Re:雷鳴は光り轟く、仲間と共に (あーくわん)
しおりを挟む

主人公プロフィール
加賀美 柊弥という男


50話記念で書き殴った柊弥のプロフィールです
最初の方にあるなんかすごいのはウボァー様制作の暴挙特殊タグをお借りしております。どんな技術力してんだマジで(最大限の賞賛)
本編で触れる内容が含まれているため、気になっている方は最新話まで読んだ後に見ることをおすすめします。
随時更新していくつもりです。


⚡︎
イナズマイレブン
イナズマイレブン
        

Re:雷鳴は光り轟く、仲間と共に

 

 かがみ

 加賀美(かがみ) 柊弥(とうや)
2年
 
 
 
FW
 
15

LV 40

GP 200/200

TP 200/200

 雷門中の副キャプテン。放つシュートはフィールドに轟く雷鳴の如く。

 

 ひっさつわざ

シュート
 轟一閃

シュート
 ライトニングブラスター

シュート
 雷霆一閃

シュート
 雷龍一閃・焔

シュート
 ファイアトルネード

シュート
 ファイアトルネードDD

シュート
 イナズマブレイク

ドリブル
 雷光翔破

ドリブル
 迅雷風烈

ブロック
 サンダーストーム

けしん
 紫電の将 鳴神

 

 

〜プロフィール〜

好きな物:仲間、サッカー、甘いもの

嫌いな物:虫

身長:170cm、体重:60kg

血液型:O型

誕生日:7月10日

将来の夢:プロ選手、或いは教師(ちなみに小さい頃は社長)

 

 

【経歴】

・小学生時代、隣町のクラブチーム、閃光SoccerClub(閃光SC)に所属。キャプテン兼エースストライカーであり、鬼道率いるチームと全国大会決勝にて戦い勝利。多くの強豪校からスカウトを受けるが、円堂とサッカーをするために全部蹴る

・雷門中入学、副キャプテンとしてチームを支える(背番号15)

 

【人物像】

よくクールな人間に思われているが、実際は結構フランク。中学1年生の頃までは円堂とやんちゃをすることが多かったが、2年生になり後輩が出来たタイミングで今の落ち着いたキャラが定着した。副キャプテンという立場に結構な責任を感じており、元気なキャプテンと冷静な副キャプテンという某麦わらみたいな関係が成立している。

校内からの人気は結構高い。中学2年生の頃校内新聞で行われた"雷門中人気な人ランキング(仮題)"にて3位にくい込んだ。(1位夏未、2位風丸。ちなみに編集者は当時柊弥と交流のない音無)

頭は結構、というかかなり良い。テストはだいたい首位争いするくらいなのでよくサッカー部のメンバーに勉強を教えている。お得意様はぶっちぎりで円堂。

 

【両親】

父親:加賀美 柊真(記者、現在海外で仕事中)

母親:加賀美 弥生(看護師)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第1章 フットボールフロンティア編
プロローグ


 空は既に黒に染まっていた。

 だが、この場所……このスタジアムだけは、静かな夜に似つかわしくない熱気に包まれていた。

 轟くような歓声、鳴り響く拍手喝采が色とりどりの紙吹雪を舞い上げる。

 そんな熱気の渦中にあったのは、青いユニフォームに身を包み、国を背負って戦い抜いた若い戦士達だった。

 肩を組み喜びを分かち合う者もいれば、向けられたカメラに笑顔を向ける者も、感極まって涙を流す者もいた。

 

 

「なあ柊弥」

 

「ん? どうした守」

 

 

 そんな彼らから少しだけ離れた場所で、1人だけ色の違うユニフォームを身につけ、額にはオレンジのバンダナを巻いた少年が、もう1人の少年に対して話し掛けた。

 

 

「あの頃はさ、こんなすっげーことになるなんて思ってなかったよな!」

 

「まあな。俺達、本当に世界一になったんだな」

 

「ああ!ここまで色んなことがあったよな」

 

「そうだな……本当に、色々なことがあった」

 

 

 そう言って花火に明るく照らされた夜空を眺めた2人の腕の中には、黄金に煌めくトロフィーがそれぞれ抱えられていた。

 

 

 

 

---

 

 

 

 

「ん……朝か……」

 

 

