘉が目を丸くする。

 

「まあ俺の勝手な憶測でしかないが……聞きたいか?」

 

「……う、うん」

 

 恐る恐るながらも頷く雨嘉。吉春は薄い雲が流れる空を見上げた。

 

「ならば、その前に…少々、俺の話を聞いてほしい。………」

 

 

 そう言って、彼は自分の生い立ちを雨嘉に話した。

 

 両親の顔すら知らないこと。生まれてすぐサーカス団に拾われたこと。そこで心技体を鍛えたこと。ヒュージに襲われ、彼がいた一座は解散したこと。そのときリリィに助けられ、騎士団に入って恩返しのために戦っていること……。

 

 

 言葉を区切り、雨嘉に向き直る。

 

「……さて、ここからが本だ…い……ど、どうした王嬢?!」

 

 彼の目に入った雨嘉は、これ以上ないほどの罪悪感で顔色を悪くしていた。

 

「ご…ごめんなさい…!私……七須名さんのこと、何にも知らないで…あんな悩みを…。貴方は、二度も故郷を失くしてるのに…私…!」

 

「いや、それは本筋ではないんだが…。ま、まあ…俺と似た境遇の騎士団メンバーやリリィは珍しくない。君の身近にもいるし、その事実を受け止めてくれればそれでいい」

 

「身近……もしかして、神琳も…?」

 

「ああ…詳しくは知らないが、俺たちに会いに来るのは、俺たちの姿にご家族の面影を垣間見ることができるからだそうだ」

 

「……それで、神琳は…」

 

「で、今は君の話だが……」

 

 吉春が会話の軌道を修正する。

 

 

「俺もサーカス団時代…まだステージに立ったこともない頃、君のように悩んだものだ。俺はどこまで上手くやれるのか。失敗はしないだろうか。失敗しなかったとして、観客を喜ばせる演技はできるだろうか……とな」

 

「………」

 

 静かに聞く雨嘉に、言葉を続ける。

 

「初めてステージに立つ直前、俺の不安は限界だった。今日は無理だと師匠に泣き言を言うと……師匠はこう言った。

 

『お前は十分練習した。幕が上がれば、目の前には広い世界がある。そこにはお前の演技を待っている人たちがいるんだ。だから必ず喜ばれる。全力を出せ(Break a leg)

 

……そして本当に…俺の世界が広がった。最後の言葉は、今の俺には魔法の呪文だ。最後の一押しをしてくれる」

 

 目を閉じれば鮮明に蘇る。

 客席から上がる歓声。鳴り止まぬ拍手。仮面の下を流れる感涙。

 

 目を開けて雨嘉を見る。

 

「君の母君も、きっと師匠と同じ気持ちだ」

 

「お母さんが…?」

 

「ああ。おそらくだが……」

 

 一呼吸置き、笑顔で語る。

 

「君に、広い世界を見せ、体験させたかったのだと思う。家族のような狭い世界ではなく。広い世界には、君より優れた者はいるだろう。だが同時に、君を必要とする人々もまた、必ず存在するはずだ」

 

「私が……必要な人…」

 

「そう。俺が君に言えるのは……」

 

 吉春が頷いて目を遣るのは、朝日を浴びて煌めく校舎。雨嘉も自然にそちらを向く。

 

「王嬢、ここは広い世界だ。君が立つべくして(しつらえ)られたこの舞台に、足を折る勢いで立ち、最高のパフォーマンスを叩き出す。君がやることはそれだけでいい。その機会を逃すな。恐れるな。必要な力はもう、君の内にあるのだから」

 

 握り拳を突き出し、雨嘉に見せる。

 

「そうすれば、君を必要とする誰かが喜び、手を叩いてくれる。そうなった時、初めて、君は自信と……それ以上の感動を手にすることだろう」

 

「……っ!」

 

 雨嘉の手が、胸の前で拳になる。

 

 彼女に向かい合って吹く一陣の風。

 朝の爽やかな空気が流れ、ざあっと木々をざわめかせた。

 

 

 

 

 

 昼休みの時間。

 午前中で1年生の授業が終わったので、吉春はこれからメンバー集めに動く梨璃たちを手伝う。

 その待ち合わせ時刻を気にしながら向かったのは、学院の地下にある工廠科だった。

 

 

「およ?吉春」

 

「ん…ああ、グロピウス嬢」

 

 エレベーターホールの近く。エナジードリンクがこれでもかと並べられた自動販売機の横にある長椅子に座っていたミリアムが声をかけてきた。

 

「どうしたんじゃ?少しばかり焦っとるようじゃが…」

 

「莱清を探していてな、こちらに来ていると聞いたもので……。今どこかわかるか?」

 

「莱清か…。さっき百由様のとこに行っとったぞ。まだおると思うが…」

 

 ひょい、と椅子から立ち、ミリアムは吉春の先を歩いて百由の工房に向かう。

 

「おーい、百由様ー。莱清おるかー?」

 

 インターホンを押して扉を開けると、ホワイトボードに向き合って何やら話している2人がいた。

 

「あら、グロピウスさんによっしー。どったの?」

 

「莱清、今朝バッジができたと聞いたんだが…」

 

 吉春が呼びかけると、莱清が振り向く。

 

「え…ああ!ごめん吉春!新装備の発案に夢中になってて…格納庫に行くの忘れてた…」

 

 言いながら彼は吉春に近づき、ポケットから銀色の金属片を取り出す。

 

「はい、聖騎士(ヘリガリッター)のバッジ。仕事増えると思うけど頑張ってね」

 

「ああ、助かる」

 

 吉春に手渡されたそれを、ミリアムが横から覗き込んだ。

 

「お、莱清の襟にあるのと同じピンバッジじゃの」

 

 手の中で煌めくのは、百合の花に寄り添う狼の頭が掘り込まれた六角形のバッジ。大きさは100円玉ほど。

 

「これで、リリィの集団を専属でサポートしてるって証明になるよ」

 

「ああ、莱清のバッジはそういう意味だったんじゃな。どっかのレギオンか?」

 

 と、百由が口を開く。

 

「あら、知らない?梨璃さんたちがレギオンを作ってて、よっしーはその聖騎士になってるの。夢結に言われたそうよ」

 

「ほー。ということは夢結様もそのレギオンにおるのか」

 

「ああ。これからメンバーの勧誘に向かう。間もなく待ち合わせ時刻だな……」

 

 バッジを付け終わった吉春が頷くと、ミリアムが興味深々の表情で彼を見上げた。

 

「それ、わしもついて行ってよいか?」

 

「構わないが…」

 

 

 吉春とミリアムが連れ立って百由の工房を後にする。

 

「邪魔したな、莱清、真島嬢」

 

「またのー」

 

「はいは〜い」

 

 笑顔で手を振る莱清と百由に見送られ、2人はエレベーターに乗り込んだ。

 

 

 

 校舎の脇を走る道路から、グラウンドに降りる階段。そこには梨璃、楓、二水の3人のリリィが集まっている。

 

「二水ちゃんも楓さんも、ありがとう…」

 

 唐突に2人に向き合って礼を言う梨璃に、二水たちはぽかんとした。

 

「梨璃さん?」

 

「藪から棒に何ですの?」

 

「私、2人のこと…勝手にアテにしちゃって……」

 

「「………」」

 

 二水と楓は目を合わせた後、微笑みながら彼女に向き直った。

 

「梨璃さんだって頑張っているのは、ご自身のためばかりではないんでしょう?」

 

「うん…私はお姉様のために……」

 

「ならそれと一緒です」

 

 楓が答えると、背後から……。

 

 

「何じゃ何じゃ何じゃ?辛気臭い顔が3つも並んどるのう」

 

 

「すまない、遅くなった」

 

 ミリアムと吉春がやって来ていた。階段の上側に座る彼女に、楓が呼びかける。

 

「何ですの?ちびっ子2号」

 

「2号?」

 

「私1号?!」

 

 ミリアムは特に気にしていないようだが、二水は驚いていた。吉春は呆れ顔を楓に向ける。

 

「君…案外口が悪いよな、ヌーベル嬢……」

 

 彼の呟きも気にせず、ミリアムが会話を続ける。

 

「百由様から聞いたぞ。梨璃のレギオンを作るとか」

 

「いえ、あの…お姉様のレギオンで……」

 

 梨璃が言い終わらないうちに、彼女が立ち上がる。

 

「わしでよければ入ってもよいんじゃがの」

 

「か゛の゛っ?!」

 

 何故か語尾を復唱しながら驚く二水。吉春は内心、やはりかと思っていた。

 

「え、いいんですか!?」

 

「わしは元々、夢結様の戦い方に興味があるのじゃ。確か、レギオンには属さないと聞いとったが……」

 

 笑顔で梨璃に説明していると、楓がボードに留められたレギオン契約書を彼女に差し出す。

 

「ではここに署名と捺印を」

 

「ん」

 

 二水と梨璃が顔を見合わせる中、ミリアムはサラサラと名前を書き、指輪に通したマギの印を付ける。

 

「これでよいか?」

 

 ミリアムから書類を受け取り、喜んだ梨璃と二水が抱き合ったり小躍りしたりしながら礼を言う。

 

「ありがとうございますっ!」

 

「この調子で次行きましょう!」

 

「苦労しとるんじゃのぅ、お主ら」

 

 笑顔で言うミリアムに、吉春が話しかける。

 

「助かった、グロピウス嬢」

 

「うむ、感謝するのじゃ!」

 

 

 ミリアムと一旦別れ、学院敷地内を歩く。クラスメイトや吉春の知り合い、友人のリリィを探しては声をかけ、寮の前まで来てしまった。

 

「……二川嬢、もしやここからは…」

 

「はい、寮の部屋に戻っているクラスメイトを勧誘しようかと」

 

「押しかけるみたいでちょっと気が引けるけど……」

 

 苦笑いする梨璃。吉春は入り口の前で足を止めた。

 

「では、健闘を祈る」

 

「え……あ、吉春さんって入れなかったり…?」

 

「許可証を持っていないからな。こういうとき、男の聖騎士は不便だと学んでくれ。俺はここで待っている」

 

 

 涼しい顔で3人を見送る吉春。梨璃は少し申し訳なくなった。

 

「……ああいう犬の話ってありませんでしたっけ?」

 

「あ、聞いたことあるよ。確か銅像になった子だよね」

 

「まあ牙刃の騎士団のマークは狼ですけれど…。勧誘が終わったらお話ししに戻らないとなりませんわね…」

 

 3人は話しながら寮へ入っていった。

 

 

 

「わたくしを一柳さんのレギオンに……」

 

 寮の一室で、向かい合って座っているリリィ…神琳を二水が紹介する。隣には梨璃がいて、少し後ろには堂々と椅子に腰掛けた楓が紅茶を飲んでいた。

 

「クラスメイトの郭神琳さん。百合ヶ丘女学院では中等部時代から活躍している、台北市からの留学生です。1年生ながら、リリィとしての実力は高く評価されています」

 

「…その…お姉様のレギオンで……」

 

「そう…。とても光栄だわ」

 

「ええと…それは……」

 

 梨璃は汐里との話以来、この返答に嫌な予感を抱くようになっていた。が、今回は色のよい返事が返ってくる。

 

「謹んで申し出を受け入れます」

 

「わっ!本当ですか!?ありがとうございます!梨璃って呼んでください!」

 

「はい、梨璃さん」

 

 大喜びの彼女の横で、二水は喜びを通り越して興奮気味になって鼻を押さえる。

 

「………」

 

 3人のやり取りを、雨嘉は携帯電話を見ながら静かに聴いていた。そして、チラリと梨璃たちを見た瞬間……

 

「で!」

 

「っ!」

 

 目が合った。彼女は咄嗟にそっぽを向くものの、梨璃は気にすることなく問いかけてくる。

 

「貴女は?」

 

「…私…?」

 

 逸らしていた視線をゆっくり戻していると、二水が雨嘉を紹介し始めた。

 

「クラスは違いますが、同じ1年生の王雨嘉さん。ご実家はアイスランドのレイキャビクで、お姉様と妹さんも、優秀なリリィです」

 

 雨嘉は咄嗟に反論する。

 

「姉と妹は優秀だけど、私は別に……」

 

「どうですか?せっかくだから、神琳さんと一緒に…。……?」

 

 梨璃は彼女の携帯ストラップに目を向ける。金色で目などが描かれた小さな黒猫だ。

 

「私が…レギオンに……」

 

 雨嘉は今朝の吉春との会話を思い出す。

 

 『…君を必要とする人々もまた、必ず存在する…』

 

「………」

 

 だが、彼女はまだ一歩を踏み出せない。迷っていると……。

 

「……自信がないならお辞めになっては?」

 

 茶を飲んでいた神琳が、彼女を見ることもなく言った。

 

 再び、吉春の言葉を思い出す。

 

 『…機会を逃すな。恐れるな…』

 

(……ごめんなさい、七須名さん…。やっぱり、私……)

 

「……うん、辞めとく……」

 

 

「えぇっ?!」

 

「素直ですこと」

 

 愕然とする梨璃の後ろで、楓が褒め言葉とも皮肉とも取れる言葉を口にした。

 

「な、なんでですか?!」

 

 雨嘉は眉を八の字にしつつ俯く。

 

「神琳がそう言うなら……きっとそう…だから…」

 

「………」

 

 梨璃は何となく、雨嘉が後悔しているように見えた。

 神琳に問いかける。

 

「あの…お2人は知り合って長いんですか?」

 

「いえ、この春に初めて…」

 

「だったら、どうして……?」

 

 気にせずにはいらない。神琳はどうしてあんなことを言ったのか。どうして雨嘉は素直に受け入れられるのか。

 

「わたくしはリリィになるため…そしてリリィであるため、血の滲む努力をしてきたつもりです。だから……というのは理由になりませんか?」

 

「……っ」

 

 梨璃は少し俯いた後、雨嘉の方を見る。

 

「私は…才能も経験も……神琳さんみたいな自信も、持ち合わせてないけど……。ううん…!だから…!そんなの確かめないとわかりません!」

 

「……!」

 

 『…君が立つべくして設られたこの舞台に、足を折る勢いで立ち、最高のパフォーマンスを叩き出す。君がやることはそれだけでいい…』

 

 再び思い出される吉春の言葉。今朝言われたのと同じことを今、梨璃にも言われている。

 

「またわからんちんなことを…。まあそこが魅力なんですが……」

 

 どら焼きを頬張りながら楓が呟いていると……。

 

「……ぷっ…うふふ…あははっ…!うふふふっ!」

 

 神琳が笑い始めた。目に浮かんだ涙を拭う。

 

「……失礼…。梨璃さんは、雨嘉さんの実力のほどを知りたいと言うのですね?」

 

「え…?!私、そんな偉そうなことは……」

 

 梨璃は慌てて否定するものの、雨嘉はとうに覚悟を決めていた。

 

「ありがとう…一柳さん…。私、やってみる…!」

 

「え…?」

 

「これでいい?神琳(…それから、七須名さんも…)」

 

 問われた彼女は茶を一口飲み……

 

「…でしたら、方法はわたくしにお任せいただけますか?」

 

 微笑みを浮かべる神琳の提案で、雨嘉の実力を試す舞台が整えられ始める。

 

 

 

 しばらくして。

 

「吉春さ〜ん」

 

「む…一柳嬢」

 

 寮の入り口で待っていた彼に、梨璃が駆け寄って来た。

 

「勧誘はどうなった?」

 

「えーと、神琳さんが入ってくれて……」

 

「……郭嬢が…?」

 

 吉春の顔がやや恐怖に引き攣ったものの、後ろを見ていた梨璃は気付かずに続ける。

 というのも、彼女の後ろには楓と二水にケースに入れたチャームを肩に提げる雨嘉、そして笑顔で手を振る神琳がいるのだ。

 

「あと、これから雨嘉さんの実力を確かめることになって……」

 

「そうか…。君たちに同行すればいいんだな?」

 

「う、うん。他にもお願いがあって……」

 

「何なりとどうぞ」

 

 吉春がリリィの一団を見ると、既に神琳が旧館…上級生の暮らす寮へと歩き始めていた。

 

(郭嬢……また何か、恐ろしいことでも考えついたな…?彼女と同じレギオンか…やれやれ…)

 

 数分後。

 楓、梨璃、二水、雨嘉…そしてカタフラクトを纏った吉春は旧市街地の中を歩いていた。武器は一つも持っていない。

 

「…七須名さんが、一柳さんたちの聖騎士…?」

 

「うん!」

 

 雨嘉の質問に元気よく答えた梨璃。雨嘉はチラリと吉春を見た。

 

(まさか、今朝話したばっかりで…こうなるなんて…)

 

 不安な視線を感じ取った吉春は、他の皆に見えないように小さくサムズアップする。

 

(……うん、言われた通り、頑張ってみる…!)

 

 

 

 やがて旧市街地の中、全員が配置に着く。梨璃と雨嘉はある廃墟の屋上に立ち、その下には楓と二水。

 

 屋上で、雨嘉が梨璃にも身の上を話す。

 

「私の姉も妹も、今もアイスランドに残って、ヒュージと戦っているの。一人だけ故郷を離れるように言い渡されて……私は必要とされてないんだって思ってた…」

 

「………」

 

「ごめんなさい…百合ヶ丘は世界的にも、トップクラスのガーデンよ。ただ…故郷を守りたいって気持ちは特別…っていうか…」

 

「うん。それ、わかるよ」

 

 梨璃は優しく、彼女に理解を示す。その微笑みが、朝に見た吉春の笑顔に重なった。

 

 と……。

 

  ピリリリッピリリリッ

 

「!」

 

 雨嘉のポケットに入っていた携帯電話が鳴る。かけて来たのは……神琳。

 

 

 

「雨嘉さん、こちらがわかる?」

 

 およそ1キロメートル先。廃ビルの屋上にて、上級生の知り合いから借りた黒いアステリオンを手にした神琳が、雨嘉と話す。

 傍らには、彼女が普段使っている丸い盾のチャームが刺してある。

 

 

「あ……うん」

 

 彼女は、神琳のチャームに反射した日光を見つけた。すると電話越しに、神琳が驚くべきことを口にする。

 

『そこから、わたくしをお撃ちなさい』

 

「え……」

 

 

 困惑するルームメイトに構わず、神琳の言葉は続く。

 

「訓練弾なら大丈夫よ」

 

『そんなわけ……!』

 

「装填数10発。きちんと狙えたら、わたくしからはもう何も申しません」

 

『…神琳…!』

 

 

「大丈夫…。貴女ならできるわ」

 

 

 彼女がそう言ったのは、自ら切った電話のマイクだった。

 

「……直に言ってあげたらいかが?」

 

 真っ当な指摘をするのは、神琳の後ろにいる夢結。彼女もこの場に呼ばれていたのだ。

 

「お立ち合いご苦労様です、夢結様」

 

「お構いなく。梨璃に頼まれましたから。……同じ言葉は、彼にも言ってあげるのでしょう?」

 

「さあ…?」

 

 

 

 梨璃と雨嘉、そして神琳と夢結。両者のちょうど中間の位置、その地面には吉春が立っていた。

 

「弾丸に込められたマギの量と質…そして王嬢が体内で行うマギ管理。両方のモニター役か……。全く、人使いが荒い上に危険な試みをやってくれる」

 

 吉春はため息を吐いた。

 

「はぁ…。憲兵隊の管理外でやることではないが、それ以外の役割も押し付けてくるとはな。つくづく苦手な人だ、郭嬢は。……『ホルスの眼』」

 

 リアクターから負のマギが流れ、吉春の瞳が燻んだ赤い光を放つ。

 

 

 

「……どうして…」

 

 切られた電話を手に、呆然とする雨嘉。そのストラップを梨璃が見つめた。

 

「雨嘉さん。猫、好きなの?」

 

「え……?!う、うん……」

 

「かわいいね〜、この子……」

 

「うん…」

 

 陽の光を受け、煌めく黒猫。梨璃は彼女の気分を落ち着かせるために言ったのか、雨嘉にとっては意図は関係ない。

 

「これ、持っててくれる?」

 

「え…うん」

 

 梨璃に携帯電話を預け、しゃがんでチャームを構える。

 

「………」

 

 左目を閉じ、真っ直ぐ神琳のいる方角を見る雨嘉。彼女の右眼の前に、立体映像のスコープのような光の紋様が浮かび上がった。

 

 視野が狭まり、その範囲にある景色がぐんぐんと拡大していく。

 

 

 

「『天の秤目』。遠く離れたモノも寸分の誤差なく把握する。それが、雨嘉さんのレアスキルです」

 

 

 人差し指で示された、彼女自身の眉間。そこをマギのスコープでロックする。

 

 

「遠距離射撃?目標は何なの?」

 

 梨璃からの問いかけに、雨嘉は……

 

「……神琳」

 

「へぇっ?!」

 

 低い声で答え、梨璃を驚かす。

 

 

 

(撃ちなさい、雨嘉さん。撃って、貴女が一流のリリィであることを証明なさい)

 

 神琳が独白する500メートル先では、吉春が皆のマギを観測していた。

 

(始まるのか、王嬢。君の舞台が。見せてもらうぞ……この、特等席からな…!)

 

 

 そのまた500メートル先。梨璃は慌てて雨嘉を止めようとする。

 

「あ、あぶあぶあぶ危ないよ雨嘉さん!!」

 

「……。一柳さんと神琳は、私にチャンスをくれたの。それに、七須名さんが背中を押してくれた。だから私も、貴方たちを信じてみる…!」

 

「え……?チャンス…?」

 

 梨璃が呟いた次の瞬間。

 

「っ…」

 

  キリ…

 

 雨嘉の指がトリガーにかかる。もう、迷いはない。

 

  ズドォッ!

 

 

 発砲。

 マギの籠った弾丸が、瞬間…正しく瞬く間に神琳に迫る。

 

  ギィンッ!

 

 その弾丸をチャームで打ち砕く神琳。金属の破片が飛び散り、弾に込められていたエネルギーがスパークする。

 

「ふっ…」

 

 青白い閃光の中で、彼女は得意げに微笑んだ。

 

「雨嘉さんとの距離は約1キロ。アステリオンの弾丸の初速は毎秒1800メートルだから、瞬きするくらいの時間はあります。狙いが正確なら、躱せます」

 

「なるほど、正確ね」

 

 近くで見ていた夢結が応えた。彼女は飛び出た刃で突き刺さっている盾に目を落とす。

 

「いつものチャームは使わないのね」

 

「対等の条件にしておきたいので」

 

 

 

 地面でマギを視る吉春は、神琳のチャームに一切のエネルギーが通っていないことを確認していた。

 

「扱えもしないチャーム……郭嬢の方が圧倒的に不利だ。それで対等とでも思っているのか…?物は言いようだな、全く…」

 

 

 

  ズドォッ!

  ズドォッ!

  ズドォッ!

  ズドォッ!

 

 

 音を無くした街に響く鋼の咆哮。

 連続発射される弾丸を、神琳は次々にチャームで砕く。6発目、7発目…。そのどれもが、神琳の眉間を確実に捉えている。

 8発目がスパーク。その直後、夢結の長い髪がそよいだ。

 

「……!風が……」

 

 鳥が飛び立ち、新緑の葉が舞う。

 

 

 

「弾が…逸れる…!」

 

 精密射撃であるほど、風によって弾が流される影響は大きくなっていく。

 

 

 舞い踊る大気を、吉春もその身に感じていた。

 

「さあ王嬢…見せ場が来たぞ…!」

 

 

 風が凪ぐ瞬間を待とうとした雨嘉だが、吉春の言葉を思い出す。

 

(七須名さんが言ってた…最高のパフォーマンス…!披露する機会は、もう逃さない…!)

 

  ズドォッ!

 

 僅かに照準をずらして発砲。風に乗ったライフル弾は、曲がった軌道を描きながら神琳の眉間へ。

 

  ギィンッ!

 

 またも弾丸を叩き潰す。風は強くなり、クレーターにできた池にさざ波が立った。

 

(また風が…。やり過ごす……?)

 

 風を読んだ雨嘉は、速やかに考えを撤回。

 

(ううん、いける!)

 

  ズドォッ!

 

 

 弧を描いて眉間に向かう10発目。だが、軌道が直線から逸れたということは……。

 

「ふふっ」

 

 軌道は長くなり、神琳が不敵な笑みを浮かべてチャームを切り替えるくらいの時間は与えてしまう。

 

「はぁっ!!」

 

  バギャッ!!

 

 飛来する弾丸を、彼女の盾が反射する。元の軌道を通り、速度も落とすことなく雨嘉へ帰還するライフル弾。

 

「あ……」

 

 気づけば、彼の師匠が授けた魔法の呪文が、彼女の唇を震わせる。

 

Break…

 

 膝が伸び、チャームの刃がスライド。

 

a…

 

 しっかり踏み締める足。構えたチャームは、最後の変形を完了する。

 

leg…!

 

 

  ギィンッ!!

 

 唱え終わると共に着弾。マギの稲妻を空中に残し、刃にて切り裂かれた弾丸が背後の山に命中する。

 

「……っはぁ…はぁ…」

 

 詰まっていた息は解放され、肺が空気を求めて激しく動く。

 

「……10発……」

 

 全てを神琳の眉間に撃ち込んだ。その事実を梨璃が受け入れていると……。

 

  ピリリリッピリリリッ

 

「あっ!」

 

 彼女の手にある携帯電話が鳴った。

 

 

 

『お見事でした、雨嘉さん』

 

「……神琳…」

 

『貴女が優秀なリリィであることは、これで誰の目にも明らかだわ』

 

「……」

 

「やったあ!」

 

 ほっと一息吐く雨嘉の横で、梨璃が手を上げて喜ぶ。雨嘉はそんな彼女の方を見た。

 

「ありがとう、梨璃…」

 

「え?」

 

 急に礼を言われただけでなく、呼ばれ方も変わったので、梨璃は一瞬思考が止まる。

 雨嘉はもう一度、携帯電話のストラップを梨璃に見せた。

 

「梨璃がこの子を褒めてくれて……私、貴女のレギオンに入りたいって思えたから…」

 

「それが、ありがとう……?」

 

「うん、ありがとう」

 

 雨嘉は満面の笑みを浮かべていた。

 

 

 礼の言葉は、こちらでも……。

 

「ありがとうございました、夢結様」

 

「いえ。貴女も見事だったわ」

 

 神琳は空を見上げる。

 

「わたくし、雨嘉さんが妬ましかったんです。エリートの家に生まれて、才能にも恵まれて……なのに、本人は自信を持てなくて悩んでいるなんて…」

 

 視線を下げ、夢結の方に笑顔を向けた。

 

「何なのよこの子はって、腹も立ちませんか?」

 

「ずっと…腹を立てていたの……?」

 

 夢結は奇妙な物を見る目を神琳に向けていた。

 

「はい。でも、これですっきりしました」

 

「……。私が言うのもなんだけど、貴女も中々、面倒な人ね……」

 

「よく言われます」

 

 彼女はにこやかに認めた。

 

 

 

「吉春さん」

 

「お…。どうした、郭嬢」

 

 全員が合流したところで、神琳は吉春と話す。

 

「どうでしたか?雨嘉さんのマギを見てみて」

 

「……。今更、俺の講評など必要か?」

 

「いいですから。見たままを言ってあげてください」

 

「………」

 

 雨嘉は期待半分、不安半分という具合で彼の方を見ていた。

 

「はぁ…。体内のマギは淀みなし。向かう先には迷いなし。放つ時には曇りなし。君の努力の痕跡は、このホルスの眼がしっかと見届けた」

 

 自分の目を指差して評価する。雨嘉の顔はぱあっと明るくなった。

 

「あ…ありがとう…。吉春さん…」

 

「礼には及ばないさ」

 

 7人で校舎へ向けて歩き出す。ふと吉春の目に、顎に指を当てて苦い顔をする夢結が映った。

 皆に聞こえないよう、小さめの声で話しかけた。

 

「どうかしたのか?白井嬢」

 

「……いえ、何でもないわ」

 

「?……そうか…」

 

 

 校舎に近づいたところで、神琳は初めて聖騎士が吉春になっている話を聞いた。

 

「そう…。戦うときは吉春さんと一緒ですか」

 

「ああ…。何の因果か…」

 

「うふふ……」

 

 雨嘉が吉春の方を向く。

 

「……前から気になってたけど…吉春さんと神琳、どういう関係なの…?」

 

「気の合うお友達ですよ」

 

「そんなわけがあるか」

 

 神琳の回答を即否定する吉春。だが、神琳は笑顔を崩さない。

 

「息は合っていませんでした?」

 

「それは…半年ほど前に君が、そのチャームで俺を殴り倒したあの模擬戦のことを言っているのか?」

 

 と、梨璃や楓と話していた二水が割り込んで来る。

 

「神琳さん、どうやって吉春さんを倒したのか教えてください」

 

「……二川嬢、まさかこの前の訓練を根に持って……」

 

「簡単ですよ。吉春さんはリーチのある武器を使いますから、懐に思いっきり飛び込めば後は……」

 

「チャームなりマギを載せた拳なりでひたすら殴り続ければいい。全く恐ろしいことをやってくれる……。黒鉄嵐皆が君を怖がっている理由がよくわかった。連続シールドバッシュを頭に喰らった、あの十数秒でな」

 

「なるほど、そうやって勝ったんですね…」

 

「じゃあ、吉春さんにとって神琳は……」

 

 

「恐怖の対象だ」

 

 

 はっきりと言い切る。

 

「善人なのはわかってはいるが、性格もあまり得意ではないし……」

 

 俯く吉春の頭を、神琳は笑顔で小突いた。

 

「うふふ。ノックしてもしも〜〜し」

 

「止めろぉ!その言葉!聞くだけで脳震盪を起こしそうだ!鳩尾も何故か重くなる!」

 

 彼は顔を青くして頭を抱える。

 

「……神琳、これからは優しくしてあげて…」

 

「考えておきますね」

 

 

 

  夜。

 梨璃たち6人の結成中レギオン1年生組は、皆で風呂に入っていた。

 

 湯船を仕切るブロックの上に、背中を合わせて神琳と雨嘉が座る。

 

「神琳……今日は、ありがとう…」

 

「どういたしまして…」

 

「……で、ごめん…」

 

「ん…?」

 

「黒鉄嵐の人…白莱清さんから聞いたんだ…。神琳の故郷は、ヒュージに呑み込まれたって……。あの人も……」

 

「ええ。わたくしも彼も故郷を知らない…同郷の間柄です」

 

「無神経だった……。私……」

 

 神琳は背中を雨嘉にぴったりとつけ、少しだけ体重を預ける。

 

「そんなこと気にしていたの?ふふふふ…」

 

「………」

 

 笑顔の神琳に、かける言葉が見つからない。悩んでいると、彼女から話しかけてくる。

 

「……せっかく背中を預けられる仲間に出会えたんです。貴女に喜んでもらえたなら、わたくしもうれしいのよ?」

 

「うん……」

 

 雨嘉も背中…神琳に体重をかける。

 

「ここに来られて、よかった…」

 

 

 2人の様子を、梨璃、楓、二水、ミリアムが見ていた。

 

「これで7人…!レギオン結成まであと2人ですね!」

 

「ミリアムさんくらい、ちゃちゃっと決められないものかしら?」

 

 楓は足で彼女を指差す。

 

「お主、わしにケンカ売っとるんじゃあるまいな?」

 

 梨璃は2人のやりとりを微笑ましく見ていた。

 

「でもなんだか、いいレギオンができそうな気がしてきたよ…!」

 

 

 

 同じ頃。

 校舎の上層階…その1フロアほぼ全てを使う広い部屋に、百由、史房(しのぶ)、紀行が集まっていた。3人の向かいには60から70代ほどと見える和服の男……理事長代行、高松(たかまつ)咬月(こうげつ)がデスクに着いている。

 

「こんな時間に呼び立てて、すまなかったのう」

 

「滅相もない!どうせ四六時中起きてますから!」

 

「なら真島嬢、これから俺たちが行く夜間哨戒に付き合うか?」

 

「え?デートのお誘い?何?浮気してんの?のりっぴ」

 

「っ……」

 

 ドーナツを頬張りながらありもしないことを言う百由に、紀行は頭を抱えた。

 2人のやり取りを咬月が止める。

 

「無理はせんように。で、報告とは?」

 

「工廠科に面白い1年が入ったんですよ〜。わしは何とかなのじゃ〜って喋り方が理事長代行とクリソツで……あ、血縁とか?!」

 

「いや、わしに心当たりは……」

 

「〜〜〜っ!」

 

「百由さん?」

 

 頭を押さえて唸る紀行の横から、史房が本題に入るよう促す。

 

「ああこれ、話の枕なんで。コホン…」

 

 わざとらしく咳払いし、百由はタブレット端末を取り出す。

 

「ご存知のように、ヒュージが人類の前に姿を現してすでに半世紀が経過しました。ですが、私たちはヒュージの種としての行動、目的も解明できず、場当たり的な対処が精一杯…というのが実情です」

 

 ここで史房が疑問を口にする。

 

「ヒュージを単一の生物種と括るには、その形態は余りにも雑多過ぎないかしら?」

 

 紀行も意見を述べる。

 

「おまけに、ヒュージ由来の負のマギに順応した人間が、割と高い確率でヒュージに変身する能力を手に入れることもわかって各研究機関はお手上げだ。この手の研究は一度白紙に戻ったこともあるやつだよな」

 

 百由が頷く。

 

「そうなんですよ!彼らがどこから来た何者なのか諸説紛々ではありますが……私はちょっとばかし視野を広げて、相関関係を探ってみました。すると……」

 

 咬月のデスクに、百由がまとめたデータが表示される。

 

「………」

 

「……んん…?」

 

 史房と紀行も、彼女の手にある端末に注目した。

 

「ね?ね?ほら、ここ。ここにも、ここにも……」

 

「ほう……これは……」

 

 

 

 その頃。

 夢結は寮の部屋で、枕を抱えて横になっていた。見るからにしょげている彼女の後ろのベッドには、ルームメイトの祀が座っている。

 

「貴女のシルト、頑張っているようね」

 

 夢結は息を吐きながら呟いた。

 

「………正直、誤算だわ…」

 

「上手くいっていることが?」

 

「……まさかあんなに順調に人が集まるなんて…。聖騎士なんて、メンバーを集める前に、1分も経たないうちにスカウトしたのよ……」

 

 祀は悪戯な笑みを浮かべて夢結を見た。

 

「人よりヒュージを相手にする方が気が楽なようね。さすが百合ヶ丘のエース様」

 

「……意地が悪いのね」

 

「はい」

 

 

 

 時に速く、時にゆっくりと……百合ヶ丘女学院と黒鉄嵐の日々は、着実に進んでいく。

 

 




七須名 吉春
趣味:野鳥観察、野外調理
好きなもの:鳥、柑橘系
苦手なもの:神琳


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第11話 6月18日

 黒鉄嵐、全員集合!


 

 それは6月17日のこと。

 朝、吉春がいつも通り黒鉄嵐の司令部で事務作業をしていると。

 

「先輩」

 

「ん?どうしたセリ」

 

「楓お嬢様がお話を、と」

 

「……?そうか」

 

 後輩のセリに言われ、彼は司令室を出る。外の廊下に楓と二水が立っていた。

 

「ご機嫌よう、吉春さん」

 

「ご機嫌よう」

 

「ああ、ご機嫌麗しゅう。それで話とは?」

 

 談話スペースに2人を案内しつつ話を聞く。

 

「実は、近く梨璃さんのお誕生日がやってきますの」

 

「ほう、それはめでたい」

 

「それでレギオンの皆さんとちょっとしたお祝いをしようという話になったんですが、皆さんが何を贈るのか聞いておこうと思いまして……」

 

「ふーむ、そうか…」

 

 二水の言葉に頷いていると、楓が胸に手を当てて高らかに宣言する。

 

「ケーキはわたくしにお任せください!一流の職人を呼んでわたくしの愛もふんだんに込めた品をご用意いたしますので!」

 

 レギオンの聖騎士を始めてしばらく経ち、吉春は楓の暴走も収まってくるだろうとは考えていたのだが、未だにその気配はない。

 

「……程々にな、ヌーベル嬢」

 

「まあ楓さんに対抗してケーキを用意しようとする人はそういないとは思いますけど……」

 

 談話スペースに着き、苦笑いする二水と得意げな顔の楓にレモンティーを淹れる。

 

「しかし、そのような話をなぜ俺に?」

 

「単純に、何か贈られるようなら聞いておきたいのですわ。他の方と被ってしまうと、ありがたみも薄れるでしょうし」

 

「ああ……。期待には添えないだろうな…」

 

 2人の前のテーブルにカップを置きつつ、彼も椅子に座って続ける。

 

 

「俺は何もしないぞ、悪いが」

 

 

 そう言って、彼はティーカップに口をつける。楓と二水はきょとんとして聞いていた。

 

「え、えーと…私や雨嘉さんはちょっとしたお菓子でも買おうと思っているんですが……」

 

「ささやかなお祝いもなしですの?」

 

 ここ何日も聖騎士として一緒に過ごす中で、吉春も梨璃も互いに嫌われている印象はなく、むしろ良好な関係となっている。その彼が、彼女の誕生日に際し何もしないと言ったことが、2人にとっても意外だったのだ。

 

「うーむ…まあ祝いの言葉を二言三言述べさせていただくくらいならしても……」

 

「ずいぶん控えめですこと」

 

 カップを手に取る楓の横で、二水は不安そうに吉春を見た。

 

「あの……理由…は、あったりとか…?」

 

 二水からの質問に、彼はきっぱりと答える。

 

「規則がある。騎士団員は、原則としてリリィと財物のやりとりをしてはならない」

 

「なぜですか?」

 

「そうだな…。まず、俺たちは憲兵隊だ。リリィから何かを受け取る場合、賄賂の可能性がある。また、リリィに何か…贈り物を渡す場合……」

 

 彼はカップを置き、渋々といった具合で言葉を区切った。

 

「…遠藤嬢の言葉を借りれば、その贈り物をダシに、“本質的な関係”を迫るものと捉えられることもある。特に男性はな」

 

「うわぁ……」

 

「…なるほど、確かに徹底されて然るべき規則とは思いますが……そこまでしますの?」

 

「些細な物であれば見逃されるが…。特に食べ物に関してはそういうケースが多いな。少なくとも、リリィ一人にランチを一度奢ったり奢られたりする程度では摘発されない」

 

「だったら大丈夫なんじゃ……」

 

 そう言う二水に首を振って返す。

 

「一度一柳嬢の誕生日を祝ったなら、他のリリィの誕生日も祝わなければならなくなるだろう?すると、リリィに対する贈与が常態化していると考えられる。これは問題視されるケースだ。骨抜きにされているとな」

 

「はあ、そうなんですね……」

 

 吉春は申し訳なさそうに、シュンとする二水に言葉をかける。

 

「……戦場に身を置くリリィが、誕生日を祝えるのがどれほど素晴らしく、尊ばれるべきことなのかはよく知っている。それに、君たちが俺もレギオンの仲間として受け入れてくれていることも…とてつもなく嬉しい、名誉なことだ。……しかし」

 

 ふぅ、と息を吐く。

 

君たち(リリィ)のうち誰かを特別に持ち上げることのできない立場上、俺たちには静かな祝福のみ許される。こればかりは、どうか理解してほしい」

 

 そう言って吉春は頭を下げる。すると…。

 

「お顔を上げてくださいな、吉春さん」

 

「……ヌーベル嬢…」

 

「それが貴方方の誠意と仰るなら構いませんわ。当日は、夕食の終わりの時間帯にラウンジにてお誕生日会を開きますので、貴方もぜひご参加くださいませ」

 

 柔らかな表情を浮かべる楓。その反応は、吉春に安堵の微笑みを許した。

 

「……感謝する」

 

 一方、二水はメモ帳をぱらぱらと捲っていた。

 

「……なるほど、騎士団とリリィの間の恋愛は難しいとお聞きしていましたけど、こういう理由があったんですね…」

 

 楓は耳を疑って吉春に向き直る。

 

「まさか、恋愛にも規制がありますの?!」

 

「いや、それに関してはこれといった規則はない。結局は目に見えない心の繋がりで、規制しても無意味だからな」

 

「確かに、先程の決まりも財物に関してだけですものね…」

 

「じゃ、じゃあリリィとお付き合いしている騎士の方も、やっぱりいるんですか?!」

 

 スクープの匂いを感じた二水がこの話題に食いついた。

 

「ああ……稀にあるくらいだと思うぞ。少なくとも、今の黒鉄嵐にはいない」

 

「あら、意外ですわね」

 

「そうでもないだろう。例えばヌーベル嬢、俺が一柳嬢と付き合うとなったらどうする?」

 

「貴方を細切れにして差し上げますわ」

 

「……と、このようにトラブルの火種になり得るからな。恋愛関係を避ける者は多いと思う」

 

「なるほどです」

 

 メモをとる二水の様で、楓は不満そうにしていた。

 

「……何か上手いこと使われた気がしますわね……」

 

 

 突如降って沸いたティータイムをこなし、2人と別れた吉春はトンファーと共に見回りへ向かった。

 

 

 

 

「……くかー……くかー……くかー……」

 

 学院周辺の一角。優しい木漏れ日に照らされる、草に覆われた地面では今日も、梅が昼寝を貪っていた。

 

「……くかー……くかー……くかー…ん…?」

 

 1匹の猫が彼女に近づき、腹の上で丸くなる。その圧迫感で彼女はぼんやりと目を覚ました。

 

「………ふぅ…」

 

 息を吐きながら、足元に向けていた視線を空へと伸ばす……と。

 

 頭の近くにしゃがんでいるリリィと目が合った。

 

「ぅおっ」

 

 不意打ちに驚き、完全に目が冴える。一方、淡い金髪に赤い瞳の彼女は、梅よりも猫に興味があるようだ。

 

「……この子、餌は食べるのになかなか触らせてくれない…」

 

「だったら、今がチャンスじゃないか」

 

「しかし…寝込みを狙うのは卑怯……」

 

 まるで大将首でも狙っているかのような発言に、梅はきょとんとして返す。

 

「……お前、何する気だ?食うのか?」

 

「食うかっ!」

 

 即座に否定する彼女。梅は笑顔になり、猫を撫でつつ会話を続けた。

 

「だったら、最初は低いハードルから挑戦するのは、卑怯とは違うんじゃないか?」

 

「ん……それなら……!」

 

 意を決して、梅の頭上から手を伸ばす。だが、その顔は目が釣り上がったものだった。言いようのない威圧感が醸し出される。

 

「その殺気しまえ…。動物はそういうの敏感だからな…」

 

「……友達にも、動物は素直だから素直な気持ちで接するべきだとは言われた…。でも…」

 

 彼女は引き攣った作り笑いのまま、手を伸ばしながら自己紹介する。

 

「……安藤鶴紗…。いつもこうだから仕方ない…」

 

「ふーん。私、吉村・Thi・梅。2年生だゾ」

 

 梅の自己紹介の間に、鶴紗に気付いていた猫が彼女の手を叩いた。

 

「シャァッ!」

 

  ビシッ

 

「いてっ」

 

 起き上がった猫は梅から離れて行く。

 

「あぁ……」

 

 残念そうに見送る鶴紗。少し走った猫が、2人の方へ来ていた人物の足元で一旦止まり……。

 

 

「やぁ、どうしたんだ?」

 

 

 彼の声を聞いて落ち着いたのか、どこかへ歩き去った。彼は2人に気付く。

 

「ん?」

 

「「あ、吉春」」

 

 梅と鶴紗が彼を呼ぶ声が重なった。

 

「え?」

 

「……あれ?」

 

 2人は再び見つめ合う。その様子を、吉春は不思議そうに眺めていた。

 

「………何やっているんだ、君たちは?」

 

 

 

 林を抜けながら、3人で会話する。

 

「……先輩も、吉春の友達だったんですね」

 

「まあナ。けど、修行してた頃からなら、鶴紗の方が付き合い長いゾ」

 

「そうでもないぞ、吉村嬢。知り合ってから再会するまでそれなりに開いてしまったからな。学院で初めて会ったのは……去年の秋頃だったか?」

 

 吉春の言葉に、鶴紗はこくりと頷いた。

 

「ふーん。まあ何にせよ、これからは3人で仲よくやれそうだナ!」

 

 しばし目を瞬かせ、吉春はふっと笑みを溢す。

 

「……それも、悪くないな。なぁ安藤嬢?」

 

「……ん」

 

 彼女は目を逸らしながら肯定した。

 

 

 

 明くる日。

 非番の吉春は、レギオンのメンバー集めに付き合うために梨璃、楓、二水の3人と行動を共にしていた。頭上のパラソルが、初夏の日差しを受け止めている。

 

「個別にあたっても迷惑がられるから、机を用意したけど……」

 

 隊員募集のチラシを手に呟く梨璃。チラシを拡大した看板を置き、パラソルの下に勧誘ブースを作っていたのだ。

 4人が座っている場所は学院の庭園で、通行人にはそれなりに遭遇するものの……。

 

「あと2人…。なかなか集まらないね……」

 

 メンバーを集め始めて(ひと)月余り。勧誘が順調だったのは滑り出しのみで、最初の頃に7人は集まった。しかし目標達成のためのあと2人が、なかなかどうして捕まらない。

 ジメジメと暑い中、耐えかねた楓が靴を半分脱ぎ、椅子から脚を投げ出して言う。

 

「そらまあ6月ともなれば、大抵のリリィは大抵のレギオンに所属済みですわ」

 

「そうだろうな」

 

 肯定する吉春の隣で、二水が呟いた。

 

「していないとしたら、一匹狼系の個性派リリィしか……」

 

 と、皆の後ろに梅と鶴紗が通りかかった。素早くそちらを振り返る二水。

 

「いました、個性派!」

 

「この際、贅沢言ってられませんわ!」

 

 そう叫んで2人の方に飛び出す楓。梨璃と吉春が後を追う。

 

「し、失礼だよぉ!」

 

「ちょくちょく口が悪くなるよな、お嬢様(マドモアゼル)!」

 

 二水も合流すると、梅の方から話しかけてきた。

 

「なんだ、お前らまだメンバー探してんのか?」

 

「は、はい…。梅様、どうですか?そろそろ……」

 

 梨璃が頼み込んでみるものの、色のいい返事は得られない。

 

「私はなぁ……。今はまだ一人で好きにしていたいかな」

 

「そこをなんとか……」

 

「しつこい!」

 

 二水が食い下がった瞬間に鶴紗が一喝。

 

「「わああっ?!ごめんなさいぃぃ!」」

 

「だからな、安藤嬢。クラスメイトくらいもう少し愛想よく……」

 

 宥める吉春を無視して歩いていく鶴紗。彼女について行く形で梅も去る。

 

「もうこの際、7人でよくありません?」

 

「もうちょっと頑張ろうよ……」

 

「定員まであと2人…。先は険しいです…」

 

「吉春さんが妙に義理堅いせいで強引に勧誘できないのも問題ですわ。今のお2人も知り合いでしょうに」

 

 さっさと勧誘ブースに戻っていた吉春を楓が睨み付ける。

 

「友人に無理強いするのは、友情の在り方として間違っていると説明したろう?」

 

「だからと言って、何も言わないのもどうかと思いますわ!」

 

「そう言われてもな……」

 

 吉春も一人で黙々と趣味に没頭する時間が好きなので、梅や鶴紗の気持ちがわかって強く言えないのだ。

 

 

 

 

「ふあ……」

 

 学院地下の工廠科。自動販売機の横に置かれた長椅子の上に寝そべる百由が、ミリアムに膝枕されていた。ミリアムの隣には莱清が座っている。

 

「お疲れ様じゃな、百由様」

 

「んー…ここんと毎晩、理事長代行やのりっぴとね……ああ、変な意味じゃないから。報告をいろいろとね……」

 

「で、その足でラボに出勤か?」

 

「そりゃ寝不足にもなるよ、真島嬢」

 

 ミリアムが頷いて続ける。

 

「百由様、守備範囲が広いからのう。チャームからマギから、果てはヒュージまで何でもござれじゃ。去年あたりから騎士団の装備にも手を出しとるんじゃろ?わしにゃ真似できん」

 

「そうそう。僕が装備着けて作業してる最中に後ろから分解されだした時はどうしたのかと思ったよ。目も虚ろだったし……」

 

 百由は首を伸ばして莱清を見る。

 

「だって何か入ってそうな気がしたんだもん……。なんてったって全ては繋がっているからね〜。どうやらその繋がりってのが、思ってたより縦にも横にも斜めにも広いみたいで……くくくっ…」

 

「わぁ…」

 

 ネジが切れたように笑う彼女。軽く恐怖を覚える莱清の隣で、ミリアムは平然としていた。

 

「なんじゃ、やっぱ睡眠が足りとらんようじゃな」

 

「だって、『ぐろっぴ』のその喋り方、理事長代行みたいでさ……ふふふっ」

 

「ぐろっぴ?」

 

「グロピウスさん」

 

 きょとんとするミリアムを指差し、百由があだ名を付ける。

 

「わしかよ?!」

 

「ああついに……グロピウス嬢にもあだ名付いちゃったか……」

 

「変な呼び方するのは騎士団の面子くらいかと思っとったのに……」

 

「それだけ身近に感じてるってことだよ。よかったね」

 

「ちょいと複雑な気分じゃがのう……」

 

 

 

 

 その頃。

 

「ふぅ…」

 

 ラウンジの一角で項垂れる梨璃。彼女と夢結、楓の3人でテーブルを囲んでいる。

 

「お疲れのようね、梨璃」

 

「そ、そんなことないです!全然!」

 

 ティーカップを手に夢結が声をかけると、彼女は慌てて否定した。

 そこに吉春もやって来る。

 

「すまない、一柳嬢。勧誘の方法を変えるべきかとも思ったが、画期的な案は思いつかなかった」

 

「ううん、いいよ。こっちこそ、非番の日にまで働かせちゃって……」

 

「そこは気にしなくていい。別段、予定もなかったからな」

 

「………」

 

「何か、私にできることが…あれば……」

 

 落ち込み気味の彼女に、夢結がもう一度声をかけていると……。

 

 

「梨璃さん!吉春さん!楓さーーん!」

 

 

 遠くから、タブレット端末を抱えている二水が駆け寄って来た。

 

「あっ、夢結様。ご機嫌よう」

 

「ご機嫌よう」

 

 挨拶を済ませた彼女に、楓が問いかける。

 

「どこに行ってらしたの?」

 

 半ば質問を無視し、二水は得意げにタブレットを見せる。

 

「どうです?これ!」

 

「あ、入学式で吉春さんたちが持ってたやつ」

 

「タブレット型端末ですわ。その程度の物、昔は誰でも持っていたそうです」

 

 吉春も端末を観察する。

 

「見たところ、学院がレギオン用に貸し出した品のようだが……これが何か?」

 

「見てください!それっ!」

 

 興奮気味の二水が端末を操作する。すると……。

 

「……?わっ!?」

 

「っ?!」

 

 画面から浮かぶのは梨璃の立体映像。その横に彼女の個人情報……家族構成、誕生日、血液型などが表示され、梨璃の周りにも同じ立体映像が出現する。

 

「な、何これぇ?!」

 

 慌てふためく梨璃。愕然とする吉春。2人を放っておき、楓と二水が食い入るように映像を見つめる。

 

「梨璃さんの極秘情報が!」

 

「人類の叡智ですぅ!」

 

 起こったことに混乱していた吉春だったが、ようやく言葉にできた。

 

「ハ……ハッキング…だと……!?」

 

「みみ、見ないでくださぁあい!!」

 

 二水はなぜか、どうやってか学院のサーバーに侵入し、プロテクトされた梨璃の個人情報にアクセスしていたのだ。

 

「ふ、二川嬢!いったい何をどうやった!?その端末を憲兵隊(こちら)で調べさせてもらう!!」

 

 吉春がタブレットに掴みかかるが、楓が拾い上げて空振りした。

 

「なっ…」

 

「殿方にはお見せしませんわぁ〜〜!」

 

「なんだと?!」

 

「もーー!二水ちゃん楓さん、やめてってばあ!!」

 

「大人しくこっちに渡せ!」

 

 騒がしくなる中、夢結はふと梨璃の誕生日を見る。

 

(6月19日……?……!)

 

 そして目の焦点を壁に掛かったカレンダーに移した。本日、6月18日である。

 

(明日が…梨璃の、誕生日……)

 

 彼女が焦り始める中、吉春、梨璃、楓と二水のタブレットの奪い合いに決着がつく。

 

 タブレットを取り上げようとする吉春。彼から端末を庇おうとする二水だったが、逆に顔面を手のひらで抑えられて身動きできなくなっていた。

 

「は、ははひへくらふぁいぃぃ(はなしてくださいぃぃ)!!」

 

「ダメだ!」

 

 体格差で二水を制圧しつつ、彼は反対の手を楓が持つ端末に伸ばす。梨璃も同じく端末に手を伸ばしていたが、楓がのけぞって躱したため、梨璃がのしかかる形になってしまった。

 その体勢に、楓は恍惚を覚えて気が抜ける。

 

「いいぞ一柳嬢!そのまま抑えていてくれ!………ィヤッ!!」

 

  パシッ

 

 端末を奪取。二水のハッキングを調べるため、一旦黒鉄嵐に預けられることになった。

 

 

 

 一方、夢結は懐かしい記憶を思い返す。

 

 

 

「誕生日おめでとう、夢結。これを」

 

 学院敷地内の、湖のほとり。在りし日の姉……美鈴が、夢結の誕生日に小さな箱を手渡した。中に入っていたのは…。

 

「……ペンダント…?」

 

 美鈴は笑顔で後ろに回り、彼女にペンダントを掛ける。

 

「じっとして……」

 

「………」

 

 まだ、誰の姿も収めていない金色の首飾り。大切な姉からの贈り物が嬉しく、彼女は純粋な幸せを感じていた。

 

「よぉ川添嬢」

 

 声をかけてくるのは、当時の黒鉄嵐隊長。最も仲のよかった騎士の一人だ。

 

「どしたんだ、こんなとこで」

 

「ああ、___くん。聞いてくれ、今日は夢結の誕生日なのさ」

 

「マジか?!かぁーー、羨ましい!いいよな川添嬢は。俺たちゃ何にも贈れねぇからなぁ……」

 

「ふはっ。本当にそうかい?」

 

「……。わかった。白井嬢」

 

「はっ、はい?」

 

「おめでとさん。お姉様のこと、そいつ(ペンダント)と一緒にこれからも大事にな!」

 

「………はい」

 

 

 

 3人の笑顔。その温かい記憶だけを残し、美鈴も彼も夢結から離れていった。

 

 黒鉄嵐と交流を再開した今、あの日の喜びや幸せが鮮明に蘇る。

 

 

 梨璃にも何かしてあげたい。そう思った夢結の行動は早かった。

 

 

 

 二水が黒鉄嵐の司令部で取り調べを受けている頃、夢結は工廠科、百由の工房を訪れた。

 

「シュッツエンゲルとして、シルトへ何かプレゼントを贈りたいのだけど…どんな物がいいかしら……」

 

 互いに背を向けて座る2人。百由の隣では、紀行がヒュージの標本を仕分ける作業を手伝っている。

 

「へー。明日、梨璃の誕生日なんだ」

 

「しかし急な話だなぁ…」

 

「ええ。梨璃が何が好きで何を喜ぶのか、何も知らなくて……」

 

「直接聞いてみるっていうのはどうだ?」

 

「いえ、そこは…姉として…。それにあの子のことだもの。何もいらないと言うと思うわ……」

 

「ふーん」

 

 相槌を打った百由は、標本を手に取って振り返る。

 

「コレなんてどう?採れたてだよ」

 

 そう言って夢結に見せたのはヒュージの目玉。虹彩に3つの瞳孔が押し込められたゲテモノである。

 

「………」

 

 話にならないと思ったのか、夢結は無言で工房を去る。

 

「ありゃ〜?」

 

「君はいいかもしれんがな真島嬢。一柳嬢は喜ばないだろ」

 

「じゃあ、のりっぴにあげようか?」

 

「毎晩夢に出そうだからな、遠慮するよ」

 

 

 

 一方、今度はミリアムの工房を訪れた夢結。ミリアムがチャームの部品を研磨する傍ら、それらを莱清が組み立ててサポートしている。

 

「貴女たちは何か知らないかしら。梨璃の趣味とか、好きなものとか……」

 

「僕はあんまり話したことないからね、何とも…。グロピウス嬢はどう?」

 

「あー、そういや梨璃はラムネが好き、とか言っとったなぁ」

 

「ラムネ…?」

 

「わしゃ飲んだことないがの」

 

 ようやく耳にできたキーワードだが、彼女にはあまり馴染みがない。

 

「ガラス瓶にビー玉で蓋をした、炭酸入り清涼飲料水のことかしら?」

 

「イギリス発祥ってとこも追加で」

 

「……ラムネをそこまで堅苦しく言い表す御仁は初めて見たのぅ」

 

 夢結は少し俯く。

 

「私も…よく知らなくて……。白くんは詳しいわね」

 

「莱清、そんな知識どこで仕入れたんじゃ…」

 

「こう見えても、日本生活長いから。にしても白井嬢、そんなに悩まなくていいんじゃない?」

 

 莱清の発言にミリアムも同意する。

 

「うむ。夢結様の用意したものなら、梨璃は何だって喜ぶと思うぞい」

 

 言いながら振り向いたころには……。

 

「あっ…」

 

「行っちゃったよ、白井嬢……」

 

 夢結は既に工房を離れていた。

 

 

 

 次にやって来たのは、雨嘉と神琳が暮らす寮の部屋。セリも来ており、雨嘉からテラリウムの世話を教わっていた。

 

「はい。梨璃はラムネ、好きです」

 

「たまに分けてくれますよ。お口の中でホロホロと溶けてゆくのが面白いですね」

 

「………」

 

 神琳の言葉に無言で頷くセリ。3人に見られている夢結は、棚に並べられたテラリウムたちに視線を逸らしていた。

 

(ラムネとは…飲み物のことではなかったの?!)

 

 今までの流れでわかる通り、彼女は困っている時ほど人の目を見ることができない。ルームメイトの祀にも指摘されている性格である。

 そんな彼女の胸中を知る由もなく、雨嘉たちが続ける。

 

「でも、梨璃なら夢結様からのプレゼントなら」

 

「何だって大喜びするのは間違いありません」

 

「………」

 

 夢結は困り顔で部屋を後にする。

 

「……ご武運を」

 

 セリの言葉に送られながら、彼女は再び梨璃の知り合いを探し始めた。

 

 

 

 次にやって来たのは学院近くの草地。そこには猫に餌をやる鶴紗と、足元にメモ帳を置き、単眼鏡とカウンターを手にバードウォッチングに勤しむ吉春がいた。

 

「ほう、ラムネを……」

 

「…ああ、駄菓子のラムネをよく購買部で買ってますね。……何で私たちに聞くんですか?」

 

「私の記憶だと、鶴紗さんも梨璃と仲がいいと思ったんだけど……」

 

 しゃがんで夢結を見上げていた鶴紗は、猫に視線を戻す。

 

「ただのクラスメイトです。猫のごはんを買いに行くと、出くわすくらいで」

 

「俺も聖騎士とはいえ、用もなく会うということがないからな」

 

 近くの木に止まっている小鳥の群れの頭数をメモ帳に記しつつ答える吉春。夢結はやはりそっぽを向きながら話した。

 

「梨璃は……購買部で手に入るお菓子のラムネを貰って喜ぶかしら?」

 

「白井様が一柳のために用意したものなら、何であれ、喜ぶと思いますよ」

 

「………」

 

 鶴紗の答え……何を贈っても喜ぶはずという意見は聞き慣れ…否、聞き飽きていた。彼女の後ろから離れ、吉春に近づく。

 

「……貴方たちが贈り物をできないのは知っているけれど、もしできるなら何を贈るかしら、七須名くん」

 

「む……なかなか答えにくいな…。そうだ。他のシュッツエンゲルを参考にするのはどうだ、白井嬢?」

 

「他の……?」

 

「ああ。例えば江川嬢は、天野嬢との何かしらの記念日に手料理を振る舞うそうだ。真心を伝えるのに何か手作りするのは、定番だが大変喜ばれる」

 

「……そうでしょう…ね…」

 

 答える彼女に元気がない。どんよりと背後に立ち込めるオーラに、吉春はある仮説を立てる。

 

「…白井嬢…もしや君……」

 

「……私は…手作りの料理にはどうしてもトウガラシやショウガを沢山入れてしまうのよ……。というか…そもそもそんなに得意というわけでも……」

 

「そ、そうか…」

 

「梨璃の好きな味付けの、自分で納得のいく出来の料理を、明日までに作れるようになるのは……」

 

「……すまなかった。俺の提案は忘れてくれ。何にせよ、君の気が向いたものを贈るのが一番だ」

 

「………」

 

 彼女はやや重い足取りで歩き出す。向かう先は購買だ。

 

 

 

 店内にやって来た夢結は、壁に掛けられているラムネのパッケージに手を伸ばす。すると後ろから。

 

「ほー。夢結も購買部でお菓子買うんだ」

 

「はっ!」

 

 買ったばかりのスナックを開け、むしゃむしゃと食べながら梅が話しかけてきた。

 

「行儀が悪いよ吉村嬢。店出てから食べな」

 

「硬いなー片子は」

 

「マナーの問題を言ってんだよ」

 

 梅の横には片子が立っていて、買い物袋を手に梅を叱る。

 その間に夢結は手を引っ込め、後ろ向きにそそくさと歩いた。

 

「お?!」

 

「ど、どうしたんだい?!」

 

 梅たちに近づき、ボソボソと呟く。

 

「誕生日に梨璃が好きだというラムネを贈ろうと思うのだけど……買ったものをそのまま渡すのは、粗雑ではないかと思うのだけど……いえ、購買部の物品に文句を言うわけではないのだけど……」

 

「深呼吸してから話してごらんよ……」

 

 早口で喋る彼女を片子が落ち着かせようとする。すると、梅が雑貨品のコーナーを指差しながら言った。

 

「よくわかんないけど、プレゼントならラッピングしてみたらいいんじゃないか?」

 

 

 

 結局、夢結はリボンがセットにされた小さな袋とラムネを買って店を出た。

 日陰にあるベンチに腰掛け、買った品を改めて見る。

 

「……こんなものでいいのかしら…?」

 

 今一つ納得できずにいると……。

 

 

「ご機嫌麗しく、夢結お嬢様」

 

「梨璃さんへのプレゼントですか?」

 

 

 今度はすずなと、彼女が聖騎士を務めるレギオンの副隊長である汐里が声をかけて来た。

 

「ご機嫌よう、苗代さん…。貴女は……」

 

「失礼しました、夢結様。私、梨璃さんのクラスメイトの六角汐里と申します。明日はお誕生日ですものね」

 

「……よくご存知ね」

 

「クラスメイトのことは、だいたい知っているつもりです。ラッピングならお手伝いしましょうか?私、こう見えても器用な方なんです」

 

「いえ、こういうものは…自分でやるものだと……」

 

 そうは言うが、彼女はあまり自信がなかった。それを見透かしているかのように汐里は微笑む。

 

「もちろんです。私は口を添えるだけ」

 

「そう…。それなら……」

 

 

 作業を進めていると、夢結はその様子をまじまじと見ているすずなに気づいた。

 

「…な、何かしら…?」

 

 どこかで間違えたかと不安になるが、そういう意図は彼女にはなかった。

 

「あ…いえ、その…。私もそのうち、贈り物をするかもしれないので……さ、参考のために……」

 

 すずなは頬を赤らめて目を逸らす。

 

「リリィへの贈り物はできないと聞いているけれど…どなたに?」

 

「ぁぅ……そ、その……」

 

「アールヴヘイムの聖騎士をされている御業慶さんですよ。すっかり恋してしまったようで……」

 

「うぅ…言わないでください、お嬢様…」

 

 赤い顔を両手で覆うすずな。その仕草に、夢結は少し肩の力が抜ける。

 

「……そう。恋ができるのは、素敵なことだと思うわ」

 

「あ……ありがとうございます……」

 

 

 雑談もそこそこに、ラムネのラッピングが仕上がる。夢結の目に輝いて見えるほどの出来栄えであり、言葉を失っていた。

 

「………」

 

「いかがでしょう?」

 

「いいと思うわ。貴女のアドバイスのおかげね」

 

「私はほんの少し口添えしただけですよ。夢結様の真心が形になるように」

 

「……汐里お嬢様…あの、私も……」

 

「はい。御業さんに贈り物をされるときにはお手伝いしますね。うふふ…」

 

 微笑ましい2人のやりとりを見ながら、夢結はラムネを両手で包み込む。

 

「……できたら、本物のラムネをプレゼントしたかったのだけど…。どこで手に入るのか、調べてもわからなくて……」

 

「そうですね…。瓶入りのラムネは、今は()()()()作られていないと言いますね」

 

 汐里が思い出すように話す。

 

「でも、梨璃さんの好物ということでしたら、梨璃さんの故郷なら手に入っていた…ということではないでしょうか」

 

「……!梨璃の故郷……」

 

 

 

 夢結の背中を見送り、すずなと汐里が歩きながら会話する。

 

「……お嬢様、夢結お嬢様には「()()()()()()()()()()()()()()()()()()退()しているだけで、流通量は十分ある」……というニュアンス、伝わったでしょうか…」

 

「ええ、きっと……」

 

 

 己の見込みが甘かったことに汐里が気づくのは、24時間後のことである。

 

 

 

「これを提出しに来たわ」

 

 夕方。

 黒鉄嵐司令部を訪れた夢結は、今日の提出書類を受け付けている慶に外出届を渡す。

 この書類はカーボン紙の綴りになっており、1枚目は生徒会や理事長の預り、2枚目は憲兵隊、3枚目にリリィの控えという形である。

 

 生徒会などが了承済みである印の施された2枚目の紙を、慶は怪訝な顔で受け取った。

 

「……明日の0400からだぁ?ずいぶん急じゃねぇか。甲州市ってのも近くはねぇし、しかも外出理由が“私用”の2文字だけとはよぉ…。これでよく了承したもんだな、生徒会の連中は……」

 

「不備はないでしょう」

 

「ああ……」

 

「なら、素直に受け取ってくれるかしら」

 

 慶はため息を吐く。

 

「…ハァ。わあったよ。けど確認させてもらうぜ。明日のヒュージ迎撃当番にゃ入ってねぇだろうな?」

 

「ええ」

 

「同行者はいねぇな?」

 

「一人で行くわ」

 

「……ならいい。この番号の携帯電話、学院からの連絡はいつでも受けられるようにしとけよ」

 

「大丈夫よ」

 

 外出届に書かれた連絡先を指で小突いて念押しした慶は、書類を司令室に持って行く。

 

「用は済んだ。あばよ」

 

「失礼するわね」

 

 後ろ向きに手を振る慶に一瞬だけ目配せし、夢結は司令部を後にした。

 

 

「今一つ好きになれないけれど……彼のどこを気に入ったのかしら、苗代さん……」

 

 疑問を呟きながら、彼女は寮へと帰還。日帰り旅行の準備を始めた。

 

 




 この作品の夢結さんの料理の腕は、「経験はあるけど自信はない」という具合に設定しています。

 ゲーム内で配信されているミニアニメを観ると、『トランスフォーマー』の最初のアニメを思い出すのはなぜだろう……。
 基本、ノリと勢いで進んでいくストーリーが似てるとかかな…?


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第12話 6月19日

 お久しぶりです!
 構想の練り直しや今後のネタ出しに時間をかけていました。それではどうぞ!



 6月19日、早朝。

 陽も登りきらない内から夢結は校舎から離れ、正門の前に伸びる道路を歩いて学院前の駅へ。学院敷地外のこの辺り一帯は黒鉄嵐(憲兵隊)ではなく防衛軍本部隊の管轄で、彼女は警備に立つ兵士に見送られながら甲州市へと出発していった。

 

 

 

 数時間後。

 開かれた屋内訓練場に、二つの武器を打ち合う音が響いていた。一方は片刃の大剣型チャームにカバーを付けて振るう雨嘉。もう一方は金属棒で彼女の斬撃を受け流しつつ、隙を窺う吉春である。

 

 今日の彼は雨嘉に近接格闘訓練を施している。聖騎士の仕事の一つである、レギオンのリリィの訓練相手だ。

 

 

「っ!」

 

  ガキィン!

 

「ぬ?!」

 

 打ち合いの末、棒から片手が離れた一瞬の隙を突き、雨嘉は吉春の武器を押しのける。彼の顔の前にあった棒をチャームで押し傾けると、そのまま胴体を近づけ剣の長い柄で顔面を殴りにかかった。

 

「くっ……」

 

 のけぞって間一髪、柄による殴打を躱した吉春。右手に握った武器はなおもチャームに押さえられ構え直せない。

 雨嘉のチャームを払い落とすべく空いた左手を伸ばす。が、同時に彼女は柄から右手を離していた。

 

 その右手が握られ、青白く発光。マギを宿した拳が構えられる。

 

「しまっ…」

 

「はあっ!!」

 

 掛け声と共に繰り出される雨嘉の裏拳。吉春の顔を包む鬼の面頬に、高速の打撃が叩きつけられる。

 

  ガツン!

 

「ぐぅわっ!?」

 

 打撃を受けて倒れ込む吉春。その間にチャームを持ち上げていた雨嘉が、彼の首目掛けて振り下ろす。

 

「…っ…はぁ……はぁ……」

 

「………」

 

 勝利の確信と共に寸止めし、息を整える彼女を、仰向けになっている彼が見上げる。仮面が開かれた素顔は、未だに痛みで引き攣っていた。

 

「…ふぅ。とりあえずは君の勝ちだ」

 

「……吉春さん、大丈夫…?」

 

 雨嘉に差し出された右手を取り、彼は起き上がった。

 

「ああ、問題ない。……先程の技、郭嬢に教わったな?」

 

 彼はいつぞやの神琳…今の雨嘉のルームメイトを相手にした訓練で、超至近距離から一方的に殴られて負けた経験がある。

 が、彼の予想は外れた。

 

「ううん……さっきは、咄嗟に……」

 

「……。君と郭嬢の仲のいい理由が、何となくわかった」

 

 

 少しして、訓練場の休憩室で。

 

「しかし、よかったのか?」

 

「……?」

 

 訓練を終えた2人はベンチに並んで座り、雑談していた。

 

「この後は椿組との合同実習だろう?今から体力やマギを使ってしまって」

 

「うん、それは大丈夫」

 

「…ならいいが」

 

「あ、そう言えば今日……吉春さんも、梨璃の誕生日会に…」

 

「ああ、顔を出させていただく。準備も手伝おうとはしたが……ヌーベル嬢が任せろと言って聞かなくてな」

 

「そうなんだ…」

 

「今日の午後もレギオンのための訓練時間を取ってはいたが、一柳嬢のために皆休むそうだ。おかげで予定が空に……ん?」

 

「あ……」

 

 吉春が喋っていると扉が開き、休憩室に梨璃が現れる。

 

「あ…。雨嘉さん、吉春さん。ご機嫌よう」

 

「ご機嫌よう、梨璃……?」

 

「ご機嫌麗し……くはないようだな」

 

 2人の前に立つ彼女は、少し落ち込んでいるようだった。

 

「どうした、浮かない顔をして」

 

「あの……2人とも、お姉様を見かけてない…?」

 

「「?」」

 

 吉春と雨嘉は揃って目を合わせた後、同時に梨璃に向き直った。

 

「いや、見てない…けど…」

 

「こちらには来ていないはずだが。白井嬢がどうか?」

 

「やっぱり…」

 

 彼女は小さな声で呟き、シュンとした顔で続ける。

 

「今日……お姉様、学院にいないみたいで…」

 

「え…今日、梨璃の誕生日なのに…?」

 

「妙だな」

 

 夢結の性格をある程度知っている2人も首を傾げる。

 

「祀様とお話ししたら、黒鉄嵐に聞くといいって…。吉春さん、何か知らない…かな…」

 

「ふーむ……少し待ってくれ」

 

 そう言って、吉春は傍らに置いていたカタフラクトのヘルメットを持ち上げて通信機を起動する。

 

「もしもし?」

 

『ああ、こちら御業…ガサガサ…どうした吉春』

 

「慶。昨日の書類受付当番だったな?一柳嬢が、白井嬢はどうしているのか知りたいそうだが……」

 

『あ?白井嬢なら…ガサガサ…昨日外出届け出して、甲州市まで行ってる。今朝には出発してんだろ』

 

「そうか…。理由は?」

 

『私用だとよ。…ガサガサ…それ以上は何も書いちゃいなかったぜ』

 

「甲州……」

 

「なるほど、わかった」

 

『しっかし、自分とこの聖騎士どころかシルトにすら連絡入れてねぇとはよぉ…ガサガサ…俺の確認不足だった。そこにいるなら悪かったな、一柳嬢』

 

「あ、ううん。いいよ…。教えてくれてありがとう…」

 

『門限には間に合う時間に戻るはずだ。その点の心配はいらねぇ…と思う。…ガサガサ…』

 

「うん、わかった」

 

『おう。…ガサガサ…』

 

「……ところで慶。今どこにいるんだ?」

 

『あ?…ガサガサ…購買の前歩いてんだが…何だってんなこと聞くんだ?』

 

「いや、ノイズが酷いもので…。莱清に見てもらうか、この通信機…」

 

『ああ…そりゃあ、この……ガサガサ…ビニール袋の音じゃねぇのか?…ガサガサ…』

 

「ビニール袋?マイクで拾えるとはかなりの大きさだな。購買で何を……」

 

『決まってんだろ?パシリだ、パシリ。…ガサガサ…アールヴヘイムのな』

 

「そ、そうか…。まぁ頑張れ」

 

『ああ。じゃあな……ガサ』

 

 袋を揺さぶる音を最後に通信が切られた。

 

「…そういうわけで、白井嬢は君の出身地まで行っているようだ。彼女の居場所がわかったところでよしとするか?一柳嬢」

 

「うん…。今日は待ってる。ありがとう、吉春さん」

 

 切なげに笑う彼女に、雨嘉が声をかける。

 

「梨璃、一緒に実習…行く?」

 

「あ…そうだね。それじゃあ吉春さん、ご機嫌よう」

 

「ああ、また夕方にでも会おう」

 

 

 訓練場を後にする梨璃と雨嘉を見送り、吉春も格納庫へ。カタフラクトの両肩にあるウェポンラックに、ある武装を取り付ける。

 

(20ミリ携行砲、2挺持ち…。久しぶりにこの訓練をやっておくか)

 

 肩のラックには折り畳まれたライフル砲が付けられ、吉春が腕を伸ばすと肘に当たる間接が展開して動き、砲身の上にあるグリップを握れるようになる。彼の両腕の下から、長いライフリングを備えた砲が伸びた。

 チャームの変形機構を応用して砲身を展開する武器の動作確認を済ませ、彼は射撃訓練場に足を運ぶ。

 

 

 

 ガァン!

 ガァン!

 ガァン!

 

 射撃訓練場に響くのは小型砲の発砲音。両腕に装備された20ミリ砲を交互に放ち、吉春は矢継ぎ早に表示される立体映像の的を手速く撃ち抜いていく。

 

  フッ

 

「おっと」

 

 反撃とばかりに的から発射される立体映像の弾丸を躱し、再び攻撃。訓練用の模擬弾頭が、攻撃してきた的を穿つ。

 

 弾が尽きると、砲身の後ろにある弾倉を切り離し、両腰のウェポンラックに付けられたケースから新しい弾倉を装着。

 

  ガァンガァンガァンガァンガァン!!

 

 弾倉を切り替えてすぐさま連射し、訓練の締めくくりとした。

 

 

「おーい、吉春」

 

「ん?」

 

 訓練場を出ると、真っ先に梅と鶴紗の2人が声をかけてくる。鶴紗たちの実習は終わっていて、結構な時間を訓練に費やしていたと吉春は認識した。

 

「見てたゾ、さっきの。キビキビやってたナ」

 

「まぁ久しぶりにやったにしては上手くやれたと思うが…。それはそうと、2人はどうしてここに?」

 

 吉春からの問いかけに、鶴紗が口を開く。

 

「この人、なぜか私たちの実習を見に来ていらないプレッシャーかけてきたんだ」

 

「梅はただ、後輩たちの顔が見たかっただけだゾ!」

 

 吉春の頭に疑問が浮かぶ。

 

「……君、守護天使(シュッツエンゲル)になる予定でもあったか?」

 

「いや〜。今はいいかナ…」

 

「じゃあ本当に気まぐれで実習を見に行っていたのか…?」

 

 梅の答えに腑に落ちないでいると、鶴紗が話題を変える。

 

「それより、梅先輩。今日は猫の集会所を案内してくれるんでしょ?早くいきましょう」

 

「お、そうだった。一緒にどうだ、吉春。どーせ鳥見るくらいしか用事ないだろ?」

 

「……。まあ悪くはないが……」

 

「よし!じゃあまたナ!」

 

 梅に連れられて、鶴紗もさっさと吉春から離れていく。

 

「昼食はどうするんだー?」

 

 彼が呼びかけると、梅は振り向きながら答えた。

 

「任せるゾー!」

 

「おい…?!それってまさか……!」

 

 梅の狙いが読めた吉春だったが、拒否する間もなく彼女たちは先に行ってしまう。

 

「ああ……。やれやれ。たまにはこういうのもいいか……」

 

 

 2人を見送った後、吉春は考えに耽りながら格納庫に戻る。

 

(しばらく考えてはみたが…白井嬢、なぜわざわざ一柳嬢の誕生日に急に出かけたのか…。それも彼女の故郷まで……)

 

 格納庫に着き、武器を外しながら考察を続ける。

 

(考えられるとすれば、一柳嬢の故郷にしかない、彼女の思い出の品を何か調達して、誕生日プレゼントにしたいのだろうが……)

 

 ふと沸いた考えに、彼の手がぴたりと止まる。

 

(ま…まさか、俺が「君の気が向いたものを贈るのが一番」と言ったから……甲州まで行ってプレゼントの用意を…?)

 

 半分は当たっている。

 

(だとすれば…一柳嬢が姉不在で落ち込んでしまっているのも……俺のせい…か…?)

 

 額に滲んだ冷や汗が頬を伝って床へ落ちる。

 

「……白井嬢が帰って来たら、まず謝っておくべきかもしれない……」

 

 独り言を呟きつつ装備の取り外しを終え、パワーアシストアーマーの下に着ていた戦闘服を制服に着替えて、吉春は一旦宿舎に戻った。

 バードウォッチング用の持ち物と野外調理の器具や食器、そして食材を荷物にまとめて再び宿舎から出発する。

 

 

 それからしばらくして。

 

 梅と鶴紗は、真昼の木漏れ日を浴びながら林の一角に寝転がっていた。

 

 2人の近くでは、吉春が番をする小さなガスコンロの上で鍋がコトコトと音を立てている。

 

 

「梅先輩、なんでレギオンに入らないんですか?」

 

 鶴紗からの質問に、彼女もまた疑問で返す。

 

「えっ…なんでお前までそんなこと聞くんだ?」

 

「本当は興味があるから、さっきも一柳たちの様子を見に来たんじゃないですか?」

 

 先程の実習は2クラス合同で、夢結を除く梨璃たちのレギオン全員が集まっているため観察には好都合。その点からの鶴紗の推理であった。

 内心を見透かされたと思った彼女だが、笑顔は崩さない。

 

「ん……お前、鋭いナ」

 

「普通です」

 

 梅は頭の向きを少し変え、思い出しながら話した。

 

「梅には心配なやつがいたんだけど、もう大丈夫だから梅が見てなくてもいいかなって」

 

「………」

 

 単眼鏡を手に2人の会話を聞いていた吉春は、梅に静かな微笑みを向けた。

 笑顔でコンロの火を止め、荷物から汁椀とおたまを取り出す彼の仕草を気にするでもなく、2人は話を続ける。

 

「はぁ……意外ですね」

 

「そうなんだよ。こう見えて結構繊細なんだゾ!」

 

「そっすね」

 

 鶴紗が適当な相槌を打っている横から、汁椀に出来立ての豚汁を注いだ吉春が声をかける。

 

「その割には、俺が用意していた食事も平気で持って行ったよな、吉村嬢は。レアスキルを盗み食いなんぞに使いおってからに……」

 

「お、待ってたゾ〜これ。いただきます、だ」

 

 梅は上体を起こし、消毒用ティッシュで手を拭ってから、彼が差し出した豚汁と箸を手にした。

 出汁の香りに鼻をひくひくさせ、垂涎ものと言わんばかりに目を輝かせる。

 

「繊細……」

 

 鶴紗がジト目を向けるが、梅は気にしない。

 

「吉春の野外メシは美味いからナ〜。外でガスコンロ使う許可取ってるだけはあるゾ!」

 

「おだてても握り飯とたくあんくらいしか出ないぞ。ほら、安藤嬢も」

 

 豚汁に顔を綻ばせる梅の膝にタッパーに収めたおにぎりと漬物のセットを置き、鶴紗にも豚汁を勧める吉春。

 鶴紗は怪訝な顔で汁椀と箸を受け取った。

 

「いいのか、こういうの……」

 

「こちらとしては野営の訓練の一環でやっているだけだからな。それに飛び入り参加していたことにすれば問題ない」

 

「……。お前、ルールに厳しいように見えて結構テキトーだよな」

 

「そもそも訓練というのも、野外調理と鳥の観察をやるための言い訳という一面もある。一人でやっていたところを吉村嬢に嗅ぎつけれて……それからはこんな具合だ」

 

「妥協したのか…。そういう性格だから、梅先輩と仲よくなれたんだな」

 

 鶴紗がそう言うと、口の横に米粒を付けた梅がおにぎりを手に無邪気に笑った。

 

「なっはっはっ!私、お前のそういうところ結構好きだゾ!」

 

「最初に君が盗み食いしなければ、多めに作って俺の分も確保するという本末転倒な対策を取る必要もなかったんだが……。憲兵隊員としては、そこを褒められても複雑な気分だ……」

 

 苦笑いしながら、吉春は鶴紗にもおにぎりを振る舞う。

 鶴紗も、彼の問題のない範囲でルールの裏を突く性格は嫌いではない。手の中で湯気を立てる豚汁を一口啜った。

 

「……美味い」

 

「だろ?イカつい見た目のわりに女子力高いんだ、こいつ」

 

 自分の食事も始めた吉春がすかさずツッコミを入れる。

 

「見た目は余計だ。それに携帯コンロで雑に汁物を作る腕が女子力に含まれるとも思えない」

 

「立派な女子力だって!なぁ鶴紗」

 

 梅は彼女に同意を求めるが……。

 

「知りません」

 

 鶴紗はそっぽを向いた。

 

 

 

 6月の長い陽射しが傾き始める頃、吉春は猫の集会所を探す2人と別れた。

 今日の野鳥観察結果をまとめ、次にやって来たのはラウンジ。梨璃の誕生日会の準備をしている彼女たちと合流する。

 

「ヌーベル嬢、二川嬢」

 

「あら、吉春さん」

 

「何か手伝うことはあるか?このままでは一柳嬢の誕生会に顔を出しても、ただ次第を見送るだけに終わる。あまりに申し訳なくてな」

 

「そこまで仰るのでしたら…ちょうど椅子などを動かす許可が出ましたので、そちらで手を貸してくださればよろしいですわ」

 

「心得た。こちらも助かる。そう言えば二川嬢…」

 

「はい?」

 

 楓から配置図を受け取り、近くにいた二水に向き直る。

 

「昨日の取調べ、好評だった。ふてぶてしかったそうだな」

 

 彼女は学院が管理する梨璃の個人情報を勝手にハッキングし、発覚直後に黒鉄嵐に連行されて行った。吉春はこってり絞られると思っていたのだが、彼女にはあまり効果がなかったらしい。

 

「ふてぶて……?よくわからないですが、カツ丼は美味しかったのでまた行きたいです」

 

 二水の返答が軽く頭にきた彼は、人差し指を彼女の眉間に思い切り近づけた。

 

「わっ!」

 

「君な、そういうところだぞ!レギオンメンバーをしっかり監視しろと俺まで注意された!少しは反省したらどうなんだ?!」

 

「そ、それ止めてください!なんだかモヤッとしますぅ!」

 

「さては反省する気などこれっぽっちもないな二川嬢!?」

 

「騒がしいですわね……」

 

 2人のそんなやり取りを、楓は白い目でみながら作業を勧める。

 

 

 

 西の空が赤々と燃える頃、梨璃の誕生日会が始まった。皆で夕食を摂りつつ談笑しなが過ごすという比較的静かな会食で幕を開けたのは、夢結がいないことで浮かない顔をしている主賓がいたためである。

 

 それでも次第に雰囲気は明るくなった。夢結の話を聞いて梨璃の誕生日を知った黒鉄嵐の面々が声をかけてきたり、彼女を知っているリリィたちも訪れたりと、結成中レギオンの外からの祝いもあったのだ。

 

 

 吉春は夕食と彼女たち飛び入りゲストの相手で誕生日会を過ごそうと考えていたが、楓が手配した“見た目も品質も桁外れの特大ケーキ”をゲスト皆に分ける手伝いもする羽目になってしまった。

 

 彼自身は遠慮していたのだが、神琳に無理矢理ケーキを食べさせられた。ケーキの乗った皿を手に、陰りのある笑顔でにじり寄る彼女に恐怖している間に口に押し込まれたのである。

 

 青い顔で咀嚼する彼の視界の隅には、すっきり爽やかな顔で雨嘉に構う神琳が映っていた。

 

 

 それからしばらくして、そろそろお開きにしようかという空気が流れ始めた頃。

 

「よぉ」

 

「ん…慶か」

 

 梨璃たちが陣取るスペースの端で吉春も一息ついていると、タブレット端末を持った慶が近づいて来た。

 

「何の集まりだ、こいつぁ?」

 

「一柳嬢の誕生日会でな。君の分のケーキは確保できるか……」

 

「んなモンに興味あるかよ。お前に話があって来たんだ、こっちは」

 

「俺に?」

 

 慶は頷いてタブレットを起動し、吉春にある映像を見せる。

 

「……これは?」

 

「敷地の外に置いてある監視カメラだ。この2人、お前の友達だろ?外出許可証出してねぇんだ。何とかしろ」

 

「………。何やっているんだ、あの2人は…!」

 

 映像には、学院敷地外を悠々と闊歩する梅と鶴紗がはっきり映っていた。

 

「慶、すまないがこの場は一旦任せる」

 

「構わねぇよ、それくらい」

 

 吉春は肩を落としながら手にあった空の紙コップを握り潰し、ゴミ箱に放りつつ近くにいたミリアムに言う。

 

「グロピウス嬢、野暮用ができた。ここの片付けまでに戻らなければ連絡するようにと、皆に伝えてくれ」

 

「お、おう……って、野暮用って何じゃ?」

 

「野暮な質問はするな」

 

 そう言い残し、彼はラウンジを離れて敷地外へと駆け出した。

 

 見上げれば星灯。辺りはすっかり夜の帷に包まれている。制服のジャケットの内側に提げているホルスターから2つのトンファーを引き抜き、同時に正門から飛び出す。

 

 

 

 時を同じくして、夢結が学院に帰還

 駅から出た彼女が疲れた様子で歩いていると、近くの茂みがガサガサと音を立てる。

 

「!」

 

 振り向けば1匹の黒猫が出てきたところだった。その猫を追うようにして……。

 

 

「あ、夢結」

 

「……どうも」

 

 

 頭や服に葉を付けながら、梅と鶴紗も茂みから這い出した。

 

「…ここは学院の敷地ではないでしょう。何をしているの?」

 

 梅は這い出てきた茂みの方を見る。

 

「この先に猫の集会所があるから、後輩に案内してたんだよ」

 

「おかげで仲間に入れてもらえたかもしれない……」

 

 嬉しそうに微笑む鶴紗。夢結は2人に呆れ気味の視線を送る。

 

「……仲がよろしくて結構ね」

 

「あれ、校則違反とか言わないのか?」

 

「それは彼の役割でしょう。というか、今日はそんな気力が……」

 

「…ん?彼?」

 

 

「そこにいたか2人とも…!」

 

 

「あっ」

 

「げっ」

 

 夢結の言葉に引っかかった梅たちが振り返った先には、トンファーを握った拳を膝に突き、肩で息を整える吉春が立っていた。

 

「ぜぇ……ぜぇ……。ふぅ…本部隊の警備兵に見つかるとどやされるのは知っているだろう。さっさと戻っ……白井嬢…?帰ってきていたのか」

 

 顔を上げた彼も夢結に気づいた。

 

「ええ。ご機嫌よう、七須名くん」

 

「ああ、ご機嫌麗しく。君も早く行った方がいい」

 

「……?」

 

 許可証を持っている自分まで取り締まられているのかと夢結が首を傾げる。すると……。

 

 

「寂しがってたゾ、梨璃」

 

 

「え……?」

 

 梅の言葉にぽかんとした。

 

「誕生日なのに朝からずっといないんだもんナ。おまけに今日も、レギオンの欠員埋まらなかったみたいだし」

 

 身体に付いた葉を鶴紗共々吉春の手で取り除かれながら、梅が続ける。

 

「あ、でもあれだろ。夢結はラムネを探しに行ってたんだろ?」

 

「……何故それを……」

 

「だって、よりによって誕生日にシルトを放ったらかしてまで、他にすることあんのか?」

 

「……ええ、ないでしょうね…」

 

 夢結が落ち込みムードになっても、梅は笑顔のままだ。

 

「だろだろ?!早くプレゼントに行ってやれよナ!吉春もそう言ってんだし!」

 

「……ええ。そのことなのだけれど、実は……」

 

 

 夢結は甲州市のとある商店で瓶入りのラムネを入手したのだが、帰りの道中で出会った子どもたち……喉が渇いたと言っていた彼らを放っておけず、梨璃と飲もうと思っていた2本をあげてしまっていた。

 結局、彼女は店主からサービスして貰った空の保冷容器だけを持って帰って来たのである。

 

 

 4人で学院へ歩いて戻る道すがら。

 聞いていた梅と吉春は少し同情した。

 

「……そっか…。そりゃあご苦労だったナ…。けどいいことしたじゃないか」

 

「別に。後悔はしていないわ」

 

「まあ、間の悪いことはあるもんだよな〜」

 

「帰ったら真っ先にラウンジに行くことだ、白井嬢。まずは無事な姿を一柳嬢に見せるのがいい」

 

「そうするわ」

 

 

 

「しかし、わざわざ甲州市まで買いにいくとは……ご当地限定フレーバーでも出ていたのか?」

 

 

「ん?」

 

「えっ?」

 

「えっ?」

 

 最後尾にいた彼に皆が一斉に振り向く。

 

「……?何かおかしな質問だったか?」

 

「いえ…。ただ、意味がよくわからないのだけれど……」

 

「……ん?」

 

 吉春と夢結が何やら噛み合わない会話をする横で、鶴紗は地面の上……古いゴミ箱の中に、街灯を反射して光るものを見つけた。

 

「これ……」

 

「どうした?」

 

 梅と夢結もゴミ箱を覗き込む。特徴的な形のガラス瓶が煌めいていた。

 

「これは……?」

 

「ん…?」

 

 不思議そうに辺りを見回す梅たち…を、吉春もまた不思議そうに見ていた。

 

「さっきからどうしたんだ、君たちは……」

 

 そう呟く吉春を尻目に、梅は蔦に覆われた自動販売機を見つけた。

 試しに硬貨を入れてみると、機械の動作音と共に照明が起動する。

 

「!…節電モードか……」

 

 

 扉のロックが開き、梅が販売機から取り出したるは……。

 

 

「ラムネ……」

 

 

 間違いなく、今日、夢結が求め歩き、子どもたちにあげてしまって諦めた品が……学院の目と鼻の先で再び手に入った。それもあっさり、簡単に。

 

「っ……あぁ……」

 

 顔に暗い影を落とした夢結が、膝から道路へと崩れ落ちた。

 

「!」

 

「あっ、夢結!」

 

「ど、どうした白井嬢?!」

 

「………」

 

 項垂れたまま、黙り込む彼女。鶴紗、梅、吉春が顔を見合わせる。

 

「……まさか…知らなかったのか、白井嬢…。この販売機の存在を……」

 

「…っ」

 

 吉春の質問に、彼女はこくりと頷いた。

 

「……。すまなかった。俺が…君の気が向いたものを贈るのがいいと言ってしまったばかりに……君は遠出し、一柳嬢には寂しい思いを……」

 

「……謝らないで。後悔もないし、貴方の責任ではないわ……」

 

