Missing Lie - 魔女と呼ばれても、僕は必ず日常を取り戻す (如月 怜鬼)
しおりを挟む

第一章『何気ない物語の終わり - "A lie."』
00.第三海上都市の少年


書きたいことをたくさん書き殴りました


 朝の光が僕を覚醒させた。

 ムクリと体を起こし部屋を見渡す。

 

 寝ぼけた頭で違和感の正体を探るが、部屋は荒らされてもいなければ僕が触り何かを動かした、などという記憶もない。

 

 そこから別の思考に切り替えるまでに1分の時間を必要としたのだ。

 違和感の正体とはいつもより明るい日光なのであった。簡単に気づけるわけがない。

 

「まずい……」

 

 こういう時は大抵過ぎ去った時に対して怒りを感じる事だろう。僕だってそうだ。

 ベッドに備え付けられたデジタル時計の時刻は僕が遅く起きすぎたことを示しており、恐怖と焦りから僕の全身は熱くなった。

 

 どうして目覚ましのアラームがならなかったのだろうか。

 それは、昨日の夜に僕がベッドにジュースを零したのが関係してることは間違いない上に、スマートフォンはマナーモードにしていた僕が悪い。

 マナーモードを解除したのが影響してけたたましく鳴り響き始めたスマートフォンのアラーム。

 湯の湧き上がりを知らせる電気ケトルのアラーム、どれも止める暇すらもなく、僕は急いで身だしなみを整えている。

 嗚呼、今度はインターホンのアラームまでなり始めているじゃないか。画面を覗いてみればこの学園都市で知り合った友人、朔汰《さくた》が顔を覗かせているのが見えた。

 

 彼とはかれこれ学園都市の中等部からの繋がりであり、このつながりは出来たら大切にしたいと僕は考えている。

 

「ごめ、僕寝坊したから! 先教室向かっておいて!」

 

 どうにか時間を作って彼に応対することが出来たが、物珍しげな顔をしていた。だが、僕がいくら説得してもギリギリまで待っておくと言って聞かなかった。

 頑固な所があるのは分かっていたので、説得する時間も惜しいと判断して直ぐに僕は元の作業に戻る。

 

 最後に朝食を咥えながら外へと飛び出すと朔汰が「よっ」と軽い感じで挨拶をする。どうにも余裕そうに見えたが、急がないとと言いながら彼が走り出したのを見て僕も必死に追いすがることにした。

 

 

 ここは桜海海上学園都市。

 太平洋上に建造された海上都市(ウォーターフロント)で僕の通っている国立桜海第六高等学校はそこに存在する学校の一つだ。

 

 桜海海上学園都市は、日本の海上都市として三番目に建造されている。

 このことから第三海上都市(サードフロント)とも言われている。でも、そんなことは今そこに住んでいる身としてはどうでもいい事だ。

 日本の海上都市としては初めて完全環境都市(アーコロジー)を実現した都市として非常有名であり、第一海上都市、第二海上都市の失敗を無駄にしなかったと言われている。

 

 でも、やっぱりそんなことは僕としてはどうでもよく、今はただ授業に遅れなければそれで良いと考えていた。

 

 

 授業は小難しく完全環境都市がどういうものなのか。

 この都市がどう言った経緯で建造に至ったのか。

 授業では海上都市についての事を細かく説明をしている。だが、僕の頭の中では朝を乗りきったことでいっぱいいっぱいで、授業の内容などそっちのけと言った感じだ。

 

 どうにか追いすがれたとはいえ流石に朝起きてすぐのランニングはとても負担が大きい。余裕そうな朔汰が羨ましい程である。

 僕と言えば教室にたどり着く頃には全身が汗だくだったし、喉がカラカラになっていてもう二度とこんな事にはなりたくないと思った程だった。

 信じられないことに朔汰は朝のランニングはなんのそのといった様子で平気な顔でクラスメイトと笑い合っている様だ。

 僕にもその持久力を分けて欲しいものだ。

 

「よ、寝坊助の紅葉(クレハ)君」

 

 都史*1が終わり、朔汰が浮ついた表情で僕の肩を叩いた。

 いつもの調子を鑑みると少しだけ気に入らないけど彼がいなければ僕は遅刻していただろうということを考えるとありがたいことには変わりはない。

 

「今朝はありがと。でも寝坊助ってなんだよ。まあ、間違ってはないけど」

「間違ってないならいいな。それよりさ数学のノート貸してくんね?」

 

 授業中に何をしているのやら、普段の行いについて悪びれる様子も見せずに頼んでくる。

 僕としてもまたかと言った感じなので慣れたものなのだが。

 

「いいけど……。はい」

「サンキュ。数学のノートまだ真っ白なんだわー」

 

 僕がノートを渡すと彼はにへらと屈託のない笑顔をしてみせて謝辞を述べる。

 述べられたところでといった感じだが、感謝されないよりはいいだろう。

 

「ところで、それ明後日提出だけど」

「マジ?」

「マジ」

 

 予想通りと言うかなんというか、彼は勘違いをしていたらしい。

 いつも通りな感じで僕は呆れさえせず、むしろ気が楽になる気がした。

 

「ノートは貸していいけど、五時限目に使うから一回返してよね」

「た、助かる……」

 

 そう言い、朔汰はそそくさと席へと戻ってノートの模写を始めてはいる。だが、アレでも成績は上位十位に入っているので驚いたものだ。

 頭の回転も早いし記憶も良い、運動もできて大抵の競技をそつなくこなす。なんだったらコミュ力高めで顔も良く、人に好かれやすいといったおまけ付き。

 これが俗に言う恵まれた人間と言うやつだろう。唯一のケチが付けられる所はあのものぐさな性格くらいだ。

 

 個人的に根暗で性格が悪いと自負する僕ですら彼と付き合いを持っているので彼の人望は相当だと思っている。

 こんな感じで一概に性格のことを悪くも言えなくなってしまうのも、僕が朔汰を良い人であるという認識を持っているからだろうか。

 

「なあ、今日発売のアクションゲームあるんだけどさ!」

 

 放課後、彼は誰に近づくということなく俺に一直線で寄ってきてそう言う。

 

「朔汰も物好きだよね」

「え? こういう話ができるの朔汰だけじゃん」

 

 ニッと笑って恥ずかしげなく言い切った。

 常日頃からモテないと嘆くがそういったところを男である僕じゃなく、部活動のマネージャーに見せればもっと違うと思うんだ。

 

「だからといって数学のノートまた書かないのは目に見えてるんだけど」

「げっ、あ、いやちがうな。それには少しなりとも休息が必要だとは思わないか?」

「ダメだね、それは朔汰の為にならない」

 

 僕はスッと立ち上がって現実から逃げようとする朔汰を自分の席に連れ戻す。

 放課後でも課題はやらせる。なんせ教室は開放されているのだしね。

 

「こうやって怒る親友も珍しいもんだよな、もう少し手心とかないんですかね……」

「それが僕と朔汰の関係値ってことだよ」

「それって俺が嫌われてるってこと?」

「嫌ってたらわざわざ心配なんてするもんか」

「それもそうかぁ」

 

 成績不振だとまず朔汰の好きなスポーツであるサッカーを続けることが難しくなる。朔汰の成績不振による部活動の参加権剥奪ももう一度や二度にとどまってないのは周知のことだし、なんだか先輩やら同学年の人に目をつけられているとも聞く。

 

 ん? 朔汰はテストの上位のはず?

 提出物は大事だということだよ。

 

 好きなことを出来ないというのはとても辛いことだし、手伝ってあげないとね。

 

「ほら、落書きなんかしないで。数字を書く」

「へーい」

 

 そんな僕にもたらされた非日常はとても残酷で、ありとあらゆるものを塗り替える。

 僕はまだ何かが変化するなど微塵も考えてすらいない。

*1
海上都市に関する歴史を学ぶ授業。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

01.鮮烈なる赤

 ん? あれ、昨日はなにがあったんだっけ。

 全然記憶が無い。

 

 違うものとしては朝の目覚めが良すぎること。

 デジタル時計はアラームが鳴るよりも早い時間であると示している。

 

 目覚まし時計に加えてスマホのアラームを5回鳴らしても起きないことがザラだと言うのに。

 今は寝床の上で上半身を起こして考え事をしている。

 

 ……顔でも洗おう。

 

 今の季節の水道水は、僕のぼぅっとした頭を覚ますにはちょうどいい温度だ。なにもしないよりは効果がある。

 

 僕はベッドから立ち上がるとなんだかいつもと景色が違って見えた。

 僕の部屋ってこんなに広いっけ。

 

 空間でもねじ曲がったのかと今時の高校生でも考えなさそうな事を思い浮かべつつ洗面台に立つ。

 

 鏡の中には非常に薄着な黒髪ロングの黒目の少女が映った。

 

「へきゅっ」

 

 思わず変な声が漏れた。

 そして何故か鏡に映る少女もキョドり始める。

 

 ウチにこんな美少女とか居たっけ?

 そもそも僕はこの海上都市で一人暮らしだし何より親族と呼べるような人は誰一人として存在していない。

 

 何をどう考えても知らない人だ。

 

「あ、アナタは誰ですか?」

 

 高校生だと言うのに、変声期前だった僕の声は高めだった。

 だが、それがいつにも増して高く感じる。耳がおかしくなってしまったのだろう。

 そして当然のように目の前の少女も僕と同じように口を開いている。声は二重にはなってないし僕は鏡の正面に立っている。そして後ろには誰もいない事も確認できた。

 

 状況という状況が飲み込めないまま僕の現在の状況を調べようと脳味噌をフル回転させる。

 

 というか既に一つの結論にたどりついており、その現実から逃げているのだ。

 そう、僕の相棒がいない。生まれてこのかた16年も付き合ってきている、唯一の家族と言っても差し支えなかった存在。

 

「僕の、ち、ちん、ち……」

 

 鏡に映し出された少女は股の辺りを弄り涙を堪えている。

 もう何もかもが衝撃的すぎてこれからなにをするかも考えることが覚束ない。

 

 しかし時間というものは、いつもの日常は酷なもの。

 僕の急な変化を待つことはない。

 

 書き慣れた電子音が鳴る。

 

「インターホン……」

 

 朔汰だ。

 不味い。

 

 今のいっぱいいっぱいなところを親友の朔汰に見られでもしたら僕は頭がどうにかなってしまいそうだ。

 インターホンはなり続けていた。だがしばらくして鳴り止んだ。諦めたと思いたいが朔汰の頑固さは僕がよく知っている。

 僕が出なければ、彼は間違いなく入る為にあらゆる手段を講じることだろう。

 

 僕はなんだかダボついた灰色のパーカーを羽織ると簡易的に財布とペンとメモをバッグに押し込み、ベランダの窓を全開にすると直ぐに玄関から飛び出て鍵を閉めた。

 これで朔汰も勘違いしてくれるはず。

 

 それにしても見慣れたはずの寮の廊下だが視点がやや低く、別の世界のように感じる。

 

 走って寮の裏口から飛び出る。

 もしかすると朔汰が外で待ち構えているかもと思っていたが僕は賭けに勝つことができた。そのまま走って街の方へと抜けていく。

 背も低いし足も遅い。とにかく最悪だ。

 

 僕はどうにか街中を抜け、一息つく為に少し離れた公園へと向かった。

 とにかく知り合いと出会いたくない。そんな僕の思いを汲んでか、朝の公園には誰の姿もなかった。

 

 僕はベンチに腰掛けて息を整える。

 

「……どうしてこんなことに」

 

 こんなことになるなんて予想なんてしていなかった。男として過ごしていたのに突然女の子にされてしまったのだ。

 突拍子もないのは明らかだ、現実離れしすぎている。

 

 僕はメモに付属した薄い手帳を開く。

 メモに付属した見にくいカレンダーには1日ごとに丸をつけるようにしていて、もしなにかを記入していて分かることがあれば儲けものだ。

 

「今日は……、6月17日?」

 

 今日は06月17日の水曜日。ちゃんと昨日の日付には丸が付けられている。だが、僕の最後の記憶にあるのは朔汰に数学のノートを貸した06月15日の月曜日だ。

 まさか一日の記憶がスッポリと抜け落ちているのだろうか。

 スマホは何処かと体を弄ってみるがどこにもない。急ぎすぎて寮に忘れたらしい。

 

 公園を通り抜けようとする大人に声をかけて今日の日付を確認することにする。

 

「あの、すみません」

 

 僕は大人に声をかけたが何も反応が返ってこない。

 それどころか立ち止まるそぶりも見せない。

 

「あ、あの!」

 

 先ほどと同様に返答はない。

 大人は僕を無視して通り過ぎていく。

 

 追いかけようとしたが身体が思うように動かず、僕はバランスを崩して転けてしまった。

 

「うぅ、……なんなんだよ」

 

 質の悪い冗談とかそう言った次元ではない。

 僕のことを知らないはずの人が僕を完全に無視するのだ。

 

 これを異常と言わずしてなんというのか。

 

「ねぇ、お姉ちゃん。ここで何やってるの?」

「ぴゃぁ!?」

 

 思いもよらず声をかけられたものだから、ついつい素っ頓狂な叫びを出してしまう。

 振り向いた先にいたのは鮮烈な赤を基調としたドレスを纏った少女。

 僕よりも背が低く、ドレスと同じように真っ赤な二本のテールヘアーを伸ばしている。

 いわばツインテールというものだ。

 

「ふふ、お姉ちゃんって面白ーい」

 

 何故僕は初対面の少女に笑われなければならないのか。

 

「その、僕に何か用?」

「うんっ、"用"だよ!」

 

 先ほどの大人と違って僕の言葉にしっかりとした返答をする少女。

 にこりとはにかみ、僕に言う。

 

「イタダキマスっ!」

 

 空気が凍りつくとはこのことを言うのか。なんて、悠長に考えている暇なんて僕にはなかった。

 少女は笑みを崩すことなく、大口を開けて僕の肩口をパーカーごと噛みちぎったのだ。

 

 僕の首元で咀嚼する少女は赤く濡れていて。

 

 そして吹き出すものは赤。あか、アカ朱、緋紅あかあかあかあかあかたかあかあかあかあかあかあかあか。

 僕の右腕がぼとりと音を立てて砂の上に落ちる。

 

「お姉ちゃんのお肉、おいしいね」

 

 口が開いても恐怖で声が出ない。

 とても右腕が痛いはずなのに痛みを感じない。

 目の前に存在するものは少女だとかそんな可愛らしく形容できるモノではない。これは途轍もなく恐ろしい化け物なのだ。

 化け物? 冗談じゃない。僕はここで死ぬのか。

 

「……あ、お姉ちゃんもそんな目になるんだ」

 

 目の前の人知を超えた怪物は僕の事を悲しそうな瞳で見つめる。どうしてそんな目で僕を見るんだ……?

 

「ひとつずつ。ゆっくりゆっくり。ちぎってちぎって。みぎうで、みぎあし、ひだりあし、ひだりうで、こし、おなか、おむね。ひとつひとつ。食べてあげたかった。だけどせめて"怖い"を短くしてあげる」

 

 少女は僕に手を向ける。その手は成人男性よりも大きく縦に割れると、次の一瞬で僕を食んだ。

 

「お姉ちゃんも"怖い"は、いやだもんね」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

02.脳に焼き付く赤

 青い空に調和する緑のコントラスト。

 僕は公園にいる。これは夢なのか?

 

「お姉ちゃん、どうしたの?」

 

 可憐な声が聞こえて僕は現実に引き戻される。

 僕の目の前には鮮烈な赤を基調としたドレスを身に纏った、年端もいかなそうな少女。

 

 現実感のない夢のような感覚。

 まるで先程死んだかのような。

 

「……ッ!?」

 

 記憶のリフレインというものか。

 何も食べていないはずの胃が痙攣し、体液だけの吐瀉物を押し上げてくる。

 

「ゥオ゛、アッ゛……」

 

 立ってすらいられないほどの目眩に力の入らない身体を地面に預けてしまい、口から胃液を吐き出す。

 嘔吐感に反して僕の口からは酸っぱい液体しか出ず、焼けるような熱さが僕の喉を刺す。

 

「大変! どうしましょう……!」

 

 醒めない夢ほど怖いものはないとは言う。

 

 夢が現実になったのだとするなら、怖いどころの騒ぎではない。

 気を失わなかっただけ自分を褒めてあげたいと言うもの。

 

 目の前の少女の皮を被った化け物は僕の事を最終的に食べようとしている。

 ……そう、実際にされたように。

 

 実際にされた?

 何を考えているんだ?

 僕はここにいるんだぞ?

 僕はここにいる、食べられたなんて事は一切発生していない。

 僕は生きている。死んでなんかいない。

 僕は死んだ僕は生きてる僕は死んだ僕は生きてる僕は死んだ僕は生きてる僕は死んだ僕は生きてる僕は死んだ僕は生きてる僕は死んだ僕は生きてる僕は死んだ僕は生きてる僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死んだ僕は死ん

 

「……私のせいだね。ごめんね」

 

 お前のせいだ

 

 そして、僕は食まれて死んだ。

 

 

 くるしい。

 

 くらい。

 

 いたい。

 

 こわい。

 

 空の青さは恐怖の暗さに慣れてしまった。

 太陽は僕の目にはとても痛かった。

 

「お姉ちゃん、どうしたの?」

 

 目の前には僕の事を心配そうに見つめる少女の姿がある。

 返り血と表すには鮮やかすぎる赤のドレス。

 

 赤を纏う少女は目立っていると言うのに、公園を通りがかる人々は目もくれる事なく通り過ぎていく。

 朝の通勤、通学ラッシュとか。

 異色な人間がいたらちょっとした騒ぎになっていてもおかしくはない。

 本当におかしい話だ。

 この海上都市ではコスプレイベントなんて見た事はない。

 物珍しいイベントでもあれば人が集まるほどに非日常に飢えた人間が大勢いるのだ。

 

 僕は呑まれてしまったのだ。

 日常に埋もれた非日常に。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

03.赤を繰り返して

「お姉ちゃん、どうしたの?」

 

 お決まりの声が聞こえてくる。

 一度見てしまえば、忘れることのできない赤。

 恐ろしくなるほどの鮮烈さを纏うツインテールの少女。

 

 彼女は僕を心配そうな表情で見つめる。

 

 何度繰り返しただろうか。

 ずっと狂っていられるならよかったのに。

 

 これは所謂タイムループであり、リセットが掛かるたびに僕の全ての状態がループ開始時点の状態になった。

 これまで僕はリセットされるたびに正常な状態に戻り、これまでの記憶から狂うという流れをしばらく繰り返した。

 

 そして特定の条件を満たした時にも、また特定の瞬間まで戻されてしまう。今の場合は僕の死に起因してこの少女と出会った瞬間まで戻されている。

 死以外にもトリガーが存在する可能性もある。

 でも、見当もつかない。

 

 なにより、狂って戻され、狂って戻されの繰り返しによって慣れが生まれてしまったのか。今では狂うことも少なくなっているという。

 なんだか僕までおかしくなってしまったのだろうか。認めたくないがそんな気分だ。

 

 ここからは僕の経験した記憶の話を綴ろう。

 

 僕はある数回のループにおいては少女と対話を試みることにした。

 

 少女に静止を呼びかける。

 少女に名前を聞く。

 少女になぜ食べるのかを問う。

 

 五回ほどの試行の中で、一度たりとも彼女に僕の言葉が通じる事はなかった。

 関係値だろうか。彼女に言葉は通じない。

 

 

 

 あるループににおいては逃走を試みた。

 

 逃走ルートは公園から人のいる大通りへ向かうといったもの。

 公園はそれほど広いわけではなく、難しくないと考えていた。

 だが、体が女の子になってしまったことによって問題が生じていた。

 

 この体の足の遅さは僕の行動を制限するのに十分だったと端的にいうべきだろう。逃げた先にはどこにも赤の少女が現れ、最終的に僕を食んだ。

 

 数度どころではない試行回数。十より先は数えるのをやめた。

 

 

 

 あるループにおいては戦闘を試みた。

 

 対話と逃走のいずれも失敗したことで自棄になっていた節もあるが、結果は見えていたことだった。

 男の時ならまだしも、弱体化した僕の拳など彼女に通じる事はなくその全てを尽く躱され、食まれる事になった。

 

 

 一番印象に残っていることとして、そのすべてのループにおいて少女は最終的に僕に慈しみの視線を向けてきた事。

 僕には決して理解できないが、何かやむに止まれない事情があるのかもしれない。

 もしくは心掛けているのか。せめて、死の餞になんて。

 

 今のループで試している事は完全に少女を無視する事だ。こちらを見つめる彼女へ気にする素振りを見せることなく、僕はこれまでのループの情報を整理している。そうでないとやる事もない。

 情報を整理すると言っても最終的には殺されており、逃げ道はどこにもないと言うことが明確になっただけだ。どうかして死の運命から逃げる事は出来ないだろうか。

 

「……見えてないないのかな。じゃあ、イタダキマス!」

 

 少女はこれまでのループと同じように手を差し出して僕を食んだ。

 

 赤い少女は加減というものを知らないらしい。何も見えないフリをしていても僕を食べるという行動を止める事はないということが分かった。

 これまで二十数回のループを経験しているが残念ながら死への耐性は付いていない。でも、多少の覚悟なら出来るようになった。

 こんな暗くて怖い気持ちはいくら経験しても慣れる事はないのかもしれない。

 

 ……この短時間で死への価値感大きく崩れたものだ。

 

 それでも、死というものは自分が自分で無くなっていくような絶望に似た感覚。考えるだけでも、思い出すだけでもゾッとする。

 

「お姉ちゃん、どうしたの?」

 

 何度も繰り返した赤の少女の言葉。

 僕には退路なんて無い。勿論切り開く力も無い。そうなれば現状を留めるような力も無い。

 

 ゲームで例えるなら詰みデータと言うべき状況。そんな中で僕が取れる行動はーー。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

04.赤を断ち鉄を斬る

 僕なんかができる事ってなんなんだ?

