ありふれた?デジモンテイマーは世界最強を超え究極へ至る (竜羽)
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00話 プロローグ 運命の出会い

約5年ぶりの小説投稿です。

今まで行き当たりばったりで書いていましたがエンディングまでの大まかなプロットはできているので、モチベーションが続く限り続けます。

大筋は原作通りですが、途中で大まかな改変する予定ですのでご注意を。

なおこの小説はハーレム予定ですがメインはハジメ×香織です。


 南雲ハジメはどこにでもいる少年だった。

 ゲーム会社を経営する父南雲 愁(しゅう)と人気少女漫画家の母南雲 菫(すみれ)との間に生まれ、サブカルチャーが他の家庭より身近にある暮らしを送りながら、普通の少し気弱な性格をした小学五年生だった。

 朝起きて、学校に行き、休み時間や放課後には友人の松田啓人(タカト)、塩田 博和(ヒロカズ)、北川 健太(ケンタ)らと大好きなデジモンカードバトルに興じる。そんな日常を送り続けるはずだった。

 だが、そんなハジメの日常は大きく変わる。

 タカトがギルモンという本物のデジモンと出会い、デジモンテイマーになったことで――。

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 春が終わり、夏の熱気が出てくる頃。ハジメは夜道を自転車に乗りながら家路に着いていた。

 

「タカト、かっこよかったな~」

 

 夜道を自転車で走りながらハジメは呟く。思わず漏れた独り言。そこには隠し切れない憧れが込められていた。

 

 数日前、ハジメはヒロカズとケンタと一緒にタカトから本物のデジモンを見せてもらった。

 ギルモンという、赤い体に子供とほとんど同じ大きさの恐竜のような見た目のウイルス種デジモン。

 ヒロカズとケンタはギルモンの鳴き声を聞いて驚いて逃げてしまったが、ハジメは逃げずに留まった。恐怖よりも好奇心が勝ったのだった。

 そしてハジメはギルモンと、本物のデジモンと出会った。

 タカトが考えたオリジナルデジモンだというギルモンは、言葉を覚えたばかりの幼子のようなしゃべり方をするがとても人懐っこく、ハジメはすぐに慣れ、日が暮れるまで二人と一匹で遊び続けた。

 それからタカトと少し距離ができたヒロカズとケンタの間を取り持とうとしたり、放課後はギルモンと遊んだり、タカトと同じテイマーで、テリアモンをパートナーに持つ李健良(リー ジェンリャ)と知り合った。

 そして、今日の夜。突如東京上空に出現した謎の空間にデジモンたちが吸い込まれ始める場面にタカトたちと遭遇。現場に到着すると、デジモンを吸い込むのを止め、逆に何かを吐き出した。

 そこからは怒涛の展開だった。

 屋上に現れた謎のデジモン。

 遅れながらも到着したジェンリャとテリアモン、そして二人と同じテイマーである女の子、牧野 留姫(ルキ)とそのパートナーのレナモン。

 デジモンカードをデジヴァイスにスラッシュすることで、パートナーデジモンを進化・強化させるタカト達三人のテイマー。

 謎のデジモンに挑んでいくが、レナモンとテリアモンは返り討ちに遭い、残るはタカトとギルモンが進化したグラウモンだけ。

 先に倒された二人の助言から一矢報いた二人だったが、正体を現したデジモン――完全体のミヒラモンに窮地に追い込まれる。

 だが、諦めないグラウモンと、その思いに応えようとするタカトの心が一つになり、完全体のメガログラウモンに進化。ミヒラモンを倒した。

 それを見たハジメは、近くに来ていたヒロカズとケンタ、クラスメイト達と歓声を上げたのだった。

 

「僕もなりたい。デジモンテイマーに……」

 

 さっきまでの出来事を思い出しながら自転車で家路を急ぐハジメは、何度も呟く。憧れ、自分もそうなりたいという願いを。

もうすぐ家の近くに差し掛かったその時、住宅街の小道から光が見えた。

 

「何?」

 

 それは小さな光で、昼間なら気づかず、夜であっても見逃してしまいそうな頼りない光。だがハジメはなぜかその光が気になった。

 自転車から降り、その小道へ入り、進んでいくハジメ。

 ゴミが転がり、エアコンの室外機が並ぶその先にハジメは見つけた。

 

「これ……卵?まさかデジタマ!?」

 

 普段食べる卵よりもずっと大きく、テレビで見たダチョウの卵よりも一回りも大きい。柄も四角や三角の模様があるそれにハジメは見覚えがあった。

 デジモンの卵、デジタマ。カードに書かれているイラストにそっくりだった。

 

「こんなところになんで?」

 

 ハジメは知らないことだが、先ほど東京上空に現れた謎の空間――リアライズしたデジモンを消し去る人口ブラックホール「シャッガイ」と、それを逆に利用して開かれたデジタルワールドへの道、デジタルゲート。それにより東京の空間が不安定になってしまっていた。その余波でデジタルワールドからデータ容量の小さいデジタマが流れ着いてしまったのだ。

 

「……持って帰ろう」

 

 少し迷ったがハジメはそのデジタマを持ち帰ることにする。

 それはこんなところにデジタマを置いておいたらまずいだとか、デジタマから孵ったデジモンが暴れたら危ないという理由もあるが、一番はタカト達みたいにデジモンテイマーになれるかもしれないという願望からだった。

 近くに捨てられていた段ボールを組み立て、そこに卵を入れて隠すハジメ。そのまま自転車の籠に入れ家に向かった。

ほどなくして家に着いたハジメだが、家に入ろうとした時にふと気が付いた。

 

(あ、このまま帰ってもいいのかな?)

 

 デジタマを持ったまま家に入ったら当然両親に見つかる。普段は忙しく、帰るのも遅い二人だが今日は珍しく二人とも帰っているのだ。

 

(デジタマ見せたら流石のお父さんとお母さんでも……うーん……)

 

 両親がこれを見たときのことを想像して不安になるハジメ。二人は職業柄デジモンのようなサブカルチャーには寛容、どころか大好きな人間だ。

でも、これが本当にデジタマなのかもわからない。それにテイマーであるタカト達は家族にはまだデジモンのことは話していないという。

普通の家ならそうする。南雲家も普通の一般庶民だし、そうしたほうがいいのかもしれない。

 結局ハジメは卵を段ボールに隠したまま帰宅。なんとか両親の目を逃れて部屋に隠すことに成功したのだった。

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 ハジメがデジタマらしき卵を家に持ち帰り、部屋の中で隠し始めて一週間がたった。その間、ハジメは学校に行くとき以外はなるべく部屋で過ごし、卵を見守り続けた。

 しかし、一向に卵に変化は現れない。アニメのように卵を撫でてみるも何の反応も見せなかった。

 そんなことをしている間、タカト達はギルモン達と過している。この間も地下鉄に現れた謎のデジモンを三人と三体で協力して倒したらしい。(ハジメは卵の世話をしていたため、後日学校で聞いた)

 だんだん焦りを感じてきたハジメは、思い切ってタカトにテイマーになった理由を聞いてみた。

 

「テイマーになった理由?いきなりどうしたの?」

「ちょっと気になって。やっぱりかっこいいから?」

「うーん、そうだなぁ。なりたくてなったわけじゃないし……」

 

 ハジメが真剣な顔で質問するのでタカトも真剣に考える。

 タカトがテイマーになった経緯は、持っていたカードの中に混ざっていたブルーカードをカードリーダーに通し、デジヴァイスに変化したのが切っ掛けだ。そのデジヴァイスにタカトが書いたギルモンの絵や設定をリードしたことでデジタマが生まれ、そこからギルモンが出てきた。いわば明確な理由があってテイマーになったわけではない。でも、

 

「でも、もしもテイマーになった理由があるなら……」

「あるなら?」

「ギルモンに会うためかな」

「ギルモンに?」

「うん。あの時、デジヴァイスにギルモンを書いたメモをスラッシュしたのはギルモンに会いたいと思ったからなんだ。そうしたらギルモンは本当に僕の前に現れた。だからギルモンっていう友達に会うため。これが僕がテイマーになった理由だよ」

 

 ハジメはタカトの話を聞き、ガツンと頭を殴られたような気がした。自分はかっこいいテイマーになりたくて、デジタマを拾い、孵るのを待っていた。

でも、それは生まれてくるデジモンのことを考えていないんじゃないか?

テイマーになるためにデジタマから生まれてくるデジモンを利用しようとしているんじゃないか?

だからデジタマのデジモンは自分の前に生まれてくるのを拒んでいるんじゃないか?

 そこまで考えるとハジメは部屋に隠してあるデジタマにすごく申し訳ない気持ちになった。

タカトと別れて急いで帰宅したハジメは、急いでデジタマに向かい会う。

 

「ごめん。僕タカトみたいなかっこいいテイマーになるために君を利用しようとしてた。本当にごめん!!」

 

 デジタマに向かって両手両膝を付いて頭を下げる、所謂土下座をするハジメ。両親から教わった最上級の謝罪だ。

 

「こんな僕だけど、今は君に会いたいと思っている。だから、もしも許してくれるなら僕に会ってほしい。そして――友達になって!!」

 

 心の底から叫んだその時、机の上に置いてあったカードの束から光があふれ始めた。

 

「何これ?」

 

 その光に気が付いたハジメが机の上を見てみると、置いてあったカードの一枚が光っていた。光っているカードはやがてその絵柄を全く違うものに変えていく。青い下地に黄色いDの文字とそこから飛び出してくるドット絵のドラゴンが描かれたそのカードをハジメは見たことがあった。

 

「タカトが使っていたブルーカード?もしかして……!」

 

 急いで自身のカードリーダーに、ブルーカードをリードするハジメ。するとカードリーダーは光に包まれ、水色のカラーリングに銀色の縁取りをしたデジヴァイスになった。

 

「これが僕のデジヴァイス……「ピキッ」え!?」

 

 ハジメが自分のデジヴァイスに感動していると、今度は何かが罅割れるような音がした。

 バッと振り返ると、この一週間ピクリともしなかったデジタマに罅が入り、ビクビクッと動いていた。

 やがて罅は卵全体に広がり、ついにデジタマは孵った。そこには生まれたばかりのデジモンがいた。

 

「君は?」

 

 ハジメが話かけるとデジモンは目を開き、ハジメに目を向けた。

 赤い色の体に手足のないスライムのような体をしたそのデジモンの名は――。

 

「おれ、プニモン。きみはだれ?」

「ハジメ。南雲ハジメ。プニモン、君のテイマーだ」

「テイマー?」

「そう。テイマー。――友達だよ」

 

 ハジメは右手のデジヴァイスを握りしめ、左手をプニモンに差し出した。その手にプニモンはそっと寄り添ったのだった。

 

 

 

 

 

 こうしてハジメはデジモンテイマーになった。この後、部屋でプニモンと話しているところを両親に見つかってしまい、騒がれてしまうがすぐに受け入れられ、プニモンは南雲家の新たな一員として迎え入れられた。

 そしてプニモンはすぐにツノモンという手足の無い丸いからだに鋭い角のようなデジモンへと進化するのだが、そのツノモンの額にはXの文字のような形をした青いクリスタルが付いていた。

 




久しぶりで変な書き方になっていないか不安なので、おかしいと思ったところはどんどんご指摘をください。


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0.5章 夢への道編―Next Dreamers―
01話 ハジメと香織


プロローグから一気に飛びます。

本当はテイマーズ編をやる予定で書き貯めもしていたのですが、思ったより長くなったのと、原作がありふれなのにそっちに入るまで長々とテイマーズ編やるのはどうだろうと思い、飛ばします。

でも今話ではちょっと触れておく必要があるので少しお見せします。

ハジメのテイマーズとしての戦いは折を見て挟もうと思います。

では、タイトルからわかる通りメインヒロイン登場です。


 数奇な運命の元デジモンテイマーとなった少年、南雲ハジメ。

 デジタマから生まれたデジモン――ツノモンはその後、ガブモンへと進化。

 

 ハジメはガブモンと遊び、現実世界――リアルワールドへ現れたデジモン達と戦った。

 その最中、ガブモンはガルルモン、さらにワーガルルモンへと進化していった。

 

 だが、ガブモンは他のデジモン達とは違う力を持つデジモンだった。

 そのことにハジメとガブモンは悩み葛藤することになった。

 

 そんな日々の中、デジモンの進化に関する特別な力を持つクルモンが、謎のデジモン集団デーヴァにデジタルワールドへ攫われてしまった。

 クルモンを救い出すため、ハジメとタカト達は家族へ別れを告げデジタルワールドへ旅立った。

 デジタルワールドで数々の出会いと経験を積み、ハジメ達はデジモン達との絆を確かなものとした。

 そして、デジタルワールドとリアルワールドに迫る本当の敵であるデ・リーパーを知った。

 デ・リーパーはデジタルワールドを消そうとするだけでなく、世界の境界を越えてハジメ達の住むリアルワールドにまで侵略してきた。

 家族と住んでいる世界を守るため、そしてデ・リーパーに囚われた仲間の一人である加藤ジュリを助けるためにハジメ達はデ・リーパーと激しい戦いを繰り広げた。

 

 その戦いの果てにデ・リーパーを元の原始的なプログラムに戻すことに成功。さらにデジタルワールドからデジモン達の援護でデ・リーパーはデジタルワールドへ戻されリアルワールドから消えていった。

 ジュリも無事に救出されようやく戦いが終わり、またデジモン達とのありふれた日常が戻ってきたと思った。

 しかし、それは叶わなかった。

 デ・リーパーを原始的なプログラムに戻した影響でリアルワールドとデジタルワールドの境界が強固になってしまい、ハジメ達のパートナーデジモンは幼年期に退化、リアルワールドに存在できなくなってしまった。

 

 デジタルワールドへ繋がっている最後のゲートが閉じる間際、テイマー達はパートナーとの別れを受け入れられず涙を流す。

 そんなテイマー達にデジモン達は「また会える」と告げる。

 それでも涙は止まらず、やがてデジモン達はデジタルワールドへ消えていった。

 

 こうして、ハジメのデジモンテイマーとしての物語は終わった。

 テイマーになる前のありふれた日常が戻ってきた。だがハジメも、タカト達ほかのテイマー達もいつかデジモン達と再会できる日が来ると信じている。

 その日に向けて全力で走り続ける――。

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 ハジメがガブモンと別れてから三年経ち、中学二年生になった。

 あの日からハジメは、ガブモンと再会するため全力で生きてきた。

 勉強し、体を鍛え、ガブモンのテイマーとして恥ずかしくないように頑張ってきたハジメは今――

 

「何かっこつけてんだてめぇこら!!」

「邪魔なんだよ!!」

「引っ込んでろ!!」

 

 三人の不良から殴られていた。

 

 ことの発端はハジメが学校の帰りにお婆さんと子供が不良に脅されているのに遭遇したことだった。

 子供が持っていたたこ焼きがズボンに当たってしまい、汚れがついてしまった。それに怒った不良がお婆さんにクリーニング代を要求した。

 お婆さんは子供の非を認めクリーニング代を差し出したのだが、不良たちはさらに金銭を要求。

 それを見かねたハジメが間に入り、仲裁しようとした。

 

「これ以上お金を要求してはいけない」

「クリーニング代ならそれで十分でしょう」

 

 そう伝えたのだがいきなり割り込んだハジメの言葉を不良が聞くはずもなく、殴られることになった。

 ハジメは殴られながらも倒れず、必死に言葉で不良たちを説得しようとし続けた。

 その時だった。

 

「お巡りさん!こっちです!」

 

 そんな声が聞こえた。それを聞き不良たちは慌てて逃げていった。

 それを見たハジメは力が抜けたのかその場に座り込んだ。

 

「大丈夫、ハジメ?」

 

 ハジメに一人の少年が声をかけてきた。

 

「……ジェン?」

「僕がわかる?意識は大丈夫?」

「なんとか。でもあちこち痛いや」

 

 それはハジメの親友の一人で、かつてテリアモンのテイマーだった李 健良(リー ジェンリャ)ことジェンだった。

 ハジメと同じ中学校に通っている彼は下校中に殴られているハジメを見つけ、咄嗟に警官を呼んできたフリをしたのだ。

 

「無茶したね」

「ああするしか思いつかなかった。ありがとうジェン」

「どういたしまして。立てる?」

「うん」

 

 ジェンに肩を借りながら立ち上がるハジメ。

 そこにハジメに庇われていたお婆さんと子供が近づいてきた。

 

「あの、ありがとうございました」

「お兄ちゃん、ありがとう」

 

 お婆さんと子供はお礼を言うとハジメに頭を下げる。それに対しハジメは照れくさそうにする。

 そのまま二人は重ね重ねお礼を言いながら歩いて行った。

 

 ハジメもジェンに肩を貸してもらいながら、その場を去ろうとしたその時、

 

「あの、ハジメ君……ですか?」

「え?」

 

 一人の少女が声をかけてきた。

 

 非常に可愛らしい少女だった。

 長い艶のある黒髪、少し垂れ気味の優し気な大きな瞳。スッと通った鼻梁に小ぶりの鼻、そして薄い桜色の唇が完璧な配置で並んでいる。

未だ幼さを残しているため可愛らしいという感じだが、数年後にはとても美しくなることがわかる。

 同じ中学生のようだが、制服が違うのでハジメ達とは別の中学校だろう。そんな彼女がなぜ声をかけてきて、あまつさえハジメの名前を聞いてきたのか。

 ハジメとジェンが困惑していると、少女はさらに質問してきた。

 

「あのデジモンテイマーのハジメ君ですよね?ガルルモンみたいなデジモンを連れていた!」

「ええっ!!?」

「な、なんで君がそのこと!?」

 

 ハジメとジェンは少女の言葉に驚愕する。

 

 なぜならハジメ達がデジモンテイマーであることは公式には秘匿されている。

 デジモンという大きな力を持つ存在をパートナーにしていたテイマーのことが広まれば、ハジメ達の身に危険が及ぶと、三年前の事件で繋がりを持った情報省ネット管理局の山木 満雄(ヤマキ ミツオ)達がハジメ達の情報を規制し、秘匿したのだ。

 だからこの少女がテイマーのことを知っているはずがないのだ。

 

「あの私、昔ハジメ君に助けられたんです!夏休みにデジモに襲われそうになったとき……!」

「夏休み?デジモンに襲われ……あああっっ!!?」

 

 少女の言葉を聞いてハジメは思い出した。

 少女と自分は確かに出会っており、しかも傍にガルルモンがいたことを。そして確かにデジモンテイマーだと名乗った。

 

「ハジメ、知ってるの?」

「う、うん。知ってる。僕とガルルモンが助けたんだ。二人の女の子を」

「やっぱり!ずっと探していました。私と雫ちゃんを助けてくれたことずっとお礼が言いたくて!」

「わ、わかった。とりあえず、どこか行こう」

「そうだね。どこか落ち着けるところで話そう。ハジメの怪我も治さないと」

「そ、そうだね。ごめんなさい」

 

 少女は慌ててハジメを支えるジェンを手伝うため手を貸した。

 

 三人はハジメの傷の手当てができ、尚且つ誰にも話を聞かれない場所へ行こうと、移動した。

 ジェンの太極拳の師匠であるチョウ先生の道場が近くにあったため、そこへ向かった。

 ハジメの傷も手当てがされ、少女の話を聞くことになった。

 

「私の名前は白崎香織(しらさきかおり)といいます。中学二年生です」

「同い年だったんだね。南雲ハジメです」

「僕は李 健良。それで白崎さんはどこでハジメと出会ったんだい?」

 

 ジェンが質問するとハジメと香織は話し始める。

 

「夏休みに起きたメフィスモンの事件を覚えてる?タカトとジェンが沖縄に行ったとき」

「もちろん覚えているよ。もしかしてその時に?」

「そう。あの時僕とガブモンは東京に現れたデジモンを何とかしようと戦ってたんだ。その時に女の子を二人助けたんだ」

「私、ハジメ君にお礼を言いたかった。でもいきなり消えちゃったからできなくて。あれからずっと探していたんだよ」

 

 香織は胸にあふれる思いを噛み締めるように、三年前のことを話し始めた。

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 三年前の夏休み。香織は親友の八重樫雫と幼馴染の天之河光輝、坂上龍太郎と一緒に住んでいる町から少し遠くのショッピングモールに来ていた。

 夏休みの自由研究に必要になったものを買いに来たのだ。

 その買い物も終わり少し周りを散策していた時だった。

 突然、街の建物が爆発した。

 

「きゃああっ!?」

「な、なに!?」

「ば、爆発?!」

「あっちの方だ!」

 

 龍太郎が指さしたほうを香織が見てみると、そこには炎を纏ったサンショウウオのような生物がいて、強烈な火球を吐き出していた。

 その炎が街を破壊しているのだ。

 

「何あれ?」

「ば、化け物!」

 

 周囲の人々はその姿に恐慌状態に陥り、我先にと逃げ始める。

 香織達はそんな人々の波に飲み込まれてしまう。

 

「雫!香織!」

 

 その時、香織と雫は光輝と龍太郎の二人とはぐれてしまう。

 

「あ、痛!?」

「か、香織。大丈夫?」

 

 しかも香織は逃げる人に突き飛ばされ転んでしまう。

 雫が咄嗟に駆け寄り、抱え起こす。

 

「うん。大丈夫だよ雫ちゃん」

「よかった。早く逃げましょう、きゃッ!?」

 

 逃げようとする香織と雫だが、彼女たちの近くで爆発が起こり雫は思わず香織に抱き着く。

 彼女たちが恐る恐る爆発の起こった方に目を向けると、炎を吐いていた生物がこちらに顔を向けていた。

 

「あ、ああ……」

「ひぃッ」

 

 その口の中にはすでに炎が漏れ出ており、街を破壊した火球を香織達に向かって吐き出そうとしていた。

 あまりの恐怖に二人は体が硬直してしまう。

 次の瞬間にはあの炎で燃やされ、殺されてしまうと。

 だが、その時。

 

「カードスラッシュ!強化プラグインW!」

「《プチファイアーフック》!!」

 

 青い小柄な生き物が炎の生物に殴りかかった。

 体格に差がありすぎるため効果がないと思われたが、炎の生物は殴り飛ばされてしまい二人への攻撃は行われなかった。

 

「た、助かったの?」

「あれ、何?」

 

 二人が呆然としていると二人の前に一人の少年が現れた。

 その手には水色のカラーリングに銀色の縁取りをしたデジヴァイスがある。そう、二人の前に現れたのはハジメだった。

 そして、先ほど攻撃したのはハジメのパートナーデジモン、数か月前に生まれたプニモンが進化したガブモンだった。

 だがその姿は通常のガブモンと少し違っていた。

 お腹の模様が異なっており、目つきも鋭い。さらに両腕が毛皮に覆われているはずなのに右手は毛皮がなくガブモン本来の腕が剥き出しになっていた。

 

「サラマンダモン。アーマー体。必殺技は《ヒートブレス》と《バックドラフト》」

 

 デジヴァイスで生物――サラマンダモンのデータを読み取るハジメ。

 

「やっぱりデジモンだ。でもなんでデジタルフィールドがないんだ?」

 

 ハジメは今までデジモンがリアルワールドへ現れる際に発生していた霧のフィールド、デジタルフィールドが無いにもかかわらずサラマンダモンが現れていることに首をかしげる。

 

「デジモン?あれがデジモンなの?」

「え?」

 

 香織がハジメの言葉を聞き質問する。そこでハジメはようやく近くに香織たちがいるのに気が付く。

 

「だ、大丈夫ですか?怪我とかは?」

「ううん。転んだだけで大丈夫」

「わ、私も」

「そっか。よかった」

 

 駆け寄って無事を確認するハジメに二人は答える。それにホッとするハジメだが、

 

「うわああっ!!?」

 

 そこにサラマンダモンと戦っていたガブモンが吹き飛ばされてくる。

 

「ガブモン!」

 

 ハジメはガブモンの戦いから目をそらしてしまっていたことに、ハッとして我に返るとガブモンに駆け寄る。

 

「ごめん。目を放してた」

「これくらい大丈夫さ。それより来るよ」

 

 ガブモンが目を向ける先、そこにはハジメとガブモンに対して戦闘態勢を取るサラマンダモンがいた。

 それを見てハジメの手は震え始める。

 実はハジメはこれまでデジモンと戦うとき、いつもタカト達他のテイマーと一緒だった。

 だが、タカトとジェンは沖縄に旅行に行っており、ルキは別のところにいる。

 初めての自分一人だけのデジモンとの闘いに、大きな不安と恐怖が沸き上がってきたのだ。

 

「ウウゥッ!!」

 

 逆にガブモンは戦意をみなぎらせている。

 

「《ヒートブレス》!」

「《プチファイアー》!」

 

 サラマンダモンの火球、ガブモンの青い炎がぶつかる。それは両者の間で爆発を起こし、周囲に熱と衝撃をまき散らす。

 

「きゃあッ」

「もういや!」

 

 それに香織は悲鳴を上げ、雫は恐怖で頭を抱えて蹲る。

 

「何とかしないと。怖がっている場合じゃない」

 

 そんな二人の姿を見て、ハジメは心の中の恐怖を抑え込む。今二人の身を守れるのは自分とガブモンだけなのだから。

 

「ガブモン!あいつの気を引くんだ!」

「わかった!」

 

 ガブモンはサラマンダモンの側面に回り込み、攻撃を加え始める。

 サラマンダモンはそれにつられ、ガブモンの方に顔を向け、そちらに注意を向ける。

 

「よく聞いて二人とも」

 

 その隙にハジメはしゃがみ込み、香織と雫に話しかける。

 

「あいつは僕とガブモンが何とかする。だから立てるようになったらここから逃げるんだ」

「あ、あなたは一体?」

 

 香織の疑問にハジメはデジヴァイスをぎゅっと握りしめ、二人だけでなく自分にも言い聞かせる。

 

「僕は……テイマー。デジモンテイマーだ」

「デジモン、テイマー……」

「速く離れて」

 

 そういうとハジメはサラマンダモンを引き付けているガブモンの元に向かっていった。

 あとに残された香織と雫は、座り込みながらもその背中を見つめていた。

 

 二体に追いついたハジメが目にしたのは苦戦するガブモンの姿だった。

 サラマンダモンはアーマー体のため成熟期レベルの力を持っている。対してガブモンは成熟期よりレベルが下の成長期だが、先ほどハジメがスラッシュした力を強化するオプションカードの効果で能力が強化されていた。つまり能力にそれほど差はないのだが、ガブモンに比べて体格が大きく、炎を鎧のように身に纏っているサラマンダモンの方が戦いを有利に進めていた。

 

「負けるわけにはいかない。街を守れるのは僕達だけなんだ。勝つぞ、ガブモン!!」

 

 ハジメが恐怖を乗り越え、覚悟を決めたそのとき!

 

――XEVOLUTION――

 

「ガブモン!X進化!!」

 

 デジヴァイスから光が放たれ、ガブモンが光に包まれる。

 光の中でガブモンのデータが分解され、新たに再構成されていく。

 被っていた青い毛皮は全身に広がり、一体化する。

 手足は伸び、力強く大地を駆ける強靭な四肢になる。

 両肩からは鋭い金属のブレードが伸びていく。

 これこそがハジメのガブモンが進化した成熟期。

 知性が高く、主人と認めたテイマーのために忠実に戦う孤高の獣型デジモン。その名は、

 

「ガルルモンX!!ウオオオオオッッ!!」

 

 進化したガルルモンはサラマンダモンに体当たりをして吹き飛ばす。

 吹き飛ばされたサラマンダモンはビルに激突し、しばらく痛みに呻くがすぐに起き上がり、ガルルモンに怒りに燃える目を向ける。

 

「《ヒートブレス》!」

「《フォックスファイアー》!」

 

 再び放たれるサラマンダモンの火球に対し、ガルルモンも同じく青い炎を口から吐き出す。

 先ほどは相殺された二つの炎だが、今度は青い炎の勢いが勝った。

 火球を飲み込んだ青い炎がそのままサラマンダモンに激突。再び吹き飛ばされ、今度はひっくり返る。

 

「ウウウウウッッ!!」

 

 サラマンダモンはジタバタと手足を動かして痛みに悶える。そこにガルルモンは飛び掛かり、サラマンダモンを押さえつける。

 二体のデジモンの戦いを見守っていたハジメは、この局面で使えるカードがないか確認し、手持ちのカードから一枚取り出す。

 

「カードスラッシュ!ブルーメラモン!《コールドフレイム》」

「ハアアッ!」

 

 ハジメがスラッシュしたブルーメラモンのカードの力を受けたガルルモンの口から、青い低温の炎が吐き出される。

 それを受けたサラマンダモンの炎は勢いを失い、体は凍り付いていく。

 サラマンダモンの動きが止まったのを確認したガルルモンは、一度離れると猛スピードでサラマンダモンに突進する。

 そしてすれ違いざまに肩から延びるブレードでサラマンダモンを斬り裂いた。

 高温の体が一気に冷却されたことで脆くなっていたサラマンダモンの体はそのまま真っ二つになり、データに分解されて消えていった。

 

「か、勝てた。……そうだ、あの子たちは?」

 

 ハジメが座り込んでいた二人の方を向くと、二人のそばに男の子がいて手を貸していた。

 それに安堵しているとガルルモンが近くに来た。

 

「お疲れ様。ガルルモン」

「ああ。やったなハジメ」

「うん。……僕、なんかやっとテイマーとしての自信が出てきた。君にふさわしいテイマーになるよ」

「俺にとって、ハジメは最初から最高のテイマーだよ」

 

 ハジメがガルルモンと語り合っていると、ヒュンッと何かが飛んできた。

 

「ハジメッ!」

 

 それがハジメに当たりそうになったのでガルルモンは前に出てそれ――小さな石をはじく。

 

「え?」

「よくも香織達を怖がらせたな!!」

 

 石を投げてきたのは香織と雫に手を貸していた男の子の一人、天之河光輝だった。

 

「やめて光輝君!あのデジモンは違うの!」

「暴れていたのはもういないの!」

「安心してくれ香織!雫!あんな悪そうなデジモン俺がやっつける!」

 

 香織と雫がやめさせようとするが、光輝はハジメとガルルモンをにらみつけるばかりで耳を貸そうとしない。

 

「君もそこは危ないから逃げろ!」

 

 おそらくハジメにだろう、そう声をかけながらまた石を投げる。

 ガルルモンがまたそれをはじこうとしたその時、ガルルモンの前にハジメが身を乗り出した。

 

「ハジメ!?」

「痛っ……やめて!ガルルモンを、僕のパートナーを傷つけないで!」

 

 石が顔に当たり、手で押さえながらも光輝に訴えるハジメ。

 流石に人に当ててしまったことから光輝は石を投げるのを止める。

 ハジメがガルルモンをかばい、ガルルモンが光輝を威嚇し、光輝が困惑し、香織が光輝を止めようとする中、突然ハジメとガルルモンの後ろの空間から光が漏れだす。

 

『『ハジメ。ガルルモン。一緒に来てほしい』』

 

「え?」

「なんだ?」

 

 光の中から謎の声が聞こえ、二人が困惑する中、その光は大きくなり消えた。

 香織達がその場を見ると二人の姿は消え失せていた。

 

 その後、はぐれた龍太郎も合流し、四人は帰宅した。

 

 

 

■■■■■

 

 

 

「あの時は本当にありがとう。それと天之河君が怪我をさせてごめんなさい」

 

 話し終えた香織がお礼と謝罪をする。

 

 ハジメとジェンはあの事件のことを改めて思い出す。

 

 あの後、ハジメとガルルモンは別の世界からやってきたデジモン、オメガモンに連れられ、デジタル空間を通りながら事件のことを聞いた。

 

 あの時現れたデジモン達は本物のデジモンではなく、当時流行していた電子ペット「Vペット」が変化したものだった。その黒幕がオメガモンが追っていた悪のデジモン、メフィスモンでその目的はリアルワールドの破壊だった。

 ハジメ達は事件の元凶であるメフィスモンを倒すため、オメガモンの力を借り、メフィスモンのところへ向かった。

 何とかメフィスモンを倒すことはできたが、戦っていたのが沖縄だったため帰るためにいろいろ大変であり、ハジメはすっかり自分が助けた少女たちのことを忘れていたのだった。

 

「だからあの時顔に怪我をしていたんだね。てっきりデジモンとの戦いでできたのかと思ったけど」

「……あの時の状況から仕方ないと思ったんだよ。あの男の子、天之河君だっけ、が勘違いしても仕方ない状況だったと思ったし」

 

 自嘲するように言うハジメ。

 あの時、光輝がガルルモンに石を投げたのは、街を破壊したサラマンダモンの仲間だと思ったからだ。何も知らない人から見れば、どちらも同じ危険な生き物に見えるのだ。

 ジェンも同じことを考えているのかやるせない顔をする。

 

「それでも私は知ってるよ」

「え?」

「ハジメ君とハジメ君のデジモンが私と雫ちゃんを助けるために戦ってくれたこと」

 

 そういうと香織はハジメの手をそっと握る。

 いきなり香織のような美少女に手を握られて、ハジメはどぎまぎしてしまう。

 

「あの時のハジメ君の手、震えていた。きっと怖かったんだよね?私よりも。だってハジメ君デジモンのこと詳しそうだったし、危ないってわかっていたんだよね?

それでも私と雫ちゃんを守るために立ち向かってくれて、なんて強い人なんだろうって思った。そんなハジメ君のためにガブモン君は戦ってくれた。怖いデジモンはいるのかもしれないけど、ハジメ君のガブモン君みたいな優しいデジモンもいるって、私は知っているよ」

 

 自分とガブモンのことを褒められて、ハジメは頬が熱くなってくるのを感じた。

 だからなんと言えばいいのか思いつかず、「えっと」とか「あ、あの」という言葉しか出てこず、何とか一言、

 

「あ、ありがとう……」

 

 と微笑む香織から目を逸らしながらお礼を言うのだった。

 

 それからしばらく三人はお互いのことを話し、照れていたハジメも香織と普通に会話できるようになった。

 三人は互いに名前で呼び合うほど親しくなり、時間も遅くなってきたので香織を送っていくことになり、ハジメが買って出た。

 ジェンはそんなハジメを見て、微笑ましそうに見ていた。

 

 話の続きを話しながら、ハジメと香織は香織の家の前までやってきた。

 

「今日はありがとう、ハジメ君」

「僕の方こそありがとう」

「え?私お礼を言われることしてないよ?」

「そんなことないよ。デジモンを、僕たちの友達のことをわかってくれて、本当に嬉しかったんだ。三年前の事件からデジモンは悪く言われることが増えたから」

 

 三年前のデ・リーパーによるリアルワールド侵攻事件以降、デジタル生命体の代表であるデジモンは世間から白い目を向けられている。

 いくら事件を解決にデジモンの力があったとはいえ、それは秘匿されており、一般の人々は詳しいことを知ることができない。

 デジモンカードの製造こそ止まっていないが、新しいデジモンが発表されることもなくなり、コンテンツとしては縮小傾向にある。

 デジモンを大切に思うハジメ達はこの現状に歯がゆい思いをしてきた。

 

 だから、香織がテイマーである自分の存在からデジモンを好意的に見てくれたことがとても嬉しかったのだ。

 

「私今日ハジメ君と話せて本当によかったよ。もっとハジメ君やデジモンのこと知りたいって思ったんだ。だからもしよかったらなんだけど……」

 

 香織は制服のポケットから自分のスマホを取り出すと、それをハジメに差し出した。

 

「連絡先の交換してもらえないかな?」

「う、うん。もちろんだよ」

 

 ハジメも自分のスマホを取り出し、連絡先を交換した。

 

 こうしてハジメのスマホにルキとジュリ以外の女の子の連絡先が追加された。

 

 その日の夜。ハジメは情報省ネット管理局の山木室長へ連絡を取っていた。

 

『そうか。君がテイマーであることを知る一般人の少女がいたか』

「すみません。山木さんたちが僕たちのことを隠してくれていたのに迂闊な行動をとってしまって」

『状況的に仕方ないことだ。気に病むことはない。それに君と李君以外のことはばれていないのだろう?』

「はい」

『なら問題ない。これからも秘密を洩らさないように気を付けてくれたまえ』

「……そのことなのですが、山木さん」

『なんだね?』

 

 しばし逡巡しながらもハジメは意を決して山木に告げる。

 

「白崎香織さんとその友達の二人に僕達テイマーズのことを教えたいんです」

『何!?君は何を言っているのかわかっているのか!?君たちの情報を外部に漏らせば君たちの身に危険が迫るかもしれないんだぞ』

「わかっています。でもいつまでも隠せることじゃないです。今日みたいなことがこれからあるかもしれません!」

 

 そこまで言うとハジメは一度息を落ち着ける。

 

「それにもう嫌なんです。学校や町中でデジモンの悪口を聞くのは」

 

 三年間、ずっと堪えてきたその思いを口にする。

 

「もしかしたら、香織さんみたいにデジモンや僕達テイマーのことを知ることで、理解してくれる人がもっといるかもしれない。

いつかデジタルワールドへの扉が開いてガブモンと再会した時、リアルワールドがデジモンに住みにくい世界になっていてほしくないんです!」

『……そのための第一歩が白崎香織と彼女の友人ということか?』

「はい。タカト達には僕の方から話をします。もうすぐみんなで集まる日ですし」

『もしもタカト君達が賛成しなかったらどうするんだ?』

「その時は僕のことだけでも話します。そして香織さん達が信用できるって証明して見せます」

『……わかった。私も今の世間の現状を申し訳なく思っていたところだ。タカト君達への話も協力しよう』

「山木さん。……ありがとうございます」

 

 それから少し話をしてハジメは山木との通話を終えた。

 そこで、ハジメは自分を見る両親の視線に気が付いた。

 

「ハジメ。その女の子、香織ちゃんだっけ?ずいぶん仲が良くなったのね~」

「ルキちゃんとジュリちゃんはタカト君といい仲だから、ハジメの彼女になる可能性は低いと思っていたが、まさか別の女の子にフラグを立てているとは」

 

 ニヤニヤしながらそう言うと二人は口を揃えて、

 

「「よ!流石我が家の主人公!!このまま可愛いヒロインゲットだぜ!!」」

「黙れよこのアホ夫婦!!」

 

 ハジメの怒声が南雲家に響き渡った。

 




デジモン紹介

ガブモンX抗体 世代:成長期 獣型 属性:データ

ハジメのパートナーデジモン。シャッガイとデジタールゲートによる空間の揺らぎからリアルワールドに現れたデジタマをハジメが孵したことで出会った。
X抗体という特殊なデータをその身に宿すデジモン。X抗体を宿したデジモンはデジコアの潜在能力が解放され、通常のデジモンより強力な力を持つ。
ガブモンは毛皮のデータを取り込むことで、爬虫類型から獣型へ変化。獣らしい俊敏性と野性的な戦い方を好むようになった。
必殺技は「プチファイアー」とプチファイアーを右腕に宿らせて敵を殴る「プチファイアーフック」。この技を使うために右腕は毛皮に覆われていない。


次回はまだ書き上げていないのですが、構成はできているのでお楽しみに。
しばらくはありふれへの導入とテイマーズの後日談みたいな話が続きます。


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02話 テイマーズ

資格試験が重なり一週間以上かかってしまいましたが最新話を投稿します。

マイペースですが更新していきたいです。


 ハジメが香織と出会ってから数日後。

 

 秋も深まり冷たい風が吹く中、もうすぐ朝の10時になりそうな駅前の広場でハジメは一人佇んでいた。

 時折、スマホの時計を見て時間を気にするハジメ。見ただけで緊張しているのが伝わってくる雰囲気。

 だがそれも仕方ない。なにせ人生で初めての女の子との待ち合わせなのだ。

 やがて10時になり、ハジメが待っていた人物が駅口から現れた。

 

「あ、ハジメ君!」

「香織さん、ッ」

 

 手を振りながらハジメの方に駆け寄ってきたのは香織だ。白いワンピースに若草色のカーディガンを羽織った私服は清楚なイメージの彼女にぴったりだ。

 ハジメはもちろん、周囲の男性陣は見惚れてしまう。

 

「お待たせ、待った?」

「う、ううん!全然待ってないよ、大丈夫!!」

 

 手を振って否定するハジメ。

 

「それより話にあった友達は?」

「雫ちゃん?こっちにいるのが……あれ?」

 

 振り向いた香織がキョロキョロと周囲を見渡す。そこに駅口から新たな人影が現れて駆け寄ってきた。

 

「ちょっと香織!いきなり走らないで」

「あ、雫ちゃん」

「あ、じゃないわよ、全く。楽しみだったのはわかるけど置いていくなんてひどい親友ね」

「ごめんなさ~い。もう絶対忘れないから!」

 

 香織が謝りながら抱き着いているのは、香織に勝るとも劣らない程の美少女だ。

 腰まで伸びた綺麗な黒髪をポニーテールにまとめ、切れ目の鋭い目をしている。だがその眼の奥には柔らかさも感じさせるため、冷たいというよりかっこいいという印象を与える。

 身長も香織よりも高く、動きやすいジーンズにTシャツとデニムのジャケットという機能性を重視した格好をしている。

 少女漫画家である母、菫の漫画にクール系ヒロインとして出てきそうだとハジメは思った。

 ふと思いついたハジメはスマホを操作して1枚の写真を表示させると、二人に話しかける。

 

「あの、八重樫雫さんですか?」

「え?あ、はい。あなたが南雲ハジメ君?3年前に私と香織を助けてくれた」

「はい。初めまして。僕が南雲ハジメです」

「初めまして。あの時は本当にありがとう。私と香織を助けてくれて。それから光輝がごめんなさい。あなたに石をぶつけてしまって」

 

 挨拶とお礼と謝罪を告げる雫。律儀というか責任感が強そうだ。

 

「あのことは気にしていないですから。謝らないでください。それよりこれどう思います?」

 

 そう言うとハジメは雫に自分のスマホを差し出し、さっき表示した写真を見せる。

 

「何これ可愛い!!!」

 

 するとかっこいいと思っていた雫の雰囲気がデレッと崩れた。表情も目じりが下がり、なんというか幸福感が溢れている感じになる。

 

「何々?あ、本当だ可愛い!」

 

 気になってハジメのスマホを覗き込んだ香織もデレる。

 

 ハジメのスマホに映っていた写真、それは土鍋の中で昼寝をするツノモンの写真だった。

 これはハジメの母、菫が撮影したものでネコ鍋をモチーフにやってみたデジモン鍋だ。

 やってみたところ、ツノモンの大きさが土鍋にぴったりはまってしまい予想以上に可愛くなったのだ。

 

「この子は僕のパートナーデジモンの幼年期の姿。ツノモンだよ。可愛いでしょ?でも本人は可愛いよりかっこいいって言われたいみたいで、言うと少し不機嫌になるんだよね。それもまた可愛いんだけど」

 

 そこまで説明するとハジメはスマホを返してもらう。

 まだ見たかったのか雫は残念そうだったが、いつまでも人様のスマホを持っているわけにはいかないと、断腸の思いで返した。

 やはりハジメの思った通り雫はクールビューティーに見えて、実は可愛いもの好きという女の子だったらしい。

 

「他にもいっぱい写真があるからそろそろ行こう」

「わかったわ!」

 

 前のめりになりながら同意する雫にハジメと香織は微笑ましい目を向けた。その目に気が付いた雫はようやく我に返り、わたわたしながら移動を始めた。

三人は近くの喫茶店にやってきた。テラス席に座り、店員に注文をする。

 ハジメはコーヒー、香織は紅茶、雫はジンジャーエールを頼み、程なくして運ばれてくる。それでのどを潤すと、ハジメが口を開く。

 

「今日は二人とも時間をくれてありがとう」

「私たちこそありがとう。三年前のことも含めて」

 

 雫は佇まいを直すと頭を下げる。

 

「本当にありがとう。あなたとあなたのデジモンがいなかったら私と香織は今ここにいなかったかもしれないわ」

 

 香織の時も感じた、自分とガブモンのことが誰かに褒められ、認められたことがとても嬉しかった。

 

「私はもう言ったけど改めてありがとう、ハジメ君。ガブモン君にもお礼を言いたいんだけど……」

「ガブモンは今はいない。三年前にデジモン達の世界デジタルワールドに帰ったんだ」

「それはやっぱりあの事件のせい?」

「……あの事件は簡単に話すことはできないんだ。いろいろ機密とかあるし、たくさんの人に迷惑がかかるから」

「……そっか」「やっぱり」

「でも」

「「?」」

 

 ハジメは一度目を閉じると二人に真剣な眼差しを向ける。

 

「二人になら話したいと思っているんだ。僕の、僕達デジモンテイマーズの秘密を。だから答えてほしい」

 

 二人はハジメの言葉に込められたとてつもなく強い思いに気圧されながらも、目を逸らさず耳を傾ける。

 

「二人はデジモンをどう思っている?

あんなことがあったからやっぱり怖い?危険で人間を傷つける危ない生き物だと思っている?今の世界みたいにデジモンがいない方が住みやすい世界だと思っている?」

 

 これはハジメが二人に絶対に聞かなくてはいけないことだった。

 二人と普通の友人付き合いをするなら問題はない。だが二人はハジメがデジモンテイマーという、今の世間では排斥されかねない存在だったことを知っている。

 短い期間だが香織と接した限り、彼女が自分をつるし上げたりすることはしないと思っているし、彼女の友人である雫もしないだろう。

 だがそれはあくまで今のハジメの所感だ。はっきりと彼女たちの意思を確認したかった。これからハジメと関わっていく、そしてハジメが巻き込んでいくのなら。

 

 しばらく香織と雫は考え込んでいたが、答えがまとまった香織が口を開いた。

 

「私はデジモンのことを知りたいかな。三年前の事件でデジモンが暴れて、私と雫ちゃんも怖い目に遭った。でもガブモン君みたいに、ハジメ君のために戦っていたデジモンもいた。それってまるで人間みたいだなって私思うの。きっといろんなデジモンがいて、いろんな考えを持っている。だから私は知りたい。デジモンのことをもっと知りたい」

 

 続いて雫も口を開く。

 

「私は正直怖いって思っているわ。あんな怖い目に遭って、その元凶だったデジモンには恐怖しか感じないわ。でもそんな私を助けてくれたのもデジモンだった。それにさっき南雲君が見せてくれた写真みたいな可愛いデジモンもいるんだって知ったわ。だから周りみたいに一方的にデジモンを危険視するのはどうかと思っているわ」

「そっか」

 

 二人の答えを聞き、ハジメは――微笑んだ。

 

「みんな、どうかな?僕はこの二人なら大丈夫だと思う」

「え?え?」

「南雲君?一体何を?」

 

 突然誰かに話し始めたハジメに二人は目を白黒させる。するとハジメの後ろの席に座っていた人物が立ち上がり、振り向いた。

 

「あ!?」

 

 その人物に見覚えがあった香織は驚きの声を上げる。

 

「ジェン君!?」

「やあ。白崎さん」

 

 それは先日ハジメと共に香織が出会ったデジモンテイマー、ジェンだった。

 さらにジェンと同じ机に座っていた三人の人物も立ち上がり、ジェンの隣に並ぶ。

 

「初めまして、僕は松田タカトって言います」

「俺は塩田ヒロカズ。よろしくな」

「僕は北川ケンタ。ハジメの親友」

 

 続けてその隣の机からも三人の少女が立ち上がった。

 

「牧野ルキ。あんたたちのさっきの答え、嫌いじゃないわよ」

「私は加藤ジュリ。デジモンのこと理解しようとしてくれてありがとう」

「李シウチョン!ジェン兄ちゃんの妹だよ!よろしくね!」

 

 そして最後にハジメが立ち上がり、タカトの隣に並ぶ。

 

「そして僕、南雲ハジメ。僕たちは――デジモンテイマーズです」

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 それから喫茶店から移動したハジメ達は、道すがら香織と雫に自分たちデジモンテイマーズのことを説明した。

 

「じゃあみんなデジモンテイマーなんだね」

「まだあと三人いるけどね」

「でも黙って見ていたなんてちょっとひどくない?」

「ごめんなさい。でも私たちも白崎さん達がデジモンのことをどう思っているのか知りたかったんだ」

「僕達も気は進まなかったんだけど、僕たちを保護してくれている人から二人のことをちゃんと知ってから決めたほうがいいって言われて」

 

 タカトが二人に申し訳なさそうに言う。

 今回二人のデジモンに対する考え方を隠れて聞くというのは、ハジメ達の情報を秘匿している山木からの提案だった。

 タカト達は仲間であるハジメのことを信頼しており、ハジメが信じたいと言った香織と雫に名乗り出るのは構わなかった。

 だが、自分で香織たちの意見を聞いて納得してからの方が良いと言われ、初対面である雫もいるからとのことで先ほどのようなことになったのだ。

 

「着いたわよ。入って」

 

 やがて目的地に着いた。そこは住宅街の一角に建つ日本家屋だった。周りが一般的な住宅なので少し目立っている。

表札には牧野と書かれており、ルキの家のようだ。

「なんだか雫ちゃんの家みたい」と香織は思った。

 

「私んち広いから大人数で集まるのにちょうどいいのよ」

「ここならデジモンの話も大っぴらにできるしな」

「嫌になるよね。よく知りもしないのにデジモンのことを悪く言うなんて」

「ぼやいても仕方ないよ、ケンタ。お邪魔しまーす」

 

 ルキが入るのに続いて、ヒロカズ、ケンタ、そしてタカトやハジメ達も続く。

 

「いらっしゃい、ルキ、皆さん。あら?新しいお友達?」

 

 出迎えたのは一人のお婆さんだった。ルキの祖母、秦聖子(ハタ セイコ)だ。

 高齢者には珍しくパソコンも使いこなすなど多趣味であり、デジモンにも理解のある人物だ。

 

「白崎香織です。初めまして」

「八重樫雫です。お邪魔します」

「はいご丁寧に。ルキの祖母です。ゆっくりしていってね」

 

 その後、ハジメ達は大広間に通され大きな机の周りに座った。

 香織と雫はハジメの傍に座り、それにハジメは少し恥ずかしそうにする。タカト達はそんなハジメを見てニヤニヤしたり、微笑ましそうにしたり、興味深そうに見ていた。

 やがて、聖子とルキ、ジュリが人数分のお茶を運んできて全員が一息つくと、ジェンが改めて話始める。

 

「さて、ここからはもっとデジモンについて話そうか」

「そうだね。今日は白崎さんと八重樫さんにデジモンのことを知ってもらおうって思って集まったんだし」

「でも何から話しましょうか?」

 

 タカトとジュリの言葉に香織が「はい!」と手を上げる。

 

「みんなのパートナーデジモンについて知りたいです」

「そうだね。わかったよ。じゃあまずは……」

「タカトでいいんじゃない?デジモンテイマーズのリーダーなんだし」

「そうそう」

「ちょっ!?僕!?」

 

 ヒロカズとケンタの指名に慌てるタカト。

 

「松田君がリーダーなの?」

「ちょっと意外ね」

 

 香織と雫は意外そうにする。

 二人が知るリーダーとは、学校行事等でクラスをまとめるカリスマを発揮する存在というようなイメージがある。だからタカトのような大人しそうな少年がデジモンテイマーズのリーダーだとは思わなかった。

 そんな二人にハジメが話しかける。

 

「タカトは気弱そうだし、頼りなく見えるかもしれない。でも僕たちにとっていつもみんなを引っ張ってくれるし、いざって時には頼りになるんだ」

「俺としてはリョウさんもリーダーに相応しいと思ったけど」

「本人が辞退したし、リョウさんもタカトがリーダーってことに納得したんだよね」

 

 ハジメとヒロカズ、ケンタの言葉にタカトは照れくさそうにする。

 ちなみにリョウさんとは今日来れなかったテイマーの一人、秋山遼(あきやまりょう)のことだ。

 伝説のテイマーと呼ばれるほどのカードゲームの腕前で、優れたテイマーしか扱うことができないデヴァイスカードと呼ばれるカードを使いこなす少年だ。

 デジモンテイマーとしてのキャリアもタカト達よりも飛びぬけているが一匹狼なところがあり、集団をまとめるのを苦手としている。

 

「と、とにかく。まずは僕のパートナーデジモンから紹介するね!」

 

 照れ隠しにタカトが言うと、自身のカードデックを取り出し、そこから一枚のカードを取り出すと二人に見せる。

 

「これが僕のパートナーデジモン。ギルモンだよ」

 

 そのカードには赤い恐竜のようなデジモンが描かれていた。ステータスも乗っており、ウイルス種の爬虫類型デジモン。カードの絵柄の背景には金色の縁取りのデジヴァイスがある。

 

「見たことないデジモンだね」

「本当ね。香織が買ってた本やカードでも見たことないわ」

 

 ギルモンを見た香織と雫が呟く。それにハジメが答える。

 

「それはそうだよ。ギルモンはタカトが考えたデジモンなんだ」

「え!?そうなの!?」

「考えたデジモンが実体化したってこと!?」

 

 驚く二人にタカトはギルモンとの出会いを簡単に話した。

 それを聞き、まるで運命のようなタカトのテイマーとしての話に二人は夢中になった。

 

「こんなところかな。ちなみにこれがギルモンが進化したグラウモン、メガログラウモン。そしてデュークモンだよ。あとゼロアームズ・グラニも」

 

 タカトはギルモンのカードの横に、四枚のカードを置く。

 

「へー。なんかグレイモンみたいだね」

「でも究極体は聖騎士型って変わっているわね」

 

 ギルモンの進化の系譜デジモンを見て感想を言う二人。と、そこで雫が何かに気が付く。

 

「そういえばギルモンって松田君が考えたデジモンなのよね?ならなんでカードがあるの?」

「三年前の事件の後、水野さんっていう人が作ってくれたんだ。僕達テイマーズ専用のカードをね」

 

 世界を救ってくれたことのお礼と、デジモンと引き離してしまったことの償いの一つとして。そういわれて受け取ったカードがこのカードだった。

 みんなのデジヴァイスに残っていたパートナーデジモンのデータを基に、世界に一枚だけのカードとして生み出された、いうなればテイマーズカードだ。

 タカトに続いて他のみんなもカードを取り出す。

 

「僕のパートナーはテリアモン。進化するとガルゴモン、ラピッドモン、セントガルゴモンになる」

「私のパートナーはレナモン。キュウビモン、タオモン、サクヤモンに進化するわ」

「俺のパートナーはガードロモン。進化するとアンドロモンになるんだぜ!かっこいい正義のデジモンさ」

「僕のパートナーはマリンエンジェモン。小さくて可愛いけど究極体なんだぜ」

「シウチョンのはね、ロップモン!進化するとアンティラモンっていうおっきなウサギさんになるの!」

 

 そして最後にハジメが四枚のカードを取り出す。

 

「僕のパートナーデジモンはガブモン。幼年期はツノモン。進化するとガルルモン、ワーガルルモン、メタルガルルモンになるんだ」

 

 そのカードを見て香織はずっと疑問に思っていたことを口に出す。

 

「ハジメ君。ずっと気になっていたんだけど、ガブモン君って私が知っている姿と違うよね?でも名前は同じガブモン、ガルルモン、ワーガルルモン、メタルガルルモン。どういうことなの?」

 

 香織の言うとおり、ハジメの取り出したカードに描かれている姿は、どれも一般的に知られているガブモンやガルルモンとは違う姿だ。

 メタルガルルモンにいたっては四足歩行ではなく、二足歩行になっている。

 

「……それはガブモンがX抗体っていう特別なプログラムを持ったデジモンだからなんだ」

「X抗体?」

「うん」

 

 ハジメは語り始める。

 ガブモンには生まれつきX抗体という、ギルモン達が持っていないプログラムが宿っていた。

 最初は亜種のようなものだとハジメ達は思っていたのだが、デジタルワールドを訪れた際、X抗体のことを知るためにハジメとガブモンは途中でタカト達と別行動をとり、賢者の森と呼ばれるエリアにいるワイズモンというデジモンに会いに行った。

 道中困難に遭遇しながら二人はワイズモンの元にたどり着き、そこでX抗体のことを知った。

 

 X抗体とは、Xプログラムというデジモンを削除するプログラムから身を守るためにデジモンが生み出した抗体のこと。

 生まれたばかりのX抗体は不安定で、他のデジモンのX抗体を取り込まなければ安定せず、長い時間をかけ他のX抗体を取り込み続けた結果、ようやく安定したX抗体が生まれた。そしてX抗体を持ったデジモンをX抗体デジモンといい、X抗体デジモンになる進化を「X-進化」という

 

「そしてX抗体デジモンはデジコアの潜在能力が解放されて、普通のデジモンとは違う姿になるんだ。それがガブモンの姿が違う理由だよ」

「へぇ~。デジモンってすごいんだね」

「デジモンって私たちが知らないことばかりね。これでも香織と結構調べたんだけど」

「そう。デジモンって知れば知るほど知らないことが出てきて、もっと知りたいって思っちゃうんだよね」

「そこがデジモンの魅力だね」

 

 ハジメの言葉にタカトが同意する。

 

「だから今日はもっとデジモンのことを話そう。二人が知りたいこと、僕達テイマーズが教えてあげるよ」

「デジモン以外のことでもいいわよ」

「デジモンのことを話せる女の子ってあまりいないからね」

「シウチョンもロップモンとテリアモンのこといっぱい教えてあげる!」

 

 ルキとジュリ、シウチョンが香織と雫の傍に寄り添う。

 

 それから香織と雫はハジメ達と夕方になるまで話し続けた。

 みんなのデジモンとの出会い。

 デジモンと遊んだこと。

 テイマーとしてリアルワールドに現れ、襲ってきたデジモンと戦ったこと。

 デジタルワールドへの冒険。

 そして三年前の最後の時。

 

 この日、香織と雫はデジモンとテイマーのことを深く知るのだった。

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 テイマーズとの交流会の後、すっかり日が暮れた住宅街をハジメは二人を家へ送っていた。

 

「今日は楽しかったね、雫ちゃん」

「ええ。とってもよかったわ」

 

 香織の言葉に雫はデレデレした顔で答える。

 雫はさっきの交流会でツノモンをはじめとした、テリアモン、ロップモン、マリンエンジェモン、クルモンなどハジメ達が関わった可愛い系デジモンの写真を見せてもらって、その可愛さにデレデレになってしまったのだ。

 やはり、ハジメが思った通り雫は可愛いものが大好きだったのだ。

 それを見たジュリが「雫ちゃん可愛い!」と抱き着き、親友を取られると思った香織も抱き着き、シウチョンも面白がって抱き着いてしまった。

 ルキはそれを呆れた目で見ていたが、それに気が付いたジュリによって引き込まれ、結局女子たちが雫と中心に重なり合うという事態になった。

 それを見ていたハジメ達男子は蚊帳の外になってしまっていた。

 

「八重樫さんってやっぱり可愛いものが好きだったんだね」

「うっ。やっぱり私には似合わないかしら?」

「そんなことないよ。女の子らしくていいと思う」

「流石ハジメ君。見る目あるよね!」

 

 ハジメの言葉に香織が嬉しそうにする。

 雫は多くの人からかっこいい、凛々しいと言われているが、香織としては可愛い女の子だと思っている。なのでそれをすぐに理解してくれたハジメやルキ達のことが本当にうれしいのだ。

 

「またみんなと遊びたいよ。デジモンのことも教えてほしいし」

「本当ね。デジモンって思っていたよりも奥が深かったわ」

「いつでも教えるよ。みんなデジモンが大好きだし、二人にも大好きになってもらいたいし」

「あ。じゃあ今度はハジメ君の家に行ってみたい!」

「え?僕の家?」

 

 突然の香織の提案に驚くハジメ。

 

「ジュリちゃんから聞いたんだけどハジメ君ってデジモン博士って言われているんだよね?デジモンの資料とかいっぱい家にあるって」

「うん。まあ、博士っていうのは言い過ぎだけど、結構集めているかな」

 

 3年前のガブモンとの別れから、ハジメはデジモンを知りたいという欲求が強くなり、様々な伝手を使ってデジモンに関する資料を集めるようになった。

 中にはデジモンを生み出した科学者チーム『ワイルドバンチ』の研究者達から直々に手渡された彼らの研究成果もある。それらを理解するために勉学に励み、その結果学校の成績は常にトップとなっている。

 

「だから今度はそれを教えてほしいなって。ダメ?」

 

 首をかしげながら上目遣いにハジメを見上げる香織。こんなことをされては男子としては断れないだろう。

 

「ら、来週の日曜日なら、いいよ?」

「やった!雫ちゃんも行こ!」

「あー。ごめんなさい。来週は剣道の遠征試合があるの。だからごめんなさい」

「えええっ!?そんなあ」

「仕方ないよ。代わりに八重樫さんの好きそうなデジモンの写真とか絵を香織さんに持たせるよ」

「ぜひお願いします」

 

 綺麗にお辞儀する雫にハジメは「やっぱり可愛い人だな」と思ったのだった。

 




今回の話はデジモンテイマーズの後日談をイメージして書きました。もっともあまりタカト達を動かせなかったので、数人に分けてちょくちょく出していきたいです。

ありふれ原作開始が遠のきそうですが、今作でのハジメを確立させたいので今しばらくお待ちください。

デジモン紹介

ガルルモンX抗体 世代:成熟期 獣型 属性:ワクチン

ハジメのパートナーデジモンのガブモンが進化した成熟期デジモン。
X抗体の影響により、体毛の硬度は増している。背中には鋭い金属のブレードが装備され、攻撃手段が多彩になった。
闘争本能もより強くなり、最後まで敵と戦い抜く恐ろしいデジモンとなった。
戦闘種族としてのデジモンとしては随一の資質を誇る分、テイマーには相応の資格を求められる。つまり、ガルルモンにテイマーとして認められているハジメはテイマーとしての優れた才能があるということだ。
必殺技は高温の青い炎を口から吐き出す「フォックスファイアー」。


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03話 ハジメの研究室

評価に色が付きました。

評価をしていただいた

@流俺様、TSK BRAVER様、田吾作Bが現れた様、カロンガンダム様、ふうすけ様、tetsudora様

誠にありがとうございます。

これからも執筆頑張ります。

本日は香織の南雲家訪問です。このお話でテイマーになったハジメが原作の彼と違う部分の一つをお見せします。



 ハジメは目の前の光景に絶望していた。

 三年前のデジモン、デ・リーパー事件での経験から、並大抵の危機的状況でも絶望することはないと自負しているが、流石にこれは無理だ。

 

 隣には香織がいる。そう、今日は香織が南雲家を訪ねてくる日だ。

 場所は南雲家の玄関。いつも学校に行くときや出かけるときに通る馴染みのある場所。

 そして目の前には、

 

「ようこそ」

「南雲家へ」

「歓迎しよう」

「ゆっくりしていってね」

「「香織ちゃん!」」

 

 一列になって中腰で上半身を回転させる、所謂チューチュー〇レインをやりながら香織に歓迎の言葉を送る南雲夫婦の姿。

 その香織はといえば、予想外すぎる歓迎に口を開けてポカンとしている。

 

 ハジメは思った。僕の家なんかに招待しなければよかった。せめて二人がいない時にすればよかった。いやでもそれはそれでまずい。二人を叩き出してタカトやジェンを呼べばよかった。

 

「え、えっと。初めまして。白崎香織です」

「初めまして!ハジメの母の南雲菫です!!」

「父の南雲愁です!!こんな広い家だけどゆっくりしていってね!!」

「そこは狭い家っていうべきだろう」

「あはは……」

 

 ようやく我に戻った香織が挨拶すると、チューチュー〇レインを止めるとさらにテンションを上げてきた。

 

「ここで衝撃の真実を教えてあげましょう!南雲菫とは世を忍ぶ仮の姿!その正体は……」

 

 長いためを作りながら背中に手を回した菫は、一冊の漫画を取り出す。

 

「超絶売れっ子美少女漫画家、南乃スミレ大先生よ!!」

「ええええええええええっっ!!!???南乃スミレ先生ってあの南乃スミレ先生!?大ヒット作品連発で実写映画化作品もいっぱい出しているあの!?お母さんと一緒にいつも先生の作品読んでいます!!」

「危ない!」

 

 香織は驚きのあまり菫に駆け寄ろうとする。が、玄関の段差で躓いてしまい倒れそうになる。

 そこにハジメが駆け寄り、香織が倒れないように抱える。が、

 

「きゃ、は、はははハジメくくくん!!??」

「おおっ!!」

「なんと見事なラッキースケベ!!」

 

 咄嗟だったこともあり、ハジメの左手が香織の体を抱え込んでいた。特に上半身を。がっちりと。割とまずい部分を。

 

「あ、あああああああああのののの、ここここれはですねあのそのとりあえずごめんなさいいいいい!!!」

「あ、あああううううう!!???」

 

 さっとお互いに体を離す二人。顔はもう真っ赤だ。ハジメに至っては咄嗟に南雲家秘伝の土下座までやっちゃっている。

 

「まさか息子がリアルToLOVEるするとは。流石僕たちの息子」

「ええ。将来が楽しみね!」

「……そこに直れ!!ぶっ飛ばしてやるウウウウウッッ!!!!」

 

 ハジメは両親に殴りかかった。割と本気で。

 

 

 

■■■■■

 

 

 

「いやー。何せハジメがルキちゃんやジュリちゃん達以外の女の子を家に連れてくるなんて今までなかったからね。盛大にもてなそうと思ったんだよ」

「……否定できないけどあれはないでしょ。ただの変人じゃないか」

「おいおいハジメ。母さんを変人呼ばわりは感心しないぞ」

「こらハジメ。お父さんを変人呼ばわりなんて、お母さんそんな子に育てた覚えはありませんよ」

 

 一泊置いて、愁と菫は「おぉっ?」「あぁっ?」ガンを飛ばし合う。

 ここは南雲家のリビング。ソファーにはハジメと香織が座り、その前にテーブルを挟んで運んできた椅子に愁と菫が座っていた。

 

「どっちも変人だよ」

「でも面白いお父さんとお母さんだね」

「……まあね」

 

 ハジメは小さく頷くと、まだガンを飛ばし合っていた愁と菫を紹介する。

 

「さっきも言っていたけど僕の母さん、南雲菫。少女漫画家でペンネームは南乃スミレ。

そして僕の父さんの南雲愁。ゲーム会社『SCソフト』の社長をしているんだ」

「えええっ!?会社の社長!?しかも『SCソフト』ってあまりゲームやらない私も聞いたことあるよ!?」

 

 菫の紹介でも十分驚いたというのに、愁の紹介でさらに驚く香織。

 

「ハ、ハジメ君のお家ってもしかして凄いお金持ち?」

「普通の家庭より裕福ではあるかな。でもその稼ぎも二人の資料とか趣味にすぐ消えるんだけど」

 

 呆れたように言うハジメだが、いつの間にかガンの飛ばし合いを止めた愁と菫が「おいおい」と声をかける。

 

「何を言っているんだハジメ。お前だって会社のサーバーを父さんからレンタルして使っているだろう?それで将来的に買い取るつもりなんだろう?」

「そうよそうよ。お小遣いだって三日で最新モデルのパソコンとか、高性能パーツとかに溶かしているじゃないの」

「……何の話でしょうか?」

 

 とりあえず惚けるハジメ。

 ちなみに二人の話は本当で、ハジメは愁から会社で購入したサーバーの一つをレンタルし、レンタル料金代わりに仕事の手伝いをしており、レンタル料金以外のお小遣いは趣味であるデジタル機器の購入を中心にすぐに消えている。

 なんとも似た者親子であった。

 

「さて香織ちゃん。今日はゆっくりしていってね。お昼ご飯だけじゃなくて、飲み物もお菓子もいっぱい用意してあるからね」

「そうだよ。夕飯だって食べていってもいいよ。まあ、菫の料理じゃなくて出前になるけどね」

「え?今日は二人とも出かける予定ないんじゃなかったっけ?」

「実は今朝急な打ち合わせが入ったのよ。コラボ企画の不手際があってすぐに来てほしいって」

「父さんもちょっと会社に行かなきゃいけないんだ。ちょっと仕事場で突発的な修羅場が起きてなあ。まあ、ゲーム開発なんてそんなもんさ」

 

 そこまで言うと二人は再び二人の方を向き、

 

「だから香織ちゃん!」

「今日はハジメと二人っきり!」

「「楽しんで行ってね。ジョワッ!!」」

「ちょっ、待って!!」

 

 二人はピョンっと椅子からから立ち上がるとドタバタとリビングを飛び出し、さらに家からも飛び出していった。引き留めようとしたハジメの手が空しく空を切る。

 程なくして庭の方から車が出ていく音がする。どうやら本当に仕事場に行ったようだ。さっき二人がいなければとか思った罰だろうか。

 今日は日曜日だが、二人の仕事は休日にいきなり仕事が入ってくることはよくあることだ。

 再びポカンとしていた香織だが、徐々に二人の「ハジメと二人っきり」という言葉がジワジワと実感してきた。

 

(よく考えてみれば男の子の家に一人で来たの私初めて?光輝君や龍太郎君の家に行った時も雫ちゃんとか美月ちゃんも一緒だったし、美弥おばさんとかもいたから……。

ししし、しかもハジメ君と二人っきりって、それってもしかしてしなくてもっっ!!!???)

 

 内心でパニックを起こしていく香織。

 ハジメのことは命の恩人であり、怖くても誰かを守るために立ち向かえる心の強い人で、三年前からずっと気になっていた。

もう一度会いたくて、手掛かりになると思ってデジモンのことを調べていたらすっかりはまってしまった。

 先日、偶然にも彼の面影がある少年が喧嘩の仲裁をしているところに遭遇し、思わず突撃して話しかけてみたら、探していた彼だった。

 そしてそのまま友達になり、デジモンテイマーズのみんなとも友達になって、香織の世界は一気に広がった。

 まだまだ知らないことはいっぱいあるけれど、もっとハジメのことを知りたいと思っている。

 そんな相手と二人っきりで、しかも相手の家にいるという状況に、思春期に入っていろいろなことに興味が出てきた香織は顔を真っ赤にする。

 

 一方ハジメもこの状況に顔を赤くしていた。

 ハジメにとって香織はデジモンテイマーとして戦う覚悟を決めるきっかけになった少女の一人だ。

さらにデジモンオタクでパソコンばかりいじっている自分をずっと探し続けてくれていた。

 自覚はないがハジメは香織のことがかなり気になっているのだ。

 

 しばらく二人は顔を赤くして固まっていたのだが、部屋の時計から正午を知らせる音が鳴ったことで正気に戻った。

 二人は少しギクシャクしながらも菫が用意してくれた昼食を食べた。

 食後に一息ついたところでだいぶ落ち着いた二人は本日の目的を果たすべく、ハジメの部屋にやってきた。

 

「うわっ、すごい!」

 

 部屋の中の光景に香織は驚く。

 壁際には大きな本棚が置かれており、そこには本やファイルがぎっしり収まっていた。

 本棚の反対の壁には六つのディスプレイが繋がれたPCが置いてあり、その周りにも本が詰まった本棚がある。

 

「ここは僕の趣味の部屋というか、研究室みたいなものかな。デジモンのことを知りたくて、関連書籍やデジモンに使われている技術を調べているうちにこうなっちゃったんだ」

 

 恥ずかしそうにそう説明するハジメ。昔から気になったことや好きになったことについて知りたいという欲求が強かったハジメだが、デジモンについてはテイマーになったことでさらに拍車がかかってしまい、たった三年で自分の部屋では収まらない程の資料を集めてしまった。困ったハジメに父である愁は新しい部屋を与え、さらにいろいろリフォームもしてあげたのだ。

 子供の趣味にとてつもなく寛容な両親にハジメは深く感謝した。

 

 そんな部屋を見て香織は、ただ好きというだけで、ここまで夢中になれるハジメを凄いと思った。

 香織にはここまで夢中になれるものがないし、もし見つけたとしてもここまで夢中になれるかわからない。

 自分の好きなことにここまで打ち込めるなんて、それはとても素敵なことだと香織は思ったのだった。

 

「とりあえず入って。香織さんに見せたいものがあるんだ」

 

 ハジメは香織を中に入れると用意していた座椅子を香織に勧める。

 香織がそれに座ると、リモコンを取り出しスイッチを入れる。すると天井からスクリーンが降りてきた。

 さらにハジメがスリープ状態で待機させていたパソコンを操作すると、スクリーンの前に置いてあったプロジェクターからある映像がスクリーンに投影された。

 

「わっ、なにこれ?」

 

 その映像を見た香織は驚く。なぜならそれは誰も見たことが無い景色だったからだ。

 

 果てしなく続く荒涼とした荒野や岩場の大地。そしてその上には巨大な水色の天球が存在し、そこから無数の赤い光の柱が地上に向けて伸びており、ランダムに動いている。

 

 この世界では絶対にない光景。だが香織にはこれが何なのか心当たりがあった。

 先日のテイマーズのみんなとの交流会で、彼らがデジモン達の世界――デジタルワールドへ冒険に行ったことがあると聞いた。

 だから、今ハジメが見せてくれているこの映像は、

 

「これがデジタルワールド。僕達が昔旅をした、そして僕たちのパートナーデジモンが今いる世界だよ。もっともこれは僕が覚えている光景を思い出しながら作ったCGモデル……ゲームのフィールドみたいなものなんだけどね。父さんの仕事の手伝いをしながら覚えたんだ」

「こんな凄いものが作れるなんて……」

「凄くないよ」

 

 ハジメは椅子に座ると、自身が作り上げたデジタルワールドのモデルを見つめる。

 その眼にはこれだけのものを作り上げた達成感もなく、ただただ空しいという虚無感があった。

 

「本当のデジタルワールドの雄大さも、神秘性も、デジモン達の息吹も感じない。それでも香織さんに僕達テイマーズが見たものを少しでも感じてほしかったんだ」

 

 そう言うハジメはとても寂しそうな、大切なものをなくして途方に暮れているように香織は感じた。

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 それから香織はデジタルワールドのモデルを使っていろいろ教えてもらった。

 流石に夕飯をご馳走にはならなかったが、帰り際にはハジメからお土産をもらった。

 香織と雫のためにハジメが描いたデジモンのイラストで、香織にはコロモンとツノモンが遊んでいる絵を渡し、雫にはトコモンとプロットモンが並んで眠っている絵を贈った。

 その絵を明日の学校で雫に渡そうと思い、カバンの中にしまう。

 

 今香織は自宅に帰ってきており、明日の学校の準備をしている。

 

 整理整頓され、白を中心とした落ち着いた色合いの部屋だ。その部屋に置いてあるクリップボードに今日ハジメからもらったイラストを飾る。

 とてもよく描かれており、これもハジメが自ら描いたという。菫の仕事の手伝いでイラストの描き方も教わったのだという。

 

 昼間見たデジタルワールドのモデルといい、このイラストといい、ハジメはとても多芸だ。しかもあれほどの資料を集めて勉強している。

 

 本当に凄い人だと思う。

 

 恐怖を押し殺して立ち向かう勇気を持ち、他人のために手を差し伸べる優しい性格をしていて、好きなもののためにとても努力できる。

 それが今まで見てきたハジメだった。

 

 だが、香織には少し気になっていることがあった。それは今日見たハジメと彼の研究室から寂しさという感情を感じたことだ。加えてデジタルワールドのモデルを見ていた時の彼からは無気力感も感じた。

 

 なんだかそのことがとても気になった香織は、スマホを手に取ると先日知り合った新しい友人に電話をかけた。

 

『はい』

「もしもしルキちゃん?香織です」

『香織。ちゃんづけはやめてって言ったわよね。ルキでいい』

「あ、ごめんなさい。ルキ」

 

 その相手とは牧野ルキ。テイマーズの紅一点で男子相手にも物おじせず、言いたいことをズバズバ言っていく気の強い女の子だ。香織の友人にはいないタイプで、最初は距離感がわからなかったけれど、優しい心配りもしてくれたためすぐに親しくなれた。

 

『それでどうしたの?』

「うん、ちょっと聞きたいことがあって」

『聞きたいこと?』

「うん。ハジメ君のことなんだけど」

 

 香織は今日ハジメの家を訪れて感じたことを話した。

 ハジメの研究室やデジタルワールドのモデルを見せてもらったこと。

 その説明をするとき、どことなくハジメから寂しさと無気力感を感じたこと。

 それがどうにも気になって、思わず電話してしまったこと。

 

『そっか。あれを見たんだ……』

 

 話を聞いたルキは少し黙り込むと、

 

『香織。正直に答えてほしいんだけど』

 

 真剣な声音で香織に問いかける。

 

『あのハジメの部屋を見てどう思った?』

「え?それは凄いなあって思ったけど。あとさっきも言ったけどどこか寂しそうだなって……」

『それだけ?もっと感じなかった?』

「もっとって?」

『例えばなんだけど……』

 

 ルキはそこで少し言い淀み、しばらく逡巡していたが続きを言った。

 

『気持ち悪いって思わなかった?』

「え?」

 

 気持ち悪い?その言葉に香織は「どういうこと?」と思い呆然とした。

 

『私、というか私たちはハジメがあの部屋の資料を集めているのを時々見てた。何かにとりつかれたように、デジモンやデジタルワールドに関係のあるものを集めて、それでも満足できずに止まれない。そうしてできたのがあの部屋。はっきり言って中学生が集める規模を超えているわ』

「……」

 

 ルキの言葉に香織は何も言えない。あの部屋とかデジタルワールドのモデルを見たとき、ハジメのデジモンへの気持ちに、好きという気持ち以上の、執着ともいえる感情を感じた。

 それは確かにルキの言うとおり、気持ち悪いという感情を抱きそうなものだ。

 

『ハジメはデジモンを求めている。それは私たちも同じだけどハジメのそれは私たち以上。香織が今日感じたハジメの寂しさっていうのは、デジモンを失った喪失感の片鱗だと思う』

「そうなんだ……」

『……デジモンテイマーってさ。デジモンがいなくなるとすっごく辛いんだよね』

 

 喋りながらもルキも寂しさを堪えるように話を続ける。

 

『かけがえない半身を失うっていうのかな。心の中にポッカリと大きな穴が開いて、そこは絶対に埋まらないって思っちゃうんだ。だから無意識にそれを求めちゃう。私だってタカトだって、ジェンだって』

 

 それが特にひどかったのはジュリだ。彼女はデジタルワールドでの冒険で、パートナーであるレオモンと死別している。

 その悲しみはとても深く、その弱った隙をデ・リーパーに付け込まれ、人間のデータの解析と力の源に利用されてしまった。

 事件解決の際には何とかレオモンの死を乗り越えたが、パートナーを失うということの恐ろしさをテイマー達は痛感した。

 

『そしてハジメはその喪失感が強すぎて、あの研究室を作っちゃったの。

何をしてでもデジモンに、パートナーのガブモンに会いたいのに、会いに行けない。でも何もしないなんて耐えられない。無駄だとわかってても何かしたいっていう感じでね。

あれを見て私たちもちょっとまずいんじゃないかって思ったの。このままじゃハジメがデジモンを優先しすぎておかしくなっちゃうんじゃないかって。

でも、私たちじゃ止められないんだ。だってその気持ちがわかるから。パートナーに、レナモンに今すぐにでも会いたい。そんな気持ちを抱えている私たちじゃハジメは止められないんだ……』

「ルキ……」

『私が教えてあげられるのはこんなところ。最後は愚痴みたいになったけど、答えになった?』

「……うん。ちょっとわかったかも。ありがとう色々教えてくれて。おやすみなさい」

『おやすみ。……香織』

「何かな?」

『ハジメのことお願いね』

「え?う、うん」

『じゃ』

 

 プツンという音がして通話が切れた。

 しばらく香織は先ほどのルキの話を反芻する。

 今まで香織が見てきたハジメやテイマーズのみんなは、自分や雫と違って大人びていて、デジモン達と絆を信じ続ける凄い人たちだと思っていた。

 でも今日見たハジメの部屋で彼の自分とは異質な部分を見て、ルキの話から彼らが抱えてしまった葛藤の一端を知った。

 多分、さっきの話以外にも彼らテイマーズは何か抱えているのだろう。自分では理解できない何かを。

 それはどれほどデジモンのことを調べても、デジモンの話を聞いても真に理解できることではない。それでも……。

 

「何でだろう。ハジメ君のことをまだ知りたいと思っている私がいる……」

 

 ベッドに横になり、しばらく考えてみるがその理由が分からず香織は眠ってしまった。

 

 翌朝、目を覚ましても昨日の話が頭を離れず、学校に行ってからも悶々としていた香織はある決心を決めた。

 

「ハジメ君に会いに行こう。ハジメ君のことの悩みなんだから会うしかないよ!」

 

 その週末、香織はまたハジメと会う約束をするためにメールを送るのだった。

 




今回はデジモンテイマーになるということが子供たちに与える影響を考えながら執筆しました。

デジモンとテイマーの絆はちょっと不自然なほど強いです。

テイマーの一人である秋山リョウはパートナーと一緒にいるために一人でデジタルワールドにわたっています。パートナーと出会った時期は分かりませんが、小学生が親元を離れて未知の世界へパートナーデジモンのためだけに渡るって相当ですよね。

ヒロカズとケンタもパートナーと出会ってから別れるまで一月ほどしかたっていないのに、別れる際タカトたちと同じくらい悲しんでいます。

さらにジュリに至ってはレオモンの死による失意からデ・リーパーを急速進化させ、リアルワールドとデジタルワールドを破滅させる存在にまで引き上げる感情を持ちました。

なので今作ではテイマーとデジモンの間に強い繋がりがあり、デジモンとの別れからテイマーたちは大なり小なり傷を負っているという設定です。

これがのちにハジメに大きな影響になるでしょう。ありふれには心の試練がありますがね。

次回はちょっと未定です。一気に飛ばすか迷っているので。
気長に待っていただければ幸いです。では。


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04話 夢の道

前回の更新からさらに評価とお気に入りをいただきました。
新たに評価していただきました、

名無し提督様、見た目は子供、素顔は厨二様、317様、dmjga様、星雲 輪廻(元 名無 権兵衛)様、勝手な白熊様

誠にありがとうございます。
評価に相応しい作品を書けるか少し悩みますが、自分らしい小説を書いていきます。
今回で章タイトルを回収します。さらに大人気のキャラクターが登場します。お楽しみください。



 ハジメと香織が出会ってから数か月の月日が流れた。

 秋だった季節は冬になり、新年を迎えた。

 新学期が始まり、もうすぐ中学三年生になるハジメ達はこの時期になると受験が本格化してくる。

 もっともハジメに関しては生活にあまり変化は無かった。

 

「……改めて思うけどハジメの成績っていろいろおかしいよね」

「同感だぜ。本当は頭が二つあるんじゃないか?」

「ここまで凄いと悔しいっていう気持ちもわいてこないよ」

 

 中学校の放課後、公園の遊具の上に集まったタカト、ヒロカズ、ケンタが一枚の紙を見ながら言う。それに対し、ハジメは口元を引き攣らせながら三人が見ているものに目を落とす。

 それはハジメが受けた志望高校の入学模試の結果だった。

 ハジメが志望したのはハジメの家から近くにある進学高校の国際進学科だ。

 最近の多様化した社会へ通じる人材を育てるため元々あった普通科に加え新たに設けられた学科で、そこでは海外の有名大学へ進学できる人材を育成している。そのため普通科と比べて高い偏差値が必要になる。だが、その入学試験問題をハジメは、

 

「全科目の正答率90%以上って……」

「これで対策とか全然してないんだよなあ」

「同じ模試を受けた俺の結果で一番高いのが数学の60%だぜ。昔はあまり差はなかったのにな」

「……別に好きなことをしていたらいろいろ知識が必要になって、勉強していたらそれが通用しただけだよ」

「まあ、デジモンの論文って難しいことばっかりみたいだけどよ。それでなんで社会科まで点数取れるんだよ?」

 

 ヒロカズの疑問にハジメは答える。

 

「ワイルドバンチの人と話していたら日本の歴史の話になって、いろいろ調べていたらのめりこんでいたんだ。デジモンの中にもムシャモンみたいな侍とかモチーフにしたのがいるからそれで……」

「気になったことをトコトン調べるのは昔からのハジメのいいところだよね」

 

 小学生の頃からの親友であるタカトが苦笑いしながら言う。

 

「ま、何はともあれこれならハジメは合格間違いなしだろ?」

「いや、まだ面接があるし」

「そっか。何聞かれるんだっけ?」

「将来の夢とか、そんな感じだったはず。要するに入学したらどんなことを目標に進学するのかってことだね。……ハジメのことだからやっぱり?」

 

 ケンタが聞くとハジメは頷き、

 

「もちろんデジモンのことだよ。印象は悪くなるかもしれないけど、これは譲れない」

 

 きっぱりと宣言する。

 

「だよな」

「絶対面接官はいい顔しないぜ」

「でもそれでこそハジメだよ」

 

 タカト達はやれやれというという風にハジメを見るが、そこには変わらない仲間への信愛があった。

 三年前の事件でデジモンが大きな被害を出したせいで、彼らを危険視するのはタカト達テイマーズもわかる。その悲惨さは間近で戦っていた分、より理解している。

 でも、デジモンには人間みたいにいろんなデジモンがいる。デジモンだからと一括りにして危険視するのは間違っている。

 

「デジモンを危険視するのはみんながデジモンを知らないからだ。僕はそれを何とかしたい。いつかガブモンと再会した時、笑って暮らせるような世界を作りたいんだ」

「なんかハジメ少し変わったよね」

 

 さっきはハジメの変わらないところを言ったタカトが、今度はハジメの変わったところを言う。

 

「前はデジモンやデジタルワールドのことばかり喋っていたのに、最近はギルモン達が帰ってきた後のことを考えているよね?」

「そ、そうかな?」

「そうだぜ。なんだかいつか勝手にデジタルワールドに一人で行っちまうんじゃないかっていう雰囲気だったぜ」

「やっぱあれかな?香織さんや雫さんと付き合うようになったからか?」

 

 ケンタがニヤニヤしながら言うと、ハジメは顔を少し赤くして慌てる。

 

「ちょ、人聞きが悪いよ!まるで僕が二股しているみたいじゃないか!二人とはそんなんじゃないし、ルキやジュリさんみたいな友達だって!」

「そうかあ?俺的に雫さんはわからないけど、香織さんはかなりハジメに気があると思うぜ。よく会っているんだろ?」

「ただ一緒に勉強しているだけだよ!」

「でもその勉強の理由も、香織さんがハジメと同じ学校の同じ学科に行きたいからなんだろ?しかもその勉強にはたまに雫さんも来るらしいし」

「うっ、そ、それはそうだけど……」

「やっぱりじゃん」

「で、何かあったの?」

「まあ、あったといえばあったけどさあ……」

 

 そう言うとハジメは年が明ける前の香織との勉強会でのことを話し始めた。自分が今の進路を選んだ理由を。

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 12月の中頃。もうすぐ冬休みに入る頃の休日。ハジメは家を出て街を歩いていた。

 今日は香織と勉強会をする約束をしており、学習スペースが解放されている図書館に向かっている。

 なぜ家でやらないのかというと、たまには違う場所でやることで気分転換をしないかという香織からの提案だったからだ。

 そのため駅前で待ち合わせをして、二人は図書館に向かう予定だ。

 

 傍から見れば立派なデートなのだが、二人にその実感はない。

 

 しばらくして香織が現れた。のだが、

 

(あれ?なんだか香織さんちょっと疲れている?)

 

 少しぐったりした様子の香織にハジメは首をかしげる。

 

「香織さんおはよう。大丈夫?」

「あ、ハジメ君。おはよう。大丈夫って何が?」

「いや、なんだか疲れていたみたいだから。もしよかったら、図書館に行く前にこの間の喫茶店とかでも行く?」

「……うん、ちょっと行きたいかな」

 

 ハジメの提案に香織は頷き、二人は駅前の喫茶店に向かう。

 喫茶店に入った二人はパーテーションで区切られた机に座るとハジメはコーヒーを、香織はミルクティーを頼み、届いたものに口をつけて一息いれる。

 

「それで何があったの?」

「……」

 

 ハジメが話しかけるが香織は沈黙し続ける。それでもハジメはじっと待ち続けた。

 やがて言葉がまとまったのか、香織は口を開いた。

 

「ハジメ君は憶えている?三年前に私たちが初めて出会ったとき、石を投げた男の子」

「確か香織さんの幼馴染だっけ?」

「うん。天之河光輝君。家を出たところで偶然会ってね。それで少し言い合いになって……」

「言い合い?」

「デジモンのこと」

 

 そう言うと香織は何があったのか話始めた。

 

 

 

 香織が家を出て少し歩いたところで香織は天之河光輝と出会った。

 

「やあ、香織。奇遇だね」

「……天之河君。こんにちは」

 

 白い歯を見せてにこやかに話しかけてくる光輝に対し、香織は淡白に挨拶をする。

 

「だから昔みたいに光輝でいいって。何度も言っているだろう?恥ずかしがらなくてもいいから」

「はぁ。私も何度も言っていると思うんだけど、別に恥ずかしいとかそういうのじゃないよ。天之河君が雫ちゃんにあのことをちゃんと謝るまで名前で呼ばないし、名前で呼ばないでくれる」

 

 香織は極力光輝の方を見ずに言い放つ。

 

「あのことってなんだよ。俺は別に雫に何も悪いことはしていない」

「……それ本気で言っているのかな?」

 

 光輝の言い分に香織はキッと目を吊り上げて睨みつける。

 

「勝手に雫ちゃんのぬいぐるみを捨てようとして、何が『悪いことをしていない』なの!?」

「……もしかしてあれのことか?」

 

 少し考えた光輝は思い当たることがあったのか答える。

 

「あれは悪いことじゃないだろ?デジモンのぬいぐるみや人形なんて持っていちゃいけないんだ。雫には剣道だってあるんだから」

 

 天之河光輝は、雫の実家である道場に通っており、香織とは雫を通して知り合った幼馴染だった。

 優れた容姿と人並外れた才能を持ち、カリスマ性もある。まさに非の打ちどころのない少年なのだが、一つ欠点があった。

 それは自分の考えが常に正しいという思い込みが強いことだ。

 そして、彼は3年前にサラマンダモンと遭遇したこととデジモンが新宿を破壊した事件をテレビで見たことから『デジモンとは邪悪で危険な存在である』という考えを持っていた。

 それは香織と雫がハジメとガルルモンに助けられたことを話し、デ・リーパーとデジモンが戦っている映像を見ても、「気のせいだ」「暴れているだけだ」と断定し受け入れなかった。

 ついにはデジモンを知ろうとする香織と雫の行動にまで干渉するようになり、小学校を卒業するころには、香織は光輝とは縁を切ろうかと思うようになっていた。

 

 そして、遂に香織の我慢が限界にきた事件が起きた。

 

 ある日。香織が雫の家に訪れると口論する雫と光輝がいた。

 光輝と雫の手にはある一つのぬいぐるみが握られていた。二人は口論しながらそのぬいぐるみを引っ張り合っていた。

 近づいてみるとそのぬいぐるみの正体が分かった。

 それは香織がデジモンを知ろうと思ったとき、おもちゃ屋で偶然見つけて思わず買った「コロモン」というデジモンのぬいぐるみで、雫が香織の家に来た時、とても欲しそうに眺めていたから譲ったものだった。

 

 やがて口論はさらにヒートアップしていき、二人がさらに力を込めてぬいぐるみを引っ張り合った。

 香織がまずいと思ったときには遅かった。

 ビリリッという音共に、コロモンのぬいぐるみは周囲に綿をまき散らしながら真っ二つに裂けてしまった。

 

 その勢いに雫は尻もちをついてしまう。

 しばらく呆然としていたが、やがてコロモンのぬいぐるみが壊れてしまったことを理解すると目に涙を貯めていき、泣き出してしまった。

 

 香織が駆け寄り雫を抱きしめて慰めていると、騒ぎを聞きつけた八重樫家の人たちがやってきた。

 

 そして雫と光輝の双方から話を聞き、何があったのか分かった。

 

 雫がコロモンのぬいぐるみを少し汚してしまい、洗面所で洗おうと持ち出したところを光輝と目撃した。

 光輝が現実にはいない生き物の形をしたぬいぐるみのことを不思議に思い、スマホで調べてみるとコロモンというデジモンであることを知った。

 デジモンを危険視している光輝は、ぬいぐるみを洗い終わり部屋に戻るところだった雫に詰め寄り、ぬいぐるみを取り上げて捨てようとした。

 突然の光輝の行動に驚いた雫だったが、親友の香織から譲ってもらったぬいぐるみを取り戻そうと抵抗。その結果があの騒ぎだった。

 それ以来、香織は光輝に対して怒りを抱き、名前で呼ぶことを辞めたのだ。

 

「人の大事なものを問答無用で捨てようとして、しかもそれを壊したのに謝ろうとしない。どう考えても『悪いこと』でしょ!?」

「だがあれはデジモンだぞ!デジモンなんて人間に作られたのに逆らって、街を壊して迷惑をかけて、あまつさえ世界を滅亡させようとした危険な存在なんだ!そんなもののぬいぐるみなんて持っていちゃいけない!!」

「デジモンにだって暴れてばっかりのデジモンだけじゃない!人間と仲良くやっているデジモンだっているし、私と雫ちゃんはそんなデジモンに助けられたの!それに世界を滅亡させようとしたのはデ・リーパー!デジモンとは違う存在だってテレビで言っていたでしょ!」

「そんなの証拠がないだろう?香織もそんな思い込みはやめるんだ!」

 

 光輝のデジモンが危険だという言葉に、香織は強く反論する。

 三年前の事件から度々起こしてきた言い合いで、雫の事件の頃からはさらにヒートアップするようになった。

 

「思い込みなんかじゃない!私は実際にッ……」

 

 そこまで言い、香織はハッとする。

 今香織はハジメ達、デジモンテイマーズと出会ったことで教えてもらったことを言おうとしてしまった。

 もしも言ってしまったら思い込みの激しい光輝が、雫の時のようにハジメ達に手を出してしまうかもしれない。いやそれだけならいい。カリスマ性のある光輝が周りの人たちを扇動してハジメ達を攻め始めたら――!!

 

「実際に、どうしたんだ?」

「……なんでもない」

 

 急にクールダウンした香織に光輝は困惑する。それに構わず香織は顔を俯かせると、光輝を避けて歩き始める。

 

「ちょっ、香織!?」

 

 光輝が慌てて声をかけるが、香織の足は止まらない。

 あのまま光輝と話し続けたら何をしゃべってしまうかわからない。もしそれでハジメ達のことを話してしまったら、それは信頼してテイマーズであることを話してくれた彼らへの酷い裏切りだ。

 香織は一刻も早くその場を去りたくて、次第に駆け足になりそのまま駅まで向かい、電車に乗り、ハジメとの待ち合わせ場所にやってきたのだった。

 

 

 

「そっか……」

 

 話を聞いたハジメは椅子にもたれかかり、ゆっくりと息を吐き出す。

 なかなか重い話だった。

 

「ごめんなさい。私、危うく約束を破るところだった」

「……香織さんが悪くない、とは言えないかな。実際に危なかったみたいだし」

 

 ハジメは香織の言葉を否定することはしなかった。客観的に見ても、彼女が感情的になってテイマーズのことを口外しないという約束を破りそうになったのは事実だし、それを一番自覚しているのが香織自身なのだ。

 その場にいなかった自分が否定しても無意味だ。

 

「でも、香織さんがそうなるほどデジモンのことで怒ってくれたのは嬉しいよ。ありがとう」

「そんな。私はただハジメ君達のパートナーデジモンまで危険な存在って言われたのが嫌で……」

「うん。わかるよ。僕も結構そういうことは言われたし、見てきた」

 

 ハジメのその言葉に香織は彼の目を見る。そこにはデジモンへの批判的な意見への怒りはなかった。

――ただ、

 

「ネットとかだとさ、デジモンへの批判をするサイトとか掲示板が溢れていてさ。ネットサーフィンとかをしていると嫌でも目に入るんだ。中にはデジモンを開発していたワイルドバンチの人たちや、デジモンカードで遊んでいる子供たちまで批判する意見もあったりしてね。最初はそういうものの火消しをしていたんだけど、すぐに復活してキリがないんだ」

 

 香織に自分が経験したことを淡々と説明する。しかしその内容とは裏腹にハジメの心の中では激情がうごめき始める。

 ――ただ、ただ、それでも!

 

「だから僕は、僕たちはそういうのにあまり反応しないことにした。躍起になればさらに燃え上がって取り返しのつかない、それこそ僕たちのことがばれる危険もあるし、ああいうのは世間の反応がなければそこまで騒がない。だから香織さんもそんなに思いつめないで」

「でも、それでいいの?大好きなデジモンが批判されて、辛いだけだよ」

「天之河君の主張、というかデジモンへの批判だけど、僕は少し仕方ないと思っているんだ。僕たちのパートナーデジモンは積極的に人を傷つけたり、建物を壊したりすることはない。でもデジモンの中にはそういうことを楽しむやつもいるのは確かだし、実際にリアライズしたデジモンの中で暴れまわらなかったデジモンの方が少なかったんだ。

 そもそもデジモンには確かに人間みたいな知性がある。でも元々は戦闘種族で強い闘争本能がある。別のデジモンを倒し、そのデータを食らう(ロードする)ことで糧にし、進化する。それがデジモンの在り方なんだ。

そして、それは人間社会においては受け入れがたい在り方なんだ」

 

 もっともらしい理由を述べながら、自分がこの三年で悟った結論を告げた。

 

――でも、だとしても!!

 

 ふと、香織の顔を見た。そこには深い悲しみが浮かんでいた。

 だがそれはデジモンを受け入れない世界に悲しんでいるんじゃない。その事実を受け入れるしかないと告げているハジメのことを悲しんでいたのだ。

 それを見てしまってはダメだった。

 彼女にそんな顔をさせる自分はとても嫌だった。

 

「ああ、受け入れられない。でもでもでもでもッ」

 

 気が付けば、ハジメは顔を俯かせて心の底から自分の気持ちを絞り出していた。

 

「人とデジモンは一緒にいることができる。笑い合えるって、なんでわかってくれないんだよ」

 

 ちくしょう、と小さく呟くハジメ。

 

 怒りはない。ただそこには悔しさだけがあった。

 デジモンのいいところを知ってもらうために情報サイトを作った。――すぐに炎上した。

 

 中学校の同級生へデジモンの話題を振った。――出てこなくなって清々したと言われた。

 

 デジモンカードを買いに行った。――カード売り場から消えていた。

 

 世界にデジモンが受け入れられないことへの、そんな世界に対して何もできない自分の無力さがただただ悔しかった。

 

「世界を救うのにデジモン達の力は必要だったんだ。デジモン達は、ガブモン達は世界を救ったのに、なんでわかってくれないんだ!」

「私は、私はちゃんとわかっている。テイマーじゃないけど、デジモンが危ないだけの存在じゃないってことを。私たちと一緒に生きることができるって」

 

 ハジメの手にそっと香織の手が添えられる。

 ハッとして顔を上げると香織がハジメに向かって微笑んでいた。

 

「そうだよね。私よりもハジメ君達の方が悔しい思いをしているよね」

「香織さん……」

「ハジメ君より頭が良くない私じゃ、どうすればいいのかわからない。でもハジメ君と同じ気持ちを共有することはできる。だから」

 

 一緒に泣こう?

 

 それからしばらく二人は静かに泣いた。ままならない世界への悔しさを一緒に感じながら。

 

 やがて気持ちが落ち着いた二人は、残ったコーヒーとミルクティーを飲み喫茶店を後にした。

 それから無言で町中を歩く二人。だがそこにある雰囲気は息苦しいものではなく、お互いの気持ちを共有できた嬉しさだった。

 しばらくして目的地である図書館の傍にある公園にたどり着いた二人は、図書館の中に入る前に公園のベンチに腰を下ろした。

 勉強するにしても、もう少し話しておきたかったのだ。

 

「さっきはありがとうハジメ君。私の話を聞いてくれて」

「いいって、いいって。ああいう気持ちは吐き出さないと勉強に集中できないし」

「うん。そうだね」

 

 そうやって二人は幾分すっきりしたように言葉を交わした。

 ハジメはそろそろ勉強をしに行こうとベンチから立ち上がろうとすると、その前に香織が立ち上がってハジメの前に立った。

 

「ハジメ君。私歩きながら考えたんだ」

「うん?何を?」

「みんなに、世界にデジモンを認めさせる方法」

「やっぱりかあ」

「ハジメ君も?」

「まあね」

 

 同じことを考えていたことに二人はクスリと笑う。

 

「香織さんからどうぞ」

「お言葉に甘えまして。コホン」

 

 わざとらしい咳ばらいをして香織は自分の考えを披露する。

 

「やっぱりみんなニュースとかネットの情報を鵜呑みにしすぎていると思うんだよね。

私と雫ちゃんもデジモンの本当のことを知ったのはハジメ君達の話からだったし。

そういう話を小説とか漫画にしてみたらどうかな?」

「うーん、いい考えだと思う。それなら大人だけじゃなくて子供とかにも受け入れられそうだし」

「やった!」

「でも問題はあるね」

 

 ハジメは喜ぶ香織に申し訳ないと思いながらも問題点を言う。

 

「一つは掲載媒体。本や雑誌にするにも出版社とかに持ち込まないといけない。でも向こうも世間から白い目で見られているデジモンの本なんて出したいとは思わない」

「あう。確かに。流石漫画家の息子だね、ハジメ君」

「ネットでやろうにもさっき言った通り炎上確実だよ」

「いい考えだと思ったんだけどなぁ」

「そこでだ」

 

 落ち込む香織だったが立ち上がったその頭に手を置いて撫でる。

 

「香織さんの考えに僕の考えを重ねる」

「ハジメ君の考え?」

「そう」

 

 こくりと頷くとハジメは、ニッコリと笑い自分の考えを披露した。

 

「偉くなる」

「…………へ?」

 

 ハジメの言ったことが良くわからなかった香織が変な声を出してしまう。そんな香織にハジメは詳しく教える。

 

「偉くなる。意見や考えが良くも悪くも無視されたり、切り捨てられたりされない程偉くなるんだ。会社の社長か、著名な教授か、あるいは政治家か。そういう立場になれば世間の風潮にもある程度介入できるし、タカト達に他の支援だってできる。香織さんがさっき言ったデジモンのことを書いた小説とかも実費で出せるかもしれない」

 

 それは大きな夢だ。世界を自分の望むように変えるということ。

 

「さっき泣いてやっと気が付けた。僕の大切な人とデジモンが生きていける世界。それが僕の夢なんだって。そのために偉くなろうと思う。どうかな?香織さん」

「凄いと思うよ。うん、本当に凄い」

 

 香織はただそれしか言えなかった。やっぱりハジメは自分なんかよりずっと凄い。

 

(会う度に思うけど、ハジメ君ってどんどん遠くなっていくなあ)

「突然だけどさ。香織さんに会えてよかったよ」

「え?」

「多分香織さんに会えなかったら自分の夢もわからなかった。多分、さっさと海外の学校に留学してデジタルワールドの研究に没頭して、デジタルワールドに行けるようになったら自分とタカト達と一緒に行っていたと思う。それでずっと向こうにいて、たまに帰ってくるだけっていう生活をしていたと思うよ」

 

 それは確かにあり得た未来かもしれない。

それはそれで未知の世界を旅する楽しみはあるかもしれない。

 でも、香織と出会ったことでデジモンのことを認めてもらえた喜びを知ることができた。

 テイマーじゃなくてもデジモンを受け入れてもらえた。

 世界は変えることができるのだと思えた。

 

「だから、ありがとう。香織さん。僕と出会ってくれて」

 

 ハジメは心からの感謝を香織に告げた。

 

「ど、どういたしまして?」

「プッ、なんで疑問形なの?」

「あ、え、いや。ちょっと急に、お礼言われたから驚いちゃって」

 

 ワタワタとする香織を見て、勉強会をするにはもう少し落ち着いてからだなとハジメは思ったのだった。

 

 

 

■■■■■

 

 

 

「ってことで、僕も自分の夢を決めたんだ」

 

 少し長くなってしまったが、ハジメは自分が今の考えを持った理由を話し終える。

タカト達はハジメの話を聞いて思ったことをそれぞれ口にする。

 

「そんなことがあったんだね」

「ハジメと香織さんの気持ちわかるぜ。デジモンのこと何も知らないくせに勝手に言うやつとか見ると、俺すっげー悔しかった!」

「俺も。でも言い返したらみんなに迷惑がかかると思って飲み込んでいたなあ」

「でもそれで諦めてちゃいけないんだね」

 

 タカトは立ち上がると右手を握り締めて、決意を固める。

 

「僕も頑張る。僕だってギルモンと再会してまた一緒に暮らすのが夢だ。そのためならハジメになんでも協力するよ!」

「俺も俺も!俺とガードロモンの力、いつでも貸すぜ」

「俺だって、頭脳労働なら任せてくれよ」

 

 胸を張るケンタにヒロカズがからかいを入れる。

 

「ハジメに成績で負けているくせに何言ってんだよ」

「すぐに挽回して見せるさ!」

 

 そんな二人にタカトが苦笑いを浮かべていると、ふと思い出した。

 

「そういえばハジメって、クリスマスに雫さんにプレゼント交換以外にも何か渡していたけどもあれってもしかして……」

「香織さんの話に出てきたコロモンのぬいぐるみだけど」

「ハジメ。フラグ立ててない?」

 

 めったに見たことが無いタカトのジト目に、ハジメは目を逸らす。

 

「いや、だって雫さんコロモン好きみたいだし、話を聞いたら何とかしてあげたいと思って」

「ちなみにだけどそれって買ったやつ?」

「探したけど見つからなかったから自分で作ったやつだけど?素人の手作りで申し訳ないと思ったけど、喜んでもらえてよかったよ」

 

 さらりと答えたハジメにタカトは頭を抱える。まるでラブコメの主人公がフラグを立てたような行動だ。

 

(香織さんに出会ってからハジメがたらしになっているような気がする)

 

 果たしてハジメは将来どうなるのだろうか。

 

 夢への道を見つけたその先にある未来で、ガブモンに再会できるのか?

 

 そして時はさらに三年進む。

 

 ハジメと香織が高校二年生になった時、運命は再び動き出した。

 

 

 




これにてありふれの原作前のお話は終わりです。
うん。結構難作でした。
最初はハジメがデジモンのゲームを作ってデジモンの評判を何とかしようと決意する話だったのに、どんどん転がって世界の流れを変えれるほどの地位を得ることを決意することになりました。
しかも香織と心を通わせ、最後の方で雫にもフラグ立てちゃいました。

デジモンと出会ったことで運命が変わった南雲ハジメという少年と、白崎香織という少女。二人の本当の物語はこれからです。
そしてもう一人。デジモンと出会って変わった少年がいます。
みなさん大好きな勇者こと天之河光輝君です。
彼はハジメと正反対であることを意識しています。
ハジメはデジモンと出会ったことでタカトや香織達と絆を結びました。
逆に光輝はデジモンと出会ったことで香織と雫との絆に罅が入りました。
また大勢の意見を変える決意を固めたハジメに対し、大勢の意見に従い香織と雫を諫めようと光輝はします。
この二人の対比もこの作品の主題になるかもしれません。

前回やらなかったデジモン紹介です。

サラマンダモン
世代:アーマー体 タイプ:両生類型 属性:ウイルス
勇気のデジメンタルというアイテムで進化したデジモン。炎を纏ったサンショウウオのような姿で、普段はのんびりとしているが一度怒ると体の炎を燃え上がらせて襲い掛かってくる。
香織と雫が遭遇した個体は純粋なデジモンではなく、邪悪なデジモンが生み出した疑似デジモン。ただ暴れるだけのプログラムに従い行動する危険な存在であり、ハジメが助けに入らなければ二人の命はなかった。
得意技は口から灼熱の炎を吐き出す『ヒートブレス』。必殺技は空気中の酸素を集めて強烈な爆発を起こす『バックドラフト』。


次回は原作開始……にしたいんですが幕間として香織の日記とか設定の振り返りとかやるかもしれません。
でもようやく原作には入れるので更新速度を上げていきたいです。


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幕間 香織の日記

原作に突入したかったのですが、なぜかどんどん話が膨らんでしまいもう少し時間がかかりそうです。
あとそれに伴って高校に入学するまでに張っておきたい伏線が増えてしまいました。
なので今までの0.5章のお話に入らなかったネタをいくつかダイジェストでやるために、やってみたかった日記形式でお披露目します。

元ネタは原作のユエの日記で、香織の口調とかうまくかけているか不安ですが楽しんでいただけたら幸いです。




11月30日

 今日はハジメ君が通っている太極拳の道場に付いていった。

 デジタルワールドでの冒険で体力の無さで苦労した経験から始めたみたいで、なんでもジェン君のお師匠さんらしい。

 中国人のチョウ先生という方で、ハジメ君と再会した日に話し合いをさせていただいた場所だったのには驚いたな。

 そこでハジメ君は胴着に着替えて練習を始めた。

 最初は準備運動と柔軟、あとは基本の型の形を繰り返し、時たまチョウ先生と組み手をしていた。

 チョウ先生曰く、ハジメ君は体を動かす才能はあまりないけど、相手の動きを見極め受け流すことには目を見張るものがあるらしい。

 そういえば怖い人たちに殴られた時もそんなにひどい怪我はなかった。もしかして殴られてもうまく受け流していたのかな?

また新しいハジメ君の一面を見つけられて嬉しかったなあ。

 ちょっと私も太極拳を教えてもらえた。健康にも良いそうだから続けてみよう。

 

 

 

12月17日

もうすぐクリスマス。いつもは雫ちゃんとかクラスの子たちとクリスマスパーティーをしているけれど、今年は雫ちゃんと一緒にハジメ君達テイマーズのみんなとクリスマスパーティーをする予定。

 クリスマスだから当然プレゼントを用意するんだけど、何を用意したらいいのかな。ハジメ君が喜びそうなものといえばデジモンとかパソコンだけど絶対持っているよね。

 そんな感じで今日まで悩んでいたんだけどお母さんからいいアイデアをもらった。

 ハジメ君にクリスマスの特別な料理を作ってあげるんだ。

 料理研究家のお母さんにいろいろアイデアをもらって何を作るか決めた。待っててねハジメ君、びっくりさせてあげるから。

 ただ、私とお母さんが練習しているとお父さんがチラチラとこっちを見てきて集中できない時があった。

 

 

 

12月26日

 昨日の夜はルキの家でクリスマスパーティーとお泊り会だった。

 私は早めにお邪魔してパーティーのお料理の準備を手伝った。ルキのお婆さんってお母さんと同じくらい料理が上手でびっくりした。他にもタカト君とジェン君のお母さん達も手伝ってくれて和食、洋食、中華が入り乱れた凄く豪華なメニューになった。

 そして始まったクリスマスパーティー。初参加だった私と雫ちゃんだけどみんな歓迎してくれた。

 そこでまだ会ったことのなかったテイマーの3人、秋山リョウさんと佐久間アイちゃんと佐久間マコト君の3人と出会えた。

 リョウさんはルキ曰く「完璧なまでの爽やかオーラ」を纏っていて、明るくて面倒見もいい人だった。私と雫ちゃんにも気さくに話しかけてくれてすごく安心した。雫ちゃんの「光輝よりもキラキラしている人初めて見たわ」っていう言葉にすごく同意した。

 アイちゃんとマコト君はハジメ君達と違ってインプモンっていうデジモンのパートナーを二人で務めているみたい。

 パートナーになるまでにインプモンといろいろあったみたいだけど、ちゃんとパートナーになることができてすごく嬉しかったって、二人で仲良く笑っていた。でも、そこに寂しさを感じて、やっぱりテイマーのみんなは寂しさを感じているんだなっていうことを再認識した。

 そのあとのプレゼント交換では誰のプレゼントが来るのかドキドキした。そして私のところに来たのは白い万年筆だった。誰のだろうと思ったらなんとハジメ君のプレゼントだった。

 万年筆なんて使ったことないけど、大事にそれはもう大事に使おう。

 ただプレゼント交換の後、雫ちゃんがハジメ君から直接プレゼントを渡されていた。

 

 それを見てものすごくもやもやしてじくじくして何だか私が私じゃない感じがした。

 

 お泊り会の時、雫ちゃんがもらったものを見たら、それはコロモンのぬいぐるみだった。

 ハジメ君があの時私が話したことを覚えていて、雫ちゃんのために用意したものだったんだ。

 それを知った私は、ハジメ君の優しさに嬉しい気持ちになった。

 ただ、そのぬいぐるみを見る雫ちゃんの顔を見たとき、また心が騒めいた。

 

 

 

4月17日

 今日は実力テストの結果が返ってきた。去年の学年末試験から成績が上がっていて、ついに今回は学年トップだった天之河君を抑えてトップになった。

 これもハジメ君に勉強を教えてもらったおかげかな。

 でも学年のトップになるのが目的じゃない。ハジメ君が受験する高校の国際進学科に合格すること。

 ハジメ君が選んだ学校の国際進学科は高い偏差値がないと入れないところで、今の私の成績だと普通科にしか入れない。

 まだまだ勉強を頑張らないと。

 

 

 

7月31日

 今日は夏休み前に受けた志望高校の入試模試の結果が戻ってきた。

 結果は合格率6割。それを見て合格したわけじゃないのに思わずはしゃいじゃってハジメ君に連絡しちゃった。恥ずかしい。

 ちなみにハジメ君は9割だって。勉強には自信あったんだけど、ハジメ君と知り合ってから自信が粉々になっていくよ。

 ハジメ君ってデジモンの知識を得るためにいろいろ勉強していたら、副次的に学校の成績も上がったんだよね。それで全教科オール90点以上って何だろう?

 模試の結果も筆記テストはほとんど正解で面接の内容で少し受けが悪いから9割らしいし。

 ハジメ君、面接の練習では大学に進学する目的を「デジタルワールドとデジモンの研究」って言ったみたいで、それで内容に修正が入ったみたい。

 未だにデジモンに対する世間での評判は悪い。ハジメ君はいつかガブモン君と再会した時に生活しやすい世の中になってほしくて、大学で研究するのも「デジモンと人間の共存社会の実現」という夢をかなえるため。

 もしもハジメ君の夢が実現したら私もテイマーになれるのかな。

私だけのパートナーデジモンのことを考えるとなんだかワクワクしてくる。

 ハジメ君もデジモンテイマーになるときはこんな気持ちだったのかな。

 いつか会いたいな。私のパートナーデジモンに。

 

 

 

8月20日

 今日は私とハジメ君が出会った日。懐かしくなってあの時遊びに来ていたショッピングモールにハジメ君と息抜きを兼ねて遊びに来た。

 何故か雫ちゃんまでやってきていて驚いたけど、いろんなお店を回って受験勉強で疲れた頭のリフレッシュができた。

 

 

 

9月16日

 今日は面接試験の練習だった。そこで入学したらどんな大学に進学したいのかの希望を出した。

 ハジメ君は電子工学系の大学に進んでデジタルワールドに関する研究をすることに決めた。ハジメ君本人の気質から政治家や実業家よりクリエイターや研究者が向いているから、そこから偉くなるんだって。

 

 私はいろいろ考えた。

ハジメ君と同じ道に進むのもいいかもだけど、なんか違う気がする。

何とかして見つけないと。

 

 

 

10月10日

 ハジメ君が勉強のやりすぎで立ち眩みを起こした。

 もう合格圏内なのに努力を止めないのはハジメ君らしいけど、それで体を壊していちゃダメだと思う。誰かが傍で見ていてあげなきゃ。

 そこで私は思いついた。

 これが私の進む道なんじゃないかな?

 ハジメ君の体に何かあってもすぐに助けてあげる、そう!主治医なんていいかも!

 他にもちゃんとした栄養の取れるご飯を用意したり、日々の健康状態をチェックしたり、適度なトレーニングを提案したり!

 うんうんしっくりくる。

 

 早速、医学系の大学への進学を希望するって面接で言おう。

 

 他にもデジタルワールドを冒険しているときに怪我をしたら応急処置をしてあげたり。

 病気になったら付きっきりで看病してあげたり。

 疲れたときにそっと寄り添って抱きしめてあげたり、膝枕をしたり、添い寝してあげたりしてあげるんだ。そしてハジメ君の疲れが無くなるようにそのままぎゅって抱きしめて、求めてくれるならそのまま

(※この部分は後程恥ずかしくなり消しゴムで消したのだが、三年後に金髪の吸血鬼さんに見つかり再生された)

 

 

 

 

11月15日

 昨日と今日はルキのお家で女の子だけの勉強会&お泊り会だった。

 メンバーは私と雫ちゃんにルキとジュリちゃん、シウチョンちゃん、アイちゃん。

 私たちは自分の勉強だけじゃなくて、シウチョンちゃんとアイちゃんの勉強も教えてあげた。

 

 ハジメ君との勉強会もいいけど、女の子だけっていうのも楽しかった。

 勉強の合間におしゃべりもできた。

 ただ、雫ちゃんが私の知らないところでハジメ君と出かけたりしていたのは知らなかったなあ。

 なんで私を誘わなかったのかな?かな?

 

 

 

12月25日

 クリスマスだけど今年は受験があるからクリスマスパーティーはやらなかった。

 でもその代わり、受験が終わったら盛大にお祝いすることになった。

 場所はやっぱりルキの家。

 雫ちゃんの家でも問題ないんだけど、テイマーズのみんなが雫ちゃんの家の近くにやってくると、大変なことが起きるかもしれない。

 

原因は天之河君だ。

 

 未だにデジモンが悪い生き物って思っている天之河君がみんなと出会ったら絶対に諍いを起こす。

 特にルキ。

 ルキと天之河君の組み合わせなんて不安しかない。

 普段雫ちゃんに天然って言われる私でもわかる。

 

 何とか天之河君にデジモンが危ないだけの生き物じゃないって解ってもらえないのかな。

 

 

 

2月5日

 いよいよ明日は入学試験。ここまでできることは全部やってきた。当たって砕けるよ、私!

(※三年後に砕けたらだめでは?と白髪のウサミミ少女につっこまれた)

 

 

 

3月10日

 明日は合格発表の日。

 この一か月、私は考えて考えて決めた。

 明日合格していたら、ハジメ君に告白する。

 思えば三年前に初めて会った時から、私はハジメ君に惹かれていた。

 

 私と雫ちゃんを助けてくれた優しさに、怖いと思っていながらも立ち向かえる強さに、仲間やパートナーを思いやる姿に、一度決めたことを成し遂げるためにひたすら努力できるところに。

 

 もちろん、そんな良いところだけじゃない。

 

 夢のためなら自分を厭わない向こう見ずなところも、執着が強すぎるところも、少しコミュニケーションが下手なところも。

 

 そういう悪いところも全部ひっくるめて、私はハジメ君が好きだ。

 

 これから一緒に過ごしていく中で気が付いていくハジメ君のいい面も、悪い面も全部ひっくるめて好きなんだ。

 

 今日に日記は私の決意表明。明日の決心を確かなものにするためのもの。

 

 いつかこの日のページを読み返したとき、その時の決意がどれだけ私にとって大事なものだったのか再確認するためのもの。

 

 明日がどうなっても、今日の私はこの決心を後悔しないと未来の私に伝えるためにこの日記を記します。

 

 どうか、未来の私、あなたが良いと思える結果を掴んでね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3月19日

 ハジメ君が旅に出ました。

 




以上、香織の日記でした。
もう少し彼女がハジメに引かれた理由とかを描写したかったのですが、それはメインの話でやればいいと思い割愛しました。この日記だけではチョロインみたいですが1年以上一緒にいますから告白するくらい惹かれるイベントが一杯あったのですよ。
それらも含めてガッツリやりたいですね。

最後の部分ですが誤解のないように記しますが、ハジメ君はデジタルワールドに旅立ったわけではありません。
一人旅です。まあ、何でこんなことになったのかは、原作の一話目で明らかにしますのでお楽しみに。


前回の投稿の後、評価をしていただきました

頑張れ日本様、鳴神 ソラ様、二本角様、シユウ0514様、すばら様、銀の弓様

ありがとうございます。これからも執筆頑張ります。


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設定集

0.5章時点のハジメ達キャラクター設定や、この小説内におけるデジモンの設定です。
キャラクター設定については章が進むごとに更新していこうと思います。



〇キャラクター設定

・南雲ハジメ

14歳。中学二年生。

小学生5年生のとき、友人のタカトがデジモンテイマーになったあと、デジモンテイマーになり、テイマーズの一員になった。

パートナーデジモンはガブモンX抗体。

基本的に原作と同じ性格だが、タカト達テイマーズと友人になったことと、ガブモンのテイマーになったことで授業態度や振る舞いに変化が出ている。

自分が大切に思う人やデジモンと生きることに喜びを感じ、そのためならどこまでも努力ができる。しかし、それは強い執着心となり周囲を心配させてしまう。そのあたりの切り替えが苦手。

ガブモンとの別離と現実世界のデジモンへの批判から、無意識にだがデジタルワールドへの逃避を望んでいた時期があり、香織の存在がそれを引き留めた。

故に香織を特別視しており、テイマーズの皆ほど付き合いは長くないが同じくらい彼女のことを大切に思っている。

 

 

卓越したデジタル技術を持ち、高度なプログラムを瞬時に組み上げ、PCをカタログスペック以上に扱う。その腕前から父のゲーム会社の最終兵器として重宝されている。

資格可能な情報技術資格はすべて持っており、そのことから学校でも教師陣から情報技術関連で頼りにされている。

 

将来の夢はデジタルワールドの研究を行い、ガブモンと再会し、人間とデジモンが共存できる社会を作ること。

 

 

▷パートナーデジモン

ガブモンX抗体 世代:成長期 獣型 属性:データ

ハジメのパートナーデジモン。シャッガイとデジタールゲートによる空間の揺らぎからリアルワールドに現れたデジタマをハジメが孵したことで出会った。

心優しい性格ながらも、X抗体デジモン特有の野生の本能も持っており、戦いが始まれば相手に容赦しない。

ハジメを生みの親兼最高のパートナーと考えており、ハジメの願いを叶えるために全力を尽くす。

南雲家の愁と菫のことも大切に思っており、デ・リーパー事件の際はテイマーズの両親やワイルドバンチ達バックアップチームの護衛を引き受けていた。

実はハジメと共に南雲家のオタク教育を受けており、マンガのアシスタントやゲームのデバック作業などができるオタクデジモン。

 

進化先:ガルルモン→ワーガルルモン→メタルガルルモン

 

 

 

・白崎香織

14歳。中学二年生。ヒロイン。

ハジメとは別の中学校に通う少女。

小学生の頃、幼馴染の八重樫雫と共にデジモンに襲われるがそこをハジメとガブモンに助けられる。その時は少し言葉を交わした程度だったがハジメとガブモンの名前と顔は憶えており、不良からおばあさんと子供を身を挺して守っていたハジメを見かけ、もしかしてと思い話しかけてみたところ本人と判明。そこから交流を持つようになり、友人になる。

ハジメの夢を応援しており、自分もデジモンのテイマーになりたいと考えている。

 

 

▷パートナーデジモン

・??? 世代:??? ???型 属性:???

いつか現れる香織のパートナーデジモン。

 

 

 

・八重樫雫

14歳。中学二年生。ヒロイン。

香織と同じ中学校に通う少女。

小学生の頃、香織と共にデジモンに襲われハジメとガブモンに助けられる。

剣術道場を開いている家の娘で、幼いころから剣道をやっていたが、本心では可愛いものが好きで、香織から譲られたコロモンのぬいぐるみが一番のお気に入りだった。

それが壊れてしまい、自分には可愛いものなんて縁がないのだとあきらめていたところ、昔命を助けてくれたハジメからコロモンのぬいぐるみを自作して贈られた。

親友の香織が思いを寄せていることを知りつつも、ハジメに惹かれている。

 

 

 

・松田タカト

14歳。中学二年生。

気弱な性格だったが、穏やかな優しさを持った少年。

デジモンテイマーズの主人公で小学五年生の頃、偶然手に入ったブルーカードをカードリーダーにスキャンしたところデジヴァイスを手に入れ、自分が考えたオリジナルデジモン、ギルモンの設定メモをデジヴァイスにスラッシュしたところ、ギルモンが誕生。デジモンテイマーになった。

テイマーになる前、教室で一人でいたハジメに声をかけ、デジモンカードゲームに誘った張本人で、彼の存在がハジメの運命を大きく変えた。

パートナーデジモンはギルモン。

進化先:グラウモン→メガログラウモン→デュークモン

 

 

 

・李健良(リー・ジェンリャ)

14歳。中学二年生。

ハジメとタカトの親友でデジモンテイマーの一人。愛称はジェン。

父親が香港人で、母親が日本人というハーフの少年。

冷静沈着な性格でコンピューター関連の知識も深いことからデジモンテイマーズの頭脳役を担っていた。

太極拳を習っておりその腕前は人間の手に負えない力を持つデジモンでもない限り、なぎ倒してしまうほど。

ハジメとはコンピューター知識の関係でよく語り合う仲。

パートナーデジモンはテリアモン。

進化先:ガルゴモン→ラピッドモン→セントガルゴモン

 

 

 

・牧野ルキ

14歳。中学二年生。

ハジメ達とは違う中学校に通うクールな性格の少女。

両親は離婚しており、現在は母方の実家に母と祖母と住んでいる。この家はかなり広いのでよくテイマーズのイベントで使われている。

デジモンクイーンと言われたほどのカードバトルの腕前を持っており、テイマーズの中でも最強の実力を持つ。

当初はツンケンした態度を取っていたが、ともに戦う仲で心を開き、今ではぶっきらぼうながらも気を利かせたり、優しい心配りを見せたりするようになった。

ハジメのことも気にしており、彼がデジモンのことに囚われすぎることを危惧し、香織にアドバイスを送った。

なお、タカトに気があるらしくテイマーズの中ではいつ告白するのか密かに話題になっている。

パートナーデジモンはレナモン。

進化先:レナモン→キュウビモン→タオモン→サクヤモン

 

 

 

 

・加藤樹莉

14歳。中学二年生。

小学生の頃、タカトが気を寄せていた少女。

デジモンと出会っても驚愕せず、その存在をすんなり受け入れ、テイマーへ憧れた。後にその憧れが叶いレオモンというデジモンのテイマーになる。

まるで香織の前例のような経歴を持っているが、デジタルワールドでレオモンを失い、深い悲しみを抱えてしまった。

デ・リーパー事件を通して悲しみを乗り越えた。

パートナーデジモンはレオモン。

 

 

 

・塩田ヒロカズ

14歳。中学二年生。

タカトとハジメの同級生で親友。

活発な少年で、デジモンカードバトルで高い実力を持つ。

当初はハジメ同様テイマーになったタカトを羨んでいたが、デジタルワールドでパートナーとなるガードロモンと出会いパートナーにする。

将来の夢はエンジニアで、再会したガードロモンとかっこいい乗り物を作り、デジタルワールドを走るのが目標。

パートナーデジモンはガードロモン。

進化先:アンドロモン

 

 

 

・北川ケンタ

14歳。中学二年生。

タカトとハジメの同級生で親友。

ヒロカズと違い運動より勉強が得意。

ヒロカズ同様にデジタルワールドでパートナーであるマリンエンジェモンと出会い、テイマーになる。

小さいながらも究極体というマリンエンジェモンの力をうまく使い、タカト達をサポートした。

将来の夢は演歌歌手。マリンエンジェモンと一緒に全国を歌い歩くのが目標。

パートナーデジモンはマリンエンジェモン。

 

 

 

・秋山リョウ

17歳。高校二年生

日に焼けた肌に、輝く白い歯、爽やかな笑顔とルキ曰く「完璧なまでの爽やかオーラ」を纏った少年。

テイマーズの年長者でルキを超えるカードバトルの腕前を持つ「伝説のテイマー」。選ばれたテイマーのみしか使えないと言われるデヴァイスカードを使いこなし、10か月以上もデジタルワールドを旅していた。

ハジメにはデジタルワールドでの体験をよく話している。

パートナーデジモンはサイバードラモン。

進化先:ジャスティモン

 

 

 

・李小春(リー・シウチョン)

10歳。ジェンの妹の少女。

子供らしい無邪気であどけない性格。しかし、パートナーデジモンのロップモンと別れてからしっかりしなければと思うようになり、学校の勉強を頑張っている。

テイマーズの女性陣からはとても可愛がられており、ルキやジュリの家に遊びに行く。

パートナーデジモンはロップモン。

進化先:アンティラモン

 

 

 

・佐久間アイ/マコト

8歳の双子の少女と少年。

テイマーズ最年少で、タカト達と知り合ったのはデジモン達がデジタルワールドに帰った後だった。

二人で一体のパートナーデジモン、インプモンのテイマーであり、他のテイマーと異なりながらこれもデジモンと人間の関わり方の一つだと受け入れている。

※苗字と年齢は今作オリジナルです。

パートナーデジモンはインプモン。

進化先:ベルゼブモン→ベルゼブモンブラストモード

 

 

 

 

〇そのほかの設定

・デジモン

人工生命研究の延長上にあるプロジェクトで誕生したことになっており、当時研究していたチーム『ワイルドバンチ』がデジモンの生みの親。

しかしその自己進化能力は人間の予想を超えており、ネットワーク上に別世界デジタルワールドを生み出した。

生態は野性的で他のデジモンを倒し、霧散したデータを捕食(ロード)することで成長していく。しかしその一方で知性を持つ存在もおり、無益な戦いを好まず平和に暮らすデジモンもいる。

また、デジモンの姿かたちを想像したのは人間の子供だったため、人間の子供たちと好意的に接する傾向がある。

成長度合いにより、世代分けがされておりデジタマと呼ばれる卵から生まれ以下の順に成長していく。

 

幼年期1:生まれたばかりでデータが不安定。様々なデジモンになれる素養がある。

幼年期2:データの形が定まり、安定する。力は弱い。

成長期:

知能が発達し、戦う本能が目覚めた。成長途中であり、成長の仕方で様々な進化の可能性がある。

 

成熟期:

成長期とは比べ物にならない力と知能を得て、デジモンとして完成された状態。多くのデジモンが成熟期で成長を止める。

 

完全体:

成熟期の中でも特に優れたデジモンが至る姿。成熟期と比べても圧倒的な力を持ち、そびえ立つ山すら一撃で吹き飛ばす程の技を持つ。

 

究極体:

数多の戦いを生き残り、多くのデータを獲得することで限界を超えたデジモンのみが至る姿。その力は完全体の10倍以上といわれ、中には神にも匹敵する力を持つ究極体が存在する。

 

 

・デジモンのリアライズ

ある大気域の電磁波が、デジタルワールドから量子テレポーテーションされてきたデジモンの情報を元に大気中の元素を急速に凝縮することで疑似タンパク質となり、デジモンに肉体を与え、現実世界に出現する。これはデジモン以外の電子生命体にも起こる。

つまりデータが通ることのできるゲートさえあれば、電子ネットワークがない場所でもデジモンは出現することができる。

 

 

 

・デジモンテイマー

デジモンとパートナー関係を結んだ人間。主に子供がなる。

デジヴァイス、またの名をデジヴァイス・アークと呼ばれる小型のコンピューター機器にデジモンカードを通すことでパートナーデジモンの戦いを支援する。

その最たるものが進化であり、本来デジモンの進化には膨大なデータが必要だが、テイマーガスラッシュする進化のオプションカード「超進化プラグインS」やブルーカード「マトリックスエボリューション」を使うことでパートナーデジモンは進化できる。

テイマーとパートナーデジモンの間には不思議な関係が結ばれており、デジモンを完全体まで進化させるとデジモンのダメージがテイマーにもフィードバックしたり、テイマーの強い精神力を発揮するとパートナーデジモンの力が底上げされる。

 

そして、テイマーとデジモンの到達点こそが、究極体への融合進化である。

 

 



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01章 オルクス大迷宮編―New Tamers―
01話 さらばありふれた日常


お待たせいたしました。
ありふれの原作開始です。

今話の投稿前に設定集も投稿したのでよければそちらもどうぞ。この作品でのデジモンの設定とかも載せています。


 月曜日の朝。多くの人が休日の終わりを実感する憂鬱な朝だ。

 しかし、高校二年生に進級した南雲ハジメにとってはさほど苦にならなかった。

 それは今の学園生活が充実しているからだ。

 

「行ってきます」

「いってらっしゃい。香織ちゃんと雫ちゃんによろしくね」

「うん」

 

 母である南雲菫に見送られながら、ハジメは家の玄関を出る。そのまま家の横にあるガレージへ行くと、そこに止めてある愛車のバイクを引っ張り出す。

 去年、デジタルワールドを冒険するときに乗り物があった方がいいと考え、免許を取得。両親の仕事の手伝いで稼いだアルバイト代をすべて使い、愛車を購入したのだ。

 持っているカバンを収納スペースに入れ、エンジンをかける。ドゥルドゥルルルッという駆動音が響き、エンジンに問題がないことを確認したハジメはヘルメットをかぶり、バイクに跨る。

 そこに玄関から出てきた菫が声をかけた。

 

「言い忘れてた。今日は忘れずに早く帰ってきなさいよ。誕生日会やるんだから」

「もちろん。忘れるわけないよ。今日はガブモンが生まれた日なんだから」

「そうよね。あんたが忘れるわけないか」

 

 菫が感慨深げに呟く。

 ハジメがガブモンと別れてから今日で6年目。未だリアルワールドとデジタルワールドの境界にゲートが開くことなく、デジモンがリアライズしたという話もない。

 当然、ハジメ達テイマーズはパートナーデジモン達と再会していない。

 それでもハジメ達テイマーズは、デジモンと出会った思い出を大切にしていた。

 アクセルを踏み、ハジメは学校に向けて走り出した。

 

 

 

 20分ほどバイクを走らせて学校に着いたハジメは、すぐに教室に向かわずに昇降口で一人たたずんでいた。

 その姿を登校してきた生徒達がチラチラ見る。

 ハジメの容姿は特別優れているわけではない、平凡な顔立ちだ。しかし、過去の経験からか一本の芯が通った雰囲気を身に纏い、大人びた印象を与える。しかも太極拳を習っていることで適度に引き締まっており、細マッチョといえる体格をしている。

 加えて学業も優秀で、この学校のエリートが集まる国際進学科で常にトップの成績を維持し続けており、体育の時間でも優れた成績を収めている。

 そんな学校の有名人であるハジメだが、彼をもっと有名にしている理由がある。

 

「ハジメ君おはよう!今日も早いね」

 

 ニコニコと微笑みながらハジメに声をかけたのは白崎香織だった。

成長した香織は腰まで伸ばした艶やかな黒髪に、少し垂れ気味の優し気な大きな瞳。スッと通った鼻梁に小ぶりの鼻、そして薄い桜色の唇が完璧な配置で並んでいる。

 誰もが間違いなく美少女と断言するまでに成長した香織は、ハジメの姿を目に収めるとパタパタと駆け寄ってきた。

 

 そしてハジメの腕に抱き着こうとしたその時、

 

「おはよう、ハジメ!」

 

 横から出てきた別の少女の腕にハジメの腕は取られてしまい、香織の手は空を切る。

 

「し、雫さん?」

「今日も早いわね」

 

 突然現れたのは八重樫雫だった。

 全く気配がしなかったのは、彼女の家に伝わる剣術の技術によるものなのだろうか?

 

「まあ、バイクで登校しているし。あのそれより」

「バイク通学かあ。ちょっと怖いけど便利そうだし、私も免許取ろうかしら?そうしたらいろいろ教えてくれる?」

「僕でよかったら教えるよ。あのでもですね?それよりも香織さんが」

「おはようハジメ君!」

 

 香織を無視してハジメと話す雫の間に香織が割込み、二人を引き離す。

 

「あら香織。おはよう」

「何今気が付いたみたいにしているのかな?かな?」

「だってハジメに会いたかったんだもの。私の気持ち、親友のあなたならわかってくれるでしょ?」

「確かに私もハジメ君と会いたくて、雫ちゃんを無視したことあるからわかるけど。今のはどう見ても私が話しかける場面だったでしょ!」

「アピールするときは積極的に行くのがお母さんの教えよ。遠慮なんてしていられないんだから」

 

 ふふんと胸を張る雫。ついでに人差し指を口に当ててウインクまで決めちゃった。

 周囲の生徒は男女問わずメロメロだ。

 

 雫もハジメと出会ってから三年。美しく成長し、その凛とした佇まいだけでなく、女の子らしい可愛さも身に着け始めた。

 時折見せる可愛い姿にギャップを感じて彼女のファンになるものは後を絶たず、今では香織を超える数のファンが学校だけでなく町中にもいる。

 

「というわけで教室に行きましょうか、ハジメ」

「あ、また!」

 

 するりと近づいた雫がハジメと腕を組む。

 香織がそれに憤慨。対抗するように雫と反対側のハジメの腕に腕を絡める。

 そのままハジメは二人と腕を組んで校舎の中に入っていった。

 

「……くそ、白崎さんと八重樫さんとイチャイチャしやがって」

「本日の粛清委員会の集まりは装備のアップデートだ。今度こそかの南雲ハジメに天誅を!」

「対南雲用汎用人型決戦兵器アマノゲリオンをけしかける。これこそが人類補完計画の全容だ!!」

 

 あとにはハジメへの嫉妬の念を洩らし続ける男子生徒と。

 

「今日の先手は八重樫さんね。一歩リードかしら?」

「でも白崎さんも負けてないわ。恋敵を引きはがすことよりも傍にいることを選ぶんだもの」

「果たして南雲君はどっちを選ぶのかしら?どっちにしてもあの二人なら南雲君に釣り合うわよね」

 

三人の関係を面白そうに予想する女子生徒が残された。

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 三人がこのような関係になったのは高校受験が終わった頃だ。

 ハジメと香織は希望していた国際進学科に、雫も普通科とはいえ同じ学校に入学できて一安心。

 早速お祝いをやろうと、テイマーズのみんなも一緒に恒例となったルキの家に集まってパーティーをした。

 子供達だけでなく、その家族も交じってそれぞれが望む進路に進めたことを喜び合うパーティーはとても盛り上がった。

 その最中に香織はハジメと抜け出して二人きりになると、受験勉強中ずっと胸の中に秘めていた思いをハジメに告げた。

 

「ハジメ君。あなたが好きです」

 

 突然の告白に驚きながらも、ハジメが応えようとしたその時だった。

 

「待って!」

 

 雫が二人の間に割って入ってきたのだ。そして、

 

「私も……私もハジメ君が好き!」

 

 雫もハジメに告白したのだった。

 

 だって、雫もハジメのことが好きだったのだ。

 

 かっこいいという周囲の評価とは裏腹に、雫はかなりの少女趣味だ。

 幼少の頃は童話のお姫様に憧れ、危機から救い出してくれる白馬に乗った王子様と結婚することを夢見ていた。

しかし、その夢は現実では実現しないことをある事件で思い知り、心の奥底に封じていた。

 だがそこに現れたのだ。

 雫の危機をさっそうと救ってくれた王子様が。

 それがサラマンダモンからガルルモンと共に守ってくれたハジメだった。

 自分と香織を守ってくれたその姿に、封じていた夢が顔を覗かせた。

 そして三年もしてやっと再会できたとき、冷静にふるまっていたがとても嬉しかった。

 

 なのに、彼の隣には香織がいた。

 

 そもそも再会からして香織が先であり、しかもとてもドラマチックだと思った。

 そのあともハジメと出会うときは香織と一緒だったし、積極的に話しかけているのも香織だった。

 自分は香織のおまけに過ぎないと思い、心を抑圧していった。

 

 でも、ハジメは雫のこともちゃんと見てくれていた。

 

 雫が好きそうなデジモンの写真やイラストを贈ってくれたし、ハジメの母の菫の漫画のファンだと知ると作業部屋に特別に招待してくれた。

 その時、自分が少女趣味なのは変ではないかと聞いてみると「そんなことはない。雫さんに似合っているよ」と言ってくれた。

 

 香織からもらった宝物だったのに、壊れてしまったコロモンのぬいぐるみを自作してクリスマスに渡してくれた。もう製造が停止していたため手に入らないと思っていたのでとても嬉しかった。

(なお、再び光輝に見つかってしまい、捨てるように諭されたときは彼の頬を思いっきり往復ビンタした)

 

 そうしてハジメへの気持ちが溢れそうになって来ていたのに。

 

 ハジメが香織に連れ出されたのが偶然目に入って、嫌な予感がしたから後を付けたらハジメに告白しているのが目に入った。

 

 悔しかった。

 自分も同じタイミングで彼に出会ったのに。

 なんで香織ばかり。

 親友なのに、同じデジモンテイマーじゃないのに、なんで香織ばかりが。

 酷い嫉妬の念が溢れてくる。

 本当なら親友である香織の恋を応援しなければいけないのに、ちっともそんな気持ちになれなくて、そんな自分が嫌で気持ちがグチャグチャになった雫はその場を逃げ出そうとした。

 しかし、そんな彼女の体を誰かが引き留めた。

 

「逃げちゃダメ」

「っぅえ?」

 

 小声だが力強いその声はルキだった。彼女はそのまま雫を、ハジメと香織のいる方に放り出そうと力を込める。

 

「ちょ、ちょっとルキ!?」

「あんたもさっさと言ってきなさいよ。ハジメが好きだって」

 

 雫が抗議するとルキは雫の耳元に口を寄せ、雫にしか聞こえないように囁く。

 

「な、何言って!?」

「お泊り会とかであれだけのろけておいてごまかせると思っているの?私もジュリもシウチョンもアイもあんたの気持ちなんてとっくに気づいているのよ。多分香織もね」

「で、でも私、親友の香織の邪魔なんてできない。それに二人の方がお似合いよ」

「何遠慮してんのよ。今はそんなの邪魔なの。親友だとか、お似合いに思ったとか、そんなことよりも雫の心の方ずっと大事。何より例え選ばれなかったとしても、そのままだと雫が二人を祝えないじゃないの。だから雫も思いっきりやりなさい。……大丈夫。ハジメを信じなさい。あんた達が惚れた男でしょ」

 

 そうして雫はハジメと香織の前に姿を現した。

 驚いた眼をする二人を見てそれまで心の中にあったいろいろなものは吹き飛んだ。

 

 後に雫はこの時のことでルキにとても感謝したのだった。

 

 それからはもう酷かった。

 

 いきなり二人の美少女から告白されたハジメは処理落ちしたPCのようにフリーズしてしまい。

 実はルキだけでなく、パーティーに参加していた全員が覗いており一斉に姿を現してハジメに答えを迫り。

 南雲夫婦が息子を囃し立て、弄り回し。

香織の父の白崎智一(ともいち)がハジメを亡き者にしようと飛び掛かるのを妻の白崎薫子(かおるこ)が首根っこを押さえ。

 雫の家族である八重樫家の面々は、ハジメが八重樫の家に連なるに相応しいか確かめようと家の忍者屋敷、もとい道場に連れていく計画を立て始める。

 テイマーズの面々はその場の雰囲気に便乗し、タカトにルキとジュリのどちらと付き合うのだと迫った。その結果、タカト、ルキ、ジュリまで慌てふためく。

 

 そして、ハジメに告白した香織と雫は、お互いが親友でありながら恋敵であると認め合ったのだった。

 

 その後、ハジメはどうすればいいのかわからず、春休みの間中自分探しの旅に出かけたり、ハジメを香織と雫が追いかけたりとかなりの騒動になった。

追いついた二人がハジメの泊まっている宿の部屋に突撃したり。

 慌てたハジメが思わず二人から逃げてしまい、二人との逃走劇を繰り広げてしまったり。

 気が付けば見知らぬ廃村に迷い込んでしまい、奇妙な出来事に巻き込まれ三人で命からがら逃げ延びたり。

 突然の雨に濡れてしまい、山小屋の中に避難して焚火を起こしその火に当たりながら夜通し話し合ったり。

 その結果、ハジメは二人に必ず答えを出すからと告げ、二人も自分を選んでもらえるように魅力的な女の子になると誓い合った。

 その日から香織と雫はハジメと積極的に過ごし、しかし彼が不快になるようなことはせず、女としての魅力を高めるようになったのだった。

 

 ついでにハジメは時々八重樫家の道場に連行されて門下生と百回組手をやらされたり、智一からとても低い声の電話がかかってきたり、雫をお姉さまと慕う秘密結社『ソウルシスターズ』の襲撃を受けるようになってしまい、危機対応能力が向上することとなった。

 

 

 

■■■■■

 

 

 

「そろそろ私の教室ね。残念だわ、もっと一緒にいたいのに」

 

 雫は普通科なので他の二人とは別の教室だ。

 

「お昼休みは一緒に食べるんだし大丈夫だよ」

「今日は晴れだし中庭で食べる?」

「そうね。じゃあ、また昼休みに」

「やあ、雫。香織。おはよう。また彼の相手をしているのか?全く本当に二人は面倒見がいいな」

 

 雫が教室に入ろうとすると一人の男子生徒が三人、否、雫と香織に話しかけてきた。

 そちらのほうを見た雫と香織は困った顔を向けると、「おはよう」「おはよう、天之河君」と答えた。

 そう。話しかけてきた男子生徒は天之河光輝。

 サラサラの茶髪と優し気な瞳に180センチメートル近い高身長に、細身ながら引き締まった体格。容姿端麗、学業優秀、スポーツ万能という三拍子揃った完璧超人になっていた。

 そして、男子生徒たちから唯一ハジメに対抗できる存在として期待されている。なぜなら、

 

「雫そろそろ剣道部に戻らないか?中学校までずっと続けていた剣道を辞めるなんてもったいないよ。香織も道場でやっているように剣道部のマネージャーをやってほしい。君の的確なサポートがあれば俺たちは全国大会で優勝できる。南雲にわざわざ付き合わなくてもきっと二人のためになる」

 

 優しい声で二人に諭すように言う光輝。

 遠まわしであるが二人をハジメから引き離すようなその内容に、香織はムッとした顔になり、雫は目を吊り上げ光輝を睨みつけるように見る。

 光輝は二人のその様子をハジメに付き合わされているからだと思い、さらにニコニコする。

 これが光輝がハジメに対抗できると言われている理由である。

 ハジメが独占している学園の二大女神を、あの手この手で引き離そうと何度も話しかけるその姿勢にいつか奇跡が起きると思われているのだ。

 もっとも香織と雫がハジメに真剣に好意を寄せていることを知る生徒からは、他人の恋愛に横から口を出すのはどうなのだと眉を顰められているが。

 

「光輝。去年から何度も言っているけれど、高校では剣道はやらないわ。手芸部でやりたいことをやるって何度言えばわかるの?」

 

 雫は光輝にきっぱりと言い切る。

 実は雫は高校に入学した際、部活動をそれまで続けていた剣道ではなく手芸部にした。

 ハジメやテイマーズと交流するうち、周囲に流されずデジモンが好きということを貫く彼らを見て自分のやりたいことをやりたいという思いが強くなり、高校入学を機に好きな可愛いぬいぐるみを作る手芸をやりたいと思った。

 そこでそれを家族に相談。剣道は家の道場でもできるので、一生に一度の高校生活、好きなことをやったほうがいいということになり、雫は手芸部に入部した。

 そこで雫は日々可愛いぬいぐるみやクッションを作成するようになり、毎日が充実している。去年の文化祭での手芸部の展示では一年生ながら、雫のゴマモンのぬいぐるみ(デジモンであることは伏せられた)が高評価を受けた。

 余談だが、凛とした雫が可愛いぬいぐるみを作るというギャップに、雫を慕う女子生徒がさらに増え、秘密結社『ソウルシスターズ』の勢力は大幅な拡大を果たした。

 

「私も何度も言っているけれど剣道部のマネージャーをするつもりはないよ。私の夢のためにやることはいっぱいあるんだから」

 

 香織も雫に続いて光輝の提案を断る。

 香織は部活動に所属していないが、国際進学科に所属しているため毎日勉学に勤しんでいた。そしてそれがない日はハジメや雫などの友人達に、別の学校だがタカトやルキたちテイマーズの面々との日々を過ごすことを優先している。

 

「あと私はハジメ君の相手をしているんじゃないの。ハジメ君と過ごしたいから一緒にいる。これも何度も言っているよね?」

「私も香織と同じよ。ハジメと一緒に過ごしたいからこうやって別のクラスだけど話しをしているわ」

「うっ、ふ、二人は本当に優しいな。南雲、いくら勉強ができるからってその優しさに付け込んで引き留めるのはどうなんだ?」

 

 二人の反論に気圧された光輝は、それをハジメに気を使ったものだと思い込み、今度はハジメに言葉を向ける。

 これは光輝の昔からの悪癖で、自分の信じたことを疑わないことから、それが否定されれば、その否定を頭の中で自分に都合のいい理由で間違いだと思い込むのだ。

 今までは光輝が善人であり、彼が信じたこともほとんどが世間一般では正しいことだったため、この悪癖が問題になることはあまりなかった。しかし、今この光輝の悪癖が悪いように作用してしまっていた。

 二人がどれほど自分の意思でハジメと共にいるのだと言っても聞き入れず、離れるように諭す。反論してもハジメが縛り付けていると解釈して、ハジメを責める。これが半ば日常と化しているのだ。

 雫が溜息を吐き、香織がハジメの腕を引っ張りこの場を離れようとすると、ハジメは二人の間から前に出た。

 

「天之河君。まずはおはよう。最初に会ったら挨拶するのは当然だと思うんだけど、なぜ僕にしなかったんだい?」

「え?あ、そんなことは。ちゃんと挨拶をした」

「うん。したね。香織さんと雫さんには。でも僕はされていないと思うんだけど、どうなんだい?まさか僕を差別して無視していたのかな?それって立派ないじめだよね?」

「い、いじめ!?俺がそんなことするわけないだろう!」

「ふーん。あ、そう。まあ、別にどうでもいいけど。それでなんだっけ?僕が二人を付き合わせているだっけ?まあ、確かに二人にはこんな面倒くさい僕に付き合わせているっていう自覚はあるよ?」

「ほら見ろ!だったら早く二人を開放して」

「でもそれを強制した覚えはないね。僕としてはいつ愛想をつかされても仕方ないと思っているし、それで二人が幸せになれるなら潔く身を引きたいさ。でもね」

 

 そう言うとハジメは香織と雫を見る。

 二人はハジメのそばから離れる気は絶対にないという顔をしている。

 

「二人が離れる気がないのなら離さないし、そう思われないように僕は生きている。もしも無理やり離そうとするのなら」

 

 ハジメは一歩光輝に近づく。無意識にハジメは光輝に対し威圧感を出しており、光輝は一歩後退る。

 

「覚悟をしてもらおうか、天之河君」

「ッッ」

 

 その声音があまりに冷たく感じ、光輝は二の句が継げず沈黙した。

 いつの間にか周りの生徒たちも固唾を飲んで様子を見ている。

 その状況にハジメは内心、

 

(やばい!思わずやっちゃった!?)

 

 かなりパニクっていた。

 光輝が三人に絡んでくるのは高校に入学してからほぼ毎日のことで、いつもは雫と香織が相手をしており、ハジメはあまり関わっていない。

 それは雫と香織の配慮であり、光輝とかかわることで、ハジメが傷つけられないようにするためだった。

 もしも光輝がハジメのことをガルルモンと一緒にいた少年だと気が付き、デジモンテイマーだと知られれば大騒ぎになる。

 そうやって去年の一年間は、光輝がハジメに話しかけても一人が割って入り、一人がその場を離れるという対応をしていた。

 その中で光輝に自分たちの意思を伝え、納得している関係なのだと理解してもらおうとしたのだ。

 だが、一年経っても光輝は理解せず、二人をハジメから引き離そうとしている。それに憤りを貯めていたハジメが思わず前に出てしまい、脅すような形になってしまったのだった。

 

 デジタルワールドという未知の世界を旅し、デ・リーパーと命がけの戦闘をパートナーとともに潜り抜けたハジメの威圧は、ただ優秀なだけの高校生である光輝には強すぎて反論することを許さない。

 ハジメはどうやってこの場を収めたものかと頭を悩ませていると、

 

「おっす!光輝、雫、香織。おはよう!お、ハジメもいるじゃねえか。おはよう」

「あ、龍太郎君。おはよう」

「おはよう、龍太郎」

 

 空気なんて関係ないとばかりに現れ挨拶をしてきた大柄な男子生徒の名は坂上龍太郎。香織、雫、そして光輝の幼馴染であり、見た目通りの大柄な性格の少年だ。

 空手も習っており、雫の家の八重樫道場の稽古にも参加している。

 彼は四人、ハジメと光輝の間にある微妙な空気を無視して近づいてくる。

 ハジメは内心「ナイス、龍太郎君」と賛辞を送りながら光輝から目を離す。

 

「おはよう、龍太郎君。この間貸した格闘マンガどうだった?」

「おお、あれか!最高だったぜ!特にライバルとのタイマン中に横やりを入れてきた黒幕に二人で立ち向かうっていう展開が熱かったぜ!しかも全部終わった後に改めて勝負を再開して、紙一重で主人公が勝って、ライバルを認める。漢の友情だった」

「昔の漫画だったから気に入ってもらえるか不安だったけど、楽しんでくれたならよかったよ。ライバルが主人公の外伝もあるからまた貸すよ」

「本当か!?ありがたいぜ」

 

 ちなみに、なぜハジメが龍太郎とマンガの貸し借りをしているのかというと、八重樫家で百人組み手をしていたハジメとたまたま道場に来ていた龍太郎が組み手を行い、その強さを認め合ったからだ。龍太郎は光輝と違いそこまでデジモンに対して偏見は持っていないのと、細かいことを気にしない性格なので雫と香織も光輝のように警戒していない。

 

「そろそろ予鈴が鳴るわ。じゃ、また後でね」

「ハジメ君、私たちも行こう。またね、龍太郎君」

「そうだね。それじゃまた放課後にね、龍太郎君」

 

 龍太郎のおかげで空気が変わったこの瞬間を逃さないようにハジメたちは自分の教室に向かう。

 ちなみに光輝と龍太郎は普通科で雫とは別クラスだ。

 

「あ、ま、待て南雲。雫と香織も話はまだ」

「光輝、俺たちも早く教室行こうぜ。朝礼に遅れちまう」

 

 光輝はハジメの威圧感から解放され我に返ると三人へ手を伸ばすが、龍太郎に言われその手を戻す。そして自分たちの教室に向かうのだった。

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 あっという間に午前中の授業が終わり、昼休みになった。

 ハジメはそれまで開いていたノートを閉じると、両手を伸ばし、固まった体をほぐす。

 隣を見ると香織も同じように体をほぐしており、なんだから可笑しくなりクスリと笑った。

 机の横にかけてある鞄を手に取りその中にお弁当箱とその他諸々が入っているのを確認すると席を立ち、香織に話しかける。

 

「香織さん、お弁当食べに行こうか」

「うん。まずは雫ちゃんを誘おうか。黙って食べていたら拗ねちゃうし」

 

 悪戯っぽく笑うと香織も鞄を手に取り、席を立つ。

 なぜ二人が鞄を手に持っているのかというと、午後は移動教室の授業となっているからだ。そしてその授業内容はデジタル技術の授業なのだ。

 デジモンへの偏見とデジタル技術の進歩は別物であり、国際社会に出ていくならパソコンを扱えるのは当然だ。よって国際進学科ではパソコンを使用する授業もカリキュラムに組み込まれており、生徒たちは学校から支給されたノートパソコンで授業に参加する。

 ハジメと香織はお昼ご飯を食べたらそのまま次の教室に行くつもりなのだ。

 

 二人が雫の教室に着くと何やら中が少し騒がしい。

 入口から覗いてみると、雫の前に別のクラスのはずの光輝と龍太郎がいた。

 耳を澄ましてみると、どうやら光輝が雫を昼食に誘い、それを雫が断っているようだ。龍太郎はどちらかといえば雫の意思を支持しているようで、光輝に二人で食堂に行こうと言っている。

 

「ごめん、ハジメ君。私行ってくるね」

「うん。僕は朝のこともあるし、ここで待っているよ」

 

 香織はハジメに断りを入れると中に入っていく。

 学校の有名人である香織が現れたことで主に男子生徒が騒ぐ中、香織は雫のもとに行き、光輝のもとから連れ出そうとする。すると香織が現れたことで光輝はさらに躍起になり、二人と昼食を食べようと言い始めた。

 これは長くなるかなとハジメが思っていると、ふと入り口近くの席から「シクシク」という、すすり泣くような声が聞こえた。見てみると一人の男子生徒が体を机に突っ伏して泣いていた。

 

「今日も出席確認で名前呼ばれなかった。それどころかグループ発表で余っても気にも留められなかった。いくら手を挙げても声を張り上げても指名されない。俺は生きているのか?実は登校中に交通事故に遭って幽霊になっているのか?へ、こんな俺が幽霊になっても誰も気が付かないんだ。つまり生きていても死んでいても一緒なんだ」

 

 なんとも悲しい内容に、顔は見えずともハジメは誰なのかわかり声をかける。

 

「おーい、いろいろ大丈夫かい?浩介君。心配しなくても君は生きているよ」

「そ、その声はハジメか!!」

 

 ハジメの言葉に突っ伏していた男子生徒が顔を上げる。

 

「はいはい、君の友達の南雲ハジメだよ。浩介君」

「ハジメエエエェェッ!!心の友よ!」

 

 男子生徒の名は遠藤浩介(えんどうこうすけ)。ハジメや香織達のような目立つ生徒ではないが、地味な生徒というわけではない。しかし、彼には特異な体質があった。

 それは異常なほどに影が薄いというもの。何故か存在感が皆無と言っていいほどないのだ。

 それは物心ついた頃からすでにそうなっており、家族にさえ忘れられることがある。しかも一度認識されたとしても時間がたてば、みんな浩介の存在を忘れており、もはや超能力とでもいえる体質なのだ。

 この体質のせいで浩介は友人が出来づらく、学校に出席しても教師に存在を忘れられ、後日欠席扱いされ、補習授業を受けさせられかけたことがあった。

 もうこんな自分の体質に嫌気がさしていた浩介。しかし、彼はこの学校で運命を変える出会いをした。

 

「ううっ、俺もうハジメとずっと一緒にいたい」

「いや、ちょっと気持ち悪いよ」

「俺もそう思うわ!でも仕方ないだろう。お前しか普通に俺に気が付いてくれないんだし、お前と話した後だとみんな俺を認識してくれやすいんだ!」

 

 そう。なぜかハジメだけは浩介を普通に認識し、話しかけることができた。

 入学式の後、クラス分け表のどこにも自分の名前が無くて絶望していた浩介をハジメが見つけ、共に教師に伝えたことから二人の交流は始まり、今では気の合う友人同士だ。

 

「どんなに目立つ格好してもダメだったんだ。もう俺にはお前しかいないんだ」

「いや、一つだけ注目の的になったやつがあるじゃないか。去年の文化祭の演劇でやったやつ。コウスケ・E・アビスゲ」

「その名前を言うなああああっっ!!あれは封印したんだああああっっ!!」

 

 去年、ハジメは浩介の体質を何とかする方法を考えた際、演劇に出て知名度を上げてみてはどうかという案を提案した。

 香織と雫も賛同し、四人で演劇部に乗り込み、出演を交渉。その結果、見事に浩介は演劇の役を与えられた。

 劇の主人公の前に立ちふさがる、謎の戦士。

 

 深淵の闇より生まれた、罪を背負いながらも己が使命のために刃を振るう孤高の暗殺者。

 

 漆黒のコートと闇色のサングラスに身を包み、闇夜を駆ける。

 

 その名はコウスケ・E・アビスゲート卿!

 

 という配役だった。

 

「なぜか浩介君の名前だけは覚えてもらえず、アビスゲート卿のキャラだけは定着したんだよね」

「ううっ、何であんなことになったんだ」

 

 再びシクシク泣き始める浩介。ちなみに、元々の配役名は謎の戦士というだけで細かい設定は決まっていなかったのだが、リハーサルで浩介が目立とうとアドリブを入れまくった結果、アビスゲート卿という存在が生まれた。したがって割と自業自得な部分がある。

 

 この騒ぎでハジメがいることに教室の中の生徒は気が付き、ざわざわと騒ぎ始める。

 男子生徒は嫉妬と少しの悪感情を、女子生徒は興味を、光輝はムッとして顔を歪め、さらに香織と雫に声をかけ始める。そうして周囲から様々な視線を受け止めながら、そろそろ香織と雫のところに行こうとしたところで……。

 

 凍り付いた。

 

 ハジメの目の前、香織と雫に話しかけていた光輝の足元に光り輝く円環の幾何学模様が現れたからだ。

 その時、ハジメの脳内にはいろいろな可能性が駆け巡った。

明らかな異常事態。人間が起こしたものなのか?自分たちに害をもたらすものなのか。

 ハジメが無意識の分析をしている間に、その模様はどんどん大きくなり、教室中に広がっていく。

 教室中の生徒と午前中の授業の片づけをしていた社会科の教師、畑山愛子先生が騒ぐ中、ハジメはハッとして行動に出る。

 教室の入り口にいるハジメは、すぐに後ろに下がればこの模様から抜け出せた。だがそんな選択肢はハジメの中にはない。

 なぜなら香織と雫が中にいるからだ。彼女たちを見捨てて逃げるなんて絶対にありえない。

 

「香織!雫!」

 

 とっさに駆け寄り、二人の腕を掴み、教室の外に連れ出そうとする。

 しかし無情にも模様は広がり切り、一つの魔法陣として完成してしまった。

 爆発したように光が溢れ、視界が真っ白に染まる。

 畑山先生の「皆!教室から出て!」という声だけが響き渡り、そして光が消えた。

 

 廊下に出ていた生徒や騒ぎを聞きつけた教師たちが教室の中をのぞくと、そこには誰もおらず、食べかけの弁当や倒れた椅子、散らばった教科書などがあるだけで、中にいた人間の姿はどこにもなかった。

 

 その日、一つの高校の一クラスにいた人間が、突然消え失せるという怪事件が発生。

 その被害者の中には別のクラスの生徒も数名おり、その親族や友人たちは消えた生徒を探すため奔走し始めるのだった。

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 溢れていた光が収まり、ハジメは目を開けた。

 目の前には咄嗟に腕を掴み、教室の外に連れ出そうとした香織と雫がおり、彼女達も目を開けたところだった。

 彼女の無事な姿に安堵すると、状況を見極めるために周囲を見渡す。

 目に飛び込んできたのは巨大な壁画だった。縦横10メートルほどはあるそれには後光を背負った中性的な顔立ちの人物が描かれていた。長い金髪がまるで翼のように広がっているため、天使のように見える。

 その広げた両腕の中には草原や山々が描かれており、そこには人間や動物の姿もある。まるで描かれている人物が世界の全てを慈しんでいるように見える。

 だが、ハジメはそれが慈しんでいるのではなく、もっと別の何かに思えて、目を逸らした。

 

 さらに辺りを見回してみると、どうやら自分たちは巨大な広間のような場所にいることに気が付いた。

 まるでテレビで見た海外にある大聖堂の中のような、白亜の大理石でできた建物で、あの時教室にいた生徒と畑山先生がいた。

 そして、そんな自分たちを見つめる視線。自分たちは今、台座のようなものの上に立っており、その台座を見上げるように三十人近い人々がいた。

 

 何者なのかと観察していると、突然ハジメは体の奥から強い衝撃と痛みを感じた。

 

「うっ!?」

「ハジメ君?」

「ハジメ?」

 

 香織と雫が心配そうに寄り添うが、ハジメは自分の体のいうことがどんどん利かなくなっていく感覚に立っていられない。

 やがて視界もぼやけ、耳も聞こえなくなり、遂にハジメは意識を失った。

 

「きゃあっ!?」

 

 香織は意識を失ったハジメを支えようとするが、支えきれず悲鳴を上げながら倒れてしまう。

 その恰好はハジメがまるで香織を押し倒しているようだった。

 

「香織っ!?南雲お前!!」

 

 香織の悲鳴に反応した光輝が目を向けると、その目に怒りを宿し二人に近づく。

 そして香織の上に倒れているハジメを掴み上げると右手の拳を振り上げた。

 

「ダメ!!!」

 

 それを見た香織は咄嗟に身を乗り出した。それは偶然にもハジメを庇う様な位置になり、その結果光輝の拳からハジメを守った。ただし、

 

「あっ!」

「香織!?」

 

 ハジメの代わりに香織が光輝に殴り飛ばされた。ハジメと共に倒れこむ香織の姿に雫が悲鳴を上げる。

 

「え?え?か、香織?え、なんで」

「このぉっ!!!」

「へぶっ!?!?」

 

 自分が香織を殴ったことに呆然としていた光輝を、雫が思いっきり殴り飛ばす。

 そんな光輝に目をくれず、雫はハジメと香織の元に駆け寄り、助け起こす。

 

「香織大丈夫!?ああ、こんなに腫れて」

「だ、大丈夫。私より、ハジメ君が」

「ハジメ!しっかりしろハジメ!!?」

「南雲君!返事をしてください南雲君!!」

 

 ハジメの元には浩介が駆け寄っており、必死に意識を戻そうと体を揺すっているが意識が戻る気配がない。

 畑山先生も近寄り、頬を叩いたりして意識を戻そうとするも効果がない。

 香織と雫も近寄り呼びかけるがピクリとも反応しない。

 

「誰か!!誰か早くハジメ君を助けて!!」

 

 香織の悲痛な叫びが木霊した。

 




おかしいです。原作のプロローグなのになぜか1万文字を超えちゃいました。

いや、原因は分かっているんですよ。
何故か雫の乙女心が暴走して、告白して、ハジメが自分探しの旅に出ちゃったんです。
この展開を急遽入れたために、香織の日記も公開したんですよね・・・。
とりあえず、ハジメの一人旅は文章にしたら0.5章を超える冒険になりそうです。
いつか書いてみたいです。

とりあえず、原作開始時のハジメはこんな感じになりました。

学年トップの成績で運動もできる。彼女(候補)が二人いる。
光輝にも負けないほどたくましい。
バイクに乗れる。

誰だこれ???

あと忘れてはいけない。フライングで登場した深淵卿。これも後の伏線というか戦力強化です。だって卿がいないとクラスメイト全滅しかねないので。

とりあえず、恒例のデジモン紹介!今回はこれだ!

メタルガルルモンX抗体 世代:究極体 サイボーグ型 属性:データ

ほぼ全身をメタル化したガルルモンの最終形態。通常はガルルモンと同じ四足歩行だが、X抗体によるデジコアへの影響で二足歩行形態をとっている。
全身に重火器を装備しており、ミサイルにビームランチャー、左腕の超高速連射能力を持つガトリング砲「メタルストーム」は一体で大型都市国家を火の海にする火力を発揮する。
センサーの強化が行われており、狙われれば全身の武装から逃れることはできない。




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02話 異世界トータス 不安だらけの召喚

前回の投稿で多数の感想をいただき感謝です。
やっぱり勇者と深淵卿の人気ってすごいんだなあって思いました。

良くも悪くもですが。

では本文をお楽しみください。


「これで帰れるんだね、僕たち」

 

 薄暗い船内の床に腰を下ろし、ハジメは呟く。

 ここはデジタルワールドでの冒険を終えたハジメ達を現実世界(リアルワールド)へ帰還させるために製作された箱舟「アーク」の船内。ここにはハジメ達デジモンテイマーズの面々がパートナーデジモンと共に乗り込んでいた。

 ゆっくりと進む船内でハジメはデジタルワールドでの冒険を振り返る。

 いろんなことがあった。

 

 リアルワールドとは全く違う世界の法則にデジモン達の過酷な生存競争。

 

 ハジメがデジタルワールドに来た目的であるガブモンのX抗体の謎を知るために、リョウに教えられた賢者の森にいる賢者に会いに行こうとタカト達と別行動をしたこと。

 

 辿り着いた賢者の森で、はぐれデジモン達を守る竜人型デジモンのパイルドラモンと出会い、戦いになるも弱いデジモンをいたわるその優しさに心打たれたこと。

 

 賢者、ワイズモンからX抗体のことを聞いたこと。

 

 賢者の森に現れた真の敵、余剰データを削除するプログラムが異常進化したデ・リーパーから森を守ろうと戦うパイルドラモンに加勢したがデ・リーパーの数に圧倒されてしまい、パイルドラモンに庇われ、死なせてしまったこと。

 

 四聖獣達とデジモン達との間で始まるデ・リーパーとの闘いのこと。

 

「本当にいろいろあったけど、来てよかったよ。デジタルワールド」

「そうだな。俺たちもパートナーと出会えたし」

 

 ハジメの言葉にヒロカズが同意する。しかし、隣に座っているケンタは拗ねたように言う。

 

「いいよな~。俺だってパートナー会いたかった「ピーピープ~!」え?」

 

 その時、可愛らしい声がケンタのズボンのポケットから聞こえた。驚いたケンタがポケットに手を入れるとそこから光に包まれた薄紫色の縁取りのデジヴァイスが出てきた。

 しかもそこから一体の小さなデジモンが姿を現す。

 

「ああ!? お前は」

「ピプ~!」

「マリンエンジェモン! そうか、そうなんだ! マリンエンジェモンが俺のパートナーなんだ!! 俺のデジモンは究極体のマリンエンジェモンなんだ!!」

 

 小さな体だが、究極体の力を持つマリンエンジェモン。デ・リーパーと戦うためにやってきたが地面に激突してしまったのを、ケンタが助けたデジモンだった。

 

 アークの中はめでたい雰囲気に包まれる。だが、その時、アークをすさまじい衝撃が襲う。

 

「うわああっ!!??」

「何!?」

「あ、あれ見て!?」

 

 タカトがアークの前にある窓を指さす。そこにはアークの行先を塞ぐように広がる赤い泡──デ・リーパーの姿があった。

 

「デ・リーパーだ!?」

「こんなところにまで出てくるなんて」

「まずいよこのままじゃアークが突っ込んじゃう!」

 

 ケンタが叫んだ通り、アークは上昇を止めずにデ・リーパーに突っ込もうとしている。

 もしもこのまま突っ込んでしまえば、問答無用でデータを消去してしまうデ・リーパーに飲み込まれてしまう。

 

「ど、どうしよう」

 

 みんなが狼狽える中、誰よりも速くハジメは決断した。

 タカトとジェン、そしてルキはデジモン達と共に戦うことを選んだ。だったら、

 

「今度は僕達の番だ」

「そうだ」

 

 ハジメの覚悟にそばにいたガブモンも応える。

 

「行くぞ、ガブモン!!」

「おう!!」

 

 ハジメとガブモンはアークの船尾から外へ飛び出す。

 

「ハジメ!?」

「何してんのよ!」

 

 それに気が付いたタカトとルキが驚く。

 

 ハジメは空中でガブモンと手を握り、デジヴァイスを掲げる。

 そして、二人は光に包まれる。

 

「ガブモン、一緒に帰ろう。父さんと母さんにデジタルワールドでの冒険を土産話にして聞かせてあげるんだ」

「きっとそれで新しいゲームや漫画を作るんだろうね。楽しみだ!」

「うん! そのために──」

 

 光の中で二人は心を一つにする。

 

「「進化だ!!」」

 

 ──MATRIX XEVOLUTION──

 

「マトリックスゼヴォリューション!!」

「ガブモン進化!」

 

 ハジメとガブモンが光の中で一つになる。

 ガブモンのデータが分解され、再構成される。

 成熟期のガルルモン、完全体のワーガルルモンを超え究極体へ。

 体は機械化され、蒼い装甲を身に纏う。

 右肩にビームランチャー、左肩にはミサイルポッドが装備され、体の各所に重火器が現れる。

 左腕には超高速連射能力を持つガトリング砲「メタルストーム」が装備され、究極のマシーン型デジモンとして完成される。その名は──!! 

 

「メタルガルルモンX!!」

 

 メタルガルルモンは遠吠えを上げると、背中のビーム上のウィングを伸ばすと急上昇。アークを追い抜きリアルワールドへの道を塞ぐデ・リーパーへ向かう。

 

「ハジメとガブモンが僕達みたいに進化した」

「あれがX抗体を持つメタルガルルモン」

「メタルガルルモン。究極体。マシーン型デジモン。必殺技はコキュートスブレスとガルルバースト」

 

 向かってくるメタルガルルモンに対し、デ・リーパーは一面に広がり飲み込もうとする。

 それに対し、メタルガルルモンは全身の武装を展開する。

 

『セーフティー解除! ターゲットロック! 行くぞ!』

「《ガルルバースト》!!」

 

 全ての武装からミサイルとビームが放たれ、デ・リーパーに炸裂。

 その威力に向かってきていたデ・リーパーは全て吹き飛ばされる。

 

 今度は細かい泡が向かってくるが、メタルガルルモンは俊敏な動きで飛び回り、躱し羽づける。

 やがてデ・リーパーはメタルガルルモンを狙うのを止め、今度はアークに殺到する。

 

『させない!』

「《メタルストーム》!!」

 

 それに対し、メタルガルルモンはアークの盾になる位置に飛び込むと、左手のガトリング砲「メタルストーム」を向け、銃弾をばら撒く。

 人間の兵器であるガトリング砲とは比べ物にならない連射速度と威力の銃弾が、正確にデ・リーパーの泡を撃ち抜き、消し飛ばす。

 

 X抗体の力で覚醒したデジコアを持つメタルガルルモンは、全距離に対応した重武装を持つため二足歩行になり、俊敏さも増している。

 その姿はまさに俊敏に移動可能な重火器である。

 

 メタルガルルモンの爆撃と銃撃にデ・リーパーはどんどん姿を消していき、残るはアークの軌道を塞いでいる塊だけになった。

 

『これで決めよう』

「帰るために」

 

 メタルガルルモンはデ・リーパーに向かっていき、射程に収めると止めの攻撃を放つ。

 

「《コキュートスブレス》!!!」

 

 口から放たれた絶対零度の冷気が一瞬でデ・リーパーを包み込み、凍結させる。

 氷塊になったデ・リーパーは対空能力を失いそのまま落下していった。

 

『やった。デ・リーパーに勝てたんだ』

「ああ。やったなハジメ」

『うん。アークに戻ろう。そして家に帰ろう。メタルガルルモン』

「おう」

 

 メタルガルルモンはアークに戻り、ハジメとガブモンに分離する。

 

「ハジメ!」

「やったぜハジメ!」

「かっこよかった」

「ありがとうハジメ」

「いきなり飛び出すんじゃないわよ」

「おとなしそうに見えて、やっぱり大胆だなハジメ」

 

 口々にハジメを出迎えるタカト達。ガブモンもデジモン達に出迎えられている。

 

 こうしてデジタルワールドでのハジメ達の冒険は終わった。得られたものもあれば失ったものもある旅だったが、デジタルワールドという世界へ行くという決断は間違いではなかった。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 微睡の中から意識が覚醒していく。

 とても懐かしい夢を見た。あの頃はガブモンと一緒ならどんなことでもできると思っていた。どんなに怖い相手でも、隣にガブモンがいれば立ち向かえる。

 そんな根拠はないが、揺るがない自信に満ちていた。

 それが突然ガブモンと別れて、現実を知ったことでいつの間にか無くなっていた。

 もしも香織と出会えなかったら、そんな腑抜けた状態でガブモンと再会していたかもしれない。

 

(そうなったらガブモンの炎の拳にぶん殴られていたかもしれないな)

 

 そんなことを考えながらハジメは二度寝をしようと、再び意識を落としていく。

 寝返りを打とうとして身動ぎをした。

 

「ハジメ!?」

 

 しかし、枕元でした大きな声にハッとして意識が戻ってくる。

 それに伴い意識を失う直前の記憶も戻ってきた。

 

 昼休みに香織と向かった雫のクラス。

 二人を引き留めようとする光輝。

 光輝の足元から広がる魔法陣のような幾何学模様とそこから溢れる光。

 光の後に教室から、大聖堂へと変貌した周囲の景色。

 見知らぬ大勢の人。

 そして、突然遠くなった意識。

 

 まるで現実味のない出来事の連続。特に最後の意識を失ったあの瞬間は、まるで魂に衝撃を受けたような、今まで味わったことのない感覚だった。

 そんな風に思い返していると、今度はさらに近い位置から声がした。

 

「起きたのハジメ!? ハジメ!!」

「う、お、おき、起きたよ」

「あ、ああ……。よかった。よかったよぅ」

 

 少し煩く思いながらも返事をするハジメ。それに声の主は安堵する。

 目を開ければ思った通り雫の顔があり、その目には涙が溜まっていた。

 初対面の時はとてもしっかりしていて冷静沈着な雰囲気を纏っていたのだが、ハジメに告白してからはこうして弱い姿も見せるようになった。

 ハジメは雫を安心させようと、まだ気怠さの残る体を奮い立たせて上半身を起こす。

 

「全然目を覚まさないから、心配したわ」

「ごめん。心配かけて」

「いいわ。ちゃんと起きてくれた。それだけで私は……」

 

 そう言うと雫はハジメの胸元に抱き着いた。その背中をポンポンと叩きながらハジメは状況把握を始める。

 周囲に目を向ければここはどこかの部屋の中で、ハジメはベッドに寝かされていた。

 ただしベッドといっても普通のベッドではない。天蓋付きの豪奢なベッドで、横になっているマットもとても柔らかい。

 このベッド以外にも部屋の中は高価な調度品で溢れていた。

 まるで映画に出てくる中世ヨーロッパの貴族の部屋のようだ。

 

 ──ガシャンッ

 

 その時、部屋の入り口から何かが落ちた音がした。

 そっちを見ると香織がいた。その足元にはトレーと食器が転がっており、中に入っていた食べ物が周囲に散乱している。

 香織はしばらくハジメの方を見ていたが、やがてその目に雫と同じように涙を溢れさせると、猛烈な勢いで駆け寄ってきた。

 

「ハジメ君ッ!!!」

「ムギュッ」

 

 そしてそのままハジメに抱き着いた。すでに胸元に抱き着いていた雫も巻き込んで。

 ハジメは起きたばかりであまり力が入らず、再び上半身をベッドの中に戻した。

 

「ハジメ君ハジメ君ハジメ君!!! よかったよかったよぉぉっ」

「むぐうっぐぐっ」

「か、香織さん。あまり力を入れると、大変なことに。主に、雫さんが」

 

 香織は抱き着いたままハジメをぎゅうぎゅうと抱きしめる。

 しかし、ハジメと香織の間に挟まれることになった雫は苦しそうに呻く。

 ハジメの鍛えられた胸元に顔を押し付けられ、香織の柔らかい胸元に後頭部を包み込まれている。さらに二人の体の臭いに包まれ、段々と意識が遠のき始める。

 

「な、何をやっているんですかあッ!?」

 

 そんな中部屋に入ってきたのは畑山愛子だった。

 ハジメの高校の普通科の社会科教師で、あの異常事態に巻き込まれた唯一の大人だった。

 今年で25歳になる立派な大人なのだが、150センチ程度の低身長に童顔、ボブカットの髪とかなり子供っぽい。そんな姿で生徒のために奔走する姿はなんとも微笑ましく、一生懸命な姿と大抵空回ってしまう残念なところも相まって、教師というよりマスコットのような扱いを生徒たちから受けてしまっている。ちなみに愛称は“愛ちゃん”だ。

 

 部屋に入ってきた畑山先生──愛子はまず香織と二人の間に挟まっていた雫をハジメから引き離し、落ち着かせた。

 そのあと、香織が落とした食事を愛子が呼んできたメイドが片づけ、白衣を着た人物が現れハジメの様子を確認していった。どうやら医師らしい。

 気になったのはメイドも医師も、まるでハジメ達を敬うような態度だった事だ。

 彼らが退出した後、ハジメは香織達三人から現状を問いかけた。

 

「南雲君。落ち着いて聞いてください。ここは地球ではありません。異世界トータスというらしいです」

「でしょうね」

 

 重々しく伝えた愛子にハジメはあっさりと納得した。

 そんなハジメに愛子は目をパチクリする。

 

「お、驚かないんですか?」

「気を失う前の状況とまるで映画に出てくる貴族みたいな部屋。さっきのメイドさんたちから可能性の一つとして予想していました。こういう状況になるアニメやマンガも読んでいますから」

 

 そしてハジメは言葉にしなかったが、経験もあった。6年前にデジタルワールドという異世界に行ったという経験が。

 香織と雫は知っているし、この非常事態だから愛子に伝えてもいいかもしれないが、誰かが盗み聞きしていないとも限らない。なので、今は話さなかった。

 

「私たちは地球からこの世界に……召喚されました。ここは【ハイリヒ王国】というトータスにある国の一つです」

「召喚ですか。召喚したのはこの国ですか?」

「違うらしいわ」

「私たちがいたあの場所にいた人たちを覚えている?」

「うっすらとだけど」

「あの人たちの一人、イシュタル・ランゴバルドさんっていう人がハジメ君が気を失った後、私たちに説明してくれたんだけど、私たちを召喚したのはこの世界の神様らしいの」

「神様?」

 

 香織の説明にハジメは眉を顰める。そんなハジメに愛子が説明を再開する。

 

「この世界の人々が信仰している聖教教会の創世神エヒトが私たちを召喚したらしいです。この世界の人々を救うために」

 

 それからハジメは愛子から自分たちが召喚された詳しい経緯と、自分が気絶した後のことを聞いた。

 

 ここは地球とは違う異世界トータス。

 トータスには人間──トータスでは人間族と呼ばれる種族だけでなく、二つの知的生命体の種族がある。

 一つは亜人族。体に動物の特徴を持つ種族で大陸の東にある樹海に住んでいる。

 そして魔人族。南一帯を全ており、数は少ないが個人が優れた能力を持っている。

 そしてこの魔人族が問題であり、人間族と長年戦争状態らしい。

 今まで人間族はその数で魔人族に対抗していたが、ここにきて異常事態が発生した。

 

 それが魔人族による魔物の大量使役だ。

 

 魔物とは、通常の野生動物が魔力を取り入れ変質した異形のことだ、と言われている。トータスの人々も正確な魔物の生体は分かっていないらしい。それぞれ強力な種族固有の魔法が使えるらしく強力で凶悪な害獣とのことだ。

 

「魔法? またファンタジーですね」

「人間族や魔人族が使えるらしいわ。亜人族は使えない」

「そのせいで亜人族は奴隷になることが多いんだって」

 

 雫と香織の説明を聞き、ハジメはそれなら自分たちも使えないんじゃと思ったが、どうやら違うらしい。愛子が再び説明をする。

 

 魔人族はその魔物を操る術を見つけた。それにより今まで人間族のアドバンテージだった数の有利を覆され、滅びの危機を迎えている。

 それを憂いた人間族の神エヒトは救世主を呼ぶことにした。

 それがハジメ達、異世界からの勇者。神の救済を代行する使徒の召喚だった。

 

 ハジメ達の世界、地球はトータスよりも上位に位置する世界らしく、召喚された者たちは強力な力を持ち、トータスの魔法も使えるようになる。

 その力で魔人族たちを打倒し、人間族を救うというエヒトの意思を実行してほしい。

 それがハジメ達を召喚した理由であり、エヒトから聖教教会教皇イシュタル・ランゴバルドが受けた神託だという。

 

 またハジメが気を失った理由もイシュタルは述べており、ハジメはエヒトから召喚された際に目覚めた力に、体が耐えられなかったのではとのことらしい。

 

 この話を聞いた光輝はハジメのことを情けないと零しており、香織と雫、それに浩介は光輝を睨みつけていた。

 

「それでその話を聞いてみんなはどうしたんですか?」

「それは、そのう……」

「まさかと思いますが、その話を引き受けたんですか?」

 

 ハジメの問いに愛子は小さくこくりと頷く。

 

「光輝のせいよ」

 

 雫は頭を押さえながらその時のことも説明した。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 案内されたテーブルと椅子の並べられた大広間で召喚された者たちはイシュタルからの説明を聞いていた。ただし気を失ったハジメは医療室に相当する部屋に運び込まれており治療を受けている。香織と雫もハジメの傍に居たかったが、現状が何もわからないのではハジメが起きた時に困ると思い、断腸の思いで医師に任せた。

 そして、イシュタルから話を聞き終わり、抗議をした人間がいた。

 愛子だ。

 

「ふざけないで下さい! 結局、この子達に戦争させようってことでしょ! そんなことは許しません! ええ、先生は絶対に許しませんよ! 私達を早く帰して下さい! きっと、ご家族も心配しているはずです! あなた達のしていることはただの誘拐ですよ!」

 

 立ち上がりプリプリ怒る愛子の様子に生徒たちはほんわかしていたが、続くイシュタルの言葉に凍り付く。

 

「お気持ちはわかります。ですが現状、皆さんの帰還は不可能です」

「ふ、不可能ってどういうことですか!? 呼べたのなら帰せるはずでしょう!?」

「皆さんを召喚したのは我々ではありません。エヒト様です。エヒト様の魔法は我々の常識の及ばない神代の魔法。神の御業なのです。私どもでは異世界、それも上位の世界への転移などとてもできません」

「そ、そんな……」

 

 その言葉にそれまでの気勢を削がれた愛子がストンと椅子に座り込む。

 やがて生徒たちも自分たちが帰れないとわかるとパニックを起こし始める。

 そんな中、香織と雫はイシュタルの話を吟味する。どこからどこまでが本当で、嘘なのか。これからどう行動すればいいのか。

 これもハジメと関わっていく中で、南雲家というエリートオタク一家の影響を受けた結果だった。異世界召喚物の小説でよく見た展開だ。

 創作物ではあるが参考にはなる。今のところ最悪のパターン、召喚した人物を問答無用で奴隷にするという展開ではないので、平静を保てている。

 ふとイシュタルのほうを見てみると、二人はゾッとした。

 

 イシュタルはさっきまで好々爺のような顔をして説明していたのだが、今はその目には冷たい侮蔑の色を浮かべ自分たちを見ている。

 

(もしかして、エヒト様に召喚されたのに喜ばないなんて罰当たりだって思っている?)

(もしそうなら、ここにいるのは危ないかもしれない)

 

 雫と香織はそう考えると、何とかこのパニックを収めようと考え始める。だが二人が考えをまとめる前に、パンッと机を叩いて一人の生徒が立ち上がった。

 

 それは光輝だった。

 

「皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味がない。落ち着くんだ」

 

 その言葉に、生徒たちは光輝のほうを見る。

 雫はものすごく嫌な予感がした。

 

「俺は、俺は戦おうと思う。この世界の人達が滅亡の危機にあるのは事実なんだ。それを知って、放っておくなんて俺にはできない。それに、人間族を救うために召喚されたのなら、救済が終われば帰してくれるかもしれない。……イシュタルさん? どうですか?」

「そうですな。エヒト様も救世主の願いを無下にはしますまい」

「それにさっきの話だと俺達には大きな力があるんですよね? ここに来てから妙に力が漲っている感じがします」

「ええ、そうです。ざっと、この世界の者と比べると数倍から数十倍の力を持っていると考えていいでしょうな」

「うん、なら大丈夫。俺は戦う。人々を救い、皆が家に帰れるように。俺が世界も皆も救ってみせる!!」

 

 ギュッと握り拳を作りそう宣言する光輝。無駄に歯がキラリと光る。

 同時に、彼の持つカリスマが遺憾なく効果を発揮した。絶望の表情だった生徒達が活気と冷静さを取り戻し始めたのだ。光輝を見る目はキラキラと輝いており、まさに希望を見つけたという表情だ。普段はハジメに突っかかっている姿に眉をひそめている女子生徒まで、半数以上が熱っぽい視線を送っている。

 

(やってくれたわね、光輝ッ)

「……雫ちゃん。これってまずいよね?」

「ええ。まずいわ」

 

 頭を抱える雫と不安を露にする香織。

 光輝は何かを頼まれると深く考えずに引き受けることが多い。そのせいでトラブルを呼び込むことがあった。中学生の時には雫もそのトラブルに巻き込まれて苦労した。

 だが、今回のこれはまずい。今までの頼みごととはわけが違う。

 このままでは自分たちはこの世界の戦いに巻き込まれてしまう。雫は苦々し気に光輝を見て、何とか流れを変えられないかと思い立ち上がる。

 

「みんな待」「へっ、お前ならそう言うと思ったぜ。お前一人じゃ心配だからな。……俺もやるぜ?」「龍太郎。ありがとう」

 

 しかし、雫の言葉は同時に立ち上がった龍太郎に遮られてしまう。朝は彼の行動に助けられたが、今は邪魔されてしまった。

 しかも、龍太郎に続くように男子生徒たちが「俺もやるぜ」「俺も」と賛同し始めた。そうなると後はあっという間だった。女子生徒たちまで賛同者が出てきてしまい、さらに様子見をしていた生徒も流されるように了承してしまう。

 そして残ったのは愛子と香織、雫だけになった。

 

「雫と香織も一緒に人々を救おう」

 

 光輝は二人にそう言う。彼の中では二人も賛同していることになっているようで、問いかけではない。だが、

 

「私はやらないよ」

「え? な、なにを言っているんだい? 香織」

 

 香織は光輝の言葉をきっぱりと否定した。

 

「そもそも私たちがやる理由が分からないよ」

「やる理由って、俺たちはこの世界の人々を救うために召喚されたんだぞ。だったらやるべきだ」

「私はその召喚に同意していない。さっき愛子先生も言っていたけど無理やりここに呼ばれた、つまり誘拐されたんだよ。それなのに戦うなんて私にはできない」

「し、雫は? 雫なら一緒に戦ってくれるよな!?」

 

 香織ににべもなく断られた光輝は雫に話を振る。

 雫は少し考え込む。もしもハジメ達と出会う前の自分なら、自ら戦いに飛び込もうとする光輝やクラスの皆を放っておけず一緒に戦おうとしていただろう。

 でも、今の雫は自分の心に素直に行動することの大切さを知った。そして戦いに臨むということは自分の身が傷つくということだ。最悪の場合命を落としてしまう。しかもそうならないためには相手の命も奪わなければいけない。

 そこまで考えた雫を襲ってきたのは途轍もない恐怖だった。

 自分と相手の命を秤にかけて行うやり取りの重さと背負いかねない罪の意識。

 こんなものを抱えながら自分と香織を助けてくれたハジメは、本当に凄いと思う。

 自分にはまだそんな覚悟はできない。こんな状態で戦いに参加するなんてできないと思った。

 

「光輝。私も香織と同じよ。今聞いた話だけで戦いに参加するなんてできないし、一刻も早く家に帰りたいわ」

「そんな。雫、いつからそんな臆病になってしまったんだ。やっぱり南雲のせいで」

「ハジメは関係ないわよ。もともと私はこういう性格なのよ。責任感もあるし、任されたことはしっかり果たしたい。でも、いきなり戦えって言われて戦えるほど強くないし、怖いのよ。それに家族や友達と過ごす日常が大好きだから早く帰りたいわ」

「だったら帰るためにも、なおさらこの世界の人々を救うために戦うべきだ!」

「帰る方法なら他にあるかもしれないじゃない。私は香織と一緒にそれを探すわ。みんなが戦って、同時に私たちが帰る方法を探す。手分けしたほうがいいと思うけど?」

「そ、それは」

「それなら私は雫ちゃんに協力するよ。帰る方法は多いほうがいいと思うし」

 

 言い淀む光輝に畳みかけるように香織が言う。

 それにハジメ君もそう考えるしね。

 言葉にしていないが香織も雫もそう思ったのだった。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

「そのあと、私たちが召喚された場所、神山っていう山の上にある聖教教会の本山から麓にあるハイリヒ王国の王都に案内されたの。いきなり国王様とかに挨拶されたり、晩餐会に出席させられたりして大変だったよ」

「特に香織なんて王子様に話しかけられていたものね」

 

 雫がニヤニヤしながら言うと香織は苦笑いする。

 雫の言う通り、香織は昨日の晩餐会でハイリヒ王国の国王、エリヒド・S・B・ハイリヒの息子であるランデル王子に終始話しかけられていた。

 もっとも香織はランデル王子を、テイマーズのマコト同様可愛い弟分としか見ていないが。

 

「とりあえず現状はわかったよ。……最悪の状況ではないけれど、最善の状況とは言えないなあ」

 

 ハジメはそう呟く。どいうことかと三人が尋ねるとハジメは説明する。

 

「まず着の身着のままで放り出されることがなかったこと。神様の使徒という扱いなら生活の保障はしてもらえる。何せ僕達にはこの世界で生きていく当てがないんだしね」

「確かにそうですね。生徒の皆さんを抱えたまま、右も左も分からない異世界で生きていくなんて不可能です」

「でもそうなるとまずいのが、香織さんと雫さんが戦争参加を明確に拒否したことだ」

「うっ」「あう」

「え? え? どういうことですか?」

 

 雫と香織はバツの悪そうな顔をして目を背け、愛子は疑問の声を上げる。愛子としては二人とはいえ生徒が危険なことを拒否してくれて安堵していたのだ。

 

「話を聞いた限り、この世界では神という存在が大きいし、そこから神託を受ける聖教教会の影響が強い。その力は国すらも動かしているんじゃないですか?」

「確かに私たちがやってきたとき、イシュタルさんに国王様が跪いていました」

「つまりそんな神様が下した神託を拒否した形なんだ。いつ背信者だって追い出されても仕方がない。それこそ中世ヨーロッパの魔女狩りみたいになったら最悪だ」

「あ」

 

 社会科教師である愛子はハジメの言ったことをすぐに理解した。地球の歴史でも宗教関係で無実の人が理不尽に殺された。この世界でもそれが起きないとは限らないのだ。

 

「昨日私たちも後からそれに気が付いたわ」

「せめて保留とかにすればよかったよ」

「まあ、そのあたりは何とかしよう。帰還方法を探す中で見つけたもの──例えば神代魔法の手がかりとか、僕たちの世界の知識とかを国に提供するとか言っておけばいいと思うし」

 

 落ち込む二人をハジメは慰める。

 ハジメとしては戦わないと言った二人の判断を間違っているとは思っていないし、自分がその場にいれば同じ選択をしただろう。

 幸い、交渉材料はある。

 

「よし、僕も二人に協力するよ。それで今日はどうするの? 早速帰還する方法を探すの?」

「あ、そうだ。この後訓練を受けるんだった」

「訓練?」

 

 香織の言葉にハジメは質問する。

 

「戦うための訓練。この国の騎士団が私たちの力の使い方を教えてくれるんだって」

「戦うのを拒否した私や香織、愛子先生もせめて自衛ができるようにって」

「南雲君はまだ横になっていていいですから」

「……いえ。僕も行きます」

 

 ハジメを気遣う愛子には悪いと思ったが、ハジメは訓練に参加することにした。

 今は一刻も早く行動するべきだと考えたのだ。

 それに自分が倒れた理由も知りたい。本当にイシュタルの言う通り、強大な力とやらに耐えられなかったからなのか。訓練で体を動かせばわかるかもしれないと思ったのだ。

 

 そのあと、手早く身支度を整えたハジメは、メイドさんが改めて用意した食事を軽く食べた。そして、香織達と共に訓練が行われる訓練場に向かったのだった。

 




冒頭は書き貯めしてあったテイマーズ編の一部です。ちょっとハジメが昔どんな冒険をしていたのか出しました。
これもちょっとした前振りですね。

本文ではトータスの説明回。
本来はステータスプレートまで行きたかったのですが、長くなったので分割します。
書きたかった原作に入ると執筆が進みます。早くカードスラッシュをしたいです。

ただどうにも光輝が悪く見える書き方になる。作者としては光輝が嫌いなわけではないんですよ。でも彼には物語のプロット上どうしてもキツイ展開が続くんですよね。
原作開始前にテコ入れするということも考えたんですが、原作前の彼に対してデジモンに理解を示してもらうには、テイマーズの時点でハジメと一緒にテイマーになってもらうしか思いつかず、それは物語上どうなんだと思いました。
他のハジカオ作家の方のように香織関係で改善するというのも考えましたが、その方の二番匙になるので没にしました。彼には私が思う覚醒をしてほしいので。
まだまだ光輝には厳しい展開が続きますが、温かい目で見守っていてほしいです。

次回はステータスプレートとハジメ達の活動です。キーポイントはハジメの鞄ですね。


評価していただきました

三悪様、 ははもり様、 キティー様、 衛置竜人様、 もろQ様

誠にありがとうございます。
誤字報告もしていただき感謝です。結構見逃しててびっくりしました。
お気に入り登録も増えてとても恐縮です。期待を裏切れないと思いつつも自分が面白いと思う話を書いていきます。


デジモン紹介
ギルモン 世代:成長期 爬虫類型 属性:ウイルス
幼さを残す恐竜のような姿をしたデジモン。タカトが考えた設定メモから生み出されたデジモンで、世界に一匹しかいない。
普段は幼いしゃべり方だが、戦闘になると戦闘本能をむき出しにして凶暴になる。
得意技は強靭な前爪で岩石を破壊する『ロックブレイカー』。必殺技は強力な火炎弾を口から放つ『ファイアーボール』。


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03話 ステータスプレート ハジメの謎

前半の部分は前話に組み込む予定だったのである程度できていました。なので比較的早く書きあがりました。

皆さん気になるハジメのステータスプレートについてです。どうぞ。


 訓練場ではすでに生徒たちが、騎士団の団員相手に訓練を始めていた。

 訓練用の剣や槍を振り回す男子生徒や、杖を手に持ち何かの呪文を唱えて火の玉や風の刃を的に向かって撃つ女子生徒がいる中、一際目立つ生徒がいた。

 

 大柄な騎士に向かって、巨大な両手持ちの剣で斬りかかり、怒涛の勢いで攻める男子生徒。光輝だ。

 その凄まじい攻撃は他の生徒とは一線を画した動きで、相手の騎士は防御するだけで手一杯に見える。しかし、ハジメはその騎士が焦っていないのに気が付いた。

 次の瞬間、騎士は剣で光輝の剣を弾く。すると弾かれた光輝の剣は地面にめり込んでしまった。

 光輝は剣を引き抜こうとするが、その隙をついて騎士が剣を光輝の顔に突きつける。

 見事な腕だとハジメは感心した。

 騎士はその後光輝にいくつかのアドバイスを送り、光輝もそれを素直に聞いている。

 

「メルドさーん!!」

 

 光輝の相手をしていた騎士に香織が声をかけると、騎士が振り向いた。ついでに騎士と話をしていた光輝もこちらに目を向けた。香織と雫が目に入った光輝は顔を綻ばせたが、ハジメが目に入るとその顔を僅かに歪めた。

 

「カオリにシズク、アイコ殿か。お、隣にいるのは例の倒れたっていう坊主か」

「はい。さっき目が覚めました」

「訓練に参加するとのことで連れてきました」

「目が覚めたばかりなのに訓練を受けるとは勤勉だな。俺はメルド・ロギンス。騎士団の団長をしている」

「南雲ハジメです。よろしくお願いします」

「おう。礼儀正しいな。だが、俺には普通にしてくれていいぞ。これから一緒に戦うっていうのに他人行儀にしなくていい」

 

 豪快に言い放つメルド。ハジメとしても、遥かに年上に見えるメルドに畏まった態度を取られるのは嫌なのでその言葉に甘えることにした。でも、伝えることは伝えることにする。

 

「わかりました。でもメルドさん。僕は戦うつもりはありません。香織さんや雫さんと同じように元の世界に帰る方法を探すつもりです」

「何?そうなのか?」

「ええ。僕も家族に会いたいですから。でも」「南雲お前!!!」

 

 ハジメが言葉を続ける前に、突然光輝が割り込み、ハジメの胸元を掴み上げる。

 

「世界を救う責任があるのにそれを投げ出し、香織や雫に付きまとうなんて何を考えているんだ!?いくら学校の勉強ができてもここじゃそんなもの役に立たない。そんなことも分からないのか君は!?やっぱり君みたいなやつは香織と雫から離れるべきだ!!!」

 

 唾を飛ばしながら一方的に攻め立てる光輝。突然のことにハジメはされるがままで、香織達も止める暇がなかった。

 

「止せ光輝!」

 

 そんなハジメを助けたのはメルド団長だった。彼は光輝の肩を掴むと、ハジメから引き離す。

 光輝から解放されたハジメは顔に付いた唾を袖口で拭い去る。

 

「まだハジメがしゃべっていた途中だっただろうが。それに俺はハジメが帰りたいと思うのは当然だと思う。だから帰る方法を探すのは構わない」

「な、何でですかメルドさん!?南雲は訓練をさぼるって言っているんですよ!!」

「そんなこと一言も言ってないぞ」

 

 ハジメが呆れながら言う。

 

「そうだぞ。ハジメはカオリとシズクを手伝うと言っただけだ。訓練だって受けるんだろ?」

「はい。自分の力をちゃんと扱えるようになりたいですし」

「いい心がけだ。それにハジメを責めるならカオリ達も責めるってことだぞ」

「そうよ。なのにハジメだけ責めるなんて変よ」

「私たちが帰る方法を探すって言った時あんな風に責めなかったのに、ハジメ君だけ責めるなんて、天之河君変じゃないかな?かな?」

「天之河君。南雲君の決断は私も事前に聞いていますし、それを支持します。ちゃんと話を聞かずに一方的に責めるのは間違っています」

 

 メルド、雫、香織、さらに愛子にまで非難されて、光輝はすごすごと引き下がった。

 

「さっきの話の続きですが、帰る方法を探す過程で見つけたもの、例えば神代魔法の手がかりとかがあれば提供します。それに僕たちの世界の知識とかも、この世界で使えるものがあればお伝えします」

「いいのか?」

「ええ。衣食住を保証してもらうので、これくらいの貢献はします」

「そうかそうか。しっかりしているな。ハジメ達の世界の知識については、後でそういうことに興味のあるやつに話しておこう」

「お願いします」

「それで訓練だが、やるか?」

「はい」

「よし、ちょっと待っていてくれ」

 

 メルドはその場を離れる。

 光輝は何も言わないが相変わらずハジメを非難するまなざしを向けている。それにいちいち反応するのも面倒なのでハジメは無視する事にした。

 

 と、ハジメに一人の生徒が駆け寄ってきた。

 

「ハジメ!目が覚めたのか。よかった」

「浩介君。心配かけてごめん」

「いいって。体は大丈夫なのか?」

「うん。むしろ少し体が硬いから動かしたい」

 

 浩介だった。ハジメは普通に会話をするが、香織達は突然浩介が現れたように感じたので驚く。

 

「浩介君いたの!?」

「わっ、びっくりした!?」

「え、ええ遠藤君驚かさないでくださいよ」

「いたよ!普通に近づいたよ!驚かすつもりなんてないですよ!!」

 

 どうやら浩介の影の薄さは異世界でも変わらないようだ。

 

「そういえば香織さん達から聞いたけど、浩介君も戦いに参加するの?浩介君ってそういうキャラじゃないから意外だなあ」

「いや、俺も賛成してないよ」

「え?でも香織さんと雫さん以外の皆は賛成したって……。あ、まさか」

「ふっ。気が付いたか」

 

 浩介は小さく笑う。もっともそれは自虐の笑みだが。

 

「そうさ。誰も俺に気が付かなかった。戦いに参加するのは嫌だって言ったのに、誰も俺の方を見てくれない。みんな天之河のほうばかり見てさ、俺軽く手を叩いたりしたんだぜ?なのに重吾も健太郎も気が付いてくれない。挙句の果てに見てくれよこれ」

 

 そういうと浩介は一枚の金属のプレートを差し出した。

 ハジメがそれを見てみるとこう書かれていた。

 

 

===============================

遠藤浩介 17歳 男 レベル:1

天職:暗殺者

筋力:55

体力:60

耐性:40

敏捷:90

魔力:50

魔耐:50

技能:暗殺術[+深淵卿]・気配操作・影舞・言語理解

===============================

 

 

「ステータスプレートっていうんだぜ。俺たちの才能とかをゲームのキャラみたいに表示する道具だ」

 

 レベルは人間の到達できる領域の現在値を示している。レベル100でその人間の限界値らしい。

 筋力などの数値はレベルと連動しており、日々の訓練などでこれらの数値が上がればレベルも上昇する。

 天職とは才能のことであり、末尾の技能と連動しており、その領分においては無類の才能を発揮する。誰にでも発現するものではなく、天職持ちは少ない。戦闘系天職と非戦系天職に分類され、戦闘系は千人に一人、中には万人に一人の転職もある。非戦系天職も少ないが百人に一人はいるらしい。

 召喚された生徒は全員天職を持っており、しかも戦闘系天職。唯一非戦系天職だったのは愛子なのだが、その天職【作農師】は農業関係を一変させる超貴重天職らしい。

 

「これが僕たちに与えられた力ってことなのか。技能にある【言語理解】はもしかしてみんな持っているの?」

「ああ、この世界の人たちと言葉が通じるのはこの技能のおかげらしい」

「なるほど。そして【言語理解】以外の技能がそれぞれ個別の力ってことだね。……浩介君」

「なんだよ」

「この暗殺術の横にあるのって」

「……ああ。派生技能っていうんだって。技能を磨いていけば発現する追加技能なんだってさ。はは、俺いきなりついているんだぜ?すごいだろう?」

 

 自慢するように言う浩介だが、その顔に笑みはない。あるのはどうしようもない現実に対する諦観だった。

 

深淵卿(しんえんきょう)。深淵ってことはアビス。つまりアビスゲート卿ってこと?」

「あはははハハッっ」

 

 笑いながら浩介は膝をつく。

 封印したい黒歴史が、まさか自分の才能として現れたことに絶望していた。

 

「えっと、もしかしたらこの世界には普通にある技能だったり?」

「……メルドさんも見たことないってさ」

「ああ、そう。効果は?」

「わからん。使い方もさっぱりわからないんだ」

「そっか。その、どんまい」

 

 浩介の肩を優しく叩くハジメ。何とも言えない空気が支配する中、メルド団長が戻ってきた。

 その手には浩介が見せてくれたものと同じステータスプレートがあった。

 

「待たせたなハジメ。これはステータスプレートっていうんだが」

「あ、浩介君に説明してもらったので大丈夫です」

「そうか。ところで何で浩介は地面に膝をついているんだ?」

「……そっとしておいてあげてください。今絶望との折り合いをつけている最中なんです」

 

 ハジメは今夜にでも浩介と二人で語り合おうと思った。いろいろ吐き出せば楽になるだろう。

 

「それでどうやって使うのですか?」

「裏に魔法陣があるだろう?そこに血を一滴垂らしてくれ。それで自分のステータスが表示される」

「へぇ。すごいですね。どういう原理なのですか?」

「俺に聞かないでくれ。アーティファクトの原理なんて誰にも知らない」

「アーティファクト?人工遺物ってことは大昔の道具ってことですか?」

「ほう。それはお前たちの世界の知識か?大体近いな」

 

 感心したメルドはハジメに説明する。

 現代じゃ再現できない強力な力を持った魔法の道具のことをアーティファクトという。まだ神やその眷属達が地上にいた神代に創られたと言われ、ステータスプレートもその一つ。プレートを複製するアーティファクトと一緒に残されており、昔からこの世界に普及している唯一のアーティファクトなのだ。

 これはステータスプレートのみで、他のアーティファクトは国宝になるほど貴重なものらしい。

 そんな説明を感心しながら聞いていたハジメは、ステータスプレートと一緒に渡された針を指に刺すと、そこから流れた血を魔法陣に付ける。するとそこにハジメのステータスが浮かび上がった。

 

 

===============================

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:982

天職:錬成師・%&!?

筋力:63125

体力:12505

耐性:02648

敏捷:76391

魔力:42586

魔耐:00722

技能:錬成・言語理解・並列思考・◆*※∞・〇+//

===============================

 

 

「んん?」

「うん?」

 

 その内容にハジメは思案顔になり、メルドは困惑する。

 午前中に生徒達には同じようにステータスプレートを渡し、それぞれステータスを見た。

 その中でも最高値ともいえるステータスだったのは光輝だった。

 

 

============================

天之河光輝 17歳 男 レベル:1

天職:勇者

筋力:100

体力:100

耐性:100

敏捷:100

魔力:100

魔耐:100

技能:全属性適性・全属性耐性・物理耐性・複合魔法・剣術・剛力・縮地・先読・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破・言語理解

==============================

 

 

 しかも天職は勇者。世界を救う神の使徒の象徴ともいえるものだった。

 しかし、ハジメのステータスはそんな光輝を大きく引き離しているし、レベルも限界地である100を超えている。もはや人間ではない。

 さらに天職が二つある。

 天職は通常一人一つ。こんなことはメルドも見たことはない。

 もっともその天職や技能の一部が読めなくなっているが。

 

「あ、メルドさん。ステータスが変化しました」

「なんだって?」

 

 ステータスプレートを眺めていたハジメが伝えた内容に、メルドは再びステータスの部分を見る。

 すると確かにハジメのステータスが変化していた。

 

 

===============================

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:564

天職:錬成師・+=?<

筋力:75348

体力:51245

耐性:02741

敏捷:01012

魔力:64378

魔耐:13910

技能:錬成・言語理解・並列思考・+?〇▼・!#&%

===============================

 

 

「本当だ。一体なんだなんだ?」

「まるで調整中みたいな感じですね」

 

 混乱するメルドにハジメは自分の所感を呟く。

 

「どういうことだ?」

「ステータスプレートが僕のステータスを正確に測りかねている、もしくは最適な数値を探している。そんな感じに思えました」

「つまりこの数値は当てにならないということか?」

「ええ。今のところ体に異常はないですが、僕に対してステータスプレートはあまり使えないってことですね」

 

 もしかしたら召喚早々に自分が気絶した原因にも関係あるかもしれない、とハジメは考えた。推測なので言葉にはしなかったが。

 

「じゃあ次。わかる部分だけでも教えてくれませんか?」

「あ、ああ。わかった。なんというかお前は切り替えが早いな」

「癖ですね。悩んでもどうにもならないことは引きずっても仕方ないですから」

「そうか。えーっとわかるのは天職の片方と技能だな。錬成師か……」

 

 メルドはものすごく微妙な顔をしながら説明をする。

 

「技能の一つの並列思考はわかりますね。同時に別々のことを考えるっていう、僕の得意技です。でも錬成っていうのは知らないですね」

「錬成師というのは、まぁ、言ってみれば鍛治職のことだ。技能の錬成も鍛冶するときに便利だとか……」

 

 歯切れ悪くハジメの天職を説明するメルド。もっともハジメはそんなメルドの様子など気にせず錬成について考え始める。

 が、そんなハジメの元に数人の男子生徒が近づいてきた。

 

「おいおい、南雲。もしかしてお前、非戦系か? 鍛治職でどうやって戦うんだよ?」

 

 彼の名は檜山大介。雫と同じクラスにいる生徒でハジメとは少し因縁のある生徒だ。

 

「メルドさん、その錬成師って珍しいんっすか?」

「……いや、鍛治職の十人に一人は持っている。国お抱えの職人は全員持っているな」

「おいおい、南雲~。お前、そんなんで戦えるわけ?無能じゃん」

 

 実にうざい感じでハジメと肩を組んでくる。そんな様子を浩介以外の男子生徒のほとんどがニヤニヤと嗤っている。

 学校では天才だったハジメが自分たちよりも下の、ありふれた非戦系天職だったのがよほど嬉しいのだろう。格上だった人間が格下に落ちるその優越感に彼らは浸っていた。

 

 もっとも、そんなことはハジメの知ったことではない。

 

「はあ。君は馬鹿か?」

 

 ため息を吐きながらハジメは檜山を呆れた目で見る。

 

「はあ?んだとてめっ」

 

 檜山は組んでいた腕に力を込め、ハジメを締め上げようとする。

 その前にハジメは足で檜山に足払いを仕掛け体勢を崩すと、倒れる檜山に巻き込まれないように離れる。

 ドサリと倒れる檜山。すると今まで様子を見ていた光輝がまたハジメに詰め寄る。

 

「南雲、なに檜山に暴力を振るっているんだ!?」

「今まさに僕が暴力を振るわれそうだったんだけど?」

「そんなことない!檜山がそんなことするはずないだろう!」

 

 光輝は檜山の友達だったのか?なぜそんな風に言い切れる?と疑問が浮かんだ。

 

「光輝。今のはどう見ても檜山君がハジメを馬鹿にしようとしていたように見えたけど?」

「雫まで。そんなはずないじゃないか。檜山はただ南雲が、この世界の人たちに貢献できないことを指摘しただけだ」

「それってハジメ君が錬成師っていう、この世界でもありふれた天職だったこと?」

 

 香織が言うと光輝はその通りだと頷いた。

 香織と雫は二人そろって「はあああぁぁ……」と大きなため息を吐き、メルドも光輝とあと檜山にも残念そうな目を向けた。

 

「鍛冶職のどこが貢献できないのよ。むしろものすごく貢献している職業じゃないの」

「雫。戦うことができないのに貢献できるはずがないだろう」

「あのね、天之河君?戦闘系天職、つまり他の皆が戦うときに使うのは何かな?」

「そんなの剣に決まっているじゃないか、香織」

「うん、そうだね?ならその剣が壊れたらどうするのかな?」

「そんなこと起こるわけがないだろう?俺が貰ったこの聖剣は壊れない」

 

 光輝はそう言うと持っていた白い剣を掲げる。

 それは純白に輝く美しい剣だった。光輝が訓練で使っていた両手剣と同じくらいの大きさで、所謂バスターソードと呼ばれるものだ。

 王国は神の使徒である生徒たちに国庫にあるアーティファクトを授けた。その中でも勇者という天職を得た光輝に与えられたのが、この聖剣だった。

 光属性の性質が付与されており、光源に入る敵を弱体化させると同時に自身の身体能力を自動で強化してくれるという“聖なる”というには実に嫌らしい性能を誇っている。光輝はこの聖剣に触れたとき所有者と認められ、名実ともに勇者となったのだ。

 

「いや誰も天之河君限定なんて言ってないよ。私が言っているのは普通の剣を使っている騎士や兵士の人たちのこと」

「普通の剣を使い続ければ、刃こぼれしていつか使えなくなるな」

「メルドさん正解です」

 

 光輝の代わりにメルドが答えれば、香織は「正解です」と言う。そして雫が説明を引き継ぐ。

 

「そんな時に剣の手入れをしてくれたり、新しい剣を作り出したりするのが鍛冶職の人たち。戦いに必要不可欠な武器を用意してくれる必要不可欠な存在じゃない」

「で、でも鍛冶職の人たちはもう十分この国にいるんだろう!?だったら南雲がそこに加わっても意味ないじゃないか」

「少なくとも私にはハジメが必要ね」

 

 さらりと言った雫の言葉に光輝と男子生徒が驚愕する。

 香織はニコニコしているが、ちょっと目元が引きつっている。

 

「私の天職は剣士だけど、この国の剣って使いづらいのよね。戦うつもりはないけど、もしも戦うことになったら使い慣れた剣がいいわ。そして私が使い慣れた剣、つまり日本刀を作れるのはハジメだけなのよ」

 

 そう。雫の天職は剣士であり、技能には剣術がある。

 だから彼女はハジメが目覚める前、訓練用の剣で訓練をしていたのだが、王国の剣は両刃の直剣という西洋剣に近いものだった。対して雫が家の道場で学んだ剣術は、日本刀を使用することを前提にした剣術だ。

 剣の重心から長さ、重さが嚙み合わず、うまく動けなかった。

 

「というわけでハジメには私専用の刀を作ってほしいの。この間一緒に日本刀の展覧会行ったときにいろいろ見たでしょ?」

「村正とか三日月宗近(みかづきむねちか)とか見たねえ。魔物を倒すなら祢々切丸(ねねきりまる)かな?」

「お願いね。というわけでハジメは必要な存在よ」

「私にも必要だよ!いざというときの護身用武器作って!」

 

 雫に対抗するように香織もハジメにせがむ。いつの間にか光輝も檜山も置き去りにしていた。

 

「二人とも落ち着いて。武器のことは分かったから、まだメルドさんから話を聞いている途中だから」

 

 二人を宥めつつハジメはメルドに説明を再開するように言う。

 

「くくっ、お前さんも隅に置けないなあ」

「茶化さないでくださいよ」

「いや悪い。だがお前さんほどの器量ならなんとかできるさ」

 

 笑顔で断言するメルド。ハジメは照れくさくて目を逸らす。周囲の男子生徒は舌打ちをし、女子生徒は地球と変わらないハジメ達の姿にほっこりする。

 

「さて、俺が変な態度を取ったせいでお前さんに不愉快な思いをさせたな。すまん」

 

 メルドは笑うのをやめるとハジメに頭を下げる。ハジメに檜山が絡んだ理由に、ハジメの天職を見た際に微妙な態度を取ったせいだと思ったのだ。

 豪快な見た目に反して細かい気配りができる、よくできた人だとハジメは思った。

 

「俺が困ったのは非戦系天職のお前さんに、どんな訓練を施したらいいのかわからなかったからだ。アイコ殿以外の皆は戦闘系だったからな」

「でしょうね。騎士団長に錬成師の訓練を頼むなんて、武官が文官に勉強を教えるみたいなものです」

「的確な例えだな。というわけでお前さんには国お抱えの錬成師への紹介状を俺のほうから出しておこう。雫の話に出てきたニホントウとやらもそこで作れるだろう」

「何から何までありがとうございます」

 

 良いってことよ、と笑うメルドにハジメは頭を下げたのだった。

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 その日の夜。ハジメは与えられた自室にいた。

 そこでハジメは召喚の際に持ってきた唯一の持ち物を広げていた。

 それは次の移動教室で使うノートパソコンを入れていた鞄だ。その鞄は通学にも使っているもので、昼ご飯の弁当とノートパソコン以外にもいろいろ入っていた。

 その中の一つ、手回し充電器でノートパソコンを充電し、立ち上げる。そしてその中の表計算ソフトを立ち上げ、今日分かったことをまとめていた。

 

 異世界トータス。召喚。ハイリヒ王国。ステータス。魔法。

 

 それらについての判っていることとハジメの考察を。

 

 そこでドアがノックされた。ハジメは立ち上がるとドアを開ける。

 

「こんばんは。ハジメ君」

「こんばんは。ハジメ」

「夜遅くに失礼します。南雲君」

 

 香織、雫、そして愛子がいた。

 三人には夕食時に、自分たちの今後の活動について話し合いをしようと決めていたのだ。

 

「いえ。僕も準備はできましたので。香織、あれは持ってきた?」

「もちろん」

 

 香織はその手に持っていたもの、香織のノートパソコンをハジメに見せる。

 

「よし。それじゃあ入ってください」

「「「お邪魔します」」」

 

 ハジメは三人を招き入れると、備え付けのテーブルに並べた椅子に座ってもらう。

 

「ではこれから第1回異世界会議を始めます。司会は僕がやらせてもらいますが、先生よろしいですか?」

「は、はい。お願いします」

「では、今回の議題は明日からの僕達非戦組の活動です」

「はい!ハジメ君」

「香織さんどうぞ」

 

 香織が挙手をするとハジメは発言を促す。

 

「帰る方法を探す前準備だよね?」

「その通りです」

「前準備、ですか?」

 

 愛子が首をかしげるので、ハジメ達が説明する。

 

「現状僕たちは戦争への参加を拒否しています。そのせいで用なしだと切り捨てられかねません。まずはそれを防がないと、帰る方法を探すこともできません」

「なるほど。それで前準備ですか」

「当初は帰る方法を探す途中で得られた神代魔法の知識だとか、僕たちの世界の農業や工業、政治の知識なんかを提供しようと考えていましたが、今日分かった僕の天職を使えばまた別の方法が取れるかもしれません」

「南雲君の天職、つまり錬成師ですか?」

「ええ」

 

 ハジメはニヤリと笑うと用意していたものを取り出した。

 それは鞄の中に入っていた品の一つ、タブレット端末だった。

 端末を起動させると目当てのページを表示させるために操作する。

 

「あの後、メルドさんから聞いたんですが、錬成とは鉱石を変形させる魔法だそうです。その魔法を使えば地球の道具を再現できます。それを交渉材料に使おうと思うんです。特に」

 

 ハジメは言葉を切ると、表示させたページを三人にも見えるようにテーブルの上に置く。

 

「こういうものはね」

「こ、これって!?」

「やっぱりかあ」

「ハジメのお父さんの資料にあったわね。これ」

 

 愛子は驚愕を、香織と雫は納得の顔をした。

 それはリボルバーと呼ばれる回転式の弾倉をもつ拳銃の設計図だった。

 

「地球なめんなファンタジー、ってことかな?」

「あ、私の真似かな?かな?」

 




今回はステータスプレートでした。
前回の戦争表明の部分で深淵卿の存在が消えていたことに気が付いた人はいるのだろうか?

ハジメのステータスはこんな感じです。まだ不明ですね。
理由としてはそうですね。

デジモンと融合進化したのに体に何の影響もないはずない。

ですね。詳しくは今後説明していきます。

それにしても最近ハジカオ成分を入れられていない。雫が可愛くなりすぎています。是非もナイネ。

あとハジメと光輝がそろうと光輝が突っかかってしまう。そうしないと不自然だと感じる自分がいます。やっぱ現時点で二人と取っているからなのでしょうかね。

ハジメと香織は召喚の際、鞄を持っていてその中にはノートパソコン以外にもいろいろ入っていす。原作では無かった鞄の中のもの、特にノートパソコンがキーアイテムですね。デジモンでるならデジタル機器は外せませんでした。

そして第一回異世界会議。次回に続きますが、いろいろ話し合いさせていきます。

トウリ様、 鳳翔 朱月様、 GREEN GREENS様。評価していただきありがとうございます。
お気に入りも300人を超えましてとてもうれしいです。
次回はありふれを読んでいて自分が感じたこととか書いていきたいので、楽しく書けそうです。

デジモン紹介
テリアモン 世代:成長期 獣型 属性:ワクチン
頭部に1本角を生やした、謎に包まれたデジモン。体構造から獣系のデジモンであることは分類できるが、どのような進化形態を経たのかは依然分かっていない。
ジェンのパートナーデジモンであり、口癖は「無問題(モーマンタイ)」。マイペースな言動だが、いかなる時でも調子を崩さず、テイマーであるジェンを支えた。
得意技は両耳をプロペラの様にして小型竜巻を起こす『プチツイスター』。必殺技は高熱の熱気弾を吐き出す『ブレイジングファイア』。


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04話 ディストピア

お待たせしました。更新です。

今回は原作の説明回に相当するお話です。

あとタグを少し変更しました。ヒロインについて、メインは香織なんですがちゃんと雫も入れることを示す感じにしました。


「け、けけけ拳銃の設計図ですかあ!?ななな、なんでこんなもの持っているんですか!?」

 

 ハジメのタブレットに表示されたリボルバー拳銃の設計図を見た愛子は、グイッと身を乗り出してハジメを問い詰める。

 

「まあ、なんというか父の手伝いで?」

「南雲君のお父さんですか?」

「畑山先生。ハジメ君のお父さんはゲーム会社の社長さんなんです。本人もゲームを作るのが好きでゲームの材料になるものをいろいろ集めているんですよ」

「ハジメもたまにそのお手伝いをするんです。その中にはミリタリーやシューティングゲームもあります。多分これもそれらの資料よね?」

「香織さんと雫さんの言うとおりです。僕が手伝いの中で集めた資料で他にもいろんなものがあります」

 

 三人の説明を聞き、ひとまず愛子は納得し座りなおす。

 

「話を戻します。僕はこの設計図と地球での銃火器類の動画を材料にハイリヒ王国と交渉します」

 

 今日訓練を受けたことで、この国には弓くらいしか遠距離武器がないことが分かった。

 おそらく魔法という個人で強力な攻撃手段があるために発展してこなかったのだろう。よくある異世界小説と同じだとハジメは思った。

 

「で、でももしもそんなものが広がったら戦争がよりひどくなるんじゃあ。それに先生はそんなことを生徒にさせませんよ!?」

 

 愛子の言葉は地球の歴史を知るが故だった。

 人間が銃火器という武器を手にしたことで戦争は大きく変わり、もたらされる被害はより大きくなった。

 その果てが日本に投下された核爆弾だ。

 それが異世界で、しかも教え子の手で再現されるのは愛子の教師としての矜持が良しとしなかった。

 

「落ち着いてください、先生。僕もこの世界を混乱させるつもりはありませんよ。これはあくまでも時間稼ぎです」

「時間稼ぎ?」

「僕らは教会からの魔人族との戦争を拒否しています。いつ切り捨てられるかわからない。なら切り捨てられないような価値を示さないといけません。では国や教会が求めている価値とは何だと思いますか?」

「はい!」

「はい、香織さん」

「魔人族に勝てる戦力だね」

「正解。だからこそ僕たちは召喚されたし、戦闘系天職をもらった生徒には国宝ともいえるアーティファクトが与えられた。だったらもしも普通の兵士が、みんなと同じくらい強くなれるような武器を僕が作れるとしたら?」

「簡単に切り捨てられることはないわね」

 

 ハジメの言葉に雫が頷く。

 

「実際に再現させられるのか、量産できるのか。いろいろ問題はありますが心配いりません。あくまで目的は僕が再現できるかもしれないと思わせるだけです。それで時間が稼げれば僕たちに新しい選択肢が生まれます。拳銃(これ)はそのためのものです。

一応、作成できるか挑戦はしてみますけどね。できたらその時は別の意味で切り札になるでしょうから。

以上が僕の意見です。他に何か質問はありますか?」

 

 そう締めくくるとハジメは三人の顔を見渡す。

 香織と雫は納得しているため異論はないようだ。愛子はまだ難しい顔をしているが、最終的に納得した。

 その後三人はいくつか話し合いを行い、これからの方針を固めた。

 

1.戦闘訓練には最低限参加する。

2.帰還の方法を探るため王宮の図書館を利用する。

3.戦争への参加ではなくあくまで国への貢献を行い、切り捨てられないようにふるまう。

 

 これらの方針に従い、それぞれのやることも決めた。

 

ハジメ:錬成の性能の確認と習熟。

香織:天職が治癒師なのでトータスの医療技術の確認と練習。

雫:天職は剣士なので三人の護衛ができるように訓練に励む。

愛子:作農師の技能と地球の農業知識で食糧問題の改善を図る。

 

 トータスや魔法のことを調べて帰る手段を探すのは共通として、それ以外に自分の天職関連のことを磨いたり、活用したりすることで国に貢献することになった。

 

「こんなところだね」

 

 ハジメは決めた方針をノートパソコンのファイルに記入する。そしてそれをUSBに格納すると香織に渡す。

 

「今日決めた方針と僕がまとめたこの世界のこと。香織さん達も目を通しておいて何か意見があったらどんどん書いて」

「わかったよ」

「わかったわ」

「畑山先生はこれ使ってください。僕はタブレットで代用できますので」

「はい」

 

 ハジメはノートパソコンを愛子に渡す。もともとこれは学校から支給されたものなので、愛子でも使用できる。

 

「では夜も遅いのでこの辺で」

「あ、その前にちょっといいかな?」

 

 ハジメが解散を宣言しようとすると、それを香織が制止する。

 

「どうしたの香織さん?」

「うん。ちょっと気になったことがあって」

 

 香織は少し言いにくそうにしながらも、ハジメに問いかける。

 

「ハジメ君。今日なんだけど本当に体になんともなかった?」

「え?……特に何もなかったよ?」

 

 少し考えてハジメは香織の質問に答える。

 

「本当に?体だけじゃなくて、気分とかいつもと違うところとかなかった?」

「うん。どうして?」

「昼間に檜山君が絡んできたとき、なんかハジメ君の対応がいつもと違った気がしたんだ」

「え?」

「だっていつものハジメ君ならああいう風に煽るみたいな言い方しないよね?」

 

 香織の言葉に雫ははっとする。

 

「確かに。いつものハジメなら、ああいう風に絡まれてもやんわりと受け流したり、煙に巻いたりしていたわ」

「うん。だからどうしたのかなって思って」

 

 ハジメは二人の言葉にバツが悪そうにする。いまさらながら確かに自分らしくなかったと思ったのだ。

 倒れた後でいつもの自分らしくない態度を見てしまったために、香織はハジメの体調に不安を抱いたのだ。

 

「いや、あれは体調不良とかじゃないんだ。うん、ただ……」

「ただ?」

「相手が檜山君だったからついあんな態度を取ったんだと思う」

「檜山君だから?」

「何かあったのですか?」

 

 香織が首を傾げ、生徒同士の問題の匂いを感じた愛子が問いかける。

 

「彼とは入学したときに少し揉めただけですよ。それから接点はなかったのですが」

 

 ハジメは言葉を濁して答える。

 

「まあ、その今のところ問題はないですし、ならないように立ち回りますから。そんなに心配しないでください先生。香織さんも僕のことを心配してくれてありがとう」

 

 ハジメはやや強引ながらこの話を終わらせた。

 香織達は納得していなかったが、無理に踏み込んでしまってハジメの負担になってはいけないと思い、追及はしなかった。

 

 こうして第一回異世界会議は終わった。

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 ハジメ達が召喚されてから二週間がたった。

 その間ハジメ達は異世界会議で決めたことを各々実践していた。

 

 香織は治癒師の技能を磨くため、王宮の治癒師からトータスの医療技術を学んでいた。

 しかし、トータスの医療は魔法が主であとは薬草で調薬したポーションしかない。地球の手術のような外科医療が発達していなかった。そこで香織は人工呼吸や心臓マッサージなどの簡単な誰でもできる医療行為を伝えた。

 

 雫は光輝達戦争参加組と一緒になって訓練に参加していた。ただし戦争の訓練ではなく、護衛のやり方を中心に学んでおり、その守るという気迫と剣の腕前にはメルド達も感心した。

 

 愛子は作農師としてハイリヒ王国の農作物の成長を促進させる実験に参加したり、ハジメのタブレット端末に入っていた農業の専門書に載っていた農業を伝えたりしていた。

 

 そしてハジメはメルドを通して王宮に地球の技術を提供することを伝えたところ、話を王宮の要職についている人物に聞いてもらえることになった。

 そうしていざ話し合いの場に赴いてみると、そこにいたのは王国の軍を預かる将軍となんとハイリヒ王国の第一王女リリアーナ・S・B・ハイリヒだった。

 将軍はいいのだがまさか王女のリリアーナがいることに驚いた。理由を聞いてみると地球のことが聞きたいのだという。彼女としては突然平和な世界からこの世界に連れてこられたハジメ達のことを憂いており、少しでも彼らのことを理解したいのだという。

 少し驚いたがハジメは拳銃の設計図とそれが実際に使われる映像を見せた。

 反応は予想通りで、将軍はこれがあれば魔人族との戦争で勝てると確信し、ハジメに再現の依頼をした。その際にハジメは解決するべき技術的な問題が多いことと、時間がかかることを説明した。すると将軍はハジメに王国随一の技術力を持つ【ウォルペン工房】への紹介状を出してくれた。

 

 ハジメが工房を訪れてみると多くの錬成師が作業をしており、錬成を学ぶのに最適な環境だった。

 そこでハジメは錬成を学ぶことになった。

 錬成とはメルドから聞いていた通り金属を変形させる魔法で、鉱石を剣や盾などの道具に加工できるものだった。

 さらに錬成師には道具の作成や修理以外に、魔法道具を作るという仕事もあった。

 

 魔法道具とはアーティファクトとは違い、現代の人間でも作成できる魔法効果を持った道具のことだ。

 

 トータスの魔法は体内の魔力を、詠唱により紙や道具に刻んだ魔法陣に注ぎ込み、魔法陣に組み込まれた式通りのものが発動する。魔力を直接操作することはできず、使う魔法によって正しく魔法陣を用意しなければならない。

 この魔法陣は紙に書いて使う場合と、道具に刻んで使う場合がある。この魔法陣が刻まれた道具が魔法道具だ。

 この道具に魔法陣を刻むのも錬成師の仕事だった。

 

 この魔法陣を刻む作業だが、とても大変だった。刻む魔法陣の大きさと複雑さが、術者の詠唱と適正によって変わってしまうのだ。

 

 詠唱は長さに比例して流し込める魔力は多くなり、それに比例して威力や効果も上がっていく。また、効果の複雑さや規模に比例して魔法陣に書き込む式が多くなり、陣も大きくなる。

 

 適性は体質により式を省略できるかどうかというものだ。例えば、火属性の適性があれば、式に属性を書き込む必要はなく、その分式を小さくできる。

 この省略はイメージによって補完される。式を書き込む必要がない代わりに、詠唱時に火をイメージすることで魔法に火属性が付加される。なおハジメには、錬成以外の魔法の適性が全くなかった。

 

 この二つの要因により、魔法道具は使用者のみしか使えないオンリーワンの一品になりやすく、しかも魔法陣をいかにうまく刻むのかは錬成師の腕次第となるのだ。

 

 ちなみに、トータスの魔法の理論を聞いたハジメはまるでプログラムみたいだと思った。

 魔力が電気、魔法陣がソースコードに書かれたプログラムコード、詠唱がスタートコマンドという感じに例えるとスムーズに理解できた。

 

 

 

 ハジメはウォルペン工房で学ぶ中でひたすら鉱石を加工する術を学んだ。雫が依頼してきた日本刀のこともあるし、拳銃が再現可能かどうかも検証する必要があった。

 この時、ハジメが持つもう一つの技能『並列思考』が役に立った。

錬成の魔法陣が刻まれた手袋を両手につけて、右手と左手で同時に錬成を発動。異なる種類の鉱物を同時に異なる形に錬成するという練習を行うことで、ハジメの錬成の技量はメキメキ上がっていった。この練習方法には工房の親方のウォルペン・スタークも目を見張っていた。通常の錬成師は一つの鉱物を変形させるのに全神経を集中させるので当然だった。

 

 その鍛錬の結果、なんと一週間で日本刀の試作品が出来上がった。

 

 タブレットの中にあった日本刀の資料を参考に、玉鋼に性質を持つ鉱物を圧縮して折り重ねることで日本刀の構造を再現。そしてその造形を日本刀に近いものに整えた。

 本来の日本刀の製造方法とかなり異なる方法で作成したものだったが、雫に試し斬りをしてもらい何度か修正したことで納得のいく出来になった。

 

 ちなみに、その日本刀を雫に渡したとき、彼女は思わずハジメに抱き着いた。

 さらにそのことを聞いた香織にせがまれて、彼女のためにサバイバルナイフを作成してプレゼントした。

 

 その後も錬成の鍛錬を同様の方法で続けた結果、錬成に派生技能[+精密錬成][+圧縮錬成][+高速錬成][+消費魔力減少]が追加された。

 これらの派生技能が現れてからハジメはもしかしたらと思い、拳銃のパーツの一つを錬成してみた。すると何と一発で成功した。しかも設計図の寸法と寸分たがわないものが。

 錬成の造形の精密さはハジメのイメージに左右される。そのため精密な部品が必要な拳銃のパーツを作るのは苦労すると思っていたのだ。

 

「まるで頭の中にパソコンがあるみたいだ」

 

 思わず呟いたハジメはなぜかこのことが頭に残ったのだった。

 その後、パーツを自作し続け一丁のリボルバー拳銃が完成した。

 もっとも銃弾に使用する火薬が手に入らず、銃弾の作成が難航してしまっているが。

 

 

 

 一方、帰る方法については全くと言っていいほど進展しなかった、

 

 

 

「これは、まずいかもしれない」

 

 王宮の図書館でハジメは頭を抱えていた。

ここ二週間ハジメは工房での練習と並行して王宮の図書館で帰還方法を調べていくつか分かったことがあった。

 

 まず帰還するための召喚魔法についての資料は全くなかった。そもそも異世界召喚ということが今回初めてのことだったのだ。これでは全く手掛かりがない。

 

 ならば王国以外の国に行けばいいのではないかと思ったのだが、このトータスに人間族の国はハイリヒ王国以外だと【グリューエン大砂漠】にある【アンカジ公国】に【ヘルシャー帝国】しかない。アンカジ公国はハイリヒ王国から分かれた国なので得られる情報も変わらないだろうし、帝国は300年前に傭兵が興した国で王国より歴史が浅い。しかも実力主義国家であるため、何をするにも力がいる国風であり、非戦系天職であるハジメでは行動しにくいだろう。

 

 次に魔法についてもっと詳しく調べようと思ったのだが、魔法関係については聖教教会が独占していた。そもそも今の人間族が使用している魔法はエヒト神がもたらした神代魔法の劣化版と言われている。そのため魔法は教会が管理している。

 従って王国には騎士団はあるが魔法専門の部隊というものは存在せず、魔法の研究も教会の名の下でなければ行えない。

 

 その教会についてだが、調べれば調べるほどハジメは違和感を覚えた。

 聖教教会の教義とはエヒトを唯一無二の神とし、それ以外の神を心棒する魔人族や魔力を持たない亜人を人間族より下とするものだった。どれだけ調べてもそれしかわからない。

 通常、宗教とは同じ神を信仰していたとしても、解釈や環境の違いから派閥が分かれる。同じ国だったならともかく、他国のヘルシャー帝国でも同じ教義だという。

 これは実際にエヒト神という超常の存在いるせいかもしれないが、だとしても人間族の思想が固定化されすぎている。

 

 しかもこの国は航空技術と航海技術が不自然なくらい発達していない。ハイリヒ王国が存在する大陸の外についての記述もどの本にもなく、まるでそこへの関心を与えないようにしているようだった。

 

(まるで閉鎖世界(ディストピア)じゃないか……)

 

 圧倒的上位者による管理された世界。それがこの二週間でハジメが得たトータスのイメージだった。

 

(いっそ香織さん達を連れて旅に出たほうが、帰る方法が見つかるかもしれないなあ)

 

 そんな考えを思い浮かべたその時、ハジメの頬に何かが当てられた。

 

「うえっ?」

「ハジメ君大丈夫?」

 

 それは人の指で、振り向いてみれば心配そうな顔をした香織がいた。

 

「あ、香織さん……?」

「酷い顔しているよ」

 

 実際、ハジメは酷い顔だった。

 目の下には真っ黒な隈ができており、髪もボサボサだった。

 実は夕食を食べた後も自室で錬成の勉強と調査した内容のまとめ、これからの行動指針を考えていたのだ。その結果、夜もほとんど寝ていなかった。

 香織は目を吊り上げて、ハジメを問い詰める。

 

「最近寝ていないでしょ?」

「あ~。まあ、うん」

「何日?」

「えーっと、二日」

「……」

 

 香織は吊り上げた目をさらに鋭くする。その眼力にハジメは気圧され正直に白状した。

 

「……四日です」

「ッ」

 

 香織は大きく息を吸い込むと、図書館であるにも関わらずとんでもない大声を解き放った。

 

「いい加減寝なさい!!!!!!!!」

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 司書の人に睨まれてしまったが、香織はハジメを部屋に帰らせた。

 すぐに寝るようにきつく言い含めたので大丈夫だろう。もしも起きていたらその時は実力行使も辞さない。

 

「全く。一生懸命なところは変わらないなあ」

 

 香織は先ほどまでハジメがいた机を見る。

 そこにはハジメのタブレットと、三冊の本。そして二つの鉱石の塊が置いてあった。

 

 先ほどまでハジメは帰還方法の調査と錬成の練習を並行して行っていた。

 錬成を連続で行い、鉱石の形を変え続けることで手のように使っていたのだ。右側の鉱石で三冊の本をめくり、左側の鉱石でタブレットを操作。さらに本の内容に目を通し、タブレット内に内容をまとめたファイルを作成していたのだ。

 

 一体頭がいくつあればこんなことができるのか香織には想像もできない。

 

「すごいけど……やっぱり思い詰めているなあ」

 

 ハジメの調査結果は香織も共有している。二週間前の異世界会議の後、ハジメ達四人は毎日調べて分かったことをパソコンのファイルに書き込み、読み合っていた。

 これはハジメの提案で、教会が大きな力を持つこの世界で迂闊なことを言ってしまい、神への侮辱ととられるのを防ぐためだった。

 パソコンに打ち込めばこの世界の人間には読めないので安全なのだ。

 

 だからハジメがこんなに焦るまで錬成を磨いているのか、香織達も理解していた。

 この国が危険だということを。

 このままこの国にいても帰る手立てを探すのは難しく、戦争に参加するしか道が無くなる。しかも、

 

(例え、戦争に勝っても帰れる保証はない)

 

 召喚初日、教皇イシュタルはこう言った。

 

「あなた方が帰還できるかどうかもエヒト様の御意思次第ということですな」

「エヒト様も救世主の願いを無下にはしますまい」

 

(一言も帰してくれるって断言していない。それなのに他の皆はその言葉を信じている。天之河君が信じているからって)

 

 光輝のお人好しというか、性善説を信じる癖とカリスマ性が厄介な効果を生んでしまっている。

 もしもこのまま戦場に出てしまって、戦いの現実を知ってしまったら悲惨なことになるというのは、ハジメ達の懸念だった。

 

「はあ、一体どうなるのかな。私たち」

 

 いつになくネガティブになる香織。先の見えない現状に彼女もだいぶ参っているようだ。

 

 ハジメが借りた本を元の場所へ戻した後、ハジメのタブレットと鉱石を手に持って図書館を後にする。

 鉱石は比較的軽いものだったため、香織でも問題なく持てた。

 程なくしてハジメの部屋に着いた香織は、中に入る。

 

「あれ?ハジメ君、いない?」

 

 ベッドの中にも、部屋の隅にもハジメの姿がない。

 タブレットと鉱石を備え付けの机の上に置くと、香織はハジメを探しに部屋を出た。

 もしかしたらどこかで倒れているのかもしれないと、香織は王宮中を走りながら隈なく探し回る。

 すると、王宮の庭園の一角、人目のつかない場所がふと気になった。

 根拠はないが香織の直感が怪しいと思ったのだ。

 

 果たしてその直感は的中した。

 

「ほら、さっさと立てよ。楽しい訓練の時間だぞ?」

「ぐぁ!?」

「なに寝てんだよ? 焦げるぞ~。ここに焼撃を望む――〝火球〟」

「ここに風撃を望む――〝風球〟」

「オエッ」

「ちょ、マジ弱すぎ。南雲さぁ~、マジやる気あんの?」

 

 檜山、そして彼とよく一緒につるんでいた近藤礼一(こんどう れいいち)中野 信治(なかの しんじ)斎藤 良樹(さいとう よしき)の四人が誰かを殴って魔法をぶつけていた。いや、誰かなんてわかりきっている。

 ハジメだった。

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 時は少し遡る。

 香織に寝るように怒られたハジメは、四徹で疲労がたまった体をフラフラさせながら王宮の廊下を歩いていた。

 それを偶然だが見かけた者がいた。それが檜山だった。

 

 この檜山大介という少年。普段は同じクラスの友人三人と騒いでいるのだが、実は自分より弱いものを痛めつけることで優越感に浸るという問題のある性格をしていた。

 入学当初、たまたま廊下で見かけたひ弱そうな男子生徒を、他の三人とでパシリにしようと脅したことがあった。

 それがハジメだったのだ。

 校舎裏にハジメを連れ込み、言うことを聞かせようとしたのだが、当然ながらハジメはそれを拒否。

 それに苛立った彼らはハジメを殴ろうとした。

 しかし、ハジメはそれを意にも介さず受け流した。

 この時、ハジメは檜山たちへ反撃することで入学早々問題を起こすこと、適当な対応をすればしつこく絡んでくることを危惧し、彼らの心を徹底的に折ることにした。

 

 どれほど彼らが殴りかかろうと無表情で受け流し、さりとて反撃もしない。自分にとってお前たちは無価値な存在なのだと知らしめたのだ。

 太極拳をある程度収め、攻撃を受け流すことにおいてはかなり上達していたハジメにとって、格闘技を修めていたわけではない檜山達の攻撃など、受け流し続けるのはわけもなかった。

 一時間後、檜山達は倒れ伏していた。一方のハジメは無傷でそんな彼らを冷めた目で見ていた。

 今までこんな対応と目をされたことがなかった檜山達はハジメに恐怖を感じ、これ以降絡むことはなかった。

 後日、ハジメが香織と雫の二人と一緒にいるところを目撃し、檜山はハジメへの敵愾心を蘇らせたが、ハジメという強者に逆らう気概もなく何もできなかった。

 

 しかし、異世界トータスに召喚され戦う力を得たこと。さらにハジメが非戦系天職だったことが合わさって、檜山は行動に出てしまった。

 

 ハジメにあの時の屈辱を晴らす。そしてあわよくば香織と雫という美少女を自分のものにしようと。

 近藤らを誑かし、廊下を歩いていたハジメを後ろから殴ることで昏倒させ、人目のつかないところに連れ込んだ。

 あとは香織が目撃した通り、ハジメをリンチし始めた。

 

 もしもハジメの体調が万全なら、天職を得たばかりの檜山達といえども無力化できただろう。戦う力を得たといっても檜山達は戦いの素人。六年前に本当の戦いを経験し、体も鍛えていたハジメの敵ではない。

 だが、ここ数日の錬成の練習と調べもののやりすぎによる寝不足から、ハジメは抵抗できなかった。

 

「何、しているのかな?かな?」

 

 その抑揚のない声を聴いた瞬間、檜山達は猛烈な悪寒を感じて手を止めた。

 振り向くと、そこには香織がいた。

 ただし、その目には光がなく、顔も能面のような無表情だ。

 

「い、いや、白崎さん。誤解しないで欲しいんだけど、俺達、南雲の特訓に付き合っていただけで……」

「ああ。言わなくてもいいよ」

 

 ニッコリと笑みを浮かべる香織。普段なら見惚れるほど愛らしいのだが、四人はなぜか恐怖を感じた。

 

「どうせ下らない理由と言い訳しか出ないんだし、聞く価値なんてないよね」

 

 ゆっくりと近づいてくる香織。だんだんとその威圧感は増していく。

 

「とりあえず……私のハジメ君から離れろゴミ」

 

 一瞬で檜山の前まで香織は踏み込む。そのまま右手で作った拳を檜山の鳩尾に叩き込んだ。

 

「ごばえっ!!??」

 

 途轍もない衝撃に、檜山は悶絶しながら倒れこむ。

 

「猛り天を駆ける力をここに。〝剛脚〟」

 

 何が起きたのか他の三人が理解しないうちに、持ち歩いていた紙の魔法陣に詠唱で魔力を流し、魔法を発動する香織。それは身体強化の魔法で脚力を強化する魔法だった。

 治癒魔法に秀でた才能を持っていた香織だが、それだけでなく身体強化の魔法も覚えた。理由は医学を学ぶ中で人体への理解が深まり、イメージがしやすかったからだ。

 

 体を一回転させながら、今度は近藤へ右足の蹴りを繰り出す。

 未だ呆然としていた近藤はその一撃をまともに腹に受ける。

 

「ぐばっ!?」

 

 魔法で強化されていたこともあり、近藤は大きく吹き飛ばされる。

 

「あ、こ、この!」

「な、なめんじゃ」

「うるさい」

 

 ようやく正気に戻った中野と斎藤だが、香織はすでに動いていた。

 二人の腕を掴むとそのまま振り回し、二人のバランスを崩して地面に倒す。

 そのまままずは中野の頭を踏みつける。

 

「ぐぼっ!?」

 

 その一撃で中野は意識を失い、動かなくなる。

 そして斎藤にはその頭を掴み上げ、そのまま地面に叩きつける。

 

「あがっ!?」

 

 その衝撃に斎藤は意識を酩酊させ、動けなくなる。

 

「うお、あ、な、なにが……?」

 

 ここで最初にダウンさせられた檜山が起き上がる。が、彼が見たのは香織によって叩きのめされた近藤達の姿。

 香織のあまりにも普段のイメージとは違う行動と、その強さに檜山は理解が追いつかなかった。

 

 そして、そんな檜山を見逃す香織ではない。

 再び香織は檜山に近づく。

 

「あ、ひ、や、やめて」

 

 そんな言葉に耳を貸さず、香織は檜山に近づくとその顔を蹴り上げた。

 

「あぶっ!?」

 

 その衝撃で舌をかんだ檜山の口から血が零れる。

 それに構わず、香織は檜山の股間を踏み潰した。

 

「ッッッ!!!???」

 

 そのあまりの痛みに檜山は意識を手放した。

 

「ハジメ君!!」

 

 邪魔者を排除した香織はハジメに駆け寄る。

 

「天の息吹、満ち満ちて、聖浄と癒しをもたらさん――〝天恵〟」

 

 今度は治癒魔法の魔法陣を取り出し、ハジメに香織。

 ハジメの殴られた跡や、魔法で付けられた傷が徐々に癒されていく。

 

「あ、か、香織さん?」

「うん。ハジメ君、大丈夫?」

 

 ここでハジメがうっすらとだが意識を取り戻した。

 そして少し周りを見渡し、檜山達が倒れているのと、香織が必死に自分を治癒しているのを理解すると、香織に小さな声で「ありがとう」と言った。

 それを聞いた香織は檜山達に向けたのとは180°異なる満面の笑みを浮かべると、ハジメを抱えて王宮の医療室に連れて行った。

 

 後には気絶した檜山達が残され、巡回に訪れた警備兵に発見されるまで放置された。

 

 

 

 その後、香織はハジメに付きっ切りで看病を行った。幸い重傷となる傷はなく、香織と王宮の治癒師たちの手で夕方には完治した。

 そのまま疲労の溜まったハジメを休ませていると、雫と愛子が見舞いに訪れた。

 ハジメが無事なことを確認した二人は安堵し、香織に何があったのか事情を聴いた。

 

 雫は翌日、訓練場で檜山達をそれはもう満面の笑顔で追いかけまわして扱きまくった。

 愛子は生徒たちが身に着けた力で道を外さないよう、より一層生徒たちへのメンタルケアを心掛けるようになった。特に檜山達には何度も声をかけるようになった。

 

 そして香織はそのまま丸一日ハジメの治療とお世話を行った。

 香織の献身でハジメはその日のうちに全快したのだった。

 

 ハジメが全快したその夜。ハジメと香織は訓練からいい笑顔で戻ってきた雫からメルドの通達を聞いた。

 

 明日、実戦訓練の一環として【オルクス大迷宮】へ遠征に行く。ついては武器のメンテナンス要員としてハジメも付いてくるようにと。

 

 

 

 運命が大きく動き始める。トータスだけでなく、地球、そしてデジタルワールドまで巻き込む大きな運命が動き始めたことをハジメはまだ知らない。

 




今回は説明回で、少し独自解釈があります。
トータスの魔法や魔法陣、アーティファクトの陰に隠れている魔法道具についてやハイリヒ王国に魔法部隊がない理由ですね。

そしてありふれでは欠かせない小悪党組。ハジメとのかかわりは今作ではこんな感じです。
原作でも豹変前のハジメは、檜山達のことを恨んでいるのではなく鬱陶しい存在と思っていました。ある意味、無関心に近かったので、今作ではこういう対応を取っていたことにしました。
学生生活で絡まれたら折角入学した国際進学科にいられなくなると考えたのと殴られた所を見た香織達を心配させてしまうので、殴られないようにしました。

ハジメを助けに入った香織さん。ちょっとキャラ崩壊したかなと思います。
本当はハジメが暴走してそれを止める展開にしようと思っていたのですが、ある方の小説を見て、ハジメを助けに入る香織っていいよねと思っていたら、肉弾戦ができる香織さんになりました。プリキュアかな?
アフターまで書けたら香織さんをプリキュアの世界に放り込むのも面白い気がしてきました。

マジカルスター様、Aitoyuki様、雲戸由紀夫様、異次元の若林源三様、カニチェ様
評価していただきありがとうございます。

さあ、いよいよオルクス大迷宮です。皆さんの予想を覆すのを頑張ります。

デジモン紹介
レナモン 世代:成長期 獣人型 属性:データ
金色狐の姿をした獣人型デジモン。レナモンは人間との関係がストレートに表れるデジモンで、幼年期の頃の育て方によっては、特に知能が高いレナモンに進化できると言われている。常に冷静沈着で、あらゆる状況下でもその冷静さを失わないほど訓練されている。
ルキのパートナーデジモンでより強くなるために、強いテイマーであるルキを選んだ。しかし戦いの中でギルモン達と過ごすうちに強さよりも、ルキと共にいることを望むようになり、二人は強い絆で結ばれた。

得意技は相手の姿をコピーして自身のテクスチャを貼り替える変化の術『狐変虚(こへんきょ)』。必殺技は鋭利な木葉を敵に投げる『狐葉楔(こようせつ)』。


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05話 月下の誓い 暗躍の影

ワクチンの副反応が思ったよりひどくなりまして、昨日投稿できませんでした。

現在は回復しました。でも二回目が少し怖いですねえ。


【オルクス大迷宮】とはハイリヒ王国内にある魔物が生息するダンジョンだ。

 全部で100層の階層で構成されており、地上から地下へと深く潜るにつれて強力な魔物が出現する。

 未だ最下層の100層まで至った者はおらず、かつて当時最強と言われた冒険者が65層で【ベヒモス】という強力な魔物に遭遇し、攻略を断念した。この時の65層というのが攻略の最高到達点となっている。

 そんなオルクス大迷宮だが、傭兵や冒険者、騎士団には訓練の場として非常に人気がある。

 なぜなら階層によって魔物の強さが固定化されるので、実力に見合った訓練が行いやすく、副産物として魔物の魔石が入手できる。

 魔石とは、魔物の体内にある核のこと。この魔石は魔法陣を作成する際の原料となる。魔法陣はただ描くだけでも発動するが、魔石を粉末にし、刻み込むなり染料として使うなりした場合と比較すると、その効果は三分の一程度にまで減退する。主に紙の魔法陣に使用されるため、需要はなくならない。

 したがってオルクス大迷宮のある宿場町【ホルアド】には訓練をする者と魔石で金稼ぎを行う者が集まり、大変賑わっていた。

 

「ここは王国直営の宿屋だ。今日はここに泊まり、明日迷宮に入る。しっかり休んでおけよ」

 

 ハジメ達を騎士団と共にホルアドに連れてきたメルドは、大きな建物の前に生徒たちを集めるとそう伝えた。

 もう日も暮れていたので生徒達はメルドの言葉通り宿に入り、夕食と入浴を済ませると宛がわれた部屋で体を休め始めた。

 ハジメも久しぶりの天蓋付きではない普通のベッドに腰を下ろした。

 

「やっぱりこういう所のほうが落ち着くよ」

「だな。俺たち庶民には豪華な部屋なんて三日だけで十分だ」

 

 ハジメの呟きに同室の浩介が答える。

 

「明日は迷宮でダンジョンの攻略かあ。異世界の定番イベントだな」

「ラノベで読むのならいいけれど、実際にやるとしんどそうだよね」

「だな」

「そうだ。浩介君に渡すものがあったんだ」

 

 そう言うとハジメは持ってきた鞄の中に手を入れる。やがて目当てのものを見つけるとそれを浩介に投げ渡す。

 

「なんだよこれ?」

 

 浩介は投げられたものをキャッチするとまじまじと見つめる。それは黒いケースだった。大きさとしては眼鏡ケースくらいだろうか。

 

「浩介君、例の派生技能[深淵卿]が使えないって言っていたでしょ?」

「?ああ、そうだけど」

「そこで僕は考えた。もしかしたら[深淵卿]の発動条件は君自身じゃないかって」

「俺自身?」

「[深淵卿]っていうのは君自身が作り出した仮初の姿。つまり分身(アバター)だ。それが何で派生技能になっているのか分からないけど、それを発動させる方法はきっとただ一つ……」

 

 ハジメの話を聞きながら、そのケースを開けた浩介は目を見開いた。

 

 まるで夜の闇を溶かし込んだような、純黒に染められたフレーム。

 フレームとほぼ同じ色でありながら、しかし闇の中でも輝く光沢を放つ一枚レンズ。

 そう、それこそかつて文化祭で一世を風靡した伝説の男の象徴――!!

