天の河原に龍と来たりて (KaNDuMe)
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第一話

季節の変わり目、薄い雲と雨の降りしきる頃。

珍しく晴れ渡った街の往来を、金の髪を揺らしながら一人の女性が歩いていた。

「~~♪」

鼻歌を歌いながらリズムを取って歩く度、ブレザーに包まれた豊満な胸が蠱惑的に揺れる。制服はここネオ童実野シティでも名門として知られるデュエルアカデミアのそれである。背丈は年齢に比して少々高く、スタイルも合わせて大人びて、しかし屈託のない無邪気な笑顔は彼女の純粋さを窺わせる。

道行く人達が思わず振り返ってしまう程の美貌と可憐さであるが、彼女自身はそんな事を意識することもなく、漸く傘を差さずに出歩けることを喜んでいた。

特に目的地も定めず適当に歩き回る内、彼女は街外れの小さな公園に辿り着いた。

「~♪ ……?」

ふと、足を止める。

ぐす、うぅ、ぐす。

それは誰かのすすり泣く声。

公園を見回すと、赤く塗られたベンチに腰掛けた、小さな少女の姿があった。

少女は両手に顔を埋め、俯いたままに嗚咽を漏らし続ける。

両親や友達は周りに居ないのかと彼女は更に辺りを見回すが、そこにいるのは彼女だけであった。

仕方が無い。

ふんっ、と鼻を鳴らして気合いを入れ、しかし次の瞬間には柔らかな笑顔を浮かべた彼女は、ゆっくりと少女の傍らに腰を下ろした。

どうしたの? と声をかけ、覗き込むようにして目線を合わせる。

落とし物? 俯いていた少女は僅かに顔を上げ、小さく頷いた。

それから一言二言言葉を交わし、彼女はベンチから腰を上げた。

胸の前で拳を作り、満面の笑顔で頷くと、彼女はその場を後にする。

彼女の姿を目にした通行人は、不思議そうに首を傾げた。

 

 

 

 

 

Episode Extra8 天の河原に龍と来たりて

 

 

 

 

 

「さてさて……」

金の髪を揺らしながら、難しそうな顔で道を行くのは、デュエルアカデミアの制服に身を包んだ一人の少女。道行く人が思わず振り返ってしまう程の美貌と可憐さを備えた彼女の名は白金(しろかね)龍巳(るみ)。ネオ童実野シティでも名門として知られる、デュエルアカデミア高等部の生徒である。

空を見上げ、続いて地面に目を落とし、何かを探すように注意深く歩く彼女が、不意にその足を止めた。シティ上層特有の整然と整備された街路。均等に並んだ街路樹の一本に、劣化しないように加工された一束の花が添えられていた。それを目印に、彼女はやってきたのである。

「多分この辺りだと思うんだけど……」

うろうろとその周囲を歩き回り、ビルの隙間や街路樹の陰等様々な場所に目を凝らす。その度に揺れる胸元やめくれかかるスカート等が嫌でも周囲の目を引き、道行く人達は思わず顔を赤くした。

「……何をしているの?」

街路樹の根元にかがみ込んで目を凝らす龍巳の上から、不意に声がかかる。

反応して顔を上げると、不思議そうにこちらを覗き込む老女と目が合った。

赤色のカチューシャで目元を大きく広げた、くすんだワインレッドのセミロングと丸い大きな瞳が特徴的な、整った顔立ち。身長は龍巳より高く、老いて尚往年の美しさを感じさせるスラリとした身体つきは一種気品を感じさせる。誰もが(歳とったらこんな老人になりたいなぁ)と思うような、美しい老人であった。

「?」

「……あ、ごめんなさい! 何でもないです!」

一瞬見惚れてしまった龍巳に首を傾げる老女に、彼女は慌てて立ち上がりながら頭を掻いた。

「いえ、こちらこそ急にごめんなさい。でも、そんな所にかがみ込んだりして、どこか具合でも悪いのかしら?」

その様子に、老女は口に軽く手を当てながら上品にクスリと笑みを零した。

「えーっと、そういうわけじゃないんです。ちょっと捜し物してまして。このカードなんですけど」

言いながら、龍巳は携帯端末を操作して捜し物の画像を表示させた。そのカード自体はごくありふれた物であるが、レアリティが高いのか特殊な加工によってキラキラと輝いている。

「残念だけど、私は見たことないわね。この辺りに落としたの?」

「落としたのは私じゃないんですけど、見つけてあげるって大見得切っちゃって……。話を聞いた感じこの辺らしいんですけど、見つからないんですよねー……」

ガックリと肩を落とす龍巳だが、老女はまぁ当然だろうと思った。こんなレアカードが落ちていたら、誰だって拾って自分の物にしてしまうだろう。彼女のよく知る人物には、拾ったカードでデッキを作った者もいる。

しかし、それを言ったところで目の前の少女は、簡単に諦めるには人が良すぎるように見える。ならば少しくらい力になってあげたいと、彼女は考えた。

フッと小さく笑い、老女は龍巳がかがみ込んでいた辺りに手を翳しながら目を閉じた。

「? どうかしたんですか?」

「ちょっと待っていてね。もしかしたら……」

そのまま、数分の時が経った。その間龍巳もジッと老女の様子を見ていた。

そして翳していた手を下げ、老女が目を開ける。そして、道路の先を指差した。

「この方向」

「え?」

「この方向に、移動していったかもしれない」

老女の指差す方向には、見慣れたネオ童実野シティのビル街が続いている。真っ直ぐ歩いて行けば、シティの沿岸部に突き当たるだろう。

「え? え? 何か分かっちゃったんですか!?」

「まぁ、占いみたいな物だから。あまりあてにしないでね?」

地面と老女の顔を交互に見ながら素っ頓狂な声を上げる龍巳にまた笑みを零しながら、老女は可愛らしく片目を瞑って見せた。

占いとは言うものの、その表情は確信のような物を持っていると龍巳は感じた。理由や理屈などは分からないが、彼女には何かが分かるのだろう、と。

「ありがとうございます! それじゃあ私、行ってみますね!」

だから、満面の笑みとお礼を返し、龍巳は老女の指し示した場所を目指して歩き出した。

「どういたしまして。貴女の捜し物、見つかると良いわね」

手を振って歩き去る龍巳に、彼女も軽く手を振って応える。その瞳には、昔を懐かしむような輝きがあった。

 

 

 

注意深く街路を歩くこと十数分。

繁華街の道端に並ぶショーウィンドウに時折目を奪われながらも、龍巳は根気強く探索を続けていた。

手がかりは相変わらず見つからないが、それでも老女の言葉を頼りに彼女は歩き続ける。

「うーん、方向が合ってるならその内見つけられると思うんだけど……」

ムムムと軽く唸りながら、足下に目を落とす。

綺麗に舗装された石畳の歩道は陽光を照り返して明るく、その上を行き交う人々の靴や隙間から生えた雑草をも鮮明に浮かび上がらせる。落とし物などあれば、見逃すことはないはずである。

「どこにあるのかなーっと……きゃっ」

視線を落としていた彼女のおでこが、何か柔らかい物にぶつかる。

「おっと。大丈夫か?」

「わ!? ごめんなさい!」

低い男の声が聞こえ、龍巳はパッと距離を離して頭を下げた。

「いや、俺の方こそ余所見をしていた。こっちこそすまない」

顔を上げると、そこには天をついて両脇から逆立つ癖毛が嫌でも目に付く一人の老人が立っていた。

一見厳しそうな瞳はしかし気遣いを滲ませ、どちらかと言えば厳格そうな雰囲気であるにもかかわらず、優しげな微笑みが不思議と似合っている。顔にはセキュリティへの反逆者の証であるマーカーが刻まれていたが、恐ろしさという物は全く感じさせない。

「いえいえ! こっちこそ、ちょっと落とし物探してて」

格好いい人だなぁ、と心の内で感心ながら、龍巳は頭を下げようとする老人を慌てて制した。

「落とし物か。もしかしたらここに来る途中で見ているかもしれない。良かったら教えてくれないか?」

改めて顔を上げた老人に微笑みかけられ、龍巳は少し胸を高鳴らせた。圧倒的なイケメン力が魂から滲み出ているのである。

「あ、えと、はい! このカードなんですけど……」

少し前に老女にしたように、携帯端末にカードを表示させる。

まぁ望み薄だろうと思っていた龍巳だが、案の定老人は申し訳なさそうに首を振った。

「残念だが、見たことはないな。期待させておいて、すまない」

「そ、そんなことないですよ! 少なくとも目に付く場所にはないんだろうなって事はわかりましたし!」

「そのカードが大切な物なら、俺の知り合いにも当たってみるが……」

言いながら、老人は自分の携帯端末を取り出す。

「いやいやいや! 流石にそこまでしてもらうのは悪いですよ……。お気持ちだけ、頂いときます!」

元気印で通している彼女も、流石に恐縮しきりである。初対面の人間にここまで出来る人間など、そうそういるものではない。

「そうか……」

龍巳の言葉に暫し目を伏せた老人だが、このまま何もせずに分かれることには何となく後ろ髪を引かれた。どことなく彼女の態度から、探し物が彼女自身の物ではないのだろう事が察せられたからである。誰かのために頑張る者を放っておくことはしたくない、そういう質なのだ。

「そうだな……そのカード、落としたのはどれくらい前なんだ?」

「うーん、それは聞いてないですけど……向こうの街路樹に花が添えられるより前……かな?」

「なら少し時間が経っているな。そのカードはどのデッキにも入れられるという物ではないし、レアリティも高い。セキュリティに届けたのではないなら、拾った後カードショップに売り払ったと言う事も考えられるな」

「!」

その老人の言葉に、彼女はピンと来るものがあった。この方向にまっすぐ行けば、知っている店があるのである。

「それならもしかしたらもしかするかも!」

「少しは力になれたか?」

龍巳の反応に、老人は顰めていた顔を綻ばせた。

「はい! ありがとうございます! それじゃ私、行きますね!」

「ああ。君の探し物、見つかると良いな」

笑顔で走り去る龍巳に手を振りながら、彼もまた優しく笑いかけた。

 

 

 

「えーっと、確か、この辺に……あった!」

繁華街を突っ切り、息を切らせながら龍巳が辿り着いたのは、埠頭から海に張り出すように建築された建物。

平たい円錐形の本館と、それに覆い被さるように斜めに設置された三角形の板状のビルからなる極めて独創的な形状の建物である。板状の方は多数の支柱によって支えられているが、地震等で倒壊したとしても全く不思議には思われないであろう絶妙な不安を煽る構図であり、その姿は巨大スズメ取りかごにも例えられる。一応ゲームセンターなのだが、地下部分にはショップ大会も開催される規模のカードショップが併設されている。

