自意識至上主義の人々へ。 (朝潮)
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入学
1話


一発ネタ。


 

 

 

───物語は、揺れるバスの中から始まった。

 

…なんて、1人でモノローグをつけてみる。

中学を無事卒業したオレは日本一という言葉に惹かれ、この高度育成ナントカ高校の受験を受けた。

何かの間違いで合格しないかな、と思いを馳せていると。

本当に何の間違いなのか、合格通知が送られてきてしまい。

今オレは、ナントカ高校へと向かうバスの中でページを捲っているという訳だ。

今日という日が青春の1ページ目になることは間違いないはずだが。

しかしこんな特別な日でも、漫画のような物語は始まらないのが人生というものだ。

 

本なんか読み始めたばかりに、活字を追う度に視界が揺れて残像が見える。

そろそろ酔ってきそうだ。しかし、一度開いた本を閉じるとどうなるか。

あいつバスの中で本読んで気分悪くなったんだぜ、とは思われないだろうか。

それはダサい。かなりダサい。

片手で英語の原書を開いているかっこよさをマイナスにまで下げるダサムーブ。

しかしこのままでは停車した後、うまく歩けるか…

 

「席譲ってもらえないかな?そこ優先座席だからお婆さんに座ってもらったほうがいいと思うの。」

 

そんな葛藤の中、静かだったバスの中で声が上がった。

これ幸いと本から視線を外し、声の主へと注目する。

こちらからは後頭部しか見えないが、どうやら茶髪の少女が金髪の男へと話しかけているようだ。

 

「おやおや、プリティガール。優先席は優先席であって、何も法的な義務は存在しないのだよ。若いから席を立つなんて…実にナンセンスだ。」

 

うわあ…

日本人なら、綺麗事を衆人環視の中でNOと言える人間は少ない。

彼女も断られるとは思っていなかっただろう。変人に当たってしまって災難だな。

 

「立ってくれなくても、少しでも足を閉じてくれたらいいの。お婆さん、つらそうにしてるから…」

「それが私と何の関係があるというのだね。私は席に座っているだけだ。それに、私以外の一般席に座っている者はどうだ?優先席かそうでないかは、些細な問題だと思うのだがね。」

 

確かに。だがこちらに火種を撒くな。

これで野次馬に興じていた一般席の乗客も無関係ではなくなった。

 

「すみません。どなたか、席を譲ってくれませんか?」

 

やっぱりな。例の彼女が、座っている乗客全てに問いかけた。

しかし、なかなか立候補者が出てこない。

傍観者効果という集団心理を知っているだろうか。

周りに大勢の人間がいる時、自分がやらなくても誰か他の人がやってくれるだろうと思い込み、誰も率先して動かない。

かの有名な「誰も消防車を呼んでいない」漫画で取り扱われた心理だ。

 

「面倒臭ぇな。」

 

十数秒が過ぎ、1番最初に声を上げたのはオレだった。

ここぞとばかりに、開いていた本をパタンと閉じる。

このセリフ、そしてこのタイミングなら。

本を閉じるという行為があまりにも輝く。

乗るしかない。このビックウェーブに。

 

「全く面倒臭い。」

 

オレは文庫を足元に置いていた鞄に仕舞い、席を立つ。

彼女の場所まで、走っているバスの中をバランスを取って進む。

 

「あ、あの…」

「このままそれを続けられるのはとても面倒だ。とっとと終わらせよう。お婆さん。どうぞオレの席を使ってください。」

 

困惑している彼女を横目に、オレは老婆に自分の席を指した。

遠くはないが、近くもないという絶妙な位置。

しかしそこまで連れて行くつもりはない。それこそ面倒だ。

 

「ありがとうねぇ…」

 

そんな中途半端な親切心に、老婆は律儀にお礼を返した。

オレはそれを無視して、出口の近くの手すりを陣取る。

面倒な上に、今のオレは気分が悪い。…車酔いで。

オレが遠くの空を見て酔いを落ち着けている間に、彼女は老婆の手を取り、席までエスコートしていた。

 

一仕事終えた彼女が、オレの元までとてとてと歩いてくる。

また何か言われるんだろうか。面倒だと思いつつも顔を向ける。

 

「えっと、私と同じ新入生の人だよね。席を開けてくれてありがとう。」

 

…驚いた。偽善の彼女は、かなり可愛い女の子だった。

トラブルを呼び込みそうな性格だが…可愛いは正義という言葉もある。

少しくらいなら会話に付き合ってやるか。

 

「オレはあんな気まずい空気が続くよりかは、次の駅まで席を立つ苦労の方が楽だと合理的に考えただけだ。お礼を言われる筋合いはない。」

「それでも。あなたのおかげで、お婆さんは楽ができた。だから、ありがとう。」

 

全く…

頑なにお礼を言ってくる。オレの嫌いなタイプだ。

ここまで可愛くなければ、無視を決め込んでやるというのに。

 

「…ところで君は、元日に起きたことは一年間繰り返す。と言った迷信を信じるか?」

「えっ?いや、それはやっぱり迷信だと思うな。」

「それはどうして?」

「だって、もし元日に寝坊しちゃったら、その人は一年間ずっと寝坊し続けることになるよね?」

「ごもっとも。」

 

唐突に振られた突拍子のない会話にも、例を用いてわかりやすく答える。

なるほど、頭の回転もなかなか早そうだ。

天は二物を与えないのがこの世界のルールだったはずだが。

 

「だけれど。こう考える事はできないか?

それまで遅刻をしていなかった人間が、元日に寝坊をしたとする。

それ以降、朝になると「どうせ一度寝坊したことがある。一回も2回も変わらんだろう」と思い自分に甘えるようになってしまった。

結果、一年を通して圧倒的に寝坊する回数が増えた、と。」

 

ここまで喋り、一息ついて呼吸を整える。

長々と喋ることになるので、地の文で一度改行を挟んで読みやすくしたいためだ。

 

「それと同じだ。このままでは、「入学初日から揉め事に居合わせた」と言うケチがついて回る。

最初に一度見ないフリをしてしまえば、オレは三年同じような状況で見ないフリをするだろう。

それよりかは、「入学初日に起きた揉め事を解決した」と言う良い思い出に変えた方が気分が良い。

これはオレの極めて利己的な行動であって、あの老婆や、ましてや君にお礼を言われる筋合いはない。」

 

オレの話を最後まで聞いて、彼女の顔がポカンとした間抜けな顔になる。

その一瞬後。口元に指を当て、クスッと笑う。

 

「何のお話かと思ったら、それが言いたかったんだ!君、面白いねっ」

 

うわあ…

ぶりっ子じゃないですか。こう言う奴は大抵男を手の上で踊らせて楽しんでいるのだ。

どうせ男ってこういうのが好きでしょ?とでも考えているんだろう。

 

「ごめん、続き読まないとだから。」

 

オレは先程カバンの中に仕舞った本を取り出す。

車酔いと、このまま会話を続けること。

どちらが嫌かと言われたらどちらも嫌だが、オレは酔ってでも会話を中断することを選んだ。

 

「英語の本…すごいね、こんなのスラスラ読めるんだ?」

 

読めない。頭の中で必死に和訳している。が、それを隠しての男だ。

もし読んでみてと言われた時のために、最初のプロローグだけは発音も和訳もバッチリ覚えている。

…なんて答えたやる義理はない。オレは読書してるんだから話しかけるなオーラを放つ。

これでもし今後三年間苦手な人間からの会話は無視することになっても、後悔はない。

 

というかよく考えたら、静かなバスの中で会話をしているオレたちは結構目立っていたんじゃなかろうか。

オレたちが黙ったことで、バスの中で喋る人間はいなくなった。

それもそうだ。乗客はほとんどが新入生で、会話できる友達もいないのだから。

 

オレは停車するまで本に目を落とし続け、バスが止まるなり少女から脱兎の如く逃げ出した。

 

 

 

 

 

朝から全力疾走を決めたオレは、クラス分けや座席表に従い、自分の席で英文の解読に励んでいた。

 

「───あ!君はバスの!さっきぶりだね。」

 