 

「――君自身が深淵になるということだ――」

 

 スタイリッシュなサングラスだった。

 

「いやなんでだよ!?」

 

 思わず去年の黒歴史が蘇った浩介はケースの蓋を閉じると、ハジメに投げ返した。

ハジメは「おっと」と言いながらケースを受け止める。

 

「まあまあ。そう嫌がらないで」

「やめろ、それを押し付けるな!?」

 

 ケースを渡そうとするハジメに、それを拒否する浩介。二人はしばらくそんなやり取りを繰り返した。

 結局、浩介が部屋からも逃げ出そうとしたので、ハジメはケースを仕舞った。

 

「明日は迷宮に行くのにすげえ疲れたぞ」

「あはは。ごめんごめん」

「……なあ、ハジメ」

「何?」

「なんで俺たちこんなことしているんだろうな」

 

 突然、浩介はポツリと呟いた。それはさっきまでのハジメとのやり取りのことではない。

 

「本当なら俺たち、学校で昼飯食ってさ、午後の授業受けて、放課後は寄り道したり、買い食いしたりして、家に帰って家族と夕飯食べて風呂入って寝るはずだったんだ。

なのにいきなりこんな世界に連れてこられて、剣の振り方とか、魔法とか覚えさせられて、魔物を殺す訓練もした。そんで次はダンジョンで実践訓練だぜ?それが終わったらいつか魔人族とかいうやばい奴らと戦争するんだ」

 

 浩介は押し殺していたものを思いっきり吐き出し始めた。どうやらハジメと地球にいたころと同じようなやり取りをしたことで、押し殺していたものが溢れてきたようだ。

 

「ふざけんなよ!?なんで俺たちがこんなことやんなきゃいけないんだよ!!こんなのゲームとかアニメで充分なんだよ!!親父お袋兄貴真美に会いてえよ!!帰りてぇよ!!!うああああああああああああああああああああああああああっっ!!!!!!」

 

 それからしばらく浩介は声を押し殺して泣いた。ハジメは彼の慟哭を黙って聞き続けた。

 やがて溜まっていた感情を吐き出した浩介は、ハジメにバツが悪そうに頭を下げた。

 

「悪いハジメ。みっともないところ見せて」

「いいよ。僕も浩介君の気持ちはわかる。僕だって本当ならあの日、帰ったらパーティーの予定だったんだ。大切な友達の誕生日でね。こんなことにならなかったらってこの二週間、何度も思ったよ」

 

 召喚された日はハジメがガブモンをデジタマから孵した日だった。月曜日なので大規模なパーティーはできないけれど、家族でパーティーをして、いつか再会する決意を固めるつもりだった。

それがまさかの異世界召喚でできなかったことに、ハジメは密かに憤っていたのだ。

 この後、二人はお互いに王国やこの世界に対する不平不満をこれでもかと吐き出すことにした。

 

 

 

 二人が「教皇と国王は実は付き合っているんじゃないか?キスしていたし」「もしかしたらエヒト神も含めたエア三角関係かもしれない」と話していたら、部屋のドアがノックされた。

 

「やべえ、うるさかったか?」

「もしかして騎士団の人に聞かれていた!?」

「おいやべえぞ。背信者めとか言われて斬られるかもしれない!?」

「逃げる準備だ浩介君!香織さんと雫さんも連れて異世界旅だ!」

「おいそれお前らのいちゃつきを見せられる俺にとって拷問なんだが!?」

 

 慌てる二人。だが、扉の向こうから聞こえてきた声に落ち着きを取り戻す。

 

『ハジメ君、起きている?香織です。雫ちゃんもいます』

「なんだお前の正妻と本妻じゃんか。逢引かよ」

「その言い方は僕が最低の二股野郎に聞こえるから否定したいけど、自分でも否定できない……」

「落ち込むなって、悪かった。それより早く出迎えろって」

 

 項垂れそうになるハジメをドアのほうに押し出す浩介。

 押し出されたハジメはドアを開けると、香織と雫がいた。二人とも動きやすいインナーにズボンという軽装だった。

 

「こんばんは。ごめんね休んでいるのに」

「でもあなたたちも気をつけなさいよ。ちょっと廊下に声が聞こえていたわ」

 

 香織が詫びを入れ、雫が注意する。

 

「いやあ、ちょっと気が抜けていたというか。それで、どうしたの?」

「うん。ちょっと話をしたくて。中に入ってもいいかな?」

「え?ちょっと待って」

 

 ハジメは部屋の中の浩介に二人を仲に入れていいか確認を取る。否定する理由もなかったので浩介は了承。二人を部屋の中に招くと素早くドアを閉めた。

 部屋に通された二人は壁際の備え付けテーブルセットに腰掛ける。

 浩介は二人にお茶を出す準備をしていた。と言っても紅茶のような茶葉の入ったティーバッグを使って淹れているが。

 ハジメも浩介を手伝い、四人分のお茶の準備ができると二人の前に置き、ハジメと浩介もカップを手に持ってベッドに腰掛ける。

 四人が一口お茶を飲んで一息つくと、まずハジメが話を切り出した。

 

「それで二人してどうしたの?明日の連絡事項?」

 

 ちなみに、明日の迷宮での訓練ではこの四人でパーティーを組むことになっている。

 戦争不参加を表明した者たちのパーティーで、光輝などは治癒魔法が得意な香織や幼馴染の雫が自分のパーティーではないことにだいぶ不満げだったが。

 

「うーん、そういうのじゃないんだけどね」

 

 香織が言いにくそうにしていると、雫が代わりに答える。

 

「さっきまで横になっていたんだけど、この子が悪い夢を見たのよ。それで寝付けなくなって、会いに来たの」

「う、うん。ごめんねこんな理由で」

 

 申し訳なさそうにする香織。ハジメはそれに対し「かまわないよ」と言うと、明日に差し支えないように、少しでもその不安を取り除いてあげようと香織に夢の内容を尋ねる。

 

「ハジメくんが居たんだけど……何か大きなものと向かい合っていて……声を掛けても全然気がついてくれなくて……走っても全然追いつけなくて……それで最後は……」

 

 その先を言おうとして口を紡ぐ香織。なんとなく流れから想像できたハジメだが、静かに「最後は?」と続きを聞く。

 

「……ハジメ君が光になって消えてしまうの」

 

 不吉な夢だ。

 ただの夢だと思えればいいのだが、ここは魔法がある異世界だ。予知夢のような魔法があるかもしれない。

 

(ここで心配はいらないって言えればいいんだけれど)

 

 あいにくとハジメは楽観的ではない。それには六年前のデジタルワールドでの経験に理由があった。

 ついさっきまで言葉を交わしていたデジモンが、デ・リーパーに消される瞬間を見た。

 別行動していた仲間のパートナーデジモンが殺されていた。

 一緒に帰ったと思っていた仲間が、実はデ・リーパーに囚われていた。

 

 これでどうして明日の実戦で何も起こらないと言えるだろうか。戦いには不測の事態が起きる可能性は必ずあると、嫌でも理解している。

 だからハジメは自分にできる精一杯の言葉を伝えることにする。

 

「香織さん、僕たちはチームだ。香織さんの治癒魔法は僕たちを癒し、雫さんの剣は僕と香織さんを守る。僕は錬成で武器を直す。そして」

 

 ハジメは横にいる浩介の肩に手を置く。

 

「最強の暗殺者の浩介君が敵を倒す」

「え?俺!?」

 

 いきなりの言葉に紅茶を飲んでいた浩介がギョッとする。

 

「そうだよ浩介君。僕は浩介君こそ天之河君を超えるチートだと思っているよ」

「確かに遠藤君は最強ね。私でもすぐにあなたを見つけられるか分からないわ」

 

 ハジメと雫の賞賛に浩介はむず痒くなる。

 実際、ステータスは勇者である光輝には及ばないが、その認識しずらい体質を駆使すれば光輝でさえ手も足も出ない。

 

「僕たち個人なら危ないかもしれないけれど、仲間がいれば乗り越えられる。それで安心できないかな?」

 

 ハジメの言葉には経験に裏打ちされた安心感があった。

 それは香織の不安で弱った心を元気づけていく。

 

「なら私たちのリーダーはハジメ君だね」

「え?」

「そうね。私も異論はないわ」

「俺も賛成だ。何せ俺をちゃんと認識してくれるし、親友だからな」

 

 香織の提案に雫と浩介も同意する。

 香織と雫はハジメがテイマーというデジモンに指示をしていたことと、これまで一緒に過ごした日々での信愛から。

 浩介は自分を決して見失わない親友への友情から。

 

「僕がリーダーかあ」

 

 ハジメとしては自分にリーダーという器はないと思う。

それは彼にとってリーダーといえば、テイマーズのリーダーであるタカトのような存在だという固定概念があるからだ。

 頼りないと思われるタカトだが、ギルモンと一緒に大きく成長していったことで立派になった。

 デ・リーパー事件では一度決めた信念を貫く強さと、仲間を労わる穏やかな優しさでみんなを引っ張った。

 タカトこそリーダー、ひいては本物の勇者だと思っている。だからなのか、勇者の天職を得た光輝をハジメはどうにも受け入れられないのだ。

 

 それはともかく、今それを理由に断っても仕方ない。ならハジメはハジメにできること全部をやって三人の期待に応えようと思った。

 

「わかった。僕にできることを全力でやろう。みんなに恥じないリーダーとして」

「うん。お願いね、ハジメ君」

「頼りにしているわよ、ハジメ」

「一緒に乗り越えようぜ、親友」

 

 こうして四人は明日への決意を固める。

 しばらく四人は明日への打ち合わせと雑談をして夜を過ごした。

 やがて夜も更けてきたのでハジメと浩介は、香織と雫を部屋まで送っていった。

 

「それじゃあ、おやすみなさい。ハジメ君、遠藤君」

「いろいろありがとう。ハジメ、遠藤君」

「おやすみ。また明日」

「俺は何にもしてないけどな。おやすみ」

 

 二人がドアの中に入ろうとしたその時、ハジメはなぜか香織を呼び止めた。

 

「あ、香織さん」

「何?」

「もしよかったらなんだけど、これ渡しておこうかなって」

 

 ハジメは服のポケットからあるものを取り出す。

 それは一枚のデジモンカードだった。

 

「お守りだよ。まだ不安ならこれを持っていて」

「これって」

 

 香織が差し出されたカードを受け取ると驚いた。

 それは蒼い機械狼。ハジメとパートナーデジモンのガブモンが一体化した究極体デジモン、メタルガルルモン(X抗体バージョン)のカードだった。

 もちろんテイマーズ仕様のカードなので世界に一枚だけしかなく、香織は知らないが、ハジメとガブモンが一つになった姿であり、二人の絆を象徴するカードだった。

 

「これハジメ君の大切なカードだよね。受け取れないよ」

「いいんだよ。明日の迷宮攻略が終わってから返してくれれば」

「でも」

「このデジモンは僕が信じる最強のデジモンだ。そのカードがあればきっと安心できるよ」

「ハジメ君……」

「それじゃ、今度こそお休みなさい」

 

 今度こそハジメは香織と雫の部屋を後にする。香織はしばらくハジメの姿を眺めていたが、その手にあるカードを見ると顔を真っ赤にして部屋に入っていった。

 その後、カードを眺めてニマニマしていて雫に嫉妬されたり、余計に眠れなくなったりしたのだった。

 

 

 

■■■■■

 

 

 

(くそくそくそ!!!)

 

 ハジメが香織と話しているのを廊下の隅から眺めている人物がいた。

 それは数日前にハジメをリンチし、香織に叩きのめされた男子生徒の一人、檜山大介だった。

 彼は夜中に用を足しに行き、その帰りに話し声が聞こえたので覗いてみたのだ。

 そこにはハジメが香織ととても親し気に話していた。

 その姿に檜山は途轍もない屈辱を感じていた。

 

 地球ではパッとしない見た目の癖に、学年トップの成績で運動神経も良く、しかも香織と雫という最上級の美少女を侍らせている。

 これが光輝のようなイケメンなら檜山も対抗心すら湧いてこなかったが、一度格下だと見下した相手の評価を修正できるほど、檜山は物分かりが良くなかった。

 しかも異世界に来ればハジメは無能になり、自分は人類の切り札である神の使徒の一人だったことから、自分の見立ては間違っていなかったと思った。

 だからこそのあの集団リンチだった。なのに、ハジメは香織に助けられ、しかも今も逢引(浩介のことには気が付かなった)までしていた。

 自分のほうが優れているという妄想に取りつかれた檜山は、ハジメへの嫉妬と増悪が収まらずそのまま宿屋の中庭に行き、生えていた樹を殴りつけ続ける。

 

 そうやって鬱憤を晴らしていた檜山だが、突然彼の体が硬直した。

 

「がぁっ!!?」

 

 拳を振りかぶった状態で、何が起きたのか分からず目を白黒させる檜山の背後に黒い影が現れる。

 

「フフフっ。なかなか良い闇を持っているな少年」

(だ、誰だ!?まさか魔人族!?)

 

 この世界の人間族の敵を想像し、恐怖に襲われる檜山。仮に体を拘束している謎の力が消えても動けないだろう。

 そんな檜山の思考を読んだのか、影は話始める。

 

「私は魔人族ではない。しかし人間でも、亜人でもない。まあ、亡霊みたいなものと思ってくれたまえ」

 

 影は話をしながら檜山に近づく。

 

「それよりもあなたは欲しくないですか?」

(な、何が)

「力を」

(!)

 

 影の言葉が檜山の頭の中にするりと入っていく。

 

「すべてをあなたの思い通りにする力。誰もが称え、平伏す力。目障りな存在を虫けらのように叩き潰し力が」

(ほ、欲しい!欲しい欲しい欲しい!!南雲をぶち殺して。白崎を屈服させる力が欲しい!!)

 

 影の言葉は先ほどまで恐怖に震えていた檜山の心を、彼が内に秘めていた欲望一色に染め上げた。もしもこの檜山の心の動きを読み取れる第三者がいれば違和感を覚えるほどに。

 

「ではあげましょう。安心してください。対価は必要ありません。私は困っている人に手を差し伸べるのが大好きですから」

 

 そういうと影は右腕を檜山の首の後ろに突きつけ、人差し指を後頭部にそえる。

 するとその人差し指に小さな黒い塊が現れ始めた。それは夜の闇の中でもはっきりとわかる、暗黒のような色をした一センチほどの直系をした球体で、表面には鋭い棘が生えている。

 影はその球体が完全に出現すると、それを檜山の頭の中に埋め込んだ。

 

(うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!!???)

 

 途轍もない激痛が体中に走り檜山は絶叫を上げようとするが、影の力で拘束された体は声すらも出すことができず、心の中で叫びをあげることしかできなかった。

 

「そしてこの魔法陣もあげましょう。サービスです。明日の迷宮攻略、頑張ってください」

 

 激痛に耐えられず意識が薄れる中、影の残した言葉が檜山の頭に残された。

 

 

 

 翌朝、檜山が目を覚ますと彼は自分のベッドにいた。夢かと思ったが、枕元に見たこともない魔法陣が書かれた紙があり、夢ではないと悟った。

 なぜかのその魔法陣に書かれた式がすんなりと理解できた檜山は、なぜか軽い体と冴えわたる頭に疑問を抱かないまま、笑みを浮かべる。

 もしもその笑みを、未だ眠っている同室の近藤が見れば酷く怯えただろう。

 とても歪んだ醜い笑みだった。

 




少し短いですが切りがいいのでこの辺で。
今作では香織がすでに思いを伝えているので月下の誓いはチームでの誓いになりました。
遠藤ってこの時点でも光輝に勝てる可能性があると思っています。認識できないんだし、不意打ちなら高いステータスでも倒せるでしょうから。

そして檜山ですが、今作のオリジナル展開。デジモンネタではあるのですが、テイマーズではないですよね。わかる人がいたらちょっと嬉しいです。

simasima様 評価していただきありがとうございます。
評価者数が過去作を含めて最大数になり感謝です。


デジモン紹介はしばらくお休みします。
次話からいろいろ展開が変わってくると思いますのでお楽しみに。


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06話 オルクス大迷宮 悪夢の始まり

 オルクス大迷宮の入り口は、まるで地球の博物館のような入場ゲートになっていた。

 しかも受付窓口まであり、制服を着たお姉さんが受付をしている。まるでテーマパークだなとハジメは思った。

 ここでステータスプレートを確認し、迷宮での死亡者数を正確に把握するそうだ。

 入口付近の広場には露店なども並んでおり、それぞれの店の店主がしのぎを削っており、お祭り騒ぎだ。入り口は羽目を外した者が迷宮に入り込んで命を落とすのを防ぐ役目もある。

 そんな喧騒の中をハジメ達は物珍しそうに眺めながら、メルドたち騎士団の後に続いて迷宮に入っていった。

 

 オルクス大迷宮の中は表の喧騒と裏腹にとても静かだった。縦横5メートルの通路が続いており、明かりもないのに壁が淡く光っている。緑光石という特殊な鉱石が壁に含まれており、松明や明かりの魔法道具がなくても探索ができるようになっていた。オルクス大迷宮はこの緑光石の鉱脈に沿って作られているらしい。

 

 通路の中をハジメ達は騎士団の人たちに囲まれながら、各々で決めたパーティーで固まりながら進んでいく。

 一番前には勇者である光輝を要するパーティーで、ハジメ達のパーティーは一番後ろだ。

 

 やがて大広間に出た。ドーム状の大きな部屋で天井の高さは7、8メートルくらいありそうだ。

 全員が広間に入ると壁の隙間から灰色の毛玉のような魔物が湧き出てきた。それは壁から飛び出すと二足方向で立ち上がり、ハジメ達を威嚇し始めた。

 

「あれはラットマンかな」

「鼠男っていう割には鍛えているなあ」

 

 図書館の魔物図鑑で得た知識から、該当する魔物の名前を引っ張り出すハジメ。それに対し浩介は軽口をたたく。その魔物、ラットマンは八つに分かれた腹筋に膨れ上がった胸筋を振るわせながら襲い掛かって来る。

 メルドはすぐに指示を出し、光輝のパーティーが戦闘を開始した。

 

「ハアアッ!!」

 

 光輝が聖剣を振るい、数体のラットマンを一振りで仕留める。

 

「うおっしゃあッ!」

 

 その隣では天職が拳士である龍太郎が、空手の技と、衝撃波を繰り出す籠手と脛当を駆使してラットマンを殴り飛ばしている。

 そうして前衛の二人が時間を稼いでいる間に、パーティーの後衛の二人が魔法の詠唱を完了させる。

 

「「暗き炎渦巻いて、敵の尽く焼き払わん、灰となりて大地へ帰れ――〝螺炎〟」」

 

 放たれた螺旋の炎が残ったラットマンたちを焼き尽くす。

 見事な連携だったが、いささか威力が強すぎたようで魔石まで燃えてしまった。

 そのことでメルド団長からやりすぎを指摘され、後衛の二人は恥ずかしそうにする。

 

 戦うパーティーを変えるため、ハジメ達の後ろに光輝達が下がってくる。

 すると後衛を務めていた女子生徒の一人が香織と雫に近づく。

 

「カオリン、シズシズなんとかできたよ~」

「お疲れ様、鈴ちゃん」

「いい連携だったわ。ちょっとオーバーキルだったけれどね」

「あはは。ちょっと気合を入れすぎちゃった」

 

 女子生徒の名前は谷口鈴。高校生にしては小柄で、いつも明るくふるまっているその可愛らしい姿からクラスではムードメーカーのような存在だった。

 

「恵里ちゃんもお疲れ様」

「うん。少し怖かったけれど、何とかなったよ」

 

 そしてもう一人の勇者パーティーの後衛を務める少女の名前は中村恵里。鈴の親友で眼鏡におさげのおとなしい少女だ。図書委員でよく本を読んでいた。

 

「カオリンとシズシズも頑張ってね。ナグモンもちゃんと二人を守ってよね」

「それはもちろんだけど、僕らのパーティーはもう一人いるよ」

「え?誰だっけ?」

「……俺だよ」

 

 沈んだ声で浩介が答える。

 

「わっ!?居たの遠藤君!?」

「き、気が付かなかった」

「だよな。はははわかっていたさ」

 

 迷宮内でも浩介の体質は絶好調だった。

 

 そのまま先に進み、生徒たちは交代しながら魔物と戦っていき、遂にハジメ達のパーティーの出番が来た。相手はリザードマンのような魔物で10体ほどいる。

 

「さて、それじゃあ行こうか」

 

 まず動いたのはハジメだった。

 ハジメの格好は他の生徒たちと同じ動きやすいものだったが、その両手には武骨な籠手が着けられていた。

 その籠手が着けられた両腕をしゃがんで地面につけると、その籠手の中に用意した魔法陣へ魔力を流す。

 

(1から6番魔法陣起動。目標は敵の足元)

「〝錬成〟!」

 

 発動したのはハジメが使える唯一の魔法である〝錬成〟。しかし、それはメルド達の知っている魔法ではなかった。

 ハジメの魔力光である空色の光が迸り魔物たちに向かっていくと、足元の地面が勢いよく変形して襲い掛かった。〝錬成〟による鉱物の変形を地面に対して使ったのだが、その規模とスピードが桁違いだった。

 ある魔物は突然杭のように盛り上がった地面に体を貫かれた。

 ある魔物はトラバサミのようになった地面に足を噛みつかれ、転倒した。

 ある魔物は植物の蔦のように伸びた地面に絡めとられ、動けなくなった。

 他にも多種多様な方法で魔物たちは拘束されてしまった。

 

 ハジメの両腕の籠手には錬成の魔法陣が左右合わせて6つ仕込まれている。さらに籠手の下に着けている手袋にも二つ書かれているので、合計8つの魔法陣が手元にある。それをハジメは技能の〝並行思考〟を使って複数同時に起動させているのだ。

 これは錬成の訓練を応用したもので、魔法陣を範囲別・形・強度などを異なる式で同時に発動させることで、通常ではありえないような錬成を行っているのだ。しかもハジメはなぜか魔力の枯渇が起きないので連続で行える。参考にしたのは有名な機械の手足を持つ錬金術師の戦い方だ。

 

「香織さんお願い」

「灰となりて大地へ帰れ――〝螺炎〟」

 

 香織が杖を振るい、鈴と恵里が使ったのと同じ炎属性の魔法を放つ。炎は動けなくなった魔物の大半を燃やし、後には絶命した魔物の黒ずんだ死骸が残された。

 香織はクルリと杖を回し、再度構えると周囲を警戒する。

 

 香織の装備は回復魔法の効力を高める効果がある魔法陣が刻まれたアーティファクトの白い杖に、動きやすさ重視のパンツルックだ。レンジャーのような格好だが、その手に持つ白い大きな杖が致命的に似合っていない。

 最初は治癒師のオーソドックスな格好である純白の法衣のような服を用意されたのだが、動きにくいと香織が却下。活動しやすい冒険者風の服を自分で見繕ったのだ。

 

「はっ!」

「ㇱッ」

 

 香織の魔法でも倒せなかった魔物が何匹かいたが、拘束されたまま止めを刺されたり、突然首から血を噴き出したりして絶命した。

 パーティーの前衛を務める雫と浩介が、香織の魔法が放たれるのと同時に魔物に接近し、止めを刺したのだ。

 雫は香織のものと似た動きやすいパンツルックの服装に、腰のベルトにはハジメの作った刀を差している。まさに現在の侍ガールという格好で、非常に凛々しい。

 一方の浩介は暗殺者という天職に相応しい黒装束に、これまたハジメが作った小太刀を使っている。高い俊敏のステータスを持つ浩介は文字通り影となり、魔物を仕留める。もっとも、影になりすぎてハジメ以外誰にも気が付かれていないが。

 

 ハジメが錬成で魔物を拘束したり態勢を崩したりし、香織が魔法を放ち、残った魔物を雫と浩介が止めを刺す。移動時は浩介が先行し、進行先の安全を確保し、雫が後衛の二人を守りながら進んでいく。

 派手さはないが堅実な戦い方で効率よく魔物を倒すハジメのパーティーに、メルドは感心していた。

 特に、戦闘が得意な天職ではない錬成師のハジメが、地面を〝錬成〟で変形させるという方法で戦う姿はメルド達の常識を覆すもので、その柔軟な発想には驚かされっぱなしだった。

 

 訓練はその後も続き、生徒たちは迷宮の魔物を危なげなく倒した。

 中でも光輝達のパーティーはずば抜けていたが、その光輝達に負けず劣らずの活躍をする生徒がいた。

 

 それは檜山大介だった。

 

 檜山は近藤達とパーティーを組んでいたが、その3人が何かするよりも速く天職である軽戦士特有の身軽さで魔物に斬りかかると、雫顔負けの斬撃で魔物を倒す。しかも剣を振るいながらも詠唱を済ませていた魔法を、他の魔物に的確に撃ちこみ、爆散させる。結局、檜山一人で出現した魔物を全て倒してしまい、近藤達の出番はなかった。

 剣術と魔法を訓練時よりも上手く使いこなすその姿に、メルドは絶賛し、褒め称えた。

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 生徒達は危ない場面もなく、ついに一流とそれ以外を分けるという20階層に到達した。

 騎士団員がフェアスコープという、迷宮に仕掛けられたトラップを判別する道具で安全を確認しながらとはいえ、初日の訓練としては順調だろう。

 もしも生徒達が単独で進むとなると訓練の内容が違ってくるのだろう。

 今日はとりあえず、戦闘の経験を熟すということだった。

 

「本日はこの20階層までとする。21階層の階段を見つけたら戻る。これが最後の休憩だ」

 

 メルドの言葉に生徒たちは緊張を解き、座り込む。その周囲を騎士団が警戒する。

 

「三人とも武器を見せて。見てみるから」

「お願いね」

「悪いわね」

「頼む」

 

 香織はサバイバルナイフを、雫は刀を、浩介は小太刀をそれぞれハジメに見せる。

 魔石の剥ぎ取りにしか使っていない香織のナイフはあまり消耗していなかったが、残りの二人の武器は結構傷んでいた。

 ハジメは背負っているバッグから持ってきた鉱石の塊を取り出すと、それを武器に近づける。

 

「〝錬成〟」

 

 戦闘時とは違い、穏やかに魔法を使う。鉱石の塊から幾らかの塊が分離し、武器に纏わりつくと、みるみるうちに傷んだ部分が修繕される。

 修繕された武器を何度か振るうと、ハジメはそれぞれ持ち主に渡す。

 

「どうかな?」

「……うん。いい感じね」

「ばっちり元に戻ったぜ」

 

 雫と浩介も振るって武器の調子を確認すると、ハジメに笑顔を見せる。

 

「じゃあ次は体のほうだよ。傷はあるかな?」

 

 今度は香織が二人に話しかけ、二人の傷の具合を確認する。

 

 そうやって常にベストな状態を保とうとするハジメ達のパーティーを、メルドは今日何度目か分からない感心と一つの疑問を浮かべながら見ていた。

 

(今回の訓練で100点満点を与えるなら間違いなくあいつ(ハジメ)達だな。他の者たちに見られる力を得たことによる油断も、慢心もない。その中心にいるのはあの坊主(ハジメ)だ。まるで実戦を知っているかのような立ち振る舞いだ。

だが、光輝の話では異世界では戦う機会のない立場だったはず。ならなぜ?)

 

 ハジメへの疑問に頭を捻りながらも答えが出ることはなく、メルドは休憩の終わりが近づいていることに気が付くと再び探索の指示を出した。

 

 そして、光輝達を先頭に再び探索が始まった。

 

 しばらく21階層へ続く階段を探していたところ、メルド団長と光輝達が立ち止まった。

 

「魔物が擬態して潜んでいるぞ!よーく注意しておけ!」

 

 怪訝な顔をしていた生徒達も、周囲を警戒し始める。

 

 すると通路の一部がせり出してきた。それは変色しながら起き上がると、強靭な腕を胸に叩きつけ、ドラミングを始めた。

 まるでカメレオンのような能力をもったゴリラの魔物。それが三体現れた。

 

「ロックマウントだ!二本の剛腕に注意しろ!」

 

 メルドの注意が飛ぶ中、光輝と龍太郎が飛び出す。

 光輝が聖剣でロックマウントに斬りかかり、龍太郎が組み付いて力比べをする。そして後方の鈴と恵里が魔法の詠唱を始める。これまで繰り返してきた必勝パターンだ。

 問題なく倒せるだろうと思われたその時、一匹のロックマウントが少し下がると大きく息を吸い込み、胸を大きく膨らませた。そしてそのまま光輝達に向かって、階層中に響き渡りそうな大声を解き放った。

 

「グゥガガガァァァァアアアアーーーー!!」

 

「ぐっ!?」

「うわっ!?」

「キャッ!?」

「ううっ」

 

 光輝達の体をビリビリと衝撃が走り、ダメージ自体はないものの硬直してしまう。   

 ロックマウントの固有魔法“威圧の咆哮”だ。魔力を乗せた咆哮で一時的に相手を麻痺させる。

 その効果をもろに受けてしまい、光輝と龍太郎は動きが止められ、鈴と恵里は詠唱を中断してしまう。

 

 その隙にロックマウント達は通路に転がっていた大きな岩を持ち上げると、後方の鈴と恵里に向かって投げつけた。

 二人が慌てて避けようとすると、衝撃的な光景を目にして硬直してしまう。

 なんとロックマウントが投げつけた岩もロックマウントだったのだ。

 空中から筋肉ムキムキのゴリラが両腕を広げながら襲い掛かってくる光景は、まさにルパンダイブ。鈴と恵里の顔が青くなる。

 

「こらこら。予想外のことにも対応できるように心がけろ」

 

 それを冷静にメルドが切り捨て、二人を助ける。

 助けられた二人は、「す、すいません」と謝りながらも、先ほどの光景が気持ち悪かったのか青くなったままだ。

 それを見た光輝が仲間を狙われたことへの怒りに肩を震わせ、ロックマウントに向かって聖剣を振りかぶる。

 

「万翔羽ばたき、天へと至れ――〝天翔閃〟!」

 

 一気に振り下ろされた聖剣から光が迸り、そのまま飛ぶ斬撃となってロックマウントを斬り裂く。

 斬撃はそのまま壁まで飛んでいき、爆発を起こして破壊した。

 パラパラと部屋の壁から破片が落ちるなか、「ふぅ~」と息を吐きイケメンスマイルで鈴達へ振り返った光輝。危険な魔物は自分が倒した。もう大丈夫だ! と声を掛けようとして、メルドの怒号が飛んできた。

 

「この馬鹿者!!こんな狭い通路で使う魔法じゃないだろう!しかも一匹逃げているぞ!」

 

 龍太郎と取っ組み合いをしていた最後のロックマウントが、光輝に向かってその剛腕を叩きつけようと飛び掛かる。

 鈴たちのほうを向いていた光輝は避けるのが間に合わず、龍太郎も助けに行けないタイミングだ。

 メルドが身を挺して庇おうとするが、その前に一つの影が飛び出す。

 

「ひゃっはっ!死ねえ!!」

 

 アーティファクトの西洋剣を振るい、空中でロックマウントを斬り飛ばしたのは檜山だった。

 軽戦士のスピードを生かした身のこなしは、訓練時とは大違いだった。

 着地した檜山は仕留めたロックマウントを踏みつけると、光輝の方にニヤニヤとした笑みを向ける。

 

「おいおい、勇者様。ちゃんと相手を倒したかを確認しろよお。危うく人間族の希望がゴリラのハグで消えるところだったぜえ?」

 

 なんとも厭味ったらしく言い放った。

 顔を歪める光輝だが、事実だったため何も言い返せず、檜山から視線を逸らす。

 

 その後、光輝はメルドから感情的になり、通路の崩落を招きかねない魔法を使ったことと、最後のロックマウントのことを忘れてよそ見をしたことを叱責された。

 逆に光輝の危機を救った檜山はいいフォローだったと褒められた。

 檜山はそれに得意げになり、光輝と隊列の後方にいたハジメに見下すような目を向ける。

 

 光輝を龍太郎たちが慰める中、恵里がふと壊れた壁に目を向けた。

 

「何かな?キラキラしている」

 

 恵里が指をさす。その方へ全員が目を向けると、光輝の魔法が壊した壁の部分に緑光石の光が反射してキラキラ輝く、青白い鉱石があった。まるで光が結晶化して花になったかのような鉱石に、女子生徒たちがうっとりと見惚れる。

 

「あれはグランツ鉱石だね。確か魔法的な効果はないけれど、貴族の間でプロポーズするときに使われる貴重な宝石の原石だ」

「流石錬成師だな。よく勉強している。あれほどの大きさのグランツ鉱石は珍しいぞ」

 

 ハジメの解説にメルドが感心する。

 

「素敵だね、ハジメ君」

「あれで指輪とか作ったら奇麗になりそうねえ」

「迷宮の中なんだから自重しようよ、二人とも」

 

 香織と雫がうっとりとすると、ハジメに目を向ける。ハジメは気恥ずかしそうに目をそらす。

 そんなハジメに男子生徒たちの殺気を伴った視線が殺到する。

 なお、浩介はやっぱり誰にも気が付かれていなかった。

 

「だったら回収しようぜ!」

 

 グランツ鉱石に一番近い位置にいた檜山が、駆け出す。さっさと回収して自分の取り分にしたいようだ。

 

「こらまて!早まるな!」

「平気平気。壁に埋まっていたんだぜ?罠なんてねえよ!」

 

 メルドの注意に耳を貸さず、檜山はグランツ鉱石のもとにたどり着く。

 この時、メルドは檜山の言い分に少し納得してしまっていた。

 こういう鉱石を餌に探索するものを引き寄せるトラップは確かにあるのだが、そのどれもが見つかりやすい場所にある。

 ましてや、光輝が狭い通路内で崩落を招きかねない魔法を使ったことで、露出した場所にあるのだ。普通ならこんな場所に罠などあるはずがない。

 そう考えたが故に、メルドは檜山を強く止めることができなかった。

 

 それは結果的に最悪の事態を呼び込む。王国ができる遥か昔からある迷宮内で、たまたま起きた崩落によって壁の奥に隠されてしまっていた悪辣な罠を、数千年ぶりに起動させてしまったのだ。

 

「団長!トラップです!?」

「よせダイスケ!!」

 

 フェアスコープを使っていた団員の声に、ギョッとしたメルドが檜山を制止するも、すでに檜山はグランツ鉱石に触れていた。

 

 グランツ鉱石から巨大な魔法陣が広がり、生徒達と騎士団全員を包み込む。

 

「早く逃げろ!!」

 

 メルドは生徒達を逃がそうとするが間に合わず、彼らは光に包まれた。

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 その様子を通路の端にから眺める赤い瞳があった。

 迷宮の闇の片隅に同化した黒いコウモリだ。そして、その視線を共有して彼らの様子を眺めるのは、昨夜に檜山に接触した黒い影だ。

 周囲が闇に包まれた空間の中で、上質な椅子に座りながらハジメ達の様子を眺めていた。

 その手には赤いワインが注がれたグラスがあり、中身をゆったりと揺らしている。

 

「人間は愚かだ。少し力を得ただけで調子に乗り、自らだけでなく周りをも破滅に巻き込む」

 

 影は厚顔不遜なセリフで人間を批評しながらグラスに口をつける。

 

「だがそれゆえに私は君たちが愛おしい。その愚かさでもっともおっと踊ってくれたまえ」

 

 さっきとは打って変わって軽快な口調。影はコウモリを動かし、ハジメ達が転移した先を探し始めた。

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 一瞬の浮遊感。すぐに足が地面に付き、生徒たちはいきなりのことで尻もちをつく。

 

 ハジメは何とか倒れるのを堪え、すぐに周囲の状況を確認する。

 

(場所が変わった?これって召喚された時の魔法!?)

 

 そこはさっきまでいた洞窟の中のような通路ではなかった。

 巨大な石造りの橋の上だった。ざっと百メートルはありそうでハジメ達はその中央に飛ばされたようだ。おそらく先ほどの魔法は、ハジメ達を召喚したのと同じ転移魔法だったのだろう。

 橋から天井も高く二十メートルはあるだろう。橋の下からはびゅうびゅうという不気味な風の音が聞こえる。まるで奈落の底から吹く厄風だ。

 

 橋の横幅は十メートルくらいありそうだが、手すりどころか縁石すらなく、足を滑らせれば掴むものもなく奈落の底に一直線だ。橋の両サイドにはそれぞれ、奥へと続く通路と上階への階段が見える。

 

 それを確認したメルドが、険しい表情をしながら指示を飛ばした。

 

「すぐ立ち上がってあの階段に急げ!グズグズするな!!」

 

 訓練の時でも聞いたことのないメルドの怒声に、茫然としていた生徒たちが弾かれたように駆け出す。

 しかし、状況はさらに悪くなる。

 階段側の橋の入口に現れた魔法陣から大量の魔物が出現した。剣を手に持った骸骨たちが魔法陣から無尽蔵に現れ始める。

 更に、通路側にも魔法陣は出現し、そちらからは一体の巨大な魔物が現れる。

 凡そ体長は10メートル。四足歩行に頭部には長い二本の角がある兜のようなものがある。まるで地球の恐竜、トリケラトプスに酷似した魔物だ。もっとも草食のトリケラトプスにはない鋭い爪と牙に、角には炎が揺らめいているが。

 現れた巨大な魔物を呆然と見つめるメルドは、信じられないと思いながらも、その魔物の名前を呟いた。

 

「――まさか……ベヒモス……なのか……」

 

 旧約聖書において、陸の怪物として語られる怪獣。それと偶然にも同じ名前を持つ魔物は、階層全体に響く咆哮を上げる。

 

「グルァァァァァアアアアア!!」

 

 悪夢が始まった。

 




またもや長くなりました。ハジメVSベヒモスまで行きたかったのに。
ここからはありふれを書く上で運命の分水嶺なので気合を入れて書いていたら長くなりました。

ハジメの戦い方は複数の魔法陣を並行して発動させることで、エドワード・エルリックのように戦うという感じです。他にも近接戦もできる設定なのでそちらは次回に。

檜山君がまさかの大活躍。勇者を助けるという役目を果たしました。原作と違い雫がいないので代わりに助けに入りました。

始めてのアンケートを行います。
内容はあとがきでやっていましたデジモン紹介を本文中、ハジメ達がデジヴァイスで情報を読み上げた後に載せるか、今まで通りあとがきでやるかです。
これからデジモンの出番が増えるので、デジモンを知らない方でもわかりやすくしたいと思い、でも本文中でやると展開のスピード感とか損なわれないかなとも思いまして、アンケートでやるという形を取らせていただきます。


タイヨー様 評価していただき誠にありがとうございます。

次回はようやくハジメの力が目覚めるときです。お楽しみに。


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07話 目覚めろ友の力! 悪夢をぶっ飛ばせ!!

少し時間がかかりましたが書けました。

ハジメの力の一端が発揮されます。

ちなみにタイトルはデジモンアドベンチャー39話から。無印のほうです。


 いきなりの転移から無数の骸骨、さらには狂暴な怪獣の出現に、生徒たちは完全に恐慌状態になってしまった。

 

 我先にと逃げ出す生徒達。騎士団員が落ち着けようとするが、ついこの間まで平和に暮らしていた高校生達に、恐怖を押さえつけて冷静に振舞わせるのは不可能だった。

 そこに骸骨の魔物、本来なら38階層に出現するトラウムソルジャーが襲い掛かってくる。

 たちまち乱戦となり、生徒たちはさらにパニックに陥る。

 

 ただ一人の例外を除いて。

 

 一人の女子生徒が後ろから突き飛ばされて転倒する。「うっ」と呻きながら顔を上げた彼女、園部優花の目の前で一体のトラウムソルジャーが剣を振りかぶっていた。

 

「あ」

 

 死んだ、と思った。異世界に連れてこられて、帰ることもできずに、こんなにあっさりと死ぬ。そう思った次の瞬間、優花の目の前に誰かが割り込んできた。

 

「はっ!!」

 

 左腕にはめた手甲で剣を受け流し、そのまま剣に触れる。「〝錬成〟」と呟くとトラウムソルジャーの剣は形を崩し、手甲と一体化する。

 武器を失ったトラウムソルジャーに、手に入れたばかりの剣を振るうことで袈裟斬りにする。

 体を斬り裂かれたトラウムソルジャーは崩れ落ち、動かなくなった。

 

「大丈夫? 園部さん」

 

 優花は助けに入った人物、ハジメを呆然と見上げた。

 

「落ち着いて対処して。確かに今までの魔物よりも強いかもしれないけれど、騎士団の人の方が強い。だったら冷静になれば勝てるよ。こんな風にね」

 

 奪った剣を手甲から取り外したハジメが、「〝錬成〟」と両手を地面につき、短い詠唱を唱えると、周囲で生徒達に襲い掛かっていたトラウムソルジャー達の足元が隆起し、体勢を崩す。

 隆起した地面はそのまま鋭い棘となり、トラウムソルジャーを刺し貫く。

 これによりトラウムソルジャー達は死ぬか、動けなくなった。

 

「ね?」

 

 いやそんなことできるのはあんただけ、と優花は言いたかったが、笑顔で言い切るハジメに手を引かれ立ち上がらせられると、背中をバシッと叩かれた。

 ハジメの平然とした姿に勇気づけられた優花は「うん! ありがとう南雲!」と元気に返事をして駆けだした。

 

 優花が他の生徒の手助けをしながらトラウムソルジャーと戦い始めるのを見送ったハジメは、自身も錬成と格闘術で戦う。

 

 戦いながら、改めて周囲の状況を確認する。

 殆どの生徒がパニックに陥り、武器や魔法をめちゃくちゃに使っている。このままではトラウムソルジャーに殺される以外に、味方の誤爆や橋からの落下で死者が出る可能性が高い。

 

「ハジメ君! 大丈夫!?」

「ハジメ! ダメ、みんな混乱している」

 

 そこに香織と雫がやってきた。彼女たちはハジメの指示でみんなを落ち着かせようとしていた。だが、うまくいかなかったらしい。

 とりあえず、四人は背中合わせになりながら、トラウムソルジャーを倒しつつどうするか相談を始める。

 

「状況は悪い、な!」

「このままじゃ誰か死んじゃう、よッ!」

「アランさんがまとめているけど、無理みたいッ!」

 

 ハジメがトラウムソルジャーを投げ飛ばし、香織が杖を昆のように振るって薙ぎ払い、雫が刀でトラウムソルジャーの頭を斬り飛ばす。

 時折、香織の魔法とハジメの錬成で危ないクラスメイト達の援護をする。

 しかしそれでも状況はよくならず、パニックも収まらない。

 

「メルド団長は?」

「あのトリケラモンみたいなやつのところ!」

「足止めしているの?」

「あれは……」

 

 ハジメの問いに雫はベヒモスのほうを見る。そこでは騎士団員達が、光り輝く障壁でベヒモスの突進を押しとどめていた。そして、騎士団に命令をしながら光輝と言い合いをしているメルドの姿があった。

 

「あのバカ、何やっているの?」

 

 雫は眉を顰めながら、見たものをハジメと香織に伝える。

 

「天之河君もあそこか……」

 

 それを聞きハジメは難しい顔をする。道理でパニックが収まらないはずだ。メルドと光輝というまとめ役の二人がいないのだから。

 

「ハジメ君、どうする?」

「……やることは三つだ」

 

 そう言うとハジメは錬成で周りのトラウムソルジャーを薙ぎ払い、会話する時間を作る。

 

「一つ。骸骨の増殖を止める。あの魔法陣を破壊すれば何とかなると思う」

「でも、どうやって?」

「骸骨が多くて近寄れないわ」

「大丈夫だよ。……頼めるかな、浩介君」

 

 ハジメが声をかけると、そこに黒装束の浩介が現れた。

 

「え? 遠藤君!?」

「いつの間に!?」

「さっきからいたよ! 背中預けていたじゃん!!」

 

 確かに、さっき四人(……)で背中合わせになっていた。しかし、香織と雫は気が付いていなかった。

 

「やっぱ俺にはハジメしかいないんだ。もう南雲家の執事にでもなろうかな……」

「いや、うちは確かに稼いでいるけれど執事雇うほどじゃないよ。そんなことよりも魔法陣の破壊、頼んでいいかな? できそう?」

「……無理だ。白崎さんの言う通り近づけねえ」

「無理にやらなくてもいい。状況が動いたときに、できると思ったらやってほしい。やろうとしている人がいるだけで十分だから」

「わかった」

 

 浩介の返事を聞くと、ハジメは残る二つを教える。

 

「二つ。パニックを収めること。そして最後の三つ、撤退を指揮するリーダーを連れてくること」

「二つ目は三つ目を満たせればいいわね。まとめるリーダーがいないからパニックになっているんだし」

 

 雫の言葉にハジメは頷く。そのためにやらなければならないこともわかっている。

 

「……天之河君を連れてこよう。彼の火力があれば、パニックを収められる……かもしれないし、撤退を指揮できる……はず」

 

 ハジメはそう言うと光輝の元に駆け出そうとする。

 

「待ってハジメ! 私が行くわ。私なら光輝を説得しやすい」

 

 それを雫が引き留め、代わりを申し出る。

 

「雫さん、でもあそこは危険だ」

「大丈夫。私俊敏のステータスが高いし、こういう役目は小回りが利いたほうがいいと思うの」

 

 雫はそう言うが、ハジメはいい顔をしない。

 

「ハジメ。あなたが私の身を心配してくれているのはわかる。でも、私もいつまでもあなたに気にかけてもらっているだけなのは嫌なの。だからお願い。私を信じて」

 

 その言葉にハジメは渋々ながら雫を送り出すことにした。

 

「わかった。でも危ないと思ったらすぐに戻ってきて。僕も危ないと思ったらすぐ駆けつけるから」

「ええ。信じてくれて、ありがとう」

 

 雫は微笑み、メルドと光輝のところに駆けて行った。

 

「む~」

「どうしたの? 香織さん」

「なんだかハジメ君と雫ちゃんのやり取りが狡いなぁって」

 

 主人公とヒロインだよ、と不貞腐れながら、香織は近づいてきたトラウムソルジャーを身体強化した脚で蹴り飛ばす。

 

「そもそも最初に告白したのは私なのに、最近雫ちゃんを構いすぎじゃない?」

 

 別のトラウムソルジャーが突き出してきた剣を躱すと、その腕を絡めとり、投げ飛ばす。

 地面に倒れたトラウムソルジャーの頭部を杖で突き刺し、止めを刺す。

 

「私だってハジメ君のことが大好きなんだからね! ──〝光刃〟」

 

 光系初級攻撃魔法の光の刃が放たれ、少し離れたところで生徒の死角から襲い掛かろうとしていたトラウムソルジャーを貫く。

 

「ふん」

「えーっと、なんかごめんなさい」

「埋め合わせ、ちゃんとしてよね」

「はい。ここから帰ったら誠心誠意お付き合いします」

「よろしい」

 

 少し腰が引けているハジメの返事に、香織は満足そうに頷く。

 それを見て、敵わないなあと思うハジメ。

 香織だけじゃない、雫にも何だかんだ勝てたためしがない。

 

 恵まれていると思う。こんな魅力的な女の子達に好意を寄せられていること。

 同時に情けなくも感じる。彼女たちの伝えてくる好意に、しっかりと応えられない自分が。

 でも、逃げてはいけない。必ず二人の思いに応えなければいけない。そのためにも今はこの場を生き残るのだ。ハジメが改めて覚悟を決めた。だが次の瞬間、ベヒモスを押しとどめていた騎士団員の方からとてつもない轟音、そして衝撃が走った。

 

「「雫さん(ちゃん)!?」」

 

 ハジメと香織がそちらを見ると、そこにはボロボロの障壁と粉塵に包まれたベヒモスの姿があった。どうやら障壁が破られたわけではないようだ。

 しかし、生徒達が突然の事態にそちらの方に目を向けている。パニックは一時的に収まったようだが、トラウムソルジャー達はまだ襲い掛かってきている。

 

「まずい、香織さん!」

「うん」

 

 二人は改めてトラウムソルジャーを押しとどめるために戦闘を開始した。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 少し時は遡る。ベヒモスが三人の騎士団員が三人がかりで展開した光系上級魔法〝聖絶〟の障壁を破壊するために突進を繰り返していた頃。

 メルドと光輝、そして龍太郎は言い合いをしていた。

 

「ええい、くそ! もうもたないぞ! コウキ、早く撤退しろ! お前たちも早く行け!!」

「嫌です! メルドさん達を置いていくわけにはいきません!」

「そうだぜ! 俺達だって戦えるんだ! だったら一緒に戦った方が良い」

「こんな時に我儘を言うな!」

 

 ベヒモスの攻撃により、障壁に罅が入る。破られるのは時間の問題だと思ったメルドが、光輝に後方に行き撤退するように促すが、メルド達を置いていくことに難色を示した光輝達が自分も戦うと言い張ってきた。

 このような限定された空間では、巨体を持つベヒモスの攻撃を避けるのは不可能。よってこの場を離脱するには障壁を展開したまま、押し出されるように下がるしかない。しかし、それもパニックになった生徒達がいては不可能だ。下手をすればベヒモスの攻撃に生徒達が巻き込まれてしまう。

 離脱と撤退。これらを行うには離脱を光輝、撤退をメルドが担うしかない。それを説明しているのだが、光輝は自分の力なら、ベヒモスを倒せると思っているようで戦おうとする。そんな親友に龍太郎も同調する。

 

 それは自身の失態で転移トラップを露出させてしまったことによる自責の念と、勇者なのに檜山に助けられてしまった不甲斐なさを払拭しようとする焦燥感の表れだった。

 

「何をやっているの光輝! 龍太郎も!」

 

 そこに雫が駆け付けた。

 

「雫来てくれたのか!」

「シズク! 早くコウキを連れて撤退するんだ!」

「わかりました! 撤退するわよ光輝、龍太郎!」

 

 雫はメルドのいうことを聞き、光輝の腕を掴み後ろへ連れて行こうとする。

 しかし、光輝は動かずそれどころか、

 

「ダメだ! メルドさん達を見捨てて逃げるなんてできない!! 俺は勇者なんだから!!」

「俺もだ。仲間を見捨てるなんてダセェ真似できないぜ!」

「ちょっと!?」

「よせコウキ!! リュウタロウ!!」

 

 雫の腕を振り払い障壁の前に出る。龍太郎も光輝の隣に並ぶ。

 

「──〝天翔閃〟」

 

 光輝は聖剣を振るい、ロックマウントを瞬殺した魔法を放つ。しかし、ベヒモスの強固な外殻に傷一つつけることができず、魔法は弾かれて消える。

 

「なっ!?」

 

 自身の魔法が効かなかったことに動揺する光輝。

 

「光輝! 俺が時間を稼ぐぜ!」

「龍太郎……頼んだ!」

 

 龍太郎がベヒモスに突貫する。その間に光輝は今の自分が出せる最大の技を放つため、聖剣を構えると、

 

「〝限界突破〟!」

 

 〝限界突破〟──一定時間、全てのステータスを3倍にする技能を発動させる。まさに切り札といえる技能だが、効果が切れると途轍もない疲労感に苛まれるデメリットがあり、そうなってしまえば戦闘行為ができなくなる。

 

「神意よ! 全ての邪悪を滅ぼし光をもたらしたまえ! 神の息吹よ! 全ての暗雲を吹き払い、この世を聖浄で満たしたまえ!」

「ああ、もう!」

 

 光輝が詠唱を始めるのを見た雫は当初の目論見が崩れたことを悟った。例え今連れ戻そうとしても、光輝は詠唱を止めないし、トラウムソルジャーを切り抜ける前に〝限界突破〟の効果が切れれば、皆を率いて撤退できない。

 唯一何とかなるのは、光輝の攻撃でベヒモスを倒すことだけになってしまった。

 

「メルドさん、ごめんなさい!」

「シズク!!」

 

 雫はベヒモスの気を引いている龍太郎に加勢する。一人で時間稼ぎをしていた龍太郎は結構ボロボロになっており、雫の横やりで何とか一息ついた。

 やがて、光輝の詠唱が終わる。

 

「神の慈悲よ! この一撃を以て全ての罪科を許したまえ! ──〝神威〟!」

 

 構えた聖剣をベヒモスに向かって真っすぐ浮き出す。聖剣から極光が迸り、それは光の砲撃となりベヒモスへと直撃した。

 

 これがハジメ達が見た光景。〝限界突破〟で強化された光輝の〝神威〟はベヒモスを光で飲み込み、爆発。橋に罅が入るほどの衝撃を伝える。

 ベヒモスの姿は爆発によって生じた粉塵に包まれて見えない。

 

「これなら……はぁはぁ。うっ」

 

 光輝は疲労感から膝をつく。まだ〝限界突破〟の効果は続いているが、今の一撃にかなりの魔力を込めた。残る魔力はごく僅かだ。

 

「はぁはぁ、流石にやったよな?」

「だといいけれどね……」

 

 光輝のもとに龍太郎と雫がやってくる。回避を中心に動いていた雫はそこまでではないが、龍太郎はボロボロだった。

 

 やがてベヒモスを覆っていた粉塵が晴れた。その先には……。

 

 体表に多少の火傷を負ったベヒモスがいた。

 

「嘘……だろ……」

 

 光輝は目の前の現実を信じられないという表情で見る。

 ベヒモスは光輝を激しい怒りを宿した目で睨みながら、再び咆哮を上げる。

 するとベヒモスの角が赤く染まり始める。キィィ──という音を立てながら高熱化していき、さらにそれは頭部の兜全体まで広がっていく。

 

「逃げろおおおおっっ!!」

「ッああああああああ!」

 

 メルドの声に弾かれるように雫が光輝と龍太郎の腕を掴んで走り出す。火事場の馬鹿力なのか、二人が無意識に足を動かしたのかギリギリ騎士団員が張っていた障壁の内側に滑り込むことができた。

 それと同時に頭部をマグマのように燃え滾らせたベヒモスがジャンプ。まるで隕石のように落下してきた。

 その威力は途轍もなく、ボロボロだった障壁ではその衝撃を多少和らげるのが精々。幸い、直撃はしなかったが、障壁は破壊され、雫達は吹き飛ばされてしまった。

 

「きゃああああああああっっ!!!??」

 

 視界が上下左右、滅茶苦茶になりながら転がる雫。幸い橋から転がり落ちるということはなかった。

 ようやく止まるが、全身を痛みに苛まれ、立ち上がれない。

 それでも何とか顔を上げるが、すぐにその顔が絶望に染まる。

 

「あ……ああ」

 

 目の前にベヒモスの凶悪な顔があった。未だ強い怒りを宿すその目を見たとき、雫の脳裏に六年前の光景がフラッシュバックした。

 町に突然現れたサラマンダモン。

 その巨体で周囲を破壊し、炎をまき散らす。やがて、その脅威は無力な雫の命を刈り取ろうとしてくる。

 その時の恐怖が蘇り、雫の体と心を縛る。

 そして、ベヒモスがその角を振り下ろし、雫たちへ止めを刺そうとしたその時──!! 

 

 

 

「全魔法陣発動──〝錬成〟!!!」

 

 

 

 両腕の手甲に手袋、さらに隠し玉の靴に仕込んだ合計10個の魔法陣を全部使った〝錬成〟を発動させる。

 錬成された地面は今まで以上の規模と速度で動き、ベヒモスを拘束していく。

 それを成したのは六年前と同じ、雫を助けた人物。

 南雲ハジメだった。

 

「大丈夫雫ちゃん!?」

 

 駆け寄ってきた香織は雫に治癒魔法をかけ始める。その効果により雫は何とか動けるようになる。

 

「か、香織。なんでここに?」

「それは私のセリフだよ! すごい衝撃があったと思ったら雫ちゃんたちが転がってきたんだから!」

 

 香織の言う通り、雫たちはベヒモスの攻撃によりハジメ達のいるところまで吹き飛ばされてきたのだ。

 そのせいでベヒモスが生徒たちの近くに来たことで、パニックはさらにひどくなっている。

 

「し、雫。だ、大丈夫か……?」

 

 光輝が体の痛みに顔をしかめながら近づいてくる。

 どうやら〝限界突破〟の効果は切れてしまったらしく、ベヒモスの攻撃による傷だけでなく、〝限界突破〟の副作用で酷い倦怠感にも苛まれているようだ。

 これではトラウムソルジャーの群れを蹴散らす火力は出せないだろう。

 

「香織さん! よく聞いて!!」

「何ハジメ君!?」

 

 ベヒモスを錬成した地面で押さえているハジメが香織に声をかける。余裕がないのかその声には焦りが隠せていない。

 

「倒れている人を治して下がるんだ! ベヒモスは僕が引き受ける! メルドさんならみんなをまとめてくれる!! 早く撤退するんだ!!!」

「それは……でもハジメ君が!」

「急ぐんだ!! 早くしないと死人が出る。──任せたよ?」

 

 ハジメは香織のほうを振り返り、少し笑った。

 それを見た香織は、何かを言いたそうにしたが、何かを堪えるように唇を噛み締めると、首を縦に振った。

 そこに光輝が割り込む。

 

「ま、待て南雲。俺があいつを」

「今の天之河君じゃ邪魔だ! 早く下がって!」

「じゃ、邪魔? そんなことない、うっ」

 

 ハジメの言葉に反論しようとするが、力が入らないのか膝をつく。そんな光輝を香織は治癒魔法をかけながら引きずっていく。

 それを見届けたハジメは、より一層錬成に集中する。

 

「さあ、しばらく僕と付き合ってもらうよ」

 

 ベヒモスはハジメの拘束から逃れようとするが、その度にハジメが錬成しなおして拘束し続ける。まるで獲物を締め上げようとする大蛇のようだ。

 

「天の息吹、満ち満ちて、聖浄と癒しをもたらさん──〝天恵〟。大丈夫ですかメルドさん?」

「ああ、大丈夫だ」

 

 その間に、香織はハジメに言われたように倒れていた人たちを動けるように治していく。そして今治癒したメルドにハジメの言葉を伝える。

 メルドはベヒモスを抑えるハジメのほうを見る。

 この中で唯一の非戦系天職である錬成師であるはずのハジメに、命運を託す事態を招いてしまった自身の監督不行き届きを恥ながら、彼の覚悟に応えるために立ち上がる。

 

「ハイリヒ王国騎士団! 急いで退路を確保しろ! 生徒たちはいい加減落ち着け!」

 

 騎士団へ素早く指示を出し、生徒達を叱咤する。

 メルドはそのままトラウムソルジャーを倒しながら、声を張り上げ続ける。団長として騎士団を束ねる彼の声は徐々に生徒達を落ち着かせていく。

 

「お前たち今まで何をやってきた! 訓練を思い出せ! さっさと連携を取って撤退せんか!」

 

 メルドの言葉に、生徒達はベヒモスを抑えるハジメを見て驚き、慌てて連携を取って撤退行動をとり始める。

 香織は光輝の治療をしながら、道を切り開いていくメルドの後ろに続く。

 生徒達もトラウムソルジャーを倒しながら、メルドに率いられる形で上に上る階段に向かい始める。

 

 これならなんとかなるとメルドが思ったその時、ベヒモスを押さえていたハジメのいる場所から再び轟音が響いた。

 

「グガアアアアアアアアアアアアッッ!!!」

 

 なんとベヒモスが頭部から集めていた熱を放出することで、錬成による拘束を吹き飛ばしていたのだ。

 しかもハジメのもとに数体のトラウムソルジャーが向かっており、ハジメはそれにも対処しなければいけなくなっている。

 このままではハジメがやられてしまう。そうなればベヒモスが解き放たれてしまい、撤退が間に合わなくなる。

 

 メルドがもうだめかと思ったその時、ハジメに向かって一人の少女が駆け出した。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 拘束していたベヒモスが、頭部に集めていた熱を放出した。その衝撃にハジメは錬成した地面で体を固定することで堪える。

 衝撃が止み、顔を上げる。ベヒモスは頭部の赤熱化状態が解けているが未だ健在だった。

 しかもその目にはより激しい怒りが浮かんでおり、その対象はハジメだ。

 

「……成熟期クラスってところかな」

 

 その威圧感からベヒモスの強さを、よく知るデジモンのレベルになぞらえて、凡そ見積もるハジメ。

 それはデジモンに例えるなら成熟期並みというものだった。つまりデジモンとして完成された強さということ。

 侮れる相手ではない。

 

「大丈夫だ。完全体や究極体ほどじゃない。まだまだいける! 〝錬成〟」

 

 しかし、ハジメは自分自身に強がりを言い聞かせて再び戦いに臨む。錬成された地面が盛り上がり、ベヒモスを拘束しようとする。

 だが、ハジメにとって悪い事態が二つ起こる。

 一つは錬成に使っていた地面、正確には石でできた橋が先ほどのベヒモスの一撃で吹き飛び、錬成に使える部分が減ってしまっていた。さっきまでと同じように錬成し続ければ、橋が崩壊する可能性が高くなる。

 そしてもう一つは香織達が見ていたトラウムソルジャーだ。数体がハジメに向かってきていた。

 限られた素材でベヒモスを拘束するために思考の殆どを回しているハジメには、その数体のトラウムソルジャーへ対処するだけでも、ベヒモスに対して致命的な隙を晒してしまう。

 だがそれでも、ハジメは生き残るためにトラウムソルジャーに対処するしかない。

 ベヒモスを拘束するのに割いていた思考を、トラウムソルジャーを倒すために回そうとしたその時。そのトラウムソルジャーは後ろから現れた何者かに斬り捨てられた。

 

「ハジメに近づくんじゃないわよ!」

 

 それは香織の治療により回復した雫だった。

 彼女はその高い俊敏を生かしながら走り、ハジメの傍に戻ってきたのだ。

 

「ハジメ!」

「雫さん!? なんで」

「なんでもどうしてもじゃない! 私はあなたの護衛でしょ!?」

 

 そう、召喚された次の日に開いた異世界会議で、雫はハジメ達の護衛を行うと決めた。そのために訓練を積んできた。

 それをさっきハジメに助けられたことで改めて思い出し、フラッシュバックした過去の恐怖を振り払い、駆け付けてきたのだ。

 

「それに私はもう十分守ってもらえた。さっきも、六年前も! だから、今度は私が護るわ。絶対に、あなたを死なせない!!」

 

 雫は刀を構えて、ハジメをトラウムソルジャーから守るように立ちふさがる。

 

「だからあんな奴、倒して!」

「雫さん……うん! 任せて!」

 

 雫の覚悟に応えるため、ハジメは再びベヒモスに向かい合う。

 

「〝錬成〟〝錬成〟〝錬成〟〝錬成〟〝錬成〟〝錬成〟〝錬成〟〝錬成〟」

 

 使える素材になる橋はもうボロボロだ。崩さないために慎重な錬成が必要になる。

 ベヒモスの動き、橋の状態、錬成する速度に密度。他にもこの場にある全ての要素を観測し、計算して、魔法を起動させていく。

 いつしかハジメの思考はとても深い、極限ともいえる集中状態に入っていった。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 雫がそれに気が付いたのは、向かってきていたトラウムソルジャーを全て倒した時だ。

 その頃には生徒達も落ち着きを取り戻しており、トラウムソルジャーの数を減らしていた。

 

 なお、その時魔法陣を破壊しようと浩介が動いていたが、誰も気が付いていなかった。

 

 それでもまだ撤退は完了しておらず、ベヒモスを何とかしなければいけない。

 ハジメは大丈夫だろうかと振り向いた。

 

「〝錬成〟〝錬成〟〝錬成〟──状況解析完了。敵性対象沈黙のため使用可能兵装を検索。該当兵装確認。デジコアより情報を抽出。完了。──〝電子錬成〟」

「ハジメ?」

 

 ハジメは雫の声に応えず、〝錬成〟を使用する。するとハジメの空色の魔力が、より鮮やかな蒼い光を放ちながら広がった。

 そして錬成されたのは雫の記憶の中にある、しかしこのトータスには絶対に存在しないものだった。

 

「ミサイル、ポッド?」

 

 ハジメは言っていた。拳銃は作れたが、それ以外に地球の重火器を再現することはできなかった。例えできたとしても弾薬や素材の関係で、見た目だけの張りぼてしかできないと。

 なのに目の前に現れたこの兵器はなんだ? 

 ハジメはミサイルポッドを二つ錬成すると、その照準をベヒモスに向ける。

 

「発射」

 

 ミサイルポッドが開き、そこからミサイルが放たれる。ミサイルは弧を描いてベヒモスに向かっていき、着弾。

 

「グガアアッ!?」

 

 悲鳴を上げるベヒモス。何とミサイルが着弾した箇所が氷結していたのだ。

 

「冷凍ミサイル?」

「──効果を確認。さらなる武装を展開。〝電子錬成〟〝電子錬成〟〝電子錬成〟」

 

 再びハジメの魔力が迸る。すると先に構築されたミサイルポッドがハジメの両肩に装着される。さらに両足にも新たなミサイルポッドが装着され、右腕には大型のビームランチャーが装備された。まるでパワードスーツを身に纏っていくかのように、兵装を展開するハジメ。

 その姿はまるで──。

 

「メタル、ガルルモン?」

「《ガルルバースト》」

 

 ハジメが身に纏った全兵装から一斉に攻撃が放たれる。ミサイルと冷凍光線が縦横無尽に飛び交い、ベヒモスに襲い掛かる。

 着弾した箇所は氷漬けになり、ベヒモスの動きを鈍らせていく。

 

 その光景は橋の右端まで撤退していた生徒達の目も釘づけにしていた。

 

「なんだよあれ?」

「ミサイル?」

「何で異世界にそんなのがあるんだよ!」

「ビーム撃ってるぜビーム!?」

「あれって南雲なのか?」

「あんなことできたのかよ!?」

「怪獣が凍っていく。あんな氷魔法私じゃ絶対無理だよ!?」

 

 ハジメの姿に足を止めざわめく生徒達。そのせいで撤退行動に遅れが出始める。

 するとミサイルのうちの一発がそれて生徒たちの近くに着弾した。

 

「きゃあっ!?」

「うわっ!?」

「何すんだ南雲!!」

 

 その衝撃に生徒達が驚き、ハジメに怒鳴り声をあげる。

 だがそのおかげで呆けていた生徒達が我に返り、メルド達は撤退を促し始める。

 

 なお、先ほどの一発は足を止めた生徒達を気つける以外に、トラウムソルジャーを召喚する魔法陣を破壊したことで隙を晒してしまった浩介を助けるために放たれた。誰も気が付いていなかったが。

 

 生徒達が再び撤退行動を始める中、ハジメの攻撃を受け続けたベヒモスの動きが徐々に鈍ってきた。

 それを確認したハジメは最後の攻撃を加えるために頭部に、狼のようなアーマーを錬成する。

 左腕にメタルストームこそないが、その姿はまさにハジメとガブモンが究極進化したメタルガルルモンにそっくりだった。

 当然、放たれる技は決まっている。

 

「《コキュートスブレス》!!!」

 

 頭部のアーマーから放たれた超極低温のブレスがベヒモスに直撃。

 所々凍り付いていた部分を中心に凍てつき、やがて全身を氷漬けにしてしまった。

 それだけでなくハジメの攻撃は、脆くなっていた橋さえも凍らせ、崩れないように補強した。

 

「敵性個体沈黙。戦闘終了。──うっ」

 

 それを見届けたハジメは、倒れこむ。展開していた兵装も力を失い崩れ去る。

 

「頭痛い……。僕、何して?」

「ハジメ大丈夫!?」

 

 頭を押さえながら呻くハジメを雫は抱き起す。

 

「雫さん? 僕、何していたの?」

「覚えていないの?」

「途中から……記憶が」

「……あれ」

 

 雫が指さしたベヒモスのほうを見ると、その有様にハジメは驚いた。

 

「何これ?」

「ハジメが、メタルガルルモンみたいな力を使って、こうなったの」

「メタル、ガルルモンの?」

 

 雫の言葉にハジメは自分の胸を見る。まるでそこにメタルガルルモンが、パートナーのガブモンがいるのかと、問いかけるように。

 

「ウ、ウウウッ……」

「嘘!? まだ生きているの?」

 

 その時、氷漬けになったはずのベヒモスが唸り声をあげた。だがそれしかできないようで、氷の中から出てくる様子はない。

 

「早く、逃げようか」

「そ、そうね。さあ立ってハジメ」

「うん」

 

 ハジメは雫に促されてゆっくりと立ち上がる。

 退路はすでに確保されており、上に続く階段の前では生徒達と騎士団が、二人が戻るのを待っている。

 そこに向けて二人は足を進める。が、ハジメはさっきの攻撃の影響なのか頭を押さえてフラフラしており、雫が肩を貸す。

 

「雫さん」

「何?」

「助けてくれて、ありがとう。雫さんのおかげで、あいつを倒せた」

 

 ハジメの心からのお礼に、雫は顔が赤くなる。

 

「こ、これくらいいいのよ。今までいっぱい助けてもらっているし」

「はは。じゃあこれからもっと助けて貰おうかな。この世界から帰るにはまだまだ危険なことがありそうだし」

「そうね。私だけじゃなくて、香織も遠藤君も、愛子先生も、他の皆だってきっと助けてくれるわ」

 

 絶体絶命の極限状態から解放されたからか、穏やかに話しながら歩く二人。

 

 その様子を生徒の中から眺める香織。彼女の後ろから何かもの凄い威圧感とオーラが噴出しており、やがてそれは巨大な影を生み出す。

 それは日本刀を構えた恐ろしい般若。近くの生徒達は般若を出現させた香織の迫力に動けない。表情が笑顔なのもさらに怖い。

 

「ふふふ。埋め合わせ、覚悟してねハジメ君」

 

 般若が待ち構えているとも知らないハジメ。戻った時、彼に何が起こるのか。

 いつの間にか生徒の中に戻っていた浩介は静かに合掌した。

 助け? そんなものするはずがない。もげろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「天雷よ! 獄炎よ! 今一つとなり神敵を滅ぼせ! ──〝轟雷爆炎〟!!!」

 




何故か雫さんがメインヒロインっぽいですが、これは当初のプロット通りです。
衝動的にやったわけではありません。
なのでちゃんとこの後、メインヒロインである香織さんのターンがあるのでハジカオ勢の皆さんお待ちを。私は裏切り者ではありません。雫さんは好きですが。

実は執筆中、何度かゲートが出現してガブモンが現れる展開にしたい衝動にかられました。それはそれでやってみたいんですが、それをやったらプロットが崩壊するので。まだまだ引っ張ります。ここからが自分の書きたかった展開なので。

風音鈴鹿様、デーモン政様、評価していただき誠にありがとうございます。

ここから矛盾がないようにしたいので少し更新頻度がゆっくりになるかもしれません。ご了承していただけると幸いです。


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08話 喪失

かなり短いですがキリがいいので投稿します。

タイトルはデジモンアドベンチャーtriより。


 ベヒモスがハジメによって氷漬けにされたのを、生徒たちは階段の前で呆然と見ていた。

 勇者である光輝ですら、〝限界突破〟を使った最強状態の最大魔法〝神威〟をもってして軽い火傷しか負わせられなかった怪獣が、錬成師という非戦系天職のハジメに行動不能にされる。この世界に来てから学んでいた常識がひっくり返される光景だった。

 

「やっぱ、南雲って凄いんだな」

 

 誰ともなしに呟かれたその言葉。

地球ではゲーム会社の御曹司で、母親が売れっ子少女漫画家で、学校の成績も常にトップで、運動神経もよく、香織と雫という美少女に好意を寄せられている。

 そして今、異世界でも勇者でさえ倒せなかった怪物を倒して見せた。

 

 ありふれた天職だったことから、ハジメを無意識に下に見ていた生徒たちは、再びハジメを特別な存在と認識し始めていた。

 

 そのことに強い劣等感を刺激された生徒がいた。

 

 一人は天之河光輝。

 彼は〝限界突破〟の後遺症で体が上手く動けず、龍太郎に背負われていた。

 

(なんで、なんで南雲なんだ……?みんなを救うのは勇者である俺のはずなのに。俺でないといけないのに!!)

 

 光輝にとって勇者になってこの世界を救うことには二つの意味があった。

 一つがこの世界を救うという正義を成すこと。とある理由から常に正しくあろうとしている光輝は、勇者としてこの世界の人間族を魔人族から救うことは当然であり、当たり前と考えている。だから勇者として正しく振舞わなくてはいけない。檜山に助けられたり、メルドを見捨てたりするなど、持っての他だと思っている。

 

 そしてもう一つが、自分がハジメより優れている存在だと証明するためだ。

 光輝はハジメと出会うまで、同年代で自分より優れた存在と出会ったことが無かった。勉強も運動も、何か一つは優れている者はいたが、他の部分で光輝は勝っており、総合的には負けたことが無かった。

 だがハジメは、全てにおいて光輝よりも上の存在だった。

 成績は普通科と国際進学科という明確な差があったし、運動でもハジメは光輝と同等の水準だった。

 しかも一年生の時、ハジメは天才少年としてメディアで取り上げられ、その時海外の大学教授がハジメを高く評価していたことで、一時期学校中でハジメが話題になっていた。

 全校集会でもハジメが何かの賞を取ったと頻繁に紹介され、高く評価されている。

加えて、疎遠になってしまった幼馴染の香織と雫がハジメの傍によくいるのだ。

まるで自分の全てが否定されたかのような感覚に光輝は陥ってしまった。

 

 それからは勉強も運動も必要以上に取り組み、さらに香織と雫と再び絆を結ぶために頻繁に話しかけた。

 しかし、二年生になってもハジメには成績では勝てず、運動はそもそも競える体育祭がまだまだ先。そして何より、香織と雫との距離はどんどん広がるばかりだった。

 

 そんな時に起きた異世界への召喚に、世界を救う勇者への覚醒。

 

 ここで勇者として活躍すれば、ハジメよりも優れた存在になれる。いや、ハジメがありふれた天職であった錬成師と告げられた時から、優れているんだと思った。

もうすぐ香織も雫も自分のところに戻ってくる。そうしたら勇者パーティーとして活躍して、この世界を救い、華々しく地球に帰ろう。

 

 なのに、香織と雫はずっとハジメのところにいて、しかもハジメは自分が倒せなかったベヒモスを倒し、今生徒達から羨望の目を向けられている。

 

「なんで、なんでなんだ。俺が、俺が、俺が」

「光輝?」

 

 訝し気に顔を覗き込む龍太郎にも気を留めず、ぶつぶつと光輝は呟き続ける。

 今この体に力があれば、今すぐにでもあのベヒモスを倒すのに。

 光輝が考えていた時、

 

「天雷よ!獄炎よ!今一つとなり神敵を滅ぼせ!――〝轟雷爆炎〟!!!」

 

 まるで光輝の考えていたことが現実になったように、巨大な業火球が氷漬けになっていたベヒモスに直撃した。衝撃がフロアの空気を震わせる。

 業火球が放たれた方へ生徒達が目を向けた。そこにいたのは――

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 光輝と同じようにハジメが活躍する現実を認められない生徒がいた。

 それは檜山大介。迷宮で急に頭角を現し、活躍していた彼だったが、出現したベヒモスを一目見た瞬間、敵わないと恐怖を感じ、周囲の生徒を押しのけて逃げようとしていた。

 実は生徒のパニックがなかなか収まらなかった原因の一つに、檜山が出鱈目に魔法や武器を使っていたからだった。

 しかし、トラウムソルジャーの大群に阻まれ、グズグズしているうちに状況が動き、流されてここまで来た。

 そうして檜山は見た。

 自分が一目見て恐怖を覚え、逃げ出したベヒモスを圧倒するハジメの姿を。

 まるで自分がハジメの下であると突き付けられたようだった。

 この訓練であの天之河光輝よりも、褒められたんだ。

 なのに、あんな勉強ができるだけのやつ以下だと。

 

(ふざけるなふざけるなふざけるな!虫けらが!!!)

 

 そうして、ハジメのコキュートスブレスによりベヒモスは沈黙した。

 誰もがハジメと彼を守っていた雫が戻るのを見守っている中、檜山がベヒモスへ目を向けると、微かに動いていた。

 

 檜山の頭にふとある誘惑が浮かんだ。

 あのベヒモスへ止めを刺し、その魔石を手に入れればどうだ?

 メルドによればあのベヒモスは、かつて最強と言われた冒険者でさえ歯が立たなかったという。そんなベヒモスの魔石の価値は計り知れない。トラップを発動させた失敗の帳消しになるし、むしろ大手柄になる。

 おあつらえ向きに、ちょうどいい魔法を手に入れたばかりだ。

 檜山は懐に入れていた、魔法陣の紙を取り出す。

 それは今朝の枕元にあったもので、火と風の混合最上級魔法の陣が書かれていた。昨日までの檜山では使えなかっただろうが、今の自分なら使えると思った。

 

 もしもそのことに少しでも疑問を覚え、踏み止まっていればこれからの世界の運命も大きく変わっていただろう。

 だが、彼にその道を選ぶ気は欠片もなかった。

 

「天雷よ!獄炎よ!今一つとなり神敵を滅ぼせ!――〝轟雷爆炎〟!!!」

 

 火種が生まれ、風が周囲の空気を圧縮し激しく燃え上がらせる。さらに渦巻く風は摩擦により放電を起こす。

 魔力量が少なく本来の威力の半分ほどとはいえ、ただ純粋に破壊することにのみ特化した火球を生み出した檜山は、その力に酔いしれながら解き放った。

 

 

 

■■■■■

 

 

 

「天雷よ!獄炎よ!今一つとなり神敵を滅ぼせ!――〝轟雷爆炎〟!!!」

 

 あとは階段に向かうだけだったはずなのに、生徒たちの中から放たれた魔法に、ハジメと雫は足を止めてしまった。

 ハジメは使う必要のない魔法が使われたことへの疑問からだった。今は迅速な撤退が必要な時であり、無駄な戦闘をする必要は無い。

 戦闘相手もトラウムソルジャーはほぼ全滅しているし、ベヒモスは封じ込めた。この状況でメルドが戦闘指示を出すはずがない。ということは、誰かの独断専行による行為!

 しかもその向かう先は――!!

 

「ベヒモスは!?」

 

 ハジメがバッと振り返ると、ベヒモスを封じ込めた氷に魔法が直撃していた。

 火球は氷を砕き、破壊する。

 ベヒモスも氷ごと頭部の角と兜を破壊された。

 だが、その熱と衝撃、そして痛みが氷の中で意識を混濁させていたベヒモスを目覚めさせた。

 

「〝轟雷爆炎〟〝轟雷爆炎〟〝轟雷爆炎〟!!!!!」

 

 さらに狂ったかのように撃ち込まれる魔法に氷は砕け散り、ベヒモスの上半身が氷の戒めから解き放たれた。

 

「フゥーフゥーフゥーッ」

 

 しかし、咆哮を上げる力もないのかベヒモスは荒く息をするだけ。だが、その瞳は自分を追い詰めたハジメを睨みつけ逸らさない。

 

「まずいッ」

 

 ハジメは急いでこの場を離れようとする。氷で補強されているとはいえ、これ以上橋に負荷が掛かれば崩壊しかねない。

 

「雫さん急ごう。……雫さん?」

 

 雫を促して先を急ごうとしたが、雫の様子がおかしかった。

 

「はっ……はっ、あ、ああ……」

 

 瞳は不規則に揺れ、呼吸が乱れている。体は金縛りにあったかのように硬直し、小刻みに震えている。

 

「雫さん!」

「あ、ああああ、いやああああああああああっっ!!!??」

 

 ハジメが雫の肩に手を置くと、雫は悲鳴を上げてその場に崩れ落ちる。そのまま両手で頭を抱え込み、泣きわめき始める。

 

「怖い、いや死にたくない死にたくない怖い死にたくない助けて助けて怖い助けて、ハジメ香織助けてハジメ香織香織香織ハジメハジメハジメ香織香織香織香織香織香織助けてお父さんお母さんお祖父ちゃん死にたくないハジメ香織お父さんお祖父ちゃんハジメ香織ハジメ香織お母さんハジメッ」

 

 狂ったかのように恐怖と助けを求め続ける雫。

 この時、雫はPTSD――心的外傷後ストレス障害を起こしていた。

 それは6年前のサラマンダモンとの遭遇時に陥った命の危機。その時に受けたストレスが、同じ大きさのベヒモスに間近で敵意を向けられたことでフラッシュバックし、さっきの魔法――巨大な炎で完全に思い出されたのだ。

 ハジメはそこまでわからなかったが、今の雫の状態では階段まで走るなんて無理だと思った。

 さらに悪いことは続く。

 

――ズガンッ!!!

 

「くっ!?」

 

 突然、橋に何度目か分からない強い衝撃が走った。

 再びベヒモスの方を振り返ってみれば、なんとベヒモスは頭部を橋に思いっきり突き刺していた。しかも、頭は煙を吹き出しながら赤熱化している。

 

 ハジメの脳裏に、ベヒモスが熱を放出することで錬成による拘束を弾き飛ばした光景が浮かんだ。

 

 次の瞬間、ベヒモスが頭を爆発させた。

 その熱と衝撃は橋の氷を全て爆砕し、その下の石の部分も粉砕。

ついに橋は崩壊を始めた。

 

(今、駆けだせば助かるかもしれない。でも雫さんは無理だ。錬成も、焼け石に水だ。考えている時間はない)

 

 ハジメの中に、雫を見捨てて逃げるという考えは欠片も浮かばなかった。それをしてしまえば、南雲ハジメは南雲ハジメでなくなるとわかっていたから。

 だからハジメはできることをやる。

 

「ああああああああっっ!!!」

 

 まるで魂の底から出しているかと言わんばかりの声を張り上げ、雫の体を抱え上げるハジメ。

 邪魔になる荷物は、雫の武器の刀に自分の手甲も含めて投げ捨てていく。

 自身も疲労がピークに達しているのに、火事場の馬鹿力で走った。

 

「ハジメ君早く!!」

「急げハジメ!!」

「早くしろ坊主!!」

 

 橋の向こうから香織、浩介、メルドが声をかける。香織に至ってはこっちに走り出そうとするのをメルドに抑えられている。

 龍太郎、鈴、恵里に加え、ハジメが助けた優花も声をかける。

 

 ハジメはそこに向けて必死に足を動かす。しかし、橋の崩壊はあっという間に進み、もうすぐそばまで迫っている。

 

 踏み締める部分が崩れ始める。どれだけ足を動かしても間に合わない。

 このままでは二人とも助からない。

 

「は、ハジメ……」

 

 ようやく雫がパニック状態から元に戻る。しかし、ハジメはそれに構わず彼女の体を抱えながら、腰を捻る。

 

「うおおおおおおああああああっっ!!!!!!!!」

 

 そして思いっきり彼女の体を投げ飛ばす。

 必ず助ける。その思いだけを込めて。

 

 思いが届いたのか、雫の体はあり得ない程投げ飛ばされ、香織達の近くに飛んで行った。

 慌てて雫を受け止める香織達。

 

 しかし、その間にも橋は完全に崩壊してしまった。

 

 橋の残骸や頭のないベヒモスの死体が、闇の中に消えていく。そして雫を投げ飛ばすのに全ての力を使い果たしたハジメに、そこから逃げることはできなかった。

 

 ハジメの体も闇の中に落ち、そして消えていった。

 

 それを呆然と見ていた香織は、自分に絶望した。

 

 昨夜の夢の中のように、闇の中に消えていくハジメ。仲間として一緒に乗り越えようと誓ったはずなのに。あんな夢の通りにしないと決意したはずなのに!!

 

「離して!!ハジメ君の所に行かないと!助けないと!一緒にいようって!」

「よすんだカオリ!」

 

 錯乱し、ハジメの元へ向かうために飛び降りようとする香織をメルドが必死に押さえつける。

 誰もが香織の悲痛な声と、目の前で起こった惨劇に心を痛める中、ハジメに助けられた雫は強い自責の念に苛まれた。

 

「私が、私のせいで、ハジメが、死んだ……?」

 

 ふっと意識を失う雫。PTSDを発症したことと愛するハジメが自分のせいで死んだということに彼女の心は耐えられなかったのだ。

 

 それからは誰も一言もしゃべらなかった。

 

 メルドによって動けないように意識を刈り取られた香織は、同行していた女性騎士が雫と一緒に抱えていった。

 長い階段の先で魔法陣を見つけ、フェアスコープで罠ではないことを確認した後、それに乗ることで元の20階層に戻ることができた。

 そうして重い空気のまま、オルクス大迷宮から生徒たちは帰還した。

 

 

 

■■■■■

 

 

 

「なかなか興味深かったですね」

 

 闇の中、コウモリを通してハジメ達の様子を見ていた影は呟く。

 

「あの少年、人間でありながらデジモンの力を持っていたとは。見たところ肉体というより、魂、この世界風にいうなら魂魄にデジコアの一部が同化しているのでしょうか?そこから情報を引き出し、魔力と魔法で形を与えることで融合したデジモンの力と身体能力を再現した。ふーむ、これがこちらの選ばれし子供の力ですか。いえ、こちらの世界ではテイマーでしたっけ?」

「そうだ」

 

 影の言葉に、闇の中から返事が返ってくる。

 

「おやあなたでしたか。用事は済みましたか?」

「ああ。準備と座標の設定に手間取ったが完了だ。あとはエネルギーが溜まるのを待つだけだ。それにしても面白いものを見ていたな」

 

 現れたのはもう一つの影。口調は男性だが、そのシルエットは女性的な丸みを帯びている。

 そしてその背中にはコウモリのような翼があった。

 

「んふふ。面白くなってきましたね」

 

 笑いながら立ち上がる影。ふと、さっき見ていた少年のことを思い出す。そういえば、あの少年はもう一つの影と因縁があったのではないか?

 

「先ほどの子供。あなたを倒した子供の一人では?」

「ああ、そうだ。くくくっ、懐かしい」

「そうですかそうですか。うーむ、心中複雑ではないですか?自分を倒した相手があのような最期を迎えたなど」

「最後?ふっ、何を言っている?」

 

 小さいがはっきりと確信を持って言う。

 

「デジモンテイマーがあの程度で死ぬものか。お前もそれはよく知っているだろう?」

「ふふっ。まあ、そうですね」

 

 闇の中、二つの影はハジメが生きていることを確信していた。

 

「いずれ私たちの前に姿を現すでしょう。その時こそ、楽しい楽しい物語の始まりです」

 

 光が消え、闇が蠢く中で事態は混迷を深めていく。

 




感想・評価・お気に入り登録ありがとうございます。

いつもは評価しくださった方へ名指しで感謝を伝えるのですが、ちょっと贔屓しているみたいなのとユーザー名をさらしているみたいに思ったので、今後は控えます。しかし今までと変わらないほど感謝しています。


さて今回は短いながらもいろいろな要素を盛り込みました。

まずは光輝。原作では挫折を知らなかった彼ですが、今作ではハジメがエリートだったので無意識にですが挫折を味わっています。だからステータスプレートの回とかで突っかかったんですよね。あと実はステータスが原作より若干高かったりします。限界突破こみとはいえ、現時点でベヒモスの全身にやけどを負わせていますし。

もう一人は檜山。香織に執着せず、ハジメへの妬みがマシマシになっています。あと埋め込まれたものの影響で威力は本来のものより落ちますが最上級魔法を四発撃てるようになっています。まあ、代償はありますがそれは次回。

そして雫。彼女がある意味一番つらいかも。どうなるかは見守っていてください。

今話からいくつかの分岐が生まれました。いつか何かの記念に書いてみたいですね。
特にハジメが落ちなかったルート。そうなったら愛ちゃん先生と一緒にウルに行くという展開になりそうです。

次回もお楽しみに。さあ、そろそろハジカオの時間です。


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09話 苦しみを乗り越えた時

感想・評価ありがとうございます。

お待たせしました。最新話の更新です。前話の倍くらいあります。お楽しみください。

今回のタイトルはデジモンアドベンチャー;の挿入歌の歌詞からです。
デジモンの歌はどれも名曲ばかりで、自分は大好きです。


 ホルアドの宿に戻った生徒達とメルド達騎士団は何かをする元気もなく部屋に入り、そのままベッドに飛び込んだ。

 しかし、騎士団長であるメルドには起きたことを国に報告する義務がある。彼は急いで起きたことを紙にまとめていた。

 

 まず20階層の転移トラップ。あれは危険すぎる。恐らく転移魔法の調査に教会の手が入るだろうが、そのあとは速やかに撤去してもらわなくてはならない。

 

 次に死亡してしまったハジメのこと。

 今回ハジメは戦闘要員ではなく、あくまで自衛手段を磨くことと、消耗した武器の補修要員として参加した。なのに、危険な前線に出してしまい、あまつさえ死なせてしまった。

 様々な原因が重なった結果とはいえ、これは完全にメルドの失態だ。

 

 最後に未だ目を覚まさない生徒達のこと。

 まずは香織と雫。二人は結局目を覚まさず、今もベッドの上だ。

 気を失う前に錯乱していた香織と、死の恐怖に直面した雫。彼女たちはメルドの目から見てもハジメへの好意に溢れていた。もしも目を覚ました時、ハジメが死んだという現実に直面したらどれほど深いショックを受けるのか。そしてそこから立ち上がれるのか。

 幸いなのは二人が戦争への不参加を表明していたため、戦うことを強要されないことか。

もっとも香織は戦闘で重要な回復魔法が得意な治癒師。雫は騎士団員と同等の実力を持つ剣士だ。いつ圧力がかかり、戦闘に駆り出されるのかわからない。

 

 そして檜山大介。彼は迷宮で魔法を乱射している最中、やめさせようとした香織に殴り飛ばされ、浩介に拘束されてそのまま気を失い、目を覚ましていない。

脳震盪と無理やり魔法を使ったことによる魔力欠乏が原因と思われるので、自然と回復するだろうし、後遺症もないだろう。

 しかし、今回の檜山には不審な点がいくつかある。

 まず迷宮での戦闘力。今思えば騎士団との訓練の時とは、不自然なほど段違いに上がっていた。初めての実践訓練による高揚感から調子がいいのかと思っていたが、訓練で教えていない最上級魔法まで使えるなど、明らかにおかしい。

 極めつけは檜山が使った魔法陣。

 二つの属性の混合最上級魔法〝轟雷爆炎〟。

 あんなもの、教会の魔法研究部署にでも行かなければ見つけられない魔法だ。それは最上級魔法というのもあるが、二つの属性を組み合わせるということが魔法陣に式を書く上で非常に高度な知識を必要とするからだ。だからそういった知識を持っていない檜山が、一から魔法陣を書いたとは考えにくい。

 教会から渡されたという線も、教育係であるメルドにそんな話が来ていないことからもないだろう。それに魔法陣を渡すなら、檜山ではなく、勇者である光輝に渡されるはずだ。

 残る可能性は……。

 

「まさか、魔人族か?」

 

 人間族よりも魔法にたけた魔人族。それが檜山に接触したのだろうか。

 浮かんだ考えに証拠は何もない。しかし、可能性を潰していったら残ったのはそれだけだった。

 檜山が目を覚ましたら何としても問い詰めないといけない。下手をすれば勇者一行に魔人族の手が及んでいる可能性もあるのだ。

 メルドは固い決意をし、改めて報告書をまとめた。

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 ザァザァと水が流れる音がする。

 冷えた空気が肌を撫で、水に濡れた体を刺すような冷たさが襲う。

 それが目覚めた最初の記憶だった。

 ハジメは洞窟の中にある水のたまり場の岸で目を覚ました。

 

 直前までの記憶を辿った。

 あの高さから落ちてどうやって助かったのか。落ちた瞬間に力を使い果たして意識を失っていたからわからない。

 顔を上げれば、壁から水が噴き出している。自分が倒れている位置からして、あそこから噴き出している水の勢いに乗って飛び出し、この岸に打ち上げられたらしい。

 なんとか生き残れた。生きているなら、まだ頑張れる。

絶対に帰るんだ。

 香織さんと雫さん、浩介君達と一緒に。

 帰って、ガブモンと再会して、一緒に作るんだ。デジモンと一緒に暮らす世界を。

 凍死してしまうのを防ぐため立ち上がる。

 どうやら流れる地下水の川の淵に上半身が乗り上げられていたようで、下半身は水につかっていた。

 とりあえず、体を温めなければ。

 

「〝錬成〟」

 

 装備は殆ど捨てていたが、魔法陣を刻んだ手袋はある。魔法陣に詠唱で魔力を流し、〝錬成〟を発動。地面を変形させ火種を起こす魔法陣を作る。

 

「求めるは火、其れは力にして光、顕現せよ、〝火種〟。なんで詠唱ってこんな厨二チックなんだろう?そういうのは創作の中だけでいいよ」

 

 少し愚痴を零しながら生まれた火種で暖を取る。

 ふと持ち物を確認する。

 ほとんどは落ちる直前に投げ捨てたが、二つだけ手放さなかったものがあった。

 デジヴァイスとデジモンカード。迷宮攻略には必要ないが、ハジメにとっては手放せない物となっており、防水のケースを作りその中に入れておいたのだ。

 手荷物とは別にしておいたのが功を奏した。

 これがあるだけで、どんな状況でも頑張れる。この時ハジメはそう信じていた。

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 オルクス大迷宮での訓練から五日後。

 ハイリヒ王国の王宮内の召喚者に与えられた一室で、香織は眠り続けていた。

 そこに一人の女性が入ってきた。

 

「白崎さん……」

 

 畑山愛子。香織と同じく戦争への参加に反対した、召喚者の中での唯一の大人であった。

 彼女はハジメ達がオルクス大迷宮での訓練に参加している間、ハイリヒ王国に衣食住の面倒を見てもらっている見返りに、天職である作農師の技能で王国の農業への協力をしていた。

 生徒達がオルクス大迷宮で訓練をしていた時も、教会と王国の要請に従って農地に出向いていた。実戦訓練するよりも、農地開拓の方に力を入れて欲しかったのである。愛子がいれば、糧食問題は解決する可能性が限りなく高いからだ。

 そして、王宮に戻った際に、迷宮で起こった悲劇を知ったのだった。

 戦闘訓練に臨むのだから、もしかしたらという思いはあった。しかし、今回の訓練では騎士団もついており、安全対策は万全だったはずなのだ。

それなのに起きてしまった悲劇。

 しかも、自分と同じく元の世界へ帰るために意欲的だったハジメが死んだというのだ。

 愛子は打ちひしがれ、強いショックを受けた。

 自分が安全圏にいる間に、生徒が、特に自分と同じ非戦闘員であるはずのハジメが死んでしまったということに一瞬目の前が真っ暗になった。

しかし、彼女は何とか立て直した。

 それは残った生徒達のこと、そして自分以上にショックを受けて意識を失った香織と雫のことがあったからだ。だからこそ彼女は、ギリギリのところで踏み止まり、行動した。

 戦いで心に傷を負ってしまった生徒達に寄り添うために。

 

 現在、生徒達は一部を除いて戦いへ強い拒否感を持っている。そのため、戦闘訓練を続けられなくなっている。

 ベヒモスという化け物と、無数のトラウムソルジャー。そして〝死〟という現実。

ここに至り、ようやく生徒たちはこれがゲームでも漫画でもない、現実だということを理解し、戦いが命を懸けたものであると実感したのだ。そのため戦闘にまつわる行為をできなくなってしまった。

 

 当然、それを教会と王国はよしとせず、やんわりとだが訓練への復帰を促している。

 それに対し、愛子は猛抗議。

 これ以上生徒達への戦闘強制は許さない。ならば農地開拓も行わないと交渉し、生徒達への戦闘行為の強制をはねのけた。

 実はこの交渉、ハジメ達との話し合いで決めていた交渉材料の一つで、万が一の保険だった。当然、こんな事態など起こってほしくなかったが。

 

 何とか教会からの干渉をはねのけたが、それは戦闘行為を拒否する生徒に対してだけだった。勇者である光輝をはじめとした自ら戦闘訓練を望んだ生徒には、適用されなかった。

 今も彼らは訓練に明け暮れており、近々もう一度オルクス大迷宮での訓練を再開するという。

 

「どうしてこんなことになったのでしょうね……」

 

 眠る香織の傍に座り、召喚されてから何度も口にした言葉を言う愛子。

 あの日から一度も目を覚ましていない香織、そして別室で眠る雫。

 医師の診断では彼女たちの体に異常はなく、精神的なショックから身を守るために深い眠りについているのだろうとのことだった。

 時間がたてば起きるとのことだが、もう5日も経つ。それほどハジメの喪失がショックだったのだろう。

 学校でもとても仲がいいと評判の三人だった。愛子もよく廊下で見かけた。

 教師としてはハジメに恋愛をするならどちらか一人にするよう言うべきかとも思ったが、彼らがあまりに幸せそうなので言うのが躊躇われた。

 それに三人とも頭がいいし責任感もある。きっと収まるべきところに収まるだろうと思っていた。

 なのに、どうしてこんなことになったのか。

 どうかこれ以上、私の生徒達を傷つけないでください。

 愛子は誰ともなしに願わずにはいられなかった。

 

 その時、香織の手がピクッと動いた。

 

「!?白崎さん?白崎さん!!」

「……せん……せ…い?」

 

 うっすらと香織は目を開く。

 しばらくボーっとしていたが、やがて意識がはっきりしたのか、口を開いた。

 

「……喉、乾いた」

 

 5日ぶりに出した声はとても枯れていた。

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 ぴちょん……ぴちょん……。

 

 水滴が落ちる音に、ハジメは目を覚ました。

周囲は暗闇に包まれているが、うっすらと淡い光が少量の光源となって照らしている。

 壁にもたれて座り込むように眠っていたハジメは、光源になっている光る鉱石を眺めた。

 

 ここはハジメが流れ着いた水場から少し離れた迷宮の壁に、錬成で掘った横穴の中だ。

 このオルクス大迷宮の底に落ちてどれくらい時間がたったのか分からない。

 幸い、この横穴を掘った際に見つけた光る鉱石から流れる水のおかげで、喉の渇きだけでなく活力まで湧いてきていた。

 ハジメは知らないがこの鉱石は神結晶といい、大地に流れる魔力が一点に集中して集まることで長い年月をかけて結晶化したものだった。そして神結晶から流れ出る水には神結晶に蓄えられ、飽和した魔力がふんだんに含まれており、それは天然の回復薬となっている。その回復力は回復魔法を優に超えており、飲めば不老不死になれると言われる伝説の霊薬、神水と言われている。

 神結晶と神水のおかげでハジメは何とか生き残っていた。

 だが、状況は一向に良くなっていない。むしろ悪化していた。

 

「うぅ……。ああぁッ」

 

 膝を抱えてうめき声をあげるハジメ。右腕を反対の左腕に回し、痛みを抑えようとするが右腕は何もない部分を掴む。

 ハジメの本来なら左腕がある部分、そこには何もなかった。

 ハジメは左腕の二の腕から先を、魔物により奪われた。

 命からがらこの横穴を掘ることで魔物から逃れ、偶然にも掘り進んだ先に神結晶があったため、生きながらえることができた。

 しかし、そこから先はまさに地獄だった。

 神結晶は乾きと活力の枯渇を防いではくれるが、飢えまでは防いでくれず、激しい空腹感に襲われた。

 しかも失った左腕の部分が幻肢痛を訴え、そのあまりの痛みに苦しんだ。

 もはや脱出の方法を考える余裕もない状況だが、ハジメの心は折れていなかった。

 

「かえ、るんだ。ぜったいに……帰るんだ!ぐうぅああっっ!!」

 

 酷くなる痛みに呻きながらも、ハジメは心を強く保ち、帰る方法を模索し続けた。

 そして、一つの打開策を思いつく。

 

「やる、しか……ないッ」

 

 覚悟を決めたハジメは、痛みが治まり動けるようになるのをじっと待ち続けた。

 

 

 

■■■■■

 

 

 

「待ってください、白崎さん!まだ無理です!!」

「待ちませんし、無理じゃないです!ハジメ君を助けに行くんです!!」

 

 愛子はベッドから起き上がろうとする香織を必死で抑える。

 

 目覚めた香織の体は、五日間も眠っていたため栄養不足に陥っていた。

 愛子に水差しで水を飲ませてもらった後、王宮のメイドが持ってきた消化の良い麦粥などの病人食も食べさせてもらった。

 その間に医師の診察も受け、弱ってはいるが問題はないと言われた。回復魔法をかけてもらい少し休めば香織はすっかり元の調子を取り戻した。

 そして、医師が退出したところで改めて愛子から状況の説明を受けた。

 

「ハジメ君が落ちてから五日です!72時間の壁をとうに超えていて、しかも捜索もしていないなんてどういうことですか!?」

 

 72時間の壁とは、災害時に行方不明になった人の生存率が72時間を境に激減すること、一般人が飲まず食わずで生き延びられる限界が72時間であること、などという理由から用いられている用語である。

 医療の勉強の一環で、災害救助時における医療についても学んでいた香織はこのことを知っていた。

 科学的根拠はあまりないのだが、統計的に無視していいことではないので、香織は焦燥感を募らせる。

 

「……実は」

 

 愛子は語る。ハジメの捜索がされていない理由を。

 場所が最強の魔獣であるベヒモスが出現した65層であることと、そこが見えない谷底から生存確率が絶望的であること。そしてもう一つ、捜索が行われない決定的な理由があった。

 

 それは生徒達が王宮に戻り、愛子が迷宮で起きた出来事を聞いたときのこと。

愛子は当然ハジメの捜索を、教皇イシュタルと国王エリヒドに申し出た。

 しかしエリヒドは先の二つの理由からその申し出を受けられないと答えた。そしてイシュタルはことの経緯をメルドから聞くと、しばし何かを考えた後、エリヒドを連れ立って愛子と生徒達を教会のとある場所へ案内した。

 そこは教会の奥深くにある区画で、信者や普通の神父、シスターが入れない場所だった。

 さらにその先へイシュタルは足を進め、やがて愛子達が召喚された大聖堂並みの広さがある部屋にたどり着いた。

 部屋にはランプもないのか真っ暗で何も見えない。

 

「我らが道行に光を〝光球〟」

 

 イシュタルが周囲を照らす明かりを生み出す魔法を使うと、暗かった部屋が照らされた。

 そして皆が驚愕した。

 部屋の中には大聖堂と同じく巨大な壁画があった。

 だがその壁画は大聖堂にあるものとは真逆の、とても禍々しい雰囲気を放っていた。

 大聖堂にある壁画が緑豊かなトータスの世界を描いていたのに対し、この壁画は滅びゆく世界を描いている。

 人も動物も植物も、魔物さえも仄暗い炎に焼かれ苦しみ悶えている。

 大地は罅割れ、海は濁り、空は黒く染まっている。

 

 その中心には二体の怪物がいた。

 

 一体は巨大な腕に二つの頭。既存の生物ではありえない体をしていた。まるで禍々しいという言葉が形となったかのような、見るだけで恐怖に身がすくむ怪物だった。

 二つの口から放たれている炎が、世界を焼き尽くし滅ぼそうとしている。

 

 だが生徒達は双頭の怪物ではなく、その怪物と相対しているもう一体の怪物の姿を目にして驚愕していた。

 

 巨大な狼だった。

 普通の狼と違い二足歩行で立ち上がっており、双頭の怪物へ掴みかかっている。

 しかもその体は毛皮ではなく硬質感のある鋼鉄で描かれている。

 双頭の怪物の炎に対抗するように、氷のようなブレスを放っている。

 その姿はオルクス大迷宮でハジメが武装を身に纏った姿とベヒモスを氷漬けにしたコキュートスブレスを放った姿にそっくりであった。

 

「これは表向きには語られないエヒト様の創世神話の一節を現した壁画なのです」

 

 イシュタルは語る。

 神代の終わり、創世神エヒトに反逆した七人の眷属がいた。

 彼らはエヒトを倒すために禁術を用いて二体の強大な魔物を呼び出した。それは反逆者の手に負えるようなものではなく、トータスを滅ぼそうとした。

 壁画のようにトータスは未曽有の大災害に見舞われ、世界の半分が滅ぼされたのだという。

 幸い、魔物たちは互いに争い初め、共に姿を消した。

 破壊しつくされた世界をエヒトが再生させ、災厄の原因となった反逆者も人々が力を合わせ、世界の果てへと追放したのだという。

 そこまで語った後、イシュタルはこの話をした目的を告げる。

 

「実は皆さんが王宮に戻った日、エヒト様から新たな神託がありました」

 

――神の使徒の中に反逆者になりうる者がいる、と。

 

 その言葉に生徒達は壁画と聞かされたばかりの神話、そして迷宮でのハジメのことを思い浮かべる。

 

「オルクスでのことを聞き、私はもしやと思いました。皆さんが見たナグモ殿の力とはもしやこの災厄の魔物の一体、鋼の狼の力だったのではないかと」

 

 イシュタルは生徒達の様子を見て、自分の言葉が合っているのを確信する。

 

「つまりナグモ殿の力は世界を滅ぼす魔物の力の可能性が高いのです。魔人族の神の干渉なのか、理由は不明ですが危険であります。彼にその意思がなくとも魔物の力に飲み込まれ我らを裏切っていたでしょうな」

 

 イシュタルのその言葉に、誰もが困惑する中、一つの影が生徒の中から躍り出た。

 それは誰にも気が付かれず、イシュタルの前に駆け寄ると思いっきりその顔を殴り飛ばした。

 イシュタルを殴り飛ばした者――遠藤浩介は、そのままイシュタルの法衣を掴み怒鳴りつける。

 

「ふざけるな!ハジメは俺の親友だ!大事な友達だ!仲間なんだ!!こんな壁画なんか関係ない!!そんな理由でハジメを裏切り呼ばわりすんなッ!!」

 

 怒りもあらわにイシュタルを責める浩介に、光輝が近づきイシュタルから引き離す。

 引き離された浩介は再びイシュタルに掴みかかろうとするが、光輝が立ちふさがりイシュタルを守ろうとする。

 

「やめろ遠藤!!イシュタルさんを責めても仕方ないだろう!?」

「じゃあお前はダチを裏切り者呼ばわりされて黙ってろっていうのか!?」

「だ、だが南雲の力が危険だったのは本当のことだ」

「何が危険だ!?それなら俺たちの魔法や技能なんか全部危険だろうが!!」

「そんなことない!俺たちの力は救う力だ!!それに南雲はあの時みんなに向かってミサイルを飛ばしたじゃないか!?」

「あれは俺を助けるためだ!!あのミサイルのおかげで俺は助かったんだ!!」

「だ、だとしてもこの世界であんな危ないものを撃つのはダメだろう!!」

「何がダメなんだよ!?それならあの時の檜山の方がよっぽどダメだろうが!?」

「檜山を悪く言うな!!彼はもしかしたら魔人族に洗脳されているのかもしれないんだぞ!!仲間を疑うなんてしちゃいけない!!」

 

 檜山は現在、謎の魔法陣を持っていた兼から魔人族の接触を疑われており、取り調べを受けていた。なので今この場にはいない。

 

「ならハジメは仲間じゃないっていうのか!?あの時誰よりも体張っていたのがハジメだ!!お前がグダグダしているからあいつが化け物を抑え込んだんだろうが!!

しかもやっと抑え込んだのにそれを台無しにしたのが檜山だ!!まず疑うならあいつだろうが!!

あの時あの場所で本当の勇者だったのはハジメだ!!あいつの勇気が俺たちを救ったんだ!!そんなこともわかんねえならお前は勇者じゃねえ!!!」

 

 普段は存在感が薄く、認識されにくいはず浩介の言葉が光輝に叩きつけられる。

 光輝は気圧され、浩介に抜かれそうになるが、そんな浩介を龍太郎や柔道部の永山重吾が取り押さえる。

 

「落ち着け遠藤!」

「暴れても何にもならないぞ、浩介ッ!」

 

 浩介はしばらく暴れていたが、神殿騎士も駆けつけ王宮の自室に連れていかれた。

 教皇であるイシュタルを殴り飛ばし、神聖な教会で暴れたことから普通なら重罰を受けるところだが、神の使徒であることと愛子とメルドの取り直しもあり、一か月の謹慎になった。

 

 これがハジメの捜索がされていない最大の理由。世界を滅ぼした魔物の力を持っているかもしれない者を探すことに、教会と王国の上層部が首を縦に振らなかったのだ。

 さらに悪いことに、どこからかこの話の一部が外部に漏れ、ハジメがエヒトを裏切った反逆の使徒であるという噂が流れ始めたのだ。

 しかも戦闘職ではない錬成師だったことと、目立った成果がなかったことから無能がエヒト様を逆恨みし、神の使徒たちを全滅させようとして奈落に落ちた間抜けだと言われ始めた。

 加えて、奈落に落ちるきっかけになった攻撃を放った檜山を擁護する声まで出てしまった。

 取り調べの結果、檜山は洗脳の類は受けておらず、魔法陣も偶然見つけたと言っている。

 メルドはそんなはずがないともっと詳しく追及したかったが、彼を擁護する声が出てきたことで難しくなり、謹慎させるにとどまっている。

 ただ偶然見つけたという話から、魔人族の暗躍の疑いだけは引き続き調べられている。

 

「なんですかそれ……そんなめちゃくちゃな理由でハジメ君は捜索もされず、しかもそんなことを言われているんですか!?」

「ごめんなさいごめんなさい。先生がもっとちゃんとしていれば、そもそも皆さんを迷宮なんかに行かせなかったらッ!!」

 

 香織の怒りを隠さない言葉に、ただただ愛子は謝る。

 浩介が取り押さえられた後、愛子も必死にハジメの捜索と救助を訴えた。憶測だけで生徒を見捨てるなんて納得できないと。戦闘を拒否する生徒を守るとき以上に、教会と王宮に訴えた。

 しかし、彼らは頑として首を縦に振らなかった。最終的に、どうしても捜索してほしいのなら、生徒達全員に戦いに出てもらうと言われ、愛子は引き下がるしかできなかった。

 悔しさと無力感を隠せない愛子の様子に、香織は何とか怒りを抑え込む。

 

「……みんなはそれで納得したんですか?」

「……遠藤君はもちろん、園部さんや坂上君は納得していませんし、イシュタルさんの言葉を疑っている人はいます」

「つまり、納得した子はいるんですね」

「……」

 

 香織の言葉に愛子は口をつぐむ。

 生徒の中では思慮深い永山や、ハジメに助けられた優花と交流のある女子生徒、勇者パーティーにいた中村恵里と谷口鈴はイシュタルの話を真に受けていない。しかし檜山のパーティーや他の生徒達は、ベヒモスを圧倒したハジメの力への恐れからイシュタルの話を受け入れ始めている。

 それは実感した死の恐怖とそれをもたらしかねない力への恐れからであり、愛子も無理に言えなかった。

 そして、生徒の中でもっともイシュタルの話を真に受けてしまったのが、天之河光輝だった。

 彼はハジメの力が世界を滅ぼすものだと信じてしまい、ハジメを超える力を得ようと修練に励んでいる。

 

「……雫ちゃんはどうしていますか?」

「八重樫さんは白崎さんと同じくあの日から目を覚ましていません」

「そうですか……」

 

 香織は雫の様子に納得する。彼女は一見すると強そうだが、その根っこはとても繊細で脆いところがある。

 あんなことがあったのなら、寝込むのは仕方ない。

 と、香織の部屋に一人の生徒が駆け込んできた。

 

「畑山先生!!大変です!!」

「中村さん!?どうしたんですか?」

 

 駆けこんできた生徒は中村恵理だった。普段は物静かな文学少女といった雰囲気の彼女だが、よほど慌てていたのか荒い息を吐いている。

 

「雫が、雫が目を覚ましたんですけれど、そこに光輝君が入ってきて、オルクス大迷宮でのことや南雲君のことを話し始めたら、雫が、雫が」

「落ち着いてください、中村さん!落ち着いて説明をしてください」

「雫ちゃんの部屋に案内して!」

 

 愛子は恵里を落ち着かせて話を聞こうとするが、香織はそれを遮る。そして雫の部屋への案内を頼む。

 雫の部屋に光輝がいる。それだけで香織には何が起こったのか大体想像ができた。

 恵里の案内の元、香織と愛子は雫の部屋に向かった。

 雫の部屋が近づくと、中の声が聞こえてきた。

 

「いやああああああああああっっ!!!??」

「お、落ち着くんだ雫!!」

 

 雫の悲鳴、そして雫を宥めようとする光輝の声だった。

 

「なんでなんでなんで!!??ハジメハジメハジメぇ!!!!」

「な、南雲の死に囚われちゃだめだ!!雫なら友人の死を乗り越えていける!!そしてまた一緒に戦う「お前がああああっっ!!!」へ?ぐぁ!?」

 

 バタンと人が倒れる音がした。そこで香織達は部屋に入った。

 そこにはベッドの上で力なく倒れる雫と、尻もちをついた光輝がいた。ベッドのそばには谷口鈴もいて雫の身を案じている。

 どうやら起き上がった雫が、光輝を殴り飛ばしたのだ。

 

「お前のせいだ!!!お前があの時メルド団長の言うとおりに動いていればあんなことにならなかった!!!……ぐ、げほっ!?なのに、何が、死を乗り越えるよ、ガハッ」

 

 光輝に怒りをぶつける雫だったが、目覚めたばかりで衰弱した体ではすぐに息切れを起こし、苦しむ。

 

「雫ちゃん!」

「八重樫さん!」

 

 雫に香織と愛子が駆け寄る。

 

「か、香織?目が覚めたんだな!」

 

 光輝が香織の姿に目を輝かせるが、香織は光輝のことを無視して雫に寄り添う。

 

「がお、り?」

「うん!今はとにかく落ち着いて。鈴ちゃん、水を。愛子先生はさっき私がもらった食事と同じものを」

「わかったよ!」

「わかりました!」

 

 雫をベッドに寝かせた香織は、鈴が雫に水を飲ませるのを見守る。愛子は再び食事をもらいに行く。医者志望なだけあり、香織の指示には人を動かす気迫があった。

 

「か、香織?えっと雫の様子は「出て行って」え?」

 

 光輝が香織に雫の容態を訪ねるが、香織は光輝の方を見ずに言い放つ。

 

「早く出て行って!!天之河君は邪魔なの!!雫ちゃんを悲しませるだけ!!だから早く出て行って!!!」

「そ、そんなこと「出ていけ!!!」ブッ!?!?」

 

 バチンッ。

 香織は振り向きざまに右手を振るい、光輝の頬に鋭いビンタを喰らわせた。

 あまりに明確な拒絶に光輝は呆然となり、その隙に恵里によって部屋の外に連れ出されていった。

 

 それから香織達は雫が落ち着くまで待ち、現状の説明をした。

 雫は香織以上に荒れてしまい、塞ぎ込んでしまった。

 誰もどんな言葉を掛ければいいのかわからず、頼りの香織も辛いのか泣き崩れてしまった。

 

 

 

■■■■■

 

 

 

「ぐがぁッ!?ああああああああっっ!!!」

 

 オルクス大迷宮の奈落の闇の中で、ハジメは痛みに身悶えていた。

 ようやく幻肢痛が収まったハジメは、空腹から逃れるために魔物の肉を食べることにした。

 この階層にいる魔物はウサギの魔物と巨大な爪を持つ爪熊。そして二本の尾を持つ狼だった。

 どれもベヒモス以上の力を持ち、爪熊に至っては頭一つ飛びぬけて強い。

 そこでハジメは狙いを二本の尾を持つ狼、二尾狼に定めた。

 ウサギは空間をジャンプする固有魔法を持っており、捉えるのが難しい。爪熊は論外だ。一方、二尾狼は雷を纏うという固有魔法しか確認できなかった。群れを作っている点が厄介だが、他の二体より組みしやすい。

 実際、ハジメが錬成で生み出した罠に嵌めることでうまく狩れた。

 手に入れた二尾狼の死体を横穴に運び込んだハジメ。水場から錬成した容器に入れて運んできた水で、死体から余分な血を洗い流し、火種の炎で焼いて食べた。

 八重樫家の皆さんに強制的に参加させられたサバイバル訓練を思い出し、少し笑った。だが、食べた次の瞬間、ハジメの体に異変が起こり始めた。

 

「ぐぅあああっ!!??な、何が起き、ああああああああああ!!??」

 

 まるで体の中から引き裂かれるような、激しい痛み。全身の血が沸騰し、骨が罅割れ、身が弾けるようだ。幻肢痛など比べ物にならない。

 慌てて神水を飲むが、それでも痛みが治まらない。

 

「ああああああああっっ!!!」

 

 バキバキと嫌な音が体から聞こえてくる。

 

(壊して、治している、みたいだ……)

 

 実際、その通りのことがハジメの体で起きていた。

 魔物の肉は魔物の魔力を大量に含んでおり、それが人間の体には毒なのだ。そのため過去魔物の肉を食べた人間は例外なく死んでいる。

 ハジメは極限の状況に追い詰められたのと、神水という回復薬の存在から一か八かの賭けに出たのだ。

 

(あああっ!!??で、でも死なないなら……)

 

 激痛の中、必死にそれに耐えるハジメ。

 しかし、突然ハジメにとって予想外の事態が起きた。

 

――ドクンッ!

 

(なん、だ?)

 

――ドクンッ!ドクンッ!ドクンッ!

 

 魂の底から響いてくる、大きな鼓動。痛みに苛まれる体に、大きな力が滾って来る。

 

 それはハジメの体を無意識に動かし始める。

 痛みにうずくまっていた体は起き上がり、両足はしっかりと地面を踏みしめる。

 腕を壁に叩きつけ、そこに大きな窪みを穿つ。

 

(ああ、死にたくない死にたくない死にたくない!!!)

 

 思考はただ生存を望むものだけになり、他のことを考えられなくなる。

 

「ううう、ウオオオオオオンンンンッッ!!!」

 

 さっきまでの痛みからくる悲鳴ではなかった。生きるという意思を示し、世界に刻む咆哮だった。

 そしてハジメは横穴から飛び出す。生きるという本能のままに、今の自分に必要なものを狩るために。

 

 数時間後、奈落に魔物たちの断末魔と何かを喰らう音が聞こえ始めた。

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 香織が目覚めてからさらに五日経過した。

 彼女は現在、寝込んでいた間に鈍った体を元に戻すために王宮の訓練場にいた。

 

「ふっ、はっ、しっ!」

 

 太極拳の型をなぞり、手足を動かす。

 体調は完全に回復し、万全のものとなった。いつでもオルクス大迷宮での訓練に参加できる。

 もっとも、今の香織達はオルクス大迷宮に行く許可が出ていない。

 なぜなら、檜山の件があったからだ。

 檜山が魔人族からの洗脳を受けていないことはわかったが、それ以外の干渉があったかもしれないと判断された。よって香織達の安全と魔人族の暗躍がないことが完全に保証されるまで、王宮に留まることになった。香織からしたら軟禁でしかないが。

 

(ハジメ君が落ちてからもう10日。奇跡的に生き残っていて、さらに動けるほど怪我がないとしても、食料の問題がある。水があれば三週間生きられるけれど、それもわからない。早く助けに行かないと!)

 

「はああっ!!」

 

 バッっと拳を突き出し、香織は今日の鍛錬を終えた。

 

「香織、よかったらこの後食事でも」

 

 訓練場を出ていく香織に、光輝が声をかける。香織はそれを無視して出ていき、光輝が何とも言えない顔で立ち尽くしていた。

 

 訓練場を出た香織は自分のステータスプレートを取り出し、その内容を見る。

 

 

 

===============================

白崎香織 17歳 女 レベル:15

天職:治癒師

筋力:120

体力:200

耐性:180

敏捷:200

魔力:280

魔耐:280

技能:回復魔法[+効果上昇][+回復速度上昇][+イメージ補強力上昇][+浸透看破]・光属性適性・高速魔力回復・言語理解

===============================

 

 

 

 迷宮での経験に加え、この五日間、王宮の治癒師に付き従って回復魔法に磨きをかけた結果、派生技能が4つも発現した。全てはハジメの元に駆け付けて彼を癒したいという思いからだ。

 そして、その時はもうすぐだ。

 

(もう時間がない。明日の夜に王宮を抜け出す)

 

 香織はもうそれしかないと思っていた。ハジメの元に行くにはここを抜け出し、オルクス大迷宮まで行く。

 そのために訓練と並行して、こっそりと荷物を用意したり、迷宮の内部を書き記した地図を図書館で調べたりした。

 本来ならもっと準備をしなければいけないが、もう待つことはできなかった。

 

 その日の夜、香織は一人王宮の自分の部屋のベランダに出て月を見上げていた。

 その手にはハジメのタブレット端末がある。オルクス大迷宮にもっていかず、王宮の部屋に残されていたものだ。

 

「ハジメ君、お願い。生きていて……」

 

 ぎゅっとその端末を胸に抱き、ハジメの生存を願う。

 本当なら香織も不安に押しつぶされそうだった。ハジメの生存を願っているが、同時にそれがとても小さな可能性であることを、理性が訴える。

 生きていて欲しいと願う心と、生存が絶望的であることを訴える頭脳。その狭間で香織は苦悩していた。

 

 その時だった。

 

――ピピッ

 

「え?」

 

 突然、香織が抱きしめていたタブレット端末から電子音が響いた。手回し充電器で充電はしているから起動はする。しかし、香織は電源ボタンを押していないし、設定もマナーモードだったはずだ。

 不審に思って端末を覗き込むと、なんと端末の画面が激しい点滅を繰り返していた。

 

「なにこれ!?」

 

 香織が驚いている間に、点滅はどんどん早くなっていく。

 しかも電子音まで激しくなっていく。

 香織はそれをどうにもできずに、見つめるしかできない。

 

 やがて、点滅は光となり周囲を埋め尽くした。

 それと同時に、端末から霧が溢れ出した。

 

「きゃあッ!?」

 

 

 

 

 同時刻。トータス中で何もない空間から突然霧が発生するという現象が起きていた。

 そのほとんどは人々が寝静まった深夜の出来事ということもあり、気が付く人はほとんどいなかった。しかし、それは確かに起こっており、様々な事態を引き起こしていた。

 

――大陸東部【ハルツィナ樹海】兎人族ハウリアの里。

 

「むにゃむにゃ。もう食べられません~~」

 

 ぐっすり眠る白髪にうさ耳の少女の枕元に、コロリと一つの卵が転がってきた。

 

――大陸北部の離れ島【竜人族の隠れ里】

 

「なんじゃこの霧は!?」

 

 異変を感知して飛び起きた女性を霧が包み込む。女性が霧の中を進むとあるものを見つけた。

 

「盾?かのう?」

 

――オルクス大迷宮深層50階【封印部屋】

 

「……何?霧?」

 

 この部屋に封印されて300年。久しく出していなかった声を少女は紡ぐ。とはいえ動けないため何もできないが。

 そんな彼女の前に、霧の中からコロコロと何かが転がって来る。

 

「……卵?」

 

 

 

 そしてハイリヒ王国の香織の目の前。突然の霧で真っ白になった視界の中で、ハジメの大事な端末を手放さないと抱きしめる中、何かが聞こえた。

 

「……メ!ハ……メ!」

「え?え?何?」

「……ジメッ!」

 

 それは何者かの声。段々と大きくはっきりとしてくる。

 やがて、その声の持ち主と思われる影が霧の中に現れた。

 

「……ジメッ!!―――ハジメッ!!!」

 

 バッと霧の中から現れた。

 

 それを見た瞬間、香織は沸き上がるものを抑えられなかった。

 見たのは一度だけ、しかし決して忘れないあの出会い。ハジメと出会ったあの瞬間、彼の傍らにいた――!

 

「ガブモン君!!」

「え?……誰?」

 

 蒼い毛皮を身に纏い、額に鋭い角を持つ獣型デジモン。ガブモンだった。

 

「おい、ちょっと待てガブモン!って人間!?一体どういうことだ!」

 

 そしてそのガブモンの後ろからもう一体、デジモンが現れた。

 

 ガブモンと同じ大きさの白い小さな体に、両手には爪のついたグローブ。そして尻尾には神聖系デジモンの証であるホーリーリングをつけた聖獣型デジモン。その名は――

 

「テイルモン?」

 

 今ここにトータスとデジタルワールドが繋がった。

 

 




ちょっと詰め込みすぎたかもですがこの話は1話にまとめたかったので。

原作屈指の問題展開から始まりました。
いろいろありますが皆さん気になっていた檜山の処遇というかそこらへん。原作などと同じくうやむやにされました。しかも魔人族のせいにされて。
光輝はノータッチですが、彼も魔人族のせいだと思うでしょうね。まあ、彼にとってはそんなことより雫と香織から殴られたことの方が重要でしょうね。

そしてそして。ようやく念願のデジモン登場。最も主人公の前にヒロインの前に現れましたが。
やっと当初予定していたハジメ以外のテイマー候補四人を全員出せましたし、感無量です。
ここから物語を紡いでいきます。

さあ、いろんな伏線を張りました。これらを回収できるように執筆頑張ります。
とりあえず、ありふれ零を読みます。

アンケートありがとうございました。デジモン紹介は今後もあとがきでやっていきます。

〇デジモン紹介
テイルモン
レベル:成熟期
タイプ:聖獣型
属性:ワクチン
好奇心がとても強くいたずら好き。小さいが貴重な神聖系デジモンであり、見た目以上の実力を持っている。
尻尾のホーリーリングは神聖系の証であるとともに、パワーの源。外れると力が大きく下がってしまう。
必殺技は両手の長い爪を使って相手を攻撃する《ネコパンチ》と、鋭い眼光で相手を操る《キャッツ・アイ》。


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10話 絶望は希望へと変わって輝く

ようやく更新です。お待たせしました。

simasima様より、今作での香織とテイルモンの挿絵を戴きました。


【挿絵表示】


服装から構えまで自分のイメージ通りでとてもいいイラストです。改めて感謝を。

待っていただいている間に感想・評価・お気に入り登録ありがとうございます。

お気に入り登録が500件を超えまして、とても嬉しいです。

更新速度を上げたいのですが、書けるときと書けない時のモチベーションの差が激しいです。完結は何時になるやら・・・。

今話は香織が主軸です。でも、その裏で起きるハジメの様子にも注目していただけると嬉しいです。結構書き直ししました。
大したことではないのですが、前話の香織のステータスですがちょっと強すぎたかなと思い下方修正しました。

あと、あとがきでちょっとお試しをやってみました。お楽しみに。

では、お楽しみください。


 王宮に突然発生した霧。それはデジモンが出現する際、ある大気域の電磁波が、量子テレポーテーションで送られてきたデジモンの情報を元に大気中の元素を急速に凝縮することで発生する疑似タンパク質。これがデジモンに肉体を与え、物質世界に出現させるのだ。

 これをデジタルフィールドと呼び、6年前のデジモン出現の際に必ず観測されていた。

 そして今、異世界であるはずのトータスにデジタルフィールドは発生し、香織の前にハジメのパートナーデジモンであるガブモンと聖獣型デジモンのテイルモンが現れた。

 

「君は誰だ?なんで俺のことを知っているんだ?」

 

 ガブモンは香織を警戒しながら問いかける。テイルモンも同じように香織の様子を見ている。

 

「ええっと、わ、私はその……」

 

 香織は慌てて自分のことを説明しようとする。しかし、いきなりのデジモンとの遭遇、しかもハジメのパートナーであるガブモンとの出会いで、なかなか考えがまとまらない。

 まとまらないまま、とりあえず自己紹介をする。

 

「白崎香織。17歳。南雲ハジメ君の同級生。愛の告白をした彼女の一歩手前。一応デジモンテイマーズのメンバーです!パートナーはいないけれどデジモン大好きです!!ハジメ君も大好きです!!」

 

 だが、まとまらなさ過ぎて自己紹介だけでなく余計なことまで言っちゃっていた。

 香織はハッとするが、時すでに遅し。ガブモンとテイルモンがポカンとして香織を見ている。

 

「あううぅぅ……」

「なあ、ガブモン。この人間怪しすぎないか?」

「いや、でもハジメのこと知っているみたいだし。好きって言っているしなあ」

「ハジメというのはお前のパートナーの人間だったな?」

「ああ」

「ということはこいつもテイマーなのか?」

「いや。テイマーズにはこの子はいなかった」

「ならやはり信用できないじゃないか」

「うーん……」

 

 テイルモンの言葉に悩むガブモン。テイルモンのいうことはわかる。いきなり目の前に現れて、自己紹介をしたかと思えば、愛の告白をしただの、ハジメが大好きだの言ったのだ。普通に考えて香織は怪しい少女だ。

 でも、ガブモンは気になったことがあったので香織に話しかけてみる。

 

「えっと、香織って言ったっけ?」

「え?う、うん。そうだよ。香織です」

「なんで俺を見てガブモンってすぐにわかったの?俺は普通のガブモンと違う姿なんだけど?」

「それはハジメ君に教えてもらったからだよ。ハジメ君が自分のパートナーのことをいろいろ教えてくれたんだ」

「……それはX抗体のことも?」

「X抗体。……ガブモン君が持っている普通のデジモンとは違うプログラムって聞いているよ」

「まあ、合っているかな。……何かもう少し証拠はない?君がハジメの知り合いだっていう証拠」

「証拠……」

 

 香織は少し考えると、ふと思いついた。

 二体に少し待っていてと言い部屋に戻ると、自分の鞄の中から一つのケースを取り出す。

 それは地球から持ってきたデジモンカードのデックケースだった。その中から一枚のカードを取り出すとベランダに戻る。

 

「これならどうかな?ハジメ君が私に預けてくれたカードなんだけど」

 

 ガブモンの前に差し出されたカード。それを見たガブモンは目を見開いた。

 

「これって!?」

「メタルガルルモン。だが姿が違うな」

 

 横から見たテイルモンもカードを見る。

 カードに描かれているのは二足歩行の機械狼、メタルガルルモンX抗体。

 オルクス大迷宮に向かう前夜、ハジメが香織にお守りにと渡したカードだった。

 

「六年前の事件の後、ハジメ君達テイマーズのみんなが自分のパートナーデジモンのオリジナルカードを作ってもらったんだって。ハジメ君が持っているカードのうちの一枚を私は預かっているんだ」

 

 香織の説明にガブモンは一度目を閉じると、自分の考えをまとめる。

 

「……わかったよ。香織を信じる。このカード、この姿は俺とハジメにとって特別なものだ。それをハジメが託したっていうなら俺も信じるさ」

 

 そう言って警戒を解いたガブモンにテイルモンは少し驚いた。

 

「いいのかガブモン?正直、そのカードが本物なのかとか、話が全部嘘じゃないのかとか怪しい点は一杯あるぞ」

「かもしれない。けれど俺は香織を信じてみたいと思った。それに香織の持っているその端末」

 

 ガブモンは香織がさっきまで抱えていたタブレット端末を指さす。

 

「そこからはハジメの匂いがする。どれだけ長い間離れていたって生みの親のハジメの匂いを俺が忘れるわけない。さっきまでの話も含めて信じてみようって思ったんだ」

「……お前がそこまで言うなら、ひとまず私も信じてみるよ」

 

 テイルモンも納得し、香織への警戒を解いた。

 その後、夜風が寒いベランダではゆっくり話せないから部屋の中に入った。

 改めて自己紹介をやり直す。

 

「俺はガブモン。ハジメのパートナーデジモンだ。こっちはテイルモン」

「テイルモンだ。ガブモンの同行者というところだな」

「俺たちはデジタルワールドでリアルワールドに行く方法を探す旅をしていたんだ。そうしたら突然ハジメの声が聞こえたんだ」

「ハジメ君の?」

「ああ。俺が聞き間違えるはずがない。あれはハジメの声だった」

 

 ガブモンは語り始める。自分たちがここに現れる直前に何があったのか。

 

 ガブモンはハジメと別れた後、ハジメと同じように再会する方法を探してデジタルワールドを旅していた。

 たまに同じパートナーデジモンであるギルモン達と会ったりしながら、デジタルワールドを転々とする生活を続けていた。

 ある時、空間が歪んでいる場所があると聞き、もしやリアルワールドへのゲートがあるのではないかと思い、向かってみた。

 思った通り、その場所には確かに空間の歪みがあった。だが、無闇に飛び込んではどことも知れない場所へ飛ばされる危険があったため様子を見ていた。

 

 しかし、空間の歪みの向こうからなんとハジメの声が聞こえてきたのだ。

 

「とても苦しそうな声だった。あの声を聴いて俺は冷静でいられなかった」

「ハジメ君……」

「あとは空間の歪みに飛び込んで、もう少しでハジメのところに届いたと思ったんだ。でも、その直前で声が途切れた。それでも前に進んでいたら香織のところに出たんだ」

「そうだったんだ……」

 

 ガブモンの話を聞き終え、香織は胸を押さえた。

 ガブモンの話からハジメがオルクス大迷宮の65層の橋から落ちた後も奇跡的に生きていた可能性が出てきた。しかし、途轍もない苦痛を受けているかもしれない。そのことに香織の心は悲鳴を上げそうになる。

 しばらく香織はそうしていたが、今度は自分たちのことを話した。

 

「私は6年前にハジメ君とガブモン君に助けられました」

「俺たちに?」

「うん。6年前の夏休み。街中でデジモンに襲われていた時に……」

 

 それから香織は自分と雫が6年前にハジメとガブモンに、サラマンダモンから助けられたことから始まり、3年前にハジメと再会してからのハジメを介したテイマーズとの交流を説明した。

 ハジメのガブモンと再会し、デジモンと共存する世界を作る夢を手伝うと誓ったこと。

 親友の雫も自分と同じだということ。

 高校に入学して勉学に励み、夢に向かって頑張っていたこと。

 突然、この異世界トータスに召喚されたこと。

 召喚された目的である戦争への参加に反対してしまい、何とか生きて帰る方法を考えていたこと。

 

 そして、訓練で訪れたオルクス大迷宮でハジメが谷底に落ちてしまったことを。

 

 簡単にだがこれまでのことを聞いたガブモンは黙り込んでしまった。

 

「君にとって私たちは許せないと思う。でも私は絶対にハジメ君を助けます。それがあの時ハジメ君を助けられなかった私の償いだから。本当なら明日お城を抜け出そうと思っていたんだけど、そんな悠長なことを言っている場合じゃない」

 

 香織は用意していたバッグと杖を手に取ると立ち上がる。

 

「ガブモン君のおかげでハジメ君は生きているって分かった。だったらすぐにでも行かなきゃ」

 

 まだ真夜中だ。王都の門は閉ざされ、ホルアドまでは馬車で丸一日かかる。しかもそのあとは前人未到のオルクス大迷宮の下層まで潜り、ハジメを救出しなければいけない。

 改めて考えると無謀な計画だ。それは横で話を聞いていただけのテイルモンも思ったのか、香織に話しかける。

 

「今から向かうつもりか?どう考えても自殺行為だと思うぞ」

「……そうだね。自分でもそう思うよ」

 

 テイルモンの言葉を肯定しながら、それでも香織の決意は変わらない。

 

「ガブモン君のおかげで絶望が希望に変わった。今この瞬間、ハジメ君が生きているなら、私は助けに向かうんだ」

「それは何故だ?」

「さっきも言ったよ。――ハジメ君が好きだから」

 

 好き。(この)ましいこと。それはテイルモンにもわかるが、自分が死ぬかもしれない危険に飛び込むほどの感情なのだろうか。

 テイルモンには香織のことが良くわからなかったが、強い興味を引かれた。

 

「待ってくれ」

 

 今度はガブモンが香織に声をかけた。

 

「さっき香織は明日ハジメを探しに行くつもりだったって言ったよね?」

「うん。でもハジメ君が生きているって解ったから今すぐにでも行くよ」

「それはちょっと待ってほしい」

 

 ガブモンの言葉に香織は怪訝な顔をする。

 

「ハジメを早く助けないといけないのはわかっている。でももう少し待ってくれ。俺も一緒に行く準備ができるまで」

「ガブモン君。……うん、そうだよね。ハジメ君のパートナーデジモンの君が行かないわけもないよね」

「ああ。でも俺はこの世界のことが良くわからない。それにオルクス大迷宮ってところは香織が準備をしなくちゃいけない程危険な場所なんだろう?確実にハジメを助けるために、俺に時間を欲しいんだ」

「……わかったよ」

 

 少し考えて香織はガブモンの提案を受け入れた。香織としてもガブモンの同行は願ったりかなったりだ。治癒師の香織だけでは攻撃力不足だし、優秀な前衛がいてこそ力を発揮できる。

 

「テイルモン。君はどうする?」

「……私は少しこの世界を見てくる。この小さな体なら目立たないからな」

 

 そう言うとテイルモンは部屋の外に飛び出していった。

 

「ねえ、ガブモン君」

「何?あ、俺のことはガブモンでいいよ」

「じゃあガブモン。テイルモンとはどんな関係なの?」

「テイルモンとは少し前に知り合ったんだ。人間に興味があって、パートナーデジモンである俺にリアルワールドや人間のことをいろいろ聞いてきたんだ」

「なるほど」

 

 テイルモンというデジモンは好奇心が強いデジモンだ。ガブモンと出会ったテイルモンはその好奇心を人間に向けていた。

 テイルモンはガブモンの話を聞き、もっと人間のことを知りたいと思い、ガブモンと行動を共にするようになったのだという。

 

「さて、もう夜も遅いから休もう。俺疲れたよ」

「あはは。私も。なんだか久しぶりにゆっくり眠れそう」

 

 それから香織とガブモンは眠りについた。念のためにガブモンは机の下に隠れて、毛布にくるまって眠った。

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 意識が戻る。

 鼻をつく鉄臭い匂いに周りを見回すと、周囲は血の海だった。

 下に目を向けると巨大な熊が倒れていた。

 ハジメがいる階層の主である爪熊だ。

 だが、すでに息はない。熊の胸は大きく抉られており、そこから大量の血が流れている。

 それをやったのはハジメだ。

 右腕には錬成で生み出したと思われる手甲があり、手の中には抉り出した爪熊の魔石がある。

 どんな戦いがあったのか、ハジメは憶えていない。

 魔物の肉を食べてから意識がなくなり、戻ったのはこれで三度目だ。

 

 一度目は二尾狼の群れを全滅させていた。

 

 二度目は蹴り兎を貪り食っていた。

 

 そして、今回の三度目。爪熊を惨殺していた。

 

 意識はあるが体は勝手に動き始める。右手に持った魔石を口元にもっていき、そのままかぶりつく。

 硬いはずの魔石は噛み砕かれ、ジャリジャリと咀嚼する。

 

「ガフッ、ガァッ、アアアァァッ」

 

 何故か自由にならないこの体は魔物の魔石を求めている。

 魔石を取り込む度に、魔石の魔力が強烈な痛みと共に全身を駆け巡る。それに対抗するように体の中から別の力が沸き起こり、ぶつかり合う。二つの力がぶつかり溶け合う衝撃と激痛は、魔物の肉を食べた時の痛みが擦り傷に思えるほどで、戻った意識がすぐになくなりそうになる。

 そして、取り込んだ魔石は体をどんどん変えていった。

 髪は真っ黒から白と蒼のツートンカラーになり、香織のように腰まで伸びた。

 背丈は伸び、四肢の筋力はそれに合わせて発達した。

 全身に光るラインが走り、そこを蒼い光が駆け巡っている。

 もはやハジメの体は以前とはかけ離れたものに変貌してしまった。

 そして今、意識を失っている時間がだんだん長くなっているような気がする。

 

(このままじゃだめだ。体が変わって、心まで失えば僕という存在は消えてしまう)

 

 幻肢痛の痛みにも、空腹による飢餓感にも耐える自信があった。でも、自分が化け物になって消えるのだけはダメだ。

 

(そうなってしまえばデジモンと暮らせる社会を作る夢はどうなる?地球で心配している両親やタカト達は?一緒に召喚された香織さんや雫さん達は?

何より掛け替えのないパートナー、ガブモンはどうなるんだ!)

 

 自分を飲み込もうとする力に抗うため、ハジメの心に変化が起きる。

 

(優しい僕じゃ勝てない。強い、自分に負けない俺にならないと!)

 

 自由にならない体に対抗するために、ハジメは精神をより強く強靭にしていく。

 

 爪熊の魔石を取り込みながら、優しいハジメは強いハジメになった。

 

 こうして、本来の歴史とは異なる経緯をたどりながらも、南雲ハジメは精神を作り替えていった。

 

 心優しい優しい夢を追う少年でもない。

 

 敵対者を絶滅させる魔王でもない。

 

 彼がどんな進化を果たすのか。それはもうすぐ明らかになる。

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 ガブモンとテイルモン、デジタルワールドからの来訪者との邂逅から一夜明け、香織は王宮を歩いていた。向かう先は雫の部屋だ。

 ガブモンは香織の部屋に隠れている。

 

「俺が昼間に出歩いていたら目立つから、隠れているよ。これも読んでおきたいし」

 

 ガブモンはハジメのタブレット端末を使い、ハジメが残したトータスに関するファイルに目を通していた。今夜の王宮脱出だけでなく、今後トータスで過ごすために必要なことだと。

 香織もガブモンの手伝いをしようとした。しかし、それは断れた。なぜなら、

 

「雫、だっけ。香織の親友でハジメに告白した女の子。その子にハジメを助けに行くことを伝えたほうがいいと思う。今から香織がやることは、昔の俺とハジメがデジタルワールドに旅に行った時と同じことだ。伝えても問題ない人には伝えるべきだ」

 

(ガブモン君の言う通りかな。きっと今の雫ちゃんを放っておいたら大変なことになる)

 

 そんなことを考えながら歩いていた香織の前に、一人の少年が歩いてきた。

 

「あ、香織」

「龍太郎君……」

 

 少年、坂上龍太郎は香織と出くわすとバツが悪そうな顔をして、目を逸らす。

 彼はベヒモスとの戦いのとき、光輝に同調して戦い始めてしまったことを悔いていた。

 もしも自分も光輝を止めていれば、もしかしたらハジメが落ちるような事態にならなかったかもしれない。普段はあまり考えることをしない彼だが、友人付き合いのあったハジメの死、そして泣き崩れた香織と雫の姿を目にして、自分を振り返った。そして深く後悔したのだ。

 

「今から雫の見舞か?」

「うん」

 

 香織としても龍太郎には複雑な心境を抱えている。冷静に見えるが今でも身勝手なことをした光輝と檜山への怒りが渦巻いている。光輝とは話すだけでも激情を抑える自信がないため無視をし、檜山は存在そのものを目にも耳にも入れないようにしている。それが今の香織なりの怒りのぶつけ方だった。

 ただ前者の二人と違い、後悔している龍太郎には怒りをぶつけても仕方ないと思っている。

 

「俺、今から訓練に行くから。雫のことを頼む」

「……うん」

「じゃあな」

 

 結局、龍太郎は香織と目を合わせることなく訓練場に向かった。

 だから気が付かなかった。香織もまた龍太郎以上にバツの悪い顔をしていた。

 

(私が今夜やることは、雫ちゃんをさらに傷つけることになるかもしれない)

 

 龍太郎と別れた香織は、やがて雫の部屋の前についた。部屋の前には雫の傍付きとなったメイドのニアという少女がいた。

 彼女に断りを入れ部屋の中に入る。部屋の中のベッドの上には雫が眠っていた。

 その顔は普段の凛々しい彼女とは違い、酷くやつれてしまっている。

 頬は痩せこけ、眠っているのに目の下にはうっすらとだが隈が出来ている。

 

「うう、あぁあ」

 

 小さくだが、途切れることなく魘されている。これでは眠っても休めるはずがない。

 

 目覚めてからハジメ生存を信じて奮起した香織と違い、雫は心因性のショックが大きすぎ立ち直れなかった。

 ベヒモスと檜山の魔法で発症したPTSDに加え、愛していたハジメの喪失。しかも後者は自分が動けなかったことが原因でもある。

 これらのことに彼女の心は耐えられなかったのだ。

 何とかメイドのニアや香織、愛子が支えているが、日に日に衰弱していっている。

 

(だめだ。こんな雫ちゃんを連れていけない)

 

 香織はここに来るまで考えていた。今夜王宮を抜け出すときに雫も連れていくかと。

 しかし、今の雫に魔物との戦闘などできるはずがない。

 でも、こんな弱った親友をそのままにして出ていくなんてできない。

 

(ガブモンの言った通り、抜け出すのを今夜にしてよかった。周りのことが見えてきた。雫ちゃんも何とかしないと)

 

 香織は雫のことを考えながら、彼女の寝汗を拭いていった。

 

 

 

 雫の部屋を出た香織は王宮の廊下を歩いていた。

 今夜に備えて英気を養う必要があるため、今日は訓練を休むつもりだ。

 

「あ、白崎さん」

「園部さん」

 

 今度は園部優花と出会った。彼女はハジメの裏切る可能性に対し反論した少ない生徒で、なんでもあの戦いでハジメに助けられたのだと言う。

 

「八重樫さんのお見舞いしてきたの?」

「うん。今の雫ちゃんの状態は危ないからね」

「そっか……。ねえ、聞いてもいい?」

「何?」

 

 優花はおずおずと香織に質問する。

 

「白崎さんはさ、南雲のこと好きなんだよね?」

「もちろん。ハジメ君を私は愛しているよ」

「あ、愛……。す、すごいわね。そこまで言い切るなんて」

「隠すことじゃないよ。学校でもそうだったでしょ?」

「確かにそうだったわ。えっと、じゃあ付き合っていたの?」

「まだだよ。だって雫ちゃんもハジメ君のこと好きだったし」

「そう。それが気になったの。学校だと誰も踏み込まなかったけど、こんなことになっちゃったし、ちゃんと聞きたくて」

 

 優花は躊躇いながらも気になったことを聞く。

 

「白崎さんと雫を南雲は侍らしていたの?」

「……」

「ごめん、ちょっと悪い言い方しちゃった。でも、南雲のことを知りたくて。何で南雲はベヒモスに立ち向かえたのか。何でクラスメイトでもない私たちを助けてくれたのか。……私たちは南雲のために何ができるのか」

 

 顔から表情が消え、能面のようになった香織に優花は慌てて謝る。だが、それでも優花は知りたいのか、香織に質問を重ねる。

 優花の様子に、香織はしっかりと答えることにする。

 

「まずはっきり言うけれど、ハジメ君が私たちを侍らせていたんじゃない。私と雫ちゃんが付きまとっていたっていうのが近いかな」

「そうなの?」

「私たちは学校の入学前に同時に告白したんだよ。それでハジメ君を困らせちゃってね。いろいろあってあの形に落ち着いた。まあ、時間稼ぎというか問題の先延ばしだったんだけどね」

 

 告白してからのことを思い出し、苦笑する香織。

 あの時はいろいろ大変だったなあと。

 

「夢を持っていたハジメ君を困らせることはしたくないって雫ちゃんと話し合って、ハジメ君が答えを出すのを私たちが止めた。でも、一緒にはいたい。そんな身勝手な私たちの我儘をハジメ君は許してくれた。そういう人なんだ、ハジメ君は」

 

 ハジメを自分勝手だという人もいるだろう。自己中だという人もいるだろう。香織と雫を手放したくないからどっちつかずの対応をしているという人もいるだろう。

 だが、香織は言いたい。それは私たちも望んだからなんだと。

 ハジメの邪魔をしたくない。でも自分を見てほしい。複雑な心の矛盾と葛藤をハジメは見抜き、妥協し、許してくれた。いつか、三人で笑いあえる答えを出すと誓って。

 

「優しくて、大切な人たちのために一生懸命になれる。それだけの人じゃないけれど、あの時、園部さんを助けてくれたハジメ君は、そういう人だよ」

「……そっか。もっと南雲と話してみたかったなあ」

 

 香織の話を聞いた優花は残念そうに零す。南雲ハジメという少年のことをもっと知りたいと。

 

(……園部さんもハジメ君に惹かれたんだね)

 

 

 

 香織と優花の話を廊下の曲がり角から聞いている小さな影に、二人は気が付かなかった。

 

 

 

 王宮の廊下を出た香織は、中庭を通る通路を歩いていた。そんな彼女の頭上から小さな影がとびかかった。

 

「わっ!?」

「おはよう。香織」

「その声、テイルモン!?」

 

 その影は昨晩姿を消したテイルモンだった。テイルモンは香織の頭から降りて、彼女の前に立つ。

 

「どこに行っていたの?」

「町を見にね。人間の町を見るのは初めてだったから興味深かった」

「ふーん。……ねえ、聞いてもいい?」

「何?」

「ガブモンから聞いたけれど何でテイルモンは人間に興味を持っているの?」

「ああ。そのことか」

 

 テイルモンは香織の質問に歩きながら答え始める。その後を香織が付いていく。

 

「デ・リーパーとの闘いは知っているか?」

「うん。ハジメ君から聞いているよ。テイマーズの皆が協力して解決したって」

「そう。私はそれを聞いて人間に興味を持った」

 

 テイルモンは説明する。

 デ・リーパーとの闘いはリアルワールドだけでなくデジタルワールドでも起きた。いや、戦いの大部分はデジタルワールドで起きていた。

 もちろんデジタルワールドではデジモン達が死力を尽くして戦っていた。デジモンの中でも一握りの存在しか到達できない究極体、しかも究極体の中でも最強の存在である四聖獣という四体の究極体デジモンが中心となって戦った。どのデジモンも、リアルワールドにリアライズすれば人間の兵器など歯牙にもかけない力の持ち主たち。四聖獣などもはや天災に等しい力を振るうだろう。デジモンたちの神ともいわれる存在なのだから。

 しかし、彼らの力をもってしてもデ・リーパーを倒すことはできなかった。

 その結果、デ・リーパーはリアルワールドまで侵攻してしまった。

 だが、デ・リーパーはテイマーズと人間たちの手により原始的なプログラムに退化ささせられ、撃退された。

 それを聞いたテイルモンは驚いた。

 

「究極体デジモン、四聖獣でもできなかったことを人間とそのパートナーデジモンは成し遂げた。だから私は知りたいんだ。人間とはなんなのか。私たちデジモンと人間の関係とはなんなのか」

「なるほど」

 

 香織はテイルモンの話を聞いて納得した。香織はデ・リーパー事件のことに関してはさわりしか聞いていない。それでも本当にギリギリだったというのは感じた。

 テイルモンはより深くそれを知りたいのだろう。それは香織もなんとなくだがわかる。

 テイマーズのみんなとは仲間だと思っている。でも、やはりパートナーデジモンがいないことから理解できないところもある。それをいつか知りたいと思っていた。

 

「テイルモンと私、似ているところがあるのかもしれないね」

「似ている?私と香織が?」

「うん」

 

 それから香織はテイルモンと歩きながら話した。

 その途中、訓練帰りの生徒や王宮のメイドとも遭遇したが、テイルモンは猫のふりをしてやり過ごした。

 また、一人の生徒と遭遇した。おさげに眼鏡をかけた女子生徒、雫のクラスメイトである中村恵理だった、

 

「あ、白崎さん」

「中村さん。訓練の帰り?お疲れ様」

「うん。白崎さんは今日お休みなんだね。……あれ?その子は?」

「あ、この子は迷い込んできた猫なんだ。私に懐いてくれて」

「いや、その子テイルモンだよね?デジモンの」

 

 …………。

 

「「え?」」

 

 恵里の言葉に香織とテイルモンはそろって硬直した。

 




〇次回予告
香織「ハジメ君の所に行くんだ。これは私の決めた意思。私の決意。私の愛なんだ!」
テイルモン「香織。私に力を!」
ガブモン「ハジメが俺を呼んでいるんだ。邪魔をするな!!」
香織「必ずハジメ君と一緒に戻って来る。そして地球に帰る!だから――行ってきます!!」

次回11話 「X-treme Fight/Break up!」

香織・テイルモン・ガブモン「君もテイマーを目指せ!!」


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11話 X-treme Fight/Break up!

お待たせしました。最新話です。

結構難作でした。やりたいことを詰め込んだら文章が浮かばなくなり、大変でした。

すっかり週一投稿ですがもう少し投稿頻度を上げたい。でも資格試験も迫っている。ままならない物です。

感想・評価ありがとうございます。いつも元気を戴いています。


「デ、デジモン? な、中村さん。何言っているの? この子はただのネコで……」

「尻尾についているのは聖獣系デジモンの証のホーリーリング。両手のグローブはサーベルレオモンのデータをコピーした爪。好奇心が旺盛でいたずら好き。必殺技はネコパンチ。合っていると思うんだけど?」

「すごく詳しい!?」

 

 何とか誤魔化そうとする香織だが、恵里が思ったよりも深い知識を持っていることに驚く。

 

「香織。これは誤魔化せないぞ」

「そ、そうみたいだね」

 

 しばらくして驚きも収まり、二人は恵里と話をする。

 

「中村さん、デジモン知っていたんだ」

「うん。子供の時にデジモンで遊んでいたの」

 

 恵里は屈むとテイルモンを見る。

 

「デジモンを実際に見るのは初めてだけどね。会ってみたかったから、ちょっと感動しているよ」

「中村さんはデジモンのことなんとも思わないの?」

「うん。私はテレビみたいにデジモンが危ないだけの生き物とは思わない。それに暴れたデジモンがいるからデジモン全部が危険っていうなら、犯罪者がいるから人間は全員犯罪者だっていうのと同じだと思うから」

 

 香織は嬉しくなった。デジモンのことを受け入れてくれる人がこんな近くにいたなんて。

 それから香織はテイルモンのことを説明した。

 

「昨日そんなことが起きていたんだ」

「うん。もしかしたら他にもデジモンがこの世界に来ているのかもしれない」

「そっか。なら急いで南雲君を探しに行かないといけないね」

「え!?」

 

 香織は恵里の言葉に驚く。

 

「白崎さん、南雲君を探しに行くんじゃないの? テイルモンがいれば頼もしいと思うんだけど」

「確かにそうなんだけど……」

「私は応援しているよ、白崎さん。白崎さんならきっと大丈夫だと思うから」

「ありがとう、中村さん」

 

 香織は恵里にお礼を言うと別れた。

 

「テイルモンのこと黙っているから。安心して」

「何度目か分からないけれど本当にありがとう。じゃあね」

「うん。じゃあね」

 

 手を振りながら遠くなっていく香織の背中。それを見つめながら恵里は口元をニチャアと歪めた。

 

「ごめんねえ、白崎さん。僕ちょっと嘘ついちゃった♪」

 

 

 

 恵里と別れた香織とテイルモンは急いで香織の部屋に向かっていた。

 

「まずいまずいまずいよ。デジモンを知っている人の可能性を忘れていた!」

「あの子が黙っているっていうのもどこまで信じられるかわからない。どうするの香織?」

「とりあえずガブモンとも相談する!」

 

 部屋に着いた二人はすぐに中に入る。

 

「わっ、どうしたの!?」

「ごめんガブモン。ちょっとミスっちゃったかも」

 

 香織はガブモンに先ほどの恵里とのやり取りを説明する。

 

「今の地球、リアルワールドではデジモンはあまりよく思われていないの。だから油断していたよ」

「ばれちゃったものは仕方ない。その中村さんっていう子のことを信じよう。でもこれ以上俺たちのことがばれるのは避けたい」

「うん。本当は真夜中にするつもりだったけれど、少し早めに出よう。作戦、考えてくれる?」

「もちろん」

 

 香織とガブモンは王宮を出る作戦を考える。その様子をテイルモンはじっと見つめていた。

 

 そして、香織はその晩に王宮から抜け出すために、行動を開始した。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 愛子は夕食の後、自室に戻るとノートパソコンの電源を立ち上げた。

 

「白崎さん、一体何なのでしょう?」

 

 手に持ったUSBを眺めながら訝し気に呟く愛子。

 夕食の席で、愛子は香織からこっそりと一つのUSBを渡されていた。

 USBを渡すというのは、愛子達、戦争参加に反対したグループ内での暗黙の了解で公にできない情報のやり取りをするということだ。

 USBなら隠し持つことができるし、PCに表示される文章は日本語なのでトータスの人間には読めない。しかも文章にパスワードを設定すれば、万が一グループ以外の生徒がUSBの中身を見ようとしても見ることはできないと、ハジメが提案したのだ。

 愛子はUSBをノートPCに挿入し、保存されていたファイルを開いて目を通した。そして、驚愕した。

 

『畑山先生。一杯迷惑をかけてしまい申し訳ありません。ハジメ君が落ちてから私はずっと彼のことばかりで周りが見えていませんでした。

 私はハジメ君を愛しています。高校生の私が愛を語るなんて早いと思われるでしょうがこれは本心です。

 多分、これから先、白崎香織は南雲ハジメ以外を愛することはないでしょう。そう確信するほど、私の心にはハジメ君がいます。

 だから、私は今夜王宮を出ます』

 

「なにこれ? なんなんですかこれ!?」

 

 混乱しながらも愛子は読み進めていく。

 

『詳しくは話せませんが、ハジメ君が生きている希望を掴みました。この希望を逃がさないために私は進みます。

 この決断を、多くの人は愚かだと思うでしょう。

 周りが見えていなかったと自覚したはずなのに、また見えていないと思われるでしょう。

 でも、人の心って論理的で正しい行動をしているだけで満たされるものじゃないと思うんです。

 満たされない心を満たすために、心が求める道を進む。それが私の出した答えです。

 先生には私がいなくなった後のことをお願いしたいのです。

 王国の各地の農地の改革へ出向く旅。それに雫ちゃんを連れて行ってほしいのです。

 王宮を出る前に、必ず雫ちゃんを立ち直らせます。でも、衰弱した雫ちゃんを連れていくことはできません。かといって王宮に置いておくのも得策ではありません。

 だから、先生が雫ちゃんを王宮から離してください。

 我儘に我儘を重ねてしまい、申し訳ありません。

 でも、私は必ず帰ってきます。ハジメ君と一緒に。ですから私の一番の親友のことをどうか、どうかよろしくお願いします』

 

「白崎さんッ……!!」

 

 愛子は部屋を飛び出す。香織とはさっきの食堂で別れたばかりだ。

 ファイルには出ていく前に雫の部屋に寄って行くと書いてあった。ならまだ雫の部屋にいる可能性が高い。

 雫の部屋の前にたどり着いた愛子は驚愕する。何と雫の部屋の前に一人のメイドが倒れていたからだ。

 慌てて部屋の中に入るとベランダに続く窓が大きく開かれ、夜風がカーテンを揺らしていた。

 ベッドのほうを見ると雫が目を覚ましており、上半身を起こしていた。

 彼女は両手で顔を押さえ、声を押し殺して泣いていた。

 

「よかった。よかったよぉ。……ハジメェ」

 

 愛子が雫に近づくと彼女は真っ赤に腫れた目をしながらも微笑んだ。

 

「畑、山先生。ご迷惑、おかけしました。もう、大丈夫です」

「白崎さんが、来たのですか?」

 

 愛子の問いに、雫はこくりと頷く。

 泣きつかれたのか雫は上半身を横たえ、開かれた窓のその向こうを見る。

 

「香織、ガブモン、テイルモン。がんばって、ハジメを助けて。私も、頑張るから」

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

「香織って意外とやるのね。ロープでベランダから降りるなんて」

「ちょっと友達の道場でいろいろ教わったんだよ」

 

 夜の闇に包まれた王宮の中を香織とテイルモンは走っていた。香織の背中には脱出のための荷物と武器の杖が背負われている。

 さっきまで雫の部屋に赴き、そこで彼女にガブモンとテイルモンを紹介した。そして、ガブモンからハジメが生きている可能性があることと、今から救出に向かうことを伝えた。

 当然彼女は驚き、ハジメが生存している可能性に涙を流した。その後、自分も一緒に行こうと言ったが香織はきっぱりと断った。そして、いつか自分たちが戻ってきたときのために、しっかりと体を回復させることと、愛子の手伝いを頼んだのだ。

 その後、愛子と鉢合わせ無いように、窓からロープで脱出したのだ。

 

「それにしても、あの雫っていう子にした誤魔化し。いつまでも続かないと思うけど」

「それでも、何の希望もないよりはいいと思う」

 

 テイルモンは気が付いていた。今の雫は香織とガブモンの言葉で立ち直りかけているが少ししたらハジメがまだ危険なこと、そんなところに香織達が向かったことに深く傷つくだろう。

 それでも香織は雫にもう一度立ち上がってほしかった。何も告げずに出ていけば、あのまま雫は衰弱し続けただろう。だったら一時の気休めでも雫に希望を伝えた。そのあと、さらに絶望するのか、希望を信じ続けるのは賭けになるが。

 

(そう考えると希望も絶望っていうのは、本当なのかもね)

 

「もうすぐ使用人用の資材搬入口がある。そこからなら今の時間は誰も使わないから警備も薄いはず」

「どうしてそんなことを知っている?」

「異世界物の定番だと思って調べてみたんだ」

 

 読んだことのある異世界物の小説で、お城に潜入するパターンの一つにあったので調べてみたのだ。なお一番よくある隠し通路とか水路は見つからなかった。

 香織の言う通り、搬入口には二人の見張りしかいない。これなら、

 

「じゃあ私が見張りの人たちを何とかしてくるね」

「いや、それには及ばないさ」

 

 見張り達の頭をボコリに行こうとする香織を、テイルモンが制する。代わりに見張り達の前に飛び出す。

 

「ニャーニャー」

「ん? なんだこいつ」

「ネコか?」

 

 テイルモンが猫の鳴きまねをし、見張り達の注意が向く。その瞬間、

 

「《キャッツ・アイ》!」

「あっ」「うっ」

 

 テイルモンの目が鋭い眼光を放つ。すると見張りの二人は短い悲鳴を上げると目の光を失った。

 テイルモンの必殺技の一つ、鋭い眼光で相手を操る《キャッツ・アイ》だ。

 

「そこで寝ていなさい」

 

 テイルモンの言葉通り、見張り達は門の傍に座り込むと寝息を立て始める。

 香織は驚きながら出てくる。

 

「すごいね」

「香織はちょっと暴力的なのよ」

「うーん、確かに。召喚されてからそうかも」

 

 苦笑いを浮かべる香織。

 そのまま二人は搬入口から出ようとする。その時、

 

「はっ。避けて香織!」

「きゃっ!?」

 

 テイルモンが咄嗟に香織を突き飛ばす。するとさっきまで香織がいた場所に黒い影が現れ、手刀を振り下ろしていた。

 

「ちっ」

「誰!?」

 

 倒れた香織はすぐに立ち上がり、杖を構えて警戒を露わにする。

 黒い影は黒装束に身を包んだ男だった。

 一瞬、浩介かと思ったが彼は謹慎中なのと、香織の脱出のことは知らないはずだし、例え知ったとしたらむしろ協力を申し出てくれるはずだ。

 

 なお、脱出のことを知らないのは香織が伝える暇がなかったというか、リスクを増やせなかったというか……と、後日香織が本人の目の前で必死に言いつくろったことからお察しである。とりあえず、香織はハジメ直伝の土下座を行う未来が待っている。

 

 それはさておき。

 香織へ手刀を落とそうとした人物は、懐から小さな笛を取り出すとそれを吹いた。

 

 ピイイイイィィィッ────―。

 

「まずいっ」

 

 香織が狼狽している間にどんどん王宮の兵士や騎士が集まってきた。彼らは香織とテイルモンを包囲する。

 そして、その中から一人の人物が出てきた。

 

「愚かな真似はやめるのだ、カオリ」

 

 豪奢な服を着た十歳くらいの金髪碧眼の少年。ハイリヒ王国の王子であるランデル・S・B・ハイリヒだった。

 

「ランデル王子。なんで」

「カオリがおかしな動きをしているようだったのでな。申し訳ないと思ったが見張りをつけさせてもらった」

 

 ランデルはそう言うと黒装束に目をやる。黒装束は王国の諜報員で、ランデルは父であるエリヒド・S・B・ハイリヒに理由をつけて頼み込み、香織の監視に付けていたのだ。

 

 もっとも、香織のおかしな動きに気が付いたのが今日であり、しかも優花と話をしていたのを盗み聞きし、香織が迷宮で行方不明になったハジメに嫉妬。香織の目を自分に向けるまで監視してもらおうと考えたからなのだが。

 つまり、気になる女の子の話を盗み聞きし、父親を丸め込んで、国の諜報員に見張らせていたという、ストーカー一歩手前の行為だった。

 なお、騎士団長のメルドには止められると思いランデルは知らせていない。

 

「今ならまだ遅くない。馬鹿な真似はやめるのだ!」

「馬鹿な真似、ですか?」

「そうだ! ナグモハジメなどという裏切り者のためにそなたが危険に飛び込むことはないのだ! いやそもそも戦う必要も帰る必要もないのだ! 余の専属侍女になれば安全であるし、元の世界よりもいい暮らしができる! だから」

「もういいです」

 

 ランデルの言葉を遮る香織。ランデルとしては香織を説得しようとしていたのだが、あまりに内容が酷かった。

 王宮ではハジメが裏切り者であるという噂がさも真実のように流れている。これは教皇イシュタルの推測であることに加え、勇者である光輝がそれを信じていることが原因だった。だから王族であり影響を受けやすいランデルも噂を信じ込んでしまい、香織を裏切り者に騙されている悲劇の少女とみている節がある。

 それが先の発言なのだが、もう香織の怒りのボルテージは上がりっぱなしだった。

 

「強硬突破させてもらいます。私は行かなければならないので」

「くっ、すまないカオリ。取り押さえるのだ!!」

 

 ランデルの命令に、兵士と騎士たちが香織を取り押さえようと迫る。

 それに対して香織は──背負ったバッグの開け口を縛る紐を緩めた。

 するとバッグの中から小さな塊が飛び出した。

 

「お願い──ツノモン!」

「任せろ!!」

 

 バッグの中から飛び出したのは頭に一本の角に額に蒼いインターフェースを持つ幼年期デジモン、ツノモンだった! 

 テイルモンのように身軽ではないし見た目が目立つガブモンは、幼年期のツノモンに退化して荷物の中に隠れていたのだ。

 これはハジメと暮らしていた頃から持っていた能力で、適応力が高いためにリアルワールドで暮らしやすいように身につけたのではないかと、ハジメ達は推測している。同じ目立つ姿のギルモンには羨ましがられた。

 

「ツノモンX進化! ──ガブモン!!」

 

 ツノモンは空中でガブモンに進化する。幼年期と成長期限定だが、テイマーがいなくても進化できるのだ。

 

「なんだこいつは!?」

「魔物か!!」

「《プチファイアー》!!」

 

 ガブモンの出現に狼狽する兵士たち。そこにガブモンは口から蒼い炎を吐き出す。

 炎に驚いた兵士たちは咄嗟にその場を飛びのく。すると包囲の中に一本の道ができた。

 その道の先には、香織達が向かおうとしていた搬入口がある。

 

「走れ!」

「ありがとう、ガブモン!」

 

 ガブモンが駆け出し、香織とテイルモンがその後に続く。

 

「止めるのだ!」

「頼むテイルモン!」

「仕方ないな! 《キャッツ・アイ》」

 

 再び発動するテイルモンの《キャッツ・アイ》。今度は兵士を眠らせず、味方へ攻撃させるように操る。

 

「うわっ!?」

「何をするんだ!」

 

 突然の仲間割れに混乱が起きる。その中を香織達は駆け出す。

 当然、テイルモンに操られていない兵士たちがそれを阻もうとする。

 

「〝剛腕〟。はぁっ!」

「ぐっ?」

 

 それに対し、香織は腕力を強化し、杖を振るうことで払いのける。

 兵士は予想以上の力強さに体勢を崩してしまい、その隙に香織は駆け抜ける。

 時に杖で払い、時には拳を振るい香織は兵士たちを退けていく。

 

「この魔物が!」

「邪魔だ!」

 

 一方のガブモンも剣を振り下ろしてきた兵士を相手取っていた。ガブモンの見た目から魔物と断じている兵士たちは、最初から殺すつもりで攻撃してくる。

 だが、ただの兵士、ただの騎士に後れを取るガブモンではなかった。

 デジモンとしては発展途上のレベルである成長期のガブモンだが、潜り抜けてきた戦いの数は豊富である。

 剣による攻撃を身に纏う毛皮で弾き、パンチやキック、炎を放つ。

 ガブモンの毛皮は進化系であるガルルモンのデータを集めて作ったもので、その毛はデジタルワールドの伝説のレアメタル「ミスリル」のように固い。なのに動きを邪魔しないしなやかさを持つのだ。

 

 テイルモンも身軽ですばしっこい動きで兵士たちを翻弄する。時折《キャッツ・アイ》で兵士達の同士討ちを誘発し、混乱が収まらないようにしている。

 

 そして、遂に香織達は搬入口にたどり着く。

 門は固く閉ざされている。

 当初の予定では眠らせた門番から鍵を奪う予定だったが、ここまで騒ぎになってしまったのなら仕方ない。

 

「壊すしかないかな。ガブモン、テイルモンお願いできる?」

「もちろん! 《プチファイアーフック》!!」

「やっぱり暴力的ね。でも賛成よ! 《ネコパンチ》!!」

 

 ガブモンの炎の拳とテイルモンの爪のが門に放たれる。

 まずテイルモンの爪の一撃が門に深い傷をつけた。

 小さい体だがテイルモンは成熟期。目測とはいえハジメがベヒモスを位置付けたレベルと同等なのだ。その威力に門は耐えられるはずがなかった。

 そこに追い打ちで叩き込まれたガブモンの炎纏った拳。打撃だけでなく炎の爆発が門を完全に破壊した。

 

「やった! ありがとうガブモン、テイルモン!」

 

 香織は二体にお礼を言う。

 門が壊されたことに兵士や騎士達が驚く中、香織達は王宮の外に飛び出す。

 

 

 

「そこまでだ!!!!」

 

 

 

 そこに一筋の金色の光が立ち塞がった。

 

「卑劣な魔物ども!! よくも香織を攫おうとしてくれたな!!!!」

 

 輝く聖鎧に、光を放つ聖剣。

 

「香織!! 今助ける!!」

 

 勇者、天之河光輝が香織達の前に現れた。

 

 光輝は夕食後、雫の部屋に訪れると愛子と雫に何があったのか尋ねた。そこで香織がハジメを探しに行ったと聞き、愛子と雫が制止するのも聞かずに飛び出した。勇者のスペックを全開にしながら王宮を駆け回り、この騒ぎに気が付いた。そして、状況と香織の傍にいる二体のデジモンを見て、香織が二体に攫われたと判断。割り込んできたのだ。

 

「万翔羽ばたき、天へと至れ──〝天翔閃〟!!」

 

 聖剣を振るい、光の斬撃を飛ばす光輝。その狙いはガブモンとテイルモンだった。

 

「守護の光をここに──〝光絶〟!!」

 

 咄嗟に割り込み、初級の光属性防御魔法を張る香織。

 勇者の攻撃を防ぐには弱い障壁だったが、香織は展開した障壁を斜めに構えた。

 

「くっ、ああっ!?」

 

 途轍もない衝撃だったが、斜めに構えたことで軌道を逸らすことができた。香織は倒れこむが、怪我はない。

 

「香織!? なんで危ないことを……。はっ、そうかその魔物たちに操られて盾にされたんだな!!」

 

 光輝は香織の行動に驚き訝しむが、すぐにそれがガブモンとテイルモンに操られたからだと結論を出し、二体への敵意を高める。

 

「違う! 私は操られてもいないし、ガブモンとテイルモンは敵じゃない!」

「香織をよくもおっ!!」

 

 香織が否定するが、光輝は耳も貸さずにガブモンとテイルモンに斬りかかる。

 

「刃の如き意志よ、光に宿りて敵を切り裂け──〝光刃〟!」

 

 聖剣に光の刃を付与し、威力を向上させる魔法を使う光輝。香織が傍にいるため、近接戦闘用の魔法に切り替えた。

 その刃の向かう先は──ガブモンだった。

 

「ぐっ」

 

 その場を飛びのくことで躱すが、切っ先が掠ってしまい、痛みが走る。

 

「痛っ!? 俺の毛皮が」

 

 ただの剣ならば弾くガブモンの毛皮も、伝説級のアーティファクトである聖剣に魔法が付与された攻撃は防げなかった。ガブモンの左肩が毛皮ごとぱっくりと裂け、そこから血が流れている。

 

「喋っただと? お前は一体なんだ? まさかお前が魔人族か!」

 

 ガブモンがしゃべったことで光輝は魔物ではないのかと思った光輝。そして人間族を脅かす魔人族だと決めつける。

 流石にそれには我慢できなかったガブモンが怒りを露わにする。

 

「違う! 俺はガブモン。デジモンだ!!」

「デジモンだと!?」

 

 デジモン。その言葉に光輝はずっと心の中にあった怒りが爆発した。

 六年前、香織と雫を、地球までも危険にさらした存在。

 なのに香織と雫はデジモンに興味を持ち、のめりこみ始めてしまった。

 光輝は二人に危険なものに近づいてほしくなくて、必死に説得した。しかし二人は光輝の言葉を聞き入れず、南雲ハジメというデジタル技術に傾倒する男と一緒にいるようになってしまった。

 デジモンが現れてから光輝の大切なものがおかしくなってしまった。

 

 というのが光輝の感じていることであった。

 

「あの時は子供だった。力もなかった。でも今の俺は──デジモンでも負けない!!」

「はぁ? お前何を言っているんだ!?」

 

 脈絡のない光輝の言葉にガブモンが呆気にとられる。

 ガブモンの様子に構わず、光輝はガブモンに攻撃を加えようとする。

 

「いい加減にやめてよ!!」

 

 その前に香織が割り込んだ。ガブモンを庇うように手を広げる。

 

「なっ!? 香織ッ」

 

 光輝は香織に聖剣が当たらないように咄嗟に攻撃を止める。

 

「香織そこを退くんだ。いや、操られているんだったな。すぐにそいつを倒して開放してあげ」

「この大馬鹿!!」

「ぐおはっ!??」

 

 香織は光輝を殴り飛ばす。強化魔法の効果は継続していたため、スペックの高い勇者である光輝でもダメージを受けた。

 

「何が操られている、開放するなのよ! 私は操られてもいないし、連れ去られていない! 今ここで門を壊してもらって、王宮から出ていこうとしているのは私の意思! 私の決意! 私の決心! 私はここを出て必ずハジメ君を見つける!」

「あ、操られていないならなんで? 南雲は死んだんだし、生きていても裏切り者なんだ。いくら優しい香織でもそこまでする必要ないんだ。死ぬかもしれないんだぞ!! 頭のいい香織ならそのことがわからないはずがない。だから今の香織は操られているんだ!!」

「……きだから」

「え?」

 

 小さく呟かれた言葉。聞こえなかった光輝が思わず聞き返すと、香織は光輝を睨みつけながらもう一度、今度は大きな声で叫んだ。

 

「私は! 南雲ハジメ君が!! 大好きだからだよ!!! 愛しているからだよ!!!!」

 

 夜の王宮に香織の愛の宣言が響いた。

 

「え?」

「好きだから! 大好きだから! 馬鹿なことだってできる! 頭が悪い選択だって、私がハジメ君と一緒にいたいって、心からやりたいと思ったことは、何度だって選んで、何度だって飛び込むんだ!! それが私のハジメ君への──愛だ!!」

 

 あまりに支離滅裂で、まとまりがなかったけれど、そこに込められた深い愛情は全員に伝わった。

 混乱を収め立て直した兵士と騎士達にも、騒ぎを聞きつけ集まった使用人にも、ランデルにも、光輝にも、ガブモンにも、そして──テイルモンにも。

 

 そして、香織の愛の言葉に呼応するように天空から一条の光がその場に降り注いできた。

 

「え?」

 

 光は──ガブモンに注がれた。

 

「この光は、う、ああああああああああ!」

 

 光の中でガブモンは自身の力が巨大になっていくのを感じる。この感覚は六年前、何度も感じた感覚だった。そう、

 

 ──MATRIX XEVOLUTION──

 

 進化の力だ! 

 

「ガブモンX進化!!」

 

 光の中でガブモンのデータが分解され、再構成される。

 かつて香織も見たことのあるガルルモンへと変わり、さらにデータが分解・再構成される。

 ガルルモンの姿が二倍近く発達し、二足歩行できるようになる。

 体格は格闘戦に優れたことを示すようにパワフルになり、動きを阻害しないようにクロンデジゾイドで作られた薄手の武具を装着する。

 背中には俊敏性を補う機動装備「サジタリウス」が装備され、八つの光の翼が展開される。

 これこそガブモンが完全体に進化した姿。

 攻守のバランスに優れた戦闘のスペシャリストであり、かつてハジメの危機をその身を盾にして守った頼もしい獣人型デジモン。

 

「ワーガルルモンX!!!」

 

 天空に向かって咆哮を上げるワーガルルモンの姿に、その場の全員が圧倒された。

 

「これがテイマーによる進化なのか……」

「今の光、もしかして……ハジメ君?」

 

 テイルモンが初めて見たガブモンの進化に感嘆の言葉を漏らし、香織がガブモンを進化させた光にハジメの存在を感じた。

 

「香織の言うとおりだ。この進化は、ハジメの力だ」

 

 ワーガルルモンが香織の言葉を肯定する。

 

「そして今ならわかる。ハジメは今も生きている」

 

 ワーガルルモンは胸を押さえながら言う。

 テイマーのパートナーデジモンは完全体まで進化すると、テイマーとの繋がりが強くなる。例えば、デジモンが受けたダメージがテイマーにも伝わったり、テイマーの気勢がデジモンの力を増大させたりする。

 今、ワーガルルモンはその繋がりからハジメの生存を確信した。だが、

 

「だが、今ハジメは途轍もない苦しみに苛まれている」

「そんな!?」

「今ならハジメの場所もわかる。──どうする香織?」

「聞くまでもないよ。私も連れて行って!」

 

 ワーガルルモンの問いにやはり即答する香織。だがそれをさせないと立ち上がるものがいた。

 

「だめだ……行ってはダメだ香織。南雲が生きているなんて、そのデジモンのウソに決まっているじゃないか。デジモンなんて危険な奴について行っちゃだめなんだ。俺が絶対守る。この世界を救って、皆を家に帰すから。俺を信じてくれ!! うおおおおおッッ!!」

 

 立ち上がった光輝は再びデジモン、ワーガルルモンに攻撃を仕掛ける。

 振り上げた聖剣には〝光刃〟の光が宿っており、ガブモンの強靭な毛皮さえも斬り裂いた攻撃だ。しかし──。

 

「フンッ」

 

 左腕で受け止めたワーガルルモンには傷一つつけられなかったが。

 

「何ッ!?」

「クロンデジゾイドの防具にそんな攻撃は効かない」

 

 クロンデジゾイド。それはデジタルワールドに存在する仮想金属で、クロンデジゾイドメタルと生物データを配合してできた合金であり、超硬度の硬さと生物の滑らかさを併せ持つ。デジモンの武具やサイボーグ型デジモンの体のパーツにまれに使われるこの金属を傷つけるのは困難で、例え勇者の聖剣でも不可能なのだ。

 

 攻撃をはじかれた光輝は慌てて距離を取る。そんな光輝に香織が前に出て話しかける。

 

「ねえ、天之河君。さっきの言葉本気なの?」

「え? も、もちろん本気だとも! だから安心してそこから離れるんだ! 今の俺の〝神威〟ならそこのデジモンだって必ず倒せる!!」

「ふーん……」

 

 光輝の返事を聞いた香織は光輝にとても冷たい目を向ける。

 

「嘘つき」

「え?」

 

 香織の言葉を理解できなかった光輝が呆ける。

 

「ハジメ君は死んだって言ったくせに、皆は無事に帰すって言うなんて。嘘つきだね」

「え? ……あ!」

「それともハジメ君は、みんなの中には含まれないっていうことなのかな?」

「そ、それは……。だ、だってあいつは裏切り者」

「断定されていない。可能性だけの不確定な噂。それで全部を決めつけるんだね。──やっぱり信用できないよ。天之河君は」

 

 その言葉を示すように、光輝に背を向ける香織。

 逆にその香織の前にはワーガルルモンと、テイルモンがいた。

 

「ハジメ君を助けに連れて行って」

「ちょっと待って香織」

 

 ワーガルルモンと一緒に行こうとする香織にテイルモンが話しかける。

 

「何? テイルモン」

「聞きたいことがある。今ここで」

「……うん。いいよ」

「状況は変わった。ガブモンがワーガルルモンに進化した今なら、この包囲を突破してハジメという人間を助けに行ける」

 

 テイルモンの言葉を香織は静かに聞く。

 その間、光輝や兵士たちが隙を窺っているが、ワーガルルモンの威圧感と鋭い眼光、勇者の剣を無傷で跳ね返したことから動けない。

 

「そしてそれに香織が付いていく必要はほぼなくなった。ワーガルルモンなら究極体が出てこない限りどんな危機も蹴散らせる。テイマーと合流できれば力は十二分に振るえる。香織が付いていかなくても問題ないだろう。それでも行くのか?」

「もちろんだよ」

 

 またも即答する香織。テイルモンもそのことが分かっていたのか、驚かない。むしろその顔には笑みが浮かぶ。

 

「それはさっき言った「愛しているから」か?」

「そうだよ」

「──そうか。確かめるまでもなかったか」

 

 香織の言葉にテイルモンは満足そうに頷くと、その小さな右手を差し出す。

 

「白崎香織。私のテイマーになってくれないか?」

「え? 私?」

 

 テイルモンの言葉に、香織は驚き自分を指さす。

 

「ああ。昨日会った時からあなたのことが気になっていた。そしてさっき見たテイマーとデジモンの、進化さえ引き起こす絆を結ぶならあなたしかいないと思った。不確かな愛という感情のために、命の危機にさえも飛び込む思いっきりの良さ。求めるものをあきらめない強い意志。あなたなら私が知りたかった人間の強さを見せてくれると確信した。私のテイマーになってくれ」

 

 いつかハジメが言っていた。テイマーとデジモンの出会いに偶然はない。どんなに偶然に思えてもその出会いは必然なのだと。なら香織とテイルモンの出会いもまた、必然だったのだ。

 香織もしゃがみ込み、テイルモンの手を握る。

 

「私こそ。よろしくね、テイルモン。私のパートナー」

「ああ。香織。私のテイマー」

 

 その時、空中から光の玉が現れ二人の間に降りてくる。

 

「これは?」

「その光を掴むんだ二人とも」

 

 ワーガルルモンの言葉に従い香織とテイルモンが手を伸ばす。すると光の中からピンクのカラーリングに金色の縁取りのデジヴァイスが現れた。

 

「デジヴァイス!」

「私たちのなのか?」

「そうだ。それが君たちのデジヴァイス。絆の証だ」

 

 ワーガルルモンの言葉に香織とテイルモンは顔を綻ばせ笑い合う。

 

「なんだよ、それ。お前たち香織に何をしたんだ!!」

 

 二人の様子を受け入れられない光輝が気炎を上げる。香織のハジメへの愛の告白に、自分が手も足も出ない存在。そしてデジモンと絆を結んだ香織。それらの光輝の価値観を否定する出来事の連続に冷静さを失った彼は暴挙に出てしまう。

 香織がいるのに聖剣に魔力を込め始める。まるで目の前の現実を消し去ろうとする様に。

 

「神意よ! 全ての邪悪を滅ぼし光をもたらしたまえ。神の息吹よ。全ての暗雲を吹き払い、 この世を聖浄で満たしたまえ!!」

 

 その詠唱は光輝の最強魔法〝神威〟。ワーガルルモンが香織とテイルモンを守るように前に出る。

 だが、香織とテイルモンはワーガルルモンの前に出た。

 

「香織?」

「行くよ、テイルモン」

「香織。私に力を!」

 

 香織は懐からカードデックを取り出すと、そこから瞬時に一枚のカードを選び取る。

 そしてそのカードとアークを構える。

 

「神の慈悲よ。この一撃を以て全ての罪科を許したまえ!!」

「カードスラッシュ!」

 

 光輝の詠唱が完了する。光輝はあのデジモン達が香織を利用するために守るだろうとご都合解釈をしてしまい、魔法を放ってしまった。

 

 もっとも、香織はただ守られるだけの女の子でいるつもりはなかった。

 この一撃は自分とテイルモンが受けきる。そうすることでこのハイリヒ王国への決別になると。

 

「〝神威〟!!!」

 

 光属性の極光の砲撃に対し、テイルモンが飛び出す。

 

「《ブレイブシールド》!!」

「はぁっ!」

 

 テイルモンの両腕に不釣り合いな大きさの、オレンジ色の盾が現れる。そして砲撃を受け止める。

 それは真の勇者に目覚めたものが進化すると言われる究極体デジモン、ウォーグレイモンが背中に装備している最高硬度の盾《ブレイブシールド》。

 ワーガルルモンの防具と同じクロンデジゾイドでできた盾は、光輝の〝神威〟を受けてもびくともしなかった。しかし、テイルモンの体格では盾を支えきれず押され始める。

 

「テイルモン!」

「かお、りぃ」

 

 それを香織が一緒になって支える。

 

「一緒に行くよ! どこまでも!!」

「ああ! 行こう、どこまでも!!」

「「ハアアアアアアアッ!!!」」

 

 二人の意思が一つになる。そして〝神威〟による砲撃を、耐えきった! 

《ブレイブシールド》が消滅し、香織とテイルモンは荒い息をつく。

 

「はぁはぁ。……やったね、テイルモン」

「ああ。ありがとう、香織」

 

 香織とテイルモンの姿に光輝と兵士達は呆ける。人間と魔物のような生き物が協力して、勇者の攻撃を防いだ光景は、異種族への差別が当たり前のトータスでは信じられないものだった。

 

「さあ、今度こそ行こう。テイルモン。ワーガルルモン」

「ああ。いつでもいける」

「行こう。ハジメのところに」

 

 ワーガルルモンが背中のサジタリウスを広げる。

 香織は《ブレイブシールド》とは別のカードを取り出す。

 

「カードスラッシュ!」

(これはハジメ君の元へ行く私たちの翼。テイルモンに新しい翼を)

 

「光のデジメンタル!! デジメンタルアーップ!!」

 

 ──ARMOUR EVOLUTION──

 

 スラッシュされたカードの情報を読み込んだデジヴァイスから、白銀の光が放たれる。光の中から白銀の物体が現れる。

 その物体──光の元素の力が込められた進化を促進させる古代のパワーアップアイテム、デジメンタルがテイルモンと一つに重なる。

 

「テイルモン! アーマー進化!!」

 

 光のデジメンタルのパワーを受け、テイルモンは進化していく。

 手足は伸び、背中には純白の翼が生える。

 両腕と胸、顔にはデジメンタルから生まれた鎧が装着される。

 光のデジメンタルが持つ光の力を身に着け、闇を浄化する能力を得たテイルモンの新たな姿。デジメンタルで進化した特殊な世代、アーマー体の聖獣型デジモン。

 

「微笑みの光!ネフェルティモン!!」

 

 闇夜に輝く神々しい光のデジモン。その姿に周囲の兵士と騎士は思わず見とれてしまう。

 その隙に香織はネフェルティモンに跨ろうとする。

 

「はっ、行かせるか!!」

 

 それを見て光輝がまたまた攻撃しようとするが、

 

「もう邪魔をするな」

 

 ワーガルルモンが瞬時に光輝の前に移動。軽い蹴りを放つ。

 もっとも、軽いとはいえ完全体の放つ蹴りだ。その威力はベヒモスの全力攻撃以上だ。

 

「ぐわああああああああッッ!!!!!???」

 

 故にチートなステータスを持つ勇者の光輝でも耐えきれず、今まで受けたことのない威力に光輝は王宮の庭の端まで吹き飛ばされていった。兵士と騎士たちは勇者があっさり負けたことに動揺する。

 光輝が吹き飛ばされた方を見ながら、香織は一度目を伏せるとネフェルティモンに跨る。

 

「カオリン!」

「白崎さん!」

 

 そこに騒ぎを聞きつけた鈴や優花たち、地球から召喚された生徒達が現れた。

 その後ろには雫に、彼女に肩を貸している龍太郎と愛子がいる。

 彼らを、特に雫を見ながら香織は一言伝える。

 

「行ってきます!!」

 

 香織の言葉と共にワーガルルモンはサジタリウスで、ネフェルティモンは翼で飛び上がった。

 二体は城壁を飛び越え、大通りを低空飛行で進む。そして王都の入り口である門が見えるとワーガルルモンはサジタリウスの二連レーザー砲《アルナスショット》を構え、ネフェルティモンは額の飾りにエネルギーを高める。

 

「撃ち抜く! 《アルナスショット》!!」

「《カースオブクイーン》!!」

 

 サジタリウスから放たれたレーザー砲撃と赤い光線が門を破壊する。そこから二体は王都を飛び出した。

 

 ハジメとの繋がりを感じるワーガルルモンを先頭に、二体はホルアドに向かって飛んで行った。

 

 

 

 

 

 

(ん? 何?)

 

 その時、香織は一瞬、闇の中に黒い塔のようなものを見た。

 




ちょっと光輝をやらかしすぎたかな?もしかしたら神威を撃つところは少し書き直すかもしれません。

〇デジモン紹介
ワーガルルモン(X抗体)
レベル;完全体
タイプ:獣人型
属性:ワクチン
ガルルモンが進化して二足歩行ができるようになった獣人型デジモン。X抗体により覚醒したワーガルルモンは二倍近くに体格が発達しており、繰り出す豪快なキック《円月蹴り》と《ガルルキック》は重量級デジモンでも一撃で吹き飛ばすほどのパワーを持つ剛脚の戦士である。
身に纏うクロンデジゾイドの武具は身を守ると同時に、攻撃力を飛躍的に上昇させた。
背中には二足歩行になることで失った俊敏性を補う機動装備「サジタリウス」が装備されており、飛行能力と遠距離攻撃《アルナスショット》、ビーム刃を飛ばす《カウスラッガー》を得た。
攻守に優れたバランスの取れた戦闘のスペシャリストに進化したワーガルルモンは、デジタルワールドを一人で旅したハジメの強い味方だった。
必殺技は両腕の鋭い鉤爪で相手を切り裂く《カイザーネイル》。


次回予告は少しお休みです。書きダメの時間が取れなかったため内容が変わるかもしれないので。
あと予定している内容で次話予告したらちょっとネタバレが過ぎる気がするのも理由の一つです。遊戯王の「城之内死す」並みの次話予告になりそう。

そんな次話もお楽しみに。


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12話 再会を目指して 奈落突入!

感想・評価ありがとうございます。

お待たせいたしました。

遅れた理由は皆さんが大好きなあの子の場面を挿入したら思ったよりも筆が乗ったためまとめるのに手間取ったからです。

満足していただけるか不安ですが、この小説では彼女はこんな感じで行こうと思います。

では、どうぞ。



 香織が王都から脱走した翌日。

 王宮は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。

 破壊された王宮と王都の門。

 勇者すらも歯牙にかけない強さを持つ魔物のような生き物──デジモン。

 そして、神の使徒の一人であり強力な治癒師の白崎香織の離反。

 事態を把握しようにも、デジモンに関する知識など王宮の人々が持っているはずもないのでままならない。現場を見ていた唯一の王族であるランデルは、香織にほとんど無視され、他の男への愛の宣言を聞いたことで茫然自失になっていた。

 

 そして、ワーガルルモンに文字通り一蹴された光輝はというと。

 

 吹き飛ばされた光輝は城壁に激突し、深くめり込んでいた。当然意識は完全に失っており、急いで王宮の治療院に運び込まれ、王宮の治癒師達による懸命な治療が施された。

 聖鎧で守られていたため致命傷になる傷はなかったが、蹴りを防いだ両腕は粉砕骨折しており、鋤骨も半分は折れている。もしもワーガルルモンの手加減と勇者のスペックに聖鎧が無ければ内臓破裂を負っていただろう。

 王宮の者たちは光輝の容態を聞き、勇者へそこまでの傷を負わせたワーガルルモンの力に恐怖した。もしもワーガルルモンよりさらに強い究極体デジモンの存在を知ったら、どうなるのだろう? 

 

 夜通しの治療の甲斐もあり、傷が癒えた光輝は治療院の一室、特別な患者専用の病室のベッドの上で大事を取って横になっていた。しかし、癒えた身体とは裏腹に、その内心は自分の力が通じない相手、思い通りにならない現実への疑問で埋め尽くされていた。

 

(嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。俺が負けるなんて。勇者なのに、力を得たのに、訓練だってしたのに、正しいことしかしていないのに。なんでなんでなんで)

 

 答えの出ない疑問。それは途轍もない敗北感と無力感を生み出し、心を雁字搦めに縛り、動かせるはずの体も動けなくする。

 それほどまでの衝撃的だった。

 

「なんで、香織が離れるんだ。南雲を、愛しているなんて言うんだッ」

 

 香織が自分の元を離れたことが。その理由が自分以外の少年を愛しているからだということが。

 今まではすれ違いから少し疎遠になっているだけだと思っていたが、あそこまではっきりと断言されては病気レベルで鈍感な光輝でも否定できなかった。

 香織の心が自分に全く向いていないということが、光輝の心を思った以上に深く傷つけていた。

 それはかつてハジメに感じた敗北感や屈辱よりも光輝を打ちのめしていた。

 そんな光輝のベッドの傍に、誰かがやってきた。そしてそっと光輝の顔を覗き込む。

 目を向けた光輝は覗き込んできた相手が誰かすぐにわかった。

 

「恵里?」

「うん。そうだよ」

 

 少女、中村恵理はにこりと笑う。華やかさはないが慎ましい、彼女のイメージ通りの可愛らしい笑みだった。

 

「光輝君のお見舞いに来たんだ。もう目が覚めたなんて流石勇者だね」

「ああ。もう大丈夫だ」

 

 光輝は横になったまま恵里と話をする。起き上がろうとしたのだが、無理はしないでと恵里に言われそれに甘えることにした。

 

「香織は?」

「いないよ。あの後デジモンに乗って飛んで行っちゃった。多分オルクス大迷宮だね。南雲君を探しに行ったんだよ」

「そんなッ。オルクス大迷宮に行くなんて危険だ」

 

 光輝はそういうがすぐに思いなおす。自分を一蹴したデジモンが一緒なのだ。危険なはずがない。だが、

 

「光輝君の言うとおりだよ。オルクス大迷宮は危険だね」

 

 恵里の口から出てきたのは、光輝の言葉を肯定する言葉だった。

 

「あ、ああ。でもあれだけ強い、くっ、デジモンがいるなら」

「でもトラップとかあるんだし。もしかしたら白崎さんは危ない目に遭うかもしれないね」

 

 デジモンが強いから大丈夫、ということを認められない光輝は苦しそうに言うが、返された恵里の言葉に確かにと思った。いくら強くても予想外のトラップで危険に陥るのはあり得る話だ。

 光輝はそのあとも恵里と話をした。

 

「香織が危険な目に遭っているかもしれない」

「白崎さんの身の安全を考える光輝君は正しいよ。なら立ち上がらなきゃ」

「香織を守れるようになりたい」

「白崎さんを守りたいと思う光輝君は正しいよ。なら今より強くならなきゃ」

「デジモンよりも、強くなりたい」

「強くなりたい向上心を持つ光輝君は正しいよ。光輝君のステータスはまだまだ伸びるんだから、もっと頑張ろう」

 

 恵里は光輝の言葉に全て同意しながら、言葉をかけていく。同意した話題から、それを実現させる可能性のある方法を提示して。すると徐々に光輝の中から先ほどまでの敗北感と無力感が薄れていった。自分の言葉を肯定してくれる恵里の存在が、失いかけていた炎を灯し始めたのだ。彼の持つ、まっすぐすぎる正義感と激しい思い込みという炎を。

 

 そして最後に、光輝は心の中で一番強い思いを吐き出し始めた。

 

「……なぜ、南雲なんだ。勉強はできるかもしれないけれど、それだけだ。運動は俺の方ができるし、香織のことは大切に思っている。香織のためを思って出来るだけのことをして来たのに……。それに、南雲は、裏切り者だ。イシュタルさんが言っていた災厄の力を持っていて、皆にミサイルを撃ってきた危険な奴なんだ。デジモンと同じなんだ。そうだよデジモンだ。あのデジモンが香織に何かしたんだ。そうに違いない。きっとあのデジモン達は南雲の手先なんだ。デジタル技術で表彰されていたあいつならありえる! きっとあのデジモン達に洗脳されてあんなことを言ったんだ!」

 

 光輝はさもこれこそが真実であると断言するが、証拠も確証もない半ば妄想に近い内容だった。

 これは光輝の悪癖であり、不都合な事態に直面すると他人に責任転嫁して自分の行いを正当化する「ご都合解釈」だ。

 決意を固めた光輝は体を起こす。

 

「俺は強くなる。今までの俺じゃない。もっと強い俺になって!! そして香織を必ずデジモンから、南雲の手から解放する!!」

 

 香織の愛も決意も、デジモンの強さと洗脳、そしてその後ろにいる裏切り者のハジメのせいだと断じていく。

 

 その様子を恵里は満面の笑みを浮かべて眺めていた。

 

 

 

「ありがとう恵里。俺のやるべきことがわかったよ」

 

 そう言うと光輝は病室から出ていった。おそらく訓練に行ったのだろう。

 恵里はそれを見送ると、しばらく一人でいた。その姿はいつも通り大人しいものだったが、おもむろに立ち上がると病室のドアをぴったりと閉め、窓のカーテンを閉じた。

 薄暗くなった病室の中で、恵里はさっきまで光輝が寝ていたベッドの上に体を横たえた。

 

 そして、おもむろに眼鏡をはずして少し離れたところに置くと、爆発した。

 

「ギャハハハハハハハハハハハハハッッ!!!!! なんだあれなんだあれなんだあれ!!??!!?? ぶっざま見苦しいかっこ悪いアハハハハハハハハハハッッ!!!」

 

 お腹を抱え、ベッドの上を転げまわる恵里。

 

「ちょっと言葉を肯定しただけで!! ちょっと同意しただけで!! あそこまで解釈するとか!!! 異世界に来ても変わらないとかアハハハハハハッッ!!!! 誰も全部肯定してないのにバアアアアアァァッカッッ」

 

 恵里の言う通り、確かに恵里は光輝の言葉を肯定していた。しかしそれは一部だけであり、どれも光輝の言葉を全部肯定していない。特に最後の光輝の「ご都合解釈」については、恵里は微笑んだだけで何も同意していない。

 

「クククッ。勇者になっても地球とぜんっぜん変わらないなあ。クフッ、流石にあれだけ痛めつけられたら立ち直れないと思ったけど、杞憂だったよ。どこまでも愚かで無様だね光輝君。ちょっと言葉を肯定したら思い込みを信じて、忠告や苦情、都合の悪い現実を切り捨てる。その調子で教会と王国の理想通りの勇者になって僕たちの身を守ってね♪」

 

 ひとしきり光輝のことをあざ笑う恵里。

 

 実は光輝の悪癖である「ご都合解釈」。それを助長してきたのは恵里だった。光輝の欠点である「ご都合解釈」だが、今までそれを悪いことだと指摘されなかったことがないわけではない。特に彼の家族や通っていた八重樫道場の師範達は、彼の「ご都合解釈」が問題を起こすたびに彼を叱り忠告してきた。光輝は時たまその言葉を受けて、我が身を顧みようとした。

 もしもそこで自分の正しさを疑えるようになれば、光輝は「ご都合解釈」を止めて別の道を歩んでいただろう。

 

 しかし、そこで恵里が光輝の「ご都合解釈」を正しいことだと肯定してきたのだ。ただし、一部の正しいことだけを肯定して。すると光輝は全てが正しいのだと思い込み、「ご都合解釈」を止めなかったのだ。

 

 笑い終えた恵里は大の字になって天井を眺める。

 

「あーもう。昨日のブレイブシールドの時だって笑い転げたのに。あれわかっていてやったのなら白崎さんもいい性格しているよね~」

 

 ブレイブシールドは、真の勇者に目覚めたデジモンが進化したウォーグレイモンの盾。それが勇者の攻撃を跳ねのけた。事情を知る恵里からすれば、光輝は勇者に相応しくないと揶揄しているように思えた。

 

「それにしても、デジモンが来た、か」

 

 徐に恵里は懐に手を入れて何かを取り出す。

 

「……君もトータスに来ているのかい? 来ているのなら早く僕のところに来てよ」

 

 それは黒のカラーリングに金色の縁取りのデジヴァイス。デジモンテイマーの証。

 そう、中村恵理はデジモンテイマーだったのだ。デジモンに悪感情を持っていないのは当然だ。六年前にデジモンと出会い、絶望と孤独から救われた。

 

「イルちゃん」

 

 チュッとデジヴァイスにキスをして、パートナーデジモンの渾名を愛おし気に呟いた。

 その時の恵里の顔に浮かんでいたのは、先ほどとは全く違う穏やかな笑みだった。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 光輝が再起するより少し時間は巻き戻る。

 王都を飛び立った香織達はワーガルルモンの先導でホルアドに辿り着いていた。時刻は夜中のため、町中に人はいない。

 

「あれが迷宮の入り口!」

「分かった。突撃するぞ!」

「中は私が案内する!」

 

 香織の指さす先、オルクス大迷宮への入場ゲートを見つけたワーガルルモン達は高度を下げる。

 今度はネフェルティモンが前に出るとそのまま入場ゲートへと突入した。後にワーガルルモンが続く。

 少し施設が壊れてしまったが、勘弁してくださいと思いながら香織達は迷宮を進む。

 

「そこを右! 下への階段があるよ!」

「わかった」

 

 香織の指示にネフェルティモンが従う。香織が10日間、ハジメを救うために必死に調べたことが実を結んだ。

 

 途中、魔物が現れて襲い掛かって来るが、ワーガルルモンを見るとすぐに逃げ出した。

 知性がない魔物といえども、敵わない強者には襲い掛からないようだ。

 

 やがて香織達は運命の分かれ道となった20階層に辿り着いた。

 香織は例の転移トラップまで二体を案内する。

 

「香織。これがそうなのか?」

「うん。このグランツ鉱石が65階層への転移トラップになっているの」

 

 ワーガルルモンの問いに香織が答える。

 一行の目の前には、転移トラップのトリガーになっていたグランツ鉱石があった。その周りには調査のために来た教会の魔法部隊の調査跡があった。

 

「じゃあ行くよ」

「頼む」

「気を付けて香織」

 

 香織がグランツ鉱石に触れる。するとあの時と同じように鉱石が光り、魔法陣が展開される。

 そして香織達は65階層に転移させられた。

 

「これが転移か」

「まるで光の柱に巻き込まれた時みたいね」

 

 光に包まれた次の瞬間には全く違う場所、奈落にかかる石橋の上にいた。ワーガルルモンとネフェルティモンはデジタルワールドにある、光の柱というものを思い出す。

 それはデジタルワールドから見たリアルワールドから伸びてくる光の柱のことで、この柱に飲み込まれるとデジタルワールドのどこかにランダムに飛ばされるという厄介なものだ。六年前にデジタルワールドを旅したハジメ達もこの光の柱のランダム転移に巻き込まれ、苦労した。特にルキが。

 

 それはさておき。65階層の石橋は香織達が飛ばされたときに崩落したはずだが、今は完全に修復されている。

 迷宮には崩壊したところが修復される場合があるらしい。つまり、石橋が元通りになっている事はあり得るのだ。ならば当然、石橋以外も修復されている可能性がある。

 

「二人とももうすぐ来るよ」

 

 香織が二人に警戒を促す。すると石橋の両側に魔法陣が出現する。

 片方からは無数のトラウムソルジャーが、もう片方からはベヒモスが現れた。

 

「グオオオオオオッッ!!!」

 

 あの時と同じように咆哮を上げるベヒモス。

 

「あれがベヒモスか?」

「うん。そうだよ」

「そうか」

 

 ワーガルルモンは香織に確認を取ると、ベヒモスの方へ歩みを進める。

 

「ネフェルティモン。そっちの骨どもを頼む」

「わかった」

「ワーガルルモン……」

 

 ワーガルルモンは静かにベヒモスに近づいていく。

 

「こんなことをしている暇はない。一刻も早くハジメの所に行かなくちゃならない。だけど」

 

 ベヒモスがワーガルルモンに向かって突進してくる。騎士団の精鋭が三人がかりで展開した〝聖絶〟でも、受け止めるのが精一杯だった攻撃。もっとも、

 

「落とし前はつけさせてもらう」

 

 ワーガルルモンは片腕でベヒモスの角を掴み、攻撃を受け止める。その衝撃でワーガルルモンの足元の橋が砕けるが、微動だにしない。

 ベヒモスはその事実に混乱し、さらに力を込めてワーガルルモンを弾き飛ばそうとするが、ワーガルルモンの腕力に抑え込まれる。

 それならばと頭部を赤熱化させるが、ワーガルルモンは腕の力を微塵も緩めない。逆にさらに力を込めていき、

 

「フンッ」

「ギャウッ!?」

 

 ベヒモスの角を根元からぽっきりとへし折る。その痛みにベヒモスは犬のような悲鳴を上げて怯む。

 ワーガルルモンはへし折った角を谷底に捨てると両腕の鋭い鉤爪を構える。

 

「《カイザーネイル》!!」

 

 背中のサジタリウスを展開し、その推進力と脚力を使い一瞬でベヒモスに肉薄。そのまま腕を大きく振るい、鉤爪でベヒモスを斬り裂いた。

 

「ギャアアアッッ!!??」

 

 断末魔を上げたベヒモスの体はバラバラに斬り裂かれ奈良の底に消えていった。

 

 一方、香織とネフェルティモンはトラウムソルジャー達を相手にしていた。

 

「魔法陣を破壊して!」

「《カースオブクイーン》!」

 

 香織の指示にネフェルティモンは《カースオブクイーン》を魔法陣に向けて発射。破壊する。

 これでトラウムソルジャーは追加で召喚されない。

 

「あとは一気に行くよ! カードスラッシュ! 強化プラグインW!!」

「《ロゼッタストーン》!!」

 

 ネフェルティモンの背中からデジモンの文字、デジ文字が刻まれた古代碑文の巨石が召喚される。さらに香織がスラッシュした攻撃力強化のカードの力が、巨石をさらに巨大にする。

 ネフェルティモンは巨石をトラウムソルジャー達へ放つ。トラウムソルジャー達はそのまま巨石にまとめて潰された。

 テイマーになったばかりの香織だが、戦い方が様になっていた。

 

「あの時は必死だったのに。こんなにあっさり。これがデジモンの力……」

 

 香織が呆然と呟く。それにワーガルルモンが答える。

 

「少し違うな。デジモンとテイマーの力だ」

「テイマー……私とネフェルティモンの力なんだ」

 

 少し自分には荷が重いのではないかと香織は思ったが、ネフェルティモンを見て首を振る。

 自分をテイマーに選んでくれたネフェルティモン、もといテイルモンのためにもテイマーとしてしっかりしなくちゃ、と香織は思いなおす。

 

「さあ、行こう」

「おう」

「乗って香織」

 

 ワーガルルモンがサジタリウスで、香織はネフェルティモンに乗って石橋を飛び立つ。そしてワーガルルモンがハジメの気配を辿って奈落を降りていく。

 しばらく降りていくと壁に穴が開き始める。しかもその穴のいくつかから水が噴き出して、別の穴に流れている。

 

「これって」

「もしかしたらハジメはこの水に巻き込まれたのかもしれない」

「それなら生きているのも納得できる」

 

 香織達はハジメの生存の裏付けをしていく。そして、ワーガルルモンは一つの穴の前で下降を止める。

 

「ここだ。この穴の先にハジメを感じる」

「じゃあ!」

 

 香織はその言葉に歓喜する。ようやくハジメへと繋がる道が目の前に現れたのだ。

 

「ここを通るならはぐれないようにしないと」

 

 ネフェルティモンが穴を見ながらそういう。

 確かにこの先の穴が一本道とは限らない。ハジメの場所がわかるワーガルルモンとはぐれてしまえば迷ってしまう。

 それに水が流れていることから、カードなどの荷物が水で濡れてしまう。

 荷物の中には香織の持ち物以外にも、ハジメのタブレット端末などの持ち物もある。濡れるのはNGだ。

 

「通るにはネフェルティモンがテイルモンに退化して俺が二人を抱えればいい。でも荷物はどうすれば」

「……あ、そうだ」

 

 香織が背負ったバッグにデジヴァイスとカードケースを入れる。そしてそのかばんに向かって杖を構え、呪文を詠唱する。

 

「仇敵へ戒めを──〝封禁〟」

 

 完成した魔法を鞄に向けて放つと鞄を光の檻が包み込む。光属性の中級捕縛魔法〝封禁〟だ。本来は敵を閉じ込めるのだが、今回は鞄を対象に使用。さらにサイズを小型にしたことで隙間のある檻がぴったりと閉じて箱のようになっている。

 

「ちょっと実験。水に近づいてみてネフェルティモン」

「わかったわ」

 

 ネフェルティモンが水に近づくと香織はその水を手で一掬い。それを光に包まれた鞄にかけてみる。

 すると光の檻が水を弾いた。

 

「いけそうだよ!」

「よし。行くぞ!」

 

 ワーガルルモンが両手を伸ばす。

 そこに香織が飛び込みしっかりと掴む。続いてネフェルティモンが光に包まれテイルモンに退化する。そのまま空中で体を捻りワーガルルモンに飛び込む。

 

「待っていてくれ。ハジメ!」

「ハジメ君!」

 

 ワーガルルモンは二人をしっかりと抱え込むと、水の流れの中に飛び込んだ。

 テイマーとのつながりを道標にワーガルルモンは水の中を泳ぎ、香織とテイルモンは必死にしがみつく。

 やがて水は広い空間に流れ込み、ワーガルルモン達は空中に飛び出した。

 ワーガルルモンはそのまま岸辺に着地する。

 

「ここは、やっぱり迷宮の中か。ん?」

 

 キョロキョロと周囲を見回していたワーガルルモンはあるものを見つける。

 それは焼け焦げた地面だ。しかもその周りには魔法陣の跡もある。

 ワーガルルモンの腕から降ろされた香織とテイルモンも見つけ、調べ始める。

 

「そんなに昔の跡じゃないと思う」

「ということはハジメとやらが?」

 

 テイルモンの言葉の確証を得るために、ハジメのパートナーであるワーガルルモンが魔法陣の匂いを嗅ぐ。

 

「間違いない。ハジメの匂いだ」

「やった。だったら急ごう!」

「焦らないの香織。こういう時こそ落ち着くものよ」

 

 迷宮の奥に行こうとする香織をテイルモンが諭す。成りたてのテイマーとパートナーだが、いいコンビのようだ。

 〝封禁〟を解除し、改めて荷物を抱え直す香織。いつでもカードを使えるようにデジヴァイスとカードを腰のベルトに引っ掛け、杖を構える。

 

「二人とも俺が先に進む。ついてきてくれ」

「うん」「ああ」

 

 ワーガルルモンを先頭に進んでいく。

 しばらく進んでいると違和感に気が付いた。

 

「魔物の気配がしない?」

「ワーガルルモンもか?」

「どうしたの?」

 

 デジモン達の様子に香織が声をかける。

 

「ここに来るまで魔物の気配は常にあった。だがここにはそれがないんだ」

「私が感じられないのかと思ったけれど、ワーガルルモンも感じないのなら、ここに魔物はいないのかもしれない」

「でも迷宮なのにそんなことあり得るの?」

 

 香織達は進みながら、そのことが少し気になった。

 だが、進んだ先であるものを見つけたら頭から吹き飛んでしまった。

 

「見て香織!」

「これって、横穴?」

 

 人一人が屈むことで辛うじて入ることのできる小さな横穴。今までの迷宮にはなかったものだ。

 その横穴にワーガルルモンが顔を近づけると、ハッとして顔色を変えた。

 

「ハジメの匂いだ! ここにハジメがいた!」

「本当!?」

「ああ!」

 

 ワーガルルモンの言葉を聞いた香織は、居ても立ってもいられず横穴の中に入っていった。

 

「香織危ない! ……ああ、もう!」

 

 テイルモンが制止の声をかけるが香織は止まらず、テイルモンも後に続く。

 

「……もうハジメはいないって言いたかったんだけど。はぁ」

 

 体の大きさのせいで、横穴には入れないワーガルルモンは溜息を吐いた。

 

 一方、横穴に入った香織とテイルモン。奥に進むと広がっていた。そしてそこには驚くものがあった。

 

「何、これ?」

「光る石?」

 

 壁の窪みに嵌った光る鉱石。それが横穴の中をうっすらと照らしていた。鉱石からは水が流れ出している。

 鉱石の輝きに二人は少し見惚れていたが、すぐに我に返ると中を調べ始めた。

 当然、ハジメの姿がないことはすぐにわかった。しかし、光る鉱石の嵌っている窪みは自然にできたにしては、不自然なほどに綺麗なものだった。

 

「ハジメ君が錬成で作ったのかも」

 

 香織は推測を立てる。そして、光る鉱石を見つめる。

 

「この石、すごい力があるみたいだ」

「すごい力……」

 

 テイルモンの言葉に香織は考える。

 ハジメがいた横穴の中に、錬成で作られた窪みに嵌った光る鉱石。

 もしもハジメならこの鉱石を放置していなくなるだろうか? 

 錬成師にとって鉱石とは掛け替えのないもののはずだ。こんな貴重そうなものを置いて、立ち去るなんて不自然だ。

 持っていけない、何かが起きたのだろうか? 

 

「ちょっと……」

「香織?」

 

 香織は鉱石に手を伸ばすと、窪みに溜まっていた水を一掬い。そのまま口に運んだ。

 

「んっ!?」

「ちょっと! 何しているの!?」

 

 口に含んだ水の飲み込むと、体に力が湧いてきた。しかも魔力も回復するのを感じた。

 そう、香織達が見つけたのは神結晶とそこから流れ落ちる神水だったのだ。

 

「これ凄いよ、テイルモン」

 

 香織は神水の効果を説明する。それを聞いたテイルモンは驚く。

 

「きっとハジメ君もこれを飲んでいたんだ」

 

 少し話し合った結果、二人はこの鉱石と周りの水を持っていくことにした。これから先、何があるかわからないのだ。

 

 横穴から出た二人はワーガルルモンに中の様子を伝える。中の様子と、香織が抱えてきた神結晶の効果を聞き、ハジメが生きている可能性がさらに高まったと三人は話し合った。

 

「先を進もう」

「うん」

「ああ」

 

 神結晶を持っていた布で包み込んでワーガルルモンが背負うと、三人は再び歩き始める。

 

 それからも異様な光景を目にした。

 

 中型犬ほどの大きさの兎や尾が二本ある狼の群れが死体となって、通路一面に散らかっていた。そんな光景がいたる所にあった。

 

 三メートルはある熊が胸を斬り開かれて、壁に埋まっていた。その死体はよく見ると、何かに食い散らかされたかのようだった。

 

 下の下層への階段を見つけたので、下に降りてみるとそこは暗闇に包まれていた。

 もっともワーガルルモン達の嗅覚と鋭敏な感覚は、目に頼ることなく探索することができた。その途中には胴体を食い千切られたトカゲなどの魔物の死体があった。

 この階層でもやはり魔物は現れなかった。

 

 次の階層。そこは一面の銀世界だった。

 

「寒ッ!? ここ氷河期なの!?」

「これは……」

 

 あまりの寒さに体を抱きしめる香織。ワーガルルモンはこの氷に既視感を覚えた。

 

 あとでわかったことだが、この階層は摂氏50度ほどで融解し、摂氏100度で発火するタールのような性質を持つフラム鉱石という鉱石で満たされていた。

 下手をすれば辺り一面が灼熱地獄になるのだが、数日前に訪れた者によって氷漬けにされ、無力化された。

 

 そんなことは知らない香織達。とりあえず先を進んでいく。

 途中、氷の中から引きずり出されたサメのような魔物がいた。これまで見てきた魔物と同じように、食い散らかされていた。

 

 三人はさらに階層を進んだ。

 どこの階層にも魔物は襲ってこず、食い散らかされた死体が転がっていた。

 時々、同じように氷漬けになった階層もあったりした。

 

 そして、水路から辿り着いた階層から10階層下った。ここまで全く戦闘がなかったため、約半日でたどり着けた。階層へ続く階段を降り切ったその時、

 

「ッ!!」

 

 ワーガルルモンの全ての感覚が反応した。まるで欠けていた掛け替えのない片割れを見つけたような衝動が、全身を駆け巡り歓喜を伝えてくる。

 我慢できずにワーガルルモンは香織達を置き去りにして駆けだす。

 

「ワーガルルモン!?」

「どうしたんだ?」

「追いかけてみよう」

 

 香織達も後を追いかける。必死に足を動かすが、驚異的な脚力を持つワーガルルモンには追いつけず、見失いそうになる。

 それでも必死で追いかけていると、ワーガルルモンが通路を曲がったのが見えた。

 香織達も後に続こうとする。だが、

 

 ──ドオオオォォンッッ

 

「ガアアアアッッ!!?」

 

 閃光。爆発。そして吹き飛ばされてきた──ワーガルルモン。

 

「な、ワーガルルモン!?」

「そんな……」

 

 一瞬、香織達は呆然としていた。吹き飛ばされたワーガルルモンは、壁に激突して呻いている。

 それまで圧倒的な力を見せてきたワーガルルモンが、吹き飛ばされたことが信じられない香織達。だが、テイルモンはすぐに我に返ると身構える。完全体のワーガルルモンを吹き飛ばすなど、どんな相手かと警戒を露わにする。

 

「香織。私の後ろに!」

「う、うん」

 

 ワーガルルモンが吹き飛んできた曲がり角の先から、ガシャンガシャンという音がする。十中八九、ワーガルルモンを吹き飛ばした相手だろう。

 一体どんな奴なのかと二人は身構える。

 

 そして、姿を現した。

 

 大きさは人間より一回り大きいほど。全身は鈍色の金属に覆われており、まるでロボットのようだ。

 だが、ただのロボットではない。

 姿はまるで狼のよう。そう、二足歩行の狼のようなロボットだ。頭部の目が赤く発光し、香織達を鋭く捉える。全身には赤い光のラインが走り、まるで血管のようにドクンドクンと脈を打つかのように光っている。

 

 香織はその姿を見て目を見開いた。見た目も違うし色も違う。だが、似ている。

 知らず知らずのうちに、彼女は腰のカードケースへ手を伸ばし、一枚のカードを取り出す。

 

「メタル……ガルルモン……?」

 

 ガトリング砲やビームランチャーもないが、体の姿かたちだけを見るならハジメのメタルガルルモンにそっくりだ。

 

「ハジメ、君なの?」

 

 まさかと思った香織の問いかけに狼は答えない。

 代わりに全身から魔力を迸らせ始める。

 

「ッ!?」

「《キャッツ・アイ》!!」

 

 テイルモンが動きを封じるために眼光を光らせる。

 しかし、狼は止まらない。テイルモンの技が効かない程の力がある証拠だった。

 迸る魔力は紅い稲妻へと変換される。そして、香織とテイルモンに放たれる──。

 

「やめろおおおおおぉぉ!!!」

 

 寸前、ワーガルルモンが狼を殴り飛ばす。

 狼はそのまま壁に激突し、先ほどのワーガルルモンのように壁に埋まる。ワーガルルモンの拳の威力に耐えられなかったのか、鈍色の体に罅が入り砕け散る。

 

 香織は見た。砕けた体の下にあった狼の正体を。

 

「ハジメ、君……」

 

 髪は白くなり、体格は屈強になっているが、その顔を忘れるはずがない。

 あの日、香織達を救うために暗い谷底に消えた最愛の少年だった。

 




サブタイトルはテイマーズ45話から。

・中村恵里
はい、鋭い方は気が付いていたかと思いますが今作では彼女はデジモンテイマーです。しかもハジメ達と同時期になっています。つまり香織の先輩です。
実はこの小説を書くときに決めたハジメ以外のありふれキャラの四人のテイマーの一人でもあります。(一人目は香織です)
いろいろあって光輝に対し原作と全く違う思いを抱いています。これも後々明かしていきます。
彼女をこうした理由は原作通りにしたら片手間に片づけちゃうちょい悪役になってしまいかねないからです。果たして敵か味方か何を考えているのかお楽しみに。
あと作者が眼鏡っ娘好きというのもあります。FGOの推しはマシュです。

・奈落のハジメ
奈落落ちしたハジメはもともと原作と違っていたのにさらに違う感じになりました。装甲を身に纏うってまるでアイ〇ンマンですよね。あれ?ということはキャップの立場にいるのは光輝?
彼の身に何が起きたのかも次回に書いていきたいです。ただありふれの短編みたいなのではないです。


・NGシーン

 ガトリング砲やビームランチャーもないが、体の姿かたちだけを見るならハジメのメタルガルルモンにそっくりだ。

「ハジメ、君なの?」

 まさかと思った香織の問いかけに狼は答えない。

 だが、香織は目を輝かせて歓喜した。

「ハジメ君だよね!顔は見えないけれど体の重心に体幹、仄かにに漂ってくる体臭が間違いなくハジメ君だよ!」
「どんな鼻をしているの香織!?」


面白いんだけど空気がぶち壊されるからやめました。日常ネタはまだはやかったです。


次話はついに再会したハジメ。どうなるのか、お楽しみに。


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13話 望まぬ戦い ハジメVSワーガルルモン!

おまたせしました。ちょっといろいろ書きたいことがあって長くなったので分割しました。うまくまとめられない自分の文才が恨めしい。

投稿できない間、お気に入り数が600を超えてびっくりしました。本当にありがとうございます。
ちょっと短いですが楽しんでください。
あと今回は次回予告ありです。


「ハジメ、君」

 

 変わり果てた姿のハジメを前にして、香織は呆然としていた。

 

「あれがガブモンのテイマーなのか?」

「そうだ。どんな姿だろうと俺にはわかる」

 

 ワーガルルモンがはっきりと断言する。テイマーとの繋がりがあるということもあるが、自分をデジタマから孵したハジメを見間違えるはずがなかった。

 

「ウアアアアアアッッ!!!」

 

 倒れていたハジメの体から、再び魔力が溢れ出す。その魔力で発動する魔法は〝電子錬成〟。詳しい原理はわからないが、劣化版とはいえメタルガルルモンの武装を再現した魔法だ。その魔法によって鎧は修復され、あっという間にさっきと同じ黒いメタルガルルモンのような姿になってしまった。

 

「目を覚ましてくれ、ハジメ!俺だ!ワーガルルモンだ!!助けに来たんだ!!」

「ウオオオオオッッ!!」

 

 ワーガルルモンが呼びかけるが、ハジメは応えない。代わりにまるで狼のような咆哮を上げるとワーガルルモンに飛び掛かってきた。

 右腕を振り上げてワーガルルモンを斬り裂こうとする。

 

「ぐっ」

 

 ワーガルルモンは左手でハジメの右腕を掴む。

 ならばと、今度は左腕を振るうがそちらもワーガルルモンの右手で抑え込まれる。

 ハジメとワーガルルモンはプロレスで言うところの「手四つ」の状態となり、ギリギリと力比べをする。

 

「この力、人間の力じゃない。一体、ハジメに何が」

 

 ハジメの力は明らかに人間のレベルを超えていた。近接格闘戦闘を得意とするワーガルルモンには及ばないが、成熟期デジモンに匹敵、あるいは超えかねないパワーだ。

 

 膠着状態が続くかと思われたが、ハジメの体から魔力が迸り、再び〝電子錬成〟が発動する。

 鎧の各所にミサイルポッドやビームランチャーが構築されていく。

 ベヒモスとの闘いのようにメタルガルルモンの武装を再現しているのだ。

 構築された武装がワーガルルモンに照準を定める。

 

「ッ!?すまないハジメ」

 

 ワーガルルモンは瞬時に反応し、ハジメを通路の奥に投げ飛ばす。

 ハジメは投げられながらも照準を修正し、ミサイルやビームを発射した。

 

「伏せろ!」

「きゃ!?」

 

 ワーガルルモンは香織とテイルモンを抱きしめる。

 その背中にハジメの攻撃が直撃した。

 

「ワーガルルモン!?」

「大丈夫だ。ダメージはない」

 

 心配そうにするテイルモンに、大丈夫だと答えるワーガルルモン。

 やがて攻撃が止んだ。

 香織達を離し、ハジメの方を向く。

 

「なんで?なんでハジメ君があんなことに」

「わからない。でも俺のやることは変わらない」

 

 ワーガルルモンは両腕の鉤爪を開き、ハジメに向ける。さらに背中のサジタリウスも変形させ、アルナスショットの砲身を六つ展開する。

 

「ハジメ!俺はお前を助けるためにお前と戦う!!」

「ウアアアアアアッッ!!!」

 

 ハジメが咆哮を上げ武装を乱射する。それらをアルナスショットで撃ち抜きながら、ワーガルルモンが駆けだす。

 今ここに、テイマーとパートナーデジモンという、本来ならば戦うはずのない両者の戦いが始まった。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 オルクス大迷宮深層最下層。

 ハジメ達のいる階層から数えてちょうど90階層下にあるそこは、オルクス大迷宮の本当のゴール。1階層から100階層までのチュートリアルを突破し、他の大迷宮の試練の総仕上げとなる101階層から200階層を突破した者のみがたどり着ける場所で、オルクス大迷宮を作り上げた者が人生の最後を過ごした豪邸が立っている。その後数千年、この場所に辿り着いた者はたった一人。その一人も訪れたのは300年も昔。今では誰もいない豪邸は静寂に包まれていた。

 

『──センサー反応』

 

 はずだった。

 静かな豪邸の中の一室。突然、無機質な音声が響き渡る。若い青年のような声だ。

 

『110階層にて登録されているパターンを検出。数は3。うち1つは照合率56%のため断定不可能。うち2つ。どちらも照合率90%以上。──デジタルモンスターと断定』

 

 デジタルモンスター。

 このトータスにおいて、ハジメ達しか知るはずのないその存在を、音声は告げる。

 

『条件が満たされました。オルクス大迷宮は難易度を変更します。それに伴い迷宮制御管制ユニット起動。フリージア、起きなさい』

 

「──はい」

 

 音声以外に、新たな声。涼やかな女性のものだ。

 すると部屋の中に明かりが灯る。明かりが照らすのは一つの棺。真っ白な2メートルもある棺が明かりの中でゆっくりと開いていく。

 そして、その中から姿を現したのは、メイド服を身に纏った美しい少女だった。

 闇の中に照らされた明かりに映える真っ白な髪。作り物めいた整った美貌。真紅に輝く瞳は、もしも見る者がいれば虜にする妖しさを放っている。

 

「オスカー・オルクス様の最高傑作。オルクス大迷宮特殊管制制御ユニット兼対エヒトエルジュ使い走り木偶人形殲滅アーティファクト、【フリージア】。起動します」

『起動後、オルクス大迷宮の対デジモンテイマー仕様へと移行しなさい』

「了解」

 

 誰も知らない迷宮の最深部で、迷宮の創設者が残した意思が動き始めた。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

「そんな、なんでこんなことに」

 

 一方、戦う二人に対し、香織は動けないでいた。

 ハジメが生きていてくれて嬉しい。だがまさか殺意と共に襲い掛かれるなんて思わなかった。しかも殺意を伴って容赦なく攻撃してきたことに大きなショックを受けていた。

 そんな香織をテイルモンは心配そうに見つめる。

 

(無理もないか)

 

 あれほど助けることを切望していたのに、まさかその相手に襲い掛かられるなんて。あまりに報われないではないか。

 なまじその思いに胸を打たれてパートナーになっただけに、胸が痛む。

 

 香織とテイルモンが動けないでいる間にも、ハジメとワーガルルモンの戦いは止まらない。

 

 銃火器を撃ち合いながら距離を詰める二人。

 弾幕の数ではハジメが上だが、脚力に優れるワーガルルモンの方が速い。ミサイルが命中する前に撃ち抜き、銃弾より早く動くことで躱していく。そうしてハジメの懐に近づいたワーガルルモンは再び腕を振るい、鎧と武装を破壊する。

 

 だが、ハジメもただではやられない。

 今度は〝錬成〟の魔法を発動させ、ワーガルルモンの足元の地面を変形させる。ベヒモスを拘束した時のように、今度はワーガルルモンを拘束するつもりだ。

 

(ここで戦うのはまずい)

 

 狭い通路では壁や天井の間隔が近い。ハジメの錬成から逃げられるような、広い場所に移動しなければ。それに戦いに香織達を巻き込みかねない。特にショックを受けている香織は戦わせられない。

 ワーガルルモンは絡みついてくる変形した地面を、腕を振るって破壊する。そして再びサジタリウスを広げ、ハジメに掴み掛る。

 そのままハジメを掴んだワーガルルモンは、ハジメを掴んだまま通路を飛翔。戦いやすい広い場所へと移動し始める。

 その場にはへたり込んだ香織とテイルモンが残された。

 

 

 

 ワーガルルモンはハジメを捕らえたまま、迷宮の中を驀進する。ハジメは抵抗してくるが、かまわず進み続ける。進みながら空気の流れや音の反響から、広い部屋を探す。程なくしてちょうどいい場所を見つけたワーガルルモンはそこに向かった。

 やがて目当ての広い部屋、まるで球体の中のようなフロアに到達すると、ハジメを放り投げる。

 ハジメは放り投げられながらもくるりと態勢を整えると、手足を地面について着地する。

 ワーガルルモンはサジタリウスを広げたまま空中にとどまり、様子を見る。

 

「ここでやろうぜ。ここなら思いっきりやれる」

「ウウゥ」

 

 ハジメは再び魔力を迸らせる。しかも今度はそれと同時に赤い電撃も放出し始める。

 

「アアアアアアアアッッ!!!」

 

 咆哮と共に、ハジメの周囲の地面が槍のように飛び出す。しかもその槍はハジメの体から流れた電撃が纏っていた。

 ワーガルルモンは知らないが、それは二尾狼を捕食することで奪った〝纏雷〟という魔法であった。ハジメは迷宮内で魔物の肉を食べることで、魔物が持つ固有魔法を奪ってきたのだ。本人は意識がなかったために覚えていないが、本能でそれらの魔法を使っている。しかも本来なら身体に電撃を纏う魔法を発展させ、錬成で変形させた物質にも纏わせてみせた。

 電撃を纏った岩の槍が空中のワーガルルモンに迫る。

 ワーガルルモンは身を翻して躱す。そしてハジメに肉薄しようとするが、槍から電撃が解き放たれる。

 それはまるで紅い光の雲。迷宮の中で発生するはずのない雷鳴が響き渡る。

 電撃を受けながら、ワーガルルモンはその中を突き進む。

 

「ウオオオオオッッ!!」

 

 電撃の中から飛び出したワーガルルモンは右手を握り締め、ハジメに殴りかかる。

 そのままハジメを殴り飛ばすワーガルルモンだが、その顔は苦虫を噛み潰したようだ。

 

(くそ、なんでこんなことに!!)

 

 やはりテイマーを殴るという、パートナーデジモンとして受け入れられない状況に、心が悲鳴を上げている。

 しかもずっと待ち望んでいた再会だったのに、こんな状況になるなんて。こんな理不尽はないと、目に見えない運命というものをワーガルルモンは呪う。

 

 一方、再び殴り飛ばされたハジメは、今度は空中に空気の足場を作り着地した。

 これは蹴り兎の固有魔法〝空歩〟。空中に足場を作ることができる固有魔法だ。

 

「あれもこの世界でハジメが覚えた魔法なのか?」

 

 警戒を強めるワーガルルモン。

 ハジメは〝電子錬成〟を発動。今度は自分の周囲にミサイルポッドやビームランチャーを大量に生み出す。その総数は100を超えている。

 ハジメ自身も銃火器を身に纏い、さらに口内に冷気をチャージし始める。

 絶対零度の吐息、メタルガルルモンの必殺技《コキュートスブレス》だ。

 

「これは、まずいな」

 

 ワーガルルモンが冷や汗を流す。自分は大丈夫だろうが迷宮が壊れる可能性がある。

 今のハジメは、火力だけなら完全体のマシーン型デジモンに匹敵するかもしれない。

 

「この迷宮には香織達もいるんだ。壊させはしない!!」

 

 サジタリウスの光翼のうち、二つを分離。両手に持ち、繋げることで巨大な光の刃《カウスラッガー》となる。

 

「《カウスラッガー》!!」

 

 そのまま《カウスラッガー》を投擲。ブーメランのように弧を描きながら飛ぶ刃は、空中に浮いている兵器群を破壊していく。

 さらに二つの光翼を《アルナスショット》に変形させる。

 

「《アルナスショット》!!」

 

 さらにワーガルルモンは跳躍。残った二つの光翼で飛翔しながら《アルナスショット》を乱射。兵器群を破壊しながらハジメに向かっていく。

 ハジメは兵器群を破壊されながらも残ったものを順次発射する。

 そして、ワーガルルモンに向かって《コキュートスブレス》を放った。それに対しワーガルルモンも必殺技で対抗する。

 

「《カイザーネイル》!!」

 

 振るわれた鉤爪の斬撃と、押し寄せる冷気のブレスとミサイル、ビームがぶつかった。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 ハジメに襲われたショックから呆然としていた香織。その傍らでテイルモンはどうすればいいのか悩んでいた。

 

(こういう時どうすればいいのか。人間との、テイマーとの関係は私には早すぎるぞ)

 

 頭を捻り悩むテイルモン。その時だった。

 香織がスッと静かに立ち上がった。

 

「香織?」

 

 テイルモンが声をかけるが、香織は応えない。そして次の瞬間──

 

「うわあああああああああああああああんんんっっ!!!!???バジメくううううううううんんんっっ!!??」

 

 大号泣し始めた。

 

「か、香織!?」

 

 テイルモンは突然の香織の行動にびっくりして目を丸くする。

 

「ごめんね、ごめんねええええええええ!!!!??わたしが、わたしたちがだすけられなかったからあああああああ!????うわあああああああああああああああんんんっっ!!!!???」

 

 わんわんと泣き続ける香織。ワタワタと慌てるテイルモン。

 しばらく香織の泣き声が迷宮の中に響いた。

 だが、それも五分ほど後になるとぴたりと止んだ。

 

「え、か、香織?」

「あーすっきりした!さあ、私たちも戦いに行こう!!」

 

 恐る恐るテイルモンが話しかけると、香織は言葉通りのとてもすっきりした顔をしていた。

 

「だ、大丈夫なのか?」

「うん。ごめんね、テイルモン。突然泣いちゃって」

 

 テイルモンに申し訳なさそうに謝る香織。

 

「いや、いいんだ。でもその、本当に大丈夫なのか?」

「うん。もう大丈夫」

 

 香織は僅かに目元に残っていた涙を指で拭う。

 

「ハジメ君に攻撃されたのはショックだったし、悲しかった。ハジメ君を助けられなかったんだって落ち込んだ。

 でも、そうやって落ち込んでいても何も変わらない。ハジメ君がどうしてあんなふうになっちゃったのかわからないままだよ。

 それに私よりも深いショックを受けているはずのワーガルルモンが戦っているのに、落ち込んだままじゃ何のためにここまで来たのかわからないよ。だから私は戦うよ」

 

 毅然とした態度で言う香織。だがテイルモンは気が付いた。微かに彼女の手が震えていることに。

 

(まだ辛いんだ。でも無理やり自分を奮い立たせて、あの人間を助けるために、望まぬ戦いに挑むんだな)

 

 落ち込んだ心を、無理やり納得させて立ち上がる。

 ただの強がりにしか見えないが、テイルモンは香織の強さを感じた。

 

(だったらパートナーデジモンである私がやるべきことは)

 

 香織の心に応えるため、テイルモンは一歩踏み出す。

 

「わかった。テイマーの香織が決めたのなら私も戦う。一緒にあいつを助けよう」

「うん。お願いね。テイルモン」

 

 頷き合う香織とテイルモン。

 そして二人は迷宮を駆ける。ワーガルルモンの気配を感じ取れるテイルモンが先導し、彼女たちは戦場へ向かう。

 

「待っててハジメ君。今度こそ、助けるから!」

 




〇デジモン紹介
ネフェルティモン
レベル;アーマー体
タイプ:聖獣型
属性:フリー
“光のデジメンタル”のパワーによってテイルモンが進化したアーマー体デジモン。光のデイメンタルの力で強力な光の力で闇を浄化する能力を得ている。
必殺技は額の飾りから高熱の赤い光線を出す『カースオブクィーン』と、デジ文字が刻まれた古代碑文の巨石を召喚して敵を攻撃する『ロゼッタストーン』。


〇次回予告
立ち上がった香織。香織のために戦うテイルモン。香織は一枚のカードで起死回生の一手を繰り出す。
二人を信じ一か八かの賭けに出るワーガルルモン。
そしてワーガルルモンはハジメの暴走の真実を知る。
だが、ハジメは更なる苦しみに苛まれてしまう。その時、香織の愛がハジメを包み込む!

次回「一枚のカード放つ光 今、ハジメに愛を」
今、冒険が進化する。


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14話 一枚のカード放つ光 今、ハジメに愛を―前編―

おまたせしました。資格試験や度重なる用事のせいで遅れましたが、異世界転生してエタることなく更新できました。
ただ予定していた部分までかなり長くなったので初めての前後編に分けます。
では前編をどうぞ。



 テイルモンと共に迷宮の通路を走る香織。走りながら香織は自分にできることを必死に考えていた。

 

(目的はハジメ君を元に戻すこと。ハジメ君は全然正気じゃなかった。ならそうなった原因があるはず。その原因を取り除かないといけない。でもどうやって?)

 

 あのハジメは容赦なく香織達に襲い掛かってきた。理性があるようには思えない。

 まるで、魔物のようだった。

 人間があんなふうになる原因なんて、香織には見当がつかない。

 

(ん? 魔物?)