先に出会った二人によってもたらされた指標に従えば、ここに目的の物が売られている可能性が高い。彼女はそう信じていた。

入り口前で息を整え、自動ドアを潜る。冷房の効いた室内の空気が、火照った身体に心地よい。

ゲーム筐体の間を抜け、下り階段を探す。

「どっちだっけ……?」

背伸びをしながら目の上に手を翳し周囲を見渡すと、それらしい階段が目に入った。

すると、階下から数人の男達が駆け上がってきた。

「どけどけぇ!」

「邪魔だぜ!」

彼らは出口を目指しているのか、龍巳の方に向かって狭い通路を強引に進んでくる。

「え!? ちょ、ちょっとー!?」

咄嗟に筐体の隙間に身体を滑り込ませ、通路から退く。間を置かず、ガラの悪い笑い声を発しながら、男達が先程まで龍巳が背伸びをしていた通路を通り過ぎていった。何人かの客が突き飛ばされ口々に文句を叫んでいたが、彼女はどうにか難を逃れた。

「ふぃー。危ないわねー」

つま先立ちになり気をつけの姿勢で割り込んでいた筐体の隙間から、横歩きで通路に戻る。その際筐体に擦れて制服のスカートが若干めくれており、位置的に運良くその内側を僅かながら覗き見ることの出来た少数の客は、不本意ながら迷惑な男達に感謝することになった。

そんなアクシデントに気づくこともなく、彼女は他の客にぶつからないよう気をつけながら通路を通り、カードショップへと続く階段を下る。

(おや……?)

階段を下っていくと、その出口付近に人集りが出来ていた。

その後ろについて背伸びをすると、荒らされた店内が目に入る。ストレージの置かれた机は蹴飛ばされたようにずれており、枠につるされたまとめ売りのカードも床に散乱している。中でもショーケースは一つがガラスを叩き割られており、中身のカードが大分減っていた。その前に立つ店員は茫然自失と言った様子である。

「これ、どうしたんですか?」

手近な位置にいた客に話しかけてみる。

「あー、なんか不良みたいな連中が集団で万引き……いや、あそこまで行くと強盗か。そういう事やらかしたらしくてね。ショーケース冷やかしに来てみたってのに台無しだよ」

「はぇー。大変ですねー」

呆れた様子の客に相槌を打つと、彼はそのまま店を後にした。

人集りが徐々に減ってきたので、入れ替わりに龍巳は店内に足を踏み入れる。目的のこともあるが、見て見ぬ振りが出来るほど彼女は割り切りが上手な人間ではないのだ。

「片付け、私も手伝います!」

言いながら床にしゃがみ込み、散らばった品物やケースを元の場所に戻し始める。

「あ、ありがとう。でもそこまでしなくて良いよ。君には関係ないことだし」

「そんなこと言わないで、困ったときはお互い様ですよ! それに、片付かないと私も用事を済ませられないですし」

断ろうとする店員を強引に押し切り、龍巳は片付けを続ける。店員もこれはこの場を動きそうにないと悟ったのか、溜息を一つ吐いて片付けを始めた。彼女の様子を見た他の客も手伝いに加わり、店内は程なくして破損した備品を除いて元の様子を取り戻してきた。

「皆さん、本当にありがとうございます」

ある程度片付いたところで店員がまだ続けようとする皆を制し、頭を下げる。

「いやいや、ちょっとお手伝いをねぇ! したくってねぇ!」

「次来たときは、格安でお願いね! ってのは冗談だけど」

手伝った皆はそれぞれに言葉を残し、店を後にしていった。

「君も、ありがとう。本当に助かったよ……」

「いやぁ、その、なんかほっとけなくて……助けになったならよかったです!」

頭を下げる店員に、照れたように頬を掻きながら龍巳は笑いかけた。

「そういえば何か用事があるって言ってたけど、何だったんだい?」

ふと思い出したように、店員は顔を上げた。

「あ、そうそう。ちょっとカードを探してるんですけど……これ、最近この店に売られたりしませんでした?」

言いながら、龍巳は前回前々回も見せたカードの画像を携帯端末に表示させた。

それを見た店員は一瞬表情を明るくしたが、すぐに項垂れた様子でショーケースに目を移した。

「そのカード、確かに最近買い取ったんだけど、実は……」

「え? まさか、盗られちゃったんですか!?」

「見つからなかったし、多分ね……」

つまり、この割られたショーケースの中に飾られていた一枚だったのである。

「そ、そんなー……いやいや、そうじゃない!」

流石に肩を落とした龍巳だが、しかし次の瞬間にはすぐさま立ち直って気合いを入れ直した。遂に所在の確信が得られたのである。

「盗んでいった人って、さっき走ってきた人達ですよね?」

「そ、そうだけど……何するつもり? 危ないことは……」

質問から不穏な気配を察した店員が制止しようとするが、その時には龍巳は歩き出していた。

「私、ちょっと行ってきますね!」

無茶はやめろと言う店員の声を後ろに聞きながら、龍巳はなるべく早足で階段を上り、ゲームセンターを後にした。表にはセキュリティのDホイールが数台駐まっており、ゲームセンター側の職員とセキュリティの職員が会話を交わし、店内に入っていった。カードショップの件なのだろう。

それを横目にしながら適当に当りをつけ、龍巳は再び街路を駆けていった。

 



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第二話

題名思いつかぬゑ……。
デュエル出来るまでまだまだ時間がかかりそう。



 

 

 

「多分、こっちに行ったんじゃないかと、思うんだけど……」

辺りを見回しながら走る龍巳は、旧サテライト地区に向かっていた。

市街地はセキュリティが厳重な事に加え、全体的に人も街も小綺麗なのでガラの悪い不良などはよく目立つ。旧サテライト地区はそちらに比べれば人通りが少なく、未だに治安の悪い地区も多いため、彼らのような人々が屯するならこちらの方が向いているだろう。

次第に景色は小綺麗なシティのそれからサテライトの埃っぽい様子へと変わり、人々の様子もそれに伴って富裕層から中間層の雰囲気が強くなる。アカデミアの制服で走る龍巳の姿は、その美しい容姿もあって人々の目を引いた。

「はぁ、はぁ、っふぅ! っと、後は、少し聞き込みとかしてみなきゃダメかな……」

膝に手をついて息を整え、再び顔を上げる。すると、正面からこちらを覗き込む瞳と目が合った。まだ幼い容姿の少年である。服装はこの辺りの子供だとしても少々貧相であり、あまり裕福な家庭の子供ではないことを窺わせる。

「お姉ちゃん、どうしたの? 大丈夫?」

「あ、ああうん! 別にどこか悪いわけじゃないの! ちょっと急いでただけで……っゲホ! ゴホ! ぅぇ……」

純朴な瞳に見つめられ、ドキンと跳ね上がる心臓の鼓動を誤魔化す様に龍巳は頭を掻いた。が、息の整わないうちに捲し立てたせいでむせかえってしまう。

「ほ、ホントに大丈夫? 誰か呼んで来た方がいい?」

蹲って咳き込む龍巳の背中をさすりながら、少年は更に心配そうな声をかける。そこに、歩み寄ってくる人があった。

「おう、やっと見つけたぜ!」

低い男の声である。しかしそれは厳しい物ではなく、陽気で明るい響きであった。

「あ、おじちゃん!」

応える少年の声も親しげで、彼らが知り合いである事を窺わせる。龍巳が何とか上目遣いに顔を上げると、逆立てた橙色のツンツン頭が特徴的な小柄な老人がこちらに向かって歩いてきているのが見えた。表情は穏やかな物ながら、その顔に刻まれた三つもの黄色いマーカーが嫌でも威圧感を出してしまっている。

「知らない奴には声かけるなって何度も言ってるだろ。攫われちまっても知らねーぞ」

「そ、そうだけど……このお姉ちゃん、苦しそうだったから」

彼らの会話はまるで親子のそれであるが、流石にこの場所で、しかも相手の容姿が容姿なだけに、龍巳は警戒した。

と言うより、ビビった。

パッと上体を起こし、素早い動きで露骨に後ずさる。その際ちゃっかり少年を後ろに庇っている。

「よ、よよ、よ、余計なお世話よ! す、少なくとも、マ、マーカーついてる人よりは怪しくないんだから!」

「なんだと!? ……と言いたいが、言い返せねぇ……」

思わず言い返そうとした老人だが、自覚があるのか苦い顔をするのみである。

「お、お姉ちゃん。おじちゃんは怪しい人じゃないよ! そ、それより……」

後ろに庇った少年が声を上げる。が、その声は若干うわずっていた。

「え? そうなの? ていうか声、大丈夫?」

「あー……あんた、あれだ。そいつはちょっと、青少年には刺激が強いと思うぜ」

苦い顔だった老人が、彼の様子に気づいて含み笑いを漏らす。

「んん?」

そして気づく。後ろ手に庇っている少年は今彼女の身体に密着しており、しかもその位置は……

「○`*×△#□!!??」

 

真っ赤になって錯乱した後冷静になって平謝りに謝った龍巳と、流石に初対面の人間を前に言う台詞ではなかったと頭を下げる老人は、龍巳と同じく真っ赤になった少年を伴い近くの公園に移動した。

