ある決闘者の理想郷 (ラムダエル)
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TURN0 あるデュエリストの休日 Aパート

日常パートを兼ねた前日譚です。キャラクターと世界観の掘り下げのために追加しました。本編はTURN1からです。

人物と外見
【求道奏音(きゅうどう かのん)】
女性。身体年齢は17歳。TURN0での髪型はショートボブ、黒髪。身長160センチのスレンダー体型、アジア系。
【チェス】
女性。身体年齢は42歳。白髪交じりの長髪、黒髪。身長165センチ、スレンダー体型、アジア系。
【リオール大河】
男性。6歳。
【ナーシャ池井戸】
女性。6歳。髪は明るい緑色。長髪。


 

 11年前

 

 8月15日、午後7時3分、第一地区デュエルアリーナ、オンライン・インタビューにて

 

「今日のレジェンド防衛戦は辛勝でしたね」

「挑発行為が許されている立場とはいえ、あれはやり過ぎでは?」

「それだけ追い詰められていた、ということでしょうか?」

「対戦相手のビートル蜜林檎は、今カウンセリングを受けているそうですが……」

「あなたのファンからも心配のコメントが多く寄せられて……」

 まずいとはわかっていたが、抑えきれなかった。

「うるさい!!!!!」

 レジェンド・デュエリスト、求道奏音は怒鳴り散らし、マネージャーのチェスが急いで会見配信を切った。

「奏音?大丈夫か?」

「ほっといて」

「そういうわけには行かない」

「いいからほっといて!」

 奏音は配信用のテーブルを立ち、控室を後にした。視界の端に、チェスが左腕に装着しているスマートデバイスを使って誰かと連絡を取っているのが見えた。おおかた、奏音の護衛隊を呼びだしているのだろう。付きまとわれるのは嫌なので、奏音は走りだした。通りすがった衣装部屋の前に置いてある段ボール箱の中からメタルシルバー・アーマーの衣装一式をくすねて羽織り、帰路へと向かう観客の中に混ざってデュエルアリーナを抜け出した。

 

◇◆◇◆

 

 奏音はこの巨大都市、エンドレスシティのプロデュエリストの頂点に君臨するただ一人のレジェンド・デュエリストだ。レジェンドに就いて10年目に突入し、奏音は公式には26歳になる。しかしレジェンドはデュエルによる精神エネルギー産生量が膨大で心身が不老となるため、実質的に奏音の時は17歳で止まっているのだ。

「あ、涼しい」

 思わずそう呟いてしまうほどに、八月の夜風が心地よかった。秋が近いのだろう。追っ手に見つからないよう、奏音は人の流れに身を任せ、アリーナから離れた。二万人ちかくを収容できる巨大なデュエルアリーナですら、この広大なリンクパークの施設の一つに過ぎない。ショーデュエルやフリーデュエルのための施設、各デッキコンセプトに合わせたカードショップやデュエルトレーニングジムなど、リンクパークにはデュエルの基幹に関わる施設が全て揃っている。

(隠れるならどの施設がいいかな……人が多くて見つかりづらいところは……)

 というわけで奏音は、デュエル・アミューズメント・プールに来た。ここはプールだけでなく温泉宿泊施設も兼ねているため、夜でも賑わっているし、コスプレ入場OKなのでメタルシルバー・アーマーを着たままでも怪しまれない。なにより最大の理由が、奏音はこういう施設に入ったことがないということだ。

「ドキドキする……」

スマートデバイスは控室に置いてきてしまったので、奏音が利用できるのは無料のスイミングデュエル体験コースだけだった。仕方なくそれを選び中に入り、更衣室でレンタルスクール水着に着替えた。防衛戦から着たままの聖女風衣装の畳み方など知らないので、そのままロッカーの中にぐしゃっと突っ込み、水着の上からメタルシルバー・アーマーを着た。デュエルは絶対にしたくなかったので、インストラクター・ドローンに尋ねてみる。

「ねえ、デッキを忘れちゃってさ。スイミングデュエルのデュエル抜きで頼むよ」

「レンタルデッキヲ、ゴ利用クダサイ」

「あー、自分のデッキ以外触りたくなくて……スイミングだけしたいなぁ、みたいな?」

「他ノ利用者ノ迷惑トナリマスノデ、許可デキマセン」

「なんだよ、ケチ」

「挑発行為ヲ、確認。デッキ、セット。対象ヲ、鎮圧シマス」

 インストラクター・ドローンが悪質ユーザー鎮圧デュエルモードを起動しそうだったので、奏音は逃げだした。身を隠そうと近くの遊泳プールに飛び込んだが、

(バカな?!底なしだと?!)

「あ!闇魔界の戦士ダークソードが溺れてる~」

 泳いでいる子供たちが、もがく奏音を見てキャッキャッと騒いでいる。遊泳プールは思ったより深かった。カナズチの奏音が死を覚悟した時、黒くて大きなモンスターが泳いで寄ってきた。

「サルベージ……開始……」

 おそらくはコスプレ監視員であろう暗黒大要塞鯱に引き上げられ、プールの利用客に笑われながら奏音はプールサイドに運ばれた。

(くぅぅぅ、私レジェンドなのに……屈辱だ……)

 恥ずかしさから縮こまってしまった奏音を、鯱は心肺停止と勘違いした。

「蘇生デュエル……開始……」

 鯱が手首に着けたスマートデバイスを操作し、デュエルアプリが起動し始めた。

「ほっといて!」

 奏音は慌てて立ち上がり、再び逃げ出した。

(デュエルなんて……もう、うんざりだ!)

 しかしシティにデュエルのない場所などあるはずもなかった。デュエルは文明の基盤となっているのだから。

 

150年ほど前に、人類は精神エネルギー抽出システムを発明した。人間の喜怒哀楽をエネルギーとして取り出し、熱や光、電気に変換できる時代が訪れた。デュエルは多くの感情を短時間で、手軽に、繰り返し生成できる手段として、瞬く間に産業分野に応用されていった。デュエルにより生み出されたエネルギーを動力に、ドローンが安価な労働力として普及し、人間は余暇を楽しむことでさらに多くの精神エネルギーを生み出せるようになる。誰もがデュエルをするだけで豊かな生活が手に入る好循環が出来上がったことで、社会全体に余裕が生まれ、教育や福祉制度の拡充が進み、貧困が解消されていった。

 それだけではない。人間の嫉妬や傲慢や怒りと言った負の感情さえもエネルギーに変換できるようになったため、警備や警察のドローンが『鎮圧デュエル』を行なうことで治安が劇的に改善した。精神エネルギーで臓器や免疫を刺激・活性化する『蘇生デュエル』では新種の感染症対策や難病の治療が可能になり、事故や急病の際も、その場に居合わせた者が応急処置として行うだけで、患者の生存率を大幅に上げられる。人類が抱えていた問題は悉く、デュエルを通して解決へと導かれたのだ。

 

 監視員を撒いて奏音が駆け込んだのは、ピンクにライトアップされた、ムーディなプールだった。ここだけ屋外になっており、シティの夜景が遠くに見える。

(なんか水着を着てない人がいるような……?いやあれは水の踊り子か?)

「やあ、闇魔界のお嬢さん。一人かい?」

 引き締まった肉体の赤い髪の男性が話しかけてきていた。水着、というより紐だ。局部だけはスターボーイのぬいぐるみで隠れている。男性は怪しげな気品を漂わせながら、奏音に熱い眼差しを向けている。

「その格好……君も相当、『特殊』な『デュエリスト』だね?」

(まずい?!レジェンドってばれてる?!)

 男は奏音の手を取り、その甲にキスをした。

「ぜひ『お手合わせ』、願いたいな」

「マネージャーを通してくださいっ!!!」

 

 あらゆるプールで騒ぎを起こしながら逃げ回った奏音は、最終的に施設の迷子センターに流れ着いた。

(はあ……私何やってんだろ……)

 すぐそばで、監視員たちが奏音の処遇を決めかねている

「何かわかったか?」

「ダメですね……名前を聞いても、お家を訊いても『分からない』の一点張りで……困ってしまって泣きそうですよ……」

 奏音はなんとか身バレしないように抵抗していた。アーマーもいまだに脱いでいない。

「そっちの子はどうです?」

「まるで逆だな……親を探してるみたいなんだが、施設の入場記録に該当者がいない。嘘ついてるようにも見えないから、今は区のセキュア・ガードナーに身元調査してもらってる」

 迷子センターには奏音のほかにもう一人、5~6歳ほどの小さな男の子がいた。色白でブロンドの髪だが東洋系の血も入っている顔つきだ。かなり可愛い顔で、奏音は水着でしか性別の区別がつかない。奏音とその少年は、迷子センターの受付の横のベンチに1メートルほどの間隔をあけて座っていた。

「ねえ、お姉ちゃんも……迷子なの?」

 同じ境遇の仲間だと思ったのか、少年がおずおずと尋ねてきた。とはいえこの五分間、メタルシルバー・アーマーを着たままの奏音にかなり警戒していたのだが。

「うん……まあ……」

「一人で家に帰れないの?」

「帰れないっていうか……帰りたくないっていうか……」

「なんで帰りたくないの?」

「ええと……それは……」

「お父さんにデュエルで負けたとか?」

「うちにお父さんはいない……」

「じゃあお母さん?」

「うん……あ、でもデュエルで負けたとかじゃなくて……というか私負けたことないし」

「すごい……強いんだ」

「強いけど……強いって疲れるよ……ずっと頑張んなきゃいけないし」

「デュエル、嫌いなんだ……」

 奏音はハッとした。自分がデュエルを好きかどうか、考えたこともなかったのだ。物心ついた時からデュエルで勝ち続けるためのトレーニングの日々だった。レジェンドになってからは勝つのは当たり前で、いかに試合を盛り上げるか、観客の期待に応えるか、そればかり考えていた。

「うん……私、デュエル嫌いかも……最近なんかだるいし……」

 エンドレスシティの人類にとってデュエルはもはやインフラであり、個人で稼いだ精神エネルギーを税として納めたり、ポイント化してショッピングに使ったりして暮らしている。しかしデュエルに対する向き・不向きや熱の入れようは個人差が大きいため、デュエルをあまりやりたがらない市民が安心して自立・自己実現できるようベーシック・インカム制度が導入されており、実はデュエルを全くしなくても生活は成り立つ。制度上は一個人がデュエルに縛られる必要はない。

「いいなー、僕弱いから……お姉ちゃんと家を交換したらちょうどいいね」

「ははっ、そりゃ無理だな……私は『約束』しちゃったから……」

 レジェンド・デュエリストになるには適性も必要だ。奏音は精神エネルギーの産生量がひときわ多い体質もあり、半ば自分の意思とは関係なくレジェンドに選ばれている。最初はよかった。自分の資質とその練磨が思うように結果に結びつき、充実感があった。

(あの頃は、デュエルを一応楽しめてたんだよな……)

 レジェンドはプロの頂点として存在するが、その根本的な立場は違う。

プロデュエリストは職業だ。プロを目指す者はそこに至る為の戦術研究、価値の創出、信頼の蓄積など多くの努力がいるが、皆好きで始めた者たちだからか、競争の中に身を置く割には精神衛生が健やかだ。

それに対しレジェンドは、いわば偶像、祀り上げられた存在なのだ。適性のある者にレジェンド専用デッキを与え、プロデュエリストの最後の敵として君臨させる。プロが勝てば、レジェンドの称号と地位を奪うこともできるが、制約の多い立場ゆえに入れ替わりを希望しない者も多く、その際は奏音のような適性者が次のレジェンドを継承する。制約とはずばり人権の制限だ。レジェンドはイメージ戦略のため許可なく外出できず、厳格な生活管理を受ける。代わりにデュエル中の横暴が多少認められており、歴代のレジェンドには徹底的にヒールを演じた者もいるくらいだ。そして一番厄介な制約が『プロに倒されない限りレジェンドを辞めることができない』点だ。

(私……いつまで続けるんだろ、これ)

 奏音は強過ぎた。これまでレジェンドは最長でも5年しか続いていないが、奏音は既に10年目に突入している。現マネージャーで保護者でもあるチェスと交わした『約束』によりレジェンドを始めたが、最近たまに、上手く言い表せない虚しい感覚に襲われる。無理やり自分を奮い立たせた結果、今日は対戦相手を挑発し過ぎて罵り合いとなってしまった。

(ビートル蜜林檎、カウンセリング受けてるって言ってたな……悪いことしちゃった)

 デュエルを通して怒りの精神エネルギーを発散できればよかったのだが、そうなる前に奏音が彼女を倒してしまった。会場がなんとも後味の悪い空気に包まれ、新人MCのリドラー吉本が必死にフォローする羽目になった。

(こんな気分になるためにデュエルしてるんじゃないのに……)

 隣の少年が声を上げ、奏音を現実に引き戻した。

「お姉ちゃん!ほら!あそこでデュエルしてる!」

 『流れるプール』に人だかりができている。浮き輪を付けた何組かの客たちが、プール内で水に流されながらデュエルしているのが目に入る。デュエルなんて今は見たくもなかったが、日ごろのデュエルトレーニングのせいで、親子やカップルの戦術や戦況をつい分析してしまう。

「どっちが勝つと思う?お姉ちゃん強いからわかるんじゃない?」

「うーん、レンタル用のシンプルデッキ同士みたいだから、単純に考えて、手札やフィールドが多い方が勝つよ。ライフなんて減るときはあっという間だし」

 一組のカップルの戦いが決着に差し掛かっていた。互いにライフは2000を切る接戦のようだが、彼氏の方は手札が四枚でフィールドがゼロ、彼女の方は手札が一枚でフィールドは一枚セットモンスターのみだ。

「私は、このモンスターを反転召喚!【聖なる魔術師】のリバース効果!」

 

《墓地の魔法カード1枚を対象。それを手札に戻す》

 

「そのまま【カクタス】をアドバンス召喚!攻撃!」

「ぐわぁっ!」

 

《彼氏 LP1900→200》

 

 少年が無邪気に言った。

「これはもうあっちのお姉ちゃんの勝ちだよ!間違いない!」

 奏音は大人げないことに、鼻で笑った。

「それはどうかな?あの女は焦ってミスをした。リバース効果で【死者蘇生】を回収してたのに使わなかった。ここで勝機を逃したら、男の方は次のターンで手札5枚だ。逆転負けもあるね」

 彼氏のターンになった。得意げに見栄を切る。

「このターンで、逆転してやるぜ!」

(男の方もプレイングミスに気づいてないのか……やっぱ民間人じゃこのレベル……)

 ドドドドという音でさすがの奏音もデュエルから目をそらした。プールの水流が、命の危険を感じるレベルの激流になって押し寄せてきている。

「激流葬が来たぞ!逃げろ!」

 デュエル中の客たちが自分たちのカードを抱え、慌ててプールから上がろうとするも、間に合わず波に飲まれていった。激流葬はすぐに収まり、沈んでいたデュエリストたちはゲラゲラ笑いながら浮上してきた。

「モンスター全滅しちゃったよ!」

「俺なんかライフも減ってる!」

「て、手札が波に……」

「私もカクタスがやられた……けど【死者蘇生】は無事!」

 奏音達が批評していたカップルは女の勝利で決着がついた。男は逆転のカードを全て波にさらわれてしまい、何もできなかったのだ。

「僕の予想が当たったよお姉ちゃん!」

「いや聞いてねえよこんな特殊ルール!何が『流れるプール』だよ!『流されるプール』じゃん?!完全に運ゲーじゃん?!デュエルの腕を競えよ!」

 奏音の剣幕に少年は驚いていたが、すぐに笑い出した。

「お姉ちゃん、やっぱりデュエル好きなんじゃん」

「はあ?!あんまりナマ言うと後攻ワンキルするぞ?」

 爆笑する少年を奏音は勢いに任せて捕まえたが、喧嘩などしたこともなくどうすればいいかわからずに、とりあえずそのまま少年をくすぐりだした。

「うひゃっ!ずるい!こんなのずるいよぉ!ジャッジー!」

「何やってるのお前!!!」

 突然怒鳴られて奏音はびっくりした。怒鳴ったのは少年でも迷子センターの監視員でもない。じゃれあう二人を睨み付ける、これまた5~6歳ほどの小さな女の子がいた。少年が怯えた声でつぶやく。

「見つかった……」

「リオールこんなとこにいたの?誰その女?」

 ずっと様子を見ていた監視員が話に入ってきた。

「君は……リオール君のお友達かな?」

「はい。私はナーシャって言います。六歳です。リオールの幼馴染です。」

「幼馴染?」

「14区に住んでます。リオールは近所の養護施設の子なんです。」

「違うよ!」

 リオールが叫んだ。

「僕は今日、お母さんとお父さんと一緒にここに来たんだ!施設なんて知らない!君なんて知らない!」

「何言ってるのリオール、今日は私のパパとママに連れてきてもらったでしょ!それにあんた、遺伝子バンク生まれで親はいないってこの間教えてくれたじゃん!」

「そんなの知らない!帰ってよ!」

 奏音は混乱していた。二人の言い分が、というより記憶が食い違っている。それもかなり根本的なところからだ。

「はいはい、喧嘩しないの。二人とも、こういう時はどうすればいいか、分かるよね?」

 監視員はしゃがみ、言い争う二人に割って入った。ナーシャはニヤリと笑うと、自分の左手首に着けているスマートデバイスでデュエルアプリを起動した。

「私が正しいって証明してあげる」

 リオールは、というと、デバイスに手をかけてはいたが、ためらっていた。奏音は先ほどの会話を思い出す。

(そういやこの子、デュエルは弱いって……)

 エンドレスシティでは、意見の対立が起きた際はデュエルで決着をつけるのが主流だ。勝った方が自分の主張を通すことが多いが、負けたからといって否定されたり服従したりするわけではない。本当の目的は、勝負を通じた相互理解なのだが……

「ほら、やるの?やらないの?まあ、どうせやってもいつもみたいに私にボコボコにされるだけだし、今謝れば、私のこと知らないって言ったの許してあげるけど?」

 子供は、ただ自分の優位を示すための勝負事だと思ってしまいがちなのだ。

「……やるよ」

 その場にいた他の全員が声を上げて驚き、全員が同じ方向を……奏音を見た。

「私がリオール君の代わりにデュエルするよ」

「ちょっ、意味わかんない!お前リオールのなんなわけ?!」

「友達さ」

 奏音はリオールに手を差し出した。

「君のデッキ、貸して。あの生意気なガキを粉砕してあげる」

「でも、お姉ちゃんデュエルしたくないんじゃ……」

「急にやりたくなったの……だから早くデバイスよこしな。私の気が変わる前に」

 

 

Bパートへ続く。

 

 




本編と矛盾しているような描写に気づくかも知れませんが、『創造者』が色々頑張っただけで、作者が間違えているわけではないです。


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TURN0 あるデュエリストの休日 Bパート

※オリカ、オリジナルスキルが出てきます。また、原作・アニメ・OCGで活躍した一部のカードやテーマが存在しない世界線だと思ってください


 

 

 

 監視員が奏音の肩に手を置いた。

「あのねぇ君、これは子供同士の諍いで―」

「私も17歳だから実質子供だよ」

 17歳で不老になっただけで本当は26歳ということは都合よく忘れることにした。ナーシャが怒り出す。

「17歳でもずるいでしょ!私たち6歳なのに!」

「でも6歳のデッキ借りますぅ~!君いつも勝ってるんですよねぇ?平気じゃないんですかぁ~?」

「な、なにぃ~?!」

「ちょっと煽らない、煽らない!」

 監視員が奏音を取り押さえようとする間に、ナーシャはデュエルの準備を始めた。

「やってやるもん!!リオールのデッキは知り尽くしてる!!14区ジュニアチャンピオンの私に挑んだことを後悔させてあげるから!」

「やめなよ君たち!リオール君も、このダークソードに……ってうそでしょ?!」

 リオールは既にデバイスを外していた。

「お姉ちゃん、助けて……」

「任せな」

 奏音は監視員のホールドをするりと抜けると、リオールの手からデバイスを受け取り装着した。奏音は公式試合では実物のカードを使うが、トレーニングではアプリを使う。奏音は慣れた手つきでデバイスを操作しデュエルアプリを見つけたが、違和感を覚えた。

(この子のデバイス……アプリ少ない……?デュエル用のものと緊急連絡ツールしかない……カメラとか動画とか音楽とか、この子は使わないのかな……)

 自動抽選機能により、デュエルの先攻は奏音が取った。

 

《求道奏音(アカウントはリオール大河) LP8000》

《ナーシャ池井戸 LP8000》

 

「ほらダークソード女、後攻ワンキルされないように頑張ってね?」

(6歳とは思えない煽りタクティクス……この子、場数踏んでるな)

「私のターン!メインフェイズ!まずはこれだ、【深淵の指名者】!コストで1000ライフを払う!」

 

【深淵の指名者】

《通常魔法:種族と属性を1つずつ宣言する。相手は両方を満たすモンスターを手札またはデッキから1枚墓地へ送る》

 

「お姉ちゃん、あの子のデッキが分からないんじゃ意味ないよ!」

「分からないフリしないで!あんたはいつも―」

「地属性・昆虫族」

 奏音が迷わず宣言したので、リオールとナーシャはきょとんとしている。

 

《該当カードはデッキに存在しません》

 

 ガイド表示が出て、ナーシャは笑った。

「何それ、あてずっぽう?!」

「ああ、あてずっぽうだよ。でもこれで君のデッキが、私の苦手な【ゴキ○リ】系のデッキじゃないことがわかった」

「そんなの使わないし!」

 ちなみに【G】デッキを使っていたのがビートル蜜林檎である。

 

《奏音 LP8000→7000》

 

 ナーシャは苛立ってはいたが、奏音のライフ減少に何か察したようだった。

「これって……」

「私のライフが1000減ったことで、スキル発動!【融合の使い手】!」

 

《手札一枚をデッキに戻し、デッキ外から【融合】を一枚手札に加える》

 

 アプリによるデジタル・カードゲームだからこそできる、スキルによるデッキ外カード戦術。当然奏音はこの有用性を把握している。

「今加えた【融合】を発動!手札の【マグネッツ1号】と【マグネッツ2号】を墓素材とし、いでよ【カルボナーラ戦士】!」

 紫の鎧に身を包んだ、イタリア系の剣士が現れた。

 

《地属性・戦士族・融合・✪4》《ATK1500》

 

「さらに【融合武器スパゲッティブレード】を装備!攻撃力アップだ!」

 

《ATK1500→3000》

 

     

     

     

    

    

※カ……カルボナーラ戦士、ス……融合武器スパゲッティブレード

 

「私はこれでターンエンド」

「お姉ちゃんすごい!僕の最強コンボをいきなり決めるなんて!【深淵の指名者】もあんな使い道があったなんて知らなかったし、本当に強いんだね!」

「私のこと信じてなかったの?!」

「そこうるさいよ!」

 ナーシャが一気に不機嫌になった。

「そんなモンスター、私ならワンパンだから。私のターン!」

 奏音はナーシャを観察している。

(ワンパン……パワー型のデッキか……?)

「私は手札から【パワー・サプライヤー】を墓地に送って、【パワー・ジャイアント】を特殊召喚!」

 カラフルなおもちゃのロボットみたいなモンスターだ。奏音はこういうデザインが好みなのだが、レジェンド専用デッキには入れさせてもらえない。

「このカードはコストにしたモンスターのレベル分、自分のレベルが下がるの」

 

《地属性・岩石族・効果・✪6→4》《ATK2200》

 

「さらに魔法カード【能力調整(パワー・チューン)】発動!」

 

《自分の全モンスターのレベルをエンドフェイズまで1下げる》

 

 パワー・ジャイアントのレベルがさらに下がり3になった。奏音は確信した。

(やはり!【力こそパワー】デッキ!ジュニアチャンピオンははったりじゃない!)

「そして私は【パワード・チューナー】を召喚!」

 青みがかった皮膚の、獰猛そうな竜だ。リオールが叫ぶ!

「チューナーだ!チューナーが来た!」

「リオール!何度言えばわかるの!こいつはチューナーじゃないの!」

 

《水属性・ドラゴン族・効果・✪4》《ATK1400》

《永続効果:フィールドのチューナー1体につき500、攻撃力が上がる》

 

「ここでスキル【パワー解放】を発動!」

 

《墓地の【パワー】カードを全て手札に戻し、その枚数によって自分のモンスター1体に強化効果を付与する。戻したカードはこのターン発動・召喚・特殊召喚できない》

 

「私は墓地の【能力調整】と【パワー・サプライヤー】を手札に回収して、【パワード・チューナー】を強化する!」

 

《2枚以上:このカードをチューナーとして扱う》

 

「やっぱりチューナーじゃないか!」

 リオールが突っ込んだ。

「レベル3のパワー・ジャイアントに、レベル4のパワード・チューナーをチューニング!」

 パワー・ジャイアントの胴体が開き、その空間にパワード・チューナーが乗り込んだ。チューナーとシンクロが起きてジャイアントの体が変形を始める。奏音は見とれてしまっていた。

(か、かっこいい……)

「シンクロ召喚!レベル7!【パワー・ツール・ドラゴン】!」

 両腕に工具のような武具を付けた、おもちゃのドラゴンになった。メタリックなボディに黄色のフレーム、丸い目がどこか愛らしい。

 

《地属性・機械族・シンクロ/効果・✪7》《ATK2300》

 

「起動効果発動!パワー・サーチ!」

 

《装備魔法をランダムに選んでください》

 

 ナーシャがデッキから欲しい装備魔法を3枚見せ、奏音がそこから選んだ1枚がナーシャの手札に加わる、という手順だが……この効果の性質上、三枚とも同じカードを選ぶのが一般的だ。

 

【ガーディアンの力】

【ガーディアンの力】

【ガーディアンの力】

 

 リオールが非難する。

「こんなのずるいよ!」

「いつもやってるでしょ!」

「知らないもん!」

 奏音が適当に1枚選び、ナーシャは【ガーディアンの力】を手札に加えた。

「私は今加えた【ガーディアンの力】と手札の【魔導師の力】を【パワー・ツール・ドラゴン】に装備!」

 

《ATK2300→3300》

 

「手札に戻した【能力調整】もセット!【魔導師の力】の効果でさらに攻撃力上昇!」

 

《ATK3300→3800》

 

「バトルフェイズに突入!パワー・ツールで、お前の雑魚戦士を攻撃!クラフティ・ブレイク!」

 

《【ガーディアンの力】の効果発動、魔力カウンターをチャージします》

《ATK3800→4300》

 

「攻撃力がさらに上がった!」

 リオールが恐怖の悲鳴を上げている。カルボナーラ戦士はあっけなく散った。

 

《奏音 LP7000→5700》

 

 ナーシャは勝ち誇っていた。

「私、知ってるんだから。そのデッキは今の3000が最高攻撃力でしょ?もう負け確定じゃん」

 一方奏音はあくまで冷静だった。

「それより早く私のターンやりたいんだけど」

 ナーシャは舌打ちし、ターンエンドを宣言した。

「このエンドフェイズに、墓地に送られた【融合武器スパゲティブレード】の効果発動!」

 

《墓地の【マグネッツ】2体を特殊召喚》

 

「おいで!【マグネッツ1号】、【マグネッツ2号】!」

 青と黄色の、二体のマグネッツが復活した。

 

《地属性・戦士族・通常・✪3》《ATK1000》《ATK500》

 

※魔……魔導師の力、ガ……ガーディアンの力、伏……伏せカード(能力調整)、パ……パワー・ツール・ドラゴン

  

    

     

   

     

※1……マグネッツ1号、2……マグネッツ2号

 

(【力こそパワー】デッキなら、【マグネッツ】デッキのアレが効くな……)

「私のターン、ドロー……いいカードだ……魔法カード【磁界の宝札】!」

 

《墓地に【カルボナーラ戦士】が存在する場合、カードを3枚ドローする》

 

「続いて、ライフが再び1000以上減ったので、スキル発動!【融合の使い手】!」

 

《手札1枚をデッキに戻し、デッキ外から【融合】を手札に加える》

 

「【融合】発動!場の二体のマグネッツで、【カルボナーラ戦士】を融合召喚!」

 再び、紫色のイタリア系剣士が現れた。それを見たナーシャが笑った。

「プレミじゃん、そこは【ポモドーロ戦士】でしょ?」

 奏音は一切気にせず、次のカードを出す。

「今度は800ライフを払って、【再融合】発動!甦れ!【カルボナーラ戦士】!」

 

《奏音 LP5700→4900》

《装備魔法:墓地の融合モンスター1体を対象。それを特殊召喚しこのカードを装備する》

 

 紫色のイタリア系剣士が二体になった。

 

  

    

     

   

    

 

 

「何がしたいの?」

 奏音は大きく息を吸い、いつもレジェンド戦でやっているように腹から大きな声を出した。

「マグネッツたちは磁力の戦士!ピンチの時には仲間とくっつく!二人が一人に、一人が二人分!」

「は?」

 あっけにとられるナーシャに代わり、リオールが応える。

「ストラクチャーデッキ!マグネッツの結束!!!」

「「好評発売中!!!!」」

 奏音とリオールの声が重なり、二人は笑い出した。

「お姉ちゃん、知ってたんだね、マグネッツ!」

「私はあらゆるブースターパックとストラクチャーデッキを知り尽くしてる……CMも含めてね」

「なによぉ!二人して楽しそうに!」

 ナーシャが不機嫌に叫び、成り行きに不安を感じた監視員が彼女に駆け寄る。しかしナーシャは監視員の慰めを払いのけた。

「ムカつく!雑魚の癖に!!」

 奏音は人差し指をたて、チッチッと舌を鳴らした。

「ナーシャちゃん、君の知らないマグネッツ戦術を見せてあげるよ」

「そんなのあるわけ―」

「エクシーズ召喚!二体の【カルボナーラ戦士】で、オーバーレイ!」

「エ、エクシーズ?!」

 場に出現した銀河に、二体の剣士が吸い込まれた。閃光と共に銀河を裂いて現れたのは、真っ白なイタリア風剣士……ならぬ拳士だった。

 

【ジェノベーゼ戦士】

《地属性・戦士族・エクシーズ/効果・ランク4》《ATK1500》

 

「なにそれぇっ?!?!」

「すごい、ジェノベーゼ戦士だ……僕も出したことないのに」

 ナーシャはリオールが使ったことのないモンスターは知らないようだった。

「で、でも、攻撃力1500って弱すぎない?!」

 奏音はほくそ笑んだ。

「ほんとに弱いかどうか、試してみようか……バトルフェイズ!」

「は?たった1500で攻撃する気?!」

「もちろん!行けっ!ジェノベーゼ戦士!」

 ジェノベーゼ戦士はパワー・ツール・ドラゴンに殴りかかった

「上等よ!【ガーディアンの力】の効果発動!」

 

《魔力カウンターをチャージします》

《【パワー・ツール・ドラゴン】ATK4300→4800》

 

 ジェノベーゼ戦士の拳とパワー・ツール・ドラゴンのクラフティ・ブレイクが激突し、閃光が走った。次の瞬間、パワー・ツール・ドラゴンは弾き飛ばされていた。

「なんでっ?!」

「これがジェノベーゼ戦士の効果……電磁コーティングボディによる超反発さ」

 

《【ジェノベーゼ戦士】》

《永続効果:【カルボナーラ戦士】をエクシーズ素材としたこのカードは戦闘では破壊されず、発生するダメージは全て相手が代わりに受ける》

 

「そ、そんな……じゃあ今ので私は……」

「3300のダメージを受けてるよ」

 

《ナーシャLP8000→4700》

 

「まだ私のバトルフェイズは終わってないよ!【ジェノベーゼ戦士】は二回攻撃できる!」

「嘘でしょ?」

 ジェノベーゼ戦士の全身がバチバチとエネルギーを帯び始めた。

「もう一度パワー・ツールを攻撃!エレクトロ・マグネ・ストライク!」

 

《【ガーディアンの力】の効果発動、魔力カウンターをチャージします》

《【パワー・ツール・ドラゴン】ATK4800→5300》

 

「やだ、攻撃力がさらにあがって……きゃあっ!」

 3800の反射ダメージがナーシャを襲った。

 

《ナーシャLP900》

 

「メインフェイズ2!オーバーレイ・ユニットを使って【ジェノベーゼ戦士】の効果発動!」

 

《エクシーズ素材を1つ取り除き発動。自分のEXデッキのモンスターを全て墓地へ送る。送ったカードの種類と同じ数のカード名を宣言し、相手のEXデッキに宣言したカードがあれば、同名カードを含めた全てを自分のEXデッキに加える。次の自分のターン終了時にそれらは相手のEXデッキにもどる》

 

 表示された効果ガイドをナーシャはすぐには理解できていないようだった。奏音が解説する。

「要は君のEXデッキのカードを磁力で私のところにくっつけるってことさ」

「そ、そんな?!」

 リオールがすかさず突っ込んだ。

「でもお姉ちゃん!あの子のデッキのカード知らないでしょ?今度は属性・種族どころかカード名を宣言しなくちゃいけないんだよ?!」

「さっき言ったろ?私はあらゆるブースターパック・ストラクチャーデッキを知り尽くしてるって」

「あっ!」

「ナーシャちゃんのデッキはデザイナーデュエリスト・マッスル剛力の【力こそパワー】デッキの簡易版ストラクチャーデッキなんだ。ジュニアチャンピオンなら賞品としてもらってるはず」

「でも、デッキを改造してたら?」

「それはない。スキル【パワー解放】の条件でデッキとエクストラデッキのカードが固定されちゃうからね。そのデッキで使えるEXモンスターは最大でも5種類しかない」

 リオールもナーシャも、奏音のカード知識に圧倒されていた。

「お前……何なの?」

「ただの家出中のダークソードさ……行くよ!私は自分のEXデッキから【カルボナーラ戦士】【ポモドーロ戦士】【ペスカトーレ戦士】【ボロネーゼ戦士】【ジェノベーゼ戦士】の5種類、合計12枚を全て墓地に送る!」

 5人のイタリア系剣士がプラズマ状になって現れた。

「続いて君のEXデッキのカード5種類、【パワー・ツール・ドラゴン】【機械竜パワー・ツール】【インゼクトロン・パワード】【パワー・コードトーカー】【剛鬼ザ・パワーロード・オーガ】を私のデッキに引き寄せる!」

 5体のプラズマがナーシャのEXデッキに入り込むと、磁力を帯びた14枚のカードが次々に飛び出し、奏音のEXデッキへ吸い込まれていった。リオールはすっかり興奮している。

「これで次のターンの反撃を封じるんだね!これが【ジェノベーゼ戦士】の使い方なんだ!」

 両者のデッキと戦術を把握している奏音には、既に勝利までのルートがいくつか見えていた。渾身のドヤ顔をしてやろうと思ったその時、ナーシャが泣きそうになっていることに気づいた。ちらりと横を見ると、監視員も咎めるような視線で奏音を見ている。急に恥ずかしくなってきた。

(や、やりすぎたぁ……)

 このままではビートル戦のような、たいへん気まずい勝利を収めてしまうと直感した。

(ど、どうする私……負けてあげるか?いやこの状況からだと難しいぞ……仮にできても、それでこの子たちの溝が埋まるのか……?)

 勝ってリオールの立場を守ったとしても、現状では二人の喧嘩別れは避けられない。彼が遠い将来、通りすがりのダークソード女に打ち負かされたナーシャの気持ちを想像できるようになった時、奏音と同じ葛藤を抱えてしまうのではないか……本当の意味で冷静になった奏音は、そこまで思い至ることができた。

(こんな気分になるために……デュエルはあるんじゃないよな……)

「私はカードを一枚伏せ、ターンエンド……の前に」

 奏音は突然、威厳を醸し出すかのように派手な咳ばらいをした。

(ここは!君に賭ける!)

「ところで、リオール君。君はどのくらいナーシャちゃんのことを知っているのかね?」

「えっ?!」

 リオールだけでなく、他の二人も不思議そうに奏音を見た。

「だから、ナ、ナーシャちゃんのことは、全く―」

「それはいかんよ、君ぃ!」

 奏音は今、昔戦った芸人デュエリストの大げさなしゃべり方を真似ている。

「ただナーシャちゃんに勝っても、何も解決しないのだよ……私はね、君たちの言い分がどうして平行線なのか、落ち着いて話し合うべきだと思うんだよ」

 奏音がそう言いながらナーシャにも目を向けた。ぽかんとしている。視界の隅から監視員の痛い視線が刺さってきていたが、奏音は話し続ける。

「よ、よく聞くんだ二人とも。相手について知ってると、物事は選択肢が増えるのだよ。逆に知らないというだけで、不覚を取ることもある……デュエルと同じさ」

 奏音が説いているのは、デュエルを通じた相互理解のことだ。果たしてこの概念が6歳に伝わるのか、奏音は自信がなかったが……幸いにもリオールは奏音の言葉を理解したようで、ナーシャの方を一瞬見て、それから奏音の方を見た。目に決意が宿っている。

「お姉ちゃん……やっぱり、僕がデュエルしてもいい?」

「よかろう」

(よし来たぁぁぁ!!!これで、空気がリセットされる!!!)