 耳元で喧しく騒ぐ目覚まし時計と、動くことを拒否している身体黙らせて起き上がる。

 カーテンを開けると朝日が部屋中に差し込み、俺の身体を貫く。一気に身体が覚醒し、眠気が払拭される感覚を噛み締めながら部屋を出る。

 

 

「おはよう母さん」

 

「あら、今日は早いのね? 朝ごはん出来てるわよ」

 

「ありがとう、いただきます」

 

 

 母さんが用意してくれた朝食を貪りながら、テレビのリモコンに手を伸ばす。適当にチャンネルを転々としていると、ある1つの番組に興味が惹かれた。それは毎日この時間に放送されるニュースの中でのとある特集だ。

 

 

『さあ本日のサッカー速報です! 本日の目玉は……こちら! 先日行われた、小学生サッカーの頂点を決める大会……小学生サッカー選手権大会です!!』

 

 

 寝起きの頭に響くようなテンションでテレビに映るMCはその小学生サッカー選手権大会について解説していく。

 とは言っても、俺にとっては知ってて当然のような情報ばかりだった。それもそのはず、俺は───

 

 

『このチームを優勝に導いた選手は間違いなくこの少年!! キャプテンでありエースストライカー、加賀美 柊弥(かがみ とうや)君です!!』

 

 

 ──優勝チームのキャプテンなのである。

 テレビに映る俺は面白いくらいに硬い表情で、片言でインタビューに答えていた。

 これが全国のお茶の間に放送されたのだと思うと、恥ずかしさで外を歩きたくなくなる。

 テレビから少し目線を逸らすと、テレビの中の俺が大事そうに抱えているものと同じトロフィーが飾られている。とは言っても、優勝トロフィーは監督に預け、家に持ち帰ってきたのはMVPとしてもらったトロフィーだけだが。

 

 

「ご馳走様」

 

「出かけるの?」

 

「うん、守と約束してるから」

 

「あらそう、気をつけていくのよ」

 

 

 母さんと短いやり取りを済ませ、洗面所に向かう。

 歯を磨いて顔を洗い、鏡に映るナイスガイにウインクをして……というのは冗談だ。

 諸々を済ませて部屋に戻って、時間まで適当に雑誌を読み漁るとする。

 

 

 

 

---

 

 

 

 

 

「柊弥ーッ!!」

 

「お、来たか」

 

 

 1時間程経つと、外から元気しか感じさせない大声が俺の名前を呼んでいる。窓を開けて身を乗り出し、声の主に返事をする。

 

 

「おはよう守、今行く!」

 

「おう! おはよう!!」

 

 

 円堂 守(えんどう まもる)。小学3年生くらいの時に河川敷でサッカーをしていたら、視線を感じて振り返った先にいたのが守だった。

 お母さんにサッカーをやらせてもらえなくてぶらついてたら俺がサッカーしてるのを見て寄ってきたって言ってたな。

 その後、守のお母さんを説得するために円堂家へ連れていかれたなんてこともあった。懐かしい。

 

 

「いってきます、母さん」

 

「いってらっしゃい、気をつけるのよ」

 

 

 サッカーボール片手に扉を開けて家を飛び出す。

 家の門の前で待ち構えていた守も、サッカーボールを抱えていた。トレンドマークのバンダナも相変わらずだ。

 

 

「テレビ見たぜ! すっげーガチガチだったな!」

 

「うっせ、いくぞ!」

 

「あっ、待てよー!」

 

 

 開口一番で小馬鹿にされたので腹いせの如く不意打ちで駆け出した。

 目指すはいつもの河川敷。後ろから聞こえる守の声には聞こえないふりだ。

 

 

「よし到着……おいおい守、何へばってるんだよ」

 

「お前速すぎるんだよ!! 少し手加減しろよな!!」

 

「聞こえなーい」

 

 

 肩で息をしながらの守の抗議を一蹴する。

 休日の河川敷ということもあり、辺りは俺達と同じくらいの子供や家族連れで賑わっている。

 サッカーコートの片側がちょうど空いていたので、そこに滑り込もう。

 

 

「早速始めるか!」

 

「おう!」

 

 

 守がグローブをはめ、ゴール前に移動する。対する俺は、ペナルティエリアの始点あたりに立つ。

 さて、今日もやりますか。

 

 

 

 

---

 

 

 

 

「ふう、だいぶやったな」

 