「うう、もうお嫁に行けない……」

「そういうテンプレートなのは置いといてだ。本当に具合が悪いわけじゃないんだな?」

「そんな軽く流さなくたって良いじゃないですかー! ホントに大丈夫ですって。走りすぎて疲れただけですから」

ムーっと顔を顰める龍巳を軽く笑ってあしらいながら、老人は彼女がそんなに慌ててこの場所にやってきた理由を尋ねた。

「アカデミアの制服って事は上層に住んでるんだろ? んな慌ててここまで来るなんて、何か事情でもあんのか?」

「あ、それですそれ! 折角だから聞いちゃいますけど、向こうからこっちに向かって、こんな感じの集団がやってきたりしませんでした?」

身振り手振りでガラの悪い不良達の容姿を老人に説明する。しかしお世辞にもその表現力は優れているとは言えず、色っぽい踊りになっただけである。

「いや、俺は見てねーな。そいつらがどうしたんだ?」

あえてそこには触れず、老人は首を振った。

「カードドロボウなんですよ! 港のカードショップのカードが盗まれちゃって!」

その言葉に、老人は思わず目を逸らした。少々、後ろ暗い思い出があるのである。

「あー…いや、まぁ、なんだ。そいつは大変だったな。けどな、嬢ちゃん一人で何とか出来る問題じゃないだろ。セキュリティには通報したのか?」

「もうお店には来てたからそれは大丈夫ですよ。でも、見つけてあげるって約束したカードがその中にあるんです。だから、ほっとくわけにもいかなくって」

「そうか……けどな、気持ちは分かるが無茶はすんなよ? もし見つけても突撃なんかすんじゃねーぞ」

そう言って笑う龍巳に、どうやら決意は固いらしい、と老人は苦笑を零す。

「あのー……」

そんな二人の横から、小さな声が上がる。見ると、ついてきていた少年がおずおずと手を上げていた。

「ん、何々?」

龍巳が顔を寄せると、彼は自信なさげに口を開く。

「えっと……もしかしたら僕、その人達見たかも……」

「え!? ホントに!?」

更に顔を寄せる龍巳にドギマギしながら、少年は小さく頷いて見せる。

「う、うん。多分お姉ちゃんが言ってるみたいな人達が、沢山カード持って歩いてたから、それじゃないかなーって……」

「それだー! でかした少年!!」

「!!??」

感動のあまり、龍巳は思わず正面から少年の顔に抱きついた。当然、龍巳の豊かな物が少年の顔一面を埋め尽くす形となり、その柔らかな感触と甘い香りが彼の理性を激しく攻撃する。

「……それくらいにしといてやれよ。戻れなくなっちまうぞ、色々と」

「あ、ごめんなさい! 苦しかった?」

パッと手を離し、肩を押して顔を離す。息苦しさやその他諸々で、少年は色々と限界であった。

「で、どっち行ったんだ?」

老人が苦笑しながら尋ねると、目を回しながらも少年は右手を上げる。その人差し指は先程の道の先を示しており、その先に行ったのだと言う事を二人は悟った。

「あっちの方か……それでガラの悪い奴らの溜り場なら、心当たりがあるな」

顎に手を当てながら記憶を辿る老人は、それらしい場所に思い当たった。

「それってどういう場所なんです?」

「昔学校だった廃墟があるのさ。伝統的なドミノ町っぽい不良がよく出入りしてるから、こいつらには近寄るなって言ってる場所なんだが……」

「学校の廃墟……わっかりました!」

言葉を続けようとする老人を、龍巳の元気良い返事が遮った。遂に手の届く場所まで来た。その思いが、彼女の気持ちを逸らせてしまったのだ。

「早速行ってみますね!」

「お、おい! まだ話は」

「ありがとうございましたー!!」

呼び止めようとする老人に気づかず、大声で感謝を述べながら龍巳は公園を駆けだしていった。

「待てって! ったく、話を聞かない奴だな……!」

駆け去って行く龍巳と傍らの老人を心配そうに交互に見つめる少年に、大丈夫だと笑いかけながら、老人は携帯端末の電源を入れた。

 

 

 

少年の示した方向に走ること数分。人通りは更に減り、廃墟化した無人の建物が増えてきた。旧サテライトでも外縁に当たる地区に近づいているのである。

その中でも一際大きな建物が、龍巳の目に入った。広々としたグラウンドの先に立つのは正に校舎であり、その寂れた様子は廃墟に違いない。

龍巳は正解を確信すると校門前に向かった。そこから校舎の全体を見上げる。

元は大人数が入学可能な、大きな学校だったのだろう。教室棟は四階建てになっており、横幅も広い。その奥には各授業で用いる専門的な教室が並ぶ棟が、ほぼ同じ大きさで備えられている。その横には部活動用と思しき建屋が並び、その近くには広大なプールや体育館が軒を連ねる。彼女の通うデュエルアカデミア・ネオ童実野校よりは小さいが、在りし日は沢山の生徒がここで過ごしていたのだろう。

「っと、感慨に耽ってる場合じゃないわね! 早いとこ盗んだ奴らを見つけないと!」

両手で頬を叩いて気合いを入れ、敷地内に踏み込む。周囲を窺いながら歩いていると、校舎入り口の階段に屯していたグループと目が合った。

何故こんな所に名門校の女子生徒が? と一瞬呆気にとられた彼らだがすぐに、これはまたとないチャンス、と下卑た笑いを浮かべながら立ち上がった。

「おう、嬢ちゃん。ここに何の用だい?」

「ここはあんたみたいのが一人で来る場所じゃないんだぜ!」

作者のセンスが疑われる程のテンプレートな台詞と共に、彼らは龍巳に歩み寄る。人数は三人。高等部程度の年齢であろう彼らはそれぞれどこぞの制服を無造作に着崩し、腕にシルバーやらアクセサリーやらをジャラジャラさせている。見るからにガラが悪い。

「いやーそれは一応、自覚あるんだけどね。丁度良いから聞くけど、ちょっと前にレアカードを沢山持った不良さん達が来たりしなかった?」

若干引き気味に、しかし龍巳は引きつった笑みを浮かべながら尋ねてみる。

「へー! そいつらを探してここまで来たって訳か」

「実は俺達、あいつらとは仲良しなんだぜ!」

それに対する反応は、彼女に当りの予感を臭わせた。これは幸先が良い、と内心ガッツポーズを決めた龍巳だが、その時には不良達は目前に迫っていた。彼女は女性としては身長が高い方だが、それでも彼らの方が大きい。それが三人ともなると、威圧感は相当な物である。

「えーっと、知ってるなら教えて欲しいなーなんて……あ! デュエルに勝ったらーとかでも全然構わないんだけど!」

更に後ずさりながら鞄に入っていたデュエルディスクを取り出そうとするが、その腕を不良の一人が掴んだ。

「それも良いが、もっと良い事しようぜ!」

「あ、ちょっ、こら! 触んないでよ! 私とデュエルしろー!!」

抵抗しようとする龍巳だが、相手の方が力は強い上に三人である。

「勿論良いぜ! ベッドでやる大人のデュエルだけどな!」

「まー今回は三対一だけどな!」

「俺のダイソンスフィアですぐにドロドロゴンって奴だぜ!」

その時、獲物の捕獲を確信して嗤う彼らの耳に力強いモーターの駆動音が響いた。反射的に全員がそちらを向くのと、瓦礫を利用した跳躍で何かが校門を飛び越えたのは同時だった。

「「「「うおおわああああ!?」」」」

龍巳を含めた全員が反射的に悲鳴を上げ、三人は龍巳を手放して四散する。取り残された龍巳は反射的に身を縮めて頭を抱えた。

直後、飛び込んできた何かはその巨大な車輪で地面を削りながら横向きになり、丁度龍巳の眼前で制止した。

パラパラと小石が龍巳の身体に当り、しかし予想した衝撃は来ず、龍巳は自分がその何者かに碾かれたわけではないと悟った。

「怪我はないか?」

頭上から降ってきた声にゆっくりと目を開け、顔を上げる。するとそこには、世にも珍しいモノホイール型のDホイールが駐まっていた。巨大な車輪の内側に運転席があり、前後に各種推進機器を内蔵した胴体部が伸びている。その白銀に輝くボディは、デュエルを志す者にとってはあまりにも有名な物である。

「あ、え、えっと、はい。大丈夫っぽい……です」

声に応えながら、更に顔を上げる。すると、運転席に腰掛ける人物と目が合った。Dホイールと同じ色のライダースーツに身を包んだ美丈夫である。今はヘルメットを脱いでおり、彼女と同じ金の短髪が炎の如く逆立っている。老いて尚力強さを失わない紫紺の瞳はしかし、それだけではない懐の深さを感じさせた。

簡単に言えば、背が高くて超絶イケメンなおじ様である。そして、Dホイール同様この老人に関しても知らぬ者などこの世には殆どいないだろう。当然、龍巳もデュエルを志す身。憧れの対象である。

「あいつに言われて駆けつけてみれば、案の定だったな。偶々近くにいたから良かったようなものを、無謀にも程があるぞ」

呆れたように龍巳を見下ろしながら、彼は龍巳に右手を取って立ち上がらせた。

(うわー! うわー! 触っちゃった! あの方の手に! 触っちゃったよー!)

説教らしき言葉がかけられているが、龍巳としてはそれどころではない。感激の余り頭が沸騰しそうである。

「どうした? まだ何もされていないんだろう?」

「は、はいー! まだ無事です! Sir!!」

ややぶしつけな言葉に我に返るも、まだ混乱が抜けきっていない龍巳である。

「怖い思いをしたのは分かるが落ち着け。詳しい話は聞いていないが、お前は何かを探していて、ここにそれがある。合っているな?」

「(そうだけどそうじゃないんだけど!)はい! えっと、他にもお店から盗まれたカードも沢山あって、返してあげなきゃいけないなって、思ってて……危ないのは分かってたんですけど、ほっとけなくって……」

返事だけは勢いが良かったが、続く言葉は段々と小さくなっていった。しかし彼としては、相手のその手の反応には慣れている為気にする様子もない。むしろ龍巳の語る内容は、彼としては好ましいものであった。

「なるほどな。そこまでは聞いていなかったが、そういう事なら捨て置けん。先ずは道理の分からんガキ共に灸を据えてやらねばな。連中をセキュリティに突き出すのはその後だ。行くぞ!」

宣言するやいなや彼はDホイールにロックをかけ、校舎に向かって歩き出した。

「え? ええええ!? さっき無謀とか言ったばっかりじゃないですかー!?」

素っ頓狂な声を上げながら、龍巳もその後に続く。

(そういえばあいつに言われてって……あいつって誰だろ?)