 奏音は腕のマルチデバイスを外し、近づいてきたリオールに返した。リオールは迷わずそれを自らの腕に装着し、再びナーシャの方を見て、きっぱりと告げる。

「僕は本当に、ナ、ナーシャちゃんのことを知らない……でも君は僕の名前も、僕のデッキも知ってるんだよね」

 ナーシャは、それだけは譲れないと言わんばかりに力強くうなずいた。リオールはそんな彼女を見て考え込む。

「もしかして……僕って二人いるのかな」

「そんなわけないでしょ」

 ナーシャが鋭く返したが、同時に吹き出した。リオールもつられて笑う。

「何笑ってんのよ!まだデュエル中でしょ!」

 ナーシャが一気に闘志を取り戻した。

「ちょっと新しいモンスター出せたくらいでいい気にならないで!私のターンやるよ!」

 

  

    

     

    

    

※ジ……ジェノベーゼ戦士

 

 デュエルが再開された。ナーシャが諦めずにデッキを回している。様子を見守っていた監視員が、安堵のため息をつくと、ギャラリーに加わった奏音に言う。

「なんだかいい雰囲気になってきたよ。君は最初からここまで考えてたの?」

「も、もちろん」

(危なかったぁ……子供の心に傷痕残すところだったぁ……)

 ナーシャが大声を上げた。形勢逆転の道筋が見えたらしい。

「さらに、この二体目のパワー・ジャイアントとパワー・ツール・ドラゴンをリリース!」

「あれが来るな」

 奏音がつぶやき、隣の監視員が尋ねる。

「あれって?」

「エクストラデッキを封じられた以上、【力こそパワー】デッキで【ジェノベーゼ戦士】を突破する方法は一つしかない」

「アドバンス召喚!【パワードクロウラー】!」

 とげの付いた、巨大なキャタピラ戦車が出撃してきた。主砲が二本、車体の両脇に搭載されている。

 

《地属性・機械族・効果・✪7》《ATK2700》

《誘発効果:このカードより低い攻撃力を持つ相手モンスター1体を選んで破壊する》

 

 パワードクロウラーが急加速、突進によりジェノベーゼ戦士が撃破された。

「そんな!僕のジェノベーゼ……」

「まだまだ!スキル発動!【パワー解放】!私の墓地から【パワー】カードを6枚回収!」

 

《2枚以上:このカードをチューナーとして扱う》

《4枚以上:このカードへの攻撃力増加効果は二倍になる》

《6枚以上:手札の効果モンスター2枚を見せ、それらの効果を、このカードの効果として適用する》

 

「【パワード・チューナー】の永続効果と【パワー・サプライヤー】の起動効果を吸収!」

 

《ATK2700+500*2+400*2=4500》

 

 あっという間に上がった攻撃力に慄いたのか、リオールはつい、セットカードを発動してしまった。

「ト、トラップカード!【不屈のマグネッツ】!」

 

《墓地のモンスター1体を対象。そのモンスターおよび、そのモンスターと攻撃力・守備力の合計が同じモンスターを可能な限り守備表示で特殊召喚(効果は無効)》

 

 蘇生制限を満たしているカルボナーラ戦士2体とジェノベーゼ戦士1体が復活した。リオールがこの三体を盾とするつもりなのは明らかだ。ナーシャが高笑いする。

「私がさっき【パワー・ツール】で加えたカードを忘れたの?【強制突撃パワー】!」

 

《装備魔法:装備対象の攻撃力は1000アップ!相手モンスターすべては強制的に攻撃表示になる》

《【パワードクロウラー】ATK4500→5500》

《【カルボナーラ戦士】2体ATK1500》《【ジェノベーゼ戦士】ATK1500》

 

「しまった!」

「バトルフェイズよ!パワードクロウラーのバスターキャノンを食らいなさーい!!!」

 超火力の砲撃により、カルボナーラ戦士が木っ端みじんになった。

「うわあああああ!!」

 

《リオールLP4900→900》

 

※強……強制突撃パワー

    

    

     

   

     

 

 

「あたしのターンはこれで終わり……それにしても、あんたほんとに私のカード知らないのね……【強制突撃パワー】があるのに、【不屈のマグネッツ】をメインフェイズに使うなんて……どうしちゃったのよ……まあ結果は同じだけど……」

 ナーシャはもう怒ってはいなかった。むしろ心配そうだった。奏音はふと、先ほどの疑問を思い出した。

「監視員さん、リオール君のデバイスは確認した?」

「緊急連絡ツールあるのは確認したけど、それ以外はプライバシーに関わるよ?」

「私さっき覗いたんだけどさ」

「おい」

「ほとんどのアプリが入ってなかったんだ。最近の子はそういうもんなの?」

 リオールは気づいていなかったようで、自分のデバイスをチェックし、驚きの声を上げた。

「写真のアルバムまで消えてる……」

 ナーシャが駆け寄ってきてリオールのデバイスを覗き込んだ。監視員はそれを注意しようとしたが黙った。覗きこそしないが気になるらしい。

「嘘でしょ?私が送ったリオールのクソコラ画像も消えちゃったの?!」

「知らないけどそれは消えてよかったよ……」

 二人の様子を見ていた監視員が何かに気づき、血相を変えて奏音の方を見た。

「デュエルは私が見てるよ」

「協力感謝します」

 監視員は子供たちを視界に入れながらも少し離れると、応援を呼ぶために通信アプリを起動した。さすがに通話内容までは聞こえないので、奏音は子供たちに向き直る。

「ほら、ナーシャちゃん。リオール君のラストターンやらせてあげな」

「あ、そっか。でも勝負はもうついたでしょ?」

 パワードクロウラーには相手モンスターに攻撃を強いる効果がある。強制突撃パワーで守備表示に変更することもできない以上、次のリオールのターンで決着がつく。

「うん、次で決まる……でも君の勝ちじゃないかも」

 そう答えたのは意外にも、リオールだった。ナーシャが目を丸くする。

「あんたのデッキのカードじゃ無理でしょ?!EXデッキだってダークソード女が使い切ったじゃない!」

「うん。無理だね、僕のカードだけなら」

 ナーシャはハッとし、急いで自分の位置に戻った。リオールは奏音を見た。奏音が頷く。

「僕のターン……お願い!」

 リオールが引いたカードは、

「召喚!マグネッツ1号!」

 

《ATK1000》

 

「そして場のカルボナーラ戦士、ジェノベーゼ戦士、マグネッツ1号を素材に、リ、リンク召喚!LINK-3!【パワー・コードトーカー】!」

 赤い装甲に身を包んだ戦士が現れた。その肉体は人のようでも機械のようでもある。

 

《炎属性・サイバース族・LINK-3/効果》《ATK2300》

▷△◁

◀ ▶

▶▽◁

 

「もう~あたしのカードなのにぃ!」

 ナーシャが地団駄を踏んでいる。奏音は微笑んだ。

(リオール君は彼女のカードを知ろうとしたから、使うという選択肢に気づけた……子供の急成長ってすごいな……)

「効果発動!ワイヤー・リストラクション!対象は【パワードクロウラー】だ!」

 パワー・コードトーカーの右手のガントレットが展開し、巨大なクローがワイヤーと共に射出された。パワードクロウラーがクローに捕獲され、身動きが取れなくなる。

 

《起動効果:表側モンスター1体を対象。その効果をターン終了時まで無効にする》

《【パワードクロウラー】ATK5500→3700》

 

 スキルで付与した攻撃力増加効果はパワードクロウラー自身の効果という扱いなのだ。

「まだ攻撃力はこっちの方が上よ!【パワー・コード】のもう一つの効果使うには、あと一体モンスター必要だし!」

「僕がさっきのターンに使ったカードを忘れたの?」

「え?!」

「墓地の【不屈のマグネッツ】の効果発動!」

 

《墓地の攻撃力の異なる二体を対象。その攻撃力の差と同じ数値の攻撃力を持つモンスターを可能な限り、墓地から特殊召喚(同名モンスターは一体まで)》

 

「僕はカルボナーラ戦士とマグネッツ1号を対象にして……甦れ!」

 

【マグネッツ2号】《ATK500》

 

「あぁぁ、そうだったぁ……!」

 

    

    

    

    

     

 

「バトルフェイズ!パワー・コードトーカーで、パワークロウラーを攻撃!さらにリンク先に置かれているマグネッツ2号をリリースして、誘発即時効果発動!」

 

《攻撃力が元々の数値の二倍になる》

《【パワー・コードトーカー】ATK2300→4600》

 

「これで決めるよ!ナーシャ!」

「ふえっ?!?!」

 ワイヤーが巻き取られ、その勢いを利用してパワー・コードトーカーが戦車に突っ込む。

「パワー・ターミネーションスマッシュ!!!」

 パワードクロウラーが爆散した。見慣れたホログラムの爆破演出だったが、不思議と奏音は清々しい気分になった。

(この子たちから、デュエルを取り上げなくて良かったな……)

 

《ナーシャLP900→0》

《勝者:リオール大河》

 

「か、勝った……」

 リオールは実感が湧かないのか、茫然としていた。すると顔を紅潮させたナーシャが近づいてきた。まだ不機嫌なのかと奏音は焦ったが、

「リオール……やるじゃん」

 意外にもナーシャはデュエリストとしての礼儀を示した……いや、意外ではなかった。シティのデュエリストは皆、ルールとマナーをセットで学ぶ。

(もともとリオール君に避けられて頭に血が上ってたのを、デュエルによる精神エネルギー抽出で、平静を取り戻したってとこかな……)

 それにしてはナーシャがまだ顔を赤らめているのが奏音は気になったが、子供はエネルギーの塊みたいなものだと聞いたことがあるので、火照りが残っているのだと思うことにした。

「あ、ありがとう、ナーシャちゃん……」

「それより、あんたさっき……私のこと、呼び捨てにしたでしょ」

「え……そうだっけ?ご、ごめん、夢中で……」

「別に……これからも呼び捨て―」

「おっ!二人とも、大人たちが来たよ」

 奏音は、この時自分が過ちを犯したことに、生涯無自覚だったという。

 

◇◆◇◆

 

8月15日、午後11時26分、エンドレスシティ第一地区、高級マンション『キャッスル』最上階(通称レジェンドフロア)

 

 アミューズメント・プールを出たところで奏音は護衛隊に捕まり、自宅に強制送還され、健康チェック・食事・入浴を半ば強制される形で済ませた後、リビングで待ち構えていたマネージャー兼保護者のチェスに、逃走劇の顛末を話すこととなった

「結局、リオール君は事故かなんかで記憶障害だか錯乱状態になったんじゃないかって疑われて、検査入院することになってさ。本人はすんなり受け入れたんだけど、ナーシャちゃんはゴネてたねー、自分の家で世話するって聞かなくて」

「待て、奏音」

「え?何?」

 冷静沈着なチェスが珍しく、困惑していた。

「君は……何か悩んでいたのではないのか?随分と楽しそうだが……」

 奏音は完全に旅行の土産話をするテンションだった。

「あぁ~確かに悩んでたけど……なんかもう平気かも」

「なん……だと?」

 奏音は本当に平気になったと示すため、にっこりと笑って見せた。

「私さ、デュエルが嫌いになりそうだったんだ」

「やはり、辛かったのか?」

「辛いっていうより……疲れたっていうか……あ、『約束』は忘れてないよ?でも、私いつまでレジェンドやってるんだろう、みたいな……マンネリってやつ?」

 チェスは心なしか、申し訳なさそうな顔に見えた。

「だけどね、今日初めて、デュエルで人が通じ合う瞬間を見て……いや、通じ合うってのは言い過ぎかもだけど……とにかくなんか感動したんだ。私が守ってきたものはこれだったんだなって分かった」

「……デュエル・コミュニケーションについては教えたはずだが?」

「違う違う、そうじゃないの!いやそうなんだけど……なんていうかな、言葉じゃなく心で理解できた、みたいな?」

 意外にも、チェスは理解に苦しんでいるようだった。

「デュエルがすごく好きになったわけじゃないけどさ……続ける意味、みたいなものはもう見失わない気がする」

 奏音はダメ押しにもう一度、チェスに向かって微笑んだ。彼女は諦めたように、微笑み返してくれた。

「あ、そうだ!ビートル蜜林檎に謝らなくちゃ!会見も途中で切っちゃったし……あれ?ひょっとして今……大スキャンダルになってる?」

「ああ。見ろこの通知の量を」

 そう言ってチェスはデバイスからホログラム画面を出した。レジェンドの公式サイトにおびただしい数の問い合わせが届いており、奏音は悲鳴を上げた。

「明日から各方面への謝罪で忙しくなるから、早く寝なさい」

「寝れるかっ!」

 しかし疲れが溜まっていたのか、奏音はその10分後にはベッドの中で寝息を立てていた。チェスは奏音が寝付いたのを確かめてから、寝室を出て、そのままレジェンドフロアを後にした。地上へ降りるエレベーターに乗り込むと、小さな声でつぶやく。

「記憶障害の少年だと……?念のため『再構築』し直すべきだな……」

 

 

 

TURN0 おわり

 




パワー・ツール「俺の所属はディフォーマ―だよ!」
パワー・コード「俺はもうここでいいや」
パワードクロウラー「出番もらえるしな」
※TGパワー・グラディエーターは存在しない扱いです

TURN1から本編です。日常パートはあっても日常回は、もう……


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TURN1 世界を繋ぐ少女 Aパート

新作の遊戯王を(勝手に)作るくらいの勢いで練った創作です。作中設定により、九割オリカなのはあしからず。アニメ・原作とのクロスオーバーは一切ありません。


 

 

~登場人物~

 

求道奏音 女性。黒髪で、少年のような短髪。身長は160cmで、体系はスレンダー。身体年齢は17歳。聖女のような衣装を着ることが多い。

 

チェス 女性。白髪交じりの黒髪、腰まで届くほどの長髪。身長は165cm。顔や体形は奏音に似ている。身体年齢は42歳。革ジャンとジーンズ、サングラス。

 

 

 

 

 

 

8月15日 午後7時25分 エンドレスシティ リンクパーク決闘アリーナ

 

 レジェンドデュエリスト、求道奏音(キュウドウカノン)はステージへと続く廊下で、マネージャーのチェスに呼び止められた。

「負けるなよ、カノン。」

 試合前、彼女は決まってそう言う。

「問題ないさ、チェス。」

 奏音の返しも決まっている。レジェンド・カノンとマネージャーのこの試合前のやり取りはあまりにも有名で、シティの人間で真似しなかった者はないだろう。

 だが、今日のルーティーンは少し違った。

「試合の後で話がある。」

 チェスの言葉を奏音は不思議に思ったが、彼女の表情からはいつものように何も読み取れなかったので、奏音はすぐに眼前のステージに頭を切り替えた。

 

「「シティのみなさーん!!!グーッド・イブニーング!!!今日はとうとう、ひと月に及ぶトーナメント戦の最終日!!!優勝者のボロミア・ボークス選手がっ!レジェンドの称号をかけて求道奏音選手に挑むぞーっ!!!」」

観客が沸き上がる。MCのリドラー吉本が選手の紹介を始める中、奏音は目の前にいるボロミア・ボークスを観察していた。身長が2メートル近くあり、肌は黒く、髪は剃っており、筋骨隆々の巨漢だ。迷彩柄のシャツとパンツ、ブーツからは昔見た戦争映画の兵士を思い出させる。

「求道奏音、今宵俺は、お前の二十年の不敗神話に終止符を打つ!」

 ボークスは握手の右手を差し出していたが、目にはギラギラと闘争心が燃えていた。

「いいね、その心意気!楽しみにしてるよ!」

 奏音は笑顔で握手に応じた。ふと、今右手を握り潰されたらやばいなと思ったが、ボロミアの握手に暴力性は感じなかった。そもそもシティにそんな人間はいない。

「「本日のレジェンド戦はライブ観戦率99.6%!デュエリストの闘気と、観客の興奮は精神エネルギーとして変換され、シティの半年分の電力となります!皆様のご協力により、人類の安寧と発展は保たれるのです!!」」

 MCリドラーの前説の間に二人は10メートルほど離れ、デュエルディスクを起動した。襟元の拡声マイクもスイッチが入り、プレイヤーの声はアリーナ中に聞こえるようになる。

「「さあ~人類エビバディ括目せよ!!!デュエル!開始ィィィ!!!」」

 ステージのライティング演出が切り替わった。奏音の、金の刺繍が施された白い司祭服のような衣装が夜の闇に輝いている。

 

《ボークス・ボロミア LP8000》《求道奏音 LP8000》

 

「俺の先攻だ!スキル発動!【カー召喚】!!!いでよ、【モリンフェン】!!!」

 長い腕とかぎづめが特徴の奇妙な姿をした悪魔が現れた。

 

《ATK1550 効果なし》

 

 奏音は彼の【モリンフェン】デッキの戦術についてはすでに分析を済ませていた。ここからどう動いてくるかも見当がつく。

「メインフェイズだ!手札から【パープル・モリンフェン】を特殊召喚し、場の【モリンフェン】にユニオン合体!」

 紫色のモリンフェンが現れ、最初のモリンフェンに吸い込まれていく。

「続けて【レッド・モリンフェン】を特殊召喚!ユニオン合体だ!!」

 今度は赤のモリンフェンだ。

「まだまだァ!【ブルー・モリンフェン】!ユニオン合体!!!」

 3体の仲間を吸収し、モリンフェンは巨大化していた。そのステータスは今や、

 

《ATK6200》《魔法耐性》《罠耐性》《モンスター効果耐性》《守備貫通》《戦闘ダメージ2倍》《魔法・罠ゾーン保護》

 

「「なんてことだァァァ!!ボークス選手の必勝コンボが!先攻1ターン目から完成してしまったァァァァ!!!!」」

 観客はざわついている。彼のデッキがあまりに上手く回ってしまったのだ。

「俺はカードを1枚伏せ、ターンエンド!さあ求道奏音!お前のラストターンだ!!!」

 

     

     

     

    

 

モ……モリンフェン、紫……パープル・モリンフェン、赤……レッド・モリンフェン、青……ブルー・モリンフェン、伏……伏せカード

 

「「まさに絶体絶命!いかにレジェンド・カノンといえども、この状況を覆せるのか?!」」

 しかし奏音は平静そのものだった。

「私のターン、ドロー。」

 引いたカードを見て、奏音は微笑んだ。

「うん、確かにこのターンがラストになりそうだ。」

 観客が静まり返った。MCも言葉を失った。ボークスだけは笑った。

「ふはははは!降参とはあっけないな!」

「まさか!私は手札から【継承名 ワン・ステップ・クローサー】を特殊召喚!」

 二刀流の侍が現れる。その顔はメカニカルなマスクで隠されている。

 

《DEF800》《戦士族》

 

「効果発動!デッキから次の【継承名】モンスターを特殊召喚!【ロボット・ボーイ】!」

 さび付いた飛行型ドローンが現れる。

 

《DEF800》《機械族》

 

「ロボット・ボーイの効果により、手札から【継承名】モンスターを特殊召喚!いでよ【ハンズ・ヘルド・ハイ】!」

 巨大な手が3つ、いずれも左右対称で右手か左手かわからない。

 

《DEF800》《サイキック族》

 

「さらにその効果発動!【ティンホイルトークン】を特殊召喚!」

3つの手が何かをこねている。手が開くと、くしゃくしゃに丸まったアルミ片のようなものが飛び出した。

 

《DEF800》《サイキック族》《ルール上【継承名】として扱う》

 

 MCリドラーが実況を思い出した。

「「あっという間にモンスターが4体並んだァ!さすがレジェンド・カノンだ!流れるような展開!」」

 

「そしてこれがさっき私の引いたカード……通常召喚!【継承名 バトル・シンフォニー】!」

目を閉じ、祈るように銃を構えた天使が現れた。

 

《ATK1600》《天使族》

 

     

     

    

 

※B……バトル・シンフォニー、O……ワン・ステップ・クローサー、R……ロボット・ボーイ、H……ハンズ・ヘルド・ハイ、T……ティンホイルトークン

 

 ボークスが待っていたと言わんばかりに吠える。

「なるほど、そいつでモリンフェンを倒そうってわけか、だが甘い!トラップカード発動!【激流葬】!」

 

《すべてのモンスターを破壊する》

 

 MCの悲鳴。

「「これは痛いィィィ!!せっかく並べた【継承名】モンスターたちが流されてしまう!」」

 ボークスが付け加える。

「しかも俺の【モリンフェン】は耐性があり、この破壊には巻き込まれない!お前のモンスターだけが全滅し……てないだと?」

 押し寄せる激流は、バリアにより弾かれていた。

「甘いのは君の方だよ、ボークス。私は【ハンズ・ヘルド・ハイ】の②の効果を使ったからね。」

 

《【ティンホイルトークン】をリリースし、相手の効果を無効》

 

 3つの手が念力でバリアを支えていた。そして力の代償に、ティンホイルトークンが砕け散った。

「「凌いだぁ!トークンを犠牲にして、激流葬を耐えたぞーっ!」」

「名付けてブルースカイバリア!公式の場で使うのは初めてだから、まあ君が予想できるはずもないよ。」

 奏音がやや憐れむような声で言い、ボークスの額に血管が浮いていた。

「さて、今のでフィールドに空きができたから、これを特殊召喚しておくか。【継承名 ウィズ・ユー】!」

 灰色のマントに身を包んだ魔女、その顔は木製の仮面で隠されている。

 

《DEF800》《魔法使い族》

 

「そして皆さんご存知、【バトル・シンフォニー】の効果発動!せーの!」

 奏音は観客と一緒に効果技名を叫んだ。

「「「アイズ・ワイド・アウェイク!!!」」」

 バトル・シンフォニーがその眼を開いた。

「さあ戦の天使よ!戦えぬ者たちの思いを継承せよ!」

 

《フィールドの守備表示モンスターすべての攻撃力をこのカードに加算》

 

 バトル・シンフォニーの持っていた銃が自動小銃に変わり、バズーカに変わり、そして巨大な対戦車ライフルに変わる。守備表示の【ワン・ステップ・クローサー】【ロボット・ボーイ】【ハンズ・ヘルド・ハイ】【ウィズ・ユー】はいすれも《ATK1600》であるため、

 

【バトル・シンフォニー】《ATK8000》

 

「「超えたーーーっっっ!!!モリンフェンの攻撃力を上回ったぞー!」」

「バトルフェイズだ!バトル・シンフォニーでモリンフェンを攻撃!」

 だが、ボークスは不敵な笑みを浮かべていた。

「待っていたぞ!この時を!!手札から、【ホワイト・モリンフェン】の効果を発動!」

 モリンフェンの頭上に、白いモリンフェンが現れた。

「「ホ、ホワイト・モリンフェンだってェェェ?!?!なんだそれはァァ??!!」」

 MCだけでなく、奏音も驚いていた。ボークスはトーナメントでそのカードを使ったことは一度もなく、奏音はその効果どころか存在も知らなかった。

「へ、へぇ……それどんな効果なの?」

 ボークスが勝ち誇った笑みを浮かべた。

「教えてやる!【ホワイト・モリンフェン】は、自分の【モリンフェン】の攻撃力を現在値の2倍に引き上げることができるのだ!」

「「2倍だとーっ?!!」」

 会場全体が動揺していた。

「なるほど、それで君のモリンフェンの攻撃力は12400になり、バトル・シンフォニーは返り討ち、」

「さらにお前が受ける反射ダメージは、【レッド・モリンフェン】の効果で2倍になる、つまり!」

「「合計8800ポイントのダメージで、レジェンド・カノンが負けてしまうゥゥゥ!!!」」

 観客とMCの興奮はすさまじかったが、ボークスのそれはもはや狂乱の域だった。

「うおおおお!!!俺はこの日のためにこの切り札を使わず温存してきたっ!求道奏音!!レジェンドの称号は!俺のものだぁぁぁっっ!!!」

 奏音はくすりと笑った。

「それはどうかな?」

「あ???」

 フィールドのウィズ・ユーが何やら呪文を唱えている。

「【継承名 ウィズ・ユー】の効果発動!自身をリリースし、キープ・インサイド・トリック!!!」

 

《カード効果の対象を強制変更》

 

 ウィズ・ユーが消滅し、フィールド全体が万華鏡の内側のような、無数の鏡面に包まれた。モリンフェン以外のモンスター達はその姿を消している。四方八方にモリンフェンが写ったことでホワイト・モリンフェンが惑わされ、正面の鏡像に向かっていく。

「待てホワイト!それは本体じゃない!!」

 ボークスの叫びも虚しく、鏡の魔術が解かれた。目標を見誤ったホワイト・モリンフェンは、今や攻撃力8000のバトル・シンフォニーに取り込まれていた。

「あ、ああ……俺の、ホワイト・モリンフェンが……」

 奏音はにこやかに言う。

「君の攻撃力倍加は有難く貰っておくよ。」

 

【バトル・シンフォニー】《ATK16000》

 

「クッソォォォォ!!!!」

「やれ、バトル・シンフォニー!ノー・サレンダー・バレット!!!」

 轟音と共に、弾丸がモリンフェンの眉間を貫いた。一瞬の間の後、大爆発。

「グワァァァァァァァ!!!!!」

 

《ボークス・ボロミア LP 8000→0》

 

「「勝ったァァァァァ!!!!レジェンド・カノン!!!防衛成功ぉーっ!!!!」」

 MCリドラーが叫んだ。観客も一斉に叫んでいた。

「「チャレンジャーの圧倒的な戦術を!!ものともしなかった!!!これがレジェンドだァァァ!!!」」

 

 

 

 シーズンの閉幕式や勝利のインタビューも済ませ、奏音が控え室に戻ると、チェスが笑顔で出迎えた。

「防衛おめでとう。今日も素晴らしいデュエルだった。」

「ありがとう、チェス。そういや、話って何?」

「その前に……君たちは外してくれ。二人で話したい。」

 奏音の衣装スタッフやメイクスタッフがそそくさと部屋を出ていった。

「なんだい?みんなの前で話せないこと?」

「ああ。単刀直入に言う。『構築』が弱まっている。」

 奏音の表情が凍りついた。

「え……それって、」

「ああ、『世界』の危機だ。」

 

 

Bパートへ続く。

 

 




読んでいただきありがとうございますm(__)m。今回はストーリーテンポを優先し、カード効果の説明を最小限にとどめております。DSODでやってたやつです。気になる方はご質問ください。他にも読みづらい部分などありましたらご指摘いただけると幸いです。なお、モリンフェンデッキですが、今のところ再登場の予定はありません。


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TURN1 世界を繋ぐ少女 Bパート

実験的に文の改行などを変えています。読みづらかったらすみません。


 

 

TURN1 Bパート

 

 

 

「どういうことだよ……『世界』の危機って……私は、『勝ち続けてる』だろ?」

 

奏音の声は震えていた。

 

「ああ、君のせいではない。だが実を言うと、正確な原因が私にも分からないのだ……『世界』に特異点が頻繁に現れ、『旧世界』が復活しようとしている……」

 

チェスは眉間に皺を寄せ、明らかに困っていた。彼女のそんな表情を奏音は初めて見た。唐突に不安になった。

 

「何で……絶対大丈夫だって言ったじゃん!『約束』したじゃん!!」

 

「すまない……だが、君のことは守る……」

 

奏音の喉元まで怒りの言葉が込み上げてきた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「嘘つき!!!」

 

感情に任せて、奏音は部屋を飛び出した。

 

「ちょっと奏音、待ちなさい!」

 

母、麗音(レノン)の声には振り向かない。階段を駆け下り、玄関でサンダルを履いてそのままドアを開ける。外は真っ暗だったが、今の奏音はそんなこと気にしない。

 

「奏音ーー!!」

 

夢中で走っていたら、いつの間にか奏音は近所の公民館の前まで来ていた。

 

「あれ、奏音ちゃん、こんな時間にどうしたの?」

 

公民館で働くおじさん、藤城だった。奏音にとっては、インターネットの外で遊べる唯一の友達だ。ちょうど、建物から出てきたところだった。

 

「ごめんね、今日はもう公民館お終いだから。帰るとこかい?送ってあげようか?」

 

「やだ……帰りたくない……」

 

「おいおい……なんかあったのかい??」

 

奏音は藤城に母が約束を破ったことを話した。7歳の誕生日に買ってもらうはずだった、『受け継がれなかった命たち』というカードが、ショップから売り切れていたという。実は麗音はショップの店長にカードを誕生日まで置いてくれるよう頼んでいたのだが、何故か今日、カードは他の客に買われてしまったのだ。

 

「カードなんて、ネットで注文すればいいだろうに。」

 

「あれじゃなきゃ嫌だ!!」

 

『受け継がれなかった命たち』のカードは、レア度こそ高いがあまり強くない。誕生日じゃなくても簡単に手に入るものなのだが、そのショップで飾られている一枚は、日焼けして色が褪せており、奏音はそのカードが気に入っていたのだ。

 

「きっと凄いカードなんだねえ……そのカードがあれば、奏音ちゃんは強くなれたんだろう?」

 

藤城はデュエルの知識などないので、これは全てにおいて想像での発言だ。

 

「分かんない……私デュエルはやんないから。」

 

「デュエルやんないのにカード買おうとしてたのかい?」

 

「だって、綺麗な女の子が写ってるんだもん!」

 

藤城は苦笑した。

 

「そうかあ、綺麗なのはいいことだよなあ。そうだ、そのカードの代わりといっちゃ何だが、いいもの見せてあげる。」

 

「いいもの?」

 

藤城はポケットから指輪を取り出した。

 

「あ、きれい。」

 

「だろう?おじさんが結婚した時に買ったんだ。これほんとに高くてさ、あの時は苦労したなあ……」

 

「おじさんの昔話は長いから嫌っ!」

 

「そんな……」

 

「で、その指輪くれるの?」

 

おじさんは小さく笑った。

 

「これはおじさんの最後の宝物だからね、上げられないなあ。でも、そのうち奏音ちゃんも、他の綺麗なものが手に入るよ。」

 

「え、本当?」

 

「本当さ。生きてるとな、色んな綺麗なものに出会えるし、手に入る。今回みたいに、手の届かない所に行ってしまうこともあるけど、ちゃんと真面目に頑張ってれば、必ず向こうから綺麗なものはやって来るよ。」

 

「私、今すぐ欲しいんだけど。」

 

また藤城は笑った。なんで笑うのか、奏音には分からなかった。

 

「奏音ちゃんは悪い子だなあ……そんな子には、お仕置だっ!」

 

藤城は奏音を担いだ。奏音はキャッキャと喜ぶ。

 

「俵かつぎ!!これ俵かつぎだ!!」

 

「このまま家に帰るぞー!!」

 

「しゅっぱーつ!!」

 

家に着いた時、藤城は素っ頓狂な声を上げた。

 

「あれ……求道さん、不用心だな……」

 

玄関のドアが開けっ放しだった。

 

「ごめんくださーい!」

 

藤城の呼びかけに応えるものはいなかった。

 

「あっ、もしかしてお母さん、奏音ちゃんのこと探してその辺に出てるのかな。」

 

「お母さん迷子??」

 

「迷子かもね……お母さんと連絡取れる?電話番号とか……」

 

「メールならできるよ。タブレットがうちにあるから。」

 

「じゃあそれだ、奏音ちゃんが帰ってきたこと、教えてあげないと。」

 

「分かった!」

 

奏音はサンダルを脱いで家に上がり、キッチンへと向かった。本来この時間帯は、母は夕飯を作っているのだ。

 

「ねえお母さ……」

 

母が床に倒れていた。

 

「寝てるの?」

 

奏音がいくらさすっても、母は起きなかった。奏音は怖くなった。

 

「おじさん!助けて!お母さんが!!」

 

慌てて玄関に戻ると、藤城も倒れていた。床には血が拡がっている。傍には鮮やかな青のコートを着た男が立っている。

 

「見つけたぞ、ここだ。」

 

その男の言葉は合図だったのか、次々と壁や天井から、青いコートを来た男が染み出るように現れた。全員同じ顔をしている。

 

「『核』だ。殺せ。」

 

どこからか違う男の声がして、青いコートの男達が一斉に奏音に迫ってきた。彼らはコートの下から大きなナイフを取り出した。

 

「やだ……やだよ……」

 

奏音は恐怖のあまりその場を動くことすら出来なかった。何が起こっているのか、全く分からないまま、男達のナイフが奏音の体に―

 

「トラップ発動。」

 

その声もまた、どこから聞こえたのか分からなかった。今度は少女の声だった。同時に強烈な光にその場が包まれた。

 

「なにこれ、なにこれ?!」

 

光が消え奏音の視界が戻ると、青いコートの男達は消えていた。

 

「夢……?」

 

しかし玄関で倒れている藤城は消えていなかった。

 

「おじさん……死んじゃったの……??お母さんも……??」

 

恐怖を悲しみが上回ってきた。奏音は7歳にして、喪失感を味わっていた。どうしていいか分からず、涙が溢れてきた。

 

「うわあああん!!!」

 

「奏音、奏音!」

 

ふと、さっきの少女の声がした。今度は目の前に、声の主がいた。

 

「え……綺麗なカード……」

 

そこに居たのは、『受け継がれなかった命たち』のイラストに写っている少女だった。

 

「君のお母さんはまだ生きている。」

 

「え……?」

 

「でもこのままだと確実に死ぬ。さっきのモンスター達もまた戻ってくる。今度は君も殺される。」

 

「やだ……」

 

「助かる方法が一つだけある。」

 

少女は手を差し出した。

 

「私とある約束をして欲しい。」

 

「約束……??」

 

「デュエルで決して負けないこと。それが出来るなら、私は君を守ってあげる。」

 

「デュエルできないよ、私……」

 

「やり方は教えるし、カードも渡す。心配しなくていい、君ならできる。」

 

「でも……」

 

奏音はなんだか怖かった。これから何かとても恐ろしい事が起きるような気がしていた。

 

「私を信じてくれ、奏音。」

 

奏音は差し出された手を見つめた。恐る恐る奏音も手を伸ばす。

 

「死者蘇生。」

 

先程の、正体不明の男の声が聞こえた。さらに、壁や天井からまた青いコートの男達が染み出して来ていた。

 

「奏音、急ぐんだ!この手を!」

 

青いコートの男達がまたナイフを取り出した。こちらに向かってくる。

 

「奏音!」

 

奏音は少女の手を取った。暖かい手だった。

 

「『世界』の『構築』を宣言する。」

 

 

◇◆◇◆

 

 

奏音は込み上げてきた感情を呑み込んだ。あの日母にそれを吐き出して後悔したことを思い出したのだ。その代わりに、

 

「チェス……私に何かできることは無いの?」

 

と聞いた。チェスは少し驚いたような顔をしたが、直ぐにいつもの無表情に戻り、

 

「『構築』は……君の勝利によって補強される。」

 

と言った。

 

「つまり、今よりたくさんデュエルすればいいってこと?」

 

「だが数より質だ。腕のいい決闘者と、より洗練されたデュエル……トーナメントを年二回から三回に増やすか、あるいは……」

 

「あるいは?」

 

チェスは首を振った。

 

「いや、すまない、思い違いだった。君のデュエルの機会を増やすようスポンサーに話そう。君はそれに備えてくれ。」

 

「分かった。」

 

「それと、私は特異点を調べに行くから、しばらく留守が増える。」

 

「任せて。家の事くらい一人で出来るよ。」

 

チェスは急に、奏音を抱きしめた。

 

「君は、成長したな。」

 

「え、ちょっと……恥ずかしいよ……」

 

だが、嬉しくもあった。こんな風にスキンシップをしたのは久しぶりなのだ。

 

 

◇◆◇◆

 

 

エンドレスシティ 第14地区 住宅街 8階建てマンションの、屋外非常階段

 

 

学生の男女カップルが一組、トーナメント閉幕記念の花火を眺めていた。

 

「あー!トーナメント終わっちゃったー!今シーズン特に熱くなかった?」

 

少女の言葉に、少年は生返事を返した。

 

「ちょっと、どうしたのリオール?疲れた?」

 

「ああ……なんか最近、眠くなることが増えてさ……」

 

「デュエル足りてないんじゃない?」

 

「デュエル中でも眠いんだ……」

 

「えー何それー。」

 

「それでな、夢を見る時間も増えたんだ……ここと、違う『世界』の夢……」

 

少女は不思議そうな顔をした。

 

「『せかい』って何?」

 

「ああそっか、ここじゃ使わない言葉だっけ……時々、どっちが夢なのか、分からなくなるんだよな……」

 

 

 

TURN2へ続く

 

 

 

 

 

 

 

 




Aパートで切らずに読んでいただきありがとうございます。映画「マトリックス」を知ってる方はピンとくるものが多いのではないでしょうか。世界観は少し複雑なので、どんどん説明していく予定です。それでは、デュエル・スタンバイ!


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TURN2 特異点 Aパート

第二話です。デュエルパートはBパートからなので、耐えてください。


 

 

TURN2 特異点 Aパート

 

 

 

8月16日、午前8時15分。エンドレスシティ 第1地区 高級マンション『キャッスル』最上階

 

 

 

 このフロアはまるまる求道奏音のものだ。チェスと共に住んでいるのだが、余りに広いので、昼間はお手伝いさん達が掃除や炊事をしてくれる。そう、昼間は。

「あ、朝ごはんどうしよう……」

 お手伝いさん達が出勤してくるのを待ってもいいが、実は奏音は昨晩、帰ってきてから直ぐに寝てしまい何も食べてない。空腹は既に苦悶を伴うレベルに達していた。

「チェスいないと、私何にもできないな……」

 20年前、『受け継がれなかった命たち』と『約束』をした直後も、奏音はこのリビングにいた。

 

◇◆◇◆

 

「ここ、どこ?」

 あの少女はどこにもいない。青いコートの男達もいないので、ひとまず安心した。しかし、奇妙なことに、

「天井、低い……」

 歩き回ってみると、さらに奇妙なことに、体の勝手が違った。一歩で体がかなり進む。よく見れば、手も足も長いし大きい。

「私、大人になってる……!!」

「正確には、17歳だ。」

 母の声がした。顔を上げるとそこには、生きている求道麗音がいた。

「お母さんっ!!」

 奏音は母の胸に飛び込んだ。母は衝撃に耐えきれずよろめいた。

「奏音、君は成長しているんだ、加減を考えてくれ。」

「生きてて良かった……でもお母さん、喋り方変だよ?」

「私は君の母親ではないからだ。」

「え?」

 母は奏音を引き剥がし、顔を見た。

「私は『受け継がれなかった命たち』だ。君のお母さんの肉体を借りている。」

「え、どういうこと……」

「ここは私が新たに作り直した『世界』だ。君以外の全ての人間が、その人格と人生を『構築』し直されている。この肉体は姿こそ君の母親だが、君に関する記憶はない。」

「ねえ、何言ってるか分かんないよ……」

「全てを理解する必要は無い。要するに私は君の母親ではなく、この世界は安全だということだ。」

「そう、なの……」

 奏音は不安になった。その顔を見てか、偽の母は微笑んだ。

「心配しなくていい。君のことは私が守る。絶対大丈夫だから。」

 

◇◆◇◆

 

 求道麗音の肉体を借りた『受け継がれなかった命たち』は自らをチェスと名乗り、それから20年間、奏音の世話をした。生活の面倒を見て、基本的な教育を施し、デュエルの仕方を教えた。チェスの『構築』した世界には貧困も暴力も政治の腐敗もなく、教育と医療が充実している。人類全員がデュエルを愛し、その精神エネルギーがあらゆる産業において動力源になる。この世界の奏音は17歳の肉体とデュエル・エンターテインメント界のレジェンドという立場を与えられ、『約束』通り20年間、デュエルで勝ち続けた。チェスから与えられた【継承名】デッキと戦術は、この『構築済み世界』のあらゆるデッキ・戦術に勝った。精神エネルギーで満たされると年を取ることもなく、まさに完璧な人生を奏音は送っていた。

 その奏音は今、この20年間で最大の困難に直面していた。

「コンロの火ってどうやって点けるの……?」

 奏音は目玉焼きを作ろうとしていた。冷蔵庫から卵を見つけ、なんとかフライパンの上に割入れたのだが、そこから先が分からない。チェスやお手伝いさんが料理するのを遠目に見て、うろ覚えで真似しているのだから当然だ。ちなみに、卵の殻がふんだんに混じってしまっているが、奏音は気付いていない。

「火をつけて!火!!」

 イライラしながら奏音が叫ぶと、コンロに炎のかたまりみたいなモンスターが現れた。

 

《炎族》《ATK600 DEF500》

 

「あ、【スティング】だ。」

 

《DUEL START》

 

「あれ、なんかデュエル始まったぞ?」

 スティングが体当たりしてきた。奏音の顔に直撃する。

「うわっ!熱い!」

 

《ライフ 8000→7400》

 

「え、何これライフ減った……もしかしてこれも負けたらダメなやつかな……」

 チェスとの『約束』は公式戦全てに勝つことなのだが、はたしてスティングとの戦いは公式戦扱いになるのか、奏音は分からなかった。

「とりあえず、やるしかないよね……!」

 腕に巻いたブレスレット型デバイスに触れた。デュエルアプリが起動し、ホログラムの手札が出現する。公式戦では不正防止のため支給されたデュエルディスクや紙のカードを使うが、シティのデュエルはアプリを使う方が一般的だ。

「【バトル・シンフォニー】召喚!」

 銃を携えた天使が現れる。

 

《ATK1600》《天使族》

 

「攻撃!ノー・サレンダー・バレット!」

スティングが粉砕され、飛び散った火の粉がコンロに灯った。

 

《YOU WIN》

 

「やったぞ!よく分かんないけど火がついた!」

すると今度は二体の『スティング』が現れた。

 

《ROUND2》

 

「え、これ、マッチ戦なの……?」

 奏音は仕方なくスティング達と連戦した。炎のかたまりを蹴散らすと、その度にコンロの火が大きくなった。これはデュエル調理システムといい、専用スキルでスティングのコントロールを得るのが本来のやり方なのだが、奏音はもちろん知らない。15体ものスティングを倒した時には、卵はすっかり焦げていた。

「うーん、思ったのと違う仕上がりだ……」

 焦げた料理を見るのも初めてなので、奏音は自分が失敗したという認識すらない。戸棚から取り出した食パンに乗せ、塩を振って頬張る。

「なんかガリガリするし、少し苦いなあ……そうだ、蜂蜜でもかけるか。」

 再び戸棚を開け、蜂蜜のボトルを取り出す。

「よし、たくさんかけちゃえ……あっ!」

 蜂蜜が零れ、テーブルに広がった。さらに、そこからまたソリッドビジョンのモンスターが現れる。今度はドロドロした気持ち悪いモンスターだ。

 

《水族》《ATK900 DEF800》

 

「これなんだっけ……【ドローバ】だったかな……」

 ドローバは口からガスを吐いてきた。

「うえ、臭い!」

 

《ライフ7400→6500》

 

「あーまたライフが!行け!バトル・シンフォニー!」

 しかし何も起こらない。そもそも、さっき召喚したはずのバトル・シンフォニーの姿が見当たらない。

「あれ、どこいって……ああっ!」

 バトル・シンフォニーはコンロにいた。未だ出現し続けるスティングの群れに燃やされている。

「くそ、こうなったら、【継承名】モンスターが場を離れたことで、【ウィズ・ユー】を特殊召喚!」

 鉄の仮面と灰色のマントを纏った魔女が現れた、と同時に、部屋の隅に黒光りする何かを奏音は見つけた。

「あ、あれは……まさか……」

 

《昆虫族》《ATK500 DEF200》《誘発即時効果》

 

 ものすごい数の黒光りが部屋の隅から溢れてきた。

 

「うわぁぁぁぁ!!!出たぁぁぁ!!!」

 一時間後、出勤してきたお手伝いさん達によって奏音はモンスターの群れから救出された。デュエル調理システム、デュエル清掃システム、デュエル害虫駆除システム、デュエル空調システム、デュエル洗濯システムが全て暴走しており、奏音のライフは300まで減らされていた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

8月16日、午後2時47分 エンドレスシティ 第14地区 高等教育スクール二階 D教室

 

 

 17歳の少女、ナーシャ池井戸は、デスクに突っ伏しているリオール大河の前ではしゃいでいた。

「ねえ起きてリオール!試験終わったよ!スコアも出てるよ!」

「ん……おはよう……ナーシャは何点だった……?」

「私は963点で全体3位。てか自分のスコア気にならないの?」

「別に。どうせ満点だし。試験は手札事故ないからね……」

 エンドレスシティの教養学問は全てデュエルメソッドが採用されている。例えば数学の試験であれば、【数学的帰納法】や【加法定理】を模したカードを与えられ、敵フィールドの課題モンスター達の制圧盤面を攻略する、いわば詰めデュエルを行う。

「それに僕は、向こうでも勉強してるし……」

「向こうって?」

「夢の世界さ。」

 リオールは夢の中で、デュエルメソッドではない高校数学に触れていた。

「『世界』って……昨日も言ってたよね、何それ?」

リオールは困った顔をする。

「あーそうだったな……まあ『世界』ってのは人類が住んでるところって意味かな……」

「それってエンドレスシティのこと?」

「こっちじゃそういう事になるか。」

「リオールの夢の中だと違うの?」

「ああ、違う。エンドレスシティみたいな街が複数あって、それぞれに違う文化の人類が住んでる……『世界』ってのはそれら全部を纏めて指す言葉なんだ。」

「へーなんか面白そう!」

 ナーシャはこういう抽象的な話もすぐに理解してくれるばかりか、興味を示してくれる。周囲の人間と話が合わないリオールにとって良き話し相手だった。

「ああ、本当に面白いよ。例えばね、このせか……エンドレスシティじゃ、デュエルで生じるエネルギーを発電に使うだろ?でも僕の夢の中だと、化石燃料を燃やしたり核分裂を起こしたりしてエネルギーを作るんだ。」

