TSしたら足が動かなくて親友が過保護になったけど、優しくされると惚れちゃいそうなので乱暴に扱って欲しい。 (貯水庫)
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1話 女になったけど足が動かない

 

 

「明日体育かー、だりぃなあ」

「なんだ清水。バスケは嫌いか?」

 

学校の帰り道。

いつものように幼馴染で親友の中島としゃべりながら歩いている。

 

「俺は運動全般駄目だからね。特にバスケみたいな少人数のチーム戦は絶対に足引っ張るから、申し訳なくて仕方なくなる」

「あー」

「個人競技なら俺が恥をかくだけだからまだマシなんだけどね?」

 

今まで体育の成績は全部2。

背は低くて足が遅いし、力もない。加えて体は硬いし、泳げもしない。本当に運動全部だめなのだ。

 

「どうやったらお前みたいに運動なんでもできるようになるんだよ」

「知らん。俺は普通にやってるだけだ」

 

こいつは俺と同じく帰宅部で何もやってないくせに、何をさせても運動部1歩手前くらいにはできてしまうのだ。この格差を呪いたい。

 

「あー、俺だけ体育で女子の方に混ざれたら、普通くらいには活躍できると思うんだけどなー」

 

運動できない男子は絶対に1回は考えたことがあるだろう。

こんな俺でもさすがに女子と比べれば力はあるし、バスケだったら普通の女子と遜色ないくらいには動けると思う。

 

女子と遜色ないって。なんか悲しくなってきた。

 

「ははは、そりゃいいな。周りに女の子だらけだ」

「まあさすがに叶わない願いだとはわかってるさ。はあ、もし俺が女だったとしても、結局身体能力は最底辺なんだろうなあ......」

「オイオイ、元気だせよ」

 

そう言われても明日体育があるという事実が重くのしかかってきてどうも鬱っぽくなってしまう。

 

「くそっ、朝起きたら明後日だったなんてことねえかなあ」

「どんだけ寝んだよ」

 

ずっと寝ていられるならどれほどよかったことか。

 

って、こんなこと考えてたら、もう家に着いてしまったな。

 

「じゃ、中島、また明日な」

「おう、じゃあな清水」

 

そう言って中島と別れる。

中島も家はこの辺なので、朝もいつも一緒に登校している。あいつとは幼稚園の頃からの仲で、よく俺の家でゲームなどをして遊んでいる。

 

「ただいまー」

 

家には誰もいない。幼い頃に両親を亡くしているので、ずっと1人暮らしだ。孤独を埋めるために飼っていた猫も、去年死んでしまった。

 

「さて、宿題やるか」

 

高校2年にもなると、もう授業もなかなか難しい。今日は数学の課題が山盛りだ。がんばろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アラームの音。

 

 

腕を伸ばし、アラームの位置を探る。

どうやら思っていたよりも遠くにあったようで、なんとか指先でボタンを押した。

 

体を起こそうとする......が、起き上がるのがなんかやたらと難しい。

ここで何か違和感を覚えた。

 

 

......足の感覚がない?

 

 

まさか。と思い足を動かそうとするが、やっぱり感覚がなく、動かす以前に動かし方をよく掴めない。

 

ま、まじで?

俺の足どうしちゃったの?

 

腕の力でなんとか起き上がり、バサッと布団をめくってみると、これまた物凄い違和感。

 

......なんか俺の足、短くなってね?

 

つんつるてんだった俺のパジャマが、ぴったり......いや、少し大きいくらいになっているように見える。

 

ひとまずそれは置いといて。

俺は動かない足を両の手でパンパンと叩いてみた。

 

 

......いやまじで感覚がない!

 

えっ?なにこれ?怖い。病気?

どっと不安が押し寄せる。

 

と、とりあえず、スマホ。

助けを呼ばなきゃ。

 

スマホを手に取り、起動しようとするが、なんか指紋認証が通らない。くそっ、何だよ。

 

てか思ったよりスマホがデカい。

というよりもなんか、俺の手が、指が、小さくなっているような......まるで、別人の手みたいな。

 

「なんなんだ......うぁ!?」

 

知らない人の声が聞こえた。俺がしゃべったのに。

女の声だ。結構可愛い系の、トーンの高い声。

 

ここまできたら、俺は自分の身に何が起こっているか、嫌でも1つ見当がついてしまった。

 

まさか、俺が女になってたりしないよな?

 

おそるおそる下を見てみると、そこにはあるはずもない、2つの膨らみが見えた。

 

なっている。

女に。

そう判断せざるを得ない。

 

「どういう......」

 

何気なく出たつぶやきも女の子の声。

一縷の望みを胸に、俺は下腹部に手を伸ばす。

 

ない。どこにもない。男を象徴する器官が。

 

意味がわからなくて、パニックで目の前が暗くなってきた。

手が震える。

なんで、俺が女の子になってるの。

俺のベッドで。朝起きたら。

 

ついでに足が動かない。

これも意味がわからない。

 

俺をパニックにさせるのに十分な事象が同時に2つも起きている。

 

俺はどうしたらいい?

 

救急車を呼ぶ?それとももう1回寝たら次起きる頃には戻ってたりする?

 

 

思案した結果、とりあえず中島に助けを求めることにした。

 

スマホをパスワードでロック解除し、中島にメッセージを送る。手が震えて、うまく入力できないけど。

 

『中島、助けて欲しい』

『どうした?』

『起きたら女の子になってた。あと足が動かない』

『は?』

 

とは言ったものの、さすがにこんなこと信じてくれるわけが......

 

『よくわからんが......すぐ行く』

 

ああ、そういえばこいつめっちゃいい奴だった。

こうして平日の朝っぱらでも助けに来てくれる。

 

『ベランダまで、登れるか?』

『やってみる』

 

俺が今いる寝室は2階。

玄関は当然鍵を閉めているので入れないし、開けようにも俺が階段を降りられない。

 

俺は細くなった腕を使ってほふく前進で進み、カーテンと、窓の鍵を開けた。

 

このまま中島が来るまで待つが、俺はふと自分の見た目が気になり、スマホのカメラを起動する。

 

自分の顔を映すと......

 

「......っ!」

 

完全に女の子の顔になっている。

前の自分とは似ても似つかない。

 

寝起きだからかちょっとくしゃっとなっているセミロングストレートの黒髪。

シミひとつない白い肌に、形のいい鼻と口。

丸っこい大きな目と垂れた眉はどこか儚げな雰囲気がある。

守ってあげたくなるような、そんな美少女がスマホの中で悲痛な面持ちをしていた。

 

触れたら壊れてしまいそうな儚げな女の子がこのような哀れみを誘うような表情をしているのはどこか様になっていて、不覚にも俺は、可愛い、と思ってしまった。

 

これが、俺なのか......?

 

変わり果てた自分の容姿に茫然自失としていると、何やら窓の外から物音がしてきて、少し待つと、窓をノックする音が聞こえた。

 

「清水?大丈夫か?」

 

もう中島が来てくれた。ちゃんとベランダを登れたらしい。

俺はスマホを置き、窓を開ける。

 

「な、中島......」

「......!?」

 

目を見開く中島。

 

「し、清水、なのか?」

「うん」

「本当に、女の子に......?」

 

やっぱり、信じられるはずがない、か。

そりゃそうだ。親友が突然女の子になるなんて、どう考えてもありえない。ドッキリか何かだと思って当然だ。

 

こいつにまで信じてもらえないとなると、俺はこれからどうすればいいのか。巨大な不安が襲ってくる。なんだか泣きそうだ。

 

「うぅ」

「わ、わかった!わかったから、そんな顔するな」

「し、信じてくれるのか?」

「ああ、信じるさ。清水は冗談で朝っぱらから人にベランダを登らせたりしない」

 

う、うん、確かにそうだけど......

まあ、信じてくれるなら、それでいいや。

 

よかった。こいつに信じてもらえなかったら、誰が俺を信じてくれるのだろうか。

 

ひとまず、少し安心した。

 

安心したら、なんか、トイレに行きたくなってきた。

 

「ね、ねえ中島」

「なんだ?」

「足が動かないんだけど......トイレまで運んでくれない?」

「............え?」

 

 



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2話 いっぱいでた

 

 

「足が動かないんだけど......トイレまで運んでくれない?」

「......え?ど、どのくらいやばい?」

「漏れそう......」

「うぉわぁあ!?あ、あがるぞ!」

 

靴を脱ぎ捨て、寝室に入ってくる中島。パジャマ姿で、本当に急遽来てくれたということがわかる。

 

中島はベッドの脇で、後ろを向いて片膝立ちになった。

 

「乗れるか?」

 

おんぶの体勢だ。

うっ......おんぶか。

いい歳した男子高校生が。親友におんぶ。

いやもうなんでもいい!まじで漏れそうだ。

 

俺は中島のところまで這って進み、手を使ってなんとか足をベッドの外に放り出した。そのまま中島の首にしがみつく。

 

「......っ!も、持ち上げるぞ」

 

中島はおそるおそるといった様子で俺の足を支え、立ち上がった。

 

うぅ、なんだこれ。親友におんぶされるとか、恥ずかしすぎるんだが?

足の感覚がないから俺目線はこいつに後ろからしがみついているだけっていうのが余計に恥ずかしい。なんか、今までになかった部分が潰れる感触はあるんだけど。

 

間もなく中島が歩き出した。

 

「あ、くぅ......!」

「な、なんだ!?」

「中島、ゆっくり歩いてくれ。擦れるとやばい」

「あ、すまん......」

 

要望通りにペースを落としてくれたけど正直これでも十分やばい。女ってあんま我慢できないのか?さすがに俺は親友の背中で漏らしたくはない。

 

「......っ」

 

決壊しそうになるのを歯を食いしばって我慢していると、中島は器用に手でドアを開き、2階のトイレまで俺を運んでくれた。

 

俺を便座に座らせてくれた中島。

 

「おっとと......」

 

足に感覚がないと、座っててバランスが取れない。咄嗟に壁に手をつく。

 

「じゃあ、俺は外で待ってるから」

「う、うん」

 

中島はそう言ってトイレを出ていった。

 

さてここまでこれたのはいいんだけど、これはどうやって服を脱ぐんだろうか。

 

とりあえず片手を壁について体を支えながら、もう片方の手でズボンを下ろして......いや無理だ!どう頑張っても便座に突っかかって脱げない、って、やっ、ば......漏れそう......!

 

「中島ぁ!!脱げない!」

「えっ!?ちょ、まっ......あ、もしもし?中島です。諸事情により今日俺と清水学校休み――」

 

なにこいつ電話してんだよぉ!!まじで漏れそうなんだよ!早くしろ!

 

「後で説明しますから、今はちょっと......すみません、切りますね」

 

なんとか我慢していると、ようやく中島が来てくれた。

 

「大丈夫か!?」

「も、漏れる......!脱げないからちょっとだけ体持ち上げて!」

「え!?こ、こうか!?」

 

俺の脇に手を入れて便座から少し浮かしてくれる中島。

すかさず俺はズボンとパンツを降ろして......あっ。

 

ちょろちょろと。何かが決壊した。

 

一度出ると止まらない。放流はあっという間に勢いを増し、ぴちゃぴちゃと便器の中で音を立てる。

 

「......」

「......」

 

中島はそーっと俺を便座に置き、遠い目をしながらトイレを出ていった。

 

 

......ぁぁあああ!?

漏らした!親友の目の前で!しかも持たれながら!

なんだこれ、どういう羞恥プレイだよ!

 

てかめっちゃ出る!止まらない!なんか出してる感覚が前と全然違う!

 

また泣きたくなってきた。

起きたら女の子になってて、足が動かなくて、親友の前で漏らした。とんでもないことが立て続けにありすぎて頭が爆発しそうだ。

 

とりあえず落ち着こう。ほら、小便も止まってきた。ちょっとお腹に力を入れて、最後まで絞り出す。

 

出しきったけど、なんか股間がめっちゃ濡れている感触。お尻の方に水が垂れていっているのがわかる。おそらく、太もももビショビショなんだろう。

これ、拭かなきゃだめだよな...

でも俺は今、女の体だ。見たくない。アレが自分の下腹部にあるところなんて。そういうのは、他人のもので見るものだ。でもさすがに見なきゃ拭けない。詰んでいる。

俺は意を決して、下腹部の状況を確認することにした。

 

 

 

 

 

 

 

............