ファッキュー神様。

オレに話しかけてきたのは、何を隠そう先程のバスの少女。

彼女はオレの斜め前の席に座ると、体をこちらに向けてきた。

出来れば気まずさもあるので他のクラスであって欲しかったのだが……

何というか。狙っている女の子を見るとゾワっとするのだ。

 

「いきなり走って行っちゃうからびっくりしちゃった。」

「ちょっと用事を思い出して。」

 

クラスメイトとの交友も大事か。

オレは開いていた原書を机の奥に突っ込んで、彼女と目を合わせる。

バスの中で一度見たが改めて見ると奇跡の顔面だな。

 

「オレは山城真白。隣人同士、これからよろしくね。櫛田さん。」

「よろしく…あれ?私自己紹介したっけ?」

「オレ、エスパーだから。」

「えぇっ!」

「…なんてね。黒板に貼ってある席順のプリントを見て、近くの人は覚えてただけ。」

「もう!何それ〜」

 

ケラケラと笑いながら、彼女…櫛田は、オレの肩に触れた。

何だその無意味なボディタッチは。狙ってやってんのか。

今日は何だか櫛田の所為で空回りしている気がする。

 

「全く。巡り合わせだな。」

「どうしたの?」

 

オレが指を刺すと、櫛田も納得の表情を浮かべた。

そこには、先程バスで一悶着を繰り広げた片割。席を頑なに譲らなかった金髪の男だった。

オレはこれからの学園生活に暗雲が立ち込める事を予感した。

 

 

 



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数日後
2話


 

 

 

入学からはや数日。

櫛田を避けていたら、話しかけて来なくなった。

まあ当たり前っちゃ当たり前なんだがちょっと寂しい。

オレがぶりっ子が嫌いだからと適当にあしらっている隙に、奴は友達を続々と増やしていた。

その速さたるはもう気持ちの悪いほどで、入学3日目にして他クラスにも手が伸びていた。

 

ところで、そんなオレにも友人と呼べる存在が出来た。名前は沖谷という男子生徒。

オレの前の席で、櫛田の隣の席という立地に恵まれた生徒。あと顔面にも恵まれている。

 

「山城くん。お昼の休憩だよ。」

「……ああ。そうか……」

 

ノートの描きかけのデッサンを閉じる。

1時間目からちまちまと描いていたものが、そろそろ完成するからと夢中になっていた。

しかし昼食は摂らないといけないな。

 

オレの描いていたのは、絵と言われてまず思い浮かぶようなアニメタッチではなく。

デッサンとか素描とか、そういう立体的な絵を描く方が好きだ。

お察しの通り、中学では美術部に入部していた。

 

「それ僕がモデルでしょ?やめてよね。恥ずかしいんだから…」

「今度360°から写真撮って良いか?沖谷は良い被写体になるよ。」

「駄目だよ。」

 

オレが描いていたのは、沖谷がギャル風コーデをしている絵だ。

沖谷は誰もが認める女顔である。しかし清楚系なのでギャルの格好は意外と似合わなかった。

 

「上手なんだから落書きじゃなくてもっと良い事に活かしなよ。ちゃんと授業聞かなくて良いの?」

「どっちにしろ集中できないしな。」

 

事の始まりは須藤だった。

…いや、まず須藤とはどう言う生徒かの説明が先か。

須藤というのはDクラス随一の不良生徒だ。

誰にでも粗暴な態度を取って、教師にタメ口は当たり前。

気に入らないことがあるととりあえず手が出る。そんな奴だ。

 

その不良生徒は、授業開始初日から堂々と居眠りを始めやがったのだ。

そこから、須藤のいびきうるさくね?と後ろの方で会話が始まり。

そんな私語を何故か教師は黙認。調子に乗って馬鹿共が騒ぎ出し。

そいつらに釣られて、今では少なくない生徒が授業中好き放題していた。

 

「う〜ん。皆しっかり授業受けてくれないかな…」

「そう思うなら、前に出て注意してみたらどうだ。」

「僕にはそんなことできないよ。」

 

まあ、確かに沖谷は大人しい生徒。

クラスメイトに注意している姿は想像できない。

それなら櫛田に相談してみるって手もあるが……

彼女に今日まで注意する素振りはない。櫛田もこの状況を黙認しているのだ。

 

「よし。学食行くぞ。」

「うん。」

 

机の上でひっ散らかっていた勉強用具を片付け、オレ達は席を立った。

向かうは学食。狙うは最近のお気に入り、チキン南蛮定食だ。

 

 

 

オレ1人が、授業態度を改めろ!と注意しても、クラスメイトが素直に聞き入れるとは思えない。

それに、入学してから数日で、気になっている事が沢山ある。

休憩中にオレなりにここ数日の違和感をまとめてみる。

 

「さて。」

 

やはり、まず気になっているのは教師の言動だ。

授業中、半学級崩壊を起こしていても注意をしない。何と見事な放任主義か。

 

「沖谷。お前は教師に怒られたことはあるか?」

「うん、あるよ。」

「どんな感じだ?」

「えっと、もっとシャキッとしなさいって……」

 

それは怒られたんじゃなくて呆れられたのでは?

 

「お前が教師なら、今のDクラスを見たとして怒ると思うか?」

「怒ると思うよ。怒れる度胸があればだけど。」

「今の惨状を見れば、教師は間違いなく怒る。だが、教師は誰1人として注意をしていない。」

「どうしてだろうね。」

「……」

 

オレは話半分な沖谷の唐揚げを摘んで頬張った。

お前が言い出した事なのに。

 

「ちょっと!僕の唐揚げ取らないでよ。」

「まあまあ、一枚南蛮をやるから怒るなよ。」

「1番端っこじゃん!」

 

唐揚げと比べたら同じくらいの大きさだろうが。

ぶつくさ文句を言う沖谷だが、美味しそうにチキン南蛮を頬張った。

 

「ともあれ。教師全員が注意しないとなると、これは学校側の方針だと考えるのが賢明だ。」

 

もし仮に、これがDクラス担任の茶柱先生の教育方針ならまだ納得はいく。

彼女の性格が、面倒事にはとことん無視をし問題を先送りにするようなものだったとしても、そう違和感はない。

しかしそれが全教師となると話は変わってくる。特に、Aクラス担任の真嶋先生。

彼は規則に厳しい人間と見える。そんな教師が生徒を好き勝手にさせるか?

 

「学校側が、先生達に生徒を注意するな、って言ってるって事?」

「そう考えれば辻褄が合う。」

「えー。でもそれっておかしいよ。」

 

そんなのわかっている。

そもそも教師が生徒を注意しない時点でおかしいのだ。

 

「問題は、どういう理由で学校がそんな命令を出しているのか見当がつかない事だな。」

「普通なら逆に注意しろって言うはずだもんね。」

 

その点はどう考えてもおかしい。

誰にも咎められないのなら、楽な方に傾くのが人間というものだ。

例えば、今日から犯罪を犯しても咎められなくなればどうなるか。

それが今のクラスの状況だ。このまま無法地帯にしておく訳にもいくまい。

 

「学校は生徒の生活態度を改めさせるつもりはない?」

 

いやいや。そんなことはない…と思う。

高育は国内随一の進学校。卒業した暁にはどんな就職先や進学先でも斡旋してくれる。

生活態度の悪い人間を排出する意味などないはずだ。

明らかに間違った対応。それがメリットになるような状況。

わからない。まるでなぞなぞを解いているような気分だ。

まだ手がかりが…前提条件が足りないのかもしれないな。

 

「学校側がどうしてそんな方針を取ってるのかはひとまず置いておこう。だが学校側が生徒に甘いのは間違いない。それは高々高校生に10万も渡していることからも察せられる。」

 

学生に金のやりくりを覚えさせようとしているのか。とも考えたが。

それは光熱費や水道代が請求されないと言う点から、間違っている、あるいは最大の目的ではないと踏んでいる。

そもそも、やりくりさせるには10万は多すぎる金額だ。

 