 

 

 梅たちに助け起こされて再び歩き始めた夢結。正門に近づくと…。

 

「お帰りなさい、お姉様…!」

 

「梨璃…!…ええ、ただ今帰ったわ」

 

 彼女の妹が迎えに来ていた。梨璃の後ろ、門の壁に寄りかかるのは慶。彼の手にあるタブレットには驚きながらも嬉しそうな夢結の顔……正門に設置された監視カメラ映像が映る。

 

「お姉様…あの、私……」

 

「……。わかっているわ。少し、ラウンジで待っていなさい。準備をしてくるから…」

 

 そう言って、夢結は梨璃の横をゆっくりと通り抜ける。梅と鶴紗はラウンジに向かい、吉春は慶に話しかけた。

 

「気が利くな、君は」

 

「…あ?」

 

「一柳嬢に、白井嬢が戻って来たことを教えて……出迎えられるようにしたんだろう?」

 

「違ぇよ。白井嬢が戻ったって司令部に報告してんのを聞かれてただけだ。一柳嬢が飛び出して行ったから、敷地外に出ねぇように見張ってたんだ、さっきはな」

 

「ふっ。どこまで本当だか……」

 

 言い分を鼻であしらいニヤニヤする吉春に、慶は少し苛立ちを見せる。

 ラウンジに向かう梨璃の少し後ろからついて行く形で会話が続いた。

 

「全部に決まってんだろが…。お前、俺を何だと思ってやがんだ…」

 

「君は、世間一般で言うところのツンデレだろう?」

 

「はん、誰が。俺はリリィに対して優しくしねぇって決めてんだ。今までもこれからもな。そんな呼ばれ方する謂れはねぇよ…!」

 

「どうだかな…。なぁ一柳嬢」

 

「えっ?」

 

 急に話題を振られ、梨璃は驚きながら振り返る。

 

「慶、こう見えて案外優しいだろう?」

 

「え……うーん…あんまり話してないから…。あ、でもアールヴヘイムの人たちは、仕事は真面目だし丁寧に接して貰ってるって言ってたよ」

 

「な?」

 

 ニヤけ顔が頂点に達する吉春の横で、慶はバツが悪そうに目と歩く先を逸らす。

 

「ッチ。余計なことを……。もう知らねぇ。俺は帰る」

 

「ああ、お疲れ様」

 

「御業さん、ご機嫌よう!」

 

 2人に背を向けたまま手を振り、慶は黒鉄嵐の司令部へと歩き去った。

 

 

 数分後…。

 

「わぁ……」

 

 梨璃は眼前のテーブルに置かれた瓶入りのラムネと、昨日夢結がラッピングしたキャンディのラムネに目を輝かせていた。彼女の向かいには夢結が座り、周りにはミリアムたちレギオンのメンバーが集まって、興味深そうに見つめる。

 

「ほほう、これが噂のラムネか」

 

「お姉様が…私のために…?」

 

 梨璃が顔を上げると……。

 

「どうだ、梨璃!」

 

 少ししょんぼりしている夢結の横で、何故か梅がドヤ顔になっていた。

 

「嬉しいです!これ、正門の側にある自動販売機のラムネですよね!」

 

「やはり知っていた……」

 

「ええ……そうね…」

 

 鶴紗と夢結が苦い顔で呟く。吉春は意外そうに会話を見ていた。

 

「というか皆知らなかったのか…利用者はそれなりにいるはずだが……。今度、蔦を払えないか本部隊に聞いてみよう…」

 

 ややアンニュイな空気を纏う3人だが、梨璃は嬉しそうに続ける。

 

「お休みの日にはよく買いに行ってたんですけど…やっぱりお姉様も知ってたんですね!」

 

「そうは見えませんが……」

 

「あー…実はな一柳嬢…っモガ?!」

 

「はいはい、嘘つけないやつは黙ってろ、ナ」

 

 楓の言葉に対する返答として、夢結が自動販売機を知らなかったことを言おうとした吉春の口を梅が塞ぐ。

 

「ま、梅様どうしたんですか?!」

 

 梨璃が声をかけていると、夢結が暗い顔で口を開く。

 

「所詮……私は梨璃が思うほど大した人間ではないということよ……」

 

「え?!そんな!夢結様は私にとっては大したお姉様です!」

 

「断じてノーだわ…。貴女が喜ぶようなことを、私ができているとは思えないもの……」

 

「そんなの……できます!できてますよ!」

 

 梨璃がそう言っても、夢結の表情は変わらない。

 

 そこで、彼女は一つ我儘を言ってみることにした。

 

「じゃ、じゃあ……もう1個いいですか…?」

 

「……ええ」

 

 吉春が梅から開放されるのと時を同じくして、梨璃は夢結と席を立って向き合った。

 

 

「お……お姉様を私にください!!」

 

 

「は…?!」

 

「……?」

 

「梨璃さん、過激です!」

 

 両腕を広げて構える梨璃。

 困惑する楓とタブレット端末での撮影準備に入る二水の横では、吉春が梨璃の頼みの内容を理解できず頭に疑問符を浮かべる。

 

「……どうぞ」

 

「はいっ!」

 

 夢結は特に疑問に思うでもなく、上体の力を抜いて梨璃に胴体を差し出す格好になった。

 

 元気よく返事をした梨璃は彼女に近づき……

 

 思い切り抱きしめる。

 

 

「「?!」」

 

 

 リリィたちの顔に衝撃が走った。例えば雨嘉と神琳は思わず顔に手を当て、楓は湧き上がる悔しさに表情を歪める。

 

「ああ……それでいいのか…」

 

「ドライな反応じゃの〜お主」

 

 一方、これといって驚いていない吉春に、面白そうな顔をしていたミリアムが不満を向ける。

 

「いや、一柳嬢の言っていたこと、何が正解かわからなかったのでな……」

 

 吉春が弁解している間も、梨璃の抱擁は続く。

 

「……私、汗かいてるわよ…」

 

「…葡萄畑の匂いがします……」

 

 夢結の肩に顔を埋める梨璃は、うっとりと故郷を思い出していた。

 

「……。やっぱり、私の方が貰ってばかりね……」

 

 夢結も微笑むと、両腕を梨璃の背中に回して抱きしめ返した。

 

「お、お姉様…?」

 

「梨璃……お誕生日、おめでとう……」

 

「わっ…?!」

 

 そして優しい言葉とともに、抱きしめる力を強めていく。

 

「は、破廉恥ですわお2人とも!」

 

「ご、ごご号外ですっ!」

 

 タブレットのカメラを構える二水。吉春が止めようとする。

 

「また!晒し上げようとするな二川嬢!というか、これは平気なのか…?」

 

「何がだ?」

 

「ほら、白井嬢は……」

 

 鶴紗に説明を始める直前までは、梨璃は幸せそうにうっとりしていたのだが……。

 

「あ……あの…お姉様…?」

 

 こんなときの力加減など夢結は知らない。ただ強く抱きしめようとする余り……梨璃を締め上げてきていることにも気づけない。

 

「う…嬉しいんですけど……あの…苦しい…です……」

 

「なんて熱い抱擁です?!」

 

  カシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャ

 

「だから撮るな二川嬢!あと鼻血も止めろ、今すぐに!!」

 

「お姉様…私……どうすれば……」

 

「わしが聞きたいのじゃ…。吉春、お主聖騎士じゃろ?何とかせい」

 

「俺に振るな!無理矢理引き剥がすのも気が引けるし……とにかく、一旦落ち着くんだ白井嬢!」

 

「夢結様がハグ一つするのにも不慣れなことはよくわかりましたから!梨璃さんも少しは抵抗なさい!!」

 

「はわわわ……」

 

 吉春や楓が騒がしくしている間に、梨璃はぐったりと目を回してしまう。

 

「梨璃…?!」

 

「あぁ遅かったか……」

 

 心配する夢結。隣まで来ていた吉春は頭を抱えた。

 と……。

 

「あっはははははは!」

 

 一連の様子を見ていた梅が笑い声を上げた。

 

「楽しそうね、梅……」

 

 夢結はやや赤い顔で彼女を睨み返す。

 

「ははは!こんな楽しいもの見せられたら、楽しいに決まってるだろ!ははは…!」

 

「私にできるのはこれくらいだから……」

 

「それにしてもやり過ぎだっただろう…」

 

 吉春はボヤきつつ、夢結の腕に抱えられて目を回している梨璃の頭を冷やすべく、ラムネ瓶を彼女の額に当てる。

 

「ははは!そ、そんなことないゾ、夢結…!」

 

「?」

 

 笑いすぎて出た涙を拭い、梅が続ける。

 

 

「さっき鶴紗と決めた。今更だけど、梅と鶴紗も梨璃のレギオンに入れてくれ」

 

「生憎個性派だが」

 

 

「ほう…」

 

 感嘆の声を漏らす吉春の横で、復活していた梨璃が返答した。

 

「あ、あのー…だから、私じゃなくてお姉様のレギオンで……えっ?!」

 

「そ、それじゃあこれで9人揃っちゃいますよ?!レギオン完成です!!」

 

 鼻にティッシュを詰めた二水がタブレットを操作し、興奮の様相で人数を入力する。

 

「あらあら、これは嬉しいですね♩」

 

「おめでとう、梨璃…」

 

「なんじゃ、騒々しい日じゃの〜」

 

 神琳たちも嬉しそうに祝福した。

 一方、梅は吉春と話す。

 

「一人で好きにしていたかったのでは…?」

 

「野暮な質問だゾ、吉春。梅は誰のことも大好きだけど、梨璃のために一生懸命な夢結のことはもっと大好きになったからナ!」

 

「“好きにしていたい”……。なるほど、そういうことか。……ふふ」

 

「ああ。梨璃!」

 

「はっ、はい!?」

 

 急に呼ばれ、梨璃は思わず背筋を伸ばす。

 

「まっ、今日の私らは夢結から梨璃への誕生日プレゼントみたいなモンだ!」

 

「遠慮すんな、受け取れ」

 

 鶴紗も梅の言葉に頷く。

 

「梅様…鶴紗さん……。こちらこそ、よろしくお願いします!」

 

「これは……汗をかいた甲斐もあるというものね……」

 

 夢結は一安心といった顔になった。と、痺れを切らした楓が彼女と梨璃に食いつく。

 

「それはそうと!お2人はいつまでくっついてますの?!」

 

「「……あ」」

 

 2人は顔を赤らめながら、しかし名残惜しいとでも言いたげに体を離す。

 その頃には、梅と鶴紗が吉春と話していた。

 

「お前も、改めてよろしくナ、吉春!」

 

「一人で全員のサポートするのは大変だろうな……」

 

「ああ……」

 

 吉春は盛り上がる梨璃たちの周囲を見つめる。

 

「今見渡しても、一筋縄ではいかないであろうことは想像がつくな…」

 

「いや〜でもお前が聖騎士でよかった。これからは堂々と迷惑かけられるゾ!」

 

「そっすね」

 

「ははは…。いっそそこまではっきり言われると、むしろ気が楽になった気がする」

 

 彼は引き攣った笑顔で、彼女たちの入隊を歓迎した。

 

 

 その後、梨璃の提案で皆でラムネを買いに行き、皆が持ち寄った菓子と共に乾杯することとなった。

 吉春も自分の分を購入し、二水とミリアム、神琳と雨嘉といった小グループに声をかけて回る。

 

「……ところで、吉春さん」

 

「ん?」

 

 梅や楓とも瓶を傾けあっていたところで、彼女から唐突に言われた。

 

「梨璃さんには、“例の言葉”はもう仰られまして?」

 

「いや、まだだ。今日は白井嬢と2人、水入らずで話していた方がいいと思うが……」

 

「ふぅん…?あの梨璃さんからの熱い視線に気づかないフリとは…。男のくせに奥手ですこと」

 

「視線…?」

 

 楓の言葉に疑問を持った彼。試しに梨璃と夢結が座っている長椅子を見ると、一瞬だけ梨璃と目が合った。

 が、すぐに逸らされる。彼女は夢結と相談しているようだ。

 

「……。わかった。少し話してくる」

 

「ま、せいぜい頑張ってらっしゃいな」

 

 

 楓の適当な見送りの言葉を聞きながら、彼は梨璃に近づいた。

 

「吉春さん……」

 

「あー……。一柳嬢、何もプレゼントできない俺が言うのも、差し出がましいとは思うが……コホン」

 

 軽く咳払いし、彼女の目を真っ直ぐに見て……。

 

 

「誕生日、おめでとう。今日は君にとって、大切なモノがたくさんできた一日だ。思い出深い日となったなら……俺も嬉しい」

 

 

 伝えたのは、単純な、素直な気持ちのみ。梨璃もまた、それを素直に受け取った。

 

「……うん。ありがとう、吉春さん。レギオンの人数も揃ったし、これからも…!」

 

「ああ、よろしく頼む。白井嬢もな」

 

「ええ、そうね」

 

 2人の会話を聞いていた夢結も穏やかな笑顔を見せていた。

 

 3本のガラス瓶の触れ合う音が、星灯に照らされるラウンジに響く。

 

 

 

 しばらくして、浴場にて。

 神琳は同じ湯船に入った鶴紗を構っていた。

 

「これから、どうぞよろしくお願いしますね、鶴紗さん。かわいい〜……」

 

 彼女は鶴紗の頭に頬擦りする。目を細め、猫の口になりながら。

 

(神琳でも、そんな顔するんだ……)

 

 2人の横で浸かっている雨嘉が意外そうにしていると、イラついた鶴紗が拒絶の意思表示として神琳の顔に軽く頭突きを見舞う。

 

  ドムッ

 

「ぁぅ…」

 

 神琳は小さく悲鳴を上げて涙目になった。

 

「ふーーー……」

 

 威嚇するように吐息を漏らす鶴紗。雨嘉は鶴紗の頭の後ろで、お団子に纏められた髪を撫でる。

 

(実家の猫に似てる……。かわいい……)

 

「吉春さんのようにはいきませんね…」

 

 とほほ、と神琳が笑う。

 

「あいつはお前みたいなことはしない」

 

「まあ人との距離感の取り方が絶妙な方ですから…。ねぇ雨嘉さん?」

 

「え……?そうかな…。そうかも……。どうなんだろう……」

 

 雨嘉は俯いて考え込んでしまう。

 

「難しいことを聞くな」

 

「うふふふ……」

 

 鶴紗と神琳の声が湯煙に溶けていく。

 

 

 

 同時刻。

 寝巻き姿の夢結は、首に提げたペンダントに触れながら一日の出来事を思い返していた。

 

「今日の梨璃さん、喜んでいたんじゃない?」

 

「ええ、まあ……」

 

 ルームメイト、祀の言葉に相槌を打つ。

 

「まさか…見ていたの?」

 

「まさか。でも、自分の身に置き換えればわかるもの。憧れのお姉様がお祝いにくださったものなら、それが自分の欲しかったモノかなんて関係あるかしら?」

 

「………」

 

「そうそう。梨璃さんのレギオンに9人…聖騎士も入れて総勢10人揃ったってことなら知ってるわよ」

 

「……さすが、耳が早いわね」

 

「どういたしまして」

 

「認めたくないけど、奇跡だわ」

 

 祀は笑顔を向ける。

 

「そろそろ梨璃さんのこと、認めてあげる気になった?」

 

 夢結は俯きつつ答えた。

 

「それは……どうかしら。危なっかしくて、次に何をするかもわからなくて……」

 

 言葉とは裏腹に、彼女はどこかわくわくしている様子だ。

 

「ドキドキする?」

 

「……何を言うのよ」

 

 からかっているかのような物言いのルームメイトをあしらおうとする夢結だが、悪びれる素振りもなく祀は続ける。

 

「あの夢結さんをこんなにかわいくさせるなんて、すごいことよ」

 

 と、祀は間を置いて意味深なことを口にする。

 

 

「……レアスキル、『カリスマ』。類稀なる統率力を発揮する、支援と支配のスキル。更には、騎士団員に対する効力がある可能性も指摘されている、数少ないスキルの一つ」

 

 夢結は顔を上げた。

 

「……梨璃のレアスキル…?まさか……」

 

「まだ審査中だけど。孤高の一匹狼と呼ばれた夢結さんとシュッツエンゲルの契りを結び、ほとんど初対面の七須名くん共々レギオンに引き入れる…。十分奇跡だわ」

 

「私も彼も、梨璃の手の内にあると…?」

 

「さあ?そこまではわからないわ」

 

 夢結は祀から視線を離し、ペンダントを握り込んだ。

 

「……そんな風に考えるの、嬉しくないわね」

 

 

 こうしてまた、百合ヶ丘の夜が更けていく…。

 

 

 

 

 

 

 百合ヶ丘女学院が日本のヒュージ討伐最前線と呼ばれる由縁。それは学院真正面の海原、水平線の向こうから聳える超自然的構造物……通称『由比ヶ浜ネスト』の存在にある。

 これはヒュージが産まれ、傷を癒す拠点であり、学院は常にここの睨みを効かせているのだ。そしてそれは、ヒュージにとっても同じこと。

 

 

 

 その深海底……この地に適応した純粋な生命も消え去って数十年が経った今、ここはひたすらに暗く、冷たく、重たく、静かな世界である。

 そこに突き刺さる一振りの剣。その柄に嵌め込まれたクリスタルが、不気味な蒼い輝きを放っていた。

 

 

 暗く、冷たく、重たい光が、静寂に支配された暗黒の深淵をぼんやりと照らす。

 

 




 このアニメ第5話、梅さんの「お前鋭いな」のシーン、時系列が入れ替えられていませんか?おそらくここは梨璃さんが梅さんを勧誘しようとした場面の直後(18日の出来事)だと思うのですが、夢結さんが学院から離れた日(19日)のところに入ってます。
 セリフから考えれば前者が自然、時系列で見ると後者が自然です。この小説では後者として扱っています。


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第13話 泥水と睡蓮(Nymphaea Lotus)


 大変お久しぶりです。
 しばらく創作から離れなければならなくなっていたのと、某闇のゲームにハマってしまいご無沙汰していました。
 辞めるつもりはないので、その点に関してはご安心ください。

 それと、ぼかしてはいますが今回はややグロ注意です。



 

 

 梨璃たちのレギオンが学院に正式に登録された翌日の朝。

 

「……?」

 

 いつも通りに黒鉄嵐(ヘイティエラン)の格納庫を訪れた吉春は、自分のカタフラクトが置かれている区画に武器が追加されていることに気づいた。

 

 長く、口径の大きな銃。後部にはアームが取り付けられているそれが、焼鉄色の機械鎧とともに彼の眼前に横たわる。

 

 眺めていると、後ろから声がかかった。

 

「おはよ、吉春」

 

「今日も早ぇな」

 

「…ああ、莱清、慶…。これは……貰っていいのか?」

 

 吉春が尋ねると、莱清は笑顔で頷く。

 

「もちろん。9人揃ったレギオンの聖騎士には必ず支給される装備だからね、遠慮なく受け取って」

 

 彼も銃に近寄った。

 

「30ミリ狙撃砲。負のマギのパルスを使ったリニア加速機構が付いてて、弾の速度の調整が効くんだ。動力はリアクター直結式だから、ウェポンラックは空けたまま携行できるよ」

 

「ほう、それは便利でいいな。だが……重そうだ」

 

 莱清は得意げに語る。

 

「腐ったマギとは言え、動力源に繋がれてれば重量軽減効果が働いてくれるからね。君のカタフラクトなら、機動性は気にするほど落ちはしないよ」

 

「ああ、ヌーベル嬢が言っていたあれか」

 

 慶も狙撃砲を見つめる。

 

「こいつはノインヴェルト戦術の支援に最適で、遠距離でも近距離でも対処できる銃って触れ込みだが、どこまで本当なんだかなぁ……」

 

 怪訝な表情の彼に向き直る。

 

「使ってみないことにはなんとも言えないとは思うが…。慶にも支給されたのか?」

 

「クリバノフォロスに搭載できねぇ銃なんか貰ってどうすんだ。断ったに決まってんだろ。そもそも、手元にゃ換装できる武器も多いし」

 

「……。それもそうだな。ノインヴェルト支援用の火器があるということは、例の特殊弾も?」

 

「うん、一柳嬢たちに支給されてるはずだよ」

 

 

 

 少しして、諸々の点検などを終えた吉春と慶が格納庫から出る。

 

「アールヴヘイムの聖騎士は順調か?」

 

「んなわけねぇだろ…。まともに口効いてくれんのは田中(たなか)嬢か番匠谷(ばんしょうや)嬢くらいだぜ?しかも別に仲がいいとか、そんなことねぇしよ……」

 

「もう組んで2ヶ月は経つんだろう?なのにその状態なのは…。他のメンバーとはどうなんだ?」

 

天野(あまの)嬢とは話ができねぇし、その元凶の江川(えがわ)嬢には…言葉は通じるってのに話が通じねぇ。遠藤(えんどう)嬢も、別の意味で話にならねぇな……」

 

「………」

 

金箱(かなばこ)嬢、高須賀(たかすが)嬢は俺を足かパシリくらいにしか思ってねぇし、(もり)嬢には避けられてるな」

 

「ああ、彼女は人見知りだったな。まだ打ち解けていないのか……」

 

渡邊(わたなべ)嬢に至っては何考えてんのか全然わからねぇ……けど、俺に微塵も興味ねぇのはわかってんだ」

 

「……そうか」

 

 吉春にはただ乾いた反応をすることしかできない。

 

「同族以外に冷たいってのがエルフの世界(アールヴヘイム)らしさだ。まぁ必要最低限の連絡は、田中嬢につくようにはなったからな。それだけでも大したもんだろ?」

 

 皮肉を込めた自嘲の笑みを浮かべる慶。

 

「以前、一柳嬢はアールヴヘイムと君が上手くやっているような話をしていたが」

 

「当たり前だろ。仕事はキチっとやらねぇとダメだ。けどな、プライベートまであいつらと一緒は御免だぜ」

 

「となると……君が牙刃の騎士団(ファング・パラディン)に入った理由も……」

 

「ああ。知らねぇし、知らせる必要もねぇ。知られたらあいつらに嫌われて終わりだ。それで仕事に支障が出たら困るだろ」

 

 ため息混じりに、彼は続ける。

 

「というか……江川嬢には完全に嫌われちまってるし……」

 

「……。聖騎士、交代した方がいいか?」

 

「いらねぇお節介すんじゃねぇよ。クリバノフォロス使いたいって向こうの要望もあんだ。それに、俺はどのレギオンだろうがどのリリィ相手だろうが変わらねぇ」

 

「なら、これからもアールヴヘイムと頑張るのか、君は」

 

「おう。……そう言や、お前のとこのレギオンの名前、決まってんのか?」

 

「第一候補なら。計画を破壊する者(ラーズグリーズ)だそうだ」

 

「はーん?面子の割に物騒な名前じゃねぇか」

 

「そう…か?」

 

 雑談もそこそこに、2人はそれぞれの目的地に向かうため別れた。

 

 

 吉春がやって来たのは校舎の一角。梨璃たちのレギオンの隊室が設けられているはずなので、その確認に向かう。

 

 と、扉の前には既に……

 

「ご機嫌麗しく、一柳嬢」

 

「あ、吉春さん。ご機嫌よう」

 

 梨璃が来ていた。彼女は扉の横に提げられた木製の表札を、不思議そうに見つめる。

 

「『一柳隊』……?」

 

「ほう、一柳隊はこの部屋か」

 

 吉春が答えると、梨璃の後ろに楓と二水が現れる。

 

「一柳隊がどうかしまして?」

 

「ええ。一柳隊ですよね」

 

 さらにミリアムと神琳、雨嘉も加わる。

 

「うむ、一柳隊じゃな」

 

「確か一柳隊だったかと」

 

「私も一柳隊だと思ってた」

 

「君たち、いつの間に集合を……」

 

 吉春が疑問を抱いていると、梨璃が後ろにひしめくメンバーに問いかけた。

 

「……私たち、『白井隊』では…?」

 

 梅と一緒に来ていた鶴紗がややぶっきらぼうに返す。

 

「どっちでもいい。だから一柳隊でいい」

 

「もう一柳隊で覚えちゃったゾ」

 

 最後にやって来た夢結も賛同する。

 

「じゃあ、一柳隊で問題ないわね」

 

「え……ええ…?」

 

 戸惑う梨璃を吉春が呼ぶ。

 

「何にせよ、せっかく充てがわれた隊室だ。早く入ってみようじゃないか」

 

「う…うん」

 

 梨璃が扉を開け、皆で控室へ入る。

 

「「おおー!」」

 

 数名のリリィから感嘆の声が上がった。

 室内は綺麗に掃除されており、ソファやテーブル、証明などの調度品は華やかながら豪勢ということもなく、気品ある物でまとめられている。

 テーブルの上では小さな白百合の花束が花瓶に生けられ、『一柳隊各位様江』と書かれた札が付いていた。

 

「昨日の内に隊長と姐御、それにセリも来て整えてくれたらしい。後で礼を言っておこう」

 

「表札も隊長さんたちが……?」

 

「さてな。この通称を決めたのは生徒会だとは思う」

 

 吉春が梨璃と話している間に、皆が思い思いの場所を見つけてくつろぎ始めていた。

 テーブルにはミリアムや二水が持ち込んだドーナツなどの菓子類と、楓が持って来ていた紅茶がセッティングされている。

 

「で、でも……これじゃ私がリーダーみたいじゃないですか!」

 

「問題はないだろう。なあヌーベル嬢」

 

「わたくしはちぃ〜っとも構いませんが?」

 

 梨璃の横に座った楓が満面の笑みで言う。

 

「梨璃の働きでできたようなもんじゃからの」

 

「ええ……?」

 

 ミリアムに言われても実感できずにいると、梅が口を開く。

 

「ま、梨璃はリリィとしてもまだちょっと頼りないけどナ」

 

「まだまだよ。もちろん、梨璃の足りないところは私が補います。責任を持って」

 

「その何割かは俺の仕事にもなるわけだが……」

 

 夢結と吉春の言葉を聞いた梨璃はほっと息を吐く。

 

「よかったぁ。ですよねー……」

 

 と、夢結がチャームのように鋭い鬼気を梨璃に叩きつけた。

 

「つまり!いつでも私が見張っているということよ!!」

 

「ひぃ?!」

 

「弛んでいたら私が責任を持って突っつくわ。更生が必要ならすぐにでも黒鉄嵐(憲兵隊)に突き出すから、覚悟なさい!!」

 

「はっ…はいぃ!」

 

 萎縮しつつ答える梨璃。2人のやりとりを吉春は不安そうに見ていた。

 

「……教育熱心なのか何なのか……」

 

「はははっ!これなら大丈夫そうだナ」

 

 彼とは対照的に、笑っている梅。

 

「本気で言っているのか吉村嬢?俺は気が気でないぞ……」

 

 一方、先程まで機嫌のよかった楓は……。

 

「くっ…なんて羨ましい……」

 

 歯を見せながら夢結に妬みの視線を投げつけた。ドーナツを両手に持つ鶴紗がもぐもぐと問いかける。

 

「リーダーを突っつきたいのか?」

 

 

 会話を静観していた雨嘉は、不思議なものでも見たと言いたげである。

 

「百合ヶ丘のレギオンって、どこもこんななの……?」

 

「そうでもないと言いたいところですけど、結構自由ですね」

 

「ぜひカルチャーショックを受けていってくれ、王嬢。ここでしか体験できないからな」

 

 神琳と吉春が彼女と話す。やや混沌としはじめた場を、二水が仕切り直した。

 

「と、ともかく!こうして9人と1人が揃った今なら、ノインヴェルト戦術だって可能なんですよ!」

 

「理屈の上ではそうじゃな」

 

 と、梨璃がポケットから金属の円筒を取り出す。手に収まるサイズで、蓋には物々しく封印が施してある。

 

「それって、これだよね?」

 

「…?なんですか?」

 

 二水も興味深そうに覗き込んだ。

 

「ノインヴェルト戦術に使う特殊弾ですわね」

 

「わっ!実物は初めて見ました!」

 

「それな、無茶苦茶高いらしいゾ」

 

「そ、そうなんですか?!」

 

 驚いて梅の方を見る梨璃。梅の隣に立つ吉春が付け加える。

 

「俺たちが装備に使うリアクターを、6基買っても釣りが返ってくる額で取引されるそうだ。リアクターの平均寿命は1年半。1発にそれだけの戦力を集中すると考えていい」

 

「はぁ……」

 

 梨璃はもう一度特殊弾に目を落とす。

 

「ノインヴェルトとは、9つの世界という意味よ。マギスフィアを、9つの世界に模した9本のチャームに通し成長させ、ヒュージに向けて放つの。それはどんなヒュージも一撃で(たお)すわ」

 

 夢結の説明を聞いた雨嘉は不安そうだ。

 

「できるかな…私たちに」

 

「今はまだ難しいかと。何よりもチームワークが必要な技ですから……」

 

「先に言うが、間違っても俺にはスフィアを回すな。負のマギが対消滅して、爆発どころでは済まないはずだ」

 

「ひぇ……」

 

 神琳から続いた彼の説明に二水は顔を青くする。が、楓は軽く聞き流して梨璃と話す。

 

「ま、目標は高くと申しますわ」

 

「はぁ…。そうですよね」

 

 

「………」

 

 2人の様子を、夢結が静かに見つめる。

 

 

 

 しばらくして、構内にヒュージ出現アラートが鳴り響いた。

 

 

 

 一柳隊の面々はヒュージ迎撃ポイントの近くに移動し、廃墟の屋上から水面を眺めている。雨水が溜まった、巨大なクレーターの池である。

 

「ここで見学…ですか?」

 

 梨璃は夢結と共にパラソルの下でテーブルに着き、隣に立つ天葉と話していた。夢結の傍らには依奈も来ている。

 

「私たちの戦闘を見学するなら、特等席でしょ?」

 

「あの夢結がシルトのために骨折りするなら、協力したくもなるでしょう」

 

 天葉と依奈の2人は楽しそうな笑みを浮かべる。

 

「ふふ…。夢結をこんなに可愛くしちゃうなんて、貴女いったい何者なの?」

 

「え?私は…ただの新米リリィで……」

 

「ありがとう、天葉」

 

 夢結は正直気恥ずかしかったが、礼は言っておくことにした。

 

「気にしないで。貸しだから」

 

 冗談めかして言う天葉。

 一方、カタフラクトをしっかりと纏い、黒鉄嵐の通信を聴いていた吉春が彼女に近づく。

 

「なぁ天野嬢」

 

「吉春くん、どうかした?」

 

「いや…。江川嬢に、慶を邪険にしないよう言っておいてくれないか?ああ見えても、なかなか傷ついているんだ」

 

「面白いと思って放ったらかしてたんだけど、ダメだった?」

 

「それを世間では“イジメ”というんだ……」

 

「ふぅん?じゃあ、この戦闘の後にでも言っとくね」

 

 呆れながら、「イジメ」に合わせて上げた両手の人差し指と中指を2度曲げる吉春。その背中に、依奈が目を遣った。

 

 30ミリ狙撃砲がアームでリアクターに繋げられ、接合部の僅かな間隙から暗く赤い光が漏れる。

 

「ノインヴェルト支援用の武器……。その戦術が見たいんでしょ?お見せする間もなく倒しちゃったらごめんなさいね」

 

 

 自信満々の笑顔で、2人は廃墟から降りていった。

 戦闘が始まるまでの暫しの静寂に、夢結が口を開く。

 

「ときに梨璃。貴女、レアスキルは何かわかったの?」

 

「え?あれから何も……。私にレアスキルなんて、ないんじゃないですか?」

 

 どこか申し訳なさそうに笑った。一方で夢結は祀との会話を思い返す。

 

 

 

『レアスキル、『カリスマ』。類稀なる統率力を発揮する、支援と支配のスキル。更には、騎士団員に対する効力がある可能性も指摘されている、数少ないスキルの一つ』

 

『……梨璃のレアスキル…?まさか……』

 

 

 夢結は隣のパラソルの下にいる、二水たちと話す吉春を見る。

 

 

『私も彼も、梨璃の手の内にあると…?』

 

 

 次いで思い出すのは、ここに来るまでの移動の間のこと。廃墟の中で、彼女は吉春とも話していた。

 

 

『一柳嬢のマギに…?』

 

『ええ。貴方の『ホルスの眼』で見て、変わっているところはないかしら』

 

『……。わからない、というのが正直なところだが』

 

『わからない?』

 

『ああ。例えば、君と一柳嬢のマギは違って見える。王嬢と郭嬢のマギも、安藤嬢と吉村嬢も違う。皆、見分けはつくが、それ以上のことはわからない』

 

『………』

 

『彼女のレアスキル…不明なのは気がかりだろうが、少なくとも彼女のマギに異常がないことは明らかだろう。なら、これで一つ、安心ということにしてみてはどうだ?』

 

 

 

 経過した時間は、1秒と少し。

 梨璃の言葉に返答する。

 

「……そう。気にすることはないわ。何であれ、私のルナティックトランサーに比べれば……」

 

「いけません、そういうの!」

 

「………」

 

 夢結の自己卑下を梨璃が遮る。

 

「そんなふうに自分に言うの……。お姉様は何をしたって素敵です!」

 

「……そうね。そう有りたいと思うわ」

 

 

 

 梨璃と夢結が話している頃。

 吉春は、熱心にタブレット端末を見ている二水の横に立って話していた。同じテーブルの楓は羨ましそうに梨璃たちを観察しており、二水と吉春を気にしてはいない。

 

「また何をやっているんだ、君は……」

 

「アールヴヘイムの聖騎士をされている、御業さんがどんな方なのか気になりまして…」

 

 映し出される立体映像。そこには黒鉄嵐の面々の能力などが顔写真と共にズラリと並んでいた。

 

「ヒマか」

 

「大したことは載っていないだろうに……」

 

 同席している鶴紗からのジト目も気にせず、二水が続ける。

 

「でも、興味深いですよ。例えば吉春さん、EXスキルの『再生機能』のランクがAですが、御業さんはDになってます」

 

「ああ…。あまり気にする必要はないところだ。俺のスキルは確かに再生能力は高く、他人の傷も治療できる。が、使い込むとリアクターの寿命を食い尽くす」

 

 立体映像をスクロールし、慶の情報を指差した。

 

「彼の場合、他人の再生はできず、普通に医学的処置を受けた方が傷の治りが早いだけだ」

 

「なるほど…。では、いざというときに怪我をしたら、吉春さんに治してもらえるんですね!」

 

「致死量の負のマギを浴びることになるが、それでもいいなら考えておこう」

 

「えぇ……」

 

 彼の返答に、二水は不満を露わにする。

 

「っ…俺たちのスキルに便利さを求めるな。リリィに対抗できるほど強力なスキルは、例外的に8つのみ。負のマギはエネルギーとして質が低い分扱いやすいが、戦力としての基本性能がリリィに及ぶことはあまりない」

 

「そうなんですか?」

 

「だからこそ、俺たちは装備を多種類作って手数を増やしている。チャームだけで戦える君たち(リリィ)とは違う」

 

「それで今のお前、あと乗せモリモリになってるのか」

 

 鶴紗が見上げる吉春の背中。中央の30ミリ砲に加えて、右肩の後ろには両端に刃のあるいつもの槍、左肩には20ミリ携行砲がつけられ、腰にはその予備弾倉と応急セット、3個のグレネードが備えられている。

 かつてない重装備だ。

 

「天ぷらと一緒にするな、安藤じょ…いや、何か違うな…?」

 

「私はさき入れ派ですぅ」

 

「二川嬢、話題を変えるんじゃない。……ともかく。大抵の騎士にできる、魔法らしいことと言ったら、少々の身体強化と引力場、斥力場の形成くらいだからな。リリィには朝飯前でも、俺たちにはそこが限界だ」

 

「引力場…?」

 

「以前の訓練で、俺が棒を床に張り付けていただろう?ああいうことだ」

 

「ああ…思い出しちゃいました……」

 

 俯く二水。吉春は焦りつつフォローする。

 

「ま、まあ……君もこうして腕利きの揃ったレギオンのメンバーになっている。努力すれば、相応に強くなれるものだ」

 

「……皆さんについて行けるか不安です」

 

「引っ張ってくれるさ、皆が」

 

「……。ところで、御業さんのスキルは……」

 

「ああ、彼は………っ!」

 

 

 吉春が言いかけた直後、アールヴヘイムが向かった先から轟音が響いた。

 

「な、何ですか?!」

 

「敵に動きがあったな…!」

 

 

 

 

 少々時間を遡り…。

 

 

 海水に浸かる廃墟の街並み。その波打ち際にて。

 

 ガンメタルに塗装されたヒト型4脚戦車の狭い操縦席で、パイロットの慶は顔の前に投影された映像を紅い眼光で見つめる。

 彼の視界に映るのは近くに展開するアールヴヘイムのマギ。吉春と同じく、死角なくマギを可視化するEXスキルである。

 

 やがて、彼のスキルが海中にもマギを捉えた。リリィたちに比べてぼんやりとしか見えないが、ヒュージのものであることは明白。

 

「敵を捕捉した。パルス機雷を散布し移動ルートを固定する…」

 

 壱の通信機へ事務的に連絡しながら、慶は戦車の左腕……9発入り箱型ミサイルポッドの最上段3発を点火。

 

 煙を吐き出し、上空へ打ち出されるミサイル。

 

「……っ」

 

 慶の瞳の光が僅かに強まると同時にミサイルが分解。内部から球体を多数放出して海面へとばら撒く。

 

 が。

 

 

  ジャララララ……

 

 

「なっ?!」

 

 

 ヒュージを待ち受けていた依奈が驚きの声を漏らす。

 

  バキバキバキバキィ

 

 敵は海中から鎖状の触手を繰り出し、振り回して空中の機雷を……尽く叩き潰した。

 

 

(パルス機雷に、直接の破壊力はねぇと気づいてやがったのか……?!)

 

 

『□□□□□!!』

 

 

 慶が推理する間にも、ヒュージは降り注ぐ機雷の破片をものともせずに海面から飛び出した。

 

 長い触手と短い足が3本ずつの、歪な円錐形。以前のレストアに比肩する大きな体躯。

 

 

  ドブン

 

 

 着水するヒュージ。その重量故の衝撃が大波を起こす。

 

「チッ!」

 

 慶は脚部のホイールを回転させ、廃墟の間に雪崩れ込み威力を増す波から距離を取る。

 

 その建物の上で…。

 

 

「私たちに揺動を仕掛けた?!」

 

「ヒュージのくせに小賢しいじゃない!」

 

 

 依奈と亜羅椰が追撃を加えるが、ヒュージは水面と水中を行き来して掻い潜り、着実に陸地へと近づいていく。

 

 

 

「押されてるナ、アールヴヘイム」

 

「ええ。あのヒュージ、リリィをまるで恐れていない……」

 

 離れた場所から見守る梅と夢結が分析する。吉春は慶…ヒト型の戦車の動きを目で追う。

 

「接近戦では不利だな…。おそらくここからは……」

 

 

 

「コイツ、戦いに慣れてる!」

 

 チャームにて斬りつけた亜羅椰が弾き飛ばされる中、天葉が自らの得物に特殊弾を装填。

 

「アールヴヘイムはこれより、上陸中のヒュージにノインヴェルト戦術を仕掛ける!!」

 

 

「御業さん…!」

 

 号令を聞いた壱が慶と通信を繋ぐや、ぶっきらぼうな返答があった。

 

『わかってるっての!!150ミリ砲で支援攻撃だろ!』

 

 直後、ズドンと空気が震える。

 ヒト型戦車の右腕である長いキャノン砲から、真っ赤に焼け、血の色の電光をまとった砲弾が放たれた音だ。

 

『薬莢に当たんなよ、お前ら!!』

 

 放たれる度、砲の後ろから特大の金属管が飛び出して地面にガラガラと転がっていく。

 ズドン、ズドンと繰り返し発射される砲弾は、ヒュージの周辺に降り注ぎ進行方向を誘導する。

 

(ついでだ。侵徹ミサイルに負のマギをチャージ……)

 

 キャノン砲を制御する傍ら、彼は左腕のミサイルポッド…その中央の列に備えられたミサイルにエネルギーを込め始める。

 

 

 一方、廃墟の屋上では…。

 

 

「よく見ておきなさい」

 

「は、はい…」

 

 

 璃梨と夢結が、慶の砲撃の間にマギスフィアを回していくアールヴヘイムを観察する。

 

「ノインヴェルト戦術は、その威力と引き換えに、リリィのマギとチャームを激しく消耗する、文字通りの諸刃の剣ですっ!」

 

「だからこそ、バックアップとして随伴する騎士団の動きも重要なんだが…。頑張れよ、慶……」

 

 

 二水と吉春による解説が終わると同時に、最後を担当する彼女にスフィアが渡る。

 

「不肖、遠藤亜羅椰!フィニッシュショット、決めさせてもらいます!!」

 

 

  ドギャウッ!!!

 

 

 銃口にスフィアを合わせ、光の塊を射出する。それは真っ直ぐヒュージへと向かい……。

 

 

  ギンッ!

 

 

「何っ!?」

 

 

 ヒュージが展開した光の壁……防御結界にめり込んで止まった。何の破壊力も生じさせないまま、眩く輝き続ける。

 

 

「フィニッシュショットを…止めた……?」

 

「嘘っ?!」

 

 

 天葉、壱、亜羅椰たちが驚く中、慶は自身のスキルでヒュージのマギを覗き見る。

 

(コイツ…このエネルギーは何だ…?!)

 

 そして、敵の体内に()()()を見つけた。

 

 

「……コイツもかよ、畜生が!!」

 

 コックピットで叫び、マギスフィアをロックするや否やミサイル発射ボタンを強引に叩く。

 

 

 エネルギー充填が完了したミサイルが1発のみ、戦車の左腕から飛び出した。

 

 

 

 廃墟の屋上でも。

 

「何じゃあ?!」

 

「えっ…?」

 

 驚きと興味が混ざった声を上げるミリアム。その近くで、夢結も敵に違和感を覚えた。

 また、吉春は急いで慶に連絡する。

 

「慶!そのミサイルはまずい!今、天野嬢が…!」

 

『あ?!あいつ……っ!』

 

 

 

「あ…!」

 

 無理矢理にでも、スフィアを結界に押し込もうと飛び出した天葉。しかし、彼女の横を通過して、同じくスフィアに向かうミサイルを目にした。

 

 彼女の身体に比べて遥かに大きく、重たいミサイルの中には大量、かつ高密度の負のマギが詰め込まれている。

 それが、彼女が向かうスフィアと接触したなら、起こることは明らかだ。

 

「ヤバっ…!」

 

 空中で踏み止まろうとした、まさにその時。

 

 

  ギュンッ!

 

 

「…は?」

 

 

 ミサイルはぐにゃりと弾道を変え、咄嗟に構えられた彼女のチャームにガツンとぶつかる。

 

 そのまま、ミサイルの先端にて彼女をぐいぐいと押し返し始めた。

 

 

 

「み…ミサイルが生きてるみたいな動きを…?!」

 

 そんな光景を目の当たりにして驚愕する二水に、吉春が説明する。

 

「二川嬢。EXスキルには、リリィに対抗できるものが8つあると話したろう?慶が持つスキルはその内の一つで、俺の『ホルスの眼』の上位スキルでもある」

 

「上位スキル…?」

 

「マギを視ることと同時に、ある特殊なことができるんだ」

 

 

 

 ミサイルに押されながら、天葉が呼ぶ。

 

「ちょ…ちょっと慶くん?!」

 

 

『うるせぇ!!』

 

 ヒュージが伸ばした鎖状の触手2本に両腕を絡め取られ、3本目の射程まで引き寄せられながら慶が返答。

 

『いつものパシリみてぇに!面倒なやつは俺にやらせてろよ!!お前は後ろで仲間を守りやがれ!!』

 

「何を…うわっ?!」

 

 ミサイルの中から滲んだ負のマギが斥力場を形成し、先端にしがみつく天葉を叩き落とす。

 

 直後、ミサイルはまたもや弾道を曲げてヒュージ…否、マギスフィアへと飛んでいく。

 

『負けるかよ…!負けてたまるかよ!ニワトリ野郎がぁ!!』

 

 左腕のミサイルポッドは巻きつかれた触手によって押しつぶされ、右腕の砲も明後日の方向に向けられている。

 

 が、彼の叫び声と共に触手が巻きついた砲から放たれた弾は、あり得ない運動で弧を描きヒュージの結界で爆ぜる。

 

『両腕はくれてやらぁ!!テメェの悪趣味には合わねぇだろうが知るか!!』

 

 瞬間、彼は機体の武装を全て破棄(パージ)。同時に4つの足の下に斥力場を形成する。

 

 

 

「彼は自分に繋がっている負のマギを、自由自在に動かせる。何発のミサイルだろうと砲弾だろうと弾丸だろうと、彼が放てば全てが追尾弾。超高性能の誘導兵器だ」

 

 

「それ……リリィの最新型チャームに匹敵してますよ?!」

 

 廃墟の屋上で、吉春の説明を聞いた二水が目を丸くした。

 

「だからこそ、リリィに対抗できるスキルに数えられている。それが彼の能力……始まりの濁流――」

 

 

 

 捉えていたヒト型戦車を、正中線で叩き斬ろうとヒュージは3本目の触手を振り上げた。

 

 

『奴を飲み込め……『ナウネトの(みずち)』ィ!!』

 

 

 斥力場で飛び退きざまにその乗り手が吠えた瞬間、上空から赤熱化した対ヒュージミサイルが激烈な加速でもってスフィアにぶち当たる。

 

 

   バ ァ ン!!

 

 

 落雷のごとく閃光が迸り、破裂音が空気を強烈に叩く。

 

 負のマギと、リリィのマギによる対消滅。そこから生じる莫大なエネルギーはヒュージの防御結界を消しとばした。

 

 だが、被害はそれだけに留まらない。

 

 

 瞬間的に超高温、超高圧となった空気が、灼熱の矢の嵐となったミサイルの破片諸共に、周囲のあらゆる全てに襲い掛かる。

 

 

「『ヘリオスフィア』!!」

 

 

 背後にレギオンの仲間を集めた天葉は、レアスキル……極めて強固な防御結界を張って仲間を守った。

 

 彼に言われた通りに……。

 

 

「はあ……はあ……」

 

 

 爆炎が通り抜け、空気の温度が下がり始めた頃に結界を解除する。

 息を吐くと、彼女の手にあるチャームにビキビキとヒビが入った。

 

「あ…そう言えば、彼は……」

 

 燃え盛る爆心地付近に慶の痕跡はない。そこから離れた地面に目を遣ると……。

 

 

「嘘……慶…くん…?」

 

 

  シューー……

 

 

 彼女は、煙を上げて地面に転がる金属塊を見つけた。

 

 

 

「す…すごい爆発でした……」

 

「衝撃の後に爆風が……」

 

 二水と雨嘉が話す中、吉春は急いで通信機を起動。

 

「慶!慶!!生きてるか?!応答しろ!!』

 

『………』

 

「慶?!おい!!」

 

『…………し…死なねぇ……死んでたまるか…よ……』

 

「っ!よかった…!吹き飛ばされたから、却って無事で済んだのか……」

 

 

 

 吉春との通信を外へ漏らしながら、焼け焦げ、無数の破片が突き刺さった金属の塊が、ギチギチと鳴りつつ天葉たちの目の前で立ち上がる。

 

『慶、その場を動くな。救護班が向かう』

 

『…じ…自力で……合流…してやる…よ…。おかしい……だろ…?痛く…も、熱くも……ねぇ…んだ……』

 

 熱で輪郭すら変形し、両腕も無くした4本脚の……ヒト型戦車だったモノが歩き始める。

 

「……っ!?」

 

 装甲の割れ目から、不気味な色の液体がボタボタと滴り落ちた。天葉は思わず口に手を当てる。

 

 彼女だけではない。アールヴヘイムの誰もが、コックピットの中の様子を想像して青ざめた。

 

「け……慶く…ん…?」

 

 ギチ、と音を立て、液状に垂れ下がった視覚センサーが天葉を見る。黄色い光は、まだ消えていない。

 

『あま…の…嬢…。俺に…構うんじゃ…ねぇ…よ…!俺は……俺は…お前ら…みてぇな……()()()()()じゃ……ねぇんだ……』

 

「な…何を言って……」

 

『…誇り…高い……アールヴ…ヘイム…だろ…?なら……ブラン…ド……大事に…して…俺を…使い捨てろ…。こ…こんな…ふうに…な…!』

 

 うわ言のように呟きながら、立ち止まっているアールヴヘイムから慶は離れていく。

 

『それ……が…正し……い……』

 

 

「「………」」

 

 アールヴヘイムの全員が絶句したまま、彼を見送る。程なくして、壱の通信機に吉春から声がかかった。

 

『田中嬢、敵はまだ撃破されていない。君たちはどうするんだ?』

 

 壱は通信機を天葉に渡す。

 

「……不本意ですが、アールヴヘイムは撤退します」

 

『……了解』

 

 通信を切り、彼女はもう一度、慶が去って行った方を見る。

 地面には、赤黒い液体が点々と並んで続いていた。

 

(彼は……いったい…?)

 

 

 廃墟の屋上で、状況確認を進める吉春。その傍ら、一柳隊の面々が燃え盛る旧市街地の一角を見つめる。

 

「アールヴヘイムがノインヴェルトを使って仕損じるなんて……」

 

 楓が呟いていると、突如。

 

 璃梨がチャームを閃かせて飛び出した。

 

「璃梨さん?!」

 

「おい、一柳嬢!」

 

 二水と吉春に呼び止められた彼女は、振り向きざまに言う。

 

「あのヒュージ、まだ動いてます!黙って見てたりしたら、お姉様に突っつかれた挙句吉春さんたちに更生させられますから!!」

 

 まだ息があるヒュージに向かっていく彼女。楓たちも乗り気で続く。

 

「どさくさ紛れに一柳隊の初陣ですわね!」

 

「援護するぞ、皆!」 

 

 駆け出し、アーマーのフェイスガードを下ろした吉春。黄色い光を放つ視覚センサーの下で紅い眼光を研ぎ澄ます。

 

「『ホルスの眼』…。奴の防御結界は崩れたな。仲間が世話になった借りを、利子も付けて返してやる…!」

 

 すると……。

 

『よ……吉春……』

 

 またもや彼との通信が繋がる。

 

「慶?!もう喋るな、君は…!」

 

『一つ…だけ、言わねぇと……ダメ…だ…。い…いいから…聞け…っ!』

 

「…何だ?」

 

 

『…し、白井嬢…に、気を…つけろ…。いいか…。せ……戦闘、終わるまで…っ…絶対、目……放す…な…よ……』

 

 

「白井嬢からだと…?……まさか、奴も……そういうことなのか、慶!?」

 

『…………』

 

 音にならないほど細い息だけが、通信機から漏れ出てくる。

 

「くっ…慶…。今はとりあえず休め……」

 

 

 時を同じくして、夢結は胸のペンダントを握り込んだ。

 

(お姉様……私たちを守って……!)

 

 

 かつて愛した姉を思い出しながら、彼女は妹とともにヒュージへと飛びかかる。

 

 





 アニメ見返してて思ったのですが、どこからともなくチャームを取り出す楓さんや夢結さんって……アレ、演出ってことでいいんですかね?この小説では省いてますけど…。
 あと、チャームは撃っても薬莢が出ない辺り、『スターウォーズ』のブラスターみたいな、実体のある弾を撃ってるわけじゃない武器みたいですね。本作の騎士団の装備は完全に実体弾を撃つ物としています。


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第14話 Affection


 お久しぶりです。
 頻度は不定期になるかとは思いますが、投稿自体は続けていきます。



 

 一柳隊が初陣に出向く頃、学院の理事長室では。

 

 慶を救助すべく飛び出していった紀行を見送った咬月と史房が、窓の外へと目を遣っていた。

 

「ヒュージがノインヴェルトを無効化するとはな…。損害は?」

 

 手元のタブレット端末に届いた情報を史房が読み上げる。

 

「チャームが半壊7、クリバノフォロスが大破し搭乗者も重傷を負っています。アールヴヘイムは数日ほど戦力外となるでしょう」

 

「全員の命が助かったなら、何より。バックアップは?」

 

「黒鉄嵐の緊急出撃より早く、非公式に戦闘に居合わせていた一柳隊とその聖騎士が引き継いでいます」

 

 咬月は思い出すように史房を見る。

 

「一柳隊……?結成されたばかりじゃな」

 

「はい。聖騎士も含めて実力者は多いものの、何せ個性派揃いなので…。レギオンとして機能するのはまだ先かと。今は時間稼ぎで精一杯でしょう」

 

 

 

 

 旧市街の中を駆け、梨璃と夢結がヒュージへと接近する。

 

「練習通りにタイミングを合わせて!」

 

「は、はい!」

 

 背後からの援護射撃も受けつつ、夢結はヒュージの体表に目を遣った。

 

「!」

 

 そして、そこに継ぎ接ぎされたような痕跡を見つける。

 

(古い傷のあるヒュージ?これも…)

 

 

 

「レストアか」

 

 鬼の顔のフェイスガードの下から、吉春の眼がヒュージのマギを透視する。深い古傷があることははっきりと見てとれた。

 一定の距離を保ちながら左腕の砲で射撃し、慶に言われた通り夢結から目を離さない。

 

(白井嬢、あのヒュージの弱点は看破しているな)

 

 彼が確信した次の瞬間、梨璃と夢結が繰り出した斬撃がヒュージの古傷を抉り飛ばした。

 

 

 

 ヒュージの胴体は逆さの八の字に裂け

 

 

  その内から冷たい光を放ち始める。

 

 

 

「?!」

 

 

「何ですの!?」

 

 吉春と楓が驚愕すると同時に、神琳がその正体に気づく。

 

 

「あの光は……」

 

 

 

「あっ?!」

 

 ヒュージを通り過ぎていた梨璃も、背後からの光に振り返る。

 

 

「あれは……チャーム……?」

 

 

 蝶番のようになった、ヒュージの身体の切れ目、その底には。

 

 クリスタルコアが嵌め込まれた大剣が、自然に、しっかりと、しかして不気味に突き立てられている。

 

 

「……っ」

 

 仮面の下で、吉春の歯がギリリと音を立てた。

 

「奴ら……どこまで俺たちを虚仮にするつもりだ……!」

 

 双刃の槍を握る手に力を込めると同時に、脚のスラスター出力を上げて夢結たちを追う。

 

 

 一方。

 

 

「あっ……」

 

 梨璃と夢結の2人は、ヒュージの体内にあったチャームを思い出していた。

 

 忘れるはずもない。

 

 梨璃にとっては、命の恩人が彼女を救ったときに持っていたもの。

 

 

 夢結にとっては、愛する姉の身体を抉り、彼女と共に去って逝ったはずのもの。

 

 

「あ……あれ…私の…“ダインスレイフ”……」

 

 

 コアが放つ冷たい光を、夢結は魅入られたようにじっと見つめる。

 

 

『ゆ、夢結様の動きが止まっちゃいました…!』

 

「っ!白井嬢…!」

 

 通信機から聞こえた二水の声で彼女の様子を把握した吉春。動きが鈍くなっているヒュージの脇を抜ける。

 

 

「うぅ…」

 

 以前のレストアと同様、逃れられぬ記憶が脳裏に蘇る。夢結の胸に、のし掛かるような苦しみが湧き起こった。

 

「お姉様!!」

 

 梨璃が彼女に近づくと同時に、ヒュージが息を吹き返す。

 千切れてなお威力を残す鎖状の触手が、2人目がけて振り回された。

 

「は……」

 

  バギンッ!!

 

「くぅぅ…っ!!」

 

 梨璃が触手を弾くも、長い触手が彼女を取り巻くように張り巡らされる。

 

「あっ?!」

 

 

 その刃と質量でもって、彼女をすり潰さんがために。 

 

「梨璃!!」

 

 

  ガァン!ガァン!ガァン!ガァン!

 

 夢結の声を掻き消すように、血色の電光を纏った弾丸が次々と触手に命中するも、もはや止められない。

 

「……吉村嬢っ!」

 

 左腕の砲での攻撃を取り止めた吉春が、通信機に叫んだ次の瞬間。

 

「っ?!」

 

「ぐお……」

 

 ヒュージの触手が光を発し、梨璃がいた場所を引き絞る。さらにその余りが夢結たちへ伸び、2人を弾き飛ばした。

 攻撃の余波で、夢結と吉春の足元の建物が崩壊する。

 

 

「ぅ……梨璃…皆……どこ…?」

 

 砂埃が辺りを覆う中、倒れ込んでいた夢結がゆっくりと身体を起こす。

 

「あっ……うぅっ…?!」

 

 最初に目に入るのは、砂埃を透過してまで彼女を照らす、ダインスレイフからの冷たい光。

 

 ガラ…

 

「…よっ…と…。白井嬢、大丈夫か!」

 

 背後で瓦礫を押し除け、近づきながら吉春がかけてくる気遣いの声。

 しかし、彼女の耳にはもはや入らない。

 

 解かれていく触手。その中心…ついさっきまで梨璃がいた場所がもぬけの殻。

 

 その光景を目にしてしまった彼女は、もう、かつての記憶に支配されているのだから。

 

 助けられなかった。姉も、妹も……。

 

 

「……梨…璃…!美鈴……様…っ!」

 

「白井嬢…?!しっかりしろ!彼女は……」

 

「うぅぅぅ……」

 

 胸を押さえて呻く彼女。吉春はとっくに駆け出していたが、既に手遅れであった。

 

 

うぅ……うわああああぁああぁあぁ!!!

 

「白井嬢!!」

 

 彼女の眼光が禍々しい(あか)に染まり、髪を瞬時に白く変える。

 肩を喘がせながら彼女はチャームを拾い上げ、理性を置き去るかのようにヒュージへと飛びかかった。

 

 

「あぁあああっ!!」

 

『□□…』

 

 辺りの建物の上を飛び回り、ヒュージの攻撃を躱して肉薄する。

 

「あぁ…!」

 

「待て!白井嬢、待つんだ!!」

 

『□□□!』

 

 吉春の忠告も彼女に届かない。ヒュージは身体の断面から幾条もの光線を夢結に向けて射る。

 

「うっ?!」

 

 光線は夢結の身体を掠め、肌に切り傷を刻んでいく。それでも彼女は止まらない。

 

「っ!迂闊に近づけない…!」

 

 一方で彼女を追っていた吉春は、ヒュージが張った光線の弾幕に遮られ、足を止めざるを得なかった。

 

「一柳嬢が無事だと気づかせるには……やはり、直接来てもらうしかないな…!」

 

 

 その頃、少し離れた建物の屋上で。

 

「お姉様!!」

 

 夢結を呼ぶ梨璃の声があった。

 

 ヒュージの触手にすり潰される直前。彼女は超高速移動のスキル“縮地”を持つ、梅の手で窮地を脱していたのだ。

 

 マギを可視化していた吉春は当然梅の接近を知っていたが、それを夢結に伝える時間がなかった。

 

「夢結様…なんて闘い方……」

 

「あれじゃあ近寄れんぞ」

 

 雨嘉とミリアムも心配そうに夢結を見つめる。

 

「かわいいシルトを放って、何やってんだ!!」

 

「夢結様、ルナティックトランサーを……」

 

 梅と神琳の声を後ろに、梨璃は通信機に手を当てる。

 

「吉春さんっ!」

 

 

 

『吉春さん!お姉様が……!』

 

「わかっている。やれるだけやるが、君たちも早く来てくれ!」

 

 右肩のウェポンラックに槍を納めながら、梨璃からの通信に返答する。

 

『吉春!一人で夢結の相手なんて無茶だ!』

 

「そうする必要はある!」

 

 梅の心配の声を一蹴して通信を切ると、すぐさま右腰のホルダーから、3発ある手榴弾の内1発を取り出す。

 

(頼むぞ……『ホルス』!)

 

 夢結とヒュージの動きとマギの流れを見ながら、少しずつ夢結との距離を狭めていく。

 

 やがて適当な場所を見つけ、彼女のいる方向へ手榴弾を投擲

 

  ……しようとして、吉春はふと振りかぶった右手を見上げる。

 

「……」

 

 次の瞬間、手榴弾をホルダーに戻し、今度はホルダーごと腰のマウントポイントから取り外した。

 

「わっ……しょぉおい!!」

 

 それを振り上げ、3発の手榴弾をまとめて夢結の方に投げ飛ばす。

 

 手榴弾を収めたホルダーが、ちょうど建物の屋上に降り立った彼女とヒュージの間に落ちていく。

 

「当たれ…!」

 

  ガァン!

 

 祈りながら放たれるは左腕に備えた20ミリ砲。紅の稲妻を伴って進む弾は、一直線にホルダーを、3発もの手榴弾を射抜く。

 

 

  バスンッ!!

 

「あ?!」

 

 突如眼前を覆う濃い黄色の煙。光景の変化に、夢結の足が一瞬止まる。

 

 それで…それだけで、吉春には十分だった。

 

(視界と同時に、マギに対する感性も鈍らせるスモークグレネード…。入学式のときのヒュージの煙幕を参考に、莱清と真島嬢が作った試作装備だが……)

 

 背後から彼女に迫り、両脇に腕を潜らせる。

 

(テスト相手がリリィになるとはな!)

 

「うああっ!?」

 

 肘を曲げて夢結の肩をがっちりと拘束。さらに上体をやや反らして、彼女の足を地面から浮かせる。

 

「許せ、白井嬢…!」

 

「あぁあぁ!!」

 

 羽交締めを振り解こうと暴れる彼女に構わず、吉春は地面を蹴って、スラスターを使いながら急いで後退する。

 

「ああぁ!!」

 

 夢結は頭を思い切り振って、後ろにある吉春の顔に頭突きを見舞う。

 

「ぐ…」

 

 ビシッと音を立て、フェイスガードの右目センサーにヒビが入った。

 

「うぅ…ああ!!」

 

 今度は右脚を目一杯振り上げるやいなや一気に振り下ろし、吉春の脚に踵を打ち込んで脚部スラスターを破壊する。

 

「しまったっ!」

 

 ジャンプしている間に空中でこれらを受けたため、着地の瞬間に吉春はバランスを崩してしまう。

 

「はああっ!!」

 

 その一瞬の隙を突き、吉春から身体を引き剥がした夢結は、着地から間髪入れず右脚を軸に後ろ回し蹴りを放つ。

 

  バキィ……

 

「!」

 

 夢結の左足は過たず吉春の左頬を捉えていた。フェイスガードの左半分がへしゃげて砕け、原形をやや残した右半分も、ヘルメットとの接合部が外れて飛んでいく。

 

「……くっ…」

 

 頭に打撃を受け、脳を揺さぶられた彼はよろめきつつ数歩後退。

 口内に滲む鉄の味。それを感じながら、霞んだ視界にチャームを構えてこちらに向かってくる夢結を見た。

 

 大上段から振り下ろされる剣を、肩から抜いて咄嗟に構えた槍で防ぐ。

 

 だが。

 

 

「ああああああ!!」

 

  ゴインッ!!

 

 狂気に染まった力の前に、槍はあっけなく叩き折られた。

 

 その光景を、吉春はあまりにも冷静に受け止めて独白する。

 

(……やはりな。その姿の君は実に素直だ、白井嬢。対峙するだけでわかる)

 

 折れた槍を短剣の要領で両手に構え直す。すかさず、夢結は右手の武器をチャームで叩き落とした。

 

(君の目に、俺の姿は映らない……)

 

 そのまま腕を振り、吉春の左手首にチャームの柄を突き立てる。

 

 

  ゴキャ……

 

 

(君の心に、俺の声は響かない……)

 

 衝撃とともに鈍い痛みが脳に走り、握力を失った左手から武器が溢れ落ちた。

 

(だからこそ……)

 

 右手で、左腰から20ミリ砲の予備弾倉を外し夢結に投げつける。彼女が簡単にそれを弾く間に、数歩退がって距離を取ると砲身を展開。

 

(彼女と向き合え、白井嬢……!)

 

「うぁあああああああ!!」

 

 吉春の胴体を薙ぐべく振るわれる刃。彼は左腕の砲にマギを流し込む。

 

「引力!」

 

 次の瞬間、夢結の刃は吉春の左腕に備えられた砲身に吸い付き、その内側へめり込んでいった。

 

 

  メキメキメキメキ……ギチ……

 

 

 切り込みは入れども切断までは至らず。夢結は得物を拘束された。

 

「…!?」

 

破棄(パージ)…!」

 

 左肩から20ミリ砲を切り離す。夢結は前方につんのめり、バランスを崩していた。

 彼女が呆気に取られる間に、右手を彼女の背に当てる。

 

「斥力!!」

 

  ドン

 

「うああ!?」

 

 手に力を込めると同時にマギを集中。機械鎧で強化された腕力にマギによる反発力も乗せ、前方向に彼女を投げ出し、転ばせた。

 

 

 

「……さすがは、黒鉄嵐(ヘイティエラン)一のくせ者と呼ばれるだけありますわね…」

 

「敵に集中せんかっ!」

 

 吉春たちを離れた場所から見ていた楓が感想を口にすると、ミリアムが檄を飛ばす。夢結がヒュージから離れた直後から、彼女たちを除く一柳隊の面々でヒュージを押さえていたのだ。

 

 つまり、梨璃ももう既にーー

 

 

「…はぁ…はぁ…う…ぅぅ…」

 

 またもうつ伏せで転んでいた夢結。身体を起こしながら、チャームの刃がめり込んだ20ミリ砲を外そうと手を伸ばす。

 

 

「お姉様っ!!」

 

「あ……」

 

 その手を掴む、もう一つの手があった。手の主は空いたもう片方の腕で夢結を抱きしめる。

 

「もう退()いてください…!傷だらけじゃないですか!」

 

 少しずつ狂気が薄れていく。彼女の赫い目が、梨璃の姿をしっかりと認めた。

 

「……!」

 

「私なら大丈夫です!梅様や皆が助けてくれたんです!」

 

「……」

 

 夢結は梨璃の後ろにも目を遣った。ヒュージを攻撃しつつ、一柳隊の皆が合流しつつある。

 

 

「……ふぅ。やはり、リリィと張り合うのはきついな…」

 

「…え?」

 

 

 不意に聞こえた声。その方に顔を向けると……ニッと笑った吉春が、ガックリと膝から崩れた。ガシャリと金属が打ちつけられる音が響き、彼の上がった口角から血が垂れる。

 

「あ…ぁぁ…私…が……?」

 

 右手を地面に突いてうずくまる彼を見て、顔から血の気を引かせた夢結。梨璃は抱きしめる力を強める。

 

「ここを離れましょう」

 

「……ダメ…。あのダインスレイフは…私と…お姉様の……。それに…彼を…傷つけて……。だから……」

 

 梨璃も吉春の方を向く。近くに梅と鶴紗が来ていた。座り込んでいる彼を見ている。

 

「大丈夫か?吉春」

 

「口から血が出てるぞ」

 

「何、内出血がやや激しいだけだ。頭痛も少し休めば治まる。心配には及ばないさ、安藤嬢……」

 

「顔腫れてるだけじゃないって……それ、ホントに内出血か…?」

 

「腕はどうなんだ?」

 

「……」

 

 吉春は左手首に目を落とす。

 

「まあ…リアクターの寿命1(ひと)月と言ったところか。数分の内に指くらいは動かせると思う…」

 

 彼の左手首で赤い稲妻が弾けはじめる。多量の負のマギが注がれ、再生能力が働き始めた証拠だ。

 梨璃が夢結に視線を戻すと、彼女の髪も瞳も元通りになっていた。

 

「っ…お姉様!」

 

「……?!」

 

 梨璃が夢結を抱え上げる。夢結が動揺する間に、ヒュージを狙って銃撃を続ける雨嘉が声をかけてきた。

 

「行って、梨璃!」

 

「すみません!すぐ戻りますから、ちょっと待ってもらえま……あ痛!!」

 

「大丈夫か、梨璃?!」

 

「一柳嬢…!」

 

 梨璃は夢結を抱えたままジャンプし、悲鳴と共に建物の隙間に姿を消す。

 

「大丈夫です〜」

 

「本当に大丈夫か…?」

 

 

 鶴紗が訝しむ一方。

 

「ま、待って…梨璃…。彼を…私…」

 

「あ…。吉春さん」

 

 着地したところで、梨璃が通信機を起動。

 

「来てもらってもいい?後ででいいから…」

 

『後でと言わず、すぐにでも行くぞ』

 

 

 

 吉春も立ち上がると、梅と鶴紗に向き直った。

 

「悪いが、一息入れさせてもらう。武器も残り少ないからな」

 

「ああ。今まで夢結とちゃんと話したことないだろ?行ってこい、吉春」

 

「……」

 

 鶴紗も無言で頷く。吉春も頷き返して残ったスラスターを吹かし、梨璃たちが向かった方向へ。

 

 その頃、雨嘉と神琳は梨璃が言っていたことを確認していた。

 

「待ってろって…?」

 

「持ち堪えろという意味でしょうね」

 

 梅たちも彼女たちと同じく戦線に戻る。

 

「人使いが荒いゾ、うちのリーダーは」

 

 発言の割に不満は無さそうである。

 

「どうする?わしらも他のレギオンか黒鉄嵐に交代するか?」

 

「ご冗談でしょ?!」

 

 ミリアムからの提案を、即却下したのは楓だった。

 

「リーダーの死守命令は絶対ですわ!!」

 

「そこまでは言ってないと思いますけど、楓さんに賛成です!」

 

 

 皆の意見がまとまったところで、神琳たちがヒュージに目を移す。

 

「あのヒュージはチャームを扱いきれず、マギの炎で自らを焼いているわ。夢結様たちが復帰して、吉春さんのマギ透視能力が加わるのなら、勝機は十分あります」

 

 

 

 その頃。

 夢結は青い血に塗れ、ヒュージの断片が転がる白い空間に、ダインスレイフを手に立っていた。

 

「ヒュージからもたらされたマギの知識。それが、ヒュージに対抗する力を人類(ヒト)に与えた……」

 

 彼女の姉…美鈴が、優しく抱きしめてくれている。それでも、彼女の荒い呼吸も、胸の中に渦巻く不安も、治まる気配はない。

 

「リリィは人がヒュージ化した姿だと言われ、騎士はその器を持つ人だと言われている」

 

 美鈴は既に死んだのだ。

 その事実を、彼女は受け入れ難くとも知ってはいるのだから。

 

「リリィと騎士だけがマギに操られることなく、自分の心を保つという、その一点を除いて」

 

 そんな彼女が、優しく語りかけてくる。

 武器を握りしめる夢結の腕から、到底力が抜けることはない…。

 

「それだけが、僕らとヒュージとを決定的に分け隔てる。……夢結、自分を思い出して…」

 

 

 手に温もりを感じて目を開けると、彼女は廃墟の中にいた。

 

「お姉様……」

 

「ん、意識がはっきりしたか」

 

 夢結の目の前には梨璃と、鎧も身体も傷ついた吉春がいた。不安そうな表情と共に手を重ねている梨璃の後ろで、いつも通り涼しい顔をしている。左手では今なお電光が弾け、血を滴らせるその傷を少しずつ再生している様が見てとれる。

 夢結は俯き、顔を逸らした。

 

「見ないで……2人とも…。私を見ないで……。ルナティックトランサーは…とてもレアスキルなんて呼べるものじゃない…。こんなモノ、ただの呪いよ…」

 

「……」

 

「……」

 

「…憎い……何もかも憎くなる……。憎しみに呑み込まれて、周りにあるものを傷つけずにはいられなくなる……。呪われているのよ…私は…」

 

 涙声で彼女は続ける。自分自身への憎しみすらも込めながら。

 

「美鈴様を殺したのは私だわ…。私が…この手で…あのダインスレイフで……っ!」

 

「お姉様、しっかりしてください!」

 

 梨璃の声を聞かず、今度は吉春を見上げた。

 

「貴方のことも、こんなに傷つけた…いいえ、殺そうとしていたわ…!やり直せたと思っても、心の底では貴方たちを殺したいほど憎んでいるのよ、私は……!よくわかったでしょう?!」

 

「そうか?リリィとしての本能が、目の前でうろちょろする負のマギの塊を攻撃しただけだと思えるが。まあ、白井嬢…落ち着いて…」

 

 吉春は、今はあくまで淡々と彼女の言い分を受け流す。

 

「今は一柳嬢と向き合うべきだ」

 

 夢結は首を振る。

 

「いやよ!私もヒュージと何も変わらない…!」

 

「夢結様!」

 

「いや…!来ないで…!」

 

 さらに深く俯く彼女に、梨璃はずっと近づいていく。

 

「こっち向いてください!美鈴様はヒュージと闘ったんです!黒鉄嵐の皆さんも同じだったんです!……お姉様のせいじゃありません!!」

 

「そんなの、梨璃にわかるわけない!」

 

「……」

 

 吉春の眉がぴくりと動いた。それに気づかぬまま、2人の押し問答が続く。

 

「わかります!お姉様がこんなに想っている人を、手にかけるはずないじゃないですか!吉春さんたちも大切に想っているから、仲直りしようって思えたんです!」

 

「……。私には、貴女を守れない…。シュッツエンゲルになる資格も……黒鉄嵐と一緒に戦う資格も…」

 

「……資格だと?」

 

「吉春さん?」

 

 極めて真剣な顔で、彼が声を上げた。

 

「どんな資格だ。いつ誰に授与される?誰が授与する?いつどんなときに剥奪される?級は?検定はあったのか?学則のどこに書いてある?言ってみせろ白井嬢」

 

「屁理屈を並べないで……!」

 

「俺からすれば屁理屈を言っているのは君の方だ。言い訳ばかりして。……君が逃げていただけだ。俺たちは…黒鉄嵐もリリィたちも、君が戻って来るのを待っていただけだった。だが、君は独りでいることを選んだ。君がそう決めたことだ。違うか?」

 

 俯いたまま、彼女は答える。

 

「…独りで居たかったわけじゃない…。独りでしか居られなかっただけよ…。私には何の価値もない……」

 

「まだ言うか…。価値だの値打ちだの…人間という存在は、そんな経済じみた言葉だけで表していいものではないだろうが」

 

「そうですよ!お姉様とシュッツエンゲルになれて……私、すごく嬉しかったんですよ?」

 

「俺もそうだ。君たちのレギオンの聖騎士(ヘリガリッター)に、君にも認めてもらったときは純粋に嬉しかったとも」

 

 夢結は首を振り続ける。何もかも、捨ててしまいたいと言うように。

 

「わからない……私にはわからないわ…貴方たちの気持ちなんて…。私に愛されるのが…認められるのが嬉しいだなんて…!」

 

「美鈴様だって、きっと私たちと同じです!」

 

 彼女はついに顔を上げた。

 

「貴女に何がわかるのよ?!」

 

 梨璃と吉春は毅然と答える。

 

 

「わからないけどわかります!」

 

「でなければ、彼女が“わかりたい”などと思えるものか!」

 

 

「!!」

 

 はっとする夢結。梨璃が寄り添って、額をぴったりと合わせる。

 

「お姉様がルナティックトランサーを発動したら、また私が止めます。何度でも止めます。何をしても止めます。……例え、刺してでも…」

 

「まあ、そうなる前に俺たちが何とかするがな」

 

「……だから…」

 

「………」

 

 梨璃から伝わる温もりを暫し感じていると、吉春も声をかけてくる。

 

「白井嬢。君はもう独りではない。その事実を受け入れて……今日からはもう、安心していいんだ」

 

「………」

 

 夢結はふっと目を閉じ、梨璃と触れていた額を離すと……

 

  これ以上ないほどに、柔らかく微笑む。

 

 

「……ありがとう、梨璃。()()くん」

 

「…!……ああ」

 

「はい、お姉様…!」

 

 吉春の左手首。そこに見えたはずの赤い電光も出血も、気づけばとっくに止まっていた。握力を取り戻した手に力が入る。

 

 

 

 斬り裂かれてなお陸地への進行を止めないヒュージ。一柳隊の面々が押し留める様子を、少し離れた場所から二水の紅玉が俯瞰していた。

 

「ヒュージの腕は残り2本です!先端部は大松3丁目と6丁目に展開中!」

 

 通信を聴きながら、梅は自身のスキルでヒュージに向かって加速する。

 

「あのダインスレイフ……絶対取り戻す!」

 

「無論です!ヒュージがチャームを使うなんて、有り得ませんわ!!」

 

 言いながら触手を押さえる楓。その表面を一気に駆け上がり、梅が……

 

「でりゃあ!!」

 

 チャームを背に付け、突き刺さったダインスレイフの柄を掴む。

 しかし。

 

『□□□…!』

 

「あっ、くそ!」

 

 彼女の想定より、その刃は深く食い込んでいた。自身の断面にいる敵を抹殺すべく、ヒュージはエネルギーを溜め込み始める。

 

「!」

 

 同時に、梅の手元に別の腕が伸びてきた。

 

「お前ら?!」

 

 断面にやって来た鶴紗と楓も、ダインスレイフの柄を掴む。

 

「急ぎましてよ!」

 

 

 

 一方、3人に向けて放たれる触手の攻撃は神琳、雨嘉、ミリアムが防いでいた。

 戦場を見渡しながら、二水は震える手でチャームを持ち上げる。

 

「わ…私も行かなくちゃ……」

 

 と。

 

「待って!」

「待ちなさい!」

 

「?!」

 

 上空から、梨璃と夢結の声が降ってきた。2人の足下では、損傷した機械鎧の吉春が駈けてくる。

 

「梨璃さん、夢結様!吉春さんも!」

 

 夢結は傷ついた体に応急手当てが施されていた。吉春が持っていた医療キットによるものだ。

 合流して来た彼の手には、半分に割れたフェイスガードの原形がしっかり残っている方が握られている。

 

「二水ちゃんはそこにいて!」

 

「君には、ここでやってもらいたいことがある!」

 

 言うや否や、梨璃と夢結はヒュージに飛びかかった。傍らには吉春が残る。

 

「吉春さん、わ、私、何をすれば……」

 

「スポッターを頼みたい」

 

 二水の疑問に答えながら、吉春は割れたフェイスガードを顔面に装着しヘルメットと接続。右半分だけ黒鉄の鬼の顔になって二水の方を見る。

 

「王嬢ほどとはいかないまでも、このフェイスガードには狙撃用のスコープ機能がある。だがこの状態では、かろうじて狙って撃てるだけだ」

 

「は、はあ…」

 

 二水が頷く。同時に吉春の背中から、30ミリ狙撃砲が展開された。

 

 彼に残された最後の武装が、チャームの変形機構の要領で、構えられた右腕の下へと伸びる。

 

「これでダインスレイフが刺さった部分を撃ち抜く。その瞬間、周りに気を配ってはいられないからな。君のスキルで援護してくれ」

 

「わ、わかりました!…でも、梅様たちに当たっちゃいませんか?!」

 

「その心配はない」

 

 砲身の上にせり出したグリップを握り、引き金に指を置く。右眼の視界に現れたスコープ越しに、吉春はヒュージと、その切れ目に立っているリリィたちを見据えた。

 

(君がいるからな、安藤嬢…)

 

「狙撃砲、エネルギーチャージ開始…。二川嬢、頼む」

 

「は、はいぃ!」

 

 

 夢結と梨璃の連携攻撃が、ヒュージの体表に炸裂した。その様子を見ながら、吉春は右腕の砲に気を配る。

 

(よし、充填完了……。最大出力を叩き込む……)

 

「っ!」

 

 正に撃とうとした瞬間、隣に立つ二水が息を吸い込み…悲鳴にも似た声を上げる。

 

「2時の方向!ヒュージの腕が来ますっ!!」

 

「!」

 

 

  ジャラララ……

 

 

 気づけば、伸ばされた触手が吉春の近くで振り上げられていた。

 彼と二水を叩き潰さんと、反り返ったそれが打ち下ろされる。

 

「これしきの……!」

 

 瞬時に狙いを変え、触手に向かって引き金を引き絞る。

 

 直後。

 

 

  ヴゥン!!

 

 

 衝撃波を伴い、灼熱にして血色の稲妻を纏った砲弾が、一直線に放たれた。

 

 その弾速は余りに(はや)い。

 

 空中に稲妻が描く真紅の軌跡が、放たれた弾頭をビームか何かと錯覚させる。

 

 

「………」

 

「………」

 

 二水と吉春は唖然として、砲弾が通過した先を見つめた。

 チャームを以ってしても破壊は容易くないヒュージの鎖状触手。それを、30ミリの砲弾1発のみが貫き、命中した箇所を粉砕していたのだから。

 

 触手は断たれ、振り下ろされるより前に地面へ落下する。

 

 

「……っ」

 

 エネルギーを砲へ急速充填。吉春は再度、ダインスレイフの下部に狙いを付けた。

 先程と同様、出力は最大だ。

 

「二川嬢っ!」

 

「はい!今なら撃てます!」

 

Break a leg!!」

 

 

 

「今だ、引っ張れ!」

 

 鶴紗が声を上げ、梅と楓が柄を引き上げた瞬間。

 

 

  ヴゥン!!

 

 

 衝撃波と共に剛速の砲弾がヒュージに命中。体組織を貫き抉り飛ばし、食い込んだ刃の周辺を砕いた。

 

「抜けた!!」

 

 梅が叫ぶと同時にジャンプ。3人がいた空間を、ヒュージが放った光線が虚しく焼き焦がした。

 

 

 

 

「はー…。取り戻したゾ…!」

 

「死守命令、果たしましたわ……」

 

 梅たちが梨璃、夢結と合流。時を同じくして、吉春と二水、神琳たちも集まっていた。梅は建物の屋上に膝をついて息を整える。

 

「だ、大丈夫ですか、皆さん…」

 

 そう言って、梨璃はダインスレイフに目を落とす。

 

「これが…あのヒュージに……」

 

「チャームを持ち帰るのが、最近のヒュージの流行りらしいな。ますますタチが悪い…」

 

 吉春の呟きを聞きつつ、チャームを検分していた梅が立ち上がる。

 

「これ、やっぱり夢結が使ってたダインスレイフだナ。傷に見覚えがある」

 

「ええ…」

 

 夢結が頷き、やや重苦しい空気が流れる。

 

 すると。

 

 

『□□□□□……!』

 

 

 その空気を、ヒュージの声が震わせた。

 

「あいつ、まだ動いてる…」

 

 かなりのダメージを受け、動きも鈍っているとはいえ、ヒュージはなおも街中を進んでいた。

 

 雨嘉の言葉に、あることを思い出した梨璃が、ポケットを弄りつつ提案する。

 

「あの…私たちでやってみませんか?」

 

「何をです?」

 

 梨璃は金属管の封印を解き、1発の弾丸を取り出して楓に見せた。

 

「ノインヴェルト戦術です」

 

 支給されていた専用特殊弾を、梨璃は彼女に手渡す。

 

「梅様。最初、お願いできますか?私だといきなり失敗しちゃいそうで…」

 

 梅は快い笑顔でそれを受け取った。

 

「はははっ。人使いが荒いゾ、うちのリーダーは。じゃあ、梅の相手は……」

 

「……!」

 

 吉春の横に立っている二水を見る。

 

「ええっ?!私ですかぁ!?」

 

「ほんじゃあ、二水が撃って」

 

 次の瞬間、梅はなんと特殊弾を彼女に向けて放り投げた。

 

「え、おい……」

 

 吉春が困惑する間に、二水のチャームの装填口に特殊弾が吸い込まれた。

 

「何っ!?」

 

「ぎゃああああ!!?何するんですか!!何を撃つんですか!?まさかヒュージですか?!」

 

「落ち着け二川嬢!」

 

 チャーム内部と弾丸に刻まれた術式に従い、自動的…否、強制的に二水のマギが弾丸に込められる。

 眼前で作られるマギスフィアに怯え、ガタガタと震える彼女の腕がぎこちなく構えたチャームを、吉春が支えた。

 

「撃つのは……」

 

「梅をだよ!ほら、撃て!」

 

「ええぇ!!」

 

 少し距離を空け、彼女が呼びかける。

 そんな彼女の方へ、吉春がやや強引に狙いを定めさせた。

 

「気は確かですかお二人とも!?私、人を撃つ訓練なんてしたこ……」

 

「早くー!」

 

「急げ二川嬢!暴発するぞ!!」

 

「はいぃぃぃ!!ひぃぃいい!!」

 

 梅に急かされ、事実とはいえ吉春に脅され……彼女は悲鳴とも返答とも取れない叫びと共にスフィアを放った。

 

 飛翔した光球は、構えられた梅のチャームに着地する。

 

「マギスフィアが…」

 

「感じるゾ!これが二水のマギか!」

 

『□□□!』

 

 だが、ヒュージもまたそのエネルギーの波動を感じていた。自らを滅ぼすため育てられるエネルギーを刈り取るべく、最後に残った触手を繰り出そうとする。

 

「おっと」

 

  ドゥン!!

 

 その触手を、最大出力ではない吉春の狙撃砲から放たれた弾が叩いた。

 

「スフィアの受け渡しが一番隙ができる。吉村嬢、皆、早めに回すんだ!」

 

「おう、吉春!じゃあ次は……」

 

 梅の眼前には雨嘉が立っていた。

 

「え、私?!」

 

「わんわん、チャーム出せ!」

 

 梅が駆け寄って、構えられた雨嘉のチャームにスフィアを押し付ける。

 

「梅様、近くありません?!」

 

「前に夢結と梨璃がやってたんだ。こうすればパスは外れないだろ!」

 

「ゼロ距離での受け渡しか。合理的だな」

 

 ヒュージへの狙撃を続ける吉春が、背後をちらりと見た。

 

「でも…こんなの、教本にない…!」

 

 雨嘉のマギを取り込み、スフィアがさらに成長する。

 

「おし、次はわしに寄越すのじゃ!」

 

「そんなにがっつかないで……!」

 

 投げる要領で、離れたミリアムにスフィアを回していく。

 戦鎚型チャームの先端で、彼女はしっかりと受け止め……

 

「ちゃんと狙うのじゃぞ……鶴紗!」

 

 ごく短い時間でマギを注ぎ、勢いをつけて彼女へ放る。

 

「斬っちゃったらごめん」

 

 刃先で受け止めた鶴紗が渡す相手は……

 

「ほらよ神琳、吉春」

 

 やや雑に投げ飛ばす。

 

「失礼、吉春さん」

 

「お…!?」

 

 駆け出すや、神琳は咄嗟に屈んだ吉春の肩に足を掛け、踏み台にしてジャンプ。空中でスフィアを受け取る。

 

「もう少し優しく扱えません?!」

 

「君が言えるか、郭嬢!」

 

 吉春の愚痴を聞き流し、慣れた手つきで楓にスフィアのパスを回す。

 

「気をつけて。思った以上に刺激的ですよ!」

 

 着地した彼女の言葉に、楓は不敵な笑みで返す。

 

「望むところですわ!」

 

 彼女の手にある細身のチャームに、巨大なエネルギーがのしかかった。そこになおマギを加えてもなお、楓は笑顔を崩さない。

 

「うふふ……わたくしの気持ち、受け止めてくださいな!梨璃さん!」

 

 パスが進む間に、ヒュージに十分近づいていた梨璃がチャームを構える。

 

「み、皆のだよね?!」

 

 ……その表情に困惑を浮かべながら。

 

「一柳嬢、気をつけろ!()()()ぞ!!」

 

「うん…!」

 

 吉春からの忠告に頷く…と同時にスフィアが到達。

 

「……っ!?」

 

 が、その重みゆえに、彼女はマギを込める前にスフィアを手放してしまった。

 

「わたくしの愛が強すぎましたわ?!」

 

「言っている場合か、ヌーベル嬢…!まあ……」

 

 弾かれるように飛んだスフィアに、夢結が悠然と追いつきチャームで受け止めた。

 

「…白井嬢がいるから大丈夫だが」

 

 夢結のチャームがエネルギーに耐えかね、ミシミシと鳴り始める。

 

「限界よ。無理もないわ。梨璃、いらっしゃい!!」

 

「お姉様!?」

 

 呼ばれて驚く彼女に、吉春が声をかける。

 

「前と同じだ、行け!」

 

「っ!」

 

 梨璃がジャンプし、空中にて夢結と合流した。互いに抱き合いながら、2つのチャームでスフィアを抑え込む。

 

「いくわよ、このまま……!」

 

「……はい!」

 

 チャームを介して、2人分のマギがスフィアへと注ぎ込まれる。

 

「大丈夫、できるわ!」

 

「はい!!」

 

 力強い掛け声と共に、マギスフィアが封じ込めていた爆発的なエネルギーが解き放たれる。

 

 

「「やあああああああああっ!!」」

 

 閃光を眩く放ち、2人はヒュージの核へ飛び込んだ。

 

 

 光に包まれながら、夢結は(梨璃)に微笑みかける。

 

「梨璃……」

 

 再会したばかりの頃とは違う、よそよそしさも、作った笑顔の硬さもない、心からの笑顔だ。

 

「私は、貴女を信じるわ」

 

「お姉様…?」

 

 

「おーい!」

 

「何やってますの?!」

 

「さっさと離れるのじゃ!!」

 

 吉春や楓、ミリアムが呼ぶ。

 

 

 マギスフィアが爆ぜた。

 

 眩しく巨大なエネルギーがヒュージを包み、一閃の光の下に消し飛ばす。

 

 

 

 結成したばかりの、個性派ばかりの駆け出しレギオン。ノインヴェルト戦術を以って成功したその初陣は、百合ヶ丘中の全てのリリィと騎士たちの知るところとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日が沈み、薄明の空に照らされる鎌倉市街、その中に堂々と建つ、白い大型施設。

 この地域の医療を一手に担う、国立鎌倉総合病院である。

 

 

 その入院棟に、足を踏み入れる1人のリリィがいた。

 エレベーターで階を登り、静かな廊下を彼女は歩く。やや、重たい足取りで。 

 

 目的の病室に近づいたところで、彼女は聞き覚えのある男性2人の会話に気づいた。

 病室の向かいにある、談話室で話している。

 

「………」

 

 彼女は談話室の扉を開けた。

 

「ん?」

 

「おや、本当に来るとは……」

 

 出迎えたのは黒鉄嵐の隊長、紀行。そして吉春であった。

 

「面会はできると聞いたから……」

 

「まだ意識は戻っていないがな…天野嬢」

 

 吉春に言われ、リリィ…天葉は少し俯く。

 

「そう…」

 

「江川嬢は?」

 

「お留守番させてるわ。流石に合わせる顔がないって…」

 

「なるほど…」

 

「彼の具合は?怪我、治るの?」

 

「ああ……」

 

 紀行は手にしていた診断書のコピーを彼女に見せる。

 

「とりあえず喜んでいい。早めの応急処置が功を奏して致命傷にはならなかったし、おかげで形成治療も施せた。退院はいつになるやらだが、必ず復帰できるそうだぞ。慶は」

 

 天葉は談話室の扉を少し開け、病室の方を見た。その扉の窓から光が漏れている。

 

「……彼に、聖騎士辞めさせてほしいって、頼みに来たんだけど…」

 

 天葉の言葉に、紀行は冗談とでも言いたげに返した。

 

「おいおい、止してくれよ。君らが面白そうだからと聖騎士にして、しばらく戦力外になるとなったら用済みか?たしかに君らの実力なら、聖騎士は必要じゃないだろうけどさ…」

 

「っ…」

 

「隊長、意地の悪いことを言うものじゃありませんよ…」

 

 深く俯く天葉に、吉春が擁護の声をかける。

 

「なぁ天野嬢。聖騎士の辞退は本人の意思でのみできることだ。辞めさせたいなら、君たちで説得するしかない」

 

「でも、こんな目に遭っておいて辞めないなんてことあるかしら…」

 

 吉春はきっぱりと返す。

 

「ああ、断言する。死なない限り彼はやめない。聖騎士も、騎士団も、戦うことも。それだけの理由がある」

 

「どうして…そう言い切れるのよ…?」

 

「………」

 

 紀行と吉春が顔を見合わせ……

 

「…隊長、すずなの様子を見てきては?」

 

「…おう、そうするか」

 

「……?」

 

 2人のやり取りを天葉が疑問に思っている間に、紀行は談話室を出ていった。

 

「さて…慶が戦う理由だが…。端的に言えば(かね)のためだ」

 

「お金…?」

 

「ああ。世のため人のためだとか、自分の身、居場所を守るためだとか、そういう理由ではない。ただ金を稼ぐことだけが理由だ」

 

 天葉は呆気に取られた。

 

「ど…どうして…?他にも…」

 

「仕事はあったはず、か?だが、それは彼にはなかった選択肢だ。何せ最終学歴は小学校中退。このご時世、それでまともには稼げない。……騎士団以外はな」

 

「……なんで、そこまで…」

 

 より深い問いに、吉春は後ろ頭を掻いてから答えた。

 

「…家庭の事情だ。彼の母親はヒュージの襲撃で亡くなったそうだ」

 

「え…」

 

「父親は巨額の借金を残して雲隠れしたらしい。彼はそれを負わされ……返済のために子どもにも給料が出る騎士団に入った。安く済むとはいえ、大半は生活費に消える額だがな」

 

「じゃあ…残りで借金を返して、彼の手元にお金は…」

 

「察しの通り、ほとんど残っていない。最年少で実動部隊に配属されていたことから考えて、利子で相当持っていかれたようだな」

 

「…それなら、返済はもう済んでるのよね?なのに、まだ…?」

 

「ああ、今は大学資金を貯めていると言っていた。騎士団で面倒が見られるのは高卒資格までだから、引退後のことを考えれば妥当だ。ただ……」

 

「…?」

 

 少し迷った後、吉春は続ける。

 

「百合ヶ丘に配属されてから、君たちとは真逆の存在だと感じているようだ。彼自身が」

 

「真逆?」

 

「君たちが戦う理由は、仲間や家族、社会、あるいは自分自身のためだろう?だが慶は、その自分自身すら金を稼ぐ道具にしている。目標に向かって邁進していると言えば聞こえはいいが……金の亡者のように見られてもおかしくないだろう?」

 

「あ……」

 

 苦笑いする吉春。天葉は慶が言っていたことを思い出した。

 

  

  『俺は…お前ら…みてぇな……()()()()()じゃ……ねぇんだ……』

 

 

「慶は、君たちと自分では釣り合わないと考えている節がある。だから、さっさと高卒資格を取り、さっさと金を貯めてさっさと引退する…と、目標を立てているわけだ」

 

「………」

 

 天葉には察しがついた。慶がいつも自分(リリィ)たちに、ぶっきらぼうに、事務的に接してきた理由を。

 

 談話室の扉が開き、紀行が顔を覗かせる。吉春は手招きして、天葉に一緒に談話室を出るよう促した。

 

「ただ、(ひた)向きに努力しているのは事実だ。その姿に心を動かさる人もいる」

 

 紀行が入っていった病室の扉、その隙間から吉春と天葉が中を見る。

 

 

「…慶…くん…。うっ……」

 

「すずな、そろそろ戻らないと…」

 

 ベッドには何本ものチューブに繋がれ、全身に包帯を巻かれた慶が横たわっていた。顔にマスクも当てられた彼の右手に、泣き腫らした顔ですずなが触れている。

 ベッドに縋り付く彼女の肩に、紀行が手を置いて帰還するよう言っていた。

 

「あ、好きな人がいるって……」

 

「そう、彼女だ」

 

 

 

「慶くん…。意識が戻ったら、真っ先に会いに来ますからね……」

 

 名残惜しそうに包帯の巻かれた手に口づけし、すずなは立ち上がって病室の出入り口まで来た。

 

「あ…天葉お嬢様……」

 

「ぁ……」

 

 天葉が謝ろうとするより早く、すずなは深く、彼女に向かって頭を下げる。

 

「お願いです…。何があっても、慶くんのこと……見捨てないで…ください…!」

 

 それは心からの懇願。天葉の胸に突き刺さるものだった。

 自分もきっと、大切な姉や妹が慶と同じ目に遭っていたら……その仲間には、同じように頼んでいただろうから。

 

「…。もちろんよ。それで……私も、彼のお見舞いに来ていいかしら…?」

 

 すずながぱっと顔を上げる。

 

「はい、是非…!いっぱい、お話ししてください…!今までできなかった分まで……」

 

 2人が話す後ろで、吉春と紀行は慶に向かって敬礼。扉を閉め、4人で入院棟を後にする。

 

 

 

 

 学院に戻る道すがら。すずなが操縦するカサドールの荷台に吉春、天葉、紀行がいた。

 吉春が彼女と話す。

 

「天野嬢。慶の見舞いに行ったら、彼の事情は俺から聞いたと言っておいてくれ」

 

「わかった…って、どうして?」

 

「慶はリリィにあまり自分のことを聞かれたくないと言っていて、リリィに話した者は顔を殴られることになっている。約束でな」

 

 天葉は半ば呆れ顔になった。

 

「そこまで律儀にしなくていいでしょ…」

 

「まあそう言うな。彼にとっては大切なことだ」

 

「はぁ……」

 

 ため息を一つこぼし、天葉は星空を見上げた。

 

 バイク型の装甲車が、星灯に照らされ夜風を切り、学院へと帰還して行く……。

 

 





 やっと…やっと次から“彼女”を描ける…。


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瀑銀隊
第1話 楯と剣


 エレンスゲ編第1話です。元々のストーリーが結構シリアスなので、その雰囲気に合わせた主人公を………描けてるといいなぁ……。



 

 僕は

 

 

 

 

 

 死んだ。

 

 

 

 

 あのとき……燃える空の下で、ヒュージの攻撃を全身に浴びて…。

 

 

 

 

 

 僕は死んだ。今までの僕を形作っていた全てが消えたから。

 

 

 

 

 僕は生まれ変わった。

 

 

 心臓は相変わらず拍動を刻み、頭は無意味に思考を繰り返す。

 

 

 

 どうしてまだ生きているんだ。

 

 

 

 どうして、こんな体になってもまだ……僕の命は消えないんだ……!

