ドラゴンに転生したけど、不便はないです (カチカチチーズ)
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箱庭に差し込まれる未知数”X”

●─────〇

 

 

 

 

 

 

 そこはあまりに巨大な空間だった。

 四方を円形状の壁に囲まれた白磁の空間であり、その壁際の一面には無数の書物が所狭しと収められた巨大な本棚が立ち並んでいる。十数メートルでは決してない壁の高さと空間の広さ、そして収められた書物の数はおおよそ並みの図書館どころか巨大な図書館ですら太刀打ちすることのできない。

 そんな世界有数と言ってもいいだろう、この図書館はしかしその規模に対してこの空間にいる者はほとんどいない。それはこの空間が何らかの禁足地等の指定を受けているからではない。では、どうして利用者が皆無なのか。

 その理由はこの空間の中心にあった。

 

 広大な空間に存在する本棚が存在しない空白地帯、そこには無数の金貨や金塊といった貴金属をはじめとする無数の多種多様な宝物がいくつもの山を成しており、その中心に巨大な灰色の何かがあった。

 それは周囲の財宝等と違い、時折身動ぎする様に僅かに動いては唸り声のようなモノが空間に響いていく。

 それは一体の竜だ。

 蜥蜴が蜷局を巻くように長い尾と首を内側へ巻きながら、その大翼を折りたたみ煩わしい外界を遮断する様に眠りにつく灰青の体躯のドラゴン。

 この一体の怪物が原因でこの図書館に誰も近寄ることはないのだろうか

 

 

「スィニエーク」

 

 

 否、一人この場にこの灰青のドラゴン以外の者がいた。

 白いローブを身に纏った一人の少女が、彼女の背と比べてもなお頭の方が大きなドラゴンの顔のすぐ傍まで近づき、閉じられた瞼の辺りに触れながらドラゴンへと声をかける。

 眠るドラゴンの領域を侵しておきながらその眠りすら妨げる、そんな命知らずな行為はもしもこの場に他の者がいれば次の瞬間に起きるであろう光景に思わず目を背ける事だろう。しかし、そんなことは何時まで経っても起きることはなく、代わりに低い唸り声にも似た声が響いた。

 

 

『……どうした、アル』

 

「キミに御客様だよ。ほら、起きて」

 

 

 まるで諭すような少女の言葉にドラゴンはゆったりと閉じていた瞼を開き、その紫紺の瞳で少女の姿を視界に収めながら身体を軽く動かして

 

 

『……面倒だ。だが、仕方ないか』

 

 

 蜷局を解き、上体を起こし身体のを軽く解す様にしてドラゴンは来たという客人を迎える用意をはじめ、すぐにそれらが終わったのを確認した少女は合図を外の者らへと送れば数秒してこの空間へと何人もの人々が足を踏み入れていく。

 客人である彼らの姿を視界に収めながら、灰青のドラゴンは口角を微かに上げて

 

 

『ようこそ、客人。我々は諸君らを歓迎しよう────』

 

 

 そう告げた。

 

 

 

 

 

 

●─────〇

 

 

 

 それは冷えた冬の夜だった。

 受験シーズンの中頃と言えばいいのか、思い返せば自分もそういう時期があったな、といい思い出なのか、やや苦く感じる思い出なのかよくわからない時期の事だ。少なくとも既に大学生の自分には就活の時期が刻一刻と近づいてきていることに戦々恐々としていたわけだが。

 雪も降って積もり始めるぐらいにはその日は寒く、所用で近場のコンビニへと出ていた俺もさっさと家に帰って炬燵で暖まりながらアイスでも食べて仲間らと通話しながらゲームでもしゃれ込もう、そう考えていた。早く帰る。そう考えていたからか、俺は柄にもなく、歩道橋を使って家の方の歩道へと向かった。寒い夜ながら、珍しくその日は道路に車の往来があり横断歩道を渡ってもしもの事があったら、と考えて歩道橋を使ったのだろう。

 横着した。

 そう言われても仕方がない。

 

 

「あ────」

 

 

 踏み外す足。

 咄嗟に伸びた手が確かに手すりを掴んだ。

 何も問題はない。少なくともこれが一番真っ当な判断で反応だった。そう、普通だったら、という言葉が頭に付くなら。

 止まるはずだった俺の身体は止まることなく降り積もった雪の上を滑り落ちていく。気が付けば手すりから手は離れていて俺の姿勢は途端に崩れていき、一回目の後頭部を殴打した時にはほとんど意識が飛んでいたと思う。そうして、俺は歩道橋から滑り落ちていって…………。

 

 

 

 

 

 ……と、いうわけでキミ死んだんだよね。いやぁ、流石に目の前で階段から滑り落ちて死ぬ人間がいるとは思わなかった。うん、おもしろかったから、キミ転生しない?』

 

「おおよそ異世界転生の作品やら妄想やらなんやらの中で一番軽い転生勧誘だな、おい!」

 

 

 死んだと思ったら、どこかよくわからない空間に変な幾何学模様のバスケットボールより一、二回りほど大きい球体が何やら淡々とした声音なのに言ってることがものすごく軽々しくてもういきなり頭痛がしてきて嫌だ。

 いや、まあ、現状はもうなんかわかった。

 これは所謂、異世界転生の前振りだ。そういう類の小説やら二次創作やらを何度も読んでいたり時々書いてたりしていた身だ。まあ、そういう類のものは結構知識はある。だから、こうして死んだと思ったら何かよく分からない空間で変な存在から転生なんて言われたらそういう考えをするのは当然だろう。

 まあ、そういうのはあくまで空想絵空事だからいいのであってこうして実際に自分にそういう機会が来るのは決して喜ばしいものとは口が裂けても言えない。

 だが、それはそれ。

 少しワクワクしている自分がいるのは否定しない。

 

 

『私はシステム。まあ、キミの世界でいうところのAIのようなものだ。創造主にいろいろな権能を詰め込まれたはいいもののとうの創造主らはラグナロクして見事全滅してね。彼此ウン万年一基で世界を作ってはそれを観察するという暇つぶし?趣味をやってるんだけども最近マンネリ気味でね。で、思いついたんだ、別世界の魂を入れてみたらどうなるんだろうかって、そしたら丁度キミが死んでね』

 

 

 だから、転生しない?

 いや、本当に気軽に勧誘してくるなこのシステム?どうやら神じゃないらしいが……いや、まあ、世界創造とかしてるの聞く限り限りなくこいつは神みたいなものだろう。

 正直、そういうことはどうでもいいんだが……

 

 

「拒否権なんて無いもんだろ。仮にここで俺が拒否したところでどうせ、消えるだけなんだからな……死んでるし」

 

『うん、そうだね。別に私の実験に協力してキミに何かデメリットがあるわけじゃないだろう?確かにもう一度死ぬかもしれないという恐怖があるのはわかる。前世では経験したことのないような地獄がキミに降りかかるかもしれない。だが、同時にキミには力を与えよう。先も言ったが私の目的はキミという未知数を箱庭に入れることで起きる変化が見たい。ただのモブでは変化を起こすほどの存在にはなりえない、故にキミに相応の力を与えるしキミが箱庭でその力を使って何をしようが私は一向に構わない。好きにするといい、私が見たいのはその結果どうなるか、だからね』

 

 

 瞬きながらそう語るシステムに俺は思わず肩を竦める。

 ここまで言われて、いったいどうして拒否することができようか。異世界への転生、ワクワクと未知に対する恐怖が同居していて普通なら躊躇するのだろうが既に俺の心は決まっていた。

 

 

「いいよ、転生してやる」

 

『素晴らしい。ならば、キミが転生する世界についての情報をしっかりとキミに与えることを約束しキミに力を与えよう────願わくば、キミという未知数に、乃木真士くんに楽しい異世界ライフがあることを祈ろう。もちろん、神ではなく、キミの未来の行動に、だが』

 

 

 そう淡々としていた声音になにやら初めて感情のようなモノが混じったと思えば俺の身体は足元からシステムの球体にあるような幾何学模様が走っていき、そこから発せられる光に目が軽く焼かれながら自分の身体の末端から感覚が失われていくような感覚を覚えていき、最後に意識が白くなって………………

 

 

 

●─────〇

 





 人外転生というモノは異世界転生というジャンルにおいて、昨今やや台頭してきている者であると考えます。転生と言っていいかはわかりませんが、オーバーロードしかり有名どころで言えば転スラがありますね。
 ところで、前者はともかく……どうして、人外に転生したのにわざわざ人になるん?いえ、もちろん元々人間であった主人公らが人化する術を得たら当然率先して使うのは分かりますが、やはり人外になったら人外でいきたいと思うのは私だけでしょうか。
 TwitterのTLなどを見ながらそのように考え、今回筆を取った次第です。
 最近、私事ではありますがストレスが溜まっているのも今回の作品を書き始めた大きな要因かもしれませんね。


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異世界ペディアはどこですか?

●─────〇

 

 

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 ……………………。

 

 

 んあ…………ん?ああ、なんだ?身体がなんか、怠い…こう、なんていうか仰向けで寝っ転がりながらパソコンを弄った翌日みたいな感じというか座りながら寝て起きた時のような、ああ身体が固まってるというか凝ってる感じと言うべきだろうか……なんで?

俺、そんな身体が凝るような寝方したっけかな?

ああ、どうだったっけ。昨日はそう大学の友達とオンラインゲーする約束をして、でその前に炬燵でアイスでも食べながらゲームしようとか考えて、コンビニに行って…………

 

 

『そうじゃん、俺死んだんじゃん!?……んあ?』

 

 

 どこだ、ここ。

 こうして自覚すれば途端につい少し前までの記憶がふつふつと思い出されていく。そうだ、確か俺は死んでシステムとかいう奴の創る世界に転生することになってそれで……つまり、これは転生した後ってことか?いや、多分そうだよな。思い返す限りでは何か変な模様が全身に走っていったはずだから。

 それに…

 

 

『洞窟か?なんつうか、狭いな』

 

 

 俺が今いるのは薄暗い洞窟だ。いや、もしかしたら地下牢とかかもしれないがにしては妙に狭い気もする。こう、多分俺が思いっきり伸びをしたら半分とはいかずともそれなりに占めるぐらいには狭い気がする。

 だから、多分地下牢何かとは思うが……いや、この感じ洞窟を利用した牢と言われてもわかる気がする。つまり、どっちにせよ変わらないってことだな。

 さて、どうしてこんなところからスタートなのか、システムに対して色々文句を言ってやりたいがまあ、それは今は置いておこう。まず、優先すべきはここがどういうところなのかの理解だろう。

 もし、ここに閉じ込められているならどうやって出ればいいのか、何か情報がないか調べなきゃだしな………ベッドはないな、というか桶どころか水たまりで片隅に水場があるのはいろいろ言いたいが、それと窓みたいなのはどこにもないな。

 後は……岩壁の一角に巨大な水晶みたいなのが壁一面を侵食する様に生えているぐらいか。

 

 

『うわぁ、めっちゃ刺々しいじゃん。触らんとこ』

 

 

 怪我したくないしなあ……近寄らんとこ、寝る時に寝返りしてそのままブスッなんて、嫌だしな。はあ、他に何かないんかね……俺の荷物とかないかな、いやねえわ。バッグ付けてる感覚とかないしあっても翼と尻尾だけだしなんもねえや。

 

 

『…………ん?翼?尻尾?』

 

 

 いま、俺は何を考えてた?え?尻尾?翼?え、何のことですか?

 そう、俺は顔を自分の背に向けてみればそこには灰青色の腕とそこから伸びた翼があるじゃないですか。視線を動かして見れば視界の端で蠢くこれまた灰青い尻尾のようなモノがあって……

 

 

『ファアッ!!??』

 

 

 それらを認識した途端に俺は悲鳴を上げながら急いで部屋の片隅にある水たまりへと駆けて行って水面を覗き込んだ。

 そうして、映るのは灰青い体色に逆三角形と言えばいいか、鋭利で太い角が外に斜めで広がるように伸びている一般的なドラゴンとはまた異なるようなしかし間違いなくドラゴンの顔だった。思わず腕を伸ばして水面に映るドラゴンに手を振ってみれば当たり前のように水面に映るドラゴンもこちらへと手を振り返してくれて、あまりに理解ができなさ過ぎてそのまま腕を水面に叩き付け様として、その腕も完全無欠に人間のそれではなくドラゴンのモノで、俺はいやが応もなく自分がドラゴンに転生してしまったことを理解せざるをえなかった。

 

 

『え、嘘……ドラゴンじゃん。人外転生は予想してなかったわ』

 

 

 そんな呆然としたような言葉を口にしながら、水面に映るドラゴンがなんとも微妙そうな表情をしたのを見ながら、俺は大きくため息をついた。

 

 

 

●─────〇

 

 

 

 元大学生乃木真士、雪で歩道橋から滑り落ちて死んだと思えばシステムと名乗る存在によってシステムが創った異世界に転生を果たしたがしかし、目が覚めてみればその姿は灰青いドラゴンであった。

 その予想だにしなかった現実に乃木真士はやや放心というべきかショックで水たまり、いや彼が目覚めて洞窟にある池の水面に映る自分の姿を見つめること、かれこれ早数分。もちろん、異世界転生というジャンルにおいて人外に転生するという作品が無いわけではない。商業小説や二次創作小説にオリジナル作品と様々な小説を読んでいた乃木真士自身そういう作品を読んでいたが、それは異世界転生というジャンルにおいては間違いなく少数派であるだろう。

 故に転生すると聞いて、真っ先に考えるのは当然人間ないしそれに近しい種族であるはずだ。

 彼もまたそう考えていたのだが、蓋を開ければこの始末。

 

 

『ドラゴン……ドラゴンかぁ』

 

 

 ポツリ、ポツリと自分の姿を見ながら呟き彼は自分の手を水の中へと沈める。そうすれば、案の定水の冷たさが感じられやはりこの身体が自分のモノであると実感させられる。そうして、ため息を溢したかと思えば今度はその背にある大翼を広げ伸ばしてみる。翼は折り畳み式なのか、彼の予想以上に大きく広がって影を作る。そんな翼をドラゴンとなって伸びた首を使い観察してみる。四足に大翼と、脳裏に過るゲームのドラゴンを思い出したが水面に映る顏や生えている角などを見るになんとなく骨格が似通っているだけでおそらく、自分の中のイメージを反映されたのだろうと納得しつつ広げていた翼を畳む。

 

 

『翼かあ……いや、獣とかになるならいいよ。まだ、四足歩行に加えて尻尾が追加された感じだからさ……でも、翼なんてさらに新しい部位増えてるじゃんか……』

 

 

 一々意識せずに使える様に練習しなきゃなぁ、と呟き始めている辺り既に自分が人外となっていることに納得し始めているのが窺える。

 そうして、まるで犬がするように四肢を伸ばして腹這いの体勢となり、欠伸をし始める。その姿をもし誰かが見ればドラゴンであるにも関わらず威厳の欠片もないと思われるだろうが、そんなことは彼からしてみれば知ったことではない。

 ボ―っとしながら、池の水面をしばし眺めているとぽちゃんと音を立てて、水面を魚が跳ねるのが見えた。それを見ても変わらずボーっとしていた彼であるが何か気が付いたことがあったか、唐突に起き上がり自分の身体を何度も見始めた。

 

 

『つか、俺…これ、どんくらいの大きさなんだ?今の魚のサイズ的に結構大きいのか?いや、そもそも魚の大きさが普通サイズなのか大きいサイズなのか、比べるもんがないんだが……ええ、こういう転生ってなんか知恵袋みたいなの搭載されてんじゃないの?』

 

 

 そんな文句を言うがしかし、残念なことにその文句に対して返事を返す者はどこにもいない。

 これが屋外であり体格を比べられるモノがあるのならば、問題はなかったのだろうがここは洞窟の中の空間であり比べられるようなモノは池の中で泳いでいる魚や壁の一部に生え出ている結晶群だけである。しかし、それらも明確なサイズの基準にはなりえない。

 何度目になるか分からないため息をついて、苛立ち始めているのか今度は尻尾を動かして何度か地面を叩き始める。

 ますます、ドラゴンの威厳が消えていくがしかしそれを咎める様な者はここにはおらず、しばらくそんな遊びじみた行為が続いていき……

 

 

『あれ、そういえば……あのシステムっていう奴いや面倒だ、システムでいいやもう。システムが転生先の世界についての情報をくれるとか言ってなかったか?え、どこ?ステータス・オープン!!何も起きないわ……ヘイ!情報!ないです……異世界ペディア!どこにもない!!』

 

 

 それっぽいことを何度も叫んでは虚しく声が洞窟に響き渡っていきついにはそれも飽きてきたのか、それとも馬鹿らしくなってきたのか黙り込みそのまま蜥蜴が蜷局を巻くようにして欠伸を噛み殺しながら腕に顎を乗せ始める。

 もはや興味を無くしたようで…………

 

 

『……ダメだな、こりゃ。起きてから考えるか』

 

 

 

●─────〇



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異能って在庫ありますか?

●─────〇

 

 

 

『…………』

 

 

 考えるのも疲れ、次に起きた時に何か良い考えや何か情報の一つでも出てくればいいな、と眠りについたドラゴンとなった乃木真士であったが、ドラゴンとなった弊害かそれとも純粋にまだ新しい身体に精神的に慣れていないのか対して寝ていないのにパチリと目が覚めてしまった。

 しかし、身体はしっかりと休まったのか、特に疲労を感じるわけもなくむしろ力が漲っているようでそんな自分の身体に改めて人間を辞めた事を感じさせられながら乃木真士はまるで猫がするように身体を伸ばし解しつつ畳んでいた翼脚を軽く広げ全身を伸ばす。

 

 

『はぁ、なんも出てこん』

 

 

 寝ている間に何かインストールでもされないか、と期待していたがしかし現実はそう甘くはないとでも言うのか、特に何か頭の中に出てくるわけでもなくただただ漠然と分からないという事実ばかりがあるばかりである。

 で、あればどうすればいいのか。

 そう思考を回し始めながらなんとなく首を回していれば、乃木真士が思いついたのは自分自身の事であった。

 

 

『俺、何ができるんだ?』

 

 

 少なくとも自分がこんなテンプレ的とは少し違うだろうがドラゴンであるというのならば、少なくともこの世界はファンタジーに近い世界なのではないだろうか。

 そう、考えた彼はさっそくとでも言うかのようにひとまず自分の中に意識を集中させていく。

 脳裏に過るのは前世でさんざんに呼んだ異世界転生モノの作品の数々。生まれてすぐとは言わないがそれでも主人公らはだいたいが何らかの特異な力を有していたし、何か力を発現する時はン以後ともこうして自分の中に何かを見出すモノである、という考えのもとで集中していけば沸々と何か感じるモノがあった。

 これは……!!

 口に出せば集中が乱れ感じていたものが感じ取れなくなることを危惧してそう胸中で呟きながら集中していけば、その感じていたものはだんだんとより強くより鮮明に感じていく。それは洞窟であり、隅には水場がある故か冷気すら感じれる洞窟にありながら熱のようなものを感じさせていく。

 熱。今の自分の身体がドラゴンであるという事もあり、やはり脳裏に過るのはドラゴンの定番中の定番というべき能力。異能というにはいささか基本兵装であるが、やはり何事も憧れというモノはある。それへの期待に胸を膨らませていけば、その熱はより強く感じていって鼓動すら感じ─────

 

 

『いや、これ俺の心臓か!?』

 

 

 感じていたモノは異能でも竜の息吹(ドラゴン・ブレス)的なモノでもなく、どうしようもなく興奮で盛んになる自分の心臓でしかなかった。

 その事に気が付いてしまった、彼は吐き捨てる様に絶叫し地面を勢いよく殴りつける。普通なら洞窟の地面、当然固く手を痛めてしまうものだがそこはやはりドラゴンボディというべきか、逆に地面の方にひび割れが生じる程度で腕にはなんら影響はない。

 

 

『クソッタレ!!えぇじゃあ、風よ吹け!火よ熾れ!水よ分け!雷来い!』

 

 

 盛大な勘違いをしてしまった自分に思わず発狂しそうになりつつも踏み止まり、しかしてむしゃくしゃし始めた彼は次々にそれっぽい言葉を叫んでいくが、残念ながら特に何か起きるという事もなくただただ虚しく怒号ばかりが洞窟に響き渡るだけである。

 その現実におもわず声にならない悲鳴を上げる乃木真士。もしも人間の姿であれば今頃涙の一つでも滲んでいそうなものであるがドラゴンの身体の涙腺からは湿り気すら出ていない。その代わりに何度も何度もその場に拳を叩きつけていく。

 もしも、この場に誰かがいたドラゴンが怒り狂っていると戦々恐々とするのであろうが、現実は異世界転生してドラゴンとなったのにこれといって異能のようなモノが片鱗すら出てこないことに発狂しているのである。このまま放っておけば、血の涙すら流しそうな勢いである。

 

 

『と゛う゛し゛て゛た゛よ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!!!』

 

 

 何度も地面を殴りつつ、絶叫するドラゴン。

 なんともシュールであるがそれを言うような誰かはこの場におらず、洞窟は微かに揺れて天井からはぱらぱらと石くれが落ちていく。しかし、そんなことを彼は気にする事もなくただただ悔しさと怒りと発狂で何度も殴りつけていき、どれほどそうしていただろうか。

 

 

『……はぁ』

 

 

 段々と自分のやっていた事が虚しくなってきたのか、ため息をついて自分の腕を見る。如何にドラゴンの身体が頑丈であり強固な鱗で守られているといえども、そのドラゴン自身が加減することなく何度も思いっきり地面を殴りつけていれば当然、自分の鱗にもダメージが跳ね返ってくるというモノ。僅かに血が滲んでいる腕を見て再びため息をついて肩を落とす。

 

 

『これも転生した弊害か?なんか、妙に感覚がアレだな……自制というか、自重というか……ブレーキが利かねえ』

 

 