「一ヶ月10万円っていうのは多いよな?」

「一人暮らしした事ないから、よくわからないけど。そういえば、1ヶ月一万円で生活してみよう、みたいな番組があったよね。」

 

学校側も、娯楽品を一切買えない生活を強いる気はないとは思うが。

家賃などの生活費は学校側が負担していることも考えると、やはり10万Ptは多いだろう。

 

「毎月10万Ptか。学校は何を考えてるんだろうな。」

「でも、先生は毎月10万Pt(ポイント)入るとは言ってなかったと思うよ。」

「え?そうだったか?」

「うん。Ptの振り込みは毎月1日、今月は10万Pt振り込まれている。って言ってただけだよ。」

「そう言われてみればそうだったような。先入観で毎月10万入ると考えていたが……」

「入学を果たした評価って言ってたから、10万Ptは多分入学祝いみたいなものだと思うよ。最初は生活用品を買わなきゃだし。来月からは毎月5万Ptとかになるんじゃない?」

 

沖谷の推論はなかなかどうして説得力があった。

こういうの、叙述トリックみたいでなんだかワクワクするな。

そうなると来月は10万Pt貰えるのか確認する必要があるか。

 

教師の元まで行くのも面倒だ。手っ取り早く先輩にでも聞いてみるか。

学食内に、人の良さそうな先輩がいないか見渡す。

が、よく考えたら先輩と同級生の見分けがつかない。

制服の綺麗さで見分けられるかもしれないが…パッ見ではオレにはわからないな。

こう言うのって学年毎にネクタイの色が違ったりするんじゃないのかよ。

……それにしても、多いな。見える範囲だけで3人か。

 

「山菜定食か……。沖谷。お前山菜定食は食べたことはあるか?」

「え?ないよ?僕野菜苦手だから。」

「食わないと大きくならないぞ。まずはこのキャベツを…」

「自分で食べてね。」

 

チキン南蛮の消えた皿を差し出すと瞬時に押し返された。

仕方がないので残ったキャベツは適当に調味料を振って口に入れる。

 

「沖谷。他の生徒の食べているものを見てみろ。あそこ。そこも。あっちにも。」

「山菜定食だね。」

「山菜定食を食べている生徒はちらほらといる。毎月十万Ptもあるなら好き好んで食べるメニューじゃないだろう。喜べ沖谷。どうやらお前の推論は正しそうだ。」

「それはともかく、知らない人を指差すのはよくないよ。」

「分かってらぁい。」

 

山菜定食を見事完食した先輩は、トレーを持ち、食器を下げに席を立つ。

様子を見ていたオレは沖谷を連れ、その後ろをついていく。

食器を返し、廊下へ出ていく前にできるだけ人の少ない場所で呼び止める。

 

「こんにちは。先輩ですよね。」

「え?何だよお前。」

「早速ですが取引があります。確か、生徒間でPtの譲渡もできるんだったよな。沖谷。」

「そうだけど。」

「優しい先輩が質問に答えてくれれば、こちらにはそれ相応のPtを譲渡する用意があります。」

「…何が知りたい。」

 

話を聞く気になってくれたようだ。

山菜定食を食べているくらいだから、Ptに余裕がないのだろう。

Ptを譲渡すると言った瞬間に目の色が変わった。

 

「先輩が今、ひと月に振り込まれるPtを教えてください。」

「それは…無理だ。」

「どうしてですか。」

「無理な物は無理だ。これはいくら積んでも喋れないぞ。」

「学校側から口止めされている、と考えても良いでしょうか。」

「…好きに考えろ。」

 

それはそうだと言っているようなものだ。

オレは学生証を取り出し、所持Ptの画面を開く。

 

「ありがとうございます。オレは話せないという情報をもらいました。一万Ptお支払いします。」

「いいのか?」

「ええ。情報は情報ですから。」

 

名も知らぬ先輩は学生証を取り出し、しかしすぐに引っ込めた。

 

「…いや、やっぱり無理だ。そこまで理解しているお前達からポイントを受け取ったら、俺が話したと誤解されかねない。」

「そうですか。これは配慮が足らずに。入金元を隠す裏道などはありますか?」

「無いな。少なくともオレが知る限りは。」

「そうですか…では少ないかもしれませんが、今度任意のメニューを奢らせて頂きます。」

「遠慮しとくよ。情報は大切だ。俺が新入生に奢らせた事が出回ると面倒だからな。」

 

 

 



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3話

 

 

 

カツカツと黒板へ走る小気味良いチョークの音。

本日最後の授業ともあって、気の抜けている生徒も多い。

私語を交わす者。居眠りをする者。タブレットを触る者。

そんなクラスの中で、オレ山城真白は推論をまとめ上げていた。

 

筋は通るが確証はない。これでははっきり言ってハリボテだ。

しかし裏を取るにしてもその方法が思いつかない。

学校側が口止めしているならば、教師に聞いても返答があるかどうか。

正否の確認が取れなければ、結局推論は推論でしかない。

 

「……賭けに出てみるか。」

 

何となく、この学校の目的が理解できてきた。

それを教えるにしても、このバラバラのクラスで放課後残ってくれと言って何人が残るだろうか。

今、多少評価が下がるにしても。ここで全員に聞かせる方が後々のプラスに繋がると考えよう。

──教師の前で推論を話し、反応を見る。

その代わり授業を止めてしまうことになるが、今は教師の話を聞いていない生徒の方が多い。

数分の授業よりも、クラスの雰囲気の方が大事だろう。

 

突然、1人の生徒が立ち上がる。

何の脈略もなく、その生徒は席を離れ教師の正面へと歩を進める。

授業を妨害してしまう。そんな傍迷惑な生徒は誰でしょう。

そう。オレだ。

 

「山城。どうした?」

「いいえ、何でもありません。授業を続けてください。」

 

最前列の机にもたれかかり、ニヤニヤと笑うオレを真嶋先生は一瞥し、そのまま授業に戻る。

そのまま授業に戻れるメンタルもすごいが。

 

オレは黒板の前に立つと教卓に両手を置いてクラスメイトを見据えた。

ほとんどの生徒がこちらを注目していた。寝ている奴もいたりしたが。

普通の学校でそんなことをしたらどうなってしまうだろうか。

 

「山城。何か言いたいことがあるのか?」

「いいえありません。ところで先生。先生には何か言いたいことはないんですか?」

「どう言う意味だ。」

「言葉の通りです。今、オレに、先生が。言わなければならない事がありませんか。」

「……」

「そうですか。ありがとうございます。」

 

ここまでしても、真嶋先生は怒らない。いや、怒れないが正解か。

どっちにしろ、学校側が何かしら命令を出しているのは間違いないだろう。

 

「皆聞いてくれ。オレは今授業妨害をしている。なのに怒られることはなかった。それは何故か。」

 

私語の満盈していた教室は、皮肉にも静まり返っていた。

オレはこちらを注目している1人である真嶋先生へ目線を向ける。

 

「先生。今からでもオレを怒る意志はありますか?……そうですか。」

 

沈黙は是なり。無言を貫く教師に、オレは大義を得た気分になる。

 

「入学から一週間。教師が生徒を叱る事は一切無かった。それも全教師がだ。お前達はおかしいとは思わなかったか?」

 

クラスの連中を見回す。

不自然に感じた者。その上で気にしなかった者。そもそも気づいていなかった者。

表情から、生徒それぞれの考えが何となく伝わってくる。教師とはいつもこんな光景を見ているのか。

 

「おかしいっつったってよ。ここはそういう学校なんじゃねぇの?」

「黙れ。授業中に勝手に喋るな。」

「えぇ…」

 

問いかけに答えた生徒を封殺する。

邪魔が入ると組み立ていた構想が崩れる。

 

「ずっと考えていた。教師が授業態度を叱らないメリットとは何か。そこでこんな仮説を立ててみた。学校は、生徒が舐めてかかった所で手痛いしっぺ返しを与えるつもりではないか。」

 

「高い場所で遊ぶ事が好きな子供がいた。その子供は、何度叱っても危ない事をしていた。ある日、高い場所から足を滑らせて落ちてしまった。無事一命は取り止めたが、それ以降高所恐怖症になってしまい大人になっても高い場所には登らなかった。」

 

「動物は物事を失敗して覚える。

その証拠に、成功した思い出よりも失敗した思い出の方がより鮮明に思い出せる人間は多いはずだ。

学校側は待っているんじゃないか。生徒が調子に乗り出すことを。動物的な本能で学習させるために。」

 

オレはこんなフレーズを思い出していた。

「馬鹿は死ななきゃ治らない」

ならばいっそ死に直面させてみよう。それがこの学校の考えだ。

 

「ところで、お前達は支給された10万Pt。いくらまで使った?