 

 

  ……………

 

 

 

 『日の出町の惨劇』と呼ばれるヒュージの大規模襲撃から数年後………。

 

 

 

 東京近郊のとある山中。

 月明かりの下、打ち捨てられて久しい集落の中を2人組のリリィが駆けていた。

 どちらも目に見えて疲弊している。

 

「はぁ…はぁ……ぐっ…」

 

「大丈夫?怪我は…」

 

「大丈夫です。でももう……マギが尽きて…」

 

「奇遇ね。私も…」

 

 襲撃を受ければひとたまりもない2人。

 その行く手に、案の定ヒュージが立ちはだかった。3本足で立ち、彼女たちを睨み付ける。

 

「……ここが、死に場所…ですか…」

 

 足を止め、チャームを形だけ構える2人。魔法の動力が尽きた今、それは金属塊の鈍器でしかない。相手のヒュージは小さめのサイズだが、今の状態では……。

 

「そんな顔しないで。任務の達成は命より重い。わかっててリリィになったんでしょ?」

 

「……はい。……私、よかったです」

 

「ん?」

 

「最期の任務が、先輩と一緒で。先輩は私の目標でしたから」

 

「……。私も…貴女と一緒でよかった。信頼できる仲間と戦えることは幸福だったわ」

 

 ジリジリと…追い詰めるようにゆっくり2人に近づくヒュージ。

 

「生まれ変わっても、仲良くしてください…ね」

 

「ええ。また出逢えることを祈って…」

 

「……はい、先輩!」

 

 チャームを握り直し、ヒュージへと駆け出す2人。

 その2人を喰らわんと、ヒュージはその巨大な口を開き………。

 

 

 

  ザンッ!!

 

 

 次の瞬間には、魚の三枚おろしよろしく横方向に真っ二つ。

 

 体液を撒き散らしながら絶命した。

 

「!!」

 

「……え、ヒュージが倒れた?!」

 

 

「お怪我はありませんか?」

 

 

 2人の側にはいつの間にか、もう1人のリリィが立っていた。

 白いジャケットと青いスカート。短く切られた青みがかった黒髪。

 

「今の一撃は…貴女が…?」

 

「ええ。もう大丈夫です」

 

 髪と同じ濃い色の瞳は優しく微笑んでいた。

 

 

「私が来ましたから」

 

 

 年上のリリィは、彼女の正体に気づく。

 

 

「貴女は……相澤(あいざわ)……一葉(かずは)…!」

 

「…一葉…ってあの、エレンスゲ首位クラスのリリィ?!」

 

 彼女…一葉は頷き、言葉を続ける。

 

「お2人とも撤退を。責任は私が持ちますし、進路上には『牙刃の騎士団(ファング・パラディン)』も展開していますから」

 

「で、でも司令部からの命令が…」

 

「命に代えてもヒュージを殲滅せよ、と?」

 

「ええ……」

 

「……」

 

「問題ありません。この区域のヒュージは、私や彼らが既に殲滅しました」

 

「え?!」

 

 驚く2人組のリリィに、一葉は笑顔で返す。

 

「生まれ変わらずともここで、お2人で幸せになってください」

 

「……ありがとう」

 

「礼は必要ありません。これが私の正義というだけです。さあ、お早く…」

 

「ありがとうございます!!」

 

 

 駆け出した2人を見送った一葉の通信機から声が聞こえた。

 

『こちらエレンスゲ司令部。相澤一葉、応答せよ』

 

「……」

 

『君の当該区域における戦闘行為は作戦計画に含まれていない。状況を説明せよ』

 

「目標への移動中、ミドル級ヒュージを複数体発見。交戦規定に基づき、殲滅しました」

 

『当該区域には既に戦力が割り当てられている。余計なことだ』

 

「戦力差は明確でした。助けなければ、この区域の戦力は全滅していました」

 

『くだらないことで足並みを乱すな。少量の撃ち漏らしは“牙”にでも食わせておけ。任務を最優先しろ』

 

「……助けなければ、人が死んでいたと言っているんです」

 

『我々は全戦力を最高効率で運用している。君の独自行動は、結果として戦況に悪影響を及ぼしている』

 

「戦況は混乱を極めています。事前に立案された作戦計画はもはや役に立ちません。だからこそ、そちらも『瀑銀隊(ばくぎんたい)』を遊撃に出したのでしょう?」

 

『っ……』

 

「このような状況では、現場での柔軟な判断が優先されるはずです」

 

『………』

 

 痛いところを突かれたのか、司令部の教導官は黙り込む。

 

「悪影響を及ぼしたか否かは、状況終了後に私の戦果をもってご判断いただければ、と」

 

『……了解した。その言葉の責任は取ってもらう。以上。通信終わり』

 

 ややぶっきらぼうに通信が切られた。一葉は心の中で溜息を吐く。

 

「………。変わっていない。あの頃と何も…」

 

 

彼女が思い返すのは忘れない…忘れることのできない記憶。

彼女が戦い続ける、唯一無二の理由。

 

 

「“あの人たち”の遺志を継いて……私が、変えなきゃ…!」

 

 

 

 

 その頃…。

 

「それにしても…」

 

「はい?」

 

 先ほど一葉に助けられた2人組のリリィは、撤退しながら会話していた。山を降り、町の跡に入っている。

 

「相澤一葉が知っていたと言うからには、この先にいるのはエレンスゲの騎士よね。アテになるのかしら…」

 

「どういう意味です?」

 

「だってあそこには……っ!止まって!!」

 

「え?……ああ、そんな…!またヒュージが…!しかも…!」

 

 2人の行く手を再び遮るヒュージ。今度は先程よりも大きなタイプで、硬い装甲の中に熱線砲を備えた戦車型である。

 

 群れからあぶれたのか数は1体。しかし、今の2人が敵う相手ではない。

 

「こ…こっちを見てる…!」

 

「早く逃げ…!!」

 

 それなりに距離はあるものの相手は飛び道具を持つ。

 装甲を開き、熱線砲の砲身を露出させる戦車型。それは走る2人をきっちり追尾している。

 

「いや…!いやぁ…!!」

 

「そんな…せっかく助かったのに…!!」

 

 砲身の中にエネルギーが溜まり………

 

 

 

  ドウッ!!!

 

 

「「?!」」

 

 

 謎の轟音が響いた直後、ヒュージは一瞬麻痺したかのように動きを止め……突如狙いを変更。

 2人が予想もしていなかった方向に熱線を放つ。

 

「え…?」

 

 その先にいたナニかは攻撃を回避すると地面を滑走しヒュージに急接近。勢いそのままに体当たりをぶちかます。

 

 

 ナニかは月光を受けて銀色に煌めいた。2人のリリィはその正体を見る。

 

 

 鋼の巨人だ。

 

 

 高さは6メートルほどか。全身が金属でできていて、壁のような両足の下には2つずつの車輪がある。

 右腕は肘から先が巨大な剣になっている。左腕があるべき場所には大きな装甲パネル。体当たりに使われたその表面では、牙にサーベルを重ねて描かれた狼の横顔が吠える。

 

 中世ヨーロッパの騎士甲冑風の顔、その眼と思しき部分から漏れた黄色い光が、夜の闇の中で残像を描く。

 

「牙刃の騎士団!!」

 

「あれが?!」

 

 驚く2人を気にも留めず、靴の代わりにバイクを履いた風貌の巨人の重騎士は、体勢を立て直すヒュージに右腕の剣を振り下ろす。

 

 その剣の根本から、燻んだ赤の稲妻が迸り全体に行き渡って弾けると、輪郭を包む刃が溶鉱炉の鉄のごときオレンジの光を放ち始めた。

 

 

  ヴァンッ!

 

 

 ギザギザした細かな刃が並ぶその形状。続いて放たれた動作音に、年下のリリィが声を上げる。

 

「チェーンソー!?!」

 

 

  ヴィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ

 

 

 熱変換されたマギによって赤熱化した長大なチェーンソーは、ヒュージの砲身に触れるやいなや回転する刃で削り取り、あっという間に斬り捨てた。

 

 ヒュージはすぐさま装甲を閉じ、爪の付いた腕を展開して振り回す。

 

 が、巨人はこれを難なく躱し、関節部にチェーンソーを刺して両腕を素早く切断。

 そして装甲の隙間に刃を捻じ込み、ヒュージの周りを足の車輪で一周。

 

 元の位置に戻ると同時に相手を蹴ると、ヒュージは輪切りになりながら倒れ、青い体液を噴き上げた。

 

 

 

「あ…あの…」

 

 年上のリリィが巨人に近づいて声をかける。

 機械音を発しながら振り向いたその騎士の顔は、実は非対称だった。

 左半分はごく普通の甲冑だが、右半分は目の部分が丸い穴の形に抉れていて、中心でセンサーが光っている。

 

「助かりました。貴方は…一体…」

 

 巨人は彼女たちに跪き、どこかにあるのであろうスピーカーから声を発する。

 

『自分は湖穣(こじょう)冬賀(とうが)と申します。僭越ながら牙刃の騎士団、瀑銀隊の隊長を務めております。配備されているのは……エレンスゲ女学園でございます』

 

 

 淡々とした、どこか機械的な声。感情を感じさせない。

 

「エレンスゲの瀑銀…“隊”……?」

 

「貴方、よろしければ私たちの駐屯地まで護衛を頼めますか?」

 

『かしこまりました』

 

 騎士が立ち上がり、2人を先導する位置に移動した。

 

「あの、部隊の他の方は…?」

 

 年下のリリィが周りを見渡すが、騎士団らしき人影が見当たらない。

 

「元々いないのよ、彼には」

 

「え…?!」

 

 先輩の発言に驚く。

 

「エレンスゲ女学園には、数年前に瀑銀隊が配置されたのよ。そのときから隊員は彼1人。そういう構成なの」

 

「そ…そんな…」

 

『………』

 

 巨人の騎士…冬賀は何も言わず、無事に2人を駐屯地まで連れて行くことができた。

 

 

 他のガーデンと共同でヒュージ殲滅に当たる任務、『外征』。

 年度開始前にエレンスゲ女学園が行ったそれは、夜明けと共に幕を閉じた。

 

 

 

 それから数日が経過して、入学式の日。

 

 

 

 

 校舎の前では新入生たちが教導官に挨拶しつつ講堂へと向かう。

 その流れに混じって……。

 

「おはようございます、教導官殿」

 

 2年生の生徒も歩いていた。濃い茶色のロングヘアをリボンでポニーテールにした、穏やかな印象が特徴。

 

「君は……芹澤(せりざわ)千香瑠(ちかる)か?」

 

「はい」

 

 教導官はやや驚いた様子で出迎えた。

 そして手元のタブレット端末で、彼女の情報を見る。

 

「……序列84位…。なぜ君が…」

 

「あの…?」

 

「……いや、いい。行きなさい」

 

「は、はい。失礼いたします」

 

 釈然としないながらも教導官は彼女を見送る。

 

「何だったのかしら…」

 

 彼女…千香瑠はただ在校生としてやって来ただけ。それなのに驚かれては困惑するのも無理はない。

 

 

 少しして…。

 

「〜〜♪」

 

 グレーの瞳に、肩下まである栗色の髪を緩く結わえ、やや雑に制服を着ている生徒……飯島(いいじま)恋花(れんか)が門をくぐる。彼女も2年生。

 

 鼻歌交じりに歩いていると、行く先に親友の姿を見つけた。

 

「あ、瑤。おはよー!」

 

「恋花。うん、おはよ」

 

 彼女の名は初鹿野(はつかの)(よう)。肩上までの赤い髪に、翠の目と静かな雰囲気が特徴的。

 

 そのまま2人も講堂へ。歩いていると、瑤は親友の変化を察知する。

 

「…あ」

 

「ふふん?どした?何か気づいた?」

 

「いい匂いがする。…髪?」

 

「でしょー?シャンプー変えたんだけど、これマジでいい匂いなんだよねー!」

 

「気分転換?」

 

「そんなとこ。せっかくの新学年、新学期…そして今日から新レギオン!ってことで、気持ちの切り替えっていうかね!」

 

「そう言えば……」

 

「ん?」

 

「今年の序列1位は1年生なんだって」

 

「ああ…うん。らしいね」

 

「……知ってる?」

 

「知ってるってか、有名じゃん。中等部に入学以来、どんどん上り詰めていって…前回の外征でついに序列1位」

 

 他人事にも関わらず、わくわくと語り続ける恋花。

 

「戦術眼、戦闘技術、現場での判断力。全て申し分なしのスーパーエリート」

 

「うん、凄いね」

 

「あたしだって手の届かない位置にいるわけじゃない。だけど、1年でそこにいるのは素直に凄いと思う。……でも…」

 

「…でも?」

 

 表情が変わった恋花に、瑤は少し不安を覚えた。

 

「…ううん、何でもない」

 

「………」

 

 はぐらかされた。瑤も黙っていると、恋花が話題を切り出す。

 

「それより、ね…瑤」

 

「ん?」

 

「あたしたち…同じレギオンに入れるといいね!」

 

 彼女はぱっと顔を明るくした。

 

「あたし、命を預けるなら瑤がいいって思ってるからさ!」

 

「…うん、私も」

 

 嬉しい言葉。瑤も少しはにかんで返す。と。

 

「……あれ?」

 

「ん?……何、アレ…」

 

 遠くから耳慣れない音と声が聞こえてくる。

 

「オーライ!オーライ!」

 

 音の方を見ると、大きなトラックが正門の近くにある大型車用の出入り口から出て行くところだった。

 トラックは向きを変え、声をあげていた男性を拾い、校舎を出発。正門前の道路、つまり恋花たちの後ろを通ってどこかへ走り去る。

 

 

 そのコンテナには、サーベルが牙に重ねられたおどろおどろしい狼の横顔……牙刃の騎士団(ファング・パラディン)の紋章が描かれていた。

 

 

 

 

 場所は変わって校舎内の廊下。

 入学式の開始までまだ時間があるので、講堂近くの広い廊下には新入生たちが集まって談笑していた。

 

(そういえば、私も去年ここで…)

 

 千香瑠は1年前の入学式を思い返す。と同時に、式の後しばらく負い目に悩まされた出来事の記憶が甦った。

 

(……まさか、今年も…)

 

 彼女が不安を抱いた次の瞬間。

 

 

 

  コィン…コィン…コィン……

 

 

 硬い床に金属がぶつかる音が周期的に響き、だんだんと近づいてくる。

 

「え……」

「うっわ、何アレ…?」

「普通隠すでしょ…」

「気持ち悪っ…」

 

「あ……」

 

 廊下で話していた新入生たちは、音を立てる者を見るや一斉に表情を曇らせ……彼から距離を取るように道を開ける。

 その事態に気づいた千香瑠の目には、1人の少年が映った。

 

 身長は160センチもない。漆黒の髪はやや長め。目は虹彩も黒く、光が宿っているように見えない。

 

 周りの生徒が小綺麗な制服を着ている中、彼が身につけているのは長袖の白いワイシャツと黒いズボンだけ。正装に近いが学園の制服とは別物で、猛烈な違和感がある。

 

 だが、新入生たちが嫌悪しているのは……服装だけでなく彼の見た目全体である。

 

 

 両足は靴を履いておらず、しかして裸足ではない。

 

 金属だ。

 

 何らかの金属部品が組み合わさった機械の足と骨組みが、裾の下で光沢を放つ。

 

 両手…否、両腕も金属。

 指は太く、3本ずつ。そこから後ろ……袖口、肘、肩に至るまで、人間の物ではない直線や凹凸が見える。

 不自然に角ばった輪郭が見えているのは両脚も同じ。腿の半ば辺りまでゴツゴツとした中身が感じられる。

 

 顔も一部が金属になっている。左眼周辺は機械のセンサーに置き換えられていて、目の位置で黄色の光を放つ。

 また、顔の右半分にも傷痕が広がっており、傷痕以外はあどけなさを残した綺麗な顔であることも相まって、見た目の印象は大変痛々しい。

 

 そんな彼はある荷物を抱えていた。機械義手で大事そうに。縋るように。

 一見すると馬上槍に見えるそれは、軸に巻かれた旗であった。

 

「手足ないよね…?」

「入学式だというのに縁起でもないわ…」

「時間ずらして来ればよかった…」

 

 ひそひそと響く話し声の中、彼は一定のペースで、正面だけを見て歩みを進める。新入生たちの心ない言葉に耳を傾ける素振りはない。もはや慣れっことでも言わんばかりだ。

 彼女らは彼が牙刃の騎士団だと気付いている。場違いな服装ではあっても、シャツの肩に狼とサーベルが合わさった紋章が刺繍されていたためである。

 

 

「あの…!」

 

『……』

 

 千香瑠の声に彼は足を止めた。そして彼女に向き直り、両手で持っていた旗を左手で床に立て、右手を胸に当てて会釈する。

 

『いかがされましたか?』

 

 無機質で、感情を消し去ったかのような声。しかも、彼の口は動いていない。

 

「えと…その旗。重ければ持ちましょうか?」

 

 彼は首を振る。

 

『それはなりません。この旗は自分が持っていなければ意味がない品でございますので』

 

「そう…ですか。ごめんなさい…」

 

『謝罪の必要はございません。お心遣い、感謝いたします。それでは』

 

 先程より少し深い礼をし、沈黙が支配する廊下を、彼は再び歩き始める。

 

 目指す先は講堂。入学式の会場だ。

 

(私は…去年……)

 

 千香瑠が思い出す入学式の記憶。彼女も今のように彼を見ていたのだが……当時の彼女は今周りにいる新入生たちと同じく、彼の背中をただ目で追うだけだった。話しかけようとしなかった。

 

 降り注ぐ冷たい言葉。彼はその全てを浴びながら影だけを道連れに歩く。

 今年も、去年も……きっと、その前から。

 

(また……何もできなかった……)

 

 再び彼の背を見つめるしかできなくなった千香瑠は、切ない表情をしてただ時を過ごしていた。

 

 

 そして時が流れ……。

 

 

 

 

 厳かな入学式は締めくくられようとしていた。

 

「式次第は以上となる。新入生は、この学園の戦力となるよう全力で励み、在校生はよりその力を磨くことで、このエレンスゲ女学園の正義と信念を体現しなさい。誇り高きエレンスゲの一員として、人の社会を守るために、その命を捨てる覚悟を持ちなさい」

 

「「「はい!」」」

 

 教導官の言葉に、新入生たちは威勢よく応えた。

 

「続いて、我が学園のトップレギオン、『ヘルヴォル』のメンバーを公表する。……相澤一葉、前へ」

 

「はい」

 

 席を立って歩く彼女は、ちらりと講堂の後ろを見た。出入り口の近くには、この学園で活動するたった1人の牙刃の騎士団……瀑銀隊の湖穣冬賀が旗を手に立っている。

 

「…あれが序列1位の…」

「まだ1年生なのに…」

 

 ひそひそと響く話し声に耳を傾けることなく、彼女は壇上で声を上げる。

 

「今学期から、序列1位となりトップレギオン、ヘルヴォルのリーダーを拝命することになりました、高等部1年、相澤一葉です」

 

 マイクも必要ないと言わんばかり。一葉の声はよく響いていく。

 

「ご存知のように、今この世界は正体不明の怪物の群れによって追い詰められています。この地上にヒュージが出現してから、私たち人の生活は大きく変わりました。けれど、変わらないモノもあります。この世の中にあっても、人がずっと守り続け、受け継いできたモノがあります!それは思い遣りや、人と人との繋がり……互いを大切に思う心…!」

 

  キチ…

 

 冬賀が旗を握る義手が、僅かに音を立てる。だが、それに気づいた者はいない。

 

「それらは、人を人たらしめる感情です。どんなに追い詰められても、人は自らが人であることを諦めなかった。だからこれまで、どんな困難にあっても戦えたのです…!……私たちが戦うのは、報酬や名誉や、ましてや学園のためではありません。「学園のために命を捨てろ」など、馬鹿げています!」

 

  キチ…

 

 その宣言に、会場の生徒たちが騒つく。

 

「え……」

 

 千香瑠も呆気に取られる中、一葉はなおも言葉を続ける。

 

「人に犠牲を強いる戦い方では、本当に大切なモノは守れない…!」

 

 

「い、今のって学園の方針とは…」

 

 

 生徒の声がどこからとなく聞こえた。だが、彼女は構わない。

 

「私は、この世界の全ての人を守りたい。そして、共に戦う仲間を守りたい……!そこにある『想い』を、守りたいのです。私は、何一つ諦めずに戦いたい。ヘルヴォルの二つ名である『楯の乙女』。それは、大切なモノ全てを守る楯でなければいけないのです!それが私の意思であり、リリィとしての誇りです」

 

 皆呆然と、あるいは冷めた目で壇上の彼女を見つめている。

 

「この人が…序列1位…」

 

 呟く千香瑠。少しだけ離れた場所に座っていた恋花と瑤は、どこか悲しそうな顔をしていた。

 

「……綺麗事じゃん…」

 

「………」

 

 そんな会場の様子を気にすることなく、一葉の演説は続く。

 

「戦場において言葉は意味を成しません。私は、正義と信念の在り方をエレンスゲのトップレギオン、ヘルヴォルにおいて示します!今回、メンバーを選ぶにあたっては、この信念を支えることのできる方を指名させていただきました。……飯島恋花様。初鹿野瑤様。芹沢千香瑠様。以上の皆様を、ヘルヴォルの一員として指名させていただきます!」

 

 

「え…私…?」

 

「……あ、あたしかよ…」

 

「また、ヘルヴォルに…」

 

 

 千香瑠は驚き、恋花と瑤は少し残念そうにしていた。

 

「メンバーの一人一人の考えや個性を尊重し、互いに助け合う結束力の強いレギオンを目指しましょう!それが相乗効果を生み、真に強いレギオンになるのだと……!私はそう信じています」

 

 彼女は笑顔で言葉を区切る。そして…。

 

「指名させていただいたメンバーの方々。そして、生徒の皆様。教導官の皆様…人々を守るために、人々の心を守るために、共に戦いましょう…!

 

 

 牙刃の騎士団(ファング・パラディン)、貴方もです!」

 

 

「「?!」」

 

 

 突然の呼びかけ。それに会場の誰もが驚いた。

 

 

瀑銀隊(ばくぎんたい)の隊長、こちらに来てください。ゆっくりで構いません」

 

 冬賀は左胸に3本指の義手を当てて一礼。機械音を立てながら、ゆっくりと、しかし着実に彼女の前に続く通路を進む。

 

「前回の外征で、教導官はこう言われました。「リリィが撃ち漏らした敵は、“牙”に食わせよ」と。皆様の内、何人がご存知でしょうか?彼が何のために戦い、どのような扱いで今ここにいるのかを!」

 

 彼を初めて見る新入生たちは、その姿に不気味さと……ほんのり醸し出される哀愁を感じる。

 

 

「お答えしましょう!“ヒュージ撃破の数合わせ”です!実際、彼が仕留めたヒュージは計り知れません。しかし、誰も彼の活躍を認めない。何故でしょう?簡単です!」

 

 皆、彼女の説明に耳を傾けずにはいられなくなった。

 

 

「たった一人の、別組織の部隊でそれだけ戦果を上げていては、エレンスゲのリリィの誇りに傷がつくと考えられているからです!」

 

 

 彼はただ、静かに一葉へと向かっていく。

 

「学園は彼の多大なる貢献と実力を、全て自分たちだけの物にしているのです!学園の評判のために瀑銀隊が編成されて以降、エレンスゲの損害は間違いなく減っています!にもかかわらず、それらも全て学園の、リリィだけの手柄としているのです!」

 

「…この人…そんな目に…」

 

 通路に響く、鋼鉄の足音。それは、千香瑠には何故か、悲しい啜り泣きの声、死地へと行進する軍靴の音に聞こえた。

 

「その上で!部隊規模を最小にしたまま酷使し続け、駄目押しに戦力として過小評価!このような所業は、彼らとの協力関係において到底許されるものではありません!彼には、正当なエレンスゲの戦力として扱われる権利があります!」

 

 冬賀はついに一葉の前に到着した。膝を折り、キチキチと音を鳴らして跪く。

 

「しかし残念ながら、今すぐには彼の評価が変わることは期待できません。そこで、序列1位の、ヘルヴォルにのみ許された権限……“瀑銀隊への直接命令権”を発動いたします!」

 

「「!!」」

 

 会場の生徒皆が、その発言に息を飲む。

 

 

「瀑銀隊に命じます。貴方は私たちヘルヴォルの直接の指揮下に入り、私たちと共に戦ってください!そして、枷から放たれた本当の強さを!私たちに見せてください!!……この命令を受け、“楯の乙女”の“剣”となるなら今ここで、貴方の牙に誓いの言葉を!」

 

『………』

 

 冬賀はしばらく動かない。会場はいつの間にか静まりかえっていた。

 

 

  カチ……カチ…カチカチ…

 

 

 機械義肢が鳴らす音。冬賀はゆっくり…ゆっくりと立ち上がり……

 

 

 手にしていた旗の軸を回し、布部分を広げた。

 そこに現れたのは、サーベルが牙に重なった狼の横顔の図。

 

 そして、彼は旗を水平の位置から180度回転させる。彼の後ろで座っている生徒たちには、おどろおどろしくも力強い狼が、遠吠えのために首をもたげたように見せる。

 翻った旗を、一葉の前の床に広げて再び跪いた。一葉には狼が頭を垂れ、口に咥えたサーベルを差し出す様に見えるように。

 

 続けて、彼は誓いを語る。

 

 

 ――我ら志ある者なり、故に蔑むことなかれ。我ら牙ある者なり、故に嗤うことなかれ。我ら傷ある者なり、故に驕ることなかれ。我ら祷ある者なり、故に怨むことなかれ。――

 

 ――あゝ響け、獣の嘶きよ。我ら大いなる縄張りをここに。手繰る鎖を華の手に。――

 

 ――我ら野を駆け、山を越え、天を舞い、海を渡る者。各々の逆境にあって牙を研ぐ者。生命(いのち)の守護者の刃なり。――

 

 ――君よ、いざ命ぜられよ。しからば我ら全うせん。――

 

 

 感情のない、つらつらとした声で唱えられる言葉の数々。この場には騎士は彼一人。しかし、一人称は常に“我ら”。

 それは、他のガーデンにいる騎士団の仲間を思い出しているのか、あるいはただそう言うものだと決まっているだけなのか。

 

 はたまた、ヘルヴォルと共に戦うことを認める意思表示なのか。

 

「……聞き届けました。共に人々を守りましょう…!」

 

 頷く彼への挨拶で演説を終わらせた一葉。

 千香瑠は、その光景に感動を覚えていた。

 

「凄い…」

 

(あの子も、彼も……。なんて、強くて綺麗な言葉…。なんて……美しい人たちなんだろう……)

 

 

 理想を語る一人の少女()と、それを盲信するかのような機械仕掛けの少年(騎士)。側から見れば滑稽なものであり、また、不気味な景色でもあった。

 

 しかし、千香瑠にはそれがとてつもなく気高く、眩く輝いて見えたのだ。

 

 

 




 百合ヶ丘ほど、騎士団の立場はよくありません。まぁ、エレンスゲならそうなるよな……。

 次は神庭編の第1話を投稿予定です。



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第2話 集合

 百合ヶ丘編の続きを投稿予定でしたが、ゲーム内のイベントを踏まえて少々修正することとなりました。完成次第投稿します。

 エレンスゲ編第2話をお楽しみください。


 エレンスゲ女学園の敷地の外れ、校舎から離れた裏手門近くの一角。

 ここにはプレハブの1人分の居住区画と、それに比べて大きく、町工場を彷彿とさせる格納庫がある。

 

 その正面シャッターには牙刃の騎士団の紋章。ここが湖穣冬賀の根城である。

 

 彼は居住区画の中で机に向かっていた。隣の台座には先程披露した騎士団の旗が立てられている。

 机の上には1台のコンピュータ。投影された立体映像は、彼が書いたメッセージである。

 

 

  ………

 

 

 本日早朝、機体の左腕ウェポンユニットを受け取り、取り付け作業をこれより行う。

 

 朝、参列した入学式にて、エレンスゲトップレギオン、ヘルヴォルの指揮下に加わることが正式に決定。学園からも通達された。

 

 今後は前線にて作戦行動を取ることが予想される。

 

 

  ………

 

 

 彼はメッセージを騎士団本部の担当者に送信。コンピュータを切り、直通のドアから隣の格納庫へ向かう。

 

 格納庫の中には、鋼鉄の巨人が鎮座していた。膝を折り、背中には何本かのケーブルが繋げられ、胴体は開かれていて、中にはやや狭い操縦席らしきものが見える。

 背中を当てる部分はあるが、座る部分はない。

 

 その左肩には何もついておらず、機械の関節の付け根がぽっかりと口を開けている。

 

 そこに取り付けられる予定の物が、正面に置かれていた。畳まれたそれは分厚い装甲にも、人の腕のようにも見える。ただし指はなく、肩、肘関節の先には円形に並ぶ3本の銃身がある。

 

 冬賀は少し嬉しそうな笑みを浮かべながら巨大な左腕を撫で、そのまま壁際へ歩く。

 そこには鉄骨を組み合わせたヤグラがあり、横に備えられた梯子を登って上のスペースへ。柵のついたそこには1台のコンソールがあった。

 

 彼はシャツの左腕を捲ってコンソールに向き合う。そして露出した金属の左腕、その肘と手首の間に設けられた関節をパチンと折り曲げる。

 

 

 そこに現れたのはコンピュータとの接続部。

 それをコンソールにある穴に突き刺すと画面が起動した。そして彼の頭の中に、格納庫内の設備の位置や動きが鮮明に描かれる。

 

 

 彼は一度だけ天井を見上げると、そこにぶら下がっているアーム2本に脳内で命ずる。

 

 

(左腕を持ち上げろ)

 

 

 その命令はコンソールを通って天井のアームに伝わった。無骨な機械の腕が伸び、巨人の正面に置かれた左腕を掴んで持ち上げる。

 

 位置を調整し、天井から吊られた他のアームにも命令していく。関節を固定したり、ボルトを締めたり、付属物を取り付けたり……。

 

 しばらく作業していると、コンソールに1件のメッセージが届く。

 

(!……相澤一葉さんからの招集命令…)

 

 彼が行っていた組み立て作業は、一旦中止せざるを得なくなった。

 

 

 

 一方、一葉は教導官室に呼ばれていた。

 

「どういったご用件でしょうか?」

 

「……それがわからない君ではないと思うが?」

 

「式辞の件でしょうか。それともヘルヴォルの人選……はたまた瀑銀隊の件でしょうか」

 

「全てだ。あのような場で学園の方針を公然と批判するようなことは、決して許されるものではない。この学園が教育機関であると同時に、対ヒュージ軍事行動の最前線であることを忘れているのではないか?」

 

 教導官からの質問に、一葉は少しムッとした様子で返した。

 

「忘れていないから、あのような発言をしたのです、教導官殿」

 

「規律を乱すな、と言っている」

 

「規律?戦場に立つ少女が、命を捨てろという命令に反論もせずに従う規律のことでしょうか?体を失ってなお戦う少年に、成果を貢がせる規律のことでしょうか?」

 

「そうすることで戦果を上げなければならないこともある。我々が最善を尽くしていることを疑われては、組織での行動は成り立たない」

 

「前回の戦闘は他ガーデン管轄区域での戦闘協力…いわゆる外征でした。明らかに実力の伴っていないリリィの、必要のない外征。それによって多発する死傷者と、まともに動けるはずのない瀑銀隊の派遣。こういった例は、この1件だけではありません。改めるべきは私の発言ではなく、学園の方針ではないでしょうか?」

 

「しかし、戦果は挙げている。この外征プログラムによって、各リリィの戦闘技術は劇的に向上されているのだ。牙の助けなど必要ないほどに」

 

「多くの生徒を使い潰した結果でしかありません」

 

「……綺麗事では戦えない、と言っている。君が言うほど、簡単ではないんだ」

 

「リリィになる少女たちも、全国各地の牙刃の騎士団も、正義を信じて戦っています。その“綺麗事”の上に胡座をかいているのは、一体誰なのでしょうか」

 

 教導官が表情を歪める。

 

「……言葉が過ぎるぞ、相澤一葉」

 

「事実を述べたまでです」

 

「………。君の将来性を加味し、今回は不問にする。牙の本部にも、瀑銀隊が君たちの指揮下に入ったと通達した。上手く運用して見せろ。それから……」

 

 表情を戻した教導官は、デスクの下から箱を取り出して蓋を開き、中身を一葉に見せる。

 

「トップレギオンの制服を用意した。持っていくといい」

 

 紫を基調とした、マント付きの豪勢な服。派手めでありながら印象は硬い。

 

「これはエレンスゲの象徴となる制服だ。重要な戦闘や式典などで着てもらう。着用の指示はこちらで出す」

 

「………」

 

 一葉の表情には忌避感が宿っていた。

 

「不満か?しかし、これは義務だ。ヘルヴォルの存在がリリィたちの支えとなる。君も知っているだろう。エレンスゲの象徴としての責務、と自覚してもらいたい。もっとも、君が気に入っている牙にはこういった品は用意されないがな」

 

 彼女は制服を受け取ると、すぐさまここを後にしようと振り返った。

 

「他にお話がないようでしたら……」

 

「相澤一葉」

 

 が、教導官が呼び止める。

 

「はい」

 

「君のその理想は、君にイバラの道を歩かせるだろう。覚悟するんだな」

 

「……失礼いたしま……」

 

 

「ああそれと。牙刃の騎士団には正義などない。よく覚えておけ」

 

 

「……失礼いたします…!」

 

 

 彼女は廊下を歩きながら、先程言われた言葉を思い返していた。

 

(牙刃の騎士団に正義はない?そんな話、馬鹿げている!)

 

 一葉が回想するのは、自分の前に跪いた冬賀の姿。声と手足と左目を失い、傷つき、生徒たちからは白い目で見られ、学園からは差別的扱い。

 それでもなお戦い続ける姿と、その意思表示。

 

(彼には、心の底から信じる何かがある!そうでなければ、あんな目に遭いながらも戦い続けるなんてできない!人には…信じられる何かがないと……!!聞いてみたい。彼が戦う、その理由を!)

 

 

 その頃…。

 冬賀は校舎の中を歩いていた。金属音と機械音を鳴らしながら、階段も使ってヘルヴォルの控室を目指す。

 

 そして、その扉の前で。

 

「あ……」

 

『………』

 

 最初に出会ったのは、大きめの紙袋を抱えた千香瑠だった。

 

「ま、またお会いしましたね……えーと…」

 

『湖穣冬賀と申します、芹沢千香瑠様。相澤一葉様より招集の命を受け参上した次第です』

 

「貴方も…ですか…」

 

『……。荷物をお持ちしましょうか?』

 

「あ…いえ、大丈夫です…」

 

『………』

 

 感情の読めない右目と、黄色の光を放つ左目がじっと千香瑠を見つめる。

 

「と…とりあえず部屋に入りましょう?」

 

『はい』

 

 扉を開けると、部屋は暗く人気もない。壁際のスイッチを押すと、綺麗だが無機質な空間が照らし出された。

 

「一番乗りだったようですね…。クッキーと紅茶の用意しますから、待っていてください」

 

 

「っ!?」

 

 

 控室にある小さな調理スペースに向かう彼女の耳に、喉を介さない驚愕の声が聞こえた。そちらを見ると、かなり焦っている様子の冬賀がいる。

 

「…あの、何か?」

 

『いえ…。自分は謹んで辞退いたします』

 

「あっ…ご、ごめんなさい!もしかして食べられないお体だったかしら…」

 

 彼女もまた、罪悪感から焦って口調が素になっている。

 

『いえ、消化器系に不具合はございません。アレルギーの類もございません。ただ……自分は……』

 

「?」

 

 

 彼が言葉に迷っていると、再び扉が開いた。

 

「お、もう誰か来てんじゃん!」

 

「あ…千香瑠……と、湖穣冬賀…」

 

 入って来たのは恋花と瑤。

 早くも一葉を除く全員が集合している。

 

「ええっ?!あんたも来たの!?」

 

 恋花は冬賀を見て驚く。

 

『……お邪魔しております』

 

 彼が発した声は無機質だが、表情は少しシュンとしていた。

 

「いや、本気で邪魔とか思ってないけどさ…」

 

『しかし、初鹿野瑤様は…』

 

「ん…。男子がいるのに慣れてないだけ…」

 

『では、自分はここにいてもよろしいですか?』

 

「まあ、そりゃね…」

 

「……うん」

 

「と、とりあえず…」

 

 ややギクシャクしている空気を和ませるため、千香瑠が手を打つ。

 

「これで後は一葉ちゃ…さんだけ…ですね。ゆっくり…」

 

「ああああもう!!」

 

「「?!」」

 

 突如恋花が絶叫し、千香瑠と冬賀は驚いて息を飲む。

 彼女は千香瑠からビシッと指差した。

 

「硬い!硬い硬い硬い!!まず千香瑠!あんたは同い年なんだから敬語とか敬称とかいらない!」

 

「え…あ、そ、そう…よね…」

 

「それからあんたも!もうちょっと口調、なんとかなんないの?!」

 

「…っ」

 

 次いで指差された冬賀は、少し悲しそうな顔で頭を下げる。

 

『ご期待にはお応え致しかねます。自分の人工声帯には、この音声のみがプログラムされており……変更はできない仕様となっております』

 

「あ…そ、そう。何か、ごめん…。でもさ、表情と口調のギャップが…」

 

「慣れてあげて、恋花」

 

『お心遣い、感謝します。瑤様』

 

「あー…。慣れるまで時間かかりそ…」

 

「時間といえば、もう集合時刻はきてるのよね?」

 

「うん」

 

「何やってんのかね〜リーダーは…」

 

 

 

 

 集合時刻から数分経ち、1時間近く経過しても一葉は姿を現さない。

 

「……全然来ないじゃん…」

 

 長椅子に座っている恋花は呆れ顔になっていた。隣の瑤と、その向かいの千香瑠は不安そうである。

 

「あの子、遅刻とかするようなタイプじゃなさそうなんだけど…。私、ちょっと捜してくるわね」

 

『それでしたら自分が…』

 

 3人から離れた場所に座っていた冬賀が立ち上がる。

 そんな彼を、千香瑠は笑顔で制した。

 

「何でも貴方がやることはないわ、冬賀くん。少し待っててね」

 

『……ご命令とあらば』

 

 彼は渋々という様子で椅子に戻った。

 

「……ハァ…」

 

 千香瑠が部屋を去る。冬賀は時計を見て溜息を吐いた。

 

「…何か焦ってんの?」

 

『……自分の機体に新しい装備が届きましたので、取り付けと調整を行わなくてはなりません。作業は7割ほど進んではおりますが』

 

「あんた、口調だけじゃなくて中身も結構硬いな…。もうちょっと肩の力抜いていきなよ!」

 

 恋花は冬賀に近づき、徐に肩を叩く…と。

 

  ペチィン

 

「あ痛っ?!肩甲骨あたりまで金属かい!」

 

 冬賀は慌てて恋花に謝罪する。

 

「『申し訳ありません』!」

 

 その声が誰かと重なり……扉の方を向くと、顔を赤らめて焦る一葉が立っていた。

 その後ろでは、千香瑠が苦笑いしている。

 

「お……遅れてしまいました……」

 

 

 かくして、ヘルヴォルのメンバーと瀑銀隊がここに集結した。

 

 

 

「いやーはっはっはっ!参った参った!まさか初日からリーダーがミーティングすっぽかすなんてね!」

 

「た、大変申し訳ありません!」

 

 謝り倒す一葉の肩をがっしりと組む恋花。いたずらっぽい笑みを浮かべる彼女の後ろでは、冬賀がオロオロしていた。

 

「いやいや、これは先々が楽しみですねリーダー!ヘルヴォルの名誉ある歴史に伝説を刻む隊になるかも……ぷっ…くくく…!」

 

「す…すみません…」

 

 一葉はすっかり顔を赤くしてしまっている。

 

「……恋花、からかわないで」

 

『一葉様、大丈夫ですか?』

 

「あ、ありがとうございます…。すぐにでも持ち直すかと…」

 

 冬賀が精一杯の気遣いをしていると、トレーにティーポットと菓子皿を乗せた千香瑠が戻ってきた。

 

「はい、皆。紅茶とクッキーが用意できたわよ」

 

「わ、すご。レギオンの控室でこんな優雅なもんが出てくるとは……!」

 

「動物さんクッキー……かわいい」

 

「ふふ、ありがとうございます」

 

『お手伝いできず申し訳ありません、千香瑠様』

 

 驚く恋花と、喜びに顔を綻ばせる瑤。その横には残念そうな顔の冬賀がいた。

 

「気にしなくていいのよ。今日は新しいレギオンに入る日だし、ご挨拶の代わりにと用意していたの。まさかあのヘルヴォルで振る舞うことになるとは思いませんでしたけど。冬賀くんの分もあるにはあるのだけれど…」

 

『……申し上げにくいのですが、自分は辞退させていただきたくございます』

 

「え?」

 

「………」

 

 一葉と瑤は驚いて冬賀を見る。千香瑠は先程の彼とのやりとりから答えはわかっていた。

 

「あら…やっぱり…」

 

「何あんた、千香瑠の用意した紅茶とクッキーに文句でもあんの?」

 

 やや怒り気味に、冬賀に食ってかかる恋花。少し悲しそうな千香瑠の方から恋花と瑤の方に向き直った彼は、今日何度目かもわからないまま頭を下げた。

 

『どうかお許しください。自分の指ではクッキーを壊さず手に取るほどの力加減ができませんし、ティーカップの扱いもかなり行儀が悪くなってしまいます。自分の不器用さで、皆様に不快な思いをさせたくはないのです』

 

 彼の言葉に感情はこもっていないが、態度からは切なさがひしひしと感じられる。

 恋花もあっさりと怒りの矛先を収めた。

 

「……あ…な、何さ。そういうことなら先に言えよ…」

 

『申し訳ありません』

 

「あ…そもそも一葉ちゃん。こういうのはよくなかったでしょうか?」

 

「え…そうですね、このミーティングは学園が定めた正式なものですので、あまりこういうことは……」

 

「よ、余計なことだったかしら…」

 

 シュンとする千香瑠。冬賀のこともあり、その落ち込みは深いものに見えた。

 

「あ!いえ…でもご厚意を無駄にするのは…!」

 

 一葉がちらりと恋花を見ると、彼女は早速ティーカップを手にしていた。

 

「いいじゃんいいじゃん!この紅茶、すっごくいい香りだし!それにさ、“学園が定めた正式なミーティング”に序列1位が盛大に遅刻した時点で、硬いことは言いっこなしじゃない?」

 

「ほ、本当にすみません…!」

 

 恋花にジト目を向けられた一葉は改めて謝罪する。

 

「…恋花、からかわないで」

 

「あはは、ごめん。ついつい」

 

 恋花を窘める瑤という光景もまた繰り返された。

 

 

 皆でテーブルを囲み、一旦仕切り直す。

 

「指名したってことは大体知ってるんだろうけど、一応自己紹介ね。あたしは飯島恋花。高等部2年で、序列13位。いやー、さっきの宣言聞いたときはめっちゃ武闘派じゃん、とか思ったけど。案外親しみやすそうなリーダーでよかったってあたしは思ってるよ。よろしく」

 

「う……よ、よろしくお願いします。今後は遅刻などしないように務めたいと思います…」

 

「……高等部2年、初鹿野瑤…。序列14位。よろしく」

 

「よろしくお願いします!」

 

 淡々と自己紹介する瑤に、一葉は元気よく返事をした。

 

「えーと…私は芹沢千香瑠。2人と同じく高等部2年で、序列は…その…84位…かな…」

 

「はい!よろしくお願いします!」

 

「ほら、あんたの番…!」

 

「っ!」

 

 千香瑠の挨拶が終わったタイミングで、恋花は隣に座っている冬賀を肘でつつく。

 

『自分は瀑銀隊隊長を拝命しております、湖穣冬賀です。半身は『クリバノフォロス-Sgr(サジタリウス)A(アダプテド)』。序列はございません。微力ながらお力添えを約束いたします』

 

「はい、一緒に戦いましょう!」

 

「クリバ……?サジ……何て…?ま、いっか…」

 

 恋花には彼が使う装備の名前がよく覚えられなかった。

 

「あの…ごめんなさい、一つ質問があるの…」

 

 千香瑠が申し訳なさそうに手を上げた。

 

「レギオンメンバーの選考基準って、普通、序列の高い順…つまり優秀な順から選んでいくのよね?その…恋花さんや瑤さんはわかるんだけど……私は、どうして…?」

 

「人それぞれ、得意な分野は異なります。共に戦うチームとして考えたとき、私はこのメンバーが最適だと判断しました」

 

「そう…なの…?」

 

「はい。ヘルヴォルに相応しい人選です」

 

 と、ここで…。

 

「あたしからも一つ質問」

 

「恋花様、どうぞ」

 

「皆を守って戦う…だっけ?入学式でのあの演説。あれって本気?」

 

「本気でなければ学園を敵に回すような発言はしません」

 

 きっぱりと答える一葉の表情は真剣そのものだ。

 

「ま、そうか。それじゃ、言葉の重みには自覚がある…と?」

 

「はい。皆様を巻き込んでしまったことは申し訳ないと…」

 

「ま、大丈夫じゃん?」

 

 質問した側である恋花の方が気楽な表情。

 

楯の乙女(ヘルヴォル)は序列1位の生徒がそのメンバーを指名する…ってシステムは学園が承認した正式なものだし、騎士団に命令できるのもそう。人を決めるってのは、チームの最も重要な判断になる。それを一葉に任せた」

 

 紅茶を一口飲み、彼女は続ける。

 

「ってことは、ヘルヴォルの活動方針については一葉の気持ちで好きにしていいって、公認でもあるわけだ。建前がある以上、一葉がどんな方針で行動しようと、学園側もなかなか干渉できないっしょ」

 

「………」

 

「まー、風当たりは多少キツくなるかも、だけどね」

 

 やや不安そうな2人に対して、千香瑠は嬉しそうにしていた。

 

「私は、一葉ちゃんが言っていたことはとても凄いことだって思うわ。人を思いやって、命を大切にって、言われてみれば当たり前で。その“当たり前”が難しい世の中になって…」

 

  キチ……

 

 聞いていた冬賀の義手が音を立てる。が、それに気付いたのは冬賀本人だけだった。

 

「だからこそ、あの場で“当たり前”を堂々と口にできる一葉ちゃんはすごく、綺麗だったと思う」

 

「…綺麗、ですか…」

 

「ええ、とっても」

 

「あ、ありがとうございます。嬉しいです、わかって頂けて…」

 

「冬賀くんも綺麗だったわ」

 

『……自分も、でございますか?』

 

 唐突に褒められた彼は、ぽかんとした顔で人工声帯から質問する。

 

『ご覧の通り、自分の体はもはや人間では…』

 

「見た目の話じゃないわ。一葉ちゃんと一緒に戦う意思。それがとっても強くて、綺麗に見えたの」

 

『……恐縮でございます』

 

「………」

 

 恋花は3人のやりとりを不満そうに見ていた。

 と、瑤が話題を変える。

 

「それで……今日は何の集まり?」

 

 待っていたとばかりに、一葉が説明を始めた。

 

「今日はまず顔合わせということで、レギオンの方針をお伝えできたらな、と思っています」

 

「あー、それそれ。一葉の気持ちはあの宣言の通りだとして、あたしたちと瀑銀隊は具体的にどうしたらいいの?」

 

「まず、今後も定期的にこうして集まりましょう。訓練や出動だけでなく日常の中で、一緒に過ごす時間も増やしていきます。そうして、お互いのことを知っていくんです。より深く、メンバー同士が助け合って、瀑銀隊とも手を結んで、結束力を高める。そんなレギオンを目指していきましょう」

 

「お互いを…知る……」

 

 瑤は興味深そうに一葉の話を聞いていた。

 

「ふーん、なるほどねぇ。言われてみれば、うちのガーデンのレギオンってあんましそういうのやってないかもね。瀑銀隊と交流するレギオンに至っては皆無だったわけだし」

 

「でもエレンスゲ以外のガーデンは、そうやってレギオンの仲間や騎士団の方々を尊重しているところも多いそうですよ。そういうのもいいなって、実はちょっと憧れてました」

 

  キリ……

 

 千香瑠の言葉に頷く冬賀と一葉。

 

「ただ同じ戦場にいるだけではなく、お互いに掛け替えのない仲間でありたいんです。街も、人も、他のリリィも騎士たちも、もちろん私たち自身も。誰も傷付けずに任務を成功させる。それが私のモットーです」

 

「贅沢……」

 

 一葉を見る恋花の目は、単なるジト目ではないと、瑤には見えた。

 

「……恋花?」

 

「わかってる。リーダーの意見には従うよ、もちろんね」

 

「私も賛成よ。皆で頑張りましょうね」

 

「私も。反対はしない」

 

『誓いの通りに』

 

 恋花は何か引っかかっているようだが、他の3人は大丈夫のようだ。

 

「よかった。では早速、これからの訓練や各状況に合わせた戦術について………」

 

 ミーティングを続けようとした、正にその瞬間。

 

 

  ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ………!

 

 

「「!」」

 

『……』

 

「…!これは…緊急出動命令のアラーム!」

 

 全員が椅子から立ち上がってアナウンスを聞く。

 

 

『エレンスゲ司令部より全レギオン。司令部より全レギオン。港区青山方面にラージ級ヒュージ発生の一報あり。エリアディフェンス内に入り込んだものと思われる。ヘルヴォルを除く全レギオン、旧編成にて出撃せよ。瀑銀隊はヘルヴォルの命令にて行動せよ。繰り返す……』

 

 

 アナウンスの内容に千香瑠は驚いていた。

 

「き、旧編成で?!」

 

「レギオンの新編成は今日発表されたばかり。戦いに出るには無理がある。妥当な判断」

 

 瑤は冷静に状況を見ていた。

 

「でもヘルヴォルはこの編成で出ろってこと?しかも冬賀の運用も丸投げって!早速来たよ、風当たり!」

 

「ヘルヴォルはエレンスゲの象徴。一度結成し冬賀への指揮系統もできた以上、簡単に旧編成で出撃させては全体の士気に関わる…ということでしょう」

 

「まだ、何の準備もできていないけど…」

 

「冬賀には武器が付いてない」

 

「それでも、やるしかありません。私たちの真価が試されています!冬賀!」

 

『はい』

 

 一葉の声に、胸に手を当てて返答。

 

「すぐに出撃できますか?」

 

『……。装備の取り付けは完了しておりませんが、解体する方が時間がかかります。ですので作業が終わり次第出撃します。皆様と同時には向かえません。細かな調整は現地で行うしかないかと』

 

「わかりました。皆様…!お願いします!共に出撃を!」

 

「お願いされなくてもやるしかないっしょ!出撃“命令”、なんだから!」

 

「異議なし」

 

「……わ、私も選ばれたんだもの…。頑張るわ!」

 

「ありがとうございます!リリィとしての誇りを胸に…!そして、楯の乙女の名に恥じぬように…!ヘルヴォル、瀑銀隊、出撃です!」

 

 5人は控室から出ると、初陣に向けて駆け出した。

 

 

 

 

 ヘルヴォルと冬賀が廊下を抜ける。校舎の中に警報のアナウンスが響いていた。

 

「冬賀、出撃まで何分かかるかわかりますか?」

 

 一葉からの問いかけに、彼は淡々と返す。

 

『何分をお望みですか?』

 

「そんなもん“なるはや”に決まってんでしょうが!」

 

 恋花が答えると同時に、5人は階段に差し掛かる。

 

『では直ちに』

 

  カシュッ

 

 冬賀はそう言うが早いか義肢を僅かに伸張させる。そして最上段から踊り場へと飛び降り……

 

 

  ガシャコッ

 

 

 伸ばした分を縮めながら衝撃を吸収し、着地。

 

「は……」

 

『連絡は適時、自分のクリバノフォロスにお願いいたします。では後ほど』

 

 恋花が呆気に取られている間に、彼は踊り場の窓を開けて枠に足をかけた。

 

  カシュッ

 

 再び手足を伸ばし、そのまま外へと身を投じる。

 

「待って!」

 

「ここ3階…!」

 

 千香瑠と一葉が慌てて窓の下を見ると……

 

  キャーッ!?

  ナンカフッテキタ!!

 

 地上にいるリリィたちに驚愕の悲鳴を上げさせながら、敷地の外れにある格納庫へ駆けていく冬賀が見えた。

 

「大丈夫…なんだ…」

 

「意外と便利じゃん、あれ…」

 

 瑤と恋花も、目を丸くして彼の背中を見つめた。

 

 

 

 周りの目を気にすることなく冬賀は走り、根城の居住区画に飛び込む。

 

 格納庫に入ると両腕の袖、両脚の裾を折り、金属の義肢を露出させると、左右の腕をパチンと折る。

 肘と手首の間にあるコネクターが晒された。

 

 そして真っ直ぐ鋼の巨人の、開かれた胸へと飛び込む。胴体を捻ってシートに背中をつけると、シートに内蔵された電磁石が彼の背中に埋まっている金属板を感知し、吸い付けた。

 

 体の両側…操縦レバーがあるべき場所には、コンソールにあった物と同じ穴が開いた枠。そこに両腕を接続し、背中の磁石と両腕で体を支えながら両脚を持ち上げる。

 

 両脚もまたパチンと折れた。膝と足首の間にもコネクターがあったのだ。

 それを足元の、ペダルがあるべき場所にある接続部に差し込む。

 

 

 義肢を介し、手足の神経系を機体に接続することで、彼はクリバノフォロスを自由自在に操ることが可能になるのだ。

 

 

 やるべきは、手足を僅かに動かすことと、頭の中で“半身”に命ずることのみ。これが彼の操縦である。

 

 最初の命令はたった一言。

 

 

(起動せよ)

 

 

 その一言で、巨人の背中に収められた炉…3基のH(ヒュージ)M(マギ)R(リアクター)を同調させ、3倍以上の出力を得る強力な動力ユニットに火が入る。

 

「……っ」

 

 起動と同時に機体から頭に流れ込む情報。それらを受け流して、格納庫内の設備に接続する。

 

(今はとにかく、左腕の装着を急がなくては!)

 

 

 天井から吊るされたアームが慌ただしく動き出し、組み立て作業を再開した。

 

 

 

 




 今回のエピソードで、エレンスゲ編の主人公の有機的な部分を描けていればいいなぁ……。
 前回はあまりに機械っぽかったので。

 ちなみに、人という生物としてのセリフは「」で、機械音声や通信、地の文がない回想でのセリフは『』です。エレンスゲ編の主人公は両方の声が出ることがあるので、念のため。




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第3話 死神の吠声(はいせい)

 
 エレンスゲ編3話目です。何となくこの章が一番読まれている気がしていますが、実際どうなんでしょうね…。




 格納庫で自らの半身である鋼の巨人に、左腕ウェポンユニットを装着する作業を進めている冬賀。

 

 彼の機体に一葉からの通信が入る。彼女たちの位置情報も同時に届いた。

 

『ヘルヴォルより司令部。目標区域に現着しました。近隣市街地の被害状況は?』

 

 続いて聞こえるのは司令部教導官の声。

 

『住民に重軽傷者41名。死者は確認できていない。区域周辺の住民の避難はまだ完了していないため、迅速な状況対応が求められる』

 

『負傷者がそんなに……』

 

『でも死者がいないのは幸い。これ以上の被害が出ないよう、やるしかない』

 

『ええ』

 

 千香瑠と瑤のやりとりの後、恋花の愚痴が流れる。

 

『避難が完了してないって?こういうフォローの悪さがエレンスゲって感じね』

 

『避難はマディックの皆さんが主導していますが……』

 

『リリィや騎士になれるような適性がなかった子たち……確かに、戦えば大きな被害が出るね…』

 

『…ヒュージに襲われたら、ひとたまりもないわ…!』

 

『そうならないよう、私たちがこの区域のヒュージを片付けましょう。冬賀、あとどれくらいで出撃できますか?』

 

『……』

 

 作業の進行状況と、ヘルヴォルの位置から所要時間を割り出す。

 

『出撃までは20分程度かかるかと』

 

『なるはやでもそれくらいか……。一葉、冬賀はアテにせず行くしかないね』

 

『今は仕方ありません。ヘルヴォルよりエレンスゲ司令部へ。敵勢力発見。これより状況を開始します』

 

『司令部よりヘルヴォル。了解、敵勢力の殲滅に当たれ』

 

 通信が一度切られる。この間にも組み立て作業は続いていた。

 

 

 

 しばらくして…

 

 

  ズガァァァァァァァ………

 

  ザ----…

 

 

(……今の通信は…?)

 

 爆発音と共に訪れた通信の乱れ。それが収まると、一葉の声が入ってくる。彼女は司令部教導官と話しており、冬賀は千香瑠に話しかけた。

 

『千香瑠様、爆発音を検知いたしましたが、皆様ご無事ですか?』

 

『冬賀くん、ええ。でも避難所の辺りで爆発したみたいで…今、一葉ちゃんが…』

 

『……マディックではヒュージの対処に多大な損害が出ると言っているんです!』

 

『損害の出ない戦いなどない』

 

『っ!』

 

 司令部の教導官が冷徹に返した。一葉はその返答に息を飲み……

 

 

『皆様!ヘルヴォルはこれより避難区域に向かい、避難民の保護を最優先に行動します!瀑銀隊もこちらへ!』

 

 

 予定の変更を告げた。

 

『もちろん!』

 

『かしこまりました』

 

『お、おい?!』

 

 真っ先に賛同したのは千香瑠と冬賀。一方で恋花が呆気に取られている。

 

『住民に大きな被害が出る可能性を見過ごすわけにはいきません!』

 

『恋花』

 

 名前を呼び、そのたった一言で彼女を説得したのは瑤だった。

 

『……わかってる!行くよ!』

 

『急ぎましょう、皆様!冬賀、合流地点の変更ですが……』

 

 冬賀は作業の傍ら、装備にある機能を作動させる。

 

『一葉様、貴女の通信機の信号を追尾させていただいております。そちらの動向に随時合わせて移動して参ります』

 

『…わかりました。貴方もどうか早く!今は1人でも人手が必要ですから…!』

 

『それでも心許ないけどね……』

 

『もうしばらくお待ちくださいませ』

 

 冬賀にはそう答えるのが精一杯だった。

 

 

 

 やがて、取り付け作業が完了する。

 同時に一葉と恋花から通信が入った。

 

『冬賀、聞いてください…』

 

『はい』

 

『現地にいたマディックの情報により、避難所近辺で新たにラージ級ヒュージが確認されました。ミドル級も含まれる群れで、街へ大きな被害を出す可能性があります。ですから…』

 

『応援が来るまであたしたちだけで叩いとく……んだけどさ、期待できる?』

 

『……。こちらが聞いていた通信の範囲では、既に確認されていたラージ級その他へ部隊の大部分が展開し、交戦中。おそらく自分が最初の応援になるかと』

 

『…期待できないってことか。で、あんたが最初ってことは…』

 

 

『はい。取り付け作業が完了いたしました。たった今でございます』

 

 

『んじゃとっとと来て!』

 

『かしこまりました』

 

 

 通信を切り、初期設定を組む。

 

 

(接続完了……マギチャネル開放、データリンク構築…)

 

 マギの流れに乗った新武装の情報が彼の頭に入る。

 

 

(3連装ガトリングキャノン。シールド機能も兼ね備え、肩の下部分は180度回転可能…。この状態で腕を付け根から後ろへ回せば地対空射撃、ただ伸ばせば地対地射撃…畳めばシールド。右腕のチェーンソーと合わせて遠近両方に対応した……)

 

 

 装着が済めば、あとはこの格納庫を飛び出して戦地へ赴くのみ。

 

(全作業アーム、ホームポジションへ帰還。全チャネル、クリア。アンビリカル、セパレート…)

 

 鋼の巨人が目覚める。天井のアームは所定位置に収納され、背中に繋がれていたケーブルが全て外れる。

 

 膝を伸ばして立ち上がり、センサーの視覚を脳と共有させた。彼の目には無骨な格納庫のシャッターが映る。

 

(各系統、オールグリーンを確認。シャッターを開く…)

 

 遠隔操作で開かれる、格納庫の重々しいシャッター。薄雲から透けた陽の光を視覚器が捉えた。

 

『瀑銀隊よりヘルヴォルへ。出撃準備完了。クリバノフォロス-Sgr(サジタリウス)A(アダプテド)。湖穣冬賀、出陣いたします』

 

 両足の下で高速移動用ホイールが唸りを上げる。

 巨人はたちまち学園の敷地を駆け抜け、ヘルヴォルに合流すべく道路を滑走した。

 

 

 

 

(どうか…大惨事になる前に……!)

 

 川に架かる橋を渡り、路地を抜け、一葉の信号を追いかけて進む冬賀。

 すると……。

 

(……!あれは…。間違いない…!)

 

 前方に人影が見えた。

 彼と同じ方向に向かう、長く薄いグレーの髪に、上着の長袖が余るほど小柄な体躯。それに釣り合わない大きさのチャームを手に駆ける……エレンスゲの制服を着た1人のリリィ。

 

 彼女の顔は見えない。

 しかし、後ろ姿だけで冬賀には、彼女が誰かすぐにわかる。

 

 

 

『……(らん)様』

 

 

 

 彼女は気づいていないのか走り続ける。スピーカーを調整し、もう一度……

 

 

 

佐々木(ささき)(らん)様!』

 

 

「んー?」

 

 

 濃い金の瞳が振り向く。年齢の割にどこか幼い、愛らしさのある顔……。

 

「あー!」

 

 彼女はスピードを落として冬賀の隣にやって来た。

 

「とーが!とーがだぁ!」

 

 ひょいとジャンプして巨人の肩に飛び乗る。チャームの重みにより一瞬だけ膝が歪んだ。

 

『お久しぶりです、藍様』

 

「うん!とーがもヘルヴォルのおうえんにいくの?」

 

『ええ。共に戦うと約束しましたから』

 

「じゃあ今日はひさしぶりに、ふたりでおもいっきりたたかえるね!」

 

『はい』

 

 リリィ…藍の瞳と、巨人の兜にある歪な顔の目が、同時に黄色の光を放った。

 

 

 

 

 避難所付近。

 ラージ級ヒュージ…台座に乗った水晶のような12面体型の個体が、上部を傘のように開き、長大な触手2本を伸ばして攻撃してくる。

 周りの戦車型ミドル級の火力支援に加えてラージ級の耐久力の高さもあり、ヘルヴォルは押されていた。

 

 一葉が瑤を援護しつつ体勢を立て直す。交差点の中央で、皆が背中を合わせて周囲を見ている状態になった。

 

「み…皆…?あの……私たち、敵に取り囲まれてるみたいだけど…」

 

 十字路の各方面から、ミドル級ヒュージがジリジリと近づき、千香瑠の正面にはラージ級が聳えている。

 

「ついに撤退もできなくなったか……。とにかく、やるだけやるしか…」

 

 

 恋花がチャームを構え直した次の瞬間。

 

 

『お待たせいたしました』

 

「冬賀?!」

 

『湖穣冬賀、現着しました。それから…』

 

 

 通信と共に何者かが戦場に乱入。小柄な体に巨大なチャームを持ち上げたリリィが、1体のミドル級に近づき……

 

 

『“友人”を連れて参りました』

 

「…は?」

 

 

  ヒュンッ

 

  バギャア!!

 

 

 彼女はヒュージの脳天に得物を振り下ろし、その勢いでもって“叩き割る”。

 

 

『□□□□ッ!!?』

 

 

「1体目げーきはー!!」

 

 

 断末魔と共に戦場に響く、狂喜の叫び声。

 

「ミ、ミドル級が真っ二つに……」

 

 驚く千香瑠たちに構わず、彼女は次の獲物に飛びかかった。

 

『□…』

 

 ドッガッゴシャッ!

 

 目にも留まらぬ速さで振り回される鈍器。2体目のヒュージが跡形も悲鳴もなく潰れ飛び散る。

 

「あははは!!2体目げきはーー!!あはははははは!!」

 

「また…!一体、貴女は…!」

 

 目の前でその光景を見せられた瑤が呼びかけるが、彼女は構わず突撃していく。

 

「次はあっち!!とーが!!」

 

 向かう先には2体のミドル級。1体目が叩き割られ、2体目は……

 

 

  ドガガガガガガガガガガガガ

 

『□□□□□□!!』

 

 

 背後から連続して撃ち込まれる深紅の光弾を受けてたちまち穴だらけになり、襲撃者の方に振り向くや否や…

 

  ヴィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンッ

 

 

『□ッ』

 

 

  ドゴォオッ

 

 血色の稲妻を纏う長いチェーンソーで斬り裂かれ、巨大チャームに殴り飛ばされてバラバラと地面を転がる。

 

 ヒュージの亡骸の影からは巨人の騎士が現れた。左手の3連装ガトリングの銃口から煙が上がり、表面で紅い稲妻が弾ける。

 

「あはははは!!」

 

 彼女はひらりとジャンプし、巨人の肩に飛び乗った。

 

『参上しました皆様』

 

「らんがおうえんにきたよー!げーんちゃーっく!」

 

「お、応援って、1人でここに?君はリリィなんだよね?他の子は…レギオンは?」

 

 一葉の問いに、藍はあっけらかんと答える。

 

「れぎおん?らんはひとりで、よくとーがとふたりでたたかうよ!!」

 

「ひ、1人!?しかも冬賀とって…?!」

 

 問い質している間に、ヒュージの群れが立て直されていく。

 

「一葉、ヤバいっ!囲まれる…!」

 

「っ!君、そこから降りて…」

 

 一葉と恋花が庇うように藍を手招きする。

 が、彼女は巨人の肩の上で、剣を振る指揮官のようにチャームを前に向けた。

 

「いっくよーーとーが!!」

 

『はい』

 

 声色に温度差のあるやり取りを経て、巨人が左腕を畳み盾とし、足のホイールで駆け出す。同時に肩から藍が飛び出した。

 

「であぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 空中に躍り出た藍はチャームをキャノン砲に変形させて上方からミドル級を次々に撃ち抜き、砂埃を巻き上げる。

 

 それを引き裂いて現れる冬賀が、チェーンソーで残りのヒュージに留めを刺していく。

 

 

「あははははははっ!たーのしーー!!」

 

 

 大火力射撃と高機動の巨体による格闘戦。そのコンビネーションは……。

 

「な、なんて荒くて的確なの…?!」

 

 千香瑠も舌を巻くものだった。

 

 あっと言う間に群れが分断される。

 

「一瞬で、包囲を解いた…!あの2人が。敵を蹴散らして…」

 

「凄い力……」

 

 群れの残りを瞬く間に減らしていく、機械巨人と小柄な少女。2人が奏でるのは純粋なる破壊の調べのみ。

 

 両者の目から漏れる黄色の光は、煙を上げる線香のごとく。

 

「もっと!もっとあそぼうよ!はぁっ、はぁっ。らんはあそびたりない!!はぁああっ!」

 

 ヒュージを蹴散らして進んでいく2人。その行く手に……。

 

「……か、一葉ちゃん…?前…前に……」

 

「わーお…これはヤバい感じ……」

 

 控えていたラージ級に、藍が近接戦を仕掛ける。冬賀は足を止めて、左腕のガトリングを展開し射撃で彼女を援護。

 

「らん、たたかう!!もっと…もっともっと!」

 

 撃ち続ける冬賀の近くに4人が集まってくる。

 

「一葉、もう時間稼ぎなんて言ってられない。やるか、やられるか」

 

「っ!!藍を中心に戦闘展開!私たちでラージ級を撃滅します!」

 

「了解」

 

「それしかないか、残念ながら!」

 

「で、できるだけ頑張るわ!」

 

 と、ラージ級が鎖のような触手を放出。先端に刃が付いたそれで藍を振り払わんとする。ジャンプで後退しつつ回避し、皆の近くに着地した彼女。

 そこに鞭のごとく振り下ろされる触手を……

 

  ガギィィィィィィィィィン……!

 

 冬賀が畳んだ左腕の盾で受け止める。

 

『自分が援護します。皆様、お早く』

 

「いっくよーー!たあああああああ!!」

 

 再び飛びかかる藍に続き、ヘルヴォルの全員も駆け出した。

 

 

 

 

 水晶のような形のラージ級ヒュージと、それが従える群れとの戦いは激化の一途を辿る。

 

 圧倒的パワーでミドル級を潰していく藍を援護しつつ、ラージ級も狙うヘルヴォル。

 しかし、有効打が決まらない。

 

「……っ!やっぱりこのラージ級…タフ過ぎる…!」

 

 瑤が苦い顔をしていると、ヒュージが鎖状の触手で近くにいた恋花を串刺しにすべく伸ばしてくる。

 それを彼女は回避しながら一葉に通信。

 

「攻撃も鋭い!一葉、やっぱこのままじゃジリ貧に…!」

 

 

「まだです!群れのミドル級は減っていますし、チャンスは必ず見つけられます!」

 

 皆が疲弊していく中、メインターゲットがラージ級に移る。

 

(頭数は減ってきた……。でも、このままでは…!)

 

 触手を振り回して暴れるラージ級を見上げる一葉。

 

 

(何か…決定的な隙でもなければ……!)

 

 

 と、彼女の近くに来ていた冬賀に呼びかける藍の声が響いた。

 

「とーが、『あれ』やって!『あれ』!!」

 

『……はい、藍様』

 

 肯定の返答。急な出来事に恋花たちは戸惑う。

 

「え、冬賀…?!『あれ』って何?!」

 

『…一葉様。自分が隙を作りますので、一斉攻撃の合図を願います』

 

「それは…ラージ級にですか?!しかし、いつ…」

 

『………』

 

 一葉の呼びかけに答えることなく、彼は頭部の装甲を開いて生身の顔を露出させる。

 

 それは、藍がラージ級の胴体に向かってジャンプしたタイミングと同じであった。

 

「でぁああああああ!!」

 

 飛びかかる彼女に、ヒュージは容赦なく触手を繰り出す。

 

 

「藍?!」

 

 

「危ないっ!!」

 

 

 一葉と千香瑠が悲鳴に似た声を上げる……その時。

 

 

  ドクン……

 

 

 冬賀の装備……鋼の巨人の背中に収められた、極めて高いエネルギーを生み出す3基のリアクターが鈍い輝きを増し、解き放つ。

 

 巨大なエネルギーが稲妻となって冬賀へと流れ込んだ。

 それは彼の身体のある一点……喉に集中する。

 

 

(喰らい付け……『アヌビスの(あぎと)』!)

 

 

 目一杯開かれた、彼の口から放たれたのは……

 

 

 

  ドウッ!!!

 

 

 

「うわっ?!」

 

「きゃあっ!!」

 

「っ!」

 

「何?!」

 

 

 轟音。

 

 声ですらない、爆発的エネルギーを瞬間的に放つ、正真正銘の爆音。空間を震わせる大気の振動であった。

 

 

 そして、ヘルヴォルは目撃する。

 彼の咆哮が響いた、その瞬間に……

 

 

 

「……は?」

 

 

「ヒュージが……」

 

 

 

「止まったああああっ!!」

 

 

 

  ドゴォッ!

 

 

 写真に撮られたように、その動きをピッタリと停止するラージ級。それだけでない。周りの残党のミドル級も動きを止めている。

 

 呆気に取られる恋花、一葉らを置いて、止まった触手をやり過ごした藍の一撃が、ラージ級の胴体に叩き込まれた。

 

 一葉は確信する。

 これが、冬賀の言っていた『隙』であると。

 

 

「っ!皆様、ラージ級に火力集中!一気に叩きます!!」

 

「え…ええ!」

 

「わかった…っ!」

 

「何かよくわかんないけど……!」

 

 

 ヘルヴォルによる一斉射撃の第1波が命中。それと同時に、ヒュージが息を吹き返す。一時停止していた映像を再生するかのごとく動き出し……

 

「……ん?」

 

「は?」

 

 

『□□□□□□□□□!!』

 

 

 狂ったように叫びながら冬賀に触手を叩き込む。2本あるその両方で、ヘルヴォルなど意に介することもなく集中攻撃を繰り返し始める。

 

『□□!』

 

『□□!』

 

『□□!』

 

 ラージ級だけではない。周囲にいたミドル級の戦車型ヒュージも、一斉に彼だけを狙って熱線を放ち始めた。

 

 彼は攻撃を最小限にして、回避と防御に専念する。

 

「冬賀が…引きつけてる…!?」

 

 驚く瑤。一方の藍は……

 

「あはははは!!それ!それ!!それーー!!」

 

 彼に殺到するヒュージを片っ端から次々と撃破。

 戦車型は同士討ちもしたが、それにすら気づかぬまま骸となる。

 ラージ級はどれほどダメージを受けても冬賀しか眼中にないまま、自ら引き連れていた群れの残りを亡き者に変えていく。

 

 あっという間に、ミドル級の残党が消滅した。

 

「一体…何が…?」

 

「騎士団の方たちも『スキル』を持っていると聞いたことがあるの。きっとあれが、冬賀くんの……!」

 

 ラージ級に銃撃を続ける瑤と千香瑠。その横に、チャームを剣に変形させた恋花が駆けてきた。

 

「何にせよいい的!斬り込んでいくよ!」

 

「待ってください、恋花様!冬賀!」

 

『はい、一葉様』

 

 藍と共にラージ級を攻撃しつつ回避も怠らない彼に、聞いておきたいことがある彼女。

 

「どれくらいの時間、引きつけていられるんですか?!」

 

 彼は淡々と通信を返した。

 

 

『ごく短い時間です。自分かヒュージが死亡するまでですので』

 

 

「っ!皆様、近接戦で一気に!留めを刺します!」

 

「そうね!」

 

「わかった」

 

「…が、頑張るわ!」

 

「タイミングは……藍!」

 

 

「たあぁああああああああああ!!」

 

 

  バギィ!

 

 

 ヒュージの背後から大型チャームを打ち込む彼女。

 その場所に、鈍い音とともにヒビが入った。

 

 

「「「はぁあああああああっ!!」」」

 

 恋花、瑤、千香瑠の連続攻撃が、その割れ目を吹き飛ばして弱点に通ずる穴へと変える。

 

 

『□□□!!□□□□□□!!!』

 

 

 体液を噴出しながら絶叫するヒュージ。だが、それでも冬賀への攻撃をやめない。

 

「これで……」

 

 体に開いた大穴に、一葉のマギを集中した斬撃が迫る。

 

 

「終わり…!!」

 

 

  ザンッ!

 

 

『□□□□!!□□……□□□□……!』

 

 

 心臓部を斬り裂かれ、割れ砕けるヒュージの体。断末魔が途絶え、地に斃れ伏す瞬間まで……その触手は鋼の巨人の方を向いていた。

 

 

 

 気づけば陽は傾き、間もなく夕焼けが辺りを染めるであろう時間になっていた。

 

「あー……綺麗な空だなあ……。ふふ…ふふふ。よく生きてたもんだわ」

 

 瓦礫の上に座り、空を見上げて黄昏れる彼女を瑤が心配する。

 

「……恋花、大丈夫?怪我は?」

 

「あー、うん。マギの使い過ぎで疲れただけ。奇跡的にほぼ無傷で済んだわ……」

 

 一方……。

 

「一葉ちゃん、藍ちゃんは……?」

 

「はい……まだ眠ったままです」

 

『………』

 

 座っている一葉の背に体重を預けて、藍がすやすやと眠っている。その様子を、千香瑠と冬賀が優しい眼差しで見守っていた。

 彼は巨人の胴体の装甲を開いており、吹き抜ける風を体に浴びている。

 

「戦いが終わった途端にコトン、だものね」

 

「大丈夫…でしょうか?」

 

「大丈夫よ。こんなに穏やかに眠ってるんだから」

 

 一葉は申し訳なさそうにしながら、恋花たちの方にも顔を向ける。

 

「すみません、危険なことに付き合わせてしまって」

 

「ほんとほんと。死ぬかと思った!」

 

「す、すみません!」

 

「恋花」

 

 ミーティングのときのように彼女に謝らせる恋花を、瑤が軽く叱る。

 

「でも、これが…これからのヘルヴォルの戦い方なのね……」

 

「え……」

 

 呟いた千香瑠の方を向く一葉。唐突な言葉に少し驚いたのだ。

 

「ほら、向こう」

 

 千香瑠が指差すのは、瓦礫の山と街の境。健全な建物が見えている。

 

「私たちが来るまで、ヒュージが暴れてた場所。ちゃんと守れたわ」

 

 彼女が穏やかな笑顔を見せると、一葉も安堵の表情になる。

 

「はい、そうですね……。よかったです、ヘルヴォルの最初の一歩を無事に踏み出せました」

 

 そう言って、彼女は藍を背負って立ち上がると冬賀に向き合った。

 

「ありがとうございます、冬賀」

 

『……と、仰られますと…?』

 

「今日、勝利できたのは貴方の力があってこそでした。これからもよろしくお願いします」

 

『………』

 

 冬賀は意外そうな顔できょとんとした後、ほんの少しの笑顔を浮かべ……

 

『…光栄でございます』

 

 義肢の右腕を装備との接続部から外し、その前腕をパチンと戻して左胸に当て、頭を下げて礼とする。

 金属の腕が、少年の胸元で陽の光を受けて煌めいた。

 

 と……。

 

「応援、到着しました!」

 

「ラージ級はどちらに?!」

 

 エレンスゲのリリィたちがやって来た。新たに発見されたラージ級を撃破すべく送られた部隊。

 

 しかし、彼女たちが倒すべき敵はもう亡骸である。

 

「あははは……」

 

 恋花は笑顔で彼女たちを出迎え……突如目を釣り上げた。

 

 

「遅いわーーーー!!」

 

 

 

 

 ビルの谷間に沈む夕日を眺めながら帰投するヘルヴォル。メンバーは冬賀のクリバノフォロスの肩の上や、展開された左腕の上に座っている。冬賀は足元の車輪で動いており、今や完全に彼女たちの乗り物だ。

 

「これ楽チンじゃん!いいねいいねー!」

 

「恋花、冬賀を足にするのは…」

 

 瑤が彼女を窘めるが、一葉も乗り気だ。

 

「確かに、迅速な移動が可能になるのは戦略を立てる上で大きなプラスですね…。活動範囲も広がるでしょうし……。冬賀、この移動方法を今後も行なっていいでしょうか」

 

 頭の装甲を開けている彼は何食わぬ顔で答えた。

 

『ご命令とあれば、いつでも』

 

 と、恋花が話題を切り出す。

 

「で、冬賀。何個か聞いときたいことあるんだけどさ……」

 

『はい』

 

「まず、さっきの……ヒュージを止めたやつ。何?」

 

『……EX(絶滅)スキル、『アヌビスの顎』。ヒュージのマギに働きかけ、動きを固める音波を発するものです。スキルの効果範囲内に存在するヒュージは動きを数秒止めた後、発信源の破壊を最優先として活動するようになります』

 

「…絶滅…スキル…」

 

「なるほど。危険な役どころですね…。それで、貴方の身体は……」

 

 一葉が悲しそうに見つめたのは彼の左目。半分ほど機械センサーになったその顔が横に振られた。

 

 

『違います、一葉様。アヌビスの顎は……死に瀕するほどのダメージを受けた身体でなければ発現しないスキルです』

 

 

「「?!」」

 

『だからこそ、死神の名を持つスキルなのです』

 

 皆が驚くが、彼は静かに言葉を続ける。

 

『そしてヒュージ・マギ・リアクターがなければ……騎士団に入らなければ、スキルが発現することはありません』

 

「じゃあ……冬賀くんは……」

 

「瀑銀隊となる前から…」

 

 彼はさも当然のように答える。

 

 

『はい。元よりこうでございます。EXスキルに共通で付随する再生機能でも、発現前に受けた傷に効果はありません。アヌビスの顎は、EXスキルの中では再生能力がやや高いものですが』

 

 

「「………」」

 

 しばしの沈黙。クリバノフォロスが切る風が少し冷たくなった。

 その沈黙を破ったのは……瑤だった。

 

「……何があったの?」

 

『………』

 

 彼は悩むように目を閉じた後……決意めいた顔で言葉を発する。

 

 

 

『……日の出町の惨劇です』

 

「「!!」」

 

 ヘルヴォルの全員の顔に衝撃が走る。

 彼女たちの間ではあまりにも……知れ過ぎた一件であるためだ。

 

『あの事件の折、自分はヒュージの熱線に身を焼かれました。自分の家も、家族も、近所の方々も友人たちも……何もかもを失いました』

 

「………」

 

「………」

 

 一葉に恋花…眠っている藍を除く皆が、沈痛な面持ちで彼の話を聞いている。

 

『幸か不幸か、自分には負のマギへの耐性があり……早期に発見されたこともあって命は助かりました。しかし……それ以外のほとんど全てを失いました。生きていた証明も証人も失い…自分は1度、死んだ身です』

 

「……どうして…ですか…」

 

 俯いた一葉が問いかける。

 

「どうして…戦ってこれたんですか…?」

 

『……。この体では、自ら命を絶つことすらままなりません。何度となく絶望しました。故郷の全てを喪ったと知った時。手足と、目と、声を失い、自らの意思で彼らの居場所に行けないと知った時…』

 

 学園まではまだ距離がある。

 

『騎士団の施設で治療を受けながら、自分には選択権が与えられました。1つは、騎士団に入り新しい身体を手に入れ、騎士として戦い、死と隣り合わせとなって生きること。もう1つは入団せず、義肢と義眼を諦め……野垂れ死ぬこと』

 

「野垂れ…?」

 

『財産も、自分の生存を証明する人も物も失くしてしまいましたから。公的な支援を受けることはできない身だったのです』

 

 春の夕方。街に冷めた風が吹いている。

 

『自分にはもう、選択肢はありませんでした。行く場所も、帰る場所もないこの体にまだ使い道があるなら、1つでも果たさなくては……』

 

 夕焼けが、長い影を路地へと落としていた。

 

『……何のために生まれ、なぜあの日を生き残ったのか…その意味がわからないまま…自分にとって無意味なままに、この命は朽ち果てて……生き残らせてくれた全ての方の命すら無意味にしてしまうことでしょう』

 

 赤い空を映して煌めく川。その上に架かる橋を渡る。

 冬賀は申し訳なさそうな顔を彼女に向けた。

 

『一葉様……自分に信ずる正義はございません。ただ、出涸らしのようなこの命を手放せずにいる…それだけのことです』

 

「……あ…」

 

 一葉は午前中に、教導官から言われた言葉を思い出した。

 

『騎士団の他の隊員にも、自分のような者は多くおります。居場所を失くした者。帰る場所を失くした者。日々の糧が手に入らない者。その家族など……リリィにも似た境遇の方は大勢いらっしゃるかと』

 

 教導官と同じことを、他ならぬ彼の口から聞く。

 

 

『我ら、牙刃の騎士団に正義はございません。ただ、昨日を無駄にしたくない。今日を乗り越え、明日を迎えたい。そう願う者たちが、傷を舐め合って共に戦う。それだけのことです。大義名分もなく、幸も不幸も関係なく、ただ生きるために』

 

 

「でも……貴方は1人で…」

 

 だんだんと学園が近づいてくる。

 

『エレンスゲ女学園が要請した隊員が1人であった以上は仕方ありません。それでも居場所ができ……』

 

 彼は少し頭を動かして、一葉に抱えられている藍を見た。

 

『その上、新たな友人にも出逢うことができました。単独行動が基本の藍様と自分は、戦場で遭遇する機会が多かったためです』

 

 学園はもうすぐ。

 

『ヘルヴォルによる、“瀑銀隊への直接命令権”。これは本来、最高戦力である貴女方を守るために、自分がこの身を犠牲にすべき時に行使することを想定していました。学園は、一瞬でも騎士団と共闘していただけで、充分な評判を得られる実績と考えていたようですから』

 

 冬賀はもう一度振り向く。

 

『それが…貴女から直々に、名高いトップレギオンの指揮下に加わり、共同で戦うように命令を受けたことは想定外でした。自分に価値を見出してくださったこと、この上ない喜びです、一葉様』

 

「……そうですか…」

 

 柔らかく微笑む冬賀に、一葉は切ない笑顔を向ける。

 

「それは…よかったです…」

 

 他の皆も少し複雑な笑顔。そんな少女たちを乗せた巨人が門を抜け、学園へと帰還した。

 

 




 信じられるか?これ、一日の間の出来事なんだぜ……。
 新学期初日からバタバタし過ぎな気がしますが、このガーデンならこういう事態を引き起こしたり、やりかねないのが何とも言えないところです。



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第4話 猪突猛進

 エレンスゲ編の続きです。主人公が男一匹だと話を回しやすいですが、どうしてもキャラクター数が少なくてボリュームが不安に……。




 

 エレンスゲ女学園の敷地、その外れにある裏手門の近く。

 朝、冬賀はここにある居住区画で目を覚ました。

 顔の左側に埋め込まれた義眼を通し、視界に映し出された文字列を読む。

 

 

  …………

 

 

 マニュピレータインターフェース 制御プログラムアップデート 100%完了……

 旧バージョン 内臓型バックアップストレージに保存済み こちらでの起動も可能……

 

 

  …………

 

 

 ベッドから身を起こした彼には、左腕しかついていない。それで義眼の横に差し込まれたケーブルを抜き、ベッドの傍らに置いてあった右腕に持ち替えた。

 そして半袖Tシャツの袖に右腕を嵌め、床に転がる脚を拾って装着。

 

 部屋を歩き、先程抜いたケーブルが繋がっているパソコンに向き合う。モニターを起動すれば、昨日の夜に読んだメールがまだ表示されていた。

 

 

  …………

 

 冬賀くんへ。

 リリィとの正式な連合部隊化、おめでとう!

 例の二人組からのお礼で送った左腕はどんな具合かな?

 これであなたにもっと報酬を融通できるようになったから、お祝いに手足の制御プログラムのアップデートをあげちゃうね!

 冬賀くんが好きな和菓子作りとかできるようになるし、クッキーもティーカップもつまめるよ!

 

 これからも頑張ってね!応援してるから!