彼らの様子を遠くから眺めていた不良三人組みは、校舎内の不良達に無言で両手を合わせた。

 

 

「おい! ここにシティのカードショップからカードを盗んだ奴らがいるはずだ! 場所を言え!」

一階の教室の一つに、大音声が響き渡る。更には情けない悲鳴が後に続いた。

「ひぃ! あ、あいつらなら多分職員室の方に……!」

やけくそ気味に殴りかかってきた不良達をあっという間にリアルファイトで叩き伏せ、あまりにも有名なその老人はその内一人の胸倉を掴み上げていた。

老いて尚圧倒的な彼のデュエルマッスルと名声に完全に震え上がった不良は、せめてデュエルで応戦すれば良かったと後悔しながら、素直に情報を吐き出す。

「ふん! ならば後はセキュリティが来るまで大人しくしておくんだな!」

老人が手を離すと、尋問を受けた哀れな不良は力なく崩れ落ちた。

「これ……ちょっと、やり過ぎじゃないですか……?」

「口で言って分からん奴にはこれくらいが丁度良い。それよりも場所が割れたのだ。さっさと行くぞ!」

嵐の如き暴威に唖然とする龍巳を余所に彼は傲岸にふんぞり返り、ズンズンと廊下を先に進んでいく。

職員室は扉が閉まっていたが、老人はその手で取っ手を丁寧に回す代わりに右足を振り上げ、豪快な前蹴りを繰り出した。

破砕音と共に蝶番を破壊された扉は内側に吹き飛び、その向こうで戦利品を眺めていた不良達が何事かとビックリ仰天しながら入り口の方を振り向く。

「貴様らの所業は既に分かっている! そのカードをさっさと手放せばよし、そうでなければ向こうにいた奴らと同じ目に遭うことになるぞ!」

腕組みをしながら入り口に仁王立ちする老人の姿を、当然彼らも知らないわけはない。騒然となって立ち上がり、何かの見間違いではないかと目を擦る。しかし、それで現実が変わるわけもない。

「う、うるせぇ! これが盗んだ物だって証拠がどこにあるんだよ!」

「そうだぜ! これは俺達が店で買ったカードだ!」

果敢にも言い返す彼らだが、目の前の老人はそんなもので揺らぐような心の持ち主ではない。そんな雑音など耳に入らんとばかりに部屋の中に踏み込むと、必死に威嚇する彼らの眼前にまで歩みを進める。

その圧倒的な威圧感と存在感に、わめき散らしていた彼らの声が止んだ。それは正に、天上から下界を見下ろす王者のそれである。

「この俺を前にその態度を崩さん度胸は認めてやる! それに免じ、貴様らに一度だけチャンスをやろう。この俺とデュエルし、勝利できたならセキュリティへの通報だけは勘弁してやる。デュエルの間に、盗んだカードはそこの女に渡しておけ!!」

それが果たして言葉通りの慈悲だったのか、苛立ち紛れに心までへし折ってやろうという無慈悲だったのか、それは本人以外誰にも分からない。ただ分かるのは、彼らに逆らう選択肢など最早残されてはいないと言う事だけだ。

不幸にも一番手として老人から指名を受けた不良が彼と共に十三の階段を登る死刑囚のような面持ちで部屋を出て行くと、隠れていた龍巳が漸く顔を出した。

「なんか……ごめんなさいね」

「いや……悪いのは俺らだし……」

本来そんな義理はないのだが、彼女としても今の状況には同情を禁じ得なかった。すっかり毒気を抜かれた不良達からカードを返してもらっている間に、校庭で行われていたデュエルは決着がついた。

「次! 助かりたい奴はかかってこい!!」

結果など言うまでも無い。逃げることなど許さぬと、その声は言外に告げていた。

「じゃ、俺、行くわ……」

「私が言うことじゃないけど、頑張ってね……」

悄然として俯きながら校庭に向かう背中を見送りながら、龍巳は残りのカードを纏める作業に戻った。傷がついていないか、足りない物はないか。そして何より、探しているカードはなくなっていないか。

「えーっと……あ、これ!」

そして遂に、目的のカードを見つける。何度も見返し、そしてそれが本物であると確信し、彼女は会心の笑みを浮かべた。カード達を鞄に仕舞い込み、次は誰が行くのかと不良達が口論する職員室を後にする。

正面入り口を出ると、ガックリと項垂れた不良が一人。そして校庭では今正に、先程別れた不良が敗北する瞬間を目にすることが出来た。面倒だから後は全員纏めてかかってこい等と啖呵を切る彼の姿は、王者と言うより無双武将のそれである。

「うーん……画面越しにみるのと実際とじゃ、やっぱり違うのねー」

三対一で三人を圧倒する彼の姿を遠い目で眺める龍巳の耳に、サイレンの音が響いた。

音の方を振り向くと、セキュリティ仕様のDホイール数台がこちらを目指して走ってくるのが見える。

「よう! 無事だったか!」

その中の一台、翼のついた黒いDホイールに乗っていた人物が声を上げる。その声に、龍巳は聞き覚えがあった。

「あ! さっきの!」

近くに停止し、ヘルメットを上げると、その中から出てきたのは先程別れた小柄な老人の姿だった。

「もしかして、セキュリティの人だったんですか!?」

「古巣なのさ。だから知り合いも多い。そのつてでな」

会話の間にセキュリティの隊員達はDホイールを降り、廃墟内に駆け込んでいく。不良達は既に制圧されたも同然の状況なので、すぐに補導は完了するだろう。

「さて、あいつも間に合ったみたいだし、その様子じゃ目的は無事達成できたみたいだな」

セキュリティ隊員と口論になっている“あいつ”と龍巳を見比べ、小柄な老人はニヤリと笑って見せた。

「はい! 本当に助かりました! ありがとうございます!」

勢いよくお辞儀をする龍巳もまた、満面の笑みを浮かべる。

「向こうはまだ取り込み中だし、後で伝えとく。それともう一人、お前さんに用があるみたいだぜ」

「もう一人?」

彼の向いている方向に、龍巳も顔を向ける。

するとそこには、一台のDホイール。白と水色の塗り分けられた標準仕様のそれは、セキュリティの物ではない。そして、その運転席に跨がる初老の男性は、彼女のよく知る人物だった。

「よ。……久しぶりだな」

「……うん。久しぶり」

「行きたい場所、あるんだろ。乗せてく」

「ええ。お願い。けど……」

鞄の中身を確かめ、しかし思い直して小柄な老人の方を振り向く。彼は全て承知していると言うように、力強く笑った。

「セキュリティの事なら気にすんな。俺が説明しといてやる。さっさと持ち主の所に返しに行ってやんな」

「うへ……何から何まで、本当にありがとうございます」

龍巳が頭を下げる間に、再び火を入れたDホイールのモーメントが唸りを上げる。

「ほらよ。これ使いな」

「わっとと。投げないでよ、危ないわね」

投げ渡されたヘルメットを被り、龍巳はタンデムシートに跨がった。

「行き先は?」

「港。通り沿いの目立つ建物」

「分かった。掴まってな」

「うん」

アクセルを入れると、Dホイールは加速を始めた。

その速度は、彼にしてはとてもゆっくりとした物だった。

 



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第三話

デュ↑エル↓だぁ!→
中編小説くらいのイメージなので、前置きがどうしても伸びてしまって漸くデュエル出来ます。





 

 

「ついたぞ。ここで合ってるよな」

「うん。ありがと」

Dホイールから降りてヘルメットを返す。

龍巳の目の前には、先程訪れた特徴的なゲームセンターの姿があった。

「じゃあな。……頑張れよ」

ヘルメットを受け取ると、言葉少なにDホイールは走り去っていった。

小さく息を吐きながら後ろ姿を見送る龍巳の表情は、傾き始めた太陽の所為か、少しだけ影が差しているようである。

「……っよし!」

両手で頬を叩くと、パンっと小気味の良い音が鳴った。

再び目を開けた龍巳の表情は、元の無邪気な笑顔に戻っていた。

 

 

「店員さーん! ただ今戻りましたー!」

カードショップの入り口、階段の方から明るい声が響く。俯き気味にカウンターに立っていた店員が反射的に顔を上げると、あの時の少女が手を振りながら歩いてくるのが見える。

「君! 無事だったんだね」

「はい! 盗まれたカード、取り返してきました!」

言いながら鞄を開け、取り返してきたカード達をカウンターに並べる。

「まさか取り返してくるなんて……危ないことしてない?」

「あはは……色々先走り過ぎちゃって、大変な目に遭うところでしたけど……。なんか凄い人達に助けられちゃって」

喜ぶ前に店員は、心配そうな、咎めるような顔で龍巳を見つめた。誤魔化す様に笑いながら視線を逸らす龍巳だが、助けがなければ笑い事では済まなかったことは、彼女も分かっている。

「その……心配かけちゃって、ごめんなさい」

「僕より君のご両親に、ちゃんと事情を説明して謝ると良いよ。でも……本当にありがとう。カード達が無事に帰ってきて、本当に助かったよ」

申し訳なさそうに頭を下げる龍巳に、店員は優しく感謝の言葉をかける。

そして、カウンターに並べられたカードの中から一枚を選び、手に取った。

「これ、持ってって良いよ」

「え!? 良いんですか……ってもうバーコード通してる!?」

龍巳が驚いて目を丸くしている間に、店員はバーコードを読み込ませると、自分の財布の中から表示された金額を取り出し、レジの中に納めてしまった。これではもう、断るわけにはいかない。

「僕と常連さん達からの感謝の気持ちって事で。探してたんでしょ?」

「……わかりました。ありがたく、受け取らせてもらいます!」

大事そうに両手でカードを受け取り、再びそれを鞄の中に戻す。

最後に大きくお辞儀をすると、龍巳は出口に向かって歩き出した。

「また来ますね!!」

「うん。またの来店を待ってるよ」

お互いに手を振り合いながら、彼女は店を後にした。

 

 