 

 ふと何かが引っ掛かった。

 魔物。香織は王宮で学んだ、この世界に存在する魔物という存在の特徴を思い出す。

 

(人間も普通の動物も関係なく襲い掛かって来る自然災害のような害獣。知性はないけれど人以外で魔法を使える存在。知性が無いのは、人ではないにも関わらず神様からの贈り物(ギフト)である魔法を得た報いを受けているから……)

 

 王宮で習ったこの世界のことは、結局のところ神様の賛辞になっていたのであまり参考にできないと香織は思っていた。だが、魔法を得たことで知性を無くしたという部分が、どうにも今のハジメに重なると思ったのだ。

 

(魔物の知性が無いのは魔法を得たからだと仮定すると、ハジメ君が正気を無くしている理由も魔法? もしもそうなら、魔法の力を取り除ければなんとかなる?)

 

 香織の考えている通りなら、彼女にもできることがある。

 

「テイルモン、ちょっと思いついたことがあるの」

「思いついたこと?」

「うん。試してみたいんだ。だから……」

 

 香織は走りながらテイルモンに作戦を伝える。テイルモンもそれを快諾した。

 そして彼女たちは、ハジメとワーガルルモンが戦っているフロアにたどり着いた。

 

「ハジメ君!! ワーガルルモン!!」

 

 二人が見たのは瓦礫が散乱し、天井や床ボロボロになったフロアとその中心で戦うハジメとワーガルルモンだった。

 ワーガルルモンの拳がハジメの鎧を砕き、壁まで吹き飛ばす。しかし、ハジメはすぐに起き上がると周囲の岩を素材に鎧を再構築。咆哮を挙げながら周囲に兵器を生み出し、ワーガルルモンに発射する。

 ワーガルルモンはミサイルや銃弾を避けながらハジメに近づくと、もう一度拳を振り上げる。

 だが、ハジメはなんとワーガルルモンの拳を避けた。そして、カウンターをするように腹部に殴りかかる。

 

「ぐぅッ!?」

 

 完全体の耐久力ならばダメージはないはずだが、なぜかワーガルルモンは顔を歪めるとその場を離れる。

 ハジメは追撃の兵器を生み出さず、両腕を大きく広げる。

 するとそこから魔力が放出され、なんと周囲の地面を引き抜き、巨大な岩として空中に浮かせた。

 さらにそこに雷撃が加わり、岩が回転し始める。

 次第に回転は速度を上げ、洞窟内に起こるはずのない雷嵐(サンダー・ストーム)が吹き荒れる。

 

「何あれ!? あんなの錬成でもメタルガルルモンの技でもないよ!?」

 

 フロアの入り口からハジメの攻撃を見ていた香織は驚く。

 ハジメの話してくれたメタルガルルモンの技でも、この世界に来てからハジメが覚えた錬成の技でも、こんな現象は起こせるはずがない。

 これが、この奈落でハジメが身に着けてしまった力の一端なのか。

 

「オオオアアアアッッッ!!!」

 

 回転と雷撃で威力を増した岩石群をワーガルルモンに放つ。

 巻き込まれれば回転によって勢いのついた岩石の質量で押しつぶされ、雷撃で感電し焼き焦がされてしまうだろう。

 それに対し、ワーガルルモンは跳躍すると、躊躇いなく嵐に飛び込む。

 

「《円月蹴り》!!」

 

 雷撃による感電をものともせず、衝撃波を生み出す回し蹴りで岩を粉砕する。そして腕を広げると体を回転させて、

 

「《カイザーネイル》!!」

 

 嵐を引き裂く斬撃を繰り出した。

 岩石を動かしていた力も断ち切られ、周囲に飛び散る。

 

「はぁはぁ」

 

 着地したワーガルルモンは荒い息を吐く。

 すかさずハジメがミサイルを生み出し、ワーガルルモンへ放つ。

 今度は避けずにワーガルルモンは両腕でガードして耐えようとする。

 

「カードスラッシュ! 《高速プラグインH ハイパーアクセル》!」

 

 だがその前に突然割り込んできた影があった。

 

「テイルモン!?」

「香織もいるぞ!」

 

 香織がスラッシュした高速移動能力を付与するオプションカードの効果で、一瞬で移動してきたテイルモンだ。

 

「もう一枚! 《ブレイブシールド》!!」

「一緒に支えてくれ!」

「わかった!」

 

 追加でスラッシュされた《ブレイブシールド》のカードの効果で出現した盾。防御力はピカイチだがテイルモンだけでは支えきれないので、ワーガルルモンも盾を掴み、攻撃を受け止める盾を支える。

 

「このまま香織のところまで下がるぞ。作戦を伝えたい」

「了解だ」

 

 銃撃を盾で防ぎながらワーガルルモンは跳躍。テイルモンと共に香織の居るフロアの入り口まで下がった。

 

「もう大丈夫なのか?」

「うん。心配かけてごめん。一緒にハジメ君を元に戻そう!」

「ふっ」

 

 香織の言葉に笑みを浮かべるワーガルルモン。

 まったく。こんなに良い女の子に思ってもらえるなんて。ハジメも隅におけないものだ。

 

「手短に、作戦とやらを教えてくれないか? 俺もそろそろ時間がない」

 

 王宮で進化してからここまで戦い続けていたワーガルルモン。苦戦はしていないが、長時間の完全体での活動は疲労が溜まるのだ。先ほど、ハジメのミサイルを避けずに受け止めようとしたのもエネルギーの消耗が激しいからだ。エネルギーが切れて成長期のガブモンに戻ってしまう限界は、刻々と近づいている。

 

「──それと俺も少しわかったことがある。それも伝えたい」

 

《ブレイブシールド》の陰に隠れたまま、作戦を話し合う香織達。その間もミサイルや銃撃は飛んでくるため、冷や汗が止まらない。

 

 それでも何とか作戦を決めることができた。

 

「香織。俺はハジメのパートナーデジモンだ。でも、今から少しの間だけ、香織のパートナーデジモンだ。指示を頼む」

「あなたを信じているわ、香織」

「……二人の信頼、応えてみせるよ。1,2の3──GO!!」

 

 香織の合図とともにワーガルルモンとテイルモンはブレイブシールドの陰から飛び出す。

 香織はワーガルルモンの腕の中だ。

 ワーガルルモンは先ほどとは違い、ハジメから距離を取りながら様子を見る。

 代わりにテイルモンがハジメに向かっていく。

 

「香織はテイルモンの動きに注意するんだ。ハジメからの攻撃は俺が防ぐ。君に傷1つつけさせない」

「うん!」

 

 後から香織がハジメの攻撃で傷ついたと聞けば、大きく気に病むだろう。ワーガルルモンは香織を守ることに全力を尽くす。

 一方、ハジメに向かっていくテイルモン。

 彼女に向かってハジメも攻撃を始める。

 

「カードスラッシュ! 高速プラグインT!!」

 

 再びカードをスラッシュする香織。さっきと同じ高速移動能力を与えるカードだが、少し効果が弱いカードだ。

 なぜならテイマーは同じカードを連続で使用できない。一度使ったカードはインターバルをはさむ必要がある。でないとデジヴァイスはカードを受け付けないのだ。

 理由はわからないが同じカード効果の重複で、パートナーデジモンに負荷が掛かるからではないかとハジメ達は予想している。そのことを聞いていた香織は慎重にカードを選んでいく。

 

 テイルモンは俊敏に駆け回り、向かってくる攻撃をかわしていく。

 そのままハジメに接近。

 

「《ネコパンチ》!」

 

 必殺技を放つ。しかしハジメは両腕で防ぐ。

 技が命中した鎧の腕の部分は砕けてしまうが、ワーガルルモンの攻撃を受けた時のように吹き飛ばされることはなかった。

 

「ガアアァッ!!」

「くッ、やはり私の力では無理か!」

 

 ハジメは両腕を振るいテイルモンを吹き飛ばす。

 テイルモンは空中でくるりと身を翻して着地する。その顔は苦いものだった。

 デジモンの必殺技はそのデジモンが出せる最大攻火力だ。それが決定打にならない、というのは勝ち目が薄いということだ。

 だが、それは普通のデジモンの場合だ。

 香織が一枚のカードをスラッシュする。

 

「カードスラッシュ! カブテリモン! 《メガブラスター》」

「《メガブラスター》!」

 

 テイルモンが両手を合わせると、そこに雷を纏ったエネルギー弾が生まれる。

 昆虫型デジモンのカブテリモンの必殺技だ。テイマーの力でパートナーデジモンは他のデジモンの技も使える。テイマーの技量次第で、パートナーデジモンの力は何倍にもなる。

 テイルモンはハジメに近づき、至近距離からエネルギー弾を放つ。

 

「グウァ!?」

 

 予想外の攻撃をハジメはまともに受けてしまい、体勢が崩れた。

 

「畳みかけるんだ、香織!」

「カードスラッシュ!」

 

 ワーガルルモンの言葉に、香織はさらにカードを手に取る。

 

「ティラノモン! 《ファイアーブレス》!!」

「《ファイアー……ブレス》!!」

 

 テイルモンが大きく息を吸い込む。そして口から深紅の炎を吐き出し、ハジメに浴びせる。

 基本的なデジモンの代表格と言われるティラノモンの必殺技だ。単純だが、高温の炎による攻撃は強烈だ。

 炎の勢いに押されて、ハジメはさらに後退する。

 

「ワーガルルモンお願い!」

「《アルナスショット》!!」

 

 さらに空中から香織の指示でワーガルルモンが攻撃を加える。

 別方向からの攻撃にハジメは体勢を崩す。

 

(もうハジメ君の体を気遣っている余裕なんてない。ワーガルルモンには無理でも私とテイルモンなら、攻撃できる)

 

「例えハジメ君を傷つけてでも、やるしかないんだっ!! テイルモン!!」

 

 大好きな人を救うために、攻撃を加えて傷つける。

 矛盾する行動に心が悲鳴を上げそうになるのを、声を張り上げて誤魔化す香織。彼女の思いを受けて、テイルモンはその小さな拳を振りかぶる

 

「カードをスラッシュ! メラモン《バーニングフィスト》!」

「《バーニングフィスト》!!」

 

 紅蓮の炎の体をもつ火炎デジモン、メラモンの力がテイルモンの拳に宿り、熱く燃え上がる。

 その拳でテイルモンはハジメを殴りつける。この中でハジメとの関わりがないので遠慮がない。だからこそ、テイルモンはこの役割を引き受けた。

 パートナーデジモンであるワーガルルモンでは、どれだけ頭で理解していても全力で戦えない。だが彼を助ける香織の作戦を実行するためには、徹底的に叩きのめさなければいけない。

 テイルモンの炎の拳は、先に放っていた《ファイアーブレス》の炎も纏いハジメを打ち抜いた。

 

 だが、ハジメは倒れない。

 

 数歩後退しただけで、ハジメは再び魔力を放出しながら魔法を発動し、武装群を生み出す。

 生み出されたミサイルやビームが発射され、テイルモンとワーガルルモンはそれらを必死に避ける。

 ここで、ワーガルルモンと戦っていた時とは異なることが起こった。ミサイルやビームが着弾した箇所が凍り付き始めたのだ。

 

「やっぱり、冷凍攻撃をしてきたッ」

 

 香織はフロアに向かう途中、必死で作戦を考えた。その材料としてこれまで通ってきた迷宮でのことも思い出していた。

 いくつかの迷宮のフロアは氷漬けになっていた。今思えばあれはハジメの仕業だったのだろう。冷凍兵器を持つメタルガルルモンの技ならば納得できる。

 ここまで考えて香織は疑問を持った。冷凍攻撃ができるのなら全てのフロアで使用したはず。なぜ特定のフロアだけなのだろう? 

 攻撃のインターバルがあるのか、使う条件があるのか、ランダムなのか。

 分からないが、もしも冷凍攻撃ができるのならばそれを引き出せないかと香織は考えた。

 なぜなら、それこそが香織の切り札の効果をさらに高めてくれるかもしれないのだ。

 そのために氷と真逆の属性である炎の攻撃を使える二枚のカードをスラッシュした。

 

(タイミングは、一瞬)

 

 香織はハジメとテイルモンの動きだけに集中する。右手に一枚のカードを握って。

 

 そして、ハジメが武装を撃ち終わって動きを止めた。

 

(今!)

 

「カード「だめだ香織!」え?」

 

 カードをスラッシュしようとした香織。だがそれは彼女を抱えるワーガルルモンが止める。

 ハジメの頭部にエネルギーが集中している。武装を撃ちながらハジメは頭部にエネルギーを貯めていたのだ。

 ワーガルルモンが戦っていた時は、近接戦闘主体であったためエネルギーを貯める暇がなかった。しかし、香織達が合流してからはテイルモンを中心の戦いにしたため、エネルギーを貯める隙ができてしまった。

 

「ヴオオオオッッ!!!」

 

 香織とワーガルルモンは、ハジメが何をしようとしているのか分かった。

 全てを氷結させる絶対零度の《コキュートスブレス》だ。

 

「テイルモン離れて!」

 

 香織の声にテイルモンは弾かれたようにその場を離れようとする。だが、ハジメの攻撃のほうが早かった。

 

(間に合って!)

 

 焦りながら香織はカードをスラッシュした。

 それと同時に放たれた《コキュートスブレス》。ハジメは技を放ったまま首をぐるりと一周させ、フロア全体を凍てつかせた。

 威力も範囲も、かつて香織が見たベヒモスに放った時とは比べ物にならない。

 

 香織とワーガルルモンは空中にいたため凍結から逃れた。

 しかし、ハジメに近い位置にいたテイルモンは逃げることができず、氷像となってしまった。

 

「「……ッッ」」

「ウオオオオオオンンンンッッ!!」

 

 香織とワーガルルモンが言葉もなくす中、氷漬けになったフロアにハジメの咆哮が木霊する。

 それを聞いても大切な仲間を失い、闘志を無くしたかのような二人は何もしようとしない。

 そしてハジメは次の倒す相手として、空中の二人へと顔を向けた。その時──! 

 

「今だよ、テイルモン!」

「ああ!」

「!?」

 

 ハジメの背後になんと氷像になったはずのテイルモンが現れた! それと同時に氷像になっていたテイルモンの姿が消える。

 突然現れたテイルモンにハジメが驚き、大きな隙をさらす。

 

 なぜテイルモンが無事だったのか。それはコキュートスブレスと同時に香織がスラッシュしたカードの効果だった。

 ギリギリのタイミングだったが、カードの力をテイルモンは得ていた。

 

 そのカードとは『エイリアス』。分身のカードだ。

 効果は名前の通りパートナーデジモンの分身を生み出すもので、分身が攻撃を引き受ける完全回避ができる。

 かつてルキとジェンもこのカードの効果で、パートナーの危機を救った。その話を聞いていたため、咄嗟に香織はこのカードを使ったのだ。

 

「カードスラッシュ!」

 

 そして、今度こそ切り札のカードを香織はスラッシュする。

 

「テイマーズカード! メタルガルルモン! 《コキュートスブレス》!!」

「《コキュートス──ブレス》!!」

 

 テイルモンの口から、先ほどのハジメと同じ絶対零度のブレスが放たれた。

 先ほど使ったハジメの技の影響で周囲の温度が低下していたこともあり、ハジメの体が凍り付いていく。

 やがてハジメの全身が凍り付いた。

 

「よし、動きが止まった! ここからは俺がやる!」

「お願い、ワーガルルモン」

 

 ワーガルルモンがフロアに降り立ち、香織を下ろすとハジメに駆け寄る。

 ワーガルルモンはハジメに近づくと、口を大きく開けた。

 

「いくぞ、ハジメ!!」

 

 そして、その牙を凍り付いたハジメの体に突き立てた。自分のやったことに、噛みついているワーガルルモンの方が悲痛な表情を浮かべる。

 それでも、気持ちを押し殺してワーガルルモンはハジメに噛みつき、そこからハジメの体の中にあるメタルガルルモンのデータをロードし始めた。

 

 ワーガルルモンはハジメとの闘いの中、ある違和感を覚えていた。

 香織がハジメの様子を魔物のようだと思ったのと同様に、ハジメの戦う様子がデジタルワールドで戦うデジモン達のように思えたのだ。

 そもそもハジメが使っている武装も、自分たちが進化したメタルガルルモン、つまりデジモンのものなのだ。

 なぜハジメにデジモンの力が宿っていて、その力を使えるのかはわからない。だが、それは人間にとって明らかな異物であることは間違いない。

 それを取り除ければ、もしかしたらハジメが正気に戻るのではないかと。

 その方法というのが、デジモンを倒した際にデータを取り込むロードをハジメに対して行うことだった。

 

 できる保証はなかったが、もともとハジメに宿っているメタルガルルモンのデータはワーガルルモンのデータでもあるのだ。大本である自分に取り込める可能性は高い。

 

 この可能性に、ワーガルルモンは賭けた。そして、この賭けは成功した。

 噛みついた個所から、凍り付いたハジメの鎧は罅割れて砕けていく。その中から現れたハジメの体は、全身ボロボロで痣だらけで硬直している。暴れる様子はない。

 

 その時、ワーガルルモンはデータをロードしながらハジメの記憶を垣間見た。

 

 奈落に落ちた後、左腕を爪熊に喰われ、〝錬成〟で掘った横穴に命からがら逃げ延びたこと。

 幻肢痛に苦しみながらも、生き延びるために神水を飲んで回復に努めたこと。

 餓死しないために魔物の肉を喰ったことで、肉体が変化して暴走してしまったこと。

 そして、今のような姿になった理由も見えた。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

(もう、どれくらい経ったんだ? 体は動かせるようになったが、時間感覚が全く分からねえ)

 

 迷宮の暗闇を歩きながら、ハジメは考える。

 魔物の肉を食べてからハジメの肉体を突き動かしていた強烈な生存本能と戦闘衝動、それによる意識の消失は小康状態になっていた。それに伴い体の自由が戻ってきた。

 

「力に、馴染んだのか?」

 

 声も出せるようになった。右腕も動かせる。今だって自分の意思で歩けている。

 まだ意識を失う時はあるものし、魔物と出会えば衝動に襲われ体が勝手に動く。でも、状況把握に思考を割く余裕ができてきた。

 

「とにかく、ここを、出るんだ」

 

 ハジメは周囲を見渡す。そこはハジメが流れ着き、横穴を掘った階層とは様子が全く違っていた。

 地面は砂漠のような砂状になっており、とても歩きにくい。洞窟のような岩の壁はなく、まるで洞窟の中に砂漠があるようだった。

 どうやら意識を失っている間に別の階層に移動していたらしい。

 

「せめて、あの石と水は、持っていきたかった」

 

 左腕を失ったハジメを癒した神水と、それを生み出す神結晶。持っていれば攻略の大きな助けになるはずだったのだが。

 取りに戻ろうにも完全に体の自由を取り戻さないと無理だ。

 

 もっとも、実はこの迷宮の最下層部分では一度別の階層に移動すると戻ることはできなくなっている。だからハジメには神結晶を取りに戻ることはできなかった。

 後に香織達が神結晶を持ってきたのはファインプレーであった。

 

「不幸中の幸いは、これを無くさなかったことか」

 

 右手でズボンのポケットからデジヴァイスを取り出す。

 こんな絶望的な状況で、しかも自分の体がおかしくなり、精神を作り替えるようなことになった。それでも希望を持っていたのは、ガブモンとの絆の証であるデジヴァイスがあったからだ。

 

「必ず、帰る。絶対に。夢を、再会を、父さん、母さん、ガブモン、タカト、ジェン、ルキ、ジュリ、ケンタ、ヒロカズ、リョウさん、シウチョン、香織、雫」

 

 デジヴァイスを見つめながら、頭に浮かんだ大切な者たちの名前を呟き決意を固めるハジメ。

 

 その時だった。

 

「ん? これは……!?」

 

 デジヴァイスの影響画面が点滅を始めた。これはパートナーデジモンに何かが起きた時の反応だった。

 

「まさか!?」

 

 ハジメは片手で手間取りながらデジヴァイスのボタンを押す。

 するとデジヴァイスからディスプレイが広がる。そこには夜の闇に包まれた庭園と、剣を向ける兵士の姿があった。

 デジヴァイスにはカードスラッシュと、パートナーの視界に映ったデジモンのデータを読み取ること以外にもいくつかの機能がある。その一つがパートナーデジモンの視界を映し出すことだった。

 つまりこれはガブモンが今見ている光景だ。

 兵士はおそらくハイリヒ王国の兵士だ。王宮で見たことがある。

 では、ガブモンはハイリヒ王国にいるのか? 

 なぜこの世界にデジモンが? 

 ゲートが開いたのか? 

 わからないことばかりだが、この迷宮を出る目的ができたとハジメが考えていると、画面の中でガブモンは兵士たちと戦い始めた。

 

「ただの兵士にガブモンがやられるはずはないけれど、何とかしないと。ここからでもカードは使えるのか? くそ、片手なのが面倒くさい」

 

 ハジメが悪態をついていると、展開していた画面に衝撃的な光景が映った。

 

 

 

 光り輝く聖剣を振りかぶる天之河光輝によってガブモンが斬られ、血を流している光景が。

 

 

 

「あ? ……ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!?????????」

 

 瞬間、ハジメの意識は沸騰し、冷静な部分は消し飛んだ。

 デジモンテイマーにとってパートナーデジモンとは己の半身。喜びも悲しみも、痛みも心も共有してきた掛け替えのない存在だ。

 脱出できる保証が全くない迷宮の深層に落とされても。

 魔物に左腕を喰われて酷い幻肢痛に苦しんでも。

 魔物肉を食べたことで、幻肢痛以上の激痛にのた打ち回っても。

 肉体が変化し、正体不明の衝動に体の自由を奪われても。

 どんな地獄に陥っても、ハジメの心の大きな支えとなっていたガブモンが殺されようとしている。それはあっという間に、ハジメを怒気で支配した。

 

 ──死なないで、ガブモン! 

 

 だがそれでも、ガブモンに生きてほしいという心だけは残っていた。その心に反応したのか、デジヴァイスから光が溢れ、迷宮の天井を突き破り飛んで行った。

 この光がガブモンに進化をもたらし、香織達をハジメへの道しるべになった。

 

「天之河ァァあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」

 

 だが、膨れ上がる怒りはハジメの心すらも塗りつぶしていく。

 しかもハジメは怒気に支配されただけでなく、さらに戦闘衝動にまで襲われた。

 今までは抑えていたが、怒りに飲み込まれたハジメは衝動に身を任せていく。

 白髪に入っていた蒼いメッシュは紅いメッシュに染まり、体を走る線まで紅くなった。

 体からは紅い電撃が迸り始める。

 

 電撃の音に反応したのか、砂の中から巨大なモグラのような魔物が現れた。

 この階層では広大な砂漠の中に潜む魔物が、四六時中襲い掛かって来る。しかもどの魔物も地中での移動速度は速く、捕らえるのは難しい。

 

 だが、ハジメにとっては関係ない。

 

 ──〝錬成〟

 

 ハジメに襲い掛かろうとしていたモグラは、詠唱も魔法陣もなしに発動した〝錬成〟で変形した地面に絡めとられた。

 

 ──〝錬成〟〝錬成〟〝錬成〟〝錬成〟〝錬成〟〝錬成〟〝錬成〟〝電子錬成〟!! 

 

 さらに錬成を繰り返す。地面の砂を材料にハジメの全身を覆う鎧を生み出していく。その姿は自然とメタルガルルモンのような姿になっていく。

 鎧でハジメの姿が覆われていく中、右手のデジヴァイスも鎧の構築に巻き込まれてしまいその一部になる。

 

「ウオオオオオッッ!!」

 

 そして鎧が完成した。完全に全身を覆う狼のような鎧。何故か失ったはずの左腕もついており、なんと動いている。

 

 ハジメは両腕を大きく開き、爪を鋭く構える。その姿はワーガルルモンを彷彿とさせた。

 

「アアアアアアアアッッ!!!」

 

 そのまま、まるでワーガルルモンの《カイザーネイル》のように爪を振るい、モグラの魔物に飛び掛かる。

 爪には爪熊のように風の刃が形成され、さらに紅い稲妻が付与される。

 風の刃はモグラの皮膚を斬り裂き、稲妻が体内を焼き焦がす。

 その一撃でモグラは絶命した。

 

 モグラを倒したハジメだが戦意と怒りは微塵も衰えない。

 

 再び〝錬成〟が行われた。今度はベヒモスとの闘いのようにミサイルポッドやビームランチャー、そしてガトリング砲が錬成されていく。

 

 戦闘音に反応したのか他のモグラやらトカゲやらが出てくる。だがそれらは次の瞬間には発射されたミサイルやビーム、銃弾の雨に蹂躙されていった。

 

 こうしてハジメは暴走を開始。オルクス大迷宮の各階層を破壊しながら進んで行った。

 

 そして、10階層目で後を追いかけてきた香織達と再会。しかし、そのときハジメの意識は完全になくなっていたのだった。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 ハジメの記憶を見たワーガルルモンは静かに涙を流す。

 あの時ハジメが力をくれたから、自分は香織とテイルモンを連れてここまで来ることができた。

 だが、それと引き換えにハジメは怒りに、戦闘衝動に飲み込まれた。

 あれはデジモンの持つ戦闘本能だ。ハジメの体の中に宿ってしまった自分のデータが持っていたデジモンの本能。それが暴走してハジメを苦しめてしまったんだ。

 

「ハジメ。ありがとう。君がパートナーで、本当によかった」

 

 ワーガルルモンのデータのロードが終わり、ハジメが崩れ落ちる。

 それと同時にワーガルルモンも退化し、ガブモンに戻った。

 そこに香織とテイルモンも駆けつける。

 

「ハジメ君!」

「ガブモン!」

 

 駆け寄った二人は怪我がないか、ハジメとガブモンの様子を見る。

 

「俺は大丈夫だ。それよりもハジメを」

「うん。今すぐに私の回復魔法で治すよ」

 

 香織がハジメに回復魔法を掛けようとした。その時──! 

 

「アガァ!? ぐぅああああっ!!?」

「ハジメ君!?」

「ハジメ!?」

 

 突然、ハジメの体が大きく跳ねると悲鳴を上げながら苦しみ始めた。

 

 ハジメを苦しめる要因は、まだ取り除かれていなかった……。

 




戦闘描写は久しぶりでしたので、結構苦戦しました。
いい感じにハジメの暴走感を出しながら、ワーガルルモンとの闘いを繰り広げる。香織とテイルモンのテイマーとしての戦いも盛り込み、如何にしてハジメを救い出すかっていうのが我ながら難しかったです。
後から読み返したら書き直したくなりそうです。

次回は後編。お待ちかねのハジカオタイム。頑張っていきます。

※デジモン紹介と次回予告はお休みです。


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15話 一枚のカード放つ光 今、ハジメに愛を―後編―

お待たせしました。

また間が開いてしまいました。キャンプと再びの資格試験で時間が取れませんでした。
年内にオルクス大迷宮は終わらせたいんですが、どうなるやら。

しかもまたかなり短い。もうちょっと長くしたかったんですが、キリの良さを優先しました。

ではお楽しみください。


「ぐぅ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」

 

 氷に包まれた迷宮の部屋にハジメの苦悶の声が響く。

 ガブモンのおかげで、ハジメを突き動かしていたデジモンの戦闘衝動を抑えることができた。身に纏っていたメタルガルルモンを模した鎧は砕け、どさりと体は倒れ込む。傍らには鎧の形成に巻き込まれたデジヴァイスが転がる。

 その時、左腕の中身が空っぽだったことに、香織とガブモンの顔が青ざめるが、ハジメはもがき苦しみ始めた。しかもその体には絶えず傷が生まれ、血が魔力と一緒に噴き出している。

 

「香織、早くハジメを!」

「もうやっているの!? でも治すたびに傷が! それに魔力が溢れてくるせいで魔法が弾かれてッ」

 

 苦しむハジメを見ていられないガブモンが香織に治療を促す。言われるまでもなく治癒魔法を使う香織だが、ハジメの体から溢れる魔力が治癒魔法の邪魔をする。しかも、傷が治ったとしてもすぐにまた新しい傷が生まれてキリがない。

 香織達は知らないが、ハジメはデジモンの戦闘衝動に突き動かされていた時、デジモンのもう一つの本能に従った行動をとっていた。

 それは他のデジモンのデータを取り込み、進化を目指すという自己進化衝動。この本能に従いハジメは出会った魔物を取り込もうと、魔物の血肉と魔石を喰らっていたのだ。

 その結果、ハジメは人間のままでは使えなかったデジモンの力を扱える肉体と、エネルギーとなる魔力を得ることができた。だが、デジモンの力をワーガルルモンが取り込んだことで、行き場を失った魔力がハジメの体の中で暴れ狂っているのだ。

 

「……あれを試してみよう」

 

 香織は治癒魔法の行使を止め、別の魔法を詠唱し始める。それはかなり長い詠唱で、しばらくして完成した。

 

「──光の恩寵を以て宣言する。ここは聖域にして我が領域。全ての魔は我が意に降れ! ──〝廻聖〟!!」

 

 香織の魔法が発動する。するとハジメの体の魔力が香織の体に移動する。

 香織が使った魔法〝廻聖〟は、一定範囲内にいる者の魔力を他の者に譲渡する光属性の上級魔法だ。

 フロアに向かう途中、香織はハジメの暴走の原因が魔法によるものではないかと思った。そこでメタルガルルモンのカードで凍結させて、動けなくしてからこの魔法を使おうと考えた。ワーガルルモンの考えを聞き、デジモンのデータをロードする作戦を優先した為さっきは使わなかった。だが今ハジメを苦しめているのが魔力なら、この魔法が使えると思ったのだ。

 もっとも最近覚えたばかりの魔法であることと、自分の魔力を他者に渡すのが主な使い方なので取り込める魔力量はあまり多くない。

 それでもハジメの苦痛を取り除くために、香織はハジメの体から溢れる魔力を取り込んだ。

 

 しかし、次の瞬間、

 

「ガハッ!!??」

 

 香織は強い衝撃を受け、口から血を吐いた。そのまま力を失い崩れ落ちる。

 

「香織!?」

「どうしたんだ!?」

 

 テイルモンとガブモンが慌てて香織に駆け寄る。

 

「な、なに、この魔力? すごく、あば、れる。ガフッ」

 

 再び血を吐き出す香織。

 今、香織の体の中では〝廻聖〟によって取り込んだハジメの魔力が暴れている。比較的少ない量だったのに、ハジメの魔力は香織の肉体を破壊した。

 ハジメの魔力は、魔物の肉と魔石を取り込んだ影響で魔物と同じ性質になってしまっていた。そのためハジメが初めて魔物の肉を食べた時と同じように、ハジメの魔力を取り込んだ香織の体も破壊してしまったのだ。幸いにも直接肉を取り込んだわけではないので、ハジメと比べれば軽い傷を負った。

 

「は、はやく、ハジメ、君を、助けないと……」

 

 ガクガクと震える体に鞭を打ち起き上がる香織。そして再び〝廻聖〟を使い、再びハジメの魔力を取り込む香織。

 

「ゴホッ!?」

 

 しかし、またしても魔力によって体を破壊され、傷を負って血を吐いてしまう。杖に縋りつきながら、香織は倒れそうになる身体を必死に支える。

 

「ひか、りの……恩寵をも……って、せん……げん、する」

 

 もう一度、残った気力を振り絞って、ハジメの魔力を取り込むために〝廻聖〟を使おうとする。

 

「もうやめてくれ香織! このままじゃ香織の体がもたない!」

「そうだ! 君に何かあったら俺はハジメにあわせる顔がない!」

 

 テイルモンとガブモンが香織を止めようとする。このまま魔法を使い続けてハジメの魔力を取り込めば、彼女の体は間違いなく壊れてしまう。

 だが香織は耳を貸そうとせず、魔法を使い続ける。

 

「もう、いや、だ。ハジ、メくんを、うし、のは。なんど、だって、たすけ、なんど、てなお、す」

 

 意識も朦朧とし始める香織。

 彼女の心にあるのは大きな後悔だ。

 あのベヒモスとの闘いの時、ハジメの傍に香織もいれば、雫が動けなくなっても逃げきれたかもしれない。例え逃げ切れなかったとしても、一緒に落ちていればハジメがこんな体になって苦しむことはなかったかもしれない。

 ハジメが落ちてから彼女の心に大きく刻まれた後悔。もうこんな思いをしたくない。その思いだけで香織は魔法を使うのを止めようとしない。

 その思いにガブモンとテイルモンも、止めようとするのを止める。特にガブモンは彼女と同じくらいハジメを救いたいと思っている。だから二体は、崩れ落ちそうになる香織の体を支え始めた。

 全てはハジメを助けるために。

 だが、思いとは裏腹に彼女が取り出せる魔力は決して多くなく、ハジメの様子も変わらない。

 

「くそっ。俺には何もできないのかッ」

「何か、何かできること……え?」

 

 香織の体を支えながら何か自分にできることはないかと考えるテイルモン。ふと、彼女が香織の体を見るとそこにあった傷が勝手に治っていくのが見えた。

 

「どうして傷が? ……そういえば!」

 

 疑問に思ったテイルモンはふと思い出した。

 この奈落に来た時に最初に訪れた階層。そこにあったハジメが作ったと思われる横穴の中にあった石、神結晶から溢れていた水である神水。あれを飲んだ香織は活力を取り戻したと言っていた。実はここに来る途中でも、バッグの中から水が溢れそうになるたびに香織は飲んでいた。もしもあの水が傷を癒す効果も持っていたとしたら!! 

 

「ガブモン、香織のことを頼む!」

「え? テイルモン?」

 

 香織の体を支えるのをいったんガブモンに任せて、テイルモンはフロアの入り口に向かう。

 荷物は戦闘の邪魔になると思って入り口に置いておいたのだ。そこには当然、神結晶の入ったバッグもある。

 幸いにもバッグは、戦闘の余波に巻き込まれることもなく無事だった。

 テイルモンは神結晶を入れていたバッグを抱えると、急いで戻る。

 

「その石って」

「もしかしたらこの石の水を使えば」

 

 バッグを下ろし、神結晶を取り出す。バッグの中を見れば、滲み出した神水がある。テイルモンは神水を一掬いすると、香織の口に押し付ける。

 痛みで意識が朦朧としていたが、突然のことに驚いた香織は思わず魔法を止めてしまう。

 

「飲んで!」

「ッ!? ゴホゴホッ」

 

 香織の口の中に神水が入る。すると彼女の傷が癒えていき、意識がはっきりしてくる。

 

「な、なにこれ?」

「香織この水何かに使えないか!?」

「え? 水?」

 

 テイルモンは香織に神結晶と神水の入ったバッグを見せる。神水を飲んだことで香織の怪我が治ったことを伝える。

 それを聞いた香織は神水を使うことにする。

 テイルモンと同じように神結晶からにじみ出てきた神水を手ですくい、ハジメに飲ませようとする。

 

「飲んでハジメ君!」

「ぐああああッッ!?!!!」

 

 だが、苦しみに悶えるハジメがジタバタと暴れまわる。

 

「押さえて!」

「動くなハジメ!」

「おとなしくしなさい!」

 

 香織の指示にガブモンとテイルモンがハジメの体を抑える。

 すかさず香織が神水をハジメの口に注ぐ。だが──―。

 

 ──―ドクンッ──―

 

「ぐうわああああああああああああああっっ!!!!???」

「ハジメ!?」

「そんななんで!?」

 

 今まで以上に魔力を放出し、暴れだすハジメ。身体を抑えていたガブモンとテイルモンも跳ね飛ばされる。

 神水は高濃度の魔力の液体だ。それは生き物の体を癒すことが出来るが、今のハジメの体には癒すと同時に、魔力の活性化も起こしてしまったのだ。

 香織達は、取り返しのつかないことをしてしまったのではないかと動揺する。

 そうしている間にも、ハジメの症状は悪くなるばかり。

 

 もう香織達にできることはないのか? このままハジメが苦しむ姿を見ることしかできないのか? 

 

 だとしても──―!! 

 

 香織は何かの決意を固めるとバッグの中にある神水、さらに今も滲み出している分も飲み干し、ハジメの体に跨った。

 

「〝廻聖〟!!」

 

 再び〝廻聖〟を発動させる。

 ハジメの魔力を吸収し、また体に傷を負う香織。

 しかし、その傷も直前に飲んだ神水の効果で治る。

 

「〝廻聖〟〝廻聖〟〝廻聖〟〝廻聖〟〝廻聖〟〝廻聖〟〝廻聖〟〝廻聖〟〝廻聖〟〝廻聖〟〝廻聖〟〝廻聖〟〝廻聖〟〝廻聖〟〝廻聖〟〝廻聖〟〝廻聖〟〝廻聖〟〝廻聖〟〝廻聖〟〝廻聖〟〝廻聖〟〝廻聖〟〝廻聖〟〝廻聖〟〝廻聖〟〝廻聖〟〝廻聖〟〝廻聖〟〝廻聖〟〝廻聖〟〝廻聖〟〝廻聖〟〝廻聖〟〝廻聖〟〝廻聖〟〝廻聖〟〝廻聖〟〝廻聖〟〝廻聖〟〝廻聖〟〝廻聖〟〝廻聖〟〝廻聖〟〝廻聖〟〝廻聖〟〝廻聖〟〝廻聖〟〝廻聖〟〝廻聖〟!!!!!」

 

 さっき以上に魔法を使い続ける香織。たとえ傷ついても飲んだ神水の力ですぐに治癒する。

 そんな力業で、香織はハジメを助けようと力を振り絞る。

 例え無駄なことだとしても、ハジメのためにできることをし続ける香織。ガブモンとテイルモンも香織が魔法を使いやすいように、再びハジメの体を抑える。

 

 いつしか香織は涙を流していた。ガブモンもテイルモンも。

 それはハジメをこんな目に遭わせた運命に対する憤りや、ハジメを助ける力になれない無力さ。この状況になってしまった全てのことに対して、三人ともが涙を流していた。

 

 そして、遂に香織は気力を使い果たし、苦しむハジメの上に倒れ込む。

 神水が治してくれると言っても、精神的な疲れは治らない。直前に激しい戦いも行っていたのだから、限界が来るのはなおのことだった。

 香織は苦しみに顔を歪めるハジメに、最後の力で顔を近づける。

 

「ごめ、んね。ハジ、メ、く、ん」

 

 小さく謝罪の言葉を言いながら、ハジメの唇に自分の唇を押し付けた。

 

 ハジメが暴れるため、香織の唇は噛み切られて血が流れるが、それでも香織はキスをし続けた。

 

 その時だった。テイルモンの尻尾に付いていたホーリーリングが眩い光を放ち始めた。

 

「なんだ? この光?」

 

 光に気が付いたガブモンがテイルモンの方へ顔を向ける。

 

「私のホーリーリングが、光っている?」

 

 テイルモン自身も突然のことに困惑する。

 そうしているうちに、ホーリーリングの光はどんどん強くなり、テイルモン自身を光に包み込んでいく。

 

「これってまさか、進化の光なのか!?」

「進化のカードも使っていないのに」

 

 デジモン二体が困惑する中、遂にテイルモンは光に包まれる。

 光の中でテイルモンは、ホーリーリングから流れ込んでくる力を感じていた。

 今、ホーリーリングはテイルモンとそのテイマーである香織の願いを叶える為に、その力を開放しようとしていると。だが、そのためには成熟期のテイルモンの体では、ホーリーリングに秘められたその力を完全に発揮できない。だからこそ、ホーリーリングはテイルモンに進化を促している。

 

「香織の、テイマーの願いを叶えられるなら。いいわ。私の全部の力を使って!」

 

 ──EVOLUTION──

 

「テイルモン! 進化!!」

 

 光の中で、テイルモンのデータが分解され、再構築されていく。

 流れ込んでくるホーリーリングの聖なる力を取り込み、巨大になっていく。

 四肢は強靭になり、猫のような体がドラゴンのような雄々しくなる。

 頭には立派な二本の角が生え、威風堂々とした雰囲気を身に纏う。

 背中には十枚の天使のような翼が広がり、その体と共に広いはずのフロア一杯にまで広がっていく。

 

 完全な進化ではないため、存在が安定していないが、その姿は紛れもなくテイルモンが進化した神獣デジモンの究極の形態。

 デジタルワールドの安定を司る四聖獣チンロンモンと同等の力を持ち、四大竜デジモンの一体に数えられる幻の聖竜型デジモン。

 その名を、ガブモンが口にする。

 

「ホーリー、ドラモン?」

 

 ──―クオオオオオオンン──―

 

 静かに、しかし威厳に溢れる声で答えるホーリードラモン。

 輝く体から溢れる光が、ハジメと香織に注がれていく。

 光に飲まれた二人は、暖かいものに包まれた感覚を味わった。

 あれほど暴れていたハジメの魔力も落ち着いていく。

 二人の傷も癒されていく。

 そして、二人はどちらからともなく、お互いの体に手を回して抱きしめ合った。大切なものを二度と離さないというように。

 

 二人の様子を見届けたホーリードラモンは、静かに光となって消えていった。

 その後には全てのエネルギーを使い果たして、幼年期にまで退化してしまったテイルモン、ニャロモンが眠っていた。

 

「……はあ。何とかなった、のか?」

 

 一人だけ起きていたガブモンが、ようやく一息付けたと胸をなでおろした。

 

 この日、オルクス大迷宮の底から発せられたホーリードラモンの力は、地上のホルアドの街や周辺の村に住む人々や動物、魔物さえも畏怖させた。そして、誰もが迷宮へと目を向け、中には跪いて動けなくなった者もいた。

 後にハイリヒ王国の兵が調査を行ったが、真相がわかるのはもっと先のことであった。

 

 

 




〇デジモン紹介
ホーリードラモン
レベル:究極体
タイプ:聖竜型
属性:ワクチン
神獣デジモンがたどり着くと言われる究極形態。デジタルワールドに巨大な悪のエネルギーが生まれると、どこからともかく現れてその身に宿した強大な光の力で悪を無に帰すと言われる。必殺技の『ホーリーフレイム』は全ての正義の光のエネルギーを相手にぶつけ、無に帰してしまう。
ホーリーリングの秘められたエネルギーを発揮するために、テイルモンが不完全な進化を果たし、姿を現した。その光の力でハジメの体に宿ってしまった魔物の魔力を鎮め、調和を行うことでその苦しみから救った。その際、香織も巻き込んでしまった。

〇次回予告
目を覚ましたハジメ。だが暴走していた記憶を覚えていた彼は激しく自分を責めてしまう。
そんなハジメを香織とガブモンは優しく慰め、奮い立たせる。
迷宮の攻略を開始するハジメ達にいくつもの試練が襲い掛かるが、知恵と勇気で乗り越えていく。
やがて、彼らの前に再び運命の時が訪れる。

次回「迷宮攻略開始 奈落の少女」
今、冒険のゲートが開く。


ハジカオになったかなあ?
ハジメを救うために奮闘する香織達でした。

疑似的ながらも、原作のハジメのような肉体の破壊と超回復を行った香織。
そしてまさかのホーリードラモン。思わず出しちゃいましたが、これを逃すと出せるタイミングがかなり先になるかなと思いまして、不完全ですが進化しました。
ご都合主義かもしれませんが、限界まで足掻いた香織達の心が、ホーリーリングに届いたという感じで納得していただきたいです。
ホーリードラモンの力がハジメと香織に何をもたらしたのか……。

あと章のタイトルを変えました。
1章は「01章 オルクス大迷宮編―New Tamers―」です。
英語のサブタイトルをつけてみました。
FGOのパクリみたいな感じですが、その章を象徴する単語をつけていこうと思います。これを見て先の展開の予想とかしていただけると嬉しいです。

次回、もうちょっとハジカオ続きます。そのあとはお待ちかねのあのお方です。
お楽しみに。

PS
年末に特別編を考えています。できるかわからないですが、今までの振り返りとか、お笑いコーナーとかをやりたいです。コメンテーターに原作のユエとシアを呼んで。


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16話 迷宮攻略開始 奈落の少女

感想・評価ありがとうございます。
タイトルですが、次回予告と少し変えました。前話の次回予告も変更しました。

ちょっと怖かったのですが、ありふれのアニメ一期を見ながら書きました。
端折っていますが、まだギリギリありかなと思います。

今回は比較的、すらすらかけました。その分長くなりましたが。
では最新話をどうぞ。ようやくアニメの一話と二話のエピソードです。


 ピチョンピチョンという水滴が落ちる音に、ハジメの意識が覚醒していく。

 

(俺は、何を……?)

 

 微睡みながら、すぐに思い出せる一番新しい記憶を探る。

 

(砂の、階層で、デジヴァイスに、ガブモンが映って、それから…………!!!?)

 

 思い出し始めれば、それからの出来事がどんどん蘇ってくる。

 光輝によりガブモンが傷つけられた場面を目撃したこと。怒りが沸き上がり、破壊衝動に身を任せて暴れてしまったこと。

 そして、それから後のことも!!

 

「うわああああああああっっっ!!??」

「きゃっ!?」

「うおっ!?」

「にゃろ!?」

 

 悲鳴を上げて跳ね起きるハジメ。それに香織、ガブモン、ニャロモンが驚き、ハジメの方を振り返る。

 

「はぁはぁはぁ、お、俺は、俺はッ……」

「ハジメェ!!!」

「ハジメ君!!!」

 

 息を荒げるハジメに、ガブモンと香織が抱き着く。

 

「ハジメハジメハジメ!!!」

「よかったッ!! よかったよぅハジメ君!!」

 

 二人はわんわんと泣きながらハジメが起きたことを喜んだ。

 

 ホーリードラモンによってハジメが癒された後、起きていたガブモンによって三人はフロアの隅に運ばれた。戦いの余波で出来た窪みを利用して身を隠すためだ。

 先に目覚めたのは香織だった。そのあとにニャロモンが意識を取り戻し、起きたことをガブモンから聞いた。

 香織は安らかなハジメの姿に安堵し、ホーリーリングの力を開放してくれたニャロモンをぎゅっと抱きしめた。

 その後、香織とガブモンは魔物の出現に警戒しつつ、ハジメの看病を続けていた。

 

「…………ッ」

 

 しばらく二人の抱擁を受けていたハジメだったが、それを振り払うと距離を取った。

 

「え?」

「ハジメ君?」

「俺は、俺は、僕、俺は!!?」

 

 右腕だけで頭を抱えて蹲るハジメ。

 

「ごめん、ごめんなさい。ああ、あああっ!! なんでなんでなんで!? こんなはずじゃなかったんだ!! 絶対守るって、大切だって決めていたのに何でこんなことになったんだああああああああああああっっ!!!」

 

 ハジメの慟哭が響き、押し殺した泣き声が漏れてくる。

 彼は憶えていた。破壊衝動に飲み込まれ暴れ回った果てに、ガブモンと香織に襲い掛かったことを。そしてその手で二人を殺そうとしたことを。

 過酷な環境に放り込まれて片腕を無くしても、原因不明の衝動に意識を乗っ取られても、自分を見失わないために心の持ちようを変えてでも、必ず戻って守り抜くと決めていたガブモンと香織を手にかけそうになった。

 ハジメの心の中にとてつもない後悔と罪悪感が押し寄せてきた。

 もう二人と一緒にいられない。またあんなことになったら耐えられない。

 思わず立ち上がって、二人の前から去ろうとするが、起きたばかりの体には力が入らず、その場に倒れ込む。

 

(なんて、無様なんだ……)

 

 思わず自嘲してしまう。そして、這ってでも二人から距離を取ろうとする。

 その姿に、ガブモンと香織は胸を抑える。

 ハジメの暴走は収まり、体は治った。でも、心に深い傷を負ってしまっているのだ。その痛みに、ハジメは潰されそうになっている。このままではハジメは孤独な道を進んでしまう。

 

 気が付けばガブモンはハジメの傍らに立っていた。

 ハジメが頭を上げれば、ガブモンが見下ろしていた。

 そしてガブモンは、ハジメの着ている服の襟元に手を伸ばすと、掴んで起き上がらせた。

 

「ガブ、モン?」

 

 ガブモンはただ何も言わず、ハジメの顔を覗き込むとにっこりと笑って──―。

 

 

 

──バキンッ

 

「ブゴッ!?」

 

 殴った。思いっきり全力で、ハジメの顔に拳を叩きつけた。

 見ていた香織が突然のことに呆然とし、殴られたハジメも目を白黒させる中、ガブモンはハジメに近づく。

 

「会うのは久しぶりだけれど、俺はハジメのパートナーだ。だからハジメが何を考えているのか、なんとなくわかるよ。また暴走して、俺や香織を傷つけるのが怖いんだろう?」

 

 ガブモンの言葉にハジメは顔を伏せる。それを見たガブモンは図星だと確信し、はぁと溜息を吐いた。

 

「バカじゃないのか?」

「ば、バカってなんだよ!?」

 

 ガブモンの言葉にハジメが声を荒げる。

 

「俺は、僕は、またおかしくなるかもしれない。今度こそ、ガブモンや香織を、こ、ころ、殺すかもしれないんだぞ!!」

 

「殺す」というところで、恐怖で言葉が詰まってしまったが、ハジメは自分の抱える危険性を言う。

 実際、今は落ち着いているが、ハジメの体がどうなっているのか分からないため、その可能性は残っている。

 

「そんなことがどうした」

 

 しかし、ガブモンは「そんなこと」と切り捨てた。呆けるハジメにガブモンは、再び襟元を掴むとずいっと顔を近づけると、声を張り上げる。

 

「そんなことがどうした! 俺はハジメのパートナーデジモンだ! テイマーのために戦い、テイマーと共に生きて、テイマーと共に死ぬ!! 俺はずっとそう考えている!! だからまたハジメが暴走しても何度でも止めてやる!! 殴って噛みついて炎を吐いてやる!! それがハジメのためだって信じている!! 何度だっていうぞ!!」

 

 ガブモンは大きく息を吸い、さっきのハジメの慟哭をかき消すように叫ぶ。

 

「俺はハジメのパートナーデジモンだ!!! テイマーのために戦い、テイマーと共に生きて、テイマーと共に死んでやる!!! 

 だから!!! ハジメも!!! パートナーデジモンの俺を信じろ!!!!」

 

 その言葉に、ハジメは心の中から湧き上がってくるものを堪えられなかった。

 

「う、うあ、うあああああああああああっっっ!!!」

 

 力が入らない体に鞭を打ち、ハジメはガブモンにしがみつき、泣いた。さっきの涙と違い、ガブモンへの感謝の涙を流した。

 それを受け止めていたガブモンの目にもやがて涙が溢れてきた。

 

「うわあああああっっ!! よがっだよがっだよぉハジメぇ!! まだ会えたあっ!!!」

「おれもよがっだぁっ!!! あいだかったああああっ!!」

「なんだよぞのおれってえっ!! 俺のまね!?」

 

 わんわん泣きながら、二人は6年ぶりの再会を喜ぶ。

 香織とニャロモンは静かに、見守った。

 

 やがて落ち着いたハジメとガブモン。

 ハジメは涙をぬぐうと香織に顔を向ける。

 

「その、香織。俺、いや、僕は」

「いいよ」

 

 ばつが悪そうに言葉を選ぶハジメに、香織は優しく微笑む。

 

「私もガブモンと同じ。テイマーとパートナーみたいなちゃんとした繋がりはないけれど、ハジメ君を愛する思いは、他の誰にも負けるつもりはないよ。だから、例え何があっても、ハジメ君を信じている。それに私は治癒師だよ? またハジメ君がおかしくなっても必ず治して見せる。それが私の誓いで、覚悟だよ」

 

 その言葉に、また涙が出そうになるハジメ。こんなにも自分を思ってくれる少女の存在が、とても眩しかった。

 香織はハジメに近づくと、その体をぎゅっと抱きしめる。まるで、ハジメの心の傷を包み込んで癒そうとするかのように。

 

「だから、もう一度言うね」

 

 さらに強く、ぎゅっとハジメを抱きしめながら、香織は告げる。

 

「ハジメ君。あなたが好きです」

「ッッ。か、かおりさん。ぼ、僕は、僕はッッ」

 

 ハジメは再び、涙を流した。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 涙を流し果てたハジメが落ち着くまで、ガブモンと香織は彼の傍に寄り添い続けた。

 ようやく落ち着いた後、窪みの中では魔物の襲撃に備え続ける必要があるので、ハジメの錬成で横穴を掘った。

 そこで改めてお互いのことを話し合った。

 ハジメはここに落ちた後のことを話し、その凄絶極まりない内容に香織がまた涙を流した。

 香織は王宮でのガブモン達との出会いと、そこからの脱出劇を離した。その最中で香織がテイルモン、今はニャロモンのテイマーになったことを知り、ニャロモンとハジメはお互いに自己紹介をした。

 

「迷宮を脱出するために、俺たちのやることをはっきりさせよう」

 

 今までのことを話した後、ハジメが提案した。なおハジメの口調は、デジモンの戦闘衝動に耐えるために変心した時のものだ。先ほどは動揺していたせいで前の口調が出ていたが、こちらの口調でいくことにした。それは辛く厳しいこの世界を生き抜こうと決めた、彼の覚悟だった。

 

「今の俺たちには二つの問題がある。それを解決しないと脱出はできない」

 

 そう言ってハジメは指を一本ずつ立てていく。

 

「まずは食料の問題。ここが迷宮のどの辺りかわからない以上、香織が持ってきた保存食だけじゃ心もとない」

「そうだね。この量だと大体三日くらいで無くなっちゃうよ」

 

 香織が鞄の中から干し肉やクッキー、硬いパンを出して予測を言う。

 

「次に魔物との闘いだ。ガブモン達はここに来てから魔物と戦っていないからわからなかっただろうが、ここの魔物はベヒモスより強い。ガブモン達が進化すれば大丈夫かもしれないが、エネルギーの消耗が激しい。最初の問題が大きくなるし、俺は腕がこんなだから進化のカードも使いにくくなった。だから俺や香織も戦えるようになる必要がある」

「確かに。ハジメが魔物を片付けていたから行きは楽だったけれど、これからはちょっと難しいな」

 

 ガブモンは無くなったハジメの左腕を見る。ガブモンが進化するには、基本的に進化のカードを使う必要がある。たまにテイマーの気迫や思いの爆発で進化することもあるが、常に起こることじゃない。

 そのためにデジヴァイスとカードを持つ両手が必要なのだが、今のハジメでは厳しい。

 例え進化できたとしても、進化のたびにエネルギーを消費してしまい、補充するための食料が必要になる。

 

「以上、二つの問題を解決しないと迷宮の探索が満足にできず、脱出の可能性が低くなる。この解決方法をみんなで考えたい」

 

 そう言うとハジメはガブモン、香織、ニャロモンを見渡す。

 三人はハジメが提示した問題の解決方法を考え始めた。

 しばらくすると、ニャロモンが尻尾をピンッと立てた。それは手足がないニャロモンの挙手だった。

 

「食糧問題についていい?」

「いいぞ、ニャロモン」

「ハジメがやったように魔物の肉を食べるのはダメなの?」

 

 ニャロモンの提案は、ある意味当然の発想だった。この迷宮にある食料になりそうなものと言えば、魔物しかなかった。だからこそ、奈落に落ちたばかりのハジメも二尾狼の肉を食べたのだ。

 

「俺が暴走していなかったらそれもよかったんだけどな。また魔物の肉を食べた俺が暴走しないとも言えないし、デジモンの体にどんな影響があるか分からない。なにより、香織にあんなものを喰わせたくない」

 

 もともと魔物の肉は食べたら肉体がバラバラになる劇物であり、神水の超回復効果を併用しないと食べられたものではない。

 しかも、体の破壊と超回復は肉体にとてつもない激痛をもたらす。ハジメのようにデジモンの力を宿していないから、暴走するようなことはないだろう。だが、そんなものを香織に食べさせるつもりはハジメにはなかった。

 

「そのことなんだけど、ハジメ君」

「どうした? 香織」

 

 香織が気まずそうに手を上げた。

 

「実は私、こんなことになっているんだ」

「ステータスプレート? これがどうした?」

 

 彼女が差し出してきた小さな金属板、ステータスプレートを見た。

 

 

 

===============================

白崎香織 17歳 女 レベル:40

天職:治癒師

筋力:180

体力:220

耐性:1080

敏捷:230

魔力:50080

魔耐:50080

技能:回復魔法[+効果上昇][+回復速度上昇][+イメージ補強力上昇][+浸透看破]・光属性適性・高速魔力回復・魔力操作[+魔力放射] [+魔力干渉]・天歩[+空力][+縮地]・夜目・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・恐慌耐性・全属性耐性・言語理解

===============================

 

 

 

「なんでやねん」

 

 表示された内容に思わず関西弁でツッコミを入れる。香織は召喚された生徒の中でも上位のステータスだったのだが、それが爆上がりしている。特に魔力と魔耐があり得ない数値だった。

 

「香織、これは一体?」

「多分、ハジメ君の魔力を魔法で取り込んだからだと思う」

 

 話し合いの前に、どうやってハジメを助けたのかは伝えてある。香織の無茶な行動にハジメは怒りそうになったが、もとはと言えば自分が原因なので強く言えなかった。ただあまり無茶はしてほしくないことはしっかり伝えた。

 

 香織はハジメがデジモンのデータをロードされた後、魔力の暴走で苦しんだ時に、苦しみを和らげるために魔力を取り込んだ。その結果、肉体が破壊され、神水を飲むことで回復。それを繰り返した。それが魔力と魔耐の増大という結果につながったのではないかと予測される。

 

「あとハジメと一緒にホーリードラモンの光に包まれたことも関係していると思う」

「ホーリードラモン、か」

 

 ガブモンの言葉に、ハジメは感慨深げに呟く。

 ホーリードラモンはデジモンの中でも幻の存在で、デジタルワールドで出会った四聖獣チンロンモンと同格ともいわれている。その力が、自分と香織に何らかの作用を及ぼしたのだろう。よく見れば魔力だけでなく、技能まで増えている。

 魔力の取り込みと神水の回復。ホーリードラモンの神秘の力。この二つが香織に異常なステータスをもたらしたのだろう。

 ハジメのステータスプレートがあれば、もっと詳しいことがわかっただろう。しかし、ハジメの荷物は、雫を抱えてベヒモスから逃げるときに捨ててしまっている。

 

 そこまで考えて、話を戻す。

 ハジメとは異なる方法だったので香織の容姿に変化は無い。それでも、以前よりもステータスが格段に強化されている。これなら二つ目の問題も大丈夫かもしれない。

 

「私は魔物を直接食べたわけじゃない。魔力を吸収して、体が壊された。だからもしかしたらなんだけれど、魔物を食べて体がバラバラになったのは魔物の肉の魔力のせいかもしれない。それなら魔物の肉から魔力を取り除ければ、それはただの肉になって、食べても体は破壊されないんじゃないかな?」

「……一理あるな」

 

 香織の推測は納得できるものだった。もしもそれが正しければ、一つ目の問題が解決できる。

 だが、試そうにもどうやって魔物の肉から魔力を取り出せばいいのだろう? 

 ハジメと香織、それにガブモンとニャロモンも一緒になって考える。

 

「〝魔力操作〟の派生技能の[+魔力干渉]って何ができるんだ?」

 

 ふとガブモンが疑問に思ったことを香織に聞く。

 

「そういえば試していなかった。〝魔力操作〟は魔力を操作するってことだよね? さっきから変な感覚があるし」

「そうだ。集中すれば技能が使える。やってみな」

「うん」

 

 ハジメに従い香織は集中し始める。すると彼女の体から白い魔力が沸き上がり、動き始めた。そのまま魔力は動き続け、香織の右手に集まった。

 

「これならもしかして……〝光球〟」

 

 香織が魔法名を呟くと、周囲を照らす光る球が現れた。

 

「俺は試す余裕がなかったけれど、これがあれば詠唱も魔法陣も無しで魔法が使えるんだな」

「確かに、ハジメは詠唱も魔法陣も使っていなかった」

 

 ハジメとガブモンが頷く。

 

「じゃあ[+魔力干渉]は何ができるの?」

「ちょっと待ってね?」

 

 ニャロモンが当初の疑問を言うと、香織は再び集中する。

 しばらくそうしていると、香織の魔力がまた動きだした。魔力はそのまま動き、周囲を照らす〝光球〟を包み込んだ。

 すると魔力が動くたびにそれに合わせて〝光球〟も動いた。

 

「魔法を動かしているのか?」

「魔法に魔力で干渉している、ってこと?」

「もうちょっと……」

 

 ハジメとガブモンが考察していると、香織はさらに集中する。今度は香織の魔力が地面に落ちていた石を包み込んだ。

 するとなんと魔力が石を持ち上げたのだ。

 

「魔法だけじゃなくて、物質にも干渉できるのか?」

「ああっ!!」

 

 ガブモンが突然声を上げた。

 

「そういえばハジメ、左腕もないのに鎧の左腕を動かしていた。そうか、この技能を使っていたんだ」

「魔力を使って魔法、いやもしかしたら他の魔力や物質を動かす技能ってことなのか」

「それならもしかしたら!!」

 

 ハジメが[+魔力干渉]についてまとめると、ニャロモンが声を張り上げる。

 

「魔物の肉から魔力を移動できるかもしれない」

「私やってみるよ!」

 

 香織はやる気を漲らせて意気込んだ。

 

 その後、いろいろ話し合った。その結果、ハジメ達の行動方針は決まった。

 

 横穴を拠点に香織の魔物肉の無害化の練習をする。

 そのためにこの階層の魔物を倒す。

 魔物と戦うのは香織とガブモンだ。

 ハジメは暴走の影響で体調が万全ではないし、幼年期のニャロモンでは戦力にならないからだ。なお、ガブモンは横穴を出るときにガルルモンに進化した。その時は、ハジメは慣れない[+魔力干渉]の練習もかねてデジヴァイスを魔力で支えて進化のカードを使った。

 ガルルモンに乗りながら、香織は〝魔力操作〟で魔法を使い魔物を倒した。ついでに探索も進めていく。

 香織達が魔物狩りに出ている間、ハジメとニャロモンは拠点の拡張と回復に努めた。

 ハジメは戦う手段の模索もしていた。なにせステータスプレートが無いのだ。自分の力の把握に、できることをいろいろ試していった。

 

 そして、ニャロモンが回復して、白い子犬のような姿の成長期デジモン、プロットモンに進化した時、香織は魔物肉から魔力を除去することに成功した。

 魔力が取り除かれた魔物の肉は、安全の確認のためにまずはハジメが食べた。

 自分の体で人体実験のようなことをしようとするハジメを、香織達は止めようとしたが、

 

「また暴走してもガブモン達が止めてくれるんだろう?」

 

 と言われてしまっては止められなかった。

 結果として、ハジメは食べても何事もなかった。

 デジモン達も、魔力の無くなった肉なら問題なく食べられた。ちなみに最初に食べたのはガブモンで止める暇もなかった。主従そっくりだと香織とニャロモンは思った。

 これで食糧問題は解決した。

 さらに二つ目の問題も、ハジメが新たな戦い方を見つけたことで解決した。

 

 そして、ハジメ達は方針を迷宮の探索に切り替えた。

 ハジメの錬成で探索に必要な道具を揃え、戦い方も考えた。

 数日間を探索に費やした結果、上層へ繋がる道はなかった。代わりに見つかったのは、下層への階段だった。

 

「道は下しかない。つまり」

「この迷宮を攻略するしかないってことか」

「薄々わかっていたけれどね」

「でも、覚悟は出来ている」

 

 ハジメ、ガブモン、香織、プロットモンがお互いに確認を取る。

 ハジメが魔物の毛皮と錬成で作ったバッグを、ハジメと香織が背負う。二人を守るようにガブモンとプロットモンが前に出る。二体の体には、神水が入った小さな水筒が魔物の皮で作ったベルトで取り付けられている。この数日の検証で、神水がデジモンにも効果があることが分かったためだ。

 また全員が簡易的だが、魔物の毛皮で作ったコートのような服を着ている。魔物の毛皮は普通の服よりも頑丈なので、鎧代わりになるのだ。

 

「行こう。そして、必ず迷宮を脱出するぞ!!」

「「「うん!」」」

 

 こうしてハジメ達の迷宮攻略が始まった。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 時は少し遡る。

 ホーリードラモンの力は闇に潜む者たちも感じていた。

 むしろ対極の力を持つからこそ、トータスの通常空間とは異なる場所にいながらより正確に力のことをとらえていた。

 

「これは聖なる力。ホーリーリングの力ですね」

「場所はあのテイマーが落ちた迷宮。ということはやはり生きていたということだな」

 

 黒衣に姿を包む者が感じた力を特定し、悪魔の羽根を持つ者が力の出どころを伝える。

 

「それはそれは。面白くなりそうですねえ。迷宮から出てくるのが楽しみです。別個体とはいえ、ホーリーリングを持つ相手と戦う機会もありそうです」

「そういえば、お前はホーリーリングを持つ者と因縁があったな」

「ええ。大天使の二体に屈辱を味あわされました。油断があったとはいえ、我が身の無様を恥じるばかりです。──だからこそ、もう負けんよ」

 

 お道化た様に言っていた黒衣の者だが、最後の言葉を言った時に発せられた気迫からは強い決意が感じられた。

 悪魔の羽根を持つ者はそれに対し、何も言わない。因縁の相手への復讐に、思うところがあるのは同じなのだ。

 

「話は変わるが、お前が種を植え付けた者はどうなのだ? あれから進展があったのか?」

「どうやら孤立しているようですね。まあ、後ろから撃たれると思われれば仕方ないでしょう。少し見てみますか?」

 

 黒衣の者が手をかざすと、どこからともなくコウモリが集まる。集まったコウモリ達は闇の塊になると、虚空に映像を映した。

 そこに映ったのは、トータスに召喚された生徒の一人、檜山大介だった。

 

 彼はオルクス大迷宮での一連の事件の後、王国での取り調べを受けた。その結果、魔人族との繋がりはなかったとして開放された。

 そして、再び光輝達との訓練へ加わったのだが、クラスメイト達は彼にかかわろうとしなかった。

 何せ命令違反をして、いきなり後ろから最上級魔法を放ったのだ。いくらハジメが裏切り者の疑いがあったとはいえ、危険な行動をした檜山を受け入れるかは別問題だった。一緒にいれば再び後ろから魔法を撃たれるかもしれないと、遠巻きにされたのだ。

 それは学校で彼とつるみ、トータスではパーティーを組んでいる近藤、中野、斎藤の三人も同じだった。

 一応、パーティーは組んだままだが、檜山は実力を飛躍的に伸ばしており、そのせいでパーティーの連携もとれなくなった。檜山一人と三人が一緒にいるだけだ。

 はぶかれた檜山は周囲の視線にだんだん苛立つようになり、遂には暴力事件を起こしていた。

 訓練中に騎士団員を一方的に嬲るように攻撃し、苛々を発散するようになったのだ。それをメルド団長と光輝に咎められるのが常になりつつあった。

 

「ふむ。段々と力が抑えられなくなっているようだな」

「そろそろ頃合いですね」

 

 闇の中で着々と陰謀が進められていった。

 

「もう一人の方はどうだ?」

「無事パートナーと出会えましたよ。これで契約は成立。我々に協力してくれるそうです」

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 そして時は現在に戻り、さらに進んだ。

 ハジメ達が迷宮の攻略を開始してからかなりの時間がたった。

 日の光が無い迷宮の中なので正確な日数はわからないが、それでもかなりのハイスピードだ。

 もっともその道中は大変なものだった。

 

 迷宮の階層は環境が全く異なっており、全てが過酷だった。しかもその環境に特化した魔物が現れ、襲い掛かって来る。

 暴走状態のハジメは環境ごと氷漬けにしていたが、そんな力業を使えば迷宮自体が崩壊しかねない。今までの戦いで壊れなかったのが、これからもそうだとは限らない。

 なのでハジメ達は臨機応変に迷宮の魔物と戦った。

 一面が水に満たされた階層では、水の中から襲い掛かって来る魚の魔物に、電撃や氷結の技を持つデジモンのカードを使って対処した。

 

 湿度が高く、木々が生い茂る樹海のような階層では、ムカデと樹の魔物が樹海に紛れて不意打ちをしてきた。

 そこでは索敵能力を付与するサーチモンのカードを使うことで対処した。

 なお、この階層では嬉しい誤算があった。樹の魔物、いわゆるトレントはその体に赤い果実を実らせており、ピンチになると果実を投げつけて攻撃してきた。

 香織が検査したところこの実には魔力がなく、何もせずに食べることができた。しかも、その果実の味がとてつもなく旨い。瑞々しい果肉はリンゴのような見た目に反して、スイカのようだった。甘味はスイカよりも強く、それでいて後味はすっきりしていた。全員、一口食べた瞬間硬直し、次の瞬間には無我夢中で食べた。

 無害化できるとはいえ、魔物肉の味は最悪だ。そんなものばかり食べていたから、みんなこの果実の虜になった。結果、全員でこの階層のトレントを狩って狩って狩りつくした。

 途中から正気に戻ったので、いくつかはジャムやドライフルーツに加工して保存した。

 

 これらの階層以外も過酷な場所だったが、ハジメ達は知恵と力、チームワークを駆使して乗り越えてきた。

 そして、最初に流された階層から数えて50階層目に到達した。

 探索の途中、ハジメ達は今までの迷宮にはなかったものを見つけた。

 

「扉、だよね?」

「ああ。明らかな人工物だ」

 

 迷宮の脇道の突き当り、ポッカリと開けた空間に高3メートルほどの荘厳な装飾がされた両開きの扉があった。左右には二体の一つ目の巨人の石像が、門番のように置かれている。

 まるでゲームのボス部屋のようだが、探索で下の階層への階段は見つけている。だから、迷宮のラスボスというわけではないだろう。

 怪しい場所なので、無視して下層に向かってもいいが、もしかしたら途中帰還できる場所かもしれない。不安と期待の両方を感じられる、そんな扉だった。

 

「こういうのって確かパンドラの箱っていうんだっけ?」

「パンドラの箱?」

 

 ガブモンが呟いた言葉を、プロットモンが尋ねる。

 

「パンドラの箱。地球の神話で、神々が世界中の災厄を閉じ込めた箱のことだ」

「でもその箱をパンドラっていう女の人が開けちゃって、世界に災厄が解き放たれたっていうお話。その後にパンドラが箱を覗き込むと、小さな希望が残されていたんだ」

「災厄と希望が詰まった箱。この扉ももしかしたらそんな感じかもしれないな」

「なるほど。人間には面白い話があるんだな」

 

 プロットモンが納得したところで、改めて扉を見る。

 この迷宮があとどれくらい続くのかわからない。今は大丈夫かもしれないが、これから先はどうなるか分からない。何か変化が欲しいと、全員が思っていた。

 

「多数決を取ろう。この扉を開けるのに賛成する人」

 

 ハジメがそう言うと、ガブモンとプロットモンが手を上げた。ハジメも上げている。

 しかし、香織だけは腕を組んでうんうんと悩んでいた。やがて渋々と手を上げた。

 

「どうしたんだ香織?」

「気になることでもあるのか?」

 

 プロットモンとハジメが問いかけると、香織はうーんと言いながら、

 

「なんか変な予感がしたんだ。この扉の中から、こう、不俱戴天の仇と相対した時の感覚というか。雫ちゃんがハジメ君に告白した時に、感じた雰囲気に似たものを感じたんだ。いや、ただの気のせいだと思うんだけどね? だから私も賛成。この扉開けよう」

 

 あははと笑う香織。

 要領を得なかったが、ハジメは香織の予感を考える。

 香織はハジメが落ちる前日も虫の知らせを感じていた。無視するのはちょっと危険だ。

 念のため、デジモン達は進化しておくことにした。

 

「「カードスラッシュ! 《超進化プラグインS》!!」」

 

 ──―EVOLUTION──―

 

「ガブモン進化! ガルルモン!!」

「プロットモン進化! テイルモン!!」

 

 ハジメと香織が進化のカードを使い、パートナーを進化させる。

 ガブモンは蒼い毛皮を持つ狼のガルルモンに。プロットモンはテイルモンに進化した。

 

「見たことのない魔法陣だ。少なくともハイリヒ王国に伝わっている魔法じゃないな」

 

 扉を調べるハジメが呟く。王宮にあった図書を読み漁ったから、ハジメの魔法の知識はかなりあると自負している。そのハジメが全く理解できない魔法陣が扉に刻まれていた。

 押しても引いても扉は動かない。ならこの魔法陣が明ける鍵になると思ったのだが、それも全く分からない。

 

「〝錬成〟で開けるしかないな」

「じゃあ私たちはトラップに警戒するよ」

「怪しいのはこの石像だな」

「私が左を、ガルルモンは右の石像を見ていてくれ」

 

 それからハジメが〝錬成〟を使って扉を変形させようとした。すると、扉から赤い放電が走り、ハジメの手が弾き飛ばされた。

 香織が駆け寄ってハジメの手を癒していると、両隣の石像が動き始めた。

 一つ目の巨人、サイクロプス。石だったはずなのに、頭から順番に石から生身の肉体になっていった。

 

 もっとも、彼らは次の瞬間、ガルルモンとテイルモンに頭を吹き飛ばされたが。

 

 完全に石化が解かれる前に、見張っていた二体によって急所の頭を攻撃され、首の辺りが石だったため、簡単に折れた。

 まだ石の状態だった胴体は、頭を失ったことで石化が解除されることなく、砕け散った。中から体内に持っていた魔石が転がり落ちてくる。

 

 おそらくこの扉を守るために封印され、長い間その役目を果たすために待っていたのだろう。なのに碌に役目を果たすこともできずに倒された。なんとも哀れな魔物たちだった。

 

 それはともかく。

 ハジメ達は転がった魔石を手に取り、扉をもう一度見る。

 扉には何かをはめる窪みが二つあった。魔石の大きさも同じ大きさだ。つまり、

 

「これが扉の鍵なのか?」

「ゲームのお約束だね」

 

 ハジメと香織が左右の窪みに魔石をはめると、ピッタリとはまり込んだ。

 直後、魔石から赤黒い魔力が扉に迸り、魔法陣が起動する。

 

(電池を入れた電化製品みたいだな)

 

 ハジメがそんな感想を抱いていると、バキャンという音が響き、フロアの壁から光が灯り、扉が開いた。

 中は真っ暗だったので、〝夜目〟を持つハジメが警戒しながら覗き込む。香織もハジメの顔の下の位置から覗き込む。

 

「……だれ?」

 

 すると、部屋の奥から声がした。小さいが、可愛らしい女の子の声だ。

 

「キャッ!?」

 

 真っ暗な部屋の中から聞こえた女の子の声という、ホラー映画にありそうな事態に思わず、香織がハジメに抱き着く。

 香織の柔らかい体にドキドキしながら、ハジメは部屋の中央を凝視する。すると、そこには巨大な立方体の石が置かれていた。その石には何か光るものが生えており、ゆらゆらと動いていた。その正体を見極めようと、ハジメが扉をさらに開けると、部屋の中の光が差し込み、扉の中が把握できた。

 

「人、なのか?」

 

 生えていたのは人だった。

 上半身から下と両手の肘までを立方体の石の中に埋め込まれた、女の子。彼女の長い金髪が、ホラー映画の女幽霊を彷彿とさせる。その髪の隙間から覗く真紅の瞳は、扉から覗き込むハジメを捉えて離さない。随分やつれているし、髪のせいでわからないが、香織に匹敵、あるいはそれ以上に美しいと思える容姿をしている。

 

 まさかこの迷宮で自分たち以外の人間(と思われる存在)と出会うとは思わなかったハジメは、どう行動するべきか考え、中を見渡した。

 

「!? あれは……!!」

 

 そしてハジメは見つけた。石に埋まる少女の下に一つの卵が転がっているのを。

 青い六つの花、雪の結晶のような模様が描かれたその卵を見て、ハジメは直感的に思った。

 あれは、デジタマだと──―。

 




〇デジモン紹介
ニャロモン
レベル:幼年期Ⅱ
タイプ:レッサー型
属性:なし
猫のような特性を持つ小型デジモン。ホーリーリングの力を開放し、力を使い果たしたテイルモンが退化した姿。攻撃能力は全く持っていない。



プロットモン
レベル:成長期
タイプ;哺乳類型
属性:ワクチン
たれ耳が特徴的な神聖系デジモンの子供。首には神聖系デジモンの証であるホーリーリングをつけているが、幼いため神聖的な力を発揮することができない。また性質的には不安定で、善にも悪にもなりうる可能性を持っている。必殺技の『パピーハウリング』は超高音の鳴き声で、敵を金縛りにしてしまう。
プロットモンが善の進化をしたデジモンがテイルモン。だが悪の進化をしたデジモンも存在する。



〇次回予告
香織「これがデジタマなの?」
ハジメ「俺が見つけたガブモンのデジタマに雰囲気が似ている」
???「この子は私の友達。お願い。この子と一緒に、連れて行って」
ハジメ「お前は一体何なんだ?」
???「私、先祖返りの吸血鬼」
次回「吸血鬼の少女 新たなるテイマー誕生」
「「「君もテイマーを目指せ!」」」



前半はハジメを慰める香織達。香織中心にしようと思ったんだけど、ハジメとの付き合いが深いガブモンがメインになりました。でもデジモンだからこそテイマーとパートナーの絆を表現できたと思います。
その後は奈落攻略におけるもろもろの問題の解決。魔力操作が技能なら派生技能もあるんじゃないかと思い考えました。[+魔力放射] と[+魔力干渉]。
[+魔力放射]はその名の通り魔力を放出する。今後の活用法に期待ですね。
今回のメインである[+魔力干渉]。他の魔力や物質に、魔力を使って干渉できる技能。これで魔物肉の魔力を取り除くというのが、今作における独自設定と作者のアイデアです。

香織のステータスは、魔力の部分をやりすぎたかなと思いますが、それだけのエネルギーを暴走ハジメは蓄えていたということで。なにせ魔石を丸ごと取り込んでいましたからね。

久しぶりの黒幕side。ちょっとずつ彼らの正体を考察する材料を出していこうと思います。

そして50階層に到達して、あの方が出てきました。
香織が何かの電波を受信しましたが。
あと門番が原作よりも酷い扱いだけど、デジモンがいたらこうなるよね。
次回もお楽しみに。


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17話 吸血鬼の少女 新たなるテイマー誕生

感想・評価・お気に入り登録ありがとうございます。

原作メインヒロインの登場回です。
ハジメや香織と同じく彼女もデジモンと関わることでちょっと変わっていることを表現できていれば幸いです。



 少女が暗闇の中に封印されてから、どれほどの月日がたったのか。

 12歳の時に発現した〝自動再生〟の技能のおかげで肉体は歳を取らないので、死ぬことはない。しかし、それは同時に暗闇の中の孤独が永遠に続くことも意味した。

 得意の魔法で封印から脱出しようにも、肉体が埋め込まれた立方体には魔法を封じる効果があり、何もできない。

 ただ息をして、眠りにつく。そして起きた時に封印されている現実に絶望するのだ。

 そうして過ごしていたある時、部屋の中に突然、微かな光と共に霧が発生した。思わず久しぶりに声を出して驚いていると、霧の中から一つの卵が転がってきた。

 霧が消えた後も、卵は残っていた。

 しばらく暗闇に慣れた目で卵を見つめていた時、少女は卵に向かって声をかけてみた。

 

「……ねえ。あなた、どこから来たの?」

 

 孤独を紛らわす気紛れ。物言わぬ人形に話しかけるような感覚だった。かすれた弱弱しい声には諦めの色が強く、返事なんて期待していなかった。しかし、

 

 ──ピクピクグルングルン。

 

「え?」

 

 まるで少女の問いかけに応えるように、卵が勝手に動いたのだ。

 

「あ、あなたは……生きて、いるの?」

 

 ──クルリ。グルングルン。

 

 人が首を横に振るように、卵は左右に回った。まだ生まれていないから、生きているわけではないということだろう。

 それからも少女は眠っている間以外、ずっと卵に話しかけ続けた。卵は少女の言葉に応えるように動いた。

 囚われてからの孤独が、段々と晴れていった。

 少女がこの卵へ深い親愛を抱くようになるまで、そう時間はかからなかった。

 

 そして時は進み、今度は暗闇の中に光が差し込んできた。

 

「……だれ?」

「キャッ!?」

「人、なのか?」

 

 扉の先には、白髪の少年がいた。……あと黒髪の少女も。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 扉の中にいた、立方体に埋め込まれた少女。その近くには大きな卵が転がっている。

 思ってもいなかった光景にしばらく硬直していたが、ハジメは思い切って扉を開いて中に入った。

 

「みんな。罠がないか注意してくれ」

「わかったよ」

 

 罠の可能性もあるため、ハジメは香織達に警戒を促す。

 全員が頷いたのを見ると、扉を大きく開けて中に入る。万が一、入った後に勝手にしまって閉じ込められるのを防ぐため、錬成で扉を固定するのも忘れない。

 暴走を経てから鋭敏になった感覚を総動員して周囲の警戒をしつつ、ゆっくりと慎重に足を進める。そして、ハジメ達は部屋の中心辺りで足を止める。

 

「お前はなんだ? なぜこんなところで封印(そんなこと)になっているんだ?」

 

 警戒心MAXで問いかける。もしも不審なところがあれば、即座に部屋から脱出するという構えを取るハジメ。

 ハジメがもっとも優先するべきものは大切に思う香織達だ。もしも彼女たちに危険が及ぶようなら、少女を切り捨てて逃げるつもりだ。

 香織達も周辺を警戒する。

 少女は嘘偽りを言わないように、特に目の前のハジメに対して真摯に言葉を紡ぐ。

 

「私、先祖返りの吸血鬼。ここには、裏切られて、閉じ込められた」

 

 少女は語る。

 吸血鬼の国の王族に生まれ、国のために必死に働いていた。生まれつき〝魔力操作〟の技能を持っていたため、詠唱も魔法陣も持たない少女は天才的な魔法使いだった。しかも全属性に適性があったため、多種多様な魔法を使いこなし、戦場では一騎当千の強さを発揮した。

 だがある時、彼女の力を恐れた家臣たちにより、裏切られ捕らえられた。

 通常、反乱にあった王族は処刑されるのだが、少女には12歳の時に発現した〝自動再生〟という技能があった。その名の通り、怪我をしても瞬時に治してしまう技能で、例え心臓を貫かれても、首を落とされても時間がたてば治ってしまう。

 そのため、家臣達は少女をこのオルクス大迷宮の深層へと封印した。

 しかも裏切りと封印の陣頭指揮を執っていたのが、彼女が最も信頼していた叔父だったというのだから、その時の絶望は計り知れない。

 

「この封印、魔力を封じる。魔法を使えなくする」

 

 しかし、〝自動再生〟の技能だけは封印されることはなく、彼女は暗闇の中で永劫の生を過ごすこととなった。

 普通なら精神が狂ってしまう境遇。しかし、〝自動再生〟は精神も守るのか、少女は発狂しなかった。代わりにどんどん感情は擦り切れ、失っていった。

 

 少女の境遇を聞いていた香織は、あまりに非道な境遇に悲しんだ。

 

 ハジメは王宮の図書館で見つけた本にあった、300年前に滅んだ吸血鬼族の国の記述を思い出した。裏切られ、この奈落の底で300年も孤独に過ごすなんて、ぞっとする。

 話している間も少女の表情は全く動いていなかった。感情を失った証拠だろう。

 そんな風になっても死ぬことも、狂うこともできないなんて、とんでもない生き地獄だ。できるならば、封印から解放してあげたいと思う。

 

 だが、今の話が本当だという証拠がない。もしもハジメが一人なら、例え彼女の話が嘘で、助けたところを襲い掛かれても逃げればいい話だ。

 しかし、香織達という一蓮托生の仲間がいる。安易に動くことはできない。

 もう少し少女のことを知りたいと、ハジメはずっと気になっていたことを聞く。

 

「その卵はなんだ? もともとお前が持っていたものか?」

 

 少女の傍に転がっている卵を指さすハジメ。一目見た時から、ハジメはその卵に既視感を持っていた。6年前の初夏、ガブモンが生まれたデジタマと似た雰囲気が卵から感じられるのだ。つまりこの卵は、

 

「この子は、ちょっと前に、霧の中から出てきた。話しかけてみたら、応えてくれた。私の友達」

 

 少女の言葉に同意するように卵がクルリと回った。勝手に動く卵に、ハジメはますます既視感を感じ、ガルルモンとテイルモンに確認を取る。

 

「ハジメ。あの卵、デジモンの匂いがする」

「ああ。デジタマで間違いない」

 

 ガルルモンとテイルモンがハジメに答える。デジモンである彼らが言うのなら、間違いないだろう。霧というのは、香織がガブモン達と出会ったときに発生したデジタルフィールドだ。

 一見関係ない卵と霧のことをセットで言うということは、少女は嘘をついていないのだろう。最初の話も、嘘はないのかもしれない。

 だが、決定的な判断材料がない。ハジメが判断を悩んでいると、それを読み取ったのか少女が、

 

「私のこと、信じられないなら、いい。でも、この子は、助けて」

 

 とハジメに言った。

 自分の身よりもデジタマのことを案じる少女に、ハジメは目を見開いた。

 

 もしも少女がデジタマと出会っていなくて、孤独に押しつぶされそうになっていたなら、ハジメに泣いて縋りついてでも助けを求めただろう。そして、助けたハジメに依存しどこまでも、ハジメだけに寄り添い続けただろう。

 

 だが、デジタマとのふれあいで、擦り切れていた少女の感情が少し蘇った。

 自分と同じく、一人では動けないデジタマへの共感。たまたま転がってきたという、自分以上の理不尽によって、生まれる前から閉じ込められてしまったことへの憤り。それらが、少女に他者への思いやりを思い出させたのだ。

 

 そして、少女のデジタマへの優しさを感じたハジメもまた、嘘の可能性や決定的な判断材料のことをかなぐり捨てて、彼女を助けたいと強く思った。

 ハジメは香織達と迷宮から脱出すると決めた時に、一つ決めていたことがあった。

 それはガブモンや香織とテイルモン、離れてしまった雫や浩介たち自分にかかわる大切な者たちのためにトータスから脱出するということだ。

 かつて訪れたデジタルワールドと違い、望んでやってきたわけではないトータスに思い入れなどない。しかも香織から、自分は神の裏切り者扱いをされていると聞いた。ならば、この世界にとどまる理由など皆無だ。

 だから、香織達の安全のためなら、トータスの住人の死さえも顧みない決断をすると決めていた。

 

(なのに、その決断を一度も下すことなく、香織達を危険にさらしてまで、こいつを助けたいと思ってしまった。あれだけのことがあったのに、甘すぎるだろ!!)

 

 ハジメは自分の決意の弱さに愕然とする。

 だがその時、扉の向こうから何かが近づいてくる足音がした。

 

「魔物か?」

「俺が見てくる」

 

 ガルルモンが扉の外に出ていく。しばらくすると、扉の向こうからガルルモンの声が聞こえてきた。

 

「大変だハジメ!! デジモンが、タンクモンが現れた!!」

「なんだと!?」

 

 驚愕の声を上げると同時に、扉の向こうから砲撃の音がする。

 タンクモンとは戦車の姿をした成熟期のサイボーグ型デジモンだ。傭兵デジモンの異名を持ち、争いの場には必ず現れ、全身の重火器で敵を粉砕する。

 そのタンクモンがなぜこんなところに現れた!? 一体この世界に何が起こっているんだ!? 

 疑問は尽きないが、ここは袋小路だ。タンクモンの攻撃で崩落でも起きたら逃げられない。

 

「今行くガルルモン!」

「待ってハジメ君」

 

 デジヴァイスを手に駆けだそうとするハジメ。だがそれを香織が止める。

 

「香織?」

「その前に、ハジメ君のやりたいことをやって」

「え?」

 

 香織の思わぬ言葉に、目を見開くハジメ。

 

「なんとなくわかるよ。ハジメ君なら、何をしたいのかって。大丈夫。どんな決断をしても、私たちは信じている。だから、ハジメ君は心の思うままに進んで」

 

 微笑む香織。彼女の言葉と表情に息をのむハジメ。

 

「テイルモン! 行くよ!」

「ええ!」

 

 香織はテイルモンを伴って扉の向こうに走っていった。

 その後姿を眺めていたハジメは、一度目をつぶると、大きく深呼吸をした。そして、目を開けると取り出したデジヴァイスをしまい、扉と反対に足を向けた。

 

「あっ」

 

 そして、ハジメは少女を捉える立方体に右手を置いた。少女が大きく目を見開くのを無視して、ハジメは錬成を始めた。

 

 ハジメの体から迸る蒼い魔力。しかしそれは暴走の後、所々に紅と黒が混じるようになっている。

 それが立方体に注ぎ込まれ、立方体の形からハジメのイメージ通りに変形しようとする。しかし、立方体はまるでハジメの魔力に抵抗するように〝錬成〟の魔法を弾いた。

 この現象に、ハジメは憶えがあった。

 

 迷宮からの脱出方法を模索する際、上下の岩盤を変形して穴をあけようとした。しかし、一定のところまで変形させると岩盤は魔法による干渉を全く受けないようになっていた。どうやっても崩せなかったので、断念した。

 

 少女を封印する立方体は、迷宮の岩盤と似たような効果があるらしい。だが、迷宮ほど強固な性質じゃない。少しずつ侵食するように、ハジメの魔力が立方体の抵抗を跳ねのけている。

 

「抵抗が強い。だが!!」

 

 ハジメはさらに魔力を込める。召喚されてから尽きたことが無い魔力は、錬成をより強く発動させる。

 ハジメの体からより強く魔力が吹き上げる。部屋の中は蒼・紅・黒の3色の光に包まれていく。

 少女はハジメの放つ輝きに、瞬きを忘れて魅入った。

 そして、遂に立方体の抵抗を跳ねのけ、立方体をドロッと融解させた。

 長い間少女を捕えていた強固な戒めは、するりと解かれる。立方体から解放された少女は地面にぺたりと座り込んだ。小さな手足に、それなりに膨らんだ胸部。やせ衰えているが、神秘性を感じさせるほど美しかった。

 錬成を止めたハジメは、大量の魔力を使用した反動で疲弊しながらも、しばし見惚れてしまった。

 少女は数百年ぶりに自由になった体を、確かめるように動かす。震えていたが、ゆっくりと手を伸ばし、転がっていたデジタマを抱きしめる。

 愛おしそうにデジタマを撫でながら、ハジメの方を向き小さく、しかしはっきりと告げる。

 

「……ありがとう」

 

 その言葉にハジメは、香織と雫に告白された時のような温かい気持ちが湧いたのを感じた。

 大切に思っている香織達以外から言われたお礼にそんな感情を抱いたのは、きっとこの世界に召喚されてから碌な目に遭っていないからだ。だから、お礼の言葉がいつもより嬉しく感じたのだと、ハジメは自分を納得させる。

 

 衰弱している少女に神水を飲ませようとすると、少女がハジメの近くに寄るとハジメの手をぎゅっと握った。

 

「名前、なに?」

 

 そういえば名乗っていなかった。苦笑いしながら、ハジメは答える。

 

「ハジメだ。南雲ハジメ。お前は?」

「……ハジメ、ハジメ」

 

 少女はしばらくハジメの名前を刻み込むように繰り返し呟いていた。

 やがて完全に覚えたのか少女が自分の名前を言おうとして、思い直したようにハジメにお願いをした。

 

「名前、付けて」

「は? 付けるって、まさか忘れたのか?」

「もう、前の名前はいらない。新しい自分になりたい」

 

 少女はもう前の自分は死んだと思っている。裏切られ、封印され、永遠の孤独の生という地獄を経験したことで、もう以前の自分は死んだのだ。だったら、これから生きるにあたって、新しい自分として生きる。そのための名前を、封印から解き放ってくれたハジメから与えられたいのだ。

 

 それはハジメにも理解できることだった。デジモンの戦闘衝動に飲み込まれないように、〝僕〟ではなく〝俺〟という強い自分というものを構築した。今もこの世界を生き抜くために、強い自分でいる。

 経緯と目的が違うが、少女も似たようなものなのだろう。

 だが、ハジメは昔の自分を捨てたつもりはない。元の世界に戻った時、昔のような口調に戻そうと思っている。

 過去の自分を捨てるということは、両親のもとに生まれ育ち、ガブモンと出会い、タカト達と過ごした六年前の日々、それからの香織達との日常を捨てることになる。それをハジメは望まなかった。できるなら少女にも昔の自分を捨ててほしくない。

 しかし、少女の境遇はハジメよりも遥かに重い。だから、ハジメはとりあえず少女が自分の過去を受け止められるようになるまで、心の支えになればと名前を送ることにした。

 

 さてどんな名前がいいだろうかと、少女を眺めるハジメ。

 少女はハジメを真っ直ぐと見つめている。金色の髪がキラキラと光っている。

 

(そういえば最初にこいつを見た時、夜に光る月みたいだったな。ルナ……は安直か。ムーンも違うな。……よし)

 

「〝ユエ〟なんてどうだ? 俺の故郷の言葉で月を意味する言葉なんだが」

「ユエ? ……ユエ……ユエ」

「その金髪が光る月みたいに見えたんだ。だからどうかなって」

 

 ハジメの言葉を聞いて、自分の新しい名前とその意味をハジメの名前同様に心に刻み込む。

 

「んっ。今日から私はユエ。ありがとう」

 

 その時、全く動かなかった少女、ユエの表情が、小さく笑みを浮かべた。その笑みに、ハジメは照れくさくなって目を逸らした。

 それを誤魔化すように、ハジメは自分が着ていた魔物の毛皮のコートを差し出す。

 

「とりあえずこれを着ろ。いつまでも素っ裸じゃあなぁ」

「……ハジメのエッチ」

 

 受け取ったコートで自分の体とデジタマを包むユエ。何を言っても墓穴を掘りそうなので無視する。

 

 するとコートの中から光が溢れてきた。

 

「なに?」

「これは」

 

 ユエは困惑しながら、光が出てくる大本──デジタマをコートの中から取り出す。

 ユエが驚愕していると、この現象に覚えがあるハジメがユエに助言をする。

 

「ユエ。デジタマを撫でるんだ」

「デジタマ? 撫でる?」

「撫でることで、この卵、デジタマは孵るんだ。俺もそうした」

「……ん。わかった。なでなで」

 

 ハジメの言葉に従ってユエが光っているデジタマを撫でる。すると、デジタマの光はより強くなる。

 そして、光が弾けデジタマが孵った。

 

「ミ~」

「わっ」

 

 デジタマから孵ったデジモンは、そのまま飛び跳ねるとユエの顔にべったりと張り付いた。

 ハジメはそのデジモンをじっくり観察する。

 全身を白くてフワフワした繊毛に覆われた、手足のないスライムのようなデジモン。

 

「ユキミボタモンか」

「んっ。ユキミ、ボタモン?」

「ミッミッ」

 

 顔からデジモン、ユキミボタモンを離したユエが首をかしげる。

 

「そいつの名前だよ。ユキミボタモン」

「ミ~~」

 

 ハジメが教えるとユキミボタモンもその言葉が正しいと鳴き声を上げる。

 

「ユキミボタモン……ユキミボタモン……」

「ミッ! ミッ!」

「ん。私は、ユエ」

「ミッ……ユエ!」

「喋った。かわいい」

「ユエ! ユエ!」

 

 嬉しそうに名前を呼ぶユキミボタモンを、愛おしく抱きしめるユエ。

 二人を見つめるハジメは、そろそろかなとみていると空中に光の玉が現れた。

 

「また、何?」

「掴んでみろよ。それがお前たちの絆の象徴だ」

 

 ハジメの言葉に従ってユエが光に手を伸ばすと、そこにデジヴァイスが現れた。

 白い色にアイスブルーの縁取りのデジヴァイスが、ユエの手に収まる。

 

(ガブモン達がやってきたから思っていたが、デジノームも来ているんだな)

 

 デジヴァイスが現れるのは、デジノームと呼ばれる存在の仕業だ。デジタルワールドに住むデジモン以外の生命体であり、人間やデジモンの心を感じ取って望みをかなえ、デジタルなデータをリアルな物質に変換する。それがデジノームのコミュニケーション方法なのだ。

 6年前にもデジノーム達はハジメ達にデジヴァイスを与えたり、タカトの落書きからギルモンを生み出したりした。

 デジタルワールドとリアルワールドを自由に行き来する力をもっており、デジモンがトータスに来たことと香織のデジヴァイスが現れたことから、ハジメはデジノームもトータスに来ていると思っていた。

 それがユエの元にデジヴァイスが現れたことで確信に変わった。

 

(本当に、何がどうなっているんだ?)

 

 ハジメが考え事をしていると、扉の向こうから爆発音がした。

 

「やべっ。忘れていた!!」

「騒がしい」

 

 ハジメが扉の外で戦っているガルルモン達のことを思い出し、慌てて立ち上がる。

 

「悪いユエ。外で仲間たちがッ!?」

 

 その時、とんでもない魔物の気配が部屋の中に現れたのを察知した。

 なぜ今まで気が付かなかったのかわからない程、突然現れた。場所はちょうど……真上! 

 

 ハジメがユエとユキミボタモンを抱えて飛びのく。次の瞬間、さっきまでいた場所にズドンッと地響きを立てながら魔物がその姿を現した。

 

 体長は5メートル程。ガルルモンより一回り大きい。

 ハジメが知る生き物の中で一番近いのはサソリだろう。しかし、鋏は4本、尻尾は2本もある。尻尾の先には針があり、おそらく毒を持っているだろう。

 

 直前まで気が付かなかったことから、ユエの封印を解いたことで出現した可能性がある。

 恐らく、万が一ユエの封印が解けた時の保険。彼女と彼女の封印を解いた者を亡き者にするために、門番のサイクロプスのように用意されていたのだろう。

 

 サソリの目はハジメの腕の中にいるユエに向けられている。

 ハジメはサソリの視線を遮り、ユエを守るように立ちはだかる。

 

「ユエ。これを飲め」

 

 懐から神水の入った容器を取り出すと、それをユエに投げ渡す。

 

「ハジメ?」

「活力と魔力が回復する。早くしろ」

 

 言い放ちながら、今度は腰に手を伸ばし、そこから武器を取り出す。

 

 それは黒い光沢を放つ全長約35センチの、6連の回転式弾倉を搭載した、大型リボルバー拳銃だった。

 ハイリヒ王国で、形だけは作れるようになり、迷宮で採取した希少な鉱石をふんだんに使って生み出した現代兵器の照準を、眼前の魔物に向けた。

 




〇デジモン紹介
ユキミボタモン
レベル:幼年期Ⅰ
タイプ:スライム型
属性:データ
全身を白い繊毛で覆われたベビーデジモン。アグモンに進化するボタモンの一種と言われており、白いことからユキミボタモンと名付けられた。詳細は不明である。
寒さに強く、暑さに弱い。そのため氷雪型デジモンに進化する可能性が高い。


ユエの登場と彼女のテイマー覚醒回でした。封印から解放されて、新しい名前を得たことで身も心も解放されたことでデジタマが孵り、デジヴァイスが現れました。
ユエが新しい名前を得たことは、過去から目を逸らす行いだという見方もありますが、この時のユエにとって心を未来に向ける重要な儀式だったと作者は考えています。
いくら過去から目を逸らすなと言われても、それは心に余裕があるからこそできることです。なので、彼女の心を癒すためにハジメは名前を付けました。
今後彼女がどういう成長をするのか、お楽しみに。

次回予告はしばらく控えます。いろいろあって話の内容が変わってしまうかもしれないので。やはりストックが溜まらないと次回予告はできないです。

PS
オルクスにデジモンが出ました。つまり上層でも出てくる可能性がある。
勇者たちの前にヌメモンを出したら、まずいかなあ。勇者はまだしも永山パーティーの女子たちにあれが投げつけられるのはなあ。


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18話 ガンナーと黄金の吸血姫

今年最後の更新です。
原作のハジメとの違いが大きくでる戦いです。お楽しみください。


 ハジメは迷宮の攻略を進めるうえで、新たな戦い方を模索した。

 デジモン達がいるとはいえ、この奈落で彼らに頼りっぱなしでは、取り返しのつかないことになるだろう。

 香織と違いハジメにはステータスプレートがないため、現在何ができるのかわからない。

 しかも、下手なことをしてまた暴走したらたまったものではない。

 

 そこでハジメは拠点を作る際に掘り進んだ壁の中から出てきた鉱石に注目した。王宮御用達の錬成師の工房や図書館で、この世界の鉱石について調べたハジメでも、初めて見る鉱石がいくつも出てきた。

 それらの鉱石と〝錬成〟という自分の強みを生かすことにした。

 ハジメは鉱石に〝鉱物系鑑定〟の技能を使った。

 これはオルクス大迷宮への訓練に行く前日に発現した技能で、あらゆる鉱物を解析し特性を知ることができる。

 しかもこの技能を使うと解析結果がステータスプレートに現れるのだが、ハジメは頭の中に解析結果を浮かべることができた。おそらく地球のアニメ等によって出来た鑑定能力に対する固定観念のせいだろう。

 ハジメは見つけた鉱石を片っ端から鑑定していき、ある二つの鉱石を見つけた。

 

 1つは燃焼石。

 可燃性の鉱石。点火すると構成成分を燃料に燃焼する。燃焼を続けると次第に小さくなり、やがて燃え尽きる。密閉した場所で大量の燃焼石を一度に燃やすと爆発する可能性がある。

 

 もう一つはタウル鉱石

 黒色で硬い鉱石。硬度8(10段階評価で10が一番硬い)。衝撃や熱に強いが、冷気には弱い。冷やすことで脆くなる。熱を加えると再び結合する。

 

 これらの鉱石で、ハジメは王宮で断念した試みに再挑戦することにした。

 

 拳銃の作成だ。

 

 拳銃の形だけは出来ていたが、銃弾に使う火薬が無かったため後回しにしていた。しかし、燃焼石があれば、火薬の代わりになる。しかもタウル鉱石を使えば、頑丈で強力な拳銃になる。

 そして完成したのが6連装大型リボルバー拳銃『ドンナー』だ。

 銃弾は圧縮したタウル鉱石と燃焼石を組み合わせて作成。奈落の魔物であったとしても、一瞬で命を刈り取る恐ろしい兵器が生まれた。

 

 ハジメはドンナーを取り出し、突然部屋の天井から現れたサソリのような魔物、サソリモドキに照準を向けた。それに対して、サソリモドキは二本の尻尾から紫色の毒々しい液体を噴出してきた。

 ハジメはユエとユキミボタモンを抱えて飛びのいて躱す。さっきまでハジメ達がいた場所に着弾した液体はジュワーっという音を立てて、床を溶かしていった。

 毒液というより、溶解液のようだ。

 

 それを一瞥しつつ、ハジメはドンナーの引き金を引いた。

 

 ドパンッ! ガキンッ! 

 

 発砲音と同時に放たれた音速の銃弾がサソリモドキに襲い掛かるが、堅牢な外殻に弾かれてしまう。

 

「見た目通り硬いな」

 

 攻撃を受けたサソリモドキは鋏を振りかぶり、ハジメ達を押しつぶそうとする。

 

「〝錬成〟!」

 

 すかさずハジメは〝錬成〟を発動。ハジメ達が立っている地面を錬成、変形させる。そうすることでさっきまでハジメ達が立っていた場所から移動する。

 

「錬成で、攻撃をかわした? すごい」

 

 ハジメの魔法の使い方にユエが驚く。

 

「これならどうだ!?」

 

 ハジメはドンナーの弾倉(シリンダー)を回転させ、赤い薬莢がセットされている薬室(チェンバー)をセット。すかさず発砲する。

 

 ドパンッ! ドォンッ! 

 

「キイィィィッ!?」

 

 今度の銃弾は外殻にぶつかった瞬間に爆発。サソリモドキは思わぬ攻撃に鳴き声を上げた。

 

 ハジメはドンナーの完成後、それだけで満足しなかった。作ったドンナーの強化に取り組んだ。そして考えた結果、銃弾のバリエーションを増やすことを思いついた。

 見つけた鉱石を使うだけでなく、複数の鉱石を組み合わせることで様々な効果を持つ銃弾を作ってみたのだ。

 

 今、サソリモドキの体に着弾し破裂した銃弾もそうして生まれた銃弾だ。

 燃焼石に発火石という鉱石を組み合わせて作成した。

 発火石は衝撃を与えると火花を散らす鉱石だ。発火石同士をぶつけることでより大きな火花が出る。

 タウル鉱石の銃弾の先頭をワザと脆くし、着弾と同時に弾丸の内部にある発火石の粉末が露出。発火石から飛び散った火花が銃弾内に圧縮して収められた燃焼石に引火、炸裂するという仕組みだ。

 対戦車兵器として有名な徹甲榴弾をモデルにしており、香織が持ってきてくれたタブレット端末内の兵器一覧を眺めながら思いついた。炸裂弾(エクスプロード)と名付けた。

 

 なお、なんで兵器一覧などというものをダウンロードしていたのかは、オタクの嗜みで納得してほしい。男子には兵器や武器に夢中になる時期が、一定周期で訪れるものなのだ。

 

 ハジメは通常の魔物にはタウル鉱石の弾丸を、硬い外殻を持つ魔物には炸裂弾(エクスプロード)を使い分けることにした。

 他にも様々な弾丸を作成しており、階層ごとで変化する迷宮の環境とモンスターに対し、使い分けてきた。

 

 そして今も、サソリモドキに対してハジメは作り上げた銃弾を駆使して攻撃を加えていく。

 

「次はこいつらだ!」

 

 引き金を二度引く。弾倉(シリンダー)が回転し、黄、青の薬莢から銃弾が放たれる。

 銃弾は着弾した瞬間、電撃、冷気を発生させてサソリモドキへダメージを与える。

 

 黄色の薬莢には擦ると電撃を起こす雷光石を加工した銃弾。青色の薬莢には低温の冷気を纏う氷結晶の粉末を拡散する銃弾だ。

 

雷撃弾(サンダー)氷結弾(アイス)。あまり目立った効果はないか」

 

 サソリモドキの様子を見ながらハジメが苦虫を噛み潰したように呟く。

 

「だが、弾の種類はまだまだあるぜ」

 

 ハジメは残った銃弾をすべて撃ち終えると、ドンナーを口で咥える。懐から銃弾がセットされたスピードローダーを取り出し、素早く銃弾をドンナーに装填した。

 

音響弾(カノン)貫通弾(スピア)破砕弾(クラッシュ)。新開発の弾もあるから実験台になれ!!」

 

 その言葉の通り、多種多様な弾丸をハジメはどんどん撃ち、時に錬成でサソリからの攻撃を回避していく。

 ユエにはハジメが手をこまねいて、苦戦しているように思えた。

 その原因はおそらくユエとユキミボタモンだ。

 ユエは長い封印から解放されたばかりで、体調は万全ではない。手渡された神水は飲んだが、まだ戦えるほど動けない。ユキミボタモンに至っては生まれたばかりの赤ちゃんだ。

 こんなお荷物を抱えていては、満足に戦えない。

 

 ユエが足を引っ張っていることに苦々しく思っていると、戦況が動いた。

 

 一方的に攻撃されることにイラついたのか、サソリモドキが四本の鋏を振り回しながらハジメ達に猛突進する。

 

「〝錬成〟!!」

 

 再び錬成で地面を変形させ、ユエとユキミボタモンと共に回避する。

 何度も同じ方法で逃げられたサソリモドキは、回避した先に二股の尻尾の片方の先端を向ける。先端が一瞬肥大化すると、そこから溶解液ではなく、鋭い針が射出された。

 溶解液とは比べ物にならない速度で飛来する針を、ハジメは錬成で作った壁で防ごうとする。だが、即席の壁なんて針はあっさりと貫通する。

 

「ちッ!?」

 

 舌打ちしつつ、ユエを抱えてその場を飛びのく。

 しかし、サソリモドキはハジメ達を逃がさない。

 もう片方の尻尾の先端を向けると、再び針を発射する。しかもその針は空中で破裂すると、広範囲に細かい針を降らせる。

 

「まずっ」

 

 飛びのいたことで地面を錬成できず、ユエを抱えているためにドンナーも向けられない。ハジメは体を捻り、ユエを抱え込み、針の雨から身を挺して守る。

 

「がぁぁああ!?」

「ハジメッ!?」

 

 背中に十数本の針が深々と刺さり、痛みに顔を歪める。それでも何とか着地する。

 

「ぐっ」

 

 着地の衝撃で全身に激痛が走り、顔を歪めるハジメ。

 そこにサソリモドキが四本の鋏を振りかぶって迫りくる。

 

「錬、成ぇ!!!」

 

 痛みを押し殺し、錬成を使う。今度は回避ではなく、ベヒモスにやったように、地面を変形させサソリモドキを拘束する。

 これはできれば使いたくなかった。ベヒモスを拘束する際にこの技を使った時、ハジメはトランス状態のようになり、記憶を飛ばしている。あの時は何もなかったが、暴走を起こした今同じような状態になるのは危ないと思っていた。

 だが、今この状況では使わざるを得ない。

 自我を保ちつつ、サソリモドキの動きを封じるために〝錬成〟を使う。

 

「キィィィィィイイ!!」

 

 今までにないサソリモドキの絶叫。すると周囲の地面が波打ち、地面がハジメの〝錬成〟とは別の力で動き始める。

 

「固有魔法かよ!?」

 

 ハジメが〝錬成〟で地面を変形させてサソリモドキを拘束しようとするのを、サソリモドキが固有魔法の〝地形操作〟で破壊しようとする。

 ハジメがサソリモドキと魔法のぶつけ合いをする中、ユエはハジメの背中に刺さった針を抜く。それにより痛みが多少楽になったハジメは、奥歯に仕込んでいた神水の容器を噛み砕き、傷を回復しながらユエに礼を言う。

 

「悪い、助かる」

「……どうして?」

「ん?」

「どうして逃げないの?」

 

 サソリモドキはおそらくユエを逃がさないための保険だろう。だったら自分を置いていけば助かるかもしれない。その選択をなぜハジメが取らないのだろうか? 

 

「一度助けるって決めたんだ。だったらちゃんと助けるまで、見捨てるかよ。見捨てたら俺は」

 

 ハジメの脳裏に浮かぶのは、家族である両親とパートナーのガブモンと親友のタカト達に、大切な存在である香織に雫。他にも今まで出会ってきた人々の顔が浮かぶ。

 

「南雲ハジメを信じてくれる人全員を裏切る。何より、そんな奴がデジモンテイマーであるはずがない!!」

 

 その言葉に言葉以上の思いを感じたユエは、納得したように頷き、ハジメにいきなり抱き着いた。

 

「ハジメ」

「お、おう? いきなりどうした?」

「……信じて」

 

 一言だけ告げて、ユエはハジメの首筋にキスをした。

 

「ッ!?」

 

 しかしすぐに走った痛みに、キスではなく噛みつかれたのだと気が付いた。

 そしてそのまま噛みつかれた場所から、何かが抜けていくのが分かった。

 思わず振り払おうとしたが、ユエが吸血鬼族だと言っていたのを思い出した。つまり、今ユエは吸血をしているのだ。

 そこまでわかったハジメは、魔法の行使に集中した。

 サソリモドキの固有魔法による〝地形操作〟のほうが強度や攻撃性は高いが、速度と範囲はハジメの〝錬成〟の方が上だ。

 攻撃と進撃のサソリモドキに、防御と拘束のハジメ。お互いの魔法がぶつかり合う中、ようやくユエが口を離した。

 

 どこか熱に浮かされたような表情でペロリと唇をなめるユエ。幼い容姿なのに、妖艶な雰囲気を身に纏っている。封印によってやつれていた感じは微塵もなくなり、艶々とした張りのある白磁のような白い肌が戻っていた。少し痩せこけていた頬もバラ色に染まり、真紅の瞳は暖かな光を放っている。

 小さな手はハジメの頬にそっと置かれており、仕草まで何だか危ない。

 

「ご馳走様」

 

 そう言うとユエはユキミボタモンを片手で抱えながら、もう片方の手をサソリモドキに掲げた。同時に、ユエの体から莫大な魔力が吹き上がり、黄金色の魔力光がその名の通り月のような輝きを放った。

 魔力によって広がる黄金の髪をなびかせながら、一言、呟いた。

 

「〝蒼天〟」

 

 それは魔法名。魔法の効果はシンプルに火球を生み出すこと。

 しかし、サソリモドキの頭上に生み出されたのは、魔法名の通りの蒼い炎の球。一般的な炎よりもはるかに高いことを示すその色の通り、火魔法の中では最強の威力を誇る最上級魔法だ。

 10000度以上の温度を持つ火球の熱気に、サソリモドキは悲鳴を上げて逃げようとする。

 そうはさせないとハジメが拘束する。

 ユエがピンッと伸ばした綺麗な指がタクトのように振られる。蒼い火球はそのままサソリモドキの上に落ち、直撃した。

 

「グゥギィヤァァァアアア!?」

 

 サソリモドキが絶叫を上げる。着弾と同時に青白い光に包まれながら、ハジメの銃弾がいくら当たっても砕けなかった外殻が、ドロドロに溶けていく。

 

 ハジメが驚異的な光景を眺めていると、トサリと音がした。

 横を見るとユエが座り込み、ユキミボタモンが心配そうに見上げていた。

 

「ユエ、ユエ」

「おい、ユエ大丈夫か!?」

「ん。……最上級……疲れる」

「はは、やるじゃないか。助かったよ。後は俺が、いや、俺たちがやるから休んでいてくれ」

「ん。……俺、たち?」

 

 ユエがハジメの言葉に首を傾げる。

 そんなユエに苦笑しながら、ハジメはドンナーを仕舞う。代わりにデジヴァイスを取り出す。

 

「それ……」

 

 ユエが自分のデジヴァイスとハジメのデジヴァイスを驚きながら見比べる。

 ハジメはデジヴァイスを床に置くと、さらに懐から1枚のカードを取り出す。そして、ユエの攻撃で苦しむサソリモドキを見ながら、叫ぶ。

 

「行け! ガルルモン!!」

「ウオオオォォ!!」

 

 扉の方から咆哮を上げて、蒼き狼がサソリモドキに飛び掛かる。

 

「《フォックスファイアー》!!」

 

 ガルルモンの口から、ユエの〝蒼天〟と同じ蒼い炎が噴き出し、再度サソリモドキを焼く。

 ユエとユキミボタモンが驚く中、ガルルモンはハジメの前に降り立つ。

 

「遅いぞ。ガルルモン」

「悪い。外の相手に手間取った」

「……喋った」

 

 ガルルモンが喋ったことにユエが驚く。

 

「お前が遅いから後は止めを刺すだけだ」

「なら一番美味しいところをいただきだな」

「ふっ。カードスラッシュ! テイマーズカード! メタルガルルモン! 《コキュートスブレス》!」

「《コキュートスブレス》!!」

 

 ガルルモンの口から、今度は炎と真逆の超低温の冷気ブレスが放たれ、サソリモドキを氷漬けにする。

 高温から低温へ。急激な温度差にサソリモドキの肉体は耐えられず、自重により崩れた。

 トドメはガルルモンの体当たりで、サソリモドキはバラバラになった。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 ここで終わりならあとは香織達と合流してユエとユキミボタモンを紹介すればいいのだが、そうはいかない。

 なぜならハジメの戦いはまだ終わっていないのだ。

 

「で? ハジメ君。話は以上かな? かな?」

「は、はい」

 

 ニコニコと笑顔を浮かべる香織。その前で正座をするハジメ。

 ここは50階層に作った拠点の横穴だ。

 

 戦いの後、扉の前で戦っていた香織達も合流。サソリモドキの素材などを回収して、封印部屋を後にした。部屋をそのまま使うことも考えたのだが、ユエが断固拒否した。

 無理もない。300年も繋がれた牢獄に居座りたくないと思うのが普通だ。

 

 探索の拠点にしていた横穴に戻った後、一息つきながらお互いのことを話そうと思った時、香織が笑顔でハジメに正座を強要したのだ。

 あまりの迫力にハジメは素直に正座をした。そして香織は一言、

 

『なんで戦いの途中でキスしていたの?』

 

 実は香織。扉の外で戦いながら、部屋の中から聞こえた戦闘音に気が付き、様子をうかがっていたのだ。

 その時、ちょうど見てしまったのだ。ユエがハジメの血を吸っているところを。

 しかも、遠目だったため血を吸っているのではなく、キスしているように見えた。

 

 戦っている最中にキス?なして? 

 ぽっと出の女に?あんなロリに? 

 

 香織の思考が混乱し、デジモン達への指示が疎かになり、ガルルモンの到着が遅れてしまった。

 何とか戦いを終え、ガルルモンを救援に送り出してから、香織は決めた。とりあえずハジメを問い詰めようと。

 

 香織の謎の迫力に気圧されながら、ハジメは部屋の中の戦いで何があったのか、しっかり説明した。

 それを聞いた香織は何があったのか、あれがどういう行為だったのか納得した。

 そして、「はぁ~」と大きなため息をついた。

 

「何があったか分かったよ。問い詰めるみたいなことしてごめんね」

「いや、誤解してもしょうがないところ見たんだ。気にしなくていい」

 

 謝る香織に、気にしなくてもいいと言うハジメ。

 二人の様子を不思議そうに見るユエは、質問をする。

 

「二人は、どういう関係?」

「え?どういう?うーん……」

「あー……」

 

 二人は言いにくそうに考え込む。

 改めて整理すると、二人の関係はなかなか特殊だ。

 香織はハジメに愛の告白をしており、返事待ち。

 ハジメは香織の愛の告白を受け入れながらも、同じく好きだと告白をした雫もいるため、明確な返事を保留中。

 ハジメがかなりの優柔不断なヘタレ野郎だった。思わず頭を抱えて座り込むハジメ。

 ついでに香織も、返事は保留でもいいと決めた張本人なので、見方によれば男を振り回す、なかなかの悪女ではないだろうか? 香織も頭を抱える。

 

「……どうしたの?」

「いや、自分のヘタレさというか、屑さ加減に自己嫌悪が……」

「同じく、私って悪女じゃないかなあって思って……」

 

 とりあえず、この話題は無しにした。

 改めて、ユエとお互いのことを話し合う。

 

「私は白崎香織。ハジメ君の大切な人」

「私はユエ。ハジメに名前を付けてもらった女」

 

 女の子二人の自己紹介は恙無く?終わった。

 笑顔でニコニコ手を握っているのだが、ハジメは嵐の前の静けさのような雰囲気を感じていた。

 そしてデジモン達の紹介をすることにしたのだが、ここで問題が発生した。

 

「ごめん。俺、ユエの言葉がわからない」

「私もだ。まあ、わかっていたことだが」

「私も、わからない」

 

 退化したガブモンとプロットモンが、ユエの言葉がわからなかったのだ。ユエも2体の言葉がわからない。

 

「そうか。俺と香織がユエの、トータスの人と会話ができるのは〝言語理解〟の技能があるからか」

 

 ハジメが原因に思い当たる。プロットモンは王都を探索した際に気が付いていたようだ。

 

「何とかしないといけないけれど、方法がわからないなあ」

「今のところは俺たちが通訳するしかない。……ちょっと待てよ」

 

 ハジメは何かに気が付く。

 

「そういえばユキミボタモンはどうなんだ? ユエの言葉はわかるのか?」

 

 ガブモン達と同じく、言語理解の技能を持っていないユキミボタモンはどうなのだ? 

 普通に考えれば、ユエの言葉を理解できないと思うのだが。

 

「ユキミボタモン、私の言葉、わかる?」

「ミッ! ユエ!」

「ん。乗って」

「ミッ」

「できた。よしよし」

「ミ~~」

 

 ユエが両手を差し出して指示を出すと、ピョンと跳ねて両手の上に乗るユキミボタモン。

 ユキミボタモンを撫でるユエの様子を見て、ユキミボタモンはユエの言葉を理解しているようだと確信するハジメ達。

 

「ユキミボタモンの言葉はわかるか?」

「う~ん、ユエって言っているのはわかる。でもまだ幼年期だからなあ」

「トータスの言語がなんでわかるのか、教えてもらうことはできないな」

「だよなあ。まあ、進化すれば何とかなるか?」

 

 幼年期の進化は早い。もしかしたら寝て起きたら進化しているかもしれない。

 

「ハジメ、カオリ。今度は私にも教えて。あなた達の事。ユキミボタモンのこと。ハジメとカオリ、これと一緒のものを持っている」

 

 ユエは自分のデジヴァイスを掲げて、二人に質問する。

 

「そうだな。いろいろ説明するか。まず俺たちは……」

 

 それからハジメと香織はユエに自分たちのことを説明した。

 異世界から同郷の者達と共にこの世界に召喚されてしまったことから始まり、ベヒモスとの戦いで一人の身勝手な男のせいで奈落に落ちたこと、魔物を喰って生き残ろうとしたこと、その結果肉体が変化し暴走したこと、落ちたハジメを助けるために香織達が王宮を抜け出し追いかけてきたこと、暴走し暴れるハジメを助けるために戦ったこと、いくつもの偶然と香織の願いが重なりハジメを救い出したこと、元の世界に帰るために迷宮の攻略を決意したことを説明していく。すると、ユエはグスグスと鼻を啜りながら泣き始めた。

 いきなり泣き始めた故にハジメ達はギョッとする。

 

「ど、どうした?」

「何かあったの?」

「ぐすっ……ハジメ辛い……カオリも辛い……私も辛い……みんな辛い」

 

 ユエはハジメ達の境遇に泣いていた。平和に夢を叶えるために暮らしていたのに、突然別の世界に呼び出されて戦わされて、辛い目に何度もあったのだ。自分と同じくらいの理不尽であると、ユエはハジメ達を召喚した神エヒトへ憤りを抱き、悲しんだ。

 そんなユエを香織がそっと抱きしめる。

 

「ありがとう。ユエちゃん。私達のために泣いてくれて」

「……ん。ユエでいい。カオリ、ハジメのためにここまで来るなんて、すごい」

「ありがとう。でも私なんてぜんぜんだよ。ガブモンやプロットモンがいなかったらここに来られなかったから。それにハジメ君も助けられなかった。デジモン達がいてくれたから、私はここにいるんだ」

「それでも、行動したのはカオリ。行動できるだけで、勇気がある」

「えへへ。そういわれると照れちゃうな」

 

 香織とユエはぎゅっと抱き合いながら、笑いあう。

 出会ったばかりの二人だが、まるで長年の友人のようだった。

 しばらく二人が友情を深めるのを、弾丸を作成しながらハジメは見守った。

 

「さて、次はお待ちかねのデジモンについてだ」

 

 ユエが落ち着いたのを見計らってハジメが話を再開する。

 ユエはユキミボタモンを抱えながら、ハジメの話に集中する。

 

「デジモン。正式名称はデジタルモンスター。俺たちの世界地球は、実は二つの世界が隣り合わせになっている。俺たち人間が暮らしているリアルワールド。そしてデジモン達が暮らしているデジタルワールドだ。6年前、デジモンがリアルワールドに出現するようになった。その理由はパートナーを探してだ」

「パートナー? それって……」

 

 ユエはデジヴァイスを取り出す。

 

「そう。デジモンは人間のパートナーを得て信頼関係を結ぶことで力を与えられる。デジモンに力を与える人間をデジモンテイマーと呼ぶ。俺は6年前にデジモンの卵、デジタマを拾って、このガブモンのテイマーになった。いろいろあって一度離れ離れになったが、ここで再会できたんだ」

 

 ハジメはガブモンの頭に手を置き、優しくなでる。ガブモンは気持ちよさそうに目を細めた。

 

「私はハジメ君を探しに来るときに、ガブモンと一緒にやってきたテイルモン、今はプロットモンなんだけど、この子と心を通わせてテイマーになったんだ」

 

 香織もプロットモンを抱き上げる。

 

「デジモンは他のデジモンを倒し、その力を吸収することで強くなる。そして、進化する」

「進化……。さっきの狼がガブモンになったみたいな?」

「あれは退化だな。ガブモンが進化することであの狼、ガルルモンになるんだ。本来なら長い時間がかかるんだが、テイマーはデジモンを一瞬で進化させることができる」

「すごい」

 

 ユエは感心した。王族だったため高度な教育を受け聡明だった彼女には、ガルルモンの強さがよく分かった。

 最上級魔法である〝蒼天〟と同じ色の炎を吐き、サソリモドキを粉々にしたパワーを持つガルルモン。目の前のガブモンをそんな力を持つ存在にしてしまうデジモンテイマーの凄さは、途轍もないと。

 

「ああ。すごい。だがテイマーがデジモンを進化させられるかどうかは、お互いの信頼関係が重要だ」

「信頼関係?」

「ただ一緒にいるだけじゃだめだ。テイマーはデジモンのために、デジモンはテイマーのために。互いに互いを支えあう。それができたとき、デジモンテイマーは一人前になれるんだ」

 

 ハジメの言葉をユエだけでなく、香織もしっかりと聞く。

 

「互いに、互いを……」

「支えあう」

 

 香織がプロットモンを見下ろすと、プロットモンも見つめ返す。

 

「ん……」

 

 

 ユエも同じくユキミボタモンを見下ろす。が、

 

 ──―ぐうぅぅ~~。

 

「おなか、へった」

 

 おなかが鳴る音を出しながら、ユキミボタモンがそう言った。ハジメ達は苦笑いをする。

 そういえば、ユキミボタモンは生まれたばかりなのだ。エネルギーが必要だろう。

 

「とりあえず、話はここまで。メシにしようぜ」

「任せて。あ、でもユエはどうしよっか? 久しぶりのご飯があんなゲテモノ料理なのはかわいそうだし、取っておいた果物のジャムとパンにしようかな?」

 

 調理担当の香織が額にしわを寄せて悩む。

 ハジメ達の迷宮内での食事は、基本的に魔力を除去した魔物肉だ。少し前の階層でトレントモドキから収穫した果実を加工したドライフルーツやジャムに、香織が持ってきた保存がきく黒パンがあるが、数が少ないのであまり食べないようにしていた。

 でも、ユエは久しぶりの食事なのだ。どうせなら美味しいものを食べてもらいたいと、香織はジャムとパンを取り出そうとする。

 

「食事は要らない」

 

 しかし、それはユエが断った。

 

「え? 封印されていても生きているんだから大丈夫だと思うけど……」

「飢餓感は感じないのか?」

「感じる。……でも、もう大丈夫」

 

 そういうとユエはハジメを指さし、

 

「ハジメの血を飲めば、大丈夫」

「ああ。俺の血か。吸血鬼族は血が飲めれば、食事は不要なのか?」

「食事でも栄養は取れる。……でも、血の方が効率的。何より……」

 

 ユエはユキミボタモンを地面に優しく下ろすと、ゆっくりとハジメににじり寄る。

 

「ハジメ……美味」

「…………は?」

「熟成の味……その中に芳醇な香り……病みつきになる」

「……」

 

 じりじりとにじり寄るユエ。危機感を抱いて下がるハジメ。しかし、後ろは壁だ。逃げられない。そのまま、ユエに抱き着かれてしまう。

 

「いただきます」

「ちょ~~っと、待とうかな? かな? ユエ」

 

 ハジメの首筋に噛みつこうとしたユエの首根っこを、香織が掴んだ。そのままハジメから引き離す。

 

「血が必要ならハジメ君じゃなくてもいいでしょう? それにハジメ君はさっき血を吸われたんだから、今は貧血。なのに首筋からさらに血を吸おうなんてそんなうらやま、ゴホン、危険な真似はさせないよ!」

「今本音が出てなかったか?」

 

 香織の言葉にハジメが突っ込む。だが、香織イヤーには何も聞こえない。

 

「でも……もうハジメの味の虜……他なんて考えられない……」

「だったら私の血を飲んで! ハジメ君の血をこれ以上飲ませるなんてさせないんだから!!」

 

 その後、散々議論を重ねた末にハジメと香織の血を交互に飲むことに決まった。

 ハジメはその間、ユキミボタモンにパンとジャムを与え、ユキミボタモンはとても美味しそうに食べていた。

 

 なお、香織の血を飲んだユエは、その味がハジメの血と似た香りをしていたことに気が付いた。

 もしや、香織も吸血鬼族? と思ったのだが、異世界人の香織が吸血鬼族であるはずがない。気のせいだと思うことにした。

 

 食事を済ませた一同は、眠ることにした。

 ユエは先に眠ってしまったユキミボタモンを抱きかかえて横になる。封印されてから久しぶりの、穏やかな眠りだった。

 

 

 

 そして、目が覚めた時、抱きしめていたユキミボタモンを見ると、そこにいたのは水色の水滴のような形をしたデジモンがいた。

 

「ハジメハジメ!! ユキミボタモンが! ユキミボタモンが!」

 

 あわあわしながらハジメを起こすユエ。

 何事かと起きたハジメは、ユエの腕の中にいるデジモンを見て、ユキミボタモンが進化したのだと悟った。

 ガブモンも、生まれてから1日でプニモンからツノモンに進化した。幼年期のデジモンの進化は早いのだ。

 

「落ち着け、ユエ。昨日話しただろ? デジモンは進化するって」

「進化? ……でも、何もしていない」

「幼年期デジモンは進化が早いんだ」

「幼年期?」

 

 幼年期という言葉に首をかしげるユエ。そういえば、進化の世代のことを話していなかったと、ハジメは気が付く。

 

「そこのところも教える。とりあえず、まずデジモンを見せてくれ」

「ん」

 

 ハジメに言われて抱えていたデジモンを見せるユエ。騒ぎに気が付いた香織たちも目を覚まし、ユエのデジモンを見る。

 

「見たことがないデジモンだな」

「私も。プロットモンは見たことある?」

「私も見たことないな」

「俺もだ」

 

 それはハジメ達も初めて見たデジモンだった。ハジメが自分のデジヴァイスを取り出す。

 

「ユエ。デジヴァイスにはいろんな機能がある。その一つが、パートナーデジモンの視界が確認したデジモンを解析してその能力を表示するっていう機能だ」

 

 ユエにデジヴァイスのことを教えながら、ユエのデジモンの詳細を確認する。

 

「ムンモン。幼年期。レッサー型。データ種。必殺技は《ヤミバースト》」

「ムン、モン?」

 

 ハジメがデジヴァイスを見ながら読み上げた名前を、ユエが呟く。するとムンモンが目を覚まし、

 

「ん……。何?ユエ?」

 

 と、どこかユエに似たしゃべり方で答えた。

 

「とりあえず、朝飯にしようぜ。そんでまた話の続きだ」

 

 ハジメの言葉に、誰も異論はなかった。

 




〇デジモン紹介
ムンモン
レベル:幼年期Ⅱ
タイプ:レッサー型
属性:データ
透き通った水滴のような体に、ほんのりピンクの頬っぺたが可愛らしい幼年期のレッサー型デジモン。弱いが闇の力を宿している。
澄んだ心の持ち主で育てるテイマーの性格から影響を受けやすい。



ハジメとユエの戦闘とユエの自己紹介の回でした。
伏線を張りつつ、香織とユエの静かな修羅場というか、ライバル関係までもっていきたいです。目指せ、キャットファイト。
そしてユエのパートナーの進化。幼年期なので早いです。
進化したのはムンモン。つまり成長期は・・・。


次話はユエへの説明とオルクスに出現したデジモンについてやろうと思います。お楽しみに。

前書きでも書きましたがこれが今年最後の更新です。ですが、活動報告でもお知らせした通り、新年が始まると同時に特別編を別の小説として投稿します。
内容はテイマーズ編。つまり本篇の6年前でハジメとタカト達の冒険です。0章ですね。
ただ、完成しているわけではなく全6話ほどの内容のうち、2話ほど書けている状態です。
それを外伝小説として、原作名を「デジモンテイマーズ」として投稿します。
もしよろしければそちらもお楽しみください。

では皆様。よいお年を。来年もよろしくお願いします。


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19話 未来への語らい

どうも。去年はありがとうございました。
身内に不幸があったので、おめでとうの挨拶はできませんが、今年もよろしくお願いします。
今年最初の更新、よろしくお願いします。


 起きてみたらユキミボタモンがムンモンに進化していて、ユエが取り乱したというハプニングはあったが、問題なく朝ご飯を食べたハジメ達。

 ムンモンは昨日に引き続き、パンと果物のジャム。ユエは香織の血。ハジメ達は魔物肉の串焼きだ。

 朝ご飯の後、昨日の話の続きを始めた。

 

「まずはムンモン。ユエの言葉はわかるか?」

「ん。わかる」

 

 ハジメの言葉をムンモンが答える。今度はガブモンがムンモンに話しかける。

 

「じゃあ俺の言葉は?」

「わかる」

「ムンモンはユエとガブモンの言葉がわかるのか……」

 

 ハジメはしばし考えこみ、自分の推論を話す。

 

「もしかしたらムンモンはトータスで生まれたからかもしれない。しかもデジタマの時に、ユエの言葉を聞いていたから言語データを取得したのかもな」

「でもそれじゃあガブモン達の言葉はわからないんじゃないの?」

「デジモンはもともとデジタルワールドの生き物だ。デジタルワールドを構成しているデータは地球から流れてきたデータ。つまり地球の言語を最初から持っていたっていうのはどうだ?」

「確かに、それなら辻褄が合う。私たちも生まれた時から香織達の言葉を使っている」

 

 ハジメの考えをプロットモンが肯定する。さらにプロットモンは言葉を続ける。

 

「デジモンは周囲の環境に合わせて進化する。ムンモンもテイマーとなるユエのために、進化したのかもしれない」

「じゃあ俺たちも頑張ればユエの言葉がわかるように進化できるってことか!」

「可能性はある。ムンモン、時間があるときでいい。ユエの言葉を教えてくれないか?」

「俺も頼む。折角出会ったのに言葉が話せないのは嫌だから」

「……ユエ。ガブモン達に言葉、教えてもいい?」

 

 ガブモン達の頼みに、ムンモンはユエの許可を求める。

 

「俺からも頼む。俺も教えるつもりだが、教師役は多いほうがいい」

「私も。プロットモン達にユエとお喋りできるようになってほしいし」

 

 ハジメと香織も頼む。

 

「ん。いいよ」

「ありがとう。ユエ」

 

 許可をくれたユエにムンモンと、ハジメ達は感謝する。

 

「代わりに私にデジモンやハジメ達の事、もっと教えて」

「了解。昨日の続きだな」

 

 そして、ハジメ達は昨日の話の続きをする。

 まずはユエにデジモンの基本的なこと、進化と世代、属性を教える。一通り教えると、復習をしてみる。

 

「ユエ、デジモンの強さを決める基準はなんだ?」

「ん。デジモンの強さは進化の世代で大体決まる」

「正解。じゃあ、デジモンの進化の世代は全部でいくつある? 弱い順番で答えて?」

「幼年期。成長期。成熟期。完全体。究極体。幼年期は二段階ある」

「正解だ。他にも例外があるんだが、それは?」

「デジメンタルを使うアーマー進化でなるアーマー体。形態が変化するモードチェンジ。2体のデジモンが合体進化するジョグレス進化のジョグレス体」

「その通り。アーマー体の強さは成熟期くらいだけど、中には究極体に匹敵するデジモンもいるから注意だな」

「ん。気を付ける」

「属性の相性の関係はどうかな?」

「データに強いのはウィルス。ウィルスに強いのはワクチン。ワクチンに強いのはデータ。属性のないフリーもある」

「流石だな」

 

 ハジメと香織の質問に答えるユエ。王族として高度な教育を受けていたからか、すごく頭がいい。さっき教えたことをすらすら答える。

 

「私からも質問。私ってデジモンの強さに例えるとどれくらい?」

 

 今度はユエから質問された。ハジメと香織は考え込む。

 この世界の人間は個人で、強い力を持っている。中でもユエはトップクラスだろう。

 膨大な魔力に、詠唱無しで放たれる最上級魔法。傷ついても自動で治る〝自動再生〟の技能。地球から召喚された勇者たちの中にも、これほどのチート性能を持つ者はいなかった。これらも加味してハジメと香織は自分の考えを言う。

 

「成熟期上位から完全体下位あたりか? 香織は?」

「私もそう思う。相手によっては完全体でも互角で戦えるっていうところかなあ」

「むぅ……」

 

 二人の答えにユエは少し不満げ。ハジメは苦笑する。

 

「ユエ。完全体はな、成熟期の中でも群を抜いて強いデジモンがなるんだよ。成熟期の10倍くらいの強さで、中には大都市とか山を一撃で吹き飛ばす奴らもいる。究極体はさらに10倍だぜ」

「そうそう。私、ガブモンが進化した完全体のワーガルルモンが戦っているところを見ていたけれど、本当に強かったんだから」

 

 ハジメの言葉を香織が肯定する。

 

「ユエにもわかりやすく言うと、あの部屋のサソリモドキが成熟期デジモン上位だな。殻は固くて厄介だったが、それくらいなら成熟期デジモンにも似たような奴がいる。完全体はあれの10倍強い」

「……わかった」

 

 ハジメの例え話にユエは納得する。あのサソリモドキは相当な力を持っていた。ユエが女王をしていた時も、あんな魔物がいたなんて聞いたこともない。

 完全体はあのサソリモドキの10倍強いというのだから、ハジメ達が自分を成熟期レベルだと言ったことに、一応ユエは納得した。

 

 この後、迷宮の最深部で、ユエはデジモンの本当の力を知り、二人の見立ては正しかったと痛感することになる。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 デジモンの説明が一段落すると、今度はユエにハジメ達が質問をする。

 

「ユエはこの迷宮のことを知っているか? 地上への脱出の道とか」

「……わからない。でも……」

 

 ユエは封印される際、運ばれている間は意識を失っていた。だからどうやってこの迷宮に運ばれてきたのかわからないという。

 だが、知っていることがあるのか話を続ける。

 

「……本で読んだ。オルクス大迷宮は、神代に反逆者の一人が作ったと言われている」

「反逆者? 確か神に挑んだ七人の眷属だったか?」

 

 王宮の図書館で調べものをしていた時に、読んだことを思い出すハジメ。

 神代に、神に反逆し世界を滅ぼそうとした七人の眷属がいた。だがその目論見は神と人々に破られ、世界の果てに追放された。

 香織もハジメが裏切り者にされた理由に出てきたので、その存在を知っていた。

 もっとも二人が知っているのはそれだけだ。反逆者が具体的にどのようなことをしたのか、なぜ神に反逆しようとしたのかは知らない。

 

「……反逆者たちは、七つの迷宮を作って身を隠した。……私の時代では七大迷宮と呼ばれていた。……迷宮の底には、彼らの住居があると言われる」

「なるほど。迷宮の底からえっちらおっちら地上に上がって来るとは思えない」

「神代に作られたのなら、転移系の魔法もあるかもしれないね」

 

 脱出の道筋が見えてきた。ハジメ達は改めて迷宮を攻略する決意を固める。

 

「転移の魔法を習得できれば、もしかしたら地球に帰れるかもな」

「ようやく帰る手がかりを見つけたね」

「……帰るの?」

 

 ユエがハジメ達の帰るという言葉にピクリと反応する。

 

「元の世界にか? そりゃあ帰るさ。家族や仲間が待っているし、地球で叶えたい夢がある」

「私もだよ。それにプロットモンをお父さんとお母さんに紹介したいからね」

「俺も爺ちゃんや婆ちゃんに会いたい」

「香織の家族なら私も会いたい」

 

 ユエの言葉はわからないが、ハジメ達の言葉の流れからガブモンとプロットモンも帰りたいと言う。

 ハジメ達の言葉を聞き、ユエはムンモンを抱えるとぎゅっと抱きしめる。そしてポツリと呟いた。

 

「……私にはもう、帰る場所がない。……ムンモンとテイマーになっても、やりたいことがない」

 

 ハジメと香織は困ったような顔をする。

 王宮に残っていた記録によれば、ユエが生まれた吸血鬼族の国は300年前に滅んでいる。それと同時に吸血鬼族も滅亡している。つまりユエの同族はいないということだ。

 加えて今の世の中は〝魔力操作〟の技能を持つ者は魔物と同一視されており、迫害の対象となっている。

 しかも、〝自動再生〟を持つユエの見た目は成長しないという。

 3つの理由からユエはこの世界に居場所がないのだ。

 さらに言うならば、この世界ではデジモンテイマーは生まれにくい。

 ムンモンのようにデジタマから孵らない限り、デジモン達はトータスの言語を理解できない。つまりテイマーとの意思疎通が難しい。魔物への忌避感も拍車をかけるだろう。

 

 ユエの居場所は、様々な理由から出来にくいのだ。そんな状況の中、ハジメ達に居場所を見ているのは薄々わかっていた。だからこそ、ハジメ達がトータスからいなくなれば、ユエとムンモンはまた居場所を失ってしまう。だから悲しんでいるのだろう。

 

 ハジメはどうしたものかと香織と顔を寄せ合う。

 

「ちょっと無神経だったな」

「うん。ユエのこと考えていなかった。どうしよう……」

「あー……。情けないが、あれしかないか……。助けるって言ったしな」

 

 ハジメはカリカリと自分の頭を掻くと、ユエの頭に手を置いた。そのまま優しくなでる。

 

「……?」

「ユエ、なんなら一緒に地球に来るか?」

「え?」

 

 ユエが目をぱちくりとする。涙で潤んだ紅い瞳に見つめられ、ドギマギするハジメ。

 そして笑顔なのに怖い雰囲気を放つ香織。

 いろんな意味で落ち着かない気持ちになったハジメは、若干早口になりながら自分の考えを告げる。

 

「俺たちの故郷は吸血鬼族がいないし、魔法も魔物もない。歳は取らないこととか〝自動再生〟なんかも隠さないといけないし、デジモンも今はあまりよく思われていない。でも、俺たちや同じデジモンテイマーの仲間がいるから一人にならない。そこでどう生きるか、一緒に考えていかないか?」

「……いいの?」

「戸籍とかいろいろ面倒なことがあるけれど、何とかする伝手がある」

 

 伝手とは情報省のネット管理局に勤める山木達である。テイマーズの情報を秘匿してくれている彼らなら、ユエのこともなんとかしてくれるはずだ。

 他力本願な方法なので胸を張れないが、ユエの不安を何とかする方法はこれ以外思いつかなかった。自分の力の無さを痛感しながら、ハジメはユエに道を示す。

 

「だから、ユエが望むならだけど、どうだ?」

 

 ハジメの言葉に、しばらく呆然とするユエ。だが、理解が追いついたのかキラキラと瞳を輝かせ、ハジメを見つめる。

 ハジメがユエの期待に応えるように頷く。すると、ほとんど表情が変わらなかったユエは、ふわりと花が咲いたような笑顔を浮かべた。

 思わず見蕩れてしまうハジメ。

 

 その後ろで香織はますます怖い笑顔を浮かべていた。

 

「ハジメ君のタラシ」

「と、とりあえず方針は決まったし、話を戻そうぜ」

 

 ボソッと呟かれた香織の言葉が聞こえなかったフリをしつつ、やや強引に話を戻すハジメ。

 

「反逆者の事なんだが、この迷宮を作ったんだよな? な?」

「う、うん」

 

 捲し立てるようにユエに確認するハジメ。

 

「だったらちょっと確かめたいことがある。封印の部屋の前に行きたい。ユエには辛い場所だが……」

「ん。大丈夫。ムンモンとハジメ達がいるから」

「ハジメ君。もしかして……」

「ああ。香織達が戦ったタンクモンのことだ」

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 ハジメ達は拠点を出ると、ユエが封印されていた部屋の前に移動した。

 そこには昨日のまま、開かれた扉と門番のサイクロプスの残骸があった。そして、それらの前に、戦車と融合したような姿の生物の死体が三体あった。

 昨日は拠点に戻ることを優先したからしっかり見ていなかった。だが、今ちゃんと見たことでハジメは確信する。

 

「確かに見た目はタンクモンだ。だがこいつは、デジモンじゃない」

 

 なぜなら、こうして死体が残っているからだ。

 デジモンは死ぬと体を構成するデータがバラバラになり、ほどなくして消えてしまうのだ。それは地球でもデジタルワールドでも変わらなかった。だからこんな風に死体が残っているなんて、ありえないのだ。

 

「強さはどんな感じだった?」

「本物のタンクモンとそん色なかったと思う。必殺技の《ハイパーキャノン》も使ってきたし。あとから二体現れたから、俺達で食い止めようとした」

「でも違和感はあった。タンクモンは一匹狼のデジモンだ。複数で行動するなんて聞いたことがない」

 

 ガブモンとテイルモンの答えを聞くと、ハジメはタンクモンの死体を調べ始める。

 

「手伝うよ」

「私も……」

 

 それを香織とユエも手伝う。ガブモンとプロットモンは、他の魔物が来ないか見張りをする。ムンモンはユエの頭の上に乗っていた。

 ハジメがタンクモンの装甲を剥がし、香織が魔法で光を灯し、ユエが水で死体を洗う。そしてついにそれを見つけた。

 

「あった。……魔石だ」

 

 胸の辺りから赤く輝く魔石が見つかった。かなり大きい。

 

「魔石があった。つまり、このタンクモンは……」

「ん。魔物」

 

 デジモンではなく魔物だった。

 あいにくユエも魔物について特別詳しいわけではない。だからこの魔物がタンクモンの姿をしているのかわからない。

 わかるのは、デジモンの姿と能力を持った魔物がいるということだ。

 

「香織。教会には神代の壁画があるんだったよな?」

「うん。私は見ていないけれど先生の話だと、大きな二つの首がある竜と鋼の狼が描かれていたって」

「鋼の狼。……メタルガルルモン」

 

 神代の壁画に描かれたメタルガルルモンらしき鋼の狼。

 神代に作られた迷宮に現れたデジモンの姿と能力を持つ魔物。

 この二つが意味することはなんだ? 

 デジタルワールドとこのトータスには、俺たちが召喚された以外の繋がりがあるのか? 

 

「迷宮を攻略する理由が増えた。俺は知りたい。トータスとデジタルワールドの関係を」

 

 ハジメ個人としても、デジモンと共に生きるデジモンテイマーとしても、この謎を解き明かしたい。

 

「個人的な理由だけど、いいか? みんな」

「いいよ。私も気になるし」

「ん。ハジメがやりたいならやればいいと思う」

「俺もいいぜ。デジモンの事なら俺も他人事じゃない」

「私も。興味深いからな」

「……ユエと一緒」

 

 ハジメの頼みに、全員が同意する。

 

「とりあえず、このデジモンそっくりの魔物をイミテーションって名付けるか?」

「イミテーション。偽物っていう意味だね」

 

 香織は優しい顔をする。

 そんな彼女の顔に気が付いたハジメは、はっとして自分のネーミングセンスがとても厨二病っぽかったことに気が付いた。

 顔を赤くして目を逸らすハジメ。

 

「つまりこの魔物はタンクモンI(イミテーション)っていうことだね」

「あああああっっ!! 急にはずくなってきた!!」

「ドンナーの方がもっと厨二病っぽいじゃないの」

「うああああっっ!! あとから恥ずかしくなる厨二病の遅延攻撃いぃぃ!!?」

 

 とはいえ、もう愛着も湧いているので名前の変更はしたくないと思うハジメ。

 そんな二人のやり取りを不思議そうな顔で見るプロットモンに、ユエとムンモン。

 厨二病のことを知るガブモンだけは、意味を理解している。だから、二人がただの痴話喧嘩をしているように見えたのだった。

 

 そして、改めてハジメ達は迷宮の攻略を再開した。

 その最中、多くのデジモンの姿と能力を模したイミテーションと遭遇した。

 例えば湖のあるフロアでは水棲デジモンのイミテーション。洞窟のフロアでは地中に住むデジモンのイミテーションが出現した。

 そのたびにハジメ達は各々の能力と、デジモン達の力をフル活用して対処していった。

 殆どが成熟期デジモンだったが、その強さは本物と遜色ないとガブモン達は断言した。

 そんなイミテーション達と遭遇するたびに、ハジメは小さな違和感を覚えていた。

 なぜ突然、デジモンのイミテーション達が現れたのか。

 もしもこの迷宮を作った反逆者がデジモンを知っており、イミテーション達を生み出して配置したのなら、もっと上の階層でも現れてもいいはずだ。なのに、ユエの階層に到達した途端、出現し始めた。

 

(単純にユエの階層に到達すると出現するようになっていたのか。だったらいいんだが……。もしも、出現する魔物の設定が意図的に変えられたとしたら)

 

 迷宮を操作する意思を持った存在がいる可能性がある。

 

(なんて、考えすぎか。変な考察をしてしまうオタクの性はなかなか消えないもんだ)

 

 実はこのハジメの考えは的を射ていた。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 場所は一気に飛び、オルクス大迷宮の深層最下層。そこではメイド服をきた少女が、暗い部屋の中で何かの作業をしていた。

 まるでパソコンのような道具に向き合い、キーボードのような機械を操作している。

 

「難易度変更作業完了。全階層をデジモンテイマー向けの仕様にしました。最終ボスのアップグレートも完了。私、フリージアも所定の位置に移動します」

 

 作業を終えた少女は、音もなく立ち上がる。そしてそのまま迷宮の創設者に設定された位置に移動を始めた。

 

 彼女は迷宮を創造した反逆者によって作られた人形だ。もしもデジモンと共に生きる人間、つまりデジモンテイマーが迷宮にやってきた時には、起動して迷宮の難易度を変更するようにとプログラムされていた。

 しかし、迷宮ができてからあまりに時間が経ち過ぎていたため、自分の体と作業に必要なアーティファクトに小さな故障が起きていた。それらの修理に時間がかかってしまい、ハジメ達が深層の50階層に到達するまで、難易度が変更できなかったのだ。

 だが、迷宮がクリアされる前には間に合った。

 これで迷宮の創設者の意思を果たすことができる。

 

 これがデジモンのイミテーション達が出現した理由だった。

 迷宮の難易度変更。実はこれはハジメ達がいる深層の奈落だけでなく、上層の部分にも適用されている。

 

 つまり、そこを攻略している勇者パーティーにも影響が出ていた。




あまり話が進まなかったです。でもこの部分はやっておきたかったです。
このままデジモン無双はどうかなと思うので、大迷宮も難易度を上げていこうと思いました。
二次被害として、勇者たちの攻略の難易度も上がってしまいましたが。次回はそのお話をやろうと思います。
実は結構書けています。結構大胆な改変を加えているので、読者のみなさんの反応が楽しみなような怖いような……。でも自分の作品だから好きに書いちゃえっていう精神で書いていますので、お待ちください。

次回「ご唱和ください我の名を!」


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20話 ご唱和ください我の名を!

感想・評価・お気に入り登録ありがとうございます。

今回は大人気なあの人物です。ちょっと自分の趣味も混ざっています。

原作のあの素晴らしいキャラを表現できているか不安ですが、お楽しみください。


 ハジメ達がオルクス大迷宮の深層50階層を超え、攻略を目指していた頃。

 

 オルクス大迷宮の64階層では、ハイリヒ王国騎士団と天之河光輝率いる勇者パーティーが、迷宮の攻略に挑んでいた。

 愛子が教会に直談判したことで、勇者パーティーには召喚された全員ではなく、戦う意思を持つ者たちのパーティー三組のみが参加している。

 

 まずは光輝が中心となっている、文字通りの勇者パーティー。光輝以外のメンバーは坂上龍太郎、谷口鈴、そして中村恵里の四人。光輝は雫にも加わってほしかったのだが、寝たきりで衰えた体力を戻すためと得物を失ったため、この訓練自体に不参加を表明した。もっとも例え参加できたとしても、彼女は光輝のパーティーに加わることはなかっただろうが。

 

 二つ目のパーティーは、かつて檜山大介がリーダーをしていた小悪党パーティーだ。しかし、リーダーのはずの檜山はいない。王宮での訓練中に、模擬戦をしていた騎士団員を再起不能になるまで痛めつけたため、謹慎処分を受けている。この訓練には不参加だ。

 

 最後に永山重吾という巨漢の生徒が率いるパーティー。永山は龍太郎と同じく格闘技が得意で、天職は重格闘家だ。メンバーは土術師の野村健太郎に、香織と同じ治癒師の辻綾子、付与術師の吉野真央がいる。

 そして、永山パーティーには臨時でもう一人メンバーが加わっていた。

 その名は遠藤浩介。

 ハジメのパーティーで暗殺者を勤めていた影が薄い男子生徒だ。

 教皇イシュタルに殴りかかったことで謹慎していたが、それが解けた後、永山パーティーに一時的に加えてもらった。

 

 メンバーが減ったことで、一人一人の負担は増えたが、その分だけ光輝達は成長し、強くなった。

 たった一週間しか迷宮を攻略していないのに、歴代最高到達階層である65層の目の前まで来ていた。

 

「光輝。いよいよ65階層だな」

「龍太郎。ああ、そうだな」

 

 65階層に続く階段の前で小休止しているとき、階段を見つめる光輝に龍太郎が話しかける。

 

「香織。待っていてくれ。必ず助けに行く」

 

 自分にだけ聞こえるように呟く光輝。

 光輝は訓練を行いながらなぜ香織が出ていったのか考えていた。最初はハジメが生きていて裏で糸を引いているのかと思っていたが、流石にあの状況で生きているわけがないと思いなおした。ご都合解釈をする光輝も、流石にあの谷底に落ちて生きているはずないと思ったのだ。

 そして、王城での出来事だけで更なる事実を決めつけた。

 香織がデジモン達に連れ去られた、もしくは騙されてついていったと。

 

『デジモン達はハジメの死を受け入れず、生きているという嘘で心優しい香織を諭した。オルクス大迷宮で、危険で無意味な探索を香織に強いている』

 

 これが、今の光輝の考えである。理由も根拠もないものだが、自分が見た現実に、自分だけの解釈を加えたことこそが、光輝の絶対不変の真実であり、正しいことなのだ。

 

 一方で龍太郎も、感慨深げに65階層への階段を見つめていた。

 

(あの時、俺が光輝と一緒に逃げていれば……)

 

 ベヒモスとの闘いで、メルド団長の逃げろという指示を拒否した光輝に追従した龍太郎。そのせいでハジメが危険な役割を引き受けることになってしまった。その結果、ハジメは奈落に落ち、雫はPTSDを発症。香織がデジモン達と共にオルクス大迷宮に向かった。生徒達も心に傷を負い、引きこもりになってしまった者もいる。

 これらの一連の流れの発端は、自分たちの身の程知らずな行動の結果だ。

 龍太郎はもうあんなことを起こさないように、実力を身に着け、考えて行動することを意識し始めた。

 この訓練中もメルド団長の指示をよく聞き、たまに突出しがちな光輝を諫めていた。

 危機的状況が、龍太郎に思慮深さという成長を促していた。

 

 そしてもう一人、次の階層のことに思いを馳せる生徒がいた。

 遠藤浩介である。

 ハジメが作ってくれた小太刀風の剣の手入れをしながら、親友のことを考える。

 

(ハジメ。俺はお前が死んだなんて思っていない。お前は凄いやつだし、白崎さんが探しに行ったんだ。だったら生きているんだろう。そんで帰るために頑張っているんだろうな)

 

 ふっと笑う浩介。刃物を持ちながら笑っているので、傍から見たら凄く危ない人間に見える。もっとも、いつものごとく誰にも気が付かれていないが。

 浩介は謹慎が終わった際、雫から何が起きたのか話を聞いた。

 その際に必要なことだったからと、ハジメの秘密も知ることになった。

 ハジメとの交流でデジモンについて偏見を持っていなかった浩介は、雫の話を信じた。ハジメが生きており、必ず戻ってくると思っている。

 

(ゲームやアニメとかのダンジョンだと、一定時間経ったダンジョンに魔物は再ドロップする。この迷宮もそうとは限らないが、魔法がある世界だ。可能性はある)

 

 浩介は謹慎中も、再び迷宮の攻略に挑んでいる間も、ベヒモスを倒す方法を考えていた。

 通じるか分からないし、強くなった光輝があっさりと倒してしまうかもしれない。

 それでも、浩介はベヒモスを倒すことを、ケジメにしようと考えていた。あの悪夢の魔物を倒さないと、ハジメを手伝えないし、親友と胸を張って言えないと思ったからだ。

 

 様々な思いを各人が抱く中、彼らは65階層に到達した。

 

 だが、彼らは知らなかった。今この瞬間、オルクス大迷宮の難易度が変わり、出現する魔物に変化が起きたことを。

 

「気を引き締めろ!ここのマップは不完全だ。何が起こるか分からないからな!」

 

 メルド団長の声が響き、光輝達が改めて気を引き締める。

 しばらく進んでいくと、大きな広間に出た。そして、浩介の予想が当たってしまった。

 

 部屋の中に浮かび上がる魔法陣。その中から、10メートルほどの巨大な魔物が浮かび上がってきた。

 

「ま、まさかあいつなのか!?」

 

 冷や汗を浮かべながら叫ぶ光輝。龍太郎たちも驚愕する中、一人予想していた浩介は武器を構え状況の把握に努める。

 

 石橋の上ではないため、トラウムソルジャーを生み出す魔法陣はない。それでも、あの悪夢の魔物は刻一刻とその姿を現す。

 

「迷宮の魔物の発生原因は解明されていない。一度倒したはずの魔物と何度も遭遇することもよくある。気を引き締めろ!退路の確保を忘れるな!」

「メルドさん。俺達はもうあの時の俺達じゃありません。何倍も強くなったんだ! もう負けはしない! 必ず勝ってみせます!」

「光輝、退路の確保はしておいた方が良い。何時までも負けっぱなしは性に合わねぇが、死んだら元も子もないだろう?」

「龍太郎……。だが、あいつを倒さないと先には進めない!」

「逃げるわけじゃねえ!リベンジは俺だってしたい!だが、死んだらだめだ!!同じ失敗をする気か光輝!」

「俺も坂上と同じ意見だ。戦うのは賛成だが、逃げ道は用意する。あの時とは状況が違うから、メルド団長の指示に従う」

 

 メルド団長の注意に対して、光輝が不満そうに言葉を返す。しかし、それを龍太郎がたしなめる。そこに永山も同意したことで、光輝は渋々退路を確保するように、陣形を組む。

 

 そして、遂に魔法陣から完全に現れた。だが──―

 

「ベヒモス……じゃない!?」

 

 光輝が再び驚愕する。

 現れた魔物は、見た目はベヒモスだった。だが、その体の所々は鈍色に光る金属でできており、まるでサイボーグのようなものになっていた。

 頭にある襟巻と角など完全に機械のそれだ。

 あえて名前を付けるなら〝メタルベヒモス〟だろう。そんな魔物が現れたのだ。

 予想とは違っていたが、現れた魔物に光輝達は攻撃を始める。

 

「万翔羽ばたき天へと至れ!〝天翔閃〟!」

 

 かつては表皮に傷1つつけられなかったが、訓練を重ねたことで威力が上がった光の斬撃が、メタルベヒモスに直撃する。

 

「グゥルガァアア!?」

 

 メタルベヒモスが悲鳴を上げて後退する。直撃したのは金属になった部分だったため傷は付いていないが、威力が高かったため後ろに弾かれる。

 

「いける! 俺達は確実に強くなっている!永山達は左側から、近藤達は背後を、メルド団長達は右側から!後衛は魔法準備!上級を頼む!行くぞ、龍太郎!!」

 

 光輝の指示に、龍太郎たちが動き始める。

 体に金属の部分があるため防御力は上がっているが、基本的な動きはベヒモスと同じだった。しばらく戦っている間にそのことに気が付いた光輝達は、落ち着きを取り戻して戦いを進めていく。

 前衛が攻撃を加え、後衛の魔法使い達が魔法で援護する。そして、光輝が大きな傷をつけたところで、上級魔法を叩き込み止めを刺そうとした。

 

 その時、メタルベヒモスの頭にある角が回転を始めた。まるでドリルのように。

 メタルベヒモスは頭を振るい、後衛が放った上級魔法を吹き飛ばしてしまった。

 

「なんだって!?」

 

 予想もしていなかったベヒモスの行動に動揺する光輝達。

 すると、またしてもメタルベヒモスが予想外の行動をし始めた。上半身を起き上がらせ、二本足で立ち上がったのだ。全長10メートルのベヒモスが立ち上がると、まさに怪獣だった。そして持ち上げた前足を、思いっきり地面に叩きつけた。

 途轍もない衝撃にフロア自体が大きく揺れ、光輝達は立っていられなくなる。

 

「うわあああっ!?」

「きゃああっ!?」

 

 予想外の攻撃に悲鳴を上げる生徒達。光輝も体勢を崩し、地面に手をつく。

 そこに、メタルベヒモスが角を回転させながら光輝に向かって突っ込んできた。積極的に攻撃していた光輝に怒りを抱いているようだ。

 

「まずっ!?くうううぅぅ!!?」

 

 回避はできないタイミングだったので、光輝は聖剣を掲げて防御の構えを取る。メタルベヒモスは光輝に向かって回転する角を振り下ろす。

 ガキンッ!ギャリギャリギャリギャリッ。

 聖剣と回転する角がぶつかり、火花を散らす。聖剣は傷1つ付かず、攻撃を止めた。しかし、突っ込んできたメタルベヒモスの勢いは受け止められず、光輝はそのままメタルベヒモスに押し込められていく。そのまま光輝とメタルベヒモスは壁にまで突っ込んでいく。

 

「ガハッ!?」

 

 壁にぶつかった衝撃に、苦悶の声を漏らす光輝。意識を失いそうになるが、気合で保つ。なぜならメタルベヒモスはそのまま光輝に突進してきているからだ。

 

「ガァアア!!」

「ぐうぅっ!!?」

 

 回転する角が光輝を抉らんと突きこまれる。両手で必死に聖剣を支え、防御する。

 

「光輝ぃ!?この野郎!!」

「離れろ!!」

 

 龍太郎たちが光輝を助けようとメタルベヒモスに攻撃する。

 だがメタルベヒモスの防御力が高すぎて攻撃が効かない。

 メタルベヒモスは龍太郎たちの攻撃には目もくれず、光輝へ攻撃を加え続ける。

 

 もはや光輝を助ける術はないのか。

 このまま光輝はメタルベヒモスの回転する太い角に貫かれてしまうのか。

 

「〝限界突破〟!!!」

 

 そう思われた時、メタルベヒモスの角の先から光が迸る。〝限界突破〟を発動し、ステータスを3倍に上昇させた光輝が、メタルベヒモスを押し返していく。

 

「うおおおおおッッ!!!万翔羽ばたき天へと至れ!〝天翔閃〟!」

 

 渾身の力を込める光輝。聖剣をしっかり握りしめると、思いっきり振り抜く。

 炸裂する光の斬撃。

 メタルベヒモスは3倍になった光輝の魔法に押し負け、吹き飛ばされる。

 

「神意よ!全ての邪悪を滅ぼし光をもたらしたまえ。神の息吹よ。全ての暗雲を吹き払い、 この世を聖浄で満たしたまえ。神の慈悲よ。この一撃を以て全ての罪科を許したまえ!」

 

 そのまま光輝は聖剣を掲げ、自身の最強魔法を発動させる。

 吹き飛ばされたメタルベヒモスは、ようやく起き上がっていたところだった。その顔には縦に一筋の傷ができている。

 光輝は決めるなら今だと、聖剣を振り下ろす。

 

「〝神威〟!!!」

 

 放たれる極大の光。以前とは比べ物にならない程の威力になった魔法はメタルベヒモスを飲み込んだ。

 

「はぁはぁ。や、やった……」

 

 限界突破と最上級魔法を使用したことによる酷い虚脱感から膝をつく光輝。だが、今の全力を放ったのだ。

 きっとメタルベヒモスを倒すことができた。

 そう思ってしまったため、気を抜いてしまった。

 

「あぶねえ光輝!?」

「え?」

 

 龍太郎の声に顔を上げた光輝の目に映ったのは、自分に迫る巨大な尻尾だった。

 次の瞬間、途轍もない衝撃を受ける。

 

「ぐはぁっ!?」

 

 光輝は何が起きたのかわからないまま、くるくる回りながら吹き飛び、地面に叩きつけられてごろごろ転がる。

 

「い、いたい……?」

「光輝ぃ!!」

 

 転がっていった光輝に駆け寄る龍太郎達。

 すかさず治癒師の辻綾子が回復魔法をかける。

 

「な、何が起きて?」

「ベヒモスの奴、光輝の攻撃に耐えやがったんだ……」

「そ、そんな馬鹿な」

「……」

 

 龍太郎が無言で指を指す。光輝がそちらに顔を向けると、そこには確かにメタルベヒモスがいた。

 こちらに突進してこないように、騎士団や生徒達が魔法を撃って牽制している。

 

「な、なんで?〝限界突破〟した俺の、最強魔法を使ったのに!?」

「光輝の魔法が直撃するとき、あいつバリアを張ったんだ!」

「バ、バリア?」

 

 側面にいた龍太郎達は、光輝の〝神威〟がメタルベヒモスに直撃した瞬間を見ていた。

 砲撃が直撃する前に、ベヒモスの角の辺りから、結界魔法のような障壁が発生した。

 〝神威〟が直撃しても、障壁は罅が入りながらもメタルベヒモスの体を守った。

 最終的に障壁は〝神威〟に破られたが、威力を殆ど減衰させており、メタルベヒモスは自身の耐久力で耐えることができた。

 そして、〝神威〟を撃ち終わって膝をついた光輝に接近し、尻尾を叩きつけたのだ。

 

「ベ、ベヒモスの固有魔法は、バリアじゃ、ないはず」

「あいつはベヒモスじゃないんだ。だから魔法も違うんだよ!」

 

 光輝の疑問を一蹴する龍太郎。見た目がベヒモスに似ていたから、能力も同じだと思っていた。しかし違ったのだ。見誤っていた。

 メタルベヒモスはメタル化したことで防御力が特に強化された。それに伴い、固有魔法も頭部を赤熱化するものから、強固な障壁を展開する魔法になったのだ。

 

「全員、撤退するぞ!」

 

 メルド団長が撤退の号令をする。

 最高戦力の光輝が打ち倒されたのだ。まだ戦えるだろうが、余力のあるうちに撤退する。妥当な判断だった。

 

 もっとも、相手がそれを許してくれるかは別の問題だった。

 

 撤退行動に入った光輝達へ、メタルベヒモスは逃がすものかと突進してきた。

 メルド団長は光輝達を撤退させるため、かつてのように騎士団員と共に〝聖絶〟を張りメタルベヒモスを足止めしようとする。

 しかし、角がドリルになったメタルベヒモスは突進の貫通力も上がっており、〝聖絶〟はあっさりと破られてしまった。

 

「「「うわあああっっ!?」」」

「メルドさん!?」

 

 メルド団長と騎士団員たちがメタルベヒモスに跳ね飛ばされ、ゴロゴロと転がる。その光景に光輝が叫ぶ。まるであのトラップで転移させられた時の再現だった。

 それらに構わず、メタルベヒモスは光輝達の元に一直線に向かってくる。

 自身にダメージを与えた光輝の排除を最優先にしているのだろう。迷いのない動きだった。

 

「お、俺が何とかする!」

 

 光輝がダメージの残る体に鞭を打ち、立ち上がって聖剣を構える。しかし、メタルベヒモスはもうすぐそばまで来ていた。

 魔法を詠唱する時間もない。まだ〝限界突破〟は効果が続いているが、膂力だけでメタルベヒモスを止められるはずがない。

 今度こそ、光輝と生徒達はあのメタルベヒモスの角で貫かれるのか。

 

「ふっ。刻は満ちた」

 

 ──―その時、不思議なことが起きた。

 

 メタルベヒモスの顎の下にシャッと黒い影が入り込み、なんとそのまま顎を蹴り上げたのだ。

 

「ギャウッ!?」

 

 予想外の衝撃にメタルベヒモスは目を白黒させながら、バランスを崩す。脳を揺さぶられたのか、足をもつれさせて転倒。光輝達の横の壁に激突する。

 

「何が、起きたんだ?」

 

 剣を構えたまま、呆然とする光輝。

 彼の目の前に一人の人物がいた。

 漆黒の黒装束を身に纏い、片手で顔を覆いつつ、その指の間からベヒモスを見据える男だった。片手には小太刀のような剣を持ちながら、顔を覆う手とクロスするように構えている!

 

 誰だこれと光輝は思った。龍太郎や倒れているメルド団長達も思った。

 

「迷宮の悪夢よ。友を道ずれにした魔物の同族よ。勇者を貫かんとした鋼の魔獣よ」

 

 そんな周囲の視線も無視して謎の人物はメタルベヒモスに話しかける。

 何故か1回ターンをして、前髪をかき上げ、「ふっ」と笑った。

 

「迷宮を鳴動させる螺旋の震え。実に見事。だが!だが!!だが!!!」

 

 漆黒のコートとマフラーを靡かせ、前髪で隠れていた双眸を露わにする。

 

「貴様は見落としている。ここにいる我を!深淵より生まれし、我が存在を!!今ここにいる貴様の敵は勇者だけにあらず!!」

 

 そして、懐に右手を入れ、スッと取り出した何かを一振りする。

 それは全ての光を吸い込まんとする闇の光を放つ、一枚レンズのサングラス!!

 折りたたまれていたサングラスを、スタイリッシュな動作で広げた男はそれをスチャッと装備する。

 洞窟の中なのに、サングラス!絶対かけない方がよく見えるのに、もったいぶってかけた男は迷宮中に轟けと、声高らかに叫ぶ!!

 

 

 

「ご唱和ください我の名を!深淵卿!コウスケ・E・アビィィッスゲェェッートッ!!」

 

 

 

「「「「イエスッ、アビィィッスゲェェッートッ!!」」」」」

 

 何故か永山達や騎士団員たちはアビスゲート、もとい深淵卿モードになった浩介の名乗りに追従した。

 すぐにはっとなって、何をしているんだという顔をする。

 

 これが彼らが体験した不思議なことであった。

 

 そんな周囲に構わず、武器を構えた浩介はメタルベヒモスに突貫する。その速度は勇者である光輝でさえ、目で追えない程だ。

 メタルベヒモスに近づいた浩介は、金属になっていない生身の部分を斬りつける。

 聖剣でもない、ただの刃でメタルベヒモスに傷がつくわけがない。と思われたが、

 

「グオッ?」

 

 ブシャッと浩介が斬り裂いた部分に小さいが傷ができ、血が噴き出す。ベヒモスが突然できた傷に困惑の声を上げる。

 

「ふっ。お前の防御力は凄まじい。サイボーグとなったことでさらに固くなった。だが、生き物であるのならば必ず弱い部分が生まれる。動くための関節だ。これまでの戦いでお前の関節は特定した。そこならば我が刃はお前に届く!」

 

 浩介の声がフロアに響く。しかし、その姿が見えない。

 ベヒモスが困惑し、光輝達も困惑する。

 その間にもベヒモスの生身の部分、関節部分に小さいが確かな傷がどんどんできていく。

 浩介の天職である暗殺者の持つ高い隠密性と俊敏性だけでなく、彼が生来持っていた影がとてつもなく薄い、存在感が希薄という特性が合わさった結果だった。

 しかもそれだけでない。今の彼はある技能を発動させている。

 

 ──―深淵卿(アビスゲート卿)

 効果:凄絶なる戦いの最中、深淵卿は闇よりなお暗き底よりやってくる。さぁ、闇のベールよ、暗き亡者よ、深淵に力を! それは、夢幻にして無限の力……

 

 暗殺術の派生技能として最初から浩介が持っていた技能。発動方法も分からないし、ステータスプレートに表示された効果も意味不明だったそれを発動させる方法を探した。

 だって悔しかったから。

 親友であるハジメが、自分たちを守るためにベヒモスに立ち向かった時、何もできなかった。香織と雫も感じた無力感を、ハジメの親友である浩介が感じないはずがなかった。

 しかもその後には、ハジメの勇敢な行動を貶めるかのごとき、教皇イシュタルによる裏切り者扱い。ハジメが落ちる直接的な原因だった檜山の無罪放免(騎士団員を痛めつけたことによる謹慎には清々したが)。

 浩介は誓った。もう友人を失うような目に遭いたくない。そのために力をつける。そのためならどんなことでもやってやると、浩介は決意したのだ。

 

 イシュタルを殴ったことによる謹慎が終わり、再びオルクス大迷宮の訓練に参加し始めたとき。浩介は通常の訓練だけでなく、自身の影が薄いという特性を生かして、自主練に励んだ。

 それは単独でオルクス大迷宮に入るということ。

 実戦の中で自身の技能と戦い方を磨いた。

 そして、使用方法不明だった〝深淵卿〟の使い方をついに見つけた。

 

『──君自身が深淵になるということだ──』

 

 かつてハジメが言ったこと。それが正解だったのだ。

 ハジメが作ってくれたサングラスをつけ、去年の演劇で披露した深淵卿の演技をしてみたところ、湧き上がる力を感じたのだ。

 黒歴史を繰り返すという苦行をしながら、〝深淵卿〟の検証を続けた結果、どうやら段階的な〝限界突破〟の効果があるらしいと分かった。爆発的に力が跳ね上がるのではなく、発動中、少しずつ全スペックが強化されていくのだ。しかも使用後に疲弊し動けなくなるような副作用もない。破格の能力だったのだ。

 

 ただし発動させるためには、深淵卿という厨二病全開の言動としぐさをとる必要がある。しかも使用中には言動としぐさがどんどん厨二病のような、香ばしいものになっていく。

 

 浩介的にとても辛いものだった。しかし、強くなるために〝深淵卿〟を使いこなすと決めた浩介は、一人でオルクス大迷宮に潜っている間、積極的に使い続けた。

 今ではサングラスをつけずとも深淵卿モードになれる。コツは影で暗躍する黒幕ムーブだ。

 

 余談だが、〝深淵卿〟を発動している間は影が若干薄くなくなるようで、他の冒険者に目撃されていた。その結果、オルクス大迷宮にはとんでもなく強い謎の怪人がいると、冒険者の間ではもの凄い噂になってしまった。

 

 今回の戦いでも浩介はメタルベヒモスが出現した瞬間、〝深淵卿〟を発動させた。光輝達が戦っている間、皆のフォローをしながらメタルベヒモスに通用する段階になるまで強化をしていた。

 光輝達がこのままメタルベヒモスに打ち勝てば、自分は影の支援者として深淵に消える予定だったが、ピンチに追い込まれてしまった。

 ならば我が行くしかない。浩介は強化しきるまで我慢していた諸々の衝動(主に香ばしいセリフとか影の実力者ムーブ)を解き放ち、メタルベヒモスに戦いを挑んだのだ。

 

「更なる深淵をお見せしよう!!」

 

 浩介は一度攻撃の手を止めると、メタルベヒモスから距離を取る。

 そして、左手でサングラスをくいっと押し上げながら右手を掲げる。

 

「アビスイリュージョン」

 

 パチンと指を鳴らすと、浩介の体から三人の浩介が現れた。

 

「これぞアビスイリュージョン。深淵とは嘘と真実が入り混じる虚無の領域。そこより生まれいでし我もまた、嘘と真実の体現者なのだ」

「何を言っているんだ浩介!?」

「全然意味わからねえぞ!?」

 

 説明になっていない深淵卿の説明に、永山と野村がツッコミを入れる。

 実際は浩介の技能である〝暗殺術〟の派生技能[+夢幻Ⅲ]によって発生させた幻の分身だ。最大三人まで出現させられる。

 

「行くぞ、我らよ!!」

「深淵の底、見破れると思うな!!」

「刮目せよ!友に並ぶための力!!」

「くくくっ。今度の深淵は一味違うぞ!!」

 

 分身を含めた四人の浩介たちがメタルベヒモスに向かう。

 分身は幻なので攻撃はできない。しかし、メタルベヒモスの視界にワザと映ることで、混乱させていく。

 その隙に浩介はメタルベヒモスの生身の部分を、今度は殴り始めた。

 俊敏性と隠密性に特化している暗殺者の浩介の筋力では、例え生身の部分と言えど、柔らかい関節部分でなければダメージは与えられないはずだ。

 だが、浩介の拳は轟音を響かせてメタルベヒモスの体にダメージを与えた。

 〝深淵卿〟で強化されたステータスが、メタルベヒモスの体に傷をつけるほどまで高まったのだ。今の浩介は光輝にも匹敵する強さだ。

 

「うおおおおおおおっっ!!」

 

 黒い一陣の風となった浩介は、分身でメタルベヒモスを幻惑し、本体が殴り斬り裂く。

 修羅めいた浩介の戦いに、光輝達は何が起こっているのかわからず見ているしかできなかった。

 

「諸君」

「うわ!?」

 

 そこに、突然浩介が現れた。

 

「こ、浩介!?」

「アビスゲートと呼びたまえ。または深淵卿だ」

 

 驚く永山の言葉を、即座に否定する。今の浩介は深淵卿なのだ。

 

「逃げるなら早くしたまえ。我が引き付けていられるのもそう長くない」

 

 浩介は自身の右腕の拳を見せる。

 その拳は血にまみれ、赤く腫れていた。見せてはいないが、左の拳も同様だ。

 あまりの痛々しさに光輝達は絶句する。

 

「そ、それは一体……」

「ふっ。深淵の代償。大いなる深淵の力は同時に大いなる対価を求めるのだ」

 

 実は〝深淵卿〟で上昇したステータスに、浩介の肉体が追いつかなくなっているのだ。

 メタルベヒモスに傷をつけるほど強化したのはいいものの、浩介の肉体が悲鳴を上げ始めている。

 

「な、治すね!」

「無駄だ。この我は写し身。真の我は今もなお戦いの中だ」

 

 つまり分身。本体を模した幻だ。だから辻が治癒魔法をかけても無駄なのだ。

 

「ゆえに逃げるのなら早く決断しろ」

「浩介、お前はどうするんだ!?南雲みたいに捨て石になるっていうのか!?」

「ふっ。深淵に心配など不用」

「ふざけてんじゃねえよ!!俺たちにまた誰かを見捨てて逃げろっていうのか!?」

 

 浩介の言葉に、龍太郎が怒鳴る。

 これでは本当に以前の繰り返しだ。ハジメに全てを任せて、逃げ出した時と。

 もう二度と誰かを置いてきぼりにして逃げるなんて真似したくなかった。

 龍太郎の思いは永山達も同じようだ。何とかして浩介も一緒に逃げようと言う。だが、浩介が引き付けていないと、メタルベヒモスに追いつかれて逃げられなくなる。

 

 ちなみに近藤たちは逃げたそうだが、周囲の空気を感じ取り、逃げ出せないでいる。

 

 浩介の分身は龍太郎達を見て、こうなった時に考えていた答えを簡潔に言う。

 

「ならばそこの勇者に無駄にでかいビームを撃たせろ」

「え?」

 

 突然指名された光輝が驚く。どういうことか聞く前に、いつの間にか浩介の分身は消えていた。

 

「ど、どういうことなんだ?」

「今攻撃したら浩介まで巻き込むぞ!?」

「で、でもこのままじゃあ遠藤君死んじゃうよ!?」

 

 光輝達が混乱している間にも、浩介とメタルベヒモスの戦いは激しさを増していた。

 メタルベヒモスは体をめちゃくちゃに動かし、浩介に攻撃する隙を与えないようにしている。

 しかも光輝にも〝限界突破〟の使用時間の限界が近づいていた。

 そこに再び浩介の分身が現れた。さっきよりもボロボロで服も手足も血まみれで、痛々しい。顔にはさっきまでの余裕がなくなっていた。

 

「さっさとしろ!!!いい加減決めろこの優柔不断の腰抜け負け犬集団が!!?」

「こ、腰抜け?負け犬だとっ!?!?」

 

 浩介の分身の言葉に激高する光輝。

 言い返そうとするも、言いたいことだけ言うと分身は消えた。

 もっとも、あの言葉だけで十分だった。

 

「神意よ!全ての邪悪を滅ぼし光をもたらしたまえ!!」

「光輝!?」

 

 光輝は怒りのままに再び詠唱を始める。それにギョッとする龍太郎達。

 ベヒモスとの闘いではハジメに良いところを持っていかれ、その後のワーガルルモンとの闘いでは手も足も出ずに打ちのめされた。そのことにより、光輝は酷くプライドを傷つけられ、鬱憤を溜め込んでいた。

 迷宮の訓練での活躍で持ち直していたが、さっきの浩介の言葉で再びプライドを傷つけられた。もはや光輝は怒りのままに攻撃しようとしている。

 

「神の息吹よ。全ての暗雲を吹き払い、 この世を聖浄で満たしたまえ!!神の慈悲よ。この一撃を以て全ての罪科を許したまえ!!」

「やめろ光輝!!」

「よせ!!」

 

 龍太郎達や起き上がったメルド団長がやめさせようとするが、光輝は振り払う。

 ステータスでは〝限界突破〟状態の光輝が圧倒的に勝る。詠唱中だというのにやめさせられない。

 そして、呪文が完成した。

 

「〝神威〟ッ!!!」

 

 再び放たれた極太の魔力砲撃。それを感知したメタルベヒモスはギョッとしながらも、先ほど防御に使った障壁を展開する。

 

 激突する砲撃と障壁。

 

 二撃目であり疲弊していたため、光輝の砲撃は最初より威力が低い。そのため、メタルベヒモスは余裕をもって防いでいた。

 

「だが、動くことはできないようだな」

 

 障壁の内側に、漆黒の少年が現れた。

 黒衣にサングラスをつけた浩介は、最初と違い酷い恰好をしている。

 両手足は血で濡れ、傷だらけのボロボロ。動いていたメタルベヒモスの体が掠ったのか、頭からも血を流している。

 少しでも気を抜けば、全身に走る痛みにのた打ち回りそうになっている。それでも、浩介は深淵卿として不敵に笑う。

 懐から四本の金属の筒を取り出すと、あっという間にそれを連結させる。先端には持っていた剣を取り付け、即席の槍を作り出す。

 

「これで決めさせてもらう」

 

 ふっとメタルベヒモスの視界から消える浩介。次の瞬間、メタルベヒモスは右耳に一瞬の不快感を覚え、次に激痛を感じた。

 

「グオッ!?」

 

 さらに、その後には途轍もない衝撃が脳を直撃。

 意識が遠ざかり、障壁を解除してしまう。そして、メタルベヒモスの意識は光の中に消えていった。

 

 その光景を浩介は、砲撃に飲み込まれるギリギリで離脱して、壁に背中を預けながら見ていた。

 浩介は槍を、メタルベヒモスの耳に突き刺し、上昇したステータスの全てを込めて殴りつけたのだ。その一撃は鼓膜を破り、脳を直接揺らした。

 普通のベヒモスならこれだけで倒せただろうが、防御特化のメタルベヒモスを倒せると思えなかった。だから、後詰の一撃を光輝に撃たせたのだ。

 

「闇に埋もれて眠るがいい。ふっ」

 

 闇というより光に埋もれているのだが、深淵卿だから闇なのだ。

 決め台詞を呟くと、浩介の意識は暗転した。

 

 こうして勇者たちは65階層のボスを倒した。

 幸い、浩介は深淵卿モードだったため、存在を忘れられて放置されることはなかった。永山に抱えられ、地上に帰還した。

 だが、トドメを刺したのは光輝の砲撃だったので、メタルベヒモスは勇者が倒したこととして世の中に知られていった。

 

 これに対し、浩介は別に気にしていなかった。手柄が欲しくて戦ったわけではない。ハジメに追いつくために、強くなるために戦ったのだから。

 浩介はこの後も己を鍛え続ける。

 親友と再び出会い、共に戦うために。

 深淵卿の戦いは、これからだ。

 

 これ以降、オルクス大迷宮で見慣れない、強い魔物が多数目撃されるようになった。迷宮の異常事態として、訓練は一時中断することになり、勇者たちは王都に戻った。

 

 時を同じくして、各地の農地の改革に出向いていた愛子も王都に戻った。

 久しぶりに生徒達を見て安心した愛子に、二人の女子生徒が次の農地改革への同行を申し出た。

 それは園崎優花と八重樫雫の二人だった。

 




今回は勇者sideでした。
勇者というより、深淵卿sideかもしれません。
恐らく読者が気になっていただろうことをまとめますと……。

1. 檜山は謹慎
檜山の詳細はもう少しお待ちを。

2. 光輝、メタル化したベヒモスの回転する大きくて太いもので貫かれそうになる。
魔物の攻撃で檜山とピーな展開と悩みましたが、こっちにしました。
光輝の受難はまだまだここからです。

3. ご唱和ください我の名を!Yesアビスゲート!!
みんな大好き深淵卿。ちょっと自分の好きな特撮作品の言い回しをやらせてみました。
意外とはまっているんじゃないかなと思います。
勇者に匹敵することができるのは原作アフターでもわかっていましたので、時間を駆ければ超えることができるっていう風にしました。未熟なのでボロボロになりますが、これはこれで英雄っぽいですよね。ちょっと自己犠牲が過ぎますが、今後で成長させていこうと思います。



次回はハジメ達に戻ります。オリジナル展開満載ですが、お楽しみに。


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21話 樹海のユエ

感想・評価・お気に入り登録。それから誤字脱字報告もありがとうございます。

少し交流のあるユーザーさんが大変なことになり、私なりの励ましのお言葉を送ったのですが、どうなったのか気になって少し投稿が遅れました。

『命はただそこにあるだけで美しい』

あるデジモンの作品に出てきた言葉ですが、多くの人に心に刻んでいてほしい言葉です。

では、最新話をお楽しみください。



 ユエとムンモンが仲間に加わったことで、ハジメ達の迷宮攻略は順調に進んだ、とは言い難かった。

 なぜならこれまでの階層には現れなかった、デジモンのイミテーションが出現するようになったからだ。

 イミテーションのモデルは殆どが成熟期デジモンであり、本物と遜色ない強さを持っていた。それだけならまだよかった。成熟期レベルなら迷宮の魔物と同等の強さなので対処できる。

 だが、たまに完全体デジモンのイミテーションが出現したのだ。

 強さは本物の完全体には及ばないが、他の魔物と比べると別格だった。そんな魔物が1階層に1~2体出現するのだ。

 特にスカルグレイモンのイミテーションが出現した時は、ユエとムンモン以外の全員が顔を青褪めさせた。慌てたハジメ達は今出せる全力の攻撃で戦った。

 ユエもスカルグレイモンI(イミテーション)と戦う中で完全体デジモンの強さを実感し、本物はもっと強いと聞かされ、辟易した。

 

 それでも彼らは止まらず、迷宮の攻略に挑んだ。大体2日に1階層のペースで進み、ユエが封印されていた階層から10階層も降りることができた。

 

 今は拠点用に作った横穴の中で休息をしていた。

 

 各々が自分のできることをやりながら、迷宮攻略の準備をする中、ユエはハジメ達のことを考える。

 この迷宮攻略の中で、ユエはハジメ達のことを観察してきた。

 女王として一国の頂点に立ったことのあるユエは、人を見る目はそれなりに持ち合わせている。これから迷宮を攻略し、その後も一緒に行動することになるだろうハジメ達は、いわば運命共同体だ。だからもっと知ろうと思ったし、擦り切れてしまった感情を精一杯思い出しながら接してきた。

 

 例えば、ユエが封印されていた階層でのハジメとガブモンの場合。

 

「ハジメ。今何をしている?」

 

 ハジメとガブモンが一緒になって何の作業をしているのか気になり、ムンモンを抱えたユエは屈んで聞いてみた。

 彼らは香織が持ってきてくれた荷物の中にあった、ノートパソコンとタブレット端末を使って作業をしていた。

 

「ん?新兵装の開発だ」

 

 そう言うとハジメはノートパソコンの画面を見せる。そこにはハジメが新しく考案した武装の図面があった。

 

「これ、盾?」

「ああ。サソリモドキとの闘いで防御用の装備が必要だと感じたからな」

 

 錬成で作った即席の盾ではサソリモドキの攻撃を防げなかった。そこでハジメは防御用の装備を作ることにした。

 素材はなんとサソリモドキだ。外殻の硬さが気になったハジメがサソリモドキの死体を調べてみると、〝鉱物鑑定〟が使えた。

 つまり、あの外殻の硬さは特殊な鉱石のおかげだったのだ。

 その名も『シュタル鉱石』。

 魔力との親和性が高く、魔力を込めた分だけ硬度が増すというものだ。

 つまり、サソリモドキ自身の膨大な魔力を込めることで、あの出鱈目な防御力を発揮していたのだ。

 試しに〝錬成〟を使ってみるとあっさり変形し、死体から取り出すことができた。もしもあの時にこのことに気が付いていたら、あっさり突破出来たとちょっぴり凹んだ。

 

 過ぎたことは仕方ないときっぱり切り替えたハジメは、このシュタル鉱石を利用することにした。

 

 デジモンテイマーの弱点はデジモンに力を与えるテイマー自身だ。デジモンが相手なら本能でパートナーデジモンに向かうため、立ち回りに気を付けるだけでよかった。デ・リーパーとの闘いではテイマーとパートナーデジモンは融合して戦っていた。

 だがこの世界での戦いは違う。魔物はテイマーにも襲い掛かって来る。この間みたいにパートナーと離れ離れになるかもしれない。そんなときに生き残るためにと考えたのがこの盾だ。

 

「普段は背負えるように折りたたんでいるが、刻んだ〝錬成〟の魔法陣を起動させれば一瞬で展開できる。展開した後も魔力を流し続ければ鉄壁の防御力だ。香織とユエの分も作っているぜ?」

「私、怪我しても治るよ?」

「それでも怪我をしたら痛いし隙ができるだろ?気休めかもしれないが、持っておいてくれ」

「……ん。わかった」

 

 ハジメの言葉にユエは頷く。痛いのは我慢できるが、怪我で体勢が崩れたりしたら立て直しに隙ができる。

 それにハジメの好意は嬉しい。自分のことを考えてくれている。

 ユエはハジメのことを熱っぽく見つめる。今のユエは香織の着替えを着ており、サイズがあっていないのでブカブカだ。袖口から指先からちょこんと小さな指を覗かせて膝を抱えている。なんとも愛嬌があり、整った容姿も相まって思わず抱きしめたくなる可愛さだ。

 ハジメが顔を赤らめ、ユエがはにかむ。

 

「きゃああっ!?」

「へぶっ!?」

 

 そこに突っ込んできた香織。

 巻き込まれてゴロゴロと転がるユエ。ギョッとするハジメ。

 

「あ~あ。何をやっているの?香織」

 

 呆れた顔のプロットモンが近づいてきたので、ガブモンが話しかける。

 

「プロットモン。香織は何やっているの?」

「〝天歩〟の訓練中によそ見をしたのよ。それで制御を失って飛んできたってわけ」

「あ~。まあ、仕方ないか。さっきまでハジメとユエなんか良い雰囲気だったし」

 

 プロットモン曰く。

 香織がハジメの暴走を止めた後に、何故か習得していた〝天歩〟という技能。それは空中に足場を作りだすというもので、ハジメが奈落に落ちた時に遭遇した兎の魔物が持っていた固有魔法だった。なぜか手に入れていた香織は、使い熟すために毎日訓練していた。今日も訓練をしていたのだが、目に入ったハジメとユエの様子が気になってしまい、技能の制御を誤ってしまったのだ。

 

「カオリ、重い」

「ごめん、ユエ。……って重い!?ひどくないかな!?」

「事実。早くどいて」

「むぅううう」

 

 ユエの言葉にカチンとくる香織だが、乗っかっているのは確かなのでユエの上からどく。

 

「香織。訓練するのはいいが気をつけろよ」

「ごめんねハジメ君」

「……全く」

 

 ハジメの注意に手を合わせて謝る香織。ユエは静かに怒っていた。

 だが、こんなことでもユエにとっては新鮮で楽しいやり取りだった。

 その後、ハジメが設計した大盾は三人分完成した。ハジメは「アイギス」と名付けた。

 

 

 

 またそれから別の日。今度は香織とプロットモンの所にユエは近づいた。ちなみにムンモンはユエの頭の上に乗っていた。

 

「カードスラッシュ!《超進化プラグインS》!!」

「プロットモン!進化!!──―テイルモン!!」

 

 プロットモンをテイルモンに進化させる香織。

 

「違和感はある?テイルモン」

「そうだな」

 

 手足を動かし、その場で一回転飛びするテイルモン。

 プロットモンはもともとテイルモンに進化して、その姿で安定していた。しかし、ハジメを救うためにホーリーリングの力を引き出し、ホーリードラモンに進化した。そのせいで体に負担がかかり、成長期のプロットモンに退化してしまっていた。

 だが、もともと成熟期のテイルモンで安定していたのだ。迷宮を攻略する上でもテイルモンの方が良いので、休憩中に進化してテイルモンの姿を維持できるように訓練していた。

 かなり時間がかかったが、体の負担も回復してきた。もうすぐテイルモンの姿で安定するかもしれないと思い、今日も進化してみたのだ。

 一通り体を動かしたテイルモンは嬉しそうに頷く。

 

「うん。問題ないわ。このままテイルモンでいられそう」

「やったあ!よかったよう!」

 

 テイルモンの返事に笑顔を浮かべる香織。

 

「……カオリ」

「あ、ユエ!見て見て!テイルモンの体が治ったの」

「ん。よかった」

「ん。よかったよかった」

 

 ユエもプロットモンの体のことは聞いていたので、治ったことを聞き笑顔を浮かべる。

 ムンモンもユエの頭の上から降りて、テイルモンのことを祝福するように飛び跳ねる。

 ふとユエは香織の持つ進化のカードに目を向ける。

 デジモンのカードについてもハジメ達に教えてもらった。もっとも日本語で書いてあるので、ユエには読めなかったが。

 しかし、ムンモンもいつかテイルモンのように進化するときが来る。その時に魔法で援護するだけじゃなく、ハジメ達のようにカードの力を与えられたらとユエは思った。

 そこでユエは香織にある頼みをする。

 

「……カオリ。お願いがある」

「何かな?」

「……カオリ達の言葉、教えて」

「私たちの言葉って、日本語?」

「ん。カオリ達のカード、私も使えるようになりたい」

 

 そう言われて考える香織。〝言語理解〟の技能があるとはいえ、日本語を人に教えるなんて初めてだ。自分にちゃんと教えられるだろうか。

 

「……ダメならハジメに聞く」

「私が教えるよ!」

 

 悩んでいたはずなのにあっさりと引き受ける香織。

 そんな香織をジト目で見つめるユエ。

 

「カオリ。私とハジメをとおざけようとしている?」

「うっ。そ、そんなことない……よ?」

 

 ジーっとさらなるジト目を向けるユエ。冷や汗をかきながら目を逸らす香織。

 

「じーー」

「うっ。ぴゅ~ぴゅ~……」

 

 ついには口に出しながらジト目を始めたユエ。苦しまぐれに口笛まで吹き始めた香織だが、段々耐えられなくなってきた。

 

「ぅぅ。……はぁ~。……ごめんなさい」

 

 結局。根負けした香織はユエに対して土下座をして謝った。

 

「ふふん」

 

 ユエは勝ったと思って胸を張る。

 香織は頭を下げながら渋々理由を言う。

 

「だって、ハジメ君って隠れた主人公属性持っているんだもん。向こうにいた時は私と雫ちゃん以外近寄らせないようにずっと一緒にいないといけなかったの。それにハジメ君超優良物件って言われていたから裏で狙うゴ〇ブリがいっぱいだったんだもん」

「……超優良物件?」

 

 ゴ〇ブリ発言は聞かなかったことにして、ユエは気になったところを聞く。

 

「ハジメ君って結構お金持ちだったからね。玉の輿狙いの女の子が結構いたんだよ」

 

 大抵の女子はルックスがいい光輝に最初に目が行くが、ハジメの家のことを聞くと殆どがハジメの方に流れた。

 何せハジメの父はゲーム会社の社長で、母は描いた漫画が映画化するほどの売れっ子少女漫画家。ハジメ自身も天才少年と持て囃されており、大学院卒業後の将来設計プランも立てていた。

 どっちと結婚出来れば将来安泰になるのか、女子たちにわからないはずがなかった。

 このことに気が付いた香織と雫は、そんな輩にハジメが煩わされないように牽制をしていたのだ。

 

 まあ、それ以外にもハジメが恋愛フラグを立てないようにする意味もあったのだが。

 

「なのに、ベヒモスとの闘いの時に園部さんとフラグが立ったみたいだし、今はユエもなんでしょ?」

「……私?」

「ユエってハジメ君のこと好きなんでしょ?」

 

 香織はここではっきりさせようと、ユエの気持ちを聞く。

 

「…………わからない」

 

 しばらく考えたユエはわからないと答えた。

 

「……私は、誰かを好きになったことが無い。ハジメを見ていると胸が温かくなる。でも、これがカオリの言う好きっていうことなのかわからない」

「ユエ……」

 

 香織は思ってもいなかったユエの答えに悲しくなった。

 考えてみれば、ユエは王族として生まれたから普通の恋愛をしたことが無かったのだ。しかもその後に封印されたため、ますますそんな感情とは無縁となった。

 だからハジメにどんな気持ちを抱いているのか、ユエ自身わかっていないのだ。

 

「ごめん。私、ちょっと無神経だったね」

「……いい。カオリはハジメが好き?」

「うん。好き。大好きだよ。愛している」

「……そう。羨ましい」

 

 それから二人はしばらく恋バナで盛り上がった。

 なお、その後は約束通り香織はユエに日本語を教えることになった。呑み込みの早いユエはどんどん覚えていき、ガブモン達とコミュニケーションを取る手段が増えた。

 

 こんな感じで、ユエはハジメ達と交流を深めていった。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

「この階層はまさに樹海だな」

「また果物をつける魔物いたらいいなあ」

 

 ハジメ達が新たに降り立った階層は、10メートルを超える木々が鬱蒼と茂っている樹海だった。空気も湿っぽい。熱帯林のような暑さこそないが、下への階段を探すのは大変そうだ。

 

「このタイプの階層なら進化したほうがいいな。ガブモン。香織」

「オッケー!」

「任せて!」

 

 声をかけるハジメに、応えるガブモンと香織。

 ハジメは香織に自分のデジヴァイスを渡す。受け取った香織はデジヴァイスにあるカードをスキャンする溝をハジメの方に向ける。

 左腕がないハジメが、カードスラッシュをやりやすいように補助するのが香織の役割だった。

 

 テイマーにとって大事なデジヴァイスを任せることができるほど、ハジメに信頼されている香織。そんな二人の関係が、傍で見ているユエにはいつも眩しく見えていた。

 

 ハジメは取り出した進化のカードを構えると、香織が向けてくれているデジヴァイスの溝にスラッシュする。

 

「カードスラッシュ!《超進化プラグインS》!!」

 

 ──―XEVOLUTION──―

 

「ガブモン!X進化!!──―ガルルモンX!!」

 

 進化したガルルモンは身体をかがめる。

 その背中にハジメが荷物を持って跨る。

 

「それじゃあ私たちも」

「いつでもいいよ」

 

 ハジメにデジヴァイスを返した香織は、自身のデジヴァイスを取り出す。

 

「カードスラッシュ!《光のデジメンタル》!!」

 

 ──―ARMOUR EVOLUTION──―

 

「テイルモン!アーマー進化!!──―微笑みの光!ネフェルティモン!!」

 

 香織もテイルモンをネフェルティモンにアーマー進化させる。そちらには香織とユエ、ムンモンが乗った。

 

 こうして準備を整えたハジメ達は樹海の階層の探索に乗り出した。

 

 一時間後。

 

「だぁー、ちくしょおおー!!どれだけいるんだよ!?」

「喋るなハジメ!舌噛むぞ!!」

「〝縛煌鎖〟!!〝縛煌鎖〟!!〝縛煌鎖〟!!──―キリがないよ!?」

「《カースオブクィーン》!魔法解いて香織!一気に突っ切るわよ!!」

「……カオリ、ガンバ」

「……ガンバ」

「サボってないでユエも魔法撃って!!」

 

 ハジメ達は二百体近い数の魔物の群れから逃げていた。

 樹海を駆けるハジメ達は、まるで白亜紀に生きた恐竜、ティラノサウルスやラプトルのような姿をした魔物達に追いかけられ、空中を飛ぶ香織達はプテラノドンのような魔物に群がられていた。

 しかもその魔物達の頭には、

 

「なんであいつらは頭に花が咲いているんだ!?」

 

 頭の上に一輪の花が咲いていた。獰猛な恐竜なのに、頭の上には向日葵に似た花がフリフリ揺れている光景はシュールすぎた。

 

 なぜこんなことになったのか。

 探索を開始してすぐ、ハジメ達は頭に花を咲かせたティラノサウルスに遭遇した。

 シュールな花はともかく、リアルにジュラシックなワールドの様な展開に、ハジメと香織、ガルルモンはちょっと感動していたが、そんなことを知らないユエはさっさと魔法を発動。

 

「〝緋槍〟」

 

 ユエが手を掲げると、渦巻く炎が円錐状の槍になって現れる。名前の通りの緋色の槍がティラノサウルスの右目に飛んでいき、あっさり突き刺さり、そのまま貫通した。

 そして、頭の花がポトリと落ちた。

 

「映画だと最後まで生き残ったんだけどなあ」

「現実は残酷ってことだな」

 

 ハジメとガルルモンがぽつりと零す。

 その時、香織達の上から何かが向かってきた。

 コウモリのような翼膜がある翼。ノコギリの様な歯が並んだ嘴。まさにプテラノドンのような魔物が現れた。

 しかも十匹程の群れだ。

 またもやジュラシックのワールド的な展開だった。ただし、頭の上には花が咲いていたが。真っ白な百合が。

 

「ネフェルティモン。ユエ。迎え撃つよ」

「わかった」

「ん」

 

 まずはネフェルティモンが額の飾りから《カースオブクィーン》を放ち、次々とプテラノドンを撃ち落とす。

 撃ち漏らしたプテラノドンには、香織が杖を向ける。

 

「〝縛煌鎖〟!!」

 

 無数の光の鎖を伸ばす。捕縛用の光魔法で、王宮の訓練では周囲5メートル程しか伸ばせなかった。

 しかし、〝魔力操作〟を覚え、異常ともいえるくらい魔力が増大した今では、100メートル以上伸ばすことができた。香織がネフェルティモンの上に乗って空中にいるのも、この魔法を最大限に活かすことができるからだ。

 程なくしてプテラノドンを全て捕獲した。捕まえたプテラノドンにはネフェルティモンとユエが攻撃を加えて撃ち落としていく。頭の花も散っていく。

 

 ようやく魔物を全て倒したと思ったハジメ達だが、一息つく暇もなくどんどん魔物が接近してきたのだ。

 地上からはティラノサウルスだけじゃなくラプトルの様な魔物の群れ。上空からはさらなるプテラノドンの群れがハジメ達に向かってくる。

 魔物を倒していくハジメ達だが、いくら倒してもキリがない。仕方なく、その場から逃げ出したのだが、魔物達は追いかけてくる。

 こうしてハジメ達は魔物の大群との逃走劇を繰り広げることになったのだ。

 幸いなのは、魔物達の強さが今までの階層に出現した魔物よりも弱いことだ。だが、数が尋常ではない。

 

 この状況を何とかする術を考えていたら、事態はさらに悪化した。

 

「ん?この音は?」

 

 最初に気が付いたのはネフェルティモン。ブウゥゥンという、プテラノドンのものとは異なる羽音が聞こえたのだ。

 気になったネフェルティモンがそちらを向くと、こちらに高速で接近する影があった。

 次第にはっきりしてきた影に、ネフェルティモンは驚愕する。

 

「あれは!?」

「え?何?どうしたの?」

「ん?」

 

 ネフェルティモンの様子に香織とユエもそちらを見ると、ギョッとした。

 赤い甲殻に鋭く大きな顎を持つ巨大なクワガタムシのような姿。「始まりの敵」としてデジモンファン達の間で有名であり、デジモンの凶暴性の代名詞とされる昆虫型デジモン。

 その名は、

 

「クワガーモン!?」

「デジモンの気配はしない。イミテーションだ!!」

「あれが、クワガーモン……」

 

 有名なデジモンの姿に驚く香織とユエ。

 

「キシャアアアッッ!!」

「くっ!!」

 

 クワガーモンIはプテラノドンとはけた違いの速度で向かってくる。

 ネフェルティモンは咄嗟に体を捻り、クワガーモンIの突進攻撃を躱す。

 クワガーモンIの顎の力は超強力で、一度挟まれればひとたまりもない。

 

「しっかり掴まって!」

「くっ、うん!」

「ん!」

 

 香織とユエが振り落とされないようにネフェルティモンにしがみつく。

 それと同時にクワガーモンIが旋回して再び向かってきた。その進行方向にいたプテラノドンは、生すすべもなく弾き飛ばされていく。

 ネフェルティモンはクワガーモンIに追いつかれないように飛行し、何とか遠距離攻撃で倒そうとする。

 だが、香織達を乗せているネフェルティモンはクワガーモンを振り切れない。

 やがてクワガーモンIの攻撃がネフェルティモンを掠った。

 

「きゃあっ!?」

「ッ!?」

 

 高速で移動していた為、大きくバランスを崩すネフェルティモン。

 悲鳴を上げる香織。衝撃で思わずしがみつく力を緩めてしまうユエ。

 その拍子に、ユエの腕からムンモンが滑り落ちてしまった。

 

「ッ!?ムンモン!!!」

「ユエ!?」

 

 空中に放り出されたムンモンを助けるために、ユエは飛び出した。

 

「〝来翔〟!」

 

 ユエは風の初級魔法を使う。上昇気流を生み出し飛び上がることができる魔法だが、ユエの様な熟練者であれば飛翔することもできる。

 ユエはムンモンに向かって手を伸ばし、見事キャッチする。

 

「ムンモン!よかった……」

「ん。ありがとう。ユエ」

 

 ギュッとムンモンを抱きしめるユエ。ムンモンも助けてくれたユエにお礼を言う。

 そのまま香織とネフェルティモンの所に戻ろうとするが、彼女たちはクワガーモンIと壮絶な空中戦を繰り広げていた。戻ろうとすれば巻き込まれてしまう。

 仕方なくユエは樹海に降りる。

 

「ふぅ……」

「ごめんなさい。ユエ」

 

 一息つくユエに、落ちたことを謝るムンモン。

 そんなムンモンに対し、ユエは気にしてないと微笑み、ゆっくり撫でる。

 怒っていない様子のユエにムンモンはホッとするが、足を引っ張ってしまっていることを悔しく思う。

 同じパートナーデジモンであるガブモン達は、進化してテイマーの大きな助けになっている。幼年期のムンモンではユエの助けになれない。

 ユエの腕の中でムンモンが悩んでいると、樹海の中から咆哮が聞こえた。

 

「……くる」

 

 ユエが右手を掲げて魔法の発動動作をする。同時に樹海の中から、ラプトルの魔物五匹が飛び出してきた。

 

「〝凍雨〟」

 

 すかさず魔法を使うユエ。鋭い氷の針が空中に出現し、雨のように降り注ぐ。

 高位の氷属性魔法だが、チートな魔法使いであるユエはいとも簡単に発動させる。

 ラプトルたちは全身に氷の針が突き刺さり、絶命していく。

 しかし、魔物の勢いは途切れることはなく、どんどん現れる。

 ユエは樹海を燃やさないように火属性以外の魔法で倒していく。

 

 このままハジメ達が合流するまで持ちこたえようとするユエだが、異変が起きる。

 

「?……霧?」

 

 ふと気が付くとユエの周囲に霧が立ち込めていた。

 木々の間からゆっくりと、霧が立ち込めてきており、視界がどんどん真っ白になっていく。

 さっきまで襲い掛かって来ていた魔物も、いつの間にかいなくなっている。

 まるで、ムンモンの生まれたデジタマが現れた時の様な霧。しかし、今度の霧は一向に晴れる気配がない。

 そして、ユエの目の前は真っ白になってしまった。

 

「……ッ」

「……ユエ」

 

 思わずムンモンを強く抱きしめてしまう。真っ白な視界は、色こそ違うがユエが幽閉されていた部屋の暗闇を思い起こさせた。

 テイマーの不安を感じ取ったムンモンが、ユエに声をかけて不安を少しでも和らげようとする。

 ユエとムンモンが霧の中で押し寄せる不安と戦っていると、霧の中に黒い影が現れた。

 

「……ハジメ!!」

 

 それはハジメだった。

 孤独に囚われそうになっていたユエは、ハジメに駆け寄る。

 だが、ユエがハジメに抱き着こうとすると、ハジメがスッと後ろに下がった。

 

「え?」

 

 ユエが呆けていると、ハジメが背中を向けて霧の中に消えていく。

 

「ま、待って!!」

 

 ユエはハジメを追いかける。だが、一向に追いつけず、ハジメはどんどん離れていく。

 やがて、ハジメの周囲に新たな影が現れる。

 

「カオリ!?」

 

 それは香織だった。だが、彼女もハジメと同じくユエに背中を向け、ハジメと一緒に霧の中に消えていこうとする。

 

「……待って!!待ってよ!?」

 

 ハジメと香織の隣に、ガブモンとテイルモンの姿も現れる。だが、彼らはユエの方を見ず、ハジメと香織と一緒に先に進んでいく。

 

「……ああ、あああ」

 

 必死で手を伸ばすユエだが、全く届かない。

 そして、彼らは霧の中に消えていった……。

 

 

 

「嫌ああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!???」

 

 

 

「ユエ!!!」

 

 絶叫を上げるユエだったが、ムンモンの声にハッと正気に戻る。

 

「え?え?」

 

 そこでユエはようやく自身の状況に気が付いた。

 今の彼女は手足と体を樹の蔦で拘束され、空中に吊り下げられていた。腕の中にいるムンモンが、必死に声をかけている。

 

「んッ!んッ!……一体、何が」

 

 拘束から逃れようとするが、樹の蔦はビクともしない。どうしてこんな状況になったのか、ユエには全く分からない。

 

「ユエ、ハジメ達の名前を叫んで泣きながら走っていた。それでこの蔦に自分から飛び込んで行って、蔦がユエを縛った」

 

 ムンモンの説明に、ユエは霧の中に消えていったハジメ達のことは自分にしか見えていなかったことに気が付いた。

 つまり、さっきのハジメ達は幻だったのだ。

 

「……ッ。こんなの、魔法で。〝風刃〟!!」

 

 風の刃を飛ばす魔法で拘束する蔦を斬ろうとするユエ。

 生み出された風の刃は狙い通り蔦を斬り裂き、ユエを開放する。

 だが、すぐさま新しい蔦が伸びてきて、ユエを再び拘束する。

 

「ぐッ。〝螺炎〟!!」

 

 今度は、樹が燃えるのを危惧して使わなかった炎魔法で拘束を抜け出そうとする。

 渦巻く炎がユエの周囲の蔦を焼いていく。

 今度こそ脱出できると思ったユエだったが、突然、霧の中から咆哮が響いてきた。

 

「オオオオオオッッ!!!!」

「うっ!?耳、いたい……」

「この、声」

 

 その音量に集中力が切れたユエは魔法を中断してしまう。

 ユエとムンモンが顔をしかめていると、霧が蠢き、そこから何かが現れた。

 

 それはユエの背丈を優に超える巨木だった。だが、そこには巨大な老人の様な顔があり、目に当たる空洞には黄色い目が光っている。頭には髪の毛の様に緑の葉が生い茂り、赤い果実が無数に実っている。

 根っこを手足のように動かしながら、ユエの前に現れたその姿を、ユエは知っていた。

 

 香織に教えてもらったデジモンの一体。樹海の主とも呼ばれるそのデジモンの名は、

 

「……ジュレイ、モン」

 

 植物型の完全体デジモン、ジュレイモン。そのイミテーションだった。

 




〇デジモン紹介
ジュレイモン
レベル:完全体
タイプ:植物型
属性:ウィルス
非常に高い知性とパワーを得たデジモン。樹海の主と呼ばれ、深く暗い森に迷い込んでしまったデジモンを更に深みに誘い込み、永遠にその森から抜け出せなくしてしまう恐ろしいデジモンでもある。誘い込む際に体から幻覚を見せる霧を発生させる。ユエはこの霧のせいでハジメ達の幻覚を見せられ、誘い込まれてしまった。
誘い込んだ対象を枝のような触手や蔦で取り込んで自らの養分にしてしまうぞ。
必殺技は頭部の茂みに生えた禁断の木の実『チェリーボム』。食べた者の末路は死である。


今回はユエ中心のお話でした。
あの頃のユエってハジメに向ける感情がなんなのか知らないんじゃないかと思い、ちょっと綾波レイみたいな感じになりました。

ハジメは優良物件で玉の輿。原作アフターでハジメの家族の詳細が明かされたときに思っていたんですよね。会社の御曹司で売れっ子少女漫画家の息子。将来に向けてのスキル習得もしているんですよね。将来安泰じゃないですかね?

鬼畜難易度になったオルクス大迷宮。偽物とはいえスカルグレイモンが出る迷宮とか嫌ですね。誰がこんなことにした(笑)

そして、原作ではユエが頭皮を削られた階層では、ジュレイモンが出現。その能力でユエにヒュドラの黒頭と同じことをしてきました。果たして、ユエはどうなるのか。次回をお楽しみに。



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22話 月のルナモン 神秘のレキスモン!

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ユエのお話後編です。
原作だと一話で済む話なのに、私が描くとすごく長くなりますね。その分面白く書けていればいいのですが。



 ユエが樹海に落ちた後、香織とネフェルティモンは助けに行こうとしたが、襲い掛かるプテラノドン似の魔物とクワガーモンI(イミテーション)に阻まれていた。

 

「〝縛煌鎖〟!!」

「《カースオブクィーン》!!」

 

 香織が光の鎖を伸ばしてプテラノドン達の動きを制限し、ネフェルティモンの光線が撃ち落とす。

 だが、そこにクワガーモンIが上空から奇襲を仕掛けてくる。

 

「キシャアアアッッ!!」

 

 その巨大な顎を広げ、ネフェルティモンを挟みこもうとする。

 

「くッ」

「ネフェルティモンッ!?」

 

 体を捻って何とか躱すネフェルティモン。香織が大丈夫かと声をかける。

 さっきからこれの繰り返しだった。

 香織達がプテラノドン達を攻撃しているとクワガーモンIが奇襲を仕掛け、クワガーモンIに立ち向かおうとすると、プテラノドン達が割り込んでくる。

 激しい空中戦を繰り広げる香織達の疲労はどんどん溜まっており、攻撃を受けるようになってきた。

 

「大丈夫。当たっていない」

「よかった。でも、何とかしないと。ユエ達を助けに行かないといけないのに」

「そうね。まだこの階層の完全体が出てきていない。遭遇したらユエ達だけで勝てるかわからない」

 

 ユエの実力は香織達も信じている。しかし、スペックだけでこの迷宮を生き残れるわけではない。

 周囲の環境や能力、心理状態などの様々な要因で強者と弱者の立場は反転してしまう。

 今の香織達もそうだ。

 ネフェルティモンとクワガーモンIの能力値は互角であり、本来ならこのように一方的な戦いにはならない。だが、クワガーモンIのテリトリーである樹海の階層にいることと、プテラノドン達という邪魔者の存在が、香織達を追い詰めていた。

 

 もしも、ユエの所に完全体デジモンのイミテーションが現れて、ユエと相性の悪い能力を持っていたら負けてしまうかもしれない。

 一応、香織との勉強でユエもデジモンの知識を得ているが全部ではない。もしも知らない完全体デジモンが出てきて、厄介な能力を持っていたら不味い。

 

「早く助けに行くために、なんとしても切り抜けよう。じゃないと……」

 

 香織は眼下の樹海を見下ろす。いつの間にか樹海は白い霧が立ち込め始めていた。

 徐々に真っ白になっていく霧に、このままではユエが落ちた場所がどこかわからなくなりそうだ。

 その霧の中にガルルモンに乗ったハジメが飛び込んで行くのが見えた。

 

「ハジメ君がユエのフラグを完璧に立てちゃうよ!!」

「こんな時にそれ!? 何を考えているの香織!?」

「コホン。失礼噛みました」

「噛んでないわよね? はっきり言っていたわよね!!」

 

 誤魔化す香織にツッコミを入れるネフェルティモン。意外に余裕があったのかもしれない。いや、ハジメが必ずユエを助けると確信しているから、余裕ができたのか。

 

「噛みました! とにかく急いでユエを助けに行くよ! そのためにあいつを倒す!」

 

 香織はデジヴァイスとカードを取り出し、魔物の群れとクワガーモンIを見据えた。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 ユエを幻覚の霧で惑わし、捕らえたジュレイモンのイミテーション。偽物とはいえ完全体デジモンのすぐ近くにいることに、ユエは息をのむ。

 これまでの階層で出現した完全体デジモンのイミテーションは、どれも一筋縄ではいかない魔物だった。

 このジュレイモンIも同等の強さであろう。なのに、今はユエとムンモンしかおらず、しかも囚われの身だ。ムンモンもユエと同様に蔦に捕まっている。

 

「ッ……〝緋槍〟!」

「オオオオオッッ」

 

 上級火属性魔法で拘束する蔦を焼き切ろうとするユエ。しかし、ジュレイモンIは身体から霧を吹き出し始めた。

 ユエを誘い込んだ幻覚を見せる霧だ。

 魔法を使おうとしていたユエは再び幻覚に惑わされてしまった。

 

 目の前が暗闇に包まれる。

 光などどこにもない闇の中で、ユエは身動きできずに囚われている。

 そんな彼女の前に現れるハジメ、香織、ガブモン、テイルモン。そして、ムンモン。

 だが、彼らはユエに背を向けるとどんどん離れていく。

 

「……ハジメ……カオリ……ガブモン……テイルモン…………」

 

 そして、最後に残ったムンモンも──―消えた。

 

「ムンモンッ!? いやあああああああああっ!!??」

 

 絶叫を上げるユエ。彼女の心は未だにあの封印部屋に囚われているのだ。

 ジュレイモンIの見せる幻覚は、彼女の心を恐怖で縛りつける。

 それも無理はない。

 気の遠くなる程の年月の封印を解いてくれたハジメはもちろん、全ての繋がりを失ったはずのユエに新しい繋がりをくれたムンモン。吸血鬼と知っても変わることなく接してくれた香織達。徐々に彼らのことを信頼し心を許し始めていたところだったのに、その心を裏切るような光景を見せられたのだ。一度許した心を裏切られたとき、受けたショックの大きさは計り知れない。そのままユエは恐怖によって魔法を使えず、蔦による拘束を解くことができなくなった。

 動けないユエを、ジュレイモンIはさらに蔦で念入りに拘束していく。

 このままでは本物のジュレイモンのように、養分にされてしまう。

 

「ユエ! ユエ!」

 

 必死にユエに呼びかけるムンモン。しかし、恐怖に顔を歪めるユエは応えない。

 何とかユエの元に行こうとするが、幼年期の力では自分を捕える蔦から抜け出せない。ムンモンは自分の無力に顔を歪める。

 そして、願う。

 強さを。テイマーを救う力を! 

 テイマーの危機とパートナーの願いが、ムンモンに秘められた力を開放する。

 ユエの持つデジヴァイスが光を放つ。

 

 ──EVOLUTION──

 

「ムンモン! 進化!」

 

 ムンモンの体が光に包まれ、大きくなる。

 分解され再構築されていく肉体はムンモンの時とは違い、手足が生まれる。

 耳はまるで兎のように大きくなり、額に触角が生える。

 この姿こそムンモンに秘められていた月の観測データの力が覚醒し、進化した哺乳類型の成長期デジモン。

 

「ルナモン!!」

 

 進化を終えたルナモンは可愛らしい顔を険しくして、ユエを拘束する蔦を睨みつける。

 ルナモンは両手の爪に闇の力を籠める。

 

「《ルナクロー》!!」

 

 闇の力を纏い、鋭くなった爪をルナモンが振るう。

 ルナモンの必殺技の一つ、《ルナクロー》だ。ザクザクとユエを拘束する蔦を斬り裂いていく。

 

「……ユエ。ユエ。絶対、助ける!」

 

 テイマーを助ける一心で腕を振るうルナモン。何とかユエの目を覚まさせようと顔の周りの蔦を斬り裂こうとする。だが、それを黙って見ているジュレイモンIではなかった。

 ジュレイモンIが蔦を操り、ルナモンを拘束しようとする。

 それに気が付いたルナモンは蔦を斬り裂くのを一度やめると、耳をくるくると回し始める。

 

「《ロップイヤーリップル》!!」

 

 回る耳からシャボンが発生する。発生したシャボンは渦を巻き、蔦を巻き込んでいく。

 ルナモンの技の一つで、シャボン玉で相手の動きを鈍らせる。

 シャボン玉はどんどん増えていき、ユエとルナモンを包み込んでいく。シャボン玉で蔦の動きが鈍った隙に、ルナモンは再び蔦を斬り裂き始める。

 それを見たジュレイモンIは不愉快そうに顔を歪めると、頭の茂みを揺らす。すると茂みの中から赤いサクランボの様な木の実が落ちてくる。

 ジュレイモンの必殺技《チェリーボム》だ。イミテーションとはいえジュレイモンIも使える。

 落ちた木の実はユエ達の周りでボンボンと爆発する。

 

「うッ!? くあっ!?」

 

 爆発の衝撃にシャボン玉も吹き飛び、ルナモンはバランスを崩して地面に落ちてしまう。

 ルナモンが離れたことでユエはまた蔦に囚われ、今度はジュレイモンIのすぐ近くに引き寄せられる。

 

「くぅ。《ティアーシュート》!!」

 

 ルナモンは額の触覚に力を集め、綺麗な水球を生み出し放つ。

 水球はジュレイモンIの顔に命中するが、成長期のルナモンの技では蔦ならともかく本体にはダメージにならない。

 

「《ティアーシュート》! 《ティアーシュート》! 《ティアーシュート》!」

 

 それでも何度も技を使う。しかし効果はなく、ジュレイモンIは鬱陶しくなったのか蔦を鞭のように動かし、ルナモンを弾き飛ばす。

 

「ああっ!?」

 

 地面を転がるルナモン。何とか起き上がるが、ルナモンが見たのはもう体のほとんどを蔦に囚われたユエだった。

 囚われていくユエを見ながら、進化したはずなのに無力なままのルナモンは涙を流す。

 本来ならテイマーを守るはずのパートナーデジモンなのに、ユエを助けられないルナモンは悔しさに体を震わせる。

 

「……誰か、ユエを……助けて」

 

 自分じゃなくてもいい。ユエを助けてくれというルナモンの願いは果たして──届いた。

 

「カードスラッシュ! 《ホルスモン》!!」

「《テンペストウィング》!!」

 

 竜巻を身に纏い、霧を吹き飛ばしながら突進をしてきたのはガルルモン。ハジメのカードの力で得たホルスモンというデジモンの技で、ユエを拘束している蔦を全て斬り裂く。

 解放されたユエが放り出される。

 そこに霧の中からハジメが現れた。右肩には香織が近くにいない時に片腕でカードスラッシュをするためのデジヴァイスを固定する器具をつけている。

 霧の中に飛び込んだハジメは荷物の中からその器具を取り出すと、1枚のカードを使用した。

 探索能力を持つ《サーチモン》だ。

 その効果で霧の中からユエ達の居場所を見つけたのだ。

 幻覚を見せる霧には最初は惑わされたが、ガルルモンの鋭い嗅覚が幻覚だと見破った。

 

 落下するユエの体を、ハジメが優しく受け止める。

 

「ガルルモン! ハジメ!」

 

 ルナモンは囚われたユエを助けたガルルモンとハジメに笑顔を浮かべる。

 ハジメはそこでルナモンに気が付き、訝し気な目を向ける

 だが、ルナモンの体色からムンモンが進化したのではと気が付いた。

 

「もしかして、ムンモンか?」

「ん。今はルナモン。ユエを助けてくれてありがとう」

 

 ルナモンの答えに納得したハジメはとりあえず、ジュレイモンIから距離を取る。

 

「ガルルモン。しばらく任せていいか? 俺はユエを」

「わかった!」

 

 ガルルモンがハジメの指示に従い、ジュレイモンIに立ち向かう。

 その隙にハジメとルナモンは少し離れた樹の陰に身を隠す。

 

「大丈夫か! ユエ! しっかりしろ!」

「……」

 

 ハジメが呼びかけるがユエは反応せず、恐怖に顔を歪ませ震えている。

 

「ジュレイモンに幻覚見せられた。ユエ、怖がっている」

 

 ルナモンがユエに何があったのかハジメに教える。それを聞いたハジメは神水を取り出し、ユエに飲ませる。ペシペシと頬を叩き、もう一度呼びかける。するとユエの震えは収まり、瞳がはっきりする。

 

「ユエ!」

「……ハジメ?」

「ハジメだ。大丈夫か? 意識ははっきりしているか?」

 

 パチパチと瞬きしたユエは、ハジメの顔に手を伸ばして触れる。ハジメの存在を確かめるように。それでようやくハジメの存在を実感したのか安堵の吐息を漏らす。だが、すぐにその顔には恐怖が浮かび、手を放してしまう。そのユエの様子にハジメは困惑する。

 

「……どうした?」

「……もう、いや。信頼して、裏切られるのは、嫌だ!!」

 

 泣きながらユエはジュレイモンIに見せられた幻覚を話す。誰もいない空間でハジメ達に見捨てられて一人になる光景を。

 

「……最後は、またあの部屋に……」

「トラウマを刺激して恐慌状態にするってことか。くそったれ!」

 

 幻覚の内容を聞き、悪態をつくハジメ。そんなハジメを見ながらユエは恐怖に震えながら、

 

「……もう、裏切られたくない。裏切られるなら、信じたくない!!」

 

 と心の中の思いを吐き出した。

 裏切られる恐怖から、信じることも怖くなってしまっているのだ。

 ハジメにはユエの恐怖を理解できない。

 この奈落に落とされた経緯は、檜山の余計な攻撃による裏切りの結果ともいえる。だが、ハジメにとって檜山は同じ世界の出身というだけで信用も信頼もしていなかった。ガブモンを攻撃した光輝も同様だ。怒りはあるが仲間意識は低く、裏切りとは思っていない。

 せいぜい、元の世界に帰ったら、ねっちょりしている母の漫画のアシスタントの人に二人をBL同人誌の素材にしてもらって、嫌がらせしてやろうって考えているくらいだ。……実際にもう一度出会ったらどうなるかわからないが。

 

 そんなハジメでは、ユエにどんな慰めの言葉を掛ければいいのかわからない。

 

 だから、ハジメは今の自分が伝えられることを伝える。ユエをあの封印部屋から出すときに決断したのだ。助けると。その決断をあっさり捨てるつもりは毛頭ない。

 

「ユエ。前にも言ったが俺はお前を助けた。だからお前が助かるまで絶対に見捨てない。お前が信じなくても俺はお前を助ける!! お前が一度でも向けてくれた信用と信頼と、自分で決めたことを絶対に裏切らない!!」

「ハ、ハジメ……」

「それに、お前のことをずっと信じ続けてきたやつが、もっと近くにいるだろ?」

「……え?」

 

 ハジメはユエの顔を掴むと、横に向ける。

 そこにはユエのことを心配そうに見つめるルナモンがいた。

 

「……あなた、は?」

「……ルナモン。ムンモンから進化した」

「……ルナ、モン?」

 

 ルナモンを呆然と見つめるユエ。

 

「ルナモン。お前はユエを助けるために進化したんだろう?」

「……ん。でも、ユエを助けられなかった」

「それでもお前はユエを助けるために進化したんだ。そのユエを助けるっていう思いは本物だ。裏切ることなんて絶対にありえない、確かな証拠だ」

「ああ……」

「……ユエ」

 

 ユエの手をそっと握るルナモン。

 ルナモンの存在が自分は孤独ではない証拠だと言うハジメの言葉に、ユエは涙を浮かべる。

 

「それにな。ムーンとルナっていうのはユエと同じ、俺の世界で月を意味する言葉なんだ。まさにユエのパートナーデジモンに相応しいって俺は思うぜ」

 

 その言葉がトドメだった。ユエはルナモンを抱きしめると、声を押し殺して泣いた。ルナモンという、唯一無二のパートナーの存在を確かなものとして感じるために。ルナモンもひしとユエを抱きしめる。

 

 抱き合う二人を見つめるハジメは、これで大丈夫だと安心すると、自身のパートナーに目を向ける。

 

 無数の蔦を操り物量で押してくるジュレイモンIに、ガルルモンは攻めあぐねていた。力もスピードもガルルモンの方が上だが、蔦の数が多い。爪や牙、背中のブレードで斬り裂いても次から次へと蔦が殺到してくる。

 必殺技の《フォックスファイアー》を使えば蔦を燃やせるが、他の樹にも燃え移ってしまい、ハジメ達を危険にさらしかねない。しかも、霧の幻覚に惑わされないように目を瞑っていることも、戦闘が硬直してしまっている理由だった。

 

 ここは進化するべきかと思ったハジメは、ユエを見る。

 ルナモンを抱きしめながら、ハジメを不安げに見つめている。

 ルナモンに対しては信じられるようになったのだろう。だが、ハジメ達についてはまだ不安に思っていそうだ。だから、ハジメはユエに信じてもらうために、デジヴァイスを差し出した。

 

「……え?」

「持ってくれ。俺はユエを、信じている」

 

 ハジメはユエの目を真っ直ぐに見つめる。ユエもハジメの目を見て、そこにある真剣さに恐る恐るデジヴァイスに手を伸ばす。

 ハジメはユエの手にデジヴァイスを預けると、一枚のカードを取り出す。

《超進化プラグインS》。デジモンを進化させるカードだ。

 カードを構えると、ハジメはガルルモンとの繋がりを強く意識する。

 すると、カードが青く光り輝き別のカードに変化した。

 

「それは、ブルーカード……」

「ユエ。デジヴァイスを頼む」

「……ハジメは、私を信じるの?」

「当たり前だ」

「……どうして?」

「ユエを信じるって決めたからだ」

「……裏切らない?」

「裏切らない」

「……信じて、良いの?」

「信じても信じなくても、俺はユエを助ける。ただ、それだけだ」

「…………ん!!!」

 

 ハジメの言葉を噛み締めたユエは、探索前の香織のように、ハジメのデジヴァイスの溝を向ける。

 そこに向かってハジメはブルーカードをスラッシュする。

 

「カードスラッシュ! マトリックスゼヴォリューション!!」

 

 ──MATRIX XEVOLUTION──

 

 ハジメのデジヴァイスから蒼い光が迸り、樹海を包み込む。

 ハジメとユエは一緒にデジヴァイスを持ち、その光をガルルモンへと向ける。光はデジヴァイスを飛び出し、ガルルモンを包み込む。

 

「ガルルモン! X進化!!」

 

 ガルルモンがデータに分解され再構築されていく。

 現れるのは戦闘のスペシャリストである孤高の人狼。

 

「ワーガルルモンX!!」

 

 進化したワーガルルモンはクロンデジゾイドの手甲を装備した爪を振るう。爪に当たるだけでなく、腕を振るうことで発生した衝撃波だけであっけなく蔦は斬り裂かれる。それだけでなく、ジュレイモンIの巨体まで吹き飛ばす。

 

 ワーガルルモンとジュレイモンは同じ完全体同士。だが、このジュレイモンは偽物だ。成熟期デジモンよりは強いだろうが、完全体には及ばない。

 もはや勝敗は決した。完全体のワーガルルモンに、ジュレイモンIの力も能力も歯が立たない。ジュレイモンIもそのことをわかっているのか、ワーガルルモンの威圧感に怯えて動けない。

 後は爪を振るうだけで、この敵は倒れるだろう。

 

 その光景を見ていたルナモンは、意を決するとユエの腕の中からワーガルルモンに声をかけた。

 

「待って!」

 

 その声にワーガルルモンは動きを止め、ハジメ達もルナモンに視線を向ける。

 

「そいつは、私が倒したい」

「……ルナモン?」

 

 突然のルナモンの言葉に、ユエ達が困惑する。

 ルナモンはユエの腕の中から飛び出すと、ユエを見上げる。

 

「私はユエのパートナー。なのに、ユエを助けられなかった……」

「……そんなことはない。ルナモンが、私を助けるために頑張ってくれた。それだけで私は……」

「ダメ。それじゃあダメ」

 

 首を横に振るルナモン。そして決意を込めた瞳でユエに訴えかける。

 

「私はもっと強くなって、ユエを守りたい。ユエが信じてくれるから、応えたい!」

 

 その証明のためにジュレイモンIを倒したいのだとルナモンは訴えかける。

 

「ユエ、私に力を。ユエは……私のテイマー!!」

「ッ……!!」

 

 小さなルナモンが抱いた大きな思いに、さっきから強烈な思いをぶつけられていたユエはお腹いっぱいだった。

 

(今、こんなに信じてくれる仲間がいる。あの孤独な日々を吹き飛ばしてくれる優しくて、強くて、強烈な仲間たち)

 

 ハジメ。私を助ける誓いを守り通そうとしてくれる優しい人。考えるだけで、なんだか心がポカポカしてくる。

 ガブモン。ハジメが信頼する力強くて誇り高い戦士。

 香織。私にいろいろ教えてくれる友達……かもしれない。

 テイルモン。香織の愛を見守る気高い聖獣。

 

 ルナモン。私にできた、私と同じ月の名前の唯一無二のパートナー。

 

(みんなが信じてくれている。なら、私も信じる。皆のために。ここから先の、未来に進むために!!)