 

 既に言葉で止めるなんて不可能だ。

 既に逃げるなんて道はなくなっている。

 既に戦うことの無意味さを実感した。

 

 これまでのループは受け入れることも抗うことも、全ての無意味さをなによりも強く教えてくれているのではなかろうか。

 

「お姉ちゃん、どうしたの?」

 

 赤の少女は僕の顔を覗き込むようにしゃがんでいる。実のところ彼女は僕の返答に期待していないのはこれまでのループが証明している。

 このループは僕に何を求めているんだ?

 僕は彼女に何をしてあげればいい?

 

 僕では彼女に何かをすることなんて出来ないのに。

 

「ねぇねぇ、元気ない?」

 

 少女は立ち上がって僕に歩み寄ってくる。

 

 ああ、またこの顔だ。人を慈しむ目。いや、人の不幸な境遇を憫む目。

 人の事を気にしていないのにお前は一体何がしたい。

 最終的には僕を食べると言うのに。

 そんな顔をして期待させるだけさせたくせに。

 

 僕の気持ちを踏みにじって。

 

 不快だ。

 

「なにがしたいんだよ!」

「やっ!」

 

 僕の振り払った手は彼女を弾き飛ばした。

 振り払われた少女は地面にへたり込むと、震えた瞳で僕を見る。それが僕の苛立ちを余計に燻った。

 

「何度も何度も何度も何度も!」

 

 僕は怒りのような感情に身を任せて捲し立てる。

 

「殺す相手にはなにも感じないって言うのか!? そんな憫むような顔をして、相手に期待させるだけさせて。自分の糧にするために食い物にする!」

 

 息が続かない。だが、一度溢れた言葉は紡がれていく。

 

「……そ、そんなつもりじゃ」

 

 赤い少女が怯えている。良い様だ。

 そのままあいつを殺してやったらどうなるだろう。

 

「今度は僕の番だ」

 

 僕はいつのまにか手に持っていた剣を彼女の胸に突き立てる。

 

「あ、あ、あぁ……」

 

 なんて気持ちなんだろう。とても晴れやかで、全てから解放されたような気分だ。

 

 人の気配がする。

 

「間に合わなかったか……」

 

 僕が声のした方向、公園の西入口を確認する。そこには機械的な装甲を全身に纏った人型が立っている。

 そのモノは諦観の感情を込めて低い声を出した。

 彼が敵である事はなんとなく察しがついた。

 

「こちらベクター。新手の魔女を確認。近接型だ。対象は空腹の魔女を殺害しこちらに敵意を向けている」

 

 魔女? よくわからない事を言っている。

 そんな事はどうでもいい。この剣で僕はもっと解放される必要がある。解放されるってことは素晴らしいことなんだって。

 

 何も考えずとも体は動いた。

 この剣は自然と僕の手に馴染んだし、使い方もなんとなく分かる。

 

「……応援は不要。俺が彼女を終結させる」

 

 機械男は僕の剣をいなし続けるがいつまでそんなことができるのだろうか、体力は無限ではない。

 ひたすらに僕の攻勢が続く一方、この戦闘における転機はすぐに訪れた。

 

 僕の剣を彼が地面に突き立てさせた。

 そしてあろうことか剣に何か細工を施し、抜く事を難しくしたのだ。

 

「剣が動かねばお前は動けまい」

 

 僕は剣を抜くために色々な力の入れ方を試してみるが中々抜ける事はない。

 

「決めさせてもらう。【RAID AXTION.】(レイドアクション、)【BOOSTED!!】(ブースデッド!)【天翔脚】(モード:スカイレイダー)!」

 

 すんでの所で僕は剣を振り抜き、飛び蹴りに対応する。

 咄嗟の対応だけで僕に出来た事は機械男を道連れにすることだけだった。お互いに持てるだけの一撃を与え合う。僕はもはや身体に力を入れることもできなくなり、ぬるりと倒れる。あの男も時間の問題だろう。

 もっと、もっともっと解放してあげたかった。

 剣とならまだ多く解放させることができたはずなのに……。

 

 に。

 

 ……。

 

 に?

 

 ……。

 

 ……っぶぇ。

 

 ここまでのループにおいて本気でヤバイと思ったのは初めてかも知れない。

 

 無事に戻ってこれただけでも儲け物だ。あのままだったらどうなってしまうのかなんて考えたくもない。

 ループが狂気以外の精神状態も元に戻してくれるのはとてもありがたい話だ。元に戻してくれないと詰んでいた事だろう。

 

 とにかく過去イチで最悪な気分だ。

 あの瞬間は何でもが気持ち良くなっていたものが一周回って底を抜けたと考えるべきかもしれない。

 

「お姉ちゃん、どうしたの?」

 

 どうしたもあったものじゃないと言いたいところだけど今の彼女は何も知らないのだ。何を言っても通じない事だろう。

 ついさっきまで僕が僕で無くなっていたんだ。今までは死んでいたのだけどあの時は赤い少女を殺して、あまつさえ出現した剣を以てさらに犠牲を出そうとしていた。

 言うなれば目の前の少女と同じような思考に染まっていた。

 

 あの、狂うとも違った感じ……。うっぷ。

 

 記憶がはっきりしている分だけ質が悪い。

 最終的に駆けつけてきたパワードスーツを装着した男がいなければ間違いなく、あれよりも最悪な展開になっていたことだろう。

 だが、確証があるとは言えないがなんとなくこのループを抜ける方法が理解できたかもしれない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

05.跡を濁す赤、困惑する赤

 あんなことがあったんだ。僕は今とんでもなく走り出したい気分なことには間違いない。できるのであれば穴を掘って入りたい。その上で土で埋まりたいとさえ。

 

「ねぇー、ねぇねぇねーえー!」

 

 僕があまりにも無視をするので赤い子が構って欲しいと言わんばかりに話しかけてくる。

 

「うるさいかな」

 

 むぅ、と言った様子でこちらを恨めしそうに睨みつけてくる赤い少女。

 そろそろこの少女も見飽きたよ。なんて言ってみたい。だけどそれなりに整った容姿は僕個人としても見飽きる事はないと思うし、世間一般的にみても可愛い、美しいと言った評価がされるのは間違い無い。

 要するに感情を抜きにして言えばいつまでも見ていられるって事かな。

 

 僕は何度もこの子に殺されているので何時迄もなんてわけにはいかない。だからこそ対策を考えなくてはいけないんだ。

 

 あの時点で彼が駆けつけることができると言うのならば、何かこちらで時間稼ぎかアクションを行うことが必要なのかもしれない。

 でもどうやってあの状況に持っていくべきなんだろう。

 あの剣を出現させると僕自身がアレに持っていかれるリスクが高いし、そもそも剣を出現させる方法も一切不明だ。

 それにもしあの男性が駆けつけてくれたのだとしても、目の前の少女との戦闘の余波で僕が死んでしまえば元も子もないし、彼が味方であるとも限らない。

 いずれにしてもリスクが高過ぎるという結論になってしまう。

 

 この中で言えば男性との接触が一番な気もする。保護してくれたら嬉しいな、なーんて。

 

 そういえば目の前の少女は俺から拒絶されることに嫌悪感を示していた。試してみる価値はあるかも知れない。

 それにしても唯一の手段が対話ではなく罵倒とはね。

 

「馴れ馴れしくしないでもらえるかな。僕は君のような曖昧な態度をする人は嫌いなんだけれど」

「……でも、お姉ちゃんは元気ないように見えたから」

「僕を食べようとするんだ。餌くらいにしか見てないんだろ?」

「そ、そんな、そんなんじゃないもん!」

 

 話が通じる?

 今までは、

「はじめまして! イタダキマス(しんじゃえ)!」

 みたいな勢いで食べられてたと言うのに彼女に否定的だと時間稼ぎができるのか……?

 

「いや、そうだ。何も感じずに殺してるんだろ。人なんか価値もないから」

「お姉ちゃんに価値がなかったら食べたりなんてしないよ!」

 

 なるほど、彼女は自分の考えを違う風に解釈されるとそれを否定しようとムキになっているのか。変な所で年相応な様子を見せられても困るんだけど。

 

「価値なんて食べればどれも一緒だろ? 僕もかつての被害者たちも」

「人それぞれにいろんな味があるもん!」

 

 思ったよりも時間が稼げるので驚いた。

 てっきり激昂してパクっと行くものかと思っていたけど、勘違いされたまま食べられて欲しくないのだろうか。

 

 意外とこの子は御せるぞ。

 時間を稼ぐためとはいえ、発言を片っ端から否定していくのはしんどい。

 でも、僕にもまだまだ人の心が残ってるということとも取ることができる。こんなことで安心感を覚えたくなかったけれど。

 

 赤い少女と暖簾に手押しとも言うべき問答を続けているとやがて公園に人影が現れる。それは全身に灰色のアーマーを着込んでいて、頭部には頑丈そうなフルフェイスメットを腰の部分にパワードアタッチメントを装着している。

 典型的なパワードスーツだ。そんな最新鋭の装備がこの学園都市に配備されているとは思わなかったので驚きの方が強いのだけど。

 

 赤い少女はパワードスーツを見ると体を震わせて僕から距離を取る。山場は抜けたということなのだろうか。後はできれば穏便に済ませてくれると助かるのだけど。

 パワードスーツを着込んだ男は僕と赤い少女の両方に警戒の構えを取る。

 これって相手側だと思われてるパターンもあり得る。

 

「空腹の魔女に新手の魔女か……」

 

 はいでました謎ワード『魔女』。

 おそらく、空腹の魔女は目の前の腹ペコ少女。そして新手と言われてるのは僕のことだろうか。

 魔女って言われても僕は男なんだけどね!

 

「……ご飯はまた今度にする。お姉ちゃん、ばいばい」

 

 なんと、赤い少女は戦闘を行うわけでもなく飛び去っていく。あれこれ僕とそこの男とで残される形になるのでは???

 

「……」

 

 無言でこちらに武器を構える男。

 1ループ前に使っていた小型の拳銃らしき機器は手に持っておらず、お手軽な現代兵器(アサルトライフル)を構えている。

 あれはアメリカ製の小銃だったっけ。ええと、M4A1とかそう言った感じの……。

 

 頭が状況の理解を半分諦め始めているが、体は素直で両手を上げて敵意はないと言うのを示す。

 赤い少女に食べられた時よりも現実感があって、体の芯から冷える感覚を覚えた。

 

「あの、僕は……」

 

 どうにか弁解しようと口を開くが、直後に耳をつん裂くような乾いた音と共に喉から熱いものが込み上げた。

 

「……こぷっ」

 

 彼は引き金を引いていた。

 無機質なフェイスガードは僕に何を伝えようとしてるかも分からず、僕に恐怖を植え付けることとしては十分だった。

 

 そして僕は死んだ。

 

 

「チクショウ! こんなの詰みデータじゃないかよ! どうすりゃいいんだよ!」

「お、お姉ちゃん?? ど、どうしたの?」

 

 唐突の怒鳴り声に困惑の意を示す赤い少女。でもそんなこと知った事じゃない。こっちとしては一縷の希望さえ徹底的に叩き潰されたのだ。

 

 世界は、僕にどうしろと言いたいのか。分からない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

06.赤は黒に定める

 あの死を糧に、どれだけ対策を講じようにも現状のあらゆるものが敵だという事が明らかになってしまった。数度試して失敗した筈の逃げると言った選択肢が思い浮かぶ時点で手詰まりな感じがする。

 

「ねぇ、お姉ちゃーん?」

「今考え事してるから黙ってて」

 

 僕に一蹴されてむーっとした表情を作る少女。こんな状況になる前であればとても可愛いなと癒されていたであろうが、中身は恐るべき食人鬼である。

 とにかく分からないことが多すぎて思考を整理するには時間が足りなさすぎる。

 

「魔女……魔女って何なんだ……」

 

 まずは魔女、魔女という存在なんてこの第三海上都市に住んでこのかた一度も聞いたことのない単語だ。

 とんでもなく恐ろしいものであるとするなら話を聞いていてもおかしくないはず。だけど僕は何も知らない。つまるところ、魔女そのものは極秘情報と言っても過言ではない何かではあるという事だ。

 だが、この魔女と呼ばれる者の存在が伏せられているのも納得できる。

 あの少女を見る限りでの話にはなるが、魔女というものが神出鬼没で人に害を為すと聞けば、僕も恐怖してこの都市からさっさと逃げ出す事なのは間違いない。

 無駄な混乱を防ぐと言った意味では間違いなく正しい判断だ。

 

「お姉ちゃーん、ねぇー!」

 

 構って欲しいと言葉を続ける少女を尻目に僕は思考を続ける。

 魔女がこれだけ恐ろしい存在でありながら人々に認知されない理由とはなんだろうか。

 この目立ちすぎると言っても過言ではない赤の少女が誰からも注目されることもなかったことから魔女という存在は人によって知覚されない存在と推測できる。

 僕が通りの人たちに一切目を配られることもなかったように、すでに僕自身が魔女としての括りに入ってしまっている可能性も否定できない。

 

 これが本当であればこの場面を生き残るのには厄介な事この上ない。

 あのパワードスーツを着込んだ男は魔女に対して敵意を見せている。出逢えば先ほどの様にほぼ確実に殺される事だろう。

 その上で僕がどこからか取り出した武器を握った時のように、突発的に僕が僕でなくなる可能性も否めない。

 あの男が魔女を憎んでいなかったとしても、後顧の憂いを断つために僕を消しにかかる事だろう。

 

「魔女……」

「まじょ?」

 

 目の前の赤い少女は魔女という言葉に対して顔をしかめた。

 

「……知ってる?」

「うん! "めいどのみやげ"としてお姉ちゃんに教えてあげる」

 

 冥土の土産かあ……、いやだなあ。

 教えてくれるのは棚ぼたなのだけど僕が死ぬ事は前提なのはどうにかならないものか。

 

「まずは自己紹介! 私は飽食(グラトン)のイミテナ。へんな人達からは空腹の魔女なんて可愛くない呼ばれ方をしてるけどね」

 

 空腹の魔女は望んでない? つまりあのへんな人達、基パワードスーツを着込んだ男の所属する組織が勝手に名付けてるのか。

 

「……お姉ちゃんは?」

「僕?」

「名前。"めいどのみやげ"で聞いてあげる」

「あ、うん」

 

 冥土の土産という言葉の意味を間違えている気がするけど……。

 まあいいや。藪蛇はつつくまい。

 

「僕は山桐(やまきり)紅葉《くれは》だよ」

「いい名前! 私が食べるのにぴったり!」

「食べるのにぴったりだなんて、不名誉だね……。できれば食べて欲しくないのだけど」

「いやよ、だって魔女に目覚める前が一番おいしいんだもの!」

 

 ……魔女に目覚める前?

 少女が口を滑らせてしまってる気がするけどもあまり気にしない方がいいのかもしれない。

 

「その、魔女っていうのはなんなの?」

「魔導器で魂を作り変えられた人間だった者のことを指すらしいの。だからあなたはまだ作り変えられている途中!」

 

 作り変えられたということは魔女はもはや人間じゃないというとか。

 

「作り変えられてしまうとどうなるの?」

「さあ? よくわかんない」

 

 根本的なところまでは分からないと。

 

「これってぜーんぶ小耳に挟んだだけの話。だから詳しいところは全然分からないんだー」

 

 赤い少女は楽しそうに言う。

 僕との喋りを楽しんでいるのか、それとも目の前にいる食べものの味を想像しているのか。どう考えても後者だと思うが、想定外続きで楽観的な考えを挟まなくてはやっていられない。

 

「……そうだ、魔女って魔女以外から見ることはできないの?」

 

 にこにことしている少女にそう言えばと気になっていた疑問をぶつけてみる。

 

「うん、そうだと思うよー?」

「そうだと思う?」

 

 少女の含みのある言い方に引っかかりを覚えるが、その違和感に関してはすぐに解消されることになる。

 

「そのはずなんだけどねー、よく分からないけど私たちのことが"見える人間"がいるの。あんな風に」

 

 少女はそう言って公園の西入口を指し示す。

 

「空腹の魔女に新手の魔女か……」

 

 そこに、ここ最近のループで現れる様になったパワードスーツを纏った男が立っている。

 

「普通は声すら聞こえないのに……、なんでだろうね?」

「なんか余裕そうに話しているけど、大丈夫?」

 

 敵対する人間が現れたのににこにことした表情を崩さない少女に苦言がつい漏れ出てしまう。前回のループでは姿を見てすぐに逃げる姿勢に入ったというのにどう言った風の吹き回しだろう。

 

「お姉ちゃんは私が絶対に食べるって決めたの! だから、ゼーったい。絶対に逃さないの。たとえ魔女になったとしても、ね♪」

 

 ……嫌な宣言を聞いた。

 

 このループは一旦終了させてもう一度やり直したほう良いかもしれないと思える程に背筋が凍る様な感覚とでもいうべきだろうか。

 恐らく彼女とは良い意味でも悪い意味でも長い付き合いになる。

 この時、僕はそんな予感を覚えたのは間違いない。




 お気に入り・評価・感想等の小説への評価はとても励みになります。
 ありがとうございます!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

07.優勢なる鉄

気がついたら地の文だけしかありませんでした。


 全身を強固そうな装甲で身を固めた男がこちらに歩みを進める。

 

 その歩みは力強いもので、まるでこちらのことなど通過点にしか思っているのではないのかとさえ感じた。

 その威圧感に僕は思わず後退りをしてしまったのも当然かもしれない。

 

 赤の少女ことイミテナは僕と男の間に割り込み、にこりと僕に笑いかけた。これで僕を食べるなどと宣言していなければ、もしかすると恋に落ちてしまうのではないのかなどと思える。

 

 ……うん。僕は惚れなかった。

 

 

 僕の鈍めな反応に少し不満げなのか口を尖らせるが、未だこちらに歩みを進める男の方へとイミテナは向き直る。

 

 空気が凍りつく。

 嫌な感覚だ。嫌な予感だと例える事も出来るかもしれない。

 

 

 直後、イミテナの全身から触手が飛び出した。

 その数、一、二、三、四の五の六の七……、途中を飛ばし十を超えて、全て合わせて十六本といったところだろうか。

 

 それらの全てははうねりと粘液、熱を帯びており、それらが持つ赤さが存在感を示している。

 一言でおぞましいと形容するのが適当かもしれない。

 

 その一つが僕の方に伸びようとしたが他の触手に絡め取られ、全てが男の方へと殺到していく。

 

 

 男に接触した時、その場に轟音が鳴り響いた。

 

 純粋な打撃だけによる衝撃波というものを肌で感じるのは初めてだった。

 恐らく僕が一撃でも受ければ挽肉になれれば良いところだ。最悪形すら残らずに食べ尽くされて(・・・・・・・)しまう事だろう。

 

 

 だが、喰らうことが一切出来なかったイミテナの触手達は糧を求めて更なる猛攻を仕掛ける。

 

 しかし、男はその様な物量を前にしても冷静にその全てをいなした(・・・・・・・)

 

 僕にはパワードスーツの技術に関して詳しく分からない。あるのはかつて見た情報誌に載っていた僅かな情報だけだ。

 それでもこのは今の時代に作られたとは思えないほどに強力な存在であると感じる。

 

 

 男は腕、脚の四肢を始めとし、どういった技術かの縦横無尽に飛び回る小型端末。それらにより飛びかかる触手の軌道の一つ一つを逸らして見せた。

 狙ってやっていると考えるなら、技術も反応速度もどれもが人間離れしていると言える。

 端末の操作技術も合わせれば、とてもではないが人間の領域だとは思えない。

 

 無人制御だとしても端末との連携が出来すぎている。

 正に完成された動きだと言える。

 

 一つ前のループで逃げ出した彼女の気持ちが分かってしまった。

 

 

 男は卓越した技量を以ってしてイミテナの全ての干渉を無力化し、その合間に打撃による攻撃を加える。

 

 男は一切攻撃が通る事がなく、有効打を与える事が出来ない相手なのだ。その上で確実なカウンターを与えて相手を疲弊させる。

 この戦闘を見てしまった今では、食欲旺盛な彼女でも利のない戦いは極力回避するのはごく自然な事だと思える。

 

 僕も数度目にしていなければ腰を抜かして動けなくなっていた事だろう。

 

 攻撃の物量だけで言えばイミテナが圧倒的に有利。

 だが、その全てを無力化し攻撃を与えている男が優勢なのは素人目に見ても明らかだろう。

 

 息を吐く間もない攻防を目で追いながらも何か出来ることはないかと思考を巡らせるが、今の僕に出来ることは触手の餌になる事くらいだろう。

 

 

 ふと、少し前のループのことを思い出す。

 

 あまり思い出したくもない記憶だが、僕の思考が完全にオカシくなってしまった時、男が僕に対して行っていた行動だ。

 あの時、男は僕を殺すためになんらかの機器を使って大技をこちらに向けて放っていた。それと同時に僕と相打ちになった。

 

 僕の時には即座に使用して、少女の時に使用しない。この差は一体何なのだろうか。あの時の僕であればあの大技を使用せずとも手数の圧倒的に少ない剣戟をいなすことは容易かったはずだ。むしろ手数の多い、厄介な相手にこそ使用すべきだ。

 

 ただ、使わない理由を推測しようにも情報が殆ど無い。いや、面識すらも無いよく知らない相手だと考えれば当然の話だ。

 

 役に立てない悔しさばかりが先立つ。

 きっとこれは悪い兆候だ。

 

 