おっと。今までの話と関係ない話だと思うなよ。むしろ1番関係のある話だ。」

 

「この中で学食に行った奴はいるか。自販機で飲み物を買ったことがある奴は。コンビニやスーパーに入った事のある奴は。……そこで一度は見た事がないか?0円の商品やメニューを。」

 

「学食で無料の、山菜定食を食べている上級生はちらほらといた。興味本位でオレも一回頼んでみたが、出来るならもう食べたくはない程度の味だった。」

 

実際のところ、そこまで不味かった訳じゃない。

山菜は雑草みたいな味だったが、味噌汁とご飯は普通だった。

が、話の信憑性を高めるために少し盛ってみた。

 

「一ヶ月10万Ptもあって、わざわざ不味い無料の飯を食べたい奴がどこにいる。……貰えないんだよ。毎月10万も。」

 

「覚えているか?入学時、茶柱先生が説明した言葉を。

ポイントは毎月1日に振り込まれる。今月は10万Ptが振り込んである。

…そうだ。先生は一度たりとも毎月10万Ptが振り込まれるとは言っていない。」

 

「だとしたら。Ptが増減する条件とは何か。

教師達が見逃し、野生に解き離れた猛獣のように好き放題していた生活態度だ。

ここまで言えば、オレの推論がどこに落ち着くか分かっただろう。

そう。オレ達に与えられようとしている大きなしっぺ返しとは。」

 

「毎月支給されるというPt。それが生活態度と紐づいて増減する。

お前達がしめていたのは、味じゃなくて未来の自分たちの首だったわけだ。」

 

「この学校では、生徒の実力が常時評価されている。

教師が放任主義なのは、生徒本来の性質を見たかったのかもしれないな。

お前達はまんまと手のひらの上で踊らされていたってわけだ。」

 

授業を聞く気がないオレも、人のことは言えないが。

それでもこんなに人間性が出たのはDクラスくらいのものだろう。

 

「今話した事は全て仮説に過ぎない。何1つ当たっていないかもしれない。が、生活態度を考え直す切っ掛けになればと思う。各々よく考えて行動してくれ。オレの話は以上だ。」

 

最後まで噛まずに言えたー!

教室中から向けられる視線を感じながら、オレは自分の席へと戻る。

真嶋先生は何事もなかったこのように授業を再開させた。

否定も肯定もない。どうせ学校から口止めされているんだろう。

席に戻る瞬間見えた、すれ違う沖谷の顔が赤く熱っていた。どうした。惚れたか?

 

椅子に座った後にノートを定規で綺麗に切り取り、メッセージを書いて折り畳み。

うっすらと耳の赤い沖谷の、頭の上に乗せた。

沖谷に回収されたノートの切れ端は、暫くしてひらひらとオレの机の上に落ちてくる。

 

───

顔が赤いぞ。惚れたか?

 

共感性羞恥って知ってる?

───

 

質問に質問を返すなって教わらなかったか、あぁん!?など考えたが。

沖谷はどうやらオレの授業中の奇行が恥ずかしかったのだと言う。

まあ確かに、沖谷にあんな事ができる度胸があるとは思えないが。

 

あれだけ授業態度を注意しておいて自分は改めないのか、だって?

いやいや。周りをよく見てみろよ。

動揺した奴らがざわざわと、いつもより酷い状況になっているだろうが。

ちなみに、授業終了まで続いた。

 

 

 

「皆聞いて欲しい。僕たちはこれからの事を真剣に考えたいと思う。良ければ参加してくれないかな。」

 

多くの人間がそれに賛同し、賛成ムードだった中。

平田の声が聞こえなかったかのように、高円寺が教室を出て行った。

そのいっそ清々しい無関心さに少し笑ってしまう。

 

「山城くん。出来るなら君にも残って欲しいんだ。君の意見が聞きたい。」

 

高円寺に続け!とばかりにいそいそと荷物を整理していた所。

オレは平田にドラフト一位指名の栄誉を受けた。

 

「悪い。今日は用事があるから。…な。沖谷。」

「え?でも今日も僕の部屋で本読むだけだよね?」

「大事な用事だろうが。」

 

沖谷の言う通り別に大した用事はないのだが、面倒だったので帰ることにした。

特に誘って来たのが平田っていうのがまた。どこか信用ならないんだよな。

例えるなら、味方なのに声が石田さんだから安心できないとか、そんなイメージ。

 

「私からもお願いできないかな?」

「無理。」

 

もっと最悪なパターンに入ってしまった。櫛田桔梗が回り込んでいたのだ。

残念。一度断ったら来年まで加入することはできない。いやあ本当に残念だ。

彼女はオレが帰ろうとしているのを見て取ると、オレの手を掴んだ。

 

「どうしてもダメかな?山城くんのおかげで、クラスの皆が良い方向に変わろうとしてるの。」

 

柔っこい手に包まれて、ふんわりとフローラルな花の匂いが香る。

オレは櫛田の手を振り払って、代わりに沖谷の肩を掴んで櫛田に引き渡す。

 

「えっ?えっ?」

「今日の話は沖谷が思いついたことだ。オレはそれをまとめただけ。話が聞きたいなら沖谷にどうぞ。」

「えぇっ!?」

 

どうしても逃げられないなら仕方がない。オレは身代わりを使うことにした。

放課後を平田や櫛田に拘束されるなど看過できない。

しかもそれがクラスの今後の話し合いとか。本気で面倒だ。

これ以上引き止められないよう、鞄を掴んで小走りで教室を出た。

 

 

 



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4話

 

 

「あはは……逃げられちゃったね。」

「あの、山城くんがごめんなさい。」

「いや、いいんだ。無理やり参加させるのも良くないからね。」

 

それにしても、僕を盾にして逃げるなんて。そんなに嫌だったのかな。

それに関しては、クラスの皆が参加するなら僕も参加するつもりだったから良いんだけど。

でも推理の手柄を押し付けてきたのは困る。

 

「山城くんは、何というか。好き嫌いが激しいから。僕としか話してないみたいだし。」

 

他にも、一緒に学食に行き始めてから、チキン南蛮を頼んでいるところしか見たことがなかったり。同じ本ばっかり何度も読み返してたり。

好きなものはとことん好きになって、その他には全く興味がないんだと思う。

 

「山城くんには独特な空気があるよね。話しかけてもなかなか仲良くなれなくて。」

「私も嫌われてるみたいなんだ。沖谷くんは仲良くなる方法とか、わからないかな?」

「わからないです。ごめんなさい。」

 

僕がこうやって話してるのが嫌なことに気が付かない限りわからないと思う。

山城くんは興味ない人には話しかけづらいオーラみたいなのが出てるから僕よりかはわかりやすい。

表によく出す彼と、隠して一歩引いている僕。

性格は真逆だけど。山城くんも、僕みたいに奇異の目で見られていたのかもしれない。

 

「でも2人は仲良いよね。やっぱり共通するところがあるから?」

「そう、だね……」

「ごめん。ちょっと嫌な話だったかな。」

「ううん、大丈夫……」

 

僕はもう気にしていないけれど。

はっきり答えず、態とちょっと気まずい空気を残して、話を終わらせた。

 

最終的に、教室には。

山城くんと、それから金髪の筋肉がすごい人や赤髪の不良くんといった協調性のない5、6人を除いた多くのクラスメイトが残っていた。

 

 

 

 

 