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うーん、薄毛!

 

 

 

 

とりあえずビショビショになってたアソコ周りを拭き、便座の上をのたうち回ってどうにかパンツとズボンを穿いた。服は間一髪で無事だったようだ。

俺はトイレを流し、腰をひねって手を洗った。

 

「中島、終わった」

「......入るぞ?」

「うん」

 

おずおずと中に入ってくる中島。

気まずい。てかめっちゃ恥ずかしい。体が変わってるとはいえ、目の前で漏らしたんだぞ。穴があったら入りたい。

 

「えーと、とりあえず、下まで運ぶか?」

「......お願い」

 

気を使ってくれているのだろう。それには触れないでくれている。でもなんか逆に恥ずかしい。こいつに気を使わせるほどのことだと理解してしまうから。馬鹿にしてくれた方が、よっぽどよかった。

 

中島はまたしゃがんで、おんぶのポーズになった。

 

「......なあ中島。おんぶはやめないか?」

「えっ、なんでだ?」

「おんぶだと俺から抱きつかなきゃいけないじゃん。何か別のにしてくれ」

「な、何なら大丈夫だ?」

「お姫様だっことかの方が、いくらかマシだ」

「うっ、それはちょっと......」

「え?なんで?」

 

嫌なのか?こいつ腕の力ありそうだしいけると思うんだが。

 

「いや、今は......」

「......??」

 

何言ってんだこいつ?

 

「ど、どうしてもか?」

「ああ、頼む」

「......わ、わかった」

 

そう言って中島は俺を横から持ち上げた。

 

なんだ。やっぱ出来るんじゃないか。何が嫌だったんだ?

 

俺を運んでくれる中島。

なぜか、必要以上に俺を高く持ち上げている気がした。

 

そして階段を降り始めた時。

何か硬いものが、俺の腰の辺りに当たった。

 

俺はわかってしまった。

 

こいつ、勃っている。

 

まさか、俺の体に興奮したのか?

まじかよ。女になってるとはいえ、俺だぞ?そういうもんなのか?

どうりでお姫様だっこしたくなかったわけだ。

 

「......」

「......」

 

しかし俺はその事については触れない。

こいつは俺が漏らしたのに触れなかったから、俺も触れない。俺はこっちの方がきついことを知っているが、仕返しだ。

 

そうして中島がリビングのソファーに下ろしてくれた頃には、俺はさっきよりいくらか冷静になることができていた。

 

 



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3話 かわいそうはかわいい?

 

 

「そういえば中島、さっきの電話って」

「あ、ああ、担任に連絡したんだ。今日は学校行ってる場合じゃないだろ?」

「そうだけど、お前も休むことはないんじゃない?」

「だってお前、1人じゃ動けないんだろ?」

 

学校休んでまでこいつが運んでくれるってのか?優しいな。

 

「足が動かないって、どういうことなんだ?」

「ももから下の感覚が全くないんだ。起きたらこうなってた」

 

足をポンポンと叩きながら説明する。

 

「尻は......こっちも感覚が鈍いな。痺れてる感じだ」

「そうか、じゃあまずは病院行くか」

 

病院か。そうだな。病院に行けば足のことが何かわかるかもしれない。それに女になったって時点で病院には行くべきだろう。

 

「連れてってくれるのか?」

「任せとけ」

 

こういう時に助けてくれるのは本当にありがたい。今度何か奢ろう。

 

「とりあえずなんか食えよ。俺が作ってやるから」

「じゃあ、パン焼いてくれない?」

「あいよ」

 

台所に行って朝飯を作り始める中島。

中島はよくここに遊びに来るので、うちのことは結構勝手を知っている。

 

 

中島がパンを焼いている間に、今俺に起きていることが何かを考える。

 

なぜ女になったのか。わからない。病気ってレベルではないし、体が作り変わったか、もしくは別の体に乗り移ったと考えるべきだろう。

 

俺が元々女で、後から男の記憶を植え付けられた可能性は、中島も俺を元男だと認識している時点でないだろう。少なくとも自分の記憶は信じていいはず。

 

昨日は普通にベッドに入って寝た。異常はなかったはずだ。だから寝てから起きるまでに何かがあった。宇宙人が来たか、それともファンタジー的なことか...

 

ではなぜ足が動かないのか。これもわからない。

一晩で体が作り変わったが、それが完全でない状態で終わってしまったとか、足の動かない体に入れられたとか...

 

こっちは病院に行けば何かわかるかもしれないし、今日いろいろ調べてもらうとしよう。

さすがに足が動かないのは不便だし、男に戻れないとしてもせめて足だけは動かせるようになりたい。

 

 

いろいろ考えている間に、どうやらご飯の用意ができていたようだ。

 

「清水、できたぞ」

「ああ、ありがとう」

 

中島が俺を食卓の椅子まで運んでくれたので、ありがたく朝食を頂く。

 

「じゃあ、俺も急いで飯食って着替えてくるから、そこで待てるか?」

「ああ、大丈夫だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

俺が朝食を食べ終わってしばらく待つと、中島は父親の車に乗ってやってきた。

 

俺は女の子でもギリギリ着られるような地味なパーカーとズボンに着替え、中島パパに近くの病院まで送ってもらった。

中島パパは普通に仕事があるのでそこで別れ、俺は中島にお姫様だっこされながら病院に入った。

 

周りのおじいちゃんおばあちゃん達に訝しげな視線を向けられながら待合室のベンチに座らされ、そのまま中島は受付の方に向かっていった。

 

 

 

しばらくすると、中島が戻ってきた。

車椅子を押しながら。

 

「清水、車椅子借りてきたぞ」

「く、車椅子か」

 

車椅子。

足が動かないなら、確かに車椅子があれば便利だ。しかし俺が使う立場になるとは......なんだか、これからの不自由な生活を示唆しているみたいで少し不安な気分になる。

 

さっそく中島が俺を車椅子に座らせてくれる。

 

座り心地は......感覚がなくてよくわからないけど、背中に張られた布に寄りかかればバランスは取れる。肘をかけられる部分もあるので、ある程度は揺れても平気だろう。

 

試しに、両腕で車輪を前に回してみる。うん。前に進んだ。思ったよりは重くない。

続いて右側だけ回すと、左の車輪を軸に回転して方向を変えられた。

 

「うん、問題ないけど、できればこれにはお世話になりたくないな」

「そうだな」

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

車椅子の調子を確かめながら待っているとようやく俺の名前が呼ばれ、医者の元に案内された。道中は中島が車椅子を押してくれた。

 

「えーと......元々男だったのが今朝起きたら女の子になっていて、足の感覚がなくなっていたと」

「はい」

「うーーん。困ったな」

 

頭を掻く医者のおじさん。俺も困った。この主張を他人から見たらどう考えても頭がおかしい女にしか見えない。

 

「それを信じるとして、足の方はうちでいろいろ検査できるけど......性別が変わったってのは、どうしようもないよ?」

「で、ですよね」

「ただ、それが本当なら前の清水さんと今の清水さんが同一人物だと証明できないといろいろ大変だよ。健康保険とか使えないからね。何か方法はある?」

 

前の俺と今の俺が同じ人かどうか。

正直、俺もよくわからない。

少なくとも記憶は同じだけど、それを証明する方法が思い浮かばないし、できたとしてそれで同じ人と判断されるかもわからない。

 

「いえ、わかりません......」

 

もし証明できなければどうなるのだろうか。

前の俺は、死んだことになるのだろうか。俺は赤の他人として過ごさなければならないのだろうか。大きな不安が押し寄せる。

 

「そっか......同一人物の証明としてうちで提案できるのはDNA鑑定くらいなんだけど、やっておくかい?」

 

DNA鑑定か。見た目が完全に違う時点で望み薄な気がするが、同一人物だと示すなら最も説得力がある方法だろう。ダメ元でもやってみる価値はある。

 

「お願いします」

「うん。そしたら、以前の清水さんの頭髪か何かを用意できるかな?」

「なら、俺が今からとってきます」

 

と、中島。

 

「うん。毛根付きのをなるべくいっぱいよろしくね。あと一応、清水さんの家にあったことがわかるような写真を撮ってね」

「わかりました」

 

じゃあ、髪の方は中島に任せるとしよう。

 

「頼むな。風呂の排水溝になら多分あると思う」

「あいよ」

「じゃあ、清水さんは足の検査やろうね」

「はい」

 

 

それから俺はいろんな部屋に連れ回され、いろいろ検査を受けた。

血液検査や髄液検査、あとは体に電極を貼ってビリビリするやつや、台に寝そべって白いドーナツ型の機械に入っていくやつもやった。

 

中島は検査が一通り終わったときに戻ってきたので、俺もDNA鑑定用の検体を採ったら、2人で診断結果を待った。DNA鑑定は1週間くらいかかるらしいが、他の検査はすぐに結果が出るらしい。

 

しばらくすると俺の名前が呼ばれ、またさっきの医者のおじさんのところに案内された。

 

「血液、髄液は異常なし。伝導も問題ないし、神経が圧迫されてる様子もないね」

「ええと、つまり?」

「うーん、原因不明だね」

 

原因不明。

考えうる限り、最も恐ろしい答え。

 

「じゃあ、治療は......」

「症状からして末梢神経に障害があるんだと思うけど、原因がわからないんじゃ、うちじゃ何もできないね。力及ばずでごめんね......」

 

治療ができない。

なら、この足は、もしかしたら一生......

 

「......っ」

「清水......」

 

覚悟はしていたが、これは思ったよりも重すぎる。

 

これからずっと、この足と付き合っていかなければならない。障害者という肩書きを元に、周りの人のお世話にならなければならない。これが一番つらい。迷惑をかけるのが嫌とかいう綺麗な理由じゃなくて、自分が介助が必要な体になってしまったという事実が俺のプライドをめちゃめちゃに削いでくるのだ。

 

それも、原因がわからない。普通に暮らしていたはずなのに、誰が何をしたのかもわからずに女になって、足が動かなくなった。

あまりに理不尽すぎるだろう。これじゃ誰を恨めばいいかもわからない。まるで悲劇のヒロインだ。

なぜ、俺がこんなことに......あまりの理不尽に、溜まっていた涙がとうとうポロリと落ちた。

 

 



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4話 精神的に弱ってる女の子はかわいい

 

 

「......みず......清水!」

 

俺が悲嘆に暮れてどれほど経ったか、中島が俺を呼ぶ声がして、意識を戻される。

 

「中島......どうした?」

「悪いけど場所を変えよう。話は俺が聞いといたから、とりあえず涙拭け」

 

中島がハンカチを差し出してくる。俺はそのハンカチで涙を拭い、一度深呼吸をした。

 

「悪い。もう大丈夫だ」

「じゃあ、動かすぞ?」

「ああ」

 

中島に車椅子を押してもらって、部屋を出る。

 

また、こいつにみっともないところを見せてしまった。親友に心配させて、迷惑かけて......もう俺の心はズタボロだ。

 

それから受付に行き、検査料をカードで支払った。馬鹿にならない額になっていたけど、中島によると今の俺と前の俺が同一人物と証明できれば後からでも保険金を請求できるらしい。

DNA鑑定の結果は1週間後くらいにくるらしいので、とりあえずそれまで待とうと思う。

 

「......」

 

車椅子が出口に向かって進んでいく。

 

もしDNAが一致しなければ、もう俺は俺じゃないのだろうか。

科学的に別人なら、逆にどこが同一人物足り得るのだろう。

心か?魂か?

馬鹿馬鹿しい。でも、そんなことにでも縋りたくなる。今までの俺という存在が消えることが、これほどまでに恐ろしい。赤の他人に為り変わって生きるなんて、絶対に無理だ。

前の俺が死んだことになるなら、その残りカスでしかない今の俺もいっそ......

 

立て続けの不幸に悲観的になってそんなことを考えていたら、ふいに、車椅子が止まった。どうしたんだろうと顔を上げると、中島が目の前に来て俺の顔を見ていた。

 

「大丈夫、お前は清水だ。間違いない」

 

......なんだこいつ。心を読んでるのか?

 

突然言われたその言葉。なんの理論も伴わない、こいつなりのただの慰めかもしれない。

でも、幼少から一番長い時間を共に過ごしてきた、俺を一番わかっているだろうこいつの言葉には、何か得体の知れない説得力があった。

 

「お前、あん時と同じ顔してたぞ」

 

あん時......