 ひたすらに複数の触手で攻撃を加え続けるイミテナに対し、その一つ一つを受け流して僅かな打撃を与え続ける男。

 やがてイミテナには疲弊の色が見え始めたところで状況に変化が訪れる。

 

 触手による猛攻が緩まってきたところを好機と見たのか、男は飛び回っていた小型の端末を集め、大剣のような形へと変化させる。

 もし、このような状況でなければ相当に興奮する程に格好が良いのだが、やられる側としては喜んでなどいられない。

 

 

 大剣となった端末は青く光るエネルギー状の刃を纏い、低い唸りと共に男の手に収まる。

 男がイルミナに対して攻勢 赤く血に飢えていた触手達は青い刃に触れた途端に水蒸気と共に焼けていく。鋒に触れるごとに触手の数は減じていき、触手の焼ける音と共にイミテナが小さな悲鳴を漏らし顔を歪ませる。へと転じたのは大剣を握った一瞬後の事だ。

 

 鬼に金棒とは言うものの、まさかここまでとは思っても見なかった。

 次々と青き刃によって触手が切り落とされていく中で、イミテナは顔を歪ませつつも愛おしそうに笑っているのがやけに印象に残った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

08.全てを呑み込む赤崩

 状況にそぐわない笑みを浮かべるイルミナ。圧倒的に不利だと言うのにその余裕はどこから来るというのか。

 

「一度弾けると面倒なのだけれども、大切な食事を守る為に使ってあげちゃう! 食は何よりも大切だもの!」

 

 イミテナが大声で叫ぶ。その口角は大きくつり上がっており、僕には一体何を考えているのか想像など出来ようもない。

 

 男の返事はイミテナに青き刃を振るうことだった。

 彼女は今まですんでのところで避けていた致死の攻撃を避けることも無く受ける。大剣はイミテナへと叩きつけられ、大きな音を出すことも無くイミテナの上半身と下半身を両断してみせる。

 血飛沫すら上がらないとは、それほどまでにエネルギーの刃は高熱であることを思わせる。

 

 そして、弾かれるように舞い上がったイミテナの上半身はドロリと溶ける様に、否、赤い液体となり、残された下半身を呑み込むとその量がより増える。

 それの赤いスライムは血か肉かで構成されている。ああ、これは間違いなく化け物だ。

 

 これが、これこそが魔女であり、イミテナを魔女たらしめるものなのだと理解した。

 僕はそう理解せざるをえなかった。

 

「魔女め……」

 

 男は忌々しげな声を漏らし、腰のアタッチメントを取り外し腕へと取り付ける。取り付けられた機器は "STANDBY READY..." と無機質な音声を発する。

 男はそこから慣れた手つきで大剣から青いチップを取り出し、アタッチメントへとはめ込む。僅かな隙はあったが即座にアタッチメントが盾のように変形し、紙一重の所で飛びかかる赤の液体を防いで見せた。

 

 赤の液体は盾に触れた瞬間に激しく焼けるような音と共に蒸発、発火、灰化の一途を辿る。

 だが、赤の液体は動けば動くほどに体積を増していく。あっという間に公園の半分を覆い尽くしてしまう勢いだ。

 男の装備した盾と大剣に構わず飛びかかるのは、減る量よりも増える量が多いのだから些細な事など気にする必要も無いということか。

 

「これこそが空腹の魔女の奥の手か……!」

 

 男は赤い液体を振り払いつつも苦しげに呟いた。

 そんなことを知ってか知らずか赤い液体は周囲のものを巻き込み一層勢いを増していく。

 

 両者の戦いに思わず見入っていた僕も、ここでようやく戦い以外のことに思考を割く。

 

 今更になって逃げなくてはと思い始めたが言い訳ならいくらでもできる。

 先程までは逃げても追いつかれる心配があった故にあまり動けなかったとも考えることもできる。液体となったイミテナに手一杯な今なら、僕でも逃げおおせることが可能なのかもしれないということだ。

 

 やはり、自分で自分に言い訳をするのは良い気持ちでないことは確かだ。

 

 僕は勢いを増していく攻防を尻目に、今いる公園から急いで離れることにした。

 

 

 

 先程の場所からは安全を考え、5分ほど走った場所へと移動した。

 

 それよりもおかしな事として街には人が居らず、静まり返っているのが奇妙だ。まだ朝のラッシュを過ぎた程度で人っ子一人すら見かけないのは異常であるとしか言いようがない。

 

 ひとまず、人がいないことをいいことにこの第三水上都市のランドマークである桜海タワーに入場料金無しで侵入させてもらう。

 エレベーターを呼び出そうとしたが、電力が通っていない為かエレベーターは呼び出しには応じてくれない。エレベーターのボタンを幾ら押しても点灯することはない。

 

 どうしても戦いの様子を見たいと考える僕は痺れを切らし、階段である程度上に登ることにする。

 

 流石に全50階もある桜海タワーを登りきることは今のこの身体ではスタミナ的に厳しいだろうが、せめて戦闘の傷跡が見える程度の高さには向かいたい。

 ここまで走って来たこともあり、5階から6階の昇り階段の時点で大きく息を切らしつつも逃げてきた方向を見るがまだ戦闘の様子は見えない。しかし、外からは断続的になにかが崩れるような轟音が聞こえることから未だに戦いは続いているということは確かだ。

 

 やがて、15階に登り着いたことによって現在進行形で広がっていく被害を目の当たりにすることになる。

 

 

 赤い蠢くナニカによって建物がなぎ倒され、飲み込まれていく。こうして文字にしてみるだけでも恐ろしいものだ。

 アレが間違いなく飽食のイミテナだろう。

 触れたものを呑み込んでいくその姿は正しく飽食だ。

 

 赤が一方向に動いている様子から、恐らく動いていく方向に男がいるのかもしれない。

 それにしても、あのまま近くで眺めていれば間違いなく赤の一部と化していたことは間違いない。

 

 広がる戦いの痕はより高層階になることでより分かりやすくなっていく。何よりも驚くべきことはその何処にも人らしい人が存在していないことだ。車道には乗り捨てられたかのように人の乗っていない車が無数に立ち往生している様子は、まるで唐突に人が消えてしまったことを思わせる。

 

 戦いの一部が見えた僕は、急ぐことを止めてゆっくりと階段を昇っていくことにする。

 残念ながら今の僕にはどこかに隠れることしか出来ない。

 

 あらゆるものを薙ぎ倒して進む赤い液体。

 せめてここまで来ないことを祈りたいところだ。




いい加減に非日常描写にはそろそろ歯止めをかけたいところ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

09.黒は誘われ

 誰一人として人の存在しない、まるで時が止まったかのような世界。やっとの思いで展望デッキへと辿り着いた僕はベンチに腰掛け、ふうと息をついた。

 

 桜海タワーの展望デッキは桜海海上学園都市を含めて、第三海上都市のほぼ全域を見渡すことの出来る高さを備えている。

 そこからなら赤の暴力が街を飲み込み破壊を行う様をよく見ることが出来た。

 

 人が居ないというのは人死の心配がなくていい事なのだが、もしこの人がいないという状態が解除されて今の状態の場所に人が戻ってきたとするならどうなるだろうか。

 そんなことになれば何百、何千。いや、何万人もの死者を出すことにも繋がりかねない。

 

 実証ありきの推測は終わりを見せず、現実から逃げるようにして思考を巡らせる。

 

「名も知らぬ魔女、そのような心配はない」

 

 魔女?

 僕の事を指しているのだろうか。

 

 僕への声掛けと共に姿を現したのはやや色素の薄い少女。だが、呼びかけの声は彼女のものでは無い事は確かだ。

 なにか別の場所から呼びかけられている。

 

「……君は? いや、あなた達は?」

「私達はWitch's Disaster Librant(災いの図書館) Defendency Inspectioner team(を護りし司書達)の識別名称A15(エージェント・ワン・ファイブ)

 

 薄い栗毛の少女が抑揚のない声で答える。

 そして少女の言葉が終わるのに合わせて別の場所からややノイズが掛かった女の声が聞こえた。

 

「略して、WDLDI(ワドルディ)所属のオペレーターだ」

 

 随分とざっくりとした説明のように感じるが、部外者に対しての自己紹介としては多い方なのだろう。

 

「それって、あの男の所属する組織ですか?」

 

 そう言い、僕は未だにイミテナが破壊活動を続ける街を見る。

 

「男か。残念ながら私には男性エージェントの知り合いは居ない」

 

 女のなんだか肩をすくめる様が想像できた。

 

「6、恐らく例の男かと」

 

 A15の指摘にオペレーターと名乗る女が納得した声を漏らす。

 

「ああ、なるほど。あれは私達とは敵対組織だ。奴らは魔女の掃討を目指しているからな。魔女とは古来から人類に災いを齎すが彼女達も意志を持つ者だ」

「私達は魔女の保護活動を行っている。つまり、貴女を保護しに来た」

 

 保護……。

 

「警戒してるな。無理もないか」

 

 保護という言葉を聞いて安心しない訳では無い。でも、これまでに魔女関連の事柄でろくな事がなったからか、不安や警戒が安心を上回ってしまい身構えてしまう。

 助けて貰っているとはいえイミテナも敵であるという認識に変化はない。今の僕には信用出来る人物がいないというのも大きいのだろう。

 

「魔女になってしまった今、君は日常を送ることは難しい。この提案を受け入れた方が君にとっても都合が良いはずだ。どうせ、どこにも行く場所がないのだろう?」

 

 女性は尤もらしいことを言う。

 正しいのだと分かるのだが、いずれにせよこの女性の性格が悪いことはわかる。多分、友達が少ないタイプだ。

 

「6、保護対象に優しく接触しろと言ったのをお忘れですか?」

「ん? ああ、そんな事もあったな」

 

 A15と名乗る少女に言動を咎められるがあまり気にしていないと言った様子で女は話す。

 

「まあ、メリットやデメリットの一つや二つ挙げておかなければ検討するにも値しないだろうな」

「6、それを最初からしろといつも」

「15、任務中に無駄な私語は慎むように」

「それを言うなら6もです」

 

 痴話喧嘩のように言い合う目の前の少女と女。なんだか一概に悪い人だと断ずる事もできなさそうだ。

 やいのやいのと言い合う二人の様子を見ていればなんだかバカらしく感じる。

 

「……少しなら、考えてみてもいいかな」

「……! そうですか、それならすぐに安全な場所まで案内します」

 

 少女が嬉しそうに僕の方に近寄ってくる。警戒心がないという訳じゃないが、あまり異性に近づくといった経験はあまりないのでなんだか気まずいというかなんというか。

 イミテナには悪いが、僕もすぐに殺されたい訳じゃない。逃げ道くらい確保しておいても罰は当たらない筈だ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10.無垢なる白は黒きを払って

クソ遅更新マンの登場である。
せめて最低ラインとしてクリスマスまでは毎日更新を続ける所存。
どこまでいけるかな!!!


 僕は少女と謎の声に導かれ、地下奥深くの謎の施設へと向かっている。どうやらこの施設は、僕が思っている以上に重要な場所らしい。

 そうでなければ、こんなにも厳重な警備をされているはずがないからだ。

 

「緊張してる?」

「……え、いや。そんな、してないよ?」

 

 僕の顔を覗き込むようにして聞いてきた彼女に慌てて答える。

 彼女は少しだけ呆れたような表情で苦笑すると、再び前を向いて歩き出した。

 その背中を見つめながら、ふと思う。彼女の名は何と言うのだろうか。

 分かるはずもない疑問に思考を巡らせながらもより深く奥底へと歩く。。

 

"A15"(フィフティーン)、これよりブラーゾーンだ"

 

 先程と同じノイズ混じりの女の声が周囲に響くように聞こえてきた。

 

「了解。固定化時間2067、これより第2層へ移動します」

 

 A15と呼ばれた彼女が返事をした直後、目の前に大きな扉が現れる。

 その先には、また同じような長い廊下が続いていた。

ここも薄暗くてよく見えないけれど、壁には何かしらの文字のような物が彫られているように見える。

 それらには規則性がありそうなのだが、少なくとも僕が知っているような言語ではない。ただ1つ分かったことは、それが日本語でもなく英語でもないということだ。

 そして、それは今更気にするようなことじゃない。

 非常識に非常識を重ねて僕はここにいる。なら、もう何を見ても驚くことはないだろうと思っていた矢先だった。

 大きな音を立てて扉が開かれる。

 中から現れたのは、僕が見たこともないような銃器などで武装した兵士達だった。

 銃口を突き付けられ、両手を上げるように指示される。

 僕は言われるままにゆっくりと手を上げた。

 

「こちらA15、帰還処理を要請。保護対象にも同様に指示をお願いします」

"了解した。すぐに実行する"

 

 女の声と共に兵士が動き出す。

 そのまま兵士に囲まれるようにして部屋を出ると、そこにはエレベーターらしきものがあった。

 それに乗り込んだ瞬間、地面がひっくり返ったのではないのかと思える程大きく揺れたかと思ったら今度は急な浮遊感を感じ始める。

一体どこへ連れて行かれるというのか……。

 不安を抱えながら到着した先は、やはり見知らぬ広い空間だった。

周囲は全て壁に覆われていて窓はない。照明器具などは一切なく、唯一天井にある蛍光灯だけが光を放っていた。

まるでどこかの地下施設のようだと思いつつ、その考えはすぐに否定されることになる。

 なぜなら、そこには無数の棺桶があったのだ。

それも、全て人間が入っているようで中には小さな子供もいるようだった。……なんだこれは? 理解できない状況の中、僕は更に困惑することになる。

 なんとその棺桶達が開き始めたからだ。

 1つ1つがゆっくりと蓋を開いていき、やがて全ての棺桶が開かれた時、ようやく理解できた。

 中に居たのは、幼い子供達だという事を……。

 どうしてこんな所に子供が居るんだろうと思いつつも、今はそんなことを聞けるような雰囲気ではなさそうだ。

 皆一様に虚ろな目をしながら、僕達の姿をじっと見つめているだけだったからだ。

 異様な光景に息を飲む僕の横でA15が敵じゃないから安心してと言った。そして子供達が集まってくるのと同時に僕に随伴していた兵士達は逃げるように部屋を退室していく。残されたのは子供達を除いて彼女と僕だけだ。

 彼女は集まってきた子供達を軽く撫でると僕に向かって言う。

 

「彼らは神の落し子。魔女となった者たちを救える存在」

「えっと、どういう事?」

 

 突然の事に思わず聞き返す。すると彼女は少し困ったような表情を浮かべたあとに言った。

 

「ごめんなさい、私にもまだ分からないことが多い。でも彼らは魔女として蝕まれた魂を人間へと戻してくれる」

 

そう言って微笑む彼女の言葉の意味を理解する前に、僕達は1人の少年によって遮られることになる。

 それは最初に彼女に声をかけていた男の子だ。彼は僕達の方を見るなり近づいてきてA15の腕を掴む。

 

「お姉ちゃん、その子だれ?」

 

 見た目通りの子供らしい無邪気さで質問してくる彼に、彼女は優しく笑いかけると頭を撫でる。

 

「ほら、まずは挨拶してあげて」

「僕はアベル! 君は?」

「あ、うん。僕は紅葉だよ……」

 

 僕の名前を聞いた途端、彼は嬉しそうな顔になる。しかし次の瞬間には申し訳なさそうな顔をして頭を下げてきた。

 

「あのね、僕達のせいでこんな所に連れてきちゃってゴメンなさい!」

 

 アベルの言葉を聞いてか、他の子供達も次々に僕達に拙い謝罪の言葉を投げかけてくる。その姿を見ていると、何とも言えない感情が湧いて出てきた。

 だからだろうか。つい彼等のことを抱きしめてしまう。驚いたように体を震わせる彼らだったが、次第に力を抜いていく。気が付けば全員が僕の体に手を回して抱きついて来ていた。……しばらくそうしているうちに落ち着いて来たのか、それぞれが離れていく。

 

"よし、こちらでA15並びに保護対象の魔蝕値が正常値を下回ったのを確認した。退出許可が下りている"

 

 再び女の声が聞こえてきた。

 A15は背の小さい小さい彼らに礼を言うと、僕の手を取って歩き出す。

 その時、後ろの方から声をかけられた。

 

「また会おうね!!」

 

 振り向けば、そこには満面の笑みを浮かべる子供達の姿がある。

 僕は何も言えずにただ連れて行かれるだけであった。




もし更新が滞っているのを見たら感想とか評価でぶん殴って下さい!(唐突な乞食)
そうじゃない時でもぶん殴ってね!!

完結させられない小説を書いてていつも思うことなんですけど、一つでも感想とか評価があるだけでモチベにもプレッシャーにもなるのヤバイですね☆
投稿者一人に与える貴方一人の力は強大なのよ……、だから私だけに関わらず有効に使いなさい……。
その評価や一言だけで作者は歓喜したり死んだり恐怖したり……、もうはちゃめちゃなんだから。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11.黒きは払えど塗り替えるに能わず

感想・評価ありがとうございます。無事にやられました。
特に感想とかは作者に確定クリティカルです。
人の書いた文章というものには感情が宿っているのですぐ良く効く。


 部屋の外に出ると先ほども見たかのような兵士がおり、何か探知機のような器具を持っている。A15(フィフティーン)はそれを見ると両手を横に伸ばし、そのまま何も言わずに素直に全身をくまなく検査を受けていた。なんというか、金属探知機のそれみたいな感じだ。

 それから僕も同様の検査を行い、ようやく解放される。

 兵士に連れられて、長い廊下を歩いて行くと大きな扉の前に着いた。

 そこで兵士とは別れることになる。

 どうやらここは居住スペースのようで、いくつかの個室に分かれているようだ。僕はその中の1つの部屋に通された。

 そこは普通の部屋らしく、特に変わった様子もない。

 テーブルと椅子、ベッドに洗面台などがあった。

 とりあえずはここで待機するように言われ、部屋の中に兵士が入って来ると部屋のいろいろな箇所に鍵をかけて去っていった。

 まるで捕虜か囚人のような扱いだ。なんとも思わないといえば嘘にはなるが、僕の今日起こった出来事を思えば警戒しても当然だろう。

 なんというか、本当に色々なことがあった一日だったと思う。そんなことを考えながら窓の外を見つめていると、不意に誰かの視線を感じた。

 ……気のせいだろうか。

 僕はベッドに倒れ込んで小さくなってしまった自分の手をまじまじと見る。元々背も低く、ちんちくりんだなんだと言われていた僕だが、まさか余計に小さくなってしまうなどとは思いもしなかった。しかも女の子になってしまったわけだし……一体これからどうすればいいのか。

 考えれば考える程に憂鬱になってくる。

 もうこのまま寝てもいいんじゃないかと思った時だった。

 ノックもなくドアが開かれる。

 

「……!?」

 

 驚きつつも慌てて飛び起きると、そこに立っていたのはA15であった。

 彼女は入ってくるなり僕の方をじっと見つめてくる。

 

「な、なに?」

「心細くないかな、と」

「う、うん。大丈夫だよ」

「なら良かった」

 

 そう言うと彼女は持っていたトレーを机の上に置く。

 見るとそこには食事が載っていた。

 

「……ありがとう」

 

 正直食欲はなかったが、食べないと怪しまれるかもしれないと思い口にする。しかしやはり味はしない。

 なんとも言えない気分になりながらもなんとか全てを食べ終えると、食器を持ってA15が立ち上がった。

 

「しばらくしたら部屋を出る許可が下りると思う。それまでゆっくり休んで」

 

 そう言い残して彼女は部屋を出ていった。

 その後、しばらくしてからA15の言った通り兵士がやってきて「カードキーで行ける場所への侵入許可だ」と僕にカードキーを渡して去っていった。どうやらこれがこの施設内を出入りするためのものらしい。

 そして僕は改めて自分が今居る場所を確認する。

 それはどこかの地下施設のようだった。

 天井は高く、床は大理石のようにツルツルしており、壁も同じ材質で出来ているようだ。

 全体的に薄暗く、等間隔に灯されている照明のおかげで辛うじて周囲が見える。

 僕はひとまず与えられた自室から出て、通路へと出た。左右を見てみるが誰もいないようだ。

 そのまま歩くとエレベーターホールが見えてきた。よく見れば階段もあるのだが、さすがにそこを使う気にはなれなかったのでエレベーターに乗り込む。すると自動的に上階へ運ばれていった。やがて到着した場所は地下よりも明るい空間である。しかし何より目を引くのはその広さだ。

 まず視界に入ったのは大きなガラス張りの壁で、そこから見える光景はとてもじゃないが地上ではないだろうということが分かる。

 恐らくはここから外の様子が見られるようになっているのではないだろうか? それにしても、これだけの広さを誇る施設となるとかなり大規模な物になるはずだ。

 少なくともここがどこなのか知りたいところではあるが、迂闊に歩き回るのも危険だろう。

そんな風に考えていると、背後から声を掛けられた。

 

「……貴女が紅葉ちゃん?」

 

 驚いて振り返ってみれば、そこにはスーツ姿の女性が立っている。

 髪は短めで眼鏡を掛けており、一見すると地味な印象を受けるが、整った顔立ちをしている美人と言える女性だ。

 その姿を見て、少しだけ安心感が湧いてきた。

 

「すごく小さいね……、15(ワンファイブ)が世話を焼きたがるわけだ」

 

 僕を撫でながら女性は小さく笑うとそう呟いた。

 15と言うことはあのA15のことだろう。彼女と知り合いのようだ。

 

「あ、えっと……」

 

 何と言って良いか分からず戸惑っていると、彼女が名乗った。

 

「ごめんねー? 私は桜」

「よろしくお願いします。僕は紅葉です。山桐紅葉」

「はい、よろしくね」

 