「~~♪」

傾きかけた夕日に赤く照らされたネオ童実野シティの街を、鼻歌を歌いながら龍巳は歩いて行く。

仕事や遊びを終え帰途につく人々とすれ違いながら、彼女は街外れの公園を目指す。

歩きながら何度も持ち物に間違いが無いかを確認し、その度に会心の笑みを浮かべて小躍りする。小さな子供の様な仕草であるが、不思議と彼女には似合っていた。

そうする内に、目的の公園に辿り着く。

赤く塗られたベンチ座っていた少女が彼女に気づき、顔を上げた。

歩み寄りながら、バッグからカードを取り出し、ニッコリ笑ってみせる。

その絵柄が確認できるようになるにつれ、悲しげだった少女の顔に段々と喜色が広がっていく。

「探し物はこれかな? お嬢さん」

芝居がかった仕草で片膝をつき、龍巳は右手に持ったカードを差し出した。

少女は待ちきれないと言うようにさっとそのカードを手に取り、角度を変え、裏返し、何度も何度も、それが本物である事を確かめる。

そして龍巳に向き直り、晴れやかな笑顔で応えた。

「お姉ちゃん! ありがとう!!」

目に涙を浮かべながら、少女は片膝をついていた龍巳に抱きついた。

そのまま何度も、ありがとうと言葉を繰り返す。

龍巳はその体勢のまま、頷きながら優しく頭を撫でてやった。

やがて落ち着いたのか、少女は言葉を繰り返すのを辞め、身体を離す。まだ目尻に涙の跡が見えるが、明るく笑うその顔に悲しさの影は感じられない。

そしてもう一度、改めて大きくお辞儀をする。

龍巳も笑顔でもう一度頷き、涙の跡を払ってやった。

「見つかってホントに良かったわね! もうすぐ暗くなるし、そろそろ家に帰った方が良いわよ」

「うん! でも……」

そう言って立ち上がると少女もそれに倣うが、すぐに視線を落としてしまう。

「帰り道が、わからないの」

「うえ!? もしかして、探し回って結構遠くまで来ちゃったのかな……?」

旧サテライトの端まで行ってきた龍巳が言うことではないが、それはあり得るのではないかと彼女は思った。

「あ、でも!」

しかし、顔を上げた少女の顔は悪戯っぽい笑みを浮かべていた。

「デュエルしたら思い出すかも!」

「デュエル? あ、なるほどね!」

それを聞いて、龍巳は納得した。折角無くしたカードが手元に戻ったのだから、完全になったデッキでデュエルがしたいと考えるのはデュエリストとして当然のことである。

「この子もきっと、そう言ってるから」

そう言って、龍巳の探してきたカードを見つめる。緑色の瞳のような模様をあしらった、青い翼で織られた和装を纏う女性のカードである。

「そっか。そういうことなら、おねーさんがもう一肌脱いじゃいましょうかね!」

日の傾きを見て、まだ幾らか余裕がありそうな事を確認する。龍巳はバッグからアカデミア仕様のデュエルディスクを取り出し、左手に装着した。

「ありがとう! お姉ちゃん大好き!」

少し距離を取った少女が振り返ると、その左腕にもデュエルディスクが装着されていた。

(あれ? あの子、あんなの持ってたかな?)

龍巳は少々首を捻ったが、互いのデュエルディスクは正常に相手を認識していた。

「準備は良い? お姉ちゃん!」

少女の声に顔を上げると、既にその左腕は水平に構えられ、右手には五枚のカードが握られている。

「っとと、余計な事考えてる場合じゃないわね。いつでも大丈夫よ!」

龍巳もデュエルディスクを構え、カードを引く。デュエルディスクが状態を確認し、ライフポイントが表示された。先攻後攻がランダムで決定され、全ての準備が整う。

「それじゃ行くよー!」

「ええ! 来なさい!」

 

 

「「デュエル!!」」

 

 

「私のターンからね!」

先攻に選ばれたのは龍巳。

「手札の太古の白石を捨てて、ドラゴン目覚めの旋律を発動! デッキから攻撃力3000以上で守備力2500以下のモンスターを二体まで手札に加えることが出来る。私が加えるのは、青眼の亜白龍と青眼の白龍の二枚よ」

低い音色が夕焼けの空に響き渡り、龍達の咆吼がそれに続く。

「そして青眼の亜白龍は手札の青眼の白龍を相手に見せることで特殊召喚する事が出来る。来なさい、青眼の亜白龍!」

大気を揺るがす咆吼と共に、白き龍が舞い降りる。白く輝く鱗に青き光を湛えた巨龍の姿は、恐ろしくも美しい。

「青眼の亜白龍……!」

「ふふ。気に入っちゃった?」

「うん!」

その雄々しき姿に見入る少女は、龍巳の問いに怖じることなく嬉しそうに頷いた。

「それじゃ、まだまだ行くわよ。手札からチューナーモンスター、ジェット・シンクロンを通常召喚!」

続いて現れたのは、ジェットエンジンに手足を生やした機械族のモンスター。炎の尾を引きながら現れたそれは、更に速度を上げるとその身を光の輪へと変える。

「レベル8の青眼の亜白龍に、レベル1のジェット・シンクロンをチューニング!」

続いて青眼の亜白龍も自身の姿を八つの星に変え、光の輪がそれを包み込む。

「穢れなき白の翼、聖なる青の御霊を宿し、光の霊堂より現れ出でよ! シンクロ召喚!」

光の柱が光の輪を貫き、閃光が空を照らす。

「来なさい、青眼の精霊龍!」

光の中から、新たな白き龍が舞い降りる。その神々しい姿は、少女の目にはどこか優しげに見えた。

「この子には色々効果があるんだけど、今回はこれね。青眼の精霊龍の効果発動! シンクロ召喚したこのカードをリリースすることで、エクストラデッキからドラゴン族、光属性のシンクロモンスター一体を守備表示で特殊召喚する。私が召喚するのは、閃珖竜スターダスト!」

青眼の精霊龍の姿が、透き通るような嘶きと共に夕焼けの空に溶け込んでいく。その嘶きは、新たな光の竜を呼び覚ました。

「折角シンクロ召喚したのに、レベルの低いモンスターに交換するの?」

少女はその行動の意図が分からず、小さく小首を傾げた。

「まぁまぁ、見てなさいな。墓地のジェット・シンクロンは手札一枚を捨てることで特殊召喚することが出来る。手札のダークストーム・ドラゴンを墓地に捨てることで、ジェット・シンクロンを特殊召喚! さて、それじゃあもう一度行くわよ! レベル8の閃珖竜スターダストに、レベル1のジェット・シンクロンをチューニング!」

ジェット・シンクロンはもう一度その身を光の輪へと変え、閃珖竜スターダストの身体を包み込む。

「シンクロ召喚! 浮鵺城!」

光の中から現れたのは、空に浮かぶ巨大な石の城。巨大な姿に目を丸くする少女は、その城がもう一体の龍を伴っていることに気がついた。

「浮鵺城の効果発動! シンクロ召喚成功時、墓地のレベル9モンスター一体を特殊召喚することが出来る。私が特殊召喚するのは、青眼の精霊龍!」

次第にその姿がはっきりする。透き通るような白き龍は、青眼の精霊龍に他ならない。そしてこれで、フィールドには。

「レベル9のモンスターが二体……!」

「そーいう訳よ! 私はレベル9の浮鵺城と青眼の精霊龍の二体でオーバーレイ!」

宣言と共に、龍巳の前に黒い渦が現れた。浮鵺城と青眼の精霊龍はその身を黄金の光へと変え、その中へと飛び込んでいく。

「悪意纏いし混沌の翼、真理の闇を御霊に宿し、深淵の底より現れ出でよ! エクシーズ召喚!」

溢れた光を闇が塗りつぶし、邪悪なる咆吼が轟き渡る。

「来なさい! 真竜皇V.F.D!!」

現れたのは、闇を纏った黒き竜。その姿は正に悪魔のそれでありながら背に生えたわざとらしいまでに白い天使の翼は、己が世の全てであると誇示しているかのようでもある。

「青眼の白龍と違って、ちょっと怖いね……」

「うーん、確かに雰囲気はちょっと合わないかしらね……。まぁ、とりあえずこれでエンドフェイズに移行するわね。そしてこのエンドフェイズ、墓地に送られていた太古の白石の効果を発動! このカードが墓地に送られたターンのエンドフェイズ、デッキから「ブルーアイズ」モンスター一体を特殊召喚出来る。来なさい! 深淵の青眼龍!」

黒き龍の傍らに、四枚の翼を湛えた白銀の龍が舞い降りた。真竜皇V.F.Dが悪魔なら、こちらは正に天使の装いである。そして舞い降りた白銀の天使は、柔らかな咆吼と共に眩い光を放つ。

「特殊召喚に成功した深淵の青眼龍の効果発動! デッキから儀式魔法か融合を手札に加えることが出来る。私は高等儀式術を手札に加えるわ。更に深淵の青眼龍の効果発動! 自分のエンドフェイズに一度、デッキからレベル8以上のドラゴン族モンスター一体を手札に加えることが出来る。私はレベル8のブルーアイズ・カオス・MAX・ドラゴンを手札に加えるわ」

光は彼女のデッキに宿り、二枚のカードとなって龍巳の手札に加わった。

「これでターンエンド。お嬢ちゃんのターンよ!」

 

 

 

少女 手札5 LP8000

 

 □□□□□

 □□□□□□

 □ □

□深□真□□

 □□□□□

 

龍巳 手札4 LP8000

 

 

深 深淵の青眼龍

真 真竜皇V.F.D

 






それにしても、こんな鬼畜な初手で本当に良いんだろうか……?


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第四話

思ったよりデュエルが長くなったので分割してしまいます。





夕焼けに赤く染まる公園に、白と黒、光と闇の龍が並ぶ。

ソリッドビジョンにより投影された巨龍達の姿に、道行く人達も思わず足を止める。

彼らを挟んで対峙するのは二人の少女。

ターンを受け取った、小さな少女がデッキに手をかける。

「私のターン! ドロー!」

「ドロー処理後、オーバーレイユニット一つ、青眼の精霊龍を取り除き闇属性を宣言することで真竜皇V.F.Dの効果発動! このターンの終わりまでの間、フィールド上のモンスターは全て宣言した属性になり、宣言した属性のモンスターは効果を発動することが出来ず、攻撃宣言を行う事もできなくなる!」

龍巳が宣言を行うと、黒き竜の身体より闇の瘴気が滲み出す。フィールドは瞬く間に邪悪な闇に覆い尽くされてしまった。

「効果の発動も、攻撃宣言も出来ないなんて……」

少女の顔に不安の色が過ぎる。

真竜皇V.F.Dの効果は強力であり、これ一枚で戦況を左右する威力がある。流石に容赦なくやり過ぎたかと龍巳が心配し始めたその時、彼女達の間を暖かなそよ風が通り過ぎた。

「……!」

少女の傍らに、誰かがいる。

青き翼の和装を纏ったその女性は少女を励ますように優しく微笑みかけ、龍巳にもまた、同じ笑顔で微笑みかけた。それは、彼女が少女の元に届けたカード。

「うん……そうだね。私のターンはここからだもんね! メインフェイズ!」

その姿に勇気づけられたように、少女は力強くカードを手に取る。

「魔法カード、儀式の下準備を発動! デッキから儀式魔法を一枚選び、そのカードに名前が記された儀式モンスター一枚をデッキ、墓地から選び、その二枚を手札に加えるよ。私が手札に加えるのは、霊魂の降神と霊魂鳥神-姫孔雀!」

女性が両手を広げると、その身は光へと変わり、少女の手札へと宿った。

(カードの、精霊……)