 

 

 牙刃の騎士団本部 瀑銀隊支援管理主任

 盤渉(ばんしき) 時雨(しぐれ)

 

  …………

 

 

「………」

 

 傷痕が広がる顔に、優しい微笑みが宿る。

 

(ありがとうございます、時雨さん。これで……僕は千香瑠さんの手伝いができる…。戦闘以外で、初めて彼女たちに貢献できる……)

 

 通信教育の授業を済ませ、クリバノフォロスの整備や居住区画周辺の掃除など日課をこなしていると、やがて放課後の時間。

 楯の乙女たちからミーティングの知らせが届いた。

 

 

 

 

「いや、ホント。昨日は大変だったわ……」

 

 一葉以外のメンバーが集合しているヘルヴォルの控室で、恋花は愚痴をこぼしている。

 そんな彼女の横に、千香瑠が微笑みながらやって来た。

 

「ふふ、ほんとに激戦だったわね。あ、お茶とクッキーどうぞ」

 

「お、サンキュー!」

 

 彼女は嬉々としてクッキーを頬張り、紅茶で流し込んだ。

 

「美味しい!いい香り!あったかーい!んー、生きてるって実感するわ!ティータイムのためにここに来られるわー!」

 

「だそうよ、冬賀くん。ふふふ、ありがとうございます」

 

『光栄です、恋花様』

 

 冬賀が控室の調理スペースから笑顔を覗かせた。彼は洗い物をしているようだ。

 

「……え、冬賀…?大丈夫なの?何か不器用とか言ってなかった?」

 

「手足の制御プログラムを新しくしたそうよ。それで器用になったらしくて。このクッキーも手伝ってくれたわ」

 

「……やっぱ意外と便利じゃん、あいつの体」

 

『これからは皆様にさほど不快な思いをさせることなく、交流活動に参加可能となりました』

 

 ハンカチで義手を拭きながら、彼も千香瑠たちがいるテーブルに近づいた。表情はとても柔らかい。

 

「……プログラム更新したならさぁ…その口調と顔が合わないのも何とかなんない?」

 

『……前向きに検討させていただきます』

 

「その声のトーンでそのセリフ、めちゃくちゃ白々しいんですけど?!」

 

 一方、千香瑠は笑顔で瑤と話していた。

 

「この、動物さんクッキー。今度、作り方教えて?」

 

「ええ、もちろん」

 

 冬賀と話している間に少し皿から目を離した恋花。気づけばもう半分ほどがなくなっている。瑤がこのクッキーを気に入っているためだ。

 

「すごい勢いでクッキーが減ってく……」

 

 彼女は呆れを含んだ笑顔を見せる。

 

「たくさんあるから、たくさん食べて」

 

「うん、遠慮はしない。冬賀もほら」

 

『瑤様、自分は試食の分だけで充分でしたが……』

 

「そう言わずに」

 

『いえ、手足の筋肉がないので、食べる量は限らなくては…健康上の問題が……』

 

「むぅ…」

 

「まぁまぁ。無理強いするものでもないわ」

 

 和気藹々とした光景が恋花の前で繰り広げられる。

 

「まぁ、昨日あんだけ頑張ったんだからお腹も減るか……。それに引き換え……」

 

 彼女が呟いた次の瞬間。

 勢いよく扉が開き、ドヤ顔の一葉が飛び込んで来た。

 

「皆様!前回の戦闘の反省を踏まえて、私たちの訓練メニューを考えてみました!こちらをご覧ください!」

 

 そう言って分厚い冊子を広げる彼女に、恋花がツッコミを入れる。

 

「あんた、なんでそんな元気なのよ一葉!」

 

 一葉は気にすることなく冊子を配っていく。

 

「まあ!この練習メニュー、ちょっとした本みたいになってるわ……」

 

「“瑤様専用基礎体力トレーニングメニュー”……。これ……全員、中身が違うの?」

 

「はい!昨日の戦闘での皆様の様子をヒントに、徹夜で作りました!」

 

「………」

 

 冬賀は心配そうな眼差しを一葉に向ける。

 

「そのバイタリティと熱心さ!かっこいいわ、一葉ちゃん!」

 

 笑顔で褒める千香瑠の横には、ジト目を向ける恋花がいた。

 

「ええ、まるで野生のイノシシのようなかっこよさね。“エレンスゲのイノシシ”って二つ名を贈らせてもらうわ」

 

「そんな、褒められるほどのことでは……」

 

 一葉は何か勘違いして頬を染める。

 

「安心して一葉。恋花はたぶん褒めてない」

 

「あ、あと冬賀にはこれを」

 

 瑤の言葉を気に留めなかった一葉は、彼にも冊子を渡した。

 

『……こちらは?』

 

「現状で思いつく限りの連携プランとフォーメーションです。昨日は貴方に任せすぎたこともありましたから。ぜひ覚えてください」

 

 その圧倒的な分量に一瞬たじろぐ冬賀だったが、彼女の真っ直ぐな目に逆らえなかった。

 

『……かしこまりました』

 

「うわ、あれも結構分厚……ん?あれ?」

 

 と、恋花が違和感に気づく。

 

「この小冊子、1冊多くない?」

 

「あ、気づかれましたか。さすが恋花様です!昨日の戦いでも状況を即座に理解、私にもたくさん助言をされて…惜しむらくは終盤、体力の低下からせっかくの注意力、判断力がやや低下していたので、スタミナを上げる有酸素運動をトレーニングの中心にしつつ……」

 

「ストップ!ストーップ!!」

 

 顔を近づけ捲し立てる一葉を引き離しつつ止める恋花。話題の修正を試みる。

 

「この、6冊目の小冊子は何?」

 

「そうでした。皆様、喜んでください。ヘルヴォルの仲間が増えましたよ!」

 

「!」

 

「……一葉、どういうこと?」

 

 連携プランの中に、今ここにいない者の名を見つけた冬賀。その横で、瑤が不思議そうにしていると……。

 

 

「藍、入ってくれる?」

 

 

 一葉の呼びかけに応じて扉が開き、昨日応援に来ていた“彼女”が現れた。

 

 

「ささきらんだよー。よろしくー」

 

 

 一葉以外の皆にとっては意外な再会だった。

 

「まあ、昨日の!」

 

「うわ!ハイパワー暴走幼女!!」

 

 千香瑠は驚き、恋花は悲鳴にも似た声を上げる。

 

「幼女ではありません。歴としたエレンスゲ女学園高等部1年の、佐々木藍です」

 

「らんは高校1年生」

 

 一葉も藍も、不満気に恋花を見た。

 

「そ、それは失礼だった。ごめん!……じゃなくて!何、昨日の今日で、え?この子…ヘルヴォルのメンバーになんの?!」

 

「はい。昨日の戦闘の後、早速学園に問い合わせたんです」

 

「あの激戦の直後に!?」

 

「はい、そうしたら彼女、まだどのレギオンにも配属されてなくて。なのでぜひ、ヘルヴォルにと。学園を通して話したところ、「いいって言われたからいいよー」と、藍も快諾してくれました」

 

「軽っ!一緒に戦う仲間を決めるの、軽っ!」

 

「そしてどこか他人事……」

 

 恋花と瑤は思わずツッコミを入れた。

 そんなやりとりをする後ろで、藍は千香瑠と冬賀の方へテトテトと歩いていた。

 

「おお。とーががなかみだー」

 

『またお会いできて嬉しいです、藍様』

 

「んふふ、らんもだよ」

 

 仲よく笑顔を交わす冬賀と藍。千香瑠は彼女が来たことを喜んでいた。

 

「まあまあ!まあまあまあ!可愛らしい仲間が増えるのはいいことじゃない!それじゃあ、藍ちゃん。今日からよろしくね!」

 

「うん、よろしく」

 

『自分からも改めて、よろしくお願いいたします。藍様』

 

「よろしく、とーが」

 

 千香瑠は喜びながら藍をテーブルに着かせる。

 

「それじゃ、お近づきの印に…はい、動物さんクッキーどうぞ」

 

「ありがとう。…モグモグ…。……!!」

 

 一口頬張った藍は目を輝かせた。更にもう一つ口に運ぶ。

 

「モグ…むぐむぐ……!ん!…お、おいしい……!」

 

 満面の笑みを浮かべる彼女に、千香瑠と冬賀も笑顔で皿を勧めた。

 

「うふふ。たくさんあるから、いくらでも食べてね」

 

「うん、たべるー!」

 

 

「……あ、私のクッキー……」

 

 皿の中身がまたもや減っていく様を見た瑤は、額にかかった縦線が想像できるほどに落ち込んでいた。

 

「元々瑤だけのじゃないから。皆のだから、あのクッキー」

 

 

 

 皆が落ち着いたタイミングで、一葉がミーティングを仕切り直した。

 

「それで、トレーニングの件なのですが……」

 

「…その前に一つ聞いてもいい?」

 

「はい!どうぞ恋花様」

 

「……昨日の命令違反は大丈夫だったの?ラージ級を倒しに向かえって命令に、逆らったわけじゃない?お咎めなしなわけ?」

 

 昨日の戦闘の発端は、ヘルヴォルが独自行動を取り始めたことだった。

 

「ああ……ご心配ありがとうございます」

 

「一葉のじゃなくて、あたしの心配をしてるの」

 

「今回、強力なラージ級を結成間もないヘルヴォルと指揮下に入ったばかりの瀑銀隊1名だけで倒しきった。この結果がありますので、忠告程度で収まりました」

 

「なるほど……。エレンスゲらしいっちゃらしいか」

 

 成果さえ出せば過程は重視しない。その方針に則っているだけのことだった。

 

「はい!これからも私たちは私たちのやり方で結果を残し、エレンスゲを変えていきましょう!」

 

「うん、私も頑張るわっ!一葉ちゃん!」

 

 彼女にズイ、と近づいた千香瑠が声を上げる。

 

「はい!心強いです、千香瑠様!」

 

 見つめ合う2人に、恋花はジト目を向けていた。

 

「あたし“たち”ってまとめられるのは困るけど……まぁ、やれるだけやってみたら?」

 

「はい、応援ありがとうございます!一緒に頑張りましょう!」

 

 我関せず、あるいは実現不可能と言いたげな恋花の後ろ向きの言葉は一葉に届かず、跳ね除けられた。

 

「……すっごい前向きね、あんた……」

 

『一葉様、トレーニングに関するミーティングの続行を願います』

 

「ああ…はい!」

 

 冬賀に言われて、彼女は話題がズレていたことに気づく。

 

「それじゃあ、今日から早速、一葉ちゃんが考えてくれたトレーニングをやっていくのね!」

 

 やる気充分という顔の千香瑠。だが。

 

「あ、それは個々でできる自主トレのメニューなんです」

 

 その一言に、恋花は衝撃を受ける。

 

「こ、この量、自主トレでやれって?!」

 

「はい、やっぱり身体能力は、戦いの結果を大きく左右しますから!最後に頼れるのは己の身体です!」

 

「冬賀の前でそれ言う?!」

 

「……あっ」

 

 一方、当の本人は話半分で冊子に目を落としている。

 

(この量を、全て記憶しなくてはならないのか……。義眼か機体のメモリーに入れるとなれば、データ量と手間や時間が…。それに実践できるかはまた別の問題…。…?)

 

 口と表情には出さなかったものの、彼も内心青くなっていた。が、恋花と一葉の視線に気づき顔を上げる。

 

『いかがされましたか?』

 

「……。今更だけどさ、あんたって身体鍛えられるもんなの?」

 

『……。何らかの効果が期待できるのは、呼吸器系と循環器系、ごく少量残っている筋肉のみです。戦闘においては、これらの持久力が高ければ集中できますが、そもそもこの身体では低い水準までしか鍛えることができません』

 

「…まあ足の速さとか腕力とか、鍛えようがないしね…」

 

『それより問題となり得るのは、装備との接続による神経系への負担と、EXスキルの反動です。これらは回数をこなして慣れるしかありません』

 

 すると、一葉がポンと手を打った。

 

「と、いうことは…皆様の自主トレに冬賀が積極的に付き合えばより効率よく戦力アップ、となるわけですね!」

 

「いや、何その理屈!それにしたって…」

 

 恋花は渡された冊子に視線を落とす。

 

「この量は…この量は尋常じゃないぞ……!」

 

「大丈夫です!きちんと段階を踏むように設計しました。それに何より…やればできます!」

 

 気合いか覇気かがこもった顔で力説する一葉。恋花は彼女から少し距離を取り、瑤の耳元で話す。

 

「精神論……。ヤバい、この子ゴリゴリの体育会系だ…」

「そう?嫌いじゃないけど、精神論」

「だって見なよ、あの冬賀の顔……」

「……ぁ…」

 

 一方、千香瑠は一葉側についていた。

 

「うん!やればできるわ!ね、藍ちゃん!」

 

「うん、やればできる…かも」

 

 意気投合する3人の背後に闘気の爆発が幻視される……のだが。

 

「あ、あら…冬賀くん…?」

 

「……とーが?」

 

「…………」

 

 彼は呆然と自分の手足を見つめ、「自分にはこれ以上何ができるのか」と自問自答しながら思い悩んでいた。

 

「安心してください!」

 

『……一葉様…』

 

「冬賀だって、機体を改良すればいくらでも強くなれます!」

 

『……その通りでございます』

 

 呆然と、愕然とした顔を上げ、人工声帯から絞り出された声。本当に青ざめてしまった彼の肩に恋花が手を置く。

 

「目を覚まして冬賀。あれは単なる暴論ってやつだから。………レギオンの転属願いってできたかな…」

 

 

 

「ところで、一葉。個々のトレーニングはそれでいいとして……」

 

「いや、よくはなくない?」

 

 恋花に遮られつつ、瑤が質問する。

 

「全員でのトレーニングは、どんなことをするの?」

 

「はい!せっかく皆様揃ってやるんですから、学ぶのは具体的な連携や戦術の運用です!個々の能力を活かし、ヘルヴォル瀑銀連合部隊としての戦術を研究していく。そういう方法を考えていきましょう」

 

 一葉は得意げに腕を組んで説明する。

 

「つまり、“チームワーク”を育んでいきたいのです!」

 

「具体的には、何を?」

 

「ディベート、訓練、ディベート、訓練……ひたすらその繰り返しです」

 

 恋花は不満な様子だ。

 

「地味ー。何かこう、ヘルヴォルらしい派手なパワーアップ方法とかはないの?」

 

「ふふふ。“とっておき”がありますが、それは次の段階です」

 

「とっておき?なんだかわくわくする」

 

「まずは“とっておき”に向かって頑張りましょう!」

 

『かしこまりました』

 

 藍と千香瑠は乗り気の様子で、冬賀はそれほどでもないが不満はない。

 が、一葉本人のやる気はその比でなかった。

 

「はい!皆様、血反吐を吐くまで特訓ですよ!」

 

「おーー♪」

 

 このセリフを笑顔で受け取る千香瑠。藍は……。

 

「おーー?……ちへどってなに?」

 

 今一つピンと来ていない。

 冬賀が彼女に説明を始める。

 

『藍様、例えば内臓がピガガガガガッ』

 

 その喉に手を伸ばして咄嗟に締め、声ではない異音を出させたのは瑤だった。

 

「……生々しい説明は、教育によくない…」

 

『ガピガ……失礼いたしました、瑤様』

 

 謝罪した彼を解放する瑤。そんな彼女に恋花が問いかける。

 

「ねえ、瑤……あれジョークのつもりなのかな?」

 

「ごく短い付き合いでもわかる。……一葉はジョークなんて気の利いたことを言える子じゃない」

 

「だよねぇ……。え、じゃあ何?本気で血反吐とか仰ってるの、あの序列1位は?嘘でしょ…?」

 

 困り顔の恋花の隣で、冬賀は青い顔に決意めいた何かを刻んでいた。

 

『必須タスク、“吐血”を追加しました。……医療班に症状発生までの経緯を説明し、理解していただけるかは極めて怪しいと思われます』

 

「ホント。病院に何て言って診てもらえばいいのかねぇ……」

 

 2人のやりとりに、瑤は微笑んだ。

 

「ふふ、最近の恋花は表情豊か。冬賀も最初の印象よりは……」

 

『申し上げにくいのですが……』

 

「ネガティブな方にね……」

 

 

「……ちへどってなに?」

 

 皆の会話を見ていた藍だったが、納得できる答えは得られなかった。

 

『それでは、本日の訓練はいかがいたしますか?一葉様』

 

「はい、まずは………」

 

 

 

 数分後。

 学園の屋外訓練場にて。

 

「では両名、前へ!模擬戦闘開始!」

 

「やああっ!!」

 

「っ!」

 

  ガギィン!

 

「く……いい打ち込み!気合い入ってるわね!」

 

「まだまだ、これからですよ!」

 

 2年生2人と1年生1人が、チャームを手に訓練を行っていた。そこに1年生の集団も見物に訪れる。

 

「わあ、射撃場まである!立派な施設だなぁ……ん?」

 

 

  ゴウン…ゴイン……

 

 

 訓練場に響く、地鳴りのような機械音。

 

「1年!そんなところに立ってたら危ないで……ん…?」

 

 

  ゴイン…ゴウン…

 

 

「審判!今の判定は?!ちょっと!ちゃんとこっちに集中して!」

 

「す、すみません…いえ、ですが……何でしょう、あれ……」

 

「ん?」

 

 

  ゴウン…ゴウン…

 

 

 リリィたちの目には、信じがたい光景が映っていた。

 

 一葉、瑤、藍、千香瑠、恋花の順に、1列に並んだ5人が、前の者の肩に手を乗せて走っている。

 

 何より驚くのは、彼女たちの横に鋼の巨人が立ち、車輪のついたその足で、わざわざ5人と同じ速さで“歩いて”いることだ。

 

「………あの人たち……ヘルヴォルのメンバーですよね…?ブリキ野郎もいますし…。あれが……トップレギオンの訓練…?」

 

「ふざけているようにしか見えないわね……。ブリキ野郎に踏み潰される危険だってあるのに…」

 

 

 恋花は列の最後尾で顔を赤くしていた。

 

「くそぅ……聞こえてくる声、もう全部同意だわ…」

 

  ゴウン…ゴウン…

 

「まあまあ。いいじゃない。個性的な訓練で、楽しいわよ?」

 

「らんも、たのしい」

 

 恋花の前にいる千香瑠と藍が、笑顔で答える。

 

 ゴイン…ゴイン…

 

「喜んでもらえてよかったです!」

 

 先頭から一葉が声を上げた。が、恋花は納得できない。

 

「2人とも、一葉に染まり過ぎじゃない?!」

 

  ゴイン…ゴイン…

 

「互いの身体のリズムを知り、それに合わせる。チームワークの基本」

 

  ゴウン…ゴウン…

 

「チーム作りの初期訓練として、このやり方は突飛だけど理に適ってる」

 

  ゴウン…ゴウン…

 

「いや、わかってる!わかってるけどさ……!」

 

 瑤はそう言っているものの、恋花が言いたいのは……。

 

 

「何もムカデ競走でチームワーク養う必要なくない?!冬賀歩かせるまでして!」

 

 

 「もっとこう、あるだろう」というのが、彼女の本音であった。

 その意見は前しか見ていない一葉には聞こえない。

 

「行きますよー!」

 

 それは、更に速度を上げる合図であった。

 

「せーの!いち!に!いち!に!」

 

   ガィンガィンガィンガィン!

 

「ぎゃああっ!?」

 

 速くなったため、隣から上がる鋼の足音がさらにけたたましくなった。悲鳴を上げる恋花を残し、他の3人も歩調を合わせる。

 

「「いち!に!いち!に!」」

 

  ガィンガィンガィンガィン!

 

「なんでこんなお遊戯みたいなことーー!」

 

「恋花さん、集中集中!」

 

 と、次の瞬間。

 

「おわっ!」ズル

 

 恋花がバランスを崩し……。

 

「きゃあっ?!」ドテ

 

「わーー」バタ

 

 

「いたたた……」

 

 後半3人が転んでしまう。そのすぐ横に。

 

『躱して下さい、恋花様』

 

  ギャイィン!!

 

「うわあっ!?」

 

 冬賀のクリバノフォロスが足を打ち下ろす。

 

「ちょっと!!冬賀、マジで潰す気?!」

 

 彼は頭の装甲を開いて謝罪する。

 

『申し訳ありません。急な出来事で、適切な対応を取ることができませんでした』

 

 彼を見上げて抗議する恋花を、瑤が助け起こす。彼女と一葉は転んでいなかった。

 

「恋花、真面目にやらないと」

 

「うう……どれくらいやるの?この訓練…」

 

「一度も転ばなくなるまで、毎日3キロ。まあ、軽い準備運動だと思ってください」

 

 一葉はサラリと答えた。

 

「え?!毎日3キロ?!転んだら最悪潰されて死ぬリスクがあるこれを!?割とマジで地獄じゃない!!?」

 

「冬賀と上手く連携できなければ、戦場で彼に踏まれることと同じです。彼の騒音にも慣れなければ、この先やっていけないのも事実です」

 

「騒音って言っちゃったよ!?」

 

「何事も地道な積み重ねですから。血反吐を吐くまで頑張りましょう!」

 

「ちへどー」

 

「血反吐って…!?」

 

 藍が簡単に言う言葉に恐怖を覚える恋花。今度は一葉に反論する。

 

「いや、あるじゃん!もっと実戦的なやつがさ!撃ったり斬ったり!そういうカッコいいやつがさ!例えば冬賀をヒュージに見立てて…!」

 

「そういうのは、私たちには早いです!」

 

「そうかなあ?!トップレギオンなのに?!」

 

 一葉が列を組み直すように指示を出す。

 

「さあ気を取り直して!それでは行きますよ!せーの!」

 

「「いち!に!いち!に!」」

 

  ガィンガィンガィンガィン!

 

 恋花は遂に根負けした。

 

「ああもう!いいわよ!やってやるわよ!いち!に!いち!!に!!」

 

  ガィンガィンガィンガィン!

 

 自暴自棄とも取れる恋花の様子を、微笑みながら感じているのは瑤だった。

 

「ふふ…。恋花、気合い入ってる」

 

「ヤケになってるってのよ!こういうのは!」

 

  ガィンガィンガィンガィンガィン!

 

 

 その日の夕方。

 ヘルヴォルの皆との食事を終えた冬賀が、根城にしている居住区画に戻る。

 

「!」

 

 机に向かい、コンピュータを起動。すると騎士団本部からのメールが1件届いていた。

 

 

 

 

 それから10日ほど。

 一葉によるチームワーク訓練が続いていた、ある休日の早朝。

 

 冬賀はリュックサックに荷物を詰め、フォーマルな見た目の服を身に着けていた。荷物を持ってプレハブを出て扉を施錠し、シャッターに紙を貼り付ける。

 

 

 裏手門を出てしばらく待っていると、目の前に1台の車が停まる。それに乗り込んだ冬賀は、朝焼けに染まる東京の街を後にする。

 

 

 

 数時間後。

 千香瑠はいつものようにレギオンの控室にいた。

 

「〜〜♪」

 

 鼻歌交じりに紅茶などを用意していると、恋花と瑤もやって来る。

 

「おはよー千香瑠」

 

「おはよう…」

 

「まあ。2人とも来たのね。おはよう」

 

「なんかクセになっちゃっててさ。それに偶には控室でダラダラするのも、悪くないと思って」

 

 2人を笑顔で出迎えると、千香瑠は紅茶とクッキーをテーブルに置く。

 

「今日のクッキーは一味違うわ。召し上がれ」

 

「え…これ…」

 

「緑色……。もしかして抹茶味?」

 

「そうなの。この前、冬賀くんに教えてもらって…試しに作ってみたわ」

 

「いつの間に仲よく…っていうか、あいつもお菓子作れんの?!あの指で!?」

 

 しげしげとクッキーを眺める瑤の横で、恋花が声を上げた。

 

「冬賀くん、小さい頃はよく和菓子を作っていたそうよ。でもあの怪我をしてから…一度もちゃんと作ってないらしくて…」

 

「それで千香瑠が代わりに?」

 

「そこまで大したものでもないけど…」

 

 千香瑠が切なく微笑んでいると……。

 

 

「あ、よかった!皆さん!」

 

 

「「?!」」

 

 慌てた様子の一葉が飛び込んで来た。走って来たのか汗をかいており、手には何かの紙を持っている。

 

「どうしたの一葉ちゃん?!」

 

「こ、これを見てください!」

 

 テープの付いた紙を千香瑠に渡し、彼女は息を整える。

 

「「?」」

 

 

 紙には……

 

『終日休業につき、一切の捜索、連絡はお断りします。』

 

 と書かれていた。

 

 

「これ……どこにあったの?」

 

 瑤が質問すると……。

 

「今朝、ランニングしていたときに…。瀑銀隊の格納庫の前を通ったら、シャッターに貼られていまして……」

 

「は?」

 

「ドアを叩いたりしたのですが、全く反応がなく……」

 

「じゃあ…もしかして……」

 

 千香瑠は息を飲んだ。

 

「はい…。冬賀が……家出してしまいました……」

 

 

 

 

 冬賀を乗せた車は緑に囲まれた道を抜けて、山奥へと向かっていく。

 やがて前方に、白く巨大な建物が見えてきた。山が切り開かれ、奇妙な雰囲気を醸し出す空間を作っている。

 

 爽やかな日差しに照らされて、冬賀が降り立ったのは日本とは思えない場所。彼の眼前に聳えているのは……

 

 

 2つのピラミッドと、1体の座ったスフィンクスである。

 

 エジプト、ギザ台地さながらの光景だ。

 ピラミッド型の建物のうち、一方はもう一方より二回りほど小さい。また、スフィンクスの形をした建物の入り口の上には赤い十字模様があしらわれている。

 

 彼を乗せた車が先程通過したゲートの横には、牙の部分にサーベルが重ねて描かれた、おどろおどろしい狼の横顔の図柄が彫り込まれた金属プレートがあった。

 

 冬賀は案内板を見上げる。小さなピラミッドがある位置には『関東地域支部』、大きな方がある場所には『総本部』と記されており、スフィンクスの位置には『総合医療研究センター』とある。

 

 

 回りには、彼と同じようにフォーマルな、されど個性豊かな服装の男女が続々と集合していた。

 

 

 東京、奥多摩。

 ヒュージ発生リスクを下げるエリアディフェンスの効果もほとんど及ばない、人目に付かない大自然の中。

 

 ここには、牙刃の騎士団(ファング・パラディン)の総司令部と巨大、かつ最先端の医療センター、及び関東地域を統括する支部が構えられている。

 

 

 久しぶりの里帰りに少しばかり胸を躍らせながら、冬賀は関東支部の玄関へと歩き始めた。

 

 

 




 時系列整理のため、ここでこのエピソードが入ります。
 私が調べた限りでは、どの媒体でもまだ多摩地域は特に触れられていないと思ってここに建てたのですが、何か重要なものが置かれているという情報があればコメントしていただけると嬉しいです。場合によっては本部諸々を移設します。


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第5話 故郷(さと)帰り

 エレンスゲ編の続きです。ほとんどオリジナルの場所が舞台ですが、お楽しみください。



 

 エレンスゲ女学園のトップレギオン、ヘルヴォルの控室。そこではリーダーの一葉が困り顔でうろうろと歩き回っていた。

 

「……どうしましょう…」

 

 彼女を悩ませているのは、テーブルに置かれた紙に書いてある……

 

『終日休業につき、一切の捜索、連絡はお断りします。』

 

 という文言。彼女たちの直接の指揮下にある瀑銀隊……冬賀が、何の連絡もないまま突如として姿をくらませたのだ。

 

「どうして急に家出なんて……」

 

 長椅子に座って不安を顔に浮かべる千香瑠。隣に座っている瑤も心配そうだ。

 

「何かした……かな…。嫌がるようなこと…」

 

 一方、2人の向かいに座る恋花は動揺するでもなく、抹茶味のクッキーを頬張っていた。

 

「一葉、あんたが変な訓練ばっかするから愛想尽かされたんじゃないの?」

 

「う……そうなんでしょうか…。しかしそんな雰囲気は……」

 

「もしかしたら、ずっと何か悩んでいて…私たちがそれに気づけなかったとしたら……」

 

 千香瑠の言葉に、瑤が頷く。

 

「あり得る。そんなに付き合い長くないし、気づけないのはおかしくない」

 

「……ん?瑤様、それです!」

 

 何か思いついた一葉が彼女を指差した。

 

「?」

 

「確か、藍と冬賀は何度も一緒に戦った友人同士ですよね。実際に仲もいいですし、彼女は私たちより冬賀との付き合いが長いですから、もしかすると……」

 

「藍ちゃんなら、いなくなった原因を知っているかもしれないわ!」

 

 ぱっと顔を上げた千香瑠と一葉の目が合った。

 

「はい!聞いてみましょう!」

 

 

 一葉たちは藍のいる寮の部屋へ来た。扉を叩くと、寝巻き姿の藍が出てくる。

 

「はぁぁ〜〜い……。あ…一葉…。みんなも……おはよー……。ふあぁぁ…」

 

 恋花は彼女が寝起きであると理解した。

 

「藍、あんたまだ寝てたの?!」

 

「おやすみの日だから……」

 

「おはよう、藍ちゃん」

 

「藍、教えてほしいんだけど……」

 

「なぁに?一葉……」

 

 彼女がかいつまんで事態を説明する。

 すると……。

 

 

「………?何か変なの…?」

 

 

「……え?」

 

 一葉には、藍の返答が理解できなかった。

 

「とーが、たまーにどっか行くよ?」

 

「どこに行っているかは知ってる?」

 

 千香瑠の質問に、藍はしばらく考えてから答えた。

 

「……さとがえり…?って言ってた…」

 

「冬賀の故郷…日の出町でしょうか?」

 

「ううん、あそこはもう冬賀の帰る場所じゃない」

 

 一葉の言葉に首を振る瑤。と、恋花が口を開く。

 

「騎士団の本部とかじゃないの?故郷らしいとこって言ったらそれくらいっしょ?」

 

「何のために……」

 

「手足のメンテとかじゃない?いきなり壊れたから大急ぎで直しに行ってるとかさ」

 

「それならどうしてわざわざ貼り紙を……。藍、いつ頃戻って来るかはわかる?」

 

「あしたのあさにはたぶんいるよ〜……ふあぁぁ……。おやすみー……」

 

 それだけ言って彼女は扉を閉める。一葉たちは顔を見合わせた。

 

 

「藍は大丈夫そうでしたし……心配いらないなら、とりあえず明日まで待ってみましょう」

 

「そうね…」

 

 控室に戻りながら、千香瑠はよく晴れた空を見上げる。

 

 

 

 

「今更だけどさ……」

 

「はい?」

 

 控室にて、恋花は紅茶をカップに注ぎながら向かいでクッキーを食べる一葉に問いかける。

 

「冬賀を指揮下に置こうと思った理由ってあんの?」

 

 一葉は不思議そうに瞬きした。

 

「…?ただ単に、仲間は多いに越したことはないと思ったのですか……」

 

「……。それだけ?」

 

「はい。入学式で断られていたら、それまででした」

 

「ふーん?やっぱ危ない橋渡ってたってわけか。思いつきで」

 

「ふ、普段からそうみたいに言わないでください……」

 

 頬を染めた一葉が目を逸らす。

 彼女に顔が見えにくくなったタイミングで、恋花も一葉に顔を見られないようカップを傾けた。

 

 紅茶の液面には、少し悲しそうな顔が映る。

 

(……無自覚か…。冬賀自身はわかってんのかな……)

 

 ふぅ、と吐息が漏れる。

 

(一葉……あんたは、冬賀のことを………)

 

 

 調理スペースでは、瑤と千香瑠が追加のクッキーを用意していた。

 

「無理に手伝わなくても、瑤さんも一葉ちゃんたちとお話してていいのよ…?」

 

「……動物さんクッキーの作り方、教えてほしくて……」

 

「あ、あら…ごめんなさい…。説明とかせずに淡々と作っちゃった……」

 

「ううん、今は別にいい。見てるだけでもなんとなくわかってきたから」

 

 焦る千香瑠を、瑤は笑顔で落ち着かせる。

 

「そう…。少しでもお役に立てたなら、よかったわ……」

 

「……っふふ…」

 

「…?」

 

 千香瑠が首を傾げたので、瑤は笑ってしまった理由を話す。

 

「…何か、冬賀みたいだったから…思い出して……」

 

「そ、そうだったかしら…?確かに同じ言葉は、抹茶味クッキーの作り方を教えてもらったときに言われた気がするけれど……」

 

 

「……そういえば…」

 

「うん?」

 

 オーブンの温度を設定した瑤が振り返り、生地を型に抜く千香瑠に呼びかける。彼女は瑤の方を見ずに返した。

 

「冬賀って……何歳だと思う?」

 

「うーん…そうね。言葉遣いを抜きにしてもしっかりしているし……でも一葉ちゃんより年下だとは思うわ」

 

 

「……違う」

 

 

「……え?」

 

 型抜きの手を止め、千香瑠が振り向く。

 

「印象としては中学1年生か2年生くらいに見えるけれど……」

 

 

「違う。冬賀は……一葉と同い年だよ。誕生日が何ヶ月か違えば、私たちと同い年になってた」

 

 

 彼女の話に、千香瑠は衝撃を受ける。

 

「……どうして、知っているの…?」

 

「……。この前の訓練のとき、冬賀が身分証落としたの、拾って…。その時に気づいた」

 

「そうだったのね……。今まで、見た目だけでずっと年下の子だと思っていたわ…。何だか申し訳ないわね……」

 

 瑤が首を振る。

 

「ううん、千香瑠のその印象、たぶん間違ってない」

 

「……どういうこと?」

 

「…冬賀って、たぶん……身体が大きくなったらダメなんだと思う。あの手とか足が、付かなくなるから…。恋花の話だと、骨まで金属になってるみたいだし、それで身体が成長したら……」

 

 悲しげに目を瞑る瑤。千香瑠も俯いた。

 

「……とっても苦しいと思うわ。…本当に……」

 

「…気の毒?」

 

「…ええ。失礼だとは思うけれど……」

 

 

 2人がただ黙り込んでいる間に、オーブンの予熱が完了する。

 

 

 

 その頃、冬賀は……。

 

 

「……御台場女学校、紺翅鳥(こんしちょう)代表の報告を終わります。続いては百合ヶ丘女学院、黒鉄嵐(ヘイティエラン)の代表による報告です。ルドビコ女学院、緋紐天(ひちゅうてん)の代表は次演者席へ……」

 

 広く、薄暗い会議室に集まって、他のガーデンに配備された騎士団の部隊による、スライドショーの報告を聞いていた。

 ここは、騎士団本部に隣接する関東支部の一角。

 

 関東地域に展開する部隊の隊長格が、これまでの成果や問題、今後の方針、新しい試みなどをプレゼンする報告会である。

 

 今回のように年度の初めや、学期の変わり目など、年に複数回行われるものだ。

 

 やがて彼の番となる。

 

 冬賀は、依然として騎士の存在がエレンスゲ女学園内部で煙たがられていること、それでも快く接してくれるリリィがいること、ガーデンの方針とリリィの活動目的は必ずしも一致せず、共存できるリリィがレギオン単位でいるなら撤収すべきではないことを話した。

 

 

 また、近いうちに新型のクリバノフォロスの試作機が製造される予定であり、その内1機のパイロットに選ばれていることが本部から通達された。

 

 

 昼食休憩も挟む長かった報告会が終わると、冬賀は本部へと歩き出す。玄関から入ってエレベーターに乗り、ピラミッドの中層部の階へ。

 廊下に出ると、こじんまりとした部屋が整然と並ぶ場所に着いた。

 

 扉の横に書かれた名前を読み、目当ての人物がいる部屋を探す。

 そして……。

 

  コンコンコン

 

「はいは〜い」

 

 ノックした扉の向こうから陽気な声で返答があった。ガチャリと開け、捜していた人物に会う。

 

『お久しぶりでございます、時雨(しぐれ)様』

 

「うんうん。お帰り、冬賀くん」

 

 視線の先には、丸い眼鏡をかけた30代前半と思しき女性が、コンピュータの置かれたデスクから彼を見ていた。無造作に纏められた髪とシワの寄った白衣が、いかにも科学者という雰囲気を醸し出す。

 

「レギオン直属になって、環境も変わったんだよね?」

 

『はい。いい方向に変化したかと』

 

「うん。本当にいいことよ。どんな人たちなのか、聞かせてくれるかな?」

 

 時雨に勧められた椅子に座り、メンバーを一人一人思い出す。

 

『……。リーダーの一葉様は、信じたことを曲げずに必ず実行される方です。レギオンの過半数を上級生が占めているにも関わらず、臆することなく……リーダーシップは発揮されているかと』

 

「ふうん?」

 

『一葉様と同じ学年の藍様も同じレギオンに入り、自分にもよくしてくださっています』

 

「前話していた子だね〜。友達に恵まれて、よかった」

 

『はい。2年生の千香瑠様は、自分と同じく菓子類を手作りすることを好まれる方で…手足の制御プログラムを更新していただいた翌日にはお手伝いさせていただきました』

 

「ああ…まさかあんなに早く役立つなんて…」

 

『瑤様は…口数の少ない方ですが、ある程度信用してくださっていると思われます。瑤様と仲がよろしい恋花様も同じと考えられます』

 

「なるほど。……大したものね。あのガーデンの風土にあって、この短期間でここまで仲よくなれるなんて」

 

『一葉様が積極的に交流をはかってくださるためです。少なくとも自分は、皆様との仲を深めるための、特別な努力はいたしておりません』

 

「そっか。リーダーの子について行ったら、あれよあれよと関係が深まったのね。今までみたいに、独りで戦うことも完全になくなった、と…」

 

『はい。皆様への感謝が尽きません』

 

 傷が刻まれた顔に微笑みを浮かべる冬賀。時雨も笑顔でこくこくと頷いた。

 

「大丈夫そうね。これからも頑張れそう?」

 

『はい』

 

「よかった。……さてと」

 

 時雨は立ち上がり、部屋の外へと歩き出す。

 

「まずはいつも通り、健康診断と散髪ね。先に髪を切っておこうか」

 

『かしこまりました』

 

 

 冬賀と時雨はエレベーターに乗り込み、本部の地下施設へ。ジムや売店などがある空間を進み、理容店に入る。

 

 全体的に長めだった彼の髪はいくらか短くなってスッキリし、前髪も左目を隠すのに必要十分な長さに調整された。

 

 

 

 ピラミッドを出て向かった先はスフィンクス……総合医療研究センター。その建物に入り、清潔な空間を通って診察室に着いた。

 

「こんにちは、先生」

 

 時雨が挨拶したのは中肉中背の、やや白髪の目立つ医者。冬賀の担当医である。

 

『本日もよろしくお願いいたします』

 

「はい。では検査していきます」

 

 まず行われたのは呼吸器、循環器系の検査。更に血液検査も行われ、結果を待つ間に全身を入念にスキャンされる。

 

 2時間ほどをかけ、全ての検査が終了した。

 

 担当の医者が説明するモニターには、金属に置き換えられた肩甲骨と一部の肋骨に、同じく金属で補強された頭蓋骨、脊椎、骨盤、大腿骨が写っている。

 

 完全に機械化されている部分は省かれており、その立体映像は、服屋のマネキンさながらであった。

 

 

「前回の検査から大きく変わったところはないですね。健康状態、精神状態共に良好であると判断されました。ただ、ここ3年のデータを並べてみると……やはり微妙に成長しています。今まで通り、成長抑制薬の服用は忘れずに続けてください。骨や臓器に持続的な痛みを感じた場合は速やかに連絡を。手術の用意をします」

 

『かしこまりました』

 

 診察室を出て、時雨と話す。

 

「さて、一通りの用事も済んだし……せっかくだから、『きょうだい』たちのお見舞いもしておく?」

 

『はい』

 

 

 2人が向かったのは診察室とは別のフロア。リハビリ施設である。

 

 ある病室に顔を覗かせると、その大部屋には冬賀よりも明らかに歳下…小学生くらいの少年少女が数名、各々のベッドに座って話していた。

 

「あっ!時雨さんとお兄さん!」

 

 その内の1人が振るのは、冬賀と同じ3本指の腕。

 

「今ね、お兄さんたち来るかなーって話してたんだ!」

 

『そうでしたか』

 

「ま、今日はお兄さんお姉さんが帰ってくる日だからね〜」

 

 2人が笑顔を見せていると、1人の少女が布団を抱きしめて警戒する。

 

「し、時雨さん……その人だれ?」

 

「ああ、君はまだ会ったことないね。湖穣冬賀くん。皆のお兄さんよ」

 

『お初にお目にかかります、お嬢様』

 

 膝を曲げて、彼女と目線を合わせて挨拶する冬賀。手を差し出すと、その金属の指を見て彼女は安心したようだった。

 

「……こ…こんにちは……」

 

 抱きしめていた布団の凹みから手を伸ばす。金属の手による握手が行われた。

 

「お兄さんはね、リリィのお姉さんたちと一緒に頑張ってるんだよ。お兄さんが頑張れば頑張るほど、皆の体も強くなるんだ。応援してあげてほしいな」

 

「は、はい…」

 

「うん!頑張って、お兄さん!」

 

『……。皆様のことも、応援させていただきます』

 

 そう言って、2人は病室を後にする。他の大部屋にも顔を出し、挨拶をして回った。皆、小学生の年齢の子どもたちだ。

 

「皆、その内元の生活に復帰するよ。あの子たちの出身地の人も、受け入れる準備は進んでいるらしいの。君に使ったものはまだ初期のモデルだったけれど、そのおかげで改良することができたよ」

 

『喜ばしいことです』

 

「……君には苦労をかけてるね…」

 

 廊下を歩きながら、ふと時雨が溢した言葉に冬賀が首を傾げる。

 

『とても助けていただいていますが、なぜそのようなことを?』

 

「あの子たちの義肢は完全装着式なのよ。君に使ったインプラントソケット式より身体への負担が少ないし、成長も考慮しなくていい発展形。……君の場合、欠損した部分が多かった上に戦場に立つから、強度のあるインプラントソケット式にするしかなかったけど……」

 

「………」

 

「とんでもない成長痛に見舞われるから、成長を極端に遅らせてしまって……本当に、酷いことをしたね……」

 

 俯く時雨に、冬賀は笑顔を向けた。

 

『顔を上げてください、時雨様。こちらは問題なく過ごせていますし、何より……貴女のおかげで生き続けようと思えたのです』

 

「…冬賀くん……」

 

『その感謝と比較すれば、自分の成長が遅いことなど些細な問題です』

 

 顔を上げた時雨は、ふっと息を吐いて小さく笑った。

 

「……君は強いね…。本当に…強くなった…」

 

『貴女が育ててくださったのですが…』

 

「……。そうだったわね」

 

 

 本部の前で時雨と別れ、関東支部に戻って夕食会に参加した。

 自分に合った物を合った量だけ食べられるビュッフェ形式に感謝しながら冬賀が食事を摂っていると、同じテーブルに、ワインレッドの学ラン風ジャケットにスカートを穿いた女性の騎士がやって来る。

 

「やあ湖穣くん。ここは空いているかい?」

 

『はい、鮭颪(さけおろし)殿』

 

「じゃ、失礼して……。驚いたよ。君が自分のとこのリリィに対して、前向きな意見を言うようになっていたなんて」

 

 学園では、ヘルヴォルの誰かと一緒でなければ疎外感の中で食事することになる。が、ここではそんなことはない。誰もが彼を仲間として認めている。彼女のように、気楽に話しかけてくる者もいるのだ。

 

『もともと協力的な関係を模索してはいました。今年度に関しては、リリィ側からの歩み寄りがあり……こちらからの働きかけは特にありませんでした』

 

「そうかい。……君の個人的な意見でも構わないけど、聞かせてくれるかな。どうしてリリィたちは、君を仲間に組み込んだんだい?」

 

「………」

 

 冬賀はしばらく考え込む。一葉は彼とともに戦いたいと言った。その割にはEXスキルを目の当たりにして驚いていたり、騎士団部隊の内面を知らなかったように思われることがあった。

 そこから導かれる、彼が考え付く理由は。

 

『……単純に、純粋な戦力を追加すべく…レギオンの指揮下に組み入れられたものかと』

 

「へぇ…?つまり、彼女たちに都合よく利用されてるわけだ。それで不満はないのかい?」

 

 冬賀がパスタを口に運ぶ正面で、彼女はうどんをすすりながら問いかけてくる。

 

『はい』

 

 その答えは単純明快であった。

 

『これまで自分はガーデンの戦力でした。もとより、それ以外の存在にはなれない身であり……その点においては今でも変わっていません』

 

「ほう…」

 

『ただ、運用される形態が少し変更されただけでございます。しかし……それだけで、これまでとは比べられないほどに、いい気分で仕事ができるようになりました』

 

 一葉や揺、恋花は、彼が忘れかけていた表情を見せ、思い出させてくれた。千香瑠は温かい笑顔を見せてくれるし、藍が戦場以外で見せる表情も知ることができた。

 リリィたちから感情を向けられること。それは彼にとって貴重なものであり、それら全てを忘れたくないと……失いたくないと思えるのだ。

 

「なるほどねぇ。君なりにやりがいを見つけたわけか」

 

『はい。自分は、彼女たちにとって利用価値のある戦力です。それ以外の存在ではありませんし、それで構いません。認めて頂いているだけで、自分には十分ですので』

 

 

 

 

 深夜。朝と同様に車に揺られ、日付が変わる頃に学園に戻った。遠くのガーデンから来ていた騎士団員は本部に泊まっているだろうと考えながら裏手門から入る。

 

 格納庫のシャッターを見ると、貼っておいた紙がなくなっていた。

 

(…今までは、剥がされることはなかった。……僕に関心のある人……ヘルヴォルの誰かが剥がしたんだな……)

 

 学園内にあっても、距離はそれなりに離れた寮の建物を見つめる。消灯時間はとうに過ぎ、真っ暗だ。皆、眠っているのだろうか。

 

(……一葉さん。貴女にヘルヴォルの仲間として迎えられるまでは、僕の居場所は本部だったけれど……)

 

 プレハブの居住区画でシャワーを浴び、手足を外してベッドに潜る。

 

(僕のことを……気にかけてくれて、ありがとう……)

 

 旅の疲れから、彼はすぐさま微睡に飲まれた。

 

 

 

 

 翌朝、8時。

 冬賀が朝食を温めていると…。

 

  ドンドンドンドンッ!!

 

「っ?!」

 

 突如、プレハブ小屋の扉を強く叩く音が響いた。手にしていた固形食を置くのも忘れ、急いで扉を開ける。

 

『…一葉様に藍様……。皆様も…』

 

 扉の前には、ヘルヴォルのメンバーが全員集合していた。

 

「あ……よかった…。戻っていたんですね…」

 

「ね?らんの言った通りだったでしょ?」

 

「それはそうなんだけどさ……」

 

「どこに行ってたの?冬賀…」

 

「心配したのよ…?」

 

 千香瑠はシャッターに貼られていた紙を彼に突きつける。

 

『……。奥多摩の騎士団本部まで、里帰りを』

 

「……あんた、イメチェンした?」

 

『散髪いたしました』

 

「どうして黙ってたの?」

 

 恋花と瑤からの質問に淡々と答えていく。

 

『日程がガーデン側に非公開にされる、騎士団間の報告会のためでございます。ガーデンからの干渉を防ぐために、どれほど信頼していても、リリィには開催日時の一切を教えてはならないという義務があるのです』

 

「…非公開の、報告会……」

 

「……そんなのがあったのかよ……」

 

 瑤と恋花が驚きを顕にしていると、藍があっけらかんと質問する。

 

「なんでナイショなの?とーが」

 

『……。ガーデンに展開された牙刃の騎士団(ファング・パラディン)は憲兵隊であり、ある程度の独立性を担保しなければその権限は成り立ちません』

 

 千香瑠も口を開く。

 

「確かに他所のガーデンには騎士団の取り締まりがあって、一方的な協力関係ではないと聞いているわ…。でも、冬賀くんが取り締まりなんて……」

 

 彼は頷いて言葉を続ける。

 

『自分の場合、一人で活動しているために実際に行使できる権限はほとんど封じられています。この報告会への参加は、自分が使える数少ない権限であり、騎士団員としてやらなければならない仕事です』

 

「ちょ、ちょっと待った!」

 

 恋花も話に割り込む。

 

「まさかあんた、あることないこと報告してんじゃないでしょうね?!」

 

 彼女の質問は、不信感というより焦りから来ているものであった。

 

『報告会の結果はガーデンに通知されますので、虚偽の報告をすれば極めて重大な問題となります。ただし、事実に基づく問題点や課題が指摘されていれば、ガーデンには解決に向けた努力義務が課せられることもあり得ます』

 

「しかし……」

 

 聞いていた一葉が反論する。

 

「そうであるならこのガーデンの体質も、もっと前に改善されているのでは?」

 

『騎士団からの通達を無視し、実際に取り締まる力もなければ問題点の解決はなされません。ここはそういうガーデンです。騎士団からの通達は法的拘束力は担っていないので、一般の警察や司法に訴えることも無意味です』

 

「……そうですか」

 

 話してしまった以上、冬賀にはどうしても確かめておきたいことがある。

 

『……。自分は、見聞きした貴女方の実態を隠れて報告しています。一葉様、現状の協力関係を維持されますか?』

 

 その答えは……。

 

 

 

「はい!今まで通り…いや、それ以上に協力していきましょう!」

 

 

 

 至極シンプルなものであった。

 

「ほ、ホントにいいの一葉?!」

 

 そう言う恋花の顔には、やはり不信ではなく焦りや恐怖が克明に浮かんでいた。

 

「あたしらのだらしないところがどっかの誰かにバラされてるかもしれないんだよ?!」

 

『個人情報は保護していますが……』

 

「恋花…気にするのそこ……?」

 

 瑤がツッコミを入れていると、一葉が答えた。

 

「抜き打ちで報告されるのがマズいような、後ろ暗いレギオンではダメですから!積極的にいい面を作って、冬賀に自慢してもらえるレギオン、ひいてはガーデンにしていきましょう!」

 

 千香瑠も彼女に賛同する。

 

「私もそれがいいと思うわ、一葉ちゃん。ありのままでいいところが沢山あるって言ってほしいもの」

 

「はい!血反吐を吐くまで頑張って、褒めてもらいましょう!」

 

「ちへどー」

 

 一葉、千香瑠、藍の後ろに、またもや闘気の爆発が幻視される。

 

「冬賀に協力してもらうってことは、学園とは別ベクトルの監視もされるってことか……。思い知ったよ……」

 

「でも、それくらいの緊張感はないと……」

 

 一方の恋花、瑤も。彼の行動を不快には思っていなかった。

 

(皆さん、そこまで僕のことを……)

 

 皆の反応が肯定的であったことが意外でもあり、嬉しくもあった。冬賀が胸中に温もりを感じていると、一葉が声を上げる。

 

「さあ、皆様!本日も0900から普段通りの訓練を、ムカデ競走から始めます!準備してください!」

 

 一葉の言葉を聞いたヘルヴォルの皆が頷き、校舎へと向かって行く。

 

「とーが、またねー!」

 

『はい』

 

 藍に手を振り返して、冬賀は空を見上げた。春の朝日を浴びた雲は、眩く煌めく。

 

(……僕の居場所は、ずっと本部だったけれど……どのような形であれ、ヘルヴォルの仲間に迎えらた今はどうやら、ここが…僕の居場所になったみたいです、時雨さん………)

 

 

 義手に反射した陽の光が、校舎が伸ばす影に一筋の線を描いた。

 

 




 4番目、5番目の部隊がまたもやしれっと登場。神庭編からもキャラクターを来させました。



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第6話 最後の報酬

 エレンスゲ編の続きです。それなりにシリアスな回ですが、お楽しみください。



 一葉によるチームワークの訓練が始まって2週間余り。

 午前の太陽が燦々と照らすエレンスゲ女学園の敷地に、今日も5人のリリィたちの足音と……

 

  ガィンガィンガィンガィンガィンガィンガィン!

 

 鋼の巨人が地面を踏み鳴らす音が響く。

 

 今や彼女たちは、目標としていた毎日3キロメートルのムカデ競走を完全にこなせるようになっていた。

 全員の息に乱れはなく、恋花が最初の頃に抱いていた羞恥心も消え失せている。

 

 

「すごいわすごいわ!もう転ばないで走り切れるなんて!」

 

 出発点の学園前広場に無事に戻り、千香瑠が喜びの声を上げた。

 

「ムカデ競走で3キロ。あの速度で走ることのできるレギオンは、全国にだってそうはいないはずよね」

 

『先日、騎士団のデータベースを検索したところ……少なくとも我々が把握しているどのレギオンも、同じ活動を主眼に訓練してはいないと判明しました』

 

 停止し、しゃがんだ機体の操縦席を開いている冬賀の報告を聞き、藍が笑顔で手を上げる。

 

「やったー!1ばん、とったぞー」

 

「それ、嬉しい……?」

 

 呆れる恋花を他所に、一葉が普段通り音頭を取り始めた。

 

「お疲れ様です!皆様の頑張りのおかげで、想定以上の早さで次の段階に行けそうです!」

 

「よし!じゃ、今度こそ作戦行動の立案とそれに沿った連携行動を……」

 

 期待する恋花の言葉は、ピシャリと遮られた。

 

 

「皆様、ダンスをしましょう!」

 

 

「は?ダ……ダンス…?」

 

 呆気に取られる彼女に、一葉がドヤ顔で説明する。

 

「はい、社交ダンスです。どんどん曲と相手を変えながら、メンバー全員が完璧に踊れるようになるまでやります」

 

「なるほど……より息の合った連携行動の訓練。理に適ってる」

 

「瑤!それホント!?ホントに理に適ってるそれ!?」

 

「………!」

 

 慌てながら瑤にツッコミを入れる恋花の横では、冬賀が口をあんぐりと開けて一葉を見ていた。

 

「ダンス?たのしそう!らんもおどる。みんなでおどる!」

 

『……一葉様……自分は…どうすれば…』

 

 はしゃぐ藍とは対照的に、嫌な予感を抱きつつ冬賀が質問すると……。

 

「ダンスをする場所ですが、控室と屋外に設けます。屋外ではクリバノフォロスを装備した冬賀、控室では普段の彼に踊ってもらいましょう!」

 

「………」

 

「……わーーお……」

 

 この返答にはさすがの瑤も絶句し、もはや反論する気も起きなくなって感嘆する恋花と共に冬賀の装備を見上げる。当の彼は恐怖で真っ青の顔になっていた。

 

「…ッ……ッ……!」

 

「そんなに不安がらなくていいわ、冬賀くん」

 

『……千香瑠様……』

 

「はい、やればできますから!」

 

『……かしこまりました…一葉様…』

 

 冷や汗ダラダラの状態で頷く彼。恋花が操縦席の近くによじ登って肩を揺する。

 

「目を覚まして冬賀!そろそろ一葉の正気を疑っても怒られないから!」

 

「ご安心ください恋花様!私は正気です!」

 

「いやいやいや!あのね、正気の人は距離感が狂いまくる巨人と社交ダンスとかしないから!轢かれんじゃん!踏み潰されんじゃん確実に!」

 

「轢かれないように彼と連携するには必要です!」

 

「まだやんの!?その(たぐい)の訓練!」

 

 恋花たちが話している間に少し落ち着きを取り戻した冬賀が提案する。

 

『…一葉様、その訓練は、皆様が自分とのダンスに慣れてから…ということにしていただけますか?恋花様が仰る通り、危険性は通常より高いと判断されますので』

 

「もちろんです!早めにそこまで行けるように頑張りましょう」

 

「……フゥ…」

 

 答えを聞いた冬賀は、一応の安心はしたという顔で息を吐いた。

 

「大丈夫なのかなぁ、これ……」

 

「まあ、たぶん…?」

 

 不安そうな恋花と、特に気にしていない様子の瑤が顔を見合わせていた。

 

 

 数分後。

 

  〜〜♪〜〜♫〜

 

 一葉の手によってヘルヴォルの控室に持ち込まれたスピーカーから流れる舞曲。機材をテストした彼女が曲を巻き戻した。

 

「それではいきましょう」

 

 一葉が掛け声を出す。藍と組んでいる冬賀は、彼女に向かい合って一礼すると手を伸ばした。

 

『藍様、自分を鏡だと思って動いてください』

 

「うん!」

 

 

  〜〜♪〜〜♫〜

 

 曲が流れ始めると、千香瑠と組んでいる瑤がリズムを取る。

 

「はい、ワン、ツー。ワン、ツー」

 

「ワン、ツー、ワン、ツー」

 

 

「ワン、ツー…恋花様、左です」

 

「え?……あれ、こう…?……っだああダメ!」

 

 一葉と恋花のコンビは早いうちにギブアップ。

 

「第一、社交ダンスとか久々すぎて……ん…?」

 

「……!」

 

 

「ワン、ツー……ワン…あら?」

 

「……千香瑠?」

 

「あ……ご、ごめんなさい…。藍ちゃんたち見たら、びっくりしちゃって」

 

「え?」

 

 足を止めた4人が見つめる先では……

 

 

 早くも完璧に近い形で踊る冬賀と藍がいた。

 

 

  ♩〜〜♫♪〜〜

 

 リズムに合わせて着実にステップを踏み、身体を離したり引き寄せたりしながらゆったりと舞い続ける。

 金属の手足を巧みに使い、冬賀が完全に藍をリードしていた。

 

 曲がひと段落したところで、冬賀は藍の手を放してぺこりと一礼。彼女もダンスが終わったと理解する。

 

「とーが。藍、うまくできてた?」

 

『はい。今の感覚を忘れないでいただければ』

 

「やったー」

 

 微笑みあう2人を、他の皆はぽかんとして見つめていた。

 

『……どうかされましたか?』

 

 冬賀も一葉たちの方を見る。

 

「いえ、その……余りにも上手くリードしていたので……」

 

「冬賀くん…もしかしてダンススクールに通ってた…?」

 

 千香瑠からの問いかけに、彼は当たり前のように頷いた。

 

『生身の手足があった頃には』

 

「あらまあ…!」

 

「それはよかった!心強いですね!」

 

 千香瑠と一葉が笑顔になる。2人の後ろで恋花と瑤も話していた。

 

「和菓子作るの好きだったりダンス教室行ってたり……冬賀って実はいいとこのお坊ちゃんだったのかな…?」

 

「……そうかも。でも今は…もう関係ない」

 

「ああ……」

 

 2人が少し悲しそうにする一方、冬賀は喜びを感じていた。

 

(あの頃の経験がこんな形で役立つなんて……。やっぱり、人生捨てた物じゃなかったな……)

 

 

 

 それから数日後。

 

 一葉が用意した全ての曲をあっさり踊ることのできた冬賀が、ヘルヴォルの皆をリードしていった。10日と経たない間に全員のダンスの技量が飛躍的向上を果たし、今日はついに。屋外にて装備(巨人)と一体となった彼が恋花と踊る。

 

 

  ギュイィィィィィィィィィン!

 

「よっ!……ほっ!」

 

  ギュイィィィィィィィィィン!

 

「ふんっ!……とうりゃあっ!」

 

 足のホイールを回し、滑走してターンやステップの代わりとする冬賀。それに合わせて動く恋花は、一つ一つの動作を大きく取って踊り続けなければならない。

 また、身体を離したり遠ざけたりするタイミングを見極めることも必要だ。

 当然安全には配慮しているものの、下手をすれば冬賀の足に巻き込まれる。そうなれば運がよくて複雑骨折レベルの重傷、最悪の場合は即死である。

 

 千香瑠が見守るそれは、一見するとあまりにも過酷なダンスだが、一葉が考えた持久力強化のトレーニングが早くも功を奏し、恋花の体力面では無事に一曲を踊り切ることができた。冬賀のダンスの技量も問題なく発揮されている。

 

 とはいえ、全身を使い続けることの負担は蓄積されていたようで……。

 

「うう……毎日毎日ダンスダンスダンスダンスダンス……。全身筋肉痛だよ、これ……」

 

 ダンスの自主練に向かう藍と入れ違いで、瑤のいる控室に戻って来た3人。恋花はぐったりとソファに体重を預ける。

 そんな彼女に、冬賀が心配しながら声をかけた。

 

『恋花様……』

 

「ああー冬賀、謝罪はなしで!あたしが不甲斐ないみたくなるから!」

 

『……はい』

 

「恋花さん、大丈夫?」

 

 紅茶をテーブルに置く千香瑠も、やはり心配そうだ。

 

「いや、さっきの抜きにしても、社交ダンスがあんなにキツイ運動だなんて思ってもみなかったから……」

 

 紅茶を一口飲み、一息吐いた恋花が呟く。

 

「にしても、一葉…何考えてんのかな……。基本が大事なのは認めるけどさ、ある程度実戦に向けた訓練も同時にやってくべきじゃない?」

 

 千香瑠が彼女の正面に座る。

 

「それは、きっと藍ちゃんのためでもあるんじゃないかしら」

 

「藍?なんで?」

 

「一緒にいると感じると思うんだけど……藍ちゃんは、とってもマイペースでおおらかで……。誰かと一緒に何かをするっていう経験が、冬賀くんと戦ったくらいしかないようにも見えたから」

 

 微笑む千香瑠に対し、恋花は少し苦い笑みを浮かべる。

 

「ああ…そっか、確かに。この前の戦いじゃ、ほとんど我を忘れて…って感じだったし」

 

 冬賀と共に静かに席に着いていた瑤も話に加わる。

 

「うん。…でも逆に、もし…あれだけの力を、仲間との連携の中で使えたとしたら……」

 

「……そりゃあ、大きな力になる…か……」

 

 恋花の言葉に冬賀も頷いた。千香瑠は満面の笑みである。

 

「ふふ。私は、楽しそうな藍ちゃんを見てるだけでも、この訓練には意味があったと思うし……」

 

 一旦言葉を区切り、カップをソーサーに置いて皆を眺める。

 

「それに、気づいてる?私たち、いつの間にかこんなに仲よく話ができるようになってるわ。これはお互いを信頼するためにも、大切なことだと思う」

 

「うん、実戦訓練だけでは、こうはいかないと思う。冬賀はどう?」

 

『……。以前の休業日の件から思っていたことではありますが、これほど良好な関係を皆様と築くことができるとは予想していませんでした』

 

 彼は真剣に、されど嬉しそうに瑤からの問いかけに頷いた。恋花はまたもや苦笑いをしている。

 

「……うーん…。一葉がそこまで考えてるかな…」

 

 と、噂をすれば何とやら。荷物を抱えた一葉が例に漏れずドヤ顔で、扉を開けて控室に来る。

 

「お待たせしました!皆様、今日からは戦闘での連携について、打ち合わせをしましょう!」

 

「しましょーー」

 

「一葉、藍も……」

 

「はい、ラウンジでダンスの練習をしてるのを見て、声をかけて…」

 

「それより、戦闘での連携ってホント?!」

 

 やや食い気味に、恋花が身を乗り出して一葉に確認した。

 

「はい!下地はできましたし、お互いについてもある程度知ることができました。次は戦闘における長所、短所をきちんと把握して、チームワークを高めていきましょう」

 

 藍が彼女を見上げる。

 

「一葉、チームワークって、どういうことするの?」

 

「うん、チームワークっていうのは、例えばムカデ競走を皆で上手にやったり、相手に合わせてダンスをすることだよ」

 

 今までやってきたことを説明すると、藍は笑顔で頷いた。

 

「なんだ。それなら藍、とってもじょうず」

 

「うん、もっともっと、上手になっていこうね」

 

 2人のやりとりを見ていた4人は……。

 

「「………」」

 

 黙って互いに目を合わせる。そんな恋花たちを、一葉が不思議そうに見た。

 

「どうしたんですか?皆様、見つめ合ったりして…」

 

「ううん、なんでもない」

 

 そう言って恋花は得意げな顔になった。

 

「戦闘時の連携ってことなら、あたしの出番ね。あたしなりに、このメンバーで取れる戦術、いろいろ考えてたんだから」

 

「頼もしいです。私も実は、戦術の研究に役立ちそうないいものを用意したんです」

 

「いいもの?」

 

 恋花が疑問に思っている間に、一葉は持っていた荷物を漁ってとある装置を取り出した。

 

「これです!」

 

 手渡された千香瑠がしげしげと眺めた。

 

「ゴーグル付きのヘルメット…ですか?」

 

「ヘッドマウントディスプレイですよ。学園の運営が近々訓練内容に取り入れる予定の、仮想現実を使った戦闘シミュレーション装置だそうです」

 

 皆が立ち上がって装置を受け取っていく。その傍ら、冬賀は壁にあるネットワーク接続ポートに近づいていった。

 

「皆様の技術や能力値は、過去のデータを元にすでに放り込んでありますから。これを使っていろんな戦術を検討しつつ、冬賀に弱点を補ってもらう方法を考えて、実際の戦闘訓練で試しましょう!」

 

「なるほど、こういう特別待遇はヘルヴォルならではかも。やっとそれっぽくなってきたじゃん!」

 

 感心する恋花から少し離れ、瑤が一葉の持って来た箱を覗く。既に空っぽだ。

 

「…やっぱり冬賀の分は…」

 

「ええ、残念ながら貸し出されませんでしたが、本人は問題ないそうです」

 

 

 一方、千香瑠は壁に向かってしゃがみ込む冬賀と話していた。

 

「冬賀くん、貴方もこの訓練に参加するのよね?どうやって……」

 

 振り向いた彼は、一葉に劣らないドヤ顔であった。

 

『千香瑠様、自分がどのように学園の情報を集め、本部での報告会で発表していたかお分かりでしょうか?』

 

 そう言って彼は右腕の袖を捲り、金属の義手を露出させる。そして肘と手首の間に設けられた関節をパチンと折り、コネクターを出現させた。

 千香瑠はハッとする。

 

「ま、まさか…貴方が直接、学園の……」

 

『はい。皆様のシミュレーションの様子は、学園のサーバーを経由して観察、および記録させていただきます。では、少々失礼をば』

 

 彼は笑顔のまま接続ポートに右腕を繋ぐ。

 

『エレンスゲ女学園メインサーバー様、お邪魔いたします。……ヘルヴォル、仮想現実シミュレーション管理領域はこちらでよろしいですか?……アクセス制限…いえ、お構いなく。閲覧禁止……どうぞお気になさらず』

 

 次々と現れるセキュリティプログラムを、コンピュータと会話するかのように潜り抜けていく冬賀の意識。

 ただ唖然としながら様子を見る千香瑠の横で、恋花も青ざめていた。

 

「……これ、学園のとんでもない機密とかも握られてるんじゃ……」

 

『いえ。恋花様、あまりに強固なプロテクトがかかっている情報や、学園内ネットワークから切り離された機器には接続できません。……機密情報はおそらく、そちらにあるのでしょう』

 

「あ…そ、そう…。冬賀、やっぱあんたの身体…いろいろ便利じゃん……」

 

 数秒のうちに、彼女たちのシミュレーションを観察する準備が整った。

 

『モニターの準備が完了いたしました、一葉様』

 

「はい!」

 

 一葉の横にいる藍は、待ちきれないといった具合である。

 

「ゲームやる!ゲーム楽しそう!」

 

「ええ!それじゃ早速、試してみようか!」

 

 

 

 それから数日。

 戦術はシミュレーション、技術は訓練で鍛える日々が続いた。皆の連携が実戦でどれほど機能するか、慎重に探りつつ技量の向上も怠らない。

 

 そんなある日。

 控室にて、一葉は紙の資料やタブレット端末に入れた情報などを見ながら恋花と話していた。傍らには、千香瑠が用意したクッキーが置かれている。

 

「恋花様、戦闘シミュレーションのこれまでのデータをまとめてみました」

 

「こっちがチーム全体の成績で、こっちが個々の成績……冬賀と連携する場合に何が起こるかも予想してあって……ふむ……」

 

「実戦経験の豊富な恋花様から見て、いかがですか?」

 

「うん……。客観的に見て、一葉、瑤、あたしはどんな状況でも大体安定した戦績を残せてるね。冬賀と連携しても、ただ単に数字を稼ぐ効率が上がるだけ」

 

 言いながら、彼女は千香瑠と藍のデータに目を向ける。

 

「逆に言えば、ヘルヴォルの手っ取り早い戦力アップに必要なのはあたしたちの成長じゃないってこと。キーポイントは、千香瑠と藍。千香瑠は千香瑠で気になるところがあるんだけど…今は特に藍に注目してんのよ」

 

 投影された立体映像を操作し、2つのグラフを並べる。

 

「ほら、藍の戦績とヘルヴォルの戦績。特に目標の達成率、達成速度の項目で、かなり強い相関があるっしょ?それに藍は、冬賀と自然に連携が取れるから……」

 

 笑顔で締めくくる。

 

「つまり、藍が上手く働いたときのヘルヴォルは最強ってこと」

 

「なるほど、さすが恋花様」

 

「結局のところシミュレーションでしかないし、冬賀の動きにいたっては予想に過ぎないから、結果と考察を鵜呑みにはできないけど……」

 

 彼女は背もたれに体重を預けながら続ける。

 

「まあ、一言で言っちゃえば…現状、藍の突出した戦闘能力をあたしたちが活かしきれてないってこと。前の戦闘での様子を見る限り、藍は単独か、冬賀と2人っきりで行動するのが一番戦績を挙げられるのかもね」

 

 すると、聞いていた一葉が口を開いた。

 

「ですが……あの我を忘れたような戦い方では、いずれ身を滅ぼします。冬賀のスキルでヒュージが押し寄せて来ますから、藍としては戦いやすいでしょうが……裏目に出ることも十分ありえます」

 

「……まあ、それは同感」

 

 恋花が頷くと、一葉も笑顔で続けた。

 

「やっぱり、鍵はチームワークということですね」

 

「悔しいけど、ムカデ競走とダンスは、連携行動そのものの訓練って意味ではかなり有効だったと思う。あれ、復活させる?」

 

「いえ、それも悪くはないのですが……」

 

 苦笑いの恋花と話していると、控室の扉が開いて瑤と藍、それに冬賀が入って来る。

 

「射撃訓練、やってきたよ」

 

「ただいま」

 

『戻りました』

 

 3人に続き、いい笑顔を浮かべる千香瑠も入る。

 

「うふふ。2人ともすっごく上手でしたよ。冬賀くんの支援もばっちり決まっていました」

 

『恐縮です』

 

「千香瑠こそ、すごい射撃の腕。びっくりした」

 

 瑤に褒められた彼女は、少し困った様子である。

 

「……訓練のときくらい上手く、本番でも動けたらいいんですけど……」

 

 

「…………」

 

 そんな彼女を、恋花は黙ってじっと見る。隣の恋花の様子を気にすることなく、一葉が4人に話しかけた。

 

「お疲れ様です、皆様。ちょうど今、戦闘シミュレーションの結果を受けて、今後の課題を考えていたところなんです」

 

「複雑な作戦行動はあたしたちと瀑銀隊で担当して、藍がシンプルに動けるフォーメーションを、状況別に組み直そうと思ってさ」

 

 彼女が差し出した手書きの資料を、瑤が覗き込んで受け取った。

 

「いい考え……。私が、藍がわかりやすくなるようにフォーメーションをまとめてみる」

 

「あ、それは助かるわー。瑤、ありがとう!」

 

 瑤はソファに座り、テーブルに置かれたクッキーを手に取った。顔はにんまりと綻び、わくわくしている様子である。

 

「この、動物さんクッキーのように……。『オペレーションどんぐりさん』とか、『オペレーションあひるさん』とか…かわいい名前も考えてみる」

 

「え……」

 

 先程までの恋花の喜びはどこへやら。急に不安になったと同時に、変なスイッチが入ったと感じた。

 

「…それ……なに…戦場で叫び合う気なの?」

 

「あ、それいい。かわいい」

 

「………」

 

 藍はどうやら乗り気。隣に立つ冬賀も別段、気にしている様子はない。

 

「ふふ、私の考えたクッキーがヒントになるなんて光栄だわ!」

 

「よし、それでいきましょう!!」

 

 千香瑠は喜んでいて、一葉も瑤に賛同していた。

 

「待って!冬賀、これ喋れんの?この前、『学園のサーバー様』とか言ってなかった?」

 

 恋花の質問に、彼は淡々と返す。

 

『固有名として人工声帯に登録すれば……少々お待ちください。……オペレーションあひるさん。このように問題なく発音できます』

 

「「おお〜」」

 

  パチパチパチ

 

 感心する声と共に、恋花以外の4人が拍手した。

 

「皆ノリノリだな!!」

 

 恋花はやや孤独感を覚えながらツッコミを入れた。

 と……。

 

「うー……でも、またべんきょーするの?」

 

 藍が不満げに、瑤の手にある資料を見た。

 

「藍ちゃんは、お勉強嫌い?」

 

 千香瑠からの質問に、彼女は首を振った。

 

ヒュージ(てき)をたおすのに、お勉強いらないよ?だだだーって走って、ばーんってやっつけて……どんどん楽しくなってくる」

 

「………」

 

 少し悲しそうに見つめる冬賀にも気づかず、彼女は続ける。

 

「でも…いろいろ考えて戦おうとすると、頭の中ごちゃごちゃしてくるし、たいへんになっちゃうよ」

 

「被害を最小限に抑えるために、必要なことだよ」

 

「ひがい?」

 

 一葉が窘めるように言うが、藍は今一つ理解できていない。

 

「ええ。藍や、周りの人たちが傷つかなちように」

 

 さらに説明する。

 

 だが……。

 

 

「きず?藍、そういうのへいきだよ?」

 

 

「ッ……」

 

「え…?」

 

 冬賀は俯いた。一葉が呆気に取られている間にも、藍は笑顔で続ける。

 

 

 

「死ぬのもこわくないよ?藍、えらい?」

 

 

 

「「…………」」

 

 

 皆、ただ絶句するしかない。藍は5人を不思議そうに眺める。

 

「あれ?みんな、どうしたの?」

 

「……ううん、なんでも……」

 

 ようやく口を開くことができたのは瑤だった。

 藍の表情は笑顔に戻る。

 

「じゃあ、藍、もう少しダンスのれんしゅうしてくる。今ね、新しいダンス覚えてるんだ。とーがに教わったの!」

 

「ああ……うん…」

 

『気に入っていただけて…よかったです』

 

「じゃあ…そうね。行ってらっしゃい…」

 

「今度、見せてあげるね!」

 

 嬉しそうに言う藍だが、一葉と冬賀は硬い笑みでそれに応じていた。

 

「ええ、楽しみにしてるわ」

 

「行ってくる!」

 

 千香瑠が浮かべるのはごく自然な笑顔。その表情に見送られながら、藍は控室から出て行く。

 その足取りは、悲しいほどに軽かった。

 

「……行っちゃった…わね」

 

 千香瑠の笑顔が崩れて不安に染まる。恋花も似たような表情だ。

 

「……死ぬの怖くない…って、強がりで言ってるようには見えなかった……」

 

 瑤は冬賀の方を見る。彼女も彼も、悲しみを宿した顔だ。

 

「……ねえ、どういうこと?」

 

『……自分にも…はっきりとはわかりません…。自分が藍様と知り合った頃から、あのように仰る方でしたから。友人と呼んでくださる藍様に……自分は、どのような言葉をかければいいのか…わからず…』

 

 罪悪感に染まった顔で、抑揚のない機械音声で彼は続ける。

 

『おそらく……死亡するとは、長く接してきた自分と同じ存在になると考え、安心されていることもあるかと思われます。申し訳ありません……』

 

 深く俯く冬賀の方に、瑤が手を置いた。

 

「……大丈夫。冬賀は悪くないよ…」

 

『…ありがとうございます、瑤様…』

 

 今度は一葉が藍について話す。

 

「……彼女、座学は他の生徒と一緒に受けていないそうです。なんでも、知識がまだ、義務教育修了レベルにないとかで…。“ある企業”が経営する保護施設で育った……ということですが、それ以上のことは何も……」

 

「本当に…?」

 

「え……?」

 

 恋花からの問いかけに、一葉は疑問符で返した。そして思い出す。藍をメンバーに加えることが決まったあの日…初めての出撃を終え、学園に問い合わせたときのことを。

 

 

 

 一葉は教導官と会い、向かい合って話していた。

 

「……佐々木藍をメンバーに……?佐々木藍がどのような背景を持った人物か、わかって言っているのか?」

 

「……ある程度は」

 

 教導官からの質問に、一葉が頷く。

 

「彼女は、幸せになるべきだと思います」

 

 一葉の答えを、教導官はばっさり斬り捨てた。

 

「そのために君ができることなど、何もない」

 

「……今は、まだ…。ですが、いつかは……」

 

 

 

 

「…………」

 

「……一葉?」

 

 回想に耽る一葉。彼女を心配して恋花が呼ぶと、我に返った。

 

「あ、いえ、なんでもないです。その…藍のことなんですが……」

 

 言葉に詰まっていると、恋花が目を伏せた。

 

「ま、いいよ、そのうちで。誰にだって、複雑な背景の一つや二つあるよ」

 

 彼女は顔を上げ、複雑な表情の皆を見渡した。

 

「あたしたちだって……」

 

「…………」

 

 一葉が不思議そうに恋花を見ていると……。

 

 

「……私、ちょっと行ってきます」

 

 

 何かを決意した千香瑠が扉に向かい始めた。

 

「千香瑠様?」

 

「大丈夫。少しお話ししてくるだけ」

 

 一葉に向けられた笑顔は……やはり無理をしているようだった。

 

 

 

 

 

「ふんふふーーん♪らんららーーん…♩」

 

 構内の庭園で、藍は軽快に踊っていた。見る者もない中、彼女は冬賀に教わったステップに従って風と共に舞う。

 

「♩らーん、らん……」

 

 と、どこからか拍手が響いた。

 

「上手上手」

 

 振り向いた先には……。

 

「あ、千香瑠」

 

 笑顔の彼女だった。

 

「そのステップ、できるようになったのね」

 

「うん!たくさんたくさん、練習したから」

 

「ダンス、楽しい?」

 

「うん」

 

 迷いも邪気もなく頷く。その仕草が、千香瑠の表情に悲しみを浮かべる。

 

「……ヘルヴォルに入って、よかった?」

 

「うん!」

 

 満面の笑みで、藍は言った。

 

「戦いのないときは、とーがとも会わないし、いっつもたいくつだなーって思ってたけど。みんなといると、いろんな楽しいことを教えてくれて、楽しいことがいっぱいになったよ。だから、入ってよかった」

 

 対照的な表情の千香瑠が、質問を続ける。

 

「……戦いは…楽しい…?」

 

「うん、すっごく。どかーん、ばしーんって、いっちばん楽しい」

 

「………」

 

 またも無邪気な笑顔で答える藍。彼女は俯いてしまった。

 

「千香瑠はちがうの?どうして、かなしそうな顔するの?」

 

「……私は…戦うのを楽しいと思ったことがないから…。藍ちゃんが羨ましくて……ちょっと怖いの……」

 

 

 2人から少し離れた場所で、冬賀が静かに会話を聞いていた。藍も千香瑠も心配になってきてみたものの、もはや声をかけられない。

 

 

 千香瑠に怖いと言われ、初めて藍は不安そうな顔になる。

 

「こわい…?千香瑠、藍のこと怖いの?嫌い……?」

 

「ううん、そうじゃないよ。大好き」

 

 安心させようと、千香瑠はどうにか笑顔を浮かべるが……眉は下がっていた。

 

「ヘルヴォルの人たち…皆好きよ。一葉ちゃんの正しさや、恋花さんの気遣いや、瑤さんの芯の強さや、藍ちゃんの純粋さ。それに冬賀くんの真っ直ぐなところ。すごく素敵だと思う。美しいと思うの」

 

 一度言葉を区切り、彼女は真っ直ぐ藍を見た。

 

「だから、誰にも……もちろん藍ちゃんにも、死んでほしくなくて……。だから、あのね、藍ちゃん…」

 

 膝を曲げて、小柄な藍と目の高さを合わせる。

 

「死ぬのが怖くないなんて、言っちゃダメ。藍ちゃんが死ぬの、私は怖いよ。死んじゃったら、とっても悲しくなるから…」

 

 千香瑠の頬を、雫が伝い落ちる。

 

「…私たちは…いつ死んでもおかしくないんだから…だからこそ…ちゃんと…。死ぬことを、怖がらないとダメなんだと思う…」

 

 溢れる涙を、もう彼女は止められない。

 

「……千香瑠、なんで泣いてるの…?」

 

「…ごめん…。私も……わからない……っ」

 

「泣かないで、千香瑠。よしよししてあげるから……」

 

 俯き、涙を拭い続ける彼女の頭に、藍は頑張って手を伸ばす。

 

「……うん…。ありがとう……」

 

 

 嗚咽が響く庭園の外。静かに佇む冬賀は、千香瑠が泣き止むまでそこにいた。

 

 

 

「あ、とーが…」

 

 しばらくして千香瑠と庭園を出た藍が、彼を見つけた。

 

「ずっといたの?」

 

『……いえ』

 

 そう言う割には疲れた彼の顔を、藍が見上げる。

 

「ね、とーがもなの?とーがも、死ぬのは怖い……?」

 

「………」

 

 彼は右手を持ち上げて、その金属塊をじっと見つめた。

 

『……一度は、この命を手放したいとすら思いました。ですので、死ぬことが怖いのかどうか……正直なところ、はっきりとはわかりません。ただ……』

 

「…?」

 

 

『……怖くとも、怖くなくとも…はっきりしていることがあります。それは、死を選んでは()()()()ということです』

 

 

「死んじゃダメってこと…?」

 

『はい。命にいつか終わりがあっても、その瞬間を自分で決めてしまうことは……絶対にあってはならないと…そう考えています』

 

 彼は自嘲気味に笑った。

 

『自分は、あと一歩のところで死神(アヌビス)に追い返されました。きっとまだまだ、この世でやるべきことがあったのでしょう』

 

 顔を上げ、千香瑠にも目配せする。

 

『死と引き換えに手に入れた、貴女方全員との大切な日々を生き抜いて……自分も死なずに、戦い続けます。あの世に快く迎えられる、その瞬間までは』

 

 微笑みが、温かなものに変わる。

 

『その時に持って行く思い出が、自分への最後の報酬(プレゼント)であり、騎士となった自分が果たすべき使命ですから』

 

「……うん、わかった!死ぬまで死んじゃダメって、ちゃんとわかったよ!」

 

「ふふ……ええ、そうね…」

 

 藍と千香瑠が微笑み、控室へ向けて歩き始める。

 

 

 

 

 数日後。

 市街地にヒュージが出現し、ヘルヴォルにも出撃命令が出された。

 

  ギュイィィィィィィィィィン…ギギィッ!