「変なの!物理的な熱を使うなんて!」

「だろ?その世界の人類はどうも、精神エネルギーの抽出方法を発明出来てないらしいんだ。だから医療なんかも、原始的な手術や薬物治療に頼ってる。」

「それ凄く不便じゃない?」

「不便だね。実際、向こうでは僕、心臓に障害があってずっと入院生活してるし、オンライン教育もコンテンツが不十分だから苦労してるよ。」

 他の相手にはここまで話さない。ナーシャが好奇心旺盛な上に聞き上手でもあるおかげで、リオールはついつい甘えて喋りすぎてしまう。

「ずっと入院生活って、どのくらい?1ヶ月とか?」

「もう10年以上だよ。」

「嘘でしょ?!そんなに拘束されて、メンタルヘルス保てるの?」

「僕は平気だけどね、困ったことにあの社会は『病人・障害者は不幸』っていう奇妙な価値観があるから、多くの患者たちは自尊心を失ってしまうんだ。」

「待って、なんで病人とか障害者が不幸なの?」

「あっちじゃ、『人間は普通こうあるべき』っていう規範があって、その規範から外れた者は異端児として排除されるんだ。そして、病人や障害者はその規範に入ってない。」

 リオールはさすがに分かりづらい話かなと思ったが、ナーシャはすぐに理解していた。

「なんで作ったのその規範?」

「人類の教育水準が低かった歴史が由来してるらしい。一応、その規範を無くそうとする動きはあるみたいだけど、保守層との対立が起きたりしてるね。」

「デュエルで解決すればいいのに。」

「それがあの世界のデュエルはただのゲームでしかないんだ。社会的な意義がほとんどない。」

「えええ!!!信じられない……」

「だから学問も司法もデュエルメソッドじゃないし、人間や国家同士で紛争が起きるんだ。」

「紛争って何?」

「殺し合い。」

「殺し合いって?」

 リオールは思い出した。そういえばこっちの世界では、『殺す』という概念がない。

「えーと、バトルフェイズって感じかな。どちらか、あるいは双方が破壊されて……死ぬ。」

「死ぬの?!対立しただけなのに?!なにそれ怖……毎晩夢の中でそんな『世界』に行くの嫌じゃない?」

「確かに夢の世界は苦痛や恐怖に満ちてるけど、嫌ではないかな。」

 夢だと分かっているから、というのもあるが、問題だらけの世界だからこそ、立ち向かう楽しさがある。実際、夢の中のリオールは病室からインターネットを駆使して、国際的なテロ組織を指揮しているのだ。暴政を働く国家を滅亡させると達成感がある。

「ねーそれだけ細かく夢を覚えてるならさ、小説やゲームシナリオみたいなフィクションコンテンツにしてみたら?絶対人気出るよ!」

 ナーシャは気軽に提案しただけだったが、リオールの表情は曇った。

「えーと、実はね……」

 リオールは迷った。言うべきでは無いような気がしていた。しかし、ナーシャに分かって欲しいという思いが勝った。

「子供の頃、僕と同じような夢を見る人に会ったことがあるんだ。その人は正に今君が言ったように、夢の内容を小説にしようとしていた。でも……」

「でも?」

 リオールは言葉選びに悩んだ。間違いなくこのエンドレスシティでは通じない概念を頭に浮かべていたからだ。

「その人、いなくなったんだ。」

 ナーシャは首を傾げた。

「死んじゃったってこと?」

「いや違う……存在そのものが消えた……レイチェル光尊って知ってる?」

「いや、知らないけど……有名な人なの?」

「うん……小説家として有名だったんだ。でも突然居なくなって……みんな彼女のことを忘れちゃったんだ……」

「でも、著書は残ってるんでしょ?」

 リオールは首を振った。

「それも全部消えた。誰に聞いても、何の事だ、誰の事だ、と逆に聞かれる始末さ。」

「そんなこと……有り得ないよ?」

 さすがのナーシャも、少し気味悪がっていた。リオールは慌てて付け加えた。

「まあ僕、昔から変な夢ばかり見るからさ、多分、夢と現実がごっちゃになってるだけだと思うんだよ。」

「そ、そうだよね……いや、それはそれでちょっとヤバいよ?」

 ナーシャのツッコミでリオールは笑った。呼応するようにナーシャも笑った。

 

◇◆◇◆

 

 ナーシャと別れて自宅に向かいながら、リオールは反省していた。やはりレイチェル・光尊の話はするべきではなかった。ナーシャが今日の話を家族や友人に話すとは思えないが、あれ以上話していたらデュエルカウンセラーに連れていかれるかもしれない。

 欠伸が出た。最近は心理状態とは無関係に眠気が襲ってくる。

 実は、ナーシャに話さなかったが、レイチェル光尊以外にも『いなくなった』人間はいる……例えば、農業従事者だったリオールの両親だ。リオールは確かに二人の事を覚えているが、社会的にはリオールの出生は人工授精ということになっている。リオールは夢の世界で似たような出来事がないか探してみたことがあるのだが、まるで事実が書き換えられたかのような現象については、手がかりすら得られなかった。

「フィクションコンテンツ、か……もし、虚構なのがこの世界の方だとしたら……?」

「やはり貴様も、『特異点』だったか。」

 リオールの独り言に何者かが応えた。振り向くとそこには、白のワンピースに身を包んだ白髪の少女が立っていた。歳は15歳前後、といったところか。しかしその眼光は、およそその歳の少女のものとは思えないほどに鋭かった。

「ええっと……どなたです?」

「『受け継がれなかった命たち』とでも名乗っておこう……さあ、デュエルを始めるぞ、恐らく貴様にとって、最後のな。」

 

Bパートへ続く

 

 




話はどんどん進める派です。ここが唯一の日常パートになるかもしれません。


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TURN2 特異点 Bパート

フィールドの略図を入れてみることにしました。こんな感じです。
     
     
     
現代遊戯王はメインモンスタゾーン5か所の上に2か所、エクストラモンスターゾーンがあります。この2か所は相手との共用で、基本的には1か所ずつ分け合って使います。


次に、今回から登場するリンク召喚についておおざっぱに解説します。

①チューナーもいらない、レベルも合わせないシンクロ召喚、みたいなノリでエクストラデッキから出てきます。素材1体とかで出てくる奴もいます。融合シンクロエクシーズ同様に、素材が多かったり条件が厳しい奴の方が強いです。カードの色は紺色です。

②最初は上述のエクストラモンスターゾーンにしかおけないです。条件次第ではメインモンスターゾーンにも出てきます。

③マーカーと呼ばれる△の矢印がカードに書かれています。この矢印が他のモンスターゾーンを指し示して(リンク先)色々するんですが、割愛します。

総合すると、エクストラデッキからやってくる、置くゾーンが決まってる、マーカー付き、この程度の理解で結構です。


 

 

 

 風景が溶けた。市街地の建物が消え、アスファルトの地面も晴れた空も失せ、無限に広がる暗黒の空間にリオールはいた。暗黒は無ではなく、夜空の様に小さな煌めきで溢れていた。

「ここは……宇宙空間か?」

「正確には模しているだけだが……普通はここが『宇宙』だと分からないものだ、リオール大河」

 白髪の少女も、宇宙に来ていた。というより……

「君の仕業、だね?」

「冷静だな」

「まさか。パニックになる一歩手前だよ」

 自分の心理や状況を客観的に把握することで冷静さを取り戻し、解決策を練る。これはリオールの習慣だ。既にこの少女が何らかの超常現象を起こしているのだと、推測していた。そして彼女との交渉の可能性を探っていた。

「ではリオール大河、貴様のターンからだ」

 言われて初めてリオールは気付いた。ブレスレット型デバイスのデュエルアプリが起動しており、ホログラムの手札が現れていた。

「なんで今、デュエルを?」

「この宇宙空間から出るためのエネルギー源はデュエルでしか賄えない」

「じゃあ、僕がデュエルを放棄したらどうなる? この擬似宇宙だって、何らかの精神エネルギーで形成されてるはずでしょ? いつまでも維持できないよね?」

「その読みは正しいが、この空間が自然消滅するには30年ほどかかるぞ。帰りたければ私にデュエルに勝つことだ」

「勝つこと? 負けたらどうなる?」

「貴様の存在が、精神エネルギーに変換される」

『存在』という言葉にリオールは引っかかった。

「もしかして……レイチェル・光尊を消したのは君?」

 少女が初めて表情を変えた。驚愕だ。

「他の『特異点』を覚えているのか?」

(彼女はさっきも僕のことを『特異点』と呼んだ……レイチェル光尊と僕の共通点は不思議な夢を見ていたこと、そして今僕の存在が消されそうになっていること……これらから総合すると……)

「君はあの夢の世界と何か関わりがあって、僕や光尊にそれを知って欲しくなかった。このデュエルは、『口封じ』ってところかな?」

 少女は無表情に戻った。

「貴様は『特異点』なだけではなく、頭も切れるようだな」

「じゃあ、僕の両親も、消されたの……?」

「アンドラ・コナーと大河美咲のことか」

 リオールの心臓が早鐘を打っている。叫びだしそうになるのを必死にこらえた。

「まあ真実を知ったところで、貴様に選択肢はない」

 リオールは深呼吸をした。

(確かに……このデュエルをする以外に今できることはない……だけど)

 状況が飲み込めたことでデュエルに集中できる、とリオールは考えた。トーナメントに出たことはないが、腕には自信がある。

「僕のターン! スキル発動! 【カー召喚】! 出でよ! 【レオ・ウィザード】!」

 

《魔法使い族 通常》《ATK1350》

 

 黒いマントをはおったシシが現れた。

「このスキルの追加効果により、デッキから、【レオ・ウィザード】魔法を1枚手札に加える、そしてそのまま発動! 【レオ・ウィザードの変化術】!」

 

《デッキからレベル3モンスターを特殊召喚》

 

 少女、『受け継がれなかった命たち』は微笑んだ。彼女はこの世界のカード全てを把握している。【レオ・ウィザード】デッキは、多彩な魔法カードによる盤面コントロールを得意とするが、その反面攻撃力が低く、下級モンスターの単純な攻撃でも攻略できてしまうのだ。

【レオ・ウィザード】の姿が魔法の光に包まれる。

「変化! 【暗黒プテラ】!」

 

《恐竜族》《誘発効果》《DEF500》

 

 黒い小型のプテラノドンが現れた。

「何?!」

(【祈祷するレオ・ウィザード】じゃないのか? それでは先攻展開できなくなるはず……)

 少女の微かな表情の変化をリオールは見逃さなかった。

「【レオ・ウィザード】デッキの本来の動きじゃなくて驚いた?」

「?!」

「続いてこの【暗黒プテラ】をリンクマーカーにセット! 召喚条件は【攻撃力1350以下のモンスター1体】! リンク召喚! 【予言するレオ・ウィザード】!」

 

《魔法使い族》《LINK-1 ↓》《ATK1350》

▷ △ ◁

◁   ▷

▷ ▼ ◁

 新たなレオ・ウィザードは白いマントを羽織っている。

(【レオ・ウィザード】デッキの動きに戻った……?)

「墓地の『暗黒プテラ』と場の『予言するレオ・ウィザード』の効果が発動! デッキから魔法カード1枚を手札に加え、プテラは手札に戻る!」

「だが、【予言するレオ・ウィザード】は墓地の【レオ・ウィザード】カードが2枚以下の場合、自然消滅するはずだ」

【予言するレオ・ウィザード】が消えていく。

「それでいいんだよ。おかげで、今加えたこのカードが使える。【予想GUY】発動!」

 

《自分フィールド上にモンスターが存在しない場合に発動できる。デッキからレベル4以下の通常モンスター1体を特殊召喚する》

 

(また【レオ・ウィザード】カードじゃない! それに、あの効果で特殊召喚できる【レオ・ウィザード】カードは存在しない)

「【本の精霊 ホーク・ビショップ】を特殊召喚!」

 ローブを纏った人型の鷹、手には本を持っている。

 

《鳥獣族》《ATK1400》

 

 少女は理解できなかった。リオール大河は明らかに、カードを本来のデザインとは違う形で使おうとしている。

(何が狙いなんだ?)

「僕は暗黒プテラを通常召喚し、そのままホーク・ビショップとプテラをリンクマーカーにセット。召喚条件は【風属性モンスター2体】!」

 サーキットに吸い込まれていくモンスター達。

「【本の精霊 ドルフィン・ビショップ】をリンク召喚!」

 人型のイルカ。ローブに身を包み、手には書物。  

 

《獣族》《LINK-2 ↑ ↓》《ATK1900》

▷ ▲ ◁

◁   ▷

▷ ▼ ◁

「暗黒プテラは再び手札に戻る。そして【ドルフィン・ビショップ】の起動効果発動! デッキから、レベル5以上のモンスター二種類を手札に加え、手札2枚をデッキに戻す」

 

(何度も墓地と場を行き来する暗黒プテラ……嫌な予感がする)

「場に【レオ・ウィザード】モンスターが居ないことで、手札から【招来するレオ・ウィザード】を特殊召喚!」

 黄色のマントのレオ・ウィザードが飛び出す。

 

《魔法使い族》《レベル5》《ATK1350》

 

※フィールド略図

    

    

     

 

(先程加えたカード……もう1枚は、手札誘発効果を持つ、【激昂するレオ・ウィザード】か?)

「加えたのは【激昂するレオ・ウィザード】じゃないよ」

 リオールは見透かしたように言った。

「【招来するレオ・ウィザード】の効果発動! 自信をリリースし―」

 少女はリオールの次の一手を予測しようとしていた。

(手札又は墓地のモンスターを特殊召喚、墓地の通常【レオ・ウィザード】を出せば、LINK-1の【休眠するレオ・ウィザード】を出せるが……)

「手札から、【翼を織りなす者】を特殊召喚!」

 6枚の翼を持つハイエンジェルが現れた。

 

《天使族》《ATK2750》

 

    

    

     

 

「【翼を織りなす者】だと……まさか貴様っ!」

「気づいたようだね。翼を織りなす者とLINK-2のドルフィン・ビショップをリンクマーカーにセット! 召喚条件は【【翼を織りなす者】を含む、モンスター2体以上】! リンク召喚! 【翼を織りなす熾天使】」

 炎に包まれた、6枚の翼を持つハイエンジェルが舞い降りた。

 

《天使族》《LINK-3 ↑ ↙ ↘》《ATK2750》

▷ ▲ ◁

◁   ▷

▶ ▽ ◀

「ここで墓地に送られたドルフィン・ビショップの第2の効果! デッキから【本の精霊】モンスター1体を特殊召喚!」

 ローブを纏った人型の象、【本の精霊 エレファント・ビショップ】が現れた。

 

《獣族》《DEF1200》《誘発効果・永続効果》

 

「【エレファント・ビショップ】の召喚時誘発効果!」

 

《手札の風属性モンスター1体を特殊召喚》

 

 三度、黒い小型のプテラノドンが現れた。

 少女は初めて、恐怖に近い感情を覚えていた。この世界のカードプールは『旧世界』のものより遥かに広大だ。それゆえ凶悪なコンボも時として生まれる。そこで、その可能性を潰すために、トーナメントでは複数テーマを組み合わせたデッキは使用できない決まりにしたのだ。決闘者はレジェンドの座を目指しトーナメントに挑むため、必然的にテーマ縛りの戦術を研究する……はずなのだが、リオール大河は、多くの人間が見向きもしない、複数テーマ【レオ・ウィザード】【本の精霊 ホーク・ビショップ】【翼を織りなす者】を組み合わせた。完全に想定外だった。

 

    

   

     

 

「僕は純粋に、デュエルの可能性を探求するのが好きなんだ。いつかトーナメントのルールが変わった時は、僕の研究成果を世に披露しようと思ってた……いくよ! 【翼を織りなす熾天使】の効果発動! ジャスティス・メテオ!」

 熾天使の翼が一枚、火球となり暗黒プテラを包み込んだ。燃え上がったプテラは暴れだし、少女に飛びかかった。

「うあっ!」

 プテラが爆散し、少女の手札が1枚焼かれる。

 

《リンク先のモンスター1体を対象、それを破壊し、相手の手札を1枚ランダムに破壊》

 

「暗黒プテラは戦闘破壊以外で墓地に行く時、手札に戻る……でもここでエレファント・ビショップの第二の効果! 手札・デッキに戻るモンスターはフィールドに特殊召喚される!」

 暗黒プテラが戻ってくる。

「【翼を織りなす熾天使】は効果を6回まで使用出来る! 行け! ジャスティス・メテオ!」

 再び、少女の手札が焼かれる。

(先攻で手札破壊ループコンボだと? しかもこの流れ、最初のスキル発動だけで全ての流れが成立する! こんな凶悪なコンボが発明されていたとは!)

 手札破壊攻撃が合わせて五回繰り返され、少女の手札は全て失われた。

「僕はカードを1枚伏せてターン終了……僕としては、無傷で日常生活に帰してくれるなら、ここでデュエルを中断してもいいんだけど、どうする?」

 少女は無表情だった。

「残念だが……このデュエルに中断も、サレンダーもない。どちらかが消える以外の決着はないのだ」

(どちらかが、消える?)

「僕が勝ったら、君が消えるの?」

「そうだ、負けた方が精神エネルギーに変換される。決闘とは本来、人生を賭けるものだからな」

「待って、どうしてそこまでするの? 夢の世界の事を知られたくないってなら僕は黙るよ? それじゃダメなのか?」

「君は勘違いしているな。『特異点』が問題なのは、『旧世界』の夢を見るからではない」

(『旧世界』……??)

「じゃあ何が問題なのさ。レイチェル光尊や僕は何を間違えた?」

「『特異点』は存在そのものがこの『世界』を崩壊させる。だから存在した事実ごと、抹消しなくてはならないのだ」

「『世界』を崩壊させる? どういう意味だよ、それ。説明してくれ!」

「別に構わないが……その前に私のターンだ。ドローフェイズ」

 少女がカードを引く。

「スタンバイフェイズだ。どうする?」

 リオールは少女の余裕が気になったが、

「【翼を織りなす熾天使】は相手ターンでも効果を発動できる! 最後の一発だ! 暗黒プテラを対象にジャスティス―」

 リオールは気付いた。宇宙空間がいつの間にか、万華鏡の内側の様な空間に変わっている。

「このエフェクトって……」

「昨日見たばかりで記憶に新しいだろう。キープ・インサイド・トリックだ」

 熾天使の羽から放たれた炎が、鏡像のプテラに向かっていく。炎が触れる直前に万華鏡は消え、そこにはプテラではなくエレファント・ビショップがいる。

「そっちじゃない!」

 リオールは思わず叫んだが、エレファント・ビショップは既に炎に包まれていた。

「私は手札から【継承名 ウィズ・ユー】の効果を発動した」

 

《自身をリリースし、対象を強制変更》

 

「さらにジャスティス・メテオは私の使った効果として処理されるため、リオール大河、貴様の手札が破壊される」

「【継承名】って……そのカードはレジェンド・カノンしか持ってないはず……君は一体、何者なんだ?」

 今度はリオールが驚愕する番だった。

「私は『旧世界』をベースにこの『世界』を造った者……このデッキはレジェンド・カノンに与えた【継承名】デッキの、オリジナルだ」

 にわかに信じ難い二つの事実だったが、リオールは瞬時に理解出来た。そして、その深刻さも。

 

 

 

TURN3へ続く。

 




二話まで読んでいただきありがとうございます。

リンク召喚についてですが、これは歴代OCGの召喚方法より簡単で便利なせいで、ソリティア戦術がだいぶ発展してしまいました(筆者は好きですが)。この世界では実はそこまで多用されていないのですが、リオール君はデュエリストとしては頭がおかしい部類なので、それを表現するために、リンク召喚デッキを使わせました。今後は他の召喚方法も登場しますが、ペンデュラムはちょっと検討中です。

フィールド略図ですが、カードの色はお使いのブラウザ次第で見えなかったりするかもしれません、あしからず。同様にリンクモンスターのマーカーも表示されないかもしれません。わかりづらいと思った方はどうか教えてください……なお、リンクマーカーの△の表現方法は同じハーメルン作家の【葛城 準】先生のものを参考にさせてもらいました。感謝しております。

あとは、気づいた方もいるかもしれませんが、【継承名 ウィズ・ユー】のちょっとOCGらしからぬ効果は、原作遊戯王の【精霊の鏡】のオマージュです。今後も、アニメや原作効果のオマージュは使うつもりなので、探してみてください。

次回の三話は激戦です。それでは、デュエル・スタンバイ!


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TURN3 魂の変換 Aパート

解説遅れましたが、アニメ同様に、デュエル中は相手のカードを確認できません。墓地や手札に加えるカードが公開情報ではないのです。このため、あらかじめカードの知識を多く持っている方が有利になるわけですが、【継承名】シリーズに関しては、カードデータが一切公開されていないため、一話の【ハンズ・ヘルド・ハイ】のように「そんな効果あったのか!」みたいな現象が起きます。


 

 

 

『受け継がれなかった命たち』《ライフ8000》

手札0枚

フィールド:なし

墓地:【継承名 ウィズ・ユー】及び未確認カード5枚

     

     

    

    

    

リオール大河《ライフ8000》

手札1枚

フィールド:【暗黒プテラ】《DEF500》、【翼を織りなす熾天使】《ATK2750》、伏せカード1枚

墓地:【レオ・ウィザード】【レオ・ウィザードの変化術】【予言するレオ・ウィザード】【予想GUY】【本の精霊 ホーク・ビショップ】【招来するレオ・ウィザード】【本の精霊 ドルフィン・ビショップ】【翼を織りなす者】【本の精霊 エレファント・ビショップ】及び未確認カード1枚

 

 

 エンドレスシティの教育では、創造論は扱わない。禁止されている訳ではなく、ユニークなアイデアの1つとしてしか認識されておらず、大半の人間は創造論を忘れ去ってしまう。だがリオールは夢の世界で、創造論を本気で信仰する文化が存在する事を知っている。つまり、『この『世界』を造った』という少女の言葉の意味が理解出来たのだ。そして、そのいわば『創造者』が自分のことを、『世界』を崩壊させる『特異点』と認識していることと、この『世界』最強とされる【継承名】デッキを使ってきたこと、この二点から、限りなく自分の生存の可能性が薄いと理解出来た。

 

「私のメインフェイズだ。墓地の【継承名 スキン・トゥ・ボーン】の効果を発動!」

 

《墓地から、自身を含む【継承名】2体の特殊召喚》

 

「甦れ! 【スキン・トゥ・ボーン】! 【ワン・ステップ・クローサー】!」

 白骨化した子供と、メカマスクの侍が現れる。

 

《アンデット族》《DEF800》 《戦士族》《DEF800》

 

「【継承名 ワン・ステップ・クローサー】の効果!」

 

《デッキからレベル4以下の【継承名】を特殊召喚》

 

「来い! 【バトル・シンフォニー】!」

 目を閉じ、祈るように銃を構えた天使。《ATK1600》

     

  

    

    

    

「【バトル・シンフォニー】の効果発動! アイズ・ワイド・アウェイク!」

 

《全ての守備表示モンスターの攻撃力の合計分、攻撃力上昇》

 

【バトル・シンフォニー】が目を開く。武器がバズーカ砲へと変わる。

「守備表示モンスターは【スキン・トゥ・ボーン】《ATK1600》【ワン・ステップ・クローサー】《ATK1600》【暗黒プテラ】《ATK1000》の3体。よって」

 

《ATK5800》

 

「このままバトルフェイズだ。まずはコンボのエンジンである【暗黒プテラ】を倒しておこうか。ノー・サレンダー・バレット!」

【バトル・シンフォニー】がバズーカ砲を撃つ。【暗黒プテラ】が木っ端微塵に吹き飛んだ。

「うわっ!」

 

 リオール大河《ライフ8000→2700》

 

(くっ……! 【バトル・シンフォニー】は守備表示モンスターを攻撃してもダメージを与える貫通能力がある……ステータスが軒並み低いこのデッキではライフがあっという間に持っていかれる……!)

「貴様の先攻手札破壊コンボは見事だったが、コンボが突破されるとデッキとしては脆い……【カー召喚・『レオ・ウィザード』】のスキル発動条件で貴様はデッキ内にトラップカードを入れられず、そのリバースカードもブラフだと簡単に見破られてしまう……」

 リオールは表情には出さなかったが、内心焦っていた。彼女は明らかに、この『世界』のカードプールや戦術を知り尽くしている。それに対しこちらは、【継承名】カードの総数すら知らない。レジェンド・カノンはデッキデータの秘匿が認められているのだ。

「さて、メインフェイズ2だ」

「メインフェイズ2? まだ何か出来るのか?」

 リオールは考えた。公式戦で確認された【継承名】カードのうち、墓地から効果を発動するものは【スキン・トゥ・ボーン】、【ロボット・ボーイ】、【ブリード・イット・アウト】の3枚のみ。この状況で発動できるものは【ロボット・ボーイ】くらいだが、手札0枚では意味がない効果だ。

「レジェンド・カノンは立場上、隠している戦術がある。例えば……貴様も得意なリンク召喚だ」

「何?!」

(ちょっと待て、【継承名】デッキに、エクストラモンスターがあるのか?! まずい!)

「現れろ、命を束ねるサーキット! アローヘッド確認! 召喚条件は【【継承名】モンスター2体】! スキン・トゥ・ボーンとワン・ステップ・クローサーの2体をリンクマーカーにセット! サーキットコンバイン! リンク召喚! LINK-2! 【継承名 メテオラ】!」

 宇宙空間の中に、巨大な隕石が現れた。その隕石の表面には、荒れ果てた寺院が何十と残っている。

 

《岩石族》《LINK-2 ← →》《ATK3200》《永続効果 エクストラモンスターゾーンに存在するこのカードは攻撃不可》

 ▷ △ ◁

 ◀   ▶

 ▷ ▽ ◁

「LINK-2で攻撃力3200も……?!」

「ここで今、リンク素材として墓地に行った【スキン・トゥ・ボーン】の効果が発動! スティール・トゥ・ラスト!」

 

《場のモンスター1体を対象、破壊》

 

 翼を織りなす熾天使が灰になっていった。

「くっ、でも【熾天使】にも墓地に行った時の効果がある!」

 

《リンク素材にしたモンスターを特殊召喚》

 

「戻ってこい、【翼を織りなす者】《ATK2750》、【ドルフィン・ビショップ】《ATK1900》《LINK-2 ↑ ↓》!」

 ハイエンジェルと人型のイルカが現れる。

     

    

    

   

    

「私はこれでエンドフェイズに入るが……貴様は知りたがっていたな、『世界』の『崩壊』について」

 人間は不運や苦難には納得を求める。エンドレスシティには不運も苦難もほとんどないが、リオールは夢の中で多くの人間が納得を求める様を見ている。そして今、当事者になってその心理を体験していた。

「この『世界』が私の創造物である、というのは既に理解したな?」

「うん」

「夢で貴様が見ていたのが『旧世界』。私が『構築』し直す前の世界だ。色々と不完全だろう?」

「確かに」

「私は『旧世界』の人間たちの魂を精神エネルギーに変換し、それを使ってこのエンドレスシティを作り上げた。総人口50億人分の魂を、500万人までに減らした」

「人類の99.9%を……たった一人で?」

「そうだ。そもそも私という存在が、『旧世界』での『特異点』だった。人間の魂の残滓が、偶発的に集まって生まれたのが私。他にも多くの偶然が重なり、私は世界を『構築』し直すほどの力を得た。そして同じことが、こちらの『世界』でも起ころうとしている」

「僕やレイチェル光尊のような『特異点』達も、人間の魂の残滓ってこと?」

「由来は知らない。ただ、力を持っているのは確かだ。現に、『旧世界』の記憶と繋がっているのだからな」

 リオールは声を荒げた。

「待ってよ! 仮に『特異点』にこの『世界』を揺るがす力があるなら、説得や教育で『世界』を保つ側として利用すればいいじゃないか!」

「それはできない。力のある人間が必ずしも私の支配に従ってくれるとは限らない。夢と現実を行き来するうちに、『旧世界』の危険思想に染まる者もいるのだ」

 考えてみれば、リオール自身、『旧世界』での経験でシティでは知りえない価値観を多く知っている。しかし、だからこそ、このエンドレスシティでの文明が尊く感じてもいるのだ。

「僕は『旧世界』の思想は好きになれない! それでも僕は粛清対象になるの?! 君に協力すると言ってもダメ?!」

「交渉する気はない。私は人間というものをそこまで信用していないのだ」

 リオールはその言葉に、絶望や恐怖ではなく、寂しさを感じた。『人間を信用しない』と言い切るほどに、彼女は辛い思いをしてきたのだろうか? 

「さあ、制限時間いっぱいだ。私はこれでターンを終了する。貴様の場には手札入れ替え効果を持つドルフィン・ビショップがいるので、まだ戦えるだろうが……どうする?」

「僕は……」

(この『世界』が『崩壊』するのは、僕だって嫌だ……)

 リオールの脳裏に、ナーシャの顔が浮かんだ。急に、彼女に会いたくなった。

 そしてリオールは、ドローを構えた。

「悪いけど……いくら『世界』の創造者の意思だからって、簡単に死んであげないからね」

「足掻くのは自由だ」

「僕のターン!」

(これで手札が2枚になった……ドルフィン・ビショップの効果から展開できるけど……【継承名 メテオラ】の効果が分からない……このタイミングで出したってことは防御や妨害の効果か? 攻撃不能なのとリンクマーカーの向き(←と→)を考えると、本来は他のリンクモンスターと組むなりしてメインモンスターゾーンに出すカード……だとしたらどうしてバトル・シンフォニーを残した? LINK-1の【継承名】はいないのか?)

 リオールは頭を振った。未知のモンスター効果なんていくらでも想像できるのだ。

(落ち着け……分からないなら、使わせてみればいい!)

「僕はドルフィン・ビショップの効果を発動! ドルフィン・ウィズダム!」

「こちらにチェーンはない」

 

《レベル5以上モンスター2体をデッキから手札に加え、手札2枚をデッキに戻す》

 

「そして場に【レオ・ウィザード】モンスターが居ないため、手札から【招来するレオ・ウィザード】を特殊召喚!」

 このデュエル2体目の、黄色のマントのレオ・ウィザードが飛び出した。

 

《魔法使い族》《ATK1350》

 

「そのまま効果発動!」

 

《自身をリリースし、墓地又は手札から通常モンスター1体を特殊召喚》

 

 黒いマントのレオ・ウィザードが現れた。

「この【レオ・ウィザード】をリンクマーカーにセット! 召喚条件は【通常モンスター1体】! LINK-1! 【休眠するレオ・ウィザード】!」

 レオ・ウィザードが赤いカーテンに覆われた。

 

《魔法使い族》《LINK-1 ↙》《ATK0》

 ▷ △ ◁

 ◁   ▷

 ▶ ▽ ◁

     

    

   

   

    

「このまま、休眠するレオ・ウィザード1体でリンク召喚! LINK-1! 【予言するレオ・ウィザード】!」

 2体目の、白マントのレオ・ウィザード。

 

《魔法使い族》《ATK1350》

 

「墓地に行った【休眠】、場の【予言】の効果発動!」

 

《デッキから魔法カードを手札に加える》

 

《デッキから【レオ・ウィザード】カードを手札に加える》

 

 少女はこの連続リンク召喚を静かに眺めている。表情からは何も読み取れなかった。

 

「ここで、場の『予言するレオ・ウィザード』、『翼を織りなす者』、LINK-2『本の精霊 ドルフィン・ビショップ』の3体をリンクマーカーにセット! 召喚条件は【翼を織りなす者】を含むモンスター2体以上! 現れろLINK-4! 【翼を織りなす堕天使】!」

 

《天使族》《LINK-4 ↑ ↖ ↗ ↓》《ATK2750》

 ▶ ▲ ◀

 ◁   ▷

 ▷ ▼ ◁

 黒い翼に闇を纏ったダークエンジェルが現れた。

「まだだ! 墓地に置かれた、【ドルフィン・ビショップ】の効果!」

 

《デッキから【本の精霊】モンスター1体を特殊召喚》

 

「2体目の【エレファント・ビショップ】!」

 

《DEF1200》《誘発効果・永続効果》

 

「誘発効果により、手札から【祈祷するレオ・ウィザード】を特殊召喚!」

 今度のレオ・ウィザードは水色のマントだ。

 

《魔法使い族》《レベル3》《ATK1350》

     

    

   

   

    

「【翼を織りなす堕天使】の効果発動! イービル・パニッシュ!」

 

《リンク先のモンスターを全て破壊し、その攻撃力の合計分ダメージ、さらにその数値分攻撃力上昇》

 

「リンク先に居るのは君の【バトル・シンフォニー】と僕の【祈祷するレオ・ウィザード】の2体! これで君は合計2950ポイントのダメージを受け、【堕天使】の攻撃力は5700まで上昇する! そろそろ【メテオラ】の効果を使わないとまずいんじゃない?!」

(展開を止めてこないところを見ると、単純な耐性能力? 最悪、僕のライフに2700ポイント以上の直接ダメージを与える効果だったとしても、僕のリバースカードは【痛魂の呪術】だから、負けることはない!)

「そうだな、そろそろ頃合いだろう。【継承名 メテオラ】効果発動! ブレイキング・ザ・ハビット!」

 メテオラの巨体がひび割れ始めた。

 

《場の全カードを破壊。次のターンに自身と墓地の【継承名】2体を特殊召喚》

 

「全カードを?! なら、手札から【激昂するレオ・ウィザード】の効果を」

 

《チェーン不可》

 

「そんな!」

「【メテオラ】はいかなる時代をも超越する、雄大な意思の象徴。何者にも止めることは出来ない」

 砕け散ったメテオラの残骸が降り注ぎ、全てのモンスターとリバースカードが破壊された。

「でも分かってるよね、墓地に行った【祈祷するレオ・ウィザード】と【翼を織りなす堕天使】にはそれぞれモンスターを特殊召喚する効果が―」

 

《発動不可》

 

《発動不可》

 

「何?! これもダメなのか?!」

「【メテオラ】による破壊を受けたカード、およびその同名カードはこのターン、効果の発動を封じられるのだ。ただし、この強力なフィールドリセット効果と引き換えに、私は4000ポイントのダメージを受ける」

 

 少女《ライフ8000→4000》

 

「貴様の手札は2枚、1枚は【激昂するレオ・ウィザード】で、この状況では役に立たない……もう1枚は魔法カードだったな……おそらく、【レオ・ウィザードの洗脳術】だろう?」

(くっ、読まれている……!)

 リオールは確かに【レオ・ウィザードの洗脳術】を加えていた。もし戦闘破壊に失敗した時は、効果を使い終わった【メテオラ】を奪い取る算段だったのだ。だが、メテオラ自身が墓地に行ってしまうとは。

「なんでもお見通しか……創造者を名乗るだけはあるね……」

 リオールは笑った。

「次のターン、君の【メテオラ】は墓地の【継承名】と一緒に戻ってくる……今度はメインモンスターゾーンに出るから攻撃可能になるし、絶体絶命ってやつか……」

「その通りだ」

「じゃあ……もう……」

 少女は気づいた。

「このターンで決めるしかないね」

 リオールの目はまだ死んでいないことに。

 

 Bパートへ続く。

 




【痛魂の呪術】は原作・アニメで闇マリクが使った、ダメージを跳ね返す速攻魔法です。懐かしいですね。エンドレスシティではバーンデッキも割とあるんですよ、きっと。

おまけ
リオール(エクストラモンスターがあるのか?まずい!)
少女「なにがまずい、言ってみろ。」


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TURN3 魂の変換 Bパート

更新遅くなってしまいました。今後は、第五話くらいまではストックあるのでちょこちょこ投稿出るはずです。


 

リオール大河《LP2700》

手札:2枚(【激昂するレオ・ウィザード】【レオ・ウィザードの洗脳術】)

フィールド:なし

墓地:19枚

 

『受け継がれなかった命たち』《LP4000》

手札:0枚

フィールド:0枚

墓地:8枚(次のターン【継承名 メテオラ】効果確定)

 

 

 

「何を言っている? もう貴様にモンスターを展開するリソースはないはずだ」

「いや、ひとつだけある」

「ひとつだけ……?」

 リオールの浮かべた笑みは、いつの間にか勝利を確信する笑みに変わっている。

「前のターン、僕の手札から捨てられたカードだよ」

 少女ははっとした。

(そうだ……あの時、【ウィズ・ユー】の効果で手札破壊を跳ね返していた!)

「だが! 【レオ・ウィザード】【本の精霊】【翼を織りなす者】のいずれのテーマにも、このタイミングで墓地から起動する効果はないはず!」

「確かにないね、その3テーマには」

 少女は息をのんだ。

「貴様、まさか!」

 リオールは高らかに叫んだ。

「墓地の罠カード! 【不屈のマグネッツ】の効果発動! 対象は【本の精霊ホーク・ビショップ】と【翼を織りなす者】!」

 

《墓地の攻撃力の異なる二体を対象。その攻撃力の差と同じ数値の攻撃力を持つモンスターを可能な限り、墓地から特殊召喚(同名モンスターは一体まで)》

 

「貴様の【ホーク・ビショップ】は攻撃力1400、【翼を織りなす者】は2750……」

「その差1350の攻撃力を持つモンスターはこの4体だ! 【レオ・ウィザード】【予言するレオ・ウィザード】【招来するレオ・ウィザード】【祈祷するレオ・ウィザード】!!」

 黒、白、黄色、水色のマントのレオ・ウィザードたちが現れた。

 

     

 

     

 

「【不屈のマグネッツ】は本来、【マグネッツ1号】【マグネッツ2号】【カルボナーラ戦士】を採用したデッキでの使用を意図してデザインされたカード……それをこんな形で応用するとは……」

「君のメテオラの効果は想像以上だったけど、フィールドから消えてくれたし、何より君のライフが4000になった! 覚悟はいい? バトルフェイズだ!」

(『特異点』……! やはり貴様らは、この安寧の『世界』を脅かす反逆者ということか!)

「レオ・ウィザードの攻撃! マジカル・ペトリファイ!」

 レオ・ウィザードの放つ魔法の閃光が少女に直撃する。

「ううっ!」

 

 少女《ライフ4000→2650》

 

「続けて、祈祷するレオ・ウィザードで」

 その時少女の胸が裂け、血が吹き出した。リオールは攻撃命令を止めた。

(このエフェクトは……!)

「私は墓地の【継承名 ブリード・イット・アウト】の効果を発動させた」

 

《墓地から特殊召喚。攻撃力が受けたダメージと同じ数値になる》《ATK1350》《水族》

 

 不気味な血の塊。蜘蛛のような手足が生えている。

「だけどそのモンスターは攻撃表示でしか特殊召喚できない! 行け! 祈祷するレオ・ウィザード!」

【祈祷する】の魔法閃光と、【ブリード・イット・アウト】の吹き付ける血が衝突し、二体のモンスターは相打ちとなった。

「行け! 招来するレオ・ウィザード!」

 

 3度目の魔法閃光が少女の左肩に当たった。すると今度は、その肩からも血が吹き出した。

 

「またブリード・イット・アウト!?」

 

《水族》《ATK1350》

 

「他の【継承名】と違い、【ブリード・イット・アウト】の特殊召喚効果は1ターンに何度でも使える。残念だったな、これはレジェンド・カノンが公式戦では隠している戦術だ」

 

 少女《ライフ2650→1300》

 

「くっ……あれを場に残す訳にはいかない……予言するレオ・ウィザードで攻撃だ」

 再び、モンスター2体が相打ち。しかしもうリオールに攻撃モンスターはいない。手づまりだった。

「惜しかったな、リオール大河。あと一撃だった……貴様の手札にある【激昂するレオ・ウィザード】は任意のタイミングで墓地に捨てて効果を発動できる。【不屈のマグネッツ】を起動する前に捨てておけば、そのカードも攻撃要員として特殊召喚できた……もっとも、手札で強力な誘発即時効果を使えるモンスターを不必要に捨てるなど、私でもしないがな」

 リオールは負けを覚悟し、膝をついた。宇宙空間のはずなのに、地面の感触がした。ここはあくまで精神エネルギーによる疑似空間なのだと実感できた。これから消されるというのに、変に冷静でいられた。

「創造者さん……そういえば、君は僕の両親も消したんだよね……」

「ああ。私が消した」

「どうしてその時に僕も消さなかったの?」

「当時はまだ、貴様は『特異点』ではなかったからだ」

「『特異点』は生まれつきってわけじゃないんだ……でも最初に僕を見つけた時、『やはり貴様も』って言ってたよね、なんで?」

 質問攻めにされ、少女は怪訝な顔になっていたが、口を開いた。

「貴様には『特異点』の可能性があったからだ」

「『特異点』の可能性?」

「この『世界』の『特異点』現象は感染症に似ている。症状があり、潜伏期間があり、伝染する。貴様の両親と関わった他の人間も何人か『特異点』の力に目覚めていたのだ」

 その瞬間リオールは、ある恐ろしい可能性に気づいた。

「ねえ待って、それじゃあ」

 しかしリオールの言葉は、ターンの制限時間が尽きたことを知らせるブザーに遮られた。

「もう十分だろう。私のターン、ドローフェイズ」

「待ってよ! まだ聞きたいことがあるんだ!」

「墓地の【メテオラ】の効果発動! 自身と【ワン・ステップ・クローサー】、【バトル・シンフォニー】を特殊召喚!」

「潜在的な『特異点』はもっといるってこと?!」

(僕が『特異点』を広めてしまっているかもしれない、ひょっとしたらナーシャにも……)

「デッキから【継承名 イリシデント】を特殊召喚!」

 リオールの必死な叫びを無視して少女はモンスターを次々と展開していく。

「聞いてよ! こんな対症療法みたいなやり方じゃ問題の解決には」

「バトルフェイズだ! モンスターたちで総攻撃を仕掛ける!」

「頼むから! このままじゃ!」

 リオールのレオ・ウィザードたちが吹き飛ばされた。さらにメテオラの巨体が眼前に迫ってくる。

「この『世界』も不完全に―」

 リオールの全身にすさまじい衝撃が走った。不思議と痛みはなく、身体の感覚が消えた。

(不完全に、なってしまう……)

 リオールの意識が消えた。

 

 ちょうどその頃、ナーシャ池井戸は自室のベッドであおむけに寝ころび、デバイスの検索ウィンドウを開いていた。調べているのはデュエルカウンセラーについてだ。

(ふーん、デュエルを通じて深層心理を引き出し、悩みをモンスターとして可視化する……これいいかも!)