俺の両親が事故で死んだ時だろうか。

小学3年生だった俺にはあまりに過酷な出来事で、俺は生きる希望を失っていた。

あの時は、こいつが励ましてくれたんだったか。

 

――おまえがいなくなったら、おれはだれとゲームすんだよ!

 

......いや、全然励ましてはいなかった。俺がどこかに引き取られて今の家を離れると思ってのことだろう。今思い出しても、本当にしょうもない。でも俺はそれで、もうちょっと生きてみようかと思えたんだったっけ。そういえば、孤児の引き取りとか全部断って今の家に1人暮らししてるのも、こいつのせいだった。

 

「だから、間違いない」

 

つまりなんだ。俺がその時と同じ顔をしてたから、俺は清水だと。そう言いたいのか?

 

「そんな、ことで......」

 

中島はそれで満足したのか、せっせと車椅子の操縦を再開した。

 

そんなことで......

理論もへったくれもない、証明すらできない、本当にしょうもない言い分だ。証明ができなければ、なんの解決案にもならないじゃないか。

同じ顔ってのも、意味がわからない。俺の顔はこんなに変わってしまっているだろう。

そもそも今俺に嫌な記憶を思い出させるのはない。気を利かせているつもりなら、あまりに不器用だ。

 

でも、なんで俺は、そんなことで、嬉しくなってしまっているのか。なぜ、心の底から安堵しているのか。

らしくないな。こんな顔は見られたくない。

そう思った俺にとって、中島がすぐに車椅子の操縦に戻ってくれたのはとても都合がよかった。

 

 

俯いていた顔を上げたからか、病院の出口近くにいくつか車椅子が置いてあるのが見えた。

ああ、あそこに返却しなきゃいけないのか。

 

「車椅子、買わなきゃな」

「......そうだな」

 

これから生きていくにはお世話にならなければならない。そう思って言った言葉に、背中の後ろで中島が一瞬笑った気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

車椅子を返してしまったので、自分のを買いにホームセンターに行くことにしたが、ちょうどお昼時だったのでその前に昼食をとった。病院近くのファミレスに行って好物のたらこスパゲッティを食べた。うまかった。味の好みは変わっていないらしい。

 

それからホームセンターに行った。ずっと中島にお姫様抱っこされて運ばれていたので周りからの視線が痛かったが、車椅子を買えばそれも多少はマシになるだろう。

 

車椅子売り場で適当な車椅子に座らせてくれる。

 

「ふぅ......明日は筋肉痛だな」

「重かったか?」

「人間にしちゃ軽いが、ずっと持ってたらさすがにきつかった」

 

そりゃそうか。酷なことをした。

 

それからいろんな車椅子を見て吟味していった。自走式、電動、スポーツ用......いろいろあったが、俺は普通の自走介助兼用の車椅子にした。

病院で借りたような布が貼られてるだけのと違って座面が薄いクッション素材に覆われているので、座っていて体が安定しやすい。そして座面の高さを座りながら調整できるので、最大まで高くすれば座ったまま料理ができなくもない。

 

俺はさっそく、その車椅子と、車椅子用のタイヤカバーを買った。室内を走る時はタイヤカバーをつければ床が汚れない。思ったより取り付けるのが簡単で、俺1人で座りながらできた。

 

用が済んだのでもう帰ろうとしたが......

 

「......なんかトイレ行きたくなってきた」

「ま、まじか」

 

こんなところで催すとは。

どうしよう。俺1人じゃ便座に乗り移れないんじゃないか?またこいつに持ち上げてもらって服を脱ぐのか?

 

世の中の車椅子の人はどうしてるんだろう。

 

そういえば、公共の男子トイレには障害者用の手すりつきの便器がだいたい1つはあったよな。

 

あれがあれば俺もいけるか?女子トイレにあれはあるのか?そもそも女子トイレに入っていいのか?よくわからない。

 

ん?待てよ。あの手すりって、他にもどこかで見たことがあるような......

 

「あ、多目的トイレか!」

 

多目的トイレなら手すりがあるし、かつ男でも女でも入れる。

これは妙案だ。

 

俺はすぐさまこのホームセンターの多目的トイレに向かった。

 

「俺は外で待ってるから、何かあったら呼べよ?」

「わかった」

 

自分で車輪を動かして、多目的トイレに入る。

そして便器の前に車椅子を止め、手すりを使って便座に移った。両脇に手すりがあったので、それらを使って体を傾けながらズボンを左右交互に下ろしていくと、なかなかスムーズにズボンを足まで下ろすことができた。

 

これいいな。

うちのトイレにも導入できないだろうか?

ここはホームセンターだ。手すりならいくらでも売ってるんじゃないか?後で見に行ってみよう。

 

 

用を足し、トイレットペーパーを取ろうとしたところで便座の脇にいっぱいあるボタンのうちの1つが目に入った。あの、水が出るやつ。女性しか使わないピンク色のボタン。

 

押せるボタンは、押したくなるものだ。

 

俺は指を引っ張られるように、そのボタンを押した。

 

「.........あひゃっ!?」

 

 



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5話 自分らしさ

 

 

思ったより水の勢いが強かったものだからびっくりして変な声が出てしまい、それを聞いた中島を宥めることになってしまったが、水の勢いを一番下まで弱めたらなかなか気持ちよくてちょっとハマってしまった。さぞかし綺麗になったことであろう。

 

脱いだ時と同じ要領でズボンとパンツを穿き、車椅子に乗り移る。

うん。やっぱり手すりがあるとやりやすい。

今からうちのトイレ用のを買いに行こうと思う。

 

多目的トイレを出ると、中島が心配そうな顔で待っていた。

 

「大丈夫か?どうしたんだ?」

「い、いや、なにも......それより、うちのトイレ用に手すりを見に行ってもいいか?」

「あ、ああ。それはいいが」

 

それから中島に車椅子を押してもらって手すりを見に行った。

手すりが売ってあるところの近くに段差解消のスロープもあって、そういえば必要だなと思ったが、うちの入口の広さや段差の高さが不確かなのでスロープは後日にするということになった。

 

 

トイレ用の手すりを買ったら家に帰り、今日は中島に持ち上げてもらって段差を乗り越えた。

それからトイレに手すりを設置したり玄関の段差の高さを測ったりしていたら、いつの間にか外は薄暗くなっていた。

 

お礼がてら中島にお茶を出していろいろ話をしていたら、突然、家のインターホンが鳴った。

 

なんだろう。と、インターホンの画面を見ると......

 

「あ、先生だ」

「来たか」

 

うちのクラスの担任だ。

今日は中島が連絡して2人とも学校を休ませてもらっていた。だいたいの事情は中島が話してくれたようだが、さすがに荒唐無稽すぎる話なので来ざるを得なかったということだろう。

 

俺は玄関の段差を降りられないので、中島に出迎えに行ってもらう。

 

「中島くんもいたんですね」

「先生、こっちです」

 

中島が先生をリビングに連れてくる。

メガネをかけていて物腰の柔らかい男の先生だ。専門は国語。40代と言っていたが30代前半くらいにも見える。

 

「き、君が、清水くん......?」

「はい、清水です」

「本当に?」

「先生、こいつは間違いなく清水です」

「......」

 

中島の言明があってもイマイチ信じきれないご様子。まあ、当然だ。

 

「では、今年の体育祭で私が清水くんをなんて励ましたか覚えていますか?」

「先生もリレーで自分の番に1位からビリまで落ちたことがあるって話ですか?」

「本当に清水くんですね......」

 

よくわからないけど信じてくれたようだ。

 

「病院には行ったんですか?」

「はい、行きました」

 

俺は今日のことを先生に話した。

朝起きたら女の子になって足が動かなくなっていたこと。動かない原因がわからなかったこと。DNA鑑定の結果を待っていること。午後はホームセンターに行ったこと。

 

「ふむ。では、今はDNA鑑定の結果待ちで、生活の方は中島くんが介助してくれる、ということですね?」

「はい」

「わかりました。では、次に考えることは......」

 

先生はメガネに手を当て、俺の足を、車椅子を、顔を、順に一瞥した。

 

「清水くん」

「はい」

「清水くんは、学校に行きたいと思いますか?」

 

学校、か......

 

正直、かなり抵抗がある。

 

まず、足のことだ。おそらくみんな気を使ってくれるだろうが、その心配や同情が窮屈だと感じてしまうと思う。

 

清水は足が動かなくなった。こう思われるのが嫌だ。なんとなく自分の値打ちが下がってしまうような気がするのだ。

 

こうなって初めて気づいた。無意識だが俺は健康であることにプライドのようなものを持っていたらしい。もしかしたら、みんなこうなのではないだろうか?

 

近い例を出すなら、野球部に入って髪を丸刈りにされてしまった感じだ。こうなれば、刈る前の髪を知っている人にはできれば見られたくないと思うだろう。

 

この点に関しては、清水ではない赤の他人としてマイナス1から始めた方がマシだと思う。

 

しかし、俺は清水なのだ。中島も間違いなく清水だと言ってくれた。少なくとも、俺は俺でありたいと思っている。

 

これは自分が健康であることより高位のプライド。アイデンティティなのだ。これを無くすようなことは、したくない。

 

容姿や性別のアイデンティティは、今朝失ってしまった。だから、俺が清水だというアイデンティティも手放してしまえば、もう以前の俺は死んだも同然になってしまう。それはどうしても避けたい。

 

しかし、皆が今の俺を見て、ちゃんと俺を清水だと信じてくれるかが分からない。

信じてくれたとしても、足のことで俺のプライドが傷ついてしまう。逆に信じられなかったとして、俺は別人のように扱われることに耐えられるのか、分からない。それで俺が清水だというアイデンティティを手放さずにいられるのかも、分からない。正直、自信がないのだ。

 

 

他にも嫌なこと、心配なことはたくさんある。

移動のこと。中島や周りにかかる迷惑のこと。体育の授業のこと。戸籍や学歴のこと。細かいことを言い出せばキリがない。

 

 

ここまで踏まえて、俺は学校には行きたくない。

しかし行きたくないのと行かないのとは別だ。

俺には養ってくれる家族がいない。今は遺族年金や死亡保険金でやり繰りしているが、それには限りがある。

まあ、中島が医者のおじさんに聞いた話によると、前の俺との同一人物の証明ができれば遺族年金は18歳で打ち止めだったのが20歳まで延長され、20歳以降は障害年金というものが貰えるらしいが......どちらも年に100万も貰えないので、生活していけないことはないけど、一般的な生活には遠い。

それでどうやって将来満足のいく生活をするか。

誰かのお嫁さんにでもなるか?いや、ありえない。俺が自分で稼ぐしかない。足のせいで、道は狭いけど。

 

だから、学校には行かなければならない。

 

「行きます」

「そうですか......他の高校に行くという選択肢もありますが、どうでしょう?」

「いえ、そのつもりはありません」

 

転校はありえない。

 

以前の俺を知る人がいない環境では、俺は清水であるというアイデンティティが薄れてしまう。

 

一番重要なのは、たとえ女になっていても俺は今までの俺と同一人物だとみんなに認識してもらうこと。それでアイデンティティを保ち続ける。

 

それに、新しい高校で中島のように介助してくれる人を見つけられるかもわからない。少なくとも中島と別の高校になれば登下校の時間がズレてしまうので1人で家を出入りする必要が出てくるが、スロープがあっても段差の上り下りは危ないだろう。

 

中島に頼りっきりにはなってしまうが、他の人に迷惑をかけるよりは中島の方が少し気が楽だし、今の高校のままがいい。

 

「では清水くんとしては、このままうちのクラスでやっていきたいと?」

「はい」

「わかりました。では、清水くんの見た目が変わったけど気にしないで欲しいと他の先生方に伝えておきます。学籍情報のことは、ひとまずDNA鑑定の結果を待ちましょう。明日からでもいらしていいですが、どうしますか?」

 

そ、それでいいのか。

でも、明日からはさすがに急ぎすぎかな。スロープなど買う物もまだあるし、心の準備も整っていない。

 

「うーん、もうちょっと時間が欲しいです」

「わかりました。いろいろ落ち着いたら、いらしてください」

「はい」

 

そこに中島が口を挟んだ。

 

「清水、服はどうするんだ?」

「あ」

 

服。忘れていた。

前の服は全部ぶかぶかになっているので、もう前の制服は着れない。買わなきゃいけないか......