 

 鋼の巨人が滑走を止め、頭や肩、腕に乗っていた一葉たちが颯爽と降り、周囲を見渡して索敵。

 

「ヘルヴォル並びに瀑銀隊!目標地点に現着しました!」

 

 彼女が司令部に報告している間に、瑤がヒュージを見つける。熱線砲を隠し持つ、戦車型ヒュージだ。

 

「1時方向に複数のミドル級ヒュージ発見!」

 

 声に応えて一葉が指示を飛ばす。

 

「各位、事前の作成計画に基づいて展開します。藍、くれぐれも突出した行動は控えるように」

 

「うん、しないよ!藍が死んじゃうと、千香瑠が泣いちゃうし、とーがに叱られるから。なるべく死なないようにする!」

 

 と、聞いていた恋花が千香瑠と冬賀を交互に見た。

 

「ん?泣く?叱る?」

 

「あ!えーと、こちらの話。気にしないで?」

 

『一葉様、ご指示を』

 

 苦笑いする千香瑠の横で、冬賀は一葉を急かした。

 

「皆様、『オペレーションあひるさん』のご用意を!」

 

「「了解!!」」

 

『かしこまりました』

 

 恋花を除く皆が二つ返事を返した。

 

「……これを恥ずかしいと思うあたしがどうかしてんのかな…。いや、ない!絶対おかしいのはあたしじゃない!!」

 

「恋花」

 

 瑤が宥めるように声をかける。

 

「はいはいわかってますよ。『オペレーションあひるさん』!恋花、了解!」

 

 冬賀の後ろで列を組み、クリバノフォロスの装甲を盾に斬り込んで行く序盤での戦術である。

 さながら、池を泳ぐアヒルの親子のように。

 

「では、リリィとしての誇りを胸に……」

 

(騎士としての使命を胸に……)

 

 

「ヘルヴォル、しゅっげーーき!!」

 

 

 藍の合図に従って駆け出す重騎士。今、激闘が幕を上げる。

 

 




 先日の神庭編第5話投稿の後、評価バーに色が付きました。評価してくださっている方々、読んでくださっている方々、ありがとうございます。
 とっても励みになりますね。


 


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第7話 新たな戦術

 投稿ペースを落としてから初めての更新です。やや短めのエピソードとなりました。

 ちょくちょく構想を練り直せるのはいいですね。



 

 それは、とある日の午前中。

 一葉は教導官室に呼び出されていた。

 

「……助言、ですか?」

 

 怪訝な顔をする一葉の前で、デスクに着く教導官が言う。

 

盾の乙女(ヘルヴォル)は内外に誇るべき、エレンスゲ女学園の象徴ともいうべき存在。よりよい成果を出せるよう、助言をするのは当然だ」

 

「どのようなご指導をいただけるのでしょうか?」

 

 言葉とは裏腹に、一葉には微塵も興味はない。が、聞くだけは聞いておくことにした。

 

 

「芹沢千香瑠を、ヘルヴォルの所属から外しなさい」

 

 

 案の定、一葉が聞きたくない類の助言が出る。

 

「………」

 

「不服か?」

 

 以前と似たようなやりとりに、一葉は呆れていた。

 

「はい。お考えをはかりかねます」

 

 教導官側もこの反応を予想していたのか、デスクの背後にある大きなモニターに資料を映しながら話し始める。

 

「君たちのパフォーマンスは実戦や訓練での成績をもとに、こちらでも分析している。芹沢千香瑠が、君たちの作戦行動における枷となっていることは明白だ」

 

「………」

 

 一葉が黙っていると、さらに教導官が続ける。

 

「君たちの戦闘プランも評価した。作戦の穴を瀑銀隊に埋めさせるのは結構だが、芹沢千香瑠のフォローに回すケースが目立つ。効率的とは言いがたい。心当たりもあるだろう」

 

 そう言って、教導官はモニターから千香瑠の成績以外の資料を消す。

 

「これは君の人選ミスだが……とは言え、責任を問うつもりはない。取り返しのつかない失敗はまだないならな。特別に序列の高い生徒との入れ替えを認めよう」

 

 一葉の心中では答えなど決まりきっている。

 

「場合によっては一桁台の序列の者を用意する。序列84位との入れ替えは、ヘルヴォルにとって有益なはずだ」

 

「お言葉ですが、教導官殿。そういった問題ではありません」

 

「では、君は彼女のこの成績をどう考える?芹沢千香瑠をヘルヴォルの所属とする合理的な説明を……」

 

「説明の必要を感じません」

 

 教導官の言葉をピシャリと遮った。

 

「何だと?」

 

「ヘルヴォルのメンバーの任命権は私にあり、私は千香瑠様をメンバーに加えたことを後悔していません」

 

 加えて、一葉は事前に調べていた内情を教導官に突きつける。

 

「それに、ほとんどの序列一桁台のリリィたちが瀑銀隊……冬賀の存在を疎み、蔑ろにしてきたことは知っています。他の生徒との入れ替えは、かえって私たちの足並みを乱します」

 

「………」

 

「ヘルヴォルと瀑銀隊は成果を出しています。そしてこれからも、成果を出し続けます。私は私のやり方で、学園の皆様が望む以上の成果を上げてみせます」

 

 教導官はため息を吐いた。

 

「……戦いに仲よしごっこを持ち込まれても困ると言っているんだ」

 

「貴方方は、人の絆を軽んじすぎているんです!」

 

 

 言い合いを続ける一葉と教導官。その2人がいる部屋の外では……。

 

 

「………」

 

 

 千香瑠が悲しみに染まった顔で立っていた。

 

 

 しばらくして、ヘルヴォルの控室では……。

 

「一葉のやつおっそいなー。いきなり教導官に呼ばれたって、今度は何しでかしたんだ」

 

「お、おこられてる?一葉、おこられてる?」

 

「だとしても、気にするようなタイプじゃない。心配しなくても大丈夫」

 

 恋花、藍、瑤の3人がテーブルを囲んで話していた。

 

「そうそう。千香瑠のお茶と冬賀のお菓子でも飲み食いしながら気長に待ってれば……」

 

 だが、恋花の前で紅茶を淹れる千香瑠は、不安な顔で考え込んでいるようである。

 

「………」

 

「千香瑠?どしたの?」

 

「あ……ううん。なんでもない」

 

 顔を上げる彼女だったが……。

 

「いや、お茶淹れてくれるのはいいんだけど……めっちゃこぼれてるから」

 

 千香瑠が注ぐカップから紅茶が溢れ、ソーサーをヒタヒタにしてテーブルまで流れていた。

 

「あ!ご、ごめんなさい!すぐに拭くわね!」

 

 彼女は慌てながら調理スペースに布巾を取りに行く。その背後から藍が呼び止めた。

 

「千香瑠、今日のおかしは?」

 

「ああっ…クッキー焼いてないわ…!ど、どうしましょう…」

 

 焦りながら調理スペースに入る千香瑠。入れ違いで冬賀が出て来た。手には艶やかな小豆色に輝くものを載せたトレーを持っている。

 

『本日は羊羹でございます』

 

「え……羊羹…?」

 

『本日のお茶請けにと、千香瑠様ご自身が用意なさったものですが……』

 

「あ…そ、そうだったわ。ありがとう、冬賀くん……」

 

 冬賀は笑顔で頷き、小皿に載った羊羹を恋花たちの前に並べた。

 

「瑤、冬賀……千香瑠ってなんかあったの?」

 

「……さあ?」

 

『心当たりはございませんが……今はこちらをご賞味ください。落ち着いてからお話しする方がよろしいかと』

 

「…そうね」

 

 恋花は前に置かれた和菓子に目を落とす。

 

「にしても、紅茶のお供に羊羹って……」

 

『ご安心ください。大変合いますので』

 

 不思議そうな顔の恋花の隣で、瑤と藍は羊羹の形に目を奪われていた。

 

「……くまさん羊羹…!」

 

「かわいいー」

 

「どうやって作ったの…?」

 

『手作りチョコレートの成形などに使うシリコン製の型に流し込んで固めました。レシピは自分の知っているものですが、作業は全て千香瑠様です』

 

「冬賀……ダンスといい和菓子といい…あんたのその妙な女子力、どっから来てんの…?」

 

 

 恋花が疑問を口にしていると、千香瑠が布巾を持って戻って来た。彼女がテーブルを拭き終わる頃、一葉が控室に到着する。

 

「お待たせしました!すみません、遅れてしまって!」

 

 今日もまた、彼女は大きな荷物を抱えていた。

 

「いいっていいって。初日に1時間近く待たされたときほどの驚きはないって」

 

 蒸し返して茶化す恋花に、一葉は頬を染めて謝る。

 

「そ、その節はすみませんでした!」

 

「恋花、いじらないで」

 

「あっはっはっ!」

 

 もはや見慣れたやりとりをする瑤と恋花。一方、藍は心配しながら一葉の近くまで歩いていた。

 

「か、一葉?なんのお話しだったの?お…おこられちゃった?藍、よしよしする?」

 

「ああ…ううん。そうじゃなくて、すごく褒められたの。ここのところいい戦績を残せてるから……」

 

「………」

 

 藍は安心したようだが、冬賀は一葉の作り笑いを見抜いていた。

 一葉に賛同する形で、恋花が続ける。

 

「あー。まあ、やっぱ藍を中心にした連携が回り出したのが大きいよなぁ」

 

「うん。藍、すごく頑張ってる!」

 

『素晴らしいご活躍です。藍様』

 

 恋花たちに褒められた藍は、胸を張って千香瑠を見た。千香瑠はやっと一息ついてソファに座っている。

 

「えっへん。千香瑠。藍、すごい?」

 

「…え?あっ、うん。すごいよ、とっても。それに比べて……

 

「……千香瑠?」

 

『いかがされましたか?』

 

 シュンとする千香瑠に、瑤と冬賀が声をかける。

 

「あ、ううん?!なんでもないわ。独り言!」

 

 

 そんなこんなで、普段通りに一葉が取り仕切るミーティングが始まった。荷物は傍らに置かれている。

 

「それで、ですね。ちょっと早いんですが、次の訓練のステージに上がろうかと思うんです」

 

 彼女の提案に嫌な予感を覚えた恋花が真っ先に声を上げる。

 

「まさかまた、ムカデ競走みたいに無茶なトレーニングしようなんて言わないよね?!」

 

「基本的にはもっと無茶です」

 

「はあ!?」

 

 なぜか得意げにとんでもないことを言う一葉。呆気に取られる恋花を置いて、彼女は続ける。

 

 

「皆様、必殺技を習得しませんか!」

 

 

「ひ、必殺技?!」

 

「かっこよさそう。藍、わくわく」

 

 驚きを隠せない千香瑠の横で、藍は目を輝かせていた。恋花が呆れる。

 

「必殺技って……そんな漫画じゃあるまいし…。瑤も冬賀もなんか言ってやって?」

 

 だが。

 

「わくわく」

 

「………」

 

「瑤も?!」

 

 瑤も藍と同じく目を輝かせ、冬賀はどこか遠くを見ているようだった。

 

「冬賀、なんか悟ったみたいな顔してるけど……」

 

『……何とはなくですが、一葉様がやろうとしていることが予想できましたので……』

 

 恋花は一葉に向き直った。

 

「あのね、なんだか知らないけど…必殺技?そんな都合のいいものがあったら皆使ってるでしょ?派手なものにはリスクがあんの。地味に、基本に忠実に…よ」

 

 彼女に指摘されても、一葉はドヤ顔を崩さない。

 

「リスクの把握さえしていれば、使える派手さも存在しますよ!色々な条件があるので、いつでも使えるというわけではないですが……」

 

 一旦言葉を区切り、皆を見渡す。

 

「必殺技があるのとないのとでは、取りうる作戦行動の幅が段違いに広がります。特に、追い詰められた土壇場では。運用次第では、私たちより遥かに上の戦力にも立ち向かっていける。そんな攻撃方法です」

 

「………」

 

 ここまで聞いて、冬賀が何となく予想していた必殺技の正体が確信に変わった。

 

「あの……具体的には、どういったものなの?その必殺技は」

 

 千香瑠の疑問に、一葉は頷いて答えた。

 

 

「ノインヴェルト戦術」

 

 

「……ノインヴェルト…!」

 

『やはりそれでしたか……』

 

 息を飲む瑤の横では、冬賀が苦笑いで呟いた。

 

「へえ、なるほど…。すごいの引っ張り出してきたな……」

 

「ねえねえ、のいん…ってなに?つよいの?」

 

 藍に見上げられた千香瑠が答える。

 

「え、ええ。ノインヴェルト戦術というのは、チームで行う戦術なの。マギの塊…マギスフィアをボールのようにパス回ししながら、皆の力を注いで、大きくしていって……。最後にそれを敵にぶつけることで、大きなダメージを与えるっていう技。本来は9人で行うものだけど、5人でも可能よ。当然、9人と比べて威力は落ちてしまうと思うけど……」

 

「5人?とーがは入らないの?」

 

 振り向いた藍に答える冬賀。

 

『はい。騎士団の装備は高濃度の負のマギ…本来、悪性の強いエネルギーで稼働していますので、マギスフィアに混入されれば深刻に威力が減少します。そもそも、負のマギを込めることそのものが確率的に難しく、失敗すればスフィアが爆発して騎士諸共に……砕け散ります』

 

「その通りです」

 

 2人の説明を、一葉が全面的に肯定する。恋花も頷いた。

 

「習得した方がいいということにはあたしも同意するよ。でも、練度が高いものとなると一朝一夕じゃ難しい」

 

「はい。ですが強力な攻撃手段です。習得しない理由はありません」

 

「いや、だから気軽に言ってくれるけどさ……」

 

 恋花はあまり乗り気ではない。

 

「高度な連携、個々のマギに関する技術、身体能力、おまけに使い所を誤らない判断力と騎士の適切なサポート……。それらがあって、初めてテーブルに上がる戦術じゃんか」

 

「個々の技術に関しては水準をクリアしていますし、冬賀も含めた高度な連携については、これまでの訓練で重点的に行ってきました。下地はできていると考えます」

 

 説明する一葉に、瑤が問いかける。

 

「前に『とっておき』のレベルアップがあるって言ってたの……これのこと?」

 

「はい」

 

「……じゃあ、最初からノインヴェルト戦術の習得を目指してトレーニングしてたの?!」

 

 驚きと共に投げかけられる千香瑠からの質問にも、一葉は頷いた。

 

「はい!もちろん、その過程全てが私たちのレベルアップに繋がるようにと考えてはいましたが」

 

「マジか…。それは想像もしてなかったわ……」  

 

「一葉、すごーい」

 

 恋花は今まで意味不明と考えていた一葉の狙いを知って、藍共々心底驚いていた。

 

「うん…わかった。やろう、ノインヴェルト」

 

「私も……頑張るわ」

 

 瑤と千香瑠も乗り気。冬賀は難しい顔をしていた。

 

『報告会でも必ず上がる戦術ですが……騎士団には各々の専用の連携プランが必要です。実際に練習を始める前の準備から、時間をかけて行うことを提案いたします』

 

 その発言に、一葉は笑顔で頷いた。

 

「では皆様。まずは敵を知り己を知りましょう。動画や関連資料なんかを用意しましたので!」

 

 床に置いていた箱の中から紙束を取り出す一葉。その分量に、恋花は戦慄する。

 

「山のような資料ね!」

 

「わーー…。またおべんきょうだー。やったーー……」

 

 藍は笑顔ではあるが、目は座っている。冬賀の顔からは血の気が引いていた。

 

「藍のやる気が、わかりやすく下がってる……」

 

『……自分の義眼の記憶容量も無制限ではないですが……最後の1ビットまで詰め込みましょう……』

 

「冬賀もわかりやすく青くなった……」

 

 瑤が2人を観察している間に、一葉は資料をテーブルに積み上げる。

 

「千里の道も一歩から。血反吐を吐くまで頑張りましょう、皆様!」

 

「……血反吐は吐かなくてもよくない?」

 

 恋花がツッコミを入れるが、反応したのは冬賀だけだった。

 

『はい。資料が汚れてしまいます』

 

「そういう問題じゃなくてさ……」

 

 

 

 しばらくして。

 ノインヴェルト戦術の概要を掴んだ一葉たちは、資料映像の視聴に移っていた。控室の灯を落とし、スクリーンに投影して観察する。

 

 

亜羅椰(あらや)ちゃん!』

 

『お任せあれ!フィニッシュショット、決めます!』

 

 白のロングヘアのリリィからパスされた桃色髪のリリィが、チャームの銃口にスフィアを合わせて射出。

 

 放たれた閃光が大きなヒュージの装甲を穿ち、断末魔すら残さず爆発と共に消し飛ばす。

 

「わっ!すごい!!」

 

 映像に反響する轟音に驚き、藍が声を上げる。

 

「えっぐいね、これは……」

 

 恋花の感想と同時に映像は終了。控室が明るくなる。

 

「これが百合ヶ丘女学院のレギオン、アールヴヘイムのノインヴェルト戦術です。騎士団の情報網を借りて記録映像を入手しました。ありがとうございます、冬賀」

 

『光栄でございます。アクセスなさる前に一声かけていただければなおよかったのですが……』

 

 自ら知らぬ間に情報網を使われていたことを知り、冬賀の顔が引き攣る。彼も学園のサーバーに勝手に侵入して情報を集めているため強くは言えないのだが。

 

 それはさておいて、他のヘルヴォルメンバーが感想を口にする。

 

「……映像で見ても、すごい迫力…。美しささえ感じられた」

 

「うん、パス回しや位置取りも申し分ない」

 

 千香瑠と瑤の言葉に頷き、冬賀も口を開く。

 

『あちらの騎士の方もお見事でした。画面から見切れてはいましたが、的確な砲撃でヒュージを追い込むことに成功していました。自分とは違うクリバノフォロス……おそらくCen(ケンタウルス)A(アーチェリー)の使い手かと』

 

「さすがの練度って言ったところね。おみそれするわ」

 

 恋花はソファの背もたれに体重を預ける。

 

「でもやっぱ隙がでっかいなー」

 

「撃った後、ほとんどマギが残らないのも問題……」

 

 瑤も弱点を指摘する。一葉の顔も難しくなっていた。

 

「世界最高レベルのレギオンでも、使い所を考えなくてはいけないでしょうね」

 

「ノインヴェルト戦術を行う間も、ヒュージに妨害されないようにいろんな工夫をしてた。弱点の埋め合わせは、騎士団に頼り切りじゃない」

 

「パス回し一つにも、高度な技術と状況判断がいるのね……」

 

「だからこそ、まずは基本の動作を身体に叩き込んでしまいましょう。さっそく、この模擬弾を使って練習しましょうか」

 

 一葉が懐から取り出したのは、チャームに込める1発の弾丸。マギを込めることはできないが、設定した回数チャームに触れた後、チャーム意外の物体に触れると蛍光インクが飛び散る術式が組み込まれている。

 

「うん、おもしろそう」

 

 藍は相変わらずわくわくしている様子だ。

 

「確かに…今のあたしたちがアレをモノにできれば、戦いの幅は劇的に広がるか……」

 

 恋花も一応の納得はしたところで、冬賀が進言する。

 

『では、自分がヒュージの役を』

 

「そうですね。全員での連携の訓練と冬賀のクリバノフォロスを的にする訓練…両方を繰り返して、とにかく数をこなしましょう」

 

 一葉の言葉に、恋花は笑顔になる。

 

「お、あたしが前に言ってた冬賀をヒュージに見立ててやる訓練、やっとできるのね。いよいよ本格的になってきたじゃん!」

 

『自分も、何か皆様の訓練に使える試作装備でもないか、本部に問い合わせておきます』

 

 一葉が場を仕切り直す。

 

「それでは改めて…皆様、血反吐を吐くまで特訓です!!」

 

 

 

 

 

 日々の訓練にノインヴェルト戦術も取り入れてすぐのこと。

 冬賀は本部から彼の支援を行なっている盤渉(ばんしき)時雨(しぐれ)と電話で話し合っていた。

 

『ふーん、ノインヴェルトをねぇ……』

 

『はい。それに役立つ試作装備などございましたら、実験としてこちらに配備していただきたいのですが……』

 

『う〜ん…そもそも瀑銀隊には試作品が優先的に回っていくから、今更何か融通させることはできないかな…。それにクリバノフォロスだけとなると、配備できる種類も限られてくるし……』

 

『そうですか…』

 

『ノインヴェルトに役立つかはわからないけど、新しい試作装備は近々そっちに届くから使ってね』

 

『感謝します。具体的にはどのようなものでしょうか』

 

『そうね…。今、クリバノフォロスのSgr(サジタリウス)モデルの新型が開発中なのは知ってると思うけど、現行型のアップデートパーツも増えてるから、まずそれが行くかな』

 

『アップデートパーツですか』

 

『そう。パイプ状の増加装甲なんだけど、ウェポンラックも兼ねててね。クリバノフォロスに乗っかって移動するリリィからの需要に応えて、肩とかに乗る場合の手すりにもなるんだよ』

 

『なるほど…。こちらといたしましても大変助かります』

 

『後は……“フンコロガシ”かな』

 

 それが意味する装備を思い出し、冬賀は息を飲む。

 

『……試作品が完成したのですか?』

 

『そう。最近になってやっと“コンデンサー”ができたからね。そっちには2匹届くはずだから、大事に使ってあげて』

 

『……はい。ありがとうございます』

 

 電話を切った彼は、プレハブの居住区画の窓から空を見上げて考えに耽った。

 

(負のマギのコンデンサー……。今までの技術では、リアクターから放出されるマギの量は制御できても、それを蓄えた物体から放たれる量はコントロールできなかった。でも、その制御が可能になったということは……)

 

 

 

 やがて数日が経過。

 今日も冬賀はノインヴェルト戦術の訓練に向かう。

 

 屋外訓練場にてヒュージ役として参加していた当初は、模擬弾が躱さずとも当たらなかったり、容易に回避できたり、そもそもパス回しに失敗してヘルヴォルの誰かがインク塗れになったりという日々が続いていたのだが……。

 

 

「千香瑠様、今です!」

 

「うん!……フィニッシュ!!」

 

  ドパァンッ!!

 

「ッ!」

 

 冬賀が咄嗟に構えた左腕の盾に模擬弾が炸裂。鋼の巨人の左半身にインクがぶちまけられ、夕日を反射する鈍い銀色の装甲がカラフルな蛍光グリーンに染まる。

 

『……お見事です』

 

「ついに捉えたわね!」

 

「やっぱりいい腕してる、千香瑠」

 

「千香瑠、おめでとー!」

 

 数日のうちにメキメキと力を付け、回避が難しくなってついに命中した。

 

 恋花たちに褒められた千香瑠は、嬉しさ半分、不安半分という表情であった。

 

「ありがとう…。実戦でもこのくらいできたらいいのだけど……」

 

「まずは最初の一歩です。慢心せず、もっともっと磨いていきましょう!」

 

 一葉が皆を鼓舞しながら、冬賀に近づく。

 

「冬賀も、お疲れ」

 

『ありがとうございます、瑤様』

 

「結構似合ってんじゃん、緑。次、このまま出撃してよ。絶対笑えるって!」

 

『いえ、恋花様…そういうわけには……』

 

 頭部の装甲を開いて答えていると、藍が見上げてきた。

 

「とーが、きれいにする?藍もてつだうよ」

 

『お気持ちは嬉しいのですが、これくらいは自分で……』

 

 やんわり断っていると、一葉が何か思いついた。

 

「そう言えば、瀑銀隊の格納庫の中をしっかりと見たことはないですね…。インク落としを手伝いながら、この機会に見学しておきましょうか」

 

「いいと思うわ」

 

『千香瑠様もですか?自分は構いませんが……』

 

 

 結局断りきれず、ヘルヴォルの全員も格納庫に来ることになった。向かいながら、一葉がまたもや提案する。

 

「このままいけば、冬賀からの妨害や攻撃もある訓練の日は近そうですね」

 

「いや、そんなんもうどうしようもなくない?妨害なしで1発当てるだけでもキツいのに……」

 

「でも、そのうちやらないとダメ」

 

「マジかぁ……」

 

 

 夕焼け空の下、雑談しながら学園内を歩く6人。冬賀がふと敷地の外に目を遣ると、ガーデンではない普通の学校から帰宅する高校生たちが見えた。

 

(…部活から帰るのって、こんな感じなのかな……)

 

 柄にもなく爽やかな青春の気分を味わいながら、冬賀も自分の住む場所へと歩みを進める。

 

 




 黄色い目のヒュージが出てきやしないかとゲーム内イベントの度にヒヤヒヤしているワタクシです。

 百合ヶ丘だけでなく、エレンスゲや神庭にもプレイアブルキャラ増えませんかね…。


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第8話 太陽の虫

 神庭編は終わりが見えているので、先にこちらを更新します。一応、主人公強化イベントです。



 ある日の早朝。

 朝焼け空に照らされる校舎から反射した光が、シャッターの開いた格納庫に淡い影を伸ばす。その主である冬賀は、己の半身である鋼の巨人、その右肩の後ろを見上げていた。

 

 そこには本体の鈍い銀の装甲と異なり、光を反射しない真っ黒な楕円体……コガネムシのような形の機械と、それを収める台が付いている。

 

 また、両肩の上や腕の一部、膝には、金属の棒でできた手すりとしても機能する追加装甲が備えられている。

 

(いよいよか……)

 

 考え事をしていると、格納庫の出入り口に人影が現れる。

 

「おはようございます、冬賀!」

 

『はい、おはようございます。一葉様』

 

 彼女は予定の確認のためにやって来ていた。

 

「今日は学園から離れたところの訓練地で、貴方からの攻撃も有りのノインヴェルト戦術の練習です。準備はいいですか?」

 

『問題ございません。そちらの方はいかがですか?』

 

「早起きが苦手な藍を無理矢理起こす形になってしまいましたが、大丈夫です。それはそうと……」

 

「?」

 

 一葉は少し興味ありげな顔になった。

 

「昨日、牙刃の騎士団のトラックが来ていたようですが、新しい装備でも…?」

 

『はい。取り付けは昨日のうちに済んでおりますので、早速本日より使用させていただきます。皆様もきっと気に入ってくださるかと』

 

 そう答えた彼は自信のある笑みを浮かべていた。

 

 

 

 数時間後。

 ヘルヴォルと瀑銀隊の面々は、郊外のうち捨てられた街にやって来ていた。立ち並ぶ背の建物や道路が植物に覆われている、広大な廃墟の町である。

 

「皆様、ついに来ましたよ!冬賀との模擬戦形式での、ノインヴェルトの訓練の日が!」

 

 一葉がノリノリで喋る一方、恋花は不安そうな顔だ。

 

「大丈夫なのかな〜…。なんか、一方的にボコボコにされそうな気がするんだけど?」

 

「そう?」

 

 隣に立っている瑤は普段通りであった。

 

「買い被るわけじゃないけどさ、冬賀だってそこらのリリィよりは実戦経験あるわけでしょ?それにここは遮蔽物だってたくさんあるし、冬賀の想定してる市街戦に近くて、学園でやってきた訓練とは条件も違う」

 

 一呼吸置き、彼女は瑤と藍、千香瑠がいる方に向き直った。

 

「本格的なノインヴェルトに慣れてないあたしらには不利かもってことよ。用心するに越したことないっしょ」

 

「そこもちゃんと考えていますよ」

 

 一葉は得意げに説明する。

 

「今回はロングパスを主軸に、相手を撹乱しつつパス回しのペースは少し抑えて組み立てます。実際に都心で使用する場合に近い形になるはずです」

 

「確かに、街中だとビルの間を通してパスを繋ぐ必要があるものね」

 

 千香瑠も彼女の意見に賛同していた。

 

「この形式の訓練は初めてなので、冬賀には遠距離から詰めて来てもらいます。それ以外は好きに動いて構いません」

 

『かしこまりました。では、お先に』

 

「お願いします」

 

「とーが、またねー」

 

 一葉と藍に見送られ、冬賀は地面を滑走しながら街の中に姿を消した。一旦彼への通信を切り、一葉は簡単に作戦会議を開く。

 

「それでは、スタートは瑤様からお願いします。『オペレーションおおかみさん』で、散らばって展開してください」

 

「わかった」

 

 瑤は頷き、訓練用のインク入り弾を受け取る。

 通信を開き、冬賀にも呼びかけた。

 

「それでは、訓練開始です!」

 

 

 一葉は自分のレアスキル、『レジスタ』を発動させていた。効果範囲にいるリリィのマギに働きかけ、攻撃力や機動力などを上昇させる支援スキル。新たな視野とも呼べる超常的な空間把握力も獲得するため、指揮を執る上で好都合である。

 

 その彼女の俯瞰的視野が冬賀のクリバノフォロスを捉えた。そのとき、瑤から通信が入る。

 

『一葉、冬賀の右肩…背中寄りのところに付いてるのは何なの?』

 

「新しい装備とのことですが、詳しくは何も…。念のため、注意はしておいてください」

 

『うん。それじゃあ始めるよ』

 

 

 

 一方、冬賀もタイミングを合わせていた。

 

(訓練用ペイント弾、左腕ガトリングに装填完了。そろそろパス回しが始まる頃…。この距離なら撃墜もされないかな。……『スカラベウス』)

 

 彼が脳内で命令した瞬間、右肩の台から黒々とした物体が切り離された。直後、下側…コガネムシの尻にあたる部分のスラスターが点火。

 

  パシュウッ

 

 と小さな音を立て、晴れた空へと急上昇した。

 

 

 

 藍に最初のパスを回した瞬間、瑤の耳に一葉からの通信が入る。

 

『冬賀が肩から何かを射出…!』

 

「ミサイル?」

 

『いえ、そんな雰囲気は……なっ?!消えました?!あれの位置を把握できません!』

 

『大丈夫大丈夫』

 

「恋花?」

 

 

 

 彼女は先程までは不安だったが、街中に身を潜めたことでいくらか楽観的になったようだ。

 

「ミサイルにせよ何にせよ、現状脅威じゃないんでしょ?なら、先に冬賀を倒しちゃえば」

 

 

 

     

 

 

 

『そうですね…。!恋花様、そちらに千香瑠様からのパスが!』

 

「見えてる見えてる!……オッケー!瑤、一旦返すよ」

 

『うん』

 

 

   

     

 

 

『…?妙ですね。冬賀のガトリングが開いています。まだ距離があって、遮蔽物もあるのに……』

 

「焦ってんのかな。あのガトリング、命中精度微妙だし」

 

 

  + +

   ++

   

 

 

「このままジャンプして、遠距離から狙うのもアリかもね。一葉、あたしに戻すルート残しといて」

 

『はい!』

 

 

『……ところでさ、恋花。今、私から見えてるんだけど…』

 

「どったの、瑤?」

 

 

 

『そのおしゃれなチェック柄、何?』

 

 

    +++

    +++

    +++

 

 

 恋花はようやく気づいた。手の平や服の上に浮かぶ、赤い光の十字の模様に。

 

 

「……は?何こ……」

 

 

 

  ドドドパァン!

 

 

 彼女の言葉は続かなかった。恋花が手を見つめた次の瞬間、彼女は全身を蛍光グリーンに染め上げられていたのである。

 

 

「うっそ……」

 

 

 愕然とする彼女が見つめるのは建物の隙間。僅かなその空間に、こちらに向けてガトリングを構える銀色の騎士。その輝きのみ小さく見えた。

 

 通信機から一葉たちの声が飛ぶ。

 

『っ!瑤様、フォローを!』

 

『何があったの一葉ちゃん!』

 

『冬賀が、恋花様を狙撃しました!建物の細い隙間を通して、ガトリングで!』

 

『どうやって…?』

 

「………皆」

 

 恋花はようやく口を開いた。

 

「とりあえず……赤い光の格子が見えたらヤバいよ…。あと、ちょっとでも冬賀が見えてたらもっとヤバいから…」

 

 すると…。

 

『とーが見つけた!藍がフィニッシュする!』

 

 恋花の目に、模擬弾に向けて建物の屋上から飛び上がる藍が映る。

 

「あっ!ちょっと待って藍!」

 

 

 

 藍の近くにいた千香瑠の目が、赤い格子模様を捉えた。 

 

 

    +++

    +++

    +++

 

 

「藍ちゃん!足…足に…!」

 

「んー?何ー?」

 

 彼女も気づいて、空中で足を振るが……。

 

 

       +++

      +++

     +++

 

 

「わ、ついて来………」

 

 

 ドパァンドパァン!

 

 すぐさま彼女も蛍光色に染まる。

 

「藍ちゃああああん!!?」

 

『千香瑠様、とにかくスフィアを!落とさないようにお願いします!』

 

「え、ええ……っ!なんとか取ったわ…!」

 

 彼女は自分が持つ槍型のチャームの先端で、模擬弾を捕まえることに成功。

 

「うー…千香瑠、ごめんね……」

 

 着地した彼女に、すでに屋上に戻っていた藍が謝った。

 

「う…ううん、大丈夫よ…。本番でこうならないようにする訓練だもの……大丈夫…大丈夫…」

 

 彼女は自分に言い聞かせるように呟きながら、スフィアを保持したまま一葉と瑤に近寄る。

 

 

 

「お2人とも、一旦距離を取ります!」

 

 瑤と千香瑠に呼びかけながら、冬賀から離れることにした一葉。背後を警戒しながら考える。

 

(ガトリングによる超精密射撃…?一体、どうやって……)

 

 すると、声の届く距離に来ていた千香瑠が声を上げる。

 

「あれは……?!」

 

「どうしたんですか、千香瑠様?!」

 

「ええ……あら、見えないわ…。さっき飛んでたのよ…。真っ黒で、羽の生えたウミガメのような形の何かが…!」

 

「それって……」

 

『冬賀の肩に付いてたあれ…?』

 

 

 

 

 3人のかなり上空では、長い翼を伸ばした漆黒のコガネムシ型の装置が静かに滑空していた。

 この装置を操作している冬賀は、巨人と共有している視界の端で、様々な情報と共に示されている上空からの映像を見ていた。

 

(なんとか2人は倒したけど……3人には警戒されてるな。さっき高度を上げた瞬間、千香瑠さんにスカラベウスが見られてたみたいだったし…)

 

 足のホイールを回して3人を追いながら、彼は独白を続ける。

 

(近づくとやられる可能性は高い……けど、あんまり離れられるとやっぱり当てられない。やるしかないか…!)

 

 

 

 

 瑤、千香瑠、一葉の3人は冬賀との距離を開けつつ作戦を練り直す。

 

『一葉、手はあるの?』

 

「現状、攻撃の正体がよくわかりません。長引くとこちらが不利ですから……」

 

 一葉は覚悟を決めて提案する。

 

「ある程度離れたら(きびす)を返し、一気に接近してその一撃で決めます!」

 

『Uターンしてカウンターで撃ち込むってことか』

 

「確かにこのまま、遠距離から狙っても仕方ないわ。飛び込んで行くしかなさそうね」

 

「ではお2人とも、私の合図で一気に逆走してください!」

 

「ええ!」

 

『わかった』

 

 

 

 その頃、冬賀は…。

 

(いつまでも鬼ごっこを続けるなんて、一葉さんは悠長なことをしない。もうそろそろ何かを仕掛けてくるか……)

 

 

 3人が太い道に差し掛かる、その瞬間。

 

「今です!」

 

「はあっ!!」

 

『っ!』

 

 走りながら踏みしめた一歩。その一蹴りにマギを込め、体を捻って向きを変えると地面を思い切り蹴飛ばした。

 3人は勢いを揃えて冬賀を囲む位置へ急接近する。

 

 

(ああ、来た!)

 

 その様子を、冬賀もまた目にしていた。

 

 

   + +

     +

   ++ 

  

 

(まずはスフィアを持ってる千香瑠さんから……!)

 

 

 一方……。

 

「そうはさせないわ…!瑤さん!」

 

 狙われていた千香瑠は彼女にパスを回す。

 

「千香瑠を撃つ時間はあげない…!」

 

 

(遅かった…!なら今度は……)

 

 

   

    

 

 

 千香瑠に映っていた光の模様が減り……

 

(瑤さん………)

 

 

   +++

     +

   ++ 

  

 

「甘い…!」

 

 彼女の方に増える。狙われているとわかった彼女は一葉にパスする。

 

 だが、彼の狙いは……。

 

 

(……の、マギスフィア!)

 

 

     +++

 

 

    ++

   +++ 

  

 

 

「あっ…?!」

 

 

(当たれ…!)

 

 

  ドガガガガッ!!

 

 

 短く連射されたペイント弾。数発が訓練弾の後ろを通り過ぎ、そして最後の1発は……。

 

 

  ドパァン!

 

 

「うわっ!?」

 

 命中。訓練弾は空中で破裂し、軌道の先にいた一葉にインクの雨を降らせる。

 

 

「「「…………」」」

 

『……マギスフィア、ロストを確認』

 

 愕然とする3人の耳に、冬賀からの通信が届いた。

 

 

 

 数時間後。

 制服を着替え、学園に帰還した6人が控室に集まっている。

 

「冬賀、何あのチート?!」

 

 恋花から質問されることを想定していた彼は、格納庫から持って来ていたタブレット端末に新たな装備の立体映像を表示する。

 

『新型試作装備、ステルスドローンのスカラベウスです。負のマギを溜め、放出量を制御できるヒュージ・マギ・コンデンサが動力源となっていて、機体から充電して使用します』

 

 映し出されたのは、コガネムシの形をした小型飛行マシン。

 

『マギを持つ生命には存在と行動に関する全てが認識されなくなるという、とあるEX(絶滅)スキルを擬似的に再現し、リリィやヒュージの視覚には直接捉えられなくなる機能があります』

 

「そんなヤバいスキルがあんの?!」

 

「なるほど、それで私が見ていたときに消えたんですね」

 

 驚く恋花の横で、一葉は冷静に思い出していた。冬賀が立体映像のコガネムシに触れると、その背中が変形して長い翼が展開した。そのまま説明を続ける。

 

『このようにスラスターと翼を備えていて、スラスターで打ち上げた後に噴射を止めて滑空します。スラスター動作中は先程のステルス機能が使えません』

 

「じゃあ、やっぱり私が見たのは……」

 

『千香瑠様には、高度を上げるためにスラスターを噴射したタイミングを目撃されていました』

 

 千香瑠は自分が見た物体の記憶と、目の前の立体映像を重ね合わせる。

 

『ただし、他の機能は滑空しながら使えます。それが高解像度望遠カメラによる偵察と、レーザー反射波照準補正システムです』

 

「わー…すごーい……」

 

 藍が瑤に寄りかかりながら、眠そうに反応した。

 

「眠くなるのもわかるけど……。そのレーザー…補正システムって?」

 

『元々はミサイルの誘導に使うシステムだったのですが、これを他の火器に転用して高いロックオン性能と命中精度を実現しています。反射光をセンサーで検知することで照準を補正し、自分のガトリングの場合は命中精度が桁数で向上しました』

 

「滑空ってことは音がほとんどしないってことか。装甲は光を反射しないって書いてあるし……」

 

 恋花がタブレット端末に表示された情報を読む。

 

「……なるほど、こっちまで偵察されてた上に精密射撃まであったら、そりゃあ今日みたいにコテンパンにやられてもおかしくないか…」

 

「実際、ヒュージの遠距離攻撃でスフィアを失うケースは珍しくないそうですからね。今後はここの対策も練っておきましょう」

 

 一葉の言葉を聞いていた瑤がスカラベウスに視線を落とす。

 

「実質的に“鷹の目”が追加されたようなもの。敵に回すと厄介だけど味方だと心強い。一葉が前に言ってたみたいに、機体を改良して強くなってる」

 

『……そうとも言えます』

 

 複雑な心境を顔に出している冬賀に、一葉が詰め寄った。

 

「はい!冬賀、今後もこの調子で頼みますよ!役立つ物をどんどん載せてください!」

 

『機体重量の制約はどうかお忘れなく』

 

「……一葉、あんた冬賀の装備を熊手かなんかだと思ってんの…?」

 

 

 

 そんなやり取りから数日後。

 それなりに練習を重ねたヘルヴォルに、ついにノインヴェルト戦術用の特殊弾頭、その実物を使った訓練を行う日がやって来た。

 

 今日もまた、彼女たちは訓練地に訪れていた。

 

「では、妨害してくるスモール級の群れを縫ってラージ級に当てるという想定で、テストしてみましょう!」

 

 藍が千香瑠を見上げる。

 

「ねえねえ、今日もお外でやるの?」

 

「強力な攻撃だから、周りに被害が出ないように…だって」

 

 瑤と恋花も話している。

 

「ノインヴェルト戦術……本物は本当に久しぶり……」

 

「あたしは失敗のリスクの方が怖いけど…。まあ、四の五の言ってられないか。冬賀、準備は?」

 

 スタートを担当する彼女は、弾を装填しつつ彼に問う。

 

『いつでも構いません』

 

「んじゃ始めて」

 

『了解しました。スカラベウス、射出します』

 

  パシュウッ

 

 天に舞い上がったコガネムシは、長い翼を広げるとリリィたちの視界から消えた。

 

「いくよ!」

 

 その間に、皆が配置に着いたことを確認した恋花がチャームを構える。

 

「はああぁぁっ!」

 

 マギを蓄えて一気に放出することに特化した弾丸。恋花のエネルギーが込められ光を放ち始める。

 

「弾丸にマギが入った!瑤さん、藍ちゃん!パスが入りますよ!」

 

 状況を見ていた千香瑠が、恋花の近くにいる2人に呼びかける。

 

「瑤!頼むよ!!」

 

 恋花がパスを放つ。同時に一葉が彼を呼んだ。

 

「冬賀!周囲のスモール級から、パスを出したメンバーとマギスフィアを守ってください!」

 

『かしこまりました』

 

 彼はガトリングを展開して恋花を見ながら後ろ向きに滑走。スカラベウスの視野を頼りに、パスを追いかけつつ恋花の援護射撃をしながら瑤の方へ向かう動きである。

 

「恋花、任せて!」

 

 スフィアを渡された瑤はしっかりとチャームでキャッチ。

 

「さすがです、瑤様!」

 

「藍っ、いくよ!」

 

 一葉に褒められた彼女はすぐさま近くの藍にパスを回す。

 やや上に打ち出されたそれを……。

 

「受け取っ…たぁっ!!」

 

 藍はスフィアと共に近寄って来た冬賀を踏み台にしてジャンプし、空中で受け止める。

 

 その間に、既にパスを出していた2人も動いて陣形を変えている。藍が先程までいた場所をカバーしていた。

 

「うん、練習通りです!前線の2人の間で、ヒュージを押さえ込む担当とマギスフィアをキープする担当が、一瞬で入れ替わりましたね!」

 

 一葉も移動しつつ状況を見る。藍は手近なビルの上に立ち、自分の後ろの方を向いた。

 

「藍のマギものっけた!千香瑠!うけとってーーっ!!」

 

 光を放つ塊が、冬賀の頭上を抜けて千香瑠のいる場所へ。

 

「よし、ここでバックパス通った!」

 

 恋花に見られながら、彼女はチャームを構え直す

 

「やれる……やらなきゃ!…ふっ!」

 

 ズン、と彼女のチャームにエネルギーと勢いがぶつかる。彼女にはそれが()()に感じられた。

 

「くぅううう…!」

 

 千香瑠が受け止めた瞬間、一葉が呼びかける。

 

「一葉、ターゲットに向かってスタートします!」

 

 それに合わせて冬賀も急旋回。足のホイールから砂煙を巻き上げ、勢いを落とすことなく援護を続行する。

 

「千香瑠の超ロングパス……ここが難しい…!」

 

「いや、千香瑠の実力ならいけるって!」

 

 瑤と恋花に見守られながら、彼女は自らのエネルギーをスフィアに込める。

 

「一葉ちゃん!お願い!!」

 

  ギィン!!

 

 マギの塊が空を切り、真っ直ぐ一葉へ向かう。そして。

 

「ナイスパス!」

 

 遠くで受け取った彼女が声を上げた。

 

「ほら、言った通り」

 

 恋花が得意げになる一方、一葉もまたエネルギーを重みとして感じていた。

 

「ぐっ!!これは…皆の気持ちがこもってる分、重い…!でも……!」

 

 冬賀が彼女の背後に近づいてくる。その気配を感じながら……。

 

 

「はああああああっ!!」

 

 

  ドギャウッ!!

 

 

 気合い一閃。一葉のチャームから放たれた巨大な光弾が地面で炸裂する。

 

 

 

  ゴオォォォォォッ!!!

 

 

 解き放たれるのは莫大なエネルギー。地は衝撃で震え、暴風に抉られ、爆炎が周囲の大気を焼き焦がす。

 爆心地から吹き出す地盤の破片。冬賀はしゃがみ、左腕を畳んだ盾の内側に一葉を入れてそれらから守った。

 

「わっ!」

 

「きゃぁっ!」

 

「すごい…爆風!!」

 

 いくらか離れていた瑤や千香瑠たちにも、エネルギーの残滓が叩きつけられる。

 

「うぉぉぉ……これはヤバい!!」

 

「……すごい…。すごいすごい!かっこいいーー!!」

 

 驚きで精一杯の恋花の横で、藍は花火を見た子どものようにはしゃいでいた。

 

 暴風が吹き抜けた後、瑤と千香瑠は爆発地点を確認する。

 

「……クレーター、できてる……」

 

「校内でやらなくてよかったですね……」

 

 と……。

 

「うーーーん……」

 

 何やら悩みながら、冬賀に連れられて一葉が戻って来た。皆も合流する。

 

「大分、抑えたはずなのに…身体が重いです。マギの消費はギリギリまで絞っても、やっぱりかなり大きい……」

 

「でもまあ……一葉、これ成功じゃね!」

 

 恋花に笑顔を向けられ、彼女もまた笑顔になった。

 

「はい!皆様、おめでとうございます!これからこの戦術を、実戦レベルまで引き上げていきましょう!」

 

 ひとまずの成功に皆が喜ぶ中、空中から溶け出るように現れた黒いコガネムシが銀色の巨人の肩に収まった。

 

 

 

 

 そして、半月後……。

 

 

  ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ………!

 

 

 エレンスゲ女学園内に、警報音と共にアナウンスが響く。

 

『司令部より各レギオン。新宿区都庁前方面にラージ級ヒュージ発生の一報あり。エリアディフェンス外から侵攻した模様。全レギオン、出撃せよ。繰り返す………』

 

 

 

 ギュィイイイイイイイ……ギャリギャリッ

 

 滑走していた鋼の巨人が足を止める。

 手すり状の装甲のおかげで乗り心地が向上した冬賀のクリバノフォロスから、ヘルヴォルの皆が降りて着地した。

 

 既に荒れている街並みを千香瑠が見渡す。

 

「この辺りは別のガーデンの管轄じゃ……」

 

「戦闘協力って名前の『外征』だよ。スポンサーの方々へのアピール、牙刃の騎士団(ファング・パラディン)へのマウント取り、新兵器の実験、実験用ヒュージの捕獲……。学園運営の皆様方は、いつでも実戦の機会に飢えてらっしゃるからな!」

 

 恋花は吐き捨てるように言った。冬賀も周囲のガーデンの情報を確かめる。

 

『……ここのガーデンには騎士団も配備されていません。エレンスゲ女学園と思想か近しいようです』

 

 すなわち、リリィ至上主義の極み。憲兵隊すらいないガーデン。

 装甲の下で苦い顔をしていると、瑤が警戒する。

 

「皆、もう戦闘区域に入った。注意を……!」

 

「ヘルヴォル並びに瀑銀隊よりエレンスゲ司令部へ。戦闘想定区域に現着!」

 

 一葉の通信に返答があった。

 

『エレンスゲ司令部よりヘルヴォル。ラージ級の討伐を最優先として行動せよ』

 

 ごく短い言葉で、一葉たちはその真意を理解する。

 

「……一同、了解」

 

 千香瑠は不安と悲しみが混ざった顔になっていた。

 

「ラージ級以外でももたらされる犠牲はしょうがない…ということでしょうか……」

 

「まあ、そういうことでしょうね」

 

 恋花が答えていると、通信機を切った一葉が皆の方に向く。

 

「ラージ級は当然倒します。そして、守れる命も全て救いましょう!」

 

「……はい!」

 

 千香瑠も気持ちを切り替える。すると……。

 

『スカラベウス、敵部隊を捕捉しました。ラージ級が引き連れるミドル級の群れ、2時の方向、距離およそ70です』

 

 ドローンのカメラが、台座に乗った水晶のような形の12面体型ヒュージと、その周りを闊歩する戦車型をしっかり捉えていた。

 

「フォーメーション、きりんさん!」

 

 指示を出した一葉が呟く。

 

「リリィとしての誇りを胸に……!」

 

 冬賀もまた、心の中で呟いた。

 

(騎士としての使命を胸に……)

 

「ヘルヴォル、出撃!!」

 

 今日もまた、巨人の重騎士と共に少女たちが戦場に飛び込む。

 

 




 この章、他2つより特殊演出多いな……。


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第9話 折れる剣


 大変遅くなりました。
 このエピソードは、解像度が上がるまで書くことを躊躇っていたものなのですが、ようやく投稿に至ることができました。



 

 

 都心の市街地を駆け抜ける、ヘルヴォルと瀑銀隊。辺りには中型、小型のヒュージが骸となって散らばり、残すは……

 

 

『□□□!!』

 

 

「……ラージ級、追い詰めた…!」

 

「あとちょっと!」

 

 瑶と藍に撃たれ、距離を取ろうと逃れる水晶のような形の大型のみである。

 

『周辺に敵影なし。このまま戦闘を続行してください』

 

「つっても、こっちもボロボロだけどね……」

 

 飛行ステルスドローン、スカラベウスからの偵察映像を見つつ呼びかける冬賀。やりとりを聞いていた恋花が愚痴をこぼす。

 

 5人の疲弊は目に見えて明らかであり、冬賀の機体はところどころ装甲が傷み、剥がれていた。戦況は押しているが、皆気が気でない。

 

と。

 

「……一葉ちゃん、ルドビコから連絡。今、応戦に向かってる。騎士はいないけど、協力して確実に仕留めましょうって…」

 

 通信機に手をやっていた千香瑠が、一葉に話しかけた。一葉は近くで援護射撃を続ける冬賀を見上げる。

 

「ルドビコにも騎士団が配備されているはずでは……」

 

『……。ルドビコ女学院の騎士団、緋紐天(ひちゅうてん)はガーデンに常駐していません。近場のため、要請に従って本部から派遣される形式の部隊です』

 

(それに、あそこは騎士団が歓迎されるような方針でもないし……)

 

 冬賀がそのガーデンの事情を思い返す間に、一葉たちが話を進める。

 

「どうする?一葉ちゃん…」

 

「……。私たちだけでいきます」

 

 聞いた恋花が驚きながら振り向く。

 

「はっ?!本気(マジ)で言ってんの?!」

 

 当然、一葉は大真面目であった。

 

「…私たちだけで、戦績を上げる必要があります。私たち6人、このメンバーでなきゃいけない証明を……」

 

『………』

 

「か、一葉ちゃん…!」

 

 千香瑠は不安を抱いて彼女を呼ぶ。一葉の中にある焦りを感じたのだ。冬賀も、非対称の機械の仮面の下で見抜いていた。

 

 が、そんな2人に構わず状況は進む。

 

「リーダーが言うなら…わかった。やろう」

 

「藍、がんばる!」

 

 ラージ級に喰らいつく瑶と藍は、一葉の提案を承諾。

 

 一葉は特殊弾を取り出し、恋花に投げ渡す。

 

「フォーメーション、お馬さん!ノインヴェルト戦術を使います!冬賀、タイミングを合わせてEXスキルを!」

 

『かしこまりました』

 

「ここで決着をつけましょう!!」

 

 

「まさか、ここが最初の使い所になるなんてね…!」

 

 フォーメーションを組み直しながら、恋花はチャームに弾丸を装填し、大量のマギを流し込む。

 

「はあああああ!!」

 

 

『□…?』

 

 巨大なエネルギーの波動を感知したヒュージは、その源を潰すべく後退をやめて恋花へ向かう。

 

「ラージ級、こちらに接近…攻撃を警戒!」

 

「こちらにとっても好都合です!」

 

 

  ドガガガガッ!!

 

『□□ッ!』

 

 恋花を攻撃しようとするヒュージが、冬賀のガトリングによる牽制を受けてその動作を取り止める。

 想定内のフォローの動き。

 

『訓練通りに…』

 

「細工は流々!!瑶、頼むわ!!」

 

 彼女のチャームはメキメキと鳴りながら、エネルギーの塊…マギスフィアを発射する。

 

「ふっ……」

 

 恋花に合わせて移動する冬賀を踏み台に、瑶が空中に躍り出た。

 

「……ぐっ!!」

 

 チャームに達したスフィアの重みを感じながら、着地したのは冬賀の背後。彼がガトリングを備えた左腕の盾に、瑶を狙って振り下ろされたヒュージの触手が叩きつけられる。

 

「よし……受け止め…た!平気?」

 

『はい』

 

「わかった。…藍!お願い!!」

 

 騎士を気遣いながらスフィアのパスを回していく。

 

「うん!」

 

 藍の大型チャームに光球が到達。やや押されながらも、藍は地面に踏み留まる。

 

「あはは!手がビリビリする!」

 

 藍が振り向いた先、次にスフィアを受け取る千香瑠がチャームを構えていた。

 その手は汗ばみ、僅かに震えている。

 

「……絶対、絶対成功させる…!」

 

 

 すると。

 

 

『千香瑠様!』

 

「危ない!!」

 

 

 必死の形相で、冬賀と恋花が駆け寄ってくるのが見えた。

 

 

 

(読み違えた…!)

 

 ヒュージが藍を狙うと踏み、冬賀は彼女の近くにいた。

 が、ヒュージは次にパスが回るであろう千香瑠に攻撃の手を伸ばしたのだ。

 

 足下のホイールを回し、全速力で、恋花とともに千香瑠へ向かう。

 

『□□□□!!』

 

  バギャッ!!

 

『……!』

 

  ビッ

 

「んっ!!」

 

 ヒュージの触手は、千香瑠との間に割って入った冬賀の機体の脇腹を抉った。勢いはそのまま、彼女を庇う恋花の腕を掠める。

 

「と、冬賀くん!!恋花さん!!」

 

 千香瑠は動揺した。身を起こす恋花の、切れ目の入った袖を、紅い液体がじわりと染める。

 

「血が……そんな、私を庇って…!」

 

「大丈夫!掠り傷!ね、冬賀!」

 

『問題ありません』

 

 実際、装甲と一部の排熱装置が破壊されたものの現状は普段通り動ける。コックピットの冬賀は無傷で、恋花も軽傷で済んでいる。

 

「それより……」

 

 

「次は千香瑠の番!!マギスフィア、いっくよーー!!」

 

 藍の大きなチャームも、流し込まれたエネルギーを支えるには限界であった。ひび割れていくそれを、彼女が振り上げる。

 

「え…あ……!!」

 

 そんなこと、頭ではよくわかっている。が、意思に身体がついていかない。

 

 

 準備が整わないまま、藍からのパスが千香瑠に届く。

 

 

  ズン

 

 

「う…ぐ…っ!うぅぅ!!」

 

 無理矢理受け止めた千香瑠が苦悶の声を上げる。

 動揺が重なり、精神が不安定となった彼女には、もはやこのエネルギーを扱いきれない。

 

『………』

 

 

 誰にも見られず、冬賀は頭の装甲を開いた。

 

 

「ああああっ!!」

 

 千香瑠は悲鳴を上げ、本能的にスフィアを手放す。両目は閉じられ…。

 誰に向けて放たれた、パスですらない。当然ながら…。

 

「あっ!方向がずれた!!」

 

 恋花が叫ぶ。一葉は瑶と同じく、冬賀を踏み台にマギスフィアを取ろうと駆け出した。

 

 しかし、間に合うはずもない。自ら触れてはならないスフィアが彼の方に飛んで行ったなら、彼は躱さざるを得ないのだから。

 

 

 一葉が飛び上がったとき、スフィアはチャームの間合いから

  

 

 虚しくも、果てしなく離れていた。

 

 

「と…どかない……!!」

 

 

 一葉が着地すると同時に、スフィアが路面に叩きつけられる。

 

 

  ドグォォォッ!!!

 

 

 爆炎が噴き出し、激震を伴って辺りの空気を焼き焦がす。

 

 ヒュージに、傷の一つも与えぬままに。

 

 

「マギ…スフィアが…爆発した……」

 

「チッ!失敗か!!…わっ?!」

 

 唖然とする瑶の横で恋花が悪態を吐く…と。

 

 

『□□□□□□!!』

 

 

 間髪入れず、煙を引き裂いてヒュージの触手が飛び出した。

 

 

(『アヌビス』!!)

 


  ドウッ!

 

 

 直後、またもや空気が震える。冬賀のEXスキルが発動した爆音である。

 

「冬賀…!」

 

 恋花に向かっていた触手がピッタリと動きを止める。

 

 ヒュージが止まった僅かの時間に、冬賀がジャンプ。滞空の間に腰から下を180度回し、着地と同時にホイールを回転。

 後ろを向いたまま、全速力でヘルヴォルから離れていく。

 

 

「嘘っ?!冬賀くん!!」

 

 

 悲鳴に近い声で千香瑠が呼ぶ。まさにその瞬間、ヒュージが息を吹き返した。

 

『□□□□□□□□!!!』

 

 ヒュージは絶叫し、狙いを冬賀のみに変えて追い始めた。

 すかさず、一葉の通信機が鳴る。

 

『一葉様。自分はこの個体を、ルドビコ女学院の作戦地域まで連行いたします。皆様には撤退の指示を』

 

「……それは…」

 

「とーが行っちゃった!一葉、どうするの?!」

 

 彼女としても、冬賀を心配しないわけではない。歴戦の騎士とはいえ、相手は彼の機体よりも大きく、全力を持って彼を始末することになったヒュージなのだから。

 

 しかし今は、彼の提案を呑むしかない。

 

「っ…マギがもう残っていません…。作戦変更!撤退します!あとはルドビコと瀑銀隊に任せましょう!」

 

 一葉の近く。

 ヒュージと冬賀が去っていった先を、瓦礫の上で膝を打った千香瑠が呆然と見つめている。

 

「そんな……私の…私のせいで……」

 

「千香瑠…」

 

 隣に立つ瑶が、言葉をかけられずにいると…。

 彼女は深く俯き、謝罪の言葉を繰り返した。

 

「ごめんなさい…ごめんなさい…!私がしっかりしていれば、こんなことには…!私のせいだ……私の……!」

 

「千香瑠、あんたのせいじゃ…」

 

 

「私のせいよ!!」

 

 

 悲痛に満ちた叫びが、恋花の言葉を遮った。

 

「千香瑠様…?」

 

「恋花さんが怪我をしたのも、ノインヴェルト戦術が失敗したのも…冬賀くんが損傷したまま、一人でラージ級と戦うことになったのも……全部、全部私のせい!!」

 

「千香瑠…どうしたの?なんか変だよ?」

 

 座り込んで叫ぶ千香瑠の隣に、藍もしゃがんで言葉をかける。

 と、千香瑠が顔を上げた。

 

「ふふ……」

 

 歪な、濁った笑顔を。

 

 ゆらりと立ち上がり、ひびの入ったチャームを拾って、彼女は歩き始める。

 

「千香瑠様、どこへ行くんですか?!」

 

「決まってるわ、私が責任を取るのよ」

 

 一葉に振り向いた彼女の顔には、あまりにも後ろ向きな決意が浮かんでいた。

 彼女の行く手を、恋花が阻む。

 

「バカなこと言わないで!マギの残りも少ないんだよ!こんな状態で、ヒュージと戦ったら死んじゃうよ!ましてや冬賀殺すためなら、見境なく暴れるあのヒュージなんか!!」

 

「恋花さん、そこを退いてください。私が責任を……」

 

 頑として態度を変えない千香瑠。だが。

 

 

「ダメだよ、千香瑠」

 

 

「藍ちゃん…?」

 

 袖に包まれた彼女の手が、千香瑠の腕をしっかりと掴んでいた。

 

「千香瑠、藍に言ったよね?藍に死んでほしくないって。とーがも言ってたよね?死んじゃダメだって」

 

 眉を下げ、懇願するように、藍は千香瑠を見上げていた。言葉にはならずとも、藍は直感で理解していたのだ。

 千香瑠がこれから、何をしようとしているのか。

 

「藍もね。千香瑠には死んでほしくないよ。とーがに叱られてる千香瑠も、見たくないよ」

 

「………。でも…私は……」

 

 藍の手を振り解くことができない。

 すると、通信機から。

 

『…千香瑠様』

 

「冬賀くん…!?」

 

 ノイズ混じりながら、彼の無機質な機械音声が聴こえてきた。

 

『これは自分の判断で起こした行動です。その責任を、これといって何も持たない自分から、取り上げないでいただきたいです』

 

「そんな…つもりは…」

 

『それに…自分はルドビコ女学院に迷惑をかけ、鼻つまみ者になってから帰還する考えでしたが……

 

 

 貴女は、棺に入っての帰還を望まれているのですか?』

 

 

「あ……」

 

 

 棺という言葉に、彼女の記憶が反応する。

 

 それは、最愛の親友との最後の別れ。

 哀しみと後悔に、胸の奥まで押し潰された、忘れることのできない記憶。

 

 

『……一葉様、千香瑠様を生きて帰して差し上げてください。今の千香瑠様は、皆様と一緒にいなければなりません』

 

「…はい。千香瑠様、帰りましょう」

 

「………」

 

「……行こう、千香瑠!」

 

 瑶に手を引かれ、俯いた彼女が歩き出す。目指す先はエレンスゲ女学園だ。

 

 

(棺……。あの子も…。私の…せいで…!)

 

 

 その傍ら、一葉はヒュージと彼が去った方向に目を遣る。

 

(冬賀…貴方も生きて帰ってきてください…)

 

 

 

 

 豪速で振られた鎖状の触手が灼熱のチェーンソーと打ち合う。結果、触手はチェーンソーをへし曲げることに成功した。鋼の巨人の右腕から電光が弾ける。

 

『□□□□□□!!』

 

(マズいな、これ)

 

 振り下ろされる触手を、左腕の盾で防ぐ。直後、コックピット内に故障警告が鳴り響いた。

 

(シールドが…。それに、ルドビコの作戦地域に近づいてから小型ヒュージが増えた…)

 

 スカラベウスにより、上空からの映像が送られてくる。大きな顎を持った犬型ヒュージが、辺りをうろついている光景がしっかりと写っていた。

 

 時折進路上に現れるそれらを、スカラベウスのセンサーを頼りに潰していかなければならない。が、その手段は今やガトリング1門のみだ。

 

 

『□□!!』

 

「ッ?!」

 

(しまった…!)

 

 接近するラージ級に気を取られた瞬間、小型ヒュージが機体の右肩に喰らいつく。

 

(装甲を破棄(パージ)!)

 

『□?』

 

 冬賀が命じた次の瞬間、肩を覆っていた金属板がヒュージごと地面へ落下。その装甲を狙ってガトリングを放つと、ヒュージの身体が爆散する。

 

『□□□□□!!!』

 

「ウッ!?」

 

 撒き散らされる体液の雨を切り裂いて、ラージ級ヒュージが振るう触手がガトリングを叩いた。

 

  バギン!!

 

 盾の役割を果たしたガトリングの装甲板が割れ砕け、触手に引き摺られながら飛散する。

 コックピットに警告音がけたたましく響いた。

 

(シールドの限界…!いざとなったら、スカラベウスの“隠し機能”を……)

 

 砲身はまだ無事なガトリングを放ち続けていると、ついにルドビコの作戦地域に入った。

 

 その瞬間。

 

『……□?』

 

「…?」

 

 暴れながら彼を追っていたヒュージの動きが、唐突に緩慢になった。

 急に自我を取り戻し、戸惑うかのように辺りをキョロキョロと見回す。

 

『□□……』

 

 次の瞬間には、冬賀のことをすっかり忘れて作戦地域の奥へと進み始めた。

 

(『アヌビスの(あぎと)』の効果が消えた…?いや、何かに“上書き”されたみたいだ…。一体何が……)

 

 彼も困惑していると、機体の通信機がある信号を検知する。

 

(この周波数は……騎士団のオープン回線。なら、近くに誰か騎士がいる?そんなはず…)

 

 疑問に思いながらも、彼は通信機を起動した。

 

『こちらはエレンスゲ女学園、瀑銀隊です。貴殿の所属ガーデンは…』

 

『やはり、貴方がエレンスゲの…!』

 

 彼の言葉を遮って答えたのは少女だ。冬賀にとって、意外すぎる相手であった。

 

 

『私はルドビコのリリィです。お疲れ様でした、瀑銀隊。ここからは私たちが引き受けます!』

 

 

 冬賀の思考が完全に止まる。

 

 

『……なぜ…貴女方が、騎士団のオープン回線の周波数をご存知なのですか…?我々は……

 

 ルドビコ女学院にとって味方ではないはずです』

 

 

『っ……』

 

 

 何か苦いことを思い出すようなリリィ。

 

『…聞いてください。確かに学院は騎士団の配備を断り、表向きは袂を別ってきました。緋紐天ができたのも今年度の初めで、常駐もしていませんから…。

 

 しかし、全てのリリィがガーデンの方針に、必ずしも従っているとは限りません。貴方にも、身に覚えがおありでは?』

 

 

「……!」

 

 

 冬賀は一葉を思い出す。経緯はわからないが、彼女と似たリリィがルドビコにもいたのだ。

 

 

『私たちは騎士団に助けられ、その折に周波数を教えていただきました。ガーデンに傍受される前に通信を切らなくては…。ともかく、ルドビコには貴方方を味方としたいリリィもいます。それを忘れないでください。では……』

 

 

 それきり、通信は途絶えた。

 

 気づけば冬賀の機体各所から煙が上がっている。リアクター3基を収める機関部はオーバーヒート寸前だ。

 

 一葉との通信を繋ぐ。

 

『ルドビコ女学院へのヒュージの受け渡しに成功しました。戦闘続行は不能と判断し、これより帰投いたします』

 

 

 帰りの道すがら、開けたままにしておいた通信から戦況報告が聴こえてくる。

 

 結局、ルドビコのレギオンもあのヒュージを仕留めきれず、行方を追うことも叶わなかった。

 

(僕たちの負け…か…)

 

 不調もあって重い足取りがさらに重みを増した。影を引き摺りながら学園を目指す。

 

 

 

 鋼の巨人が、エレンスゲ女学園の裏手門を潜って帰還した。全身の装甲が歪み、あるいは剥がれ、両腕の武装はその役割を半分も果たせない状態にある。

 

 脚部ホイールと動力炉が収まる背中から薄い煙を上げつつ格納庫まで来ると、シャッターの前に一葉たちがいた。

 

『………』

 

「………」

 

「…お疲れ、冬賀」

 

 皆が押し黙る中、瑶が労いの言葉をかける。

 

『皆様も、お疲れ様でした』

 

 淡々と返しつつ、不安な顔で見上げる4人の前にゆっくりとしゃがむ。

 

「…貴方のスキルを、振り切るヒュージがいたのですね」

 

 誰も声を出さない、重苦しい場の空気の中、一葉が話題を切り出す。

 

『アヌビスの顎より、ヒュージを引きつける強い力があれば考えられることでございます。その正体は分かりかねますが。それより…』

 

 見慣れた顔が彼女たちの中にない。コックピットを開けて問いかける。

 

『……千香瑠様はどちらに?』

 

「先に部屋に戻って…。それきり」

 

『……』

 

 瑶の言葉に頷くと、冬賀は遠隔操作で格納庫のシャッターを開ける。

 

「冬賀。千香瑠様は今回のことに…かなりの責任を感じていらっしゃいます…。私たちにできることは……何かあると思いますか?」

 

 格納庫に入っていく彼の背に発せられた言葉。少し一葉に向き直る。

 

『今は、皆様にも千香瑠様にも休息の時間が必要です。その間に、千香瑠様がいつでも戻ってこられるよう準備をしておくのがよろしいかと』

 

「うん、今は待ってあげるしかないよ一葉」

 

「…そうですね」

 

 恋花にも諭され、一葉はしゅんとしながらも受け入れた。

 

「とーがは?平気なの?」

 

 見上げながら尋ねる藍。彼女を安心させるべく笑顔で答える。

 

『補修作業とスペアパーツの手配をこれより行います。4日以内には再出撃できるかと』

 

「無理はしないでくださいね、冬賀」

 

『かしこまりました』

 

 

 一葉への返答を最後に、今日のヘルヴォルとの会話が終わった。

 

 夕陽が差し込む格納庫の中で、修理を進めながら冬賀は考えに耽る。

 

(アヌビスの顎を上書きできるのは、原理的に僕より高出力の同じスキルだけ…。でも出力は僕の機体…クリバノフォロスが最高だし、近くに騎士は誰もいなかった……)

 

 作業アームのコンソールに、スペアパーツの手配が済んだ旨を伝える時雨からのメッセージが届いた。簡単に返信する。

 

(考えられるのは、僕ら(騎士)より良質なエネルギー…つまり純粋なマギを使う、リリィのレアスキルの類。ヒュージを呼ぶスキルなんて聞いたことないけど、ルドビコにはそんな力があるのかな……?)

 

 頭を振って思考を切り替える。

 

(いや、今は他所のことを考えてる場合じゃない。千香瑠さん……)

 

 

 

 消灯時刻が過ぎ、非常灯の侘しい明かりのみが長い廊下を照らす暗い寮棟。

 その一室で、千香瑠はベッドの上に座り込んで膝を抱えていた。

 

 眠れないのだ。

 疲れているはずなのに、今すぐにでも身体を休めなければならないのに。

 

 頭の中で今日の出来事と、“あの日”の出来事がぐるぐると巡り続ける。

 胸を締め付けるような圧迫感が、彼女に休息を許そうとしない。

 

 

(……一葉ちゃん…冬賀くん…。皆……ごめんなさい…私のせいで……)

 

 膝を抱え込む腕に、無意味に力を込める。

 

 

真琴(まこと)……私…)

 

 

 

 長い夜は、まだまだ続く……。

 

 





 黄色い目のヒュージ、ウヨウヨし始めましたね。ストーリーの中でキャラクターと対面しているのが、小説に起こす目処のないギガント級のミッションのみなのが救いです。
 今のところは…。



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第10話 人形(ヒトガタ)の意志


 大変お待たせしました。
 よもや1年越しの投稿になるとは思っていませんでした。特に難しい話だったのもありますが…。それではお楽しみください。



 

 

 午前の太陽が時折雲に隠されつつ格納庫を照らす。その中で、冬賀は作業用のヤグラの上から、自らの半身であるクリバノフォロスの修理を行っていた。

 

 届けられたばかりのスペアパーツを天井から伸びるアームが掴み、機体へと取り付けている。忙しなく動くアームから発せられる熱が籠らないよう、彼は格納庫の窓とシャッターを全開にして作業しているのだ。

 

 

 狙い通り風が通って行く。

 雲が流れ、格納庫の入り口に落としていた影を運び去り……程なくして、今度は人の形の影が床の上にすっと伸びた。

 

(あ……)

 

 気づいた彼は作業アームを停め、ヤグラを降りる。そして、コンソールに繋いでいた間は折っていた右腕をパチンと元に戻し、やって来た人物の前に立った。

 

『おはようございます。いかがなされましたか?』

 

「………」

 

 俯き黙る彼女に、もう一度問いかける。

 

 

『…。千香瑠様?』

 

 

「…冬賀くん…」

 

 彼女は暗く、元気のない声で切り出した。

 

 

「私……ヘルヴォルを抜けるわ……。臆病で、まともに戦えなくて…。ごめんなさい…。お話しできるの、今日が最後かもしれないから…せめて、ご挨拶に……」

 

 

 それは、彼にとって意外な発言ではない。小さく頷いて返答を投げかける。

 

『決まったことであれば、止める権利は自分にはございません。……しかし、理由はお聞きいたしますが』

 

 千香瑠は項垂れたまま喋り始めた。

 

「…私が居ると、皆にも、貴方にも迷惑をかけるから…。足を引っ張るだけじゃないわ…。このまま私が居たら……私のせいで、誰かの命も、きっと…いつか……っ」

 

 今の彼女に、目の前に立つ小柄な冬賀の……機械に置き換えられた四肢と左眼は、余りにも痛々し過ぎた。

 

 込み上げてくる恐怖を抑えようと、自分の胴体を抱きしめる。それでも、身震いを止められない。

 

「…だから、私は、もう…」

 

 と、聴いていた彼が目を閉じる。

 

『……それでは、その選択は貴女の意思ではないのですね。そうであるならば……』

 

 一呼吸置き、目を開けた冬賀はキッと彼女の顔を見上げる。

 

 

 

『自分は貴女の選択を、肯定いたしません』

 

 

 

「……どうして…?」

 

 今にも泣き出しそうな、悲しみに染まった目で彼女は疑問を吐露する。

 

「私は…貴方と同じことをしているのに…。戦う以外になかった貴方と…」

 

 涙の溜まった目で続ける。

 

「他に選択肢なんてないのよ…?皆を…傷つけないように…死なないようにするには、これしか…。なのに、認めてくれないの…?」

 

 彼は明瞭に答えた。

 

『はい。自分と貴女には、決定的な違いがございます故に』

 

「違い…?」

 

 真剣な顔のまま、冬賀は続けた。

 

『確かに自分には選択肢はありませんでした。生きるためには、戦うしかありませんでした。しかし……』

 

 しっかりと千香瑠を見据えて言う。

 

 

 

『“仕方がないから”そうしたわけでは決してございません』

 

 

 

 

「……!」

 

 抑揚のない機械音声から発せられたとは思えない気迫に、千香瑠は息を飲む。

 

 

『自分で決めたのです。もう一度、どのような形であれ生きたいと、生きなければならないと、そう自分で……自分自身の“意志”で』

 

「貴方の…意志……」

 

『たった一つの選択肢でしたが、今の自分には微塵の後悔も、悲嘆も、憤懣(ふんまん)も、怨嗟もございません。自分の意志で、そうしたいと決めたことを覚えているのですから』

 

「………」

 

 醸し出される力強さに彼女が絶句する間に、冬賀が畳み掛ける。

 

 

『しかし、貴女はいかがでしょう。先程の貴女の選択に、貴女の意志はございましたか?“仕方がないから”と、決めつけ、諦めた結果の選択ではございませんか?』

 

 

「っ……!」

 

 一歩、冬賀が詰め寄った。気押された千香瑠は後退る。

 

「仕方ないのは…事実なのよ…。こんな私の実力じゃ、皆に迷惑をかけて、傷つけて……」

 

『ご理解ください』

 

 彼女の言い分はぴしゃりと遮られた。

 

『貴女がヘルヴォルから居なくなることで、藍様も、瑤様も、恋花様も、一葉様も傷つきます。大切な仲間を一人失う、その痛みは、貴女ご自身もよくご存知のはずです』

 

「っ!」

 

 彼女の胸の奥がズキリと軋む。ここしばらく、彼女を苛み続けた思い出が再び、鮮明に蘇った。

 

『そして誰より多くの仲間を一度に失うのは、他ならぬ貴女です。最も深く傷つくのが貴女なのです。貴女の意志でもなく、ただ人の心が()()()()()()()()の選択を、自分は絶対に肯定いたしません』

 

「…ぅっ…」

 

 雲の影に覆われた千香瑠の瞳から、遂に涙が溢れ始めた。

 

「でも…っ…!私が…ヘルヴォルに……皆と一緒に居ていい…理由なんて…っ!」

 

『充分ございます。貴女が作ってくださったお菓子が、藍様や瑤様を笑顔にしました。恋花様も一葉様も、活動の励みにされています。自分もです。皆様は貴女と―』

 

「そんなのっ!!」

 

 泣きながら、彼女は首を振って叫んだ。

 

 

「そんなの…ただの…っ!くだらない自己満足よ…!これくらいしか、私にできることなんてないんだもの…!!」

 

 

 目を閉じて泣く彼女には何も見えない。

 

 が、腕を握り込む手に、冷たい金属が触れたことを感じた。

 

「……?」

 

『…千香瑠様』

 

 呼ばれて目を開けると、彼女の手に冷たく、しかして優しく触れる冬賀の指と、彼の穏やかな笑みが、涙の向こうで霞む視界に写る。

 

『その“くだらない自己満足”を、人類は言葉を得て以来、素敵な名前で呼び続け今日(こんにち)に至りました。

 

 

 

 曰く、“愛情”と』

 

 

 

「…あ、あい…じょう…?」

 

 ぽかんとした千香瑠には、おうむ返ししかできなかった。

 

 

『……千香瑠様、自分はこの身も心も、一度は死んだものです。身体はパーセンテージで言えば機械で、力も居場所も借り物で、持っているのは責任くらいのものです』

 

 以前にも聴いた内容に、彼女が顔を拭いつつ頷く。まだ涙は止まらない。

 

『しかし、心だけはしっかりと、自分の物として生き返ったと断言いたします。なぜなら、自分の心で未来を決め、選択に意味を与えたことを知っていますから』

 

「………」

 

 

『それができたのは……騎士団の本部で、自分に対し愛情を込め、育ててくださった方がいらっしゃるからです』

 

 

 今も本部から見守る時雨(しぐれ)を思い出しながら、彼は優しい顔で語りかける。

 

『リリィとして戦うだけなら、愛情は必要不可欠ではないでしょう。しかし、愛情は人の心を育み、守ります。愛情を持つ貴女は、“人の心と想い”を守る盾の乙女(このレギオン)に欠かすことのできない方なのです』

 

 

「あ……」

 

 千香瑠は思い出した。入学式で、一葉が言っていたヘルヴォルの方針を――

 

 

『私は、この世界の全ての人を守りたい。そして、共に戦う仲間を守りたい』

 

 

 

  ――彼女が、美しいと感じた想いを。

 

 

 

 雲が切れる。暖かな日光が千香瑠の上から差してきた。

 涙が止まり、はっきりとした視界には、光を受けて銀色に煌めく冬賀の腕が写る。

 

 

『千香瑠様。自分はたった一つの選択肢を、自分の意志で選び取ることができました。これと同じことを貴女も……選択肢の数が違うとしても、やらなければなりません』

 

 

「…私の意志で……決めていいの…?」

 

『はい。それができ、選択に意味を与えられるのも…貴女ご自身だけですから』

 

 冬賀は千香瑠の手に触れているのとは逆の手で空を指差した。

 

 千香瑠も見上げた先では雲が流れた。じきに晴れ間が訪れる。

 

『雲を運ぶ風も、地上に注ぐ太陽光も、自然の法則という事実に基づき“仕方なく”動いています。しかし、人は違います。自らの行動の理由を、自らの意志のみにすらできるのです』

 

「………」

 

 千香瑠の指が、冬賀の手から自然に離れた。

 

 

『千香瑠様、ヘルヴォルから抜けるという件についてもう一度、お考えください。リリィである前に人として、貴女の意志に従って……貴女の心を理由に、改めて決定を下してください。そのときは、どのような形であれ自分は肯定いたします』

 

 

「……ええ、わかったわ」

 

 最後に涙を拭った彼女の顔は腫れていたが、同時に前より晴れやかになってもいた。

 

「冬賀くん…」

 

 頷き、格納庫の中に戻ろうとする彼を、千香瑠が呼び止めた。

 

 振り向いた彼に、彼女は久方ぶりの笑顔を見せる。

 

 

「ありがとう……」

 

 

「フ……」

 

 彼も安心した笑みで返す。

 

 校舎へと戻っていく千香瑠を見送ると、彼は格納庫の中に鎮座する自らの半身に向き直った。

 

(僕たちはまだまだ、ただの機械人形じゃあ……絶対に終われない…終わらないんだよ…。そうだよね、クリバノフォロス…!)

 

 決意を改め、彼はもう一度ヤグラへと登り、修理作業を再開する。完成は間近だ。

 

 

 

 

 同じ頃。

 

「………」

 

 ラウンジにて、険しい顔で押し黙る一葉に近づく人影があった。

 

「怖い顔、してんのね」

 

「恋花様…」

 

 一葉はテーブルから彼女を見上げる。と、彼女の正面に恋花も座った。

 

「この間のこと…もっと言えば千香瑠のことでしょ?」

 

「……はい」

 

 暫しの間を開けて頷く。一葉は教導官に呼び出され、先日の“失態”について()()を受けていたのだ。

 

エレンスゲのトップレギオン(ヘルヴォル)に序列84位が名を連ねる……まあ、学園にとっては自分たちの作り上げたシステムの否定に繋がること」

 

 表情を曇らせつつ、恋花が続ける。

 

「ヘルヴォル結成当初から、学園側はチャンスがあれば、千香瑠を外したがってたんじゃない?それに今回、あたしたちが隙を見せた……まあ、展開としては当然こうなるでしょうね」

 

「……今日は、千香瑠様は…?」

 

 前回の出撃から、1度も顔を見ていない。一葉にも察しはついているが、念のため確認しておく。

 

「控室には来てない、学園も休み。あの戦闘以来、今日で4日目。藍と瑤もお見舞いに行ったけど、体調が悪いからって会えなかったらしい。……責任、感じてんだろうね」

 

 一葉はテーブルに視線を落とし、あのときのノインヴェルトを思い出しながら俯く。

 

「そんな必要ないのに…。初めての運用。練習とは違う。上手くいく確率の方が低かった」

 

「それでもノインヴェルトを選んだのは、圧倒的な戦績をあげて千香瑠のことを、学園にとやかく言われないようにしたかった……そうでしょ?」

 

 恋花が繋げた一葉の言葉。彼女は素直に受け入れる。

 

「はい。……でも」

 

「ラージ級を逃してしまった。ま、結果論でしかないって。あのまま続けててもラージ級は逃げようとしただろうしさ。あの場で決着をつけるなら、あたしでもノインヴェルト戦術を選ぶ」

 

 聞いていた一葉が顔を上げ、恋花に問いかけた。

 

「…恋花様は、千香瑠様のことをどう思われますか?」

 

「ん?」

 

「以前、戦闘シミュレーションの結果と考察を見たとき、千香瑠様に気になるところがあると…」

 

「……うん」

 

 腑に落ちないところを思い出し、恋花が難しい顔で頷いた。

 タブレット端末を取り出し、まとめられた千香瑠のデータを表示する。

 

「どうにもこうにも、シミュレーションの結果がよすぎんの。まあ、それ自体はいいことなんだけどね…。このシミュレーション、結構ちゃんとした結果が出てんだよ。あたしも、瑤も一葉も。冬賀との連携も、実戦と大差なかったっしょ?」

 

 頷く一葉を見ながら、恋花が続ける。

 

「シミュレーションの結果と実際の戦績は、同じ状況ならほぼ同じ数値を示してる。でも、千香瑠に関しては、シミュレーションだと()()()()()いい結果が出る。……純粋な戦闘技術で言ったら、あたしや一葉よりも多分上じゃない?」

 

「……恋花様も、そう思いますか」

 

 一葉もおおよそ、思うところは同じであった。

 

「私がノインヴェルト戦術を考え始めたのも、エレンスゲの資料で、千香瑠様の的確なフォローやマギの技術を知ってからです。…でも実際の戦闘では、その力を出し切れていない…」

 

「本番に弱いタイプってことかね、これは」

 

「かも…しれません」

 

 重たい空気の中、恋花が話題を切り出す。

 

「……昨日、冬賀と話したんだ。多分、マズったのはあたしらだよねって」

 

「………」

 

 一葉は黙って彼女の話を聞く。

 

「冬賀はパスが回される方を先に攻撃されると思ってなかったから、フォローが遅れて損傷したし。あたしも千香瑠を庇ったときにちょっと怪我した。千香瑠の動きが固くなったのは、明らかにこのときだったよ……」

 

 以上を踏まえて、彼女は千香瑠の性格を一言にまとめる。

 

「戦場に立つには、優しすぎるのかもね。千香瑠はさ」

 

「………」

 

 再び俯く一葉の肩を、笑顔の恋花が軽く叩く。

 

「ま、悪く考えても仕方ないって!こればっかりは、千香瑠が歩み寄ってくれないと…仕方ない」

 

 タブレットを片付けると、恋花はテーブルを離れる。

 

「さて。んじゃ、あたしは控室に戻ってる。一葉もほどほどにね」

 

 一葉はやや困り顔で返した。

 

「はい…。ありがとうございます」

 

 

 

 

 数時間後。

 陽が少し傾き始める頃にエレンスゲ女学園は放課後を迎えた。一葉は校舎の中を歩く。と、通信機から通知音が鳴った。

 

(ん?…冬賀から…)

 

 起動すると、彼女の通信機に新しいメッセージが届いていた。中身を確認する。

 

(……よかった、彼の機体の修理はもうできたらしい。あとは……)

 

 少し安堵し、校舎内を一通り巡ってから外へ歩みを進める。

 

(……結局、今日も千香瑠様は学園を休んでた…。明日には、来てくれるといいんだけど……)

 

 

 すると。

 

 

「一葉ちゃん」

 

 

「!…千香瑠様!」

 

 背後に現れた彼女に驚きつつ振り返る。千香瑠は少しだけ悲しそうな顔で立っていた。

 

「大丈夫ですか、体調のほうは」

 

「ありがとう、大丈夫。ごめんなさい。心配かけたみたいで」

 

 申し訳なさそうに微笑む彼女に、一葉も笑顔で返す。

 

「いえ!戻ってくださったなら、それで十分ですよ!」

 

 すると、千香瑠がおずおずと話を続けた。

 

「その……そのこと、なんだけど…。相談があって…」

 

「相談、ですか?」

 

「ごめんね。場所を変えても、いい?」

 

 千香瑠は変わらず申し訳なさそうにしているが、同時に確かな意図があって会いに来ていると、一葉は感じ取った。

 

 

 

「ここなら、誰にも聞かれることはないですよ」

 

「ありがとう、一葉ちゃん」

 

 2人がやって来たのは寮棟の裏庭、その一角。植物が繁茂していて薄暗い。都会っ娘のリリィには近寄りがたい場所である。特にこのガーデンならば、望んでここを訪れる者はまずいない。

 

「それで、相談というのは――」

 

 千香瑠は思い切って話題を出す。

 

「私、ヘルヴォルを抜けようって、思っていたの……」

 

 

「え……」

 

 一葉にとって、千香瑠の口からは最も聞きたくない類の言葉であった。

 

 呆気に取られる間に、千香瑠は続ける。

 

「ほ、ほら。私、あんまり上手く戦えてないでしょ?……私、怖がりなの。戦いになると、急に臆病になっちゃって……。ほんと、笑っちゃう」

 

 その笑みは、完全なる自嘲であった。

 

「こんなんじゃ、たくさんの命を救うリリィになんて、なれっこない…。実力不足なの、私は…」

 

「千香瑠様……」

 

「……ほんとは、ヘルヴォルなんて名誉あるレギオンに居ちゃいけないこともわかってる。84位だし」

 

「そんなこと……」

 

 一葉の否定の言葉を、千香瑠は速やかに遮った。

 

「皆の、足手まといになってることも、知ってる…。私が1番わかってるわ。だけど…」

 

「……?」

 

 少し俯いた後、千香瑠は一葉と視線を合わせた。

 

「今日、冬賀くんに…ヘルヴォルを辞めたいって話したらね。考え直すように言われたの。私、辞めなくちゃって思ってて…。でも、これが私の…ほんとの気持ちじゃないから…。私の“意志”で、決めなきゃいけないって、言われたのよ…」

 

「彼が…?」

 

「だから……」

 

 冬賀を思い出す一葉に、千香瑠は問いかけた。

 

「貴女の意志を聴かせてほしいの。……どうしてなの?一葉ちゃん、どうして私を選んだの?」

 

 不安な顔のまま、一葉に初めて胸の奥を打ち明ける。

 

「ずっと疑問だった。でも、一緒に居るほど…絆が深まるほど、聞けなくなった…。相談もできなくなった…。魔法が、解けてしまうような気がしたから…」

 

 

 それでも、彼女は再び問いかける。

 

 

「どうして、私なんかをヘルヴォルに……」

 

 

 一葉は、

 

 

 

 

 ふっと笑い、自信たっぷりに返答した。

 

 

「…美味しい紅茶を淹れてくれるから、です」

 

 

「こ…紅茶…?!」

 

 奇しくも、冬賀と似たり寄ったりの言葉が返ってきた。驚きのあまり、彼女は声を上げる。

 

「そ、そんな理由!?私は真剣にきいてるのよ?!」

 

 一葉も表情をキッと結ぶ。

 

「私も真剣に答えてます!……ヘルヴォルのメンバーを選ぶにあたって、勝手ながら皆様のことは…瀑銀隊も含めてですが、よく調べさせていただきました」

 

 皆を思い出しながら、一葉が続ける。

 

「実力、経験共に申し分のない恋花様、瑶様。評価されずとも、ずっと学園を支えてきた信頼と実績のある冬賀。未知数の戦闘力と伸び代がある藍……」

 

「でも、私は……」

 

 自信のない千香瑠に、一葉は笑顔を向ける。

 

「ご存知でしたか、千香瑠様。貴女が所属されたレギオンの任務達成率は、とても高くなります」

 

「それは、たまたま所属したレギオンの皆が凄かったからで……」

 

「では、千香瑠様が所属されたレギオンは、他のレギオンに比べてストレス値が凄く低く出ることは知っていましたか?」

 

 

「――え?」

 

 ぽかんとする千香瑠。一葉はしみじみと、これまで彼女がいた控室の様子を思い返す。

 

「千香瑠様がそこに居て、紅茶やクッキーを出して、いつもにこにこ話をしてくれる。相談すれば一緒に悩んでくれて。悲しいことがあれば、一緒に悲しんでくれる。……そういう存在が、戦いの中でどれだけの意味を持つか、考えたことはありますか?」

 

「あ……」

 

 千香瑠は、冬賀が言っていたことを思い出す。

 

 

 ――“人の心と想い”を守るこのレギオンに、欠かすことのできない――

 

 

「命のやり取りをする中で、そういう“安らぎ”が人を支えてくれるんです。戦う()()や、生き残ろうとする()()を支えてくれるんです」

 

 意志という言葉が、今はすっと千香瑠の心に響く。

 

「千香瑠様には、そういう力があるんです。人の気持ちを和らげ、前向きにしてくれる力が」

 

 一葉は徐に通信機を取り出し、1通の文書を表示する。

 

「以前、冬賀が騎士団の報告会に行っていましたよね。これは学園(ガーデン)に送られた、そのフィードバックです。リリィへの評価が昨年度末と比べて前向きになっていますが、これには千香瑠様の存在が大きかったと、彼も言っていましたよ」

 

 嬉しそうな一葉に、千香瑠は疑問を呈する。

 

「でも、それが直接、戦いの役に立つことは―」

 

「ありますよ!ストレスが戦闘状況に与える悪影響については、はっきりとした研究があります!実際、千香瑠様の所属するレギオンは立派な戦績をあげていました。……何より、『全てを守る戦い』には、千香瑠様のような優しい方が必要なんです」

 

 一葉は優しく千香瑠の手を取る。

 

 

楯の乙女(ヘルヴォル)には、私には…千香瑠様、貴女が必要なんです」

 

 

 誰かに必要とされ、求められる言葉。今日まで久しく千香瑠が聞いていなかったそれは、彼女にとってもまた、必要なモノだったのかもしれない。

 

 不意に流れた涙を拭い、一葉の手を握り返す。

 

「私……ここに居てもいいの…?」

 

「もちろんです。お願いします」

 

「……一葉ちゃん…」

 

「はい」

 

 

「私みたいなのでも、誰かのために戦えるなら……」

 

 一度閉じ、自分の中に芽生えた“意志”を感じて……彼女は明るい緑の瞳を開く。

 

 心からの微笑みと共に。

 

「私、頑張るわ」

 

 頷き、手の力を緩める一葉。2人の手は自然に離れた。

 

「それなら、トレーニングも頑張らないと!戦いで足を引っ張ったら、やっぱりダメだもの」

 

「はい、千香瑠様!そこにも期待しています!」

 

 普段通りの元気のよい返事に、千香瑠は少し圧倒された。

 

「冬賀の機体も直ったようですし、これから久しぶりに、全員が揃った訓練を…!」

 

「あ、あんまり期待されると…失望させちゃうかも、だけど」

 

「大丈夫ですよ!」

 

 そう言うと一葉は声のトーンを落とし、こっそり話すように彼女に寄り添った。

 

「ここだけの話ですけど。恋花様が、実力で言えば千香瑠様は、ヘルヴォルの中でもトップじゃないかって…。つまり千香瑠様は、エレンスゲでもトップクラスの実力ということになります」

 

「わ、私が?!」

 

「はい!あの辛口恋花様が言うんだから、間違いありませんよ!」

 

「まあ。それじゃあ…ふふっ。頑張らないと」

 

「はい、血反吐を吐くまで頑張っちゃいましょう!」

 

「ええ、頑張って血反吐を吐くわ」

 

 普段と同じ、冗談が聞こえない会話。その空気を

 

 

  一葉の通信機の着信音が掻き消した。

 

 

「瑤様から…。はい、一葉です」

 

 彼女の淡々とした説明が聞こえる。

 

『東京の西側でヒュージが出現。ヘルヴォルと瀑銀隊にも出撃命令が出た』

 

「ヒュージが?!」

 

『うん……エリアディフェンス内で発見された』

 

 一葉には思い当たる節がある。

 

「ひょっとしたら、先日逃した、あの……」

 

『かもしれない。千香瑠への連絡は……』

 

 

「私も行くわ!!」

 

 

 多少なりとも驚いたのか、数瞬の間を置いて瑤が返答。

 

『……千香瑠も、そこに居るの?』

 

 差し出された一葉の通信機に顔を寄せ、力強く瑤に伝える。

 

「ええ!一緒に行きます!待っていてね!」

 

『……わかった。待ってる』

 

 通信が切れる。今度は千香瑠が一葉の手を取った。

 

「さあ!急ぎましょう、一葉ちゃん!」

 

「はい、千香瑠様!」

 

 2人で一緒に駆け出す。仄暗い裏庭から、眩い太陽が向かう西の方角へ。

 

 

 

 

 

(君も大変だね。組み上がったその日からいきなり戦闘なんて…)

 

 新品同様の輝きを放つ銀色のクリバノフォロス。冬賀は操縦席に飛び込むや機体と神経系を接続し、動作確認を手早く済ませた。

 

『一葉様。こちら瀑銀隊。出撃準備が完了いたしました。合流地点につきましては――』

 

 

『冬賀くん!』

 

 

 一葉の通信機にかけたのに、予想外の人物が応答した。

 

『……千香瑠様』

 

『合流地点は今送ったから、そこに来て!……冬賀くん』

 

『はい』

 

 

『私…決めた。戦うわ!皆と…貴方とも一緒に!これからも…!!』

 

 

「……」

 

 彼が鋼の兜の下で、静かな笑みを浮かべると同時に格納庫のシャッターが開ききる。

 

『………かしこまりました。クリバノフォロス-Sgr(サジタリウス)A(アダプテド)。湖穣冬賀、出陣いたします』

 

 通信を切るや、足元の高速移動用ホイールが唸りを上げて急回転。

 

 大剣と盾……大型チェーンソーとガトリング砲付き装甲パネルを携えた巨人の重騎士が、格納庫から飛び出した。裏手門に続く通路を、加速しながら突っ切って行く。

 

 もう空はすっかり晴れている。銀の鎧は橙の陽射しを受け、炎のように煌めいた。

 

 

 

 

『□□□ッ!!?』

『□□!』

『□□□□!!』

 

 荒れたビル街に響くヒュージの断末魔。割れ砕ける怪物たちを尻目に、一葉が通信を繋ぐ。

 

「ヘルヴォルよりエレンスゲ司令部へ。ターゲット撃破!次の目標をお願いします!」

 

『ラージ級ヒュージの出現を確認。先日ヘルヴォルが逃したものと、同個体との確認が取れた』

 

「!!」

 

「……ッ」

 

 千香瑠と冬賀が息を呑む中、司令部の教導官が続ける。

 

『目標は作戦区域A5を東に移動中』

 

「…!すぐ近く!冬賀!」

 

『はい。スカラベウスを送ります』

 

 リリィとヒュージに目視されない偵察ドローンが、彼の意思に反応してラージ級を探しに向かう。

 と、教導官の冷徹な声が通信機から流れる。

 

『直ちに向かい、これを必ず撃滅せよ。2度目の失敗は許されない。心して当たれ』

 

「了解!」

 

 

 

 通信が切れた瞬間、少し離れた場所からズンと音が響いた。

 

「爆発音…?今の音がラージ級?」

 

「送られて来たデータと位置がぴったり一緒。主張の激しいヤツね」

 

『形状も合致しました。間違いございません』

 

 瑤と恋花、冬賀の話を聞き、一葉が全員に向き直る。

 

「皆様、聞きましたね。すぐ行けますか!」

 

 真っ先に藍が笑顔で手を挙げた。

 

「やったやった!まだ戦えるんだね!藍はいつでもオッケー!」

 

「マギもまだ残ってる!イケるっしょ!」

 

 恋花も威勢よくチャームを構え直す。

 

「敵に気づかれていない今なら、ノインヴェルト戦術で……」

 

 

「待って」

 

 

 ポケットを弄る一葉の言葉を、不意に彼女が遮った。

 

「どうしたの、千香瑠?」

 

「試してみたいことがあるの」

 

 決意を宿した顔で、彼女が口を開く。

 

「私と冬賀くんが囮になって、敵の注意を引くから……。予定ポイントに入ったら、皆で包囲して攻撃をお願い」

 

「…!」

 

 クリバノフォロスのコックピットで冬賀がぴくりと反応する。同時に恋花が声を上げた。

 

「いや、それじゃ千香瑠たちの負担が大き過ぎ…」

 

「待ってください、恋花様!……勝算があるのですね、千香瑠様」

 

 一葉からの問いかけに、彼女は力強く応えた。

 

 

「ええ、あるわ!」

 

 

「皆様、千香瑠様の作戦でいきましょう!」

 

『かしこまりました』

 

 即断、即決の一葉と冬賀。藍がやや呆気に取られていた。

 

「え?えっ?つまり、何するの?」

 

「隠れて、敵が近づいて来たら、合図で一斉攻撃」

 

 瑤のかいつまんだ説明に、笑顔で納得する。

 

「わかった!かくれんぼだね!」

 

「移動しながら攻撃地点を定めましょう。恋花様、潜伏するポイント、お願いできますか」

 

「……わかった。冬賀。ドローンの映像、こっちに回して」

 

『では直ちに』

 

 恋花が軽く振って見せる通信機に、冬賀がスカラベウスの視界を中継。映像を読み込みながら、今度は千香瑠の方を向く。

 

「やるからには成功させてよね、千香瑠。冬賀も」

 

「ええ!」

 

『お任せください』

 

「では皆様、かくれんぼ作戦……スタート!」

 

「はい!」

 

 迷いのない千香瑠の声を合図に、ヘルヴォルが一斉にクリバノフォロスに掴まる。それを確認するや、冬賀は脚部ホイールにて一気に加速した。

 

 

 

 一直線に伸びる幹線道路の上に、崩れ落ちたバイパスが横たわる。一見、千香瑠はその瓦礫の上に立っているようだが……。

 

「狙撃ポイントは、ここ。さすが恋花さん。この短時間で、絶好の位置を…」

 

『ガトリング、対空射撃形態へ。千香瑠様、間もなくです』

 

「ええ」

 

 足元から声が聞こえると同時に、動作音と共にガトリング砲が迫り上がって正面に向けられる。

 

 彼女は銀の巨人の右肩に立っていた。

 冬賀は左腕の肩から下を180度後ろに回し、そこから後ろに持ち上げることで得物を頭上に突き出しているのだ。

 左肩の上にガトリング砲を担いだ格好になっている。

 

 こうしなければ、瓦礫ですっぽり隠れている冬賀は千香瑠と共に攻撃ができない。

 

『既にスカラベウスが、レーザー照準で捕捉しておりますので…ヒュージはおそらく容易に――』

 

「――見つけたわ!」 

 

 遠くに蠢くはラージ級ヒュージ。浮遊する台座に乗った水晶のような形をしていて、胴体に鋭い刃の付いた触手を隠し持つ。

  

  

 

    +++

    +++

    +++

 

 

 

 

 冬賀のセンサーと千香瑠の瞳が、同時にヒュージと、その体表に浮かぶ赤い光の格子を捉えた。

 

 ヘルヴォルの皆は既に配置についている。通信機から一葉の声が響いた。

 

『千香瑠様と冬賀の射撃で、状況開始です』

 

 冬賀のガトリング砲が、エネルギーが充填され始めると同時に回転を始める。

 

  キュイィィィィィィィィイイイイイ…

 

 高くなっていくモーターの唸り声が、空気を一気に引き締めた。

 

 赤い光の孔子模様に、千香瑠もチャームにて狙いを付ける。

 

(手が震える…。だけど…)

 

 朝の冬賀とのやり取りを思い出し、彼女は恐怖を抑え込む。

 

「これが私の意思…!大丈夫、やれるはず!やらなきゃ……」

 

 と。

 

『…ん?ラージ級が方向を変えた……ヤバっ!あっちには市街地がある!』

 

 悲鳴にも似た恋花の声が聞こえた。

 

『冬賀、今すぐスキルで呼んで!』

 

 彼女の要望を、彼はすぐさま却下する。

 

『有効範囲外です。……ですが、千香瑠様は…』

 

「状況開始するわ!」

 

 込めるマギを増やせば、射程距離も伸びるリリィのチャーム。放たれた弾は威力をもちろん落としながらも、ヒュージの装甲を掠めた。

 

「射程ギリギリの、ロングレンジからの連射…!気付いて!」

 

 ダメージにならない攻撃が再び命中。

 

『………□□□□!』

 

 身に覚えのあるマギの気配にヒュージが反応。動きを止めて触手を展開し、振り回す。

 

「怒りなさい!私はこっちよ、ヒュージ!」

 

 触手を閉じ、千香瑠たちに振り向く。そこにさらに射撃が当たる。

 

「もっと!もっとよ!こっちに来なさい!!ヒュージ!!」

 

 

『□□…』

 

 

 釣れた。

 その確信と共に、千香瑠は心の中で呟く。

 

 

(私が怖いのは…戦場で傷つくことでも、死んでしまうことでもない。……私が怖いのは――)

 

 動きを止めていたヒュージが、こちらに向けて加速を始める。

 

『ラージ級、方向転換!こちらに来ます!』

 

 

  あまりにも猛烈な加速を。

 

 

『速い…!』

 

『ちょっとちょっと!ジェット機じゃないんだから!でかい図体してなんて速度なの!これじゃ攻撃の前に包囲を突破されるって!!』

 

『ルドビコが取り逃したのも、納得』

 

 対照的なリアクションをする恋花と瑤。一葉の指示が飛ぶ。

 

『冬賀!早くスキルを!!』

 

 冬賀は額から汗をひと滴流し、彼女に答える。

 

『まもなくヒュージは効果範囲内に入ります……が、残念ながら一葉様。アヌビスの顎が止められるのはマギのみです。それが単純な運動エネルギーに変わった今、あの速度はもう止められません』

 

『そこまで万能じゃないか、流石に!』

 

『このままじゃ、とーがと千香瑠にぶつかっちゃうよ!』

 

 恋花と藍の声を聞き、一葉が千香瑠を呼んだ。

 

『作戦変更。千香瑠様、冬賀とその場を離れてください!』

 

 が、彼女は首を振る。

 

「……逃げないわ。冬賀くん、付き合ってもらっていいかしら」

 

『かしこまりました』

 

『えっ?』

 

 回転を続けるガトリングの砲身の上に、血色の稲妻が閃いた。

 困惑する一葉に、千香瑠が淡々と説明する。

 

「ミドルレンジからの射撃で弾幕を張り、冬賀くんのスキルを合わせて勢いを殺します!その隙に仕留めてください!」

 

『それは危険すぎるっ……』

 

「お願い!やらせて恋花さん!!」

 

『と、冬賀…』

 

 

『恋花様、もう一度申し上げます。……お任せください』

 

 

『あんたまでやる気なの…』

 

 半ば呆れているような恋花の声。一葉は2人の意思を汲む。

 

『…了解!各自、ヒュージに気づかれないよう、予定ポイントからさらに包囲を狭めてください!』

 

『ちょっと一葉!?』

 

 恋花の制止はもはや意味がない。

 近づいてくるヒュージに、千香瑠が更なる呼び声をかける。

 

「ヒュージ!!私たちはここにいるわ!貴方と戦うために!!」

 

 

(ガトリング、射程に到達……)

 

 冬賀が独白したその時点で、ヒュージの速度は最大になっていた。

 

「速い!照準が追いつかない…!でも…!!」

 

 

(この速度なら、レーザー補正システムで!!)