龍巳が驚く間にも、少女は動き続ける。

「手札の霊魂鳥神-姫孔雀と風霊媒師ウィンを捨てることで、風霊媒師ウィンの効果発動! 私のデッキから守備力1500以下の風属性モンスター一体を手札に加える事が出来るよ。私が手札に加えるのは烈風の結界像!」

瘴気を払う様に少女の周りを風が舞い、一枚のカードとなってその手札に宿る。

「そういえば、風属性にはその子がいたわね……バードマンとかゼピュロスを警戒して闇にしたけど、失敗だったかしら」

「ううん。そのどっちも入ってるし、偶々ウィンちゃんの方が来てくれただけだよ」

ムムム、と唸る龍巳に少女は苦笑気味に答える。

「そして、ウィンちゃんだったお陰でこのカードのコストが揃ったよ! 手札から魔法カード、ガルドスの羽根ペンを発動! 墓地の風属性モンスター二体、風霊媒師ウィンと霊魂鳥神-姫孔雀をデッキに戻すことで、相手フィールドのカード一枚、真竜皇V.F.Dを手札に戻すよ!」

少女の右手に、緑色の羽根ペンが現れる。それを一振りすると、少女の周りに漂う風は烈風となり、真竜皇V.F.Dの巨体をも飲み込み、空の彼方へ吹き飛ばしていった。

「ガルドスの羽根ペン……! V.F.Dが封じられるのはモンスター効果のみ。上手に弱点を突いてきたわね」

「怖い竜は倒せたけど、効果は残っちゃうんだね……。それなら、手札から烈風の結界像を召喚! 烈風の結界像が存在する限り、風属性以外のモンスターは特殊召喚することが出来なくなるよ」

悪戯っぽく笑い、少女はカードを召喚する。大きな翼を畳んだ緑色の像は聖なる風を纏い、瘴気の中にあっても神々しく輝く。

「後はカードを一枚セットして、ターンエンド!」

 

 

 

伏 伏せカード

烈 烈風の結界像

 

少女 手札3 LP8000

 

 □□伏□□

 □□烈□□□

  □ □

□深□□□□

 □□□□□

 

龍巳 手札4 LP8000

 

深 深淵の青眼龍

 

 

 

エンド宣言と共に、フィールドを覆っていた瘴気が消えていく。

「私のターンね。ドローカード!」

カードを引き、龍巳は盤面に目を落とした。

(深淵の青眼龍は残ってるけど、V.F.Dは処理された。本当なら止めを刺しに行きたい所だけど、烈風の結界像でケアされちゃってるか)

思っていたよりずっと的確な対処が返ってきたことに、龍巳は素直に感心した。そして、手加減が必要なのではないかと考えた自分の思考を恥じた。

顔を上げ、少女の目を見る。そこに怯懦の色はなく、挑戦的にさえ見える表情には純粋な楽しさが窺えた。

「よっし、それじゃ私も巻き返していきますかね! メインフェイズ、手札からデュアルモンスター、炎妖蝶ウィルプスを召喚! 更にスーペルヴィスを炎妖蝶ウィルプスに装備!」

赤く燃える炎の羽を持つ蝶が現れ、更に激しく燃え上がる。

「スーペルヴィスが装備されたデュアルモンスターは再度召喚された状態になるけど……」

炎妖蝶ウィルプスの効果は自身をリリースすることで墓地のデュアルモンスターを蘇生する効果。烈風の結界像が存在しているため、効果を使用することは出来ない。

「仕方ない、このままバトルフェイズ! 深淵の青眼龍で烈風の結界像を攻撃よ!」

深淵の青眼龍の身体が光を放ち、口腔にエネルギーが集約されていく。やがて紫電を放つ青い光の球となったそれは、光のブレスとなって烈風の結界像へと放たれた。

「攻撃宣言時、烈風の結界像をリリースすることで罠カード、魂の転身を発動!」

焼き尽くされようとした烈風の結界像が、突如として消滅する。

「このターンの特殊召喚を封じる代わりに、カードを二枚ドロー!」

「それなら攻撃宣言を巻き戻して、ダイレクトアタックよ!」

少女が二枚のカードをドローする。直後、深淵の青眼龍の放ったブレスが少女の身体を包み込んだ。

 

少女 LP 8000 → 5500

 

「きゃ!」

「続けて炎妖蝶ウィルプスもダイレクトアタック!」

眩しそうに顔を覆う少女に、更に炎妖蝶ウィルプスが羽から火の粉を放つ。薄暗くなってきた空に吸い込まれていく火の粉は、ある種送り火のようにも見える。

 

少女 LP 5500 → 4000

 

「いたたた……」

「なんだか上手いこと凌がれちゃったわね……。でも、結界像がいなくなったことで特殊召喚の縛りはなくなったわよ。と言うわけでメイン2! 自身をリリースすることで、炎妖蝶ウィルプスの効果発動!」

炎妖蝶ウィルプスの姿が巨大な炎に包まれ、真っ赤に燃え上がる。

「墓地のデュアルモンスター一体を対象に、そのモンスターを特殊召喚する。来なさい! ダークストーム・ドラゴン!」

炎は次第に渦を巻き、竜巻となる。炎の竜巻を振り払い、暴風と共に現れたのは黒い翼を持つ嵐纏う竜。

「炎妖蝶ウィルプスと共に墓地に送られたスーペルヴィスの効果も発動! 墓地の通常モンスター一体を特殊召喚する事が出来る。来なさい! 青眼の白龍!」

空から光が降り注ぎ、咆吼が轟く。降り来たのは、余りにも有名な白き巨体の白龍。

「続けて、レベル8のダークストーム・ドラゴンと青眼の白龍でオーバーレイ!」

二体の巨竜はその身を光へと変え、黒き銀河の渦へと飛び込んでいく。

「光纏いし青の翼、銀河の輝きを御霊に宿し、星雲の彼方より現れ出でよ! エクシーズ召喚!」

黒い渦に光が差し、閃光が弾ける。舞い散る光の粒子が、龍巳のフィールドを明るく彩る。

「来なさい! No.38 希望魁竜タイタニック・ギャラクシー!!」

現れたのは、白い鎧を纏った巨大な竜。その透明な肢体は宇宙を思わせる粒子を伴い、瞳には文字通り銀河の輝きを宿している。空に向かい放たれた咆吼は、彼方の星々へと手向けるようであった。

「綺麗……」

少女の口から、思わず呟きが漏れた。

「綺麗な花には棘が……じゃないけど、この子は相手が魔法カードを発動した時にその効果を無効にしてオーバーレイユニットに吸収する効果を持ってるわよ。カードを一枚セットしてエンドフェイズ、深淵の青眼龍の効果を再び発動。デッキから青眼の亜白龍を手札に加えて、これでターンエンドよ!」

 

 

 

少女 手札5 LP4000

 

 □□□□□

 □□□□□□

  □ □

□深□希□□

 □□□□伏

 

龍巳 手札4 LP8000

 

深 深淵の青眼龍

希 No.38 希望魁竜タイタニック・ギャラクシー

伏せカード

 

 

 

「魔法は封じられちゃうけど、今度はモンスター効果がちゃんと使えるんだよね。私のターン、ドロー!」

こちらを見下ろす銀河の瞳に微笑み返しながら、少女はカードを引く。

「メインフェイズ、手札からスピリットモンスター、和魂を召喚。そして和魂の効果により、このターン私はもう一度スピリットモンスターを召喚することが出来る。荒魂を追加で召喚するよ!」

荒ぶる炎のような魂と、穏やかな篝火のような魂が少女のフィールドに並ぶ。

「荒魂の効果を発動! デッキからスピリットモンスター一体を手札に加えることが出来るよ! 私が手札に加えるのは……霊魂鳥神-姫孔雀!」

「ガルドスの羽根ペンでデッキに戻した姫孔雀、ちゃんと回収してきたわね」

「うん! 早速呼びたいけど、まずはお姉ちゃんのカードを何とかしないとね。私はレベル4の和魂と荒魂でオーバーレイ!」

二つの魂は混じり合いながら一つとなり、新たなモンスターを呼び出す。

「来て! 鳥銃士カステル!」

現れたのは、紫の翼を持つ鳥人の戦士。ゴーグル越しに構えられた、その手に持つ長大な銃身は、真っ直ぐにNo.38 希望魁竜タイタニック・ギャラクシーに狙いを定めた。

「げっ!? そのカードは……」

「オーバーレイユニット二つを使い、No.38 希望魁竜タイタニック・ギャラクシーを対象に鳥銃士カステルの効果発動! そのカードをデッキに戻すよ!」

引き金が引かれる。放たれた弾丸はNo.38 希望魁竜タイタニック・ギャラクシーの身体を貫く代わりに突風を巻き起こし、その巨体を空の彼方へと吹き飛ばしていった。

「バウンスは風属性の十八番とはいえ、簡単に対処してくれちゃうわねー」

「お姉ちゃんが探してくれたこの子が、一緒にいてくれるからね」

少女が傍らを見上げる。柔らかな笑顔がそれに応え、頷き返した少女は一枚のカードを手に取った。

「手札から儀式魔法、霊魂の降神を発動! レベルの合計が儀式召喚するモンスターのレベル以上になるように手札、フィールドのモンスターをリリースするか墓地のスピリットモンスターを除外することで、儀式召喚を行う! 私は、墓地の和魂と荒魂を除外するよ!」

少女がその手を天に掲げ、二つの魂が天へと還る。天は呼びかけに応え、一柱の神が舞い散る羽と共に地上へと降り立った。

「天の河の辺にて、想いは永久に、願いは遙か。儀式召喚! 霊魂鳥神-姫孔雀!」

それは少女の傍らにいた女性、その人である。彼女は龍巳を見つめると、丁寧に深々とお辞儀をした。

「うえ!? え、えーと、どーいたしまして?」

照れて目を逸らす龍巳にクスリと上品に笑いかけ、彼女は右手に持った扇子を一振りする。

「儀式召喚成功時、霊魂鳥神-姫孔雀の効果発動! 相手フィールドの魔法、罠カードを三枚まで選んでデッキの戻すよ!」

「それならリバースカードオープン! 罠カード、リビングデッドの呼び声を発動! 私の墓地の、太古の白石を特殊召喚するわ! リビデが消えたら破壊されちゃうけどね」

その一振りが起こしたのは僅かなそよ風。しかしそれが龍巳のフィールドに到達する頃には突風となり、発動されたリビングデッドの呼び声は吹き飛ばされてデッキに戻っていった。リビングデッドの呼び声によって蘇生されていた太古の白石は、その力が消えたことで再び墓地へと帰っていく。