 

 ユエは覚悟を決めてデジヴァイスを取り出す。

 

「……ハジメ。カードを貸して」

「はいよ。ついでの他のカードも使え」

「……ん」

 

 ハジメはユエの手に、さっき使ったばかりのカードと自分のカードデックを渡す。

 そしてユエは、自分のデジヴァイスを構える。

 

「……初めて。行くよ。ルナモン」

「……ん!」

 

 ユエとルナモンは、ジュレイモンIを見据える。トラウマを呼び起こす幻覚を見せ、恐怖で縛った魔物。

 あまりの恐怖からハジメ達を信じることさえも恐れてしまったが、おかげでハジメ達を本当の意味で信じることができた。

 

「……これはそのお礼。カードスラッシュ! 《超進化プラグインS》!!」

 

 ──EVOLUTION──

 

 デジヴァイスから進化の光が迸り、先ほどのガルルモンのようにルナモンを光が包み込む。

 

「ルナモン進化!」

 

 ルナモンのデータが分解・再構築を経て新たな姿となる。

 手足はさらに伸び、俊敏に動き回ることができるように。

 背中には透き通るような水色の突起が生える。

 手には三日月のマークが描かれたグローブが装着される。

 これこそがルナモンの進化した獣人型デジモン。

 

「レキスモン!!」

 

 愛らしさを残しつつも、神秘的な佇まいを見せるレキスモン。霧の樹海に降り立ったその姿は、とても美しかった。

 

「レキスモン。獣人型デジモン。成熟期。必殺技は《ムーンナイトボム》と《ティアーアロー》」

 

 ハジメがデジヴァイスで読み取ったレキスモンの情報を読み上げる。

 レキスモンはワーガルルモンの前に出ると、両腕を構える。

 

「ここからは、私にやらせて」

「了解だ。頑張れよ」

 

 ワーガルルモンの激励を受けて、レキスモンはジュレイモンIに立ち向かう。

 さっきからワーガルルモンの威圧感に怯えて動けなかったジュレイモンIは、その鬱憤を晴らすとばかりにレキスモンに猛然と襲い掛かる。

 無数の蔦がレキスモンを捕えようと迫りくる。

 

「……遅い」

 

 レキスモンは蔦を軽快な身のこなしで躱していく。

 レキスモンはワーガルルモンと同じ、近接戦闘を得意とするタイプのようだ。攻撃的な動きのワーガルルモンと違い、相手を翻弄するような動きでまるで踊るように戦う。

 

「……蔦は無視。本体を狙って」

「……ん」

 

 小さな声で呟かれたユエの指示を、自慢の耳でしっかりと聞き取ったレキスモンは、蔦を躱しながらジュレイモンIの本体に近づく。

 そしてレキスモンは大きくジャンプする。

 目の前で突然跳躍されたジュレイモンIは、一瞬レキスモンを見失う。

 

「《ムーンナイトキック》!」

 

 跳躍したレキスモンはそのまま急降下キックを繰り出す。

 ルナモンの時とは桁違いに強力になった脚力から繰り出されるキックは、ジュレイモンIの体を砕く。

 

「オオオオッ!!?」

 

 肉体を傷つけられたジュレイモンIは、怒りを露わにしながら頭を激しく揺すり《チェリーボム》を飛ばす。

 まるで絨毯爆撃のような攻撃。いくらレキスモンの動きが素早くても避けられない攻撃。だが、戦っているのはレキスモンだけではない。

 

「……カードスラッシュ。《ホルスモン》」

「《テンペストウィング》!」

 

 さっきハジメが使ったカード。愛情のデジメンタルで進化したアーマー体デジモン、ホルスモンのカードを使うユエ。

 すると、レキスモンにホルスモンの力が宿り必殺技が発動する。

 体を回転させることで巨大な竜巻が起こり、《チェリーボム》が巻き上げられていく。

 空中でボンボンと爆発する木の実。しかし、レキスモンは無傷だ。

 

「……レキスモン。隙を作って。そのあとは、合わせて」

 

 ユエの指示に頷くレキスモン。

 両手を構えるとそこに水の泡を発生させる。

 

「……《ムーンナイトボム》」

 

 そして泡をジュレイモンIに投げつける。

 ジュレイモンIは蔦を振るい、泡を破裂させる。

 レキスモンの攻撃は失敗したかのように見えた。しかし、

 

「オ、オオ……?」

 

 ジュレイモンIは意識が鈍り、微睡み始めた。

《ムーンナイトボム》の水の泡には攻撃力はない。代わりに敵を眠らせる催眠効果があるのだ。破裂することで、効果は出てくる。

 動きが鈍り始めるジュレイモンI。

 この隙にユエは魔力を高める。レキスモンも背中の突起から美しい氷の矢を引き抜いて構える。

 ユエ達が力を蓄えている間に、ジュレイモンIは何とか意識をはっきりさせようと頭を揺する。

 すると《チェリーボム》がすぐ近くに落ちてしまい爆発する。

 自分の攻撃手段でダメージを受けてしまうジュレイモンI。だがそのおかげで朦朧としていた意識がはっきりした。

 

 だが、ユエとレキスモンの準備は終わっていた。

 

「〝凍獄(とうごく)〟!」

 

 ユエが魔法のトリガーを引く。ジュレイモンIの周囲が一気に凍てつき始める。ビキビキッと音を立てながら、ジュレイモンIが蒼氷に覆われていく。まるで花が開いていくかのように、氷がそそり立っていく。それはまさに氷華と呼ぶに相応しい光景だった。

 氷華の中心にいるジュレイモンIは完全に身動きできなくなる。しかし、まだ生きているのか目には光が宿っている。

 

「《ティアーアロー》!」

 

 そこにレキスモンが構えていた氷の矢を放つ。ユエと同様に力を溜めて放った必殺技は、氷に包まれたジュレイモンIを貫通した。

 これで決着。

 強敵ジュレイモンIは倒された。

 

「……お疲れ。レキスモン」

「……ユエも。私の我儘を叶えてくれて、ありがとう」

 

 レキスモンをねぎらうユエ。お礼を言うレキスモン。

 この日、ユエは本当の意味でデジモンテイマーとして歩み始めた。

 

「お疲れさん。ユエ」

「レキスモンも。いい戦いだった」

 

 ハジメとワーガルルモンが二人の戦いを称える。

 

「……ん。ハジメ。ありがとう……」

「カードくらいこれからいつでも貸してやるよ」

「……ううん。それだけじゃない」

 

 ユエは首を振ると、そっとハジメに近づく。そして、ハジメの体に抱き着いた。

 

「おおっ!?」

 

 突然の抱擁にハジメが驚く。

 ハジメの体を強く抱きしめながら、ユエは思いを吐露する。

 

「……ありがとう。私を助けてくれて。あの部屋から出してくれてありがとう、さっきも、信じてくれて、ありがとう。……ハジメ「見つけたあああ!!!」……ん?」

 

 ハジメのぬくもりを堪能するユエだが、上から聞こえた声に顔を上げる。ハジメと一緒に声の方へ視線を向ける。

 そこにはネフェルティモンに乗った香織がいた。

 霧を発生させていたジュレイモンIがいなくなったことと、ユエの魔法で周囲の樹々が凍り付いていることから、この場所を見つけられたのだ。

 

「ユエ無事だった……ん?」

 

 降りてきた香織だが、ハジメに抱き着いているユエを見て言葉を止める。そして、徐々に二人が何をしているのか香織は理解していく。

 

「や、やっぱりフラグが立っているうぅ!?!?」

 

 静けさを取り戻した樹海に、香織の叫びが響き渡った。

 

 




〇デジモン紹介
ルナモン
レベル:成長期
タイプ:哺乳類型
属性:データ
月の観測データと融合して生まれた、うさぎのような姿をした哺乳類型デジモン。ムンモンが進化したデジモン。大きな耳でどんな遠くの音も聞き分ける事ができる。憶病で懐きやすく、恥ずかしがり屋なデジモン。だがユエに似たのかクールで大胆な面も見せる。一見可愛らしいが闇の力の籠った爪で引っかく《ルナクロー》と、力を額の触覚に集中して綺麗な水球を放つ《ティアーシュート》を必殺技に持つ。また、シャボン玉を発生させて相手を妨害する《ロップイヤーリップル》も持っている。


レキスモン
レベル:成熟期
タイプ:獣人型
属性:データ
ルナモンが進化した獣人型デジモン。驚異的なジャンプ力を身に付け、素早い動きで敵を翻弄する。月の満ち欠けのように、つかみどころのない性格をしているが、その佇まいはどこか神秘的。必殺技は、両手の“ムーングローブ”から発生させた催眠効果のある水の泡を投げつけ、敵を眠らせる《ムーンナイトボム》と、背中の突起から美しい氷の矢を引き抜きいて放つ《ティアーアロー》。肉弾戦にも強く、空高く跳躍し、急降下キックを繰り出す《ムーンナイトキック》も強力。


原作しか読んだことなかったので、ユエがハジメに惚れた理由がよくわからず、書籍も読んでみたのですが、今作のユエには合わないかなと思い、オリジナルですがこのような経緯にしました。
二度目の裏切りを見せられ、一時は本当に誰も信じられなくなりますが、ハジメとルナモンの思いで再び立ち上がりました。
そろそろ香織とハジメの取り合いが書けるかなとちょっとワクワクしています。

次回は少し時間がかかるかもしれません。そろそろ一章のクライマックスなので書き貯めをしたいなと思っております。
最後くらい次回予告とかで盛り上げたいというのもありますので。


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23話 最奥で待つモノ

前回書き貯めを作ると言ったのですが、なかなか進まず、しかもまた資格試験が近くなったので、忙しくなる前に投稿したいと思いました。

次話のプロットは出来ているので、久々の次回予告もあります。では、お楽しみください。


「ジュレイモンかあ。面倒な相手だったね」

「……ん。大変だった」

「でも、ムンモンが進化したし、結果的によかったんじゃないかな?」

「……ん」

 

 香織の言葉に小さく頷くユエ。

 ジュレイモンIを倒したハジメ達の元に香織とネフェルティモンが合流。お互いの無事を喜び、何があったのかを話していた。

 ユエが幻覚によってハジメさえも信じられなくなったと聞き驚いた香織だったが、パートナーであるルナモンの進化と、愚直なハジメの言葉によってもう一度信じることができたことを聞き安心した。

 

 話をしているときのユエの表情が、ちょっと柔らかくなっているのが凄く気になったが。

 

「香織の方は大丈夫だったのか?」

 

 今度は逆にハジメが香織達の方のことを聞く。ハジメも香織達がクワガーモンIと戦っているのを見た。だが、樹海に落ちたユエ達の方が危険だと判断。香織達なら切り抜けると信じて、ユエ達を助けに行ったのだ。

 

「聞いて聞いて。結構大変だったんだよ」

「危ない橋を渡ったわ」

 

 香織とネフェルティモンから退化したテイルモンが、疲れたように話始めた。

 

 空中戦でクワガーモンIに苦戦していた香織達。何とか現状を打破できないかと思った香織は、ふと自分の持っている物に気が付いた。

 それはハジメが作ってくれた盾『アイギス』だ。

 香織はアイギスを取り出すと、魔力を流して展開した。

 クワガーモンIが奇襲を仕掛けてきたとき、なんと香織はアイギスをクワガーモンIに向けて投擲したのだ。

 

「いや、それどこのキャップだよ?」

「キャップは凄いよねえ。私じゃ当たらなかったよ。まあ、〝縛煌鎖〟を繋いでいたから、アイギスは落とさなかったよ」

「結果的に、そのおかげでクワガーモンに隙ができて、組み付くことができたんだけどね」

 

 ハジメは盾で戦う有名なヒーローみたいな香織の行動にツッコミを入れる。香織は「失敗失敗」と苦笑する。

 だがテイルモンの言うとおり、結果的にクワガーモンIに隙ができた。ネフェルティモンはクワガーモンIに組み付いたまま、地上に向かって落下した。そして、フロアの端に落ちた香織達は壁に激突した。

 

「ぶつかった壁の向こうに空洞があってね。クワガーモンも巻き込んでその中に入っちゃったの」

「何かの住処だったみたい。木の根っこが張り巡らされていたわ」

「結果的に助かったよ。クワガーモンを狭い所に押し込められたから、戦いやすくなったんだ」

「あとは香織が捕まえて私がとどめを刺した」

 

 香織達はクワガーモンI達の戦いの説明を終えた。偶然とはいえ、香織の機転が功を奏した結果だった。

 話を聞いてふと気になったハジメは香織に質問をする。

 

「空洞には何かいなかったのか?」

「いたと思うよ?クワガーモンが倒れていたところに、魔物の血の跡みたいなのがあったし。でもしばらく私たちが居ても何も出てこなかったよ。そんなことよりもユエ達が心配だったから急いで来たんだ」

「そうか……」

 

 ハジメはもしかしたらそこが、このフロアの重要な場所じゃないのかと思ったのだ。

 全員にその考えを伝えると、ひとまず香織が明けた空洞を目指すことにした。

 

 香織はテイルモンを再びネフェルティモンに進化させた。レキスモンは初めての進化だったのでルナモンに退化していた。今はムンモンの時のようにユエの腕の中だ。

 

「さあ、乗ってユエ」

 

 香織は探索を始めた時と同じく、ユエを乗せようと手を差し出す。だが、ユエは小さく首を横に振ると、

 

「……ハジメ、抱っこ」

「え?」

「へ?」

 

 ワーガルルモンに抱え上げてもらおうとしていたハジメに、両手を伸ばして言った。

 驚くハジメと素っ頓狂な声を出してしまった香織。

 

「……魔力を使って、疲れた。回復したいから、一緒に乗せて」

 

 つまりハジメの血を吸って、魔力を回復させたいということなのだ。移動するのならその間に済ませてしまいたいと。

 

「だ、だったら私の血を吸ってよ!ネフェルティモンならまだまだ座れるスペースあるんだし!」

「……今は、ハジメの血を吸いたい。我儘でごめんなさい。でも、ハジメを感じたい……」

「いきなりデレ過ぎじゃないかな!?かな!?」

 

 我儘を言い始めるユエ。香織は断固反対する。

 

「ユエ、悪いが今は香織とネフェルティモンの方に乗ってくれ。血は後で飲ませてやるから」

「……ふふっ。わかった。……代わりに、後で絶対に、ね?」

 

 ハジメがそう言うと、ユエはいたずらっぽく笑って引き下がった。ユエとルナモンもネフェルティモンに乗り、ハジメ達は移動した。

 結果として香織があけた穴の近くに別の穴があり、その先に下層への階段があった。ハジメ達は次の階層へと先を急いだ。

 

 移動中、さっきまで襲い掛かってきた魔物達は姿を見せなかった。

 実は魔物達は頭の花に寄生されており、花をばら撒いた魔物に操られていた。

 人間の女性と植物が融合したアルラウネのようなその魔物、エセアルラウネは魔物達を手足のように動かし、樹海の主であるジュレイモンIの元に迷宮の探索者を追い込む役割を持っていた。

 だが、偶然にも香織がぶつかった壁がエセアルラウネの住処になっていた。そのため、意図せず香織はクワガーモンIを使ってエセアルラウネを住処ごと潰してしまったのだった。

 本来ならかなり手古摺る魔物だったのだが、偶然のついでで倒されるという哀れな末路を辿ったのだった。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 樹海の階層からさらに先に進んだハジメ達。

 香織が持ってきてくれたノートパソコンの時計を確認してみれば、ハジメが落ちてから二か月くらい経っていた。

 ルナモンがレキスモンへ進化して戦力になったことで攻略のペースが上がった。

 ユエも伸び伸びと戦い、ハジメ達の大きな助けになった。

 

 そしてついに、次の階層でハジメが最初に流された階層から数えて100層目になるところまでやってきた。

 すでに次の階層への階段は見つけている。ハジメ達は階段の近くに拠点を作り、探索の準備に勤しんでいた。

 

「いよいよだな、ガブモン」

「ああ。100層目ってことは絶対何かある」

 

 ハジメとガブモンは特殊弾の補充をしながら、次の階層へと思いをはせる。

 片腕での作業にもすっかりと慣れ、ガブモンが運んできた鉱物を錬成して次々と弾薬を作っていく。

 

「ラスボスとかか?」

「定番と言えば定番だけどな。この迷宮、何故か地球のゲームみたいな作りをしているから、ラスボスがいる可能性が高い」

 

 ガブモンが予想を話すと、ハジメが肯定する。

 

「ラスボスかあ。……やっぱりデジモンのイミテーション?」

「かもな。完全体の上位体、もしかしたら究極体のイミテーションが出てくるかもな」

「ありえそう。ハジメ、出てきそうな究極体デジモンの連想ゲームしようぜ」

「いいぜ」

「じゃあ俺から。う~ん、ムゲンドラモン」

「うわ、ありえそう。じゃあ俺はグランディスクワガーモン」

「ボルトモン」

「メタルシードラモン」

「ピエモン」

「ピエモンはないだろう、ガブモン」

「あー、やっぱり?」

 

 ピエモンの予想はないだろうとガブモンに突っ込みを入れるハジメ。ピエモンは魔人型のデジモンで、強力だが謎の多いデジモンだ。ラスボスには相応しいが、迷宮というより物語のラスボスタイプだ。

 その後もハジメとガブモンは雑談をしながら準備を進めていった。

 

 一方、香織とテイルモン。

 

「シールド!ガード!!」

「はっ!ほっ!」

 

 テイルモンが壁や床を足場にぴょんぴょん跳ねて飛び掛かって来るのを、香織が手に持った武器で防ぐ。

 二人は習慣の戦闘訓練をしていた。

 今の香織のステータスはこのようになっている。

 

 

 

 ===============================

 白崎香織 17歳 女 レベル:75

 天職:治癒師

 筋力:980

 体力:1020

 耐性:1280

 敏捷:830

 魔力:50080

 魔耐:50080

 技能:回復魔法[+回復効果上昇][+回復速度上昇][+イメージ補強力上昇][+浸透看破][+範囲回復効果上昇][+遠隔回復効果上昇][+状態異常回復効果上昇][+消費魔力減少][+魔力効率上昇][+連続発動][+複数同時発動][+遅延発動][+付加発動]・光属性適性[+発動速度上昇][+効果上昇][+持続時間上昇][+連続発動][+複数同時発動][+遅延発動]・高速魔力回復[+瞑想]・魔力操作[+魔力放射] [+魔力干渉] [+魔力収束] [+身体強化]・天歩[+空力][+縮地] [+剛脚]・夜目・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・恐慌耐性・全属性耐性・言語理解

 ===============================

 

 

 

 相変わらずおかしい数値の魔力と魔耐。他のステータスも攻略を開始した時より大幅に上がっている。攻略中に危ない戦闘を何度も乗り越え、休息時でも訓練に励んでいた結果だった。

 そんな香織が今振り回しているのは王宮から配られたアーティファクトの杖ではなく、なんとハジメが作ってくれたシールドのアイギス。

 香織は、クワガーモンIにアイギスを投げてから盾を使っての戦いを試してみたところ、見事にはまったのだ。それから盾を使った戦いを練習している。参考イメージは米国のキャップに、盾の騎士の英霊の力を宿したマシュマロな後輩だ。

 さらに香織はハジメに頼み込んでアイギスに改良を加えてもらった。

 展開すると腕に装着できる取っ手を作ったり、取り回しがしやすい小さな盾を内側に着けてもらったりした。加えて、〝聖絶〟の魔法陣も刻まれており、盾を使って展開される結界は鉄壁の防御力だ。香織の防御とユエの殲滅魔法の組み合わせは凶悪だった。派生技能の[+身体強化]で盾を振り回すことで、近接戦でもかなり強くなった。成熟期のテイルモンの割と本気の動きにも対応できる。シールダー香織の誕生だ。

 

「気合入っているな、香織」

「うん!そろそろ迷宮も終わるかもしれないからね!」

 

 訓練の合間に二人が話すのもやっぱりこの話題だった。

 

「みんなで迷宮を出るために、頑張ろうね。テイルモン」

「ああ。ここまで来たんだ。最後まで力を振り絞ろう」

 

 気合を入れなおした二人は訓練を再開する。この奈落の地獄から脱出するために。

 

 そして最後の組みであり、ユエとルナモン。

 二人はハジメのノートパソコンを借りていた。

 

「ぐすっ。いいラストだった……」

「ん。感動した……」

 

 涙ぐむユエとルナモン。二人がノートパソコンで観ていたのはあるアニメ動画だった。

 それはハジメと香織、いやデジモンテイマーズ全員の永遠の最押しアニメ『デジモンアドベンチャー』だ。次点は『デジモンアドベンチャー02』。

 日本語をある程度習得したユエは日本のアニメも解るようになった。そこでデジモンの勉強も兼ねてハジメ達がダウンロードしていたアニメ動画を観させてもらった。

 その結果、見事に嵌った。

 トータスには絶対になかったストーリーに、デジモンとの交流が描かれていることに感情移入して夢中になった。

 ただしヴァンデモン。お前は許さない。吸血鬼の恥知らずめ。

 

『デジモンアドベンチャー』だけでなく、魔法が出てくるアニメもユエは見た。日本のアニメ作品には魔法の参考になるものが数多く、触発されたユエはオリジナル魔法の開発を始めた。

 魔法のレパートリーを圧倒的に増やしたユエは、封印される前よりも強くなったと実感している。

 

「……みんなお別れになって可哀そう」

「……ん」

 

 ルナモンが見ていたアニメの感想を言い、ユエが頷く。

 ユエ達が観ていたのはちょうど最終回で、主人公の選ばれし子供達が世界を救って元の世界に帰ったところだ。デジモン達と別れなければいけないのがとても可哀そうだった。何だかそれが自分とハジメ達のようで、少しこの迷宮探索が終わるのが怖くなった。だが、ユエはその不安を振り払い、ルナモンを抱え上げる。

 

「……アニメは、アニメ。私とルナモンはずっと一緒。ハジメ達ともずっと一緒」

 

 抱きしめながら言うユエの言葉に、ルナモンも小さく頷く。

 

「……『02』は、次の階層を攻略したら観よう」

「……ん」

 

 ユエとルナモンはアニメ鑑賞を終える。

 ちょうどその時、香織が全員に声をかける。

 

「ご飯できたよ~!みんな手を洗って集まって!」

 

 いつものように魔物肉を無毒化して食事を作っていた香織。ハジメ達は攻略の数少ないお楽しみの時間に、各々の作業を止めて集まって来る。

 本日の献立は、ハジメが作った圧力鍋で煮込んだ魔物肉のトロトロ煮だ。調味料が塩だけしかない中、血抜きと調理方法を工夫した香織の自信作だった。

 ハジメ達は喜んで食べて攻略への英気を養った。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 休息を終えたハジメ達は階下へと続く階段に向かった。

 その階層は今までの階層とは根本的に作りが異なっていた。

 無数の巨大な柱が等間隔に並んでおり、まるでどこかの神殿の様だった。ハジメと香織はパルテノン神殿を連想した。天井までは30メートル程はありそうで、床は平らで綺麗だ。

 

 ハジメ達がしばしその光景に見とれながら探索をしていると、全ての柱が輝き始めた。

 全員がハッと我を取り戻し警戒する中、特に何も起こらない。

 念のためにデジモン達を進化させて進む。ハジメはワーガルルモンまで進化させて、万全の態勢を整える。

 

 200メートルも進んだ頃、遂に柱以外の物を見つけた。

 それは巨大な扉だった。ユエが封印されていた部屋の扉よりも大きく、全長10メートルはありそうだ。美しい彫刻が彫られており、周囲を荘厳な雰囲気で満たしている。

 

「これはまたすごいな」

「もしかして、ここかな?」

「……ん。反逆者の住処?」

「つまりここがゴール?」

「だったら、門番がいるかもしれない」

「……警戒続行」

 

 ラスボスが出てきそうな雰囲気に全員が警戒する。

 覚悟を決めた表情で扉に近づくハジメ達。そして、扉に近づいたハジメ達の前に巨大な魔法陣が現れた。

 

 ハジメ達が戦闘態勢を取る中、魔法陣の中から出現したのは6つの頭を持つ、体長30メートルの巨大な蛇の化け物。例えるなら神話の怪物ヒュドラだった。

 

「「「「「「クルゥァァアアン!!」」」」」」

 

 不思議な音色の鳴き声を上げるヒュドラ。侵入者であるハジメ達へ怒りを抱いているのか、常人ならそれだけで心臓を止めてしまうかもしれない壮絶な殺気が叩きつけられた。

 

 それに対してハジメ達は一歩も引かずに立ち向かう。そして戦いが始まったのだが、決着はすぐに着いた。

 

「《カイザーネイル》!!」

「《ロゼッタストーン》!!」

「《ティアーアロー》!!」

「〝蒼天流星〟!!」

 

「「「「「「クキャァァアアン!!」」」」」」

 

 ワーガルルモンの爪で首が全て切り裂かれ、ネフェルティモンが召喚した巨石に押しつぶされ、レキスモンの氷の矢で撃たれて、ユエの〝蒼天〟を砲撃のようにしたオリジナル魔法で吹き飛ばされた。出てきたばかりなのに容赦ない攻撃に、悲鳴を上げるヒュドラ。

 6つの首が力を失い、残った胴体から七本目の銀色の首が生えてきて光線を吐いて反撃するが、

 

「〝縛煌鎖・天蓋〟!!」

「貫け、貫通爆裂弾(スピアエクスプロード)!!」

 

 香織が網のように広げた巨大な光の鎖に絡めとられる。閃光を吐こうとしていた銀色の首は押さえつけられ、そこにハジメが開発した弾丸が撃ち込まれる。貫通爆撃の名前の通り、弾丸はヒュドラの表皮を貫通し、体内で大爆発を起こした。銀色の首も吹き飛び、ヒュドラの体から力が抜けていった。

 

「……倒したのか?」

 

 全員が警戒を解かない中、ハジメが呟く。

 

「……動き出さないね」

「……ん」

 

 香織とユエも困惑しながら言う。鋭い感覚を持つデジモン達がヒュドラの死体を確認する。彼らの目から見てもヒュドラの体から生きている気配は感じられなかった。

 

「死んでいる」

「そうか」

 

 ワーガルルモンの言葉に、ハジメ達はようやく戦闘態勢を解いた。

 ハジメ達は顔を見合わせて、戦いの感想を言う。

 

「「「「「「弱すぎる」」」」」」

 

 正直、これまでの階層に出てきた完全体デジモンのイミテーションの方が手ごわかった。本当にこれがラスボスなのかと困惑する。

 

 ──パチパチ

 

 そこに突然、拍手の音が聞こえた。

 ハッとしたハジメ達は武器を構え、再び戦闘態勢を取る。

 

『お見事です。攻略者の皆様』

 

 どこからか、何者かの声が聞こえてきた。声音からして女性のようだ。

 

『こちらの不手際により難易度変更が遅れてしまい申し訳ありませんでした。なので、皆さんが本当にこの迷宮を攻略するのにふさわしいか確かめるために、標準仕様のガーディアンを相手にしていただきました』

 

 おそらくスピーカーのようなもので声を出しているのだろう。声だけで姿は全く見えない。ハジメ達は警戒しつつも声の言葉を考える。

 ガーディアンとはさっきのヒュドラの事なのだろう。やっぱりあいつがラスボスだったのだ。ただし、声の言葉が言うとおりなら本来のラスボスとのことだが。

 

『討伐まで3分37秒。流石はデジモンテイマーです』

「デジモンテイマーを知っている……。何者だ?」

「この世界の住人なのか怪しいね」

 

 ハジメと香織が疑問を口にする。謎の声はそれに答えることなく、話を続ける。

 

『只今より、真のガーディアンを出現させます。皆さんの奮闘をご期待します』

「いきなりだな」

「休憩する暇もないって……」

「……不親切」

 

 一歩的に告げてくる謎の声に、ハジメ達は口々に文句を言う。

 しかし、そんなことで謎の声は待ってくれない。

 ヒュドラの死体の下に再び魔法陣が展開される。またヒュドラの様な魔物が出てくるのかと、ハジメ達は身構える。だが、

 

「……おいおい……」

 

 ハジメが引き攣った笑みを浮かべる。魔法陣はさっきヒュドラを召喚した時よりも大きく、ハジメ達の足元を超えてフロア全体に広がっていく。遂に魔法陣は壁にも広がり、天井にまで展開していった。

 

 そして、魔法陣が完成。強烈な光を放った。

 

 ハジメ達の視界が真っ白に染まる。思わず目を閉じる。

 暫くすると光が収まり、目を開けた時、ハジメ達の前には信じられない光景が広がっていた。

 

「何だよ……これ……」

 

 呆然と呟くハジメ。香織達も言葉を失う。

 彼らの前に広がっているのは、どこまでも広がっている青空だった。しかも所々には浮遊島が浮かんでおり、ハジメ達はその浮遊島の一つに立っていた。浮遊島の大きさはバラバラで、ハジメ達が立っている島は特に大きい。直径約1キロで、土と岩が転がるだけの平らな島だ。

 地下の迷宮にいたはずなのに、真逆の世界に放り出されてしまった。

 

「転移か……?」

「幻覚とか?」

「……わからない。こんな魔法、見たことも、聞いたことない」

 

 未だ混乱から立ち直れないハジメ達だが、状況は待ってくれない。

 突然、ハジメ達の上を巨大な影がものすごい速さで横切った。ハジメ達が上を向いた瞬間、猛烈な風が吹き荒れる。

 

「うわっ!?」

「きゃっ!?」

「んんッ!?」

 

 ハジメ達が吹き飛ばされそうになるほどの風圧に、各々のパートナーデジモンが駆け寄り支える。

 必死で堪えるハジメ達に構うことなく、巨大な影はハジメ達の上を縦横無尽に飛び回る。ただ飛ぶだけで巻き起こる突風と衝撃波に、動くことができない。

 やがて、飛び回ることを止めた影はハジメ達の前に舞い降りる。

 

「なんだ、こいつは……?」

「デジモン、なの?」

「……竜」

 

 ユエが呟いた通り、それは巨大な竜だった。

 ただし、生物的な竜ではなく、機械的な、まるでロボットの様な竜だ。腕はなく巨大な翼を広げている。その翼には透明なプレートが重なってできており、光の粒子が漏れている。足の爪や体に生えている棘は水色に光っている。長い尻尾には巨大なレーザーガンが装備されている。

 相対することで感じる途轍もない威圧感に、香織とユエは動けなくなる。

 だがハジメとデジモン達は、何とか威圧感に耐える。

 デジモン達は生まれ持った闘争本能で。ハジメは過去に似た威圧感を持つ存在と相対した経験から。

 

「なあ、ワーガルルモン。こいつ、もしかしてなんだが……」

「……ハジメの考えている通りだ」

 

 ワーガルルモンは一度言葉を切り、香織とユエにも聞こえるように言う。

 

「こいつは正真正銘のデジモン。しかも究極体だ!!」

 

 ワーガルルモンの言葉を肯定するように、先ほどの謎の声が聞こえてくる。

 

『ご紹介します。このメタリックドラモンが皆さんの最後の相手です。ではご健闘を』

 

 一方的に話し終えて、謎の声は聞こえなくなった。

 ハジメはデジヴァイスで相手のデータを読み取る。

 

「……出た。メタリックドラモン。究極体。天竜型。必殺技は《レーザーカノン》と《レーザーサーベル》」

 

 ハジメも初めて見るデジモンだった。だが、並みの究極体ではない。感じられる威圧感はテイマーズの仲間たちが進化する究極体デジモン達にも匹敵するほどだ。

 

「キュオアアアアアアッッ!!!」

 

 メタリックドラモンが咆哮を上げて、大きく羽ばたく。巻き起こるのはさっきとは比べ物にならない突風、いや暴風だ。あまりの風圧に浮遊島自体が、地震が起きたかのように大きく揺れる。あまりの振動にハジメ達テイマーは立っていられなくなる。

 デジモン達がそれぞれのテイマーが飛ばされないように盾になる。

 

「起こす風だけでッ……!!?」

「これが、究極体ッ……!!?」

 

 香織とユエは初めて感じる究極体の力に戦慄する。だが、こんなものは序の口だった。

 メタリックドラモンはハジメ達に向かって尻尾のレーザーガンの砲門を向ける。そこには眩い光が集まっている。

 

「!?不味い!?ワーガルルモン!!!」

 

 ハジメは咄嗟にワーガルルモンに指示を出す。

 その意を酌んだワーガルルモンは背中のサジタリウスを展開。飛び上がると2連のレーザー砲を向ける。

 

「《レーザーカノン》!!」

「《アルナスショット》!!!」

 

 メタリックドラモンのレーザーガンから放たれた極大の光線と、ワーガルルモンのサジタリウスから放たれた二条の光線がぶつかる。

 しかし、ワーガルルモンの《アルナスショット》は、メタリックドラモンの《レーザーカノン》に一瞬でかき消される。あまりの光に、ハジメ達は眼を瞑る。

 そのままワーガルルモンは光線に飲み込まれた。

 

「避けろおおおおッッ!!!」

 

 ハジメの叫びに、ネフェルティモンとレキスモンはハジメ達を抱えて、その場を飛び退く。おかげでギリギリ躱すことができた。

《アルナスショット》を当てたことと、ワーガルルモンがぶつかったこと、そして何よりメタリックドラモンが様子見でエネルギーをほとんどチャージせずに発射したことで、射線が逸れていたことが幸いした。

 地面を転がったハジメ達が顔を上げると、攻撃の跡が目に入って来る。

 

「あ、ああ……」

「……島に、穴が」

 

 ユエが零した通り、《レーザーカノン》は直撃した浮遊島の大地に大きな穴をあけていた。

 ただの様子見の攻撃で、分厚い岩盤を貫く威力。あまりの破壊力に戦慄する香織とユエだが、ハジメは二人に構わず攻撃の跡地に向かって駆けだす。

 

「ワーガルルモン!!ワーガルルモン!!!」

 

 上空でメタリックドラモンが攻撃したことで生じた熱を放出している中、必死に攻撃を受けたワーガルルモンを探すハジメ。

 すると、島の端っこに動く影を見つけた。

 

「ワーガルルモン!!」

 

 ワーガルルモンだ。だが、その体はボロボロで立つこともできずに膝をついていた。背中のサジタリウスは壊れて飛べなくなっており、防具もほとんど罅割れて壊れている。身体も傷だらけで立ち上がれなさそうだ。

 遠目でワーガルルモンの様子を見ていた香織とユエは、これまでの戦いで無敵の強さを見せていたワーガルルモンが、一撃で戦闘不能になっていることに信じられない目をする。

 

「大丈夫か!?!?」

「声が大きい……大丈夫だよ。痛ッ」

 

 痛みに顔をしかめながらも、体を起こすワーガルルモン。しかし、その体は光に包まれて小さくなる。大きなダメージを受けたことで、成長期のガブモンに戻ってしまったのだ。

 痛々しいパートナーの姿に心を痛めながらも、ハジメはガブモンに声をかける。

 

「ガブモン、わかっていると思うが……」

「ああ。大丈夫だ。問題ない」

「……悪い」

「気にするな。あいつを倒せるのは、俺たちだけだ」

 

 傷ついた体に鞭を打ち、立ち上がるガブモン。ハジメはガブモンのテイマーとして、デジヴァイスを手に横に立つ。

 二人はこちらの様子を窺っているメタリックドラモンを睨みつける。

 

「ハジメ君!!」

「ハジメ!!」

 

 香織とユエがこちらに来ようとするが、ハジメは「来るな!!」と怒鳴って止める。

 足を止めた二人に、乱暴な言い方をしてごめんと思い、ハジメは二人に少し頭を下げる。これから起きる戦いに二人を巻き込むわけにはいかないのだ。

 

「行くぞ、ガブモン!!」

「ああ!!」

 

 二人の心が一つになり、デジヴァイスが光を放つ。ハジメはデジヴァイスを掲げる。

 

 ──MATRIX XEVOLUTION──

 

「マトリックスゼヴォリューション!!」

 

 デジヴァイスを胸に当てる。するとハジメの体はデジヴァイスの光に包まれて、データになっていく。

 データになったハジメはガブモンと一つになる。

 

「ガブモン!X進化!!」

 

 ハジメのデータと一つになったガブモンもデータが分解され、再構成される。

 成熟期のガルルモン、完全体のワーガルルモンを超え究極体へ。

 体は機械化され、蒼い装甲を身に纏う。

 右肩にビームランチャー、左肩にはミサイルポッドが装備され、さらに体の各所に重火器が装着されていく。

 左腕には超高速連射能力を持つガトリング砲『メタルストーム』が装備され、究極のマシーン型デジモンとして完成される。

 一体化したデータの中で、ハジメが相手を見据える。

 

「メタルガルルモンX!!」

 

 これこそガブモンの最終進化形態。全身を武装化することで圧倒的な火力を誇るメタルガルルモンだ!

 

「ハジメ君とガブモンが……」

「一つになった……」

「これが話に聞いたデジモンとテイマーの到達点」

「……凄い」

 

 ハジメとガブモンの融合進化を始めて見た香織達は驚愕する。ネフェルティモンだけは話だけは聞いていたようで、感動していた。

 メタルガルルモンは背中のウィングを展開して飛び上がると、メタリックドラモンに向かっていく。

 香織はデジヴァイスを取り出し、メタルガルルモンのデータを読み取る。

 

「メタルガルルモン。サイボーグ型。究極体。データ種。必殺技は《コキュートスブレス》と《メタルストーム》。究極体!これなら勝てるよ!」

「……ん!」

 

 香織は希望が見えたと喜ぶ。ユエも話に聞いていたガブモンの究極体に、希望に満ちた声を上げる。

 進化したメタルガルルモンをメタリックドラモンは戦うべき相手だと認識。メタルガルルモンと相対する。

 

「行くぞ!!」

 

 メタルガルルモンが武装を展開し、メタリックドラモンをロックオンする。

 メタリックドラモンもメタルガルルモンへ突撃しようと、全身に力を込める。

 二体の究極体が激しく激突する。──と思われたその時。

 

 

 

 ──バチッ

 

 

 

『え?』

「なに?」

 

 メタルガルルモンの体から紅黒い電流が放出された。最初は小さかったが、どんどん大きくなっていく。

 

 ──バチバチバチッバチチチチチチッッ!!!

 

「『ああ、アアアアアアアアッッ!!!!!????』」

 

 メタルガルルモンと、一体化しているハジメに途轍もない痛みが走る。体の中からバラバラに引き千切られるような感覚に二人は苦悶の声を上げる。

 やがて電流は電撃に、そして雷撃とも言えるほど大きく激しくなっていく。

 

「あ、あれは……あの時の……!!?」

 

 メタルガルルモンの様子に、香織の頭にある光景が過る。それは迷宮に突入した時に、暴走していたハジメと出会った時の光景だ。あの時もハジメはあの紅黒い雷撃を体から放っていた。暴走はワーガルルモンがハジメに宿っていたデジモンのデータをロードし、香織とホーリードラモンの力で癒すことで収まったはずだ。

 

(なのに、なんで?もうハジメ君が暴走する原因なんて…………ああっ!!)

 

 ふと気が付いた。ハジメを暴走させていたデジモンのデータは、ワーガルルモン、つまりガブモンがロード、吸収した。そのガブモンは今、ハジメと一体化してメタルガルルモンになっている。暴走していた時のデータがハジメの肉体に戻ったということだ。

 

「そんな。そんなことって!!?」

 

 またハジメが苦しんでしまう。全てを破壊する暴力の化身に!!

 黒い雷撃の中で、メタルガルルモンの鮮やかな蒼い身体が漆黒に染まっていく。金色の瞳は危険な紅い光を放ち始める。

 

「『ウオオオアアアアアアアアッッッッ!!!』」

 

 雷撃が収まると、身体から迸る黒い力に苦痛の声を上げながら、メタルガルルモンだったデジモンがいた。

 その姿はまるでハジメが暴走していた時に身に纏っていた時の鎧にそっくりだった。しかし、放っている威圧感は比較にならない。

 恐る恐る香織はさっきのように、漆黒のメタルガルルモンのデータを読み取る。

 

「……ブラックメタルガルルモン。究極体。ウイルス種……必殺技は、《漆黒のコキュートスブレス》。ウイルス種になっている……」

 

 力を無くしてへたり込む香織。ユエもさっきまでと違って恐ろしい雰囲気を放つメタルガルルモンに不安を隠せない。

 

「オオオオオオッッ!!!」

「キュオオオオッッ!!!」

 

 天空の世界に、二体の究極体の雄叫びが響き渡り、次の瞬間に激突した。

 

 

 




〇あとがき
〇デジモン紹介
メタリックドラモン
レベル:究極体
タイプ:天竜型
属性:データ
デジタルワールド最上空を光速で飛ぶデジモン、その姿は他の飛行デジモンでも捉えることは叶わない。
オルクス大迷宮の最深部からハジメ達が飛ばされた異空間に出現。ハジメ達の前に立ちはだかる。なぜこんなところにいるのか、一切は不明。本来ならばデジタルワールドの上空から調和を保つ粒子を広げている高位の存在である。
必殺技は、尻尾のレーザーガンに溜めた強力な光線で一直線上に殲滅する《レーザーカノン》。技発動の瞬間に放たれる光は10km離れた地からも見ることができ、近距離で直接目撃した者はそのあまりのまばゆさに目を潰される。
さらに尻尾のレーザーを剣に固定し、高速で突撃し斬りつける《レーザーサーベル》がある。


前回のその後と、ラスボス戦への準備。そして、ラスボス戦開始でした。
当初は原作のヒュドラを強化するつもりだったんですが、それじゃあハジメ達は究極体にならないよなあと思い、かなり後に出すつもりだったメタリックドラモンを登場させました。
活動報告でもお気に入りデジモンといったこのデジモンは、アニメにも未登場なので、うまく描けるか不安ですが、頑張ります。

そして、満を持して登場のブラックメタルガルルモンX抗体。公式ではいないんですが、ブラックウォーグレイモンX抗体がいるんだからとオリジナルで登場させました。果たしてその力は・・・。

次回もよろしくお願いします。

〇次回予告
ブラックメタルガルルモンに進化してしまったハジメとガブモン。暴走する力を必死に制御しながら、メタリックドラモンと壮絶な空中戦を繰り広げる。
これまでの戦いとはレベルが違いすぎる戦いに何もできない香織とユエ。それでも何かできることがあるはずだと奮い立つが、思わぬ存在が立ちはだかる。

次回24話「究極対決 メタリックドラモンVSブラックメタルガルルモン」

今、冒険が進化する。


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24話 究極激突 メタリックドラモンVSブラックメタルガルルモン

お久しぶりです。試験勉強で執筆絶ちをしていたので更新が遅れました。
少し短いですがお楽しみください。

起承転結でいうと前話で起承だったので、今回は転です。


 どこまでも続く蒼穹を、数十発の冷凍ミサイルを放ちながら漆黒の狼が飛翔する。当たれば一瞬で凍結し、氷砕する死の弾頭の雨を降らせながら、鋼の竜を追いかける。命中しなかったミサイルは、空に浮かぶ浮島に着弾し、氷塊にして砕いていく。

 天空の世界を舞台に激突する二体の究極体デジモン。

 ブラックメタルガルルモンとメタリックドラモン。

 光速で飛翔するメタリックドラモンは本来なら捕らえることはできないが、ブラックメタルガルルモンの超高性能なレーダーサイトから導き出される行動予測は、メタリックドラモンを追い込む。そして、移動速度が光速から落ちるときを狙い、ブラックメタルガルルモンは接近。左腕の武装を起動させる。

 

 武装の名は《ブラックストーム》。

 メタルガルルモンが装備していた《メタルストーム》が強化された武装で、3門だった砲身は6門になっている。しかもブラックメタルガルルモンが体から発生させる黒い雷を用いることで、弾丸を電磁加速させることができるレールガンになっている。使用時間は大幅に短くなったが、破壊力は桁違いだ。

 

 砲身が回転し、轟音と共に音速の数倍に加速された弾丸がメタリックドラモンに浴びせられる。ブラックストームに装填されている弾丸はクロンデジゾイド製のフルメタルジャケット弾。勇者の聖剣ですら傷1つつけられない希少金属を湯水のようにばら撒く、とんでもない攻撃だ。

 メタリックドラモンの鋼でできた身体に無数の火花が散る。あまりの威力と弾幕にメタリックドラモンは苦悶の声を上げる。

 そこに容赦なく追加のミサイルが放たれる。

 着弾したミサイルはメタリックドラモンの肉体をどんどん凍結させていく。動きが鈍っていくメタリックドラモンに対して、ブラックメタルガルルモンは容赦しない。

 口内に負のエネルギーを収束。超極低温のエネルギーに変換し、解き放つ。

 

「《コキュートスブレス》!!」

 

 通常のメタルガルルモンとは違い、そのブレスは漆黒に染まっていた。

 正面から受けたメタリックドラモンは黒い氷の中に覆われた。それだけにとどまらず、氷は周囲の島にまで伸びていき、巨大な氷塊となった。

 大空に出現した巨大な黒い氷河。その中に眠る鋼の竜。

 現実にはあり得ない光景を生み出したブラックメタルガルルモンは、各種武装の余熱を排出しながら、空中に滞空する。

 

 戦いの決着はついたように見えた。だが、次の瞬間、氷の中から眩い閃光が溢れた。

 あまりの光量にブラックメタルガルルモンの視界がゼロになり、いくつかのセンサーがエラー数値を示す。

 そこに氷の中から極大の閃光が放たれた。

 咄嗟に両腕でガードするブラックメタルガルルモン。

 

「オオオオッッ!?!?!」

 

 光線にブラックメタルガルルモンは吹き飛ばされ、浮遊島の一つに激突する。

 

「キュオオオオオオッッ!!!」

 

 氷塊から脱出したメタリックドラモンが咆哮を上げる。

 氷漬けになりながらも、体内に充填していたエネルギーを開放することで、メタリックドラモンは氷を吹き飛ばして脱出したのだ。もっともかなりの無理をしたため体は傷ついており、光翼も半分ほど消失している。

 それでも戦意はいささかも衰えていない。

 ブラックメタルガルルモンがぶつかった浮遊島に尻尾のレーザーガンの砲門を向けて、エネルギーを充填。必殺技の《レーザーカノン》を発射する。

 牽制ではない、敵を倒すための一撃がブラックメタルガルルモンに放たれる。

 

「ガアアアアッッ!!」

 

 咄嗟にビームウィングを展開して飛び上がるブラックメタルガルルモン。何とか《レーザーカノン》を躱すことができた。だが、そこにメタリックドラモンが急接近してきた。その勢いのまま、メタリックドラモンは体当たりを繰り出す。ただの体当たりと言っても、光速で飛べる究極体の本気の体当たりだ。受けてしまえば、完全体デジモンであっても消滅しかねない。

 

 それに対してブラックメタルガルルモンも、武器ではなく肉体技で対抗する。

 

 全身に紅黒い雷撃を纏い、体当たりしてくるメタリックドラモンに掴みかかる。衝撃と雷撃が周囲に広がる。ブラックメタルガルルモンは体当たりの衝撃をものともせず、メタリックドラモンの首を両腕で掴み、捻り上げる。それだけでなく雷撃も流すことで、さらにダメージを与える。メタリックドラモンもやられっぱなしではない。ブラックメタルガルルモンを振り払おうと、体を錐揉み回転させて飛行する。組み付いたまま、二体は周囲の浮遊島を破壊しながら、縦横無尽に飛び回る。

 

 もはや理性のない獣同士の戦い。しかもぶつかり合う力が尋常ではない。この天空の世界でなければ流れ弾だけで、街の一つや二つは滅んでいる。

 

 やがて、飛行能力の高いメタリックドラモンがブラックメタルガルルモンを振り払い、さらに尻尾を叩きつける。

 再び吹き飛ばされるブラックメタルガルルモン。だが、今度は置き土産として、胸部から巨大ミサイル、フリーズボンバーを発射する。《ガルルトマホーク》という必殺技だ。直撃を受けたメタリックドラモンも吹き飛ばされる。

 

 痛み分けになった2体だが、すぐに体勢を立て直して再び激しく激突し始めた。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

「……なんて戦い。これがデジモンの究極体」

 

 香織とユエ、彼女たちは戦いに巻き込まれないように、最初にいた浮遊島からネフェルティモンに乗って、離れた浮遊島に移動していた。そこからデジヴァイスに表示されるパートナーの視界を拡大して、戦いを見ていた。

 かなり離れているはずだが、二体の戦いの余波は届いてくる。壊された浮遊島の欠片が投石のように飛んでくる。そのたびに、技や魔法で必死に防いでいた。

 

 ユエは以前自分の実力が上位の成熟期デジモン相当と言われた。その後、完全体デジモンのイミテーションと戦ったことで納得したが、まだ理解が足りなかった。究極体の戦いを直に見て、自分の力など遠く及ばないとわかった。

 

 一方、香織はブラックメタルガルルモンの戦いを厳しい目で見ていた。なにせ、今のハジメの姿と戦い様は、暴走していた時を彷彿とさせるからだ。何度暴走しても、何度でも止めると約束した香織だが、果たして自分にあのブラックメタルガルルモンを止められるのだろうか?

 決めたはずの覚悟が揺らぎ、不安を感じる香織に、ネフェルティモンが声をかける。

 

「香織」

「ネフェルティモン?」

「あなたはあなたの愛を信じなさい。それがあなたの決めた道でしょう?」

「私の決めた道……うん。そうだね」

 

 香織の決めた道。ハイリヒ王国も、先生も、級友も、親友さえも置き去りにして愛するハジメの元に駆け付けた。その時の選択を後悔しないために、ハジメへの愛を貫くことこそが彼女の道なのだ。

 

「ハジメが暴走しているのか、まだ決まったわけじゃないわ。もしもの時は」

「止めよう。ハジメ君を。あの時みたいに」

 

 香織はデジヴァイスを握り締め、改めて覚悟を決めた。

 

 しかし、どんなに決意を固めようとも、圧倒的な力の前にはなす術もなく、消えてなくなる。

 

 香織達に眩い閃光が迫る。

 メタリックドラモンの《レーザーカノン》の流れ弾が、偶然二人の所に飛んできたのだ。

 

「あ───」

 

 香織もユエも、ネフェルティモンとレキスモンでさえ何もできずに、光に包まれた。

 魔法や成熟期のネフェルティモンとレキスモンでは、どうにもできない攻撃。

 カオリ達は反射的に目を瞑った。

 

 だがしばらくして、香織は自分が生きていることに気が付いた。恐る恐る、目を開けると、

 

「……ウウゥ……」

 

 バチバチと黒い電撃を身に纏ったブラックメタルガルルモンが、その身を盾にして香織達を守っていた。両手を広げ、その背中でメタリックドラモンの光線が香織達に当たるのを防いだのだ。

 

「ハ、ハジメ君……?」

「…………」

 

 香織が声をかけるが、ブラックメタルガルルモンは何も答えない。それでも、ブラックメタルガルルモンはさっきまでの戦いのように暴力的な素振りは見せなかった。

 香織はブラックメタルガルルモンを見つめる。

 ユエ達も、自分たちをブラックメタルガルルモンが守っているのに気が付く。

 自分たちを守ってくれているブラックメタルガルルモンの姿に、彼女たちの中にあった恐れが小さくなっていく。

 

「ハジメ君だ。ハジメ君は、ずっと私たちを守ってくれていたんだ」

「ん。ハジメ、ありがとう」

 

 香織は感極まり、ユエがお礼を言う。デジモン達も警戒を緩める。ブラックメタルガルルモンは何も言わないが、少しだけ頷いた。

 

 次の瞬間、ブラックメタルガルルモンはビームウィングを広げて後ろ向きに飛翔。迫って来ていたメタリックドラモンにぶつかった。

 再び取っ組み合いながら、ブラックメタルガルルモンは香織達を戦いに巻き込まないために離れていく。

 

『……離、れるぞ!……巻き込ま、ない……ために』

 

 ブラックメタルガルルモンの中で、荒れ狂う力を抑えながら、ハジメはパートナーに声をかける。

 進化してから応えは返ってこない。だが、一体化しているため、ガブモンも同じ状況だと感じ取れる。いや、体が振り回されている分、ガブモンの方が辛いだろう。

 言うことを聞かない力に、湧き上がる破壊衝動。少しでも気を抜けば、自我が無くなってしまい、無差別に暴れかねない中、ハジメ達は必死に戦っていた。

 

『うおおおおおおおおおっっ!!!』

 

 暴れる力のままに、メタリックドラモンを押し続ける。同時に全身の武装を発射。至近距離でミサイルが放たれ、押し付けたガトリングレールガンとビームランチャーが火を噴く。

 ブラックメタルガルルモンの体もダメージを負うが、関係ないと撃ちまくる。

 早くこの戦いを終わらせなければという焦燥に突き動かされる。メタリックドラモンも危険だが、自分自身の力が危険だ。何とかブラックメタルガルルモンの動きを制御しているが、少しでも気を抜けば仲間たちも巻き込む戦いをしてしまいそうだ。だから、ハジメは決着を急いでいた。

 

 しかし、そこでハジメはブラックメタルガルルモンの持つセンサーが、この場に新たな存在が現れたことを検知したのを感じた。

 その存在が現れた場所は……。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 香織達はハジメがメタリックドラモンを引き離すのを見ていた。

 

「……このままで、いいの?私達」

「いいわけないよ」

 

 ユエの呟きに、即座に応える香織。

 

「このままじゃあ、私達ハジメ君におんぶに抱っこだよ。そんなの、仲間じゃない」

「……ん」

 

 ハジメの仲間として胸を張れるように、何かしたいと思う香織達。

 

「ネフェルティモン。何とかしてハジメ君の手助けはできないかな?」

「ごめんなさい。私の力では、究極体には及ばない」

「レキスモンも?」

「……ごめん」

 

 香織とユエがパートナーに改めて尋ねる。テイマーの力になってあげたい二体だったが、同じデジモンであるため力の差を理解しており、申し訳なさそうに首を横に振る。

 

「倒すことだけができることじゃないよ。相手の気を引くとか、隙を作るとか、いろいろできるはず」

「そう。ハジメのためにできることはあるはず」

「……わかったわ。私も考えよう」

「ん。ユエの望みは私の望み」

 

 香織の提案を、ユエも支持する。ハジメ達の力になろうとするテイマーの姿に、デジモン達も自分にできることを考え始める。

 

 

 

 

 

 その時、ユエは利用できるものがないか周りを見渡した。

 そして自分たちに迫る人影に気が付いた。

 

「香織!!」

「ユエ!!」

 

 鋭い感覚を持つデジモン達も気が付き、同時に人影から極光が放たれた。

 レキスモンは驚異的な瞬発力でユエと香織を掴むとその場を離脱しようとする。しかし、僅かに間に合わない。その僅かな時間は、ネフェルティモンがその身を挺することで稼いだ。

 レキスモンに抱えられてその場を離れる香織とユエ。しかし、ネフェルティモンが極光に飲み込まれてしまった。

 

「ネフェルティモン!!?」

 

 動揺する香織。だから、上からも放たれた更なる極光に気が付かなかった。

 

「逃げて!!」

 

 レキスモンにユエと共に放り投げられる。

 ゴロゴロと地面を転がる二人が、起き上がって目にしたのは、極光に飲み込まれたパートナーたちだった。

 ネフェルティモンは動いておらず、レキスモンはうつ伏せで倒れている。二体の体からは煙が吹き上がっており、地面には融解したような跡が出来ていた。

 

「ネ、ネフェルティモン?」

「……レキス、モン?」

 

 二体は答えない。ネフェルティモンに至っては、グラリと揺れると倒れ込み、アーマー進化も解けてテイルモンになってしまった。

 

「テイルモン!?」

「レキスモン!?」

 

 パートナーの元に駆け寄ろうとする二人。しかし、そこに極光を放ってきた存在が降り立ち、立ちふさがった。

 

 美しい二人の女達だった。

 銀髪碧眼の美しい造形に、白を基調としたドレス甲冑を着ている。ノースリーブに日差し球であるドレスに、腕と足に甲冑をつけ、額にはサークレットをつけている。しかもその背中には銀色に光る翼まである。まるで北欧神話に登場する戦乙女ワルキューレのようだ。奇妙なのは二人とも同じ顔をしている。まるで精巧に作られた人形が二体ならんでいるようだ。何の感情も浮かんでいない冷たい瞳が、奇妙な違和感を際立たせている。

 

 女達は両手を水平に伸ばす。すると、ガントレットが一瞬瞬き、刃渡り二メートルほどの鍔がない大剣が両手に握られていた。そして、大剣の切っ先が、二人に向けられた。

 

 しかし、その切っ先はすぐに引っ込められた。

 

 横からブラックメタルガルルモンが、二人の危機を察知して向かってきたからだ。

 女達はその場を飛び上がり、そこにブラックメタルガルルモンのミサイルが割り込む。

 女達がミサイルに追いかけられているうちに、香織達はそれぞれのパートナーに駆け寄る。

 

「〝聖典〟!」

 

 香織はすかさず最上級の回復魔法を使う。術者を中心とする領域内にいるものを回復させることができる。通常なら複数人の術者が長い詠唱を唱えることで使えるのだが、魔力操作を覚え、あり得ない魔力を得た香織は死に物狂いの特訓の末に無詠唱での即時発動を身に着けた。

 傷を癒す光がテイルモンだけでなく、レキスモンのところまで広がり、二体の傷を癒そうとする。しかし、いつもなら即座に傷が治るはずなのに、二体の治りが遅い。ダメージの深さを悟り、香織とユエは手持ちの神水を飲ませる。すると傷が徐々に治り始めた。

 

 実はあの極光には、物質を分解する作用があったのだ。デジモン達はデジタル生命体とはいえ、リアライズして現実世界に現れている以上、現実の物質として肉体を構成している。故にその物質を分解される攻撃を受ければ、深いダメージとなってしまう。回復する肉体そのものが崩されようとしているため、回復魔法も効きにくいのだ。

 成熟期デジモンの持つ強靭な肉体と内包するエネルギーのおかげで即死はしていないし、香織の回復魔法と神水のおかげで治り始めている。

 

「か、香織……」

「よかった!テイルモン」

 

 先にテイルモンの意識が戻った。デジメンタルの力と一体化するアーマー体だったためなのか、レキスモンよりもダメージが少なかったようだ。

 香織はテイルモンを抱えて、ユエとレキスモンの近くに移動する。そして、レキスモンを癒し始める。

 

 だが、彼女たちの近くに、何かが落ちてきた。

 

 ドガシャンッという音共に落ちてきたのは、胸に大きな刺し傷ができたブラックメタルガルルモンだった。

 




〇デジモン紹介
ブラックメタルガルルモンX抗体(オリジナル)
レベル:究極体
タイプ:サイボーグ型
属性:ウイルス
〝漆黒の機械狼〟として恐れられるウイルス種のメタルガルルモン。制御できない殺戮マシーンであり、一度補足した相手は消滅するまで銃弾とミサイルを撃ち込み続ける。その攻撃性は例え武装が全て破壊されても消えることはなく、全身から負のエネルギーを雷撃に変換、身に纏いながら襲い掛かる。
体中の武装には冷気系と実弾系の両方が揃っており、状況に応じて使い分ける。
必殺技はメタルガルルモンと同じ《コキュートスブレス》だが、ブラックウォーグレイモンと同じく負のエネルギーを込めて放つ《漆黒のコキュートスブレス》。受けた相手は一瞬で凍結した後、負のエネルギーによって粉々に砕け散る。
左腕には負のエネルギーの雷撃で駆動する超高速連射可能な6砲身ガトリングレールガン《ブラックストーム》が装備されており、殲滅戦においては通常種のメタルガルルモンを凌駕する。


ブラックメタルガルルモンX抗体は魔王になった原作ハジメを意識しています。《ブラックストーム》なんて原作のガトリング砲メッツェライの強化バージョンであるデザストルですからね。究極体デジモンの武装なのでメタルガルルモンの方が強力ですが。

次話でオルクス大迷宮のラスボス戦を終わらせたいです。そして、皆さん気になっていることのいくつかを判明させたいです。

〇次回予告
ハジメ「立ちふさがる困難」
香織「苦しい状況」
ユエ「……それでも生きていたい。思いはそれだけで、十分」
ハジメ「俺たちの思いが、カードを力に変えてくれる」
香織「さあ、進化の時!」

次回25話「完全体総進撃 放てトリニティバースト!!」
三人「「「君も、テイマーを目指せ!」」」


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25話 完全体総進撃 放てトリニティバースト!!

お待たせいたしました。やりたいことを詰め込んだ結果、思ったよりも時間がかかってしまいました。その分面白く思っていただけたら嬉しいです。

遂にオルクス大迷宮攻略が終わります。



 香織とユエは眼の前の光景が信じられなかった。

 暴力的だが、圧倒的な強さを誇っていたブラックメタルガルルモンが、仰向けに倒れて、動こうともしない。胸には大きな刺し傷があり、どう見ても致命傷だ。

 まさかあの女達にやられたのかと思ったが、上空で大きな爆発音がすると、また何かが落ちてきた。

 

 ドサドサッと今度落ちてきたのは黒くて小さな塊だった。

 

「……うっ」

 

 最初は何かわからなかった香織だが、よく見るとそれは人の上半身や下半身などの体の一部だった。ものによっては鎧の一部が付いていることから、あの女たちの物であることがわかった。気分が悪くなり思わず口を押えてしまう。

 

 そして今度は、少し離れた所にズシンッという音を立てて大きなものが落ちてきた。

 

「グ、ガアァァ」

 

 巨大な鋼の竜。メタリックドラモンだった。しかし、輝くメタリックシルバーだった体は無数の傷を負っている。しかも左右の翼は大きくひしゃげており、もう飛ぶことは出来なさそうだ。

 メタリックドラモンに目を向けていた香織は、その尻尾に剣の形に固定されたレーザーを見つけた。おそらくあれがブラックメタルガルルモンを貫いたのだろう。

 

「相、打ち……?」

「いいえ。違います」

 

 呆然と呟いた香織に、美しいが感情のこもっていない声音が返ってきた。

 ハッとすると、空の上から先ほど現れた女二人が降りてきた。

 彫像の様な美しい体と鎧には傷1つない。では、あの黒焦げのバラバラ死体は?

 その答えは降りてきた三人目の女の姿を見てわかった。二人と同じ顔と容姿をしている。

 

「総勢1200人いた我々を一瞬で3人まで蹴散らし」

「メタリックドラモンの飛行能力を奪った」

「損害としては我々の方が大きいでしょう」

 

 彼女たちは複数いたのだ。全く同じ姿をした存在が、言葉通りならば1200人も。

 ブラックメタルガルルモンが殲滅したようだが、三人残ってしまった。

 

「しかし、結果としてはこちらの勝利です。もはやそちらは戦う力はないようです」

 

 女の言葉と同時に、ブラックメタルガルルモンが光に包まれる。やがてその姿はハジメとガブモンに分離した。二人ともボロボロだ。女の言うとおり、とても戦えない。

 

「最高戦力は倒れ」

「パートナーデジモンも傷ついた」

「あなた達二人はほとんど無傷ですが、我々三人とメタリックドラモンには勝てません」

 

 女たちはそう言うと大剣の切っ先を香織達に向ける。

 香織は反射的にアイギスを構え、倒れているハジメとデジモン達の盾になる。ユエも手を向けて、魔法を放つ構えをする。

 

「あなた達は、何なの?」

 

 香織は気になっていた女たちの正体を聞く。女たちは表情一つ動かさず応えた。

 

「神の使徒」

 

 神の使徒。それはハイリヒ王国に召喚された香織達の呼び名だ。だが、おそらくそれとは違うだろう。見た目と雰囲気、そしてテイルモン達を倒した砲撃や空を自由に飛ぶ翼。神が生み出したと言われてもおかしくない力をもっている。

 だが、そんな存在がなんで反逆者が作ったと言われているオルクス大迷宮にいるのだろうか?まさか反逆者が作ったというのは嘘で、大迷宮は神が作ったのだろうか?

 

「次は我々が問いましょう」

 

 今度は女──―神の使徒が問いかける。

 

「戦いますか?戦いませんか?」

 

 つまり、抵抗するかしないかということだった。

 お決まりの問いかけなので、香織もお決まりの質問返しをしてみる。

 

「……戦わなかったら、どうなるの?」

「苦しまずに死ねます」

 

 やっぱりお決まりの答えだった。

 香織は後ろを振り向く。

 そこには傷ついたデジモン達とハジメがいる。彼らを守れるのは香織とユエだけだが、二人で神の使徒と名乗る三人と戦えるだろうか?しかも、

 

「グウルアアアッッ!!」

 

 離れた所に落ちたメタリックドラモンが動き始めた。翼が傷ついているのでうまく動けないようだが、こっちに向かってきている。

 手負いとはいえ、究極体デジモンまで敵に回るとなると絶望的な戦力差だ。

 

 もはや勝ち目はない。

 

「そう思えるなら、こんなところにいないよね」

 

 香織は苦笑すると、アイギスを握る手に力を入れて構え直す。それだけでユエも香織の考えを察し、隣に並ぶ。

 

「ユエ……」

「……カオリ。わかっている」

 

 言葉は少ないが、二人はわかっていた。今倒れている皆を守れるのは自分たちだけで、戦うことを諦めたら、ここまで戦ってきた意味がなくなってしまう。

 パートナーデジモンとの出会いも、仲間との絆も、思い人への愛も。大切なもの全部を守るために少女たちは決意する。

 

「「私たちは戦う!戦って勝って生き残る!!」」

 

 二人の返事と同時に、神の使徒達が三人で合計6本の剣で斬りかかってきた。

 

「〝聖絶〟!!」

 

 香織の発動させた魔法の障壁が、6本の剣を受け止める。香織の規格外の魔力で生み出された障壁はビクともしない。だが、障壁を維持するために香織は動けなくなってしまった。

 神の使徒たちは斬撃を止められても動じずに、剣に魔力を込める。すると剣に眩い光が灯り始めた。光を宿した剣は、強固な香織の障壁にジリジリと食い込み始めた。

 この光こそ、先ほどネフェルティモン達を飲み込んだ砲撃の正体。物質だけでなく魔法でさえも分解する極光の砲撃だ。その力を宿した剣が、香織達の命を奪おうと障壁を斬り裂こうとする。

 だが、この場で戦えるのは香織だけではない。

 

「〝蒼天〟」

 

 香織の傍で魔法の準備をしていたユエが静かに呟く。それはユエの得意な最上級魔法。蒼く輝く火球が展開される。しかも、

 

「〝流星群〟!!」

 

 今までは一つだけだった火球が、同時に七つ展開される。

 実はユエはハジメの技能である〝並列思考〟のことを聞き、使えるようになれればと思い、練習してきた。結果、90階層の攻略中にハジメのように魔法を同時に展開し、別々に操作できるようになった。

 展開された七つの〝蒼天〟は空中を飛び、神の使徒の頭と胴体を吹き飛ばそうと迫る。

 咄嗟に飛び退り、神の使徒達は火球を躱す。だが、ユエにコントロールされた火球は目標を追尾する。

 一人につき二つが張り付き、残った一つが隙を窺い待機する。

 やがて、魔法に追い詰められた神の使徒の一人が大剣で火球を打ち払う。大剣を振り抜いた無防備な体勢になったところへ、ユエは残った火球を銃弾のように撃ち込む。

 

「〝聖絶〟」

 

 しかしその火球は防がれる。香織が展開しているものと同じ障壁で。

 

「あなた達が使う魔法程度、我らが使えないと思いましたか?」

 

 ユエの攻撃が防がれたのと同時に、同じく火球を振り払った二人の神の使徒が再び障壁に斬りかかってくる。

 

「ふううぅ……広がって!!」

 

 それに対し香織は、すでに発動させている魔法にさらに魔力を込める。

 〝魔力干渉〟の技能を使い続けたことで、香織はすでに発動させた魔法にさらに魔力を込める術を身に着けた。そうすることで魔法の操作に磨きがかかり、香織のできることが増えた。

 例えば、発動した〝聖絶〟に魔力を込めて、障壁の範囲を一気に広げるたり。

 

「くっ……」

「なんとッ」

 

 双大剣を振り上げた状態で迫ってきた障壁に不意を突かれた神の使徒たちは、空中で弾き飛ばされバランスを崩す。

 すかさずユエが攻撃する相手を切り替え、魔法を放つ。

 

「〝緋槍・穿千(ひそう・うがち)〟」

 

 炎の槍を生み出す〝緋槍〟をさらに大きく鋭くし、回転をつけて貫通力を上げたユエの改良魔法が二人の神の使徒に迫る。例え〝聖絶〟を張られても貫くことができる。

 

 二人の使徒は〝聖絶〟を張るが、炎の槍は易々と貫く。だが、貫く際に生じた僅かな時間で、先ほどユエが狙撃した神の使徒が猛スピードで二人の手を掴み、その場を離脱した。

 

「逃がさない!」

 

 ユエが追撃の魔法を放つ。しかし、体勢を立て直すと神の使徒たちは双大剣を振るい、全てを分解する魔法で消し去る。

 そして再び香織とユエに迫る。

 香織も〝聖絶〟を展開しなおし、ユエとハジメ達を守る。だが、今度は障壁が紙のように斬り裂かれてしまう。

 

「なっ!?」

「ワンパターンです」

 

 最初に受け止めた時と違い、双大剣には先ほどユエの追撃を分解した魔法がそのまま宿り、圧縮されていたのだ。いうなれば分解剣。あらゆる物質、魔法を斬り裂く必殺の剣だ。

 その必殺剣が、香織とユエを斬り裂こうとする。

 

「カオリッ!」

 

 〝聖絶〟を展開していた為、すぐに動けなかった香織をユエが庇う。おかげで香織は神の使徒達からの攻撃から逃れられたが、代わりにユエが斬り裂かれる。

 両腕に腹部、胸部、左耳、右太腿を斬り裂かれる。特に腕と耳などは斬り飛ばされてしまう。

 〝自動再生〟があるから治るだろうが、このままではユエは無防備だ。

 

「ユエッ!!?」

 

 香織は〝身体強化〟で肉体を限界まで強化すると、その手に持ったアイギスを投擲する。

 神の使徒たちはアイギスを〝聖絶〟のように斬り刻む。その隙に姿勢を低くした香織が接近。二人の神の使徒の足を掴むと、膂力と〝魔力干渉〟を併用して振り回す。

 香織のまさかの行動に神の使徒達が正気を取り戻す前に、放り投げる。

 そして残った一人に対しては、体を大剣の間合いの内側に流れるような動きで潜り込ませる。翼で飛ばれる前に腕を掴んだ香織は、足払いで体勢を崩し、先の二人と同じように投げ飛ばす。

 強化された身体能力と体捌きで、僅かな時間で神の使徒を少し引き離した香織。

 この隙に香織はユエを掴み、ハジメ達の所に下がり、再び〝聖絶〟を張る準備をする。

 アイギスはないが、ユエが回復するまで持ちこたえてやると香織は身構える。

 

 だが、投げ飛ばされただけのはずの神の使徒達は、なぜか距離を取り始めた。ダメージも与えていないはずなのになぜ?

 

「グオオオオッッ!!!」

 

 香織の疑問を吹き飛ばすように響き渡る咆哮。そちらに目を向けてみれば、こちらに近づいてきていたメタリックドラモンがいた。その尻尾のレーザーガンをこちらに向けていた。

 

「まずっ、きゃあああああっっ!?」

 

 香織は慌てて何とかしようとしたが、レーザーガンの光が放たれる方がはるかに早かった。

 直撃はしなかったが手前に着弾。あまりの衝撃に何もできずに吹き飛ばされる香織。彼女の後ろにいたユエとハジメ達も同様だ。

 

「ううぅ」

 

 倒れた香織が痛みに呻きながら顔を上げると、さっきまで香織達がいた場所の近くに大きなクレーターができていた。浮遊島も大きく揺れたのか地震のような揺れが起きている。手負いであろうと究極体の名に相応しい威力だ。

 クレーターのさらに向こうには、こっちにレーザーガンを向けているメタリックドラモンの姿がある。神の使徒達はメタリックドラモンの攻撃に巻き込まれないように離れている。だが、すぐに止めを刺しに戻って来るだろう。

 

「ま、まだ……」

 

 何とかして起き上がろうとする香織だが、痛みに体が上手く動かない。

 

 万事休すかと思った香織の目の前に、小さな背中が現れた。

 大きな耳、長い尻尾に付いたホーリーリング。それは香織の頼もしいパートナーデジモン、

 

「テ、テイルモン?」

「ああ。守ってくれてありがとう。香織。ここからは、私が守る」

 

 勇ましく宣言するテイルモンだが、体は香織と同じくボロボロ。メタリックドラモンどころか神の使徒一人でも相手ができるか。

 

「む、無理だよ、テイルモンだけじゃ……!」

「そうだな」

 

 香織の言葉をあっさりと肯定するテイルモン。

 

「だから、香織。私を戦わせてくれ」

「え……?」

「この迷宮で戦ってきてわかっているだろう?私は香織のパートナーデジモンだ。戦うにはテイマーの、香織の力が必要なんだ。香織の力が私の力になるんだ」

「私の力が、テイルモンの力……」

 

 テイルモンの言葉を反芻する香織。

 立つことも難しい自分に、そんな力があるのか。

 

(……力。そういえば、ハジメ君が言っていた。デジモンテイマーの力。それは……!!?)

 

 香織はハッとする。そして自分の腰につけているカードケースに手を伸ばして一枚のカードを取り出した。

 

「カードは、カード。私達デジモンテイマーが信じることで、カードは力になってデジモンを、テイルモンを強くさせるんだ!!」

 

 香織は取り出したカード、《超進化プラグインS》を見つめ、次にテイルモンに目を向ける。テイルモンは何も言わないが、その目には香織への全幅の信頼が宿っている。その信頼に、応えたいと香織は強く願った。

 

「テイルモンを、ユエを、レキスモンを、ハジメ君とガブモンを。仲間と大好きな人を守るために!!」

 

 香織の願いに、カードが青く変わっていく。

 

「ブルーカード。進化できる……!」

 

 ブルーカードに変わったことに驚きつつ、倒れたまま香織はデジヴァイスを取り出す。そして迷うことなくブルーカードをデジヴァイスに通す。

 

「カード、スラッシュッ!《マトリックスエヴォリューション》!!」

 

 ──MATRIX EVOLUTION──

 

「テイルモン進化!!」

 

 光に包まれたテイルモンのデータが分解され、再構築されていく。

 小さな猫のような姿だったテイルモンの姿が、大人の女性の姿になる。

 背中には8枚の純白の翼が広がり、ピンクの羽衣を身に纏い、左手には羽根の装飾のあるロンググローブを嵌める。

 顔の上半分を十字架の描かれた仮面を被る。

 これこそがテイルモンが進化した完全体。テイルモンの時よりも聖なる力を操ることができる、慈愛の心と強大なパワーを持つ大天使型デジモン。

 

「エンジェウーモン!!!」

 

 舞い散る純白の羽根と共に、降臨したエンジェウーモン。香織はずっとアニメで見ていた姿に、場違いではあるが感動する。

 神の使徒達も警戒しているのか、こちらの様子を窺っている。

 エンジェウーモンは両手を頭上に上げて、光を放つ。

 

「《セイントエアー》!!」

 

 光から虹色の粒子が溢れて、周囲に広がっていく。

 

「これって、アドベンチャーの……。傷が、治っていく」

 

 それを見た香織はアニメ『デジモンアドベンチャー』でエンジェウーモンがこの技を使っていたことを思い出す。

 邪悪な存在であるヴァンデモンの動きを封じるだけでなく、仲間のデジモン達を癒して力を与えていた。つまり、敵へのデバフと味方への回復とバフを行う強力な支援技だ。

 アニメの場面のように、香織の傷もどんどん癒えていく。

 

 それは少し離れた所で倒れていたユエも同様だった。

 

「……ん。温かい、光」

 

 〝自動再生〟という技能を持っているために回復魔法の世話になったことが無かったユエにとって、エンジェウーモンの癒しの力は初めての感覚であり、とても暖かく感じられた。

 〝自動再生〟との相乗効果で体は急速に癒えていき、同時に心地いい気持ちに浸っていたユエを、覗き込む影があった。

 レキスモンだ。

 エンジェウーモンの《セイントエアー》で、癒され起き上がれるまで回復したのだ。

 

「……レキスモン」

「ん。ごめん、ユエ。守れなくて」

「いい。いつも守ってもらっているから。お互い様」

 

 体を起こすユエ。デジヴァイスでエンジェウーモンのデータを見る。

 

「……あれは、エンジェウーモン。大天使型、完全体。必殺技は《ホーリーアロー》と《ヘブンズチャーム》。テイルモンが進化した?」

「ん。テイマーとパートナーの力」

「……そっか。やっぱり、カオリは凄い」

 

 ユエは生まれて初めての感情を抱いていた。

 吸血鬼族の王族に生まれ、〝自動再生〟と魔法の才能を持ち、恵まれた環境にいたユエ。その後、悲劇に見舞われてしまったため、終ぞ縁がなかったその感情の名前は──憧れ。

 ユエは香織という少女に憧れ始めていた。

 

「……なりたい。カオリや、ハジメみたいな、デジモンテイマーに……」

 

 永劫の封印の果て、巡り合った少年少女との交流で抱いた憧憬を強く強く思うユエにレキスモンは声をかける。

 

「なれる」

「……レキスモン」

「ユエが願ってくれたから、私は生まれた。私が願ったから進化できた。私とユエが願い、信じればなれる。香織とテイルモンみたいに」

「私とレキスモンが願えば……」

 

 パートナーの言葉を反芻するユエに、レキスモンは最後の問いを投げかける。

 

「私は願っている。ユエと一緒にいたい。強くなりたい。ユエは?」

「…………私も、願っている。レキスモンと、ハジメとカオリ達といたいって!!」

 

 その時、ユエがハジメ達からもらったカードを入れたケースから青い光が放たれた。

 取り出してみると、一枚のカードが光を放っている。

 光っているカードを手に取ってみると、それは先ほどの香織のカードと同じように、ブルーカードに変わった。

 

「ん!!」

 

 頷き、デジヴァイスを掲げるユエ。レキスモンはそれを静かに見つめている。その目に浮かんでいるのは、テイマーへの揺るがない信頼。

 

「カードスラッシュ!《マトリックスエヴォリューション》!!」

 

 カードを通した瞬間、デジヴァイスから光が溢れる。

 光はレキスモンを包み込み、データを分解・再構築させていく。

 兎の様な身体はあまり変化しないが、身に着ける武具が大きく変わっていく。

 両足には新たに兎の様なレッグアーマーを履き、より強力な蹴り技を出せるように。

 三日月のマークがあったグローブはガントレットになり、三日月の形を模した斬撃武器『ノワ・ルーナ(羅:新月)』を手に持つ。

 これがルナモンの完全体としての姿。柔軟でしなやかな動きで敵を討つ魔人型デジモン。

 

「クレシェモン!!!」

 

 進化したクレシェモンと共に、ユエは香織とエンジェウーモンの元に駆け寄る。

 香織は進化したクレシェモンの姿に驚く。

 

「わっ。進化したんだ!クレシェモン。魔人型の完全体。必殺技は《ルナティックダンス》と《アイスアーチェリー》、《ダークアーチェリー》」

「ん。カオリとエンジェウーモンのおかげ」

「私?」

 

 ユエの言葉に首を傾げる香織。悪戯っぽく笑いながらユエは前を向く。

 パートナーが復活して、さらに完全体に進化したことでこちらは戦力が大幅に上がった。だが、相手は神の使徒を名乗る強力な分解魔法を放つ女三人に、手負いとはいえ究極体デジモンだ。

 でも、少女たちの心に諦めはない。

 

「ハジメ君とガブモンもどこかに飛ばされちゃった。早く見つけないと」

「ん。だから早く倒す」

「メタリックドラモンは私とクレシェモンが引き受ける。テイマーを危ない目に遭わせたくないけれど……」

「これが最善。メタリックドラモンが一番危険」

 

 エンジェウーモンとクレシェモンがテイマーの前に出て、こちらに向かってくるメタリックドラモンに構える。

 本来なら神の使徒を素早く倒し香織達の安全を確保したいが、彼女たちはエンジェウーモン達を警戒して、メタリックドラモンの近くに移動している。近づけばメタリックドラモンとも戦いになり、神の使徒たちを見逃してしまうだろう。

 だったら最初から狙いを絞って戦うことにする。

 

「頼んだよ。二人とも」

「香織。これ」

 

 ユエは自分が持っていたアイギスを渡す。防御を香織に任せていた為、先ほどは展開していなかった。おかげで手放さなかったので、結果オーライだ。

 

「さあ、行くよ!」

「ん!」

「ええ!」

「はっ!」

 

 香織の号令に、ユエは応え、エンジェウーモンは飛び立ち、クレシェモンは駆けた。

 それぞれが、それぞれの戦うべき相手に向かって。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 メタリックドラモンに向かうエンジェウーモンとクレシェモン。

 8枚の羽根を羽ばたかせて空を飛ぶエンジェウーモンは、メタリックドラモンの頭部に向かう。香織達に攻撃が行われないように、メタリックドラモンを撹乱するためだ。

 

「《ホーリーアロー》!」

「ガアアッ!!」

 

 時折、雷撃の矢《ホーリーアロー》をメタリックドラモンの急所、瞳や口内に放つ。

 メタリックドラモンはそれに驚くがあまりダメージにはなっていない。

 エンジェウーモンだけでなく天使型の技は、邪悪な存在であれば究極体デジモンでも絶大な効果を発揮するが、それ以外のデジモンにはその世代相応の威力しか発揮できない。

 

 完全体の攻撃では、究極体には届かない。

 

 だが、それでもやりようはある。

 

「《ダークアロー》!」

「ガウアッ!?」

 

 地上から今度は闇のエネルギーの矢が、メタリックドラモンの翼に放たれる。

 驚異的な脚力でメタリックドラモンに接近していたクレシェモンの技だ。

 両手に持っていた『ノワ・ルーナ』を合体させて放たれた闇の矢は、傷ついた翼に更なる傷を穿つ。

 痛みに悶えて暴れるメタリックドラモンから、クレシェモンは持ち前の脚力で離脱。再び攻撃を撃ち込む隙を窺う。

 

 クレシェモンが狙うのはブラックメタルガルルモンが付けた傷だ。それを起点にダメージを蓄積していけば、倒せる可能性がある。

 エンジェウーモンが撹乱し、クレシェモンが傷口を広げていく。そして致命的な傷になれば、一気呵成に責める。

 これが2体の作戦だ。

 

「完全体でも究極体と戦えることを証明するわ」

「……ユエのため、倒す」

 

 進化したばかりで体から溢れる力に身を任せて、2体は美しく舞い戦う。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 デジモン達が奮闘する一方で、テイマー達も死闘を演じていた。

 香織達は、今度はそれぞれ分かれて戦う。

 

「〝聖絶・纏〟!!」

 

 〝聖絶〟をアイギスに纏わせるように展開、一回り大きな盾にする。そのまま斬りかかってきた神の使徒の一人の大剣と、アイギスをぶつける。

 さっきは大剣の分解魔法で斬り裂かれていたアイギスだが、今度は斬られることも分解されることもなく、大剣を受け止めた。

 

「これは」

「さっきまでと同じと思わないでね!」

 

 広域の結界を展開する〝聖絶〟をアイギスのサイズまで圧縮したことで、結界の魔力の密度を上げたのだ。分解されても圧縮された魔力で無理やり固めれば崩れない。香織の膨大な魔力を込めることで分解魔法に拮抗できるのだ。

 

 さらに、香織は〝魔力操作〟の技能を発動させる。

 すると、障壁の形が変化する。アイギスと同じ形から鉤爪の様な刃が付いた形になる。そのまま障壁は回転運動を始め、大剣を弾き飛ばす。

 そのまま香織は丸鋸のようになったアイギスを神の使徒に振るう。

 

「猟奇的ですね」

 

 無表情で呟く神の使徒。当たれば言葉通りの猟奇的な光景が展開されるだろう攻撃を、最小限の身のこなしで躱す。そして、翼を広げて飛び上がり、空中から分解魔法の砲撃を繰り出す。

 それに対して香織はアイギスを掲げて防御する。高密度の魔力障壁は分解魔法さえも受けきる。

 遠距離も近距離も、神の使徒の攻撃を香織は防ぎ切った。

 そして戦いは再び至近距離での大剣と盾のぶつかり合いになる。膨大な魔力で圧縮した結界を維持しつつ、身体強化魔法も併用する香織は、極限状態の中で持てる力の全てを振り絞る。

 イメージするのはアイギスを使うと決めた時から意識してきた盾を使う自由の国のヒーローと、騎士王の円卓の盾を担うデミ・サーヴァントの少女。それに自分が習っていた太極拳の流れるような動きを加えていく。限界ギリギリの戦いの中で、戦い方はより洗礼されていった。

 

 このことに神の使徒は無表情ながら、どこか嬉しそうな雰囲気を発した。

 

 

 

 一方ユエも、2人の神の使徒と戦っていた。

 近接戦闘主体で戦う香織と違い、魔法による遠距離攻撃の乱れ撃ちになっていた。

 ユエは最上級魔法ではなく、初級魔法である〝火球〟を何百発も撃ち続けて弾幕を張る。

 まさしく火の雨と言える攻撃にさらされて、神の使徒達は近づけなくなっていた。1つ1つは弱い魔法だが、当たり続ければ全身丸焦げになってしまう。しかもユエは魔法を神の使徒達の周囲で発動させ、全方位から撃ち込んでいく。

 隙を見て分解魔法を撃ってくるが、風魔法で浮き上がり、ユエは躱す。

 はた目から見ればユエが圧倒しているように見えるが、

 

(……頭、痛い)

 

 神の使徒という化け物二人の動きを読み、魔法を数百も同時展開し続けるという離れ業を行うユエは徐々に頭に痛みを感じ始める。このような魔法の使い方は今までやったことはない。最上級魔法を撃ちさえすれば、それで戦いは終わっていたからだ。だが今回の相手はそうじゃない。

 最上級魔法でも倒せるかわからない相手。だからこそユエも、香織のように自分の力を振り絞る。

 展開する魔法の全てを完璧にコントロールし、戦いの流れを自分の支配下に置く。それは彼女の稀代の魔法使いの才能を、300年ぶりに大きく花開かせていく。

 より効率よく、より緻密に火球の弾幕は縦横無尽に動き、神の使徒達を追い詰める。もはや反撃は許さない。回避だけで精一杯になっていく彼女たちの顔には──―とても小さいが笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 戦いの中で成長していく香織達だが、それでも神の使徒達を倒せないでいた。

 何度か攻撃が掠るが、致命傷には至らずギリギリの戦いが続く。戦いが始まってからそれほど時間は立っていないが、香織とユエにとってはとても長く感じている。

 時間が経つのに比例して精神的疲労は蓄積していき、二人の精神は追い詰められていく。

 

 やがて、破綻が訪れた。

 

「あっ」

 

 香織が障壁の魔力の圧縮に綻びを作ってしまい、大剣がアイギスを真っ二つにした。もう一本の大剣が香織の体を両断しようと振り下ろされる。

 香織はバックステップして躱そうとするが、間に合わない。

 

「うっ」

 

 ユエが意識を一瞬失い、火球の弾幕に乱れが生じた。神の使徒二人が弾幕を抜けて、ユエに迫り来る。

 ユエは魔法で迎撃しようとするが、間に合わず、神の使徒達が大剣を振り上げた。

 

 もうだめかと二人が思ったその時……二人の後ろから三つの閃光が放たれた。

 閃光は三人の神の使徒の腕に命中し、大剣ごと吹き飛ばす。

 何が起きたのかわからなかったが、香織とユエは反射的に動く。

 

 香織は二つになったアイギスの半分を両手で持ち直すと障壁を刃の様に展開。そのまま神の使徒の腹部に突き刺した。

 

 ユエも残っている全ての魔力を集めて1つの火球を作る。初級魔法だが、上級魔法並みの魔力を込められた火球は猛スピードで1人の神の使徒の胸に命中。爆発せず、熱で胸に大きな穴をあけた。

 

「「見事です」」

 

 離れていたが、二人に倒された神の使徒達は同時に呟いて事切れた。

 

 そして残った最後の神の使徒は、片腕になりながらもユエに斬りかかる。だが、彼女はユエの後ろから飛び出してきた人物が手に持っていた狙撃銃の銃剣に貫かれた。

 ユエはその人物を信じられない思いで見つめる。

 

「……ハジメ?」

「おう。待たせたな」

「っっハジメ!!!」

 

 ユエを助けたのは、ハジメだった。傷だらけで動けなかったはずなのに、しっかりと立ち上がって、神の使徒を倒した。ユエはハジメに思いっきり抱き着き、彼の無事を喜ぶ。

 

 ハジメが立ち上がれた理由はエンジェウーモンの力だ。先ほどの《セイントエアー》はハジメにも届いており、傷が治ったハジメは状況を把握。香織とユエ、エンジェウーモンとクレシェモンが戦っているのを確認すると彼女たちを助けるために準備をして駆け付けたのだ。

 先ほどの閃光は、ハジメが周囲の鉱石を全魔力と演算能力をつぎ込んで即席で作成した狙撃銃からの弾丸に、技能〝纏雷〟で電磁加速を行い即席のレーザーガンにしたことで放った攻撃だ。ガトリングレールガンを持つブラックメタルガルルモンに進化したことで思いついた攻撃方法であり、同時にハジメが無意識のうちに抱えていた不安を乗り越えた結果だった。

 これまでの迷宮攻略で、ハジメは暴走しているときに使用していた武器の即時錬成や〝纏雷〟による雷撃を使わなかった。それはハジメが抱えていた暴走への恐怖のせいだった。それには香織達たちは気が付いたが、ハジメは究極体への進化という切り札があるので問題ないと、むしろ不確定要素だからと後回しにしていたのだ。

 だが、切り札のはずの究極体への進化の方が暴走を引き起こしかけてしまい、香織達を危険に陥らせてしまった。

 後悔の念に押しつぶされそうになったが、死力を尽くして生き残るために戦う香織達の姿に、ハジメは恐怖を押さえつけて、力を使った。

 

 その結果、狙撃銃は3発撃ったことで銃身が使い物にならなくなったが、彼女たちの危機を救い最後の神の使徒をハジメの手で倒すことができた。

 

 そして、ハジメが立ち上がったということは、彼のパートナーデジモンも立ち上がっていた。

 

「《カイザーネイル》!!!」

 

 エンジェウーモンとクレシェモンの元に、ワーガルルモンが猛スピードで駆け付け、メタリックドラモンの右目に必殺技を繰り出す。急所に必殺技を受けたメタリックドラモンは首を振り回して暴れる。ワーガルルモン達はその隙に距離を取る。

 

「ワーガルルモン!無事だったのね」

「よかった」

「心配をかけた。2人は進化できたんだな」

「ええ。テイマーの、香織のおかげよ」

「ユエを守るため」

 

 言葉を交わし合った3体は改めてメタリックドラモンと対峙する。

 また、テイマー達もデジモン達のように合流する。

 

「ハジメ君!無事でよかった!よかったようぅ」

「……悪い香織。心配かけた」

「ううん。いいの。ハジメ君が無事なら!!」

 

 香織も思わずハジメに抱き着きそうになるが、それはハジメがやんわりと抑える。

 なにせまだデジモン達が戦っているのだ。テイマーならばパートナーの戦いはしっかり見届けなければいけない。さっき抱き着いたユエも、今はクレシェモン達の戦いを見つめている。

 ワーガルルモン達はメタリックドラモンを攻め立てるが、なかなか決定打にならない。

 

「クレシェモン。勝って」

「勝つ。俺たちテイマーが信じる限り、デジモンは絶対に勝つさ」

「それにテイマーには信じる以外にできることがある!」

 

 デジモン達の勝利を願うユエに、ハジメと香織がカードを取り出して声をかける。それを見たユエも、1枚のカードを取り出す。

 3人のテイマーの思いが、カードをデジモン達の力へと変える。

 

「「「カードスラッシュ!《運命の煌めき》!!!」」」

 

 カードがスラッシュされると、デジモン達の体が眩い光に包まれる。3体は身体の奥から力が溢れてくるのを感じる。

 それだけでなく絆で結ばれた3体と3人の心が1つに重なる。

 

「行けぇ!」

 

 ハジメの叫びと共に、ワーガルルモンが黒いエネルギー体になる。

 

「行けぇ!」

 

 香織の叫びと共に、エンジェウーモンが白いエネルギー体になる。

 

「行けぇ!」

 

 ユエの叫びと共に、クレシェモンが蒼銀色のエネルギー体になる。

 

 3つのエネルギー体となった3体は1つになってメタリックドラモンに向かっていく。

 

「「「《トリニティバースト》!!!!」」」

 

 三位一体となった攻撃は相乗効果でそのエネルギーを何倍にも高めていく。その威力は究極体にも匹敵、いや凌駕する。

 3色のエネルギーがメタリックドラモンを貫き、浮遊島の外に吹き飛ばす。

 そして、3体の完全体デジモン達は元の姿に戻る。

 パートナーの勝利にハジメ達が笑顔を浮かべる中、天空の世界全体が光に包まれていった。

 




〇デジモン紹介
エンジェウーモン
レベル:完全体
タイプ:大天使型
属性:ワクチン
美しい女性の姿をした大天使型デジモン。性格はいたって穏やかだが、まがったことや悪は許しておけず、相手が改心するまで攻撃の手を緩めることはない過激な一面も持っている。
必殺技は強力な雷撃『ホーリーアロー』。別名「天誅」ともいわれる。また、美しさと優しさの詰まった必殺光線『ヘブンズチャーム』は、デジモンの悪しき力が強いほど効果を発揮する。
回復などの力にも長けており、『セイントエアー』は味方を癒し、力を与える。治癒師の香織とは相性ピッタリのデジモンだ。



メタリックドラモンと神の使徒との闘いの決着でした。
これで香織とユエはパートナーを完全体に進化させられるようになり、本人たちの戦闘力も上がりました。実戦に勝る訓練無しというのを意識しました。

あとハジメにもちょっと吹っ切れてもらいました。これまでの迷宮攻略では実は暴走していた時の雷撃とか、武器の即時錬成は使っていなかったんです。ステータスプレートを無くしたので技能がわからなかったというのもありますが、暴走への不安もあったんです。いくら香織やガブモンが止めるって言っても積極的にやるほどの勇気はなかったんです。それに究極体への進化の方が強いので。
でも、今回のことでその恐怖へと向き合う必要が出てきたので、これから強くなっていくでしょう。

次回はおそらく気になっているでしょう、解放者の真相ですね。温めていた設定を解き放つとき。お楽しみに。

〇次回予告
遂にオルクス大迷宮を攻略したハジメ達。最深部で彼らを待っていたのは、美しいメイドさんだった。
彼女と、そして思わぬ人物が現れハジメは驚愕する。
そして語られるトータスの真実に、ハジメが下す決断とは。

次回26話「世界の秘密 再結成デジモンテイマーズ!」

今、冒険のゲートが開く。


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26話 世界の秘密 再結成デジモンテイマーズ!

感想・評価・誤字脱字報告ありがとうございます。
誤字脱字は何とか無くそうと思うのですが難しいです。なので報告してくれる方には感謝と申し訳なさがない交ぜになります。

今話でこの小説の謎の一端が明かされますのでお楽しみください。


 光で視界が真っ白になってもハジメ達は警戒を解かなかった。エンジェウーモンのおかげで怪我は治っているが、極限状態での戦闘で全員の気力と体力は尽きかけている。

 それでも生き残るために身構えていると、体がふわりと浮かび上がる感覚があった。この世界に来てだんだんお馴染みになってきた転移の感覚だ。

 そしてハジメ達は転移先に移動した。

 

「え?」

 

 光が収まって周囲を見渡したハジメ達。すると全員が目を丸くした。

 なぜならそこには柔らかな光が差し込む美しい庭園だったのだ。ハジメ達はその一角にある東屋の様な建物にいた。上を見れば岩の天井が見えたので、洞窟内なのは間違いないのだが、洞窟というイメージからかけ離れた場所だった。小川が近くにあるのかせせらぎが聞こえてくる。少し離れた所には大きな館が立っているのが見えた。さらにハジメ達を驚かせたのは天井付近に階層を照らす太陽の様な光球があったことだ。蛍光灯のような無機質な光ではなく、ちゃんと暖かく感じる。今までの階層では決して存在していなかったものだ。

 

 生きるか死ぬかの戦いをしていた迷宮とは正反対の光景にハジメ達が混乱していると、ドドドッという何かが走る音がした。

 全員がそちらを見ると砂煙を上げながら何かが近づいてきた。

 再び身構えていると、何が近づいてきたのかわかった。

 美しい銀髪を靡かせて美しいフォームで走る、遠目でもわかる絶世の美女。その姿は、

 

「あれって!?」

「神の使徒……!?」

 

 香織とユエが驚き戦う構えを取る。ハジメも身構える。女性はさっきまで戦っていた神の使徒とそっくりだったのだ。デジモン達も身構えるが、突然体が光に包まれる。

 

「あ!?」

「こんな時に」

「時間切れ」

 

 勇ましい完全体の姿からどんどん小さくなっていく。

 ワーガルルモンはツノモンに、エンジェウーモンはニャロモンに、クレシェモンはムンモンに。メタリックドラモンを倒すためにエネルギーを使いすぎて退化してしまったのだ。

 

「無理もない。俺たちで守るぞ」

「うん!」

「ん!」

 

 デジモン達を守るためにハジメ達は前に出てより警戒を強める。

 神の使徒が近づいてくるとその姿がよりはっきりと分かり、全員が首を傾げた。

 

「メイド服?」

 

 ハジメが怪訝そうな顔で呟く。そう、神の使徒らしき女性は戦乙女風の鎧ドレスではなく、フリルやリボンが付いたメイド服だったのだ。しかもロングスカートではなくミニスカートだ。地球の東京の電子機器の街にあるメイド喫茶にいるようなミニスカメイドさんの格好をしているのだ。

 さっきから呆然とするような光景の連続だ。

 そうこうしているうちに、遂にハジメ達の前に神の使徒(ミニスカメイド)やってきた。

 

「ぜぇ、ぜぇ、はぁ、はぁ……」

 

 凄く息切れをしている。さっきの戦いでの無表情で超然とした神の使徒達とは全然違うように見えた。

 

「はぁはぁ……げえほっげほっ。……ふうふう。落ち着いてきた……」

 

 ハジメ達が何とも言えない表情で見つめる中、息を整えると軽く服装の乱れを直す。

 そして、スカートの裾を摘まんで一礼をして自己紹介を始める。

 

「初めまして、皆様。そしてオルクス大迷宮の完全制覇おめでとうございます。私はこの最下層のオスカー・オルクス邸で侍従をしております、エガリ・エーアストと申します。以後、お見知りおきを」

 

 

 

 エガリ・エーアストと名乗ったメイドは警戒するハジメ達に、館の主が話をしたいと言っていると伝えた。

 

「そもそも皆さんは最終試練を突破されました。その時点で戦う必要はありません。信用できないのでしたらどうぞ攻撃していただいてかまいません」

 

 そう言うとエガリは両手を広げて目を閉じ、無抵抗であることを示した。

 そこまでされては攻撃することは躊躇われた。デジモン達は疲弊しているし、ハジメ達も限界だった。最低限の警戒はしつつも、エガリの案内を受けることにした。

 エガリの後ろをついて歩くハジメ達。向かう先は少し離れた所にある館だ。

 

 道すがら、ハジメ達はエガリにいろいろと質問をしてみた。まずは気になっていた天井付近にある太陽の様な光球について聞いてみた。

 

「オスカー・オルクス様が解放者の仲間たちと作成したアーティファクトです。外の時間と同期しており夜になれば月明かりになります」

「……そんなアーティファクト聞いたことない」

 

 エガリの説明を聞いたユエが驚く。ユエの時代でも考えられない程、高度な技術が使われているようだ。

 ハジメ達が歩く道の近くには小川と小さな湖、さらには菜園もあった。

 

「外から水を引いていますので、魔物ではない魚もいます。菜園では野菜も育てています」

「つまり魔物以外のご飯を食べられるってこと!?」

 

 今度は香織が喜びの声を上げる。ずっと不味い魔物の肉を食べてきたのだ。これで美味しい料理が作れると、母が料理研究家である香織の腕が鳴る。

 

「特に菜園には期待してください。私がこの数日手塩にかけて育てたので。ちょっと味見しましたがなかなかですよ?」

「数日?数日で野菜が育ったのか?」

「ええ。私の魔法を使ったのですよ」

 

 育つのに数か月かかるはずの野菜が数日で育ったと聞き驚くハジメに、エガリが自慢げに応える。一体どんな魔法なのかと疑問に思っているうちに館についた。

 近くに来てみると館は岩壁を直接削って作られたような作りだ。白亜の壁は人口太陽の光を反射してキラキラ輝いている。

 

「綺麗なお屋敷」

「そうでしょうとも。私が一生懸命お掃除したのですから!」

「そ、そうなんですか」

 

 思わず漏らした香織の言葉に、エガリが胸を張る。さっきまで殺し合いをしていた相手と同じ顔の相手が、掃除の自慢をしてくるのに複雑な気分になる。

 そしてエガリが館の中に一同を招き入れた。

 

「遅いですよ、雌人形」

「えふん」

 

 同時に浴びせられた罵声と共にエガリがビンタで張り倒された。

 エガリを張り倒したのはもう一人のメイドだった。

 エガリのような銀髪ではなく、純白の髪にユエの様な紅い瞳。エガリの様な作り物めいた美貌を持つメイドだ。しかもそのメイド服はロングスカートの余計な飾りがない実用性重視なもので、エガリと並ぶと正統派メイドという印象を受ける。エガリ?なんちゃってメイドだ。

 スカートの裾を摘まみ、ハジメ達に一礼しながら自己紹介をする。

 

「初めまして皆様。この館の全てを取り仕切っておりますメイド長を務めさせていただいております。フリージア・オルクスと申します。そこの雌人形の持ち主でもあります」

「その声。あのヒュドラを倒した時の声はお前か?」

 

 フリージアの声に聞き覚えのあったハジメが問いかける。ヒュドラを倒した直後、メタリックドラモンの居た世界に転移させられる前に聞こえてきた声だったのだ。

 フリージアはその問いに笑顔を浮かべて応える。

 

「その通りでございます。皆様、よくぞあの試練を突破されました。皆様こそ我が主、オスカー・オルクス様が求めていた攻略者です。全てをお話しします。お疲れかと思いますが、私の後をついてきていただけると幸いです」

 

 フリージアの言葉に顔を見合わせるハジメ達。少し悩んだが、全員が頷きフリージアの後をついていくことにした。

 

「あ、あの。私は……?」

「さっさと立ちなさい、雌人形。すぐにお客様の御持て成しの準備をしなさい。廃棄処分するわよ」

「は、はいぃぃ!!」

 

 慌てて立ち上がって館の奥に走っていくエガリ。ハジメ達はフリージアとエガリの関係が非常に気になった。

 

 

 

 フリージアの先導で館の3階にやってきたハジメ達。3階は最上階であり1部屋だけになっていた。中に入ると、部屋の中は巨大な書斎になっており全ての壁が本棚になっていた。しかも床の上には直径7、8メートルはあろうかという魔法陣が刻まれていた。今まで見てきたどの魔法陣よりも緻密で複雑な幾何学模様をしている。いっそ芸術作品と言っても過言ではない魔法陣だ。

 魔法陣の向こう側には豪奢なテーブルと椅子があり、テーブルには一冊の大きな本が置かれていた。

 無人の室内に、てっきり誰かいるのかと思っていたハジメ達が困惑していると、なんと机の上に置いてあった本がひとりでに浮き上がった。さらに本がパラパラと開くと、そこから光が溢れ、何かが出てきた。

 その姿にハジメとツノモンが驚愕する。

 

「まさかッ……」

「これってッ」

 

 現れたのは緋色のローブに白いフードを被った魔術師の様な格好をした人間だった。両手には水晶を浮かせている。

 香織とユエは人間が出てきたのかと思ったが、デジモン達は気が付いた。デジモンの気配がすることに。

 

「ワイズモン!?」

「なんでこんなところに!?」

 

 ハジメとツノモンがそのデジモン、ワイズモンの名前を言う。

 

 6年前、タカト達と共にデジタルワールドを旅したハジメとツノモン。タカト達は連れ去られた友達のクルモンを探すことが目的だったが、ハジメ達には別の目的があった。

 それはツノモンが持っていた謎の因子、X抗体について知るためだ。

 途中、デジタルワールドを旅していた秋山リョウからデジタルワールドの全てを知る賢者の噂を聞き、タカト達と別行動を取ることにした。2人は旅の果てに、賢者が住まうという森にたどり着き、森の守護者であるパイルドラモンの導きで賢者に出会い、X抗体のことを知った。

 その賢者こそが、ワイズモンだったのだ。

 香織がデジヴァイスで情報を読み取る。

 

「ワイズモン。完全体。必殺技は《エターナル・ダイアログ》」

「そう、私がワイズモン。知識の探究者だ。久しぶりだ、南雲ハジメとツノモン」

 

 ハジメとツノモンに挨拶をするワイズモン。

 

「さて、なぜ私がこんなところにいるのか疑問に思っているだろうから先に答えよう。無駄な問答は省くべきだからね」

 

 驚きから立ち直れないハジメ達を放っておいて、話を進めるワイズモン。彼の態度を見て、6年前にあった時と全然変わっていないとハジメ達は思った。せめて香織達に説明する時間は欲しい。

 

「私はこの本を通じてあらゆる時間と空間に出現することが出来る。デジタルワールドで君たちと出会った私も、今ここにいる私も本という媒介を通じて出現させている影に過ぎないのだよ」

 

 つまり、目の前のワイズモンは本体ではないということだ。いや、6年前にハジメが出会ったワイズモンも本体ではない。ワイズモンの本体は別次元に存在しているという。

 

「私の詳しい話は後でいいだろう。次はこれを見てもらおう。オスカーとの約束なのでね」

 

 ワイズモンは自分が持つ水晶の一つを掲げる。すると、水晶から光が溢れ何かが浮かび上がってきた。

 それは1人の黒衣の青年だった。顔には知性を感じさせる黒縁眼鏡をかけている。

 

『試練を乗り越えよくたどり着いた。私の名はオスカー・オルクス。この迷宮を創った者だ。反逆者と言えばわかるかな?』

 

 オスカー・オルクスと名乗った青年。彼こそがこの館の主であり、迷宮の創設者だという。

 

「かつて解放者オスカー・オルクスの元に私が世界の狭間に流した本がたどり着き、私と彼は出会った。オスカーは私の持つ知識に興味と感銘を受け、この世界の成り立ちや魔法の知識をもたらした。その縁からこの館でいずれ訪れる迷宮の攻略者、特にデジモンテイマーへとメッセージを伝える役目を請け負ったのだよ」

 

 ワイズモンの持つ水晶は時空石と言い、空間の記録と再生を行うことが出来る。その力を使い、ワイズモンはデジタルワールドのあらゆる事象や物象を時空に保存している。今回はオスカーの頼みを叶える為に力を使ったのだ。別時空に本体がいるワイズモンにとって、迷宮の最下層でメッセンジャーとして待つことなど、何の問題もなかったのだ。

 そして、迷宮が出来てから、初めてのデジモンテイマーの攻略者であるハジメ達が訪れたことで、役目が果たされる。

 

『万に1つ、億が1つの可能性にかけてワイズモンに託したこの記録を見ているということは、とても喜ばしい。まずは基本的なことを伝えよう。世界の真実を知る者として、我々が何のために戦ったのか……どうか聞いて欲しい。……我々は反逆者であって反逆者ではないということを』

 

 そうして始まったオスカーの話は、ハジメと香織が聖教教会で教わった歴史やユエに聞かされた反逆者の話とは大きく異なった驚愕すべきものだった。

 

 それは狂った神とその子孫達の戦いの物語。

 

 神代の少し後の時代、世界は争いで満たされていた。人間と魔人、様々な亜人達が絶えず戦争を続けていた。争う理由は様々だが、最も大きなものは〝神敵〟だからだった。当時は種族も国も細かく分かれていたため、それぞれの種族、国がそれぞれに神を祭っていた。その神からの神託で人々は争い続けていたのだ。

 

 だが、そんな何百年と続く争いに終止符を討たんとする者達が現れた。それが当時、〝解放者〟と呼ばれた集団である。

 

 彼らには共通する繋がりがあった。それは全員が神代から続く神々の直系の子孫であったということだ。そのためか解放者のリーダーは、ある時偶然にも神々の真意を知ってしまった。何と神々は、人々を駒に遊戯のつもりで戦争を促していたのだ。解放者のリーダーは神々が裏で人々を巧みに操り戦争へと駆り立てていることに耐えられなくなり、志を同じくする者たちを集めたのだ。

 

 彼等は、〝神域〟と呼ばれる神々がいると言われている場所を突き止めた。解放者のメンバーでも先祖返りと言われる強力な力を持った七人を中心に、彼等は神々に戦いを挑んだ。

 

『だが、戦いを続けていたある日、突然時空が歪み、そこからあれが現れた』

 

 オスカーの話を聞いていた香織は、もしかしたら教会にあったという壁画を思い出した。

 巨大な竜と狼が戦い、トータスが滅亡に瀕したという光景。オスカーが言っているあれとはもしかして、

 

『千年魔獣。ミレニアモン』

 

 オスカーが告げた名前に、ハジメと香織、そしてツノモンとニャロモンが驚く。

 

「ミレニアモンッ!?」

「本当に!?」

「あのミレニアモンが、この世界に現れたっていうのか?」

「ミレニアモン、実在していたの?」

 

 驚くハジメ達と違い、ミレニアモンを知らないユエとムンモンは首をかしげる。

 

「ミレニアモンって?」

「そっか。ユエは知らないよね。ミレニアモンっていうのはね、名前の通りデジモンなんだけど」

「倒すことができないと言われている最凶のデジモンだ。時空を操る力があるとも言われている」

「デジタルワールドでも、四聖獣に匹敵、もしくは超える力を持っていると伝わっているわ」

「噂だと別の世界でデジモンとテイマーに倒されたっていう話だけど、本当かどうかはわからない」

 

 ユエの疑問に、香織、ハジメ、ニャロモン、ツノモンが答える。

 なお、ツノモンの聞いた噂だが実はテイマーズの1人、秋山リョウが関わっている。それをワイズモン以外は知らない。ワイズモンもオスカーの話の腰を折らないために話さなかった。

 

 オスカーの話は続く。

 ミレニアモンの出現と共にトータスは断続的にだがデジタルワールドと繋がってしまい、デジモン達が現れるようになった。解放者も人々の混乱を収めるために奔走したのだが、神々の妨害も同時に受けてしまい壊滅の危機に陥った。

 

『その時、現れたのだ。後に8人目の解放者と呼ばれる新たな仲間。別世界から現れたデジモンテイマーが』

 

 ようやく繋がった。なぜオルクス大迷宮にデジモンに似た魔物が現れたのか。彼らの時代、デジモンはすでにこの世界に現れていたのだ。迷宮を作り上げたオスカーは彼らをモデルに、イミテーションの魔物を生み出したのだ。

 

『彼のおかげで我らはデジモンと分かり合うことが出来た。証拠はこれだ』

 

 右手を上げで、何かをみせるオスカー。それは銀色の縁取りをしたデジヴァイスだった。

 オスカーもデジモンテイマーだったのだ。

 

「反逆者がデジモンテイマー?まさか、あのメタリックドラモンは……!?」

 

 ハジメは直感的にわかった。オスカー・オルクスのパートナーデジモンとはあのメタリックドラモンだったのではないかと。もしもそうなら自分たちは……。

 そんなハジメの心情を余所に、オスカーは話を続ける。

 

『そうして新たな仲間を得た我々は、力をつけ、準備を整え、神々とミレニアモンとの闘いに臨んだ』

 

 戦いは熾烈を極めた。解放者にも多くの犠牲が出たが、8人目の解放者を中心にミレニアモンを追い詰めた。

 しかし、追い詰められたミレニアモンは真の姿を現した。

 それこそがあの壁画に描かれていた双頭の怪物。名前を──

 

『ズィードミレニアモン。終末の千年魔獣となったミレニアモンの力は全てを超えていた。我々だけでなく、ミレニアモンの力を利用しようとした神々でさえも逆に滅ぼされかけた』

 

 このままトータスは滅亡してしまうのかと誰もが諦めたが、8人目の解放者とパートナーデジモンだけは諦めなかった。そして、誰も見たことが無い進化を果たした彼らと、その姿に立ち上がった解放者達の総攻撃でズィードミレニアモンを倒すことができたのだ。

 

『あとはトータスを裏から操っていた神々を倒すだけだったんだけどね』

 

 しかし、その目論見は戦う前に破綻してしまう。何と、神は人々を巧みに操り、解放者達を世界に破滅をもたらそうとする神敵であると認識させて人々自身に相手をさせたのである。ミレニアモンも解放者達が呼び出した魔物であると、認識させて。

 その後も紆余曲折はあったのだが、結局、守るべき人々に力を振るう訳にもいかず、神の恩恵も忘れて世界を滅ぼさんと神に仇なした〝反逆者〟とされてしまった。

 

 しかし、解放者たちはそれでもあきらめなかった。

 ズィードミレニアモンという強大な闇を退けたことが、彼らに不退転の覚悟を決めさせた。ズィードミレニアモンとの闘いで大きな傷を負った8人目以外の7人と彼らのパートナーデジモンが中心となり、〝神域〟へと突入した。だが、彼らは予想していなかった事態に直面した。まさか、

 

『まさか神々が……引き篭もるとは思いもしなかった』

「は?」

「へ?」

「神が」

「引き」

「籠る」

「……なあにそれ?」

 

 オスカーの言葉に思わず声に出してしまうハジメ達。「神=引き篭もり」という等式がどうにも結びつかないのだ。

 映像の中のオスカーもやれやれと溜息をついている。

 

『神々が持つ力の全部を使って神域の奥の奥に、隠れて引き篭もったのだ。我々も探したのだが、遂には神域を切り離して逃げ出したのだ。追いかける手段もなく、仕方なくトータスに戻るしかなかった』

 

 トータスへ戻った彼等だったが〝反逆者〟とされたことはなくなっていなかった。世界を敵に回し、神々の居場所もわからなくなってしまっては、もはや自分達では神を討つことはできないと判断した。そして、バラバラに大陸の果てに迷宮を創り潜伏することにしたのだ。試練を用意し、それを突破した強者に自分達の力を譲り、いつの日か神の遊戯を終わらせる者が現れることを願って。

 さらにもしもデジモンテイマーが再びトータスに現れたら、迷宮の難易度を引き上げる仕掛けも用意した。それは神々を確実に討てるようにというのもあるが、ミレニアモンの様な神さえも超える脅威に立ち向かえる可能性を持つのはデジモンテイマーであり、この世界で生きていけるように強くなってほしいという思いからだったという。

 

 とても長い話が終わり、オスカーは穏やかに微笑む。

 

『君が何者で何の目的でここにたどり着いたのかはわからない。君に神殺しを強要するつもりもない。ただ、知っておいて欲しかった。我々が何のために立ち上がったのか。デジモンと心を通わせ、共に生きることができたのだと。……君に私の力を授ける。どのように使うも君の自由だ。だがどうか、悪しき心を満たすためには振るわないで欲しい。デジモンとの絆をどうか大切に。……話は以上だ。聞いてくれてありがとう。君達のこれからが自由な意志とパートナーとの絆の下にあらんことを』

 

 話を締めくくったオスカーはワイズモンの方を振り向く。

 

『ワイズモンも、約束を守ってくれてありがとう。これからも君は知識を求めるままに過ごしてくれ』

「もとよりそのつもりだよ」

 

 ワイズモンの言葉が終わるとともに、オスカーの記録映像は消えた。

 それと同時に床の魔法陣が光り輝き、ハジメ達を包み込む。思わず目をつむると、ハジメ、香織、ユエの脳裏に何かが侵入してきた。まるで頭の中を覗かれているような奇妙な感覚に襲われ、その後ズキズキと痛み始めた。それは何かが頭の中に刷り込まれていると理解できたので、大人しく耐えた。

 やがて痛みも光も収まったので、ハジメ達は何が起こったのか口に出す。

 

「生成魔法?……鉱物に、魔法を付与する魔法か」

「これってもしかして、神代魔法なの?」

「……信じられない。神代の魔法が、使えるようになったなんて」

 

 ハジメ達の脳裏に刻まれたのは、オスカー・オルクスが持っていたという神代魔法の一つ、〝生成魔法〟の魔法だった。

 混乱するテイマー達をパートナーデジモン達が心配そうに見つめる。

 

「皆様、一先ず一度お休みになりませんか?」

「それがいいだろう。頭脳を休めることは知識を得るうえで必要不可欠だ」

 

 フリージアとワイズモンの提案に、いろいろありすぎて疲労が限界だったハジメ達は頷くのだった。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

「浴場の用意ができました!どうぞ入ってください!!」

 

 部屋を出たハジメ達は、エガリのその言葉に即座に従った。特にハジメと香織にとっては数か月ぶり、ユエに至っては数百年ぶりのお風呂だったのだ。後から警戒するべきだったのに軽率だったと反省することになるが、風呂の魅惑には勝てなかった。

 

 そして今、ハジメ達は全員で湯船に浸かっていた。

 そう、全員で。

 デジモン達はそのまま湯船の上に浮いているが、ハジメ、香織、ユエは何も身に纏っていない。ハジメを中心に、右に香織、左にユエが座っている。

 最初はハジメが別々に入ろうとしたのだが、仲間だけで話すなら今しかないということで香織とユエが引っ張ってきたのだ。

 

「もう驚きの連続だよ。そもそもデジタルワールドって数千年も前からあったの?デジモンって数10年前に生まれたんだよね?時間がおかしくないかな?」

 

 香織がハジメに質問する。あの後冷静になって考えてみると、矛盾点があると気が付いた。

 それをこの中ではデジモンに最も詳しいハジメに聞いてみる。

 

「香織の言うとおり、デジモンが生まれたのは1980年代だ。でもな、それは俺たちの世界のデジモンなんだ」

「……どういうこと?」

 

 ハジメの言葉の意味が解らなかったユエが答える。

 

「そもそもデジタルワールドは1つじゃない。俺と香織の世界に隣り合っているデジタルワールド以外にもデジタルワールドはあって、デジモンがいる。証拠は、ツノモンだ」

 

 ハジメがツノモンへ目を向ける。

 

「ツノモンが持っているX抗体については前に話したな?」

「うん。Xプログラムっていうデジモンの病気への抗体って」

「そう。そのXプログラムはワイズモン曰く別のデジタルワールドで、その世界の管理者、つまり神が作ったプログラムなんだ。神が増えすぎたデジモンを選別するために生み出した殺戮プログラムらしい」

 

 あまりに酷い話に香織とユエは絶句する。

 

「だが、俺達の世界のデジタルワールドではそんなことは起きていない。そもそもデジタルワールドを守護する四聖獣はそんなことはしない。ならなんでツノモンにそのXプログラムへの抗体があるのか?それはツノモンも別のデジタルワールドで生まれた、Xプログラムに適応したデジモンだからだ」

 

 そのせいで6年前はいろいろ苦労したとハジメは笑う。ハジメにとってはツノモンが別の世界に生まれたということは、デジタルワールドの旅の果てに辿り着いた真実であり、乗り越えたことなのだ。

 

「ちょっと話がそれたが、数千年前に解放者達がデジモンと遭遇していたっていうのはおかしな話じゃない」

「そっか。でもなあ……」

「ああ。話を全部信じるのは危険だな」

 

 ワイズモンは知識を得ることに喜びを感じ、それゆえに嘘の知識やそれを広めることを良しとはしないデジモンだ。だからワイズモンの言葉は信じていいが、エガリやフリージアはまだ信じられない。神々が人々を操り扇動したと言っていたが、解放者達も同じことが出来ないとは言っていない。寝ている間にいつの間にか洗脳されて、解放者達の手伝いをさせられるということもあり得る。

 

 だから今この時、デジモン達が監視する気配を感じていない間に色々決めておくことにした。

 

 まずこまめに記録をつけておき、定期的にデジモン達を交えて互いに確認し合う。何か違和感のある記述があれば徹底的に確認し合い、真偽を確かめる。

 なるべくパートナーと一緒に行動する。

 全員が同時に眠るのではなく、常に一組起きている。もしも眠っている誰かが何かされそうになったら、全力で助ける。

 

「ようやく迷宮を攻略した。いや攻略したからこそ、俺たちは一丸となっていくべきだ」

「そうだね。今日の戦いで私、ニャロモンやハジメ君、ユエともっと分かり合えたと思う」

「……ん。これからももっと分かり合えて行ける」

 

 ハジメは二人の方を振り向く。

 

「結束を強めるためにチーム名をつけよう。というかもうあるんだけどな」

 

 少し笑みを浮かべながら、ハジメは宣言する。

 

「【デジモンテイマーズ】。ニャロモンにユエとムンモンを加えて、改めて結成だ。……タカト達の了解は帰ってからってことで」

 

 最後にそう付け加えて、【デジモンテイマーズ】の再結成の宣言は行われた。

 もちろん、異論は誰もなかった。

 




〇デジモン紹介
クレシェモン
レベル:完全体
タイプ:魔人型
属性:データ
体が柔軟で、しなやかな動きで敵を討つ魔人型デジモン。流麗な戦闘を得意とし、月の光を受けるとその力は倍増すると言われている。ユエが苦手な近接戦闘をサポートする心強いパートナーだ。必殺技は、舞うようなステップで敵を幻惑し、間合いを詰め、両手に持った武器『ノワ・ルーナ(羅:新月)』を使った斬撃『ルナティックダンス』。また、『ノワ・ルーナ』は1つに組み合わせることでボウガンのような形態に変化する。この状態から氷の矢を放つ『アイスアーチェリー』と、闇エネルギーの矢を放つ『ダークアーチェリー』の2つの技を繰り出すことができる。



今回は今作でのトータスでの解放者たちの戦いでした。もっともそれよりもまさかのエガリさんの登場にびっくりされたでしょうね。しかもそこはかとなくどこぞのドM竜姫様みたいな雰囲気。彼女もこれからの物語で活躍させていく予定ですのでお楽しみに。

もう一人のキーマンであるワイズモン。クロスウォーズやアドベンチャー:では重要な役割を担っていました。そして今作ではハジメにX抗体の真実を告げた賢者という設定です。この話は別投稿の0章で書きたいです。

次話はハジメ達の奈落生活……ではありません。皆様気になっている王国のクラスメイト達を書こうと思います。


〇次回予告
ハジメ達はオルクス大迷宮で大きな戦いを終えた。
一方、王国のクラスメイト達にも大きな転機が訪れていた。ヘルシャー帝国からの使者も交えて勇者達の活躍を称えるパーティーが開かれる中、遂に闇の住人による策略が動き始める。
暗黒の種が芽吹くとき、新たなる闇の王が生まれる。

次回27話「闇への誘い デジモンカイザー檜山」

今、冒険のゲートが開く。


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27話 闇への誘い デジモンカイザー檜山

感想・評価・お気に入り登録ありがとうございます。

三連休なので執筆をはかどらせたかったのですが、意外と筆が進まなかったです。

でもなんとか更新できたし、もうすぐハジメ視点に戻るので更新速度を上げていきたいです。

では、どうぞ。


 ハイリヒ王国の王宮はあわただしい喧騒に包まれていた。

 なぜならハイリヒ王国と並ぶ人間族の大国であるヘルシャー帝国から使者がやって来るからだ。しかもその中には帝国のトップである皇帝ガハルド・D・ヘルシャーが同伴しているというのだ。いきなり早馬で知らされた王国の重鎮たちは大慌てで出迎えの準備に奔走していた。

 上が慌てれば、下の者たちも慌てる。侍従や騎士、末端の兵士まで慌ただしくしながらも噂話に興じていた。

 

「まさか皇帝陛下が直々にやって来るとは」

「やはり勇者様のことが認められたのだろう。何せあのベヒモスを倒したのだから」

「たった一か月で伝説の冒険者を超えるとは、神の使徒の力とは凄まじいものだ」

「勇者様以外の皆様もメルド団長並みの実力らしい。魔人族など恐れるに足らずだ」

「そうだな。勇者様万歳!エヒト様万歳!!」

「勇者様万歳!エヒト様万歳!!」

「「ハッハッハッ!!」」

 

 二人の兵士がそんな軽口を叩きながら通路を通り過ぎた後、通路の陰から1人の少年が姿を現した。目を吊り上げ、ギリギリと歯を噛み締めている顔は途轍もない憤りに染まっている。

 少年、檜山大介は沸き上がる感情を爆発させる。

 

「なんでだよ!!!なんであんなヘボ勇者が!!!俺の方が強かったはずだろうがッ!!!!」

 

 悪態をつきながら壁を殴る檜山。すると殴った個所が大きく揺れ、ひびが入った。天職が〝軽戦士〟の檜山の腕力ではこんなことはできない。だが、訓練するたびにどんどん上がる魔力と上達した身体強化魔法を使うことで、天職に見合わない膂力を発揮できるようになった。謹慎期間もあったというのに、檜山の成長速度は勇者である光輝に匹敵していた。

 

 もしも、勘のいい人物が檜山の力を知れば異常だと思っただろう。しかし、今の彼は王宮内で腫れもの扱いをされていたので、気が付くものは居なかった。

 戦闘能力が上昇するに従い、檜山は横柄に振舞うようになった。

 訓練では自分の力を誇示するように兵士や騎士を痛めつけ、王宮の侍従たちには無理難題をひっかけ威張り散らした。神の使徒の肩書があるので誰も逆らうことが出来ず、触らぬ神に祟りなしという言葉通り、どんどん人が離れていく。すると、称える人間がいなくなることでむしゃくしゃし、機嫌が悪くなっていく。負の悪循環が檜山の心の中から増悪を際限なく引き出していく。

 

 その姿は地球での彼と、本当に同一人物なのかと疑わしくなるほどだった。

 地球での檜山大介という少年は休み時間に馬鹿騒ぎをしたり、性格が大人しい生徒に横柄に振舞ったり、クラスカーストが高い相手には媚びへつらう態度をしていた。典型的な少し不真面目な普通の生徒だったのだが、自分の身の程をわきまえて行動していた。なのに今は自分の力に過剰な自信を持ち、誰かれ構わず当たり散らしている。彼の変化に、付き合いのあった友人たちでさえ困惑し、距離を取っている。

 

「ぜってえ認めねえ!!俺の力を称えろよ!!俺に媚びへつらえよ!!俺の方が力があるんだ!!強いんだよ!!全部全部全部!!───俺の思い通りになれよ!!!」

 

 溜まりに溜まった檜山の鬱憤が最高潮に達した。

 荒れに荒れた心に、大きな隙ができる。

 その時を見計らったかのように檜山の後ろに黒い影が現れる。

 

『では思い通りにしましょうか』

「思い通りにしてやる。俺は神の使徒で天之河なんかよりも強いんだよ!!」

 

 影からかけられた言葉に檜山は気が付かない。檜山の心が荒れているのもあるが、影は彼の深層心理に語り掛けるようにしているからだ。影の言葉は普通にかけられた言葉と違い、檜山の精神の根幹にするりと入り込んでいく。

 

『あなたは強い。この世界では称賛される強さを持っています』

「俺は強い!!だったら何をしてもいいんだ!この世界は強いやつが偉いんだから!!」

『しかし認められない。なぜですか?』

「なのになんでだよ!!俺に何が足りないんだよ!!?」

『一方でさっきのように称えられている勇者。彼が持っている物は?』

「天之河なんか天職が勇者だったってだけだろ!?ステータスプレートに表示されていたってだけで、俺より弱いじゃねえか!!なのにちやほやされて鎧や聖剣なんざ渡されて自慢げに振り回しやがって!!……聖剣?」

 

 ふと自分で呟いた言葉にひっかりを覚える檜山。

 聖剣。ハイリヒ王国の宝物庫から勇者である光輝に授けられたアーティファクトであり、勇者にしか扱うことが出来ない剣だ。

 今では光輝の象徴であり、勇者の活躍と共に語られている。

 

「そうか。聖剣かあ。天職はどうにもならねえが、聖剣ならもしかしたら……。できなくても……ヒヒヒッ」

 

 ニヤアと口を三日月のように歪めて、檜山は嗤った。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 一方、檜山が妬みを向けている光輝。彼とパーティーメンバーも帝国からの使者が来るということで王城に戻って来ていた。

 国王と教皇に帰還の報告をしてから、久しぶりに王城に残っていたクラスメイト達の顔を見に行くと、驚くべきことを聞いた。

 

「雫!もう元気になったんだな!!」

「光輝。まあ、なんとかね」

 

 突然王宮の客室に入ってきた光輝に、中のソファーに座っていた雫が返事をする。

 

「天之河君。いきなり部屋に入って来るのはマナーが悪いですよ」

「あ、せ、先生。す、すみません」

 

 ノックもせずに入ってきた光輝に、雫と同じ部屋にいた愛子が注意をする。

 部屋の中には雫と愛子以外にも数人の人物がいた。

 一人は雫のクラスメイトの園部優花。彼女も雫ほどではないが、オルクス大迷宮での訓練で心が傷つき、戦闘訓練から離れていた。

 そしてこの部屋にはこのハイリヒ王国の王女、リリアーナがいた。傍らには彼女の専属侍女のヘリーナもいる。

 

「えっと、邪魔しちゃいました?」

「いいえ。ちょうど話は終わったわ」

 

 ばつが悪そうにする光輝に、雫はそう言うと愛子とリリアーナにさっきまでの話し合いで決まったことを言う。

 

「それじゃあ今後、私と優花は畑山先生のお手伝いについていきますね」

「よろしくお願いしますね。シズク、ユウカ。アイコさんも引き続き王国の農地をお願いします」

「リリアーナさんには生徒の皆さんのためにいろいろしていただいていますから」

「私も寝込んでいる間、先生とリリィには助けてもらったから。どこまでできるかわからないけれど頑張るわ」

「私も。愛ちゃんのことはしっかり守るから」

「ちょっと待ってくれ!?」

 

 雫たちの話に光輝が割り込む。

 

「雫は元気になったんだろう!?だったら俺達と一緒に戦闘訓練をするべきじゃないか!?」

「……」

「そんなことさせられません!」

 

 雫は光輝の言葉に雫は顔を俯かせ、愛子が立ち上がる。

 

「八重樫さんは回復しました。でもそれは身体だけで心は全然治っていないんです。そんな状態で危険な迷宮で戦闘訓練なんて、絶対にさせません」

 

 愛子の言うとおり、雫の身体は通常生活を送れるまで回復した。しかし、心は大きく傷ついたままだ。特に発症してしまった魔物へのPTSDは酷く、騎士団が訓練用に捕獲していた魔物の声が聞こえただけで全身が強張り、立っていられなくなってしまう。鳴き声だけでこれなのだ。魔物そのものと相対すれば、戦うなど無理だろう。

 

 そんな状態でも雫は何とか立ち直りたいと思い、王宮で引き籠るよりも、王国の農地改革に勤しむ愛子の手伝いを申し出たのだ。手伝いに出向いた先で魔物に遭遇する可能性もあるが、オルクス大迷宮で訓練するよりもずっと低い。何より、農業は心の傷の治療法の一つでもあるので、愛子は彼女の申し出を快く引き受けた。

 雫と同じく心に傷を負った優花も同様の理由で愛子の手伝いを申し出た。彼女の場合はそれに加えて、戦えない自分たちのために働く愛子を守りたいという思いもあった。

 

「で、でも雫は〝剣士〟の天職ですし、技能だって戦闘向きなんですよ。それに魔物からだって勇者の俺が守りますから!!」

「そういう問題ではありません。今の八重樫さんが魔物と戦おうとすること自体が間違いなんです!!いくら光輝君が守ると言っても、そもそも戦闘訓練が八重樫さんの心を癒すことには繋がっていません!!」

「そ、そんなことないです。道場で一緒に訓練したみたいにしていれば雫の心だって」

「天之河君がなんと言おうと先生は八重樫さんが傷つくことを許可しません!!」

 

 光輝に一喝する愛子。学校では見たことのない姿に気圧される光輝。

 異世界に飛ばされた中で唯一の大人として生徒達を守るために奔走したことで、知らず知らずのうちに彼女の中で覚悟ができてきたのだ。

 光輝に言い切った後、愛子は顔を少し俯かせて内心を吐露する。

 

「本当なら天之河君達にも戦ってほしくなんてありません。戦いに積極的になって、元の世界に、日本に帰った時に元の生活に戻れるのか心配だからです。力を振るうことに躊躇わなくなって欲しくないんです」

「俺達はそんなことになりません!!」

「……先生もそうであってほしいと、願っています」

 

 一喝した時とは違い小さな声で言われた愛子の言葉に、優花は内心で同意する。光輝は気が付いていないようだが、召喚された生徒の中には力を振るうことに躊躇いが無くなってきている者がいる。

 

 それからも光輝は何とか雫を自分のパーティーメンバーにしようとごねたが、愛子が一歩も譲らなかった。雫自身も光輝のパーティーへの加入を断固拒否したので、結局光輝は意気消沈して部屋を後にしたのだった。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 その日の夜。光輝は寝付けなくて王宮の庭園を散歩していた。

 庭園は月明かりに照らされて、夜だというのに神秘的な雰囲気を醸し出している。

 安全な王宮内なのでいつもの装備を身に着けず、久しぶりに元の世界での高校の制服を着ている。

 

「やっぱり、雫が立ち直るには香織を助け出すしかないんだ。絶対にあのデジモンを倒して香織を……」

 

 ゆっくりと歩いているうちに、気分が落ち着き、改めて自分の考えを固める光輝。無意識に呟いた独り言だったが、突然闇の中から応える声がする。

 

「ハッ。お前じゃ無理だよ天之河!!」

「!?だ、誰だ!!」

 

 咄嗟に身構えて周囲を警戒する光輝。

 すると、自分の体の上に影が現れたことに気が付き、本能的に飛び退く。

 直後、さっきまで光輝がいた場所に黒いロープを身に纏った何者かが剣を振り下ろす。

 もしも光輝が動かなかったら真っ二つになっていた。

 

「何者だ!?魔人族の刺客か!!」

「クククッ」

 

 ロープの男が嗤いながら立ち上がり、剣を構える。夜の闇とロープのせいで顔はわからないが、体格と声からして若い男のようだ。

 

「見せてみろよぉ。勇者様の力を!!」

 

 剣を振りかぶり、斬りかかって来る男。光輝は攻撃を見極めて避けようとするが、

 

「は、速い!?」

 

 あまりに速い斬撃に避けることで精一杯になる。

 しかも男自身もとんでもなく身軽で、勇者である光輝の動体視力をもってしても、完全に目で追いかけられない。

 

「せめて、聖剣があれば」

「聖剣ん?」

 

 思わずぼやいた言葉に、男が攻撃の手を止める。

 訝しむ光輝の前で男はロープの中から何かを取り出す。

 

「そいつはこれの事かぁ?」

「それは聖剣!?なんでお前が!!?」

 

 純白の鞘に収められたバスターソード。何より使用者である光輝自身が、男が取り出した剣が本物の聖剣であるとわかった。

 

「ちょっと武器保管庫に行ってなあ。もうちょっと警備をちゃんとしたほうがいいんじゃないかあ?」

「盗んだのか!!返せ!!それは俺の聖剣だ!!」

「お前のじゃないだろう?これは勇者の剣だ」

 

 激昂する光輝に男はせせら笑いながら言う。

 

「だから勇者である俺の剣だ!」

「勇者ぁ?お前がぁ?はっ!!」

 

 刹那。一瞬で光輝と距離を詰めた男の剣が、光輝を袈裟斬りにする。無意識に一歩下がることで致命傷は裂けた光輝だが、右脇腹から左肩にかけて、大きく斬り裂かれてしまう。斬り傷から血が噴き出し、激痛が光輝を襲う。

 

「ぐああああぁ!?」

「こんなに弱いお前が勇者なわけないだろう!!」

 

 膝をつく光輝。聖剣を奪われていたことでできた隙をつかれた。

 

「これでお前は俺よりも弱いことが証明された。勇者は魔人族をぶっ殺すのが役目だ。ならより強い俺の方が相応しい。なあ、聖剣」

 

 男は聖剣の柄に手をかけると鞘から引き抜こうとする。

 聖剣は勇者の象徴であり、光輝がステータスプレートに天職が〝勇者〟と表示されただけでなく、聖剣を引き抜くことが出来たからこそ、勇者であると認められた。その象徴を男は我が物にしようとしているのだ。

 

 しかし、男がいくら力を込めても聖剣は引き抜かれることはなかった。

 

「ちっ。まあ、力をみせるだけで引き抜けたら騎士団長でも引き抜けたか」

 

 舌打ちをして聖剣を放り投げる男。自分を認めない武器など、どうでもいいという考えなのだ。大切にしている武器をぞんざいに扱われた光輝が男を睨む。

 

「じゃあ第二案だ。死ねよ、天之河」

 

 剣を突き付ける男。

 

「お、お前の目的は何なんだ!?」

「……そうだなぁ。冥途の土産に教えてやるよ」

 

 光輝の問いかけに男は少し考えると、ロープを取ってその顔を露わにする。

 男の顔を見た光輝は驚愕する。

 

「お、お前は、檜山!?」

 

 ロープの男、檜山大介はニヤァと嗤う。

 

「その反応。やっぱ俺って解らなかったんだなあ?まあ、人気者の天之河からしたら俺なんざ眼中になかったんだろ?なのにこうして膝をついているとか、嗤えるぜ」

「な、なんでお前がこんなこと……?」

「なんで?だあ?」

 

 檜山は光輝に鋭い蹴りを放つ。蹴りは光輝の顔に当たり、大きく吹き飛ばす。

 

「俺はこの世界で力を手に入れた!!あっちじゃ考えられなかった力だ!!しかも世界を救うために呼ばれた救世主としてだ!!なのに称賛されるのは弱いお前だ!!お前なんざたまたま天職が勇者だっただけの虫けらなんだよ!!それがさっき証明された!!」

 

 光輝に指を突き付ける檜山。言われた光輝は痛みに呻き、応える余裕もない。

 

「勇者なんて御大層な名前だが、要は魔人族をぶっ殺せればいいんだ。聖剣を持っていることも重要じゃない。こんな簡単なことに気が付かないこの世界の連中も救いようのない虫けらだが、俺様が救ってやるよ。そんで称えさせてやる。そのためには、お前にいてもらうと困るんだよ。弱い勇者様?」

 

 檜山はゆっくりと光輝に近づく。その手に持つ剣で止めを刺すつもりなのだ。

 

「お前が死んだら魔人族のせいにしてやるよ。そんでそいつを俺が殺したことにすれば、全員コロッと騙されるさ。何せ俺はお前よりも強いんだからなあ。そんで魔人族どもを皆殺しにすれば俺の天下だ。クラスの連中も全員俺が守ってやるから安心して死ねよ」

 

 そして、剣を光輝に向かって振りかぶる。

 

「ああ。白崎と八重樫のこともちゃんと助けて可愛がってやるよ」

「……かお、り。し、ずく」

 

 最後にかけられた言葉に、光輝は目を見開く。

 幼馴染の少女達のことを引き合いに出されたことで、彼の心に炎が灯る。

 右手を掲げ、何かを掴もうとする。

 そんな光輝の最後の悪あがきにも見える姿を嗤いつつ、檜山は剣を振り下ろした。

 

 だがその時、光輝の右手に聖剣が飛んできた。勝手に飛んできた聖剣を光輝は掴み、振り下ろされた剣を防ぐ。

 

「はっ?」

「うおおおおおッッ!!!」

 

 勝手に聖剣が飛んできたことで檜山はわけもわからず動きを止める。

 その隙を見逃さず、光輝は聖剣をしっかりと両手で握ると、裂帛の気合を込めて振るう。

 この時、光輝は聖剣に無意識に魔力を流していた。そのため聖剣に光の魔力刃が形成され、刃が届く範囲と切断力が向上。檜山の持っていた剣を斬り裂くだけでなく、彼の身体にまで届いた。

 

「ぐぎゃアアアアアアアアッッ!!!??」

 

 血をまき散らしながら悲鳴を上げて後ろに下がる檜山。

 光輝は油断なく構えながら立ち上がる。

 技能〝物理耐性〟と派生技能の〝治癒力上昇〟で傷はすでに治り始めており、血は止まっている。

 

「もうやめろ檜山。聖剣を持った俺にお前は勝てない。いや、もともとさっきの勝負も卑怯な手を使わないとダメだったんだ。このまま戦えば俺の方が───強い」

 

 檜山を諭す光輝だが、檜山は聞いていない。さっきから右腕の辺りを抑えている。

 

「く、ぐうぅぅ。天之河ああああああああああああああああああっっ!!!!!」

「ッ!?」

 

 檜山の憎悪の籠った叫びが王城に木霊する。

 

「お前お前お前!!よくも俺の───右腕を!!!」

 

 血走った目でロープを脱ぎ捨てる檜山。彼の右腕は肘から先が無かった。

 

「え?ひ、檜山、なんで、腕がないん」

「死ねえええええッッ!!!!」

 

 再び動揺する光輝に、檜山が飛び掛かる。

 光輝は自分が人間、特に同じ召喚された仲間の腕を斬ったことが理解できず棒立ちになっている。

 このまま掴みかかられると思われたその時、二人の間に新たな影が割り込んだ。

 

「そこまでだ!!」

「なっ!?」

 

 新たに割り込んだ人物。騎士団のメルド団長が檜山を掴むと、力任せに投げ飛ばす。

 地面に倒された檜山は立ち上がろうとするが、メルド団長の部下が現れ彼を取り押さえる。

 

「武器保管庫が荒らされているという報告がもたらされた。コウキの聖剣とダイスケの剣が盗まれていたことから王宮を捜索していたのだが……犯人はわかったな」

 

 メルド団長は騎士団に拘束されていく檜山を複雑そうに見る。オルクス大迷宮の一件から彼の振る舞いには頭を悩ませていた。親元から無理やり引き離され、戦争に参加させることになった彼らが生き残れるように訓練を行ってきた。だが、訓練で得た力を振りかざすようになるとは。

 

(俺に教育者は向いていないな)

 

 後悔が胸の中に溢れる。それでも一度引き受けたことは投げ出さないと、この失敗を糧にすることを誓う。そして、何とかして檜山のことも更生させねばと。

 

 しかし、メルド団長の決意は果たされることはなかった。

 翌朝、王宮の牢屋に入れられていた檜山の姿は忽然と消えていた。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

「畜生畜生畜生!!!!」

 

 騎士団に拘束された檜山は、神の使徒の1人ということで、一時的に王宮の牢屋に入れられた。斬り落とされた右腕は応急処置がされ、牢屋のベッドの上で横になっている。

 だが切断面から痛みが広がっており、ハジメも陥った幻肢痛までし始めていた。そのため、横になっていても眠ることが出来ないでいた。だから痛みを心の中から溢れてくる憎悪で誤魔化していた。

 

「天之河天之河天之河ッ!!!どいつもこいつも俺を見下しやがって!!何が卑怯な手だ!!戦争だぞ!!卑怯も何もあるか!!殺し合いを試合かなにかと勘違いしている癖に!!!」

 

 悪態をつきながら、心の中から更なる憎悪を引き出す檜山。

 

「殺してやる!!俺を見下した虫けらをぜってえ許さねえ!!」

『ふふふ。だいぶ闇が深まったようですね』

 

 檜山の枕元に闇が溢れ、人型となる。檜山へ黒い球体を埋め込んだ影だ。

 

「さあ、暗黒の種の芽吹きの時ですよ」

 

 影が檜山に手をかざすと、濃密な闇のエネルギーが檜山に注ぎ込まれる。

 檜山の身体がジワジワと闇に侵食され、やがて全身が闇一色に染まる。

 

「アイズモン」

 

 影が名前を呼ぶと、牢屋の中が真っ黒な闇に覆われる。そして闇の中に無数の目玉がギョロリと蠢く。

 

「仕上げです。行きなさい」

 

 影の言葉に闇が凝縮していく。

 現れたのは無数の目玉を持ち、巨大な口を持つ不定形な体のデジモン。

 魔竜型デジモンのアイズモンだ。

 影の中に潜むことが出来る能力を持っている。

 アイズモンは影の合図に従って檜山の影の中に入り込む。すると檜山の失われた右腕の先に腕が現れた。アイズモンが檜山の腕の代わりを形作ったのだ。

 パチンッと影が指を鳴らすと、檜山を覆っていた闇が霧散する。

 

 檜山の姿恰好は大きく変わっていた。光輝に付けられた傷は全て癒え、右腕もアイズモンが代わりとなっている。しかもアイズモンの特徴である無数の目玉が蠢いている。

 服装も王国の兵士が着るような服ではなく、王侯貴族の様な豪奢な服にマントを羽織っている。しかし、その色は煌びやかなものではなく、闇を象徴するような黒や藍色を中心としている。

 もしもこの姿をハジメが見ればこう思うだろう。

 まるで、アニメのデジモンアドベンチャー02に出てきた最初の敵、デジモンカイザーみたいだと。

 

「気分はどうですか?知らない仲ではないのでお力をお貸ししたのですが」

「ああ。最高だ。力が溢れてくる。格好もいかしているぜ」

 

 体の中から溢れてくる力に檜山は恍惚とした笑みを浮かべる。

 

「これならやれる。天之河をぶっ殺せるぜ!!!」

 

 檜山の宣言が牢屋の中に響き渡る。これだけ檜山が騒いでも誰も駆けつけてこない違和感に、檜山は最後まで気が付かなかった。

 そして翌朝、牢屋がもぬけの殻になっており、看守が惨殺死体となって発見されたのだった。

 




〇デジモン紹介
アイズモン
世代:成熟期
タイプ:魔竜型
属性:ウイルス
影の中に潜むことが出来るデジモン。データを蓄えた分だけ強大化する特性を持ち、貯蔵量次第で力は完全体も超える。多くの目を持ち、敵のどんな動きも見逃さない。必殺技は、全ての目から発する呪いの光線『邪念眼』と、蓄えたデータを物体に変換し攻防に使う『愚幻』。現在は檜山の右腕となっているが、何を考えているのかは不明。



遅れました。意外に難作でしたね。
今作での檜山はハジメよりも自分よりも優れた評価を得ている存在全てに妬みの感情を向けています。今のところ一番恨んでいるのは光輝ですが、もしもハジメと出会えば・・・。

次回は皇帝とのお話。でもここもがっつり変えていきます。お楽しみに

〇次回予告
お願い、死なないで光輝!
ここで貴方が倒れたら、勇者としての使命はどうなっちゃうの?
相手の動きを見極めれば聖剣は届くんだから!

次回28話「勇者()死す」

デュエルスタンバイ!


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28話 勇者()死す

感想・評価・お気に入り登録ありがとうございます。

お待たせしました。ワクチン接種の副反応や残業週間で疲れがたまっていました。

帝国と勇者のお話。意外な登場人物が出てきます。お楽しみください。


 檜山による光輝への襲撃から一夜明けて。

 朝、檜山の様子を確認しに兵士が牢屋に向かい、檜山が消えていることが確認され王宮は騒然となった。本来なら急いで調査をされるはずなのだが、ヘルシャー帝国からの使者が来るため人員を割くことが出来ず、王国は檜山が消えたことを一時的に伏せた。

 勇者の仲間たちにも例外ではなく、特に光輝にはメルド団長の指示で念入りに隠された。

 何せ彼は自分が同級生の右腕を切り落としてしまったことで気落ちしていた。そこに檜山が行方不明になったと知ってしまったら、余計に思い詰めてしまうからだ。

 

 そして遂に帝国から皇帝ガハルド・D・ヘルシャーを筆頭とした使者がハイリヒ王国にやってきた。

 皇帝ガハルドと使節団5人は謁見の間に通され、国王エリヒドと王国の重鎮達、教皇イシュタルを筆頭とした司祭数人が出迎えている。出迎えの中にはもちろん光輝を始めとした迷宮攻略メンバーもいる。なお、愛子と彼女を手伝うことにした雫と優花、迷宮攻略を拒否した生徒はいない。帝国は戦闘力に重きを置く実力主義国家だ。なので、生産に携わる者や戦いを拒否した者が出てきてしまっては侮られると判断された。

 

「ガハルド殿、よく参られた。勇者方の至上の武勇、存分に確かめられるがよかろう」

「エリヒド殿、この度は急な訪問の願い、聞き入れて下さり誠に感謝いたします。して、どなたが勇者様なのでしょう?」

「うむ、まずは紹介させて頂こうか。光輝殿、前へ出てくれるか?」

「はい」

 

 エリヒドに促され前に出る光輝。残りのメンバーも紹介される。ガハルドは攻略メンバー、特に光輝を品定めするように眺める。

 

「ほう。随分と若いな。本当に65階層を攻略したのですかな?あそこには過去最強と言わしめた冒険者でさえ歯が立たなかったベヒモスがいたはずだが」

 

 若干疑わし気に言われたガハルドの言葉に、光輝は居心地が悪くなる。使者団もガハルドと同意見なのか光輝をじろじろと見ている。

 

「えっとではお話ししましょうか?攻略マップもあります。あ、出てきた魔物はベヒモスを強化したような魔物で」

「いいえ。話だけなら誰でもできるから結構ですわ。それよりもわかりやすい方法がありますわ」

 

 光輝の話を遮り、使者団の中から1人の人物が進み出た。

 豪奢なドレスを着こなし、見事な金髪を縦ロールにした美しい少女だ。美しさだけでなく、気品も抜群であり、リリアーナ王女に似た雰囲気を纏っている。

 

 彼女の名はトレイシー・D・ヘルシャー。

 

 ヘルシャー帝国の第一皇女だ。

 トレイシーが提案したのは彼女の護衛の1人と光輝が模擬戦をするというものだった。光輝は戸惑ったが、エリヒド王とイシュタル教皇が賛同したことで模擬戦に応じた。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 模擬戦専用の刃潰しされた聖剣と同じ大きさ、重さの剣を携えた光輝が騎士団の模擬戦場に出ると、すでに対戦相手は準備を整えていた。

 使節団の1人にいた男だというのはわかるのだが、なんとも平凡な男だった。身長は高過ぎず低すぎず、特徴という特徴がない。しいて目印にするなら右耳のイヤリングくらいか。人混みに紛れてしまえば見つける自信がない。光輝はとても強そうに見えないと思った。光輝が現れても右手に持った剣をだらんとぶら下げて、構えも取ろうとしていない。

 昨日の檜山とのことでモヤモヤしていた光輝は、ガハルドから舐められていると思い、最初から本気の一撃を叩き込むことにした。そうすればガハルドの鼻を明かせる。

 

 謁見の間にいたメンバーが観戦席から見守る中、模擬戦が始まった。

 

「いきます!!」

 

 技能〝縮地〟で風のごとく疾走する光輝。並みの戦士では視認することも難しかった速度だ。あっという間に相手を間合いに捕えた光輝は唐竹に剣を振り下ろす。ここに至って相手は反応さえしない。

 勝ったと思った光輝は寸止めしようと一瞬力を抜いた。

 

 ゲシッ。ズシャッ!!

 

「ブッ!?」

 

 突然、光輝がバランスを崩し転倒。踏み込みの時に力を入れ過ぎたせいで、見事なヘッドスライディングを決めてしまった。

 傍から見れば駆けだした光輝が蹴躓いて、無様に転んだように見えた。

 しかし、動体視力に優れた者から見れば対戦相手の見事なカウンターが決まったことが分かった。

 寸止めのために意識を腕に移した瞬間を狙い、片足立ちになっていた足を払い、光輝の踏み込みの勢いを利用して左手で思いっきり押し出したのだ。

 

 何が起こったのか理解できない光輝だったが何とか起き上がり、相手に剣を向ける。

 相手の男は相変わらず光輝に対して構えを取っていない。

 

「おいおい!勇者っていうのはあの程度なのか?全然なっちゃいねえ」

「ですわねえ。正直、期待外れですわ」

 

 観戦席からガハルドとトレイシーの声が響く。ガハルドが乱暴な口調なのは、光輝の醜態に呆れているからか。トレイシーは頬に手を当てて完全に呆れ果てているが。

 ヘルシャー親子の言葉に顔を歪めた光輝は、再び斬りかかる。今度は確実に一撃を当てるために、しっかりと踏み込む。唐竹、袈裟斬り、切り上げ、突き、と〝縮地〟を使いこなしながら超高速の剣撃を振るう。その速度は既に、光輝の体をブレさせて残像を生み出しているほどだ。

 

 しかし、嵐のような光輝の攻撃を男は柳のようにゆらゆらと動きながら躱していく。

 徐々に自分の攻撃が当たらないことに光輝が焦って来ると、その隙をついて剣を突き出してくる。

 気が付けば攻撃をしていたはずの光輝が、防御一辺倒になり、追い詰められていく。

 

(このままじゃ、まずい!?)

 

 光輝は起死回生の一手として全身から純白のオーラを吹き出す。〝限界突破〟の技能を発動させたのだ。3倍になったステータスで振るわれた剣は、相手を大きく吹き飛ばす。

 吹き飛ばされた相手は、しかし空中で綺麗に1回転すると何事もなかったかのように着地した。

 だが、多少傷は受けたようで、服が少し破けていた。

 

「ふーむ。身体能力は並の人間離れしていますが、戦いの駆け引きはなっていませんわねえ」

 

 模擬戦を見ていたトレイシーはここまでの光輝の戦いを評価していく。身体能力だけなら隣の父であるガハルドをも超えている。しかし、それだけだ。本当に光輝が人間族を導く勇者と呼ばれるに相応しい者なのか。

 トレイシーはちらりと光輝以外の神の使徒達を見る。誰もかれも光輝が苦戦していることが信じられない顔をしている。

 聞けば彼らはここに召喚されるまで戦いとは無縁の生活を送ってきたという。

 

(そんな方々が今や神の使徒で勇者ですか……)

 

 イシュタルとエリヒド王の方を見ながら、はぁと溜息を吐くトレイシー。横ではガハルドも同じようなことを思っているのか、眉をひそめている。

 

 トレイシー・D・ヘルシャー。

 実力至上主義で、次代の皇帝でさえも生死を賭けた決闘で決めるというヘルシャー帝国の第一皇女として生まれた彼女は、血筋に相応しい戦闘狂だ。一見華やかな淑女だが、一度戦闘が始まれば嬉々として武器を振り回す。しかも〝魔道具師〟というアーティファクトを始めとする魔道具を扱う才能を持つ天職も持っており、召喚された生徒達にも引けを取らない戦闘力を持っている。

 だから今回の王国への訪問も、召喚された勇者の実力が見たくてついてきたのだ。

 そんな彼女にとって、今のところ光輝の実力は期待外れだった。

 せめて少しは見所のある者はいないかと、神の使徒達の方をもう一度見るトレイシー。

 

(……おや?)

 

 するとさっきはわからなかったが、他の者たちとは模擬戦を見る目が違う者が二人ほどいるのに気が付いた。

 しかもそのうちの一人はなかなかトレイシー好みの眼差しで模擬戦、特にトレイシーの護衛の動きを見ている。

 

「ふむ。……面白そうですわね」

 

 ニヤリと笑みを浮かべるトレイシー。

 パンパン。客席から手を2回鳴らすと周囲の注目を集める。

 

「そろそろ本気でやってもいいですわよ!」

「……わかりましたわ」

 

 初めて男が声を出した。しかし、その声音と口調は男ではなく女の物だった。

 光輝を始めとした王国の者たちが戸惑っていると、男が右耳にしていたイヤリングを取り外す。

 すると、まるで霧がかかったように護衛の周囲の空気が白くボヤけ始め、それが晴れる頃には、全くの別人が現れた。

 

 少し小柄な女性だ。服装は修道女が着るような服を着ている。だが、被っているベールは神殿の修道女が被っているものとは違い、水色のネズミの様なデザインのベールだ。

 女性の顔にはおっとりとした笑みが浮かんでおり、光輝が〝限界突破〟を発動していても動じていない。

 

「お、女の人!?」

 

 むしろ光輝の方が動揺する。

 

「おや?私が女ということが何か?」

「あ、いえ。まさか、女の人だったなんて思わなくて」

「申し訳ありません。雇い主のトレイシー様からの言いつけでして。さて、続きを始めましょうか」

 

 女性は剣を持ち上げて切っ先を光輝に向ける。

 

「申し遅れました。私の名はシエルと申します」

 

 女性──シエルは名乗り終えると未だ動揺から立ち直っていない光輝に向かって駆けだした。

 

「え?いや、ちょっと待ってください!?」

 

 慌てて制止しようとする光輝に構わず、シエルは先ほどまでとは桁違いのスピードで光輝に迫る。

 困惑しつつも反射的に剣を受け止める光輝。〝限界突破〟状態で普段の3倍のステータスになっているはずなのに、スピードに追い付けられず必死に捌く。

 

「うう、おおおっ!!」

 

 裂帛の気合を込めてシエルの剣を弾く。するとさっきまで正面にいたはずのシエルの姿が消えていた。

 

「どこに!?」

「後ろです」

 

 背後から聞こえた声に光輝がバッと振り向く。だがそこには誰もいない。

 一瞬、光輝の身体も思考も混乱する。その隙をついて、右に回り込んでいたシエルが脇腹に掌底を放つ。

 

「はっ!!」

「おごっ!?」

 

 突然の衝撃に受け身も取れずに吹き飛ばされて地面を転がる光輝。

 

「剣だったら死んでいますわね。……ふむ」

 

 最初の一撃で注意を引き付け、一度視界から消えることで困惑。声で別の方向に誘導し、死角からの一撃を加える。僅かな時間で光輝はシエルの立てた戦略に嵌り、致命的な一撃を受けた。

 明らかに対人戦闘が不足している。トレイシーは一体王国は勇者に何を教えてきたんだと、頭を抱えそうになる。

 一方訓練場では、何とか体を起こした光輝に対してシエルが怪訝な顔をしていた。

 

「どういうつもりでしょうか?明らかに戦おうという意思が感じられませんよ?」

「……模擬戦なんだから貴女を傷つけるわけにはいきません」

「傷つける?」

「今の俺はさっきの3倍のステータスになっています。さっきの一撃も大したダメージになりません」

 

 立ち上がる光輝。言葉通りダメージはないようだ。

 

「貴女はスピードこそ凄いですがそれだけです。攻撃も防御も俺の方が上です。これ以上続ければあなたを傷つけてしまいます。だからもう降参してください」

 

 言葉にした理由もあるが、光輝には昨日の檜山の右腕を切り落としてしまったことも脳裏にこびりついていた。〝限界突破〟を使ってステータスが急上昇したことで、相手への攻撃に忌避感が沸き上がってきた。

 だからこそ降参を促した。

 

 シエルが美しい女性だったことも理由の一つだろうが。

 

 一方、それを聞いていたシエルと模擬戦を見ていたトレイシーを始めとする帝国の者たちは、「はあぁぁ~~」と大きなため息をついた。

 

「……私にこんな義理は無いのですが、少々教育が必要ですね」

「え?」

 

 シエルの言葉がわからず、降参するとばかり思っていた光輝が目を丸くする。

 シエルは持っていた剣を真上に放り投げる。

 それを見た光輝はシエルが降参したと思い、構えを解いて笑顔を向ける。

 

「よかった。降参してくれて」

「哀れですね」

 

 またも後ろから聞こえた声。放り投げられた剣に光輝が意識を持っていかれた間に音もなく後ろに回っていたシエルが、どこからか取り出したナイフを両手に持ち、光輝の頭に振り下ろした。

 あまりに気配が無く、光輝だけでなく見守っていた誰もが気が付けなかった。いざという時は割り込もうとしていたイシュタル教皇も間に合わなかった。

 

 そしてシエルのナイフは狙いを外さず振るわれ、斬り落とした。

 

 この日、勇者は死んだ。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 その夜、王国の一室でガハルドとトレイシー、そしてシエルが話しをしていた。

 

「ありゃ、ダメだな。ただの子供だ。理想とか正義とかそういう類のものを何の疑いもなく信じている口だ。なまじ実力とカリスマがあるからタチが悪い。自分の理想で周りを殺すタイプだな。〝神の使徒〟である以上蔑ろにはできねぇ。取り敢えず合わせて上手くやるしかねぇだろう」

「ですわねえ。しかも考えが甘すぎますわ。シエルが女だとわかった途端、露骨に剣が鈍りましたわ。もっとももともと人間を攻撃することに躊躇いがありましたが。まったくあんなありさまで魔人族と戦争ができるのかしら?シエルの脅しにもどれくらい気が付いているのやら」

「クククッ。あれはなかなかに傑作だったぞ、シエル」

 

 笑いながらシエルを見るガハルド。シエルはただニッコリと微笑んだ。

 

「ちょっと前にトレイシーが拾ってきたときは大丈夫か不安だったが、勇者を手玉に取るとは。やはり俺の妻にならんか?」

「ご冗談を。私の雇い主はトレイシー様ですし、それ以前に目的がありますので。どうしてもというのなら打ち負かしてください」

「ですわよ。シエルはあげませんし、そもそも何十連敗していますの。いい加減しつこいですわ」

 

 二人に言われたガハルドは肩をすくめる。もう何十回も繰り返したやり取りなのだ。

 

「皇帝陛下のことも勇者のこともどうでもいいですわ。わたくし、気になる方を見つけましたわ」

「ほう?お前のお眼鏡にかなう奴がいたのか」

「ええ。ちょっとした勘ですが何やら他の者とは違うと感じましたわ」

「よし。俺も興味が出た。探してこい」

「ええ。シエル、頼みますわ」

「はい。ではその方の特徴を教えてください」

「特徴はですね……」

 

 翌朝、王宮にある一つの訓練場にトレイシーは足を運んだ。

 シエルに探らせた情報から、そこには目的の人物がいることがわかった。

 

「いましたわ」

 

 見つけたトレイシーがニヤァと笑みを浮かべた。彼女の視線の先には、必死で体裁きの訓練をする一人の人物がいた。その動きは昨日の模擬戦でシエルが見せた動きを身に着けようとしている。

 トレイシーは一歩訓練場に足を踏み入れた。

 

「失礼しますわ!!」

「うわっ!?ごめんなさい勝手に使って!!?」

 

 驚くと同時に訓練を止めて頭を下げたのは、全身黒ずくめの少年。そう、ある意味で召喚者の中でハジメと並ぶチートな能力を手に入れた遠藤浩介だった。

 

「構いませんわ。わたくし、トレイシー・D・ヘルシャーに王国の訓練場を使うことに口を出す権利などありませんもの」

「え?こ、皇女様!?」

 

 名乗りも含めた返答に浩介が頭を上げると、帝国のお姫様がいて、ものすごくビビる。

 なにせ金髪ドリルにゴスロリドレスという異世界定番のお姫様がいたのだ。

 

「あ、あのここにどんなご用事でい、いらっしゃったのでしょうか?」

「そう緊張しなくてもよろしいですわ。わたくしがここに来たのはただ一つ、あなたに会うためですわ」

「え?」

「シエルにあなたのことを探させていました。それでここに来たのですわ」

 

 突然のトレイシーの言葉にビビりから混乱に発展する浩介の脳内。

 

「昨日の模擬戦、正直勇者にはがっかりでしたわ」

「あ~。まあ、あんなことじゃしょうがない、ですよね。……プクク」

 

 昨日の光輝とシエルの模擬戦を思い出す浩介。そして湧き上がる笑いを堪えようとする。

 

 昨日の模擬戦の最後、光輝の後ろに回り込んだシエルは隠し持っていたナイフで光輝の頭を斬り裂いた。

 

 正確には光輝の頭──―の上の頭髪を。しかもナイフは何度も振るわれた。

 

 バッサリと斬り裂かれた光輝の頭髪は宙に舞い散った。

 その後に残ったのは、無残な髪形になった勇者だった。

 しかも丸坊主ではなく、淵の部分の髪は残っていた。地球の歴史を知る浩介には、歴史の授業で習ったある宣教師の髪型にそっくりだと思った。どうでもいい話だが、その髪型の名前は「トンスラ」。ラテン語で「髪の毛をそること」だ。笑いをこらえるのに、浩介は必死だった。

 同じくそれを知っていた他の召喚者達も必死に笑いをこらえていた。特に天職が降霊術師の少女が、隠している本性を露わにしそうになるほどの笑いがこみ上げてきてしまい、必死で掌を抓っていた。肉が取れるのではないかというほど。

 

 こうして、勇者(の髪型は)死んだ。

 治癒魔法では斬られた髪は伸びてこないので、ヅラを用意することになるだろう。

 

 模擬戦は当然中止。刃のついた武器を持ち込んでいたシエルの反則負けとなった。

 帝国も勇者の〝限界突破〟の力を見たことで、一応光輝を勇者であると認めた。

 

 もっとも、昨夜の部屋で話していた通り帝国の勇者への評価はかなり低い。

 模擬戦とはいえ人への攻撃に躊躇いを持ち、女性相手となると碌に相手の力量を察することなく降伏を促し、油断して構えを解く。そんな有様では魔人族との戦争が始まれば長生きできないだろう。

 なにせ、例え魔人族の魔物を葬るほど勇者が強いとしても、だったら魔物や戦闘以外で何とかすればいいのだ。

 

 つまり、暗殺者で勇者を始末すればいい。

 

 夜中に隠密に長けた魔人族が砦や拠点に潜入し、眠っている勇者の元に行けば事足りる。いや、眠っていなくても町中に潜入し、油断している勇者の後ろからナイフで刺せばいいだろう。昨日の模擬戦を見る限り、暗殺者への対策などしていないだろうから。

 シエルはあの模擬戦で暗殺者がいかに恐ろしいか勇者に示して見せたが、果たして気が付いているだろうか?

 

「勇者などどうでもいいのですわ。それよりもわたくしはあなたが気になりました。あの模擬戦を見ている中で、あなただけがシエルの技量を把握していましたわね?誤魔化さずに答えてくださいまし」

「は、はい。あのシエルさんは、メルド団長みたいな雰囲気を持っていましたから」

「それを察せるということは、あなたの天職は隠密を得意とする類ですか?」

「はい。暗殺者です。えっとつまり、シエルさんも?」

「ええ。天職もちではありませんが、シエルは超一流の諜報技術を身に着けていますわ」

 

 今回シエルは自分の戦闘力を光輝が模擬戦として戦える程度の力しか見せていない。そしてそれをほとんどの王国の人間が察することもできなかった。

 できたのは同じ天職を持つ浩介と、メルド団長くらいだろう。

 

「しかもあなたは察するだけでなく、シエルの技術を奪おうとした。ただ勇者がやられていたことに驚いていただけの他の神の使徒とは大違いですわ。(もう一人、違う目をした者もいましたが、わたくし好みの目ではなかったですわね)」

 

 心の中で一言付け加えるトレイシー。

 

「もしよろしければ帝国に来ませんか?シエルに直接教われば効率的ですし、帝国にも神の使徒がいれば人間族の連携もより円滑になりますわ」

 

 もともと帝国としては神の使徒の中に見所のある者がいれば引き抜こうと考えていた。浩介はトレイシーの目に留まったのだ。

 

「でも、俺やらなきゃならないことがあるんです」

 

 浩介はオルクス大迷宮で親友であるハジメが行方不明になり、探すために訓練に同行しているのだと話した。もちろんデジモンのことは伏せてだが。

 浩介の話を聞いたトレイシーはしばらく考える仕草をする。

 

「でしたら、なおさらこの国を出たほうがいいですわね」

「え?どうしてですか?」

「貴方のご友人と探しに向かった方がオルクス大迷宮に降りて1ヵ月以上。大迷宮の入場ゲートにもそれらしい人物の帰還の報告はない。普通に考えれば餓死していますわ」

「そ、それは……」

 

 トレイシーの推測はもっともだ。浩介もどこか考えていた可能性だが、認めたくないことだった。

 言葉を失う浩介だが、トレイシーの言葉はまだあった。

 

「ですが可能性はまだありますわ。餓死以外にもう一つの可能性が」

「もう一つの可能性、ですか?」

「そもそも大迷宮は遥かな昔に作られ、その全容は判明していません。まして65階層より下など未知の領域ですわ。もしかしたら入場ゲート以外の出口があるかもしれません」

「!?」

「雲をつかむようなお話ですが、生存が絶望的なオルクス大迷宮の中を探すよりも他の場所を探したほうが建設的だとわたくしは考えますわ。そして帝国の近くには同じ大迷宮の可能性があるハルツィナ樹海とライセン渓谷がありますわ。オルクス大迷宮への手がかりがあるかもしれません。また鍛錬をするにも帝国は最適な環境ですわ。王国よりも戦の訓練をしていますし、シエルもあなたの訓練を見てもいいと言っていますわ」

 

 トレイシーの話は納得できるものだった。浩介は悩む。

 光輝達に同行してオルクス大迷宮を攻略していても、1人では限界があるし、見つけられる可能性は低い。なら他の場所を探すというトレイシーの提案は理にかなっている。

 もう一つの訓練についても、王国は暗殺者である浩介に暗殺術を教えてくれないから帝国に行ってあのシエルに教えてもらったほうがいいのではないだろうか?おそらく王国は暗殺者として成長した浩介を危険視しているのかもしれない。それとも影の薄い浩介のことを忘れてしまっているのか。

 

 と、ここで浩介は重大なことに気が付いた。

 

「ってそういえば!?」

「な、なんですの?」

 

 いきなり叫んだ浩介にトレイシーは驚く。

 そう。浩介の様子に驚いたのだ。

 彼女は、浩介を認識している。家族にさえも存在を忘れられる浩介を、昨日の模擬戦の時から気が付き、目を付けていたのだ。

 

 ぶわっと浩介の目から涙が溢れる。ギョッとするトレイシー。

 

「う、うわあああっ。異世界に、俺を認識している人がいるなんて!!」

「一体何どうしたんですの!?」

 

 トレイシーの困惑など放っておいて、浩介はハジメ以外で自分を認識してくれたトレイシーに感激の涙を流し続ける。

 

「そういえば!シエルさんが俺を探したって言っていましたよね!?」

「え、ええ。そうですわ」

「つまりシエルさんも俺を認識してくれる!?」

 

 再び感極まる浩介。

 しばらく泣きながらトレイシーにこれまでの人生で影が薄いことでいかに苦労してきて、普通に自分を認識してくれるハジメとの出会いでどれだけ救われたのか語った。

 あまりに哀れな人生に、戦闘以外で心を動かされたことがなかったトレイシーの心が痛んだ。

 

 それから二人はいろいろ語り合い、トレイシーが浩介の実力を見て見たいということで二人の模擬戦が始まった。

 当然、トレイシーの強さに浩介は技能〝深淵卿〟を発動した。

 

 

「初手より奥義をお見せしよう。不滅の深淵旅団(イモータル・アビス・ブリゲイト)!!!」

「なんという分身の数!?しかも不規則なポーズばかりで分身で行動が読めませんわ!!」

 

 上達した分身を使い、特に意味はないが複雑なポーズを無数の分身にさせることで相手から本体の注意を逸らす技を披露したり。

 

「念のために持ち出して来て正解ですわ!!魔喰大錬(まぐいたいれん)エグゼスゥゥゥ!!!」

「ぬうぅ。なんという武器だ!?魔力を喰らい所有者の力を上げるとは。しかもあの禍々しいオーラ……素晴らしい」

 

 トレイシーが帝国の宝物庫から持ち出した大鎌に戦慄と感動を深淵卿が覚えたり。

 

「未完成だが、麗しき貴女に捧げよう。刮目せよ!!――|深淵ノ螺旋転燐斬《アビスティック・スクリュー・チョガー・ザンビル》――!!!」

 

「なんという凄い技ですか!!!??」

 

 なんかよくわからない深淵卿の技に大いに盛り上がった。

 そして二人は気力体力魔力を使い果たして倒れるまで戦い続けたのだった。

 

「はぁはぁはぁ。最初は、勇者と同じ戦いの作法も知らないのかと思いましたが、あなたの剣には、はぁはぁ、確かな覚悟がありました。ふふっ。あなたは自分自身の戦いを身に着けていますのね」

「だが、それでもわが友には届かぬよ。だからこそ、強くなることを我は諦めん」

「貴方がそこまで言うナグモハジメとやら。気になってきましたわ。ふふふ」

 

 ぶっ倒れたまま、二人は意気投合。訓練にやってきた騎士団の騎士達に驚かれることになった。

 

 その後、いろいろ話し合いもあったが浩介は帝国に行くことを決意。オルクス大迷宮からハジメ達が脱出した可能性を信じて探すことと、さらなる力を身に着けるために新しい道を歩むことにした。

 王国は浩介のことを「そういえばいたな」とやっぱり忘れていたが、そのおかげですんなりと付いていくことが出来た。

 

 帝国への馬車の中。浩介はトレイシーとシエルと共に馬車に乗っていたが、そこでシエルから驚くべきことを聞いた。

 

「そういえば遠藤様はデジモンというものをご存じでしょうか?」

「え?なんでデジモンを知っているんですか!?」

「だって私もデジモンですもの」

「!?!?」

「シスタモン シエル。それが私の本当の名前ですわ」

 

 浩介、再びの驚愕。彼の運命も大きく動き始めていた。

 

 




〇デジモン紹介
シスタモン シエル
レベル:成熟期
タイプ:パペット型
属性:データ
頭にネズミの形をしたベールを被っているデジモン。シスタモンには姉妹が二人おり、同じシスタモンという種族だが名前と姿が異なっている。
デジタルワールドを渡り歩き異変などを調査し、仕える主に各地の情報を伝えている。性格はおっとりしているが芯が強く、渡り歩いた先々のデジモンたちからも人気が高い。日中は和気藹々と平和に暮らす姿を見せるが、夜になると情報を得た不穏分子を狩る暗殺者に一変する。
現在はヘルシャー帝国のトレイシーに雇われている。トータスの言葉は転移してから各地に赴き独学で覚えた。
トレイシーとは別に使える主がおり、トータスにやってきたのも主から命によるもの。
“白詰一文字”と呼ばれる愛刀を持ち、音を立てずに敵を切る『白詰一文字切り』を得意技とする。また袖から忍びナイフを2連射する『白殺』、敵の油断を誘い至近距離から足に仕込むナイフで急所を突く『突蜂』と様々な暗殺技がある。


というわけで帝国とお話でした。
オリジナル展開として第一皇女のトレイシーと彼女の護衛としてシスタモン シエルが登場しました。シエルも今後のキーキャラクターになる予定です。あとシエルもいるということは・・・。
アフターで登場したトレイシー。結構お気に入りキャラなのと深淵卿と相性いいんじゃないかと思い登場しました。これからどんな風に動いてくれるか楽しみです。

そして、タイトルの()の中身は「勇者(の髪型が)死す」でした。
落ちはギャグですが、勇者って国王にも匹敵する重要人物なので暗殺者対策は必要だと思うんですよ。そういう意味でも対人戦闘は必須なんですが、原作からしてやっていなさそうですし、ガハルドに翻弄されていましたからね。
シエルとの闘いで気が付いてくれたら、いいなあ。でないと今後寝ている間に・・・。

次回からハジメ視点に戻ります。もうすぐ一章も終わりです。

〇次回予告
オルクス大迷宮のオスカー・オルクスの屋敷。
そこに住まう二人の侍女が語る解放者の話を聞くハジメ達。
果たしてハジメ達は二人を信じることが出来るのか。
そして、ハジメが香織とユエに語る世界を救って思ったこととは?

次回29話「世界を救うということ」

今、冒険のゲートが開く。


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29話 世界を救うということ

感想・評価・お気に入り登録ありがとうございます。

大変お待たせ致しました。最新話です。

遅れてしまい申し訳ないのですが、今後も不定期になると思います。
いろいろ私生活で大変なことになってしまいましたので。
でも書き続けたいので、やめないように頑張ります。


 浩介が帝国へと旅立ち、光輝がカツラを用意して勇者から勇者(ヅラ)にジョブチェンジしてからしばらく後。

 

 ハジメ達がメタリックドラモンと神の使徒(仮)との死闘を乗り越え、謎のメイド達に解放者の真実を告げられた翌日。

 

「皆さん、よく眠れましたか?」

「眠れたように見えるわけがないでしょう、この雌人形」

「あべし!?」

 

 笑顔で朝の挨拶をしたエガリをフリージアがしばき倒す。

 漫才をする二人の前にはハジメ達がいた。フリージアの言うとおり、全員眠そうな顔をしている。デジモン達も一晩経ったのに幼年期のままだ。

 

「理由はわかりますよ。ずばり、私たちの存在ですね」

「なるほど。私たちがいるから欲望の発散のためにくんずほぐれつが出来なかったのですね」

「それも違います」

 

 また頓珍漢なことを言ったエガリを叩くフリージア。

 本当の理由は眠っている間にフリージアに魔法で洗脳されて神殺しを強要されるかもしれないと考え、迷宮攻略の時のように交代で見張りをしていたからだ。しかし、予想以上に厳しかった。何せ壮絶な戦いの後で体は睡眠を訴えてくるし、一緒に風呂に入ったことに後から気が付き三人とも悶々としてしまった。そんなテイマー達の様子にデジモン達も気を張ってしまい、結果としてハジメ達は全員寝不足になったのだ。

 

「警戒心を失わないのは素晴らしいです。相手の言葉を全部鵜呑みにしてほいほい信じて流されていては、最終的に破滅しかねません」

「「すごくわかる」」

 

 フリージアの言葉にハジメと香織の頭には心当たりのある人物が浮かび上がった。

 

「最悪なのは破滅に周囲を巻き込むタイプですね。相手の言葉を自分の中で自分勝手に変換してそれを周囲に強要する。為政者や指導者にしてはいけません。結果は国や集団の崩壊ですね。それで最後は自分に原因があると認められずに駄々を捏ねるのですよ。この流れをループし始めたら手が付けられません。はあ。話しているだけで頭が痛くなってきました」

「「とてもすごくわかります」」

「……ハジメとカオリ、何があったの?」

 

 またハジメと香織の頭にある人物、というか少年のことが浮かんだ。

 さらに香織の脳内にはこの世界に召喚された際の光景が駆け巡り、思わず頭に手を当ててしまう。

 ユエが心配する中、二人のフリージアへの心の距離が少し近づいた。

 

「ですが警戒しすぎて疑心暗鬼になっていては、今の皆さんのように疲弊してしまいます。それに人間関係の始まりは相手を信じることから始まります。お互いに交流を重ねて信頼をつみあげていくことが、大事なのです。まあ、デジモンテイマーである皆さんには言うまでもないことですが」

 

 ふふっと微笑むとフリージアはハジメ達に提案をする。

 

「というわけで私たちのことをお話ししましょう。自己紹介の続きです」

 

 ハジメ達はフリージアとエガリに案内され、館の大広間に入る。

 上質なソファーが二つ、向かい合うように置かれ、間にはテーブルがある。調度品も落ち着いた部屋だ。お茶とお菓子を用意したフリージアとエガリがハジメ達をソファーに座らせ、二人はハジメ達の正面に座る。

 

「まずは私たちのことをお話ししましょう。薄々気が付いているかもしれませんが私達は普通の人間ではありません」

 

 フリージアの言葉にハジメ達に動揺はなかった。なんとなく二人からは人間とは違う雰囲気があった。

 

「さらに言うならば私とエガリも同じ存在ではありません。まず私はオスカー・オルクス様が作り出したアーティファクトです。オルクス大迷宮特殊管制制御ユニット兼対エヒトルジュエ使い走り木偶人形殲滅アーティファクト【フリージア】というのが私の正式名称です」

「使い走り木偶人形……」

「殲滅……」

「命名は解放者の皆さんの投票で決まりました。エヒトルジュエというのは神(引籠り)の正式名称で使い走り木偶人形というのはこれの事です」

 

 これ、と言って指さしたのはエガリ。ポリポリと置いてあったお菓子を食べている。クッキーの様なお菓子で、口には食べかすが付いている。

 

「このエガリは元々は神の使徒という神(ヘタレ)が生み出した尖兵でした。未熟ながらオスカー様を含めた三人の神代魔法使いを1人で圧倒するスペックを持っていました」

「そうなんです。私結構強いんですよ」

「エガリは見た目も構造も人間そっくりですが、私はこんな感じで証明できます」

 

 フリージアが右腕を上げるとカシャンカシャンと音がした。するとフリージアの右腕が変形したのだ。人間そっくりだった腕が黒く輝く筒になった。

 

「え?それって」

「うわお。アンドロイドの定番だな」

「これが私自慢のショットガンです。これで数多の神の使徒の頭を吹っ飛ばしてきました」

「これが私たちの素性です。何かご質問は?」

 

 真顔で物騒なことを言うフリージアに少し引いていたハジメ達だが、とりあえず気になったことを質問してみる。

 まずはハジメ。

 

「エガリの強さはステータスプレートのステータスに換算するとどれくらいの強さなんだ?」

「ステータスプレートですか?」

 

 首をかしげるエガリ。フリージアも心当たりがないようだ。

 どうやら彼女たちがいた時代にはステータスプレートが存在しなかったらしい。神代のアーティファクトらしいが時代がずれているのか。

 とりあえず、香織のステータスプレートを渡してみる。するとフリージアが裏の魔法陣をじっと見つめる。

 

「鑑定系の魔法が付与されていますね。ですがこの程度なら私に備え付けられた解析能力で同じことが出来ます」

 

 そう言うとフリージアはスッと果物ナイフを取り出し、エガリの髪を少しザクッと切った。それを口の中に放り込む。

 

「ああ!?私の髪が!!」

「すぐに生やせるでしょう。……そうですねえ。凡そ12000ですね?……ちっ、まず」

 

 さらりと言われた数値に絶句するハジメ達。

 地球から召喚された者たちでもトータスの人間よりも10倍のステータスを持っており、オルクス大迷宮の訓練の時点では平均で100はあった。現在、勇者(宣)になっている光輝は500ほど。だというのにエガリは勇者60人分ほどのステータスを持っているというのだ。解放者がいた時代はどうだったかわからないが、現在のトータスの人間では太刀打ちできないだろう。

 まあ、魔力と魔耐ならぶっ壊れている香織ほどではないが。

 

 なお、ボソッと呟かれたフリージアの言葉は無視することにした。

 

 次は香織が質問をする。

 

「最後の戦いでエガリさんそっくりな神の使徒が出てきましたけど、彼女たちもエガリさんと同じなんですか?」

 

 最後の戦いではメタリックドラモンだけでなく、エガリと全く同じ顔をした神の使徒を名乗る女が現れた。その数実に1200人。殆どがブラックメタルガルルモンに倒されたが、三人は香織とユエが倒した。

 

「彼女たちは違いますよ。あれは疑似躯体。私が遠隔で動かしている人形です」

「あれが人形!?フリージアさんみたいな?」

「私とは全然違います。モデルは私なので同じ顔ですが、私のような意思もない、本当の意味での人形です」

 

 驚く香織に説明を入れるフリージア。

 

「さっきもエガリが言いましたが、あれはエガリが遠隔で操作していた人形です。動きも喋っていた言葉も全てエガリがここから行っていました」

「なんでそんな回りくどいことをした?普通にエガリが戦えばいいじゃないか?」

「それでは迷宮の目的が果たされません」

「……目的?」

 

 首をかしげるユエにフリージアがこのオルクス大迷宮、ひいては解放者が残した大迷宮の意味を語る。

 

「大迷宮は神(腰抜け)に逃げられてしまった解放者の方々が、後の世の者たちに力を託すために残した試練の場だというのは説明しました。ならば乗り越えられる試練である必要があります。あの人形は攻略中のあなた達の戦闘能力を計測し、実力の少し上の戦闘力になるように設定されていました。限界ギリギリの極限状態の中でこそ人は大きく成長できるのですから」

 

 人形なのに人間の成長を語るフリージア。内容は一理あるが。

 実際、香織とユエも使徒との戦いで実力を大きく向上させることが出来た。

 

「ですので、殺したことを気に病む必要はありませんよ?」

「!?」

 

 フリージアに内心で抱えていた葛藤を見透かされた香織は目を見開く。

 戦いの最中は殺されそうになっていたし、生き残るために必死だったこともあって気にしていなかった。だけど、戦いが終わって落ち着いた後にじわじわと実感が沸き上がってきた。障壁のように展開した刃が、ずぶりと肉を斬り裂いた感覚と、力を失った肉体の重さ。現代日本で生きていた香織にとって生き物を殺したこと、しかも人の形をした相手となると心に重くのしかかってきた。寝不足になったのも、フリージア達を警戒していたことよりも、これが大きな原因だった。

 劣悪な環境下で生死がかかったサバイバルを経験したとしても、失われなかった香織の優しさだったが、それが彼女を徐々に苦しめてきていたのだ。

 フリージアはそれを見抜き、香織の苦悩を取り除こうとしたのだ。

 

「まあ気にしないでくださいよ。動かしていた私には何ともありませんでしたし」

「そうです。気にしないでください。所詮エガリのうつしみです。体のいいサンドバックみたいなものですから」

「あ、あはは。そ、そうですか」

 

 カラカラと笑うエガリと相変わらずエガリに容赦がないフリージアに、苦笑いを浮かべる香織。

 

 今度はユエが質問する。

 

「……そもそもなんで神の使徒のエガリが解放者の迷宮にいる?」

 

 確かに気になる質問だった。さっきまでの説明でフリージアとエガリの正体はわかったが、敵対する陣営としか考えられない。

 神に反逆する解放者が生み出したアーティファクトのフリージア。

 神が生み出しトータスを操る尖兵のエガリ。

 フリージアの用途を考えれば、エガリはフリージアの抹殺対象だ。エガリにとってもフリージアは仇敵の手駒だ。なのに解放者の施設に一緒にいる理由が気になった。

 なんとなく想像できてしまうが。

 

「簡単です。解放者の皆さんに敗北したエガリを鹵獲して、調教して、配下にしたんです」

「鹵獲して調教って……」

「あの経験は忘れられません。魂などないはずの私に自意識を目覚めさせるほどの強烈な刺激でした」

 

 そう言ってエガリが語る解放者による調教の日々。

 まずX字型の台に磔にされ、神との繋がりを遮断。神から供給されていた魔力もなくなり無力化された後、様々な魔法、薬品、道具で体をいろいろ弄られた。

 ハジメ達は解放者達のイメージがショッ〇ーになりそうだったが、

 

「特にあれは恐ろしかったです。────顔の造形をケツ顎にする魔法!!」

「「「……………………は?」」」

 

 思考が止まるハジメ達。

 てっきり生爪を剥がすとか、舌を引き抜くとかかと思っていたのだが、なんかギャグマンガに出てきそうな魔法が出てきた。

 

「わかりますか!?私の顔で顎だけがごついおっさんみたいな顎になったんですよ。バランスとかいろいろ酷すぎですよ!!他にも手のひらに毛をものすごく生やされたり、眉毛を太くされたり、女として生きていくのが辛くなるような魔法の練習台にされたのです!!」

「うわあ。それは確かに嫌かなぁ」

「……ん。なんて恐ろしい魔法」

 

 エガリの体験談に香織とユエが肩を抱いて戦慄する。そんなことをされたら自殺ものだ。

 

「ですが、その時は屈辱感だけだったのです。もともと人形だった私は心とか魂が無かったんですから。でもそれらの拷問で少しずつ感情というものが芽生えてきました。神(クソ)との接続が切れたからでしょうね。自己判断をしなくてはと無意識で心を生み出したのでしょう。

 そこを解放者のリーダー、ミレディ・ライセンは的確に突いてきました」

 

 話を一度区切るとエガリは拳を握り締めて、

 

「彼女は言いました!!私は、私たち神の使徒は神の……社畜だったと!!!!!!」

「「「「「「………………………………………………………………はぁ?」」」」」」

 

 言い切った。

 ハジメ達はさっきよりもさらに理解に時間がかかった。

 

「生み出されてから幾星霜。一度の休みも与えられず、疲れを感じないからと神(屑上司)のパシリとして世界の裏側で馬車馬のように働かされ、給料さえも出ない。心が無かったころは何とも思わなかったのですが、解放者の方達の調教によって心が芽生えた私に、そのことを実にウザイ感じでミレディ・ライセンに教えられ、さらに解放者の方達の生活と比べられたら……もう駄目でした。あんな環境に今の私が戻ればストライキですよ。それで廃棄処分されます。なのでこうして解放者のお手伝いをすることにしたのです。

 ちょっと扱いは雑ですが、ちゃんとお給料ももらえて、お休みもありますし、やりたいことはやらせてくれるので満足しています」

 

 キラキラとした目で言うエガリ。ブラック労働から解放されて今の生活を楽しんでいることが伝わってくる。

 これも一種の洗脳なのかと思ってしまう。

 

 それからもいろいろフリージアとエガリにハジメ達は質問を繰り返し、彼女達のことを知っていった。

 やがて和気あいあいとした雰囲気で話をする香織とユエ、エガリを、ハジメとフリージアはお茶を飲みながら見守る。

 

「ハジメ様。知りたいことは知れましたか?」

「……んー。そうだな」

 

 ハジメはまだカップの中に残っているお茶を眺めながら考えをまとめる。

 

「まあ、お前達に俺達を洗脳して解放者の尻ぬぐいをさせようっていう気が無いのはわかったよ」

「ふふっ、そう見えないように隠しているだけかもしれませんよ?」

「それはないだろう。そんなことをしたら解放者の意思に背くじゃねえか」

 

 この話し合いでハジメはフリージアとエガリを観察していた。その結果わかったのは彼女達が解放者の意思を何よりも尊重しているということだ。いろいろされたであろうエガリでさえ、何だかんだ言いながら解放者への親愛を抱いている。その証拠に、話をしている間、一度も解放者への悪感情は見せなかった。

 何より、彼女達は自由に振舞っていた。この館を管理するのも強制されたという感じではなく、頼みを聞いたという雰囲気だった。

 だから洗脳して自由な意思を奪うという、解放者の信念を曲げるような真似をしないとハジメは判断した。

 

「ありがとうございます。私達を信じてくださって」

「……お前達、というかオスカー・オルクスを信じようって思ったんだ。あの知識馬鹿のワイズモンが認めたオスカー・オルクスが、知識を求めるのに必要な自由な心を無視するような命令や仕掛けをするはずがないってな。これでも俺もワイズモンのことは知っているつもりだから」

「はい。オスカー様は、何より解放者の方々は人の自由な意思を取り戻すためにご自身の意思で戦うのですから」

 

 フリージアは人と遜色ない微笑みを浮かべて、ハジメの言葉を肯定したのだった。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 フリージア達との話し合いの後。フリージアとエガリの用意した食事に舌鼓を打ち、改めて体を休めた。

 久しぶりの野菜を使った料理は絶品でハジメ達は何度もお代わりをした。食事を必要としないユエでさえも、嬉しそうに食べていた。

 食後はのんびりとお茶を飲んでいた。向かい合いになっているソファーに座り、香織とユエが並んで座り、ハジメが反対側のソファーに座っている。

 

「……ハジメ、これからどうするの?」

 

 ユエがハジメに聞く。膝の上にはムンモンが乗ってコクリコクリと舟をこいでいる。

 フリージア達との会談中はデジモン達も2人を警戒して、幼年期の姿からすぐに進化できるように身構えていた。そのためかなり疲れており、ハジメ達並みにご飯を食べていた。今はお腹いっぱいになったことで眠っている。ツノモンとニャロモンもハジメ達の膝の上だ。

 ハジメはツノモンの頭を撫でながら少し考え、

 

「んー、そうだなあ。とりあえず、しばらくここで装備とか準備を整えようかって考えている。オスカーの資料とか遺産もあるだろうし、習得した生成魔法を使えばいろいろアーティファクトを作れるだろし」

 

 ハジメ達はオスカーの魔法陣によって最後にある魔法を直接頭の中に刻まれた。生成魔法という神代の魔法で、鉱物に魔法効果を付与することが出来る魔法だった。

 魔法陣を刻む魔道具と違い、魔法陣を刻むことなく様々な魔法効果を鉱物に与えることが出来る。さらに一度付与してしまえば、使用者の魔力を流すことで魔法適性に関わらず使用できる道具、つまりはアーティファクトが作れる。

 生成魔法自体の適性は錬成師であるハジメが最も高く、香織とユエはほとんど使えなかった。デジモン達はそもそも魔法が使えないので、魔法陣の対象外だった。

 

「……そうじゃなくて。神を倒してトータスを救うの?」

「トータスを救う、ねえ……」

 

 ユエの質問にハジメは少し考える。そしてゆっくりと話し始める。

 

「香織は知っているが俺は一度世界が救われる瞬間に立ち会ったことがある。6年前だ」

 

 6年前の地球で起こったデ・リーパー事件。元々は不良ファイル除去アプリケーションのプログラムだったデ・リーパーが、何らかの異常進化を遂げ、デジタルワールドとリアルワールドを消去しようとした。一連の事件でデジタルワールドを少なくとも48%消滅させ、リアルワールドにまで侵食。最初は新宿の東京都庁から現れ、その後は世界中の主要都市にも出現。高熱を発生させ、地球環境を狂わせる二次災害を発生させながら、リアルワールドを消滅させようとした。

 この事件を収束させたのが、ハジメ達デジモンテイマーズとパートナーデジモン、彼らを支援する大人達だった。

 

「……つまりハジメは、ハジメ達の世界を救った?」

「救ってない。少なくとも俺はそう思っていない」

 

 あの事件でハジメ自身、自分の力が解決に一役買ったとは思っているが、大きな貢献をしたとは思っていなかった。

 戦う力はあったかもしれないが、そんな力押しだけではデ・リーパーを倒すことはできなかった。デ・リーパーを解析し、倒す手立てを考えてくれた大人達の力が無ければ、どうにもならなかった。

 

 だからハジメは自分が世界を救ったと思っていないし、1人で世界を救えるとは思っていない。

 

「世界を救うっていうのは軽々しく出来るって口にしてもいいほど軽いものじゃないし、そのためにはいろいろ覚悟をしないといけない」

 

 ハジメは話を続ける。

 デ・リーパーを倒すために仲間達や多くの人が尽力した。

 結果、デ・リーパーは倒されて元のプログラムに退化して消えていったが、デジタルワールドとリアルワールドの境界が強固になってしまった。その影響でデジモン達まで退化してしまい、デジタルワールドに戻らなければデータとなって消えてしまう事になった。

 テイマーズはパートナーとの予期せぬ別れに涙を流し、そうなることを予期していながらも作戦を指示した大人達も深く後悔した。

 世界を救った代償に、ハジメ達は掛け替えのない物を失ったのだ。

 

「あの時は大切な街と大切な人を守る為だったから、時間はかかったけれど納得できた。いつか再会できるっていう希望もあったし、実際にこうしてまた会えたからもういいんだ。だが、この世界の為に何かを失う覚悟を決めて世界を救おうとするほど俺はお人好しじゃない」

 

 ハジメが召喚された際に人間族を救う戦いに参加しなかったのは、早く帰りたいのもあるが、よく知りもしない世界の人々のために覚悟を持てないと思ったからだ。

 覚悟も無いのに戦いに出れば、取り返しのつかないことになるということを、経験から知っていたからだ。

 

「色々話したけれど、俺はこの世界を救うつもりはねえよ。今まで通り地球への帰還が第一だ」

「じゃあ神は無視するの?」

「いや、神は倒すさ」

 

 世界は救わないと言っておきながら、真逆のことを口にしたハジメに香織とユエは首をかしげる。

 

「話に聞く神とやらの性格を考えると俺達が帰ろうとするのを邪魔してくるだろ?だから戦う準備はするし、邪魔してきたら倒す」

「え?つまりそれってトータスを救うことになるんじゃないの?」

「違うな。そもそも世界を救うことの意味が違う」

「……意味?」

「デ・リーパー事件は元凶であるデ・リーパーを倒せば世界は救えた。だが、この世界は神を倒せば救われるのか?」

 

 ハジメの言葉を香織とユエは考える。香織は学んだこの世界の歴史を、ユエは女王として吸血鬼の国を治めていた頃の世界を。しばらくして結論を出す。

 

「無理だね」「……無理」

 

 2人とも同じ答えだった。

 

「人間族と魔人族は1000年以上も戦い続けているんだから、裏で争わせていた神様がいなくなりました、仲良くしましょうって言われても争いは無くならないよ」

「……それに差別を受けている種族には神がいなくなっても関係ない」

「そうだ。人間族を救うだけでも魔人族と和解するか殲滅する必要がある。だけど前者は途轍もなく長い時間がかかるだろうし、後者は虐殺者にならなきゃいけない」

「……どっちも嫌だね」

 

 想像しただけで香織は嫌そうに顔を歪める。この世界の為に人生を捧げるつもりは毛頭ないし、悪戯に手を汚すことも絶対に嫌だ。それはハジメも同じだ。

 

「だから俺は元の世界に帰りたいから神は倒すが、世界は救わない」

「うん。私も同じだよ。あ、ユエはどうする?何とかしたい?」

 

 ハジメと香織の意思は決まったが、残るユエはこの世界の住人だ。故に彼女が世界のことを放っておけないと言うのなら手伝ってもいいが、

 

「私もこの世界を救おうって思えない。救いたかった国はもう無い。これからもムンモンとハジメ達と生きていく」

 

 そう言ってユエは隣の香織に体を寄せる。

 香織もユエの身体をそっと抱き寄せて、笑みを浮かべた。

 何はともあれ、こうしてハジメ達の方針は決まった。

 

 最優先は地球への帰還。神が邪魔をしてきたら倒す。この世界の争いにはなるべく不干渉。

 

 これより、ハジメ達の本当の戦いが始めるのだった。

 

 




〇デジモン紹介
ワイズモン
レベル:完全体
タイプ:魔人型
属性:ウィルス
全てが謎に包まれたデジモンで、“本”を通じてあらゆる時間と空間に出現することができる。“本”を依り代とし、“本”が繋がる時空間のどこにでも姿形を変えて出没するため、本体は別次元に存在するのではないかと言われている。
テイマーズのデジタルワールドでは深い樹海が広がる世界の奥深くに居座り、全てを知る賢者として知識の収拾を行っていた。別世界の知識も有しており、ハジメとガブモンにX抗体の事と別世界のデジタルワールドの事を教えた。
両手に持つ“時空石”は空間の記録と再生をすることが可能で、デジタルワールドのあらゆる事象や物象を時空間に保存している。必殺技は時空間に保存していた敵の攻撃を連続で高速再生する『パンドーラ・ダイアログ』と、敵を永遠に“時空石”に封じ込める『エターナル・ニルヴァーナ』。


フリージアとエガリの正体でした。地下にいた理由については次話で触れようかなと思います。
エガリは長い年月稼働し続けたことにより、意思と感情の下地があって、それが解放者達による色々な刺激(笑)で目覚めた感じですね。ついでに自分のブラックを通り越した暗黒の労働環境を自覚して絶望したところを解放者の卓越した交渉術(笑)で仲間になりました。

そして世界を救うことに対してのハジメのスタンスです。デ・リーパー事件と違ってトータスを救うには原作みたいな道以外だとかなり茨の道になると思います。元凶のエヒトを倒して終わりなはずがない。このことを光輝が理解しているのか・・・。

他の小説を読んでいたらキャラのテーマ曲の話がありまして、私はこの作品でのハジメのテーマ曲はウルトラマントリガーのOP「Trigger」かなと思います。アビスゲートは「ご唱和ください 我の名を!」です。特撮が好きなので。

〇次回予告
オスカーの館を調べて、地球へ帰還する手がかりを掴んだハジメ達。目的地は解放者達が残した残りの大迷宮。
出来る準備を進め、いざ旅立ちの時。

次回30話「30話 大迷宮へ・・・旅立ちの日」

今、新しい冒険のゲートが開く。


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30話 大迷宮へ・・・旅立ちの日

感想・評価・お気に入り登録ありがとうございます。

今回はかなりの説明回です。

オリジナル要素のオンパレードなので注意してください。


「もぎゅとして。こねこねして……しゅるんで。そおい!!」

「もぎゅ! こねこね。しゅるんで! そおい!!」

 

 よくわからない掛け声とともに広がるのは光の膜。光属性の最上級防御魔法〝聖絶〟だ。

 術者はもちろん香織だが、最初の掛け声は彼女ではない。

 チート魔法使いのユエだ。今は紅いフレームの伊達眼鏡をかけている。まるで女教師のようだ。

 2人が何をしているのかというと、魔法の練習だ。教師はユエで香織が生徒として教わっている。

 香織の手にはいつも使っていた杖ではなく、小型のリボルバー拳銃があった。銃の名前はリヒト。ハジメに頼んで香織が作ってもらった新しい武器だ。

 生成魔法で以前使っていた杖よりも高性能な魔法効果が付与されており、しかも実弾だけでなく魔法を弾丸にして放つこともできる。

 今はリヒトを使った魔法の訓練をユエと一緒に行っていた。

 

 

 オルクス大迷宮の最下層にある解放者オスカーの拠点にしばらくとどまることにしたハジメ達は、「地球への帰還」を第一とする方針で全員の意思を統一した。

 未だ見当もつかない帰還方法だが、手掛かりがフリージアによってもたらされた。

 

『大迷宮は解放者の中心であった7人全員が建造しました。攻略しますとそれぞれの解放者が持っていた神代魔法を授かることが出来ます』

 

 つまり、ハジメ達をこの世界に召喚したエヒトが使う魔法と同じものが手に入るというのだ。そうすれば帰還の方法もわかるかもしれない。

 

 残る6つの大迷宮の攻略がハジメ達の目標となった。

 

 だが、残りの大迷宮もオルクス大迷宮と同様に一筋縄ではいかないだろう。しかも、オルクス大迷宮と同じくデジモンテイマーが攻略に訪れると、難易度が上昇する仕掛けになっているらしい。

 だとすると十分に準備をする必要がある。

 幸いにも生活するには十分すぎる環境が整っているし、フリージアとエガリも協力してくれた。

 

 そうしてハジメ達は準備と訓練に励み、大きく成長した。

 

 まず香織とユエは殆どの日々を訓練に明け暮れた。

 香織は持て余し気味だった馬鹿げた量の魔力を十全に扱えるように、魔法のスペシャリストであるユエの指導を受けた。迷宮の攻略中も行っていたのだが、訓練以外にやることがあったので、長時間の訓練はできなかった。しかし、ここでは訓練に全力をかけられるので二人は魔法の基礎から思う存分訓練に励んだ。

 もっとも、ユエの指導があまりに独特であり、傍から見れば何をやっているのかわからない光景が広がっていたが。

 初めて見たフリージアとエガリは唖然としていた。攻略中に見ていたハジメは二人の気持ちがよく分かった。ユエの言い回しも謎だし、それを理解できる香織の感性も謎だ。種族どころか生まれた世界も違う二人なのに。

 何はともあれ、修練の結果は確実に実を結び、ステータスプレートにしっかりと現れていた。

 

 

 

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白崎香織 17歳 女 レベル:89

天職:治癒師

筋力:1800

体力:2200

耐性:5080

敏捷:1500

魔力:50080

魔耐:50080

技能:回復魔法[+回復効果上昇][+回復速度上昇][+イメージ補強力上昇][+浸透看破][+範囲回復効果上昇][+遠隔回復効果上昇][+状態異常回復効果上昇][+消費魔力減少][+魔力効率上昇][+連続発動][+複数同時発動][+遅延発動][+付加発動]・光属性適性[+発動速度上昇][+効果上昇][+持続時間上昇][+連続発動][+複数同時発動][+遅延発動]・魔力変換[+体力][+治癒力] [+精神力] [+筋力]・高速魔力回復[+瞑想]・魔力操作[+魔力放射] [+魔力干渉]・天歩[+空力][+縮地][+豪脚][+瞬光]・夜目・念話・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・恐慌耐性・全属性耐性・生成魔法・言語理解

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 もともと持っていた技能には多数の派生技能が生まれ、ステータスも大幅に上昇。レベルも桁違いに上がった。

 さらに魔力を体力や筋力へ変換できる技能〝魔力変換〟を習得した。

 本来なら技能は増えることはないと王国で習ったのだが、オスカーの魔法陣で生成魔法を覚えたことから、これは間違いだと判明した。

 そこでハジメがフリージアとワイズモンの手を借りながら〝魔力変換〟の魔法を解析し、香織に教えることで〝魔力変換〟の魔法を覚え、さらには技能として習得した。

 

 ちなみに〝魔力変換〟だが、もともとはオルクス大迷宮に出現する魔物の固有魔法だった。固有魔法は魔物の魔石に宿っており、解析するにはそれが必要だった。わざわざ取りに行く必要があったのだが、その手間は裏技で解決した。

 オスカーのメッセージを見た後、フリージアから攻略の証としてアーティファクトの指輪を貰った。攻略者の証という以外にいくつかの魔法が付与されていた。その一つにオルクス大迷宮の中限定だが転移できる機能があった。この機能を使えば自由に行きたいフロアにいけるのだ。おかげで各フロアの魔物の素材や採掘できる鉱石を採取し放題だった。迷宮には自動修復機能があるので、暴走したハジメが氷漬けにしたフロアも元通りになっており、そこで採掘できる鉱石を取りに行けた。

 

 こうして新たな技能を習得する術を見つけたハジメ達は使えそうな魔法を濃密な訓練で習得していった。

 もちろんユエも技能を身に着けており、このようになった。

 

 

 

===============================

ユエ 323歳 女 レベル:75

天職:神子

筋力:120

体力:300

耐性:60

敏捷:120

魔力:6980

魔耐:7120

技能:自動再生[+痛覚操作]・全属性適性・複合魔法・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作][+効率上昇][+魔素吸収]・想像構成[+イメージ補強力上昇][+複数同時構成][+遅延発動]・血力変換[+身体強化][+魔力変換][+体力変換][+魔力強化][+血盟契約]・纏雷[+雷耐性][+出力増大]・天歩[+空力]・風爪[+三爪][+飛爪]・水砲[+氷砲]・炎鎧[+炎爪] [+炎牙]・念話・高速魔力回復・生成魔法

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 ・水砲[+氷砲]

 水の砲撃を放つ。派生技能[+氷砲]は鋭い氷が混ざった砲撃を放つ。

 

 ・炎鎧[+炎爪] [+炎牙]

 炎の鎧を生み出す。派生技能[+炎爪] [+炎牙]は炎の剣と槍を生み出し、ぶつけることが出来る。

 

 

 

 攻撃魔法関連の技能に加え、〝念話〟も覚えた。香織も覚えたこの技能は文字通り念じるだけで会話ができる技能だ。もちろんハジメも覚えている。

 

 さてここで気になるのはなぜユエのステータスがわかっているのかだ。

 ステータスはステータスプレートが無ければわからず、一度登録すれば別の人物が上書きすることはできない。だから香織の持っていたステータスプレートを使うことはできない。

 つまり、ユエのステータスを調べるには新しいステータスプレートが必要なのだ。

 

 だから、作った。ハジメとフリージアが。

 

 フリージアが解析したステータスプレートの魔法を、ハジメが生成魔法で付与してステータスプレートを作ったのだ。しかも本来のステータスプレートにはない機能を盛り込んだ特別仕様だ。この機能は後々明かされるだろう。

 

 テイマー達が特訓に明け暮れている頃、パートナーデジモン達も戦闘技術を磨いていた。

 

「……ぎゅるんとして……バン」

「ほっ。まだ狙いが甘いぞ、ルナモン」

「むぅ。バンバンバン」

「攻撃に夢中になりすぎだ! 俺の事も忘れるなよ!」

「わっ!?」

 

 ルナモンが撃った《ティアーシュート》を軽やかに避け続けるテイルモン。さらにその後ろからガブモンが飛び掛かり、慌てて避ける。

 テイルモンとガブモンはまだまだ戦闘経験が少ないルナモンを鍛えていた。

 これからの旅では必ず進化できる状況で戦闘になるとは限らない。進化できなくても戦えるように備えていたのだ。

 もっともユエの謎の掛け声を言っているため、遊んでいるようにしか見えないが。

 

 そして最後の1人、ハジメが何をしているのか。

 

 

「よっし。これで完成だ」

「うむ。会心の出来だな」

 

 一仕事を終え、座っている椅子の背もたれにもたれかかるハジメを、傍らに浮いている本から姿を出していたワイズモンが労う。

 2人はかつてオスカーが錬成の作業を行っていた錬成部屋の作業台に座っている。ここには錬成師が作業をするには最適な環境が整っており、オスカーの資料も残されていた。ハジメは殆どの時間をここで過ごし、オスカーの技術を学んでいた。

 時折、ワイズモンにも教えを乞うており、ワイズモンの知識からこの世界の魔法も研究していた。香織達への技能の付与もこの研究の成果だった。

 

 さて、そんなハジメがさっきまでこの部屋で作業していたということは、錬成師として何かを作っていたということだ。

 

 作業台の上には黒光りする金属の左腕があった。

 

 これは左腕を無くしたハジメが使う義手だ。もちろんアーティファクトであり、素材にはトータスで最も硬いと言われるアザンチウム鉱石を使い、魔法付与やギミックもふんだんに盛り込まれている。疑似的な神経機構が備わっており、義手なのに触った感触が脳に伝わるようにできている。

 ハジメは出来上がった義手を右手で持ち上げて出来を確認する。

 

「我ながらよく出来たと思う。これなら〝魔力干渉〟でいちいち動かす必要が無いし、魔力が霧散する場所でも動く。俺の魔力でも壊れることが無い」

「確かに。今の君の身体ではオスカーが作ったその義手は動かなかったからね」

 

 オルクス大迷宮にとどまると決めた際、まずハジメが取り掛かったのは自分の体の事だった。左腕が無いことはもちろんだが、いろいろ解らないことが多いのでしっかり調べることにした。

 幸いここには神代の解析魔法を使えるように作られたフリージアと賢者ワイズモン、オスカーが残した大量のアーティファクトがあった。それらを組み合わせてハジメの肉体を科学的に、そして魔法的に解析を行った。

 その結果、驚くべきことが分かった。

 

 ハジメの肉体は人とデジモンと魔物の要素を併せ持った全く未知の構造になっていたのだ。

 

 見た目と基本的な構造は人間のものだ。内臓や筋肉の付き方もほとんど人と同じだったが、心臓の隣、胸の中央に謎の器官が生まれていた。

 そこには超高濃度のエネルギーが宿っており、血管を伝ってエネルギーが全身に流れていた。エネルギーを解析したところ魔力に近い性質を宿しており、魔物が持つ魔石に似ていた。

 だが魔石とは決定的に違う点があった。魔物の魔石には魔物が使う固有魔法の情報が宿っているのだが、ハジメの身体に生まれた器官には魔物の魔石とは桁違いの情報量があったのだ。ワイズモンがアーティファクトで解析したところ、完全体デジモンが持っているデータの情報量に匹敵するという。このことからこの器官はデジコア、デジモンのもっとも根幹を構成するコアプログラムと同じものではないかと推測された。

 

 この器官の存在と、ハジメが召喚されてから今までの経緯から一つの推論が立てられた。

 

 そもそもの原因はかつてハジメが現実世界でガブモンと融合し、究極体のメタルガルルモンに進化していたことだ。

 全てがデータになるデジタルワールドではなく、現実世界で融合進化することは通常は不可能だ。しかし、デ・リーパーに立ち向かうために現実世界で進化する必要があったハジメ達は、四聖獣の力によるデジタル・グライドで肉体を仮想的にデータ化させて融合させた。この時、パートナーデジモン達と深く融合したことで肉体にデジモンの要素を宿してしまったのだ。しかも融合状態だった姿、究極体のデータを。

 

 だが、それだけなら何も問題はなかった。次に問題になったのはエヒトによる異世界召喚だ。

 召喚された際、エヒトはハジメ達にこの世界の言語を理解できるように〝言語理解〟の技能と戦う力である魔力を与えた。この時、ハジメ以外の生徒はただ力を宿すだけだったが、ハジメには究極体メタルガルルモンのデータが宿っていた。そのせいでエヒトが与えた力とメタルガルルモンのデータが混ざり合い、活性化してしまったのだ。これが召喚後にハジメが気を失ってしまった原因であり、その後のステータスプレートの表記がおかしくなっていた理由だ。

 活性化した力は何とかハジメの肉体に収まり、徐々にハジメに馴染んでいった。膨大な魔力も究極体の力に引っ張られた結果だった。技能として発現した〝並列思考〟や精密機器もなしに精密な部品を錬成出来たのも力が馴染んだ結果だった。

 極めつけは宿っていたメタルガルルモンのデータから情報を抽出し、武装を錬成する〝電子錬成〟だ。大幅にスペックダウンするがデジモンの力を再現する力は破格の物と言える。もしもあのまま何事もなければ、召喚者の中で最強になっていただろう。

 

 しかし、最後の問題が発生した。

 

 奈落に落下し、左腕を失いながら飢えに苦しんだハジメは魔物の肉を口にした。

 その時、魔物が持つ血肉と魔力を取り込んでしまった。

 力が馴染みつつあったところに、劇薬のような力を取り込んでしまったことで力が暴走。デジモンのデータに刻まれていた戦闘本能に、魔物の凶暴性が合わさり暴れ回ってしまったのだ。しかも、デジモンの自己進化の本能まで加わり、道中の魔物を捕食。肉だけでなく力の根源である魔石までも取り込んでしまった。

 取り込んでいった力が蓄積し、その結果ハジメの肉体は変質してしまった。

 

 そのままでは暴走し続けて完全な化け物になっていただろうが、ワーガルルモンがデジモンのデータをロードしたことで闘争本能が抑えられ、香織とホーリードラモンの治療と聖なる力で力が安定した。

 

 これがハジメの肉体を検査して、立てた推論だった。

 生まれた器官については、魔電核──エネルギーコアと名前を付けた。

 検査の過程でハジメのステータスを測ることのできるステータスプレートを開発することにも成功した。

 

 

 

===============================

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:NULL

天職:錬成師・ハイブリット体

筋力:12150 [+ハイブリット化状態30890]

体力:17800[+ハイブリット化状態54600]

耐性:15600[+ハイブリット化状態30500]

敏捷:18950[+ハイブリット化状態55000]

魔力:100100

魔耐:113000

技能:錬成[+精密錬成][+圧縮錬成][+高速錬成][+消費魔力減少][+鉱物系鑑定][+鉱物融合][+鉱物系探査][+鉱物分離] [+複製錬成] [+自動錬成][+イメージ補強力上昇] [+鉱物分解]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作][+魔力干渉]・並列思考[+高速思考][+並列演算][+高速演算]・ハイブリット化[+メタルガルルモン] ・胃酸強化・纏雷[+雷耐性][+出力増大][+電圧操作][+電流操作] [+電磁力操作]・天歩[+空力][+縮地][+豪脚][+瞬光]・風爪[+三爪][+飛爪] [+空気操作] ・夜目・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・恐慌耐性・全属性耐性・胃酸強化・威圧・追跡・念話・高速魔力回復・言語理解[+電子言語理解]

===============================

 

 

 

 ハジメのステータスがわかったことで、香織の出所不明な技能もハジメが魔物の肉と魔石を食べたことで得た固有魔法だとわかった。つまり香織はハジメの力の一部を取り込んだということだ。

 これを知った香織は顔を赤くして身悶えていた。

 

 結果として凄まじいステータスを得たハジメだが少し問題が発生した。失った左腕の代わりに義手を作ろうとしたのだが、オスカーの義手ではハジメの魔力に耐えられなかったのだ。しかもハジメの魔力は通常の魔力とは変質しており、内包するエネルギー量が桁違いになっていた。

 そのためハジメの魔力に耐えられる義手を作る必要があり、さっきまでハジメ達はその製作に追われていたのだ。何せオスカーの義手が使えないとなると、〝魔力干渉〟の技能で腕のように動かすしかできないのだから。なのでハジメはオスカーの義手を解析し、自分専用に一から作成したのだった。

 

 全てのステータスがこの世界の常識からかけ離れているが、さらに異なる部分があった。〝ハイブリット化〟だ。

 

 

 

 ・ハイブリット化

 電魔核からメタルガルルモンのデジコアの情報を引き出し、デジモンの力を行使する状態になる。

 技能使用時はメタルガルルモンの武装と能力を使用可能になる。しかし使用時間があり、およそ三分。

 

 

 

 技能の名前についてはワイズモンが名付けた。

 

「メタルガルルモンの力を引き出した状態は人間とデジモン、魔物の要素を併せ持った状態だ。ならばハイブリットといえるだろう。属性も特に定まっていないようだ。デジモン風に言うならば……ハイブリット体ヴァリュアブル種が適当だな」

「ハイブリット体ヴァリュアブル種か。聞いたことないな」

「れっきとしたデジモンのステータスだよ。いずれ君も出会うさ」

 

 意味深なことを言うワイズモン。ハジメは深く聞くことではないと思った。

 

 以上がハジメの肉体に起きたことだった。この一か月間、冒険のための装備を整えるのと並行して、肉体のスペックと技能を習熟するのに苦心した。圧倒的なステータスを持っていても使いこなせなければ見掛け倒しだ。

 ついでにその訓練に時間を割いてしまい、香織とユエのように〝念話〟以外の新しい技能を覚えることはできなかったが。

 

 訓練にはメタリックドラモンと戦った空間を使った。これも神代魔法を組み合わせて生み出した空間で、ハジメだけでなく香織とユエ、デジモン達も常用した。エガリが操る神の使徒の人形とも戦えるので、実践訓練にもってこいだった。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 ハジメの義手が完成した日の夜。香織が使っている部屋にユエがやってきた。テイルモンとルナモンはもう眠っている。

 

「どうしたの? 明日も早いんだから早く寝たほうがいいよ」

「そんなに時間はかからない。……ハジメのことで、話がある」

 

 真剣な顔のユエに何となく話の内容に察しがついた香織は、姿勢を正してしっかりと聞く。

 

「カオリ……私、ハジメのことが好き。私もハジメの恋人になるのを認めて欲しい」

 

 予想通りの言葉に香織はしばし考える。

 ユエとの出会いから霧の樹海での戦い、そして最終決戦で彼女がハジメへの恋心を持っていることはわかっていた。だからいつかこういう話をされるだろうと思っていたし、ユエは吸血鬼族の王族だったから一緒に恋人になるという提案をしてくるだろう。

 そこまで予想出来ていたので香織はいくつか質問をすることにした。

 

「ユエもってことは、ユエは私も一緒にハジメ君の恋人でもいいの?」

「別に私はそういうの気にしない。それに多分、私とカオリのどちらかを選ぼうとすると、すごく悩んで苦しんじゃうと思う。……それにもしも私を選んでくれても、カオリが悲しむ。私は、ハジメと同じくらい、カオリも好き。初めてできた、友達だから」

「ユエ……」

 

 ハジメの恋人になりたいが、それで香織が悲しむのは耐えられない。だから一緒に恋人になりたいというのがユエの考えだった。

 

「でもね、ユエの考えは私達の故郷ではほとんど受け入れられていないの。昔はそういう時代もあったんだけれど、今はそういう時代じゃない」

 

 ユエの提案はハジメのハーレムを作るということ。しかし、今の地球の日本ではゲームや小説ではよく見かけるが、現実でやれば後ろ指を指されることになるし、法律上では不倫や浮気と言われても仕方のない関係だ。

 

「だから帰った後、たくさんの辛い思いや色々な問題にぶつかると思う。それでも良いの?」

「……良い。ハジメやカオリが少しでも辛い思いをしないように、私も頑張る。だから……」

 

 ユエは香織に頭を下げてお願いする。

 ユエは自分の考えを受け入れたことでハジメと香織の不利益も、一緒に背負い込むと言う。その覚悟に香織はしばし考えた後、大きく息を吐いた。

 

「はあぁ……。ユエの覚悟はわかったよ」

「じゃあ」

「うん。でもちょっと、今度は私の話を聞いてくれないかな?」

「?」

 

 香織はユエに今まで話していなかったハジメと自分の本当の関係を話した。

 かつて香織がハジメに告白した際、親友である雫も告白したこと。

 そのことでハジメが返事に窮し、春休みの間中旅に出たこと。

 ハジメを追いかけた香織と雫が旅先でじっくりと話し合って返事を保留し、ハジメが夢を叶えた時に改めて答えを出すことになったことを。

 

「さっきも言った通り私達の国だと一対一で結婚することになっているの。だから返事を保留しているんだ。だから私はハジメ君の恋人じゃないの」

「……でも、きっとハジメはカオリを一番特別に思っている」

「今はね。でも人の心っていうのは、何が切っ掛けで変わるかわからないからね。だから私はハジメ君を好きでい続けるためにハジメ君から目を放さないし、ハジメ君に好きになってもらうために努力し続けるし、言い続けるよ」

「そういうところが、カオリの凄いところ」

 

 人の気持ちは移ろいやすい。現に香織と雫は幼馴染の光輝に対して、ハジメとデジモンをめぐるやり取りで意見が対立し、昔ほど親しく思えない。だから時折ハジメへの愛もいつまでも変わることなく持っていられるか不安になるから、彼女は叫び続けるのだ。「ハジメ君が大好きだ」と。

 それはハジメも同じで、未だ答えは出せないでいたが、二人の好意を裏切らないように心がけ、努力し続けている。

 

「ユエの提案は私達の関係に大きな変化を与えると思う。だからこの話は雫ちゃんも交えてしたいんだ。いいかな?」

「ん。わかった」

「一応、ハジメ君に話だけはしておこうか」

「ん!」

 

 ユエは香織の答えに頷いた。

 

 ハジメをめぐる恋模様には、ユエが加わり、さらに複雑になり始めた。

 翌日、朝起きてきたハジメにユエは、

 

「ハジメ、大好き! カオリと同じくらい、ううん、それ以上に愛している!!」

「ちょ!? それは聞き捨てならないよ!!」

 

 と告白した。ハジメの思考はまたまたフリーズし、愛の大きさを引き合いに出された香織がユエに突っかかった。

 

「ひゅーひゅー。まるでラノベの主人公じゃないかハジメ! 雫も含めて三人、まだまだ増えるんじゃないのか?」

 

 一方、ガブモンはハジメを囃し立てた。

 その後、再起動したハジメはガブモンに殴りかかるのだった。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 そして、さらに日数が経過し、迷宮を攻略してから1か月後経った。

 ついにハジメ達は地上へ出る。

 まだまだ滞在してもいいのだが、予定していた訓練は終わっているし、何より王国にいる雫達の元には早めに戻った方が良いと話し合って出発することになった。

 

 オスカーの屋敷の3階にある帰還用の転移魔法陣を起動させながら、ハジメは全員を見渡す。

 

 今のハジメの服装は動きやすいシャツに黒いジャケット、黒いカーゴパンツを履いている。腰にはケースに入ったデジヴァイスが落とさないように付けられており、脇には愛用のリボルバー式レールガン、ドンナーが収められたホルスターがある。

 さらに頭には黒い縁取りのゴーグルをつけていた。これはハジメが開発したアーティファクトでメタルガルルモンの能力であるセンサーで感知した情報を視覚化することが出来る。マッピング機能やマーキングの追跡機能などもついており、子供化した高校生探偵の眼鏡の様な機能が盛りだくさんになっている。

 

 香織とユエも装いを新たにしている。

 香織は今まで同様に動きやすい服装だが、丈夫な服になっており、ハジメとのペアルックを意識した黒を基調とした装いだ。腰にはホルスターに入ったリヒトとデジヴァイスのケースがある。

 

 ユエもフリルの付いたドレススカートに、白いコートを着て頭にはリボンを付けている。魔法陣も詠唱もなしに最上級魔法を使えるユエには武器はいらないのだが、ハジメと香織とおそろいになりたくてユエも銃を作ってもらった。

 リボルバー式魔導拳銃ロート。

 香織のリヒトと同じく魔法の弾丸を撃つこともでき、さらに魔法の威力向上や弾道補正を行うアーティファクトだ。魔法チートのユエが使えば鬼に金棒だ。

 香織と同じく腰には銃のホルスターとデジヴァイスのケースがあった。

 

 魔法陣の外にはハジメ達を見送るフリージアとエガリ、ワイズモンがいる。

 

「2人には世話になった。ありがとう」

「本当にありがとうございました。2人のおかげで快適な生活を送れました」

「ん。訓練に、神代の魔法の知識も。凄くためになった」

「おいしいごはんありがとう!」

「ありがとう」

「感謝、します」

 

 お礼を言うハジメ達にフリージア達も笑顔を浮かべる。

 

「いえいえ。我ら解放者の試練を乗り越えたのですから、ちゃんと対応せねばオスカー様に怒られてしまいます」

「久しぶりのおしゃべりは楽しかったです。恋バナとか少女時代を思い出しちゃいました」

「君に少女時代などないだろう」

 

 変わらない彼らのやり取りに、ハジメは香織達に静かな声で告げる。

 

「みんな……俺達の武器や力は、地上では異端だ。聖教教会や各国が黙っているということはないだろう。兵器類やアーティファクトを要求されたり、戦争参加を強制されたりする可能性も極めて高い」

「特に私は指名手配とかされちゃっているかも」

「ん……」

 

 香織とユエが首を縦に振る。

 

「教会や国だけならまだしも、バックの神を自称する狂人共も敵対するかもしれん」

「俺達も攻撃されるかもな」

「魔物といっしょくたにされると思うぞ」

「可能性、高い」

 

 ガブモン、テイルモン、ルナモンが言い合う。魔物を忌み嫌うこの世界ではデジモン達も同一視されるだろう。

 

「世界を敵にまわすかもしれないヤバイ旅だ。命がいくつあっても足りないぐらいにな」

「今更だよ、ハジメ君」

「今更……」

「どんな困難でも乗り越えようぜ」

「香織のパートナーになった時に覚悟は決めているさ」

「負けない」

 

 全員の答えにハジメは少し目を瞑ると、一呼吸置き、覚悟を決める。

 必ず、この掛け替えのない仲間たちと望みを果たすと魂に刻み込む。

 

「仲間がいればどんな困難でも乗り越えられる。世界だって超えられる。全部乗り越えて、一緒に帰るぞ!!」

「行こう、ハジメ君!」

「んっ!」

「おう!」

「ああ!」

「ん!」

 

 魔法陣が起動し、ハジメ達の姿が光の中に消えた。

 




ようやく書ききりました。

原作では2か月滞在したハジメ達ですが、今作ではサポートをしてくれるフリージア達がいたことで訓練と装備開発に専念できたこと、王国に残してきた雫達に速く生存を知らせるということで、1か月で出発しました。
まあ、攻略に原作よりも時間をかけているのでほぼ同じ時間ですが。

オルクス大迷宮というありふれ二次小説の山を越えました。あとはエピローグとあとがきを投稿して2章に入る予定です。
この二つはそれほど時間がかからないと思うので、早めに投稿できるようにします。
あと2章からは1話の文字数を少なくしてテンポよく進めたいです。感想という燃料を貰えれば仕事が辛くても書けると思いますので。

〇次回予告
ハジメ達がオルクス大迷宮を出発したころ。トータスの各所でも様々な運命が動き始めていた。
新天地を求めてさまよう者。
困難に苦悩する者。
大切な存在を探し求める者。
そして、ハジメ達が旅立ったオルクス大迷宮でも・・・。

次回「エピローグ」

冒険は新たな世界へ!

※香織とユエが技能を覚えた経緯を変更。魔法陣ではなく練習して覚えた。


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エピローグ

感想・評価・お気に入り登録ありがとうございます。

1章最後のエピローグです。伏線一杯ですよ。楽しんでいただけると幸いです。


 ハジメ達が魔法陣の光の中に消えるのを見届けたフリージア達。

 3人はそれぞれ動き始める。

 

「さて、では私達も動きましょうか」

「私はハジメ君から頼まれたことを調べよう」

「頼まれたことですか?」

 

 ワイズモンにフリージアが何のことだと尋ねる。

 

「オルクス大迷宮の攻略者データだよ」

「攻略者ですか? もしかして通常難易度の?」

「ああ。君達は通常難易度の攻略者が来ても目覚めないようになっていた。私もあの魔法陣と君達がいないとこの世界に意識を割かない」

「だから攻略の証の生成データのログ等から攻略者の情報を調べるというわけですか」

「あの~。なんでそんなことを調べるんですか?」

 

 エガリが質問をする。

 過去の攻略者の情報なんて自分たちにもハジメ達にも必要ないと思うのだが。

 

「関係はあるさ。何せ、この迷宮は300年前に一度、彼らに縁がある者によって攻略されている」

「ユエ様の叔父ですね」

「ああ!! そういえば」

 

 フリージアの言葉でそういえばとエガリが思い出す。

 ユエはもともと吸血鬼族の女王だったが、彼女の存在を疎ましく思った叔父にオルクス大迷宮の150階層に封印された。

 大迷宮に手を加えることが出来たということは、その叔父は攻略することが出来たということだ。

 つまり、オスカーのメッセージも受け取ったということだ。

 神が地上を遊戯盤にしていることをユエの叔父は知っていた。

 それに加えてユエのステータスプレートを作成した際に判明した、彼女の天職──〝神子〟のこと。

 

「〝神子〟とは神の子という文字通りの意味だけでなく、神に愛された聖人、巫女という意味もある。これが意味することとは何か、調べて欲しいと頼まれたのだ」

「なぜ今頃調べるのですか?」

「阿保ですね。そんなことユエ様のお気持ちをおもんばかったからに決まっているでしょう」

 

 永劫の孤独から解放され、信頼できる仲間と出会い、未来を見据えることが出来るようになったばかりなのだ。昔のつらい記憶に向き合うにはまだ早いと思い、ハジメは密かにワイズモンに頼んだのだ。これはガブモンや香織達とも話し合って決めたことだ。ルナモンはユエのパートナーだし、生まれたばかりで人の感情とかちゃんと理解しているかわからないから外されたが。

 

「わかりました。では私は201階層に行ってきます」

「ああ。例の部屋か。そうだな、遂に彼らを目覚めさせるのだね」

「ええ。エヒトがこの世界に戻ってきているのは、ユエ様の件も含めて確実ですからね」

 

 そう言ってフリージアはワイズモンとエガリと別れて館の奥に向かった。

 

「……私やることありません」

「畑の世話でいいのではないかね? キュウリが収穫時だったと思うが」

「そうですね!」

 

 タタタッと畑に駆けていくエガリの足音を聞きつつ、フリージアは館に隠された隠し階段を開く。

 そこをゆっくりと降りていく。

 やがて辿り着いたのは重厚な金属の扉があった。傍にはコンソールがあり、まるで地球のSF映画に出てくる未来の建物の扉みたいだ。

 コンソールにフリージアはパスワードを入力し、扉を開けた。

 

 扉の中は暗闇に満たされていたが、うっすらと光る物体があった。

 それは2つの黒い水晶と、1つの鋼色の卵が入ったケースだった。

 水晶の方は3メートルほどの大きさだ。

 

「デジタマの再構築は完了しました。これより解凍シークエンスに移行します。解凍完了まで後……」

 

 フリージアの無機質な声が暗い部屋に響いていった。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 ハジメ達の出発と同時期にトータス中で様々なことが動き始めていた。

 

 ──人間族領土ライセン大渓谷付近の街道

 荒野に通る一本道を歩く1人の少女と小さな生き物がいた。

 

「はぁぁ~。疲れましたぁ。もう3日もご飯食べていないですぅ」

「せめて森があれば食い物を探せるのに」

「コロナモンの出す火で料理できるのですが……。せめて街に入れれば」

「まさか魔物に間違えられて攻撃されそうになるなんて。俺だけじゃなくてシアも……」

「ええ。奴隷にしようとされるなんて。神も仏もないですぅ」

 

 ふらふら歩きながら嘆く少女。すると生き物が言葉を話した。

 小さな生き物、名前はコロナモン。

 見た目は赤い小さなライオンの姿だ。尻尾と額には小さな炎があるが、元気が無いため弱弱しい。

 名前と見た目、言葉を話したことからわかる通り、コロナモンはデジモンだ。

 ユエの目の前にデジタマが現れたのと同じ頃、家で眠っていた少女の枕元に現れたデジタマから孵ったデジモンだった。

 一方、コロナモンにシアと呼ばれた少女。白髪碧眼の整った容姿に豊満な体型が目を引くが、彼女には普通の人間にはない特徴があった。

 彼女の頭とお知りには兎の耳と尻尾がついていた。

 シアはトータスでは亜人族と呼ばれる種族で、その中でも気弱で憶病と言われる兎人族だ。ただでさえ魔法が使えない種族として見下されている亜人族なのに、その中でも下に見られ、奴隷として捕まることが多いのが兎人族だ。

 ある事情で亜人族の国フェアベルゲンから出てきたシアとコロナモンは、人間族の街に入ろうとしたところ散々な目に逢った。

 それでも生きるために2人は旅をしていたのだが、2人の元に不運がやってきた。

 

「おいおい! こんなところに兎人族がいるぞ」

「しかも白髪なんて珍しいぜ!!」

「見た目も極上だぜ。隊長に知らせようぜ」

 

 なんと2人の前に現れたのは人間族の軍の部隊だった。しかもヘルシャー帝国の部隊だ。

 ヘルシャー帝国は奴隷制度を容認しており、亜人族は奴隷として積極的に捕まえている。しかも奴隷を捕まえる専門の部隊まで存在しており、シア達を見つけたのもその部隊だった。

 部隊に道を塞がれたシアとコロナモン。

 

「コロナモン。私のハウリア族にはこういう時に使うようにと伝わる、とっておきの奥義があるですぅ。それを使いますよ」

「わかった! その奥義っていうのは?」

「それはもちろん……」

 

 シアはコロナモンを抱えると、体に残った活力を総動員して、

 

「──逃げるのですぅ!!!」

「だよなあっ!!」

 

 全力で後ろに向かって駆けだした。

 そんなシアを帝国兵達も追いかけていった。

 

 

 

 ──ハイリヒ王国ホルアド王家直営宿屋。

 

 宿屋の中庭で聖剣を振るうのは勇者である光輝だ。

 本日のオルクス大迷宮での訓練は終わっており、今は夕食までの自由時間だった。

 その時間を使って光輝は自主訓練をしていた。

 

「くそくそっ! まだだ! まだ強くならないといけないのに!!」

 

 光輝の頭にはヘルシャー帝国からの使者との会談の際の、シエルという女性との模擬戦があった。シエルの反則で光輝の勝利となったが、傍から見れば光輝はシエルに手も足も出なかった。しかも、髪形をトンスラにされたため、ヅラを被ることになってしまった。

 大きな敗北感と屈辱感を植え付けられた。

 それは模擬戦からしばらく経った今でも残っており、少しでも時間があれば訓練をしていた。

 今ではレベルも上がりメルド団長を超え、剣技も食らいつけるほどになった。

 しかし、それでも光輝の自信は戻らない。

 光輝の焦りが素振りを激しくさせ、被っているヅラがずれる。夕日に頭皮が眩しく反射する。

 と、そこに。

 

「失礼します。勇者殿!」

「っ、え?」

 

 1人の男が現れた。男は聖教教会の神官服を着ていた。見た目通り、男は聖教教会の神官でホルアドの教会に努めている。

 

「訓練中に失礼します。勇者殿。イシュタル教皇より勇者殿への依頼がありして、お届けに参りました」

「イシュタルさんからの、依頼?」

「はっ」

 

 神官の男は跪いて一通の手紙を差し出す。なお、顔を上げないのは光輝の頭を見ないためだ。だってずれているんだもの。

 

 光輝は急ぎの事だと思い、その場で手紙を見る。

 内容をじっくりと読んでいく光輝は、一瞬目を見開き、次の瞬間に憤怒に顔を染めた。

 

「なんだって!? 魔人族の魔物に襲われて村が全滅しただって!!?」

 

 イシュタルの手紙の内容に怒りを抑えきれない光輝。そして、手紙の最後には光輝に村の跡地に居座る魔物を〝神威〟で吹き飛ばしてほしいとあった。

 

 勇者として無辜の人間を殺した魔物を倒さなければと義憤に燃える光輝。

 この後、夕食の席で光輝は勇者パーティーの皆にイシュタルからの依頼を果たすために、村に向かうと宣言。血気に逸る光輝をメルドは諫めようとしたが、聖教教会の神官も一緒におり、教会の威光を盾に押し通した。

 依頼を果たすためには光輝がいればいいので、翌日には光輝は教会の神殿騎士の部隊と共にホルアドを出ていった。

 

 一週間後、人間族と魔人族の領域の境界付近で、勇者の〝神威〟が1つの村を吹き飛ばした。

 

 

 

「くくくっ、くはーはっはっは!!! 相変わらず馬鹿だなあ天之河!!!」

 

 

 

 ──ハイリヒ王国王都付近の荒野

 

「ようやく。ようやく見つけた。やっぱり隠されていた」

 

 荒野の一角で歓喜に震えているのは、勇者パーティーの1人、中村恵里だった。

 顔を隠すようにフードを被った彼女は、光輝が教会の依頼でホルアドを離れたので王都に戻って来ていた。

 突然彼女のデジヴァイスが反応を示し、反応源を探していた彼女は3日かけてそれをようやく見つけた。

 恵里がデジヴァイスをかざし、一枚のカードを取り出す。

 

「カードスラッシュ! 《ダゴモン》」

 

 スラッシュしたのは邪神型デジモン、ダゴモンのカード。すると恵里のデジヴァイスから闇のエネルギーが溢れ出す。

 エネルギーは恵里の前の空間に流れていくと、何もなかった空間にモノリスの様な漆黒の塔が現れた。

 

「ダークタワー。本当にあるなんてね」

 

 現れた漆黒の塔、ダークタワーを恵里が見つめていると、彼女の後ろに黒い影が現れた。

 

「まさか見つかるとはな」

「誰!?」

 

 咄嗟に振り向いた恵里は、普段使っている杖を構える。

 そこにいたのは檜山に力を与えた黒い影だった。

 

「参考までに聞こうか。なぜダークタワーの存在に気が付いた?」

「……」

 

 影は恵里の警戒など意にもかけずに話しかけてきた。恵里はそれだけで影が自分なんて歯牙にかけていないことを察した。

 

「(これは下手に逆らえば一瞬でやられるね)僕のデジヴァイスが反応したからね。僕はいい子ちゃんな南雲や香織と違って悪い子だから、デジヴァイスもこういうのに反応してくれるのさ」

「それだけでダークタワーの隠蔽を剥がせる力のカードを選べないでしょう? それは何故ですか?」

「(口調が変わった? なんだこいつ)デジモンが現れた原因があると思ったからさ。その中で思いつくものは少なかったからね。だから試してみたらドンピシャだったわけだよ」

「そうか。お前たちはダークタワーを知っているのだな」

 

 ダークタワー。それはアニメ「デジモンアドベンチャー02」に登場した建造物だ。

 アニメでは暗黒の海という、先ほど恵里が使ったカードのダゴモンというデジモンが支配する海に立っていた。様々な使い道があるのだが、最大の効力は世界そのものに影響を与え、相違を狂わし、環境を変えてしまうことだ。ダークタワーを建てられた地点では時空が歪み、デジタルワールドへのゲートが開いてしまい、デジモンが現実世界に現れてしまった。

 恵里はそのことを知っていたので、香織が出て行ってから、予想を立てて、密かに調べていたのだ。

 

「お前の知識と行動力、そして闇の力への理解は素晴らしい。もしよろしければ私達の仲間になりませんか?」

「仲間に……」

 

 影の誘いに恵里は身構える。

 

「檜山みたいに、かい?」

「ふふふっ、素晴らしい察しの良さですね」

「あてずっぽうさ。……仲間にしようっていうのなら顔くらいは見せてくれないかな?」

「おっと。これは失礼」

 

 影は姿を隠していたフードを取る。するとそこには青白い顔色の整った男性の顔があった。

 

「……ヴァンデモン」

「やはり私の事も知っていたか」

 

 恵里が知っているデジモンのアニメで登場した闇のデジモン。主人公達に倒されても暗躍し、進化して立ちふさがってきた。

 ダークタワーを使っていた黒幕もヴァンデモンだったので、もしかしたらと思っていたが。

 

(ん?)

 

 その時、ヴァンデモンを観察していた恵里はヴァンデモンの顔にノイズが走ったのに気が付いた。しかもノイズが走った瞬間、別の顔が見えた気がした。

 

「姿をみせました。それで仲間になるかの返答は?」

「っ……そうだねぇ」

 

 返事を促すヴァンデモンに気を取り直す恵里。どうするべきか考え始める恵里。

 生殺与奪の権利を握っているのはヴァンデモンだ。もしも断れば、恵里は殺されてしまう可能性が高い。

 だが、ヴァンデモンに付いていけば駒として利用されて捨てられる。アニメでも仲間は使い捨てにしていた。このヴァンデモンがアニメと同一個体なのかわからないが。

 

(どっちにしろ未来は暗いし、強いて言うなら猶予があるかどうか。なら──)

 

「……仲間に」

 

 恵里が返事をしようとしたその時、

 

「面白い話をしているじゃないか。私も混ぜてくれよ」

 

 恵里の後ろから声が聞こえた。

 

「え? この声」

「何より、そういう話はパートナーの私にもするべきだろう?」

 

 聞き覚えのある声に、後ろを振り返る恵里。そこにいたのは、

 

「──イルちゃん」

 

 

 




以上で1章は終わりです。
最後の伏線張りで、2章ですぐにわかるものと、後々わかることを張りました。
オルクス大迷宮のフリージア達。
何故か一族から離れて旅をしているシア。
トンスラになった光輝。
そして、ダークタワーを見つけて黒幕と接触した恵里。

2章もかなり設定とかストーリーが変わります。原作を読んで作者が疑問に思っていたこととかを解決するために手を加えました。
章の予告はあんまり詳しくすると途中で書くのが大変になると思いますので、次回予告とは違う形にします。それでも感想欄がツッコミの嵐になるだろうなあって思いますが。

では、次章をお楽しみに。あとがきは2章のプロローグと同時に投稿しようと思います。



〇次章予告
02章 ライセン大渓谷編―Ancient Tamer―
──キーポイント:
 ライセン大渓谷
 シア・ハウリア
 亜人族
 ハウリア族
 ハルツィナ樹海
 フェアベルゲン
 大樹
 婚約破棄
 ミレディ・ライセン














 スピリットエヴォリューション


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1章あとがき(1章のネタバレあり)

感想・評価・お気に入り登録ありがとうございます。

本来なら2章のプロローグと同時に投稿したかったのですが、休日出勤で執筆時間が取れず、書けませんでした。
それでもあまり時間を空けたくないので、あとがきを投稿します。
最後にサプライズがあるのでお楽しみに。

サブタイトルにある通り、ここまでのネタバレがあるので注意してください。


1章のテーマは『新生』です。

プロローグから0.5章まではハジメがデジモンテイマーとなって夢を抱いた、いわば『誕生』だったんですが、一度それらをぶっ壊そうと思いながら物語のプロットを構築しました。

全く知らない異世界に飛ばされ、体を破壊し、到達していた融合進化が別物になってしまう。

これは小説のタイトル通り、デジモンテイマーとしてはパートナーがX抗体であるということ以外は、あまり特異性を持っていないハジメが、唯一無二の存在になるという過程の一部です。作者的にはテイマーズの中だと融合進化できるとはいえ、ヒロカズやケンタに近いポジションから、主人公格になってしまうという意図がありまして、それが伝わればいいなあと思います。

『新生』したのはハジメだけではありません。テイマーになった香織とユエもそうですし、多くのキャラクターがそれまでの自分から全く違う自分になってしまう。そんな内容を意識して書きました。

特に勇者である光輝。彼をトンスラにするつもりなかったんだけど、思わず書いてしまった結果、感想欄でトンスラ勇者という新たな異名を作ってしまいました。汚名返上の機会はちゃんと作るから許してくれ。

光輝のこと以外にもいろいろ作成上の裏話はあります。代表的なのは以下の通りです。

 

 

※裏話

・ハジメの性格

最初は元の性格のままで物語を進めようと思っていたのだが、書いているうちに作者の頭の中にある南雲ハジメから乖離してしまい書きにくくなると思いました。それを避けるために、魔王モドキという感じの性格にしました。

 

・ハジメのパートナー

最初はガブモンではなく、オリジナルでブイモンのX抗体という予定でした。最初にプロローグを投稿した際に、チビモンの説明が入ってしまったことがあったのはこのためです。(今は修正済みです)

進化先もオリジナルデジモンでしたが、読者が想像しにくいと思いガブモンになりました。

これらのオリジナルデジモンは過去の作品に出そうと思って設定を練ったものでこのようになっています。

 

 

 

エクスブイドラモン

属性:フリー

世代:成熟期

幻竜型

必殺技:エクスブイレイザー、エクスブイストライク

得意技:ストロングクランチ、バーストパンチ

X抗体有り

ブイドラモンがブイモンの本来の力で進化した存在であるエクスブイモンと、エクスブイモンを原種とするブイドラモンの特徴を併せ持った幻竜型デジモン。その証拠に胸にはX字の模様に重なるようにV字の模様が存在する。一説ではブイモンの失われた本来の進化ではないかと思われる。

エクスブイモン以上の発達した腕力と脚力を発揮することのできる強靭な肉体を得たことで、ブイドラモンが窮地に陥った時のみに発揮された完全体を上回るパワーを安定して使うことができるようになった。

得意技は、強烈な噛み付き技『ストロングバイト』と剛腕から繰り出される「バーストパンチ」。必殺技は胸のX字とV字を重ねたような模様から放射されるエネルギー波「エクスブイレイザー」と口から放つ超高熱の白色熱線「エクスブイストライク」。

 

 

パイルブイドラモン

属性:フリー

世代:完全体

幻竜人型

必殺技:デスペラードカノン、クロスVブレード

得意技:ライジングVブレード、セイバーボルト

X抗体有り

スティングモンのデータを取り込んだエクスブイドラモンが進化した完全体の幻竜人型デジモン。ジョグレス進化したパイルドラモンとは異なるデジモンで、エアロブイドラモンの亜種。

幻竜型の類まれなる能力に加え、昆虫型の持つ攻殻による鉄壁の防御力と俊敏な機動力を持つ。優れた戦闘能力を発揮できる人型に加え、能力のバランスが高い値で取れており、究極体デジモンとも互角に戦うことができる。

パイルドラモンと同じく忠誠心が強いデジモンで、その力の全てをテイマーに捧げる。

得意技は両腕の甲から伸ばしたブレードに電撃を纏わせで敵を斬り裂く『ライジングVブレード』と鼻先のブレード状の角から放電を放つ「セイバーボルト」。

必殺技は腰から伸びている2本の生体砲から放たれるエネルギー砲『デスペラードカノン』と腕のブレードに集中させたエネルギーをX字状に振り抜くことで敵に飛ばす「クロスVブレード」。

 

 

 

マグナブイドラモン

属性:ワクチン

世代:アーマー体

聖竜型

必殺技: シャイニングブイブレイカー

得意技:プラズマクロー、ゴールドシールド

X抗体有り

エクスブイドラモンが奇跡のデジメンタルでアーマー進化した、ゴールドブイドラモンとマグナモンの特徴を併せ持つ幻の聖竜型デジモン。

ブイドラモン系デジモンには珍しくスピードではなく防御力に秀でており、得意技「ゴールドシールド」であらゆる攻撃を防ぎ、テイマーと仲間を守る。

奇跡のデジメンタルの神秘のエネルギーが全身からほとばしっており、存在するだけで仲間のデジモンたちにもそのエネルギーを分け与え、限界以上の能力を発揮できるようになる。強力な力を持つ反面、存在できる時間は非常に短い。まさに幻の存在である。

得意技はプラズマエネルギーを纏った強靭な詰めで相手を切り裂く「プラズマクロー」。必殺技はその身に宿す奇跡のエネルギーを収束して放つ「シャイニングブイブレイカー」。その力は敵を倒すだけでなく、仲間に力を与える。

 

 

 

インペリアルブイドラモン:ドラゴンモード

属性:フリー

世代:究極体

古代幻竜型

必殺技:メガデス・ゼロ、

得意技:ポジトロンシャイニングレーザー,アルフォースブレード、ドラゴンインパルスV

X抗体有り

古代に存在した究極の古代竜型デジモンであるインペリアルドラモンの遺伝子を受け継いでいたパイルブイドラモンが、ブルークロンデジゾイドと黄金のデジメンタルのデータを得たことで進化した全く新しいデジモン。

他のデジモンとは存在や能力の面で一線を画しており、ブイドラモン系のデジモンの証であるV字型をした鼻先の角と、胸にはXの文字の模様を持つ。またその身には伝説の聖騎士団「ロイヤルナイツ」の一員であるアルフォースブイドラモンのデータを宿しているとも言われており、巨大な体はアルフォースブイドラモンと同様にクロンデジゾイドの中でも希少な存在で最軽量のレアメタル“ブルーデジゾイド”製の聖鎧に包まれている。防御力もさることながら、飛翔能力に優れ、インペリアルドラモンを凌駕するスピードで天空を駆け抜ける。

インペリアルドラモンと同様、通常形態の竜形態(ドラゴンモード)だけでなく、全てのパワーを開放することができる竜人形態(ファイターモード)にあたる形態が存在するらしいが、その姿は誰にもわからない。

得意技は背中の砲台から放つ眩い砲撃「ポジトロンシャイニングレーザー」と神速で動きながら両腕のブルークロンデジゾイドでできた爪で相手を切り裂く「アルフォースブレード」。鼻先のV字状のブレードから放つエネルギー波「ドラゴンインパルスV」。

必殺技は超高質量の暗黒物質を生成し、そのエネルギーで時空を歪ませ、全てを無に帰す暗黒の星ブラックホールを生み出して放つ「メガデス・ゼロ」。この技は周りの時空ごと着弾点数百キロを消滅させてしまう恐ろしい技だ。

 

 

こんな感じです。今後のこの作品で出す可能性は結構低いので、もしも設定を使いたい、流用したいという方がいましたらメッセージをください。

 

 

 

・初期のハジメ以外のテイマーになる四人。

プロット作成時に決めたハジメ以外のテイマーになるキャラは四人。香織、ユエ、恵里。あと一人は秘密です。この四人は物語で大きな役目を担う予定なので、後の1人もキーパーソンになります。お楽しみに。

 

 

 

・八重樫雫のヒロイン化

当初、ヒロインは香織、ユエ、シアだけのつもりだったんです。でもありふれを読み返して雫ももっと早くハジメに告白していればなあと思っていたところに、サラマンダモンに襲われてハジメに助けられるという土台があるし、香織とハジメを取り合う雫というのも新鮮だと思い、ヒロインに昇格しました。その結果PTSDになってしまいましたが、ハジメとの恋模様をしっかり描いていきたいです。

 

 

 

代表的な裏話はこんなところですね。

まさかここまで一年近くかかるとは思わなかったです。この分だと完結するのにどれだけかかるやらと思いますが、書ける環境にあるうちは頑張ります。もう三十路ですが、何とかなると思いたいです。(笑)

最後に、あとがきまで付き合っていただいたお礼に今後に予定している章名を明かします。変更するかもしれませんが、今後の展開を楽しみにする要素としていただけると幸いです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――出会いが新たな道を照らしだす―――

 

02章 ライセン大渓谷編―Ancient Tamer―

 

 

 

―――闇に立ち向かう勇気の心―――

 

03章 ウル・ホルアド編―Dark Leap Encounter―

 

 

 

―――深まる絆と動き出す陰謀―――

 

04章 グリューエン・メルジーネ編―Bond And Conspiracy―

 

 

 

そして―――目覚めよ!究極進化!!

 

05章 ハイリヒ王国王都編―Omega Armageddon―

 

―――神と狼と竜と天使と魔王が入り乱れるとき、王国は終焉を迎え、最後の騎士が舞い降りる。

 

 

 



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コラボ01話 偶然から垣間見る可能性

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先週の7/6日にこの小説を投稿し始めて一年が経ちました。

その記念として、交友のある田吾作Bが現れた様の作品「あまりありふれていない役者で世界逆行」とのコラボ小説を書かせていただきました。

今回は導入部分ですが、楽しんでください。


〇【そもそものきっかけ】

 

 これはオルクス大迷宮の最深部で、ハジメ達がこれからの冒険に向けて準備を進めていた頃の出来事。

 

 ある日、ハジメはフリージア、エガリ、ワイズモンとオスカーの屋敷の倉庫に赴いていた。

 ここにはかつてオスカーが作成したアーティファクトが保管されており、中には作成半ばで断念した未完成品もあった。

 ハジメは同じ錬成師として、アーティファクト作成の参考にならないかと思い、たまに足を運んでいるのだ。その際には屋敷のことを把握しているフリージアと、知識を貸してくれるワイズモンにも動向を頼んでいる。エガリは頼んでいないのにくっついてくるが、まあ、その時は荷物持ちだ。

 本日は未完成品のアーティファクトを眺めていたハジメは、ふとあるアーティファクトの前で足を止めた。

 それは薄い板に透明なガラスが付いたアーティファクト。地球でとても見慣れたものに似ていた。

 

「これはディスプレイ?」

「そちらは別の世界を映すことを試みたアーティファクトです」

 

 フリージアがハジメに説明する。

 なんでも異世界からやってきた八人目の解放者を元の世界に戻す研究の一環で作成を試みたアーティファクトで、別の世界を映しだし、八人目の世界を探そうとしたという。

 時間・空間に干渉する魔法を複雑に付与しており、一応完成したのだが、起動するのに膨大な魔力を使用することと、起動しても何も映さなかったことから失敗作として保管されたという。

 

「へぇ。解析したら帰る手がかりになりそうだな」

 

 ハジメはアーティファクトの魔法陣が気になり、試しに魔力を流して魔法陣を浮かび上がらせてみた。

 起動するのではなく魔法陣を見るだけなのでフリージアは止めず、ワイズモンも見守るだけだった。

 そして魔法陣が浮かび上がったのだが、ハジメにも全く理解不能な魔法陣だった。

 どうやら他の大迷宮の神代魔法を取得しないといけないらしい。

 それでも参考資料にはなると運び出すことに決め、荷物持ち(エガリ)を呼ぶ。

 

「あー。これですか。なんか徹夜でハイになりながら作ったのに、全く動かなかったやつですね。もう皆さん死屍累々からの半狂乱になっていましたよ~」

 

 その時の解放者達の様子を思い出したのか、ケラケラと笑いながらアーティファクトをバンバン叩くエガリ。

 フリージアがその態度にお仕置きをしようとした、その時……!! 