 ナーシャは腕のデバイスのメッセージアプリを起動したが、

「あれ、私、誰に連絡しようとしてたんだっけ……」

 記憶にぽっかり穴が開いたかのように、全く思い出せなかった。

(そもそも私、なんでデュエルカウンセラーについて調べてたんだろう……)

「ま、いいか」

 ナーシャは、メッセージアプリを閉じた。

 

 

 ◇◆◇◆

 

 

 8月16日、午後17時26分。エンドレスシティ第1地区 高級マンション『キャッスル』最上階

 

 お手伝いさんたちは帰宅し、奏音はリビングで動画投稿サイトを見ていた。ショーデュエルで使われるAR衣装を眺めるのが趣味なのだ。

「いいなあ、私もこの【ロイヤルガード】と【ゲートキーパー】の衣装で変形合体したいなあ……」

 ショーデュエルの衣装を手掛けるマッスル剛力は、彼女にデュエルで勝ったものにしか衣装を作らない。ショーデュエルの高いクオリティは、強者のみが集うからこそ成り立つのだ。もちろん、奏音なら簡単に勝てるだろうが、そもそもレジェンドデュエリストは年二回のトーナメント以外では公式戦を行なえない。ビジネス契約に関わるデュエルも当然公式戦なので、奏音はマッスル剛力に挑むことができないのだ。

「ショーデュエルに興味があるのか、奏音」

「あ、チェスおかえりー」

 いつの間にか背後に立っているチェスに、奏音は振り向かずに返事をした。彼女はどうやらこの世界の空間にならどこへでも瞬時に移動できるらしく、よく突然部屋に居たりする。

「ショーデュエルってさー、綺麗に負けるのも仕事のうちじゃん? だから私じゃ絶対にできないよなーって」

「私たちの約束はエンターテインメントを装っているだけで、その本質はかけ離れているからな。だが、不可能ではない」

「え、うそ!」

 奏音は驚いて振り返ったが、即座に違う驚きに見舞われた。

「え……チェス、その顔、どうしたの……」

 チェスはいつもの革ジャンとジーンズといういでたちだったが、顔が明らかに違った。母の顔ではない、若い少女……そう、『受け継がれなかった命たち』のイラストの少女の顔になっていた。

「『特異点』の処理に力を使いすぎた……休めば顔は戻る、安心してくれ」

「そう……ならいいけど、なんか食べる? お昼にホットケーキ作ったんだ」

 奏音は急いで冷蔵庫からラップをかけた皿を取り出した。昼間に、お手伝いさんに頼んで作り方を教えてもらったのだ。本当は明日のおやつにしようと思っていたのだが、チェスの様子を見るに、夕飯に回した方がいいと奏音なりに考えたのだ。

「ありがとう、奏音。君の心遣いうれしく思う」

 チェスはそう言いながらホットケーキを一口食べた。彼女の表情やものの言い方はいつも堅苦しいが、20年も一緒にいると、この堅苦しさも好きになっていた。奏音にとって、チェスはもう第二の母親なのだ。

「だがこのホットケーキの味は……まさか醤油か?」

「あったり~! 昔お母さんが、バターと醤油は最強コンビって言ってたのを思い出してね、入れてみたんだ」

 もちろん、お手伝いさんが帰った後に一人で作って試した味付けだ。

「そうか……次はもっといい隠し味を教えよう……」

 チェスは奏音が見たことのない表情になっていた。奏音が、足の裏が痒い時にする顔に似ている。

「ところで、さっきショーデュエルは不可能じゃないって……あれはどういうこと?」

「ああ、ショーデュエルは完全に見世物として作られているが、そこに勝利への渇望が生まれるようなシステムを加えれば、君が参加する意義が生まれる」

「それってつまり……?」

「例えば異種競技交流戦、ショーデュエルとマスターデュエルのぶつかり合いだ」

 奏音は瞬きした。

「そんなことできるの……?」

「私が『構築』した『世界』だ、不可能はない」

 チェスはそういうと、腕のデバイスを操作し、ホログラムのプログラミング画面を出した。

「昨日話した、君の新たなデュエルの場だが……今までのトーナメントと同じでは観客にも飽きがくる。前例のないルールを取り入れ、異なるアプローチで人々の魂を励起させる必要があるんだ」

「へ、へぇ……あぷろうちで、れいき、ね」

 チェスが画面にタッチし、奏音には理解不能な文字が視界を覆う。今朝の増殖する黒光りを思い出し、奏音は少し気分が悪くなった。

「君が憧れている、というのはそれだけでデュエルの質を高める要素になるからな。聞かせてくれ、奏音はショーデュエルのどういった部分が好きなんだ?」

 チェスは奏音を見つめている。その目を見ていると、奏音は何だか嬉しくなった。レジェンドとしてでも、『世界』を支える少女としてでもなく、一人の人間としての興味を向けられているのは、彼女にとって初めてだった。自然と顔がほころんだ。

「ええとね……やっぱりね……なんていうかね……」

 

 この三日後の8月19日、求道奏音のレジェンド継承20年を記念し、新たなデュエル形式の大会が開催されることが発表された。伝統的な戦術の競い合いであるマスターデュエルと、華麗な演出でドラマを作るショーデュエルのコラボレーション。このニュースは、エンドレスシティに波紋を広げた。しかしこの時はまだ奏音は知らなかった……これが奏音の運命を大きく動かすことになるとは。

 

 TURN4に続く

 




デュエルでエネルギーを稼げるのがこの世界の理なのですが、継承名デッキだけは使うのに精神エネルギーを持っていかれるみたいです。設定が色々細かいのでこうやって補足していこうと思います。


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TURN4 運命の交錯 Aパート

先に謝っておきます。第四話は両パート、設定詰め込みすぎてデュエルに入れませんでした、ごめんなさい……めちゃくちゃ大事なこと言ってる回ですが、斜め読みでも結構です。

そういえば、リオール君は父親譲りの金髪白人です。母の美咲は黒髪の東洋人です。


 

 リオールは目覚めた。青空が広がっている。

「あれ……なんで?」

 体を起こしてあたりを見回すと、一面の緑……トウモロコシ畑だった。リオールが寝ていたのはちょうど、畑の中の通り道だ。

「ここって、もしかして……」

「そう、私たちの農園よ」

 目の前に、母、大河美咲が立っていた。いつものように農作業用のつなぎを着ている。

「母さん、今までどこに」

 言いかけて、リオールは思い出した。母は消えた存在であること、消したのはこの『世界』の『創造者』だったこと、そしてリオール自身も消されたこと。

「ここは……天国?」

 母は笑った。笑い声は一つではなかった。いつの間にか美咲の隣に、父、アンドラ・コナーもいた。こちらもリオールが見慣れたつなぎ姿だ。

「リオール、お前かなり『旧世界』の感覚が身についてるな」

 父が笑いながら言った。そういえば、死後の世界の想像や仮説は『旧世界』の文化だ。

「アンドラ、この子やっぱり才能あるわ」

「ああ、これなら期待できる」

 両親がやけに嬉しそうなのが気になった。

「ねえ、ここはどこなの? 僕たちの体に一体何が起きてるの?」

「それはぜひ、私の口から説明させてほしい!」

 リオールは思わず身を引いた。すぐ隣に女性がいた。黒のハイネックシャツとスキニーパンツに、デニムのトレンチコートをゆったりと羽織り、ミディアムロングの赤毛を揺らしたやや童顔の白人女性。どう見ても農作業の格好ではないが、彼女にも見覚えがあった。

「レイチェル光尊!」

「覚えててくれたんだね! リオール君!」

 リオールはますます分からなくなった。ここにいる人々はみな、精神エネルギーに変換されたのではなかったか。

「リオール君、君はどこまで知った? 『旧世界』や『特異点』はわかってるだろう? 『受け継がれなかった命たち』は聞けば答えてくれるからね!」

 レイチェルはかなり興奮した様子で顔を近づけてくる。

(そうだ、このしゃべりたがりの圧が強い感じ、本物のレイチェルさんだ……)

「あ、あの、レイチェルさん……僕がどうして存在を消される羽目になったのか、については理解してます……でもここがどこなのかは見当がつきません……」

「なるほどなるほど! それじゃあ逆に聞こう、ここはどこだと思う?」

(うわあ、面倒くさい……)

「僕が連れ込まれた宇宙みたいな、疑似空間?」

「正解であるとも、不正解であるともいえる!」

 レイチェルはとても嬉しそうだ、リオールは早く教えてほしいのだが。

「ヒントを教えよう、君にはここがどこに見える?」

「ええと、僕が生まれ育った農園です……」

「正解だ!」

「え?」

「ここは農園なんだよ」

 リオールには訳が分からなかった。アンドラが口を挟む。

「レイチェル、リオールなら本質から言ってもわかると思うぞ」

「ああ、そうかそうか、ついいつもの癖で」

 アンドラの助け舟はありがたかったが、まるでリオールのことをよく知っているかのような言い方には引っかかるものがあった。

「リオール君、ここはね、エンドレスシティだよ」

「シティの中?」

 本質を言えと言われたのにまだ抽象的な表現の気がする。

「ほら、あそこ見てごらん」

 レイチェルの指す方向、20メートルほど離れたところに、畑の中で遊ぶ子どもがいた。男の子と女の子がそれぞれ一人で、追いかけっこをしている。

「あの子たちも、『創造者』に消されたの?」

 レイチェルはそれには答えずにやりと笑うと、

「おーい! そこの君たちー!」

 と子供たちに呼びかけた。しかし、子供達はまるで反応を示さない。まるで聞こえていないかのようだ。

「あの子たちは『特異点』じゃない、普通の人間だ。私たちは存在を消された身だから、認識されないのさ」

「じゃあ、ここはほんとにエンドレスシティの農園なの?」

「そうとも、かつて君と両親が住んでいた農園……まあその事実は書き換えられてしまったけど」

 美咲がいつの間にか、リオールの隣に来ていた。

「私たちは『特異点』なせいか、精神エネルギーへの変換が不完全で、魂の残滓がエンドレスシティに留まるみたいなの。あなたの成長も、ずっと見ていたわ」

「今まで寂しい思いをさせて、すまなかったな」

 アンドラも隣に来ていた。リオールの肩に手を置く。嬉しい……ような気がしたが、複雑な気分だった。両親が存在したのは夢のようなものだと割り切ってからかなり経つ。クローン出生の子供が住む養護施設は特に不自由のない環境なので、すっかり慣れてしまっていたのだ。しかし、この二人から向けられる愛情には確かに、覚えがあった。

「あのー、説明は私にやらせてくれるんじゃなかったの?」

 レイチェルが不機嫌そうだ。この人の空気の読まなさはシティでも有名だった。

「そうだったわね、ごめんなさい、レイチェル」

「リオール、ここからが本題だ。よく聞くんだぞ」

 両親がレイチェルに出番を譲った。彼女が待ってましたと咳ばらいをしたとき、

「そこから先はオレが話しましょう」

 どこからともなく声が聞こえた。神々しさを感じさせる、透き通るような女性の声だ。リオールがその人物を探してあたりを見回すと……奇妙なことに、場所が変わっていた。農園が、神殿のような場所になっていた。そばにいた三人もいない。

「二人きりで話すのがオレの流儀なのです」

 また場所が変わっていた。今度は、豪華な洋風の寝室だった。ベッドの天蓋のカーテンが開き、中から女性が出てきた。桜色のネグリジェを着た、鮮やかな紫色の長髪で、見惚れるほどの整った顔立ちだ。

「はじめまして。オレは『第2030番』と申します。エンドレスシティ最初の『特異点』です」

(名前が番号? そんなネーミングセンスあったかな……最初の『特異点』ってことはかなり昔からここにいるのか?)

「ええと、はじめまして、僕は……あ、知ってるんでしたっけ」

「ええ。『特異点』の方々のことはずっと見守っていましたし……あなたは特別ですから」

「僕が特別?」

 『第2030番』は微笑んだ。

「『創造者』が恐れたとおり、一部の『特異点』は力に目覚めるのですよ。心当たりはありませんか? あなたが普通と違った部分、他の『特異点』と比べても異質な部分……」

(ううん……特別な力……他の『特異点』とも違う……)

 ふと、『受け継がれなかった命たち』の驚愕した顔を思い出した。

「あ、そうだ、僕は他の『特異点』の人のことを覚えてる……」

「そうです、それこそがあなたの力……いわば『固有スキル』です」

「でも、それはそんなにすごいことなん」

 言いかけて気づいた。

「僕の記憶は『創造者』でも書き換えられない……『創造者』の力に抵抗性があるってこと?」

 『第2030番』は再び微笑み、うなずいた。

「ここからはオレの仮説ですが、あなたなら、エンドレスシティで再び実体化できると思うのです」

「実体化って……でも、精神エネルギーから質量を生み出すのは現在の科学じゃ不可能ですよ」

 それができる『固有スキル』でもあるのかと予想したが、帰ってきた答えは意外だった。

「実体が必ずしも質量を持つとは限らないでしょう」

 リオールはぽかんと口を開けた。

「考えてみてください、『創造者』は『旧世界』の人間の魂を精神エネルギーに変換し、新たな『世界』を構築した……ここまでは、シティで教わるエネルギー論で理解できます」

「ま、まあ……」

 理論上、質量はエネルギーに変換できる。どうやるのかは分からないが、『創造者』はその逆もできるのだろうと、勝手に思っていた。

「しかし、『特異点』の存在が消された時、この『世界』では存在した事実まできれいに消えます。これは精神エネルギー論では説明が尽きません」

「確かに……」

 『特異点』を消すたびにこのエンドレスシティを一から『構築』し直しているとは考えにくい。

「この現象を説明できる理論は一つだけです……この『世界』はすべて」

「データなんだよおおおおおお!!!!」

 レイチェルが寝室に入り込んでいた。興奮が抑えられないといった様子だ。『第2030番』は困った顔をしている。困った顔も美しかった。

「レイチェル、あなたという人は……」

「ソード様、お許しください! でもこれをリオール君に話すのがこの三年間の悲願だったのですよ!!!」

 『ソード様』とは『第2030番』のことらしい。あだ名だろうか。

「わかりました、レイチェル。では続きをお願いします」

「やったー!!!」

 レイチェルはリオールに詰め寄った。目が血走っている。

「いいかい、リオール君、この『世界』、エンドレスシティやその住人はすべて、データに過ぎないんだ! RPGアプリの世界観みたいに、全部フィクション! だから書き換えられる!」

「じゃあ、この体の感覚も、『旧世界』にあったVR技術みたいなものなんです?」

「その通り! さっすがリオール君! 光、音、熱、圧力、ぜーんぶ『旧世界』そっくりにプログラムされたデータだ! でもゲームと違うのは、私たちを構成するのは電気信号じゃなく」

「精神エネルギー?」

「あああもう先言っちゃだめえええ!!!」

 レイチェルは床に崩れた。

「もう十分でしょう、レイチェル」

 『第2030番』がそういうと、レイチェルが消えた……というより、リオールと『第2030番』が移動していた。今度は海岸だ。遊泳禁止エリアの近くらしく、海水浴客の声は遠くに聞こえる。

「この『世界』に質量はなく、精神エネルギーで再現された質量の感覚があるだけです。この意味が分かりますか?」

「……精神エネルギーを溜めれば僕たちは実体化できる、ですよね」

「ええ。ただし、実体化しても適応できませんが」

「え?」

「蘇生した『特異点』はすでに排除された情報であるため、『創造者』が仕掛けた『校正機能』により自動削除されてしまうのです。この二十年間、何人もの同胞がそれで消されました……どういうわけか、二度目は魂の残滓まで完全に変換されるようです」

「なるほど、それで、抵抗性を持つ僕が……」

(父さんと母さんが僕に妙な期待してたのってこういうことか……)

 また、視界が変わった。今度は神社にいた。周りには誰もいない。陽が沈みかけており、頬が温かい。

「あれ、『第2030番』さん、それは一体……」

 彼女はデュエルディスクを付けていた。服装も、桜色のドレスに変わっている。

「事情は説明しましたので、デュエルを始めましょう。精神エネルギーを溜めるにはこの方法が一番です」

 リオールは慌てて言う。

「まってください! 僕はまだ、シティに戻りたいとは言ってないですよ?」

「戻らないつもりですか?」

「戻りたいですけど、戻っても何もできませんよ! 『特異点』はこの『世界』を脅かすと思われてますから、またあの少女に消されるだけです……」

「では『創造者』を倒さないと」

 まるでやってくれと言わんばかりの口ぶりに、リオールは耳を疑った。

「『創造者』がいなくなれば、気兼ねなく戻れるのでしょう?」

「え、無理ですよ! それにあの子倒しちゃったらこの『世界』滅んだりするんじゃ」

「それがなんだというのです?」

 リオールは言葉を失った。何かがおかしい。

「リオール、そもそもこの『世界』は質量を持たない、仮想空間なのですよ。『まがい物』なのです。維持する意味がありますか?」

(な、なにを言っているんだ……?)

「『創造者』がこの『世界』を仮想空間にしたのは、単に上書きしやすくするためだけだと思いますか? 彼女は人間たちの『魂』を精神エネルギーに変換したと言いました。『肉体』ではありません、『魂』です」

 ようやく話が見えてきた。リオールは自分が思い違いをしていることにも気づいた。

「これは、『旧世界』の質量、つまりオレたちのもともとの肉体は変換されず残っているということに他なりません。オレたちが『旧世界』の夢を見るのも、魂が向こう側に残っている肉体と繋がっているからなのですよ」

(『旧世界』を取り返す気なんだ……僕を使って……)

「……今のままじゃダメなんですか?」

 一瞬、『第2030番』の笑顔が引きつったように見えた。

「というと?」

「このままここで『特異点』の人たちだけで穏やかに過ごすんじゃダメなんですか。争いは必ず犠牲者が出ますよ」

 決して本心ではなかったが、この場をやり過ごしたかった。

「何を腑抜けたこと言ってるんだ! リオール!」

 アンドラの怒鳴り声だ。両親が、『第2030番』の隣に立っている。

「もう犠牲者は出てるでしょ。私たちは何の罪もないのに消されたのよ?」

 美咲もやんわりと咎めていた。

「母さん、父さん……その人に賛成なの?」

「当たり前だろう、ソード様は私たち『特異点』の、いや人類の希望なんだ!」

「リオール、目を覚まして。私たちはあの女にずっと欺かれて利用されていただけなのよ!」

 リオールは恐怖を感じていた。『受け継がれなかった命たち』と対峙した時以上の恐怖だった。だが、思い出したばかりの両親への愛情が、彼を奮い立たせた。

「二人とも聞いて!」

 両親がそろって怪訝な顔をした。『第2030番』は相変わらず美しい笑顔だった。

「『旧世界』に戻っても、楽じゃないよ。まず、僕たちは家族じゃないし、今までの記憶だって引き継げるかわからない。どこの国家権力も『創造者』と同じかそれ以上に腐ってる。僕らは確かに辛い思いをしたけど、孤独じゃない。『世界』が本物かどうかなんて、大した問題じゃないだろう?」

 美咲が泣き崩れた。アンドラは顔が蒼白だ。

「あああ……可愛そうなリオール、あの女に洗脳されてしまったのね……」

「くそ! 私の息子になんて仕打ちを!」

 最悪の反応だった。様子を見ていた『第2030番』が二人をなだめる。

「美咲、アンドラ、落ち着きなさい」

「はい……」

「申し訳ありませんでした……」

「二人とも。リオールは洗脳などされていませんよ」

 アンドラと美咲の表情が明るくなった。

(僕が洗脳されてない根拠をまだ何も示されてないのに、もう彼女の言葉を信じてる……)

「考えてもみてください、リオールは存在を消されてからまだ数時間も経っていません。エンドレスシティの危険思想が残っていても不思議ではないのです」

「そ、そうですよね! 私たちも最初はそうでした!」

 アンドラは安堵のあまり泣きそうだ。

「リオール、あなたは少し不安になっていただけでしょう? あなたは今まで『旧世界』に夢でしか行ったことがなかったのですから」

 『第2030番』は笑顔だった。しっかり目まで笑っていた。それが逆に恐ろしく、リオールは何も言えなかった。

「『旧世界』に戻った時のことを想定できているのはとても賢いのですが、あなたは一つ忘れていますよ」

「な、なんでしょう……」

 リオールは誘導されるかのように聞いた。

「オレたちは『特異点』なのです。それは『旧世界』に戻っても変わりません。『特異点』は人知を超えた力に目覚めますから、オレたちみんなで『旧世界』の人類を導いてあげればいいのです。『本物』の理想郷を作れますよ」

「なんて素晴らしいお考え!」

「ああソード様!」

 両親は泣き崩れている。リオールも正直、泣きたかった。心が折れかけていた。

「そういえば、リオールに一つ、伝えておかなくてはいけないことがありまして」

 リオールは心の準備をした。次にくる言葉が、自分にとどめを刺すもののような予感がした。

「あなたのガールフレンドのナーシャが、そろそろ『特異点』の力に目覚めそうなのですが……どうしましょうか、このままだと『創造者』に見つかってしまいますね……」

 リオールに、戦う理由ができてしまった。

 

 8月16日午後17時50分、エンドレスシティ第8地区郊外、穀倉地帯

 

 Bパートへ続く。

 




彼女持ちのリオール君が見入ってしまうほどの美女、ソード様こと第2030番……リオール君は彼女に言いくるめられ……このあとめちゃくちゃデュエルしました。


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TURN4 運命の交錯 Bパート

遊戯王と言えば特殊性癖ですよね……


 10月24日午前10時20分、エンドレスシティ第5地区、災害時避難施設『シェルタープラネット』、第18番ゲート前

 

「「シティのみなさーん!!! グッドモーニング!!! 今日はとうとう!!! エンドレスシティの歴史に残るイベント! 『デステニー・クロスロード』の日だァ!! 司会はトーナメントでおなじみ、このリドラー吉本とっ!!!」」

「「ショーデュエルで語り部を務めさせていただいております、香蘭・マルムスティーンです」」

 鮮やかな緑色のスーツを着た中年男性のリドラーと、紫の着物で上品に着飾った香蘭、二人の巨大ホログラムがシェルタープラネットの上空に映し出されている。二か月の準備期間を経て、マスターデュエルとショーデュエルのコラボレーション企画、『デステニー・クロスロード』の当日である。奏音を含む30人の参加選手が、巨大な銀色のドームの扉の前で司会のホログラムを見上げている。

(うわあ本物の香蘭マルムスティーンだあ……)

 奏音は興奮していた。そもそもレジェンドデュエリストはその神聖な立場ゆえ、公の場や動画配信などにも一切姿を見せない。他の芸能職の人間と関わる機会はないに等しく、ショーデュエルのエンタメデュエリストを(ホログラムとはいえ)こんな間近で見ることができた興奮は、一般人のそれと変わらなかった。ちなみに、他のデュエリストたちやファンも、レジェンド・カノンがいると知れば同様に興奮し騒ぎを起こしかねないので、この場では彼女はサングラス・キャップ・マスクで顔を隠しているのだが、それが逆に注意をひいていることに奏音は気づいていなかった。

「「いやあ香蘭さん、二大デュエル界がついにね、コラボレーションしちゃいましたよ。もう私、感無量です」」

「「二つの運命が交差し、暗黒の物語が紐解かれました。私たちにはただ、彼の者たちの行く末を見届けることしかできません……」」

「「あれ、香蘭さん、もう語り部モード入ってる?」」

 今回の企画で最大の課題となったのは、マスターデュエルとショーデュエルは評価軸が大きく異なるため、競わせることができない、という点だ。ただ勝利を追及するマスターデュエルとは違い、ショーデュエルは決められた台本に沿ってデュエルが行なわれるため、どちらが勝つかもあらかじめ決まっている。トーナメントではありえないようなスキルや番外戦術も盛んなため、企画発表当初はトーナメントデュエリストからは批判も相次いだのだ。

「「さあではまず、ルールのおさらいから! このイベントは、参加デュエリストたちによるロールプレイングゲームを行なってもらいます!!! プロアマ問わず集められた、総勢3000人のマスターデュエリストのみなさん!! あなたがたには、勇者となって魔王を倒しに行ってもらいます」」

 チェスが考案したのは、ショーデュエルのようなストーリー性のあるゲームを、マスターデュエリストたちがプレイヤーとなり行なうというものだった。

「「時は遥か未来……数多の災いにより人の営みは終わりを迎えようとしていた時、一人の王が現れた……王は言った、『我に従え。さすれば死をも逃れる肉体を与えよう』災いに怯えきった民たちは、王の甘言に惑わされた……」」

 香蘭の語りに合わせて、シェルタープラネットのドーム外面にまるで壁画のように物語のイメージイラストが投影される。

 ショーデュエルの技法は素人がマネできるものではないため、マスターデュエリスト達にはRPGのプレイヤーとして、ショーデュエリスト達にはNPCやステージギミックとして活躍してもらうことにした。

「「王と契約した民たちは力を得た代わりに心を失い、王の『傀儡』となり果てた……肉体は異形の獣と化し、王の命ずるままに破壊の限りを尽くした。民たちは災害そのものとなったのだ……王、いや魔王は、恐怖を伝播させすべての人の子の支配を目論んでいた」」

 この壮大なストーリーのために、現役のショーデュエリスト、マスターデュエリストはおろか、一般市民のボランティアまで集めることとなった。リンクパークのデュエル施設では容量不足のため、会場に選ばれたのがこのシェルタープラネットだ。本来は災害時の避難場所として設計された施設で、収容可能人数はおよそ三万人。第五地区全体を覆う超巨大ドームだ。

「「しかし希望はあった。『魔王の傀儡』と決闘し打ち破った者は、その契約の力を奪い取ることができたのだ。獣を人に戻し、さらには災いにも抗うことのできる、大いなる力……人の子たちは立ち上がった。魔王を倒し、その邪悪なる力を希望へと変えられたなら、真の安寧が訪れるのではないか」」

 ドームに映し出された暗雲に、一筋の光が差し込んだ。同時に、デュエリストたちが腰につけているベルトのバックルが光りだした。

「うおおなんだこれ!」

「ホログラム機能が勝手に作動したぞ!」

『デステニー・クロスロード』参加者全員に配られたこのデュエルベルトには、ホログラム衣装の機能がついている。デュエリスト達が次々と『勇者』に変身していった。その姿は人によって違い、炎の剣豪、サキュバス・ナイト、魔物の狩人などデュエルモンスターズの有名モンスターたちを象っている。各プレイヤーが事前に登録したデッキのカラーに合わせた衣装なのだ。デュエリストたちの興奮はすさまじかった。

「「今、戦いの火ぶたは切って落とされた! デュエリストよ、邪知暴虐の魔王を除くのだ!!」」

 シェルタープラネットの第18番ゲートが、機械音と共に開いた。

「「「うおおおおおおお!!!!」」」

 勇者に扮したデュエリストたちが一斉にゲートに向かう。リドラー吉本が実況を始めた。

「「『デステニー・クロスロード』開始ィィィィィ!!!!」」

 

 イベント基本ルール①

《イベント期間は七日、シェルタープラネット内全域が舞台》

《各デュエリストは勇者となり、魔王城へと向かう》

《魔王の傀儡と遭遇した場合、デュエルしなければならない》

《傀儡に勝利すればその力を奪える》

《魔王に勝利した場合または七日経過した場合、イベント終了》

 

 参加デュエリストたちが津波のようにドーム内に入って行った後、まだゲート前に残っている者がいた。求道奏音だ。

「なんで……なんでなのさ……?」

 ゲートもくぐらず、奏音は立ち尽くしていた。

「なんで私の衣装、【魚ギョ戦士】なのさぁぁぁぁ!!!」

 

【魚ギョ戦士】

《水属性・魚族・通常・✪4》《魚に手足が生えた魚人獣。鋭い歯でかみついてくる》

 

 奏音が慟哭していると、近づく人影があった。

「奏音ちゃん、元気出して」

 か細く柔らかい少女の声で話しかけられ、奏音は俯いたまま返事をした。

「う、うう、だって……こんなのあんまりだよ……なんで魚族? 機械族がよかった……」

「私は【魚ギョ戦士】可愛いと思うけど? 特に手が可愛い」

「可愛いのは嫌だ……かっこいいのがいい……」

「まあほら、顔が隠れる衣装だから、奏音ちゃんの正体がばれないようにっていう配慮なんじゃないかな」

「だとしてももっと他に……って、え?」

 奏音はようやく気付いた。この少女は奏音の正体に気づいている。

「なんで君っ」

 振り返るとそこには、メタリックなボディにいかつい顔、おびただしい数の腕が生えた、

「うわあああマンジュ・ゴッドだぁぁぁぁぁ!!!」

「素敵でしょ?」

「どこが?!」

 マンジュ・ゴッドの見た目から可愛い声が出ている。ショーデュエルだとたまにこういうギャップを活かしたコメディがあるが、ルックスの偏見を助長しないような文脈にするのが意外と難しいらしい、という話を奏音は思い出した。

(やば、つい失礼なこと言っちゃったかも……)

 奏音はすかざず付け加えた。

「あ、ごめん……君はそれ、気に入ってるんだよね……」

 マンジュ・ゴッドは全身の手を振った。

「いいのいいの、珍しい趣味に驚くのは普通だもん」

 衣装の表情は変わらないので、怒りの形相からやわらかい声が出てくる。奏音はとりあえず最初の質問に戻ることにした。

「というか、マンジュ……じゃない、君はなんで私の正体知ってるの?」

「手でわかったよ」

 マンジュ・ゴッドは手をひらひらさせるジェスチャーをしたが、全身の手が一斉に動くので正直気味が悪かった。イソギンチャクのようだ。

「手でわかるの?」

「私、実はデュエルは見る方が好きなの。ほら見て」

 マンジュ・ゴッドの無数の手が一斉に、シェルタープラネットのドーム外壁を指さした。そこには中で始まった『勇者』と『魔王の傀儡』のデュエルの中継映像が、至るところに映しだされていた。既に一般市民が集まりだし観戦を始めている。

「カードをドローする手、モンスターに攻撃を支持する手、トラップを発動するときの手、強いデュエリストの手ほどきれいで、ずっと見てられちゃう……特に、レジェンド・カノンの手は……食べちゃいたいくらい好き……」

 マンジュ・ゴッドはそういって奏音の魚ギョ戦士の手を見た。

(ひいっ、このマンジュ・ゴッド、手フェチだ……)

 奏音は感じたことがない恐怖を味わっていた。

 マンジュ・ゴッドはうっとりした声で続ける。

「このイベントにレジェンド・カノンが一般プレイヤーとして参加するって聞いた時、私は興奮が止まらなかったの……レジェンドの手を生で見るチャンスだって……外でみんなのデュエル中継を見て、奏音ちゃんの居場所を見つけるつもりだったの……でも、まさか同じゲートにいたなんてね……」

 シェルタープラネットには100のゲートがあり、それぞれに30人ずつのプレイヤーが集められていた。奏音と彼女がゲート地点で鉢合わせる確率は1%だ。これはもう、魚ギョ戦士の姿になる以上の不運と言ってしまってもいいだろう。

「あはは、ファンの人に見つかっちゃったかあ……」

 機会こそ少ないが奏音にもファンサービスの経験はある。しかしあまり『まともでない』ファンの対応は初めてだった。

 マンジュ・ゴッドは魚ギョ戦士の手をつかんだ。

「このホログラム衣装もね、よくできてるの……実際のモンスターデザインとは細部で違いがあって、サイズ感やオーラのエフェクトがプレイヤーに合わせてあるのよ、ほら、この手だって、本物の魚ギョ戦士よりも丸みがあってかわいらしい、どことなく奏音ちゃんの手の雰囲気に似てる……」

(手の雰囲気って何?!)

「開会前から奏音ちゃんがいるのには気づいてたけど、変装してるし騒ぎにならないようにしてるんだなって思ったから、話しかけないようにはしてたんだけど……もう我慢できない、今なら奏音ちゃんを独り占めできるね……」

 奏音は言葉も出ず、身体も強張って動かなった。真の恐怖とは抵抗の意思すら奪ってしまうものらしい。

「私、本名はディーピカ・手島っていうの。ねえ奏音ちゃん、ここで私とデュエルしない? 勝った方は、相手の手を好きにできるっていう条件でどう?」

(その条件、私にメリット無くない?!)

 

 TURN5へ続く

 




邪知暴虐の王を除く、て一度言ってみたかったので、夢が叶いました。

次回の第五話からはやっとデュエルに入れます。設定多くてごめんなさい。ディーピカちゃんはインド系の黒髪少女で19歳です。見た目は17でも公式年齢は37歳の奏音ちゃんにセクハラ(?)してきます。ハーメルンの規則違反にならないか既に不安です……


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TURN5 試練-手- Aパート

いよいよデュエルパートです。そういえば、スキルやテーマ縛り以外にも、この作品ではデュエルのルールを少し変えています。

・『除外』の概念がない。今のところ。【馬頭鬼】みたいな墓地効果はみんな【E・HERO ネクロダークマン】みたいになります。
・ダメージステップ中のややこしいルールは無しです。人食い虫踏んでもスキルドレインをチェーンできる世界です。
・リミットレギュレーションがテーマデッキごとに違います。例えば、継承名デッキではサンダーボルト禁止、的な。


 

 シェルタープラネットは半径30キロメートルの超巨大ドームだが、天井部分はほとんどホログラムであり、日光や雨風は入ってくる。内部にはちゃんと天井付きの小型シェルターが多数存在し、民間人が避難した際にはその小型シェルターの中で過ごすのが基本だ。では何のためにその広大な敷地が設けられたのか。

「森じゃん……」

「草原だあ……」

「海かよ……」

 各ゲートからシェルタープラネット内に入ったデュエリストたちは、デュエル会場と呼ぶにはあまりにも自然環境過ぎる光景に面食らった。

「「この私も始めて見ましたが、なんという大自然でしょう!!」」

 実況のリドラー吉本も驚きの声を上げている。

「「人知れず育まれた大自然、未開の僻地に魔王は潜んでいる……並の勇者では魔王の塔へたどり着くことすら困難を極めるだろう……」」

 香蘭もプラネット内は初見のはずだが、彼女は語り手のプロなので、さも既知の設定であるかのようなコメントだ。

 もちろん、実際にはこの20年間プラネット内の自然は整備され続けてきた。域内の植物はすべて食用の果実や木の実を生産し、人工の海は漁業資源の養殖場となっている。エンドレスシティの人類文明が何らかの破たんを迎えた時、このプラネット内で最低限の生活ができるようにという、いわば『種の保険』なのだ。もっとも、人類を脅かすような自然災害や病原体といった脅威はすべて克服されているため、近年はこの施設の存在意義を問う声が増えていた。そこでチェスは、この施設を大規模デュエルイベントに利用する発想に至ったのだ。

「私たちここで七日も過ごすの……」

「やば、マジのサバイバルしなきゃじゃん!」

「うおおこのために俺は火起こし機持ってきたぜ!」

 一応、域内に点在する小型シェルターで夜を過ごせることは説明されているのだが、大半の参加者はお祭りムードに飲まれて忘れてしまっていた。さらに、『魔王の傀儡』がすぐに現れたことで、プレイヤーたちの頭は完全にそれどころではなくなってしまった。

「ヒャッハー!!! 人間が来たぜぇ!!!」

「勇者気取りの命知らずどもが!!」

「八つ裂き! 八つ裂きぃ!!!」

 ゲートをくぐったばかりのプレイヤーたちの前に、【タートルタイガー】、【ドレイク】、【バーサーカー】といった『魔王の傀儡』達が立ちふさがった。このモンスターたちに扮しているのが、シティ中から集められたショーデュエリストなのだ。

「デュエルだ!」

「デュエルっ!」

「デュエルゥ!」

 無数のドローンが宙を舞い、プレイヤーたちの戦いを生中継する。ドームの壁に写されている映像と同じものが、ホログラムデータとして実況二人の周囲に浮いている。リドラー吉本と香蘭マルムスティーンは、その中から盛り上がっているデュエルをピックアップして紹介するのだ。リドラーがホログラムを次々とスワイプしながら言った。

「「まだ序盤なので、強力な『傀儡』は出てこないわけですが……変則ルールや特殊スキルを使う敵に、戸惑うプレイヤーは多いみたいですね……」」

「「魔王の力は人の子にとって未知の領域……そこに踏み込み凌駕することこそ勇者の本懐……既に力を示したものがほら、そこに……」」

 香蘭が手元にホログラムデータの一つを手繰り寄せ、リドラーに見せた。

「「あっ、このプレイヤーは! 【華麗なる潜入工作員】の衣装を着た、ボロミア・ボークスじゃありませんか! パワーとスピードを兼ね備えた【モリンフェン】デッキは健在のようですね……」」

「「名高いデュエリストたちから漂う、とりわけ強い闘志……あの者たちは純粋に、強者を求めてここへ来たのでしょう……」」

「「ええ、なんたって、この『デステニー・クロスロード』には、あの求道奏音も一般プレイヤーとして参加していますからねえ、プレイヤー同士の対戦も認められていますし、レジェンドを倒すことを目的とした参加者は少なからずいるでしょう……しかし……」」

 リドラーはしゃべりながらもずっと、器用にホログラムデータを探し回っていた。

「「【継承名】デッキを使ったデュエルが見つかりませんね……狙われるのをわかってあえて姿を隠しているのでしょうか……」」

 その求道奏音が、いまだゲートを潜れてすらいないなどとは、誰も想像すらしなかった。

 

「ね? いいでしょ奏音ちゃん? 私の手も、毎日手入れしてるから触り心地には自信があるの」

 手フェチのマンジュ・ゴッド、もといディーピカ手島は奏音の魚の手と自分の手を絡め始めた。

「いやーっ!」

 奏音はようやく声を出し、ディーピカから飛びのいた。抗わねば何をされるかわからないという危機感が恐怖を克服したのだ。

「あ、ごめんね、いきなりでびっくりさせちゃったよね? ちゃんと少しずつ慣らしていくから安心して?」

「いやそういうことじゃないわ! 私は! 手を触られるのも! 君とデュエルする気も! ないから! 早く魔王の塔に行くんだから!」

「その格好で?」

「うっ……」

 正直、魚ギョ戦士の姿で魔王と対峙する自分を思い浮かべると悲しくなる。

「私、いい情報持ってるよ?」

「え?」

 ディーピカはマンジュ・ゴッドの見た目でやけに可愛いポーズをしていた。多分、交渉を持ちかけられているんだと奏音は思った。

「お助けキャラは知ってるでしょ?」

 奏音は首をひねった……結構前にチェスからイベントのルールを説明されたときに、その単語は出てきていたような気がする。

「奏音ちゃんは強いから気にしてないかもしれないけどね、このRPGには、プレイヤーの窮地を助けてくれるお助けキャラが存在してるの」

「そ、それくらい知ってるし……」

 ディーピカはくすくす笑い、言葉をつづける。

「お助けキャラはショーデュエル界の腕利きスタッフの人が務めてるんだけど、その中にあの『マッスル剛力』がいるらしいの」

「え?! あのマッスルが!? なんで?」

 マッスル剛力はショーデュエル界の衣装担当で、今回のイベント衣装も一部手掛けているという。さすがに魚ギョ戦士のような下級勇者の衣装は違うだろうが。

「詳しくは知らないけど、『マッスル剛力』がお助けしてくれるってことはやっぱり、衣装関連なんじゃないかしら?」

 奏音はごくりと喉を鳴らした。

「このプラネット内じゃゲームに有利なアイテムやスキルが隠されているっていうし、新たな衣装や装備の入手もひょっとしたら……」

 今度は奏音が、ディーピカに詰め寄った。

「マッスル剛力が! 替えの衣装をくれるかもしれないってこと?!」

 ディーピカはまたもくすくす笑った。

「確証はないけどね」

「うおおおおやる! 私やるよ! マッスル剛力に会って、ロイヤルガードかゲートキーパーの衣装にしてもらう!!! 教えてくれてありがとう!」

 奏音はそういうとゲートに向かって走りだ……せなかった。奏音の魚の手はマンジュ・ゴッドの太い腕に掴まれていた。

「奏音ちゃん……私、マッスル剛力の居場所には心あたりがあるんだけど……」

 奏音の背筋に冷たいものが走った。

(こいつまさか! 最初からそれが狙いかっ!)

「私にデュエルに勝ったら教えてあげてもいいよ?」

 顔までマンジュ・ゴッドの衣装に包まれており表情は見えないが、さぞかし下卑た顔をしているに違いないと奏音は思った。彼女の下心と強かさに眩暈すら覚えるほどだったが……ここで奏音は急に、ディーピカの腕を掴み返した。

「ひゃっ」

 さすがのディーピカもたじろいだ。

「あのさ……ディーピカちゃん」

 奏音の心は今、恐怖でも危機感でも嫌悪感でもないものに染まりつつあった。

「私、なめられるのが一番嫌いなんだよね」

 それは、闘争心だった。

「『デュエルに勝ったら教えてあげてもいいよ』とかさ、上から目線過ぎでしょ。私を誰だと思ってるの?」

 ディーピカは身震いした。それは畏怖ではなく、興奮によるものだった。

「嬉しい……交渉成立ね?」

 

 イベント基本ルールその②

《勇者同士での決闘も可能》

《その際、傀儡から奪ったスキル・アイテム・カードや、イベントの攻略情報などを賭けることができる》

《また、上記のほかに自身の行動決定権も賭けることができる。例えば、勝者は敗者を勇者パーティーの一員に加えたり、『デステニー・クロスロード』をリタイアさせたりすることもできる》

《なお、賭けの条件はデュエル前に提示し、双方の合意のもとに成り立つ》

 

 第18番ゲートの外で、人知れず勇者プレイヤー二人のデュエルが始まった。腕のデバイスでデュエルアプリを起動し、先攻はディーピカ手島が取った。

 

《ディーピカ手島 LP8000》VS《求道奏音 LP8000》

 

「私のターンね。ドロー」

「ちょっと待てぇ!」

 奏音は思わず突っ込んだ。

「先攻はドローできないから!」

「あ、そうだった、今はできないんだよね……久しぶりだから間違えちゃった……」

「久しぶりって……君、日常生活でデュエルしないの?」

「私、見てばっかりだから……」

 マンジュ・ゴッドがその多くの手で一斉に頭をかいた。手の動きの設定は変えられないのかと奏音は思ったが、同時にもう一つ疑問が湧いた。

(先攻にドローって、昔はできたんだっけ……)

 エンドレスシティはチェスが『構築』してから二十年しかたっていないが、150年ほどの歴史がある設定だ。災害や疫病、文明の発達の歴史は奏音も簡単に学んだが、デュエルルール変遷の歴史はあまり知らなかった。この世界ではほとんど変わっていない、みたいなことをチェスは言っていた気もするが、奏音は詳しく思い出せなかった。

(おっと、集中しないと……ディーピカ手島は多分アマチュアだけど、トーナメントに出ない腕利きデュエリストなんて腐るほどいるからね……)

 ディーピカは自分の手札を見て何を出そうか悩んでいる。スキル初動のデッキじゃないらしい。一方、奏音の手札は、

【継承名 ワン・ステップ・クローサー】

【継承名 バーニング・イン・ザ・スカイ】

【継承名 ウィズ・ユー】

【継承秘術 ヴィクティマイズド】

【継承名 インビジブル】

(あ、これ勝ったな……)

 自分でも驚くほど引きが良かった。妨害に対応しつつ8000ダメージを狙える。

「じゃあ、私はこのカードを使うね。【手札抹殺】!」

 

《手札があるプレイヤーは、その手札を全て捨てる。その後、それぞれ自身が捨てた枚数分デッキからドローする》

 

(うそぉぉぉぉぉ!!!!)