「霊魂鳥神-姫孔雀の効果にはまだ続きがあるよ! バウンス効果の後、デッキからレベル4以下のスピリットモンスター一体を、召喚条件を無視して特殊召喚することが出来る! 私が召喚するのはスピリットモンスター、霊魂鳥-巫鶴!」

突風はやがて再び穏やかな風となり、それに誘われるように一匹の鶴がやってくる。巫女装束を纏った鶴は弓を構え、戦う姿勢を見せた。

「600のライフポイントを支払い、手札から魔法カード、翼の恩返しを発動。カードを二枚ドローするよ!」

 

少女 LP 4000 → 3400

 

翼の恩返しはフィールドのモンスターが鳥獣族のみで且つ全員が違う種類の場合にのみ発動することが出来るカードである。少女のフィールドには三体の鳥獣族がおり、全員が違うモンスターである。

引いたカード見て、少女は笑みを深くする。

「よし、これで! 手札から永続魔法、霊魂の拠所を発動!」

少女のフィールドに、小さなお社が現れる。沢山の霊がその周囲に集い、霊魂鳥神-姫孔雀と霊魂鳥-巫鶴に力を与える。

「霊魂の拠所がフィールドにある限り、私のフィールドのスピリットモンスターは攻撃力が500上昇するよ!」

「霊魂鳥神-姫孔雀の攻撃力は2500だから、これで3000……深淵の青眼龍を越えられちゃったわね。ついでに霊魂鳥-巫鶴も2000か」

ムムム、と龍巳は眉根を寄せる。伏せカードも除去されてしまった今、この攻撃はまともに受けるより他にない。

「行くよ! バトル! 霊魂鳥神-姫孔雀で深淵の青眼龍を攻撃!」

両手を組み、瞳を閉じて霊魂鳥神-姫孔雀は天に祈りを捧げる。そうはさせまいと深淵の青眼龍が光のブレスを放つが、それは霊魂鳥神-姫孔雀の身体に触れる前に風の障壁によって吹き散らされてしまう。霊魂鳥神-姫孔雀が瞳を開ける。光のブレスを防いだ風の障壁は更にその勢いを増し、猛烈な嵐の如き爆風となって深淵の青眼龍に襲いかかり、その身を千々に引き裂いていった。

 

龍巳 LP8000 → 7500

 

「残る二人もダイレクトアタックだよ!」

鳥銃士カステルの銃弾と霊魂鳥-巫鶴の矢が、同時に龍巳へと襲いかかる。

 

龍巳 LP7500 → 3500

 

「くうぅ! 一応ちゃんと待ち構えてた筈なんだけど、結構やられちゃったわね……」

ごめんあそばせ、とでも言う様に霊魂鳥神-姫孔雀が扇子で口元を隠しながらニッコリと微笑んだ。

「カードを二枚セットしてエンドフェイズ、このターンに儀式召喚した霊魂鳥神-姫孔雀の効果が発動。このカードを手札に戻し、霊魂鳥トークン二体を守備表示で特殊召喚するよ」

後ろを振り返ってお辞儀をした霊魂鳥神-姫孔雀の身体が光となり、少女の手札へと戻っていく。しかしその後には青く輝く二羽の孔雀が残されていた。

「そしてフィールドの風属性モンスターが手札に戻ったことで霊魂の拠所の効果も発動! デッキからスピリットモンスターか儀式魔法を手札に加える事が出来る。私が加えるのは……霊魂鳥神-彦孔雀!」

社に集った霊達が少女の手に宿り、一枚のカードを形作る。

「このままやられっぱなしって訳にはいかないわよね。その効果処理後に、このターン墓地へ送られていた太古の白石の効果を発動!」

「あ! そういえばリビングデッドの呼び声で……」

ターンを移そうとしたその時、龍巳が動く。霊魂鳥神-姫孔雀が除去したカード、その時蘇生されていたカードを少女は思い出した。

「デッキから「ブルーアイズ」モンスター一体、今回は白き霊龍を守備表示で特殊召喚! そして特殊召喚された白き霊龍の効果が発動! 相手フィールドの魔法、罠カード一枚を除外する! 伏せカード一枚を除外させてもらうわよ」

青眼の白龍より尚白い、真白の龍が空間から滲み出るように現れる。龍の霊力が少女のフィールドを侵食し、このターンに伏せられたカードの一枚を消し去っていった。

「風霊術-「雅」が除外されちゃった……」

「お、これは当りだったかしら? 後は大丈夫?」

「うん。このままターンエンド、お姉ちゃんのターンだよ!」

 

 

 

伏 伏せカード

拠 霊魂の拠所

カ 鳥銃士カステル

巫 霊魂鳥-巫鶴

ト 霊魂鳥トークン 守備表示

 

少女 手札3 LP3400

 

 □□拠伏□

 トトカ巫□□

  □ □

□□□霊□□

 □□□□□

 

龍巳 手札4 LP3500

 

霊 白き霊龍 守備表示

 

 

 



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最終話 想いは遙か、心は共に





「私のターン、ドロー! そしてメインフェイズ、墓地の浮鵺城、青眼の精霊龍、閃珖竜スターダスト、炎妖蝶ウィルプス、ダークストーム・ドラゴンを対象に貪欲な壺を発動! 対象のカードをデッキに戻し、カードを二枚ドロー!」

勢いよくカードを引く。龍巳の手札には既に前のターン使い損ねた反撃のためのカードが揃っている。

「お嬢ちゃんが儀式なら、私だって儀式よ! 手札から高等儀式術を発動! レベルの合計が儀式召喚するモンスターのレベルと同じになるように、デッキから通常モンスターを墓地に送り、儀式召喚を行うわ。私が墓地に送るのは、レベル8の青眼の白龍一体!」

龍巳のフィールドに祭壇と魔方陣が現れ、魔方陣が眩い光を放つ。しかしそれは光と闇の混じった奇妙な斑模様を作り、祭壇そのものを破壊する勢いで炸裂した。

「混沌纏いし銀の翼、聖邪の境を御霊に宿し、次元の狭間より現れ出でよ! 儀式召喚!」

光と闇を切り裂き、甲高い咆吼が鳴り響く。銀色に輝く鱗の隙間から鈍色の光を放ちながら、巨大な龍がフィールドに降り立った。

「来なさい! ブルーアイズ・カオス・MAX・ドラゴン!!」

「攻撃力4000……!」

ブルーアイズ・カオス・MAX・ドラゴンの出現に目を丸くした少女だが、その巨体に対しても恐れる様子はない。なぜなら少女の傍らには、彼女を護る様に一人の男性の姿があったからだ。

(もう一人の精霊……)

青い翼を模した法衣に身を包んだその男性は警戒するようにブルーアイズ・カオス・MAX・ドラゴンを見上げ、そして龍巳を見ると、厳しい表情のままではあるが、深く頭を下げた。それは龍巳に対する警戒心ではなく、元々そのような表情なのだろう。

「姫孔雀を探してきてくれてありがとうって!」

「だ、だから、そういうのは良いってば!」

慌てて手を振る龍巳を見て、少女はクスリと笑いを零す。顔を上げた彼の表情もまた、少し和らいで見えた。

「なんか調子狂っちゃうわね……」

頬を掻きながら、龍巳はフィールドに目を落とす。白き霊龍で一枚は除去したが、まだ少女のフィールドには伏せカードが一枚ある。手札は残り四枚。まだ出来ることはあるが、伏せカードが予想通りであるなら、これ以上動くべきではないと彼女の直感が告げていた。

「うーん、白き霊龍を攻撃表示に変更してこのままバトル! ブルーアイズ・カオス・MAX・ドラゴンで守備表示の霊魂鳥トークンに攻撃するわよ!」

ブルーアイズ・カオス・MAX・ドラゴンの全身から発する光が強くなり、口腔に白色のエネルギーが集中していく。

「守備表示モンスターを攻撃?」

「ブルーアイズ・カオス・MAX・ドラゴンには守備表示モンスターを攻撃した際に貫通ダメージを与える効果と、そのダメージを倍にする効果があるのよ。この攻撃が通れば私の勝ちだけど……」

彼が一歩進み出ると少女はそれに頷き、セットカードに触れた。

「それなら通すわけにはいかないね! 攻撃宣言時にリバースカードオープン! 墓地の霊魂の降神を除外して罠カード、緊急儀式術を発動!」

少女のフィールドに、祭壇が現れる。

「このカードは私のフィールドに儀式モンスターがいないときに発動できて、除外した儀式魔法と同じ効果になるよ! 私はレベル4の霊魂鳥トークン二体をリリース!」

霊魂鳥神-姫孔雀の残していった力の残滓。二羽の孔雀は眩い光となって天に昇り、一柱の神がそれに応える。

「天の河の辺にて、心は此方、御霊は共に。儀式召喚! 霊魂鳥神-彦孔雀!」

愛する者の魂を力と換え、霊魂鳥神-彦孔雀がフィールドに顕現する。銀の巨龍の暴威に晒されんとするフィールドにあって尚動じることなく、彼はゆっくりとその刃を抜いた。

「儀式召喚成功時、霊魂鳥神-彦孔雀の効果を発動! チェーンして霊魂鳥-巫鶴の効果も発動! 霊魂鳥-巫鶴はこのカードがフィールドにいる状態でスピリットモンスターが召喚、特殊召喚された場合カードを一枚ドローすることが出来る!」

霊魂鳥-巫鶴が上空に向かって矢を放つ。それは一枚のカードとなって、少女の手札に加わった。

「そして霊魂鳥神-彦孔雀の効果! 相手フィールドのモンスターを三体まで選んで持ち主のデッキに戻すよ!」

ブルーアイズ・カオス・MAX・ドラゴンが、遂に光と闇の混じり合ったブレスを放つ。しかし霊魂鳥神-彦孔雀が刃を一振りすると聖なる力を纏った風が巻き起こり、ブレスを四方に吹き飛ばしてしまう。風の威力はそれだけに留まらず、霊魂鳥神-彦孔雀がもう一度刃を振るうと、今度は嵐の如き暴風へと転じる。ブルーアイズ・カオス・MAX・ドラゴン、白き霊龍の二体でも堪えられず、龍巳の後方へと吹き飛ばされていった。