平田と櫛田の攻撃を、場の沖谷を墓地に送ることで無効にしたオレは図書館へと足を運んでいた。

元々、放課後はいつものように沖谷の部屋でダラダラ過ごす予定だったのだが。

実のところ。合鍵というか、合カードキーは持っているため部屋に入るのは訳無い。

主人のいない部屋に勝手に上がり込むのは、まあ少しは悪いと思った訳だ。

 

上京してきたばかりの田舎者の如く図書館内を練り歩く。

最初くらいは、地図や案内板を見る前に楽しみながら探すのが乙だ。

図書館の探検がてら、ミステリーのコーナーを探す。

漫画のコーナーがあったり、涼宮シリーズが全巻持っていかれていたり、教科書の倍はあるサイズの本が置いてあったり。

 

ところで、その空間は図書室の隅にあった。

 

壁と窓とで角になっている場所に、大きな机が一つ置かれている。

他の方向も本棚で隠されていて、意図して入らなければ周囲から見つかることはない。

入り口から最も遠く、窓を除けば三方向を塞がれているこの視界の悪さだ。

ここが本屋ならば、監視カメラを取り付けていなければ万引きされ放題な立地。まるで秘密基地。

 

そんな空間で、1人の少女が読書をしていた。

窓から差し込む日差しに煌めく蒼白の長髪をなびかせた、本の女神。

そうだな。属性で例えるなら……

櫛田が愛嬌、沖谷が小動物だとして。この娘は穏和かな。

 

「……見つかってしまいましたか。」

「えっ」

 

少女は、書籍から目を離さないまま呟いた。

こっちには気付いていないと思っていたので、思わず声を漏らした。

まず蝶のような髪飾りが揺れ。一瞬遅れて顔がこちらを向いた。

ゆったりとした口調。垂れた目。軽くウェーブのかかった長髪。

 

清楚が、清楚が服着て喋ってやがる……!

ここに来ての、イロモノじゃないヒロイン!

うちの櫛田にも、このナチュラルボーン清楚を見習って欲しいものだ。

 

「突然声をかけてしまって。驚かせてしまいましたか?入学してから、この場所に来られたのはあなただけだったので。」

「こんな辺鄙な場所にくるのは、よほどの探検家か相当な読書家だ。オレは前者だが君は後者かな?」

 

隣の本棚を見てみると、育児や子育ての本が並んでいる。好き好んでこのコーナーに来る人間は少ないだろう。というかこんな本この高校内で誰が読むんだ。

まさかと思い彼女の読んでいる本の表紙を盗み見るが普通の小説のようだ。

 

「はい。私は読書をとても好んでいます。が……あなたも読書家ではないんですか?それはABC殺人事件ですよね。」

「良くご存知で。」

 

彼女も、オレと同時に持っている本を見たのだろう。

オレの手の中には、ミステリーのコーナーから引き抜いて来たABC殺人事件があった。

それも原書と翻訳版が一冊ずつ。

 

「ここのクラスはABCD組の振り分けだろ。中学までは数字でね。急に読みたくなった。」

「ふふ。それはそれは。」

「だがオレは読書家ではない。唯の英語の勉強だ。」

 

オレは重ねて持っていた本を両手で持ち、二冊の表紙を顕す。

 

「ところで。良ければ同席しても良いかな?もし1人の空間を邪魔されたく無いのであれば、別の場所を探すことにするよ。こんな秘密の空間を邪魔してしまうのは、あまりに忍びない。」

「いえいえ。どうぞ座ってください。」

「……」

 

彼女は窓を背にして壁側の隅の席に座っている。

オレはその対角線上の1番遠い席を借りようとしたのだが。

彼女は何を思ったのか、自分が座る隣の席を引いてニコニコしていた。

 

「よいしょ〜〜」

 

オレは、1番近くの席。つまり元々座るつもりでいた椅子を引いてその場所に座る。

別に彼女に従う必要はない。というか読書をするなら人の近くにいない方が良い。

……沖谷?あいつは物静かだから別だ。

それに、奴は部屋に食材を持ち込んだらいつの間にか食事になっている魔法を使えるのだ。

 

「君はなかなか大胆だね。」

「椎名です。椎名ひより。」

「椎名。君はとても大胆だね。」

 

態々回り込んで来て、オレの隣の席を確保した椎名。

物好きだな。

 

「お嫌ですか?」

「邪魔をしないなら構いはしないが。」

「そんな無粋な真似はしません。」

 

じろじろと見ていたら悲しそうな顔をされた。

この…!これだから天然は困るんだ!

これなら櫛田の方が…いや。それはないな。

 

「そんな楽しそうな事をされると、気になって読書に集中できません。」

「隣でゲームをされていると、自分もやりたくなってしまうアレか。」

「私にそのような経験はありませんが、おそらくそういう事です。」

 

妙な興味を煽ってしまった。

少し身の危険を感じたが、可愛いから許す。可愛いは全てを解決する。

せいぜいその高い顔面偏差値に感謝することだな。

 

「ふふふ。わかりました。本当のことを言いましょう。実は、気になっているんです。ミステリー小説で英語の勉強なんて、素敵です。」

 

「それに……The ABC Murders.一度読んだ事があるので、翻訳のお力になれると思います。」

 

うわあ…ガチの人じゃん。

ガチガチのミステリーオタクは苦手なのだ。何故ならにわかがバレるから。

折角原書を読んでいても、一度でも「こんなことも理解できてないの?」となってしまえばかっこいいどころかダサすぎる。

とりあえず1ページ目だけでも完璧に翻訳出来れば明日から使えると思っていたのに。

 

「見てください。イギリスでは、このような掛け合いが好まれているのでしょう。可愛らしいとは思いませんか?」

「オレからは国間の文化の違いは大きいとしか。」

「ここの文は、直訳と変わりません。日本語と同じ表現を使っているんですね。」

「興味深いか?」

「ええ、とても。」

「それは態と当てているのか?そうでなければ少し離れてくれ。」

「ふふ。態となら良いんですか?」

「揚げ足を取るな。」

 

一々ちょっかいを出されながらも、翻訳に励んだ。

彼女は確かに翻訳の助けにはなった。しかしそれ以上に疲れたのも事実。

しかし、楽しそうに二冊を見比べる椎名の横顔を見て、言ってやろうと思う皮肉も引っ込んだ。

 

「君は推理小説をどう読むのが好きなんだ?」

「私は、やはりどのような人物が犯人か。どのような策略を練ったのか。その動機は何なのか。それを推理しながら読み進めることが好きですね。」

 

「推理は本との対話です。推理小説は張り合いがあります。」

 

「勿論、推理小説以外のものも好きですよ。本の一冊一冊は人生です。ひとたび読み始めると、私は私以外になれます。」

 

著者の考えを読み解き、犯人を予想する。なるほど、合理的な楽しみ方だ。

椎名の推理力はどの程度なんだろうか。この学校からの問いを疑問に思っているだろうか。

 

「ところで、あなたにとって本とはどのように楽しむものなのでしょうか。」

「粗方椎名と同じ意見だ。」

「それは狡いと思います。」

 

不満そうな顔で、人差し指を使い頬をツンツンとつついてくる。

初対面の相手にそこまでスキンシップを許したつもりはないぞ。

 

「オレは探偵にはなれないんだ。」

「それはどういう意味でしょうか?」

()()()()()にはわからないよ。」

 

オレは推理小説を読みながら推理ができない。

というのも。考えるよりも前に、どうしても真実を知りたがってしまう。

クイズを見つけたら、とりあえず回答が書いてある場所を探すタイプだ。

オレが推理小説を読むのは、推理を解いていくかっこいい探偵が見たいから。

断じて探偵と一緒に推理をしたい、と言った粋人ではないのだ。

このお嬢様が、読者全員が同じラインに立っていると思っていると思っているのなら大間違いだ。

そう全てを言ってしまうのは癪だったので、適当にはぐらかしてやった。

 

「そろそろ良い時間だ。今日はありがとう。助かった。」

 

この本は貸し出しじゃなくて返却だな。

本を閉じて席を立つと、椎名はまた捨てられた子犬のような表情をしてきた。

うちはペット禁止なんだ。どんな顔をしても拾ってはやれないぞ。

 