 まったくの別の生命になった弊害か、心のブレーキが利きづらいと呟きながら一度その場に座り込みゆっくりと首を動かして乃木真士は改めて自分がいる洞窟を見渡す。

 既にこの洞窟にどういうものがあるのかは転生してすぐに確認したがあくまでそれは本当に何があるのかを大雑把に見た程度でしかなく特にやることもなく、更には何も出てこずメンタルがズタズタとなった乃木真士はもはやなんとなく自分の巣になるであろうこの空間を眺めるばかりである。

 

 

『……洞窟だな。うん、洞窟……でも灯りもねえのに薄暗い程度なのはどういうことだ?あれか、俺がドラゴンだからか?ああ、それとも……』

 

 

 洞窟の明るさに疑問に思いつつ視線を今度は洞窟の壁へと向ける。

 そこにあるのは全体的にドーム状になっているこの洞窟の壁をドラゴンである今の身体と比べても広いと感じるほどの面積を覆っている翡翠のような色合いの結晶群。それ自体が発光しているわけではないのに、なぜかはっきりとそこに在ると存在感を持っている。

 もちろん、発光しているわけではないのでこれらが灯りとなっているという事はない。

 岩壁を覆い隠す無数の結晶は下手に寄っかかればドラゴンの鱗も刺し貫きそうなほど、その鋭さに思わず乃木真士は嫌そうな表情をして、思わずその場から気持ち動いて距離を取る。

 

 

『……いや、まあ、たぶん。この結晶がなんか凄い効能とか持ってたりするんだろうな……でも残念、俺そういう技能(スキル)とか持ってないんだよ』

 

 

 自嘲するような声音でため息をついて視線を結晶群から外して他の壁を見ていくと、ふとあることに気が付いた。

 

 

『ここ……出入口なくない?』

 

 

 そう、どこにもないのだ。

 この空間の外へ続いているであろう道がどこにもないのである。天井や高い位置にある壁にいくつか小さな穴があるのは見えるあたり完全な密閉空間というわけではないようだが、それでもドラゴンという巨躯からすればそんなものあってないようなモノである。

 もう転生してから何度目になるかもわからないため息をついて、壁や天井から視線を外してもう一度見渡してみても結晶群に池ぐらいしかなく、身体を動かして池の縁へと近づいていく。

 池を覗いてみれば変わらず水面に映るのはドラゴンとなった自分の姿。もはや、それを見ても気にすることなく血が滲んでいた腕とは違う方の腕を池の中へと沈めていく。

 ドラゴンの身体、そして陸側から見た池の大きさからしてその深さは大したものでモノではない。自分自身の正確なサイズが分かってはいないが、深くても一メートルと少しぐらいだろうと考えていて─────

 

 

『え……なんか深いな』

 

 

 腕の手首ほどまで入れているというのにどういうわけか底に触れている感覚はない。

 それに目を丸くした乃木真士は腕を引っ込めて今度は自分の首を池へと突っ込む。一瞬躊躇したモノの水がかなり綺麗な方であった為に構わずに。

 池の中に顔を突っ込んだ彼が見たのは

 

 

『(ふ、深い…!しかもこれ……水中に穴がある……もしかして、どこかに繋がっているのか?)』

 

 

 自分の体長よりも間違いなく深いだろう空間が池の中に広がっていた。間違いなくこの池がどこかに繋がっていていることを示すものであり、見れば大小さまざまな魚が泳いでいるのもわかる。この水中を泳げばもしかすればこの洞窟の外に出ることができる────そんな考えが脳裏に過って、しかし

 

 

『いや、やめとこ』

 

 

 息がどれぐらい続くかわからんし、どこまで続いているかも分からないし、もしかしたら水中迷路な感じなだけかもしれんし。

 そんな風なことを口にしながら池より顔を出した彼は先ほど池に突っ込んでいた方の腕を池の水面をやや掠める様に振るったと思えば次の瞬間には池の中から勢いよく何かが飛び出していき、地面をまるで石切の様に水平に跳ねていき、途中にある石にぶつかって大きく失速したようでその場に転がった。

 それは乃木真士の前世で言うところのアロワナのような見た目をした魚で大きさは彼の爪と同じぐらいのモノ。どうやら、水面近くを泳いでいたモノを引っ掛けたようだ。

 

 

『別に空腹でもなんでもないが……ドラゴンだしなぁ、生で肉を食う機会もあるだろうし今の内に経験しとくか』

 

 

 そんなことを呟きながら、池から攫ったアロワナもどきを食べようと視線をそちらへ向けて────

 

 

『GIGIY』

 

『────ファッ!?』

 

 

 アロワナもどきを持ち上げてまるで献上するかのように跪く、灰色の体色を持つ石で出来たような怪物(モンスター)がそこにいた。

 

 

 

●─────〇





 そこに無ければ無いですね。

 ストレスの原因も片付けることができ、心は爽やかな気分となり執筆にも力を入れることができますね。
 頑張らせていただきますので、応援よろしくお願いします。

 


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労働者は資産、つまり財宝では?


 ストレスフリー。
 それは素晴らしい響き……



●─────〇

 

 

 

 竜種(ドラゴン)とは、このシステムが創り上げた箱庭において、凡そ最も強大な幻想種に属する怪物(モンスター)である。乃木真士の前世でもいたような尋常の動植物類とは異なる怪物らの中でもより異なる種である幻想種、その頂点に座す彼らは多種多様な姿を有している。

 大型爬虫類にも似た身体に角と巨体を持ち上げるに足る翼を有した姿を基本形(ベース)にし、そこから水中に住処を求めより蛇に近くなった竜種、より広く高くこの大空を飛翔する為に翼を広げた竜種、自ら空を放棄し代わりに大いなる大地を我が物顔で駆け巡るための強靭な脚を手にした竜種。空陸海に適した肉体を得てそこから、更に竜種は派生していき、気が付けば全体数自体は少ないモノの彼らは他の十把一絡げの怪物や人類以上の力を得てきた。

 その結果として、所謂純血種と呼ばれる真正のドラゴンはほんの一握りとなり、亜竜ばかりがドラゴンの代名詞となってしまったが……。

 そんな強大なドラゴン、その純血種はその身一つとっても尋常の怪物と比べるべくもない。ドラゴンの象徴の一つとも言える竜角はそれこそ煎じれば霊薬の素材となり、瞳は魔術を使う上で最高の触媒足りえ、その肝を喰らえば不死と相違ない再生力を手にするとも言われ、そしてその死骸一つで枯れた森に再び生命の息吹を与えるという。

 なるほど、竜退治(ドラゴンスレイ)の英雄譚が人気であるわけだ。

 決死の戦いの果てに得られるモノが強大な竜種を打ち倒した栄誉と竜種が貯め込んだ財宝とそして竜種から得られる同質量の金以上の価値を持つ素材であるというのなら……。

 

 

 

●─────〇

 

 

 

 俺が熊の様に獲って見せたアロワナみたいな魚、それを食べようとしたんだ。ほんとになんとなく思いついたから見様見真似どころではなく、適当にやってみたらまさかの成功をしてしまってやった本人である俺自身びっくり以外の何物でもないっていうのに……いま、俺の目の前にはそれ以上の驚きがあった。

 ここ、この洞窟は少なくとも先ほど見渡した限り、俺以外に誰かの姿どころか俺以外の誰かがいたという痕跡すらなかったというのにも関わらず、いま俺の目の前にその誰か、俺以外の存在がいる。

 普通ならば自分以外の存在がいることに寂しいという理由から喜ぶか、それとも突如現れた存在に警戒をするかもしれないが俺は驚きの方が勝っていた。それも足音一つ聞こえなかったという事もあるが、そもそも自分が魚を獲ったと思ったらそれをいきなり現れた奴が持っているなんて果たして驚き以外にあるだろうか?少なくとも俺にはそれしかないな。

 さて、ここらで落ち着いたというか現実から目を背くのはやめるとして、だ。

 

 

『GIGI』

 

『……いや、それ俺の魚なんだが』

 

 

 魚をまるで俺に捧げるかのような姿勢を取るこの灰色の……もしかして石か?石のこう人型というべきか、そこに蜥蜴ぽさを加えたような怪物(モンスター)。俺の様に明確な言語というより、鳴き声のようなものを口にしているこいつからは少なくとも俺に対する敵意のようなモノは感じれない、むしろ敬意というべきかそういうモノを感じる気もする。

 こいつはいったい何なんだろうか…………、そう俺が胸中で考えていた途端

 

 

『ズグッ……!?』

 

 

 頭痛、それも本当に一瞬でしかもそんなに痛くないんだけども意識せずに感じると妙に痛い感じの頭痛だ。ともかく、本当に不意に来たそれに思わずなんとも微妙な声が漏れ出てしまった。

 いきなりなんだ、と思いはしたが次の瞬間にはその文句も綺麗さっぱりと消えていた。

 

 

『……〈彫像の怪物(ガーゴイル)〉か』

 

 

 まるで猛勉強の果てに受けたテストでわからなかった問題の答えがテストが終わってからふわ~と唐突に思い出すかのように頭の中に目の前にいるこいつについての情報が浮かび上がってきたのだ。

 この目の前にいる怪物の名はガーゴイル。RPGをはじめとするファンタジーモノに触れたことがある奴ならだいたい知っている……多分、そんな怪物だ。たしか、彫像の怪物で西洋における狛犬のようなモノだった記憶がある。

 なるほど、こいつの名前は判明した。では、どうしていきなりガーゴイルなんていう明らかに都市でもないようなこの洞窟にいるのか、俺の前に姿を現したのか。それも先ほど浮かび上がった情報の中に存在していた。

 

 

『本来、ガーゴイルは彫刻家や魔術師が創り上げた彫像に特殊な術式を組み込むか、それとも低位の精霊が複数憑依する事で発生する怪物……だが、このガーゴイルは竜種の血液を石塊が取り込んだことで発生した種であり竜の眷属…………あぁ?』

 

 

 つまり?こいつは余所から来たわけではなく、竜の血を浴びた石から生まれたガーゴイルっていう事か?いや、でもおかしくないか?この情報が正しいのなら、ドラゴンが血を流さなきゃいけないんだろう?なら、ここにはドラゴンがもう一体はいなきゃおかしいだろ。俺別に怪我した憶えないし…………あ

 

 

『いや、やったじゃん、俺』

 

 

 片方の腕を見る。なるほど確かに血が滲んでいる。

 そうだよ、ついさっき何にもでなさすぎて発狂して思いっきり地面殴ってたじゃん。それでちょっと鱗剥がれて血が滲んでたじゃん。というか、間違いなく完全にこのガーゴイルが生まれた原因それだろ。

 まあ、つまり?

 

 

『お前は俺の眷属っていう事なのか?』

 

『GIGIY』

 

 

 石で出来ている為かかなりぎこちなくだが、確かに俺の言葉に首を縦に振ったように見えた。

 なるほど、そういう感じか。

 

 

『俺自身何ができるかはまだ、よくわからないが……少なくともドラゴンだからこんな感じに眷属とやらを造れるのか……というか、さっきのなんだよ。異世界ペディアじゃないの?自分が造った眷属だからそういう情報を把握できるとかそういう系か?』

 

 

 すくなくとも今の情報が俺の持つ能力というわけではないらしい。こうして、眷属を造るのは俺だけじゃなくてドラゴンの基本能力っぽいからな。

 まあ、俺自身の能力等々はおいおい考えるとして、だ。

 

 

『ガーゴイル、ガーゴイルか……いや、駄目だな。ガーゴイルのサイズがよくわからねぇ……石像なんてそんなん造り手と注文の内容でいくらでもサイズが変わるもんだし、そもそもこいつが大きいのか小さいのかがわからねぇ……』

 

 

 ガーゴイルという新たな比較対象が出来たわけだが、そもそもガーゴイルのサイズがどんなものなのかがわからない。もう少し、こう何か良い感じにサイズ感が分かるような奴はいないのかよ。

 

 

『GIGIGI?』

 

『あん?』

 

 

 そんな風に文句を口には出さずともたらたらと胸中で吐いていたら、ガーゴイルが何か言っている……言っているでいいのか?これ。そもそもこいつが俺に何か言おうとしているとしても俺からするとただただ鳴き声を、それこそ石同士を引っ掛けているような変な鳴き声にしか聞こえないんだよなぁ。でもまあ、なんかをこっちに伝えようとしているのは分かる。

 とりあえず、何言っているか分からないけど聞くだけ聞いてみるか。

 

 

『なんだ、どうした……ああ、魚はありがと、で?』

 

 

 俺が獲った魚を受け取りつつ、視線を向ければガーゴイルはいきなり俺に背を向けてしならくその石だからか柔軟さの欠片もない首を動かし鼻先を様々な方向へと向けたと思えば、ある方向で首を止めてそのままその方向の壁へと歩いていった。

 それを俺はアロワナもどきをまるで爪楊枝のように加えながら見ていれば、ガーゴイルはようやく壁に辿り着いたようだ。よくよく考えると、ガーゴイルのサイズ的に俺の顎底から頭頂部ぐらいの大きさだ。俺からすれば前世で言うワンルームか自室みたいな広さだが、あいつからしたら体育館とかそういう感じの広さ何だろうか……で、何をするつもりだ?

 あ、今度は壁を触り始めたな……殴り始めた……え、少しずつだけど削れてない?もしかして、俺のガーゴイル以外にサイズを比較できる奴いないのかっていう意思を感じ取って俺の為に洞窟の外に繋げる道を掘ろうとしているのか?

 

 

『えぇ?まさかぁ?そんな事あるわけないって、いやほんとに…………』

 

 

 …………いや、まあ、俺の血を入れて造ったわけだし?別に造ろうとして造れたわけじゃなくて完全に偶然なんだけども、まあ?つまり?もしかしたら?ワンチャン?俺の願いというか要望を感じ取って動いてくれてるんだとして?

 やってみる価値は、あるよね?

 

 

『大丈夫大丈夫、ちょっと傷口広げるというか、瘡蓋剥がすだけだから……いや、痛ぇな』

 

 

 そりゃ傷口を刺激してるんだから当然、痛いですわな。

 その代わりに血がたらたらと先ほど滲んでいた場所から地面の石へと垂れていく。

 それを視界の端に収めつつガーゴイルの掘削作業を見守っていき、数分が経てば────

 

 

 

 

 

 

『GIGI』『GGGY』

『GIII』『GIGIYY』

 

『インスタントガーゴイルかな?』

 

 

 気が付けば十はいかずとも数体のガーゴイルたちが俺を崇めるかの如く、俺にむかって平伏していた。

 もしや、これは貴重な労働力を手に入れたのでは?人資源は畑から採れる……いや、石と血で生まれてくる……名言だな。もし会話できる外の友人が出来たら言ってみよう。

 俺は新たに造り出したガーゴイルらに先に掘削しているガーゴイルと協力する旨を命令して、ひとまず池のほとりで横になることにした。まあ、何かあればなんか報告ぐらいしてくれるだろ…………

 

 

『GY』『GIGIY』

 

 

 

●─────〇




─────◇

〈彫像の怪物〉ガーゴイル
 魔術を組み込んだ彫像か、怪物を模した古い彫像に低位の精霊種が複数体入り込むなどをする事で発生する精霊種に属する怪物。比較的悪魔などを模したモノが多く、翼を有していることがあるがあくまで彫像内の精霊の力で飛行する為、翼はあくまで見かけのものでしかない。
 主人公の眷属である〈竜像の怪物〉リザード・ガーゴイルは本来のガーゴイルと異なり純血の竜種の血液を浴びた石塊が竜種の意思を受けることで発生する竜種の眷属。人型に近い蜥蜴の姿を模した彫像で通常のガーゴイルよりもやや柔軟に動くことができるが、やはりガーゴイル五十歩百歩である。なお、蜥蜴(リザード)と呼ばれているがどちらかというと見た目はヤモリ(ゲッコー)に近く、基本的に翼はない。

─────◆


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人員があって困ることは、あんまりない……きっと

●─────〇

 

 

 

 ガーゴイルたちによる洞窟外へ出る為の掘削作業。

 正直に言ってしまえば、乃木真士にとってそれは大した期待なんてしていなかった。

 そもそもが話、自分の頭部ぐらいの高さしかないような石像の怪物(モンスター)蜥蜴(リザード)と言ってるのにどっちかと言えばヤモリに近い見た目のそれらが何体集まろうがろくな穴も掘れまいと考えていた。だが、それでも自分の為にやろうと行動をしてくれたことに関しては彼も嬉しく思っており、最終的にはペットの様に手元に置いておこう、とさえ考えていた。それこそ、ガーゴイルの名を冠したヤモリの様にだ。

 例えば、蟻がいるだろう。

 あれらはその小さな身体ながらもかなりの力と夥しい数で土を掘っていき、巨大な巣を地面の下に広げていく。

 小さな虫による地下帝国だ。それに対してガーゴイル、彼の視点からでは彼らガーゴイルは小さいモノ、それこそ人間で言えば自分の顔ぐらいのサイズのヤモリが集まって穴を掘ろうとしているわけだが、残念ながら今彼らが掘っているのは地面、土ですらなくただただ硬い洞窟の岩壁だ。数を揃えたところで、少しずつ削れていたとして、そもそもこの洞窟がどのような場所にあるのかもわからないのに、穴を貫通させられるか?

 無理な話だ。

 雨垂れ石を穿つ?なるほど、確かにどれだけ弱くともいずれきっと穴は完成するのだろう。しかし、それはいったい何時なのか?竜種として転生した彼の肉体ならばその何時かが来るのを待つことができるだろう。だが、それを待とうと考えるほど、彼の精神は人間であった頃から変化していないのだ。

 故に彼はガーゴイルらに期待しない。むしろ、どの程度まで掘れるのか少し楽しみにしているぐらいである。

 

 そう、暇つぶし。余興程度にしか思っていなかったのだ

 

 

 

 

 

 

『GIGI!』『GGY!』

 

『おぅ……マジか』

 

 

 目の前にある光景を見て、乃木真士は頬を引き攣らせる。ドラゴンとなったせいで実際に引き攣るという事はないが、その声音、空気がそれを物語っていた。幸か不幸かそれに気が付くような存在はどこにもいない。ガーゴイルらは自分たちの主人が何とも言えぬ感想を胸中で抱えていてもそれに気が付くことはなく、一心不乱に岩壁を掘削していくのだ。

 彼らを造り出し命令をしてからかれこれ小一時間。

 普通ならばたかが知れている短い時間であるのにも関わらず、彼が見たのは既に数メートルはあろう坑道だ。残念ながら、ドラゴンである彼が通るにはあまりに狭くガーゴイルらの身長に僅かに余裕がある程度の高さしかなく、幅も数体それこそ四体が同時に通れるかどうかも怪しい。

 だが、だが、しかしそこには確かに小規模ながら坑道のようなモノが出来上がっていたのだ。もちろん、まだ横穴と言ったほうが良いのかもしれない。

 期待していなかった、それは果たしてなんて残酷なのだろうか。

 彼らガーゴイルらは彼のそういった胸中を知ることなく、自らの主人の為にこうして穴を掘り続けていたというのに、乃木真士はそんな自分を恥じ入った。

 では、そんな愚かな主人である自分が彼らに対して何をするべきなのか、そう考え始めて……

 

 

『そうだ、もっと眷属を造ろう』

 

 

 労働環境を整えるためにまずは人員を増やすべきだ。

 そうすれば、ひとまず人海戦術で作業の効率化と彼らを休憩させられるだろう。そう考えた彼は池のほとりから立ち上がり、彼らが掘り進める行動の近くまで移動し腰を下ろした。いきなり自分たちの主人が作業場の近くにやってきたことに驚いたのか、丁度坑道から削った石を運んできたガーゴイルが悲鳴のような鳴き声を挙げたが彼はそれを指で制す。

 

 

『手は足りているか?必要なら、増員しよう』

 

『GIGIHI!?』

 

 

 こちらからの言葉は通じているのは知っている。しかし、ガーゴイル側からの言葉は乃木真士には伝わらない。だが、それでもガーゴイルが何やら驚いているのは察することは出来、その上で意見がないか、と促せば恐る恐るガーゴイルは坑道へ向き直り天井を指し示した。

 どうやら、言葉が伝わらない分こうしてジェスチャーで伝えようとしているようだ。それを見た、彼は何を伝えようとしているのかを理解したのか一度頷き

 

 

『天井か、背の高い奴を造ろう』

 

『GIGI!』

 

 

 意図が伝わったようで、嬉しいのかガーゴイルが平伏し始めるのを尻目に坑道を掘った際に出た石や土、岩の山へと彼は視線を向ける。

 まだ、やるのはこれで三回目であり手慣れたとは口が裂けても言う事は出来ないがしかし、先ほどの複数体同時眷属作成で少しではあるが、やり方を分かり始めてきていた。

 

 

『デカい奴……デカい奴……いや、でもガーゴイルより気持ちデカいぐらいで掘削できるような奴……』

 

 

 

●─────〇

 

 

 

 そも素材が石や土、岩だけなのだ。

 それを使って何ができるのだろうか。確かに自分のドラゴンの血を加えればなにかこう、質量保存の法則をガン無視したような感じで怪物を造ることができるというファンタジー極まっているがしかし、だからといって明らかに素材として不足しすぎている。

 なによりも、俺自身の知識の問題がある。

 なるほど、確かにこれでも物書きの端くれだった身だ。常人と比べてそういう方面の知識は当然潤沢と言ってもいいだろうが、しかしだからといって、何でも知っているなんでもわかるというわけじゃない。今、こうして少ない素材を前にして何かそういう条件にハマるような怪物の知識があるか、と聞かれればぶっちゃけないとしか言えんしそもそも、たまたまガーゴイルが造れただけで他に何かができるかもちょっとまだわからないのだ。いや、多分行けるとは思うんだが……こういうの実際に体験すると異世界転生の主人公たちってすごいなぁとか考えるけれども、まあ、それは置いといて。

 

 

『石と岩と土……あー、ゴーレム。ゴーレムならいけるか?なんなら、人型だし、実質ガーゴイルみたいなもんだろ、っていきなりどうした……え?何?もしかしてゴーレムをガーゴイル扱いしたの駄目だったか?』

 

 