 僕たちは軽く挨拶を交わすと、お互いの自己紹介をする。

 桜さんはこの研究所の職員であり、元々は研究員をしていたそうだ。現在は魔女の研究を行っており、その中でも僕は特に興味があるらしい。

 

「私達の組織は色々と問題もあって表立って活動出来ないからこうして地下に潜んでいるんですけど……。でも今回の件に関してはお手柄ですよ。まさかここまでの成果を出してくれるなんて」

 

 どうやら彼女は僕のことを評価してくれているようだ。しかしそんなことを聞かされても困ってしまう。

そもそも僕はどうしてこんなことになっているのか分からないのだ。

 

「あの……、僕がこうなった原因とか分かりませんか?」

「詳しいメカニズムなどは解明できてないのでなんとも言えないんだよね。それに、紅葉ちゃんが元に戻ったら研究がまた一歩後退しちゃうからなぁー」

「そ、そんな」

「まあまあ、落ち込まないで下さい。なにも身体を開くつもりはありませんし」

「……はい」

 

 どうやら彼女は僕の体に興味津々のようだ。いや、技術者的なジョークのつもりだろうか。……やっぱり僕はこのままなのだろうか。

 

「さて、時間はもう夜の7時かな。夜も遅いし子供は早く部屋に戻って休むと良いぞー?」

「はい」

「じゃあ、お姉さんが部屋まで連れて行ってあげるぞ。こんな施設とは言え男の多い場所で女児を一人になんてできないからね」「……ありがとうございます」

 

 そう言って彼女は僕の手を引いて歩き出した。

 その時、ふと彼女の足が止まる。

 

「……?」

 

 不思議に思って見上げてみると、彼女はどこかをじっと見つめていた。

 一体何を見ているのかと思って視線を追うと、そこに居たのはA15の姿だった。

 

「やっほ、15(いちご)ちゃん」

「その名前で呼ぶのはやめて下さい。私はA15と言う名前です」

「そんな事務的にいくより愛称とかあった方が可愛げがあるだろ?」「……」

「睨むないでよー、冗談だってば」

 

 どうやら二人は仲が良いらしく、軽口を叩き合っている。

 

「それでは、失礼します」

 

 それだけ言い、僕らのもとを去っていく。

 去り際に一瞬だけ見えたのだが、チラリと僕の方を見てどこか安心した顔をしていたのが印象的だった。




エタ期間に頂いていた感想によって強迫観念持って書きました。
貴方は偉大だ。
お気に入り並びにしおりに関しても作者のモチベーションとなっております。数字となって評価されるのは恐ろしくもあり、有難いものでもありますね。

頂いた感想には余裕ができたら全て返信させていただきます。
感想への返信は推敲しすぎて一つにつき30分以上かかることもあるので今はちょっと難しそう。でも近いうちにさせていただきます。
ある程度いい加減に書き置きのできる前書きや後書きと違って取り返しがつがないのでどうしよう、どうしよう!となってしまいます。
というわけで返信の方はしばしお待ちを。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12.黒は何色か

タイトルが哲学的すぎる


 僕は白い部屋で目が覚める。広さは大体六畳くらいだろうか? 周囲には何もなく、ただベッドだけが置いてある。

 昨日のことを思い出そうとするが、頭がぼんやりとして上手く思考がまとまらない。

 しばらくボーッとしていると扉が開き、A15(フィフティーン)が入ってきた。

 

「おはよう、紅葉。調子はどう?」

「うん、大丈夫だよ」

「良かった。なら早速だけど、朝食を食べたら検査を始めるからそこのスイッチを押して知らせてくれる?」

 

 そう言うと、彼女は出て行ってしまった。

 僕は言われた通りボタンを押す。するとブザー音が鳴り響き、暫くして部屋のドアが開いた。

 現れたのは昨日僕が見たような兵士だったがそこまで重武装はしておらず最低限の装備と言った感じだ。彼は持っていたトレイの上に食事を載せており、それをテーブルの上に置くと再び退室していく。そして入れ替わりにA15が入ってくる。

 彼女は僕のそばに座ると、食事をする僕の様子をジッと眺め始めた。

 正直少し食べづらいのだが黙っておくことにする。

 ……僕のことが気になって様子を見にきてしまったのだろうか。

 やがて全て平らげると食器類を兵士がやって来て片付けていく。

 その後、部屋でいくつかの質問を受け、それから様々な検査を受けることになった。

 最初は身体的な物から始まり、次に精神面についてだ。

 僕の経緯とか、元々は学園都市に通う男子高校生だったとか。白衣を着た職員は眉を潜めて僕の話を聞いていたが、半信半疑といった形だった。でも最終的に魔女という超常的な存在があるからなぁと簡単に信じていた。こうして日常的に変なものと接していたら僕も簡単に信じちゃうようになりそうだ。

 他にも簡単な知能テストや性格診断のようなものもやった。それらが終わると簡素な服に着替えて今度は能力測定だ。

 ここでは色々な機械を使って僕の持つ力を測定するらしい。

 まず最初に魔力量を測定した。

 ちなみに研究員によれば人というのは少なくとも魔力を持っており、その多寡に関わることなく魔女化する傾向にあるとのこと。なので魔力量が多い=魔女化しやすいというわけではないらしい。そこはまた別に魔女化する条件というものがあるらしいが詳しくは分かっていないのだそう。

 また、魔女化する条件が整った状態の人間は魔力がどんどんと増えていく傾向にあるのだが、元々の魔力量から有に12倍程度まで増加すると魔女化並びに精神が崩壊するそうだ。僕の場合は魔力量は平均よりもやや上程度でしかないらしい。

 続いて身体能力を測定した。これは先ほどと同様に身体を動かすことで計測しているようだ。

 ただ、こちらはどちらかと言うと体力の方を見るようだ。

 僕は軽く走ってみたり、跳んでみたりと様々なことを試された。その結果だが、一般的な高校生程度の体力があることが分かった。まあ、見た目年齢と比べればかなり高いらしいが……。見た目的にはすごく小さいのだが、これを受け入れるのには時間がかかりそうだ。

 

「あの、魔女っていうからには魔法とかって使えないんですか? あの火の玉を間から生み出して飛ばしたりとか」

 

 僕の質問に研究員が君はロマンチストだなあとお腹を抱えて笑う。

 

「残念ながら魔力というもので物理法則を覆す事なんて出来ないんだ。私達も色々と調べてるんだけど、これが現状の見解だね」

「そんな……」

 

 僕はガックリと肩を落とす。せっかく魔力なんて特殊な力を得たのだから色々と期待するのは当然だろうに。

 そんな僕の様子がおかしかったのかA15も顔が綻んでいる。なんだか釈然としないが、まあいいかと思い直す。

 

「さて、次はいよいよ君の力を見せて貰おうかな」

 

A15がそう言うと、研究員達は機器の準備を始め、僕はA15に連れられて広い部屋へと移動する。

 そこはドーム状の天井になっており、壁際にはガラス張りのケースがあり中には何かが液体に浸けられている。

 

「ここが紅葉の力を調べる場所よ」

「……何かの培養カプセル?」

 

 僕の言葉にまた研究員の一人がゲームじゃないんだからさと吹き出す。先ほど魔法を使いたいと言って笑った研究員と同じ男だ。顔は覚えたからな。

 

「ここは君の中にある因子を調べているところだよ」

「僕の中?」

 

 僕自身にはなんの事なのか分からない。そもそもなぜ自分がこんな所にいるのかすらよく分からなくなってきている。なんでも非日常過ぎるのがいけない。

 そんな僕の様子にA15が補足してくれる。

 

「簡単に言えばあなたの中にはもう一つの魂が入っている。それも普通の人間ではない存在のね」

「もう一人の僕……」

 

 つまりそれは僕の中にもう一人いるということなのだろうか。

 するといきなり後ろから抱きしめられて耳元で囁かれる。

 

「魔女は魔力を溜め込むと別人になるんだ」

「ひゃうっ!」

 

 僕は驚いて変な声を出してしまう。振り返るとそこに居たのは昨日出会った桜さんだった。そう言えば彼女は研究員って言っていたような覚えがある。

 

「驚かせてごめんよ。でもこうしないと話せないから」

「そ、そうなんですか?」

「うんうん、紅葉ちゃんはいい子だねえ」

 

 彼女はそう言いながら頭を撫でてくる。その手つきはまるで猫を相手にしているかのように優しいものだ。対してA15はそんな彼女への目は厳しいものだった。

 

「それは桜が紅葉を触りたいだけに見えるのですけど」

「おっと15にはお見通しだねー。失礼、つい癖で。それじゃあ早速だけど始めるとするかい」

 

 そう言って桜さんは僕から離れていく。

 そして僕を液体が抜き出されたカプセルへと寝そべる。検査拒否が出来るならしたいところだが、そんな事をできる立場でもないだろうしとても不安だ。

 そして研究員が僕の身体中に何かの線を貼り付けるとそのままカプセルから離れていく。

 僕がカプセルに入ってからこれまでA15は僕の手をずっと握っていたがそろそろカプセルを締める頃合いなのか名残惜しそうに手を離した。

 

「それではこれより検査を開始します」

 

 研究員の声とともに、カプセルが閉じてやや粘性のある液体が満ち満ちていく。

 

「大丈夫、怖くないから」

 

 A15はカプセルを覗き込むようにして僕に向かって優しく微笑む。そして僕の存在を確かめるかのように僕を見つめ直す。

 やがて完全に液体が満たされたのを確認すると、研究員がスイッチを押してカプセルのカバーが閉まる。

 真っ暗になった空間の中で、僕は静かに目を閉じた。

 

『…………』

 

 暗闇の中、僕の意識の奥底から誰かの声が聞こえる。その声はどこか遠くから聞こえてくるようで、すぐそばからのようにも感じられる不思議な感覚。

 僕は何も言わず、ただ黙って彼女の言葉を聞くことにした。

 

『……』

 

 再び沈黙が訪れる。しかし、先ほどのものとは明らかに違う雰囲気。それは静寂というよりも停滞と言った方が正しいように思えた。しばらく時間が経った後、再び彼女が口を開く。

 

『君は何を望む?』

「僕は……」

 

 僕の望みは決まっている。だが、それを口にすることは出来ない。

なぜならば、それがこの世界での禁忌に当たるからだ。

 もし僕が望むことを口にしてしまえば世界そのものが変わってしまうかもしれない。そう思えた。

 僕はそれに怯えて、言葉を紡ぐことが出来ない。

 

『君が何を思っていても構わない』

「え?」

『私はどんな時も君の味方だ。だから恐れずに口にすれば良い。私も共に歩もう。たとえ何があっても、だ』

 

 彼女はそれだけを言うと、僕の視界は再び闇に包まれた。




長きにお休みしてた分、土曜はちょっと奮発してみます。多く読めてラッキー程度にお考えいただけるといいかもしれません。
朝ぐらいから投稿します。

それにしてもクリスマスとかそういった季節モノの話って需要あるかな……。ついでにという事で明日くらいになったら次話からクリスマスまでの期間でアンケート出してみます。よければ回答頂ければ幸いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13.色彩のない部屋に黒

土曜爆撃第一弾。
次は昼頃に。


 規則的な電子音が僕の耳を刺激する。

 なんだか身体が怠く、腹部に重みを感じた。

 僕は目をゆっくりと開き身体を起こそうとして重みの正体に気が付いた。

 

「……んぅ」

 

 A15(フィフティーン)が僕のお腹に頭を乗せて肩を上下させている。椅子に座ったまま僕のお腹に頭を乗せているので後で腰とか痛めたら大変そうだなとか思った。

 それにしても、あの黒い空間で聞いたものは何だったのだろう。研究員の話を総合して考えるならあれこそがもう一人の僕であるという話になるのだが。

 お腹に頭を乗せられたままでは起き上がってはスヤスヤと寝ている彼女が可哀想なので僕はそのままにしておいてあげることにした。ベッドから部屋を見渡し、いつもの部屋だという事を把握する。

 医療器具が運び込まれているという違うところがあるがそれは些細なものだろう。

 

 それにしても"いつもの部屋"だなんて、まだ二日もここに滞在していないというのに順応というのは恐ろしいものである。暇を持て余した僕はお腹の上で静かに寝息を立てるA15の頭を触ってみる。

 髪の毛はとてもサラサラで何というか上等な糸を触っているかのように思えた。そして彼女の頬へと手を滑らせて肌の感触を確かめる。それは上等なシルクのようでもちもちとした質感はまるで指に吸い付いてくるかのようだ。

 女の子ってこんなに触っていて気持ちがいいものなんだとその感触を堪能していると、扉が開いて誰かが部屋に入って来た。僕は驚きに驚きを重ねてすぐに手を引っ込めて嫌な汗を出した。

 

「おっと、邪魔したかい?」

 

 桜さんがニヤニヤとした顔で僕を見る。そしてその声を聞いてA15が目を覚ます。

 僕は顔が熱くなって二人から顔を背けた。

 

「……おはようございます」

「……うん、おはよう紅葉」

「やあ、お二人とも仲睦まじいことで」

 

 そう言って彼女はA15の隣に椅子を持って来て座る。

 A15は肘で桜を小突く。

 

「それで、何か分かったんですか?」

「ん?ああ、紅葉ちゃんの事かい」

「はい、僕がどうなったのか」

 

 そう聞くと、桜さんは腕を組んで考え込んだ様子を見せる。

 そして少しの間を開けてから答えてくれた。

 

「結論だけ言うなら、分からない、かなー。少なくとも今の段階ではなんにもわからない。でも君が魔女になっている確証は得られたし、通常の魔女と同じく一定の魔蝕値までは人としての人格を維持していられる事が可能である事も分かった」

「つまり?」

「君は何もなければ人間のままだってことさ」

「よかった」

 

 ほっとする僕を見て桜さんは笑顔を浮かべる。

 A15は僕の様子を見て安堵した様子だった。そして思い詰めたように続ける。

 

「ところで、検査の最初で話していた。紅葉が元々男だったという話。信じる事が出来ずにいるの」

 

 A15はそのような創作の話のような出来事を信じられずにいるのだろう。性転換なんて僕も信じたくないのだけど、現実としてこうなっている以上は受け入れざるを得ない。

 それに僕のことを女の子だと思って接して来てくれていたのだ。僕自身も騙すつもりは無かったが、結果として騙してしまっていたのは事実。だからこそきちんと説明をするべきだと思った。

 

「それは……」

 

 意を決して僕が口を開こうとするがそれを桜さんが遮る。

 

15(ワンファイブ)、こちらも第三海上都市のデータベースにアクセスしたが実在する人物だ。そして彼が失踪した日に君がここに連れて来た」

「……符合は取れている」

「今の紅葉ちゃんは正真正銘の女の子だ。その身体は間違いなくね。魔女故に普通の人間のそれとは違うけど」

「……」

 

 タイミングが悪かったのには思うところがあるけれど、桜さんの説明はありがたかった。恐らく僕が説明したのであればA15は余計に懐疑的になったことだろう。

 

「紅葉ちゃん」

 

 戯けたような声色ではなく、神妙な面持ちに合った声で桜さんが僕に問いかける。

 

「魔女となった君はもう普通の生活には戻れない。これから先ずっとね。だからこそここでしっかりとした生活を送れるようにならないと」

 

 桜さんの言った通り、僕の日常は既に崩壊してしまった。僕はもう元の僕ではない。今はただの女の子だ。それもとびきり可愛い女の子。だからと言って何もせずにこの施設で暮らすわけにはいかない。

 これから僕は自分の身の振り方というものを考えなくてはならない。そう、いつまでも他人に迷惑を掛けられないのである。

 

「はい」

「よろしい。んじゃ私はそろそろ行くよ」

 

そう言って桜さんが席を立つ。

A15は再び僕のお腹に頭を乗せて寝込んだ。

 

「それじゃあ後は任せたよ、15」

「どこに行くんですか?」

「ちょっと野暮用があってね。すぐに戻るから気にしないでいいよ」

「分かりました」

 

僕は彼女の言葉に素直にうなずいた。

桜さんは扉の前で振り返って僕を見る。

 

「ま、今日はゆっくりと休んで明日になったらまた元気にお仕事しようか」

 

 それだけを言うと彼女は部屋から出て行った。A15はしばらくそのままだったがやがて起き上がって僕をじっと見る。

 

「……どうする?」

「なにがですか?」

 

 彼女の問いに僕は首を傾げる。

 

「このまま、ここで生活する?」

「それは嫌ですね」

「そう」

 

 僕の答えに満足したのか、それ以上は何も言わなかった。

 

「あの、僕はこれからどうすればいいと思いますか? あの感じだと桜さんは自分で考えろって言ってる感じですし……」

「桜はいつもそうだから」

 

 なんだか不貞腐れたような物言いであった。

 その様子が不思議と面白く感じた僕はとうとう吹き出してしまった。A15はそれを見て怪しむように見る。

 

「ごめんなさい。なんでもないです」

 

そう言って誤魔化すと彼女は再び僕の膝の上に頭を乗っける。

 

「桜は自分で考えるのが好きじゃないだけ」

「そうなんですか?」

「うん」

 

 それからしばらくの間、僕らの間に沈黙が流れる。時計の無い部屋では時間の感覚が無くなってしまう。

 やがて電子音に紛れて規則的な寝息をが聞こえ始める。A15が眠ってしまったようだ。

 

「ありがとうございます」

 

 気がつけば僕はそんな言葉を呟いていた。




西住まいには冬の朝が辛い……。

アンケートの方よろしければご回答よろしくお願いします。
必要そうであれば考えてみるつもりです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14.黒は平穏無事なりて

土曜爆撃第二弾。
次は夜頃に。


「もう一度学校に通うのはどうだい?」

 

 桜さんが僕に向けて言った。

 

「紅葉ちゃんは年齢的にもまだまだ若い。今ならまだやり直す事が出来ると思うんだよね」

「それはそうかもしれませんが……」

 

 正直、僕の心は揺れていた。

 今の僕には男だった頃の記憶があることが何より辛かった。もし戻ったとしても果たして学校生活に溶け込む事ができるのか。

 

「私も出来る限り君の力になる。だから考えてみてくれないかな」

「わかり、ました……」

 

 僕は曖昧に返事をした。

 しかし、結局結論を出すことが出来なかった。

 そして、翌日になる。

 

「おはよう紅葉。よく眠れたかしら?」

 

 A15(フィフティーン)が部屋にやって来てくれた。

 僕はベッドの上で上体を起こして彼女に挨拶をする。

 

「はい。おかげさまでよく寝れました」

「そう、よかった」

 

 昨日とは違い、彼女はとても穏やかな表情をしていた。

 

「今の気分はどう?」

「大丈夫ですよ。身体の方は特に」

「……本当に?」

「はい」

 

 僕は力強く答える。

 それを聞いたA15はとても嬉しそうだった。

 

「紅葉が元気になって良かった」

 

 彼女も安心した様子で笑顔を浮かべる。その笑みはやはり可愛らしく見えた。

 

「それで、今日は何をするんです?」

「私たちには魔女のサンプルが少ないから簡単な検査くらいを」

「あぁ、そういうことですか」

 

 僕は納得して立ち上がる。

 A15が僕に向かって手を差し出す。

 

「ん」

「?」

 

僕は差し出された手に首を傾げた。

 

「手を繋いで行こう」

「えっと、どうしてですか?」

「紅葉は一人だと危ないから」

「僕、そこまで子供じゃありませんよ」

「でも、小さいし。女の子だから」

 

 僕には返せる言葉を持ち合わせていなかった。

 確かに今の僕は小さく、幼い少女の姿だ。一応これでも高校生として生きていたはずなのだが……。

 

「ほら、早く」

 

 A15が急かすように言う。なんというか、彼女の目は期待するかのような目であり、断ると傷つけてしまいそうで僕は渋々彼女の手を取った。

 僕ほどじゃないけど小さな手が僕の手を握る。柔らかく、温かい。

 

「それじゃあ行こう」

 

 A15が部屋の扉を開けて廊下に出る。僕も彼女に連れられて出る。

 すると目の前にいた女性が僕達を見て目を丸くした。

 

「あら、今日はお出かけかしら?」

 

 女性は僕らに近づいて話しかける。

 白衣を着た彼女は研究員の一人らしい。名前は確か……

 

「はい、紅葉の検診です」

「そう。頑張ってね」

 

 彼女はA15に微笑んで通り過ぎていく。A15はその背中に会釈をして前を向く。

 

「いい人ですね」

 

 僕は彼女の横顔を見ながら呟いた。

 

「うん。みんな優しくて」

 

 彼女の目が少しだけ輝く。斜め下から見える彼女はほんの少し口角を上げているのが見える。

 

「そういえば、A15さんはいつからここにいるんですか?」

ふと気になった事を僕は聞いてみた。

「私は……」

「彼女はなんだかんだ訳ありでね。一言でまとめられるようなものじゃないよー」

 

 彼女が答えようとした時、後ろから桜さんが現れた。

 

「桜」

「桜さん……」

「やぁ、紅葉ちゃん。調子はどうだい?」

「はい。問題なく」

 

 僕は桜さんの問いに素直に答えた。

 

「それは良かったよ。ところでA15、そろそろ時間だよ」

「もうそんな時間……、分かった」

 

 彼女は短く返事をすると、握っていた僕の手を離す。

 そのまま歩き出そうとしたので僕は慌てて呼び止める。

 

「A15さん!」

「なに?」

「あの、また明日会いに来てくれますか?」

 

 彼女は一瞬驚いたような顔をしたがすぐに元に戻る。

 

「行く」

「ありがとうございます」

「気にしないで」

 

そう言って今度こそ彼女は歩いて行った。

僕はその姿が見えなくなるまで見送った後、桜さんを見上げる。

 

「桜さん、さっきの話って……」

「ん?あぁ、まぁ気になるだろうねぇ」

 