「何か不快な事を言ってしまったのでしょうか。申し訳ありません、配慮が足らず……」

「そんなことはない。有意義な時間だった。実は人を待っていてな。そろそろ奴の用事も終わった頃だろう。」

「待ってください。まだお名前を聞いていません。」

「名乗るほどの者ではない。」

「名乗るほどの者だと思いますけど……」

 

一度言ってみたかっただけだ。

別に隠し通す気もなかったが、腕を掴まれてしまったので正直に答える。

 

「山城真白。ついでに殺された可哀想なクラスだ。」

「椎名ひよりです。本命のクラスです。」

 

「気が向いたらまたお話をしましょう。いつでも待っていますね。」

「気が向いたらな。」

 

 

 



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一週間後
5話


 

 

 

入学して一週間が経った。

あれから、され放題だった遅刻欠席は今のところ出ていない。

私語もグッと減り、クラスは平和になった…と思われたのだが。

授業中に聞こえてくるいびきだけはおさまっていなかった。

あの日も奴は寝ていて、オレの話なんか聞いていなかっただろうが…

平田か誰かが話をしに行ったはずだ。その上でその態度なら…今後地獄を見るのは自分自身だ。

 

「山城くんってさ。僕としか話してないよね?」

「それはお前も同じだろう。」

「僕は話したことあるよ。ほら。平田くんとか、櫛田さんとか。」

「そいつらは全員に話しかけてるんだよ。」

 

クラスの中心人物が、撒き餌のように、クラスメイトに一度話しかける。

それを会話と呼ぶかどうかは当人の自由だが。

それを引き合いに出してくるとは余程会話をしていないのだろう。哀れな奴め。

 

「違うよ。放課後の、作戦会議でも少し話したんだ。」

「へえ…それを自慢したかったのか?」

「そうじゃなくて。もう少し、友達を作ってみない?」

「それは平田か櫛田の入れ知恵か?」

「頷ける部分もあったから。」

 

とは言え、オレの友人が沖谷だけだと思ったら間違いだ。

ほら、いるだろう。椎名とか、椎名とか、椎名とか……

オレはたくさん友人を作ることに賛成はしないのだが。人間関係は面倒だ。

それでも、沖谷の希望なら。友人候補を見繕うくらいの協力はしてやるつもりだ。

 

「そうだな…」

 

友人になれそうな人間を探すため、クラスの中を見渡す。

まず()()()()()()()()()のは、机の上で足を組んでいる金髪のマッチョ。

オレは人間を探しているのだ。未確認生命体はご遠慮願いたい。

 

「この学校は最高だよな!まさかこの時期から水泳の授業があるなんて!」

「いやー昨日は楽しみすぎて目が冴えちゃって!」

 

次に目立っているのは、いつもの馬鹿騒ぎコンビだ。

普段からはしゃいでいて、(悪い意味で)クラスのムードメーカーとなっている。

周りの生徒からの目線に耐えかねて、授業中には大声を出すことは無くなった。

私語をしていないかどうかはわからない。奴らはオレより後ろの席なのだ。

 

「何なの?アレ。」

「男子さいてー。」

「まあまあ。彼らも悪気があるわけじゃないから…」

 

次にエントリーしてきたのは、平田率いるハーレムチーム。

気の強そうな女子が平田の周りにへばりつく形で出来ている。

その中に1人、大人しめの女子が端の方で愛想笑いを浮かべている。

楽しんでいるわけじゃないが、馴染めてないわけでもない。

恐らく、取り巻きの連中の中に1人友人がいて。その他の人間とは、友達の友達といった関係なんだろう。

狼の群れに羊を入れてしまった状態の中で、必死に生きているその姿には好感が持てる。

 

見た目的には、タレ目とふんわりとウェーブのかかった長髪から、おっとりとした印象を受ける。

よく見れば素材は良いのだが、ぱっと見て如何せん地味なのだ。

一言で言うならば劣化椎名。

しかし、出来ることならば卒業まであのハーレムグループとは関わり合いになりたくない。

もし声をかけるにしても、せめて相手が1人の時だな。

 

次は櫛田率いる仲良しグループ。ハーレムに興味ない女子を束ねた、と言う感じか。こっちは論外だな。

あんな魔境に自ら入るくらいなら、平田のハーレムの一因にしてもらう方がいくらかマシだ。

 

やはり、大きなコミュニティに入っている人間を狙うのは難しい。

ここは何のグループにも属していない、ぼっち仲間を探すべきか。

 

気取った女。気難しそうな勉強オタク。触ったら切れそうな狼。剃り込みのヤンキー。

さすがは一週間経ってもぼっちの人間。やはり一癖も二癖もありそうな奴らが多い。

そんな中、一点を見つめて何をするでもなくボケっとしている男子に目をつける。

名前は確か…道路工事みたいな感じだったんだが。何だったかな?

 

「アレなんかどうだ。幸薄そうだしお前とも気が合うだろう。」

「指差すのやめなって。」

 

沖谷がオレの腕を掴んで離さない。そんなにしがみつかなくても良いだろうに。

 

「ところで僕が幸薄そうってどういう意味かな。」

「お前がとは言ってないだろう。」

「言ってるようなものだったけどね。」

 

腕に抱きつきながら小声で文句を言いまくる沖谷。

そんなことをしているうちにオレたちは奇異の目線を集めてしまっている。

中には熱い視線も混ざっていたのは勘違いだと思いたい。

 

「とりあえず一旦話してみればいい。」

 

視線から逃げるように席を立つ。沖谷の手を引き、最後列の席まで移動する。

目的の男は、近寄ってきたオレたちを眠そうな目で興味なさそうに見ていた。

その隣の女に至っては、こちらのことを気にもせず毅然な態度で前方を向いていた。

こいつら…明日を見てやがるぜ。

 

「よう。こいつが君に話したいことあるってよ。」

「い、言ってない!」

 

とりあえず話を丸投げすると、首を千切れんばかりに左右に振り出した。

首の可動域が変わった赤べこみたいだな。

どうやら沖谷は、話から入るのは無理そうだ。

担当直入に、用件から伝えるか。

 

「こいつが友達になりたいってさ。」

「言ってない!」

「お前とは友達になりたくないってさ。」

「そうとも言ってない!ちょっとこっち来て!」

「何だよ…」

 

沖谷はオレの口を両手で塞ぐと後方に引っ張り始めた。

離れた場所で、口元に手を当てて小声で密談する。

 

「顔真っ赤だぞ。惚れたのか?」

「怒ってるんだよ!」

 

器用に小声で叫ぶ沖谷。

なんというか、小動物が意地になっているような微笑ましさを感じる。

 

「というかさ。全部僕のせいにしないでくれる?」

「お前から言い出したことだろう。オレは別に、友達を増やそうとは思っていない。」

「だからって全部僕になすりつけるのは違うでしょ。」

 

オレが沖谷に頬を両手で引っ張られている間。

明日見コンビも会話を始めていた。

 

「良かったわね。あなたと友達になってくれる物好きがいたみたいよ。」

「これで本当に1人なのはお前だけだな。」

「揶揄ったつもりかしら?幼稚ね。」

 

この女は孤高の狼だと思っていたが、意外と話せるようだ。

自分以外興味ありませんってタイプだとばかり思っていたが。

 

「待たせたな。いきなりすまない。」

「それは良いが…頬が赤いけど大丈夫か?」

「気にしないでくれ。」

 

とりあえず沖谷を宥めてもう一度2人の前に戻る。

先ほどまで話していた彼女も、今は我関せずといった顔で無視していた。

 

「ところで。先程までの話だが。オレたちと友人になるつもりはないか?」

「それは有難い話だが…オレで良いのか?」

「良いも悪いも。こちらからお願いしているくらいだからな。」

「そうか…じゃあ、その。よろしく。」

 

手を差し出してきたので、握手を結ぼうとしたその時。

外野から声をかけられ、その行動は中断させられた。

 

「おー。綾小路。お前らって仲良いの?」

 