 いきなり、ガーゴイルが文句を言う様に鳴き声を挙げ始め、その理由がゴーレムと同列扱いされたことであるのを察したが、ぶっちゃけどっちも石造りだから同じではないだろうか、いやまあ本人?らからすればそこは重要なんだろうな。

 適当にガーゴイルをあしらいつつ、先ほどの様に傷口を刺激しようとしたが既に傷口は完全に塞がっており先ほどのようなことはできないらしい。

 

 

『ってなると、今度は自分から傷作らなきゃならんのか……ええ、嫌だわぁ……でもまあ、すぐに治るっぽいし?いやでも、痛いのは痛いからなあ……足の小指の爪剥がすのとはまあ、違うんだよ……だって肉だし…』

 

 

 文句、文句かどうかはともかくそんなことをぐちぐちと呟きながら、俺は爪を深く突き立てない様に別の指の腹に押し付ける。流石はドラゴンの爪というべきか決して容易くではないが確かにドラゴンの身体に傷を作り、そこから血が滲み出ていく。

 それを石の山へと垂らしながら、ゴーレムができる様に念を込める。

 気分はさながらソシャゲのガチャ祈願だろう。

 もちろんそれでお目当てが出るのなら、何も苦労はしないわけだが……さて

 

 

 血を混ぜ込みしばらく待ちつつ後から運ばれてきた石にも血を垂らしてガーゴイルを量産する用意をしていく。

 仮にゴーレムが造れなかったとしても、増員自体はできる様にだ。まあ、たぶんできないかもしれないな。言ったらあれだが、こういうのは何事も経験の積み重ねが重要で、よくあるスキルレベルを上げてかなきゃツリーが解放されないとかそういう感じだろう。

 と、なると自動的に俺が造るのはゴーレムじゃなくてガーゴイルという事になるわけだが……

 

 

『ふむ、ガーゴイル炭鉱株式会社か……社長ドラゴン、社員ガーゴイル……いや、ないな』

 

 

 鶏口牛後というが、残念ながらそういう会社を作る気はない。いや、嘘、少し魅力的……このファンタジーな世界が本当にファンタジーかは置いといて、やはりファンタジー世界の鉱夫といえば、やはりドワーフだろう。ドワーフであるなら当たり前に疲労等はあるだろう。それに対して、うちのガーゴイルは基本的に疲労とか食欲がないらしい。俺の中に湧いて出た情報が間違っていなければだが。

 人件費はかからず、疲労も食事も必要ない労働力……何かあるとしたら、造り過ぎたら俺が貧血になることだろうが、それさえ目を瞑ってしまえば……ひと稼ぎできるのではないだろうか。もちろん、これは外がどういう世界なのかを一切考えていないものとする。

 

 

『GGGI』『GYI』

 

『おん?ああ、生まれたか良し、あっちでお前らの仲間が行動を掘っているだろ。アレの手伝いをしてこい……あーついでに一番最初に造られた奴を呼んできてくれ』

 

『GI!』

 

 

 新たに何体か造られたガーゴイルに指示を出しつつ俺の視線はゴーレムを造ろうとしている石山へと向ける。何も変わらず山である、と思ったがどうやらそうでもないらしい。

 石山はからからと音を立てながら表面の石や土が崩れていき、何かがその中から這い出てくる。

 それは少なくとも先ほどまで造っていたガーゴイルらと違いより近い人型のそれであり、そしてそのサイズはやはり俺に比べれば小さいモノではあるがそれでもガーゴイルらよりは頭一つ二つは抜き出た体格の石造りの怪物。

 

 

『〈石の人形(ストーン・ゴーレム)〉……どうやら、成功したらしいな』

 

 

 見た目としてはやはり安直な名前の通り、石で出来た人型というべきだが……特徴を強いてあげるとすればやはりその頭部だろうか。このゴーレムにはおよそ首と呼ぶべき部位が存在していない。素材不足かとおもったが、どうやら首はなく頭部は胴体にのめり込まれているような形状であっているらしい。

 さっきは頭一つ二つガーゴイルより大きいと言ったがそもそもその頭がないというのはいかがなモノか……いや、まあ、こうしてできただけで満足だからなんも言わんけど。

 にしても、ドラゴンの血ってすごいな。

 

 

『あー、俺の言葉わかるか?……ん、よし』

 

『GGI』

 

『ああ、来たか。それじゃ、こいつと意思疎通は出来るか?』

 

 

 どうやら、先ほど呼んでくるように頼んだ最初のガーゴイルが来たようでひとまずガーゴイルとゴーレムの間で意思疎通が可能かどうかを試すとしよう。

 とりあえず、今回はゴーレムを造れたが毎回毎回造れるわけではないはずだ、しばらくはガーゴイルを造ったり時々ゴーレムを造るなどして、眷属作成に慣れていくしかないな……というか、俺が今のところ出来るのってそれだけでは?

 

 

 

●─────〇






 ガーゴイルゲッコーというヤモリがいますが、それに限らずヤモリって言うのはどれも可愛らしいですよね。
 私の家にも夜、玄関の外に行くと大小さまざまなヤモリが壁に数匹引っ付いてるのが見れます。



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私は穴暮らしの竜、モグラかな?

●─────〇

 

 

 

 竜像の怪物(リザード・ガーゴイル)と呼ばれている怪物(モンスター)の中で最も早くにこの洞窟に発生したソレは多くの同胞たちを率いながら一心不乱とまではいかずとも確実に坑道を掘り進めていた。

 そも、ガーゴイルと呼ばれる怪物は基本的に発生する前提として彫像の時期が存在している。彫像といっても時代や土地、造り手の思想等々でその材質は多種多様であり、材質という点においてはこのガーゴイルらは洞窟の地面や壁に埋まっているような石や岩でしかなく、通常のガーゴイルと比べれば最底辺もいいところだろう。そんなガーゴイルが岩を掘り続けるなどできるモノだろうか。

 普通ならば不可能だ。乃木真士が目覚めた洞窟は特殊な岩や石では決してないが、簡単に堀り削れるモノではない。では、何故か、それはもう一つの素材が影響している。

 竜の血。魔術の面において、竜の瞳同様の強力な触媒として機能する代物であり竜の生命力と魔力を多量に含んだそれはその血の主の意思一つで眷属を発生させる。故に竜の眷属は大小問わず並みの怪物を凌駕する。それは彼らガーゴイルらも決して例外ではない。

 少量ではあるが竜血を取り込んだ彼らは自身の脆い石の身体に常に魔力を循環させることで強度を底上げし、自身の膂力を強化している。

 その為に彼らは坑道を掘り続けている。すべては自らの主人がこの岩屋を抜け出し竜として天へと羽ばたく為に。

 

 

 その為にもこの坑道掘削作業の監督を任命された最初のガーゴイルは、日を追うごとに増えていくガーゴイルやゴーレムら人員に指示を出しながら坑道を広げていく。今の広さで言えばようやくゴーレムの上にガーゴイルが立ち上がって手が届くぐらいの高さの天井に、ゴーレム二体が互いの指先をつけて横に腕を伸ばしたぐらいの幅。自分たちの主人が通るにはあまりに狭い、いやそもそも通れるわけがない幅と高さでしかないが、監督役のガーゴイルはそれで問題ないと判断していた。

 いまはまず、外と繋げることを最優先としているからだ。

 仮に最初から通れるような広さで掘ればその分、外にたどりつくまでの時間は伸びてしまう。当然、進むために掘る人員が拡大の方に持っていかれるからだ。それに対して、作業が楽になるように適度に拡大しつつ掘り進めていくことで人員の大半を進むために使える。そして、繋がってしまえば、後は坑道を広げていくだけで何も問題がなかった。

 大丈夫だ、間違いなく繋がる。

 ただの石塊から血を拝領することでこの世に発生したガーゴイルにはそれだけを知っていた。その為に彼らは掘り続ける。

 

 

 

●─────〇

 

 

 

 乃木真士には悩みがあった。

 雪の日に歩道橋から滑り落ちて死んだと思えば世界の管理者を自称するシステムとやらにこうして異世界にドラゴンとして転生させられた乃木真士には悩みがあった。

 それは深いようで浅いような他者からしたらどうでもいいと言われかねないようなそんな、悩みではあるが間違いなく彼からすれば重要な悩みであった。

 この世界に転生しもはやどれぐらいがたったのかはわからない。

 陽の光や月明かりが届かないこの洞窟には至極当然のことであるが、時計なんていうモノすらないのだ。そして、何よりも一度も空腹にならないのだ。

 確かに彼はこれといって激しい運動はしていない。転生してからやっていることと言えば、眷属らの行動採掘作業の進捗を確認しては、適度にガーゴイル数体とゴーレム一体を作成しては他に何かできないか、と頭を捻りながら思索に耽り、特に考え付かなかったら眠りについて、目が覚めたらやはり進捗の確認をして、眷属作成をに精を出し、新たな眷属に思いを馳せては時々自分の能力について考えてはやはり寝る、といったニートも真っ青な自堕落っぷりである。なるほど確かに動いていない。これでは空くモノも空かないわけである……などというわけではない。微々たる量ではあるが、確かに毎度毎度血を消費して眷属を作成しているのだ。空腹にならない筈がない。にも関わらず彼は特に空腹に一度もならないのだ。

それは普通に考えれば間違いなく問題となるのだろうがしかし、別にこれが彼の悩みというわけではなかった。

 では、何が彼の悩みであるのか?

 

 

『うわっ……俺の威厳なさすぎ……?』

 

 

 馬鹿らしい、と思っても何も問題はない。

 しかし、ドラゴンという強大な存在であり今は明確に自分の眷属というモノが出来てしまった彼からすればいつまでも威厳をあまり感じられない彼自身の素の喋り方は駄目なのではなかろうか、と考え始めていく中で、今現在真剣に自分の口調について悩んでいた。

 

 

『威厳…威厳……こう、やっぱりドラゴンぽさを出すべきか?ドラゴンぽさ…ドラゴンぽさ?ドラゴンぽさとはいったい……ふふふ、よくぞここまできた……お前に世界の……いや、確かにドラゴンではあるが、どっちかというと魔王だからな』

 

 

 首を捻りああでもない、こうでもないと唸る彼は尻尾をゆらゆらと動かしながら何度も何度もその場でぐるぐると忙しなく回っている。

 もうこの姿だけで威厳の欠片もないが、それは言ってはいけない。

 自分の眷属らががんばって坑道を掘り進めているのだ、ならば当然自分は外に出た時のことを考えなければならない。彼らの主人に相応しい振舞いをする必要がある。これが自分だけであるならばドラゴンらしく自由に振舞い過ごすのだろうが……

 

 

『うーん、俺、我、私……いや、一人称は別にこのままでいいだろ。無理に変える必要はないし……そうだよ、直すべきはこの軽っぽい話し方でもう少し威厳じゃないけど落ち着いた話し方でいいんじゃないか?ンン、俺はこれでいい…そう、それでいいのだ……』

 

 

 うん、やっぱりこういう落ち着いた感じにしよう……。

 そんな風に呟きながら、その場で回るのをやめた彼はそのままその場に腰を下ろして、ふと視線をこの巣にある巨大な結晶群へとチラリと向けてすぐに首を軽く振ったと思えばいつものよう顎を地面につけて目を瞑る。

 悩みはこれにて解決……などとは言わない。

 次に目を覚ました時にも間違いなく彼は同じ行動を始めるだろう。飽きっぽいというわけではないもとよりこういう性分なのだ。それでいいのか、本当にこれでいいのか、そういう事を悩み始めるとなかなか終息しない。一時的に目を背ける様にこれでいい、と決めはするが寝て起きればまた悩み始めついには胃痛すら感じ始める。

 これも自分だけの問題であるのならここまで悩むことはなく、誰かに相談できるのならば問題はない。だが、残念ながら、この悩みは眷属らがいるために生まれ、相談できるような者はどこにもいない。

 いったい、いつまでこの悩みが続くのか。

 それはきっと、ガーゴイルたちが外へと続く坑道を完成させるまでだろう。

 

 

 

●─────〇



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幕間:Ⅰ



 連続投稿です。
 こちらは最悪読まなくとも問題はありません。


◇─────◆

 

 

 

 この世界は箱庭だ。

 それは最も優先されるべき大前提。それを理解している者は果たしてこの箱庭にいったいどれほどいるだろうか。わかっているのはたった一人だけなのか、それとも……。

 箱庭である以上、観察される存在はいるがしかし、あくまでそれは要観察個体でしかなく、この箱庭の創り手が見たいのはこの箱庭がどのようなことになるのかである。ならば、この箱庭内の環境を構築する存在がいるのは至極当然で─────

 

 

 生まれ落ちた一匹の竜がいまだ岩屋に篭もっていようとも、世界は移り行く。

 

 

 彼方、はるか彼方。

 同じ箱庭であるがしかし、はるか彼方にある大地にて二体の強者がこの箱庭の行く末、その一端を決めんとするほどの殺し合いが勃発していた。

 空を忙しなく駆け抜ける者、地上で静かに佇む者。

 殺意を剥き出しにする者、害意を振り払わんとする者。

 何度も何度も両者の力がぶつかり合っては散っていき、周囲に爪痕を残し続けていく最中、文字通り圧を有した言葉が響いた。

 

 

『火葬してやる、死にぞこない』

 

 

 刹那、世界が緋色に染まる。

 視界全てを一瞬でそう染め上げた焔は次の瞬間には無数の矢となって降り注いでいく。そこに逃げ場などどこにもない。僅かな隙間を縫ってでも逃げようとする虫けら一匹すらその矢に燃え盛る焔が抱擁し逃さぬだろう。だがしかし、何事にも例外は存在している。否、無いのであったとしても作って見せるのが道理なのだ。

 

 

『術式拡大:屍死の濁流(アンデッド・フロック)

 

 

 凡そ人間が出したものとは思えぬ、そもそも声ですらない音が幾つも重なってそのように聞こえているとしか考えられぬ意味を持った音が響き渡り、降り注ぐ焔の矢がその音の主の頭上十数メートルに到達した刹那、周囲の大地が黒く影へと染まっていき次の瞬間に白へと染まった。

 そうして、広がるのは延べ数千の死者の群れ。

 人骨、獣骨問わず死者という死者が影より天へと湧きだしていく。正しく、その様は濁流と言って相違ないほどに溢れ返り降り注ぐ焔の矢を迎え撃つ。

 骨が砕け、こびりついていた肉が焼けていく臭いが漂い、降り注ぐ矢によって濁流は徐々にその勢いを殺されていくがしかし、それで充分なのだ。濁流が終わっていくと同時に焔の矢も徐々にその数を減らしていき、互いにほぼ同時に断ち終わる。

 そうして、互いに開けた視界を前に両者は同時に動き出した。

 燃え盛る焔を灯す、蝙蝠にも似た翼をはためかしながら空を駆ける人馬一体双頭の異形はその手に握りしめた自分自身の腰に繋げられた手綱をより強く握りしめ振るえば、流星の様に異形の尾を引く焔が膨張して幾つもの焔の塊を地面へと落下させていく。その光景はさながら爆撃機の様。

 それに対して地上より異形を見上げ者もまた、異形であった。黒く染められた司祭服と無数の蛇の骨で出来た襟巻のようなモノを身に着けたヘラジカの頭蓋骨を頭に据えた不死者(アンデッド)。彼はその手に握る骸の杖を振るい、同時にその声帯を有さぬ口で流麗にしかし同時に恐ろしき死者の合唱でもって言葉を紡ぐ。

 

 

『眷属作成:脱身の大蛇(アンブロッド・ボア)

 

 

 そう紡ぐと同時に影が膨張し巨大な家屋を数棟一遍に巻き壊すことができるだろう巨躯の骨で出来た大蛇が姿を現し、落ちてくる焔の塊を避けながら双頭の悪魔を追い立てる。しかし、悪魔の方が速度は上であり、ほんの少し速度を上げてより上空へと回避するがそれで逃げるのではなく突如として急旋回を行い上空より垂直に大蛇へと突撃していく。

 それを前に大蛇はその咢を開き、噛み潰してやろうと迎え撃つ。

 逃げられるのは容易いのにも関わらず、敵に対する急降下突撃。勝利を捨てたのか、そう考えられる突飛な行動。

 だが、何も間違えていないのだ。

 

 闇夜を垂直に切り裂いていく緋色の流星。

 それは悪魔を噛み潰さんとした大蛇をその鼻先から尾まで一切止まることなく破壊していく。

 周囲に無数の骨の断片がばら撒かれていくのと同時に粉砕される地面、影がまるでタールの様な粘り気を見せながら蹴散らされ、それらの隙間より双頭の悪魔が悪魔らしい残虐な笑みを不死者へと垣間見え─────

 

 

『それを待っていた、貴様ならそうすると』

 

 

 それに対して、不死者は嗤う。

 瞬間、周囲一帯に広がるのは複雑怪奇の魔術方陣。

 

 

『術式拡大、並列起動、多種魔術励起───永劫停まり深淵で圧壊してしまうがいい』

 

『ほざけ……!!ケルゥス!!』

 

 

 どれだけ速かろうと問題ない。この周囲一帯丸ごと空間凍結の術式範囲内であり、同時に空間転移の範囲内。抗ったところでここまで起動した後ではもう遅い。仮に術者を殺したところでもはや、止められないのだ。

 それを理解しているが故に双頭の悪魔は怒号を捲し立て

 

 

『グッ……!!』

 

 

 破れかぶれの抵抗、迸った焔によって不死者の両腕が破壊され、同時に人間であれば間違いなく致命症であると言える、心臓があるはずの場所に風孔が空く。

 呻き声をあげるがしかし、先に言った通り、もはや止められない。

 

 

『私の勝ちだ……!!ベリエマッ!!』

 

 

 周囲に満ちる光が全てを呑み込む。双頭の悪魔、ベリエマの怨嗟の絶叫が響き渡る中、光に呑まれていく不死者は僅かに異なる光を灯してその場から消え去った。

 後に残るのは焼かれ死者の残骸が撒き散らされた荒野ばかりであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ふ、ふふ……何とか成功したか』

 

 

 賭けは私の勝ちだ、と森の中で一人逃れた不死者は嗤いその意識を手放した。

 

 

 

◇─────◆



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思考を廻し、歯車は回る


 連続投稿です。
 昨日はコロナワクチンの影響で寝ていたので更新できませんでしたが、元気ですのでこれからも頑張ります。




●─────〇

 

 

 

 もう何度目だ。

 何度目の起床だ。

 この世界に転生して果たして何時間、何日が過ぎただろうか。少なくとも一日二日、片手で数えられる日数はとうに過ぎているだろうことは間違いない。洞窟である以上当然、陽の光も月明かりも射しはしないし、どういうわけかは全く分からないが空腹すら起きない。これも俺自身の時間間隔を狂わしている要因の一つと言ってもいいだろう。

 もちろん、ドラゴンの食事間隔は知る由もないので、仮に空腹があったとしても人間だった時の感覚が通用するとは思えないが、そんなことはどうでもいい。

 この際、俺自身の時間間隔が腐ってきているのはどうでもいい話だ。

 ここしばらくは、ガーゴイルやゴーレムたちによる坑道掘りが終わって俺が外に出るようになった時の事ばかりを考えていた。そうだ、どれほど考えていたかは分からないが外へ出た後の振舞いやら口調やらについて悩んでいたはずだ。性分というべきか何度も何度も悩んではその場しのぎの答えを無理矢理に考えては誤魔化す様に眠っていたような気がする。そうだ、そもそも俺は寝ていたが果たしてどれだけ寝れていたのか。だいたい人間だった時の俺の睡眠時間は平均として6~7時間ほどだったはずだ。

 で、ドラゴンになって俺はどれぐらい寝た?

 ガーゴイルらも時間を特に気にしておらず、そもそもどれぐらい経ったかはわからないようであるし、疲労をせず数も揃えた人海戦術で掘り進めているというのにどうしてこうも時間がかかっているのか、本当はどれぐらいの時間が経っているのだろうか。

 俺は既に五日以上は経っていると判断していたが、本当はまだ三日目とかなのだろうか。

 

 

『……お茶らけてられるのはもう過ぎたぞ』

 

 

 もはや口調がどうだの、威厳がどうだのと考えていられる余裕何ぞ、どこにもない。

 そもそも、坑道の進捗もだ。言ってはあれだが、あくまで石やらを運んできたガーゴイルらに進捗を聞いているだけで実際にどれほど進んでいるのか俺は視認していない。

 なぜ、していないのか、と聞かれれば答えは純粋にそもそも坑道の広さ的に俺が覗き込んだとしても具体的な奥行きまではいまいち測りづらく、そして何よりも近場ならともかくある程度距離が開くと奥行きの変化が分かりづらい。前者と後者が相まってちゃんと進んでいるのかわからな過ぎて不安になってくるというのが大きな理由だろう。

 何より何度も何度も覗き見て確認するのは果たして、彼らガーゴイルやゴーレムを信用していないという事になるのでは、と俺が勝手に感じているというのもあるが。

 正直に言えば起きるたんびに進捗を聞くのもどうかと思っているがそれは棚に上げておこう。

 

 

『……システムの奴……せめて最初から外と道を繋げておけよ』

 

 

 どうせ観察しているのだから聞こえているだろう、この世界の管理者様に対して堂々と文句を垂れれば、後から湧くようにシステムに対する文句が浮かび上がっては沈んでいく。

 そもそも転生する前に言っていたこの世界の情報とはいったいどこにあるというのか。

 それ以前にそれが物理的な情報群なのか、それとも精神的な情報群なのか自体なにも言われなかったのだが、それはこの際気にする事はやめておく。

 いや、一度この話は横に避けておいて、時間間隔に話を戻すとしようか。

 そもそも俺の目を覚ましている時間と寝ている頻度はよくよく考えてみるとあまりに前者が短すぎる。起きる度に身体を軽くほぐしてガーゴイルらに進捗を確認してから眷属を作成……ここ少しは控えて悩んでいたが、ともかくそれ自体は決して数十分もかからないものだ。悩む時間も時間としては言うほどではない、早々に誤魔化していたからな。でだ、それが終わればしばらく自分自身の能力について思考に耽りはするがそれもそこまで時間をかけている感覚はない。

 それらを合計して考えると下手すれば一回の起きている時間は二時間もないのではないだろうか。そして、頻繁な睡眠は空腹を起こさないための反応なのか?いや、わからないな……だが、この洞窟にそもそも俺みたいな怪物(モンスター)の食事を賄うほどのモノがあるとは思えない。池には魚がそれなりにいるのは分かっているが、このドラゴンの身体を保たせるほどいるとは思えない。

 では、やはりそういう事なのだろうか?