 もちろん、奏音はレジェンドなので心の叫びも顔には出ない。

(よりにもよって【手札抹殺】かあ……墓地発動の効果もないし、痛すぎ……)

 粛々と手札を捨て、新たなカードを引き直していると、

「きゃー! 奏音ちゃんの手がカードをドローしてるぅぅぅ!」

 ディーピカが興奮していた。

「生の奏音ちゃんのドローだなんて……やだ、鼻血でそう……」

「早くしなよ! ターンには時間制限あるからね!」

 むしろ興奮させてプレイングミスを狙うのもありかもしれないと思ったが、そういう戦い方は奏音の好みではない。特に、このディーピカ手島は全力でこてんぱんにしたかった。

「私はこのカードを召喚、【なぞの手】!」

 空間がゆがみ、次元の狭間から細い緑の腕が現れた。

 

《ATK500》《闇属性・悪魔族・通常・✪2》

 

「きれいな手でしょ……この手になら直接攻撃されても嬉しくなると思うの」

「ならないから。早くして」

「もう奏音ちゃんったらせっかちね……じゃあ私は魔法カード発動、【黙する死者】!」

 

《自分の墓地の通常モンスター1体を対象、特殊召喚》

 

「【死者の腕】を復活させるね」

 赤黒い混沌とした沼が現れ、そこから腕が何本か伸びてきた。

 

《DFF600》《闇属性・アンデット族・通常・✪2》

 

「手ばっかじゃん……」

 奏音は呆れた。【モリンフェン】やら【マグネッツ】などのようなテーマデッキではなく、ただの趣味デッキだ。奏音に勝てるとは思えない。

「ここでフィールドに、✪2の【手】が揃ったから、私はエクシーズ召喚するね」

(ん???)

「手と手を重ねてオーバーレイ!」

 言いながらマンジュ・ゴッドのたくさんの手が一斉に合掌した。

「ランク2! 【生者の腕】!!!」

 輝く泉から、綺麗になった元・死者の腕がにょきにょき伸びてきた。混沌も死も感じさせない、健康的な腕だ。ピースしている。

 

《ATK1200》《光属性・アンデット族・ランク2》

 

「私は永続魔法、【ハンディキャップ・ハンド】を発動!」

 

《永続:相手がドローフェイズ以外でカードをドローした場合に発動する。相手は手札を一枚デッキに戻し、自分はカードを一枚ドローする》

 

「最後に一枚カードを伏せてターン終了……どう、私の【手】デッキは?」

「えーと……手ってテーマカテゴリーなの?」

「ううん、違うよ。でも、デュエル事務局に掛け合って、【手】のカードを指定するスキルは作ってもらったの」

「えぇ……なにその行動力……」

 テーマカテゴリーのデッキが極端にパワー不足の場合、事務局に相談するとテーマのサポートカードや新規スキルを増やしてもらえることがあるが、手のイラストが共通しているからという理由でスキルを獲得したなんて聞いたことがない。

 ディーピカはくすくす笑いながら言う。

「【なぞの手】も【死者の腕】も本来はそれぞれが独立したテーマカテゴリーなんだけどね、各テーマから二種類までしかデッキに入れちゃいけないっていう条件で、スキルを認めてもらったの」

「各テーマ二種類って……じゃあ【死者の腕】テーマからは、死者の腕と生者の腕の二種類だけってこと?!」

「そういうこと。まあ、同じカードを複数枚積むことはできるけどね」

(そんなめちゃくちゃデッキでどうやって戦うつもりなんだ……)

 

     

     

     

    

   

 

 

「私のターン!」

 奏音が勢いよくカードを引くと、向こう側から『本物だぁ』というつぶやきが聞こえてきたが無視することにした。改めて手札を確認する。

(いろいろ捨てられたけど、この手札も悪くない!)

「まずはこれだっ! 【継承名 イリデセントを召喚!】」

 光学迷彩で姿を隠したリザード型の戦士だ。

 

《ATK1600》《闇属性・爬虫類族・効果・✪4》

 

「あ、それ知ってる! 【継承名】デッキの初動カードの一つだよね!」

「話が早くて助かるよ! 効果発動! リメンバー・オール!」

 

《デッキから【継承名】モンスター1体を墓地へ送り発動。このターン、コストにした【継承名】の効果のうち一つをこのカードの効果として発動できる》

 

 奏音がデッキから一枚選び、墓地へ送った。ディーピカがすかさず言う、

「奏音ちゃんが自分のデッキを探ってる……じゃなかった、チェーンなし」

「ならこのまま、捨てたモンスターから受け継いだ、【イリデセント】の効果を発動! スティール・トゥ・ラスト!」

 イリデセントの体が虹色に輝き、その見た目が一瞬、白骨化した子供の姿を模した。

 

《フィールドのモンスター1体を対象、破壊する》

 

「スキン・トゥ・ボーンの破壊効果は本来、フィールドから墓地に送られた場合に発動するけど、イリデセントのコピー能力は発動条件を踏み倒すことができる! 対象はもちろん、【生者の腕】だ!」

 生者の腕は攻撃力がたった1200なので、イリデセントで攻撃しても倒せるが、奏音はマイナーカードである【生者の腕】の効果を知らなかったので、様子見に破壊効果を使ったのだ。

「ふーん。コピーしたのはその子だったの……じゃあイリデセントを対象にして、場の【生者の腕】の効果発動!」

 

《エクシーズ素材を1つ取り除き、効果モンスター1体を対象。その効果をこのターン中無効にし、相手はカードを1枚ドローする》

 

(やはり妨害効果か!)

 攻撃力の低いランク2のエクシーズモンスターを先攻1ターン目に立てたなら、面倒な効果を持っているに違いないという奏音の読みは正しかった。

「こちらにチェーンはないから、大人しく無効にされるよ」

 生者の腕の泉からORU(オーバーレイユニット)が一つ飛び出し、イリデセントの体に吸い込まれると、イリデセントの虹色の輝きが消えた。

「奏音ちゃん、カードを一枚引いてね」

 奏音がドローするのをディーピカは食い入るように見つめている。衣装越しでもここまで視線を感じるとやりづらいことこの上ない。

 

《永続魔法 効果発動》

 

「えっ」

 奏音は一瞬、何のことか分からなかった。

「ハンディキャップ・ハンドの効果で、奏音ちゃんは手札を一枚デッキに戻さなきゃいけないんだよ」

(あぁぁぁ忘れてた!)

「わ、わかってるし……」

「それと、私もカードを一枚引くね」

 ディーピカはまたくすくす笑っている。奏音は少し焦りながら、手札をデッキに戻した。すっかりペースを乱されていた。何しろこんなに不真面目なデュエルをする相手は初めてなのだ。

(落ち着け私……でもこれで、彼女のデッキの方向性は見えてきた……コントロール系の戦術だ……)

「私はこのままバトルフェイズ! イリデセント《ATK1600》で生者の腕《ATK1200》を攻撃!」

「え、もう攻撃してくるんだ……」

「そうだよ。何かある?」

「じゃあトラップカード発動! 【ロケットハンド】」

 

《自分フィールドの攻撃力800以上の攻撃表示モンスター1体を対象、このカードを攻撃力800アップの装備カードとして装備する》

 

 生者の腕のうちの一本が、機械の腕に変わった。

 

《ATK2000》

 

「返り討ちね!」

 奏音は内心ほくそ笑んだ。計算通りだ。

「甘いよ! 手札から速攻魔法発動! 【継承秘術 ザ・サモニング】!」

 

《デッキから✪4以下の【継承名】を特殊召喚》

 

「【継承名 シャープ・エッジズ】!」

 

《ATK1600》《闇属性・昆虫族・効果・✪4》

 

 きらきらと輝くカッターの刃が集まり、銀色のカマキリを形作った。

「さらにシャープ・エッジズの召喚時誘発効果! 対象は【生者の腕】だ!」

 

《誘発効果:カード1枚を対象、破壊する》

 

(よし、これでディーピカのフィールドはがら空きになる!)

 しかし、ディーピカは笑っていた。今度は声を立てて、楽しそうに。

「読んでたよー、奏音ちゃん」

(なに?!)

「実は【生者の腕】は1ターンに2度効果を使えるの。【シャープ・エッジズ】も無効にするね」

 

《エクシーズ素材を1つ取り除き、効果モンスター1体を対象。その効果をこのターン中無効にし、相手はカードを1枚ドローする》

 

 再び生者の腕のORUが飛び出し、シャープ・エッジズの体に吸い込まれた。

(しまった! デメリット持ちの妨害効果だから、使用条件が緩いのか!)

「じゃあ奏音ちゃん、1枚ドローして。それから永続魔法【ハンディキャップ・ハンド】の効果も発動するから、手札を1枚デッキに戻してね」

 奏音は1枚引いた。

(あ、このカードは……)

 奏音がデッキに戻すカードを選ぶ間、ディーピカは得意げに話し続ける。

「私も含めて、奏音ちゃんのファンはこの『世界』にたくさんいるの……みんな、奏音ちゃんの戦術は知り尽くしてるよ……例えば【ザ・サモニング】と【シャープ・エッジズ】のコンボをバトルフェイズ中に使うパターン7はよく見るから、私もそれなりに考えたの」

 奏音のデッキはこの20年間、全くと言っていいほど変わっていない。それはレジェンドに課せられた縛りでもあった。手の内を晒し過ぎないように戦えば、おのずと戦術の幅は狭まる。今までは他のデッキより高いカードパワーで押し切っていたが、近年、先日のボークス戦のようなレジェンド対策をしてくる敵は増えていた。

「デッキに戻すカードは決まった?」

「うん……これにするよ」

 奏音が戻したカードは【継承名 バトル・シンフォニー】だった。数々の挑戦者を倒した、奏音の一番の相棒とも呼ぶべきモンスターだが、

(この子は、今じゃない……)

「じゃあハンディキャップ・ハンドの効果で私も1枚ドローして……戦闘続行だね」

 既に攻撃命令を受けているリザード戦士のイリデセントが、生者の腕に切りかかった。しかしロケットハンドで弾き飛ばされ、そのまま消滅した。

 

 求道奏音《LP8000→7600》

 

「私はこれでバトルフェイズを終了。メインフェイズ2で、カードを2枚伏せ、ターン終了」

 ディーピカがはしゃぎだした。

「やった! 私、奏音ちゃんのターンを凌いじゃった!」

 奏音は気を引き締めた。まだイベント初日だが、このデュエルで、新たな戦術を使うことになると感じていた。

 

   

    

     

    

   

 

※S……【継承名 Sharp Edges】の略

 

 Bパートに続く。

 




~新コーナー!オリジナルテーマデッキ解説~

【死者の腕】編

【生者の腕】をはじめとする、強力(?)なランク2エクシーズを出して戦うデッキだ!【亡者の腕】【死者の腕 1】【死者の腕 2】【死者の腕 3】といった関連モンスターを並べて、エクシーズ召喚に繋げていくぞ!展開力は高いがテーマ内の除去手段がフィールド魔法の【混沌の沼】しかないので、汎用カードで補おう!

サンプルデッキリスト
メインデッキ:40枚
【死者の腕】3
【亡者の腕】3
【死者の腕 1】3
【死者の腕 2】3
【死者の腕 3】3
【増殖する死者の腕】3
【混沌の沼】3
【死者の腕相撲】3
【死者蘇生】1
【死者転生】3
【死者への手向け】3
【死の床よりの目覚め】2
【ハンディキャップ・ハンド】3
【リビングデッドの呼び声】3
【血の沼地】1
エクストラデッキ:15枚
【生者の腕】3
【開闢の死者の腕】3
【終焉の死者の腕】3
【平和の死者の腕】3
【和睦の死者の腕】3
【ガチガチガンテツ】3
スキル:【カー召喚】


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TURN5 試練-手- Bパート

【ハンディキャップ・ハンド】はオリカです。イラストには、マキシマム・シックスに立ち向かう格闘戦士アルティメーターがメカアームを四本装備してるデザインです。


 

 

《求道奏音 LP7600》手札二枚

   

    

     

    

   

《ディーピカ手島 LP8000》手札二枚

 

※S……【継承名 Sharp Edges】の略

 

 

 

 ディーピカ手島は特異点だった。しかし他の多くの特異点同様、彼女はその自覚がない。幼少時から特異点に目覚めてはいたが、その力は弱く、『受け継がれなかった命たち』に感知されることなく今日に至る。

「私ね、たまに素敵な夢を見るの。このシティとは違う、知らない『世界』に行く夢……そこにはね、いろんな手の人がいるの……乾いた手、分厚い手、節くれだった手、動かない手……」

 ディーピカは家族や友人にこんな話ばかりしていたため、周囲からは変わり者として認識されていた。もちろん、この趣向は特異点とは関係なく彼女の個性である。人を驚かせはしても傷つけることはなく、この趣向が原因で彼女が生きづらさを覚えたことは無い……距離は置かれていたが。

 エンドレスシティでも『旧世界』の夢の中でも、彼女は他人の手の観察ばかりしていた。おかげで彼女はある特技が身に付いた。手に現れる相手の心理を読み取れるようになったのである。

(奏音ちゃんの手って面白い……いつも余裕しゃくしゃくで挑戦者を挑発したりするのに、手だけはすごく緊張してる……それにどこか、私の夢で見かける手たちと雰囲気が似てる……)

 デュエル中には手の筋肉のわずかな動きから相手のブラフを見抜いたり、手札にキーカードを持っているかどうかも分かるのだ。

「じゃあ私のターンね、ドロー!」

 当然、このデュエルでも。ディーピカの観察眼は働いていた。

(デュエル開始時に手札を確認した時、奏音ちゃんの手は緊張が少しだけ解れた……きっと、すごくいい手札だったと思うの……その後すぐ私が手札抹殺を使った時は、逆に手がいつもより強張ってたし、墓地で活躍する【継承名 ブリード・イット・アウト】みたいなカードは持ってなかったのね……)

「このスタンバイフェイズに、永続魔法【ハンディキャップ・ハンド】の効果発動!」

 

《このカードは破壊され、カードを1枚ドローする》

 

「もう一枚ドロー!」

 ディーピカの手札は今や四枚。奏音は引っかかるものがあった。

(冒頭の手札抹殺といい、やけにドローするな……何か狙いがあるのか?)

「素敵なカードを引いたから、見せてあげるね。魔法カード【天使の施し】発動!」

 

《自分のデッキからカードを3枚ドローし、その後手札を2枚選択して捨てる》

 

「そうか、そのデッキなら『それ』も使えるのか……」

 さすがの奏音も反応してしまった。【天使の施し】は汎用性が高いカードなため、デッキの多様性を損なうとして公式試合での使用には厳しいリミットがかけられている。ただし、初心者向けのグッドスタッフデッキなど、テーマカテゴリーで統一されていないデッキでは使用可能なのだ。【手】デッキのルール上唯一の強みと言える。

「それより見て、この天使さんのきれいな手」

 カードから出現した天使が、施しの光を捧げている。普通ならスキップする演出だが、ディーピカはうっとりと見つめている。

「君、そんな理由でそのカード入れてるの……?」

「ちゃんと戦術的な部分も考えてるよ。じゃあ効果の処理を進めるね」

 ディーピカはカードを引き、手札を入れ替えた。

(確かに彼女のデッキはテーマカテゴリーの動きがほとんどできないから、回転させるには汎用カードの力を借りるしかないけど……)

 ディーピカは消えていく天使に手を振っている。驚くことに、天使は手を振り返している。

(そんな隠し機能あるの……?)

「私はカードを一枚セット……そういえば、奏音ちゃんの【継承名】カードの中で、どうしても気になってるカードがあるんだあ……」

「え、なに……」

「魔法カード【闇の指名者】発動!」

 

《モンスターカード名を1つ宣言する。宣言したカードが相手のデッキにある場合、そのカード1枚を相手の手札に加える》

 

「えぇ? 何する気だよ?!」

「私は【継承名 ハンズ・ヘルド・ハイ】を宣言するね。まだデッキにあるかな?」

「うん、あるけど……いったい何のために……」

 奏音のデッキから【ハンズ・ヘルド・ハイ】のカードが出てきた。そして当然、そのイラストが目に入った。

「あ! これ! 手のモンスターだ!」

 ハンズ・ヘルド・ハイはサイキック族の継承名で、巨大な手だけが三つ、宙に浮いているデザインだ。

「もー、今頃気づいたの? 私ずっと前から、そのへんてこな手を間近で見たかったんだあ……あ、安心してね? これはドロー行為じゃないから、永続魔法【ハンディキャップ・ハンド】の効果は発動しないよ」

「いやじゃあなんで使ったのさ!?」

「だって……『私』も使いたかったから……」

 奏音は気づいた、ディーピカの場に、新たに魔法カードが発動している。

 

【エクスチェンジ】

《お互いのプレイヤーは手札を公開し、それぞれ相手のカード1枚を選んで自分の手札に加える》

 

「うそでしょ?!?! そこまでする?! 手への執着どうなってんのさ!?」

 奏音はいつの間にかポーカーフェイスを忘れ、全力のリアクションをしていた。ディーピカはそれを見てケラケラと笑う。

「じゃあ、私から。手札を見せてね」

 ディーピカの前に、奏音の手札三枚の内容がホログラムデータで公開された。

「あら、【バーン・イット・ダウン】持ってる……ふーん……しかもこっちは始めて見る【継承名】だね、【パワーレス】、見た目はドラゴン族っぽい……」

 ちなみに、手札を覗くカードを使っても、イラストや名前くらいしかカード情報は確認できないため、奏音が公に隠している戦術が漏えいする心配はない。しかし奏音は焦っていた。

(やば……パワーレスならまだしも、バーン・イット・ダウンばれたのはまずいかも……)

「とりあえず、予定通り【ハンズ・ヘルド・ハイ】をもらうね。私の残り手札は一枚だから、奏音ちゃんにはこれをあげる」

 奏音の手札にカードが送られてきた。

 

【運命のろうそく】

《ATK600/DEF600》《闇属性・悪魔族・通常・✪2》

《指先の炎が消えたとき、相手の運命が決定する》

 

(うぉぉぉぉいらねぇぇぇぇ!!! てか気持ち悪っ!!!)

 一方、ディーピカは飛び跳ねながら喜んでいる。

「あぁん、奏音ちゃんのハンズ・ヘルド・ハイだぁ……! 実物のカードだったらすりすりしたい……!」

(くっ、こいつ……マナー違反でジャッジキルして欲しい!)

「そのまま召喚! 【継承名 ハンズ・ヘルド・ハイ】!」

 巨大な手が三つ。大理石のような質感で、いずれも右手なのか左手なのか分からない対称形だ。

 

《ATK1600》《闇属性・サイキック族・効果・✪4》

 

「素敵……見たことない奇抜な形の手……じゃあ効果を使うね。【ティンホイルトークン】を特殊召喚!」

 この瞬間、奏音は冷静さを取り戻した。

(まずい! このままじゃ!)

「トークンは出させない! チェーンしてトラップ発動! 【継承戦術 ロスト・イン・ジ・エコー】!」

 奏音は発動コストで手札の【バーン・イット・ダウン】を捨てた。

 

《通常罠:手札の【継承名】カードを捨てて発動する。モンスターを特殊召喚する効果、または特殊召喚モンスターの特殊召喚を無効にし、そのカードを破壊する》

 

 ハンズ・ヘルド・ハイは効果を無効にされ、消滅した。ディーピカが悲しそうに言う。

「あぁぁ私のハンズ・ヘルド・ハイがぁ!」

「君のじゃないって……」

 

 奏音 手札一枚

    

    

     

    

   

 ディーピカ 手札0枚

※S……【継承名 Sharp Edges】の略

 

「でも、良かったの? ロスト・イン・ジ・エコーをこんなところで使っちゃって?」

 奏音は答えなかった。魚ギョ戦士の衣装の下では、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

(【ロスト・イン・ジ・エコー】を使わされた……!)

 ディーピカはマンジュ・ゴッドの衣装の下から、奏音の手のわずかな震えを見ていた。

(奏音ちゃん、私の狙いに勘付いたみたいね……)

【ハンズ・ヘルド・ハイ】は、自身の効果で呼び出したトークンをリリースすることで、あらゆるカード効果の発動を無効にする『ブルースカイ・バリア』が使える。つまり、トークンが生まれてしまうとどのみちロスト・イン・ジ・エコーは封じられてしまうのだ。

(奏音ちゃんが使ったトラップカードはこの20年でたったの3種類……そのうち、直接相手を妨害できるカードは今の【継承戦術 ロスト・イン・ジ・エコー】しかない……)

 しかも【継承名】デッキはその高いカードパワーのため、デッキ内に同名カードを入れられない制約がある。奏音の伏せカードはもう一枚残っているが、既に妨害札ではないと見切られてしまっていた。

(あなたの『手』は全部読めちゃうんだから……)

「いくよ、奏音ちゃん! 伏せてあった魔法カード発動! 【パニシュメント・ザ・ハンド】!」

(あれは、闇の指名者を発動する直前にセットしたカード! エクスチェンジで奪われないために伏せたのか!)

 

《通常魔法:相手のフィールド・手札・デッキのいずれかに、元々の持ち主が自分であるカードが存在する場合に発動できる》

 

「げっ! もしかしてこの、ろうそく?!」

 奏音は自分の手札にある【運命のろうそく】を見た。

「人のカードを盗んじゃう悪い子には、お仕置きしなきゃね」

「いや君がくれたんでしょうがぁ!」

 

《持ち主が自分であるカード全てを自分の墓地に戻し、以下の効果を適用する》

《●墓地の【ジャジメント・ザ・ハンド】の枚数分ドローする》

《●このターン、自分は墓地の【ジャジメント・ザ・ハンド】の枚数分、通常召喚できる回数が増える》

《●墓地の【ジャジメント・ザ・ハンド】の枚数と同じターン数、相手は通常召喚できなくなる(相手のターンでカウント)》

 

 奏音の手札から、【運命のろうそく】が消滅した。

「えっと……君の墓地に【ジャジメント・ザ・ハンド】なんてあったっけ……?」

「あるよ、三枚」

「さ、三枚も……」

(手札抹殺や天使の施しで墓地に溜めてたんだ……やばいよこれ……)

 0枚だったディーピカの手札が一気に回復した。対して奏音の手札は【継承名 パワーレス】の1枚だけだった。

「どんどん行くね、増えた召喚権を使って、手札から【なぞの手】と【黒魔族のカーテン】を召喚!」

 

【なぞの手】

《ATK500》《闇・悪魔・通常・✪2》

 

【黒魔族のカーテン】

《ATK600》《闇・魔法使い・通常・✪2》

 

 二体目のなぞの手と、赤いカーテンから骨ばった手が伸びている、新たな【手】モンスターが並んだ。

(またレベル2のモンスターが2体!)

「まだまだ! 私は魔法カード! 【手招きへの手招き】を発動!」

 

《デッキから【手招き】モンスターを1体特殊召喚する》

 

「みんな大好き! 【手招きする墓場】を特殊召喚!」

 

【手招きする墓場】

《ATK700》《闇・アンデット・通常・✪3》

《死者にさらなる力をあたえ、生ける者を死へとさそう墓場》

 

 闇の中から、墓石と骨ばった腕が出現した。ちなみ、黒魔族のカーテンよりさらにやせた腕だ。

「今使った魔法カード【手招きへの手招き】は墓地から追加効果を使えるの」

 

《フィールドのモンスター1体を対象。レベルを1つ、上げるか下げる》

 

(げっ、これって!)

「対象は【手招きする墓場】! レベルを下げて2にするね!」

 マンジュ・ゴッドがそのイソギンチャクみたいな手で一斉に合掌した。それに合わせて、なぞの手、黒魔族のカーテン、手招きする墓場の腕たちが手を繋ぎだした。

「手と手を繋いでオーバーレイ! レベル2モンスター3体でエクシーズ召喚!」

 腕たちが小銀河の中に吸い込まれ、渦の中から、立派なピアノタッチのキーボード一式が現れた。

「イカれたメンバを―紹介します! ランク2! 【キーボード・なぞの手】!」

 空間がゆがみ、なぞの両手が現れてキーボードを奏で始めた。悲しげな音色だ。

 

【キーボード・なぞの手】

《ATK500》《闇・悪魔・エクシーズ/効果・ランク2》

 

「悪魔バンドのキーボードを任されたなぞの手ちゃん……その美しい手と音色で、たとえ路上ライブでも人が集まってくるの……3枚ドローするね」

「はあ?」

 

《【なぞの手】を素材としてエクシーズ召喚成功時、素材の数だけドローする》

 

「あ、そういう効果か……」

 ディーピカの手札は再び0枚から3枚へと回復した。

「キーボード・なぞの手の効果はそれだけじゃないの。永続効果を確認してみて」

 

《永続効果:相手はモンスターを特殊召喚できない》

 

「なっ!」

「これが奏音ちゃん対策の最強モンスター……奏音ちゃんの伏せてあるカードがもしトラップなら、【継承戦術 イン・マイ・リメインズ】か【継承戦術 ウェイクアップ】のどちらかでしょう? これで完璧に封じちゃった!」

【イン・マイ・リメインズ】も【ウェイクアップ】も【継承名】の特殊召喚を効果に含むため、当然この状況下では発動できない。

(しかも、さっき私が墓地に捨てた【バーン・イット・ダウン】も、墓地効果でモンスターの特殊召喚ができるカード……とんでもない効果だけど、その代わり攻撃力は500だし、次のターンの突破は難しくないはず……)

「奏音ちゃん、まだ私には通常召喚権が一つ残ってるんだよ?」

 ディーピカは奏音の考えを見透かしたように言った。

「私ね、この手札なら奏音ちゃんに勝っちゃうかも」

(え、まじ?)

「見せてあげる、私のフェイバリット・モンスターを!」

(切り札はエクシーズモンスターじゃないのか?!)

「召喚!!!」

 

【阿修羅】

《ATK1700》《光・天使・スピリット・✪4》

 

 3つの顔と6本の腕を持つ仏神が出てきた。その勇ましい肉体美、ではなく、腕にディーピカが見とれている。

「すごいでしょ……マンジュ・ゴッドみたいにうじゃうじゃ手が生えてるのもいいけど、数を6本に抑える代わりに、筋肉やポーズの芸術性を高めたデザインも、すてきだと思うの……」

「そうだねー」

 奏音は少し安心した。ランク2エクシーズを狙うデッキで阿修羅は明らかにシナジーを生まないカードだ。

「続けて魔法カード、【精神操作】!」

 奏音の束の間の安堵は吹き飛んだ。

 

《相手フィールドのモンスター1体を対象、そのモンスターのコントロールをエンドフェイズまで得る。そのモンスターは攻撃宣言できず、リリースできない》

 

「対象はそこのカマキリさんね」

 カードから手が出てきて、奏音の場の【シャープ・エッジズ】に糸をかけ、操った。ディーピカは相変わらず魔法の演出をスキップせず、うっとりと手を見つめている。

(これで私のフィールドはがら空き、しかもあいつの場にはレベル4のモンスターが二体……ランク2戦術かと思ったけど、あのごちゃまぜデッキなら……)

 案の定、マンジュ・ゴッドはこのデュエル三度目の合掌をしていた。

「手と手を結んでオーバーレイ!」

 阿修羅とシャープ・エッジズが不器用な握手をしている。

「エクシーズ召喚! ランク4!」

(やっぱランク4もあるのかよ!)

 二体のモンスターが銀河の渦に消えた。

「手がいっぱい! 槍もいっぱい! 【ガルマジャベリン】!」

 腕が六本ある異形の戦士だ。全ての腕に槍を持っている。

 

《ATK2550》《闇・戦士・エクシーズ/効果・ランク4》

 

「【ガルマジャベリン】の効果発動! ORUを二つ使って、【ガルマソード】を降臨させちゃうね!」

 

《エクシーズ素材二つを取り除き発動。デッキ・手札・墓地のいずれかから、【ガルマソード】1体を儀式召喚扱いで特殊召喚する》

 

 阿修羅とシャープ・エッジズの魂が供物となり、六本腕の狂戦士、ガルマソードが現れた。

 

【ガルマソード】

《ATK2550》《闇・戦士・儀式・✪7》

 

「これで私の場にモンスターが4体、総攻撃力は7600ね」

 

 

 奏音 手札一枚

    

     

     

 

    

 ディーピカ 手札0枚

 

《生者の腕》《ATK2000》

《キーボード・なぞの手》《ATK500》

《ガルマジャベリン》《ATK2550》

《ガルマソード》《ATK2550》

 

《求道奏音 LP7600》

 

 ディーピカは奏音の手を見た。わずかに震えている……

(見たことないくらい緊張してる、可愛い……)

「バトルフェイズに入るね! ガルマソードちゃんで奏音ちゃんを攻撃!」

 ガルマソードが剣を猛烈な勢いで振るいながら、切りかかってきた。

(これで奏音ちゃんの手は私のものに……あれ?)

 奏音の手から、震えが消えていた。

「君、今『攻撃』って言ったよね?」

「へ?」

「この伏せカード、君は【イン・マイ・リメインズ】か【ウェイクアップ】と読んでたみたいだけど……」

 ディーピカは表になった奏音のカードを見て息をのんだ。

 

《相手モンスター攻撃宣言時に発動。相手フィールドの攻撃表示モンスターを全て破壊する》

 

「これは攻撃反応トラップ! 【聖なるバリア ―ミラーフォース―】さ!」

 光のバリアがガルマソードの剣を弾いた。そしてバリアが鋭い閃光を発し、ディーピカのフィールドのモンスターすべてが破壊された。

「ディーピカちゃん、一つはっきりさせとくよ……私、そんなに弱くないから」

 

 

 TURN6へ続く。

 



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TURN6 試練-殴- Aパート

最近忙しくて更新遅れました。すみません……

第六話から新登場のキャラクター、ジャン・ルブランさんの外見的特徴を載せときます。

男性・茶髪(短)・白人・180cm/80㎏
白いワイシャツをはだけて鍛えあげられたデュエルマッ…筋肉を晒している。ネックレス、腕時計、スラックス、ベルト、革靴はいずれも高級品。


あと、継承名モンスターの略記を頭文字からモンスターの特徴に変えました。



《求道奏音 LP7600》手札1枚(【継承名 パワーレス】)、フィールドなし

《ディーピカ手島 LP8000》手札1枚、フィールドなし

 

 ホログラムの衣装越しでも奏音にはわかった。ディーピカは今、茫然としている。何しろ勝利を確信した盤面を一瞬で壊滅させられたのだ。奏音は渾身のどや顔をしていたのだが、魚ギョ戦士の衣装のせいで相手には見えていない。

「あ~、言っとくけどこのミラーフォースはリミット違反じゃないからね~レジェンドは【継承名】カードしか使えないってずっと思われてきたけど、5枚までなら汎用カード入れてもいいことになってるんだ。トーナメントのレジェンド戦でも時々入れてたしね!」

 8月に『デステニー・クロスロード』の企画が発表されて以来、多くのマスターデュエリストがショーデュエルシステムの対策や、どこかで鉢合わせるかもしれないレジェンド・カノンの対策をしてきた。奏音はそれを読んで、対策されていないであろう汎用カードの採用を決めたのだ。

「すごいよ、奏音ちゃん!」

 マンジュ・ゴッドが数多の手を組み感激していた。先の沈黙は茫然自失ではなかったようだ。堰を切ったようにしゃべりだした。

「私、まんまと裏をかかれちゃった……手が緊張してたのは初めて使うカードだったからなのね……それにしてもミラーフォースを発動した時の手……自信に満ちた力強い手、『世界』を自分の力で切り開くんだ、みたいな熱い思いを感じた……」

 奏音は自分の興奮が冷めていくのを感じた。

(こいつ、根はデュエリストじゃないんだな……)

 エンドレスシティではデュエルは生活の一部であり、すべての人間がデュエルを学ぶが、デュエルにそこまでハマらない人間は一定数存在する。実を言えば、奏音もそこまでデュエルが好きなわけではない。何しろ常に『世界』の命運を背負っているのだ。レジェンドになって最初の数年は楽しむ余裕などなかった。

「あら、そろそろターンの制限時間みたいね。私はカードを一枚伏せてターンエンド。」

「私のターン、ドロー……ディーピカちゃん、覚悟はできてる?」

「やっぱり、私倒されちゃう……?楽しい時間も終わりね……」

 奏音は【パニシュメント・ザ・ハンド】の効果で3ターンの間、通常召喚を封じられているが、【継承名】デッキはその程度では止まらない。

「まずは墓地の【スキン・トゥ・ボーン】の効果発動!」

 

《墓地へ送られた次の自分のターンに発動できる。墓地のこのカードと他の【継承名】を守備表示で特殊召喚》

 

「戻ってきな!【スキン・トゥ・ボーン】!【ワン・ステップ・クローサー】!」

 

《DEF800》《アンデット・✪4》

《DEF800》《戦士・✪4》

 

 白骨化した子供と、メカマスクの二刀流侍。

「続けて【ワン・ステップ・クローサー】の効果!出番だぞ!【バトル・シンフォニー】」

 

《デッキから✪4以下の【継承名】を特殊召喚》

 

 目を閉じ、銃を構えた天使が舞い降りた。

 

《ATK1600》《天使・✪4》

 

「さらに墓地から、【継承秘術 バーン・イット・ダウン】の効果発動!」

 

《墓地にこのカードと【継承名 バーニング・イン・ザ・スカイズ】が揃っている場合に発動できる。このカードを手札に加え、【継承名 バーニング・イン・ザ・スカイズ】を特殊召喚する。》

 

 奏音の腕のデバイスの墓地から二つの火球が飛び出した。一つは奏音の手札に加わり、もう一つは火球が細かく分裂し、戦闘機のように編隊を組んだ。

 

《DEF800》《炎族・✪4》

 

     

 

     

     

    

 

「準備は整った!【バトル・シンフォニー】の効果発動!アイズ・ワイド・アウェイク!」

 天使が開眼し、その手の銃がバズーカ砲に変身した。

 

《ATK1600→6400》

 

「バトルフェイズ!バトル・シンフォニーでディーピカちゃんを攻撃!ノー・サレンダー・バレット!!!」

 奏音の展開を見守るだけだったディーピカはここでようやく口を開いた。

「あっ!そうだ!トラップカード発動!【青魔族のカーテン】!」

 

【青魔族のカーテン】

《永続トラップ:発動後、ATK600/DEF2000/風/魔法使い/✪5のモンスターとなり守備表示で特殊召喚する。》

 

 魔族の茶色いマントが出現し、骨ばった腕が生えてきた。

「バトル・シンフォニーは貫通能力がある!そのまま攻撃だ!」

 バズーカが発射され、カーテンと腕は消し飛んだ。

「きゃあっ!」

 

《ディーピカ手島LP8000→3600》

 

「【青魔族のカーテン】は破壊されたとき、効果が発動するよ!」

 

《墓地の【カーテン】カードの種類の数だけドローする》

 

 ディーピカが二枚引く。奏音の攻撃はバトルフェイズを終了したが、

「まだ続くよ!メインフェイズ2!場の【バーニング・イン・ザ・スカイズ】の効果発動!」

 

《相手に1600ダメージを与える。その後、このカードを破壊する》

 

「そしてこの効果にチェーンして、手札から速攻魔法【継承秘術 バーン・イット・ダウン】を発動!」

 

《【バーニング・イン・ザ・スカイズ】にチェーンして発動する。相手に追加で1600ダメージを与える。》

 

 火球の編隊がディーピカを襲い、燃え盛る炎が継承秘術により膨れ上がった。

「ああああ!!!」

 

《ディーピカ手島LP3600→400》

 

「私はこれでターン終了。」

 

     

  

     

     

     

 

(くそっ、トラップモンスターが思いのほか堅くてLPが残ったか……手札も回復してるし……)

 ディーピカは一息ついていた。

「ふう……激しかったぁ……なんとか凌いだけど、私もう奏音ちゃんに勝つ手段ないかも……」

 奏音も、勝利は目前だと思っていた。彼女のデッキは複数テーマのカードを強引に組み合わせており、それを豊富なドローソースで無理やり回転させるデッキだ。直前のディーピカのターンはいわばデッキの上振れ状態で、もうあれほどの展開はできないだろうと奏音は読んでいた。

「これが最後のドローかな……」

 ディーピカは引いたカードを見ると、息をのみ急に膝をついた。

「え、どうしたの?大丈夫?」

 ディーピカは小刻みに震えていた。奏音が駆け寄ろうか迷っていると、突然、

「やったぁぁぁぁぁ!!!」

 ディーピカが歓喜の叫びをあげた。

「ほんとにどうしたの?!」

「ああ、『神様』ってほんとにいるのかな……今日の私、何もかもが上手くいってる気がする……」

(ああなるほど、いいカードを引いただけか……え、それはまずいかも?!)

「奏音ちゃん!私の切り札を見せてあげるね!魔法カード発動!【友情 YU-JYO】!」

 

【友情 YU-JYO】

《相手プレイヤーに握手を申し込む。応じた場合、お互いのLPを平均化する。》

 

 単なるライフ変動のカードであり、状況を覆せるほどのカードではなかった。しかし、これまでのディーピカの度重なる奇行を見てきた奏音は、これが恐ろしい目的を持ったカードであると気づいた。

「奏音ちゃん……握手しよう……」

 ディーピカは極度の興奮で鼻息が荒くなっている。

「嫌だっ!絶対に嫌だっ!!」

「うふふ、奏音ちゃんに拒否権ないよ……」

 ディーピカは手札の魔法カード【結束 UNITY】を公開した。

 

《相手は必ず握手に応じなければならない》

 

「いやぁぁぁぁぁぁ!!!」

 今度は奏音が叫んだ。ディーピカが奏音に近づく。マンジュ・ゴッドの無数の手を一斉に奏音に差し出している。こんなおぞましい握手があるだろうか。

「【エクスチェンジ】の時は、奏音ちゃんに触れなかったけど、これなら確実に奏音ちゃんの手に……」

「嫌だぁぁぁぁ穢されるぅぅぅぅ!!!!」

「怖がらないでぇ……すぐ気持ちよくなるからぁ……」

「助けてぇぇぇぇ」

 奏音は恐怖のあまり目を閉じた。ディーピカの手が、奏音の手を包み込んだ。

 

 ふわっ。

 

 それは爆風というにはあまりに弱く、まるでそよ風だった。しかし、確かに一瞬爆発が起きたのだ。爆炎も破片も粉塵もなかったが、見えない何かが、奏音とディーピカの手の間で弾けた。

(なに、今の……)

 奏音は固く閉じていた目を開け……驚愕した。

「え、ここどこ?!」

 シェルタープラネット第18ゲートの前で戦っていたはずが、今、彼女たちは宇宙空間にいた。

「私、浮いて……ないや、地面がある……」

 見えないが、地面の感触があった。そして目の前に、少女が立っていた。黒い長髪、肌は浅黒く、眼鏡をかけていて奏音よりやせている。奏音の手を包み込んでいたはずの両腕はだらりと垂れ下がり、目には光がない、まるで糸の切れた操り人形だ。

「君は……ディーピカちゃん?」

 奏音も衣装が消え、元の姿に戻っていた。奏音は最初、勇者ベルトのホログラム機能が故障したのかと思ったが、変装でつけていたはずのサングラスとマスクとキャップもなぜか消えている。

「探したぜ、レジェンド・カノン。まさか会場の外にいたとはなあ」

 男の声だった。しかし喋っているのは目の前の少女だった。

「えっと……誰?ディーピカ?」

 少女は何かに気づいたように自分の体を見回した。

「おいおい、肉体はディーピカ手島のままかよ、『上書き』が不完全じゃねえか!リオール、どうなってんだ?」

 少女、というより男は、見えない誰かと話しているようだ。

「ああ、そういうことね……焦ったぜ……で?なんで俺らはあの忌々しい宇宙に来てるわけ?」

 奏音は黙ってはいられず、男に尋ねた。

「ねえ、誰と喋ってるの?君は誰?」

「うるっせえよ!!!」

 ディーピカの腕が、奏音の顔を殴った。一瞬何が起きたかわからず、奏音はよろめきながら後ずさりした。訳が分からなかった。この『世界』には、人を殴るような人間はいないはずなのだ。

(もしかして、この『世界』……じゃないの?)