「もう12時近くかあ……母ちゃんに昼ごはんの時は帰ってこいって言われてるし、少し休憩したら1回帰ろうかな」

 

「おっけー、俺もそうする」

 

 

 河川敷の斜面に寝転がり、空を仰ぐ。心地良いそよ風が火照った身体を撫でる。

僅かに身体が冷やされていく感触をよそに、俺達は何気ない会話を交わす。昨日の夜ご飯はなんだったとか、変な夢を見ただとか。

そんな中で、俺達の話題はあるものに収束する。

 

 

「とうとう明日だなあ……入学式」

 

「そうだな……やっと守と同じチームでサッカー出来るって思うと楽しみだ」

 

「俺もだ! サッカーすることは許してくれたけど、結局クラブに通うことは許してくれなかったからなあ……」

 

「まあ、月謝だってそんなに安くないから仕方ないさ。その分思いっきり中学で暴れてやろう」

 

 

 守がキーパーで、俺がストライカー……うん、いい構図だ。

 普通に考えれば先輩達がいるからレギュラー入りは出来ないかもしれないけど……それでも楽しみだ。

 

 

「いつの日かさ、フットボールフロンティアに出て優勝するんだ!」

 

「はは、大きく出たな?」

 

「俺達とこれから出会う仲間達ならできるさ! そう思わないか?」

 

「……いいや、思うね」

 

 

 だろ、と言って笑う守。

 中学サッカーの頂点を決める大会、フットボールフロンティアか……いいね、小学サッカーの次は中学サッカーの頂点だな。

 この前の全国大会の決勝で当たったあいつも、どこかの機会でまた戦うことになるんだろうな……あんな強いやつ、目立たないはずがないし。

 

 

「さて、そろそろ帰るか!」

 

「そうだな、いい感じに身体も休まったし」

 

 

 そう言って俺達は帰路に着く。明日は中学校の入学式、新しい出会いもあるんだろうな。

 待ってろ、雷門中。




始めましたの方は初めまして、そうじゃない方はいつもお世話になっております。作者のあーくわんです。
あらすじに書きました通り、当作品は「雷鳴は光り轟く、仲間と共に」の再編版となります。
前作よりも更に面白い小説に出来るように頑張ります、よろしくお願い致します。

なお、前作はしばらくしたら非公開とさせていただきますのでよろしくお願い致します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第1話 ここから始まる

物語は再び始まる


 鏡の前に映る自分はどこか変ではないだろうか、と身嗜みを整える。玄関の扉を開くと春を感じさせる陽射しと風が飛び込んできた。心地よい朝だ。新しい門出にはこれ以上ない日だろう。

 そう、今日は待ちに待った雷門中入学式の日だ。

 

 

「いってらっしゃい、後から行くからね」

 

「うん。いってきます、母さん」

 

 

 そう言って家を出ると、母さんは手を振りながら送り出してくれた。

 ちなみに父さんは今家にいない。大手メディアに記者として勤めており、2年程前に海外に飛び立ってしまった。

 とは言っても、定期的に連絡はしてくれる。実際昨日も全国大会優勝と中学入学の祝いのメールが来た。申し訳なさそうにしているのが文面から受け取れたが、仕事なら仕方ないと俺も母さんも思っているので気にしないで欲しいものだ。

 

 

「眩し……」

 

 

 鋭く射し込む日光を思わず手で遮る。

 家の門から一歩踏み出すと、周りには俺と同じ制服に身を包んだ少年少女が何人か確認できた。

 まあここら一帯は雷門中の学区だし、当然といえば当然か。

 

 

「加賀美、おはよう」

 

「ん? ……おお、風丸か。おはよう」

 

 

 風丸 一郎太(かぜまる いちろうた)。守が俺と出会う前から仲良くしていたそうで、良くサッカーに付き合わされていたらしい。

 俺と守が知り合ってからは3人でボールを追いかけることも多かった。

 

 

「とうとう中学生だな。加賀美はサッカー部に入るんだろ?」

 

「勿論。守と一緒に全国とってやるよ……風丸は陸上部に行くんだよな」

 

「ああ。お前達とやっていたサッカーも楽しかったけど、やっぱり俺は走るのが好きだからな」

 

「だよなあ……風丸の脚ならサッカーでも十二分に通用するんだけどなあ……?」

 