 

 

『……ああ、駄目だな。時間があると頭を回すしかない、ぐだぐだと悩み続けるよりかはマシだが……クソが……なら、どうする。すっぱり割り切るべきなんだろうが、お茶らけてる方が楽だったな……はぁ』

 

 

 結局のところ、情報が少なすぎるとしか言いようがない。

 このまま、いつも通りに眠る……では、駄目だ。結局のところいつも通りで終わるだけだ、ならここは眠らずに思索に耽るべきだろう。考えすぎもいけないが、今回に関しては色々考えるべきだ。

 ひとまず、俺は池の水を口にして気分を変えつつ新たに思考を回していく─────

 

 

 

●─────〇

 

 

 

 まず、一番最初にそれに気が付いたのは坑道の先端で作業をしていたゴーレムだった。

 何やら妙に大きな岩があるとガーゴイルらに言われそれの撤去作業をするためにまず近場にいたゴーレムが呼ばれ、その大きな拳を岩に叩き付けたところ僅かにそれは揺れるばかりで崩れる様子も見せやしない。だが、まあ、そういう時もあると言わんばかりに一度溜を入れてから再び殴りつけてみたもののしかし、返ってくるのは衝撃ばかりで岩は砕けるどころか逆に自分の拳が僅かにかける始末。

 その事実にゴーレムは怒りを抱いた。具体的な感情を抱かぬゴーレムであるがしかし、何事にも矜持というモノがある。彼らにとってその頑強さがそれだ、無論自らの主人に対する矜持も多分に含まれているが、ともかく殴りつけて砕くならともかく逆に自分が割れるなど認められる筈もなく、乱打を岩に叩き込んでいく。

 周囲のガーゴイルらもそれを見て、存外てこずったな、と考えながら自分の作業を再開していく。

 

 そして、それに気が付いたのは岩に対処をしているゴーレムではなく、その近くで坑道に出てきた岩を砕いて持ち運びやすくしていたゴーレムだった。

 動いている。乱打を受けている岩が動いているのだ。

 そりゃあ、岩を殴りつけているのだ動かない方がおかしい。だが、そうではないのだ、飛び散る破片は岩のモノではない、殴りつけているゴーレムのモノだ。ここらで殴っているゴーレムも異変に気が付き始めた。

 岩がまるでのっそりと向きを変える様に動き始めているのを。そんなゴーレムの反応を察したのか周囲にいたガーゴイルらは次々と作業の手を止めていく。そうして、集まるのではなく少しずつ距離を取り始めて────

 

 坑道に衝撃が走った。

 

 岩が砕けた、などではない。いったい何が原因なのか、そんなもの直前の事を知っていればおのずと察することは出来、坑道の先端側にいたガーゴイルが鈍い石同士を叩きつけたような鳴き声をあげる。

 瞬間、ガーゴイルらが下がっていき、代わりにゴーレムらが前へ前へと進んでいく。鼠一匹通すまいと坑道内で立ち並ぶゴーレムら、そして隙間から覗くガーゴイルらは一様に坑道の最先端に生じた土煙を睨みつける。

 どれだけ経っただろうか、土煙がようやく落ち着いていくと何が起きたのかを鮮明に見せつける。

 そこにあるのは無残にも右半身を破壊されたゴーレムの残骸とゴーレムと同じぐらいのサイズはあるだろう岩が鎮座していた。否、岩ではない。

 よくよく見てみれば、岩の表面には規則的に並んだ鱗のようなモノがびっちりと生え並んでおり、同じく鱗のようなモノに包まれた四肢があり、ゆっくりと動いて岩の内側が開くようにしまい込まれていたらしい頭部が晒される。

 その姿は乃木真士の前世で言うところのセンザンコウかアルマジロのそれに近い。

 

 

『HYOOOO』

 

 

 ギョロリとした目を爛々と輝かせながら、舌先をチロチロと見せる怪物を前にゴーレムらは警戒をより強くする。坑道を掘り始める中、地下を根城とするような怪物は当然いるのだろうがここまで一度たりとも接触するという事はなかった。

 だが、想定しなかったわけではない。

 少なくとも怪物が自分たちの主人がいる洞窟まで進むよりも早くに坑道を崩壊させられるようにゴーレムらに足止めをさせる。自分たちの主の眠りの邪魔をさせるわけにはいかにのだから─────

 

 

『HYOOUUUU』

 

 

 舌先をチロチロと出して威嚇の咆哮を上げるセンザンコウの怪物は四足でなく立ち上がり腕を広げる。四足の時点でゴーレムと遜色のない体高であったのにも関わらず立ち上がったことでゴーレムに覆いかぶせられるような身長に変わる。

 ゴーレムやガーゴイルらが知る由もないが、この怪物は基本的に蟲類の肉食性であり、基本的に温厚な怪物であるが眠っていたところに何度も殴りつけられれば怒りを露わにしたわけで決してこのまま坑道を進んでいこうなどとは考えていない。適当にこの目の前の自分を殴りつけてきた石人形と同じ姿の奴らを壊してからさっさと帰ろう、そう考えていた。

 その為に一歩、前へとにじり寄って

 

 

『────』

 

 

 全身の鱗が逆立った。

 意思に反して身体が本能が自身を守らんと最大限の防御態勢をとるために全身の鱗が逆立っていく。しかし、それは本来の動き以上でセンザンコウ自身の鱗が捲れすぎ付け根から血が流れ、割れてすらいく。

 もはや、センザンコウの中にゴーレムらへの怒りなどというモノはどこにもない。あるのはこの場から逃走せねばならないという本能。

 その原因は明白。この坑道の奥にいる何かをセンザンコウの本能が察知したのだ。故にセンザンコウは回れ右をして勢いよく自分が先ほどまでいた穴へと登っていく。急いでいるせいか、何度か縁に足が後ろ脚がかからずに滑り落ちていくがそれもすぐになくなり振り返ることなくセンザンコウはその姿を坑道から消したのだ。

 脅威が目の前から去った。その事実にゴーレムらは警戒を解き始め、ガーゴイルらは作業場へと戻り始めていく中、一体のガーゴイルがついさっきセンザンコウが姿を消した穴を見た。センザンコウの生態を知っているわけではないが、少なくとも完全な地下生活を行う怪物ではない、とガーゴイルは判断しゴーレムへと指示を出して穴の先と坑道を繋げていく。

 そうして、センザンコウのいた空間へと登ってきたガーゴイルらが見たのは確かに灯りが差し込んでいる大口を開けた場所。つまるところ

 

 

『GGII!!』『GYYY!』

 

 

 ついに彼らは坑道を外へと繋げることができたのだ。

 坑道にガーゴイルたちの歓喜の鳴き声が上がるのを洞窟の奥底で竜は確かに聞いた。

 

 

 

●─────〇



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開けたのは宝箱かミミックか



 まず、先に報告することが
 主人公の見た目を少し変更いたしました。というのもやはり四脚に加えて折りたたんだ翼脚などでイメージ元にしていた某狩人ゲーの幼体古龍が何度も頭にちらついて来たので下手をすると完全にそっちになりかねないと一部変更いたしました。

 報告は以上になります。


●─────〇

 

 

 

 外と繋がった。

 その報告を聞いた際に大きく心臓が跳ねた気がした。この際、どれぐらい実は日時が経っているのかという考えを止めて、すぐさままだ見ぬ外について思いを馳せる────などという事はなく、努めて冷静に俺は報告をしに来たガーゴイルに対して一つ気になったことを聞いておく。

 

 

『俺が通れるようになるまでどれぐらいかかる』

 

 

 これが一番重要な事だ。

 坑道がついに外に繋がったのは良い。それはとてもうれしいことだし、何事もそれがなければ始まらないのだ。だが、繋がったところでそもそも俺がこの洞窟を出ることができなければいくら外に繋がったところで意味はないのだ。

 坑道の高さはゴーレムとガーゴイルを合わせたような高さでしかなく、俺が通るにはまだまだ低く、幅も翼を畳んでいるからそこまで広くはなくても問題ないがそれでも肩幅等を考えるにもう少し広いほうが良い。

 言っては何だが、こういう場合俺の知るマンガやラノベでは人化するのが定番なんだろう。ジャンル全般から見たらどうなのかは知らないがしかし、少なくとも俺の知る中ではそういうのが多いのは事実だ。そう……事実なんだよ、悲しいことにな。

 これは、俺の持論と言うべきかはともかく、何故人外に転生しておきながらわざわざ人化するのだろうか?元々人外キャラが人化するのが前提であるのならば、まあわかる。俺もそういうのは理解できるとも、しかし、しかしだ。どうして、わざわざ人外モノと言ってるのに人化するのか。これが人の姿に戻りたくてその術を探し、物語の最後の最後で手に入れて人化するならぜんぜんわかる。ハッピーエンドだ、よかったよかったでいい。

 だが、だがなぁ。初期の内に人化するのはどうなのか……まあ、実際人の姿の方が何事も都合がいい、というのは理解できる。今の俺の様に人外の姿ではあまりに不便になるというのなら……ああ、なんやかんや言ってるが別に今の身体に関しては不便とは思ってない。そりゃあ、確かに外に出ることができなくてイライラとしてはいるがそれはあくまで今の現状の話。待っていれば、出れるようになるんだ許容範囲と言うほかあるまい。

 話が脱線したがなんだったか…………ああ、俺が人化するかどうか、か。しないよ、そもそもなるとしても今の時点でどうすればなれるかも知らんからな。

 やるとしたら、小型化ぐらいで済ませそうだ。

 

 

『GGI?』

 

『ん、あ、すまない。考え事をしていた……ああ、で、そうだ坑道の拡大だったな』

 

 

 普通に話が脱線していた。しかも、ただ脱線するどころじゃない、脱線して隣の線路を走ってたらまた脱線して元に戻ったと思ったら結局、まだ元の線路じゃなかった…………いや、分かりにくいな。普通に脱線でいいか、結局脱線していることには変わりないのだし。

 俺は視線をガーゴイルへと向ければ、ガーゴイルは作業について話し始めるが、ここだけの話、実はいまだにガーゴイルが何を言っているのかよくわかってない。いや、何を伝えようとしているかのニュアンスは分かる。わからないのは、その具体的な部分だ。

 そして、彼らの話で具体的な数字がわからない。例えば時間だ、これもかなりアバウトでしかも俺が正確に理解できていないこともあって、やはり俺の時間間隔が分からなくなっていく。いや、まあ、彼らは悪くないんだが……

 

 

『GIGI』

 

『………ふむ、任せる』

 

 

 今もそうだ。

 だいたいどれぐらいかかるのかを報告してきたのだが、俺が分かったのはそれなりに係ります、という事。つまり、具体的にどれぐらいかかるかは全く分からないのである。まあ、それなりという事はそれなり何だろう。うん。

 とにかく、それでガーゴイルたちに事を任せつつ、俺は外について考えることにする。

 俺が出れるかはまだ先ではあるが、少なくとも外に繋がったのは事実。となれば、俺がすべきことは一つだろう。

 

 

 

●─────〇

 

 

 

外がどうなっているのか、調べてきてくれ。

 それが、彼ら坑道開通後に造られたガーゴイルらに与えられた仕事であった。それは先に造られた同類らとは異なる命令であり、自身の主人にとって重要な事であることを彼らはよくよく理解していた。

 だからこそ、坑道で拡大工事を行っている同類らに見送られながら坑道を進んでいき、同類らが掘っていった坑道から例のセンザンコウの怪物(モンスター)が消えた横穴へと登っていき、ついに陽の光が差し込む穴の出口へと辿り着いた。

 外に何か脅威がいないかを確認するため、僅かに首を出して出口付近の様子を伺ってみるに特にこれといって脅威があるようには見えず、外へと足を踏み出す。それによって一気に視界は広がり薄暗く土と岩に石ころしかなかった洞窟から世界は多種多様な色合いのあるモノへと変わった。

まず、目についたのは視界のいたるところに生えている木々だろう。ただの石から生まれた彼らではあるが決して無知ではない。見たことはないが彼らはそれが木というものである事を理解し、それが周囲にたくさん生えていることも確認してから今度は自分たちが出てきた洞窟の周囲を確認し始めていく。

一言で言ってしまえば洞窟の出入口は大きな山の横合いにぽっかりと空いているらしい。自然で出来た穴だったのか、誰かが造ったモノなのかはガーゴイルでしかない彼らにはてんでわからぬことであるが、どちらにせよ出来てかなりの時間が経っているのは間違いないだろう。そして、穴が山に向かって伸びている限り、下手に掘る向きを間違えれば開通するのにより一層の時間がかかったことは間違いない。

 

 

『GGI』

 

『GGYY』

 

『GI』

 

 

 口々に周囲の環境について言い合いながら、ガーゴイルたちは穴の周辺を歩き始める。

 目に見えるのはどこもかしこも木、木、木ばかり。穴周辺は先のセンザンコウの怪物が比較的利用しているのか草木は踏みしめられ開けているがそれも少し離れれば木々ばかり。

 当然だが、木々はガーゴイルに比べて背が高い。ガーゴイルどころか、荷物運びの要因として連れてきているゴーレムに乗ったとしても木より高いなどという事はない。

 で、あれば

 

 

『GGG』

 

『GY』

 

 

 集団から三体ほどのガーゴイルが抜け出して穴の上、岩壁ばかりの山を登り始めていく。ガーゴイルである以上その動きは決して滑らかとは言えないがしかし、まるで崖を登る山羊の様にすいすいと山を登っていき木よりも高い所に辿り着いて、彼らは背後を振り向く。そこに広がる光景は視界全体をどこまでもどこまでも広がる大森林。ここまでの規模であるならば、もはや大森林ではなく樹海と形容するべきだろう。

 

 彼らが今現在知る由もないが、この大樹海の名は〈ベイラの大樹海〉

 この箱庭世界有数の大樹海である。

 

 

 

 

 

『GG?』

 

『GYI?』

 

 

 山を登り周辺の環境がどのようなモノなのかを三体の仲間が確認をしに行っている最中、地上に残っていた彼らは彼らで周辺の調査を開始したガーゴイルやゴーレムらは順調に進めていっていたがしかし、木々や時折見かける拳大程度の蟲や遠目から彼らを伺う怪物と異なる動物らの視線を受けつつ調査をする中でその手を止めざるを得ない状況に陥っていた。

 なにか、緊急事態が発生したというわけではない。

 いや、緊急事態ではあるのだろう。

 自分たちの目の前に明らかにこの周辺に住んでいる動物や怪物とは経路の違うような存在が転がっているのだから。生きているのか死んでいるのか彼らに判別する手段はないが、しかし自分たちの主人がこれを見たらどのような反応をするか。

 ゴーレムを除いた彼らはまだ造られて間もない。

 当然、坑道造りには関与していない。つまるところ、それはまだ自分たちの主人に対して何も貢献できていないという事に他ならない。

 

 

『GG』

 

『GGI』

 

『GYI』

 

 

 で、あれば。

 どのような選択をするのかは決まっていることだった。

 ソレをゴーレムに抱えさせて、数体のガーゴイルらが共に集団から離れていく。彼らの胸中に浮かぶのはソレを主人の下に運べばどのように喜んでいただけるだろうか、という事だけ。

 だからだろう、ゴーレムが抱えていたソレが微かに身動ぎしたのに気づかなかったのは。

 

 

 

●─────〇



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思い馳せるは洞の外



 仕事が忙しくなかなか執筆の時間も取れず久々の更新になります。




●─────〇

 

 

 

 一言で言えば、大収穫、というものなのだろう。

 いったいどんな世界がこの洞窟の外に広がっているのかを考え始めた中で脳裏に過って行ったモノはまず、どこまでもどこまでも広がっていく無人の荒野ないし砂漠の光景。地上にはおよそ生物と言えるようなモノは見えずどれもそれも地下生活をし、その一生を地下で終わらせてしまう生物ばかり、そんな考えが浮かんでくるような死の世界が浮かんでいた。もちろん、そんな世界を箱庭にしていったい何を観察するというのか、といった話になってくるため早々に切り捨てたもしもだ。

 次に浮かんだのはやはりどこまでも続く海の世界であったが、そんな世界に転生するというのならばそもそも海洋生物の類である方がシステムとしても観察するのに最適ではないか?と考えてやはり切り捨てていき、では次、では次、と考えていきひとまず所謂中世ファンタジー的な世界観を予想したわけだが、その答え合わせが今行われた。

 やはり、というべきかそもそもこの短時間で言語能力が上がるわけもなく、ガーゴイルらの言葉の詳しい部分はいまだ理解することはできないが、わかる限りではどうやらこの洞窟は山の中にあり、山の周りは森で覆われているらしい。

 具体的な部分はわからず、もしかしたら惑星のほとんどが森に覆われていてそこに住まう凶暴な植物的な生物が文明を築き人類を脅かしているのかもしれない、が少なくとも周囲が海であったり荒野であったりという事はないらしい。

 

 

『それに少なくとも、生物は比較的まともなのがいるようだしな』

 

 

 そう呟きながら視線を動かせば、供物か何かか、ガーゴイルらが外で捕まえたと思わしきウサギによく似た動物や鳩みたいな鳥が意識を失ってるのか死んでいるのかは不明だがちょっとした岩のテーブルに並べられているのが見える。

 決して動物に詳しいというわけではない為、これらの動物を見てこれはこういうのに似ている種だ、などと口が裂けても言えないがまあ、素人目線で見るにウサギらしき生き物は特に牙が生えているわけもなく、ましてやジャッカロープのように角が生えているわけもなく、色合いがゲーミングしている様子もなく、サイズがおかしいというわけもない。いや、地球には最大で一メートルを超す種のウサギがいるがアレは一般的じゃないので比較対象になるわけもない。という事で少なくともこのウサギは普通だ。

 鳥の方も、まあ概ね野鳩をずんぐりむっくりした感じだが、探せばちょっとずんぐりむっくりした鳩も普通にいるので、まあ、特に変わった感じはない。つまり、普通の地球の生物みたいなのがいるのは間違いないだろう。

 

 

『まあ、だからどうしたって話なんだが……』

 

 

 地球の生物と変わらない生物がいる、と聞いて普通どう思うか。

 自分の飼っていたペットと似たような動物がいる?自分の好きな動物みたいな動物がいる?馬鹿め……つまるところ、熊とかトラとかそういう危険な動物に似た動物もいるという事じゃないか。日本生まれ日本育ち純日本人でしかなかった俺からすれば、まあトラとかゾウとかに襲われた云々の話は所詮は外国の出来事でしかなく、テレビやネットニュースで見かけて、へー。で済んでしまうものだが、流石に熊は怖い。

 熊が住宅街に現れて歩いていた一般人を襲ったなんてニュースは記憶に新しい。比較的俺の住んでいたところは熊が出る様な場所ではないが、少し自転車を漕げば熊が住んでいそうな山なんていくらでもあった。だから、そういう危険動物に似た動物がいるというのは少し怖いのだが、それよりも

 

 

『俺自身、それにガーゴイルやゴーレムなんてのがいる世界だ。もっとヤバい怪物がいるのは間違いないだろ』

 

 

 そもそも、俺がドラゴンだからと言って安全なわけではない。

 

 

『昨今の作品は基本的にドラゴンは主人公の強さを表すていの良い踏み台……いや、試し切りみたいなところがあるからな。嫌な話だ』

 

 

 ドラゴン=強い

 という式は必ずしも成り立つわけではないのだ。悲しい話だがな。

 

 

『……そう考えると外に出るの怖くなってきたなドラゴンスレイヤーな英雄とか出てきて、首切られたくないんだが、せめて尻尾にしてほしいな。いや、剣なんて出てこないが』

 

 

 俺、悪いドラゴン違う。

 って言ったら、見逃してくれるだろうか……まあ、そういう奴がいるのか、俺自身がどの程度なのかは知らないから、引きこもっているわけにもいかないが。

 

 

『と、なれば必要なのは情報だ。情報があれば身の振り方はいくらでも考え付く、最悪は引きこもるか穴の近くを開墾して農場でも作るか……俺自身が動けるかは分からないがそういう感じのもいいよな……ドラゴンに転生したけど農場主になりました……なんていう感じに、それかガーゴイル坑道株式会社でもやるか』

 

 

 もちろん、それらは最終手段というべきか最後の最後な選択だが…………、でだ。

 

 

『GG』

 

『GII』

 

『…………いや、わかった。わかったから』

 

 

 先ほどからガーゴイルらより向けられている視線が痛い。いや、別に睨まれているというわけではない。

 ちょっと、意図的に無視しているだけだ。

どうして、俺が彼らを無視しているのかというと、もちろんちゃんとした理由がある。それは彼らが何かやらかしたというわけではなく、いややらかしたのは間違いないんだがそれは、まあなんというか。

地雷原になるかどうかも分からないけど、間違いなく面倒ごとになりかねないモノが持ち込まれたというべきだろう。

 

 

『…………うーむ』

 

 

 首を捻りつつ視線を動かし、俺や先の動物が置かれたテーブルからも離れた場所に置かれたまた別の石のテーブル、そこに乗せられたモノを俺は見る。

 それは先の動物などとは一線どころか二線も三線も画すようなモノだった。やはりサイズの比較は難しい……いや、鳩もどきがだいたい30センチ少しだと仮定してみるに二メートルを超えるぐらいだろうか。もちろん実際あくまで前世基準の話でこっちではまだ正確なサイズの比較はできていないから、なんとも言えんが……脱線したな。

 それは司祭服と言えばいいのか、宗教的な衣装に身を包んでおり、蛇か何かかそういう長い動物の骨格を加工したようなアクセサリーと言えばいいか、ともかくそういうモノを巻き付けた人物。