 

 

 ドガガガガガガガ!!

 

 

 豪速のヒュージの体表にて輝く孔子模様を、冬賀の射撃が過たず捉えて弾丸を叩き込む。

 

 

 その射線を読み、千香瑠も攻撃を合わせた。

 

 

 

『千香瑠…冬賀と射線を合わせて……!』

 

 

 驚く瑤の声を聞きながら、千香瑠は再び心に呟く。

 

(私が本当に怖いのは……戦いの中で大切な人たちが倒れること…!)

 

 

「大切な人を守るためなら、私はいくらでも戦える!どんな敵も恐れないわ!!」

 

 

 2人掛かりのピンポイント連続射撃が、ヒュージの装甲を的確に剥がす。

 

『ヒュージ、予定ポイントを通過!千香瑠様!冬賀!』

 

「ふっ――!」

 

「ッ……」

 

 チャームにマギを込め直す千香瑠。それと同時に、冬賀は頭の装甲を開いた。

 

(マギを全開にした連射…!これで……!)

 

 

 ヒュージの装甲が抉れた。速度がやや落ち…その瞬間。

 

『動き、鈍った…!』

 

『ヘルヴォル各位!一斉攻撃、開始!!』

 

 周囲のビルに潜んでいたヘルヴォルのメンバーが攻撃を開始。ヒュージは触手を展開し、周りの建物を薙ぎ払わんと――

 

 

「怖くなんかないわ!貴方なんか!!冬賀くんっ!!」

 

 

 ニヤリと笑みを浮かべ、瓦礫の後ろから飛び出す。その喉には、十分なエネルギーが溜め込まれていた。

 

(確かに、もう君の速度は止められなかったさ、ヒュージ…。だけど…!)

 

 

  ドウッ!!!

 

 

 

 アヌビスの顎が、ヒュージにガッツリと喰らいつく。

 

 

(攻撃なら止められるんだよ!!)

 

 

 ヒュージの触手が動きを止めた。

 浮力も失い、アスファルトに激突しながら速度を急激に落とすヒュージに向かい、2人で突撃を敢行する。

 

 千香瑠の手にあるチャームは槍となり、冬賀の右腕のチェーンソーが灼熱を纏った。

 

 

「誰かを守るためなら、私は――私たちは戦える!」

 

 

 チェーンソーがヒュージの胴体を……装甲が抉れた部分を焼き切る。

 

 その奥にある中枢部を、巨人の肩に乗った千香瑠、彼女のチャームから伸びた光刃が―

 

 

「私たちの、意志で!!」

 

 

  ――貫いた。

 

 

 勢いそのまま、2人はヒュージの横を駆け抜ける。

 

 

『□□□□□□ッ!!!』

 

「「!」」

 

 

 踏み止まって振り返ると、体液を撒き散らしながらも息を吹き返したヒュージが、最期の抵抗とばかりに2人…正確には冬賀目掛けて触手を振り下ろしていた。

 

 

「はああああああああっ!」

 

  ガキィイイン!

 

 

 その触手を、颯爽と飛び込んで来た一葉が弾き返す。

 

『□□…□□…ッ』

 

「私の仲間は、傷つけさせません…」

 

 

 巨人の左肩に降り立った彼女の、その言葉を聞いた瞬間が……ヒュージの最期であった。

 

 

「か…一葉ちゃん……」

 

「よかった、間に合いました」

 

『ありがとうございます、一葉様』

 

 安堵の息を吐きつつ、礼を言う冬賀。一葉はしゃがんで彼と目を合わせた。

 

『最後の攻撃は、自分では防ぎきれなかったでしょうから。助かりました』

 

「いえ、こちらこそ」

 

 微笑み合う2人。すると。

 

 

「一葉ちゃん!!冬賀くん!!」

 

「わ、ち、千香瑠様?!」

 

『どうされ「ピガガガガッ?!」

 

 感極まったのか、涙を流しながら…千香瑠が2人に飛びつく。

 

「な…なんで…私たちを抱きしめて…?」

 

「ピガガ…ガ…」

 

 ほとんど頭だけを露出させている冬賀は、首を締められている状態なのだが。構わず、千香瑠が続ける。

 

「私、ヘルヴォルに居たい…!皆と戦いたい…!!私も……私も、誰かを守れる、リリィになりたい……!」

 

「……はい。大丈夫ですよ、千香瑠様」

 

 一葉が優しく抱きしめ返した。時を同じくして、ヘルヴォルのメンバーも集まって来る。

 

 

「あ、仲良し。いいな、藍も混ざりたい」

 

「藍、ラブラブの邪魔はしちゃダメ」

 

「な、瑤様!?そういうのじゃないですから!」

 

「ピ……ガ……」

 

「ちょっと千香瑠!?冬賀がヤバいって……ま、まあ、何はともあれ……」

 

 わざわざクリバノフォロスに登って引き剥がすのも野暮に感じ、恋花は夕焼けに染まる空を見上げた。

 隣に立つ瑤も、夕陽を眺める。

 

「うん。一件落着」

 

 

「一葉ちゃん!冬賀くん!」

 

「く、苦しいですよ千香瑠様!」

 

「ピ……ピ……」

 

 

 千香瑠の抱擁は、彼女が満足するまで続いた。

 

 

 

 

 

 

 夜。

 学園の居住区画に戻った冬賀はクリバノフォロスの整備を終え、騎士団本部から送られてきたメールを確認していた。

 

 正にその瞬間、コンピュータに新たなメッセージが届く。

 

「……」

 

 文面を見ると、彼は画面に自分の予定表を呼び出した。

 

(クリバノフォロスの新型試作機、製造完了か…。僕がパイロットの一人…。受領の日程、組まなきゃ…。ミッションレコーダーも必要って、時雨さんが言ってたっけ。いつ送ろう…)

 

 

 彼の夜は、もう少しだけ長く続いた。

 

 





 さて、百合ヶ丘編のためにアニメ版を観返さなきゃ…。
 プロットはできているので、投稿は続けます。


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灼銅城
第1話 世話人


 神庭編第1話です。他と似たタイプのキャラクターができるだけ出ないようにしているのですが……できているかなぁ……。


 “真の敗北は一人死すること。真の勝利は皆で命を繋ぐこと。”

 

 

 この言葉が彼らの思想。牙の誓いと、この教えを掲げて彼らは戦いを挑む。

 人類の敵、ヒュージへと。

 

 彼らの名は、神庭女子藝術高等学校の『牙の騎士団(ファング・パラディン)』が一部隊『灼銅城(しゃくどうじょう)』。

 

 

 その一員である鈴月(すずつき)秋展(あきひろ)は、ここで結成されたばかりの5人組レギオンと共に戦場を駆けていた。

 

 『チャーム』を手に戦うリリィたち。その側に控える、荒々しくも勇ましい獣の騎士。

 

 そんな彼がいるこの戦線は………

 

 

 

 

 

  混沌を極めていた。

 

 

 

 

 

「ふふん、歌って踊って戦うアイドルリリィ、姫歌(ひめか)のデビュー戦よ!皆!あたしについて来なさい!!」

 

 桃色の髪をツインテールにしたリリィは、レールガン型のチャームを構えて犬のようなヒュージに連射……

 

『□?』

 

 

 するも掠りもしない。それどころか、数発は仲間のフォローに回っていた秋展への流れ弾となる。

 

「あっぶな!!おい、下手な鉄砲を数撃つな!味方に当たるぞ!!」

 

「うるさいわね!!そもそも下手って何よ!!」

 

「っ!この…!」

 

 ヒュージはマギを込めた弾丸を放って別のリリィを狙い、手近な秋展には接近戦を仕掛けるべく飛びかかる。

 その攻撃を彼のチャーム……ロングソードの刃を握った形の『モルトシュラーク-コラプサー』で受け止め、追撃を躱してチャームをライフルに変形。ゼロ距離から、ヒュージに血色の稲妻を纏った弾丸を撃ち込む。

 

 そうこうしている間に……。

 

 先程狙われていた、桜色の髪と制服の上に羽織ったパーカーが特徴的なリリィは遠距離攻撃をくるくると回避していた。

 そして秋展が、彼女を狙っていたヒュージを倒した頃には…。

 

「おお!あのヒュージ凄いいいフォルムだねー!もっとこっち向いて!」

 

 馬上槍型のチャームをそこらに置き、荷物をいじりながら別のヒュージを眺めていた。

 

「おぉい!?どこを見てんだ!!あんたもだよ!」

 

 彼が声を上げながら肩を揺さぶるのは、白群の髪をリボンで飾った、カーディガンを着た緑目のリリィ。

 彼女はその顔に恍惚の笑みを浮かべていた。

 

「ああー!憧れの叶星(かなほ)様に高嶺(たかね)様と同じ戦場にいられるなんて…!と、土岐(とき)は……幸せ者です!!」

 

「何てこった!どこも見ちゃいねぇ!!」

 

 彼が半ば青ざめていると、リリィの後ろからヒュージが迫って来た。

 

『□□!』

 

「!」

 

「でぇえい!!」

 

 彼女が襲来を察知した頃には、ヒュージは彼の手にある武器によって斬り裂かれていた。

 

「あ、ちょっと貴方たち!しっかり連携を…」

 

 このレギオンのリーダーである、長い銀色の髪を横で編み込んだリリィが声を上げる。

 

 

 が、パーカーのリリィとツインテールの自称アイドルリリィは全く聞いておらず……。

 

定盛(さだもり)、あっきー!あのヒュージ、スケッチするからちょっと押さえててー!」

 

「はあ?何が……何ぃ?!」

 

「定盛じゃなくてひめひめ!あと、こんなところでスケッチブック広げるな!!」

 

 ……この始末である。

 

「何やってんだ!2人とも伏せろ!」

 

 桃色髪リリィに新手が近づき、再び射撃を繰り出した。

 それを彼女たちは寸でのところで回避する。

 

「きゃあ!泥が跳ねて姫歌の服が汚れちゃったじゃない!これじゃ、姫歌の魅力が下がっちゃうわ!」

 

(だあ)ってろ!!」

 

 この事態についにキレたのか、再度フォローに回った秋展は……声を荒げながら怒りに任せて武器を振るい、赤熱化した刃でヒュージを斬り伏せる。

 

『□□□!!』

 

 その隙に、またもやヒュージの新手。今度は数体の群れが、白群の髪のリリィに接近する。

 

「あわわわ……ヒュ、ヒュージが…?!」

 

「しまっ…」

 

紅巴(くれは)さん、危ないわ!」

 

 彼女を助けに来たのは、長い金の髪に紫の瞳のリリィ。彼女は幅の広い斧型チャームで群れの内何体かを破壊し、襲われそうだったリリィを抱えて移動する。

 

「た、高嶺様?!はううううううう……」

 

 白群の髪の彼女は腕の中で身悶えしていた。

 

「大丈夫、紅巴さん?」

 

 無事ではあるが、大丈夫ではない。

 

「高嶺様が、土岐を抱きかかえて…。…土岐は、もう思い残すことはありません…」

 

 そう呟くや、彼女は安らかに気絶する。

 

「ちょっと、どうしたの?こんなところで気を失わないで!」

 

「だぁあもう…!」

 

 心配する金髪のリリィの後ろで、彼は頭を抱えて唸った。

 

「少し頼むわ、秋展くん」

 

「ああはいはい、了解したよ!」

 

 介抱するリリィに命じられるまま、彼女が撃ち漏らした群れの残りを殲滅する秋展。

 

 一方……。

 

「いいないいなー!あのヒュージもいいなー!定盛、今度はあのヒュージも捕まえておいて!あっきーも!」

 

「断る!俺は忙しいんだ!!」

 

「だから、ひめひめだって言ってるでしょうが!!あーもう!これじゃ歌えないじゃないのよ!」

 

「あんたはいい加減口を閉じてろ!!」

 

 

「………」

 

 秋展と共に群れを仕留め、戦況を見ていたリーダーが呟く。

 

「これは……ダメね……」

 

 隣に立っていた秋展は額に手を当てて項垂れていた。

 

「帰ったら頭痛薬と胃薬を買わないと…」

 

 

 

 この混迷する戦場はどこから来たのか。

 

 

 

 時は2日前に遡る……。

 

 

 

 

 

「……ほう…」

 

 神庭女子藝術高等学校の校長室で、赤茶色の髪と瞳の青年……涼月秋展は手渡された書類を興味深く見ていた。

 

 彼が着ているのは、この地で活動する牙刃の騎士団の部隊、灼銅城の制服。

 ワインレッドの学ラン風のジャケットとズボンに茶色の革靴。

 このガーデンに所属するリリィたちの制服であるセーラー服と同じ色合いであり、まるで男子生徒のように溶け込んでいる。騎士団の紋章は、襟に付けられたピンバッジに描かれている。

 

 今日はこの学校の入学式。彼の手には、1通の命令書があった。

 

「名高いトップレギオン、グラン・エプレの“世話人”ですか…この俺が」

 

「ええ」

 

 彼の正面で高級感あるデスクに着いている女性…ここの校長が言葉を続ける。

 

「去年のグラン・エプレには必要ないと判断したのでいなかったのですが、かなり大変な思いをさせていたため…今年度から彼女たちにも世話人をつけることにしました」

 

「なるほど。しかし、何故俺を?俺の評価は隊の中でも模範的と言うほどではありません。もっと優秀な隊員の方がいいのでは?」

 

「今回、貴方を選ぶにあたって重視したのは適性です。グラン・エプレのメンバーもまた適性によって選ばれていますが、それ故に…個性的な組み合わせになっています」

 

「はあ…」

 

「そんな彼女たちには、貴方がぴったりだと判断しました。灼銅城と親しいメンバーもいます。急な話で申し訳ありませんが、引き受けてくださいますか?」

 

「……承知いたしました」

 

 彼が左胸に手を当てて礼をすると、校長は安堵の溜息を溢す。

 

「…ふぅ、よかった…。任命式まではまだ時間がありますので、入学式の後でいらしてください」

 

「はい。それでは」

 

 彼は校長室を出て、廊下を歩きながら考えに耽る。

 

(俺が世話人…か。戦闘を補助したり、リリィ同士で言えない相談を聞いたり、訓練に付き合ったり、騎士団独自の情報網を使わせたりのレギオン専属便利屋。大役だ)

 

 役割を再確認するとともに、担当予定のレギオンのことも思い出す。

 

(……聞いた話だと1年生が多いんだよな、今年のグラン・エプレ……)

 

 服の胸に手を入れ、上着の下で着けているロケットペンダントを取り出し、握る。

 

(お前と同い年だな。もしかするとお前も……いや、考えるだけ無駄か)

 

 ペンダントをしまい込み、そのまま歩いて1度、灼銅城の宿舎まで戻り、その後入学式の会場へ。

 灼銅城のメンバーとして、彼も入学式で仲間と共に誓いを立てる。

 

 

 それから数分後。

 出席していた校長と共に校長室に戻り、レギオンのメンバーが集まる時を待つ。

 

 すると…。

 

  コンコン

 

 ドアがノックされた。

 

「来たか…」

 

「そのようですね。どうぞ」

 

「はーい!」

 

 元気のいい返事が聞こえ、ドアが開く。

 

「こんにちはー!」

 

「こら、灯莉…!失礼します」

 

「し…失礼…します…」

 

 入って来たのは、桜色の長めの髪の生徒と、桃色の髪をツインテールにしている生徒。もう一人は白群のロングヘアの生徒である。

 彼女は秋展の姿を見て驚いた。

 

「わ…お、男の人…!」

 

(この人…さっきの入学式でも俺たちを見てテンパってたよな…)

 

「何で騎士がいるのよ」

 

「用事で来てるだけだ。気にしないでくれ」

 

「あっそ。…んー…」

 

「何だ…?」

 

 ツインテールの生徒は、彼を品定めするようにじっと見た。

 

「……悪くはないけど、男っ気は無しでいくわ!」

 

「?……何の話だって?」

 

「せんせー!」

 

 話の意図を確認する前に、桜色髪の生徒が手を挙げて校長の方に向かう。

 

「ぼくたち来たよー。何するの?」

 

「もう少し経てばわかります。…ああ、どうぞ」

 

 再びドアからノックの音。

 

「失礼いたします…」

 

 入って来たのは、2人の2年生。1人は長い金の髪を優雅になびかせ、もう1人は銀色の髪を横で編み込んでいる。

 

「あ、さっきの先輩たち!」

 

(ん?)

 

「え…えぇぇぇ!?」

 

(おや…?)

 

「か、叶星様に高嶺様…っ!1日に2度もこんな近くで……ああぁ…」

 

 白群の髪の生徒は、2人を目にした瞬間に倒れそうになる。

 

「よっ…と。おーい、大丈夫かあんた」

 

 彼女の肩を支えた秋展が呼びかける。

 

「……はぅっ?!ご、ごめんなさい!騎士の方のお手を煩わせて…!」

 

「いや、別にいいんだが…」

 

「……どうしたの、貴方たち」

 

「姫歌たち、教導官にここに集まるように言われたんです。詳しい話はそこでするからって…」

 

(全然知らせてない。とんだサプライズだな…)

 

 会話を聞いていた秋展は心の中で感想を呟く。

 

(しかし、さっきの様子からして……任命式の直前に皆が顔見知りになってたらしい。そういうもんか)

 

「入学早々、先生に呼び出しされるとか定盛は大物だー!」

 

「呼ばれたのはあんたも一緒でしょ!!」

 

「……高嶺ちゃん、これってもしかして…」

 

「…そういうことになるのかしらね。それに彼も…」

 

「えっ、どういうことですか?」

 

 と、唐突に校長が席から立ち上がる。

 

「皆さん、お集まりのようですね」

 

「ご機嫌よう、校長先生」

 

 校長は挨拶をした銀髪の生徒の方を向く。

 

(こん)叶星(かなほ)さん。先程は生徒代表としての挨拶、ありがとうございます」

 

「もったいないお言葉…ありがとうございます」

 

「はいはーい!丹羽(たんば)灯莉(あかり)、さんじょーしました!」

 

「ちょっと灯莉!校長先生の前で…も、申し訳ありません…」

 

「あ、あの…私たち、ここにいると邪魔になるのでは…?一旦退室させていただいて…」

 

「いや、あんたたちはこのままで頼む」

 

「貴女たちにはいてもらわなくては困ります。定盛姫歌さん、丹羽灯莉さん、土岐紅巴さん」

 

「えっ…」

 

「姫歌たちを呼んでたのは校長先生本人だったの?」

 

 校長は少し微笑んだ後、真面目な表情になった。

 

「……では、レギオンの任命式を始めます。今叶星さん」

 

「はい」

 

 最初に呼ばれたのは銀髪の生徒、今叶星。

 

「貴女には引き続き、グラン・エプレのリーダーをお任せします。トップレギオンの誇りを持ち、リリィとしての使命を果たし、神庭女子藝術高校の生徒の手本となることを期待します」

 

「はい…。そのお言葉、胸にしかと刻みました」

 

  パチパチパチパチパチ……

 

 秋展が拍手すると、ツインテールの生徒…定盛姫歌たちも同じように手を鳴らす。

 

宮川(みやがわ)高嶺(たかね)さん。貴女も同じくグラン・エプレの一員として今叶星さんを支えてあげてください」

 

「かしこまりました」

 

 金髪の生徒…宮川高嶺は短く返答する。

 

  パチパチパチパチパチ…

 

 拍手しながら、白群のロングヘアの生徒…土岐紅巴はわくわくとした顔である。

 

「はぁあ〜…トップレギオンの……グラン・エプレの任命式です…!この目で生で見られるなんて、土岐はもう……っ!」

 

「それは凄いけど…何で姫歌たちや騎士が立ち会うの?」

 

「それは、貴女たちもグラン・エプレの一員になるからよ。もちろん彼もね」

 

 秋展は紅巴たちの方を見てニカッと笑った。

 

「………へ?」

 

「え、本当に〜?やったー!ぼくもかなほ先輩たちと同じレギオンだ〜!」

 

「ぃよっ!」

 

  パチパチパチパチパチ…

 

 拍手する秋展。

 桜髪の生徒である丹羽灯莉は喜んでいた。が、姫歌は今一つ実感が持てないらしい。

 

「う…嘘…でしょ…?」

 

「嘘ではないわ。……ですよね、校長先生」

 

「ええ、その通りです。貴女たち3名をグラン・エプレの新しいメンバーに任命します。引き続いて、彼の任命式も行います。それでは…」

 

「はっ!」

 

 秋展は校長の前に跪き、命令を待つ。

 

「鈴月秋展くん。貴方には今年度より、グラン・エプレの世話人として、全面的なサポートをしていただきます。牙の騎士団(ファング・パラディン)の力を、どうか彼女たちのために…」

 

「了解。それでは…」

 

 立ち上がって振り返ると、後ろに並んでいる彼女たちに再び跪く。

 

 

――我ら志ある者なり、故に蔑むことなかれ。我ら牙ある者なり、故に嗤うことなかれ。我ら傷ある者なり、故に驕ることなかれ。我ら祷ある者なり、故に怨むことなかれ。――

 

――あゝ響け、獣の嘶きよ。我ら大いなる縄張りをここに。手繰る鎖を華の手に。――

 

――我ら野を駆け、山を越え、天を舞い、海を渡る者。各々の逆境にあって牙を研ぐ者。生命(いのち)の守護者の刃なり。――

 

――君よ、いざ命ぜられよ。しからば我ら全うせん。――

 

 

 

 入学式で暗唱した、牙刃の騎士団の誓いの文言をもう一度披露する。

 最後の一節を、叶星が承諾した。

 

「……はい。これからよろしくね、秋展くん。姫歌ちゃん、灯莉ちゃん、紅巴ちゃん」

 

「おおー!あっきーが仲間になった!」

 

「サポートってことは…あんたが…あたしたちのマネージャー?!」

 

「……?かもな。そういうわけで、よろしく頼む。とりあえずお近づきの印に…」

 

 立ち上がった秋展が徐に懐から絹のハンカチを取り出し…右手で持って左手の平に重ねる。

 そして、真ん中を摘んでハンカチを持ち上げると…。

 

「キャラメルでもどうぞ」

 

「ん…?!」

 

「あら…」

 

「ええっ?!」

 

「は…」

 

「おおー!!」

 

 手の平の上に、いつの間にか5粒のキャラメルが出現していた。

 

「て……手品…?」

 

 驚きながらもキャラメルを一つずつ取る面々。

 困惑する姫歌に対して、灯莉は興味深々である。

 

「本物のキャラメル!すごーい!どうやるの?!教えて教えて!」

 

「タネも仕掛けもないぞ。あ、校長先生もよろしければ…」

 

「あら、いただこうかしら」

 

「では…」

 

 左手を拳にして校長の前に見せ、右手の指をパチンと鳴らして手を開く。

 するとやはり、左手の中にキャラメルが出現した。

 

「奇術ですか…。お勉強されたんですね」

 

「まあ、エンターテインメントを学ぶ場所に顔を出す以上、これくらいは」

 

 

 紅巴はキャラメルを口の中で転がしながら、悟りを開いたような表情をしている。

 

「あは…あはは…。どうも朝から夢のような出来事が目白押しだと思ったら……。なるほど、全部夢だったんですね…。だってほら、目の前で超常現象が…」

 

「ゆ、夢なんかじゃないわ!姫歌がグラン・エプレ…神庭のトップレギオンに選ばれたのよ!しかもマネージャー付きで!…ま、まあ考えてみれば当然のことよね!アイドルリリィを目指す姫歌が所属するとしたら、グラン・エプレ以外にはあり得ないもの!!」

 

「ああ、それでさっきもマネージャーって言ってたのか。男っ気てのもアイドル活動において、って話だったのね…」

 

「あははっ!定盛、足がぷるっぷるしてるよ!」

 

「こ、これは武者震いよ!」

 

「問題。このキャラメルは何味だ?」

 

「はっ?!梅干し味でしょ!?」

 

「いや、普通のだ」

 

「んなっ?!」

 

「ねーねーあっきー!さっきのやり方教えてー!」

 

「ダメだ」

 

「ぶー!」

 

 すっかり打ち解けた様子の1年生と秋展を、叶星たちはしみじみと見ていた。

 

「まさか、今朝会った子たちがグラン・エプレのメンバーに選ばれていたなんて……運命を感じてしまうわね」

 

「ふふっ、運命の出会いなんて素敵じゃない。……貴女もそう思うわよね、紅巴さん?」

 

 紅巴は片言の言葉で返答する。

 

「……たかね、さま……えっと…わたし……。これ……ほんとうにゆめじゃ…ない…?」

 

「そうよ。私たちは今から同じレギオンのメンバー。期待してるわね、紅巴ちゃん」

 

「………」

 

 にこり、と小さく微笑んだ紅巴は……ガクッと気絶。

 

「おっと…」

 

「紅巴…ちゃん…?」

 

「またか。おーい紅巴さーん」

 

 秋展がその肩を支え、起こすべく呼びかける。

 

「ちょっと衝撃が強かったみたいですね…。ほら、紅巴!しっかりしなさいっ!」

 

 秋展の腕から紅巴を移された姫歌が揺さぶると、彼女ははっと意識を取り戻した。

 

「……では、グラン・エプレのみなさん」

 

 校長の言葉で、浮かれ気味だった空気が引き締まる。

 

「最後に一つだけ、この言葉を授けます」

 

「……はい」  

 

 叶星は、校長が伝える言葉をわかっていた。

 

「『リリィの戦いは今日が最後かもしれず、命を賭けるに値するかどうかはリリィ自身が決めるべき』。この言葉に我らが神庭女子藝術高校の思想と理念が詰まっています。いかなる時もこの言葉を胸に、貴女たちの務めを果たしてください」

 

「はい…心得ました」

 

「それから鈴月くん。『真の敗北は一人死すること。真の勝利は皆で命を繋ぐこと』…でしたか?」

 

「その通りです。我ら灼銅城の…思想と理念は」

 

「これはこの学校の理念とも通じるものがあります。彼女たちと共に、体現し続けていただきます」

 

「ではそのように。改めてよろしくな、叶星さん」

 

「ええ。皆、手を合わせてもらえるかしら」

 

「うん、いいよー!」

 

「ほら紅巴、いつまでもボーっとしてないの!」

 

「は…はい……ぃ…」

 

 紅巴は姫歌に手を掴まれ、半ば強引に、皆が出した手と重ねる。

 

「準備できたわ、叶星」

 

「ええ…。ここに誓いましょう。私たちグラン・エプレは、守るもののために命を燃やし、崇高なる思想の下で戦い抜きます…!」

 

「ふっ…ついて行かせてもらうぜ!」

 

「「おー!!」」

 

 掛け声と共に、6人が一斉に手を上げる。

 

(今年こそ、この新生グラン・エプレを、神庭の誇れるレギオンにしてみせる!灼銅城の助けがあれば、きっと高嶺ちゃんも…!)

 

 決意と期待を抱く叶星。その隣にいる秋展もまた、決意を胸に刻んでいた。

 

(やってやる…!お前の分まで、俺も頑張るからな!)

 

 

 

 こうして新たに発足したグラン・エプレ。その初陣は……

 

 

 

 冒頭の戦いであったのだ。

 

 

 

 

 

「「はぁ……」」

 

 戦闘から帰還した後。

 構内のカフェテリア。その一角にあるテーブルに、2人分の溜息が盛られた。紅茶とコーヒーから立ち上る湯気が揺れる。

 1人はグラン・エプレのリーダーである叶星。もう1人は彼女たちの世話人、秋展。2人はテーブルを挟んで向かい合い、初出撃での戦いを思い出していた。同じテーブルに、紅茶を手にした高嶺が加わる。

 

「グラン・エプレの記念すべき初実戦、どうだった?」

 

「高嶺ちゃん…」

 

「最高だった。きっと大物になれる」

 

 秋展が頬杖をついたまま答えた。叶星は苦笑いで返す。

 

「そうかな…」

 

「ああ。何せあのシュールレアリズムの極みみたいな戦場から全員無事に生きて帰ってこれたんだ。奇跡的な采配だったぜ、ホントに」

 

「ありがとう…」

 

「皮肉で言ってんだよ…」

 

 苦い顔をしている2人に対して、高嶺は笑顔である。

 

「ふふ。そんなに落ち込まないで、2人とも。一応、無事に任務は達成できたんだから」

 

「ソーデスネ」

 

「でも、私たち神庭のトップレギオンなんだよ!あの戦い方じゃ、とても成功とは言えないわ!」

 

「まだ結成したばかりなのだからしょうがないでしょう。私たちのグラン・エプレがどうなっていくのかは、これからよ」

 

「………」

 

「上手いことまとめたな、高嶺さん」

 

「……うん、そうね。そうよね!これからよね!」

 

「おお…」

 

 勢いよくガッツポーズをする叶星。その顔にはいつの間にかやる気が漲っていた。

 

「そうと決まれば、まずは1年生のみんなと親睦を深めるところからやってみるわ!」

 

「ええ、その意気よ」

 

「……カラ元気じゃないことを祈ってるぜ?」

 

「うん、大丈夫。……あ、高嶺ちゃんの方は大丈夫だった?」

 

「私?」

 

「今回の戦い、1年生たちをサポートしながらだったから…身体への負担とか、大丈夫かなと思って……」

 

「私は大丈夫だから、心配しないで。今年は世話人もいるから」

 

「おう!」

 

「…わかった。でも無茶はしないでね。私、高嶺ちゃんに負担がかからないように頑張るから!」

 

「あ?それ言うなら俺のセリフ…」

 

「叶星、貴女はまだ昔のことを気にしているのね」

 

「だって、私のせいで高嶺ちゃんが……」

 

「おいおい…」

 

「止めて。あれは私が望んでしたこと。貴女のせいじゃない」

 

「でも……」

 

「私は大丈夫だから。気にしないで」

 

「なあ、叶星さん。不安なら俺をこき使え。な?」

 

「……うん」

 

 頷く叶星だが、内心の不安は消えなかった。

 

 

 しばらく経って…。

 

 学校の敷地内にある灼銅城の司令部で、秋展は世話人としての初出撃を報告していた。

 

「……以上です」

 

「なるほど……。君は、彼女たちをどう見るかな?」

 

 灼銅城の隊長…紺のロングヘアの鮭颪(さけおろし)桔梗(ききょう)が問いかける。女性隊員の制服は学ラン風の上着の丈をやや短く調整し、ズボンをスカートに置き換えたものである。

 

「よく言えば、未知数のポテンシャルを持ってる。しかし、それを引き出すためには一から訓練をする必要がある…ってところですかね。悪く言えば……今はカオスな集団でしかない」

 

「そのようだね。となれば、君やリーダーがやるべきことは?」

 

「早急に連携と、それに合わせた個々人の技量の向上を行うための訓練を用意すること…かと」

 

「わかっているじゃないか。ただし、急げばいいってわけでもないよ。彼女たちと交流して、個性を把握する必要があるからね」

 

「リーダー格の2年生2人とはそれなりに話す仲ですが、1年生3人とどう接するかは…」

 

「向こうからお誘いが来ているよ」

 

「……え?」

 

 彼女は言いながら、楽しそうにタブレット端末を操作してメールの文面を彼に見せる。

 

「私の方に連絡が来るとはね。早いところ、連絡先を教えてあげたらどうだい?マネージャーくん」

 

 そのメールの送り主は……姫歌だった。

 

 

 

 

『さあ盛り上がっていくわよ紅巴!』

 

『は…はわわわわわ…!』

 

「おい……」

 

 ここは、とあるカラオケボックス。授業が終わったタイミングで来るように言われていた秋展は、予想外の光景を前に困惑していた。

 

「なんで俺があんたたちのお出かけに付き合ってんだ?場違いだろ、どう考えても!」

 

『あんたはマネージャーなんだから、あたしたちの実力を知ってもらう必要があるのよ!』

 

「オーケーちょいと待て。あんたがアイドルとして頑張りたいってのはよくわかった。けど俺には専門外だぞ?!力になれねぇって!」

 

『いいのよそれで!あたしたちの歌を聴いて、一般人目線で評価すればいいの!』

 

「んなバチ当たりなことできるか!!」

 

『お…男の方に聴いてもらうんですか…?』

 

「ああほら…紅巴さんも乗り気じゃないみたいだぜ?」

 

『臆しちゃダメよ紅巴!アイドルリリィには男性ファンだって付くんだから!』

 

『は…はいぃ…!』

 

「無茶振りだ!止めてやれって!」

 

『そうも言ってられないわ!声楽科の発表練習も兼ねてるんだもの。第三者、しかもステージで人の目を引く方法を知ってる人に、あたしたちのパフォーマンスを見てもらうのは大いにプラスよ!』

 

『そ、そうです!頑張らないと…』

 

「……ま、まあそこまで言われたら悪い気はしねぇ…が……。…わかったよ、聴くだけ聴く。ただ…アドバイスはあんまアテにするなよ。ド素人の戯言だからな」

 

『ちゃんと聴くわよ。歌は素人でもエンターテイナーとしては同じなんだから!』

 

「過大評価もいいとこだぜ…。けど、俺としても願ったり叶ったり…か…」

 

『何か言った?』

 

「何も。それよりササっと済ませちまおう」

 

『じゃああたしから行くわよ!!』

 

 

 こうして、姫歌はイタリア歌曲をオリジナルの振り付けで、紅巴は落ち着いた民謡の合唱曲をゆったりと披露した。

 

 

『…お、お粗末さまです…』

 

「うん、やっぱ姫歌の見た通りね。いいもの持ってるわ、紅巴。あんたはどう?」

 

「そうだなぁ…。まあ印象としては、姫歌さんは曲との一体感がとんでもなく高い。紅巴さんは曲に対して素直で自然体。方向性は違うが、2人とも歌う曲を自分のものにしてるな。下地はいい感じじゃねぇの?」

 

「ふふん、当然!」

 

「わ…私も…?」

 

「にしてもあんた、中々見る目あるじゃない。素人って言うから期待してなかったけど」

 

「カラオケにはよく連れてこられたからな。好きってほどじゃないが、聴かされるのには慣れてんだよ」

 

「ふぅん…。せっかくだし、あんたも何か歌いなさいよ。時間はまだあるわよ」

 

「いや、2人の練習の邪魔しちゃ悪い」

 

「あの……聞いてみたい…じゃダメです…か?」

 

「………」

 

 おずおずと提案する紅巴。秋展は仕方ないな、とでも言いたげにマイクを受け取った。

 

「時間の無駄だと思うが…まあいいか…」

 

 マシーンを操作すると、イントロと共にモニターに英語の歌詞が映る。

 

「洋楽歌謡曲…!」

 

「しかも女性ヴォーカルで…キーを少ししか変えずに…?!」

 

 驚く2人を他所に、秋展は歌う。流麗な発音で、曲の雰囲気に合った声で。

 

「う……上手い…!」

 

「くっ!やっぱ歌声のパンチ力じゃ男性が有利ね…。でもあたしだってモノにできれば強力な武器よ!」

 

 

「……ふぅ…」

 

 曲が終わり一息。姫歌と紅巴は拍手していた。

 

「とってもお上手でした…!さすがです、秋展さん…!」

 

「ええ、素直に褒めたげるわ。あんた、声楽科レベルに片足突っ込んでるわよ」

 

「そりゃあ光栄だ」

 

 瞬間、秋展の脳裏に懐かしい記憶が甦る。

 

 

  …………

 

『がーーん!ごじゅってん!!こうなったらもう1回…!』

『もういいだろ。何回延長すりゃあ気が済むんだ?』

『だってだって!キー同じなのにやる気のないお兄ぃの方が点数高いなんて納得いかないもん!』

『お前なぁ…。晩飯、俺が持ってる缶詰めになってもいいのかよ…』

『いいじゃん、偶にしかないお兄ぃとの息抜きなんだよ!奮発してよぉ!』

『こっちはお前に美味いもん食わせてやりてぇの!』

『っ?!狡い!うぅ〜〜〜……』

『わかったらほら。行くぞ』

『だぁあもう!わかったよ!その代わりとびっきりのとこ連れてって、私を満足させて!!』

『ああはいはい、了解だ』

 

  …………

 

(やっぱ、俺の柄じゃねぇよな、こういうの…)

 

「実力も観察眼もあるなら、マネージャーにはもってこいね……って聞いてる?!」

 

 姫歌の方に向き直る。

 

「ああ、顎で使われろって?」

 

「そういう意味…じゃ……あるけども!言い方よ!」

 

「はっはは。気にすんな。元々世話人ってのはそういう役だからな」

 

「…あの、あくまでリリィとして戦うときですよね…?」

 

「ア…」

 

「『アイドルリリィなんだからこっちの戦場も手伝うのは当然』……だろ?わかってるわかってる。任せとけって」

 

「っ…先読みを…!それでいて嫌な顔一つしないし…」

 

「優しいです、秋展さん…!」

 

 パンパンと手を鳴らし、急に仕切り始める秋展。

 

「ほらほら、時間はまだあるとは言え限られてんだ。さっさとあんたたちの練習をしようぜ」

 

「そうね!休んでばっかりもいられないわ!」

 

「がっ…頑張ります…!」

 

「ところで、灯莉さんは誘わなくてよかったのか?」

 

「誘ったところで、すぐどっか行ってたわよ。他の部屋に迷惑かけるかもしれないし…」

 

「そういうもんかねぇ…」

 

(3人とも揃ってりゃ、交流も一気に進んだんだがな…。ま、贅沢も言ってられねぇか)

 

 彼女に会えなかったのは少し残念だったが、秋展は時間一杯まで2人の練習を見守った。

 

 

 

 翌日。

 

 訓練を終えた秋展がカフェテリアで昼食を摂っていると……。

 

「あっきー!」

 

 

「っ?!」

 

 

 突然、正面の席に灯莉が座ってきた。トレーの上には菓子が盛られている。

 その衝撃的な登場に驚き、彼は咽せた。

 

「…ッゲホ…!あ、灯莉さん…急に何だよ!?」

 

「ねーねー、この前のキャラメルのやつ教えて!」

 

「まだ続いてたのかその話!なんでそんな食いつくんだ?」

 

「ぼくね、びっくりしたんだ!今までやってみてできなかったことないんだよ!でも、あっきーのアレだけは何回やっても真似できないんだ!」

 

「それが不思議だって言いたいのか?」

 

「そう!教えて!」

 

「……なあ、灯莉さん」

 

「なになにー?」

 

「ここ最近の、あんたの様子を教員とかリリィたちに聞いてみたんだが……あんた、人から教わるより自分から勉強する方が向いてるだろ?」

 

「んー…興味ないことは興味ないかなー」

 

「だから、俺から教わるよりあんた自身で色々調べた方がいい」

 

「えー?つまんないよ!ぼくはあっきーから教わりたいの!」

 

「……一つ言っとくぞ」

 

「うん!」

 

「手品ってのは、一見凄いことやってるように見えて実は大したことないんだ。ただ上手いこと人の目を騙してるだけだぜ?」

 

「つまりー?」

 

「…中身を知ったら面白くねぇってことだよ。俺もそうだったしな。それでもやってみたいか?」

 

「うん!」

 

「……やれやれ、根負けだな、こいつは…」

 

 

 しばらくして、校舎前の庭。秋展はハンカチを使った手品を灯莉に教えていた。

 

 

「なんだー、ここにキャラメルあるんじゃん!」

 

「な?わかれば大したもんじゃねぇだろ。……幻滅したか?」

 

「ううん、ホントは簡単なんだってわかったらスッキリしたよ!ね、他には何かないの?」

 

「そう簡単に手の内を晒すかよ。興味あるなら、あんた自身で色々やってみるんだな」

 

「………よし、決めた!」

 

「何が?」

 

「あっきーはこれからぼくの師匠!ぜったい超えるからね!」

 

「はぁ…。もう好きにしろ…」

 

「あ、もうすぐ次の授業!じゃあねあっきー!」

 

「おう」

 

 灯莉は嵐のように訪れ、落ち着きもなく立ち去った。

 

「やれやれ、フリーダムだな。おまけに皆、好き放題に呼んでくれる。世話人、マネージャーときて今度は師匠かよ……。だが…本質への理解欲に好奇心……それに画力。ヒュージと戦う上で……」

 

 秋展も宿舎に向かいながら考える。

 

「……いや、戦いの最中より…その後か、灯莉さんの特技が活きるのは。次の出撃で、何かしらの用意を…」

 

 

 メンバーと一通りの交流ができた彼は、司令部にある相談事を持っていくこととなった。

 

 




 第1話の時点で複数日経過してるのはここだけか……。

 次は百合ヶ丘編の続きを投稿予定です。ローテーションでやるか、ガーデン関係なく話が固まり次第出すか……。


 


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第2話 神聖なる契約(テスタメント)


 神庭編第2話です。一応日常回ですね。

 本格的な戦闘回もそのうちやります。


 

 

 秋展がグラン・エプレのメンバーと一通りの交流を済ませた後。

 

「ふうん?案外、楽しく過ごせているようじゃないか」

 

「まあ…向こうがフレンドリーに接してくれるのは助かってますね」

 

 灼銅城の指令室で、秋展は隊長の桔梗(ききょう)と話していた。

 

「実際、大したものだと思うよ。叶星さんに高嶺さん……灼銅城と親しいリーダー格がいるとは言え、結成から(ひと)月も経っていないところを見るとね」

 

「他の世話人やってる隊員はどんな調子なんです?世話人になってからこっち、あんまり周り見れてなくて……」

 

「そうだねぇ…世話人が交代したレギオンは馴染めずに苦労しているところがあるようだ。他に新入生のリリィに怖がられてショックだったとか、隊員が怖いとか。そういう声は上がっているかな」

 

 彼女はデスクの上に表示されている立体映像を見ながら話す。

 

「現状、大きな問題や拗れ、いざこざの類はないみたいだけど。グラン・エプレを含めて上手くやっているレギオンも少なからずあるし……君をただの相談役に戻す必要はないから、鈴月君」

 

「……そうですか」

 

 彼の表情は、嬉しさ半分、残念さ半分という具合にやや濁っていた。それを察した桔梗は話題を変える。

 

「……さて、個性の把握もいくらか進んだんだろう?1年生3人、どんな人たちなんだい?」

 

「あ……そうですね…」

 

 秋展の表情も、元通りの明るさに戻る。

 

「まず姫歌さんですかね。気が強いところがあるみたいですが、言いたいことはっきり言ってくれて助かりますよ」

 

「ほう…?」

 

「それから紅巴さんは……まあ…とにかくす、素直ですね、ええ」

 

 実のところ、秋展はことあるごとに気絶したりしかかったり、てんぱって黙りがちになってしまう彼女の印象が強く残り過ぎてしまっている。

 

「口ごもったようだけど…いいや。もう1人は?」

 

「ああ、灯莉さん……楽しくやりたいようにやって、結果できるっていうのはいい才能だと思いますよ。絵も上手いようですしね」

 

「そうかい……」

 

 聞いていた桔梗の顔には、影のある引きつった笑みが張り付いていた。

 

「た、隊長…?顔色悪くなってますよ?」

 

「…いや、何。私が世話人やってた頃は…そんなに打ち解けるレギオン…なくてさ…」

 

 彼女は机の上に深く俯いて絞り出すように言った。

 

「……ものすっっっっっごい羨ましい……!」

 

 その様子をポカンとして見る秋展。

 

「ええ…いや、隊長ってリリィたちからも結構人気ありますよね?去年なんか、バレンタインに貰い過ぎて本部から憲兵隊(俺たち)が買収されたって疑惑かけられたり、贈与税の取り立てが来たりして……一騒ぎ起こるくらいにはモテモテじゃないですか」

 

「それもこの役職に就いてからだよ…。できれば世話人できる地位のまま人気者になりたかった…。指揮の腕が評価されても…今更さ……」

 

 机に突っ伏したまま喋る桔梗。秋展は彼女の背にどんよりとかかる縦線を幻視する。

 

「ま、まあ今からでも深い交流始めてもいいと思いますよ?例えば…資料提供して貰うとか」

 

「資料提供……?」

 

 彼女は首だけを使って頭を起こす。

 

「どんなのを誰からだい?」

 

「ええと……ほら」

 

 秋展は持っていたタブレット端末に立体映像を出す。灼銅城のヒュージの資料の他、他の騎士団部隊が公開しているデータも表示された。

 

「俺たちの部隊って、ヒュージの情報を数値とか文章に記録してはいますけど……肝心の写真が他の隊より少ないんですよ」

 

「ああ……この前の関東地域部隊長報告会でも思ったよ。それがどうかしたかい?」

 

「ちょっと考えがありまして……」

 

 

 

 

 程なくして、再びグラン・エプレに出撃要請が出された。秋展も交えた訓練の最中の出来事。

 ミーティングが行われた後、出撃前に秋展は彼女に声をかけておく。

 

「灯莉さん、ちょっといいか?」

 

「なにー?」

 

「この戦闘が終わったら、あんたにやってもらいたいことがあるんだが……頼めるか?」

 

「うん、何するの?」

 

「単純なことだが………」

 

 

 

 

 数時間後。

 

 グラン・エプレの1年生メンバーは寮に設けられた談話室に集まっていた。

 女子寮であるため、当然秋展は入れない。

 

「ふーっ…疲れたぁ…」

 

 姫歌はぐったりとソファに身を預ける。隣には紅巴が座っていた。

 

「そうですね…。今日は訓練の最中に出撃がありましたから。でも、被害がほとんどなくてよかったです」

 

「と言っても、ヒュージはほとんど叶星様たちが倒したんだけどね。2人のフォローも秋展に任せてばっかりだったし。勝手に動こうとする灯莉を制止するのが1番疲れたわ」

 

 一方、当の灯莉はどこからか持ち込んだ絵の具で厚めの白い紙に何やら描いている。

 

「んーと、えーと…たしか、ここんところがこうなって…」

 

「……疲れさせた張本人はこんな感じだし。はぁ〜…これじゃアイドルリリィへの道も遠いわ…」

 

「お疲れ様、皆」

 

 と、そこに学校への報告に向かっていた2人がやってくる。

 

「あ……叶星様!それに高嶺様も!」

 

「今日はご苦労だったわね。訓練もあったし疲れたのではなくて?」

 

 姫歌は慌てて立ち上がり、首を振る。

 

「ぜ、全然ですよ!元気が有り余って……これからランニングでもしようかなって」

 

「あら。いい機会だから灼銅城の人たちと一緒に走ってみたらどうかしら。修行に来てる子もいて気合いが入っているわよ。秋展くんもこれから10キロほど走るらしいわ」

 

「え……?えと…」

 

 口籠る姫歌の近くでは、灯莉が絵を描き進めていた。が、上手く描けない部分にぶつかったようだ。

 

「あれぇ〜、さっきのヒュージどうなってたっけ?たしか、こう……腕がにょろ〜んってなってたような…」

 

「あ……っ」

 

 姫歌は彼女が描いているモノに気づく。先程戦っていたヒュージの、やや大きめのサイズの個体が紙の上に再現されつつあったのだ。

 

「さっきのヒュージなら、もう少し下の方から腕が生えていたわね。色ももっと燻んだ灰色をしていたはずだわ」

 

「あっ、そうだった!ここがこうなって……こうだよね!」

 

 高嶺からのアドバイスを受けて修正する彼女を、姫歌が叱りつける。

 

「灯莉!叶星様たちがいらっしゃってるんだから挨拶しなさいよ!」

 

「いいのよ姫歌ちゃん。それより、灯莉ちゃん。このヒュージの絵、個性的で凄いわね」

 

 ようやく上級生の方を向く彼女。

 

「んー?んぁー、叶星先輩とたかにゃん先輩!わーい、遊びに来てくれたんだ!」

 

「そもそも私たちも同じ寮生だけどね。1年生と部屋のある階は違うけど」

 

「すみません、相変わらずフリーダムな子で…。ヒュージの絵を描くのも止めなさいって言ってるんですけど…」

 

「どうして?別に悪いことをしているわけではないでしょう。私たちが討つべき相手のことを知るのは大切なことだわ」

 

「灯莉ちゃんの場合は、討つべき相手というか純粋に興味がお有りのようでして…」

 

 紅巴の声を聞いていた灯莉は、少し手を止めて顔を上げた。

 

「だって、ヒュージって不思議じゃん!あんな生物、他で見たことないもん!あっきーも、きょーちんも興味あるみたいだし、きっとユニコーンもいるんだよ!」

 

「えーと…どういうことかしら?」

 

「お、恐らくですが…」

 

 困り顔の叶星に、紅巴が助け舟を出す。

 

「ヒュージのような奇怪生命体が存在するなら、ユニコーンといった幻想世界の動物も存在する……と、灯莉ちゃんは確信していらっしゃる感じではないかと…」

 

「ぴんぽーん!」

 

「ふふ、さすがね。もう仲間のことは何でもわかっているという感じかしら」

 

 高嶺の言葉に、紅巴は一歩下がる。

 

「いえ、私なんか…。灯莉ちゃんの話に、秋展さんが絡んできた理由…と“きょーちん”が誰かもよくわからないですし…」

 

「あ、それね。あっきーが頼んできたんだよ!ぼくが描いたヒュージの絵を見たい人がいるからって!」

 

「誰よ、そんな変わった発注する人…」

 

 姫歌は半ば呆れていた。

 

「きょーちんだよ!灼銅城の隊長さん!生きてるヒュージの写真とか映像が少ないから、ぼくの絵が要るんだって言ってたって言ってたよ!これ、絵の具が乾いたら持ってくんだ」

 

「桔梗さん…そんなあだ名に…」

 

「言ってたって言ってた…。ややこしいわね…。やっぱ、姫歌は灯莉のことなんてちっともわからないわ…」

 

 

 その後、5人は親睦会(という名のお茶会兼鍋パーティー兼お泊まり会)を開催した。

 

 

 終始慌てていた紅巴を宥めていた叶星は、寝る前の支度や風呂に皆が散らばっている間にベランダに出て、携帯電話を取り出す。

 

「もしもし、秋展くん?」

 

『ああ、叶星さん。何か楽しげなことをやってるって?』

 

「え、知ってたの?!」

 

『さっき、灯莉さんが絵を持ってきてくれたときに聞いてな』

 

「いつの間に…。その、何だか悪いわ…。貴方抜きでこうやって…」

 

『いやあ、気にするこたないぜ。こっちもリリィに内緒で焼肉行ったりするし、おあいこだ。それにな、女子だけのお楽しみに男が押しかけんのはダメだってよく言われてたんで。元々行くつもりもなかったんでよ』

 

「そう…。それならまあ、よかったわ」

 

『ああ。隊長も喜んでたぞ。あんたたちが仲よくやってると知ってな』

 

「……ええ、喜ばしいことよね。1年生3人もすっかり仲良くなっていて…昨年の私たちに比べたらずっと楽しめているわ」

 

『余裕ができたってのは結構だ。けどあんたのこと。今日の反省を訓練に活かしたくて電話してきたんだろ?』

 

「っ?!……貴方と高嶺ちゃんには、何でもお見通しみたいね…」

 

『んなことはねぇ…けど、わかることもあるからな。今日の動きを反映した訓練のプランはこっちでも用意するから、待っててくれ』

 

「ええ…。頼りにしてるわ、世話人さん。一緒に頑張りましょう」

 

『任せろ。じゃあまたな』

 

「はい」

 

 

 

 電話を切った秋展は、宿舎の自室の窓から外を見上げる。

 

 神庭女子藝術高校。中心市街地から離れた住宅地にあるとは言え、東京の夜空に瞬く星の数は少ない。

 

「………」

 

 彼は首に提げていたロケットペンダントを開く。そこには、彼と同じ色の髪と目に、元気がよさそうな少女の写真が入っていた。

 

「お前も……あの5人と会わせたかったな、秋奈(あきな)

 

 秋展は言いながら、もう一度、掻き消えまいと輝く星灯を見上げた。

 

 

 

 

 数日後。

 

 叶星、高嶺、秋展の3人は訓練施設に向かいながら話していた。時間は昼過ぎ。午後の訓練の幕開けである。

 

「レギオン内で交換日記を?」

 

「ええ、情報と思いを共有するためにやってみることにしたの。今は紅巴ちゃんが持っているわ」

 

「へー、いいんじゃねぇの」

 

「羨ましいというなら、貴方も入れてあげるわよ」

 

「んー…いや、俺は勘弁だ。わざわざこっちの宿舎に持ってきてもらうのも悪いし、俺はあんたたちの寮に行けないしな」

 

「あらそう?」

 

 高嶺は意外そうに彼の言葉を聞いていた。

 

「ま、コミュニケーションは疎かにするつもりなんてねぇから安心してくれ。今日の訓練も、ある意味そうだろ?」

 

「そうね」

 

 話している間に訓練施設に到着。体育館のような広いコンクリートの空間の中に入ると、紅巴の声が聞こえた。1年生3人は既に来ている。

 

「……見てください!私のノートに叶星様と高嶺様の文字が…!しかも叶星様の日記に高嶺様が語りかけてるんですよっ!」

 

「そ、そうね。交換日記ってそういう物だからね」

 

 やや呆れ気味に答えたのは姫歌だった。

 

「あゝ…土岐は果報者です…。この思い出があれば、どんな困難だろうと乗り越えられます…!」

 

 恍惚とした表情の紅巴。すると……

 

 

 

 

「ほーーう。そりゃあ燃費がよくて結構なこった」

 

「今日の戦闘訓練は思いっきりやれそうね」

 

 

「……っ?!」

 

 

 背後から不意打ちが入ってきた。声の主は秋展と高嶺。彼女の横には叶星がいる。

 

「あー、たかにゃん先輩とあっきー!どうもこんにちわー!」

 

「おう!」

 

「ふふっ、こんにちは」

 

「叶星様も…お疲れ様でーす」

 

 姫歌に挨拶された叶星が皆の前に立って場を取り仕切る。

 

「それじゃ、早速だけど今日も戦闘訓練を始めましょうか」

 

「は、はいっ!」

 

「秋展くん、準備を」

 

「了解。久々に暴れてやろう」

 

 いそいそと倉庫に向かう秋展に続き、姫歌たちも移動しようとする。

 

「それじゃ、1年はあっちでいつもの練習に入りますね。灯莉、紅巴。行きましょう」

 

「いいえ、今日は貴女たちも訓練に加わってもらうわ」

 

「え……っ?」

 

 しかし、叶星の意外な言葉に3人とも立ち止まった。

 

「さっき言ったでしょう?今日の戦闘訓練は思いっきりやれそうだって」

 

「じゃあ、叶星先輩たちと練習できるのー?!やったー!」

 

 高嶺の言葉に大喜びの灯莉。

 後ろの倉庫からは何やら機械音が響き始める。

 

「基礎訓練は引き続きやってもらうとして…そろそろレギオンとしての連携を考えた訓練メニューも混ぜないと、いざという時にまともに動けないでしょう?」

 

『そういうことだ』

 

「わっ?!」

 

 ガション、ガションという足音と共に背後から聞こえた声。そちらを振り向くと、紅巴の眼前には球体型のヒュージがいた。

 目や角は黄色く光っている。牙刃の騎士団が用意した訓練用ダミーだ。

 その内部にあるスピーカーからは秋展の声。コントロール用スーツを身につけた、隣を歩く彼の言葉がヒュージのダミーから発せられる。

 

『こいつは自動操縦が基本だが、今回は俺が操作して、あんたたちの相手をするぜ!やってみたかったんだよなぁ、これ!』

 

「まずは姫歌ちゃん、灯莉ちゃん、紅巴ちゃん。3人でフォーメーションを組んでみてくれるかしら」

 

「オッケー、任せといてください!行くわよ灯莉、紅巴!」

 

「いいよー!ばっちこーい!」

 

「ご、ご指導よろしくお願いいたします…!」

 

 ダミーヒュージのセンサーが3人を捉えた。

 

『オーライ!ダミーヒュージ、鈴月秋展!出るぜ!!』

 

「元気ね…」

 

 1年生たちからは距離を取って見守る叶星たち。彼女は隣に立ってノリノリでダミーを操縦する秋展に少し呆れていた。

 

 

『Fooo↑!さぁかかって来やがれBaby!』

 

 皆が所定の位置に着いたところで、秋展は3人を煽り始める。

 

「うっざいヒュージね…!威嚇射撃から行くわよ2人とも!」

 

「は、はいっ!」

 

「任せてー!」

 

 3人がヒュージの周囲に弾幕を張る……まではよかったのだが。

 

「それ、突撃よーー!」

 

「うぉーー!!」

 

 姫歌の声に従って勢いよく飛び出す灯莉……

 

「って、灯莉ちゃん!そっちは姫歌ちゃんと逆方向では……!」

 

『そぉらよぉお!!』

 

 すかさず紅巴に攻撃をしかける秋展。姫歌がとっさにフォローに回る。

 

『ほらほらどうしたぁ!!』

 

「何してるの紅巴!いつまでも突っ立ってたらヒュージのいい的よ!」

 

 だが、その動きは秋展に読まれていた。姫歌が紅巴に目を向けた一瞬の隙を突き……

 

「定盛、後ろ後ろーー!」

 

 ダミーヒュージを追いかけていた灯莉が彼女に声をかけた時には背後に回り込んでいた。

 

「へ……?」

 

 

『ちょいさぁぁぁぁああ!!』

 

 

  ゴオォッ

 

 

 唖然とする彼女に向けて衝撃砲を放つ秋展のダミーヒュージ。空気の塊が姫歌の身体に叩きつけられ…

 

「きゃあああああああっ!?!」

 

 吹き飛ばした。

 

「姫歌ちゃああああああん!!」

 

 紅巴の悲鳴が響くと同時に、勝敗判定が下された。

 

 

「……はい、ご苦労様。リリィ1名が重傷、残り2名も分断されて敗走、ね」

 

「くっ……!」

 

 高嶺の判定結果を聞いて悔しそうにする姫歌の後ろから、コントロール用スーツのヘッドセットを外した秋展が、笑顔で声をかける。

 

「まぁそう気を落とすなって。人生こういう日もあるさ」

 

「元はと言えばあんたが煽るから…!」

 

「平常心保つのが大事だって、わかっただろ?」

 

「ぐぬぬ…」

 

 歯を見せる姫歌。一方、灯莉は遠隔操作から外れて停止しているダミーヒュージをゴソゴソといじっている。

 

「わー、このダミーよくできてるなぁ。本物のヒュージみたい!」

 

「騎士団のテクノロジーの結晶だ。だから壊してくれるなよー?」

 

 彼女に向けて言葉を投げかける秋展。その横では、紅巴が姫歌や叶星に謝っている。

 

「す、すみません…私が足を止めたばっかりに……」

 

「そうね…。今回は皆に反省点があるわ。秋展くん、ダミーを端にやってくれる?」

 

「あいよー」

 

 一通りいじって満足したのか、灯莉が戻ってきたタイミングで叶星と高嶺が会議を始める。秋展がヘッドセットを被ると、ダミーヒュージが起動してがっしょがっしょと歩きだした。そのまま彼は一旦彼女たちから離れる。

 

「まずは姫歌ちゃん。声はよく出ていたけど、もう少し後方にも注意が必要ね」

 

「後続との距離が開きすぎていたわね。突出してしまったら簡単に殲滅されてしまうのがわかったでしょう?」

 

「……はい、よくわかりました…」

 

 次に叶星は彼女の方を向く。

 

「灯莉ちゃんは隊全体の動きと連携をもっと意識する必要があるわ。思い切りの強さは武器になるのだけどね」

 

「勘が鋭い分、動きも直感的になり過ぎているのだと思うわ。気になったことは味方にも共有していきなさい」

 

「うん!今度は定盛たちにもヒュージの面白さ、教えてあげるね!」

 

 少し落ち込み気味だった姫歌に対して、彼女はまだ元気だ。

 

「紅巴ちゃんは2人とは逆に周囲を気にし過ぎね。戦局を把握するのは大切なことだけど、状況は常に変わっていくことを忘れないようにして」

 

「フォーメーションの中核になるのは貴女のように戦術理解度の高いリリィなのだから、その意識を広げられるように頑張りなさい」

 

「は、はいっ、ありがとうございます」

 

 紅巴が返事をしたタイミングで秋展も戻って来た。

 

「秋展くん、戦ってみてどうだった?何か言うことがあれば言ってあげて」

 

「ん?うっすら聞こえてたが…叶星さんと高嶺さんが言ってた通りだと思うぞ。強いて言うなら……どうあがいても俺たちはまだ駆け出しのレギオン。今は焦らず着実に地力を上げるしかねぇんだ。ってわけで……」

 

 秋展から目配せされた叶星が話題を変える。

 

「講評はこのくらいにして、具体的な戦術とフォーメーションを考えましょうか。今のグラン・エプレの要は……紅巴ちゃん。貴女よ」

 

「ああ」

 

「………はい?」

 

 紅巴当人は呆気に取られていた。姫歌も疑問を口にする。

 

「紅巴が…?姫歌がそうだとは言わないですけど……やっぱりグラン・エプレのエースは叶星様じゃないんですか?」

 

「そ…そうです!私なんかが…その、えっと…何かの間違いでは……!」

 

「果たしてそうかな?なぁ高嶺さん」

 

「ええ。ここで言うのはフォーメーション、陣形の要という意味よ。リリィ単体での戦力とはまた別な話」

 

「陣形……あっ」

 

 紅巴には思い当たる節があった。

 

「何何、どしたの?とっきー、隠れた力が覚醒して最強になっちゃうの?」

 

「いや、隠れちゃないぞ灯莉さん…」

 

「私の力と言いますか……レアスキルのこと、ですよね?」

 

「そう、紅巴ちゃんのレアスキルは“テスタメント”ね」

 

「えっ?!」

 

 叶星の言葉に驚きの声を上げるのは姫歌。

 

「紅巴、あんたテスタメントが使えるの?!」

 

「は、はい…。そう言えば、まだお話ししていませんでしたね」

 

「ねーねーあっきー、定盛ぃ。テスタメントって何?」

 

「おいおい…」

 

「あんたねぇ、リリィだってのにそんなことも知らないの?いい?テスタメントっていうのは……」

 

「確か、周りの人をぐーんっと強くするやつだよね!」

 

 

 彼女の説明が、他ならぬ灯莉の手によってバッキリと腰を折られた。

 

 

「知ってるんじゃないの!!」

 

「わざとかあんた!?」

 

 姫歌と秋展が呆れ顔で彼女を見る。

 

「えへへっ、今思い出したんだ!定盛が羨ましい〜〜って顔してたからさ」

 

「え、本当か姫歌さん?」

 

 秋展の問いに、彼女は頷いた。

 

「そうよ。テスタメントは使い手が極端に少ないレアスキルなの。そして!あの(くぉ)神琳(しぇんりん)の使うレアスキルがテスタメントなのよ!!」

 

「おお…」

 

 急に語気を強めた彼女に、秋展は少し驚く。

 

「……んで、そのリリィはどちら様なんだ…?」

 

「確か姫歌さんがライバル視している、百合ヶ丘のリリィだったかしら。綺麗なルックスの持ち主で、界隈では有名だそうよ」

 

「はい…!モデルに抜擢されたり、珍しいレアスキルを持ってたり……。さすがは姫歌の宿敵ってところですね!」

 

「へぇ、百合ヶ丘に宿敵っていうほど交流を…。意外と顔広かったんだな、姫歌さん」

 

 秋展の中で彼女の評価が一瞬上がり……

 

 

「いえ、面識はないのよ……」

 

 

「……案外そうでもなかったんだな、姫歌さん…」

 

 叶星の呟きで元に戻った。

 

「た、確かに私のレアスキルはテスタメントです。……ですが…未だに上手く扱えずに…。宝の持ち腐れです…。それにテスタメントは……」

 

「とっきー、すっごーい!ぼくたちをパワーアップさせるレアスキルなんでしょ?とっきーがいれば、ぼくたち無敵だね!」

 

「それはそうなんだが、灯莉さん。結構デカい弱点があるんだ、これが」

 

「はい……。テスタメントの使用には膨大なマギが必要になります。そのため、身を守るための防御結界が弱くなってしまうんです」

 

「正に仲間のために身を削る能力だな」

 

「それじゃ、レアスキルを展開中にヒュージの攻撃を受けたら大変じゃないの!」

 

 叶星が姫歌の発言を肯定する。

 

「ええ、そうよ。テスタメントは元から保持者が少ないのに加えて、負傷者が多い危険な役どころなの」

 

「そっかー。とっきーは命知らずで危険がデンジャラスなんだね!」

 

「その言い方、語弊あるだろ…」

 

「それに装備の特性上、騎士団の方々には効果がありません……」

 

「そこは気にすんなって。『レジスタ』も同じだし、無いものねだりはしねぇよ」

 

 騎士団のメンバーはリリィの支援型レアスキルの恩恵は受けることができず、逆もまた然り。レアスキルとEX(絶滅)スキルを、互いに相互作用させることもできないのだ。

 秋展に励まされても、彼女はシュンとした表情を変えない。

 

「でも…。私にもっと実力があれば被弾を恐れずに皆さんのお役に立てたのですが……申し訳ありません…」

 

「あー…調子狂うな…。叶星さん、言ってやってくれ」

 

「紅巴ちゃん、貴女に必要なのは自分に自信を持つことよ。そんなに素晴らしい才能を持って生まれたんですもの、胸を張って誇ればいいのよ」

 

「っ…叶星様……」

 

「それにな、何もかもをあんた1人でどうこうしようとか考えなくていいんだぜ?」

 

「貴女のことは私たちが守る。そのためのフォーメーションを一緒に考えていきましょう?」

 

「秋展さん、高嶺様…!は、はい…!よろしくお願いいたします……っ!」

 

 紅巴の隣で、姫歌は何か決心がついたようだ。

 

「無いものねだりはしない…マネージャーの言う通りね!姫歌は姫歌、神琳は神琳よ!こうなったら紅巴、郭神琳に負けないようなテスタメント使いになるのよ!」

 

「えっ…」

 

「……今、百合ヶ丘で花粉症って流行っちゃねぇよな…?」

 

 秋展の呟きは尽く無視される。

 

「で、ですが、私にはそんな才能は……っ!」

 

「……紅巴ちゃん」

 

「っ…」

 

 叶星が真っ直ぐ彼女を見つめる。秋展に視線を移すと…。

 

「気づいてるだろ?『才能』はどのテスタメント使いも同じだぜ。となれば、あんたはどうする?」

 

「……わっ、わかりました…!不肖、土岐紅巴!誠心誠意をもってグラン・エプレに貢献することを誓います!」

 

少しやる気が出たのか、彼女は笑顔になった。それを見た高嶺や秋展たちも微笑む。

 

「ふふっ。期待しているわ」

 

「…俺も、もっと頑張らないとな…」

 

「………」

 

 胸…首の下に手を当てて秋展が呟く。それを聞いた叶星は…微笑みに少し切なさを織り交ぜた。

 

「よーし!それじゃ、力を合わせて頑張ろー!景気付けにとっきーを胴上げだー!」

 

「えっ、えええぇぇぇぇぇぇーー?!」

 

 唐突に動き出した灯莉が紅巴を捕まえ、空中に投げ上げた。それをキャッチし、また投げ上げることを繰り返す。

 

「わっしょい、わっしょい!そーれお祭りだー!」

 

 驚嘆すべきは、これを1人で行っていることである。

 

「怪力…っ?!」

 

 秋展が愕然とする中、姫歌が彼女を止めに走り出した。

 

「なんでそうなるのよ?!紅巴を下ろしなさーーーい!!」

 

「お、下ろしてくださいぃぃぃぃぃ!!」

 

 広い訓練施設内に、再び紅巴の悲鳴がこだまする。

 

 





 キャラクターの掘り下げメイン回、いかがでしたか?

 ラスバレの夏祭りイベント、いいものでしたね。妖怪っぽくてカッコいい、倒し甲斐のある敵。こういうの好きなんです。
 今後も出てくれたら嬉しいなぁ……。


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第3話 流星

 神庭編第3話です。戦闘の描写が難しいな……。



 

 ある日。

 灼銅城の司令室で、秋展は隊長の桔梗と会っていた。

 

「お話とは?」

 

「ああ。君自身の活動方針を聞いておきたくてね」

 

「俺の?」

 

 彼女はいくつかの資料の束をデスクの引き出しから取り、秋展に見せる。

 

「ここ最近、君はEX(絶滅)スキルを使っていないね。これからも使わずに済ませるつもりかい?」

 

「……はい、できれば」

 

「そうかい。しかし、“あの日”から君は裏方にいた。君のスキルは覚醒者も少なく戦力として非常に有効だ。そしてガーデンから世話人に任命された以上、君は最前線に戻ったことになる」

 

「………」

 

「使うべき時、使わなければならない瞬間が必ずやってくる。そのときには躊躇なくスキルを使う。その覚悟は持ってもらうよ?」

 

「…了解しました」

 

 

 彼は司令室を後にし、廊下を歩きながら独り呟いた。

 

「…これだからあのとき、校長先生に他の隊員がいいと言ったんだがなぁ…」

 

 胸に提げたペンダントを取り出し、彼によく似た少女の写真を見つめる。

 

「俺が、お前の武器で『アレ』になっちまうのは…お前が一番悲しむんじゃねぇか…なんてな…」

 

 

 格納庫から彼の武器を取り、今日もグラン・エプレの訓練相手に向かう。

 

 

 

 

 数日後。

 グラン・エプレを含めた神庭のリリィたちに出撃命令が下る。

 

 秋展は5人と共に、桔梗が操作するバイクを横に繋げたような形の装甲車……灼銅城の簡易移動司令部、カサドール-NGC869/Mel13(ウェスト・ダブルクラスタ)の上に乗って作戦ポイントまで来た。

 

 1年生3人の様子は初戦のときよりはよく、特に姫歌は張り切っている様子である。

 

「さあ、ヒュージはどこ?!姫歌たちが相手してあげるわっ!」

 

「おやおや…」

 

「ずいぶんと気合が入ってるわね、姫歌さん」

 

 そんな彼女に、秋展と高嶺が声をかけていた。

 

「だって、フォーメーションを組んでから初めての出撃ですから!訓練の成果、試してみたいじゃないですか!」

 

「……平常心、忘れるなよ?」

 

 彼の注意も、姫歌にはあまり聴こえていないようだ。

 その様子を見ていた紅巴は…。

 

「さ、さすがです姫歌ちゃん…。私はまだ、不安の方が大きくて……」

 

「ぼくもヒュージ、早く見たいな!今日は珍しいのが見れるといいな〜。きょーちんが喜ぶやつ!」

 

「また絵を頼む、灯莉さん……っと、お客さんだぜ」

 

 

『□□□□…』

 

『…□□…』

 

 

 皆が集まっている公園に、ヒュージの群れが近づいて来ていた。以前戦ったものと同じ、犬のような形のやや小さいタイプ。

 

「噂をすれば早速、現れたようね。皆、戦闘準備を!」

 

 いつも通り指揮を執る叶星。と…。

 

「……ねぇねぇねぇ!見て見て見て!」

 

 空を指差して灯莉が声を上げる。

 

「あの大きいヒュージ、まだ見たことないやつだー!」

 

「ん…?……何だ、いかにもな形してやがるな…」

 

 秋展だけでなく、高嶺たちも彼女が指し示す方を見上げる。

 

 大きく、放射状の棘の生えた頭部を持つ、絵に描いたような星型のヒュージが悠然と空を舞っていた。

 

「……確かに1体だけ、外見が違う個体がいるわ。特型ヒュージ…というわけではなさそうだけれど」

 

「皆、油断しないで。どんな力を持っているかわからないわ」

 

「大丈夫ですよ、叶星様。この距離と編成でしたら訓練で何度もやってますから」

 

「だからな、姫歌さん。平常心を……」

 

 秋展が姫歌を宥めようとした、次の瞬間。

 

「というわけで紅巴!いつも通りにアレ、やっちゃって!!」

 

「は、はい!テスタメントですね……!」

 

「…あ?待て、今は!」

 

「少し相手の出方を……」

 

 秋展と叶星が制止するも間に合わず…

 

 

「『テスタメント』!」

 

 

 レアスキルの発動によって解放される、紅巴のマギ。そのエネルギーの波動を見逃す星型ヒュージではなかった。

 

 旋回を取りやめ急降下。体の後ろから触手が格納された胴体を展開し、その姿の通り流星となって空を切る。

 

  キィィィィィィィィイイイイイイイイイイ…

 

 

 そして……

 

 

「おわぁぁぁっ?!突っ込んで来たー!」

 

 

 猛烈な速度でもって彼女たちめがけて吶喊する。

 

「あの巨体なのに、速い!しかも目標は……紅巴さんっ!」

 

 

「あぁ……」

 

 

 眼前に迫る巨大隕石。鎌状のチャームを構えたまま、彼女はただ立っていることしかできない。

 

 

  ギュンッ!

 

 

「いやあぁぁぁぁっ!!」

 

 

 瞬間、秋展は悟る。

 

 今、スキルを使わなくては………。

 

 

(…ごめんな、秋奈…!)

 

 

  ドクン…

 

 

 彼の手にあるモルトシュラーク-コラプサー。その核たるリアクターから、血色の稲妻が漏れ出し全身を駆け巡る。

 同時に、彼の肌に黄色い光の線が浮き上がり……

 

 

 

「やらせない……っ!」

「やらせるか!」

 

 

 チャームを構えた高嶺と共に飛び出し、紅巴の前に立ち塞がる。

 

 

  ガギン!!

 

 

 チャームでもって正面から迎え撃つ2人。ガリガリと靴底でブレーキをかけながら、マギによって強化された体でヒュージのスピードを押さえ込む。

 

「高嶺様っ!秋展っ!」

 

 姫歌に呼ばれる間に、2人は紅巴まであと一歩のところまでヒュージごと後退。いくらか遅くなったところで横向きに押す。

 

 

「はあぁぁぁぁぁぁ……っ!」

 

「……っらあ!!」

 

 

 グイ、と力が込められた瞬間、ヒュージは進行方向を逸らされつつ叩き出された。

 

「たかにゃん先輩たちすっごい!ヒュージを弾き飛ばしちゃった!」

 

「あぁ、高嶺様……秋展さん…っ」

 

 2人は対照的な反応をしている灯莉と紅巴に向き直る。

 

「何をしているの、貴女たち!すぐに迎撃の準備を…すぐまた襲って来るわ!」

 

「奴をしっかり見ろ!速いぞ!」

 

 叩き出された流星型ヒュージは、その姿と図体に似合わない鋭い姿勢制御で方向転換する。

 

「はぁ……っ!」

 

 追いかける叶星は、ジャンプするや否や空中でヒュージを斬りつけた。

 気づけば、距離を稼ごうとするヒュージと、時間を稼ごうとする叶星による危険な鬼ごっこが幕を開けている。

 

「叶星様も……速い!あのヒュージの速度に追いつくなんて……!」

 

「あのなぁ…」

 

「っ!?」

 

 秋展が先に来ていたヒュージの群れを指差す。

 その手に浮かんだ光の線…同じような模様が出ている彼の顔と、黄色く輝く瞳。

 

 姫歌は息を飲む。

 

「…あ、あんた…何それ…」

 

「んなこたぁどうでもいいだろうが…!それより連中の相手だ…!」

 

「……秋展さん…?」

 

 彼女たちを睨む秋展の表情には余裕がなく、色濃い後悔が見て取れた。

 

 それは、彼の声色からも……。

 

 しかし、今は…。

 

「そ、そうよね!姫歌たちも応戦しなきゃ!あのヒュージは叶星様に任せて他のヒュージを攻撃するわよ!」

 

「か、かしこまりました!」

 

「紅巴さんは私の後ろについて。テスタメントを維持することに集中してちょうだい」

 

「は、はい……お願いいたします!」

 

 続いて高嶺が指示を出すのは彼だ。

 

「秋展くん……叶星と一緒に。お願いするわ」

 

「……ああ、だがその前に…」

 

 またもや明後日の方向に向かう灯莉を見つけた。

 

「ぼく、あっちのヒュージ見てくるねっ!」

 

「待ちなさい!」

「待ちやがれ…」

 

「のわっ?!」

 

 姫歌と秋展が彼女の肩を掴む。

 

「何すんの2人して〜。転びそうになっちゃったじゃん!」

 

「ふざけんのも大概にしとけ。わかってんのか?なぁ」

 

「あっちのヒュージは叶星様に任せるって言ったでしょ?訓練を思い出しなさいよっ!」

 

 秋展からの冷え切った怒りの声に続いて、姫歌が檄を飛ばす。

 

「あぁ、連携だね、連携!もっちろん、覚えてるよー!」

 

「…ならいい。俺は向こうに回る」

 

 冷淡な口調…落ち込んでいるとも感じられる声で呟いた秋展は叶星の方へ歩き出す。

 

「姫歌をカバーしなさい、灯莉。今日の姫歌はお姫様じゃなくて、紅巴を守る…本職も顔負けするくらい立派なナイトよ!」

 

「………」

 

 そう言って彼の方を見た姫歌だったが、別段リアクションはなかった。

 

(……なんか、ノリが変わってるわね…?)

 

 彼の雰囲気がまるっきり変わっていることに気づいていたのは紅巴も同じだ。

 

(秋展さん…何が……?)

 

 

「んじゃ…行ってくる」

 

「……ええ」

 

 高嶺と短い言葉を交わした秋展が地面を蹴り出す。燻んだ赤の稲妻を伴うそれは、叶星にすら匹敵する速度を彼の体に与えた。

 

 広い公園を駆け回りながらヒュージに喰らい付く叶星と、彼女を追う秋展の背中を見つめる高嶺。心の中で呟いた。

 

(……頼んだわよ叶星。それに、秋展くんも…)

 

 

 

 

 一方、叶星はヒュージとの過激な障害物競走を繰り広げていた。

 

「(この速度……他とは別格ね…!)だけど…っ!」

 

 僅かに距離が開く。同時に駆け抜けていく秋展を見た。

 

(秋展くん……やっぱりEX(絶滅)スキル、使っているのね…。使いたくはないはずなのに…。私も、頑張らないと……!)

 

 彼女が持つ双刃の大剣が変形する。刃が回り、スライドし……マシンキャノンの銃身を出現させた。

 

「さあ、足を止めたら蜂の巣になるわよ!」

 

 

  ズダダダダダダダダダダッ

 

 

 怒涛の勢いで放たれる弾丸。ヒュージはその弾幕から逃れるべく、姫歌たち一団がいる方とは逆に動いて距離を取ろうとする。

 

 が、その先には秋展が回り込んでおり、叶星と同じくシューティングモードのコラプサーチャームを構えていた。

 

 

「引き返せ」

 

 

  ドギャギャギャギャギャギャギャギャギャッ

 

 

 別方向からも弾幕が張られた。弾丸の雨霰に巻かれるヒュージが逃れられる方向はもはや限られていた。

 再び鋭い方向転換を見せるヒュージ。

 

 しかし。

 

「よし、掛かった…!高嶺ちゃん!」

 

 

 その先には、大きな斧型チャームを携えた彼女が立っているのだ。

 

「ようこそ、ここが貴方の死地よ……」

 

 不敵な笑みを浮かべるとともに、彼女のレアスキルが作動する。

 

 

 ゼノンパラドキサ。

 動きを読みながら高速移動する複合型能力。

 

 

 ヒュージの動向を予測し、その速度に追随して行く。その名の通り、常に“一歩先”にいる。それが彼女なのだ。

 

 

「はぁぁっ!」

 

 

 ギギギギギギギン!

 

 

 誘導された敵に超速で振る舞われる斬撃。姫歌たちはその光景に見惚れてしまう。

 

「すごい……。叶星様たちがヒュージを追い込んだのね」

 

「高嶺様もその動きを読んで待ち構えていました……!これが叶星様と高嶺様、そして1年来のお付き合いがある秋展さんとの連携…」

 

「でも、ヒュージまだ動いてるよっ!」

 

 三方を固められたヒュージは逃げ惑いながら、真上方向に活路を見出す。

 

 ロケットのごとく真っ直ぐ上がる流星。

 

 が。

 

 

「逃しはしないわ……。これで…おしまいよっ」

 

 飛び上がった叶星が浴びせる連射。その足元では…。

 

「角度、タイミング…いいわ。今よ」

 

「頼む」

 

 高嶺の近くに来ていた秋展が軽くジャンプ。その浮いた両足に、彼女は斧の側面を思い切り叩きつけ……

 

 

  ガキィイン!