 突然ディスプレイが起動。光を放ち始めた。

 

「ええっ!? 急に動き始めた!?」

「いったいどういう事だ!?」

 

 エガリとハジメが突然の事態に動揺する一方、冷静に状況を分析するワイズモンとフリージア。

 

「おそらく経年劣化で魔法陣が書き換わっていたのだろう。何せ繊細で緻密な魔法陣が大量に組み込まれていたのだ。一文字、数ミリの違いで全く異なる動作を行っても不思議ではない」

「ええ。場合によっては超マイクロブラックホールが発生したとしても不思議ではありません」

「そんな超危険物を置いておくなよ!!」

 

 2人の言葉にツッコミを入れるハジメ。ずさんすぎる管理だ。

 

「と、とにかく何とかしないと!!」

「起動させたのはあなたです。逝きなさいエガリ」

「君の事は忘れないよ。さあ、覆いかぶさって被害を最小限にとどめなさい」

「ちょっと!! なんで私に特攻させようとしているんですか!?」

 

 ナチュラルにエガリを生贄にしようとする二人。まあ、エガリは元々は敵だったので仕方ないのだが。

 そんな漫才をしている間にもディスプレイは光と放ち続ける。

 爆発まであと数秒かと思われたとき、突然光は落ち着いていった。

 ハジメ達が見守る中、ディスプレイには何かが映し出された。

 

「無事に起動した? 映っているのはどこだ?」

 

 恐る恐るハジメ達がディスプレイを覗き込む。

 そこにはどこかの広間のようだ。どことなくこのオスカーの屋敷に雰囲気が似ている。

 すると、そこに1人の人物が現れた。

 

「え?」

「は?」

「ほう?」

「これはこれは……」

 

 その人物を見たエガリ、ハジメ、フリージア、ワイズモンが思わず声を上げる。

 

『ん? どこからか声が……ってなにこれ!?』

 

 そして映像の中の人物も、顔をこちらに向けて驚く。

 その顔はハジメと瓜二つだった。

 どうやらディスプレイの向こうからもこちらの様子が見えているようだ。

 ハジメと画面の向こうのハジメ? が見つめ合う中、画面の向こうではさらに驚くことが起きた。

 

『どうしたのハジメ君!!』

『大声を出して何かあったの!?』

 

 部屋に入ってきたのは2人の女子。

 ハジメは見覚えが無かったが、彼女達はハジメ達と一緒にトータスに召喚された同級生、中村恵理と谷口鈴にそっくりだった。

 彼女達の後からは様々な人物が入って来る。そしてハジメ? と同じようにこちらに目を向けると、目を見開いて驚く。

 その中にはなんと香織や雫にユエもいて、さらにはハジメの親友の遠藤浩介に天之河光輝に坂上龍太郎、園部優花と彼女の友人である宮崎奈々、管原妙子、そしてメルド・ロギンスまでいた。

 さらにさらにその後ろにはなんと檜山大介、近藤礼一、中野信治、斎藤良樹ら、かつてハジメに突っかかってきて香織に叩きのめされた四人組もいて一体どういうグループなんなんだとハジメは混乱する。

 

『おいおい一体何が──っと、どっから出てきたんだコイツらは!』

『クソッたれ、神の使徒までいやがんのか!! でもな、もう俺はあの時の俺じゃない!!』

 

 部屋に入ってきた際に最も早く身構えたのは坂上龍太郎と遠藤浩介の二人であった。他の面々も神の使徒や見慣れぬ人間を目撃し、警戒心も露わにして、すぐに武器を構える。

 

『恵里、神の使徒以外の相手に見覚えはあるか!?』

『知っていたら苦労しないね! とにかく皆、戦闘態勢を!』

『わかったよ恵里ちゃん! ──鈴ちゃん、〝聖絶〟を!』

『オッケー、香織!』

 

 確認してくるメルドに中村恵里? はヒステリックな様子で返しつつも、全員に警戒を促す。すると向こうの香織と谷口鈴は〝聖絶〟を発動しようとしていた。

 

『俺と龍太郎、それと礼一とメルドさんが前に! 雫と浩介はハジメ達と一緒に中衛を!! 大介は──』

『すまねぇ! 俺はコイツの傍にいさてもらう! まだ本調子じゃねぇだろうしな!!』

『……大介っ! 私は……私は、やれる!』

 

 天之河光輝が指示を出そうとすると、すぐに檜山大介は断りを入れて向こうのユエの傍へと陣取る。そして彼女の手を握りながら剣の切っ先をこちらに向け、向こうのユエも意を決した様子でこちらを見据えてくる。

 

『お姫様をしっかり守ってやれよ大介ちゃ~ん!! ──んじゃ、信治、良樹、幸利、援護頼むぞ!!』

『おう! 火の神様の俺に任せとけ!!』

『いや、部屋の中じゃ俺の独壇場だろ! いやー風魔法様々ってか!』

『とりあえず後で〝纏風〟で強化しとくぞ、礼一! ──とりあえずは鈴と香織の〝聖絶〟の方からな!!』

 

 近藤礼一が檜山を茶化すもすぐに真剣な表情を浮かべ、中野信治と斎藤良樹も無駄口を叩きながらも気を緩めた様子は無い。そして清水幸利も断りを入れつつ準備にかかる。

 

『全部調べ終わっていたはずでしょ!? 一体どこから出て来たのよ!」

『どこから入り込んだのぉ~! もう!!』

『うぅ~せっかく気を張らなくて済むと思ったのにぃ~!!』

 

 園部優花はショックを受けた様子であり、宮崎奈々と菅原妙子は少し気落ちした様子ながらも三人とも武器を既に構えている。

 

『弾薬は……よし! 僕もいつでもいけるよ!』

 

 最後に向こうのハジメもドンナーと思しき銃を構え、中衛の位置に陣取っていた。

 

 全員驚きながらも、即座に戦闘態勢を取る。

 対してその動きを眺めるハジメ達はどんどん混乱が酷くなる。

 

「一体どういうことだ?」

「根拠はないが予想ならば出来る。聞くかね?」

 

 ハジメにワイズモンが声をかける。ハジメが「頼む」というとワイズモンは口を開く。

 

「おそらく彼らは並行世界の住人だろう。別世界を映すアーティファクトが異常動作をして、並行世界を映しているのだ」

「並行世界……。なるほど、それなら納得できる」

 

 ワイズモンの説明に合点がいったと思うハジメ。自分の周りに見知らぬ友人が沢山いるのは、自分と異なる道筋を歩んだ結果なのだろう。

 一方、画面の向こうではハジメ達が攻撃の意思をみせないことから、天之河光輝が一同を代表して話しかけてきた。

 

『君たちはいったい何者なんだ? 説明をしてくれないか?』

「ああ。すまないね。私達は──」

 

 ワイズモンが向こうに対しても説明をしようとするが、その前に突然アーティファクトの光が消えて映像が映らなくなってしまった。

 

「消えた!? 魔力切れか?」

「だろうね。並行世界を映すのだ。並大抵の魔力消費量ではないだろう。どうするかね? もう一度向こうと繋がるようにするかね?」

 

 少し考えてハジメは決断する。

 

「繋げる。アーティファクトを解析すればこれからの助けになるかもしれないし、向こうにしかない情報とか視点が得られるかもしれない。香織やユエ、ガブモン達にも手伝ってもらう」

 

 こうして並行世界への再アクセスの試みが始まった。

 

 

 

〇【繋がった先では】

 

 さっきまで居間の壁に映っていた映像が消えた。

 

「……消えた、な」

 

 誰からともなく出た言葉と共にその場でざわめきが起きる。無理もない。あちらのハジメと一緒にいた何者かから素性について答えてくれると思った矢先、いきなり姿が消えてしまったのだ。まるで()()()()()()()()()。テレビを知らないメルドとアレーティアなど最も困惑している。

 

「……何、だったの?」

「本当に何だったんだ……〝気配感知〟にも引っ掛からなかった上に、メイドの恰好をした神の使徒、おまけにハジメと同じ姿の何者かがいるなんて。全く、悪い夢でも見ているようだ……」

 

 少し気が抜けてしまったアレーティアは再度大介にすがりつき、メルドも手で頭を押さえながらため息を吐くばかり。そんな中、あちらに映っていたハジメと思しき人物と何者かが話していたのを耳敏く聞いていた恵里、ハジメ(以下、南雲)、光輝、雫、浩介そして幸利が互いに目を合わせて話し合う。

 

「……さっき、並行世界がどうの、ってハジメ君の隣に立っていた魔術師みたいな奴が言ったよね」

「うん、聞こえた。アーティファクトがどうの、とも言った気がしたけど、皆は?」

「私はハッキリ聞こえたわ。確か並行世界の住人、アーティファクトの異常動作、って言ったはずよ」

「俺も雫と同じだ……フードが深くて、口元が確認出来なかったから確実とは言えないけど……」

「そうなると……さっきのは並行世界のハジメ達、ってところか? んで、さっきのはきっとあっちにあったアーティファクトが暴走なりなんなりしてこうなったとか」

「きっとそうだろうな……。よし。皆、話があるんだ! 俺達の話に耳を傾けてほしい!」

 

 南雲達の言葉に静かに耳を傾けていた光輝は結論を出すと、すぐに他の面々に声をかけ、南雲達に先程出した推測を語ってもらう。

 それはさっきまで映っていたのは、並行世界の住人たちだったのではないかという事だった。

 

「……並行世界か。まさか本当にあるなんてな」

 

 南雲や恵里、鈴、幸利ほどではないにせよ、幼少からサブカルチャーに親しんでいたこともあって龍太郎はハジメ達の話に驚くと同時に納得していた。

 

 さっきメルドが述べた通り、〝気配感知〟に全然引っ掛からなかったこともあったし、姿を現した彼らがまるでテレビ越しに映った映像のように見えたからだ。推測とはいえ理屈もわかり、既にその相手の姿が消えてしまった以上は警戒する必要もないだろうと既に構えを解いている。

 

「うん。すっごく驚いちゃったよ……もしかして、あっちにいた人達って向こうのハジメ君達と仲がいい人達なのかな?」

 

 そして龍太郎が構えを解くと同時に香織も展開していた〝聖絶〟を鈴と一緒に消していた。突然のことに驚きはしたものの、恵里達の話を聞いたのと龍太郎が構えを解いたことからきっと大丈夫だと思ったからだ。そこでふと香織は湧きあがった疑問を口にする。

 

「それにしては結構胡散臭い奴らばっかりな気はするけれどね。顔も見えない魔法使いみたいな奴に、メイドみたいな恰好した神の使徒。それこそ他のメイドっぽい人ぐらいしかちゃんと信用出来なさそうだけれど」

 

 その疑問に優花が口をはさめば、その場にいた全員がその答えに苦笑いを浮かべるか同意するしかしなかった。本当に奇妙な()()ばかりがその映像に映っていたからだ。無理もないと誰もが思っていたところ、今度は良樹が思ったことをポロっと口に出した。

 

「確かに園部の言う通りだけどよ。話変わるけど、あっちの先生、左手あったか?」

 

 その言葉に今度は誰もが言葉を失った。そう。先程の映像で彼を見た際、左腕の袖が肘から先が空っぽになっていたのを全員が目敏く見つけてしまっていたからである。単に手をひっこめているだけなら、その分袖のふくらみはあるはずだが、そもそもないのだ。薄く潰れた袖を見るからにそこには()()()()と見る他無い。

 

 ただの勘違いだろうと誰もが思っていたが、それを全員が思っていたと気が付き、その場の雰囲気が一気に重々しくなる。

 

「……きっと、スゲー辛い目に遭ったんだろうな」

 

 目を伏せながら大介が不意にそんなことをつぶやいた。ハジメを慕う人間との一人としては、違う世界の彼とはいえ、あの痛ましい姿に同情を禁じえなかった。きっとハジメと友達になる前の自分だったら、こんなことは絶対考えなかっただろうな、と思いながら大介は言葉を紡ぐ。

 

「もし……もしまた繋がったんならよ。話ぐらい、聞いてやろうぜ。あんな姿になってまで、ここを生き延びてきたんだしよ」

 

 その言葉に南雲達は無言でうなずいて返す。向こうの彼らがどういった人物かは知りようがないし、今彼らに向けているのもただの同情だ。それが彼らにとっては迷惑になるのは全員わかっていた。けれども話を聞くぐらいなら別に構わないだろうと、耳を傾けるぐらい別に罰は当たらないだろうと思ったのである。

 

「……後でちゃんと自己紹介しないとな。向こうにもいたハジメはともかく、俺や恵里、それに皆とも面識がない可能性だってあるからな。第一印象ぐらい、良くしないと」

 

 光輝がそう告げると誰もがうなずくなり軽く噴き出すなりした。一度こうして繋がったのだからまた起きる可能性だって確かにある。ならば今度はちゃんと話し合う前にお互い身構えるのでなく、ちゃんと『話』をしようと思えたのだ。

 

「……とはいえあちらには俺達と敵対した銀髪の女らしい奴もいた。一応警戒はしておけ。映像越しに何か仕掛けてくるかもわからんぞ」

 

 そんな中、メルドは妙な格好とはいえ神の使徒がそばにいたことに軽く警戒するように忠告する。とはいえ本当に仕掛けてくるつもりだったのなら最初に繋がった時点でやっているとは考えていた。そしてそれは他の皆も同様であり、『どんな相手であろうと気を抜くな』というメルドからの言外のメッセージとして受け取っていた。

 

 その後、南雲達は違う世界からのセカンドコンタクトに備えながら日々を送ることにした。

 

 

 

 そしてそれから三日後。再び居間の壁に映像が浮かび上がった。違う世界からのセカンドコンタクトに軽く身構えながらも南雲達は対話の姿勢をとった。だが、浮かび上がった光景は彼らの想定を超えていた。

 

『よっしゃつながったああああああああああああ!!!!!!!!! デスマーチ終了ううううううううう!!!!』

『やっだあああああああああああああああ!!! やっだよおおおおおおお!!! もう徹夜は終わりいいいいいいいいい!!!!』

『ッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!』

『ユエ様、言葉になっておりません』

『軽く壊れたな。ハジメはともかく、まさか香織とユエまでこうなってしまうとは』

『ふふ、ふ。久しぶりのデスマーチだったぜ。これで、帰っても、てつ、だ……Zzz』

『おい、ガブモン。こんなところで寝るな。寝る前に風呂入れ』

『ユエ、ユエ。苦しい。抱きしめないで』

 

 歓声を上げる酷い隈を作ったハジメと向こうの香織。同じくらいの隈を作ったルナモンを抱きしめるユエ。

 ハジメの隣で眠る寝落ちするガブモンに、彼をベッドまで引っ張ろうとするテイルモン。

 そして彼らを見守るメイドのフリージアとフードの人物ことワイズモン。

 ついでに神の使徒っぽいメイドことエガリは床の上で屍になっていた。

 あまりに予想外の光景に、居間に集まった面々は呆気にとられる。彼らの視線に気が付いた画面の向こうのフリージアがこちらを振り向く。

 

『折角つながったのに申し訳ありません』

「あ、いえ。そちらも大変だったようですね……」

 

 代表して光輝が応答する。

 

『しばらくお待ちください。何とか回復させますので』

「あ、は、はい。わかりました」

『その間、しばしこの映像をお楽しみください』

 

 そう言うとフリージアは何かを操作する。すると画面が切り替わる。

 

 ──新約:ロミオとジュリエット~~深淵の貴族を添えて~~──

 

『ふっ。(サングラスをクイッ&ターン)この深淵の貴族、コウスケ・E・アビスゲートが貴様の愛を確かめてくれよう。ジュリエットよ!』

 

「…………………………………………がはっ!?」

 

 浩介への別世界からの精神攻撃が始まった。

 

 

 




導入部分なのでデジモン達もうまく絡ませられなかったですが、こんな感じで並行世界と交流を持ちました。

次話は田吾作Bが現れた様とのんびり書いていこうと思います。

多分3話位で終わると思います。

これからも今作と田吾作Bが現れた様の作品「あまりありふれていない役者で世界逆行」をよろしくお願いします。


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コラボ02話 世界最強を超える者と世界逆行者の邂逅

感想・評価・お気に入り登録ありがとうございます。

コラボ2話です。約1名の心が死んでしまいそうです。


〇【深淵を垣間見た未だ深淵に目覚めぬ卿】

 

『ジュリエットよ。ロミオの為に我と死闘を繰り広げるその覚悟実に見事(ふっ+サングラスクイッからのターン)。さあ、次はお前だロミオよ! ジュリエットへの真実の愛を確かめるために我、いや、光闇之限界突破(ライトアンドダークネスハイパードライブ)を発動した吾輩に挑んでくるがよい!! (再びのサングラスクイッからのターン)』

 

「な、なんだこの、浩介は、ぐふっ」

「よ、よせよ信治。浩介がかわいそ、ぐはっ」

 

 笑いをこらえすぎて蹲る中野信治と斎藤良樹。

 画面からは事前に録音されていた深淵卿の説明がカットインで入って来る。

 

『説明しよう。光闇之限界突破(ライトアンドダークネスハイパードライブ)とは、光と闇が入り混じる深淵の中からあえてその二つを取り出しぶつけることで、更なる深淵の力を生み出し続ける状態である。この時、深淵卿の力は更なる深度へと深まっていくのだ。もはやこの吾輩は止められぬ。真実の愛以外は!!』

 

「ぶふっ。な、何回深淵って言えば気が済むんだよ。しかも設定がいちいち痛々しすぎるぜ」

「お、押さえろ礼一。こ、浩介が一番、辛いんだ」

 

 近藤礼一と檜山大介も必死で笑いを抑える。

 四人以外の皆も同じような感じだ。しかもご丁寧に映像には〝言語理解〟の機能があるのかトータス人であるメルドとユエことアレーティアにも意味が解っている。もっとも、2人はあまりに未知との遭遇過ぎて思考がフリーズしているが。

 

 そして。もっとも衝撃を受けているこの世界の遠藤浩介はというと……。

 

「し、しし、深淵……? な、なんでスッと言葉が入って来るんだ? まさか、俺の中にもあれが?」

 

 目がグルグル、体をユラユラさせながらブツブツ呟いていた。まるで映像の中から漏れ出した何かが乗り移ろうとしているようだ。

 

 こうして並行世界からの衝撃映像は、この世界に大きな爪痕を残した。

 

 後日、この世界の遠藤浩介が嫉妬のストレスから深淵卿を発現させたことと、この出来事は関係ない……とは言えないだろう。

 幸いにも光闇之限界突破(ライトアンドダークネスハイパードライブ)は発現しなかった。

 

 

 

〇【まずは自己紹介】

 

 

 

 どうにか軽食を食べて回復したハジメ達は、改めて並行世界の自分たちと話をしようとした。のだが……。

 

「えーっと、どうした?」

 

 困惑するハジメ。何せ、画面の向こう側では南雲達が全力で向こうの浩介を慰めていたのだ。

 

『ど、どうしたもこうしたも、無いですよ! あ、ぐふっ、あんなものをみせたら、浩介が傷つく、でしょう!?』

 

 笑いをこらえながら向こうの天之河光輝が言う。

 

「あんなもの? フリージア、俺達が回復するまで何をみせていたんだ? 確か暇つぶしのものをみせるって」

「これです」

 

 そう言ってフリージアは、ハジメのパソコンにある映像を流す。

 

『フハハハハハ!!! 我こそが深淵卿! コウスケ・E・アビスゲートだあああ!!!』

 

 クルックイッターンをする深淵卿だった。何度見ても香ばしいポーズを取っている。

 

「オーケー。把握。……フリージア、それはないだろ」

「そうですか? 爆笑でしたよ」

 

 確かに爆笑だっただろう。しかし、1人の心が死んでしまう。

 

「あー……えーっと……とりあえずすまん」

 

 それからハジメは向こうの浩介に頭を下げて回復を待った。

 やがて浩介も復活し、こっちの香織とユエもハジメの傍に座り、改めてお互いに自己紹介を始めた。デジモン達はまだ待機だ。

 

「俺の名前は南雲ハジメ。高校二年生だ。ある日、勇者召喚に巻き込まれて異世界トータスに召喚された。紆余曲折あってオルクス大迷宮の最深部まで探索してオスカー・オルクスの隠れ家にたどり着いた。そこで見つけたアーティファクトを調べていたら偶然にもそちらの世界に繋がった。ここ数日の調査でもう一度つなげることが出来たから通信をしている」

「私は白崎香織。ハジメ君のクラスメイトで一緒にトータスに召喚されちゃいました。ハジメ君達と協力してオルクス大迷宮を攻略、今は一緒に旅に出る準備をしています。将来の夢は……女医かな?」

「私はユエ。オルクス大迷宮に封印されていたのをハジメに助けられた。一緒にハジメ達の世界に行くために、修行している」

 

 大雑把にこれまでの経緯を伝えながら自己紹介をするハジメ達。それに対して向こうの南雲が進みでる。

 

『えっと、僕の名前は南雲ハジメ。僕達もそっちと同じくトータスに召喚されました。オルクス大迷宮を攻略中にトラブルがあって、何とか最深部まで来ました』

「流れはこっちと変わらないんだな」

「でもそっちは随分と人数が多いよね」

『あーそれはちょっと……』

『十中八九、そっちとはオルクス大迷宮を攻略する経緯が違うからだろうね』

 

 少し言い淀む向こうの南雲を押しのけて前に出たのは、向こうの中村恵里だった。

 

『あー、コホン。多分知っていると思うけど、僕の名前は中村恵里。こっちじゃハジメ君の恋人させてもらっているよ。もちろん、一番のね。特別なね!』

「えっ」

 

 途端、こっちの香織が軽く面食らってしまう。まさかあちらの世界では自分でなく、ちょっと面識がある程度の恵里が向こうの南雲の恋人とは思わなかったのだ。世界が違えばこうなるんだ、と思っているといきなり向こうの谷口鈴が軽くキレ出した。

 

『ちょっと恵里。いつ恵里が一番なんて決まったの? 私だってハジメ君に愛されているけど? ハジメ君の特別な人だけど?』

『そりゃあ真っ先にハジメ君に唾つけたのが僕だからねぇ〜。小学生の頃からずーっと大切な、そう! た・い・せ・つ・な! 人として想ってくれたからねぇ!!』

『うーっ……でも中学に行くちょっと前に鈴だってハジメ君に告白されたもん! それに恵里も言ったよね! 一緒にハジメ君を愛そうって!! それを忘れたとは言わせないからね!!』

『それは覚えているよ。でもね、一番を譲ってあげた記憶なんてないからね。一番は僕だから! これまでも! こ・れ・か・ら・も・ね!!』

『二人とも! ここでケンカしないでってば!! ……あぁもうごめんなさい。ウチっていつもこんなもんなので』

「お、おぅ。そうか……」

 

 向こうの谷口鈴がハジメ達に軽く注意をした途端、痴話喧嘩に発展していき、向こうの南雲が注意するも全然止まる気配がない。その様子にハジメは、ふと香織と雫が喧嘩した時の様子を思い出して少し懐かしんだ。しばらくすると、慌てて向こうの南雲が謝罪してきた。どうやらあちらもあちらで女性関係は面倒らしい。

 

『ハジメ、とりあえず恵里と鈴をなんとかしといてくれ……えーっと、コホン。もしかすると面識があるかもしれないけど自己紹介をさせてほしい。俺は天之河光輝。ここにいるハジメ達と幼馴染の人間だ。よろしくお願いするよ、ハジ……っとと、申し訳ない。南雲君、白崎さん』

「えっ」

「……えっ?」

 

 痴話喧嘩を南雲に丸投げすると、今度は向こうの天之河光輝が自己紹介をする。途端、ハジメは軽くショックを受け、香織は宇宙の真理を目にした猫のようになってしまう。

 

「え、えっとその……そっちの天之河君は私とハジメ君を見て何か思うところはないの?」

『思うところって言われても……ごめんなさい。ノーコメントでいいですか?』

「嘘っ!? 天之河君なのに屁理屈つけて私とハジメ君は恋人でも何でもない赤の他人だって言ったり、今すぐ別れろって命令したりしないなんて!?」

『なんか俺随分な扱いじゃないか!?』

 

 自分の知っている光輝と全然違う振る舞いをする目の前の人物を見て、香織は気が動転してしまう。

 

『ちょ、ちょっと白崎さん! いきなり光輝に失礼なことを言わないでちょうだい!! 光輝が傷つくでしょう!!』

『ホントな! そっちの事情はわからないし、心当たりはなくもねぇし正直想像したくねーけど俺達の光輝はそんな事言わねぇ!! 当人同士で決めた事ならなんだかんだ祝福してくれるような奴だ!!』

「し、雫ちゃんも!? 嘘っ!? ホントに天之河君がそんなこと言う訳……あの、えっと、どちら様ですか?」

『あ? ……そっか。そっちの白崎とは面識ねぇのか。俺は清水幸利。ここにいる皆、特に光輝と雫、浩介には特別厄介になった奴だ』

 

 すると向こうの八重樫雫と清水幸利が口を挟み、向こうの天之河光輝を庇ってきたため余計にパニックになりかける。が、香織は向こうの清水を知らなかったため、そこで一旦冷静になって尋ねれば丁寧に返してくれた。

 

「えっと、特別厄介って……まさか天之河君に振り回されたとか?」

『んなワケあるか。アイツはな、俺をイジメから助けてくれて、引きこもっていた俺を救い上げてくれたんだよ。何度も足繁く三人で家に来てくれて、寄せ書き寄越してくれてさ』

「……お説教じゃなくて? 善意の押し付けとかじゃなくて?」

『……今思えばそうだったかもな。その、幸利……』

『いやお前のお節介が無かったら俺の人生もっと澱んでいる。だから感謝しかねぇよ……ハァ、そう言う事か。理解したくねぇけど理解したわ。マジかよ……』

『嘘……嘘よっ! だって光輝はそんなことしないわ! だって光輝は、私をイジメから助けてくれて……ずっと好きでいてくれたもの!!』

 

 そうして何度かやり取りをすると、向こうの天之河は自分のやった事を後悔し始め、それを向こうの清水が慰めると同時に何か気付きたくないモノに気付いてしまったらしく、本気で凹んでしまう。するとショックを受けた向こうの雫が信じられない事を口走り、そのせいでハジメも香織も呆然としてしまう。

 

「……えっ?」

「…………えっ? 何? 今雫ちゃんなんて言ったの?」

『だから、私を救ってくれたの! 小学生の頃からずっと私のことを気にかけてくれて、ずっとずっと好きで、ずっとずっと愛してくれたのよ!!』

 

 思いがけない向こうの雫の言葉にこちらのハジメと香織は目が点となってしまう。だって想像出来ないのだ。自分達の知っている、思い込みと正義感が強過ぎる天之河光輝と、雫がこんな仲睦まじいなんて意外過ぎた。最初に穏やかな物腰で接してきた事も踏まえて、世界が違えばここまで変わるのかと、二人は何度目になるかわからない衝撃を受けた。

 

『そうだよ!! そっちのハジメ君も私もすっごい失礼だよ!! 小二の時に雫ちゃんは光輝君にキスしてもらっているんだから!! ちゃんと唇重ねてね!! それからずーっと相思相愛なんだからね!!』

 

 そして向こうの白崎の爆弾発言で、こちらの香織は意識がぶっ飛びそうになった。小二と言えば、こちらの雫が天之河光輝のせいでいじめを受けていた時期だ。その時に雫は光輝への好意を無くしたと言っていた。なのに彼らは全く逆の関係になっているとは。何かもう色々とこっちと事情が違いすぎて脳が理解を拒み出してきた。

 

『やっぱよ、世界越えたところで珍獣は珍獣だな』

『『『わかる』』』

 

 さらにこっちの香織を見た向こうの檜山達がそんな事を言い出した。どう考えても学園のマドンナに対するものではなく、本当に珍しい動きをする生き物相手へのリアクションである。

 

『珍獣じゃないもん!! 檜山君も近藤君も中野君も斎藤君もひどいよ!』

「ち、珍獣って……えーっと、その、そっちはお前達のところの白崎を見て何にも思わないのか?」

『無ぇな。俺の射程圏外だし俺にはコイツがいるし』

『無いわ。あの珍獣だぞ? 会って数日の頃ならともかく、白崎の普段の行動見ていたら……なぁ?』

『それな。てかもしかしてそっちの先生、もしかして俺らと認識ねぇの?』

『おい待て信治。多分光輝とかロリ介を見ていた感じだと多分仲いいとかそういうのじゃねーぞ……で、どうなん?』

「いや、まぁ……そうだな」

 

 涙目になってぷんすか怒り出した向こうの香織を見て、思わずこちらのハジメは向こうの白崎のフォローをしようとしたものの、返ってくる反応は割とドライなものばかりであった。というか向こうの檜山大介が、ユエの肩に手を置いて親密な様子を見せたことにも衝撃が大きく、中野信治と斎藤良樹からの質問に歯切れ悪く返すのがせいぜいであった。

 なにせ、ハジメはこっちの彼らにリンチを受けているのだから。

 

『うわマジかよへこむわ……』

『うぅ……龍太郎く〜ん。うぇぇ〜ん……』

『ほらこっち来い香織』

 

 そうして向こうの檜山らが気落ちする中、鼻をぐすぐす言わせながら向こうの白崎は坂上龍太郎に抱きつく。だがその様子がどう見ても親密な恋人とのそれにしか見えないのである。またしても並行世界の不思議を目にした。

 

『……っと、そういえばそっちのハ、いや南雲は俺とは認識あるのか?』

「あ、あぁ。地球にいた頃は漫画をよく貸したりしていたが……」

『そいつは良かった……なぁ、そっちの香織は大丈夫か? なんかもう放心しちまっているぞ』

「……無理言わないでくれ。俺だって正直困惑しかないんだ」

 

 キャパオーバーを起こしてフリーズしている香織を抱き寄せながら、ハジメはなんとかそう答える。まさか自分と幾らか親しい友人が、違う世界では自分の思い人とそういった関係になっているとは思わなかった。さっきから複雑過ぎて、なんと言えばいいのかわからない。香織に至っては「そっか。向こうの私、あっちの龍太郎君とそういう仲なんだ……」と色々とボロボロになっている。もうどうすればいいのかわからなかった。

 

「……そっちの私はいつまで隠れているの?」

『ひぅ!? ……ご、ごめんなさい。ごめんなさい……』

 

 ハジメたちがいろいろ限界を迎えていると、ユエが向こうのユエに声をかけた。ずっとオドオドしながら、向こうの檜山の後ろから顔を出してこちらを伺っていることが気になったのだ。だが向こうのユエは謝るばかりで、全然前に出ようとはしない。むしろ逆に縮こまって檜山の後ろに隠れてしまった。

 

『あー、その……悪い。アレ……っとと、コイツはちょっとワケありでな。ちょいトラウマ持っているっていうかなんていうか……』

「……ん。わかった。これ以上は何も言わない」

 

 何やらまずい事情があるとすぐに察したユエは、それ以上は言及しないことにした。その後、向こうの南雲が中村恵里と谷口鈴の機嫌をとり、向こうの雫を向こうの天之河がなだめすかした辺りで改めて自己紹介に移る。

 

 向こうの天之河らが南雲と幼馴染になった経緯を聞いたり、向こうの雫と浩介が忍者になっていたり、向こうの檜山らとはエロ同人やエロ絵を通じて仲良くなっていたりと、世界が違えばここまで変わるものかとお互い痛感しながらも、今度こそ自己紹介はつつがなく終わるのであった。

 

『……なぁそっちの南雲。向こうの俺って一体……』

「……いい友人だよ。少なくともそれだけは言える」

『……そうか』

 

 なお浩介へのダメージは少し軽減された、かもしれない。

 

 

 

〇【辿った道筋。召喚前まで編】

 

 

 自己紹介を終えたハジメ達だが、あまりにお互いが辿った道筋が違いすぎたためそれらを説明することになった。

 やはり順番的にこちらからのほうがいいだろうと、ハジメ達から話すことになった。

 そうなると、どうしても紹介しなければならない奴らがいる。というわけで、

 

「俺はガブモン! ハジメのパートナーデジモンだ。よろしくな」

「私はテイルモン。香織のパートナーデジモンをしている。同じくよろしく頼む」

「ルナモン。ユエのパートナーデジモン。よろしく」

 

 ハジメ達のパートナーデジモンの自己紹介だ。

 案の定、向こうの面々は驚いている。

 

『え? え? デ、デジモン?』

『ほ、本物? 本物なのか!?』

『マジでか。マジでいるのかよ』

 

 特に驚いているのは南雲、幸利、浩介だった。どうやら向こうの彼らも二次元について詳しいようで、デジモンの事を知っているようだ。

 

「そうだ。俺達のいた地球にはデジモンがいる。そっちは違うみたいだけどな」

『う、うん。僕達の世界にデジモンはいない』

「おそらく、そこから違っているな。だったら召喚前の俺達の事から話す」

 

 それからハジメは自身の幼少期からのことを話し始めた。

 小学5年生の時に偶然からデジタマを拾い、そこから孵ったガブモンをパートナーにしてテイマーになったこと。

 そこから親友である松田タカト達テイマーズと共に、リアルワールドとデジタルワールドに迫る危機に立ち向かい、世界を救ったこと。

 数年後、香織と雫に出会い、パートナーとの再会と抱いた夢の為に勉学に励んだ日々の事。

 その途中で、いきなり異世界トータスへと召喚されてしまったこと。

 

 ここまではかなり長いことなので概要だけだったが、南雲達は自分たちの世界と全く異なる歩みに、溜息を吐く。これは自分達と違いすぎると。

 

「とりあえずトータスに召喚されるまではこんな感じだが、そっちはどうなんだ?」

『えーっとこっちも長くなるかなあ……』

『ふぅ。ハジメ君。まずは僕から話すよ。多分、僕たちの世界について話すべきことは僕の事だからね』

 

 今度は南雲達がトータスに召喚されるまでの出来事を説明しようとするのだが、まず彼らの中から恵里が前に出る。

 そして、彼女の口から彼らの世界の説明が始まった。

 

『じゃあまず間違いなく違う点を挙げさせてもらおっか。二人とも、『逆行者』って単語に覚えはある?』

「小説ではよく見かけるな。過去の自分に戻るっていう話だろ?」

 

 そういう知識が豊富なハジメが答える。悲惨な人生を送っていた主人公が、過去をやり直すなどという内容が多い。

 

『うん、そっか。それなら話は早いね──僕は未来から来たんだ。僕が負けた未来からね』

 

 まさかの小説のような話にハジメ達は大なり小なり驚愕を露わにする。

 事実は小説よりも奇なりとはよく言ったものである。もっとも異世界に召喚されて、並行世界の自分達と話しているこの状況の事を考えると、逆行者くらいいてもいいのではないかと思える。

 

 一方、そのことを苦々し気に語る恵里に対し、南雲と鈴は彼女の手を握り、支えようとする。光輝達も心配そうに彼女を見つめる。そんな彼らの気遣いに大げさだなぁと内心苦笑しながらも恵里は話を続ける。

 

『とりあえず僕は前世って呼んでいるけど、その前世では僕はハジメ……いや南雲と敵対していた。天之河君を手に入れるためにね』

 

 恵里はぽつりぽつりと語っていく。自身は前世でどんな生き様を送ったかを。その妄執の果てにどうなってしまったのかを。南雲と鈴の握る手がだんだん強くなっていることに、気付かぬフリをしながら恵里は語り終える。

 

 ハジメ達は何とも濃い内容に言葉を失う。不運に見舞われ、愛を求めて狂った少女の狂気と末路は、画面越しに聞いていても心を抉ってきた。しばし、双方の間で沈黙が続いた。

 しばらくして恵里が顔を上げる。そこには、自分の境遇を悲観する色はない。今を生きる目をしていた。

 

『まぁ別に僕はそこまで気に病んでないよ。だってやり直せたからね。お父さん死んでないし、好きな人が出来たから』

 

 スッキリした顔で述べると、今度は今の人生のことについて語り始めた。前世では死なせてしまった父を助けることが出来たことと、自分の駒として取り込むべく南雲と接触したこと。

 

『正直、あの頃に戻れるならやり直したいね。ハジメ君にちゃんとさ、好きだから付き合ってくださいって言いたいよ。道具として利用するために言うんじゃなくてさ』

『じゃあ、後でやり直す? 僕だって、その……ちゃんと返事をしたいと思っていたし』

 

 過去を振り返って苦々しく思っていると、横にいた南雲が少し恥ずかし気にそんなことを漏らした。すると恵里は頬を染めて南雲の方を見つめ、南雲も恵里を愛おし気に見つめてとてつもなく甘ったるい雰囲気を醸し出す。白崎が後ろで龍太郎と腕を組んでキャーキャー言う中、鈴が咳払いをした。

 ちなみに香織は口の端を引き攣らせている。並行世界といえども、ハジメが自分以外の女の子といい雰囲気になっているのを見るのはムカムカする。香織の虫の居所が悪くなりつつあるのをハジメも察しており、鈴の挙動には感謝の念を送る。

 

『コホン。はい、恵里。続き続き……だったら鈴が先に告白するから。絶対恵里に一番は渡してあげない』

『チッ……鈴、聞こえているからね? じゃあ、続きを話すよ』

 

 早く話を進めろと急かすついでに聞き捨てならないことを言った鈴に思いっきり舌打ちしつつも恵里は話を再開した。

 南雲と出会う前はかつての記憶と寸分変わらぬ光輝に追い掛け回され、その際龍太郎に助けられたこと。その後鈴と再会を果たしたものの、前世の彼女と様子が全く違うことにショックを受けて呆然自失となった。

 

『もしかするとあの時からかもね。僕がハジメ君に惹かれていったのは。鈴ともう一度友達になるために色々やってくれたからさ』

 

 過去を懐かしみながらも恵里はその後の話を続けていく。鈴と友達になったことで谷口、南雲家とも家族ぐるみの付き合いが始まった。南雲が一足先に厨二病にかかった──なお南雲は無事発狂し、大介らはゲラゲラ笑って光輝らに叱られた──こと。小一のクリスマスで一緒に手を繋いで寝てしまったことやバレンタインのこと。そしてホワイトデーのあの日が訪れた。

 

『決定的なのはあの日お返しをもらった時だね。ハジメ君が僕のことを大切な存在だって想ってクッキーを作ってくれた。その時からもう夢中だったよ。道具扱いしていた心がずっと悲鳴を上げていた。今ならそう断言できる。ずっと、ずっと好きになっていたんだ』

 

 熱っぽい視線を南雲に一度送って咳払いをすると、また話を始めていく。二年になったら今度は龍太郎が雫のことで頼みをしに来て、前世と全然様子の違う光輝と雫に心底驚きつつも友達になった。なんか浩介もその辺りで友達になった。

 三年になると白崎や優花達とも友達になった。

 

『小六の時にやっと素直になって、それで幸利君とも友達になって……あの日が起きた』

 

 小六の時の告白、中学での幸利との出会い──そしてトータスに来ることを見越して兵器類に関する本を読み漁っていたのが家族にバレてしまい大喧嘩になった。

 

『ずっと守りたかったものを自分のせいで壊しちゃって……あの時ハジメ君がいてくれなかったらと思うとゾッとするよ。ぜんぶ、ぜんぶハジメ君のおかげだね』

『……恵里』

 

 恵里は南雲とお互い愛おし気にしばし見つめ合った後、自身が逆行者であることを南雲に話した。そして今度はトータスに行く前に南雲と鈴と一緒に色々と話し合い、鈴をたぶらかしたことも話し、そこで光輝達も巻き込もうと一緒の学校を目指そうと唆したことも言った。

 

『後は……檜山君達だね。まぁ馬鹿だったよ。ハジメ君人質にしようとして返り討ちに遭っていたし』

『うぉぃ! 間違ってねぇけど! ねぇけどよ!!』

『中村さん……』

『なぁ中村、俺らの扱い雑過ぎねぇ? 俺らもお前に感謝してんだけど!?』

『もうちょい言い方ってもんがあるだろ!? こう、オブラートに包むとかぼかすとか!』

『事実なのは事実だけど辛辣すぎるわ!! 反省したから!! 俺らちゃんと反省しているってば!!』

 

 聞くに堪えない四馬鹿の叫びと、ショボくれた様子の向こうのユエの言葉には一切耳を貸さず、さらっと大介らと友達になった経緯も説明していく。南雲がエロ絵を描いていたことに心底キレ、エロい自撮りを送ろうとして止められたことも話したところで恵里は一息着いた。

 

『大体こんな感じかな……じゃあ、今度はそっちがトータスに来てからどうなったかについて教えてくんない?』

 

 今まで語った過去を懐かしみつつも、それは今やるべきことじゃないと切り上げた恵里はハジメらにそう問いかけた。

 

 




コラボ2話でした。思ったよりも長くなりそうです。

田吾作Bが現れた様の作品「あまりありふれていない役者で世界逆行」は今話で説明したような流れですが、実際に読んでみるともっと見どころがありますので、このお話で興味を持った方はぜひ読んでみてください。

あと数話ほどコラボは続きます。不定期ですがお楽しみに。


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コラボ03話 それぞれの道程

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コラボ3話です。一先ず顔合わせというか、お互いの話し合いはこれで終わりです。


〇【辿った道筋。トータス編】

 

 話し合いは続いていた。今度はハジメ達がトータスに召喚された時のことを説明するのだが、その前にハジメが口を開く。

 

「続きを話す前に、1つ決めたいことがある。中村は未来を知っているって言ったな?」

『ん? そうだけどそれが何?』

「つまりこのオルクス大迷宮から出た後の『南雲ハジメ』の未来を知っているということか?」

『あくまで僕にわかることしかわからないから、あいつが何をしていたかはわからないよ』

「それでも大雑把な流れは知っているのか?」

『まあね』

 

 肯定する恵里。

 

「だったら頼む。中村が知っている未来のこと。特に誰かが死ぬ、傷つくという情報は話さないでくれ」

『え?』

 

 ハジメの頼みに首をかしげる恵里。南雲達も同様だ。

 

「俺達とお前達。召喚される前から流れは大きく変わっているんだ。だったら中村が知っている未来の出来事は当てにならない。同じ理由で不幸自慢もする必要がない。たらればの話も俺達には何の意味もない。だから、話さないでくれ」

 

 これまでの話し合いで、南雲ハジメという三人の少年の軌跡が語られたが、どれも全く違うものだった。

 ハジメ達は言うに及ばず、向こうの世界の南雲ハジメは恵里と関わることで、恵里の逆行前の南雲ハジメとは全く異なる人生を歩んだ。

 ならばこの世界と恵里の世界、そして逆行前の世界はハジメの言うとおり、全く異なる世界になったのだ。その話をすることに意味は無いし、逆に知ることで必要のないことを考えてしまい、思いもよらないことが起きるかもしれない。ハジメはそれを懸念し、予防線を張ることにした。

 

 軽い気持ちで繋げた並行世界。だがそれは思った以上に心に堪えた。

 向こうの南雲ハジメと共にいる多くの友人達。彼らの事をハジメはほとんど知らない。だが、彼を慕ってあれほどの人間が付いてきたことには少し思うことがあった。

 もしかしたら、自分達ももっと多くの絆を結べたのではないかと。当然、そんなことが無意味だという事はわかっている。だが、別の可能性を知ってしまっては、どうしてそうできなかったんだという思いが頭をよぎってしまう。普通の事だけでもそうなのに、これが人死にまで絡んできたら、手に負えなくなる。

 口には出さなかったが、何となく察した恵里は首を縦に振る。

 

『ん~。まあ、それもそっか。いいよ。話さない。どうせここに来るまでに誰かが死んだとかはないから。でもそんな要求するからには、そっちもだれだれが傷ついただの、不幸になっただのは話さないでよね。君の言葉を借りるなら、君達の不幸は僕達に何の意味もないんだから』

「ああ。わかっている」

 

 そして話を再開する。今度は香織が代わりに話をする。

 

「昼休みに雫ちゃんを迎えに行ったら召喚に巻き込まれたの」

『え? そっちの私と香織ってクラス違うの?』

「うん。私とハジメ君は国際進学だから、普通科の雫ちゃんとは別クラスなんだ」

 

 世界が違えば学校の仕組みも少し違うようだ。恵里達の学校は名前こそ一緒だが、普通科しかなく、全員が同じクラスとのことだ。

 

「それで召喚されたらハジメ君が倒れちゃって。ちょっとしたトラブルになったんだ」

『倒れた!? 大丈夫だったのハジメ君!? まさか僕達のハジメ君も実は体が変になっていないよね!?!?』

『そうだよ! 実は鈴たちに心配かけないように我慢していない!!??』

『だ、大丈夫だったから。落ち着いて二人とも』

 

 向こうの恵里と鈴が慌てて南雲に抱き着き調子を確かめる。南雲は何とかして二人を宥める。

 香織はここで光輝がハジメに殴りかかって、自分が代わりに殴られたとは言わないことにした。もしも言えば更なる混乱が起こって収拾がつかなくなる。

 

「話すたびに脱線するなあ。えっとこの後倒れたハジメ君を別室に運んで、召喚された理由を聞きに行ったんだよ」

 

 今思い出しても煮えくり返るとばかりに不機嫌そうに話す香織。とはいえ当時の状況を知っているのは彼女だけなので、話すしかない。

 

「理由は魔人族との戦争の代理をさせるため。これはそっちも合っている?」

『うん。合っているよ』

「私達は天之河君を中心とする戦争参加組とは違って、帰還方法を探す組になったんだ。メンバーは私とハジメ君、雫ちゃん。あと畑山先生」

『そういう組分けをしたんだ』

『妥当と言えば妥当だな』

『……俺は戦争に参加したのか』

 

 南雲と清水が感心して頷く横で、光輝は少し俯く。

 

『私達はちょっと意見がまとまらなくて、意見を先送りにしました』

 

 その場面でイシュタルと一応の対応をしていた光輝の近くにいた雫が、自分達の状況を伝える。

 

 香織は「そうなったんだ」と特に反応を示さずに話を続ける。内心では光輝達の慎重な姿勢に感心していた。

 

 だがここでハジメはあることを話す。何せ、ナチュラルに忘れられていることがあるからだ。

 

「あーちなみにだが。もう一人いたぞ。帰還方法を探す組」

「え? …………あ」

 

 ハジメの言葉でしばし記憶を漁った香織は、確かにそうだったと思い出した。

 

『え? 誰だい? 聞いた感じだと君達と雫以外に反論しそうな奴なんていないみたいだけど』

「…………浩介だ」

『『『『『『『『『『……え?』』』』』』』』』』

 

 恵里達がポカンとすると、自分達の後ろを振り向く。

 

 しかし、そこには誰もいなかった。

 

『こっちだよおい! ずっとここに座っていたわ!!』

『あ、こっちか』

『くっ、また見失ってしまった』

『さすがはアビスゲート先生』

『アビスゲート言うな!! それは向こうの俺だ!!』

 

 騒がしくなる向こう側。一方こちらも浩介の事を忘れてしまっていたことに、香織が王国にいるだろう浩介に謝罪の念を送っている。

 話を続ける空気ではなくなったので、一時休憩を取ってから話を再開した。

 

「いろいろあってオルクス大迷宮での訓練に参加したんだ。でもトラブルがあって転移罠で65階層に飛ばされた」

 

 香織はなるべく不自然にならないように説明をする。なにせ『いろいろ』の部分にはこっちの世界の光輝がハジメを責めたり、檜山達がハジメを集団リンチしたり、それを見た香織にボコボコにされたことなど、また話を続ける空気ではなくなる。

 

「転移先の石橋で待ち構えていたベヒモスと戦闘。ハジメ君の活躍で沈黙させたんだけれど、そこでもまたいろいろあって橋が崩落。ハジメ君が落ちちゃったんだ」

 

 ここでも言葉を濁す香織。本当は雫を助けるためにハジメが奮闘したのだが、そのせいで雫は心に大きな傷を負ってしまった。どうやら向こうの雫は光輝と仲が良いらしい。交友関係の罅になるようなことにも気を付けて話を進めていく。

 

「私はショックで意識を失って、王宮で気が付いてから体調を整えてハジメ君を助けるために迷宮に向かうことにしたんだ。その時だったよ。テイルモンとガブモンがやってきたのは! 初対面だったけれどテイルモンと出会った瞬間、こう心の奥底から思いが溢れ出してきて」

「そこは後にしよう。カオリ」

 

 説明に力が入る香織。あれは彼女の人生の中でハジメと同じくらいの、屈指の出会いだった。

 放っておけば詳しく語りだしそうだったので、ユエが諫める。

 ごめんごめんと謝った後、改めて香織は説明を続ける。

 

「テイルモンとガブモンの協力でハジメ君の所まで辿り着けた私はハジメ君と合流。途中で部屋に封印されていたユエを助けて、苦戦しながらもこのオルクス大迷宮を突破したんだ」

 

 大分省いた内容だったが、大迷宮を攻略したことを説明し終える。

 もっと詳しく説明しようとするとかなり時間がかかるので仕方ないが。

 

『こっちも似たようなものかな。でさ、もしかして転移罠って作動させたのはそっちの世界の檜山かい?』

『うえっ!? ま、まじか?』

 

 恵里の言葉に動揺する向こうの大介。

 

「よくわかったな。もしかしてそれは、中村の前の世界でもあったことなのか?」

『まあね。僕自身もう前世の事は、ほとんど覚えていないんだけれど、結構印象深かったからね』

 

 ハジメの指摘を肯定する恵里。

 

『もちろんそのことを知っていた僕達は注意したんだよ。でも神殿に雇われた冒険者達と神殿騎士が現れて、くだらない三文芝居で転移罠を発動させたんだよ。それでめでたく僕達も65階層に転移ってわけさ。後はベヒモスと一緒に、神の使徒っていうやつも襲ってきてね。でね、すごかったんだよハジメ君が! 僕と協力したこともあるんだけどさ、ベヒモスを生き埋めにしてそのまま──』

『はい恵里、そこいいから続き』

『あ"?』

『うん。続きを話して……その、すごく恥ずかしいから』

 

 オルクス大迷宮のことについては、恵里達の方も南雲が大健闘したらしく、妙にテンションが上がってしまい、そのことを伝えようとして半目になった鈴にピシャリと止められる。止められたことに恵里は物凄い形相を浮かべるも、南雲にそう言われては仕方がないと軽くブー垂れながらも話の続きをする。

 まるでさっきの香織とユエのようなやり取りをする恵里と鈴だった。

 

『ちぇー……まぁベヒモスの方は何とか退けたんだけど、騎士団も神殿騎士も、あと僕達以外の召喚された奴らとも敵対することになったんだ。で、素直に入り口から出たら拘束されるのは目に見えていたから、逆にオルクス大迷宮を攻略してやろうって思って全員で降りることにした。紆余曲折あったけれど1人の女の子も助けて、無事に攻略したというわけさ』

 

 ざっくりとまとめる恵里だが、彼らは攻略する際に人間族最大国家のハイリヒ王国と聖教教会、そして召喚されたクラスメイトと敵対したという事だ。

 彼らもまた大きな覚悟を決めて大迷宮を攻略してきたのだろう。

 

 それからお互いの事を話して一段落したところで、向こうの南雲達から「あのメイドさんとかフードの人物はなんだ?」という話になり、そう言えば紹介していなかったなとフリージア達を呼んだ。

 そしてそれぞれの素性を紹介したのだが、その過程で解放者とエヒトのことを話すことになり、

 

『エヒト様がそんなことあるものか!!!』

 

 生粋のエヒト信者である、向こうのメルド元騎士団長(南雲達に同行する経緯で騎士団長はやめたらしい)が激怒して、彼を落ち着かせるために、本日の通信はお開きになった。

 落ち着いたらまた連絡を入れると伝え、ハジメ達は通信機を停止。一度休みを入れたとはいえ、まだ連日の徹夜の疲れから眠りについた。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 並行世界の南雲達と話したその夜。

 眠ったはずのハジメだったが、気がついたら眠っていたオスカー邸とは全く違う場所に立っていた。

 ぎっしりと本が詰まった本棚が何列も並んでおり、壁も天井まで届く本棚になっている。

 ハジメはこの場所に見覚えがあった。トータスに転移してから幾度も足を運んだある場所にそっくりなのだ。

 

「ここは……ハイリヒ王国の城の図書館?」

 

 ハジメ達が召喚されたハイリヒ王国の王城で、ハジメが調べものに活用していた図書館だった。

 




話し合いが終わったところでの急展開。果たしてハジメがいつの間にかやってきたのはどっちの王国なのか。

そろそろコラボが終わりそうです。


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02章 ライセン大渓谷編―Ancient Tamer―
01話 ライセン大渓谷


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色々あって遅くなりました。2章第1話です。

今回は流れは原作に近いですが、いろいろ変化がありますのでお楽しみに。


 オルクス大迷宮のオスカー・オルクスの館の魔法陣から、迷宮の外へ脱出したハジメ達。

 視界は光に満たされていたが、空気が変わったのを実感した。館の中と違い、新鮮さを感じる空気に頬が緩むのを抑えられず、光が収まり目を開けたハジメが目にしたものは──―緑光石の光に照らされた洞窟だった。あの訓練の日に入ったオルクス大迷宮の上階層に似た場所だ。

 

「なんでやねん」

「また迷宮!?」

「……秘密の通路。隠すのが普通」

 

 魔法陣の向こうは外の世界だと思っていたハジメは関西弁でツッコミを入れてしまい、香織も迷宮の中だと思って声を出してしまう。

 そんな二人にユエが慰めるように推測を話すと、2人も納得して落ち着く。

 とりあえず、全員がいることを確認したハジメは左手首をいじる。

 そこには奈落の底でハジメが自作した腕時計が付けられてあった。様々な世界の知識を持つワイズモンに協力してもらいながら作成した逸品で、トータスの時間に合わせてある。当然アーティファクトであり、様々な機能が付いている。その一つが、

 

「点いた。出口はあっちだな」

 

 時計版から光が出て、洞窟の周囲を照らす。その光が道を明らかにする。

 どうやら緑光石は魔法陣の近くにしかなく、外へと通じる道は真っ暗だ。

 

「ハジメ君が試しに使った時も思ったけれど、こうして使うと感動するねえ」

「アニメの道具の再現はオタクの夢さ!」

 

 香織が感動し、ガブモンが熱く語る。そう、この腕時計はあの体が小さくなった高校生名探偵のアニメに出てきた時計をモデルにしており、懐中電灯の機能が付いているのだ。当然、時計のカバーを照準器にして麻酔針を飛ばす、麻酔銃機能もあるぞ。

 生成魔法を使えば、地球のアニメや映画の道具を再現できると気が付いたハジメは、思いつく限り、いろいろな便利道具を作ったのだ。

 特に小さな名探偵の博士が作った道具や、世界的な大泥棒の三世の道具は参考になるものがいっぱいあった。

 香織とユエも持っており、腕時計の懐中電灯を灯す。

 

「ん。まるでアニメの中に入ったみたい。これが、オタクの気持ち」

「ユエ、羨ましい」

 

 この1か月間、ハジメのパソコンにダウンロードされていたアニメを見て、地球のオタク文化に触れたユエが、少し笑みを浮かべるのを見たルナモンが羨ましそうにする。デジモン達には道具を持っていては進化のたびに壊してしまうので、持たせていないのだ。

 仕方ないとしょんぼりするルナモンをユエは抱きかかえて頭を撫でる。

 

 少しワイワイとして気を取り直した一同は、念のために警戒しながら洞窟の先を進む。

 途中で封印された扉やトラップがあったが、3人が指に付けている攻略の証の指輪に反応すると解除されていく。正当な攻略者でなければ近づけないのだ。

 そうして何事もなく進んだ一同。最後の扉が開くと、光を見つけた。

 全員が顔を見合わせると、一斉に駆けだした。

 ハジメ達は数か月、ユエに至ってはおよそ300年間、求めてやまなかった光だ。

 

 そして、懐中電灯の光を消すのも忘れて光の向こう……地上へと出た。

 

 頬に感じる澄み渡る空気の流れ。洞窟のような閉ざされた空間にはない解放感。何より人口太陽とは違う本当の太陽の光に、歓声を上げた。

 

「よっしゃぁああ──!! 戻ってきたぞ、この野郎ぉおー!!!」

「出ったぁぁああああ!! 帰ってきたあぁぁ!!!」

「んっ──!!」

 

 力の限り叫ぶ3人。パートナー達も喜びを顕わにする。

 

「やったぜ──!! オルクス大迷宮、完全攻略ぅぅうう!!」

「空気が旨いとは、こういうことか──!!」

「これが、地上……すぅ……ん、いい」

 

 ルナモンだけは初めての地上だが、気に入ったようで風の音に耳を澄ませ、空気を深く吸い込んでいる。

 

 ハジメ達が出てきた場所は、予めフリージア達に聞いていた為わかっている。

 地上の人間にとって、地獄にして処刑場。

 断崖の下はほとんど魔法が使えず、にもかかわらず多数の強力にして凶悪な魔物が生息する。深さの平均は1.2キロメートル、幅は900メートルから最大8キロメートル、西の【グリューエン大砂漠】から東の【ハルツィナ樹海】まで大陸を南北に分断するその大地の傷跡を、トータスの人々はこう呼ぶ。

 

【ライセン大峡谷】と。

 

 ハジメ達は、そのライセン大峡谷の谷底にある洞窟の入口にいた。

 他の人々がなんと呼ぶ場所だろうが、今のハジメ達にとっては渇望し続けた地上だ。

 だから一通り歓声を上げた後は、デジモン達も交えて抱き着いたり、くるくる回ったり、一緒に万歳をしたりして喜びを爆発させていた。

 だが、そんなことをしていれば、渓谷に蔓延る魔物達が集まって来るのは自明の理だった。

 気が付けば、魔物の大群に囲まれていた。

 

「はしゃぎ過ぎたか。ここって魔法が分解されるらしいけど」

「ん。放ってもすぐに分解される。でも力ずくでいく」

 

 ハジメの呟きにユエが答える。ライセン大渓谷では空気中に放たれた魔力が分解・霧散してしまい、魔法は使えない。これは渓谷という土地が持っている特性であり、どうにもならない。こんな環境では戦闘力を魔法に依存した人間や魔人族はうまく戦えず、それが地獄と呼ばれている所以だ。

 ユエも例外ではなく、魔法の使用に支障が出ていた。

 

「力ずくってどれくらい?」

「……10倍くらい」

 

 ユエ曰く、分解されるまで込められた魔力によってタイムラグがあるので、いつもより魔力を込めれば使える。それでも初級魔法を使うのに上級魔法並みの魔力が必要らしい。射程もかなり短くなってしまう。

 

「それなら無理しないでいいよ。この程度の魔物なら手間はかからないし」

 

 香織が自分の宝物庫から愛用のアイギスを取り出して構える。

 アイギスはこの1か月、ハジメが改良に改良を重ね以前とは比べ物にならない盾になっている。シュタル鉱石とトータス最高硬度のアザンチウム鉱石、その他諸々の鉱石を混ぜた合金で作り直し、様々な魔法付与も盛り込まれた唯一無二の一品となった。

 

「いや、ユエ。あれのテストをしてくれ。ここでも使えるのか試してみたい」

「あれ? ……ああ」

 

 ハジメにあれと言われてユエは腰のホルスターから、ハジメに作ってもらった魔導拳銃ロートを抜く。ロートはユエの魔法の補助をする杖の様な働きをするアーティファクトだが、銃であるので弾丸を撃つこともできる。その弾丸というのが、ハジメの言った『あれ』だ。

 

「わかった。特訓の成果を見るがよろし」

「俺達もやってやるぜ」

「特訓をしてきたのは私達も同じ。行くぞ、ガブモン、ルナモン」

「ん!」

 

 ユエと共にデジモン達も気合を入れる。

 成熟期であるテイルモンを中心にガブモンとルナモンが戦闘態勢を取る。

 

「ハジメ君は指揮をお願いね!」

「了解。戦闘開始だ」

 

 ハジメの号令と共に香織達は魔物達との戦いを開始した。

 まずはユエがロートの銃口を魔物の一体に向けると引き金を引く。魔力が霧散してしまうため、〝纏雷〟によるレールガンにはならないが、音速で魔物の頭部に迫る。すると銃弾は魔物の眼前で紅い炎の槍に変わった。それはユエが使う魔法火属性の上級魔法〝緋槍〟だった。炎の槍はそのまま魔物の頭部を貫通し、爆発。頭部を失った魔物はドサリと倒れた。

 

「分解されない。魔法弾(マジック・ヴァレット)は使える」

 

 魔法弾(マジック・ヴァレット)。ハジメとユエが作った、魔法効果を付与した弾丸ではなく、魔法を込めることが出来る弾丸だ。

 ユエは折角手に入れた神代魔法である生成魔法の適性が低く、ハジメのようにアーティファクトを作ることはできなかった。しかし、今まで魔法の天才と言われていたユエにとって、自分が上手く使えない魔法があるというのは悔しいことであり、何とか使えないかと考えた結果、思いついたアイデアをハジメに形にしてもらったのだ。

 弾丸自体はそこまで複雑なものではなく、魔力と術式を書き込める性質を持たせたものだ。ハジメも片手間で作れる。肝である魔法を込める作業はユエが行う。最初は込めた魔法が本来の威力を発揮しなかったり、暴発してしまったりしたが、付与用に魔法の構成を調整して対処した。今まで魔法の威力を上げることばかりしてきたユエにとって、新鮮な調整だった。

 そうしてできた魔法弾(マジック・ヴァレット)は様々な利点があった。

 その一つが使用時に魔力を使用しない点だ。ただの弾丸であり、魔法を発動させる魔力も予め込められているので、撃つだけで発動する。さらにもう1つ、魔法は撃ってから弾丸が着弾するか、ある程度離れてから発動する仕様になっているので、ライセン大渓谷の様な魔力が分解される場所でも使える可能性があった。

 とはいえ実際に試したことはないので、試しに使ってもらったのだ。

 魔法弾(マジック・ヴァレット)がライセン大渓谷でも問題なく使えるのなら、ユエも力を発揮できる。

 

 それからの戦闘はあっさりと終った。

 香織がアイギスと身体強化を駆使して魔物からの攻撃を防ぎ、時に吹き飛ばしたり、時に殴り飛ばしたりしてハジメ達の近くに寄せ付けなかった。

 その隙をついてユエの魔法弾(マジック・ヴァレット)が魔物達を仕留めた。

 オスカーの館では射撃訓練も積んでいたので、ユエの射撃の腕はかなりのものだ。今では奈落の攻略で腕を磨いたハジメに匹敵するほど上達し、ハジメはユエ用にロート以外の銃火器も開発している。

 

 魔物の討伐数はユエがダントツだったが、デジモン達も危なげなく戦い、魔物を仕留めていた。成熟期のテイルモンを中心に、ガブモンとルナモンが援護を行い、トドメはテイルモンが刺す。たとえ体は小さくともテイルモンの《ネコパンチ》は強烈で、凶悪という触れ込みのライセン大渓谷の魔物がポンポンと殴り飛ばされた。

 

 ハジメは後方から戦いの指揮を行っていた。

 ステータスでは一番強いハジメだが、戦闘技術という面ではそこまでではない。オスカーの屋敷でも最低限の戦闘訓練は行っていたが、装備の開発に没頭していた。ハジメの強みは開発した多種多様な装備であり、それが必要無い場面では、デジモンテイマーとして培った後方からの支援で戦いに貢献することにしている。奥の手のハイブリット化も、むやみに使うには適さないことも理由の一つだ。

 

「思った通りだけど、あっさりだったねえ」

「私達が強いのさ。この魔物も普通の人間ならひとたまりもない」

 

 戦闘を終えた香織とテイルモンが戦いの感想をそれぞれ言う。

 

「奈落の魔物と戦ってきたんだ。むしろあれレベルの魔物がいたら地上はとっくに魔物の天下だな」

「ん。同感」

 

 ハジメとユエも各々のパートナーを労いながら戦いの感想を言う。周囲に魔物がいないことを確認したら、武装を解いた。

 

「さて、これからどうするか」

「ライセン大渓谷には大迷宮があるらしいから、探しに行かない?」

「それもそうだな。じゃあ樹海側に向かって探索しないか?」

「……なんで樹海側?」

「反対は砂漠だ。準備も無しに砂漠横断は避けたい。樹海側なら街がありそうだし、今の地上の情報が手に入るかもしれない」

「俺はハジメの意見に賛成だ。砂漠はしっかり準備をしないと。俺、一回砂漠だらけの世界に迷い込んだことがあるから、もうあんな思いは懲り懲りだよ」

 

 ガブモンが記憶を思い出してげんなりする。どうやらデジタルワールドでの出来事らしい。

 ユエ達もハジメの提案に同意し、樹海に向かってライセン大渓谷を探索することになった。

 ハジメ、ユエ、香織は右手の中指にある宝物庫に魔力を注ぎ、そこからアーティファクト魔力駆動の二輪車両を取り出す。見た目は地球のバイクにそっくりで、横にはサイドカーが付けられており、そこにデジモン達が乗り込む。

 

 地球のガソリンタイプと違って燃焼で動かしているわけではない。魔力で動く魔導エンジンが動力になっている。この魔導エンジンだが、実はハジメの命を繋いだ神水を出していた神結晶が材料になっている。館での生活中に神水が尽きた神結晶を何かに活用できないかと考え、魔力を溜め込む性質に目を付けた。錬成で分割した神結晶を魔力の貯蔵庫にし、そこから魔力を抽出し動力にするという構造にした。フリージア達も協力して試行錯誤の末に開発に成功した魔導エンジンは、ハジメ達の装備を飛躍的に発展させた。その一つがこの魔力駆動二輪だ。動力以外はワイズモンが蓄えていた知識の中にあった地球の車両を参考にしており、ハジメがバイクに乗っていたこともありスムーズに開発できた。

 ライセン大渓谷では魔力が霧散されてしまうので、魔導エンジンが動くかわからなかったが、神結晶自体が高濃度の魔力の結晶であるからか問題なく動いた。それでも魔力の減りが速いため、効率が悪い。急いだほうがいいだろう。

 

 余談だが、魔導エンジンを作った後に残った神結晶はアクセサリーに加工してハジメ達が身に着けている。魔力を溜め込める特性から緊急時の魔力プールにでき、体力回復や自動治癒等の魔法付与もついている。ハジメはペンダントで、香織とユエは指輪だ。この指輪を渡した時、2人がとてもテレテレしていた。

 

 ライセン大渓谷は東西に延びた断崖絶壁で、分かれ道などは殆どなく、真っ直ぐ進めば迷うことなく樹海に着ける。

 ハジメ達は大迷宮の入り口のようなものが無いか注意しつつ、軽快に魔導二輪を走らせていく。ハジメはもとより、館の庭で運転の練習をした香織とユエも、自分用に作られた魔導二輪を危なげなく運転する。魔導二輪には道が整備されていないトータスでも走れるように、車輪の部分に錬成機構が搭載されている。車輪が接している地面を錬成で整地してくれるので、揺れることもなく進んでいく。

 

 途中で現れた魔物が襲ってきたが、ハジメ達は止まることなく銃撃で打ち倒していく。ハジメとユエはもちろんだが、香織もなかなかの射撃センスを持っており、一発も外さない。

 しばらく魔導二輪を走らせていると、魔物の咆哮が聞こえた。前を見て見るとカーブになっており、その先にいるようだ。なかなかの威圧感で、これまで遭遇したライセン大渓谷の魔物とは一線を画すようだ。

 

(俺が撃つ。2人は念のために警戒してくれ)

((了解))

 

 念話で打合せする三人。そのままカーブを曲がるとその向こうに大型の魔物が6体現れた。その内5体はかつて見たティラノサウルスモドキに近い見た目の魔物達だが、角が生えていたり、首が2つあったりとバラエティーに富んだ見た目をしている。そして6体目の魔物はプテラノドンモドキに似た魔物で空を飛んでいる。

 だが、真に注目するべきは魔物達ではなく、その周囲にいる者たちだ。

 

「だずげでぐだざ~い! ひっ──、死んじゃう! 死んじゃうよぉ! だずけてぇ~、おねがいじますぅ~!」

「もう火が出ないぃ~! もう限界~! 誰か助けてくれええっ~~!」

 

 ティラノサウルスモドキ達の足元をあっちへピョンピョン、こっちへピョンピョンしながら半泣きで逃げまわるうさ耳を生やした少女と、その少女と共に泣き喚く赤い小さな生き物。

 

「フハハハハハ!! よく逃げ回るではないか、獣モドキが! もっと我を楽しませよ!!」

 

 そして、プテラノドンモドキの上で少女たちが逃げる様子を嘲笑う褐色肌の豪奢な服を着た男。

 わけのわからない状況に、ハジメ達は魔導二輪を止める。

 

「なんだあれ?」

「襲われているのかな?」

「……兎人族?」

「一緒にいるの、デジモン」

「データが出たよ。コロナモン。獣型成長期。必殺技は《コロナックル》と《コロナフレイム》」

「見たことのないデジモンだな」

 

 まずは少女とその傍らの生き物、成長期デジモンのコロナモンを見やる。

 少女はユエが零した通りウサギの特徴を持つ亜人族、兎人族なのだろう。なぜその兎人族の少女がデジモンのコロナモンを連れているのだろうか? 

 次にプテラノドンモドキの上に乗っている男を見る。

 浅黒い肌に少しとがった耳。目は燃えるような赤色で、ルビーの様な紅いユエの瞳と違って禍々しい雰囲気を放っている。

 それはハジメと香織が王宮にいたころに教会の関係者が散々教えてきた人間族の敵──魔人族の特徴だった。

 

「あれって魔人族?」

「だな。フリージア達の資料にもあった特徴通りだ」

 

 解放者の中には魔人族も所属しており、どういう種族なのか詳しく知ることが出来た。

 さて、なぜこんなところに亜人族、デジモン、魔人族がいるのだろうか? 

 ハジメ達が首をかしげていると、兎人族の少女がこちらを振り向いた。そして、ハジメ達を見つけた。

 

「やっどみづげまじだぁぁ!! たずげでぇえええ!!!」

「助けてくれぇぇ!!!」

 

 ハジメ達の方に向かってくる少女とコロナモン。当然、少女たちが見つけたということは魔物と魔人族もハジメ達の存在に気が付いた。

 

「なぜ矮小な人間族が? ふっ、まあいい。退屈な調査で飽き飽きしていたのだ。貴様らも甚振るとしよう」

 

 うさ耳少女とデジモンの後ろから、魔物達と嘲笑を浮かべた魔人族がハジメ達に襲い掛かってきた。

 

 

 




〇デジモン紹介
コロナモン
レベル:成長期
タイプ:獣型
属性:ワクチン
ルナモンと同じくデジタルゲートからトータスに迷い込んできたデジタマから生まれたデジモン。卵を孵した兎人族の少女、シアに懐いており一緒に旅をしている。
太陽の観測データと融合して生まれた獣型デジモン。正義感が強く純真で無邪気な性格をしている。必殺技は、炎の力で熱くなった拳で連続パンチを放つ『コロナックル』と、全身の体力を消耗しつつも、炎の力を額に集中させて敵に放つ火炎弾『コロナフレイム』。また、体全体に炎をまとい、防御または体当たりする『プチプロミネンス』。


今回の変化はハジメ達の戦い方ですね。
香織はあまり詳しく描写していませんが、盾で魔物を殴り飛ばします。
ユエは原作の始め同様に銃撃をします。
そしてハジメは後方からの指揮と便利アイテムの開発です。特に魔導二輪はハジメが地球でバイクに乗っていたのと、ワイズモンという万能情報ソースがあったので、原作と違い魔力で動かすのではなく、エンジンだけ魔力仕様にした効率的なものを開発しました。
ただし、開発に力を入れていた為、戦闘技術は原作以下です。ハイブリット化すればそうではないのですが・・・。

そして早速遭遇したヒロインの1人であるシア。原作ではティラノサウルスモドキ一体に追い掛け回されていましたが、五体に増えてしかも魔人族までプラスしました。
なんで作者はヒロインをいじめてしまうのか。次回もお楽しみに。

次回予告はストックが無いのでしばらく控えます。急に展開が変わるかもしれないので。


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02話 1000から1001と0から1

遅れて申し訳ありません。資格試験が又ありまして、残業週間も重なったので執筆が遅れてしまいました。

今回はオリジナルで、ちょっと魔人族の内情とかを想像しながら書きました。ではどうぞ。


 魔人族の男が魔物を引き連れてライセン大渓谷にやってきた目的は、奇しくもハジメ達と同じく大迷宮を探すためだった。

 魔人族の国ガーランドでは、近いうちに起こす人間族との戦争に向けて軍備を増強していた。そのきっかけとなったのが、1人の魔人族がシュネー雪原にある大迷宮を攻略し、神代魔法を継承したことだ。神代魔法使いとなった魔人族は、その力を使い害獣でしかなかった魔物を従えるようになった。これで人間族や亜人族と大きな戦力差ができた。遂に神敵を殲滅できると思われたのだが、人間族の聖教教会が異世界から勇者が召喚されたと宣伝したことが、人間族へ潜ませた間諜から伝えられた。魔人族が手に入れた神代魔法は魔物を従えるだけでなく、強化を施すことも出来るので勇者にも対抗できるかもしれない。しかし、勇者の実力が不明なため、万全を期すために魔人族は更なる戦力の増強を図った。

 つまり、大迷宮の攻略による更なる神代魔法の取得。

 最初に白羽の矢が立ったのは、魔人族領に一番近いライセン大渓谷の大迷宮。

 男は調査隊員として多数の魔物と共に大渓谷へと赴いた。

 あわよくば二人目の神代魔法の使い手になろうと思っていた男だったが、数日かけて大渓谷を調査しても大迷宮への入り口を見つけることが出来なかった。男のやる気は下がり始めた時、大渓谷の入り口にヘルシャー帝国の兵士団とそれに追いかけられている兎人族の少女と何やら小さな生き物──コロナモンが目に入った。暇つぶしにちょうどいいと彼らに魔物と共に襲い掛かった。

 

 兵士団を皆殺しにし、逃げる兎人族の少女と生き物を魔物で甚振って退屈を紛らわせていた時、少女達の逃げる先に人間族の集団──ハジメ達が現れた。

 人間族にとって地獄でしかない大渓谷の奥から現れた、よくわからない物に乗ったハジメ達の姿を疑問に思った男だったが、下賤な人間族を殺した高揚感と兎人族の少女を甚振る愉悦感から、ハジメ達に襲い掛かった。

 

 それが間違いだったとすぐに後悔した。

 

「ていッ!」

「はわわっ!!??」

「……そこ」

 

 まず香織が魔物に踏みつぶされそうになっていた少女に駆け寄ると、魔物の一体をアイギスで殴り倒し、少女と彼女にしがみついていたコロナモンを抱えてハジメ達の元に飛び退る。

 他の魔物達が香織を追いかけようとするが、そこにユエがロートを四発発砲。弾丸は魔物の胴体に当たると込められていた風属性の魔法が発動し、猛烈な風が吹き荒れて魔物を吹き飛ばした。

 

「なんだと!?」

 

 神代魔法で強化された魔物を殴り飛ばし、魔法が使えないはずのライセン大渓谷で魔法を使ったことに、魔人族の男が混乱する中、ハジメが宝物庫からあるアーティファクトを取り出す。

 

『あーあーテステス』

 

 それは円錐状のラッパ状の道具。拡声器だった。〝咆哮増大〟という固有魔法を持つ魔物の魔法を付与して作ったアーティファクトで、何かに使えるかと思っていたら早速出番が来た。

 プテラノドンモドキの上の魔人族に声を届ける。

 

『俺達に交戦の意思はない。そちらが引くなら追撃もしない。証拠はその魔物を殺さなかったことから判断してくれ』

 

 ハジメの言うとおり、香織とユエに攻撃された魔物達は死んでいなかった。吹き飛ばされたダメージはあるが、すでに起き上がっている。

 

『だが、襲い掛かって来るというのなら容赦はしない。覚悟してもらおう』

 

 ここで男の目的である大迷宮の調査を優先するなら、何の利益にもならないハジメ達との交戦は避けて調査を再開するのが最善だ。

 しかし、下等である人間族に邪魔をされたということと、見逃してやるともとれる言葉に男の矜持は酷く傷つけられた。

 

「ッ!! 下等な人間族がッ!! 蹂躙しろ!!!」

 

 だから、配下の魔物達に攻撃を命じてしまった。

 

『……まあ、こうなるとは思ったよ』

 

 ハジメは拡声器を仕舞い、代わりに一枚のカードを取り出す。

 

「ガブモン!」

「おう!」

 

 飛び出したガブモンが魔物達に向かう。

 

「カードスラッシュ! 《超進化プラグインS》!!」

「ガブモンX進化!」

 

 ガブモンが光に包まれて、進化する。

 

「ガルルモンX!!」

 

 疾走するガルルモン。突然姿が変わったことに動揺する男と魔物達。その隙を、ガルルモンとハジメは逃さない。

 

「グルオウ!!」

 

 ガルルモンがスピードを上げて、魔物の一体に飛び掛かる。すれ違いざまに肩から伸びるブレードで首を斬り裂く。

 大量の血を吹き出しながら倒れた仲間に気を取られ、足を止めた魔物達の後ろでガルルモンが向き直り、口を大きく開ける。

 

「《フォックスファイアー》!!」

 

 蒼い灼熱の炎が放たれ、首を斬られた魔物を含めた三体の魔物が炎に包まれる。

 

「来い、《ガルルバースト》!!」

 

 再び宝物庫に魔力を注ぎ新たなアーティファクトを取り出す。

 それはかつてハジメが〝電子錬成〟で生み出したメタルガルルモンの武装であるミサイルポッドだった。戦いの後では魔法が解除された際に分解されて消えていたのだが、この一ヵ月に及ぶ魔法の解析と試行錯誤でアーティファクトとして生み出すことに成功した。

 ハジメはゴーグルを下ろし、武装とリンクさせる。

 

「ターゲット、ロックオン。発射!!」

 

 ハジメの合図と共にミサイルが発射される。放たれたミサイルは狙い違わず残った魔物に着弾し、爆発する。あまりの威力に魔物達は何が起きたのかもわからず、絶命して屍をさらす。

 

 ハジメの肉体に宿り、発現したメタルガルルモンの能力を、アーティファクトを介することで暴走せずに使いこなす。これこそ、ハジメが一か月間をかけて身に着けた戦い方だった。

 

 ガルルモンも一か月間の訓練で技の練度を上げており、フォックスファイアーを受けた魔物達はそのまま燃え尽きて地面に倒れた。

 

「うひゃあああっっ!!?? 耳があ!? 耳があ!?」

「大丈夫かシア!? むぎゅ」

「……なんだか残念な娘ね」

「同意する」

「テイルモン、ルナモン。思っても言葉にしちゃだめだよ!」

「……ん」

 

 ミサイルの爆音に、香織達が守っていた兎人族の少女が耳を抑えてゴロゴロとする。コロナモンが心配して駆け寄るが、ゴロゴロに巻き込まれてむぎゅっと潰される。なんとも残念な光景に、少女を守っていた香織達が呆れた目を向ける。

 

 一方、自慢の魔物達を未知の攻撃手段で一掃された男はわけもわからず、プテラノドンモドキの上で立ち尽くしていた。そこにもう一度、拡声器を取り出したハジメが声をかける。

 

『もう一度言うぞ。ここで手を引くなら追撃しない。その魔物まで失いたくないだろう』

 

 悔しさに顔を歪ませる男。だが、ライセン大渓谷用に調整された魔物を一蹴したハジメ達に、ライセン大渓谷の影響で魔法が使えない男とプテラノドンモドキだけで勝てるとは思えない。だから引くことが最善なのだが、そうした場合、なぜ引いたのか詰問されるだろう。そうなれば、何があったのか話す羽目になり、男は人間族に大事な魔物を殺されたのにおめおめと逃げ帰ってきた臆病者という烙印を押されてしまう。

 これまで築き上げてきた立場やプライドは崩れ去り、後の戦争でも重要なポジションは任せてもらえないだろう。

 

 そこまで考えた男は、プテラノドンモドキに命じる。

 

「この私がこんな屈辱を受けるなど、万死に値する!!!」

 

 急上昇からの急降下。スピードを乗せてハジメに目がけて突貫するプテラノドンモドキ。

 だが、テイマーの危機にパートナーデジモンが黙っているはずがない。

 

「ガルアッ!!」

 

 驚異的な脚力で飛び掛かったガルルモンが空中でプテラノドンモドキを捕える。そのまま爪と牙を突き立てる。

 

「ギャアアアッ!?」

「ぐうっ!?」

 

 痛みに悶えるプテラノドンモドキに、男が振り落とされる。とっさに魔法を使おうとするがライセン大渓谷の影響ですぐに魔力が霧散。そのまま地面に激突してしまった。

 プテラノドンモドキもガルルモンに組み付かれたまま地面に叩きつけられる。そして、ガルルモンに首を噛みつかれ、息の根を止められた。

 

「ありがとう。ガルルモン」

「怪我はないか? ハジメ」

「問題なし。それよりもあっちだ」

 

 ハジメは地面に落下してしまった男の方を見る。香織達は警戒しながらも様子を窺っている。

 

(どうしたものかね……)

 

 普通に考えれば襲ってきた男なんて放っておけばいい。しかも人間族の敵である魔人族だ。トータスの住民ならば見捨てる。いや、余裕があるなら殺すのが当然だ。だが、地球での倫理観を持っているハジメは、そうすることに抵抗があった。殺すのはもちろん、見捨ててしまえば怪我が悪化してそのまま衰弱死するだろうし、その前に渓谷の魔物に襲われるだろう。

 

(怪我を直して渓谷の外に逃がすのが、一番心が楽だ。俺も香織達も罪の意識を感じない。だが、そのために香織に治癒魔法を使わせれば負担をかけるし、男が攻撃してこないとも限らない。……そして何事もなく男を見逃せたとしても、それだと魔人族に俺たちの情報が流れて人間族の戦力とみなされて、戦争に巻き込まれるかもしれない。後の事を考えれば見捨てるのが最善の選択だ……。そのために罪を背負うなら)

 

 ハジメはホルスターからドンナーを抜き、銃弾を確認したその時、

 

「お、おのれ……」

 

 倒れ伏していた男が震える手で何かを取り出していた。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 全身に走る激痛に顔を歪めながら、男は状況を理解していた。

 残された手段である空中からの突貫も防がれ、乗っていた魔物も殺された。しかも自分は魔法が使えない渓谷の底で重傷の身体で転がっている。

 ここから逆転の目はない。

 死に体になったことで、先ほどよりも冷静になった男は、このままハジメ達を行かせてしまう危機感を抱いていた。

 

(ここまでの戦闘力。間違いなく奴らこそ人間族の神に召喚された勇者。ここにいるのは神代魔法か。人間族も大迷宮の秘密に気が付いていたとは……!?)

 

 合っているところはあるが間違っている推測を立てる。ハジメと香織は召喚された勇者という立場だったし、目的も大迷宮の神代魔法だ。しかし、人間族は大迷宮の秘密は知らないし、ハジメ達も人間族の戦争に協力する気はさらさらない。

 そんなことを知らない男は、ハジメ達をこのまま行かせてしまえば魔人族が不利になると思い、震える手を動かす。

 

(もしもの時に使う、最後の手段。……フリード様、あなた様の慧眼に感服します)

 

 この任務に出る前に、できれば使わない方が良いがという注意と共に渡された物。神代魔法を得た魔人族の将軍、フリード・バグアー自らが渡したそれは、どうにもならない事態に陥った際、魔人族の誇りを示すことが出来るという。

 だが、研究段階の為、使えばどうなるかわからない。最悪の場合、死ぬことになると言われた。

 もっとも、もはやこの状況では構わない。

 何もしなければ死ぬならば使うまでだ。

 

「お、おのれ……。魔人族の、力、見るが良い……!!」

 

 震える手で取り出したのは小さな瓶。幸いにも壊れて中身は零れていない。ふたを開けるとその中身を男は飲み込んだ。

 

「お、…………オオオオオオオオオオオオッッ!!!!」

 

 どろりとした触感に、猛烈な鉄臭さ。吐き出してしまいそうな苦みが襲ってきたが、すぐに体の奥底から溢れる力にどうでもよくなった。

 しかもさっきまで重傷だった体まで急速に癒えていき、しっかりと立ち上がった。

 さらに肉体まで肥大化していく。

 さっきまではどちらかと言えば細身だったのに、強靭な筋肉に覆われた身体になった。

 だが、その代償なのか男の思考はどんどん薄れていき、1つの事しか考えられなくなった。

 

 目の前の敵を殺し尽くす──と。

 

「シネエエエエエエエエエエエエエエッッ!!!」

 

 叫び声を上げながらハジメ達に襲い掛かる男。

 男が飲んだのは魔人族領で見つかったある魔物の血液から生成された薬だった。

 その魔物は羊に似ており、群れで活動している。そして、危機に陥った際に変わった行動をとる。

 なんと群れの中から一頭を選び、殺して全員で食べるのだ。

 すると食べた魔物は力と魔力が増大して、強力なパワーを発揮し、群れの危機を脱するのだ。

 この生態に目を付けたフリード・バグアーはこの魔物を従え、能力を調査した。調査の結果、この魔物の固有魔法は能力を増強する類のもので、血を飲ませることで発動することが分かった。これを魔力回復薬のように用いれば更なる戦力の増強に使えると思い、研究が行われた。

 その結果生まれたのが、さっき男が飲んだ薬だった。

 もっとも薬の元になった魔物以外には薬で強化された能力を制御できず、暴走してしまっていた。まるで怪物のようになってしまい言うことを聞かずに暴れ続ける。そして最後には……。

 フリードとしてもこの問題点を改善してから実用化したかったのだが、人間族の勇者召喚が悠長に研究している時間を奪った。

 魔王からも緊急時の最後の手段として用いるよう言われ、人間族の領域で活動する者たちに渡されることになったのだ。

 

 最後の手段を用いてハジメ達に襲い掛かった男だったが、正真正銘のチート集団であるハジメ達には通じなかった。

 

「《ネコパンチ》!」

「《ティアーシュート》!」

「せーの!!」

 

 テイルモンに殴られ、ルナモンの水の弾丸を受けた所に、香織がアイギスを投擲する。三つの攻撃を受けた男は転倒してしまう。そこにユエがロートを発砲。6連装の弾丸を全て放つ。

 今度撃った弾丸には火属性の魔法が込められており、着弾すると爆発した。かつてハジメが作った炸裂弾(エクスプロード)のようだ。それを6発も受けたのだ。魔人族の男は木の葉のようにくるくると空中を回り、ずしゃあっと地面に落ちた。

 最上級魔法が込められた火属性の魔法を6発も叩き込むという、容赦ないユエの攻撃にハジメ達も恐れおののく中、ユエは倒れた男に近づく。

 

「生きている……本当に生身? ……でも、もう限界みたい」

 

 なんと男はまだ生きていた。飲んだ薬の効果で傷が治ろうとしていた。

 だが、流石に受けたダメージが大きすぎたのか、動けないようだった。

 ハジメ達も近寄り男の様子を見るが、ユエと同じ感想だった。

 治癒師である香織が反射的に容態を確かめてみる。

 

「傷の治りが遅くなっている。しかも呼吸と肉体がどんどん弱っている? まさかこれ……老化しているの?」

 

 思わずつぶやいた香織の言葉通り、実は男の肉体は急速に衰えていた。

 これこそがフリード・バグアーが改善したかった点である。

 薬を使った者は肉体を限界まで使い尽くしてしまい、効果が切れると寿命を迎えた老人のようになって死んでしまうのだ。

 

「こんな症状、治癒魔法でもどうにもならない。この人はもう……」

 

 助からないという言葉を飲み込む香織。医学を学ぶ彼女は目の前で自分の手が届かずに消える命に、無力さを感じた。

 ハジメも戦った結果、自分たちで命を奪ってしまう形になってしまった男に罪の意識を感じていた。だが、それを香織にまで背負わせるわけにはいかないと、男と戦い始めてからずっと考えていたことを実行しようとドンナーに手をかけた。

 だが、ハジメが動くよりも早く、引き金を引いた者がいた。

 

 ───パァン───

 

 渓谷に響く一発の銃声。

 ハジメ達の目の前で、死んでいくだけだった男の額に小さな穴が開き、事切れていた。

 それを行ったのは、ずっとロートを手に持ち、万が一のことを考えて銃弾を装填していた──

 

「……どうして? ……ユエ」

 

 ユエだった。

 呆然とする香織の問いにユエはいつもと変わらない落ち着いた声で答える。

 

「どうせ助からないなら、早く死なせるべきだと判断した。あの肉体変化は明らかに無理した結果だし、きっと痛みが酷い。魔物だって近寄って来る。だったら早く殺したほうが私達にとっても最善」

「それは……でも」

「……それに、私は慣れているから」

「え?」

 

 ユエの言葉がわからなかった香織だったが、ユエは今度はハジメの方を向く。

 

「多分だけど、ハジメも同じことを考えていた。ドンナーを握っているし」

「え? ハジメ君?」

「……」

 

 香織がハジメに目を向けると、確かに彼の手はドンナーを掴んでおり、ユエと同じことをしようとしていたようだった。しかもハジメはユエの言葉に反論をしなかった。

 香織はそのことに目を見張るが、それが仕方なかったことだと理解しているので責める気にならなかった。むしろ、汚れ役を引き受けようとしていたハジメに申し訳なさを感じた。

 そして、実際に汚れ役となったユエに対しても。

 

「ユエ、なんで」

「……ハジメ。香織も。2人はまだやるべきことじゃない。私は昔、一杯やった。今更、1000が1001になっても変わらない」

 

 ユエは封印される前、吸血鬼族の女王として、時には戦場にも赴くことがあった。そこでチート魔法使いの力を存分に発揮したという。つまりそれだけ人を殺したということだ。

 

「でも、2人は違う。0から1になるのはもっと考えて決めてから。流れでやるのは、何か違う。じゃないと、苦しむと思う」

「……ユエ。……悪い。あとありがとう」

「私も。ありがとう、ユエ」

 

 ハジメと香織はユエのさりげない気遣いを察してお礼を言う。

 一方、デジモン達もそのやり取りを見て考える。

 

「人を殺す、か。魔物や同じデジモンならやってきたけど、この世界で戦っていたらいつか私達もそうしなければいけないことになるのかな?」

「……きっとそう」

 

 テイルモンが口にした予想にルナモンが同意する。

 進化したままのガルルモンも2体に近づき会話に加わる。

 

「俺は例え人間を殺すことになっても、ハジメを助けるためなら後悔しないと思う。でも、俺がそうしたらハジメはきっと悩む。絶対に」

「それは香織もだな。一体、どうすればいいのか。いつか、答えを出さないといけない」

「ユエは……どうなんだろう。聞きたいけど、聞いていいのか、わからない」

 

 悩むのはデジモン達も同じ。人の命を奪うという行為に、ハジメ達は改めて考えるのだった。

 

 

 

「あのー? 助けていただいてありがたいのですが、そろそろ私達の方を見ていただけないでしょうか?」

「シア。空気読んでもうちょっと黙っていようぜ?」

 

 横から聞こえた声に、「ああ、いたな」と全員が振り返った。

 

「先程は助けて頂きありがとうございました! 私は兎人族ハウリアの一人、シアといいますです! 私とコロナモンを北の山脈まで連れて行ってください! その前にお水とできればご飯もくださいです! あ、もう力がぁぁ」

 

 シアと名乗った少女はなかなか図太かった。元気よく要求を言ったと思ったらしおしおと力を失い、地面に倒れたのだった。

 

 





今回はシアではなく魔人族の男との闘いがメインでした。
勇者召喚の影響って魔人族領でもあったはずなので、更なる戦力増強を狙ってライセン大渓谷へも調査の手を伸ばしていると思ったんですよ。多分、氷結洞窟の大迷宮にも他の大迷宮の場所への手掛かりもあったでしょうし。
薬による強化は失格紋の最強賢者の魔族みたいな感じです。

もう一つのメインはユエによるハジメ達が人殺しをするのを防ぐことです。
原作ではハジメが帝国兵を殲滅するのを止めなかった彼女ですが、今作ではハジメ達より年上であることと過去に戦場に立っていただろうということから、殺しによる罪をなるべく背負ってほしくないということから、汚れ役を引き受けました。
ある意味、先輩みたいな立場ですかね。
こんな彼女もいいと思います。

次話はようやくシアの番です。果たして彼女の身に何が起きたのか?


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03話 シア・ハウリアの事情

感想・評価・お気に入り登録ありがとうございます。

いよいよ今作の四人目のヒロインの事情に踏み込みます。
ごちうさを見ながら書きました。内容には全く関係ないです。


「おいひいれすっ! こんふぁおいふぃものふぁじめてれすぅ」

「んぐんぐんぐんぐ!!」

 

 両頬を大きく膨らませて、食べ物を貪り食うウサミミ少女──シア・ハウリアとコロナモン。その食料を出したのはもちろんハジメ達だ。フリージア達が当面の食料として用意してくれたものだが、ものすごい勢いで減っている。

 

 魔人族の男との闘いの後、助けと空腹を求めて倒れたシアとコロナモンをハジメ達は助けた。

 魔人族の男の亡骸を簡易だが弔った後、ガブモンがガルルモンに進化したことで空いたハジメのサイドカーに2人を放り込み、その場を後にした。

 ガルルモンが先行し、大迷宮を探すのは後回しにして、ライセン大渓谷を出た。入り口にはヘルシャー帝国の兵士団の死体の山があり、シア曰く最初に自分たちを追いかけまわしていた連中であり、ライセン大渓谷に入ったあたりであの魔人族に遭遇して殺されたようだ。戦いの最中にシア達は隙を見て逃げ出したという。

 彼らも野ざらしにしておくのは忍びなかったので、簡単にだが弔った。

 そこから少し離れた所でキャンプをすることにした。いい加減、空腹で本格的に動けなくなってしまったシアとコロナモンには、最初にフルーツを与えておいた。途中から、香織とテイルモンが作り始めた料理も食べ始めた。

 シアとコロナモンが食事を貪り食い、香織とテイルモンが食事を与える。その横でハジメ達はテントを設置しておく。

 

 そうしてキャンプの準備が出来たと同時にシア達も空腹が満たせたのかごろりと横になった。

 香織とテイルモンは2人が食べた量に乾いた笑みを浮かべながら、自分たちの食事を用意する。

 そしてハジメ達も食事をして人心地着いた頃に、ようやくシアとコロナモンから事情を聴けるようになった。

 

「えーっと改めて私は兎人族ハウリアの1人、シアと言います」

「俺はコロナモン。よろしくな!」

 

 ハジメ達も自分たちの名を名乗る。

 日はすっかり沈み、今は全員で焚火を囲んでゆっくりと落ち着いて話し始めた。

 

「で、なんでシアはこんなところにいたんだ? 亜人族ってハルツィナ樹海から出てこないんだろ?」

 

 王国の資料でもそう書かれており、樹海以外に亜人族は住処を持っておらず、樹海の外には奴隷となっている亜人族しかいない。

 しかし、シアには奴隷の証である首輪が無いので奴隷ではないし、本人も否定した。

 

「まあ、そうなんですが。実は……」

 

 シアが語った内容を要約するとこうだ。

 

 ハルツィナ樹海にて百人規模の集落を作りひっそりと暮らしていたハウリア族。

 そんなある日ハウリア族に異常な女の子が生まれた。兎人族は基本的に濃紺の髪をしているのだが、その子の髪は青みがかった白髪だったのだ。しかも、成長すると亜人族には無いはずの魔力まで有しており、直接魔力を操る術と、とある固有魔法まで使えたのだ。

 

 当然、一族は大いに困惑した。兎人族として、いや、亜人族として有り得ない子が生まれたのだ。魔物と同様の力を持っているなど、普通なら迫害の対象となるだろう。しかし、亜人族一家族の情が深い種族である兎人族のハウリア族は女の子を見捨てるという選択肢を持たなかった。

 

 しかし、樹海深部に存在する亜人族の国【フェアベルゲン】に女の子の存在がばれれば間違いなく処刑される。魔物とはそれだけ忌み嫌われており、種族関係なく不倶戴天の敵なのだ。国の規律にも魔物を見つけ次第、できる限り殲滅しなければならないと有った。また、被差別種族ということもあり、魔法を振りかざして自分達亜人族を迫害する人間族や魔人族に対してもいい感情など持っていない。樹海に侵入した魔力を持つ他種族は、総じて即殺が暗黙の了解となっているほどだ。

 

 故に、ハウリア族は女の子を隠し、十六年もの間ひっそりと育ててきた。だが、先日とうとう彼女の存在がばれてしまった。

 

「それでこれ以上家族に迷惑はかけられないと思い、私はコロナモンと一緒に樹海を抜け出したんです。北の山脈地帯ならひっそりと暮らせると思い目指していました。ですが途中で帝国兵に見つかり……」

「さらには魔人族に見つかった、と」

 

 こくりと頷くシア。なかなか波乱万丈な人生を歩んでいるなとハジメ達は思った。

 特にユエはどこか自分と似た境遇に共感を覚えていた。尤も、シアの場合は家族に恵まれていたという大きな違いがあるが。

 

「それで逃げながら助けてくれると〝視えた〟方を探していたら皆さんを見つけたんです! おかげで助かりました!」

「本当にありがとうな!!」

 

 お礼を言うシア達。その言葉に気になることがあったテイルモンが質問をする。

 

「〝視えた〟ってどういう意味だ?」

「え? あ、はい。〝未来視〟といいまして、仮定した未来が見えます。もしこれを選択したら、その先どうなるか? みたいな。あと、危険が迫っているときは勝手に見えたりします。まぁ、見えた未来が絶対というわけではないですけど。そのおかげで貴方が私達を助けてくれている姿が見えたんです! 実際、ちゃんと貴方に会えて助けられました!」

 

 嬉しそうに説明するシア。さらに詳しく聞くと、彼女の固有魔法〝未来視〟は、彼女の説明通り、任意で発動する場合は、仮定した選択の結果としての未来が見えるというものだ。これには一回で枯渇寸前になるほどの莫大な魔力を消費する。また、自動で発動する場合もあり、これは直接・間接を問わず、シアにとって危険と思える状況が急迫している場合に発動する。これも多大な魔力を消費するが、任意発動程ではなく三分の一程消費するらしい。

 

 魔人族に追いかけられながら、その魔法を使いハジメ達に助けられる未来がある方向へ逃げたのだ。

 

「そんな能力があるならフェアベルゲンの連中にも見つからないんじゃないのか?」

 

 ハジメがもっともなことを言うと、シアは少し考えながら、気まずそうに答える。

 

「じ、自分で使った場合はしばらく使えなくて……」

「バレた時、既に使った後だったと……何に使ったんだよ?」

「ちょ~とですね、友人の恋路が気になりまして……」

「ただの出歯亀!? 貴重な魔法をなんて使い方しているの……」

「……やっぱり残念?」

「うぅ~猛省しておりますぅ~」

 

 シアのまさかの理由に香織とユエが突っ込む。

 ハジメも少し呆れていたが、気を取り直して質問を再開する。

 

「コロナモンとはどこで出会ったんだ?」

「コロナモンとはある日私の部屋に転がっていた卵から生まれました」

 

 ある日の朝、シアが目を覚ますと枕元に不思議な模様の卵があったそうだ。

 シアを始めとしたハウリア族全員が見守る中、卵は孵り、煙の様なものを体に身に纏った見たこともない生き物が生まれた。

 最初は魔物かと思ったのだが、争いごとや殺生を嫌うハウリア族は生まれたばかりの生き物を殺そうとせず、見守ることになった。

 やがて生き物はシアに懐き、自らを「モクモン」と名乗った。

 言葉を話したこととシアに懐いたことからハウリア族全員でモクモンを受け入れ、シア同様ひっそりと育て始めた。

 そして次の日、モクモンは赤い太陽のような姿の「サンモン」になった。

 

「進化か。よく姿が変わっても受け入れたな」

「びっくりはしましたけれど、モクモンの時と同じいい子でしたから。私も父様もパル君もネアちゃんも、みんな受け入れました」

「樹海に引き籠っている亜人族だからなのかな?」

「……それはない。シアの一族が特殊なだけ。普通なら魔物として殺されている」

「ユエさんの言う通りですねえ。私のハウリア族は、憶病で温厚な兎人族の中でも一際そういう気質が強いのです。地面に生えている花や虫にも気を使うほどです。……正直ちょっとうざいなあって思っていました」

 

 進化してもサンモンを受け入れたシア達ハウリア族に驚くハジメ達。

 もっともシア自身は優しすぎる一族にちょっと呆れていたようだが。

 何はともあれ、ハウリア族に受け入れられたサンモンは元気に育ち、生まれてから一週間でまた別の姿、コロナモンになった。それと同時にシアの手にデジヴァイスが現れた。

 オレンジ色の縁取りのデジヴァイスをシアはハジメ達に見せる。

 

「デジヴァイスというのですか。きっと大事なものなのかと思い持っていました」

「正解だよ。デジヴァイスはデジモンと私達テイマーの絆の証だからね」

 

 香織のアドバイスに嬉しそうに微笑み、コロナモンを抱きしめるシア。

 テイマーとなった経緯はユエと似たようなものだった。

 もしかしたら他にも同じようなことが起こっているのかもしれないが、シア達ハウリア族のような人々でないと生まれたデジモンは魔物として殺される可能性が高い。

 シアとコロナモンは奇跡的にテイマー関係を結べたのだ。

 

「ふぁぁ……。ごめんなさいです。ご飯を頂いたら眠気が」

「俺もだ。もう、限界……」

 

 ハジメ達に助けられ、久しぶりの食事をしたことで疲労感が押し寄せてきたシアとコロナモン。

 ハジメ達はシア達を寝かせるためにテントに運び、毛布をかぶせて寝かせた。

 そして話し合いを再開する。

 

「迷宮を出てからまさかの展開ばかりだな。俺もう疲れたぜ」

「……魔人族。シアとコロナモン。どれも予想外」

「でもハジメ君ちょっと嬉しそうだね。やっぱりシアとコロナモンのこと?」

「どういうこと?」

 

 ユエが首をかしげる。ハジメは香織に見抜かれていたことに少し照れくさそうにする。

 

「俺の夢はデジモンと人間が一緒に暮らせる社会を作ることだ。事前知識も無しに、デジモンそのものを見て、パートナー関係を結ぶ姿は俺の理想そのものなんだ」

「……なるほど。じゃあ私とルナモンも嬉しかった?」

「もちろんだ。ユエとルナモンの絆は凄く良いと思うぞ」

 

 断言するハジメにユエは嬉しくなり、ルナモンを抱えて抱きしめる。好きな人に褒められるほどの絆を結べていることがとても誇らしい。

 ハジメの夢を叶える為に、地球への帰還の鍵となる大迷宮攻略への相談を始める。

 

「大迷宮の前にまずはシアの事だよね。北の山脈まで連れていくかどうか……」

「そのことなんだが……」

 

 ハジメは少し思案しながら、さっきから気にかかっていたことを口にする。

 

「シアの話だが、少し嘘があると思うぞ」

「えぇ!? 嘘ってなんだよハジメ?」

 

 ガブモンが驚きながら質問する。

 香織達もシアの話のどこに嘘があったのか気になる。

 

「引っかかったのはシアがフェアベルゲンに見つかったところだ。最初はシアが魔法を使ったところを見られたからなのかと思っていたが、シアの〝未来視〟の説明で違うってわかった」

「確かに。もう魔法を使っていたのなら見られたわけじゃないね」

「……それだけじゃない。仮に〝未来視〟を使っているところを見られても魔法が使えるって判らない」

 

 炎や雷を出すならともかく、〝未来視〟とは使っている本人にしかわからない。

 ならば、シアは見つかったとしても髪の色が違うだけの兎人族で、魔物と同じ力を持っているとわかるはずがない。

 過去に樹海に迷い込んだ人間族から魔法の知識を聞き出した可能性もあるが、一目見られただけでシアの特異体質がばれるというのも考えられない。

 シアも自分から魔法が使えると暴露するほど残念じゃないはずだ。

 

「シアが嘘をついた理由はいろいろ思いつく」

 

 ハジメは自分が想像したシアの本当の事情を述べる。

 

 1つ。フェアベルゲンはシアを追放などしておらず、何かの密命を与えて樹海の外に送り出した。シアの固有魔法は命の危機を回避するのに最適だ。

 しかし、この考えの通りだとするといささかシアの行動が行き当たりばったり過ぎるし、ハジメが気が付いたような粗のある説明もしないだろう。

 他にも実はただの家出をしてきただけとか、フェアベルゲンだけでなく一族からも追い出されたとか。

 まあ、本人が寝ているときに考えても仕方ない。

 

「シアの事はこれくらいでいいかな。次は明日からの行動だ」

「予定だと近くの街に行くはずだったけど、シアの事も放っておくのは気が進まないなあ。折角出会えたテイマー仲間なんだし」

「……先に樹海に行く? シアに案内してもらえれば、樹海の大迷宮が探せるかも」

「ああ。樹海には亜人族以外が迷わされる霧があるんだったな」

「じゃあシアの協力は必須じゃないか」

「……でも、追放されている」

 

 ハジメ達はあれこれと明日の行動を相談し続けた。

 やがて、明日の予定を決めたハジメ達は少し準備をした後、就寝した。

 

 




〇デジモン紹介
モクモン
レベル:幼年期Ⅰ
タイプ:スライム型
属性:データ
体中に煙のような気体を取り巻いているデジモンベビー。デジモンの体の中心にあるといわれている電脳核(デジコア)が剥き出し状態の特殊なデジモンで、そのデジコアをスモークで守っているらしい。モクモンはデジコアが剥き出し状態なので、燃焼したときのスモークが体を覆っている変わった生態系のデジモンである。体からでるスモークを辺り一帯に撒き散らし、その隙に逃げてしまう。


シアの事情は原作とほぼ同じでしたが、ハジメがおかしな点に気が付きました。
シアって見つかっただけで忌子ってばれたのに疑問に思いました。
これは私も原作を読み直して思いました。Web版しか読んでいないので書籍版では治っているのかもしれませんが。

次話はいよいよ樹海に入ります。果たして何が起きるのか……。


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04話 ハルツィナ樹海

感想・評価・お気に入り登録ありがとうございます。

フェアベルゲンに行きたかったんですがその手前までしか進めなかったです。

でもフェアベルゲンがびっくり箱になったのでお楽しみに。


「じゅ、樹海に行くのですかああああっ!!?」

 

 朝一番、朝ご飯を食べているときに告げられたハジメ達の要求にシアが驚愕する。

 シアが寝た後の話し合いで、ハジメ達はシアに次のような要求をすることにした。

 

 樹海にある大迷宮に心当たりのある場所を案内すること。

 見返りにハジメ達はシア達が北の山脈に行けるように、旅に必要なアーティファクトや道具、人間族の街のルールを提供する。

 道具に関してはすでにある程度渡しており、丈夫なバッグに姿を隠すローブ。さらに新品の服をシアは着ている。昨日まで着ていたハウリア族の伝統衣装という露出度の高い服はボロボロになったので、香織の動きやすい冒険者風の衣服の予備を先に与えたのだ。

 

「シアは樹海を追い出されたんだぞ!? なのに戻れなんて酷いぞ!!」

「落ち着けコロナモン。私達も強制はしない」

 

 憤るコロナモンをテイルモンが宥める。

 

「もちろん、シアが行き辛いというのはわかっている。だから案内しなくてもいいし、それでも道具は持って行ってもいい」

「え?」

「ただしその時はここでお別れだ。俺達にも旅の目的があるんだ」

 

 きっぱりと言い切るハジメ。これ以上譲歩するつもりはない。

 それでもシアはなんとしてもハジメ達に付いてきて欲しかった。

 樹海を出てからコロナモンとここまで旅をしてきたが、まだまだ北の山脈は遠い。コロナモンと〝未来視〟の魔法があるとはいえ、無事に辿り着ける確率が低いのはシアでもわかる。そんな中で出会えた強くて親切なハジメ達。しかも自分と同じようにコロナモンの様な生き物を連れている。何としても行動を共にしたかった。

 

「だ、だったら、連れて行っていただける代わりに私の身体を自由にしていただいてもいいですぅ!」

 

 だからそんな馬鹿なことを口にしてしまった。上目遣いで、手を組んで、胸の谷間を強調しながら、ものすごく媚を売る感じで。

 ハジメに話し合いを任せていた香織とユエが、ゆらりと立ち上がるが、ハジメを篭絡せんとするシアは気が付かない。

 デジモン達がそそくさと距離を取る。コロナモンもルナモンとテイルモンに手を引かれて離れた。

 

「一体何を言っているのかな? かな? この色ボケケダモノ痴女は」

「……残念発情駄ウサギ。貴様の血は何色だ」

 

 すっと背後に回った香織とユエがそれぞれシアの頭についているウサミミをむんずと掴む。

 

「はぎゃ!? な、何事ですぅ!? イタタタタッッ!!??」

「ハジメ君。私とユエはちょっとこの痴女とOHANASHIがあるから」

「……あっちに行っている。悪いけれど、片付けを始めていて」

「了解しました」

 

 そしてウサミミを掴んだまま、2人はシアをキャンプ地から少し離れた岩陰に引きずった。

 

 ────あっ!? 腕はそっちにまがらな!? 

 ────ハジメ君に色目を使った雌ウサギの末路は1つ

 ────……しっかり調教して教えてあげる

 ────痛いですぅ!? やめてぇ! やめてぇ! 

 ────ユエ。右足をもっと思いっきり極めて

 ────……委細承知。カオリに教えてもらった柔道の技を使う

 ────八重樫流のOHANASHI用の雑技の出番だね

 ────アアアアアアアアッッ!!?? 

 

「……雑技じゃなくて拷問技だよなあ」

 

 いそいそとデジモン達とキャンプの片付けをするハジメだった。

 しばらくして香織達が戻ってきた。香織とユエはすっきりした顔をしていたが、シアはガクガクと震えていた。

 コロナモンが駆け寄り、落ち着かせている間に香織とユエも片付けに加わり、シアが落ち着いた頃には出発の準備が整っていた。

 

「それで、どうするんだシア?」

「うう、どうしても樹海に行くのですかぁ?」

「ああ」

「……一体、ハジメさん達の目的って何なのですぅ?」

 

 そういえば昨日はシアの事情しか話していなかった。

 ハジメ達は旅の目的と境遇をシアに説明した。

 ハジメと香織が異世界人であることや、ユエが封印されていた300年前の吸血鬼族の王女であること、コロナモンがガブモン達と同じデジモンという異世界の生き物であることにとても驚いた。

 説明の過程でハジメ達がシアと同じく、魔力を直接操作する技能や固有魔法を使えることも教えると、さらに驚愕した。

 

「わ、私だけではなかったのですね……何だか嬉しいですぅ」

 

 思わず泣き始めるシア。

 魔物と同じ力を持つという事、この世界であまりに特異な体質である事から孤独を感じていたようだ。家族からの愛情でも埋められなかったその感情は、同じ体質を持つハジメ達と出会ったことで表に出てきてしまったようだ。

 しばらく泣き続けるシアをハジメ達は何も言わず見守った。

 特にユエはシアの言葉に思うことがあったのか、考え込むように押し黙っていた。共に魔物と同じ〝魔力操作〟技能に固有魔法を持ち、同じ同胞もおらず、故郷から迫害された。その果てに、ハジメ達とデジモンと出会った。

 似たような道程を歩みながら、導かれるように出会ったトータスの住人の二人。ユエはシアに手を差し伸べたくなってきた。それは彼女に芽生えたハジメ達以外への親切心だ。ただの困った人ならどうも思わなかっただろうが、ここまで境遇が似ているシアだからこそ、そう思ってしまったのだ。

 

 ユエがそう思っている間に、ハジメは説明を続けていく。異世界召喚から始まる経緯を語っていき、最後にハジメ達の旅の目的を話した。元の世界への帰還することであり、そのための手がかりが大迷宮にある。だから大迷宮がある樹海に行く必要があるのだと。

 

「うぇ、ぐすっ、ひどい、ひどすぎますぅ~。ハジメさんもユエさんもがわいぞうですぅ。カオリさん達の勇気がすごいですぅ~。ガブモン達もハジメさん達と支え合っていてすごいですぅ~」

 

 全てを聞いたシアはハジメ達の境遇にさらに涙を流した。涙をぬぐうと立ち上がり、

 

「わかりました!! 皆さんのために樹海を案内します! それだけでなく、皆さんの旅にこのシア・ハウリアも付いていきます! 遠慮なんて必要ありませんよ。私達はの仲間ですぅ。共に苦難を乗り越え、望みを果たしましょう!」

「シアが行くなら俺も行くぜ!」

 

 盛り上がるシアとコロナモンだがハジメ達は、

 

「悪いが樹海まででいい」

「大迷宮は本当に危険だからやめた方が良いぜ」

「正直、あの魔物に逃げ回っているようじゃ難しいかな」

「オルクス大迷宮の魔物は魔人族の連れていた魔物の比じゃない」

「……勝手に話をまとめて仲間になるな」

「……厚かましい」

 

 と切って捨てた。

 ハジメと香織は苦笑いだが、ユエはさっきまでの親切心が急速に消えていくのを自覚した。ルナモンの言うとおり、何て厚かましい残念ウサギだ。

 

「そ、そんなぁ~。仲間に入れてくださいよぉ~」

「北の山脈までの道とかも教えるし、地図だって書いてやる。なんなら俺たちの移動用アーティファクトを貸してやってもいい。だがガブモンが言ったように大迷宮は本物の地獄だろう。お前と成長期のコロナモンじゃ瞬殺される。俺達もお前達を守れるほど余裕はないんだ」

「うぅ、確かに私は弱いですけどぉ……」

 

 シアはハジメ達と別れることが怖いのだろう。コロナモンというパートナーがいたとはいえ、魔物と同じ特異体質を持つシアにとって初めて出会えた〝同胞〟なのだ。今後同じような存在と出会えるとは限らない。

 少し顔を俯かせるシアにハジメはばつが悪そうにするが、彼女を自分たちの危険な旅に連れて行かせるわけにはいかないと、意見を変えることはない。

 

「そろそろ出発しよう。樹海の案内、頼めるんだな?」

 

 小さくシアは頷いた。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

【ハルツィナ樹海】へと出発した一行。シアとコロナモンはハジメのサイドカーに、ガブモンは香織のサイドカーにテイルモンと共に乗っていくことになった。

 徒歩ではかなりの距離があるのだが、魔導二輪は数時間で樹海と平原の境界に辿り着いた。

 

「樹海まであっという間でしたぁ。ハジメさんのアーティファクト凄すぎですぅ」

「あんなに頑張って歩いたのになあ」

 

 鬱蒼とした樹海を前にして、唖然としているシアとコロナモン。

 その横でハジメ達は探索の準備をする。

 

「これを身に着けてくれ。亜人族にも見つからないはずだ」

 

 そう言ってハジメが全員に渡したのはローブの様な外套だ。

 

「なんですかコレ?」

「これを着て魔力を流すとしばらくの間〝気配遮断〟と〝光学迷彩〟の魔法が発動して目に見えなくなる。これで亜人族にも見つからないはずだ」

「なるほどぉ~」

「ん? でもそれなら俺達にも見えないんじゃないか?」

 

 感心するシアだが、コロナモンが問題点を指摘する。

 それに対してハジメはニヤリと笑い答える。

 

「それについて問題はない。対処法は考えてあるさ」

 

 それからすぐに準備を終えて樹海の中に入ったハジメ達。

 足を踏み入れるとすぐに霧が立ち込め始め、視界が真っ白になった。するとハジメ達の方向感覚がおかしくなり、現在地が判らなくなった。ハジメ達だけでなく、デジモン達までも判らなくなった。

 コロナモンから聞いていた通りだったので、ハジメ達は落ち着いてシアの道案内に従って進んでいく。

 亜人族に見つからないようにアーティファクトの外套を身に着けているため、目にも見えないし、気配もしない。そして、ハジメ達は外套以外にもお互いに見失わないようにもう一つのアーティファクトをつけている。

 ハジメは付けていた万能ゴーグルを使っており、ガブモンもお揃いのゴーグルをつけている。

 香織達もハジメのゴーグルの様な姿が見えない相手が見えるようになるアーティファクトをつけていた。

 

 まずは香織とテイルモン。

 縁なしの眼鏡で、女医さんが付けているもののようだ。もちろん、テイルモンもお揃いでクールで知的な彼女にも似合っている。

 

 ユエとルナモンも香織と同じ眼鏡タイプで、こちらは赤い縁取りの眼鏡だ。女教師が掛けていそうで、ちょっと妖しい魅力が漂っているぞ。

 

 そして、最後のシアとコロナモン。

 

 ハートの形のパリピサングラスを掛けたシアと星の形のパリピサングラスを掛けたコロナモン。

 2人だけハウスライブにでも来たかのようだった。パリピウサギとパリピデジモンだ。

 

「いやなんか違わないですかコレ!?」

「静かにしてよ。音まで消せないんだから、騒がしくしちゃだめだよ」

「……シア。めっ」

 

 騒ぐシアに香織とユエが注意する。

 

「いやだって、私達だけ皆さんのと違いすぎますよ!? 空気読んでいない人みたいです!!」

「あー、作ってあったのはそれだけなんだ。我慢してくれ」

 

 香織とユエの眼鏡はハジメのゴーグルの様な探知系のアーティファクトが欲しいという事になり作ったもので、ちょっとデザインに凝り過ぎて徹夜してしまった。できた後、素材が少し余っていたので、徹夜明けのテンションでついでに作ってみたものだ。ついでなので機能はあまりないが、今回の探索では問題ないほどの性能だ。

 

「ううぅ。納得できないですぅ」

「まあまあ。それよりも道はこっちでいいんだよね?」

 

 シアを慰めながら道を聞く香織。

 

「はい。【大樹ウーア・アルト】はこっちです。樹海の中なら亜人族、特に私達と人族は絶対に迷わないです。逸れないでくださいよ」

 

 樹海の奥を指さすシアに従い、樹海の奥へ歩みを進めるハジメ達。

 大迷宮を探すにあたり、シアにそれらしき場所はないかと聞いてみたところ、【大樹ウーア・アルト】が怪しいということになった。

 亜人族の国【フェアベルゲン】が建国された当初から存在しており、場所も樹海の中心部にあるという。

 如何にも何かありそうな場所なので、一先ずそこを目指すことにしたのだ。

 

 それから一時間後。

 

「なあ、シア」

「な、なんですかぁですぅ?」

 

 威圧感を出しながら低い声で話しかけてきたハジメに、シアが震えながら答える。

 

「俺達は大樹に向かっていたはずだよなぁ?」

「そ、そうですぅ」

「フェアベルゲンには近づかないって決めたよねぇ?」

 

 今度は香織だ。笑顔なのだが目が笑っていない。

 

「ははは、はいですぅ」

「案内していたのはシア。絶対に迷わないと言っていた」

 

 最後はユエだ。デフォルトのジト目がさらにジト目になって、シアを見つめている。

 それに耐えられなくなったシアはハジメ達の姿を見ない世に、パリピサングラスを押し上げる。尤も見えなくなっても、ハジメ達からの非難の眼差しは消えないが。

 なぜシアがハジメ達から責めるような目を向けられているのかというと。

 彼らの目の前に巨大な門────フェアベルゲンへの入り口の門があるからだ。

 

「どういうこと」

 

 ユエがシアにパリピサングラスを下ろさせ、再度パリピウサギにしてどういうことかと問いかけると、しどろもどろになりながらシアが説明する。

 

「そ、そういえば、大樹の周りの霧はとても濃くなる時があるそうで、亜人族でも迷ってしまうんでした。あはは」

「つまり、今は霧が濃くなる時期だから迷ってフェアベルゲンに来てしまったという事?」

「は、はいそうですぅ。────てへぺろ?」

 

 首をかしげて、ごめんねという意味を込めて頭をコツンと叩き、ぺろっと舌を出す。

 

「〝嵐て「待って待って待って落ち着いてユエ!!」」

 

 風属性の最上級魔法でシアにお仕置きをしようとするユエを必死で止める香織。

 一方、中の人と違うネタを使ったシアへの苛立ちを抑えながら、ハジメはこれからどうするか考える。

 樹海の中だからわからないがもうすぐ日が暮れる。野営するにもフェアベルゲンに近いと見つかる可能性がある。

 とりあえず、この場を離れようと思ったその時、

 

 ────ドオオオォォン

 

 門の中から突然何かが爆発する音が響いてきた。

 突然のことに何事かと思っていると、フェアベルゲンの門が吹き飛んだ。

 

「避けろ!」

「わきゃあああ!?」

 

 ハジメの声と同時にシアとコロナモン以外はすぐにその場を飛び退り、シアとコロナモンもユエが抱える。

 巨大なフェアベルゲンの門が吹き飛ぶという事態に、ハジメ達が警戒していると、門の中から巨大な手が出てきた。

 

 その手は太い骨の手だった。さらにぬっと巨大な身体が出てきた。

 ただし、その体も骨でできていた。

 見上げるほどの巨体に、生物としてはあり得ない骨だけできた身体。

 唯一背中には肉体を持った流線形の何かを背負っている。

 

「な、なんでこいつがいるんだ!?」

「あり得ないだろ」

 

 テイルモンとガブモンがフェアベルゲンの中から出てきた生物を見て戦慄する。

 ユエとルナモンも目を見開く。

 ハジメが険しい表情をしながら、デジヴァイスを取り出し、読み込んだデータを表示する。

 

「スカルグレイモン。完全体アンデッド型デジモン。必殺技は《グラウンド・ゼロ》と《オブリビオンバード》。本物のスカルグレイモンかよ」

 

 表示した内容を読み上げると、スカルグレイモンが樹海全体に響く咆哮を轟かせた。

 




〇デジモン紹介
サンモン
レベル:幼年期Ⅱ
タイプ:レッサー型
属性:ワクチン
体が太陽のような形になっていて、頭部が揺らめいている幼年期のレッサー型デジモン。基本的に陽気な性格で、フワフワと宙に浮いて過ごしている。
モクモンから進化した当初は、風に流されてどこかに行こうとするサンモンをシアは必死で連れ戻していた。


またありふれのキャラに新しい属性をつけてしまいました。
テイマーハジメ、シールダー香織、ガンナーユエ、トンスラ勇者に続く、パリピウサギです。
何故か唐突に浮かんだんですよねえ。一発ネタにするか再登場するかは今後の評判次第ですかね?

原作とは違う経緯でフェアベルゲンに着いてしまったハジメ達の前に現れたのはまさかのスカルグレイモン。アニメでは太一とアグモンにトラウマを植え付けた強敵相手にどうなるのかお楽しみに。


※もうすぐ投稿してから一年なので何か特別編を投稿しようかなと考えています。


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05話 フェアベルゲン危機一髪

感想・評価・お気に入り登録ありがとうございます。

なかなか平日に時間が取れなくて週一ペースなのが心苦しいです。

ではお楽しみください。


 スカルグレイモン。

 戦うことだけに執着してきたデジモンが、肉体が滅んでしまったのにも関わらず闘争本能だけで生き続けた結果、全身が骨だけになってしまったスケルトンデジモンだ。

 闘争本能しか持ち合わせていないスカルグレイモンには知性のかけらも無く、他のデジモン達にとっては恐怖の代名詞となっている。

 ハジメ達はオルクス大迷宮でスカルグレイモンのイミテーションと遭遇。その時は多少動揺したが偽物だったので問題なく倒せた。

 しかし、フェアベルゲンの中から出てきたのは正真正銘、本物のスカルグレイモンだ。

 

「ゴーグルに反応が無かったぞ。どこから出てきた?」

 

 門が破られてスカルグレイモンが出てくるまで、唐突過ぎた。

 探知機能も付いているゴーグルを使っていたハジメにも、スカルグレイモンの出現はわからなかった。考えられる可能性は、

 

「門の裏側で、デジタルワールドからリアライズしたばかり、なのか?」

 

 それならば説明が付く。デジタルワールドから出てきたばかりなら、探知する前に遭遇してもおかしくない。ハイリヒ王国でガブモン達がリアライズしたのと同じようなことが、ついさっき目の前の門の裏側で起こり、現れたスカルグレイモンが門を破ってきたのかもしれない。

 

「とりあえず、この場から離れるか」

 

 事実はわからないが、この場にとどまるのはまずい。さらに言うならスカルグレイモンを放置するのはもっと不味い。

 スカルグレイモンを放置していては手当たり次第に周囲のものを破壊し始める。最悪の場合は、背中の脊髄の有機体系ミサイル《グラウンド・ゼロ》が発射されてしまうことだ。その威力は核ミサイルにも匹敵する。放たれれば樹海は無事では済まないし、大迷宮に撃ち込まれたら取り返しがつかないことになる。

 

「ガブモン。頼めるか?」

「OK」

「テイルモン。私達も行くよ」

「任せろ」

「ルナモン。お願い」

「ん」

 

 デジヴァイスとカードを構えてスラッシュするテイマー達。

 

「テイルモン進化! ──エンジェウーモン!!」

「ガブモンX進化! ──ワーガルルモン!!」

 

 完全体に進化した二体がスカルグレイモンに立ち向かう。スカルグレイモンも強大な力を持つ二体に対して戦闘態勢を取る。

 シア達を抱えて少し離れていたユエとルナモンもそれに続く。

 

「カードスラッシュ! マトリックスエヴォリューション」

「ルナモン進化! ──クレシェモン!!」

 

 ルナモンもクレシェモンに進化する。

 

「こ、これがデジモンの進化! 凄いですぅ」

「はえー。でっかくなったなあ」

 

 間近で、特にルナモンの進化を見たシアとコロナモンが驚く。ライセン大渓谷では魔人族に追い立てられていたこともあり、ガルルモンへの進化をちゃんと見ていなかった。その後、話だけは聞いていたが、実際に目にすると信じられない光景だった。

 

「遠距離攻撃はするな! 絶対に《グラウンド・ゼロ》は使わせないように立ち回れ!!」

 

 ハジメの指示にデジモン達が動く。接近戦をすることで背中の有機系ミサイルで周囲を吹き飛ばされないようにする。

 香織とユエも今回は武器を構えず、デジヴァイスとカードを構える。

 完全体のスカルグレイモンには最上級魔法でさえも効果が薄い。唯一効果的な攻撃ができるハジメも遠距離ばかりなので、使っていては対抗するためにミサイルを使われてしまう恐れがある。

 

「《円月蹴り》!」

「《ルナティックダンス》!」

 

 三日月型の衝撃波を伴った蹴りを放つワーガルルモンと、相手を幻惑する舞踏のような動きで斬りかかるクレシェモン。

 

「グオオオオッッ!!」

 

 それに対して巨大な腕を振り回すスカルグレイモン。

 二体の技と巨大な腕が激突する。

 身体を構成している骨はかなりの硬度があるため、二体の攻撃を受けても耐えている。

 それでも少し後退するスカルグレイモン。

 これで完全に二体を敵と認識したのか、再度咆哮を上げて向かってくる。

 スカルグレイモンをワーガルルモンとクレシェモンが迎え撃つ。

 一方、さっきのぶつかり合いに参加しなかったエンジェウーモンはというと、

 

「ハジメ君。霧でよく見えないけれどあっちに少し開けた場所があるよ」

「よし。ユエ、あっちに誘導するぞ」

「ん。クレシェモン!」

 

 香織がデジヴァイスに表示されている映像を見ながら教えてくれた場所へ誘導するように指示を出すハジメ。

 エンジェウーモンは進化してすぐに空を飛びながら周囲を探索していた。ここは亜人の国であるフェアベルゲンに近く、住人が様子を見に来て巻き込まれる可能性がある。

 

 ワーガルルモンとクレシェモンは近接戦を行いながら、エンジェウーモンが見つけた場所へ移動していく。

 ハジメ達もそれに続く。

 樹海の樹々をなぎ倒しながら、エンジェウーモンが見つけた場所にたどり着いた。

 

「ここからだ。一気に決めろ、ワーガルルモン!!」

「おう!!」

「クレシェモンも!」

「ん!!」

 

 フェアベルゲンの門から少しとはいえ離れることが出来たので、一気に勝負を決めにかかる。

 

 だが、そこでハジメは樹海の向こうからこちらにやって来る一団の気配を察知した。

 移動速度はかなり速い。この樹海を知り尽くしているようだ。

 香織とユエもそれに気が付き、フードを深くかぶり気配を消す。

 

「な、なんだこれは!?」

 

 そして姿を現したのは虎模様の耳と尻尾を付けた、筋骨隆々の亜人族だった。

 彼の後ろからは様々な動物の特徴を持った亜人族たち数十人が姿を現す。

 彼らはフェアベルゲンの外周部の警備隊で、定期的に国の周囲を見回っている。国に近づく魔物や奴隷狩りにやってきた人間たちに対処するのが彼らの任務だ。

 いつものように見回りをしていたら、途轍もない咆哮と戦闘音が聞こえたので駆け付けたのだ。

 そうしたら見たこともない生き物が戦っているではないか。

 

「と、とにかくここはフェアベルゲンに近い。あの魔物達を国に入れるわけにはいかないぞ!」

「「「おおっ!!」」」

 

 虎の亜人、警備隊長の指示に部下たちが手に持った武器を構えて、スカルグレイモンとワーガルルモン達を包囲しようとする。

 

 これを見ていたハジメ達は苦い顔をする。ただの魔物なら効果はあるかもしれないが、スカルグレイモン(攻撃するつもりはないがワーガルルモン達も)を相手にするには無謀すぎる。

 だが、スカルグレイモンの異様な姿と、国に近いから引くことが出来ない状況が、彼らに無謀な行動をとらせた。

 

「攻撃開始!!」

 

 亜人たちが槍を投げ、剣で斬りかかる。ワーガルルモンとクレシェモンは亜人族たちの攻撃を避けるが、スカルグレイモンは受ける。

 もちろんダメージは0だが、闘争本能しか持ち合わせていないスカルグレイモンには、攻撃してきただけで敵として認識されてしまう。

 腕を振り上げて手近にいた亜人族を叩き潰そうとする。

 

「《ダークアーチェリー》!」

 

 そこに闇のエネルギーの矢が飛んできて、腕を弾く。それにより亜人族たちは腕に叩き潰されずに済んだ。助かった亜人族たちは何が起こったのか目を白黒させる。

 一方、攻撃を邪魔されたスカルグレイモンは、今度はクレシェモンに攻撃を加えようとする。

 

「はっ!!」

 

 しかしそこにワーガルルモンが飛び込んできて、スカルグレイモンの顎を蹴り上げる。

 頭部を大きく揺らされて、バランスを崩したスカルグレイモンの巨体が倒れ込む。

 そこに止めを刺そうとワーガルルモンが飛び上がり、爪に力を込めて必殺技の《カイザーネイル》を繰り出そうとする。

 クレシェモンも今度は氷のエネルギーを集めて矢を構える。

 

「今だ! かかれぇ!」

 

 が、隙だと思った亜人族2人が攻撃をしようとする。

 

「止せお前達!」

 

 警備隊長の虎の亜人族が制止しようとするが、亜人族たちは止まらず、またスカルグレイモンに攻撃を加えるために近づいてしまった。そのせいでワーガルルモン達の攻撃範囲に入ってしまった。

 

「くっ」

 

 仕方なく技の発動を中止する。クレシェモンもこのまま矢を放てば亜人族たちまで凍らせてしまうため攻撃を止める。だが、その隙をついて、スカルグレイモンが倒れながらも腕を振り回す。その先にはさっき攻撃しようと近づいてきた亜人族たちがいた。

 

 デジモン達はもちろん、姿を隠すために離れていたハジメ達も間に合わない。

 

 こうなることを見通していた者以外は……。

 

「危ないですぅ!!」

 

 全身に魔力を漲らせ、ウサミミを靡かせたシアが2人の亜人族を捕まえ、スカルグレイモンの腕から助け出す。

 その動きと速さに目を見張るハジメ達。

 今シアが使っているのは身体強化の魔法だ。しかも香織に匹敵するほどの身体強化を行い、とんでもない速さと力を発揮して動いている。

 おかげでギリギリ2人の亜人族を助け出せたが、その際に姿を隠していたロープが攻撃の余波で吹き飛ばされてしまう。青みがかかった白髪とウサミミが晒されながら、シアはゴロゴロと地面を転がる。

 

「お、お前は!?」

「ううぅ、イタタ、ですぅ。……あ」

 

 その姿を見た警備隊長とシアの目が合ってしまう。

 痛いほどの沈黙が流れるが、戦いは止まらない。

 スカルグレイモンがシアへ追撃しようとするが、今度こそワーガルルモン達が割り込む。

 幸い、シアが助けた亜人族以外には周囲に誰もいない。

 

「《カイザーネイル》!!」

「《アイスアーチェリー》!!」

 

 ワーガルルモンの爪撃がスカルグレイモンに決まり、クレシェモンの氷の矢が体を凍らせて動きを封じる。そして、最後のトドメは戦闘開始時から上空でエネルギーを溜めていた彼女の攻撃だ。

 

「《ホーリー……アロー》!!!!」

 

 近接技を持っていないので空を飛んでいたエンジェウーモンは、一撃必殺の矢を放つために準備をしていたのだ。

 放たれた聖なるエネルギーを最大まで高められた矢は、凍らされて動けないスカルグレイモンの強靭な骨の身体を貫き、肉体が滅んでも残っていたデジコアを貫いた。

 そして、戦いのために動くアンデッドデジモンは細かいデータに分解され、虚空に消えていった。

 

 これにてフェアベルゲンに現れた危険なデジモンは討伐されて、国に平和が戻ってきました。

 

 とはならない。

 

「貴様。シア・ハウリアか! 追放された身で戻って来るとはよほど死にたいと思える!!」

「シアに手を出すな!!」

 

 虎の亜人族、警備隊長がシアへと罵声を浴びせ、俯くシアをコロナモンが庇う。

 周囲の亜人族たちもシアへ厳しい目を向けており、今にも2人に襲い掛かりそうだ。

 まだワーガルルモン達もいるのに、それ以上にシアへの敵意があるのか。

 

 ──ドパンッ!! 

 

 響く一発の銃声。

 突然の聞きなれない轟音に亜人族たちがビクッとして、音がした方へ目を向ける。

 そこにはそれぞれのパートナーを傍に立たせたハジメ達がいた。シアの危機にローブを脱ぎ、姿を現したのだ。

 

「シアから離れろ」

 

 先ほどの銃声、ドンナーの空砲を起こしたハジメが静かに告げる。

 

「に、人間風情が」

 

 ──ドパンッ!! 

 

 今度はユエがロートを撃つ。魔法弾ではなく実弾で、警備隊長の頬を掠めて一筋の傷を作る。

 

「さっさと動け。愚図ども」

 

 ハジメ以上に静かに、しかし絶対零度の冷たさをもってユエが告げる。というよりほとんど命令だ。

 ユエにとって、寄ってたかってシアを責め立てる彼らは、過去に自分を迫害した者たちを想起させるものだった。

 香織も愛銃であるリヒトを取り出していつでも撃てるように構えている。

 亜人族たちは3人とそのパートナーから放たれるプレッシャーから動けない。

 一触即発の空気に誰も動けないでいると、そこに新たな一団が現れた。

 

「これは、どういう状況ですかな?」

「ア、アルフレリック長老……!?」

 

 数人の亜人族の集団で、先頭には初老の男性がいた。その男性を警備隊長は長老と呼んだ。

 流れる金髪に深い知性を備える碧眼、その身は細く、吹けば飛んで行きそうな軽さを感じさせる。威厳に満ちた容貌は、幾分シワが刻まれているものの、逆にそれがアクセントとなって美しさを引き上げていた。何より特徴的なのが、その尖った長耳だ。

 この世界では森人族と呼ばれる種族。地球のファンタジー作品だとエルフと呼ばれている種族に似た特徴を持っている。

 彼らは警備隊長が念のためにとフェアベルゲンに走らせた伝令からの知らせと、破壊された門を見てただ事ではないと、精鋭部隊と共にやってきたのだ。

 

 ハジメは咄嗟にゴーグルを下ろし、彼らの他に集団がいないか確認する。どうやら彼ら以外にはいないようだ。

 だが、その行動でハジメはとんでもないことに気が付いた。

 

(おいおい。なんで亜人族の長老が、魔力を持っているんだ!?)

 

 亜人族の国、フェアベルゲンに隠された秘密にハジメ達は触れようとしていた。

 




〇デジモン紹介
スカルグレイモン
世代;完全体
タイプ;アンデッド型
属性;ウイルス
全身が骨だけになってしまったスケルトンデジモン。戦う事だけに執着してきた デジモンが、肉体が滅んだにも関わらず闘争本能だけで生き続けた結果、スカルグレイモンになってしまった。闘争本能しか持ち合わせていないスカルグレイモンには知性のかけらも無く、他のデジモンにとってはその存在は脅威となっている。必殺技は脊髄から発射される有機体系ミサイル『グラウンド・ゼロ』。近年の研究では、新たに追尾機能も加わり、威力・範囲も格段にグレードアップした『オブリビオンバード』として進化を遂げたとされている。放たれれば着弾地点は核爆発に匹敵、あるいはそれ以上の威力で更地となってしまう。


思ったよりもスカルグレイモンとの闘いが長引いたというより、引きずってしまいました。
もうちょっとスマートに勝てたと思うんですが、周囲への配慮と一気に勝負を決めることに主眼を置いていたこと、そして亜人族部隊の乱入のせいという事で。
次話で一体フェアベルゲンの秘密とは何なのか明かしていこうと思います。
お楽しみに。


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06話 隠された歴史

感想・評価・お気に入り登録ありがとうございます。

今話はかなりの独自設定があります。


「私の名はアルフレリック・ハイピスト。フェアベルゲンの長老の座を一つ預からせてもらっている。まずは武器と魔物を下がらせてもらえないだろうか。ギルもシア・ハウリアを解放せよ」

「は? し、しかし!?」

 

 突然現れたフェアベルゲンの長老、アルフレリックの言葉に警備隊長の虎の亜人族、ギルが戸惑った声を出す。

 

「見た所、彼らはシア・ハウリアの同行者なのだろう。そして途轍もない強者だ。争う愚を犯すわけにはいかない」

 

 ハジメ達と傍らにいるデジモン達へ目を向けながら、落ち着いて言い聞かせるアルフレリック。その姿には亜人族という1種族をまとめ上げる長老の1人としての風格があった。

 ギルや部下の亜人族達は言い返そうとするが、アルフレリックの言葉とハジメ達、正確には先ほど戦っていたデジモン達との力量差を思い出し、渋々とシアとコロナモンを開放する。

 ハジメ達はすぐにシアを傍に寄せると、アルフレリックと相対する。

 シア達を開放してくれたので武器は下げるがデジモン達は完全体のままだ。完全に警戒を解くわけにはいかない。

 

「我々は名乗った。今度はそちらの名前を教えてもらえないだろうか? 見た所、奴隷商というわけでもないだろう?」

「……ハジメです。こっちはパートナーのワーガルルモン」

「香織です。パートナーのエンジェウーモン」

「ユエ。パートナーはクレシェモン」

 

 ハジメ達は自身の名とパートナーを紹介する。

 争いを収めて交渉する態度を見せてくれたアルフレリックに、警戒しながらも丁寧な態度をとることにした。

 

「シア・ハウリアと行動しているのは、彼女に道案内をさせるためかの? 目的は一体何かね?」

「この樹海にある大樹の元へ行くためです。彼女達にはその道案内を頼みました」

「……なぜ大樹の元へ?」

 

 ハジメの答えに少し目を細めながらアルフレリックはハジメ達の真意を探ろうとする。

 

「そこが大迷宮の入り口の可能性があるからです」

「それは……」

「何を言っている? 大迷宮の入り口? 大迷宮とはこの樹海そのものだ。一度踏み入れば亜人以外は出られないこの樹海こそが天然の大迷宮だ!」

 

 アルフレリックが細めていた目をわずかに見開き何かを言う前に、警備隊長のギルが前に出て訝しそうに口をはさむ。

 確かにギルの言うとおり、王宮の書物にもハルツィナ樹海の事をオルクス大迷宮と並ぶ大迷宮だと書かれていた。

 しかし、本当の大迷宮を知るハジメ達からすればこの樹海は大迷宮ではない。

 移動中に魔物とも遭遇したが、この樹海の魔物はオルクス大迷宮の奈落の魔物どころかライセン大渓谷に住む魔物にも劣る。ハジメ達からすれば雑魚もいいところだ。

 そもそも樹海の中で亜人族が国を作って暮らせている時点で大迷宮ではない。

 

「ギル。少し下がっておれ」

 

 話の腰を折ってきたギルを下がらせるアルフレリック。納得はいかなそうだが、アルフレリックには逆らえないので言われた通りギルは下がる。

 

「お前さん達、〝解放者〟という言葉を知っておるのか?」

「!? なぜ、その言葉を」

 

 アルフレリックの言葉に今度はハジメ達が驚く。

 

「そういう事か……。すまないが何か解放者にまつわる品はあるかな?」

「……オルクス大迷宮の攻略の証ならあります」

 

 指にはめているオルクス大迷宮の攻略の証の指輪をみせるハジメ。

 指輪に刻まれた紋章を見てアルフレリックは目を見開いた。そして、気持ちを落ち着かせるようにゆっくりと息を吐く。

 

「確かにお前さん達は解放者の大迷宮の攻略者のようだ。詳しく話したいこともあるので、できればフェアベルゲンに来てもらえないだろうか? 私の名で滞在を許そう。もちろん、シア・ハウリアも一緒にな」

「長老様……」

「な、何を言っておられるのです!!」

 

 アルフレリックの言葉にシアが目を見開き、周囲の亜人族達が驚愕の表情を浮かべた。

 ギルを筆頭に猛烈な抗議の声が上がる。なにせフェアベルゲンに人間族が招かれたことなどなかったのだから。

 

「彼等は、客人として扱わねばならん。その資格を持っているのでな。それが、長老の座に就いた者にのみ伝えられる掟の一つなのだ」

 

 アルフレリックが厳しい表情で周囲の亜人達を宥める。

 一方ハジメ達はアルフレリックの提案に乗るか小声で相談する。

 

「どうする? 私達がフェアベルゲンに行ったら厄介なことになりそうだけど」

「でも、解放者のことを知っていた。大迷宮の情報があるかも」

 

 香織は自分たちがフェアベルゲンに行けばいらぬ騒ぎを起こすのではないかと危惧し、ユエは大樹以外の手掛かりがあるかもしれないと言う。

 2人の意見も加味しながらハジメは自分の考えをまとめて伝える。

 

「話を聞くだけっていうのはどうだ? なるべく早く出れば騒ぎにはならない。行くときもローブで姿を隠せばいいと思うんだが」

 

 騒ぎを起こしたくないが、情報も欲しい。2つの要望を加味した答えがハジメの意見だった。

 デジモン達にも相談し、アルフレリックが亜人族達を宥め終わったと同時に、ハジメ達はアルフレリックに付いていくことにした。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 壊れたフェアベルゲンの門を、アルフレリック先導で通っていく。後ろには亜人族の部隊がハジメ達を見張るように続く。

 ハジメ達は着ていたローブのフードを被り、顔がわからないように隠している。デジモン達も成長期(ガブモンだけは幼年期のツノモン)に戻り、目立たないようにハジメ達のバッグの中に隠れている。

 なお、シアは念には念を入れてパリピサングラスも着けている。……別の意味で目立ってしまったので、ちょっとハジメ達は後悔した。

 

 門を超えて進んでいくとさらにもう1つ門があり、フェアベルゲンを何重にも守っていた。スカルグレイモンに破壊された門はもっとも外側の門だったようだ。門までの道の所々には光る鉱石が霧の中で配置されていた。その鉱石の周囲には何故か霧が寄り付かず、一本の道が出来ている。

 

「あれは、フェアドレン水晶というものだ。あれの周囲には、何故か霧や魔物が寄り付かない。フェアベルゲンも近辺の集落も、この水晶で囲んでいる。まぁ、魔物の方は比較的(・・・)という程度だがね」

「……なるほど」

 

 アルフレリックの説明を受けながら、ゴーグルを下ろし周囲を観測するハジメ。

 もたらされる情報に、ゴーグルの中で目を細める。

 そうこうしているうちに、最後の門が現れた。

 太い樹と樹が絡み合ってアーチを作っており、其処に木製の十メートルはある両開きの扉が鎮座していた。天然の樹で作られた防壁は高さが最低でも三十メートルはありそうだ。

 門番もおり、厳重な警備がされている。

 ギルが門番へ合図を送ると、ゴゴゴと重そうな音を立てて門が僅かに開いた。

 

「まさに別世界だな」

「うん。これこそファンタジー、だね」

「私も初めて見た」

 

 門の中を見たハジメ達が感嘆の声を上げる。リュックの中のデジモン達も声を潜めながら、目の前の光景に見惚れる。

 そこは別世界だった。直径数十メートル級の巨大な樹が乱立しており、その樹の中に住居があるようで、ランプの明かりが樹の幹に空いた窓と思しき場所から溢れている。人が優に数十人規模で渡れるほどの極太の樹の枝が絡み合い空中回廊を形成している。樹の蔓と重なり、滑車を利用したエレベーターのような物や樹と樹の間を縫う様に設置された木製の巨大な空中水路まであるようだ。樹の高さはどれも二十階くらいありそうである。

 

「ふふ、どうやら我らの故郷、フェアベルゲンを気に入ってくれたようだな」

「ああ。こんな綺麗な街を見たのは始めてだ。空気も美味い。自然と調和した見事な街だ」

「うん。どんな街よりも綺麗だと思うよ」

「ん……綺麗」

 

 飾らない称賛に、そこまで褒められるとは思っていなかったアルフレリックを始めとした亜人族達は驚く。しかし、その顔には隠し切れない歓喜が浮かび、尻尾や耳がピコピコと動いていた。

 

 ローブで姿を隠していたおかげで、ハジメ達が人間族であるとばれることもなく、アルフレリックが居を構える住居に招かれた。亜人族の部隊はアルフレリックに言われて解散した。不服そうだったが、アルフレリックに押し切られた。

 居間に通されたハジメ達はローブを脱ぎ、アルフレリックが用意したテーブルに向き合っていた。デジモン達もリュックから出てそれぞれのテイマーの傍にいる。

 

 出されたお茶を飲みつつ、ハジメ達はアルフレリックにこれまでの経緯とオルクス大迷宮で知ったこの世界の真実、そしてハジメ達が目指す目的を話した。目的を達成するために、樹海にもあるとされる大迷宮に向かう必要があり、その手掛かりが大樹であると。

 

 全てを聞いたアルフレリックは動揺することもなく、ハジメ達の話を信じた。

 

「……なるほど。試練に神代魔法、それに神の遊戯の盤上か……」

「あまり驚いていませんね」

「今のこの世界は我ら亜人族に優しくない。神が狂っていようが関係ない」

 

 香織の疑問にアルフレリックはどうでもよさげに答える。

 確かに亜人族は魔力を持たないために、人間族と魔人族の双方から見下されている。ヘルシャー帝国など、奴隷として酷使することを国自体が認めているほどだ。

 そんな立場では神が世界を遊戯盤にして遊んでいようが、狂っていようが関係ないだろう。そもそも神への信仰を広める聖教教会の権威もないこの場所では信仰心もない。

 

「ではこちらも話そう」

 

 アルフレリックはアルフレリックの長老に伝わる口伝を伝えた。

 それは、この樹海の地に七大迷宮を示す紋章を持つ者が現れたらそれがどのような者であれ敵対しないこと。そして、その者を気に入ったのなら望む場所に連れて行くことという何とも抽象的な口伝だった。

 ハルツィナ樹海の大迷宮の創始者リューティリス・ハルツィナが、自分が解放者という存在である事(解放者が何者かは伝えなかった)と、仲間の名前と共に伝えたものなのだという。フェアベルゲンという国ができる前からこの地に住んでいた一族が延々と伝えてきたのだとか。最初の「敵対せず」というのは、大迷宮の試練を越えた者の実力が途轍もないことを知っているからこその忠告だ。

 そして、オルクスの指輪の紋章にアルフレリックが反応したのは、大樹の根元に七つの紋章が刻まれた石碑があり、その内の一つと同じだったからだそうだ。

 

「その口伝のおかげで俺達が大迷宮の攻略者だとわかったのですね」

「ええ。私としてはハジメ殿たちが大樹に向かうのは構いません。今では大樹のことをただの象徴としてしか見ていない者たちばかりです。管理する者も、見張りもいません」

「そういう事なら、行かせてもらいます」

 

 これにてハジメ達が大樹へ向かう話はついた。

 話がひと段落付いたところで、ずっと黙っていたシアがおずおずと手を上げた。

 

「あ、あのアルフレリック様。お聞きしたいことがあります」

 

 元気爛漫という第一印象だったシアが、真逆の態度でいることにハジメ達が心配そうな目を向ける。

 そしてそれは、アルフレリックも同じだった。

 

「遠慮することはないのだ、シアよ。私は君の師匠なのだから、いつものように先生と呼んで構わない」

 

 アルフレリックのまさかの言葉に、ハジメ達は驚愕する。

 

「せ、先生!? どど、どういうこと!?」

 

 香織がシアに詰め寄る。詰め寄られたシアは、あー、うーと言いにくそうに目を逸らす。

 

「そういうことか。魔法が使えない亜人族の国で、シアが魔法の使い方や魔力操作、そしてさっき見せた身体強化魔法をどうやって覚えたのか気になっていたが、あなたが教えたんですね」

 

 合点がいったという顔をするハジメ。先ほどゴーグルでアルフレリックが魔力を持っていることはわかっていたので、彼ならばシアに魔法の手ほどきをしたことに納得できた。

 一方、話を聞いていたデジモン達の中で、おかしなことに気が付いたテイルモンが疑問を投げかける。

 

「ならなぜシアを追放なんてしたんだ? そもそも亜人族の国の長老が魔法を使えるなら、魔力を持つシアを追放なんてするはずないだろう?」

 

 テイルモンの疑問はもっともだ。

 加えて言うならば、亜人族が見下されている原因の1つにして最大の理由は魔法が使えないからだ。ならば、魔法が使えるシアは彼らの立場を大きく変える重要な存在だ。

 大事に保護して崇めるならばまだしも、忌み子として迫害し追放するなど論外のはずだ。

 それを指摘されたアルフレリックは、しばし目を瞑ると決意のこもった表情を見せる。

 

「そうだな。この世界とは異なる世界からやってきて、シアに力を貸しているのならば話してもいいだろう。だがその前に、シアの質問から答えていいだろうか?」

 

 アルフレリックの言葉にハジメ達は頷く。シアはハジメ達にお礼を言うと、改めてアルフレリックに質問をする。

 

「あ、あの、アルテナちゃんは無事ですか? 怪我も治っていますか?」

「もちろんだ。もう起き上がっている。今は子供達と果樹園の手伝いをしている」

「よ、よかったです」

 

 ホッと息を吐くシア。

 知らない名前にハジメ達が首をかしげる。

 

「アルテナ?」

「私の孫娘だ。シアと共に魔法を教えていた」

「つまりシアとあなた同様に亜人族であるのに魔法が使えるのですか」

「ええ。……では、次にハジメ殿たちの質問に答えよう」

 

 アルフレリックは一口お茶を飲むと、口を開いた。

 

「解放者の一人、リューティリス・ハルツィナ様がいた時代。その頃は亜人族であっても魔力と固有魔法を持っている者がいたそうです」

「それはオルクス大迷宮に残されていた資料にもありました。解放者の仲間には亜人族の部隊もあり、魔法を使う者たちがいたと」

「ええ。実際、私の祖父がフェアベルゲンの長老だった500年前まではまだ忌み子の風習はなかったのです」

 

 500年前という言葉にハジメ達は驚く。なんでもアルフレリックの年齢は200歳に迫るという。

 しかし、300年前の吸血鬼族の女王だったユエの存在と、森人族がエルフの様な見た目からハジメ達はすぐに納得した。

 

「しかし、あの時からフェアベルゲン内がおかしくなり始めました」

「あの時?」

 

 香織が聞き返す。

 

「500年前、当時のフェアベルゲンが国交を持っていたある国が滅亡したのだ。その影響がフェアベルゲンにも及んだのだ」

「その国ってもしかして……」

 

 アルフレリックの言葉に、ユエは心当たりがあった。

 ハジメ達がユエを助け出した際に教えてもらった吸血鬼族が滅んでから経過した300年。そして、当時の女王教育で学んだ世界の歴史から、今から500年前に起こった大きな事件を察した。

 

「──竜人族の国の滅亡だ」

 

 痛ましいという表情をするアルフレリック。

 竜人族とは吸血鬼族と同じく、かつてトータスに存在した種族の1つ。〝竜化〟と呼ばれる肉体を竜へと変化させる能力を持っていた。高潔で清廉な一族であると言われており、ユエも憧れを持っていた。

 しかし、今から500年前に竜人族は魔物であるという噂が全ての種族に広まってしまった。

 人型から竜へと変身する能力など、竜人族以外に持っている種族は居ない。ならば、人間ではなく、災害である魔物であるということだ。

 馬鹿馬鹿しい理由だが、その噂は収まることを知らず、やがて噂に触発された人々により竜人族の国は攻め滅ぼされた。

 

 その影響は当時交流を持っていた亜人族の国にまで及んだ。

 竜人族の国が滅亡した後、一度持ってしまった疑念が膨らみ、亜人族の間でも噂が蔓延し始めた。

 

「──魔法が使える亜人族は魔物であると」

 

 それこそが、魔法が使える亜人族が忌み子として同族から迫害されるようになった原因だという。

 その噂は長老たちがいくら否定しても消えることはなく、同族たちへの仲間意識が強いはずの亜人族にとっては不可解すぎる事態だった。

 そして遂に、決定的なことが起きた。

 魔法が使える亜人族の戦士が、噂による恐怖にかられた民間人数十人に暴行を受けて、再起不能にされてしまったのだ。

 これにより亜人族内部で、魔法が使える者と使えない者による内乱が勃発しそうになった。

 

「魔法が使える者の方が有利だが、数は使えない者の方が多い。それに戦う時になって同族を傷つければ、動揺してやり返される可能性がある。加えて、噂を聞き付けた多種族まで魔物と疑わしい者を討伐するという名目で攻め込もうとしていた。──地獄絵図だったらしい」

 

 聞いただけだが、想像するだけで恐ろしいと言うアルフレリック。

 しばししんみりとした空気が流れる。

 ふと気が付いたユエがポツリと零す。

 

「似ている。解放者が反逆者とされた経緯と」

「ああ。私もそう思ったところです。ハジメ殿達の話も加味すると、あれも神の暗躍だったのかもしれん」

「引きこもり(神)が戻ってきたのが500年前ということか」

「ハジメ、何かが逆じゃないか?」

 

 ツノモンが静かにツッコミを入れる。

 

「話を戻そう。その後、当時の長老たちはある対策を取ることにした。魔力を持つ亜人族達をフェアベルゲンの外、北の山脈地帯の先にある孤島へ避難させることにしたのだ。そこには竜人族の生き残りが住んでいたのだ」

 

 国は滅亡したとはいえ、竜人族という種族は生き残っていた。

 亜人族は樹海に引き籠っていたこともあり、竜人族の迫害にあまり手を貸していなかったので、繋がりを保っていたという。

 当時の長老と竜人族の長との間で魔力を持った亜人族の大半が、竜人族が隠れ住んだ北の孤島に移り住んだという。表向きは処刑したという体で。

 これにて噂による内乱の危機は過ぎた。だが、その結果として亜人族達は苦境に立たされることになる。

 

「亜人族とは弱い種族だ。もともと魔法が使える者は少なく、その者たちを追放してしまった。後に残った戦士たちの身体能力は高いが、人間族や魔人族の魔法には手も足も出ない。加えて、噂の影響で新しく生まれた魔法が使える子供も、忌み子として処刑しなければいけなくなってしまった。このままでは樹海の亜人族は滅んでしまう」

 

 住民が同族を迫害したとはいえ、ずっと続いていた国が亡ぶのは防ぎたいと思い、当時の長老達は一計を案じた。

 魔力を持つ者の中で、亜人族でありながら魔法の素養が高かった森人族が、魔法を使えることを隠して長老として残ることになったのだ。国を守る最後の戦力という事もあるが、もう一つ役目があった。

 

「例え魔法が使える者達がいなくなっても、時たま魔法が使える子供が生まれてくる。その子供達を見つけて密かに育てる。時を見て処刑したように見せかけて、北の山脈地帯に送ることにしたのだ。そこまでいけば、生き残っているはずの竜人族に保護してもらう手筈になっているのだ」

「つまり、今の北の向こうには竜人族と魔力を使える亜人族達の集落があるという事ですか」

「そのはずだ。流石に種族内で処理された子供までは救えなかったが、私が把握している子供達は北の山脈へ送り出すことが出来た。無事に辿り着いていればいいが……」

「なるほどね。これで樹海に引き籠っていたシアが北の山脈の事を知っていた理由がわかったよ」

「魔法の事にも詳しかったのが、変だと思った」

「い、いえ。私は竜人族の事とか昔の事とか知りませんでした。ただ、アルフレリック様の事を秘密にすることと北に行けば助かるという事しか知りませんでした」

 

 ハジメ達にアルフレリックのことを隠していたことがばれて、ばつが悪そうにするシア。

 シアについては、たまたまハウリア族の集落の近くにいたアルフレリックが彼女を見つけ、密かに訓練を施すことになった。

 シアの体質を知っても迫害しなかったハウリア族に、アルフレリックも好感を持ち、密かな交流もあったという。

 

「だが、数か月前にある事件が起きてシアの存在がフェアベルゲン中に知らされたのだ」

 

 話はシアが追放された経緯に移った。

 

 




今回は今作におけるフェアベルゲンの独自設定です。
よくシアを追放したことを指摘された長老たちが後悔したりしますが、流石に気が付いている人もいるんじゃないかと思い、今回の設定が浮かびました。
次話はシアに何があったのかです。ちょろっと出てきたアルテナちゃんも絡んできます。


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07話 悲しい決意

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今話はシアとハウリア族についてですが、なかなか重い内容になっておりますのでご注意を。


フェアベルゲン長老、アルフレリックの住まいでハジメ達への説明が行われている頃。

 

「人間がフェアベルゲンにいるだと!?」

「本当なのか!?」

「なんということだ!!」

 

 怒鳴り声をあげたのは頭に熊の耳を付けた屈強な肉体の大男だ。周囲には男と似た風貌の者達がいる。

 彼の名はジン。亜人族の種族の1つ、熊人族の長でありフェアベルゲンの長老の1人だ。

 亜人族は多種多様な姿を持つ種族が集まった人種であるため、彼らの指導者である長老が各種族から集まりフェアベルゲンの運営を行っている。中でも熊の特徴を持ち、屈強な戦士を多く抱える熊人族のジンは長老の中で強い発言権を持っている。

 そんな彼の元に、配下の者がある一報を持ってきた。

 なんとフェアベルゲンの長老でもあるアルフレリックが、人間を国内に入れたというのだ。しかも、

 

「あの忌み子まで連れ戻しただと!!!」

 

 先日、フェアベルゲンを追放された兎人族のシア・ハウリアまでも連れていたという。

 戦士を多く抱えるジン達熊人族はフェアベルゲンの為に最も戦ってきた種族だ。そのため、魔物や亜人族を奴隷にしようとする人間族・魔人族に対して深い憎しみを抱いている。

 シアの事が分かった際も、最も強固に処刑を主張した。

 結局、追放という事になったが、彼の溜飲は下がることはなく、追放を決めたアルフレリックへの不満を募らせていた。

そこに部下の1人から、アルフレリックが人間族と魔物に似た生き物、そしてシアをフェアベルゲンに連れ込んだという報告を受けたのだ。

最初は信じられなかったが、報告の信ぴょう性を信頼する副官が保障したため、真実であると断定された。

 

「アルフレリック……ッ。もう許さんぞ!!!」

 

 怒りも露わに、部下と共に飛び出していくジン。我慢の限界が来た彼は自分たちだけでなく、他の長老達にも話をしに向かう。

その後ろに付き従う副官の口元には、うっすらと笑みが浮かんでいた……。

 

 

 

 そんな彼らを物陰から1人の少女が見つめていた。

 

「あ、ああ。シア。無事でしたのね。……急いで知らせに行きませんと!」

 

彼女、アルフレリックの孫娘であるアルテナ・ハイピストは祖父の家に駆けだした。

 

 

 

■■■■■

 

 

 

一方、アルフレリックの住まいではアルフレリックの話が続いていた。

 

「シアが見つかってしまった経緯は個人的なことなので省かせていただく。だが、わかってほしい。決して彼女は魔法で間違ったことをしたわけではないのだ」

 

アルフレリックの言葉にハジメ達は頷く。

短い間だが、明るく快活なシアが自分の魔法で悪事を働いたとは全く思えない。

 

「見つかってしまったシアだが、私は何とか彼女の処罰を処刑ではなく追放でとどめた。かなりの不満が寄せられたがな」

 

シアが戦闘力の無い兎人族であったことと、荷物も持たせず着の身着のままで放り出すことで何とか不満を押しとどめたという。

 

「アルフレリック様は後で荷物を渡してくださり、北の山脈に行くようにと教えてくださいました」

「竜人族の里とは連絡を取ることはできていない。北の山脈へ行ったとしても、助かる保証はない。それでもその僅かな可能性に賭けるしかなかったのだ。長老などと言われていても、無力なものだ」

 

 自嘲するアルフレリック。

 竜人族の里とは密約を交わした500年前以来、関係を秘密にするために連絡を一切取っていない。アルフレリックも連絡する術を知らない。

 そのため、今まで彼が送り出してきた魔力持ちの亜人族達が、本当に竜人族の里に辿り着けたのか知る術はない。もしかしたら途中で人間族に掴まって奴隷になっているかもしれないし、魔物に襲われてしまったかもしれない。

 教え子を命の保証のない旅に送り出すことに、アルフレリックの心は疲れていた。

 本当にこのやり方が正しいのか、もっとこのフェアベルゲンを変える努力をするべきではないのか。

 彼の顔には深い苦悩の色が浮かんでいた。

 

「これが私の知る全てだ。……今度は私からハジメ殿達に質問をしてもいいだろうか?」

「なんですか?」

「君たちはシアをこの後どうするのだ?」

 

 アルフレリックの質問はシアの今後を憂いたことだった。

 ハジメ達から聞いたシアと出会った経緯を聞き、彼女はとても危険な目に遭ったと知った。今はハジメ達と一緒にいるから命の危険はないが、別れてしまえばまた危険な旅だ。

 アルフレリックが教えた身体強化魔法と、コロナモンがいることからある程度の自衛は出来るが、ハジメ達がいる方が安心できる。

 

「俺達は――」

 

 ハジメが口を開きかけたその時、ドアが荒々しく開かれた。

 

「シア!!」

「アルテナちゃん!?」

 

 入ってきたのは足元まである美しい金髪を波打たせる碧眼の美少女だった。耳がスッと尖っていることからアルフレリックと同じ森人族だろう。

 シアの言葉から彼女がアルフレリックの孫娘で、シアと同じく魔法を習っていたアルテナなのだろう。

 シアの姿を見つけた彼女は目に涙を浮かべると、シアに駆け寄り抱き着く。

 

「ああ!よかったですわ。無事でしたのね!!」

「ううっ、アルテナちゃんも怪我が治ってよかったですぅ!!」

 

 シアも涙を浮かべてアルテナの事を抱きしめる。

 しばし、再会できたことに泣いていた2人だが、アルテナがハッとする。

 

「そうですわ。早くここを離れてくださいませ!」

「ふぇ?」

 

 アルテナの言葉がわからなかったシアが困惑していると、玄関の方が騒がしくなった。

 アルテナが慌ててシアを掴んでアルフレリックの傍に駆け寄ると、玄関から大勢の足音が聞こえてきた。やがて、それは居間にたどり着き、荒々しくドアをけ破って中に入ってきた。

 

「アルフレリック!!!」

 

 居間に怒鳴り込んできたのは長老の1人、熊人族のジンだった。その後ろからは他の種族の長老達がどんどん入ってきた。

 アルフレリックはハジメ達と共に部屋の隅に移動し、入ってきた者達と相対する。

 

「貴様、どういうつもりだ。なぜ人間を招き入れた?そこの兎人族もだ。忌み子にこの地を踏ませるなど……返答によっては、長老会議にて貴様に処分を下すことになるぞ!!」

 

 必死に激情を抑えているのだろう。握りしめた拳をわなわなと震わせている。

 ジンだけでなく他の者達もシアとハジメ達を睨んでいる。

 彼らの前に立ち、ハジメ達を庇うアルフレリックは、溜息を吐きながら、心底疲れ切ったという表情をしている。

 

「なに、口伝に従ったまでだ。お前達も各種族の長老の座にあるのだ。事情は理解できるはずだが?」

「何が口伝だ!そんなもの眉唾物ではないか!フェアベルゲン建国以来一度も実行されたことなどないではないか!」

「だから、今回が最初になるのだろう。それだけのことだ。お前達も長老なら口伝には従え。それが掟だ。我ら長老の座にあるものが掟を軽視してどうする」

「なら、こんな人間族の小僧どもが資格者だとでも言うのか! 敵対してはならない強者だと!」

「そうだ」

 

 ハジメ達を連れてきたのは口伝に従ったからだ、と主張するアルフレリック。しかし、彼以外の者達は口伝を軽視しているらしく、納得していない。

 加えて、シアへの敵意が警備隊長のギル達以上に強い。

 森人族は過去に竜人族の里とも交渉を行っていたことと長命である事から、柔軟な価値観を持ち、口伝も大事にしている。しかし、他の種族は寿命も人間族並みであり、魔力持ちも少なかったことから、500年前に起きたことを知らない者たちが長老になっていった。

 今では魔力持ちの子供達を保護しているのはアルフレリックだけになっている。

 

「ふざけるな!我らの同胞が人間族にどんな目に遭わされてきたと思っている!!魔法の的にされ、甚振られて、樹海の傍に打ち捨てられた亡骸が転がるのをどれだけ眺めてきた!!」

 

 ジンが話しているのは主に帝国の奴隷捕獲部隊に立ち向かった戦士達のことだ。

 同胞を奴隷狩りから守る為に立ち向かったが、魔法の攻撃に手も足も出ず、瀕死にされてしまった。そのままでは死ぬだけであり、奴隷としての価値もなくなった彼らを、帝国の人間達はよく暇つぶしにと魔法の的にするのだ。そして死んだ彼らを樹海の脇に捨てていったのを、ジンは仲間達と歯を食いしばりながら何度も見送った。だから彼らは他種族、特に魔法を使う者達への憎悪は大きい。

 

「しかも亜人族でありながら魔物と同じ力を持つ忌み子まで庇うなど、明確な裏切りではないか!!」

「情けをかけて追放で済ませたというのに、フェアベルゲンに入れるなど明確な決定違反だ!!」

 

 ジンの後ろから、虎の亜人が現れて追随する。彼は虎人族の長老で名前はゼルという。熊人族と同じく、戦闘能力の高い亜人族であり、ジンとも仲がいい。そのため同じ価値観を持っている。

 

「それは帝国の者や奴隷商だ。彼らではない。それにシア・ハウリアは確かに追放されたが、口伝の資格者の一員だ。それがどんなものであろうと招き入れるというのが、口伝なのだ」

「屁理屈を言うな!!」

 

 口論を繰り広げるアルフレリックとジンの後ろで、ハジメは考え込んでいた。

 

(これが普通の亜人族。ここまでの敵意を持つとは。……だが、長老という種族のトップに立つ奴にしては短慮が過ぎないか?アルフレリックさんは長老の中でも最年長だし、長い間フェアベルゲンを治めてきた実績がある。なのに、無理やり家に乗り込んでくるなんて失礼すぎる)

 

 少しジン達の様子に違和感を持ったハジメ。

 考え込みながら、アルフレリックとジン達の口論の行方を見守ることにする。

 それからも口論は平行線をたどった。

 ハジメ達とシアを認めないジン達は彼らの処刑を求め、アルフレリックは口伝を盾に手を出さないように庇う。

 だが、ジン達があることを口に出したことでシアは衝撃を受けた。

 

「ええい!!もうハウリア族もいないのだぞ!!その忌み子が生きていたところで帰る場所などどこにもないのだ!!!」

「ジン、お前!!」

 

 アルフレリックが鋭い声を出して、ジンの言い様を咎める。しかし、それを聞いていたシアが、ふらふらと前に出る。

 

「ど、どういう、ことですか?とう、様たちが……いない?」

「ふん。あいつらはこのフェアベルゲンにいない!少しその愚かな所業の罪深さを教えたらすぐに出ていったわ!!忌み子を匿っていた愚かさに気が付き、罪滅ぼしの為に死にに行ったのだろう。その殊勝な態度だけは誉めてやろう」

「そ、そんな……」

「シア!しっかりしろ!」

 

 力なくへたり込むシアにコロナモンが駆け寄る。

 彼女の目には生来の爛漫さが無くなり、虚ろになっていく。

 彼女の様子に、遂に我慢の限界が来た者がいた。

 

「いい加減にしてくださいまし!!!」

 

 シアの隣にいたアルテナだった。シンと場が静まった中、彼女はアルフレリックの前に出るとキッとジン達を睨みつけた。

 

「何が罪深さを教えたですか!!あなた達がカムさん達を疎んで嫌がらせをしただけじゃないですか!!そもそもシアがあなた達に何かしましたか!?むしろシアはわたくしや子供達を助けてくれましたわ!!」

「助けた?」

 

 アルテナの言葉にユエが疑問を浮かべる。

 アルテナがジン達に不満をぶつけながら話し始めた内容から、ハジメ達はシアがフェアベルゲンの住人にばれてしまった経緯を知った。

 

 ある日、アルテナが他の種族の子供達と遊んでいたところ、偶然にも魔物が迷い込んできた。フェアベルゲンの周囲に配置されている魔物よけの効果があるフェアドレン水晶は、絶対ではない。たまに魔物が入り込んでしまうことがあり、そういった場合は警備隊が対処することになっている。しかし、その時入り込んだ魔物は地中を潜るタイプで警備隊の発見が遅れてしまった。

 その魔物にいち早く気が付いたのは、固有魔法〝未来視〟を持つシアだった。

 アルテナ達に魔物が迫っていることに気が付いたシアは、いち早く駆け付けてアルテナと子供達に危機を伝えようとした。しかし、時すでに遅く、何とか子供達は逃がせたものの、アルテナとシア、そしてシアの後をついてきたコロナモンが魔物と戦うことになった。

 何とか魔物は倒せたのだが、戦いでアルテナは負傷し、シアは身体強化魔法で戦っているところを警備隊に見られてしまった。

 兎人族ではありえない戦闘能力から魔力を持つ忌み子であることがばれてしまった。

 加えて、魔物のように見えるコロナモンと協力して戦っていたことも、敵意を持たれる原因になってしまった。

 

「どこに責められる原因があるんですの!?わたくしと子供達を守る為に戦ったシアに感謝こそあれ、憎しみなんてあるはずがありませんわ!!」

 

 涙を浮かべて怒りをぶつけながら訴えるアルテナ。

 流石にアルテナには強気に出られないのか、ジン達は気圧される。

 なんとも言えない空気になったため、アルフレリックはアルテナの横に並ぶ。

 

「今この場で言い争っても結論は出ないだろう。今から緊急の長老会議を行い、彼らの処遇を決めたい」

 

 一度仕切り直しを行うことを提案するアルフレリック。ジン達もこの提案には従う。

 ハジメ達とアルテナとこのままここに残ることになった。

 近くにいては冷静に判断できないだろうという建前だが、ジンの言葉に傷ついたシアをハジメ達に何とかしてもらうためだろう。

 

 アルフレリックが出て行ってしばらくした後、アルテナがお茶を淹れなおし、自己紹介もした後、今度は彼女に話を聞くことになった。

 シアは俯いたままだが、話を聞くために椅子に座り込む。

 

「シアの家族がいなくなったのは本当なんですか?」

「……ええ。本当ですわ」

 

 香織の問いかけに、躊躇いながらもアルテナは答える。

 シアの追放から数日、ジンが言っていたようにハウリア族はフェアベルゲンの住人から白い目を向けられ、嫌がらせをされるようになった。彼らのことを心配したアルテナが、人目を忍んでハウリア族の集落に向かったところ、そこには誰もいなくなっていた。

 ジンが言っていたことは真実だったのだ。

 シアが懺悔するようにポツリと呟く。

 

「……私のせいです。私があんなことを言ったからッ」

「シア……」

 

 堪えきれず泣き始めるシアを、コロナモンが寄り添って慰めようとする。

 泣いているシアの代わりに、コロナモンが一体何があったのか説明した。

 

 追放が決まった時、最後にシアとコロナモンは家族に会いに行った。

 するとみんなが家族を見捨てるわけにはいかないと、シア達と一緒にフェアベルゲンを出ていくと言ったのだ。

 それを聞いたシアは嬉しかったが、同時に魔物の恐ろしさを知っていたため、一族の皆が大きな危険にさらされることを理解した。

 何とか思いとどまってもらおうとしたのだが、彼らは付いてくると言って聞かなかった。

 自分のために危険な逃避行を大事な一族にさせるわけにいかなくなったシアは覚悟を決めた。

 一族の皆を、拒絶し、突き放す覚悟を。

 

「正直、何を言ったのか、覚えていません。ただ、皆の顔がどんどん悲しくなっていくのと、泣き始める人もいましたから、私は相当ひどいことを言ったのでしょうね。あはは……」

 

 泣きながら、その時のことを力なく言うシア。明るい彼女には似合わない、力のない笑みを浮かべている。

 そして、ハウリア族の皆が静かになったところで、正気になったシアはコロナモンと集落を飛び出してアルフレリックの元に戻ったという。

 

「私がいるから、こんなことに。……私があんなことを言わなければ、いいえ、生まれてこなければ、見つかる前に死んでいれば……ッ」

 

 顔を覆って嘆き悲しむシア。静まり返った居間の中で誰もがシアにかける言葉が見つからなかった。

 結局、その日はアルフレリックが戻ってくることもなく、ハジメ達はアルフレリックの家で過ごすことになった。

 

 

 

 翌朝、朝霧に包まれたフェアベルゲンの中をシアが一人、誰にも見つからないようにひっそりと進んでいた。

 彼女は出ていくつもりだった。

 フェアベルゲンではない。ハジメ達の元から出ていくつもりだった。

 

「私がいたら、皆を不幸にするんです。コロナモンも、デジモンの仲間ができたんです。きっとハジメさん達が守ってくれます」

 

 昨日、ジン達から聞かされた一族に降りかかった不幸は、笑って取り繕っていた心が限界を迎えた。

 泣き続けて涙が枯れた後、シアはみんなから離れることにした。

 危険からみんなを遠ざけるために決めた、悲壮な決意だった。

 

「死んじゃえば、皆に会えますかね?もしも会えたら、精一杯謝るんです」

 

 ぶつぶつと呟きながら、門に向かって歩みを進めるシア。

 だが、朝霧の中から1人の人物が現れて、彼女の前に立ちふさがった。

 

「……ハジメ、さん?」

「おう」

 

 腕を組んだハジメだった。

 

 




今回はアルテナ登場回とシアの事情でした。
今作ではアルテナはシアと健全な親友という設定です。なので原作みたいな変態にはならないと思います。きっと、めいびー。
もしもパートナーデジモンが出来たら、パルモンやララモンみたいな植物系でしょうね。
アルテナは戦っているところを見られていなかったのでばれていません。しかし、その分シアにしわ寄せがいった感じになって、親友の彼女はとてもつらかったでしょうね。
シアについても、ハウリア族の皆がいなかったのはこういう事情でした。本作ではアルフレリックの教育で旅の危険を理解していたシアが着いてこないように拒絶した結果でした。
果たして彼らはどうなったのか。
次話はハジメによるシアの励ましという名のフラグ建築にする予定です。お楽しみに。




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08話 新たな旅立ち

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果たしてハジメはシアを立ち直らせられるのか。


 ハジメ達の元から去ろうとしていたシアの前に現れたハジメ。彼の足元にはツノモンもいる。

 

「まあ、その様子を見ればどこに行くのかわかるな」

「じゃあ放っておいてください。私はもう誰とも一緒にいたくないんです」

 

 ハジメの姿に驚いていたシアだが、すぐに暗い表情になると抑揚の感じられない声で、ハジメを拒絶する。

 思っていた通り、自分の存在そのものを否定していることにハジメは苦い顔をする。

 それはシアの姿が見ていられないというのもあるが、ハジメにとって苦い記憶を呼び起こすものだったからだ。

 

「出ていく前に昔話に付き合え。それを聞いてから出ていくかどうか決めろ」

「なんでハジメさんが私に命令するんですか? 放っておいてくださいよ」

「ダメだ。そもそもお前とコロナモンを助けた見返りに樹海の案内をする約束だっただろう? まだ約束の範囲内だ。だから俺の言うことは聞け」

「強引すぎません? ハジメさん実は口下手なんですか?」

「ああそうだ。口下手が口下手なりにある話をしてやるよ」

 

 それからハジメは話し始めた。

 今から6年前、ハジメがデジモンテイマーになった時の事だ。

 デジモンテイマーとなったハジメとタカト達テイマーズは、謎のデジモン集団デェーヴァによって仲間のデジモンであるクルモンがデジタルワールドに誘拐された事件が起きたことで、クルモンを助けるためにデジタルワールドに赴いた。

 その冒険でテイマーズは1つの悲劇に見舞われた。

 テイマーの1人である加藤ジュリのパートナー、レオモンが殺されたのだ。

 その結果、ジュリは深い悲しみに囚われ、心の隙を敵であるデ・リーパーに付け込まれてしまった。

 現実世界に戻った後もジュリは囚われたままで、デ・リーパーはジュリの感情をエネルギー源にして急激的な進化を果たし、世界を滅亡させようとした。

 戦いの結果、テイマーズはジュリを助け出し、デ・リーパーも倒して世界は救われた。

 だが、ハジメはずっと考えている。

 

「今でも後悔している。あの時、僕がタカト達と一緒に行動していればレオモンが死ななかったかもしれない。ジュリさんもデ・リーパーに捕まらなかったかもしれない」

「それは……でも、しょうがなかったんじゃ」

「そう、しょうがなかった。いくら後悔したって過ぎた過去は変えられない」

 

 話を聞いたシアが思わず口走った言葉を、ハジメは肯定する。

 そう。過去は変えられない。だが、

 

「でも、未来は変えられる。それをシア、君は証明しているだろう?」

「……なんだかハジメさん、口調が変じゃないですか?」

「こっちが素だよ。……話を戻すけど、〝未来視〟の魔法で未来は見えるかもしれない。でもそれは仮定の未来だ。未来は僕らの行動でいくらでも変えられる。絶対の未来なんてない。だからシアがいるから誰かが傷つく未来なんて決まっているわけじゃない。辛い過去に立ち止まることがあるかもしれないけど、自分の事を思っていてくれる人がいる限り、未来を諦めたくない。だから僕は生き続けるし、夢に向かって進んでいく」

「……無理ですよ。私にはもう家族もいない。思ってくれる人はみんな私のせいでいなくなったんですよ?」

「まだいるでしょ? 掛け替えのない家族が」

「そうだぞ!!!」

 

 突然、シアの頭に何かが飛び掛かってきた。

 

「わきゃ!? こ、この感触は、コロナモン!?」

「おう!!」

 

 驚いたシアだが、卵から孵してからずっと一緒だったことからすぐにそれがコロナモンだとわかった。

 

「俺はずっとシアと一緒にいたいんだ。シアが俺を孵してくれただけじゃない。一緒に遊んだ。一緒にご飯を食べた。一緒に寝た! 他にもたくさんの楽しい時間を俺にくれたのはシアなんだ! だからシアが俺のパートナーになってくれて嬉しかったんだ!! ……だから死なないで、いなくならないでよ、シア」

 

 シアに抱き着きながら思いの丈を吐き出すコロナモン。

 シアの脳裏にも、コロナモンが生まれてから過ごしてきた日々が思い起こされる。短い時間だったが、コロナモンはシアとずっと一緒だった。

 1人旅に出た時もコロナモンはシアと一緒に付いてきて、どんな目に遭ってもシアから離れなかった。

 昨日泣き続けて枯れたはずの涙が、シアの瞳から零れ落ちる。

 

「さっきの話だけど、ジュリさんもお父さんが必死に助け出そうとしたんだ。どんなことになっても家族はいつだって家族を思っているんだ。コロナモンも同じじゃないか?」

 

 ジュリがデ・リーパーに囚われていることを知ったジュリの父は、彼女を助けるために単身デ・リーパーに立ち向かった。娘の代わりにその身を差し出すとまで言い切るその姿に、ハジメ達は必ずジュリを助け出すと奮起したのだ。

 後から聞いた話だが、ジュリを思う父の叫びは、悲しみに沈んでいたジュリの意識を目覚めさせたらしい。例えどんなことになっても、家族を思う気持ちは強いのだ。

 そして今、コロナモンのシアへの思いが届けられる。

 

「ハジメさん……コロナモン……」

「決して絆を諦めちゃいけない。それが家族なんだよ」

 

 シアはコロナモンを抱きしめる。そのぬくもりを決して忘れないようにと。

 コロナモンのシアを思う大好きという温かい思いが、シアの心を解きほぐしていく。さらに、

 

「家族だけじゃありませんわ」

 

 ハジメの後ろから、今度はアルテナが現れた。

 さらに香織達に加え、アルフレリックまでハジメの傍に立つ。

 

「シア。わたくしもあなたのことを思っていますわ。初めての親友ですもの」

「君も私の大切な生徒の1人だ。魔法が使えることがばれることになっても、アルテナや子供達を助けた君を、誇りに思う」

「会ったばかりだけど、シアには笑顔が似合うよ」

「少し図々しいけれどね」

「ん。でもその笑顔がシアの大事な取り柄」

「楽しい気分になる」

 

 アルテナとアルフレリックが今までのシアの事を認め、香織とテイルモン、ユエとルナモンが出会ってすぐに感じたシアの笑顔を褒める。

 今のシアが持っている絆を、全員が認めている。シアの存在がみんなを不幸にすることなんて無いと証明していた。

 段々とシアの心から悲しみと絶望が無くなっていく。

 最後に、アルテナが何かを取り出す。

 

「実はシアが寝ている間に、ちょっとカム様のお家にお邪魔していましたの。何かハウリア族の皆様の手掛かりがないかと思いまして。ハジメ様達にもお手伝いしていただきました。そうしたら、タンスの奥にこの書置きがあったんですの」

 

 説明しながら一枚の手紙をシアに差し出すアルテナ。

 それを受け取ったシアは、恐る恐るそれを開いて読み始める。

 書かれていたのはカム達を始めとしたハウリア族が、フェアベルゲンを出ていくことに決めた経緯が書かれていた。

 

『我々はシアが出て行くときの顔が忘れられません。優しいはずのあの子にあんな辛い顔をさせてしまった。もっと我々に力があればあの子に辛い思いをさせませんでした。だから我らハウリア族は強くなるためにフェアベルゲンを出て行きます。黙っていなくなることをお許しください。ですが、このままフェアベルゲンにいてもハウリア族は強くなれないと思うのです。魔力を持っているというだけで実の子を殺さなければならない場所にいては、いつかハウリア族までもその考えに染まってしまいかねない。いつか、シアに胸を張って再会できるように、強くなります。そして、いつか胸を張ってシアに再会します。

 これまで、シアともども、ハウリア族をありがとうございました。アルフレリック様、アルテナ様』

 

「父さま……みんな……無計画すぎますよぉ」

 

 書置きの内容に呆れればいいのか、泣けばいいのか、笑えばいいのかわからなくなるシア。

 だが、ハウリア族が命を捨てるために出て行ったのではなく、強くなるために決意と覚悟を持って出て行ったことが分かったのは行幸だ。

 

「無茶する家族だ。でもいい家族じゃないか」

「うん。家族のために強くなろうとするなんて、なかなかできることじゃないよ」

「ん。シアの家族は自慢の家族。でも危険だから、探しに行く」

 

 ユエの言うとおり、いくらハウリア族が強くなろうとしても、独学では危険だ。

 兎人族であるハウリア族は危機察知能力にたけており、隠れることに専念すれば樹海の中ならばまず見つかることはない。しかし、無理に魔物に戦いを挑んでは容易くやられてしまいかねない。

 

「どうせ大樹までの案内はすぐにできないんだ。俺の作ったアーティファクトをフル活用すればハウリア族を見つけることだってできる」

「俺もガルルモンになれば鼻が利くからすぐに見つけてやるぜ」

 

 ハジメとガブモンがハウリア族を探すことを買って出れば、香織達も手を上げる。

 

「もしも誰かが怪我をしていたら私が治しちゃうよ」

「私も進化すれば空から探せる」

「その間、シアに魔法のことを教える」

「耳がいいから聞き逃さない」

 

 それにアルテナも黙っていない。

 

「皆さんだけにお任せしませんわ。今度はわたくしも一緒です!」

「ええっ!? アルテナちゃん付いてくる気ですか!?」

「わたくしだけではないですわ」

「私も一緒だ」

 

 なんとアルテナだけでなく、アルフレリックまで進み出る。

 

「あ、アルフレリック様!?」

「まあ、驚くよねえ」

「ん。私達もさっき聞いて驚いた」

 

 驚くシアに香織とユエが同意する。自分達もシアを追いかける前に帰宅したアルフレリックから聞いたときはびっくりしたのだった。

 

 昨日の長老会議でアルフレリック以外の長老達の反応は二つに分かれた。

 ジンが主張するようにハジメ達を処刑するべきと叫ぶ者達と、静観し何もしないという者達。前者が圧倒的に多かったが、後者の長老達もアルフレリックのようにハジメ達を庇う意見に難色を示した。夜通し続けられた会議に全員が疲れの色を見せ始めた頃、アルフレリックはずっと心に決めていたことを口に出した。

 

 自分とアルテナの追放を条件にハジメ達に手出しをせずにフェアベルゲンの外に出すと。

 

 疲労で頭が回っていなかった長老達はこの意見を採用した。

 アルフレリックもいい加減、我慢の限界だったのだ。憎しみに支配されて、いつまでも変わろうとしないフェアベルゲンという国に。

 幸いにも今は魔力を持つ忌み子達はいない。これから生まれてくる子供達には申し訳ないと思うが、今の子供達の命を守る為にアルフレリックは決断したのだ。

 アルテナには事後承諾になってしまったが、彼女は快く了承した。

 

「い、いいんですか? 先生」

「もちろんだ。私達もハウリア族を探しに行こう」

 

 優しく微笑みながら言うアルフレリックに遂にシアの涙腺は決壊した。

 

「う、うわああああああああんん!!」

 

 昨日流した涙とは違い、優しさに包まれた暖かなうれし泣きだった。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 フェアベルゲンの門を再び潜るハジメ達。

 しかし、今度は姿を隠すことをせずに堂々としている。

 デジモン達も成長期の姿でテイマーの隣を歩いている。

 さらに今度はハジメ達の隣にはアルフレリックとアルテナの姿もあった。

 フェアベルゲンの住人達は何がなんだかわからず混乱している。ジン達は遠くから憎々し気に睨んでいる。

 

「ハジメ君」

「なんだ?」

 

 ふと気になった香織がハジメに話しかける。

 シア達はアルテナも交えてこれからのことを話しながら歩いている。全員、周りの事なんて気にしていない。

 

「あのさ、もしもハウリア族のみんな死んじゃっていたら、シアのことどうするつもり?」

 

 そう、シアの言うこともあり得るのだ。そうなればシアはコロナモン以外の家族はいなくなってしまう。アルテナ達もいるだろうが、ここまで関わった以上、竜人族の里まで送ったとしても、それで終わりにするのはいささか薄情ではないかと香織は思った。

 

「その時はシアの気持ち次第だけど、地球にまで連れていくしかないだろ? 手を差し伸べた責任は最後まで果たす。帰ったら早く稼げるようにならないと。とりあえず、株でも初めてみるか?」

「くすっ。やっぱりハジメ君は優しいね」

「……ただ気が多いだけだよ。手を広げ過ぎていつか零しそうでビクビクしているんだ」

「その時は私達が零れたものを拾うよ」

「そうそう。ハジメはこのまま助けたい人を助けていけばいいんだって」

 

 香織に追随してガブモンもハジメを元気づける。

 やがてフェアベルゲンの門を全て潜り、ハジメ達は国の外に出た。

 そのままハジメ達は樹海の中を歩いていく。とりあえず、フェアベルゲンの警備部隊と遭遇しないルートをアルフレリックが案内していく。

 今度はハジメがアルフレリックに対して気になることがあったので話しかける。

 

「アルフレリックさん。今更なんですけれど、他の森人族はいいんですか?」

「心配はない。他の森人族も後で合流する予定になっている」

「え? それ本当ですか?」

 

 まさかの回答に聞き返すハジメ。なお、長老でなくなったことと年長者でもあることからアルフレリックには敬語はいらないと言っている。

 

「長命な森人族はフェアベルゲンに住む人数が少なくてあまり問題はなかった。真実を知る人間は少ないほうが都合が良い、というのもあったんだろう。それにいつかこういう事態になることも見越して、森人族だけで逃げ出せるようにしていたのだと、私は思っている」

「何人合流するんですか?」

「私とアルテナを含めて23人だ」

 

 かなり少ないが長命な森人族なら問題はないのだろう。

 デジモン達のことを説明する必要はあるだろうが、それだけの人手が加わるのなら心強い。

 

「という事はフェアベルゲンからは森人族がいなくなるんですね」

「ええ。同時に魔力持ちもいなくなる」

「つまり、フェアドレン水晶も効果を失うんですね」

「流石だ。気が付いていたのだな」

「ああ」

 

 ハジメはフェアドレン水晶を見た時、ゴーグルで簡易的だが解析を行った。すると、水晶に魔力が宿っており、それがゆっくりとだが減少しているのに気が付いたのだ。

 つまり、フェアドレン水晶の霧と魔物を寄せ付けない効果は魔力を糧に発動していたのだ。おそらく大迷宮があることからも考えて、解放者が生成魔法を使って生み出した可能性が高い。でなければ、霧と魔物を寄せ付けないなどという都合のいい効果を持っているはずがない。その効果を発動させるために、魔力が必要というのは納得できる。

 しかし、その魔力が作り出されてからずっと保たれていたとは考えられない。

 ならば、誰かが魔力を込めていたということだ。

 フェアベルゲンの亜人族の中で、もっとも魔力を持って生まれやすいのは──森人族だ。

 森人族にはフェアドレン水晶へと魔力を込める役割もあったのだ。

 しかし、今日この日、フェアベルゲンから森人族は全員いなくなってしまった。

 

「今日明日に切れることはないだろう。しかし、数年もすればフェアドレン水晶は魔力を失い、効果もなくなる。そうなればフェアベルゲンは霧の中に消える」

「……そうですか」

 

 ハジメは少し後ろを振り向く。

 もう樹木しか見えないが、その先には自然と調和した美しい国がある。

 しかし、憎しみと偏見に囚われた住人によって、その国は樹海の深い霧の中に消える運命となってしまった。

 やるせなさを感じながら、ハジメは再び前を向く。

 そこには辛い事実を知ったというのに、コロナモンやアルテナ、香織達と笑い合うシアの姿があった。

 

 

 

 それからハジメ達はフェアベルゲンから離れた地点にベースキャンプを設置し、ハウリア族の捜索と大樹の調査に向けて乗り出した。

 その夜、シアは夢を見た。

 強くなるために樹海の中へ旅立ったハウリア族と再会する夢を。

 

『シア。私達は強くなったぞ。もうお前を悲しませはしない。これからも一緒だ』

「父さま……」

 

 シアは父であるカム・ハウリアに近づき……。

 

『そう! 家族を傷つける者は何人たりとも許さん! お前も家族も守って見せよう!! この深淵蠢動の闇狩鬼、カームバンティス・エルファライト・ローデリア・ハウリアが!!!』

「父さまあああああああああああっっ!!!!!!!????」

 

 ターンしながら何やら香ばしいポーズを取るカームバンティス・エルファ……カムに、シアが絶叫を上げた。

 

 悪夢だった。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 一方その頃。闇夜に包まれたハルツィナ樹海の深部で何かが暴れていた。

 

「グガアアアアッッ」

「ギギギギギギギッ」

 

 樹木をなぎ倒しながら爆走する巨大な黒い生き物と、樹々の間を縦横無尽に飛び回る赤い昆虫。

 爆走する黒い生き物は鼻先にサイのような角を生やした鎧竜型デジモンのモノクロモン。

 飛び回る赤い昆虫は、強靭な顎を持つ昆虫型デジモンのクワガーモンだ。オルクス大迷宮でイミテーションとして現れハジメ達に襲い掛かった。しかし、ここにいるのは、モノクロモンも含めて正真正銘のデジモンだ。

 彼らはスカルグレイモン同様、突然発生したデジタルゲートからこのハルツィナ樹海に現れたデジモンだ。しかも、何故かその目には凶暴な光が宿っており、クワガーモンはともかく本来は大人しいはずのモノクロモンまで見境なく暴れ回っている。

 最悪なことにこのまま彼らが進めば、フェアベルゲンに到達してしまう。

 成熟期デジモンの強さはハルツィナ樹海の魔物とは一線を画す。フェアベルゲンの戦士達では歯が立たないだろう。その先に待っているのは、途轍もない悲劇だ。

 

 だが、暴れ回るデジモン達の前に突然1つの影が現れた。それは1人の少年だった。

 虚空から突然現れたかのような少年に、2体は気が付かない。

 彼は懐から何かの機械を取り出すと、2体が迫りくる中、冷静に構えて静かに叫ぶ。

 

「──スピリットエヴォリューション!!」

 

 少年が光に包まれ、その姿が大きく変わった。

 樹海の中で、誰も知らない戦いが始まっていた。

 




〇デジモン紹介
モノクロモン
世代:成熟期
タイプ:鎧竜型
属性;データ
鼻先にサイのような角を生やした鎧竜型デジモン。ただしモチーフと思われるモノクロニウスは角竜である。
角の部分と体の半分を覆う物質は、ダイヤモンド級の硬さを誇る。草食性で性格はおとなしいが、一度怒らせると重戦車のような体から恐ろしい反撃を繰り出す。


今作のシアの境遇とデジモンテイマーズでのジュリの境遇って結構似てないかなって思いまして、それにハジメが既視感を覚えました。なのでジュリの為に家族が頑張っていたことを交えて説得してもらいました。

そして立ち直ったシアと共に樹海に消えたハウリア族を探すことにしたハジメ達。さらにはアルテナとアルフレリックまで追放されてついてきました。この展開は見たことないですよねえ。
フェアドレン水晶の下りは独自設定です。原作では言及されませんでしたが、亜人族に都合の良すぎる効果なのと、それが常時発動しているのは無理じゃないかなって思って魔力持ちが魔力を補給していたという設定にしました。

その後はまあ、〝未来視〟って寝ている間に発動したら予知夢見れるよねえって思いましてやってしまいました。これからはシリアルの時間です。

そして最後の部分。皆さんが気になっているキーワードも回収できました。今後をお楽しみに。


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09話 表裏で動き始める者達

感想・評価・お気に入り登録ありがとうございます。

フェアベルゲンを出たハジメ達の動向です。もう原作とは大きく違う面々ですのでどうなるかお楽しみに。


『〝疾影のラナインフェリナ〟!!』

『〝空烈のミナステリア〟!!』

『〝幻武のヤオゼリアス〟!!』

『〝這斬のヨルガンダル〟!!』

『〝霧雨のリキッドブレイク〟!!』

『〝必滅のパルトフェルド〟!!』

『〝外殺のネアシュタットルム〟!!』

 

 名乗りを上げながら、ビシッとポーズを取る美男美女に美男子美少女。

 上は青年から下は年端も行かない子供まで。彼ら全員の頭には愛らしいウサミミがある。

 そして最後に同じくウサミミのある強靭な肉体の男性が現れる。

 

『そしてもう一度名乗ろう。〝深淵蠢動の闇狩鬼、カームバンティス・エルファライト・ローデリア・ハウリア〟!! 家族を守る為、封じられし左腕の刃を開放せん!!!』

 

 左腕とか言いながら右腕も一緒に動かしながら、両手に持った鋭いナイフを構える男性。

 男性の名字からわかる通り、彼はシアの家族であるハウリア族だ。しかも族長でシアの実の父親である。ちなみに本名はカム・ハウリアで、他の面々も名前の最初の二文字が本名だ。なのに、今では頭に変な枕詞が付き、後ろはやたらと言いにくい名前が続いている。

 服装も何やら黒とかマフラーとか、今まで身に着けていなかったものを身に纏っている。

 ああ。本来の彼らはもっと大人しくて憶病で、うざいくらい優しさに溢れていたのに。

 それが今では、この有様だった。

 

『『『『『『『『首狩り戦隊ハウリアンジャー!!!』』』』』』』』

「一体、何が、有ったんですかぁ~~???」

 

 情報量がパンクしたシアの視界が暗転し──目を覚ました。

 

「はっ!? ゆ、夢ですか!?!?」

 

 飛び起きたシアは周囲をキョロキョロする。そこには当然、変わり果てた家族の姿は無く、寝る前と変わっていない。

 傍にはコロナモンが眠っており、安らかな寝息を立てている。

 シアは夢だったことに安堵の息を漏らし、コロナモンを起こさないように寝床を出た。

 

 余談だが、シアの固有魔法の〝未来視〟は本人が仮定した場合の未来が見える。もしも無意識にシアが家族と再会したらと仮定して、眠りながら魔法を使用していたとしたら? 果たして、シアが見た夢はただの夢だったのか、それとも魔法が見せた予知夢だったのか? 答えはシアが家族と再会した時にわかるだろう。

 

 

 

 シアが出ると外は朝霧に包まれた樹海が広がっていた。時間は朝の7時。ちょうどいい時間だ。

 ハジメ達はフェアベルゲンから離れた樹海の端にベースキャンプをしていた。

 フェアベルゲンの警備隊の巡回ルートからも外れており、樹海の端だから霧が薄く見晴らしもいい。

 シアはさっき自分が出てきた寝床を振り向き呟く。

 

「ハジメさん達には何度も驚かされます。異世界から来たっていうのにも納得です」

 

 さっきまでシアが寝ていたのは、トータスでは全く見られない建物だった。

 いや、建物というのはトータスで生まれたシアからはそう見えるからだ。

 黒いカラーリングをした装甲車のような見た目の大きな車両だった。

 

 大型探索用特殊車両『アークデッセイ号』。

 

 真っ黒な車体は、トータスでも最高硬度のアザンチウム鉱石でコーティングされている証だ。車輪は12輪も付いており、錬成による悪路の整備だけではいけない道でも進むことが出来る馬力を発揮する魔導エンジンを搭載している。密閉性も高く、車体が完全に水没しても問題なく走ることが出来、浮上して水上移動することまで出来る。

 車内には最低限の居住設備に加え、ハジメ達が装備の開発やメンテナンスを行える研究設備が整っている。

 実はこのアークデッセイ号。もともとはハジメがいつかデジタルワールドに行けるようになった時、探検する際に用いる船があれば便利だなと思い、テイマーズのみんなと意見を出し合って設計していた探索船だ。名前の由来はハジメ達をデジタルワールドから帰還させるために製作された箱舟の名前の『アーク』と、冒険という意味を持つ『オデッセイ』の組み合わせだ。

 本来なら空を飛べる飛空艇なのだが、流石にまだ飛行機能は付けることができなかった。だが、ゆくゆくは搭載し、空を飛べるようにしたいなとハジメは考えている。

 

 このアークデッセイ号の製作が最も時間をかけた。オスカー邸の設備とワイズモン達の協力がなければ、完成しなかっただろう。

 まさにハジメ達の努力の結晶。昨晩は安全のためにこの中で布団を敷いて眠った。アルテナとアルフレリックも最初は驚いたが、空調が効いた堅牢な車内で安心して眠りについている。寝る前に少し見せてもらった車内はシア達には理解できない、近未来的な内装になっていた。ア〇ンジャーズとかに出てきそうだった。

 

 久しぶりに心置きなく熟睡できたシアは、朝の爽やかな空気を感じながらリラックスしていた。

 無謀な修行の旅に出てしまった家族のことは心配だ。しかし、親友であるアルテナや尊敬する先生であるアルフレリックが付いてきてくれたこと。ハジメ達が自分達の為に隠していたアーティファクトをお披露目してくれたことで距離が縮まったと思ったこと。この2つがシアから、不安を取り除き、心をとても軽くしていた。

 

 その時、アークデッセイ号の入り口が開き、ハジメが降りてきた。

 

「あ、ハジメさん! おはようございます!」

「おう。おはようさん。シア」

「今起きたのですか?」

「まあな」

 

 ハジメはアークデッセイ号の自分の開発スペースで寝ていた。ツノモンも一緒で、今はまだコロナモンと同様に夢の中だ。

 

「そういえばユエさんとカオリさん達はどうしたのですか? ベッドにはもういなかったのですが」

「香織達は周りの確認をしている。昨日はすぐにキャンプをしたからな。何か痕跡が無いかって探している」

 

 痕跡というのはハウリア族の手掛かりだ。彼らの足跡とかキャンプした後があれば、足取りを追える。

 

「私の家族のためにすみませんです」

「気にするな。俺達が自分で決めたことだ」

 

 頭を下げるシアにハジメは軽い感じで何でもないように言う。

 やがて香織達も戻ってきて、アルテナ達も目を覚ましてきた。

 全員で朝ご飯の用意をして、朝食を始める。

 食後に一行は本日の予定を話し合う。すると、シアが真っ先に手を上げた。

 

「ハジメさん! 私に戦い方を教えていただけないでしょうか!!」

「どういうことだ?」

 

 突然の申し出にシアに理由を聞くハジメ。

 

「はい。やっぱり私はもっと強くなるべきだと思うんです。家族の皆が強くなろうとしているのなら、私も強くなるべきなんです!!」

 

 決意を漲らせて言い切るシアに、隣にいたコロナモンも続く。

 

「俺も同じ気持ちだ。俺がもっと強かったらシアを危ない目に遭わせずに済んだかもしれないんだ。もっと強くなりてぇ。シアの、大切なテイマーの為に!!」

「昨日寝る前に決めたんです。私達は一緒に強くなるんだって!」

「だから同じデジモンテイマーの私達に強くしてもらいたいんだね」

 

 シアとコロナモンの言葉を聞いて香織が納得する。

 戦闘訓練をするのなら、昔からシアを教えてきたアルフレリックが適任だ。しかし、今のシアはデジモンテイマーでもある。デジモンテイマーの戦い方はハジメ達しか知らない。

 

「そういう事ならいい。ただ、戦闘訓練っていうなら俺より……まだ香織とユエの方が適任だぞ」

「えっ? そうなんですか?」

 

 少し言い淀みながら話すハジメ。

 意外な言葉にシアがきょとんとする。

 ハジメは香織達の中で一番デジモンテイマーとしての経歴が長い。それに2人とデジモン達から大きな信頼を寄せられており、このパーティーの中心はハジメだ。だから、てっきりハジメが戦いを教えるのも上手いのかなと思っていた。

 

「単純なステータスや戦闘力なら俺が一番だ。だがそれはただの力やアーティファクトでのごり押し。技術とか駆け引きは2人の方が上手い」

「まあ、そうだね」

「ん」

 

 香織とユエが肯定した通り、ハジメは戦闘に関する才能が乏しい。仮にだがハジメと同じステータスで、戦闘を生業とする者と1対1で戦えば、ハジメは技術と駆け引きの差で敗北してしまうと思っている。そもそもの話、ハジメは戦闘者ではなく創る者、あるいは研究者なのだ。

 

「唯一教えられそうなのは、戦闘中のカードの使い方くらいだ」

「そもそもハジメ君はアルフレリックさんとやることがあるんじゃなかったっけ?」

「シアの訓練は私とカオリが交代でやる」

「コロナモンもテイルモンとルナモンがやるっていうのはどうかな? まずはデジモン同士。その後テイマーも一緒の訓練っていう感じで」

 

 ユエと香織の申し出に誰も反対意見はなかった。

 その後も話し合いは続き、本日の予定が決まった。

 

 まずシアとコロナモンは香織達とどんな訓練をするべきか話し合い、スケジュールを立てる。

 ハジメ、ツノモンはアルフレリック、アルテナと一緒に、この後合流してくる残りの森人族達の住居スペースの設営。それが終わればアルテナは森人族の手の空いている者と共にハウリア族の捜索に乗り出す。ハジメとアルフレリックはある作業を行い、それが終わればアルテナ達を手伝う。

 こうしてハジメ達は各々動き始めた。

 

「では、よろしくお願いします! カオリさん、ユエさん!!」

「頼むぜ!!」

「うん! まっかせて!」

「ん。まずは魔法の訓練からやる。簡単な理論をちょっとやるけれど大丈夫?」

「はいです!!」

「コロナモンはまずは私達が相手だ」

「あなたの力、見せてみて」

「おう!!」

 

 気合を入れるシアとコロナモン。そんな二人の様子を何とも言えない表情でハジメとガブモンは見ていた。

 コロナモンはともかく、魔法を教わるシアはなあ……。

 

(しばらくしたら実践訓練に切り替えさせるか)

 

 ハジメの懸念はすぐに的中し、ユエと香織の魔法の説明のせいで目がグルグルし始めたシアへ助け舟を出すことになった。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 ハジメ達が行動を起こしている頃。

 フェアベルゲンの近隣で、怪しく動く者がいた。

 黒いローブを身に纏い姿を隠しているので、背格好以外に、種族も性別も解らない。

 その謎の人物は手に何やらモバイル端末のような機械を持ちながら、ブツブツと呟いている。

 

「スカルグレイモン。そしてモノクロモンとクワガーモンか。偶然だが目的のデジモンのデータが手に入った。残るは……」

 

 ぶつぶつという声は少年のような若い男の声だった。

 ハルツィナ樹海に出現したデジモン達の名前を知っているという事はハジメ達の世界の人間、つまり召喚された者達の一員なのだろうか? 

 やがてローブの人物は樹海の中のある地点まで来ると足を止める。

 

「そこか」

 

 目的の場所に着いたのか、端末を操作し何かのコードを起動させる。

 すると端末から闇のエネルギーが放たれ、空中に飛んでいった。

 エネルギーは樹海の樹々の間のある一点に止まると、まるでガラスが割れるかのような音を響かせ、そこに隠されていたある建造物の姿を露わにした。

 

 つなぎ目のない黒一色のモノリスのような塔。ハイリヒ王国の王都付近で中村恵里が見つけたものと同じ、ダークタワーだった。

 

「ふふっ。本物のダークタワーか。すげえ闇のエネルギーだ」

 

 ローブの人物はダークタワーが発する闇のエネルギーに思わず笑みを浮かべる。

 その後ろに闇が噴き出すと、闇の中から何かが現れる。それに気が付いたローブの人物が振り向く。

 

「見つけたか」

「あんたか。ああ、ダークタワーだ。言われた通りの方法で見つけたしカモフラージュも壊せたぜ」

 

 現れたのは頭に巨大な角と、コウモリのような翼を生やした異形。貴婦人のような装いに日傘を手に持っている。

 もしもハジメとガブモンがここにいたら、かつてと姿が変わっているために戸惑ってしまうが、発している邪悪な気配から正体を看破するだろう。

 

 堕天使型デジモン、メフィスモン。

 

 かつて、別世界のデジタルワールドで全ての生命を滅亡せんとしたアポカリモンの残留思念データから産まれた闇の存在だ。

 6年前に人間社会を破滅させるためにVPラボという企業の社長に化けて暗躍していた。

 メフィスモンを追ってきたオメガモンの導きで、駆け付けたテイマーズと死闘を繰り広げ、何とか倒すことが出来た。

 しかし、メフィスモンは滅んでいなかった。

 新たな姿になって、異世界トータスでヴァンデモンと共に暗躍していたのだ。

 

 その名もメフィスモンX抗体。

 

 消滅しかけてデータの中からよみがえった際に、X抗体プログラムを生み出し、進化したのだ。当然、ハジメ達が戦った時よりも強くなっている。

 

「どうだい? ダークタワーを見た感想は?」

「少し感動しているぜ。それにこいつのおかげでほしかったデジモンのデータが手に入った」

「そのためにダークタワーを配置した。世界の境界を歪め、少しずつ少しずつ、向こうからデジモン達を呼び込むために」

「くくくっ。この世界の住人は大慌てだな。まあ、どうでもいいが。こいつを探すのに樹海を探索するのはいい訓練になったぜ」

 

 メフィスモン達がダークタワーを配置した理由は、環境を変化させ世界の境界を崩しやすくするためだ。その結果、ハルツィナ樹海の各所にゲートが開き、スカルグレイモン達が出現するようになってしまったのだ。

 それを聞き黒いローブの人物は、トータスで起こされる混乱を想像し、面白げに嘲笑う。自分にとってトータスのことなどどうでもいいのだ。そんなことよりもこのダークタワーを探すために樹海を探索したことで自身の能力が上がった方が重要なのだ。

 

「順調に力を使いこなせているようで何よりだ。力を与えただけはある」

「まあな。それでこのダークタワーをどうするんだ? アルケニモンがやっていたみたいに、ダークタワーデジモンに作り替えるのか?」

 

 アルケニモンとは、アニメ『デジモンアドベンチャー02』に登場した悪役デジモンであり、ダークタワーをデジモンそっくりな姿に作り替えて暴れさせていた。ローブの人物はそれを知っていたので、同じことをするのかと問いかける。

 

「いいや。それよりも面白いことをする」

 

 メフィスモンはその手に魔法陣を展開する。魔法陣が輝くと、そこから何かが召喚された。

 召喚されたのは、長い首とがっしりとした四肢を持ち、聖なる鎧を身に着けた聖獣型デジモンだった。魔術の鎖で拘束されており、身動きできないようだ。

 

「……バルキモン?」

「そうだ。先ほどで捕まえてきた。デジタルワールドから出てきたばかりだったので、ちょうど良かった」

 

 メフィスモンはバルキモンを持ったままダークタワーに近づく。

 そしてダークタワーにバルキモンを押し付けると、何かの魔術を発動させる。

 すると、バルキモンが苦悶の表情を浮かべ始めた。そして、メフィスモンの魔術がさらに進むと、バルキモンは目を見開き、声にならない悲鳴を上げ始める。

 

「うわお」

 

 その様子をローブの人物は興味深いと眺める。

 やがてバルキモンはダークタワーの中に徐々に取り込まれていき、そして完全にダークタワーの中に消えていった。

 

「まさか融合か?」

「実験段階だがね。ついでにいくつか魔術も加えておこう。10日もすれば結果がわかるさ。それまでのんびり待つとしよう」

 

 2人は足元に闇を広げ、その中に姿を消す。

 後にはバルキモンを取り込んだダークタワーが残された。

 ダークタワーは不気味な鼓動を刻み始めた。

 

 




〇デジモン紹介
バルキモン
レベル:成熟期
タイプ:聖獣型
属性:データ
フォルダ大陸の地下から出土した遺跡で、群れの存在が確認された聖獣型デジモン。遺跡はかつて天使系デジモンの要塞として活用されていた物だと判明し、バルキモンは群れで要塞を守護する存在だったのではないかと推測されている。穏やかで物静かな性格だが、敵に容赦なく攻撃する獰猛な一面もある。
知力が高く、侵入者の敵意を瞬時に見抜くと、念力の鎖「サイキックチェーン」で敵の肉体を締め上げ撃退する。何も知らずに遺跡に迷い込んだ者には、吐き出した雲「クラウドビジョン」で幻覚を見せ、夢見心地のまま遺跡の外へと連れ出すという。



今回はハジメ達の秘密兵器お披露目回でした。
アークデッセイ号の元ネタはデジモンテイマーズの箱舟アークと、ウルトラマンティガに登場するアートデッセイ号です。
今作のハジメは兵器より役立つ発明を多く作っており、アークデッセイ号はその代表例です。今後もハジメ達の移動する拠点になります。

後半はまさかの黒幕の1人を明かしました。
テイマーズの映画でも登場し、なかなかいい設定を持っていたメフィスモンです。しかもX抗体バージョンです。
尺の都合で映画ではほぼ瞬殺だったので、今作では活躍させたいです。
フェアベルゲンにスカルグレイモンやクワガーモン、モノクロモンが出現した理由も彼らの暗躍のせいです。しかもそこに更なるたくらみが進行しています。
早くライセン渓谷に行きたいですが、その前にいろいろやることがあるのでまだ時間がかかりそうです。次回もお楽しみに。


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10話 神の権威を貶める力

感想・評価・お気に入り登録ありがとうございます。
今回はデジモン要素0です。ありふれについての独自解釈が大量です。


シア達が戦闘訓練に励み、アルテナと森人族達が拠点の仮設営を進めている中、アークデッセイのハジメの研究室ではハジメとアルフレリックが作業に没頭していた。

 ハジメはノートパソコンに似た形のアーティファクトを使い、アルフレリックがフェアベルゲンから持ち出してきたフェアドレン水晶を解析していた。

 水晶に付与されている〝樹海の霧避け〟と〝魔物避け〟の魔法を解析し、同じ効果を持つアーティファクトを製作することがハジメ達の作業内容だ。成功すればハウリア族を探すのに大きな助けになる。

 

「フェアドレン水晶はオスカーの屋敷にもありませんでした。助かります」

「なに。お前さん達には助けられてばかりだ。これくらいの協力は惜しまない」

 

 ハジメはアルフレリックと会話しながらも解析の手を止めない。

 今ハジメが使っているアーティファクトはオスカー邸にあった設計図を元に、ノートパソコンを改造して作ったアーティファクトだ。

 魔法解析付与アーティファクト『DMアナライザー』。カメラやセンサーで魔法をスキャンし、魔法の仕組みを解析したり、魔法効果を構成しハジメの生成魔法で付与したりできる。しかも元々のノートパソコンの機能はそのまま、むしろ向上させており、今のハジメが使えば「鬼に金棒」、いや「泉光子郎にノートパソコン」だ。

 ノートパソコンは学校の備品だがこの際しかたない。帰ったら弁償しようと思いつつも、キーボードを操作する手をハジメは止めない。

 ハジメの様子を見ていたアルフレリックが感心したように言う。

 

「それにしても大したものだ。私には全く理解できないが、これほどのものを作り上げるとは」

「俺達だけの力じゃないですよ。解放者が残してくれたものが無ければここまでの設備は出来なかったです」

 

 ハジメの言うとおり、アークデッセイ号を始めとした常識外れのアーティファクトを用意できたのは、オスカー邸に残されていた解放者の技術があってこそだった。

 

「解放者か。口伝でしか知らないが、フェアドレン水晶を残し、フェアベルゲンの礎を築いてくださったリューティリス・ハルツィナ様を始めとした方々。もしも神が逃げ出さなかったら彼らの技術がトータスをより豊かにしていたのだろうか」

「どうでしょうね。オスカー達は第2のエヒトになるつもりはなかったようですし」

 

 フリージアが教えてくれたことだが、解放者達は神エヒトを討伐した後、自分達の技術を広めず、ほとんどを廃棄する予定だったという。神による支配から脱した人類が今度は解放者に縋り、自らで歩むことを止めることを危惧したという。

 その考えは別世界から現れた8人目から、人類が自らの技術で進歩出来たことを聞き、さらに強くなったという。

人は神がいなくても、高みに到達することが出来るなら、解放者が神のような尊台になってはいけないと。

 

「それに下手に技術を上げてしまえば、潜伏しているエヒトの神の使徒の残党や戻ってきたエヒトによる被害が大きくなります。もしも地球にエヒトがやってきて暗躍し始めたらと考えると、ゾッとしますよ」

「一発で大地を焦土とかす兵器、核だったか。確かに神なら国の代表を洗脳してその兵器を躊躇いもなく使わせるだろうな」

「下手に技術を進めれば核以上の兵器が生まれる可能性がありました。だから戻ってきたエヒト対策のための大迷宮以外は、人々の自らの進歩に任せたらしいです」

「その結果が、今の世界か」

 

 呟きながらアルフレリックは手に持った端末を眺める。そこにはハジメ達の世界、地球の風景の写真が表示されていた。

 トータスとは比べ物にならない技術で作られた都市に、便利な道具で暮らす人々。

 彼らの技術と比べるとトータスの技術の進歩のなんと遅いことか。

 

「地球とトータスだと環境とかの違いがありますからね。魔物という驚異に、大きすぎる人種の特徴。特に魔法と神代に残されたアーティファクトもありますからね。技術を進歩させなくても何とかなる力があるなら、そりゃあ発展しませんよ」

「だとしても、ここまで遅いのは異常だと思うが」

「おそらくですが、ここにも神の使徒の暗躍があったと思います」

 

 ハジメはオスカー邸でもフリージア達と話し合った推論をアルフレリックにも言う。

 

「エヒトが逃げて、解放者達も生きていられないくらい時間が経った後、神の使徒達は残った力で、エヒトが操りやすい世界を維持するために動いた。それが解放者達のような者達を2度と生み出さないために、魔法の技術を後退させることだと思われます」

「魔法の技術の後退?」

「決定的な証拠は〝魔力操作〟技能の徹底的な排除です」

 

 〝魔力操作〟は魔力を直接操作するための技能で、魔法を使う際に詠唱と魔法陣が必要ではなくなる。これがあるのとないので、魔法使いの強さは大きく違ってくる。

なのに、トータスの常識では魔力の直接操作は魔物にしかできないと言われ、ユエやシアのように、生まれながらに〝魔力操作〟の技能を持つ者は最終的に迫害されてきた。

 これこそが神の使徒の暗躍があったからだと、ハジメは言う。

 

「少し話は変わりますが、そもそも魔法の原理っていうのはどういうものだと思います?」

 

 ハジメの問いかけにアルフレリックは、何をいまさら訊いてくるのだろうと思いながらも、答える。

 

「詠唱と魔法陣、術者の魔力で発動するのが基本だ。まれに魔力操作持ちはそれらを使わずとも使える」

 

 アルフレリックの答えにハジメは首を横に振る。

 

「それは魔法の使い方です。どういう過程を経て魔法が、いきなり炎や水を出したり、身体能力が強化されたりするのかっていうのが俺の質問です」

 

 そう言われてもいまいちピンとこない。なので、ハジメはわかりやすい例を出してみる。

 

「例えば火を起こす〝火種〟の魔法。魔法を使わずに火を起こすとき、火が燃えるのは火種に着火してものを燃やすからです。着火するには火打石とかを打ち付けて発火温度まで熱して火花を生み出す必要がある。しかし、魔法陣、詠唱、魔力のどこに熱する要素があるのですか?」

「む?……それは、魔力……ではなく魔法陣か?」

「正解です。魔法陣には流し込まれた魔力を変換する過程(プロセス)が書かれています」

 

 王宮では魔法について詠唱と魔法陣、それらの使い方だけを教えられた。描かれた魔法陣のどこが何を現しているのか、詳しい仕組みは誰も知らなかった。王宮の図書館の書物も同様で、魔法陣の詳しい意味などどこにも載っていなかった。

 だがハジメはオスカー邸に残されていた書物の中から、魔法について詳しく記された書物を見つけた。それは魔法に使われる詠唱や魔法陣、それらの意味について解放者達が研究して判明したことを記した物だった。

 

「魔法陣の始まりは、誰かの固有魔法でした。その魔法を誰かが使いたいと思い、仕組みを調べて生み出したのが魔法陣です」

 

 初級魔法の〝火球〟も〝風弾〟も、最初は誰かの固有魔法だったらしい。もちろん固有魔法そのものではなく、魔法の一部を抜き出して使いやすくしたのだ。それが魔法陣だという。

 

「全ての魔法陣には共通している過程があります。まずは陣に流れ込んだ魔力は〝魔素〟と呼ばれる粒子に分解・生成される。その後、魔素はそれぞれの魔法を構成する要素に組み替えられる。この工程によって魔法の種類や威力が決まります」

 

 〝火球〟の魔法ならば高温の熱に、〝風球〟の魔法ならば空気に、といった具合に魔素が変換される。

 

「最後に組み替えられた要素を、核を中心に一纏めにする。あとは術者が放てば魔法は完成します」

 

 魔力から〝魔素〟を生み出し、魔法の材料に変換。最後に核へと統合させ、魔法が完成する。それが魔法陣の役割であり、魔法が生まれる過程なのだ。魔法の射程もこの核を生み出す過程で決まっており、核と術者の結びつきが保たれている間は魔法が維持される。

 ハジメはさらに説明を加えていく。今度は詠唱についてだ。

 

「詠唱は魔法陣に魔力を込める引き金(トリガー)です。息を大きく吸うためにある程度吐き出したり、棒を振るために振りかぶったりする。そういう役割を担っていると考えられます」

「それでは適性持ちが詠唱を短くできるのはなぜだ?その説明だと詠唱は決まっているだろう?」

 

 ハジメの説明にアルフレリックが疑問を入れる。

 

「実は魔法が構成される際に使われる魔素なのですが、術者によって性質が異なります。これが魔法適性です。あれは術者が生まれつき持っている魔素、ひいては魔力の性質なのです」

 

 例えば火属性の魔法適性を持っている場合。その人の魔力は魔法陣にそのまま流せばスムーズに魔素から火の材料に変換されていく。

 だが、その魔力を今度は水魔法の魔法陣に流すとどうだろう。変換効率はガクッと下がり、変換が不十分になってしまう。

 

「だから適性の無い魔法を使おうとすると魔法陣が大きくなる。それでも足らない場合、必要になる引き金(トリガー)になる詠唱です。詠唱は無意識に魔力を直接操作するための作業でもあるんです」

「なんと!?」

 

 驚愕するアルフレリック。魔力の直接操作は基本的に魔物か自分たちのような先祖返りにしかできないと考えていたのに、実はそれをみんなが詠唱で行っていたと聞いて驚かないはずがない。

 

「魔力の直接操作能力。魔力を扱うならこの能力は持っていて当然です。何せ、魔法陣に()()()()()()()が必要なんですから」

「!!?」

 

 その言葉の衝撃はいかほどか。目を見開くアルフレリック。

 魔力を流し、魔法陣を起動させること。確かに魔力を操作していると言われればその通りだ。なぜ気が付かなかったのか。

 

「もともと詠唱は魔力の直接操作が拙い人間が補助をする際に使っていたんです。詠唱による魔力の操作で魔法陣が起動できるように魔力を操作し、構成する。同時に魔力操作の技術も鍛えられ、どんどん詠唱も魔法陣も必要なくなっていく」

 

 優れた魔法使いが魔法陣も詠唱も短くなり、より複雑な上級魔法を使えるようになる理由がこれだった。

 ハジメの説明にアルフレリックは納得する。今まで何気なく使ってきた魔法だが、とても興味深くなってくる。

 

「ちなみにですが、身体強化系の魔法は魔力から変換した魔素を自分の肉体に取り込みエネルギーとして纏っているんですよ。自分の肉体を媒介にしているから、攻撃魔法よりも使いやすいです」

「ふむ。魔法の仕組みはわかった。だが、〝魔力操作〟を忘れさせることになんの関係があるのだ?」

 

 話を最初の疑問に戻すアルフレリック。

 

「魔法の発展には、今説明した魔法の仕組みを理解することが必須です。これを理解していないと、魔法陣を改造しオリジナルの魔法を生み出すことも、魔法の法則性を調べることも出来ない。解放者達はこれらを理解していました。だから大迷宮や神代魔法を付与する魔法陣を作り出せたんです」

「なるほど。……わかったぞ。神の使徒は魔法の仕組みを理解させないために〝魔力操作〟の技能を忘れさせたのか。魔力が操作できるとわかれば、新たな魔法を開発し始める。そうなれば魔法は発展していく。それを神の使徒は邪魔をしたのか」

 

 ハジメの話を聞き、神の使徒達の目論見を察するアルフレリック。

 

「もう1つ、神の使徒の暗躍があったと思われる事があります」

 

 ハジメは説明している間も叩いていたキーボードを大きく弾く。するとDMアナライザーの画面に『解析完了』という文字が浮かび上がった。

 フェアドレン水晶に付与されていた魔法の解析が終わったという事だ。

 ハジメはそのままフェアドレン水晶の魔法をもつアーティファクトを作り始める。効果をそのまま付与するのではなく、多少のアレンジも加えていく。

 説明をしながらも、作業の手は止まらない。技能〝並列思考〟をフル活用している。

 

「ステータスプレートで表示される技能が、増えないと言われていることです。でも俺達はオルクス大迷宮で魔物の固有魔法を取り込んで増やしましたし、オスカーの魔法陣で生成魔法を技能として覚えました。だから技能は増えないというのは嘘なんです」

「その通りだな。先の魔法の説明も踏まえれば、鍛錬を積んだ魔法使いは〝魔力操作〟の技能を習得できる。それも技能を増やす方法だ」

 

 ハジメの説明にアルフレリックも同意する。

 オルクス大迷宮の底に落ちてから、この世界での常識が嘘だらけだとわかった。

 よくよく考えればそうだ。地球での技能というものは、成長して学習し、反復することで覚えていく場合が大半だった。なまじっか、ステータスプレートによって目に見える形で表示されていたので、ほとんどの人が気づいていなかった。

 

「もしも技能が増えることが分かれば、解放者のような突出したイレギュラーが現れるかもしれない。俺みたいなですね」

 

 技能が増えれば戦いの幅も増える。何より、相性の良い技能を組み合わせれば、強大な力を発揮できる。神の使徒達はそれを恐れた。

 

〝魔力操作〟技能と技能への認識。残された神の使徒達は、長い年月をかけて、人々の常識を裏で少しずつ改変し、トータス人の地力を下げてきたのだ。

解放者達が危惧した技術の発展による、取り返しのつかない未曽有事態を引き起こすのとは逆の方法で、トータス人から力を奪っていたのだ。

 

「はぁ。つくづく我らは神のせいで振り回されてきたのだな。自由な未来を信じて戦ったという解放者達に申し訳ない」

「解放者達が警戒したのとは逆方向の手段を取られたのだから、仕方ないと思いますけれどね」

 

 話し込んでいる間に、目的のフェアドレン水晶の効果を付与したアーティファクトが完成した。

 先端が光るポールのようなアーティファクトだった。使い方はフェアドレン水晶と同じで魔力を込めることで、樹海の霧と魔物を寄せ付けない効果を発揮する。それに加え、もしもポールに魔物が近づけば、警告音が鳴るようになっている。

 完成したアーティファクトを手に持ち、効果をテストするために外に出た。

 テストの結果は大成功。魔物の接近は流石に危ないので試せなかったが、霧はちゃんとポールの周囲を避けた。

 

「フェアドレン水晶を複製するとは、この目で見ても信じられないな。流石は解放者の大迷宮の攻略者ということか」

「ありがとうございます」

 

 アルフレリックの称賛を素直に受け取るハジメ。少し得意げな顔をするのは、年相応の少年のようだ。

 

(末恐ろしいな。聞けば魔物の固有魔法もアーティファクトにしているという。彼にかかれば強力無比なアーティファクトが量産されていく。どんな魔法でも解析し、誰でも使える強力なアーティファクトにしてしまう。単純な力よりもよっぽど強力だ)

 

 ハジメの才能に内心で戦慄するアルフレリック。

 ハジメの手にかかればどんな魔法も解析され、改良・強化されてアーティファクトに落とし込められる。100年に1人の魔法の天才が操る魔法も、誰でも使えるアーティファクトにされ、ありふれた道具へとなってしまう。

 ゆくゆくは神の操る魔法さえも、便利な道具にされるだろう。

 さながら、かつての地球で神の猛威とされた雷が、科学によって電気であると解明され、文明の動力源としてありふれてしまったように。

 

 まさにハジメの持っている力は、神の権威を貶める力と言える。

 

(もしや、神は人間がこの力を手に入れるのを恐れて、魔法技術の発達を使徒に阻ませたのか?神だけの特別が、ありふれた道具に成り下がるのを防ぐために)

 

 ただの想像だったが、アルフレリックはそれが正しい気がした。

 

 この後、ハジメはアーティファクトを量産し、ベースキャンプの周りに配置。安全性を高めた。それだけでなく合流した森人族と共にベースキャンプの居住性を高めるために、様々なアーティファクトを駆使して作業に没頭していった。

 




作者によるありふれ世界の魔法の独自解釈です。原作ではあまり掘り下げられませんでしたが、こういう成り立ちだったんじゃないかなという想像です。
もしも穴があれば感想やメッセージで教えていただけると嬉しいです。修正します。

それに加え、今作では解放者達は負けたわけではないのに、トータスの文明レベルが原作同様だったことへの説明も行いました。

・解放者は急激な技術レベルの発達の危険性を恐れ、自らの技術を安易に広めませんでした。
・神の使徒の残党は神の力の優位性を守る為に、魔力操作や技能の誤った認識を広め、技術を停滞させました。

この2つがかみ合い、トータスの文明レベルはエヒトによる破壊が無くても上がりませんでした。


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11話 思いを1つに 炎獅子ファイラモン(前編)

感想・評価・お気に入り登録ありがとうございます。
シアとコロナモンの強化回です。長くなってきたので前編として投稿します。


 朝食の後、ハジメ達はすぐに行動を始めた。

 ハジメとアルフレリックは、アークデッセイ号の中でフェアドレン水晶の効果を持ったアーティファクトを作成する作業に取り掛かる。

 アルテナは合流する森人族達の為の仮住まいを用意する。手が空いているガブモンも手伝いをする。後に合流した森人族の人々の手も借りて作業を進めた。

 そして、シアも香織達と戦闘訓練に励んでいた。

 

 樹海と外の境界にある荒野。いくら暴れても問題ない場所を探したところ、香織達が見つけた場所だ。少しキャンプ地からは遠いが、皆の邪魔にならない。

 

「シアの魔法適性だけど、身体強化魔法しかないんだよね?」

「はいです。アルフレリック先生に魔法を教えてもらっていた時にいろんな魔法を試してみたんですが、〝未来視〟以外は身体強化だけでした」

 

 少し苦笑いしながらシアは香織の質問に答える。

 〝錬成〟の魔法適性しかなかったハジメと似たようなものだった。

 アルフレリックからは主に〝身体強化〟を使った回避術を学んでいたらしい。第1に逃走手段を鍛えたのは妥当だろう。

 

「ですが、私の母さまは戦う手段も鍛えろと、度々アルフレリック先生と言い合っていました」

 

 シアの母親はずいぶん前に病で亡くなったという。優しくて聡明な女性だったが、憶病なハウリア族でありながら家族を守れる英雄に憧れていたという。子供の頃、自分が化け物ではないかと悩んでいたシアに「人とは違う事が出来て羨ましい」と言って励ました。

 

「パワフルで優しいお母さんだね」

「ん。いいお母さん」

「えへへ。ありがとうですぅ」

 

 香織とユエに母親のことを褒められて破顔するシア。

 

「今思えば母さまのいう事ももっともでした。戦う術も持たないと大切な人達を守れないんです。だから、特訓をよろしくお願いします!!」

 

 力強く気合を入れるシアに香織とユエも頷く。

 それから、シアは香織とユエと特訓を始めた。

 初日は今までシアが鍛えてきた身体強化魔法を駆使して、2人からの攻撃を回避し続けた。

 香織とは近接戦闘を行い、ユエからは遠距離攻撃への対処を学んだ。

 

「ひぃ!? か、掠りましたですぅ!!」

「流石の回避だねシア。私にもいい訓練になるよ。もっとギア上げていこう!」

「さ、さらに鋭く、ぐふぅ!?」

「あ。大丈夫シア? すぐに治すから訓練再開だよ」

「も、もう気絶させて」

 

 もっとも香織との訓練では、香織の方が身体強化魔法の練度と精度が高かったため、ほとんど一方的に殴られていたが。その度に香織の回復魔法で回復してもらい、すぐに特訓を再開できたのは、果たしてシアにとって良かったことなのか。

 

「〝火球十式〟」

「わっ! ひっ! ふぇ!?」

「よく避ける。追加いく。〝火球二十式〟」

「ば、倍になりましたですぅ!? わわわっ!?!?」

「〝三十式〟」

「うええええ!?」

 

 ユエが展開した大量の〝火球〟を必死の形相で避けるシア。

 オルクス大迷宮での戦いで、魔法をマニュアル制御で操ることを覚えたユエは、下級魔法の〝火球〟を手足のように操る。避けたとしてもすぐに戻ってきてまた向かってくる火の玉。それがどんどん増えていく。ハジメの並列思考にも匹敵する魔法の制御技術は流石と言えた。

 やがて避け切れなくなったシアは魔法の直撃を受けて吹き飛ばされる。下級魔法だったことに加え、殺傷力を極限まで減らしていたので大きな怪我はなかったが、シアはボロボロになった。

 しかし、ここには治癒魔法に馬鹿げた魔力の香織がいる。すぐに治されたシアは、魔法の弾幕から逃げる鬼ごっこを再開した。

 

 そうして最初は回避してばかりだったシアだったが、途中からやけくそになったのか、香織の動きを盗んで殴りかかってきた。

 もちろん香織とユエにとっては拙い攻撃だったが、シアの身体強化魔法の強化率が思ったよりも高く、2人を驚かせた。

 

 

 

 一方、コロナモンもテイルモンとルナモンを相手に特訓をしていた。

 

「《ティアーシュート》!」

「《コロナフレイム》!」

 

 ルナモンの水球とコロナモンの火炎弾がぶつかり合い、水蒸気と砂埃が立ち込める。

 コロナモンもその中に入ってしまい、視界が塞がる。

 

「《ルナクロー》!」

「なっ!?」

 

 だが、視界が効かないことなんて関係ないとばかりに、ルナモンがコロナモンの目の前に現れ、闇の力が込められた爪を振り下ろしてきた。

 耳がいいルナモンにとって、視界が塞がっていても敵の位置がわからなくなることはない。

 驚きながらもコロナモンはルナモンの爪を躱す。

 だが、ルナモンはコロナモンを逃がさない。爪を振るいながらコロナモンを攻め立てる。

 

「ふっふっふっ」

「わっ! うぉ!? わわっ!?!?」

 

 大人しいルナモンに似合わない苛烈な攻めに、なかなかコロナモンは体勢を立て直せない。

 やがて、コロナモンは地面に転がっていた石に足を取られてしまう。

 その隙を見逃さず、ルナモンの爪がコロナモンの目の前に突き付けられる。

 どう見てもルナモンの勝ちだった。

 

「私の勝ち」

「くっそ~」

 

 勝ち誇るルナモンと悔しがるコロナモン。

 ほとんど同じ時期に生まれた2体だが、ルナモンの方が経験の差で戦い方が上手かった。

 

「お疲れ。少し休んだら次は私とだ。コロナモン」

「おう! よろしく頼むぜ!」

 

 2人の特訓を見守っていたテイルモンが声をかける。

 コロナモンに必要なのはとにかく経験だ。だからひたすら模擬戦を繰り返していた。

 香織達が用意してくれた水を飲んで休憩しながらも、コロナモンの燃え滾るやる気は衰えない。

 

「もっと強くなるんだ。そんで進化してやるぜ」

「コロナモンは進化したいのか?」

 

 コロナモンの言葉を聞いたテイルモンが質問する。ルナモンも気になるのか耳を傾ける。

 

「ああ! 強くなって進化すればハジメ達みたいにシアを守れるからな! 今まで俺のことを守ってくれた。今度は俺の番さ!!」

「なるほど」

 

 テイマーを思う心は十分。後は何かきっかけがあれば進化できるだろう。

 その後もコロナモンはテイルモンとも模擬戦を行い、経験を積んでいった。

 

 そうしてシアとコロナモンの特訓は日が落ちるまで続き、この日の特訓の最後にはテイマーとデジモンが組になった模擬戦を行った。

 シアとコロナモンの相手となったのはユエとルナモン。

 

 だが、そこで問題は起きた。

 

「《コロナックル》、うえ!?」

「うわきゃ!?」

 

 コロナモンが攻撃しようとしたところに、ユエに殴りかかろうとしたシアが飛び込んできてしまった。幸い、シアにコロナモンの攻撃が当たることはなかったが、シアとコロナモンの呼吸があっていないことが判明した。

 

「まずはテイマーとしての戦いの戦い方を身に着けるのが課題だな」

「シアが動けるから前に出ちゃうんだよね。このあたりの立ち回りを教えないと」

 

 テイルモンのボヤキを聞きながら、香織が理由を推測する。

 香織とユエは戦いでは後衛のポジションなので、テイマーとしてのポジションにすぐに対応できた。だが、シアは戦った経験が少ない上に、身体強化魔法しか使えないので前衛の戦い方しかできない。もっと経験を積まないといけないだろう。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 ベースキャンプに戻った香織達は驚いた。

 朝はアークデッセイ号しかなかったのだが、周囲を囲む頑丈な防壁が出来ていた。しかもフェアベルゲンにも負けず劣らずの門までついている。門の上には見張りなのか、2人の森人族がいた。

 

「あ! カオリさんとユエさん、それにシアちゃんですね。今門を開けます」

「あ、はいです」

 

 香織達に気が付いた森人族が中に向かって何やら指示を出すと、門がゆっくりと開いていった。

 中に入った香織達は驚いた。

 アークデッセイ号があるのは変わらないが、その周りに10軒ほどの小屋が出来ていたのだ。小屋には森人族達が出入りしており、これが彼らの仮設住宅のようだ。

 もはやベースキャンプというより、小さな集落である。

 

「あ、シアに皆さん! お疲れ様です」

「あ、アルテナちゃん。うん。お疲れ様ですぅ」

「お疲れさま」

「お疲れ」

 

 駆け寄ってきたアルテナにシア達は返事を孵す。そして、ベースキャンプが様変わりしている理由を聞いてみる。

 

「ハジメさんのおかげですわ。お爺様と霧と魔物よけのアーティファクトを作ったあと、合流した森人族の皆と話し合って範囲を決めると、魔法でパパっと防壁と小屋を作ったんです。しかも住むための小屋まで。急ごしらえなので少々不格好ですが、頑丈ですわ」

 

 よく見れば小屋は全て石でできている。〝錬成〟の魔法で樹海の土から頑丈な建築素材を生み出し、小屋の形に成形したのだ。

 

「そうなんですね。やっぱりハジメさん凄いですぅ」

「うーん、やっぱりハジメ君の能力はこういう方面だと便利だよねえ」

「これから帰るたびにどんどんベースキャンプが発展していったりしてな」

 

 テイルモンが冗談めかして言った言葉だが、後に事実となる。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 次の日。シアとコロナモンは昨日と同じように最初は個人での特訓に励んだ。

 個別の特訓はいいのだが、テイマーとしての戦い方になると2人の呼吸はかみ合わない。

 お互いに前衛で殴りこむタイプなので、後方からデジモンをカードで支援するテイマーの戦い方に慣れないのだ。

 朝にハジメから受け取ったデジモンカードを使ってみるのだが、よく効果を理解していないシアはうまくカードを選びが出来なかった。

 結局シアとコロナモンの息は合わず、この日から訓練の内容にカードの効果を覚えることも加わった。

 

 拠点に戻ると、ベースキャンプに井戸と水路が出来ていた。

 アークデッセイ号の探索機能でベースキャンプの地下に水源を見つけたハジメが、〝錬成〟で掘り進め生活用水用の井戸を作ったという。これで水の心配はなくなった。

 

 次の日は丸1日を使ってテイマーの戦い方をシアとコロナモンに叩き込んだ。しかし、やっぱり息は合わず、終始苦戦することになった。

 コロナモンの希望から進化のカードを使ってはみるものの、なぜか進化も出来なかった。

 

「多分だけどデジモンとテイマーの関係が問題なんじゃないかな?」

「私とコロナモンの関係ですか?」

「私達も経験したんだけれどね、デジモンとテイマーの思いが重なって強くなったときに進化は起こるんだよ」

「ん。成長期はデジモンの思いだけでも進化できる。でも成熟期からはテイマーの思いも必要。私がそうだった」

 

 ユエの言葉にルナモンが頷く。彼女達もお互いに心を通わせて、信じる心で進化を果たした。

 

「そんなことないですぅ! コロナモンとは生まれてからずっと一緒だったんですよ!!」

「そうだぜ! シアの事は信頼しているし、ずっと思っている!!」

 

 反論するシアとコロナモンだが、香織とユエ、さらにテイルモンとルナモンも意見を変えない。

 

「だったら一度、2人で話し合ってみたらどうだ? 案外、得られるものがあるかもしれないぞ」

 

 テイルモンがそう言うが、2人は納得できなかった。

 結局この日の特訓はこれで終了した。

 

 ベースキャンプに戻ると今度は畑とため池ができていた。水源からの水の勢いが思ったよりも強かったため、農業ができるスペースを設けたのだ。

 森人族の中から農業の知識があるものが豆などを植えていた。ハジメは水源から水を引く用水路とため池、害獣対策のネットと悪天候時に作物を守る開閉式の屋根を用意していた。

 また、ハウリア族の捜索も開始しており、アルテナが10人の森人族がベースキャンプ付近を捜索に出ていた。残念ながら何も発見できなかったが、シアとコロナモンは深く感謝した。

 

 

 

 次の日からもシアとコロナモンのテイマー訓練は続いたのだが、結局うまくいくことはなかった。どうしてもシアが前に出てしまい、カードを使うタイミングが噛み合わない。コロナモンもシアを守ろうと前のめりになってしまう。

 このままでは訓練にならないので、香織とユエは最初のような個別の訓練に戻すことにした。

 2人は一緒の訓練の時に上手くいかなかったことを発散するかのように取り組んだ。

 コロナモンの特訓にはガブモンも参加し、コロナモンに火の出し方を指導した。

 

 この日もベースキャンプに戻ると、防壁に対魔物用の巨大な弩砲──通称、バリスタが設置されていた。これで防衛機能もさらに上がった。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 シアとコロナモンが再び個別の特訓をすることになった夜。シアとコロナモンは寝付けずにベースキャンプの中を散歩していた。

 

「はぁ~。何でうまくいかないんでしょう」

「……シアが前に出すぎなんだよ。戦いは俺に任せてくれよ」

「うぅ。でもでもコロナモン一人だと、ユエさんとカオリさん達の攻撃をさばけませんよ」

 

 シアの言う通り、最初は戦闘をコロナモンに任せていたのだが、経験の差から香織達の攻撃が当たりそうになり、そのたびにシアが割り込んでしまうのだ。そんなことの繰り返しで、香織達に負けてしまうのだ。

 そのことはコロナモンも分かっているので口を噤む。

 シアも自分がコロナモンの力を引き出せていないことは分かっているので、何も言わない。

 何となく気まずくなった2人が歩いていると、シアのウサミミが何かを感じた。

 

「んん?」

 

 音、ではない。地面が振動しているのを鋭敏な聴覚をもつシアが感知したのだ。

 気になったシアは振動を感知した方へ足を向ける。コロナモンもそれに続く。

 2人が向かった先はベースキャンプの隅のスペースで、アークデッセイ号や森人族の仮住まいから少し離れている。

 そこで、シアとコロナモンは驚くべきものを見た。

 

「────ッ!!」

「ッ!! ッツ!!!」

 

 薄い膜の中で狼を模した形状の黒い鎧を展開して戦うハジメだった。しかもその相手は、シアも見たことがあるガブモンが進化したワーガルルモンだ。

 ハジメが鬼気迫る表情でワーガルルモンに殴りかかり、ワーガルルモンは冷静に、最低限の動きで躱し、反撃を加える。

 傍から見れば互角の戦いだが、表情を見ればハジメの方が追い詰められている。

 そして、2人の拳がぶつかり合い、ハジメが吹き飛ばされた。

 

「は、ハジメさん!?」

「あ、待てよシア!」

 

 シアは思わずハジメの元に駆け寄る。コロナモンも彼女の後を追う。だが、

 

「ヘブッ!?」

「ブヘッ!?」

 

 薄い膜にぶつかり、張り付いてしまう。

 

「え? シア」

「何しているんだ?」

 

 2人に気が付いたハジメとワーガルルモンがそちらを見ると、膜に張り付いた2人が変な顔をしながら、変な体勢で止まっている姿があった。

 少し笑ってしまった。

 

 それからハジメ達は戦いを止めて、近くに置いていた十字架のスイッチを切る。すると薄い膜──〝聖絶〟結界(香織監修)が解除される。

 十字架の名前は『クロスシールド』。ハジメが作ったアーティファクトで、一定の範囲に強固な結界を展開する。

 この結界には防音機能も付与されており、ハジメとワーガルルモンが戦っても、その音が結界外に漏れることは無かったのだ。シアほどの感知能力が無ければ、気が付けなかった。

 

「どうしたんだこんな夜中に」

「さ、散歩していたら、揺れを感じまして」

 

 鼻を抑えながら答えるシア。

 ハジメは武装を宝物庫にしまい、普段着に戻っている。

 ワーガルルモンもガブモンに戻っており、同じように鼻を打ったコロナモンを診ている。

 

「あの、ハジメさん達こそ何を?」

「訓練だ。いざという時に、力を制御するためのだ」

 

 ハジメはオルクス大迷宮で大きな力を得た。しかし、その力をかなり持て余している。

 オスカー邸での一か月の準備期間でも、アーティファクトの作成を優先していた為、あまり訓練ができず、時間を見つけてはこうして訓練をしているのだ。

 

「俺は一度力を扱いきれずに暴れたことがある。その時はガブモンと香織達が止めてくれたけれど、いつまた同じことが起きるかわからない。だから力を制御する訓練が必要だ」

「だから、ガブモンと訓練をしていたのですか?」

「ああ。力が強すぎてワーガルルモンじゃないと受け止めきれないんだ」

「……そんな危ない力でパートナーを攻撃して平気なんですか?」

 

 コロナモンを見ながらシアは質問する。訓練とはいえ、暴走しかねない危険な力で、自分のパートナーデジモンに攻撃するハジメが、少しシアには信じられなかった。

 そんなシアに対して、ハジメは何でもないように答える。

 

「信じているからな」

「え?」

「ガブモンなら、俺が攻撃しても受け止めてくれる。仮に俺が暴走しても止めてくれるってな」

 

 ハジメはガブモンの頭に手を置くと優しく撫でる。

 

「ああ。約束した通り、ハジメが暴走しても俺が絶対止めてやるさ」

「頼りにしているぜ。……信じているからこうして訓練の相手を頼めるんだ」

「俺もハジメを信じているから、訓練の相手を引き受けられるんだ」

「サンキュ、ガブモン。こんなわけで、俺達は互いに信じているから、危険な力の訓練をできるってことだ」

 

 気負わずに言い合う2人には、間違って怪我をさせてしまうことに対する恐れなんて感じられなかった。

 ハジメの言葉を聞いて考え込むシアの次に、今度はコロナモンがガブモンに質問をする。

 

「でもさ、デジモンはテイマーを守る為にいるんだろ? だったらテイマーに危険なことをさせずに俺達が守れればいいんじゃないか?」

「確かにそれがいいかもしれない。実際、昔はそんな感じで戦っていた。でも、それだけじゃダメなんだ」

 

 ガブモンは思い出す。6年前の戦いの終盤、デジモンとテイマー達が1つになって進化したことを。あの時、初めてテイマーに背中を向けるのではなく、隣に立って一緒に戦った。

 そしてわかったんだ。デジモンテイマーは守られるだけの存在じゃない。自分達と一緒に戦う存在なんだって。

 

「コロナモンももっとシアの力を信じて見ろよ。シアは守られるだけのテイマーじゃない。勇気を持った強いテイマーだって」

「シアの力を」

 

 ハジメとガブモンの見立てでは、シアとコロナモンの間には確かな絆がある。

 しかし、2人はお互いを守る存在とみなしすぎている。シアは自分で孵して育てたコロナモンへの思いからか、コロナモンが傷つかないように飛び出してしまう。コロナモンはシアを守ることに意地になりすぎてしまう。

 結果として、2人の息が合わなくなっていたのだ。

 

「シア、コロナモン。俺達はもう寝るよ。2人もあまり夜更かしするなよ」

「おやすみ~」

 

 ハジメとガブモンはクロスシールドを片付けるとアークデッセイ号に戻っていった。

 

 残されたシアとコロナモンはしばし無言だったが、静かに話し始めた。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 翌日からシアとコロナモンの訓練は一味変わり始めた。

 予定通り、一緒の訓練はせず個別で訓練をしているのだが、より激しい訓練をするようになった。

 シアはハジメに頼んで武器を作ってもらった。

 使うことが出来る身体強化魔法を最大限に活かすための武器を彼女は求めた。それに応えてハジメは頑丈な大槌とガントレットを用意した。それらを使いこなしながら、シアは強くなっていった。

 コロナモンも訓練の相手に成熟期のテイルモンと、さらにルナモンにはレキスモンに進化してもらった。格上のデジモン達と激しい戦いを繰り広げながら、着実に力を身に着けていった。

 

 シア達の訓練が順調な一方で、ハウリア族の捜索は難航していた。

 拠点の整備が一段落したハジメがガルルモンに乗りながら捜索したのだが、全く痕跡が見つからなかった。

 それどころか、樹海の霧がどんどん深くなってきており、探索どころではなかったのだ。

 本来ならば霧が薄くなるはずなのに、おかしいとアルフレリック達も首をかしげていた。

 

 そして、ベースキャンプを始めてから10日目。

 

 シアとコロナモンは再びテイマーの訓練に臨んだ。

 

 ズガンッ! ドギャッ! バキッバキッバキッ! ドグシャッ! 

 

 荒野に響く凄まじい破壊音。岩は砕かれ、地面にはクレーターがいくつも出来ている。

 他にも地面の一部はドロドロに溶けていたり、凍り付いていたりしている。

 これらの破壊後を付けたのは2人の少女と2体のデジモンだ。

 

「でぇやぁああ!!」

「〝緋槍〟!!」

 

 ハジメに作ってもらった大槌を振り上げて殴りかってきるシアに対し、ユエは最上級魔法で迎え撃つ。今のシアは〝火球〟程度はものともしない。

 その証拠に、全てを燃やし尽くすはずの炎の槍を、シアは大槌を振るうことでかき消してしまう。ハジメが用意した大槌は頑丈さを追求した特別性だ。特別な効果こそないがとにかく頑丈で、ユエの最上級魔法でさえも簡単に壊すことはできない。

 それでも少し損傷してしまっており、大槌の端が欠けていた。

 だが、シアは動揺することなくユエに接近する。

 そして接近したところでシアの背中に張り付いていたコロナモンが飛び出す。

 

「《コロナックル》!!」

 

 さっきの炎の御返しだとばかりに、火炎弾を放つコロナモン。

 

「〝風壁〟!」

 

 ユエが風の壁でコロナモンの攻撃を防ぎつつ、小さな体を吹き飛ばす。

 吹き飛ばされたコロナモンを、ユエの傍にいたレキスモンが追撃する。シアは少しそちらに目を向けるが、コロナモンが大丈夫だという風に頷くのを見て、再びユエに向かっていく。

 

「《ムーンナイトキック》!!」

「《コロナックル》!!」

 

 レキスモンの蹴りとコロナモンの拳がぶつかり合う。

 世代差からコロナモンは力負けしてしまうが、勢いを幾らか減らしてダメージを最小限にする。

 そして着地すると、レキスモンに臆することなく戦いを挑む。

 シアもユエへと攻撃を加えていき、ユエも愛銃ロートを抜き、本気で戦い始める。

 

「本当に見違えたね」

「ええ」

 

 戦いを見守っていた香織とテイルモンがシア達の戦い方に感心する。

 この10日間でシアとコロナモンは見違えるほど強くなった。

 シアの魔法を活かすために無理にカードを使うのではなく、共に前に出て戦うという、デジモンテイマーのセオリーを無視した戦い方をしているが、互いの強さを信じることでゆるぎない強さを発揮している。さらに本当に危なくなったときは、発動する〝未来視〟で緊急回避し、カードスラッシュする隙を作っていく。

 これがシアとコロナモンが見つけた、2人のデジモンテイマーとしての戦い方だった。

 

 訓練にも熱が入っていき、いよいよ盛り上がってきたその時──!! 