 これだけならば、ついに現地民と会合、と喜びを露わにしていきたいものなんだが……決して見逃してはいけないモノがそこにはある。

 

 

『シ、シカか……?』

 

 

 首から上が明らかに人間のモノじゃない。いや、シカっぽいんだが、獣人とかそういうのではないんだ。こう、白骨化してるんだよ白骨化。しかも、両腕はなくなってるぽいし。

 明らかに生きているわけもないコレをガーゴイルらが持ち帰ってきた時は驚いた、というか唖然とした。嘘だろ、って素で出たぐらいに。

 どうして、洞窟の外への調査に向かわせたのにこんなどこの誰かも分からない死体を持ち込んだのか、是非とも話し合いたいものだが……あちらの言い分を完全に理解できない以上俺はこうして、現実逃避をしていたんだが……とりあえず、弔ってやろうと思うんだが……本当にこれは遺体なのだろうか。

 白骨化しているとはいえ、服がこう何といえば良いのか比較的綺麗だ。少し、ぼろくなっている、焼け焦げたような跡はあるがどうみても白骨化するほど時間が経っている様には見えない。

 というよりも、この世界には俺やガーゴイルらのような存在がいるのは間違いないんだ。という事は、もしかしてだが、もしかするとだ。

 

 

『…………不死者(アンデッド)って奴か』

 

 

 ファンタジーモノならば、出ない筈がない。

 俺のようなドラゴンやゴーレムと続いてかかせない動く死者(リビングデッド)。さしずめ、獣人の不死者といった感じの怪物なのかもしれない。

 だが、これはあくまでそういう予測でしかなく、違うかもしれない。しかし、もしもそうだというのなら敵かもしれない。ただの自然に発生した不死者?そんなわけあるか、こんな明らかに上位種みたいな格好しているわけがないだろう。

 なら、実際にそうだった場合、どうなる。ここで目覚める前に踏み砕くか────

 

 

 そう、俺は思考して地面に伏していた腕へと視線を向けてから視線を戻して

 

 

『…………ここは、どこだ』

 

 

『キィエェェェェェェ!?喋ったぁ!?』

 

 

 こちらへと明らかに視線を向けて言葉を発した白骨に思わず悲鳴を上げてしまった。

 

 

 

●─────〇



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竜と不死者は言葉を交わす



 明日、明後日は忙しい為、更新はなしです……楽しみにしている読者の皆様申し訳ございません。




●─────〇

 

 

 

 この世界には人類と動物とそして、怪物(モンスター)が存在している。

 人類と怪物が食らう為、また環境を整える要因として造物主がこの世に産み落とした知性無き動物らを除く二つの区分けは所詮、人類側が勝手に定めたモノでしかないが世界はおおむねそれら二陣営によって、左右されてきた。

 人類と怪物は不定期ではあるが、大いなる力とでも言うべきモノを有した存在が生まれ、それに呼応するようにもう片方で発生した存在とぶつかり合いながらその生存圏をどちらか片方に偏らせることなく続いてきた。

 

 ケルゥス・スィニエークはそんな怪物側の強大な存在の一体であった。百年ほど前にこの世界で不死者(アンデッド)として発生し、様々な知識を蓄え続けていき何時かの未来に自身を討つためにやってくる人類の強者とぶつかりいずれはこの世の全てを解き明かし、世界の真理へと辿り着かんと自身の力を高め続けていた。

 そんな折に、彼は自分と同じ存在である双頭の悪魔によって襲撃された。

 どうして襲撃されたのか、その理由が分からないほどケルゥスは無知ではない。何十年も自身が腰掛ける御座を守り続けていたのだ、自身が被るソレがどういうモノなのかをよくよく理解していたからだ。

 知識とは武器だ。知識とは財産だ。知識とは手段だ。

 知っているという事はそれに対して何もしないというわけがない。当然、ケルゥスは数十年前から万が一の為にいくつもの手札を揃えてきた。故に同類が襲ってきた時に切るべき手札を彼は切るべき時に切ったのだ。

 回避されるの防ぎ、事の終わった後すぐに再来してくるのを妨害する為の指定した空間ごと疑似的な時間停止を行ったうえで、簡単には戻ってこれず間違いなく激しい消耗をするだろう場所、深海への空間転移を仕掛けたのだ。もちろん、それは相当危険な手札であり、下手をしなくとも自分諸共同じ場所に転移しかねなかったが、彼は賭けに勝ったのだ。

 双頭の悪魔と同じ場所ではなく、予め見繕っていた危険度の少ない地域のどこかへとランダムな転移。結果として多大な消耗をし、不死者であり肉体的な疲労などないはずの彼は転移後にその意識を失った。その両腕と共に。

 少なくとも自分を害せるような存在はいない、と考えて意識を失ったのだが…………

 

 

『キィエェェェェェェ!?喋ったぁ!?』

 

 

 意識を取り戻して見たら明らかに自分が意識を失う前とは違う場所で、いきなり発狂したかのように叫ぶドラゴンがいたら、どれだけ経験を持っていたとしても思わず思考停止してしまうのは仕方がないことだろう。

 

 

 

●─────〇

 

 

 

『…………あー、その、だね、落ち着いたかね』

 

『…………あ、ああ。落ち着いた…すまない』

 

『いや、気にしなくて構わない』

 

 

 ヘラジカの頭蓋骨を持つ不死者が意識を取り戻し、乃木真士が発狂したかのような声をあげて僅か数分、寝そべるような姿勢からまるで犬がお座りでもするかのような姿勢に正した彼と先ほどまで自分が寝かされていたテーブルに腰掛ける腕のない不死者。

 客人である不死者が家主であるドラゴンを落ち着かせるというなんともシュールな光景だったがすぐにそれも終わり、落ち着きを取り戻した彼が先に口を開いた。

 

 

『まず、目が覚めたようで何よりだ。この洞窟の外にある森で貴方が倒れていたところを私の部下のガーゴイルらが見つけてここまで運んできたんだ』

 

『なるほど、それは礼を言わせてほしい。一応消耗していても私に危害を加えられるような存在がいない場所に転移したがそれでも意識がない所でちょっかいをかけられるのはいい気分ではないからね。感謝する』

 

 

 少なくとも人間が出せる様なモノではない、怨念めいてすらいる声でありながらも丁寧な声音の不死者が浅く会釈をし、彼はそれを受け入れて自己紹介でもしようかとして、乃木真士はその薄く開いた口が止まった。

 それは別段、なにか可笑しなモノが見えたとか思わず口が止まってしまうような事でも起きたというわけでもなく、純粋に困ってしまったのだ。

 そんな空気を感じ取ったのか、不死者は僅かに首を傾げそれに気が付いた彼は誤魔化すようにではなく、やや恥ずかし気に爪で頬を掻きながらその困りごとを初対面である不死者へと告げた。

 

 

『……その、実は、私には自己紹介するような名前がないんだ』

 

『それは……なんとも数奇だ。名が無いとはね、まあそういう事もあるのだろう』

 

 

 実際には乃木真士という立派な名前があるがしかし、ドラゴンがこの異世界でその名前を名乗るとして違和感しかないだろう。この世界に所謂和風な世界があるかも定かではなく、あったとしても自分がいる場所がどういう地理なのか分からない以上、下手に前世の名を名乗るのは抵抗があった。何よりもちょっと格好がつかないというなんとも微妙な理由もあるのだが……ともかく、不死者は目の前のドラゴンに名前が無いという事実にそういう事もあるのだろうと納得し、ではこちらから、、と自己紹介を始めた。

 

 

『私の名はケルゥス。ケルゥス・スィニエーク、見ての通り獣人の不死者だ。呼び方はキミに任せよう』

 

『では、ケルゥス殿、と』

 

 

 乃木真士はケルゥスの自己紹介に浅く会釈する。それを見てケルゥスが特に何か言う事もなく、ましてや機嫌を悪くしたようには感じないところから問題はなさそうだ、と考えて、先ほどふと気になったことについて質問をしてみた。

 

 

『先ほど、転移したと言っていたが、何かこの辺りで用事でもあったのか?』

 

『ああ……いや、正確に言えば、用事があったわけじゃなくて避難してきただけでね、この腕もその時に失ってね』

 

 

 誤魔化すことなどいくらでもできたはずだが、そういうことはせずケルゥスはやや言葉を濁しつつ答え、その肘から先が存在しない白骨の両腕を上げて見せれば、乃木真士も何か危険なことがあり、それから避難するために消耗して倒れていたのだろうと納得し、追及することもなく視線でこの質問が終わった旨を伝えれば、次に話始めたのはケルゥスになった。

 

 

『キミは……見た限り成体の様に見えるが、あまり成熟している様には見えない。何か、あるのかね』

 

 

 それはあまりに歯に衣着せぬ疑問であった。だが、同時に乃木真士にとって重要な情報であったのは間違いなかった。

 

 

『(……成体なのか。それにさっきの自己紹介からに獣人は彼ぐらいのサイズでいいんだろうな……まあ、人間が獣人に対してどうなのか、分からないが)……実はね、生まれてこの方、この洞窟から出たことが無くてね……恥ずかしい話だが、無知で経験もないんだ……だからだろう、見た目のわりに成熟していない様に見えるのは』

 

 

 嘘ではない。転生してからこの洞窟の外に出たことが無いのだ。

 この世界について、無知なのも本当だし、普通のドラゴンがどんなモノかは知らないが成長する過程で得るだろう経験のけの字もない。

 どうやら、先の名前が無いという話も相まってか、ケルゥスからはそれについての疑問が出てくるようなことはなかったが、代わりに何とも返答に困る言葉が投げつけられた。

 

 

『それで仮に外に出れたとして生きていけるのかね?』

 

『いや、無理だろう』

 

 

 だから、隠すこともなく即答した。

 そこに恥なんて言うモノはない。愕然と当たり前の事である、と断言する。農場主でもやるかだの、会社作るだのとちゃんちゃらお気楽な事を言っていたが、そんなものは結局のところドラゴンとして転生しようが無知であり経験もなければ、勇者だのなんだのが現れるよりも前に自分が死んでしまうかもしれないという自覚を見て見ぬふりするためのモノでしかなかった。幾ばくか、本気ではありはしたが。

 故に自分の死に直結する事実をこうして初対面の相手に指摘されて誤魔化すことなどしない。なにより、せっかくの情報源なのだ。変に見栄を張る理由がない。

 そんな彼の思惑やら何やらをケルゥスが知るわけもないが、しばしその視線を地面に向けて、腕があれば考える様に手を下顎に当てていそうな状態でいたかと思えば、僅かにその視線をあらぬ方向へと向けてすぐに視線を戻し彼へと向き直り

 

 

『これも何かの縁だろう。それに野晒しとなっていた私を運んでくれた礼もある。消耗が回復するまで私がキミに色々教えよう』

 

 

 降って湧いたあまりにも好都合な申し出に彼は一切の躊躇いもなく、首を縦に振った。

 

 

 

●─────〇



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勉強は何時になっても大変である



 少し忙しく更新が遅れましたが、更新いたしました。
 また来週も忙しくなりますが頑張って更新していきます。


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 ひょんなことから、不死者ケルゥス・スィニエークをこの世界についての教師として迎え入れることができて、かれこれ早数日。

 俺の周囲は目まぐるしく変わっていった。まず、急務であった坑道拡大も一度停止させその代わりに洞窟の外、つまりは森での活動調査を行うための部隊を再編成して向かわせた。あくまで目的はどういう生物がいるのか、そして今は停止している坑道拡大の際に必要となるだろう木材の調達などだ。

 その他にもいろいろあるがしかし、ともかくガーゴイルらやゴーレムの活動は洞窟内から洞窟外へと変化した。それによって、色々と勝手は変わるだろうがだからと言って、情報集めをないがしろにするわけもいかない。

 そう考えればこの判断は決して間違っているとは言えないだろう。

 

 

 …………で、ガーゴイルやゴーレムがそういった情報集めに精を出している間に俺は何をしているのかと言えば、

 

 

『つまり、怪物(モンスター)と動物の違いは知性の有無というわけだ、わかるかね』

 

『ああ、わかった』

 

 

 絶賛、勉強中だ。

 まず、この世界の成り立ちから始まり、そこから始まった各種族の歴史やらなんやら、そしてその話していった種族がどういった種族であるのかどうこうの説明というか授業だ。今教わっているのはこの世界の生命を大まかに区分けした時に三つに分けられさらにその中の二つの違いを教わったところだ。

 復習程度に反芻すれば、まずこの世界の生命は人類・怪物・動物の三種に区分けできるそうだ。人類は恐らく俺の知る人間とかそういうのだろう。で、人類とは異なり異形である生命は怪物、更に知性を有していない所謂地球の動物みたいな感じのはある程度の例外を除けば概ね動物に区分けされるようだ。

 ちなみにこの一部の例外とはどういうモノなのか、というと

 

 

『私のような呪術師や、魔術師が動物や人類怪物と特に種族など気にせずに素体を選んで造るような合成獣、所謂キメラだね。あれには基本的に知性はないがかといって動物というには危険すぎるから、怪物扱いされることが多い』

 

 

 と、まあ。そういうことらしい。

 さらっと倫理観皆無な話が聞こえはしたが、既に俺自身人間を辞めているのでいまさら何とも言えないわけで…………それに、こう言っては何だが、今はこうしてガーゴイルやゴーレム、そしてケルゥスとしか関わってはいないが、外に出て他の種族と関わるようになった時、果たして俺は前世の人間社会で培ってきた倫理観や道徳観を維持できているのだろうか。

 これは前世で読んできた作品にも言えるが、転生した彼らはそう言ったものを手放すのが総じて早いように思えた。まあ、その世界、その種族、それらの価値観に早々に適応したと言われればそれでお終いだし、いちいちソレに苦悩している描写をだらだらとしていると話のテンポが躓くっていうメタ的なものもあるんだろうが、それは置いといてだ。

 もしも、ドラゴン退治で問答無用に誰かが来た時、俺はその相手に対してどうするのだろうか。

 

 

 いや、多分普通に殴りに行くな。うん、問答無用ならこっちが何しようが関係ないんだし、何しても止まらんだろうし、なら火の粉を払わなきゃならん。まあ、所謂ところの正当防衛ということで。

 止まってくれるに越したことはないんだがな。

 

 

『さて、次は人類について、より詳しく掘り下げていこう……と、言っても我々怪物側にとって人類側は敵対勢力であるからね、私も内情全てをわかっているわけじゃあない。だから、ある程度かいつまんで説明しようか』

 

『敵対か……具体的にどういう風に敵対しているんだ?』

 

 

 まあ、怪物と人類だ。言わずもがな敵対理由なんて互いにそういう存在であるからとか、片方概ね怪物側が人類側を捕食対象であったりして、それ故に敵対しているんだろう。もしくは、宗教的な理由であったり。

 

 

『ん?ああ……まあ、種族上人類を襲う種族もいるが、そういう風に世界が定められていると言ってもいいかな。人類側の聖職者らに言わせるなら神の思し召し通り、というところだが…………私から言わせてもらえば、世界の天秤、バランスというモノを片方に傾けない様にそうしているのだと考えているがね』

 

『バランス?』

 

『ああ、我々怪物には時折、強大な力を持つ怪物が発生する。それの事を我々や人類側は一様に〈魔王〉そう呼んでいる。〈魔王〉の存在は怪物側だけでその影響は留まらない。種族の垣根を越えて〈魔王〉は世界のバランスを崩しかねない存在だ。で、その〈魔王〉に対抗する為に人類側にも同様に力持つ存在が発生する…………それが、〈勇者〉と呼ばれる存在とその同類ら、所謂勇者一行と呼ばれることが多いね』

 

 

 おいおい、本当に勇者っているのかよこの世界。いや、それよりも、〈魔王〉?

 作品によりけりだが、やはり世界征服とか考えたりするんだろうか……言っちゃあれだが、俺はドラゴンだ。もしかしたらいずれ俺のところに軍門に下れとかそういうスカウトが来たりするのだろうか。

 できれば、あまり勇者一行とやらと戦いたくないから辺境とかに配属されたい……

 

 

『それで、どちらか片方の発生によってバランスが傾けばそれを戻す様にもう片方が発生し、結果として互いの陣営で痛み分けが起きて、また次のそれらが発生するまでは世界の天秤は平常に戻る。だが、もしも先に相手側のが発生したら?その場合、自分たち側のが発生するまで自分たちが死ぬかもしれない。そう思うからこそ、できうる限りその芽を減らすために相手側を削ろうとしている。そして、それの報復と…………そういう風にバランスを取るように、世界は仕組まれているのだろうね』

 

 

 まあ、結局は私の持論だが。

 そう締めくくるケルゥスの説明に俺は感嘆の意を示しつつ、この世界に来る前にシステムが俺をこの世界に転生させようとしていた理由を思い出す。

 曰く、異世界の魂を持つ存在が箱庭に関わることでどのような結果が起きるのかを見たい。

 その言葉が真意であるのなら、俺は嫌が応にもこの世界でそれなりのところに関わる事となるのだろう。で、俺はドラゴンなわけで……やっぱり、〈魔王〉か〈勇者〉に関わる羽目になるんじゃないか。前者はともかく、後者はこう出来る限り仲間とはいかなくとも味方側な感じで関わりたいな…………

 

 

『と、少し話が脱線したね。人類には主として人間をはじめとしたかなり酷似した種族らの集まりだ。長い耳と人類の中でも高い魔力を有し魔術に長けたエルフや背は低いが恰幅の良く鍛冶といったモノ造りに長けた力持つドワーフ、ドワーフと違って小柄であるが素早く手先が器用であるリリパット、そして外見的特徴は皆無に等しいが長距離移動を得手としその生存圏を広げてきた人間…………と、後は色々と怪物側になるのか人類側になるのか扱いの非常に面倒、いや難しい獣人。とこれら五種が一般的に人類の主な種族だね』

 

『……獣人の扱いが難しいって言うのは?』

 

『ああ……簡単だよ。彼らは一種族ながらその外見がね二種あってね。獣人というのは動物の特徴を有した種なんだが、それが人間に動物の要素を付け加えたような姿と……動物を人型にした姿があってね』

 

 

 そこまで聞いて、ケルゥスの言わんとしていることを理解し、ああ、と何とも言えぬ声を漏らしつつ視線を向ければ彼は軽く首を横に振りながら肩を竦める様にして続きを話し始めた。

 

 

『前者だけなら、我々も人類側であると認識できたんだが……後者のソレは言ってしまえば蜥蜴人(リザードマン)亜竜人(ドラゴニュート)らと同じように我々怪物側とみなせるんだが………外見関係なく種族内での結束は強くてね、そういうのが問題になって過去何度か人類側で問題が起きていたようで…………ひとまずは今のところ人類として扱われているようだ』

 

 

 そうため息をつきながら語る彼の雰囲気は何とも言えないモノで、彼と初めて話した時の自己紹介を思い出せば確かに彼は獣人の不死者と言っていた。

 その事を考えるに、彼も彼で生者だった時にそういうモノで苦労したのだろう。下手に知らない人間もといドラゴンが横から口出すのは駄目だろう。とりあえず、何も言わずに聞くだけに留めていよう。

 そうして、俺は次の話に耳を傾けていく。

 

 

 

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無慈悲な現実は時として竜殺し並みの武器だ



 どうも、お久しぶりです。
 仕事やコロナワクチンと忙しい時期が続いてしまい、更新が開いてしまいました。
 待ってくださった読者の方々には申し訳ないと感じつつ、更新いたしました。
 既に夏も半分どころか、八月も三分の二を過ぎる頃合い、夏バテは大丈夫でしょうか。作者はB〇SSの抹茶ラテにハマりましたね。抹茶過ぎずで美味しいのです。
 読者の皆様もお体に気をつけてください。





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『魔術と奇跡の違いについて、キミは分かるかな?』

 

『は?』

 

 

 唐突にケルゥスが口にした言葉に乃木真士は思わず、返事とも言えぬような返事を口にしたがすぐに思考を回し始めたのか、しばしその口を閉じて視線をケルゥスでも自分の手でもないどことも知れぬ虚空を見つめ続ける。

 そうして、やや少し経ったところでようやく言葉を口にした。

 

 

『故意か偶然か、か?』

 

 

 乃木真士はこの世界に来て、確かにケルゥスからそれなりに主だった種族の特徴等を教わりはしたが残念ながら魔術といった正しく異世界とも言うべき物事には今のいままで全く触れてこなかった。知識としてはケルゥスの話や自分の中に湧きだしたガーゴイルについての知識でそういうものがあるのだ、とは知っていた。だが、あくまでそれだけであり、その中身は知らずこうしてケルゥスの問いかけに対して無知ながらも前世で培った知識と主観を合わせて答えた。

 もちろん、答えは違うだろう。

 ケルゥスの雰囲気からそれをなんとなく察した彼は視線で不満を訴えれば、すぐにケルゥスは軽く笑いつつも答えを口にした。

 

 

『フフッ、なるほど。故意か偶然か、か……なかなか面白い考えだね。ちなみに答えはそれの担い手だ』

 

『担い手?』

 

『そう、例えば魔術は……私も使う呪術と括りは同じで、ある物事を引き起こすのに個人ないし集団が一定の決まった手順を踏むことで引き起こされる。というモノであるのに対して、奇跡はある物事を唐突に人為的要因を無しに突如として引き起こされるというモノ』

 

 

 なるほど、確かに人為的であるかどうかで違うというのを彼は察したが、しかしだからといって先ほどケルゥスの言った担い手が違うというのはどういうことなのだろうか。単純に考えれば、彼が答えたような故意か偶然かと大差が無いように感じられるが……その疑問もすぐにケルゥスによって晴らされた。

 

 

『要するに魔術は我々が行い、奇跡はこの世界の意思というべき存在が起こしていると考えてもらっていい。もちろん、これは私がこの世界にそういった機構があると前提にしているからの考えだが……まあ、〈勇者〉なんてものが発生する様になっているんだ。おかしくはない話だね』

 

『あ、ああ……』

 

 