 

 

 テニスラケットの要領で秋展を打ち上げた。

 

「っ!……おぉらぁぁぁぁあ!!」

 

 黄色の眼光が描く放物軌道に乗ってヒュージと合流。すれ違いざま、流星の尾…敵の胴体を横一文字に斬りつけた。

 

  ザンッ

 

『□□□□□□□!!』

 

 

  ドズゥゥゥゥゥゥゥン……

 

 

 弾丸も受けて穴だらけになったヒュージが、悲鳴と煙を巻き上げながら墜落。その頃、秋展は……。

 

 

「……あ…?あ…。あ……!」

 

 

  バサァッベキベキベキズシャァァァァッ…ボテッ

 

 

 近くの街路樹に突っ込み、枝をへし折りながら落下……もとい、着地した。

 

「やったー!叶星先輩たち、かっこいいー!」

 

「素晴らしいです…!お三方の連携プレー…。私、感動しました……!」

 

「……これが叶星様たちの連携なのね。姫歌たちもやるわよ!いつかあんな風に戦えるようになって見せるんだから!」

 

 

 1年生たちが喜ぶ一方、叶星たち3人は……。

 

『……□□…□…』

 

 地面に倒れながら、まだ呻き声を上げるヒュージを見ていた。

 

「……あれだけ浴びてもまだ活動を停止していない。速いだけの個体ではないということね」

 

 高嶺の隣に葉や枝のかけらを全身に付けた秋展が来る。

 彼の顔も目も元に戻っていた。

 

「トドメは……どうする、叶星さん。確実に息の根を止めるにしちゃ、時間がかかるサイズだ。硬いしな」

 

「このヒュージ以外にもまだ敵の群れは健在よ。フォーメーションを組み直して戦闘を続行しましょう」

 

「了解」

 

「おーっ!」

 

 灯莉が気合いを入れ直したところで、紅巴が耳の通信機に手を当てる。

 

「っ…待ってください!たった今通信が…付近に要救助者がいる模様です!」

 

「……叶星!」

 

「ええ!」

 

 高嶺と叶星が4人の方に向く。

 

「皆、ヒュージを牽制しつつ後退。グラン・エプレ、要救助者の下へ向かいます」

 

「え……で、でも叶星様!あのすばしっこいヒュージはまだ…!」

 

「向こうから攻めてこない以上は手出し無用よ。今は助けを待っている人の下へ向かうのが最優先」

 

 姫歌と叶星が会話する間に、紅巴と秋展が詳細を確認する。

 

「ですが、要救助者の位置はかなり離れています。他のレギオンか、灼銅城の部隊が向かっていると思いますが…」

 

「そのレギオンや部隊が別のヒュージに襲われたら?要救助者の中に重傷を負った人がいたら?」

 

「そ、それは…」

 

 高嶺、叶星、紅巴が話す横で、秋展はヒュージの残党を牽制しつつどこかに連絡をしていた。

 

「ヒュージを倒すだけがリリィではないわ。少なくとも、グラン・エプレはそういうレギオンよ」

 

「わかりました!」

 

 聞いた姫歌が1年生に指示を出す。

 

「灯莉、紅巴!ヒュージを寄せ付けないように撤退するわよ。速やかにこの場を離れるの!」

 

 すると…。

 

『□□□…□…』

 

 

「……どうやらその心配はいらないみたいね」

 

 ヒュージの群れが進行方向と逆に動き出す。

 

「あっ、ヒュージたちどっか行っちゃった!」

 

「向こうから撤退してくれるなんてラッキーですねっ。これで真っ直ぐ、要救助者の下へ行けます!」

 

 通信を聞いていた秋展も口を開く。

 

「もう一ついいニュースだ。隊長たちのカサドールも救助に向かっていてこの近くを通る。乗せてくれるってんで、思ってたより速く行けるぜ」

 

「ええ、そうね……」

 

 返答とは裏腹に、叶星は不安そうな表情を浮かべていた。

 

「……どうかしたの、叶星?」

 

「いいえ…何でもないわ。それより速く向かいましょう」

 

 歩き始めたグラン・エプレ。最後尾にいる叶星は、一度だけ振り向いてヒュージを見た。

 

『…………』

 

「…………」

 

 

 6人の中ほどを歩く秋展。灯莉や姫歌に面白がられつつ体に付いた枝や葉を取ってもらう。そんな彼は苦笑いを浮かべながら考えに耽っていた。

 

 

(ごめんな……秋奈。使っちまったよ……EXスキル…。俺、お前の武器で、俺の体を……

 

 

 

 

  ヒュージに……変えちまった……)

 

 

 

 

 

 グラン・エプレと灼銅城が救助活動に勤しんでいた頃……。

 

 

『□…□□………□□□□!』

 

 

 痛手を回復した星が、重力に逆らって舞い上がった。

 

 

 

 

 

 数時間後。

 グラン・エプレとその世話人が、疲れ果てて学校へと帰還した。

 

「今日は本当に大変だったわね。ヒュージとの戦闘からの救助活動……ハードだったでしょう?」

 

「はい……実はもうくたくたで…。お風呂に入ってぐっすり眠りたいですね」

 

 高嶺と姫歌が話していると、テーブルに紅茶を用意していた叶星が皆に席を勧める。

 

 置かれたカップは5つ。

 

「そうね、でももう少し我慢してくれる?」

 

「叶星様……。も、もちろんですっ。姫歌たちもグラン・エプレの一員ですから!」

 

「ふふふ…。それじゃあ、少し時間をもらってミーティングをするわね。灯莉ちゃん、起きてー?」

 

 叶星は秋展の背中で寝ている灯莉を引き剥がす。

 

「ふむ……はぁぁ〜い…」

 

 彼女が椅子に座ると、秋展はため息を吐いた。

 

「…あぁ、やれやれ…。それじゃ、俺は司令部に報告してくる。変わったことがあったら誰か教えてくれ」

 

「え?」

 

「ええ、わかったわ。今日もありがとう、秋展くん」

 

「……。こちらこそ」

 

 叶星と簡単な挨拶を交わし、コラプサーチャームを手にカフェテリアを一人去る秋展。

 その背中に、グラン・エプレの皆が言いようのない物悲しさを感じた。

 

「……叶星様、普段なら秋展も一緒にやってませんか?」

 

「うん…今日はちょっとね…。それで…」

 

「あの、ミーティングというのは、今日の出撃に関してでしょうか?」

 

 終始しょんぼりとしていた紅巴が小さく手を上げる。

 

「私、訓練通りに動けなくて……皆さんに迷惑をかけてしまいました……」

 

「紅巴…それは姫歌たちも同じよ。秋展から平常心って言われてたのに焦っちゃって……。練習ではちゃんと動けてたのに、実戦で同じ動きをするのがこんなに難しいなんて…」

 

「叶星先輩たちはすごかったよね!ぼくたちもあんな風に戦えたら、もっと面白いんだろうな〜」

 

 1年生3人の会話を聞いていた高嶺は妖しげな笑みを浮かべている。

 

「あら、今日のミーティングは反省会なの?」

 

「ふふふ。違うわ。姫歌ちゃんたちはよくやってくれたわ」

 

 叶星からの言葉に、彼女は真剣な顔を上げる。

 

「いえ、姫歌を甘やかさないでください!甘やかしたくなるくらい可愛いのはわかりますが、それは姫歌のためにはならないので…!」

 

「そちらの自信はたっぷりなんですね…」

 

「とにかく、今日のミーティングは反省会なんかじゃないわ。今日はね、グラン・エプレのサブリーダーを決めるのと……秋展くんのこと。そろそろ話しておきたいことがあるから…」

 

「え……っ」

 

「…秋展の…?」

 

 紅巴と姫歌が困惑する中、灯莉が手を上げる。

 

「あっきー呼んでこなくていいのー?」

 

「そうね…。変に気を遣われたくないから、彼がいない場所で話してほしいって言われているの…」

 

「ふーん」

 

「サブリーダーを決めた後に話すわ」

 

 叶星と高嶺は笑顔だが、2人とも眉が下がっている。

 

「わかりました…。でも、サブリーダーって……高嶺様じゃないんですか?」

 

「あら、私はそんな風に名乗った覚えはないけれど」

 

 彼女はあっけらかんと答えて紅茶を一口。

 

「じゃあ、ぼくたちの誰かがサブリーダーになるんだっ!」

 

「そんな訳ないでしょ?バカねぇ…」

 

 姫歌が灯莉にジト目を向けるが……

 

「いえ、その通りよ。グラン・エプレのサブリーダーを貴女に任せたいの。……定盛姫歌さん」

 

 

「へ……っ?」

 

 

 他ならぬ叶星の発言に、彼女は面食らった。

 

「わ……」

 

「わわーっ!すっごーい!定盛がサブリーダーなんて大出世だ〜!」

 

 彼女だけでなく、紅巴も灯莉も驚いた様子である。

 

「ま、ままま待ってください!姫歌がサブリーダーって……はあぁぁぁっ?!」

 

 当の彼女は慌てながらも言葉を続ける。

 

「じょ…冗談ですよね…?」

 

「私は本気よ。姫歌ちゃん。貴女にお願いしたいの」

 

「え……待ってください、ちょっと混乱してて……。さ、さっきも言いましたけど、立場的にも実力的にも姫歌より高嶺様の方が適任だと思うんですけど……」

 

「別にサブリーダーに立場や実力は関係ないわ。リーダーの叶星に何かあったとき、全権を譲り受けてグラン・エプレの代表として振る舞えればいいだけよ」

 

「うぐ……」

 

「ちなみに、秋展くんは勘弁してほしいと言ってずいぶん前に断っているわ」

 

「ひっ…?」

 

 高嶺の言葉に言いようのない威圧感を覚える。

 

「もう。あんまり脅かさないで、高嶺ちゃん。秋展くんは騎士団員としての立場を重んじているだけよ?」

 

「ふふふ…」

 

 彼女は楽しそうな笑みを浮かべた。

 

「そんなに重く受け取らなくていいのよ、姫歌ちゃん。1年生の中でも、姫歌ちゃんはリーダーシップを発揮してよく皆を引っ張ってくれているわ。そんな姫歌ちゃんだからお願いしたいの。引き受けてくれるかしら?」

 

「っ……」

 

 真剣さが伝わり、姫歌は息を飲む。

 

「姫歌ちゃん……」

 

「定盛、やっちゃえやっちゃえ〜!」

 

 彼女の横には、嬉しそうに笑う紅巴と灯莉がいた。

 

「っ…わかりました!サブリーダー、姫歌がお受けいたします!あと、灯莉!」

 

 立ち上がった姫歌は勢いよく振り返り、彼女をビシッと指差す。

 

「定盛じゃなくて、ひめひめ!これからはサブリーダー☆ひめひめって呼びなさい!」

 

「うんっ。わかったよ定盛!」

 

「ちっともわかってなーい!!姫歌はサブリーダーなのよ?!」

 

「お、おめでとうございます、姫歌ちゃん!…ですが……」

 

 騒ぐ灯莉と姫歌はさておき、紅巴は高嶺の方を見た。

 

「その、高嶺様はよろしいのですか?」

 

「そうね……。私の立ち位置は変わらないわ。私が立つのは叶星の隣。……ここは私の特等席よ」

 

「ひっ……!」

 

 このような少女同士の関係が大好物である紅巴には衝撃が強く、彼女は悲鳴に似た声で息を吸い込んだ。

 

「私は叶星の専属パートナーってことで。こればっかりは姫歌さんにも譲れないわ」

 

「そ、そんな恐れ多い……っていうか、姫歌には荷が重すぎますから…」

 

(そう……もちろん彼にも…)

 

 姫歌が手を振って遠慮する中、高嶺は秋展を思い出していた。

 

 ことあるごとに叶星と親しげなやりとりをする彼を、高嶺は無意識にライバル視している。

 当人たちには全くその気がなく、それゆえに遠慮ないコミュニケーションができているということも理解しているのだが、それでも彼女としては気が気でない。

 ちなみに、叶星にしてみれば高嶺と秋展はとても友好的な関係に見えていたりする。

 

「はぁっ…はぁっ…はぁっ……ちょっと土岐には刺激が強くて……。でも幸せです……!」

 

 そんなことを知る由もない紅巴は、精神的にも肉体的にも昇天に近づいていた。

 

「もう、高嶺ちゃんってば…。とにかく、これからは姫歌ちゃんを中心に1年生同士助け合ってほしいの」

 

「時として貴女たちだけで戦う……その覚悟も持ってほしいわ」

 

「私たちだけで……」

 

 その言葉に現実へと引き戻された紅巴が呟く。叶星も高嶺も秋展も別の敵を相手にしていた、今日の戦いを思い出したのだ。

 

「オッケー!定盛と一緒に盛り上げていくよー!」

 

「姫歌、可愛さの上に権力まで手に入れてしまったわ…!アイドルリリィの道を一直線よー!」

 

 灯莉と姫歌の喜びがひと段落したところで、叶星は静かに切り出した。

 

 

「……それじゃあ…サブリーダーも決まったことだし、秋展くんのことを話しておくわね」

 

「あ、忘れてましたけど…今日の秋展、なんか変じゃありませんでした?」

 

「そうね…。姫歌ちゃんたちは、騎士団の人たちもスキルを持っているのは知っているわよね」

 

「はい…」

 

「それで……彼はそれを使いたくないのよ」

 

「でも今日、なんか光ってたよ、あっきー。そっからばーんって強くなってた」

 

「ええ。あれが彼のスキル……。

 

 

 ヒュージに変身する、『アポフィス』という種類よ」

 

 

「変身…」

 

「すっごーい!あっきーヒュージになれるんだ!」

 

「今日は人の姿を保ってはいたけれど……それほどまでに、彼は使わないことにこだわっているの」

 

「どうして…でしょう…?」

 

 紅巴の疑問に、高嶺が答え始めた。

 

「彼が使っている武器にも関係があるわ」

 

「あのコラプサーチャームですか?」

 

「ええ。……彼、秋展くんには、妹さんがいたの。その妹さんがリリィで……彼のチャームは、その子が使っていたものなのよ…」

 

 

「「え……」」

 

「………」

 

 

 言葉の裏を察した紅巴と姫歌の声が重なる。灯莉は無言だが、意味するところはわかっている。

 

「彼の妹さんは、ヒュージと戦って……。だから、彼はヒュージに変身する自分の力の源を、あのチャームにしていることに…言い表せないほどの矛盾を感じていると話していたわ」

 

 

 

 

 アンテナ等が立ち並ぶ、灼銅城司令部の屋上。柵に肘を置き、秋展は沈んでいく夕陽を眺めながら回想していた。

 

 

  …………

 

 

『おにぃ……お母さんは…?お父さんは…?』

『秋奈……っ!ごめん……ごめんな……!!』

『……う、うそ……!やだ…やだぁ…!!』

『うっ…これから……2人で…頑張っていこうな!大丈夫だ!お兄ちゃんは…っ!お兄ちゃんはずっと一緒だ…!!』

『う……うわぁああああああああ!!』

 

 

  …………

 

 

『鈴月くん、君には負のマギへの耐性があることがわかった。それもかなり高いレベルでね。妹さんは、平均以上のスキラー数値を持っている。……どうかな、この病院の近隣にあるガーデンに頼んで、君は騎士に、妹さんはリリィになって生活する……というのは』

『……。もう…頼れる大人はいません…。そうしてください、先生』

『うん……わたしも……』

 

 

  …………

 

 

『もしもし、お兄ぃ?』

『おう、どうした秋奈』

『この前の訓練でさ、教官にすっごい褒められたんだー!』

『そうか!よかったな』

『うん!お兄ぃはどう?修行、順調?』

『ああ。今、百合ヶ丘ってところに来てるんだけどな、ここの人たち皆すごくて。ついて行くのがやっとだぜ…』

『あ、そこ有名なとこだよ。大変なの当たり前じゃん』

『まあわかっちゃいたけど…。配属先決まったらまた電話するからな』

『うん!お兄ぃも頑張ってね!』

 

 

  …………

 

 

『…ってわけで、私もついに中等部生!正式なリリィになったよ、お兄ぃ!』

『おめでとう、秋奈!俺も配属先、決まった。神庭女子藝術高校ってところだ』

『え……ちょっと待って。___ちゃん、神庭女子ってどこのガーデン?……は!?東京?!がーーん!そんなの滅多に会えないじゃん!!お兄ぃのバカぁ!!』

『そうだな…。まあ、今度お祝いしてやるから遊びに来いよ』

『美味しいご飯奢ってくれなきゃヤだよ!』

『はいはい……。もう切るぞ、じゃあな』

 

 

  …………

 

 

『これが君のカタフラクト。君の得意な近接戦仕様だ。スキルに合うように調整してあるから、丁寧に扱ってあげるようにね』

『了解です、隊長!』

『さて、君の正式入隊を祝って……カラオケにでも行こうか』

『……はい?!』

灼銅城(うち)では恒例行事だよ。皆で行くんだ。リリィに内緒で焼肉とかにもね……』

『うわぁ……』

 

 

  …………

 

 

『これが…ヒュージの体……!父さん、母さん…俺は、この力で……必ず…!』

 

 

  …………

 

 

『がーーん!ごじゅってん!!こうなったらもう1回…!』

『もういいだろ。何回延長すりゃあ気が済むんだ?』

『だってだって!キー同じなのにやる気のないお兄ぃの方が点数高いなんて納得いかないもん!』

『お前なぁ…。晩飯、俺が持ってる缶詰めになってもいいのかよ…』

『いいじゃん、偶にしかないお兄ぃとの息抜きなんだよ!奮発してよぉ!』

『こっちはお前に美味いもん食わせてやりてぇの!』

『っ?!狡い!うぅ〜〜〜……』

『わかったらほら。行くぞ』

『だぁあもう!わかったよ!その代わりとびっきりのとこ連れてって、私を満足させて!!』

『ああはいはい、了解だ』

 

 

  …………

 

 

『何だこりゃ』

『ペンダントだよ、見ればわかるでしょ』

『そうじゃねぇ。俺は中身を言ってんだ』

『お兄ぃ、約束したでしょ?ずっと一緒だって。お兄ぃが約束守れるようにしてあげてるの。感謝して。はい、つけるつける!』

『……ああ、妹とお揃いのペンダントしてるとか部隊の仲間に知られたら、何て冷やかされるか…』

『その時は……私を自慢して!お兄ぃ!』

 

  …………

 

 

  …………

 

 

『失礼いたします。ガーデン______の者ですが、涼月秋展殿はいらっしゃいますか?』

『涼月は俺ですが…』

『なるほど……。では、こちらの書類を……』

『…?………なっ…?!こ、これは……何の冗談で……』

『…………』

『そ……ん、な……』

『妹君は……“ルナティックトランサー”を存分に発揮し、最期まで勇敢に戦われたと、妹君の同僚、___さんから聞いております…』

『…あ…ぁ……』

『……心よりお悔やみを』

『あ……

 

 

 あああああぁあぁああぁああああぁ!!』

 

 

  …………

 

 

『困るよ君。そんな自爆みたいな攻撃、繰り返されちゃ。装備を丁寧に扱うように言っただろう?』

『治癒なんてせずもう放っといてくださいよ隊長!!俺はあいつと一緒の場所に…!』

『バカだな君は!無駄なことして死んだ君を!あの世で妹さんが快く迎えてくれるなんて思ってるのかい?!甘いんだよ、考えが!!』

『っ……!』

『…はぁ。とにかく、装備は交換だよ。リアクター以外丸ごと全部だからね』

 

 

  …………

 

 

『君の新しい装備……ああ、言っとくけど私は何も提案していないよ。偶然は時に侮れないよね』

『………“モルトシュラーク”……。この製造番号は……。戻って来てくれたのか……秋奈…。でも…俺は……俺の力は……っ!』

 

 

  …………

 

 

『ふぅ…ありがとう。鈴月くんに相談したらすっきりしたわ』

『そりゃあ何よりだ。これからも遠慮なく来てくれよ今さん。俺は裏方の相談役で暇だからな』

『ええ。それじゃあ、またね』 

 

 

  …………

 

 

『貴方、ずいぶん叶星と仲がいいのね』

『ん…?ああ、あんたが宮川さんか。どうだい?これから偶には、今さんと一緒に相談、来てみても……』

『………。そうさせてもらうわ』

『おう。いつでも歓迎するからな』

 

 

  …………

 

 

 

 

 

 傍らに立て掛けていたコラプサーチャームを拾い上げる。刃に映るのは、見るに堪えない表情であった。

 

「……酷ぇ面だな…」

 

 また夕陽に視線を移す。

 太陽の輪郭、その端が今にも大地の向こうに消えそうだ。東の空は夜の帳に覆われ始め、金星に見下ろされていた。

 

「……秋奈…。俺は…どうすりゃあいいんだろうな……」

 

 鈍く光るリアクターを見つめながら呟く。

 

 と………

 

 

 

 

「決まってんでしょ、そんなの!!」

 

 

「ぎょわっ?!」

 

 

  ガツンッ

 

 

 突如真横からかかった声に驚き、勢いよく振り向いた彼はその拍子にアンテナの1本に頭を打つ。

 

「うわ…痛そ…」

 

 その声の主は……

 

「うぅ〜……。急に何だ、姫歌さん…。こんなとこまで…」

 

「情け無いったらないわ!一人でうじうじ悩んでこんなとこで黄昏てるなんて!」

 

「……わかっちゃいるんだよ…。けどな、俺は……」

 

「ほらまたそうやって!はっきり言ったげるわ!あんたはシスコン末期患者よ!!」

 

「ぐはぁっ?!い…言うじゃねぇか……」

 

「あんた、そんなんでいいわけ?!兄としてそんな姿、妹さんに見せれるの!?」

 

「それでも……それでもなぁ……ヒュージになるよりはマシだって……」

 

「バカ展!!」

 

  パァン

 

 頬から鳴る小気味のいい音。

 気づけば、秋展は姫歌の平手打ちを受けていた。

 

「……んな…」

 

「どうしてそう後ろ向きにしか考えられないのよあんたは!?あたしたちを見るときはアホなくらい前向きなくせに!」

 

「っ…」

 

「ヒュージになるよりうじうじしてる方がマシ?!そんなわけないでしょ!!あんたは兄で、妹よりいつも一歩先にいなきゃいけないの!妹っていうのはね!ずっとあんたの背中を見てるもんなのよ!今だって、これからだってね!」

 

 姫歌は真っ直ぐ腕を上げて天を指差した。つられて見上げる秋展。視線の先には一番星が煌めいた。

 

「……今も…秋奈が……」

 

「シスコンならシスコンなりに、無条件に妹を信じなきゃダメでしょうが!うじうじしてるより……明るく過ごしてるあんたの方が好きなんだって!!前向きに!!」

 

「………」

 

「ヒュージになったあんたでも褒めてくれる!それくらいまで信じてあげなきゃダメよ、お兄ちゃんを名乗るなら!」

 

「………あ…」

 

 

 

  …………

 

 

『うわー。この写真…ヒュージになったお兄ぃ?』

『ん?…あ、ああ…。その…なんかごめんな…』

『なんで?カッコいいよお兄ぃ!』

『いや、そういう問題じゃねぇよ…。ほら、母さんも父さんも……さ…』

『……うん、そう…だけど。ヒュージがいなくなったら、お兄ぃはこうならなくてよくなるんでしょ?なら、それまで頑張ればいいんだよ!』

『……。強い妹を持ったな、俺は』

『当然!私はリリィなんだから!』

 

 

  …………

 

 

 彼は自嘲気味に笑った。

 

「ははっ……そうだよな…そうだったよな……忘れてた……。秋奈は…そういう妹だったぜ…」

 

「ほら見なさい。結局あんたは、お兄ちゃんとしては三流に落ちてたのよ」

 

「……。そうだったんだな。俺は…自分を…見失なってたのか…」

 

「今更気づいたのね。あんたはあんたで、どっしり構えてなきゃ兄の肩書きが泣くのよ!全く、世話の焼ける世話人だこと…」

 

「ああ…悪かった。気合い入れ直さないと、だな。……姫歌さん」

 

「何?」

 

 

 

「もう一発、くれねぇか?」

 

 

 

「………!?」

 

 真剣な顔で左頬を近づけてくる秋展に対し、姫歌の目は点になった。

 

「は?!何!?レアスキル『シスコン』かと思ったら今度はトンデモスキル『マゾ』に目覚めたのあんた?!」

 

「んなわけねぇだろ!?ただ気持ちの問題で……こう、な?頼む!」

 

 ゆっくりと距離を詰める彼。姫歌はただ後退りするしかできない。

 

「ちょっと!気持ち悪いわ!近づかないで!」

 

「寂しいこと言うなよ。ほら、早く!」

 

「嘘でしょ!?サブリーダー☆ひめひめの最初の仕事がマネージャー二度も引っ叩くとかイヤよ!」

 

「サブリーダー?!なら尚更だ、カツ入れてくれ!!」

 

「い……いやぁああ!!誰かぁああ!!」

 

 

 

 物影からは、グラン・エプレのメンバーと灼銅城隊長、桔梗が見守っていた。が、姫歌はそのことを知らない。

 

「これでまた、交流が進みそうね。高嶺ちゃん」

 

「ふふっ。そうね、叶星」

 

「と、止めなくていいんでしょうか……?」

 

「大丈夫だよとっきー!ほら、あっきーも定盛も楽しそう!」

 

「……そうは見えませんが…」

 

「屋上への立ち入り許可、ありがとうございます。桔梗さん」

 

 叶星は笑顔で彼女の方を向いた。

 

「大したことはないさ、叶星さん。前線に戻った部下があれでは、隊長として示しがつかないからねぇ。むしろ、姫歌さんには苦労かけたよ……」

 

「あ、あの……現在進行形のようですけど……」

 

 そう言う紅巴も含め、誰も2人の方に行かず成り行き任せにしている。

 

 

 半ば泣きながら、壁際まで追い詰められた姫歌は……彼の顔面へついに平手打ち第二波を繰り出した。

 

「どっか行ってぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

 

  バッチィィィィィィィィン!!

 

 

 先程とは比べ物にならないほどに鋭く速い一撃が炸裂。

 

「これだぁあああああああああ!!」

 

 

 歓喜とも悲鳴とも取れる叫びが、薄明の空にこだまする。

 

(秋奈…見ててくれ…!お兄ちゃんは絶対に……!)

 

 一番星に続き、他の星々も天を彩り始めた。

 

 




 超ありがちな設定です、はい。
 でもこれくらいのほんのりとしたシリアス具合が、このガーデンの雰囲気には合ってると思うんだ……。
 
 なお、アンダーラインの部分に当てはまるガーデンや人物の名前は特に設定していません。



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第4話 1年生の悩み

 神庭編の続きです。またオリジナルキャラクターが増えます。



 

 灼銅城司令部の地下。

 格納庫で秋展が武器の手入れをしていると、もう1人の隊員も入ってきた。

 

「………」

 

「お、(なつめ)か」

 

 スラリとした体格の青年……待宵(まちよい)(なつめ)は、自身の武器である紅いパワーアシストアーマー、カタフラクト3C-295を身に纏っている。両腰には反りのある剣、ヘルメットには笠のようなセンサーユニットを追加している、軽装の鎧武者風の機体。

 背中と両肩には、針状の細長い棒が何本も収められた装甲パネルが合計4つ付いている。

 開かれたフェイスガードの下には鋭い目つきの顔と、濃いグレーの髪があった。

 

「動作確認だっけ?どうだった?」

 

「……問題ない」

 

 静かに、低い声で返答した棗。機械鎧に繋いだタブレット端末のデータを見ながら、秋展の隣に座る。

 

「……。吹っ切れたと聞いた」

 

「え…?ああ、EXスキルのことか。まあ……使うことに躊躇いがなくなったわけじゃねぇけど…覚悟はできたぜ。ただ…それ以上の問題があるんだよな……」

 

「……?」

 

 

「……ここ1年、ロクに使ってなかったもんだから……出力がかな〜〜り低下しちまってるんだ…」

 

 

「……。そうか」

 

 棗は淡々と返答し、タブレットから投影された立体映像を確認していく。

 

「確か棗も世話人だったよな。もう現場でお前を頼るわけにもいかねぇのにこのザマじゃあ…」

 

「……。昨年同様、必要があればグラン・エプレの援護はする」

 

「えっ、本当か?!」

 

「俺のいるレギオンが、グラン・エプレの援護に回ることができるなら。……提案の一つとして、進言する」

 

「あー……なるほど…」

 

 苦笑いを浮かべる秋展を、棗は不思議そうに見つめた。

 

「……?」

 

「…いや、皆助かるんだけどな?一人、何かしら言いそうなメンバーがいるもので…」

 

「そういうフォローはお前の得意分野。お前ならできる」

 

「応援ありがとよ」

 

 棗は立ち上がり、格納庫の奥へ向かっていった。礼とともに見送る秋展が呟く。

 

「……あいつ、今ので今日1日分喋ったんじゃねぇか…?」

 

 棗が5分以上喋った日には、灼銅城の中で“演説会”があったと話題になる。それほど、彼の口数は少ない。

 

 

 

 

 数時間後。

 近隣にヒュージの群れが出現し、グラン・エプレを含む複数のレギオンが学校から出撃することとなった。

 とある公園に、ヒュージの叫び声や銃声が響いている。

 

「紅巴!詰めるのが遅いわよ!」

 

「は、はい!申し訳ありません…!」

 

 ヒュージに銃撃を浴びせるグラン・エプレの1年生3人組。先頭に立つ姫歌が指示を飛ばしていた。

 

「灯莉は逆に早く前に出過ぎ!姫歌の合図があるまで待ってなさいって言ったでしょ?!」

 

「だってあのヒュージ、初めて見るやつだもん!もっと近くで見るー!」

 

 灯莉は姫歌の言うことを聞かずに、弓矢のような形になっていたチャームを馬上槍の形に戻して先に走っていく。

 

「動物園に来てるわけじゃないのよ?!戻って来なさーーいっ!!」

 

 すると……。

 

「あっきー放して!もっと見たいぃ!」

 

「ちょっとスタイリッシュな形してるだけのヤツの観察と自分の命、どっちが大事かよく考えてみろっての!」

 

「命懸けで観察するっ!」

 

「詭弁ぬかすな!」

 

 秋展の脇に抱えられて灯莉が戻ってきた。

 

「助かったわ秋展!灯莉、一人でどっか行こうとするの、いい加減やめなさいよ!」

 

「だって〜」

 

 話している間に、彼女たちが相手をしていたヒュージの群れに別方向から攻撃が入る。

 

「あっ、他のレギオンもやって来たようです。私たちも続いた方がいいかと……」

 

「そうだな。……ありゃあ棗がいる隊か…」

 

 秋展は彼の姿を見た。棗がリリィたちの後ろで、反りのある剣の柄を接合して弓の形にし、装甲パネルにある棒を矢として放つ。

 

 剣の先から血の色をした光線が伸びて矢の後ろにエネルギーを溜め、指を放すと極小スラスターから噴射。

 赤熱化した矢じりをもって放たれたそれはヒュージに突き刺さると、体内に負のマギのパルスを送ってダメージを与えつつ麻痺させる。

 その隙を突いて確実に撃破していくリリィたち。

 

 グラン・エプレの3人の活動は、今回は地味な結果で終わりそうだ。

 

「あーもうイヤ!姫歌が活躍するはずだったのにぃぃ!!」

 

「今日も元気だな、サブリーダーひめひめさん?」

 

「むきぃぃいっ!!」

 

 走りながら文句を言う姫歌を茶化す秋展。彼女はキレ気味になりながらヒュージへと突撃していった。

 

 

 

 しばらくして。

 

「はあぁぁぁぁぁぁ……」

 

 学校内のラウンジ…そのカフェテリアに、盛大なため息がこだまする。声の主である姫歌はがっくりと項垂れていた。

 そこへ……。

 

「どうしたの?姫歌さん。出撃から戻ったと思ったらそんなに大きなため息を吐いて……」

 

「まあ何にせよお疲れ様。ほら、労いのレモンティー。キャラメルもオマケだ」

 

 3人分の紅茶セットを持った秋展と高嶺が現れた。トレーには少量の茶菓子にキャラメルが追加されている。

 

「あ、高嶺様……と秋展…」

 

「何か悩みがあるのだったら聴かせてもらうわよ。私たちでよければ、だけれど」

 

「いえ……。今日って姫歌がサブリーダーになってから初めての出撃だったじゃないですか」

 

「ああ」

 

「そう言えばそうだったわね」

 

「つまり、新生グラン・エプレの初陣だったわけですけど……なんていうか、思ってたような成果が上げられなくて……」

 

 シュンとする姫歌に、高嶺は笑顔を向けている。

 

「でも、ヒュージは撃退できたでしょう?街への被害は少なかったし、他のレギオンや灼銅城とも連携できたと思うけど」

 

「実際、評判よかったぞ」

 

「それは……叶星様と高嶺様が前線で頑張ってくれたからで……」

 

 今回の布陣では、最前線で2人が引きつけつつ敵を弱体化し、後方から1年生たちと秋展で迎え撃つプランを取っていた。

 

「それに私たち(グラン・エプレ)は神庭のトップレギオンですから。他のレギオンの力を借りなくても任務を完遂できたはずです」

 

 彼女は俯いて本音を溢した。

 

「上手くやれる自信があった分、なんだか自分が不甲斐なくて……」

 

 すると。

 

「ふぅん?……へへ…」

 

「ちょっと?何笑ってるの秋展……」

 

「ふふっ」

 

「高嶺様も?」

 

「いえ…。姫歌さんらしくないわね」

 

「なぁ?」

 

「う……。姫歌もそう思います……思いますけど……」

 

 姫歌は口籠もってしまった。彼女自身、頭ではわかっているのだ。

 

 と、大量の菓子を持って灯莉がテーブルに乱入する。

 

「おお?!」

 

「どんまい、どんまい!元気出しなよ、定盛!」

 

「灯莉……あんたいたの」

 

「いつも唐突に現れるよな……」

 

「っていうか、あんたの勝手な行動も原因の一つなんだからね!サブリーダーの命令を聴きなさいよ!」

 

「わかった。次から頑張る!」

 

 元気のいい返事。しかし。

 

「…ホントにわかってんだろうか……?」

 

「くっ、反省の色が見えない……!」

 

 秋展の額には不安から汗が流れ、姫歌の頭上には怒りマークが幻視される。

 

「ふふふ……」

 

 対して高嶺は相変わらず妖艶な笑みを浮かべていた。そんな彼女に、灯莉が話題を振る。

 

「それにしても、やっぱりたかにゃん先輩はすごいよね!今日も叶星先輩と息ぴったりだったよ!」

 

「毎度のことだがな」

 

 秋展は、2人の連携が乱れた場面に遭遇したことは未だかつてない。それは戦闘以外の日常のひと時でも……。

 

「そういえば、今日はお2人に前衛をお任せしたのよね。そんなにすごかったの?」

 

「そりゃあもう!定盛にも見せたかったなー。そうだ!ねぇねぇ、たかにゃん先輩!ちょっとご質問いーい?」

 

 灯莉は勢いよく手を挙げた。

 

「あら、何かしら?」

 

「どうやったらあんなにバッチリ息が合うの?もしかして、叶星先輩とテレパシーで通じ合ってる?」

 

「お…。あり得そうな話だな」

 

 ジト目の姫歌がすかさずツッコミを入れる。

 

「あんたたちねぇ…。お2人はエスパーじゃないのよ?」

 

「いやマジな話、ここに関しちゃ現実味がある」

 

「ふふっ…そう。あながち間違いではないかもね」

 

 そう言って、彼女は優雅に紅茶を口にする。

 

「えっ…?」

 

「ほら見ろ、やっぱりだ」

 

「ほんとほんと?!すっごーい!エスパーリリィだ!」

 

 驚愕する姫歌の横で、秋展は予想通りと言いたげに彼女に目を向け、灯莉は喜んでいた。

 

「えっ…そ、そんな…。エスパーでアイドルのリリィとか属性が渋滞するんですけど…!」

 

 高嶺はカップを置いて静かに語る。

 

「エスパーか……。まぁ、叶星に関してだけ言えばそうかもしれないわね。私と叶星の実家が隣同士だっていうのは教えたかしら?」

 

「えーと、いつだったか紅巴が熱く語ってた記憶が……」

 

「ん…?そんな情報、どっから仕入れてんだ?あの人……」

 

 秋展の疑問は会話の流れに押し流された。

 

「それじゃ、2人は幼馴染同士なんだね!」

 

「えぇ。元々は母親同士が親友だったの。それで文字通り、生まれた時から一緒に過ごしてきたわ。お互いに一人っ子だったけれど、まるで姉妹のように育ったの」

 

 彼女はもう一度カップを手に取って、紅茶の液面を見つめる。

 

「いえ、きっと実の家族よりも共に過ごした時間は長いでしょうね。そうやって、同じものを分かち合ってきたわ」

 

「なるほど…。そんなに一緒にいると、自然と息が合うものなんですね」

 

「ええ。だから叶星のことなら何でもわかるわ。たぶん、叶星もそうだと思う」

 

 すると、灯莉が奇妙なことを口にした。

 

「そーいえば、たかにゃん先輩と叶星先輩って“マギの色”が似てるもんねー!」

 

「!」

 

「マギの……色…?」

 

 はっとする秋展の横で、高嶺は困り顔になっていた。彼女が言っていることがよくわからないのだ。

 

「何よそれ。灯莉、そんなのが見えてるの?」

 

「あれー?他の人たちには見えてないの?色っていうかね、なんかオーラみたいな感じ?いつもは見えないんだけど、偶にぼわわ〜んってしたのが見えたりするんだよっ!」

 

「ぼわわ〜ん…って…」

 

「うふふ。灯莉さんらしい表現ね」

 

 呆れる姫歌と微笑む高嶺を交互に見た秋展は、灯莉と目を合わせる。

 

「……なあ、灯莉さん」

 

「何?あっきー」

 

「俺たちは…騎士団はどう見えてんだ?その、マギの色ってのは」

 

「あー!あっきーたちはみんな同じに見えるよ!だから仲良しなんだね!」

 

「……なるほど。決定だな、こりゃ…」

 

「何がよ?」

 

 紅茶を喉に流し込んで、姫歌の疑問に答える。

 

「稀にいるんだよな。リリィと騎士…両方の特徴を持ってる人ってのが」

 

「あら、そうなの?」

 

「え、じゃあ何?灯莉って騎士団にも入れるってこと?」

 

「いや、普通は無理だ。リリィとしての適性…というか性質の方が顕性だからな。俺たちの装備には適応できねぇ」

 

「顕性って何?」

 

「特徴を決定する二つの因子を持っている時、片方だけが表に出てくることだ。リリィになる因子と騎士になる因子を同時に持ってるなら、リリィになる因子の方が働くってわけだな」

 

 姫歌に説明していた秋展は、灯莉の方に向き直る。

 

「あんたの場合、騎士になる方もほんのちょっぴり機能してるんだ。騎士団員のスキルには、マギの存在と流れを可視化するってのがある。リリィの因子がなかったら、そのスキルを持った騎士になれてただろうな」

 

 騎士団メンバーの体に流れる負のマギは、リアクターから供給される、ある程度規格化されたものであるため同じように見えるのだ。

 

「ふーん。じゃあその人たちにもたかにゃん先輩と叶星先輩のマギ、似た色に見えてるのかな?」

 

「ああ、たぶん」

 

 聴いていた高嶺は喜びに顔を綻ばせる。

 

「そんなふうに見えてるのだとしたら嬉しいわ。私と叶星がそれだけ近しい存在ということでしょう?」

 

「あはは…。紅巴が聞いたら卒倒しそうなセリフね…」

 

 姫歌の口から呆れ気味の笑いが溢れた。

 

「でも、高嶺様たちにそんな絆があるんじゃ、姫歌たちがお2人のいるステージに到達するのはまだまだ先になりそうね……」

 

 不安そうな彼女を、灯莉と秋展が元気付けようとする。

 

「落ち込まないでよ、定盛ぃ!ぼくたちもこれから仲よくなればいいんだよ!」

 

「マネージャーの存在も忘れるなよな、ひめひめさん!何のために俺がいると思ってんだ?」

 

「そうだ!たかにゃん先輩たちみたいに、ぼくたちも一緒に過ごして、一緒のものを食べようよ!」

 

「はぁ…?」

 

 姫歌が呆気に取られている間に、灯莉が話を進めていく。

 

「ぼくね、ぼくね!ケーキが食べたい!駅前のスイーツバイキング、行こ!」

 

「ほう…そいつは当然…?」

 

「もっちろん、定盛の奢りで!」

 

「へっはっはぁ!ゴチになります!」

 

 秋展もその提案に食いついた。

 

「はぁぁぁぁぁ!?どうして姫歌があんたたちに奢らなきゃいけないのよ!あと秋展!笑い方がなんかゲスい!」

 

「えー、だって定盛ってばサブリーダーじゃん。上に立つからにはイゲンを示してもらわないと!」

 

「全くだぜ!」

 

「ねー、たかにゃん先輩っ♪」

 

「ふふふ……大変ね、サブリーダーさん」

 

 高嶺は紅茶片手に微笑むばかり。

 

「あー!ちょっと、高嶺様まで!」

 

「ねぇ!奢って奢って奢って奢ってー!マカロン、ムース、モンブランにガトーショコラ!」

 

「チーズケーキは外せねぇなぁ…!あとナッツとドライフルーツのパウンドケーキもあったよな。あれは押さえておかねぇと……」

 

「秋展…あんた…!」

 

「そうだ、叶星先輩ととっきーも呼んでこよーっと!」

 

「え……っ」

 

「隊長も誘うか?ああ見えて甘党なんだ」

 

「そうなの?じゃあきょーちんも!」

 

「ちょ…」

 

 秋展と灯莉のノリが完全に合い、終いには……。

 

「皆ー!定盛がケーキバイキング奢ってくれるってー!」

 

「さあ寄ってらっしゃい!定盛姫歌の大盤振る舞いだぁ!」

 

「ま、待ちなさい灯莉、秋展!!あたしは奢るなんて一言も言ってなーーーい!!」

 

 彼女をまるっきり置いてけぼりにして、周りの注目も集め始めた。

 

 

「……ふふふ」

 

 怒っている姫歌が笑いながら逃げる秋展と灯莉に鬼ごっこを仕掛けた。その光景を高嶺が見物している。

 

(ただ一緒に戦うだけではなく、お互いの弱さを曝け出しながらぶつかり合い、支え合っていく仲間……。私と叶星の2人だけではできなかったこと。それが、このレギオンならできるはずだわ)

 

 彼女は確信した。

 

(この調子なら、1年生たちはきっと大丈夫。後は……)

 

 次に考えるのは、自分たちのことだ。

 

(私たちも変わらないと……。昔のことに縛られていては、前へ進めないわよ。ねえ…叶星……)

 

 

 

 翌日、夕方の遅い時間。

 広い屋内訓練場を、一人駆ける紅巴の姿があった。体操着のような訓練用制服に汗が滲んでいる。

 

「はぁっ……はぁっ……」

 

 既にかなりの時間走っているものの、ランナーズハイに至る前に体力が尽きそうだ。しかし…。

 

「…あと6周…っ!」

 

 自らに鞭打って走り続ける彼女を、そこまで突き動かしているのは…。

 

(苦しいけれど……でも、頑張らないと……!)

 

 決して、前向きな感情ではなかった。彼女の脳裏に過ぎるのは、グラン・エプレや秋展の背中。

 

(姫歌ちゃんはサブリーダーとして頑張ってるし、灯莉ちゃんも私なんかよりずっと活躍してる……!ここぞというときのフォローも、秋展さんに任せてばっかり……!)

 

 不安から、彼女はきゅっと目を閉じた。

 

(このままじゃ、私だけ足手まといに……!)

 

 

 

 その頃、叶星と秋展も訓練場に向かっていた。高嶺も交えて今後どうするかを話していると、叶星に連絡が入ったのだ。

 

「本当かしら?もうすぐ訓練場が閉まるのに、まだ残ってるグラン・エプレのメンバーがいるなんて……」

 

「だからこそ、今日鍵当番で見回りしてた棗から、あんたに直接連絡が来たんだろ」

 

「そうね…。棗くん…か。貴方と彼には本当によく助けられていたわ。戦場では棗くん、学校では貴方に」

 

「まあ去年のグラン・エプレ(あんたたち)は誰が見ても不安だったからなぁ…。けど実際、あいつのサポートは心強かったんじゃねぇか?」

 

「ええ」

 

 訓練場に入りながら、彼女が言葉を続ける。

 

「実のところ、ここに来る前から騎士団の人たちにはお世話になっていたわね」

 

「ああ、前話してたやつだっ……とお?!」

 

「!」

 

 

「っ?!きゃあああっ!!」

 

 

 場内に入った瞬間、真横から現れた人影。彼女は秋展たちを躱そうとしてつんのめり、転びそうになる。

 

  ガシッ

 

 そこを叶星が支えた。

 

「っと……紅巴ちゃん、大丈夫?」

 

「……え?」

 

 ぽかんと彼女を見上げる紅巴。転びはしなかったものの、膝を打っていた彼女はされるがままに引き起こされる。

 

「よかった、怪我はなかったようね」

 

「ふぅ…驚かせてくれるぜ…」

 

「か、叶星様と秋展さん……!」

 

「ダメよ、紅巴ちゃん。チャームを使った訓練ではなくても、誰も見ていない場所で激しい運動をしたら危ないわ」

 

「オマケに時間一杯までやるこたぁないだろ?あと何分かでここに鍵かかるぞ」

 

「す、すみません叶星様、秋展さん…。姫歌ちゃんたちと訓練をしていたのですが、私だけ居残りをさせていただいておりまして……」

 

「…おい、まさか……」

 

「放課後から……今まで?」

 

「は、はい……」

 

「……マジかよ…」

 

 頭に手を当てた秋展。叶星は紅巴を軽く叱る。

 

「ダメじゃない、そんなオーバーワーク。ちょっと失礼するわね」

 

 そう言って彼女はしゃがみ、紅巴の太腿や脹ら脛を触り始めた。

 

「えっ、叶星様…?」

 

「んー、やっぱり筋肉疲労で足がパンパンね。ちゃんと水分は摂ってた?」

 

「お、お待ちください…!そんな、叶星様が私の足をさ、触って……ひゃあぁっ?!」

 

 くすぐったさと叶星とのスキンシップに、思わず声が出る紅巴。そうこうしている間に、秋展が彼女の荷物を持って来る。

 

「ほらよ。水筒は空っぽだぜ」

 

 叶星は立ち上がり、彼が持って来たバッグなどを受け取った。

 

「今日の訓練は終了よ。荷物は私が持つから外に出ましょう」

 

「そ、そんな!畏れ多いです!自分で支度しますから……っ!」

 

 荷物に手を伸ばそうと一歩踏み出した瞬間、彼女は床にバタリと倒れ込んだ。

 

「おぉい?!大丈夫か紅巴さん!!」

 

「ひっ……あ、足が攣って……ひぃぃぃっ!」

 

 右脚を押さえ、目に涙を溜める。

 

「はあ……やっぱりね…」

 

「よーしよし、座って…深呼吸しながら膝をゆっくり動かして……そうそう、よーし…」 

 

「ひぇぇぇ…」

 

 秋展に上体を起こされ、アドバイスを受けながら縮み上がった筋肉を元に戻していく紅巴。

 

「ううぅ……申し訳ありません…」

 

 彼女はなんとか立ち上がり、呆れている叶星に謝罪する。

 

 

 訓練場の外に出て、ベンチに座る紅巴に叶星が処置を施していた。紅巴の左隣には秋展が座って、棗に連絡する。

 

「……ああ、今終わったから……そう、適当なタイミングで鍵かけに来てくれ。頼む」

 

「……はい、これで処置完了よ。まだ動かすと痛いと思うから、少し体を休めましょう」

 

「あ、ありがとうございますっ」

 

 紅巴はしゅんとして俯いた。

 

「叶星様にこんなことをやらせるなんて……。灼銅城の皆さんにも迷惑をかけてしまって……本当に申し訳ありません…っ!」

 

 頭を下げる彼女の右隣に座る叶星。

 

「もう、そんなことで謝らないで」

 

「ああ。俺たちにとっちゃこんなん、普段の仕事の内だからな」

 

「でも、相談もせず一人でオーバーワークしたことは反省してもらおうかな」

 

 にこやかにそう言ってのける彼女に、秋展は軽く戦慄を覚えた。

 

「笑顔が怖いぜ叶星さん……」

 

「も、もういたしませんともっ!この魂に誓って!」

 

「ふふっ……だったら許してあげるわ」

 

「あんたはいちいち大袈裟なんだよ…」

 

「でも、どうしてこんなになるまで頑張ったの?紅巴ちゃんは元から頑張り屋さんだとは思ってたけど、これはちょっとやりすぎじゃないかしら?」

 

「確かに、普段から慎重なあんたらしくはなかったかもな」

 

「え……あっ、こ、これは……」

 

 口籠もった彼女に、叶星たちは微笑みかけた。

 

「話しづらいなら、無理しなくていいわ。でも、私たちはいつでも紅巴ちゃんの味方だって覚えていて。困ったことがあったら、相談してくれると嬉しいな。そのための世話人もいることだし」

 

「おう!」

 

 2人が笑顔を向けると……。

 

「っ……」

 

 紅巴の表情も少しほぐれた。彼女は視線を落として、静かに喋り始める。

 

「……足を引っ張るのが怖いんです…」

 

「……て言うと?」

 

「姫歌ちゃんたちと一緒にグラン・エプレに加入させていただき、何度か出撃も経験しました…。叶星様や高嶺様の活躍は当然として、最近では姫歌ちゃんがサブリーダーに任命されたり、灯莉ちゃんも成果を上げています。それに、秋展さんには何度も助けていただいて…」

 

「………」

 

「でも…私は……私だけは力不足のままで…先日の出撃でも何の役にも立てず……」

 

「………」

 

 少しずつ涙声になっていく彼女の話を、2人は黙って聴いていた。

 

「ですから、私が皆さんに追いつくにはこのくらい無茶をしないといけないと……そう思った次第です……」

 

「……なるほどな…」

 

 秋展は妹を思い出す。彼女の周りにも、今の紅巴のように焦っていたリリィがいたと聞いていたのだ。

 戦場で焦りを抱くリリィの気持ちは知っている。それは叶星も同じであった。

 

「そうね……気持ちはわかるわ」

 

「え……」

 

 

「私と高嶺ちゃんは、中等部までは御台場女学校に在籍していたの。あそこは優秀なリリィの集まる場所でね……」

 

 と……。

 

「ぞ、存じていますっ」

 

 

「え……?」

 

「ん?」

 

 叶星の説明を遮って、紅巴が珍しく声を上げた。

 

「あの、今まで黙っていましたが……私も昨年まで御台場女学校に通っていましたから…」

 

 

「えっ、本当…?紅巴ちゃん、私たちの後輩だったってこと?」

 

「は、はい……!ですから叶星様たちのことは、ずっと昔から存じていますっ」

 

(なるほど、それでか……)

 

 秋展が昨日抱いていた疑問……紅巴が知っている叶星たちの情報の出所。それは彼女自身が見聞きしていたものだったのだ。

 

「そうだったの……ごめんなさい、今まで気づかなくて…」

 

「い、いえ、とんでもありません!私、在学中はちっとも目立たない存在でしたから…!」

 

「ふぅん…。なあ、紅巴さん。入学式で俺たちを見てテンパってたのも、向こうの騎士団の部隊に理由があるのか?」

 

「そ、それは……。私なんかよりも優秀で、リリィよりも成果を出されている方も何人かいらしたので……こちらでもそうなのかなと思ったら…い、萎縮してしまって…」

 

「まあ確かに、御台場女学校の騎士団……紺翅鳥(こんしちょう)は文字通りぶっ飛んでるからなぁ……。俺たちよりインパクトあるのは間違いねぇ」

 

「そうね。御台場女子か……。あの頃の私は、リリィとして本当に未熟だったわ…」

 

 ややアンニュイに、昔を思い出す叶星。紅巴には意外な言葉だった。

 

「えっ、叶星様が…?当時からあんなにご活躍されていたのにっ?」

 

「……高嶺ちゃんやレギオンの他の仲間…それから紺翅鳥がいてくれたおかげよ。皆に助けられてばかりで……。それなのに、私はある戦いで致命的な判断ミスを犯したの。そのせいで高嶺ちゃんや仲間たちに迷惑をかけてしまったわ」

 

「そんな……」

 

「私のせいで、高嶺ちゃんは酷い怪我を負ったの。そんな高嶺ちゃんを前にして、私もリリィを辞めようと……戦いから逃げようと何度も思ったわ」

 

「えぇぇ……っ?!」

 

 今の勇敢な彼女の姿からは想像できない。紅巴は思わず驚いてしまう。

 

「でも、そんなときに高嶺ちゃんは…私の側で支えてくれた。一番傷付いたのは高嶺ちゃんだっていうのに……。そして、高嶺ちゃんは戻って来た。リリィとして、また私と戦うと約束してくれたの」

 

「……お2人の間にそんなことが…。秋展さんは知っていたんですか?」

 

「ああ…。高嶺さんの古傷が抉られるようなことになったら…だったな?」

 

「ええ。親身になって相談を聞いてくれたわ。そのうち、高嶺ちゃんと3人で話すようになって……」

 

「なるほど、それで今のお三方になっているんですねっ!」

 

「まあ、俺も妹が逝ったばっかで…そういう話題を放っておけなかっただけだがな…。何か、他人に思えなかったんだよ……」

 

 彼は気恥ずかしそうに頬を掻いた。

 

「御台場でも、神庭でも……。高嶺ちゃんは、生まれた時からずっと私の側にいたわ……。誰よりも、一番近い場所に…」

 

 胸に手を当てて、叶星は一呼吸置く。

 

「だから、今度は私が支える番。それは高嶺ちゃんだけじゃない……皆も同じ」

 

「っ…!」

 

「………」

 

 息を飲む紅巴の隣で、秋展はこくこくと頷いた。

 

「無理をし過ぎてはダメよ、紅巴ちゃん。私や高嶺ちゃん、それに頼られるのが専門の秋展くんと、姫歌ちゃんや灯莉ちゃんだっているわ。その代わり、貴女も誰かが倒れそうになったら支えてあげて。そうすれば、きっと怖いものはなくなるわ」

 

「は、はい……!」

 

「誰も貴女を置いて行ったりしないわ。互いに手を取って、皆で成長していくのがグラン・エプレよ。だから、あまり焦らないで。一緒に強くなりましょう…ねっ?」

 

「か、叶星様……!」

 

「実際、急いで無理して鍛えようとする方が効率悪かったりするしな。一人で抱え込まず、もっと気楽に声かけていいぜ?」

 

「秋展さん……!わかりました、これからはそうします…!」

 

 

  キーンコーン……

 

 

 3人で微笑み合っていると、チャイムの音と共に鍵を持った棗が近づいているのが見えた。本当に訓練場が閉められる時間だ。

 

「……さて、いっぱい動いたからお腹が減ったでしょう?汗を流したらラウンジに行って、お夕飯にしましょう」

 

「は、はい……!ぜひ、ご一緒させてください!」

 

「秋展くんもこの後お夕飯よね。せっかくだし3人でどう?」

 

「そうだな…。邪魔じゃないってんなら、御相伴に預かるか」

 

「では、ラウンジで待ち合わせですね!すぐに準備しますので!」

 

「あんたは急がなくていいぞ?!」

 

 

 

 しばらくして。

 普段の制服に着替えてきた紅巴と、叶星、秋展の3人がラウンジで雑談混じりの夕食を楽しんでいた。叶星と満面の笑みで話す紅巴の顔を、秋展はじっと見てしまう。

 

「……?秋展さん?何か付いていますか?」

 

「え…?ああ…いや。……少しばかり、昔を思い出してな…」

 

 笑顔で食事をする、平和で温かいひと時。胸に手を当て、制服の布越しにペンダントに触れて思い返す。

 

…………

 

『お兄ぃ!これ、すっごく美味しいよ!』

『そいつは何より。奮発した甲斐があったぜ』

 

…………

 

 

 叶星と紅巴の様子に、かつての彼自身と妹の姿を重ねていた。

 

 




 しれっと登場する四番目の部隊。現状では活躍の目途は立っていませんが、いつかはきちんと描写するかも……。


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第5話 再来

 ようやくできました、神庭編の続きです。
 


 灼銅城の司令部にある地下施設。

 隊員のために設けられた訓練場で、秋展は一人、自分の得物であるモルトシュラーク-コラプサーを構えてじっと立っていた。

 

 普段は赤茶色の彼の瞳が黄色い光を放ち、同じ色の光の紋様が肌の上に浮いている。また、全身に時折血色の稲妻が流れた。

 

(……もっと寄こせ…リアクター…!)

 

 念じながら、チャームに嵌め込まれた動力炉を見つめる。

 

 ヒュージに変身する彼のスキル。今この時点で、腕利きのリリィに追随できる程度に身体能力や武器の威力は向上しているものの、まだ完全に機能していない。

 

「……はぁ…」

 

 ため息と共にスキルを停止。目の光や肌に浮き出ていた紋様は消えて元に戻る。身体能力の向上度合いも並のリリィ以下に留まった。

 

(出力が上がらない…。俺の心理的な問題か……それともリアクターがまだ、チャームに馴染んでないのか…。俺が武器に馴染んでないって可能性もあるんだよなぁ……)

 

 階段を登り、建物の出入り口へ。

 

(……考えても仕方ないか。どの道、戦場では持てる力を全部出さねぇとダメなのは変わらんからな…)

 

 一息入れようとラウンジに向かって歩いていると……。

 

「あっ!あっきー!」

 

「おお、灯莉さん」

 

 スケッチブックに、馬のぬいぐるみと何かの箱を抱えた灯莉に出くわした。歩きながら自然に会話が始まる。

 

「何だそりゃ?」

 

「手品の道具!ラウンジの皆に見せようと思って!」

 

「そうか…。でもどうせなら、叶星さんや高嶺さんがいるときにやった方がいいんじゃねぇか?」

 

「え?今日、先輩たちいないの?」

 

「ああ。灼銅城(俺たち)の隊長も出かけてる」

 

 いいながらラウンジの扉を開けて入ると、同じテーブルに着いている姫歌と紅巴を見つけた。

 

「ふぅ……」

 

「どしたの、とっきー?」

 

「あ、灯莉ちゃん…。秋展さんも…」

 

「おう」

 

 不安そうな紅巴に、秋展も手を上げて挨拶した。

 

「何だか元気ないみたいだけど、ぼくのデッサン見る?このヒュージなんて可愛く描けたと思うんだけど!」

 

 ぬいぐるみや箱を床に置き、スケッチブックを広げ始める灯莉。紅巴はやんわりと断る。

 

「え、えーと、それはまたの機会に……」

 

 一方、秋展は姫歌に声をかけていた。

 

「なあ…紅巴さん、どうしたんだ?」

 

「姫歌はわかるわよ、紅巴が元気ない理由」

 

 彼女は得意げな顔で紅巴の方を見る。

 

「今日は叶星様と高嶺様がいないからでしょ?」

 

「なんでー?」

 

「昨日のミーティングで説明されたでしょ?お2人は他のガーデンとの防衛構想会議で不在よ。桔梗さんたちも一緒に行ってるわ」

 

「ぼーえーこーそーかいぎ?」

 

 首を傾げる灯莉に、秋展は呆れ気味の顔を向ける。

 

「聞いたこともないってこたぁないだろ…」

 

「防衛構想会議というのは、複数のガーデンとそれに所属するレギオン、騎士団が定期的に集まって会合を行うものです」

 

 紅巴がさらさらと説明する。

 

「ヒュージの分布や最近の傾向を話し合うのが、主な内容ですね。大きな会合になると、防衛地域の割り振りも話し合われるようです」

 

「近場の騎士団部隊は先に報告会をやってるから、情報のすり合わせが済んでて楽に進む場合も多いらしいな」

 

「まぁ、規模によって話し合われる内容も大きく変わるようですが……」

 

 紅巴と秋展の話を聞いた灯莉が頷く。

 

「へぇー、そうなんだー。とっきーってば物知りだね!」

 

「あ、いえ、そんな……。興味本位でいろんなガーデンのリリィのことを調べてまして…その際にいろいろ詳しくなっただけです……」

 

 彼女は謙遜するが、秋展と灯莉が褒め言葉をかける。

 

「それでも大したもんだと思うぜ?なぁ?」

 

「うん!リリィのことお勉強するなんて、とっきーは偉いな〜」

 

 と、話を聞いていた姫歌が噛みついてくる。

 

「ちょっと待ちなさい!姫歌がサブリーダーのくせに何も知らないって言いたいのっ?」

 

 真っ先に秋展が宥めにかかった。

 

「まあまあ。そう短気起こすこたぁないだろ」

 

「そんなことは誰も言ってませんから……!」

 

 紅巴も姫歌を落ち着かせようとしていると、灯莉が椅子に座って話を続ける。

 

「あっ、でもそっかー。叶星先輩がいないってことは、今は定盛がリーダーか」

 

「っ……!そうよ、今は姫歌がリーダーなの!そしてグラン・エプレはこの神庭のトップレギオン……!」

 

「つまり?」

 

 秋展が問いかけると、彼女は決意めいた顔で宣言する。

 

「つまり!姫歌はトップアイドルと呼んでも過言ではないわ!」

 

「そっちかよ!?」

 

 秋展はガクッと転びそうな仕草をする。灯莉は笑顔を姫歌に向けていた。

 

「おー、定盛すごーい!神庭の大統領だー!」

 

「大統領はちょっと違うのでは……」

 

「いや、この場合トップアイドルよりかは意味合いが相応しいぞ。何せ大統領って言えば最高指揮………っ!」

 

 

  ウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……!

 

 

「っ?!」

 

 構内に響く警報。秋展が持つ通信機に情報が届く。

 

「ヒュージが出現しました…!」

 

「ちょいと遠いな…。隊長の移動司令部もないが……しょうがねぇ。機動隊に連れて行ってもらうぞ」

 

「よーし、出動だー!」

 

 気合い十分の灯莉。だが…。

 

「………」

 

「叶星様たちがいないこの状況…。姫歌ちゃん……」

 

「…?おい、姫歌さん?」

 

 不安な表情で考え込んでいた彼女は、秋展に呼ばれてハッと顔を上げる。

 

「……な、何してるの!早く出撃準備を整えて!」

 

「お、おう」

 

「グラン・エプレ!行くわよ!」

 

 秋展は姫歌の様子に違和感を抱いていた。

 

(何だ…?焦ってる…とも違うような…。今日はどうしちまったんだ…?)

 

 

 

 荷物を片付けて装備を整え、グラン・エプレや他のレギオンが乗り込んだのはバイク型装甲車が牽引するリアカーのような乗り物。数台の装甲車がリリィたちを移送する。

 

 しばらく揺られて、ヒュージが出現した場所の近くで降ろされた。

 

「ヒュージはどこっ?!」

 

 姫歌たちが見渡すのは音のない街。この周辺はヒュージ多発地帯であるため、何年も前に打ち捨てられている。

 

「ここは……まだ作戦地域外ですね。ヒュージが出現したのはこの先の廃墟とのことです」

 

「その廃墟ってのが石油プラントの跡地。敵は数がいそうだな…」

 

 呟く秋展に、姫歌は苛立ち気味に声をかける。

 

「ちょっと!なんでこんなとこで降ろされたわけ?!」

 

「待ってくれ…司令部に確認する。………コマンダー、こちら鈴月……。そう、作戦地域の外で…」

 

 秋展が確認の連絡をしていると、灯莉と紅巴が会話を始めた。

 

「今日は他のレギオンも人が少ないね〜」

 

「私たちと同じく、各レギオンのリーダー格が会議に出席しているためだと思います。灼銅城も班長レベルまでの隊員が出向いているので、世話人も抜けてしまっているところがあるかと……」

 

「ってことは、ひよっこリリィとあっきーみたいな平隊員ばっかりか〜」

 

 すると、姫歌が2人の方を向いた。

 

「し、新人だろうと姫歌はサブリーダーなんだから!叶星様たちがいなくてもやれるわ!秋展、そっちは?!」

 

 通信機を切った彼も3人の方に向き直る。

 

「ああ、確認が取れた。あんたたちはリーダー格が抜けてて統制が硬直気味な上、俺たちも必要最低限にしか動けねぇってんで……余裕を持って離れた場所から部隊展開したんだと」

 

「はあ?!何よそれ!あたしたちが頼りないって言いたいわけ!?」

 

「いや、今は慎重に動いた方が皆のためだって話だ。というわけで……頼りになるとこ、見せてもらいな」

 

 そう言うと、秋展は一人のリリィの背後に回り、姫歌たちと話し合わせる。

 

「あの…。ちょっといいかな?」

 

「な、何でしょう……?」

 

「ぼくたちに何かご用〜?」

 

 最初に返事をしたのは紅巴と灯莉。

 

「貴女たち、グラン・エプレよね?トップレギオンの……」

 

「そ、そうよ!あたしはグラン・エプレのサブリーダー!」

 

 姫歌が一歩前に出る。

 

「ああ、やっぱり。……よかった。ここからどうすればいいか、私たちだけじゃわからなくて……」

 

「えっ……?」

 

「ヒュージの出現座標は確認した?あそこって退去が済んでる無人の地域よね?」

 

 紅巴も彼女の話を真剣に聞いている。

 

「ヒュージの移動経路も街とは反対に向かっているようだし、今の戦力で下手に攻撃しない方がいいんじゃないかって……」

 

 灯莉がすぐさま否定する。

 

「えー、ダメだよー。せっかくヒュージに会えるチャンスなのに」

 

「っ……」

 

 姫歌が答えに迷っている間に、紅巴が会話を繋いだ。

 

「そちらのレギオンも、フルメンバーではないようですね」

 

「ええ、私たちは全員1年よ。それに実戦自体、まだ数えるほどしか経験していないし……こんな状態で、ヒュージに挑んでいいものかわからなくて…」

 

「世話人の方は何と?」

 

「………」

 

 彼女たちが振り返った先には、笠のようなセンサーユニットを頭に付け、紅いカタフラクトに身を包んだ隊員……待宵(まちよい)(なつめ)が静かに立っていた。

 彼はリリィたちの間でも、無口で最低限のことしか言わないと知られているのだ。

 

「私たちの指示に従う……としか言わなくて…。グラン・エプレ……トップレギオンの人が指示してくれれば私たちも動きやすいっていうか……ねぇ?」

 

 姫歌は彼を呼ぶ。

 

「あ、秋展…?」

 

 向けられる不安な目。だが……。

 

「俺たちは世話人だ。あんたたちのことなら手伝うが、そいつを決めるのは……戦場を決めるのは、あんたたち自身じゃねぇとダメなんだ。わかるよな?」

 

 リリィには指図できず、したくもないのだと、彼は言う。

 

「ひ、姫歌が決めるの……?」

 

 振り向いた先にいる紅巴が頷いた。

 

「『リリィの戦いは今日が最後かもしれず、命を賭すに値するかどうかはリリィ自身が決めるべき』」

 

「っ!」

 

 姫歌は息を飲む。

 

「……校長先生から直接頂戴したお言葉…です。そして、この神庭女子の教えでもあります……」

 

「……秋展、あんたたち…あたしたちが何も言わなきゃ何もしないなんて…言わないわよね……?」

 

 縋るような姫歌の問いかけに、秋展は頷いた。

 

「最低限、あんたたちや俺たちが死なないように努力はする。ただしそれは、俺たちがレギオンの世話人ではなく『灼銅城』という部隊として戦うってことだ。こうなったら最後、俺たちへの指揮権はあんたたちが前線に戻るまで復活しねぇ」

 

「……!」

 

「扱いは『リリィが()()()()場合の緊急出撃』だ。そこのところ、よく理解しといてくれ」

 

 姫歌にはわかっている。自分たちは戦えるのだ。それをしないで灼銅城にこの場を任せっきりにするのは、彼女たち、神庭のリリィの在り方ではないと。

 

 

 話しかけてきたリリィが続ける。

 

「出撃するにしても、どういった作戦で臨むか意見が別れてて……。いつもなら上級生(お姉様)が方針を決定していたものだから……」

 

「そんなの、真正面からドーン!で行けばいいよ!」

 

「え……それがグラン・エプレの戦術…?」

 

 何の躊躇もなく答える灯莉に、彼女たちは怪訝な目を向けた。慌てて姫歌が否定する。

 

「ち、違うわ!この子のことは無視していいから!……ちょっと待って…。今、考えるからっ。布陣と陣形……それに各自の能力を踏まえて……」

 

 考え込む彼女に、話しかけてきたリリィが謝罪する。

 

「押し付ける感じになってしまって本当にごめんなさい…。でも私たちもわからないの。……こんなの初めてだから…」

 

「………」

 

 悩む姫歌の後ろで、灯莉と紅巴が様子を見る。

 

「そっかー。叶星先輩たちはいつもこんな感じで、次に何をすればいいか考えてたんだね〜」

 

「私たちはただ指示に従えばよかっただけでしたからね…。叶星様たちなら必ず正しい道を選ぶはずと信じて……」

 

「………っ」

 

 姫歌が答えを出せずにいると……ついに。

 

『灼銅城本部より、各隊員に告ぐ。リリィの作戦行動停滞に伴い、独自行動開始を発令。オーダーB3を実行せよ』

 

「「っ!!」」

 

 秋展たちの通信機から発せられた声。リリィ皆の顔に衝撃が走る。

 

「………待宵、了解」

 

「鈴月、了解。……ってなわけだ」

 

「ま、待って秋展っ…!」

 

「安心しな、姫歌さん。B3は俺たちだけで敵を偵察して、あんたたちが早く動けるように情報を集める作戦行動だ。ヒュージの群れに突っ込んで行くようなもんじゃない」

 

「だけどっ!」

 

「……やれやれ」

 

 一度は彼女たちに背を向けていた彼だが、姫歌の声に答えるように振り向いて、彼女に近づく。

 そして……。

 

  ポンポン

 

 

「……は…?」

 

 笑顔で彼女の肩を2回、軽く叩いた。

 姫歌が反応に困っていると、秋展の後ろから棗が声をかけてきた。

 

「……秋展、B3」

 

「ああわかってる。じゃあな」

 

 秋展は手を振って、棗や他のレギオンの世話人と共に彼女たちから離れて行った。

 

「………」

 

 姫歌には、ただ彼らを見送ることしかできない。

 

(叶星様……姫歌は、どうすればいいんですか……?)

 

 応える者のない問いが、彼女の胸中で残響となった。

 

 

 

 ヒュージを刺激せず、出現場所を囲むように展開して進行方向を確かめている灼銅城。

 棗の瞳は燻んだ赤に輝いている。マギの存在、および流れを探知するEXスキル、『ホルスの眼』である。

 

「どんな具合だ?」

 

 彼の隣に立つ秋展からの問いかけに、彼は淡々と答える。

 

「……敵は人口密集地から離れつつ移動中…。このまま進めば海洋に進出し、追跡不能となる」

 

「……なるほど、取り逃がしたとなると厄介だな」

 

「リリィたちが偵察に同行中……」

 

 棗が話していると、通信機から仲間の声が聞こえてくる。

 

『こちら西方面偵察隊。敵頭数の増加を確認。廃墟内に“ケイブ”が断続的に発生しているものと思われる』

 

「ケイブ…連中ご用達の異次元トンネルか…。リリィにしか破壊できねぇから……」

 

 攻撃を仕掛ける潮時か……秋展が考えていると、再び通信機が鳴る。

 

 

『こちら北方面偵察隊!敵に発見された!……っ!攻撃を受けている!現在リリィと共に交戦突入!!繰り返す!交戦突入っ!!』

 

 

「っ!こいつはまずい!」

 

「北側の先は……人口密集地…!」

 

『敵本隊が勘づいた!全体の移動方向が北向きに変更!援護を求む!!』

 

「……秋展」

 

「ああ!」

 

 棗の声に頷いた秋展は、通信してきた隊員に返答する。

 

「こちら東方面偵察隊!オーダーB3を解除し、支援攻撃に向かう!それまで戦線の維持を!」

 

『了解!感謝する!』

 

 通信が切られた。

 棗のカタフラクトが出力を上昇し、リリィに比肩する加速力で北に向かう。

 

「さあて……やるぞ、秋奈…!」

 

 リアクターに意識を集中すると、秋展の全身に黄色い光の紋様が浮き、瞳も同じ色に輝く。

 血色の稲妻を伴いながら大地を蹴ると、瞬く間に棗に追いついた。

 

 

 

『□□□□□ッ!!』

 

 銃撃、斬撃の音が響く。ヒュージの群れは規模こそさほど大きくないもののやや大型の個体が高い割合を占め、またケイブの発生範囲もじわじわと広がり始めていた。

 

 棗が放った矢で円筒形のヒュージが麻痺する。そこへ秋展が接近し、赤熱化したチャームの刃で切れ目を入れる。

 

『□□□□!?』

 

 間髪入れず、その切れ目にリリィたちの銃撃が命中。爆ぜるヒュージを尻目に、秋展たちは次の標的を攻撃する。

 

(状況はこっちが押され気味か…。リリィや隊員にも負傷者が出始めているし、戦意を喪失しかけてる隊もちらほら……。こいつはよろしくねぇ……!)

 

 先程と同じように動きを止め、ヒュージの表皮を斬り裂く。

 

「そらよっ!」

 

『□□…!』

 

  ドギャッ!ドギャッ!

 

今度はリリィの攻撃が見込めないので、チャームをライフルに変形させた秋展自らが、その切り込みに弾丸を撃ち込んで心臓部を潰す。

 

「さて……」

 

 亡骸の上に立って見つめる先には、プラント内を走る太い通路を埋め尽くし、リリィや灼銅城と攻防を続けるヒュージの群れ。大型、小型が混ざった部隊だ。

 

「出力は半分……。だから長持ちしろよ、俺のスキル……!」

 

 その戦線に加勢すべく秋展たちが飛び出す……と、ある交差点に群れの先頭が差し掛かった瞬間。

 

 

  ズガガガガガガガガガガッ!!

 

 

 群れの真横から銃撃が浴びせられる。

 

 小型ヒュージは速やかに蜂の巣になって息絶え、大きめの円筒形ヒュージは榴弾砲を受ける。

 

「!…あれは…!」

 

 赤熱化した砲弾がヒュージの装甲を溶融し、内側へとめり込んで爆破。その煙を裂いて現れたリリィ……

 

 叶星と高嶺が、円筒形ヒュージに留めを刺す。

 

『□□□□□□!!?』

 

 駆け抜けた2人の背後に、ヒュージの亡骸を踏み付けながら、大量の火器を載せた4輪装甲車が飛び出す。バイク2台を横に並べたような形。

 灼銅城の移動司令部にして、隊長……桔梗の装備だ。

 

「隊長……」

 

「それに叶星さんと高嶺さんも…。戻って来たのか」

 

 秋展たちが近づいて声をかける。

 

「そうなの。管轄内で戦闘が始まったって聞いて、急いで来たわ」

 

「私たちだけではないわよ」

 

 高嶺が目配せした方向を向く2人。そちらには……。

 

 

「ここまでよくやったわ!これからは私について来なさい!」

「はいっ!」

 

 

「さあ皆!目にもの見せてやろうじゃないの!」

「わかりました!」

 

 

 いつの間にか人数が増え、士気も復活しつつある複数のレギオンが。

 

「会議はいいのか?」

 

「ええ。灼銅城のメンバーを何人か残して来たから、問題なく進行しているはずよ」

 

 叶星が答えていると、装甲車から通信が入る。

 

『灼銅城各員へ!リリィの突撃を積極的に援護し、ケイブ破壊を優先せよ!火力、または機動力の高い者を前へ!人口密集地への進撃は、今この時をもって食い止める!!』

 

『『了解!!』』

 

 一斉に唱えられる返答。棗と彼が世話人を務めるレギオンは、ここで敵を押さえる役になった。桔梗の装甲車は、他の方面で起こっている戦闘の援護に向かう予定。

 

 高嶺たち3人も役割を決める。

 

「叶星、私たちはどうするの?」

 

「そうね…。とにかく姫歌ちゃんたちと合流して、その場でベストな手を選んでいくわ。秋展くん、皆は?」

 

「オーダーB3で一旦別れたからな。敵の動きに3人が合わせてたなら……」

 

 秋展は道路の横に伸びる通路を指差す。

 

「あの先の……駐車場跡の辺りじゃねぇか?」

 

 その道の上では、何人かのリリィが戦闘を続けている。

 

「それなりにヒュージがいそうね…」

 

「私たちなら大丈夫よ。早く行きましょう……」

 

 踏み出そうとした高嶺の肩を、棗が掴んだ。

 

「……棗くん…?」

 

 

「死ぬ気か?」

 

 

 真っ直ぐに高嶺を見つめる鋭い眼は燻んだ赤に輝いている。棗のスキルが高嶺のマギを……それに見る、彼女の身体に起こりつつある異常を捉えていたのだ。

 

「………」

 

 秋展も、無言で振り払った彼女に詰め寄る。

 

「おい、高嶺さん…あんたまさか…」

 

「……ええ、ここに来るまでに戦っていたから……」

 

 高嶺の代わりに叶星が答えた。

 

「私は大丈夫よ叶星。それより貴女だって……」

 

「でも…高嶺ちゃん…」

 

 思い遣り故、言い合いになりかける2人の肩に秋展が手を置いた。

 

「オーケー、俺がカバーする。だから2人とも無茶しない。これでいいか?いいな?よーし」

 

「「っ…」」

 

 2人が呆気に取られる間に、彼は通路の方を向く。

 

「ただでさえ時間は惜しいってのにこんな時………?!」

 

 彼の言葉が不自然に途切れる。

 3人の頭上を影が掠めたのだ。陽が遮られたのは一瞬だったが、その一瞬の間に上空に気配を感じる。

 

  キィィィィィィィィ……

 

「……あれは…」

 

 

 星。

 以前の戦闘で追い詰めたものの撃破には至らなかった高機動ヒュージ。

 

 高嶺たちの視線も、上空の星を捉えた。それは通路の上……姫歌たち3人がいるであろう方向へ悠然と飛ぶ。

 

「……急がなきゃ!!」

 

「そうね」

 

 秋展は棗の方を見た。桔梗の装甲車は既に走り去っている。

 

「棗!そっちは任せるぞ!俺たちはヤツを追う!」

 

「……っ」

 

 棗は頷き、鬼の顔つきのフェイスガードをカシャンと下ろした。

 

 

 

 姫歌たち3人も、ヒュージたちの移動とケイブの情報を掴んでいた。散発的に遭遇するヒュージを片付けながら、ケイブ破壊に向かう他のレギオンに追いつくべく移動する。

 

「アイドルリリィたる者、こんなところで怖気付いてられないわ!姫歌たちグラン・エプレが先陣を切って目立つのよ!」

 

 しかし、ある道を曲がったその時。

 

 

『□□□……』

『□□□…』

『□□□□』

 

 

 石油プラントに立ち並ぶ蒸留塔。その影から、突如ヒュージの群れが顔を覗かせる。彼女たちは咄嗟に身を屈めて物陰から伺った。

 

「っ、どうなってるのよ…これ…!」

 

「どうやら、突如ケイブが出現したようですっ」

 

 紅巴は怯え気味に鎌のチャームを構えた。その横で灯莉があっけらかんと言う。

 

「それであんなにうじゃうじゃしてるんだ〜」

 

「っ!反撃は失敗してたってこと!?」

 

「足並みが揃わず、対応の遅れがあったのも原因かと。集中した戦力が迅速に動いていれば、ケイブを早期に撃破して後の増援を防げたのですから……っ!」

 

  ビー!ビー!

 

 紅巴が耳に嵌めている通信端末が警告を発する。

 

「大変です!後方にケイブ反応!このままでは囲まれますっ!」

 

『□□…?』

『□…□ッ…!』

 

 前方のヒュージの群れも姫歌たちの存在に気づいた。

 

「っ!押し返すのよ!周囲のレギオンに声をかけて連携して……」

 

 自らの通信端末に手を当てる姫歌。だが。

 

「もう、皆が一杯一杯だよ〜」

 

 灯莉が掴んでいた情報が、否応なく現実を突きつける。

 

「それにこの状況では、私たちも精一杯です……!」

 

 焦る紅巴たちに、ヒュージたちがじりじりと近づいてくる。

 

「こんな時にどう動くか学んだはずなのに……!どうして上手くいかないのっ…!」

 

 悔しさにチャームを持つ手が震える姫歌。そんな3人の上空に、更に忍び寄る影があった。

 

  キィィィィィィィィィィ………

 

 風を切る音が、遮蔽物のない空から地上へと降り注ぐ。

 

「えっ、あれは……?!以前出現した、高機動タイプのヒュージ……!」

 

 見上げた紅巴は、戦慄と共に忌まわしい星を思い出す。

 

『……□□□□……』

 

 星は触手を収めた胴体を引き出し、流れ星の姿となって3人へと旋回する。

 

「くっ、皆、迎撃準備……」

 

 姫歌が声を上げた正にその時。

 

『□□□!!!』

 

  ゴォッ!!

 

 触手を展開した流れ星が急加速。旋回運動はそのままに、地面に伸ばしたそれで姫歌を薙ぎ払わんと高速で振り回す。

 

「!」

 

 彼女がチャームを構えた瞬間にはもう遅い……かと思われたが。

 

 

「定盛!あぶなーーーい!!」

 

 

 

  ドゴォ!

 

 

 灯莉が彼女を突き飛ばし、群れを迎撃する紅巴の方へ転がす。つまり……

 

 姫歌の代わりに、灯莉が攻撃を受けたのだ。

 

 

「灯莉ちゃんっ!?」

 

 紅巴が叫ぶ中、彼女の身体は宙を舞い、

 

「うそっ?!灯莉いぃぃ…!」

 

 背後のヒュージの群れに叩き込まれる

 

 かに思われたが。

 

 

 

「おぉおおおおおおおおおっ!!」

 

 

 空中に黄色い残光を描きながら、猛烈なスピードで現れた騎士……秋展が横から彼女を抱え込む。

 

「でぇりゃああっ!」  

 

  ゴッ!

 

 気合いの掛け声と共に振り下ろす武器。それは赤い稲妻と共に路面に叩きつけられ、アスファルトを打ち砕く。

 ガリガリと地面を引っ掻きながらチャームでブレーキをかけると……

 

「っ!!」

 

 着地と同時に引き抜き、背後に迫っていたヒュージを振り向きざまに斬り伏せた。

 

 だが、彼の登場と活躍を喜んでいる時間は姫歌たちにはなかった。なぜなら。

 

 

『□□□□!!』

 

  ギュンッ!

 

 

 流星のヒュージが、第二撃を彼女たちに見舞おうとしていたからである。

 

「っ…いやあああぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 眼前に迫る死の恐怖に、姫歌は思わず目を閉じる。

 

 

  ガガギィィィィィィィィン!!

 

 

「……えっ?」

 

 何かが攻撃を弾いた二重の音。姫歌が目を開けると……

 

「大丈夫っ?姫歌ちゃん!」

 

 

「かな…ほ…さま…?」

 

 揺れる長い銀の髪が目に入る。

 

「ああっ、高嶺様……!」

 

 紅巴の眼前には金の髪。グラン・エプレ、その最高戦力の2人が、彼女たちの前に戻って来たのだ。

 

「あの隕石野郎を追いかけたらドンピシャだったとはな…。たまげたぜ」

 

「秋展さん…!」

 

 ヒュージの群れの亡骸を背に、紅巴に近づいた秋展は抱えていた灯莉を彼女に預けた。

 

「灯莉っ!」

 

 不安そうに駆け寄る姫歌を、高嶺が落ち着かせる。

 

「灯莉さんは無事よ。気を失っているだけね」

 

「食らった瞬間に上手いことガードしてたみたいだな」

 

「や、やっぱり……お2人がどうして…?秋展も……」

 

「瞬間移動のマジックだ。種明かしより……」

 

 秋展が適当なことを言いつつ、武器を構え直す。灯莉を介抱していた叶星もチャームを取った。

 

「まずはこの状況をどうにかしないと」

 

「灯莉さんを助けるときに私たちと秋展くんで数を減らしたとは言え……ここまで囲まれた状態で突破するのは骨が折れるわね」

 

「ええ、ここに来るまでも、戦いながら強引に突破して来たからね……」

 

 頷いた叶星が高嶺の方を向く。

 

「高嶺ちゃんは、身体の方は大丈夫?」

 

「私の心配は無用よ。さっきも秋展くんに手伝わせたでしょう?」

 

 高嶺は少し悲しそうに首を振った。

 

「でも……」

 

 叶星のトラウマが蘇り、巨大な不安を煽ってくる。

 

(高嶺ちゃんは、昔の戦いの後遺症で…いつ限界になってもおかしくない……。1年生の子たちも体力的にもう……。後は……)

 

 彼女は汗を拭う秋展を見た。

 

「……秋展くんは…大丈夫…?」

 

「ああ?……へっ、半分の出力でブン回してこの様だぜ?もう半分はどっから補ってると思う…?」

 

「っ……ご、ごめんなさい…」

 

「いや、不甲斐ないのは俺の方だ……」

 

 自嘲する彼の言い分は、叶星の耳には入っていなかった。

 

(これ以上、彼に負担させるわけには……。私が…やるしかない…。私が皆を守らないと!)

 

 灯莉を囲むように展開し、周囲のヒュージに睨みを効かせる5人。

 しかし、叶星が一歩前に出る。

 

「皆、下がってて。後は私がやるから」

 

「はぁ?あんた…」

 

「……叶星、一体何を言っているの?」

 

 秋展、高嶺に続き、姫歌たちも口を開く。

 

「姫歌、まだ戦えます!」

 

「あ……わ、私も戦えます!」

 

 だが、叶星は首を振る。

 

「ううん、皆、マギも体力も残り少ないでしょう?これ以上戦えば、怪我じゃ済まなくなるわ」

 

「っ……!」

 

 ギリ、と歯を噛み締める秋展。その隣で紅巴が心配する。

 

「それは叶星様も同じじゃ……」

 

「私は大丈夫…」

 

 作り笑い。

 それを高嶺に見抜かれながらも、彼女は続ける。

 

「高嶺ちゃん、秋展くん。1年生の皆をお願い」

 

「叶星!」

 

「……ざけんなよ…」

 

「…秋展さん…?」

 

 秋展が小さく呟く。悲しみと怒りが籠ったその声は、紅巴にだけ聞こえた。

 

「……私は、もう誰も犠牲にしたくないの…」

 

 叶星がヒュージに向けて駆け出した、そのとき。

 

「いててて……。あれ〜、ここどこ?」

 

 灯莉が目を覚ました。頭をさすりつつ立ち上がる。

 

「灯莉、あんた大丈夫なの?」

 

「んー、ユニコーンに手品見せる夢を見てたよーな、見なかったよーな…って、あれ何?もしかして叶星先輩?!」

 

「………」

 

 高嶺も秋展も…皆が黙り込んで見つめる先には……。

 

 

 群れを蹴散らしながら、流星のヒュージに食らいつく叶星がいた。

 

 

 何体かのヒュージが5人に襲いかかり、それを倒しつつ…灯莉が秋展に話しかける。

 

「ねぇあっきー!叶星先輩、助けに行かないの!?」

 

「……あんたたちを任された…。リーダーの命令には従う……」

 

 彼の声はとても低く濁っていた。

 

「でも、あっきー……怒ってるよ…?」

 

「なぁに…。まだだ……まだキレちゃいねぇ……」

 

  パリ……パリ……

 

 武器を振るう彼の身体の上で、真紅の稲妻が音を立てる。

 

(けど……あと一歩でプッツン切れちまいそうだ……)

 

 そう独白した矢先に。

 

「た、高嶺様?!」

 

「っ!?」

 

 紅巴の声がした方を見た。彼女は高嶺の背中を目で追っている。

 

「………っ!!」

 

 

 秋展の中で何かが切れた。

 

 

 

 流星型ヒュージの攻撃を躱し、防ぎ……叶星が銃撃する。

 ヒュージは触手を畳みこれを防御。さらに速度を上げる。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 その高機動に付いて行く叶星。だが、呼吸は乱れ切り、狙いも僅かにブレ始めた。

 

「まだ…まだやられるわけにはいかない…!私が皆を守らないと……!」

 

 今や、彼女を突き動かすのは精神力のみになりつつある。

 

「この命に代えても!」

 

 チャームが弾切れ。すぐさま大剣に変形させる……が、その隙を突いてヒュージが触手を叩きつける。

 

  ギィン!

 

「くっ…ああああっ!」

 

 ジャンプした瞬間に地面へ突き返される叶星。その眼前に……。

 

「はああっ!」

 

 高嶺が躍り出た。

 

『□□□……』

 

 新たな追撃者に驚いたのか、ヒュージは一旦距離を取る。

 

「高嶺ちゃん?!」

 

 そして…。

 

 

「いい加減にしやがれあんたらぁあ!!」

 

 

 絶叫しながら、叶星の横を駆け抜けた秋展が高嶺に追い縋る。

 

「秋展くん!!待って…!2人とも……!!」

 

 叶星が呼ぶが、今は無視する。

 

 

「……『ゼノンパラドキサ』」

 

「寄こせよ……『アポフィス』!!」

 

 

 そして複合能力たるレアスキルを発動する高嶺。高速移動と先読みで、ヒュージの動きに追随する。

 

「はああああああ!!」

 

  ギギギギギギン!!

 

 遂に空中で補足。目で追えない連撃を叩き込んだ。

 

『□□□ッ!』

 

 触手を展開して秋展たちを振り払おうとするヒュージ。しかし。

 

 

「しゃらくせぇ!!」

 

  ギャリギャリギャリギャリギャリギャリ

 

 もはや、完全に怒りのみで突撃する彼がその触手を次々と叩き斬る。

 

『□□□□□!?』

 

 

 

 悲鳴を上げるヒュージ。その様子を見ていた姫歌たちは驚愕した。

 

「な、何なのアレ?!高嶺様…秋展もどうしちゃったの!?」

 

「高嶺様のレアスキル、ゼノンパラドキサです!『縮地』と『この世の(ことわり)』を複合させたレアスキル!秋展さんも…何かパワーアップを…!」

 

「出力半分って……どう見てもそれ以上出てるでしょ?!」

 

「すごい!すごい!あっきー!たかにゃん先輩!」

 

 

 高嶺はヒュージの攻撃を回避し、予想される方向へ狙いを定める。

 

「そのまま、踊り続けなさい!」

 

  ズドォッ!

  ズドォッ!

  ズドォッ!

  ズドォッ!

 

 弾丸を連射。しかし、彼女でも追えなくなった。放った弾丸は虚しく空を切る。

 

「待ちやがれテメェ!!」

 

 上空に逃げ出すヒュージ。秋展は蒸留塔を登り、その配管を潰す勢いで蹴って空中へ。

 そのままヒュージの胴体へ斬りかかる。

 

 だが。

 

『□□□!』

 

 ヒュージの前方の空間が歪み、暗黒の異次元空間が出現する。

 

「ケイブだぁ?!往生際が(わり)ぃなぁ!!」

 

 ヒュージは吸い込まれるように加速し、ケイブの中へ。

 

「この野郎ぉぉぉぉぉおお!!」

 

 ケイブが閉じると同時に、元に戻った空間を灼熱の刃が切り裂いた。

 

「っち……逃げられ……あ…」

 

 舌打ちと共に足元を見る。眼下に見える、プラント内に敷かれた道路には街路樹が植えられていた。

 重力の法則に逆らえないまま、秋展は着地点を予想して悪態を吐く。

 

「……またかよ…!」

 

  バサァッベキベキベキズシャァァァァッ…ドタッ

 

 蒸留塔という高い位置から木へと落下。枝を折り、アスファルトに身体を叩きつける。

 

 

 

 

「はあ、はあ、はあ……」

 

 膝を突き、肩で息をする彼女に叶星が駆け寄った。

 

「高嶺ちゃん!?無理しないで!!」

 

「……叶星…貴女、また自分を犠牲にしようとしたわね……」

 

「………」

 

「貴女がリーダーとして、慎重なのは構わないわ。でも、私の……あの過去の出来事を、その理由にはしないでちょうだい」

 

「高嶺ちゃん……」

 

「このままじゃ、グラン・エプレは強くなれないわよ……。ねえ、世話人さん…?」

 

「っ!」

 

 叶星が顔を上げると、こちらに歩いてくる秋展が見えた。彼の顔は、先程の激怒とまではいかないものの、やはり怒っている。

 

「ふざけんなよ…あんたら2人とも…!」

 

 秋展は高嶺の腕を引き上げ、肩を貸して立たせた。

 

「困ったときに自分でなんとかしようとする…その心がけは結構だけどな……心がけで済ませとけよ…。不安なときは俺をこき使えって……前にも言ったろうが…!」

 

「でも…それじゃ貴方が……」

 

「一人死んだら負け……それが灼銅城(俺たち)だ。死なねぇように…いざとなったら逃げる努力もしてやるよ。それに……」

 

「……?」

 

 

「俺の妹は…仲間を逃すために一人で戦場に残って死んだ。あいつを知ってる誰もが、どん底まで後悔したんだ」

 

 

「……っ!」

 

「……」

 

 叶星と高嶺が息を飲む。秋展の視界の端では、姫歌たちが駆け寄って来ていた。

 

「俺たちや…あの3人にそんな思いさせるような戦い方……もう二度とするんじゃねぇぞ…」

 

「……ごめんなさい…」

 

「私も……申し訳ないわ…秋展くん…」

 

 2人の謝罪を受け止めた秋展。ふ、と息を吐く。

 

「……ああ」

 

 午後の太陽が降り注ぎ、3人の影を地面に引いた。

 

 

 

 ほどなくして、全ての戦闘が終了。ヒュージは大部分が撃破され、少数の残党は流星型と同じくケイブに帰還した。リリィや灼銅城に負傷者は多く出たものの死者はなく、辛くも勝利を収める結果となった。

 

「……お疲れ様、皆」

 

 共に帰投する1年生3人に、叶星が労いの言葉をかけた。

 

「たかにゃん先輩は大丈夫なの?あっきーに連れてかれてた……」

 

「……うん、ちょっと力を使い過ぎちゃったみたい。でも大丈夫よ。一応、他の負傷者たちと一緒に病院で検査を受けることになったけど…」

 

「そうなんですね……」

 

 姫歌が頷く。3人とも不安そうな顔だ。

 

「とにかく、高嶺ちゃんは無事よ」

 

「でも、他のレギオンのリリィと灼銅城隊員に負傷者が……」

 

「そちらも重傷というわけではないわ。貴女たちが頑張ってくれたおかげよ。他のレギオンにも声をかけて戦ってくれたのでしょう?本当によくやってくれたわ」

 

 偵察に向かう灼銅城について行って、最低限戦線の維持はする。

 

 姫歌たちの判断があったために、ぎこちなくもある程度の連携が取れ、甚大な被害には至らなかったと叶星は評価した。

 

「……いえ」

 

 それでも、姫歌は浮かない顔をしている。

 

「貴女たちは先に帰ってて。私は、桔梗さんたちと事後処理をしてくるから」

 

「はい、わかりました」

 

 紅巴の返答を聞いた叶星が、装甲車の停まっている方向に歩き出す。

 彼女を見送って、姫歌が口を開いた。

 

「……全然だったな…。叶星様の代役を果たすつもりがこんな結果に……」

 

「定盛?」

 

 彼女は決意を固めていた。それは叶星のようになりたいという憧れではなく、その一歩先への決意。

 

「姫歌……強くなりたい。誰も傷つかなくていいように」

 

「……はい。私も強くなりたいです…」

 

「それじゃあ、皆で強くなろう!叶星先輩やたかにゃん先輩、あっきーくらいに!」

 

 彼女の決意に、紅巴と灯莉も賛同した。

 

「うん!強くなってみせるわ、絶対に!」

 

 

 

 

 神庭女子藝術高校の近くにある医療施設に、秋展が来ていた。桔梗に一通りの報告を済ませ、待合室で高嶺の検査結果を待ちつつ、彼も一息入れている。

 と、そこに……。

 

「…秋展」

 

「おう、棗」

 

 戦場で一旦別れていた棗がやって来た。小声で挨拶し、彼は秋展の隣に座る。

 

「お前も、レギオンのリリィの見舞いか?」

 

「…ああ」

 

 2人の間にしばらく沈黙が流れ、棗から問いかけてきた。

 

「…出力は上がったか?」

 

「ああ……ほとんど100パーセント出してたと思うが…やっぱり変身しなかったぜ…」

 

「……。要因は?」

 

「いや、心あたりはねぇ。……ブチ切れてたのがマズかったかなぁ…。俺のスキルって感情でどうこうなるもんじゃないからな…」

 

 などなど小声で話していると、一人のリリィが診察室から出て来た。手には包帯を巻いている。

 棗は立ち上がり、不安そうに待合室を見渡す彼女に近づいた。

 手を上げて秋展への別れの挨拶とし、棗はリリィを連れて施設を後にする。が、リリィは常に彼と一定の距離を開けていた。

 

(普通にいいやつなんだがなぁ…。無口と目つきで損してるぜ、棗……)

 

 

 しばらくして高嶺が来たので、秋展も彼女と一緒に施設を出る。

 

「どうだった?」

 

「しばらく休めば元通り、戦えるそうよ。明日からは帰省もするし、羽を伸ばしてくるわ。ただ……あれ以上は危険だそうよ」

 

「まあ…だろうな」

 

「………」

 

 高嶺は秋展の顔を見る。背は彼の方が少し高い。

 

「……ん?」

 

「いえ…貴方でも、怒ることがあるのね」

 

 秋展は苦笑いで返した。

 

「そりゃあな…。滅多なことじゃねぇけど…」

 

「ふぅん…?そう…」

 

 何故か妖艶な笑みを浮かべる高嶺。その表情の意味は、秋展には計りかねる。

 

「…な、何だ…?何思いついたんだ…?」

 

「あそこまで怒るほど、叶星を大切に想っているのね……と」

 

「………その理屈でいくと…俺、あんたに対しても同じってことにならない…?」

 

「あら、私のことも大切?」

 

 無表情で質問を返す。

 

「え…。そ、そりゃあまあ当然……」

 

「そう」

 

 高嶺の返事は素っ気なかった。

 

「……もう少し聞きたそうな顔してくれてもいいんじゃねぇの…?」

 

「…そうね。嬉しかったわ、とっても」

 

 困惑する秋展に、高嶺はまたもや妖艶な微笑みを添えて返答とした。

 

「うふふ…」

 

 彼の背中が凍る。

 

「(こ、怖ぇぇよぉぉ…!)……あんた、今日はさっさと休んだ方がいいぞ…。めちゃくちゃ疲れてるだろ……」

 

「ええ、早めに休むわ。……叶星と2人で、ね♡」

 

「ヒュッ」

 

 妖しい笑顔に対する恐怖がピークに達し、秋展は変な声で息を飲んだ。

 気づけば顔から血の気が引き、代わりに冷や汗が噴き出る。

 

「あ、ああ……お好きに……」

 

 心臓だか胃袋だかを握られた感覚を持ち始めた秋展には、もうそのようなことしか言えなかった。

 

 

 

 学校に戻り、帰り着いた灼銅城自室のベッド。秋展はそこに、胸を撫で下ろしながら座り込んだ。

 

「何……あのプレッシャー……!」

 

 後を引く恐怖を感じながら、彼もまた休息を取るのだった。

 




 やっぱりこの章は1番難しい感じがしますね……。
 


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第6話 ボランティア開始


 ドーモ、ハザクラ・チヨマルです。
 挿絵を描こうとして挫折した矢先に立て続けに用事が入り、疲れ果てた挙句風邪をひいてダウンしていたのですが、今日からの復帰です。
 それでは神庭編の続きをどうぞ。



 

 

 神庭女子藝術高校の敷地内を、秋展が何の気なしに歩いていると……。

 

「あっ!いたいた!あきひー!」

 

「お、灯莉さんに姫歌さんか」

 

「何やってんのよ秋展。これから出撃よ?」

 

「ん?……ああ、悪い」

 

 一旦、灼銅城の司令部に寄って装備を身に付ける。剣を携えたカタフラクト3C-273。

 姫歌たちに連れられて正門の近くに着く。いつも通り、6人のグラン・エプレに世話人を加えた面子が揃った。

 

「も〜遅いよお兄ぃ。ちゃんと世話人やって!」

 

「あ、秋奈ちゃん…落ち着いて…」

 

 モルトシュラークを手にぼやく彼女と話していた紅巴が宥める。

 

「あきな〜は厳しいねー」

 

「いや悪かったって。でも偶のことだから許してくれよ……」

 

「コホン」

 

 秋展が言い訳していると、高嶺が咳払いして場を仕切り直す。

 

「とりあえず、これで全員揃ったわ。叶星、号令をお願い」

 

「ええ。グラン・エプレ、出撃するわよ!」

 

「「了解!!」」

 

 灼銅城隊長が操縦するカサドールの上に乗り、戦場を目指して進む。

 秋展は明るい顔の妹を見ていた。

 

「調子よさそうだな、秋奈」

 

「うん!」

 

 そう言って、彼女は胸の前でチャームを構える。

 

「今日はこの子も絶好調!張り切って行くよ!」

 

 気合いを入れる秋奈に、秋展は微笑みかけた。

 

「まあ無理するなよ。なんたって

 

 

 

 お前はもう………」

 

 

 

 

 

 

「はっ?!」

 

 

  ジリリリリリリ……!