話を遮ってきたのは、クラスのお調子者の1人。

騒がしい中でも背の小せぇ方。こいつの名前は、確か沼…

 

「俺は池寛治だ。お前は山城だっけ。」

 

そうそう。池だったな。

オレは池のとの間に沖谷を引っ張ってガードをして、綾小路(池が言っていた。多分こいつの名前。)に問いかける。

 

「知り合いか?」

「あー。そうだな。部活動説明会で連絡先を交換して以来だな。」

 

部活動説明会て。興味がないためオレは行かなかったが、確か入学2日目じゃなかったか。

こいつがセットでついてくるなら、綾小路も不良物件と言わざるを得ないが…特に仲が良いということはなさそうだな。

いつも騒いだりヘラヘラしていて、どうも好きになれない人種だ。

 

「そういえば、男子用のチャット作ったんだけどさ。折角だからお前らもやらない?」

 

激しいトークに圧倒され、溺れていた沖谷。オレも本当はあまり喋りたくもないが。

無視して席までついて来ても困るため、とりあえずはっきりと断ってやる。

 

「必要ない。」

「何だよ。沖谷はどうする?」

「えっと、僕は…」

「別にオレに気を使う必要はない。入りたいなら入ればいいし、嫌なら嫌とはっきり言ってやれ。」

 

オレのすっぱりとした答えに、今度は沖谷の方へと問いかける。

沖谷はグループに入っても、どうせ話には混ざれないだろう。

 

「僕は入れてもらおうかな…連絡事項があった時に、山城くんに伝える人がいないから…」

「やっぱお前らデキてんのか?」

「黙れ。」

 

これだからおちゃらけ野郎は嫌いなのだ。

それにやっぱとは何だ、やっぱとは。

 

「非常に不愉快だ。綾小路。先の話はまた別の機会に。」

 

沼だか湖だか知らないが。あいつの好感度ならどれだけ下がってもいい。

背を向けて席に戻ろうとした時。河は聞き捨てならない話を始めた。

 

「ったく。ノリ悪いよな。…そんでさ。実は今俺たち、女子の胸の大きさで賭けようってことになってるんだよ。」

「何だよ?それ。」

「今日の水泳で、博士にクラスのおっぱいランキングを作ってもらうんだよ。あわよくば携帯で写真も撮ってな!」

 

こんな教室の中、堂々とゲスい話が始まってしまった。

しかも、既に女子の多くが登校している。正気とは思えない。

 

「沖谷。お前はこっちに来い。」

 

オレは沖谷の腕を掴んで逃げの一手を繰り出した。

そのおっぱいランキングとやらを作るのは個人の自由だし、そのランキングに興味がないと言ったら嘘になる。

しかし。女子の機嫌を損ねてまで堂々と言うものか。

 

 

 



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6話

 

 

午後。

男子の多くが期待していた、初めての水泳の授業。

賭けに参加していた男子は、喜び勇んで我先にとプールへ突撃していた。

 

「お前、その格好で行くつもりか?」

「何かおかしいかな?」

「上はどうした、上は。」

「男の僕が水着の上を着るのはおかしいよ?」

「ふむ。」

 

沖谷の体を眺める。日焼けのない真っ白な肌は綺麗なつるてんすっとん。

筋肉の見えない華奢な体は、思春期の男子にとっては目の毒だ。

それに今日に関しては撮影を狙う不届き者もいる。

男に使われるなど、同じ男としてあまりに忍びない。

 

「オレの予備を貸してやる。これを上に着ろ。」

「わぷ!…これは?」

 

鞄から布地を沖谷の頭に投げつけて、裸体を隠す。

オレも同様のものを頭から被る。

 

「ラッシュガード。日焼けなんかから肌を守る水着だ。見たことないか?」

「見たことはあるけど…勝手にこんなの着てもいいのかな?」

 

沖谷は男水着チャレンジと言われても信じてしまいそうなビジュアルなのだ。

そんな奴が衆人環境の元、下一枚で出てみろ。

 

「お前が巨乳ランキングの最下位にランクインされても良いなら別だがな。」

「着るよ、着る着る。」

 

沖谷は投げやりに言って袖を通した。

うん。なんだかそこはかとなく色気があるのは気のせいだと思いたい。

 

「巨乳が見れると思ったのにぃぃい!!」

 

泉の大声が更衣室にまで響いてきた。またあいつらは何かやらかしたんだろうか。

既に全員着替えて、更衣室にはいつの間にかオレたちだけになっていた。

 

「池!悲しんでる場合じゃないぜ!俺たちにはまだたくさんの女子がいる!」

「そ、そうだな!ここで落ち込んでる場合じゃない!」

 

やはりくだらない話だったか。

プールサイドに出ていくと、男子どころか女子も揃っていた。

多くの人間が吠える哀れな男子共に注目していた中。道路工事的な男子が話しかけてきた。

 

「水着に上着なんかあったか?」

「個人的に買ったんだ。オレたちには必要なものだからな。」

「ああ…」

 

半開きの目でオレと沖谷を見やる。毎度眠そうだなコイツ…

 

「それにしても、君。道路…工事…じゃないか。すまない、語呂合わせで覚えていたんだが忘れてしまった。」

「綾小路だ。」

「綾小路。君は着痩せするタイプだったんだな。なかなか良い体格をしている。」

「そうか?両親から恵まれた体をもらっただけだと思う。」

「それは親に感謝だな。」

「ああ…」

 

歯切れの悪い返答を口にする綾小路。親とは仲が悪いんだろうか。

 

「よーしお前ら集合しろー。」

 

体育の授業を担当しているのは見たことのない教師だった。

いい感じに筋肉のついた、暑苦しそうなおっさん教師。苦手なタイプだな。

 

「お前たち。その服は…」

「ラッシュガードですが。何か問題でも?」

「いや…」

 

食い下がるなら、こいつを脱がしてまで何が見たいんだ!と言うかそもそもお前もパーカー着てるだろ!とか何とか言ってやろうと思っていたが。

こちらを注意するのなら、その前にブーメラン履いてる未確認生物を注意して欲しいものだ。

まあ私語や居眠りを注意しない教師がラッシュガードごときで怒るとも思えない。

 

「この中に泳げないって奴はいるか。」

「泳げなくはないですが、苦手なんですけど…」

 

1人の生徒が挙手をして答えた。沖谷も目立たないように小さく手を挙げている。

すると苦手な奴でも必ず泳げるようにさせるとか何とか、熱いことを言い出した。

これは熱心すぎて生徒からは煙たがれるタイプだな。

 

「泳げるようになっておけば、後で必ず役に立つ。必ず、な。」

「早く準備体操始めましょう。」

「……そうだな。それでは等間隔に広がれ。」

 

演説が鬱陶しかったので話を強引に切り上げさせた。

隣にいた沖谷と距離を取って、スペースを確保する。

体操の間、ずっと海が滅茶苦茶女子の方をチラチラと盗み見てたのが嫌でも目に入る。

普通に見るより目立ってるだろそれ。もう少し欲望を抑えてくれ。

総合的に男子の株が下がる。…もう手遅れかもしれん。

 

「ふむ。全員ある程度泳げるようだな。ではこれから競争をする。男女50m自由形だ。」

「競争!?マジっすか!」

 

順番にプールに入り、全員が一度泳いだ後。

体育教師が突然そんなことを言い始めた。

全く、また面倒なイベントを企画しやがって。

 

「一位になった生徒には、俺から特別ボーナス。5000Ptを支給しよう。逆に1番遅かった奴には放課後残って補習を受けてもらうから覚悟しろよ。」

 

多数の男子から歓声が。運動に自信のない生徒からは悲鳴が上がる。

沖谷が心配だな。同時に泳ぎ始めたはずなのに、泳ぎ終わったオレがプールサイドに上がると、随分と後ろで泳いでいた。

筋肉ついてなさそうだったもんな。

 

櫛田が飛び込み台に立った時に、数人の男子が股間を抑えるなどといった最低エピソードもありつつ、オレの結果が可もなく不可もなくといったタイムに終わったところで。

ついに沖谷の順番が回って来た。

 