 

「そうでしたね......制服はできれば女子の物を着て頂きたいです」

 

ま、まじか。

女子制服って、俺がスカートとか穿くのか?

なんか抵抗があるな。女装するみたいで。

いやでも、着ないと悪目立ちするし......ここは腹を括るしかないか。まあ、車椅子の時点で目立ちまくりではあるけど。

 

「わ、わかりました。明日買いに行きます」

 

それから服以外にも、先生がいろいろ学校生活について教えてくれた。

 

移動は、車椅子の生徒とその介助者はエレベーターを使うことを許されているらしいので、それを使わせてもらう。

体育の授業は、俺用に個別の課題設定をして頂けるようで、それをしていけば単位は問題ないらしい。もしかしたらボッチャなどの障害者スポーツも授業としてやることになるかもしれないとのこと。

トイレは......うちの高校に多目的トイレはないので、普通に女子トイレでして欲しいそうだ。個室に車椅子が入るスペースはなさそうなので、誰か女子に協力してもらう他ない。なんか、余計気が重くなってきた。

 

 



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6話 第二の局部

 

 

先生が帰ったので中島と2人きり。

 

中島には今日1日かなりお世話になったので、うちで夕食を出した。

料理は車椅子の座面を最大まで上げれば、やりにくくはあったけどだいたい問題なくできた。

 

「ところで、中島はいつ帰るんだ?」

「ん?お前が寝るまでいるぞ」

「え、それはさすがに悪いって」

「お前を2階まで運ばなきゃいけないだろ?」

「いや、今日からはソファで寝るから」

「馬鹿言え。体を痛めたらどうすんだ。ちゃんとベッドで寝ろ」

「お、おう......」

 

うーん、まあ、一理あるか。

今日のところは、言う通りにしておこう。

 

 

それからリフレッシュにと中島と対戦ゲームを楽しんだ。ゲームをする分には足が動かなくても全然問題ないのでよかった。手が小さくなってコントローラーの操作感が変わっていたが、だんだん慣れるだろう。

 

 

で、そろそろ風呂に入ろうかと思ったが......風呂。

 

風呂かあ......

どうしよう。

今日は寒くもないのにずっと厚手の服を着ていて汗をかいたから風呂に入りたいけど、自分の裸を見たくないというジレンマ。どうしようもなく女の体になっているということは頭では分かっているのだけど、実際に裸を見るのはなんか抵抗があるというか......

 

まあ、そう言っていつまでも風呂に入らないわけにはいかない。こういうのは早いか遅いかの違いか。腹を括ろう。

 

ていうか、この足でどうやって風呂に入るんだ?

中島に頼る?

さすがに風呂まで頼るのは申し訳ないけど......うーん、まあそうするしかないか。

俺が寝るまでいるつもりならうちで風呂に入ったほうがいいだろうし、一緒に入ればいい。

 

しかし久しぶりだな。あいつは昔からよく遅くまでうちにいたので一緒に風呂に入ることもしばしばあったが、なんか子供臭いから高校に入ると同時にやめていたのだ。

 

「中島、風呂に入れてくれないか?」

「......は!?」

「だめか?」

「いや、だって、お前......」

「頼むよ。お前しか頼れないんだ」

「うっ」

 

え、そんなに嫌だったか?

確か、一緒に入るのやめないかって最初に提案したの俺だったよな?こいつも子供っぽいとか結構気にするタイプだったか?

 

「わ、わかった......」

 

よかった。今日は風呂に入れないかと思った。

 

「それじゃ、風呂沸かすなー」

「......ああ」

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

風呂が湧いたので、脱衣所で服を脱いで洗濯機にぶち込んでいく。そういえば、洗濯機は操作できてもベランダに服を干すことは出来ないな。部屋干しするにも一苦労だ。毎回乾燥機を使ったら服が傷むだろうか?考えておこう。

 

 

車椅子の上で裸になった。

うん。紛れもなく女の体だ。ふっくらした足腰のラインと、すべすべで綺麗な肌。視界の下端に映る2つの膨らみ。おそらく、平均サイズくらい。

これ、俺のなんだよな......?

いまいち信じきれなくて、思わず2つの山を手に収めてしまう。

 

むにむに。うわっ。やわらかっ。そしてちゃんと感覚が通っている。俺のだ。間違いなく。

揉まれるとこんな感じだったのか。痛くはないが、慣れない感覚だ。

 

でもよかった。自分の体なら変なことを考えたりはしないようだ。これなら差し障りなく自分で洗えそうだ。

 

「中島、よろしく、ってなんであっち向いてんだ?」

「いや、さ、さすがに刺激が強いっていうか......」

「これから抱き上げるってのに何言ってんだ。俺ここから降りられないぞ?」

「で、でも、お前にエロい目を使っちゃうかもしれないぞ?」

「別にいいけど」

 

こいつに性的な目で見られるくらいなんの問題もない。実際に手を出すわけでもないだろうし、男が女をエロいと思うのはしょうがないことだと、今朝こいつが勃ってたことで学んだ。

 

「俺が駄目なんだよ」

「そうか?せっかくタダで女の裸見られるんだから見とけばいいのに」

「いやなんてこと言うんだよ......」

 

中島ってこんなにうぶだったのか?女になると案外おもしろいこともあるんだな。

 

結局、中島は俺の体を極力見ないようにしながらお姫様抱っこで持ち上げて風呂場に入った。一瞬くらいは見えただろうに無駄な努力だと思うが、まあいいか。

 

「中島、ちょっと1人で湯船に入れるか試していいか?落ちないように見ててくれ」

「......ああもう、わかったよ」

 

風呂マットに下ろしてもらう。

 

俺は簡単に体を濯いだら、後ろ手に体を押して浴槽に近づき、足を持ち上げて先に両足を湯船に入れた。それから浴槽のへりを掴んで体を持ち上げ、奥にある手すりを掴みぐいっと体を引っ張ると、見事風呂に入ることができた。

 

「あ、入れた」

「ぜひともこれからは1人で入って欲しい」

 

手すりがあるタイプの風呂でよかった。この手すりがこんなに役に立つとは思わなかったな。

 

せっかく頑張って入ったので俺はしばらくここで温まる。中島には先に体を洗ってもらおう。

 

俺の足は温冷の感覚も無くなっているようで、上半身の肩から下だけ湯に浸かっているみたいな変な感覚がする。

 

しかし、それでもお風呂は気持ちいい。なんか眠くなってきた。今日1日いろんなことがあって疲れているのだろう。

 

心地よさに身を任せていると、何故かだんだんと視界が下がっていき......ぶくぶく......中島に腕を引っ張りあげられた。

 

「んあ?」

「何やってんだよ。危ないから寝るな」

「あ、ああ、悪い」

 

沈んでいってしまっていたようだ。前は風呂で寝ても沈まなかったのにどうして......

もしや、俺が小さくなったから?体を見てみると、なんと湯船の向こう側に足が届いていない。まじか。感覚がなくてわからなかった。これじゃ風呂で寝られない。

 

そういえば俺の体はどのくらい小さくなったのだろうか。ずっと座っていたから検討もつかない。後で中島に測ってもらおう。

 

 

「清水、終わったぞ」

 

うとうとするのをなんとかこらえているとようやく中島が終わったようなので、俺も体を洗う。

 

入ったときと同じ要領で両足を先に湯船から出し、風呂内側の出っ張りや手すりをうまく使って体を持ち上げ、浴槽のへりに座った。それからへりに捕まりながら慎重に体を下ろすと、無事、出ることができた。

 

しかし、洗い場には背もたれがないので手で体を支えていないとバランスが取れなくて倒れてしまう。

さっき調べてわかったが、重い下肢麻痺の人はお風呂では寝椅子のようなものに寝そべって体を洗っているらしい。俺もその必要があるだろう。明日スロープと一緒に買いに行くことにする。

 

だから今日のところは......

 

「中島、体を洗うから、支えててくれないか?」

「......まじで?」

 

こうするしかない。早く風呂に入りたいだろうに申し訳ないが、もう少し我慢してもらう。

 

おっかなびっくりといった様子で後ろから肩を支えてくる中島。

 

「違う違う。肩じゃやりにくいから、脇を支えてくれ」

「くぁwせdrftgyふじこlp!?」

 

いきなり奇声をあげる中島。なんだこいつ。

 

「どうした?」

「......いや、だだ大丈夫だ、わかった」

 

中島が脇に手を入れてきたので、髪を洗う。

シャンプーは前使ってたのでいいのだろうか?まあ勿体ないからなくなるまでは使うんだけど。

女性はリンスやトリートメントも日常的にするんだよな?髪が長いから面倒そうだが、明日買いに行くか。

 

髪を洗ったら、中島に体を傾けたりしてもらいながら体を洗う。足は何も感じないから自分のものを洗っている感覚がしない。しかし、女の体ってなんか全体的にやわらかいな。

 

濯ぐのにも結構手間がかかったが、なんとか体を綺麗にできた。

 

「中島、ありがとな、ってうわっと」

 

うわぁ、こいつ、また勃っている。局部を見たわけでもないのに、なんで今のタイミングなんだ?

 

「俺は先にあがってるから、お前は落ち着くまで風呂に浸かってな」

「ああ......」

 

中島は1時間出てこなかった。

 

 



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7話 いろいろ買い物 1

 

 

先に風呂を上がった俺はどうにか1人で体を拭き、髪をそのままにしとくのもいけないと思って、気休め程度だがブラシでささっと梳かした。そして適当な台を経由して車椅子に乗り、どうにか頑張ってぶかぶかのパジャマを着た。

 

歯磨きなどをしながらしばらく待っていると中島がようやく出てきたので、俺の身長を測ってもらおうと思う。

 

さっそく床に寝転がると、中島は腕を大きく広げてメジャーを引っ張り、俺の体に合わせた。

 

「......148cmだ」

「ちっちゃ!?」

「軽いわけだな」

 

まじかよ。10cm以上小さくなってるぞ。もともとクラスの男子の中では一番小さかったけど、これだと女子の中でも一番下なんじゃないか?ずっと座ってるからバレにくいとは思うけど。

 

これにはさすがにショックを受けたが、今日は朝から色々なことがあって疲れた。いつまでも中島を付き合わせるのも悪いので、髪が乾くまで適当に時間を潰したら今日は早めに寝ることにする。

 

中島にベッドまで運んでもらう前に、家の合鍵を渡しておく。俺は鍵を閉められないし、鍵を渡しておけば明日以降ベランダに登ってもらうことは無くなる。

 

「じゃあ、車椅子はここに置いとくぞ」

「ふぁい」

 

ベッドまで運んでもらっている間に寝かけてしまったが、意識をかき集めて返事をする。

 

「じゃあな清水、明日また来る」

「あい〜」

 

うとうとしながらなんとか声を出すと、電気が消え、意識が落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝。

 

起きたら元に戻っていた。というのを少しだけ期待していたが全然そんなことはなかった。

 

既に来ていた中島に1階まで下ろしてもらい、いろいろ支度をする。

 

「中島、さすがに申し訳ないから今日は学校行ってくれ」

「何言ってんだ。今日は買い物するんだろ?どうやって家を出入りすんだよ」

「スロープを最初に買ってなんとかするよ」

 

最初だけ中島に出してもらって、スロープを設置する。スロープがあっても段差を登れるかは不明だけど、最悪道行く人にお願いすればいい。持ち運びは袋を車椅子の持ち手に引っ掛ければなんとかなるはずだ。

 

「......お前、腕ムキムキになりたいのか?」

 

一瞬中島が何を言っているかわからなかったが、なるほど。いろいろ買い物するならかなりの走行距離になるから腕に筋肉が付いてしまうと。

 

儚げな容姿の女の子が、腕だけムキムキ。

うっ。なんかいけない気がする。このやたらと柔らかい腕が失われてしまうのも勿体ない。

そもそもこの体に長距離を移動できる体力があるのか不明だし、やっぱり中島に頼るのが間違いないか......