「おお!すげえな!殴れた!あのレジェンド・カノンを殴れたぜ!このままやっちまうのもアリなんじゃねえの?」

 男の声や目からは粗暴で傲慢な雰囲気がした。平和なシティで二十年暮らした奏音でも、この男は危険だと本能でわかった。

「あーはいはいわかってるよ、あの時と同じだろ?」

 話が終わったのか、男は奏音を見た。冷たい目だ。

「そういや途中だったよな?やろうぜ、続き。」

 2メートルほどだった男と奏音の距離が一瞬のうちに10メートルに広がっていた。さらには、奏音の前には【バトル・シンフォニー】【スキン・トゥ・ボーン】【ワン・ステップ・クローサー】が並んでいた。腕のマルチデバイスや腰の勇者ベルトも戻っている。

「おっと、デバイスで誰かに連絡しようとしても無駄だからな?ここはエンドレスシティとの接続がない空間だ。」

 奏音は鼻をぬぐった。手に血がついている。恐怖、というより、ひたすら困惑していた。

「ねえ、今何が起きてるの?君は誰?」

 男は少女の顔で怪訝な表情になった。

「お前……この状況が理解できてねえのか……?」

「君は理解できてるってこと?教えてよ。」

 男は突然笑い出した。そして、『男になった』。ブラウンの縮れた短髪で肌は白、体型はやせ形で高身長、鼻が高く鋭い顔つきに、残忍さを感じる笑みを浮かべている。

「これが俺の『本来』の姿だ、名前はジャン・ルブラン、だが一番重要な情報は……俺が『特異点』だってことだな。」

「『特異点』?!」

 奏音の素直なリアクションをルブランは見逃さなかった。

「ほう、『特異点』は知ってるのか。やっぱレジェンド・カノンと『創造者』の間には何かあるみたいだな。」

(創造者……?チェスのことかな……?)

 ルブランはディーピカの姿に戻った。

「それと……ここは精神エネルギーで作られた疑似空間で、出るためには相手をデュエルで倒さなきゃならねえ。負けた方は出口を作るための精神エネルギーに変換されるんだとよ。」

「え?それどういうこと?!」

 ルブランは舌打ちした。

「鈍いなあ、デュエルで『殺し合い』しろってことだよ。」

 奏音はまだ理解が追い付いていなかった。

(『殺し合い』?そんなもの、この『世界』には存在しないはず……いやでも、ここは『エンドレスシティ』とは接続されてない疑似空間で……この男は『特異点』で……そもそも、『特異点』って人間だったの……?)

 イライラしたルブランの声が聞こえる。

「あーもういいや、お前はしゃべらなくていい、普通にデュエルだけして、そのまま消えろ。永続魔法発動!【無限の手札】!」

 

【無限の手札】

《お互いに手札枚数制限がなくなる》

 

(どうして今そんなカードを?あいつの手札は【結束UNITY】の1枚きりなのに……)

「【無限の手札】があるときに使える【ムゲンジュ・ゴッド】っていうのがこの女のプレイヤースキルなんだが……今ディーピカ手島はこの俺に『上書き』されてる……当然スキルもだ……発動!【イモータル・ムゲンジュ・ゴッド】!」

 

《墓地の【手】カード(EXモンスターを含む)を全て手札とし、『プレイヤーと融合する』。》

 

(プレイヤーと融合?!)

 ディーピカの墓地から大量のカードが飛び出し、ルブランの腕に吸収されていった。さらに、彼の姿が変貌を始めた。マンジュ・ゴッドの姿になったかと思うと、銀色の体が錆びながら巨大化し、全身の腕が吸収した腕に置き換わっていった。死者の腕、なぞの手、運命のろうそく……精神操作や天使の施しに描かれていた手も混ざっている。

「ブハハハハハハハ!」

 ルブランは人間のものとは思えない、太くて低い声で笑っている。

「さあて……バトルフェイズ、いや……『殺し合い』を始めようか……」

 

 

Bパートに続く。

 




~オリジナルテーマデッキ解説コーナー~

【黒魔族のカーテン】編

黒(闇)、赤(風)、緑(炎)、青(風)、白(水)、紫(光)の六色の魔族カーテンを駆使して戦うぞ!上記の順にアドバンテージを稼ぐ効果が大きくなり、紫魔族のカーテンは最大6000ダメージを叩き出せる恐ろしいカードだ!なお、【黒魔族のカーテン】には『魔法使いの力が上がる』と書いてあるが、このテーマでは一切攻撃力変動の効果がない!全員600のままだ!

サンプルデッキレシピ
メインデッキ:40
【黒魔族のカーテン】×3
【黒のカーテンレール】×3
【赤魔族のカーテン】×3
【赤のカーテンレール】×3
【緑魔族のカーテン】×3
【緑のカーテンレール】×3
【青魔族のカーテン】×3
【青のカーテンレール】×3
【白魔族のカーテン】×3
【白のカーテンレール】×3
【紫魔族のカーテン】×3
【紫のカーテンレール】×3
【黒魔術のヴェール】×1
【予想GUY】×3
エクストラデッキ:なし


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TURN6 試練-殴- Bパート

別に設定を出し惜しみしてるわけじゃないんですけどね、どばっと説明するのを避けてたらなかなか進まないんですなこれが……


 

『デステニー・クロスロード』のおよそ1か月前、9月25日、午後2時12分、エンドレスシティ第一地区、高級マンション『キャッスル』屋上

 

「こんなところ初めて来たよ。ヘリコプターの発着場になってるんだね」

『特異点』の少年、リオール大河は、同じく『特異点』のレイチェル光尊にそう言った。

 二人は共にキャッスルの屋上にいる。一般人どころかマンション居住者でも立入れない場所であり、いわゆる不法侵入なのだが、この『世界』に存在しないことになっている二人には関係ないことだ。

「いいかねリオール君、精神エネルギーに変換された魂はこのエンドレスシティという空間全体を維持・構成するデータになると思われる。要はこの街の一部になるというわけだ」

「うん」

「しかし、私たち『特異点』は不完全な変換で自我や記憶が残る。エンドレスシティへの一体化も不完全なんだが、『不完全ながらも一体化はしている』……これが実に好都合でね……」

 そういうと、レイチェルは姿を消した。再生終了した動画のように、ふっといなくなった。

「レイチェルさん?」

「ここだよ」

 リオールは飛びのいた、レイチェルが背後にいたのだ。

「私がこの街の一部になったということは、この街の至る所に私のデータが存在しているということ。こんな風に、この街の任意の座標に私の自我を発生させることができるんだよ」

 レイチェルはまた姿を消し、少し離れたところに出現した。

「この街は私で、私はこの街。自我は一つしかないから分身はできないけど、その代わりどこへだって一瞬で移動できるんだ!」

 レイチェルは次々に瞬間移動している。

「君もすぐできるようになるよ! コツは自分が『そこにいる』のをイメージするんだ!」

(どこにでも行ける、か……)

 リオールは交際していたナーシャ池井戸のことを思い浮かべた。彼女はまだ『受け継がれなかった命たち』に消されていない。住所はわかるから、会いに行くこともできる。

「夜になったら、ナーシャちゃんの寝顔を見に行けるね」

 リオールの耳元に瞬間移動したレイチェルがそう囁いた。リオールは心底レイチェルを殴りたくなったが、質量データは失われているので『特異点』同士でも触れることができない。仕方ないので話題を変えることにした。

「どこにでも行けるなら、レジェンド・カノンの部屋に忍び込んで【継承名】デッキを覗いたりできますか?」

【継承名】デッキの最大の強みは未知のカードや効果があることだ。『受け継がれなかった命たち』の少女はリオール以外の『特異点』にも【継承名】デッキでデュエルを挑んでいたという。カード情報が得られれば彼女への対策が立てられる。

「それがね……」

 レイチェルは残念そうな顔になった。

「ちょうどすぐ下……このマンションの最上階がレジェンド・カノンの部屋なんだけど、そこには入れないんだよね……」

「入れない?」

「リンクパークのレジェンド控室とか、デュエル事務局のカードデータファイルもそう。なぜか入り込めない……」

「トーナメントのレジェンド戦の時に、彼女の背後に移動して手札を覗き見るのはどうです?」

「それも試したけどダメ。背後に行くのはできたんだけど、手札だけぼやけて見えなかった……」

「うーん、そうなると……直接戦うしかないですね……」

 リオールはチートが好きではない。困難な方法だが、正攻法は楽しみですらあった。

 

 

 

 10月24日午前10時51分、エンドレスシティ第5地区、災害時避難施設『シェルタープラネット』、第18番ゲート前

 

《求道奏音 LP4000》

 手札2枚(うち1枚は【継承名 パワーレス】)

     

  

     

     

    

《ディーピカ手島(ジャン・ルブラン)》

 手札29枚(EXモンスターも強制手札化)

 1. 【手札抹殺】

 2. 【なぞの手】

 3. 【なぞの手】

 4. 【ジャジメント・ザ・ハンド】

 5. 【ジャジメント・ザ・ハンド】

 6. 【ジャジメント・ザ・ハンド】

 7. 【黙する死者】

 8. 【死者の腕】

 9. 【おろかな埋葬】

 10. 【魔宮の賄賂】

 11. 【生者の腕】

 12. 【ハンディキャップ・ハンド】

 13. 【ロケットハンド】

 14. 【パニシュメント・ザ・ハンド】

 15. 【闇の指名者】

 16. 【エクスチェンジ】

 17. 【運命のろうそく】

 18. 【天使の施し】

 19. 【黒魔族のカーテン】

 20. 【手招きへの手招き】

 21. 【手招きする墓場】

 22. 【キーボード・なぞの手】

 23. 【精神操作】

 24. 【阿修羅】

 25. 【ガルマジャベリン】

 26. 【ガルマソード】

 27. 【青魔族のカーテン】

 28. 【友情YU-JO】

 29. 【結束UNITY】

 

「まずはお前から潰してやる! 俺はバトル・シンフォニーを攻撃!」

 ルブラン、いや醜悪な【ムゲンジュ・ゴッド】は自らの腕で殴りかかってきた。

「プレイヤーでモンスターに攻撃?!」

 

【ムゲンジュ・ゴッド】《ATK4000》

【バトル・シンフォニー】《ATK1600》

 

(しかも攻撃力4000……【友情YU-JO】で回復したライフを丸ごと打点に変えたの?)

 バトル・シンフォニーはあえなく粉砕され、奏音の体に衝撃が走った。

「うっっっ!!!」

 

《求道奏音 LP4000→1600》

 

(なに、今の……これデュエルだよね??)

 ルブランが叫ぶ。

「続けて残りの雑魚どもを潰すぜ!」

(うそ?! 連続攻撃まで?!)

 【ムゲンジュ・ゴッド】が暴れ、ワン・ステップ・クローサーとスキン・トゥ・ボーンも倒された。ルブランが高笑いしている。

「フハハハハ!!! 楽しいなあ! やはり戦いってのはこうでなくちゃ! 自分の腕で! 敵を殴る! モンスターに任せるなんてもったいない!」

 ルブランが悦に入る間に、奏音は【ムゲンジュ・ゴッド】の効果を読んだ。適用中の永続効果ならデュエル中でも確認できるはずだったが、

 

《ルール効果/永続効果/誘発効果:非公開情報》

 

(くそ、どうなってる……なら!)

「おい、お前!」

 奏音はルブランに呼びかけた。

「【スキン・トゥ・ボーン】にはフィールドから墓地に行ったときの効果がある! お前を対象にして、スティール・トゥ・ラスト!」

 

《対象モンスターを破壊する》

 

 土埃が舞い上がり、ムゲンジュ・ゴッドを包み込んだ。ルブランの腕が一本、錆び始め、朽ち落ちたが……他の腕は無傷だった。

「なんで?!」

「フハハハハ甘いんだよぉ! 俺の腕は一本一本が独立したモンスター扱い! 全て破壊しなければ俺を倒したことにはならない!」

「すべてって……まさかあと28本全部を?!」

 ルブランはにやりと笑った。ムゲンジュ・ゴッドの顔は衣装ではなく本物の肉体らしい。

「その通り……そして、それぞれが独立しているということは……」

「あっ……もしかして、あと25回攻撃できるってこと……?!」

 ムゲンジュ・ゴッドが腕を振り上げた。いびつに巨大化しているが、それは【手札抹殺】に描かれていた腕だった。

「消えなぁぁぁ!!!」

「やばっ! トラップ発動!」

 

【継承戦術 イン・マイ・リメインズ】

《自分のモンスターが相手によって破壊されたターン、このカードは手札から発動できるが、代わりに効果を以下の通りに変更する。

 ●デッキから【継承名】モンスター1体を特殊召喚する》

 

 白い、サッカーボールほどの毛玉が現れた。ウサギのようだが、頭はない。手足としっぽをちょこまかと動かし奏音の前に飛び込むと、ムゲンジュ・ゴッドの巨腕を受け止めた。

 ポヨン! 

 白い毛玉は跳ね飛ばされ、そこらじゅうをまりのように弾んで奏音の足元に転がってきた。ルブランは拳の勢いを殺され苦い顔になっている。

 

【継承名 ラナウェイ】

《DEF800》《闇・獣・✪4》

《永続効果:このカードは戦闘・効果では破壊されず、相手の効果の対象にもならない》

 

「そういやそれでよくピンチを凌いでたっけな、そのデッキは……」

 奏音は一息ついた。手札から【イン・マイ・リメインズ】を発動し、【ラナウェイ】を盾にして起死回生の策を練る。レジェンド戦ではこのコンボで何度も命拾いした。

(危なかった……それに今ので、あいつの攻撃には誘発効果や貫通能力がないことも分かった……)

「だが所詮はその場しのぎに過ぎないよなあ? その毛玉は確か、ドローフェイズにはデッキに戻っちまう役立たずだろ?」

 確かに、ラナウェイは自分のドローフェイズにデッキに戻るデメリットがある。

「でも私のターンには【スキン・トゥ・ボーン】と【ワン・ステップ・クローサー】がもう一度蘇るから、デッキから【ラナウェイ】を持ってこれるけど?」

 

【スキン・トゥ・ボーン】

《墓地に送られた次の自分のターンに発動できる。自身と墓地の他の【継承名】を特殊召喚》

【ワン・ステップ・クローサー】

《このカードが召喚・特殊召喚に成功した場合、デッキから✪4以下の【継承名】1体を特殊召喚》

 

 ルブランはせせら笑った。

「ああ、そのコンボなら対策済みだぜ……エンドフェイズ! 【ムゲンジュ・ゴッド】のスキル発動! このターンに破壊したすべてのカードを、俺の【手】にする!」

「はあ!?」

 奏音の墓地から【バトル・シンフォニー】【スキン・トゥ・ボーン】【ワン・ステップ・クローサー】の三枚が飛び出し、ムゲンジュ・ゴッドの体に吸収された。

(これじゃ墓地からの効果を使えない!)

 ムゲンジュ・ゴッドに新たに腕が生えた。骸骨の腕、日本刀を持った腕、銃を持った腕だ。「俺の能力はそれだけじゃない! 自分の墓地の【手】カードも毎ターン腕として追加できるぜ!」

 このターン破壊したばかりの腕が再生した。よく見ると機械の腕であり、先ほど破壊したのは【ロケットハンド】のカードだったのがわかる。

「ブハハハハ! 相手の全てを力づくで奪い取る! これが俺の『固有スキル』ってわけよ! さあレジェンド・カノン! 早く何とかしないと俺の腕はどんどん増えるぜ!」

 

     

    

     

     

    

【ムゲンジュ・ゴッド】手札32枚《ATK4000》

 

 規格外の能力に内心かなり焦りを覚えた奏音だったが、デュエリストとしての理性はまだ残っていた。

「いい気になるのは早いよ……私のターン! ドローを放棄して、フィールドの【ラナウェイ】の効果発動!」

「何? ドローの放棄だぁ?」

「ラナウェイの出戻り効果は強制じゃない。ドローを放棄すればこの子は場に留まるのさ! ついでにお前に800のダメージを与えてね!」

 

【ラナウェイ】

《誘発効果:ドローフェイズ開始時、発動する。このカードをデッキに戻す。またはドローを行なわず、相手に800ダメージを与える》

 

「くそ、そんな効果隠してやがったか!」

 白い毛玉が糞を弾丸のように発射した。糞はルブランの顔に当たり、爆発を起こした。

「ごはぁっ!」

「よしっ!」

(これでルブランのライフは3200、私の墓地にはまだ【バーニング・イン・ザ・スカイ】と【バーン・イット・ダウン】が揃ってるから、直接ダメージコンボで決まりだ!)

 

《ダメージ無効》

 

「えっ?」

 爆炎の中からルブランの高笑いが響いた。

「バカだなぁぁぁ!! 俺というプレイヤーは今手札と融合してる状態だ! ダメージを受けるライフがそもそもないんだよ!!!」

「じゃ、じゃあ、お前は敗北しないってこと??!!」

 ルブランはからかうように肩をすくめた

「この腕を一度に全て破壊されたら俺の負けかもなぁ……」

「そんなの……チートスキルにも程があるでしょ……」

 さすがの奏音も動揺した。【継承名】には全体除去効果を持つカードがないのだ。【ミラーフォース】の採用理由の一つでもある。

「チートスキルだぁ? おいおい、【継承名】デッキだって大概チートだろ?! 二十年もトップに君臨し続けるなんざ『旧世界』じゃ独裁者扱いだぜ?!」

「……」

 ふと、奏音はその言葉に、昔チェスとしたある会話を思い出した。

 

「【継承名】デッキってさあ……なんか、強すぎない? 最近のレジェンド戦、いつも一方的に勝つんだけど……」

 チェスはさらりと答えた。

「強すぎる、というのにはちゃんと意味がある。奏音、君は『独裁者』という言葉を知っているか……」

 

 奏音が一瞬黙ったのをいいことに、ルブランはしゃべり続けた。

「そもそも、世界を作り変えて支配下に置くなんてのはチートだろ! 俺たち『特異点』は、『創造者』のチートによる被害者みたいなもんさ! 俺たちの反乱は起こるべくして起きたんだ!」

(被害者? 反乱? どういうこと?)

「だが俺はよ、チートは嫌いじゃねえ……チートだって成立させるのには技術力がいる……チートは立派な『力』なんだよ。そして『力』を持つ者には『奪う資格』がある! 今の俺のようにな!」

「違うっ!!」

 今度のルブランの言葉は、奏音にも意味が分かった。だから思わず叫んでいた。

「お前は何もわかってない! 『力』のことも! 『奪う』ことも!」

 奏音の剣幕にルブランはひるんだように見えたが、すぐにせせら笑いを浮かべた。

「へぇ……レジェンド・カノンにもそういう思想があるのか……」

「お前なんかに話しても時間の無駄だ。私はこれでターンエンド!」

「はいはい、俺のターンだな」

 またムゲンジュ・ゴッドの手が増える、と奏音は思ったが、意外にも、ルブランの腕の一本に新たなカードのホログラムが出現しただけだった。デュエルアプリのいつものドロー演出だ。ルブランは引いたカードを見て舌打ちした。

「どうやって使うんだよこのカード……まあいい、俺は何もせずターンエンドだ」

(何もしない……? あいつの手札には、私から奪ったバトル・シンフォニーがあるはず……貫通能力で私のライフを削りに来ると思ったのに……それ以外にも、【ハンディキャップ・ハンド】や【ロケットハンド】、【天使の施し】といった強力な汎用カードも一切使おうとしなかった……まさか……)

 奏音はクスリと笑った。ルブランがそれに気づく。

「何がおかしい?」

「いや、だって……そんなに手札あるのに、何もできないんだなあって」

「ああ?!」

「私のターン!」

 奏音の前にラナウェイが転がってきた。指示を仰いでいるようだ。

「私はラナウェイをデッキに戻す!」

 白い毛玉が飛び跳ねて奏音のデッキに吸い込まれていった。

「いいのかぁ? そいつがお前の身を守ってたんだぜ?」

「でもこれでカードを引ける! 私のデッキにはお前をぶちのめすカードがまだまだあるからね! ドロー!」

(私の勝利条件が【手】の全破壊なら……あのカードを引くしかない!)

 奏音は引いたカードを確認した。

 

 

 その頃、イベント運営室でスタッフたちに指示を出していたチェスは凍り付いていた。

(なぜだ……奏音の精神を探知できない……プラネット内どころか、シティのどこにもいない……今までこんなことは起きなかった……)

「チェスさん、どうしました?」

 周りのスタッフたちが心配して声をかけてくるも、チェスの耳には入っていなかった。

(二か月前の『特異点』増加の現象と何か関係があるのか……? だが、リオール大河を変換した後、他の『特異点』反応も自然消滅し、今はシティのどこにも……)

 次の瞬間、チェスは大きな声をあげ、スタッフたちを驚かせた。だが一番驚愕していたのはチェス自身だった。

「まさか……私の恐れていたことが……始まっているのか……?」

 

 

 TURN7に続く

 




Q.ライフがないなら【継承名 ラナウェイ】の効果はそもそも発動できないため、デッキに戻るのでは?

A.厳密には【ライフへのダメージ・回復・参照およびその他効果の無効】という処理のスキル、と考えてください。実は、ルブランは自らのスキルを正確に把握していません(重要)。



~オリジナルテーマデッキ解説コーナー~

【手招きする墓場編】

豊富な【手招き】カードによって、自分のフィールドにモンスターをたくさん呼んでこよう!モンスターが並んだらシンクロ召喚を決め、今度は相手モンスターも自分フィールドに手招きしてしまおう!


サンプルデッキレシピ
メインデッキ 40
【手招きする墓場】3
【手招きする洞窟】3
【手招きする樹海】3
【手招きする遊郭】3
【ネコマネキング】1
【手招きへの手招き】3
【墓場の運動会】3
【洞窟のかくれんぼ】3
【樹海のピクニック】3
【遊郭の運動会】3
【予想GUY】2
【精神操作】3
【穴あき柄杓】3
【バトルマニア】3
【道連れ】1
エクストラデッキ 6(スキルによる枚数制限)
【手招きする深海―船幽霊―】3
【手招きする儲け話―マルチ商法―】3
スキル【カー召喚・手招きする墓場】


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TURN7 開戦 Aパート

諸事情により二か月以上も空いてしまいました……すみません……

本作品におけるデュエルのルールは一部実際のものと異なります。相手のカード効果や墓地・デッキの枚数なんかを確認できないアニメに近い仕様です。


 

《求道奏音 LP1600》

 手札1枚(【継承名 パワーレス】)

     

     

     

     

    

《ジャン・ルブラン 手札と融合し自身をモンスター化、LP4000を攻撃力に変換》

 手札32枚(EXモンスターも強制手札化)

《①『腕』として取り込んだカードはそれぞれ独立したモンスター扱いとなる。(『腕』それぞれに攻撃権があり、破壊される場合も一本ずつとなる)》

《②エンドフェイズに、このターン戦闘破壊した相手のカードおよび墓地に送られた自分のカード全てを『腕』として取り込むことができる。》

《③『腕』が全て破壊された場合に敗北するが、逆にそれ以外の方法では敗北しない。(ライフダメージや回復は全て無効となる)》

 

 

 

「魔法カード発動!【光の護封剣】!」

「何?そのカードは?!」

 上方から光の剣が降り注ぎ、ムゲンジュ・ゴッドの周りを檻のように囲んだ。

 

《相手は攻撃宣言できない。3回目の相手エンドフェイズにこのカードを破壊する。》

 

「今は汎用カードも使うんだったな……だが所詮は時間稼ぎに過ぎないぞ!」

 ルブランが吠えたが、奏音は逆に落ち着いていた。

(やつは今、『時間稼ぎ』と言った……つまり現状では【光の護封剣】を突破できないということ……どうもあの【ムゲンジュ・ゴッド】は、腕の再生・吸収能力・連続攻撃が厄介なだけで、魔法への耐性や効果無効、除去能力は持ち合わせていないみたい……)

「私はこれでターンエンド。【パニシュメント・ザ・ハンド】の効果は切れて、私は次のターンから通常召喚できるからね。」

「ハッ、好きにしな!俺のターン……くそっ、この女のデッキ、シナジーがなさすぎる……」

 ルブランが引いたカードをそのままセットするだけでターンを終えるのを見ながら、奏音は確信した。

(やはり、スキルで融合・吸収したカードは『手札として扱う』だけで使うことはできないんだ……)

 奏音のドロー。思わず声が出た。

「あ、これ……」

 狙ったカードではなかったが、引いたカードを見ながらしばらく考えていると、ルブランがイライラし始めた。

「いつまでカードとにらめっこしてんだよ、レジェンド・カノンが遅延行為か?」

「いやあ、これもしかしたらいけるかもって思ってさ……」

「何?!」

 奏音はにやりと笑った。

「これ使うの初めてなんだよね~!【継承名 ギルティー・オール・ザ・セイム】!」

 幻竜族の【継承名】。しかしその姿はまるで、

「ムカデ……?!」

 地面から飛び出したのは、大蛇と見まがうほど体の長い竜、しかし手足が異常なほど多い。背中には鎧のようなうろこが何枚も連なり、まさにムカデの甲のようだ。頭は竜を思わせる形だが、目がなく代わりに短い角が生えている。さらに全身が、色を塗り忘れたように真っ白だった。

 

《ATK1600》《闇・幻竜・✪4》

 

「【ギルティー・オール・ザ・セイム】の起動効果!トゥー・シック・トゥー・ビー・アシェイムド!」

 

《自分のフィールドのカードと同じ枚数になるように相手は自身のフィールドのモンスターを墓地へ送る。》

 

    

    

     

     

   

 

「私の場にはギルティー・オール・ザ・セイムと光の護封剣の2枚!」

「俺の場にいるモンスターは俺だけだぜ?」

「でもお前の腕は一本一本が独立したモンスター扱いなんでしょ?現に効果がちゃんと発動したし。」

 ルブランの笑みが凍り付いた。次の瞬間、ムゲンジュ・ゴッドの体にギルティー・オール・ザ・セイムが巻き付いた。奏音がいたずらっぽく言う。

「手には手を……なんてね。」

ギルティー・オール・ザ・セイムはその生え過ぎた腕でムゲンジュ・ゴッドの腕を引きちぎり始めた。

「離れろぉぉぉぉ!!!」

 ルブランはムカデ竜を引きはがそうと躍起になったが、掴もうとした腕を逆に掴まれ引きちぎられていった。胴体から離れた腕は煙のように溶けて消え去り、ついにはルブランの腕は二本だけとなった。蝋でできた腕と槍を持った腕だ。

(【運命のろうそく】と【ガルマジャベリン】か……どの腕が破壊されるかあいつは自分で選べないのかな……なら好都合!)

「くそ……だが俺の腕はまだ二本、残っているぜ……」

 ルブランが呼吸を整えながら言った途端、槍を握っている方の腕が腐り始め、あっという間に土となり崩れ落ちた。奏音がからかうように言う。

「あと一本、だね?」

「てめえ何をし……はっ!」

 

【継承名 スキン・トゥ・ボーン】

《フィールドから墓地に送られた場合に発動。モンスター1体を対象、破壊する。》

 

 ムゲンジュ・ゴッドに取り込まれたカードは手札としてもフィールドのカードとしても扱うため、【スキン・トゥ・ボーン】が墓地に送られたことで破壊効果が発動したのだ。奏音はこれを狙ったわけではなかったが、ありがたい誤算だった。ついでにルブランを煽ることにした。

「私のモンスターを吸収したりするからこうなるのさ。なんでも奪えばいいってものじゃないよ?」

「このガキ……」

「さらに私は、墓地の【継承秘術 バーン・イット・ダウン】の効果を発動!」

 

《墓地にこのカードと【継承名 バーニング・イン・ザ・スカイズ】が揃っている場合に発動できる。このカードを手札に加え、【継承名 バーニング・イン・ザ・スカイズ】を特殊召喚する。》

 

 奏音の墓地から二つの火球が飛び出し、一つは手札、一つはフィールドへと向かった。

「もう一度頼んだよ!【バーニング・イン・ザ・スカイズ】!」

 フィールドに到着した火球は分裂し、編隊を組んだ。

 

《ATK1600》《闇・炎・✪4》

 

「ここで、手札から【継承名 パワーレス】の効果発動!」

 緑のうろこの年老いた竜が現れた。翼はぼろぼろで、両目は白濁している。口からきらきらと輝く炎を吐き、自らを火葬している。

 

《場に【継承名】が存在する場合、ライフを半分支払い発動。手札のこのカードを墓地へ送り、相手モンスターすべての攻撃力をエンドフェイズまで0にする。この効果は相手ターンでも使用できる。》

 

「なんだと?!」

「力任せな奴ほど脆いってことを教えてあげる、レリ・フォール!」

 盲目の竜が起こした炎と煙がルブランを覆った。魔性の炎に体の自由を奪われ、ルブランの両腕がだらりと垂れ下がった。

 

【求道奏音LP1600→LP800】

【ムゲンジュ・ゴッド】《ATK4000→0》

 

「なんだ、これは……か、体が……」

 ルブランは膝をつき、ぴくりとも動かない。奏音は気づいた。

(プレイヤーがカードと融合してるから、モンスターへの状態異常がそのままプレイヤーに影響するのか?)

「バトルフェイズ!」

    

   

     

     

   

《ルブラン 『腕』残り1本》

 反応がない。ルブランは口もきけないようだ。

(今ならあのリバースカードも発動できないかも!)

「バーニング・イン・ザ・スカイズで、ムゲンジュ・ゴッドを攻撃!」

 火の玉の編隊が一斉に出撃し、ルブランを取り囲んだ。360度どこにも逃げる隙がない。

「爆殺せよ!魔空包囲―」

「リバースカード・オープン!」

 それはルブランの声ではなかった。もっと若い、青年の声が、発動宣言をしていた。

「トラップ発動、【マジックアーム・シールド】。対象は【ギルティー・オール・ザ・セイム】だ。」

 機械仕掛けのシールドが現れた。

 

《攻撃モンスター以外の相手の表側表示モンスター1体を対象。そのモンスターのコントロールをバトルフェイズ終了時まで得て、攻撃対象をそのモンスターに移し替えてダメージ計算を行う》

 

 シールドからマジックアームが飛び出し、ムカデ竜の頭を掴んだ。そのままルブランの側に引っ張りこまれ、ギルティー・オール・ザ・セイムは再びムゲンジュ・ゴッドの体に巻き付いた。

「君の【継承名】モンスターはほとんどが攻撃力1600だから、相討ちだね。」

 青年の声が爽やかに言うと、ルブランを取り囲んでいた火の玉が一斉に襲い掛かった。ムゲンジュ・ゴッドに巻き付いていたムカデ竜が身代わりとして焼かれ、消滅した。奏音は成すすべなくその光景を眺めながら、姿の見えない青年に訊いた。

「君は誰……?そいつの代わりにトラップを発動させたってことは、このデュエルをずっと見てたの?この宇宙を作ったのも君?」

 青年の声が答えた。

「悪いね、レジェンド・カノン。今は答える時間がない。でもまた会えるよ。」

「どういうこと?」

 青年の返事はなく、代わりにターンの制限時間のブザーが鳴った。

「しまった、あいつを倒しきれなかった……」

 パワーレスの魔性の炎が消え去り、ムゲンジュ・ゴッドの腕が再生を始めた。

「よくも、よくも……ガキどもが、俺をコケにしやがって……」

 ルブランも意識を取り戻したようだ。錆びた鉄のような色の筋肉が脈打ち、怒りのオーラを漂わせている。奏音が煽ったとはいえ怒りが激しすぎるように見えた。

(なんだろ……あいつ、どこか必死だ……)

「ねじ伏せてやる……奪ってやる……この手で!この力で!!この強さで!!!」

 

 

 北条ピエールはエンドレスシティ第12地区で生まれ育った。AIによる労働適正診断は『ノーマル』。彼自身も労働意欲は特に湧かなかったため、ベーシックインカムで生活する一般市民として暮らしていた。時々デュエルをしながら何不自由なく暮らしていた彼は、ある日奇妙な夢を見た。

「奴が来た!ジャン・ルブランだ!」

「今度こそ取り押さえろ!」

「この殺人鬼め!」

 ピエールはその夢の中では悪名高い連続殺人犯だった。しかし当時の彼は殺人という概念すら理解しておらず、プレイヤーが直接殴り合うレギュレーションのデュエルなのだろうか、などと考えていた。ただ、夢の中で人を殴り殺すのは不思議な高揚感があった。

「ねえ、サリア……君のこと、殴ってみてもいい?」

 ある日、ピエールは妻のサリアにそう言った。『旧世界』の夢を見続けて半年、夢と現実の区別が曖昧になってきていた。「殴る」という行為がいまいちピンと来ていないサリアは不思議そうな顔をした。

「殴るって……ショーデュエルとかでやってるみたいな?」

「うん……この『世界』って、どういうわけか『暴力』がまるでないから……」

「また夢の話?まあいいけど、あんまり痛くしないでね?」

 妻の肩を殴った。しかし、うまく殴れなかった。あの高揚感もなかった。もう一度殴った。骨に当たり、妻が痛そうにした。少しだけうまくいったと思った。もっと殴ってみたくなった。妻はやめるように言ったが、殴り続けた。妻が「もうやめて」と泣きながら懇願するのを見ていると、夢で味わった高揚感が蘇ってきた。

(楽しい……すごく楽しい……もっと殴ったらどうなるんだ?)

 気づくと俺は、宇宙にいた。夢の中で見たSF映画の中みたいだった。妻は消え去り、目の前には白いワンピースの少女がいた。

「デュエルを始めるぞ、『特異点』よ。」

 

 

「俺こそが!『奪う側』なんだよぉ!ドロォォォ!!!」

 ムゲンジュ・ゴッドの腕は完全に再生していた。一度取り込んだ奏音のカードも再生の対象に含まれるらしく、【ワン・ステップ・クローサー】【バトル・シンフォニー】【スキン・トゥ・ボーン】の三枚は再び奪われてしまった。そればかりか、発動し終わった【マジックアーム・シールド】も新たな腕として加わっている。奏音は謎の青年の声のことは忘れ、いったんデュエルに集中することにした。

(腕が33本に増えちゃった……やはり全体除去でまとめて倒すしか……)

「ブハハハハハハ!どうやら決着が見えたぜ!!!」

 ルブランが狂ったように高笑いし、引いたカードを見せびらかしてきた。

 

【あの手この手】

《永続トラップ:1ターンに1度、手札を1枚デッキに戻し発動。手札から魔法カード1枚を発動する。》

 

「レジェンド・カノン……これがどういう意味か、分かるかぁ?!」

 奏音は……平静を装った。

「その無駄に増えた【手】を、アドバンテージに変えられるんでしょ。すごいね。」

 それ以上の事態だった。前のターンの【マジックアーム・シールド】のように、使い終わったカードは墓地から手札に戻る……ということは、ルブランの手札にある【天使の施し】や【精神操作】といった汎用性の高いカードを毎ターン使えてしまうのだ。

「俺はこのカードを伏せ……手札から魔法カード【おろかな副葬】を発動!」

 

《デッキから魔法・トラップカード1枚を墓地へ送る。》

 

 ルブランは自分のデッキをホログラムデータで確認し始めた。

「さあて……こんな紙束デッキでも……ははっ!いいカードあるじゃねえか!フハハハ……俺が捨てるのはこの【伝説の手刀】だ!こいつで次のターンに【光の護封剣】を破壊できるぜ!」

 

【伝説の手刀】

《装備魔法:①装備モンスターの攻撃は貫通する。②装備モンスターが攻撃表示の場合、1ターンに一度、相手のカードを1枚対象とし発動、破壊する》

 

 これも公開する必要のない情報だが、ルブランはあえて教えることで奏音に恐怖を与えようとしていた。もちろんその程度の揺さぶりなどレジェンドにとっては日常茶飯事だが、この絶望的な状況ではさすがの奏音も動揺を隠せなかった。

「……っ!」

(除去カードを引きこまれた……これはさすがの私でも……もう……)

「いい表情だなあ!レジェンド・カノン!俺はこのままターンエンドだが……忘れるなよ?このデュエルで負けた側は精神エネルギーに変換されるんだぜ?」

 もちろん奏音は忘れてなどいない。そもそも、奏音のデュエルは常に『世界』の存続がかかっている。この局面でも奏音は考えることを止めてはいなかった。

(あいつ、おろかな副葬と伝説の手刀を【手】に加えないままターンを終えた……?煽るのに夢中になったか……?)

「さあ!レジェンド・カノン!お前のターンだ!最後の希望をドローしなぁ!」

 ムゲンジュ・ゴッドの異形の姿でもルブランの表情はなんとなくわかった。力と加虐の喜びに酔いしれており、さらに……何か企んでいる。幸か不幸か、奏音は勘付いた。

(まさか!あれをやるつもりか?!)

「くっ……私のターン……」

 奇しくも、奏音が引いたカードは、待ち望んでいた全体除去カードだった。

「この瞬間!永続トラップカード!【あの手この手】を発動!」

 だが奏音は喜べなかった。次にルブランがやろうとすることが読めていたからだ。

 

【あの手この手】

《永続トラップ:1ターンに1度、手札を1枚デッキに戻し発動。手札から魔法カード1枚を発動する。》

 

「俺は手札の【天使の施し】をデッキに戻し、この魔法カードを発動する!【エクスチェンジ】!」

 

《お互いのプレイヤーは手札を公開し、それぞれ相手のカード1枚を選んで自分の手札に加える。》

 

「ブハハハハハ!お前の最後の希望を!文字通り奪ってやるよ!!!」

 この男はそういうことをしてくると奏音にはわかっていた。【伝説の手刀】や【おろかな副葬】を墓地に置いたままにしたのは、エクスチェンジで奏音に奪われないようにするためだろう。

 

《求道奏音の手札からカードを選択してください。》

《ジャン・ルブランの手札からカードを選択してください。》

 

「さあて、お前が引いたカードは……【破壊竜ガンドラ】だと?!なるほど、展開力の高い【継承名】ならではのカードだな……まあ今のお前に2体のリリースを用意できるかは分からんが……一応頂いておくとするか、ハハハハ」

 ルブランは【破壊竜ガンドラ】を選んだ。奏音は、ホログラムデータで並んでいる31枚のカードを眺めていた。スキルのせいか、【生者の腕】のようなエクシーズモンスターも選ぶことができるようだ。

 

《ジャン・ルブランの手札からカードを選択してください。》

 

「おいおいどうした?お前の大好きな【継承名】モンスターも選んでいいんだぞ?まあ他はゴミだがな!」

 奏音は31枚のカードをじっくり眺めた。【ワン・ステップ・クローサー】を取り返せば、デッキ内の様々なカードにアクセス可能だが、下級【継承名】にこの状況を打破するカードはない。魔法カードであれば、一度に複数枚のカードを除去可能な【継承秘術 ヴィクティマイズド】というカードがあるが、1ターン目の【手札抹殺】で墓地に落とされてしまっていた。

(ん?待てよ、手札抹殺?)

 【手札抹殺】のカードはすぐに見つかった。奏音は思わず顔をしかめた。

(舐めやがって……)

 奏音は手を伸ばした。

    

     

     

     

   

Bパートに続く

 




ガンドラ「せめて召喚されたかった……」
ろうそく「それな……」


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TURN7 開戦 Bパート

Q.TURN6で、魂の残滓となっている特異点たちは(質量データを失っているため)お互いに触れることができないと判明しましたが、TURN5で美咲がリオールの肩に手を置く描写がありませんでしたっけ?
A.愛の力じゃよ……


遅くなったお詫びに、今日は二話連続投稿です!(括りとしては一話分)


「どくさいしゃ……って何?」

「ショーデュエルの悪役によくいるだろう、なんでも自分の思い通りにしようとする権力者が。」

「ああ、あれね!」

「君は【継承名】デッキという強すぎる力によって、その独裁者になる必要がある。」

「え?!やだよ!」

「だがそれで幸福な世界が実現する。『全てを奪った』者が、『全てを背負う』。私と君と、【継承名】デッキなら可能なのだ……」

 

 

《求道奏音 LP800》手札2枚(【継承秘術バーン・イット・ダウン】、【破壊竜ガンドラ】※エクスチェンジ選択済み)

    

     

     

     

  

《ジャン・ルブラン》手札31枚

 

 ルブランはほくそ笑んでいた。

(かかった……【手札抹殺】のカードを見つけたようだな!)

 ルブランの手札は現在31枚。【手札抹殺】を使われた場合は31枚のドローを強制される。手札のうち4枚が奏音のカードであってもだ。普通ならデッキ切れが起こりうる数だが、ルブランは前のターンに【おろかな副葬】を使ったときにある事に気づいていた。

(このデッキは60枚デッキなのさ!そして残り32枚の中には……!)

 

【封印されしエクゾディア】

【封印されし者の右腕】

【封印されし者の左腕】

【封印されし者の右足】

【封印されし者の左足】

 

(エクゾディアの封印カードが入ってやがった!ディーピカ手島のふざけた趣味がこんな形で役に立つとはな!)

 ルブランは笑いをこらえていると、突然、奏音が尋ねた。

「お前さ、何のために『奪う』の?」

「は?」

 ルブランは間抜けな声が出てしまった。奏音が続ける。

「お前なんかと話すつもりなかったけどさ、いちおう確かめとく……お前が『奪った後』のことを考えてるのかどうか。」

「何が言いたい?」

「『奪う』責任は感じてる?」

 ルブランは高笑いした。

「奪うことに責任?!?!俺は『奪うのが楽しい』!自分の『力を実感したい』!ただそれだけだ!」

「そっか。」

 その時ルブランには、奏音がどこか安心しているように見えた。

「なら遠慮なく、このカードをもらうよ。」

 奏音はルブランの手札から選んだカードを自分の手札に加えた。【エクスチェンジ】の効果処理が終了した。ルブランの【手】がいくつか入れ替わり、【破壊竜ガンドラ】の腕が生えてきた。ルブランは自分の手札を確認し驚いた。

(て、手札抹殺が、ある……!)

「そのままメインフェイズ。私は今もらったこのカード、【阿修羅】を召喚!」

    

    

     

     

   

「ア、アスラだとぉ?!」

 三面六手の仏神が現れた。ルブランは予想していない事態にうろたえた。

(このガキ、まさか手札抹殺を見落としたのか?!)