 ケルゥスの言葉に乃木真士は僅かに視線を逸らし首肯する。

 なるほど、確かにケルゥスの言ってることを彼は納得ができた。脳裏に過るのはこの箱庭を管理しているシステムの事。箱庭でどのような事が起きるとどうなるのか、という観察の一つに奇跡とこの世界で呼ばれるような介入をしていてもおかしくはなかった。つい少し前にも話していたが〈魔王〉と〈勇者〉による種族間のバランスも同じことだ。

 そして、そこまで考えてふと思ったのはその奇跡はそれこそ神の恩恵というモノでそれをネタに宗教もこの世界にあるのではないか、ということ。獣人の問題からして当然差別的な問題はあるのだし、迫害などからそういった宗教も当然おこるモノだろう。

 だが、それについて彼の口から出てくるという事はない。

 宗教という概念は宗教というモノを知らねば出てこないのだから、ケルゥスにはあくまで発生してこの方外には出ていかず引きこもっていてほとんど無知であると伝えているのだ。その設定がある以上、どうして宗教という概念を知っていることを伝えなければならないのか。

 種族の話の時には宗教について触れていなかった為に口には出せず、そのまま彼は耳を傾けケルゥスの魔術についての講義に集中していく。

 

 

『そもそも魔術というモノは一種の学問と言われているが、魔術は緻密に組まれた術式から原始的な簡易的とも言える雑多な術式、相反するようなモノから独創的とも言える術式と魔術とは学問ではなく─────』

 

『…………』

 

 

 集中できるのだろうか。

 

 

 

●─────〇

 

 

 

 結果として言えば、集中することは出来なかった。それはそうだろう。

 かれこれ数時間とは言わないが、それなりの時間をケルゥスは彼なりの魔術講義で占められており、いまだ魔術について使えるわけでもなくまたはまっているわけでもなく、そんなドラゴンに魔術の専門家でもなければ付いていけないような話をしたところで結果は見えていた。

 そもそも、前世の学生であった時分で興味の無いような授業にはやる気が低かったのだ。いきなり理論だの、学術的だの、芸術的だのを話しても仕方ないモノだった。それをケルゥス自身も理解したのだろう実際にその両腕はないがまるで自分がやらかした事を後悔する様に頭を抱えているような雰囲気でしばしの休憩を言い渡し、洞窟から坑道の方へと離れていった。

 その後ろ姿を見送りつつ、乃木真士は欠伸を噛み殺しつつ、できうる限り先ほどの講義から拾えた諸々から魔術を行えるようになる理論とやらを自分なりに整理していき…………

 

 

『いや、出来んだろ』

 

 

 整理していく思考を打ち切りにした。

 どれだけサルベージしようにも全くと言ってわからないのである。残念ながら、彼には異世界転生主人公のような自分なりに初めて触れる技術体系を理解し使えるようになるなんてことは出来ない。

 では、どうすればいいのか。そんなモノは簡単な話だ。

 

 

『勉強だな…いや、ほんとに』

 

 

 異世界に転生してまで勉強なんて七面倒な……。そう、胸中で呟いてふとその視線を自分の寝床としている場所とは異なる側の壁へと向けた。そこにあるのは自分が転生した時から変わらずそこに存在し続けている結晶群。

 何事もショートカットを求めているわけではないが、もしかすればという考えが無いわけではない。

 

 

『こういう場合、意外とアレが何らかのヒントになるもんだが……ケルゥスが戻ってきたら一つ聞いてみるか。もしかすれば、こう俺が魔術を使う事の出来る要因になるかもしれんし』

 

 

 そう口にすれば、途端に彼の頭の中を占めていくのは魔術を使う自分の姿だ。

 やはり、魔法、魔術を使うドラゴンというのは浪漫だ。

 もちろん、人間やその辺りの下等種族が魔術という手段を取るだけで、ドラゴンである自分はそんなものを使わずその力を、格の差を示すというモノも彼にとってとても魅力的に映るが、それはそれ。やはり魔術を使えるだけでもとても良かった。

 異世界転生主人公のようにとは言わないがやはり、ドラゴンという種族的格の差で相手の最強魔術をそれ以下の魔術で相殺とかしてみたいとか、考えているしどこぞの大魔王の様に最下級魔術で上級魔術と誤解させるようなのをやってみたいという気持ちもある。

 魔術だのファンタジー皆無の世界からやってきた彼にはどれもこれもクリスマス前の玩具の様に輝いているモノだ。

 

 

 

 

 

『いや、アレじゃ無理だよ』

 

『無慈悲ッ!!』

 

 

 帰ってきたケルゥスより告げられた言葉の刃は竜殺しの武器よろしく、彼の精神をたたっ切って見せた。

 思わず吐血してしまうのではないか、と感じるほどの悲痛を彼は感じそのまま顔を突っ伏すがそれを余所にケルゥスは一人語り始める。

 

 

『確かにキミがアレに目を付けたのは非常に目の付け所が良いというべきだ。アレらの名は精霊晶と言って魔力を精製貯蔵し周辺の土地へと流し込むことで周辺の土地をより良いモノへと変えていく鉱石の類だ。あの規模の精霊晶ならば最上級とはいかずともかなり上質なモノだ』

 

『…………』

 

『精霊晶はそれ単体では魔術の触媒にはならないが……エルフ連中ではこれを用いて大儀式を行うようだが、残念だが私の扱う魔術や呪術ではそういうのは行わないし……まあ、キミからすれば無用の長物という事だよ』

 

 

 諭すような声音で語られるずっと謎だった結晶群の詳細を聞き、彼は何とも言えぬ表情をしつつ何か引っかかるような気もしたが特に気にする事もなく、恨みがましい視線をしばらく結晶群もとい精霊晶へと向ける。

 もしかすれば、とかなり期待を寄せていたモノがまさかの没で宝の持ち腐れであったことに彼は文句の一つも出したかったが物言わぬ結晶に何を言っても無駄であり、余計な期待をした自分が悪い為、ため息をこぼし意識を切り替えていく。いつまでも引きずってばかりでは、何もできないからだ。

 そうして、意識が切り替わったのを感じ取ったかケルゥスは軽く首を回してから石のテーブルに腰かける。

 

 

『さて、それでは次の講義だが────』

 

 

 始まる講義、それを聞きながら彼は一瞬だけ虚空を見つめ最後にため息を一つつき、未練を断ち切ってケルゥスの講義へと意識を向けていった。

 

 

 

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彼らは思い想う



 お久しぶりです!
 まずは説明をば、更新が止まっていたのはひとえにワクチン接種による反応でダウンしていたり、仕事も忙しく何度か修羅場があったりとなかなか執筆する機会がなかったというのが主な要因であったり、古戦場であったり、原神であったり、と様々な要因がありこうして時間がかかってしまいました。
 お待たせしまい、申し訳ないと思っております。



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 満天の星空。

 どこまでもどこまでも続く夜空に浮かぶのは青白い月。

 それより発せられる月光はその身に浴びる怪物ら魔性の存在への慈愛の光とも言うべきもの、それを浴びながら思索に耽る者が一体いた。

 この箱庭に点在する大樹海の内の一つ、〈ベイラの大樹海〉と呼称されるこの大樹海。その大半が無数の木々で覆われている中で数少ない岩肌が露出している大きくはないが決して小さいとは呼べない、岩山の中腹で腰かけていた。

 黒く染められた司祭服に身を包んだヘラジカの頭蓋を持つ怪物。屍の呪術師(リッチ・シャーマン)最高位階(ハイエロファント)にまで達した彼の名はケルゥス。

 ■■の冠を掴んだ彼は同格の悪魔との戦いによって、その両腕を肩口ほどから失い、結果としてこの樹海の、この岩山の内部にて潜んでいた純血の竜種である彼の眷属によって保護されていた。ケルゥスは怪物として高位であり、未熟な竜種、例えそれが純血種であったとしてもそれなりに苦戦する事無く殺すことができたであろうが、彼は紳士であるが故にその未熟な竜種に礼として知恵を授けていた。

 今は竜種が眠りについたが故に手隙となり、一体この岩山で佇んでいた。

 無論、夜風に浴びていたかったなどという事ではない。

 ましてや、星見を楽しんでいたわけでもなく、ノスタルジックに浸っているわけでもない。彼の眼球が存在しない伽藍の眼窩に浮かぶおどろおどろしい赤い光をまるで、目を細めるかのように細めさせ彼はこの大樹海の彼方を睨みつけていた。

 

 

『…………エルフどもめ』

 

 

 頭蓋より漏れ出た声は苦々しさを孕んだもので、その視線には敵意と疑問が混じっていた。

 エルフ。それは人類種の中でも代表的な種族の一つであり、主としてこの箱庭に点在する樹海に居を構えている種族であり、当然この〈ベイラの大樹海〉にもその集落が存在していた。いや、集落などという規模ではない。

 エルフ有数の大都市〈グリンブルスティ〉。賢人都市の異名を持つ様々な魔道具と儀式魔術を創り出してきた城塞都市とも言うべき都市がこの〈ベイラの大樹海〉には存在する。その名は彼ら人類種だけでなく、ケルゥスら怪物側にも轟いていた。

 なぜなら、数代前の〈魔王〉が嘗て〈グリンブルスティ〉で生まれた〈賢者〉とその者が考案した魔王討滅の大魔術儀式を内包した魔道具で討たれたのだ。もちろん、並大抵の魔術師ではそんなことはできやしない。だが、それを成した者がいたのなら、話は別だ。

 大いなる力を有した存在、魔術師の〈勇者〉である〈賢者〉は魔力を有する人類種であるならどの種族からであろうとも誕生するが、それがエルフ、更には〈グリンブルスティ〉の生まれであるのなら話は別となる。〈魔王〉の眷属であろうがなかろうが、その話を知れば多くの力持つ怪物らは〈賢者〉を、〈グリンブルスティ〉を滅ぼそうとするだろう。

 だが、今のいままで、彼は繁栄を築いている。それは何故か……

 

 

『奴らがあの竜を、彼を知らない筈はない。ベイラは奴らの庭だ……せっかくの竜種、放っておくとは思えないが─────』

 

 

 ケルゥスはそんなエルフらと今も足元、その更に下、この岩山の地下で眠る彼との繋がりについて思考を回していく。

 そもそも、都合が良過ぎるのだ。

 確かに、自分が意識を失っても害を及ぼせるような存在がいないであろう場所にランダムで、あらかじめ目星をつけていた土地へと転移する様にしていたが、だからと言って転移し意識を失っているところを箱入り、もとい穴倉入りの竜種が放った眷属に拾われる?それはどこか作為的にすらケルゥスには感じられたが、

 

 

『……だが、彼はそういう腹芸は得意じゃないだろう』

 

 

 ましてや、エルフなどの普通知っているであろう情報を知らないなど、常識知らずどころではない。

 そんな存在とエルフに繋がりがあるか?否、無いだろう。

 確かにケルゥスは会ってまだ数日程度しか経っていないし、会話もほとんど授業だけで互いに何か絆を、信頼関係を深めているとは彼自身感じていない。だが、それでもケルゥスはあの未熟な竜種が自分を陥れようとしている様には見えなかった。

 

 

『何か、隠しているのは分かるがね』

 

 

 

 その隠し事も決して自分に不都合のあるようなモノではないだろう。気にはなるが、それはそれ。どうせ、もう少しすれば別れる関係なのだ。

 関係を深める理由などどこにもない。

 だが

 

 

『……知らねばならない。この違和感を、この作為的にも感じれるこの状況を』

 

 

 肘先までに再構築がされていく失ったはずの両腕を軽く確かめるように振ってから、ケルゥスは最後にその先ほどまで睨んでいたエルフの都市〈グリンブルスティ〉があるであろう方向から夜空に輝く青白い月を睨みつけ、岩山を下っていった。

 

 

 

●─────〇

 

 

 

 瞼を降ろし微睡み周囲の眷属であるガーゴイルらも主の眠りを妨げぬ様に洞窟から坑道へと移動し動きを止め静かにしている中で一体静かに乃木真士はその閉じていた瞼を僅かに開けて起き上がることなくゆったりとその視線だけを動かして洞窟内を見渡し始めた。

 先にも言ったようにガーゴイルやゴーレムは既に坑道へと移動し、その動きを止めており彼自身身じろぐこともなく洞窟内は静寂ばかりが広がっていた。

 そんな中、ゆったりと彼は洞窟内を見回し、あることに気が付いた。

 ケルゥスの姿がどこにもないのだ。普段、こうして寝ている時には拾って連れてきた時に寝させていた石のテーブルに腰かけていたのだがどういうわけか、今夜に限ってはそこにいないのだ。

 無論、だからどうしたという話だが。

 

 

『(まあ、そういう時もあるだろう)』

 

 

 別段、一々気にする事でもなく乃木真士はケルゥスがどこにいるのか、と一瞬考えたがすぐに夜風でも浴びているのだろうと考え思考の片隅へと追いやり、嫌に鮮明になってきた思考が睡眠に戻るのを妨害し始めた為に軽く鼻を鳴らしつつひとまず、瞼を閉じて至高の海へと没頭していく。

 

 

『(……ケルゥスの授業というか講義はまあ、分からないモノはあったがそれでも分かり易くはあったな……まあ、それはともかく今日一できつかったのはあの結晶が魔術というか、俺には無用の長物ってのだな)』

 

 

 考えるのは今日の講義の際に聞いた、この洞窟内で存在感を主張していた結晶群、精霊晶とこの世界で呼ばれる結晶の事。よくある御約束とでもいいのか、転生した人間がなんとなく拾っておいたモノや見かけたモノが実はすごいモノで自分の異世界での生活に大いに役立つという展開であったが、どうやら神は微笑んで、いやこの箱庭における管理者であるシステムはそう甘くは無かったようだ。

 確かに魔術には使う事の出来るモノではあったが、それはあくまでエルフなどが行う儀式で使うぐらい。彼らの魔術をケルゥスが修めているという都合の良いこともなく、結果として精霊晶は彼の役には立つことはなく、かと言って無用の長物だからと八つ当たり気味に破壊することも出来ない。

 

 

『(魔術の勉強か……ある程度の基礎は教えてもらいはしたが、この辺はいろいろ考えていくしかないな………精霊晶もいずれ、エルフと友好的な関係を結んだら使えばいいし………)』

 

 

 そんないつ来るかもわからない皮算用を彼はしながら軽く欠伸を噛み殺しては、身体を動かしていく。ドラゴンとなって早数日であるが、いまだに寝方が慣れていないのだろう・人間の頃よりもはるかに長く太くなった首を動かし、丁度いい寝方を試行錯誤していき思考を少しずつ浅く浅く変えていく。

 既に思考は複雑な事からどうでもいいような事に切り替わっており、それに伴って消えていた睡魔が戻り始めていく。

 そうして、洞窟の外、坑道よりも外である森のどこかから微かに獣の遠吠えが耳に聴こえた頃には彼の意識は落ちていっていた…………。

 

 

 

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異種族とはこういうモノだ

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『今日は、そうだねエルフについて話すとしようか』

 

『エルフ?そりゃ、この前に人類種の説明で触れたと思うが』

 

 

 陽も昇り、軽く身体を解して寝ていて凝っていた身体を元の様に戻した乃木真士はケルゥスの言葉に首を捻った。思い出されるのは先日の講義で人類種・怪物と凡その概要的な話をした時のことだ。

 確かにその時はあくまで概要、さわり程度にしか触れていなかったが……、そんな彼の疑問に対して、ケルゥスは変わらず修復がされておらず中身のない袖を揺らしながら、石のテーブルを降りて近場のガーゴイルへと何やら頼みごとをしているのか、言葉は返ってこず。その為、彼はひとまず始まってから考えればいい、とでも言う様にその場から身体を動かして洞窟内の唯一の水場である池に口を突っ込む。

 ドラゴンとなって早数日。

 人間的感性で言えば洞窟にある池に口を突っ込むというのは遠慮したいものであるがしかし、同時に人間であったころの癖と言うべき寝起きの水分補給はこうして、ドラゴンになっても変わらない。何より、寝起きは口が気持ち悪いから口の中を潤したいのは人間的な感性を押し退けていた。そもそも、ドラゴンなのだから今更池の水を飲んだところで腹は壊さないだろう、それこそ毒池でもなければ。

 と、ケルゥスにであった頃に割り切っていた。

 

 

『……ふぅ(にしても、エルフね。昨晩も考えたけどこの世界でドラゴンに対するエルフの考えってどんなもんなんだ?流石に家畜だとかそういうのじゃあないだろう)』

 

 

 エルフ同様さわりではあるが、ドラゴンについての話を聞く限り家畜や害獣として容易く処理できるような怪物ではなかった筈、そう思い出しながら口の中に迷い込んできたアロワナのような魚を喉で引っかからない、上手く舌を使い噛み潰してから呑み込み、彼は池からいつもの位置へと戻っていく。

 ドラゴンになったが故なのか、空腹を感じなくなり自分からすすんで食事を摂る機会は少なくなっていたが、それでも魚を食べるのは気分として良くなるらしくその雰囲気は比較的穏やかであるのが見て取れた。

 

 

『さて……』

 

 

 定位置に落ち着き、視線を動かせばケルゥスの姿はない。

 

 

『さっきの見るに、何か用意する物でもあんのかね?』

 

 

 何やら、自分の眷属であるガーゴイルに指示を出していたのを思い出して、乃木真士はそんな用意が必要な講義とは?首を捻る。別段、ガーゴイルを使う事に関しては何か言う事はないが、代わりにそんな疑問が浮かび上がっていく。

 いつもならば、適当に実際始まったらわかるだろうと人間であったとき同様に考えるのだが、エルフについてという事前情報からか、妙に気になっていた。

 そうして、脳内でああでもないこうでもないと、寝起き故かあまり深くは動かない思考をずんぐりずんぐりと回していれば、どうやら準備を終えたのかケルゥスが洞窟内へと戻ってくる。

 

 

『すまない、待たせたね』

 

『ん、いや待って…………はい?』

 

 

 ケルゥスの謝辞に気にしていないと返そうと彼がいる方へと首を向けてみれば、そこには流石に乃木真士が考えてもいなかったモノがあった。

 それは、巨大な岩であった。

 もちろん、その巨大というのは今のドラゴンの身体に対してではない。人間であった頃では十二分に巨大な岩であったが、今ではせいぜいゴーレムよりもやや大きめな岩といったサイズだ。そんな岩をケルゥスの後ろからやってきたゴーレムが二人がかりで洞窟へと持ち込んできたのだ。流石にそれには目を丸くしたが、それが今回の講義の為に準備したものなのだろうと納得して軽く息を吐き、運ばれてきた岩の生末を見守り始めた。

 

 

 

●─────〇

 

 

 

 ガーゴイル、ゴーレムの手を借りて用意した巨大な岩はどうやらテーブルの類であったようで表面が滑らかに加工されたそれが彼の目の前に置かれ、同時に用意していたのであろうやや小さめな石の椅子にケルゥスは腰掛けいつもの癖なのか、中身のない袖を一度テーブルへと向けたかと思えば肩を竦めだした腕を元に戻し、軽く座り直した瞬間に乃木真士の目の前の光景は一変した。

 

 

『ッ……これは』

 

 

 目の前に広がる光景、それは岩のテーブルいっぱいに展開されていく青白い地図のようなモノ。いや、ただの地図ではない、何もないはずの岩の上で次々と地図が立体的に展開されているのだ。

 

 

『立体地図…!これも魔術なのか?』

 

『そうだ。といっても、一般的な魔術ではない。私の様に広大な範囲の情報を使い魔などで収集し自らその情報を整理し創り上げていくなどのあまりに多大な時間が必要になるものでね』

 

 

 目の前で行われた魔術に乃木真士に目を輝かせ、ケルゥスに問いかければ返ってきたのはなんとも大変そうで文字通り骨が折れそうな作業が必要であるという事実、しかしその声音にはいままでの作業で感じた苦労以上に自慢するような自分の苦労を誇るようなモノが混じっていたのを彼は感じとっていた。

 そうして、展開された立体地図を前にケルゥスによる講義の時間がここに始まる。

 

 

『そもそも、エルフとはなにか?人類種の一つであり、その姿は主に人間と酷似しているが異なる点としてはその耳だ。人間と違い、耳は外側に尖るように伸びているのが外見的大きな特徴で、耳長人と田舎では呼ばれることもある。さて、そんな外見的特徴以外でエルフの特徴とはなにか、わかるかな?』

 

『魔力だ。人類種の中でエルフは魔力量が頭抜けている』

 

『そう。彼らは元来魔力量に優れていて、魔術の適性に関しては人類種の中でトップクラスというべきだろう。だから、彼らには魔術に長けた〈勇者〉の一種である〈賢者〉が発生する』

 

 

 そう、ケルゥスが口にしたのはこの世界で怪物と人類のバランスをとるために発生するのであろう〈勇者〉、その一種。

 曰く、〈賢者〉。それは魔術師としての極致とも言うべき者で、エルフに〈勇者〉が発生する際は〈賢者〉となる。エルフ特有の多大な魔力量と魔術適性、そしてそのポテンシャルが並みの魔術師、同族のエルフや高位の怪物であっても差をつけるそんな存在。

 聞けば聞くほど、彼はそんな存在と会いたくないと感じていくばかりか、先ほどから妙な違和感すら覚え始めていた。

 

 だが、そんな違和感もどこ吹く風とケルゥスの講義は滞りなく進んでいく。

 

 

『そんなエルフだが、基本的な生活基盤は森林でのモノだ。狩猟採集が小規模的集落での基本形だが、規模が大きくなるにつれてその生活様式は変化していく。例えばだが、前者は簡易的な家屋等であまり、人間の寒村と大して変わらないものだが……中規模以上になると魔術の技術によって底上げされるのだろうな。人間ほどの多様な建築方式ではないが、石造りの建造物などが造られていく』

 

 

 そう言いながら、ケルゥスが視線を立体地図へと向ければ立体地図の縮図は大きく変わり今までは幾つもの山脈や都市らしきモノ、森林といったものがあったのだが、立体地図はどこかの森林とその中にある巨大な樹らしきものとそれを囲むように根元に広がっている都市へと変わっていた。