 

結局、今日も中島に学校を休んでもらって1日介助してもらうことにした。

 

 

いろいろ支度したら、まず初めにホームセンターに来た。

服は昨日と同じぶかぶかなパーカーとズボンだ。結局洗濯物を乾かすのは乾燥機に頼ることにした。さっき洗濯乾燥機にかけたばかりなので、ポカポカだ。

 

ホームセンターでは適当なスロープと風呂用の寝椅子を見繕い、購入する。

 

「多いな......」

 

が、思ったより箱が多くて持ち運びが大変そうだ。車椅子の持ち手にいくつか引っ掛けて、膝の上にも1つ置いて、残りを中島に積み上げて、ようやく全て持ち運べる。

 

「車椅子押せなそうだが、大丈夫か?」

「ああ、さすがに家までなら大丈夫だろ」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

「う、腕が......」

 

なんて思っていた時期もありました。なんとか家までは来れたが、もう腕が限界である。

最初は普通に動かせたけど、1分もする頃にはもう腕に力が入らなくなり始めていて嫌な汗が出た。

そして、とにかく上り坂が辛いのなんの。足に力が入らなくて踏ん張れないので前屈みになれないし、荷物は重いし、後ろに落ちていかないように腕の力だけで支えながら進むのはめちゃくちゃキツかった。

それでも中島に重いものを持たせているので、強がって休まずに15分頑張った結果、これである。

もう腕がぷるぷるして全然力がでない。この体貧弱すぎないか?こんなのを続けてたら本当に腕がムキムキになりそうだ。中島が休んでくれてよかった。

 

 

気を取り直して、さっそく段差にスロープを設置する。

玄関前は駐車場の分のスペースがあるので、スロープをいくつか連結して勾配を緩めに設置する。おそらく、こちらは頑張れば1人でも上り下りできるはずだ。

一方、玄関の段差はスペースが狭い関係でなかなか急勾配になってしまった。腕が回復してから一度試してみたが、下りられはしたが自力で上ることはできなかった。

でも、スロープを使わずに、車椅子から降りる要領で段差を越え、そこから車椅子を引っ張り上げればなんとか家に入ることが出来た。これであれば一応1人で出掛けることができそうだ。

 

お風呂には寝椅子を設置した。結構場所を取ったが、うちには俺しかいないのでずっとこのままでいい。

1人で乗れるか試してみたところ、少々みっともないが、這う要領でなんとか乗ることができた。

 

そんなことをしていたらいつの間にかお昼時になっていたので、ファミレスでたらこスパゲッティを食べ、それから学生服専門店に行った。ここで女子制服を買う。

幸い、うちの高校の制服の在庫があったようなので、俺はとりあえず一番小さいサイズを試着してみることにした。

 

中島と一緒に試着室に入り、着替えを手伝ってもらう。

 

俺が手に持つは、白のブラウスと紺のブレザー、ピンクのリボン、そして、薄紫チェック柄のスカート。

 

スカート。スカートか......

やはり、スカートは女しか穿かないものというイメージがあって、俺が穿くのは少し抵抗がある。

 

ていうかこれどうやって穿くんだ?どこが前だ?これポケットだよな?だったら、こっちか......?

 

なんていろいろ四苦八苦しながら、中島の介助の元女子制服一式を着た。

 

中島に後ろから抱き上げられて試着室の姿見に映っているのは、うちの制服を着た女の子。

ピンクのリボンと短めのスカートは儚げな容姿とは裏腹にあざとい雰囲気があり、アニメキャラのような可憐さが出ている。

 

「うぅ......」

 

これが俺じゃなければ素直に可愛いと思えた。しかし俺が女子制服を着ているということと、それがかなり似合っているということがたまらなく恥ずかしい。

そして中島に抱き上げられる俺のシルエットの本当に小さいこと。制服もこの一番小さいサイズでぴったりだった。非常に遺憾だが、これを買うことにする。

 

「ていうかお前はなんで勃ってるんだよぉ」

「お、お前がぶかぶかな下着のまま腕上げるからだよ......お前、ブラジャーとかは付けないのか?」

「うっ......やっぱ、付けなきゃ駄目だと思うか?」

「......まあ」

 

まじかよ。

確かに、胸のある女性は全員付けてるイメージがあるけど......俺が付けるのか?あれを?

ブラジャーってのは女の子の胸を守る最終防衛ラインで、かつ見られて恥ずかしいものでもあり、男はそういうところにエロスを感じて楽しんだりするものだ。自分が付けるのは、絶対に違うだろう。

でも守るべきものは確かに俺にも存在しているわけだし......うぅ、しょうがない。後で買いに行くか。

服飾類は他にも自分に合うものをいろいろ買わなきゃいけないだろう。

 

学校に行くならうちの高校指定のジャージも必要だが、うちのジャージは名前の刺繍が入るタイプだし、ジャージなら男女一緒だから以前のものを腕まくりとかして着ても多分大丈夫だろう。

しかし靴は以前のものを穿くわけにはいかないので、これから新しいものを買いに行く。

 

 



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8話 いろいろ買い物 2

 

 

学校用の上履きを買ったら一旦家に帰って荷物を置き、それから近くの大型ショッピングモールに来た。あとはだいたいここで揃うだろう。

 

ぶかぶかな服を着た儚げな女の子とその車椅子を押す男子......平日の昼間でも意外と人はいるもので、なんだかとても目立ってしまっているようだが、周りの目を極力気にしないようにしながら目的地へと向かった。

 

まずは......女性下着だ。

 

「お、俺は外で待ってるから......」

「嘘だろ?」

 

こ、こいつ、見捨てやがった。

俺1人でここに入るのか?この、女性下着専門店に?

いや、見て呉れは女だから排斥の目を向けられることはないんだろうけど......なんか抵抗感どころか背徳感すらあるんだが。

 

「いらっしゃいませ。お押しいたしますね」

「あ、ありがとうございます」

 

店に近づくと若い女性の店員さんが迎えてくれた。車椅子を押してくれている。助かるけど、ちょっと待って。まだ心の準備が......あ、紐パン。

 

「何をお探しでしょうか?」

「え、えーっと、下着一式、揃えたいのですが......」

「どのようなデザインをお求めですか?」

「......なるべく地味なやつで」

「承知いたしました」

 

店の中を進んでいき、パンツがいっぱい陳列されている場所で止められる。ショーツと書いてあるが、まあパンツだろう。

 

店員さんが俺に合うサイズのものをいくつか提示してくれたので、その中から適当に白いのを何枚か手に取る。

俺はかわいく着飾る趣味なんてないので、パンツはこういう、何も飾らない白で、なるべくおしゃれから遠いようなのがいい。これはこれで清純っぽい魅力があるのがやっかいなんだけどね。

 

 

次はブラジャーだ。ブラも白がいいと店員さんに伝えると、今度は試着室に入れられた。

 

「採寸いたしますね」

「えっ」

 

店員さんはどこからともなくメジャーを取り出し、俺の胸部に巻き付けた。そのまま軽く締められたと思ったら、また別の位置に巻かれて......

 

な、なんだこれ。女性に、されるがままになっている。なんかドキドキする。

 

「少々お待ちください」

 

メジャーをしまったと思えば店員さんは俺を置いてどこかに行き、すぐに白いブラジャーを持って戻ってきた。

 

「こちらはC65のブラなんですけど、一度付けてみてください。おひとりで大丈夫でしょうか?」

「あ、はい」

「では、試着なさったらお呼びください」

 

ブラを受け取ると、試着室のカーテンを閉めてくれた。

 

C......Cなのか。

いや、別に俺の胸が何カップでも全然いいんだけど、なんかこう......自分の女性的特徴がこうして文字で表されると、複雑な気分になってしまう。

 

とりあえず、付けてみるか......

正直かなり抵抗はあるが、ここまで来てしまったんだ。もう引くことはできない。

一応ブラの付け方は来る途中に調べたので、多分大丈夫だ。

 

俺は服を脱いで、ブラの紐に腕を通した。しっかり車椅子の奥深くに腰掛け、猫背を使ってできるだけ前屈みになり、ブラの位置を合わせてホックを留めた。それから手で胸を寄せてブラに収めて............うん。多分できた。これで合っているはずだ。

 

「で、できました」

「はい。入りますね。......ちょっと失礼します」

 

店員さんは俺の前にしゃがみ、ブラを引っ張ったり、紐の長さを調整したりしてくれた。もしかして、全然できてなかった......?

 

距離の近い店員さんに少しドキドキしていると、まもなくブラジャーがぴったりフィットした感じがした。

おぉ......すごい。これがブラジャーか。なんかめっちゃやわらかい謎の生地に胸をまるごと包み込まれて、護られている感じ。思っていたよりずっと心地いいな。

 

「サイズはこちらでよさそうですね。デザインは白の無地でよろしいのでしょうか?」

 

店員さんは車椅子を回して俺を姿見の方向に向けた。

ブラを付ける俺の姿が映される。

 

うわぁ......なんかすごい似合っている。

清楚感のある白が儚げな容姿とマッチしていてか弱さに拍車が掛かっているような気がするのだ。

俺がブラジャーを付けているっていうのに、見た目だけは本当にそれっぽい。

 

やっぱり恥ずかしいし抵抗があるけど、なんとなくこうあるべきという感じがするのと、単純に付けていて心地がよくて、なんだか外したくない感じがする。

 

「はい、これにします」

「承知いたしました」

 

そう言うと店員さんは突然悪戯な笑みを浮かべ......

 

「では、彼氏さんに見てもらいますか?」

「え?彼氏?」

「あれ、違いましたか?外で待たれてる方とおふたりでいらしたのですよね?」

 

中島のことか?あいつが彼氏って、そんなわけあるか。

あいつは親友だ。それ以外の何者にもならない。

 

俺は女になったけど、今でも女の子が好きなのだ。いくら体が女でも記憶は俺なんだから、それが変わるはずもない。

その意味では、俺は普通の恋愛をすることができなくなってしまったと言える。

といっても、俺はまだ高校生なので結婚願望なんてものもなければ、子の顔を見せる親もいない。正直、普通の恋愛ができなくなったからといってそんなに悲しさは芽生えてこないかな。

 

「あいつは親友ですよ」

「そう......ですか」

 

いきなりあいつを彼氏とか言われてびっくりしたが、確かに傍から見たらそんな風に映ってしまうのかもな。

これからもそういうことはしばしばあるかもしれない。面倒だけど、都度訂正していこうか。

 

そうして俺は白のブラとパンツをいくつか買って、中島のところに戻った。試着したブラは付けて帰ることにした。

 

それからいろいろ店を周り、洋服類を一通り揃えた。下着、パジャマ、外着など、女性物の中でもあまり洒落てないやつを試着しながら決めた。

中島に試着を手伝ってもらっている時にブラを見られてしまってめっちゃ恥ずかしかった。

 

洋服類を買った後は、リンスと、夕飯の買い物をして、家に帰った。

 

もう日が沈んでいたので今日も中島に夕食をご馳走して、その後は2日学校を休んだ分の勉強をした。

買い物はあらかた済ませたので、明日は学校に行こうと思う。足のことなど、嫌なことや不安なことはいろいろあるが、いつまでもうじうじはしていられない。

 

それから今日は1人で風呂に入った。寝椅子を経由すれば安全に浴槽を出入りできたし、寝椅子に寝転がって1人でも楽に体を洗うこともできた。足を伸ばしたまま容易く足の裏まで手が届いたので、俺の足は動かないけど結構柔らかいらしい。

 

中島はまた俺が寝るまでいると聞かなかったので、明日の準備をして、今日も早めに寝ることにした。

 

 



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9話 学校

 

 

アラームの音で目が覚める。

腕を伸ばしてアラームを止め......

 

「うっ」

 

ようとしたらめっちゃ腕が痛い。筋肉痛だ。昨日ホームセンターから自力で帰ったのがかなり効いたようだ。

 

今日は女になって初めての学校だから意気込んで行かなきゃなのに、出鼻をくじかれた気分だ。腕がこんなだと、さらに大変そうだな。

 

ふいに、玄関のドアが開く音。中島だな。時間ピッタリにくるとは律儀なことだ。とりあえず2階から下ろしてもらおう。

 

......