ホイッスルと同時、全員が同時にプールに飛び込む。

それぞれがそれぞれの泳ぎやすいフォームで水を掻く。

 

いや…何だあいつの泳ぎ方は。いくら自由形と言えど、自由にも程があるだろう。

進んでいることには間違いないのだが。側からは溺れているようにしか見えないが。

これなら犬の方が早く泳ぐだろう。

 

「沖谷。放課後、泳げるようにしてやるから心配するな。」

「あの…は、はい……」

 

教師はこれまでと違いタイムを報告することはなく、上がった沖谷の肩に手を乗せた。

先生。まだ男子全員泳ぎ終わってませんが。

 

しかし沖谷以上に前衛的な泳ぎ方ができた者はおらず、当然の如く沖谷は補習となった。

 

 

 

放課後。プールにて。

沖谷は熱血教師に泳ぎ方を熱血指導されて……いなかった。

 

「息吸うときはもっと顔上げろ。水を飲みたくはないだろ。」

 

オレは事前に、友人が残るから指導をしたいと先生にお願いしていたのだ。

熱血教師は、熱血教師らしくそれを承諾。オレたちは水着を着て、再びプールに舞い戻る。

そんな中、オレは意外な生徒と再会した。

 

「まさか椎名も水泳が苦手だったとはな。」

「水泳だけではありませんよ。運動全般が苦手なんです。」

 

そう真顔で言われてもな。自慢じゃありませんけど、的な顔をするな。

こんな熱い教師に当たるなんて椎名も災難だろう。

 

椎名のスク水姿は、普段の制服とのギャップでより一層美しかった。

何というか。大人っぽい印象も相待って、コスプレのような色気がある。

制服の上からでもわかっていた抜群のプロポーションが更に際立ち、なかなかに艶かしい。

なるほど。クラスの男子たちが興奮していたのはこう言うことか。

興味のない人間の水着姿など見ても面白くはないからな。

 

オレは沖谷と椎名の2人の手を片方ずつ引いて、泳いでいる間の呼吸の練習をさせていた。

今の世代は、呼吸法の大事さを漫画やアニメで覚えるのだ。

向こうの方では熱血教師がAとBクラスの生徒を同じように手を引いて指導している。

もう何でも良いからとりあえず泳げるようにさせて、早く帰りたい。

 

「実はもう1人苦手な方がいて。最下位争いをしていたのですが。負けてしまいました。それでも、山城くんがいるのでしたら、負けて良かったかもしれません。」

 

椎名が嬉しいんだか嬉しくないんだか微妙なことを言う。

 

「良いから水に顔をつけろ。沖谷を見習え。」

「ぶくぶくぶくぶく…ぷぁ!」

 

数秒顔をつけた椎名は、すぐに顔を上げて空気を吸い込む。

オレが言いたいことは1つだけ。

水の中で息吐かなくて良いだとか、息吸うの早すぎだとか。そんな事はどうでも良い。

椎名、ブス角度から見てもバカ可愛いんだが?顔面天才かよ。

 

「どうですか?」

「よく出来たな。順調に上達している。」

「宮本くん。椎名さんのこと甘やかしてない?」

 

お前はまだ潜ってろ。

この後沖谷と椎名が、一応泳いでいると言えなくもないようになるまで1時間ほどかかった。

 

「今日は補習に付き合っていただきありがとうございました。」

「コイツのついでだ。気にするな。」

 

沖谷の髪をわしゃわしゃと撫で回してボサボサにする。

迷惑そうな顔で見られたが、お前のせいで放課後の時間を取られたんだが。文句は言うなよ。

 

「沖谷くんも、ありがとうございます。」

「僕は何もやってないよ。」

 

乱れた髪を手櫛で丁寧に直す。人見知りな沖谷はきょどっている。

人前ではオレに文句も言えまい。

 

「何かお礼をさせてください。ところでお2人は、入学してからクレープを食べた事はありますか?」

 

クレープか…話にはよく聞くのだが、そういえば生まれてこのかた食べたことがないな。

そもそも、クレープ屋を見たことすらない。

 

「オレはないな。沖谷、お前はどうだ。」

「うーん…そう言われてみたら無かったかも。」

「そうですか。それでは、この後クレープを買って軽い祝賀会を開催しませんか?勿論お代はお支払いします。」

「いやいや、それは悪いよ!僕何もしてないし!」

「くれるって言うなら貰っとけば良いんじゃないか?」

「山城くんはちょっと黙ってて。」

 

なにおう。沖谷、お前も言うようになったじゃないか。

 

「実は、クラスの方が話題に挙げられていて。興味はあるのですが、1人では入りにくい場所でして。宜しければご一緒して頂けないでしょうか。」

「そう言うことなら異論はない。一度くらいは食べてみる価値はあるだろう。沖谷も来るだろ?」

「…うん。でも、僕の分は自分で払わせてね。」

 

頑固な奴め。

 

 

 

「ほら、みてみて。」

「ねー。」

「クスクス。かわいい。」

 

オレは椎名の提案に乗ったことを若干後悔しかけていた。

一度も行ったことのないオレは、クレープ屋の想像ができていなかった。

だが、何となく漫画知識で屋台のようなものを想像していた。

実際に連れてこられたのは、女子中高生向けのカフェといった感じの店舗。

よく考えたらわかるよな。ケヤキモールと言ってるんだから屋台な訳がないだろう。

 

どこを見ても女子ばかり。完全にアウェイだ。

注文をして、テーブルに座っていると周りからの生暖かい視線を感じまくる。

落ち着いた椎名が苦手というのもわからなくもないな。

 

沖谷も、周りの女子からの目線に堪えかねて席にちょこんと大人しく座っていた。

それにしても萎縮し過ぎだろう。お前の前世はフランス人形か。

 

「悪いな椎名。こいつ注目されるの苦手だから。」

「いえ。わたしも得意ではないのでよくわかります。」

 

何だよ、オレだけ仲間外れか。

共通点も多い2人は仲良くなれたりするのだろうか。

 

「ところで。前に一度した話なのですが。」

「ああ。」

「探偵になれない。その言葉を自分なりに考えてみました。ですが、矛盾が生まれてしまいどうしてもわかりませんでした。」

「というと?」

「山城くんは、この学校が私たちの実力を推し量っているとの推理を披露したと聞いています。」

「聞いています、じゃなくてだな。」

 

そんな話がもう既に他クラスまで出回っているのか。

確かに口止めなどはしていなかったが。人の口に戸は立てられないとはよく言ったものだ。

オレはしっかりと仮説だと言ったはずだが。これで全く見当違いだったら恥ずかしいが過ぎる。

 

「そもそも、オレには探偵を名乗れるだけの才覚がないってだけの話だ。その時の推論も、半分くらい沖谷の力を借りている。オレはオレの実力を過信しない。」

 

一流の力を借りることで輝く贋物。オレにはそのくらいが丁度いい。

勘違いされても困るのだが、オレは別に自分が推理の達人だと思っているわけではない。

せいぜいが、一般人に少し毛が生えたレベル。それがオレの自己評価だ。

 

「椎名。君は、絶対に一流にはなれないとわかっていても、諦めきれない夢は無駄だと思うか?」

「それは…無駄ではないと思います。後にはきっと、努力と結果が残りますから。例え、それが一流に届かなかったとしてもです。」

「慰めか?」

「いいえ、違います。わたしはアガサクリスティー著の小説を好んでいます。ですが、それ以外の推理小説が無駄なものだとは決して思いません。例え高みに届かなくても、尊いものです。」

「……」

「お待たせしました。」

 

返答に困っていると、ちょうど良いタイミングで店員がクレープを持ってやってきた。

オレは有り難く話を終わらせる。

 

「変な話になったな。沖谷にもわからない話をしてしまった。悪い。」

「沖谷くん、ごめんなさい。どうしても気になっていたもので…」

「ううん、大丈夫だよ。話を聞くのは好きだから。」

「お前話すの苦手だもんな。」

「それはそうなんだけど、もっと言い方はなかったのかな?」

 

なかった。だから仕方がない。

 

 

 



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