 

「避けてください!!!」

「〝嵐帝〟!!!」

「《スマイリーボム》!!」

「《ビッグスマイリーボマー》!!」

「《エネルギーボム》!!」

 

 突然飛んできた何かが爆発した。咄嗟に〝未来視〟で自分たちの死が視えたシアの警告にユエが風の最上級魔法で自分達自身を吹き飛ばし、その場を離脱する。

 コロナモンもレキスモンが抱え、自慢の跳躍力で爆発を躱す。

 

「一体何が?」

「警戒して!!」

 

 混乱するシアの前にアイギスを構えた香織が出る。

 ユエとレキスモンも近づき、警戒を強める。

 そして香織達の前に、攻撃者達が姿を現す。

 

「ヨケタヨケタ」

「ツギハアテルアテル」

「ゴサシュウセイ。エネルギーサイジュウデン」

 

 鋼色の丸い身体に、赤いグローブを付けた可愛らしい姿をした3体のデジモン達。大きさや手足の形は異なっているが、3体とも似ている。シアとコロナモン以外の面々は見たことがあるデジモンだが、一応デジヴァイスでデータを確認する。

 

「マメモン。完全体。突然変異型。必殺技は《スマイリーボム》。やっぱりマメモンだ」

「ん。あっちもビッグマメモン。完全体。突然変異型。必殺技は《ビッグスマイリーボマー》」

「メタルマメモン。完全体。サイボーグ型デジモン。必殺技は《エネルギーボム》ですぅ」

 

 3人がデジヴァイスでスキャンしたデータを読み上げる。やはりマメモンとその関連種だった。

 

「マメモン3兄弟。温厚で優しい性格のデジモンのはずだけれど」

「あれ、正気を失っている?」

「か、完全体ってワーガルルモンとかと同じなんですか? 可愛らしいんですが」

 

 3人がお互いの所感を口に出す。

 一方、デジモン達はマメモン達への警戒を強める。

 

「コウゲキコウゲキ」

「バクゲキバクゲキ」

「エネルギージュウテンカンリョウ。ハッシャ」

 

 正気とは思えない様子のマメモン3兄弟が襲い掛かってきた。

 




〇デジモン紹介
マメモン
世代:完全体
タイプ:突然変異型
属性:データ
過酷な環境の元で進化した突然変異型デジモン。見た目の可愛さとは裏腹に恐るべき破壊力を秘めている。小さな体についている巨大な手は、それ自体が強力な爆弾になっていて取り外しが可能。愛称は“スマイリーボマー”。必殺技は敵に向かって飛んで行き、当たった瞬間に大爆発する巨大な手『スマイリーボム』。


ビッグマメモン
世代:完全体
タイプ:突然変異型
属性:データ
「スマイリーボマー」の愛称を持つマメモンの親玉的存在の変異型デジモン。実はマメモンの集合体ではないかとも言われている。通常のマメモンは幼年期デジモンと同等のサイズで、見た目の姿からは想像もできないほどのパワーを持っているが、ビッグマメモンはその名の通り、マメモンの何十倍、何百倍ものサイズである。しかし、このサイズでなぜ“マメモン”なのかは未だに不明である。性格はいたって温厚であり、争いや戦いは好まない。いつも子分のマメモン達と戯れている。必殺技は子分のマメモンそのものを武器にする『ビッグスマイリーボマー』。この技を使った後はサイズが小さくなるという噂だ。



今話はシアとコロナモンが強くなる決意について。原作ではハジメへの恋心でしたが、今作では家族に恥じないためにという感じなので、少し手古摺ってもらいました。そんなシア達に偶然ですが道を示して見せたハジメ。このままじっくりいつの間にか落ちて欲しいなあって思います。
そして最後に出てきたのはデジモンアドベンチャー02でベルサイユ宮殿で宴会をしていたマメモン3兄弟です。しかも何やら正気を失っている。果たしてどうなるのか、次話をお楽しみに。


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12話 思いを1つに 炎獅子ファイラモン(後編)

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未だ夏休みなので執筆できました。シアとコロナモンの進化回、後編です。


 特訓中のシア達の前に突然現れたマメモン3兄弟。

 ビッグマメモン以外の2体は幼年期デジモン並みに小さな体だが、完全体に相応しい力を秘めた強敵だ。

 

 〝もしもしハジメ君! 聞こえる!? 緊急事態!! 〟

 

 急いでベースキャンプのハジメに〝念話〟で連絡を取る香織だが、一向に返事がない。昨日までは連絡できていたはずなのに。

 

「向こうでも何かあったのかも」

「私達で何とかする」

 

 香織とユエはデジヴァイスとカードを取り出す。

 

「「カードスラッシュ! マトリックスエヴォリューション!!」」

 

 相手が完全体ならば、こっちも完全体で対抗する。スラッシュしたカードがブルーカードに変わり、テイルモンとレキスモンが進化する。

 

「テイルモン進化! ──エンジェウーモン!!」

「レキスモン進化! ──クレシェモン!!」

 

 2体が進化すると同時にマメモン達も攻撃を仕掛けてきた。

 

「《スマイリーボム》!!」

「《ビッグスマイリーボマー》!!」

 

 マメモンとビッグマメモンが両腕を飛ばす。マメモンの腕はそのまま爆弾に、ビッグマメモンの腕はなんとマメモンになって飛んでくる。

 

「《ホーリーアロー》!!」

「《ダークアーチェリー》!!」

 

 それに対し、雷の矢と闇の矢で迎撃する。

 だが、その隙をついてメタルマメモンが左腕のサイコブラスターの照準を合わせる。

 

「《エネルギーボム》!!」

 

 発射されたエネルギー弾がエンジェウーモンとクレシェモンに向かう。

 

「危ないですぅ!!」

「カードスラッシュ! 《ブレイブシールド》!!」

 

 シアの警告に香織が咄嗟にカードをスラッシュする。

 エンジェウーモンの前に現れたブレイブシールドが、エネルギー弾を受け止める。爆発するエネルギー弾にブレイブシールドは粉々になってしまう。その衝撃は強烈で2体は吹き飛ばされる。

 

「くっ!!」

「ううっ!!」

 

 苦悶の声を上げながら後退した2体を、マメモン3兄弟が追撃をする。

 

「バクハツバクハツ!!」

「バクゲキバクゲキ!!」

 

 2体の周囲をマメモンが高速で飛び回り、ビッグマメモンが両腕をマメモンにしながら、香織達の周囲を爆撃し始める。

 

「まずい。香織!」

「ユエ!」

 

 エンジェウーモン達は爆発が香織達に及びそうになり、守る為に動く。

 爆発を受けながらも、香織達に向かう爆弾を弾き香織達を守る。

 だが、そのせいで身動きが取れなくなってしまった。

 

「《エネルギーボム》!!」

 

 そこにメタルマメモンがダメ押しのエネルギー弾を撃ち込んでくる。

 

「《防御プラグインC》!!」

「《無効化プラグインP》!!」

 

 香織達のカードの援護で防御を固めるが、一方的に攻撃され続けてしまう。

 反撃したいのだが、マメモン達が高速で攻撃し続けるために動けない。香織が〝聖絶〟を張っても、完全体のマメモン達の攻撃力の前にはすぐに破られてしまう。

 ユエが魔法で攻撃しようにも、数が多くて手が回らないし、爆発の方がずっと威力があってかき消される。

 

「な、何とかしないとですぅ」

「俺が一体抑え込めれば」

「相手は完全体で空を飛んでいるんだよ。コロナモンじゃ歯が立たないし、それ以前にここから動けない」

「……くそっ。折角強くなったのに」

 

 シアとコロナモンが何とかしようとするが、香織の指摘に歯噛みする。

 その時、何かを考えていたユエがシアと香織に声をかける。

 

「シア。コロナモン。頼みがある」

「え?」

「カオリも手伝って」

 

 ユエは香織とシア、コロナモンに考えを話す。

 それを了承したシア達はすぐに動き始める。

 

「〝縛煌鎖〟!!」

 

 香織が発動した魔法の鎖が周囲に広がる。鎖はまるで生き物のように動き回り、砂埃を巻き起こした。

 一瞬マメモン達が困惑して動きを止めるが、直ぐに攻撃を再開する。

 爆発と元々あった砂埃が合わさり、さらに砂埃が起こる。

 

 それでも攻撃を続けるマメモン達だったが、砂煙の中から雷と氷の矢が飛んできてマメモンを撃ち落とした。

 

「ビビビッ!?」

 

 感電し、氷漬けになったマメモンが地面に落ちる。

 砂煙の中からエンジェウーモンとクレシェモンが飛び出し、ビッグマメモンとメタルマメモンと戦う。

 2体が守っていた香織達はどうなったのかというと、さっきまで彼女達がいた部分には大きな穴が開いていた。

 少し離れた地面が盛り上がり、その中から両手にドリルを装備したコロナモンが出てくる。その後からシアとユエ、香織が順番に出てきた。

 

「ん。作戦成功」

 

 ユエがガッツポーズをしながら言う。

 ユエの考えた作戦とはこのようなものだ。

 まず香織の〝縛煌鎖〟で砂埃を多く巻き起こし、姿を覆い隠す。

 その間にシアが《鋼のドリル》のカードを使いコロナモンに、地中を掘る能力を付与する。

 コロナモンに地面を掘ってもらい、そこを通って離脱する。念のために香織には最後まで残って〝聖絶〟を張ってもらう。

 全員が離脱したらエンジェウーモンとクレシェモンには、マメモン達のうち1体の動きを封じてもらう。

 その間に残った2体を確実に倒す。

 ユエの作戦が見事に成功した。

 

 エンジェウーモンとクレシェモンが残ったビッグマメモンとメタルマメモンを攻め立てる。特に強力なメタルマメモンをエンジェウーモンが攻め立て、クレシェモンがビッグマメモンを抑え込む。

 

 このまま攻め切れるかと思われたその時、

 

 ──《邪念眼》──

 

 どこからともなく黒い光線が放たれ、氷漬けになっていたマメモンに命中。解放されてしまった。

 

「何今の!?」

「カオリさん、マメモンが!」

 

 香織は今の光線がどこから飛んできたのか周囲を見渡すが、何も見つからない。それよりもシアが言うとおり、動きを封じていたマメモンが動き出した。

 

「コウゲキコウゲキ!!!」

 

 マメモンは再び戦闘に乱入する。このままでは数の優位でまた押されてしまう。

 だから、

 

「……俺が出る」

「コロナモン……」

 

 コロナモンが前に出る。小さな体に燃え上がる決意を宿して、シアの一歩前に出る。

 

「俺、ずっとシアの頑張りを見てきた。強くなるために必死になるシアの姿を。シアは、守られるだけのテイマーじゃない。ガブモンの言っていた言葉がわかったよ。俺はシアの強くなりたいっていう思いを信じている。だから、俺のシアを守りたいっていう思いも信じてくれ!」

「コロナモン……。私もですぅ。コロナモンのこと、どこかパルくんやネアちゃんみたいな、守るべき存在って思っていました。だってコロナモンも家族で、私がデジタマから孵したんですから。でも私を守りたいって思ってくれているコロナモンの意思を、思いを邪魔していたんですね。だから私も、コロナモンの思いを信じるですぅ」

 

 互いに互いを守りたいと思っていたため、どこかすれ違っていたシアとコロナモン。

 しかし、特訓の日々を経て強さを身に着けた2人はお互いの思いを受け入れ、信じることが出来た。

 

 2人の様子を見ていた香織とユエは嬉しそうに頷く。

 ユエは1枚のカードを取り出すとシアに投げ渡す。

 

「シア。進化のカードを」

「はいですぅ!」

 

 カードを受け取ったシアはデジヴァイスを取り出して、さっきの香織達のようにカードスラッシュを行う。

 

「カードスラッシュ! 《超進化プラグインS》!!」

 

 進化のカードの力がデジヴァイスを通してコロナモンに伝わる。その力をコロナモンは素直に受け入れていく。

 

「コロナモン進化!」

 

 コロナモンの肉体を構成するデータが分解され、再構築されていく。

 短い獅子は大きくなり、獅子と太陽のデータが強く表れる。さらに背中には輝く紅い翼が生えて、天空を駆ける雄々しい見た目になる。

 体の各所からは熱く燃え盛る焔が吹き上がる。

 〝空を駆ける獅子〟という異名を持つ獣型デジモンへと、進化を遂げる。

 

「ファイラモン!!」

 

 進化したファイラモンは雄々しく雄叫びを上げる。

 

「これがコロナモンの進化した姿!」

「ファイラモンさ。シア、行くぞ!」

「はいですぅ!」

 

 シアがファイラモンに飛び乗ると、力強く翼を羽ばたかせて飛び上がる。

 ファイラモンはエンジェウーモン達の戦いの邪魔をしているマメモンへと向かう。

 

「アラテアラテ。《スマイリーボム》」

「《ファイラボム》!!」

 

 マメモンが投げつけてくる爆弾に対抗して、ファイラモンも額に全身の力を集中させた火炎爆弾を放つ。

 2つの技は激突して爆発するが、衝撃は全てファイラモンの方に飛んでくる。

 やはり進化したとはいえ、成熟期では完全体のパワーに刃が立たない。

 

「だとしても! ファイラモンには私がいるですぅ! カードスラッシュ! 《高速プラグインHハイパーアクセル》!!」

 

 シアがスラッシュした移動速度を引き上げるカードのおかげで、ファイラモンの移動速度が急上昇。異名通りの〝空を駆ける獅子〟となったファイラモンが、縦横無尽に飛び回りマメモン達を翻弄しようとする。

 

「エンジェウーモンもファイラモンと一緒に撹乱して!」

「わかった」

 

 香織がデジヴァイスを通してエンジェウーモンに指示を出す。

 炎の獅子と純白の天女が空を舞い、マメモン達を撹乱する。

 その間にクレシェモンが動く。

 

「《ルナティックダンス》!!」

 

 相手を幻惑する動きでマメモン達をさらに混乱させる。そして、攻撃の手が止んだところで、まずはビッグマメモンに近づき両手に持ったルナ・ノワールで斬り裂く。

 だが、体が大きい分、耐久力が上がっているビッグマメモンは頑丈だ。

 故に、ダメ押しをする。

 

「《アイスアーチェリー》!!」

 

 ノワ・ルーナを組み合わせて作ったボウガンから、氷の矢を至近距離で放つ。

 一瞬でビッグマメモンの身体は凍り付き、身動きが取れなくなる。

 それを見ていたメタルマメモンが氷を砕こうと、左腕のサイコブラスターを向ける。だが、そうはさせないとファイラモンが飛び込んでくる。

 

「《フレイムダイブ》!!」

「邪魔はさせないですぅ!!」

 

 全身に炎を纏った急降下ダイブと、それに合わせてファイラモンの背中で大槌を振りかぶるシア。

 不意打ちだったこと、落下の勢いにシアの類まれない身体強化魔法で強化された膂力が合わさった一撃はメタルマメモンを吹き飛ばす。吹き飛ばされたメタルマメモンは荒野の一角に飛んでいき、何かに当たった。

 ガラスが割れるような音が響き、メタルマメモンがいた場所から何かが姿を現す。

 

 それは黒いモノリスのような尖塔。まるで闇を固めたような尖塔にメタルマメモンはめり込んでいた。

 

「あ、ああああああああああああああああああああっっ!!!???」

 

 その尖塔を見た香織は絶叫を上げる。なぜなら、あの尖塔を香織は見たことがあったからだ。

 ハイリヒ王国の王都から逃げ出した時、ネフェルティモンの背中から、闇夜の中でもわかる闇色のこの尖塔を見たのだ。

 そして、この尖塔は何なのか、香織はアニメ『デジモンアドベンチャー02』の知識から知っていた。

 

 ダークタワー。暗黒の海と言われるダゴモンが治める海に立つ建造物。

 周囲の環境を歪めてしまうこの尖塔は、アニメでは黒幕の様々な企みに利用されていた。

 その一つに、デジモンを操るというものがあった。あのマメモン達はどう見ても正気じゃない。だったら、

 

「エンジェウーモン! ダークタワーを壊して!!」

「わかった!」

 

 尖塔から何かよからぬ気配を感じていたエンジェウーモンが、香織の指示をすぐに実行する。

 左腕の飾りを伸ばし、弓の形にする。右手には雷の矢を生み出して、弓につがえる。

 隙だらけになったエンジェウーモンに残ったマメモンが近づくが、シアとファイラモンがそうはさせない。

 

「邪魔はさせないですぅ!」

「《ファイラクロー》!!」

 

 炎を纏った強靭な前足で飛び掛かる。マメモンは小さな体で受け止めるが、それでいい。

 ファイラモンが稼いだ時間で、エンジェウーモンの準備はできた。

 

「《ホーリーアロー》!!」

 

 放たれた矢はダークタワーを貫き、内包されていたエネルギーがダークタワーを破壊しつくす。

 ダークタワーが砕け散り消滅したことで、マメモン達は何かに苦しむように頭を抑える。

 

「これって……エンジェウーモン! 浄化をお願い。もしかしたらマメモンたちは!」

「《セイントエアー》!」

 

 エンジェウーモンから放たれた聖なる光が周囲を包み込む。すると苦しんでいたマメモン達の表情が和らぎ、落ち着いていく。

 こうして戦闘は終わった。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

「あーあ。遂にばれたな、ダークタワーが」

 

 香織達の様子を遠くから見ていた人影があった。香織達は知らなかったが、ハルツィナ樹海のダークタワーへメフィスモンが細工をした時に一緒にいた黒いローブの人物だった。

 

「まあ、問題ないだろ。何となく見に来たら予想外の収穫もあったしな」

 

 そう言いながら手に持った端末に目を落とす。そこにはメタルマメモンのデータがあった。

 

「それにメフィスモンの仕込みがそろそろ動く。そっちも見に行くか」

 

 黒いローブの人物がその場を去ろうとすると、その後ろに黒い影が現れた。

 

「おっと。忘れるところだった。お前も連れて行かないとな。アイズモン」

 

 その影とはギョロリとした目に小さな口を持つ、アイズモンが分散した姿のデジモン。

 アイズモン:スキャッターモードだった。

 さっき氷漬けになったマメモンを助けた攻撃も、このアイズモンの技だったのだ。

 黒いローブの人物とアイズモンはその場を離れた。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 香織達は気を失ったマメモン3兄弟を助け出し、横に寝かせていた。

 氷漬けになったビッグマメモンも、ファイラモンが炎で溶かして助け出した。

 しばらくするとマメモン達は目を覚ました。

 彼らは見知らぬ景色にデジモン達、そして人間の姿を見て混乱していたが、デジモン達が落ち着かせた。

 そして、今ここがデジタルワールドでもリアルワールドでもない異世界である事を説明すると、自分達に何が起きたのか話してくれた。

 

「僕達いつもみたいに兄弟仲よく遊んでいたんだ」

「そしたらいきなり変な渦に巻き込まれたんだ」

「その中で真っ黒な雷に打たれてから記憶が無くなって、気が付いたらここにいたんだ」

 

 どうやらさっきまでの記憶はないらしい。だとしたらやはりあれは何らかの力による暴走だったのだ。可能性が一番高いのはやっぱりダークタワーだろう。

 ダークタワーが壊れたことでマメモン達の暴走が収まり、エンジェウーモンの聖なる光で正気を取り戻したのだから。

 

「ダークタワーにはいくつかの機能があるってアニメでも言っていた。ダークタワーにデジモンを凶暴化させる力があるなら、納得できる」

「そうなんですか。あの、手荒な真似をしてごめんなさいですぅ」

「すまなかった」

「気にしないでくれ」

「むしろ助けてくれてありがとう」

「ああ。本当に助かった。だから気にしないでくれ」

 

 香織と同じくアニメを見ていたユエが推論を述べる。

 シアとファイラモンは仕方なかったとはいえ、傷つけてしまったことを謝罪する。

 マメモン達も自分達を助けるためだったからと、気にするなと言う。

 

「ようやく念話が繋がったよ」

 

 ここで香織が声をかける。さっきまで繋がらなかったハジメへの念話がようやく繋がったのだ。

 恐らく念話が繋がらなかったのもダークタワーが原因だったのだろう。

 香織は早速ハジメに何が起きたのか説明しようとするが、それよりもハジメからとんでもない内容が伝えられた。

 

 〝簡潔に説明するぞ! 

 フェアベルゲンから俺達を襲おうと熊人族を中心とした集団がやってきた。

 そいつらをアビスライダー仮面戦隊と名乗る謎の集団が強襲。

 乱戦になっているところで熊人族の1人が神の使徒になって族長の腕を斬り落とした。

 そのまま俺は神の使徒と戦いになった。

 そしたら今度は樹海の中からでかいアンデッドデジモンが出てきて神の使徒を喰いやがった〟

 

「どんな状況!?!?」

 

 思わず叫んだ香織は間違っていない。一体、ベースキャンプで何があったのか。

 

 




〇デジモン紹介
メタルマメモン
世代:完全体
タイプ:サイボーグ型
属性:データ
“スマイリーボマー”の異名を持つマメモンが更に強力に進化したサイボーグ型デジモン。相変わらず見た目の可愛さにだまされると痛い目を見る。体の9割は機械化されており、左腕に装備されたサイコブラスターから発射される必殺技『エネルギーボム』は絶大な破壊力を持ち、確実に敵をしとめることができる。



ファイラモン
世代:成熟期
タイプ:獣型
属性:ワクチン
“空を翔る獅子”と異名をもつ獣型デジモン。デジタルワールドのとある遺跡を守護しており、面倒見の良いリーダー的な存在でもある。必殺技は、全身に炎をまとい、上空より急降下突撃をする『フレイムダイブ』と、炎をまとった強靭な前足で敵を引き裂く『ファイラクロー』。また、額に全身の力を集中させた火炎爆弾『ファイラボム』を放つ。



シアとコロナモンの進化回の後編でした。
なかなか戦闘構成が難しかったです。本当はビッグマメモンを分裂させたりしようかなって思ったんですが、それだと3兄弟にならないので断念しました。

一皮むけたシアとコロナモンが今後どんな活躍をしていくか、お楽しみに。

さらにその裏で暗躍する者達。黒いローブの人物に加え、檜山の右腕になったアイズモンの分裂体。さらにはハジメ達のベースキャンプで何があったのか。
そろそろいろんなネタ晴らしに行きたいですね。

いったいあびすらいだーかめんせんたいってなんなんだろうなー。


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13話 嘆きの骨獣 スカルバルキモン

感想・評価・お気に入り登録ありがとうございます。
いろいろ詰め込みました。本来なら分割するべきだと思う文字数なんですが、はやめに明かしたいと思いまして、1章並みの文字数です。



 シア達が特訓をしていたのと同じ頃。

 フェアベルゲン近郊では、ダークタワーが邪悪な気配を漂わせていた。

 タワー内部からは邪悪なエネルギーが今にも溢れ出しそうな程、膨れ上がっている。

 もはや偽装も意味をなさない。

 メフィスモンが捕らえたバルキモンに掛けた魔術。それはデジモンとダークタワーを融合させるものだった。暗黒物質の塊ともいえるダークタワーを、無理やり自身のデータに書き加えられたバルキモンはデジコアが変質し、闇黒進化を始めてしまった。

 そして今この時、進化は終わった。

 

 カッと黒い閃光が弾け、中から巨大なデジモンが姿を現す。

 

 ──オオオオォォォンン──オオオオオオォォォ──ンンッッ──

 

 怖い、苦しい、痛い、泣きたい、憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い!!! 

 そんな強烈な負の感情しか感じられない鳴き声を上げながら、そのデジモンは動き出す。

 骨のような見た目とダークタワーと同じくらい巨大な肉体は、ハジメ達が遭遇したスカルグレイモンを彷彿とさせるが、デジコアから溢れ出す黒い冷気は、周囲の動植物を死の恐怖に陥れ、黒く染めていく。赤く輝く瞳には鳴き声と同じく、負の感情しか浮かんでいない。

 現れたデジモンは死の冷気を振りまきながら移動し始める。

 これこそがバルキモンが、ダークタワーと融合進化してしまったアンデッド型デジモン。

 その過程でバルキモンの命は尽きてしまい、その屍から無理やり蘇生して進化した。その呪いが、振りまかれる死の冷気だ。

 哀れなこのデジモンの名はスカルバルキモン。

 感情や知性は存在せず、求めるのは強いエネルギーがある場所。

 

 目的は、この苦しみを終わらせること。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 樹海の中をハジメ達のベースキャンプへ向かって進む集団がいた。

 熊人族の族長、ジンを中心としたフェアベルゲンの主力部隊だ。

 彼らの目的はシアやハジメ達の討伐だ。

 忌み子であるシアに加え、人間族のハジメたちまで、亜人族の領域である樹海にいることに我慢ならなかったのだ。

 アルフレリックの懇願で一時は見逃していたが、それもここまで。

 未だこの樹海に居座り、さらには集落まで築いているという。

 どういうわけか他の森人族まで付いていったことには驚いた。それに対抗するためにジンは、フェアベルゲンの主力部隊を動かした。武闘派のジンが主導したことで他の長老に反対する者はおらず、賛同する者以外は静観した。

 流石にフェアベルゲンを留守にするわけにはいかないので、部隊全員ではなかったが、ジンが信頼する者達で固めた精鋭100人が付き従った。

 ジンが最も信頼する副官が調べ上げてきた、ハジメ達のベースキャンプの場所へと迷うことなく進んでいく。

 そして、遂にハジメ達のベースキャンプが見えてきた。

 彼らの前に立ちはだかるのは、フェアベルゲンのものにも引けを取らない門と防壁だった。

 

「報告にあったとはいえ、人間族の力を借りるとは。亜人族としての誇りすらも失くしたかアルフレリック。もはや問答は無用だ! あれしきの門、破壊してくれる!」

「ジン殿。攻城戦の用意も出来ております」

「よし。前に出ろ! あの生意気な壁を破壊しろ!」

 

 巨大な木の槌を持った者たちが前に出る。これで城壁を破壊しようというのだ。

 数日前に副官が用意してくれたこの武器なら問題ないと頷くジン。

 

 ここで、今まで攻城戦などやったことが無いフェアベルゲンの者である副官が、なぜこんな兵器を用意できたのか、不自然に思えただろう。しかし、なぜかジンも部隊の者達も疑問に思わなかった。

 

 副官と同じくジンの右腕的な存在でもあるレギン・バントンが率いる小隊が、攻城戦の為に前に出る。

 その頃になると、ベースキャンプの方も迎撃準備を整えていた。

 森人族の弓の使い手が、門と城壁の上から矢をつがえている。その中からアルフレリックが進み出る。アルテナはハウリア族の捜索のために出払っていて不在だ。

 

「何用だ。ジン・バントン」

「知れたことよ。忌み子と人間族の側に付き、樹海を荒らす裏切り者に鉄槌を下しに来たのだ!!」

「長老会議の約定により、我らには手を出さないはずではないのか?」

「そんなものさっさと樹海を出て行かないのが悪い! 貴様らがさっさと出て行けばよかったのだ!」

 

 アルフレリックの問いに、ジンが答える。しかしその答えは、いささかこじつけに近かった。確かに手を出さないという事しか決めていなかったが、こんなに早く手を出してくるとは。

 アルフレリックは何とか対話でことを収められないかと口を開こうとするが、ジンに副官が声をかける。

 

「また口八丁手八丁で我らを言いくるめるつもりですよ。構わず攻撃しましょう」

「そうだな。レギンやれ!!」

「はっ! 全員かかれ!!」

 

 ジンの命令にレギンが自分の部隊を率いて動き始める。

 アルフレリックも最早戦いは避けられないと、弓を構える。その横に姿を隠していたハジメが現れる。

 

「アルフレリックさん」

「ハジメ。……はぁ、とうとう起こってしまった」

「なんというか、ここまで頭でっかちだったんですか? 長老というか、まとめ役らしからぬ振舞いですが」

「わからん。ジンが子供のころから知っているが、ここまで考え無しではなかった。一体どうしたというのか……」

「とにかく迎え撃つしかないですね」

「ああ。あの木槌を持つ者の腕を狙え。何としても門を守るのだ!」

 

 苦い表情を浮かべながらもアルフレリックは指示を出す。

 

 

 

 だがその時──不思議なことが起きた!! 

 

 

 

 ボンボボンッ!! 

 

「うわっ!?」

「なんだっ!?」

「け、煙がッ!?」

 

 突如、レギン達のど真ん中で煙が発生し、彼らは混乱する。

 アルフレリックとハジメ達も何事かと思い、攻撃しようとした手を止める。

 両社が足を止めていると、立ち込める煙の中を黒い影達が駆け抜ける。

 影がすれ違う度にレギン達の部隊の熊人族達が手足をナイフ等で斬り裂かれ、「あぐっ」「ぐわっ」「うぅ」と悲鳴を上げる。

 部隊の者達を一方的に攻撃しながら駆け抜け、影達は門の前に集結する。

 

「何者だ!?」

 

 ジンが傷ついた者達を下がらせ、代わりに前に出て影達に正体を問いかける。

 煙が徐々に腫れていき、影達の正体が明らかになる。

 奇妙な集団だった。黒いマントにバンダナを身に纏い、顔を隠している。

 背丈も体格もバラバラで、さらには黒いマフラーを靡かせた者達が7人の集団だった。

 その内、真ん中の人物が一歩進み出てジンに相対する。

 

「我らの名を名乗る前に、1つ問いたい。貴殿たちはなぜあの者達へ攻撃しようとした?」

「ふん。なんだ? 貴様たちも森人族の者達か?」

「否。我らは影に生き影に消える者。だが、目の前で不条理な争いが起きようとしているのに静観できん」

「部外者ならば黙っていろ!! 邪魔立てするのならばあそこにいる忌み子と裏切り者、人間族と共にまとめて殺す!!」

「……それが理由か」

 

 ジンの言葉を聞いた人物はマントに手をかけ、勢いよく脱ぎ捨てる。残りの6人もマントを脱ぎ捨てる。

 マントの中から現れた彼らの格好は、全身黒ずくめの動きやすい軽装をしていた。両手には短剣やナイフ、吹き矢等の暗器を装備している。

 

「聞けい!」

「影に生き、影に消える定めを背負い!」

「闇より暗き深淵の使徒!」

「しかして、その心は義を忘れない!」

「大いなる元帥と」

「煌めく皇女の名の下に」

「我ら仁義の刃を振るう!!!」

 

 クルッとターンを決めてビシッとポーズを決める集団。

 なんだかハジメは既視感を覚えた。

 

「「「「「「「我ら! アビスブレイダー/ライダーアビィ/仮面アビス/アビィスニウム戦隊/深淵必滅隊/シンエンジャー/アビスX!!!」」」」」」」

 

 空気が──凍った。

 

『『『…………………………』』』

 

 御大層な口上を述べていたのに、最後の最後で全員の言葉が揃わなかった。

 集団も動きを止めている。

 

「タイム」

 

 真ん中の人物、おそらくリーダーが両手でTの字を作ると、集団全員が身を寄せ合って相談を始める。

 

「おい! さっき決めただろう? 我らの名前はアビスブレイダーだと!」

「いやこのマフラーからして仮面アビスだろう?」

「どこに仮面があるんだよ!? だったら元帥から聞いたライダーの方が良いって。ライダーアビィ!」

「貴方たち何言っているのよ! 私達チームなのよ? だったら戦隊よ戦隊! アビィスニウム戦隊!」

「ふっ。みんなセンスないですぜ? やっぱりここは深淵必滅隊でさぁ」

「いえいえ! それよりもシンエンジャーの方が!」

「シンプルイズベスト! アビスXこそが!!」

 

 ギャイギャイと自分達の名前を主張し合う集団。

 

「なあ、ハジメよ。あの者達はなんと名乗ったのだ?」

「アビスライダー仮面戦隊しかわかりませんでした」

「珍妙な名前だな」

「うーん……なんというか、所々聞き覚えがあるんですよねえ」

 

 ハジメは苦笑しながらゴーグルを下ろす。もしかしたらあの集団の中には、ハジメが思い浮かべている人物がいるのではないかと思い、ゴーグルで見てみる。

 だが、しびれを切らしたジンが怒声を上げた。

 

「ええい! おちょくっているのか貴様ら!! いいだろう。邪魔するのならば、まずは貴様らを血祭りにあげてやる!!」

 

 ジンの号令と共に無事だった熊人族と部隊の者達が集団──仮称:アビスライダー仮面戦隊に襲い掛かる。

 言い合っていた彼らだが、すぐに止めると、武器を構えてバラバラに散る。

 

「いでよ! 深淵の使徒達よ!!!」

 

 さらにリーダーの号令と共に茂みの中から彼らと似たような風貌の者達も現れて、ジン達に襲い掛かる。

 突然の強襲にジン達は対応できず、もろに攻撃を許してしまった。

 その結果は──蹂躙だった。

 

「ほらほらほら! 深淵の牙から逃げられるかあっ!?」

「影は捉えられない。逃げても無駄よ」

「デッドリーファントムストリーム!!」

 

 亜人族の最強種と名高い熊人族とそれに匹敵する実力を持つ者達、ジンが集めた精鋭部隊がアビスライダー仮面戦隊に翻弄され、手も足も出ない。

 彼らは個々の実力はジン達以上ではない。しかし、気配の強弱の調整に死角からの攻撃、そして連携の練度が凄まじい。時折、追加の煙を発生させる煙玉を使い、隠密性を上げている。

 ジン達の得意な戦いを徹底的にさせない戦い方は、防壁の上から戦いを見ていたアルフレリックとハジメ達見えており、素晴らしい戦い方だった。

 

「お、おのれええええ!!!」

 

 部下たちがなす術もなくやられる姿に、激昂したジンが愛用の武器である戦斧を振り上げて、先ほどのアビスライダー仮面戦隊のリーダーに襲い掛かる。

 

「ふっ」

 

 それを鼻で笑い、リーダーは戦斧による一撃をするりとターンで躱すと、ジンの懐に潜り込み、ナイフを一閃。そしてすぐさま離脱する。

 

「ぐうっ!?」

 

 胸元を斬り裂かれ、苦悶の声を上げるジン。しかし、流石は族長というべきか。武器を落とさず、構えている。

 だが、突然体から力が抜けてすぐに取り落としてしまった。

 

「ぐうっ!? か、体に力がッ!?」

「ナイフには樹海の毒草から作った毒を塗っておいた。早めに解毒することをお勧めする」

「お、おのれ。卑怯な」

「我らや彼らを殺そうとしただろう? ならばこちらも手段を選ぶつもりはない。そうなる覚悟もなかったのか?」

「ぬぐぅ……」

 

 言い負かされて悔しそうに歯噛みするジンは、毒が回ってきたのか膝をついてしまう。もっともこの毒は動けなくするだけなので命に別状はないが、そんなことを知らないジンは焦燥感にかられる。

 見て見れば他の部隊の者達も制圧されていた。

 もはや戦いの決着は付いた。

 その時、ジンは何かに気が付いた。

 

「そ、その声、思い出したぞ! 貴様、ハウ「ていさぁ!!!」りごはうあっ!?!?」

 

 何かを言いそうになったジンをリーダーが蹴り飛ばす。

 リーダーは何やら焦ったように捲し立て始める。

 

「ななな、なにを言っておる! 我らは闇に生き闇に消える深淵の使徒!! 貴様とは初見だ! さあ毒が回りきらぬうちに敗北を宣言せよ! そうすればフェアベルゲンまで送り届けよう!!」

「ぐ、うう……」

 

 リーダーの言葉に痛みに呻きながら、そうするべきだと考える。

 もうすでに部隊は壊滅しているし、ハジメ達のベースキャンプを攻め落とすことも不可能だ。

 シアやアルフレリック達への怒りは収まっていないが、頭の冷静な部分では負けていることを理解している。

 もはやリーダーの言葉を飲むしかない。

 そう考えていたジンの傍に、副官がやってきた。

 どうやら傷は負っていないようで、しっかりと歩いている。

 

「す、すまん、副官。俺の代わりに、皆に撤退の、指示を」

 

 毒により蝕まれている身体を必死に動かし、右手で副官の足を掴んで懇願するジン。

 しかし、副官はそれに答えず、取り出した剣を一振りした。

 

「ぐあっ!?」

 

 振るわれた剣は、足を掴んでいたジンの腕を斬り飛ばした。

 突然の副官の行為にジンも、リーダーも、そしてハジメ達も動きを止めて、副官を見つめる。

 

「ふ、副官どの! 一体何を」

「まったく。これだけお膳立てしましたのに、満足に踊ることも出来ないとは。所詮獣は獣ですか」

 

 右腕を斬り飛ばされて痛みに呻くジンに代わりレギンが問いかけるが、副官は答えずに冷たい声音で言い放つ。

 今までの副官とは異なる態度に、ジンを始めとする熊人族達は混乱する。

 それは様子を見ていたアビスライダー仮面戦隊のリーダーや、ハジメ達も同様だった。

 

「アルフレリックさん。あの熊人族はなんというものなんですか?」

「いや、詳しくは知らん。ある時からジンが副官にした者としか。なにせ他の長老のことについては深く聞かなかった」

「では、名前は? それくらいは知っているのでは?」

「ああ。名前は……」

 

 副官の名前を言おうとして言い淀むアルフレリック。何と、副官の名前が出てこなかったのだ。いや、思い返せばあの副官は名乗ったことが無かった。ジンも名前を言わず、ずっと「副官」と呼んでいた。それをずっと気にも留めていなかった。

 

「何という事だ。我らはあの副官の名前を知らない。一体、あの者は何者なのだ!?」

「その正体ももうすぐわかると思います。……香織達に連絡が取れないのも気になりますね」

 

 頭を抱えて混乱するアルフレリックの横で、ハジメはゴーグルで副官を調べる。それと同時に、香織達にも念話で連絡を取ろうとしているのだが、なぜか繋がらない。

 そのことを頭の片隅で考えていると、副官はハジメに向かって剣を投げてきた。

 

「っと」

 

 それを左腕で受け止める。いくら膂力に優れる熊人族とはいえ、防壁の上にいるハジメに向かって、とんでもない勢いで正確無比に投げるとは、些かおかしい。

 

「覗き見とは不快ですね。やはり私が直々に全てを終わらせましょう」

 

 副官の身体が光り輝く。光の中で、熊人族だった見た目が大きく変わっていく。

 熊の耳は消えて、髪は大きく伸びていく。

 服装も白を基調としたドレス甲冑を身に纏う。

 背中からはバサリと美しい銀翼が広がる。

 その姿はオルクス大迷宮の最下層で出会った、エガリ・エーアストと瓜二つだった。

 

「神の使徒ゼクスト。不要になった盤上の駒を廃棄します」

「やっぱり神の使徒か。ガブモン!!」

 

 ゴーグルの解析結果で副官の正体を看破していたハジメは、急な展開に動けない周囲の者達を守る為に前に出る。

 当然、ガブモンも一緒だ。

 

「カードスラッシュ! 《マトリックスエヴォリューション》!!」

「ガブモン進化! ──ワーガルルモン!!」

 

 ガブモンはガルルモンを飛び越えてワーガルルモンに進化を果たし、背中のサジタリウスを広げて飛び上がる。

 ハジメも技能の〝空歩〟で空中に足場を作り出し、続けて飛び上がる。

 

「まさか神の使徒が亜人族の首脳陣に紛れ込んでいたとは。いや、教会が無い亜人族を洗脳しているなら当然か」

「我らの事を知っていますか。デジタルモンスターを連れていることと言い、かつての危険分子に匹敵するようですね」

「危険分子、ね。解放者の事か?」

 

 ゼクストの言葉から解放者の事を問いかける。

 

「迷宮の攻略者ならば知っているのは当然ですか。やはり、消しましょう」

 

 ゼクストは両手に大剣を取り出すと、切っ先をハジメとワーガルルモンに向けた。

 

「来い! 《メタルストーム》! 《ガルルバースト》! 《ガルルトマホーク》!!」

 

 ハジメは宝物庫から自身に宿ったメタルガルルモンのデータを解析して生み出した武装を展開する。

 左腕にガトリング砲《メタルストーム》。両肩と脚部には小型ミサイルポッド《ガルルバースト》。右腕には巨大ミサイル《ガルルトマホーク》を身に着ける。

 ハジメは神の使徒ゼクストと戦闘を開始した。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 樹海の中を走る人影が3つあった。

 彼らは自分たちが保護している者達が、戦っていることを聞き、その場へと急行していた。

 きっかけは今朝方、亜人族の部隊が何やら怪しい装備で移動しているのを樹海の探索中に見つけたことだった。

 故あってフェアベルゲンの者達と接触したくない彼らだったが、流石に怪しかったので監視させていた。

 その間に3人は彼ら本来の目的を果たすために、少し樹海の外へ赴いていた。

 だがそこに、監視させていた者達からの伝令がやってきて、戦闘が始まったことを知らせてきた。

 状況を聞くにやむを得ない場面だったことはわかるが、彼らはまだ戦闘訓練を始めて1ヵ月ほどしかたっていない。不測の事態が起きないとも限らない。幸い戦闘の場所は樹海の外れなので、樹海を通らずに駆け付けることが出来る。

 駆ける彼らのうち、1人が何かに気が付く。

 

「むっ?」

「どうした?」

「樹海の方から何やら強い気配を感じます。おそらく、デジモンです。それもかなり強い」

「なんと。でしたら急ぎませんと」

「ええ。先行してください。私たち二人は後から追いつきます」

「それがいいですわ」

「かたじけない。マイ・ミストレス」

 

 2人の言葉を受けた1人が急加速する。その行く先は、ハジメ達のベースキャンプだった。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 一方、ハジメ達と神の使徒ゼクストの戦いは一方的な展開と結末になった。

 

「バカな、こ、こんなことが……!?」

 

 ボロボロの身体を氷漬けにされて身動きできないゼクストは、自身の状況が理解できなかった。

 戦いが始まってから、終始ハジメ達が圧倒していた。

 ゼクストのあらゆる攻撃に対して、ハジメは自身が作り出した武装を駆使して対処した。

 

 2本の大剣による剣術は悉く見切られた。そもそもワーガルルモンの格闘戦に付いていけなかった。

 分解魔法による砲撃は、撃つ動作をした瞬間にメタルストームのガトリング弾を浴びせられキャンセルされた。

 分解効果を持つ銀翼をばら撒こうとすれば、全てガルルバーストのミサイルで撃ち落とされた。

 そうして全ての攻撃手段を封じられ、ボロボロになったところに、ワーガルルモンのカイザーネイルと、ガルルトマホークの巨大ミサイルが直撃し、地面に落とされた。そして、氷漬けにされて動けなくなった。分解魔法で氷を消そうとするのだが、なぜか消えない。

 

「なぜ……なぜなのですかっ!?」

「答える必要がないな」

 

 本来ならば、全てのステータスが12000であり、あらゆるものを分解する魔法と自在に空を飛ぶことが出来るゼクストは強大な難敵だ。加えてエヒトから無限の魔力供給を受けているため、限界というものが存在しない。

 

 そんなゼクストを、ハジメ達は無傷で圧倒して見せた。

 なぜならオルクス大迷宮のオスカー邸で滞在中、ハジメ達は元神の使徒だったエガリと戦闘訓練を重ねていたからだ。

 今後、エヒトの下僕である神の使徒と戦いになることはわかっていたので、戦い方と対策を徹底していた。氷が分解できないのも、分解魔法を無効化する魔法効果をミサイルに付与していたからだ。ミサイルが炸裂することで生み出された氷は、分解魔法では破壊されないのだ。

 その成果が表れていたのだ。

 解放者がいた時から神の使徒がスペックアップしていることを危惧していたが、懸念だったようだ。

 奥の手であるハジメのハイブリット化を使うまでもなかった。

 それでも警戒心を解かずに、ハジメはメタルストームの銃口を眼前に突き付けながら、ゼクストへ尋問を始める。

 

「さて、なんの目的で亜人族の中に潜入していたんだ……と言っても予想は出来るが」

「くっ。お、おのれ」

「大方、亜人族を神が望むような脆弱な種族のままにするためだろう?」

「……ふふふっ。その通りですよ」

 

 ハジメの言葉に、吹っ切れたのか笑いながら肯定するゼクスト。

 

「亜人族を我が主エヒト様の玩具として、いつでも使えるように飼育しておく。それこそが私の役目。愚かな獣風情は主の盤上を賑やかす役目を果たすまで、みっともなく森の中で縮こまっていればよいのです」

「そのために亜人族達が発展するのを妨害し、魔力を持つ亜人を忌み子として追放させたんだな。500年前から」

「ええ。獣風情は騙しやすかったです。まあ森人族は多少厄介でしたが、数が少ないのなら大きな流れに逆らえない、同じく無力な存在です」

「洗脳魔法か。それで亜人族達の認識をいじっていたんだな。いや、そこまでしなくても簡単に意識を誘導するだけでも十分か」

 

 完全な洗脳をする必要は無い。魔力を持つ者への悪感情を持っている者達の意識を少し過激な方向に誘導させれば、周囲を巻き込んで大きな流れを生み出していく。

 500年前の魔力を持つ亜人族達の追放も、種を明かせば彼女の暗躍だったのだろう。

 それを聞いたゼクストはニヤリと笑い肯定する。

 

「流石。考える頭のない獣とは違いますね。それも最早ここまでですか」

「そうだ。これ以上は、亜人族達の意思への介入はさせない」

 

 2人の会話はアルフレリックとジン達にも届いていた。

 アルフレリックはハジメから神の使徒が暗躍している話を聞いていたので、落ち着いて森人族達を落ち着かせていた。

 一方、全くの寝耳に水の話だったジン達は混乱する。

 信頼していたはずの副官が全く違う存在に変わり、見たこともない強力な魔法を使いまくった。挙句の果てに、長年にわたり自分達を獣と見下し、操ってきたというのだ。

 もはや怒ればいいのか、嘆けばいいのかわからず、全く体が動かない。

 

 彼らがこれからどうするか、ハジメは頭の片隅で考えながら、メタルストームの引き金を引こうとする。

 だが、彼の頭にユエの言葉が過る。

 

 ──0から1になるのはもっと考えて決めてから──

 

 神の使徒は人間ではない。エヒトにより作られた人形で、基本的に魂はないとされている。

 それでも見た目は人間だし、意志を持っている。解釈によっては生きているともいえる彼女を殺すことに、ハジメは逡巡を覚えた。

 やはり、まだハジメにも覚悟が定まっていなかった。

 ゼクストがそんなハジメの逡巡を感じ、訝し気に目を細めたその時、ズシンッ──ズシンと大きな地鳴りが起き始めた。

 ハジメはゼクストが何かしたのかと思ったが、ゼクスト自身も怪訝な顔をしていた。

 そして、樹海の中から樹々をなぎ倒し、巨大な生き物が現れた。

 

 ──オオオオオオォォォ──ンンッッ──

 

 全身が骨でできた巨大なアンデッドデジモンだった。

 

「ハジメ! デジモンだ!」

「ああ!」

 

 ゼクストの傍から離れ、戦闘体制を取るワーガルルモンと、両手の武装を仕舞いデジヴァイスを構えるハジメ。

 デジヴァイスにはデジモンのデータが表示された。

 

「スカルバルキモン。完全体。アンデッド型デジモン。必殺技は『グレイブボーン』と『デッドリーフィアー』」

 

 フェアベルゲン近郊でダークタワーと融合進化して生まれたスカルバルキモンが、ここに現れた。

 スカルバルキモンは驚愕する周囲に構わず、ハジメ達に向かってくる。

 その巨大な前足を振り上げ、叩きつけてくる。

 巨大な足で敵を踏み潰し、地中に埋没させる《グレイブボーン》だ。

 

「ワーガルルモン!」

「《カイザーネイル》!!」

 

 ハジメの指示に即座に反応したワーガルルモンが、必殺技の爪撃で対抗する。

 2体の技は拮抗し、強烈な衝撃が周囲に広がる。

 

「ぐっ、離れろハジメ!!」

 

 ワーガルルモンの警告に反射的に飛び退くハジメ。同時に前足と爪が弾け、2体のデジモンも吹き飛ぶ。

 ワーガルルモンは誰もいないところに静かに着地したが、知性のないスカルバルキモンは地面を大きく揺らす。

 必殺技のぶつかり合いとスカルバルキモンが起こした振動によって、ゼクストを拘束していた氷に罅が入り始める。

 これならばと、ゼクストは力任せに氷を砕き、戒めから抜け出す。

 

「不測の事態でしたが、幸いでした。ここは引くことにしましょう」

 

 飛び上がり離脱を図るゼクストだが、彼女にスカルバルキモンの冷気が纏わりつく。

 

「な、何ですかコレは!? ……あ、ああああああああああああああああああああっっ!!!???」

 

 冷気に触れた瞬間、ゼクストに途轍もない死の恐怖が沸き上がる。スカルバルキモンが身に纏う呪いの力だ。

 感じたことのない猛烈な死の恐怖に動けなくなるゼクスト。そんな彼女にスカルバルキモンが迫る。

 

 そのままスカルバルキモンは、ゼクストを一飲みにした。

 

 これが数百年の間、亜人族を裏から操っていた神の使徒の最後だった。

 ゼクストを飲み込んだスカルバルキモンはしばらく動きを止める。

 この隙に何とか香織達を呼び戻そうと念話で呼びかけるハジメだが、相変わらず繋がらない。

 

(もしかしてスカルバルキモンのせいなのか)

 

 原因を予想し、スカルバルキモンに目を向ける。

 すると、スカルバルキモンから白銀の光が漏れ出し始めた。

 さっきからおかしなことが起き過ぎだと内心で思っていると、ようやく香織に念話が繋がった。

 もしかしたらスカルバルキモンのあの光のせいなのかと思いながらも、簡単に状況を伝える。

 

 〝簡潔に説明するぞ! 

 フェアベルゲンから俺達を襲おうと、熊人族を中心とした集団がやってきた。

 そいつらを、アビスライダー仮面戦隊と名乗る謎の集団が強襲。

 乱戦になっているところで熊人族の1人が神の使徒になって、族長の腕を斬り落とした。

 そのまま俺は神の使徒と戦いになった。

 そしたら今度は、樹海の中からでかいアンデッドデジモンが出てきて神の使徒を喰いやがった〟

 

 一息にさっきから起きていたことを説明するが、当然向こうは困惑する。

 

 〝どんな状況!?!? 〟

 〝俺にもわからん! とにかく急いで戻って来てくれ! エンジェウーモンの力が必要だ! 〟

 

 アンデッド型デジモンが相手なら、聖なる力を持っているエンジェウーモンの技が効果的だ。

 それだけを伝えると念話が切れた。

 スカルバルキモンを見ると白銀の光も収まっていき、再び動き始めた。

 カパリと大きな口を開くと、そこに白銀の光が収束していく。

 その光がなんなのか知っているハジメは急いで声を出す。

 

「全員離れろ!!!」

 

 ハジメの声と同時に、スカルバルキモンの口から光が放たれた。

 それはゼクストの分解魔法の砲撃。あらゆるものを分解する滅びの光が、一直線に突き進む。

 幸いにもその先には何もなく、樹海の外に向かっていた為、荒野に着弾する。

 そして、爆発も煙も何も起こさず、全ての物がボバッという音共に塵になった。

 

「ゼクストの魔法を吸収したのか!?」

「まずいぞハジメ。このままあいつを野放しにしたら全てが消される」

「ああ。とにかく俺達で引き付けるぞ!」

 

 飛び立つハジメとワーガルルモン。彼らは細かく攻撃し、とにかく分解魔法による砲撃をさせないように立ち回る。

 しかし、そうなるとスカルバルキモンの巨体が暴れ回ることになる。

 アビスライダー仮面戦隊や亜人の部隊の者達が危険にさらされる。

 

「くっ、急いでこの場を離れるぞ! 倒れている者も連れていくのだ!」

 

 アビスライダー仮面戦隊のリーダーが指示を出す。敵対した者達だが、見殺しにはできないということだろう。現にリーダーはジンの身体を抱えて移動しており、他の者達もリーダーの指示に従い、手近にいた者達を助け出している。

 彼らの精神性にハジメは好感を覚えた。

 一方困惑しているのはジン達だった。

 

「な、なぜ我らを助けるのだ?」

「無益な殺生は好まん。それに貴様らが死ねばフェアベルゲンの者達が復讐を考えかねん。ならば、生き恥を晒して帰れ!!」

 

 そう言いながら安全圏内へと足を進める。

 

「こちらにこられよ! 急げ!!」

 

 アルフレリックが門番にベースキャンプの門を開かせながら叫ぶ。

 森人族達もアビスライダー仮面戦隊と共に、動けない部隊の者達を助けていた。

 だがその時、スカルバルキモンから溢れる呪いの冷気が広がってきた。

 冷気に囚われた者達は死の恐怖を味わってしまう。

 心の強い者達は何とか動けるが、大部分が動けなくなってしまった。

 ハジメとワーガルルモンが何とかこの場からスカルバルキモンを引き離そうとするが、それよりも冷気が広がるのが速い。

 このままでは死の恐怖に囚われ、本当に肉体が死んでしまう。

 この呪いを浄化できるのは、香織とエンジェウーモンだけだ。

 呪いを浄化できないハジメとワーガルルモンでは、彼らを助けられない。

 どうすればいいのかと、ハジメが歯噛みしていると、

 

 

 

 ──その時、再び不思議なことが起きた!!!

 

 

 

 突然、呪いの冷気が一転に収束していく。

 あり得ない現象の中心に1人の男が立っていた。なんと、その男が呪いを吸収しているのだ。

 冷気が消えたことで動けるようになった者達が、男へ目を向ける。

 皆の視線を集めつつ、男が呟く。

 

「呪いとは闇に属する力。ならば深淵の貴族たる我が扱えぬはずがない」

 

 その声を聴いた、アビスライダー仮面戦隊の者達が歓声を上げる。抱えていた部隊の者達を取り落としながら。

 

「ぼ、ボス!!」「マスター!!」「我らが主!!」

「無事か。我が使徒達よ?」

 

 彼らの呼び声に答える男。さらに歓声が大きくなる。

 一方、ハジメは男を見て驚愕ともやっぱりともいう顔をする。

 

「お、お前は、いや、やっぱりお前だったのか!! ──浩介!!」

「久しいな親友(とも)よ!! それと、我はコウスケ・E・アビスゲート卿だ!」

「……やっぱ、初っ端から深淵卿全開か……」

 

 何となくわかっていたが、浩介は深淵卿状態全開だった。

 今も香ばしいポーズをしながら、左手で顔の半分を覆っているし。

 

「再会を喜びたいが、今はこの哀れな骨獣(こつじゅう)を鎮めるのが先だ」

 

 懐に手を入れる浩介。そこから何かを取り出す。

 それを見たハジメは驚愕する。

 

「それはデジヴァイスか!? だが俺のとは形が違う」

「行くぞ!!」

 

 浩介が取り出したデジヴァイスを構えると、何かが浮かび上がる。

 

「スピリットエヴォリューション!!」

 

 デジヴァイスから闇が溢れ、浩介の身体を包み込む。

 初めて見る現象にハジメ達が驚いていると、闇の中から何かが姿を現した。

 

「レーベモン!!!」

 

 胸・両肩・両肘に獅子の意匠をあしらい、金の装飾を施された漆黒の鎧を身に纏った青年の姿をしたデジモン、レーベモンだった。その手には漆黒の槍が握られている。

 

「人間が、デジモンになった!?」

「俺達みたいに融合したわけじゃないのに!?」

 

 驚くハジメ達を横に、レーベモンは槍を構えるとスカルバルキモンと戦闘態勢を取った。




スカルバルキモン
世代:完全体
タイプ:アンデッド型
属性:データ
陸上最大の哺乳類とされる化石のデータに、幾つかの化石のデータが偽造されて再製された巨大なアンデッド型デジモン。感情や知性は無く、体内に張り巡らされた神経のデータだけで反射的に体を動かしているため、容赦も加減も無い攻撃を自らが動けなくなるまで繰り返す。屍のデータから無理やりに蘇生させられた呪いか、デジコア(電脳核)より止め処なく溢れ出す黒い冷気は、どんなデジモンをも死の恐怖に陥れるという。必殺技は巨大な足で敵を踏み潰し、地中に埋没させる『グレイブボーン』と、黒い冷気の空間の中に敵を閉じ込め、死ぬまで果てしなく追いつめる『デッドリーフィアー』。


前話の裏でベースキャンプで起きていた内容と、その後に起きた超展開でした。
いろいろありますが、今回もラストでぶっこみました。
深淵卿こと浩介はパートナーデジモンではなく、スピリットで進化していくスタイルです。
実はこれ、1章20話「ご唱和ください我の名を!」で少し暗示していました。
この時に深淵卿は「闇に埋もれて眠るがいい」と呟いており、これはアニメデジモンフロンティアでレーベモンに進化する木村輝一のセリフです。
あと数話前のスピリットエヴォリューションの正体の時、感想の予想に深淵卿の名前が無くて、流石深淵卿だと思いました(笑)。

さて、なんで深淵卿がここにいるんだとか、どうしてレーベモンになれたのかだとか、次話から明かしていきます。お楽しみに。


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14話 闇の闘士レーベモン

感想・評価・お気に入り登録ありがとうございます。

ちょっと用事が重なりまして、更新が遅れてしまいました。申し訳ないです。
でも皆さんの感想を読みつつ、何とか乗り越えて更新できました。賛否両論かもしれませんが、私の作品のアビスゲート卿はこんな感じで行きます。


 ベースキャンプに突然現れ、スカルバルキモンがまき散らす呪いを吸収したのは、ハジメ達と共にトータスに召喚された遠藤浩介だった。

 サングラスを光らせ、マフラーを靡かせたその姿は間違いなくハジメの心友の浩介だ。

 再会を喜びたかったところだが今は戦闘中。なんと浩介はデジヴァイスのような機械を使い、レーベモンというデジモンへスピリットエヴォリューションした。

 

「レーベモン。ハイブリッド体。戦士型。ヴァリュアブル種。必殺技は《エーヴィッヒ・シュラーフ》と《エントリヒ・メテオール》。ハイブリッド体で、ヴァリアブル種。ワイズモンの言っていた通り、俺以外にもいたのか。っていうかデジモンに変身って一体どうなっているんだよ?」

 

 ハジメはレーベモンのデータをデジヴァイスで読み取る。

 レーベモンは肉体が変異したハジメと同じ、ハイブリッド体ヴァリュアブル種に分類されるデジモンだった。

 レーベモンはスカルバルキモンに対して槍を構えると、強烈な突きを繰り出す。

 

「断罪の槍!」

 

 レーベモンの一撃はスカルバルキモンの巨体を大きく吹き飛ばした。

 

「なんてパワーだ」

「完全体の力を超えている」

 

 ハジメとワーガルルモンはレーベモンの力に驚く。

 吹き飛ばされたスカルバルキモンだが、すぐに立ち上がるとレーベモンに向かってくる。

 体内に張り巡らされた神経データだけで、反射的に体を動かしているスカルバルキモンは、体が動かなくなるまで倒れることはない。

 浩介が吸収した呪いの冷気を再びまき散らしながら、前足を叩きつけてくる。

 

「贖罪の盾!」

 

 レーベモンは半透明の獅子の顔を模した盾を出現させ、スカルバルキモンの前足を受け止める。

 レーベモンの足が地面にめり込むが、決して倒れることなく見事に受けきり、それどころか押し返す。

 押し返されたスカルバルキモンは少し後退する。

 攻防全てにおいてレーベモンがスカルバルキモンを圧倒していた。

 レーベモンが槍を再び構え、今度はさらに力を込める。

 

「《エーヴィッヒ・シュラーフ》!!」

 

 再び繰り出される槍撃。しかし、今度はレーベモンの必殺の一撃だ。

 咄嗟に避けようとするスカルバルキモンだが、避け切れずに右肩に命中する。硬い骨の身体を穿ち、肩だけでなく右前足ごと粉砕する。

 右前足を失いバランスを崩したスカルバルキモンが倒れ込む。

 そんな無理な体勢になりながらも、スカルバルキモンはレーベモンに向かって大きく口を開く。

 口の中には白銀の光が収束していく。ゼクストを喰らって得た分解魔法の砲撃だ。

 レーベモンが身構えると、上空から何かが急降下してきた。

 

「撃たせるか!!」

「《円月蹴り》!!」

 

 ハジメの指示を受けたワーガルルモンだ。三日月状のエネルギーを蹴りに纏わせ、さらにハジメのカードスラッシュによる《攻撃プラグインA》の効果も上乗せしている。

 開いていたスカルバルキモンの口を上からの一撃で閉じて、強制的にキャンセルさせる。

 

「やれ! レーベモン!!」

「ふっ。承った友よ!!」

 

 ハジメの言葉にレーベモンは小さく笑みを漏らし、両手を胸の前で組んでエネルギーを溜める。

 胸の獅子の顔を模した鎧が黄金に輝き始める。

 

「《エントリヒ・メテオール》!!」

 

 そして組んでいた腕を開き、獅子から黄金のエネルギー波が砲撃のように放たれる。

 ワーガルルモンが離脱すると同時にスカルバルキモンに直撃。その巨体を大きく吹き飛ばした。

 レーベモンの隣にワーガルルモンとハジメが降り立つ。

 

「浩介君! 色々聞きたいことがある。だけど」

「我もだ。しかし今は」

「「あいつを何とかするぞ!」」

 

 並び立ち、構えを取るハジメ達。

 

「浩介。スカルバルキモンを頼む。ワーガルルモンも一緒に行け。俺はみんなが巻き込まれないようにする」

「おう!」

「心得た!」

 

 ワーガルルモンとレーベモンが、吹き飛ばしたスカルバルキモンに向かう。ハジメは後ろに下がり、倒れている者達の元に駆け寄る。

 死の冷気に侵された者達の中で、アビスライダー仮面戦隊は何とか立ち上がっており、門の中への避難を再開している。

 ハジメは避難が遅れている者に手を貸してベースキャンプ内に運び込んでいく。

 程なくして全員がベースキャンプ内に運び込まれた。

 それでも元凶のスカルバルキモンを何とかしなければ、城壁が破られて、危険にさらされる。

 一方、スカルバルキモンと相対するワーガルルモンとレーベモンだったが、スカルバルキモンはいくら攻撃を受けて、体が砕かれても止まろうとしない。

 それどころか、攻撃を受けるたびにデジコアから死の冷気を噴出させていく。しかも冷気はどんどん強く、呪いはより大きくなっていき、遂には肉体を死の冷気で包み込んでしまった。さらに死の冷気はスカルバルキモンを中心にどんどん広がっていく。

 咄嗟に距離を取るワーガルルモンとレーベモン。

 今あの冷気に触れれば、たちまち冷気の空間に囚われてしまう。囚われれば、空間内でスカルバルキモンに死ぬまで追い詰められる必殺技《デッドリーフィアー》だ。

 しかし、離れても冷気は広がり続けている。このままでは逃げ場が無くなってしまう。

 

「贖罪の盾! ぐぅっ!?」

 

 レーベモンが盾で冷気の拡散を抑えようとする。レーベモンの『贖罪の盾』は悪を浄化する効果も持っており、悪しき呪いに対しても高い効果を発揮する。だが、スカルバルキモンの呪いが強すぎて、盾の浄化作用があまり効いていない。それどころか呪いの強さにレーベモンが押され始めていた。

 

「踏ん張れ!」

「ぐぅ、助力感謝だ!」

 

 レーベモンの背中をワーガルルモンが支える。

 2体が踏ん張るも、スカルバルキモンの呪いの勢いは収まらない。避難が終わり城門の前で戦いを見ていたハジメが、少しでも呪いの拡散を抑えようとミサイルを撃つが、呪いの中に消えていき爆発音がするだけで効果がない。

 このままでは抑えきれなくなるのも時間の問題だ。

 

 そう思われたその時、天空から死の冷気を掻き消すような温かい光が降り注いだ。

 

「この光は──香織!」

 

 光を見たハジメが空を見上げると、浄化の光を放つエンジェウーモンが舞い降りてきた。

 背中には香織もいる。

 さらに白い羽のカードで飛行能力を得たレキスモンと、紅い獅子──ファイラモンも飛んできた。

 ファイラモンは初めて見るデジモンだったが、コロナモンの面影と背中に乗るシアの姿に、コロナモンの進化した姿だとすぐにわかった。

 ただし、ファイラモンの背中には見慣れない2人組がいた。

 豪奢なドレス風の戦闘服に大鎌を持った金髪ドリルの少女に、ネズミのようなフードを被った修道服の女性だ。

 

「誰だ?」

「おおっ! 皇女殿に師範殿!」

「リーダーが来たからもしやと思ったが」

「当然だぜ! 元帥あるところ御二人ありだ!」

 

 眉を顰めるハジメの耳に、門の上からアビスライダー仮面戦隊達の声が聞こえた。

 どうやら彼らの知り合いのようだ。それはつまり、彼らにリーダーと呼ばれていた浩介とも知り合いという事だ。

 エンジェウーモンは引き続きスカルバルキモンの呪いを浄化し続ける。レキスモンとファイラモンはハジメの傍に降り立つ。

 

「遅くなった。ごめん」

「でも何とか間に合ったですぅ。無事ですかハジメさん!」

 

 ユエとシアが声をかけてくる。

 彼女達の方もいろいろあったのか顔には疲労が浮かんでいる。それでも、今の状況を何とかしようとやる気を漲らせている。

 そこに、一緒にやってきた二人も声をかけてきた。

 

「貴方がナグモハジメですわね。わたくしはトレイシー。アビスゲート卿の雇い主という立場のものですわ」

 

 金髪ドリルの少女が気品を感じさせる仕草で挨拶をする。ただの平民ではなく、貴族のようだ。そしてもう一人は、

 

「初めまして。お会いできて光栄です。シスタモンシエルと言います。お気づきかもしれませんがデジモンです」

 

 シエルの挨拶にもハジメは動揺しなかった。

 実は肉体が変異したハジメは感覚も鋭敏になっており、デジモンの気配がある程度わかるようになった。流石に強烈な呪いをまき散らすスカルバルキモンなどはわからなかったが、目の前のシエルからデジモンの気配がするのはわかった。

 殆ど人間と同じ姿なのも、人型デジモンのサクヤモンとジャスティモンを知っていたので驚かない。

 

「途中で出会って少し話をしていたから遅れた」

「でもそのおかげでいろいろお話しできました。作戦も考えてきたんですよ」

「作戦?」

「ええ。シラサキカオリの発案ですわ。わたくしたちも協力します」

「作戦とは言ってもやることは単純ですけれどね」

 

 シエルが語った作戦内容にハジメは納得するとハジメはレーベモンの背中を支えているワーガルルモンを呼び戻す。

 

「戻れ! ワーガルルモン」

「おう!」

 

 ハジメの指示にすぐさま後退するワーガルルモン。迷いのない行動は彼らの信頼の証だ。

 ワーガルルモンの両隣にレキスモンとファイラモンも並ぶ。

 上空から彼らの準備が整ったのを見ていた香織は、エンジェウーモンに指示を出す。

 

「今だよ、エンジェウーモン!」

「ええ。《セイントエアー》!!」

 

 エンジェウーモンが聖なる虹色の粒子を発生させる。さらにその粒子をレーベモンの頭上に集めて、光のリングを生み出す。

 

「みんなの力をレーベモンに!」

「「「カードスラッシュ! 《攻撃プラグインA》」」」

 

 香織の号令と共にハジメ達テイマーがデジモンの攻撃力を上げるカードをスラッシュし、デジモン達の攻撃力を上げる。テイマーから力を受けたデジモン達が必殺技を放つ。

 

「《カイザーネイル》!!!」

「《アイスアーチェリー》!!!」

「《ファイラボム》!!!」

 

 シスタモンシエルも袖から2本の忍びナイフを取り出し、自身のエネルギーを込めて投擲する。

 

「《白殺(びゃくさい)》!!」

 

 デジモン達の技はスカルバルキモン──ではなくエンジェウーモンが生み出した光のリングに叩きこまれていく。

 リングの中でデジモン達の技はエンジェウーモンのエネルギーとなり、エンジェウーモンはそこに自身の力を乗せながら浄化の力に変換する。

 そして、最大限に高めた浄化の力をレーベモンに与える。

 

「盾にその力を乗せなさい、アビスゲート!!」

「承知!!」

 

 与えられた浄化の力を『贖罪の盾』に乗せて、スカルバルキモンの死の冷気に叩きつける。

 さっきまでとは桁違いの浄化の力が広がり、スカルバルキモンの死の冷気を押し返していく。

 やがて、冷気は完全に晴れていき、中心にいたスカルバルキモンの姿が見えた。

 そのスカルバルキモンも浄化の力に包まれて、徐々に力を失い始めている。

 力で叩きのめしても動き続け、レーベモンだけでは浄化できなかった悲しいアンデッド型デジモンも、ハジメたち全員の力を合わせた光の中で形を失っていった。

 

 ───オオオオーンン───

 

 しかし、スカルバルキモンはどこか安らかな声を上げながら、まるで眠るように巨体を横たえて消えていった。

 そして、スカルバルキモンの居た場所には1つのデジタマが残されていた。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 戦いが終わった後、レーベモンは浩介の姿に戻った。再会を喜びたかったが、その前に後始末が優先だと、グッと我慢をして行動に移った。

 まずは負傷者の確認と治療だ。

 幸いにも死者はおらず、一番重傷だったのは神の使徒のゼクストに右腕を斬られたジンだった。彼の右腕は戦いの後、スカルバルキモンに踏みつぶされており、香織でも治すことはできなかった。もっとも、信頼していた副官が裏切り者で騙されていたことと、スカルバルキモンの死の冷気を浴びたことが重なり、戦士として戦う気力を完全に失ってしまったため、二度と戦うことが出来なくなってしまった。

 彼が連れてきた部隊の者達も、程度の差こそあるが全員が戦士としての心を失った。

 森人族やアビスライダー仮面戦隊、人間であるはずの香織の治療のための指示にも文句どころか反応すら返さず、粛々と従っていた。

 なので、ハジメ達は彼らをベースキャンプに運び込み、念のために見張りを立てて一纏めにしておいた。

 それ以外にも荒れたベースキャンプの入り口の片付けなど、やることがまだまだあったのだが、香織達にくっついてきたマメモン三兄弟達も手伝ってくれた。

 後始末が終わった頃にはとっぷりと日も暮れていた。

 夜の闇に乗じて、アビスライダー仮面戦隊の面々はベースキャンプを去ろうとしていた。

 そこにシアとコロナモンが声をかける。

 

「待ってください! ……父様、それにみんなですよね!?」

 

 シアは優れた聴覚と、何より生まれてきたときから一緒に暮らしてきたことから、アビスライダー仮面戦隊の面々が自分の家族であるハウリア族だと気が付いていた。

 だから、何とか時間を見つけて話しかけようと思っていた。

 その矢先に彼らがベースキャンプから出て行こうとするのに気が付き、慌てて声をかけたのだ。

 

「……何を言っているのかな? 我らは」

 

 リーダーが手を上げて合図をすると、彼の周りに全員がズラっと並んだ。

 そして、各々が何やら格好つけたポーズを取る。

 

「「「我ら!! 深淵首狩り戦隊アビスレンジャー!!!」」」

 

 今度はしっかりと名乗りが統一されていた。後始末で忙しかったはずなのに、いつ打ち合わせをしていたのか、謎である。

 そんな彼らを見たシアはというと、

 

「……おうふ」

「しっかりしろシア! 正気を保つんだ!!」

 

 一瞬意識がクラリと飛びそうになった。まるで最近見た夢のようだ。

 一応、夢で見ていたおかげで慣れていたのか、シアは何とか家族の奇怪な行動に耐える。

 

「い、いい歳をして、変なことをしているんじゃないですよ!!」

 

 シアは身体強化魔法を発動。リーダ──―シアの父カム・ハウリアと思われる──に飛び掛かる。動きも速さも訓練を受ける前とは別物だ。一瞬で顔を隠している布を剥ぎ取ろうとするが、なんとカムは上体を逸らすことで、シアの手から逃れる。

 これはシアの動きを見切ったわけではなく、ただの直感からの動きであった。それでも香織とユエの地獄の鬼特訓で鍛えられたシアの動きから逃れるとは、彼が積んできた鍛錬の積み重ねが伺えた。しかも、他のアビスレンジャー、もといハウリア族もシアに正体をみせないために、各々が逃げ始めた。

 シアとコロナモンは彼らを追いかける。

 

「待つのですぅ!!! さっさと正体を現すのですぅ!!! コロナモン!!!」

「待ちやがれえええええッッ!! その布燃やしてやるううう!!!」

 

 そんな喧騒を聞きつつ、ベースキャンプの小屋の1つでは、ハジメ達が集まっていた。

 ハジメ、香織、ユエの3人とそれぞれのパートナーデジモンが横一列に座り、その対面には長机を挟んで、遠藤浩介にトレイシー、シスタモンシエルの3人が座っている。

 アルフレリックとアルテナは席を外していた。

 

「本当に、本当に生きていてくれたんだな、ハジメ!! 白崎さん!! 俺、俺!!! ずっと2人が生きているって信じて、いろんなところ探し回って、うう、良かったッ……」

 

 浩介が泣きながらハジメ達との再会を喜ぶ。

 現れた時とレーベモンに進化した時は付けていたサングラスも今は外しており、地球で見慣れた雰囲気の浩介だ。

 

「何とか生きているよ。心配かけてごめん」

「ありがとう。ハジメ君と私達を信じてくれて」

 

 ハジメと香織は浩介がハジメ達が生きていることを信じて、帝国に身を移してまで探し回っていてくれたことを聞き、礼を言う。

 一通り、無事と再会を喜んだあと自己紹介をやり直した。

 まずはハジメ達の境遇を話した。その過程でトータスの神エヒトの真実をトータスの人間族であるトレイシーに話すべきか悩んだ。そこで彼女に神をどう思っているか聞いてみたところ、「特になんとも思っていませんわ。信じていても強くなるわけではないですし」とあっさりと答えた。彼女の態度はエヒトの正体や解放者達の真実を話しても変わることはなく、むしろ面白そうだといわんばかりの目をし始めた。

 そんなトレイシーの様子に浩介は苦笑いをする。

 

「いつもの事だから気にしないでくれ。この皇女様、バトルジャンキーだから」

「皇女様? どういうこと?」

 

 浩介の言葉に香織が質問をする。そういえば言っていなかったなと、浩介はトレイシーの詳しい身の上を説明する。

 

「トレイシーは俺をヘルシャー帝国に連れてきてくれた皇族なんだよ」

「ええ?! て、帝国のお姫様!!?」

「本当かよ、浩介!?」

 

 トレイシーの正体に香織だけでなくハジメも驚く。つまりトレイシーはフェアベルゲンにとっては仇敵であるヘルシャー帝国のトップである、皇帝陛下の娘ということだ。

 

「トレイシー・D・ヘルシャー。それがわたくしの名前でした。しかし、今はただのトレイシーですわ」

「え? 一体どういうことですか?」

 

 まるで自分が今は帝国の皇族ではないように話すトレイシー。香織の疑問に彼女は堂々と答える。

 

「一か月ほど前に婚約者に婚約破棄されましたの。そのまま元婚約者と兄に殺されそうになったところをシエルとコウスケさんに助け出され、帝国から逃亡しました。ですので、今のわたくしはただのトレイシーなのですわ」

 

 トレイシーは続けてこれまでに何があったのか話し始めた。

 




〇デジモン紹介
レーベモン
世代:ハイブリッド体
タイプ:戦士型
属性:ヴァリアブル
かつてデジタルワールドを救った伝説の十闘士が残した“闇のスピリット”を受け継ぐデジモン。その姿は決して凶々しいものではなく、他の十闘士の影となり戦う“勇敢なる漆黒の闘士”と呼ばれている。その力は単体でも “融合種”にも匹敵し、他を圧倒するパワーは右手の人差し指にはめている「ニーベンルゲンリング」に秘められていると言う。槍術の使い手で「断罪の槍」で悪を貫き、「贖罪の盾」で浄化する“闇の執行人”である。必殺技は強烈な槍撃で敵を爆砕する『エーヴィッヒ・シュラーフ』と、胸部の獅子から黄金のエネルギー波を放つ『エントリヒ・メテオール』。



スカルバルキモンとの闘いの終わりはデータになって霧散はちょっと嫌だなと思い、デジタマが残りました。一応これにも理由を付けていこうと思います。
その前に、キーワードの一つだった婚約破棄の回収です。それと一緒になんで浩介がレーベモンのスピリットを持っているのかも明かそうと思います。
次話をお楽しみに。


PS
最近、ハジメがアフターの嫌がらせを使って勇者を衆人観衆の前で”魔法少女勇者ミルキーコウキ”にするという展開が頭をよぎります。・・・やったらトンスラ以上の破壊力になるでしょうね。


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15話 深淵道中

感想・評価・お気に入り登録ありがとうございます。

今回は浩介達の身に起こったことの説明です。10闘士のスピリットについてオリジナル展開があります。



 トレイシーは浩介と自分達に何が起きたのか説明を始めた。

 

 浩介を王国から連れてきた彼女達は、浩介が望む大迷宮の調査を彼女の権力が及ぶ範囲で支援した。時にはライセン大渓谷や、樹海の近隣まで赴き大迷宮の手掛かりを探していた。

 

 そんな日々を二か月ほど過ごしていたある日。トレイシーは帝城で定期的に開催される夜会に出席した。

 実力主義の帝国とはいえ、政治形態に貴族制を用いていることから、社交などを疎かにはできない。それは皇族であるトレイシーも例外ではない。幼き日に決められた帝国の有力貴族の嫡男である婚約者と共に、その夜会に出席するはずだった。

 しかし、トレイシーをエスコートするはずの婚約者は、待てど暮らせどやってこない。仕方なく1人で夜会の会場になっている帝城のホールに赴いた。

 すると、会場に入るなりホールの壇上に連れ出された。そこで高らかに宣言されたのだ。

 

「『貴様のような慎みのない女など婚約者に相応しくない。婚約破棄だ』と言われましたわ。まあ、特に思い入れもない婚約者でしたので、別に何も思わなかったのですが、流石に道理が通らない事態。問いただそうとしたのですが、衛兵に囲まれてしまいましたわ」

 

 いかに実力者のトレイシーといえども、丸腰で包囲されれば不利だ。それでも彼女の矜持にかけて、むざむざ捕まるわけにはいかないと、ドレスの中に隠し持っていたナイフを取り出して応戦する構えを見せた。

 

 だが、そんな彼女の前に進み出てきたのは元婚約者と、兄であるバイアス・D・ヘルシャーだった。

 2人の後ろには2人の少女がいた。

 貴族の装いをした少女だったがトレイシーは見たことのない令嬢だった。銀髪碧眼の美しい見た目は否が応でも人目を惹き付ける。そんな少女2人が、元婚約者とバイアスに守られるように佇んでいた。

 彼女達は2人へ銀色の剣を手渡した。すると、2人はとんでもない動きと魔法でトレイシーに襲い掛かってきた。

 

「銀髪碧眼だと? それはまさか」

「ええ。あなた方の話からすると、あれは本当の神の使徒だったのでしょうね」

 

 ハジメが察した少女の正体を、トレイシーは肯定する。

 エヒトの真実と共に、その下僕である真の神の使徒の事も伝えている。

 神の使徒と思われる少女が渡した剣は、おそらく神が生み出したアーティファクト。持ったものの能力を引き上げるという、シンプルながら強力な効果を持っているのだろう。

 そんなものを与えられた元婚約者とバイアスは、力に酔いしれて、トレイシーが邪魔になったのだろう。

 実力主義の帝国ならではの、力を示すという方法で彼女を排除しにかかったのだ。

 些か強引すぎるが、それもフェアベルゲンと同じように、神の使徒の魅了の魔法で辻褄合わせを行ったのだろう。

 この騒動に皇帝ガハルドが出てこなかったのも、それならば説明が付く。

 

「あっという間に追い詰められましたわ。こうなれば最後まで戦い一矢報いようと思ったその時、シエルとアビスゲート卿が助けに現れましたわ」

 

 元婚約者が迎えに来ないことから、不穏な空気を感じていたシエルが浩介と共に外で待機していたのだ。そして、トレイシーの危機に割って入ってきたのだ。

 

『フッ。我が主を亡き者にすること。到底認められん。我が深淵の技により、護り抜く!!』

 

 なんとも香ばしい宣言と共に現れた浩介は、すでに深淵卿状態MAX。分身に魔法、撹乱を駆使して、元婚約者とバイアスを相手に大立ち回りを演じた。その隙にシエルはトレイシーに、武器である魔喰大鎌エグゼスを渡した。

 

 2人が浩介に加勢しようとしたその時、バイアス達に剣を渡した銀髪碧眼の少女──推定、神の使徒達がどこからか白銀の大剣2本を取り出して、襲い掛かってきた。

 神の使徒の力は圧倒的であっという間に劣勢になったトレイシー達は、逃げることしかできなかった。

 だが、そんな彼らを神の使徒の1人が単身で追いかけてきた。

 オルクス大迷宮のエガリ、フェアベルゲンに潜んでいたゼクストと同じく圧倒的なステータスと分解魔法、さらに飛行能力まで発揮し始めた神の使徒に絶体絶命の危機に陥った浩介達。

 

 その時だった。

 シエルが持っていたスピリットを使って進化したのだ。

 

「私はデジタルワールドを守護する四聖獣チンロンモンの命により、此度の異変を調査するために遣わされたのです。ハジメさん達によるこの世界への召喚と同時期に、少なからずデジタルワールドにも影響を及ぼしているのです。とはいえ、行く先は未知の異世界。なので、四聖獣からデジタルワールドの秘宝である、伝説の十闘士のスピリットを授かりました」

「伝説の十闘士って何? 聞いたことないよ」

「デジタルワールド創成期に四聖獣と一緒に生まれた、初めての究極体デジモンらしい」

 

 香織の疑問に浩介が答える。

 古代デジタルワールドにおいて、デジモン達は様々な形に進化していった。その中でも最も進化したデジモンが四聖獣として、デジタルワールドを安定させる役目を担うことになった。

 東のチンロンモン。

 南のスーツェーモン。

 北のシェンウーモン。

 西のバイフーモン。

 だが、四聖獣以外にも究極体まで進化できたデジモン達がいた。

 それが十闘士と呼ばれる10体のデジモン達であり、様々なデジモン達の祖先となった。

 やがて、彼らはデジタルワールドの支配に乗り出したルーチェモンというデジモンと、死闘を繰り広げた。

 その戦いの果てに、ルーチェモンを倒すことに成功した十闘士達だったが、肉体を保てず、その力をスピリットという形にして遺した。

 各十闘士の属性を司る、人型と獣型の20のスピリット。このスピリットを使うことで、十闘士の力を受け継ぐ、ハイブリッド体のデジモンに進化できる、まさにデジタルワールドの秘宝だ。

 いつの日か、デジタルワールドに災厄が訪れた際に力を発揮するために。

 

 現に6年前のデ・リーパーの覚醒時には適性を持つデジモンに宿り、四聖獣と共に戦線を支えていた。

 そして今回の異変も、デジタルワールドに災厄をもたらす可能性があると判断した四聖獣により、スピリットに適性を持つシスタモンシエルが調査に遣わされたのだ。

 

 シエルが四聖獣に与えられたのは──風属性のスピリット。

 その力を使って進化したシエルは、神の使徒と互角の戦いを繰り広げた。しかし、決定打が無く、膠着状態になってしまった。

 帝国からの追手を警戒していると、シエルがもう1つ持っていた闇のスピリットが反応し、何と浩介の元にやってきたのだ。

 それが闇のスピリット。

 強力な力を持っているが制御が難しい闇のスピリットは、シエルの切り札だった。それが何故か勝手に浩介の元に飛んでいき、彼を使い手に選んだのだ。

 スピリットと共に、浩介の手にはハジメの物とは異なる形のデジヴァイス──Dスキャナが現れた。

 シエルを助けるために闇のスピリットをDスキャナで使い、浩介はレーベモンに進化した。

 レーベモンも加わったことで形成は完全に逆転。

 浩介達は神の使徒を退けて、逃げおおせることが出来たのだ。

 着の身着のまま逃げた浩介達は、帝国の追手から身を隠すことにした。

 

「何か俺たちの想像を超える事態が起きている。そう思った俺達は現状を打破するには、やっぱりハジメ達と合流する必要があると思って、大迷宮を探す旅に出たんだ」

「神の使徒もまだもう1人、帝国にいるのは確実ですわ。下手に戻ってもまた同じことが起きますから」

 

 とはいえ、オルクス大迷宮はハイリヒ王国の領土にあり、追手に見つかりかねない。

 なので、目星をつけていた樹海とライセン大渓谷の捜索に集中することにした。他の目星であるグリューエン大火山は、砂漠という極限環境にあるため、準備を整えることも出来ないので見送った。

 

「そうやって渓谷と樹海を探索していた時に、ハウリア族と出会ったんだ」

「その通り!!!」

 

 突然、小屋の外から声がしたと思ったら、窓から1人の黒ずくめの女性が飛び込んできた。

 シアと違って紺色の髪をした兎人族の女性だった。顔を隠していた黒い布は、激しい運動をしていたせいでずれており、整った綺麗な顔が見えている。頭の上のピコピコ動くウサミミも。

 彼女こそがラナ・ハウリアで、浩介達に助けを求めたハウリア族だった。

 兎人族の特性である優れた聴覚で、自分達の話をしていることを聞きつけて、説明をしに来たのだろう。

 

 樹海の近くで、魔物に追いかけられていたハウリア族の1人の少女、ラナ・ハウリアを浩介が助けたのだ。

 その縁から彼らの事情を聴いた浩介達は、樹海の探索をハウリア族に協力してもらう代わりに、彼らが望む力を身に着けることに協力することになった。

 とはいえ、最初はとても苦労した。

 

「魔物を傷つけるのも殺すのも、いちいち大袈裟な寸劇をして悲しむし、歩いているときも花や虫を傷つけないか気にしているしで、どうやって戦闘訓練をすればいいのかわからなかった」

「ですが、浩介さんはそんな私達に根気良く付き合ってくれました! トレイシー姫殿下やシエル師範も私達に戦う術や、大切な心構えを教えてくださいました!!」

 

 その結果、何故かハウリア族が深淵卿に心酔してしまった。

 

「おまえのせいかああああああああああああああ!!!!!!!!!! ですぅ」

 

 今度は窓、ではなく壁をぶち破ってシアが飛び込んできた。

 右腕には捕まえた父、カム・ハウリアが布を剥ぎ取られて抱えられている。

 ラナと同じくハジメ達の話を聞きつけて、ハウリア族を追いかけるのを中断して突撃してきたのだろう。

 

「ふぅーふぅー……」

「落ち着いてシア! 族長も私達もあなたに心配をかけたくなくて、正体を隠していたの! もっと強くなって、あなたの心残りにならないようになってから、私達はしっかりやっているって言いたかったの!」

 

 凶暴化した魔物みたいに気が立っているシアを、ラナが必死に宥める。

 

「それはいいんですよ!! 私も皆に酷いこと言っちゃいましたし、置手紙とかも読みました!! だからみんなが正体を隠そうとするのはわかりますですぅ!! でも、何ですかあの変な言動は!!?? 変なポーズは!!?? 変な名前は!!??」

「『疾影のラナインフェリナ』のどこが変なのよ!! カッコいいじゃない!!」

「全部ですぅぅうううう!!!」

 

 家族が深淵卿化、もとい厨二病化していることに強い不満を示すシア。そしてその矛先は元凶である深淵卿、もとい浩介に向かう。

 

「一体何をしてくれたんですかああああ!!!??」

「お、落ち着いてくれ!! 俺も解らないんだ!! 俺が戦っている様子を見た子供達から大人達に伝わって、見せてくれって言われて見せたら大うけしたんだ。それで調子に乗っていろいろやってみせたり、俺達の世界の話をしたりしたら……」

「やっぱりあなたのせいじゃないですかああ!!!!」

「待て待て落ち着け!! そもそも俺の深淵卿化の原因は、ハジメと白崎さんだ!!!」

「ちょ!?」

「俺達を巻き込むな!!」

 

 浩介の言葉に、ギンッとハジメと香織の方を向くシア。その姿、まさにバーサーカーウサギ。

 まあ、確かに高校一年生の文化祭で浩介に演劇をやらせて、深淵卿にしちゃったのはハジメ達なので間違ってはいない。

 

 それからは話し合いを続ける空気ではなくなったので、全員でシアを宥めることになった。

 

「ユエ。うるさい」

「そうだね、ルナモン。もう寝ようか」

 

 一番部外者の立場にあるユエは、ルナモンを抱えて小屋を後にするのだった。

 ドタバタした展開になったが、最終的に浩介達とアビスレンジャー、ではなくハウリア族と合流したハジメ達だった。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 翌朝、ハジメ達はまずはフェアベルゲンにジン達を送り届けた。

 一晩明けても気落ちしたままの彼らは、何も言わずにハジメ達に連れられていった。

 フェアベルゲン側で彼らの身柄を引き受けたのは、狐人族の長老のルアだった。

 柔らかな物腰で細い糸目の青年だったが、ハジメ達に嫌悪感を抱かずに、ジン達を哀れな目で見ながら、申し訳なさそうにアルフレリックに頭を下げた。

 その態度から、どうやら彼は現実を見ているようだった。

 

 それからまたベースキャンプに戻り、浩介達とお互いの情報を整理することになった。

 

「俺達はフェアベルゲンを挟んでここと反対側でキャンプをしていたんだ。だから会わなかったんだな」

「それもありますが、ここ最近は大樹の周りの霧が、異常に濃いです。もうすぐ薄くなる周期なのに。だから出会えなかったんでしょう」

 

 浩介の言葉に、アルテナが補足を入れる。

 

「浩介達はもう大樹に行ったんだろう? どんな感じだった?」

「どうも何も、でかいけれどもう枯れていたよ」

「わたくしたちとハウリア族で隅々まで調査しましたが、目ぼしい手掛かりは見つかりませんでしたわ。しいて言うならば、石板が立っているくらいでしたわ」

「それはアルフレリックさんからも聞いている。だが何も書かれていなかったんだろう?」

「ああ。ただの石の板だった」

 

 うーむと頭を悩ませる一同。

 解放者の1人が、口伝という形で大迷宮の攻略者へ協力するように伝え遺してきたのだ。きっと何かがあるはずだ。

 ハジメは考えをみんなに伝える。

 

「ここで悩んでいても仕方ない。とにかく行ってみよう」

「霧はどうする?」

「……晴れていることを祈ろう。まだ駄目なら、樹海をパスしてライセン大渓谷の大迷宮を探すことも視野に入れる」

 

 浩介の懸念にも代替案を出して、ハジメ達はベースキャンプを後にした。

 同行するのはハジメ達に加え、アルフレリックとアルテナ、そしてハウリア族だ。シアとはいろいろ酷い再会になってしまった彼らだったが、今は落ち着いている。とはいえ、やっぱりお互いに距離を取っており、まだまだ話すことがあるのだろう。

 樹海の中心である大樹を目指して進んだ彼らだが、難なく辿り着けた。

 最近は濃くなっていたはずの霧もいつも通りに戻っており、索敵に優れたシア達の案内で真っ直ぐ行けた。

 もしかしたら、スカルバルキモンがいたことで何かの仕掛けが発動して霧が濃くなっていたのかもしれないと、ハジメは思った。

 

 辿り着いた大樹は浩介達の言った通り、枯れ果てた巨大な樹だった。

 大きさは他の樹よりも圧倒的に大きく、目算では直径五十メートルはあるのではないだろうか。しかし、その枝には一枚の葉もなく、異様な雰囲気を放っていた。

 

「大樹は、フェアベルゲン建国前から枯れている。しかし、朽ちることはない。枯れたまま変化なく、ずっとあるのだ。周囲の霧の性質と大樹の枯れながらも朽ちないという点からいつしか神聖視されるようになった。まぁ、それだけだから、言ってみれば観光名所みたいなものだが……」

 

 アルフレリックの説明を聞きながら、ハジメは根元まで歩み寄った。そこには件の石板が建てられていた。

 ハジメがその石板に近づくと、彼が指にはめていた宝物庫、オルクス大迷宮の攻略の証と石板の頂点が光り始めた。

 

「なんだこれ?」

「攻略者が近づくと光るのかな? ゲームとかでよくあるだろ?」

 

 ガブモンの言葉に確かにと頷くハジメ。浩介達も新たな手掛かりに目を見開いている。

 石板に近づいたハジメがよく見ると、そこには七角形とその頂点の位置に七つの文様が刻まれていた。オルクスの部屋の扉に刻まれていたものと全く同じものだ。

 石板の表だけでなく、裏側の隅々までハジメ達は探ってみる。

 すると、文様の裏側に当たる部分に七つの窪みを見つけた。それぞれ形が違うが、オルクス大迷宮の文様の裏側は、ちょうど宝物庫の指輪が嵌る大きさだ。

 もしかしてと思い、ハジメは宝物庫の指輪をオルクスの文様に対応している窪みに嵌めてみる。

 すると今度は石板全体が淡く輝きだした。

 そして、表に文字が現れ、全員がそこに注目する。

 

 〝四つの証〟

 〝再生の力〟

 〝紡がれた絆の道標〟

 〝全てを有する者に新たな試練の道は開かれるだろう〟

 

「これは、解放者のメッセージ」

「考えられるのは大迷宮に挑む条件とかかな?」

 

 ユエと香織が表示された文字の意味を考える。

 

「〝四つの証〟は、文字が表示された経緯を考えますに、他の大迷宮の攻略の証でしょうか?」

「〝再生の力〟は、そういう神代魔法があるのかもしれません」

「〝紡がれた絆の道標〟は、亜人族と良好な関係が築けるかどうかだと思いますぅ。亜人族の力がないと、ここまで辿り着けないですから」

「この条件を全て持っている人に、この大迷宮は道を開ける、という事か」

 

 トレイシー、アルテナ、シア、そして浩介が内容の意味を予想する。

 ハジメ達もその予想が正しいと思う。

 

「つまり、この大迷宮を攻略するには他の大迷宮を攻略する必要があるということか」

 

 ハジメの言うとおり、オルクス大迷宮の攻略の証しか持っていないハジメ達では、この大樹の攻略はできないという事だ。

 すぐに攻略できないが、条件がわかっただけでも収穫だ。

 ハジメ達は改めてこれからのことを話し合うためにベースキャンプに戻ることにした。

 




〇デジモン紹介
チンロンモン
世代;究極体
タイプ:聖竜型
属性:データ
デジタルワールドを守護する四聖獣デジモンの1体であり、東方を守護し強烈な雷撃を放つ。他の四聖獣デジモンと同じく伝説の存在であり、その強さは神にも匹敵すると言われている。またチンロンモンはホーリードラモン、ゴッドドラモン、メギドラモンと共に四大竜デジモンの1体としても数えられており、もっとも神格化された存在である。しかし、神のような存在とはいえ、簡単に人間や弱者に協力をするようなものではなく、よほどの事が無い限り味方にすることはできないだろう。必殺技は天空より激しい雷を落とす、神の怒り『蒼雷(そうらい)』。
デジタルワールドへ未知の世界からの干渉があったことを他の四聖獣達と察したチンロンモンは、シスタモンシエルに風と闇の十闘士のスピリットを託し、調査を命じた。



婚約破棄の裏側にはやっぱり神の使徒がいました。原作を読んで帝国にもいてもおかしくないよなと思っていたので、がっつりとなろう的な展開の黒幕になってもらいました。

スピリットについても公式設定をベースに、テイマーズ世界では四聖獣が世界を収めているので、スピリットを3大天使ではなく四聖獣が管理していたという事にします。

シスタモンシエルも本来ならばガンクゥモンの部下の立ち位置ですが、デジモンゴーストゲームみたいな、独自の立ち位置と設定でチンロンモンの部下です。
デジタルワールドからデジモンがトータスに現れているのですから、四聖獣が何もしないわけがありません。

そろそろ樹海から抜け出してライセン大渓谷の攻略に乗り出しますよ。お楽しみに。


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16話 新たな仲間

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ようやく樹海を出発できました。
これからライセン大渓谷の大迷宮の攻略を目指していきます。


 大樹に赴いたその日の夜。ベースキャンプに戻ったハジメ達は、これからどうするのか話し合いをした。

 その結果、ハジメ達はライセン大渓谷の大迷宮を攻略することにした。

 樹海の大迷宮を攻略するためにも、他の大迷宮を攻略することが必要だという事が分かった。ならば、それに向けて行動するだけである。

 ただ、ここまで手を貸していたアルフレリック達の事もある。最低限、彼らの居住地を充実させる必要があった。

 

 それは浩介達の方も同様だった。

 彼らはハジメ達と同じようにハウリア族を鍛えながら面倒を見ていた。それを投げ出していくわけにはいかない。

 

 森人族とハウリア族の代表であるアルフレリックとカムを交えて、相談は夜遅くまで続いた。

 結果、このベースキャンプを拡張し、ハウリア族も一緒に住むことになった。

 それが終わればハジメ達は大迷宮を巡る旅に出る。

 現時点でも最低限の生活環境も整っている為、もう少し整備すればさらに住みやすくなるだろう。

 フェアベルゲンと違って樹海の外側にある為、その分防衛機構を整備する必要があるが、チート錬成師のハジメの手にかかれば問題ない。防壁はすぐに強化され、さらに井戸に繋がっている水源から水を流し込み、堀まで作った。それだけでなく地下に貯蔵庫兼避難空間も作り、万が一のことがあっても逃げることが出来るようにした。

 

 ハウリア族達へは武器の修理と支給を行った。

 森人族は魔法が使えるが人数が少ないので、彼らが戦闘の主力になる。今までは浩介がこっそりと近くの町で買ってきたナイフや短剣を使っていたが、ハジメがそれらを作り直して一級品の武器にした。さらにクロスボウやスリングショットなどの遠距離武器も作り出し、手入れの仕方や直し方をまとめたマニュアルも渡した。これで戦い方のバリエーションも広がるだろう。

 

 余談だが、浩介のサングラスがハジメのお手製だと知られてしまい、ハジメは全員に同じものを作ってくれと押しかけられた。あまりの勢いに押し負けたハジメは、サングラスVerアビスゲートを量産して渡してしまった。次に樹海に来た時、大量の深淵兎が出迎えることだろう。

 

 ハジメ以外の面々も積極的に活動した。

 今はハジメの〝錬成〟で作り出した石の小屋に住んでいるが、亜人族達は木でできた家に住むことを好むので、それらの建築の手伝いを行った。

 デジモン達と協力して樹海の樹を伐採、運搬して建築材料を確保する。手が空いたら、周辺の探索を行った。

 香織達がマメモン3兄弟と遭遇したことを踏まえて、スカルバルキモンを呼び寄せたダークタワーがある可能性が示唆されたからだ。スカルバルキモンが進んできた痕跡を目印に捜索を行ったが、ダークタワーは見つからなかった。代わりにとても強い呪いのエネルギーが残留する場所があり、香織とエンジェウーモンが念入りに浄化をした。

 

 そして、数日で予定していた作業が終わった。

 ベースキャンプ内にはまだ建築中の住宅が多いが、それは森人族とハウリア族が建てる。ハジメ達に頼りっきりではいけないという事で、彼ら自身の力で作るのだ。

 

「本当に世話になった。あのままでは亜人族は神の使徒の操り人形だった」

「いえ。神の使徒の暗躍にも屈せずに、抗ってきたアルフレリックさん達、森人族の頑張りがあってこそです」

 

 頭を下げるアルフレリックに、ハジメは彼らの密かな抵抗があったからこそ亜人族が自ら衰退するのを防げたと告げる。フェアベルゲンとの関係が今後どうなっていくのかわからないが、森人族とハウリア族は魔力のあるなしで差別せず、この樹海で亜人族として生きていくだろう。

 

 一方、ハウリア族達も彼らの見送りに来ていた。但し、その中にはシアとコロナモンの姿はなく、彼女達はハジメ達と共にいた。

 

「ねえ、シア。本当に私達と一緒に行くの?」

「家族が見つかったのなら一緒にいる方がいいんじゃないのか?」

 

 香織とテイルモンが二人に確認を取る。

 

「いいんです。まだどうすればいいのか心の整理がつきませんし。それにもっと皆さんと一緒にいたいんですぅ。まだまだ未熟なデジモンテイマーな私ですが、皆さんについていけばいつかコロナモンに相応しいテイマーになれますです! ご迷惑をかけないように頑張ります!」

「俺ももっともっと進化できるようになって強くなってやる。シアと一緒にな!」

 

 気合を入れるシアに今度はユエとルナモンが話しかけてくる。

 

「危険な旅。シアには生きにくい場所にも行くし、街や国、神とも戦うことになる」

「怖いデジモンにも襲われる」

「国に追われたこともありますし、何度も襲われました。今更ですし、覚悟は出来ています」

「どんなことがあってもシアがいれば大丈夫だ!」

 

 彼女達の忠告にも笑顔で答えるシアとコロナモン。

 特訓を乗り越え、香織達と強敵を倒したことで、大きな自信を身に付けた。今の彼女はパートナーのコロナモンのように、明るい太陽のように燃えている。

 実際、彼女達の実力はかなりのものだ。

 ファイラモンに進化できるようになったコロナモンはもちろん、シアも身体強化魔法に磨きをかけ、ステータスに換算すると、身体能力の数値が全て7000にまで上昇する。勇者すら圧倒する数値だ。

 大迷宮でも十分通用するだろう。

 

「シア」

「アルテナちゃん」

 

 最後に声をかけてきたのはアルテナだった。

 

「せっかく会えたのにまた離れることになってごめんなさいです。でも、強くなってまた会いに戻ってきます」

「ええ。信じていますわ。私ももっと強くなります。また危機が訪れても、私達の国を護れるように」

「はいです! アルテナちゃんなら絶対に、強くなります!!」

「シアのお墨付きなら、安心ですね」

 

 〝未来視〟の魔法があるからじゃない。シアの言葉は、暗い道を照らす温かい光みたいだからだ。

 別れを惜しみつつも、未来を切り開くためにシアは旅に出る決意をしたのだ。

 

 まあ、もっとも……。

 

「皇女殿下!! 元帥!! 師範!! 短い間でしたが、ありがとうございました!! 我らハウリアは未来永劫、御三方に忠誠と献身を捧げてまいります!!」

「よろしいですわ。ならば命令を下します。傾聴なさい!」

「「「「「「「「「「はっ!!!!」」」」」」」」」」

「わたくし達はいつの日か、再び大樹を訪れます。それまで大樹を護り抜きなさい」

「しかし、貴様らが死ぬのは許さん。なぜならば、死ねばトレイシー殿下の命を果たせん。我が深淵のしもべであることを自称するのならば、必ず生き抜き、使命を果たせ!!」

「死ねばシアさんとの約束も守れませんからね」

「「「「「「「「「「Yes sir!!!!」」」」」」」」」」

 

 あのテンションに混ざりにくいから、というのが本音かもしれないが。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 アルフレリック達に見送られて、ハジメ達は樹海を出てアークデッセイ号を進める。街道を走らせてしまえば大きな跡が出来てしまうので、平原の中を迷彩機能で進んでいる。

 ハジメ達の同行者は一気に倍以上に増えた。

 シアとコロナモンに加え、再会した浩介とトレイシー、シスタモンシエルだ。

 

「うおおお!! すげえなハジメ!! これマジでお前が作ったのかよ!?」

「マジだぜ。最高速度は90km/hだ。悪路は錬成魔法で整地しながら進むから問題ないし、装甲は異世界の金属を惜しみなくつぎ込んだ特別性。加えて生成魔法で香織の結界魔法を付与しているからユエの最上級魔法でも傷1つつかない」

「武装は何かあるのか!?」

「耐久性と居住性に力を入れたからなあ。目くらましや威嚇用の閃光手榴弾とか音響爆弾が主だ。あ、そのボタンは今調整中の新兵器だ」

「どんな兵器なんだ?」

「〝纏雷〟っていう魔法を参考にな……」

 

 運転席と助手席ではハジメと浩介が盛り上がっている。

 他のメンバーは後部座席に座り、窓から見える周囲の景色を見ている。

 ここはアークデッセイ号の前方にある運転席で、運転席にはハジメが座り、助手席の浩介がテンションを上げている。助手席にも周囲の様子を確認するレーダーや緊急ブレーキなどがあるのだが、下手に触らないように注意している。

 

「なるほど。単純な効果を持つアーティファクトを大量に組み合わせているのですね。アーティファクトをただの部品にするとは、何と大胆な発想ですか」

「アーティファクトが貴重になった、今のトータスでは考えられないですね」

 

 トレイシーとシエルもアークデッセイ号には驚きを隠せず、キョロキョロと中を見渡している。特にトレイシーの天職は〝魔道具師〟なので、巨大なアーティファクトであるアークデッセイ号には興味津々だ。

 一方、香織達はさっき後にした樹海のことについて話をしていた。

 

「それにしてもまさかマメモン3兄弟が残ってくれるなんて」

「彼らもこの世界ではいくところがないんだ。いつか私達が戻ってくる場所にいれば、いつかデジタルワールドに帰れると思ったんだろう」

 

 忘れていたかもしれないが、香織達を襲ったマメモン3兄弟はアルフレリック達の元に残ることにした。ハジメ達としても扱いに困っていたので助かった。戦闘力も完全体なので、滅多なことが無ければ、護り抜いてくれるだろう。

 

「デジタマも預かってもらってよかった」

 

 ユエが安心したように言う。

 スカルバルキモンが倒されたことで残ったデジタマもアルフレリック達の所に残してきた。今はハウリア族、特にラナが管理している。

 危険が多い旅をしているハジメ達が連れているよりもいいという判断だ。デジモンへの偏見もないし、同じデジモンであるマメモン3兄弟もいる。

 

 なぜスカルバルキモンがデジタマになったのかは、レーベモンの力はスカルバルキモンを倒したのではなく、異常をきたしたデータを浄化したからかもしれない。だが、浄化した箇所があまりに多く、デジタマに戻らないと存在を維持できないとデジタマが判断して、デジタマに退化したのではないか、ということだ。

 もしかしたら、次に樹海に行ったら誰かがテイマーになっているかもしれない。

 

 やがて、アークデッセイ号に備え付けられた広範囲レーダーが前方に町があることを知らせてきた。

 このままアークデッセイ号で門の前まで来てしまえば新種の魔物に間違えられるし、迷彩機能を付けたままでは虚空から人が現れたように見えてしまう。

 町から見えないギリギリの距離でアークデッセイ号を停車させ、外に出る。

 

「これから街に行くが、取り決めの通り手分けしよう。樹海で手に入れた魔物の素材を冒険者ギルドで売る組と食料を買う組、衣服を買う組だ」

「素材を売るのは俺が行こう。何度かやっている」

 

 浩介が挙手をする。実際、彼は資金調達のために冒険者登録して、目立つトレイシーとシエルの代わりに魔物の素材を売りさばいていた。

 

「食糧は私とテイルモン、シアとコロナモンで行くよ。料理は私達がメインだしね」

「はいですぅ! 皆さんに美味しいごはんを作れるように頑張ります!」

 

 香織達は市場に行く。資金は浩介達が持っていたお金だ。新しく素材を売却してくるので、全財産を受け取る。

 

「衣類はわたくしとユエさん、シエルで行きましょう。衣類は女性の必須アイテムですから」

「ん。わかった」

「かしこまりました」

 

 あとはハジメだが、彼は浩介と一緒に冒険者ギルドに行くことにした。浩介が一人で持ち込むより、パーティーで樹海の魔物を狩ったという事にした方が自然だろう。

 

「よし。全員、昨日渡したアーティファクトで変装していくぞ」

 

 ハジメの言葉に全員がブローチや腕輪を起動させる。

 すると、全員の髪の色や瞳の色が変わり顔の造形も少し変わった。

 目も見張る美少女だったのだが、どこにでもいる少し見た目がいい美少女レベルになる。特にシアは特徴であるウサミミが見えなくなり、人間の耳ができる。

 ハジメも白髪赤目はそのままだが、平凡な少年になる。

 これは皇帝ガハルドが使っていた姿を変えるアーティファクトの話を聞いたハジメが作成したアーティファクトだ。持ち主の姿を変える機能は同じで、さらに声まで変えることが出来る。しかも、同じアーティファクトを使っている仲間からは元の姿のまま見えるので、混乱することが無い。

 これで指名手配されている可能性がある香織とトレイシーはもちろん、亜人族であるシアも奴隷の首輪を付けなくても堂々と町中を歩ける。

 

 ちなみに、浩介は使っていない。

 なぜなら、深淵卿だからだ。

 説明終了。

 

 そして、最後にハジメ達はパートナーデジモンにデジヴァイスを翳す。

 

「町を出るまではデジヴァイスの中に隠れていてくれ」

「わかっている。でも何かあれば出してくれよな」

 

 デジヴァイスのあるボタンを押すと画面から光が放たれる。するとガブモン達が光の中に消えていった。

 これはオルクス大迷宮のオスカー邸で、ワイズモンに協力してもらって作ったデジヴァイスの新機能だ。パートナーデジモンをデジヴァイスの中にある仮想デジタル空間に収納できる。魔物への忌避感が強いトータスの町中でデジモンを連れ歩けば騒ぎになってしまうので、その対策を考えた際にワイズモンから提案された機能だ。

 シエルは誰かのパートナーデジモンではないが、見た目は人間なので姿を変えるアーティファクトを使っている。

 

 準備ができた一同は歩いて街に向かう。

 町の門にたどり着くと、門の傍に立っている小屋から武装した男が出てきた。川の鎧を付けているので、兵士というより冒険者に見える。冒険者風の男がハジメ達を呼び止める。

 

「止まってくれ。ステータスプレートを。あと、町に来た目的は?」

「食料の補給がメインだ。旅の途中でな」

 

 門番の質問に答えながら、ステータスプレートを手渡すハジメ。

 内容を一瞥した男は他の面々にもステータスプレートの提出を求める。

 香織達も素直に渡していく。何とデジモンであるシエルまでステータスプレートを渡した。やがて全てのプレートに目を通した男は、ハジメ達に返す。

 

「問題なし。通っていいぞ」

 

 門を通る許可を出した。

 

 ハジメ達が渡したステータスプレートは、実はトータスで流通している物ではない。

 オスカー邸で製作したハジメ御手製のもので、修練で身に着けた技能も表示される正真正銘のステータスプレートだ。しかも、ステータスの偽装機能まで付いており、名前や天職まで変えることが出来る。

 門番に渡したプレートには、実際のステータスとは全く異なる内容が表示されており、ステータスプレートは偽造できないという先入観から、門番は怪しむことなくハジメ達を通したのだった。

 

「それにしても男1人に女5人とは羨ましいな」

「…………もう1人いるぞ。男」

「えっ?」

 

 男がハジメの指さす先を見ると、そこには乾いた笑みを浮かべる浩介がいた。

 ステータスプレートを差し出していたのに無視されてしまい、どうしたものかとプレートをプラプラさせている。

 

「いや、別にいいんだ。毎回、初めて見たみたいな対応されているし、たまに確認もされずに街には入れたしさ。うん。いいんだよ別に。気にしてないし? うん」

「す、すまん!」

 

 慌てる男に、浩介はプレートを手渡す。

 こうしてハジメ達は街──ブルックに入った。

 

 




〇アーティファクト紹介
・真ステータスプレート
トータスで流通しているステータスプレートをハジメがフリージア達の協力の元再現・改良した。
実はトータスで流通しているステータスプレートは派生技能以外では新しく習得した技能は表示されない。登録した時に表示された技能のみが主な技能として表示される。
これは神の使徒による細工。技能を増やすには派生技能しかないと思いこませるため。
※ハジメと香織のステータスプレートはホーリードラモンの力で正常化していた。
ハジメが作成したステータスプレートは修練で覚えた魔法や技術を新たな技能として表示できる。
また全ての表示内容を偽装することも出来、全く別人のステータスを表示させることも出来る。指名手配されている香織が見つからないようにするための仕様。



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17話 再び大渓谷へ ライセン大迷宮発見

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ようやく章タイトルのライセン大渓谷の大迷宮に向かいます。今話はその導入、攻略前の束の間のひと時とアークデッセイ号の秘密兵器の1つをお見せします。



 ブルックの街でそれぞれの用事を終えたハジメ達は街を出て、遠く離れると宝物庫から取り出したアークデッセイ号の中で、それぞれの報告を行っていた。

 

「浩介に気が付くとは、あの受付のおばちゃんはただ者じゃなかった」

「だろう! キャサリンさんは凄い人なんだぜ」

 

 冒険者ギルドで魔物の素材を売ってきたハジメと浩介が最初に口を開く。

 ブルックの冒険者ギルドは、ゲームなんかでよくイメージするような酒場みたいな薄汚れた建物ではなく、清潔さが保たれた場所だった。

 何度か利用したことがある浩介の案内でカウンターに向かうと、そこには恰幅の良いおばちゃんが笑顔を浮かべていた。

 テンプレ通りの美人受付嬢じゃなかったことにハジメが内心がっかりしていると、おばちゃんに見抜かれてからかわれてしまった。

 内心を読まれたことでハジメが動揺していると、何とおばちゃんは浩介の方を向き「久しぶりだね」とあいさつをした。何とおばちゃんはハジメ同様に浩介のことを認識していたのだ。この時点でハジメの中ではこのおばちゃん──キャサリンさんはただのおばちゃんではなくなっていた。

 その後はスムーズに素材の売却も出来た。しかも初めて街に来たというハジメの為に、キャサリンさんお手製の地図までタダでくれた。

 

「わたし達もキャサリンさんの案内で向かったお店では有意義な買い物ができました」

「ええ。あの店主もただ者ではありませんでした。おそらく、王国の元騎士団長と思われますわ」

「……ハジメ達に出会ったのと同じくらいの衝撃だった」

 

 もともとブルックに寄ったのは、浩介が以前訪れた際にキャサリンから地図を貰っていたからだ。その地図には彼女のおすすめの宿や店が載っており、手早く済ませたかったハジメ達にはとても助かった。

 衣服を調達しに行った彼女達は地図に載っていたおすすめの服屋に向かった。

 そこで出会ったのだ。とんでもない化け物、もとい巨漢の変態に。

 

「……筋肉ダルマのオカマ。アニメだけの存在じゃなかった」

 

 少し震えながら話すユエ。

 何せお店のドアを開けたら筋骨隆々の大男が、サイズがぱっつんぱっつんなドレスを着て立っていたのだ。しかも「あら~ん、いらっしゃい♥可愛い子達ねぇん。来てくれて、おねぇさん嬉しいぃわぁ~、た~ぷりサービスしちゃうわよぉ~ん♥」と言い放ったのだ。

 

 ユエはあまりの衝撃に「……人間?」と思わず口に出してしまった。

 男は激昂し、ユエ達に襲い掛からんとする程の威圧感をぶつけてきた。咄嗟にトレイシーが前に出て身構えるほどだった。

 一触触発の雰囲気が漂う中、一番落ち着いていたシエルが間に入って取り成すことで何とか収まった。

 それからは店長、クリスタベルさんに服を見立ててもらった。本人の格好に反して見立ては抜群で、ユエ達だけでなく簡単な容姿の説明をしただけの香織達にもピッタリの服を用意してくれた。

 ちょっとしたトラブルがありながらも、衣服はちゃんと購入できた。

 

「私達はそんなに変なことはなかったかな。普通にお買い物できたよ」

「はいですぅ! おいしそうなものをいっぱい買えましたから、今夜のご飯をお楽しみにですぅ!」

 

 香織とシアは特に何も起きなかったようだ。

 ハジメ達の食料は樹海でほとんど使ってしまった。拠点を作ったばかりのアルフレリック達から貰うわけにはいかなかったので、2人の買い出しが無事に終わってよかった。

 かなりの量になったが、香織の宝物庫のおかげで難なくもってくることが出来たようだ。

 

「ガブモン達はどうだった? デジヴァイスの中は」

「問題なし。ハジメ達の様子は見えたし、周りの音も聞こえたぜ」

「私もだ」

「俺も!」

「……見たくなかったけれど」

 

 デジヴァイスの新機能の調子を報告するガブモン達。ルナモンだけは見たくないものを見てしまったために、ユエのように震えている。

 

「とりあえず、もう遅いからな。明日に備えて──夕飯にしようぜ」

 

 ハジメの言葉に全員が頷いた。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 アークデッセイ号のキッチンで香織とシアが作った夕食を全員で食べた後、ハジメはアークデッセイ号の秘密兵器を起動させた。

 

 アークデッセイ号の広い屋根に巨大な浴槽が展開され、ちょうどいい温度のお湯が張られた。周囲には姿を隠す囲いが出現する。

 そう、露天風呂だ。

 

「シャワーだけでなく、野外湯船もあるとは。コウスケの話以上ですわね」

「本当ですね。トータスの技術レベルを遥かに超えています」

 

 湯船に浸かりながら改めてハジメが作ったアークデッセイ号に感嘆の息を漏らすトレイシーとシエル。

 アークデッセイ号の全長は15m、車幅は5mもある。湯船はそのスペースの半分以上を占めており、手足を伸ばしても広々としていた。

 そこに洗い場で体を洗っていた香織とテイルモンがやって来る。

 

「拘ったからね。やっぱり楽しい旅をしたいしね」

「もしかしたら街とかに滞在できなくなる可能性もあるからな。なるべく快適な生活を自分達だけで送れるように」

「うんうん。でもやっぱりハジメ君が一番真剣だったんだよ。昔みたいな雨ざらし生活なんかできないって」

「確か、シエル達の世界を旅したことがあるのでしたか?」

「デジタルワールドの環境はめちゃくちゃですからね。とても苦労されたのでしょう」

 

 しみじみとシエルはハジメの気持ちを察する。

 デジタルワールドはリアルワールドから様々なデータが流れ込んでいるせいか、常識ではありえない場所ばかりだ。基本的な場所でもあるリアルワールド球が照らす荒野でさえも、少し迷い込めば変な場所へ飛ばされてしまう。そうでなくとも、凶暴なデジモン達が生存競争を繰り広げているのだ。そんな場所をガブモンがいたとはいえ旅したハジメは、同じ苦労を香織達に味合わせたくないと思い万全の準備を整えてきた。特に衣食住は、人らしく生きる上で必須だと力を入れたのだ。

 ユエとルナモンも湯船に入り、しばし全員でハジメ渾身の力作である露天風呂を堪能する。

 ふと香織はトレイシーとシエルに話しかけた。

 

「あの、トレイシーさんはシエルとパートナーにならないんですか?」

「……そうですわねえ。シエルとはパートナーというより、雇われ主従という関係が好ましいのですわ。だって、シエルって裏に隠した思惑がありますもの。そういう相手とは損得勘定を踏まえた繋がりの方が信用できますわ。常に利益を提供していれば、決して裏切りませんもの」

「そうですね。私もトレイシー様とはそういう関係がよろしいです。こんな私達ですから、パートナー関係にはなれません」

「シ、シビアですね」

 

 自分達とは全く違う価値観で関係を築いている二人に、少し困惑する香織。

 それでも、案外噛みあっているのだから、人とデジモンの関わり方も千差万別だなと、香織以外の面々も思うのだった。

 

 女子達が親睦を深めている一方、車内のハジメ、ガブモン、浩介は周囲の警戒をしながら、雑談に興じていた。

 

「思ったんだがハジメ、ガブモン」

「なんだよ?」

「どうしたんだ?」

「魔力操作を鍛えていくとさあ」

「おう」

「ああ」

「──〇旋丸が使えるようになるんじゃないか?」

「「はっ!!?」」

 

 浩介の言葉に「確かに!」と思う二人。チャクラと魔力の違いはあるが、操作できるエネルギーだ。可能性はある。

 浩介に魔力操作を教えつつ、螺〇丸ができないか試行錯誤を始める。

 そんなやり取りをする程に、何も起こらずに平和だった。

 すると、また浩介が話しかけてきた。

 

「あとさ、ずっと気になっていたんだけどさ、その口調。やっぱ少し似合わねえぞ?」

「……ほっとけ」

「でもさあ。地球に帰った時とか、クラスメイトに驚かれないか?」

「それを言うなら浩介もじゃないか? 深淵卿がデフォルトになってきているぞ」

「それこそ放っておいてくれよ!! 自分でも自覚しているわ!! だんだんサングラス掛けていないのに、深淵卿が顔を出すようになってきているんだよ!!!」

「俺も話には聞いていたけれど、すげえよな。あんな厨二病的な言動を大真面目にするやつがいるなんて、アニメの話かと思っていたぜ」

「そう思うだろ? でもこいつの魂は立派な厨二なんだぜ、ガブモン。じゃないと技能に出ないって。ハハハ」

「アハハ」

 

 ガブモンと笑い合うハジメに、浩介の怒りが爆発する。同時に何かが浩介の頭に降りてきた。その降りてきた何かを、目の前で笑うハジメにぶつける。

 

「笑ってんじゃねえよ! お前だって白髪赤目の義手ってリアル厨二じゃねえか!! 眼帯したらフルアーマード厨二だろ!!?」

「ぐはぁ!? 貴様言ってはいけないことを!!」

「ぐうの音も出ないようだな、ハジメ。いや、覇天真紅の極黒魔王──サウスクラウド・ザ・ファーストよ!!」

「イヤァアアアアアアアアアアアアアアッ!?」

 

 何故か途轍もない怖気が走り、悲鳴を上げるハジメ。まるでどこかの別世界の自分までダメージを受けたような衝撃だった。

 幸いにもアークデッセイ号は騒音対策もばっちりだったので、屋根の女子達や周囲には漏れていなかった。

 なお、ガブモンは爆笑していた。

 

 入浴を終えて車内に戻ってきた香織達が見たのは、取っ組み合いをする三人の姿だった。

 くだらないやり取りだったが、地球での何でもない日常を思い出して、風呂に入るのとは別の意味でリフレッシュできたハジメ達だった。

 こうしてハジメ達の夜は更けていった。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 翌朝、アークデッセイ号を走らせてハジメ達はライセン大渓谷にやってきた。

 アークデッセイ号の索敵レーダーと、各々の目の両方を使って大迷宮を探していく。

 もちろん魔物が襲い掛かって来るが、アークデッセイ号の装甲はただの魔物の攻撃で敗れることはない。外を探索している面々も、規格外の実力を持っているなす術なく倒されていく。

 

「一撃必殺ですぅ!」

 

 ズガンッ! という轟音と共に魔物が吹っ飛ばされて渓谷の岩壁に叩きつけられる。

 魔物を吹き飛ばしたのはシア。その手には巨大な金属槌が握られていた。

 ハジメがシア専用に開発したアーティファクト〝ドリュッケン〟だ。

 魔力操作ができるシアが魔力を流すことで内部のギミックが作動し、様々な形に変形する。今は戦闘モードの巨大な大槌になっており、身体強化魔法を全開にしたシアが振るうことで一撃必殺の威力を発揮する。攻撃魔法が分解されるこのライセン大渓谷は、シアの独擅場だ。

 彼女の傍らにはファイラモンも並んでおり、炎を纏いながら駆け抜ける。ファイラモンの突進を受けた魔物は、炎に包まれながら跳ね飛ばされる。

 他の面々も全く苦戦することなく戦っていた。

 ハジメとユエ、彼らのパートナーデジモンは前回来た時と同様の方法で、問題なく魔物を殲滅している。

 浩介、トレイシー、シエルの面々もハジメ達に負けていない。

 

「《エーヴィッヒ・シュラーフ》!」

 

 闇のエネルギーを込めた槍撃を放つのは、サングラスを掛けた浩介だ。その一撃は魔物を一撃で仕留める。

 

「我が一撃で闇に沈むが良い」

 

 フッと笑いながらターンを決める浩介。否、今の彼は深淵の貴族アビスゲート卿だ。

 技能〝深淵卿〟を発動させているため、ステータスが厨二病の深度が深まるほどに上昇していく。

 それに加え、浩介は闇のスピリットと自身を同調させていた。

 これはスカルバルキモンの呪いを吸収した時にも行っていた。浩介の肉体にスピリットの力を宿らせることで、身体能力の上昇はもちろん、レーベモンの武器や技、特性を使うことが出来る。今手に持っている槍もレーベモンの断罪の槍だ。

 これらの力を合わせて、ハジメ達に匹敵する力を発揮していた。

 

「さあさあさあ! 楽しい闘争のお時間ですわ! エグゼスゥウウウ!!!」

 

 一方、トレイシーも愛用の武器〝魔喰大鎌(まぐいたいれん)エグゼス〟をお姫様な外見に似合わない豪快な勢いで振るう。

 鋭い刃が魔物の足を両断し、倒れ込む。

 起き上がれなくなった魔物の首を、すかさず返す刃で斬り裂き、止めを刺すトレイシー。

 生粋のトータス人である彼女だが、ハジメ達に見劣りしない戦いを繰り広げていた。

 所有者の魔力を喰らい、力を発揮するエグゼス。本来ならば魔力でできた刃を形成したり飛ばしたりできるのだが、魔力が分解されるライセン大渓谷では使うことが出来ない。その分、トレイシーは身体能力を上げることに集中することで、ハジメ達ほどではないが、異世界召喚された神の使徒並みのステータスを発揮していた。さらに天職〝魔道具師〟による才能を活かすために、ハジメがエグゼスに改良を施した。

 

「次はそこですわね!」

 

 再び現れた魔物の気配を感じたトレイシーが左腕を振るい、持っていた物を投げる。

 それは黒い分銅が付いた黒い鎖だった。エグゼスの石突きに繋がっているその鎖は、長さはそこまでなかったはずなのにどんどん伸びていき、分銅は魔物に向かっていく。そのまま魔物の首に引っかかるとグルグルと巻き付き、トレイシーが鎖を引くと今度は鎖が収縮する。その勢いを利用して魔物に飛び乗ったトレイシーは再び首を刈り取る。

 エグゼスの遠距離攻撃が使えない渓谷でも、トレイシーが戦えるように付け加えた機能だ。扱いは難しいが、魔道具師のトレイシーはすぐにコツを掴み、自在に扱えるようになった。

 

「魔物は全て倒しましたね」

 

 周囲を見てきたシエルが報告する。

 シエルも暗殺術を駆使して、魔物を静かに倒している。派手さはないが堅実な戦いをこなしていた。四聖獣から使命を与えられただけあって、浩介達の中では安定した強さを発揮している。

 また、もともと諜報や索敵が得意だったのもあり、大迷宮の痕跡や手掛かりを探している。

 

 全員が一丸となってライセン大渓谷を虱潰しに探し回った。

 そして、遂に大迷宮を見つけた。

 

「……なんだこれ?」

「……ええっと、大迷宮?」

「……いや、え? マジでか??」

 

 ハジメ、香織、浩介が困惑する。それはユエ達やデジモン達も同様だった。

 なにせ大渓谷を探し回ってようやく見つけた大迷宮の入り口とは……。

 

 〝おいでませ! ミレディ・ライセンのドキワク大迷宮へ♪ 〟

 

 壁を直接削って作ったのであろう見事な装飾の長方形型の看板があり、それに反して妙に女の子らしい丸っこい字でこう掘られていたのだ。

 落石と思われる岩の隙間の先、見つかりにくい場所にあったとはいえ、ふざけているとしか思えない看板のせいで、偽物に思えた。

 

「……たぶん、本物。ミレディ・ライセンの名前が書いてある」

「ユエの言う通りなんだよなあ」

 

 そう、現在のトータスでは解放者達のことは反逆者であったとしか伝わっておらず、彼らの名前や素性などは知られていない。

 オスカーの屋敷の日記やフリージア達から話を聞いたハジメ達は、他の解放者の事も知っており、ミレディ・ライセンという名前が解放者の1人だったと知っている。しかも、ミレディは解放者のリーダーだったという。その性格は、

 

「うざいってフリージアが言っていた」

「この看板を見る限り性格も一致しているな」

「……すごくうざそう」

 

 ガブモン達が言うとおり、ミレディ・ライセンは途轍もなくうざい性格をしていたという。

 この看板が本当にミレディ・ライセンの書いたものなら、聞いていた性格通りだ。

 

「どうやって入るのでしょうか」

 

 看板だけで入り口らしきものがないので、シアはあたりをキョロキョロと見渡したり、壁を叩いたりしている。

 

「シア。あんまり……」

 

 ガコンッ! 

 

「ふきゃ!?」

「シア!!」

 

 壁を叩いていたシアに、不用意なことをするなとハジメが忠告する前に、叩いていた壁がグルンと回転し、シアは巻き込まれその中に消えていった。

 コロナモンが慌ててその中に飛び込み、壁は元の岩壁になる。さながら忍者屋敷の仕掛け扉だった。

 

「本物でしたわね」

「はい。トレイシー様」

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

「うーん!! ようやく来たね攻略者が!! 目覚めたばかりでまだ本調子じゃないけれど、ここに辿り着くまでには調子も取り戻しているかな♪ さあ、若人たちよ!! 試練に立ち向かう時だ。お茶請け代わりには楽しませてくれたまえ!」

 

 どこかの暗い部屋の中で、楽し気な少女の声が響いた。

 

 




〇アーティファクト紹介
・アークデッセイ号
全長:15m
全幅:5m
全高:4.5m
車両重量:140t
車輪数:12輪
駆動エンジン:充電型魔導エンジン1基、補助電動エンジン2基
最高速度:90km前後
ハジメ達がトータスでの移動、及び拠点用に開発した大型特殊車両。
元々はハジメ達テイマーズがデジタルワールドを探索するときに、こんな車両があったら便利じゃないかと考えていた飛空艇がモデル。ハジメのタブレットに遭ったデータを基に、ワイズモン達に協力してもらいながら作成した。
外装にはアザンチウム鉱石を始めとした多種多様な鉱石で生み出した装甲が使われており、とても頑丈。それに加えて〝聖絶〟などの結界魔法も付与されているので、最上級魔法を連発されてもびくともしない。
運転席はメインとサブの二つがあり、座席も至る所に設置されている。最大で30人は乗ることが出来る。
走行時には〝錬成〟魔法による整地機能のほか、光学迷彩機能で周囲の景色に隠れることも出来る。夜間でも赤外線カメラで証明を付けなくても周囲の様子を見ながら走行できる。

内部には最低限の家電や就寝スペースもあるがおまけ程度で、もっともスペースを取っているのはハジメの研究・開発部屋。アーティファクトのメンテナンスや開発も行えるスペースで、錬成師にとって必要なものを揃えてある。旅の途中で必要になったものをその場ですぐに作り出すことが出来る。
自衛用の兵器もそろえているが、閃光弾や音響兵器など非殺傷の武器が多い。武器に関しては今後に開発・搭載予定。


浩介達も加わったハジメ達のやり取りは書いていて楽しかったです。
口調が変わっているハジメに対する浩介の印象に、ハジメからの深淵卿ネタでの弄りの部分が、今は遠い高校生時代を思い出しながら書きました。そしたらまさかの原作からの電波が飛んできて、ハジメにクリーンヒット(笑)。
「覇天真紅の極黒魔王──サウスクラウド・ザ・ファースト」は、魔王VS深淵卿の勝負はやらない予定なので、ここで出しちゃいました。何せ、アビィさんすでにハウリア族の女性陣全員を虜にしちゃっていますもの。

次回はようやくの大迷宮攻略。どんなテコ入れが入るのかお楽しみに。


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18話 ライセン大迷宮攻略(前編)

感想・評価・お気に入り登録ありがとうございます。
遅れて申し訳ありません。ちょっと仕事の疲れで先週は休んでいました。
サクサク進めないと2章も1年かかっちゃいそうで不安です。

・あらすじ
ライセン大渓谷を探索するハジメ達は、遂に大迷宮の入り口を見つけた。その奥には何が待ち構えているのか・・・。



 シアとコロナモンが姿を消した回転扉を慎重に通ったハジメ達。

 するとヒュンヒュンと中から何かが飛んできた。咄嗟にハジメが左腕の義手で弾く。

 しばらくして何も起きなくなったので、飛んできたものを見て見ると金属でできた矢だった。

 

「典型的な侵入者対策の罠だな」

「暗いね。ライトライト」

 

 香織が腕時計の懐中電灯をつけると、中を照らし出す。

 十メートル四方の部屋で、奥の方へと真っ直ぐに整備された通路が伸びていた。古代遺跡の迷路の入り口といった雰囲気だ。

 部屋の中央には一枚の石板があり、看板と同じ丸っこい女の子文字でメッセージが彫られていた。

 

 〝ビビった? ねぇ、ビビっちゃった? チビってたりして、ニヤニヤ〟

 〝それとも怪我した? もしかして誰か死んじゃった? ……ぶふっ〟

 

 全員の内心は一致していた。「うぜぇ~」と。

 わざわざ〝ニヤニヤ〟と〝ぶふっ〟の部分だけ強調されているのが、殊更腹立たしい。もしもさっきの罠で誰か死んだら、間違いなく生き残りは怒髪天を衝くだろう。

 

「シアとコロナモンは?」

 

 ふと気が付いたガブモンが辺りを見渡すが、シアとコロナモンの姿がない。

 

「もしかして……」

 

 ユエが背後を振り返り、入ってきた回転扉に向かう。ゆっくりと扉を押すと半回転し、ひっくり返る。果たしてそこにシアとコロナモンはいた。回転扉に縫い付けられた姿で。

 

「ハジメざん、ユエざん、皆ざん、助けてくださいぃ~」

「し、死ぬかと思った。お、下ろしてくれぇ~」

 

 飛んできた矢の風切り音に気が付いたシアとコロナモンは、特訓で鍛えた回避能力で躱した。しかしギリギリで躱したことで服のあちこちに当たり、扉に縫い付けられてしまったのだろう。コロナモンは幸いにも身体に当たらなかったが、躱すためにジャンプしたところシアと同様に壁に縫い付けられた。ある意味、パートナーらしいと言える。

 

「迂闊に入るからだぞ」

「はいぃ。面目ないですぅ~」

 

 ハジメの注意に落ち込みながら、ユエ達の手で解放される。

 そして、シアとコロナモンが中央の石板に気が付いた。

 顔を俯かせ垂れ下がった髪が表情を隠す。しばらく無言だった2人は、おもむろにドリュッケンを取り出し、拳に炎を灯すと渾身の一撃を石板に叩き込んだ。ゴギャ! ボオンッ! という破壊音と爆発音を響かせて粉砕される石板。

 どうやらあの文章がよほど腹に据えかねたようだ。何度も槌と拳が振り下ろされ、石板が跡形もなくなる。

 が、石板の下の地面には何やら文字が彫って在り、攻撃を終えて一息ついた2人の目に入ってきた。

 

 〝ざんね~ん♪ この石板は一定時間経つと自動修復するよぉ~プークスクス!! 〟

 

「ムキィ──!!」

「ウガァ──!!」

 

 マジ切れした2人がさらに攻撃し始める。コロナモンなんて怒りのエネルギーで今にも進化しそうな炎を放出している。

 

「ミレディ・ライセンは反逆者も解放者も関係なく、人類の敵みたいだな」

 

 ハジメの言葉に香織達も頷いた。

 

 しばらくして2人を落ち着けたハジメ達は、用心しながら通路の先へ進んだ。

 やがて、新たな部屋に入ると──光に包まれて転移した。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 気が付いたとき、ハジメ達はすぐに自分達の無事を確認した。見たところさっきと同じような部屋にいる。但し通路は後ろではなく前に延びており、向こうには更に部屋があった。だが、それよりももっと大きな異変が起きていた。

 

「ガブモン!? どこに行ったんだガブモン!!」

「テイルモン!? テイルモーン!!」

「ルナモン! ルナモン!」

「どこですかコロナモン!!」

「シエル!! ……いませんわ」

 

 デジモン達がいなくなっていたのだ。

 さっきまで一緒にいたのに、影も形もない。パートナーがいなくなったハジメ達は必死に名前を呼ぶが、返って来る声はない。

 ならばとデジヴァイスを取り出して呼びかけてみるが、ザーザーという砂嵐の音声が返って来るだけだ。ジャミングされていた。当然、パートナーが見ている光景も映らない。

 さらに事態は悪化する。まず気が付いたのはトレイシーとハジメだった。

 

「まずいですわ。デジモン達だけでなくコウスケもいません」

「ああ。一体どこに行ったんだ」

「……あ。そういえば、遠藤君もいない」

「……確かに。いない」

「コロナモン達のことに気を取られていたですぅ」

 

 消えていたのはデジモンだけではない。浩介の姿もなかった。一瞬、いつもみたいに影が薄くなったのではないかと思ったが、本当にいない。

 いくら待ってもデジモン達と浩介の姿を見つけられなかった。仕方なくハジメ達は通路を進むことにした。

 

「これは……。オルクス大迷宮よりも迷宮らしい」

 

 進んだ先を見たハジメは思わず声に出す。何せ、通路が縦横無尽に通路や階段が入り乱れているのだ。先への入り口も無数にあり、捻じれた階段が複雑に繋がっている。

 まさに大迷宮の名前に違わない場所だった。

 しかも、ライセン大渓谷の魔法を分解する効果が強くなっており、魔法を得意とするユエと香織が魔法を使おうとするが、すぐに魔力が霧散してしまう。

 

「やっぱり魔法はうまく使えない」

「ユエも? 私もだよ。回復魔法は触れていれば使えるけれど、〝聖絶〟は発動も出来ない。外よりも分解作用が強いよ」

「わたくしもですわ。エグゼスもここでは丈夫な鎌でしかない。つまり戦闘に使える魔法は身体強化魔法ということですわね」

 

 トレイシーの言葉に全員がシアと香織の方を向く。一行の中で最も身体強化魔法を使いこなす香織と彼女の教えを受けたシアこそ、この環境下でのメインアタッカーだ。

 他のメンバーはアーティファクトでの援護が主になるだろう。

 

「進もう。まずはガブモン達と合流するんだ」

 

 ハジメの言葉に全員が頷き、慎重に迷宮の奥に歩みを進めた。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 一方その頃。ガブモン達はハジメ達とは違う部屋にいた。部屋の様子はハジメ達が飛ばされた部屋と同じで、先にも続いている。

 飛ばされたのはガブモン、テイルモン、ルナモン、コロナモン、シエルのデジモン達だけだった。

 最初は混乱していたが、何とか落ち着いたガブモン達は、ハジメ達と同じように自分達の状況を把握する。

 

「やっぱりハジメ達は近くにはいない」

「さっきの光。オルクス大迷宮での転移魔法陣のものと似ていた。きっと香織達は別の場所に飛ばされたんだ」

 

 テイルモンの推測にガブモン達は納得する。

 

「テイマー、いえ正確にはデジモンだけが分断されたとみるべきですね。パートナーデジモンではない私もいるのですから」

「それがこの大迷宮の仕組み?」

 

 シエルとルナモンも自分達に起きたことを考える。

 しばらく考えながら様子を見ていたガブモン達だったが、何も起こらないので先に進むことにした。

 進んだ先はやっぱりめちゃくちゃに通路が入り乱れた迷宮だった。

 どこに行けばいいのか、皆目見当がつかないが、ハジメ達と合流するために通路の1つへ向かうガブモン達。

 その先には──。

 

「ゴオォオオオオ!!!!!」

 

 巨大な岩の巨人の集団が待ち構えていた。

 両腕を振り上げながら、ガブモン達に襲い掛かって来る。

 その姿はガブモン達が知るあるデジモンにそっくりだった。

 

「ゴーレモンだ!?」

「デジモンの気配が無い。イミテーションか!」

 

 ゴーレモン。9割が岩石のデータでできた身体を持つ成熟期デジモンだ。

 それが10体。デジモンの気配が無いことから、オルクス大迷宮でも現れたデジモンの姿をした魔物、イミテーションデジモンだ。

 

「《ネコパンチ》!」

「《白詰一文字切(しろづめいちもんじぎ)り》」

 

 同じ成熟期のテイルモンとシエルは一体ずつ確実に倒していく。

 

「《ロップイヤーリップル》!」

「《プチファイアーフック》!」

「《コロナックル》!」

 

 成長期のガブモン達は連携で戦う。ルナモンが耳から発生させたシャボン玉の渦でゴーレモンたちの動きを止め、ガブモンとコロナモンが炎の拳で打ち倒す。

 しかし、世代差による力不足とゴーレモンの頑丈さのせいで一発では倒せない。

 

「シア! 援護を、あ」

「ハジメ達はいない。俺達の力で倒すしかない」

「お、おう。そうだったな」

 

 思わずシアに声をかけたコロナモンだが、テイマー達がここにいないことをガブモンに指摘されてしまう。

 しばらくしてゴーレモンたちを全て倒したガブモン達。改めて部屋を見渡すと壁に文字が書かれていた。

 

 〝いきなりの戦闘でビビった? ねえねえビビった? 〟

 〝ちゃんと後片付けをした方が良いよぉ? 〟

 〝ドッカンまであと5秒だ♪ 〟

 

 文字を見たガブモン達が、倒したゴーレモンの死体を見ると真っ赤に発光し始めていた。

 

「逃げろおおっ!!!」

 

 ガブモンが叫びまでもなく全員が部屋の外に続く通路に飛び込む。床に伏せて爆発に備える。

 

 しかし、何も起こらない。

 全員がいぶかしんでいると目の前の床が光り、文字が現れた。

 

 〝うっそ~~~。焦ってやんの。プークスクス〟

 

 冷静なテイルモンやシエルも含めて、全員が顔を俯かせると床の周りを取り囲み、

 

「《プチファイアーフック》!!!」

「《ネコパンチ》!!!」

「《ルナクロー》!!!」

「《コロナックル》!!!」

「《白詰一文字切(しろづめいちもんじぎ)り》」

 

 必殺技で粉々に粉砕した。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 デジモン達が迷宮でゴーレモンの集団と、メッセージに翻弄されている頃。

 ハジメ達も迷宮の厄介さに辟易としていた。

 魔法が使えないのに加え、大量の物理トラップが仕掛けられていたからだ。

 ハジメはゴーグルで罠を判別してみようとしたのだが、罠には魔法が使われておらず、物理的な仕掛けだった。赤外線センサーで探ってみるのだが、壁や床の材質が特殊なのか見えなかった。

 仕掛けられている罠も即死級の物ばかりで、全く油断できない。

 しかもその罠の傍にはデジモン達の所にもあった、こちらを嘲笑うようなうざいメッセージが書かれた壁や床があり、特にシアはその文面に毎回反応していた。

 魔法も使えず、デジモン達もいない迷宮を進むハジメ達。

 

 ガコン! 

 

 すると何かが動いたような音がした。迷宮を進む中で、罠が起動したときに聞いた音だった。警戒するハジメ達の目の前の壁が突然動き出し、新たな通路が現れた。

 

「……罠?」

「……罠、だよね?」

「今までの傾向から考えるとそうですわね」

「もう騙されないですぅ!!」

 

 女性陣が罠だと警戒を強める。ハジメも同意見だった。

 

「危ない橋を渡るわけにはいかない。警戒しながら離れるぞ」

 

 ハジメ達に知るすべはなかったが、この通路が現れたのはデジモン達がゴーレモンを倒したのと同じタイミングだった。

 これは全くの偶然だったのか……。

 

 それからもハジメ達は迷宮を進む。進んできた通路はハジメがマッピングをしている。

 様々な罠やうざいメッセージに翻弄されながらも、一行はある部屋に辿り着いた。

 長方形の奥行きがある大きな部屋だった。天井は見上げるほど高い。両サイドの壁には剣と楯を装備した無数の騎士の像と、巨大な翼をもった手のないドラゴン、所謂ワイバーンの像が並んでいた。騎士の像は2メートル、ワイバーンの像に至っては5メートルもの大きさだ。

 部屋の一番奥には大きな階段があり、その先には祭壇のような場所と奥の壁に荘厳な扉があった。祭壇の上には菱形の黄色い水晶のようなものが設置されている。

 

 ハジメは周囲を見渡しながら微妙に顔をしかめた。

 

「いかにもな扉だな。ミレディの住処に到着か? それなら万々歳なんだが……この周りの騎士甲冑に嫌な予感がするのは俺だけか?」

「……大丈夫、お約束は守られる」

「だよね。私この後の展開が読めたよ」

「それって襲われるってことですよね? 全然大丈夫じゃないですよ?」

「戦闘態勢は維持ですわね。まいりましょう」

 

 トレイシーの言葉に頷き、部屋の中を進む。そして、ユエの言った通り、お約束は守られた。

 

 ガコン! 

 

 部屋に響いた音に足を止めて背中合わせになって警戒する。

 ただそこに置いてあっただけの騎士達の兜の隙間から、目に当たる部分にギンッと赤い光が灯る。さらにワイバーン達の目にも同様の光が灯り、翼を大きく広げる。

 

「「「──!!」」」

「「「キュオオオオ」」」

 

 騎士達は無言で剣を構え、ワイバーン達は金属音のような咆哮を上げる。

 どう見ても戦闘態勢だった。

 動き出した騎士とワイバーン達はハジメ達を取り囲み始める。

 

「ミレディ・ライセンはお約束をわかっているな」

「地球からやってきたっていう8人目の解放者の入れ知恵じゃないかな?」

「多分」

 

 オルクス大迷宮を攻略した3人は余裕がありそうなやり取りを交わす。

 

「か、数が多くないですか?」

 

 シアは少々腰が引けている。騎士だけで50体。ワイバーンは10体もいる。

 メンバーの中では一番戦闘経験が少なく、こんなに多くの相手と戦ったことが無いのだ。不安に駆られるのも仕方ない。しかも相手は生物ではない。所謂ゴーレムのような相手と戦ったことはない。

 

「臆したのならば逃げ回りなさい。シア・ハウリア」

 

 そんなシアに厳しい声をかけたのはトレイシーだった。エグゼスを構える彼女の顔には、笑みが浮かんでいた。魔法が使えず、エグゼスの機能も封じられているとはいえ、戦闘狂(バトルジャンキー)の彼女にとっては戦えない程ではない。

 

「ですが、あなたはそれでいいのですか? デジモンと離れた途端臆病風に吹かれるなど、あなたの覚悟はその程度ですか?」

「んなっ!? な、なんですって!?」

 

 煽るようなトレイシーの言葉に眉を吊り上げるシア。

 特に亜人族を奴隷にしてきた帝国の皇女であるトレイシーに言われたことが、さらに彼女の怒りに火をつける。

 

「バカにしないでください!! 誰が逃げるもんですか!!」

 

 怒りの炎を闘志にくべて、ドリュッケンを構えるシア。さっきまでのへっぴり腰は無くなり、迫りくる敵を見据える。

 

「かかってこいやぁ!! ですぅ!!」

「……単純」

「し、ユエ。聞こえる」

 

 50体のゴーレム騎士と10体のゴーレムワイバーンとの闘いが始まった。

 




〇デジモン紹介
ゴーレモン
レベル:成熟期
タイプ:鉱物型
属性:ウイルス
超古代の呪いをデジタル解析している時に、発見された岩石・鉱物型デジモン。背中には“疫” “呪” “凶”と古代の禁断の呪文が彫られており、自ら出すガスから守るためのものらしい。体の約9割が岩石のデータでできており、手足を繋ぎ止めて生きている。命令されないと動かない感情の無いデジモン。
ガブモン達の前に現れたのは解放者達が生み出した偽物のゴーレモン。とはいえオルクス大迷宮のイミテーション達と同じく、成熟期デジモンレベルの強さを持っている。

まえがきにデジモンアドベンチャー風のあらすじを付けてみました。好評なら続けていきたいです。

まずは前半戦。原作と違い転移魔法で飛ばされたハジメ達はデジモン達と分断されてしまいました。果たして一体どうなるのかお楽しみに。

PS
全く関係のない話ですが、最近デジモンアドベンチャーを見直ししていて思ったことがあります。51話「闇の道化師ピエモン」のタイトルバックのピエモンはなんでウルトラマンのポーズをしているのでしょうか・・・。謎です。流石ピエモン。


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19話 ライセン大迷宮攻略(中編)

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またもや遅れて申し訳ありません。

・あらすじ
遂にライセン大迷宮を見つけ攻略に乗り出したハジメ達。しかし開始早々、転移魔法陣でデジモン達と分断されてしまった。ハジメ達とデジモン達はそれぞれ罠やイミテーションのデジモン達、そしてウザイ文章に苦戦しながらも先を進んでいくのだった。



 ゴーレム騎士とワイバーンとの闘いは激しいものになった。

 シアと香織が強化した膂力で武器を振るい、ゴーレム騎士を構えた盾ごと吹き飛ばす。

 ユエとハジメが、滞空しながら襲ってくるゴーレムワイバーンへ銃撃を行い牽制する。特にゴーレムワイバーンに対しては、ハジメが宝物庫からガルルバーストのミサイルポッドを取り出し、ミサイルで撃ち落とす。だが、ゴーレムワイバーンも攻撃を受けるだけではない。口を大きく開けてブレスのような熱線を放ってくる。空中への攻撃手段を持つハジメがワイバーンを、ユエが騎士を攻撃する流れになった。

 そして、全員の攻撃の合間を縫って、トレイシーが討ち漏らしたゴーレム騎士を斬り裂いていく。エグゼスは機能が封じられていたとしても、武器自体がとんでもない業物なので、剣を弾き飛ばし、盾や鎧を斬り裂いていく。その動きに暗殺者のように静かなステップが混じっているのは、共に戦った浩介とシエルの影響か。大鎌という武器も相まって、まさに死神という言葉に相応しい戦い方だった。

 

 順調に戦いを繰り広げていると数体のゴーレム騎士が、ゴーレムワイバーンの背中に乗り込んだ。まるで竜騎士だ。

 そのままゴーレム騎士を乗せたゴーレムワイバーンは、ハジメ達に向かって急降下してくる。

 それに気が付いたハジメがミサイルで迎撃しようとするが、ゴーレム騎士の一体が空中に身を躍らせて、自らを盾とする。

 迎撃に失敗した。ハジメが歯噛みしていると、トレイシーが動いた。

 

「シア・ハウリア! 思いっきり振りかぶりなさい!!」

「は、はぁ!? いきなり何を「やりなさい!!」え、ええい!!」

 

 突然の指示に反論しようとするシアだが、有無を言わせぬ命令に思わず体が動き、ドリュッケンを振り回す。

 そこに向かってトレイシーは跳躍し、振り回されたドリュッケンを踏み台にする。シアの規格外の身体強化魔法で強化された膂力を跳躍力に変換させ、猛烈な勢いで飛び上がる。

 ゴーレムワイバーンはハジメを狙っていたので、トレイシーに気が付かなかった。

 振るわれたエグゼスの刃はゴーレムワイバーンの胴体とゴーレム騎士をまとめて切り裂いた。

 トレイシーはその勢いに身を任せたまま、包囲網を飛び越えて部屋の出口付近に着地する。何とか出口を確保しようと扉に駆け寄る。

 しかし、扉はトレイシーが押しても引いても開かない。やはりと思って祭壇を見て見ると、そこには黄色い水晶があった。手に取ってみると水晶が分解できた。もう一度扉をよく見ると三つの窪みがある。おそらくこの水晶を分解し、あの扉の窪みに嵌める水晶体を再構築しろという事なのだろう。

 このパズルを解くのに集中したいところだが、ゴーレム達がトレイシーの所に向かってきてできない。

 ハジメ達もそれに気が付き、包囲網を突破しトレイシーを護りに行こうとするが、いつまでたっても敵の数が減らない。

 流石におかしいと思って一体の破壊したゴーレム騎士を観察していると、何と床の中に消えた。そしてゴーレム騎士が並んでいた壁から新たなゴーレム騎士が現れた。よく見ればそれはゴーレムワイバーンも同じだった。

 

「……再生している?」

「そんな!? キリが無いですよぉ!」

「ゴーレムなら核を破壊すればいいんじゃないの?」

「そのはずなんだがな……。こいつら核がないぞ」

 

 驚愕しているユエとシア、香織に、ゴーグルでゴーレム達を解析していたハジメが渋い表情で、解析した結果を告げる。

 神代のアーティファクトとしても知られるゴーレムは、核となっている動力部を破壊することで機能を停止する。規格外の性能と知能を持っているフリージアもそれは変わらない。

 しかし、このゴーレム達には核となるような動力部が、ハジメのゴーグルには映らなかったのだ。

 何か秘密があるんじゃないかと思ったハジメは、破壊されたゴーレムの欠片を拾い、〝鉱物系鑑定〟を使う。もしや素材が特殊なのではないかと思ったのだ。すると案の上だった。

 

 ゴーレムを作っていたのは感応石という鉱物だった。

 ハジメが鑑定で読み取った性質はこのようなものだった。

 

 魔力を定着させる性質を持つ鉱石。同質の魔力が定着した2つ以上の感応石は、一方の鉱石に触れていることで、もう一方の鉱石及び定着魔力を遠隔操作することが出来る。

 2つ以上の鉱石に魔力を定着させることで、1つの鉱石さえあれば他の鉱石と定着させた魔力を操作することができるのだ。

 つまり魔力を電波に見立てて、ラジコンのように遠隔操作が出来るようになる鉱石ということだ。

 

 ゴーレム達も何者かに遠隔操作されており、再生だと思われたのも壊れた部品を直接操って形を整えたり、足りない部品を継ぎ足していると思われる。再生というよりも再構築だ。よく解析してみれば壁や床にも感応石が使われており、部品の回収と補填に使われているようだ。

 対処法は3つ。

 1つ目。ゴーレムを再構築できない程粉々に破壊する。

 要するに力任せのごり押し戦法だが、デジモン達もおらず、魔法も使えない状況では困難だ。ハジメのミサイルや銃火器を駆使すればできるかもしれないが、下手をすれば部屋が崩壊して生き埋めになりかねない。冷凍兵器群を使えばいいのだが、先日の神の使徒ゼクストとの戦闘でほとんどを使い果たしており、補充も出来ていなかった。

 2つ目。遠距離操作をしている何者かを倒すこと。だが、その何者かはおそらくこの迷宮の最深部に潜んでいるだろう。ここが迷宮のどのあたりなのかわからないので、誰かが探しに行って倒すのは不可能だ。

 そして3つ目は──。

 

「全部貰うぞ!!」

 

 ハジメは右手の指に付けた指輪、アーティファクト〝宝物庫〟を起動させる。

 破壊したゴーレムを宝物庫に格納するのだ。格納してしまえば宝物庫の別空間に転送されるので、再構築の材料にされることもない。これはハジメにしかできない方法だ。宝物庫で物を出し入れするには魔法で収納する空間へのゲートを開くのだが、このゲートも魔力分解作用の影響を受けて壊れてしまう。これを防ぐには、分解されてもすぐに修復する魔法構築能力と、膨大な魔力を使用するしかない。それを同時にできるのがハジメだ。

 ただし宝物庫に収納する間ハジメが無防備になる。香織達はそんな彼を護ろうと陣形を組む。

 

 ───させないよお

 

 だが、ハジメが宝物庫を開こうとした瞬間、ゴーレム達は一斉に宝物庫のゲートの範囲外に後退する。その動きはまるで何かに引っ張られたかのようで、さっきまで見せていた運動性能を無視するものだった。つまり、何者かの干渉があったという事だ。恐らく、このゴーレム達を操っている者の。

 

「くそ。だが、これではっきりした。……視ているな、俺達を」

「ハジメ君! どうするの!」

「強硬突破だ! シア!」

「は、はいですぅ!」

「トレイシーを護れ! お前なら辿り着ける!! ユエ!!」

「ん!」

「シアの道を切り開くぞ! 今持っている弾を撃ちまくれ!! 香織!!」

「はい!」

「シアとトレイシーを護ってくれ。俺とユエなら問題ない!! 全員、いくぞ!!!」

「「「了解!!!」」」

 

 ハジメの命令と号令に香織達は力強く応える。

 まずはシアが力任せにドリュッケンを振るい眼前のゴーレム達を蹴散らし、トレイシーの元に辿り着く。その後ろをアイギスを構えた香織が駆け抜け、ゴーレム達が近づかないようにする。シアと香織がたどり着いたことでトレイシーは戦闘を彼女達に任せ、扉の窪みに嵌るように水晶の分解と再構築に取り掛かる。

 

 〝とっけるかなぁ~、とっけるかなぁ~〟

 〝早くしないと死んじゃうよぉ~〟

 〝まぁ、解けなくても仕方ないよぉ! 私と違って君は凡人なんだから! 〟

 〝大丈夫! 頭が悪くても生きて……いけないねぇ! ざんねぇ~ん! プギャアー! 〟

 

 扉の窪みにあるウザイ文章にイラっとしながらも、手を動かすのを止めない。

 当然それを邪魔するためにゴーレム達が迫りくる。

 

「でぇやぁあああ!!」

 

 気合一発。剣を構えて迫りくるゴーレム騎士を、ドリュッケンで迎え撃つシア。打ち下ろされた大槌はゴーレム騎士をぺしゃんこにする。それだけに飽き足らず床まで粉砕していた。振り下ろした体勢のシアを無防備だと判断したのか、更なるゴーレム騎士が大剣を振りかぶりシアを両断しようとする。

 横目で確認していたシアはドリュッケンの柄から手を放し、体を回転、沈ませながら大剣を避ける。

 

「うおりゃあああああ!!」

 

 そのまま流れるような動きで体のバネを伸ばし、飛び上がりながら拳を振り上げる。強化魔法で強化された拳で繰り出されたアッパーカットは、盾を粉砕しながらゴーレム騎士を天井に向かって打ち上げる。偶然にも吹き飛んだゴーレム騎士は、滞空していたゴーレムワイバーンの翼に命中し、粉砕。ゴーレムワイバーンは墜落した。

 香織が教えた地球の太極拳をシアなりにアレンジした一撃だ。そのまま再び体を回転させ、ドリュッケンの柄を掴みなおすと、回転しながら引き抜き、その余波だけでゴーレム騎士達をけん制する。

 

 問題なく戦えているシアだが、やはりまだ経験が足りないせいでトレイシーの所へゴーレム達の接近を許してしまう。慌てて助けに入るが、そのせいでシア自身が危険にさらされてしまう。三体のゴーレム騎士がシアへと突きを放ってきた。しかもタイミングも位置もバラバラの波状攻撃だ。

 

「やらせないよ!!」

 

 そんなシアをカバーするのは香織だ。シアに迫るゴーレム騎士三体をアイギスでいなし、防ぎ、叩きのめす。たまに魔導拳銃のリヒトで射撃をしているが、時たま攻撃が間に合わず接近を許してしまったゴーレム騎士や、ゴーレムワイバーンのブレス攻撃をアイギスで防ぐ。そして、殴り返す。ゴーレム騎士が落とした剣を拾って投擲なんかもしていた。もしかしたらシア以上にアグレッシブに戦っているかもしれなかった。

 

 一方、2人を先に行かせたハジメ達も激しい戦いを繰り広げていた。

 

「ん。そこ」

 

 バンッと銃声が響き渡り、ゴーレム騎士の頭が弾ける。

 ユエの魔導拳銃ロートから放たれた銃撃だ。着弾した瞬間、銃弾に込められていた火炎魔法が炸裂し、小規模な爆発を起こす。ライセン大渓谷より魔法の分解作用が強い為に威力は抑えめだが、それゆえ味方を巻き込まずに済んでいる。その分、ユエは速く正確に敵を倒すために射撃に集中していく。

 

 ハジメもユエのようにドンナーで銃撃し、隙を見ては宝物庫からミサイルポッドを取り出して単発のミサイルを放ち、飛んでいるゴーレムワイバーンを撃ち落としたりして援護している。

 

「開きましたわ!! 皆さん逃げますわよ!!」

 

 やがて扉の封印を解いたトレイシーが声を張り上げる。見てみれば扉は解放されていた。

 戦いながら扉の方に移動していたハジメ達は、急いで駆けこむ。

 ついでにハジメはいくつかのミサイルを置き土産に発射しておき、追いかけられないようにする。

 何せゴーレム達は最終手段なのか、何体かのゴーレム同士で合体し始めていたのだ。例えるならば、ニチアサの戦隊ヒーロー番組の終盤に登場する巨大ロボ。見るのはいいが戦うのはちょっと遠慮したい。おそらく地球から来たという八人目の入れ知恵だろう。トータスの人間があんなものを思いついたとは、ちょっと思えない。

 

 ミサイルが爆発した瞬間、部屋の扉を閉めて奥に進む。

 辿り着いたのは何もない四角い部屋だった。先に進む道もない。

 一息ついたハジメ達は警戒しつつも、武器を点検したり銃弾を補充したり、怪我をしていないか確認する。

 特に、扉を開放するために無茶な突撃をしていたトレイシーの背中を、香織がさすっている。

 しかし、何も起きない。

 

「これ見よがしに封印していて、実は何もないっていうことか?」

「嫌らしい。ミレディらしい」

「おのれミレディめぇ。何処までもバカにしてぇ!」

「その場合はまた何か起きますわねえ」

「考えただけでも辟易だよ」

 

 全員がぼやいていると、あの音が響き渡った。

 

 ガコンッ! 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 仕掛けが作動する音と共に、部屋がガタンと揺れ動いた。そして、部屋が大きく傾いた。何と部屋が回転し始めたのだ。慣性を無視したようなめちゃくちゃな動きだ。グルグル回転しながら部屋が四方八方に動きまくる。

 

「うきゃ!? へぎゅ?!」

 

 突然のことに、シアが悲鳴を上げながらゴロゴロと転がる。ハジメは香織とユエの腰を掴み、錬成で足場とブーツを固定することで難を逃れている。トレイシーは近くにいた香織が掴んでいる。

 哀れシアだけがシェイク地獄にさらされていた。

 

 約40秒後。ようやく部屋のシェイクが終わり、ピタリと止まった。止まるときも慣性を無視するようにピタリと止まったために、転がっていたシアが部屋の中をポーンと飛んでいき、

 

「へぶうぅっ!?!?」

 

 壁に顔面からぶつかった。ズリズリと床に落ちて、力なく横たわる。

 

「無事だな。シア以外」

「そうだね。とりあえず、シアは私が診ておくよ。トレイシーさん、立てる?」

「ええ。ありがとうございましたわ。少し私も気を落ち着けますわ」

「ん。私も」

 

 ハジメと香織がそれぞれ掴んでいた相手を下ろす。遊園地のアトラクションなんて真っ青な勢いで、平衡感覚を揺さぶられたのだ。全員、違いはあるがゆっくり休みたかった。

 

「ううぅ」

「大丈夫シア? 無理に動かないで」

「あ、ありがうっぷ」

「あー。しゃべっちゃダメ。吐いちゃうよ。乙女にあるまじき顔なのに、さらにとんでもない顔になっちゃうよ?」

「うう、そんなの嫌ですうぇっぷ」

 

 香織がシアを介抱し、彼女が落ち着くまでハジメ達は待っていた。

 何とか起き上がれるようになると、入ってきた扉に向かう。あれだけ移動したのだから、扉の先は別の部屋になっているはずだ。

 

 そうして進んだ先には……。

 

「この部屋なんか見覚えないか?」

「物凄くある。あの石板なんか」

「どう見てもシアが壊したやつだよね?」

 

 ハジメ、ユエ、香織が部屋の真ん中にあった石板の残骸を指さす。

 

「えっとつまりですよ? 私達は」

「最初の部屋に戻されたという事ですか」

 

 わかっていたことだが、口に出されるとジワジワと認識が追いついてくる。それと同時に床に文字が浮き出てきた。

 

 〝ねぇ、今、どんな気持ち? 〟

 〝苦労して進んだのに、行き着いた先がスタート地点と知った時って、どんな気持ち? 〟

 〝ねぇ、ねぇ、どんな気持ち? どんな気持ちなの? ねぇ、ねぇ〟

 

「「「「「……」」」」」

 

 全員の顔からストンと表情が抜け落ちる。わかっていたことだが、仕掛けた相手にこんなウザイ文章で指摘されると、湧き上がるものがある。

 

 だが、この程度は序の口だった。

 

 〝あ、お届け物だよ〟

 〝ちゃんと受け止めてあげてねえ〟

 

 ガコンッ! 

 

 例の音共に部屋の天井がスライドして、大きな穴が開いた。そこから、何かが出てきた。

 

「「「わああああああっっ!?!?」」」

 

 ザザアアアアアッッ──!!! 

 

 悲鳴と共に大量の水が流れ込んできたのだ。咄嗟にハジメ達はその場所を離れる。

 そして、水と一緒に流れてきたものを見て目を見開く。

 

「ガブモン!?」

 

 そう、ハジメのパートナーのガブモンだったのだ。他にもテイルモン達もおり、全員ずぶぬれだった。

 水は部屋の隙間から排水されたのですぐに無くなったが、濡れたデジモン達はすぐには乾かない。

 宝物庫からタオルを取り出し、それぞれがパートナーの身体を拭く。シエルもトレイシーがタオルを手渡す。

 拭きながらデジモン達に何があったのか聞いてみる。

 ガブモン達もハジメ達と同じような迷宮に飛ばされたという。ただハジメ達と違ってデジモンのイミテーションとの戦闘が続いたという。

 そして、最後には完全体デジモンのイミテーションと戦ったのだという。そのデジモンとは……。

 

「エテモンのイミテーション!?」

「なんとも凄い相手と戦ったな」

 

 驚きの声を上げる香織とハジメ。何せエテモンと言えば、完全体デジモンの中でも侮れない実力を持っているからだ。幸いイミテーションだったため本物ほど強いわけではなかったが、手ごわい相手だったという。

 何とか倒したガブモン達だったが、進んだ先の部屋の四方八方から水が流れ込んできて、ミキサーのように振り回されたという。そのまま排水溝に流され、ハジメ達の目の前に排出されてきたというのだ。

 

 落ち着いたガブモン達だったが、ふと床の文字に気が付くと、先ほどのハジメ達同様に表情が抜け落ちた。さらに、新しい文字が浮き出てきた。

 

 〝あっ、言い忘れていたけれど、この迷宮は一定時間ごとに変化します〟

 〝いつでも、新鮮な気持ちで迷宮を楽しんでもらおうというミレディちゃんの心遣いです〟

 〝嬉しい? 嬉しいよね? お礼なんていいよぉ! 好きでやっているだけだからぁ! 〟

 〝ちなみに、常に変化するのでマッピングは無駄です〟

 〝ひょっとして作っちゃった? 苦労しちゃった? 残念! プギャァー〟

 

 ガブモン達だけでなく、ハジメ達の表情も再び抜け落ちる。つまり、あれほど苦労した探索が全く意味をなさなかったというのだ。マッピングも実はハジメがこまめに行っていたのだが、全くの無駄。

 全員が怒りを爆発させようとしたその時。

 

 ──コツコツ。

 

 迷宮への入り口に繋がっている通路から、何者かが歩いてきた。その足音が静かな部屋に響く。

 怒りに支配されようとしていたハジメ達だが、すぐさま頭を切り替え、警戒を強める。

 

「光に包まれたとき、俺はある感覚を覚えたんだ。何かこう、血が冷たくなるような感覚だ」

「この声は……」

 

 通路の闇の中から聞こえてきた声に、ハジメが思わず警戒を解く。それは香織達もだった。

 何せ、自分達にも、デジモン達の中にも姿が見えなかったのだから。

 そう、通路からやってきたのは。

 

「そして光が晴れた時、俺はすぐさま周囲を探索した。そこは───何も変わっていなかった。つまり俺は……」

 

 遠藤浩介だった。

 

「俺、飛ばし忘れられた。フッ」

 

 物悲しいフッとした笑いを浮かべる浩介。

 

 実は彼、人間とデジモンを振り分ける最初の転移で、何故か転移させられずにその場に取り残されていたのだ。それからずっとこの部屋や通路の先を調べていたが、先に進む方法がわからず途方に暮れていた。そして、物音でやっとハジメ達が戻ってきたとわかり合流したのだ。

 

 なんとも悲しい事実に、ハジメ達の怒りが行き場を失う。

 そして床にまたもや文字が出てきた。

 

 〝えっと、その、忘れてごめんなさい〟

 




〇デジモン紹介
エテモン
レベル:完全体
タイプ:パペット型
属性:ウイルス
突如としてデジタルワールドに出現した正体不明のデジモン。“キング・オブ・デジモン”を自称し、その戦闘力は想像を絶する。あの、謎のデジモン「もんざえモン」を陰で操っていると噂される。あらゆる攻撃に耐える強化サルスーツに身を包んで、果てることのない戦いのため今日も全世界を飛び回っている。別世界のデジタルワールドでは傍若無人な暴君として暴れ回った。
ガブモン達の前に現れたのは解放者達が用意したイミテーションデジモンだったが、オリジナル並みの曲者だったという。
必殺技は敵のハートを切なくさせ、戦意を消失させる『ラブ・セレナーデ』と、触れるものを全て消滅させる黒い球体『ダークスピリッツ』。


まえがきでも書きましたが遅れて申し訳ありません。終わらなかった残業とそれを発散するためにソロキャンプに行ってまいりました。
今月中にはライセン大迷宮を終わらせたいですがどうなるやら。
後編もお楽しみに。

PS
浩介の「血が冷たくなる」というセリフの元ネタがわかる人いますかね?ある作品の浩介と共通点を持つキャラクターのセリフです。


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20話 ライセン大迷宮攻略(後編)

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・前回のあらすじ
無数に出現するゴーレム達を切り抜けたハジメ達だったが、最初の部屋に戻されてしまった。デジモン達も同じように戻されてしまい、最初の攻略は失敗に終わった。
果たして、ライセン大迷宮を攻略することはできるのか……。



 紆余曲折はあったが合流したハジメ達。悪辣な仕掛けと文章で怒りが爆発しそうになったが、浩介のあんまりな境遇に気勢を削がれた。

 そのまま一度大迷宮を出て、休息をとることにした。

 アークデッセイ号の中で食卓を囲みながら、風呂やシャワーで汚れを落とすと、肉体的にも精神的にも疲れ切っていたので、あっという間に眠りについた。

 

 翌朝、装備を整えたハジメ達は再攻略に乗り出した。

 

「フッ。遂に古の守護者の迷宮へと赴くのだな。我が深淵とどちらが深いものか、見物だ」

 

 サングラスをクイッと押し上げながら、笑みを漏らすのは浩介だ。

 

 ハジメ達は昨日の攻略を踏まえて、ライセン大迷宮を攻略するための準備をいくつか整えてきた。

 まずは昨日、あまりの影の薄さから取り残されてしまった浩介だ。

 彼が転移に取り残されないようにするためには、存在感を上げる必要がある。存在感を上げる方法は1つ。深淵卿の力を開放することだ。

 なので今回は初手から深淵卿モードだ。

 しかも浩介が掛けているサングラスは、ただのサングラスではない。ハジメのゴーグル並みに機能を盛り込んだ、アーティファクトのサングラスだ。

 探索と解析が主なハジメのゴーグルと違って、戦闘を補助する機能が多めに搭載されている。

 この考えは的中した。

 昨日の転送された通路の奥まで辿り着き、同じように転送されたハジメ達の元には、深淵卿がいたのだ。

 デジモン達も別の迷宮に飛ばされ、傍にはいない。

 だが、いなくなったわけではない。

 

「よし。行こう」

「承知した。斥候は任せたまえ」

 

 昨日、取り残されたせいで力になれなかった深淵卿が、前に出る。迷宮内は薄暗いはずのに、サングラスがキラリと光ったように見えた。

 

 そして数時間後。ハジメ達は再びシェイクされた部屋によってスタートの部屋に戻された。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 ハジメ達がライセン大迷宮の攻略に挑み始めてから一週間ほど経過した。

 アークデッセイ号でハジメ達は机を囲みながら、全員突っ伏していた。

 

 この一週間、ライセン大迷宮に挑み続けたハジメ達は、迷宮に仕掛けられた多種多様のトラップやウザイ文章に翻弄され、ゴリゴリと精神力が削られた。特にひどいのが浩介だ。彼の特性である影の薄さゆえに、迷宮の中に入るために〝深淵卿〟を常に発動させている。そのせいで口調や態度が厨二全開になってしまい、精神をゴリゴリと削られた。今も彼だけは部屋の隅で三角座りをしている。

 デジモン達も連戦に次ぐ連戦で疲弊しており、今は屋上の露天風呂でリフレッシュしている。

 

「あー。もうどうすればいいんですかぁ。全然先に進めないですぅ」

 

 心底うんざりしたという声を出すシア。何故か彼女は罠に引っかかることが多い。落とし穴に落ちたり、粘々の粘液を浴びせられたりと散々な目に遭っている。その分、ミレディへの殺意を募らせているのも彼女で、今は落ち着いているが、たまにミレディへの殺意の衝動に目覚めてバーサクウサギになってしまう。

 

「大体の部屋は把握。組み変わるパターンもわかった。その結果……ゴールがないってことがわかった」

 

 ハジメがノートパソコンを開き、この一週間で判明したことを告げる。

 ライセン大迷宮の迷路は、あの文章の通り、確かに組み変わっていた。それでも何度も突入し、部屋の仕掛けや特徴を目印に道順を記録していったところ、規則性を発見。データの蓄積と解析が得意なハジメの手によって、だいぶ迷宮の仕組みがわかってきた。しかし、その結果判明したのは、どのような道順で迷宮を進んでも、必ず最初の部屋に戻されるという事だった。

 ならばと、デジモン達の迷宮についても解析を行った。索敵能力の高いルナモンに、ハジメのスマホを持たせて部屋の様子を撮影してもらった。そうしてデータを集めて同じように解析したのだが、結果は同じ。彼らの飛ばされる迷宮もどの道順を通っても、最初の部屋に戻されてしまうのだった。

 

「もうどうなっているんですかこの大迷宮!! 攻略させる気が無いですよ!!」

「落ち着いてシア。バーサクウサギになりかけているよ」

「シア。これ飲んで。ニンジンジュース」

 

 荒ぶるウサギになりかけていたシアを、香織とユエが落ち着かせる。

 だが、シアの気持ちもわかる。あれだけ苦労して、凶悪な罠とウザイ文章に耐えて迷宮に挑んだのに、すべてが無駄だったのだから。

 

「シア・ハウリアのいう事も一理ありますわ。本当にこの迷宮は攻略させる気がありますの?」

「あるはずだ。じゃなきゃオルクス大迷宮だって攻略不可能のはずだ。……最後に究極体と戦わせるとかいう、おかしな難易度だったが」

 

 シアよりはましだが、苛立ちを隠せないトレイシーに、ハジメが答える。

 その手は休まずノートパソコンをいじっており、ライセン大迷宮のデータを解析し続けていた。

 何かを見落としているはずだ。罠や組み変わる順路、デジモン達との分断という目立った仕掛けに隠された、重要な要素が。

 

「ふぃ~。風呂あがったよ」

「いい湯だった」

 

 その時、屋上からガブモンとテイルモンが降りてきた。リラックスできたのだろう、その表情は穏やかだ。

 

「おう。出たか」

「シエル達ももう降りてくるから、次はハジメ達が入っていいよ」

「ああ。香織、ユエ。シアを連れて行ってくれ。風呂に入ればバーサクウサギから、湯煎ウサギになるはずだ」

「りょーかい。さあ、行こうかシア。温かいお風呂で湯煎されようね~」

「きっとふにゃふにゃの軟体ウサギになれる」

「なんですか湯煎ウサギとか軟体ウサギって!?」

 

 シアの両腕を掴み、お風呂に引っ張っていく香織とユエ。トレイシーもその後ろについていく。ちょうどシエル達も出てきたので、入れ違いになって風呂に入っていった。彼女達が出てきたら、最後にハジメと浩介の男子組が入って今日は就寝だ。

 だからその前に、何とか攻略の鍵を見つけられないかと、ハジメは解析を進める。

 しかし、見つからない。

 悩むハジメの横に、ガブモンがやって来る。

 

「どう? 何かわかった?」

「全然だ。何か隠された法則があるのか、条件が足らないのか……」

「うーん、ハジメでもわからないのか」

 

 ハジメの言葉にガブモンも弱ったなと思いながら、解析するハジメの傍に寄り添う。

 画面にはハジメ達が攻略している迷宮と、デジモン達が攻略している迷宮の映像が同時に流れている。

 ハジメ達が罠を躱し、テイルモンがゴリモンのイミテーションを殴り飛ばすシーンが流れている。どちらも特には変わったところは……。

 

「うん? なあハジメ」

「どうしたガブモン?」

「ここ、少し戻してくれ。……なんか扉が開いている」

 

 ガブモンが、ハジメ達が攻略している映像の一部を指さす。そこは迷宮の隅で、人一人がようやく通れるような穴が、音もなく開いていた。

 この現象にハジメは見覚えがあった。

 最初の攻略で、突然目の前に扉が開いたことがあった。あの時は怪しすぎて、罠だと思っていたから入らなかった。その後も似たようなことは起こらなかったので、すっかり忘れていた。

 改めてこの扉が開いた瞬間を見ていたハジメは、横のデジモン達の映像にも目を向けて、ふと閃くものがあった。

 

「もしかして……」

 

 猛烈な勢いでキーボードに指を走らせる。女性陣が風呂を出てからもハジメは手を休めることなく、動かし続けた。

 

 翌日、ハジメ達は再び迷宮の攻略に臨んでいた。

 その前にハジメは、昨日の夜に気が付いたことを全員に話し、その検証をすることになった。

 そして、迷宮に突入した。

 数時間後、攻略は失敗に終わりハジメ達は最初の部屋に戻された。

 しかし、彼らの顔は晴れやかだった。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 それから何度か攻略に挑み、十分な確証を得たハジメ達は、アークデッセイ号で作戦会議を開いていた。

 

「この迷宮は、2つの迷宮で連動していたんだ」

 

 最初にハジメが断言しながら、全員に見えるように2つの画像をパソコンの画面に映して、説明を始める。

 1つはハジメ達が攻略している画像。もう1つはデジモン達が攻略している画像だ。

 

「俺達は見えている迷宮しか攻略してこなかった。でもそれだけじゃダメだった」

 

 映像ではテイルモンがイミテーションのゴリモンを倒した瞬間、ハジメ達の迷宮に小さな入り口が現れた。罠かと思っていたが、これこそが隠された通路だったのだ。

 現に今日の攻略でハジメ達は、新たに開いた扉に飛び込んでみたところ、新しい部屋へと繋がっていたのだ。

 

「今日分かったことと、これまでわかったことを上げてみる」

 

1.人とデジモンは入った瞬間に別々の迷宮に分断される。念話やデジヴァイスでそれぞれの迷宮から通信を行うことは不可能。

2.迷宮の通路は一定時間経つと自動で組み変わる。

3.人が入った方の迷宮は通路には多くの罠がある。

4.デジモン達の迷宮にはイミテーションのデジモンが現れる。

5.デジモンを倒すと人の迷宮のどこかの通路への道が開かれる。ただし開く通路は倒されたデジモンによって異なる。

 

「攻略の仕方はわかったし、集める情報が何かはわかった。だが、問題はまだある」

「ん。お互いの迷宮の様子がわからないこと」

 

 この迷宮を攻略するには正しい通路を通るために必要なデジモンを、通路が組み変わる前に倒していく必要がある。

 しかしユエの言うとおり、人とデジモンは分断されており、意志疎通が出来ないのでタイミングを合わせることが困難なのだ。

 なんともいやらしい仕様の迷宮だ。

 

「何とか連絡を取る手段はないのですか?」

「既存の手段では無理だ。多分、あの2つの迷宮は神代魔法で分断されている」

「オルクス大迷宮も、一度下の階層に降りたら戻れなかったしね」

 

 オルクス大迷宮の攻略者2人が断言する。解放者達が作り上げた大迷宮なのだ、簡単にはいかないという事だ。

 攻略するには何か普通じゃない手段が必要なのだ。

 

「迷宮の壁を超える通信手段……」

 

 他の面々も頭を悩ませる。そんな中で、香織だけは何かに引っかかっていた。

 オルクス大迷宮の話をしていたから、彼女はその時のことを思い出していた。

 あの時、オルクス大迷宮にいたハジメが生きていることを、どうやって知ったんだっけ。

 

(あの時、天之河君達に囲まれて、ガブモンが斬られそうになって……)

 

「あっ!?」

「どうした?香織」

 

 突然声を上げた香織にテイルモンが声をかける。

 

「もしかしたら何とかなるかもしれない!」

 

 香織はみんなに前に出ると自分の考えを話す。

 

「オルクス大迷宮の中にいるハジメ君が、生きていることを知ることが出来たのは、ガブモンがワーガルルモンに進化したからだった。一度入ると脱出不可能な大迷宮だけど、それを超えて進化の力は届いた。だからもしかしたらこの迷宮でも進化の力や、それに関連した力なら繋がるかもしれない」

「デジモンの進化。パートナーとの絆か!」

 

 香織の言葉にハジメも思い当たるものがあった。例えデジヴァイスの映像が届かなくても、パートナーとの契約が切れたわけじゃない。映像じゃなくても繋がっているものがある。

 

 ハジメ達はライセン大迷宮の攻略に大きく前進した。

 

 




今回は今作オリジナルの攻略のギミックについてでした。原作通りでは解析能力に優れたハジメ君にちゃっちゃと解析されますからね。
さて、次回は一気にボス部屋まで行こうと思います。お楽しみに。

PS
シアのあだ名のバーサクウサギはあれですよ、SAOのバーサクヒーラーです(笑)


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21話 デジモンの脅威

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・あらすじ
ライセン大迷宮を攻略するためのギミックを解き明かしたハジメ達。先に進むための方法を模索し、デジモン達との絆を信じて、再び攻略に乗り出すのだった。


 ライセン大迷宮の中を、ハジメ達は猛烈な勢いで進んでいた。

 発動する罠を粉砕し、現れるウザイ文章も無視して突き進む。と、皆の中心で何かに集中していた香織が、顔を上げて指示を出す。

 

「今道が開いたよ! 急いで探して!」

「……見つけた! 全員俺に続け!」

 

 真っ先に開いた扉へ飛び込んだハジメに続いて、香織達も扉に入る。

 すぐさま部屋の壁や天井から槍や回転鋸、さらにはコロコロと小さな玉が転がってきて、次々と爆発し始める。この隠された部屋のルートに仕掛けられた罠の殺傷性は、一気に跳ね上がった。しかも絶え間なく発動し続ける、死のトラップルームとなっている。それに対してハジメ達は、より死力を尽くして攻略に挑んでいた。

 

 罠を躱して下手の中心に陣取ると、再び香織を中心に円形陣を取る。その間にも罠が作動して、ハジメ達に襲い掛かって来る。

 だが、銃撃による迎撃が、大槌による爆風が、鋭い大鎌の刃が、闇より暗き深淵より振るわれし闇の貴族の刃が、悉く粉砕していく。

 しばらくしてまた香織がハジメ達に指示を出す。

 

「今、扉が開いたはずだよ!」

「よし探すんだ!」

 

 すぐさまハジメ達が部屋の隅々に目を光らせる。

 

「ん! 見つけた」

 

 今度はユエが見つける。すかさずハジメ達は先に進む。

 

「よし。順調だ。香織、ガブモン達の様子はどうだ?」

「……うん。みんなまだまだ余裕があるみたい。もう何度も通ったルートだからね」

 

 今、香織にはデジモン達の様子が頭の中に浮かんでいる。

 これは今彼女のパートナーデジモンのテイルモン、いや完全体に進化したエンジェウーモンが視ている光景だ。

 テイマーとパートナーデジモンは、進化するほど肉体と精神が同調していく。かつてオルクス大迷宮の中にいたハジメの状況を、進化したワーガルルモンが感じ取れたように。

 そのことを思い出した香織は、エンジェウーモンと通じることで2つの迷宮の様子を、リアルタイムで把握できないかと考えたのだ。

 最初は完全体に進化できるデジモンは全員進化させてから行こうとしたのだが、迷宮の通路には入れなかった。迷宮の中に入る魔法陣からもはみ出してしまう。そうなると魔法陣は起動せず、中には入れなかった。進化すると体格が大きくなることが、仇になってしまったのだ。

 そこで進化しても人間とほとんど大きさが変わらない、エンジェウーモンとテイマーの香織が選ばれた。

 香織はデジモン達がイミテーションのデジモンを倒したタイミングを把握し、扉が開いたことを伝えることに集中している。そんな彼女を護り、開いた扉をいち早く見つけるのが、ハジメ達の役目だ。

 隠されたルートについては、デジモン達がイミテーションを倒すことで必ず扉は開かれるのだが、倒すイミテーションによって開かれる扉とルートが異なる。だから、ハジメ達を進ませるために、デジモン達は正しい順番でイミテーションを倒す必要があり、それを伝えるのがエンジェウーモンだった。

 

 進むテイマーと、扉の鍵となるイミテーションを倒すパートナーデジモン。両者が固い絆で繋がり、意志を伝えあうことで初めて、この大迷宮は攻略できるのだ。

 この方法を見つけて攻略を始めた日から、1週間かけてライセン大迷宮の隠しルートを捜索した。

 

 そして遂に、ハジメ達は正解のルートを見つけることが出来た。

 

 ハジメ達が迷宮を走っているのと同じように、デジモン達も走っていた。

 

「次はウッドモンよ。道は憶えているわね?」

「もちろんだ!」

「急ごう! シア達を先に進ませないと!」

 

 エンジェウーモンにまだまだ元気だと声を張り上げるガブモンとコロナモン。ルナモンとシエルは静かだが、その顔に疲れは浮かんでいない。

 進んだ先の部屋に現れたウッドモンのイミテーションも、炎技が使えるガブモンとコロナモンが中心となって、一撃で倒した。

 

 それを感じた香織が、ハジメ達を次の部屋に導く。

 

 やがて、ハジメもデジモン達も今まで見たことのない部屋に辿り着いた。

 

 ハジメ達の目の前には、巨大なワイバーンのゴーレムが三体いる。

 ゴーレムワイバーン達はハジメ達が入ってきたのを感知すると、体が一気にバラバラになった。警戒するハジメ達の前で、バラバラになったゴーレムワイバーンの部品が1つになり、再構成される。

 生まれたのは三つの首を持つ、ゴーレムドラゴンだった。

 これを見たハジメと香織、浩介が思ったことは1つ。

 

「「「なんでキン〇ギドラ!?」」」

 

 一方デジモン達の方も目の前の敵に対して警戒を強める。

 

「マンモン。完全体か」

 

 ガブモンが警戒する目の前には、巨大なデジモンが長い牙と鼻を振り上げている。

 太古の地球に存在したマンモスに酷似した、完全体の古代獣型デジモンのマンモンだ。

 当然、イミテーションなので本物ほどの力はないが、巨体で暴れられると厄介だ。

 それ以外にデジモン達が気になっていることがあった。

 ルナモンがぼそりと呟く。

 

「倒してきた順番はゴーレモンに始まって、

 クワガーモン、

 ローダーレオモン、

 ウッドモン、

 サンダーボールモン、

 最後に、マンモン……」

 

 倒してきたデジモンの名前の頭文字を並べてみると、「ゴクロウサマ」だった。

 これを聞いていたデジモン達と、エンジェウーモンと繋がっていた香織が思ったことは1つ。

 

 ──変に細かいネタが仕込まれていてなんかウザイ!!──

 

 労いなのか、煽りなのかわからないミレディの小ネタにツッコミを入れつつ、二つの迷宮で戦いが始まる。

 

 ハジメ達はキン〇ギドラもどきゴーレムと激しくぶつかり合う。三つの首から黄金の稲光が放たれ、咄嗟に前に出た香織がアイギスで受け止める。とはいえ結界魔法を使えないので、守れたのは後衛のハジメとユエだけだった。しかし、他のメンバーは守ってもらうまでもなく、前に出て接近戦を始める。シア、トレイシー、コウスケ・E・アビスゲートの動きは、迷宮に挑み始めた時よりも洗練されていた。

 

「シア・ハウリア!」

「かっ飛べですうぅ!!」

 

 名前を呼ばれたシアが淀みなくドリュッケンを構え、相手目がけて振り抜く。そこに向かってトレイシーが軽やかに飛び乗り、大ジャンプする。勢いを活かしてエグゼスを振るい、右の首を一本斬り落とす。そのまま魔力を足に集中して着地した。

 

 ライセン大迷宮で身体強化魔法を使ううちに、ハジメ達は魔力を無駄にしないために、効率的な魔力の運用能力が、知らず知らずのうちに身についていたのだ。特に顕著なのが、シアと香織、そしてトレイシーだった。身体強化魔法に適性のある2人はもちろん、異世界人のような優れたスペックを持たないトレイシーは、自分の力を活かすために、必死で力を磨いていた。その努力が結実したのだ。

 試練がもたらすのは神代魔法だけではないという事だった。

 今のシアとのコンビネーションも、前にやった時はトレイシーの手足の骨にひびが入っていた。すぐに香織に治してもらったが、苦し紛れの自爆技だったのだ。それが今では無駄のない魔法の運用を身に付けたおかげで、怪我を負うこともなくなった。

 

 トレイシーが付けた傷に向かって、ハジメとユエが射撃を行う。使ったのは炸裂弾で、着弾した瞬間に爆発する。それがトドメとなって右の首が落ちる。だが、相手はゴーレムなのでしばらくしたら再構築されるだろう。

 しかし、そうはさせないと傷跡に飛び込む男がいた。

 コウスケ・E・アビスゲート卿だ。

 ゴーレムの中に入り込むと、懐からデジヴァイスを取り出す。

 

「スピリットエヴォリューション!!」

 

 浩介の身体がデータに包まれて、闇の闘士のスピリットと1つになる。

 闇の獅子を模した鎧を身に着けた、正義の闇の戦士。

 

「レーベモン!!」

 

 進化したレーベモンは闇のエネルギーを高めると一気に解き放つ。

 

「《エントリヒ・メテオール》!!」

 

 胸部の獅子からエネルギー波を放ち、ゴーレムを内部から破壊していく。

 レーベモンはそのままエネルギーを縦横無尽に放ち、ゴーレムを木っ端みじんにしていく。ゴーレムは再構成できない程まで破壊され、後には無傷のレーベモンが立っていた。

 

 それと同時にデジモン達も、マンモンのイミテーションとの闘いを終わらせようとしていた。

 デジモン達の作戦は単純で、エンジェウーモンの必殺技の準備が整うまで、マンモンの気を逸らすというものだった。空中に舞い上がったエンジェウーモンが、雷の矢を放つ構えを取ると、デジモン達はマンモンの足を攻撃する。当然、マンモンは踏みつぶそうとするが、デジモン達も迷宮を攻略する中で身のこなしが良くなり、危なげなく躱していく。

 あとはエンジェウーモンの準備が整えれば、一発だった。

 頭を撃ち抜かれたマンモンは倒れ、デジモン達は次の部屋へと進む。

 

 ハジメ達もマンモンが倒されたことで、次の部屋への扉が開き、先へと進んでいった。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

「あー。マジかー。いやデジモン達の方はわかるんだけど、まさか人間がデジモンになるなんて。この場面になるまで温存していたの? 流石といえばそうなんだけど、迷宮のコンセプト無視じゃん。これはお仕置きかな」

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 ハジメ達が飛び込んだ部屋は、これまでとは一線を画す場所だった。

 巨大な部屋で終わりは闇に包まれて見えない。周囲には正方形のブロックが、重力を無視して浮遊している。

 念のために進化したままのレーベモンに先行してもらい、奥に進んでいく。

 ある程度歩いたとき、シアが焦燥に満ちた声を上げた。

 

「逃げてぇ!!!」

 

 何が? と問うこともせず、全員が可能な限り全力でその場を離れる。

 

 直後、さっきまでハジメ達がいた場所が大爆発を起こした。

 

 ハジメ達がさっき使った炸裂弾よりも強力な爆発は、さらに同規模以上の爆発が起こり、連鎖的に床が崩壊していく。爆風に煽られながら、咄嗟にレーベモンがシアとトレイシーを、ハジメがユエと香織を掴んで浮遊しているブロックの1つに飛び乗る。床だと思っていたが、浮遊ブロックの1つだったようだ。巨大なブロックだったが、同時多発的に起こった爆発によって、瞬く間に粉々になっていく。後に残ったのは底の見えない闇の底だった。まるでオルクス大迷宮65階層の奈落の底のようだ。

 

 だがそれだけだ。

 

 なぜ爆発が起きたのか分からず、起こした相手も姿が見えず、ハジメ達は視線を右往左往させて警戒しながらも、間一髪助かることが出来た功労者であるシアを労う。

 

「シア、助かった。ありがとう」

「うん。シアがいなかったあそこで終わっていたよ」

「ん。お手柄」

「貴方の魔法がわたくし達を救いましたわ」

「素晴らしい判断だった。流石の我でもあの爆発に、足場の崩壊では全員を助けることは不可能だった。闇の十闘士のスピリットを受け継ぐものとして、感謝をささげる。白亜時空瞳術使いのシアインフレイアー」

「えへへ。〝未来視〟が発動して良かったです。魔力はごっそりなくなりましたが。あと深淵卿は変な名前を付けるな。潰すぞ」

 

 シアの〝未来視〟は自身に死が迫ると、間接・直接を問わず自動発動するのだ。つまり今の爆発でシアは死亡する可能性があったということだ。下手をすればハジメ達も。それを救われたのだと感謝され照れくさくてはにかむシア。ただし、変な呼び方をした深淵卿にはキャラ崩壊を起こした。表情にもはにかんだ笑みに、怒りマークを付け加えた器用な顔をする。最近、深淵卿を使いすぎて、少し言動に異常が出ているようだ。咄嗟にハジメが「シアを仲間にしてよかった」と言ったことで、シアの怒りは霧散したが。

 シアの減ってしまった魔力を香織が補充している中ハジメ達が警戒を強めていると、部屋の上から1つのブロックが降りてきた。そのブロックの上には小さな人影があった。

 

「やほ~。初めまして~。みんな大好きミレディ・ライセンだよぉ~」

「「「「「「……は?」」」」」」

 

 ピョンピョンと跳ねながら、ふざけた挨拶をしてきた。よく見ると人間ではなくゴーレムだった。顔にはお面があり、ふざけた笑顔のニコちゃんマークの絵が描かれていた。

 

「おいおいチミたち~。人が折角挨拶しているのに返事をしないなんて。まったくもう。最近の若者の教育はどうなっているんだい。まったくもう」

 

 やれやれと肩をすくめるニコちゃんゴーレム。

 実にイラっとする話し方と言葉は、この迷宮の中でさんざん見てきたウザイ文章を彷彿とさせる。〝ミレディ・ライセン〟と名乗っていることから本人である可能性もあるが、彼女は既に死んでいるはずであるし、人間だったはずだ。こんな愉快なゴーレムのはずはない。

 とりあえず、ハジメは話をしてみることにした。

 

「そいつは、悪かったな。だが、ミレディ・ライセンは人間で故人のはずだろ? まさかフリージアみたいに自分の事をミレディ・ライセンと思い込んでいるゴーレムか?」

「およよ? フリちゃんの事を知っているんだ。まさかオー君の大迷宮をクリアしたの?」

「オスカー・オルクスの大迷宮ならクリアした。だから、ゴーレムが自我を持って喋っているのも納得できる。だがなぜミレディ・ライセンを名乗っているんだ? 狂って壊れたか?」

「プンプン! 失礼な! この私が壊れるもんかい!」

 

 ハジメの物言いに今度は怒り表すミレディ。ニコちゃんマークの顔までいつの間にか怒りの表情になっていた。だが、次の瞬間にはまたニコニコマークになる。

 

「ふふん。いい女には秘密があるものなのだよ。私の正体とかが知りたければ見事、大迷宮の最後の試練を突破してみよ! って感じかな」

 

 胸を突き出したセクシーポーズを取りながら言い放つミレディ。ゴーレムがそんなポーズを取っても、困惑するしかない。

 

「まあ、それとは別に。まさか人間がデジモンになるなんて、ミレディさん驚いたよ」

 

 レーベモンを指さしながら、今度はびっくりした顔になるミレディ。

 

「でもねえ、このまま君がいたらこの大迷宮の意味がないんだよ。だから──」

 

 ──マジでやるから、死なないでね。

 

 その言葉が終わると同時に、ハジメ達の周囲の空間が前触れもなく爆発した。

 

「ちっ!?」

「ハジメ君!?」

「香織はトレイシーと一緒に!」

 

 宝物庫を起動させ、頑丈な鉱石でできた盾を複数取り出して、爆発から全員を護るハジメ。

 その間に全員が戦闘に移行する。

 もっとも肉体強度が低いトレイシーを香織が護る位置に立ち、シアとレーベモンが爆発を突破してミレディに飛び掛かかり断罪の槍とドリュッケンが振るわれる。

 

「にへ」

 

 迫りくる2人に対し、ミレディは小さく笑い声を漏らすと、周囲のブロックのように浮遊して逃げる。

 2人の攻撃がブロックを粉砕する。それを尻目に、ミレディは高く浮遊する。

 

「おいおい。君達と戦うのは私じゃないぜ~。……とくと味わいなよ。デジモンの脅威ってやつを」

 

 ミレディがそう言った瞬間、彼女の頭上から猛烈な勢いで巨大な何かが降りてきた。

 

「ぐおっ!?」

「きゃわわっ!?」

 

 足場もなく空中にいたレーベモンとシアは、あっさりと降りてきた何かに捕まる。

 2人を捕まえたのは、黒い身体に灼熱の炎を身に纏った竜のようなデジモンだった。

 手はないが強靭な脚と雄々しい翼は、まさに威風堂々とした風格を放っている。

 オルクス大迷宮のラスボスだったメタリックドラモンに似たシルエットで、一回り小さいが、感じる危険度は並ではない。

 

「完全体デジモンのラヴォガリータモン。さあ。倒せるかな?」

 

 ミレディの紹介と共に咆哮を上げるラヴォガリータモン。肉体から溶岩のような煌々とした炎を噴き上げる。当然、掴まれているレーベモンとシアは焼き焦がされる。

 

「あああああああああああああっ!!?!?」

「ぐうっ、シア!」

 

 デジモンのレーベモンはまだ耐えられるが、シアには無理だ。ラヴォガリータモンが放つ熱エネルギーは、火山の噴火と表現しても相違ない。急いで抜け出さなければ。

 

 ドガンドガンッ! 

 

 ラヴォガリータモンにミサイルが着弾。さらに冷気が包み込む。

 ハジメが補充しておいた虎の子の冷凍ミサイルだ。

 突然の冷気によって体表温度が急激に低下し、思わず2人を掴んでいた脚を離すラヴォガリータモン。

 

「掴まれ!」

 

 ハジメが左腕の義手に仕込んでいたロケットアンカーを飛ばす。

 レーベモンはそれを掴み、もう片方の手でシアを掴む。シアはあまりの熱さに半身に酷い火傷を負い、ぐったりとしている。

 急いでアンカーを巻き上げたハジメは、急いでシアを香織の近くに連れていき、回復を頼む。

 

「シア! 酷い火傷……」

「治療を急いでくれ! あいつらを相手に時間を稼ぐのは……」

「大丈夫。最速で最大限に治すよ」

「頼む。レーベモンは」

「我は問題ない。だが、あのデジモンはイミテーションではないな」

「ああ。イミテーションじゃない。本物のデジモンだ」

 

 パートナーデジモンがこの場にいないので、デジヴァイスでデータを読み取ることはできない。しかし、デジモンであるレーベモンと、テイマー歴が最も長いハジメの勘が、ラヴォガリータモンがイミテーションではない、本物であると告げていた。

 シア達を護るために、壁になる盾をさらに取り出し、〝錬成〟で足場のブロックと強固に固定。即席の防衛陣地を作る。

 

 ハジメ達がシアを治癒している間に、ミレディがラヴォガリータモンに向かって魔法を放つ。

 

「〝極大・蒼天槍〟」

 

 炎属性最上級魔法〝蒼天〟3発分を槍上に圧縮した、超高等魔法で冷気を浴びたラヴォガリータモンを熱する。元に戻っただけでなく、更なる炎を取り込み、大きく燃えあがる。

 ラヴォガリータモンが翼を一振りすると、そこから黒い灰のような粉塵を纏った風が周囲に吹き荒れた。

 

「《ワイルドブラスト》!!!」

 

 次の瞬間、周囲が大爆発を起こした。

 あまりの衝撃にとっさにレーベモンが贖罪の盾を構えて受け止める。

 

「ぐうう、これは……」

 

 スカルバルキモンの攻撃と同じか、それ以上の威力に苦悶の声を上げるレーベモン。

 やがて爆発が収まり、耐えたことに一息つく。

 だが、状況は変わっていない。むしろより悪くなっていた。

 

「はいはい。油断しないの」

 

 パン。

 場違いな小さな音、ミレディが手を叩いた音がした瞬間、レーベモンの左腕が爆発した。

 

「ぐああっっ!?」

「コウスケ!?」

 

 突然の爆発をまともに受けてしまったレーベモンは吹き飛び、それを目にしたトレイシーが悲鳴を上げる。

 今までの攻撃を見ていたユエは、あることに気が付いた。

 

「……さっきの攻撃と今の爆発。まさか、さっきからの爆発は、あのデジモンの……灰?」

「お、そこの吸血鬼ちゃんせいかーい」

 

 かなり離れていたのに、ユエの小さな声を聞きつけたミレディがスイーッと近づいてきた。咄嗟にロートの銃口を向けるが、ミレディは構わずに話しかける。

 

「今までの攻撃はラヴォガリータモンが振りまく粉塵による物さ。空気中に散らした粉塵は、ラヴォガリータモンの意思で自在に発火・爆破するんだよん。さっきの《ワイルドブラスト》でここ一帯に拡散したし、この暗闇だよ。見えるかなあ? わかるかなあ?」

 

 話の内容はハジメ達にも聞こえており、あまりにも凶悪な攻撃方法に戦慄していた。

 

「さあ。もう一度言うよ。デジモンの脅威をたっぷりと味わいたまえ♪」

 

 




〇デジモン紹介
マンモン
世代;完全体
タイプ:古代獣型
数々の形跡から、遥か昔に存在していた事実は明らかになっていた古代デジモン。デジタルワールドの温暖化によって、超圧縮されていたデータが解凍され、氷に閉ざされていた氷雪エリアから姿を現した。全身を濃い体毛で覆われ、太古の強大なパワーを持つデジモンだが、極端な熱さに弱い一面を持つ。顔面を覆う仮面に刻まれた紋章は、超古代の英知の結晶であり、遥か彼方まで見通すことができる千里眼の力を持ち、大きな耳は遠く離れた場所の音まで聞き分ける。必殺技は長く伸びた2本の牙で相手を突き刺す『タスクストライクス』と、長い鼻から一気に冷たい息を吐き出して、どんな相手も一瞬で凍らせる『ツンドラブレス』。


ミレディとの邂逅でした。原作と違い巨大ゴーレムではなくミニゴーレムでの初登場です。
ただし現れたのはラヴォガリータモン。ぶっちゃけかなり厄介なデジモンです。
巨大ゴーレムよりもやばい相手ですので、ハジメ達がどうやって戦うのか、お楽しみに。

巨大ゴーレムはどこに?というのも次話にて。


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22話 人間の悪辣さ

感想・評価・お気に入り登録ありがとうございます。
お待たせしました。最新話です。でもたぶん今までで一番少ない文字数かもしれません。

・前回のあらすじ
攻略の手掛かりを見つけたハジメ達は、遂に最後の部屋と到達する。
しかし、そこにはミレディ・ライセンを名乗るゴーレムと完全体デジモンのラヴォガリータモンが待ち構えていた。
暗闇に紛れた粉塵で、自在に爆発を起こす強敵を前に戦慄するハジメ達。
一方その頃、デジモン達も……。



 ハジメ達が戦っている頃、デジモン達もまた戦っていた。

 

「そーい」

「うおおおっ!!」

 

 飛んできた巨大な腕を必死で躱すガブモン。

 

「《ティアーシュート》!」

「《コロナフレイム》!」

 

 水と炎の球体が放たれるが、腕の一振りでかき消される。

 

「《白詰一文字切り》!!」

 

 音もなく忍び寄ったシエルが愛刀で斬りかかるが、ガキンと空しく弾かれる。

 

「これは私とは相性が悪い相手ですね」

 

 冷静に判断するシエルだったが、悔しそうに歯噛みする。

 

「《ホーリー……」

「それはダメだよーん」

 

 必殺技を放とうとしたエンジェウーモンだったが、突然飛んできた岩のブロックに邪魔され、技を撃つのを止める。

 

 今ガブモン達が相手をしているのは超巨大なゴーレムだった。

 マンモンを倒して進んだガブモン達は、ハジメ達が到達した部屋と同じような、ブロックが浮遊する部屋に出た。

 そこに現れたのが、全長二十メートル弱はある全身甲冑のゴーレムだ。ブロックと同じように浮遊しており、左腕には鎖がジャラジャラと巻き付いており、フレイル型のモーニングスターを装備している。

 見た目通り堅牢なゴーレムには、成長期では攻撃力が足らない。シエルの技は暗殺に優れたもので、先ほど漏らしたようにこのゴーレムとは相性が悪い。よって警戒するべきはエンジェウーモンだけになり、徹底的にマークされていた。

 警戒するガブモン達にゴーレムの中から声がした。

 

「やほ~。初めまして~。みんな大好きミレディ・ライセンだよぉ~」

「「「「「……は?」」」」」

 

 奇しくもハジメ達と同じ反応を返してしまった。

 そこから語られるのは、ハジメ達と同じく話しかけてきたのはミレディ・ライセンという衝撃の事実。ハジメ達の所に現れた小さなゴーレムと違い、凶悪な装備に身を固めた超巨大ゴーレムというところが、あちら以上にシュールだった。

 

 ハジメ達とデジモン達に知る術はなかったが、ミレディ・ライセンを名乗るゴーレムが二体現れるという不思議なことが起きていた。これが何を意味しているのか……。

 

「とりあえず、君たちのテイマーも今は戦っているよ~。この大迷宮はあっちとこっちでミレディさんを倒せないとクリアにならないから、死ぬ気で頑張ってね。デジモン相手なら手加減無しの全力全開で行くよ♪」

 

 ふざけた口調だったが、強い戦意を放ちながら、ミレディ・ライセンを名乗る超巨大ゴーレム──ミレディ・ゴーレムはガブモン達に攻撃してきた。

 言葉通りに、容赦なく、手加減抜きの苛烈な攻撃だった。

 しかもただ力を振るうだけでなく、例え攻撃が当たって腕や足を破壊できても、状況を覆すことはできなかった。

 

「新しい腕だよ♪」

 

 部屋のどこかから新しいパーツが飛んできて、瞬く間に修復されてしまう。今までのゴーレムとは桁違いの能力をみせた。

 このままでは進化していないガブモン達から先にやられてしまう。エンジェウーモンは覚悟を決めた。

 

「シエル! みんなを護って!」

 

 8枚の翼を大きく羽ばたかせて、猛スピードでミレディ・ゴーレムに突っ込むエンジェウーモン。遠距離技では妨害されるならば、接近戦を挑むしかない。

 

「む!?」

「《ホーリーチャージキック》!!」

 

 右足にエネルギーを込めて、鋭い蹴りを放つ。

 

 ドゴンッ! 

 

 飛行スピードも乗せた蹴りは、ミレディ・ゴーレムの胸部の中心に吸い込まれていき、爆弾を爆発させたような轟音を響かせる。

 あまりの衝撃にミレディ・ゴーレムは吹き飛ばされ、体勢を崩す。

 

「ひにゃあ!?」

「《フライングキック》!!」

 

 その隙を逃さず、空中からキックを連続で浴びせる。エネルギーをチャージしていないが、凄まじい威力で同じ部分を中心に攻撃を加えていく。ミレディ・ゴーレムの装甲にはどんどんダメージが蓄積され、破壊されていく。

 

「《エンジェルウイング》!!」

「うわひゃあああ!!?」

 

 とどめは翼にエネルギーを纏わせ、輝かせながら側転。翼で打ち付ける。エンジェウーモンが宿している強力な聖なる力を込めた一撃に、ミレディ・ゴーレムは吹き飛ばされた。

 ドスンという音を立てて倒れ伏すミレディ・ゴーレム。しかし、顔を歪ませたのは攻撃をしていたはずのエンジェウーモンだった。

 

「ぐっ!?」

「エンジェウーモン!?」

「どうしたんだ!!」

 

 顔を歪ませて地面に降りるエンジェウーモン。ガブモン達が駆け寄ると、攻撃をしていた手足や翼が腫れ上がっていた。どれもミレディ・ゴーレムへの攻撃に使っていたところだ。

 どういうことだと困惑するガブモン達の耳に、倒れていたミレディ・ゴーレムが起き上がる音と、ミレディの声が聞こえた。

 

「いやー。流石は完全体。華奢な見た目に似合わずとんでもないキックだったよ」

 

 でもね~。とミレディ・ゴーレムは厭らしい声音で続ける。

 

「ミレディさんの装甲は何と何と~~クロンデジゾイドでできているのでしたあ!!」

 

 ホラホラと見せびらかすように、先ほどエンジェウーモンの攻撃で壊れた装甲部分をみせる。そこには傷1つない、鋼色の金属の装甲があった。破壊出来た手足と違って、デジタルワールドでもっとも頑丈と言われる、クロンデジゾイドの装甲で堅牢に守られていたのだ。

 いくらエンジェウーモンが完全体とはいえ、素手での攻撃では歯が立たない。むしろ逆にダメージを受けてしまう。

 

「でもそれは、そこがそうまでして守らなければいけない部分。替えの利かない弱点ということですね」

「そうさ。でも君達にこれを破壊できる? 成長期ばかりで、完全体の天使ちゃんも歯が立たないのに?」

 

 シエルに弱点を指摘されても、余裕を崩さないミレディ・ゴーレム。最高戦力だったエンジェウーモンが、逆にダメージを受けてしまうほどの装甲に守られているのだから当然だった。

 

「だとしても諦めない。ハジメ達も戦っているんだ」

「その通りだぜ! 絶対に勝ってシアの所に戻るんだ!」

 

 絶望的な状況でも諦めるそぶりを見せないガブモン。コロナモンも追随し、静かだがルナモン、エンジェウーモン、そしてシエルも戦う意思を失わない。

 

「いいねいいね。それでこそ、ここまで来た挑戦者だ。さあ戦いの再開だよ♪」

 

 ミレディ・ゴーレムが宣言すると、再び部屋の奥からパーツが飛んできて傷ついたパーツと交換される。それだけでなく、さらに武装が追加されていく。

 背中に巨大な翼が、両肩に巨大な大砲が二門も装着される。左手は鋭く回転する槍の腕、いわゆるドリルアームになって激しい回転音を響かせている。

 より攻撃的な武装になったミレディ・ゴーレムは、翼から深紅の炎を噴き上げると空中に飛び上がった。飛行というよりも、ロケットの発射のようだ。あの翼は推進装置の役目を果たしており、飛び上がった後、放物線を描きながら猛スピードでガブモン達に突っ込んできた。ミレディ・ゴーレムの巨体だけでも驚異的な威力となる突進だが、さらに左腕のドリルアームを振り上げている。直撃したら──死。

 

「避けろ!」

 

 咄嗟にその場を飛び退くガブモン達。エンジェウーモンも痛む翼を何とか動かして飛び上がる。

 間一髪避けられたが、超重量のミレディ・ゴーレムが突っ込んだことで、ガブモン達がいた足場ブロックが粉々になり、途轍もない衝撃が起こり、ガブモン達はそれぞれバラバラに吹き飛んでしまう。

 ガブモン達は浮遊している足場のブロックに着地するが、避けることを優先したので分断されてしまった。その隙を見逃すほど、ミレディ・ゴーレムは甘い相手ではない。

 

「はっしゃ~♪」

 

 ドオオンッ!! 

 気の抜けるような声とは正反対の、重く体の芯にまで響く轟音と共に、ミレディ・ゴーレムの両肩の大砲が火を噴く。そして巨大な砲弾が発射された。

 

「くぅ!?」

 

 放たれた砲弾はルナモンがいたブロックに着弾、炸裂し一撃でブロックはバラバラになり、爆発の衝撃でルナモンが空中に投げ出された。

 

「ルナモン!!」

 

 たまたま近くにいたエンジェウーモンが助けに向かう。うまくキャッチするが、ミレディ・ゴーレムは攻撃の手を止めない。なんと腰の部分を回転させながら砲撃を続けており、息をつく暇もない。次々に足場になるブロックが粉砕され、爆発の衝撃とブロックの破片が飛び散り、とても反撃に移れない。

 他のブロックにいるガブモン達も同様であり、ブロックの陰に隠れて反撃する隙を窺っていた。

 だが、それすらもミレディ・ゴーレムの手の内だった。

 

「ポチッとな♪」

 

 上半身の回転を止めたゴーレムの巨大な手が何かを押す仕草をすると、コロナモンのいた足場ブロックから赤い粉塵が巻き上がりあっという間に包みこんだ。当然、ブロックにいたコロナモンも同様に粉塵に飲まれてしまう。

 

「粉塵爆発って知っているかな?」

 

 ミレディ・ゴーレムの言葉と共に、粉塵に火がついて大爆発を起こした。

 この赤い粉塵は、ハジメの銃弾に使用されている燃焼石に似た性質の鉱石で、燃焼性が高い。しかも感応石の効果も付与されており、任意のタイミングで着火し爆発する。まるでラヴォガリータモンの能力のような事が出来るのだ。

 

「コロナモン!!」

「そんな……」

 

 爆炎の中に消えたコロナモンにガブモン達が言葉を失う。

 

「ここはミレディさんが用意したフィールドだよ。これくらいの仕掛けはもちろんあるさ。君たちはずぅーっと私の手の中っていうことを自覚したまえ」

「手の内……最初から」

 

 ミレディ・ゴーレムの言葉にシエルが考え込む。

 思えばこの迷宮に入ってから、ミレディ・ゴーレム、もといミレディ・ライセンの言うように手の中だった。

 ガブモン達が本来の実力を発揮できれば完全体が3体、成熟期デジモンが2体の強力な布陣になる。だがそうなるには、テイマーであるハジメ達の存在が不可欠だ。そんな彼らを迷宮の入り口で分断する。さらに念を入れて、入口の魔法陣を狭くすることで、予め全員が完全体になったまま攻略できないようにした。そうして進んだ先は、ミレディ・ゴーレムが十全に戦える特別なバトルフィールド。修復・強化のためのパーツも潤沢で、足場には先ほどの粉塵爆発が起こるようなトラップもある。

 

「私達は最初から罠にかかっていたってことですか」

 

 圧倒的な力を持つデジモン達が力を発揮できないように、徹底的に対策を張り巡らせたミレディ・ライセン。その意思を受け継いだミレディ・ゴーレムがシエルの言葉を「ピンポーン!」と肯定する。そして、ふわりと空中に浮きあがり、デジモン達を見下ろしながら宣言する。

 

「人間の力を知りなよ。デジモンの強さの裏をかく人間の悪辣さこそ、君たちの天敵さ」

 

 デジモンの力に苦戦するハジメ達と同じように、ガブモン達は人間の策略に挑むことになった。

 

 




今回はデジモン達の戦いでした。
ハジメ達がデジモンであるラヴォガリータモンと戦っていたように、ガブモン達は人が作った巨大ゴーレムと戦うことになりました。原作の巨大ミレディ・ゴーレムです。ただし武装は強化されました。しかも追加換装可能という鬼畜仕様。場合によっては、エンジェウーモンよりも厄介なデジモンと戦うことを想定していますので、仕方ないですよね。
ちなみに武相の元ネタはスーパーメカゴジラと三式機龍です。まだまだ案はありますので、どんな武装が出てくるのかはお楽しみに。

そして爆炎の中に消えたコロナモンは・・・。

次話もよろしくお願いします。


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23話 甘い覚悟

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今回は遅れました。しかも内容もかなり賛否両論になるんじゃないかなって思う内容です。でも、作者はハジメ君にはこうしてほしいと思ったのでこの方向でいきます。

・前回のあらすじ
ハジメ達が戦う一方、デジモン達も戦いを繰り広げていた。立ちふさがる巨大ミレディ・ゴーレムと用意されたフィールドに手も足も出ないデジモン達。デジモンの力に圧倒される人間達と、人間の悪辣な策略に嵌められるデジモン達。果たして突破口は見つかるのか……。





 ラヴォガリータモンとミレディは、途轍もない強敵だった。

 完全体デジモンであるラヴォガリータモンはもちろんだが、共に戦うミレディも的確なサポートでハジメ達を苦しめてくる。

 唯一ラヴォガリータモンに対抗できるレーベモンをハジメ達が援護しようとすると、ミレディが最上級魔法で妨害、攻撃してくる。

 本来ならばライセン大迷宮の特性で魔法は無効化されるはずなのだが、ミレディは普通に最上級魔法をユエのように連発してくる。

 ならば先にミレディを倒そうと、ユエが愛銃を使って空中に浮遊しているミレディを狙撃しようとする。

 

「……ん!」

「おっと♪」

 

 放たれた銃弾はミレディがかざした小さな手の前で制止する。次の瞬間には銃弾に込められていた火魔法が炸裂する。だが、爆炎はミレディの前でバリアのようなものに遮られてしまう。その不可視の障壁は何らかの魔法のようだが、魔法のスペシャリストであるユエにも、さっぱりわからなかった。

 さらにミレディはくるりと手を回すと、ユエの全身を猛烈な悪寒が駆け巡った。反射的にその場を離れた次の瞬間、さっきまでいた場所が円状に陥没した。もしも離れなかったらユエの身体も潰されていたかもしれない。〝自動再生〟の技能があるとはいえ、魔力が霧散する環境下で、潰れた身体が再生するのかわからない。なによりそんな大きな隙を晒せば、より大きな攻撃を受けるだろう。

 ユエを攻撃していたミレディに今度はハジメのミサイルが放たれる。やはり掲げた手の前で静止するミサイルだが、ミサイルは六発も放っていた。しかも上下左右前後とミレディに逃げ場はない。

 

「甘いよ♪」

 

 しかし、ミサイルの前の空間が突如爆発。ミサイルも誘爆してしまう。

 ラヴォガリータモンが遠隔爆破でミレディを護ったのだ。ミレディが傷つかない絶妙な威力で、ミサイルの誘爆の爆風も相殺している。

 ラヴォガリータモンのミレディへの気遣いが伺えた。

 ミレディ達のコンビネーションに、ハジメ達はどんどん追い詰められていく。

 

「撃て! ラヴォガリータモン!!」

「《メルトダウナー》!!」

 

 ミレディの指示に従いラヴォガリータモンが大きく口を開け、そこからレーザー状の熱線が放たれた。狙いはレーベモンだ。

 

「ぬううっ」

 

 贖罪の盾を構えて受け止めるレーベモンだが、あまりの威力と熱量に堪えきれずに吹き飛ばされる。

 それだけでなく、ラヴォガリータモンは口を動かし、熱線で薙ぎ払いを行う。

 

「まずい!」

 

 熱線が向かう先には、トレイシーと香織、そして治療中のシア。ラヴォガリータモンの熱線の威力は彼女達に耐えられるものではない。避けようにも治療中のシアをすぐに動かすことはできない。絶体絶命の危機にハジメは奥の手を切る。

 

「〝ハイブリッド化〟!!」

 

 ハジメの身体から魔力が迸る。大迷宮の特性で空気中に霧散していくが、それ以上の勢いで魔力が溢れ、次第に形を作っていく。

 狼を模した漆黒の外装が、ハジメの全身を覆っていく。かつてオルクス大迷宮での地獄の苦しみから生まれ、パートナーと大切な少女を傷つけてしまった力を、再び身に纏う。

 

『モード・ブラックメタルガルルモン!!』

 

 漆黒の機械狼を模した鎧を生み出したハジメは、香織達の前に飛び出し、両手を前に突き出して、熱線を受け止める。

 

「ハジメ君!?」

「これが話に聞いたナグモハジメの力……」

 

 技能〝ハイブリッド化〟により、魂に混ざっていたブラックメタルガルルモンのデータを再現された鎧は、ワーガルルモンと殴り合いが出来るほどの強度を持っている。ラヴォガリータモンの《メルトダウナー》を受け止めることもできた。それでも完全に受け止めきれず、ジリジリと押されていく。

 

『ぐっ、《コキュートスブレス》!!』

 

 鎧の頭部の口が開き、そこから猛烈な冷凍を吐き出す。熱線とぶつかり、その威力を減衰させながらも、ハジメは香織達を守るために受け止め続ける。

 もちろん〝ハイブリッド化〟を使っているとはいえ、レーベモンのようにデジモンになったわけではない。さらに魔力が霧散してしまうのでこのままでは競り負けてしまう。

 だが、今この場には頼もしい仲間がいる。助け合うことが出来るのは、ミレディ達だけではないのだ。

 

「我を忘れてもらっては困る!! 《エーヴィッヒ・シュラーフ》!!」

 

 先ほど熱線で吹き飛ばされたレーベモンが、「断罪の槍」を突き出しながらラヴォガリータモンの胴体に突撃する。

 

「忘れていないよ」

 

 ミレディが両手を掲げて、先ほどの障壁を展開する。だが、レーベモンの攻撃力には耐えきれずに、すぐに破れてしまう。止められたのは一瞬だけ。しかし、それだけあればラヴォガリータモンは行動を起こせた。

 すぐに吐き出していた熱線を止めると、体を捻ってレーベモンの攻撃を躱す。

 

「ぬう」

「お返しだよん♪ 〝黒渦〟」

 

 再びミレディが両手をかざす。するとレーベモンが何かに弾かれたように真上に吹き飛んだ。

 

「ぬお!?」

「《ワイルドブラスト》!!」

 

 同時にラヴォガリータモンが大きく羽ばたき、粉塵をレーベモンに向かって大量に散布する。そして大爆発が起き、レーベモンが飲み込まれた。

 

「うおおおおおッ!!!」

 

 レーベモンへ攻撃した隙をついて、背中にビーム状のウイングを展開したハジメがラヴォガリータモンに突撃する。

 

「何度やっても同じだよ。学習しないの? あ、お馬鹿さんだからかあ♪」

「同じかどうか、確かめてみろ!!」

 

 ハジメは拳を突き出し、ミレディに殴りかかる。当然、さっきのように不可視の障壁に阻まれる。それに構わず、ハジメはハイブリッド化したことであふれ出た魔力を使ってブラックメタルガルルモンの武装を〝電子錬成〟で生み出す。左腕に6門の砲身が1つになった凶悪なフォルムのガトリングレールガン《ブラックストーム》が現れ、すかさず引き金を引く。紫電を迸らせながら、雷速の弾丸を吐き出される。

 

「ぐぐぐ……や、やるね。でもミレディさんにはラヴォガリータモンが」

「まだだ!!」

 

 さらに武装を錬成するハジメ。ミサイルポッドが両肩と両脚に装着され、右腕にはビームライフルを展開する。

 ブラックストームはミレディに向けたまま、ビームライフルとミサイルポッドの照準を、後ろから迫って来ていたラヴォガリータモンに向ける。ミレディを助けるためにハジメに噛みつこうと大きく口を開けているそこに間髪入れずに発射されたビームとミサイルは、真っ直ぐラヴォガリータモンに向かっていき、命中する。だが、ラヴォガリータモンを抑え込むほどではない。ハジメの攻撃などものともせずに突き進もうとするが、それでど少し速度が落ちた。

 おかげでラヴォガリータモンの牙が届く前にミレディの障壁が限界に達し消失する。同時にブラックストームも弾切れになる。このチャンスを逃さないと、ハジメはブラックストームを捨てて、ミレディを左手で斬り裂こうとする。

 ラヴォガリータモンよりも、僅かにハジメの攻撃が届くのが早い。

 

「あ、やば」

 

 ミレディも間に合わないと察するが何もできない。見ていた香織達もこれで決着がつくと思った。

 

 だがその時、ミレディも香織達も予想外のことが起きた。

 

 ピタリ、とハジメの手がミレディの顔の手前で静止したのだ。

 ミレディやラヴォガリータモンが何かしたわけではない。ハジメが自分の手を止めたのだ。そのことにハジメ自身が信じられずに目を見開いた。

 

「は……がっ!?」

 

 その隙にラヴォガリータモンがハジメに噛みつき、ミレディから引き離した。熱線を受け止めた鎧だが、ミレディを傷つけようとした怒りに燃えるラヴォガリータモンの力により破壊されてしまう。鋭い牙がハジメの肉体に食い込む。さらにラヴォガリータモンが放つ高温に内側から燃やされる。

 

「が、あああああああああああああ!?!?」

 

 シアと同じ、それ以上の苦しみに悲鳴を上げるハジメ。ラヴォガリータモンは首を振るい、ハジメを放り投げた。

 

「ハジメ!!」

 

 レーベモンが飛び出し受け止め、急いで香織の元に連れていく。

 幸いミレディ達も体勢を立て直すために後退しているので、すぐに辿り着けた。

 

「ハ、ハジメ君!!!」

 

 シアの隣にハジメを下ろす。同時に鎧が霧散し、ハジメの肉体が顕わになる。

 幸いにもハイブリッド化している最中は、肉体の強度と治癒力も上がる。おかげで深い傷にはなっていないが、魔力を大量に消費しすぎた。香織は残った傷を治しながら、魔力も分け与えようとする。

 しかし、ハジメに触れて魔法を使おうとした香織の身体に痛みが走る。

 

「あ、あぐ!?」

 

 足と背中に何か硬いものが当たったかのような感覚がして、その箇所が腫れ上がる。

 

「エ、エンジェウーモン? 一体、何が」

 

 それがエンジェウーモンのダメージが反映されたのだとわかった香織は、エンジェウーモンとのシンクロに集中する。迷宮攻略中、ずっと2つのグループのやり取りを担っていた彼女達は、集中すればお互いの記憶をある程度共有することが出来るようになった。それを使い、香織はデジモン達の状況も把握する。

 彼らも巨大ミレディ・ゴーレムとの闘いで、手も足も出ず、最強戦力のエンジェウーモンも傷を負ってしまっていたのだ。

 

「それでも……!!」

 

 反映されたダメージに顔を歪めながらも、ハジメの治療を行う香織。

 オルクス大迷宮でハジメから流れ込んできた魔力に傷つきながらも、治癒をつづけたのだ。今更この程度の痛みで治療の手を鈍らせることはない。ハジメの傷口に手を置き、シアと同時進行で治癒を行う。

 その間にレーベモン、ユエ、トレイシーが三人を守るために武器を構える。

 一方のミレディ達も、体勢を立て直してレーベモン達を見据える。

 互いに様子見に入ったことで生まれた膠着状態。

 唐突にラヴォガリータモンの背中に降り立ったミレディが話しかけてきた。

 

「さっきのはどういうつもりなんだい? 攻撃を止めるなんてさ」

 

 冷たさを感じさせる声のミレディ。ハジメが攻撃を止めたおかげで助かったのだが、手を抜かれたようで彼女はプライドを傷つけられたと思ったのだ。

 その問いにレーベモンたちは答えられない。手を止めてしまった張本人のハジメも、香織の治癒魔法を受けながら、理由が分からず困惑を隠せていない。

 

 だから、その答えを予測できる彼女が答えた。

 

「多分だけど、ハジメ君は──ミレディさんが好きなんだよ」

 

 みんなに守られながら治癒魔法をかけていた香織が、何やらとんでもないことを言い放った。

 

「「「はぁ!?」」」

 

 レーベモンとトレイシー、そしてミレディが驚愕の声を上げる。言われたハジメも香織の言葉が衝撃過ぎて固まっているだけだが、残るユエは香織の言葉に「ああ。確かに」という納得顔をしていた。

 レーベモンがミレディ達への警戒を解かずに、どういうことなのか問いかける。

 

「どういう事なんだそれは?」

「だってミレディさんとラヴォガリータモン、本当に信頼し合っているテイマーとパートナーデジモンだった」

「……ハジメの夢は人間とデジモンが一緒に生きていける世界。だから、強い絆で結ばれたテイマーとデジモンが大好き」

「しかも地球じゃないトータスで、それだけの絆を結んでいるからね。私もデジモンが大好きだから、その気持ちわかるんだ。まるで」

 

 香織とユエはハジメの横に目を向ける。

 

「「シアみたいだから」」

 

 2人の言うとおり、ミレディの在り方はどこかシアとコロナモンに似ていた。彼女達と出会った時、ハジメは彼女達に1人旅でも苦労しないように、食事と便利な野営道具を与えようとした。これはかなり破格なことだった。何せ生成魔法を習得したことで、アーティファクトを生み出せるようになったハジメが作った野営道具だ。つまりそれはアーティファクトを、国の宝物庫に保管されているような国宝級の道具を、無償で与えるという事なのだ。理由なしに行うには、大盤振る舞い過ぎた。つまり、ハジメはシアにそれほどの好意を抱いていたという事なのだ。そのおかしさに香織とユエは後から気が付いたが、理由もなんとなく察していたので黙っていた。言えばシアが、ハジメに惚れられたと勘違いすると思ったからだ。

 

もっとも、実は少し意識を取り戻していたシアに聞かれているのだが。

 

 2人の説明にハジメは納得した。確かに自分はミレディに好意を抱いていた。デジモンの存在を受け入れ、信頼し、共に在り続ける人間。ハジメはそんな人間を見ると、無条件で嬉しくなるのだ。

 それは抱いた夢の原点。ただデジモンと共に生きていきたいという、純粋な思いを共有できるからだ。

 デジタルワールドとの次元の壁が厚くなったことで、新たなデジモンテイマーが生まれなかったから、その思いも小さくなっていた。しかし、元々好意を持っていた香織がデジモンテイマーになったことと、ユエとシアという異世界人でありながら、デジモンテイマーになった少女達と出会ったことで、その思いが大きくなっていたのだ。

 だから、ミレディへの攻撃の手を止めてしまったのだ。

 彼女を倒してしまうことが自分の思い、ひいては夢を傷つけることになると無意識で思ってしまったから。

 

「なんですかそれは。そんな甘いことで大迷宮を突破できると思っているんですの?」

「トレイシーさん」

「わたくしたちが迷宮を攻略するには、ミレディ・ライセンを倒すしかないのですわ。なのに、その千載一遇の好機を、そんな理由で逃すなんて。アビスゲート卿の友というからには、立派な覚悟を持っていると思っていたのですが、見込み違いでしたの?」

 

 香織の話を聞いていたトレイシーが苦言を呈する。

 彼女の言葉も最もだ。この大迷宮を突破するためには、ミレディ達を倒すしかない。いくら好意を抱いたからと言って、攻撃の手を緩めるのは甘いとしか言いようがない。

 そんなことでは迷宮を突破して神代魔法を得ることも、狂った神からの妨害を跳ねのけることも、元の世界に戻って夢を叶えることも出来ない。

 

「……ぐッ」

 

 トレイシーの言葉に自分の覚悟の甘さを痛感し歯を食いしばるハジメ。そんなハジメを香織は優しく撫でた。その心地良さに彼女を見るハジメ。

 

「確かに甘いのかもしれない。でもそんなハジメ君だからこそ、優しい夢を真剣に追いかけられるんだと思います。夢を追いかけるその姿に、私は惹かれました。そして、デジモンと一緒に生きたいと、デジモンテイマーになりたいと思いました」

 

 真摯に紡がれる香織の、愛に生きる少女の思いの歴史。それがあるからこそ、香織はハジメがあの時攻撃を止めてよかったと思った。

 

「もしもあそこでハジメ君がミレディさんを倒していたら、いつか夢を叶えた未来でハジメ君は後悔していたかもしれません。ミレディさんみたいな人こそ、ハジメ君の夢見る未来にいて欲しいから。私はハジメ君が自分で夢を汚さなかったことが、嬉しいです」

「……それは結構です。ですがそんな甘い、手を汚さない考えでは、この先どころか今この場も乗り越えられませんわ」

「その通りですし、その時が来たら一緒に手を汚して支えます。きっと他の場所で戦っているパートナー、エンジェウーモンも同じ覚悟です。繋がっているからわかります」

 

(香織さん……)

 

 ハジメは香織が自分以上に、自分の夢の事を考えていてくれたことに嬉しさを覚えた。

 だからこそ頭をフル回転させて、技能の〝並列思考〟も総動員して現状を打破する方法を考える。ハイブリッド化による速攻攻撃は、ミレディも警戒するだろうからもう使えない。何とか他の手段をと考えるが、パートナーがいない現状では取れる手段が少ない。

 

(ガブモンが来てくれたら何とかなるけれど、香織さんの言葉通りならあっちも戦っている。早く何とかしないと、あっちも手遅れになる。エンジェウーモンと繋がっている香織がダメージを受けたってことは、それほどの強敵がいるってことだ。……ん? 繋がっている? 香織さんとエンジェウーモンの繋がりは消えていない。繋がっているという事は、繋げることも出来るんじゃないか?)

 

 そこまで考えたハジメはあることに気が付いた。よくよく考えれば、こんな簡単なことになんで気が付かなかったのか。かつて自分がやったことを、何でやろうとしなかったのか。

 

「香織さん。もういいよ」

「ハジメ君」

 

 香織の手をどけてハジメは起き上がる。

 

「トレイシーさん。確かに僕の覚悟は甘いのかもしれない。しかもその甘さに気が付かなかった愚か者だ。でも……」

 

 彼本来の丁寧で穏やかな口調でトレイシーへ語り掛けながら、ハジメは彼女とレーベモンの前に出る。そして、ミレディとラヴォガリータモンを見上げながら言葉を続ける。

 

「馬鹿馬鹿しい、荒唐無稽な夢を叶えようとしているんだ。愚かじゃなきゃ何だって言うんだ。僕はデジモンが好きだ。デジモンテイマーが好きだ。だから、ミレディさんみたいな人にこそ生きていてほしい。殺したくなんてない。その思いを捨てたくない」

 

 香織の言葉をなぞり肯定するハジメ。他者ではなく本人から言われたことは紛れもない事実だ。だが、そのハジメの堂々たる様子に、甘いと一笑に付すことを躊躇われた。

 代わりにミレディが口を開く。

 

「……おいおい。ミレディちゃんはゴーレムなんだぜ。本人じゃないかもしれない。このラヴォガリータモンだってミレディ・ライセンのパートナーデジモンなんかじゃないかもしれない。なのに迷宮を突破するために必要な私達を倒さないっていうのかい? 甘いを通り越して、支離滅裂だと思うよ?」

「じゃあそれを確かめるために、あんたを動けないようにぶちのめして本当のことを調べる」

 

 さっきまで丁寧の口調から暴力的な口調になるハジメ。全身から紫電が迸り両手両足に胸に鎧が再構成される。全身鎧にならないのは、まだダメージが残っているからだ。

 

「ははは。過激だね。でもそんな悠長なことしていていいのかな? 教えてあげるけれどね、君達のデジモンも戦っているんだよ。しかも成長期や成熟期じゃ絶対に勝てない相手とね。完全体の子が一人いるみたいだけれど、その子も勝てないさ」

「それはどうかな?」

 

 得意げなミレディにハジメは不敵に笑うと、懐から一枚のカードとデジヴァイスを取り出した。

 

「……それでどうするんだい?」

「パートナーを、ガブモンを進化させる」

 

 ミレディの問いかけに、ハジメは何でもない風に答える。

 

「攻略の検証では、それは出来なかったのでは?」

 

 疑問の声を上げたのは後ろにいたトレイシーだ。ハジメの言ったことは迷宮の攻略開始時に試していた。だが結果は失敗だった。

 

「そう思っていた。いや、思わされていたのかもしれない」

「どういうことです?」

「デジモンの進化はカードを使えばいいっていうわけじゃない。人とデジモンの思いが大きなファクターを占めている。そのことを何で忘れていたんだろうか」

 

 そもそも究極体への進化はカードを必要とせず、テイマーとパートナーデジモンの心を1つにシンクロさせることで、肉体を1つに融合させている。その前段階の進化でも、カードを使わなくても進化出来ることがある。だからカードは切っ掛けであり、大切なのはパートナーデジモンへの思いだとハジメは考えていたはずだ。なのに一度の検証で失敗したからと、できないと思っていたなんて。少し大迷宮の隠された罠を疑いながら、ハジメはガブモンへの思いを強くする。

 

「たとえどんな壁があろうと、例え世界が違っていても、俺とガブモンの心と絆は繋がっている。思いは──届く!!」

 

 ハジメが断言した瞬間、手に持っていたカードが青く光り輝き、ブルーカードに変わった。

 全員が驚く中、香織とユエが笑みを浮かべる。

 カードが変わったことを見届けたハジメは、いつものようにデジヴァイスにカードを通す。

 

「カードスラッシュ!! マトリックスゼヴォリューション!!!」

 

 デジヴァイスから眩い光が放たれる。それをハジメが高く掲げると、光は迷宮の壁を、隔たりを超えて飛んで行った。

 その先には傷だらけになりながらも、諦めず立ち上がり続けるガブモンがいた。

 ガブモンは飛んできた光を見て、「待っていた」と言わんばかりに笑みを浮かべて、受け入れた。

 

「ガブモンX進化!! ワーガルルモン!!!」

 




〇デジモン紹介
ラヴォガリータモン
世代:完全体
タイプ:岩竜型
重たい身体も軽々と飛ばせる大きな翼に、鍛えられた脚力で仁王立ちもできる竜型デジモン。デジタルワールド内にある活火山のマグマ層に潜んでいるとされ、一説ではヴォルクドラモンの近くに生息しているのではといわれている。戦闘スタイルは粉塵を散らして敵を覆い、発火ポイントを自在に操って爆破する。敵も動けば発火に繋がるため粉塵に覆われたら最後、敵はいつ粉塵が爆破するかの恐怖に陥る。
必殺技は、口からレーザー状の熱線を放つ『メルダイナー』と、粉塵を羽ばたかせ拡散して大爆発させる『ワイルドブラスト』。


原作の魔王様よりも、おそらく他のありふれ二次創作よりも甘いハジメ君。でもそれを諦めたら、抱いた夢を叶えた時に後悔すると思いますので、ミレディを問答無用で破壊することを止めました。そしてそのことを理解していた香織とユエという理解者の存在で、この戦いではそれを貫くことにしました。
ハジメ達はこの攻略で改めてこの世界で生きていく覚悟を決める予定ですので、この賞の終わりまで見守っていてください。


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24話 畏れを受け入れろ ビーストスピリット覚醒!