 彼は僕の頭を撫でながら言った。

 

「でも、今は忘れておくといい。まだ彼女の事を知るには早い」

「……」

「いつか話すよ。だからそれまで待っていて欲しい」

「分かりました」

 

 僕は素直に返事をした。

 それから僕はいくつかの簡単な検査を受け、自由の身となる。

 

「それじゃ、僕はこれで失礼します」 

「あー、ちょっと待った」

 

 僕は検査に使った部屋を後にしようとする。それを桜さんが引き止めた。

 

「はい?」

「悪いね、一つ聞きたいことがあるんだけど、時間いい?」

「何でしょう?」

「……君は魔女になりたいと思うかい?」

「えっ?」

 

 僕は思わず声を上げる。

 

「いや、その、どういう意味で?」

「言葉のままの意味だけど」

 

 彼女の意図についてはよく分からない。だから僕は素直に頭の中で考える。そして思ったままのことを口にする。

 

「僕はなりたくないです」

「なぜ?」

「災害そのものになるだなんて怖いじゃないですか。それに……」

 

 僕は少し言い淀む。しかし、意を決して続きを話す。

 

「もし魔女になってしまったら、二度と家族にも友達にも会えないかもしれない。それが嫌なので」

「なるほどね」

 

 僕が話を終えると、桜さんは納得したように大きくうなずいた。

 

「確かにその通りだ。ごめんよ、変なことを聞いて」

「いえ、大丈夫ですよ」

 

 僕は苦笑いを浮かべる。

 

「それじゃ、お暇させてもらいます」

「あぁ、気をつけて部屋に戻るんだよ」

 

 僕は彼に会釈をしてその場を去った。その後、僕は自室に戻り、ベッドの上に寝転がる。

 天井を見るが特に何かあるわけでもない。ただの白い壁だ。

 

「……」

 

 僕はぼんやりと思考する。

 

『君は魔女になりたいかい?』

 

 先ほどの桜さんの言葉を思い出す。

 

(桜さんはどうして……)

 

 そこで僕の意識は完全に途切れた。

 

「んん」

 

 僕は小さく伸びをする。どのくらい寝ていたのだろうか。

 僕は体を起こして周りを確認する。

 机には食事が置いてあった。誰かが持って来てくれたのだろうか。

 部屋に置いてある時計の針は7時半を指している。夕食にしては少し遅いくらいの時間だった。

 

「……ご飯食べようかな」

 

 僕はのそりのそりと立ち上がり机に向かう。今日の献立はパンにスープにサラダといったシンプルなものだった。僕一人で食べるのに十分な量がある。

 

「いただきます」

 

 僕は両手を合わせて食事を始める。

 冷めたスープを一口飲む。味は薄めだが、素材のうまみがよく出ていた。

 次に僕はパンを手に取る。こちらも冷たく、硬くなっているもののバターを塗ればマシに思えた。

 最後に僕は野菜に手をつける。ドレッシングもかけずにそのまま齧りつくと、シャキシャキとした食感とみずみずしい甘さが口の中に広がった。僕はゆっくりと咀しゃくして飲み込んだ。

 

「ごちそうさまでした」

 

 僕は再び手を合わせた。空になった食器を重ねて入り口にある返却口に置く。

 それから僕はシャワーを浴びて、今日一日を終わらせることにした。

 

 一体僕はこれからどうなるのだろうか。……考えても仕方のないことだけど、せめて今のような状態でも長く続いてくれればいいなと感じながら微睡みに包まれた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15.曖昧な色は黒に染まらず

土曜爆撃最後の段。
これが噂のブースティング行為ですか。


 その日の夜はA15の過去の話が気になり、眠れなかった。我ながらとても失礼な事だと思い、どうにか何も考えないように努めるとどうにか眠りにつく事が出来た。

 

 翌朝になって僕は再び軽い検査を受けに桜さんのもとまで向かう。

 

「おはようございます」

「はい、おはよう」

 

 彼女はいつものように椅子に座っていた。

 

「昨日の話なんですけど」

「あぁ、あれか」

「結局どういうことなんですか?」

「そのままの意味だよー。彼女は君が想像している以上に複雑な事情を抱えているんだよ」

 

 桜さんはそう言って肩をすくめる。

 

「実は私、紅葉ちゃんなら15(ワンファイブ)にいい影響を与えてくれるんじゃないかって期待してるんだよ」

 

 大分お節介な話だけどねと彼女は付け足して言った。

 僕は静かに桜さんの話に耳を傾ける。

 

「それにA15について知りたいとは言うけど、君の突発的な性転換とは違って、考えや経験というのは本人が説明した方がいいだろう?」

 

 桜さんはそう続ける。

 確かにその通りだと僕は思った。

 僕がA15のことを詳しく知ろうとしても、彼女にとっては負担にしかならないかもしれないと桜さんはそう判断しているのだ。

 だから、今は彼女が自分の事を語ってくれるまで待つべきなのかもしれない。

 

 その日の検査を終えて、僕は初めてA15の部屋へと向かう。

 入り口のブザーを鳴らして反応を待つ。しばらくすると返事が来た。

 

「どのようなご用件でしょう」

「あーっと」

 

 A15の事務的な声に僕は一瞬戸惑う。しかし、すぐに気持ちを持ち直して声を出す。

 

「山桐紅葉です。えぇっと、今お時間よろしければ話を聞かせてもらえないかなと思いまして」

「……紅葉から来たんだ。少し待って」

 

 その言葉を最後に、部屋の前は静寂に包まれる。

 僕はその場でじっと立って待機する。しかし一向に扉が開かれる気配はない。

 

(ダメだったかな)

 

 僕は踵を返そうとする。その時、ガチャリと音がした。

 

「どうぞ」

 

 扉が開かれ、僕は部屋に入る。

 相変わらず無機質な空間だと思った。特に手が入ったいない僕の部屋とほぼ変わらず、必要最低限のものしか置かれていない。

 しかし、唯一違う点があった。それは壁に掛けられた大きな鏡の存在だった。

 

「何か用?」

「あ、うん。その、聞きたいことがあるんだ」

「そう」

 

 彼女はベッドの上で体育座りをしながらこちらを見ている。

 僕は彼女の前に座った。

 

「何を聞きたいの」

「とても抽象的なんだけど、君のこと知りたいなって」

「私のことを?」

 

 A15は眉を顰めて下を向く。

 

「うん」

「なぜ」

 

 そこで会話が止まる。

 僕はどう答えればいいのか分からず黙ってしまう。そしてまた、沈黙が訪れる。その時間は数分にも感じられ、数秒にも思えた。

 

「……やっぱりダメだよね。ごめんなさい」

 

 僕は立ち上がり部屋から出ようとする。

 

「待って!」

 

 A15の声が部屋に響く。僕は振り返る。

 

「もう少しだけ……ここに居て欲しい」

 

 彼女は顔を伏せたままそう呟いた。僕は少し考えて、もう一度腰を下ろすことにした。

 A15はゆっくりと顔を上げる。

 

「私は、魔女になるために作られた人形」

 

 彼女はぽつりと話し始めた。

 

「私が気が付いた時には既にこの施設にいた。

 両親は分からない。そもそも、いるかどうかもわからない」

 

 淡々と彼女は語る。

 

「でも、私には感情がなかった。何をしても無関心。ただ、言われた通りに動くだけの機械と同じだった。

 それが変わったのはいつの事か覚えてない。ただ、ある日を境に、私の体に異変が起きた」

 

 そこで、僕はふと疑問に思う。

 彼女の体に起きた変化とは一体どんなものなのか。

 

「体が作り替えられるような感覚がした。その日以来、私の体は変わっていった」

 

 僕はゴクリと唾を飲み込む。

 

「髪が伸びて、胸が大きくなって、声も高くなった。最初は驚いた。でも、それ以上に嬉しかった。ようやく人らしくなれた気がした」

 

 彼女は続ける。

 

「それからはずっと訓練ばかりだった。知識や教養を身に着けるために勉強をした。毎日体を酷使された。それでも、褒めてくれる人は誰もいなかった。

 そんな日々が何年も続いて、私は組織を逃げ出した。もう嫌だって思った。辛かった。だから逃げた。

 逃げて、走って、転んで、傷ついて、血が出て、泥だらけになっても走り続けた。

 そして、桜に拾われた」

 

 そこまで話すと、A15は言葉を切った。

 

「それが、あなたの全て?」

 

 僕が尋ねると彼女はコクンとうなずく。

 

「これが私。紅葉に話せることは全て話した」

 

 彼女はそれだけ言うと口を閉ざす。

 

「ありがとう。話してくれて」

 

 僕はそう言って立ち上がる。A15は黙って俯いた。

 

「最後に一つ聞いてもいい?」

 

 彼女は僕を見上げる。

 

「僕と友達になってくれる?」

「…………」

 

 彼女は何も言わずに僕を見る。

 

「もちろん、強制じゃないよ?無理ならいいんだ。変なことを聞いてごめんね」

 

 僕はそう言い残して部屋を出て自分の部屋に戻ろうとする。

 道中、桜さんと会ったのだが、すれ違い様に僕の肩をポンと叩いた。

 

「よく頑張ったじゃないか」

 

 僕は彼女に頭を下げてからその場を去った。

 

 これからどうするべきか。

 自室に戻った僕は腕を組んで考える。

 まず第一にA15の過去についてだが、正直想像していたよりも重苦しいものだった。彼女が今までどのような人生を送ってきたのか、それを垣間見ることができた。

 しかし、だからと言って僕は彼女とどういう関係になりたいかはまだ決まっていない。

 友人になるにしても彼女にとっては辛い記憶を呼び覚ますこともあり得るだろう。かと言って他人行儀で接するわけにもいかない。

 やはりここは、お互いのことをもっと知ってから決めるべきだと考えた。

 それから前々から聞かれていた一つの問いに対する答えも出た。

 

 もう一度高校に行こう。

 これは僕のエゴなのかもしれないが今の彼女に必要なものはきっと社会性だ。

 幸いにもここが日本領第三海上都市であるなら桜海学園都市だってあるはずだ。僕は明日、A15と一緒に学校に行くと言う事を桜さんに伝えてみることにした。

 

 翌日。

 僕はいつも通り朝七時に起床する。着替えを済ませて入り口の支給口へと向かう。食事は配給されるため準備が要らず少し余裕ができた。配られた食事はトーストにスクランブルエッグという洋風なメニューだ。

 栄養バランス的にはサラダが欲しいところだが、細かいところを気にしていても何にもなるまいと考えないことにした。朝食を食べ終えると食器を返却口に置き部屋の外へと出る。

 廊下に出るとすでにA15が待っていた。

 

「紅葉の顔が見たくて」

 

 彼女は照れくさそうに言った。

 僕は思わず笑ってしまった。まさかこんな可愛いことを言われるとは思わなかったからだ。

 

「任務の前に顔が見れてよかった。それじゃあ」

 

 A15はそう言って歩き出す。

 

「あのさ!」

 

 僕は彼女の背中に声をかける。A15は振り返る。

 

「僕と一緒に学校に行かない?」

 

 僕はそう提案した。

 A15は少しの間考えて聞き返した。

 

「学校?」

「うん」

「どうして?」

 

 もっともな質問である。僕もなんと答えればいいかわからず言葉に詰まる。

 

「君には友達が必要だと思ったんだ」

 

 結局出てきたのはそんな曖昧な返事だった。自分でも何を言っているのかさっぱりわからない。

 

「私には必要ない。紅葉がいてくれたらそれで……」

 

 A15の言葉はそこで止まり、何かを考えるように下を向いてしまう。

 

「ダメかな?」

「……わからない」

 

 何かを考えるようにして戸惑いの表情を僕に向け、彼女は走って逃げ去ってしまった。去り際に「に、任務があるから」と言い訳をしてだ。

 

「やっぱり難しいか」

 

 僕はそう呟いてため息をつく。彼女のことはもう少し時間をかける必要があるのかもしれない。




明日の休日連投は気力とストックの具合で決めます。
2000字という低いハードルなのでゆるくいけそう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16.月が昇りて影の黒を生む

日曜の連続投稿、やってみます。
本日は四話分。次は昼頃。


「へぇ、学校に戻りたいって?」

「はい」

 

 桜さんの問いかけに僕はうなずく。

 

「君の方からそう言ってくれるのは助かるんだけど、別の意図もあるように見えるな」

 

 桜さんの疑問も尤もであり、僕はわざと含みを持たせるように言った。それから僕はA15との会話をかいつまんで説明した。

 

「まぁ、いいんじゃないか? 確かに今の彼女に必要なのはそういったものかもしれないしね」

 

 桜さんは意外とあっさり許可してくれた。

 

「ただ、一つだけ条件がある」

「何でしょう?」

「その件に関しては私に任せてくれないか?」

 

 なんだか悪そうに見える笑みを浮かべた桜さんに僕は小首を傾げる。

 

「なーに、ちょっとしたお節介だよ。まあ紅葉ちゃんにも手伝ってもらうことがあるんだけどね」

「手伝ってもらうこと?」

 

 桜さんはそうだと言って僕に一枚の紙を差し出す。

 

「姓に名……。僕の名前を記入すればいいんですか?」

「いいや。そこには君の新しい名前を書いてもらう」

「それって、新しい人生を生きろってことですか?」

 

 僕はまじまじと渡された紙を見ながら唾を飲み込んだ。

 

「そういった形にはなるかな。今の君をこれまでと同じように山桐紅葉とするには無理がある。なんとなく分かるだろう?」

「はい、それはそうなんですけど……」

 

 僕は躊躇する。予想はしていたが考えているよりも衝撃が大きかった。

 

「君は今までずっと山桐紅葉として生きてきた。だからいきなり別人になれと言われても戸惑うのはわかるよ。だけどね、男である一葦紅葉と同一人物として通すには無理がある。

 魔女という存在を追っている組織はここだけじゃない。だから、ここはあえて違う人物になるんだ」

 

 僕は黙ったまま俯く。

 おそらくだが桜さんは僕の家族については既に把握していることだろう。

 

「大丈夫。きっとうまくいく。私を信じてくれないかな?」

 

 桜さんはそう言うが、不安は拭えない。

 

「わかりました」

 

 だが、ここまで来て引き返すことはできない。僕は覚悟を決めて桜さんから渡されたペンを握る。

 

「ありがとう。それともう一つ」

 

 桜さんは僕の肩に手を置く。

 

A15(フィフティーン)のこともよろしく頼む。彼女は私の大事な娘みたいなものだからね」

「……はい!」

 

 僕は桜さんの目を見てしっかりと答える。

 そして、僕はA15と同じ学校に行くために、新たな人生を歩むための一歩を踏み出した。

 

 

 6月29日月曜日、朝七時。

 僕は気慣れない制服に身を包んで部屋を出て、下のフロアにあるリビングに降りる。

 

「よ、制服には慣れたか?」

「僕はズボンがいいって言ったんですけどね……」

 

 入学先はA15の年齢に合わせて中学校。なんとも言えないがこれも彼女の為だと言い聞かせて納得する。

 僕の隣では同じ制服を着たA15がスカート姿で立っている。年齢より幾分か発育した身体を持つ少女は心配そうな表情を浮かべている。

 

O6(シックス)、本当にオペレーションは付かないの?」

「何言ってんの、当たり前じゃん。繋げるのは緊急時だけだ。それに任務外ではその呼び方はナシって言ったろ」

 

 O6(シックス)と呼ばれた女性、御新(みさる)さんはA15の冗談とも本当ともつかない言葉に僕と一緒に苦笑いをする。

 A15は僕の方を未だ心配そうに見てきたが僕の方から笑って見せる。

 

「これで、少しはマシになったかな」

 

 A15(フィフティーン)の顔からは険しさが消えて、年相応の少女らしさが戻っていた。

 

「じゃあ行こうか15(ワンファイブ)改め、一月(いちご)。そして暮羽(くれは)も」

「了解」

「はい!」

 

 僕と一月は其々が返事をして、御新さんと学校へと向かう。

 この日から僕らの新しい生活が始まるのだ。

 円月館中等学校。高校生の僕がまさかの中学生からのリスタートである。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

17.月光差す地に黒は這う

日曜の頑張り二話目です。
本日は残りを夕方に一つ、夜に一つ出します。


 僕らは御新さんに連れられて学校にたどり着き、まずは職員室に通された。学校に入る際に御新さんとは別れてきた。なんでも、基本的には家で待機するよう言われてるのだそう。

 それにしても中学校か……。また学校に行くのだとしてもまさか中学校とは思っていなかった。桜さん曰くA15(フィフティーン)改め、一月(いちご)の歳は15だとのことだった。僕自身も見た目的には中学生としても違和感はない背格好なのだから何とも言えない。

 いろいろと考えてなんだか気が重くなってしまった。ともあれ僕らは職員室へと向かう。

 

「貴女達二人が転校生の子ね! 急な転校生だからうまくいくか心配してたけど、二人ともいい子そうで良かったぁ」

 

 職員室で待っていた人物は茶がかった黒髪ショートボブの女性で僕らを見るなり和やかに挨拶をしてきた。

 

「今日から担任を務めることになる|八坂 梓(やさかあずさ)です。担当は国語。気軽に先生と呼んでくださいねぇー」

 

 のほほんとした雰囲気の女性教師はそう自己紹介をしてくれた。

 

「それじゃあ一葦暮羽(いちいくれは)ちゃんと一葦一月(いちいいちご)ちゃんの三人で教室まで行きましょうかー」

 

 僕らは職員室を出ると、先生の後について二年生のクラスが並ぶ廊下を歩く。

 

「君たち二人は三組に編入されます。まぁ、うちの学校は学年で分けずにランダムに振り分けられるから、次年度以降は運次第みたいなところもあるんだけどね」

「……暮羽と一緒」

 

 僕と手を繋いでいた一月が嬉しそうに言う。家を出るまでの不安そうな表情は何処へやら。年相応な一面が見えた気がする。

 

「そっか、よかった」

 

 僕はそんな様子の一月に微笑む。

 

「あら、仲良さげですね~。ふぅーん?」

 

 すると後ろにいたはずの先生がいつの間にか隣に来ていて、一月の顔を覗き込むように見ている。

 

「あの、何か?」

「いえ、何でもありませんよぉ? それよりもっと仲良くなる方法教えてあげようかしら」

 

 先生は人差し指を立てながらにっこりと笑う。その笑顔を見た瞬間、僕は何故か悪寒を感じた。

 

「それはね、女の子同士ならこうやってぇ……」

「えっ!?」

 

 先生が僕の手を握ってきた。

 

「きゃあっ!!」

「おわっと!」

 

 僕は突然の出来事に思わず叫び声を上げる。

 

「ちょ、ちょっと待って下さい! いきなり何をするんですか?」

「何って、握手ですよぉ」

 

 僕の抗議の声にも全く動じることなく、ニコニコしながら僕の手に自分の手を絡めてくる。

 

「離してくださ……うぐ」

「こうやって、一月ちゃんのことを離さないようにしてあげてね?」

 

 僕は振りほどこうとするが、握られた手が離れない。

 

「お互いに握り合えば絶対に離れることはないからね」

「僕の方からは握ってなくても離れませんけど……」

 

 この先生は結構天然なところが強いのだろうか。そろそろ手が痛くなってきたので解放して欲しいのだが……。

 

「すぐに手を離して」

「一月?」

 

 今まで黙って隣を歩いていた一月が僕たちの方に近づいてきて、僕と先生の手を引き剥がす。助かった。

 

「ああん、もうちょっとだったのにぃ」

「いい加減にして」

 

 先生は残念そうな表情を浮かべるが、一月には関係ないらしい。そのまま先生を置いてさっさと先に行ってしまう。

 

「あら、怒られちゃった。ごめんなさいねぇ、つい楽しくなって」

「僕は別に、気にしてないので大丈夫です」

「……ええと、ここが教室なんだけど、どこまでも行っちゃう一月ちゃんを呼んできてくれる?」

「あ……はい」

 

 確かにこのままだとホームルームが始まってしまう。

 僕は慌てて目的地を無視して進んでいる一月を呼びに行った。

 

「一月、先に行くなんて酷いじゃないか」

「だって暮羽に手を出した」

「出してなんかいないだろ」

「でも暮羽が困ってた」

 

 先生のやった事へのフォローは僕には難しそうだ。よし、あの人自身に頑張ってもらおう。僕は知らない!