「本当はこの後手札からスピリットモンスターを特殊召喚出来るんだけど……召喚出来るカードはないね」

「何となく、そんな予感はしてたのよね……バトルフェイズはこれで終了するわ」

手札に戻ってきた二枚のカードを見ながら苦々げに笑う龍巳にフッと小さく笑いかけ、霊魂鳥神-彦孔雀は刃を鞘に戻した。

「でも、ただじゃ終わらないわよ! メインフェイズ2! 墓地の太古の白石を除外してその効果を発動! 墓地の青眼の白龍を手札に加える。そして青眼の白龍を相手に見せることで、青眼の亜白龍を特殊召喚!」

再びフィールドに現れる、青眼の白龍によく似た巨龍。しかし今度は出てきただけではなく、少女のフィールドのモンスターに明確な敵意を向け、唸り声を上げた。

「霊魂鳥神-彦孔雀を対象に青眼の亜白龍の効果発動! このターンの攻撃を放棄する代わりに、そのモンスターを破壊する事が出来る。喰らいなさい! 滅びのバーン・ストリーム!」

青眼の亜白龍が上空へと舞い上がり、灼熱のブレスを放つ。咄嗟に放たれたその攻撃に対処できず、霊魂鳥神-彦孔雀はブレスに飲み込まれた。

驚いて目を丸くする少女だが、龍巳は更にプレイングを続ける。

「更に! 手札から龍の鏡を発動!」

龍の姿を模した、巨大な鏡が龍巳の背後に出現する。

「フィールド、墓地からドラゴン族の融合モンスターによって決められたカードを除外することで、そのモンスターを融合召喚する! 私が除外するのは、墓地の青眼の亜白龍、青眼の白龍、そしてフィールドの青眼の亜白龍よ!」

三体の白龍は渦を巻いて混ざり合いながら、鏡の中へと吸い込まれていく。

「混ざりし光の白き翼、聖なる白の御霊を束ね、深淵の光より現れ出でよ! 融合召喚!!」

鏡にひびが入り、その奥から凄まじい光が溢れ出る。ひび割れは次第に大きくなり、やがて鏡全体を覆い尽くし、強烈な閃光と共に割れ砕けた。続いて響くは極大の咆吼。閃光の奥より現れたのは、三つの首と四枚の翼を持った、白銀の鱗の巨大な龍。

「我が敵を薙ぎ払え! 青眼の究極亜龍!!」

闇にも光にも染まりきらぬ白銀の巨龍は、天に向かって高らかと咆吼する。既に沈みかけた太陽が遮られるが、青眼の究極亜龍自身の発する光が自身の影をかき消していた。

「青眼の究極亜龍……」

その名を呟き、少女は銀色の巨体を見上げた。三つの魂が一つとなった龍。光り輝くその姿は、どうしようもなく、少女の心を惹きつける。

「青眼の究極亜龍の効果発動! このターンの攻撃を放棄する代わりに、フィールドのカード一枚を対象に、そのカードを破壊することが出来る。そしてこの効果は青眼の亜白龍を素材として融合召喚している場合、三枚までを対象にすることが出来る! 私が対象に取るのは、霊魂の拠所、鳥銃士カステル、霊魂鳥-巫鶴の三枚!」

青眼の究極亜龍が持つ三つの頭それぞれの口に、莫大なエネルギーが集約されていく。それは既に眩しいほどであり、対象にされたモンスター達もたじろぐように身構えた。

「トリニティ・バーン・ストリーム! ワン!」

人差し指を立て、一つ目の目標を指し示す。一撃目が放たれ、霊魂の拠所を跡形もなく粉砕した。

「ツー!」

更に中指を立て、二つ目の目標を指し示す。二撃目が放たれ、鳥銃士カステルは逃げる間もなく消滅していく。

「そしてこれが! アルティメット・バーン・ストリーム!!」

荒れ狂う閃光と灼熱の中、龍巳の場違いなほどに明るい宣告が響く。

更に親指も含めて示された三つ目の目標、霊魂鳥-巫鶴にも情け容赦の無い灼熱のブレスが襲いかかり、その一撃によって少女のフィールドのカードは全てが破壊された。

炎と熱に照らされ銀色に輝く青眼の究極亜龍は恐ろしげでありながら、しかしどうしようもなく美しく、力強い。

「カードを一枚セット。これで出来ることは全部ね。ターンエンドよ」

 

 

 

少女 手札3 LP3400

 

 □□□□□

 □□□□□□

  □ □

□□□究□□

 伏□□□□

 

龍巳 手札4 LP3500

 

究 青眼の究極亜龍

伏 伏せカード

 

 

 

「私のターン、ドロー」

少女がカードを引く。

しかしその姿は今までの元気な様子に比べると、儚げな程に穏やかだった。

「?」

「お姉ちゃん」

訝しむ龍巳に、少女は静かに語りかける。

「ありがとう。私の大切な友達、見つけてきてくれて」

「あー、いいのよ別に。好きでやったことなんだから。それに、何だかんだ楽しかったしね」

はにかむ龍巳に、少女は言葉を続ける。

「この子達はね。ずっと一緒にいたかったの。それなのに私、あの時、落としちゃって。もう、自分では探すこともできなくって」

「……お嬢ちゃん?」

「でも、もう大丈夫。お姉ちゃんのお陰で、戻ってきてくれた。もう離ればなれになんかならくて、済むようになったんだ」

少女が、カードを手に取る。

「霊魂の降神を発動。墓地の霊魂鳥神-彦孔雀を除外して、儀式召喚」

霊魂鳥神-彦孔雀の姿が現れ、光となって愛する女神の魂に宿る。

「天の河の辺にて、想いは永久に、願いは遙か。霊魂鳥神-姫孔雀」

霊魂鳥神-姫孔雀が顕現する。彼女の周囲に吹く風が、龍巳の伏せた崩界の守護竜をデッキへと送り返した。そして、愛する神の魂は風に宿り、別の姿を取る。

「霊魂鳥神-姫孔雀の効果で伏せカードをデッキに戻し、その後デッキから、霊魂鳥-巫鶴を特殊召喚。そして、もう一枚の霊魂の降神を発動。フィールドの霊魂鳥-巫鶴をリリース、墓地の霊魂鳥-巫鶴を除外して、儀式召喚」

霊魂鳥神-姫孔雀が天に祈り、二つの魂が天に昇る。それは愛する神の魂へと宿り、その想いを届ける。

「天の河の辺にて、心は此方、御霊は共に。霊魂鳥神-彦孔雀」

霊魂鳥神-彦孔雀が顕現する。決して荒々しくはないその風は青眼の究極亜龍の身体を包み込み、銀色の巨龍は己からその場を後にした。

二柱の神は互いに見つめ合い、そして優しく微笑んだ。

「え、えっと、さっきから何言ってるの? その子達の事だっていうのは一応分かるけど、そんな言い方じゃまるで……んむ!?」

ふわり、と龍巳の前にやってきた姫孔雀が、人差し指を立てて唇に当てる。

そして、少女の傍らに戻ると、彦孔雀と共にその肩に手を置いた。君とだってずっと一緒だ、と言う様に。

フェイズが進行し、バトルフェイズへと移る。

龍巳のフィールドにカードはなく、攻撃を防ぐ手段はない。

二柱の神は改めて、深々と礼をした。

「ありがとう、お姉ちゃん。大好きだよ!」

その言葉が、龍巳が最後に聞いた、少女の声だった。

 

龍巳 LP3500 → 0

 

 

 

ネオ童実野シティの街を駆け回った次の日、龍巳はカードを探して最初に訪れた街路樹の前にやってきていた。

相変わらずそこには劣化しないように加工された花束が添えられている。

前回は意識していなかった事もあり気がつかなかったが、何人かの通行人は花束の前で手を合わせ、神妙な様子でその場を去って行く。

「ここで少し前に、事故があったのよ」

最初に出会った老女が、持っていた小さな花を花束の中に加える。

龍巳も、持ってきた花をその中に加えた。

龍巳は偶然ここで老女と再会し、あの時の事を話した。どうしてそんなことをしたのか、自分自身にも分からなかったが、聞いて欲しかったのだ。

初めは驚いた様子の彼女だったが、静かに事情を聞いた後、ここで起きたことを龍巳に語って聞かせた。

「巻き込まれたのは小さな女の子。見ていた人達の証言によれば、風で飛ばされたカードを追って、道路に出たところを……」

老女が手を合わせる。

龍巳もそれに倣った。

「きっと貴女はその娘と、その娘のカードを救う事ができた。私はそう思うわ」

手を振って老女と別れた後も、龍巳はそこに立ち続けていた。

「ねぇ」

呟きが漏れる。

「デュエル、楽しかった?」

声は、小さく震えていた。

デュエルの後、少女は忽然と姿を消していた。まるで初めから何もいなかったとでもいうように、何の痕跡も残すことなく。彼女が探してきたカードも、デュエルをしたのだというデュエルディスクのログすら、何もなかった。

「私は、楽しかったわよ? まさか負けちゃうなんて思わなかったし、お嬢ちゃん、すっごく強かったし。……なのに、なんで何も残ってないのよ」

それが、彼女には悲しかった。どうせもうこの世の人ではないのだとしても、楽しかった思い出は形になっていて欲しかったのだ。

穏やかな、一陣の風が吹く。それは彼女の金の髪を靡かせ、ビルの隙間へと流れていった。

 

――想いは永久に、願いは遙か。心は此方、御霊は共に――

 

「!」

空を見上げる。

昨日と同じ抜けるような青空が、そこにはあった。今夜もきっと、星がよく見えるだろう。

「……そうね。少なくとも、私は覚えてる。お嬢ちゃんのこと。ずっと先になるけど、きっとリベンジするんだから、待ってなさいよね」

龍巳は最後に力強く笑いかけると、その場を後にした。

それは空元気だったかもしれないし、そうではないのかもしれない。

それでも彼女はいつも通り、楽しそうに肩を揺らしながら歩いて行った。

 

 

 

七月七日、七夕。

愛する二柱の神が一年に一度だけ、逢うことを許された日。

そして、彼らにかけた願いが叶う時。

昨日がその日であったことを、龍巳は歩きながら、ふと思い出した。

 






本当は七夕に最終話を投稿したかった系の話があるらしい。
お前、調子ぶっこきすぎた結果だよ?

仕事に五妨害喰らってて中々進まなかったのと、召喚口上やら台詞やら考えるのが予想以上に大変だったのとで、もう色々と遅れてしまいましたん……。

まぁ、今回はほぼほぼ自分用なので、別に良いよね!

と言うわけで、ここまでお付き合い頂き、ありがとうございました。

一応、キャラクターの利用等は自由とさせていただきます。


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