 

「おはよう」

「ああ、起きてたか」

 

起き上がって待っていると、中島がこちらにやってきて俺の背と足に手を添えた。

 

「持ち上げるぞ」

「いっ......」

「えっ、ど、どうした?」

「ん、大丈夫、腕が筋肉痛なだけだよ」

「そ、そうか。すまん」

 

丁重にリビングまで運んでもらったら一旦ソファーに置いてもらい、中島はまた2階に車椅子を取りに行った。

 

俺はソファーで寝てもいいと言っているのだが、これ、毎日やるつもりなのだろうか?嬉しいのだが、さすがに申し訳なさが大きい。

 

戻ってきた中島に車椅子に座らせてもらう。

 

「じゃあ俺も家で支度してくるが、1人で大丈夫か?」

「ああ」

「すぐ来るから、腕痛かったら無理するなよ」

「大丈夫、8時までには終わらせるよ」

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

登校中。

俺は荷物を膝に乗せて車椅子に座り、中島に押してもらっている。

 

もちろん、服は女子制服だ。紺のブレザーと薄紫チェック柄の短めのスカートにピンク色のリボンという非常に女の子らしい服装。俺が着ていても違和感がないのはわかるが、やはり女装して出掛けているようでなんだか落ち着かない。ちなみに、ちゃんと中にブラジャーも付けている。

 

高校には家から徒歩10分程度で着くので、電車は使わない。でも今日からは倍の20分くらいはかかってしまうだろうか。

 

 

駅から来る人が通る道と合流すると、うちの生徒の数が一気に増える。俺たちはペースが遅いので何人にも抜き去られているが、みんな追い越すときにこちらを見ていて、1度前を向いたと思ったら、それから2度見する。特に男にはガン見されてしまう。

 

「あの子可愛くね?」

「ああ。あんな子いたっけ?」

「車椅子は見たことないよな」

「足どうしたんだろうな......」

 

そんなヒソヒソ話が聞こえてくる。

 

まあ、車椅子で目立つばかりか容姿でも惹きつけちゃうからね......こうもなるとはわかるんだけど、みんなこぞって足や見た目の話をしていて少しうんざりだ。

話しかけられはしないのは中島がいるおかげだろうか?

とりあえず、うちのクラスの人とはすれ違いたくない。そんなことを願いながら、徐々に近づいてくる学校に憂鬱な思いを膨らませていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

学校に着いてしまった。

5階建ての校舎がいつもより大きく見える。

玄関は生徒用と職員用の2つあって、職員用の方はスロープがあるので俺はこちらから入る。なんか特別感があるけど、それに浸っている余裕はない。

 

職員用玄関でタイヤカバーをつけながら待っていると中島が生徒用玄関の方からやってきて、スロープを上らせてくれる。それから初めて高校のエレベーターに乗り、2年生の教室がある3階へ向かった。

 

 

 

「清水、大丈夫か?」

 

教室のドアの前。

俺は緊張している。不安だ。みんながちゃんと俺を清水だと信じてくれるか。信じてくれたとしても、この見た目や足を見られたくない気持ちがかなり大きい。

清水は足が動かなくなった。清水は女になった。そう思われると、自分の価値がなんとなく下がってしまいそうで、前の俺が消えてしまいそうで、それがたまらなく怖い。

 

なんだか目の前のドアがやたらと大きく見える。心の準備は十分してきたつもりだが、ここに来て逃げ出したい気分になってきた。しかし生憎、俺は逃げるための足を動かすことができない。だから俺は、弱音を吐いた。

 

「中島、やっぱり怖い。このことを知られるのが。そもそも、ちゃんと信じてもらえるかもわからない」

 

正直に内心を言うと、少しして、後ろから頭にポンと手を置かれた。な、なんだ......?

 

「大丈夫だ、先生だって信じてくれたろ?説明すればみんな信じてくれるさ。そもそも、誰がなんと言おうがお前は清水なんだよ。俺が言うんだから、間違いないだろ?」

「......」

「見た目のことだって、足のことだって、気にすることじゃない。お前がなんと思っていようが、他の奴になんて思われようが、お前のことは俺が知ってるから」

「......!」

 

お前のことは俺が知ってる......つまり、俺の見た目が変わろうと、足が動かなくなろうと、こいつだけは俺の価値を分かっているし、前までの俺もこいつの中にだけは存在し続けると?

だから他の奴なんか気にするな、俺だけ見てろ、って感じか?

な、なんだそれ......口説いてるのか?

 

......でも、確かに親友のこいつさえ俺を清水として接してくれるのであれば、俺の価値を知ってくれるのであれば、俺は十分なのかもしれない。少なくとも、そういう心構えで行った方がだいぶ楽だ。

 

信じてみても、いいのだろうか。

 

「......そうかよ」

 

とりあえず一度深呼吸をする。少なくともこいつだけはずっと俺を分かってくれる。そう思うと、なんだか嘘のように気楽になってきた。

なんか女になってからよくこいつに励まされている気がするな。

 

「じゃあ、入るぞ?」

 

こく、と頷くと、中島がドアを開き車椅子が教室に進んでいった。するとみんながこちらを注目し、喧騒がしんと止んだ。

 

なんだあの車椅子の奴は。みたいになっているのだろう。なんとなくいたたまれなくなって目を伏せてしまうが、ややあって、クラスメイトの男の1人が話し掛けてきた。

 

「な、中島、久しぶり......」

「ああ、2日ぶりだな」

「.........その子は?」

「清水だ」

「え?」

「清水だ」

「......??」

 

またしんとしてしまった。俺からも声を掛けてみる。

 

「や、やあ、長谷川」

「あ、はい長谷川です」

 

敬語で話された。悲しい。

 

「俺だよ俺。清水。2日ぶりだな」

「......え?マジなの?」

「マジだよ。こんなになっちゃったけどね」

 

唖然として俺を見る長谷川。

ぼつぼつと、他のクラスメイトからも反応が出てきた。

 

「え?どゆこと?」

「あの子が清水くんってこと?」

「そんなわけなくない?」

「何があったの?」

 

そうだな。まずは説明しようか。

 

「えーと、なんか一昨日朝起きたらこうなってて......その時から足が動かなくなっちゃったんだよ」

「それで病院とか行ってたから、今日まで休んでたって訳だ」

 

中島が付け加えてくれる。

 

「信じられないなら、俺が知ってることで何か質問してみてよ」

 

先生はこれで信じてくれた、と思い言ってみると、じゃあ、と口を開いたのは長谷川。

 

「俺が得意なモノマネは?」

「化学の先生の唸り声」

「おお......じゃあ、うちのクラスの生徒で同じ中学だったのは?」

「中島と、長谷川、沢田、あと荒さんだな」

「まじかよ......ガチで清水なのか?」

 

ここまでくると、信憑性はなかなか高いんじゃないかな?

長谷川の狼狽に、まさか、というかのようにクラスメイトの1人が席を立ち、それを皮切りにみんなが俺を近くで見るようこちらに集まってきた。

 

「清水ってあの清水?」

「長谷川くんもグルってことでしょ?」

「いや違う!俺は何も知らない!」

「ほんとー?」

「いやでも中島くんが言うんなら本当に......」

「確かに中島はそういう冗談言うタイプじゃないよな」

「じゃあ本当に清水くん......清水、さん?」

 

「あ、呼び方は今まで通りで」

 

「じゃあ、これが清水なのか......」

「す、すごい変わったね」

「ずっとそれに座ってるの?」

「どうやってここまで来たんだ?」

「清水ーその服は?」

 

「これは昨日買ったんだよ。先生に言われてな」

 

「清水くん1人暮らしじゃなかったっけ?」

「だ、大丈夫なの?」

「ずいぶんと可愛くなったな」

「さ、触っていいか?」

 

「え、ええと......」

 

なんだか、みんな信じてくれる流れになっているみたいだ。中島の言った通りだな。少し安心した

でもこんな風に詰め寄られるのはなんか嫌だな。座っているからみんなの目線が高いのと、思ったように身動きが取れないので、窮屈というか圧迫感があるというか......

 

「そこまでだ。質問なら俺が答えるから、とりあえず席着け」

 

縮こまっていると、中島が場を収めてくれる。

ありがたいな。こういう時気を使ってくれるのはとても心強い。

 

するとみんな俺が困っているのを察したようで、ぞろぞろと席に戻っていった。

一息ついて中島と後ろのロッカーに荷物を仕舞っていると、ふと、教室の前のドアが開いた。

 

「あ、清水くん、いらしてたんですね」

 

先生だ。

 

「その様子だと、もうみなさん聞いたみたいですね。いろいろ気になると思いますが、清水くんは今とても混乱しているので、あまり触れないようにお願いしますね」

 

さすが先生。ありがたいことを言ってくれる。

これからいろいろ聞かれるだろうことを憂鬱に感じていたから、それが減るのであればとても過ごしやすい。

 

「それと、清水くんの席を一番後ろにしましょうか。この列の人は1つずつ前にズレてください」

 

ああそうだな。車椅子だと教室の座席間は窮屈だ。一番後ろであればある程度スペースがあるので、身動きが取りやすいだろう。

 

クラスメイトが俺の机を後ろまで運んでくれる。椅子は中島が物置部屋まで持って行ってくれるようだ。俺はみんなにお礼を言って、腕の痛みを我慢しながら席まで車椅子を動かした。

 

あ、ここだと中島の席が斜め前にあるね。

少し嬉しい気分になっていると、隣の席から声が掛かった。

 

「清水くん、よろしくね」

「あ、うん、よろしく」

 

クラス委員長の三川さんだ。地味だけど、よく見ると肌が綺麗だし割と可愛い顔をしている女の子。

 

「三川さんが隣ですか。ちょうどいいですね。いろいろ面倒を見てあげてください。特に......」

「ああ、なるほど。わかりました」

 

なんだか通じ合っている様子だが......うん、トイレのことだろう。

まじで女子トイレを使わなきゃいけないのか......女子に手伝ってもらうのはかなり気が引ける。というか委員長は俺を持てるのだろうか?中島なら楽に俺を便座まで移せるだろうけど、中島が女子トイレに入るわけにはいかないし......

 

「ご、ごめんね......」

「ううん、いいよ。いつでも言ってね」

 

委員長は優しい笑みでそう言ってくれているが、なるべくトイレは家で済ませよう、と強く心に刻むのであった。

 

 



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10話 変化

 

 

4限の終了のチャイムが鳴ったので、これから昼休みだ。

 

授業は思いのほか問題なく進んでいった。せいぜい、授業の初めに各教科の担当の先生が俺を見て驚いた反応をするくらいだ。先生の根回しのおかげだろう。

俺は2日分授業に遅れているが、少し自習したのもあってついていけないこともなかった。

 

辞典など、後ろのロッカーに置いている教材は中島が俺の分まで用意してくれた。それくらいは俺がやると言ったが、腕が痛いんだろと言って聞かなかったので大人しく中島に任せることにした。

 

先生の言いつけもあってか、クラスメイトに俺の変化についてあれこれと言われることはなかった。みんななるべく俺の容姿や足に触れないようにしながら、困ったら言って、とか、がんばって、とか温かい言葉を掛けてくれている。

 

でも、なんだか常に視線を感じる。

授業中わざわざ一番後ろにいる俺をちらちら見てくる人、休み時間俺をぼーっと見つめている人、数人で集まって俺を見ながらこそこそ話している人、廊下から覗いてくる他のクラスの人。周りに特に気を配っていなくてもわかってしまう。

俺のことが気になるのはわかるんだけど、なんか落ち着かない。常に一挙手一投足注目されているようで、ろくに気を休めることもできない。

みんな俺にいろいろ聞きたくて仕方ない、でも自分が聞くのは薄情者っぽくなるから嫌だ、そんな感じだろうか。

 

甘く見ていたかもしれない。足が動かなくなったことよりも目立つということの方がこんなにも窮屈だなんて思わなかった。

 

「清水、昼飯買ってくるが、何がいい?」

「あー、じゃあたらこスパゲッティパンをお願い」

「あいよ」

 

そんな中普段通り話してくれる中島の存在には心底安心する。こいつがいなかったら今頃環境の変化にどうにかしていたかもしれない。

 

さてどうやら、中島が俺の分の昼食を買ってきてくれるらしい。いつもは2人で購買まで買いに行っていたけど、購買は1階だし、混むので俺は邪魔になる。申し訳ないけど、これからは中島に頼もう。

 

そしたら、その間に他の用を済ませよう。

 

「あ、あの、委員長」

「なあに?あ、トイレ?」

「......うん。お願い」

 

実はさっきから結構むずむずしていたのである。女子トイレに入るのに抵抗があったのでなるべく我慢していたが、そろそろきつい。

 

「わかったよー。じゃあ押すね」

「あ、トイレまでは自分で行けるから......」

「いいのいいの。私が手持ち無沙汰になっちゃうから」

「えぇ」

 

問答無用で車椅子を押される。

女子トイレは教室を出て廊下を少し進んだところにある。

俺の内心の抵抗も虚しく、あっさりと女子トイレに入れられてしまった。

 

床がピンク色で、個室が並んでいるだけのトイレ。紛れもない女子トイレだ。

何かイケナイことをしているような背徳感に苛まれていると、委員長が個室の洋式トイレのフタを開け、俺の横に立った。

 

「じゃあ持ち上げるよ?」

「う、うん」

 

頷くと、委員長が俺の膝裏に腕を入れ......