 

「さあ、そろそろ僕達を呼び出す頃合いだろうから教室に行こう」「……わかった」

 

 僕らは三組の扉の前に立つ。中からはざわめきと楽しげな雰囲気が流れ出してくる。

 

「それじゃ、行くぞ」

「いつでもOK」

 

 僕はゆっくりと扉を開ける。

 中には机と椅子が並べられていて、何十人もの生徒達が座っている。ざっと30名程度だろうか。僕らが入ると一斉に視線が集まり、ひそひそと話し始める。

 

「おい、あれ誰だよ?」

「二人ともかわいー」

「カレシいるのかなー」

 

 初めての経験でなんだかむず痒さを感じる。どうやら男女共学の中学校のようで、僕らを可愛いと評する男子達に向けて女子達が白い目を向けているのも見受けられる。

 

「はい、静かにして下さいね〜? 今日から三組に編入することになった生徒さんを紹介しますよー。じゃあ暮羽ちゃん、一月ちゃん、自己紹介をお願いしますねぇ」

 

 先生の言葉で僕らは前に出る。

 

「初めまして、一葦暮羽(いちいくれは)と言います。趣味は釣りと音楽鑑賞。特技はピアノと料理です。よろしくお願いします」

「……」

「一月ちゃんは?」

「……一葦一月。好きなものは本とご飯と暮羽」

「ちょっ!?」

「あらあらぁ〜」

 

 なんというか、無口なのは相変わらずだが、随分と喋るようになった気がする。しかも好き放題言いやがって……。

 

「あらあら、仲良しで羨ましいわ。これから三年間同じ学年の仲間になるんだから仲良くするようにねー。席は空いているところに適当に座ってね」

 

 僕らはそれぞれ適当なところへと腰掛ける。窓際後ろの方の席に一月が座り、その隣の列に僕が座る。僕の斜め前には誰もいないらしく空席になっていた。

 

「はい、これで朝のホームルームは終わりよ。何か連絡事項があったら職員室まで来てね。それではみなさん、仲良く過ごして下さいねー」

 

 先生がそう言って教室を出ていく。

 すると教室内は途端に騒がしくなって、みんなが僕ら二人に群がるように話しかけてくる。「ねえ、どこから来たの?」とか「何歳?」とか「部活入る?」など、様々な質問攻めに遭う。

 

「えっと……」

「ちょっと、邪魔」

 

 僕が戸惑っていると、一月が立ち上がり、周りにいた人達を押し退けて僕の隣に来る。

 

「暮羽は私と一緒にいるの。あなた達は引っ込んでて」

「ごめんなさい、一月はあんまり人慣れしてなくて」

 

 一月に寄り添いながら僕がフォローを入れると、なぜか余計に騒ぎが大きくなってしまった。

 

「何この子、めっちゃカワイイ!」

「二人とも一葦って言ったよね? どんなフクザツな姉妹関係なの?」

「もしかして女の子同士で付き合ってたりする?」

 

 そんなことを言われながら一月は次々に囲まれていく。

 

「ちょっと、待って……」

 

 一月はそれこそ訓練を受けているみたいだが相手が一般人故に手加減の仕方ぎ分かっていない。下手に手を出せばどうなるかが分かっている故に動きができなくなっていた。

 

「はーい、そこの人達、一月を離してあげてください。一月はこういうことに慣れていないんです」

 

 僕はなんとか周りの人をかき分けて一月を助け出す。

 

「はーい、ごめんなさい」

 

 そしてようやく一月の周りから人がいなくなった。

 

「大丈夫?」

「うん、平気」

「それにしても、すごい人気だな」

「どうすればいいかわからない」

 

 やけにしおらしくして落ち込んでいる。僕に手を煩わせてしまったとか考えているんだろうか。

 

「そのうち落ち着くと思うけど……それまでは一月の側にいるよ」

「ありがと」

 

一月は少し照れくさそうな顔をする。本当に可愛らしい。

 

「あのぉ、お二人はどういう関係で?」

 

一人の男子生徒が僕らに聞いてくる。

 

「姉妹です」

「似てないけど二人とも凄い可愛いなー」

「ワンチャンあるなー!」

 

 残念ながらノーチャンだ。

 男子が年相応にはしゃいでいる様子を見て僕は肩の力を抜いた。

 悪い虫くらいは払ってやらねばと決意したのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

18.黒は月を見、揺蕩う

三つ目の頑張り。
ブースターパックです。


 休み時間になると僕らの周りには更に多くの人が集まってきた。

 

「へぇ、二人とも音楽が好きなんだ」

「……? 嫌いじゃない」

「じゃあさ、今度一緒にカラオケ行こうよ」

「あ、抜け駆け禁止だからね?」

「今度一緒に図書館に行こうよ! どんな本読むのか気になるー」

「じゃあ映画とかどんなの好き!?」

 

 質問をするのは3組の子だったり他のクラスの子だったりと様々で、僕の知ってる中学生となんだか違う。もしかするとこの学校は陽の者が多かったりするのかなー、などと思いながらも応対する。

 一月(いちご)の方は早くも慣れてきたようで、僕のフォローなしでも周囲と会話を合わせて相槌を打っている。

 

「あ、そういえば暮羽ちゃんピアノ弾けるんだって?」

「うん、まぁそれなりには」

「じゃあさ、合唱部入らない? 来週練習があるんだけど、人数が少なくて困ってたんだよ」

「う〜ん、私は音楽は好きだし、歌うことも好きなんだけど、そういう団体行動は苦手っていうか……」

「そっか、残念」

「き、気持ちだけ受けとっておくよ」

 

 音楽が好きでピアノをやっていると言ったせいか吹奏楽や合唱部などの子達から勧誘が相次いでいる。

 

「暮羽ちゃん、料理が得意なら家庭科部においでよ〜」

「わ、私、裁縫とかそこまで得意じゃないし」

 

 うぅ、言いづらい。女の子らしくするように、と桜さんから一人称について指摘を受けたがどうしても"僕"呼びが染み込んでいて違和感が拭えない。……でも、慣れていくしかないかな。

 

「えぇー、体験入部でもいいからさー」

「ちょっと待ったー!」

 

 そこに割って入ってきたのはショートカットの活発そうな女子生徒。

 

「ウチの運動部はそんなに厳しくないから初心者大歓迎だよー!」

「え、えっと、あなたは?」

「あたしは同じクラスの森野真奈美。よろしくね、暮羽ちゃん」

「あ、はい。こちらこそ」

「ねぇ、良かったら放課後に見学に来てくれない? 部員が少ないから入ってくれると助かるなーなんて……」

「……」

 

 ……これは、どうしたものだろう。

 

「え、えっと、その……ごめんなさいっ!」

 

 僕は慌てて頭を下げてその場を後にした。急だったので森野さんを驚かしてしまったのかもしれない。

 慌てて逃げ出してしまったが、一月を置いてきてしまった。側にいるとか抜かしていたのに。我ながらなんて情けのない男なのだろうか。今は女の子だけどねー。

 はぁー……。

 男女も関係あるものか。なんだか情けないな。求職中の亭主になった気分だ。

 

 二階の渡り廊下の手摺りに体重を掛けて外を見つめる。微かに流れる風が頬を撫で、右後ろの下でまとめている髪の毛が風で流される。

 今更ながら中学生の子達の輪に戻るなんて無理だしな。あとの五分くらいはここに居ようかな……。

 

 そんなことを考えていた時だった。

 

「……あれ、紅葉くん?」

 

 思わずドキリとした。

 僕は声の聞こえた方を振り向く。

 

「あれ、でも紅葉くん男の子だし、今は高校生だし違うよね……」

「……」

 

 日本人としては珍しい白くて長い髪の毛に、青く透き通ったような瞳。まるで外国人のようだが顔立ちは日本人のよう。特徴的過ぎ故に忘れたりはしない。

 それこそ彼女は僕の知る子のそれよりは幾分かタッパが大きくなってはいるものの、間違いがなければ成菜(なるな)・ミハイロなんとかだったはずだ。

 

「ん、どうかしましたか?」

「あ、いえ、別に。なんでも、ないです」

 

 僕が返事に戸惑っていると彼女は小首を傾げて不思議そうな顔をする。僕にとっては思いがけない再会でじっと見つめすぎたのかもしれない。

 僕の人生で出会った中でも断トツに珍しいロシア人のクォーターということで記憶に焼き付いているのだ。とはいえ、小学生の時以来なのだけど……。

 

「私のことを知らないみたいだし、転校生? それよりバッヂは赤……ということは私の先輩ですね!」

「あ、はい」

「私は二年四組で学級委員長をしています。名前は成菜です。よろしくお願いしますね」

 

 ペコリと頭を下げられたのでつられて僕も軽く会釈程度に頭を下げた。

 

「えっと、私は三年三組の一葦暮羽と言います」

「あれ、クレハ違いかー。まあそうだよね」

「え?」

「ううん、こっちの話。ところでどうしてこんなところに? ここはあまり人が来ない場所なのに」

「あ、それは……」

 

 まさかクラスから逃げ出して来ただなんて本当のことを言えるわけもなく、咄嵯に思いついた嘘をつく。

 それに僕が僕だとバレていなくてよかった。

 

「友達と待ち合わせをしてるんですけど、ちょっと遅れちゃってここでボーッとしてました」

「あ、そうなんだ! じゃあ邪魔しちゃ悪いし私は行くね。それじゃまた」

 

 そう言って手を振って校舎の中に消えていった彼女を見送った後、ふぅーっと大きく息を吐いた。そして少し遅れてやってきた心臓の高鳴りを鎮めるために深呼吸を繰り返す。

 まさかこんな所で会うとは思わなかった。というより、彼女の方は僕のことを知ってたし、もしかしたらあの頃のことも覚えてるんじゃ……。女の子になっているというのもあるし、彼女にはバレたくないな。気をつけないと。

 僕は再び手摺りにもたれ掛かり、グラウンドへと飛び出して行く体操服姿の生徒達を見つめる。元気だなぁー。

 

「暮羽」

「みひゃっ!?」

 

 背後から突然声を掛けられ飛び上がってしまう。

 振り向くとそこには見慣れた栗毛の少女が立っていた。

 

「お、驚いたじゃないか。なんでいきなり後ろから話しかけてくるんだよ」

「だって側にいるって言ってたのに居なくなっちゃうから」

「ご、ごめんなさい」

「いいよ。それで、何してたの?」

「あ、いや、その……えっと……」

 

 僕は言葉を濁す。知り合いと再会しただなんて会話つまらなさすぎる。それに一月にその話をしてしまえば妬いてくる気がするのだ。確証はないのだが、そんな気がする。女の勘って奴だ。

 

「……隠し事?」

「な、何も隠すことなんてないよ」

「ほんと?」

 

 ずぃ、と身を乗り出すように近づく一月に僕は思わず後退りをしてしまう。彼女の目は僕の事を信じていないという事を如実に表している。あからさまに半目で迫られたら逃げ腰になるのも仕方ないよね!?

 

「ほ、本当だよ!」

「そう。じゃあ、教室戻ろ?」

 

 一月は威圧感ありありなジト目を解いて微笑む。そんな顔されたらドキッとするんだけど……。

 それから僕は一月と一緒に三年生の教室が並ぶ棟まで歩いて戻る。

 

 その間、ずっと無言だった。僕は何を話せば良いのか分からなかったし、そもそも話題がなかったからだ。

 でも、そんな時間は長くは続かない。階段を上り切ったところで一月が立ち止まる。

 

「ねぇ、暮羽。怖い?」

「へ?」

「なんかさっき怯えて見えた。勘違いなら良い」

「そ、そんなことないよ。確かにちょっと怖かったけど」

「多分その事じゃない。私が暮羽を見つけた時」

「ああ、あれはびっくりしただけだよ。大丈夫」

「……」

 

 僕が笑顔で言うと、一月は少し考える素振りを見せる。

 

「言いたくなったら言って」

「……うん」

 

 なんというか流石はエージェントというべきなのだろうか。一月は人の機微を敏感に感じとっている。なんだか些細な事でもわかるその観察眼は正直に言うと羨ましく思えた。

 

「話辛いなら私も話してあげるから」

「わ、わかった」

 

 なんというか一月がものすごく張り切っている。何か変な事でも吹き込まれたのだろうか。主に御新(みさる)さんあたりに

 僕の返事を聞いて満足そうな一月は一度深呼吸をしてから口を開く。

 

「私は今、家庭科部になった」

「え、そうなんだ…………ん? あ、あれ?」

 

 家庭科部は文化系の部活の中でも人気のない部活の一つだ。運動系と違って体を動かさない上に女子しか所属していない。そのため、幽霊部員も多く毎年人数不足に悩まされているのだ。

 そして、態々そんな部活動に入ったということはつまり。

 

「料理できるんだ」

「できない!」

「出来ないんかい」

 

 思わずズッコケそうになった。

 まあ、それはそれとして。

 

「じゃあ、どうして入ったの? やっぱり人手が足りないから?」

「それも理由の一つ。でも一番の理由は別」

「ふーん。ちなみに何の理由?」

「暮羽に何かしてあげたい」

「……え?」

 

 一瞬、言葉の意味がわからなくて呆けてしまう。

 

「どういう意味?」

「そのまま。全部暮羽におんぶに抱っこは嫌」

「そんな事ないと思うけど……」

「ある。私は自分の力で暮羽を幸せにする」

「お、おおぅ」

 

 どうしよう。いつの間に僕の姉妹はこんなに立派に育って……。

 いや確かに今日まで今の家に入居してからの家事は大体のことを僕がやってたのは確かなのだけどね。あの大人は生活力皆無だったのだよ。

 ところで姉が妹か、僕と一月はどういう関係か決めてただろうか。はて。

 

 そんな会話をしているとあっという間に教室にたどり着いてしまう。教室に入ると丁度チャイムが鳴る。

 

「それじゃあ、また後で」

 

 一月は自分の席に座ると教科書を取り出し授業の準備を始めた。僕は一月に軽く手を振ってから自分の席に戻る。すると、すぐに担任が入ってきたのでみんな一斉に自習モードに入る。

 どうやら担当の教師が休みということもあって自習の時間らしい。僕は机の上にノートを広げながらちらりと横目で隣の席を見る。そこにはいつもと変わらない真面目な表情で問題集を見つめる少女の横顔があった。




2k字とか目じゃない。
前話と前々話は二つに分けたけどもうこのままでもいいよね。よし。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

19.黒に染まって広がって

クリスマス前の土日連日投稿はこれでおしまいです。
明日から平常運行。


 放課後になると僕は遊びたいと言って聞かない一月に連れられ、駅前にあるゲームセンターに来ていた。

 一月はクレーンゲームの景品である猫のぬいぐるみを取ろうとしているのだが、これがなかなか取れないでいた。

 

「むう……取れない……」

「取れるといいねぇ」

 

 僕は一月の隣で適当に相槌を打ちながら店内のBGMに耳を傾けていた。僕が好きなAIボーカルという人工音声が用いられた曲だ。アマチュアの人達が作曲していることが多いのだけれどそのどれもが共感性の高い曲で僕のお気に入りにもなっている。なにより個人個人で曲の特徴があって、それを聞き分けているのも楽しい。

 

「あと、ちょっとなのに」

 

 一月は再びお金を入れるとアームを操作する。しかし、掴む位置は悪く、途中で落としてしまった。

 

「駄目……」

 

 一月はため息をつくと両替機に向かっていった。ちなみにお代は僕が高校生になる前に溜め込んだバイト代その他だったりする。詰まるところ僕の奢りだ。

 実はこのお金は桜さんに特別に回収してもらった。本当はスマホとかパソコンとかも頼みたかったがどうにもならなかった。桜さん曰くお金だけはどうにかなったそうだ。

 それから一月は何度か挑戦するが一向に取れる気配がない。

 

 そうこうしているうちに他の客が増えてきたのか、徐々に空いてくる。これでは今日中に取るのは難しいかもしれないなぁ。

 

「もう諦めたら? 結構時間経ってるしさ」

 

 僕は一月に声をかけるが彼女は首を横に振る。

 

「まだやれるだけやる」

「そっか」

 

 ここまで一生懸命だと、やめようと提案した事がなんだか申し訳ないと感じる。クレーンゲームは多角的に見て攻略方法を考えなくてはならないが、熱くなればなるほどに視野というものは狭まる。彼女にはいい経験になるかもしれないが、気付かなければ意味がない。

 

「これ、アームの掴む力は弱いんだ。これはアームで上から押して落とすのが解だよ」

「そうなの?」

 

 不思議そうにする一月だったが、僕は店員を呼んで商品を積み直してもらって挑戦する。すると今度はあっさりと取れてしまった。アドバイス一つでこの技量。アームの滑り方とかいろいろなものは掴んでいたんだろう。

 

「すごい」

「まあ、コツさえわかれば簡単なんだよ」

 

 そのぬいぐるみ、そんなに欲しかったのかな。確かに手触りはいいかもしれないけどゲーセンのぬいぐるみってそこまで耐久性がないという印象だ。

 一月は嬉しそうな顔をして猫のぬいぐるみを抱きしめる。そんな彼女を見て僕も自然と笑顔になった。

 

「ありがと」

「どういたしまして」

 

 さて、この後どうしようか。家に帰るには少し早い気がする。どこか寄り道でもしたい気分だけど、どこへ行こう。

 とりあえず駅の方に向かおうと思って歩き出すと、不意に服の裾を引っ張られた。振り返るとそこには何故か不機嫌な表情の一月がいた。

 

「どうかした?」

「どうして帰るの?」

「え?」

「折角二人でいるんだから遊びたい」

 

 確かにそれはその通りなのだけど、一体何をすればいいんだろう。複数人でゲームセンターなんて来たことないし。来たことがあるとしても親友と数回って感じだ。その時は親友と音ゲーとかで遊んでいたが彼女に音ゲーが合うとは思えない。

 それに、ここは人が多い。こんなところでデートというのもなんというかムードに欠ける。まあ、僕らはまだ中学生だという体裁まである上に今の僕は女の子だ。それこそ今時のゲーセンは治安が良い方だが……。

 

「ねぇ、トイレ」

「え? ああ、うん」

 

 一月の突然の言葉に僕は思わず返事をして最寄りのトイレまで彼女を見送る。

 さて、困ったぞ。このまま帰ろうと思ったら一月に止められた。

 とはいえ、彼女が戻ってくるまでここに突っ立っているのはおかしい。仕方ないので店内のベンチに座って待つことにした。

 

 うーん、どうしたものやらと考えているとふと視線を感じた。

 何気なくそちらを見ると、一人の男がこちらを見ていることに気付いた。背は高く、年齢は二十代後半くらいだろうか。髪は長くボサボサで、無精髭も生えている。正直、あまり清潔感はない。

 そして、彼は僕と目が合った瞬間、ニヤリと笑ったような気がした。嫌な予感がして僕は咄嵯にベンチから立ち上がって走り出した。背後から男の足音が聞こえる。まさか、追ってくるなんて思わなかった。

 このままでは逃げ切れないと判断した僕は近くの袋小路に入り込む。だけどそこは行き止まりになっていた。

 しまったと思った時には遅かった。僕は男に腕を掴まれてしまう。

 

「離せ!」

 

 僕は必死になって振り払おうとするがびくともしない。男は余裕たっぷりな様子で僕の方に一歩近づく。

 

「お嬢ちゃん、可愛いね。おじさんと一緒に来ないかい? きっと楽しいよ」

 

 その言葉に僕は全身の血が沸騰するような感覚を覚えた。気持ち悪い。吐き気がする。

 僕は男を思いっきり睨みつける。

 

「ふざけるな! 誰がお前なんかと……ッ!?」

 

 次の瞬間、僕の身体は宙に浮いていた。

 

「うわっ!?」

 

 どうやら襟首を掴まれたらしい。そのまま壁に押し付けられる。背中に走る衝撃に息が詰まる。

 

「おい、あんまり暴れるんじゃねえ」

 

 耳元にかかる生暖かい息に鳥肌が立ち、僕は身震いする。

 

「ほら、大人しくしろ。お前のようなメスガキがこんなところにいるのが悪いんだっ!」

 

 僕はどうにか抵抗しようとするのだが、力が入らない。

 僕は悔しさに歯噛みしながら目の前の男を睨む。 男は荒い息遣いをしながら僕の身体を触る。気持ち悪さと同時に黒いものが体の奥底から溢れ出てくる。

 あ、これヤバいやつだ。

 このままだと、僕……。

 

 僕は自分の中の何かが弾け飛ぶのを感じながら目を閉じた。

 しかし、いつまで経ってもその瞬間は訪れなかった。恐る恐る目を開けるとそこには色彩の失われた世界(ぼくのせかい)があった。

 僕の手元には握り潰された男の腕がある。僕はそれを見るとニヤリとするとめどなく黒いものが押し寄せ、僕のナカにある何かが壊れるような感じがした。

 

「う、ぎゃあぁあああぁぁぁあ!?!?」

 

 数瞬遅れで聞こえてくる男の悲鳴。

 ああ、もう我慢しなくていいんだ。

 僕はそう思うと口の端を吊り上げた。

 

「ひぃ!?」

 

 僕の足元で男が悲鳴を上げる。僕はそっと顔を上げて男を見下ろす。可哀想な器がいる。"解放"してあげなくては。

 

「どうしたんですか?」

 

 僕は不思議そうな顔をして問いかける。男が逃げる意味がわからない。

 

「助けてくれぇ!」

 

 男は涙を浮かべて叫ぶ。そんな彼を見下ろして僕は言う。

 

「大丈夫ですよ。怖かったですね。でも安心してください。すぐに終わりますから」

「い、いやだ、死にたくない」

「死にませんよ。ただ、戻るだけ」

 

 僕が手をあげると闇が男に纏わりついていく。

 悲鳴を上げることもなく男の身体は激しく抵抗するが、しばらくすると痙攣を起こして静かになる。ああ、もっとだ。"解放"が足りない。僕は何度も手を叩き、闇に男の命を貪り喰らわせる。その度に闇がより黒く染まっていく。

 やがて男は完全にその場から消滅する。

 

「ふぅ……」

 

 僕はため息をつく。初めて力を使ったけど上手くいったようだ。良かった。これで、この人は"解放"された。

 

「はは」

 

 僕は笑い声を上げ、手に持っていた男だったモノを投げ捨てると、踵を返してその先にいる人物と視線が合った。

 

「一月……」

 

 彼女は呆然とした表情をしていた。そして制服ではなく見たこともない服に着替えている。所謂、戦闘服という奴だろうか。

 そんな一月は信じられないものを見るような眼差しで僕を見つめていた。

 

「暮羽、どうして?」

「え? 何がですか?」

 

 何のことだろうと思って首を傾げる。

 

「だって、さっきまで私といたのに」

「はい、いましたよ。それがどうかしましたか?」

 

 僕は平然として一月の方へと歩みを進める。そして彼女の前で立ち止まる。

 

「ねぇ、暮羽。さっきのって何なの?」

「さっきの……?」

「あの男を消したこと……!」

「消す、とは人聞きが悪いですね。僕はちょっとお手伝いをしただけです」

 