「手札抹殺には気づいてたよ。」

 奏音が心を見透かしたように言った。

「お前がそのカードを渡したがってることにもね……そのデッキ、多分60枚デッキでしょ?」

「な、なぜそれを!」

 ルブランは困惑した。奏音にデッキ枚数を知る機会などなかったはずなのだ。

「だってお前、【あの手この手】の発動コストで【天使の施し】をデッキに戻してるよね?私にエクスチェンジで取られたくないカードをちゃんとケアしてるのに【手札抹殺】だけ残すのは変でしょ。使われても問題ないとわかってたからだよね。」

「ぐっ……」

 デッキ枚数は公開情報ではないが、ディーピカ手島の性格から、『入れたいカードは全部入れる』暴挙に出ていてもおかしくはないと奏音は考えていた。

(ディーピカちゃんなら【封印されし者の右腕】使いたさにエクゾディアパーツ全部入れるとかやりそうだし……それに【イモータル・ムゲンジュ・ゴッド】はライフダメージさえ無効にするスキルだから、デッキ切れも負け判定にならない可能性だってある……)

 企みを看破されたルブランは、逆切れし始めた。

「だが!結局てめえが選んだのはそんな雑魚モンスターだ!どのみち次のターンで終わりだろ!」

「【阿修羅】は雑魚じゃない。いい加減自分が奪ったカードくらい確認しろよ。」

 奏音の言葉には静かな気迫が漂っていた。ひるんだルブランは、思わず阿修羅のテキストを読んだ。

 

【阿修羅】

《ATK1700》《光・天使・✪4・スピリット》

《永続効果:このカードは相手フィールド上のモンスターすべてに一回ずつ攻撃できる。》

 

「なんだ、ただの全体攻撃か……攻撃力なら俺の方が……」

 その時、彼は思い出した。自分が一度、攻撃力を0にされたことを。

「まさか……」

「そのまさかさ。【継承名 パワーレス】は、《自分のフィールドに【継承名】モンスターがいない場合》に一度だけ、墓地からも効果を発動できるんだ……手札から使った時と同じ、敵モンスター全員を無力にする効果だよ。」

 ムゲンジュ・ゴッドの腕はそれぞれが独立したモンスターとして扱われる。奏音の言葉は事実上の勝利宣言であり、死刑宣告でもあった。ルブランは言葉を失った。

(なにか……なにか手はないのか?!このままじゃ俺はまた……!)

 奏音が冷ややかに続ける。

「お前の【エクスチェンジ】はプレイングミスだった。ディーピカちゃんなら私の出方に合わせて【精神操作】を使ってただろうね。」

「うるさい!」

「お前はそのデッキを見下してたから、【阿修羅】の可能性も見落とした。」

「やめろ、マウント取ってんじゃねえ!!!」

 奏音はその叫びに、どこか悲痛なものを感じた。

(あいつ、怯えてるのか……?)

 急に、取り乱していたはずのルブランが笑い出した。

「そうだ……そうだった!フハハハ!いいか、レジェンド・カノン!!このデュエルの本来のプレイヤーはディーピカ手島だ!俺の自我はこいつの体に相乗りしてるだけで、あの小娘を殺したわけじゃないんだぜ?!そのまま攻撃すれば、負けて精神エネルギーに変換されるのはこいつの―」

「違うね。」

「へ?」

 ルブランは虚を突かれた顔になった。

「【エクスチェンジ】の効果処理ガイドには、お前の名前が表示されてた。ディーピカ手島じゃない。」

 

《ジャン・ルブランの手札からカードを選択してください。》

 

「お前はディーピカちゃんのデッキもスキルも奪った。今デュエルで命を賭けてるのは間違いなくお前だよ。」

 奏音には確証があるわけではなかった。負けた方が精神エネルギーに変換されるというのもいまだに呑み込めていない。しかし、デュエルにおいて精神エネルギーを最も多く抽出されるのは他の誰でもない、闘志に持ったプレイヤー当人からであり、その延長線上に死があるというなら、ルブランの方がディーピカ手島よりリスクを背負っているはずなのだ。ルブラン自身もその理屈に思い至ったらしく、おぞましい顔が強張っていた。

「こんな、こんなはずじゃ……」

「こんなはずじゃなかった?」

 奏音は思わず声を荒げていた。

「『殺し合い』を仕掛けたのはお前だろ!『奪う』にはそれ相応の覚悟がいる!『奪った』なら相応の責任を果たさなきゃならない!遊び半分でやっていいことじゃないんだよ!!」

 奏音には、ムゲンジュ・ゴッドの巨体が小さく見えていた。

「リオール!俺だ!もう実験は十分だろう!助けろ!」

 ルブランは見えない誰かに助けを求めはじめた。

「逃がさない!私はライフを半分払って、墓地の【継承名 パワーレス】の効果発動!レリ・フォール!」

 

《求道奏音LP800→400》

《エンドフェイズまで、相手モンスターすべての攻撃力を0にする》

 

 奏音の墓地から鮮やかな緑の炎が噴き出した。宇宙空間の星々を覆い隠すほどに炎は広がり、ムゲンジュ・ゴッドの体に燃え移り始めた。

「くそ、リオールの奴どこ行きやがった!こうなったら……!」

 ルブランが奏音をにらみつけ、燃え盛る体で襲い掛かってきた。実力行使というわけらしい。奏音は、阿修羅の方を見た。

「仇、取ってきてくれる?」

 阿修羅はこくりと頷き、跳躍した。ルブランがまだ力の入る拳を振り上げた瞬間、彼の目の前で憤怒の形相の阿修羅が構えていた。奏音が攻撃を宣言する。

「地獄の千手拳!!!!」

 阿修羅の砲弾の様な正拳が、嵐のごとく降り注いだ。ルブランの断末魔が聞こえたような気がしたが、肉を打ち貫かれる音にかき消えた。ムゲンジュ・ゴッドの【手】が、一本、また一本と砕け散り、囚われていたカードたちが成仏していく。全ての腕が吹き飛び、最後にルブランの巨体は爆炎の渦に消えた。

 

 ぶわり。

 

始まった時と同じように唐突に終わりが来た。今度は熱風と閃光に奏音は包まれたが、目を開けていたため、疑似宇宙空間が粒子となって霧散する光景を一瞬だけ見ることができた。

「奏音!!!」

 奏音が呼ばれた方向を見ると、チェスがいた。いつの間にか第18番ゲートの前に戻ってきていた。アバター用のベルトが壊れ、奏音の姿は魚ギョ戦士ではなくなっていた。変装用のキャップやサングラスもどこかに消えていた。

「無事か?奏音?!」

 駆け寄ってきたチェスは奏音を抱きしめた。声も半分泣きそうだった。こんなチェスは始めて見る。

「うん……私、ダイジョブ……」

「鼻血が出ている!医療班!早く!」

 イベントスタッフやドローンがぞろぞろと集まってきた。離れたところでプラネットでのデュエルを観戦していた者たちも、騒ぎに気づきこちらに近寄ってきた。

「そうだ……ディーピカちゃんはどうなった?」

「ディーピカちゃん?」

「イベント参加者のひとりだよ。さっきまで私と……」

 奏音は息をのんだ。数メートル先にディーピカ手島が倒れていた。奏音同様ベルトが壊れ、疑似空間で見た少女の姿に戻っている。ドローンが彼女の頭上で体をスキャンしスタッフ達がそのデータをチェックしていた。

「外傷はないが……なんで起きないんだ?」

「精神エネルギーの過抽出かもしれない、秘薬ゴブリンに任せよう。」

 医療班がディーピカ手島を搬送していった。奏音は急に震えが止まらなくなり、奏音の手当てをしていた医療スタッフが何事かと慌てた。

「なんで……そんな……私が倒したのはルブランの方なのに……?」

 再び、チェスが奏音を抱きしめた。スタッフは困惑している。

「奏音、大丈夫。大丈夫だ……彼女の肉体はまだ生きている。すぐによくなる……」

 チェスが優しく言った。奏音は泣きそうになるのを必死にこらえた。

「『特異点』に襲われたんだな?怖かったろう……今は休め。あとは私がやる。」

 そう言って頭を撫でられると、奏音はこのままチェスの胸に体を預けてしまいそうだった。しかし、

「私にも戦わせて。」

 震えながらも力強く言い放ち、チェスの抱擁を解いた。

「奏音……?」

「襲ってきた『特異点』には勝った。私は戦力になるはず。」

「待て奏音、何を急に……!?」

「急なんかじゃないよ、チェス。『全てを奪った』者が、『全てを背負う』……これはもっと早くから、私が向き合わなくちゃいけなかったんだと思う……」

 チェスは目を丸くした。

「危険すぎる……!」

「わかってる。だから知りたいんだ。敵は何なの?『特異点』って何?どうすれば、ディーピカちゃんみたいな被害者を出さずに済む?」

 奏音の周りにいた医療スタッフたちはいまや野次馬の牽制に当たっていた。それゆえ辺りは騒がしくなっていたのだが、奏音とチェスの間にだけは、沈黙が存在していた。

「本気、というわけか……」

 チェスが苦々しく言った。

 

 

 

 荒廃し、朽ち果てた神殿の中。崩れた天井から差し込む陽の光に照らされた玉座。そこにゆったりと腰かけている青年と、彼に平伏する数十人のデュエリストたち。まるで小さな王国のようだった。

「リオール……実験は成功したとはいえ、ルブランが倒されたのは大きな損失なんじゃ……?」

 デュエリストの一人、アンドラ・コナーが顔を上げ、玉座の青年に尋ねた。

「大丈夫だよ、父さん。彼が倒されるのは織り込み済みだから……それに、ほら」

 リオールが一枚のカードを取り出した。絵柄もテキストも記されていないカードだが、名前だけは付いていた。

 

【ジャン・ルブラン】

 

「彼の魂の『自我』は変換されてしまったけど、魂の『核』は保存してあるんだ。彼の『固有スキル』もここに記録されてるよ。」

 デュエリストたちの中にどよめきが起きる。弁えることを知らないレイチェル光尊が感嘆の声を上げた。

「すごいよリオール君!いつの間にそんなことできるようになったの?!」

「ソード様と『融合』してからできることが急に増えてね。このルブランのカードをデッキに入れるだけで、彼の固有スキルである『暴圧』が使えるようになり、」

「デュエル以外の方法でも、エンドレスシティに干渉できるようになる!」

 興奮してリオールのセリフを奪い始めたレイチェルを、大河美咲がたしなめる。

「不敬よ、レイチェル。リオールの言葉はいまやソード様の言葉と等しいの。」

 レイチェルは不服そうな顔をして黙った。リオールはその様子に微笑み、

「さあ、これで『創造者』の箱庭を踏み荒らす準備はできたわけだけど……レジェンド・カノンの暗殺に失敗したから、向こうは僕たち特異点が生きていることに気づいたと思う。つまりここからは……戦争だよ」

 リオールが左腕を上げた。それに倣うようにデュエリストたちも一斉に左腕を上げた。そのすべての腕に、深紅のデュエルディスクが装着されていた。

 

 

 

TURN8へ続く

 




Q.エクスチェンジの手札交換はターンプレーヤーから選びますよね?
A.アニメ・原作と同じく、発動した側が先に選んだり譲ったりする裁定だと思ってください。


【伝説の手刀】や【あの手この手】はオリカです。継承名カード以外はカードパワー控えめにするつもりですが……既に失敗してる気もするな……いきなりシリアス展開したので、次回からはイベントの方に戻ります!


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TURN8 試練-走- Aパート

もう完全に不定期更新……ごめんなさい、マスターデュエルで遊び…取材に忙しかったんです


 

 

 10月24日、午後0時13分、シェルタープラネット森林区、イベントマップ名『無音の森』

 

「すっげええええ!」

 奏音は思わず声を上げていた。彼女は今、絵本やアニメでしか見ないような薄暗い森の入り口にいる。いまにも魔王の傀儡たちが飛び出してきそうだ。

「テーマパークにきたみたいじゃん! テンション上がるぅ!」

 奏音はデステニー・クロスロードのイベントに遅れて参加、という扱いになり、当初の第18番ゲートではなく第五地区南の第56番ゲートからプラネット内に入った。第18番ゲートはイベント管理スタッフによる調査と警備のため封鎖されてしまったのだ。チェスいわく、『特異点』達の活動の痕跡が残っていないかも調べさせたいとか……

 

「……今の私が持つ『特異点』の情報はこれが全てだ。そしてその上で……奏音、君にはデステニー・クロスロードに戻ってほしい」

「どうして?!」

 奏音はつい語気が強くなり、慌てて周囲を伺った。イベントスタッフたちは変わらず野次馬を散らしており、誰かに話を聞かれた様子はない。先ほどまで奏音の手当てをしていた医療班の人たちも、奏音の手当てが終わったので既に撤収していた。もっとも、奏音はチェスが既に【絶対不可侵領域】を発動させていることを知らないのだが。

「私だって戦えるよ?」

 奏音は駄々をこねているとチェスに思われないよう、冷静な口調を心掛けた。

「戦うなとは言っていない」

「え?」

「今後も『特異点』達は君を狙うはずだ。そして現状では、私はそれを防ぐことができない」

 チェスが苦悶の表情を浮かべている。八月にこの『世界』の『崩壊』を告げた時以来、二度目だった。

「君は自衛するしかない。だがこのプラネット内の戦いであれば、こちらには都合がいい」

「そうなの?」

「そもそもこのイベントは君が不特定多数のデュエリストと戦うことで精神エネルギーを大量に生み出すことが目的だ。例年のトーナメント以上に生み出された精神エネルギーはこの『世界』を『補強』するのに使われるが、その一部は私の動力にもなる」

「あ、そっか」

 奏音は思い出した。チェスが以前、『特異点』を処理した後に疲弊していたことを。

「その動力が『特異点』の処理に使われるんだね?」

「ああ、疑似空間に奴らを幽閉し、そこで行なうデュエルによって処理できる。ただ相手によっては私の消耗が激しく、数をこなせないのだ」

「プラネット内なら私と戦いたがってるプロが多いし、観客も外から見てる! エネルギーがもりもり稼げる! チェスが連戦できる!」

「そういうことだ。最後に、奴らとのデュエルにおける注意点だが……」

 

 奏音は大きく息を吸い、森の中に向かって叫んだ。

「イイイイイイヤッッッホオオオゥ!!!!」

 奏音は左手首に装着したデバイスで、デュエルアプリを起動した。

(できるだけ多くの敵と戦い、精神エネルギーを集める! さあ、こい、魔王の傀儡ども……私はここだよ……なんなら『特異点』がいきなり来てくれてもいいんだからね……!)

 奏音は待った。全身の感覚を研ぎ澄ませ、時々奇声を上げ、自分の居所を森の中に向かってアピールしながら、五分ほど待っただろうか……

(来た!)

 森の闇の奥からカサカサと音がする。風で枝葉が揺れる音ではない、質量をもったモノが動く気配がした。人か、あるいはもっと大きい何かが、こっちを伺っている。奏音はその何かに向かって再び叫んだ。

「そこにいるのは分かってる! さっさと出てきて私と―」

「おい、何やってんだ?」

 背後からの男の声に奏音は飛び上がった。比喩ではなく、20センチは跳ねただろう。着地に失敗し尻もちまでついた。

「いったぁぁ!!」

「大丈夫か?」

 奏音は差し出された手の主を見上げもう一度驚いた。真っ赤な熱された岩のような体のモンスターだ。ゴツゴツし過ぎて体型が人か獣かすら判別できない。

「魔王の傀儡か!」

 尻の痛みに耐えながら、奏音は後ずさりした。

「違う違う。俺たちは勇者プレイヤーだよ。ほら、ベルトしてるだろ?」

「あっ」

 確かに赤いゴツゴツは勇者プレイヤーに与えられるアバターベルトをしていた。しかし奏音はそれよりも、ゴツゴツの後ろのもう一体、青いゴツゴツ……というよりグサグサといった感じの、鋭利な岩のモンスターに目が行った。

「君たちのアバター、もしかして【灼岩魔獣】と【氷岩魔獣】?」

「あったり~、てか奏音ちゃん、あたし達の声、聞き覚えあるんじゃない?」

 氷岩魔獣は女の声だった。この妙に色っぽくて腹の立つしゃべり方に、奏音はハッとした。

「ああっ! プロデュエリストの『純情セクシーガール』!」

「『純情ピクシーガール』ね。そんな劣情刺激ネーミングしてないから私」

 氷岩魔獣はいらだちをにじませながら突っ込んだ。

「じゃあこっちの灼岩魔獣は……『ジェントルマン下心』?」

「『ジェントルマン真心』だよ! 間違え方がもはや風評被害じゃねえか!」

 ピクシーと真心は十年ほど前に奏音に挑んだプロデュエリストで、今は現役を引退し、デュエルコーチ・デュエル動画による後進育成に力を入れている。引退のきっかけは二人の電撃結婚だった。引退せずともいいのではないか、というインタビュアーの問いかけに、「(ピクシー)もし二人が公式の試合で対戦することになったら、盛大なのろけの披露になっちゃう」「(真心)プロとしてそれは見せられない」と答えているが、ファンに行なったアンケートでは92%が「それはそれで見たい」だったという。

 緊張が解けた奏音は、先ほど睨み付けていた森の奥をちらりと見た。気配はもう感じない。

(逃げたのかな……?)

「ところで……なんで二人がここに? 遅刻?」

 奏音はそれも気になっていた。この二人は明らかに、奏音の背後の56番ゲートから出てきていた。

 氷岩魔獣がやれやれといった風に答える。

「レジェンド・カノンがベルトのトラブルで遅れるっていうから、この近くにいたあたしたちが迎えに来たってわけ。イベントスタッフに事情を聞くために、一時的にプラネットの外にいたの」

「このイベント、ソロ攻略は何かと不便だからね。特にここ『無音の森』は迷うリスクもあるし」

 奏音は違和感を覚えた。チェスが気を利かせたにしては、らしくない。

「でも私たち、本来はライバルでしょ?」

 今度は灼岩魔獣が答える。

「そうでもないのさ。魔王の傀儡の中には、多人数で挑まなきゃ歯が立たない強敵がたまにいてな。噂じゃ魔王も多人数戦が前提の激やばスキル持ちだとか」

「あ、私をパーティに入れたいんだ」

「うーん、ちょっと違うな」

「違うの?」

 氷岩魔獣がセクシーたっぷりに言う。

「あたしたちはカップルのパーティだから、奏音ちゃんの席はないの……ペット枠ね♡」

 奏音は静かにデバイスを構えた。

 

 

 

 祭壇に並べたカードを眺めながら、リオール大河はため息をついた。

「このデッキ複雑すぎ……面白いけどさ……」

「へーこんなの使うんだリオール君」

 リオールは虫を払うような滑らかで素早い動きで、右肩後ろから覗いているレイチェル光尊に裏拳をお見舞いした。

「ぎゃっ!」

 レイチェルは後ろに身を反らしギリギリで避けたが、リオールの暴力にかなり驚いたようで、両手で鼻の頭をかばっている。

「リオール君! 今のはシャレにならないよ?! もう君は人を殴れるんだから!」

「本当に殴れるか試してみたかったんですよ……あなたなら躱せると思いましたし……なにより覗かれてイラッときたので」

「最後ただの私怨!」

「ところで何をしに?」

「報告だよ。偵察がレジェンド・カノンを見つけたんだ。なんとイベントに戻ってる」

「意外ですね……プラネット内で自分が探されていることは、彼女も知っているはず……それに……」

「早すぎるよね」

「ええ。仮に僕たちと戦うつもりだったとしても、決断が早すぎる……いま彼女はどこに?」

「56番ゲート付近の森を勇者二人と散歩中」

「近くにいる『特異点』は?」

「シセ遼太郎だね」

 リオールは少し考えてから、

「よし、第二実験はシセを使いましょう。偵察にはレジェンド・カノンの動きを逐一報告させてください」

「了解しましたソード様!」

 レイチェルが瞬間移動で姿を消した。

 

 

 

 灼岩魔獣と氷岩魔獣のカップルパーティは、道案内と情報共有を条件に、奏音に同行を求めてきた。エリアボスなる傀儡に挑みたいらしい。奏音はデュエルで行動決定権を賭けようと言ったが、勇者同士の争いは無意味だと一蹴されてしまった。よく考えればそれも当然で、イベントの最終目標は魔王の討伐なのだ。勇者同士が協力しあった方が攻略ははかどる。奏音は(しぶしぶ)提案を受け入れた。元プロの二人とここで戦うより、有益な情報を得てエリアボスと戦う方が賢明なことくらいはわかる。

「レジェンド・カノンと戦うチャンスがあるって聞いて、俺もハニーも最初はワクワクしたよ。でもすぐに、これは同士討ちを誘う、イベント主催者の罠だって気づいた」

「わ、罠ね……」

 三人は森の中を進んでいた。氷岩魔獣(純情ピクシーガール)が先頭を進み、灼岩魔獣(ジェントルマン真心)と奏音が並び歩き、話をしていた。

「君を倒すことだけが目的の参加者は、魔王の傀儡も他の勇者も見境なくデュエルを挑んでくる。勝利報酬でもらえるスキルやカードのデータに、君への対策になるものがあるかもしれないからな。ところが魔王城に行きたい勇者には、これが邪魔でしかない」

「デュエルを断れば? 勇者同士ならできるでしょ?」

「そうでもない。魔王の傀儡の中に、『強制デュエル』系スキルをドロップするやつがいたんだ。スキルを手にした勇者が他の勇者に負ければ、そのスキルデータがドロップして相手にも渡るから……」

「邪魔する勇者がどんどん増えてった……うわあ……」

「ちなみにデュエルを断ると、他の邪魔勇者にその情報が売られて『強制デュエル』持ちに狙われる。あいつら『レジェンド・ハンター』なるギルドを作ったらしい」

「もうどっちが魔物か分かんないねそれ……」

 勇者同士の競争や、レジェンド・カノンを見つけるための情報戦などは、チェスと奏音にとっては想定内……というより狙い通りなのだが、さすがにここまでイベント攻略の足かせになってくると罪悪感がしてきた。単に体験型のショーデュエルイベントを楽しみたい参加者もいるはずなのだ。

「そうだ、魔物といえば……魔王の傀儡たちが一向に出てこないんだけど、なんで?」

「ああ、この辺のは俺とハニーで大体やっつけたからな。他の勇者やハンターも魔王城の方に向かったし、残った傀儡もそっちを追ったはずさ。エリアボスだけ倒せば、この森は俺たちの縄張りだよ」

「すごっ! まだイベント始まって二時間も経ってないでしょ?!」

「愛の力さ。だろ、ハニー?」

 先頭を歩いていた氷岩魔獣が立ち止まった。

「ちょっとダーリン……」

「どうした? まさか照れて―」

「これ見て」

 氷岩魔獣の視線の先、木々の間に電動自転車の残骸が転がっていた。バラバラになっているためわかりにくいが、何台かあるようだ。

「俺たちのマウンテンバイクじゃねえか! どうなってんだ?」

 驚く灼岩魔獣とは対照的に氷岩魔獣はすでにデバイスで分析を始めていた。

「アイテムの破壊はルール違反だから、ハンターや傀儡ではないはず……野生動物かしら?」

「エリアボスの住処までまだ結構あるっていうのに……まじかよ……」

 奏音はふと、自分に近づいてきていた何者かを思い出した。

「ねえ、さっきさ……二人と出会う直前に、私、森の中に何かがいるのを見たんだ……結構体大きめかなってその時は思ったんだけど……」

 灼岩魔獣が奏音を振り返る。

「ほんとか……? おいハニー……」

「あたしも同じこと考えてた」

 話に置いて行かれそうになり、奏音は慌てて二人に割り込む。

「この森にはまだ何かいるの? 危険な奴?」

(まさか、『特異点』?!)

 氷岩魔獣が奏音を見て噴き出した。爆笑だ。氷岩魔獣のアバターの小さな目が細くなっている。

「ちょっと奏音ちゃん、何その怖い顔! あんた結構設定に入り込むタイプなんだねぇ!」

 灼岩魔獣も肩を震わせて笑っている。氷岩魔獣が奏音の頭をよしよしと撫でながら話し出す。

「何を想像してるのか知らないけど、バイク壊したのは多分エリアボス、あんたが見たのもね。通常の傀儡とは行動パターンが違うって言うし。ていうかあんたもう少し肩の力抜きな? これはデュエルのお祭りなんだから」

 奏音はむっとして氷岩魔獣の手を払った。

「二人とも元プロなのに、そんないい加減な覚悟でやってていいの? 今の仕事に悪影響出るよ?」

 氷岩魔獣は再び噴き出した。

「レジェンドらしい考え方ねぇ!」

 奏音の表情がさらに険しくなったのを見て、灼岩魔獣が補足する。

「もちろん、手は抜かないさ。でもこういうイベントは、参加する俺たちもラフに楽しんでる方が、見てる側も楽しかったりするんだぜ?」

 理屈としては理解できる。奏音だって、レジェンド戦では『デュエルを楽しむように心がけている』。しかし奏音は胸の内にモヤモヤしたものが残った。こんなに腑抜けていいはずがない。

(そんな場合じゃないんだよ……)

「ま、君は真剣勝負が好きってことなら……ハニー、あれ使うとき来たんじゃない?」

「そうね」

 氷岩魔獣は腕のデバイスを操作し、アイテムボックスを開いた。

「何するの?」

 奏音が尋ねると、氷岩魔獣は一つしかないはずの目で器用にウインクして見せた。

「エリアボスを探すの。この『スキルチケット―デュエリストセンス:傀儡―』でね」

 氷岩魔獣の手元にホログラムのチケットが出現した。灼岩魔獣が解説する。

「半径200メートル以内にいる魔王の傀儡の位置情報が、五分だけ公開されるのさ。おそらくエリアボスは、少し前から俺たちの様子を見てたんだろう。会話を盗み聞きとかして、こちらの戦う意思を確認したから、俺たちが逃げたりできないように先回りしてバイクを破壊したってとこかな」

「スキルチケットはバイクと違って一度使うと消えちゃうアイテムだから、使うタイミングを見計らってたってわけ」

 氷岩魔獣はそう付け加えると、チケットをタップした。ホーリー・シャイン・ボールほどの大きさのホログラム球体が現れ、三人のいる現在地点と、エリアボスと思われる座標が赤く光る点で表示された。

「ダーリン、エリアボスはこっちに向かってるよ、上方からかなりの速さで!」

「飛行能力持ちか!」

 先ほどまでお気楽そうに見えたカップルの雰囲気が変わっていた。奏音が対峙したことのある、デュエリスト特有の殺気のような雰囲気だ。灼岩魔獣が奏音を見る

「レジェンド・カノン、期待してるよ?」

 奏音は既にデュエルアプリを起動していた。

「それより心配しなよ、手札次第じゃ君らまで倒しちゃうかも」

 上から強い風が吹いてきた。まるでヘリコプターの着陸だ。奏音の目の前にあった大きな木の真上に、それは浮いていた。象ほどの大きさで、大きな耳と翼をもち、体型は猫に近い。全身が青白い毛に覆われ、巨大な一つ目は血走っている。

(こ、このモンスターは……!! 【エンゼル・イヤーズ】だっ!!!)

 

 

 実験は成功し、シセ遼太郎は既にレジェンド・カノンの元へたどり着いた。リオールは偵察に状況報告を任せ、祭壇に瞬間移動で戻ると、レイチェル光尊も付いてきていた。何か伝え忘れたことでもあっただろうかと見た彼女の顔は、妙ににやけている。

(絶対実験と関係ないこと言おうとしてるな……)

「ねえねえリオール君、聞きたいことがあるんだけど……」

「手短にお願いします」

 レイチェルは質問の許可が出たことに嬉しそうな表情をした後、腹の立つ顔のまま切り出す。

「どうして第一実験にジャン・ルブランを使ったの?」

「適任でしたし、彼が希望したからです。皆の前できちんと説明したでしょう」

「ふーん……じゃあ質問を変えるよ、どうしてルブランの立候補を止めなかったの?」

「……どういう意味です?」

 レイチェルは笑みをこぼした。私は本当のことを知ってるんだから、と言いたげな顔だ。

「しらばっくれちゃって! 君はルブランが倒されるのは織り込み済みだって言ったけど、『特異点』の最高戦力の一人をいきなりレジェンド・カノンにぶつけるなんてクレバーなやり方とは思えないよね? 負けを想定できたんなら尚更だよね? 君、本当は最初からルブランを消したかったんじゃない?」

「どうしてそう思うんです?」

「あいつは粗暴で嫌な奴だった。ソード様の前じゃ大人しかったけど、君に対しては目に見えて舐め腐ってたでしょ」

「そんな理由で仲間を戦地に送ったりしません」

「『普通』の君ならね。でも、『旧世界』の君はそういうことしてたんじゃない?」

 リオールが旧世界の夢の中では国際テロ組織のリーダーをしていたことを、レイチェルは知っている。

「心外です。夢の中じゃゲーム感覚でしたけど、仲間は大事にしてましたよ。ここでも同じです」

「大事にしてるのは仲間じゃなく、仲間のスキルじゃないの?」

 レイチェルは微笑んではいたが、眼は笑っていなかった。リオールはため息をついた。

「分かりましたよ……あなたの読み通り、ルブランには倒されてもらう予定でした。万が一あそこで彼が勝っていても、僕が消したと思います」

 

 

 エリアボスの恐ろしい風貌に見入りつつも、奏音は興奮していた。

(【エンゼル・イヤーズ】はショーデュエル界の名わき役! スーツアクターデュエリストのプロテイン安田はショーデュエル黎明期から活躍するベテランで、やられ専門の雑魚モンスターから凶悪なボスモンスターまで幅広い役をこなし、ファンも気づかないほどに演目に融け込む器用さから、ついたあだ名は【沼地の魔獣王】! そのプロテイン安田の十八番、【エンゼル・イヤーズ】に、こんなところで会えるなんて!!!)

 氷岩魔獣が吠える。

「思ってたよりでっかぁい! ダーリン、嫉妬してる?」

 灼岩魔獣が高笑いする。

「まさか! 大事なのは熱さだっていつも言ってるだろ?」

 奏音の頭には二人の会話が入ってこなかった。今だけは、『特異点』の侵攻という問題も頭から吹き飛んでいた。

「エンゼル・イヤーズさん! ぜひ私と! 対戦お願いし―」

「勇者プレイヤー三名を発見。救助を開始します」

 奏音の激しい挨拶を遮ったエンゼル・イヤーズの言葉は、切羽詰まっていた。

(今、救助って言った?)

 エンゼル・イヤーズは毛むくじゃらで鞭のように長い両腕を差し出した。

「現在『無音の森』では、運営の想定を超える重大トラブルが発生しています。避難いたしますので、こちらに捕まってください」

 明らかにイベントシナリオとは思えない展開に、灼岩・氷岩の二人は顔を見合わせた。

「重大トラブルって言った?」

「デュエルで解決できないほどの?」

 奏音は嫌な予感がした。

「誰か襲われたの? どこで?!」

「現在調査中です、イベント参加者の皆さまは安全のため―」

 メキメキメキと樹木の倒れる音がして、エンゼル・イヤーズは振り返った。彼の倍はありそうな巨大な蜘蛛が、おそらくは地中から、飛び出してきたところだった。

「逃げるんだぁぁぁあああ!!!」

 エンゼル・イヤーズは叫びながら、巨大蜘蛛の前脚のハサミに刺し貫かれた。

 

 

 レイチェルの鋭い眼差しをいなすように、リオールは淡々と話す。

「ルブランの『暴圧』は『デュエルと関係なく暴力で相手を制圧する』スキルですが……その本質は『ルールを無視する』ことです。法や倫理観といったものを捨て去り、単純な弱肉強食の摂理を押し付けるスキル……僕たちの理想にそんなもの要ります?」

 エンドレスシティではあらゆる対立や社会問題をデュエルまたはデュエルに近い形式で解決しており、人々は脅迫や殺人と言った暴力的行為を思いつきもしない。言い換えれば、暴力に対する『耐性がない』。シティの侵略に『暴圧』スキルは有効だとされ、ルブランは『特異点』の最高戦力の一人と数えられていたのだ。

「残念ながらルブランは力に溺れ、組織内での横暴を繰り返していました。彼への対抗心から他の『特異点』が暴力的スキルを発現させるのも時間の問題でしたし、彼を消去し、スキルだけを僕らの管理下におく必要があったんです」

 レイチェルの眼差しは変わっていなかった。

「ならどうして、君は『暴圧』をシセくんに渡したの? 今回の実験にないプロセスだよね? それとも彼なら力に溺れないっていう確証があるの?」

 リオールは爽やかに笑った。レイチェルとは対照的に、目元までしっかり笑っていた。

「単純なことですよ、レジェンド・カノンが逃げたり隠れたりせず、『特異点』に挑むつもりのようなので、攻めの好機だと判断しました」

 

 

 蜘蛛は口から糸を吐き、エンゼル・イヤーズをぐるぐる巻きにしている。さらに腹部が上下に裂け、大きな口のように開いた。

(食べる気だ!!)

 事態を理解できず唖然としている灼岩・氷岩の二人を押しのけ、奏音は一歩前に出た。

「その人を離せ!!! 私とデュエルしろ『特異点』!!!」

 蜘蛛は笑った。人間のように表情を歪め、人間の男の様な声でクックッと低く笑っている。奏音はその様子にルブランを思い出した。エンゼル・イヤーズが最後の力を振り絞り、奏音に言う。

「デュエルは、通じない……逃げろ……今すぐ……」

 

 

 Bパートに続く。

 

 

 




「マトリックス」は20年も前の映画だし大胆にオマージュしてもいいかなって思ってたんですがよもや本家が「レザレクション」しちゃうなんて思わず……穴があったら入りたい……


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TURN8 試練-走- Bパート

今回は最後の方になんとかデュエルパートに入れました。


 ある決闘者の理想郷TURN8B

 

 

 蜘蛛男が糸を吐いた。

(やばっ!)

 奏音は右に飛びのいたが、避けきれず左足首が糸に絡めとられ、地面にくっついた。奏音が逃げられなくなったのを見て、蜘蛛男は完全に意識を失ったエンゼル・イヤーズを呑み込んだ。

(エンゼル・イヤーズさんの言う通り、こいつはデュエルする気がないんだ! 次は私が食われる!)

「勇者スキル発動! 『ファイヤー・ウォール』!」

 灼岩魔獣の声がし、蜘蛛男が炎の壁に囲まれた。炎から熱を感じないためホログラムだとわかる。

「早く逃げるよ!」

 氷岩魔獣が奏音を抱えて引っ張った。奏音のスニーカーが脱げたが、粘着質な糸を引きちぎれた。三人は走り出し、蜘蛛男からの距離を取る。

「あの化け物は何?! 『特異点』て呼んでたけど奏音ちゃん知ってるの?!」

「私もよく知らない、でも『リアル』魔王の傀儡って感じ、デュエルはしないけど!」

「それじゃ猛獣と同じじゃねえか!」

 背後で木々がなぎ倒される音がした。一瞬振り返ると、蜘蛛男が邪魔な木を切り倒しながら追いかけてきている。

「発動! 『ウォーター・ハザード』!!」

 氷岩魔獣がスキルを使った。地面の至る所から水流が噴出し、あたりを浸水させながら蜘蛛男に向かっていく。当然ホログラムだが、波の砕ける泡と音が凄まじい。

「これでかなり視界が悪くなったはず」

「でかしたハニー、幸い、この木立を抜けると小型シェルターがある! 隠れて救助を待とう!」

 三人は木の陰や草の中に隠れるように進んだ。灼岩魔獣はいつの間にかマップスキルを発動させており、ホログラム球の中に小型シェルターの位置とデュエリスト四人分の座標が光っていた。三人は一か所に固まっており、もう一つは蜘蛛男のいた方角だ。恐らくは蜘蛛男の腹の中にいる―

(エンゼル・イヤーズさん……)

 助けられなかった。自分はそのために来たのに。

「ダメだ……!」

 奏音は立ち止まった。数メートル先で二人が気付いて奏音を見る。

「どうしたの! 奏音ちゃん!」

「怪我でもしたか?!」

「二人は先に行ってて。あいつは私がひきつけるから」

 氷岩魔獣が言い返そうとするのを奏音は遮った。

「聞いて……多分、あいつの狙いは私だ。なるべく時間を稼ぐから、二人は外の人に状況を伝えてほしい」

 二人は顔を見合わせた。

「なら俺がついていく」

 灼岩魔獣が一歩踏み出した。

「ダメだって!」

 奏音が止めるのを聞かず灼岩魔獣は近づいてきた。

「奏音ちゃんはスキル持ってないだろ? 俺が援護しなきゃ」

「でもセクシーが一人になっちゃう!」

「私は平気。もともと単独プレイは得意だし。あとピクシーね」

「全員が生き残れる選択をしよう。何か事情があるんだろうが、一人で背負うのはよせ、レジェンド」

(違う、違うよ……これは私が一人で背負わなくちゃいけないことなんだ……)

 しかし奏音は何も言えなかった。実際、勇者スキルを使える者が一緒なら、それだけ時間稼ぎはうまくいくはずだ。

「わかった、でももし危なくなったら下心さんは―」

 奏音は目を見開いた。灼岩魔獣の手元のホログラムマップの中に、デュエリストの座標が三つしかない。ついさっきまで離れたところをうろついていたエンゼル・イヤーズの座標がない。

(まさか!)

「二人とも、今すぐ木に登って!」

 遅かった。地面が爆発した。蜘蛛男が足元から飛び出し、三人は宙を舞った。

(こいつはさっきも、地面から出てきた! このマップは地中の敵に対応してなかった……!)

 蜘蛛男の腹の口が再び開き、ちょうど真上から落ちてきた氷岩魔獣を呑み込んだ。

「ハニー!!!」

 灼岩魔獣は既に立ち上がっていたが、無謀にも蜘蛛男の方に向かっている。

(だめだ!!!)

 奏音は叫ぼうにも声が出なかった。地面に落ちた衝撃で、息ができない。

「勇者スキル『強制デュエル』!」

 灼岩魔獣が発動したスキルにより、彼のベルトが光り、さらに共鳴するように蜘蛛男の頭部の中から光が漏れだした。

(腹じゃなくて頭が……? そこに『特異点』のデュエリストがいるの?!)

「ぶっ倒してやる! 食ったもん全部吐き出させてやる!!!」

 先攻の表示が灼岩魔獣の方に出た。手札のホログラムが現れ、彼は自分の引いたカードを見た。そこに隙ができた。

「ぐあああっっっ!!!」

 蜘蛛男の前脚が灼岩魔獣の胸を貫いていた。

 

《プレイヤーの負傷により、デュエルを中断します》

 

 ホログラムが消え、灼岩魔獣の腕のデバイスがエマージェンシーコールを発している。しかし蜘蛛男が灼岩魔獣を腹の口に放り入れると、その音も聞こえなくなった。

「なんで、なんでだよ……」

 奏音はいつの間にか声が出るようになっていたが、体は重いままで、起き上がることさえままならなかった。蜘蛛男が奏音を見つけ、近づいてくる。

「みんなが一体何したって言うんだよ……!」

 蜘蛛男の前脚が眼前に迫り。奏音は目を閉じた。

(ごめん、チェス……!)

 

 バーーーン!!! 

 

 激しい衝突音に驚いて目を開けると、蜘蛛男が転がされていた。そして奏音の前には、大きくて真っ赤な、一台のオートバイがエンジンを吹かしていた。

「あの化け物を跳ねたおかげで、上手く止まれたねぇ……ヒッヒッ」

 オートバイに乗ったまま低く笑う老婆は、黒地に赤い血しぶきの模様のライダースーツを着ていた。奏音は、というよりシティの人間なら誰でも、彼女を知っている。

「え……あなたは、ショーデュエルの……でも行方不明だって……」

「世間的にはね。おっと、『世間』って言葉はこの『世界』にあったかねぇ?」

 蜘蛛男が痛みに呻きながら立ち上がろうとしている。老婆は蜘蛛から目をそらさずに、奏音にヘルメットを投げた。

「とりあえず乗りな。3秒後に発進だよ」

 

 

10月24日、午後1時38分

 

 シェルタープラネットの外では大混乱が起きていた。全てのゲートが閉まり、ドーム外壁に映っていたデュエル中継も消えている。香蘭マルムスティーンのアナウンスが響く

「「ただいま、プラネット内部で『害獣』が暴れており負傷者が出ております。観客の皆さんは近くの建物に避難してください」」

 エンドレスシティの軍隊ともいえる、治安維持ドローン隊『セキュア・ガードナー』達がドームを取り巻くようにして配備され、プラネット内の様子を知りたがっている観客や住民たちを制している。

「たかが害獣でしょ? すぐに対処できるんじゃないの?」

「どうして参加者を閉じ込めるんだよ?!」

「中に息子がいるの! お願い!」

「害獣駆除のライセンスならある! 協力するぜ!」

 シティでは不測の事態に冷静さを失わないことを、デュエルを通して学ぶが、実際に命の危険に晒される状況などまず起こらない。人々の熱気は狂気を帯び始めていた。集団パニックの危険を察知したセキュア・ガードナーたちが一斉に起動した。

「「「「「デュエルモード、スタンバイ」」」」」

 セキュア・ガードナーには、頭に血が上った市民をデュエルで鎮圧する機能がある。

「俺たちを暴徒扱いだと?! ふざけんじゃねえ!」

「私は……あの子を迎えに行くの……!」

 一人、二人と市民が前に出た。デュエルアプリを起動し、覚悟を決めたかのように手札を引く。同じようにセキュア・ガードナーに挑もうとする者があちこちで現れ、空気が闘志で張り詰めたその時、

「「「皆さあああんんん!!!」」」

 もう一人の司会、リドラー吉本のアナウンスが聞こえてきた。

「「「速報です!!! 例の『害獣』が確認できました!!! 事務局から許可が出ましたので、中継します!!!」」」

 ドーム外壁に、一斉に映像が流れた。恐竜ほどの大きさの蜘蛛のモンスターが映り、それを見た何人かが悲鳴を上げたが、すぐに、蜘蛛が荒野を疾走しながら追いかけているものに気づいた。

「あ、あれって……ブラッディ・ホイールじゃない?」

「ばかな、偽物だろ?」

「偽物があんなに速く走れるかよ、ありゃマジのブラッディだ! 帰ってきたんだ!」

 リドラー吉本が熱く語る。

「「ショーデュエル界のレジェンドと呼ばれたブラッディ・ホイールが! あの蜘蛛のモンスターを引き付けています!!! 彼女は今、愛機『マシン・オブ・フォーチュン』と共にプラネットのドーム内周を走行し、大会参加者が付近の小型シェルターに避難するための、時間稼ぎをしていると思われます! 何と勇敢な!!!」」

 ブラッディと巨大蜘蛛のチェイスは撮影ドローンでは当然追えず、ドーム内壁に設置された定点カメラの映像を切り替えながら中継されていたが、奇しくもそれはかつてブラッディ・ホイールが切り拓いたライディング・ショーデュエルの撮影方法だった。巨大蜘蛛の出現という、エンドレスシティの歴史に残る獣害を目の当たりにしているにも関わらず、人々はブラッディの走行技術の方に見入っていた。蜘蛛の吐く糸や投げる岩を華麗に避け、凹凸だらけの地形でも平然と駆け抜ける……彼女が引退し多くのファンが惜しんだマシンアクションが、十年ぶりに蘇ったのだ。

「ところで……ブラッディが後ろに乗せてるのは誰?」

 観客の誰も、相乗りしているのが現役のレジェンドだということに気づいていなかった。

 

 

「ねえ! ねえブラッディ!」

「なんだい? 催したんなら垂れ流していいよ!」

「嫌だよ! ってそうじゃなくて、いつまで私たち逃げ続けるの?」

 時速60キロの逃避行に、奏音はようやく慣れてきた。先ほどまでブラッディにしがみつくので精いっぱいだったが、彼女に被せられたヘルメットの中には無線がついていることに気が付き、会話をする選択肢が生まれたのだ。

「プラネットの内壁に沿ってずっと走ってるよね? 時間稼ぎなんでしょ?」

「その通り。チェスの『フィールドバリア』が完成するまでのね」

「え?! チェスに頼まれたの?! 『フィールドバリア』って?」

「まあ慌てなさんな!」

 ちょうど蜘蛛男が大量の糸を投げ網のように吐きかけてきて、ブラッディは巧みなマシンさばきでそれを躱した。

「あたしゃもともとチェスの作ったシティの防衛システムでねぇ、引退後はお姫様、つまり奏音ちゃんのボディーガードも任されてたのさ」

「うそぉ?!?! チェスはそんなこと、全然……」

「お姫様に心配かけたくなかったんだろうねぇ」

 奏音はチェスのその意図がすぐに理解できた。シティの『構築』を維持する立場である奏音には、デュエルで勝つことだけに専念してもらいたかったのだろう。『特異点』の情報も奏音が聞くまではまったく教えてくれなかった。

「そしてここからが本題。チェスは『特異点』の侵略ルートを見つけた」

「『疑似空間』ってやつ?」

「あれは単なる舞台装置。奴らはね、他の『特異点』の肉体を借りるのさ」

 奏音はディーピカ手島がルブランに乗っ取られたことを思い出した。

「待って、それじゃあディーピカちゃんも『特異点』だったの?」

「正確には『潜在的な特異点』ってとこだね。シティにはチェスが感知できないほどの弱い『特異点』があちこちにいる。消された『特異点』は彼らの記憶と自我を自分たちのものに『上書き』することで復活できることを発見したのさ」

(上書きって……じゃあディーピカちゃんの意識はもう戻らないってこと?)