 

「よい、しょ」

 

力のこもった声とともに、俺の体が持ち上げられた。

 

おぉ......本当に持ち上がった。女子としては普通くらいの体格の委員長でも持ててしまう。俺ってそんなに軽いのか?それとも委員長に結構力があったのか?なんか失礼っぽいから口には出さないけども。

 

変な感じだ。女の子に力仕事をさせる罪悪感があるはずなのに、こうして持ち上げられるとなんとなく女の子の下になってしまったような感じがして、なんか胸がゾワッとする。あと単純に、女の子にこんなに密着しているということにめっちゃドキドキする。

 

謎の高揚感に内心ドギマギしていると、間もなく俺の体が便座に下ろされた。

 

「これでもう大丈夫?1人で脱げる?」

「う、うん、大丈夫」

「わかった。じゃあこっちで待ってるから、終わったら言ってね」

「ありがとう」

 

委員長がドアを閉めてくれる。

あ、これだと鍵が閉められないな。まあ委員長が見てくれるなら大丈夫だろうけど。

 

俺はスカートを捲りあげ、個室の壁を使って体を傾けながらパンツを下ろし、用を足す。

 

ぴちゃぴちゃと音が響く。

 

......ってうわあ!?これ向こうまで聞こえてない!?

さすがに恥ずかしい。俺はできるだけ勢いをゆっくりにして音が出ないようにするが、しすぎると溜まっている水に直接落ちてぽちゃぽちゃ水音が出る。なんだこれ。難しすぎるだろ。それとも俺が下手くそなのか?

 

「し、清水くん、音姫......」

「へ?」

「脇に、ボタンがあるでしょ?」

 

向こうから聞こえてきた委員長の声に何だ何だとトイレの脇を見てみると、確かに、あの水が出るボタンの並びに『音姫』と書かれた見慣れぬ緑色のボタンがあった。

 

「何これ?」

「え、知らないの?とにかく押して!」

 

言われた通りにそのボタンを押すと......突然トイレからデカい音がした。

 

「おぉっ......?」

 

トイレの水が流れる音。しかしながら実際に水は流れていない。電子音だ。

 

なんでこんな......と一瞬思ったがなるほど。これで音を隠すのか。俺のも完全に隠れている。結構便利かもしれないな。女子トイレにはこんなものがあったのか。

 

感心している間に出切ったので、止ボタンを押して音を止め、ちゃんと拭いて水を流し、パンツを穿いた。

 

「終わったよ」

「うん、じゃあ開けるよ」

 

委員長が入ってきて、お姫様抱っこで車椅子に移してくれる。

 

「女子トイレにはあんなのがあったんだ」

「逆に男子トイレにはないんだね......」

 

女子には常識だったのか?寝耳に水なんだが。

 

水道まで車椅子を押してもらい、体を支えてもらいながら手を洗う。

 

「清水くん、普段の生活は中島くんが助けてくれるの?」

「うん」

「だったら、女の子の生活のことはあまり分からないんじゃない?」

 

耳が痛い。

音姫なる装置のことも知らなかったし、他にもまだ分からないことが結構あるかもしれない。

例えば美容面のことだ。俺は今のところ風呂でリンスを始めた以外男の頃と変わっていないが、女の子はもっと何かしているイメージがある。

俺もせっかく可愛い見た目になったんだから、それを保つ努力はしてもいいと思っている。

 

「確かにそうかも」

「だよね。なら女の子の生活のことは私が教えるよ。わからないこと何でも聞いてね」

「ありがとう。じゃあ、肌のケアは普通何をするの?」

「朝とお風呂上がりに化粧水と乳液は必須かな。乳液は保湿クリームでもいいよ。特に乾燥する時期は絶対ね。出掛ける時は日焼け止めもしてね。私は美容液も使うけど、高いし、他のと比べると必須ではないかな」

「お、おぉ??」

 

思っていた3倍くらい答えが返ってきた。女の子っていつもそんなことしてるのか?大変だな。

 

教室に戻ってからも美容についていろいろ委員長に手ほどきをしてもらった。

俺が唯一していたリンスは褒められたけど、ドライヤーをしてないと言ったら怒られてしまった。

今日言われた美容品は学校が終わったら買いに行こうと思う。ドライヤーは母が使ってたのがあるはずだけど、どこにしまったっけな......

 

そんなことを考えていたら中島が戻ってきたので、一旦切り上げて昼食にする。

 

 

「だから放課後美容品買いに行くわ」

「わかった」

「......」

「......」

 

いつも通り中島と2人で向かい合って昼食をとっている。

普通であれば、楽しくゲームやアニメの話をしながら食事をしていたのだが......

 

なんか視線が気になって話がしにくい!

 

ちらちら、ちらちらと。特に男子からの視線が熱い。そんなに俺が食べてるのを見るのが楽しいのか?

 

もう我慢ならない。

俺から話しかけよう。

 

「中島、あっちに混ざろう」

「そうだな」

 

俺はたらこスパゲッティパンを持って、クラスメイトの中でもよく話す2人組のところまで車椅子を動かす。周りの視線も付いてくるが気にしない。

 

「よっ」

「し、清水」

「なんだよさっきから。言いたいことがあれば別に言っていいんだぞ?」

「いや、そういうわけじゃ......」

 

歯切れが悪いな。それなら普通に雑談でも振るか。

 

「そうだ、このガチャ引いたか?」

「あ、ああ。俺は爆死したけど」

「俺はコンプしたけどバイト代が消えた」

 

この2人と俺と中島がやってるソシャゲの話題だ。こいつらとはその繋がりでよく話すのだ。

 

「そ、そうか、ドンマイ......」

「う、うん」

 

それなりに気安く話す仲だったのだが......なんだろう、なんか態度がよそよそしい。顔を赤くしてちらちらとこちらを窺っている様子で、口調がいつもより柔らかい気がする。

 

......ん?どこを見てるんだ?

 

もしかして、胸、か......?

 

「......」

 

いや、胸だけじゃない。

足、腰、顔。

俺の体を、まるで女の体でも見るようにちらちらと見ている。

 

ぞわぞわと。嫌な感じが体を巡った。

 

俺に、色目を使っているのか?

思わず言葉を失ってしまう。

 

中島も俺にエロい目を向けることはあったが、こいつらとはどこか違う。

中島はちゃんと俺を清水として見てくれていた。

......いや、こいつらも俺が清水だと信じてくれてはいるのだと思う。

だが根本的に違うのだ。

 

中島の目は、"女になった俺"を見る目。

こいつらの目は、"俺という女"を見る目。

もう、友達に向けるような視線ですらないかもしれない。

 

今日ずっと、そういう目で俺を見ていたのか?もしかして、他の男も?

 

どんどん理解してしまい、ひどくがっかりして、項垂れてしまう。

 

まあ、しょうがないのかもしれない。確かに見た目は相当いいからね......

こいつらは中島みたいに昔から俺を知っていたわけでもない上に、思春期真っ盛りなのだ。俺が清水だということを差し置いて、この容姿に魅入ってしまうのかもしれない。

 

俺はできれば、クラスメイトには以前のように接して欲しかった。その方が以前の俺のアイデンティティを強く保つことが出来るから。

でも、見た目の変化というものは、想像以上に大きかったのだと、今思い知らされてしまった。

 

 



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11話 中島が過保護っぽい?

 

 

クラスメイトの男の視線が変わってしまったのにはすっかり落胆してしまったが、俺には中島がいてくれると思うと安心したし、他の男のことは割り切ることができそうだ。

結局あの場は惰性で乗り切ることができたけど、仲の良かった友達に色目を使われるのはさすがに元男として耐え難いものがあった。

 

 

さて。次は5限。教科は、体育だ。

 

先生曰く、車椅子の生徒には個別の課題設定がされるからそれをしていけば単位は問題ない、とのこと。だったら俺も今回授業に参加するのだろうか。

体育の先生に指示を仰ぎに中島と職員室に行ったところ、俺が清水だとは信じてくれていない様子だったが、一応俺のことは考えてくれていたらしく、着替えて体育館に行っているように言われた。

 

......着替えて。

 

うちは体育は2クラス合同の形態をとっていて、着替えはうちのクラスに男子が、もう一方のクラスに女子が集まって行う。

 

故に、今うちのクラスからどんどん女子がいなくなっている。

俺は、ここで着替えてもいいよな?今までこっちだったし、こっちであれば中島に手伝ってもらえる。

 

ブレザーのボタンに手をつけると......

 

「こら、何してるの。行くよ清水くん」

 

と委員長。

 

「え?えっ?......え?」

 

委員長が俺のジャージ入れを取り、車椅子を押した。

待って待って。それはさすがにまずいって。俺、一応中身は男なんだけど。女子と着替えを一緒にするなんてあってはならない。

抵抗しようにも何もできない状況に泣きそうになりながら中島を見つめ助けを求めるが、中島は頑張れよとでも言いたげな顔で頷いて見送ってくれた。

ちくしょう!!

 

 

女子が着替える教室は、廊下から中が見えないようにドアのガラスに紙が貼ってある。委員長はためらいなくドアを開け、俺を中に入れた。

反射的に目を塞ぐ。

 

「うわぁあごめんなさい見てないですごめんなさい」

「あはは、何してるの?」

 

あははって。委員長って意外とほわほわしてるところあるんだよな。

 

「どこまでなら1人で出来るの?」

「......上だけならなんとか」

「はーい、じゃあほら、壁の方向けたから目開けていいよ」

 

少しずつ目を開けると、確かに目の前に壁があった。傍の机に俺のジャージ入れが置かれている。

 

「私も着替えるから、できるだけ自分でやっといてね」

「あ、ハイ」

 

なすすべもなく言いなりになってしまった俺は、車椅子のタイヤをロックして、見てはいけない、見てはいけないと自分に言い聞かせ、着替えを始めた。

 

「あの子清水くんらしいよ」

「聞いた聞いた」

「かわいい〜」

「清水くんこっちなんだ」

「見られちゃったかな?」

 

周りから女子の声しか聞こえてこない。やっぱり俺歓迎されてないだろ。恥ずかしがってそうな声も聞こえるし、俺も女の子の前で服を脱ぐのは恥ずかしいし、誰も得していない。

 

そして周りの反応を聞くに、俺のことは他のクラスにも結構広まっていたようだ。廊下からもかなり視線を感じたからそうだろうとは思っていたけど。

 

いたたまれない気持ちでいっぱいになりながらも、なんとか上だけジャージに着替えた。

ぶかぶかだ。普通にしていると萌え袖になってあざといので、少し折り返す。

 

「着れたみたいだね。じゃあ、ズボン穿かせるよ」

 

今し方委員長が着替え終わったようで、俺の靴を脱がし、ジャージの長ズボンに足を通してくれる。そうか、スカートは後から脱げるのか。

 

「ところで、下は普段どうやって穿いてるの?」

「トイレにつけた手すりを使うか、床をのたうち回るか、中島に持ち上げてもらうかだね」

「うーん、床をのたうち回るのはやめようね」

 

言いながら、ズボンをすっ、すっ、と上げてくれる。

やがてももにつっかえて上がらなくなったので、委員長は周りの女子に協力を仰ぎ、来てくれた3人が器用に俺を持ち上げてくれた。

その間に委員長がズボンをぎゅっと上げ、スカートを脱がしてくれる。

 

「はい、できた......あれ?清水くん結構ちっちゃいね」

「うっ」

 

女子達に着替えさせてもらっている時点で心が瀕死だった俺は、何気なく出たであろうその言葉によりあっけなくトドメを差されたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふんっ!!」

 

 

俺が思い切り投げたバスケットボールは虚しくもゴールのネットをかすっただけに留まった。

 

 

「......」

 

 

壁に当たって跳ね返って来たボールをキャッチする。

 

今はバスケの授業。

俺はみんなとは別に先生とパスやドリブルの練習をして、たまにゴールを空けてもらってこうしてシュートを打っている。

 

ちなみに、前に倒れると危ないので、俺はベルト代わりに中島のジャージで車椅子に括り付けられている。

 

腕の力だけではこんなに難しかったのか。

どう投げても届かないし、筋肉痛は辛いし、生徒達は哀れむような目で見てくるし......