 一月は手に持っていた散弾銃を撃ち放つ。僕の胸部は一瞬で砕け散る。絶命に足るには十分な一撃だった。

 

「ああ……!」

 

 そして、一月もまた僕の手によって胸を抉り取られ……。その場に縺れるように倒れる。

 

「くれ、は。ここから、始めるはずだった、のに……。わたしが、めをはなしたから……。ごめ、ん、ね」

 

 一月はまだ動こうとする僕を邪魔する様に抱きしめたまま動かなくなる。

 嗚呼、またあまり"解放"させることができなかったな。今回は漸く一人目を"解放"できたからいっか。へへ。

 僕は満足感に包まれながら意識を失った。

 

 そして浮遊感とともに僕の意識が世界へと戻る。

 戻ってこれた。

 

「……〜ッ!?」

 

 僕は身体を大きく跳ねつかせながら壁に頭を強打する。

 

「あだっ!」

 

 暫く頭を抱えて蹲る。痛みを堪えながら僕は周りを見渡すがあの男の姿は見えない。……なんだったんだ。まるで白昼夢の様で非常にリアルな感覚。

 

 そう、身に覚えがある感覚。

 これはループだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

20.黒は影に潜んで

感想、評価、誤字の報告等してくださりありがとうございます。


 久し振りの死の感覚。かつて何度も繰り返した事が再び起こってしまった。そしてループ直前の状況をゆっくりと整理する。

 一月をトイレまで見送った僕はトイレの近くにあるベンチで待っていた。そんな時に不審な男に目をつけられた。そして、男は僕に対して……。

 

「……うっ」

 

 気分が悪くなり、思わず口を押さえた。

 昼に食べた給食などを戻すような事はなかった。この先のことを思い出したくない、考えたくないという気持ちが強い。だが、このままでは先程の二の舞になってしまう。

 

 とにかく気持ちを抑えようと深呼吸を挟む。

 不安なのは不安だが、再び先ほどのことを思い出す。

 男に邪な感情をぶつけられて僕は気持ちが振り切れた。恐怖や怒り、考えたくはないが劣情もあったのかもしれない。

 それらが僕の中にある何かを大きくさせ、それが弾けた。それは瞬く間に僕を食い破って全てを塗り替えた。

 先へ、先へと考えを進めるほどに気持ち悪さが増して行く。

 

「……どうしたの? 死相が見えるけど」

 

 僕に声を掛けて来たのはそれは紛れもなく生きている一月(いちご)本人だった。彼女は僕の表情を見ると表情を神妙にさせて考え込んだ。

 

「ねぇ、い、痛い……」

「あ、ごめん」

 

 どうやら無意識のうちに一月に飛びついて抱きしめていた様だ。慌てて離れる。一月は僕の様子に何かを感じ取ったらしく、改めて優しく抱きしめてくれる。

 

「ううん、別にいい。それより、本当に大丈夫?」

「うん、もう平気」

 

 僕は笑って答える。一月に心配をかけてはいけない。

 

「無理しているように見える」

「……してない」

 

 僕はそう言って歩き出す。

 

「どこに行くの?」

「……その、帰りたくて」

「暮羽がそう言うなら」

「ごめん」

 

 一月は僕の手を握って一緒に歩いてくれる。それだけで心が落ち着く気がした。一人で足掻いてたあの時よりはだいぶマシだ。

 だとしても色々な感情がごちゃ混ぜになり、いろいろな事が浮かんでは消える。

 

「一月、今日はごめんね。まだまだ遊びたかったと思うし」

「ううん。我儘を言ったのは私だから。……私なら守り切れると思い込んでた」

 

 一月の言葉が尻すぼみに消えて行く。……我が儘を聞いたのは僕な訳だし。

 

「……」

「……」

 

 お互いがお互いに何をしたと言うわけでもない。だが、それ以上の会話が続かなかった。

 二人で家まで帰りながら気まずい空気が流れる。

 僕は沈黙が怖くなってどうにか話題を振った。

 

「そういえば一月が入った家庭科部なんだけど、さ。一月は行かなくてもよかったの?」

「家庭科部?」

 

 一月は一瞬驚いたように聞き返したが、すぐに微笑んで答えてくれた。

 

「私は作る係じゃなくて食べる係でいいって言われた。そして今日は食べるものがない日」

 

 大真面目に言われてしまうと何も言い返す気も怒らなくなる。

 家庭科部に入ると言い出した時には驚いたが、クラスメイトの家庭科部員の猛プッシュと美味しいものが食べられるという言葉に押し切られた形なのだろう。感情をあまり表に出さないかわりに欲望には忠実ということだろうか。

 

「……なるほど今日の家庭科部は調理をしてないんだね」

「そういうこと」

 

 それを皮切りにぽつぽつと言葉が僕らの間で交わされる。他愛もない会話をしているうちに家に辿り着いていた。

 

「ただいま」「任務区域より帰還」

「おう、おかえりー」

 

 御新さんがソファに座ってテレビを見ながら返事をする。テーブルの上にはカップヌードルの空容器が割り箸とともに放置されている。本当にこの人は生活力が皆無だと僕は思う。

 まぁ、これまでの準備期間でも分かっていたことなので特に気にしないことにする。

 僕は鞄を置くために自室へ向かうと後ろから一月がついてくる。何か用事でもあるのかと思って振り返ると、一月は少し不安げな顔で僕の様子を伺っているようだった。

 どうにも先程の僕の様子が気になっているらしい。

 

「どうかした?」

「…………」

 

 一月は何も言わずに首を横に振る。僕は小さくため息を吐いて部屋に入る。そして机の上に置いてある鞄を手に取ると一月も部屋に入ってきた。

 

「まだ何か用でもある?」

「……」

 

 一月は無言のまま僕を見つめている。そんなに僕が変なのだろうか?

 思い返せば、まあ。……全然あったか。

 

「……何があったのかは知らない。けど、私達が付いてるから」

「え?」

 

 一月の言葉が理解できなかった。何が? どうして僕が?

 

「……一人で悩まないでね」

「悩みなんて……」

「嘘」

 

 真っ直ぐな目で見据えられると言葉を失う。僕は一月の目を見返しながら黙って彼女の次の言葉を待った。すると彼女はゆっくりと口を開く。

 

「形式だけだとしても私達は家族。だから頼って?」

 

 その瞬間、僕の脳裏に様々な光景が流れ込んでくる。それはループした時の記憶だ。命を散らす僕を抱きしめて必死に僕への後悔を呟いていた少女。そして彼女もその時その場で僕がこの手で……。

 気持ち悪さが催す。胃の中のものが逆流してくるのを感じ、思わず口を押えるがそれは止まらずに胃の中にあったものを全部吐き出した。

 

「暮羽!」

 

 一月が駆け寄ってきて背中をさすってくれる。

 

「大丈夫? ゆっくり深呼吸して」

 

 僕は言われるままに何度も大きく息を吸って吐き出しを繰り返す。それでもなかなか気分の悪さは消えてくれなかった。そう、僕は目の前にいるこの少女の生命の灯火を消したのだ。あの時間違いなく。

 目の前の少女にそれを言えようか。僕のせいで君が死んだと。

 

「落ち着いた?」

「……」

 

 一月の手を借りて立ち上がるがすぐに脚の力が抜けて床に倒れる。

 物音を聞いて駆けつけた御新さんがすぐに僕を抱える。

 

「どうした? なんかすごい音が聞こえたけど」

「暮羽が急に倒れて……」

「おい! しっかりしろ!」

「あ、ああ、あ……」

「とにかく容態の把握が先だ。15(ワンファイブ)は支部長呼んでこい。場合によっては病院行きだ」

「わ、わかった」

 

 会話が聞こえる。二人を心配させている。

 ダメな奴だな、僕は。

 僕はそこで意識を失った。

 

 

 次に目が覚めた時にはベッドの上で寝ていた。身体を起こすと頭がずきりと痛む。どうやら頭を打ったせいで頭痛がするようだ。

 

「起きたみたいね。もう3日も過ぎてるんだぞ?」

 

 声の方へ視線を向けるとそこには桜さんがいた。

 僕は自分の額に手を当ててから辺りを見渡す。ここは自分の部屋だ。それにしてもどうしてここに桜さんがいるんだ?

 

「どうしてって、そりゃ自分の胸に手を当てて考えてみな?」

「……すいません」

 

 僕は素直に謝ることにして、改めて先程の状況を思い出す。確か僕は一月と話している最中に気分が悪くなってしまったんだ。

 

「謝るなら一月ちゃんにしてあげてくれ。二人から話を聞いた感じ、あの子には責任はないんだろう? すごく落ち込んでいたぞ?」

「…………すみません」

「何があったのか分からないけど謝りすぎるのも悪いことだ。逆効果になる事だってある。よくよく覚えておきなよ」

 

 桜さんは同じことを繰り返した僕に呆れた様に言う。

 

「それともう一つ。体調が悪い時は無理しないこと。分かったかい?」

「はい、分かりました」

「よし、じゃあお説教はこれくらいでいいだろう。後は一月ちゃんに言ってやれ」

「はい」

 

 そして退出しようとする桜さんを僕は呼び止めた。

 

「……あの」

「ん、どうしたんだい?」

 

 僕の声にすぐに振り向いてくれた桜さんは笑顔だった。だけど、どこか作り笑いのように思えたのは何でだろうか。

 

「……ありがとうございました」

 

 僕は深く頭を下げて礼を言う。ついに桜さんに魔女のことを言えなかった。魔女になってしまったと言うことを。もしかすると殺されるんじゃないのかなんて恐怖が先立った。

 

「ははは、そんなの気にすることじゃないよー。私はお節介焼きなんだし。知ってると思うけどね」

「はい」

「まぁ、何かあったらいつでも相談に乗るから遠慮なく呼びなよ」

「わかりました」

「それじゃあね」

 

 そして今度こそ桜さんは部屋から出て行った。

 僕は大きくため息を吐いて天井を見上げる。……結局、言えなかったな。

 僕の脳裏に様々な光景が浮かんでは消える。

 

「……僕は」

 

 小さな呟きは狭い天井に吸い込まれて消える。




アンケート見る限りは本編書け派が強いみたいで、唐突に数字が変化しない限りは本編でその時期になれば混ぜ込む程度かなと考えています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

21.黒の輪郭はまだ見えない

 A15(フィフティーン)は自分に割り当てられた部屋で椅子に座って机の上に肘を突きながら腕を支えにしてその上に顎を乗せる。その表情は暗い。

 

「……大丈夫かな?」

 

 そう呟くA15の脳裏に浮かぶのは倒れた暮羽の姿だった。

 

「……やっぱり言わなければよかったかも」

 

 後悔をしたのだとしても、もう後の祭りだ。

 少なくともA15は取り返しがつかないのだとしても暮羽に対して言ってしまった事がどうしても気になって仕方がなかった。

 

「……」

 

 A15はしばらくそのままの姿勢でいたが、やがて立ち上がり部屋の中をうろつき始める。

 

(……多分、暮羽にも何か理由がある。だから、今できることは待ってあげることだけ)

 

 A15は決意を新たにして再び暮羽の部屋へと向かった。

 しかし、暮羽は目を覚まさなかった。

 次の日、学校を休んだ暮羽はずっと眠り続けたままだった。

 桜の話によると暮羽の不調はストレスによる心因性の発熱らしい。しばらくは安静が必要だと言われた。それからさらに二日経ち、ようやく熱が下がったもののまだ起き上がれるほどではなかった。

 

「暮羽、本当に大丈夫?」

「……うん、一月(いちご)。心配かけてごめんね」

 

 暮羽は思い詰めた様な顔でA15(いちご)に謝る。

 

「どうして謝るの?」

「それは……」

 

 暮羽は言葉に詰まる。彼女の目線がしばらく右下を向いて左を向く。そして、A15に向き直り言った。

 

「それは、一月の気持ちを踏みにじったから、かな」

 

 A15は彼女はまだ何かを隠している事を悟る。先程の目の動きと自身のない言葉から、言葉自体に嘘はないがその奥に真意が隠されている事を感じ取った。

 この人に信頼されたい。どうすればいいんだろう。

 

「頼りない?」

 

 だから聞いてみたくなった。

 もしそうだとしたら少し悲しい。でも頼ってもらえたら嬉しい。そんな矛盾する感情のままA15は問うた。

 

「いや、そんなことはないよ」

「だったら、話して欲しい。あなたが何を抱えているのか」

「……」

「……」

 

 しばらくの間、沈黙が流れる。

 A15は辛抱強く待ち続ける。そして、暮羽が口を開いた。

 

「僕は……」

 

 暮羽はその先の言葉を口にしようとするが、そこで止まってしまう。

 

「言いたくないなら無理に言わなくてもいい」

「いや、そういうわけじゃなくて」

 

 困り果ててしまった様子の暮羽を見て、A15は俯いて小さく息を吐いた。

 

「じゃあ、聞かせて。私はあなたの力になりたい。それがどんなことであっても」

「……僕は、一度君に殺されたんだ。魔女として」

 

 A15は一瞬何を言われたのか分からず呆然としてしまう。

 そして、数秒経ってから理解した瞬間、全身の血の気が引いていくのを感じた。

 

「そして僕も君に殺された……」

 

 目の前にいる少女が自分を殺したのだという。自分はここにこうして生きているというのに。魔女という超常的な存在ならそのようなこともあり得るかもしれないと考えられるのが魔女と呼ばれる所以だ。だが、それでも、A15には信じられなかった。

 

「信じられないよね……。でも、僕は確かに魔女になった。思考が僕じゃないものに塗り変わってしまって、僕が僕だと思えなかった」「でも、魔蝕値に異常があれば報告が来るし、私も生きている……。暮羽もこうして理知的に話せてる」

「そう、そうなんだよ。僕は間違いなく人間なんだ」

「じゃあ、一体何があったっていうの? 魔女になるなんて普通じゃないわ」

「…………」

 

 また沈黙。暮羽は口を開こうとしては閉じ、開いては閉じ、それを何度も繰り返す。

 

「ごめん、やっぱり言えない」

 

 そして最後にそれだけ言って黙ってしまった。

 

「そっか」

 

 A15は短く答える。

 それ以上、何も言うことはなかった。

 

(……何か理由があるんだ。それならそれでいい)

 

 きっと、いつかは話してくれる。そう信じることにした。

 

「ねぇ、暮羽。今日は一緒に寝てもいい?」

「え?」

 

 突然の提案に暮羽は驚く。美しい顔立ちをした少女に寝床を共にしようなどと言われて慌てふためく元男子高校生はそう少なくないだろう。暮羽も当然ながらその一人に当てはまる。

 

「ダメ?」

「……ううん、そんなことないけど」

「だったら決まり」

 

 暮羽は少し迷っていたようだがA15の一押しによって承諾した。A15自身、少し無理やりになってしまったように思えて申し訳ないなとおり感じたが、慣れてもらうのもいいだろうと考える。

 即座に行動に移すべくA15はベッドの横にある椅子から立ち上がると暮羽の隣に移動する。最初から計画していたのか、A15は既にパジャマ姿であった。

 

「こうやって人と一緒に寝るのは憧れだった」

 

 A15は暮羽の左手を握る。クーラーが効いているのかひんやりとして冷たい。

 

「ちょっと恥ずかしい」

「大丈夫。誰も見てない」

「そういう問題かな?」

 

 A15と向かい合いながら横になる暮羽は苦笑するが

 A15は気にせずそのまま暮羽にぴったりと密着する。

 

(温かい)

 

 手を繋いだまま、A15はそのまま目を閉じた。

 

「お休みなさい」

「うん、お休み」

 

 しばらくしてA15は眠りに落ちていった。

 その様子を、暮羽がじっと見つめていることにも気付かずに。

 

「こういうの、男じゃなくなったから許されるんだよね……。役得とか考えるべきなんだろうけど、なんだか納得いかない」

 

 暮羽は静まり返った部屋で独りごちる。その後彼女は慣れない添寝に悶々としつつも眠れない夜との格闘を始めるのだが、それはまた別の話だ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

22.月は影を作り

 僕の意識が戻った翌日。大事を取って午前は体調の様子を見て、午後から登校した。

 

「おはよう」

 

 教室に入るとクラスメイトたちが一斉に振り向く。皆一様に驚いたような表情をしていた。無理もないと思う。転校翌日から3日も休んでいたのだ。

 

「大丈夫なのか?」

「心配してたんだよー」

 

 などと声をかけられるが、正直まだ頭がぼうっとしていて状況が把握できていない。席に着くなり、隣の席でソワソワしていた一月(いちご)が話しかけてきた。

 

「もし体調が悪くなったら言って」

「うん、頼りにさせてもらうよ」

 

 恐らく授業内容は僕が既に履修し終えている内容ではあるのであまり遅れ自体は気にならないが、授業内容をノートに取る必要もあったりするので少しは気を引き締めなければならないだろう。

 僕は心配して集まって来たクラスメイト達と世間話をしたり休んでいた理由*1とか、そのような事を掻い摘んで話していると昼休みも過ぎ去っていった。

 

 そして途中登校というのもあり、5限6限と滞りなく時間は流れていき、すぐに放課後となった。帰り支度を済ませて鞄を手に持つ。

 

「暮羽、家庭科部が今日料理を作るんだって」

「へぇ、行ってきたらいいんじゃないかな」

「……来ないの?」

「病み上がりだし遠慮しておくよ」

 

 A15に誘われるがやんわりと断る。するとA15は少し寂しそうな顔をしたが、すぐに笑顔に戻って「そっか」と答えた。

 

「暮羽、また後で」

「うん。家で待ってるね」

 

 手を振り合って別れる。

 家に帰る前に寄り道でもしようかと思ったが、どうせ行くところなどないので真っ直ぐ帰宅することにした。これがぼくが高校生であるならばゲームセンターやらホビーショップに寄るだなんて考えるだろうが、先日のこともあるし女の子である僕一人では危険極まりない。

 安全な趣味を見つけるべきだろうか。

 こう、女の子らしくファッション、だとか……。いや、無しだな。僕じゃそういうのは長続きしそうにない。というより似合わない気がする。

 というか、男である僕が女性に帰化してどうする。

 元の性別に戻ったらシューティングゲームとか音ゲーだとかではっちゃけてやりたいものだ。

 

「あれ、転校生の先輩じゃないですか!」

「へ?」

 

 日本人らしい顔立ちに似つかわしくない青い瞳に、白いロングヘアーに編み込みを織り交ぜた少女だ。

 彼女は僕が振り向くと同時に小動物の様に駆け寄ってくる。

 

「……ええと、渡り廊下で会いましたっけ」

「はい! 私、成菜(なるな)といいます! 本名は長いので省略しますけど」

 

 元気よく挨拶をする彼女、成菜。思わず昔使っていた愛称で呼んでしまいそうになったが、辛うじて飲み込む事が出来たのは幸運だろう。向こうも僕が言葉に詰まった事には気がついていないので大丈夫だと思う。

 話を聞けばどうやら成菜は教室を出てからの僕のことをずっと見ていたようだ。

 

「先輩のこと、前に会った時から可愛い人だなって思ってたんですよ。なんだか昔の知り合いにも似てますし。気がついたら尾けちゃってました」

「気が付いたらで人をストーキングするものじゃないと思う」

「あははっ、すいません」

 

 成菜はまったく悪びれることも無く笑う。

 この子、本当に大丈夫なのだろうか?