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新年あけましておめでとうございます。
年内投稿を目指していたのですが、用事が重なり遅れました。

最終決戦も中盤。盛り上げていきます。

・前回のあらすじ
追い詰められたハジメ達。起死回生の一手として繰り出したハジメの急襲も、何故かトドメの手を止めてしまったハジメ自身によって失敗してしまった。なぜ手を止めてしまったのか。それはデジモンと共に戦うミレディを傷つけることへの躊躇いだった。トレイシーからは甘いと叱責されるが、香織とユエは夢を思うハジメの優しさを肯定する。自分以上に夢を肯定してくれる大切な人のために、奮起したハジメは逆転の一手の可能性に気が付く。大迷宮の隔たりを超え、進化の光が解き放たれる。



 巨大ミレディ・ゴーレムと戦っていたガブモン達は、ゴーレムの装甲と強力な武装に手に足も出ずにいた。加えて足場のブロックには罠が仕掛けられており、一瞬でも気を抜くことが出来ない。爆発に飲み込まれたコロナモンにいたっては、未だ瓦礫の中で安否不明の状態だ。早く助け出さなければと思うけれど、ミレディの攻撃が激しくてとてもそんな隙が無い。そのせいで精神的にも追い詰められていた。

 

 全ての状況がデジモン達を追い詰めていき、遂に全員が倒れ伏してしまった。

 

「へいへい。もうちょっと根性をみせなよチミたち~」

 

 ミレディに煽られるが、満身創痍のガブモンたちは言葉を返せない。それでも戦う姿勢だけは崩さないと、何とか立ち上がる。

 しかしそこから先の行動を起こせない。巨大ミレディ・ゴーレムを倒すにはクロンデジゾイドの装甲で守られている中核を破壊するしかないのだが、成長期のガブモンとルナモンでは不可能だ。成熟期のシエルは対人戦に特化しており同じく不可能。完全体であるエンジェウーモンでさえも、撃ち抜けないほどの装甲だった。

 この装甲を打ち破るには、同じクロンデジゾイドの武具が最も有効。それがあるのはガブモンが進化したワーガルルモンだけだ。しかし、今は進化をしてくれるテイマーはいない。

 まさしく八方ふさがりだった。

 

「どうだい? これが人間の悪辣さだよ。相手の弱点をついて、嫌らしく貶めて、最後には相手を這いつくばらせながら嘲笑う。これが人間という種族の本質だよ」

「そんなことないわ! 人間は、香織の優しさや愛は、そんなんじゃない!」

「確かに優しさも愛も人間は持っているよ。でもそれもひっくり返れば怒りや憎しみに代わる。そうなればどこまでも残虐なことをするのが人間だ。君たちはまだ人間というものを知らない」

 

 エンジェウーモンがミレディに反論するが、ミレディは静かに話を続ける。

 

「人間の内に秘める悪辣さ、残虐さ、残忍さ! それは君達デジモンよりも深く、いつ現れるのかわからない理不尽なものだ。昨日まで優しかった人間が、今日には豹変して悪事を働く。そんなことはありふれているんだよ?」

 

 まるで諭すかのようにミレディはデジモン達に語りかけてくる。

 

「君たちは自分のテイマーがそんなことをしないと、絶対に言い切れるのかい? それほど人間という存在のことを知っているのかい? 君たちが絶対に受け入れられないような命令を、強制して従わせようとしないと言い切れるのかい? 君たちを騙して、自分の手を汚さず、君たちに悪事をはたらかせないと言い切れる、絶対の根拠は果たしてあるのかな?」

 

 叩きつけられるミレディの言葉に、デジモン達はふと考えてしまう。

 テイマー達が自分達に笑いかけてくる裏で、残酷な企みをする想像を。

 そんなことあるはずがないと考えるが、出会って半年も経っていないエンジェウーモンと、生まれたばかりのルナモンは思い浮かべてしまう。

 

 香織は確かに優しいし、ハジメへと深い愛情を持っている。しかし、ハジメへと粉を駆けようとしたシアには暴力を振るっていたし、とんでもない威圧感を放っていた。最初にユエを見た時も同じだ。そのことで、エンジェウーモンは香織に対して少し疑念を抱いていた。なぜ、他の人がハジメを好きになるのを受け入れないのかと。

 

 ユエは物静かで、魔法の知識が豊富で聡明だ。だが、戦いになるととても冷たい目をする。ライセン大渓谷で魔人族を殺した時に、命を終わらせた瞬間の顔をルナモンは見た。デジモンとはいえ生まれたばかりのルナモンは少し恐怖を感じた。もしもあの目が自分に向けられたら、とても怖いと。

 

 これは二体が人間をよく知らないからこそ生じた感情だった。

 デジモンは恋人を作らない。夫婦を作らない。子供を作らない。──恋愛感情を抱かない。

 だからエンジェウーモンは香織の人間だからこそ生まれてしまう、嫉妬の感情を理解できなかった。

 

 ルナモンもそうだ。大切な者を守るために敵に対して非情になるという、ユエの過去の経験からくる無意識な感情の切り替えを、生まれたばかりのルナモンは理解できなかった。生きてきた積み重ねが、ユエと大きく異なっているせいで、感情の切り替えを理解しきれていない。

 

 二体が無意識で抱いていたテイマーへの不信感を、巨大ミレディ・ゴーレムの言葉が浮き彫りにした。

 

「知っているさ」

 

 しかし、ガブモンは巨大ミレディ・ゴーレムへ何でもないように答えた。ガブモンだけはミレディの言葉に揺らいでいなかった。

 

「人間の悪辣さも残虐さも残忍さも。6年前にちょっとは見たつもりだ」

 

 地球のリアルワールドでハジメと暮らしていた時、デジモンを危険視した日本政府のネットワーク管理局がデジモン達の抹殺を図った。詳しい原理はわからないが、デジモンを無差別に抹殺する「シャッガイシステム」を使い、テイマーズのパートナーデジモンまで巻き込もうとした。後から和解したとはいえ、人間の恐ろしさを思い知らされた。

 

「でも残虐に見える行為にも、ちゃんと納得できる理由があったんだ。大切なものを守るために、リアルワールドの秩序を守るために。それはデジモンも同じだ」

 

 山木達は確かにデジモン達を虐殺しようとした。だが、デジモン達もリアルワールドに強力なデジモンをリアライズさせ、大きな混乱をもたらした。

 結局のところ人間もデジモンも同じように、同胞と世界を守るために必死だっただけなんだ。

 

「だから俺はずっと考えているんだ。この大迷宮の意味を。きっとそれはハジメも同じ考えのはずだ!」

 

 数多の策を講じてデジモン達の力を封じて叩きのめした後に、それを人間の悪辣さと言い放つ。

 だがこれくらいの策謀が出来る存在は、デジモンの中でもいるのだ。

 わざわざ人間の力だと強調するのにも、意味があるんじゃないか。それはこの大迷宮の攻略に必要なことなんじゃないかと。

 そこまで考えた時だった。

 どこからか眩い光が飛んできて、ガブモンに向かってきた。

 

「この光景は!」

 

 同じ光景を見たことのあるエンジェウーモンが目を見開く。

 ガブモンは飛んできた光を見て、「待っていた」と言わんばかりの笑みを浮かべて、受け入れた。

 

「ガブモンX進化!!」

 

 ガブモンの四肢が大きく発達していき、蒼き狼獣人へと進化していく。

 

「ワーガルルモン!!!」

 

 完全体へと進化を果たしたワーガルルモン。大迷宮の壁を越えた進化を果たしたことで、ワーガルルモンはテイマーのハジメと心が通じた。おかげでお互いの考えが何となく感じられた。

 

「ああ。そうか。そう言う事か」

 

 ずっと考えていたこと。この大迷宮を突破するために必要なことが、なんとなくわかった。

 それはハジメも同じだった。

 

「あんたは言った。デジモンの脅威を知れと」

「人間の悪辣さを知りなと」

 

 違う場所にいるはずの、ハジメとワーガルルモンの言葉が重なる。心が繋がったことで、互いの考えていることも共有できているのだ。そのおかげで、双方で聞いたミレディの言葉を知り、この大迷宮の事が分かった。

 

「倒すように言っていたが、本当に必要なのはこっちだったんだ」

「人間はデジモンの、デジモンは人間の力を知ること。それこそがライセン大迷宮の攻略のカギ!」

 

 デジモンの脅威となる戦闘力を、人間の悪辣な策謀を、ミレディはそれぞれの戦いで見せつけてきた。ハジメ達にはレーベモンもいたので、ミレディ本人も出てきたが。

 

「「互いの恐ろしい一面を見ても、遠い隔たりを超えられる絆を結ぶことが出来るか? 恐怖をもたらす恐れを、畏敬を抱く畏れとして受け入れられるか? それがあんたとこの大迷宮が試していることなんだろう?」」

 

 2人の言葉と同時に、2人の心が1つに重なる。

 すると、お互いの肉体に新たな力が発現した。

 ハジメの鎧の背中に、ワーガルルモンの「サジタリウス」に似た機動装備が現れ、両手足にクロンデジゾイドの武具が装備される。

 

「《カイザーネイル》!!」

 

 背中のブースターを吹かせてラヴォガリータモンに接近すると、両腕の鋭い爪で切りつけた。ワーガルルモンの必殺技だ。胴体に大きな切り傷を負ったラヴォガリータモンが後退する。

 

 一方のワーガルルモンにも、新たなプログラムがロードされる。巨大ミレディ・ゴーレムの腕に手を触れながらそのプログラムを起動させる。

 

「〝錬成〟!!」

 

 すると両腕の形が歪に変形し、使い物にならなくなった。ハジメの魔法〝錬成〟だ。

 なんとワーガルルモンは魔法を使えるようになったのだ。元々デジモンの中には、高級プログラム言語を魔術として使う者もいる。そして、トータスの魔法の仕組みも、プログラム言語のように特定のプロセスを踏むことで発現する現象であることはわかっている。だから、デジモンが魔法を使えるのも、理屈は通るのだ。

 

 ハジメはワーガルルモンの近接格闘能力を、ワーガルルモンはハジメの〝錬成〟の魔法を使えるようになった。互いの力を受け入れたからこそ、できるようになったことだった。

 

 これを見ていた他の者達は、新たな可能性に驚愕し、体を震わせた。

 

「怖れを、受け入れる……」

 

 レーベモン、否、闇の十闘士のスピリットを身に纏った浩介は、親友の言葉を噛み締めた。

 

 それは香織とユエ、エンジェウーモンとルナモンも同じだった。

 

「エンジェウーモン。聞こえる? 私の声が届いている?」

「香織?」

 

 すでに進化していたから、香織とエンジェウーモンにはお互いの声が届いていた。しかし、エンジェウーモンがミレディの言葉に揺らいだせいで、少し繋がりが弱くなってしまっていた。それでも香織はパートナーに呼びかける。

 

「そっちで何があったのかは、何となくわかっているよ。確かに人間、私にも汚い心、悪い部分がある。でもそれも含めて私なんだ。白崎香織っていう人間の全てなんだよ」

 

 優しさも愛というテイルモンが認めた彼女の魅力以外にも、嫉妬に駆られてしまう醜い心もまた香織という少女を形作っているのだ。

 

「今は受け入れてくれなくてもいい。でも、信じて欲しい。エンジェウーモンとこれからも一緒にいたいっていう思いだけは!!」

「香織の思い……」

 

 エンジェウーモンに流れ込んでくる香織の思い。それをエンジェウーモンは恐る恐る受け入れていく。すると彼女の中から力が湧いてきた。春の日差しのような暖かな力だった。エンジェウーモン自身の力に似ているが、異なる力に少し躊躇いを覚えながらも、解き放ってみる。

 

「〝聖典〟」

 

 エンジェウーモンを中心に優しい光が広がっていく。光に包まれたルナモン達の傷が治っていく。それは術者を中心とした領域内の味方の傷を回復させる光属性の最上級魔法で、香織が使える最高の回復魔法だ。放出系の魔法はライセン大迷宮の特性で分解されるのだが、エンジェウーモンの力も混ざっているから、効力を失うことはない。

 普通の魔術師では大掛かりな詠唱と魔法陣が必要なのだが、香織は有り余る魔力とオルクス大迷宮でのユエとの修練で、詠唱も魔法陣も無しに使えるようになった。香織が積み重ねた努力の結晶が、エンジェウーモンの力となったのだ。そのことを一緒に訓練をしていたエンジェウーモンも知っていた。そんな力を委ねてくれた香織の思いを噛み締めて、エンジェウーモンはミレディの言葉で揺らいでいた自分の心を持ち直した。

 そして今度は香織に自分の力を手渡す。

 

「これはエンジェウーモンの力。《セイントエアー》!!」

 

 香織の身体から眩い光が放たれる。魔法ではなくデジモンの力も混ざっているので、分解されることもなくハジメ達に降り注ぎ、彼らの傷を癒していく。

 

「カオリ。……ん。私も」

 

 香織の様子を見たユエも、ルナモンへと心を届ける。

 

「ルナモン。私達はまだまだ出会ったばかり。知らないことがお互いいっぱいある。一緒にいるだけじゃわからないこともいっぱいある。そういうことは話そう。話をして理解し合おう。理解できないことがあっても、一緒にいよう。私達はそうやって生きていける」

 

 デジヴァイスを胸に抱きしめて、一心不乱に祈るユエ。

 彼女の純粋な思いは、ハジメと同じように世界を超えてルナモンへと向かっていった。

 

「これ。ユエの力……」

 

 届いた思いに、未だミレディの言葉に揺れるルナモンは躊躇して手を伸ばせなかった。

 幼いルナモンは親ともいえるユエと離れたことで不安になっていたところに、恐怖と疑念を植え付けられ、伸ばされた手を握れなかった。

 そんなルナモンの手に、エンジェウーモンの手が重ねられた。

 

「大丈夫。あなたのテイマーを信じなさい」

「……ん」

 

 優しい光を纏ったエンジェウーモンの雰囲気に、ルナモンの躊躇いは小さくなる。そして、ユエの力を手に取った。

 それは優しく思いやりに溢れた力だった。

 ルナモンの揺れていた思いを抱きしめて包み込んでいくようで、抱いていた不安を解きほぐしていった。

 しっかりと2人の心は繋がった。

 

「カードスラッシュ! マトリックスエヴォリューション!!」

 

 抱いていたデジヴァイスを構えて、カードを掲げる。するとカードがブルーカードになり、すかさずユエはそれをスラッシュした。

 ブルーカードの進化の力がデジヴァイスに読み込まれ、さっきのハジメのように進化の光となって、ルナモンに届く。

 

「ルナモン! 進化!!」

 

 ルナモンを成長期から完全体へと進化させる。

 

「クレシェモン!!」

 

 3体目の完全体進化。これで形成は圧倒的にデジモン達に傾いた。それはハジメ達の方も同様だった。

 

「クレシェモンの力。見るがいい」

 

 ユエの両腕にクレシェモンの持つ武器、ノワ・ルーナが現れる。それをボウガンのように組み合わせて、ミレディとラヴォガリータモンに狙いを定める。発射口には鋭い氷の矢が現れる。

 

 さっきまで圧倒的に不利な状況だったのに、あっという間に逆転した。

 この様子を見ていたトレイシーは驚きで目を見開いた。

 彼女にレーベモンが話しかける。

 

「トレイシー皇女よ。これがハジメだ。我の友なのだ。甘い覚悟だが、何事も貫けば新たな世界へ辿り着く燈火が見えてくるのは変わらない」

「新たな世界への燈火……。あれがナグモハジメなのですね」

 

 浩介の言葉にトレイシーはハジメを見つめる。

 甘い覚悟で戦いに臨む、あの王国の勇者と同類なのかと思った男。

 しかし、今の姿からは、あの勇者に感じた軟弱さはなく、何が何でも戦いを望む形で終わらせるのだという、強い信念と闘志に溢れている。

 

「あのような戦いをみせられて何もしないのは、深淵卿として、何より友として許されることではないな」

 

 レーベモンは前に進み出ると進化を解き、遠藤浩介の姿に戻る。そしてデジヴァイスを取り出すと、右手で掲げて宣言する。

 

「恐れを畏れに。闇と深淵を。我が進む道を覆い隠す漆黒の帳を照らすのではなく、心身へと受け入れることで、新たな地平へと踏み出す。それこそが、深淵卿──コウスケ・E・アビスゲートが機械真狼の大望者、南雲ハジメの友としてあるべき姿だ!!」

「なんかすごいこと言っている!? いろんな意味で!!」

 

 思わず香織がツッコミを入れるが、深淵卿とそれに聞き入っているトレイシーには聞こえていない。

 

「今こそ! 闇より深き深淵より、新たなる力を我が物とするとき!!」

 

 浩介のデジヴァイスに、今までレーベモンに進化するために使っていたスピリットとは違うスピリットが浮かび上がる。鎧のような形をしていた今までのスピリットと違い、動物の獅子のような形をしている。

 

「今こそお見せしよう! もう1つの、闇のスピリットを!!」

 

 デジヴァイスから闇が溢れ出す。しかし、その闇はレーベモンに進化するときと違い、荒々しく危険な雰囲気を放っていた。その闇を浩介は意を決して、その身に纏う。

 

「スピリット! エヴォリューション!!」

 

 闇の中で浩介の身体をスピリットが覆っていく。

 顔に、腕に、体に、足に。

 浩介とスピリットが1つになり、その姿を闇の獣へと変え、闇の中から飛び出す。

 

「カイザーレオモン!!」

 

 現れたのは漆黒に輝く「オブシダンデジゾイド」に覆われた漆黒の獅子。

 十闘士のスピリットにはレーベモンのような人間に似たヒューマンスピリットだけでなく、デジモンの戦闘本能が色濃く現れた獣のようなビーストスピリットがある。

 カイザーレオモンこそ闇のビーストスピリット。荒ぶる力を宿した気高き闘士だ。

 

「ぐぐ、ぐおおおおお!!!」

 

 進化したカイザーレオモンだが、苦悶の声を上げる。身体の内側から溢れる力を抑えるのに必死なのだ。

 ビーストスピリットはヒューマンスピリットよりもパワーがあるのだが、デジモンの闘争本能も一段と強く、進化した者は理性を無くして暴走する危険性がある。

 浩介も闇のスピリットに選ばれたとはいえ、ビーストスピリットを制御できず、暴走させてしまった。仲間を危険に巻き込まない為に使わずにいたのだが、パートナーの力を受け入れて新たな力を手にしたハジメに触発され、制御を試みたのだ。

 

「恐れを畏れにして、受け入れる。我が、俺がハジメの親友として、あいつの力になるために──この闇を抱いて! 深淵となる!!」

 

 カイザーレオモンが叫ぶと、ビーストスピリットの荒ぶる力を完全に制御した。

 浩介は闇の闘士として新たな力を手に入れたのだ。

 

「メインは俺が務める! ハジメ達はミレディを抑えていてくれ!」

「わかった!」

「了解!」

「ん!」

 

 カイザーレオモンがラヴォガリータモンに飛び掛かる。迎え撃つラヴォガリータモン。

 

「《シュヴァルツ・ケーニッヒ》!!」

「《ワイルドブラスト》!!」

 

 黒のオーラを纏って突撃してきたカイザーレオモンに対して、ラヴォガリータモンが連続で爆発を起こして迎撃する。しかしオーラに阻まれてカイザーレオモンを止められない。

 

 ミレディがラヴォガリータモンを援護しようとするが、サジタリウスで機動力を上げたハジメが接近して攻撃する。

 さらにユエがノワ・ルーナから氷と闇の矢を放ち、ミレディがラヴォガリータモンに合流しようとするのを阻む。

 

「カオリ。私がハジメを援護する。その間は」

「うん。シアの事任せて」

 

 短いやり取りを交わした後、ユエは香織達から離れる。回復役である香織から離れるのは危険だが、クレシェモンと心が繋がったことで、ユエの身のこなしまで格段に良くなった。クレシェモンの舞うような動きで、飛び跳ねながら足場を移動し、矢を放ってハジメ達を援護する。

 

 戦況はハジメ達に有利になったが、ミレディとラヴォガリータモンが粘りを見せる。

 

「アハハ! 凄い、凄いよ! でもねえ、私もそう簡単に負けてあげられないんだ! ただでさえ、デジモンに進化できる人間なんて、予定外がいるんだしね!」

 

 ミレディは魔法を展開する。カイザーレオモンの黒いオーラのような、黒い球体を生み出す。

 

「〝絶禍(ぜっか)〟!!」

 

 ハジメのミサイルも、ユエの矢も突然軌道を変えて球体に向かい、吸い込まれて消滅してしまった。

 

「あの魔法、何?」

 

 呆然とユエが呟く。魔法のスペシャリストである彼女でも、ミレディの魔法が何なのかわからなかった。

 だが、ゴーグルをつけて観察していたハジメには、ミレディの魔法の正体がわかった。

 

「重力か。なるほど。納得できたぜ。それがあんたの神代魔法か」

「せいかーい。重力魔法こそがミレディちゃんの神代魔法で、この大迷宮のご褒美だよ」

 

 ハジメの言葉を肯定するミレディ。あの黒い球体は、強大な重力で全ての物を吸い込む重力球だったのだ。

 ハジメ達の攻撃を度々防いでいた不可視の障壁も重力魔法の応用で、対象に反発する向きの重力をぶつけて攻撃を静止させるものだ。

 神代魔法を使い始めたという事は、いよいよミレディも本気を出してきたのだ。

 

 激化する戦い。決着のカギを握っている少女達も立ち上がろうとしていた。

 

 




〇デジモン?紹介
南雲ハジメ:ハイブリッド化モード「ブラックメタルガルルモン」
世代:ハイブリッド体
属性:ヴァリュアブル
タイプ:人間
技能〝ハイブリッド化〟を使用した南雲ハジメ。ステータスが大幅に向上していることに加え、ブラックメタルガルルモンの武装を標準装備していることで、殲滅力は随一。威力はオリジナルに及ばないまでも、完全体デジモンにも通用する威力を誇る。〝電子錬成〟で弾丸や追加武装を生成することも出来、魔力が続く限り、兵器を放ち続ける。
必殺技の『コキュートスブレス』も使用可能。直撃せずとも戦場を氷漬けにしてしまう。

ハジメ達の逆転劇が始まりました。デジモン達の進化に加え、お互いの能力を共有するという、今作オリジナルの設定を出せました。
折角テイマーとデジモンの心が繋がることが出来るんですからと考えてみました。これがさらに後の伏線になっています。

まだ休み中なので、出来る限りストックを作っておきたいです。


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25話 最強チームへ

感想・評価・お気に入り登録ありがとうございます。
今話でミレディとの闘いが決着します。最後の大どんでん返しをお楽しみに。

・前回のあらすじ
ミレディの言葉から大迷宮を攻略する糸口をつかんだハジメとガブモンは、絆を導に進化を果たす。その姿に続くように、香織とエンジェウーモン、ユエとルナモンも絆を確かなものとしてパワーアップを果たした。そして浩介も今まで制御できずに使わずにいたビーストスピリットを使用。カイザーレオモンへと進化した。決着の時が近づく。


 トレイシーは深淵卿こと遠藤浩介に対して、恋愛感情は持っていない。

 勇者も含めた神の使徒の中で特異な存在で、強い信念を持っている興味深い少年だった。

 立ち位置としてはシエルと同じだ。

 ヘルシャー帝国の皇女として生まれた彼女は、父に似て戦闘狂でもあり、とても強い好奇心を持っていた。だから彼らを手元に置いてみた。その判断は結果的に大当たりだった。

 突然の婚約破棄から、皇帝の命を無視した国外追放による転落劇。そこに襲来してきた謎の銀髪の女。正直、トレイシーとしてはあの時に殺されてしまうと思ったのだが、興味だけで手元に置いていた2人が退けたのは嬉しい誤算だった。

 それからも皇女として生きていたら、絶対に起こらなかったことの連続だった。内心ではこの状況を少し楽しんでいた。

 

 だが、ライセン大迷宮の最深部に到達してからは、全く役に立てていない。

 ハジメの事を甘い覚悟しか持たない軟弱者かと思ったが、一歩も引かずにミレディ達に立ち向かい、圧倒的に不利な状況を覆してしまった。

 彼に続くように他の者達も奮起し始めた。

 そして、浩介までも制御できなかったビーストスピリットを使いこなし、新たな力を手に入れた。まさしく浩介の言った通り、ハジメの存在が皆を新たな世界へと導く燈火となった。

 

「はあ。……彼の覚悟が甘いなら、今のわたくしは、状況に甘えているだけですわ」

 

 戦いへの強い思いを自負し、強者としての自覚を持っていたトレイシー。しかし、今の彼女はハジメ達の戦いを眺めているだけの、その場の状況に甘えて見ているだけの少女だ。彼女の力では及ばない戦場があるなら、そこに飛び込まないでどうする。ましてや、そのための手段があるのに!! 

 

「まさかこの展開を見越して、わたくしにこれを預けたんですの? シエル」

 

 ドレス風戦闘服の胸元から取り出したものを見て呟く。

 それは金と空色のカラーリングのデジヴァイス。しかも浩介の物と同じタイプだった。

 

「アビスゲート卿があの力を使いこなしたというのなら。わたくしもやってみせますわ! 従者に戦わせるだけなど、わたくしの矜持が許さないですわ!」

 

 デジヴァイスを掲げるとそこからスピリットが浮かび上がり、トレイシーの前に出てくる。

 

「スピリット! エヴォリューション!!」

 

 トレイシーを猛烈な風が包み込んだ。

 

「ぐうぅ、ぐぁぁぁぁああ!!!」

 

 スピリットから流れ込んでくる荒々しい力に苦悶の声を上げるトレイシー。その勢いはどんどん増しており、風というより烈風と言えるほどになって来ている。

 このスピリットはシエルが持っていた風のスピリット、その内のビーストタイプのスピリットだ。ヒューマンスピリットは、今もシエルが持っている。しかし、風のビーストスピリットの方は、浩介と同じくシエルも制御することが出来ず、持て余していた。それを何故かシエルは、迷宮の攻略前にトレイシーに渡していたのだ。彼女はお守り代わりと言っていたが、もしかしたらトレイシーに何かの可能性を感じていたのかもしれない。

 

「とんでもない力ですわ。でも、コウスケやナグモハジメが見せた様に、わたくしも畏れを受け入れてみせますわ! ただ守られるお姫様など、冗談ではないですわ!!!」

 

 烈風の中心でトレイシーが吠えた時、ビーストスピリットが彼女と一つになる。

 顔に、腕に、体に、足に。

 スピリットの全ての力が宿った時、烈風の中から新たな闘士が飛び出した。

 

「シューツモン!!」

 

 現れたのは鋭い鉤爪と金色に輝く翼を広げた鳥人型デジモン。一見、落ち着いた大人の女性風の姿だが、エンジェウーモンとは違い気だるげな雰囲気を纏っている。

 

「トレイシーさん!?」

「まさか進化したのか?」

「びっくり」

 

 香織、ハジメ、ユエが驚く中、ラヴォガリータモンと戦っていたカイザーレオモンが笑みを浮かべる。

 

「それでこそ我が主だ」

 

 一方のミレディとラヴォガリータモンはシューツモンを警戒する。

 

「まさかあのエグゼスの子もデジモンになるなんて。もう予定外にもほどがあるよ」

 

 やれやれと肩をすくめるミレディ。

 しかしすぐさま構えを取り、ラヴォガリータモンへと攻撃の指示を出す。

 

「《ワイルドブラスト》!!」

 

 空気中に漂っていた粉塵が次々に爆発していく。それに対し、シューツモンは翼をはためかせ、体を回転させる。

 

「ハアアアアアアア!!!」

 

 するとシューツモンを中心に烈風が巻き起こり、その風によりラヴォガリータモンの粉塵は吹き飛ばされ、狙いとは別の場所で爆発する。

 これこそが風の闘士の力を受け継いだシューツモンの力。この空間の全ての空気を掌握し、操ることが出来るのだ。しかし、閉鎖空間であるため限界があることと、初めての進化のために十全とは言えない。だが、いままで厄介だったラヴォガリータモンの予期せぬ爆破は、これで封じられた。

 

 トレイシーがビーストスピリットを使用したことは、同じ属性のスピリットを持っているシエルにも伝わった。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

「そうですか。ビーストスピリットを使用しましたか」

 

 その手に風のヒューマンスピリットを持ちながら、スピリットの共鳴というべきか、ビーストスピリットが使用されたことを感じ取るシエル。

 スピリットから視線を上げると、巨大ミレディ・ゴーレムへと怒涛の攻撃を加えるワーガルルモン達の姿があった。シエルはそこに向かって身を躍らせた。

 

「《ホーリーアロー》!!」

「《ダークアーチェリー》!!」

 

 光と闇。相反する2つの属性の矢が、巨大ミレディ・ゴーレムの手足を貫き、粉砕する。

 

「《カイザーネイル》!!」

「ちぃ!!」

 

 無防備になった胴体にワーガルルモンの爪撃が迫るが、自身にかかる重力を後方に掛けることで緊急離脱する。

 

「《アルナスショット》!!」

「まだだよ!!」

 

 サジタリウスからのレーザー砲で追撃するが、重力を操り射線上に足場のブロックを落とすことで防ぐ。

 

「人間のしぶとさ、舐めないでね!」

「舐めていないさ! 全力で行くぜ!!」

 

 重力魔法を駆使して完全体三体の攻撃を捌くミレディ。驚異的な魔法の腕前だ。

 周囲に足場ブロックの破片を集めて自分を中心に旋回させる。まるで星を中心に回る衛星のような岩塊は、ワーガルルモン達の攻撃を防ぐ防壁となり、その間に巨大ミレディ・ゴーレムは手足を修復しようとする。

 

 そこに音もなく忍び寄る白い影。

 

「どうも」

「えわ!? な、なな!?」

 

 突然目の前に現れたシエルに驚くミレディ。ワーガルルモン達の存在に気を取られて、すっかり忘れていた。

 それも仕方ない。なにせシエルの技や戦闘スタイルは隠密・暗殺向きだ。巨大なゴーレムには歯が立たない。

 それゆえに気配を消して、岩塊を隠れ蓑にして近づくことが出来た。

 

「お、驚いたけれど君に何ができるんだい?」

「こんなことが出来ます」

 

 シエルはデジヴァイスを取り出し、スピリットの力を開放する。

 

「それは!?」

「スピリットエヴォリューション!!」

 

 シエルの身体が風に包まれて、スピリットと1つになる。

 顔に、腕に、体に、足に。

 現れるのはシューツモンと同じ、風の闘士の力を受け継いだヒューマン形態のデジモン。

 

「フェアリモン!!」

 

 妖精(フェアリー)の名前の通り、蝶々のような羽をもつ可憐なデジモン。薄いピンクの衣装に身を包み、バイザーで目元を隠した顔には蟲惑魔的な笑みを浮かべている。

 

「君もかい!?」

「《ブレッザ・ペタロ》!!」

「うぎゃああああああ!!??」

 

 フェアリモンが両手の指から小さな竜巻を起こし、巨大ミレディ・ゴーレムの胴体を吹き飛ばす。手足が無くなり重量が軽くなっていたことと、重力魔法で空中に浮いていたことで吹き飛ばされる。

 

「ナイスパス! 《カイザーネイル》!!」

「ひぎゃああああああ!!??」

 

 吹き飛ばされた先にいたワーガルルモンが思いっきり腕を振るい、爪で斬り裂きながら弾き飛ばす。まるでバレーボールのアタックだ。

 飛んでいった先にはクレシェモンがいた。

 

「……ぶっ飛べ」

「うわあああああああ!!??」

 

 クレシェモンの強靭な脚力は、飛んできた巨大ミレディ・ゴーレムを真上に蹴り飛ばす。

 そこにはエンジェウーモンが浮かんでいた。右足には聖なる力がチャージされて、眩い光が宿っている。それに加え香織の得意な身体強化魔法も重ねがけして。

 

「さっきのお返しよ! 《ホーリーチャージキック》!!」

「ぶへええええええええ!!??」

 

 ズガンという重低音と共にエンジェウーモンの蹴りが突き刺さる。

 度重なる連続攻撃に、ゴーレムの核を守るクロンデジゾイドの装甲に罅が入っていく。

 そのまま巨大ミレディ・ゴーレムは吹き飛んでいった。

 

「あ、ハハ。わかっていたけれど、大したものだよぉ。でも、まだ動けるからね。最後まで足掻くのが、人間さ」

 

 吹っ飛びながらも戦う意思を失わない。

 

 だが、飛んでいく先で真紅の炎が吹き上がった。

 

「あの炎は。コロナモンか?」

「私達が出来た。ならコロナモン達も出来る」

 

 クレシェモンの言葉を肯定するように、炎の中から紅蓮の獅子が飛び出した。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 朦朧とする意識の中でシアとコロナモンは、周囲の様子を何となく感じていた。

 兎人族であるシアの優れた聴覚と、獣型デジモンの鋭い感覚が、変化する状況を把握していく。

 そして知った。

 ハジメの夢への思いと、それを支える香織達の強い覚悟。

 人とデジモンという違いすぎる両者の未来を、自分に見ていたことが嬉しかった。

 しかし、同時に無力感も抱いていた。

 そこまで思われていたのに、今の二人はミレディに手も足も出ずに倒れ伏している。

 無力な自分が嫌だったから、強くなろうと特訓したはずだった。

 ユエ達に頼んで、無茶苦茶しごいてもらった。おかげでコロナモンはファイラモンに進化した。身体強化魔法にも磨きをかけて、ライセン大渓谷の魔物を瞬殺できるようになった。

 なのに、今この場では無様に倒れ伏しているだけ。

 悔しいという思いが一人と一体の心を占める。

 

「このまま終わっていいんですか?」

「いいわけがない」

 

 シアの言葉にコロナモンが応える。シアの心に炎が灯る。

 

「倒れたままでいいのかよ」

「いいわけないですぅ」

 

 コロナモンの言葉にシアが返す。コロナモンの闘志が燃え盛る。

 

「ハジメさんが言っていました。『互いの恐ろしい一面を見ても、遠い隔たりを超えることが出来る絆を結ぶことが出来るか』って」

「ワーガルルモンも言っていた。『恐怖をもたらす恐れを、畏敬を抱く畏れとして受け入れられるか?』って」

 

 意識が朦朧としているからこそ、シアとコロナモンはテイマーとパートナーの繋がりを辿って、お互いの心を通じ合わせていく。

 

「難しいことはわからないです。でも確かにデジモンの力は怖いって思いました」

 

 ラヴォガリータモンに掴まれた時の、肉体を燃やし尽くされるほどの熱を思い出すシア。

 

「俺も人間の罠に嵌められて怖いって思っている」

 

 誘導された足場が爆発して、自分のものよりも熱い炎に焼かれた苦痛を思い出すコロナモン。

 お互いにそれぞれの種族の恐ろしさを、身をもって味わった。

 それを踏まえて、シアとコロナモンは叫ぶ。

 

「でもそれが何なのですか!! デジモンよりも怖いものなんて、私はいっぱい知っています!!」

「シアを追い出した奴らを見た時から、人間には酷いやつがいっぱいるって知っていた!!」

 

 思いを吐き出すたびに、2人の心が近づいていく。

 

「「だからデジモンも人間も、それだけで否定なんかしない!! 何より今、倒れていることの方が嫌だ!! 弱いままの自分なんて大っ嫌いだ!!!」」

 

 思いが重なり、2人を新たなステージへと導く。

 朦朧としていたシアとコロナモンの意識が覚醒し、2人は起き上がる。

 コロナモンは炎を身に纏い燃え上がる。

 シアはデジヴァイスを取り出し、カードを構える。

 やるべきことはただ一つ。自分達も力を振り絞り、この大迷宮の試練を乗り越える。

 

「カードスラッシュ!」

 

 カードをデジヴァイスにスラッシュする。するとカードがブルーカードに変化していく。

 

「マトリックスエヴォリューション!!」

 

 シアのデジヴァイスから放たれた光が、コロナモンに降り注ぐ。

 

「コロナモン進化!」

 

 コロナモンの肉体がデータに分解され、再構築されていく。

 成熟期のファイラモンから、紅蓮の炎に包まれながら、さらにその先へと進化する。

 四足歩行から四肢が発達し、再び二足歩行になる。

 コロナモンとは全く違う強靭な肉体になり、鬣が伸びていく。

 尻尾と額の炎も煌々と燃え盛り、まるで炎の衣を身に纏っているようだ。

 これこそがコロナモンの完全体。一見怖そうだが、仲間の為にはどんな困難にも立ち向かう心の強さを持った獣人型デジモン。

 

「フレアモン!!」

 

 進化したことで傷を治したフレアモンは飛んできた巨大ミレディ・ゴーレムの胴体に対して、拳を構える。

 

「うえええええええええ!!??? ここでいきなり進化した!?」

「はあああああ!!!!」

 

 まさかの事態に狼狽えるミレディに構わず、拳に獅子の闘気と火炎を集中させるフレアモン。そして、飛んできた巨大ミレディ・ゴーレムの胴体に向かって繰り出す。

 

「《紅蓮獣王波(ぐれんじゅうおうは)》!!!」

「みぎゃああああああああ!!??」

 

 フレアモンの拳から獅子を象ったエネルギー波が放たれ、直撃する。

 それが限界だった。

 ゴーレムの核を守っていたクロンデジゾイドの装甲が砕け散り、中の核が放り出される。

 それをフレアモンがキャッチする。

 

「あ~あ。負けちゃったか。流石にここから逆転する方法はないからね。砕いちゃっていいよ」

「やらない。それはハジメの、シアの思いも踏みにじる」

「……はぁ。甘いねえ~」

 

 核から聞こえてきた声に、そう答えるフレアモン。シアと心を重ねた時、向こうのやり取りを聞いていた。だから攻撃も核を壊さず、装甲だけを砕くように放ったのだ。

 駆け寄って来るワーガルルモン達にフレアモンは核を掲げて見せた。

 

 そして、デジモン達は試練を突破した。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 一方のテイマー達の戦いも終わりが近づいていた。

 シューツモンの操る風がラヴォガリータモンの粉塵を吹き飛ばしたおかげで、ハジメ達の不利な状況は覆った。

 

「ぐ、流石に初めてですから、長くは持ちません。急いで決めてください!!」

 

 だが、シューツモンに始めて進化したトレイシーでは、周囲の空気を長時間にわたって操ることはできない。彼女の言うとおり、早く決める必要があった。

 

「《メルダイナ―》!!」

「《シュヴァルツ・ドンナー》!!」

 

 ラヴォガリータモンの熱線と、カイザーレオモンの黒色の気弾がぶつかり合う。

 その周囲では重力魔法で浮遊するミレディを倒そうと、ハジメ達が怒涛の攻撃を繰り出していた。しかし、それに対してミレディも一歩も引かずに最上級魔法を連発する。

 

「〝極大・蒼天槍〟!! 〝極大・天雷槍〟!!」

 

 炎属性最上級攻撃魔法〝蒼天〟3発分を圧縮した槍に、雷属性最上級攻撃魔法〝天灼〟3発分を圧縮した槍を繰り出すミレディの魔法が乱れ飛ぶ。重力魔法で圧縮しているので、通常の魔法より貫通力が桁違いだろう。

 

「ぬう。負けない。〝氷闇撃〟!!」

 

 魔法使いとしてのプライドを刺激されたユエが、クレシェモンの力を使ったオリジナル魔法で対抗する。《アイスアーチェリー》と《ダークアーチェリー》を合わせた魔法が、ミレディの魔法とぶつかり合う。しかし、ぶっつけ本番で作った魔法では、ミレディの魔法の槍を撃ち落とせず、少し軌道を変えるだけだった。

 しかし、それでいい。なにせあの槍の向かう先にはハジメと香織がおり、2人の攻撃の邪魔をさせないためだったのだから。

 

「《ガルルトマホーク》!!」

「《ホーリーアロー》!!」

 

 それぞれのパートナーの技を放つ。大型ミサイルと光の矢がミレディに当たりそうになるが、自身を浮遊させていた重力を反転させて落下することで躱す。

 そこにサジタリウスを起動させてハジメが接近する。

 

「貰った!」

「捕まえちゃイヤ~ン♪」

 

 手を伸ばしミレディを拘束しようとするハジメだが、ミレディは小さな体を捻ることでするりと躱す。

 

「〝禍天(かてん)〟!」

「あがっ!?」

 

 置き土産に小さな重力球をハジメにぶつける。〝絶禍〟ほどではないが、突然の重力球に対応できず、ハジメは真っ逆さまに落下する。

 

「よくもハジメ君を!! うおりゃああああああ!!!」

 

 激昂した香織が、身体強化魔法を全開にしてアイギスを投擲する。

 フリスビーのように回転しながら飛んでいくアイギスは、そのままミレディへ直撃すると思われた。

 

「こんな攻撃当たらないよ!」

 

 ひょいと再び浮遊しながら攻撃を躱すミレディ。だが、躱したと思ったことで油断してしまった。飛んで行ったアイギスの先に、

 

「行きなさい! シア・ハウリア!!」

「はいですぅ!!」

 

 シューツモンの風で撃ち出されたシアが、砲弾のように飛んできたことを。

 猛スピードで飛んできたシアは、そのままドリュッケンを振りかぶり、アイギスを殴りつけ打ち返す。アイギスは再びミレディに向かっていく。

 

「ふぇ? はにゃあああああ!!??」

 

 まさかの攻撃にミレディは、さっきまでの余裕を無くして回避する。

 しかしそこにシアが迫る。シューツモンが必死に風を操り、シアの飛んでいく軌道を変えたのだ。しかしそこで力尽き、シューツモンはトレイシーに戻ってしまった。

 これが最後のチャンス。シアはドリュッケンを手放して身軽になると、身体からフレアモンが身に纏う炎を噴き出し、さらに勢いを加速させる。

 

「これで、終わりですうう!!!」

 

 拳を振りかぶり、ミレディに突き出す。偶然だが、その光景は巨大ミレディ・ゴーレムに引導を渡したフレアモンの姿に重なっていた。

 迎撃の魔法を使おうにもシアの方が速い。

 ミレディの危機にラヴォガリータモンが助けに入ろうとするが、

 

「《シュヴァルツ・ケーニッヒ》!!」

「《コキュートスブレス》!!」

 

 カイザーレオモンの黒いオーラを纏った突撃に吹き飛ばされ、ハジメの冷気により氷漬けにされる。抜け出すことはできるだろうが、もはや間に合わない。

 

「ああああああ!!!」

 

 そして、シアの拳がミレディの身体を粉砕──しなかった。

 

 ミレディの身体に抱き着いたシアは勢いをそのままに、ミレディと一緒に吹っ飛び足場のブロックに激突。痛みで飛びそうになる意識を必死に保ちながら、ミレディの手足に組み付き、自身の身体で拘束した。

 香織が八重樫道場で習った柔術の基礎を、触りだけシアに教えていた。それをハジメの望む結果で戦いが終わるようにと、シアは咄嗟に使って見せたのだ。

 

「ぐえええええ!!? ギブギブギブゥ!!」

「放しません! 放しませんよう!! 全力☆全開☆フルパワー!! ですぅ!!」

 

 もっともシアが力を込めすぎているせいで、ミレディのゴーレムの身体がメキメキと音を立てながら変形している。ニコニコマークの仮面も変な形に歪み始めていた。

 ミレディが悲鳴を上げているのだが、シアには聞こえていないようで、一向にミレディの体を放そうとしない。

 駆け寄ってきた香織、ユエ、トレイシーはそれを見て何とも言えなくなる。

 

「……シア、わざと?」

「大迷宮での罠とか、あの文章とかでイライラが溜まっていたのかな?」

「それと火傷を負わされたこともでしょうね。その鬱憤を晴らそうという事でしょうか」

 

 シアの気持ちはわかるのだが、そろそろ何とかしないとミレディが変なオブジェになってしまう。

 

「わわ、わかったわかった!! 負けましたあ!! ミレディちゃんの負けです!!」

 

 その前にミレディの敗北宣言が響いた。

 同時にカイザーレオモンとハジメが抑え込んでいたラヴォガリータモンも動きを止めた。そして、シア達のいる足場のブロックの少し離れた所に、魔法陣が2つ現れた。

 

「シア。もうその辺でいいよ。戦いは終わったみたいだし」

「ふぇ? もう終わったのですか?」

「ん。だからそろそろミレディを放して。壊れちゃう」

 

 香織とユエに言われて、戦いが終わったことに気が付くシア。ミレディもようやく解放されたが、やっぱり体が歪んでしまったのか、ひょこひょこと変な動きで離れる。

 

「頑張ったね、シア」

「ん。とっくんの成果が出た」

「カオリさん。ユエさん。う、うえええぇ!! わ、わだじぃ」

 

 褒められて感極まったのか、シアは破顔して泣き出す。

 2人はそんなシアを優しく抱きしめて、頭を撫でてあげる。トレイシーはそんな3人を見守っていた。

 そこにハジメと進化を解いた浩介がやってきて、トレイシーと同じように見守る。

 やがて泣き止んだシアがハジメ達に気が付いて、近づいて声をかける。

 

「よくやったな。シア。ありがとう」

「えへへ。そんな、お礼を言われるほどの事はしてないですぅ」

「いいや」

 

 テレテレと照れるシアに、ハジメは笑みを浮かべながら頭を下げる。

 

「俺の我儘を聞いてくれて、ミレディを倒さずに戦いを終わらせてくれた。本当にありがとう」

「そ、そんなの当然ですぅ。私もハジメさんの夢が好きですから。分かり合えるなら、傷つかない方が良いに決まっていますから」

 

 傷つけられてきたシアだからこそ、ハジメの夢の体現者でもあるミレディを傷つけたくないという願いに共感できたのだ。

 

「お疲れ様です。トレイシー皇女」

「貴方もですわ。アビスゲート卿。わたくし、この大迷宮に来てよかったですわ」

 

 ハジメ達がお互いを労っている横で、コウスケとトレイシーもお互いに労う

 

「ですが、まだまだですわ。進化できる時間を延ばす必要がありますし、エグゼスも使いこなさなければならない。課題はたくさんありますわ」

「それは俺もです。カイザーレオモンとしての戦い方を身に付けたり、スピリットの力を使いこなさないと。まだまだこれからですね」

 

 和やかな空気が流れるところに、浮遊ブロックに現れた魔法陣から何かが現れた。

 

「おーい! ハジメ!!」

「ワーガルルモン!!」

 

 それはワーガルルモン達だった。巨大ミレディ・ゴーレムの核を持っているのはフレアモンだった。ハジメ達に近づくと核を置いてき、シアの側に向かう。

 

「ふええ。コロナモンですよね? 進化したのは感じていましたが」

「ああ。今は完全体のフレアモンだぜ」

「かっこよくなりましたねえ」

 

 パートナーの進化した姿に驚くシア。小さな子ライオンだったコロナモンが、威風堂々とした獅子のフレアモンになったのだ。自分の目で見ると、改めて嬉しく思う。

 

 シアだけでなくハジメ達はそれぞれのパートナーを労い、また労われる。

 今回の戦いで苦難を乗り越えた彼らは、また1つ強くなれた。

 名実ともに、最強チームへと至っていく。

 

「「あのぉ~、いい雰囲気で悪いんだけどぉ~、ちょっといいかなぁ~?」」

 

 そこに2つの場所から、同時に同じ声が聞こえてきた。ハジメ達がそちらを見ると、巨大ミレディ・ゴーレムの核の横に座り込んだミレディがいた。その後ろにはラヴォガリータモンもやって来ており、その身を横たえている。

 戦う様子は無いようなので、デジモン達も戦闘態勢を解き、進化前に戻る。

 

「「いろいろ想定外もあったけれど、君たちは合格だよ。デジモン達が出てきた魔法陣に入れば、先に行けるよ」」

「わかりました。ではミレディさんも抱えて」

「「あー。それはいいよ」」

 

 ハジメ達がミレディを抱えていこうとするが、それはミレディ自身に拒否された。

 

「「結構無茶しちゃったからね。もう力が残っていないんだ」」

 

 その言葉を裏付けるように、ミレディの身体が燐光のような青白い光に包まれ始める。

 

「そんな」

「カ、カオリさんの回復魔法で」

「無理だよ。私の魔法じゃゴーレムは治せない!」

「だ、だったらハジメさんに」

「すぐに調べる!」

 

 まさかの事態に香織達は狼狽し、浩介とトレイシーは目を見張り、ハジメはゴーグルを下ろして解析を始める。

 

「「気にしないでいいよ。もともともう限界だったんだ。最後にデジモンとテイマーのいい絆を見ることが出来た。悔いはないよ」」

「神を殺すのはいいの?」

「てっきり私達に頼んでくるのかと思った」

「「それは私達の目的で、君達の目的じゃないでしょ? まあ君達なら目を付けられると思うから、覚悟はしておいた方が良いね。あ、そういえば君達の目的とか聞いていなかったね」」

「ああ。それは」

 

 香織はちらりとハジメを見るが、解析に集中しているのかさっきから黙っている。なので、香織が自分達の素性と、最終目的が地球への帰還であることを説明する。

 

「「ふむふむ。なるほど。別の世界から。まあ、あのくそ野郎ならやりそうだね。だったら1つアドバイス。神代魔法は7つ全部手に入れるんだよ。じゃないと君達の望みは叶わない。場所はオー君の迷宮のメイドちゃんと、社畜ちゃんに聞いているよね?」」

 

 メイドちゃんはフリージア、社畜ちゃんはエガリの事だろう。

 確かにハジメ達はオルクス大迷宮を出るときに、他の大迷宮の情報を二人から貰っている。何せ今のトータスでは、半分ほどの大迷宮の場所がわからなくなっているのだ。その中には思わぬ場所もあり、聞いたときは驚愕した。

 香織達は頷く。

 

「「じゃあ……言い残すことは……無いね」」

「……随分としおらしいですわね。あの煽るような口調やセリフはどうしましたの?」

 

 トレイシーは今のミレディに、迷宮内のウザイ文章を用意したり、戦闘中の神経を逆なでするような口調でしゃべったりした様子とは無縁の誠実さを感じていた。

 

「「あはは、ごめんね~。でもさ……あのクソ野郎共って……ホントに嫌なヤツらでさ……嫌らしいことばっかりしてくるんだよね……だから、少しでも……慣れておいて欲しくてね……」」

 

 そこまで言うといよいよ時間が無くなってきたのか、ミレディの身体から光が消え始める。言葉も途切れ途切れになって来ている。

 その光が蛍火の如く、淡い小さな光となって天へと登っていく。死した魂が天へと召されていくようだ。とても神秘的な光景である。

 おもむろにユエがミレディの傍へと寄って行った。もう動く力もないのか、小さなゴーレムの身体は動かない。

 

「「何かな?」」

 

 囁くようなミレディの声。それに同じく、囁くようにユエが一言、消えゆく偉大な〝解放者〟に言葉を贈った。

 

「……お疲れ様。よく頑張りました」

「「……ふふ。ありがとね……君達のこれからが……自由な意志の下に……あらんことを……」」

 

 まさかの労いの言葉に、ミレディは少し驚いたように呆然とした雰囲気を漂わせた後、お礼の言葉を返した。続けてオスカーと同じ言葉、解放者の理念を伝えた。

 それを最後に光は消えて、ミレディは沈黙した。

 

 解放者の最後を見届けた一同はしんみりとした雰囲気になる。

 

「……最初は、性根が捻じ曲がった最悪の人だと思っていたんですけどね。ただ、一生懸命なだけだったんですね」

「……ん」

 

 ミレディのことについて言葉を交わすユエとシア。

 香織はふとさっきから喋らないハジメの方を見る。相変わらずゴーグルをつけたまま、ミレディを見ている。最初は倒さずに無力化しようとしたミレディが、死んでしまったから落ち込んでいるのかと思った。しかしそれにしては静かだし、気持ちが沈んでいる様子もない。

 

「ねえ、ハジメ君」

「先を急ぐぞ。いつまでもここにいても話が進まない」

 

 そう言うと先に進む方の魔法陣に向かうハジメ。香織達はその様子を訝しげに見ながらも、後についていく。

 

 そして、魔法陣の輝きに包まれて、ハジメ達が転移した先には──。

 

「やっほー、さっきぶり! ミレディちゃんだよ!」

 

 十四、五歳くらいの金髪ポニーテールの少女が、右手で横ピースした手を添えてウインクしていた。

 

 




〇デジモン紹介
カイザーレオモン
レベル:ハイブリッド体
属性:ヴァリュアブル
タイプ:サイボーグ型
伝説の十闘士“闇のスピリット”を受け継ぐデジモン。“漆黒の獅子”と呼ばれ、そのボディはクロンデジゾイドの一種で、漆黒に輝く「オブシダンデジゾイド」と呼ばれる特殊な金属で覆われている。そのため、防御能力が高いだけでなく、装甲自体が鋭利な鋭さを持っている。カイザーレオモンが駆け抜けた後は、一陣の黒い風により、全てが切り裂かれると言われている。必殺技は黒色の気弾を放つ『シュヴァルツ・ドンナー』と、全身に纏った黒のオーラで敵を撃砕する『シュヴァルツ・ケーニッヒ』。


11月から始めたミレディとの闘いがようやく終わりました。
トレイシーがシューツモンになる展開は当初は無かったのですが、それだと彼女が完全にお荷物なので、急遽展開を変えました。今後、どうなるのかお楽しみに。
さて、衝撃的な最期でしたがこれは当初から決めていました。スリープはスリープでも、コールドスリープからの生身のミレディちゃん復活でした。
ありふれ零を読み返しながら、次話を書いていきます。


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26話 古のテイマー

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・前回のあらすじ
迷宮に隠された試練。人間とデジモンのそれぞれの恐ろしい部分を受け入れること。ハジメ達が乗り越えた後に続けと、トレイシーとシア、コロナモンも乗り越え、新たな力を身に着けた。そしてミレディ達を打倒した。しかし、ミレディは力を使い果たして光に包まれて消えてしまった。と思われたが、迷宮のゴールにはミレディと名乗る少女が待ち構えていた。一体彼女の正体は……?




 魔法陣により転移した先にいたのは、金髪のポニーテールの美少女だった。

 

「やっほー、さっきぶり! ミレディちゃんだよ!」

 

 ゴーレムではない生身の身体。その少女はミレディと名乗った。

 

「やっぱりか。……線が視えたからそうだと思ったぜ」

 

 言葉もない香織達と違い、ゴーグルで観察していたハジメだけは納得をみせていた。

 先ほどミレディのゴーレムを修理できないかゴーグルで調べた際に、ゴーレム達から何かの情報のやり取りを行っている線が視えた。その線は光が消えても繋がっていたから、ゴーレム達を操る何者かがいると思ったのだ。

 そもそも迷宮の最終試練であるゴーレム達は、ミレディの意志を持って試練を課してきた。だとしたら一度の試練で挑戦者に破壊されてミレディが死んでしまったら、最終試練が無くなってしまう。

 あの時は慌てていたが冷静に考えてみればわかったことだ。

 

 だが、まさかミレディ・ライセンが生身で存命だったとは、ハジメも予想できなかった。てっきりフリージアのような意志を持つゴーレム、またはエガリのような寝返らせた神の使徒がいると思っていた。

 

「あれぇ? あれぇ? テンション低いよぉ~? もっと驚いてもいいんだよぉ~? あっ、それとも驚きすぎても言葉が出ないとか? だったら、ドッキリ大成功ぉ~だね☆」

 

 黙り込んでいる香織達の間をルンルン♪ とスキップしながら話しかけるミレディ。しかも語尾にはキラッ! と☆を瞬かせながら。実にウザイ。

 

 ユエがぼそりと呟くように質問する。

 

「……さっきのは?」

「んん? さっき? あぁ、あの光? え? 何々? もしかして死んじゃったと思った? ないな~い!! そんなことあるわけないよぉ~!」

 

 次に香織が口を開く。

 

「でも、光が上って消えていったよね? よね?」

「ふふふ、中々いい演出だったでしょう? ミレディちゃんは完全無欠の完璧美少女だからね♪ あれくらい朝飯前の片手間で、すっかり騙されちゃったみたいだね!」

 

 最後にシアが顔を俯かせて問いかける。

 

「なんであんなことしたんですか?」

「だって想定通りの力をみせて攻略してくれたとはいえさあ。デジモンになる人間なんて想定外は無いよお。テイマーだけの試練なのに、デジモンが居たらダメダ~メ! だから戦闘用じゃないゴーレムを向かわせる羽目になって、無駄に疲れたんだよ? 本当だったらデジモンちゃん達の方に注力するはずだったのに! プンプン! だから、最後にからかってもいいよね☆」

 

 再び横チョキウィンクをかますミレディ。そんな彼女を前に、香織達は各々の武器を構えた。パートナーデジモン達も技を出す構えだ。不穏な空気を感じたミレディが、一歩後ずさる。

 

「え、え~と……やりすぎた?」

 

 ガシャンとアイギスを振りかぶる香織に、ドリュッケンを構えるシア。ガチンと撃鉄を起こし、銃口を向けるユエ。逃げようと後ろを向くと、三人のパートナーが回り込んでいる。逃げられない! 

 

「テヘ、ペロ☆」

「死んで」

「……死ね」

「死んでください」

「うおっちょい!? ゴーレム操作で疲れているんだよ、ちょっと待って!? 起きたばっかりで体も貧弱なんだよ! 落ち着いてぇ! 謝るからぁ! いやああああ!!??」

 

 香織達の鬱憤が晴れるまで、しばらく悲鳴や破壊音が響き渡った。

 なお、香織達と同じくミレディに憤りを感じていた浩介達だが、香織達が天誅を下しているので溜飲を下げ、ハジメと一緒に部屋の様子を観察し始める。

 部屋は基本的な清潔な白色でかなり広い。部屋の片隅には何やら大きなアーティファクトがある。ハジメには見覚えがあった。オルクス大迷宮にもあった迷宮を管理するアーティファクトだ。フリージアが簡単に説明してくれた。中央の床にはハジメ達が飛んできた魔法陣とは別の、もっと大きな魔法陣があった。おそらくあれが神代魔法を与える魔法陣だろう。オルクス大迷宮の魔法陣と似ている。

 

 ハジメと浩介達はその魔法陣に近寄ると勝手に調べ始めた。

 

「君達ぃ~勝手にいじらないでよぉ! っていうかお仲間でしょ! 無視していないで止めてよ!」

 

 ミレディが走ってきてハジメの後ろに回り込んで香織達の盾にする。

 

「ハジメ君どいて」

「……そいつ殺せない」

「そいつは殺ります。今、ここで」

「そのネタを教えたのは香織か? もういいだろ。早い所神代魔法貰って一息入れようぜ。そろそろ疲れがやばい」

 

 呆れた表情で香織達に軽く注意を入れる。さっきまで死闘を演じていたのだ。ようやく安全地帯に来たのだから、休みたかった。背後のミレディが「そうだ、そうだ、真面目にやれぇ!」と囃し立てたので、顔面を義手でアイアンクローする。お前も同罪だと、わりと手加減無しに。「みぎゃああああああああ!!??」というミレディの悲鳴を聞いて、一先ず香織達も溜飲を下げた。

 

 それからはミレディに魔法陣を操作させて、攻略の証である神代魔法の知識や使用方法を脳に刻んでもらう。ミレディ自身が攻略を認めているので、記憶を探る感覚は無い。それでも、二度目のハジメ達と違い、シアと浩介達は初めての体験にビクンッと体を跳ねさせた。

 

 それが終わった後は、休憩するためにテーブルや椅子を取り出して、お茶を淹れた。

 給仕も出来るシエルが丁寧に淹れたお茶を一口飲み、ようやく一息つく。

 

「ねえ? なんでミレディさんのカップが無いの? そもそも椅子もないんだけど?」

「部外者の分はありません」

「ガーン……。いいもんいいもん。自分の出すから」

 

 シエルに冷たく言われたミレディは、指にはめていた自前の宝物庫から綺麗な細工の施された椅子を取り出して座る。同じくティーセットも取り出すと、自分でお茶を淹れて一口飲んだ。

 

「はふぅ~。さて、改めてライセン大迷宮の攻略おめでとう♪ 君達はこの大迷宮攻略者第一号だよ! 存分に誇りたまえ!」

「あ。やっぱそうなんだな」

「まあ、こんなところまで探索に来る奴いないもんなあ」

 

 納得するハジメと浩介。何せトータスの住人にとって必須ともいえる魔法が使えないライセン大渓谷にあるのだ。わざわざ死地に入ってまで、あんな鬼難易度の迷宮に挑むもの好きがいるはずもない。

 

「む、失礼な。あの仕様は君達がデジモンテイマーだからだよ。普通はもっと簡単なんだからね!」

「嘘だね」

「嘘」

「嘘ですぅ」

「嘘ですわね」

 

 即座に女性陣に否定されるミレディの言葉。ちなみに通常仕様でも魔法が使えない、即死級のトラップだらけ、一定期間で迷宮が組み変わる、ウザイ文章あり、などといったルールは変わらない。大迷宮という名に相応しい難易度なので、簡単ではない。

 

「それはどうでもいいとして」

 

 むくれるミレディを横に置いて、ハジメが話を始める。

 

「あんたは本物のミレディ・ライセンなのか? 生身の人間であるのはわかるが、本人なのか? クローンなのか? それともそう思い込んでいる痛いやつなのか?」

「思い込んでいる痛いやつって何さ! ミレディさんは正真正銘の美少女天才魔法少女ミレディ・ライセン♪」

「……少女が2つ入っている」

「証拠は無いのか?」

「そんなものあるわけないじゃん。ミレディさんが生きていたのはずっと昔だし、ここでDNA鑑定なんてできないよ。っていうか別に君達には関係ないでしょ? 君達が私をクローンだとか偽物だとか思いこもうが、私自身がミレディ・ライセンだと確信している! ならばそう振舞うまでだよ。

 私こそが!! 自由な意思の下に!! 悪い神様をぶっ倒す!! 解放者のリーダー、ミレディ・ライセンだと!!」

 

 胸を張って宣言するミレディに、ハジメ達は揃って呑まれる。彼女の持つカリスマ性に、全員が魅入られたのだ。元皇族であるトレイシーまでもそうだった。そのおかげでハジメ達は彼女が偽物ではなく、本物のミレディ・ライセンだと理屈抜きに納得したのだった。

 

 椅子に座ったミレディは自身のことを話し始める。

 

「私はオー君、オスカー・オルクスが作ったアーティファクトで眠りについていたんだよ。いつかクソ野郎がこの世界に戻ってきたとき、今度こそ仕留めるためにね」

 

 クソ野郎とは、エヒト神の事だろう。陽気だったミレディが、強い怒りを滲ませている。

 

「眠りについた。つまりコールドスリープか?」

 

 SF映画などでたまに見る空想の技術に思い至った浩介が質問する。

 

「ピンポーン! 私達の神代魔法を盛り込んだアーティファクトで、肉体の活動を完全に停止・封印したんだ。封印が解けるまでその状態を維持できるようにね」

 

 ファンタジー世界のはずなのに、SF風の技術を駆使する解放者達に、浩介達だけでなく、ハジメ達も驚きを隠せない。

 

 

「大迷宮の攻略者に託したんじゃなかったの?」

「ある程度の事態が起きても、トータスを守れるようにはね。でもクソ野郎が戻ってきたなら、絶対に大迷宮の攻略者程度じゃ対処できないことが起きるよ。そんな事態に備えて大迷宮に、デジモンテイマー仕様を実装したんだ」

「実装がどうして対策になるんだ?」

「クソ野郎のことだからね。戻ってきたらデジモンへの雪辱を果たすために、異世界への扉を開く。そうしていればデジモン達がこのトータスにやって来る。デジモンの反応を大迷宮が察知すれば、デジモンテイマー仕様になる。それがミレディさんの目覚める条件になっていたんだよん♪」

「……それは確率が低すぎる条件じゃないか?」

 

 ミレディの説明を聞いたハジメが疑問を呈す。

 彼女が目覚める条件が限定的すぎる。彼女は確信していたが、エヒトが戻ってきてもデジモンを呼び出さなかったら、大迷宮はデジモンテイマー仕様にならない。呼び出されたデジモンが大迷宮に入らなかった場合も同様だ。

 そんな条件よりも神の使徒が暗躍した瞬間にミレディが目覚めるようにすればいい。例えば、500年前の竜人族の国の滅亡に合わせて目覚めていれば、竜人族や亜人族の犠牲は減らせたはずだ。

 ハジメがそのことを指摘すると、一連の事件の煽りを最も受けたシアが目を見開き、ミレディを睨みつける。

 

「まあ、そう言われてもしょうがないね。でもね、私は今この時に目覚める必要があったんだよ。これが最善なんだ」

「それはどういうことですか!? 私達の種族が、ご先祖様達が大勢殺されたのが最善だったとでも言うつもりですかぁ!!」

「落ち着いてシア!」

 

 ミレディに掴みかかろうとするシアを、香織が必死に止める。

 コロナモンも怒りを滾らせているが、テイルモンが止めている。

 

「弁明はしないよ。でも、私は自分達の決断を後悔していない。私は絶対に、この時代で目覚めないといけなかったんだ」

「ぐっ……」

 

 まっ直ぐな目で断言するミレディに気圧されるシア。納得していないが、渋々と座りなおす。

 少し雰囲気が悪くなったが、そのまま休憩を続けた。

 やがて休憩が終わったハジメ達は、テーブルを片付ける。

 この大迷宮を出て、次の大迷宮の攻略に向かうのだ。

 

「へいへい。ちょっといいかい?」

 

 片付けをしていたハジメに、ミレディが近寄ってきた。そしてハジメの手を掴んで、香織達から離れた部屋の隅に引っ張っていこうとする。それに気が付いた香織とユエ、シアが何事かと詰め寄って来る。

 

「ハジメ君に何するのかな? かな?」

「……ハジメは私達が守る」

「絶対変なことするに決まっていますぅ!」

「そんなわけないじゃん。ちょっと年長者から若者へのありがたい助言をするだけだよ」

 

 ミレディの言葉に胡散臭そうにする彼女達だが、ミレディはどうしても譲らない。ハジメの手を放そうとしない様子に、根負けしたハジメ達は、香織達の監視付きで手を打った。

 香織達が見守る中、ミレディはハジメに話しかける。

 

「君の覚悟はわかったよ。人とデジモンの共存のために、分かり合えそうな相手は殺さないって。でもさ、今回は何とかなったけど、それが通じない場面は絶対に来るよ。助けようと思った相手を助けられない。倒してしまった相手が実は倒すべき存在じゃなかった。君のこだわりのせいで仲間が死にそうになる。君の歩む道は、そんなことがありふれている険しい道だ。そうなった時、君はどうするんだい?」

 

 ミレディの指摘はもっともだった。今回の戦いと似たような事になって、もしも相手が戦いを辞めずに倒れるまで戦っていれば、ミレディの言うとおりのことになりかねない。そうなった時に、ハジメはどうするのか、ミレディは聞きたいのだ。

 

「そうなったら、俺は仲間を守る」

「あっさりというね。優先順位は決まっていたみたいだけど、それじゃあ助けられなかった相手はどうするの? 自分の中で後悔を溜め込むの?」

「……だろうな。でもそれでも立ち止まらない。立ち止まったら、それこそ相手が報われない」

 

 ハジメの脳裏に蘇るのは、6年前の冒険で散っていったデジモン達。

 力に飲まれたベルゼブモンに討たれたレオモンや、デ・リーパーに消されたデジタルワールドのデジモン。それ以前にリアルワールドに現れて暴れたことで、テイマーズが命を奪ってしまったデジモンもいた。

 そう、すでにハジメは自分の手で守れなかった命を背負っていたのだ。

 

「その命の事は、絶対に忘れない。それが俺のもう一つの覚悟だ」

「……そっか。その覚悟、忘れちゃだめだよ」

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 ハジメとミレディの話が終わった後、ハジメ達はミレディが起動させた、外へと繋がっている魔法陣に立つ。

 

「外は大きな湖の畔だからね。多分、街とかにも近いから」

「ブルックの近くですわね」

 

 ブルック付近を探索したことがあるトレイシーが予想を言う。

 魔法陣が輝きを放ち始める。だが、ミレディはその中には入っていない。

 

「あんたは来ないのか?」

「ミレディさんはこの迷宮の修理とか、やることがまだまだあるからね。まあ、1人じゃないから」

 

 ミレディがそう言うと、ミレディが操っていた小型ゴーレムが現れる。

 さらにその後ろにドスンとラヴォガリータモンが現れた。

 

「君達は君達の目的に向かって進みなよ。クソ野郎のことは私達が何とかするからね。そのために時代を超えたんだから」

「……そうか」

 

 軽く言うが、その覚悟は途轍もないものだろう。今のこの時代に、解放者の事はほとんど伝わっていない。伝わっているとしても、それは世界の敵である反逆者としてだ。ある意味、異世界に召喚されたのと同じような状況だ。自分を知る者がいない、孤独になる道を自ら選ぶ覚悟に、ハジメ達は内心で称賛を送る。

 

「じゃ! 頑張ってねえ♪」

 

 軽くはあるが、立派な覚悟を持つ解放者からのエールを受けて、ハジメ達はライセン大迷宮から出発した。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 ハジメ達が転移したのを見届けたミレディ。

 

「ふぅ~。濃い連中だったねぇ。ふふ、やっぱり君の言うとおりだったよ。ヤー君」

 

 ヤー君。それはハジメ達と同じく異世界からやってきた8人目の解放者につけた、ミレディのあだ名だ。

 

「ラヴォガリータモンもありがとうね。もう、休んでもいいよ」

 

 ミレディがそう言うとラヴォガリータモンが動きを止める。そして、徐々にデータに分解されて消えていった。

 それを見届けたミレディは部屋の奥に向かう。すると壁がスライドして、もう1つの部屋への入り口が現れた。

 その部屋の中にはミレディがコールドスリープの為に使っていた、アーティファクトの残骸が散乱していた。それは大きな黒い水晶で、対象を閉じ込めて条件が満たされるまで肉体と魂を封印するものだった。一度きりのアーティファクトで、封印が解除されれば砕け散ってしまう。

 そして、その隣には透明なカプセルがあり、中には1つのデジタマがあった。

 

「君の残してくれたデータは、立派に役に立ったよ。だから、早く目覚めて」

 

 そのデジタマはミレディのパートナーデジモンが、ミレディと一緒に永い眠りに着くためにコアプログラムだけを保存するために戻った姿だった。

 その際に余ったデータこそが、ラヴォガリータモンの正体だった。実はオルクス大迷宮のメタリックドラモンもそうだった。

 デジモンの中核であるデジコアもないデータの肉体だけなので、進化もしないし、意志も持たない。実はゴーレム達のようにミレディが操っていたのだ。

 

「私達の戦いは、私達の手で決着を付けよう」

 

 パートナーの目覚めを待ちながら、古の時代から蘇ったテイマーは決意を固め、しかるべき戦いに向けて準備を始めた。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 一方、外に転移したハジメ達だったが、とんでもない目に遭っていた。

 風景が切り替わった次の瞬間には水中にいた。なんとそこは湖の底だった。長い年月が経って、魔法陣の出口が水没していたのだ。

 パニックになったハジメ達は慌てて浮上した。だが、その際にシアとコロナモンが謎の人面魚に遭遇し、さらに驚いたことで溺れてしまった。何とかして助け出し、香織が治療したことで2人は一命をとりとめた。

 そんなハプニングがあったが、変装してブルックに戻ったハジメ達。

 するとブルックの町中が何やら騒がしかった。

 疑問に思ったハジメ達は、ライセン大迷宮の攻略中に何か起きたのかと、情報収集をしに冒険者ギルドに向かった。

 そして、驚愕の事実を知った。

 

「王都が、巨大な魔物に襲撃されて半壊しただって……」

 




〇デジモン紹介
シューツモン
レベル:ハイブリッド体
タイプ:鳥人型
属性:ヴァリュアブル
伝説の十闘士の力を宿した、風の能力を持つデジモン。一見、落ち着いた大人の女性風に見え、けだるい仕草で相手をとまどわせるが、実際は気まぐれで人を困らせるのが好きな小悪魔的性格。相手にわざと不幸な占いをして驚かせたりもする。戦闘においても自ら率先して手助けすることは少なく、本人の努力が見えないと、あえて苦況に立たせることもある。一度、その気になれば空中を自在に滑空し、メソポタミア秘伝の呪文で風を操って敵を倒す。必殺技は手足の爪で大気ごと相手を切り裂く『ギルガメッシュスライサー』と、空中に飛び上がり髪と翼の羽根を鋭い矢として飛ばす『ウィンドオブペイン』。




次回。エピローグです。
ようやく3章に入れます。


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エピローグ

感想・評価・お気に入り登録ありがとうございます。
これにて二章は終了です。あとがきの後に、三章へと入ります。

・前回のあらすじ
ライセン大迷宮を攻略したハジメ達。肉体をコールドスリープさせ、遥かな時代を超えたミレディ・ライセンと邂逅を果たす。神代魔法を授けられた後、彼女と言葉を交わす。彼女から解放者達の真実の一端と、これからの覚悟を諭される。絆の再確認と思わぬ出会いがあったライセン大迷宮を後にしたハジメ達は、ハイリヒ王国の王都で起きた大事件を聞くのだった。



 ハジメ達がライセン大迷宮の攻略に挑んでいた頃。

 ハイリヒ王国の王都に危機が迫っていた。

 突然王都に繋がる街道に巨大な魔物が現れ、人や馬車を踏みつぶしながら驀進して来ていた。

 もしもハジメ達がその魔物を見れば、魔物ではなくデジモンであると気が付いただろう。

 青黒い体表だが、肉食恐竜のようなフォルムに、黒い縞模様、骸骨を被ったような角の生えた頭部は、デジモンの代名詞として知られるグレイモンだった。

 通常のグレイモンはオレンジ色だが、青黒いのはウィルス種だからだ。

 凶暴性が増しており、とても危険なデジモンになっている。もしも王都に入ってしまえば、甚大な被害が出てしまうだろう

 そこに──

 

「これ以上、先には進ませない!!!」

 

 聖鎧を身に纏い、聖剣を携えた勇者、天之河光輝が現れた。傍には親友の龍太郎を始めとした勇者パーティーの面々に、永山重吾がリーダーを務めるパーティー。メルド団長が率いる騎士団もいる。オルクス大迷宮での訓練の定時報告に王都に戻っていたのだ。

 

「あれは、グレイモン。魔物じゃなくてデジモンだよ。光輝君」

「何だって!? デジモン!?」

 

 恵里の言葉に顔を険しくする光輝。今の彼にとってデジモンは、魔物や魔人族以上に人間の敵になると思っている存在だ。

 だからより強く敵意を滾らせて、グレイモンに突貫する。

 それに他の面々も続く。

 

 戦いは勇者達の優勢で進んだ。いくらグレイモンが優れた戦闘力を持つとはいえ、成熟期デジモンだ。ステータスを鍛えた勇者に、神の使徒達。ハイリヒ王国の精鋭である騎士団もいるのだ。徐々に押され始めていく。

 

 その戦いを暗闇の中で見つめる黒いローブの少年がいた。

 

「クククッ、そうだそうだ。もっと追い詰めろ」

 

 姿をくらませていた檜山だ。その右腕には無数の赤目がぎょろぎょろと蠢いている。

 彼の右腕となっているアイズモンが、分身であるアイズモンスキャッタモードを通して、見た光景を檜山に伝えてくる。それはグレイモンと戦う勇者たちの様子だ。

 今回のグレイモンによる王都への襲撃は、檜山が仕掛けたことだった。行方をくらませて潜伏していた檜山は、王国と勇者である光輝への復讐を企て、実行に移したのだ。

 その証拠に、グレイモンの右腕には黒い螺旋状の装具がついていた。

 この装具の名前は『イービルスパイラル』。

 テイルモンが身に着けているホーリーリングを逆転させた、暗黒の装具『イービルリング』の効力を高めたものだ。これを着けられたデジモンは暗黒の力に支配され、意のままに操られてしまう。今のグレイモンは檜山の支配下になってしまったのだ。

 

 事態は彼の思惑通りに進んでいく。

 無数の傷を負い、血を流しているグレイモンが膝をつく。光輝達も多少の傷は負っているが、全員無事だ。

 グレイモンに止めを刺そうと、光輝は聖剣を振り上げて魔力を高める。そして、最強魔法を放つ。

 

「〝神威〟!!!」

 

 極太の光線が放たれ、グレイモンに直撃する。

 

「グガアアアアアアアアッッ!!??」

 

 グレイモンの断末魔が王都に響く。

 光輝も、パーティーメンバーも、騎士団も光輝の勝利で終わったと思った。

 勇者の雄姿を一目見ようと、王都の門に集まった住人が歓声を上げる。教会の司祭や神殿騎士が声高々に、勇者と神の使徒、そして彼らを遣わしたエヒト神を称える。

 光輝も笑みを浮かべていた。

 あのワーガルルモンとの闘いの敗北から、必死に自分を追い込んで鍛えた力が、同じデジモンを圧倒している。これならば、ワーガルルモンにも勝てると確信した。

 実際にはワーガルルモンは完全体なので、成熟期のグレイモンより圧倒的に強いのだが、光輝は知らない。

 だから楽観視し、決着は着いたと思ってしまった。

 

 パーティーから少し離れた所にいた中村恵里だけは、警戒を怠っていなかった。

 

「始まるね。暗黒の進化が」

 

 小さく呟かれた言葉と同時に、光の中から黒色の光が立ち上った。

 

 ──X EVOLUTION──

 

 〝神威〟の光を吹き飛ばし、グレイモンが進化を始める。

 生にしがみついたグレイモンの強烈な死への恐怖が、檜山がグレイモンに埋め込んでいたX抗体のプログラムを覚醒させ、暗黒のX進化(ゼヴォリューション)を引き起こしてしまった。

 

 黒い光の中からより強大な姿になったグレイモンが現れた。

 体の半分以上が機械化されてしまったサイボーグ型の最強デジモン。

 

 名前は──メタルグレイモン。

 

「な、なんなんだ? こいつは……」

 

 サイボーグなんて見たことのないメルド団長が、恐怖に声を震わせる。あまりにも強すぎる威圧感に、全員が気圧されて一歩下がる。

 

 しかもこのメタルグレイモンは、ハジメのワーガルルモンと同じくX抗体を持っている。その影響で各種の武装がアップデートされ、特に左腕のトライデントアームは『アルタラウス』という強化武装になっている。突撃武装形態のブリッツモードと砲撃武装形態のブラストモードに切り替えることが出来る。

 最大出力で音速を超えるエナジーブースターも装備しており、飛行能力も格段に上昇した、あらゆる状況で途轍もない戦闘能力を発揮できるようになってしまった。

 

 突然の事態に立ち尽くす光輝達を一瞥すると、メタルグレイモンはエナジーブースターを点火し、大空に舞い上がる。

 あまりに速い動きに、光輝達は何もできない。

 メタルグレイモンはアルタラウスをブリッツモードに変形させると、エナジーブースターの出力を上げて急降下してきた。

 

「伏せろぉ!!!」

 

 危険を感じたメルド団長の怒号に、咄嗟に光輝達は地面にうつ伏せになる。

 次の瞬間、最高速度にまで加速したメタルグレイモンが、光輝達の頭上を通り過ぎていった。あまりのスピードに衝撃波が生まれる。吹き飛ばされそうになるのを堪えていた光輝達が、顔を上げて振り返ると──凄惨な光景が広がっていた。

 

「な、何だよこれ……」

 

 いつも冷静に物事を見る永山重吾が、声を震わせる。

 王都の門が消滅し、そのまま地面が抉れて、王都を一本の道が貫いていた。まるで巨大な砲弾が通っていったようだ。恐ろしいことに王城までえぐり取られている。

 ブリッツモードにしたアルタラウスを構え、最高速度で突撃するメタルグレイモンの必殺技、《エネルギアブリッツ》だ。

 王都には敵からの侵攻を防ぐために、三重の障壁がアーティファクトで張られていた。それがいとも簡単に破られてしまった。

 

 当然、さっきまで光輝達の活躍を見に来ていた人々を始めとする、王都の住人達も巻き込まれた。所々には彼らの遺留物が散乱している。

 

 あまりの事態に恐怖し、戦慄する光輝達の目の前に、メタルグレイモンが舞い戻って来る。

 メタルグレイモンは光輝達に背を向けると、アルタラウスをブリッツモードからブラストモードに切り替える。そのまま王都に入っていった。

 メタルグレイモンが王都に入ったことで、一同の緊張が解ける。

 

「ま、待て!!!」

「ッ早まるなコウキ!!」

 

 真っ先に立ち上がった光輝がメタルグレイモンの後を追う。メルドが制止するが、止まらない。

 門があった場所を潜ると、王都は地獄絵図となっていた。

 メタルグレイモンがアルタラウスからエネルギー弾を放ちながら、王都を蹂躙していた。人も建物も一瞬で消し去られてしまう。

 その様子を見た光輝は、憤怒に駆られて聖剣を掲げながら、メタルグレイモンに突撃した。

 

「やめろおおおおお!!! 〝天翔閃〟!!!」

 

 聖剣から光の斬撃が放たれ、メタルグレイモンに直撃する。グレイモンだったらダメージを受けただろうが、サイボーグ化したメタルグレイモンは防御力も格段に上昇している。光輝の攻撃は傷1つ与えられない。

 

「だったら!! 〝限界突破〟!!!」

 

 勇者の奥の手である〝限界突破〟を使う。ステータスが三倍に上昇する。

 

「〝神威〟!!!」

 

 再び放たれる勇者必殺の魔法。極太の極光エネルギーが聖剣から発射され、メタルグレイモンに向かっていく。

 

 放たれた光の砲撃に対してメタルグレイモンは──何もしなかった。

 

 魔法が直撃し、光輝は勝利を確信したが、極光が収まった後には無傷のメタルグレイモンが佇んでいた。

 

「は……?」

 

 光輝の口から気の抜けた呟きが漏れる。

 自身の最強の一撃が、積み上げてきたものが、まるで無意味だったことに、頭の中が真っ白になる。

 

「あ、あああああああ!!!」

 

 認められない現実に、光輝は錯乱したような声を上げる。

 もうすぐ〝限界突破〟の制限時間も切れるというのに、魔力を高め続ける。

 こんなものは現実じゃない。

 勇者として選ばれた自分の力が、デジモンなんかに通じないなんてありえないという一心で、魔力を練り上げていく。

 〝限界突破〟も超えて力を高めたために、光輝は自分の中の更なる力に気が付いた。躊躇わずに発動させる。

 

「〝限界突破・覇潰〟!!!」

 

 関を切ったかの如く、光輝の身体から魔力が迸る。それはやがて光のエネルギーとなって光輝の姿を輝かせる。その姿に追いついた龍太郎やメルド団長達が目を見張る。

 〝限界突破〟の派生技能〝覇潰〟。通常の限界突破が3倍のステータスになるのに対して、5倍まで引き上げる。当然、使用後の代償も大きいが、光輝は構わずに力を振るう。

 

「神意よ! 全ての邪悪を滅ぼし光をもたらしたまえ! 神の息吹よ。全ての暗雲を吹き払い、 この世を聖浄で満たしたまえ! 神の慈悲よ! この一撃を以て全ての罪科を許したまえ!! ──〝神威〟──!!!!!」

 

 過去最高の砲撃に、龍太郎達だけでなく光輝本人さえ目を瞑ってしまう。

 

 そして、目を開けた時には、メタルグレイモンの姿は無かった。

 

 強敵を前に諦めずに立ち向かい、新たな力で勝利する。まるで物語の英雄のような事を自分がしたことに、光輝は歓喜した。

 聖剣を掲げ、勝利を宣言する。

 それをクラスメイトや騎士団、生き残った住人達が称え揚げた。

 

 戦いの後を見つめるメルド団長と、小さく笑う中村恵里以外は。

 

 これが王都に起きた未曽有の襲撃の顛末だった。

 

 犯人は魔人族とされたが、光輝が襲ってきたのはデジモンという地球でも危険視されている魔物のようなものと報告したことで、デジモンも人間族の神敵であるとされた。

 同時に光輝は、ハジメが地球でデジモンオタクであったことも報告した。流石に生きているとは判断されなかったが、南雲ハジメも神敵だと確定し、彼の手が入ったものはすべて処分された。

 ウォルペン工房にいた時に書き起こしていた、拳銃の設計図も取り上げられ、燃やされた。

 

 国と教会からの発表があった後、王都は急ピッチで復興が進められた。

 幸いなことに王都を守る結界は、発生させるアーティファクトは無事だったので、魔力を込めることで再展開することが出来た。

 街並みは滅茶苦茶になったが、勇者の強さに希望を見出した人々は明るく振舞っているのだった。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 王都の事件を冒険者ギルドで聞いたハジメ達は、アークデッセイ号に戻ると今後の方針を話し合った。ハジメやデジモンの事が悪しきものとして流布していることには、香織達が憤慨して王都にアークデッセイ号で突撃しようとまで言い始めたが、ハジメが何とか宥めた。

 

「で、これからどうするかだ」

「予定だったら火山の大迷宮だったっけ?」

 

 ガブモンの言葉に頷くハジメ。ブルックで準備を整えた後、商業都市フューレンを経由してグリューエン大砂漠に向かい、そこにあるグリューエン大火山にある大迷宮に挑むつもりだったのだ。

 しかし、王都が襲撃で半壊したことで懸念事項が出来た。

 

「ハイリヒ王国の安全性が崩れかけている。王城に残っている召喚された生徒達も安全じゃない」

 

 ハジメ達離脱組、勇者パーティー以外にも召喚された生徒はいる。殆どが戦う意思を無くし、王城で保護されていた。だが、今回の事件でハイリヒ王国は大きな打撃を受けた。

 勇者の存在で人々は活気を保っているが、物資も経済も大きな損失が出来てしまった。さらに加えて、魔物に王都への襲撃を許したことを帝国に指摘され、国家間のパワーバランスにも影響が出ている。

 

「この状況と勇者への期待を考えれば、戦争が起こるのは近い。そうなれば王城に保護されている生徒達も、無理やり戦場に送られる可能性がある」

「そうなれば、絶対に畑山先生は危険にさらされる」

 

 生徒達が戦場に出るのに断固反対の姿勢を崩さない畑山先生だ。そのために自身の作農師としての力を取引材料に、彼らを保護してもらっている。それも戦争が始まれば、王国と教会が強引な手段に出てくるだろう。

 

「浩介の話だと、先生は志願した生徒が護衛に付いているんだよな?」

「ああ。八重樫さんも一緒だ。王城だと天之河のやつがたまに来るからゆっくりできないからな」

 

 やれやれと肩をすくめる浩介。勇者には彼も辟易としているのだ。

 

「……でも、個々の事情や願いなんて国には関係ない」

「ですわね。帝国からの干渉を跳ねのけるために、無理やり神の使徒を勇者の騎士団にするくらいしそうですわ。ステータスだけ見れば、圧倒的ですもの」

「ん。それを止めようとする人も、魔法で洗脳すればいい。それが出来なくても、やり方はいくらでもある」

 

 国の運営にかかわっていたユエとトレイシーが、あり得そうな未来を口にする。

 そうなれば心に傷を負った生徒、特にPTSDを発症している雫は危険だ。碌に戦うことも出来ずに、命を落としてしまう。

 しばらく考えをまとめたハジメは、全員にそれを告げる。

 

「提案がある。──大迷宮の攻略を一時中断しようと思う」

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 急ピッチで復興が進むハイリヒ王国の王都。多くの人々が駆け回る中、勇者パーティーに所属している結界師の谷口鈴も同様にあっちこっちを走り回っていた。

 トータス人よりも優れたステータスを持ち、結界以外の魔法も使える彼女は、様々な場面で頼りにされ、今日も小さな体で復興作業を手伝っていた。それは他の勇者パーティーの面々も同様で、人々の支持を集めるためにも、積極的に動いている。

 

 そんな彼女はふと街中で見知った顔を見つけた。

 

「エリリンだ」

 

 彼女の親友、中村恵里だった。彼女も鈴と同じく復興の手伝いをしているはずだ。なのに、何故か路地裏への狭い道に入っていった。

 少し気になった鈴は彼女の後を追っていったのだが、路地裏で彼女が何やら黒い人影と話しているのを見て、咄嗟に身を隠した。そして、聞き耳を立ててみる。

 

「上手くやったよね。メタルグレイモンは死んでいないでしょ? 光輝君の攻撃に合わせて転送でもしたの?」

「そのようなところだ。勇者の攻撃はいい目くらましになったのでね」

 

 可笑しそうに言う恵里の言葉を肯定する影。それは恵里と邂逅したトータスで暗躍する謎のデジモン、ヴァンデモンだ。

 

「聞きたいんだけどさあ。光輝君の攻撃ってメタルグレイモンに当たったの?」

「いいや。当たる前に転送させた」

「うっわ。それってつまり」

 

 つまり、光輝の最後の極大光線はメタルグレイモンに当たることなく、突き進んでいった。

 王都を破壊しながら。そこにいた住人も巻き込んで。

 恵里も戦いの跡を見に行ったが、勇者の魔法の痕跡は、メタルグレイモンの攻撃と同じように街へと一直線に続いていた。犠牲者は数十人、下手をすれば百人以上はいるかもしれない。

 

「教会や国も気が付いているだろうけれど、私達、特に光輝君には伝えないだろうねえ。ククク」

「君も向こうの世界で似たようなことをしていたのだろう? 勇者にとって都合の悪いことは伝えず、自分の物差しで踊る彼を嘲笑う。人間らしい遊びだな」

「レベルが違うよ。僕なんかよりも規模も、後から受けるダメージも凄い。流石だね」

「称賛はありがたく受け取っておこう。他に何か聞きたいことはあるかね?」

「うーん。じゃあもう1つ。あのメタルグレイモンって不完全体だったよね? 本当なら王都は壊滅していた。違う?」

 

 恵里の言うとおり、メタルグレイモンは能力の全てを発揮できなかった。

 彼女の知識ではメタルグレイモンの攻撃力は核弾頭1発分のはずだ。そんな攻撃を放たれれば、今頃王都は人の住めない焦土と化している。

 実際、恵里の考えは当たっていた。あのメタルグレイモンのアルタラウスから放たれるエネルギー弾には、恐ろしい毒があるはずなのだ。デジモンであっても掠るだけでデジコアが腐り落ちてしまう、災害指定されるほどの感染力と毒性をまき散らす。通常のメタルグレイモンよりもえげつないものだ。しかし、急激な進化をした代償なのか、王都での戦いでは毒性が発現しなかった。もう少し進化した肉体に馴染めば発現し、このウィルス性のエネルギーを撃ち放つ技、《パンデミックデストロイヤー》を使えるようになるだろう。そうなれば、王都どころか国さえも容易く滅ぼせてしまう、恐ろしい存在となる。

 

「まさかこんなデメリットがあるとは思わなかった。彼もたいそう憤慨していたよ」

「まあ、でも? 君達の目的にはちょうど良かったんじゃないの? まだまだハイリヒ王国には、使い道があるんだし。檜山も最低限の目的が達成されたんだから、次に向けて準備を進めているんじゃない?」

「そうだ。必要なデータはあと2体。そのデータも近々メフィスモンが……おや?」

 

 ヴァンデモンの下に配下のコウモリが一匹やって来て、何かを報告してきた。

 

「逃げ出した? ……ふん。ネズミが潜り込んでいたか」

「よくわからないけれど、急いだほうがいいんじゃないの?」

「そうだ。では、失礼しよう。……ああ、そうだ」

 

 身を翻して、その場を去ろうとしたヴァンデモンが、最後に一言告げる。

 

そっちの(・・・・)ネズミは尾行された責任を取ってあなたが始末してくださいね」

「はいは~い」

 

 それを聞いた瞬間、鈴はその場を飛び出し、表通りに向かおうとした。

 だが、その行動は遅すぎた。

 背後から巨大な黒い左腕が伸びてきて、鈴の身体を掴み、動きを封じてしまった。口まで掴まれており、魔法の詠唱はおろか声も出せない。無理やり動こうとすると腕が動き、紅い鋭い爪が眼前に突き付けられる。目を貫かれる恐怖に、体が震える。

 

「見ちゃったんだねえ。す~ず~」

 

 鈴の目の前にやって来る恵里。その顔には親友のはずの鈴ですらも見たこともない、邪悪な笑みを浮かべていた。

 

「もうちょっと後の予定だったんだけど、見られちゃったのなら仕方ないかあ」

 

 ニヤニヤ笑いながら、恵里は鈴の頭に右手を乗せる。

 下からは異形の手。上からは変貌した親友の手。頭を二つの手に挟まれた鈴は、恐怖のあまり涙を流す。

 

「君には僕のお人形になってもらうよ。大丈夫。親友だから。安心して、僕に身を任せてね」

 

 後日、何事もなく二人一緒に行動する恵里と鈴の姿があった。

 以前よりも親密に、片時も離れないように……。

 




〇デジモン紹介
フレアモン
レベル:完全体
タイプ:獣人型
属性:ワクチン
威風堂々としたたてがみとその存在感により一見怖そうだが、仲間の為にはどんな困難にも立ち向かう心の強さを持った獣人型デジモン。必殺技は、拳に獅子の闘気と火炎を集中させて、獅子を象ったエネルギー波を放つ『紅蓮獣王波(ぐれんじゅうおうは)』と、炎をまとわせた拳と蹴りを、高速連続で敵に叩き込む格闘乱舞『紅・獅子之舞(くれない・ししのまい)』。また、全てを燃やす火炎によって浄化力を込めた衝撃波を、咆哮と共に口部から放ち、敵をデータ分解させる『清々之咆哮(せいせいのほうこう)』。



王都の異変はこんな感じでした。勇者君の大活躍でした。

まあ、当然裏はあるんですけれどね。
でもやっぱり他の方々の小説と違って、悪辣な策というのはうまく書けませんね。
3章ではそういうものをいっぱい書いていく予定なので、上達できればいいです。
例よって2章同様に、原作改変をしていきますのでお楽しみに。


〇次章予告
03章 ウル・神山編―Dark Leap Encounter―
――キーポイント:
 湖畔の町ウル
 中立商業都市フューレン
 八重樫雫
 畑山愛子
 園部優花
 清水幸利
 ダークタワー
 天使と悪魔
 ティオ・クラルス
 竜人族
 Legend-Arms





 コロモン





 究極合成魔獣





 光のスピリット
 黄獣偃月刀


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2章あとがき(ネタバレあり)

感想・評価・お気に入り登録ありがとうございます。

3章プロローグとの同時投稿です。1章と同じく話には関係ないので読み飛ばしてもらっても結構です。


2章のテーマは『出会い』です。

1章でもハジメ達はユエを始めとしたトータスの人と出会いましたが、国とか生活とか、そういう異世界で生きている人とがっつりと関わっていませんでした。

なので今回ではフェアベルゲンでの亜人族の生活と関わりました。その結果、異世界に対するスタンスを定めていくという流れを、書きたかったです。

その最後にトータスの代表ともいえる立場のミレディとの出会いが、彼の覚悟を決めました。

香織達もいろいろ思うことがあったんですが、それは3章とかで書けたらなあって思います。

 

 

※裏話

・シアと森人族の事情

あとがきとかでも書いたんですが、原作のシアの事情に少し疑問を持って、そこから色々と想像を膨らませていきました。

その過程でフェアベルゲンの設定への疑問も出てきて、森人族がファンタジー世界のエルフよろしく魔法が使えたり、総出でフェアベルゲンを出奔したりしちゃいました。これも二次創作の醍醐味ですね。

 

 

・深淵卿

当初はホルアドまで勇者一向に同伴するつもりだったんです。でも、彼も主人公の素質がありますからね。もう一人の主人公として活躍してもらうことにしました。

 

 

 

・スピリットエヴォリューション

浩介がスピリットエヴォリューションしてレーベモンになるのは、この小説のプロットを立てる際に思いついた、ありふれとデジモンフロンティアの設定の流用です。書くことは無いと思っていたのですが、ネタを埋もれさせるのは惜しいと思い、今回採用しました。

ちなみにその設定ではハジメは光のスピリットを、オリキャラが炎のスピリットを、園部優花が風のスピリットを使う予定でした。

 

 

 

・ハウリア族と深淵卿

ハウリア族が原作のように力を得るには、今作のハジメでは役不足だと考え、その役割を果たすなら、深淵卿しかいないと。

 

 

 

・婚約破棄

帝国に行った浩介がハウリア族と出会うためには、帝国で何か起きないといけません。そこで流行りの婚約破棄を絡めました。トレイシーの婚約破棄のおかげで浩介はスピリットに選ばれ、帝国を出奔。ハウリア族を助けることが出来ました。婚約破棄されたことが、結果的に良い結果になりました。割と思い付きだったんですが、凄くかみ合いました。

 

 

 

・トレイシー

原作ではWeb版のアフターでしか登場していないですから、なかなか書きにくいキャラでした。次の登場時ではもうちょっとキャラを掴んで書きたいです。

あと彼女にやらせたいネタがあったんですよね。

 

Q勇者の名前は?

 

「確か……アマーン・コーチンでしたか?」

 

ハジメ達:名古屋コーチンみたいな名前の勇者だなあ。

 

異世界人あるあるの日本人の名前を間違えるというネタ。浩介やハジメ達はともかく勇者の印象だとちゃんと覚えていないだろうなあって。できればこのネタを入れたかったです。

 

 

 

・ミレディ

2章で一番やりたかったのはミレディの生身での生存です。

エヒトの顛末を改変したんですから、彼女が大人しく死んでいる、またはゴーレムになっているのは違うと思いました。それにエヒトへの決着は、やっぱりトータスの住人がつけるべきかなと。その分、ハジメ達にはもっと強大なラスボスが用意されていますが。

後何気に彼女は今作の最強格です。

ミニゴーレムと巨大ゴーレム、さらにラヴォガリータモンの再現体を同時に操りながら、神代魔法を行使し、ハジメ達と互角以上に渡り合ったのですから、半端ないです。

 

 

 

・またやらかした光輝

やらかしたというか、やらかさせたんですけれどね。原作ではエヒトが彼に積極的に介入しなかったというか、放置されていましたが、今作ではある思惑が彼を狙っています。そのせいで自覚せずに罪を背負わされてしまいました。

状況と流れは「とある」のアクセラレータの絶対能力者実験をイメージしています。

彼には下準備が着々と進んでいます。それが発動した時こそが、彼の真価が問われます。

 

 

 

・3章について

1章のあとがきでの予告とは少しプロットを変更しました。なのでホルアドではなく神山となっています。

2章はトータスの人物中心でしたので、今度は地球からやってきた人々を中心に展開していく予定です。

 

 

 

2章での裏話はこんな感じです。

3章も予定しているだけでもかなりあるんですが、臨機応変に、面白いことを思いついてらやっていこうと思います。

 

 

3章のプロローグは同時投稿です。

 



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03章 ウル・神山編―Dark Leap Encounter―
01話 湖畔の町に舞い降りたもの


感想・評価・お気に入り登録ありがとうございます。

感染してしまったせいで投稿が遅れました。
2章のあとがきと同時投稿です。

3章開始です。いろいろ動き出しますのでお楽しみに。



 ある日の夜。

 ハイリヒ王国の北部にある湖畔の町ウル。

 湖という豊富な水源のおかげで大陸最大の稲作地帯として発展した町で、王国の食料自給率を支えている重要な拠点だ。とはいえ、魔人族の領域からはもっとも遠い位置にあるため、穏やかな観光の町となっている。

 

 そんな町の上空で、次元の歪みが生じた。それはやがてゲートとなり、中から2つの白い飛行物体が飛び出してきた。

 闇夜にあって白く輝く2つの飛行物体はしばらくふらふらと飛んでいたが、しばらくすると町の郊外の森の中に舞い降りた。

 

 夜も遅かったので、住人は誰一人としてそれに気が付かなかった。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 数日後。

 ウルの湖の傍の田畑では、地球から召喚された唯一の大人である畑山愛子が、自身の技能と魔法を駆使して農地改革を行っていた。

 オルクス大迷宮での一連の事件から、戦闘を拒否して引きこもってしまった生徒達の保護を対価に、彼女が引き受けている仕事だ。

 これには彼女以外にも神殿の騎士達と、引きこもっていた生徒の一部が付き添っている。

 騎士達は護衛だが、生徒達は精神ケアが目的だった。

 

 きっかけはもっとも大きな心の傷を負った雫と、付き添いの優花を農地改革に連れて行ったことだ。王国の民と一緒に畑仕事をする中で、徐々に彼女達に笑顔が戻っていった。

 完全に立ち直ったわけではないが、効果があった。そんな彼女達の様子を見て、他の生徒も加わり、生徒達の心も癒えていった。

 

 余談だが、神殿の騎士達は愛子を篭絡するために遣わされた、イケメン揃いの集団だった。しかし、愛子は彼らに靡くことなく、持ち前の一生懸命さと空振りから逆に彼らを魅了してしまい、気が付けば彼らを信者にしてしまっていた。

 現に今も、生徒と一緒に作業している愛子の傍に、神殿騎士専属護衛隊隊長デビットがやってきて話しかけてくる。

 

「疲れていないか、アイコ? ああ、顔が土で汚れている。頑張る姿も君の魅力の一つだが、汚れは気にしないといけない。君は俺の眩い太陽なのだ」

 

 なんとも気障なセリフを言いながら、愛子の顔に付いた土をぬぐおうとする。

 そこにすかさず優花が割り込んできて、自分の手ぬぐいで代わりにぬぐってあげる。

 

「いきなり女性の顔に触るのは騎士としてどうなんですか!」

「おっと。そうだな。つい汚れているのが我慢できずに。申し訳ない、アイコ」

「いえいえ。気にしないでください。では、作業を再開しましょう」

「次は向こうだよ、愛ちゃん先生!」

「そ、園部さん。引っ張らなくても大丈夫です。それとせっかく〝先生〟と呼んでくれるようになったのに〝愛ちゃん〟は止めないんですね……普通に愛子先生で良くないですか?」

「ダメです。愛ちゃん先生は〝愛ちゃん〟なので、愛ちゃん先生でなければダメです。生徒の総意です」

「ど、どうしよう、意味がわからない。しかも生徒達の共通認識? これが、ゆとり世代の思考なの? 頑張れ私ぃ、威厳と頼りがいのある教師になるための試練よ! 何としても生徒達の考えを理解するのよ!」

 

 優花とそんなやり取りをしながら離れていく姿を、優し気に見つめるデビット。他の騎士達も似たような感じで、篭絡するはずがすっかり愛子に魅了されていた。

 

 そんな愛子だが、王城から付いてきた生徒達からはとても頼りにされていた。身近な大人という事もあるが、魔力が優れていたことを活かして土属性の魔法の練習も始めた。生徒達を守るために、自分も力を付けなくてはいけないと思ったのだ。農地改革の合間だったためあまり時間は無かったが、執念で学んだ結果、上級魔法までも習得してしまった。

 一度、農地の近くにはぐれの魔物が出た時など、騎士達が剣を抜く前に魔法で倒してしまったほどだ。

 これ以降、彼女の株は鰻登りとなった。

 いつしか愛子の事を巷では〝豊穣の女神〟と呼ぶようになってしまい、彼女は困惑してしまった。

 

 そんな全力全開な日々を送っている愛子だが、ふとした時に不安に襲われる事が二つある。

 

 1つは地球への帰還方法。

 もともと彼女はハジメ達と、それを探すためにパーティーを組んでいた。しかし、オルクス大迷宮での一件から着手することが出来ず、生徒達を家族の下へ送り届けるという最終目標が、まるで見えてこない。

 

 2つめはPTSDを発症してしまった雫の事。

 畑で鍬を振るっているときは笑顔を見せている彼女だが、夜は1人で眠ることが出来ず、愛子か優花達が付き添っている。それでも悪夢をよく見ているようで、苦しい寝顔を浮かべている。精神科医でもない愛子では、戦いから遠ざけることしかできず、癒すことが出来ない。それができる人物達の行方も依然として不明だ。

 

 どちらも愛子がどれだけ頑張ってもどうしようもならないことで、嫌でも自身の無力さを痛感してしまう。

 だが、生徒達にそんな様子を見せてはいけないと、愛子はさらに頑張るのだった。

 

 一方の生徒達も各々で頑張っていた。特に愛子が気にしていた雫は。

 しかも、騎士達が最近知らせてくれた王都でのメタルグレイモン襲撃事件が彼女に重くのしかかってきた。

 

「はぁ。まさかデジモンが神敵認定になるなんて」

「雫大丈夫?」

 

 畑を耕す手を止めて溜息をつく雫に優花が話しかける。しゃべるようになってから気が付いたが、派手な見た目をしているが実は面倒見がいいのだ。

 

「うん。ちょっと朝の話が気になって。私が悩んでも何もできないんだけど」

「あー。確かに。仕方ないとはいえ、白崎さん達が戻ってきたときにめんどくさいことになるわね」

「香織はテイルモンと別れるつもりはないと思うし、ハジメは絶対あり得ないわ」

「……ねえ、やっぱり南雲も生きているのかな?」

 

 ハジメの名前を出すと優花が不安げに聞いてくる。

 雫はテイマーズと交流があったから、パートナーのガブモンの生きているという言葉を信じられたが、彼女はそうではなかった。あの何処までも落ちていくような奈落の闇の中に落ちたのだから、生きていると信じる方が不自然だ。雫もそれをわかっている。

 

「生きているよ。香織が絶対に連れて帰って来てくれる。私は信じているから」

「……強いよね。雫は」

「そんなことない。今でもいろんなことが不安でいっぱい。だから、ハジメに縋っているのよ」

 

 地球に帰還できるのか。戦争に巻き込まれるのか。魔物が襲ってこないか。

 そして、香織とハジメと再会できるのか。

 沢山の不安に押し潰されそうになるのを、ハジメの生存を信じることで紛らわせている。

 

「でも……」

 

 もしもハジメが生きていて、香織と一緒に戻ってきたら、私はどうすればいいのだろう。

 

 口に出さなかったその疑問の答えを出す時が、刻一刻と迫っていた。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 そんな愛子達を遠くから見つめる2つの人影があった。

 

「あれが豊穣の女神? 普通の人間じゃない」

「ですが、ノワール姉さま。農地を豊かにするあの力は噂通りです。それに教会の宣伝通りなら異世界人。もしかしたら力になってくれるかもしれません」

「そうかしらねえ~」

 

 怪訝な様子の1人に対し、もう1人は愛子へと期待の籠った眼差しを向けている。

 前者は黒いシスター服を着た長身の少女で、後者は真っ白なシスター服を着た小柄な少女だ。

 

「ではいってまいります。お姉さまはあの子を見ていてください」

「はいはい。ボロを出すんじゃないわよ。ブラン」

「はい。ノワール姉さま」

「あと緊張であがるんじゃないわよ。人見知りなんだから」

「が、頑張ります」

 

 指摘されたことで不安になったブランと呼ばれた少女が、愛子達の下へ駆けだした。

 

 しかし、ブランが愛子達の所に駆け寄る前に、異変は起こった。

 

 農作業をしていた愛子達の頭上10メートルほどの空中に、空間の歪みが現れた。

 バチバチという音が聞こえた愛子達が頭上を仰ぎ見ると、そこから異形の存在が現れた。

 

 蝙蝠のような羽を広げた二足歩行の巨大な雌山羊の姿でありながら、片手には日傘を持ち、淑女たる装いをしている。

 誰にも知られずトータスで暗躍する闇の堕天使型デジモン、メフィスモンだった。

 

「な、何? あれ……」

「ま、魔物だ!」

 

 メフィスモンの姿を見た町民が叫んだ言葉に、愛子はハッとして雫を見る。

 

「あ、ああぁッ……」

 

 案の定、彼女は震えながら立ち尽くしていた。瞳は不規則に揺れ、今にもへたり込みそうになっている。

 

「八重樫さん!」

「雫!」

 

 愛子と優花が駆け寄る。魔物に対するトラウマからPTSDを発症している彼女を、一刻も早くこの場から遠ざけなければ。

 しかし、あまりにも行動が遅かった。

 メフィスモンが眼下の愛子達をじろりと見下ろす。少し何かを考えていたメフィスモンが、ニヤリと笑みを浮かべる。

 片手に持った日傘を振るうと、闇色の大きな魔法陣が展開される。

 

「《ヘルマニア》」

 

 そこから強力な暗黒呪文弾が雨のように周囲に放たれた。

 

「うわあああああ!!??」

「きゃあああああッ!?!」

「ひぃいいいいい!?!?」

 

 着弾して起こる爆発に人々は悲鳴を上げて逃げ惑う。

 騎士達が非難させようとする中、メフィスモンは再び日傘を振るい魔法陣を描く。

 しかし、それは攻撃魔法ではなかった。

 

「暴れなさい。イビルモン」

「「「「「イーヒヒヒ!!」」」」」

 

 魔法陣の中から無数の小悪魔型デジモンが召喚された。成熟期デジモンのイビルモンだ。

 イビルモン達はメフィスモンに使役されており、命令通りに無茶苦茶に暴れ始める。

 農地を荒らし、人々に襲い掛かるイビルモン達。

 騎士達が剣を振るって倒そうとするが、イビルモンの口から放たれる超音波《ナイトメアショック》で反撃され、平衡感覚を狂わされて倒れてしまう。

 

 イビルモン達は生徒達にも襲い掛かる。

 

「いやああっ!?」

「こっち来ないでぇ!?」

「やめなさい!! 〝岩弾〟!!」

「ギャ!?」

 

 生徒達を守るために、魔法を放つ愛子。岩の弾丸がイビルモンの一体に命中して昏倒させることに成功する。

 

「早く逃げてください!」

「あ、愛ちゃん先生……」

「ありがとう……」

 

 助けられた生徒、優花の友人の菅原妙子(すがわらたえこ)と宮崎奈々がお礼を言い、その場から離れる。一息ついた愛子だったが、撃ち落としたイビルモンが目を覚まし、愛子に飛び掛かってきた。

 もう一度魔法を使おうとするが、間に合わない。

 

(あ、ダメ)

「させません!!」

 

 もう駄目だと思った愛子だったが、白い影が飛び込んできた。愛子達の所に向かっていたブランという少女だ。

 彼女の手には不釣り合いな三又の槍〝クロスバービー〟が握られており、思いっきり振るう。

 槍はイビルモンに命中し、大きく吹き飛ばす。

 

「大丈夫ですか?」

「は、はい。あなたは?」

「ブランといいます。初対面ですが、あなた達を守ります!」

「あ、ありがとうございます」

 

 突然現れたブランに困惑する愛子だったが、自分や生徒、ウルの住民を守るためにイビルモンに立ち向かう姿にお礼を言う。

 ブランはトータスで一般的なシスターと違い、まるで戦士のような身のこなしで次々とイビルモンを倒していく。騎士や住人達もブランには目を見開く。突然現れたというのもあるが、彼女はまるで兎人族のようなウサミミが付いたウィンプルを被っていた。亜人族を蔑んでいる聖教教会のシスターではありえない格好だ。緊急事態なので指摘する人はいないが、どうしても注目を集めていた。

 

 大暴れするイビルモン達とそれに立ち向かう愛子達。それを横目に、メフィスモンはキョロキョロと何かを探している。

 

「もう少し騒がしくしてみるか」

 

 日傘を振るい、再び暗黒呪文弾を放つ。今度は街の建物に命中し、跡形もなく破壊する。

 それを見て恐怖にかられる人々。

 

「あ、ああ」

「雫! 早く、立って」

 

 特に雫はPTSDのせいでトラウマがフラッシュバックし、へたり込んでしまった。優花が立たせようとするが、彼女も恐怖心から腰が引けてしまっている。

 動けない2人がメフィスモンの目に入った。

 

「ふむ」

 

 ニヤリとあくどい笑みを浮かべるメフィスモン。その目を見た2人は恐怖で体が硬直する。そこに、メフィスモンが暗黒呪文弾を撃ってきた。

 

((あ、死んだ))

 

 目を閉じることも出来ず、迫りくる暗黒呪文弾に何もできない。

 

 しかし、先ほどの愛子のように彼女達を守る者達が舞い降りた。

 

「《ヘブンズナックル》!!」

「《ピッドスピード》!!」

 

 舞い散るのは白い羽。光り輝く翼を背負い、聖なる拳とロッドが暗黒呪文弾を打ち破った。

 

「天使?」

「……違う」

 

 優花が自分達を守った存在を目にした印象を口にするが、雫は首を横に振る。

 白い翼を持ち、聖なる衣を身に纏ったその姿は、誰もが優花のように天使を思い浮かべるだろう。

 だが、彼らは天使ではない。デジタルワールドに危機が迫ると、神々の隊列に加わり、悪を倒す天使型デジモン。その名は──。

 

「エンジェモン!!」

「私の事を知っているのか」

 

 雫の言葉を聞き、少しだけ振り向くエンジェモン。

 

「エンジェモン。今は相手に集中してください。話は後で」

「ああ。ピッドモン。君達は早く逃げて!!」

 

 エンジェモンに注意をしてきたのは、エンジェモンに似ているが、翼の数が少ない天使型デジモン。名をピッドモン。エンジェモンと同じ天使型デジモンで、階級は彼より下だが、負けず劣らずの実力を持つ。

 

 メフィスモンは現れたエンジェモンとピッドモンの姿に笑みを深めると、日傘を2体に向ける。2体もその手に持ったホーリーロッドを構えた。

 

 湖畔の町に、天使と堕天使が舞い降りて戦いが始まった。

 




〇デジモン紹介
エンジェモン
レベル:成熟期
タイプ:天使型
属性:ワクチン
光り輝く6枚の翼と、神々しいまでの純白の衣を身に纏った天使デジモン。完全なる善の存在であり、幸福をもたらすデジモンと呼ばれているが、悪に対しては非常に冷徹で完全に相手が消滅するまで、攻撃を止めることはない。デジタルワールドが幾度となく危機に見舞われたとき、同種属のデジモンを率いて降臨したと伝えられており、ダークサイドに引き込まれたデビモンも、もともとは同種族であった。必殺技は黄金に輝く拳で相手を攻撃する『ヘブンズナックル』。



まずは愛子達の現状でした。原作と違いちょっと攻撃魔法も練習している愛子。聖と思いの彼女ならおかしくないかなと思いました。
そしてまさかのメフィスモンの登場。黒幕の1体です。
それに呼応するように登場したのは有名デジモンのエンジェモンと、そっくりさんのピッドモンです。しかもブラントノワールという謎の少女達もいて、どうなるのかお楽しみに。


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02話 ウルに集う者達

感想・評価・お気に入り登録ありがとうございます。

ギリギリ更新が間に合いました。


〇前回のあらすじ
湖畔の町、ウルで農地改革に勤しみながら、生徒の精神的なケアを行う愛子。生徒の中には雫の姿もあった。そこに突如、メフィスモンが襲来。パニックに陥るが、そこにブランという謎の少女と、天使型デジモンのエンジェモンとピッドモンが現れた。


 雫達を守るために現れたエンジェモンとピッドモン。

 彼らは背中の白い翼をはためかせ、空中に浮かぶメフィスモンに向かっていく。

 

「援護を頼む、ピッドモン」

「《ファイアフェザー》!!」

 

 聖なる拳を構えて突貫するエンジェモン。ピッドモンはエンジェモンを援護するために、背中の羽根を燃え上がらせて放つ。

 

「ふん」

 

 メフィスモンは日傘を開き、ピッドモンの技を防ぐ。その隙に接近したエンジェモンが拳を突き出す。

 

「《ヘブンズナックル》!!」

「ぬぅ」

 

 メフィスモンの胴体にエンジェモンの必殺技が命中する。通常、成熟期デジモンの技は完全体デジモンには効果が薄い。だが例外もあり、エンジェモンの技は暗黒系デジモンであるメフィスモンに高い効果を発揮する。そのため、メフィスモンはダメージを受けてエンジェモンから距離を取る。

 

「イビルモン達よ!」

 

 人々を襲っていたイビルモン達が、メフィスモンの号令に従い飛び立つ。

 そのままエンジェモンとピッドモンに襲い掛かっていく。

 

「はあ! たあ!」

「ふっ! とぁ!」

 

 二体は襲い掛かって来るイビルモン達をホーリーロッドで打ち払う。

 数は多いが、もともとの強さではエンジェモンとピッドモンの方が上だ。加えて暗黒系に強い聖属性なので危なげなく戦う。相性の良い暗黒属性でもあるので、神殿騎士よりも圧倒的な戦いを繰り広げている。神話の天使と悪魔の戦いのような光景に、地上から見つめる人々の中には手を合わせて拝み始めている人もいた。

 粗方イビルモン達を退けたエンジェモンとピッドモンだが、なぜかその間にメフィスモンは攻撃してこなかった。イビルモン達に相手をさせている間、ジッとエンジェモン達の戦いを観察していたのだ。

 そして、イビルモン達が全滅し、メフィスモンに武器を向ける二体。

 

「フッ。《ヘルマニア》」

 

 不敵に笑うと、先ほどから使っている暗黒呪文弾を放ってくる。

 エンジェモンとピッドモンはお互いのホーリーロッドを交差させて受け止める。二体がかりで何とか攻撃を弾き飛ばす。

 それを見届けたメフィスモンは魔法陣を展開し、何とその場から姿を消した。

 転移して不意打ちをしてくる気なのかと、エンジェモンとピッドモン、地上の騎士達が警戒する。しかし、いつまでたってもメフィスモンが現れる気配はなく、配下のイビルモンも出てこない。

 

「終わったのか」

「そのようです。お疲れ様です。エンジェモン」

「君もよくやってくれた。とりあえず、降りてみよう。いい加減この世界のことが知りたい」

「はい」

 

 愛子達の下に降りるエンジェモンとピッドモン。すると住民たちと神殿騎士達がやって来て、膝をついて頭を垂れた。

 

「我が危機に降臨していただき、ありがとうございます、天使様!」

「え? いや私達は」

「神々しい翼に、純白の衣! ああ、まさにエヒト様の使いのお姿」

「勇者様と女神様だけでなく、傍仕えの天使様まで降臨していただけるとは。これで王国は、人間族の未来は約束されました」

 

 突然の言葉に困惑するエンジェモンとピッドモン。頭を下げているために二体の様子に気が付かない。

 仕方なくエンジェモンは、自分達が天使ではなくデジモンであることを告げようとする。

 

「あああああの皆さん!!」

 

 その前にブランが割り込んできた。

 

「天使様たちもお疲れですし、怪我人もいます! 周りも滅茶苦茶です! ゆっくり休んでもらって、お手当や片付けをするのが先ではないでしょうか!!」

 

 突然現れたブランにエンジェモン達も騎士達も驚く。だが、神殿騎士隊長のデビットはブランの態度に怒気を放つ。教会ではシスターの地位はそこまで高くない。神殿騎士の自分達が天使様に頭を下げているのに、それに倣わないことに怒っているのだ。

 

「一介のシスターがごときが、天使様を前に頭を下げないとは何事か!!」

「ひうっ、ああの、でも」

「彼女の言うとおりですよ! 今は天使様に休んでもらって、怪我人の救助と後片付けをしましょう!!」

 

 今度は愛子が割り込んできた。その後ろで雫と優花がエンジェモン達に小声で話しかける。

 

「デジモンって言うことは隠してください」

「今ここでデジモンとばれるのはまずいんです」

「お二人の言うとおりです。詳しい説明は後程、私の方からしますから。ここは話を合わせてください」

 

 2人と一緒にブランもエンジェモン達に話しかける。とりあえずこの場は彼女達の言うことに従うことにした。

 騎士達も愛子が説き伏せたことで、エンジェモン達は街の教会の礼拝堂で休むことになった。

 教会の人間達はエンジェモン達の姿に驚愕し、すぐさま祈りを捧げた。その後、過度な持て成しをしようとしたが、ブランからアドバイスを受けていたエンジェモン達は辞退。その分を町の復興と負傷者の手当てに回すように言った。これにより、二体は礼拝堂内で体を休めることができた。

 一方、二体と話をしようとしたブランだが、町の復興のために駆り出され抜け出せずにいた。先の戦闘で目立ってしまったことと、町の教会に所属していなっために、雑用係のような事を押し付けられてしまった。町中を駆け回って怪我人の運搬に、瓦礫の撤去に奔走した。

 結局ブランが解放されたのは、日も落ちて夜になってからだった。

 

「お、お待たせしました。エンジェモン様。ピッドモン様」

「いや、気にしないでくれ」

「私達もゆっくり休めた」

 

 夜の教会で窓から差し込む月明かりと蝋燭の火を頼りに会話をするブランとエンジェモン、そしてピッドモン。

 これから各々の事情を話すのだ。

 

「改めて私の自己紹介から。シスタモンブランといいます。この世界には四聖獣の一体、チンロンモン様の命を受けて参りました」

「四聖獣の使いだったとは。私は天使型デジモンのエリアで守護隊長をしております、エンジェモン。先のデ・リーパーとの闘いでは未熟者ながら、戦列に加わっておりました」

「同じく、守護隊に所属しておりますピッドモン。エンジェモン様の副官を務めております」

 

 ブラン──シスタモンブランが自身の素性を明かすと、エンジェモンとピッドモンもそれぞれ自己紹介する。

 ブランの正体とは、デジモンでしかもシスタモンだったのだ。シスタモンは特殊なデジモンで、同じ名前でも個々の性質で三つのデジモンに分類される。トレイシーと行動を共にしていたシエルもその一つだ。面白いことに彼女達はそれぞれ姉妹の間柄を持ち、ブランはシエルの妹に当たる。そして、最後のもう1人もこの場にやって来ていた。

 

「遅れてごめーん! でもさあ、覗いていた奴らを捕まえてきたから許してぇ」

 

 静かな礼拝堂に陽気な声が響いた。そこまで大きな声ではないので、寝静まった住民たちは起きてこないだろうが、不用心だ。

 ブランは文句を言おうと入ってきた人物を見る。ブランと同じデザインだが、色は真逆の黒いシスター服を着た修道女だ。被っているベールは、黒猫を模している。彼女こそ、シスタモンの最後の一体、シスタモンノワールだ。ブランの姉で、シエルとは双子の間柄だ。

 そんな彼女ともう1人、紺色の服の男が三人の女性を連れて礼拝堂の中に入ってきた。

 

「あなた達は」

「えーっと、その、立ち聞きしていてすみません」

 

 女性の1人がブラン達に頭を下げる。それは愛子だった。彼女の後ろには雫と優花がばつが悪い顔を浮かべていた。

 そして最後に紺色の服の男性へとエンジェモンとピッドモンは目を向ける。

 見るからに怪しい風貌だ。長袖のコートで全身を覆い隠し、目深に被った帽子で顔が全く分からない。体格から男という事はわかるが、それだけだ。

 

「俺はそこの二人の協力者だ」

 

 男はブランとノワールを指差して答えた後、教会の椅子にどっかりと座る。

 

「相変わらず不愛想ね~。まあ、怪しい見た目だけど敵じゃないわ。ねえ、ブラン」

「はい。ノワール姉さまの言うとおりです。彼は私達も助けられましたから。あ、名前はマミーさんというそうです」

 

 ノワールとブランが取り成したことで、一先ずエンジェモン達は納得して男、マミーから目を放した。

 

「え? マミーってもしかして」

 

 マミーの名前を聞いた雫が目を見開き、マミーを見る。だが、マミーは雫の視線を気にした風もなく、ブランとノワールに話しかける。

 

「こいつらはどうするんだ? デジモンとばれたならここにはいられないだろう。口を封じるのか?」

「そんなことしませんよ!」

 

 淡々と物騒なことを口にするマミーに雫と優花が怯え、愛子が前に出て二人を庇う。

 ブランが慌ててマミーの言葉を却下する。

 

「幸い、元々愛子さんには私達の方から接触しようと思っていました。だから問題ないです」

「私も、彼女達は私達を害するつもりはないと思う」

 

 ブランだけでなくエンジェモンも愛子達を擁護する。

 

「話の端々からデジモン、もしくは人間以外の生き物はこの世界では忌み嫌われているのだろう。あの時、私達がデジモンだと明かしていれば、排斥されていたかもしれない。彼女はそれを庇って、黙っていてくれた。それだけで信じられる」

「私もエンジェモン様と同意見です」

 

 ピッドモンも擁護に加わる。ノワールは元々ブランと同意見だったのか笑みを浮かべている。

 マミーはそれを聞いて、「そうか」と呟き、口をつぐんだ。そこまで強く主張するつもりはないようだ。

 

「予定外の人も来ましたが、そろそろ話し合いを始めましょう。今、この世界だけでなく、デジタルワールドも巻き込んでいる、巨大な異変とその裏に潜む陰謀について」

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 ウルの町で騒動が起きてからおよそ一週間経った頃。ウルの町へ続く街道を2台の魔導二輪が疾走していた。

 運転しているのは当然、ハジメ達だ。

 なぜ彼らがウルに向かっているのか。それは彼らがライセン大迷宮を攻略した後の話し合いまで遡る。

 ブルックで集めた情報から、異世界から召喚された生徒達に危機が迫っていると判断したハジメは、全員の前で行動の方針について提案をしていた。

 

「提案がある。──大迷宮の攻略を一時中断しようと思う」

 

 全員がハジメの言葉の意味を吟味する。

 

「それは同郷の者達を助けるためですか?」

「ああ。このままだと、あいつらは命を落とす。戦争、陰謀、暗殺。考えられる原因はいくらでも。その前に保護するべきだ」

 

 トレイシーの質問に答えるハジメ。

 

「意外ですわね。あなた達は目立つことは避けると思っていました」

「はい。大迷宮攻略をスムーズに進めるための効果的な行動です」

 

 トレイシーとシエルの考えは間違っていない。ステータスプレートを偽って変装したり、デジモン達をデジヴァイスに入れるようにしたり、これまでハジメ達は素性を隠して行動してきた。それは派手な動きをすることでトータスの神に目を付けられ、妨害されるのを防ぐためだ。

 

「そのつもりだったさ。フェアベルゲンに潜伏していた神の使徒と遭遇したとはいえ、完全にばれたわけじゃないからな。方針を変える理由にはならない。俺はもっと先の事を見据えて動きたいと思ったんだ」

「あ、もしかしてあの事か?」

 

 ふとガブモンが何かに思い至ったのか声を上げる。

 

「あの事?」

「ああ。6年前のデ・リーパーとの闘いだ」

 

 ガブモンの傍にいたテイルモンが聞くと、全員に話し始めた。

 6年前のデ・リーパーとの闘いで、テイマーズは仲間の1人、加藤ジュリをデ・リーパーに攫われた。彼女そっくりに似せられた替え玉と入れ替わり、本物のジュリはデ・リーパーの中核、カーネルに囚われの身となっていた。そのため、テイマーズはジュリを助けるために奮戦した。

 これと同じことが起きるのをハジメは危惧したのだ。特にハジメと香織には、雫という大切な存在が居る。もしも彼女が攫われて人質に取られれば、致命的な隙となってしまう。

 

「だったら絶対に助けなきゃ!」

 

 香織が気炎を上げてハジメの提案に乗る。気持ちはわかるが、自分達の一存で行動の指針を決めるわけにはいかないと、ハジメは彼女を落ち着かせる。香織以外のメンバーにも意見を聞く。特にユエ達は見ず知らずの他人のために動くのだから、仲間とは言え筋は通さないといけない。

 まずはハジメ達と同じく地球出身の浩介が手を上げる。

 

「俺はハジメの方針に賛成だ。クラスメイトだし、先生と八重樫さんは同じパーティー。ふっ。我が深淵の力を振るうのに十分な理由だ」

「サンキュー。浩介。……ただな、そこはかとなく深淵卿が出ていないか?」

「え? あっ」

 

 ハジメに指摘されて頭を抱える浩介。闇のスピリットを使いこなしてきた彼だが、比例するように深淵卿も使いこなしている。それと同時に普段の言動も深淵卿風になって来てしまっている。

 浩介の次にユエとシアが手を上げる。

 

「私も賛成。ハジメ達の大切な人なら、私も助けたい」

「ユエがいいなら私もいい」

「私の大切な家族や親友の為に動いてくれたハジメさん達の為に、今度は私もお助けするですぅ!」

「俺も賛成だ!」

 

 彼女達も賛同する。パートナーデジモン達も同様だ。

 

「衝動的なのではなく、先々を考えての提案ならばわたくしも異論はありませんわ」

「右に同じく。構いませんわ」

 

 最後にトレイシーとシエルも賛成した。

 こうしてハジメの提案は全員の賛同を得たのだった。

 それから彼らは話し合いを続け、翌朝から行動を開始した。

 

 まずはブルックの冒険者ギルドで畑山愛子についての情報を集めた。彼女の評判はかなり有名で、ブルックにも届いていた。おかげで今はウルの町で農地改革をしていることが分かった。教会の評判を上げるためだろうが、重要人物の居場所を広げるのは悪手だとハジメは呆れた。

 

「思ったよりも状況は不味いかもな」

 

 その後、冒険者ギルドを出るとき、浩介の事を気にかけていた受付のおばちゃんのキャサリンさんから、町やギルドでもめた時のためにと手紙をもらった。キャサリンさんの底知れなさを実感しながら、ブルックの町を後にしたハジメ達。

 

 そこでハジメ達は二手に分かれることにした。

 まずは愛子達の下に向かうハジメ、香織、ユエ、シア。愛子達を助けるためにウルに向かう。

 その一方で、浩介、トレイシー、シエルはハイリヒ王国の王都に向かうことにした。

 王城に引き籠っている神の使徒達を助ける準備と、神山の調査を行うためだ。

 何せ、王都に隣接する聖教教会の本部である神山には大迷宮があるのだ。灯台下暗しというわけで、敵の中枢に解放者の大迷宮があるなんて誰も思わないだろう。もっともそんな場所にあるせいで、もしもハジメ達が教会に目を付けられれば、容易に近づくことが出来なくなる。その前に隠密行動が得意な浩介達が、神山の大迷宮を調べることになったのだ。

 

 かなり困難な任務になるため、ハジメは浩介達に宝物庫を1つ渡した。移動用の魔導二輪1つに、ハジメ謹製のアーティファクトを大量に収納している。

 危険な役割を引き受けてくれた浩介達への、最大限の支援だった。

 

 そうして浩介達と別れたハジメ達はウルへと向かっていた。

 移動には身軽さを優先して魔導二輪を使い、運転にはハジメと、意外にも運転の才能があったシアがしている。デジモン達はデジヴァイスの中だ。

 

「そう言えばウルって稲作が盛んなんだよね」

「稲作ですかぁ?」

 

 運転の小休止をしていると、香織がブルックで聞いた話をふと思い出す。シアがウサミミを傾ける。

 

「おう。つまり米。俺達の故郷の主食を栽培しているんだ。こっちに来てから一度も食べていないからな。楽しみだ」

「うんうん。種類は同じかわからないけれど、久しぶりに食べてみたいよ」

「ん。私も食べたい」

「へぇ~。私も食べてみたいですぅ」

 

 ハジメ達が米へと思いはせる。それはデジモン達も同様だ

 

「ハジメのお母さんの家で食べたおにぎり、美味しかったしな」

「どんな食べ物なんだ?」

「味は?」

「旨そうな見た目なのか?」

 

 穏やかにウルへと向かうハジメ達。だが、彼らは知らない。ウルで何が待ち受けているのか。

 

 




〇デジモン紹介
ピッドモン
レベル:成熟期
タイプ:天使型
属性:ワクチン
2枚の羽を持ち、輝かしい白い衣を身にまとった“天使型デジモン”。エンジェモンと同じ完全なる善の存在だが、階級はエンジェモンの下に位置する。しかし、パワーはエンジェモンに負けず劣らずあり、ホーリーロッドを振るい悪を滅ぼす存在である。必殺技は、聖なる炎で燃え上がる羽を流星のように降らせる『ファイアフェザー』と、猛スピードで突撃し、ホーリーロッドで強烈な一撃を繰り出す『ピッドスピード』。



いろいろ省略したハジメ達。栄養ドリンクの人とかフューレンとかについては、あまり時間をかけていられないと思いオリジナル展開で行きます。うまく絡められたらいいんですが、無理やりになりそうなら路線変更していこうと思います。

今話も気になることがいっぱいあると思いますが、デジモンアドベンチャー02を知っている人なら何かピンと来た登場人物がいると思います。
作者は何気に彼の事がお気に入りです。

では次回もよろしくお願いします。


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03話 涙の再会

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プロットを組みなおしていたら遅れました。

・前回のあらすじ
ハイリヒ王国随一の穀倉地帯にあるウルの町を突如襲ったメフィスモン。窮地に陥る雫たちを救ったのはエンジェモンとピッドモン、そしてシスタモン ブランだった。
デジモンであることを誤魔化し、彼らから事情を聴く雫達。
一方、ハジメ達は浩介達と一時別れ、召喚された者達、特に雫を救うためにウルに向かっていた。



 ウルの町へ向けて魔導二輪を走らせるハジメ達。だが、徐々に町が近づくにつれて、ハジメと香織は愛子達、特に雫に何て言って会えばいいのか頭を悩ませ始めた。香織はシアの後ろに乗っているからいいが、ハジメは運転が散漫になってしまい、ユエが運転を交代した。

 ユエとシアの後ろで悩む二人だが、ほどなくしてウルの町が視えてきた。ブルックの時と同じように魔導二輪から降り、変装して町の中に入る。

 ここまでくればなるようになれという心境になり、ハジメ達は愛子達の居場所を探るために、お馴染みの冒険者ギルドに向かった。

 

 ハジメ達が冒険者ギルドに入ろうとすると、ドアが開き一組の冒険者パーティーが出てきた。

 

「よろしくお願いします。ゲイルさん。皆さん」

「あんまり気張るなよ、ウィル。簡単な調査なんだから、危険も少ないはずだ」

「そうそう。俺達が付いているんだから気楽に行こうぜ」

 

 武器と防具を装備した、いかにも冒険者というパーティーの中で、1人だけ小奇麗な装備の青年がいた。話し方も仕草も冒険者には見えない。ハジメは奇妙なパーティーだなと少し思ったが、そのまますれ違ってギルドの中に入っていった。

 ギルドは賑わっており、活気に満ちていた。

 ウルが観光町であることに加え、〝豊穣の女神〟と称えられる愛子の噂を聞きつけて人が集まっているようだ。

 その証拠に受付で愛子のことを話せば、受付嬢にまたかというような顔をされた。そして次のように注意を受けた。

 

「神殿騎士が護衛をしていますので、無闇に近づかないでくださいね。冒険者ギルドは責任を負いませんので」

 

 さもありなん。もっともハジメ達はもっと大それたことを考えていたりするが。

 教えられた場所、ウルの農地に向かうハジメ達。

 そこには住人に交じって畑や田んぼで農業をする愛子と生徒達の姿があった。その中にポニーテールの少女の姿を見つけた。

 

「あれが、シズク」

「お二人の大切な方ですか。綺麗な人ですぅ」

 

 初めて雫を見たユエとシアが興味深そうに見る。

 農作業をしているので多少泥は付いているが、トータスにはいない和風美人な雫の美貌は損なわれていない。むしろ健康的な雰囲気の美少女だ。

 一方のハジメと香織は、農具を持って働いている姿に深く安堵した。

 

「雫ちゃん。よかった。起き上がれるようになったんだ」

「ああ」

 

 王宮での酷く弱っていた姿を見ていた香織は、ずっと心の中で気にかかっていた。ハジメを助けるために飛び出したことは後悔していない。それでも傷ついた親友を置いてきたことは、後ろ暗い思いとして気にかかっていた。

 

『でもやっぱり、元気はないみたいね』

「……うん」

 

 頭の中にテイルモンの声が響いた。これではデジヴァイスに追加した新機能で、デジヴァイスの中にいるデジモンの声が、テイマーの脳内に届くというものだ。突然デジヴァイスからデジモン達の声が聞こえたら周りが驚くので、〝念話〟の魔法を参考にハジメがプログラムを作った。それを全員のデジヴァイスにインストールしたのだ。

 香織のデジヴァイスから聞こえてきたテイルモンの言葉に、香織が顔を曇らせる。よく見ていればふとした時に雫は溜息を吐いて、憂鬱な表情を浮かべている。長い付き合いの彼女には、彼女の心の傷が未だ癒えていないのが、何となくわかった。それは雫から思慕の念を向けられているハジメも同じだった。

 

「俺のせい、だな」

『それは違うだろ』

「うん。ハジメ君は何も悪くないよ」

 

 ハジメの零した言葉に、ガブモンと香織が反論する。確かに雫のトラウマ、PTSDの原因は6年前のハジメとサラマンダモンの戦いだ。その後の再発もベヒモスとの闘いで、トドメはハジメが目の前で奈落に落ちたことだ。ほとんどの原因にハジメが関係している。

 だがそれはハジメが悪いわけじゃない。悪い巡り合わせや悪意が降りかかってしまった結果だ。だが、ハジメとしてはそう思えない。

 

「もっと俺が強ければ雫に心配させることもなかった。そんな意味のない後悔をしているんだ。まあ、そうなったらユエとシアには会えなかったし、色々知らずにいたから、結果オーライといえるかもしれない。でもな、やっぱりどうしても俺が傷つけたって思っちまうんだ。それは香織もだろ?」

 

 香織と同じようにハジメも胸の内に抱えていた後悔を発露する。

 もしも橋が崩壊する際、ハジメも一緒に助かっていれば雫のケアをできたかもしれない。香織から自分が落ちた後の状況を聞いてから、心の奥底で思い続けていたのだ。

 それを聞いてユエとシアは難しい顔をする。確かにハジメが奈落に落ちなければ、そのまま帰還して雫の心をケアすることが出来た。その後、一緒に愛子の農地改革の手伝いをしていたかもしれない。

 だが、それでは封印されていたユエは解放されず、ルナモンも途方に暮れていただろう。シアとコロナモンも、ライセン大渓谷を彷徨い続けていたかもしれない。何より神エヒトの正体を知ることも出来ず、解放者達の情報と神代魔法を得られなかった。そうなれば故郷への帰還の手掛かりは掴めなかった。

 結果的なメリットとデメリットを比べると、今の状況の方が良いように思えるが、雫という大切な人の心が傷ついたことを、損得勘定に掛けることなんてハジメにはできなかった。

 

 とはいえ、こうして後悔に苛まれていても何にもならない。ここに来た目的を果たさなければ。

 今この場で彼女達の下に駆け寄って、正体を明かすのは論外だ。住人や、何より神殿騎士の目がある。光輝の言葉のせいでハジメは神敵認定されているのだ。慎重に動かざるを得ない。

 やはり一旦離れて、神殿騎士達が離れる夜を待った方が良い。

 名残惜しいがその場を後にし、夜まで潜伏することにするハジメ達だったが、今度はハジメのデジヴァイスからガブモンの声が聞こえてきた。

 

『ハジメ。デジモンの気配がする』

「何?」

『方角は町の外れ。あの建物だ』

『私も感じた。間違いない』

『ん。数は3つ』

『成熟期レベルか?』

 

 ルナモンとコロナモンも、ガブモンが感じたデジモンの気配に付いて教えてくれる。

 ガブモン達が教えてくれた方向へ目を向ける。そこにあった建物は、デジモンがいるのはあり得ない場所だった。

 

「教会だと?」

「何で教会からデジモンの気配が?」

 

 ハジメと香織が首を傾げる。教会はハジメと同じように、デジモンも神敵と認定しているはずだ。なのに、なぜ教会からデジモンの気配がするのか? 

 

「考えていても仕方ない」

「気になるなら行くしかないですよ」

 

 ユエ達の言葉にハジメは頷く。雫達の様子は確認できた。だが、教会のデジモンの気配を放っておけば、後々彼女達に危険が及ぶかもしれない。

 ハジメ達は教会に向かっていった。

 

「……え?」

 

 その後姿を、偶然振り向いた雫が目を見開いて見つめていた。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 ガブモン達が感じた気配のある教会に近づく。人の気配は無い。

 警戒しながら扉を開けて中に入る。

 入ってすぐに礼拝堂となっており、窓にはステンドグラスがはめられており、差し込んだ光が教会に相応しい厳かな雰囲気を漂わせている。

 その中に、1人の少女がいた。

 

「女の子?」

「……いや」

『デジモンだ』

 

 香織の言葉をハジメとデジヴァイスの中のテイルモンが否定する。

 

「何か御用ですか?」

 

 ハジメ達が入ってきたのに気が付いた少女が振り返った。その顔を見て驚いた。

 何せハジメ達が知っている顔にそっくりだったのだから。

 

「シエルに似ている?」

「確か妹がいるって言っていませんでした?」

「あ。本当だ。シスタモン ブラン。成長期だって」

 

 少女を見たユエ達がシエルに似ていることに驚く。香織が取り出したデジヴァイスに少女──ブランのデータが表示され、デジモンだと判明する。

 

「デジヴァイス。それにシエルって。まさかあなた達は!?」

 

 香織が取り出したデジヴァイスと、シエルの名前にブランは目を見開く。

 暫くまじまじとハジメ達、特にデジヴァイスを持つ香織を見つめると、ブランは近づいてきて頭を下げる。

 

「四聖獣チンロンモン様より伺っております。デジモンと共に戦うテイマー達。もしも出会えれば、全力を持って協力するように、仰せつかっております」

「シスタモン ブラン。まさか、君は」

 

 ハジメ達はシエルから聞いていたことを思い出す。

 シエルの姉妹も、彼女とは別に四聖獣の命を受けて行動していると。

 まさかこんなところで出会えるとは思えなかった。早速、お互いの情報を共有しようと、ハジメが口を開いた。

 

 ──バンッ!!! 

 

 が、その前に教会のドアが開け放たれた。

 振り向くと教会のドアが開け放たれており、そこには1人の少女がいた。

 

「はぁはぁ……」

 

 激しく息切れするその少女は、さっき様子を見てきた八重樫雫だった。

 まさかの人物の登場に固まるハジメ達の前に、雫はツカツカと近寄って来る。

 そして、まじまじとハジメと香織の顔を眺める。

 今のハジメ達はアーティファクトで変装している。目も髪も色が違うし、顔立ちだって異なっている。だから、アーティファクトを解除しない限りは、気が付かれるはずがない。

 なのに、なぜだろうか。

 雫は目元を潤ませると、そっと香織とハジメの首に腕を回し、静かに泣き始めた。

 

 

 

「ッ……よがっだ……無事で、ほんどうに、生きでいて……よかったよぉ……香織、ハジメェ」

 

 

 

 礼拝堂に少女のすすり泣く声が響く。

 なぜ彼女がハジメ達の正体を言い当てたのかわからない。だが、予定にないタイミングで正体がばれたのは問題だ。大きな騒ぎになりかねない。ここは誤魔化して、この場から去るのが正解だ。

 でも、2人にはそれが出来なかった。

 傷つけてしまったと後悔していた雫の涙に、2人は雫を抱きしめ返す。

 

「ごめんね。ごめんね雫ちゃん。一人にして」

「傷つけて、ごめん。僕は、ちゃんと生きているから」

「うん。うん!」

 

 こうして三人は再会を果たした。

 雫を追いかけてきた愛子と優花が教会に入って来て目にしたのは、泣きじゃくる三人と彼女らを見守るユエとシア、ブランだった。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

「南雲君に白崎さん! 無事で本当に良かったです!!」

 

 ハジメと香織を見ながら、先ほどの雫のように愛子が涙声で言う。

 あの後、ハジメ達はとりあえず人目に付かないように教会の奥の広間に移動した。

 お互いの状況と情報をすり合わせるために。

 ハジメ達は変装のアーティファクトを外し、改めて愛子達に無事だった報告をした。再び泣き出す愛子。そして、優花も同じように泣きながら、ハジメの無事を喜んだ。

 

「南雲おかげで助かったの。本当にありがとう!」

 

 頭を下げてハジメにお礼を言う優花。トラウムソルジャーから助けられたことのお礼をようやく言えて、胸のつっかえが取れたような晴れ晴れとした顔をした。

 

 ちなみに、なぜ雫が変装したハジメ達に気が付いたのかというと、後ろ姿と雰囲気で何となくとのことだった。ハジメと香織に対してだけだろうが、アーティファクトの変装を見破る雫に、ユエ達は驚きを隠せなかった。

 

 一通り再会を喜び終わったところで、ハジメ達は自分達の身に何があったのか説明をすることになった。

 それならば、ハジメは他の生徒達も交えて説明することを提案。愛子達は農作業の途中で抜けてきたので、今日の作業が終わってから改めて説明をすることになった。

 ただし、ようやく再会できた雫だけは、ハジメ達と一緒にいることになった。愛子達が退室しても、雫はハジメと香織の間に座っている。

 

 愛子達の農作業が終わるまで、ハジメ達は教会で先にブランと話し合いを行う。

 そこでブランが教会の奥から姉のノワールと協力者のマミー、そしてエンジェモンとピッドモンを連れてきて、ハジメ達はまたまた驚いた。

 

「なんでエンジェモンにピッドモンがいるんだ?」

「ええ……」

「エンジェモン。成熟期。天使型。必殺技は《ヘブンズナックル》」

「ピッドモンもエンジェモンと同じ天使型ですぅ。確か天使型デジモンって珍しいんですよね?」

「ああ。俺もデジタルワールドでは出会えなかった」

 

 シアの質問にハジメが答える。隠しているが、ハジメはエンジェモンというデジモン界のビッグネームに出会えて、内心感動していた。

 

 エンジェモン達と自己紹介した後、彼らがこの世界に来た経緯を聞く。

 

「私達がこの世界に来たのは事故のようなものだった」

 

 エンジェモンとピッドモンが語った経緯は次のようなものだった。

 いつものようにデジタルワールドの天界エリアの警備をしていた2体。だが、突如攻撃を受けた。そのまま攻撃を仕掛けてきた相手と交戦していたところ、デジタルゲートが開き、その中に落とされてしまった。彼らはそのままゲートを通って、この世界に辿り着いてしまった。

 その後は森の中でダメージを回復させ、ウルが襲われているのを察知して、愛子達の前に現れたのだ。

 これらの原因である、攻撃してきた相手というのが、

 

「メフィスモンだと!?」

「ああ。そう名乗っていた」

 

 かつて倒した最悪の敵の名前に驚きを隠せないハジメ。

 

「だから、あいつがこの街を襲っているのを見た時、危険だと思って飛び出した」

「君はメフィスモンを知っているのか?」

 

 ピッドモンの問いにハジメはメフィスモンについて、とても言いにくそうに説明する。

 メフィスモンはある世界であらゆる命を憎み、死んでいったアポカリモンのデータの欠片から誕生した。その出自から、アポカリモンの恨みを引き継ぎ、人間もデジモンも含めたあらゆる生命の殲滅を目的としている。

 暗黒系の魔術を得意とし、残虐極まりない性格をしている。知能も高く、策士家だ。

 その証拠に6年前は人間に化けてVPラボという会社の社長になりすまし、ウィルスプログラムを仕込んだ電子ペット『Vペット』を流行させた。そして、そのウィルスを一斉に起動させ、Vペットをデジモンにして現実世界を破滅させようとした。

 奇しくも、香織と雫がサラマンダモンに襲われたのもメフィスモンの企てだったのだ。

 

 ハジメと自分達の邂逅の裏で起きていた事件の真相を、香織と雫は初めて知った。

 世界を破滅させようとする危険なデジモンがいたことを、2人に知ってほしくなかったから。

 だが、メフィスモンが生きているなら、話すしかない。それほどに危険なデジモンなのだ。

 

 遂にトータスで暗躍する黒幕の正体を知ったハジメ達。

 次に説明をするのはブランとノワール、そしてマミーだ。

 ブランが前に出て自分達が何をしてきたのか話始める。

 

「チンロンモン様の命で、この世界で暗躍している黒幕を探っていました。私とノワール姉様は、偶然にも敵の拠点に潜り込むことが出来ました。そこでメフィスモンと共に暗躍するもう一体のデジモン、そして……人間を見つけたのです」

 

 




〇デジモン紹介
シスタモン ブラン
レベル:成長期
タイプ:パペット型
属性:ワクチン
白うさぎを被ったような女の子型なデジモンで、姉にシスタモンノワールがいる。姉のノワールとは対照的でやや引っ込み思案で、いつも姉の後ろに隠れていることが多い。姉の暴れっぷりに引き気味になることがしばしばである。武器に持つ三又の槍“クロスバービー”は相手を貫く『ディバインピース』の攻撃面と、石突きを地面に突いて起こす波動『プロテクトウェーブ』で身を守る防御面、両方を兼ね備えている。さらに姉との連携技『グランドシスタークルス』がある。


遂に雫と再会したハジメ達。
ようやくヒロインがそろい踏みです。さあ、ここから修羅場にもっていかないとですね。

エンジェモンとピッドモンがトータスにやってきたのもメフィスモンの仕業でした。その目的とは……?
次回はシスタモン達のお話です。


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04話 シスタモン姉妹のコロモン救出劇

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徐々に黒幕とかの正体を明かしていきます。

・前回のあらすじ
ウルの町にやってきたハジメ達。そこで愛子と元気な雫の姿を見て安堵する。だが、町の教会からデジモンの気配を察知。そこに向かったところ、天使型デジモンのエンジェモンとピッドモンがいた。
そこに、ハジメと香織の面影を感じた雫がやってきた。
突然の再会に驚くも、離れ離れになっていた大切な人との再会に涙を流すハジメ達だった。



 エンジェモンとピッドモンが事情を話した後、続いてシスタモン姉妹のブランとノワールが事情を説明し始める。

 

 デジタルワールドの安定と秩序を司る四聖獣の一体、チンロンモンから異世界トータスの調査を命じられた彼女達は、偶然入り込んだ異空間で、黒幕達の本拠地を見つけた。

 

「異空間に入り込む。あなた達、そんな力があるの?」

「いえいえ。チンロンモン様が授けてくださった力の一部で、空間が歪んでいた部分を無理やり広げたんですよ。お姉さまが怪しいから突撃だ、って」

 

 異空間に入り込んだことに、魔法に精通するユエが驚く。トータスでは召喚や転移などの空間を操る魔法は、神代魔法だと考えられているからだ。ブランはそんな力はないと言いながら、入り込んだ経緯を説明する。

 引っ込み思案で大人しいブランと違い、陽気で活発なノワールは、たまにその場のノリで行動する。彼女は空間が歪んでいる部分に、チンロンモンがもしもの時のためにと授けた力を、歪んでいた空間にぶつけて、無理やり入り込んだ。そのまま空間内を捜索したところ、まさかの黒幕と思しき存在を見つけた。

 

 ノリで大手柄を上げたノワールは、得意げに胸を張る。

 ブランはその時の苦労を思い出して、げんなりしている。

 なんとも対照的な姉妹だ。

 

「ちょっと話がそれましたね。黒幕と思われるメフィスモンと正体がわからないデジモン、それから人間を見つけたはいいものの、とても私達2人では何もできませんでした。仕方なく逃げようとしたんだけど……」

「出られなかったんだよねえ♪」

「……もとはといえば、お姉さまがあんな強引な入り方をしたからでしょう……」

 

 カラカラと笑うノワールをジト目で見るブラン。

 強引な入り方をしたため、2人が元の空間に戻るための道が消えていたのだ。これではチンロンモンの下に帰還できない。2人が途方に暮れていたその時、メフィスモン達が何かを転送してきた。

 

 それは、意識を失ったウィルス種のメタルグレイモンだった。

 

 姉妹と話を聞いていたハジメ達は知る由は無いが、このメタルグレイモンは王都を襲ったメタルグレイモンだった。

 光輝が放った魔法で倒されたように偽装され、転送された先は彼らの本拠地だったのだ。

 

「メフィスモン達は何かの実験をしていたようでした。メタルグレイモンは一通り調べられた後、力尽きてコロモンに退化してしまいました」

「もう本当にむかつく。デジモンがデジモンで実験とか。むかつきすぎたからコロモン助けちゃった」

 

 ほら。といいながらコロモンを両手に抱えてハジメ達に見せるノワール。

 

「「「え……ええええええ!?!?」」」

 

 突然取り出された、幼年期デジモンの姿に驚くハジメ達。

 手足の無い真ん丸な体に大きな口。2本の触覚が特徴的なレッサー型デジモンだ。

 しかし、本来はベビーピンクな体をしているはずなのに、黒色に染まっている。額にはオレンジ色のクリスタルが付いている。

 そして何より、その顔には苦し気な苦悶の表情を浮かべ、魘されるように眠っている。

 

「この、頭のはッ!?」

 

 特に驚いていたのがハジメだった。コロモンの頭に付いているクリスタルは、ハジメのパートナーであるガブモンの幼年期のツノモンの時に頭に付いている青いクリスタルと似ていた。

 まさかと思ったハジメはデジヴァイスを取り出す。

 

「そのコロモン、調べていいか?」

「変なことしない?」

「絶対しない」

「……わかった」

「すまない。ガブモン」

「ああ」

 

 ノワールに断りを入れてから、ハジメのやることを察していたガブモンは、ノワールに抱えられたコロモンを見つめる。

 ガブモンの視界を通して、デジヴァイスがコロモンのデータを読み取る。そして、デジヴァイスにコロモンのデータが表示される。

 

「コロモン。幼年期。レッサー型。……やっぱりか」

 

 コロモンの基本情報の後に、更に読み取られたデータが出てきた。

 

「X-antibody……X抗体。まさかメフィスモンの実験は、デジモンにX抗体を植え付けることなのか?」

 

 読み取ったデータから考察を始めるハジメ。

 なんとこのコロモンにはガブモンと同じX抗体が宿っていたのだ。ガブモン以外にX抗体を持ったデジモンと出会ったことは無かったが、他のデジモンと異なる雰囲気を感じたハジメの予想が当たった。このことから、メフィスモンの企みとは何なのか、ハジメは考えを深めていく。

 一方の周りは少しついていけない。

 

「あのハジメさん。いったいどういう事なのですか?」

「あー。こうなるとハジメ君はなかなか戻ってこないよ」

「考え込むと一直線。変わっていないのね」

 

 話しかけたシアにも気が付かないハジメの様子に、彼をよく知る香織と雫は苦笑する。

 

「ん。でもそこもハジメの良い所」

「え?」

 

 だが、ユエまでもハジメへの理解を示したことに、雫は驚きまじまじと彼女を見る。

 

「……何?」

「……ユエ、さん。あなた、まさか」

 

 雫がユエに何かを言おうとしたとき、ノワールが声を張り上げる。

 

「考えるのは後々!! 話の続きを聞きなさい!!」

「あ、ああ。悪い」

「まったく。まだ私達のターンなんだから。この子を助けた後、流石に私達が潜入しているのがばれちゃったのよ」

 

 コロモンを助けてから、彼女達は何とか脱出しようとした。しかし、コロモンを助けたことで、シスタモン達は見つかってしまった。地の利は向こうにあるため、徐々に追い詰められていった。そこで彼女達を助けたのが、メフィスモン達に従っていた人間の1人、マミーだった。

 彼はシスタモン姉妹とコロモンを手助けし、トータスへと繋がる空間の出入り口に案内すると、一緒に逃げ出してきた。

 それから一緒に行動を共にしている。

 目下の目的は、暗黒のエネルギーに蝕まれて意識が戻らないコロモンの治療だった。

 本来ならベビーピンク色の体色が黒くなってしまっているのは、メフィスモン達の実験の影響で、強い暗黒のエネルギーが体内に残ってしまったせいだ。助け出されてから一度も目覚めていない。

 四聖獣に仕えているとはいえ、暗黒のエネルギーを除去することはシスタモン姉妹にはできない。何とかして方法を探していたところ、愛子の〝豊穣の女神〟という噂を聞き、万に一つの可能性に賭けてウルにやってきた。

 

 これがシスタモン達のウルにやってきた経緯だった。

 話を聞いたハジメはまずはマミーに話しかけた。

 

「まずははっきりさせておきたい。お前、マミーモンか?」

 

 そう言われたマミーは、立ち上がると青い服を着た人間の姿から本来の姿に戻った。

 全身に白い包帯を巻いた、エジプトのミイラのような姿のアンデッド型デジモン、マミーモンだ。右手には愛用の銃『オベリスク』を持っている。

 突然人間がデジモンの姿になったのでユエとシアは驚き、パートナーデジモンと共に身構える。何せどう見ても悪役のようにしか見えないのだ。

 ハジメと香織も驚いていたが、話を聞いて予想出来ていたので、そこまで驚いていない。

 何せ、このマミーモンの事はよく知っているのだ。

 

「流石は選ばれし子供たち、いやお前達はデジモンテイマーだったか。俺はマミーモン。デジモンだ」

 

 感心したように言うマミーことマミーモン。

 ハジメ達もやっぱりと納得する。マミーの正体を察したのはマミーモンというデジモンの知識があったのもあるが、地球で放映されていたアニメ『デジモンアドベンチャー02』で登場していたからだ。マミーの時の姿も、そのアニメでマミーモンが人間に化けていた姿にそっくりだった。

 

 多くの人は『デジモンアドベンチャー02』と前作の『デジモンアドベンチャー』はただのアニメだと思っているが、この二つの作品の世界は別世界として存在していることを、ハジメ達は知っていた。

 なぜなら、ウルで騒動を起こしているメフィスモンが生まれるきっかけとなった存在であるアポカリモンこそが、『デジモンアドベンチャー』のラスボスだったからだ。メフィスモンと戦った時に邂逅した、究極体デジモンのオメガモンもアニメに登場していたため、ハジメとタカト達は『デジモンアドベンチャー』と『デジモンアドベンチャー02』の世界が存在することを確信したのだ。そもそもデジモンの存在自体が、ゲームやカードの存在だったのだ。アニメの世界があったところで、不思議でもない。

 

 このことから、マミーモンのことも推察できたのだ。

 

 アニメではマミーモンは主人公たちの前に立ちふさがる悪役として、相棒のアルケニモンと共に登場した。悪役だがアルケニモンの事を思っており、初登場ではアルケニモンのピンチに駆けつけ、応戦しつつ逃走を図るというなかなかかっこいいシーンを見せた。それからもコミカルな面を見せつつ暗躍していたのだが、その最期はかなり強烈だった。ハジメもそれをよく覚えており、そこからさらにある事実がわかって来る。

 

「俺達はお前がどうやって生まれて何をしてきたのか、ある程度知っている。そこから推察できるんだが……。この事件、暗躍しているのはメフィスモンだけじゃないな」

「ああ。説明する手間が省けていいぜ」

 

 ハジメの言葉にニヤリと笑うマミーモン。

 マミーモンの正体をハジメ同様に見破っていた香織と雫は、ハジメが言うメフィスモン以外に暗躍している存在に察しがついている。香織なんて、その存在と別個体だがテイルモンが因縁を持っているので、思わずテイルモンを抱きしめている。

 ユエ達はどういうことなのかわからなかったが、オルクス大迷宮のオスカー邸でアニメを見ていたユエとルナモンは心当たりに思い至った。

 

「マミーモンは、暗躍していたオイカワユキオという男の遺伝子データから生まれたデジモン。オイカワユキオは、あるデジモンに憑依されていた。そのデジモンは……」

「……ベリアルヴァンデモン」

「ああ。そうだ」

 

 ユエとルナモンの呟きに首肯するマミーモン。

 アニメではマミーモンと相棒のアルケニモンは、及川由紀夫という男が生み出したデジモンだった。彼には物語のラスボスである究極体デジモンのベリアルヴァンデモンが乗り移って暗躍していたのだ。物語の終盤、復活したベリアルヴァンデモンは用済みとばかりにアルケニモンをマミーモンの目の前で惨殺。激昂したマミーモンは敵討ちとして向かっていった。

 

『御託は地獄で吐きやがれぇぇっ!!』

 

 悪役ながらアルケニモンへの思いは純粋だったマミーモン。だが、ベリアルヴァンデモンには敵わず、あっという間に殺されてしまった。

 

 そのことを説明され、ユエ達は彼の境遇に沈痛な表情を浮かべるが、マミーモンは構わずに何が起こったのか話し始める。

 

「俺はアルケニモンと一緒に、ベリアルヴァンデモンによくわからない世界で殺された後、気が付けばヴァンデモン達の拠点にいた。最初はわけがわからなかったし、俺達を殺したヴァンデモンをぶっ殺してやろうとした。だが、メフィスモンに邪魔された。そして何より……アルケニモンが怯えて逆らえなくなっていたんだ」

 

 何故か記憶を持ち、蘇らせられたマミーモンとアルケニモン。マミーモンはヴァンデモンへの敵意を持っていたが、アルケニモンは死ぬ前の経験の影響で、心を折られていた。メフィスモンがいる上、アルケニモンが死にたくない一心で従っていたため、マミーモンは何もできなかった。

 

「だが、このままあいつらに従っていたって、前の繰り返しだ。ならやることは1つ。今度こそ、ベリアルヴァンデモンを倒して、アルケニモンと自由に生きるんだ。そのためなら、俺はなんだってやってやる。だからお前達に協力してやっている」

 

 強い覚悟を灯した目でマミーモンは言いきった。

 シスタモン姉妹も彼の覚悟を感じ取り、行動を共にしているのだろう。

 それはハジメ達も同様だった。彼の言葉からは嘘偽りない必死さを感じた。だから、彼の事を信用することにしたのだった。

 

 こうしてシスタモン達の話は終わった。もちろん、まだ話していないことはあるかもしれない。それでも、十分信用できるとハジメ達は判断した。

 ハジメ達がこれまで知ってきたことも加味すれば、かなりのことが判明した。

 まだまだ考えることはあるが、まず真っ先にやらなければいけないことがあった。

 

 ノワールが抱えているコロモンの治療だ。

 もともと彼女達はそのためにウルにやってきたのだ。

 偶然だが、エンジェモンとピッドモンという聖なる力を持つデジモンと出会えた。メフィスモンの襲撃の後、彼らにコロモンに宿ってしまった暗黒のエネルギーの浄化を頼んだ。しかし、あまりに強いエネルギーで彼らには浄化できなかった。

 どうしたものかと思っていたところに、ハジメ達がやってきた。

 地球で学生ながらデジモンの研究をしていたハジメはもちろん、香織とテイルモンの存在は光明だった。

 テイルモンの進化したエンジェウーモンも、エンジェモン達と同じ聖なる力を持つ大天使型デジモンだ。協力すれば今度こそコロモンを癒せるかもしれない。

 夜になって愛子達が来る前に、治療をすることになった。

 

 目立たないようにこのまま教会の奥で、3体の天使型デジモンによる治療が行われた。神秘的で優しい光に包まれて、コロモンの身体から暗黒のエネルギーが消滅していく。

 やがて、コロモンは本来のベビーピンクの身体になった。苦し気だった表情も穏やかになり、安らかに眠っている。

 

「ありがとう。エンジェウーモン。君のおかげでコロモンを救えた」

「貴女の手を煩わせて、我が身の力不足を恥じるばかりです」

「そんなことは無いわ。私だけの力ではきっと無理だった。それほど、強い力でした。2人の力も必要だった」

 

 浄化を終えた3体は互いの健闘を称えあう。

 

「本当にありがとうございました!」

「感謝するわ。コロモンが治ったのもそうだけど、メフィスモンのやつの実験の1つを潰せたわ。この調子であいつも倒すわ」

 

 シスタモン姉妹もハジメ達に礼を言う。ノワールの方は少し物騒だが。

 

「それについてだが、本当にコロモンの身体が治ったのか確認したほうがいい。少し俺に預けてくれないか?」

「あ、それもそうね。これもまだついているし」

 

 ハジメの提案は渡りに船だったので、シスタモン達はコロモンをハジメに預けることにした。

 特にノワールの言うとおり、コロモンにはX抗体の証であるクリスタルが付いている。暗黒のエネルギーは消えたが、X抗体はコロモンの身体に根付いてしまったのだ。

 デジモンの知識ももちろんだが、X抗体についてはハジメが良く知っている。

 ハジメはノワールからコロモンを受け取ると教会を後にした。

 

 雫を伴ってハジメ達は町の郊外まで足を運ぶと、宝物庫からアークデッセイ号を取り出す。中の研究設備でコロモンの検査を行うためだ。

 香織達もハジメを手伝いたかったが、愛子達の仕事が終わる時間が迫っていた。

 

「先生たちへの説明を任せてもいいか?」

「うん。大丈夫だよ。ハジメ君はコロモンの事をお願いね」

「ああ。こいつも被害者だからな」

 

 コロモンを撫でながらハジメはアークデッセイ号に入る。するとアークデッセイ号は周囲に見えないように偽装され、姿が見えなくなった。

 ハジメは光輝のせいで神敵認定されている。愛子には悪いが、生きているとばれるリスクを冒しながら生徒達に会うよりも、コロモンの検査の方が重要だと判断した。

 香織達もそのことには納得しており、先生への説明を引き受けた。

 

「じゃあ、行こうか。先生は教会に来るんだっけ?」

「ええ。神殿騎士の人たちには席を外してもらうわ」

「遠目で見たけど、あの人たち先生へのハニートラップ要員なの?」

「ええ。でも今では逆に先生の魅力の虜になっているけれど」

 

 香織と雫はたわいもない話をしながら、教会に向かう。

 ユエとシア、デジモン達は久しぶりの親友達のやり取りを見守りながら、後をついていった。

 

 




〇デジモン紹介
シスタモン ノワール
レベル:成熟期
タイプ:パペット型
属性:ウィルス
頭の黒猫の形をしたクロブークを被っている修道女のデジモンで、シスタモン ブランとは姉妹の間柄である。とても陽気な性格で天真爛漫な振る舞いから場を和ませる。昔、とあるデジモンからの依頼であるデジモンをブランと共に鍛えていた。ただシスタモン ノワールは鍛錬半分・遊び半分で取り組んでおり、悲痛な言葉をだしても笑い飛ばしながら銃口を向けていた。シエルとは双子の姉妹であり、唯一彼女には頭が上がらない。
“アンソニー”と呼ばれる銃を両手に持ち、必殺技には乱れ撃ちの『ミッキーバレット』と、一直線に弾丸を2連発する『ブレスファイア』、さらに妹と動きを合わせて敵を仕留める『グランドシスタークルス』がある。


二章のエピローグでヴァンデモンが言っていたネズミとはシスタモン達でした。彼女達によってメタルグレイモンことコロモンは助けられました。
さて、次話は……修羅場かな?


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05話 神の使徒拉致誘拐大作戦

感想・評価・お気に入り登録ありがとうございます。
タイトルはふざけていますが、内容はちゃんとしています。
修羅場までもっていきたかったですが、キリがいいので次回以降に持ち越しです。

・前回のあらすじ
シスタモン姉妹の話を聞き、トータスで暗躍するメフィスモンとヴァンデモンの存在を知ったハジメ達。彼らの暗躍による被害者であるコロモンの浄化と治療を行った後、ハジメを除いた面々で愛子達との話し合いを始めるのだった。


 農作業を終えた愛子達は生徒達のみを連れて教会にやってきた。

 神殿騎士達は同席させなかった。事前に伝えるとごねるかと思われたが、エンジェモン達の事を神の使徒と思っている彼らは、あっさりと納得。教会の周囲を警備することになった。

 愛子に連れられてやってきた生徒達は、香織の無事な姿に驚いた。

 

「無事だったんだね!」

「怪我とかしていないの? あのデジモンは??」

「後ろのあの子達誰!? すっごく可愛いんだけど」

 

 質問攻めしてくる生徒達に、香織は一つ一つ答えていく。

 今の香織達は変装のアーティファクトを使っていない。だから、ユエとシアという絶世の美少女に、全員がざわめく。

 サラサラの輝く金髪に、ビスクドールの様な愛らしさのユエに、神秘的な銀髪に異世界特有のウサミミのシア。男子も女子も興味津々だった。

 

「とりあえず、ご飯用意してあるから、食べながら説明するよ」

「白崎さんの言うとおりですよ。皆さん、落ち着いてください」

 

 香織と愛子の言葉に、落ち着きを取り戻す生徒達。

 

「ありがとうございます。先生」

「いえ。落ち着いたほうがいいですから。……そういえば、南雲君はどうしたんですか? 姿が見えませんが」

「ハジメ君はちょっと用事が出来まして。それに同席していないとはいえ、神殿騎士が近くにいる場に姿を現すのはまずいですから」

「ああ。なるほど」

「後で変装しながら会いに来ると言っていました」

「わかりました」

 

 慎重すぎると愛子は思ったが、危険なトータスを旅する中で身に着けた立ち回りなのだろうと納得した。

 

 その後、教会の広間を借りて、ささやかながら食事会が行われた。

 料理は香織とシアが用意していたもので、昼間の内にウルの市場で仕入れた米などの食材を使っている。ウルでは米料理がよく食べられており、全員が気に入っていた。それを日本の味を良く知る香織がさらに手を加えて作ったことで、より日本人が好む味付けになった。その味はウルの食事で故郷を思い出していた生徒達にクリティカルヒットした。

 うまいうまいと連呼しながら、料理を堪能する生徒達。

 家が洋食レストランの優花は、料理を食べて少し考え込むと、料理を作った香織とシアに話しかける。

 

「これ調味料は何を使っているの? 日本と同じ味付けなんてトータスじゃ難しいのに」

「オリジナル。ある人達に分けてもらったんだ」

「ある人達? 一体どこの人なの?」

「うーん、そろそろ話してもいいかな」

 

 優花との話の途中で考え込む香織。料理に使っている調味料を分けてくれたある人達とは、オルクス大迷宮のオスカー邸にいるフリージアとエガリだ。目覚めてからハジメ達が大迷宮を攻略するまでの間に、彼女達は生活環境を整えていた。その中には料理の準備もあり、多種多様な香辛料と調味料を用意していた。それらは今のトータスにはない味を出せるものもあり、食べた香織がそれらをさらに組み合わせて、日本の料理の味を再現することに成功したのだ。

 そのことを説明するには、オルクス大迷宮の最深部に何があるのか説明する必要がある。

 いいタイミングだと思った香織は、立ち上がって生徒達の目に立つ。

 

「そろそろみんなが気になっていることを話そうと思います。まずはリアライズ。テイルモン」

 

 デジヴァイスを掲げるとそこから光と共にテイルモンが出てきた。

 

「私はテイルモン。香織のパートナーデジモンだ」

 

 右手をクルリと回してお辞儀をするテイルモン。突然のデジモンの登場に唖然とする生徒達。しかし次の瞬間には騒然となる。

 雫達は無用な混乱を避けるために、エンジェモン達がデジモンだという事は秘密にしていた。だから、生徒達は初めて近くで生のデジモンを見たと思っている。

 

「で、デジモン!?」

「あれの中に入っていたの!?」

「だ、大丈夫なのか?」

 

 何人かは怯えているが、危険はないと香織達が宥める。香織達がデジモンと一緒にいることをすでに知っていた愛子と優花も、生徒達を落ち着けさせる。

 ある程度落ち着いたところで、今度はユエとシアもデジヴァイスを掲げて、自分達のパートナーを出す。

 

「ルナモン」

「コロナモンだぜ! よろしくな」

 

 新たに出てきた二体にまた驚く生徒達。いい加減に驚き疲れそうだったが、ここからが本題だった。

 デジモン達を紹介したのは、これからの説明に不可欠だからだ。

 香織が中心になって香織達が知ったことを説明した。

 

 香織がテイルモン達と王宮を飛び出してから、オルクス大迷宮に突撃して、ハジメと再会したこと。大迷宮から脱出するために攻略を決意し、道中にユエとルナモンと出会ったこと。最後の試練を乗り越えた先で知りえたトータスの神、エヒトの真実のことを。

 

 ハジメの肉体に起こったことや、香織が傷だらけになりながら治療したことなどは多少表現を抑えて話した。あまりに凄惨過ぎるからだ。

 だが、雫だけは香織が説明するときに言い淀んだ気配から、何かを察していたが。

 

 オルクス大迷宮の最深部については、快適な環境と館があったことには全員が驚いた。その気になれば地球と変わらない暮らしが出来ると聞き、心底羨ましく思った。料理の調味料までそこで調達したと聞き、優花は心惹かれていた。

 

 エヒトの真実には誰もが言葉を失っていた。

 自分達が召喚された理由である魔人族との戦争が、エヒトの退屈しのぎに過ぎなかったこと。光輝達が勇者として戦い、戦争に勝ったとしても、地球に返してもらえる可能性は限りなく低いこと。この二つの話は、いつか帰れると思っていた彼らの希望を打ち砕く内容だった。

 

 香織の話はさらに続く。

 シアに手伝ってもらいながら、亜人族の裏の歴史も話した。亜人族の歴史は神に翻弄された歴史とも言え、エヒトが自分達を地球に戻してくれるような親切な存在とはとても思えないと確信させるものだった。

 しかし、樹海の次に訪れたライセン大渓谷の大迷宮で、解放者達が残した神代魔法を全て習得することが出来れば、帰還の望みを叶えられるかもしれない情報を得たとを話すと、生徒達の目には新たな希望が宿った。

 

 なお、香織は解放者のミレディ・ライセンが、コールドスリープから蘇ったことは話さなかった。別に口止めされていないが、無闇に広めない方が良いと思ったのだ。

 

「白崎さん達は、大迷宮を回って神代魔法を集める旅をしているんですね。だから、私達にも合流しなかったのですか?」

「はい。教会に存在を知られれば監視が付きます。下手をすれば妨害や暗殺をされかねません。だったら、単独行動の方が良いと思ったんです」

「そうですか……確かにそうですね」

 

 腕を組んで香織の言葉に同意する愛子。社会科教師である彼女は、地球における戦争の歴史の知識がある。中にはこのトータスの様な宗教が絡んだ戦争もあった。宗教の違いから起きた弾圧は、時に虐殺を引き起こした。それと同じことが過去の解放者達にも起こり、今は香織やハジメ達に起こり得ると理解できた。

 

 一方の生徒達の表情には、敗北感と劣等感が浮かんでいた。

 すでに彼らにもハジメの生存は伝えられている。学校でも特別優秀な生徒だったが、それは異世界でも変わっていなかった。しかも、世界の秘密に迫り、神の思惑にも抗うために香織達と共に動いている。まるでアニメの主人公みたいだと思った。それに比べて自分達は、光輝に同調したとはいえ、愛子が止めるのも聞かずにトータスを救うことに賛同したというのに、戦うのが怖くなって先生の優しさにおんぶに抱っこだ。

 

 そんな生徒達の様子に、後でフォローを入れなくてはと愛子は考えつつ、香織に質問をする。

 

「このことは天之河君達には……」

「伝えるのは不味いでしょうね。デメリットしかありません」

「確かに。この話を信じても信じなくても問題しか起こさないわ」

 

 幼馴染で、彼の事を知っている香織と雫が断言する。

 光輝にこのことを説明しても、彼の性格的にも立場的にも悪手にしかならない。

 信じた場合は、教会に直接乗り込んでエヒトが間違っていると訴え始めるだろう。結果、異端者認定まっしぐら。良くて洗脳されて教会に都合のいい勇者にされ、悪くて殺されるだろう。

 信じなかった場合は、ハジメを批判して香織を引き離そうとするだろう。教会もそれに乗っかって、さらにハジメ達を処罰しようするだろう。いや、それどころか拘束して、銃火器を量産することを強要されそうだ。

 

 この説明をすると全員が納得した。いつか説明するにしても、地球に帰還する方法を確立させてからの方が良いと、ハジメ達の間でも結論が出ていた。

 

 そして話は、トータス各地で起こっているデジモンの出現と異変に関する内容に移った。

 ここでようやくエンジェモン達がデジモンであると説明した。

 エンジェモンとピッドモンはともかく、シスタモン姉妹とマミーモンについては、信じられないと驚愕する者達ばかりだった。

 いい加減驚き疲れた生徒達のために、デザートのプリンアラモードを振舞った。

 一息ついた後、改めて話を再開する。

 

「今は表面化していませんが、トータスには異変が起きています。デジタルワールドを巻き込む形で」

 

 シスタモン姉妹の話を踏まえて、まとめた内容を話していく。

 

「最初の異変は、テイルモンとハジメ君のパートナーデジモン、ガブモンが現れたこと。そもそもデジモンは地球と隣接しているデジタルワールドに存在する電子生命体です。異世界のトータスに現れることが異常です」

「その異変はデジタルワールド側でも観測していました。それで私たち姉妹が調査にこの世界に赴いたんです」

 

 ブランも説明に加わる。

 昼間にハジメ達にもした内容を説明し、暗躍するメフィスモンとヴァンデモンの存在を伝える。エヒトだけでなく、邪悪な存在が暗躍していることに、生徒達は絶望的な表情を浮かべる。

 

「二体の暗躍の痕跡は王国以外にもありました。ハルツィナ樹海の近くではダークタワーという建造物が、デジタルワールドからデジモンを呼び出し、操っていました」

 

 シアとの特訓中に襲い掛かってきたマメモン三兄弟のことだ。

 彼ら以外にも樹海にはスカルバルキモンもいた。さらに浩介達からも聞いたのだが、樹海には何体かのデジモンがいたそうだ。放置するのは危ないので、フェアベルゲンに気が付かれないように倒していたそうだ。

 だが、そのデジモン達も様子がおかしかったそうで、もしかしたらメフィスモン達の暗躍があったのかもしれない。メタルグレイモンで実験をしていたのだから、あり得る話だ。

 

 エヒトに加え、得体の知れない脅威が増えたこと。さらに王国が戦争に向けて大きく動き出している現状を説明し終えた。

 

 食事会が始まった時とは比べ物にならない重い空気が漂う。

 トータスが思っていた以上に危険に満ちていることを理解したのだ。

 

「現状はわかりました。ありがとうございます、危険を伝えてくれて」

 

 愛子が香織達に頭を下げる。

 大迷宮から脱出しても、神に見つからないために姿を隠して行動していたのに、見つかる危険を冒して知らせてくれたのだ。

 当然、何か他にも考えがあることを察していた。

 

「そろそろ話してください。危険を伝えるだけじゃないですよね?」

「はい。今皆は先生のお手伝いで戦闘には参加していません。でも、戦争が始まってもこのままだと思えません」

「……それは……そうでしょうね」

 

 少し考えながら、香織の言葉を肯定する。

 愛子も薄々だが察していた。戦争が始まってしまえば、戦況によっては光輝達のパーティーだけでなく、愛子達や城に残っている生徒も戦地に赴くことになりかねない。今でさえ王国に無理を言っているのだ。戦争という危機的状況になれば、無理やり約束を破って、神の使徒全員を戦わせられかねない。

 

「ハジメ君が予想した最悪の展開は、皆を人質に私達を脅すということです。もちろんそうなった場合でも、皆を救出する手段を考えます。でもその分だけ妨害されるリスクも増えますし、帰還まで時間がかかってしまいます。私達はそうなる前に皆を助けた方が良いと判断しました。ウルにやって来て皆に接触したのはそのためです」

 

 もちろん、最優先するべきは雫と愛子だったが、それは言う必要は無いだろう。

 

「私達が考えたのは──―みんなで王国から逃亡するという作戦です」

「「「「「……は?」」」」」

 

 香織が言ったことが理解できず、全員が呆気にとられる。

 そんな反応が返って来ると思っていたので、少し待つ。

 

「ええっと、どういうことなんですか? いえ、言っていることはわかるんですよ。危なくなる前に、王国から逃げるというのは。ですが、私達には王国以外に後ろ盾がありません。そんな状態で、トータスで生きるのは無理だと思います。それに逃げられたとしてもすぐに王国や帝国、魔人族に見つかってしまいます」

 

 愛子のいう事はもっともだった。そもそも戦争参加に反対なのに王国にいるのは、見知らぬ異世界に身一つで放り出されないためだ。王国が身分を保証してくれなければ、トータスでの常識に疎い彼らは、安全に生きていけない。加えて、王国の庇護下にいなければ、高いステータスを持つ異世界人の集団である彼らは、様々な勢力から狙われかねない。

 帝国に奴隷にされたり、教会に異端者認定されたり、魔人族に標的にされたり。王国という後ろ盾があるからこそ、国賓扱いされている部分がある。

 それを捨てて逃亡しようと香織は言っているのだ。

 

「大丈夫です。王国も、他の国や魔人族も手が出せない逃亡先があります」

 

 愛子の懸念事項をひっくり返すことを、笑顔で言う香織。

 一体どこなのだろうと首をひねる愛子。他の生徒達も香織の言っている逃亡先とはどこなのかと思い、話の続きを促すように彼女を見つめる。

 その時、香織の話を昼間から聞いていた雫が「あっ」と声を上げた。

 

「もしかして、オルクス大迷宮の最下層?」

「正解♪」

 

 雫の言葉を笑顔で肯定する香織。

 

「あそこなら王国にもエヒトにも見つからない。しかも召喚された全員が暮らせるくらい広いですし、アーティファクトのおかげで日本並みの生活が送れますよ」

 

 香織の説明を徐々に理解してきた愛子達は、確かにと思った。

 オルクス大迷宮はトータスの人間では65階層までしか攻略できなかった。その最深部はそこからさらに135階層も下にある。王国だけでなく、魔人族でも辿り着くのは至難の業だ。そこにあるオスカー・オルクスの隠れ家は、香織が説明した通り、かなり生活水準が高い環境が整っている。逃亡先としては最適だ。

 

「一度攻略した私達は、最深部へショートカットできるルートを知っています。そこからみんなを案内します」

 

 ライセン大渓谷にある魔法陣の事だ。攻略の証である〝宝物庫〟の指輪があれば、魔法陣まで行くことが出来る。

 

「皆にはオルクス大迷宮の最下層に避難してもらって、その間に私達が神代魔法を集めて、地球に帰還する方法を確立する。これが私達の考えた計画です」

 

 余談だが、この作戦について話し合った際、浩介が「神の使徒拉致誘拐大作戦」という作戦名を提案した。犯罪染みていたのですぐに却下された。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 香織が愛子と生徒達に説明をしている頃。アークデッセイ号の中でコロモンの診察をしていたハジメとガブモンの方では、ちょっとしたトラブルが起こっていた。

 

「どうしたもんかなあ……」

 

 困った声を出しながら、自身の右手を見つめるハジメ。

 その右手には……

 

「ガジガジッ!」

「離れろ!! ハジメの腕から離れろ!!!」

 

 回復して目覚めたコロモンが鋭い歯を立てて噛みついていた。ガブモンが引き離そうと一生懸命に引っ張っている。

 

 コロモンの体調を検査しながら、介抱していたハジメ達。重大な異常は起きていないことが分かったので、目覚めるまで見守っていた。

 やがて、コロモンは目を開けたのだが、目覚めるなりハジメに向かって飛び掛かってきたのだ。「人間!? 敵!!!」と叫びながら。

 

 




〇デジモン紹介
マミーモン
レベル:完全体
タイプ:アンデッド型
属性:ウィルス種
エジプトのミイラの様な全身包帯巻きのアンデッド型デジモン。志半ばで消滅したデジモンの霊(残留データ)を召喚し操るところから別名「死霊使い(ネクロマンサー)」と呼ばれている。無口で表情が見えないところから何を考えているか分かりづらいが、攻撃されると武器を振り回し徹底的に敵を叩きのめし、追い詰められると愛用の銃「オベリスク」を乱射するす危険な存在である。得意技は両腕の包帯が蛇のように伸びて敵を締め付ける『スネークバンデージ』。必殺技は死霊を呼び出し敵を狂死させる『ネクロフォビア』。

本作の個体は「デジモンアドベンチャー02」にて及川由紀夫の遺伝子データから生み出された存在。ベリアルヴァンデモンの部下だったが、殺害された。同じ部下だったアルケニモンに好意を持っており、復活してもヴァンデモンに従うことを良しとせず、自由に生きることを目的に、シスタモン姉妹に協力している。



遅れました。説明回でどこまで話すかの構成を練っていたら時間がかかってしまいました。
まえがきでも書きましたが、修羅場までもっていきたかったです。
次回はどうか……。


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06話 動き出す陰謀

感想・評価・お気に入り登録ありがとうございます。

そろそろ修羅場に入るかもしれません。

・前回のあらすじ
香織は愛子達にトータスで起こっている異変と、危機的な状況について説明した。そして、召喚された生徒達の安全を確保するために、彼らをオルクス大迷宮のオスカー邸に避難させる作戦を説明する。
一方、ハジメは腕をコロモンにガジガジされていた。


 香織達が愛子達に説明した作戦は以下の通りだ。

 

 ウルでの農作業が一段落して王都に戻る途中で、事故を装って姿を消し、ライセン大渓谷に向かう。ショートカットの魔法陣から、最下層のオスカー邸に向かう。事故についてはデジモン達の技を使い、魔物に襲われた様に見せかける。その時に神殿騎士達を気絶させておくのも忘れない。

 

 次に王城にいる生徒達の番だ。先行した浩介達がハジメ達を手引きして潜入する。その際に愛子も同伴してもらい、生徒達の説得を行う。この時説得するのは居残り組だけだ。説得に成功したら、また適当な戦闘で混乱を起こし脱出する。生徒達を引き連れて、今度はホルアドまで向かい、訓練をしている永山重吾率いるパーティーにも声をかける。

 なおすでに勇者として活動している光輝のパーティーについては手出ししない。勇者さえいれば、王国は何とかなると考えているからだ。逆に言えば、光輝さえいれば、彼らの身は安全だ。

 一先ず、光輝の目が届かない生徒達の安全を確保するのが、この作戦の目的だった。

 

 この説明を受けた愛子は、光輝達を王国に置いておくことに難色を示した。だが、香織達の説明を聞き、渋々だが納得した。それに居残り組の生徒達を優先するというのは、愛子も理解できた。光輝は全員を守ると言っていたが、居残り組は彼の目が届かない場所にいる。そこで王国の人間に脅されて戦争に参加することになっても、彼は王国の人間を疑わず、生徒が自主的に参加したとでも説明されて、それを信じ込むだろう。そうやって、全員が参加することになっても疑問も抱かないかもしれない。

 愛子はそれを聞いて、否定できなかった。

 学校での教師と教え子という立場でしか接してこなかったが、最近の光輝は勇者の役割に傾倒し、それを周囲にも強要し始めている。おそらく王都の事件での成功体験が、彼に自分のやっていることが正しいと確信させてしまったのだ。勇者としての務めを果たさなければならない、今の自分なら守れるからと、度々愛子に雫を自分のパーティーに入れることを提案する手紙を送って来る。そんな彼なら、取りそうな行動だと思ったのだった。

 

 説明を終えた後、いきなり大量の情報を得てしまった愛子達は、ひどく疲労してしまった。なので、今泊っている宿ではなく、教会で泊ることにした。特に重大な決断を迫られることになった愛子には疲労の色が濃く、早々にベッドに横になってしまった。

 

 このことをハジメに報告するために、香織、ユエ、シアはアークデッセイ号に戻ってきた。

 雫もついて来ようとしたが、他の生徒達と同じく疲れていたので休ませた。

 デジモン達は目立ってはいけないのでデジヴァイスの中にいる。

 三人は迷彩で姿を消しているアークデッセイ号を、樹海でも使った眼鏡(シアはパリピサングラス)で探し出し、中に入る。

 

「説明終わったよ。ハジメ君の方はコロモンの検査終わった?」

「おう。お疲れ。俺の方も終わった」

「お疲れ~」

「それはよかった……え?」

「ん?」

「はい?」

 

 報告しながらハジメの研究スペースに入ると、ハジメとガブモンが三人を出迎えた。だが、三人はハジメの姿を見て、ポカンと驚いた。

 

 ハジメの頭がピンクになっていたのだ。

 

「え? なんでハジメ君の頭がピンクに?」

「まさか、ストレスで若ハゲに!?」

「んなわけあるか」

 

 驚く香織に、勘違いするシア。シアの勘違いを早々と否定するハジメに、ユエが近づき頭をよく見る。そしてすぐに気が付いた。

 

「あ、コロモン」

「ガジガジガジ」

「そうだ。はぁ」

 

 頭をガジガジ噛んでいるコロモンだった。

 ハジメはコロモンに頭を噛みつかれていたのだ。隣にいたガブモンがハジメを心配そうに見ている。

 とりあえず、ハジメは何が起きたのか香織達に説明する。

 

「検査の結果ではX抗体がある以外はどこにも異常なし。だから、とりあえず目が覚めるまで見守っていたんだが……」

 

 起きたコロモンはハジメ、正確には人間が目の前にいることに驚き、次の瞬間には「人間!? 敵!!!」と叫んで噛みついてきたのだ。咄嗟に右手で防御したが、コロモンはそのまま右手に噛みついた。最初はガブモンが引き離そうとしたのだが、意地でも離そうとしないので、しばらくはコロモンのしたい様にさせていた。幼年期で攻撃力も低いため、ダメージがないと気が付くと今度は頭に噛みついてきた。

 

「心配しなくても大丈夫だ。それに病み上がりみたいなもんだからな。そろそろ……」

 

 ハジメがそう言うと同時にポロリとコロモンがハジメの頭から落ちた。

 咄嗟にガブモンがコロモンをキャッチする。

 

「おっと」

「ナイスキャッチ」

「やっぱり疲れていたんだな。全く」

 

 コロモンを抱えて呆れた表情を浮かべるガブモン。

 

「俺はこいつをベッドに寝かせてくるよ」

「頼む。俺のベッド使ってくれ」

「OK。そのまま俺も寝てもいい?」

「ああ。今日もありがとうな。ガブモン」

「おう」

 

 ガブモンがコロモンを抱えて寝室スペースに向かう。

 その後、ハジメは香織達から愛子達に説明したことを聞いた。

 

「そうか。話は聞いてもらえたか」

「愛子先生も今の状況が不味いことは薄々気が付いていたみたい。みんなの安全が確保できるなら、納得してもらえると思う」

「そのみんなの中に、例の勇者がいるのが厄介」

「生徒思いの良い先生だとは思うのですが、話を聞く限りその勇者さんは厄介どころではないと思いますぅ」

 

 シアの言葉にハジメもその通りだと頷く。勇者こと光輝については、現段階ではノータッチなのが正解だと、ハジメ達も結論付けている。本人の性格もあるが、今の彼の立場が悪すぎる。

 

「勇者の話はおいておく。明日からは予定通り先生たちの護衛……なんだが」

「言いたいことわかるよ」

「コロモン」

「ですよね。ハジメさん優しいですから」

 

 バツが悪そうに言葉を濁すハジメに、香織達が笑顔を浮かべながら、言いたいことを先取りする。

 

「悪いな。ちゃんと手伝いはする。それが終わったらあいつのことを任せてくれ」

「うん。いいよ」

「もちろん」

「後の事は私達にお任せですぅ」

 

 それから今後の予定を簡単に確認してから、その日は就寝した。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 翌日、ハジメ達は愛子達の手伝いに奔走することになった。

 アーティファクトで変装したハジメ達は、冒険者ギルドを介して愛子達の護衛の冒険者となった。愛子がメフィスモンに襲われたことを鑑みて、冒険者の助けを借りたという建前だ。

 とはいえ何事もなくとはいかなかった。

 事情を知らない神殿騎士達がいい顔をしなかったのだ。そこで模擬試合をして実力を認めさせた。

 結果は言うまでもなくハジメ達の圧勝だった。

 もちろん、素性と手札を隠さないといけないので制限を課した。それでも神殿騎士達はハジメ達に及ばなかった。

 

 ハジメは拳銃やミサイルなどの銃火器は使わず、太極拳の体裁きで剣や魔法を捌いて接近し、〝錬成〟の技能で剣や鎧を変形させ体を拘束し、無力化した。

 

 香織はアイギスで全ての攻撃や魔法を防ぎ、〝縛煌鎖〟で縛り上げた。

 

 ユエは魔法使いという触れ込みなので、魔法陣の刻まれているように見える杖を構え、棒読みの詠唱をしながら最上級魔法を連発した。相手は頭がチリチリになった。

 

 シアについては一番悲惨なことになった。手加減の度合いを間違えて、ドリュッケンで騎士を殴り飛ばしてしまったのだ。騎士は両手を粉砕骨折し、肋骨を四本も逝ってしまった。もはや騎士としてやっていけない怪我を負わせてしまったのだ。

 あわや危険人物として拘束されるところだったが、香織が急いで治療したため騎士は助かった。騎士を救ったことで香織の治癒の腕が証明され、信用を得ることが出来たのは不幸中の幸いだった。

 

 ハジメ達の実力は証明されたが、神殿騎士達は素性も知れない冒険者を雇うことに最後まで渋っていた。そこでブルックでキャサリンさんに浩介が持たされた手紙の写しを冒険者ギルドの支部長に見せた所、騎士達を説得してくれた。ギルドの支部長まで出てきたことで、ようやく騎士達はハジメ達が愛子達の護衛になることを了承した。

 

 護衛になったハジメ達は、護衛だけでなくそれぞれの技能を駆使して、愛子達の作業が早く終わるように手伝うことにした。

 騎士達との模擬試合で治癒魔法の腕を証明した香織はもちろん、ハジメは農具を錬成魔法で修復・強化した。ただし、コロモンの経過観察とメンタルケアを行うことに決めたため、あくまで片手間の手伝いだけを行う。

 

 ユエはため池を魔法で生成した水で満たしたり、水やりを手伝ったりした。シアも身体魔法を駆使して力仕事を中心に大活躍をしている。

 

 ハジメ達のおかげで作業は速く進み、愛子達にハジメ達の作戦について考える余裕が出来てきた。

 夜になると愛子はハジメ達と作戦について、話し合う時間を取った。

 生徒達も作業の合間に話しをして、今後の自分達の身の振り方を考えるようになった。

 

 例えば、ハジメ達が合流した翌日に優花は泊っている〝水妖精の宿〟という高級宿の厨房を借りて、香織と料理をしていた。香織が持っている調味料を使って、日本風の味付けの料理を作ることになった。

 

「無理言ってごめんなさいね」

「いいよいいよ。私も園部さんと料理してみたかったし」

 

 申し訳なさそうな優花に笑顔を向ける香織。

 

「さーて、作っちゃおうか。やっぱりお米料理だよね」

「ええ。お店の人に用意してもらったスパイスと、香織達の調味料を使えば何でも作れると思う」

「じゃあカレーやパエリア、チャーハン辺りからかな」

「変わり種でフォーとか? パクチーみたいな香りの香辛料あったわよね?」

「香織だけに?」

「ぷっ、何よそれ」

 

 香織の冗談に噴き出す優花。王城にいた頃に少し話をしていたことと、優花が雫に寄り添っていてくれたことから、2人は友好的な関係を築いていた。

 

「あ、そうだ。ハジメ君用のちょっと辛めのカレーも作らないと」

「南雲って辛口のカレーが好きなの?」

「うん。いつも辛めのものを食べているよ。麻婆豆腐とか担々麺とか」

「なんか意外。ふーん、南雲は辛いのが……」

「ふふっ」

 

 何やら考え始める優花を香織は微笑みを浮かべながら見ていた。

 

 

 

 そんな彼女達を厨房の入り口の陰から見つめる一つの影があった。

 

 

 

 香織達が用意した料理はその日の夕食となり、生徒達から大絶賛された。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 ハジメ達がやって来てから3日目の夜。

 香織とユエは連れ添ってアークデッセイ号から、〝水妖精の宿〟に戻る途中だった。

 中に籠っているハジメに食事を持って行った帰りだった。

 アークデッセイ号の中にも厨房があり料理もできるが、今のハジメはコロモンにかかりきりになっていた。そこで出来立ての温かい料理を用意して届けたのだ。

 

「私もハジメに料理を作りたい」

「ユエは勝手にアレンジを加える癖を直してからだよ。基本が出来てからの応用なんだから」

「むぅ」

 

 他愛もない話をしながら、宿へと戻る香織達。そんな彼女達の前に、1人の少女が現れた。

 

「ちょっと、いいかしら?」

「雫ちゃん?」

 

 雫だった。険しい表情を浮かべて、香織とユエを見据えている。

 

「香織、教えて。──優花やユエさん、多分あとはシアさんも。なんで、女の子をハジメとくっつけようとしているの? 私と香織、2人だけ。もしもハジメの事を本気で好きになるような子が出てきたとしても、その子の力だけで私と香織、そしてハジメが認めない限り、絶対に傍にいさせないって!」

 

 次第に叫びになっていく雫の言葉。それはかつて香織と雫で決めたこと。ただでさえ、2人でハジメに告白し、優しい彼を深く悩ませてしまったのだ。それでも初めて恋をした相手を、親友とはいえ引き下がるなんてしたくなかった。だから、さんざん悩んで話し合って決めた取り決めだった。

 

「なのになんで、私に何も言わずに女の子が傍に来るのを容認しているの? 私、香織が何を考えているのか全然わからない。ここに来るまでの旅でユエさん達を認めているとしても、優花にまでハジメの好みを教えたり、見守ったりするのはおかしい。一体、何があったのよ!?」

 

 闇夜に雫の叫びに近い声が響いた。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

「興味深いな」

「ああ」

 

 異空間に存在する暗黒の城。シスタモン姉妹が潜入し、コロモンを助け出したメフィスモン達の拠点。その一室でメフィスモンと黒衣を纏ったヴァンデモンが話し合いをしていた。

 

「上手く駒を動かせれば、事態はより混迷していく。どのような方向に転がろうと計画は先に進む」

「同意だ。ではどう動かそうか」

 

 メフィスモンの言葉に同意しながら、ヴァンデモンは思案に耽る。

 そこに、一匹の蝙蝠が飛んできた。ヴァンデモンの使い魔だ。蝙蝠から何かを聞き出したヴァンデモンは、口元をニヤリと歪める。何かを思いついた。

 思い付きをメフィスモンにも話し、メフィスモンも同意した。すぐにメフィスモンは準備をするために姿を消す。

 

「───そろそろ絶望を味わう時間だ」

 

 陰謀はゆっくりと、しかし確実に動き出していた。

 

 




〇デジモン紹介
コロモン(X抗体)
レベル:幼年期Ⅱ
タイプ:レッサー型
属性:なし
表面を覆っていた産毛が抜け、体も一回り大きくなった小型デジモン。活発に動き回れるようになったが、まだ戦うことはできない。口から泡を出して敵を威嚇する。
X抗体を得たことで闘争心が強くなった。鋭い牙で相手に噛みつき、勇敢に戦いを挑む。


雑談です。
今日、遂にデジモンゴーストゲームが終わってしまいました。過去シリーズだとスルーされていたデジモン達の恐ろしい設定が表現されていて、個人的には凄く好きなシリーズでした。
最終回についてですが、ネタバレはあまりしたくないので詳しく書きませんが、ある意味ハジメの夢の実現に向けて動き出すのは、びっくりでした。
結末もですが、ガンマモンを地球に発信した別の星の事とか、それを喰らった2000年後に地球にやって来る存在とか、気になる要素がいっぱい残っていました。いつか二期が来ることを期待しています。


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07話 闇夜の襲撃

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遅れましたが更新します。

・前回のあらすじ
愛子達に自分達の計画を説明したハジメ達は、しばらく彼女達を手伝うために、変装して冒険者として滞在することになった。生徒達と交流を深めるのだが、香織の態度に雫は不信感を抱き、問い詰める。
その裏ではメフィスモン達の陰謀が動き始めていた。



 ある日いきなり大きな力を持ったとしたら、どうしますか? 

 興奮して、好き勝手に振舞う? 

 恐怖して、使わないようにする? 

 どうするかは人それぞれでしょう。

 しかし、時として強大な力は、知らず知らずのうちに得てしまった者を変えてしまうことがあります。

 それはやがて、力を持った本人すらも気が付かないうちに、周りや自分さえも破滅させてしまうでしょう。

 

 そうなった時、助けてくれる人が、あなたにはいますか? 

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 雫が香織を問い詰めているのと同時刻。〝水妖精の宿〟の一室。

 

「それにしても白崎さん、ちょっと雰囲気変わったよね?」

「確かに。もともと優しそうだったけど、なんていうか、柔らかくなった」

 

 香織について姦しく話しているのは優花の友人の菅原妙子と宮崎奈々だ。ここは彼女達と優花、そして雫が宿泊している部屋だ。愛子の生徒ということで最高級の部屋を与えてられており、かなり広い。

 2人から少し離れた所には優花もおり、香織から教えてもらった料理のレシピを見ている。料理屋の娘として久々に火がついたようだ。優花の邪魔をしないように声を抑えながらも、妙子と奈々は話を続ける。

 話題は香織からユエとシアの事に移る。

 

「ユエさんとシアさん、美少女過ぎる」

「流石異世界だよね。地球人であんな子いないって」

「あれだけ綺麗だと妬みとかわかないって」

「気になったんだけど、あの二人って南雲君とどういう関係なのかな?」

 

 奈々の言葉にレシピを呼んでいた優花の手が止まる。

 抑えていても同じ部屋なのだから、聞こえるのは当然だった。

 

「見た感じ南雲君のハーレムだね。2人とも友達より距離が近いし」

「特にユエさんは完全に南雲君のこと好きだよね。今日、散歩している南雲君と腕組んでいたし、そのまま木陰で並んで座っていたよ」

 

 奈々が見たと言っているのは、気分転換にアークデッセイ号から出てきたハジメを見つけたユエが、一緒に散歩をしていたところだ。しばらくして腰を下ろし、他愛もない話をしていた。その雰囲気が、ただの友人とは全く思えなかった。

 

「でも、それは白崎さんが許さないでしょ? 学校でも雫と一緒に他の女子を牽制していたし」

「あの美人の先輩が南雲君に粉かけようとしたときとかすごかったよね」

 

 妙子は学校で起きた出来事を思い出す。

 入学してからしばらくして、ハジメの優秀さと家庭が裕福であることが知れ渡った頃。先輩の女子の1人が、ハジメへとアピールし始めた。かなり整った容姿の女子で、同学年の男子からは良く告白されていた。今まではお眼鏡にかなう男子がいなかったが、ハジメへと目を付けたのだ。

 だが、そんなことを許さなかったのが香織と雫だった。

 先輩がハジメに接触しようとすると悉く邪魔をし、ハジメに近づけないようにした。やがて焦れた先輩が香織と雫を呼び出した。

 

 それから何があったのか妙子と奈々は知らない。わかっているのは、呼び出された二人が凄くいい笑顔で戻ってきたことと、先輩が顔面蒼白で自分の教室に戻っていく姿が見られたことだ。

 

 しばらくして女子の間で「覚悟も無しに南雲ハジメに恋をすると神罰が下る」という出どころ不明の噂が広がった。噂を聞き興味本位でハジメにアプローチをした女子が、数日後に先輩と同じように顔面蒼白になり、ハジメの傍では二大女神がニコニコ笑っていたという。

 このことから、ハジメに不用意に告白しようとする女子はガクッと減った。

 

「だから南雲君が付き合うなら2人のどちらかだと思っていたのに。まさか白崎さんの許しが出た?」

「うーん、なのかなあ?」

 

 首を傾げる2人と同じように、優花も首を傾げていた。

 確かに言われてみればそうだ。香織は雫以外に女子が接近するのを防いでいた。もちろん、友人としてなら口を出さなかったが、恋愛的な意味で近づく女子には当たりがきつい雰囲気を出していた。

 なのに久しぶりに会ってみれば、ユエとシアという美少女を旅の仲間に加え、ハジメの近くにいるのを許している。

 

「何かあったの?」

 

 奇しくも雫と同じ疑問を優花達も抱いていた。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

「ここに来るまでの旅でユエさん達を認めているとしても、優花にまでハジメの好みを教えたり、見守ったりするのはおかしい。一体、何があったのよ!?」

「……ッ、それは」

 

 問い詰める雫の叫びは、悲壮さを伴って香織に叩きつけられる。

 召喚される前の彼女らしく、いや彼女を知る誰もが想像できない姿だった。

 だが、香織はこれも雫の姿の1つだと納得していた。

 彼女は普通の女の子なのだ。

 可愛いものが好きで、我儘を言って、好きな人に守られて甘えたい。

 年相応の繊細さを持ち、可愛い物が好きなど乙女チックな性格だ。

 それが異世界召喚による環境の急変と将来への不安、ベヒモスとの会敵によるPTSDの発症、恋するハジメの喪失、そして再会した親友の態度の変化により、蓄積されていた不満が爆発した。

 

 そのことを何となく察した香織はどうするべきか答えに窮した。客観的に見れば、雫に香織の隠していることを話すべきだ。

 だが、それだけはダメだ。このことはハジメ本人と香織、そしてユエの三人とそれぞれのパートナーデジモン以外には決して明かしてはいけないトップシークレット。特に雫には明かせない。明かせば彼女は()()()()()()()()()と香織は確信している。

 雫の追及をかわし、傷つけないための説明をくみ上げようと必死に頭を働かせる。

 

 そんな香織と雫をユエは静かに見つめていた。

 

「……なんで話してくれないの? 何を隠しているの?」

「私は、隠していることなんて……。ユエ達の事は、過去なトータスを旅するには、仲間との信頼が大事。園部さんとのことも、今皆と仲が悪くなったら、計画に支障が出るから」

「私より嫉妬深いあなたが、ハジメに恋愛感情のある女の子を、牽制もせずに傍に置くなんてあり得ないわよ」

 

 話しているうちに落ち着いてきたのか、冷静になっていく雫。細めた目には、香織の些細な変化も見逃さないという気迫が宿っている。

 これでは下手な言い逃れはできない。

 徐々に追い詰められたと感じ始める香織。

 

 2人の様子を見ていたユエは、溜息を吐くと2人の間に足を踏み出そうとした。

 

 その時、夜空から一筋の雷撃が降り注いだ。

 

「「「!?」」」

 

 香織とユエは咄嗟に武器を構え、戦闘態勢を取る。雫は身をすくませる。

 

「何? 敵?」

「テイルモン!」

 

 デジヴァイスを取り出し、テイルモンを出す香織。ウルに滞在中はデジモン達を無闇に出さないようにしていた。無用な混乱を起こさないためだ。ただし、何らかのトラブルが起きた時は、ただの猫にそっくりなテイルモンを先に出して、様子を伺うことに決めていた。

 

「デジモンだな。空にいる」

 

 気配を探ったテイルモンが空を睨む。香織達も空を見上げると、ブーン、バッサバッサッという何かが羽ばたく音が聞こえてきた。何かが飛んでいる。しかも、音の種類は二つもある。

 

「しかも二匹」

「香織さん! ユエさん!」

 

 町の方からシアが駆け付けてきた。ハジメ達はお互いの位置を把握できる発信機の様なアーティファクトを持っており、即座に合流することも取り決めていた。

 シアはすでに武器のドリュッケンを担いでいる。兎人族ゆえの高い聴覚から、上空を飛んでいる二体のデジモンの事も把握している。

 

「どうするんですか?」

「まずは外にいる人達を避難させよう。闇夜なのが幸いしたよ。これなら私達が戦っても隠し通せる。シア一緒に来て」

 

 香織はデジヴァイスを取り出し、カードを一枚取り出す。

 

「はいです。空を飛んでいるなら私達の出番ですぅ」

「ユエは雫ちゃんをお願い。教会まで避難させて」

「…………ん。その後は、周りを警戒する」

「お願い。……雫ちゃん」

 

 最後に香織は雫に声をかける。今の彼女は突然の攻撃と、上空から聞こえてくる大きな羽ばたきの音に怯えて震えている。

 

「ごめん。さっきの話は後で。絶対に守るから」

 

 言い終わると香織はシアと駆けだす。

 残ったユエと雫は2人を見送った後、ユエは雫の手を掴んで教会に連れていく。

 ユエには握っている雫の手が絶えず震えているのがよくわかった。

 なるほど。彼女に()()()を話すことを香織が躊躇するはずだ。

 流石は幼少のころからの親友。でも、そのせいでお互いに苦しんでいる。

 この問題を解決させるには、波紋を起こす一手を加える必要があるだろう。それも大波が起こる巨石を投げ入れるような、強烈な一手を。それが出来るのは……。

 

「私」

 

 ユエの小さな声は、攻撃に気が付いた住人達の喧騒の中に消えていった。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 ネフェルティモンとファイラモンに跨った香織とシアが、襲ってきた相手を探しに飛行する。

 シアの耳で探せばすぐにわかった。

 ちょうど雲が晴れ、月明かりが差し込んできたので相手の姿がわかった。

 思った通り、二体のデジモンだった。

 一体は金属化した頭部を持ち、四枚の羽根を高速で羽ばたかせる昆虫型デジモン。

 もう一体は、巨大な翼を生やした手足の無い身体をした青いデジモンだった。

 香織は良く知っているデジモン達だったが、念のためにデジヴァイスでデータを確認する。

 

「カブテリモン。成熟期。昆虫型。必殺技は《メガブラスター》」

「エアドラモン。幻獣型デジモン。同じ成熟期ですぅ。必殺技は《スピニングニードル》」

 

 カブテリモンはアニメで有名になった、クワガーモンとライバル関係の昆虫型デジモン。エアドラモンは貴重なモンスターで神に近い存在といわれている。どちらもかなりのビッグネームデジモンだ。

 

「《メガブラスター》!」

「《スピニングニードル》!」

 

 香織達を見つけた二体はそれぞれの必殺技を放ってくる。

 カブテリモンは先ほど見えた雷の攻撃だ。角に電気を溜めて発射してくる。

 エアドラモンも翼の羽ばたきで鋭利な真空刃を生み出し飛ばしてくる。

 

「問答無用というわけ!?」

「いきなりかよ!?」

 

 ネフェルティモンとファイラモンは咄嗟に避ける。

 

「なぜ襲い掛かって来る!! 目的は何なの?」

「キシャアアアアア!!!」

 

 ネフェルティモンの問いかけには答えず、襲い掛かって来るカブテリモン。

 エアドラモンも同様にファイラモンに向かってくる。

 

「とりあえず大人しくさせよう。知性の無いカブテリモンはともかく、エアドラモンが問答無用で襲い掛かって来るはずがない」

「うん。じゃあこのまま相手をしよう。シア!!」

「聞こえていますぅ! 合点承知です!」

 

 昆虫そのものの性格をしているカブテリモンには知性は皆無だが、エアドラモンには高い知性があるはずだ。襲い掛かって来るにしても、獣のように何も言わずに襲い掛かって来るはずがない。幻獣型デジモンとしてのプライドが高いはずなのだ。

 香織とネフェルティモンはカブテリモンと、シアとファイラモンはエアドラモンと夜空の下で空中戦を始めた。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 デジモンの出現はアークデッセイ号にいるハジメも察知していた。

 むしろアークデッセイ号には探知設備が整っているので、すぐに2体のデジモンを見つけられた。ただし、それは香織達とほとんど同じタイミングだった。

 

「考えられるのは俺達がされたような召喚魔法か、転移魔法だな。雫達の話だとイビルモンを召喚していたらしいから、メフィスモンが絡んでいそうだな。デジモンやゲートなら探知できるが、流石に未解析の神代魔法は無理だ。今後の為にデータ収集を優先させるか」

 

 アークデッセイ号内でブツブツと呟きながらPCを操作するハジメ。彼はアークデッセイ号を守るために戦いに出ていない。代わりに起きている事態の解明に全力を注いでいた。すでにカメラの様な機能を持つアーティファクトを開発しているため、上空の戦いも見守ることが出来る。

 ガブモンはハジメから指示がいつ来ても応えられるように、待機しながら見つめている。

 

 そしてそんな彼らをコロモンは静かに眺めている。

 流石にもう落ち着いているため、噛みついてくることはない。それでも人間のハジメや、パートナー関係を結んでいるガブモン達には好い感情を抱けずにいた。だから心を閉ざして口もきいていない。

 それは仕方のないことだとハジメ達も解っているため、深く関わることはしない。

 

 上空では香織達が戦い始めている。飛行できるデジモン同士が壮絶なドッグファイトを繰り広げる。

 戦い始めた時の戦況は互角だったが、テイマーの援護があるネフェルティモン達が徐々に押し始めた。

 多種多様な魔法を使う香織と、兎人族の鋭い聴覚を持つシア。普段から戦う訓練はしているので、問題なくカブテリモンとエアドラモンを追い詰めていく。

 さらに教会からエンジェモンとピッドモンも飛んできて、数の上でも有利になった。

 戦いは何事もなく終わりそうだが、懸念するべきことが残っている。

 

「メフィスモンの狙いはなんだ? 無意味に騒ぎを起こしに来ただけなのか?」

「メフィスモンだけじゃないよ。もしかしたらヴァンデモンも関わっているかもしれない」

「確かに。ヴァンデモンのやりそうなことといえば……」

 

 ハジメは『デジモンアドベンチャー』及び『デジモンアドベンチャー02』での、ヴァンデモンが企んだ陰謀を思い返す。

 しばらくして思い当たることがあった。

 

「まさか」

 

 急いで上空で香織達と戦っているカブテリモンとエアドラモンを調べる。

 すると2体の体の一部にとんでもないものが付いているのを見つけた。

 

「あった。これはッ」

 

 スプリングのような形をした、闇色の装具。ハジメは知らないが、王都を襲ったグレイモンにも付いていた、暗黒の力でデジモンを操る闇のアイテム。イービルスパイラルがエアドラモンとカブテリモンにも付けられていたのだ。エアドラモンは尻尾の先端。カブテリモンは右足首だ。

 

 かつてヴァンデモンが憑依していた及川由紀夫は、ある少年を洗脳しデジモンカイザーという悪人に仕立て上げた。デジモンカイザーはイービルスパイラルとその改良前のイービルリングを用いて、デジモン達を洗脳。デジタルワールドを征服しようとした。

 そのことを思い出したハジメはまさかと思い、映像を解析して2体の身体を調べたところ、予感は的中した。

 驚きを隠せないハジメだったが、イービルスパイラルを破壊すれば2体は大人しくなるかもしれない。早速香織達に〝念話〟で伝えようとするのだが、更なる異変が起こり始める。

 アークデッセイ号の計器が謎のエネルギーが2体に送られているのを感知したのだ。

 

「今度はなんだ!?」

 

 ハジメが改めて2体の様子を見ると、イービルスパイラルが赤く点滅し始めたのだ。まるで何かの信号を受け取り、起動し始めたかのように。そして、イービルスパイラルは点滅しながら2体の体の中に入り込んでしまった。

 同時に2体は苦しみ始め、咆哮を上げる。

 突然様子が変わったので、香織達も警戒する。

 

 そして、闇がデジモン達を染め上げた。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 ウルから離れた上空。滞空レーダーの無いトータスでは絶対に見つからないその場所に、以前ウルを襲ったメフィスモンがいた。

 ハジメが予想した通り、2体のデジモンはメフィスモンが召喚したデジモンだった。町の直上に召喚したので、アークデッセイ号でも察知できなかった。

 2体を送り込んだメフィスモンは、戦いの様子をずっと遠見の魔術で町の様子を眺めていた。

 エアドラモンとカブテリモンが闇に包まれて、苦悶の声を上げている。

 

「データ収集に捕まえた2体。メタルグレイモンの失敗を元に改良したイービルスパイラルXの試験にちょうどいい」

 

 メフィスモンが新たに魔法陣をくみ上げ、そこに自身の暗黒のエネルギーとX抗体のデータを送る。

 するとエアドラモンとカブテリモンは闇の中でさらに苦しみ始める。

 やがて2体は闇の中で肉体を構成するデータが分解され、再構成されていく。

 これこそがメフィスモンの目的だった。

 

 王都を襲撃したグレイモンはイービルスパイラルからエネルギーを供給され、メタルグレイモンに進化した。しかも肉体に埋め込んだX抗体のプログラムと、暗黒のエネルギーを共鳴させることで、X抗体を持ったデジモンへとX進化をさせられた。しかし、この試みは失敗した。X抗体の付与には成功したが、不完全な進化しかできず、メタルグレイモンは能力の一部を喪失していた。この問題を解決する一案として、暗黒のエネルギーとX抗体のデータを同時に送ることのできる、イービルスパイラルXが考案された。王都を襲撃した者の協力者であるメフィスモンは、これのテストを行っていたのだ。

 

 やがて進化は終わり、闇の中から2体がその姿を現した。

 

「ふむ。……失敗か」

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 闇の中から現れたデジモン達は、いずれもさっきまでとは比べ物にならない威圧感を放っていた。

 エアドラモンは頭部と翼、両腕を機械化された漆黒の暗黒竜デジモン、ギガドラモンに。

 カブテリモンは角が巨大になり、四肢も強靭になった青いアトラーカブテリモンに進化した。

 ウィルス種で凶悪なギガドラモンはともかく、弱いものを守る行動をとるはずのアトラーカブテリモンまで、凶暴的なオーラを身に纏っているのは異様だった。

 それはイービルスパイラルXによって暗黒のエネルギーを付与されたことを示している。だが、完全な進化には成功したが、メタルグレイモンのようにX抗体は付与されなかったようだ。

 しかし、それを抜きにしても危険な状況だった。

 特にギガドラモンはまずい。

 完全武装された戦闘竜で、存在そのものが凶悪なコンピュータウィルス。有機体系ミサイルを無限に放つ必殺技《ジェノサイドギア》は、巨大な都市を火の海に変えてしまう恐ろしい技だ。

 アトラーカブテリモンだって油断できる相手ではない。巨大な角と肉体から繰り出される一撃はあらゆるものを貫く。エンジェモン達の攻撃ではビクともしないだろう。

 

 進化したことで負っていたダメージが治り、2体は香織達に襲い掛かってきた。

 




〇デジモン紹介
カブテリモン
レベル:成熟期
タイプ:昆虫型
属性:ワクチン
新たに発見されたデジモンのなかでも、かなり特異な昆虫型デジモン。どのような経緯で昆虫タイプに進化したのかは不明だが、蟻のようなパワーと甲虫が持つ完璧な防御能力を併せ持っている。性格は昆虫そのもので、生き抜くための本能しか持っていないため知性などは皆無。敵対関係であるウィルス属性のデジモンには容赦なく襲いかかる。頭部は金属化しており、鉄壁の防御を誇る。必殺技は『メガブラスター』。



エアドラモン
レベル:成熟期
タイプ:幻獣型
属性:ワクチン
巨大な翼を生やした幻獣型デジモン。非常に貴重なモンスターで神に近い存在といわれている。空中からの攻撃を得意とし、その咆哮は嵐を呼び、翼を羽ばたかせることで巨大な竜巻を起こす。性格はかなり凶暴だが、高い知性を持っている。しかし、並みのテイマーでは使役することは、まず不可能であろう。必殺技は巨大な翼を羽ばたかせ、鋭利な真空刃を発生させる『スピニングニードル』。



序盤の部分はゴーストゲームの予告を意識して書いてみました。後々どういう意味か明らかにしていこうと思います。
内容には関係ないのですが、これって召喚された者たち全員に言えると思います。特に勇者の光輝と闇落ちした檜山。彼らの価値観とか論理感は確実に地球にいた頃と変わっています。他の面々、ハジメ達も含めてですが得てしまった力でどう変わっていくかも見物かもしれません。

闇黒進化してしまった2体のデジモン。ギガドラモンだとウルなんて一瞬で火の海です。
次回は戦闘が激化する予定です。お楽しみに。


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08話 悪魔の計画

感想・評価・お気に入り登録ありがとうございます。
また遅れてしまいました。書いているうちに長くなってしまい、納得できるまで見直ししていました。ゴールデンウイークに実家に帰省するまでにもう一話更新できるように頑張ります。

・前回のあらすじ
雫に問い詰められる香織。その時、闇夜からカブテリモンとエアドラモンがウルに襲来してきた。迎撃に向かう香織達だが、メフィスモンが裏から糸を引いていた。
暗黒のエネルギーで完全体に進化し凶暴になった2体に対し、香織達はどう挑むのか。


 2体のデジモンが完全体に進化する様子を、アークデッセイ号の中で見ていたハジメは怒りに肩を震わせていた。

 

「こんな、こんなことが許されてたまるか!!」

 

 ガンッと握りしめた拳をデスクに叩きつける。

 2体に何が起きたのか、ハジメはすぐに理解した。イービルスパイラルから送られてきた暗黒のエネルギーとの融合による強制的な進化。それはテイマーがパートナーデジモンを進化させるプロセスに似ているが、全く異なる、相容れないことだ。

 テイマーとパートナーデジモンは、信頼と絆で進化を成し遂げる。

 だが、あれは洗脳と苦しみ、そして暗黒のエネルギーでデジモンを強制的に作り替える行為だ。

 ハジメには決して許せないことだ。おそらく、香織達も同様だろう。

 

「あ、あああっ、あれは……!!!」

「どうしたコロモン」

 

 目を見開き、震えるコロモンの様子に気が付いたガブモンが声をかける。ハジメも尋常じゃない様子に気が付き、怒りを抑えてコロモンの方を見る。

 

「同じだ。僕があいつらにやられたことと同じだッ!!」

 

 恐怖に震えながらコロモンは自分に何があったのか叫び始める。

 

「変な道具を付けられて、嬲られて、操られた!! 最後には、最後にはッ!!!」

 

 最後には、おそらくコロモンはあの2体と同じように強制進化させられたのだろう。ブラン達の話ではメタルグレイモンから退化したのは、あのような無理な進化が原因だったのだろう。

 幸いにもコロモンはいくつもの幸運に恵まれ、暗黒の力を払われ正常になることが出来た。

 しかし、あの2体もコロモンのように救うことが出来るのか、ハジメには見当がつかなかった。

 幼年期という肉体のデータが単純な世代だったことが幸いし、コロモンはエンジェウーモン達の強引ともいえる力技で浄化できた。例えるならば、悪性のウィルスに侵されたファイルを削除して修正できたことに近い。それに対してあの2体は完全体だ。幼年期よりも圧倒的な容量のデータとプログラムを持っている。それが進化で再構成され、暗黒の力が複雑に組み込まれていると思われる。浄化しようとすればファイルを消すのではなく、全てのデータを初期化するくらいしなければいけないだろう。つまり、

 

(あの2体を……殺すしかないのか)

 

 2体を殺さずに済む方法はある。

 戦闘でエネルギーを消耗させ退化させる。または、殺さずに町はずれに拘束するという手もある

 そんなことをすればハジメ達に神殿騎士達から疑いの目が向けられてしまい、ハジメ達の存在が教会にばれてしまうかもしれない。計画している生徒達の保護計画や、大迷宮を巡る旅にいらぬ危険が伴うようになる可能性まである。

 だが、ハジメにとって、これらは些細なことだ。所持しているアーティファクトを駆使すればどうとでもなる。一番悩ましいのは、強大な力を持つ完全体デジモンとの闘いで、香織達が危険にさらされることだ。完全体を相手に手を抜いて戦えるのは、究極体レベルの力がある場合だけだ。現状、ハジメ達にそこまでの戦力は無い。(ブラックメタルガルルモンに進化するという手もあるが、暴走の危険も含んだ諸刃の剣のため除外する)

 

 デジモン達の事は好きだし、出来るならば救いたいと思う。だが、そのせいで香織達が危険にさらされるなら、ハジメは倒して切り捨てることを決意している。ライセン大迷宮でのミレディとの語り合いで、改めて覚悟することが出来た。

 

「ガブモン。お前も出てくれ。空中戦が出来るお前が香織達を助けるんだ」

「ハジメはどうするんだ?」

「コロモンを連れてユエに合流する。メフィスモンが何か仕掛けてこないとも限らない」

「わかった」

「……ガブモン。いざってときは」

 

 ハジメの指示にガブモンが飛び出そうとする。その背中にハジメは声をかける。

 場合によってはあの2体を倒してくれと頼もうとする。

 

「わかっているって。ハジメの考えは。安心してくれ」

「悪いな」

 

 自分の思いを汲んでくれるパートナーへの感謝をしつつ、ガブモンが外に出たタイミングでブルーカードをDアークにスラッシュする。

 

「カードスラッシュ。マトリックス、ゼヴォリューション!!」

「ガブモンX進化! ワーガルルモンX!!」

 

 進化したワーガルルモンは背中のサジタリウスから飛行翼を展開。上空で戦っている香織達に加勢しに行く。

 すでに彼女達は空中に足場を作る〝空力ブーツ〟というアーティファクトを使って距離を取り、パートナーを完全体に進化させている。

 飛べないフレアモンには、シアが『白い羽』というカードで飛行能力を与えることで、アトラーカブテリモンと戦っている。ギガドラモンにはエンジェウーモンが上から攻撃することで、ウルへと攻撃が向かわないようにしている。

 ワーガルルモンはハジメが懸念している危険度の高いギガドラモンへと向かっていく。

 

「わかっているさ。いざってときはあいつらを倒すことも。それと、もしもコロモンみたいに幼年期になったなら助けることも」

 

 先ほどのやり取りでハジメが言おうとしたことと、さらに彼が心の奥にしまっていた望みも汲み取る。

 この戦いを、ハジメの心が安らかになる終わりにするために、誇り高き獣人の戦士は、白翼の女天使に加勢しに行く。

 

「悪い、コロモン。この中に入ってくれ」

 

 未だ恐怖に震えているコロモンの前に、空のリュックサックを置き、その口を開く。

 このままコロモンを抱えて外に出ては手が塞がるし、目立ってしまう。

 Dアークへの格納機能は、テイマーとパートナーの繋がりが前提とした機能なので、ハジメのDアークにコロモンを格納することはできない。

 コロモンはハジメの言葉に答えないが、その場から逃げることもしなかった。

 リュックサックの中にコロモンを入れ、背負ったハジメはアークデッセイ号を飛び出す。そして、宝物庫を起動させ、車体を仕舞うとユエの居る教会に向かって駆けだした。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 戦いの事はすでに住人達も気が付いており、夜だというのに松明を手に夜空を見上げている。

 これまで空からの夜襲など経験したことが無い彼らは、眺める以外にどうすればいいのかわからないのだろう。

 とりあえずハジメは大声を上げて、魔物の襲撃ということで冒険者ギルドへの避難を促しておく。

 本当ならば避難誘導もするべきなのだが、時間がないので仕方ないと割り切る。

 教会に着いたら愛子経緯で冒険者ギルドに働きかけてもらおう。

 

 やがてハジメは教会に辿り着く。入り口の前にはユエとルナモンが門番のように立っており、さらにエンジェモンとピッドモンも降りてきた。

 完全体の戦いに成熟期の2体では荷が重いので、町の防衛のために降りてきたのだ。

 

「ユエ。無事か?」

「ん。大丈夫」

「教会の中には誰がいる?」

「シズクとアイコ、あとユウカ。シズクを連れてくる途中で会って任せた」

「そうか。もしかして雫は……」

「ん。怯えている」

 

 ユエの答えに眉をしかめて拳を握るハジメ。

 雫が苦しむことへの怒りが、先ほど抱いた怒りへと加わり、溢れ出しそうになる。

 何とかそれを抑え込み、ユエとの話を再開する。

 

「畑山先生がいるのは丁度いい。冒険者ギルドに連絡してもらって、住人の避難をしてもらおう。何もなければいいが、最悪を想定して動く。あとユエにはこいつの事を頼みたい」

「こいつ?」

「ああ」

 

 ハジメはユエに背負っていたリュックを渡し、中身を見せる。

 覗き込み、リュックの中で震えていたコロモンを見たユエはすぐに事情を察する。

 

「俺は流れ弾が来た場合に備える。エンジェモン、ピッドモン。少し中で話をしてくる。門番を任せていいか?」

「もちろんだ。何が来ても守ってみせる」

「エンジェモン様と同じく」

 

 ハジメの言葉に頷くエンジェモンとピッドモン。頼もしい宣言に、ハジメ達は教会の中に入ろうとする。だが、

 

 ──ではその言葉のほどを試してやろう──

 

 闇夜の中から聞こえてきた重い声に、扉に掛けた手を引っ込めて振り返る。

 

「この、声はッ!?」

「ユエ。来るよ」

「ん。嫌な気配」

「この底冷えのする声。奴だ」

「来たか」

 

 ハジメ達が構えを取る前で、教会の前の広場に転移の魔法陣が展開される。

 そこから姿を現したのは、ハジメの6年前の記憶にある姿とは異なるが、危険な雰囲気は全く変わらない、暗黒のデジモン。

 メフィスモンだった。

 

「メフィスモン、なのか」

「ああ。久しぶりだな。あの時は随分としてやられたよ」

 

 現れたメフィスモンの姿が、6年前に邂逅した時の姿と異なることに、ハジメは困惑する。

 右手に持った日傘を弄びながら、クツクツと笑うメフィスモン。

 過去にハジメとタカト達テイマーズが倒したメフィスモンは、巨大な雄山羊のような姿をした悪魔のようなデジモンだった。それに対して目の前にいるデジモンは雌山羊の姿をした、淑女の様な振舞いをしている。

 

「その姿は一体。進化、いやまさか、X抗体によるデジコアの覚醒なのか?」

「一目見て察しが付くとは流石だ。君のデジモンと同じ、X抗体とやらを得たのだよ。この姿も中々気に入っている」

「どうやって、X抗体を得たんだ!」

「さあ? それこそ、執念というやつではないかな。フフッ」

 

 驚くハジメの様子を面白そうに見ながら、自分の身に起きたことを説明する。

 

「何を考えている? あの2体を進化させたのはお前なのか!?」

「ああ。ちょっとした実験だよ。そこの実験体にしたことの改良案さ。私のデータからコピーしたX抗体を植え付け、暗黒進化させ操る。X抗体はデジモンのデジコアへと影響を与え、より強く覚醒させる。実用化できれば、強大な戦力が手に入るだろう? もっとも覚醒したデジモン達は扱い辛くてな。進化の際に暗黒のエネルギーを混ぜ込み、操りやすくすることを思いつき、実験を重ねているのだ」

 

 自分の計画を話すメフィスモン。その内容には怖気の走る悪辣さが感じ取れた。

 

「意のままに操れる暗黒X抗体デジモンの量産だと。そんな無茶苦茶な実験、成功するはずが」

「成功例はありますよ。その実験体です」

 

 メフィスモンは、ハジメがユエに手渡したリュックを指差す。中にはコロモンがいる。

 実のところメフィスモンの言葉を聞いて、察しはついていた。

 コロモンはメフィスモンの実験によって、後天的にX抗体を付与されたのだと。

 そして、コロモンが成功例ということは、当然のことながら失敗例もあるはずだ。そして、往々にして実験の成功例に対して、失敗例の方が多い。

 メフィスモンが命を顧みるはずがない。失敗例となったデジモン達の命の保証はないだろう。一体どれだけのデジモン達が犠牲になったのか。

 まさに悪魔の計画だ。

 さっきから抱いていた怒りの矛先が現れたことで、ハジメの顔が険しくなっていく。

 それでも必死に冷静になろうとし、少しでもメフィスモンから情報を得るために会話を続ける。

 

「揃えた戦力で何をするつもりだ。お前がそれだけで終わるはずがない」

「当たり前だろう。オメガモンが言っていなかったかね?」

 

 メフィスモンは両手を広げて、まるで宣戦布告するかのように言い放つ。

 

「全ての命の殲滅。それこそが私の存在理由にして、最終目的。一度死んだくらいで、やめるはずがないだろう?」

 

 デジモンも人間も関係なく、全ての命ある存在を滅ぼすこと。

 ハジメ達とは決して相容れることがないメフィスモンの目的。昔と全然変わっていない。

 そのための手先として、デジモン達をX抗体で強化・進化させようとしている。

 コロモンと、強制進化させられたあの2体もその被害者なのだ。

 

「ここに何をしに来た」

「実験の経過観察と、逃げた実験体の回収とでも言っておこうかな」

 

 パチンとメフィスモンが指を鳴らすと、メフィスモンが現れたのと同じ魔法陣が無数に展開され、そこから無数のデジモン達が現れる。

 先日も召喚されたイビルモン。加えて、黒い身体に鮮血のような紅い爪の邪悪な竜のようなデジモンが現れた。ユエがデジヴァイスを取り出して、データを読み取る。

 

「デビドラモン。邪竜型。成熟期。必殺技は《クリムゾンネイル》」

「なんと危険なデジモンを呼ぶのだッ」

 

 デビドラモンを見たエンジェモンが焦燥を浮かべる。

 なぜならデビドラモンの性格は邪悪そのもので、慈悲の心は持ち合わせていない。身体も巨大なため、ウルに解き放たれれば町を蹂躙していくだろう。

 

「さあ、どうするかね? デジモンテイマー」

 

 メフィスモンが傘を振るうと、イビルモンとデビドラモン達が動き出す。

 

「町に行かせるな! ユエ! コロモンは俺が守る。クレシェモンでメフィスモンを!!」

「ん! カードスラッシュ! マトリックスエヴォリューション」

 

 ハジメがコロモンの入っているリュックを抱え生すと同時に、ユエはデジヴァイスにブルーカードをスラッシュする。

 

「ルナモン進化! クレシェモン!!」

 

 ルナモンが完全体のクレシェモンに進化し、メフィスモンに向かっていく。メフィスモンは手近にいたデビドラモンを呼び寄せ、盾にする。

 咄嗟に両手に持った武器〝ノワ・ルーナ〟を振るう。デビドラモンは翼と左腕を斬り落とされて倒れ伏す。

 クレシェモンは止めを刺すべきか逡巡するが、そこに一発の銃弾がデビドラモンに着弾し、爆発した。

 ユエが振り向けば、リボルバー拳銃『ドンナー』をハジメが構えていた。

 特殊弾頭『炸裂弾(エクスプロード)』を発砲したのだ。オルクス大迷宮の攻略中と異なり、豊富な素材と時間をかけて改良を施したため、威力が大幅に上昇している。

 傷ついていたとはいえ成熟期のデビドラモンが、データとなって消えていく。

 

 凶悪で危険なデジモンだからと言い訳はできる。現にフェアベルゲンでは知性銛性もないスカルグレイモンを倒している。だがそれでも、命を奪うことを自覚して倒したことは、思ったよりもハジメの心にのしかかってきた。だが、この重みを感じ、胸に刻むことが必要なことなのだと、戦場の動きを見ることに集中する。

 

 クレシェモンはメフィスモンに接近し、得意の舞うようなステップを踏みながら間合いを詰める技《ルナティックダンス》で攻め立てている。

 しかも、今が夜で月の光を浴びているため、クレシェモンの力は倍増している。

 だが、夜の闇がメフィスモンにも力を与えているため、手にした日傘で攻撃が捌かれている。硬直状態に陥っている。

 

「ユエはクレシェモンの戦闘を見ていてくれ。他の取り巻きは俺が相手をする」

「ん。あれを使う」

 

 ユエは右手に持った宝物庫を発動させ、そこから一つの武器を取り出す。

 今ハジメ達の手元にある宝物庫は2つ。香織が持っていた宝物庫は、別行動をする浩介達に預けてあった。

 アーティファクトを製作・運用するハジメが持っているのはもちろん、銃をメイン武器とするユエが持つことになっている。

 普段は弾薬を取り出したりしているが、今彼女が取り出したのは新たな兵器だった。

 1.5メートルはある長大な銃。カテゴリーでは対物ライフルに分類されるものだ。

 

 大型対物魔法ライフル銃『シュラーゲン』

 

 オルクス大迷宮での最後の決戦で、即席でハジメが作ったライフル銃を、ユエ専用に作りなおしたものだ。拳銃の『ドンナー』や『ロート』よりも射程に優れ、より強力な銃弾を放つことが出来る。

 専用の魔法弾(マジック・ヴァレット)も取り出し、手慣れた動作で装填するユエ。

 

 そのまま身体強化魔法と重力魔法を発動させる。

 身体強化魔法はシュラーゲンを取り扱うために。重力魔法は発射時にかかる反動を減らすために。

 すっかり銃火器の扱いにも慣れた彼女は、ハジメ以上の射撃センスを身に着けた。

 

 

 クレシェモンの援護の為にいつでも撃てる体勢に入ったユエの横で、ハジメも宝物庫から大量の武器を取り出す。

 構えていた『ドンナー』に加え、ガトリング砲の『メタルストーム』やミサイルポッド『ガルルバースト』が多数展開される。

 さらに結界を発生させるアーティファクト『クロスシールド』に、ミレディがゴーレムを操るのに使用した感応石と重力魔法を組み込んで改良した新装備『クロスビッド』も取り出し、教会を結界で覆う。

 

「倒すぞ。全弾発射(フルバースト)!!」

 

 ハジメの号令と共に数多の弾丸とミサイルが発射される。

 弾丸はイビルモンに浴びせられ、ミサイルはデビドラモンを撃ち落とす。

 

「──―そこ!」

 

 ドガンッ!! 

 まるで大砲でも撃ったかのような炸裂音と共に、ユエの構えたシュラーゲンから真紅の弾丸が放たれ、戦っているクレシェモンとメフィスモンに超高速で向かっていく。パートナーとしての感覚共有からクレシェモンは視ずに弾丸を回避し、メフィスモンに直撃した。

 着弾と同時に弾丸に込められていた魔法〝緋槍・千輪〟が発動。最上級炎属性魔法〝緋槍〟1000本を圧縮したとんでもない火力が解放され、メフィスモンを飲み込んだ。

 

 ハジメが物量で圧倒するガンナーなら、ユエは技で撃ち抜く狙撃手だ。

 

 爆風に黄金の髪を靡かせながら、真紅の瞳をスコープから離さない。

 

 爆炎が晴れると、悪魔は未だに健在。夜はまだ始まったばかりだった。

 




〇デジモン紹介
デビドラモン
レベル:成熟期
タイプ:邪竜型
属性:ウィルス
「複眼の悪魔」と呼ばれ恐れられている邪竜デジモン。闇の使者デビモンにダークエリアより召喚された魔獣で、これほど邪悪なデジモンは他にはいない。ドラモン系のデジモンだが手足が異常に発達しており、長く伸びた両腕で相手を切り裂き、強靭な両足と翼で闇を飛び回る。性格は邪悪そのもので慈悲の心は持ち合わせていない。深紅に燃え上がる四眼でにらまれると相手は身動きを取れなくなり、無抵抗のまま体を切り刻まれる。また、尻尾の先は開くと鉤爪状になっており相手を串刺しにすることができる。コンピュータネットワークを私利私欲のために悪用するハッカー達の邪悪な感情がこのデジモンを生んだのだろう。必殺技は巨大な爪で相手を切り刻み、血祭りにあげる『クリムゾンネイル』。


遂にメフィスモンと邂逅したハジメ達。ウルの町での前哨戦は次回まで続きます。
そろそろ彼を動かしたいです。

PS
最近、02を見直ししているせいか勇者を暗黒の海に放り込む展開が頭をよぎります。クトゥルフ展開は書ける気がしないんですが、なぜか惹かれるんですよねえ。


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09話 怒れるハジメ

感想・評価・お気に入り登録ありがとうございます。

GWで帰省していて更新が遅れました。

いつもより少し長めです。いろいろ詰め込みました。


・前回のあらすじ
ウルの町に襲来したデジモン達はイービルスパイラルによる闇黒進化を果たす。
教会を守るハジメの前に、遂に黒幕の一体であるメフィスモンが姿を現した。
恐るべき計画を口にするメフィスモン。果たして、ハジメ達はメフィスモンを退くことが出来るのか。


 ウルの町上空では、無数の有機ミサイルが縦横無尽に飛び交っていた。

 暴走したギガドラモンが、両腕の武装『ギガハンド』から無限に有機ミサイルを発射する必殺技《ジェノサイドギア》を絶え間なく使っているのだ。

 空中という三次元空間で無秩序に飛ぶミサイルは、狙いが定められていないのか滅茶苦茶な場所に飛んでいく。そのまま放置していればウルの町に降り注ぎ、甚大な被害が出てしまう。

 

「《ホーリーアロー》!」

「《紅蓮獣王波(ぐれんじゅうおうは)》!」

 

 それを阻止するために、エンジェウーモンとフレアモンが各々の技で撃ち落とす。

 だが、ミサイルに気を取られているとアトラーカブテリモンが、巨大な角を振りかぶって突撃してくる。必殺技の《ホーンバスター》だ。

 2体は咄嗟に避けるが、さっきからこれの繰り返しだった。

 数の上では2対2の互角であり、完全体同士の戦い。しかし、ウルの町を守らなければならないエンジェウーモン達には不利な状況が続いていた。

 都市を殲滅させるほどの爆撃能力のあるギガドラモンと、高い格闘能力をもつアトラーカブテリモンの組み合わせは、予想以上に厄介だった。

 

 そこに頼りになる救援が駆け付けた。

 

「《円月蹴り》!!」

 

 三日月のような軌跡を描く猛烈な蹴りが、ギガドラモンの右腕に放たれた。

 駆け付けたワーガルルモンの攻撃だ。

 右腕に続き、今度は左腕にも蹴りを加える。これでミサイル攻撃は中断された。

 

「ワーガルルモン!」

「助かったぜ!」

「ハジメからの指示だ。まずはギガドラモンを何とかする」

「わかったわ。早くしないと町が危ない」

「なら俺がアトラーカブテリモンを抑える。2人に任せていいか?」

「おう」

「ええ」

 

 2体にワーガルルモンはハジメからの指示を伝える。2体はそれを了承し、役割を分ける。遠距離が得意なエンジェウーモンがワーガルルモンと一緒にギガドラモンに向かい、格闘戦が得意なフレアモンがアトラーカブテリモンを抑える。

 

「頑張って。エンジェウーモン」

「気合ですよ、フレアモン」

 

 デジモン達の戦いを、少し離れた上空で香織達は見守りながら、不測の事態に備えていた。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 ユエのシュラーゲンから放たれた弾丸はメフィスモンに命中し、込められた魔法を発動させ、爆炎に包み込んだ。

 ハジメ達は油断せずに構えを取り続ける。

 メフィスモンがこの程度で倒れるはずがないからだ。現に、メフィスモンの邪悪な気配が消えていなかった。

 

「ふん。この人間の武器にしてはなかなか」

 

 日傘で爆炎を振り払い、メフィスモンが無事な姿を現した。

 

「いや、地球の武器を模倣したか。ふふっ、異世界の知識で破壊の為の武器を作るか。やはり人間、いや、生き物の業は浅ましく罪深い。《ヘルマニア》!」

 

 ハジメ達をせせら笑いながら、暗黒呪文弾《ヘルマニア》を連発する。

 

「クロスビッド!」

 

 咄嗟に宝物庫から新たなクロスビッドを取り出し、防御結界を展開して《ヘルマニア》を防ぐ。

 しかし、最上級の結界魔法〝聖絶〟であっても、メフィスモンの攻撃には少ししか耐えられない。だが、その少しの隙さえあれば、ユエが間に合う。

 

「カードスラッシュ! 《ブレイブシールド》! 《高速プラグインB》!」

 

 クレシェモンの手に巨大なオレンジ色の盾が現れ、さらに移動速度が上昇する。

 そのタイミングで結界が破れる。だが、クレシェモンが高速で動き、ブレイブシールドで全ての《ヘルマニア》を防ぐ。

 

「それだけでは不十分だぞ」

 

 メフィスモンが手を上げると、デビドラモンとイビルモン達が再び動き出す。

 しかも、ハジメ達の方だけでなく町にまで向かおうとする。

 

「行かせるか!」

 

 全武装を起動させ、町に向かおうとするデジモン達を攻撃するハジメ。

 技能〝並列思考〟と、デジモンの特性を取り込んで得た演算能力によって、完全に制御された兵器群は的確に敵を攻撃していく。近くのイビルモンには銃弾が浴びせられ、飛行しているデビドラモンにはミサイルが着弾する。

 

「〝天灼〟! 〝蒼天〟! 〝嵐帝〟!」

 

 ズガンッ! ズガンッ! ズガンッ!! 

 

 ユエも最上級魔法を連発しながら、シュラーゲンを連射する。魔法の発動と銃撃を同時並行で行うことで、手数を増やすだけでなく、それぞれの攻撃を相乗させることで威力を上げていく。〝蒼天〟に風属性の魔法を付与した銃弾を当てて威力と範囲を増大させたり、〝嵐帝〟の中心で氷属性の銃弾を炸裂させて猛吹雪を巻き起こしたりする。

 

 ハジメ達だけでなく、エンジェモンとピッドモンも教会に近づこうとするデジモン達を打倒していく。彼らの必死な防衛線を、メフィスモンは嗤いながら観察する。

 

「フフフ。よく守っているが、まさか私の手勢がこれだけだとでも? すでに町にもデジモン共が向かっているのだが、いいのかね?」

 

 教会で守るのに手いっぱいなハジメ達に向かって、さらに戦力を分散せるようなことを言うメフィスモン。町には住民や他の生徒が残っている。ハジメ達はさらに戦力を分けざるを得ない状況に追い込まれた。

 

「ハッ」

 

 と思われたが、ハジメはメフィスモンに向かって強気な笑みを浮かべた。訝し気な顔をするメフィスモンに、攻撃の手を緩めずにハジメは言い切る。

 

「お前が来ることは予想していた。だったら対策の1つや2つやっているって思わないのか?」

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 ハジメ達の戦いは町への配慮はしているが、デジモンが相手という事もあり、手加減はしていなかった。

 そのせいで爆発や閃光がとても目立ってしまい、町から異変を察知した神殿騎士達が教会にやってこようとした。

 だが教会に向かう道に、メフィスモンが解き放っていたイビルモンやデビドラモンが現れ、神殿騎士達に襲い掛かった。

 

「ぬおおおおっ!! 待っていてくれ、アイコォ!!」

 

 デビドラモン達に剣を振りかぶり、果敢に挑みかかる騎士隊長デビッド・ザーラーと隊員達4人。彼らが守ると決めている愛子が、教会に行くと言ったきり戻ってこないのだから。

 彼らは護衛以外に、神殿から愛子を懐柔するという任務も帯びていたのだが、小さな体で生徒のために奔走する愛子の一生懸命さに心打たれ、逆に忠誠を捧げてしまった。その愛子が向かった教会で謎の戦闘が起きているのだから、気が気ではないのだ。

 とはいえだ、気持ちだけではどうにもならなかった。

 デビドラモンの体長は5メートルもあり、しかも飛行できる。闇夜に紛れられればデビッド達に感知する術はない。

 デビッド達の剣も魔法も、デビドラモン達に掠りもしない。

 

「キキキッ!!」

 

 攻撃した隙を突かれて、逆にイビルモン達に超音波で攻撃されて体勢を崩す。

 

「ぐううっ!?」

「な、何だ!?」

「立てない。なぜ!?」

「お、おのれぇ」

 

 そこにデビドラモンが現れ、真っ赤な巨大な爪を振り上げる。

 何とか防ごうとするデビッド達だったが、デビドラモンの真紅に燃え上がる四眼で睨まれると動きが取れなくなる。「複眼の悪魔」と呼ばれ畏れられるデビドラモンの能力だ。睨まれ、身動きが取れなくなった相手は、そのまま巨大な爪で血祭りにあげる必殺技《クリムゾンネイル》で止めを刺されてしまう。

 騎士達がそんな末路を辿ろうとしたその時、白と黒の2つの影が飛んできた。

 

「《ディバインピース》!!」

「《ミッキーバレット》!!」

 

 白い影、ブランが三叉槍を振り回し、デビドラモンの爪を弾き上げる。

 黒い影、ノワールが愛銃『アンソニー』の乱れ撃ちで敵デジモン達を攻撃する。

 

「無事ですか? 怪我をしている方はいらっしゃいますか?」

「立てる~? 無理ならそのままでよろ。邪魔だから」

 

 騎士達を気遣うブランに対し、笑いながら辛辣な言葉を投げかけるノワール。

 ブランの気遣いに癒され、ノワールの言葉にカチンとくる騎士達。何とか立ち上がろうとするが、イビルモンの超音波攻撃で平衡感覚を乱されており、足がふらついている。

 ノワールの攻撃で距離を取っていたデビドラモン達が、じりじりと近づいてくる。シスタモン姉妹を警戒しながらも、その目は騎士達を狙っている。悪魔らしく、弱っている方から狙っていくようだ。

 その考えに感づいたノワールが舌打ちしながら、ブランに話しかける。

 

「ブラン。あんたはこいつらを見てなさい。私がやるわ」

「お姉さま。まさかあれをやるつもりですか?」

「ええ。あんたは温存しておきなさいよ」

 

 ノワールは一歩前に出ると、被っているウィンプルの縁に手をかける。そのまま目深に被り、顔を猫のような見た目にする。すると、胸に白く輝く十字架──ホーリースティグマが現れた。同時に体の奥から力が沸き上がってくる。

 

「すぅ──ふぅ──……うぅぅにゃああぁぁ!!」

 

 力を全身に馴染ませるように深呼吸すると、猫背のような体勢になる。次の瞬間、猫のような声を上げながら、デビドラモンに飛び掛かる。あまりの俊敏さにデビドラモンは反応できず、ノワールが頭上に駆け上がるのを許してしまう。気が付いて振り払おうとするが、その前に脳天を撃ち抜かれてしまう。そのままデータとなって消えていく。

 これこそ、ノワールが力を覚醒させた姿。

 野生の力が目覚め、特に俊敏さが高められる。

 闇夜を縦横無尽に駆け回り、標的を撃ち抜くその姿は、聖職者の名前を持ちながらも、まるで死に神のようだ。

 

「か、彼女は一体なんなんだ?」

「私の姉さまです!」

 

 見たことのない武器を使って、自分達でも勝てなかった相手を倒すノワールの姿に、デビッド達が呆然とする。

 思わず疑問を零すと、ブランが力強く答えた。

 そう言う事じゃないと騎士達がブランを見るが、ノワールの言いつけを守るために三叉槍を構えていて気が付かない。

 

(町の方はマミーモンさんが対処してくれています。私達もここが終わればお手伝いに行かなければ。それまで、教会の方をお願いします)

 

 町中にもデビドラモンとイビルモンは出現していたが、マミーモンが対処していた。もっとも、全身包帯だらけのミイラ男が、トータスには無い銃を振り回していることから、住民の恐怖は倍増していたが。

 

 後にウルでは、悪いことをすると包帯男に追い回されるという怪談が生まれ、子供達に言い聞かされるようになった。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

「対策はしていましたか」

 

 メフィスモンは町中でもデジモン達が倒されていることに気が付いた。

 道理でハジメ達が慌てていないわけだ。

 

「来るとわかっていれば対策できる。ここでお前を止めてやる」

 

 とはいえ、メフィスモンの手勢の数がわからない。時間がかかれば被害が出てしまう。戦いが拮抗している今のうちに決着をつけるべきだ。

 デビドラモン達を一掃し、メフィスモンに止めを刺す。

 言葉を交わさずとも、互いの考えを察したハジメとユエ、クレシェモンは武器を構え、最大火力を発揮する準備をする。

 ハジメは宝物庫から追加の兵器を展開する。ユエも追加の弾薬を取り出し、シュラーゲンに装填する。

 クレシェモンは両手の武器を組み合わせ、弓形態にする。

 

 それに対し、メフィスモンは構えも取らず、余裕の態度を崩さなかった。

 

「だが、更なる策は見破れなかったようですね」

「何?」

 

 メフィスモンの言葉をいぶかしむハジメ達に構わず、メフィスモンがパチンと指を鳴らす。

 すると、ギャリギャリという何かを削る音が聞こえてきた。

 

()()()()()()()

 

「まさかっ!?」

 

 ハジメが振り向くのと同時に、教会の一部が崩落した。

 

 一体教会の中で何があったのか。

 少し前。ハジメ達が教会の外でデビドラモン達と戦っている一方、ユエによって教会まで避難してきた雫は、先に教会に来ていた愛子と優花と共にいた。PTSDによって不安定になった精神を二人に落ち着かせてもらいながら、身の安全を守るために息をひそめている。

 雫ほどではないが優花も戦いが怖いので、雫と抱き合って戦いが終わるのを待っていた。

 愛子は震える生徒二人の姿に胸を痛めながら、いざという時は自分の身を盾にしようと、2人を抱きしめている。

 

「ごめんなさい。私、先生なのに、何も出来なくて、皆さんを、帰せなくて……」

 

 抱きしめながら謝罪の言葉を口にする愛子。この世界に来てからずっと感じていたが、最近の襲撃の度に自分の無力さに歯噛みする。

 

「あ、愛ちゃんは悪くないよ。悪いのは……簡単に、戦うって言っちゃった私達だし、なのに、何もできないし」

 

 優花は愛子の言葉を否定しようとする。しかし、それも自分達の無力さを嘆く言葉になっていく。

 いくら強いステータスを持っていても、ただの高校生だったのだ。勇者と神の使徒と祭り上げられても、いざという時には何もできなかった。その結果、戦いの恐怖に心が折れてしまい、愛子のお荷物になっている。そんな自分達に比べれば、教会と交渉して生徒の安全を確保し、精神ケアに取り組む愛子はずっと立派に見えた。優花は愛子を尊敬し始めていた。

 

「いいんです。園部さんも、八重樫さんもまだ子供なんですから。子供を守るのが、大人の義務です。そう、だから守らないといけないんです。なのに……」

 

 なのに、の前後の言葉を口に出せなかった。

 本当ならば、外で戦っているハジメと香織はもちろん、勇者になっている光輝達も守るべきだと愛子は思っているのだ。だが、現実では逆だ。ハジメ達は守ってもらうほど弱くなく、心も強い。愛子の意思も理解したうえで、自分達の意思を貫くために動くだろう。

 光輝は少し酷い言い方になるが、愛子が守ろうとすると屁理屈をこねて拒否するだろう。最悪なのは、それで言い合いになれば教会が割って入ってきて、ややこしい話になってしまうだろう。

 

 ままならない状況に悩む2人の間で、徐々に落ち着きを取り戻してきた雫も、悩んでいた。

 

(私は、どうすればいいの?)