 

俺は前まで、体育は恥をかくし足を引っ張るから嫌だと思っていた。しかし実際みんなと別になってみれば、これほどまでに心が痛い。

体育はこれからずっと1人。あの中にはもう入れない。そう思うと切ない気持ちでいっぱいになる。

 

気づけば、向こうで普通に授業を受けている中島を頼るように見ている俺がいる。あいつといれば寂しくないのに、と。

 

ここ最近......特に今日は、中島がそばにいないとふと漠然とした不安に襲われる。自分が変わってしまうんじゃないか、前の俺を少しずつ忘れてしまうんじゃないかって。

でも、俺のことを知っていると言ってくれたあいつといればずっと自分でいられる気がしたし、心から安心することができた。どれだけ他の奴が離れていこうとも、寂しくなんてならないと思う。

多分、俺はあいつにただ一緒にいて欲しいのだ。

女々しいな。あいつに知られたらからかわれるかもしれない。

まあ、今は授業中だしあいつに何かできるわけでもない。俺に巻きついている中島のジャージだけで我慢しておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

嫌なことは多かったが、なんとか学校初日を乗り切った。明日は土曜日なので、ゆっくり気持ちを整理して来週に備えたい。

 

俺と中島は帰宅部なので、ホームルームと清掃が終わり次第一緒に俺の家まで帰った。

ちなみに清掃では俺は邪魔にならないように教室をうろちょろしていた。

 

家に帰ったら昨日買った女性物の外着に着替えてスーパーで買い物をした。委員長に言われた美容品もスーパーで揃えることができた。

 

「清水、風呂掃除しとくぞ」

「ああ、ありがとう」

 

中島はどうやら今日も俺が寝るまでうちで過ごすらしい。申し訳ないけど、いろいろしてくれるのは助かるし、俺自身中島と一緒にいられるのが嬉しかったので何も言わないことにした。

 

のだが......

 

「着替えか?手伝うぞ」

「ありがとう」

 

「清水、どうした?」

「ん、トイレだよ」

 

「喉乾いてないか?」

「大丈夫」

 

「何かあったら言えよ」

「ああ」

 

「なんかテレビ見るか?」

「じゃあ昨日のアニメを見ようか」

 

「寒くないか?」

「普通かな」

 

「だ、大丈夫か......?」

「爪切りくらいは1人でできるぞ」

 

なんか、俺が何かする度に中島が心配そうに俺を見てくる。

 

いろいろ手伝ってくれるのはありがたいんだけど、もしかして、こいつ、過保護になってないか......?

 

 



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12話 知らせ

 

 

5日後。水曜日。

 

そろそろブラを付けるのも慣れてきた。委員長の言いつけ通り朝とお風呂上がりには美容品を使うのも欠かさないようにしている。だんだん女の子の生活が身についてしまっている気がするな。

 

土日は中島と一緒にだらだらと過ごし、月曜日からはとても憂鬱だったがちゃんと学校に行っている。

 

クラスメイトは俺によく気を使ってくれるが、やっぱり、俺を見る目は以前と変わってしまったと思う。

 

特に男だ。

仲は悪くなかったがそんなに話さないような奴がよく話しかけてくるようになったり、逆にそこそこ仲良かった奴がよそよそしくなったと思えば俺の体ばかり見ていたり。

 

俺が元男とわかっていて気安く話しかけてきて、あわよくばで狙われているような。あるいは、俺に優しくすれば自分でもいけるかもなんて身勝手な妄想でも抱かれているような。

 

俺は男とそういう関係になる気はないので、色目を使われても俺自身は気持ち悪いだけで、しかし下心でも優しくしてもらっているのは事実なので、文句は言えないし、望むものを返してやれないことに申し訳なさも感じる。

 

 

女子は女子で、なんとなくだが俺を見る目が変わってしまった気がする。

 

多分、クラスの男がこぞって鼻の下を伸ばして俺に近づいていることを面白く思わないのだろう。

女子も表面上はとても俺に優しくしてくれているけど、それももしかしたら男の目を引くためだったり......

以前から女子とは別に仲良くはなかったが、それにも増して距離が開いてしまった気がする。

 

俺は元々は色恋沙汰に疎くて、人の目線なんて全然わからなかった。しかし実際にそういう目線を向けられて気にするようになってしまい、女子の目線の変化にも気付けるくらいには敏感になってしまったのかもしれない。

 

そういうわけで、クラス内は本当に居心地が悪い。中島が居なければとっくに心が折れていたと思う。

学校の中では中島の傍に居る時だけが安心できる。ここが俺の居場所というか、そうしていないと息が詰まりそうなので休み時間は他の奴に絡まれる前に中島と話しているようにしている。そうしているのが一番楽しいし、周りの奴に"俺は今中島と話している"とアピールすることもできる。

 

 

結局、中島は毎日俺が起きてから寝るまでだいたい俺の家で過ごしている。当たり前のようにいろいろしてくれていて、心配しなくていいと言っても聞いてくれない様子だ。

やっぱりこいつは俺に対して過保護になっている気がする。俺が何かするたびに心配して手伝ってこようとしてくるし、ずっと心許なそうに俺を見ているし......

 

「清水、どうした?大丈夫か?」

「ん、なんでもないよ」

 

こうして少し回想に入っているだけで心配されるしね......

別に煩わしくはないのだが、そもそも心配をかけているという状況が面白くないのに、こんな小さなことですら気にかけられるとますます自分が弱々しい存在になってしまいそうで......

しかしいつもそれに助けて貰っているのに文句を言うのはありえないので何も言えていない状況だ。

 

「そうか。じゃあ、今日はどうする?」

「んー、たらこスパゲッティおにぎりで」

「あいよ」

 

昼休みなので、中島が昼ご飯を買いに行ってくれる。その間俺は委員長にトイレに連れていってもらうのが習慣になってきている。

 

「委員長、お願い」

「はーい」

 

 

 

 

 

用を足し、手を洗っているところでせっかくだし中島のことを委員長に相談してみる。委員長は女の子の生活以外にも親身になって聞いてくれる。この子は元々面倒見のいい人で、俺に対して善意で動いてくれるだろう数少ないクラスメイトだ。

 

「中島くんが過保護っぽい?」

「うん」

 

俺は最近の中島の様子を委員長に伝えた。

 

「そ、それは確かに心配し過ぎだね」

 

だよね。よかった。俺の感性が変になっていたんじゃなくて。

 

「でもわかる気がするな。なんか、清水くんの顔ってすごく庇護欲を誘うっていうか......守ってあげたくなる感じがするもん」

「えぇ?」

 

確かに俺も自分の顔を最初に見た時はそんな印象を抱いたけど......それで中島があんなになっているのか?

 

「んー、でも、甘えておけばいいんじゃない?実際助かってるんでしょ?多分、慣れればどうってことなくなると思うし、その方が中島くんも嬉しいはずだよ」

「そ、そうかな」

 

やっぱり、委員長って真面目そうに見えて結構大ざっぱなところあるよね。

慣れればどうってことなくなる、か。確かに一概に違うとも言えないし、今は委員長の言う通り中島の好意に甘えておくとしようか。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の帰り。

今日も中島に車椅子を押してもらって下校している。

 

委員長は俺の顔を庇護欲を誘うと言っていたけど、中島もそう思っているのだろうか?

直接聞いてみよう。腰をひねって中島の方に振り返る。

 

「なあ中島」

「なんだ?」

「今の俺の顔ってどう思う?」

「......え!?」

 

中島は何やらひどく当惑した様子。

 

「え、えー、と......か、可愛い、んじゃないか?」

「は?」

 

何言ってるんだこいつ?俺が聞きたいのはそういうことじゃなくて......

 

――プルルルル

 

突然、俺のスマホに着信が。

 

「おっと、悪い」

「あ、ああ」

 

スマホ画面には何やら見覚えのない電話番号。とりあえず出てみる。

 

「はい、清水です」

『もしもし清水さん、僕だよ』

 

こ、このおじさん声に独特な気安さは。

 

『DNA鑑定の結果が出たっていうお知らせだよ。大事な話もあるから、来れるときに病院に来てね』

「......!」

 

あの時の医者のおじさんだ。

どうやら、DNA鑑定の結果が出たらしい。突然のことに心臓が早鐘を鳴らす。

 

「い、今から行きます」

『はい、じゃ、結果もその時に伝えるよ。よろしくねー』

 

と言って電話を切られる。

 

「どうした?」

「中島、病院まで運んでくれないか?」

「......ああ、わかった」

 

DNA鑑定の結果が出た。つまり、俺のこれからのことがここで決まる。

もし一致したら、前の俺と今の俺が同一人物だという科学的な保証が得られるが......一致しなかったら、これからかなり苦労することになるだろう。

戸籍や経歴のこと。保険や年金のこと。そういう書類の面だけじゃなくて、もしかしたら周りの人に俺は清水じゃないと思わせる材料にすらなってしまうかもしれないし、俺も自分が清水であるという自信が揺らいでしまうかもしれない。

 

もしかしたら最悪、前の俺と別人として生きることになるかもしれない。というか、医者のおじさんが言う大事な話というのがこれな気がしてならない。ダメ元だったし、見た目が違うんだから当たり前だが、やっぱり怖い。

 

俺はどうなってしまうのだろうか。

制服のままだが、不安で気が気じゃないのでこのまま送ってもらう。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ清水さんね。いやー、すごいことになってるね」

「はい?」

「まず、DNA型は間違いなく一致しているそうだよ」

「......!」

 

一致!?一致した!?ってことは......

 

「でもね、」

 

聞けば、ヒトの染色体が23対あるのに対してその中の1対である性染色体は男女で異なるそうで、俺の場合は他の22対の中のDNA型が一致したにも関わらず性染色体のみが正常にそれぞれの性別のものになっていたという。

 

「おかしいよね。だから僕は最初異性一卵性双生児の可能性を疑ったんだけど、清水さんが産まれた病院に連絡しても清水さんは間違いなく一人っ子だというし、そもそもこれは確率が極めて低いのね」

 

医者のおじさんは少し楽しそうな顔で続ける。

 

「だから、清水さんが元から女の子に生まれていた、ってよりは、後天的に体を女の子に作り変えられたって方がしっくりくるね」

 

......と、いうことは?

 

「てことで、同一人物ってことの証明ができたよ。戸籍や年金関連で診断書が必要になってくるから、窓口で手続きしてね」

「......!はい!」

 

証明ができた......!

俺はちゃんと俺だったんだ!

精神だけじゃなく、科学的にも!

よかった。これで、前の俺が消えることはない。同じ清水として過ごすことができるのだ。

 

中島が言った通りだ。誰がなんと言おうと、俺は清水だった。信じていてよかった。信じていたから、ここまで来れた。

 

「よかったな、清水」

「ああ......!」

 

まあ、それでもこんな体になった状況がどうにかなるわけでもないし、これは不幸中の幸いと言ったところだろう。でも、とにかく本当に、ほっとした。

 

それから診断書をいくつか発行してもらい、病院を後にした。戸籍などの手続きはそんなに急がなくてもいいそうなので、週末にいろいろするとしよう。

 

 





医者のおじさんの独り言
「いやーこんなことってあるんだねえ。しかし、なんで性染色体だけ変わったんだろう?女の体に作り変わるだけなら遺伝子まで変わる必要は......いや、前のままだとY染色体を持つ卵子ができてしまうかもしれないのかな?もしY染色体同士で受精したら子は......ふふっ、だとしたら――」


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