 昔の知り合いに似ていると言われた時にはドキリとしたが、なんというか毒気を抜かれてしまったというか。

 

「ところで、どうして……私、が転校生だってわかったの?」

「え? 簡単ですよー。先輩は私のこと物珍しげに見なかったからです」

 

 稀有な見た目な彼女は好奇の視線にさらされやすいというのは昔に聞いた事もあった。それに打ち負けていたのが昔で今はどうとでもなっている様子を見て僕は安堵する。どういった形なのだとしても彼女の事を知れたのは良い事だったのかもしれない。

 

「私はあまり人を見た目で判断はしないように心掛けているのでそのせいかもしれませんね。それでも威圧感があったりすると体がすくみますけど」

「そう言うことは早々出来るようなものじゃないです。それに私は後輩なんだから敬語を使わないで下さいよー」

「そういう性分なんですけど……」

「むぅ」

 

 頬を膨らませる成菜だが、これは譲れない。一応年上としてのプライドもあるのだ。しかし、このままでは話が進まないので妥協案を出すことにした。

 

「そ、それじゃ、呼び捨てで呼ぶから」

「それでいいですよ」

 

 ふふんと得意げに胸を張る彼女に苦笑しつつ、僕は改めて成菜の顔を見る。こうして見ると懐かしさを覚える。ただ、彼女は僕よりも身長が高くなっていたので少し見上げる感じになってしまったのだが。

 

「ん~、やっぱりどこかで見たような気がするんですよねぇ」

「そう言われても困るんだけど」

「うー、思い出せない」

「別に無理して思い出す必要もないと思うわ」

「それもそうなのですが、こう、モヤッとすると言いますか」

「まぁ、そのうち思い出せるんじゃないかな?」

「そうだと嬉しいですね」

 

 成菜は少し残念そうではあったが、すぐに笑顔になってくれた。

 こういう切り替えの早さが彼女の魅力なのかもしれない。それから少しだけ彼女と会話をして別れる。どうやら彼女は部活に行く途中であったようで、これから生徒会に向かうのだという。

 

「ではまたお話しましょうね!」

「えぇ、またね」

 

 手を振って別れる。

 成菜の姿が見えなくなった所でやがて僕は歩き出した。先程まで成菜と話していたので気付かなかったが、辺りは夕焼けに染まっていた。空は雲一つない快晴で、夕日が目に染みるくらい眩しい。

 成菜とどのような関係を築いていくべきだろうか。新たな考え事に僕は悩みながらも帰路に着くのだった。

*1
風邪であると一月と御猿さんとで口裏を合わせている。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

23.第一水上都市の緑

黄昏ながら歩いていると見慣れない路地へと迷い込んでいた。

 このような路地は僕の記憶では見たことがない。*1

 僕は来た道を戻ろうとして振り返るとそこには先程の町並みは無く、ただ薄暗い森が広がっていた。

 

 なんだこれ。どう見てもさっきまでの街ではないし、むしろ人工物も見えない自然な環境だ。そもそも第三水上都市(サードフロント)にこのような場所があるとは思えない。

 僕にもわからない何者かに連れていかれたと考えるのが一番なのだろう。もしこれが夢であるならば明晰夢の可能性もあるが、ここまで意識ははっきりしているので現実であることはほぼ間違いないだろうし。

 まさに異常事態とも言える状況。だが、このような異常事態を起こすことが可能な存在を僕は知っている。

 

「参ったな」

 

 僕は小さく呟かれた声を聞き、慌てて振り返る。そこにいたのは長身の女性だった。薄緑の髪に赤い瞳が特徴的なその女性は、僕を見ると驚いたように目を見開く。

 

「君……どうしてここにいるんだい?」

「それはこちらのセリフなんですが……。あなたは一体誰ですか? ここはどこなんでしょうか」

「質問が多いな」

「……すみません」

 

 つい僕は反射的に謝ってしまった。だが、確かにいきなり見知らぬ相手にあれもこれも聴くのは失礼だろう。反省しないと。

 僕の目の前にいる女性、おそらくは年上の人は呆れたような表情をしていた。

 

「とりあえず自己紹介をしようか。ボクは玖渚友(くなぎさゆう)だ。よろしく頼むよ」

「え、ええと、私は、一葦暮羽です」

 

 相手の素性がわからない故にその場の流れに合わせて会話をする。もし彼女が魔女なのだとすれば彼女もまた狂っている筈だからだ。

 知っている魔女は僕こと山桐紅葉とイミテナの二人だけ。僕は魔女知らない。知らなさすぎる。だからこそ冷静に慎重に行かなくては無駄な死を重ねるだけだ。

 

「……それで、君はどうしてこんな所に来たのかわかるかい?」

「いえ、わかりません。気が付いたらこの森の中にいたんです」

「ふむ、そうなると偶然と言う事かな? それとも誰かによって意図的に連れてこられたとか」

「あの、ここって何なんでしょう」

「ここは第一水上都市(ファーストフロント)だよ。まぁ簡単に言えば世界の外と言ったところかな」

 

 第一水上都市(ファーストフロント)だって? 話にしか聞いたことはないけど確か約二十年前に大災害か何かで沈没したって……。

 そこまで考えてからすぐに一つの答えにたどり着く。これもまた魔女の仕業だったのか。だとすれば何故わざわざこの場所に呼ばれたのだろうか。

 

「それじゃあ次に行こうか。君の事を聞かせてくれないか」

「えっと、どういう意味でしょうか」

「そのままの意味さ。本当の君は何者なのか教えて欲しい。ちなみにここで嘘をつくのはあまり得策じゃないからやめた方がいいと思うぞ」

 そう言われてしまうと言い逃れはできない。それに僕は今混乱しているのだ。これ以上余計な事は考えたくない。

 なので素直に答えることにする。

 

「……僕は山桐紅葉。元男の魔女です」

 

 言えることはこれだけだ。魔女の力は一切使用できないし、万一使えたとしても狂ってしまう。

 

「ふむ。やはりそうか。しかし、そうするとおかしいな」

「おかしい、とは」

「本来ならボクの結界の内側には人間が紛れ込むことはあり得ないんだ。でも君はまだ人間なんだ。どうやって紛れ込んだのか……」

 

 まだ人間という言葉に安心を覚えてしまった。ここのところ自分のことが人間なのか理を外れた者なのかがわからなくなっていたのだ。

 

「一応言っておくと、君を連れてきたのはボクの知り合いというわけではないよ」

 

 そう言われても納得できるわけがない。彼女は明らかに僕よりも強い力を持っている。そんな存在が目的もなく僕を呼び出す理由などないはずだ。

 

「ええと、その、あなたの目的は一体何なんですか?」

「ボクの目的? うーん、そうだな。ある意味では君と同じかもね」

「同じ、ですか」

「うん。ボクはこの世界を破壊しようと思っているんだ。君のボクと同じ部分が嘆いているよ? 何故もっと"解放"させないのかって」

「……!」

 

 思わず息を飲む。それは僕の魔女たる部分が毎度言っている事だ。人の命を奪うことを彼女は"解放"と呼んでいる。

 つまりは僕も彼女も、いや彼女たちも、人を殺すことに快楽を覚えるタイプの魔女だということだ。

 

「ボクたちは似たもの同士だよね。だから仲良くなれると思わないかい?」

「……」

「沈黙は肯定とみなすよ」

「否定しても無意味みたいですね」

「もちろんさ」

 

 にっこりと微笑む彼女に僕は少しだけ警戒心を解く。少なくとも僕を今この場で害する事はなさそうだ。僕の言う"解放"だなんて殺しは真っ平御免だし、彼女の言う世界を滅ぼすだなんて言わずもがなだ。だがそれでも一つ確認しておかなければならないことがある。

 

「あの、ちょっといいですか?」

「何かな?」

「あなた、本当に魔女なんですか?」

 

 僕の質問に一瞬きょとんとした表情を浮かべた後、楽しそうに笑う。

 

「くっくっ、はははは! ああ、本当だとも。信じられないというのであれば証拠を見せようじゃないか」

 

 そういうと玖渚は右手を空に掲げる。それと同時に彼女は空中へと浮かび影で出来上がった大量の蛇に全身を貪られ……。

 一つの大蛇がそこに生まれ落ちた。

*1
都史によれば、桜海学園都市は生徒のことを考慮して敷地内は見渡しを良く造ってあり、学園都市の敷地外にある街にもそれが当てはまる



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

24.緑は黒を染めあげる

遅刻しました


「これでどうだい? 信じてもらえたかな?」

 

 恐ろしく大きな大蛇が僕に近づいて来て言う。人どころか戦車をも飲み込めそうな巨体、なんて威圧感だ。

 

「……はい」

 

 大蛇は舌をチロチロと出しながら僕に顔を近づけてくる。正直言ってかなり怖い。だけどそれ以上に恐怖を感じていることがあった。

この怪物は間違いなく魔女になった時の僕より格上の存在なのだ。そしてこの力はおそらく……。

 

「へえ、未完成でありながら魔女の力を感じられるか」

 

 分かると言っても強すぎる力だけだ。彼女程の強度がなければ分かりっこないだろう。

 

「あの、あなたは一体何なんですか?」

「ボクかい? ボクは玖渚友(くなぎさゆう)だよ。それ以外の何物でもない」

「いえ、名前ではなくて。どうしてこんなに強いんですか? それに、ここが二十年前に災害で滅んだ第一水上都市だなんて……」

「信じられないかい? なら、現に目の前に存在しているものを否定する?」

「……いえ。でも、僕の見てきたものに知っているもの、それに貴方の魔女のあり方も他の魔女とは違うような気がする」

 

 言い方には語弊がある。

 彼女は世界を滅ぼすと息巻いている時点でやや狂ってるとも言えるが常に冷静に会話をすることができる。僕自身、魔女との接触した回数が少ない故に断定はできない。だが僕が認識している魔女の在り方とは違う。

 

「褒め言葉じゃなさそうだ。ボクとしてはその方が嬉しいけどね」

「えっと、どういう意味でしょうか」

「ボクらのような存在は魔女として完成する程に精神性が歪んでいくのさ。君はきっと魔女としての素質があったんだろう。それなのに不完全なまま魔女になってしまった」

 

 不完全のまま魔女になるというのはよく分からない話だった。魔女の力とはすなわち人間の狂気であるはず。ならば完全な魔女とは一体どんな姿なのだろうか。

 

「あの、完璧な魔女って、存在するのですか?」

「存在しない。ただの空想さ。ボクはそんなものには何の興味もない。でも、まぁ、強いて言えば、ボクはボク以外の全ての人間が許せないのかもしれないね」

「……」

「ボクはボクだけの世界で生きたいんだ。他の誰かに干渉されるのは嫌いなんだ。ボクはボクが好きだから」

 

 前言撤回だ。彼女は冷静ではない。自己愛に狂っているんだ。

 

「ボクはボクを肯定してくれる存在が欲しいのさ」

「……」

「ボクがボクであることを否定しない存在がね」

「確かに魔女だと狂っていて当然話にならない、ですね」

「ボクは狂っていないからこそボクで在り続ける」

 

 自信たっぷりにそう言い放つ玖渚さん。話がやや噛み合っていないように感じるのは既に彼女が狂っている故か。

 

 会話ができるのは良いのだが、このまま会話を続けて機嫌を損ねて仕舞えばどうなってしまうのか。

 今ここで死んだとしてもきっとまた少し前の時間に戻るだけなのかもしれない。だが、いつまで続くかもわからないそれに頼りたくはない。

 

「……それで、結局のところどうなんですか?」

「結局のところ……。今君がここにいる事が真実なんじゃない?」

 

 目の前の大蛇は首を傾げることもなく言った。

 

「……あなたが本当に魔女だと言うことは理解しました。その姿を見れば納得もいきました。ここが第一水上都市なのかは……よく分かりませんけども」

 

 彼女は僕の返答に満足げに体を捻り、周りにトグロを描くように身体を滑らせる。

 

「うんうん、素直なのはいいことだ。やっぱりボクは人が好きだよ。話が通じる相手というのはいいものだ」

「そうですね」

 

 僕は適当に相槌を打つと、再び辺りを見回す。森かと思っていたがよく見れば廃墟という言葉が相応しい建物や瓦礫がそこかしこに散らばっていた。恐らくは二十年前の災害によって破壊された跡なのだろう。

 それらの隙間からは影の蛇たちが僕のことをじっと見つめていた。どうも彼らは敵意がないらしい。いや、そもそも彼らに感情があるかどうかすら怪しいのだけれど。

 

「ところで君はどうしてこんなところに?」

「それはこちらの台詞です」

「ああ、ごめんよ。君の質問には答えたんだ。今度はボクの番だよね。……そうだね。少し話をしようじゃないか。まずはお互いを知るところから始めよう」

 

 大蛇は楽しそうに目を細めると、さらに僕の周りをぐるりと一周する。

「さっきも聞いたと思うけど、君は何者だい? どうしてこの世界に紛れ込んでいる?」

「何者と聞かれても……。ただの学生ですよ」

「へぇ、学生なんだ? 学校は? 今は西暦何年?」

「……今年は2043年。第三水上都市(サードフロント)にある桜海学園都市、円月館中等学校に通ってます」

第三(サード)? 完成したんだね」

 

 もし二十年前からここに閉じ込められているとするならば彼女は災害より2年後に完成した第三水上都市のことを知らなくても当然だろう。

 

「まあ、未完成の魔女がここに意図的に紛れ込むことは難しいか」

 

 大蛇は口を開いてあくびのような仕草をした。まるで人間のような動作をする。その様はやはり奇妙であり不気味でもあった。

 

「……あの、あなたは一体何なんですか?」

「ボクかい? ボクは玖渚友だよ。それ以外の何物でもない。それ以外に説明できることはあるかい?」

 

 何度聴いたところで答えるかはないらしい。それにあまり会話において地雷となることも少なく、今のところはスムーズな会話ができているのは驚きだ。会話できるとはいえちょっとしたことですぐに激昂して殺されてしまいそうなものだと思っていたけど。

 大蛇は目を見開く様にして言う。

 

「……そうだ、私をここから連れ出して見せてくれよ」

 

 スルリと僕の足に影の蛇が絡み付く。逃がさないと言わんばかりに。

 

「君ならきっと出来るんじゃないか?」

 

 この目は見た事がある気がする。僕の力を過信している訳でもないし、過大評価をしているわけでもなく、ただ純粋に、能力を信用してくれているような眼差しだ。いったいどこにその様な要素があったと言うのだろうか。

 

「…………」

 

 無言のまま、見開かれたままの瞳を睨み返す。…………。

いや、待て。

 僕は一体なぜその視線を知っていると思ったんだ? そんなこと有り得ない。

 だって、その視線は僕がイミテナを、一月を殺すときと同じ目……。

 

「……ああ、もう魔力に当てられてダメになったか。ツマラナイ」

 

 その言葉を最後に僕の視界は影に埋め尽くされた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

25.黒と深緑

皆さまあけましておめでとうございます。
作者と拙作共々ですが本年もよろしくお願いします。


 僕も目の前には信じられないことに身に覚えのない光景が見えている。そこは僕のよく知る桜海学園都市の御桜第四(みさくらだいよん)高等学校。僕の慣れ親しんだ、通っていたはずの場所だ。ただし、そこに人の気配はなく、静寂だけが支配していた。

 いや、僕はあたかも神にでもなっているかのように学校全体を見渡すことができているが、どうしてもそこは僕の知っている場所ではないと思ってしまう。

 空は赤黒く染まり、夕日なんてものは見えない。いや、そもそもここは本当に学校の敷地内なのか? 辺りには巨大な樹木が立ち並び、まるで森の中にいるかのような錯覚すら感じる。

 まるで現実と夢が重なるような、全身が裏返されるかのような身も心もよだつ感覚。

 

 そう、色のない世界。

 

 それは僕が数週間前に嫌というほど見た景色。魔女の世界だ。

 地獄とも言えるその場所に迷い込んだ者がいた、それは僕だ。正確には男の姿を持った。魔女の作り出した悪夢の中に入り込んでしまったのだろうか

 夢の世界だったというのなら僕に記憶がないのも頷けるのだが、この状況が意味することとは一体なんだというべきなのか。

 

 僕が僕を見つけた同時刻、その世界に二つの影が顕現する。

 それは黒い大群の(からす)、そして緑の巨大な蛇。片方が玖渚友(くなぎさゆう)であることは一目瞭然だった。彼女に対峙する烏の群れも魔女であることは明白だった。

 そして両者はぶつかり合う。彼女らはその化け物のような力で以て互いを蹂躙していく。

 まるで戦争だ。

 玖渚は烏に喰われながらもその口元には笑みを浮かべていた。

 

 そして状況に変化が起こる。迷い込んだ少年(ぼく)がその場に現れたのだ。彼は突然の出来事に混乱しながらも、必死になって戦っている二つの化け物を目にする。

 化け物の蹂躙劇に一人の人間が紛れ込めばどうなるか?結果は火を見るよりも明らかだ。

 まず、その人間はすぐに死ぬ。ただの餌となるだけだ。して、少年(ぼく)もすぐにそのことに気づいた様で恐怖のあまりに身体を揺らす。しかし、だからといって逃げ出すこともできず、隠れることもできずにその場に立ち尽くしていた。

 その少年もまた瞬く間に烏たちに食い殺されることになる。当然の結果だ。

 だが、その運命はそこで変わる。

 突如として、烏たちは攻撃をやめた。理由は分からない。

 

 烏の群れから一人の女が現れ烏に囲まれて身動きの取れない僕に何かを呟きながら剣を突き刺す。

 

 なんと言ったのだろうか。聞こえない。

 

 そして少年(ぼく)は烏の群れに溶ける様に消えていく。

 少年(ぼく)が消える瞬間、視線の先の彼女が僕を見て何かを言った様な気がした。

 

 ―――逢いに行くからね。

 

 そして視界が暗転し、次に目を開けた時には先程までと同じ森の中へと戻ってきていた。

 

 ……今のはいったい何なのだろう。いや、僕はあの時蛇の群れに噛まれて確かに死んだはずなのではないのか。そのまま死ねるのであればどれだけ楽になれるのか。

 認めたくはないが認めなくてはならない事実。僕はまた玖渚友と会わなくてはならない。あいつが何者なのかは知らないけれど、少なくともあの少女に会ったことだけは間違いない。

 それにしても彼女は一体……。

 

 

 僕は森を歩く。目的があるわけじゃない。とはいえ土地勘などなく、あてどなく彷徨うように歩いているだけなのだ。

 

「……」

 

 無言で歩き続ける。森の中に人気はなく、鳥の声すらも聞こえない。それが不気味さを助長している。

 しかし、いつまでもこうやって迷ってはいられない。早く玖渚友と出会ってここから出ないと、みんな心配するだろう。

 一月だって、御新さんだって。

 仕事なのだとしても僕のことを護衛している人達なのだ。迷惑をかけたくはない。

 

「……っ」

 

 そんなことを考えている内に足下がおぼつかなくなり、膝をつく。意識に霞がかかるような感覚に襲われる。目眩だ。

これはマズイかもしれないな……。

 

 僕は木にもたれかかりつつなんとか立ち上がる。

 長い歩行による疲れとかそういったものだろうか。時間をかければこの症状も治まるはずだ。

 それを待つために僕は木の根本に座り込む。

 

 その時だ、木々の向こう側に人影を見た。

 一瞬で緊張が走る。僕は思わず息を殺し、相手の様子を窺った。

 向こう側に見える人影はゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。

 まだ距離があるので顔までは見えないが、背格好から見ても大人ではないだろう。

 こんなところで何を? いや、そもそも本当に人間なのだろうか。

 疑問が浮かぶと同時に警戒心が湧いて出る。もしもあれが魔女であるならば、迂闊に接触するのは危険すぎる。

 すると、魔女と思われる少女は僕の存在に気付いたのか、歩みを止め、僕を見つめてきた。森の薄暗さも相まってその顔が誰なのかは分からないが、少なくとも僕が勝った顔ではないのは確かだ。そう思っている間にも少女はどんどん僕に近づいて来る。このまま逃げてもよかったのだが、何故かそういう気分にはなれなかった。疲れているからだろうか。

 

 そして少女は僕のすぐ目の前に立ち止まった。彼女は僕を見下ろす形で見下ろしてくる。

 その表情はやはり読み取ることができない。魔女はそのまま黙っていたが、やがて口を開いた。

 

「……あなたはだぁれ?」

 

 鈴の音のような澄んだ声だった。見た目相応に幼げな印象を受ける。しかし、その言葉はどこか無機質で、感情というものを感じさせない。

 それはまるで人形のように。

 

 僕はその異質さから声も出ず、ただ少女の表情を窺うのみでいた。

そして少女は再び僕に問いかける。

 

「ねぇ、だぁれ?」

 

 …………。

 ……答えなければ。

 僕は喉の奥に詰まっていた言葉を吐き出すようにして言う。

 

「僕は、暮羽です……」

「ふぅん? くれはっていうの? わたしはね、ひかり。よろしくね」

 

 そう言って彼女は手を差し出す。

 握手を求めているのだろう。僕はおそるおそるその小さな手を握り返した。ひんやりとした感触。氷水の中にでも突っ込んだかのような冷たさだ。生きているとは思えない。

 僕が驚いていると、ひかりと名乗ったその少女は首を傾げた。

 

「どうしたの?」

「あ、いえ、なんでもないんですけど……。えっと、ひかりさん、ですか」

「うん」

「それで、どうしてここに?」

 

 僕が訊ねると、ひかりは少し考える素振りを見せた後、すぐに返答した。

 

「よく分かんない」

「分からないって……じゃ、どうやってここに来たか覚えてますか?」

「うーん、あんまり覚えていないかも」

「記憶喪失なんですか?」

「どうかなぁ。そんな気がするだけだけど。それよりあなたの方こそ大丈夫なの?」

 

 言われて気付いた。いつの間にやら先程の頭痛は消えている。意識もはっきりとしているし、身体の調子もいい。体調が回復したのだろうか。

 僕は自分の手足を動かしてみる。特に痺れもなく問題なく動かせる。

 それを確認した僕は立ち上がり、服についた汚れを払い落とす。それから改めてひかりの方を見る。彼女は不思議そうな顔をしていた。

 僕は彼女に訊ねる。

 

「あの、一つ聞いていいですか?」

「なぁに?」

 

ひかりはこてんと小首を傾げる。その動作がいちいち子供っぽく見えてしまうのはなぜだろうか。

まあ、そんなことは今は置いておいて……。

 

「どうして森の中にいたんですか? ここは危険な場所ですよ」

 

 そう、この場所は玖渚友とその供をする蛇たちが徘徊する森。彼女らと出会えば天然そうな彼女であれば機嫌を損ねてもおかしくはない。 

 

「……うーん」

 

 しかし、彼女は僕の問いに対して考え込むように俯き、沈黙してしまった。

 何かまずいことを言ってしまっただろうか。

 しばらくそのままでいたが、ようやく彼女が顔を上げた時には、もう何事もなかったかのように笑顔を浮かべていた。

 

「……わかんないっ!」

「……は?」

「だから、分かんないの。どうしてわたしが森の中にいるのか。全然覚えてないんだもん。ひょっとしたら迷子になったのかもしれないし、誰かに連れて来られたのかもしれなかったりするのかなぁ」

 

 無邪気に笑うひかり。

 僕は困惑しながらもなんとか返事をした。

 

「でも、どっちにしても思い出せないから仕方がないよね」「はぁ……。まぁ、確かにそうですね」

「でしょ? それよりもさ、ちょっとお願いがあるんだけど」

「はい? なんでしょう」

「おなかへっちゃった」

「……」

 

 僕は何も言わずに空を見上げた。分厚い雲が空を覆いつくしていて太陽の位置はわからない。明るさが変わりもしていないことから、もしかするとこの世界には昼も夜もないのかもしれないような気もするが。

 そして僕に耳打ちされる。

 

「食事なら目の前にあるぞ」

 

 音もなく玖渚友が僕の背後に現れていたのだ。僕は思わず飛び上がりそうになった心を押さえて、固まってしまった。その様子に気付いたのか、玖渚は怪しげな笑みを見せていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む