 ルブランの殺したわけじゃないという言葉はその場しのぎのためのでまかせに過ぎなかったと思うと怒りが込み上げてきた。

「『記憶』と『自我』だけがすり替わるせいで、魂の『核』を探知するチェスやあたしはやつらを見落としちまう。そこでチェスが考えたのが、『フィールドバリア』さ」

「安全なバリアの中に立てこもる、みたいな?」

「逆さ。やつらを閉じ込める」

 蜘蛛男は先ほどの糸の大技で消耗したのか、奏音たちについてくるだけで精いっぱいのようだ。ブラッディは奏音と話しつつも、蜘蛛の様子をうかがっている。

「いいかいお姫様、『潜在的な特異点』を上書きしているということは、奴らは肉体が欲しいってことだろう? あの蜘蛛男だって、ちゃんと物理的な肉体があるじゃないか。インフラシステムのハッキングとかじゃあなく、原始的な物理侵攻に頼るのには、何か事情があるんだろうねぇ……だからあたしらは物理的に閉じ込めてやるのさ」

「ナ、ナルホドネー、でもどこに?」

「ここだよ?」

「ここ?」

「ここに、おあつらえ向きなでかいドームがあるじゃないか」

「えっ……プラネットに閉じ込めるの?!」

 確かにそれなら、ブラッディがドームの内周をずっと逃げていることも説明がつく。しかしそれでは、

「中の人たちが襲われちゃう!」

「そうならないように、あたしらが死に物狂いで奴らを止めるのさ」

「止めるって……あの蜘蛛は手に負えないよ!」

「そいつはどうかねぇ?」

 ブラッディはハンドルに備え付けられたパネルを操作した。奏音は表示された文字を見て驚く。

 

《スキル:強制ライディング・デュエル》

 

「ちょ、嘘でしょ?」

「ヒッヒッ、エキサイティングなアイデアだろ? あたしなら、デュエル中の野暮なダイレクトアタックも躱せるしねぇ……スキル発動! ライディング・ショーデュエル! アクセラレーション!!!」

 

《ホログラム・フィールドを展開します》

 

 荒野が突然、電子空間に変わった。障害となる木や岩に、高さや距離が表示され、レースコースもガイドされている。奏音は蜘蛛男を見た。ジェントルマン真心が挑んだ時のように、蜘蛛の頭部が輝きだした。自らの体の異変に気付いた蜘蛛男は何かに抵抗するかのように身をよじるも……

「なんか出たっ!!!」

 思わず奏音は叫んでしまった。蜘蛛の頭部から、男の上半身が生えてきたのだ。肌は黒、黒いドレッドヘアでやせ型の眼鏡をかけた男だ。服は着ていないが、深紅のデュエルディスクをつけている。奏音が見たことのないデザインだ。『強制デュエル』スキルに反応していたのはこのデュエルディスクだったのだろう。

「なかなかいい男だねぇ?」

 ブラッディがからかうと、通信機能がオンになった操作パネルから、ドレッドヘアの男と思われる声がした。

「だまれ! 貴様……よくも……!」

「そりゃあこっちのセリフさ。楽しいイベントを台無しにしようとした悪い『特異点』にはお仕置きをしなきゃねぇ」

「貴様、『創造者』と関わりがある者か?!」

「大ありさ。なんたってあたしゃ『校正機能』だからねえ!」

「何?!」

 校正機能が何か奏音は気になったが、それよりも別に、引っかかることがあった。

(この蜘蛛男、さっきと別人みたいだ……ルブランみたいな邪悪なやつだと思ってたのに……なんだろう、トーナメント戦で私に挑んでくるプロデュエリストみたいな雰囲気だな……)

 相手の観察は、チェスがデュエルのルールの次に教えたくれたことだった。外見や話し方に人柄は現れ、プレイスタイルに性格は出る。

「先導してるのはあたしだから、先攻はもらうよ! さっさと手札を引きな!」

「くっ……いいだろう!」

 ブラッディの操作パネルにホログラムの手札が出現した。奏音が振り返ると、蜘蛛男は深紅のデュエルディスクから飛び出した五枚のカードを、しぶしぶ引いている。再びブラッディの操作パネルを見ると、彼の名前が、『シセ遼太郎』と表示されている。

(ルブランの時と同じなら、このシセって名前の男が一度チェスに消された『特異点』で、今どこかの『潜在的な特異点』の肉体を盗んで復活したってことだよね……ルブランはディーピカちゃんのデッキとデュエルアプリを引き継いでたけど、あいつのディスクとデッキもそうなのかな……)

「ブラッディ、まずはあいつのデッキも借り物かどうか―」

「あたしのターン!!」

「いや聞けよ!」

「カードを四枚、モンスターを一体伏せ、ターンエンド!」

「え、めちゃくちゃ伏せるね??? 『継承名』デッキじゃないの?!」

「『校正機能』には専用のデッキがあるのさ、あとあんまりしゃべると舌噛むよ、お姫様」

 言うなりブラッディはマシンで岩に乗り上げた。マシンは飛び上がり、目前まで迫っていた谷を越えて反対側へと着地した。

「うへぇ!」

 着地の衝撃に耐えた奏音はシセ遼太郎の方を見た。彼も軽々と谷を飛び越えている。

 

《シセ遼太郎 LP8000》手札5枚

     

     

     

    

 

《ブラッディ・ホイール LP8000》手札0枚

 

「俺のターン、ドロー!」

 蜘蛛の頭部からメキメキと生えてきたカードをシセが引いた。

(あれ、さっきはディスクから引いてたのに……)

「この瞬間! トラップカード発動!」

(もう仕掛けるのか!)

 奏音はブラッディが発動したカードを見てさらに驚いた。

 

【ギャンブル】

《自分の手札が2枚以下、相手の手札が6枚以上の場合に発動できる。コイントスを一回行う》

 

「ギャ、ギャンブルぅ?!」

「貴様ふざけているのか?!」

 シセも困惑している。ブラッディはゲラゲラ笑いながら言う。

「あたしはエンターテイナーだからねぇ!! 見てる皆を興奮させる、【博打】デッキなのさ……でも、ふざけちゃいないよ」

 

《コイントスに当たった場合、手札が5枚になるようにドローする》

 

「なんだと?!」

「破格のドロー効果だ! このために手札を全部伏せたんだね!」

 ブラッディのフィールド中央に巨大なコインが出現し、真上にトスされる。

「あたしは『表』が出る方に賭けたよ! さあっ! リヴ・オア・ダイ?」

 

《コイントス結果:裏》

 

「……」

「……」

 奏音がおずおずと尋ねる。

「……これ外すとどうなるの?」

 

《次のブラッディ・ホイールのターンはスキップされました》

 

「リスクきっつ!!! これ大丈夫なの?!」

「奏音ちゃん、ごめんねぇ……」

「ちょっとぉぉぉぉ!!!」

 

 

TURN9に続く




Q.【蜘蛛男】ってジョロウグモがモチーフですよね?地面から出てくるのおかしくないですか?
A.お腹が裂けて口になる描写もありますよね。実は【蜘蛛男】以外のモンスターも混ざっている、という設定です。今後の種明かしにご期待ください。

Q.TURN7で【破壊竜ガンドラ】が登場しましたが、この作品では【除外】の概念はありませんよね?
A.今後の……帳尻合わせにご期待ください……


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TURN9 アクセラレーション Aパート

第一コーナー取ったら先攻、みたいなレース要素を散りばめて見ました。


 

 

 シセ遼太郎の高笑いが響く。

「あっけないな!!! 後攻1ターン目に運試しをして自滅だと?」

 奏音は恐る恐るブラッディに尋ねる。

「ねえ、ほんとは……ほんとは大丈夫だよね??」

「人生、こういうこともあるよねぇ……」

「大丈夫って言ってよぉぉぉ!!!」

 シセが勝ち誇る。

「勝負は見えたな! スキル発動! 【カー召喚】! 三連打!!」

「三連打?!」

 

《カー召喚》×3

 

「来い! 【エンゼル・イヤーズ】、【ウォーター・ガール】、【ミスター・ボルケーノ】!」

 一つ目で毛むくじゃらの恐ろしい風貌の天使、青い水着で緑のショートヘアのきれいなお姉さん、渦巻く炎のような髪型の温厚そうな紳士が現れた。

 

《光属性・天使族・通常・✪5》《ATK1550》

《水属性・水族・通常・✪4》《ATK1200》

《炎属性・炎族・通常・✪5》《ATK2100》

 

 奏音は絶句した。この三体はそれぞれ、プロテイン安田、純情ピクシーガール、ジェントルマン真心のメインモンスターなのだ。

(食った人たちのデッキとスキルを奪ったんだ……しかも同時使用でモンスター三体展開なんてチートにも程がある……)

 ブラッディは驚いていないようだった。

「食い意地張ってたのはこのためかい? 自分のデッキで戦う度胸はなかったんだねぇ」

「その減らず口黙らせてやる……俺はさらに、【メガ・トルネードボール】を召喚!」

 穴がたくさん空いたバレーボールと言った見た目のモンスターだ。風を纏っている。

 

《風属性・雷族・効果・✪2》《ATK750》

 

     

 

     

    

  

 

「【メガ・トルネードボール】の起動効果発動!」

 

《場のモンスターを素材に融合召喚を行なう》

 

「ブラッディやばいよ、この戦術は!」

「落ち着きなってお姫様」

 メガ・トルネードボールがくるくると回りだし、竜巻が起きてエンゼル・イヤーズを包み込んだ。シセが高らかに叫ぶ。

「融合召喚! 【風神の怒り】!」

 竜巻から巨大な老人の顔と手が出てきた。髪と髭は黒い。

 

《風属性・雷族・融合/効果・✪5》《ATK1900》

 

「墓地へ送られた【メガ・トルネードボール】の誘発効果と、融合召喚に成功した【風神の怒り】の効果を発動!」

 

《デッキから✪5以下の通常モンスター1体を特殊召喚》(メガ・トルネードボール)

《EXデッキから【雷神の怒り】を、攻撃力を1000上げて特殊召喚》(風神の怒り)

 

 落雷が訪れ、電撃の中から老人の顔と手がある。こちらの髪と髭は白い。

 

《風属性・雷族・融合・✪5》《ATK1900→2900》

 

「そして俺がデッキから特殊召喚するのは【ウォーター・スピリット】だ!」

 スライムに髑髏の顔が付いたような。氷水の精霊。

 

《水属性・水族・通常/チューナー・✪1》《ATK400》

 

「✪4のウォーター・ガールに✪1のウォーター・スピリットをチューニング! シンクロ召喚! 【ウォーター・サマー・ヒーラー】!」

 ウォーター・スピリットのどろっとした体がウォーター・ガールを包み込み、浸透していく。

 

《水属性・水族・シンクロ/効果/チューナー・✪5》《ATK2400》

 

 ウォーター・ガールの水着に、髑髏が水玉模様のようにたくさんプリントされている。彼女はとても嬉しそうだ。

「まだまだぁ! ✪5の【風神の怒り】と【ミスター・ボルケーノ】でオーバーレイ! エクシーズ召喚! 【ミスター・ボルケーノ ヒートモード】!」

 二体が吸い込まれた小銀河が燃え上がり、真っ赤に熱されたミスター・ボルケーノが飛び出した。

 

《炎属性・炎族・エクシーズ/効果・ランク5》《ATK2100》

 

     

  

     

    

  

 

「ブラッディ! あいつ三人のデッキを使いこなしてるよ!」

「こいつは困ったねぇ」

「困ったねぇ、じゃねええ!!」

「俺はバトルフェイズに入る! まずは【ミスター・ボルケーノ ヒートモード】で攻撃宣言し、効果発動!」

 

《ORUを1つ使い、攻撃力1000アップと二回攻撃を得る》

《ATK2100→3100》

 

「貴様の伏せカード次第じゃこのターンで終わりだな……その守備モンスターを破壊しろ、ミスター・ボルケーノ! ヒート・ボルケーノ・イラプション!」

 ミスター・ボルケーノの右手に炎が巻き付き、巨大化した手でチョップを繰り出した。ブラッディの裏側モンスターがその正体を現した。

 

【ダイスポット】

《DEF300》《リバース効果:お互いにサイコロを一回ずつ振る》

 

 壺から、知性を失ってそうな笑顔の精霊が顔を出す。

「またギャンブルカード……しかも今度はダイスだと?!」

「あんたにも運試しをお裾わけさ。ほら、賽を振りな」

 ブラッディとシセの手元にサイコロが出現した。

「出目の大きさを競うギャンブルだよ! 負けた方は勝った方の出目の500倍のダメージ! 引き分けは振り直しだ!」

「無駄なあがきだ」

「行くよ! ダイスロール!!!」

 二人が同時にサイコロを投げると、フィールド内でサイコロたちは巨大化し、転がり始めた。

「リブ・オア・ダイ! リブ・オア・ダイ!」

 ブラッディは転がるサイコロに向かってはやし立てている。この状況でサイコロゲームに興じているのはどこか不気味ですらある。

「出たねぇ!」

 

《シセ遼太郎:5》

《ブラッディ・ホイール:6》

 

「あたしの勝ちだぁぁぁぁ!!!」

「たかが3000ポイントのライフダメージ、くれて―」

 次の瞬間、負けたシセのサイコロがはじけ飛び、衝撃波がシセを蜘蛛の体ごと吹き飛ばした。

「がぁっ! ぐっ……」

 

《LP8000→2000》

 

 蜘蛛の巨体が横転し、ブラッディのマシンとの距離が一気に開いた。

「早く立ちな、走行不能も負けになるんだよ」

 ブラッディがハンドルの通信パネルに向かって煽ると、怒りの声が聞こえてきた。

「6000ダメージだと……貴様、騙したのか?」

「ヒッヒッヒッ……6の目だけダメージが倍になることを言い忘れてたねぇ……でも効果テキストはそっちにも出てたし、確認しない方が悪いよ」

「くっ……」

 奏音は思った。

(ブラッディ性格悪いな……)

「だがバトルは成立している! ダイスポットは破壊だ!」

 まだフィールドに浮いていた壺の精が妙にスッキリした顔で昇天していった。

「さらに俺の場の三体の合計攻撃力は8400、やれ、モンスターたちよ!」

 

《攻撃が届きません》

 

「何?」

 ブラッディが爆笑した。

「なんだい? ライディング・ショーデュエル見たことないのかい? 攻撃したかったら近づかないといけないんだよ、常識だろう?」

「こざかしい真似を!」

 シセは蜘蛛のスピードを上げたが、同時にブラッディもマシンの速度を上げた。一度開いた距離は縮むことなく……

 

《タイムアウトです、バトルフェイズを終了します》

 

「くそっ! こんなことが……!」

 悪態をつくシセをブラッディはさらにからかう。

「もう一回あんたのターンあるから、また頑張りな」

 奏音は内心で舌を巻いていた。

(すごい……絶対に引き離せる自信があるから、あんなギャンブルカードを連発できるんだ……でもなんでギャンブルなんだろう?)

 ショーデュエリストは台本に従ってデュエルするため、毎回違うデッキを使うのが通例だ。プライベートでも、ショーデュエル用のテーマデッキを練習で使ったりするため、彼ら彼女らの本当のデッキを一般人はまず知ることがない。ライディング部門でも基本的には台本ありきのショーであり、奏音もブラッディの本当のデッキを知らない。

(それに、やけに相手を煽るよな……私でもそこまではやらない……)

 対戦相手の挑発は本来マナー違反である。レジェンドである奏音はある程度の挑発行為が戦術として許されているが、台本のないガチンコのデュエルでそんなことをやろうものならメンタルヘルスを心配されてしまう。

(煽らなくてもブラッディなら逃げきれるはず……何が狙いなんだろ……)

「俺はメインフェイズ2で、【ウォーター・サマー・ヒーラー】の誘発即時効果発動!」

 

《フィールドのカード1枚につき400のライフを回復》

 

「おっとその前に! チェーンしてトラップ発動! 【運命の分かれ道】!」

 ブラッディはトラップの効果処理のためか、減速してシセに数メートルの距離まで近づいた。

 

《お互いに一回ずつコイントスを行なう。表なら2000回復し、裏なら2000ダメージ》

 

「しまった!」

「うまい! これならウォーター・サマー・ヒーラーの回復が有効になる前に2000のダメージを与えられる」

「ヒッヒッ……伏せカード次第じゃこのターンで終わり、ってのは本当だったねぇ……」

 互いのフィールドにコインが一枚ずつ現れ、上にトスされる。ブラッディのコイントス結果に関係なく、シセは裏を出したら敗北が決まる。

 

《ブラッディ:表》

 

 先に表となったコインが光の粒となりブラッディに降り注ぐ。そして遅れて落ちてくるシセのコインを奏音は凝視していた。

「裏出ろ裏出ろ裏出ろ裏出ろ……ああっ! ずるい!」

 コイントスの結果が出る前に、なんとシセは蜘蛛のハサミで自分のコインを破壊したのだ。

 

《コイントスは無効になりました》

《ブラッディ・ホイール:LP8000→10000》

 

 シセはとっさに手が出たことに自分でも困惑しているようだった。

「へぇ、やるじゃないか食いしん坊くん」

「あんなのありなの??!!」

 半ギレの奏音にブラッディが落ち着いて答える。

「今はダメージやモンスターが質量を持ち始めてるからね……それにあいつの肉体はルール上マシン扱いだから、ゲーム進行に干渉できるってわけさ」

 

《チェーン処理》

《シセ遼太郎:LP2000→4400》

 

 ウォーター・サマー・ヒーラーの効果でシセは回復したが、肩で息をしていた。疲労が見えているが、勝利を確信したのか、口元は緩んでいる。

「今後、貴様のお遊び戦術は通じなくなるな……」

「さあて、どうしたものかねぇ」

 

シセ遼太郎:手札5枚

     

  

     

     

   

ブラッディ・ホイール:手札0枚

 

 

 一方プラネットの外では、ブラッディが蜘蛛男とデュエルを始めたことが波紋を呼んでいた。

「あの蜘蛛、デュエルしてるぞ? ただの害獣じゃないのか?」

「リアルのデュエルでダメージ転倒なんてしない……よな?」

「もしかしてこれ、本当はイベントシナリオなんじゃ……?」

『特異点』と『校正機能』のデュエルは物理法則など容易に飛び越えるが、当然シティの市民には理解が追い付かない。ついさっきまで観客の避難誘導をしていたイベントスタッフの一人、ダン・クロードは、脳内で『接続』しているリオール大河に話しかけた。

(ソード様……シセ遼太郎は『校正機能』相手に善戦していますが……どうもダメージの具現化が起きているようです……彼の消耗が無視できないレベルに……)

(報告ご苦労さま。今はこちらも情報収集が必要です。気づいたことはどんな小さなことでも教えてください)

(それでしたら……一点、気になることが……)

(なんです?)

「というかさー、ブラッディが使ってるデッキ……見たことないね……」

「うん、丸いのや四角いのを転がしてるの、ちょっと可愛くない?」

 ダン・クロードは先ほどから、周囲の観客たちが漏らす感想にはっきりと違和感を覚えていた。

(シティの人間たちは……『ギャンブル』というものを知らないみたいなんです……コインやサイコロすら見たことがない様子で……)

(なんと……完全に盲点でした)

(何かお分かりになったのですか?)

 しかしダン・クロードの質問にはいかなる反応もなかった。何度か呼びかけてもリオールに繋がらず、首をかしげた時に、彼は気づいた。自分の周りに観客がいないことに。

「え……」

 そしてすぐさま自分の間違いに気づいた。消えたのは観客ではなく自分の方だったと。

「ここって……」

 宇宙だった。シティでは資料が少ないが、『旧世界』ではよく映像を目にしていたのですぐにわかった。しかし本当の宇宙ではないことも、足元に地面の感触があることからわかった。

「失望したよ、ダン・クロード」

 目の前に白いワンピースの少女が立っていた。音もなく現れた。

「イベントスタッフの中に、奏音に勝手に勇者の護衛を付けた者がいたと報告を受けた……危機に陥れば奏音が仲間を守ろうとし一人で向かってくるだろうと読み、足手まといを送り付けた者がいた……貴様だな?」

「そ、『創造者』……」

 凄まじい恐怖……聞いていた通り、若い少女とは思えない気迫を感じた。

「貴様は今なお『潜在的な特異点』に過ぎないが……もう後戻りはできない。一線を越えることを選択したのは貴様だ」

 ダンは死を覚悟したが、自分のデッキを取り出し勇敢にも微笑んで見せた。

「あなたは……いずれソード様が討ち取るでしょう……私はあの方の盾として死ねることを誇りに思います……」

 

 Bパートへ続く。

 




マシンは自動運転じゃありませんが、カードをプレイするときはマシン内部のAIが運転を補助したりします。このままだと主人公がただの実況になってしまいそうなので、Bパートからは活躍させますよ。


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TURN9 アクセラレーション Bパート

①モンスターやダメージの実体化→コインも実体化
②シセの蜘蛛ボディは今ライディング・マシン扱いなのでフィールドに一定の干渉ができる
という状況が重なりコイン破壊とかいうチートが実現しました。

こんなのデュエルじゃねえ!って思うかもしれませんが、神の攻撃で精神を焼き尽くしたり相手と自分の魂を融合したり走れないDホイーラーにターンが回ってこなかったり、そういうデュエルそっちのけ戦法大好きなんです。許してください。


 

 

 

 

 リオールは焦っていた。先ほどまで脳内で会話できていたダン・クロードとの『接続』が絶たれ、おそらく『創造者』に彼は粛清されたであろうこともかなり深刻だが、それよりも、『校正機能』の策が読み通りなら打つ手がないことの方が頭を悩ませた。かつてのソード様こと『第2030番』と交わした言葉が蘇る。

 

「この『世界』に質量はなく、精神エネルギーで再現された質量の感覚があるだけです。この意味が分かりますか?」

「……精神エネルギーを溜めれば僕たちは実体化できる、ですよね」

「ええ。ただし、実体化しても適応できませんが」

「え?」

「蘇生した『特異点』はすでに排除された情報であるため、『創造者』が仕掛けた『校正機能』により自動削除されてしまうのです。この二十年間、何人もの同胞がそれで消されました……どういうわけか、二度目は魂の残滓まで完全に変換されるようです」

 

「僕らは誤解していた……二度目は『変換』じゃないんだ……」

 リオールを呼ぶ声がした。目の前にレイチェルが瞬間移動してきていた。

「来ると思っていました」

「なんで、『接続』を切ったの? みんな心配してたよ?」

「『接続』が『創造者』に探知されました」

「嘘?! どうやって?」

「ダン・クロードの妨害工作がばれて、『創造者』にマークされていたんだと思います。『接続』スキルは意思疎通の瞬間だけ魂の『核』が高エネルギー状態になりますから、そこを狙って『創造者』は疑似空間を発動したんでしょう」

「くっ……頭いいね、『創造者』……じゃあ今後は『接続』には頼れないか」

「とりあえずは古典的な伝令スタイルでいきましょう」

「任せて! 鍛え上げたテレポートテクを今こそ―」

「それからもう一つ」

「え?」

「シセの報告はもう必用ありません。私が直に見に行きます」

 

 シセ遼太郎:LP4400 手札5枚 《雷神の怒りATK2900》《ウォーター・サマー・ヒーラーATK2400》《ミスター・ボルケーノ ヒートモードATK2100》

     

  

    

     

   

 ブラッディ・ホイール:LP10000 手札0枚 伏せカード二枚

 

「俺のターンだ!」

 シセ遼太郎は再び、蜘蛛の体から生えてきたカードを引いた。奏音はひらめいた。

(ディスクのデッキホルダーじゃなくて蜘蛛の体内からカードを取り出すのって、もしかしたら……)

「ブラッディ、私気づいたことが―」

「トラップ発動! 【ギャンブル】!」

「またやるの?!」

 シセはもう余裕を取り戻していた。

「ほう? 恐れ知らずだな」

 

【ギャンブル】

《自分の手札が2枚以下、相手の手札が6枚以上の場合に発動。コイントスを一回行う》

 

「何度でもやるよ! あたしはまた『表』に賭けた! さあリブ・オア・ダイ!」

 フィールド上空にコインがトスされた時に、シセが叫んだ。

「バカめ! もう貴様のお遊び戦術は通じなくなると言っただろう!」

 蜘蛛の背中がバックリと裂け、そこから太い蔓のようなものが何本も飛び出した。それらは一様に、着地前のコインを狙っている。

(相手フィールドまで届く物理攻撃! またコインが割られちゃう!)

「無粋だねぇ!」

 ブラッディは素早くパネルを操作した。奏音は表示を見て息をのんだ。

 

《緊急減速開始》

 

(まさか、まさかだよね?!)

 マシン・オブ・フォーチュンの機体の後ろからパラシュートが飛び出した。空気抵抗を受け急激にスピードを失ったマシンは、そのまま後方を走るシセのフィールドに突っ込み……

「ぐああっっ!」

 三体のモンスターをすり抜けて、マシン・オブ・フォーチュンは蜘蛛に体当たりをした。

「ぐえっ!」

 奏音は運転席のあちこちに体をぶつけて呻いた。シセの方はよろめいただけのようで、既に体勢を立て直していた。

「貴様……」

 ブラッディの操作パネルからシセの唸り声が聞こえてきた。

 

《コイントス結果:表》

 

 衝突で蔓の狙いが逸れたことで、コインは無傷で着地していた。ブラッディが低く笑う。

「あたしとあんたじゃ小汚さのレベルが違うのさ……ギャンブルはあたしの勝ちだ、5枚引かせてもらうよ!」

 ブラッディの手札が一気に回復したが、同時に―

 

《衝突ペナルティ:ライフに4000のダメージ》

《ブラッディLP10000→6000》

 

「このライフならあと一回は体当たりできそうだねぇ、そうだろお姫様?」

 奏音はブラッディの意図を察した。

「わ……私の体がもたないからやめてね?! 絶対だめだよ?!」

 ブラッディがゲラゲラ笑っていると、通信のシセの声が聞こえてきた。

「随分と盛り上がっているようだが……貴様らは致命的なミスをしたことに気づいていないのか?」

「えぇ?」

「あっ! そうだ! ポジションが!」

 急な減速と衝突のせいで、マシン・オブ・フォーチュンは今、蜘蛛男の後方10メートルほどの位置にいた。パネルから聞こえるシセの声が、昂ぶりを隠せなくなっている。

「ペナルティダメージが4000程度なら、LP4400の俺にもチャンスがあるわけだ……この位置なら減速するだけで衝突を狙えると、貴様に手本を見せてもらったところだしな……」

「ヒッヒッ、やれるもんならやってみな?」

「挑発しないでよ!」

 蜘蛛の背中から飛び出していた蔓が、一斉にマシン・オブ・フォーチュンに向かってきた。

「やばいやばいやばいよおおお!!!」

 しかし蔓がマシンに触れるか触れないかのギリギリで動きを止めた。

「貴様……なぜ避けない?! まさか罠か?!」

 シセはそう言うなり蔓をあっという間に引っ込めた。それを見たブラッディと奏音は悔しそうに叫んだ。

「惜しかった~! あと少しだったのにぃ! なんでバレた?」

「ごめん、ブラッディ、私の演技が下手過ぎた……」

「いや上出来さ、食いしん坊くんの勘が良かったんだ」

 シセは自分のディスクのガイド機能でようやく、ライディング・ショーデュエルのルールを確認し終えたようで、怒声が響いてくる。

「『ペナルティダメージは二回目以降2000ずつ上がる』だと?! おのれペテン師どもが!」

 もしシセの蔓がマシン・オブ・フォーチュンにかすりでもしていたなら、マシン同士の接触とみなされシセは6000のペナルティダメージを受けていただろう。ブラッディがもう一度体当たりできるなどと言い出した時点から、奏音はわざと通信パネルにまで届く大声でリアクションをしていたのだ。

「ヒッヒッ……相手の無知に付け込むのはゲームの常識だろう?」

「ぐっ……もういい、このままバトルフェイズだ! 今度は避けられないぞ!」

 ライディング・ショーデュエルにおいて、マシンで相手モンスターの射程外に逃げる戦術は先行するデュエリストにしか使えない。シセはこのルールも把握したようだった。

「ミスター・ボルケーノ・ヒートモードで直接攻撃だ! さらに効果発動!」

 

《ORUを1つ使い、攻撃力1000アップと二回攻撃を得る》

《ATK2100→3100》

 

「ならあたしは手札から【マスカレード継承名 レッド・エース】の効果発動! 手札コストに自身と【魔導紳士-J】を捨てるよ!」

「【継承名】だと?」

「レッド・エースだって?」

 

《【魔導紳士-J】を捨てた場合、バトルフェイズを強制終了させる》

 

 奇抜な扮装の紳士と、白い仮面の魔法使いが現れた。奏音はどちらのモンスターも知っているが……

(【レッド・エース】は本来、赤いマントだよな……黒くなってる……それに【マスカレード継承名】ってなんだ……?)

「博打デッキではなかったのか?」

「まあ聞きなよ……この【マスカレード継承名】たちはねぇ、あたしがあんたらの言う『創造者』にもらったカードで、どいつもこいつも強力な妨害効果を持つ……でも普通に妨害したんじゃつまらないから、相手に『挑戦権』が与えられるのさ」

「『挑戦権』?」

 

《相手はコイントスを行ない、裏表を当てた場合はこの効果を無効にできる。ただし外した場合はライフを半分失う》

 

「どうする? 勝負に乗るかい?」

 一瞬の間。

「……どうしても俺にギャンブルをさせたいようだな」

「OKと受け取るよ」

 黒いレッド・エースが、魔導紳士-Jの肩に手を置いた。Jは頷くと、その姿が一瞬でコインに変わり、シセの手元に飛んで行く。その様子を眺めながら奏音は考えていた。

(シセが受けた以上、コインを破壊するメリットがない……確かにこの方法ならギャンブル戦術に持ち込めるけど……ブラッディがここまでギャンブルにこだわる理由ってなんだ?)

「いろいろ気になるだろ?」

 ブラッディが奏音の疑問を察したようだった。通信パネルではなく、ヘルメットの通話機能で奏音にだけ話しかけてきていた。

「食いしん坊くんの様子をよく見ておきな」

 そういうと、ブラッディは通信パネルを操作した。映像機能がオンになり、シセの表情が見えた。コインを受け取り、裏表を確認している。

「表だ。表にライフ半分を賭ける」

「準備はできたね。リブ・オア・ダイ!」

 シセがコインを投げ、左手の甲でキャッチし右手で覆った。緊張した様子で、コインの結果を確認し……舌打ちした。

 

《コイントス結果:裏》

《バトルフェイズ終了》

《シセ遼太郎 LP4400→2200》

 

 黒いレッド・エースがケタケタ笑いながら消えていった。

「毎度あり! また次のターンだね!」

「メインフェイズ2だ」

 シセは抑えようとしているが頭に血が上ってきているのが奏音にはわかった。

「ブラッディ、まだ攻撃は終わってない」

「ヒッヒッ、望むところさ」

「【ウォーター・エレメント】を召喚! そのまま、【ウォーター・サマー・ヒーラー】の誘発即時効果発動!」

 霧に覆われ、眼を閉じ体を丸めた、少女の精霊。髑髏水着のサマー・ヒーラーがその少女を撫でながら、回復魔法を使った。

 

《フィールドのカード1枚につき400のライフを回復》(現在5枚)

《シセ遼太郎 LP2200→4200》

 

     

 

    

     

    

 

「負けを取り返せたねぇ」

「待ってブラッディ、この状況、やばいかも」

 奏音はジェントルマン真心、純情ピクシーガールの両者と戦ったことがある。このフィールドの危険さが理解できた。

「レベル3のウォーター・エレメントに、レベル5のシンクロチューナー、ウォーター・サマー・ヒーラーをチューニング! シンクロ召喚!」

 サマー・ヒーラーが自らとエレメントの周囲に、五本の水の柱を呼び出した。柱が次第に太くなり、二人は隠れて見えなくなる。突然、水が全て爆散し、立ち込めた霧の中から、青い髪を濡らし冷たい目をした美女がゆったりと現れた。水面のように波打つ銀のドレスを纏い、彼女の周りに浮いているいくつもの水の球は……凍り付き、砕けて蒸気となって、結露し水に戻る……循環していた。

 

【ウォーター・フォール・クルセイダー】

《水属性・水族・シンクロ/チューナー/効果・✪8》《ATK3200》

 

「ウォーター・フォール・クルセイダーの誘発即時効果発動!」

 

《フィールドのカード1枚に付き400のライフを回復》

《エンドフェイズにこのターン回復した合計数値をダメージとして相手に与える》

 

「そいつはちょっと許せないねえ! あたしゃ手札から【マスカレード継承名 キング・スモーク】の効果発動! コストで手札から自身と【クイーン・バード】を捨てるよ!」

「ブラッディ! ここじゃない!」

 既に効果は発動されていた。今度は色が赤いキング・スモークが現れた。首が長く翼とくちばしの大きい鳥も一緒だ。

(しまった……)

 

《【クイーン・バード】を捨てた場合、モンスターの効果を無効にし破壊する》

《挑戦権:相手はサイコロを振ることができ、出た目が奇数ならこの効果は無効、偶数ならライフを半分失う》

 

「今度はサイコロか。いいだろう」

 クイーン・バードがサイコロに変わり、シセはそれを振った。

 

《ダイスロール結果:3》

 

「あちゃ~」

「今度は俺の勝ちだな。場のカードは4枚、1600ライフを回復だ」

 

《シセ遼太郎 LP4200→5800》

 

「ごめんねお姫様、なんかまずかったかい?」

「多分……今の効果は【マスカレード継承名】を使わせるのが狙いだよ」

 画面に映ったシセが笑った。

「さすがはレジェンド・カノンだな……場の、ORUが0になった【ミスター・ボルケーノ ヒートモード】1体で、オーバーレイネットワークを再構築!」

 再び銀河に吸い込まれたミスター・ボルケーノが、全身に炎を纏って戻ってきた。

「エクシーズ召喚! 【ミスター・ボルケーノ バーニングモード】!!」

 

《炎属性・炎族・エクシーズ/効果・ランク6》《ATK2600》

 

「誘発効果発動! バーニングエリア!」

 ミスター・ボルケーノが纏っていた炎が、雷神の怒りとウォーター・フォール・クルセイダーを護衛するように広がった。

 

《次の自分のターン終了時まで、自分のフィールドのモンスター全ては相手のカード効果を受けなくなる》

 

     

  

     

     

    

 

「なるほどねぇ、本命はこっちだったってわけかい」

「しかもバーニングモードは、エクシーズ素材を使うことで、モンスター一体を強制的に直接攻撃させる効果がある……戦闘破壊も防げてしまうんだ……」

 シセはどういうわけか疲弊していたが、それでも強気でいられるだけの状況だった。

「どれほどの幸運をもってしても、圧倒的な力の差は覆せないものだ……『校正機能』が失われれば、我々『特異点』の侵攻はさぞ楽になるだろうな!」

 ここで奏音はつい、思っていたことを口走る。

「我々? 君って『特異点』じゃないでしょ?」

 画面の向こうで、シセは顔をひきつらせた。奏音は確信した。

「やっぱりだ……お前、『上書き』されてないでしょ……『潜在的な特異点』のままなんだ」

「黙れ! 『上書き』されることなくあの方に従えることは名誉だ!」

「恥だなんて言ってないけど? それにあの方って誰?」

「ぐっ……」

 奏音はこのまま話し続けていいものか一瞬悩んだが、ブラッディが奏音に向かってこっそりゴーサインを出しているのに気づき、そのまま言ってみることにした。

「ずっと変だなって思ってた……お前の手札は五枚もあるのに、なんで使ってこないんだろうって……なんでドローフェイズに、ディスクのデッキホルダーじゃなくて蜘蛛の体内から引いてるんだろうって……もしかして、『最初の五枚の手札があんまりよくなかったから、急きょ取り込んだ人たちのカードとスキルで戦うことにした』んじゃない?」

 シセの表情筋がピクピクと震えている。奏音の推察は当たっているようだ。

「それに、蜘蛛の時はルブランみたいな問答無用さを感じたけど、デュエル中のお前は割と真面目だよね。チートっぽいことやっても、どこかルールの中に収めようとしてる感じ……デュエリストの習性だよね。しかも複数のデッキを混ぜた上で使いこなすなんて、並のデュエリストにはできないよ」

 シセは黙っている。なぜか、雷に打たれたかのような顔になっている。

(そうだよ……ジェントルマンとピクシーはトーナメント優勝経験のある有名人だから、そのプレイングをマネできる人も多い。でもプロテイン安田は違う。【エンゼル・イヤーズ】デッキはファンでも使ってるところをなかなか見ないマイナーデッキだ。こいつはきっと、日ごろから色んなデュエリストのデッキやプレイを見て研究を重ねてきてるんだ……)

「だからお前は、『旧世界』の記憶や思想に毒された『特異点』じゃなくて、何か理由があって『特異点』に協力してるだけの『一般市民』かもって私は―」

「ああそうだよ!!!」

 シセが叫んだ。どこか痛々しそうに。

「俺はできそこないの『一般市民』さ! あの方も言ってた! 俺は完全じゃないって!! でもそれを補う方法があるんだ!!」

 ドローフェイズでもないのに、シセは蜘蛛の頭の中から3枚のカードを取り出した。

 

《蜘蛛男》

《人食い植物》

《ジャン・ルブラン》

 

「『特異点』から抽出したスキルと! あの方が下さったカードだ! これらを取り込み、精神を高エネルギー状態にすることで、アバターの実体化やダメージの具現化ができる! こんな俺でも『特異点』に近づけるし、なんなら超えられる!」

 奏音も負けじと叫び返した。

「なんで『特異点』なんか目指すの! デュエル上手いんだからそっちに進めよ!!!」

「ダメなんだ!!!」

 シセはもう涙ぐんでいた。

「俺は!!! ダメだったんだよ!!! 適性診断が―」

 

《タイムアウトです、エンドフェイズに移行します》

《【ウォーター・フォール・クルセイダー】の効果により、このターンシセ遼太郎が回復したライフの合計値、3600ポイントのダメージを与えます》

 

 凄まじい水流が押し寄せ、避けきれないと判断したブラッディはマシンの耐衝撃バリアを展開した。しかし奏音は、かろうじて聞き取れたシセの言葉が頭から離れなかった。バリアごとマシンが激流にさらわれ、天地が分からなくなるほど回転しながらも、奏音の頭の中では、シセの言葉がこだましていた。

 

 

 TURN10に続く。

 




~解説~
当初、ブラッディが【ギャンブル】でコイントスを外し次の自分のターンがスキップされた直後に二枚目を即座に発動、もう一枚あるのさ!みたいな賭け狂いムーブさせようと思ったんですけど、どうもルール上できないみたいです。アルカナフォースXXIみたいなターンスキップ系効果は重ね掛けできず、既にターンスキップが決まった場合は新たなターンスキップ効果を発動すらできないといった裁定がでているようでしたので、今作ではターンをまたいでから【ギャンブル】を再発動、という流れにしました。


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