 それを見て彼は一瞬首を傾げるも、先ほどの話の流れからしてそれがエルフの都市であると理解し、同時に周囲の木々のサイズと都市のサイズ、そして都市の中心にある巨大な樹を比較すれば相当な規模であることが窺えた。

 

 

『かなり大規模な都市だ…』

 

『そう。エルフの都市でも有数の巨大都市で、とりわけその防御力に関してはエルフ以外の種族、それこそ人類種トップクラスかもしれない』

 

『?と、いうと?』

 

 

 確かに魔術適性の高いエルフがこれほどの規模の都市を築いているのだ、その戦力は高く防御力もそれに応じて高いだろう。しかし、それだけではトップクラスとは言い難いのではないだろうか?それこそ、最初の講義でもわずかに触れたドワーフの天然の要害を利用した都市であったり、そちらのが高い防御力を有しているのではないか?そう、彼は感じて素直に疑問を口にした。

 そうすれば、ケルゥスは肩を竦め

 

 

『都市は基本的に一つの森につき、一つ存在している。たまに複数の集落があるがそれはあくまで小規模のソレが分かれているに過ぎない。で、森林、いや樹海はそう近隣というわけでもないからね。やはり個々で特色が分かれていることも多く、この都市はそんなエルフの中でもとりわけ魔術に関して特化している』

 

 

 語られるのはこの都市のエルフはどういうわけか、魔術を簡略化するのが得意であり、同時にドワーフや人間ほどではないが、モノづくりにも長けていてそれらが合わさった結果魔道具という魔術を付与し適性が無い者でも付与されているモノであるなら魔術を行使できる。所謂マジックアイテムの造り手が多いらしく、新たに構築された大規模な魔術儀式を簡略化してはそれをマジックアイテムとして造り上げ、自分たちの都市を強くしているらしい。

 それを聞いて、乃木真士の顔は引き攣るばかりだ。

 

 

『(え?何、その、え?魔術技術チート都市?変態?最終的に天空に浮かび上がって天の火とか撃たない?)』

 

 

 自分の思い描いていたエルフ像にひびが入っていくのを感じながらも、現実逃避でもするように視線を虚空へと彷徨わせていく。そんな彼の気など知らず、ケルゥスは更に言葉を続けていく。

 

 

『ちなみにこの都市の名は〈グリンブルスティ〉。〈ベイラの大樹海〉に存在するエルフの都市で、キミの住むこの洞窟があるのは同じく〈ベイラの大樹海〉だが』

 

『は────』

 

 

 嘘だろ?そんな言葉がドラゴンの口から漏れ出た、と同時に

 

 

『嘘じゃないとも、だからこそ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キミの身体を確保すべきだと判断したよ

 

 

 死人が、命無き声が、生者を、彼の四肢を楔となって縫い付けた。

 

 

 

●─────〇



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私は不死者

●─────〇

 

 

 

 刹那、迸ったのは黒と青が混じったようなおよそ真っ当とは言えぬような不浄の色合いをした槍のような楔。それが四肢を穿ち、洞窟の地面に縫い付けられた。

 強固であるはずのドラゴンの鱗、甲殻、体皮、骨を一切関係なく楔は容易く裂いて鮮血を噴出させた。その事実、目の前の男によって齎されたと乃木真意が理解するのと同時に彼はその人間時代と文字通りに大きく変化した顎を開いて絶叫をあげた。

 

 

『あ、あア、アアアァァァァァAAAAAAAA!!!!!』

 

 

喉が裂けんばかりの絶叫は人間であった頃ですら、一度たりともあげた事が無いほどの声量であり、体をくねらせ痛みを逃そうと暴れようとしたがしかし、その四肢を穿ち地面に繋ぐ楔がそんな自由を赦しはしない。だが、それでも尚、とその自由な両翼と尾を振り回していく。

 もちろん、それだけで痛みがどうにかなるものではない。

 その眼は見開かれ、虚空を何度も何度も行き来してばかりであり、そして、暴れようとするために繋ぎ留められた四肢の傷口を自ら広げ始めてしまっている。

 そこにもはや真っ当な思考回路は機能しない。

 だが────

 

 

『静かに』

 

『ギッ!?』

 

 

 再び楔が迸り、止まることのない絶叫が強制的に止められた。

 次に穿たれたのは首の付け根だ。深々と突き刺さりつつも、その実内臓には到達していないそれは確かに痛みを伝えてくるがしかし、四肢のソレに比べれば気にするほどでもない、がしかし、彼の思考をこちら側へと戻す痛みとしては充分だ。

 痛みに呻き、一瞬天井を見上げた彼の首が下がり、飛んでいた意識が明白に戻っていきその視線が自らの敵を捉えた。

 

 

『ケェルゥゥゥゥゥスゥゥゥウアアア!!』

 

 

 瞬間、沸騰するのは敵意、憤怒、殺意。

 そこにどうして?という疑問なんぞが挟まる刹那などどこにもありはしない。だが、四肢が留められている以上、尾は届かず、頸が届かず、ましてや殴る事すらできぬ。

 文字通り、手も足も出ないとはこのことだろう。

では、どうする?

 これにて、抵抗も出来ずに諦めるか?

 そんな、馬鹿な話があるか。

 

 

『ォォォォオオオオッ!!』

 

 

 瞬間、開かれた顎より発せられたのは怒号、だけにあらず。それなるは彼が竜種である証明、灰色の純粋な魔力の衝撃波。

 竜の息吹(ドラゴン・ブレス)

 初めて放ったとは思えぬそれは瞬時に目の前にあった岩のテーブルや椅子等を灰化させ、分解していき吹き飛ばしていく。

 

 

『ああ、確かにそれはこの状況では最善だ。だが、』

 

 

 それでは仕留められない。

 灰の暴風を前にして、不死者はそのあるはずの無かった両の腕を振るい、即座にいくつもの障壁を展開し、自身への影響を尽く遮断する。そうして、ブレスが掻き消え両者共に視界が鮮明となった瞬間、地面より無数の骸蛇が這い出でて彼へと殺到する。見た目だけならば蚊蜻蛉の類同然であるが、ケルゥスによって這い出たそれらはその肋や背骨が鋭利な刃かの如くに彼のドラゴンの鱗を削っていく。

 四肢に絡み削ってくるそれに刺すような痛みが走っていくが悲鳴をあげることなく、その強い眼差しがケルゥスを睨みつける。どうやら、頭が冷えて来たらしい。

 

 

『聞かせろ、何が目的だ』

 

『先に言った通り、確保するためだ』

 

『なんの為に』

 

『私は屍の呪術師(リッチ・シャーマン)だ。それで充分だろう?』

 

 

 その言葉だけで充分だった。

 乃木真士はつい先ほどまでしていた講義の内容を踏まえた上で、目の前の不死者が自分をどうしようとしているのかを理解した。そして、それ故に彼は抵抗せねばならないという事も。

 だが、四肢は動かず、尾は届かず、噛みつくことも出来ず、そして先ほどのような突飛な火事場の馬鹿力とでも言うべき息吹も無駄。万策とは言わないが、凡そ策は尽きた。

 相手はわざわざ距離を詰めずともその場で魔術や呪術を行使すれば削れる。それに対して自分は近づかなければならない。

 

 

『フゥウウウ……』

 

『そう、唸るな。私も、別段キミを最初からそうしようとしていたわけじゃあない。だが、そうする方がいいと感じただけだ』

 

 

 だから、仕方ないだろう?

 

 そう告げるケルゥスに敵意を剥き出し唸るが、あまりに格好はつかない光景だ。ドラゴンであるのにも関わらずこうして、一矢報いるのも難しい。これでは子犬が唸ってるのと何が違うというのか。そんな彼を諭す様にケルゥスは朗々と自身の胸中を語っていく。

 

 

『先も言った通り、この樹海にはエルフがいる。それも私たち怪物からして危険視されている都市がだ。もちろん、都市の外に出てくれば私とて、両腕が無く消耗していたとしても即座に縊り殺せるとも。だから、この樹海を転移先の一つに選んでいた……だが、キミは何故この樹海にいる?』

 

『なん、だと……?』

 

 

 ケルゥスの問いかけに乃木真士は理解が及ばなかった。いや、何を言ってるのかはわかる。だが、どうして、そこでそんな問いかけが出るのかが分からない。

 

 

『ドラゴン、竜種というのは怪物として最上位の一角だ。その血一滴ですら、強大な魔術の触媒となるような幻想の頂点。そんな怪物の、未熟な個体が自分たちの領域に隠れ住んでいた?そんなのは無理な話だ、ましてやこの洞窟には精霊晶がある。彼らの技術を使えば容易くこの洞窟は見つかる筈だ』

 

 

 だが、キミはここにいる。

 ここまで来て、どういう意味なのか理解できた。

 つまるところ、未熟な竜種など、この樹海のエルフであるならば早々に手に入れている筈なのだ、この洞窟の精霊晶ともども。にも関わらず、ここにいるのはこの世界の常識を知らぬ未熟なドラゴン。

 怪しまない方がおかしい。

 それに対して、乃木真士が返せるのは一つだけ。

 

 

『そんなもの、俺が知るか!!』

 

 

 そんな疑問、俺ではなくシステムに聞け。そう胸中で叫ぶが口にはしない。言った所で戯言の類にしかとられないとわかっているからだ。もちろん、ケルゥスからすればそんな事実も知らず、何か隠しているという事実が察せられる。

 

 

 

『まあ、そう言うだろう。では、質問を変えようか─────キミは何を知っている』

 

 

 紡がれた言葉はさきほどのそれと同様に、おどろおどろしい、底冷えするほどの声で、三度目の激痛が彼の身体に迸った。

 

 

『グゥルゥアアアァァァッ!?』

 

『わかっているだろう?もう、ただの問答は終わっている。ここからは拷問だ』

 

 

 さっき、穿った首の付け根とは反対側を貫いたソレに絶叫をあげる中、ケルゥスは文字通り眉一つ動かさぬ声音で淡々と言葉を続けていく。

 

 

『ああ、出来れば言うなら早いうちで頼む。私も拷問が好きというわけではないし、せっかくの竜種、それも純血だ。屍竜に変えるなら、出来る限り損傷は少ない方が好ましいからね。やり過ぎは耐久値に響く』

 

 

 そんな言葉を聞きながら、乃木真士はようやく理解した。

 この男は、怪物なのだ。

 それも生者とは異なる死者。生物としてもそもそも、その思考回路は自分とは異なるモノで、ドラゴンという怪物になっても自分の中の人間であった頃の思考回路とは違うのだ、と。

 わかっていたつもりになっていた。

 その事実と激痛に絶叫をあげながら、どうすればいいのか、と諦め悪く彼は思考を巡らせていく。

 

 

 

●─────〇

 

 

 

 どうすればいい?

 俺はこのまま死ぬのか?

 このケルゥスが言う通り、死んでその遺った身体を奴の操る死骸として過ごすのか?いや、そもそも意識が遺るかもわからない。

 十中八九、遺らないだろう。なら、そうなったら、ここで本当の意味で死ぬのか。

 正直、先ほどのブレスとて、出るかどうかも分からなかった。たまたま、上手くいって出せたに過ぎない。きっと、どうにかできたのはあの瞬間が最後だ。

 もう、打開は出来ない。

 

 

『(……ああ、クソ。痛ぇ……思考が纏まらない。どうすればいい、そういえば腕が戻ってたな、もう無理か、仮にシステムについて言った所でどうにもなるわけもない)』

 

 

 思考がまったく纏まらない。

 間違いなく、この全身を襲う激痛のせいだ。

 どっかならともかく、前後左右全ての脚が槍で刺されるなんぞ、人間だった時じゃあ絶対体験できない。いや、したくない。

 どうすればいい。なあ、おい。

 システム、テメェの頼みはどうやら出来ないらしい。もう少しまともなもん渡せなかったのか?いや、そもそもこの世界の知識をくれるって言ったんじゃないか?

 もらえなかったじゃねえか。ケルゥスに会わなかったら、何も知らずに洞窟でてエルフに襲われてたらしいぞ、おい。

 

 

『どうしたね?だんまりか?』

 

『ガアァッ!?』

 

 

 ッッッ!!??

 今度は肩か!?

 ドラゴンじゃなかったら、とっくに死んでる。いや、ドラゴンでってもどうしようもないだろう。こんなもの……!!

 

 

『それもそうだね。だって、彼普通の不死者(アンデッド)じゃないもの』

 

『─────システム』

 

 

 視線が蠢く。

 変わらず、俺の視線はケルゥスに向けられているにも関わらず、俺はあれを見ていた。

 虚空に浮かぶ幾何学模様を走らせた大きな球体。ここにあるわけがない、いるわけがない、筈のその存在に俺は激痛も絶叫も忘れて、言葉を溢していた。

 

 

『?ふむ、何かなそれは』

 

『やあ、久しぶりだ。乃木真士くん』

 

 

 どうやら、システムが見えているのは俺だけ……いや、視界を片方ジャックしてるのか?そのせいかは知らないが思考が一部クリアになっていくのを感じながら、俺は目の前にいるケルゥスよりもいきなり干渉してきたシステムへと意識が向けられていった。

 

 

 

●─────〇



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言葉は呪い、想いは呪い、呪いの楔



 本来なら、昨日投稿するつもりでしたが気に入らなかったので真っ二つに裂いた上で加筆修正して投稿です。




●─────〇

 

 

 

 視界をジャックする様にこの箱庭に干渉したシステムを前にして、乃木真士の思考は一瞬停止し、しかしすぐに再起動を果たした。だが、その代わりにその意識はケルゥスよりもシステムへと完全に向けられており、状況は酷く危険な状態と言ってもいいのだが、意識は釘付けられているまま。

 

 

『やあ、久しぶりだ。乃木真士くん』

 

『いったい、何の用だシステム』

 

 

 言葉にしているのに言葉になっていない。

 口にしているのに口に出ていない。

 それはどういうことか、などという疑問すら抱かない。いや、そういうモノであるととうに理解していたのかもしれなかった。

 

 

『何の用?それは勿論、キミがピンチだからだ』

 

 

 まあ、こうして干渉するのは今回で最後と、言いたいが……予定は未定であるから仕方ない話だ。

 などと宣うシステムに対して乃木真士は何も言わない。それはシステムの宣いに呆れているから黙っているわけではない。ただ、わかっているのだ。

 そんなくだらない事を言うために来たわけではないだろう?と。本題を促すための無言。それを受け、何よりシステムもそんな無駄な時間を取るつもりはないのだから。

 こうして、彼とシステムだけで会話ができているが、実際はいまこの瞬間でも乃木真士の身体には楔が六本も穿たれており、いきなり無言になった彼を訝しむ様にケルゥスがその身体を骸蛇で削っているのだ。早々に話を終えねば、彼の意識が戻る前にケルゥスの屍竜が誕生していることだろう。

 となれば、システムの目的も頓挫するのは間違いない。無論、システムからすれば乃木真士など替えが効く役回りであるが、かかるコストは抑えられるなら抑えるべきだ。

 

 

『さて、本題を話そう。まず、彼、ケルゥス・スィニエークは尋常の不死者ではない。本来の名、いやこの場合は通称だね、〈屍鹿(しし)の魔王〉ケルゥス。それが彼のこの箱庭での通り名だよ』

 

『ハッ!ドラゴンになって、初めての殺し合いが、魔王とはな!聞かせろよ、システム。これはお前の予定通りか?』

 

 

 システムの言葉、それに今度は確かに自嘲する様に叫びながら乃木真士は返す。もちろん、その疑問井対して返ってくるだろう言葉を乃木真士は分かっている。

 

 

『いいや?知っている通り、私は基本的にこの箱庭に対して必要以上のことは干渉しない。それこそ、キミのような変数を差し込んだり、〈魔王〉や〈勇者〉を発生させるぐらいで……ああ、そうだね、後は一定の調整をするぐらいだとも。だから、こうなったのは完全に偶然だよ。嘘じゃあない、どれだけ仕組まれているように感じても、これは偶然だ。彼の思考回路とキミの知っている事、そして地理的情報が噛み合わさった結果生まれてしまった偶然の産物』

 

 

 私が関わっているのは地理的情報ぐらいだ。

 そう付け足したシステムに乃木真士は文句を言うわけでもなく、粛々とその言葉を呑み込んだうえでその後を要求する。語れ、と。このピンチの為にやってきたのなら、俺はどうすればいいのか、と。

 

 

『どういう手段かは知らないが、どうにかする方法があるんだろう?俺もこんな転生して数日で死にたかない』

 

 

 その言い分はあまりに不遜だ。状況からして、助けられる側であるはずの彼は上から目線でそう言うが、そのドラゴンとしての姿には似合ったモノといえるだろう。内容はいささか、情けなさすらあるが…………。

 

 

『ああ、正攻法では勝てない。だから、元人間らしく小賢しくいこうじゃないか』

 

 

 その幾何学模様を鈍く輝かせながら、システムは嗤ったように彼は感じて───

 

 

 

●─────〇

 

 

 

『────反応が消えて、もう数分だが』

 

 

 こちらを見ている筈なのにも関わらず、その動きも止まり反応がほぼ皆無となって数分が経った。最後に何やら、聞きなれぬ言葉を呟いたかと思えば彼は沈黙を保ったままだ。

 いや、反応もある、完全な沈黙はしていない。

 現に意識を戻そうと放った楔が三本、尾の先端に近い部分を地面に縫い付け、その両翼を地面と天井を貫いた楔で、動かぬ様に固定した。

 どれも、途中の拷問目的のそれと違い、完全に肉体を貫通させたものだ。確かに内臓器官に傷を負ったわけではないが、その痛みは四肢を穿ったのとそう大差はないはずだというのに、彼は一度も悲鳴すら口にしなかった。時折、痛みからか僅かに痙攣を起こすぐらいが反応と言えるような反応だろう。

 だが、それは健常のそれではない。

 つまるところ、それは

 

 

『彼が耐えられなかったという事だろう』

 

 

 そもそも彼は、確かに竜種としては純血種であるが、未熟な個体であることを考えれば肉体は置いておいて精神性の耐久はそこまで強くはなかったのだろう。

 

 

『ああ、そうだというのなら…………残念だ』

 

 

 心の何処かで、私はきっと、そう考えていたのかもしれない。純血の竜種であるのならば、もしかすればという気持ちがあったのだろう。だが、こんな程度で終わるのならば外の世界になど出ないほうが良い。

 

 

『……情でも湧いたかな?ああ、確かに……こうして、誰かにモノを教えたのはどれほど前だったろうか。もう、思い出せないな』

 

 

 きっと、ここ数十年はなかったはずだ。だから、柄にもなく色々な事を教えてしまった。

 歴史に、種族に、魔術に、呪術に、色々な事を

 

 

『……教えられなかったのは生き方、か。だが、仕方がない。これが私の判断だ』

 

 

 彼の裏に何がいるのかは分からないじまいであったが、万が一のことを考えればこれは仕方のないこと。本当であれば彼と別れて私はしばらくの隠遁する予定であった。あの悪魔が私が用意した転移先から抜け出すまでに私も奴を討つための準備をする……同じ〈魔王〉であっても生粋の呪術師である私と戦士である奴では地力の差が顕著となるだろう……故に〈勇者〉らをぶつける。

 

 

『予定だったが、キミならばきっとより良い屍竜となるだろう。これ以上、肉体の欠損は控える…………では、始めようか』

 

 

 結果として、意識がなくなったのは都合がいい。

 何らかのきっかけで意識が戻ってしまう事を考えて、縛らねばならないが……こうして意識が無いならそれらもそう問題はない。

 

 

『【 呪を告げる 楔を交わす 縛を課す 】』

 

 魔力を回し、言の葉を紡ぐ。

 いつもと変わらず、しかして相手は竜種。紛い物の亜竜とわけが違う。込める魔力はより高く、より濃く、より深く、その肉に、その骨に、その魂に、深く深く深く浸透する様に。

 

 

『【 私の声に耳を傾けよ 肉の虚 魂の檻 】』

 

 粛々と、しかして朗々と、想い()を込めて

 

 

『【 汝 我が声に 我が縛りを受け入れよ 】』

 

 

『【 躊躇う事なかれ 】』

 

 キミは優しい。だから、万が一意識を、自我を取り戻した時にその暴威を振るえなくならない様に

 

 

『【 狂奔する事なかれ 】』

 

 私の言葉に従え、だが獣になることは赦されない

 

そして

 

 

『【 我が腕、我が炎、我が剣となり─────

 

 

 世界が止まった。

 呪言の続きを紡ぐことが出来なかった。

 何故?湧いた情が邪魔をした?

 何故?何か別の事でも思考したか?