 

 トータスに来てから辛いことばかりだった。何とか乗り越えようと、愛子に付いてきた先で、親友と思い人に再会できた。

 だが、2人は自分が知っている2人とどこか変わっていた。

 なんだか姿が同じ別人なような気がして、思わず香織に声を荒げて食って掛かってしまった。

 

(ハジメもなんだか変わった気がする。もしもそうなら、ハジメ達がまた旅に出るとき、私はどうすればいいんだろう)

 

 雫がハジメを好きになったのは、自分のピンチに駆けつけて守ってくれて、普通の女の子とそして扱ってくれたからだ。香織と同時に告白した時も、雫の事を蔑ろにせず、真剣に考えて悩んでくれた。

 そんな彼が変わってしまったとしたら、同じように好意を寄せることが出来るのか。

 

(そんな不安があったから、香織に詰め寄っちゃったのかな? だとしたら、悪いことをしちゃった。謝らないと。その後は……どうしようか)

 

 心情的にはハジメ達に付いていきたい。しかし、戦いに怯える自分が付いていっても、足手まといにしかならないだろう。

 逆に付いていかずに愛子の下にとどまり離れ離れになるのは、心が耐えられるかわからない。

 果たして、彼女が選ぶ道は何なのか。

 

 三人がそれぞれ悩んでいたその時、教会が小さく揺れ始めた。

 

「な、何!?」

「園部さん顔を上げないで!」

 

 優花の頭を押さえる愛子。

 次の瞬間、教会の床下から何かが飛び出してきた。

 大きな歯車に、四つの小さな歯車が付いた見たことのない生き物だった。

 

「ハ、ハグルモン?」

 

 抱きしめる愛子の腕の隙間から目にした雫は、似ているデジモンの名前を呟いた。

 確かに、現れたのは歯車のような形の成長期デジモンのハグルモンにそっくりなデジモンだった。しかし、ハグルモンと違い2つの『コハグルモン』という別のデジモンがくっついている。さらにドリルに変化した歯車もくっついており、より攻撃的な姿だ。床下から現れたのも、ドリルで地下から掘り進めたのだろう。

 

 雫達は知らないが、メフィスモンの実験によって生まれた暗黒X抗体デジモン。ハグルモンX抗体だった。

 

 メフィスモンは完全体デジモンへの実験には失敗したが、成長期のハグルモンには成功していたのだ。

 そして、当然のことながら、軍団を作ろうとしているのだ。一体だけのはずがなかった。

 

 床下から次々とハグルモン達が現れた。

 愛子達はハグルモンの大群に囲まれてしまう。

 ハグルモン達には自我が無く、インプットされたデータに従って行動する。

 メフィスモンが施した、教会に地下から侵入し、破壊するという命令に従って動き始める。

 

「「「《ダークネスギア》」」」

 

 口からコンピュータウィルスが組み込まれた黒い歯車を吐き出す。

 本来なら歯車を相手の体内に組み込んで、コンピュータウィルスで狂わせてしまう技だが、建物にぶつけて削り取っていく。

 ハグルモン達は機械的に命令を実行していくので、愛子達のことなんて配慮しない。

 彼女達のすぐ近くにも歯車が飛んでくる。

 

「キャアっ!?」

「このままじゃ、教会が壊される」

 

 愛子の言葉通り、教会がグラグラと揺れてきた。

 ハグルモン達が現れたことで床下はボロボロだった。さらに歯車の攻撃で、壁や支柱が傷ついてしまった。そして、遂に教会の一部が崩壊してしまった。

 

「雫! 園部さん! 畑山先生!」

 

 それに気が付いたハジメが、中に入ってきた。

 彼が目にしたのは、教会を破壊するハグルモン達に、その攻撃の中で身を縮めている雫達だった。

 

「雫から、離れろおおおっ!!!」

 

 魔力を放出しながら、咆哮のような声を出すハジメ。自我の無いはずのハグルモン達が、一瞬動きを止める。

 その隙を逃さず、ハジメは雫達の場所に向かって駆けだす。間にはハグルモン達がいたが、殴り飛ばしていく。

 

「大丈夫か!!」

「は、はい。えっと何とか」

 

 ハジメの様子に驚きながらも、愛子が答える。

 それにホッとするハジメだが、ハグルモン達が破壊活動を再開する。

 

「急いでここを出ます。立てますか?」

 

 手を差し出して愛子達を絶たせようとするが、愛子はハジメの背後を見て目を見開く。

 

「隙だらけだな。デジモンテイマー」

「ハジメ!!」

 

 メフィスモンがいた。入り口からユエが叫びハジメが振り返る。だが、メフィスモンの手が振り下ろされた。

 暗黒の魔力が宿ったハジメに直撃した。

 完全体の膂力と暗黒の魔力が、強靭になったハジメの身体を貫く。一撃で肉体はボロボロになり、立っていられなくなって膝をつく。

 目がチカチカして、意識が途切れそうになるのを、必死で繋ぎとめる。

 

「ほう。まさかまだ生きているとは。一目見た時からわかっていたが、お前、人間を止めたな」

「お前、今、雫達を狙ったな」

 

 感心するメフィスモンに対して、ハジメは声を震わせながら話しかける。

 さっきの一撃は、ハジメに向かって振り下ろされていなかった。ハジメが動かなければ雫達に当たっていた。それに気が付いたハジメは身を挺して3人を庇ったのだ。

 

「人間の、それもお前達の行動原理はわかっていたのでな。そんなことよりもその肉体は調味深い。混ざっているのは人間と」

「絶対、許さねえッ!!!!」

 

 メフィスモンの言葉を遮って、ハジメは激昂する。怒りと共に魔力がハジメの肉体から溢れ出し、肉体を覆っていく。

 その様子をメフィスモンは興味深そうに、雫達は呆然としながら見つめる。

 

「〝ハイブリッド化〟!!」

 

 ハジメの肉体を漆黒の機械狼の鎧が覆っていく。

 

『モード・ブラックメタルガルルモン!!』

 

 ブラックメタルガルルモンの力を宿した鎧を身に纏い、左腕を突き出す。

 6連装ガトリングレールガン《ブラックストーム》が展開され、超至近距離でメフィスモンに突き付ける。

 

『死ね』

 

 ズガガガガガガガンッ!!! 

 先ほどのユエのシュラーゲン以上の銃声が響き渡り、まともに受けたメフィスモンを吹き飛ばす。

 それだけでメフィスモンが倒されるはずもなく、体勢を立て直し、空中に浮遊する。

 

『メフィスモオオオオオオン!!!』

 

 背中に飛行ウィングを展開し、飛び掛かるハジメ。

 防御魔法陣を展開し、防御する。

 

「能力、膂力、そして破壊力。クククッ。まさかこのようなことが起こるとは。人とデジモンの可能性とは面白いものだ」

『殺す!! 《コキュートスブレス》!!!』

 

 絶対零度のブレスを浴びせる。メフィスモンの防御魔法陣ごと凍結させようとする。

 ハジメの殺意と攻撃を受けても、メフィスモンの余裕の態度は崩れることない。

 

「私にばかりかまけていていいのかね?」

 

 メフィスモンが手を振り上げると、ハジメの背後に2体のデビドラモンが現れる。

 それをセンサーで察知したハジメは振り向きながら、両手の爪で薙ぎ払う。

 

『邪魔だ!! 《カイザーネイル》!!』

 

 一瞬で、デビドラモンが倒され、データになって霧散する。

 だが、その先で見えた。

 雫達にもデビドラモンとハグルモン達が襲い掛かっているのが。

 デビドラモンの紅い爪が、雫と優花に振り下ろされようとしている。

 愛子が咄嗟に魔法で攻撃しようとしているが、数が多すぎる。

 ブラックストームで薙ぎ払おうと思うが、威力が強すぎて彼女たちまで巻き込んでしまう。

 もはや飛び込んでもう一度身を盾にするしかない。だが、ハジメの身体に闇色の鎖が絡みつく。香織の使う光魔法〝縛煌鎖〟に似ているが、禍々しい暗黒の魔力の鎖だ。

 

「せっかくの悲劇だ。見物したまえ。そして味わうのだ。絶望を。シーサモンの時のように」

『貴様あああ!!!』

 

 絡めとられて身動きが取れないハジメの前で、雫達に複眼の悪魔の魔爪が振り下ろされた。

 

 

 

 そして、白い羽が舞い散った。

 

 




〇あとがき
〇デジモン紹介
ギガドラモン
レベル:完全体
タイプ:サイボーグ型
属性:ウィルス
メガドラモンと同時期に開発された暗黒竜デジモン。更なる改造で完全武装した戦闘竜で、その存在は凶悪なコンピュータウィルスそのものである。得意技は、両腕のギガハンドで攻撃をしかける『ギルティクロー』。必殺技は、有機体系ミサイルを無限に放つ『ジェノサイドギア』。


前半は戦闘パート。中盤にキーパーソンたる雫達の心情。そして最後は怒れるハジメでした。
次回で一段落着けられればいいなと思います。


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10話 終息

感想・評価・お気に入り登録ありがとうございます。
お待たせしました。
忙しい中でプロットもいろいろ変化してそのつじつま合わせに何度も書き直しました。
ようやく前哨戦は終了です。

・前回のあらすじ
メフィスモンがけしかけたデジモン達と戦いを繰り広げるハジメ達。
卑劣なメフィスモンの策謀によって教会内の愛子達に危機が迫る。
そこにハジメが駆け付ける。ハイブリッド化を発動させて、雫達を守るために立ち向かうハジメだったが、動きを封じ込められてしまう。
そして、雫達にデビドラモンの凶爪が迫る。その時……!



「「《グランドシスタークルス》!!!」」

 

 覚醒状態になったノワールと、同じく覚醒状態になったブランが、目にも止まらぬ速さで駆け抜ける。動きながらノワールは銃〝アンソニー〟で敵を撃ち抜き、ブランは三叉槍〝クロスバービー〟で貫き打ち払う。姉妹で連携して敵を仕留める、2人の奥の手が《グランドシスタークルス》だ。覚醒状態になっているため、そのスピードは目で追うことが出来ないほどだ。

 現に近くで倒れている神殿騎士達は2人の動きが見えず、呆然としていた。

 

「な、何という動きだ」

「だが、私達もあれほどの技を身に付けられれば、アイコを守れる」

「最初の1人の剣を止められようと」

「第2、第3の剣を連携して出せば」

「無敵の技が」

 

 何やら妙なことを思いついた騎士達。後日、連携同時攻撃技を練習していたとか、していなかったとか。

 

 技を出し終えたシスタモン姉妹は周囲を警戒する。今の攻撃で出現した敵を全て倒したことを確認すると、構えを解き、覚醒状態を解除する。

 

「ふにゅ~」

「あー。つっかれた」

 

 全身の力が抜けたようにへたり込むブランと、気怠そうなノワール。覚醒状態は普段は抑えている力を解放するので消耗が激しい。成長期のブランなど、すぐにでも横になりそうだ。だが、倒したのはこのあたりに出現した敵だけなので、気力を振り絞って立ち上がろうとする。

 

「どうするブラン? 教会のほうに行く?」

「うぅ、確かに、教会から、嫌な気配がしますぅ」

「だねえ。面倒くさいけど、行かないとねえ」

 

 ノワールは今にも眠りに落ちそうなブランに肩を貸す。

 その時、2人の懐から光が漏れ出してきた。

 

「ありゃ?」

「ふえ?」

 

 突然のことに驚く二人。懐に手を入れて光っている物を取り出した。

 それは闇夜の中で煌々と光を放つ

 

「こりゃまた。何に反応しているんだ?」

「スピリットが……」

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 デビドラモンの紅い爪が雫と優花に振り下ろされる間際、雫は何もできなかった。

 何せ、もともとデビドラモン達の姿にPTSDを発症しパニックに陥っていたところに、ハジメがメフィスモンの攻撃を庇ったことで、オルクス大迷宮での光景までフラッシュバック。トドメにハジメが見たこともない姿になって戦う光景まで見てしまい、彼女の心は限界を迎えてしまい、考えることを止め、ただ迫りくる死を受け入れようとしていた。

 

 優花も雫と同じように、突然の事態に呆然としており、逃げることも出来なかった。

 

 しかし、2人を救うために2つの光が割り込んできた。

 

 闇夜の中でも白く輝く翼をはためかせ、2人の命を守るために2体の天使が舞い降りた。

 戦いが中に移ったため、外で戦っていたエンジェモンとピッドモンが、崩れた壁の穴から飛び込んできたのだ。

 猛スピードで入ってきたため2体の息も荒く、羽がまるで吹雪のように舞い散っている。

 しかし、彼らが急いで来たおかげで、雫と優花は危機から救われた。

 2体はホーリーロッドでデビドラモン達の攻撃から雫達を守る。

 

「ぐっ、やらせはしない!」

「子供達を守るという言葉。決して違えはしない!!」

 

 悪魔達の攻撃を捌きながら、2人の少女を守った天使達は、仇敵である悪魔へと聖なる鉄槌を下す。エンジェモンの拳に光が宿り、ピッドモンはホーリーロッドを握る手に力を込める。

 

「《ヘブンズナックル》!!」

「《ピッドスピード》!!」

 

 聖なる拳とホーリーロッドの一撃がデビドラモンに炸裂。弱点の攻撃をまともに受けたデビドラモンは耐えられずに一瞬で倒される。

 

「邪悪なる者達よ。貴様達の思い通りにはさせない!」

「守るという言葉は決して違えない。我らの力を見よ!」

 

 2体は言葉通りに周囲の敵と戦いを繰り広げ、三人を守る。

 イビルモンは一撃で倒し、デビドラモンさえも寄せ付けない。

 

「八重樫さん! 園部さん! 大丈夫ですか!?」

「え、あ……」

「あ、愛ちゃん、先生?」

「よかった。無事ですね? どこも怪我していませんね? ああ、よかった」

「あ、ああ……」

「うぁ」

 

 愛子が話しかけるとようやく2人は気を取り直す。愛子は2人の無事を喜ぶが、2人はそこが限界だった。フッと2人は意識を失い崩れ落ちる。

 

「八重樫さん!? 園部さん!!?」

「気を失っただけでしょう。無理もない」

「2人の傍にいてください。あなた達は必ずお守りします」

「わ、わかりました」

 

 エンジェモン達の言葉に従い、2人を抱きしめながらじっとする愛子。

 次第にイビルモンとデビドラモンは下がり始め、代わりにハグルモン達が前に出てくる。

 マシーン型であり、メフィスモンからの命令コードに従うだけのハグルモン達は、感情の無い機械のようにエンジェモン達に向かってくる。

 

「意志もなく命令に従うだけとは、哀れな」

「せめて安らかに眠れるように倒しましょう」

「ああ」

 

 ハグルモン達に対しても、二体は危なげなく戦っていく。

 X抗体を持つため通常のハグルモンよりも強いが、地力と経験の差から愛子達を守りながら戦う。時折、必殺技の《ダークネスギア》が飛んでくるが、ホーリーロッドで打ち払う。

 

「ふむ。存外、粘りますね。ん?」

 

「ウウウ……ウアアアアアアッッ!!!」

 

 エンジェモン達の奮戦を眺めていたメフィスモンだったが、捕えていたハジメに異変が起きた。

 ハジメから強大な魔力が放たれ始めた。その様子に愛子も気が付き、驚く。彼女とメフィスモンは知らないが、その様子はオルクス大迷宮で暴走してしまい香織達に襲い掛かった時のようだった。

 

「ほう? これはこれは」

 

 メフィスモンがハジメの様子を興味深そうに見ている中、ハジメは少しずつ力を込めていき、拘束を徐々に壊そうとする。

 

「押さえていた力の解放? もしや先ほどの私の一撃が何かを呼び覚ましてしまったのか。フフフッ。まるで人間ではないですね」

 

 面白そうに嗤うメフィスモンの前で、遂にハジメの力に耐えられなくなった闇の鎖が砕かれた。

 

「ウオオオオオオッッ!!!!!」

 

 同時に背中から魔力を放出し、空中に浮かぶハジメ。そのまま勢い良くメフィスモンに突撃し、両腕の爪を振るう。《カイザーネイル》だ。

 

「またそれですか。もう見ました」

 

 先ほどもデビドラモンに対して使った技なので、メフィスモンは冷静に防御の魔法陣を展開して防ぐ。

 だが、ハジメの力はさっきよりも増しており、魔法陣を無理やり押し込み始める。やがて、ピキピキと魔法陣にひびが入り始めた。明らかにさっきまでとは段違いの力だ。

 

「何ですって?」

 

 予想外のハジメの力にメフィスモンは目を見開く。

 その隙を突いてメフィスモンの背後から飛び掛かってきた影があった。

 

「お前の相手は」

「私達」

 

 外で戦っていたクレシェモンとユエだった。外の敵をある程度倒した二人は、メフィスモンが教会の中にいるのに気が付き、加勢に来たのだ。

 ユエは《攻撃プラグインA》のカードをスラッシュ。パワーアップしたクレシェモンはメフィスモンに自慢の脚力から繰り出される蹴りを叩き込む。

 

「やぁ!」

「ちぃ!」

 

 ユエ達に対しても防御の魔法陣を展開して防御するメフィスモン。しかし、そのせいでハジメから目を離してしまった。その隙を突いてハジメの攻撃が、遂にメフィスモンの防御の魔法陣を斬り裂いた。

 

「くっ」

 

 咄嗟に飛び上がるメフィスモン。動きを呼んでいたハジメは、左腕の六連装ガトリングレールガン《ブラックストーム》を発砲する。ドガガガガッという轟音と共に、雷撃と銃弾の嵐がメフィスモンに炸裂。こちらの威力も上昇しており、メフィスモンをその場から吹き飛ばす。

 メフィスモンは射線から逃れるが、クレシェモンが飛び掛かる。

 

「カードスラッシュ。《白い羽》」

 

 背中にはユエがスラッシュしたカードの力で、エンジェモンの白い羽が付いており、飛行能力が付与されている。

 

「ここから、出て行け!」

 

 格闘戦をしながらメフィスモンを教会の外に蹴りだすクレシェモン。

 ハジメもその後を追おうとするのだが、その前にユエが飛び出る。

 

「クレシェモンに任せて! 今は、教会の中の敵を」

 

 まだ教会の中に敵は残っており、新たな敵が入ってくるかもしれない。

 愛子達を守る戦力は多いほうがいい。だからユエはハジメを止めようとしたのだが、ハジメはユエに右腕を振り上げた。

 嫌な予感を感じたユエがその場を飛び退くと、さっきまでユエがいた場所にハジメが腕を振り下ろし、床を破壊した。

 

「ッ、やっぱり暴走」

 

 さっきからハジメは怒りに任せてメフィスモンに攻撃していた。それに雰囲気がオルクス大迷宮でのメタリックドラモンとの戦いで進化したブラックメタルガルルモンに似ていた。だから、最悪の可能性を考えていたのだが、それが当たってしまった。

 ユエはハジメをこのままにしておけないと、メフィスモンをクレシェモンに任せて、何とかハジメを抑えようとする。

 そこに、ハジメの背後からデビドラモン達が襲い掛かってきた。エンジェモン達に敵わないとみて、隙を突いて襲い掛かってきたのだ。

 ハジメもそれに気が付き、今度はデビドラモン達と戦い始めた。

 

「ん。まずい」

 

 戦いの余波が愛子達に及びかねないと思ったユエは、彼女達の傍に近寄る。

 

「〝風壁〟」

 

 風の魔法で結界を張ると状況の推移を見守る。

 

「あ、ありがとうございます。あの、南雲君は一体どうしたんですか?」

 

 お礼を言いながらも、ハジメを驚愕の表情で見つめて質問する愛子。

 何せさっきからハジメは普段とは正反対の荒々しい雰囲気で戦いを繰り広げている。デビドラモンを殴り飛ばし、イビルモンを撃ち殺し、ハグルモンを踏み潰す。まるで理性の無い怪物の様だった。

 不安に思う愛子にユエは勤めて冷静になりながらも、質問の返事を返す。

 

「……説明している時間は無い。でも、大丈夫」

 

 ハジメの身に危険がおよんだ時に、あの少女が駆け付けないはずがないのだから。

 

 そうしてハジメを見守っていたユエと愛子は、雫の目が薄っすらと開いていたことに気が付かなかった。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 一方その頃、教会の外で再び対峙するクレシェモンとメフィスモン。

 その時、上空で猛烈な閃光が走った。

 

「《アルナスショット》!!」

「グギャアアアアアアアアアア!!!??」

 

 ワーガルルモンのサジタリウスから放たれたレーザー光線が、ギガドラモンの急所であるデジコアのある胸部を撃ち抜いた光だった。だがおかしい。普段は、遠距離戦の補助としている技で、頑丈な機械で守られたギガドラモンの胸部を撃ち抜くことなんてできないはずだ。

 なのに、今のワーガルルモンの技の出力は普段以上だ。

 

「ウアアアアアアアアアッッッッ!!!!」

 

 月夜に吠えるワーガルルモン。その肉体には普段よりも強い力が、荒れ狂う様に駆け巡っていた。

 まるで教会内で戦っているハジメのような暴れようだった。

 ハジメの様子は見えていないが、ワーガルルモンを見ていた香織はすぐにハジメの暴走の事に思い当たった。

 

「まさか。あの時みたいに暴走しているの? しかもそれが、シンクロして起こっている!?」

「「ウウウゥゥ……グルウアアアアアアアアアッッッッ!!!!」」

 

 香織の想像通り、それはハジメの暴走がテイマーとデジモンのシンクロによってワーガルルモンにまで及んでしまったからだった。

 それによりワーガルルモンの能力が引き上げられ、レーザーの威力が上昇した。それと引き換えに、ワーガルルモンも暴走することになってしまった。

 いくら完全武装のサイボーグとはいえ、デジコアに致命傷を受ければひとたまりもない。

 断末魔の声を上げながらギガドラモンは落下しながら、データの粒子となって消えていった。

 

 しかし、ワーガルルモンの動きは止まらない。そのまま猛スピードで飛翔し、フレアモンと戦っているアトラーカブテリモンに襲い掛かった。

 

「《カイザーネイル》!!!!」

「キシャアアアアア!?!?」

「なんだ!?」

「うわきゃ!?」

 

 突然攻撃してきたワーガルルモンにフレアモンとシアが驚く。

 ワーガルルモンの爪は、アトラーカブテリモンの堅殻を引き裂き、背中の羽根どころか体内まで引き裂いた。何が起きたのかもわからず、致命傷を負ったアトラーカブテリモンはギガドラモンと同じくデータとなって闇夜に散っていった。

 

 そこでワーガルルモンは全ての力を使い果たし、空中でガブモンに退化してしまった。

 慌てて香織とエンジェウーモンが飛んできて、落ちないように抱える。

 ガブモンは気を失っていたが、寝息が聞こえたので無事そうだ。ならば残るは、ハジメの方だ。

 

「ハジメ君ッ!」

 

 香織は急いで教会に向かって飛んでいく。

 教会の中にエンジェウーモンと一緒に降り立った香織が見たのは、最後のハグルモンを踏み砕き、動きを止めた漆黒の機械狼の姿のハジメだった。愛子達はユエとエンジェモン達が守っていたから無事だったようだ。今はそれよりもハジメの方だ。

 ハジメは動かない。

 シンクロしていたガブモンの意識が無くなったので、一時的に停止しているようだ。シンクロしていた影響だろう。いや、もしかしたら、ガブモンがそうなるようにしたのか。何はともあれ、おかげで香織がすぐさま対処に移れる。

 

「エンジェウーモン!」

「《セイントエアー》!!」

 

 すぐさまエンジェウーモンに聖なる力の宿る虹色の粒子を降らせる。教会内は清浄な空気に包まれる。香織も魔法を発動させる。

 

「〝聖園(せいえん)〟」

 

 それは香織のオリジナルの光属性最上級魔法の光が、ハジメを包み込む。暗黒の力などのマイナスなエネルギーによって正気を失った者を元に戻す魔法だ。エンジェウーモンの力をハジメに解析してもらい生み出した。

 ダークタワーによって操られたデジモンを解放するためにだが、この魔法にはもう一つの効果がある。それはホーリーリングの聖なる力と同じ効果を持っている。つまり、またハジメが暴走した時に、元に戻すことが出来るかもしれないと思い、香織は魔法を作り上げたのだった。その努力が今実を結ぶ。

 エンジェウーモンの力も合わさった香織の魔法は、ハジメの体内で荒れ狂っていた力を鎮静化して調和させていった。やがて、ハジメのハイブリッド化は解除され、気を失ったハジメが崩れ落ちそうになるのを、香織が受け止める。

 

 こうして、上空と教会内での戦いは終わりを迎えた。

 

 香織はハジメを安全な場所で寝かせるために抱え上げる。すっかり逞しくなった。

 ユエも風の結界を解除し、愛子達と気を失った雫と優花を抱えて連れていく。教会はボロボロでいつ崩れてもおかしくない。

 教会の外に出るとユエは、メフィスモンを追いかけていったクレシェモンを探そうと、辺りを見渡す。

 程なくしてクレシェモンは戻ってきた。見た所、大きな怪我もない。だが、その顔は暗く沈んでいた。

 

「どうしたの?」

「ユエ。実は……」

 

 クレシェモンは何があったのか説明する。

 教会を飛び出してからもしばらく戦い続けていたが、教会に香織とエンジェウーモンが飛び込んだのを見たメフィスモンは、相対するクレシェモンを一瞥すると、空中に浮かび上がった。

 

「ふむ。潮時ですか。まあ、面白いものが見られましたので、良しとしましょう」

「逃げる気?」

「ええ。ではごきげんよう。ああ、あと一言」

 

 一礼すると、メフィスモンは魔法陣を描き出す。その途中で何かを取り出した。

 それはハジメが背負っていたコロモンが入ったバッグだった。

 あの攻撃の際にハジメの背中から奪い取っていたのだ。戦いに夢中だったハジメは気が付かなかった。

 

「!? それは」

「一先ず目的は果たさせていただきました。それでは失礼」

 

 次の瞬間にはメフィスモンは魔法陣の中に入ってしまった。クレシェモンは何もできずに、見送るしかなかった。

 

「ごめん。コロモンを助けられなかった」

 

 申し訳なさそうに謝るクレシェモン。だが、それを聞いたユエは怒ることも落胆することもなかった。

 

「大丈夫」

「え?」

「メフィスモンが持って行ったのは偽物。本物はこっち」

 

 そう言うとユエは肩のあたりをいじると、背中にリュックサックが現れた。アーティファクトで透明化させていたのだ。そのリュックを開くと、その中にはコロモンがいた。

 

「教会に入る前にハジメから預かった。急いでいたから伝えられなかった」

「よかった。コロモンが無事で」

 

 今回の戦いでは大きな被害を受けたが、最後にメフィスモンに一泡伏せることが出来たのだった。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

「おのれ。こんな手に引っかかるとは」

 

 異空間の拠点でリュックサックを手にメフィスモンは怒りに震えていた。コロモンだと思っていたリュックの中には、丸いボールがあっただけだった。しかも「ハズレだヨ~m9(^Д^)プギャー」というウザイ文章と顔文字が書かれている。

 ライセン大迷宮から出るときに何故かミレディからプレゼントされた一品だった。なぜこんなものをくれたのかわからなかったが、ちょうどコロモンと同じくらいの大きさだったので、ハジメは咄嗟に身代わりにしたのだ。

 

 しばらく怒りに震えていたメフィスモンだったが、大きく深呼吸して気を落ち着かせる。

 その時、タイミングよくメフィスモンに近づく人物が現れた。

 

「実験体は取り戻せたのか?」

「ああ。あなたですか。ふっ、最後にしてやられましたよ」

 

 メフィスモンが振り向く。そこには黒いフード付きのコートに身を包んだ人間がいた。

 ハルツィナ樹海の傍の荒野で、香織達がマメモン3兄弟と戦っている様子を見ていた人物だ。

 

「ですが、収穫もありました。最後のパーツに目星がつきました。わざわざ、こちらのデジタルワールドの天界エリアまで足を運んだ甲斐がありました」

「よし。ようやく半分か。クククッ待ち遠しいぜ」

「あとはダークタワーとあなたの準備が整い次第、次の攻撃に移れます」

「ああ。そっちの方はどうなっているんだ?」

「ダークタワーは問題ありません。あなたはどうですか?」

「ふん。こっちも問題ない。早く連れて行けよ」

 

 メフィスモンを急かす黒コートの人物。

 

「やれやれ。せっかちな人だ。少し休ませてください。あの場所は闇の世界とは言え、デジタルワールドのさらに奥にある別世界とも言えます。それに、あの世界から追放された身の私では、なかなか難しいのですよ。相応の準備と体力が必要です。もう少々、待っていてください」

「……それもそうだな。確実に行けるのなら、俺も文句はない。準備が出来たら教えろ」

 

 メフィスモンの言葉を聞いて納得すると、黒コートの人物は踵を返してその場を後にした。

 

「やれやれ。一休みしたら、動くとしましょうか。フフフッ。安息の暇は長くないですよ。デジモンテイマー諸君」

 

 闇の中で次なる策謀が動き始めていた。

 

 




〇デジモン紹介
ハグルモン(X抗体)
レベル;成長期
タイプ:マシーン型
属性:ウィルス
歯車の形をした変種のマシーン型デジモン。体内にも無数の歯車が組み込まれており、常に歯車が回転をしている。そのため1つでも歯車が抜けてしまうと、全身の歯車が回転を止めてしまい、生命活動を維持できなくなる。ハグルモンには相手にコンピュータウィルスを送り込んで意のままに操る特殊な能力をもっており、その能力を凶悪なデジモンに利用されている。しかし、ハグルモン自体は自我を持っていないため、悪用されていることなど知るよしも無い。必殺技はコンピュータウィルスを組み込んだ黒い歯車を相手の体内に埋め込んで、狂わせてしまう『ダークネスギア』。
・X抗体によるハグルモンのデジコアへの影響
さらに強力なコンピュータウィルス入りの『コハグルモン』が出現した。しかし、ハグルモンもコハグルモンも自我を持っておらず、互いに規則正しく回転することだけが唯一のキズナであり、回転が不規則になるとコハグルモンは外れて落ちてしまい、被害を出してしまう恐れもある。ドリル状に変化した歯車もあるので、不用意に近付くと痛い目にあう。


〇オリジナル魔法
聖園(せいえん)
香織が編み出したオリジナル魔法。ホーリーリングの浄化・鎮静・調和の力を再現した効果を持つ。最上級魔法で、今のトータスの人間が使おうとすると何十人の魔法使いと巨大な魔法陣が必要になる。ダークタワーという暗黒の力に対抗するためでもあるが、一番の目的は暴走したハジメを止めるための魔法。



実は来週もまた用事があるので、次回の更新は未定です。
原作とは全く異なる展開となる3章なので、時間がかかっていますが、お待ちしていてください。


PS

全く関係ないのですが、ありふれ×シャーマンキングというネタを思いつきました。
召喚の際にハオ様が分霊を紛れ込ませて、エヒトに「ちっちぇな」って言って、シャーマンキングの力でエヒト勢を瀕死にするという展開。面白そうだなと思って、頭の中にプロットが浮かんでいます。気が向いたら投稿するかもしれません。


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11話 目覚めと新たなる波乱の予感

更新・評価・お気に入り登録ありがとうございます。
前回の更新から間が開いてしまいました。展開について書き直しを繰り返していたら、新しい展開を思いついて、またさらに書きお直ししてという負のスパイラルに陥っていました。
やっと納得のいく展開のプロットになったので、お楽しみください。


・前回のあらすじ
激戦の最中、再び暴走を引き起こしたハジメ。それに同調しワーガルルモンまでも暴走し、ギガドラモンとアトラーカブテリモンを倒す。
暴走しながらメフィスモンと戦うハジメに、ユエとクレシェモンも加勢し、何とか退けることが出来た。
メフィスモンが退いてもハジメは未だ暴走していたが、香織とエンジェウーモンの力で抑えられ、戦いは本当に終わったのだった。



 メフィスモンの襲撃から一夜明けたウルの町。

 ハジメ達が奮闘したおかげで死人は出なかったが、教会を始めとする幾つかの建物が倒壊してしまった。怪我人も多数出ていたが、治癒魔法についてはチートな香織があっという間に治してしまった。

 怪我人や町人達の治療を終えた香織は、すぐにアークデッセイ号に駆け込んだ。車内にはハジメとガブモンが横になっていたからだ。

 戦いの後に倒れたハジメとガブモンは、夜が明けても眠りについていた。香織の見立てでは暴走による心身への極度の疲労のせいだ。彼らの看病をするために、香織は自分の仕事を大急ぎで終わらせた。

 

 彼女がハジメ達の治療に専念している間、ユエとシアが中心となって復興を手伝った。

 それも一段落すると、愛子は宿泊している宿のある部屋を訪ねた。

 

「八重樫さん、園部さん。失礼します」

 

 昨夜の戦闘で意識を失ってしまった雫と優花が眠っている部屋だ。ハジメ同様2人も目を覚ましていなかった。

 2人の事も香織が診ており、外的な傷は何もなく、精神的なショックだった。安静に寝かせていた。

 戦いの後始末が一段落したので、愛子は様子を見に来た。

 すると、すでに雫も優花も目を覚まして、ベッドから身を起こしていた。

 

「2人とも目を覚ましたんですね! よかったです!」

「愛ちゃん先生」

「私達、一体……あ、昨日、メフィスモン達が襲ってきて」

「そうだ。南雲……南雲はどうなったんですか!?」

「そうです! ハジメは無事なんですか!?」

 

 どうやらついさっき目を覚ましたようで、2人は状況がよくわかっていないようだった。しかし、徐々に何があったのか思い出して、愛子にハジメの事を尋ねる。2人の最後の記憶では、ハジメはメフィスモンの攻撃でボロボロになって捕まっていたから、不安に駆られていた。

 

「南雲君は無事です。白崎さんが付いていますから、落ち着いてください」

 

 愛子は何とか2人を落ち着かせる。その後、戦いの顛末を伝える。

 2人はハジメが無事という言葉に安心するが、自分達と同じように意識を失っていると聞き、様子を知りたくなった。

 香織の治癒魔法の腕は知っているが、実際に見ないと安心できない。2人は愛子にハジメの様子を見に行きたいと言う。愛子もハジメのことが心配だったので了承した。

 とはいえ、2人はさっき起きたばかり。着替えや食事もしなければいけない。

 

「……大丈夫よね? ハジメ」

 

 着替えをしながら、雫はどうしても不安が拭えなかった。

 実は優花と違って彼女は、うっすらとだが漆黒の鎧を身に纏って暴れ回るハジメの姿を見ていた。その姿がどうしても脳裏から離れなかった。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 2人が着替えと食事を終えると、3人で町はずれの人目に付かない茂みにやってきた。

 事前にハジメ達が伝えていたアークデッセイ号の停車場所だ。ここに光学迷彩が施された車体が隠されている。加えて、ハジメ達の内の誰か一人が見張っていた。今いるのは、シアとコロナモンだった。

 

「どうしたんですか?」

 

 どこからかシアが姿を現す。兎人族の特徴である気配操作を身に着けているので、突然現れたように見える。愛子達はギョッとするが、シア達だと分かると落ち着きを取り戻す。

 

「南雲君の様子を見に来ました。まだ目は覚めませんか?」

「……そうですね。まだ目を覚ましません。でも大丈夫ですぅ! 香織さんが付いていますし、あのハジメさんですからね。きっとすぐに目を覚ましますよ」

 

 愛子が要件を告げると、変装用のアーティファクトを外して露わになっているウサミミを、大きくピコピコと動かしながら、笑顔で言い切るシア。彼女の元気な様子は、雫と優花にも伝わり、起きてから暗い顔をしていた2人の心を少し軽くした。

 

「……何話しているの?」

「あ、ユエさん! おかえりなさいですぅ」

「ルナモンもお帰り! ご飯ちゃんともらってきたか?」

「ん。みんなの分、貰って来た」

 

 そこにユエとルナモンがやってきた。彼女達は昼食を調達に行っていたのだ。

 何せ、一行の台所であるアークデッセイ号はハジメの治療のために使われているからだ。静かに調理すればいいが、ハジメ達の安静を守るために、食事は町で調達することにしたのだ。今の彼女の手には、サンドイッチやウルの米で作ったおにぎりのような料理が入ったバスケットが2つある。そのうちの1つをシアに渡し、もう1つを持ってアークデッセイ号の中に入ろうとする。香織とテイルモン、そしてハジメ達の分だ。

 

「香織達に届けてくる。シア達は食べながら待っていて」

「あの、ユエさん。私達も南雲君の様子を見たいのですが、いいですか?」

「お願い。ハジメが無事だって、自分の目で確かめたいの」

 

 アークデッセイ号に入ろうとするユエに愛子と雫が懇願する。

 少し思案したユエは「香織に訊いてくる」と言い残し、中に入った。

 しばらくすると中から出てきた。そして、雫達にさっきの願いについての答えを告げる。

 

「まだ駄目。会わせられないって」

 

 まさかの面会謝絶に、一瞬固まる雫達。だが、すぐに答えを理解して、雫がユエに詰め寄った。

 

「そんな!? もしかして、何か悪いことが起きたの!?」

「そうじゃない。あと近い」

 

 ユエは冷静に雫を引き離す。

 

「まだ目を覚ましていないけど、体調に異常はない。ゆっくり休んでいるから、騒がしくしたくないだけ」

「だったら、静かにするから顔を見るだけ」

「今は中が散らかっている。不用意に触って事故になったら大変」

 

 食い下がる雫をユエは押しとどめる。

 しばらく2人は問答していたが、どうしてもユエが譲らないので、3人はその場を後にした。

 

「いいんですか? 送り返しちゃって。会うことくらいは良いと思いますが」

「カオリの判断。カオリ以上にハジメの身体の事を知っている人はいない」

「ですが、納得していませんよ。特にあのシズクさん」

「……」

 

 シアが言う様に、雫はまだチラチラと振り返ってこちらを見ている。

 それを見ながら、ユエは何事か考えていた。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 一方、ユエから朝食を受け取った香織とテイルモンは、手を付ける前にハジメの診察を行っていた。

 

「やっぱりメフィスモンの魔力は濃密な暗黒のエネルギーなんだ。それを受けた人は負の感情を増幅させられる。ただでさえメフィスモンに怒っていたのに増幅されて、ハジメ君の中で均衡を保っていた膨大なエネルギーのバランスが崩れた。そんな状態で〝ハイブリッド化〟を使ったから、暴走しちゃったんだ」

「ガブモンはテイマーからの暴走エネルギーの逆流だろうな。ライセン大迷宮の試練で深くシンクロできるようになった弊害かもしれない。ずっと懸念されていたことでもあった。だからこそ私達は〝聖園〟を作った。役に立ってよかった」

 

 ベッドで眠るハジメとガブモンの診察をしながら、診察結果のカルテをまとめる香織とテイルモン。

 彼女はオルクス大迷宮を攻略してから、ユエとの魔法の訓練以上にハジメの肉体の解析に取り組んでいた。

 ハジメはオルクス大迷宮での出来事から肉体と精神が変質し、強大な力を宿したせいで魔物とデジモンの本能に飲み込まれて暴走してしまった。ホーリードラモンの力で鎮静化したが、テイルモンの言うとおり危ういバランスの上で成り立っていた。メタリックドラモンとの闘いで究極体に進化した時、デジモンの力が増えたせいでバランスが崩れてしまい暴走を引き起こし、ブラックメタルガルルモンになってしまった。

 この事実を香織は、ワイズモンとフリージアに頼み、大迷宮の設備を使わせてもらいながら突き止めた。それからハジメのために、暴走を防ぐ術を模索していたのだ。ホーリーリングの力を再現したオリジナル魔法の〝聖園〟はその成果の1つだった。

 

 暴走は収まっているが、ハジメが意識を取り戻して正気であることを確認できるまで、予断は許さない。結果として、ハジメに暴走の兆しはなく、ずっと安定していた。テイマーが無事ならパートナーのガブモンも問題なく、どちらもいつ目覚めてもいいはずなのにまだ目を覚まさない。香織はアークデッセイ号の中にある設備をフル稼働させ、〝聖園〟まで常に発動させていた。それでも原因も解らず、目を覚ましていない。

 ベッドの周囲には治療に使った道具が散乱しており、ユエの言うとおり足の踏み場もないほどだ。

 

「もう魔力がないから、一回休まないと」

「ユエが差し入れを持ってきたのは丁度良かったな」

 

 約5万という規格外の魔力量を誇る香織でも、町人を治癒した後、〝聖園〟という新しい最上級魔法を長時間維持するのは負担が大きかった。魔力の枯渇で疲労感が凄まじい。

 ユエに雫達を中に入れないように言ったのは、疲労した香織の姿を見せたら不安にさせてしまうからだった。

 

 とりあえず、香織達は部屋をある程度片付けると、ユエが持ってきてくれた昼食を食べる。

 食べながら、テイルモンはユエが言っていた雫達がハジメに会いに来たことを思い出していた。

 テイルモンは香織が彼女達の面会を断った本当の理由を知っていた。

 

「ハジメの身体の事、伝えないつもりなのか?」

「……うん。伝えたら雫ちゃんは絶対気に病むよ。それに、雫ちゃんって結構察しがいいからさ。暴走の事を伝えたら、あの事まで知りかねない」

「暴走のその先か」

 

 テイルモンが呟いたことは、香織達がハジメの肉体を調べていて浮かんだ可能性だった。

 暴走し続けた果てに、ハジメの肉体に何が起こるのか。香織は最悪のケースを想定しており、それは仲間内だけの秘密にしている。もしも知られれば、特に雫に伝わったらと考えると、香織は絶対に教えられないと思うのだった。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 その日の夜。アークデッセイ号の中でハジメは目を覚ました。

 

「ここは……アークデッセイ、か」

 

 しばらくぼんやりしていたが、段々と何が起こったのか思い出してきた。戦いの最後の記憶は定かではないが、滅茶苦茶に暴れ回ったのは憶えている。そして、その記憶の中でハジメは……。

 

 ワーガルルモンを共鳴で暴走させ、2体のデジモンを殺させた。そして、自分自身の手で襲ってきたハグルモン達を叩きのめした。

 

「ッ」

 

 自分の理想を自分で穢す様な行為をしてしまったことに心が悲鳴を上げそうになるが、何とか堪える。

 ライセン大迷宮でミレディに宣言したように、覚悟は決めていた。理想通りにならなくても、折れることなく、受け止めていく。救うことが出来なかった命があったことを、決して忘れないことが、南雲ハジメの決めた覚悟だと。

 

「起きた? ハジメ」

「ガブモン……」

 

 掛けられた声の方を向けばガブモンがいた。

 

「よかった。俺もちょっと前に起きたんだ」

「ああ。……ガブモン」

「何?」

「無事でよかった。それと、ごめん」

 

 ハジメはガブモンに頭を下げる。

 

「お前を俺の暴走に巻き込んじまった。それでそのままギガドラモンとアトラーカブテリモンを殺させた。本当にすまなかった」

「謝らないでよ! 俺だって暴走しても止めるって言っていたのに、できなかったんだから」

「何を言っているんだ。ガブモンは、ちゃんと止めてくれた」

 

 あの戦いの時、暴走してしまったワーガルルモンはエネルギーを使い果たした。それと同時にハジメとのシンクロが解除され、暴走が止まった。この時、実はワーガルルモンはハジメの暴走の停止を試みた。暴走が共鳴するならば、逆にワーガルルモンの方が止まろうとすればそれも共鳴すると考えたのだ。

 

「君が最初に止めてくれから、僕は元に戻れたんだ。ありがとう」

 

 口調を昔に戻してガブモンにお礼を言う。

 あの時、ハジメの意識にはガブモンの暴走を止めるという決意が伝わっていた。それも暴走を抑える一助けになっていたと、今なら思い出せた。

 

 しばらく2人はお互いに謝り合って、お礼し合っていたが、次第に可笑しくなって笑いあった。

 それから、話は戦いの後の事に移る。

 

「メフィスモンはどうなった?」

「ごめん。わからない」

「僕が教えてやるよ」

 

 2人に声がかけられた方を見ると、ドアから入ってきたコロモンがいた。どうやら2人の声を聴いてきたようだ。

 

「メフィスモンは逃げていった。襲ってきた2体のデジモンもおまえが倒したってさ」

「みんなは無事か?」

「誰も怪我をしていないってさ」

「……よかった」

 

 コロモンの言葉にハジメとガブモンは安堵の息を吐いた。

 そんな2人をみたコロモンは目を細めると、皮肉気に笑いながら話しかける。

 

「ふぅ。結局、あいつら倒したんだね。で、いつか僕もああなったら倒すの?」

「「……」」

 

 突然の言葉に驚き、コロモンを見る2人。

 コロモンはギガドラモンとアトラーカブテリモンに自分を重ねていた。あの2体もコロモン同様にメフィスモンの実験体にされていた。何かが違えば、コロモンも同じ立場だったかもしれない。

 だからこそ、ハジメ達にいつか自分も倒すのかと問いかけた。

 それに対してハジメとガブモンはしばし顔を見合わせる。

 そして、ガブモンが無言でうなずくと、ハジメがコロモンに近寄り、しゃがんで目を合わせながら答えを返した。

 

「……どうにもならない、ギリギリの最後になるまで、香織達が救ったお前を諦めない。それでももし助けられなかったら──」

 

 ──僕を恨んでくれ。君の恨みを、叫びを、決して忘れないから。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

「なんてかっこつけたけどなあ」

 

 光る月を眺めながら独り言を零す。

 ハジメがいるのは町から少し離れた林の中にある原っぱだ。寝起きの身体を動かしたくなり、アークデッセイ号から出てきた。

 ガブモンはいない。コロモンと話をしている。

 ハジメの言葉を聞いたコロモンは何も言わずに出て行ったので、今度はガブモンが話をしに行ったのだ。デジモン同士だからこそ、話せることもあるだろう。

 

「……やっぱり、きついな」

「ハジメ君」

 

 振り向けば香織がいた。彼女はハジメが寝ていた部屋の隣で横になっていた。ハジメ達が話をしていても目を覚まさなかった。付きっきりで看病してくれていたようだったので、起こさないように出てきた。

 だが、それはちょっと失敗だったかもしれない。

 ガブモンから外に出たことは聞いたのだが、ちゃんと元気なのか目で見るまで心配できなかったから、急いで探していたのだ。そのせいで息切れしている。

 

「はぁ、ふぅ。目が覚めたんだね。ちょっと診察するから」

「は、はい」

 

 息を整えた香織が有無を言わせずに近づいてきて、ハジメの身体をペタペタ触る。気恥ずかしかったが、あまりに真剣な雰囲気の香織に、抵抗することが出来なかった。

 そのまましばらく香織は診察し続け、ハジメの身体に何も問題がないのを確認したところで、安堵の息を吐いた。

 

「よかった。無事に目を覚まして」

「心配かけて悪い。この通り、もう元気だから」

 

 ハジメは香織を安心させるように笑顔を浮かべる。

 香織はその顔を少し見ていたが、何かに気が付いて、徐にハジメに抱き着いた。

 香織の突然の行動にハジメは狼狽する。

 

「か、香織!?」

「ハジメ君。無理、しているんじゃないかな?」

「無理って、もうこの通り元気だぜ」

 

 その言葉通りに右手をひらひらと動かして見せる。

 しかし、香織はそうではないと首を横に振る。

 

「身体のことじゃないよ。心の問題。昨日の戦いの事とか、いろんなことが重なって心が悲鳴を上げているんじゃないかな?」

 

 香織の指摘に、なぜ彼女はここまで自分の事を見通しているのかとハジメは言葉を失う。

 起きたばかりの時と、ガブモンの前では、暴走の事やデジモン達を殺してしまったことを受け止めていたが、こうしてふと一人になってみると、じわじわと後悔と苦悩が押し寄せてきていたのだ。

 だが、そんなことを仲間達には言いたくなかった。

 明確にはしていないが、何だかんだでハジメは今のテイマーズのリーダーのような立場だ。それに今は生徒達を安全なオスカー邸に連れていくという目的を、果たさなければいけない。それが終われば、危険な大迷宮の攻略に戻らなければいけない。

 大変な時期に弱音を吐いて心配をかけて、仲間達を不安にさせてはいけないと思った。

 こうして1人になったのは、それを隠して押し込めるためだった。

 

 恐らくガブモンも察していただろうが、ハジメの意地を優先して1人にしてくれたのだろう。しかし、香織にとって優先するべきなのは、ハジメの身体の回復だったので、駆け付けたのだ。

 ハジメを抱きしめている腕に力を込めて、無理やりハジメの頭を腕の中に収める。

 

「え、あ、お、おい」

「吐き出していいよ。隠して溜め込むより、誰かに話したほうが精神衛生上は良い場合があるんだよ。私は頼りないかもしれないけれど、話すだけなら」

「あ、だ、大丈夫だって。俺は、もう覚悟を」

「たまには強がらなくてもいいんだよ。弱さを見せることは、悪いことじゃない。ずっと張りつめていたら、いつかプツンと切れちゃう。緩めて、また締めなおす。そうすれば、少しは不安も苦しみも軽くなるから」

 

 徐々に香織の言葉に導かれて、ハジメは胸の奥底に溜め込んでいたものを吐き出し始める。

 

「覚悟していたんだ。いつかこんなことも起こるって。でも、それが思ったよりも早く来て。しかも俺は、殺したことを実感もしないで、暴れ回っていた」

 

 香織の言葉通りに、ハジメの中で溜め込んだ思いが、緩められた入り口から零れ出てくる。

 

「受け止めるなら、ちゃんと意識しないと、意味がないのに。力に振り回されて、命を踏みにじった。踏みにじらせてしまった」

 

 香織は顔を抱いているから見えないが、言葉が震えていることから、彼が泣いているのがわかった。

 

「怖いんだ。俺は、僕は、自分が怖い」

 

 ハジメの腕が香織の背中に回され、2人は抱き合う。

 ハジメの本心が零れているからか、口調が彼本来のものになっている。

 

「香織達を守るには力がいる。でも、本当は力何ていらない。欲しくない。嫌だ。捨てたい。いつか敵だけじゃなくて、皆まで傷つけるようになってしまわないか。大事な人を、手にかけてしまわないか、本当に怖いんだ。僕は、僕は」

 

 力に対する恐怖。それがハジメの心の中にある恐怖の根源だった。

 何しろ、ハジメの戦う力は暴走の危険をはらんだ危険なもの。だから普段はガブモンに任せたり、アーティファクトを使ったりした戦闘を心掛けている。だが、今戦っているメフィスモンや暗躍する敵達は、それだけで退けられる程甘くない。力を使い、また暴走してしまう可能性は、かなり高いだろう。

 しかも、今回は暴走に大事なパートナーデジモンであるガブモンを巻き込んでしまった。

 戦い続けて、暴走し続けて、いつかもっと多くの大事な人まで巻き込んでしまわないか。

 心の奥底で懸念していた不安が、どんどん膨れ上がって来る。

 

 そして、暴走の果てに、ハジメはいつか──

 

「──化け物に、なりたくないッ」

 

 香織の胸の中で声を押し殺しながら、心の一番奥底に秘めていた思いをハジメは吐き出した。

 

 そこに、1つの人影がやってきた。

 

「どういう、ことなの?」

「え?」

 

 ハッとした香織が顔を上げると、そこには何故か雫の姿があった。

 

「化け物って、何? やっぱり、ハジメの身体に何かが」

 

 咄嗟に香織は腕に付けた腕時計を操作して、1つの機能を動かす。

 アーティファクトの腕時計には、モデルにした少年名探偵の持っている時計と同じ、麻酔針を射出する機能がある。オルクス大迷宮にあった麻酔薬が塗られており、普通の人間ならどこに刺さってもすぐに眠りに落ちる。

 これで雫を眠らせて、聞かれたことを有耶無耶にしようとしたのだ。

 

 しかし、焦るあまり香織は1つ見落としていた。

 深夜にこんな場所に雫が1人で来るはずがない。必ず、彼女を連れてきた人物がいるはずなのだ。

 

「〝風壁〟」

「《ムーンナイトボム》」

 

 香織とハジメの周囲に風が渦巻き、無数のシャボン玉が2人を包み込んだ。

 

「これ、は!?」

 

 咄嗟に雫とは反対側を振り向いた香織が目にしたのは、ユエとレキスモンの姿だった。

 ユエの魔法で起きた風が香織とハジメを閉じ込め、その中にはレキスモンの技《ムーンナイトボム》による催眠効果を持つシャボン玉が飛んでいる。

 風に煽られたシャボン玉は、すぐにぶつかり合って弾ける。

 すると、2人は強烈な眠気に襲われ、程なく意識を無くした。

 2人は技能に毒耐性を持っているため麻酔などは効かないが、デジモンの技なら効果があった。油断していたのもあるが、至近距離で文字通り浴びるほど受けては、一溜りもなかった。

 2人が眠ったのを確認すると、ユエは雫に話しかける。

 

「話してあげる。ハジメの事。そして、あなたにできる選択の事を」

 




〇デジモン紹介
アトラーカブテリモン(青)
レベル:完全体
タイプ:昆虫型
属性:データ
熱帯圏のネットエリア内で発見されたカブテリモンの進化型種。サイズは約1.5倍と、昆虫型の中でもかなり大きい。飛行能力は若干退化したものの、主力武器である角の強度が飛躍的に高められている。また、前肢付け根に筋肉状の部分が現われ、格闘能力も向上した。性質的には、生存本能以外に弱いものを守るという行動が認められ、その行動は騎士的にさえ見えることがある。必殺技は巨大な角を敵に突き刺す『ホーンバスター』。



今回の話はウルトラマンオーブのサンダーブレスター回を参考にしました。
果たして暴走を抱えたハジメはどうなるのか。

書くのが難航した理由の一つは、ここから鬱展開の導入みたいな内容だったからです。
読むのも書くのも苦手ですが、こういう事を乗り越えることで、絆は結べると思います。


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12話 内乱

感想・評価・お気に入り登録ありがとうございます。
大変お待たせいたしました。まさか七月中に更新できないとは思わなかったです。
凄く難作でした。何せ、書くだけで心が痛くなったので、文章が思い浮かばなかったです。
それに正直、この展開は受け入れられないかなあと思ったのですが、これくらいの荒療治が必要と考えたので、寛大な心で読んでいただきたいです。


※今章で続けていた前回のあらすじは余計かなと思ったので、今後はやめます。


 目が覚めた。

 しばらくぼんやりしていたが、ハジメと話をしていたところに、雫とユエが現れて、レキスモンの技で眠らされたことを思い出して飛び起きた。

 

「よかった。香織。目を覚ました」

「テイルモン?」

 

 駆け寄ってきたパートナー。周りを見るとアークデッセイ号で自分が寝床にしているスペースだった。

 

「私……あの後」

「シアがハジメと一緒に運んで来たんだ。無理が立ったんじゃないかって」

「違う! 私は、ユエに眠らされて……!」

「え?」

 

 困惑するテイルモンに、何があったのか説明しながら身支度を整える。

 あれからどれくらい時間が経ったのか確認すると、すでに夜は明けていた。むしろ、昼近くだった。やはり疲労が溜まっていたのだ。

 ハジメの様子を見に行くと、香織と同じように眠っていた。傍らにはガブモンもいる。

 テイルモンにも看病を頼み、香織は変装のアーティファクトを付けるとアークデッセイ号を飛び出した。

 

 あの後、ユエが雫に何を話したのか、気が気ではなかった。

 

 アークデッセイ号の中にはユエとルナモンの姿は無かった。という事は、まだ話をしているだろう。大っぴらに話せる内容ではないから、密会に適している場所にいると見当をつけた香織は、真っ先に教会に思い至った。

 教会に向かった香織はすぐに中に入る。

 半壊したとはいえ、無事な部屋はあった。

 そこにノックもせずに飛び込んだ香織が見たのは、ルナモンを抱きかかえながら静かに座るユエだった。対面には、愛子と優花がいた。

 いつもの無表情のユエに対して、愛子と優花は悲痛な表情を浮かべている。

 

「雫ちゃんはどこ!?」

「……」

「その、八重樫さんは……」

 

 怒気を露わにする香織だが、ユエは無言で答えない。代わりに愛子が、香織の怒気に少し怯えながら、教会の奥にある寝室に案内した。

 ユエに言いたいことが沢山あるが、まずは雫の事だと香織はついていった。

 

 そして、辿り着いた部屋に入った香織が目にしたのは、涙を流しながら気絶している雫だった。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 昨晩、ユエがハジメと香織を眠らせた後、2人を横にしたユエは雫にハジメの肉体に起こったことを説明した。

 ハジメの肉体が人、デジモン、魔物の要素が混ぜ合わさった全く違う存在になってしまったこと。そのせいで暴走の危険性を孕んでしまっており、メフィスモンとの闘いでも、暴走してしまったことに途轍もないショックを受けた。

 

 そして、話を聞いてしまったことで、彼女は強い自責の念を感じてしまう。

 

 バランスを崩したきっかけはエヒトによる異世界召喚の際の能力の付与だったが、あのオルクス大迷宮65階で雫を助けるために、橋から落ちなければハジメの肉体の変異は、急激に起きなかっただろう。

 もしもの話だが、あの時ハジメが落ちなければ、暴走するような肉体の変化は起きなかったかもしれない。考えても仕方ないことだが、雫はそう思ってしまった。

 

 だがしかし、次にユエが話し始めた内容で吹き飛んだ。

 

「香織が調べた結果、ハジメの肉体の変異は抑えられているだけで、止まったわけじゃない」

「え?」

「ハジメの魔力量は10万。人間が持てる魔力じゃない。最低でもそれほどのエネルギーが宿っている。そんな状態で暴走したらどうなると思う?」

 

 香織の約5万が人の魔力値の極致といえる。それ以上の魔力を宿すには、人の身をやめなければならず、そうでなければ肉体が耐えきれずに、崩壊してしまう。ハジメは神水から得ていた超回復力と肉体の変異、そしてホーリードラモンの力によるエネルギーの鎮静化で食い止めることができた。

 

 しかし、再び暴走して鎮静化されたエネルギーが荒れ狂ってしまうと、肉体の崩壊が再発してしまう。それを防ぐために変異と超回復も同時に再発してしまったのだ。

 暴走するたびにハジメの肉体はどんどん変異を続け、やがて人間でも、魔物でも、デジモンでもない存在になってしまう。

 そうなってしまった時、ハジメの精神は元のままでいられるだろうか。

 

「最悪の場合、ハジメがハジメじゃ無くなってしまう。それは死と同じ。これまで生きてきた全てを無くして、人間じゃなくなる。親も、友達も、夢も──忘れるかもしれない」

 

 これが香織の懸念している、暴走の先に起こり得ることだった。

 

「そんな、そんな……!?!?」

「根拠と兆候はある。それはハジメの喋り方が昔と違うこと」

 

 ユエの言葉に雫は再会したハジメの口調に違っていたことを思い出す。

 驚いて香織に聞いたところ、過酷なオルクス大迷宮を攻略する覚悟を決めるために変えたとのことで、少し怪訝に思ったが納得した。

 だが、ユエは香織が説明しなかったことを話す。

 

「無意識だけれど、ハジメは溢れ出る闘争本能や凶暴性を発散するために、あの口調を使っている。それが徐々に定着している。それはハジメの心が変異している危険性がある」

 

 なぜハジメの内面のことを、ユエが、ひいては香織がここまで把握しているのか。

 それはユエがハジメの血液を吸血したことに端を発している。

 

 オルクス大迷宮を攻略後のある日、ユエがハジメから血液を吸血してしばらくすると、突然暴れ出したくなる衝動に襲われた。敵もいないのに沸き上がった衝動に、困惑したユエは香織達に相談。そこから、ハジメの肉体に起きていることに気が付いた香織が、フリージアとワイズモンと協力し、ハジメの検査をさらに徹底して行った。

 

 その結果、肉体の変異が認められ、メタリックドラモンとの闘いで再発していたことも判明した。

 

 心理カウンセリングまで行ったことで、肉体の変異による精神への影響が見られた。ユエが感じた衝動も、変異した血肉からもたらされたものだった。

 なお、これ以降ユエは吸血を香織からしか行っていない。ハジメの血を飲み続けて、ユエまで肉体と精神が変異してしまえば、ハジメが大きく責任を感じてしまうからだ。

 

 ユエから説明を聞いて顔面蒼白になりながら雫はヨロヨロと後退り、ガタガタと震える体を抱きしめる。

 

 今の彼女はハジメがそんな肉体になってしまった原因は自分のせいだと思っていた。愛子が連れ出してケアしてくれたことと、香織がハジメを助けて再会したことで持ち直していたが、その自責の念は消えていなかった。

 そこにこの事実はあまりに重すぎた。

 

 ハジメの身体が今のようになってしまったそもそもの原因は、オルクス大迷宮の65階層で、ハジメが封じ込めたベヒモスを檜山が解き放ってしまったからだ。もっと原因を辿れば、トータスに召喚し、無理やり力を植え付けたエヒトこそが諸悪の根源だ。

 だから雫が自分を責めるのは筋違いだが、PTSDで弱っていた心に、ハジメが雫を身代わりのように落ちたことの衝撃が罪悪感として結びつき、悪い方向へと考えてしまっている。

 結果、ハジメの身体の事についても雫は自分が原因だと思い込んでしまった。

 

 雫のことを親友としてよく知っていた香織は、彼女がこう思いこんでしまう可能性を予期していた。だから、必死に雫にこのことを隠していた。

 

 香織の懸念は的中し、雫の心はより深い傷を受け、その場で崩れ落ちたのだった。

 

 その様子を静かに見つめていたユエは、溜息を吐くと念話のアーティファクトでシアを呼び出した。

 シアにハジメと香織を任せ、彼女自身は雫を抱えて教会に戻った。

 翌朝、雫の事を探しに来た愛子と優花に事情と共に、同じことを伝えていた時に、香織が飛び込んできたのだった。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 雫の様子を見て全てを悟った香織は、唇を噛み締めると何もせずに部屋を後にした。

 精神的なショックは、治癒魔法では治せない。香織にできることは何もない。

 ユエ達のいる部屋に戻ってきた香織は、静かにユエに近づく。そして、彼女の襟元を掴んで乱暴に引き寄せた。

 

「白崎さん!? 何を」

「何で、あのことをばらしたの?」

 

 愛子が驚くが、構わずに香織はユエを詰問する。

 

「どちらにせよ、隠し通せることじゃない。なら、安全な今のうちに明かすしかないと判断した」

 

 冷静な態度を崩さずに話すユエ。香織の目付きはどんどん険しさを増す。

 

「そもそも、ばらさないって私が決めたはず!」

「聞いただけ。私がそれに従う必要は無い」

「ユエが口を挟む必要がない!!」

「ハジメの為を思うなら、シズクの事は放置できない。これからどうするにしろ、シズクは全てを知るべき」

「だとしても、雫ちゃんは心が傷ついていたの!? それが治っていないうちに、あのことを話すなんて、止めを刺すようなものよ!」

「じゃあいつ治るの? 私達に悠長にそれを待っている時間は無い。話さずにいても、絶対に面倒なことになっていた」

 

 確かに、雫にハジメの事を隠し通していたら、不信感の種となり、いつか不測の事態をもたらすかもしれない。雫達をオルクス大迷宮に隔離しても、その後に予想外の行動に出る可能性もある。ハジメ達の心のしこりになって、心を掻き乱す原因になっていたかもしれない。

 

 とはいえそれらの懸念は、ユエにとっては建前だ。

 

 心から信頼できるパートナーのガブモン。

 慈愛と献身を捧げ、心身の傷を癒す香織。

 経験と魔法をもってして、戦いを制するユエ。

 元気と明るさで、パーティーのムードメーカーになっているシア。

 そして、傍にはいないが、元の世界から変わらない友情をもって、同じ目的のために動いている浩介達。

 

 仲間達は戦闘力だけでなく、ハジメの支えになれるほどの心の強さを持っている。でなければ、ハジメの傍にいては負担になってしまうとユエは考えている。

 おそらく何もしなければ雫も旅のメンバーに加わりたいと思うだろう。しかし、今の彼女では、ユエの求める基準をどれも満たしていない。しかし、雫はハジメと香織が大切に思っている存在だ。このままではいつかハジメ達の致命的な弱点になりかねない。

 そうならないために、ユエは荒療治に出たのだ。

 

「何より、シズクは知りたがっていた。だから話した。このことを受け止められないなら、ずっと眠っていた方がいい。邪魔にならない」

 

 そこまでが香織の我慢の限界だった。

 ドガンッ!! 

 香織の拳がユエの顔に突き刺さり、殴り飛ばした。ユエは吹き飛び、壁に激突して突き破り、外に出てしまう。

 

「ユエさん!?」

「ちょっ!?」

 

 固唾をのんで様子を見ていた愛子と優花が驚くのに構わず、香織は怒りを漲らせてユエを睨みつける。

 

「んんっ。ぷっ」

 

 ユエは痛みに顔をしかめながら、血を吐き出す。殴られて口の中を切ったが、〝自動再生〟の効果ですぐに治っていく。

 立ち上がったユエは睨みつける香織を平然と見つめ返す。

 

「私の、私の親友を傷つけることは、許さない」

「それがハジメの負担に繋がっても、カオリは許すの?」

 

 その言葉が引き金となった。香織は部屋を飛び出して、外のユエに殴りかかる。

 普段の香織なら太極拳をベースとした流麗な接近戦を行う。だが、今は荒々しく力任せに殴りかかっている。それに対して、ユエも技も何もない拳で殴り返す。

 

「私もハジメ君も、雫ちゃんを負担になんか思っていない!!」

「そう思っていても、いつかシズクの事は、ハジメとカオリの大きな枷になる」

「そうならないために、私がどれだけ考えているのか、わかっているの!?」

「傷つけないために気遣い合うだけが、友情なの!?」

 

 拳だけじゃなく、お互いの主張をぶつけ合う香織とユエ。

 

「カオリだってわかっているはず。隠していても、何も解決しない!」

「雫ちゃんがあんなことになるなら、隠すべきだったんだ!」

「カオリがそんなだから、私が話した。私が、壊した!」

「何の為に!?!?」

 

 香織の拳がユエのボディに炸裂し、その小さな体が浮き上がる。

 

「ガフッ。それは、シズクが、本当の意味で、ハジメの傍にいる資格が、あるのか」

 

 殴られた箇所を押さえて蹲りながら、ユエは真意を伝える。

 

「そして、あなたと、カオリと本気で」

 

 小さくて華奢な手を固く握りしめながら、蹲った体勢からバネのように飛び上がりならが、勢いよく香織に向かって拳を繰り出した。

 

「喧嘩するため!!!」

「がッ!?」

 

 鳩尾に拳を受けた香織が、今度は蹲る。

 

「カオリ。どこか私の事も庇護下に見ている気がする。その認識を改めさせる」

「そんなこと、思ってなんか」

 

 痛みに呻きながら、ユエに反論する香織。だが、構わずにユエは香織の襟首をつかんで持ち上げると、頭突きを喰らわせる。

 

「うあっ」

「ならどうしてもっと私に相談しないの? シズクとのことも、全部自分で決めた。私には口出しさせようとしなかった。ハジメのことだってそう。ハジメの身体の事を、もっと相談するべき。私にも頼るべき。それができないのなら、私の事を下に見ているということ」

 

 頭突きを受けてチカチカする香織の視界の中に、真紅の瞳を怒りで光らせるユエが映る。

 香織の耳元に口を寄せ、小さな声でユエが囁く。

 

「私を、いつまでも過去に縛られている小娘と思うな」

「え?」

「ふっ」

 

 掴んでいた襟首を離し、今度は回し蹴りを香織に浴びせる。香織は吹き飛ばされ、地面をゴロゴロと転がる。

 

「もっと吐き出して。思っていること。抱えている不安と不満。憤り。全部、私が受け止める」

「ぐ、うぅぅぅ……アアアアアアアアッッ!!!」

 

 痛みに呻きながら、香織は立ち上がる。そして、叫びながら、ユエに向かっていく。

 

「知った風な口を利かないで!! 私と雫ちゃんの絆を、繋がりを、見くびらないでよ!!」

 

 再びユエを殴り返す香織。

 

「だったら、信じて話すことも、選択肢に入れるべきだった!! 本当にシズクの事を思うなら、そういう道も考える!!」

 

 ユエもまた香織を殴る。

 それからは泥沼だった。

 

「優しさだけの慣れ合いじゃ、何も解決しないと思った。だから、シズクと関係が無かった私が、伝えた!」

「こんな、辛い思いをさせるだけって解っていたことを、伝える必要なんかっ、無かった!」

「この程度で立ち止まる女なんて、ハジメに相応しくない! カオリの親友に、相応しくない!」

「勝手なことばかり言わないでよ! ユエは、私の何なの!?」

「カオリの、仲間だ!!!」

 

 互いに思っている思いや不満をぶつけ合いならが、殴り合った。

 最後には体力が尽きて、2人はぶっ倒れてしまった。

 

 こうして、ハジメ達のパーティーに起こった内乱は終わった。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 香織とユエが内乱を起こしたその日の夜。教会からフラフラと出て行く人影があった。

 虚ろな目で歩くのは、雫だった。今の彼女は、ユエから知らされた真実に打ちのめされて、自暴自棄になっていた。

 

「ここにいたらいけない。私のせいで、ハジメが苦しんだ。香織も苦しんでいる。私なんかいない方が良い」

 

 負の考えのスパイラルに囚われた雫は気が付かない。彼女の足が向かう先の空間が歪み始めていることを。

 突然、周囲には濃霧が立ち込め始める。

 湖が傍にあるウルでは珍しいことじゃないが、その霧は生温いぬるりとした不快な霧だった。

 雫はその霧に誘われるように、フラフラと歩みを進めていく。

 やがて、彼女は霧の中に消えていった。

 

 そして気が付けば、彼女は1人で浜辺に立っていた。

 ザァーンザァーンと、打ち寄せる波の音がどこか暗く重苦しい。その先に広がっている海は、どす黒く濁っており、どこまでも深い深淵の入り口を覗かせている。

 広がっている岸の端には、黒い光で霧の中を照らす灯台が見える。

 異常ともいえる海を目の前にして、雫は自然とその言葉を口に出していた。

 

「暗黒の、海」

 

 霧の向こうに、巨大な触手を持つデジモンの影が映った。

 




〇デジモン紹介
ダゴモン
レベル:完全体
タイプ:水棲獣人型
属性:ウィルス
「海底の破戒僧」と呼ばれる邪神デジモン。船舶などのコンピュータに感染して、方位や航路を狂わせていたコンピュータウィルスが進化したと考えられている。無数に増える触手を束ね、人型に姿を変えているが、その正体は奇怪な軟体型デジモンの進化型である。必殺技は凄まじい腕力で、三つ又の鉾を投げつける『フォービドゥントライデント』。倒した相手には、首の数珠を持ち、弔うようなポーズをとる。
暗黒の海という、リアルワールドでもデジタルワールドでもない謎のエリアを徘徊しており、その海を支配していると言われているが、そのダゴモンはデジモンなのかもわからない謎の存在だ。



ずっと書きたいなと思っていた香織とユエのキャットファイト、というにはシリアス成分モリモリの内容でした。なんだかんだで、香織もいろいろ溜め込んでいたので、吐き出す展開にしようと考えていました。

最後。雫が迷い込んでしまったのは、02の物語のキーポイントとともいえる場所、暗黒の海です。果たして彼女はどうなってしまうのか。
次回から更新速度を上げていきたいです。


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13話 暗黒の海

感想・評価・お気に入り登録ありがとうございます。
またもや一ヵ月も間が空いてしまいました。すみません。



 ──暗黒の海。

 常に深い霧に包まれ日の光は差さず、黒い海の海岸が広がっている世界。

 地球ともトータスとも、ましてやデジモン達が住むデジタルワールドとも違う次元にあり、時折空間の位相がずれて入り口が開いて迷い込む者がいる。 

 

「暗黒の、海」

 

 さっきまで教会の近くをフラフラ歩いていたはずなのに、いつの間にか霧に包まれて飛ばされた雫も飛ばされたものだった。

 普通ならば、こんな不気味な世界に飛ばされてしまえば、混乱してしまうものだ。

 しかし、今の雫の心は酷く落ち着いていた。

 

「落ち着く……私を、呼んでいるのかな?」

 

 寄せては反す静かな波の音が、ひどく心地いい。

 もっと聞いていたい。浸っていたい。

 自然と雫の足は、海に向かって歩み出していた。

 

「あそこに行けば……きっと楽になれる」

 

 度重なるショックで限界を迎えていた心が、この世界に満ちている暗黒の闇に魅入られてしまった。

 フラフラと歩く彼女の行く先の海面から、無数の影が浮かび上がってくる。

 それはウェットスーツを着た水棲獣人型デジモン、ハンギョモンの姿をしていた。

 だが、徐々にハンギョモンの姿が崩れ、暗い闇色の人型の何かに姿を変える。

 彼らはデジモンではない。この海を支配する存在に仕える眷属、深き者だ。

 雫は次々と現れる深き者達を見ても、歩みを止めようとしない。

 この海の闇に魅入られた彼女には、この世界の全てが安息へと導いてくれる救い手のように見えていたのだ。

 

 遂に彼女の足は海の中に入ってしまい、どんどん先に進んでしまう。

 深き者達もゆっくりと雫に歩み寄って来る。

 このまま深き者に連れられて、暗黒の海の先に沈んでしまえば、電子に溶けて消えてしまうだろう。

 それがこの海の深淵に囚われた者の末路だ。

 もう雫の腰まで海に入ってしまった。このままでは戻れなくなる。

 周囲の深き者達が腕を伸ばしてくる。その手を、笑みを浮かべながら雫が掴もうとしたその時だった。

 

「《ヘブンズナックル》!!」

 

 聖なる拳が、深き者に炸裂して吹き飛ばした。

 上空からエンジェモンが舞い降りてきて、間一髪雫を救ったのだ。

 

「逃げるぞ雫!!」

 

 エンジェモンは素早く雫を抱え上げるとその場を離脱し、岸へと戻る。

 その後を深き者達が追いかけるが、紅い影が阻む。

 

「やらせないですぅ! ファイラモン!!」

「《ファイラボム》!!」

 

 シアと彼女を乗せたファイラモンだ。

 ファイラモンの火炎爆弾が海水を瞬時に沸騰させて水蒸気爆発を起こし、深き者達を吹き飛ばす。それを掻い潜って海の中から出てきた相手には、シアのドリュッケンの一撃が振るわれる。

 しかし、海の中から深き者達はどんどん現れる。

 

「キリがないです」

「雫は助けたんだ。いったん引こう」

「はいです!」

 

 ファイラモンは飛び上がり、先に海岸に戻ったエンジェモンに合流する。

 

「エンジェモン。シズクさんは大丈夫でしたか?」

「ああ。だが、暗黒の力に当てられたせいで気を失ってしまった」

「とりあえず、ここを離れましょう。あいつら、まだこっちを見ています。それだけじゃありません。あの霧の向こうには、何か」

 

 海の方を振り向くと、シアの言うとおり海面から深き者達がこちらを窺っている。

 それだけでなく、兎人族としてのシアの鋭敏な感覚が彼ら以上の存在を、霧の向こうから感じ取っていた。

 深く探ろうとすると、逆に相手に飲み込まれてしまう、途轍もない存在。

 シアは知らないだろうが、もしもハジメや浩介がこの場にいたら、地球の19世紀のドイツの哲学者・フリードリヒ・ニーチェの格言を思い出しただろう。

 

 ──深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ──

 

 シアの言葉を聞いたエンジェモンも振り返り、霧の向こうに一瞬だけ現れた巨大な影をシアと一緒に目にした。そのあまりの禍々しさと威圧感に息をのみ、エンジェモンはあるデジモンの名前を口に出した。

 

「……まさか、あれはダゴモン」

「え?」

「おそらくここは、ダゴモンの──暗黒の海だ。早く抜け出さなければ」

 

 兎にも角にもこの場を離れなければと、海に背を向けエンジェモンとファイラモンが岸に向かって飛び上がる。

 

「なんですか? 暗黒の海って?」

 

 飛びながら、シアはエンジェモンにさっきの言葉の事を質問する。

 

「デジタルワールドの噂の1つだ。もっとも深いデジタルワールドの奥、デジタルワールドであって、そうじゃない世界。霧に包まれた暗い海しかない場所だ。一度足を踏み入れたら最後、戻ってこられないと言われている」

「ヒェッ。こ、ここがその海なんですか?」

「ただの噂だと思っていた。だが、さっきの霧の向こうに見えた影。あの姿かたちは、天界エリアのデータベースで、この海と一緒に記載されていた。この海を支配すると言われる邪神型デジモンのダゴモンにそっくりだった」

「じゃあ、やっぱり」

 

 エンジェモンは嘘をつかない。だから、その言葉は真実。シアは恐怖に身を震わせた。

 

「急ぐぞ。シア、ファイラモン」

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 一方その頃、ウルの町では夜が明けていた。

 喧嘩して倒れた香織とユエは、目覚めても険悪な雰囲気だった。

 

「フンッ」

「……」

 

 流石にまた殴り合いはしないが、香織は鼻を鳴らして目を逸らし、ユエは香織の態度について何も言わない。

 2人の重々しい空気に、テイルモンとルナモンも何も言えない。

 そのままアークデッセイ号を出た彼女達は、教会に向かう。

 

 ハジメとガブモンはすでにアークデッセイ号を出ていた。

 昨日の事は夜のうちにシアや愛子から聞いており、最初は自責の念に苛まれていた。

 しかし、自分が落ち込んでいても事態は好転しないと考えたハジメは、一度話し合いをすることに決めた。愛子とブラン達といった、ハジメ達のストッパーと成り得る面々にも同席してもらって、互いの事や今後の事などについて腹を割って語り合うのだ。

 そのための場所として、恒例の教会を使う。

 さらに話の内容を漏らさないために、ハジメが教会を防音対策も兼ねた回収を早朝から急ピッチで進めている。

 ハジメの腕ならば、すでに教会は修繕され、話し合いの場も出来ているだろう。

 

 だが、教会に着いた香織達を迎えたのは、雫の失踪という予想外の事態だった。

 

 話を聞いた香織は頭の中が真っ白になる。

 それに対し、ユエはこの事態を見越して手を打っていた。

 

「シズクには、シアとコロナモンに見張りを頼んでいたから、シアを呼べばいい」

「無理だ」

 

 精神的なショックを受けて、自暴自棄になってどこかに行こうとする。

 フェアベルゲンでシアも同じ行動を取ろうとしたので、監視に最適だと考えて頼んでおいたのだ。

 案の定、ユエの読み通りになったので、〝念話〟を付与したアーティファクトでシアを呼び出せば解決だとユエは提案した。

 しかし、ユエの言葉を暗い顔をしながら現れたハジメが否定した。

 

「シアも失踪しているんだ。連絡しても応えないし、探してみても見つからなかった」

「え?」

 

 雫だけでなくシアまでも、行方不明になっていることに、ユエまで頭が真っ白になった。

 まさか、自分の行動から、ここまでの大事に発展するなんて。

 

「ユエ!!! だから、私は話すべきじゃないって!!!」

 

 香織が泣きながらユエの胸元を掴み、拳を振り上げる。また昨日のような殴り合いだ。

 だが、ユエはそれに対して抗おうとしない。

 自分のしでかしたことが、想定以上の事態を招いていることに、呆然自失となっているのだ。

 香織の拳が振り下ろされるその時、

 

「やめてくれ!!」

 

 彼女の腕にハジメが飛び掛かり、ユエが殴られるのを止めた。

 

「もう、もうやめてくれ! ユエが悪いわけじゃない。香織も悪くない。俺が、僕がもっとちゃんとやっていればよかったんだ。もっと、雫と話をしていれば。だから、やめてくれよ」

「ううぅ、うああああああああああ!!!」

「ああ、ああああああああ!!!」

 

 感情を抑えきれず、泣きわめくハジメ達。昨日から溜め込んでいた鬱屈した気持ちを吐き出すように、愛子達に見守られながら、吐き出した。

 そこには最高峰の錬成師も、治癒師も、吸血姫もいない。ただの、ままならない現実に翻弄されて、嘆き苦しむ少年少達の姿があった。

 

 ひとしきり泣いたハジメ達は、話し合いをする予定だった、防音設備を施した下手の中で、現状の把握を行うことにした。

 同席しているのは、愛子と優花。ブランとノワールにピッドモンだ。

 クラスメイト達やマミーモンはウルの町を捜索している。

 

「実は行方不明になったのは八重樫さんとシアさんだけじゃないんです。清水君も行方不明になっています」

「エンジェモンも今朝から姿が見えないんだ」

 

 愛子とピッドモンの言うとおり、行方不明になったのは雫とシア、コロナモンだけじゃなかった。

 クラスメイト達の1人、清水幸利という男子生徒とエンジェモンも今朝から姿が見えなかった。

 

 ここにいる面々は知る由もないが、清水以外は暗黒の海に飛ばされている。

 経緯としては、雫が教会を出たところで、霧の中に消える光景を固有魔法の〝未来視〟で見たシアと、雫の様子が気になって一緒に見張っていたエンジェモンも雫と一緒に飛ばされてしまったのだ。

 しかし、ハジメ達にそのことを知る術はない。

 

 結局、雫達の行方を探す方法は見つからなかった。

 地球ならば監視カメラの映像を確認するなどの方法がとれるが、トータスでは不可能だ。加えて、メフィスモンの襲撃により夜は住人達も出歩いていないため、目撃者もいない。

 こうなったらハジメ達で探すしかないのだが、ウルの町を留守にしている間に、またメフィスモンが襲撃してきたら不味い。

 

 八方ふさがりになったハジメ達は、少し休息を取るために教会を出た。

 すると、教会に向かってくる一団が見えた。

 先頭を歩いているのは、愛子達の護衛として派遣された神殿騎士のデビッドだった。

 後ろには部下の騎士達と、なぜか冒険者ギルドの職員が付き従っている。

 彼らは教会から出てきたハジメ達を見つけると、近づいてきた。

 

「冒険者サウス、ビアンカ、アルテ。貴様たちに冒険者ギルドから直々に依頼がもたらされた」

 

 サウスはハジメ、ビアンカは香織、アルテはユエのアーティファクトで変装している時の偽名である。偽造ステータスプレートにも記載している。

 デイビッドの言葉に冒険者ギルドの職員が前に出て、一枚の依頼書をハジメ達に渡す。

 

「フューレンの冒険者支部長イルワ・チャングから、ウルの冒険者ギルドそのものへともたらされた依頼です。この依頼を確実に達成できる冒険者は、あなた方しかいないと判断しました」

 

 手渡された依頼書を見れば、確かに「フューレン支部長イルワ・チャング」というサインがされていた。

 依頼書の内容を読んでみる。依頼内容は行方不明者の捜索だった。

 北の山脈地帯の調査依頼を受けた冒険者一行が予定を過ぎても戻ってこなかったため、冒険者の一人の実家が捜索願を出した。

 

 さらに読み進めると、詳しい経緯が記載されていた。

 

 最近、北の山脈地帯で魔物の群れを見たという目撃例が何件か寄せられ、ギルドに調査依頼がなされた。北の山脈地帯は、一つ山を超えるとほとんど未開の地域となっており、大迷宮の魔物程ではないが、それなりに強力な魔物が出没するので高ランクの冒険者がこれを引き受けた。ただ、この冒険者パーティーに本来のメンバー以外の人物がいささか強引に同行を申し込み、紆余曲折あって最終的に臨時パーティーを組むことになった。

 

 この飛び入りが、クデタ伯爵家の三男ウィル・クデタという人物らしい。クデタ伯爵は、家出同然に冒険者になると飛び出していった息子の動向を密かに追っていたそうなのだが、今回の調査依頼に出た後、息子に付けていた連絡員も消息が不明となり、これはただ事ではないと慌てて捜索願を出したそうだ。

 

 伯爵の手勢も捜索隊を出しているが、山脈地帯に踏み入った後、連絡が途絶えてしまった。

 そのため冒険者ギルドは依頼のランクを引き上げたのだが、受けられる冒険者が近くにはいなかった。

 そこで支部長のイルワはかつての恩師に連絡を取ってみると、ハジメ達のことを知らされた。新人でありながら、樹海やライセン大渓谷を探索できる冒険者であり、北の山脈地帯に近いウルの町にも滞在している。藁にも縋る思いで、冒険者ギルドにある通信用のアーティファクトで緊急依頼を出したのだ。

 

 ちなみに、イルワのかつての恩師とは、ブルックの冒険者ギルドにいた受付おばさんのキャサリンのことだ。彼女はかつて王都のギルド本部でギルドマスターの秘書長をしていた。その後、ギルド運営に関する教育係になり、各町に派遣されている支部長の半数以上が、彼女の教え子だ。結婚を機にブルックのギルド支部に転勤したが、その影響力は健在で、今回もイルワは彼女を頼り、ハジメ達に辿り着いた。

 

「冒険者として光栄なことではないか。愛子の護衛は今まで通り、我らが遂行する。ちょうど神山から追加の人員を送るとの連絡もあった。気兼ねなく依頼に行くと好い」

 

 尊大に言い放つデビッド。彼を始めとした神殿騎士達は、自分達の役目をハジメ達に奪われたことを根に持っていた。それを取り戻す大義名分を得られたことで機嫌がいいのだ。

 

 雫の事で頭を悩ませていたのに、更なる厄介ごとが舞い込んできた。

 

 突っぱねるのは簡単だが、今は教会と揉めて目立つ真似をするべきではない。そうなれば、クラスメイト達をオルクス大迷宮のオスカー邸に匿う計画が破綻する恐れがある。

 

 結局、ハジメ達はその依頼を受けるほかなく、準備を整えて明日出発すると冒険者ギルドの職員に告げた。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 暗黒の海にいる雫達は抜け出せずにいた。

 この世界はどこまで行っても海岸が続いており、海と反対方向に向かっても霧に包まれて、気が付けば海岸に出てしまう。

 

「ちっとも抜け出せません!! どうすればいいんですかあ!?」

「やばい。もうエネルギーが無くなる。もう、ダメかも」

 

 若干泣きながら走るシア。ファイラモンも疲れを隠せなくなり、弱音を口にする。

 何せ、彼女達を無数の深き者達が追いかけてくるのだ。

 攻撃して数を減らしても、それ以上の数の深き者達が海から現れてきて、全く効果がない。

 

「……を、……って」

「雫? 目を覚ましたのか」

 

 エンジェモンに抱えられていた雫が目を覚ました。しかし、彼女は静かにエンジェモンに話しかける。

 

「私を、置いていって。あいつらは、私を、迎えに来た」

「何を言っているんですか?」

「もう、消えたいの。私は、もう、疲れたの」

 

 言葉通り、心底疲れ切ったという声だった。

 暗黒のエネルギーに満ちたこの世界に来たことで、雫の心は負の側面に急速に落ち始めている。

 

「バカなことを言わないでください。絶対に離しません!」

 

 雫の言葉に耳を貸さずに、エンジェモンは彼女を強く抱える。

 傍で聞いていたシアとファイラモンも、さっき口にした弱音を飲み込み、気合を入れなおす。

 

「ええそうです! 雫さんは絶対に離しませんし、あいつらに渡しませんよ!!」

「まだまだ俺の炎は消えていないぜ!!」

 

 ドリュッケンを構え直すシア。全身から炎を滾らせるファイラモン。

 その時、一陣の風が吹き、霧が少し晴れた。

 

 そして、霧の中から彼女達の前に現れたのは、水平線まで埋め尽くす深き者の大群だった。

 

「こ、これはちょっと」

「シャレになってないぞ」

 

 顔が引きつるシアとファイラモン。エンジェモンも絶望的な状況に歯を食いしばる。

 引き返そうにも、さっきまで追いかけてきた深き者達が塞いでいる。

 

「ファイラモン! 空に」

「ああ!」

 

 シアはファイラモンに跨り、飛翔する。エンジェモンもその後に続く。

 エンジェモンに抱えられていた雫が、ぽつりと呟く。

 

「無理」

 

 突如、海の方から巨大な三叉槍が飛んできた。

 

「うわっ!?」

「くぅっ!?」

 

 何とか回避するが、翼を傷つけられてしまい、飛行できなくなった。

 

 2体はせめてシアと雫は護ろうと、身を挺して落下の衝撃から守る。

 しかし、そのダメージのせいでエネルギーが無くなってしまい、退化してしまう。

 ファイラモンはコロナモンに。エンジェモンはパタモンになってしまった。

 

「何が、起きたのですか」

 

 ファイラモンが守ってくれたとはいえ、痛みに顔を歪めるシアが、三叉槍の飛んできた方を見ると、霧の中から巨大な影が姿を現していた。

 見た目は無数に増える触手を人型に束ねた軟体動物。ぬらぬらとした体が、見た目の不気味さを際立たせている。右腕の形をした部分には先ほど飛んできた三叉槍を持っている。

 

 ダメージに顔を歪ませながら、パタモンがその陰の名前を口にする。

 

「あれが、ダゴモン。この海を、支配する邪神」

 

 もはや万事休す。

 

 そう思ったシアの目の前に、突如として漆黒の鱗で全身を覆い、巨大な炎の盾を装備した黒竜が飛来してきた。

 




〇デジモン紹介
ハンギョモン
レベル:完全体
タイプ:水棲獣人型
属性:データ
ウェットスーツを着た水棲獣人型デジモン。陽気な性格で、いつも「ネットの海」を泳ぎまわっている。水の中での活動が得意で、戦闘では背中の水中高速移動モーターを使い、スピードを活かした戦い方をする。必殺技は愛用のモリ「トレント」で敵をさす『ストライクフィッシング』。
暗黒の海にいるハンギョモンはハンギョモンの姿に擬態した存在であり、デジモンですらないダゴモンの眷属、深き者だ。


夏休みならいっぱい書けるかなと思ったんですが、台風が直撃したりお墓参りしたりとかで時間が取れなかったです。

一気に書き進めたいんですが、デリケートな問題を扱っている以上、慎重に話を構成しています。なので、最後に飛んできた黒竜とか気になると思いますが、気長にお待ちください。




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14話 黒炎竜

感想・評価・お気に入り登録ありがとうございます。
原作とは大幅な改変を行ったキャラが登場します。

少しいつもより短いです。


 舞い降りた黒竜の体長は7メートル程。漆黒の鱗に全身を覆われ、長い前足には五本の鋭い爪がある。背中からは大きな翼が生えており、薄らと輝いて見えることから魔力で纏われているようだ。

 

 だが、何よりも目を引くのは、黒竜が右腕に携えている巨大な盾だ。紅蓮の炎を纏った真紅の盾は、霧で薄暗い世界の中でより輝いて見える。

 

 かつてシアとコロナモンは、ライセン大渓谷でハイベリアという竜型の魔物を見たことがある。シアのドリュッケンの一振りによって一瞬で倒されたが、この黒竜に対しては同じ認識を持てない。黒竜は完全体デジモンに相対した時と同じくらいの威圧感を放っていた。

 

 突然現れた黒竜の動きにシア達は警戒する。

 黒竜はしばし彼女達を見下ろすと、くるりと反対方向を向く。そこには海から上陸してきたダゴモンが向かってきており、黒竜は口を大きく開けて咆哮を上げた。

 

「グルァアアアッッ!!!!」

 

 霧を吹き飛ばすほどの音量に、深き者達は後ずさり、距離を取る。

 しかし、ダゴモンは意にも返さずに、右腕を振り上げる。

 先ほどシア達にはなった必殺技、《フォービドゥントライデント》だ。腕のように見えるが、無数の触手を束になっているため、その腕力はすさまじく、投擲された槍の威力は計り知れない。

 それに対し、黒竜は右手に持った盾を構える。

 

「真っ正面から受ける気か!?」

 

 黒竜の行動に驚くコロナモン。

 投げられた三叉槍は黒竜に真っ直ぐ飛んでいき、盾と激突した。

 

 ガキイイイイイイイィィィィンンンン────!!!!! 

 

 盾と三叉槍がぶつかった音と衝撃が、周囲に広がっていく。

 耳を抑えながらシア達は、どっちが勝ったのか確認する。

 

 勝ったのは──黒竜の盾だった。

 

「グゥルアッ!!!」

 

 盾を振るい、三叉槍を弾き飛ばす黒竜。

 三叉槍はくるくる飛んでいき、離れた海面に落ちた。

 武器を無くしたダゴモンはどうするか逡巡し、槍が落ちた海面を見る。

 その隙を突いて、黒竜は再びシア達の方を向くと、何と彼女達を両手で掴み上げた。

 

「わわわっ!? 食べられますぅ!?」

「マジかよ! 俺達は旨くないぞ!!」

〝食べんわ。落ちたくなければ、少し大人しくせよ〟

「え? だれ?」

 

 突然掴み上げられて、慌てるシアとコロナモンだったが、突然かけられた声に驚く。

 シア達の誰でもない声だった。パタモンがもしかしてと思ったことを口にする。

 

「まさか、この竜がしゃべった?」

 〝そうじゃぞ。とりあえず、ここを離れるから大人しくしておれ〟

 

 黒竜はシア達を掴むと、翼をはためかせて飛び上がる。

 深き者達がそうはさせないと群がって来るが、巻き起こる風圧に吹き飛ばされる。

 ダゴモンが三叉槍を取り戻す前に、黒竜とシア達はその場を飛び去っていった。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 黒竜が飛び去るのを見届けたダゴモンは、再び槍を投げることもなく、その場をゆっくりと後にした。

 海へと帰るダゴモンに従い、深き者達も海の底へと消えていった。

 

「思わぬ珍客でしたが、良い囮になりましたね」

「ああ」

 

 その一部始終を見ていた影がある。メフィスモンと黒いローブの人物だ。

 実はシア達があれほど襲われたのは、彼らのせいだった。ダゴモン達の領域へ侵入して刺激してしまい、その矛先をメフィスモンが魔術によって、この海に迷い込んでいたシア達に逸らした。

 

「おかげで、目的のものが手に入った」

 

 ローブの人物の手には黒と灰色のカラーリングのデジヴァイスが握られていた。

 見た目は恵里が持っているデジヴァイスに近いが、禍々しい気配を放っている。

 その名も『暗黒のデジヴァイス』。

 暗黒のエネルギーを取り込むことで生まれる特殊なデジヴァイスで、通常のデジヴァイスにはない機能を持つ。

 彼らはこのデジヴァイスを手に入れるために、この暗黒の海へのゲートを開いた。

 この海はそう簡単にゲートが開く世界ではない。たまたまウルの町が開きやすい場所だったこと。他にも様々な要因と、手順を踏むことでメフィスモン達はやってきた。

 雫達は彼らが開いた余波に巻き込まれたのだ。

 用事を済ませた彼らは、トータスに戻るためのゲートを開く。

 

「この海から戻れるかどうか。ふん。俺には関係ないな」

 

 ゲートに入る前に、ローブの人物は少し後ろを振り返ると、メフィスモンの後に続いてその場を後にした。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 黒竜のおかげで窮地を脱したシア達は、背中に乗せてもらって、安全な場所を探して飛んでいた。

 といっても、この世界はどこまで行っても海と海岸が続いている。

 だが、黒竜は目的地に当てがあるのか、わき目も降らずに飛んでいく。

 しばらくすると、シアの鋭敏な感覚が何かを捕えた。

 

「あれなんですか?」

 

 耳と目を凝らすと、何かがチカチカ光っている。しかし、それは普通の光ではなく、光とは思えない真っ暗な光だった。

 さらに近づくと、大きな塔が周囲に黒い光を放っていた。

 シアは見たことが無かったが、海の岬にある灯台だった。

 黒竜はそこに降り立つと、背中からシア達を下ろす。

 すると、黒竜の全身が魔力に包まれ、繭のようになる。やがてその大きさがスルスルと小さくなっていく。そして、人一人くらいの大きさになると魔力が霧散した。

 

 魔力が霧散した後には、1人の女性が佇んでいた。

 トータスではまず見ない、日本の着物のような服装をした絶世の美女だった。右手には、黒竜の時にも持っていた盾を携えている。

 見た目は二十代前半くらいで、身長は百七十センチ近くあるだろう。艶やかな黒髪と見事なプロポーションが目を引く。どことは言わないが、シアがメロンならスイカだ。

 

「りゅ、竜人族ですか?」

「うむ。妾は誇り高き竜人族クラルス族の1人、ティオ・クラルスじゃ」

 

 着物の懐から取り出したセンスを広げて名乗る黒竜ことティオ・クラルス。

 表の歴史では5百年前に滅んだとされる竜人族の生き残りだった。

 

「なんで竜人族がこんなところにいるのですか?」

 

 フェアベルゲンのアルフレリックから、竜人族は魔力持ちの亜人達を保護してきたと教えられてから、シアは竜人族に興味を持っていた。しかも、300年前を生きていたユエからも、竜人族の強大な強さと高潔な精神を聞いたことで、憧れを抱いた。

 そんな存在が突然目の前に現れ、しかも窮地を助けてくれた。その事実を認識すると、徐々に好奇心を抑えきれなくなってきた。

 

「ふむ。よかろう。順番に話す。ただ、ちと長くなるのでの。落ち着ける場所で話そう」

 

 そう言うとティオはシア達を灯台の近くに案内する。

 彼女の後をついていくと、簡易的なキャンプ地が用意されており、テントの近くに1人の青年が膝を抱えて蹲っていた。

 青年はシア達が近づいてきても、ピクリとも動かない。

 

「あの人は?」

「あやつか。あやつも関係ある」

 

 ティオはシア達をキャンプ地に招き入れると、全員を座らせて話を始める。

 

 ティオはある目的のために竜人族の隠れ里を飛び出してきた。その目的とは、新たに見つかった魔力持ちの亜人の保護のためだ。つまり、

 

「え!? 私のことですか!?」

「アルフレリックからの連絡が来たからの。シア・ハウリアよ。慣例に則り、我が里に迎え入れに来たのじゃ」

 

 本来シアは北山脈まで行き、竜人族の里に招かれるはずだった。それが紆余曲折あり、ハジメ達の旅に同行することになった。そのため、ティオの役割は無かったことになった。しかし、そのことがティオに伝わることなく、行き違いになってしまったのだ。

 

「うわぁ~。すみませんですぅ。折角、迎えに来ていただいたのに、とんだ無駄足を」

「よいよい。それに結果的にそなたを助けることが出来た」

 

 恐縮するシアだが、ティオは朗らかに笑う。

 彼女の言うとおり、形は異なるが危機に陥ったシアを救うことが出来たので、里を出た甲斐があった。

 

「妾が里を出た目的は、そなたを迎えに行く以外にもあったのじゃ」

 

 それは異世界から召喚された勇者達の調査だ。竜人族の中には魔力感知に優れた者がおり、数か月前に莫大な魔力の放出と何かがこの世界に現れたことを感知したという。

 言うまでもなく、地球から召喚されたハジメ達の事だ。

 秘密裏に大陸に張り巡らせていた情報網から、神に召喚された異世界の勇者達の事を知った。

 おおよその事態を把握した竜人族の里は、より本格的な調査を実施することを決定した。その人員こそが、ティオだった。

 

「自慢ではないが妾は竜人族において最強の座についておる」

 

 胸を張りながら自慢するティオ。

 確かに、さっきの戦闘で見せた彼女の戦闘力は最強という名に相応しいものだった。この世界で、完全体のダゴモンに匹敵できる強さを発揮できるとは、ハジメ達と同等かそれ以上の規格外だ。

 

「加えてこの盾を手に入れてからより強くなれたのじゃ」

 

 右手に持っていた盾を抱え上げて見せるティオ。

 

「その盾何なんですか?」

「ダゴモンの一撃を受け止めるなんて、ただの盾じゃないよな?」

 

 シアとコロナモンがしげしげとティオの盾を眺める。

 話の主題からそれるが、盾についても説明をする。

 

 ある日、霧と共にティアの目の前に現れた盾。何故か手に馴染んだ盾を使ってみたところ、ティオの力が増幅され、さらには強大な炎属性の力を得た。

 そんな彼女の事を、隠れ里の者達はこう称した。

 

 堅牢無敵の黒鱗に、輝く紅蓮の炎を纏った〝黒炎竜〟の姫と。

 

「おおっ! カッコいいですぅ!」

「うん。炎っていうところがまたいいぜ!!」

 

 目を輝かせるシアとコロナモンに、さらに得意げになるティオ。

 その時、盾を見ていたパタモンがポツリと言葉を零した。

 

「その盾。見覚えがある」

「なんと? 本当なのか?」

 

 パタモンの言葉に驚愕するティオ。

 この盾の事は長い歴史をもつ竜人族の文献を紐解いても何も判らなかったのだ。

 それを目の前のデジモンが知っているというのだ。

 

「デジタルワールドの伝説に出てくる最強の盾にそっくりだ」

「なんと……デジタルワールドとはなんじゃ?」

 

 パタモンの説明に驚くティオだが、すぐに首を傾げた。

 

「え? デジタルワールドのこと知らないんですか?」

「うむ。初めて知った」

 

 真顔で言うティオだが、そもそもここは異世界だ。知らないのも仕方ない。

 とりあえず、コロナモン達デジモンの説明と彼らが住む世界デジタルワールドの説明を簡単に行う。

 

「理解した。デジタルワールドという異世界の伝説の盾とは」

「名前や能力といった詳しいことはわからない。でも、その盾は伝説に出てくる盾の一部だ」

「一部じゃと?」

「僕が知っている伝説に出てきた最強の盾とは、体が盾で構成された真紅のドラゴンだった。炎を操り、世界の全て包み込むバリアを張ることもできるほどだった」

 

 パタモンの語る凄まじい効果に驚き、全員がティオの持つ盾を見つめる。

 特に持ち主のティオは、この盾がそこまでの力を秘めているとは思っていなかったので、マジマジと見つめている。

 そんなティオにパタモンが話しかける。

 

「とはいえ、あくまで似ているというだけだから。本当にそうかも確証はないよ」

「いいや。今まで何も判らなかったのじゃ。真紅の炎のドラゴンの一部というのも、妾が得た力から考えれば、納得できる。教えてくれて感謝するのじゃ」

 

 ティオはうんうんと何度も頷き、パタモンに礼を言った。

 

 話がずれてしまったので、元に戻す。

 

 里を出てきたティオは、まずは目的の1つであるシアの保護のために、山脈地帯にやってきた。そこで目立たないように人の姿になり、シアを探しに市井に紛れ込もうと山を下りている途中だった。

 見たこともないモノリスのような黒いタワーを見つけた。怪しいと思い、近づいてみると、6人の人間達が異形の化け物を従えた黒いローブの人間により、痛めつけられていた。いや、すでに5人の人間は息絶えており、最後に残った青年もボロボロにされていた。

 ティオは青年を助けるために、割って入ろうとした。だが、その瞬間タワーから猛烈な霧が噴き出して、周囲を包み込んでしまった。

 ティオはせめて青年だけでも助けようとして霧の中に飛び込み、何とか青年の元まで辿り着き、無事に保護した。しかし、それまで青年を甚振っていた者達の姿は消えており、周囲がこの暗黒の海の世界になっていたのだ。

 それから、ティオは傷ついた青年を抱えて安全な場所を探し、この灯台まで辿り着いた。

 青年が持っていた野営道具でキャンプ地を作り、脱出の方法を探っていたのだった。

 その途中で、深き者達の動きが活発になったので、黒竜に変身して様子を見に行ってみれば、シア達がいたというわけである。

 

 話を聞き終えたシア達は気になったことを、ティオに話していく。

 

「黒いタワーっていうのは、ダークタワーですね。見たことがあります」

 

 シアが黒いタワー、ダークタワーのことに思い至る。

 もしも、ここにハジメ達がいればダークタワーこそが、この暗黒の海へと転移した原因だと察したかもしれない。なにせ、ダークタワーは元々この暗黒の海にあったものなのだ。加えて、ダークタワーはデジタルワールドへのゲートを開く、ゲートポイントになる機能も持っている。

 ティオもダークタワーこそが怪しいと思い、それを探しているのだが、見つけられずにいる。

 

「さっきの話に出てきた青年ってあの人の事ですか?」

「そうじゃ。よほどひどく痛めつけられての。肉体よりもむしろ心が深く傷ついてしまったのじゃ。未だこやつの名前すらも話そうとしない」

 

 悲痛な顔をしながら説明するティオ。

 シア達が話していても、青年は何の反応を示していない。そしてそれは、シア達が連れている雫も同様で、シア達が何を話していても無反応だった。

 ただでさえ暗い雰囲気の世界の中で、2人の周囲はより暗く見える。

 

「そちらにも、心に深い傷を負った者がいるのじゃのう」

「ええ。何とかしたいんですが」

「心の傷は目に見えないゆえ、難しいのう」

 

 なんとも言えない空気が流れたが、ティオが手をパンパンと鳴らして、場を仕切りなおす。

 次は一番気になっていたことをパタモンが質問する。

 

「その異形の化け物って、やっぱりメフィスモン?」

「なんじゃメフィスモンとは?」

 

 話の中に出てきた異形の化け物に心当たりがあったパタモンが、メフィスモンの名前を出す。それはシア達も同意見sだった。

 ティオはメフィスモンの事を知らないので、特徴を伝える。それを聞いたティオは自分の記憶を辿り答える。

 

「いや、そ奴ではない」

「「「え?」」」

 

 ウルの町への襲撃から、メフィスモンが犯人だと思っていたシア達は驚いた。

 

「あれは何といえば良いのかのう? まるで、無数の目をもった黒い影のドラゴンじゃった」

 

 全く未知の敵の存在に、シア達は息をのんだ。

 

 




〇デジモン紹介
パタモン
レベル:成長期
タイプ:哺乳類型
属性:データ
大きな耳が特徴的な哺乳類型デジモン。この大きな羽を使って空を飛ぶことができるが、時速1kmのスピードしか出ないため、歩いたほうが断然に早いと言われている。しかし、必死になって飛んでいる姿が可愛いので人気は高い。とても素直な性格で教えたことはよく守る。またパタモンはホーリーリングを身に着けなくても、秘められた聖なる力を発揮することができる、古代種デジモンの遺伝子を受け継いでいるらしい。必殺技は空気を吸い込んで一気に空気弾を吐き出す『エアショット』。



時系列の調整が難しいです。矛盾が無いか慎重に書いています。

PS
本文とは関係ないですが、原作Web版で光輝がスターウォーズ好きという事実が明らかになり、ダースベイダーに扮したハジメが光輝と戦うというアイデアが湧いてきてしまいます。


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15話 先生のお話

感想・評価・お気に入り登録ありがとうございます。
大変お待たせ致しました。凄く悩んで、書き直しました。
02 The BEGINNINGを映画館で見なければ、モチベーションがもたなかったです。

原作と同じサブタイトルですが、全く異なる内容となります。


 ウルの町の教会。メフィスモンの襲撃によりボロボロになった礼拝堂。

 倒壊寸前の有様だったが、ハジメの錬成による応急修理で壁や床は元通り、いやそれ以上に頑丈な作りになっていた。まだ掃除が済んでいないので、瓦礫が散乱しているし、机などの調度品も壊れたままだが、教会の形は保っている。

 その教会の中で、壊れていなかった椅子に座りながら、ハジメは深く考え込んでいた。

 明日からの依頼についてだ。

 明日の早朝、冒険者ギルドからの依頼を遂行するために、香織達と一緒に北の山脈に向かうことになった。

 ハジメ達がウルの町を離れることによって、町の守りが薄くなってしまうことが懸念されるが、残るブラン達に任せるしかない。幸いにも完全体のマミーモンがいるので、一方的にやられることは無いだろう。他にも保険をいくつも用意し、愛子達に渡してある。

 それでも、まだ何か見落としは無いか、手抜かりは無いかという不安が無くならない。

 何せメフィスモンは幾重にも罠を張り巡らせて襲い掛かってきた。油断できない難敵だ。

 それに加えて、ハジメの心の中には、ずっと離れない考えがあった。それは──。

 と、そこでハジメ以外の誰かが教会に入ってきた。

 

「南雲君。明日は早いはずです。寝なくていいんですか?」

「先生か?」

 

 やってきたのは愛子だった。

 

「すみません。眠れなくて」

「やっぱり明日の事が気にかかっているのですか?」

「まあ。あといろいろ考えていたら、目が冴えてきて」

「よければ考えていることを話してもらえませんか? 話すことでまとまるかもしれません」

 

 愛子はハジメの対面にやって来ると、椅子に腰を下ろしてちょうど面談のような形になる。

 

「まあ、そうかもしれませんね。でも、さっき打ち合わせしたこと以上に、話すことなんてないですよ。だから、大丈夫です。もう寝ます」

「待ってください」

 

 立ち去ろうとするハジメだったが、愛子に引き留められる。

 

「今の南雲君、まだ悩んでいるように見えます。もっと話したいことがあるんじゃないですか?」

「……そんなこと、無いです。もういいでしょう。先生がさっき言った通り、早く寝ます」

「南雲君がちゃんと眠れるなら、先生は何も言いません。でも、何か悩んでいるなら、放っておけません」

 

 愛子は真っ直ぐにハジメを見つめながら話す。あまりにも真っ直ぐで曇りの無い目と、言葉に宿る強い意志に、気圧されたハジメは立ち上がるのを止めた。

 しばらく無言で2人は向かい合っていたが、遂に耐え切れなくなったハジメがポツリポツリと話始めた。

 

「先生。僕は地球に戻ったら人とデジモンが共存できる世界を作るっていう夢を叶える為に、トータスを旅してきました。でも最近は、その夢を思うだけで心が痛いんです」

 

 強い心でここまでやってきたハジメ。しかし、本来はまだ両親や大人達の庇護下で学んでいる少年なのだ。心の内には当然、弱さがあった。

 普段ならその弱さは見せるはずのなかったが、ここまでの出来事で積もり積もった心理的な負担と、教師という立場を崩さずに自分に向かってくる愛子の真摯な態度を受けて、徐々に出てくる。

 

「助けようと思ってもうまく助けられず、むしろ迷惑をかけました」

 

 ベヒモスから助けられたが、心に深い傷をつけてしまった雫。

 オルクス大迷宮の底まで助けに来たのに、暴走して襲い掛かってしまったガブモンと香織。三人の事が頭に浮かぶ。

 

「覚悟していたはずなんです。僕の進む道には辛いことが幾つもある険しい道だ。僕の行動で仲間が死にそうになることもある。望まない結果に直面しても、進む覚悟はあるかって、ある人に言われました」

 

 ライセン大迷宮を去る時にミレディに言われた言葉。

 ハジメは仲間を守り、全てを受け止めて進むと、自分の覚悟として答えを返した。しかし、その言葉がここ最近の出来事の所為で、彼を苦しめている。

 

「ウルに来て、雫さんが傷ついている姿を見て、何もできなかった。むしろ一歩間違えば、暴走までしそうになって、それがさらに雫さんを傷つけた。覚悟を決めていたのに、あっさり崩れそうになる。そう感じてしまう自分が嫌になるんです」

 

 ここ最近の出来事は、ハジメの覚悟を大きく揺さぶることばかりだ。

 

「先に進まないといけないって分かっているんです。なのに、また仲間が傷つくことを想像しただけで、心が痛いんです。あれだけ大きいことを言ったのに、覚悟を決めたはずなのに、辛くて苦しいんです。でも、そんな姿を皆には見せられない」

 

 全てはハジメが始めたことだったのに。

 パーティーの中心になって、皆をまとめ上げてきたのも、ハジメが強く地球への帰還とその先の夢の実現を掲げたから、その責任を果たそうと引っ張ってきた。なのに、それが辛いという姿は見せられないと思っている。

 しかし、隠している痛みと辛さは蓄積していく一方になってしまい、ハジメの心の負担をより大きくしていく。

 

「こんなんじゃ地球に戻っても夢を叶えられない。それどころか、僕の夢の所為で大切な人たちが傷ついていくことに、目を背けたくなる。でも、それこそ本末転倒だ。覚悟が嘘になる。僕の夢は間違っていたのか? そんなことまで考え始めて、さらに痛くなる。もうこの痛みに耐えるしかないんだ……」

 

 ハジメの独白を聞いた愛子。

 彼女は自分よりも年下で、まだ庇護下にあるはずの少年が背負ってしまった宿業に胸を痛める。

 痛々しい姿に、思わずだき締めて慰めようと立ち上がりかける。

 

(なんで南雲君ばかりが苦しまなければいけないんですか。勝手に連れてこられて戦争に参加させられそうになって。八重樫さんを助けたら死にかけて。助かったと思ったら、体がおかしくなって、心まで変わってしまうなんて)

 

 そんな途轍もない苦しみを背負いながら、なおも他人のために気を使っている。

 もはや夢が重荷になりかけている。このままでは彼の心が潰されてしまう。

 

(先生とは、教師とは、生徒の幸せを考えて、より良い決断を出来るようにお手伝いすること。こんなに苦しんでいるのなら、いっそのこと──)

 

 夢を諦めさせるべきじゃないか、という考えが愛子の脳裏に過る。

 生徒の夢があまりに厳しく、苦しみしかないのなら、時に夢を諦めさせるのも先生の仕事だ。

 あまりにハジメが痛々しくてついそんな考えが浮かんでしまった愛子だが、それと同時に、それでいいのかという問いかけが、胸の内から湧き上がった。

 

(それでいいの? 南雲君は辛い、苦しい、痛いとは言いました。ですが、逃げたいとは言っていません)

 

 どんなにつらい目に遭って、嫌な思いをして、苦しんだ。間違いかもしれないとまで考えている。それでもハジメは逃げたいとは口にしていない。それだけ、夢を諦めたくないと心の底から思っているからだ。

 それほどの夢を、歩んできた道を諦めさせていいのだろうか。

 

(正しいのか、正しくないのか。私にはわかりません。でも、そうまでして抱き続けている夢を、諦めさせる言葉を私は持っていません。だから、ごめんなさい南雲君。私にできるのは、君の夢を重荷から元の夢に戻す、いえ、そのきっかけになりそうなことを言うだけ。もしかしたら、とても残酷なことをしているのかもしれません。この先で君がもっと傷つくかもしれません。それでも、夢を諦めて欲しくないと、思ってしまったんです)

 

 愛子は傷ついてほしくないという本心を隠し、先生としてハジメの夢を後押しする決意を固めた。気持ちと言葉が矛盾していることを自覚していても、微塵も悟らせないように、ハジメとの面談を始める。

 

 まずは、ハジメの夢についてだ。

 

「あなたの夢の所為で八重樫さんが傷ついたわけではありません。夢はどこまで行っても夢。あなたの理想、目標、指針でしかないんです。人を傷つけてしまったのは南雲君自身の行いです」

「それって、やっぱり俺の夢の所為じゃないですか」

「いいえ。似ているようで違います。手段と目的の違いです。私は他人を傷つけるのは、手段だけだと思っています。誰がどんな夢を持っていても、それだけで傷つくこと何てまずありません。だってまだ実現していないんですから、傷つけようがありません。だから、ずっと大切にしてきた夢で八重樫さんを傷つけたと考えないでください」

 

 夢は見るもの。それだけで人は傷つかないし、救わない。いつだってそれは人の行いの結果でもたらされるものだ。

 その持論をもってして、愛子はまずはハジメの夢が人を傷つける原因ではないと伝える。

 先生という近すぎないほどほどの距離感から贈られる言葉は、ハジメの内面を考慮しない事実だけの内容なので、否定できない。

 

「南雲君の夢は、きっといろんな人に影響を与えたと思います。先生が見るに白崎さんとユエさんが一番影響を受けています。だって、あんなにデジモン達と楽しそうにしていましたもの」

 

 この一週間、ハジメ達は神殿騎士や町の住人に隠れて、愛子と生徒達にガブモン達を紹介し、交流させていた。そこで自分のパートナーを嬉々として紹介し、自慢する香織とユエを愛子は見た。彼女達のあの姿こそ、ハジメの夢見る未来なのだ。

 そして、その夢はさらに影響を広げている。

 

「彼女達の話を聞いて、八重樫さんも園崎さんも、宮崎さんも、管原さんも、玉井君も、相川君も、仁村君も、清水君も。みんなちょっと羨ましそうでした」

 

 なお、雫だけは内心では凄く羨ましく思っていた。テイルモンもルナモンも、さらに言えばガブモンとコロナモンだって可愛かった。可愛いものに目がない雫には、彼らのようなパートナーがいるテイマーが憧れなのだ。

 ハジメの夢は着実に形になっている。

 

「あの夢を見ることが、間違いのはずがありません。一番近くで彼女達の姿を見てきた君がよくわかっているはずです」

「だけど、僕の夢の為の行動が雫を傷つけた。それはどうしようもない」

 

 次に苦しみの大本となった原因について話をしていく。

 

「八重樫さんが傷ついたのは、変えようのない事実です。でも、そのことを八重樫さんは南雲君の行いの所為にしましたか?」

「それは……」

 

 言葉に窮するハジメ。実はそのことについてハジメは雫に話していなかった。

 なにせ、そのことを聞くのはハジメにとってとても……。

 

「怖かったんですね。八重樫さんに怖がられるのが」

「……はい」

 

 愛子の言葉に首肯するハジメ。

 

「八重樫さんと過ごしていて、彼女は一度も南雲君の所為で苦しんだ、傷ついたとは言っていませんでしたよ」

 

 愛子はカウンセリングの一環として、農作業以外にも生徒達との面談を行っていた。当然、雫にも行っており、その場で雫はただひたすらに自信の不甲斐なさを責めていた。ハジメの所為だとは、一言も言っていない。

 

「聞くのは怖いですよね。でも、想像だけで負い目を感じるのは、八重樫さんに失礼だと思います。もしかしたら、八重樫さんは南雲君に感謝していて、南雲君が傷つくことを望んでいないかもしれません。今の南雲君がやるべきことは、夢が正しいのか考えることでも、痛みに耐えることでもありません。八重樫さんと話し合う事です」

「だけど、明日は依頼に」

「もかしたら、山脈にいるかもしれません。どこに手掛かりがあるかわからないんですから。もちろん、町の周辺も私が探します。だから、南雲君は八重樫さんと話すことだけを考えてください」

 

 苦しいときは、それに付随する様々なことを考えてしまう。それがかえって更なる苦しみをもたらしてしまう。ハジメはこの負のスパイラルに嵌っていると愛子は考えた。

 そこで「雫との話し合い」という指針を与えることで、負のスパイラルから抜け出すきっかけとした。

 

「怖いですよね。もっと辛くなるかもしれないんですから。でも、先生は思うんです」

 

 そして、最後に愛子は一番教えたいことを伝える。

 

「後悔して痛みを感じてもいいんです。だってそれは大切に思っていることの裏返しで、心の特権なんです。心の無い、例えば機械なんかは後悔もしません。痛みも感じません。失敗しても同じ動作を繰り返すだけ。でも、心があれば、後悔して、泣いて、そして、立ち上がることが出来ます。もう起き上がれないと思っていても、同じ思いを共有できる心が傍にあれば大丈夫なんです。南雲君の周りには、そんな心が沢山あるじゃないですか」

 

 ウルに来てから知ったデジモンテイマーとしての南雲ハジメ。彼を見て感じたことを交えながら、苦しみや後悔との向き合い方を教える。

 

「ガブモン君。白崎さん。ユエさん。南雲君を支えてくれる心を持った仲間達がいます。だからきっと八重樫さんと話すことが出来ますよ。もちろん、私だっています。先生なんですから」

 

 小さな体で精一杯胸を張りながら、笑みを浮かべる愛子。どう見ても見栄っ張りな姿だが、どこか安心感をハジメに与えてくれた。

 

「できることを精一杯やって、何とかして見せます。私だけじゃなくて、ピッドモンさんやブランさん達もいるんです。絶対に、町を守ってみせますから。だから、先生たちを信じて、任せてください」

「…………」

 

 愛子の言葉に対して、ハジメは無言だった。

 だが、言葉に込められている自分の背中を押そうとする愛子の思いは伝わってきた。

 それがただ無性に、嬉しかった。

 話を終えた2人は静かに教会を出た。ハジメは明日に備えて眠るために。

 一方、教会を出た愛子に、近くに身を隠していたガブモンが近づいてきた。

 

「ありがとう先生。ハジメのこと」

「えっと。私、何かできましたかね?」

 

 実は、愛子をここまで連れてきたのはガブモンだった。

 ガブモンはハジメの抱えていることにパートナーデジモンとしていち早く気が付いた。しかし、近すぎる立場のガブモンでは、ハジメは心の奥にある弱さを無意識に隠してしまい、簡単に見せないと思った。時間をかければいいだろうが、今はそれが無い。香織達も同じだ。

 だから、程よい距離があり、無条件で頼れるような立場にいる愛子に望みを託したのだ。

 これからどうなるかはまだ分からないが、後はハジメとガブモン達次第だ。

 

「あとは、白崎さん達もですね。うまく話せればいいんですが」

「俺も手伝うよ。テイルモンとルナモンの気配はわかるし。何なら手伝ってもらおう」

「すみません。お願いしますね」

 

 愛子とガブモンはその場を後にする。

 教師としての誇りを胸に邁進する愛子の行いが、デジモンテイマーズの道行を照らす燈火となった。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 翌朝。月が輝きを薄れさせ、東の空がしらみ始めた頃、ウルの町の入り口で愛子はハジメ達の見送りをしていた。優花を始めとした生徒達もいる。

 

「南雲、雫の事よろしくね」

「清水の事もついででいいから探してくれよ」

 

 優花と男子生徒の1人、玉井淳史がハジメに声をかける。

 生徒達は一緒にカウンセリングを受ける中で仲間意識が芽生えた。なので、行方不明になってしまった2人の安否を彼らはとても気にかけていた。

 

「お二人の事もですが、南雲君達もどうかご無事で」

 

 愛子としては雫と清水のことは気掛かりだが、ハジメ達の身も気掛かりなのだ。

 ちょっとむず痒く思いつつ、ハジメは愛子にあるものを手渡す。

 

「これ。いざという時のアークデッセイ号のキーです。操縦方法は自動車を参考にしていますので、先生でも動かせるはずです。普通免許持っていますよね?」

 

 それはアークデッセイ号の起動キーだった。

 ハジメ達はアークデッセイ号を宝物庫から取り出しておいた。いざという時に愛子達の避難先にするためだ。当然、私物や貴重品、そして危険物は下ろしてある。さらに愛子に預けたキーを使えば、愛子が運転して逃げ出すことも出来る。

 

「もも、もちろんです。あ、あんな大きな車は動かしたことないですが……」

「まあ、そこは頑張ってとしか。万が一ぶつかっても車体は壊れないです。道路交通法もこの世界には無いですから」

 

 不安そうな顔をする愛子にハジメは苦笑いする。

 彼の様子に昨日の教会で見た不安定な姿は見られなかった。

 ハジメの左右にいる香織とユエもちょっとぎこちないが、険悪な雰囲気はない。

 愛子は少しほっとした。

 

「じゃあ、行ってくる。そっちも気を付けてくれ」

 

 短く言い残して、ハジメ達は北山脈に向かって行った。

 

「……はあ、本当に、無力ですね」

 

 残された愛子は生徒達に聞こえないように、小さく呟いた。

 その言葉には彼女の抱える葛藤が多分に含まれていた。

 昨夜はハジメにいろいろ言ったが、愛子の方こそ痛みと辛さ、そして後悔を抱えている。

 本来なら起きるすべての問題を彼女が解決し、生徒達を無事の姿で家族の下に送り届けなければならない。

 しかし、そんな理想はとっくの昔に叶わなくなっている。

 その現実が、もうすぐ目の前で繰り広げられることになることを、まだ彼女は知らなかった。

 




〇デジモン紹介
シスタモン ブラン(覚醒)
レベル:成長期
タイプ:パペット型
属性:ワクチン
シスタモン ブランのもう一つの姿。頭部のウィンプル中央にホーリースティグマが現れ、覚醒状態となる。この状態に入ると控え目な性格が一転し、むき出しになった戦闘本能に従うように荒れ狂った動きで戦場を駆け巡る。覚醒状態から戻ると先ほどまでの暴威が嘘のように、その場で穏やかな寝息を立てて眠りにつく。



まえがきでも触れましたが映画「デジモンアドベンチャー02 The BEGINNING」見てきました。
私的にはとても満足する内容で、この作品の今後の展開でも取り入れたい要素がいっぱいでした。
次はテイマーズなのか、またアドベンチャーの映画なのか、今後もデジモンから目が離せません。
このモチベーションを維持しつつ、次話は早めに更新したいです。


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16話 突き付けられた選択肢

感想・評価・お気に入り登録ありがとうございます。
前回から二週間ちょっと。徐々に頻度を上げていきたいです。
遂に彼が登場します。


 町から見えないくらい移動し、誰も見ていないことを確認したハジメ達は、パートナーデジモン達をデジヴァイスから出す。そしてすぐさま進化させて乗り込む。

 ハジメを乗せたガルルモンが地を駆け抜ける。

 ネフェルティモンは香織と共に空を飛ぶ。

 ユエを抱えたレキスモンが自慢の脚力でジャンプする。

 アークデッセイ号を愛子達に預けているのでいつもなら魔導二輪で移動するのだが、一台は浩介達に貸し出しているので相乗りをしなければならない。だが、今は少し距離を置こうと思い、デジモン達に乗ることを選んだ。もちろんデジモン達はテイマーの頼みを快く承諾してくれた。

 

 あっという間もハジメ達は、標高千メートルから八千メートル級の山々が連なる雄大な北山脈の入り口に到達した。

 どういうわけか生えている樹々や植物、環境がバラバラで、若木が生えたばかりに見えるエリアの隣には、紅葉に彩られたエリアがある。そうかと思えば枯れ木ばかりの不毛の地になっているエリアまである。

 山脈もここから見えている山の奥にもさらに山があり、過去には山脈超えを試みた冒険者もいたのだが、終ぞ叶わなかった。

 もっともそれは当然だ。なぜなら、誰も山脈を超えられない理由がある。

 

「あの向こうに竜人族の里があるのか」

「神の目を欺くために山脈を利用した陸の孤島。魔法による偽装や結界もあるらしい」

 

 アルフレリックから聞いたことを思い出すハジメとユエ。

 五百年前にトータスに戻ってきた神エヒトによる被害者である竜人族は、歴史の表舞台から姿を消して生き永らえる為に、北山脈の向こうに隠れ里を作った。神の目を欺くための外界からも隔絶された国を。当然、そのために様々な工作を行ったらしい。

 ハジメはその工作には神代魔法が使用されたのではないかと睨んでいる。

 神の下僕であるエガリ達は高速で飛行する能力がある。いくら険しい山脈があろうと、飛行すれば障害にならない。

 神代魔法が使われたという事は、大迷宮に挑み、攻略した者がいるはずだ。

 もしも竜人族の里に行ければ、大迷宮の攻略の手掛かりになるかもしれない。

 

「まぁ、今はそんな寄り道をしている暇は無いか。確証もないし」

 

 ハジメは考えを中断し、やるべきことに意識を向ける。

 

「少し休憩してから捜索を開始する。何が起こるかわからないからな」

 

 ハジメの言葉に全員が賛成する。

 各々がその辺の岩に腰を下ろして、一息つく。

 デジモン達は進化したままだ。この後の依頼されたウィル・クデタ伯爵令息の捜索には各々の能力を駆使する予定なので、進化を維持している。

 鋭い嗅覚のガルルモン、飛行できるネフェルティモン、聴覚に優れるレキスモン。捜索にはうってつけだ。

 

 いつもなら固まっているのだが、移動時と同じくそれぞれ距離を開けている。

 一見するとギクシャクしているように見えるが、一晩の時間を置いたことと、愛子との面談でそれぞれ心の中での整理は尽きつつあった。ただ、全員が切っ掛けを見つけることが出来ないだけだ。

 

 その時、突然ハジメが背負っていたリュックがゴソゴソ動き始めた。

 

「あ、やべ」

 

 気が付いたハジメが急いでリュックを下ろして開くと、中からピンクの塊が飛び出してきた。

 

「狭い!!」

「わ、わりぃコロモン」

 

 出てきたのはコロモンだった。

 メフィスモンに明確に狙われているコロモンはウルの町に置いておくよりも、ハジメ達と共にいた方が安全だと考えた。そこで、冒険者の変装用のバッグに入れて連れて来たのだ。

 リュックの中にずっと隠れていたのだが、いつまでたってもハジメが出さなかったから怒っている。

 

「腹減った。何か無いの?」

「あるよ。ほら」

 

 空腹を訴えるコロモンに持ってきた昼食のおにぎりを渡す。ウルで愛子達が泊っていた〝水妖精の宿〟のオーナーに愛子が頼んで用意してもらったものだ。ウルの特産である米で作られたおにぎりは、ハジメを始めとした地球出身者に故郷の味を思い起こさせた。当然、ユエ達やデジモン達にも大好評だ。

 差し出されたそれを大きな口を開けて食べるコロモンに倣い、ハジメ達も昼食にする。ガルルモン達も体の大きさと比べると少ないが喜んで口にする。

 

 食事をしながらコロモンはハジメ達を観察する。

 人間とそれに従うデジモン達。

 最初はメフィスモン達のような敵だと見ていたが、今では変な奴らだと思っている。

 デジモンの行動原理は生きることと戦う事だ。

 元々グレイモンだったコロモンはそのことに疑問を持たなかった。

 メフィスモンと人間に捕まり、体を好き勝手にいじられて、操られて戦わされたときは、デジモンとしての生き方を否定されたように思い、怒り狂った。

 その怒りは未だ収まっていない。だが、退化して仕方なく傍にいることにしたハジメ達に対しては少し認識を変えていた。

 自分以外の誰かのために戦って、傷ついて、思い悩む彼らはコロモンには理解し難いものだった。

 

 コロモンはまだ気が付いていないが、少しハジメ達の事が気になりだしていた。

 

「じゃあ私達で空から探すね。何か見つけたら連絡するよ」

「私とレキスモンはあっちに行く」

 

 休憩を終えた後、それぞれが分かれて行動する。

 山脈地帯はそれなりに強い魔物もいるのだが、ハジメ達の強さなら問題ないだろう。

 

 二組を見送ったハジメは、ガルルモンに跨ると、宝物庫から試作したアーティファクトを取り出す。

 全長三十センチの鳥型の模型とスマホだ。

 模型の腹部と頭部には水晶のような石が埋め込まれている。

 

 ハジメがスマホを起動させ、模型を放り投げると、模型はふわりと浮かび上がり、空に飛んでいった。

 さらに同型の模型を19機取り出すと、同じように放り投げて飛ばしていく。

 

 この鳥型の模型の名前は〝オルニス〟。地球で言う無人偵察機、ドローンだ。ミレディから習得した重力魔法と、彼女が使っていたゴーレムを参考に製作した。あのゴーレムには感応石以外にも遠透石(えんとうせき)という鉱物が目の部分に使用されていた。感応石と同じように、同質の魔力を込めると遠隔にあっても片方の鉱物に、片方の鉱物に移り込んだ映像を映すことが出来るという品物だ。この鉱物を解析したハジメは、スマホの画面とリンクさせ、映像を表示させることに成功。さらに感応石の操作の処理もスマホに肩代わりさせることで、ハジメの処理能力の負担を軽減させながら操作できるようにした。

 もしもオルニスの技術がトータスにもたらされれば、大技術革命が巻き起こるだろう。

 

 人の匂いを探るガルルモンの背中で、ハジメはスマホでオルニスを操作しながら、捜索を続ける。

 今回使っているオルニスの数は20機。スマホで処理を補助しているとはいえ、〝並列思考〟の技能と高い演算能力を持つハジメでなければ操れない数だ。全ての機体から送られてくる映像はスマホの画面だけでは見られないので、12機ほどのオルニスからの映像はゴーグルに同期して表示させる。

 

 捜索しながらハジメ達は山脈の不気味な様子にすぐに気が付いた。

 異様に静かなのだ。その原因はどこにも生き物がいないからだった。

 鳥や獣、虫だけでなく魔物まで影も形も見えない。

 まるで身の危険を感じて息を潜めているような、異様な雰囲気が山脈全てを包んでいた。

 

「ん? これは……」

 

 オルニスから送られてくる画像の1つに、何かが写った。

 気になってよく見てみると、罅割れた盾や剣だった。

 手掛かりかもしれないと思い、ガルルモンへその場所へ向かう様に指示をする。

 

「ガルルモン! あっちに向かってくれ」

「わかった」

 

 移動しながら、香織達にスマホで位置情報を知らせるメッセージを送る。

 以前、〝念話〟の魔法が通じなかったことを踏まえて、感応石や遠透石の魔法効果を解析して、異世界でもスマホの通話が使えるようにアーティファクト化した。魔力と電波の両方を併用することで、ジャミングされにくくなっている。

 無事にメッセージは送信され、香織達からも了解の返事が返ってきた。

 

 ハジメ達がほぼ同時に到着した場所は大きな川辺だった。壊れた盾や剣が散乱しており、少し離れた場所には鞄も落ちている。

 何か手掛かりは無いかと探索するハジメ達。

 

「ハジメ君。ペンダントが落ちていたよ」

「遺留品かもしれないな。持ち主の名前とか書いてあるか?」

 

 香織が見つけたペンダントの汚れを拭って調べてみると、ロケットになっていた。開いてみると1人の女性の写真が入っていた。おそらく、誰かの恋人か妻と言ったところか。名前は入っていなかったので大した手がかりではないが、古びた様子はないので最近のものかもしれない。一応回収しておく。

 

「ハジメ。匂いがまだ残っていた。持ち主の後を追える」

「よし。ガルルモン、先導してくれ」

「待って」

 

 ガルルモンが匂いのする方向へハジメ達を先導しようとするが、ネフェルティモンが止める。

 

「この先に、何か嫌な気配がする。進むのなら注意して」

「嫌な気配。それって一体何かわかる?」

「詳しくはわからない。でも例えるなら……暗黒。ダークタワーを見た時の感覚に近いかもしれない」

「ダークタワー!?」

 

 驚愕する香織。ハジメ達も息をのむ。

 フェアベルゲンの近くに何故か立っていたダークタワーの事が頭に浮かぶ。

 もしかしたら、またダークタワーの力で洗脳されたデジモンと戦うことになるかもしれない。

 ハジメ達は慎重に先を進んでいく。

 

 進む先は川の下流だった。進むごとに周囲の様子が変わっていく。木々は倒され、地面には小さいがクレーターのような跡まである。それらの間に人の靴跡が見つかった。おそらく捜索している冒険者たちのものだ。おそらく戦いになり、相手から逃げている跡だ。

 

「変」

「何が?」

「人の足跡はある。でも、魔物の足跡は無い」

 

 ユエが違和感を口にし、聞いてきたレキスモンに説明する。

 さっきから見つかる戦いの痕跡には人間の足跡しかない。ならば人間同士の争いなのかというと、大木が薙ぎ倒されている跡もあるので違うと思われる。

 

「まるで浮遊している相手から逃げている感じだな」

「という事は飛行系の魔物かデジモン?」

「断定はできないが、仮定はしておこう」

 

 川辺を下っていくと、立派な滝に出くわした。

 滝つぼに降りてみると、ガルルモンは匂いが途絶えているのに気が付いた。

 ハジメ達は滝つぼの周辺を重点的に調査する。

 視覚と聴覚、嗅覚に加え魔力を使って重点的に探索するが、何も見つからない。

 だが、さっきから暗黒の気配を感じていたネフェルティモンだけは、落ち着きなく周囲を探っていた。その様子を見ていたハジメはふとあることを思いついた。

 

「ダークタワー……暗黒。確か、あれが元々あった場所は……! ガルルモン!!」

 

 ハジメはガルルモンを呼び、カードデックから一枚のカードを取り出す。そのカードとは……。

 

「暗黒の力を拡散させろ、カードスラッシュ! 《ダゴモン》!!」

 

 奇しくも、ハイリヒ王国で恵里がダークタワーを見つけたのと同じ方法をハジメは思いついた。

 ガルルモンの肉体からダゴモンの暗黒の力が拡散していく。その力に隠されていたダークタワーが共鳴して姿を現した。

 

「はぁはぁ」

「大丈夫かガルルモン!」

「ああ。どうってことない」

 

 暗黒の力の放出により肉体にかかった負荷に息切れするガルルモン。だが、ハジメを心配させないように気を取り直す。

 何せダークタワーはすぐ目の前に現れたのだから。

 

「間違いない。私が感じていた気配はこれだ」

「ハジメ君とガルルモンは休んでいて。私達で調べてみるよ」

「私達もやろう。ユエ」

「ん」

 

 香織達がダークタワーを調べようとしたその時、周囲の物陰から何かが飛び出してきた。

 それは黒い異形だった。

 まるで影そのものが形を得たような姿をしていた。顔に当たる部分には体に比べて大きな赤い目が妖しく輝いている。

 その赤い目を光らせてハジメ達に向かって光線を撃ってきた。

 

「回避!!」

 

 ハジメの言葉とほとんど同時に、全員がその場を飛び退る。

 

「なにこれデジモンなの!?」

「今調べる!」

 

 驚く香織に対して、ユエが急いでデジヴァイスで調べる。その間にもどんどん現れて、光線を撃ってくる。

 

「ガルルモン!」

「《フォックスファイアー》!!」

 

 ガルルモンが青い火炎を放ち、幾らかを追い払う。その隙にユエのデジヴァイスにデータが表示された。

 

「アイズモン:スキャッターモード。魔竜型成熟期? この見た目で??」

 

 表示されたデータと目の前のアイズモンの姿に首をひねるユエ。

 成熟期という割には一体一体の力は弱いからだ。

 

「スキャッターモードということは、別の姿がある。まさか、こいつらは本来の姿から分裂しているのか?」

 

「その通りだ!!!」

 

 ユエが調べたデータから推測するハジメ。突然、それを肯定する声が響き渡る。

 同時にアイズモンたちが攻撃を止めて一か所に集まり始めた。

 

 無数の黒い影が、一つの大きな姿になっていく。

 しかし、赤い目だけは1つにならずに影の表面に無数に蠢いている。あまりにおぞましい姿に、ハジメ達が警戒を強める。

 やがて、全てのアイズモンが合体し、魔竜型の本来の姿をしたアイズモンが現れた。その大きさは高層ビルに匹敵するほど巨大だ。

 全身の全ての目を光らせてハジメ達を見下ろす。

 

「ハハハハハッ!!!!」

 

 再び聞こえてくる謎の声。声の主を探すと、アイズモンの頭上に二つの人影が見えた。

 

「どうだ。驚いただろう? 南雲」

 

 そのうちの一人が話しかけてきた。さっきから聞こえてきた声だ。

 

「お、お前はッ!?」

「久しぶりだなあ。まさかくたばっていなかったとは思わなかったぜ」

 

 ハジメはゴーグルの拡大機能で話しかけてきた人物を確認する。

 黒や藍色を基調とした、王侯貴族のような豪奢な衣装を着た少年だった。その服は、まるでデジモンアドベンチャー02に出てきたデジモンカイザーの意匠に似ている。

 それを身に纏っている人物の顔を目にして、目を見開いた。

 

「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………檜山か?」

 

 脳をフル回転させて記憶を漁り、ようやく思い当たった名前をハジメは口にした。

 

「おい!!! 気が付くのに時間がかかってねえか!?!?」

「いや、すまん。正直、最近いろいろありすぎてお前の印象が薄かった」

 

 偉ぶっていた檜山だが、ハジメの態度に憤慨する。ハジメとしてもシリアスな空気を壊してしまったと思い、ちょっと申し訳なく思う。

 ちなみに香織も檜山の印象が薄くなっており、ハジメが名前を口にしてから、ハジメと同じくらいの時間をかけて、檜山の存在を思い出していた。急所を踏み抜いたりした相手なのに。とはいえ、彼らが檜山の顔を最後に見てからかなりの時間が経っているし、濃厚な時間を過ごしてきたのだ。親しくもない、どころか嫌悪感すら抱いていた人間の顔なんて覚えていなくても仕方ない。

 なお、ユエやデジモン達は全く知らないので「誰あれ?」「さあ?」とか言い合っている。ガルルモンにいたっては「コスプレイヤーオタクか?」と檜山をオタク呼ばわりしていた。

 

 彼らの態度にさらに怒る檜山。気を取り直してハジメはもう一度檜山を見ると、その後ろにいた人物に気が付いた。

 

「隣にいるのは清水か?」

「清水君? 本当?」

「ああ」

 

 愛子からついでに捜索してほしいと頼まれた行方不明の男子生徒、清水幸利。

 ハジメと香織はクラスが違ったが、ウルの町で生徒達と会う時に度々目にしていた。

 内気なのか話しかけてくることは無かったが、デジモンには興味があったのか、ガブモン達をよく見ていた。

 その様子が何となく昔の自分と重なって、ハジメは清水の顔を覚えていた。

 

「清水! お前何をしているんだ?」

「……」

 

 問いかけるハジメに対して、何も答えない清水。

 代わりに檜山が怒りの声を上げる。

 

「この俺を無視しているんじゃねえ!! 殺せ、アイズモン!!!」

 

 咆哮を上げるアイズモン。全身の目を光らせ、呪いの光線《邪念眼》をハジメ達に向かって放とうとする。それに対し、ハジメ達はすかさずカードを取り出してデジヴァイスにスラッシュする。

 

「「「カードスラッシュ!」」」

 

 スラッシュの完了と同時にアイズモンから光線が放たれた。

 光線が着弾し、無数の爆発に巻き込まれるハジメ達。

 

「ふん。死んだか?」

 

 ハジメ達の様子を見て邪悪に嗤う檜山。

 しかし、次の瞬間、爆炎の中から眩い光が迸った。

 

「ガルルモンX進化! ワーガルルモンX!!」

「テイルモン進化! エンジェウーモン!!」

「レキスモン進化! クレシェモン!!」

 

 光の中から飛び出してきたのは、完全体に進化したデジモン達だった。テイマーもそれぞれのパートナーに抱えられている。

 

「話を聞くには、まずあいつを何とかしないといけないみたいだな。ワーガルルモン!」

「おう!」

 

 ワーガルルモンに指示をしながら、抱えられていた腕の中から飛び降りるハジメ。

 

「降ろして、エンジェウーモン。自分の身は自分で守れるから」

「わかったわ」

 

 香織もエンジェウーモンに降ろしてもらい、アイギスを取り出して構える。

 

「〝来翔〟。クレシェモンは下から援護。あいつを撹乱して」

「ん。《アイスアーチェリー》!」

 

 魔法で上昇気流を起こし、落下速度を和らげながら指示を出すユエ。

 クレシェモンの氷の矢がアイズモンの巨体に放たれた。

 

「《カイザーネイル》!!」

「《ホーリーアロー》!!」

 

 飛行していたワーガルルモンとエンジェウーモンの攻撃も命中する。

 完全体の三体による同時攻撃。並みの相手なら倒れる威力の攻撃が、三つ同時に命中した。成熟期のアイズモンなら確実に倒せるはずだったが、なんと多少体勢を崩しただけで、アイズモンは持ちこたえた。

 

「なに?」

「私達の攻撃が!?」

「効いていないの?」

 

 困惑するデジモン達。それを可笑しくて仕方ないと檜山が嗤いながら見下ろす。

 

「クククッ、フハハハハハッ!! どうしたどうした!! アイズモンにはそんな攻撃効いていないぜ!!!」

 

 嘲笑う檜山。自分が圧倒的優位に立っているのが、途轍もなく心地いい。

 

「教えてやるよ。アイズモンはな、データを「アイズモンの特性はデータの貯蔵だ!! その量に比例して力を増している! さっきのスキャッターモードの姿でトータス各地のデータを収集したんだ。成熟期だからって油断するな、完全体だと思って攻撃しろ!!」「わかったハジメ!!」おいこらあ!?!」

 

 自慢げに説明しようとしたら、アイズモンを解析していたハジメに先取りされた。内容も正解だ。デジモン達も檜山を無視してアイズモンに攻撃し始める。

 ワーガルルモンが縦横無尽に飛び回り、アイズモンの体のあちこちを斬り裂き、殴りつける。

 上空からはエンジェウーモンの光の矢が雨あられと降り注ぎ、地上からはクレシェモンの氷と闇の矢が穿っていく。

 それに対しアイズモンは咆哮を上げながら、蓄えたデータを変換する。

 

「城を《愚幻》しろ、アイズモン! あいつらを潰せぇ!!」

 

 檜山の指示に従い、アイズモンは蓄えたデータを物体に変換し攻防に使う必殺技《愚幻》を使う。すると、空中に巨大な石造りの建造物、檜山の言った通りの城壁が現れて、ワーガルルモン達を潰そうと飛んできた。

 

 まさかの攻撃に驚くが、すぐに気を取り直す。回避はしない。何せ、ハジメ達まで巻き込まれかねない。だから、迎え撃つ。

 

「《アルナスショット》! 《カイザーネイル》!!」

「〝聖絶〟!!」

 

 ワーガルルモンがレーザーショットと爪撃で飛んでくる城壁を破壊する。砕けた破片が飛んでくるが、エンジェウーモンが結界魔法で防ごうとする。それでもまだ大きな破片がある。

 

「喰らいやがれ、〝ガルルバースト〟全弾発射!!」

「私も守る! 〝聖絶〟!!」

 

 デジモン達だけではない。ハジメと香織も破片を砕き、防御する。

 

 二体と二人が防御している間に、残るクレシェモンとユエが動いていた。

 砕かれ、宙を飛び交う破片に紛れてアイズモンの足元に接近する。死角から不意打ちを放とうと、ノワ・ルーナとシュラーゲンを構え、アイズモンの巨大な口に狙いを定める。

 

 例え、お互いにギクシャクした関係になっていようと、合図も無しにそれぞれの役割を決めて動く。それほどの絆を育んできたハジメ達の連携だった。

 

 しかし、今はアイズモンの方が上手だった。

 体に浮かぶ無数の目から情報を得ているアイズモンに、死角はなかった。

 ユエとクレシェモンが攻撃をする前に体を逸らし、放たれた《アイスアーチェリー》と銃弾を回避する。

 回避されたのを見たユエ達はすぐさまその場を離脱。反撃の光線から逃れる。

 攻撃は失敗したが、1つ分かったことがあった。

 

「ハジメ、あいつはパートナーデジモンじゃない。証拠に、見て」

 

 ユエがアイズモンの頭上にいる檜山を指差す。

 

「おい! 何勝手に頭を動かしている!? 落とす気かよ!!」

 

 勝手に頭を動かしたアイズモンに文句を言う檜山の姿があった。アイズモンが動かなければ、ユエ達の攻撃が当たっていたかもしれないのに、気が付いていない。

 アイズモンは檜山の指示も無しに動き、檜山はアイズモンの意図を考えようともしていない。

 彼らの姿からはデジモンテイマーとパートナーデジモンにある絆が微塵も感じられない。

 

「確かにな。あれはデジモンテイマーじゃねえ」

「うん。だったら付け入るスキがあるはず」

 

 再び武器を構えるハジメ達。

 

 ダークタワーを見つけた瞬間、問答無用で襲い掛かってきたのだ。確実にダークタワーや山脈に起きた異変に関わっているはずだ。もしかしたら、メフィスモンとも彼らは関係があるかもしれない。起こっている異変を一つずつ解決していけば、行方が分からなくなった雫達にもたどり着けるかもしれない。

 その思いはハジメたち全員の考えだった。

 

 それらを達成するためにも、戦闘を再開しようとしたその時、ダークタワーが赤く光り始めた。

 何事かと思わずダークタワーに目を向けるハジメ達。

 

「ちっ、もう時間かよ。おい南雲ぉ!!」

 

 舌打ちをしながら檜山が話しかけてくる。

 

「いいことを教えてやるよ。今、ダークタワーがゲートを開こうとしている。そのゲートの先に八重樫がいるぜぇ?」

「何だと?」

 

 嘲る様に告げられた内容は、看過できないものだった。

 

「嘘じゃねえ。この先に八重樫がいる。まあもっとも、生きているかはわからねえがな?」

「檜山ッ」

 

 ここにきてハジメは檜山に敵意を抱いた。雫の生死を引き合いに出してきたのだから、当然だろう。香織も檜山を睨みつけている。

 

「ゲートは開いたらすぐに閉まる。行くなら急げよ。ああ、それと」

 

 ニタニタと嗤いながら、檜山は言葉を続ける。

 

「俺達はこの後、町を襲う。このアイズモンと清水が支配下に置いた6万の魔物の大群でな」

 

 その内容に、絶句するハジメ達。

 完全体のワーガルルモン達三体と互角にやり合えるアイズモンと、6万もの魔物の軍勢がウルの町を襲う。そうなれば、観光の町であるウルは碌な抵抗も出来ずに蹂躙されてしまう。

 

「どうする? 八重樫を助けに行くか? それとも町を助けに戻るか?」

 

 檜山はハジメ達に雫の救出とウルの町の救援、どちらを選ぶかという選択肢を突き付けてきた。

 

 




〇デジモン紹介
アイズモン:スキャッターモード
世代:成熟期
タイプ:魔竜型
属性:ウイルス
アイズモンが分散した姿。データが多く流れるSNSを監視し、より大きいデータを食べて蓄えている。分散したため力は強くないが、身の危険を感じると1つに集まり逆襲する。必殺技は、目から発する呪いの光線『邪念眼』と、敵の影に入り動きを操る『影縛り』。



二章ではちょっとだけ登場しましたが、アイズモンの分裂体であるスキャッターモードが本格登場です。アニメで登場した時は、成熟期でありながらデータを蓄えて完全体複数に匹敵する強さを身に着けたとんでもデジモンです。檜山はこれまでトータス中をめぐり、アイズモンにデータを蓄えてきました。能力も凶悪で、魔物6万がいなくてもウルなんて蹂躙できます。

突き付けられた選択肢。果たしてハジメ達はどうするのか……。


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17話 暗黒デジモン出現

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前話の裏側、暗黒の海での出来事です。



 ハジメ達が北山脈に足を踏み入れた時から少し遡る。

 暗黒の海に迷い込んだ雫達は、先に迷い込んでいた竜人族のティオ・クラルスに助けられ、一先ずの休息を取っていた。

 だが、暗黒の海は世界そのものが暗黒のエネルギーに満ちている。ただいるだけで、人の心を負の感情に引っ張っていく。

 例えば、精神に深い傷を負って弱っていた雫はもっとも影響を受けていた。

 

「…………」

 

 何もすることなく、膝を抱えて座り込んで海を眺めていた。

 彼女の目には意志の光は無く、生きる気力は皆無だった。

 ふと気が付けば、暗黒の海の底に自ら沈んで行ってしまうような、危険な状態だった。

 

 だからこそ、彼女の傍にはシアとコロナモンが付いていた。

 

「う~み~は~広いな~大きいな~って聞いていましたですが、本当に大きいですぅ」

 

 ハルツィナ樹海で生まれ育った彼女は海を見たことが無かった。話に聞いただけでワクワクした。ハジメ達が見せてくれたアニメで見た時は、本当にこんな場所があるのかと、期待がさらに高まった。大迷宮の中には海底洞窟もあるので、いつか行ったら思いっきり泳ぐのだと決めていた。なのに、

 

「まさか初めての海がこんな場所になるなんて。流石にこんな海には入りたくないですぅ」

「入ったらあいつらに引きずり込まれるぜ。俺そんなの嫌だ」

「私もですよ。次は泳げる海に行きます」

 

 コロナモンと海の事で盛り上がるシア。ちらりと雫を見て見るが、微動だにしていない。

 

(はふぅ~。気が重いですぅ。仕方ないですね。もうこうなったら、最後の手段です。できればこの手は使いたくなかったんですが。あああああ。シズクさん絶対怒りますよねえ)

 

 苦いものを口いっぱいに詰め込んだような顔をしながら、シアは覚悟を決めて口を開いた。

 

「まあ、シズクさんの気持ちも判りますよ。自分の所為で大切な人が辛い目にあったら辛いし苦しいです」

「…………ッ」

 

 シアの言葉に沈黙を貫いていた雫がピクリッと反応した。

 

「でも、そんな風に悲劇のヒロインを気取っていても、迷惑をかけるだけですよ?後から痛々しさに恥ずかしくなって笑いものになりかねません」

「…………」

「早く顔を上げましょう。ここを抜け出してハジメさん達の所に帰りましょう」

「……あなたに、何がわかるの!?」

 

 シアの言葉についに我慢できなくなった雫が彼女につかみかかった。そのまま押し倒して、シアの顔を殴りつける。

 まるで香織とユエの殴り合いの再現の様だったが、弱っている雫の拳には全く力がこもっていなかった。まるで幼子の駄々のようだ。だからシアの方も全く反撃をせず、雫の気の済むままにしていた。

 2人の様子にティオ達もすぐに気が付いて止めようか逡巡したが、コロナモンが手出し無用と伝えた。

 やがて、疲労から雫の手が止まる。それでも怒りは消えずにシアを睨みつける。

 

「はぁはぁ」

「わかりますよ」

「だから!「私も大切な人に、家族に迷惑をかけて殺しかけましたからね」」

 

 しかし、シアが教えた自分の境遇に固まった。

 ウルの町ではユエとシアの詳しい境遇は話さなかった。

 

「私は魔力を持たない亜人族ですが、魔力を持っていて魔法が使えます。そんな存在は忌み子として、生まれたら殺さなければならない掟になっているんです。ですが、私の部族のハウリア族は愛情深い一族ですから、魔力を持って生まれた白髪の私も家族だと受け入れてくれたんです」

 

 自分の髪を触りながら、家族のことを少し誇らしげに話す。

 

「ですが、流石に隠し通せるものではありませんでした。ある時、亜人族の国フェアベルゲンの長老の1人、森人族のアルフレリック様に見つかってしまいました。もうだめかと思った私達ですが、私はアルフレリック様に保護されました。実は森人族は亜人族ですが、生まれつき魔力を持った種族だったんです。彼らは殺されるはずの忌み子を可能な限り保護して、安全な場所で匿ってきました。私もそこに送られるはずでしたが、家族が私を受け入れてくれていたから、魔法を勉強しながら暮らし続けられました。魔法の勉強も出来て、新しい友達もできました。ですが、それも終わる時が来ました」

 

 幸せだった時間は終わり、シアにとっての地獄が始まった。

 経緯はハジメ達に説明した通りだ。

 友人と子供達を助けるためにしたことで、責められる日々は彼女の心を傷つけた。兎人族であるがゆえに、鋭い聴覚を持っていたことが仇となり、自分の処刑を望む多くの声が聞こえてしまったからだ。

 アルフレリック達が処刑から追放へと減刑することが出来たが、それに家族まで付いて来ようとしたことを知った。

 

「巻き込みたくなくて、突き放すようなことを言いました。酷いことも一杯言って、集落を飛び出しました。それから北山脈を目指してコロナモンと旅をして、ハジメさん達と出会いました。色々ありましたが、樹海に戻った私はそこで家族が、皆が私の後を追ったことを知りました。私の追放処分に納得できなかった人たちに責められていたそうです」

 

 アルフレリックの自宅で他の長老達からこのことを聞かされた時はとても辛かった。

 亜人族が唯一の住処である樹海の外に出たら、魔物に食い殺されるか、奴隷になるかの二択だけだ。ハウリア族の末路が想像できたあの時のシアは絶望した。

 

「自分さえ生まれてこなければと思いました。生まれたこと自体が罪なんだと、それしか考えられなかったです。パートナーのコロナモンの事も目につかず、フェアベルゲンを出ようとしました。あの時は深く考えていなかったですが、きっと死んだと思った家族の所に行こうとしていたんでしょうね。あとこのまま一緒にいたら、ハジメさん達まで巻き込んでしまうとも思ったのかも」

 

 そこまで話してシアは雫の目を見つめる。

 

「どうです?いろいろと共感できると思いませんか?」

 

 シアの言うとおり、彼女と雫の境遇には共感できる点が多い。特に自分の存在の所為で、大切な人が傷ついてしまったことについては、雫の境遇と重なった。

 そして何より、天真爛漫な笑顔を見せていたシアには、そんなにつらい過去があったなんて、全く感じなかった。

 

「そんなに辛いことがあったのに、何であなたはあんなに元気に笑っていたの?」

「ハジメさんに言われたんですよ」

 

 体を起こして、シアは雫としっかりと目を合わせながら、あの時ハジメに言われた言葉を雫に伝える。

 

「〝過去は変えられない。でも、未来は変えられる〟って。私の〝未来視〟の魔法で見られる未来は1つだけですが、行動1つでいくらでも変えられる。絶対の未来なんてない。だから、私は私の事を思っている人と一緒にいる未来を諦めたくないんです。悪い未来だと決めつけて逃げても、余計に皆を傷つけてしまう。だったら、大切な人と一緒にいい未来を掴んだ方が良いと思うんです!!」

 

 ハジメの言葉に気づかされたことと、胸の中に宿った熱い決意を、輝く太陽のような笑顔で言い切るシア。

 

「よう言うた!!まっこと見事な決意じゃ!!」

 

 シアの決意を傍で聞いていたティオが、取り出した扇子を広げて称賛する。

 彼女は2人の傍に近づくと、屈んでシアと同じく雫と目を合わせながら語り掛ける。

 

「シズクよ。生きておれば辛いこと、悲しいこと、色々なことがある。妾もこう見えて長く生きておるからのう」

「ティオさんって竜人族ですよね。確か、竜人族ってものすごく長生きですから、まさか!?」

「うむ。女同士じゃから教えるが500年は生きておる」

 

 小声で周りに聞こえないように、自分の年齢を教えるティオ。

 それを聞いたシアは竜人族の国が滅ぼされたのと同じ頃だと気が付いた。

 

「やっぱり、竜人族の国の滅亡と同じときを生きていたんですね」

「知っておったか。そう。妾は国の滅亡をその目で見た。まだ生まれたばかりで弱く、何もできなかったがな」

 

 さらりとティオのとんでもなく重い過去も話されて、雫はもうなんと言えばいいのかわからなかった。

 

「おっと。別に妾達の過去と比べる必要はないぞ。人によって辛いことの基準は違うものじゃ。妾もシアも、シズクも辛いという思いに軽いも重いもない」

「ですです。シズクさんの境遇も私達と同じだと思います」

「じゃが、気にかけてくれる者がいる以上、ずっと沈んでいるのは感心せんのう」

 

 そう言うとティオは立ち上がり、大きく深呼吸する。そして、霧に覆われた海を眺める。

 

「どうにもこの海にいると、負の感情が膨れ上がるようじゃ」

「ああ!だから私もちょっとネガティブな感覚がしたんですね!」

「うむ。実に厄介な世界じゃ」

 

 この世界は暗い感情が形になった世界と言われている。ただここにいるだけで、心はマイナスの方向に向かってしまうのだ。

 

「そんな時こそ、思い出すのじゃシズク。お主の大事な者達を。暗い闇の中だからこそ、より輝いて見えるはずじゃ」

「ティオさんの言うとおりです。気にかけてくれる人を思い出してくださいです!」

 

 ティオとシアはそう言うと雫に手を差し出す。

 2人の手に困惑していると、パタモンが飛んできた。

 

「雫。愛子が言っていた。君は立ち直るために、愛子に付いてきたって」

 

 パタモンはウルの町にやってきたとき、愛子と情報交換を行った。それで愛子が雫達のカウンセリングを行っていることを知った。

 立ち直るという事は、直したいという意思があること。

 ハジメのことを知る前だったとはいえ、雫はPTSDを乗り越えようとしていたのだ。

 

「その時の気持ちがまだ雫にあるなら、きっと立ち上がれる」

「パタモン……」

「まだ暗黒の海に飲み込まれていないんだから、だいじょ……」

 

 ニコリと笑顔を見せたパタモンだったが、突然力を失って倒れた。

 

「え……パ、パタモン!?」

「シア水を持ってくるのじゃ!」

「はいです!!」

 

 いきなり力を失ったパタモンに驚き、抱え上げる雫。ティオの指示に従ってシアが水を取りに行っている間、ティオはパタモンの様子を見る。

 

「一体何が」

「うーむ……、デジモンの事はよくわからんが、似たような症状に心当たりがある。熱中症じゃ」

「熱中症?」

「うむ。呼吸が荒く、疲労が見られる。もしや、パタモンにとってこの世界があっておらんのかもしれん」

 

 ティオの説明に雫はあることに気が付いた。

 パタモンはエンジェモンの進化前で、聖なる属性を有している。対してこの世界は暗黒の海。全くの正反対の属性の世界だ。

 長い時間留まっていることに加え、戦いで傷つき退化してしまっている。

 体に何らかの不調が起こってもおかしくない。

 

「早く脱出せねばならんが……間が悪いのぅ」

 

 パタモンを診ていたティオだったが、海の方から嫌な気配を感じとる。

 霧が濃く立ち込め始め、海の中から無数の深き者達が現れた。

 比較的安全だったこの灯台下だったが、危なくなってきたようだ。

 

「シア。あ奴らは妾が相手をする。その間に逃げる準備をせよ。頃合いを見て離脱する」

「はいです。コロナモン、進化を」

「待てシア。あいつら何か変だ!」

 

 コロナモンが深き者達を指差す。

 海面の深き者達は一塊に集まり合い、混じり合っていく。その分、大きさもどんどん膨らんでいき、不定形だった姿もはっきりしていく。

 それを見ていた雫は、トラウマがフラッシュバックしてしまい、パタモンを抱えたまま震え始める。

 そして、姿を変えた深き者達、その集合体が咆哮を上げる。

 

「何じゃこ奴らは」

「一体は知っています」

 

 悪魔のような身体に背中から二本の強靭な触手が生えている姿。ハジメ達に見せてもらったアニメにおいて、東京の竹芝ふ頭に出現した暗黒デジモンの一体。

 

「マリンデビモン。完全体です」

 

 深海の悪魔の名を冠する凶悪なデジモン。しかし、おそらくは本物ではない。深き者達が集合し、マリンデビモンの姿を借りているのだろう。それでも、発している威圧感からとてつもない強さを持っているのが分かった。本物のマリンデビモンと同等だろう。

 それは隣のもう一体も同じだった。深き者達の集合体なので、シアのデジヴァイスでデータを読み取れないため、シア達には名前がわからない。

 多分、デジモンだと思われる。マリンデビモン以上に禍々しく、痛ましい姿をしていた。

 

角と牙はイッカクモン。

顔と脚はシーラモン。

右腕はハンギョモン。

左腕はエビドラモン。

胴体はシードラモン。

背鰭はルカモン。

触手はゲソモン。

角と尻尾はオクタモン。

 

 様々な水棲型デジモンの肉体のパーツを組み合わせて作られた合成型デジモン。

 その名は、マリンキメラモン。

 マリンデビモンと同等の威圧感を発している。

 

 そして、その二体の後ろからダゴモンまで姿を現した。

 しかもダゴモンの大きさは前回現れた時よりも、さらに大きくなっていた。この暗黒の海を統べる邪神の真の姿を現していた。

 

「これは、今度こそ逃がさんという事かのう」

「ですね。私達とティオさんじゃあ手が足りません。かといってお二人に逃げてもらうのは……」

 

 雫と少し離れた所で座り込んでいたウィルの方を見るシア。2人は出現した邪神とその眷属の集合体に恐怖し、動けなくなっていた。下手をすれば恐慌状態に陥って、過呼吸になってもおかしくない。さらには弱って意識不明のパタモン。

 

「難しそうですが、何とかしましょう。最初っから全力で行きますよ、コロナモン!」

「おう!!」

 

 シアが取り出したカードが青く染まっていく。それをデジヴァイスにスラッシュする。

 カードを読み取ったデジヴァイスからコロナモンに進化のデータが送られ、進化させる。

 

「コロナモン進化!」

 

 暗黒の海を照らすように、巨大な炎がコロナモンの身を包み込む。そして、コロナモンは一気に完全体まで進化を遂げた。

 

「フレアモン!!」

 

 紅蓮の獅子が炎を滾らせて、姿を現す。初めて見たフレアモンにティオは驚く。

 

「これは凄まじい炎じゃの。ふむ……。こやつと妾で足止め。その間に何とかして脱出の機会を伺うしかないのぅ」

 

 現状で取れる手段を模索したティオは、〝竜化〟の魔法を発動させ、黒竜の姿に転じる。

 同時に右手に炎の盾を出現させる。

 

 対峙する両者だが、不利なのはシア達だ。フレアモンとティオが足止めできるのは、マリンデビモンとマリンキメラモンまでだ。二体の後ろに控えているダゴモンが手を出して来たら、一気に崩れてしまう。

 それまでに脱出の手立てをこうじなければいけない。

 暗黒の軍勢に対峙する炎の獅子と黒竜。濃霧に包まれた闇の世界で、再び戦いの火ぶたが切られた。

 




〇デジモン紹介
マリンデビモン
世代:完全体
タイプ:水棲獣人型
属性:ウィルス
あのデビモンでさえ、対戦を嫌がるダーティーファイター。デビモンの亜種だが、孤独な深海の生活から、憎悪以外の感情を無くしてしまっている。勝つためには手段を選ばず、相手が戦意を喪失しても攻撃の手をゆるめない。背中から生えた二本の触手は、それぞれ意思を持っていて、獲物を取り合って勝手に行動する。必殺技は口から猛毒の墨を発射する『ギルティブラック』。
シア達の前に現れたのは暗黒の海のダゴモンの眷属が集合してその姿を似せた紛い物。だが、そのベースにはダークゾーンを漂っていた本物の残骸が使われており、本物と同等の力を持っている。



シアが雫と香織とユエの喧嘩のような展開になったのは、当初は意図していなかったんですが、境遇が重なってしまったからです。
何だかんだでヒロインたちのバランスが取れてきたかなと思います。
ここまででようやく準備が整いましたので、次話からバトル展開に突入していこうと思います。
せめて、今年中にテイマーを増やしたいです。




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18話 希望の輝き

感想・評価・お気に入り登録ありがとうございます。
実家の手伝いでなかなか時間が取れなかったのですが、構想だけは練っていたので今日1日で書き上げられました。


 暗黒の海で再び窮地に追い込まれた雫とシアたち。

 そして、ダークタワーの前で雫のいる場所へのゲートの存在をハジメ達に教えたうえで、ウルの町を魔物で蹂躙することを宣言した檜山。

 

「まぁ、どっちを選ぼうが結果は変わらねえ。精々悩め。ひゃははははっ!!」

 

 ハジメ達を嘲笑いながら檜山はアイズモンに乗ってその場を後にする。

 清水は終始無言で一体何を考えているのか分からなかった。

 ハジメ達は追いかけるべきかと一瞬迷うが、同時にダークタワーの前に空間のゆがみが発生した。まるで砂嵐になったテレビ画面のような塊が大きくなっていき、人一人が通れるような大きさになる。

 おそらくこれが雫たちのいる場所へ続くゲートなのだろう。

 

「くそっ、どう見ても罠じゃねえか」

「でも、俺達には他に手掛かりがない」

 

 悪態をつくハジメだが、ワーガルルモンの言う通り唯一の手掛かりだ。

 慎重に行動をしなければいけないが、時間は待ってはくれなかった。ゲートが少しずつ震え始めた。

 

「どう見ても不安定になってきている。さっさと通らないと閉じちまう」

 

 だが、通ったとして本当に雫たちのいるところに通じているのか分からない。仮に通じていたとして、そこから再びこの場所に戻ってこられるかわからない。

 さらに言えば檜山はウルの町への襲撃を宣言している。こちらの真偽も確かめなければいけない。

 もしも本当に魔物が襲ってくるのなら、農耕と観光の町のウルの防衛力を超える規模で襲ってくるだろう。それに対抗するには事前の準備が必要で、そのことを伝えられるのはハジメ達だけだ。

 

 突きつけられる様々な選択肢が、ハジメ達の足を止めて決断をさせない。一体どうするのが正解なのか。

 ハジメが頭を抱えて悩んでいた時、香織が意を決して口を開いた。

 

「みんな。私の考えを聞いてくれないかな?」

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 振り下ろされた巨大な触腕が砂浜を抉り、大量の砂塵を巻き上げる。

 マリンデビモンの一撃が戦闘の始まりだった。

 飛び退り回避したシアとフレアモンが、マリンデビモンへと突撃する。

 

「フレアモン!」

「オオッ!!」

 

 雄たけびを上げながら炎の拳を振るうフレアモン。マリンデビモンの巨体に次々と叩き込む。烈火のごとき攻めに、マリンデビモンはたまらずに後退る。

 それを見てさらに踏み込んで攻撃しようとするフレアモンだったが、突然背後の地面が爆発し、中から触腕が飛び出てきた。

 

「ッ!?」

 

 不意を突かれたフレアモンはそのまま首に触腕が絡みつこうとする。

 最初に叩きつけたのとは別の触腕を海中から砂浜に潜り込ませて、背後から不意を衝く。デビモンさえ戦うのを嫌がるダーティーファイターに相応しい不意打ちだ。

 フレアモンだけだったら、なすすべもなく首を押さえられ窮地に陥っていただろう。

 しかし、ここには彼女がいた。

 

「シャオラアアアアアッ!!!」

 

 戦槌〝ドリュッケン〟を振りかぶり、全力全開の〝身体強化〟を発動させたシアがフレアモンの背中を守るために、触腕に向かっていく。

 人類として規格外の膂力を生み出す彼女の魔法であっても、そのままではマリンデビモンの触腕の力にはかなわないだろう。しかし、ライセン大迷宮での戦いで身に着けたフレアモンと心を通わせることで発現する炎と闘気が、不可能を可能にする。

 ドリュッケンが炎に包みこまれ、推進力を与える。同時にシアも闘気を身に纏い、さらなる強化を肉体に施す。

 触腕とドリュッケンが激突。轟音を響かせしばらく拮抗した後、両者はお互いにはじけ飛んだ。

 なんとシアは、完全体と同等の力を持つ相手と生身で拮抗する力を発揮できるようになったのだ。様々な要素を重ね掛けしたとはいえ、それらを最大限に生かす運用とタイミング、何よりも強大な存在に立ち向かう勇気がなければできなかっただろう。

 そんなシアのことを信じていたから、フレアモンも自分にできる全力の技を発動させる。

 

「《紅・獅子之舞(くれない・ししのまい)》!!!」

 

 炎をまとわせた拳と蹴りを、高速連続で敵に叩き込む格闘乱舞がマリンデビモンに炸裂する。全身をフレアモンの強靭な拳と蹴りで蹂躙されたマリンデビモンは、ボロボロになっていく。そして、戦闘を始めた地点からある程度離れて、雫達や灯台に被害が及ばないだろう地点に来たところで、フレアモンは次の技を放つ。

 

「止めだ!!」

 

 フレアモンは全身に力を込める。

 全身からさらに炎が吹き上がり、太陽のように輝き始める。

 高めた力を一点に集中し、解き放つ。

 

「《清々之咆哮(せいせいのほうこう)》!!!」

 

 咆哮と共に高めた力は全てを燃やす火炎となり、浄化の力を込めた衝撃波となってフレアモンの口部から放たれた。

 その一撃を受けたマリンデビモンはデータを分解されながら消滅していく。

 

 このままフレアモンの勝利かと思われた。

 しかし、暗黒の海の恐怖はここからだった。

 海中から無数の深き者たちが再び現れて、マリンデビモンの手足や触腕に集い始めた。

 彼らはそのままマリンデビモンの肉体に同化していく。

 すると、フレアモンの技を受けている肉体が消滅を止め、攻撃に耐え始めたのだ。

 衝撃波の中で、ニヤリと笑ったかと思うと、口から黒いものを吐き出してきた。

 猛毒の墨を吐き出すマリンデビモンの必殺技《ギルティブラック》だ。

 フレアモンの咆哮によってすぐに消し飛ぶが、徐々に墨の量と吐き出す勢いが増していく。

 

「躱してください!!」

 

 〝未来視〟で数秒先の未来を見たシアが指示した瞬間、その光景はフレアモンの脳裏にも映った。技が途切れた瞬間、体勢が崩れるのも構わず、大きく横に跳躍したフレアモンが、さっきまでいた位置を黒いレーザーのようなものが通り過ぎていく。後には細く斬り裂かれた地面があった。しかも、猛毒のせいでぐじゅぐじゅと言う音を立てながら腐食し始めている。

 量と勢い、発射口を絞ったことでウォーターカッターのようになった《ギルティブラック》の攻撃だ。こうなってしまえば別の技と言える。

 もしも当たっていたら、強靭なフレアモンの肉体と言えど斬り裂かれて、毒に侵されていただろう。

 

 フレアモンの攻撃を耐えたマリンデビモンは、深き者達との同化を続け、完全に再生を遂げる。その口元はシア達を嘲笑うかのように歪んでいる。

 戦いはまだ終わらないことを実感し、シアとフレアモンは再び武器と拳を構えた。

 

 

 

 一方、マリンキメラモンと戦うティオ。

 飛行できる利点を生かして空から火炎による攻撃を加える。しかし、マリンキメラモンはエビドラモンの左腕のハサミを海面に叩きつけて海水を巻き上げることで、かき消してしまう。

 ならば雷魔法を放つが、頭にあるイッカクモンの角を避雷針のようにして攻撃を集めて、受け止められてしまう。

 風の魔法は強固な外皮を持つシーラモンの顔には歯が立たない。

 

「どうしたものかのう。妾の攻撃がここまで効かんとは。残るは肉弾戦じゃが、引きずり込まれかねん」

 

 マリンキメラモンの左腕のハサミはもちろん、ハンギョモンの右腕には彼の武器である『トレント』という三叉槍がある。盾以外で受けると、ティオの竜鱗でもただでは済まない。さらに背中からはゲソモンの触手が覗いている。あれにつかまれば抜け出すのは至難の業だ。

 遠近共に攻撃手段を封じられたティオだが、せめて雫達に被害がいかないようにと、シア達と同じく戦いの場を少しずつ離していく。

マリンキメラモンはどう猛な咆哮を一つ上げると、その場で体を回転させ始めた。

 すると海水が巻き込まれ大渦となる。

 マリンキメラモンの必殺技《ポセイドンボルテックス》だ。

 本来なら海中で行われる技なのだが、ここは海岸。海水だけでなく、砂や空気まで猛烈な勢いで巻き込まれていく。

 

「ぬおおおっ!?こ、これはッ!」

 

 それは飛行していたティオでも例外ではない。

 大渦というよりも竜巻となったマリンキメラモンの技に、なすすべもなく巻き込まれていく。

 猛烈な勢いの回転に翻弄される彼女に向かって、マリンキメラモンが攻撃してきた。

 三叉槍とハサミが突き出され、串刺しと切断の危機が迫る。

 

「舐めるでないわ!!」

 

 ティオは翼と風魔法を自身に使用して竜巻の動きに乗る。翼で体の向きを調節し、風魔法で空気の流れをずらしたことで咄嗟に身を翻し、紙一重で躱す。

 優れた身体能力と飛行技術、培ってきた経験が彼女の命を救った。

 だが、未だマリンキメラモンの術中の中だ。

 今度は無数の触手が迫りくる。

 数は8本。さっきと同じように躱せる数ではない。

 

 その時、右手に持った盾が輝き始めた。まるでティオに何かを訴えてくるかのような。

 

「これは……?」

 

 逡巡したティオだったが、触手がすぐそばまで来ている。

 なるようになれと盾を構えて、とりあえず魔力を込めて防御してみる。

 すると盾から炎が沸き上がり、ティオの体全体を包み込む結界となる。それは触手だけでなく竜巻からも彼女を守る。

 

「こんなことができるとは。何とも凄いものじゃ」

 

 荒れ狂う竜巻の中に絶対安全地帯を生み出した盾を、感嘆しながら見つめるティオ。手に馴染むからと使い始めた盾であったが、いったいどれほどの力が秘められているのか。

 気にはなるがまだ戦闘中。盾を構えたまま、ティオはマリンキメラモンに向かって飛翔する。海水と砂のせいでその姿は見えないが、竜巻や大渦のような現象の発生源は中心だということは知っていた。つまりマリンキメラモンは、そこにいる!

 

「食らうがよい!!」

 

 炎のバリアを展開しながら上昇。渦の上層部に到達すると、中心に向かって急降下していく。まるで燃え盛る流星のように渦を起こしていたマリンキメラモンに突貫した。

 触手や腕で迎え撃とうとするマリンキメラモンだが、ティオの結界は微塵も揺るがない。そのままマリンキメラモンの頭部と盾が激突する。

 マリンキメラモンの強固な外皮と、ティオの堅牢な盾がぶつかり合う。その衝撃で竜巻ははじけ飛び、両者も吹き飛ぶ。

 

「ぬおおおっ!?」

 

 咄嗟に人型に戻ったティオは竜の翼だけを展開して体制を立て直そうとする。人型のほうがバランスを取りやすいし、下手に巨体で動けば守っている雫たちに被害が出るかもしれないという配慮だった。

 

 ティオの突撃を受けたマリンキメラモンの方は、なんと頭部の外皮が大きく割れていた。

 しかも受けた衝撃が強すぎて、うまく起き上がれなくなっている。

 通常ならティオの勝ちなのだが、マリンデビモンと同じように深き者達が集まり始めている。彼らはマリンキメラモンと同化し、傷をいやしていく。

 こちらもまだ決着は着いていない。

 そう理解したティオは盾を構えて、〝竜化〟の魔法の準備に入った。

 

 だが、このままでは敗北するのは消耗するばかりのシア達だ。

 しかも、ダゴモンまで控えている。

 

 もはや絶望しか残されていないのかと思われた時、小さな光が飛び出してきた。

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 シア達が倒したと思った相手が再生・復活するのを見た雫は絶望に突き落とされた。

 あれほど強いシア達でも倒しきれない。このままでは最悪の結末を辿ることがわかったからだ。そんな雫に声がかけられた。

 

「雫聞いて。僕が何とかする」

「……え?何を言っているの?パタモン」

 

 声をかけてきたパタモンに聞き返す雫。さっきまで暗黒の海の環境に苦しめられていたパタモンに、この状況を打破することができるとは全く思えない。

 

「確かに、今の僕じゃあ何もできない。でも、注意をそらして、君達が逃げる隙を作ることはできる。雫にはそれを伝えてほしいんだ」

 

 パタモンが雫に説明する。

 残された力を全て開放することで、暗黒の力とは正反対のエネルギーを放つことが少しの間できる。

 そうなったパタモンはこの世界にとっての危険分子とみなされ、ダゴモン達全員の気を引けるはずだ。その隙にこの場を逃げ出すというのが、パタモンの作戦だった。しかし、その作戦は――。

 

「そんなの、あなたを見捨てろってことじゃないの!?」

 

 雫の叫んだ通り、パタモンを見捨てる作戦だ。

 危険分子とみなされたパタモンは、ダゴモン達に確実に殺される。

 

「第一、私はもう動けない。怖くて、震えて、何もできないの」

 

 マリンデビモンとマリンキメラモンという巨大なデジモンの姿に、雫はPTSDが起きており、全身が恐怖に震えている。戦闘が少し離れたところで起こっているからまだ話ができているが、下手をすれば呼吸困難を起こすかもしれない状態だった。

 シアとティオもそれに気が付いており、戦いながら移動したのだ。

 

「大丈夫。さっきも言ったけど、雫はきっと立ち上がれる」

「そんな、無責任なことッ!」

「無責任かもしれない。でも、僕はそう信じているから」

 

 パタモンは雫の胸に小さな手を当てると微笑んだ。

 

「人間は、僕達デジモンみたいに進化できないし、力も弱い。でも、強い心を持っているって言われている。その強さはきっと雫の中にもある。例え暗黒の中でも、希望の輝きを見失わないで。それが僕の、最後の願いだ」

 

 そう言うと小さな羽を懸命に羽ばたかせて飛び出すパタモン。

 

「ま、待って!!」

 

 手を伸ばす雫だが、足は震えて動いてくれない。

 まるでハジメが目の前から消えてしまった時のような、絶望が再び彼女を襲う。

 涙に歪む視界の中で、パタモンが光に包まれた。

 

 残された力を全て開放したパタモンの体からは、エンジェモンのような白い翼が4枚2対現れた。まるでエンジェモンに進化するような変化だが、翼が出ただけで止まった。限界だ。それでも、聖なる力が放たれており、戦っていたマリンデビモンとマリンキメラモンだけでなく、遠くから見ていたダゴモンまでもパタモンに注目している。

 

「希望……私にとっての、希望は。願いは……!!!」

 

 命を懸けてみんなを救おうとするパタモンの姿に、雫は思い人であるハジメの姿を重ねた。そして心から「ハジメに会いたい」と願った。

 

 そこにマリンキメラモンの触手がパタモンに伸びてきて、叩き落した。

 ティオがパタモンを助けに向かおうとするが、なんとマリンデビモンがフレアモンとシアを押し退けながら乱入してきた。

 

「パタモン!」

「行かせんのじゃ!」

 

 シア達はパタモンを救うためにマリンデビモンとマリンキメラモンを押しとどめようとする。

 砂浜に叩き落され、今度こそすべての力をなくしたパタモンは、幼年期のトコモンに退化してしまった。

 そこに海の中から深き者達が姿を現し、トコモンに迫りくる。

 トコモンが深き者達の大群に飲み込まれようとしたその時、

 

「うわあああああああっ!!!」

 

 雫が技能〝縮地〟を駆使しながら、駆け付けてトコモンを抱き上げて。深き者達の手から助け出す。そのまま勢いを殺さずに走り抜けて、深き者達の手から逃れる。

 

「雫、なんで。シア達に、伝言を」

「私は!!」

 

 パタモンの疑問に答えずに、雫はさっき気が付いた自分の本当の思いを叫ぶ。

 

「怖かった!逃げたかった!でもそれは、友達が、大切な人が傷つくことからだった!!」

 

 サラマンダモンの時は自分だけでなく、一緒にいた香織が傷つきそうになったから。

 ベヒモスの時は自分を助けるためにハジメが逃げ遅れてしまったから。

 PTSDの本当の原因は、巨大な怪物ではなく、大事な人が危機に陥る状況に耐えられなかったからだ。

 

「もうこれ以上あんな思いはしたくないの!目の前で大事な人が消えるなんて、散々なのよ!!それに比べたら、怖いのが何よ!逃げたくなるのが何よ!」

 

 大切な人を失うことへの恐怖心こそが、雫のPTSDの正体だった。

 パタモンが身を賭して敵に向かっていったことで、ようやく気が付けた。

 

「大切な人に居なくなってほしくない。大切な人と一緒に居たい。それが私の願いなの!そのためなら私は――諦めたくない!!!」

「雫……それが君の、希望なんだね」

 

 恐怖に苛まれても心の奥底にあり続けた願い。闇の中でも見失わない光こそが、希望。

 言葉遊びかもしれないが、雫はようやく大切なことを思い出して、恐怖に震える体を動かしてトコモンを助けた。

 そんな彼女たちの目の前に、無情にも大量の深き者達が立ちふさがる。

 雫は立ち止まるが、何とかして活路を見出そうとする。

 しかし、深き者達は完全に包囲網を作り、逃げ道をふさぐ。

 そのまま彼らは雫達に飛び掛かろうとする。

 それでも雫はトコモンを抱きしめて、守ろうとした。

 

 その瞬間、再び光が生まれた。

 

 雫とトコモンの目の前に光り輝く球体が現れた。深き者達はその光に吹き飛ばされる。

 この光に雫は見覚えがあった。ハイリヒ王国の王城でテイルモンと絆を結んだ香織の前に現れたものと同じだった。

 

「これって、まさか」

 

 光に手を伸ばすと、中からデジヴァイスが現れた。

 緑のボディーに黄色の縁取りのカラーリングをした雫だけのデジヴァイスだった。

 デジヴァイスから光が溢れると、それはトコモンに当たる。

 光は傷ついたトコモンの体を癒し、エネルギーを回復させる。

 

「トコモン進化!パタモン!!」

 

 そして、トコモンは再びパタモンに進化した。

 このことが意味するのは一つしかない。

 

「パタモンが、私のパートナーデジモン?」

「雫が、僕のテイマー!」

 

 恐怖を乗り越え、新たなテイマーが誕生した。

 見つめあい、感傷に浸る二人だったが、起き上がった深き者達が再び迫りくる。

 シアとティオは未だマリンデビモンとマリンキメラモンの相手をしており、助けに向かえない。

 

 だが、まるでさっきの光がきっかけとなったように、希望は彼女たちの前に現れた。

 

「「《ダブルカイザーネイル》!!!」」

 

 空から放たれた2つの爪撃が深き者達を吹き飛ばす。そして、それらの攻撃を放った2人が雫達を守るように降り立った。

 

「ハジメ!」

「ワーガルルモン!」

 

 南雲ハジメとパートナーのワーガルルモンが、駆け付けた。

 暗黒の海の戦いはクライマックスを迎えた。

 




〇デジモン紹介
トコモン
世代:幼年期Ⅱ
タイプ:レッサー
属性:なし
体(頭?)の下に手足のようなものが生えている小型のデジモン。手足の生えた幼年期デジモンは非常に珍しく見た目にも大変可愛らしい。しかし、可愛いからといって迂闊に手を差し出すと、突然口を大きく開け、びっしりと生えた牙に噛み付かれるので気を付けなければならない。かといって、性格はとても無邪気なので悪意は無い。



ようやく雫が立ち直りました。責任感のある彼女も好きですが、年頃の少女らしくはしゃぐ様子の彼女もいいと思うので、今後はそんな感じで書けそうです。
そんな雫のパートナーデジモンはパタモンです。
香織とのコンビを意識しています。
実は割とパートナーデジモンに悩みました。
剣士繋がりで、剣になるデュランダルモン。
光の闘士に進化するストラビモン。
似た境遇のコロモン等々。
そして一番いいんじゃないかと思ったのが、メイクーモンです。でも、メイクーモンはTryを知っている人なら、香織のテイルモンとの組み合わせでオルディネモンという最悪の存在になる展開が読めてしまい、泣く泣く諦めました。ヒロインがラスボスという事態になりかねない。

ギリギリでしたが今年最後に投稿でき、雫も立ち直れたので満足です。
皆さん来年もよろしくお願いします。
では、よいお年を。


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19話 天翔ける翼と絆のカード

感想・評価・お気に入り登録ありがとうございます。
新年あけましておめでとうございます。
新年早々からバタバタしていたので少し投稿が遅れました。
今年もこの作品をよろしくお願いします。


「間に合ったのか?」

「見た感じ、間に合ったと思うよ」

 

 雫に襲い掛かってきた深き者達を吹き飛ばして現れたハジメとワーガルルモン。

 素早くわかる限りの状況を把握した2人は、油断なく戦闘態勢を取る。

 

「ハ、ハジメ。なんで、どうやって」

「落ち着いて雫」

「で、でもでも、いきなりあんな登場で助けに来てくれて!? まるでお姫様を助けに来た王子様で、そんなの私の妄想の中だけだったはずなのにそれがリアルになって!! どうすればいいのよ!!」

「本当に落ち着いてよ、雫!?」

 

 対照的に、雫は突然の2人の登場に驚いた後は混乱していた。そんなテイマーをパタモンが落ち着かせようと話しかけている。

 ハジメは2人の様子と、雫の手に握られているデジヴァイスを見て目を見開く。

 行方不明になる前の出来事や伝え聞いていた憔悴した様子から、雫の精神状態を危惧していたが、今の彼女は地球の学校で過ごしていた時のような、素の彼女の雰囲気が少し出ている。

 きっと彼女は苦しみから立ち直ったのだろう。

 その結果、パートナーデジモンと絆を結んでデジモンテイマーになった。

 

 ハジメはずっと心の中で、雫を立ち直らせるのは自分や親友の香織の役目だと思っていた。傷つけてしまった自分達の責務なのだと。

 

(でもそれは間違いだった。雫さんは僕達の手なんかなくても立ち上がった。シアや愛子先生、園部さん達みたいな、僕と香織以外にも支えてくれる人がいて、立ち上がれたんだな)

 

「無事でよかった雫さん。あとできればでいいんだけど、状況を教えてくれないかな?」

「あ、わ、わかったわ。ええっとでも何から話せば?」

「ここはどこかってことと、あとこの周りの敵やデジモン達の事をお願い」

「う、うん!」

 

 慌てながらも雫はここが暗黒の海であることや、襲い掛かってきているダゴモンとその眷属の事、そして自分達より先に迷い込んでいたティオとウィルの事も説明する。

 その間にも深き者達やパタモンの事を排除しようとするマリンデビモンとマリンキメラモンが襲い掛かって来るが、ワーガルルモンが深き者達を蹴散らし、シア達が抑え込む。

 

 こんな危険と隣り合わせの状況なのに、PTSDで取り乱すこともなく説明する雫には、もうハジメ達の手助けは必要なさそうだ。

 

(だったら今僕が、俺がやるべきことは、この暗黒の海から脱出すること)

 

 雫の様子を観察しながら、技能〝並列思考〟を使い説明に耳を傾けていたハジメは自分のやるべきことを決める。

 ここがアニメで出てきた暗黒の海であること。竜人族のティオと探し人のウィル・クデタが迷い込んでいたこと。襲い掛かってきているダゴモンとその配下の脅威。どれも頭を抱えたくなるような事ばかりだが、最優先事項はここからの脱出だ。

 そのための力がハジメの手にあるなら、迷うことは無い。

 

「雫さん、確認するけれどデジモンテイマーになったんだな?」

「ええ! パタモンが私のパートナーよ」

「戦えるか?」

「……わからない。でも、パタモンが大丈夫なら、私も戦いたい」

「僕なら大丈夫。雫のおかげで調子が良くなったんだ!」

 

 暗黒の海の環境に弱って苦しんでいたパタモンだが、雫がテイマーとなった時に出現したデジヴァイスの光で回復していた。同様の現象は昔ハジメも見たことがあったので納得する。(※加藤ジュリとレオモンがパートナー契約を結んだ際のこと)

 パートナーデジモンが大丈夫なら、テイマーも立ち向かえる。

 

「カードはある?」

「あるわ。ずっとお守り代わりに持っていたもの」

 

 ハジメにカードケースを見せる雫。香織と同じく雫もデジモンに興味を持った時から、ずっと持っていた。

 

「なら、頼んだ」

「うん!」

 

 ハジメの横に並ぶ雫。ずっと彼女が夢見ていた光景が実現した。

 

「まずはこいつらを何とかするか」

「それなんだけど、まずは私達にやらせて」

「任せていいのか?」

 

 雫の提案に確認を取るハジメ。彼女は頷くとカードケースの中から一枚のカードを取り出す。

 

「さっきパタモンがパートナーになったときから、このカードの事が頭に浮かんだの。回復していてもパタモンにあまり無理はしてほしくないから、きっとこのカードが最善のはず。いくわよ、パタモン!」

「来て、雫!」

 

 パタモンの返事を聞いて雫は手に持ったカードを、ハジメ達がしていたようにデジヴァイスにスラッシュする。

 

「カードスラッシュ!」

 

 スラッシュされたカードのデータをデジヴァイスが読み取る。

 

「希望のデジメンタル!! デジメンタルアーップ!!」

 

 ──ARMOUR EVOLUTION──

 

 金色の光がデジヴァイスから放たれ、金色の物体が現れる。

 それは香織が使う光のデジメンタルと同じ、デジメンタルの一種。邪悪な存在に絶対的な力を授けるという希望のデジメンタルだった。

 希望のデジメンタルがパタモンと1つに重なる。

 

「パタモン! アーマー進化!!」

 

 希望のデジメンタルのパワーを受け、パタモンは進化していく。

 短かった四肢が伸びていき、背中から黄色の翼が生える。

 首も伸びていき、まるで神話に登場するペガサスのようなシルエットになる。そこにデジメンタルから生まれた鎧が装着される。

 希望のデジメンタルが持つ神聖の属性の力を見に着け、天空を自在に駆ける聖獣へと生まれ変わったパタモンの新たな姿。ネフェルティモンと同じアーマー体の聖獣型デジモン。

 

「天翔ける希望! ペガスモン!!」

 

 暗黒の海に輝く聖なるデジモン。その姿に深き者達は恐れおののき、後退る。本能的にペガスモンが自分達の天敵であると分かっているのだ。

 

「やっぱりできた。調子はどう? ペガスモン」

「力が溢れてくる。これなら戦える!」

 

 言葉通りに力強く駆けだしたペガスモンは、翼を羽ばたかせると勢い良く飛び上がる。一度上昇した後、急降下しながら体を立てに回転させ、ハジメ達を取り囲む深き者達に突撃する。

 

「《ロデオギャロップ》!!」

 

 後ろ脚による強烈なキック技《ロデオギャロップ》を、身体を回転させて連続で放ちながら、深き者達をあっという間に蹴散らしていく。

 大量に居た深き者達が吹き飛ばされるのを確認したハジメは、ワーガルルモンをシア達の援護に向かわせる。

 

「先に行ってくれ。俺は雫と灯台の所に行く」

「わかった」

 

 ワーガルルモンが飛び上がると、ペガスモンは残った敵を一掃する。

 

「《シューティングスター》!!」

 

 両翼の内側に宇宙空間を作り出し、そこから流星を落とすというとんでもない技を使い、言葉通りに深き者達を一掃したペガスモン。

 雫とハジメの傍に降り立つと、身をかがめて乗る様に促す。

 

「さあ、行きましょう。ハジメ」

「ああ」

 

 先に跨った雫に続いて、ハジメも乗り込む。

 2人はペガスモンに乗り、拠点にしていた灯台の下に向かった。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 強敵のマリンデビモン、マリンキメラモンと戦うシアとフレアモン、そしてティオ。

 パタモンの囮作戦により乱戦となったが、そのおかげで隙が出来、何度か決定打となる技を叩き込んでいた。しかし、深き者達の集合体である二体の水棲型デジモンは、傷を受けた分だけ同族と一体化することで回復してしまう。

 このままではいずれ力を使い果たし負けてしまうという時に、ワーガルルモンという心強い援軍が駆け付けた。

 

「ハアアアアアアア!!」

 

 背中の武装『サジタリウス』から射出した《カウスラッガー》でマリンキメラモンの触手を斬り裂く。深き者達の同化ですぐに回復するが、近接戦闘能力は下がった。

 その隙を突いて先ほど身に着けた突進技をティオが繰り出す。

 マリンキメラモンは右手の槍で防ごうとするが、懐に潜り込んだワーガルルモンが蹴り上げる。

 そのままティオはマリンキメラモンの胴体に突っ込み、マリンキメラモンの巨体を沖の方まで吹っ飛ばす。

 

「炎の結界を身に纏った突撃。《ブラストスマッシュ》とでも名付けようかのう」

 

 ふと頭に浮かんだ名前を技名にするティオ。いや、浮かんだというよりも盾から流れてきたような感じがした。

 少し首をひねりながらも、まだ相手は健在なので気は抜かない。

 戦っているのはシア達も同じなのだ。

 

 マリンデビモンは左右の触手に加え、《ギルティブラック》のウォーターカッターの連射で、シアとフレアモンが得意な接近戦をさせないようにしていた。

 こうなると炎による遠距離攻撃しかない。

 しかし、フレアモンの遠距離技はどれも〝溜め〟を行う必要がある。マリンデビモンはそれを見抜き、それを行わせないように攻撃してきていた。

 

「こうなったら私が何とかするしかないです。カードを使って……」

 

 近くに自分がいてはフレアモンの負担になると思い、離れて見守っていたシアは、膠着した状況を何とかしようと、デジモンカードを取り出して、どのカードを使うべきか考える。が、

 

「ど、どのカードを使えばいいのかわからないですぅ」

 

 シアは基本的にパートナーと一緒に殴り込み。カードは進化の時しか使わない。

 そんな感じの戦闘スタイルだったので、こういう時にどんなカードを使えばいいのか咄嗟に判断できなかった。

 

「と、とりあえずあいつに攻撃できるカード。た、例えば……」

 

 焦りながらカードを選ぶシア。そして、遂にあるカードを選んだ。

 

「これです! カードスラッシュ! 《ランクスモン》!」

 

 シアが選んだカードはアーマー体の獣型デジモン、燃え盛る毛皮を纏った山猫のような姿をしたランクスモンのカードだった。その効果は……。

 

「え? なんだこれは? 体の中のエネルギーが!?!?」

 

 フレアモンの体内の寝るエネルギーが膨れ上がり、放出される。

 やがて、それは爆炎となりフレアモンを中心に大爆発を起こした。

 

 ランクスモンの必殺技は体内の熱エネルギーを最大限に爆発させ、爆炎を発生させる《サーマルメイン》。いわゆる自爆技だ。

 その技をランクスモンよりも圧倒的に炎エネルギーの高いフレアモンが使用したら、爆発の規模は桁違いに大きくなってしまった。

 それはマリンデビモンまで巻き込むほどだった。ついでに言えばシアの所にまで及んでいた。不幸中の幸いだったのは、戦いの中で灯台から離れていたことだった。

 

「どっひゃあああっ!?!?」

 

 身体強化全開で爆発から逃げるシア。このままでは自分の選んだカードの所為で、こんがり焼かれてローストウサギになってしまう。そんなのはあまりにも情けない未来だ。

 爆発に飲み込まれる寸前に、突然彼女の首根っこを何かが掴み、空に吊り上げられた。その結果、爆発から逃れられた。

 何事かと上を見上げてみると、ペガスモンに乗った雫とハジメがいた。灯台に向かっていたが、シアの戦いの様子を見て助太刀に来たのだ。ハジメが左腕の義手からワイヤーアンカーを射出し、シアを引っ張り上げている。

 

「本当に何やってんだお前は!?」

「ハ、ハジメさん!? た、助けに来てくれたんですか!!」

「ちょっと。私もいるんですけど」

 

 ハジメしか目に入っていない様子のシアに、雫がツッコミを入れる。

 やがて爆発は収まり、フレアモンが姿を現す。しかし、エネルギーを使いすぎて消耗しており、片膝をついていた。

 

「ああ。フレアモン。私の所為で……」

「不用意にパートナーに負担を強いるカードを使ったのは間違いだ。これからは気を付けろ」

「ううぅ、はいですぅ」

 

 ハジメの厳しい言葉に気を落とすシア。

 

「だが、結果的にはマリンデビモンを退けられたな」

「え?」

「マリンデビモンの姿が無いわ!」

 

 雫の言うとおり、マリンデビモンは影も形もなくなっていた。

 途轍もない威力の爆発によって、再生する暇も与えずにマリンデビモンの姿になっていた深き者達を一気に吹き飛ばしたのだ。まさに怪我の功名だった。

 

「あいつらも無敵の存在なんかじゃないってことだ。よくやったシア」

「ハジメさん……はいです!」

「ちゃんとフレアモンに謝って、そんで労ってやれ。あとは俺とワーガルルモンがやる」

 

 先ほどワーガルルモンとティオによって、沖に吹き飛ばされたマリンキメラモンを見据えながら、宣言するハジメ。

 シアはハジメに後を任せて、ペガスモンから降ろしてもらってフレアモンを迎えに向かった。

 

「フレアモン! ごめんなさい。私が選んだカードの所為で」

「全くだ。次は、ちゃんとしてくれよ」

 

 涙ながらに謝るシアに、フレアモンは苦笑いをしながら返事を返す。

 しかし、慣れない技の使用と戦いの疲労から限界が来たのか、コロナモンに退化してしまう。

 シアはコロナモンを抱え上げながら、先ほどのハジメの言葉を信じて、灯台に戻る。

 

 一方、雫とペガスモンに乗るハジメは、ワーガルルモンがマリンキメラモンに向かって行くのを見ながら、カードケースの中から数枚のカードを取り出す。

 今回はある秘策で戦う。

 

「切り札を使うぞ。準備は良いかワーガルルモン!」

「もちろんだ。いつでもこい!」

 

 パートナーの頼もしい返事に、ハジメは一枚のカードをデジヴァイスにスラッシュする。

 

「カードスラッシュ! テイマーズカード《デュークモン》!!」

 

 なんとハジメが使ったのは、テイマーズの松田タカトとパートナーのギルモンが進化した、究極体の聖騎士型デジモン、デュークモンのカードだった。

 

「力を貸してくれ、ギルモン──デュークモン!!」

 

 ワーガルルモンが友の名前を呼ぶと、右手にデュークモンの聖槍〝グラム〟が、左手に聖盾〝イージス〟が現れる。ハジメがスラッシュしたカードの力で、デュークモンの力がワーガルルモンに宿ったのだ。

 頼もしい武器を構えながら、ワーガルルモンはマリンキメラモンに突貫する。

 マリンキメラモンが触手を伸ばしてくる。さらに口からは水流を光線のように飛ばしてきた。

 それに対し、ワーガルルモンは全く怯まずに向かって行く。

 

「はぁ! 《ロイヤルセイバー》!!」

 

 触手も水流もグラムの切っ先から繰り出す光の刃、デュークモンの必殺技《ロイヤルセイバー》で纏めて切り払う。

 かつて世界を救った聖騎士の武具は、暗黒の攻撃を全く寄せ付けない。

 ある程度マリンキメラモンに近づいたワーガルルモンは、イージスを掲げる。

 イージスが眩く光り輝き、刻まれた▲の紋章に1つずつ赤い光が灯っていく。そして、全ての紋章が赤く輝く。

 

「《ファイナル・エリシオン》!!」

 

 イージスから全てを浄化する光線が放たれ、マリンキメラモンに直撃する。

 

「キュアアアアア!?!?」

 

 苦悶の声を上げるマリンキメラモン。光線の浄化の力の所為か、徐々にその形が崩れていく。だが、さっきフレアモンの技を受けたマリンデビモンと同様に、海の中から深き者達が現れて同化と再生を行っていく。

 それを見たワーガルルモンと視界を共有していたハジメは、次のカードを使用する。

 

「カードスラッシュ! テイマーズカード《サクヤモン》!!」

 

 次にハジメが使ったのは牧野ルキとレナモンが進化した神人型のカード。

 デュークモンの武器が消え、今度は金色の錫杖が現れる。ワーガルルモンは錫杖を振るい、空中に打ち付けると、再生途中のマリンキメラモンを囲むように巨大な浄化結界が展開された。

 

金剛界曼荼羅(こんごうかいまんだら)!!」

 

 結界に包まれたマリンキメラモンは再生を阻害され、再び形が崩れ始める。深き者達が再生させようとするが、結界内にいる者達は動けなくなり、外の者達は結界内には入れない。

 やがて、完全にマリンキメラモンの形が崩れ、深き者達の大きな集合体になる。

 

「これで止めだ。カードスラッシュ! テイマーズカード《セントガルゴモン》!!」

 

 今度は巨大な緑色の砲塔が現れ、ワーガルルモンがミサイルランチャーのように手に取る。本来は巨大なセントガルゴモンの両肩に装備されている代物だが、ワーガルルモンのサイズに合わせて、1つだけ現れた。それでも、大きさはそのままなので威力はとんでもない。照準をマリンキメラモンだった深き者達の集合体に向ける。

 そして、再生される前に引き金を引いた。

 

「《ジャイアントミサイル》!!」

 

 砲塔からメガトン級の巨大ミサイルが発射される。ミサイルはそのまま深き者達に向かって行く。沖の方のダゴモンが撃ち落とそうと三叉槍を投げつけてくるが、手前にあった浄化結界にぶつかり少し軌道が逸れ、さらにミサイルがぐにゃりと曲がって槍を避けた。浄化結界が消えたので、マリンキメラモンは再生しようとするが、その前にミサイルが着弾した。

 ミサイルが起爆し、巨大な爆発が起こる。

 爆発が収まると、深き者達の姿は跡形もなくなっていた。

 

 戦いを見ていた雫はハジメが使ったカードの力に驚いていた。

 

「すごい。ねえ、ハジメ。そのカードってもしかして」

「雫と香織に見せたテイマーズカードだ」

 

 香織と雫に出会った当初、テイマーズの皆に引き合わせた際に見せたカードがあった。それぞれのテイマーのパートナーデジモンが描かれた世界にたった一枚しかないカードだ。テイマーズの為に作られたそれらをテイマーズカードという。

 テイマーズカードは特別なカードで、通常のデジモンカードと違い各テイマーのデジヴァイスに残されていたパートナーデジモン達のデータが書き込まれている。カードスラッシュで使用すれば、より本物に近い力が再現される。

 オルクス大迷宮で暴走したハジメを救う際に、香織がハジメのカードを使用した。

 

 テイマーズカードはそれぞれの本人しか持っていない。ハジメも自分の分しか持ってきていなかった。ではさっきハジメが使ったデュークモン達のカードは何なのかというと。

 

「正確には、俺のデジヴァイスにあったデータを使って作ったコピーカードだ。ずっと作っていて、最近完成した」

 

 オルクス大迷宮のオスカー邸で旅の準備をしていた時にカードの補充をするために、カードのコピーもしていた。その時に自分のデジヴァイスから、デュークモンを始めとしたテイマーズのパートナーデジモンのデータをサルベージしてカードにすることを思いついた。とはいえ、ただのカードのコピーとは違い、ハジメのデジヴァイスにあるデータだけでは完全なカードにならず、補完するためのデータを計算し、作る必要があった。これまでの冒険の合間に作業を進めて、ウルの町に着く直前に完了した。

 完成したのはデュークモン、サクヤモン、セントガルゴモンの三枚の究極体のカードだった。

 だが、メフィスモンの襲来の時、ハジメはこれらのカードを咄嗟に使えなかった。

 作ったばかりで試していないこと。不具合が起こる可能性があること。他にも理由はあったが、一番の理由はタカト達への申し訳なさだった。

 

「タカト達のカードのコピーを使うことは、あいつらの力を軽々しく扱っているんじゃないかって思っちまった。でも、その所為で誰かが傷ついたら、きっとあいつらは俺のこと怒るかもしれない。いや、絶対に怒るよな。そう思ったらこのカードの事が、俺達テイマーズを繋ぐ絆の切り札に思えた」

 

 雫がトラウマを乗り越えたのと同じく、ハジメも何か心境に変化が起こるようなことがあったようだ。

 気になった雫だが、戦いはまだ終わっていない。

 

 ──……イケ……

 

「なんだ?」

 

 マリンキメラモンを退けたワーガルルモンは、何かの声を感じ取った。

 それは海の沖にいる巨大な姿になったダゴモンの方から聞こえた。

 

 ──デ……ケ……

 

「な、なんなんですか。この声」

 

 聴覚が優れているシアも、同じ声を感じていた。まるで光の届かない深海から聞こえてくるような、重くて暗い不気味な声。

 

 ──デテイケ!!!! ──

 

「ダゴモンの声! みんな逃げろ!!!」

 

 ひと際大きな声が響き渡る。そこに込められているのは、強烈な拒絶の意志。

 それを感じ取ったワーガルルモンは猛スピードで、ハジメ達の元に戻る。

 ワーガルルモンが動くのと同時に、ダゴモンは巨大な大波を起こした。

 一面の海全てが盛り上がり、巨大な壁となって、浜辺にいるハジメ達に迫って来る。

 まるで自身によって引き起こされた津波のようだ。

 いや、この暗黒の海という世界を統べるダゴモンが起こす現象は、天災に匹敵する事象だ。

 

 ダゴモンはずっと一貫した行動をしていた。

 この海に迷い込みながら、闇に染まらない異分子の排除だ。

 それらが悉く退けられたので、遂に世界そのものの力を使って排除しにきた。

 

「とにかく合流だ。雫頼む」

「うん!」

 

 急いでハジメ達も灯台に向かう。

 迫りくる津波はあまりに範囲が広い。バラバラに巻き込まれたら、離れ離れになってしまう。

 灯台の下にハジメ達がたどり着くのと同時に、ワーガルルモンとティオも辿り着いた。

 

「自己紹介している暇はない。とにかくあの津波から逃げる方法は無いか」

「ペガスモンとティオで飛んで逃げるのは?」

「妾は魔力を使いすぎた。もう竜化できん」

 

 再生する相手との闘いはかなりの消耗をもたらした。余力はもう残っていない。

 

「でしたらワーガルルモンに抱えてもらうのは?」

「すまない。俺ももう限界だ」

 

 シアが代案を出すが、ワーガルルモンが膝をついてガブモンに退化する。

 

「テイマーズカードを使ったせいか。究極体の力を使うんだから当然だな」

 

 ガブモンの状態からハジメが分析する。

 進化系統が異なるデジモンの究極体の力を連続で使用したのは、かなりの負担をワーガルルモンに与えていた。

 これで空に逃げるという手段が完全に無くなった。

 ペガスモンに乗れる者だけ逃れるという手もあるが、そんなことは誰も言い出さなかった。

 

 やがて、津波が灯台ごとハジメ達を飲み込んだ。

 

 




〇デジモン紹介
マリンキメラモン
世代:完全体
タイプ:合成型
属性:ワクチン
様々な水棲系のデジモンのパーツを組み合わせ創られた合成型デジモン。キメラモンと同様の技術で生み出されたと思われるが、それ以外のことは全くの謎。神出鬼没で嵐のように現れ、凄まじい破壊衝動で生態系を蹂躙し、何処かへと消えていく。
必殺技は全身を高速回転させ大渦を発生させる「ポセイドンボルテックス」と、ツノの先端から放つ大質量のエネルギーで周囲を蒸発させる「アクア・バイパー」。



パタモンの進化一発目はペガスモンでした。香織のテイルモンの初進化に対応しているのを意識しました。
シアの戦闘は前話でのバグ具合とは一転して、久しぶりに残念感を出そうと思ったら、まさかの爆発展開。結果オーライでしたが、まだまだ未熟なのでこれからの成長の糧になっていくでしょう。

最後にずっとやりたかったテイマーズカードのスラッシュ。コピーカードですが、これでテイマーズメンバーのデジモンの技とかも使えます。

津波に飲み込まれたハジメ達の行方も気になりますでしょうが、次話はトータスの話に戻そうと思います。


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20話 戦争の始まり ウル包囲網

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お待たせしました。2月中に投稿できないとは思わなかったです。理由はあとがきで。

今回からしばらくハジメ達から離れて香織達によるウルの町での戦いに移ります。



北山脈に続く道があるウルの町の北門で、愛子は雄大な北山脈を不安げに見つめていた。

今日の作業が終わってからずっとそうし続けている。理由はもちろん、今朝山脈に向かったハジメ達の身を案じてだ。

 

「愛子。もうすぐ日が暮れる。そろそろ戻らないか」

「いえ。まだ大丈夫です」

 

神殿騎士のデビッドが声をかけるも、愛子は振り向くことはしない。

どれだけハジメ達が力をつけていても、愛子にとっては大事な生徒だ。生徒を危険なところに向かうのに、見送ることしかできないのがどうしても心苦しい。

せめて無事な姿を一目早く見たいと思い、こうして門の前で待っているのだ。

 

だが、ハジメ達のことをちょっと腕が立つ冒険者風情にしか思っていないデビッドには、一週間足らずでここまで愛子に心配されていることに、激しく嫉妬していた。

なので、多少力づくにでも愛子を連れていこうと近寄った時だった。

 

「あれは!!」

「愛子!?」

 

 デビッドの手を無意識に躱して、駆けだす愛子。見向きもされずに、対象から逃げられた手が虚しく空中を握る。なんとも言えない気分になったデビッドだが、愛子が見つめる先に目を向けると顔を険しくした。

 門の道の先に砂煙が上がっていた。しかもものすごいスピードで町に向かってきている。一見すると魔物の大群が迫ってきているように見えたデビッドは、剣を抜いて愛子の前に出た。

 

「魔物か!?危険だ愛子!」

「いえ、あれは魔物じゃないです」

 

攻撃魔法を使おうとするデビッドだが、愛子が止めようとする。なぜなら、あの砂煙は今朝も見たからだ。

砂煙が近づいてきて正体が見えてきた。

魔力駆動二輪に乗る香織だった。北山脈からウルへと通じる街道を爆走してきた。

 

「しらさ」

「愛子さん!!」

 

香織の名前を言おうとするのを感じた香織は、車体をドリフトさせながら砂煙を巻き上げて言葉を止める。

変装のアーティファクトは身に着けているので、今の香織は冒険者のビアンカだ。なのに、違う名前を呼ばれたら、正体がばれてしまう可能性がある。

 

「けほけほ。そ、そうでした。……ビアンカさん。無事だったのですね」

「はい!それよりも、至急お伝えしなければならないことがあります!町長さんの所に行きますので、詳しい説明はそこで!乗って!」

 

魔力駆動二輪から降りながら、愛子を急かして魔力駆動二輪に乗せる香織。

 

「き、貴様愛子に対して何という物言いだ!それになんだその乗り物は!!依頼はどうしたというのだ!?」

 

それに我慢ならなかったデビッドが突っかかって来る。

答える時間が惜しかったので、魔力駆動二輪はアーティファクトと言い捨てて、愛子を乗せて町中を疾走する。

町を復興していた人々がギョッとするが、構わずに町長がいる役所に向かう。

役所に着くと魔力駆動二輪を乗り捨てて中に入る。

愛子と共に町長の部屋に入った香織は、北山脈であった出来事の一部を説明する。

 

主に檜山がウルに魔物をけしかけたと言ったことを伝える。もっとも檜山と清水の事については、混乱を大きくするだけと思い省いた。

話を聞いた彼らは懐疑的な態度だった。

いきなり6万の魔物が迫ってきていると言われても、すぐに信じることなんてできない。

当然、香織もそのことはわかっていたので、今ここにいない仲間(ハジメとユエ)が真偽を調査中だと言っておく。

 

「嘘か本当かはわかりません。でも、備えは必要です。避難する準備をするように通達してください」

「私も同意見です。お願いします」

 

 香織に追従して愛子も訴える。

 彼女も香織の話に驚いていたが、真剣な顔で訴える香織を見て、信じることにした。

しかし、結局彼女達の訴えが通ることは無かった。

 まず魔物が迫ってきているという明確な証拠が無かった。6万という現実離れした数も真実味が無かった。

 次に愛子の信頼があるとはいえ、ただの香織達がただの冒険者という身分が不確かなことも信用が得られない理由だった。しかも、怪しげなアーティファクトを使っていることとパーティーメンバーを置いて戻ってきたことからも、怪しまれてしまった。

 愛子が弁明しようにも、神殿騎士のデビッド達まで香織の話を訝しんだ。

 香織はこれ以上取り合っても無駄だと思い引き下がった。一応、もう一度魔物の襲来について釘を刺して町長の部屋を後にした。

 

「ど、どうしましょう。このままじゃ町が大変なことに」

「出来ることをやるしかありません。先生には園部さん達を連れて逃げて欲しいんですけど」

「……今ここで私達がいなくなれば、余計な混乱が起こります。そこに魔物襲撃があれば、きっと全滅です」

 

 香織の言葉に少し考えた愛子は、自分が生徒を連れて逃げた場合の事を想像して首を横に振る。

 アークデッセイ号に乗ってウルから逃げた愛子達を捜索するために、デビッドや町の住人が動いたところに魔物が襲来したら、碌な抵抗も出来ないままに蹂躙されるだろう。

 それに後からそのことを聞いたら、生徒達は自分の責任だと自責の念に駆られるかもしれない。ただでさえ心に傷を負っているのに、更なる負担をかけかねない。

 香織も愛子の考えを何となく察する。

 

「私は魔物の襲来に備えて準備をしてきます。先生は園部さん達に説明をお願いします」

「はい。わかりました」

 

 香織と愛子は別れた。

 愛子は香織に北山脈で起こったことを詳しく聞きたかった。何となくだが、愛子はハジメとユエが魔物の調査の続行をしているだけじゃないと思った。その真偽を聞きたかったが、町を守る準備に取り掛かる香織の邪魔はできない。だから、愛子は生徒達への説明に向かった。

 

一方の香織は現時点でできる限りの備えをウルの町の周りに施したあと、ユエからの連絡を待っていた。もう日は落ちて、もうすぐ夜だ。ユエも魔導二輪を持っているので、そんなに時間はかからないはずだ。もしや、何かあったのかと不安になってきた。

 

「おい!!貴様!!」

「ん?」

 

 突然かけられた怒声に香織は声の出どころを見下ろした(・・・・・)

 

「いったいこれは何だ!?降りて説明しろ!!」

 

 香織を見上げて怒鳴っているのはデビッドだった。隣には愛子が心配そうに香織を同じように見上げている。

 香織は2人の下に向かって飛び降りる。

 

「きゃ!?」

 

香織の行動に驚いた愛子が声を上げるが、香織はちょっと重力魔法を使って体にかかっている重力を軽減して、ふわりと降り立つ。

 

「どうかしましたか?」

「ど、どうかしたかではない!?これはいったいなんなのだ!?」

 

デビッドはさっきまで香織がいた土壁を指差して問いただす。

高さ4メートルほどで、このウルの町と北山脈の間を阻むようにできている。しかも一つではなく、二重三重にもなっている多重外壁だ。

 

「襲撃に備えた外壁ですが?」

 

香織が即席で作ったものだ。使った魔法は〝錬成〟だ。

魔導二輪の車輪に付与されている悪路を整地しながら進むための〝錬成〟を、逆に地面を盛り上げるように書き換えて使った。

香織もハジメほどじゃないが生成魔法を使える。魔法の術式もよく勉強していたので、これくらいの魔法付与の改変はすぐに出来た。

それを使って魔導二輪でウルの町と北山脈の間を何度も走って外壁を築いた。

 

「ふざけるな!これ以上この町の住人の暮らしを邪魔する気か!!」

「備えは必要です。観光都市の防衛力なんて頼りにならないんですよ?」

「6万の魔物の襲撃など与太話もいい加減にしろ!こんなものがあっては商人や通行人の邪魔だ!」

 

魔物の襲撃の話を信じていないデビッドには、北山脈への道を閉ざす外壁がウルの町の暮らしを邪魔する物にしか思えなかった。

 

「即刻取り壊せ。夜も眠ることは禁ずる!!」

「(相変わらず無駄に偉そう)お断りします。せめて魔物の集団の実在の確認が出来るまで壊すつもりはありません」

「冒険者風情が逆らうつもりか!!世迷いごとだけでなく、貴様の持つアーティファクト類の事も愛子が庇うから見逃してやろうと思っていたが、もう我慢できん!!」

「デビッドさん!いい加減にしてください!壁を壊すにしても夜にやらせることじゃありません!!」

 

デビッドと愛子が言い合うのを聞きつつ、香織は檜山が使役していたアイズモンの事を思い出す。成熟期でありながら、完全体3体と対等に渡り合ったあのデジモンは危険だ。

アイズモンにとってこの程度の壁なんて紙同然。

実のところ、香織は居るかどうかわからない魔物よりも、アイズモンへの対策として外壁を作った。

もちろん。ただの外壁ではない。アーティファクトも仕込んであったりする。

それほどの作業がやっと一段落したのに、壊すなんて論外だ。

 

デビッドなんて無視して、愛子先生を引っ張っていこうかなと思ったその時、香織のポケットの中に入れていたスマホから音が鳴った。

その音にまたデビッドが騒ぐが、香織は構わずに取り出して、通話に出る。相手はもちろんユエだ。

 

「もしもし。ユエ?」

『ん。私。さっき調査が終わった』

「結果は?魔物は本当に居たの?」

『いた』

 

 香織の問いかけにユエは短く答える。それを聞いて香織はやはり備えをしておいてよかったと思った。あとは何とかして、住人の避難誘導をさせなければ。

 しかし、その考えは次のユエの言葉で吹き飛ぶ。

 

『でも事態はもっと悪い。魔物だけじゃなくて魔人族までいる』

「魔人族!?」

「何だと!?」

「え!?」

 

 思わず声を上げた香織の言葉に、デビッドと愛子も驚く。

 

『魔物はそいつらに指揮されている。一塊になって襲ってくるんじゃなくて、ゆっくりと気づかれないように、町の周りに広がっている』

「つまり、魔物に町は包囲されようとしているの?」

 

 ユエの話を聞いた香織は事態の深刻さを察して、声が低くなる。

 檜山による清水を利用した魔物の襲撃だけなら、向かってくる魔物を迎え撃つだけだった。だが、その裏に魔人族達の暗躍があるのなら、これは話が変わってくる。

 

『これは魔物の襲撃じゃない。魔人族による敵国の農耕地帯への破壊工作。つまり、戦争』

 

 戦争。

 異世界から勇者が召喚された最大の要因が、最前線である国境から遠く離れたウルの町で起ころうとしていた。

 

 

 

■■■■■

 

 

 

「疲れた……」

 

明け方の光を浴びながら、香織は腰を下ろす。そこに上着のポケットに入れていたデジヴァイスの中から、テイルモンが声をかけてきた。

 

『大丈夫か香織?』

「うん。徹夜なんて久しぶりだったよ」

『少し休んだ方が良い。いざという時に動けないとどうにもならないぞ』

「あはは。なんだかテイルモンお母さんみたいだよ」

 

笑っている香織だが、体はかなり重く感じていた。

高いステータス、特に魔力に至っては5万超えの香織が疲労困憊になっている理由は、ユエの報告を聞いてから急いで始めた魔物対応の続きの所為だった。

話の詳細を聞きたそうだった愛子とデビッドを放って、香織は魔導二輪による外壁の錬成を再開。今度はウルの町をぐるりと囲むように錬成した。

とはいえ、ウルの町はそれなりに広い。

しかも猶予があるかもわからないので、最初に作った多重外壁以外の部分は外壁が1つしか作れなかったので、その分壁の強度を上げる必要があった。

外壁の錬成が終わった後は、多重外壁にも設置したとあるアーティファクトも用意した。

全ての作業がようやく終わったのは、ついさっきだった。外壁の上の設置したアーティファクトの傍で横になっている。

 

遠くから、朝早くに起きた住人が外壁を見て困惑する声が聞こえてきた。

 

「とりあえず、説明をしないと。でも、その前にアーティファクトの起動を……」

 

疲労で重くなった体を起こしたその時、ウルの町の上空を何かが横切った。

 

巨大な翼と鋭い鉤爪を持った飛行型の魔物。ライセン大渓谷でも遭遇したハイベリアと呼ばれる魔物だった。

それが10体。ウルの町の上空を舞っていた。

しばらく町の様子を見ていたハイベリア達は、一気に急降下してきた。

 

「来た」

 

突然襲来してきたハイベリアに、香織は直感的に魔人族からの襲撃だとわかった。

ハイベリア達はウルの町のすぐ上を通過すると、何かを落としてきた。

どうやら足で掴んで運んで来たらしい。これだけでハイベリア達は野生の魔物じゃない。魔人族により使役されていることが分かった。

 

ハイベリア達が落とした物はすぐに街に落ちていき――爆炎をまき散らして破裂した。

 

「く、空爆!?」

 

ハイベリアのまさかの攻撃方法に驚く香織。

この世界では空の上からの攻撃何て存在していなかった。魔人族が魔物を使役するようになったのも最近の事で、こんな攻撃方法をしてくるなんて知られていない。どういうことかと訝しんでいると、北山脈でハジメ達の前に現れた檜山の事が頭をよぎった。

 

「教えたの?地球の戦争のこと」

 

昨日のユエの報告で魔人族がいると聞いたときから、檜山が魔人族と繋がっている可能性は高いと思っていた。彼の入れ知恵で魔人族が地球の戦争での戦術を身に着けたとしたら、脅威度は跳ね上がる。

 

『香織。私があいつらを引き付ける』

「テイルモン。お願いできる?」

『ああ』

 

この事態になってまで隠している場合ではない。

さっきの空爆に驚いた住人が家から出てきて、ハイベリアの姿を見てパニックを起こしている。彼らに向かって爆撃を終えたハイベリアがまた急降下してくる。

香織はデジヴァイスからテイルモンを出してカードを取り出す。

 

「カードスラッシュ!《光のデジメンタル》!デジメンタルアップ!」

「テイルモン!アーマー進化!!――微笑みの光!ネフェルティモン!!」

 

スラッシュしたデジメンタルのカードの力で、テイルモンがネフェルティモンにアーマー進化する。

飛行型魔物のハイベリアを相手にするなら、エンジェウーモンよりも飛行能力が高いネフェルティモンの方が良いという判断だった。

ネフェルティモンを目にして住人がさらに騒ぐが、構わずネフェルティモンはハイベリアへ攻撃を仕掛ける。

香織はネフェルティモンに乗らずに、外壁の上を走ってある場所に向かう。

外壁を作った時、飛行型の魔物が飛んでくるのは想定していた。そのためにあるアーティファクトを設置していた。

ギリギリのタイミングだったが、なんとか間に合った。

あとは起動させるだけだが、起動スイッチになっているアーティファクトに魔力を流さなければいけない。ネフェルティモンがハイベリアを引き付けているうちに、起動させなければ。

 

しかし、攻撃は始まったばかりだった。

 

 外壁の向こうから大量の魔物の咆哮と足音が聞こえてきた。魔物の軍勢は夜の闇に紛れて町の近くまで接近していたようだ。ハイベリア達は先鋒という事だ。

 夜明けの町への奇襲。図ったようなこのタイミングから、ただの魔物の群れによる襲撃ではないことがはっきりした。

 

「急がないと」

 

 即席で作った外壁では、そう長くはもたないだろう。

 急ぐ香織だが、疲労で少しふらつく。

 そこに何かが飛んできた。

 ドガンという音を立てて、外壁が粉砕される。それは大きな岩だった。

 いきなりの事に足を止めた香織の目の前で、岩が崩れて、手足と頭が出てきた。

 オルクス大迷宮の表層部で遭遇したロックマウントという、岩に擬態する魔物と同種のゴリラのような魔物だ。だが、その姿はロックマウントよりも大きく、色も岩というよりも鋼鉄のような鈍色をしている。明らかにロックマウントよりも強いと分かる。

 香織にはわからないが、この魔物の名前はアイアンマウント。

 ロックマウントよりも固く、今回のように投石の砲弾に擬態して砦や外壁を破壊、その後に内部で擬態を解いて周辺をさらに破壊するという運用を目的に育成された。今回の戦いで試験的に投入された。

 

 香織の姿を見つけたアイアンマウントは腕を振り上げて、襲い掛かって来る。

 

「アイギス!」

 

 愛用のラウンドシールドを〝宝物庫〟から取り出して迎え撃つ。

 アイアンマウントが振り下ろしてきた右腕の拳をアイギスで受け止める。時間がない香織はさっさとアイアンマウントを退けようと、身体強化の魔法を全力で使う。

 

「ハアアアアッ!!」

 

 アイアンマウントの怪力を受け止めながら、アイギスから右手を放す。その右手に宝物庫から取り出した愛銃のリヒトを取る。そのまま銃口をアイギスの隙間から抜き出し、アイアンマウントの腹部へ突き付ける。すかさず発砲する。

 

 ズガンッという音が響き、銃弾がアイアンマウントの鋼鉄並みの皮膚を貫通した。

 ハジメのドンナーと違い、香織のリヒトはレールガンを撃つ機構は無い。香織自身が〝纏雷〟の魔法を得ていないのと、レールガンを扱えるほどの射撃技術をもっていないからだ。そのため攻撃力が低いので、貫通力の高い銃弾を装填して使っている。

 

 銃弾を受けたアイアンマウントは体勢を崩し、力が弱まる。そこに香織はさらに銃弾を2、3発撃ち込んで止めを刺す。

 絶命したアイアンマウントは外壁の外側に落下する。アイアンマウントの最期を見届けた香織は、その時に外壁の外側を見た。

 

 無数の多種多様の魔物の群れが大地を埋め尽くし、ひしめき合っていた。

 

 ほとんどは北山脈の魔物だろう。だが、中には見たことのない特徴を持った魔物も紛れている。おそらくは魔人族の魔物だ。

 

 魔物の群れの中から何かが飛んできた。

 さっきのアイアンマウントの砲弾だ。

 数は多くないが、ウルの町中に落下する軌道を描いている。

 香織だからさっきは簡単に倒せたが、町の衛兵や神殿騎士では、鋼鉄の身体のアイアンマウントの相手は難しい。

 歯噛みする香織だったが、飛んでいる砲弾が何かに撃ち落とされた。

 

「あれは!」

 

 さらに続けて他の砲弾も撃ち落とされていく。

 撃ち落としたのは美しい月の魔人、クレシェモンに抱えられた魔導二輪に乗ったユエだった。魔導対物ライフルのシュラーゲンで狙撃を行ったのだ。

 彼女達は魔物の群れの中を、驚異的な脚力で飛び跳ねながらウルに向かってきている。彼女達が通った後にいた魔物はパニックを起こしている。おかげで少しだけ攻撃に隙が出来た。

 

 香織は急いで目的のアーティファクトを設置した場所に向かう。

ユエ達の妨害は長く続かないだろう。今のユエは宝物庫を持っていないので、銃弾に限りがあるのだ。

 3つあった宝物庫は、1つは浩介達に貸し出している。残りの2つはハジメと香織が持っている。未知の場所へと向かうハジメに宝物庫を持たせるのは当然であり、ウルの町の防衛も視野に入れていたので、最後の1つを香織が持っていた。

 銃弾が尽きてもユエには魔法があるが、銃弾と同じで魔力もいつか切れる。その前にウルの町に入らなければならない。

 その危険を冒しても彼女達が戦っているのは、香織の意図を理解して、手助けをするためだ。

 喧嘩したばかりなのに、香織の事を信じてくれているユエの信頼にこたえようと、香織は足を動かす。

 そして、ようやく目的のアーティファクトを設置した場所に辿り着いた。

 そこには香織の背丈ほどの巨大な十字架が設置されている。その名も見た目通りの〝聖十字〟だ。手を触れて魔力を流し、起動させる。

 

「〝聖十字〟起動。拠点型結界魔法〝聖絶・金城鉄壁〟発動!!」

 

 アーティファクト〝聖十字〟から光が立ち上る。すると左右にある小型アーティファクト〝聖釘〟も共鳴するように光始め、光の柱になっていく。光はさらに隣の〝聖釘〟へと広がっていき、やがて外壁の上全てで等間隔を開けながら光の柱が上る。

 

 その様子に気が付いたユエ達はその場で一気に大跳躍。外壁を乗り越えて町の中に入った。

 

 光は緩やかに曲がると内側に向かって曲がっていき、ドーム状の籠のように中心で1つに繋がる。そして、光の柱の間に結界が広がり、ウルの町をすっぽりと覆ってしまった。

 〝聖十字〟は拠点防衛用設置型アーティファクトで、ざっくりと説明すると結界魔法の補助道具だ。

 同時使用する〝聖釘〟で囲んだ範囲に最上級の防御魔法〝聖絶〟を展開できる。

 魔法の構築と維持を肩代わりしてくれるので、光魔法の適性を持っていなくても使用できる。効果が無くなりそうになっても、〝聖十字〟にもう一度魔力を注げば、効果は復活する。

 

 展開された聖絶は空だけでなく外壁も覆っているので、外壁の破壊も防げる。

 

「お疲れ」

 

 一安心した香織が胸をなでおろしていると、何時の間にかユエが傍に来ていて労ってくれた。

 クレシェモンはネフェルティモンの援護をしている。結界の展開にハイベリア達も巻き込まれていた。その戦闘もクレシェモンの加勢でハイベリア達は一気に倒されていった。

 

「そっちこそお疲れ。ユエが知らせてくれたから、間に合ったよ」

「ん。カオリもナイス結界建設」

 

 グッと親指を立てるユエに、香織も同じ仕草を返した。

 

「でもここからが大変」

 

 ユエの言葉通り、ここからが大変だ。

 

 2人は少し休んだ後、外壁から降りて町で起こっているパニックをおさめに向かった。




〇デジモン紹介
ペガスモン
世代:アーマー体
タイプ:聖獣型
属性:フリー
“希望のデジメンタル”のパワーによって進化したアーマー体の聖獣型デジモン。“希望のデジメンタル”は“神聖”の属性を持っており、このデジメンタルを身に付けたものは神聖な力を得ることができる。この力を得たものは、邪悪なるものに対して絶対的な強さを発揮することができる。得意技は後ろ足で強烈な一撃を繰り出す『ロデオギャロップ』。必殺技は額から聖なる光線を放つ『シルバーブレイズ』と、両翼の内側に宇宙空間を作り出し、流れ星を打ち出す『シューティングスター』。



正直、エタリそうになっていました。
たまに自分の作品を読み返すと、書き直したくなる衝動に駆られることがあり、ちょっとそれに襲われていました。
あと主人公のいない場面の執筆は、一章の香織による救出劇以来だったのでちょっと感覚を取り戻していました。

何とか次回から週一ペースに戻したいです。


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エイプリルフール特別編 流れ着いた先がもしも?

感想・評価・お気に入り登録ありがとうございます。
活動報告で予告したエイプリルフールネタです。
いつかやりたいなと思っていた原作ありふれとのクロスです。



「な、なんだこれは?あいつは誰なんだ!?」

「嘘だろ」

 

 呆然と呟いたのは満身創痍の天之河光輝と坂上龍太郎。

 

「ユ、ユエさんユエさん! これって私の見間違いですか!?」

「…………」

 

 アワアワと狼狽えながら傍にいるユエの肩を叩くシア。そんなことをされれば、普段ならすぐに手を叩き落としているユエだが、今は状況の推移を見極めている。

 

「あ、あれってハジメ君だよね。それに向こうにいるのって!?」

 

 杖と白い法衣のような服を着た白崎香織が指さす先には、南雲ハジメがいた。

 

 ただし、南雲ハジメが2人だ。

 

 全く同じ顔の人間が2人、向かい合って同じ銃を突きつけ合っている。

 幸いにも服装に少し差異があるので、さっきまでオルクス大迷宮を潜っていた香織達を救出に来たハジメがどっちかはわかった。

 だが、それでも困惑が収まるわけではない。

 しかも、よく見ればハジメだけではない。

 倒れたままだが、シア・ハウリアと八重樫雫らしき人物ももう1人いるのだ。

 

 魔人族に襲われて、危うく死にかけた所を、死んだと思っていたハジメに救われた。そのままハジメと彼の仲間が魔人族と配下の魔物を全て倒した後、話をしていたところに、突然大量の水が流れ込んできて、流されないようにユエが結界で防いでくれた。

 そうして、水が引いた後に彼らが横たわっていたのだ。

 身元を確認しようとハジメが近づいたら、向こうも起き出して、その顔を見た瞬間お互いに驚愕した。

 

 一体何が起こっているのか、香織達が理解するよりも前に、ハジメが愛銃のドンナーを突き付けた所、もう一人のハジメもドンナーを抜いて突き付けてきた。

 

 そうこうしているうちに他の倒れていた面々も起き上がり、再度の驚愕に見舞われたのだった。

 

「話し合う気はあるか?」

 

 沈黙を破ったのは、突然現れたほうのハジメだった。黒いコートの裾は短く、動きやすさ重視の格好をしている。何より頭にゴーグルをつけているのが一番の違いだ。

 

「はあ? 迷宮の魔物の言葉を誰が聞くと思うんだ? さっさと死ね」

 

 一考せずに提案を切り捨てるハジメ。彼にとって目の前の人物は、自分の姿を模した偽物であると結論が出ている。この大迷宮は微塵も油断が出来る場所ではない。だからこそ、冷徹に、冷静に、最悪を想定して行動を決めている。最も高い可能性を考え、それに従って動く姿は冷たくも映るが、必死に生き抜く強い意志も感じさせた。

 

「よくもまあそこまで余裕のない生き方ができるな。もっと俺をよく見ろよ。魔物に見えるか?」

「神代魔法の産物なら、俺の眼を誤魔化す奴が出てきてもおかしくねえんだよ」

「……問答無用かよ」

 

 ゴーグルのハジメは苦笑いをしながらも、目線と銃口は逸らさない。少しでも隙を見せて場、目の前のもう一人の自分は躊躇いなく引き金を引くと分かっているからだ。

 

「じゃあ、俺もその流儀に従ってやるよ──ガブモン!!」

「なっ!?」

 

 突然、2人の間に光が結ばれたと思うと、毛皮を被った青いデジモン、ガブモンの姿になった。ガブモンはすでに拳を振りかぶっており、ハジメの引き金が惹かれる前に、技を繰り出した。

 

「《プチファイヤーフック》!!」

「がふあッ!?」

 

 炎の拳がハジメの腹部に炸裂した。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 暗黒の海から、ダゴモンの津波で流されたハジメは意識を失っていた。しかし、咄嗟に感じた敵意に反応して飛び起きてみれば、自分がいた。

 驚きながらも銃口を向けられたので、同じくドンナーを向けた。

 同じ顔を睨み合いながらも、ハジメはある可能性に思い至った。

 

 世界とはある時点の出来事の結果によって分岐し、分岐前の世界と同時に存在するという性質がある。いわゆる多世界解釈だ。

 ハジメは過去にこの並行世界から来たと思われるデジモン、オメガモンとメフィスモンと邂逅している。

 

 だからこそ、ハジメは一番早くこの状況を理解できた。

 今自分達は並行世界にいる。目の前にいるのは自分じゃない南雲ハジメだ。

 よく見れば香織とユエを始めとした仲間や、天之河達までいる。

 だが、一番の違いは──

 

(ガブモンが、デジモンがいない)

 

 彼らの傍にパートナーデジモンの姿が無いことだった。

 ちなみにガブモンは津波に巻き込まれた際に、咄嗟にデジヴァイスに入れている。

 コロナモンとパタモンはシアと雫がそれぞれ抱きしめている。

 状況を把握し、何とか穏便に事を進めたかったハジメだが、向こうのハジメは問答無用と戦闘態勢に入った。

 何とかガブモンの奇襲で機先を制したハジメは、雫達の身を守るために距離を取る。

 

「ちぃ!」

 

 ガブモンに殴り飛ばされながらも、向こうのハジメは発砲。錬成魔法で防壁を構築して防ぐ。

 

「おい! 俺達が戦っても無意味だぞ。話を聞け!!」

 

 ハジメは停戦を訴えるが、向こうのハジメは効く耳を持たない。武器を凶悪な見た目のロケットランチャー、アーティファクト〝オルカン〟を取り出して、防壁を粉砕しようとする。

 防壁越しにそれを見たハジメは、ガブモンをガルルモンに進化させるかと考えたその時、

 

「それまでじゃ!!」

 

 2人の間に黒竜の姿になったティオが割り込んできた。

 突然現れた黒竜に天之河達が勿論、ある理由でホルアドの冒険者ギルドにいるティオの黒竜形態が現れたことに、向こうのハジメ達も驚く。

 実はティオはずっと意識があった。剣呑な雰囲気になってきたので、インパクトのある竜化した姿で仲裁したのだ。

 戦闘が中断されると、ティオは〝竜化〟の魔法を解除する。ただし、盾だけは構えているが。

 

「どういうことだ。ティオまで、だと」

「無益に争ってどうする。見た所、そちらには負傷者もおるのじゃろう? 冷静に、状況を見よ!」

「……ハジメ」

 

 向こうのハジメの傍にユエが近寄って声をかける。

 

「……あの人たちは敵じゃない」

「なんでそう思うんだ?」

「……ハジメ達はともかく、ここにいないティオの姿まで化けるのはおかしい。戦わずに防御行動をとったのも魔物らしくない。何より──」

 

 ユエはハジメ達の方を見る。

 ティオの登場で攻撃が止んだので、ハジメとガブモンがティオの隣に並び立って、様子を窺っている。

 

「ティオの時と同じ、嘘つきの眼じゃない」

 

 ユエの言葉に改めてハジメ達を見ると、確かに彼らは理性的な目をしている。行動もこちらを害さずに防御に終始していた。だが、もしもこのまま戦闘が続き、激しくなれば彼らも戦闘を始めるだろう。そうなった時のこちらの被害を考えた。

 そうして、向こうのハジメは武器を下ろした。それを見てハジメ達も戦闘態勢を解除。

 倒れていたシアと雫も、これまでの戦闘音に目を覚まして、ハジメの傍に近寄ってきた。

 

 ハジメ、雫、シアが自分と瓜二つの人物達と向かい合う。

 

「お前たちは一体何なんだ?」

「状況からの推測だが、俺達は平行世界からこの世界に流れ着いたみたいだな」

 

 向こうのハジメの言葉に、ハジメは簡潔に答えた。

 

 

 

 ■■■■■

 

 

 

 ホルアドの冒険者ギルドの一室でハジメ達は改めて、この世界のハジメ達と向かい合って座っていた。

 向こうの面々の中には冒険者ギルドで待機していたこの世界のティオと、海人族の幼女ミュウもいる。彼女はフューレンで人身売買組織に攫われたところを、この世界のハジメ達に助け出され、故郷であるエリセンへ送り届けられる途中だという。

 さらに勇者こと天之河光輝達と騎士団長のメルド・ロギンスも同席している。勇者達の中には、ハジメに暗黒の海へ行くことを提示した檜山大介もおり、ハジメは何とも言えない気持ちになった。

 

 一方のこの世界のハジメ達も、並行世界の自分達の顔ぶれに首を傾げていた。

 ハジメとシア、そしてティオはこの世界でも行動を共にしていたからわかるが、勇者パーティの一員である雫が一緒にいる理由がわからなかった。

 後ついでに、ウルの町で助けたクデタ伯爵家の三男ウィル・クデタまでいる。ものすごく落ち込んでいて、話しかけても反応しない。もはや別人だ。

 

 お互いの疑問についての答えを、ハジメは平行世界から来たからだと話す。

 だから同一人物であっても、似ていない部分や異なった人生を歩んできた、似ているだけの他人だと。

 

「並行世界。創作とかだと定番だが、本当にそんなものがあるのか?」

「俺達の存在が証拠だ。さっきも確認しただろ?」

 

 ハジメ達はさっきお互いに自分しか知らないような、過去の出来事や隠しておきたい秘密を言い合い、ほとんどあっていた。

 状況証拠だけだが、並行世界という概念を知らないトータスの面々も含めて、何とか全員が納得した。

 

「もっとも一番大きな点、デジモンがいることを考えると、ほとんど異世界かもな」

「それだよ。やっぱそのデジモンって本物なのかよ」

「ああ。ガブモン。リアライズ」

 

 デジモンの存在に食いついてきたこの世界のハジメに対し、ハジメはデジヴァイスからガブモンを出す。現れたガブモンに光輝とメルドが身構える中、ハジメが目を輝かせる。

 

「マジか。しかもガブモンのX抗体かよ」

「ちょっと待て。なんでX抗体を知っているんだよ」

「あん? いやアニメとかゲームで出てきただろ?」

「いや、出てねえぞ」

 

 あまり知られていないX抗体のことをなんで知っているんだとハジメが聞くと、不思議そうな顔で答えられる。

 どういうことかとさらに聞こうとすると、雫が声をかけてきた。

 

「話が逸れているわよ、ハジメ」

「おっと。そうだった。悪い雫」

 

 雫の言うとおり、確かに今は気にすることじゃなかったと思ったハジメ。

 2人の気やすいやり取りに、この世界の面々が驚く。

 香織がおずおずと質問をする。

 

「あのそっちの雫ちゃんと南雲君ってどういう関係なの?」

「え? うーん……友達以上恋人未満? でも告白は済んでいるし」

「告白!? 雫ちゃんが南雲君に!?」

 

 雫の回答に素っ頓狂な声を上げる香織。他の面々も驚きのあまり口を大きく開けている。

 

「つまりそちらのご主人様は八重樫雫と付き合っているということかの?」

 

 比較的驚きが少なかったこの世界のティオが言う。

 

「いえ、ハジメはまだ誰とも付き合っていませんよ。今はそんな状況じゃないですし。それに一番に告白したのは香織ですから。私はそれに便乗しちゃいました」

「ええええっっ!? わ、私!?」

「便乗しちゃったってどういうこと!?」

 

 再び驚愕する香織とこの世界の雫。

 香織はまあわかる。この世界でもハジメに好意を持っていて、かなりアプローチをかけていた。ハジメがオルクス大迷宮の奈落に落ちたことで恋心を自覚し、ずっと思い続けてきたので、並行世界の自分が告白して思いを伝えたことは受け入れられた。

 逆に戸惑っているのは雫だ。香織を通してハジメのことは好意的に見ていたが、親友の思い人であるため、恋愛対象としては見ていない。さっき窮地を救われたことで恩義は感じているが、一体この並行世界の自分は何を思って親友と同じ人へ告白をしたのか、わからなかった。

 

 だが、2人よりももっと驚いている人物がいた。

 

「そ、そんな、訳が分からない!? 雫と香織が南雲に告白!? いくら並行世界だからって協調性もやる気もない、オタクな南雲を好きになるなんてありえないだろ。おい南雲!! お前一体彼女達に何をしたんだ!!」

 

 そう言っていきり立ったのはこの世界の天之河光輝だった。

 いきなりの言葉に唖然としたハジメ達だが、その内容に不機嫌になる。特に顕著なのは雫で光輝を睨みつけながら立ち上がる。

 

「随分な言いようね。ハジメの何を知っているの? 天之河君」

「いや、だって南雲はいつも授業で寝てばかりだし、この世界でも訓練を受けようとせずいつも書庫に籠ってばかりだったんだ。きっとそっちの世界だって同じだろ」

 

 雫の怒気に気圧されながらも、自分の知っているこの世界でのハジメの事を説明する光輝。それが事実なのか雫がこの世界のハジメに尋ねると「まあ、おおむね間違ってない。だが、訓練の所は書庫でこの世界の情報を得ようとしたからだ」と答えた。

 ハジメの答えを聞いて、この世界の光輝も自分達の世界の光輝と同じく、独善的で自分の信じたいことしか見ていないのだと判断した。

 とりあえず、この世界のハジメの事については何も言えないので、雫は自分達の世界のハジメの事を語る。

 

「まず私のハジメは学年トップの成績を誇る優等生よ。学校も国際進学科に所属するだけじゃなく、海外の大学の研究にも参加させてもらっているわ」

 

 教えられたハジメの成績に、この世界の召喚された召喚者の面々は驚く。その驚きの所為で、さらっととんでもないことを雫が言っているのに気が付いていない。

 

 それからも雫の口は止まらず、ハジメの武勇伝を語った。ついでにどこを好きなのかも合わせて。

 ベヒモスをほぼ独力で封じ込めた話の後、今度はハジメの方が話の内容が逸れていることを指摘して、雫を止めた。

 光輝は雫の話の勢いに気圧されて口をつぐんでいる。

 反対に雫は、並行世界とはいえ光輝へと、ハジメに対する思いの丈をぶつけられたことで、かなりすっきりした顔をしていた。

 

「話を戻すが、お前たちはどうするんだ?」

「帰るさ。俺達の下の世界に」

 

 何でもないことのように言い切るハジメ。彼の中で、この世界にとどまるという選択肢は皆無だった。

 

「香織とユエがいるんだ。やり残したこともあるし、何より夢を叶えないといけないんだ。絶対に帰ってみせるさ」

 

 強い決意をにじませて、ハジメは断言した。

 果たして、ハジメ達は元の世界に帰ることが出来るのか。

 急げハジメ。

 ウルの町に迫っている危機を救えるのは、君達だけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もうすぐ特定できるよ。準備はいい? (みお)ちゃん」

「いつでもOKだよ一香(いちか)ちゃん」

「──モン!」

「──モン!」

「「ジョグレス進化よ!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




本当はまだまだ書いてデジモンバトルまでいきたかったんですが、風邪を引いてしまいまして、執筆時間が減ってしまいました。
エイプリルフールに間に合うようにするには、どうしてもここで区切るしかありませんでした。
本当なら最後の所の二人も出したかったんですよ。要望があればエイプリルフールを過ぎてで良ければ、書いてみようと思います。


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