 

 

 目覚まし時計がけたたましく鳴り、薄暗い部屋の中で所有者たる秋展に朝を知らせる。起き上がってアラームを止めると、彼の目から雫が溢れ、枕の上でポツポツと音を立てた。

 

「あぁ……くっそ…。嫌な夢、見ちまった……」

 

 ベッドから出て窓辺に向かい、カーテンを開ける。学校の施設や周囲の住宅街に反射した朝日が、涙を拭う彼を照らす。

 

 制服に着替えて朝食に向かいながら、彼は夢の内容を思い返していた。

 

(あんな意味もねぇ“たられば”を考えてたとはな……。姫歌さんにウジウジするなと言われて、吹っ切れたと思ってたんだが……)

 

 首に提げたペンダントに、服の上から手を当てる。

 

(……まだ後悔してんのか、俺は…。せめて最期の瞬間くらいは、お前の側にいてやりたかった、秋奈……。今でも一緒にいると思うようになりはしたが……こればっかりは…な……)

 

 

 今日、グラン・エプレは非番であり、完全休日になっている。秋展自身も特にやることはなく、学校の敷地内をブラついていた。

 何となくデジャヴを感じつつ歩いていると……。

 

「あっ!いたいた!あっきー!」

 

 普段通りの呼び方で、灯莉が声をかけてきた。少し安堵しつつ振り返る。

 

「おう、どうしたんだ灯莉さん」

 

「これ見てー!」

 

 彼女が差し出したのは、ガーデンから配布されたボランティア実施要項である。

 

「えーとなになに……。神庭第二幼稚園の業務の手伝い……自由時間中の遊び相手か。それに演劇の準備の手伝い…っと。期間は結構あるな」

 

「そうそう!グラン・エプレの皆で行けたらな〜って」

 

「……へーえ。いいとは思うが…なんだってまた?」

 

「そこ、ぼくがしょっちゅう遊びに行ってるとこなんだけどね。先生がヒュージから逃げてるときに足を怪我しちゃって」

 

「おやまあ……」

 

「それでチビたちの相手をするのが無理っぽくなって、今人手不足なんだって〜」

 

「なるほど、だから治るまでの間のボランティアを……」

 

 秋展は要項に目を通し、灯莉に返した。

 

「どう、あっきー?チビたちと遊ぶの楽しいし、手品とか絶対喜ぶよ!」

 

 ずい、と詰め寄られる。

 

「小さい子たちか…。案外あっさりトリックを見破る、手品師としては油断ならない相手だが……ま、やるだけやってみるとしよう」

 

「やった!あっきーはオッケー!」

 

 くるりと回って喜びを身体全体で表現する灯莉。

 

「レギオンの他のメンバーは?」

 

「これからお話するよ!じゃあまたね〜!」

 

「おう…」

 

 秋展の返事も待たず、彼女は寮の方向へ走り去って行った。

 

「……どうせなら、皆と話してから来てくれてもよかっただろうに……」

 

 呆れながらに呟いた言葉が、一陣の風に流されて行った。

 

 

 

「ところがこうすると……あら不思議……」

 

 数時間後。

 秋展が宿舎の部屋で手品の練習をしていると、携帯電話から着信音が鳴る。

 

「お……叶星さんか」

 

 ハンカチを机に置き、電話を取った。

 

「はいもしもし」

 

『秋展くん?あの…ちょっとお願いが……』

 

「灯莉さんとボランティアに行くってのだろ?俺は大丈夫だ」

 

『そう…。話が早くて助かるわ。私たち皆で引き受けることにしたから、改めてお願いするわね』

 

「任せてくれ。……ああそう言えば…」

 

『ん?』

 

「帰省してた高嶺さん、戻って来たんだろ?どんな具合だった?」

 

『……そうね、本調子ではないと言ってたわ』

 

「…そうか」

 

『でも、ボランティアがリハビリにちょうどいいとも言ってたの。無理してる様子もないし、元気はあるわ』

 

 電話口の叶星の声は明るく、安心しているようだ。秋展もほっと息を吐く。

 

「そりゃあ何よりだ。ボランティア、結構長かったよな。頑張っていこうぜ」

 

『ええ。それじゃあ、またね』

 

 電話が切られる。秋展はもう一度ハンカチを手にした。

 

「さあて……やるか!」

 

 気合いを入れ直し、練習を再開する。

 

 

 

 数日後。

 

 

「あぁぁぁぁぁ〜!!もう無理ぃぃ!!」

 

 

 グラン・エプレがボランティアでやって来た幼稚園内に、姫歌の叫び声が響く。

 

「さだもりまって〜!ぴょんぴょんさわりた〜い!」

 

 彼女は園児たちに追い回されながら、そのパワーに圧倒されていたのである。

 

「これはぴょんぴょんじゃなくてツインテールよ!あと、定盛じゃなくてひめひめって呼びなさ〜〜い!」

 

「ぴょんぴょん!ぴょんぴょんぴょ〜ん!」

 

 半ば強制的に始まった鬼ごっこに、彼女はすっかり疲れていた。隙を突いた園児に背後を取られて動けなくなる。

 

「「あはははははっ!」」

 

 様子を見ていた他の園児たち、それに彼らと遊んでいる秋展と灯莉の笑い声が姫歌の耳に入る。

 

「秋展、さっきからあんたまで…!」

 

「ほらほら。普段の元気はどうした、定盛さん?」

 

「ちょっと?!」

 

 秋展がそう呼んでしまったため、ますます園児たちからの「定盛」呼びが定着した。

 

「やっぱりさだもりだ〜!」

 

「こンの…っ!後で覚えときなさいよ秋展!」

 

「残念だったな!今日の俺はお兄ちゃんだ!小さい子たちの味方なんだよ!」

 

「はあ?!」

 

 愕然とする彼女を放っておき、秋展は園児たちの相手に戻る。

 

「おにいちゃ〜ん、てじなやって〜」

 

「おう、任せろ!」

 

「あたしを助けなさいよ世話人!!」

 

 文句を言う姫歌に、園児たちは遠慮も容赦もなく詰め寄って来る。

 

「さだもり〜!」

「さだもりー!」

 

「くっ…ちっちゃい灯莉がいっぱいいるみたい…!ここは地獄なのーっ!?」

 

「いやぁこれだよこれ!子どもの遊び場ってのはこうじゃないと!」

 

「あんたまで何全力で楽しんでんのよーー!!」

 

 

 

 姫歌の悲鳴を聞き流しながら、紅巴もまた園児たちの遊び相手に奮闘していた。

 

「それではお歌をうたいましょうか。皆さんはどんなお歌が好きですかー?」

 

「えーっとね、えーっとね……」

 

「象さんの歌かな?それとも山羊さんの歌かな?」

 

 ボランティアに際し、多数の童謡を頭に叩き込んでおいた紅巴だが。

 

「えっとね、『チャーミーリリィ』のおうたがすきーー!」

 

 今回は読みが外れていた。

 

「え……それってアニメでしたっけ……?」

 

「懐かしいなぁ。まだ続いてたのか、あのシリーズ」

 

 近くで灯莉と共に、箱の中身が消える手品を披露していた秋展も話題に乗っかる。

 

「えー!とっきー、チャーミーリリィ知らないの〜?!とっきーだっさーい!」

 

「とっきーださー!」

 

 灯莉と園児たちから悪意なく指摘され、紅巴はシュンとしてしまう。

 

「うっ…も、申し訳ありません…勉強不足でした……」

 

「おにいちゃんはしってるのー?」

 

「ああ。なんなら技も使えるぞ」

 

「ほんとにー?!」

 

 園児たちが一斉に期待の眼差しを向ける。秋展は得意げな顔で、ポケットから緑のハンカチを取り出した。

 

「こうやってハンカチを指で挟んで……」

 

 左手人差し指と中指にハンカチの端を挟み、僅かにはみ出した部分を右手で摘む。

 

「引っ張って風から炎へ!モードチェンジッ!!」

 

 右手を振ると、緑だったハンカチが赤に変わりつつ指から引き出される。

 

「わっ?!」

 

「んーー…?」

 

 紅巴は驚くが、園児たちからの反応はあまり芳しくない。

 

「あ…あれ…?」

 

 困惑していると、灯莉が彼を指差す。

 

「あっきー、それやってたの、ぼくたちがちっちゃい頃のチャーミーリリィだよ〜。あっきーふっるーい!」

 

「おにいちゃんふるー!」

 

「嘘だろ?!あんなに練習したのに……」

 

 がっくりと項垂れる秋展に、紅巴が慰めの言葉をかける。

 

「げ、元気出してください…!私はすごいと思いましたし、他に興味持ってくれた子もいますから!」

 

「お…おう…。サンキュー、紅巴さん。あんたも気を落とすなよ」

 

 2人が話している間に、園児たちの相手が灯莉に移る。

 

「そうだ!あかりちゃん、チャーミーリリィのおえかきしてー!」

 

「オッケー!それじゃ、アニメ後期バージョンのマギ・リュミエール装備型チャーミーリリィを描くよ〜!」

 

 取り出したスケッチブックに素早く鉛筆を走らせ、瞬く間にキャラクターを描き上げる灯莉。記憶からデッサンしたそれをスケッチブックから外して、リクエストしていた園児に贈る。

 

「うわー、さっすがあかりちゃん!」

 

「すごいすごい!すっごーーーい!」

 

 紅巴と秋展も、情景の眼差しで灯莉を見ている。

 

「圧倒的支持率……!灯莉ちゃん、尊敬いたします…っ」

 

「ああ…よく顔を出してる分、園児たちの好みや流行を熟知している上に…それを的確に表現する力があるからな。一朝一夕であの次元に達するのは無理だろうぜ……」

 

「いや、レベルが同じってだけじゃないの……?」

 

 呆れ顔で姫歌が合流。彼女()遊ぶことに園児たちは満足したのか、先程までの鬼ごっこは終わっていた。

 

「目線が同じと言えよ定盛さん」

 

「あぁ……もうどーでもよくなってきたわ、呼ばれ方とか……」

 

「さて、向こうはどうなってるかな?」

 

 疲れている姫歌から、高嶺と叶星のいる方へ視線を移す秋展。

 

 

 活動的な園児たちが秋展たちの方に集っている一方、2人の近くにはおとなしめなタイプの園児たちが集まっている。

 

「ねぇ、かなほちゃんはどんなシャンプーつかってるの?サラサラのかみ、うらやましー」

 

「ふふっ。貴女の髪もつやつやして、綺麗だわ」

 

 と、すかさず高嶺が詳細に解説。

 

「叶星が使っているのは天然素材のオーガニックシャンプーよ。後は寝る前にヘアオイルでのトリートメントを欠かしていないわ」

 

「ふむふむ……おーがにっくにとりーとめんと……と」

 

 話しかけていた園児は興味深そうに頷く。

 

 

 その様子を見ていた秋展たち。姫歌は心底驚いている。

 

「え……なに?この女子力高い会話……」

 

「んっ……あー……そうだな…」

 

 秋展は内心、高嶺が叶星のプライベートに関する情報を敢えて口に出すことで、「叶星は私のもの」と……幼稚園児にまで牽制しているようにも思えたが。

 その感想をぐっと飲み込んで複雑な表情を見せるだけにとどめた。

 

「今時の若い子は美容に関する意識が高いのですね……」

 

 何か枯れたような発言をする紅巴に、秋展がツッコミを入れる。

 

「年寄りってわけでもないのに、突然老け込むなよ紅巴さん」

 

「はぁぁぁ…。なんだかアイドルリリィとしての自信がなくなっちゃう……」

 

 肩を落として姫歌が呟く。すると仲間たちと遊んでいた園児の一人が振り向いた。

 

「えっ、アイドル?!」

 

「へ…?」

 

 俯いている彼女を、明るい顔で見上げる。

 

「さだもりってアイドルなのーっ?!」

 

「定盛じゃなくてひめひめ!……まあそれはともかく。そうよ、ひめひめはアイドルでリリィなのっ!」

 

「急に復活した…!」

 

 元気を取り戻した彼女に秋展が驚く中、姫歌と園児たちの会話が続く。

 

「えーーーっ!ほんとーーーっ?!」

 

「すんごーーい!それじゃ、テレビとかにもでてるんだーっ!」

 

 

「え、えーと……そういう感じではないですよ……。ね、ねぇ、姫歌ちゃん…?」

「シーーッ!黙っておくんだ紅巴さん…!カッコわら…じゃなくてカッコじしょ…ゲフンゲフン…とか言ったら子どもたちや姫歌さんの夢が灰塵に帰すだろ!」

「そ、それは……って姫歌ちゃんのも……?!」

 

 顔を近づけて何やら話している秋展と紅巴を気にすることなく、園児たちの話も進む。

 

「でも、ひめひめはかわいいよね。さすがアイドルだなー」

 

「っ……?!」

 

 姫歌は息を飲む。

 今まで灯莉や秋展からは『面白い人』というレッテルを貼られていたが、久方ぶりに『かわいい』と言われたためだ。彼女は胸中に舞い上がるような喜びを感じる。

 

「もう一度……もう一度言って!姫歌のこと、もっと褒めて!」

 

 満面の笑みでそう言いながら園児たちに詰め寄る。その後ろでは……。

 

「姫歌ちゃん……」

 

 苦笑いしながら悲しそうな目を向ける紅巴と…

 

「あれ……なんで俺が泣きたくなってんだろ…?」

 

 仲間が幼稚園児に褒め言葉をせがむ情け無い姿アイドルとして一歩前に踏み出した姿を見て、目頭を押さえつつ呟く秋展がいた。

 

 すると、園児の一人が言う。

 

「さだもりがアイドルなら、かなほちゃんはおひめさまだね!」

 

 

「え……お姫様?私が?」

 

 急に話題を振られ、叶星は困惑しながら反応した。

 

「あー、わかるー。かなほちゃんはプリンセスだ」

 

「あら、嬉しいわ。ありがとう」

 

「っ!」

 

 叶星が微笑み返していると、今まで有頂天だった姫歌がはっとして秋展と灯莉に食いつく。

 

「ちょっと!灯莉、秋展!アイドルとお姫様ってどっちが上っ?!どっちがかわいいのっ?!」

 

「そうヤケになるなって……」

 

 落ち着かせようとする秋展の横で、灯莉が笑い声を上げた。

 

「あはははーっ!定盛、白雪姫の毒リンゴおばさんみたーい!」

 

「お、おば……っ?!」

 

 ショックを受ける姫歌に、秋展が追い討ちをかける。

 

「そういうこと。美の価値観を比較しようとしてる時点で、もうその心がかわいくないってんだ」

 

「ガーーーン!!」

 

 青ざめて放心を始めた姫歌に、紅巴が近寄って背中を撫でる。

 

「秋展さん…そこまで言わなくても……」

 

「いや、マネージャーだからな。こういうときにはガツンと言ってやらにゃあ…」

 

 

 その頃。

 先程の話を、高嶺たちが続けている。

 

「よかったわね、叶星。お姫様扱いだなんて光栄でしょう?」

 

「ふふっ、そうね」

 

 叶星が微笑んでいると、彼女をお姫様と呼んでいた園児が高嶺を見て言った。

 

「……たかねおねえさまはおうじさま!」

 

「王子様…?」

 

 聞き返す高嶺だが、かなり嬉しそうな様子である。

 

「うんっ、おひめさまとけっこんするひと!だっておにあいだもん!」

 

 純粋な少女の言葉。

 結婚とお似合い。

 このキーワードを耳にしていた紅巴は…。

 

 

「…………」

 

 

「……?おーい?紅巴さーーん」

 

 秋展が顔の前で手を振っても無反応。恍惚の笑みを浮かべている。

 姫歌も彼女の肩を揺すった。

 

「ちょっと紅巴!声もなく昇天しそうになるのやめてっ!っていうか、なんで高嶺様だけお姉様呼びなの?!」

 

「貫禄だろうなぁ……」

 

 姫歌たちを気にするでもなく、叶星たちと園児は会話する。

 

「高嶺ちゃんが王子様か……。なんだろう、すごくしっくりくるわ」

 

「うーん、私としては姫君(プリンセス)を守る騎士(ナイト)も捨てがたいのだけど……でも、それは本職(秋展くん)に譲ることにして、叶星と結婚して(キング)になるのも悪くないわねぇ」

 

「寿退職かっ!譲られたとして、俺の仕事はないも同然だろそれ……っておお?!」

 

「ぐふぁ…っ!」

 

 遂に耐えられなくなった紅巴が鼻血を噴いて倒れ伏す。突然の出来事に秋展は肝を抜かれた。彼女の体を起こしつつ呼びかける。

 

「しっかりしろぉ!傷は深いぞ!!」

 

「た、高嶺様!その辺にしてください!紅巴が帰って来れなくなっちゃいます……!」

 

 

 

 幼稚園内が授業の時間になり、グラン・エプレに休憩のときが訪れる。

 

「……それで私たちがやるべき仕事は、具体的にどういうものなの?」

 

 控室として充てがわれた空き教室で、高嶺たちが遊び相手以外の仕事について会議を進めていた。

 

「灯莉ちゃんから少し説明があったと思うけど、今度のお遊戯会で演劇をやるらしいの。ただ、企画を担当していた職員さんが怪我をされた影響で…ほとんど準備ができていないって状況ね」

 

 叶星に続き、紅巴たちも口を開く。

 

「他の職員さんも、園児たちの面倒を見るので手一杯ですよね……」

 

「実際、今日俺たちが入ってなお忙しそうだったからなぁ」

 

「あの元気のカタマリみたいな子たちの相手をしながら劇の準備なんて、姫歌にはぜったい無理だわ……」

 

「そういうわけで、俺たちが助っ人に呼ばれたんだが…。とりあえず、職員の人から具体的に仕事が書かれた紙をもらってる」

 

 秋展は荷物から取り出した書類を机に置き、皆に見せた。

 

「まずはこいつに従って、役割分担していくとしようぜ」

 

 彼が提案すると、灯莉が真っ先に手を上げる。

 

「ぼく、衣装作りやるよー!あとね、背景とか看板も作るー!」

 

「背景……書き割りというものね」

 

 ホワイトボードに向かっていた秋展は、高嶺の言葉に頷いてから灯莉の方を見る。

 

「両方ともいくのか」

 

「衣装に書き割りって……大変そうだけど大丈夫なの?姫歌もそっち手伝ったほうがいい?」

 

「んー、だいじょぶ!去年使った衣装があるから、それをベースに飾りをいくつか作って、リメイクすればいい感じになると思う〜」

 

「なら、ここは灯莉さんで……」

 

 秋展がボードに役割を整理していく。

 

「十分、大変そうだけど……。何かあったら言いなさいね」

 

「うんっ、ありがとー!」

 

 姫歌に礼を言う灯莉の隣で、紅巴は紙を眺めて悩んでいた。

 

「私は何をすればよろしいでしょうか……?」

 

「紅巴ちゃんと姫歌ちゃんには、劇で使う曲の選定をお願いするわ。できれば演奏もお願いしたいところだけど……」

 

「楽器は何があるのでしょうか?」

 

「えっとね、オルガンがあるよー!」

 

「状態は?」

 

「物置きにしまってあるけど、ばっちりだよ!」

 

 秋展の質問に笑顔で答える灯莉。姫歌はやや困り顔になる。

 

「オルガンか……。ピアノはやってたけど、そっちは弾いたことないわね」

 

 と、紅巴が手を上げた。

 

「あっ…私、弾けます!」

 

「お。そりゃあいいな」

 

「へぇ、オルガンなんてどこで習ったの?」

 

「ええ、昔お世話になっていた場所で……」

 

「……!」

 

 ボードに向かっていた秋展は、紅巴の言葉に何か自分たち兄妹と似たものを感じた。

 

「とにかく、伴奏でしたらお役に立てると思いますっ」

 

「それじゃ、姫歌は歌をみてあげようかしら」

 

「そうしていただけると助かります……!」

 

 姫歌はやる気に満ちた顔で天井に目を向け、実際に歌を教えている場面を思い描いた。

 

「歌のお姉さんか…。アイドルとはちょっと違うけど、いい経験になりそうね!」

 

「なんだなんだ?ボランティアなのに本格仕様になってきたじゃねぇか」

 

「ふふふ。皆、ありがとう。期待しているわね」

 

「よし、とりあえずこれで大役は揃ったな。後は片手間で済むような、細々した仕事があるだけだ」

 

 微笑む叶星、秋展の順に高嶺が見つめる。

 

「では、私たち3人は皆のサポートに回りましょうか」

 

「おう。手伝いながら細かい仕事をやってしまおう」

 

「そうね。雑用でもなんでも言いつけてちょうだい」

 

 叶星はそう言うが、紅巴は遠慮する。

 

「そ、そんなっ…雑用なら私がっ!」

 

「はいはい、いいからいいから。劇の内容を聞いて、どんな曲にするか相談しましょ」

 

「でも……」

 

 姫歌に宥められてもなお、紅巴が叶星の方を申し訳なさそうに見つめる。

 そこへ秋展が畳み掛けた。

 

「言っとくぞ紅巴さん。本職の雑用係は俺だ。俺から雑用を取ったら何一つ仕事が残らない。ただでさえ他に2人の人手があるのに、あんたまで雑用を始めたら俺の存在意義が露と消える」

 

「は、はい……!」

 

「だからあんたは自分の仕事に集中してくれ。伴奏できるのはあんただけなんだからな」

 

「わかりました…!土岐紅巴、全力を尽くして演奏しますっ」

 

「オーケー、それでいい」

 

 皆のやりとりを見ていた灯莉は、早くも楽しみにしている様子である。

 

「えへへ、皆で面白いお遊戯会にしようね〜!」

 

 

 

 しばらくして。

 叶星と高嶺は、灯莉と一緒に背景に使う塗料や板が保管されている屋外の倉庫へ。秋展はオルガンを運び出す手伝いをするために物置きへと向かった。

 

 物置きの中は整頓されており、布の掛かったオルガンには楽に対面することができた。

 

「……なんだか懐かしい気持ちです…」

 

 布を捲り、鍵盤を撫でる紅巴。遠い記憶を思い返している。

 

「そうか…。幼稚園…俺は保育園だったが、こういう場所はノスタルジックな気持ちにさせてくれるよな」

 

 運び出すときに邪魔になりそうな品々を退かしながら、秋展は微笑む。

 

「小さい頃に観たテレビ番組とか……案外覚えてるもんだ」

 

 しばし作業を止め、胸…妹の写真が入ったペンダントに手を当てる。

 

「あ、先程話していたチャーミーリリィですね…。小さい女の子向けのお話だとお聞きしてます」

 

「ああ…。正直、俺はあんまり興味なかったんだがな、妹がハマってたんだ。アニメの中に手品を使うキャラがいて、そこから俺ものめり込んで……そんな具合だ」

 

 聞いていた姫歌も話に加わる。

 

「ふーん。妹さんの方から手品を始めたのね」

 

「まあ、あいつより俺がハマってたけどな、手品は」

 

「……あの、聞いてよろしければ…」

 

「ん?」

 

 どこへともなく伸ばしていた視線を、こちらを見上げる紅巴に合わせる。

 

「秋展さんの妹さん……秋奈さんは、どんな方なんでしょうか…?」

 

「あ、それあたしも興味あるわ」

 

 姫歌も寄って来た。秋展は上着の下からペンダントを取り出す。

 

「そうだなぁ…。まあとにかく、素直で気持ちに正直なやつだった。ちょうどあんたたち2人を足して2で割ったような性格してたぜ。写真見るか?俺に似てるんだ」

 

 卵型のペンダントを開き、彼と同じ赤茶色の髪と目に、元気がよさそうな少女の写真を2人に見せる。

 

「わっ…確かによく似てらっしゃいます…」

 

「男寄りの美形な顔してるわね…。女装した秋展って感じ」

 

「体格が違うから速攻でバレるけどな。イケメン兄妹ってことで、近所じゃ有名だったんだぜ?」

 

「まあ確かにあんたの顔、悪くはないけど……中身がこれじゃあねぇ……」

 

「っ…。そんな言い方ないだろ…」

 

 少し落ち込みながら、秋展はペンダントをしまい込む。

 

「やっぱり思い出とかあるの?」

 

「ああ。一緒に手品やったり、テレビ観たり…旅行にも行ったし……。短い間だったが、騎士団に入る前は一般人だったからな。平凡でも大事な思い出は、たくさんあるさ」

 

「………」

 

 切なげな紅巴の方に話題を振る。

 

「あんたはどうだ?紅巴さんの、ご家族との思い出とか……」

 

「あ……そ、その…」

 

 彼女はオルガンの布を戻しつつ、申し訳なさそうに返した。

 

「…私、幼い頃は施設で過ごしておりまして……」

 

「っ…!」

 

「え、そうだったの?」

 

 秋展の顔が少し曇る。驚く姫歌に答える形で、彼女は続けた。

 

「はい…。そこにあったオルガンを弾かせていただいて、覚えまして…」

 

「そうだったのね…」

 

「あの、興味本位でお尋ねしてしまって申し訳ありませんが、秋展さんのお話……ご家族のお話は、今一つ実感が……その……」

 

 秋展も罪悪感が滲む笑みで紅巴の方を向き、彼女の肩に軽く手を置いた。

 

「いや、いい。気にするな。俺も悪かった。軽々しく聞いちまったよ……」

 

「あ、謝らないでください…。リリィには珍しくないですから……」

 

「騎士団員にはもっと珍しくないんだがな…。負のマギに耐性のある、行き場をなくした子どもには選択肢が与えられる。騎士団の施設で騎士になるべく生活するか、里親を探すか…。後者を選べない場合も結構あるんだ」

 

「新しい家が見つからないってこと…?」

 

 姫歌の発言に頷く。

 

「大人と暮らせない事情があるやつ、社会の中に身の置き場がないやつ……そういう、人に言えない背景があるやつが集まってる側面も、騎士団にはある。それがわかってたのに俺は……」

 

 秋展が俯いていると、姫歌が手を叩いた。

 

「はいはい、しんみりした話は終わり!さっさと作業しましょ!」

 

「姫歌ちゃん……」

 

「あんたたちにとってはそういうのが“当たり前”かもしれないけど、ここではそうじゃないのよ!お遊戯会を成功させて、この幼稚園の子たちの“当たり前”の笑顔を守るって仕事があるんだから!」

 

「「………」」

 

 秋展と紅巴は顔を見合わせ……同時にふっと微笑む。

 

「……ああ、そうだな。姫歌さんの言う通りだ。懐かしい雰囲気に当てられて…俺としたことが……」

 

「そうですね…。今は、お遊戯会のために頑張りましょうっ!」

 

 

 作業を再開して数分後。

 

 物置きが片付いた。オルガンのキャスターをロックから外し、明るい教室を目指してゴロゴロと運んで行く。

 

 

 





 これからは1週間に1度投稿できれば早いくらいのペースにしようと思います。皆様にはじっくり楽しんでいただきたいですし、私も今までは急ぎすぎていたと感じていますので……。


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第7話 定まる変化

 この章を軽く3ヶ月更新してないばかりか、投稿自体1ヶ月してなかっただと?!

 アイエエエエ……時間…時間ナンデ……。




 

 少女が一人、夕焼けの戦場に立っていた。

 

 見渡すのは崩壊した街並み。かつて人々の喧騒が響いていた道路を、今は奇怪生命体の群れが我が物顔で進撃する。

 

 もはや、ここを戦場とは呼べないだろう。人影は少女以外になく、完全にヒュージに制圧されてしまっている。少女の存在に気づかれたなら、彼らの手で速やかに押し潰されることは想像に難くない。

 

 

 それでも、彼女にとってここは立派な戦場であった。

 

鈴月(すずつき)!!』

 

 よく知っている声が、通信機から聞こえる。

 

「教導官。皆は逃げ切りましたか?」

 

『ああ!怪我人の収容も済んでいる!後はお前だけだ!本当によくやった…!お前もすぐに離脱しろ!!』

 

「それが無理なんです…。でも!ただじゃやられませんよ!1体だけでもヒュージを減らして、この地域の奪還を楽にして差し上げますから!」

 

『何を言っている!高等部の教官たちは、お前の実力と活躍を期待しているんだ!あちらのリリィたちもだ!感情的にも打算的にも、ここでお前を喪うわけには…!』

 

「教導官」

 

 慌てながら説得する彼女に対して、少女は静かに言葉を発する。

 

「お世話になりました。初等部の訓練生時代から今日まで、ずっと見てくださって……。本当に感謝しています。貴女が教導官で…私は幸せでした」

 

『待て…!』

 

「今日まで戦ってきた仲間たちにも、ありがとうと言っていたと…伝えてください。東京のガーデンの兄には……ただ、起こったことを…」

 

『鈴月……!』

 

「通信を終了します。……ありがとうございました」

 

『す……』パキャ

 

 少女は耳から通信機を外し、地面に落として踏み砕いた。

 

「さぁ…ってと」

 

 彼女は身を潜めていた瓦礫の山の上に立つ。

 

『……□?』

 

『□□……!』

 

 案の定、数体のヒュージが彼女に気づいた。

 彼女は首に提げていた卵型のロケットペンダントを手にする。

 

「どうせなら、お兄ぃとも一緒に戦いたかったなぁ…。ううん、違うよね…」

 

 空いた手が握る、ロングソードの刃を掴む形のチャームを持ち上げた。

 

「お兄ぃ。私、ずっとずぅっと戦い続けるよ。自分がやられても、私はきっと……それがわからないから。だから……」

 

 ペンダントに口付け。ヒュージはすぐそこまで迫っていた。

 

「いつか…きっとまた会おう、ね。お兄ぃ…!」

 

 濡れた目を拭うと、彼女はチャームを両手で構えた。

 

「行くよ『モルトシュラーク』!最後のアンコールにお応えしなきゃ!」

 

 残ったマギの全てを込める。

 手元に埋め込まれたクリスタルコア…その表面に、ルーン文字が重なった紋様が輝いた。同時に……。

 

『□□□□□□!!!』

 

 眼前に達したヒュージが巨大な口を開く。

 

 

「『ルナティック……トランサアァァァァ』!!!」

 

 

 叫びと共に、自らのマギを全て解放。ヒュージへと斬りかかる。

 

 

 

 

 

 それきり、彼女の思考は途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん…」

 

 秋展が目を覚ましたのは、灼銅城(しゃくどうじょう)の格納庫。バラバラになったチャームを最初に目にする。

 

「ああ……俺、夜中までチャームの分解整備を……」

 

 突っ伏していた作業机から身を起こすと、首にぶら下がるペンダントが目に入る。夢の中で少女が持っていたものと同じ形だ。

 

「さっきの夢……秋奈の記憶…か?」

 

 そこまで呟くと、彼は自分の手がチャームの刃に触れていることに気づいた。動力源であるリアクターは外され、近くに置かれている。

 

「……。チャームってのは、持ち主のマギを覚えるんだっけ…。なら、お前にまだ残ってたんだな、秋奈のマギが。それを使って…俺に記憶を見せてくれたのか。モルトシュラーク」

 

 彼は一つ納得し、そして乾いた笑みを浮かべた。

 

「はは…。そりゃあそうだよな。まだ秋奈の……リリィのマギが残ってたんだ。そんなコラプサーチャームで、ヒュージに変身する俺のスキルが満足に発動するわけがねぇ…」

 

 彼は刃を持ち上げ、そこに自分の顔を写す。

 

「けど、それも今ので完全に消えたな…。ありがとう、秋奈。お前の願い…俺がきっちり叶えてやるよ…!」

 

 (しろがね)に映り込む秋展の顔は、泣いても笑ってもいない。ただ、ひたすらに優しく、真剣であった。

 

 

 

 

 しばらくして。

 

「えーと、次はどの店に行くんだっけ?」

 

「はい、次は文房具屋さんですね。飾りを作るための道具を買い揃えましょう」

 

「あー。そうだったわね。それじゃ、文房具屋さんに向かうわよ」

 

「ちょ…ちょっと待ってくれ…。休憩しないか…?」

 

 姫歌、紅巴、秋展、灯莉の4人は、商店街を巡って演劇のための買出しを行っていた。

 早くも疲れが見て取れる秋展の方に、姫歌が向き直る。

 

「もうへばったの?情け無いわね」

 

「あんた、俺の手にあるものが何かわかってんだろ…。塗料の缶だけで1ダースも運ぶとか聞いてねぇよ…!」

 

 張ち切れんばかりの買い物袋を提げる彼の両腕は限界に近い力を出し続けているのだ。

 

「あたしたちとお出かけできるんだから、むしろ感謝しなさいよ、荷物持ち」

 

「冗談じゃない!画材屋の人は無料でガーデンまで配達してくれるって言ってたのに、あんたはよぉ…!男手があるから大丈夫とか言いやがって……!」

 

「お、落ち着いてください、秋展さん。先も長いですから……」

 

「サラッと鬼みたいなこと言ってくれるな紅巴さん…」

 

 ぼやく秋展を宥めながら、気まぐれで先に向かった灯莉を追う。

 3人が彼女と合流すると……。

 

「定盛〜これ買おうよ〜!」

 

 

 そこにいた灯莉は、あからさまにニンジャなのだ。

 

「アイエエエエエエエ?!」

 

 ショックを発症する秋展を放っておき、姫歌は灯莉が試着している衣装に付けられた札を見る。

 

「なになに……なりきり忍者変身セット?なるほど、これは幼稚園の劇を成功させる必須アイテム……」

 

「だな。何せ演劇の舞台は、サイバネ技術が普遍化した未来……」

 

「なわけあるかー!さっさと戻して来なさい!」

 

「おお、見よ。ヒメカ=サンのフドウノリツッコミ・ジツである!」

 

 古事記にも書かれている。

 

「さっきからうるさいわ秋展!」

 

 灯莉は笑いながら制服の上に着ていた忍者装束を脱ぐ。

 

「なははー!やっぱり定盛は面白いなー♪」

 

「ああ。返しのキレが心地いいぜ」

 

 姫歌は悔しさを顔に滲ませた。

 

「くっ…アイドルリリィを目指してるっていうのに、2人といると変なスキルばっかり磨かれてしまうわ……!」

 

「「ヒメヒメカワイイヤッタ--!」」

 

「言うと思ったわよ!」

 

 3人のやり取りを他所に、紅巴は商店街を見まわしていた。

 

「あら、あのお店って……」

 

「何っ?!紅巴まで姫歌にツッコませたいのっ?」

 

「いえ、そうではなくて……」

 

 彼女もボケに回ったかと身構える姫歌だが、実際は違った。

 

「あのお店、何でしょうか?煌びやかな衣装がたくさん並んでいますが……」

 

 紅巴はただ、少し離れた場所にある服飾店のショーウィンドウを見ていただけである。

 すると、灯莉が解説を始めた。

 

「あれはコスプレ衣装のお店だよ。この忍者セットもあそこのやつ〜」

 

「数ある中から目ざとく見つけてきたってわけか、よりにもよってそいつを……」

 

 皆でその店に近づいていると、姫歌がそのショーウィンドウに並べられた品の中に何かを見つけた。

 

「ま、待って……!あの衣装……姫歌、見たことあるんだけど!」

 

「何かのアニメの衣装でしょうか?すごくかわいいですね」

 

「ああ、そういや紅巴さん、『チャーミーリリィ』見始めたんだっけ?」

 

「はい、後学のために……」

 

 秋展たちの会話を姫歌が遮った。

 

「そんなもんじゃないわ!あれ、ミニョン=シフォンの衣装じゃないっ?!」

 

「ミニョン=シフォン…?」

 

「何だっけそれ……」

 

 紅巴と秋展はパッとしない顔だが、灯莉も気づいていた。

 

「あー!ぼく知ってる!こないだ、ぼくに無理矢理PV見せたアイドルグループだよね!」

 

「人聞きの悪い言い方しないで!あれはいずれ灯莉に衣装をデザインしてもらうときに、参考になるかと思って特別に上映会をしただけよ!」

 

「灯莉さん、乗り気じゃなかったやつだな?」

 

 2人の雰囲気から当時を想像した秋展が問いかけると、心あたりがあるのか姫歌は少し俯いた。

 

「……まあ、朝までぶっ続けで8時間拘束したのは悪かったわ」

 

「ひ…っ!」

 

 朝まで8時間拘束……その言葉に紅巴は妄想を膨らませて悲鳴に似た声を上げる。その横では秋展が呆れていた。

 

「運がよかったな、姫歌さん。ハラスメントとして訴えられてたら今頃あんたは……聞いちゃいないか……」

 

 背後でのやり取りを気にすることもなく、姫歌はショーウィンドウ越しに衣装の観察を続ける。

 

「あら、この衣装…レプリカなのね。それにしてもよくできてるわね」

 

「………」

 

 と、じっと衣装を見つめる灯莉に紅巴が声をかける。

 

「ど、どうかしましたか?灯莉ちゃん……」

 

「……なるほど、袖の内側はこういうふうになってるのかー。見えないところが見えるのは……うん。うんうん……ほう、ほほーう……」

 

 細かいところまで観察する灯莉だが、後ろから秋展に肩を軽くつつかれた。

 

「あー…お楽しみのところ水を差すようで悪いけど……」

 

「そろそろ残りの買い物にも行かないと。叶星様たちと幼稚園で落ち合う約束だったわよね」

 

「そうですね。早く戻ってお歌のお稽古を………」

 

 紅巴が言いかけた次の瞬間。

 

 

  ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ………!

 

 

 街中に響き渡る、このサイレンは……

 

「っ……ヒュージ警報?!」

 

「えっ、ヒュージが出たの?」

 

「らしいな…。やはり塗料は配達を頼んどくべきだった…!」

 

 両手が塞がっている秋展が文句を言う間に、紅巴が端末を取り出して起動する。

 

「少々お待ちください。今、ガーデンからの情報を照会いたします……っ、これは…!?」

 

「ん?」

 

「どうしたの、紅巴っ?」

 

「出現したのは大型で、機動力が極めて高い個体とのことです」

 

「何か覚えがある…」

 

「そ、それってもしかして…!」

 

 秋展と姫歌の予想通りの答えが、紅巴の端末に映し出された。

 

「データ照合によりますと……以前、私たちが接敵したヒュージである可能性が高いです!」

 

「やっぱそうか…。あの隕石野郎…!」

 

「灯莉や高嶺様に怪我をさせたあいつね!」

 

「おそらくは……」

 

 姫歌は昂然と顔を上げる。

 

「ここで会ったが百年目よ!今度こそ、成長した姫歌たちが倒してあげる!」

 

「ああ、そう何度も逃げられちゃあたまんねぇからな」

 

 秋展の言葉に頷くと、姫歌が紅巴に問いかけた。

 

「で、どこに現れたの?そのヒュージは!」

 

「ここからは結構、距離がありますが……あ、この進行方向は?!」

 

「え?どうしたの?」

 

 紅巴が口にするのは、決して聞き流せない情報である。

 

 

「神庭の住宅街……あの幼稚園です!」

 

 

「「ええっ?!」」

 

 灯莉と姫歌の驚きの声が重なる。が、秋展は不敵な笑みを浮かべた。

 

「ほーう…俺らを本気にさせる理由をわざわざ増やしてくれるとはなぁ……これに応えない理由はねぇ…!」

 

 

 

 4人は塗料を画材屋に預け、急いでガーデンに帰還。校舎内にあてがわれた、5つの箱があるブリーフィングルームにて叶星、高嶺と合流する。

 

「集まったわね、皆」

 

「叶星先輩!ヒュージの進行方向に幼稚園が!」

 

「わかっているから、落ち着きなさい」

 

 灯莉と話す叶星。彼女の横では高嶺と秋展が通信を確認していた。

 

「今、他の学園(ガーデン)のレギオンが交戦中との連絡が入ったわ。苦戦しているらしい……」

 

「灼銅城も一部は増援に向かうことが決定したそうだ。もちろん、俺はあんたらとやるけどな」

 

「その敵は、以前逃したあの素早いヒュージなんですよね?」

 

 やる気に満ちた顔の姫歌が確認すると、叶星は頷いた。

 

「間違いないでしょうね。更に報告によれば、目撃された数は…2体」

 

「へぇ…そりゃあいい……」

 

 ニタリと笑う秋展。一方で紅巴は困惑していた。

 

「あのヒュージが…2体?!1体でも厄介でしたのに……」

 

「当然その2体以外にも、別の個体のヒュージも複数目撃されている」

 

「おそらく、これまで以上に厳しい戦いになるわ」

 

 叶星は不安そうに言う。

 

「今回ばかりは、私と高嶺ちゃんじゃ、貴女たちを護れないかもしれない。秋展くんも……」

 

「………」

 

 紅巴がきゅっと唇を結ぶと、叶星が続ける。

 

「『リリィの戦いは今日が最期かもしれず、命を賭すに値するかどうかはリリィ自身が決めるべき』。よく考えて……」

 

 と、意味深な笑顔で様子を見ていた秋展が口を開く。

 

「そこのとこだが、考えるまでもなさそうだ。なぁ?」

 

 彼が目を向ける1年生3人。

 誰の顔にも迷いはなかった。

 

「ええ。そんなの決まってます!」

 

「姫歌ちゃん…?」

 

「わたしたちはリリィです!相手がどんなヒュージだろうと、臆すわけにはいきません!それに……」

 

 灯莉が笑顔で加える。

 

「うん!ぼくたちが、あの子たちの笑顔を守らないと!」

 

「はい!ヒュージによって悲しむ人たちがいるのなら、戦わないわけにはいきません!」

 

「命を賭けるには、十分に値する戦いです!!」

 

 姫歌はキッパリと言いきった。

 

「だそうで。俺もその賭け、一口乗らせてもらう。なんたってアガリがデカそうだからな」

 

 皆、心は定まっている。叶星はその事実をしっかりと受け止めた。

 

「………わかったわ。もう聞いたりしない。一緒に戦いましょう」

 

「はい!」

 

 姫歌が返答したところで、彼女は部屋に積まれた荷物の方を向く。

 

「では、紅巴ちゃん。そこにある箱を開けてくれる?」

 

「箱…ですか?」

 

 梱包を解き蓋を開け……中身を目にした紅巴は息を飲む。

 

「これは!?」

 

「服だ!」

 

「これって、もしかして…?!」

 

 灯莉と姫歌も中身を覗き込んだ。

 

「グラン・エプレのレギオン服よ」

 

「皆からの意見を踏まえて、製作依頼をしておいたの」

 

 得意げな顔の高嶺と叶星。秋展は校長室がある方角に頭を向けていた。

 

「今朝届いたばっかりだそうだ。正真正銘の新品にして、一点物の品ときてる。にしてもグラン・エプレの任命式といい、レギオン制服といい…サプライズ好きだよな、校長先生……」

 

 秋展による説明を聞き流しながら、灯莉たち3人は自分の名前が書かれた箱から服を取り出して嬉しそうに眺め、体に当てたりしていた。

 

「おお!いい感じのデザインだねー!」

 

「すごい、かわいい!」

 

「はい、素敵です!」

 

 皆、形は様々だが、白や薄いピンクを基調にアクセントとしてワインレッド…学校の制服とはまた違う、紫に近い色合いの赤が加わる点が共通している。

 個性は保ちながら、全員が同じ集団にいることは一目でわかる設計だ。

 

 一通り眺めていた灯莉が秋展を見る。

 

「あっきーのはないの?」

 

「ああ、灼銅城(こっち)には防衛軍の式典用制服があるからな、必要ならそいつで間に合わせる。というか服云々より、俺にはとびっきりの“変身”があるだろ?」

 

「あ、EXスキル……」

 

「でもあんた…使えないんでしょ?」

 

 姫歌からの質問を、彼は適当にあしらった。

 

「さあてどうかな。話してる間にも、出撃準備した方がいいぜ」

 

「そうね」

 

 叶星の答えを聞くと同時に、秋展はブリーフィングルームから出て準備に向かった。

 彼が去った部屋で、叶星が号令をかける。

 

「それじゃ、皆!着替えたら秋展くんと合流して……グラン・エプレ、出動よ!」

 

「「「はい!!」」」

 

 1年生たちの声が部屋に響く。

 

 

 

 灼銅城の格納庫。

 秋展は自分の装備……モルトシュラーク-コラプサーにリアクターを嵌め込む。

 

「……よし」

 

 手早く動作確認も済ませた。すると、座って作業していた彼の横にもう一人騎士が現れる。

 紅いカタフラクトを纏い、ヘルメットに笠のようなセンサーユニットを備え、二振の刀を佩いた彼は……。

 

「…今日は、調子がよさそうだな」

 

「……(なつめ)…」

 

 秋展はどうしても彼、待宵(まちよい)(なつめ)に言っておきたいことがあった。立ち上がって向き合う。

 

「お前…気づいてたよな。ずっと前から、俺のチャームの刃に秋奈のマギが残ってたってことによ…」

 

「………」

 

 棗は静かに頷いて、鬼面頬型のフェイスガードを開ける。

 その仮面の下で、彼の瞳は燻んだ赤に輝いていた。彼のスキル、マギの存在と流れを観る…ホルスの眼。

 

「もっと早く言ってくれてもよかったんじゃねぇの?」

 

 

「……知ったら、お前は戦えていたのか?その武器を振るえていたのか?去年までのお前を引き摺るお前が、彼女(リリィ)たちと」

 

 

「…っ」

 

 痛いところを突かれ、彼は少し押し黙る。

 

「……いや。正直無理だったろうぜ…。スキルを使ってまでグラン・エプレの世話人やろうとは…考えもしなかったと思う」

 

「だから、俺は黙っていた。お前が自分で乗り越えるべきことだったからだ。……不満か?」

 

 秋展はクスリと笑う。

 

「まさか。俺は感謝してんだよ、黙っててくれたことをな。ありがとよ、棗」

 

「……そうか」

 

 2人は並び、光が差し込む格納庫の出口へ。これから戦地に赴くにしては軽く、されどしっかり歩みを進める。

 

「なんでお前、リリィにモテねぇんだろうな?不思議でしょうがねぇよ」

 

「…お前は性格を変えなければ、だな」

 

「ははっ、言うねェ……」

 

 格納庫の外では、太陽が燦々と降り注ぐ。棗の通信機が鳴った。

 

「……“ドゥルーエ”から通信。作戦が決まったか」

 

「ああ、お前のとこのレギオン…。今日も頑張れよ、“葡萄”の世話人」

 

「……そちらもな、“林檎”の世話人」

 

 

 軽く挨拶を交わすと、2人はそれぞれのレギオンに合流すべく別れた。

 

 

 

 

 都内の住宅地。

 ヒュージの迎撃予定地点に到着した叶星たちが索敵していると、彼女と高嶺はあっさり敵を見つけ出した。

 上空にて歪な八芒星が、またもや悠然と飛行している。が、その体表には板を継ぎ接ぎしたような模様が見られる。

 

「っ!やっぱりあのときのヒュージね……」

 

「レストアード……(ネスト)に戻って傷を癒したヒュージね。私たちのことは覚えているかしら?」

 

 川辺の路地に身を潜めつつ様子を見る2人。秋展もそれに倣って、ヒュージを観察している。

 

「あれだけ触手をぶった斬りにしてやったんだ。覚えてなきゃどうかしてる」

 

「どの道、強敵であることは間違いないわ。なんとか私たちで仕留めないと……」

 

 すると、3人の近くに…。

 

「叶星せんぱーい!」

 

「こっちは完了しました!」

 

「きょーちんたちと一緒に幼稚園の皆、無事に避難させたよ!」

 

「はい。皆さんとてもいい子でした!」

 

 灯莉たちが合流。3人は幼稚園児たちを退避させる手伝いに出ていた。

 

「皆、ありがとう。お疲れ様」

 

「他の人の避難も灼銅城が進めてる。これで、こっちの戦闘に集中できそうだ」

 

「うんっ!」

 

 灯莉が元気よく頷く。すると上空から……

 

 

『□□□□!!』

 

 

 ヒュージの声が降ってきた。身体の後ろから胴体を引き出し、ほとんど同時に触手を展開する。

 既に身に覚えのあるマギの気配に感づいているのだ。

 

「あのヒュージ……」

 

「やはり、あのときの…!」

 

 姫歌と紅巴も、流星型ヒュージの姿を認めた。

 

「チビたちのお遊戯会の邪魔はダメだよ〜」

 

 灯莉は禍々しい形のヒュージの視覚器を睨みつける。

 

「そうね。早く片付けて劇の準備をしましょう。あの子たちが待っているわ」

 

 叶星の言葉に合わせて全員がチャームを構えた。一方、ヒュージもまた気配の出どころを捉える。

 

『□□□!』

 

 

  ビュウゥッ!!

 

 

「っ…伏せて!」

 

 高嶺が叫ぶと同時に、ヒュージは鋭く方向転換しながら地面に触手を繰り出した。

 

「え…っ?」

 

  ギィン!

 

 姫歌に向けられたそれを、間一髪高嶺が打ち払う。その直後……。

 

 

「あっきー後ろ後ろ!!」

 

「っ?!」

 

 灯莉の声に振り向く秋展。その眼前に、姫歌たちがいる場所とは全く違う方向から触手が迫る。

 

「『アポフィスの……』…っ!」

 

  バチィ!

 

 全身に血色の稲妻を瞬かせながらチャームで触手を受けた。

 

「ぐおお?!」

 

 が、彼はあれよと言う間に路地から押し出され、道路に転がりつつ躱す。

 

  ズガンッ!!!

 

「……っ!」

 

 全身に浮き上がった光の紋様の残像を描きながら踏み留まった彼のすぐ横で、乗り捨てられたトラックが触手に斬り裂かれた。派手に吹き飛んで川に落ちていく。

 

 黄色い光を放つ瞳で空を見上げると、2個の流星が重力に争って飛び回っている。

 

「もう1体、ヒュージが……」

 

「報告にあった2体目ね…」

 

「纏めて来たか…。いよいよ都合がよくなってきたぜ!」

 

 叶星と高嶺も、流星型ヒュージをキッと見上げる。

 

「……高嶺ちゃん」

 

「ええ、わかってるわ」

 

 紅巴は不安な顔で2人を伺っていた。

 

「も、もしや…またお2人で……?」

 

「今、あのヒュージの速度に対応できるのは叶星…あるいは秋展くんだけよ。そして、あの速度に呼応して動けるのは私だけ」

 

「っ……」

 

「気をつけてね、3人とも……」

 

 姫歌と灯莉が一瞬、悲しそうな表情を浮かべる。あの2体以外にも、やや小ぶりなヒュージが周りにやって来ているのだ。

 

「安心しろ。俺がついてる以上、この前と同じ戦い方はさせねぇからな」

 

「秋展……そうよね…!」

 

 姫歌は一呼吸置き、気持ちを切り替える。

 

「…他のヒュージたちはあたしたちに任せてください!叶星様たちの邪魔はさせません!あんたも頼むわよ、マネージャー!」

 

「おう!」

 

「ええ……任せたわ。行こう、高嶺ちゃん、秋展くん。今度こそ、確実に仕留めるわ…!」

 

「了解!」

 

 

 二手に分かれ、ヒュージ迎撃に走るグラン・エプレ。

 

 流星型を追う叶星の射撃を、レストアはことごとく回避する。

 その間に……。

 

「叶星、後ろ……!」

 

 彼女の背後に接近する、新造の2体目。叶星はその気配をしっかりと捉えていた。

 

「わかってる…!たあぁあっ!!」

 

「そぉらよお!!」

 

 射撃を取りやめ、素早く近接戦モードにチャームを切り替えて斬りつける彼女。タイミングを合わせて秋展も灼熱の刃を振りかぶる。

 

 が、新造もレストアに比肩する機動性で続け様に2人の斬撃を回避した。

 

「く……っ!」

 

「ちょこまかと…!」

 

 悪態を吐きつつ、秋展は内心に生じた焦りを整理する。

 

(こりゃああんまりよろしくねぇかな…。さっき発動した俺のスキル…咄嗟だったこともあってまだ温まってねぇから……それまでどうすりゃいいんだ…?!)

 

 

 少し離れた場所では、小ぶりなヒュージの群れと戦いながら姫歌たちが3人の様子を見ている。

 

「ああっ、やっぱり躱された……!」

 

「あの機動力は厄介です…。それが今回は同時に2体なんて…」

 

 姫歌と紅巴が会話していると、灯莉が声を上げる。

 

「あっ、叶星先輩!あっきー!!」

 

 

 

  ズダダダダダダダダダダッ

 

「っ…!」

 

「もう弾が…!ちったぁ当たりやがれ…!」

 

  ドギャギャギャギャギャギャギャギャギャッ

 

 叶星と秋展はチャームのマシンキャノンを連射して新造を狙うが、ヒュージは高速で回避するとお返しとばかりに彼女たちに攻撃を叩き込む。

 

  ギュンッ!

 

「な…ぐっ!?」

 

「きゃあああっ?!」

 

 吹き飛ばされる2人。秋展はアスファルトにチャームを突き立ててブレーキにしたものの、空中に投げ出された叶星は姿勢を立て直そうとし……着地の瞬間には建物の裏に入り、高嶺から見えなくなる。

 

「叶星…!!」

 

 心配する高嶺の声。なんとか無事に着地していた叶星が答える。

 

「私は大丈夫!もう1体から目を離さないで!秋展くんも!」

 

「っ…わかったわ」

 

「任せとけ!」

 

 高嶺の近くに戻っていく秋展をやや離れて追いながら、彼女は独白する。

 

(思った以上にきついわね…。片方を追いかけていたら死角から狙われる…。なんとかして足を止めないと。あの日、高嶺ちゃんがしたように……)

 

 瞬間、秋展による警告が頭を過ぎる。

 

 

  『…どん底まで後悔したんだ。……もう二度とするんじゃねぇぞ……』

 

 

(わかってる……だけど今は…!)

 

 マギを込めた脚で大地を蹴り、建物の屋根に着くやヒュージとの距離を一気に縮めるべく飛びかかる。

 

「はあぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

『□!』

 

 感づいていたヒュージはやはり回避。その光景は高嶺のみならず秋展の目にも映る。先に行っていた彼の頭上を超えたのだから当然だ。

 

「あっ、叶星さんまた……!」

 

 更に……

 

「…っ!待って、叶星!それは私が…!」

 

 高嶺も前に出ようとする。走りながら彼女を制止する叶星。

 

「駄目よ!!もう高嶺ちゃんをあんな目には……遭わせない!!」

 

 

『□□□□!!?』

 

 

 触手の合間を縫って連続して繰り出される叶星の斬撃。かなり執念深い相手にたじろぎながらも、ヒュージはそれらことごとくを受け流す。

 

「抑えろ叶星さん!!二兎を追うんじゃない!!」

 

 地上から必死に呼びかける秋展の声。だが、今の叶星には響かない。

 

(誰も傷つけさせない…!この身に替えても、私が守るって……!)

 

 新造は身を捩って斬撃を躱すと更に高度を上げ、叶星の刃が届かない場所に逃れる。

 

 その刹那。

 

 

  ズダァン!

 

 

『□□?!』

 

 

 ヒュージの死角から放たれた弾丸が、その顔面に確かに当たる。

 

 チャームを放ったのは……。

 

「叶星様ぁぁ〜〜!!」

 

 

「えっ…?」

 

「…ナイスショット、ってやつだな」

 

 姫歌だった。別の建物の屋上からの狙撃。予想外の出来事に叶星の足が止まる。

 

 彼女と秋展の視線の先で、紅巴も声を上げていた。

 

「こ、こちらのヒュージは私たちにお任せを!私たちではあの機動力には対応できません…。ですが、待ち伏せをして足止めするくらいでしたら……!」

 

「姫歌のレアスキルでヒュージの軌道を読むわ!合図をしたら一斉にいくわよ……!」

 

「おっけー!」

 

 灯莉がチャームを構える。新造が3人に迫る中、カバーすべく秋展が駆け出した。

 

「っ…来ます!」

 

「……『この世の理』!」

 

 姫歌のレアスキルが作動した。それはいわば不確定のない運動予測。一瞬一瞬、次にヒュージがどこを飛ぶのか読めるのだ。

 

「……見えた!今よっ!」

 

「た、たあぁぁあ!!」

 

 合図に従って飛び出す紅巴たち。彼女の鎌状のチャームがヒュージの顔に引っ掛かり、地上…彼女たちが立つ建物の屋上に引き摺り下ろす。

 

『□□□!!』

 

 次いで姫歌の剣と灯莉の場状槍もヒュージに食い込んだ。3人は押されながらもマギで屋上に張り付き、ヒュージを押し留める。

 

「ふ、吹っ飛んじゃいそう…!」

 

「踏ん張りなさい!姫歌たちはリリィなんだから!」

 

 

 

「なら俺もカッコいいとこ見せねぇとな!!」

 

 

「秋展?!」

 

 押さえられる新造のヒュージ。その背後から彼が跳躍する。

 

「教えてやる!ヒュージの動きを止めるってのは……騎士団(俺ら)十八番(おはこ)だぁぁぁ!!」

 

 血の色の稲妻を纏った灼熱の刃が、ヒュージの頭上から振り下ろされる。

 

  バキバキィ!

 

『□□□□□□!!?』

 

 その刃は八芒星にめり込み、溶融させ、奥へ奥へと食い込んでいく。

 

「俺らの武器、動力源は負のマギだ!タチの悪いエネルギーなんだよ!それがどうだい、頭ん中に直接、送り込まれる気分ってのは!?」

 

『…□…!□□…!!……□…』

 

  パリ…パリパリ……

 

 星形の頭部全体で、血色の稲妻が弾け飛ぶ。うめき声を上げるヒュージの触手から力が抜けて、機動性を生んでいた推進力も格段に弱まった。

 

「負のマギのパルスでヒュージを麻痺させる!とはいえこいつもすぐに慣れて、効かなくなってはくるんだが……」

 

「これなら私たちのチャームも届きます!」

 

『□□□……!!』

 

  ブン!

 

 新造は渾身の力で触手を振るい、3人を剥がすとすぐさま飛び上がった。

 秋展を頭上に乗せたまま、今までとは比べられないほど遅く。

 

「はぁあああっ!!」

 

 叫びながら斬りかかる姫歌。

 

「ヒュージなんかに!負けてたまるかああああっ!!」

 

『□□□!!』

 

 致命傷とはいかないまでも、ヒュージの装甲に確かに切り傷が入る。

 

 

 図らずも見守る形になってしまった叶星の胸中は不安で一杯になっていた。

 

「姫歌ちゃん…秋展くん…皆…!駄目、危険よ!!」

 

 と、隣にやって来た高嶺が彼女の肩に手を置く。

 

「叶星、貴女はまだわからないの?」

 

「高嶺ちゃん……」

 

「自分が皆を守る。そのためには自分は犠牲になってもいい。そんな考えでは、いつまで経っても昔のまま…前へ進むことなんてできないわ。彼からも学んだはずでしょう?」

 

「………」

 

「念を押されたの。もうあんな戦い方はしない。……私たちは変わるの。変わらなければならないのよ!この新しいグラン・エプレで、あの子たちや灼銅城と戦い抜くって決めたのでしょう?」

 

「………っ」

 

 俯いていく叶星に、高嶺は微笑んだ。

 

「……叶星、もう一度あの子たち…その周りもよく見てあげて」

 

「……え?」

 

 

 姫歌たちの周りには、小型ヒュージの骸がいくつも転がっていた。だが、それらを築いたのはグラン・エプレではない。

 

「全部倒して!動いてるのは全部よ!そういう作戦だから!」

 

「はい、お姉様!」

 

「何、棗くん?……ああ、グラン・エプレなら大丈夫よ。私たちは残りを狩り尽くすわ」

 

「……了解」

 

 

 去っていくのは、寡黙な騎士を従えた一つのレギオンである。

 もちろん、叶星も知っているリリィたちだ。

 

「あれは……ドゥルーエ…?!前に姫歌ちゃんたちだけで出撃したとき、一緒に戦ってたって……」

 

「あの後、仲よくなっていたのよ。あの子たちが、あの子たちの意思で」

 

「………」

 

 叶星が視線を移すと、その先では…。

 

 

 秋展を乗せた新造を追う姫歌たち。路地に入ったところで、紅巴がチャームをヒュージに打ち込んだ。建物の上を移動する紅巴、ヒュージの上の秋展に、地上から姫歌が声をかける。

 

「秋展、紅巴!そのままそいつの動きを止めておける?」

 

「任せろ!もう一回パルス浴びせりゃ……おら!!」

 

『□□□□□□!!?』

 

 移動していたものの、再び推力が弱まったヒュージ。その身体に鎌を突き刺し、屋根に踏み留まる紅巴が返答する。もう一度捕まえた。

 

「少しの間であれば大丈夫です!」

 

「お願いね!」

 

「こんなふうにあんたと連携できる日がくるとはな。嬉しいぜ紅巴さん!」

 

「はぅ……そ、そう…ですね……」

 

 嬉しそうにはにかむ紅巴。その両側から姫歌と灯莉が動く。

 

「それじゃ、灯莉!この隙に姫歌たちで左右から一気に攻撃を仕掛けるわよ!秋展ごとやっちゃうつもりでね!」

 

「まっかせて!」

 

 紅巴がいる建物を回り込み、銃撃で挟みながら2人が攻撃する。

 

  ズダァンズダァンズダァンズダァン!!!

 

『□□□□!!』

 

「鉄砲上手くなったな!味方にはもう当たらねぇ!」

 

 怯むヒュージにしがみつきながら、秋展の嬉しそうな声が響いた。

 

「よし、行くわよ!」

 

「おおー!!」

 

「私たちなら、きっとできます!」

 

 

 斬撃、銃撃の三重奏。3人が奏でる連携の調べによりマギが弾け、爆炎がヒュージを包む。

 

『□□□□□!!!』

 

 麻痺を脱したヒュージは紅巴の鎌から離れるや、戦線から離脱すべく逃走を開始した。

 秋展は振り落とされながらも叫ぶ。

 

「このまま逃すわけねぇだろ!!ほんとお前ら、往生際が悪いよなぁ!」

 

 姫歌たちの攻撃の余波で、ところどころ破れた彼の服。その下にある皮膚にできた傷の周りで、赤い稲妻が弾けると出血が止まる。

 

(EXスキル共通の再生能力…。俺のは高い部類だそうだが、こんなに速いとはな…。この出力と安定感……いよいよ本領発揮できるか…!)

 

 傷を癒しながら着地。足元にいた姫歌たちと合流する。

 

 

 1年生3人の姿に、叶星は息を飲んだ。

 

「皆、いつの間に……」

 

「今のあの子たちが、守らないといけない対象に見える?」

 

「……ううん。皆、すごく強くなってる。少し前までは、全然纏まりがなかったのに……」

 

 彼女の感想に、高嶺は頷く。

 

「ええ。あの子たちも必死に成長しようとしているのよ。秋展くんも、そのためなら何でもやる覚悟があるわ。私たちの声に応えようと」

 

 一緒に様子を見ていた彼女は、叶星に向き直った。

 

「よく考えて、叶星。貴女がすべきことを」

 

「……そう、だね。私たちが…ううん、私が変わらないといけない……」

 

 叶星は今までの自分の考えや、秋展に言われたことの意味を思い出す。

 

「……私、自分だけで戦ってる気になってた。高嶺ちゃんや…姫歌ちゃんたち…。秋展くん…灼銅城の人たちがいるのに。あの子たちも彼も、私が守るべき者、代わりに戦うべき者じゃなくて。一緒に肩を並べて戦う、仲間なんだよね」

 

「そう。だから、共に戦いましょう。リリィとして」

 

 叶星の表情が変わる。彼女の目には迷いや不安はもうない。ただ、純粋なる闘志が宿る。

 

「ええ!私たち、皆で!」

 

 チャームに流れるマギの音。叶星の耳には心地よく聞こえる。

 

「『リリィの戦いは今日が最期かもしれず、命を賭すに値するかどうかはリリィ自身が決めるべき』。『真の敗北は一人死すること。真の勝利は皆で命を繋ぐこと』……」

 

 神庭女子藝術高等学校、そしてそのガーデンの騎士団、灼銅城の思想を唱える。

 

「私たちの背中には街の人たちが……幼稚園の子どもたちがいる。あの子たちを守るための戦い…。これは命を賭すに値する戦いよ!」

 

「でも、この戦いは最期などではないわ。これからもずっと、皆と戦っていくのだから」

 

 

 

「あ、先輩たちだ〜」

 

「よお、遅かったじゃねぇの」

 

「待たせたわね、皆」

 

 最初に出迎えたのは灯莉と秋展。紅巴に姫歌も、皆笑顔である。

 一度は分かれていたグラン・エプレが再度集結した。6人が見上げる先には、変わらない様子で飛び続ける2体の流星型ヒュージ。

 

「皆、行くわよ!敵、高機動ヒュージをこの地で駆逐する……!」

 

  パチィ

 

 秋展のチャームの上で稲妻が弾け飛ぶ。

 

「この戦いで……私は変わるわ!」

 

「……おう!」

 

 決意が刻まれた笑顔で武器を取る叶星。彼女に続き、皆が流星を追って駆け出した。

 

(“変わる”…か。俺も“変わら”ねぇとな……。手伝ってくれよ……秋奈!)

 

 秋展の胸で、ロケットペンダントがカチャリと音を立てた。

 

 

 




 ヒメカ=サンは実際カワイイ。

 主人公が主人公してないのは私のケジメ案件なのでは?


 次がこの章の最終回になるかと思います。


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第8話 心綴る日記帳

 年内に1つの章は完結まで持って行きたかったので、こちらを更新します。一区切りと言う意味での最終回、どうぞ。




 グラン・エプレが追う2個の流星。その片割れ…新造のヒュージ目掛け、気合いと共に姫歌が射撃を繰り出す。

 

「はああああっ!」

 

  ズダァンズダァンズダァンズダァン!!!

 

『□□□!』

 

 ヒュージが回避した先には、紅巴と秋展が待ち構えていた。

 

「これで……っ!」

 

「どうにか言いやがれ……!」

 

  ザンッ!

  ザンッザンッ!!

 

『□□□□□!!』

 

 鎌状のチャームと、ロングソードの刃を握った形のコラプサーチャームによる斬撃が叩き込まれるも、ヒュージは2人を振り払って上空へ逃げる。

 

「はぁっ…はぁっ…。くっ、まだ倒れないの……!」

 

「でも、他のヒュージはドゥルーエの皆がやっつけてくれたよ。後はあの速いのが2つだけ!」

 

「にしても手強いがな…。ダメージ与えたとはいえ、さっきと同じ手はもう通じねぇみたいだし…」

 

 姫歌、灯莉とも合流して話す秋展。高嶺と叶星もヒュージを見上げる。

 

「やはり、あの2体は別格のようね……」

 

「散開して戦っていてはダメね。ここはフォーメーションを組みましょう」

 

 ヒュージが距離を取っている間に、叶星が皆を集める。

 

「作戦を説明するわ。ただし、状況に応じてフレキシブルに動くこと。特に秋展くんは、今回一番、自由に動いてもらうわね」

 

「「「はいっ!」」」

 

「任せろ!」

 

 1年生3人と秋展の威勢のいい返事が響く。

 

「まずは中央に紅巴ちゃんを配置。レアスキルを使って私たち皆をサポートして」

 

「レアスキル……『テスタメント』、ですねっ」

 

「でも、叶星様!テスタメントは防御に割くマギが手薄になってしまいます!あの動きの速いヒュージが突っ込んで来たら紅巴は……」

 

 姫歌の声に返したのは、この2人。

 

「心配いらねぇよ。なあ、高嶺さん?」

 

「ええ。紅巴さんは私たちが守るわ…。灯莉さんと一緒に」

 

「えっ、ぼくー?」

 

 自分を指差す灯莉に、叶星が頷く。

 

「灯莉ちゃんの観察力は私よりもずっと鋭いわ。高嶺ちゃんと2人なら死角も潰せるし、より堅固な守備が可能になる。さらに秋展くんも前に出てもらえば、攻撃そのものを分散できるわ」

 

「任せて、とっきー!とっきーには指1本触れさせないからねっ!」

 

「なら俺は、灯莉さんにも指1本触れさせない気でいこうか」

 

「はい…!灯莉ちゃん、秋展さん……頼りにさせていただきます!」

 

 秋展は黄色く輝く瞳に微笑みを浮かべて頷いた。

 

「あ…あの、それじゃ、姫歌は何を…?」

 

 叶星は続けて姫歌に指示を出す。

 

「姫歌ちゃんは前線でヒュージの動きを捉えてちょうだい」

 

「え…叶星様?」

 

「高嶺ちゃんたちが紅巴ちゃんの盾になるなら、私は貴女の剣になる。だから、私を敵の元へ導いてほしいの」

 

「わっ…わかりました!」

 

 姫歌が答えるのと同時に、秋展の目に距離を詰めてくるヒュージが映る。

 

「なぁ叶星さん…確認だが、前に出てヒュージを近づけさせなきゃ、どうやってもいいよな?」

 

「ええ、方法は任せるわ」

 

「……よし」

 

 秋展がニヤリと笑った瞬間……

 

 

『□□□□□!!!』

 

 

  ビュウゥン!!

 

 ヒュージが灯莉目掛けて触手による攻撃を叩き出す。

 

「指1本触れさせねぇと言ったろうが……!」

 

 

 

  ドクン……

 

 

 秋展の手にあるコラプサーチャーム、その心臓部にあるリアクターが鈍い輝きを僅かに増す。

 

 瞬間、彼の全身を赤黒の稲妻が包み込んだ。

 

 

(頼むぜ……秋奈。一緒に戦ってくれ!!)

 

 

 

  バギャァアッ!

 

 

『□□?!』

 

 

「え……」

 

「は…?」

 

「おおー!」

 

 

 姫歌たちは目撃した。

 

 灯莉に迫っていた触手が、

 

 真紅の電光を纏う、()()()()に弾かれたことを。

 

 

『……どうした、ビビりやがったのか?』

 

 

 弾かれ、怯んだように距離を置くヒュージに投げかけられる言葉。だが無理もない。

 先程まで秋展がいた場所には……

 

『それとも……()()()()()()じゃあ部が悪い、ってか?』

 

 新たなヒュージが立っているのだから。

 

 

 白く、光沢のある装甲を黒い組織が繋ぐヒュージの基本形。

 形は人形だが、人間からは逸脱したシルエット。

 

 左手の指は長く鋭い爪を備え、右手首から先は大剣と一体化し柄ももはやない。幅の広い諸刃の剣。

 その表面では、内側にある武器の輪郭を映しているのか、長い十字架が血の色の光を赤々と放っている。

 

 両足のつま先は羊の蹄のように2つに分かれている。ハイヒールのように鋭く、長く伸びた踵と、全体的に丸みを帯びた装甲や黄色い大きな目、巻き髪のような造形の頭部はどこか女性らしさを醸し出す。

 

 

  シュルルルル……

 

 

 そして何より目を引くのが背中。

 空を切る、帯状の触手が両肩辺りから2本伸び、真っ黒いその先端で鋭い刃が赤熱化しているのだ。

 

 

「これが…秋展さんのEXスキル……」

 

『ああ。待たせたな』

 

「うーん…なんか思ってたのと違うなー」

 

『ええ?!』

 

「こら灯莉!……にしてもあんた、ホントにヒュージに変身できるのね…」

 

『おう!ここからは出し惜しみはなしだ!本気の全力でやらせてもらうぜ、叶星さん!』

 

 ぽかんとする紅巴たちとは対照的に、彼女は冷静に、しかし嬉しそうに頷いた。

 

「それでは作戦開始よ!皆、位置について……」

 

「はい……テスタメント、発動します!」

 

 チャームを構え、マギを解放する紅巴。

 一方、高嶺たちの方では……。

 

「灯莉さんは前方を。私は後方をガードするわ。秋展くんは好きに暴れて」

 

「はーい、了解っ!」

 

『よっしゃ!覚悟しやがれ隕石野郎!!』

 

『□□□□!!!』

 

 秋展が剣を真っ直ぐ向けると、新造のヒュージは彼目掛けて攻撃を始めた。

 

 新たに出現した未知の敵。それを先に排除すべく取る行動。

 

 彼は一旦高嶺たちから離れ、ヒュージの斬撃を誘導して先程同様、自らの触手で受け流す。

 

『□ッ…!』

 

 またもや距離を空けるヒュージ。

 

『どうした?俺は偽物のヒュージだぜ?何をビビる必要があんだよ!もっとどんどん来いやコラァ!!』

 

『□□□□……』

 

 流星のヒュージは方向を変え、先にリリィたち……今、相方のレストアを狙う叶星と姫歌の方に向かおうと加速。

 

 しかし。

 

『おおっと。そっちにゃ行かせねえよ!!』

 

 

  ドシュウッ

 

 秋展はアスファルトを蹴り飛ばしてヒュージの後ろに跳び上がると、背中の触手を伸ばして敵ヒュージの体に打ち込む。

 

『□□?!』

 

『どりゃああああっ!!』

 

 触手をウィンチのように巻き取りながらヒュージに急接近。

 右手の大剣を赤熱化させ、ヒュージの胴体を思い切り斬りつける。

 

『□□□□!!』

 

 ヒュージは彼を払い落とすべく自らの触手を繰り出すが、秋展は剣に加え、鋭い踵をヒュージに打ち込んで脚を固定。

 同時に帯状の触手を引き抜き、先端の刃で襲い来る触手を次々と焼き切る。

 

『遅い!遅い遅い遅い!』

 

『□□□□□□?!?』

 

 ヒュージの触手攻撃の隙を突き、八芒星の形の頭に移動して目の下を斬る。

 灼熱の剣で装甲を溶かし、その下の体組織を抉り出すのだ。

 

『□□□……!□□□□!』

 

 気づけばヒュージは逃げていた。秋展を振り落とそうともがきながら、グラン・エプレからはそれなりに離れてしまっている。

 

『□□…□ッ!』

 

 ヒュージは彼女たちの方に進路変更。

 

『おやおや、ようやく本来の目標を思い出したのかよ…。動きは速いようだがオツムはノロいらしいな、ええ?』

 

『□□□□!!』

 

 ヒュージが加速。そのとき受ける風圧に任せ、秋展はヒュージの頭上へ移動した。

 

『自慢の触手も失くしたから体当たりか。けどな……

 

 あの3人が、その程度でビビるもんかよ!』

 

 

 

 姫歌たち3人は、ヒュージを迎撃する準備を既に終えていた。

 

「『この世の理』…。テスタメントのおかげで、マギがみなぎって……ヒュージの行動予測の時間が伸びてるわ…。今までよりも先まで読める!……灯莉!」

 

「おっけー!『天の秤目』!」

 

 

 射撃形態のチャームを構える灯莉の眼前に、円盤を重ねたような光の紋様……マギのスコープが出現する。

 ぐんぐんと狭まる視野。逆に大きく正確に見える目標。

 

 長距離観測スキルによる精密射撃。これこそ灯莉の十八番。

 狙いはもちろん、秋展が取り付いている新造のヒュージである。

 

「お、いつもより遠くまではっきり見えるよ!さすがとっきーだねっ!」

 

「い、いえ…私なんか…っ」

 

 口を突いて出た言葉を、紅巴ははっとして飲み込む。

 

「……ううん、私だけの力ではないです…。叶星様っ」

 

「ええ」

 

 レストアのヒュージのヒットアンドアウェイを捌きながら、叶星が紅巴に応える。

 

「私の『レジスタ』も働いているわ。テスタメントと合わせて、チャームの威力も格段に上がっているはずよ。だから……」

 

 彼女の言葉を、姫歌が繋ぐ。

 

 

「今、ぶち抜いてやりなさい!灯莉!!」

 

 

「いっくよー!真正面からドーン!!」

 

 

  ズギャアアアアッ!!

 

 

 灯莉の手にあるチャームが吠え、マギが弾ける。紫電となって放たれる弾丸は、彼女がロックしていたヒュージの顔面…その目の下にある、秋展が開けていた穴を過たず捉えていた。

 

『□□□□□□□□!!!』

 

 胴体を貫き、心臓部まで達した弾丸。硬い装甲の内側に致命傷を受けたヒュージは、断末魔と体液を撒き散らしながら秋展もろとも落下。

 住宅街の向こうに墜落し、グラン・エプレからは見えなくなる。

 

 

「あとはレストア……貴方だけのようね」

 

 高嶺は不敵な笑みでもう1体のヒュージを見上げた。

 

「…っ!」

 

 隣に立つ叶星もキッと見据える。

 

『………□□□ッ!』

 

 

 リリィたちの視線に耐えかねたヒュージは上空へと舞い上がり……

 

 

『□□□!』

 

 

「あっ?」

 

「あの声は……!」

 

 叶星と高嶺が思い出すと同時に、ヒュージの進路上の空間が歪む。

 暗黒の異次元空間にして……ヒュージ専用の離脱ルート、ケイブが出現したのだ。

 

 

「ああっ!?」

 

「か、叶星様!高嶺様!またあいつに逃げられちゃいますっ!!」

 

 紅巴と姫歌が悲鳴に似た声で2人に呼びかける。

 

「そうなればまた戻って来て、また好きにさせてしまうわね…。でも、そうはさせないわ。ここは私たちの暮らす街よ」

 

 目を閉じて呟く彼女。そして真剣なその顔を……満面の笑みに変える。

 

 

「……そうよね、秋展くん!」

 

 

 叶星が呼んだ次の瞬間。

 住宅街の向こうから流星が打ち上がる。

 

「あ…!」

 

「うそ…あいつまだ……!」

 

 両方のヒュージに逃げられる。そう思った紅巴と姫歌の顔が絶望に染まった。

 

 が、叶星と高嶺は笑顔のままだ。

 

「灯莉ちゃん、復活したヒュージを見てみて」

 

「んー?」

 

 叶星に言われ、再び天の秤目でヒュージを見る灯莉。

 

 

「あれ、目が黄色いよ?」

 

 

「……え?」

 

「ってことは…まさか……?!」

 

 

 

 

『………□!』

 

 ケイブに向かうレストアの視界に、撃墜されたはずの新造が入る。

 新造はぴったりとレストアに追従し……突如急加速。

 

 黄色い目の流星はケイブとレストアの間に割り込むやくるりと反転し、正面からレストアへと突撃する。

 

  ドガァ!

 

『□?!』

 

 

 

『こんにちは!』

 

 

『□□□□?!!』

 

 

 相手の声に驚愕するレストア。正面のヒュージの頭の上に、もう1体のヒュージを見つける。

 

 

 黄色い目のヒュージは既にボロボロで、あちこち傷だらけな上に触手も大部分が失われ、顔には風穴が開いている。

 が、その穴には頭上に陣取るヒュージからの触手が差し込まれていた。

 

『生憎だがここは通さねぇよ!隕石なら隕石らしく、重力に引かれて堕ちて逝きやがれぇ!!』

 

『□……□□…!』

 

 レストアは徐々に押されながら高度を下げていく。

 その視線の先で、無念にもケイブが閉じられた。

 

 

 

「アレ秋展なんですか?!」

 

 叶星の話を聞いた姫歌は、彼女たちを案内して走りながら質問する。グラン・エプレが向かうのは姫歌が見つけた、2体のヒュージの落下予測地点。

 高嶺たちが姫歌に説明を始めた。

 

「そう。ヒュージに変身するだけではなく、その状態であれば個体、器官を問わずヒュージの遺骸を支配下に置く」

 

「それが彼のEX(絶滅)スキル…

 

 『アポフィスの(むしばみ)』よ。

 

 ヒュージに変身するだけの『アポフィスの(うろこ)』の上位スキルと言われていて、持っている人は少ないらしいわ」

 

「動力さえ間に合えば、ヒュージが生前に持っていた能力もほとんど使えるという話ね」

 

「だからあっきー、レストアに追いついて今ぐいぐい押してられるんだー」

 

 

『□□□□!!』

 

 灯莉が納得している間に、5人は目指す場所に着く。

 

 彼女たちの正面では青い目のヒュージが自分を押さえ込む同型に触手を繰り出すが、秋展も負けじと残っている少ない触手で応戦。

 相手の触手を絡め取り、機動力を落としてさらに地面へ押し込んでいく。

 

「……『ゼノンパラドキサ』。さあ、そろそろお引き取り願いましょうか。子どもたちが待っているわ」

 

 マギを解放する高嶺に合わせて、叶星が紅巴を呼ぶ。

 

「紅巴ちゃん、最後は私へのサポートをお願いできるかしら」

 

「え……あ、はい。テスタメントですね…わかりました!……発動します!」

 

 自らのレジスタに加え、紅巴による支援スキル。チャームによる攻撃の速度と威力は、十分すぎるほどに強化されている。

 

『□□□□□□□!!!』

 

 強大なマギを感知したレストアは、自身の推力を最大限にして秋展から逃れようとする。

 

『うおぉおおおおお!!!』

 

 秋展もまた雄叫びを上げながら、剣に埋まるリアクターの出力を限界まで引き出した。

 

 レストアのヒュージは押し込まれ、ついに叶星たちの眼前へ。

 

「行くよ、高嶺ちゃん!」

 

「ええ、叶星!」

 

 2人のチャームから光刃が伸びる。マギのみで形造られた刃は、意思で練られたエネルギーの刃だ。

 

 脚にもマギを流し込み、地面を蹴ってヒュージへ斬りかかる。

 

 

『やれぇぇぇぇぇっ!!』

 

 

「受け取りなさい!これが私たちの……!」

 

「グラン・エプレの……“力”よ!!」

 

 

  ゴウッ

 

 

 斬り裂かれ、割れ砕け散るヒュージの身体。光に包まれて吹き飛ぶ秋展は……表情のない顔の裏で、満足した微笑みを浮かべていた。

 

(やったぜ……秋奈……)

 

 

 

「ぃやったぁぁぁ〜!」

 

 グラン・エプレ面々の方から、どっと力が抜ける。

 

「ついに仕留めました……。あの素早いヒュージを2体とも……」

 

「はぁぁぁ……つ、疲れたわ……」

 

 一息つく1年生3人に、叶星が向き直った。

 

「ふぅ……皆、おつかれ様。本当によく頑張ってくれたわね」

 

「そ、そんな……お2人のご活躍に比べれば……」

 

 謙遜する紅巴に、高嶺も声をかける。

 

「いいえ、これは私たち(グラン・エプレ)が勝ち取った金星よ。貴女たちがいたおかげで勝てたのだから」

 

 一方、灯莉はもう気分を入れ替えていた。

 

「よーし!それじゃ、幼稚園に戻ろう!早く皆を呼び戻して、劇の準備しよー!」

 

「そうですね。あの子たちにも、もう安心だよって伝えに行きましょう」

 

「姫歌たちの活躍もじっくりと教えてあげるわ!でもその前に……」

 

「あー!さっきすっ飛んで行っちゃったあっきー捜さなきゃ!」

 

「そういえば、どこまで行かれたんでしょうか……」

 

「ホント、しょうがないわねあいつ…。叶星様、秋展見つけてきますね」

 

「うん。行ってらっしゃい」

 

 笑顔で3人を見送る叶星。その隣で、高嶺は苦悶の表情を浮かべる。

 

(………どうやら、また力を使いすぎたみたいね…。でも、何とかなってよかった……)

 

 グラリ、と視界が揺れた。その瞬間……

 

 

「私に掴まって、高嶺ちゃん」

 

 

 そっと叶星が寄り添う。

 

 

「叶星……。倒れそうになるなんて、カッコ悪いところを見せてしまったわね…」

 

「カッコ悪くなんてないよ。それに、私は…こうして高嶺ちゃんを支えられて、ちょっとだけ嬉しいんだよ」

 

「嬉しい……?」

 

 意外な感想に、高嶺はきょとんとして返す。

 

「昔から、高嶺ちゃんは……私のことを何度も助けてくれたでしょう?だから、私が高嶺ちゃんのために何かできるのが、嬉しいの」

 

「そんなことないわ…。助けられてばかりなのは私の方……。叶星を支えたいのは…いいえ、支えないといけないのは私よ……」

 

「高嶺ちゃん……」

 

 叶星は一呼吸置き、高嶺の目を見て続ける。

 

「……私ね、きっとこれから先、辛くて悲しいことがたくさん起こると思うんだ。その度に泣いちゃうかもしれない」

 

「……」

 

「だからね…私のことをずっと隣で支えていてほしいの。高嶺ちゃんがいてくれるなら、私はどんなことでも…乗り越えられるから…」

 

「叶星……」

 

「ダメ、かな…?」

 

 ほんの少し甘い声は、高嶺にようやく微笑みを許す。

 

「ダメなんかじゃないわ。そのための私なのだから。…それに、そうね。私も今回のように倒れそうになったら……また、手を貸してもらおうかしら」

 

 叶星の顔もまた、ぱあっと明るくなった。

 

「うん、任せてちょうだい。高嶺ちゃんのことは、私がいつでも支えるからね!」

 

「ええ」

 

「高嶺ちゃん、これからもよろしくね」

 

「こちらこそ。叶星」

 

 胸の前でしっかりと、互いの手を握り込む。また一つ、絆が強くなった証だ。

 

「……これで、秋展くんから叱られることもなくなるわね。叶星」

 

「うん…。姫歌ちゃんたち、彼を見つけたかな……」

 

 

 

 

 その頃……。

 

「あんた、まーた街路樹と仲よしになってるのね。秋展」

 

『毎度毎度、好きでやってるわけじゃねぇんだけど……』

 

 幼稚園の近くの道に植えられた木に、大剣を持つ人間形のヒュージが逆さにぶら下がっていた。姫歌と灯莉、紅巴が会話している。

 

「あっきー、なんでずっと逆さまなの?コウモリのマネ?」

 

『いや違うんだ…。その……触手とか踵とかが枝に見事に引っかかっててだな…無理矢理折って脱出するのもいい加減どうかと思って……』

 

「変身を解いたらすぐに降りられるのでは……」

 

『いや、無理だって紅巴さん。この高さは……下手に着地しようもんなら首が折れちまうよ…』

 

「はあ…」

 

『頼みがあるんだが、俺が変身解くタイミングで捕まえてくれねぇか?なんなら肩辺り押さえててくれるだけでも助かるんだが……』

 

「わ、わかりました」

 

「もう…ホント世話が焼ける世話人ね」

 

『サンキュー』

 

 紅巴と灯莉が手を伸ばす……と。

 

「あ、定盛、とっきー。ちょっと待って〜」

 

『ん?』

 

「はい?」

 

「何よ、灯莉」

 

 呼び止めた灯莉はどこからともなくスケッチブックと鉛筆を取り出す。

 

『あ……灯莉さん…?何をなさるおつもりで…?』

 

「せっかくだからきょーちんに教えてあげようよ。あっきーがスキル使えるようになったよ〜って」

 

『で、その証拠に今の俺のスケッチを……?』

 

「うん!」

 

 灯莉の笑顔は善意100%。しかし、秋展にとってはたまったものではない。

 

『止めてくれぇ!!灼銅城中の笑い者になっちまうぅ!!』

 

「別にいいでしょ?」

 

『はあ!?』

 

 ばっさり切り捨てる姫歌。

 

「あんた人前で手品やるんだから。似たようなものよ」

 

『それならあんたも同類だろうが!ひめひめ!』

 

「アイドルのパフォーマンスはまた別の話よ!」

 

『何言ってやがる、芸人スキル高いくせに!』

 

「あー!言ったわね?!」

 

「あ、あの…お2人とも……」

 

 見かねた紅巴が2人を宥めようとするが、もはや意味はない。なぜなら……。

 

「できたーー!」

 

『あっ……』

 

 この間に、灯莉は秋展のスケッチを完成させていたのである。

 

「じゃーん!」

 

「見せてみなさい……って!なんであたしまで横に描かれてるのよ?!消しなさい!」

 

 紙面には、秋展が変身した逆さまなヒュージと口論する姫歌が描かれていた。

 

「えー?だって定盛とあっきー面白いんだもん。一緒に描いたらもっと面白いよ〜」

 

「そんなわけないでしょ!消しゴムと一緒に貸しなさい!」

 

「よーし、早速きょーちんに見せてこよー!」

 

 灯莉はスケッチブックを閉じて駆け出す。

 

『止めろぉ!!』

 

「最初は幼稚園に向かうんでしょ?!待ちなさーーーい!!」

 

 灯莉を追いかけて姫歌もどこかへ行ってしまった。

 

『…………』

 

「…………」

 

 残された2人がしばし見つめ合う。

 

『……紅巴さん、助けてくれぇ……』

 

「あ…はい…」

 

 秋展は紅巴の手を借りて、どうにか街路樹から脱出することができた。

 

 

 

 

 それから数日後。

 幼稚園での演劇は無事に成功し、怪我をしていた職員も復帰して、グラン・エプレのボランティアは幕を閉じた。

 

 そして……。

 

「やった!やったわ、やったわよー!」

 

 構内に設けられたグラン・エプレのブリーフィングルームに、姫歌の歓声が響く。

 

「ついにアイドルリリィ部が発足よ!!……って、灯莉たちはどこに行ったのよ……」

 

 飛び込んでは来たものの、部屋の中はもぬけの殻であった。

 

「ようやくガーデンと灼銅城(憲兵隊)に部の設立を認めさせたんだから、この喜びを皆で分かち合いたいわ!」

 

 灼銅城からは1発で許可が出たので、”ようやく”と言えるかはやや微妙である。

 

「そうだ、この興奮が冷めない内に日記に書いておこうっと。これなら皆が読むから手っ取り早いわね!秋展は灼銅城に呼び出してもらえば済む話だし!えーと、日記日記っと……」

 

 

 今日もまた、交換日記のページが埋まる。夢が一つ叶ったと喜ぶ彼女に応える形で、紅巴もまた夢や目標を、灯莉は自分の夢…『皆がハッピーになること』と、『ハッピーのお裾分けの方法は何か』と書き綴り……。

 

「『思いついたらぼくに教えてね』…ですって、叶星。秋展くん」

 

 今、日記は高嶺と叶星の手に回っていた。ラウンジにてティータイムを楽しみつつ、書かれた文を読む。

 

「ふふ…。やっぱり交換日記っていいわね。目の前にいるわけじゃないのにまるで皆と話しているみたい」

 

「なるほどなぁ…。なかなか暖かみがあっていいな」

 

「毎日会っているのに、なんだか新鮮な感じがするわね」

 

 叶星は日記に書かれた文字を撫でる。

 

「この日記に綴られている、皆の夢や想い……私はこれを守っていくわ」

 

「……私も同感よ」

 

「ああ。俺、この日記の中身はよく知らないが……この空気が好きだからな。あんたたちが守りたいものなら、俺も守らねぇと」

 

 秋展が頷く横で、高嶺がティーカップを手に思い出に耽る。

 

「昨年とは違う、このグラン・エプレというレギオン…。昔は叶星さえいれば何もいらないと思っていたけれど……今はあの子たちがいないグラン・エプレは考えられないわ。このレギオンの一員でいられることは、私の誇りよ」

 

 叶星も呟く。

 

「うん…。以前の私は、自分のことばかり考えていたわ。仲間を守りたい……その気持ちは昔も今も変わらないけれど、今はもっと大きな…。“想い”全てを守りたい」

 

 目を伏せていた彼女は、高嶺の方に笑顔を向ける。

 

「ありがとう、高嶺ちゃん。私が本当に守りたいものに気が付くまで一緒にいてくれて」

 

「おいおい……」

 

「それでは別れ話のように聞こえるわよ?」

 

 秋展はやや焦り、高嶺は少しシュンとする。叶星は慌て気味にフォローした。

 

「そんなわけないよ…。高嶺ちゃんはずっと私の側にいてくれる。これまでも、これからも、ずっと……。そう約束したよね?」

 

 高嶺が悪戯っぽく微笑む。

 

「ええ、そうだったわね。でも改めて聞くと、なんだかプロポーズみたいね?」

 

 叶星は思わず赤面する。

 

「あ…確かにそうだね。少し恥ずかしいなー……」

 

「神父の資格取っときゃよかった……」

 

「秋展くんまで茶化さないで……」

 

「ふふふふ……」

 

 秋展と高嶺はいい笑顔で叶星の反応を見る。

 

「……さて、今度は私たちの番ね。日記、高嶺ちゃんから書く?」

 

「私は叶星の後でいいわ。青臭い、恥ずかしいことを書いたらいじってあげる」

 

「もう、高嶺ちゃんったら……」

 

「安心しろ、叶星さん。俺は何も見てないからな!」

 

「秋展くん、私がそんなに恥ずかしいことを書くって思ってるの?」

 

「保険だ、保険」

 

「……もう。そこまで言うなら、今日は秋展くんも何か書いて」

 

「何ぃ!?」

 

 シャーペンと日記を差し出してくる叶星からの予想外の提案に、秋展は素っ頓狂な声を上げる。

 

「いいのか?俺が書いたら…何か紅巴さんに叱られそうな気がするんだけど……」

 

「貴方も皆の気持ちを知っていること…その証明として一筆書くくらいの気持ちでいいわ」

 

「余計なプレッシャーかけるなぁ、高嶺さんは……」

 

 彼は一息つくと、日記帳であるノートと筆記具を受け取った。

 

「……ま、たまにはこういうのも悪くないか。なんたって……」

 

 

 秋展はシャーペンを取り、日記に最初の一文字を記す。

 

 彼の胸で、ペンダントがカチャリと揺れた。

 

 

 

 




 呼んでくださった方、ありがとうございます。
 
 今更ですが、主人公と特定の原作キャラとのカップリングは、現段階では設定していません。ここの主人公は、2年生2人には親身になって接しつつ、1年生3人とワイワイやるようなキャラで考えていました。また、最後の「なんたって……」の後に続くセリフは皆様に委ねさせていただきます。

 設定の裏話としてはもう一つ。主人公の変身後の姿には元ネタがあります。ヒントとしては……

・柄のない剣、あるいは剣の刃を持っている
・“混合”された見た目
・繋いで支配する能力
・名前(鈴月秋展→鈴虫鳴く秋が広がる頃の月、といえば…)
・ガーデンの名称
・ストーリー仕立てと戦闘直後のポーズ

 これで元ネタがわかった貴方は占い師、またはオカルト、スピリチュアルなものが大好きな方ですね。

 神庭編は一応これで最終回ですが、番外編として主人公と2年生2人が知り合った頃の話や、ゲーム内のショートストーリー風の短編まとめをどこかのタイミングで投稿しようかと思っています。気長にお待ちいただけると幸いでございます。

 


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