 いや、いや、いや、否。違う、違う、違う、それは

 

 

 

 

 

『知るか、誰がなるものか』

 

 その声を聴きながら、私は灰の嵐に呑み込まれた。

 

 

 

●─────〇

 

 

 

 思考が鮮明になっていく。

 思考が澄み渡っていく。

 纏わりつくようなモノがあるのを感じはするがしかし、それは決して悪いモノであるとは言い切れないものだ。故に彼はそれに対する感覚を隅へと放り捨てて、その顎より灰色の呼気を洩らしながら、その身体を揺れ動かす。

 まず、四肢を縫い留めていた楔が灰に変わっていった。首の付け根の楔が崩れていった。灰の山が積もっていく、まるで雪でも降ったかのようですらあった。都合、九か所もの傷口から血が垂れ流れていき、それらが意思を持っているかの様に脈動すらし始めているがそんなものに彼は思考を割かず、ゆったりと目の前のソレへと近づいていく。

 その口端から漏れ出るのは灰の呼気。

 その竜眼より滾るのは怪物の本性。

 灰色の竜は、自らの敵を前にただただ静かに佇んだ─────

 

 

 

●─────〇



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俺は灰竜

●─────〇

 

 

 

 身体が軋む。

 文字通り、全身に罅が走るような音が周囲に響いていく。

 

 

『ガァッ……、これは……!』

 

 

 眼窩に揺らめく赤い光が、まるで見開かれるように眼窩の外へと漏れ出るかと思うほどに大きく大きく蠢きながらも、片方の光は自らを吹き飛ばした下手人へとその血のような色を向ける。

 体勢を大きく崩し、まるで投げ捨てられたかのように膝も掌も、土に汚れた彼は何が起きたのかを冷静に分析していく。

 

 

『(息吹(ブレス)だ。だが、最初のソレとはわけが違う…!!)』

 

 

 立ち上がろうと腕に力を入れれば、修復したはずのソレは鈍い音、それもまるで風化した骨が崩れる様な音を経てて前腕の半ばほどから崩れていく。それを見つつも、止まることはなくケルゥス・スィニエークは立ち上がりまだ崩れていない方の腕で空間に魔術円を生じさせる。

 その眼窩の光は変わらず、目の前のソレへと向けられているが、その間も思考は滞らず回り続けている。

 

 

『(いったい、何をした。確かに私のかけた呪術による縛りは、完全にかけ終わったわけではない。それでも途中にかけていたモノは充分彼の中に根付いている。だから、彼の中のある種、留め金となっていたようなモノが外れてしまい、威力が上がったのは理解できる。だが、だが、だとしても、こうはならないだろう……!!)』

 

 

 予期せぬ一撃であった。それは認める。

 先ほどよりも強力な一撃であった。それも認める。

 だが、だからといって、未熟なドラゴンがいきなり自分の用意した魔術防壁を突破した挙句にこうも痛手を与えるのは道理に反している。なるほど、百歩譲って、これが並みの不死者、それの上位個体であるのならそう言う事が起きても理解できる。

だが、自分は、〈魔王〉だ。

 不死者として発生し、多くの知識を貯め込み自らの位階を高めてきた過程で〈魔王〉の資格を獲得して百数年。

 同胞、もしくは対魔術に特化したような存在でもなければそんなことありえるはずがない。

 そう、心中で叫びながら、展開された魔術円(マジック・サークル)がゆったりと回り始めていく。

 

 

『眷属召喚:骸蛇(スケルト・スネェク)────』

 

 

 瞬間、灰竜の足元から無数の骸蛇が這い出していく。速く、灰竜の足元から絡みついていき首筋、その頭部まで彼は這いずりながらその骨身で肉を、鱗を、甲殻を削りにかかる。

 だが、それでは終わらない。先ほどと同様に削る為ではなく、今この場で目的としてのは攻撃に非ず、拘束。

 それも、次への布石。

 

 

『─────【 速射(Quick) 連続(Continuously) 貫通(Penetrate)魔術の矢(マジック・アロー)!!』

 

 

 突き出された掌、そこに展開されていた魔術円が回転しながら無数の魔力弾をばら撒いていく。元より速度に優れた魔術である魔術の矢に効率的により速度を求め、連射性を求め、更には貫通力を乗せたソレは精密性を犠牲にしながらも相手はその巨躯故に多少の粗雑な狙いであっても大半がその身体へと雨の様に叩き込まれていく。

 その際に、拘束している骸蛇が巻き添えを喰らって骨の破片を周囲へとばら撒いていくが問題はない。むしろ、その鋭い骨片が飛び散り削った鱗へと潜り込み、その上から叩き込まれた魔術の矢がより深くへと押し込んで突き抜けていく。

 これでは蜂の巣となってもおかしくはない。

 

 

 だが、

 

 

『──────────!!!!』

 

 

 刹那、響き渡るのは言語化できぬほどの高音域の咆哮。

 

 

『チィッ!!』

 

 

 ただの咆哮。

 しかして、それは竜の咆哮。亜竜のそれなら、いざ知らず。

 相手は純血種。たったそれだけで全身に巻き付いていた骸蛇は灰に崩れ変わっていき、全身から流れる血がそれらを赤々と染めていく。

 夥しいほどの竜血。ただそこに在るだけで生命力に溢れるそれらが流動し。まるで盾か何かの様に叩き込まれ続ける魔術の矢を受け止めていく。

 さながら、その様は粘体の異形(スライム)

 その有様を見ながら、ケルゥス・スィニエークは無い舌を打ちながら、自ら手首を腕から外して魔術円をその空間に固定することで、その場から後方へと跳び退く。

 そうして、眼窩の光が坑道へと一瞥する。

 

 

『(坑道の眷属らを機能停止にしたが、そろそろ魔術が切れてもおかしくはない……くっ、竜血を受けても所詮は有象無象だが……邪魔になる前にこの場をどうにかしなくては)』

 

 

 既に灰竜を屍竜とするのは半ば諦めている。

 いや、もしかすれば。という気持ちが彼に無いわけではないが、それでもこれ以上の消耗は避けたいところだ。そもそも、両腕が修復できていた、というのもあくまで視覚的な話であり実際のところは側だけが元に戻ったというもの。所謂ハリボテでしかない。

 だから、いまさらハリボテの腕が崩れていようとも大して痛手とはならない。だが、問題なのは先ほどの息吹だった。

彼の張った障壁を薄紙の様に容易く消し飛ばした息吹によって、彼の特徴とも言えるヘラジカの頭蓋が幾つもの罅が走っていた。致命的なものだ。

 というのも彼は肉体を持つ様な不死者ではない。全身が骨で出来ている。その為、その骨の中に自らの魂を閉じ込めているのだ。では、その魂を閉じ込めているのはどこか。

 それこそ、彼の頭蓋である。眼窩の中で揺らめくその赤い光とはすなわち、彼の魂と言っても相違ない。故にこれ以上、無理をして頭蓋が破損するのは避けたい─────が、

 

 

『(転移で逃げようにも、足を止めれば息吹が来る。障壁が間に合ったとしても、転移の術式ごと吹き飛ぶだけだ)』

 

 

 ならば、坑道から逃げる。だが、そんな事はあちらはよく理解している。この洞窟の唯一の逃走経路はそこなのだから。

 では、どうするか?

 

 

『真っ向から叩き潰すしかないだろう!!』

 

 

 変わらずハリボテの掌を修復しながら、そう叫ぶ魔王は視界の端に映った精霊晶から無理矢理に魔力を抽出し始める。

 流石は魔術・呪術に長けた〈魔王〉であると言うべきか、即興の経路は一切の綻びすらなく紡がれて精霊晶がため込んできた魔力を汲み取り、自らの周囲に幾つもの魔術円を展開していく。その魔術円のどれもが複雑怪奇であり、先の魔術の矢などとは比べものにならない魔術であるのが窺える。

 それを前にして、蠢く竜血の粘体をもって固定されていた魔術の矢の魔術円を破壊した灰竜はその顎より灰の呼気を洩らし、唸り声をあげる。

 

 

『【 収束 収束 収束(Trio Convergence) 術式拡大(Enlargement) 】!』

 

 

 生じるのは、魔力の嵐。展開された魔術円を元にそれらは一点へと集束を始めていくと同時に〈屍鹿の魔王〉ケルゥス・スィニエークを中心に正しく瘴気と言うべき決して良いモノであるとは到底、口が裂けども言えぬようなモノが渦巻き始める。

 不死者たる彼が貯め込んできたであろう夥しき悪霊、憎悪、狂気、魔性、そういったモノが混ぜ込まれ煮詰められてみたそれらが彼を中心に渦巻きながら収束していく魔力と濃密に絡み続けていく。

 それを前に唸り声をあげていた、灰竜はその翼を大きく広げていく。そうして、少しずつ開かれていった顎からは自らの足元近くを始めに灰の息吹(ブレス)がさながら燃え盛る火炎の様に洞窟中に広がっていく。

 なるほど、変わらず触れれば灰となる息吹であるが、先ほどのソレとは明らかに威力が劣る、と彼は即座に見破り、僅かに思考を割くことで汲み取り続けている魔力の一部を魔力防壁へと回してそれを凌ぎ続ける。

 

 

『(だが、そう長くは続くまい。これは威力よりも持続性。範囲と量を優先されたものだ。今もこちらの防壁を削っている)』

 

 

 となれば、急ぐべきは魔術の完成。

 既に九割がた、収束を終わらせたソレに対してケルゥス・スィニエークは駄目押しと言わんばかりに魔力を叩き込み──────

 

 

『【 吹き荒べ(Blow up) 】悪霊の颶風!!!』

 

 

 刹那、洞窟内に生じたのは膨大な魔力と瘴気の爆発。

 おおよそ、真っ当に混ぜてはならぬ者同士が収束し絡み合って互いに互いを補完し合ってその体積を十分の一以下にまで収束した瞬間に互いの性質を増幅させたことでその瞬間に反発が起き、連鎖して互いにより強く激しい反発の反応が引き起こされてまるで台風がこの洞窟内で勢力を激しく拡大している状態で押し込められたかの様に、洞窟内でのた打ち回る。

 魔力と瘴気の暴風雨。

 そのただ中で、

 

 

『黙れ』

 

 

 灰の息吹(ブレス)の中で

 

─────一筋の灰黒の閃光が迸った

 

 

 

●─────〇

 

 

 

 沈黙だけがそこにはあった。

 まるで竈の中とでも言うかのように灰ばかりが地面に降り積もった洞窟には、いくつもの光が差し込み洞窟内を照らし込んでいた。

 どうやら、先ほどのモノでこの洞窟の壁が崩れたのか、天井に大きな穴が生じそこから陽光が差し込んでいるらしい。これは間違いなく、ケルゥスにとって有利となる事だろう。

 何故なら、逃げるべき出口が増えたのだから。

 大量の足止めを出して、その穴へと逃げ込めばそのサイズからして灰竜が追うのは難しいことだろう。

 そう、彼にとってこれは有利な事だ。都合の良い事なのだ。

 

 

 ああ、そうなのだ。

 

 

 彼が、ケルゥスが、〈屍鹿の魔王〉ケルゥス・スィニエークが、その身体を灰化し崩れかかっている壁面に押し付けられていなかれば。

 

 

『づぅ……』

 

『ハァアア…………』

 

 

 呼気から灰を洩らしながら、その前脚で彼の身体を壁面へと押し付ける灰竜。その身体は最初の楔による傷も、魔術の矢による傷も、骸蛇による傷も、そして先ほどの悪霊の颶風による傷も刻まれていたがしかし、そのどれもが致命傷足りえなかった。今もこうして、消耗している筈だというのに一切緩むことなくケルゥスの身体を抑え、今すぐにでも息吹を撃つことができる状態である。

 そんな彼を前に、ケルゥスはその身体の大半。肋骨から下部を完全に消失し、腕も片腕は肩諸共なくなり、残っている方もいったいどうして繋がっているのかと疑問に感じれるほどにほとんどが灰化しかろうじて原型が分かるという有様だ。

 そして、彼の魂を繋ぎ留めているヘラジカの頭蓋はその大半に罅が入り、眼窩は片方が砕けてもはや孔ばかりだ。だが、そんな有様であっても流石は〈魔王〉と言うべきだろうその意識はいまだ健在。

 

 

『……ふぅ、……ぁぁあ』

 

 

 息も絶え絶え、という様ではあるが。

 

 

『何か、言う事はあるか』

 

 

 そんな彼へと灰竜は、一切の敵意なく、悪意なく、殺意なく、憤怒なく、あるのは審判者としての意思のみで冷徹に問いかける。

 ああ、なんという慈悲か。苦しませる事もなく、興味なく砕く事もなく、目の前の後継者は最後の言葉を聞き届けてくれるというのか。

 彼の言葉にケルゥスは崩れ行く身体、頭蓋を気にする事はなくまるで狂ったかのようにクツクツと笑いを溢しながら、

 

 

『……これが、終わり、か……定めらしい……。いい、だろう、私を殺せ!!次はキミだ、〈灰竜の魔王〉!スィエールイー!!』

 

 

 言葉を紡ぐ度に身体を崩れていく。

 動く度に灰化が進んでいく。

 それでも尚、彼は〈魔王〉は自らの後継者へととびきりの祝辞(呪言)を叫び、

 

 

『……ああ、そうか。それが……受け取ろう、〈屍鹿の魔王〉ケルゥス』

 

 

 それを受け取った灰竜は、笑みを浮かべてその壁へと押し付けていた腕をもって彼を握り潰した。

 小気味良い音を立てて砕けちったそれをしばし見つめたと思えば、灰竜はその瞼を閉じ

 

 

『…………ああ、短い間だった。感謝するよケルゥス・スィニエーク』

 

 

 感謝の言葉を告げて、灰竜は、スィエールイー・スィニエークは自らの名を反芻する。

 もはや、そこに何も無かった。

 人間としての良心が、人間としての倫理が、魔王によって込められた呪が(スィエールイー)からソレ(乃木真士)を奪ってしまった。

 魔王は、彼に様々な事を教えた。

 歴史を、種族を、魔術を、知識を、そしてこの世界での怪物としての生き方を。

 洞窟に開けられた孔より差し込む陽光が怪物として真に産声を上げた彼を祝福するかのように彼を照らし続けていた。

 

 

 

●─────〇



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魔王とはそういうもので、キミとはそういうものだ

●─────〇

 

 

 

 そも、〈魔王〉とは何か?

 〈魔王〉とはこの箱庭におけるバランスを保つための存在。

 怪物、人類と世界を大きく二分するうえで怪物側に振り分けられた大いなる力であり、人類側の〈勇者〉と対をなすモノ。

 

 人類側がより強く繁栄することで、彼らは発生する。無論、無から生まれるという意味合いではなく、その時点でより力を持っている怪物から無作為に八体が選び出されその資格が与えられる。〈魔王〉の資格は大いなる力を分割したモノであり、当然それを得た怪物は得る以前と比べてより強くなる。

 だが、所詮その力は数値で表せば固定値でしかない。最終的に〈魔王〉同士の実力差は怪物自身の地力に他ならない。

 つまり、〈魔王〉としての力は基本的に変動することが無い。

 

 

 と、いうわけではない。

 話は変わるが、人類側の大いなる力を分割した〈勇者〉らは〈魔王〉同様にその力は固定値であるが、彼らはその元々の性質上徒党を組むのが前提であり、〈勇者〉・〈賢者〉・〈聖女〉などを始めとする人類側の力は互いを仲間と認識し徒党を組むことでその数だけ力を増していく。一つ一つの力は〈魔王〉よりも分割した分と種族の地力の差もあり、〈魔王〉よりも弱いがしかし、仲間と共にあればあるほど彼らは元々の大いなる力に近しい力を手にするようになっている。当然だ、怪物側がより強く繁栄した際に発生するカウンターなのだ。そういう仕組みであるのは理にかなっている。

 では、〈魔王〉はどうなのか?

 〈魔王〉も〈勇者〉らの様に集まれば、徒党を組めば強くなるのか?

 否だ、怪物側は、〈魔王〉は徒党を組む前提で仕組まれてはいない。では、どういう仕組みか?

 彼らは逆だ。〈魔王〉の総数が少なくなればなるほど、その力を増し最後の一体となれば、その力は大いなる力とほとんど相違ないモノとなる。故に彼らは自らの地力に限界を感じ、より強さを求めれば必然と同胞を狙う事になる。同じ〈魔王〉を殺し、総数を減らすことで自分の器に配分される力の量を多くしようと。

 では、〈魔王〉の敵とはより力を求める同類と、〈勇者〉らなのか、と言われればまた異なる。〈魔王〉は人類側に対するカウンターである以上、強くあるべきで〈魔王〉でもない怪物に劣る怪物では〈魔王〉の資格無し。

 故に〈魔王〉の資格を持たぬ怪物は資格を有する怪物を殺し、その王冠を簒奪することが許されているのだ。総数は減ることはないが、それでも〈魔王〉はより強い者が獲得していく。

 

 

『それが、彼が〈魔王〉となった理由。彼が望まずとも、彼にその気はなくとも、彼とケルゥスが対峙した瞬間から彼がその冠を簒奪する運命だった』

 

 

 もちろん、本当の意味で戦い始めてからの話だが。

 乃木真士、いや、もうその名前は彼には意味を成さない。彼の名はスィエールイー、〈灰竜の魔王〉となってしまった。

 結果として、それはとても良い事だ。

 彼が無名の竜種(ドラゴン)であるのなら、人類とそこまで深い関わりはなく、一怪物としてこの箱庭を生きていく事だったろう。だが、〈魔王〉となったのなら話は別だ。

 彼は怪物らの盟主の一角として、〈勇者〉らとぶつかり人類と深く関わっていく事になる、無論先も言ったように〈魔王〉として別の同胞との殺し合いだってある。もう、一怪物としてこの箱庭にはいられない。

 その上で、どのような判断をし、どのような行動をし、そしてどのように生きていくのか、この箱庭にどのような影響を与えるのか。どうか、見せてくれ。

 

 

『祝福しよう。スィエールイー・スィニエーク。灰の竜、キミという変数を私は歓迎するとも、どうかこの箱庭により大きな波を起こしてくれたまえ』

 

 

 そうでなければ、キミを拾い上げた甲斐が無い。

 

 

 

 

 

 

●─────〇

 

 

 

 眼を覚ます。

 身体が軋み、血が垂れ流れていく、骨が痛み、肉が悲鳴をあげ始めるのを感じる。だが、それも対して気にならない。むしろ、身体自体はそんなものまだまだとでも言うかのように軋んでいる筈だのに内底から沸々と力が垂れ流れているのかのような感覚すらある。

 

 

『ハァアアア……』

 

 

 呼気に灰が混じり、感覚が鋭敏になっていくのが感じられる。きっと、ドーパミンだかアドレナミンだかが出ているんだろう。まあ、この身体は人間じゃなくてドラゴンだからそれらがあるのかは疑問だが、まあ、似たような成分のがあるんだろう。

 そこまで興味はない。人間とて、人体構造全部知らなくとも生けていけるんだから。

 

 

『ああ……、クソったれ』

 

 

 いや、そんなことはどうだっていいい。

 悪態を吐きながら、俺は少しずつ鈍くなってきた後ろ脚を引きずりながら俺は精霊晶へと近づいていく。先ほど、ケルゥスが魔力だけを抽出していたがその輝きは微塵も曇る事なく、煌々とその結晶体部分を輝かせている。ケルゥスの言によるならば、それほど潤沢な魔力を貯め込んでいるのだろう。

 ああ、つまるところ、そう言う事か。

 煌々と輝くソレを前にした、俺は一切の疑問も躊躇も持たず、止まることなく

 

 バキッ、ガリ、ガキッ、ガリガリパキッ。

 そんな音を響かせながら、精霊晶の結晶群、その端側へと齧り付いていた。

 

 

『……かふっ、ケハッ、んんぁ……ぁぁあ』

 

 

 口内でばら撒かれ喉に転がり落ちていく結晶の破片、およそ今まで口にしたことのないそれらの食感、いや感覚に一瞬嘔吐くもののそれら全てを気にせず呑み込んでいく。

 頭ではよくわからなった。だが、身体が、人間ではないドラゴンとしての俺がこれで正しいと伝えてくる。ドラゴンとして高位である種である俺は魔力を食事とすることができる。転生してから一度たりとも空腹感が抱くことがなかったのはそういう事だろう。

 俺はこの精霊晶から微量ではあるが、魔力を取り込んでいた。そして、最低限の行動だけだったためにその消耗も限りなく少なく消費したエネルギーも全体量と比べれば微量も微量だった。だが、今は話は別だ。

 既に俺の身体には九か所も穴が空いている。

 それをどうにかするならば、こうして直接結晶を喰らって魔力を補給せねばならない。

 今も垂れ流れる血を取り戻す為に魔力を取り込まねばならない。人間だった時はこういう時なら肉でも食って血を取り戻すべきでは?などと考えるだろうが、関係ない。今の身体がこれで正しいと言っているのだ。いまさら、人間の時の考えに縛られる必要もないだろう。

 

 

『いや、無理だ。もう』

 

 

 結晶を噛み砕きながら、少しずつ塞がりつつある傷口を見下ろして俺はそう呟き、先ほどの光景を思い返す。

『私は屍の呪術師(リッチ・シャーマン)だ。それで充分だろう?』

 ケルゥスの言葉が反響する。

 そうだ、俺はもはや人間ではないのだ。

 俺はドラゴンなのだ。

 乃木真士という人間がいた。

 スィエールイー・スィニエークというドラゴンが此処にいる。

 もう、これは覆しようのない事実であり、そして彼が遺した呪いが俺の中に根付いてしまっている。狂うことは出来ず、人としての良心・道徳心・倫理観故の躊躇すらもはや意味がない。つまるところ、もうどうしようもないのだ。

 俺は人間に戻れないし、戻ることはない。

 

 

『俺は、灰竜だ。スィエールイー・スィニエークだ』

 

 

 ケルゥスを、彼を、この手で殺したのだ。

 ならば、彼の席に座った者としてもはや女々しく生きるなど赦されない、罪悪感とかじゃない、責任感とかじゃない。これは単純に自分の首を絞めてるだけだ。

 背水だとか、尻に火をつけるのと何も変わらない。変わらないがこれでいいのだ。

 

 

『……そう、それでいいんだ。俺は』

 

 

 あれほど深かった傷口が塞がっていくという、怪物らしい光景を目にしながら俺は自分の中で見切りをつけてゆっくりと動くように感覚が戻ってきた足を動かしていきいつもの寝場所に移動して身体を降ろす。

 そうして、視線を洞窟内に巡らせれば降り積もる灰を取り込みながら片隅で蠢く血の塊とも言うべき粘体の異形(スライム)がそのサイズをゴーレムに近いモノにまで膨らませており、他には洞窟の壁を、岩山に風穴が空き、陽光が差し込んでいるという劇的なビフォーアフター、そしてどうやらケルゥスが何かしていたのか大慌てで坑道から雪崩れ込んできたガーゴイルやゴーレムら。

 そんな奴らの姿を視界に収めながら、俺はいまだ痛みを訴える身体を、寝かしつける為に首を巻いて瞼を閉じた。

 

 

『さようならだ。乃木真士』

 

 

 きっと、もう、会う事はないだろう。

 

 

 

●─────〇




〈屍鹿の魔王〉
ケルゥス・スィニエーク

彼に生前の記憶はない。不死者として彼は多くの知識を求めた、何れこの世界の全てを網羅したいと願っていた。それがいったいどのような思いから生じたのか、彼は終ぞ知ることはなかった。


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