 

 チラチラと目線を向けるが、「よしてくれ」と微笑しながら流されてしまった。無念。

 10分ほど風丸と談笑しながら歩いていると、ようやく校門が見えてきた。それと同時に、見覚えのある姿も見えた。

 

 

「遂に……遂に来たぜ────ッ!!」

 

「……何をやっとるかあいつは」

 

「はは……円堂らしいじゃないか」

 

 

 円堂 守、その人である。

 校門のど真ん中に立ち、100メートル先まで聞こえそうな大声で叫んでいた。周りの新入生は何事かと目線を集中させている。そりゃあ入学式当日にあんなヤツがいたら誰だってそうなる。

 

 

「はーい教室行きますよおバカさん」

 

「いだだだ!! 何すんだよ柊弥!」

 

「黙らっしゃい。周りに初対面の人ばかりの中であんな大声叫ぶか? 普通」

 

「だって、待ちに待った雷門中だぜ!? テンション上がらないはずないだろ!」

 

「やはり円堂は円堂だな……」

 

 

 首根っこを掴んで守を引き摺っていく。

 まあ確かに守の気持ちが分からないわけでもない……が、さすがにあんなことはしない。だって恥ずかしいし。

 乗降口近くまで来て守を解放し、クラス分けを確認する。

 

 

「えーっと、どこだ……」

 

「あった! 柊弥、風丸! 俺達同じクラスだぞ!」

 

 

 本当だ。見事に俺達3人揃っているな。

 他には……お、秋もいるみたいだ。顔見知り勢が全員揃ってるのはなかなかに嬉しい。

 

 

「さて、俺と守は先に職員室行くか」

 

「そうだな!」

 

「ん? 何か用事か?」

 

「ああ……これを出してくる」

 

 

 と言ってカバンの中を漁り、1つの封筒を取り出す。

 その表紙には"入部届"の文字。サッカー部への入部を希望する書類が同封されている。

 

 

「もう出しに行くのか……せっかちだな」

 

「善は急げ、って言うだろ?」

 

「確かに言うが……善かどうかはわからないな。まあいい、先に教室行ってるぞ」

 

 

 と言って風丸は階段を昇っていく。

 俺と守はそのまま歩いていき、すれ違った先生に挨拶をし、サッカー部の顧問はどなたかを訊ねる。

 どうやら、サッカー部の現顧問は冬海(ふゆかい)先生と言うらしい。

 入口前に貼り付けられている座席表を確認し、職員室へと足を踏み入れる。

 

 

「1年円堂 守と言います! サッカー部入部希望です!」

 

「同じく加賀美 柊弥と申します。自分もサッカー部入部希望です」

 

「は、はあ……」

 

 

 叩きつけた入部届をまじまじと見つめ、大きなため息をついてそれを机の上に載せたあと、冬海先生は口を開いた。

 

 

「申し訳ないんだけど……この学校にサッカー部はないんだよ」

 

「「え?」」

 

 

 俺と守の間の空気が凍りついた。

 互いに見つめ合い、数回瞬きした上で互いの頬をつねる。

 痛い、つまりこれは現実だ。

 

 

「えええええええええええええええええええええええ!?」

 

「マジか……」

 

 

 守の怒号が職員室内に響き渡った。

 どうしてこうなった。

 

 

 

 

 

---

 

 

 

 

「おーい守、生きてるかー?」

 

「サッカー部がないなんて……そんな……」

 

「……重症だな」

 

「でも本当に……サッカー部がないなんてね」

 

 

 入学式を終え、教室に戻ってきて俺、守、風丸、秋の4人で机を囲む。

 守は入学式の最中ずっと上の空で、呼名をされても返事を忘れていた。あの時の守の顔は傑作だった。

 

 

「まあ、ないなら作ればいいだろ? 冬海先生も言ってたんだしさ。ほら、とりあえず部室行ってみようぜ?」

 

「……」

 

「守……?」

 

 

 守は机に突っ伏したまま何の反応もない。と思いきや、段々と小刻みに震えだして……

 

 

「そうだよ! 部活がないなら作ればいい!! よーし、部員集めるぞー!!」

 

「俺さっきからそう言ってたんたけどな」

 

「これが円堂君なのよ……」

 

「違いない」

 

 

 入学式始まる前からずっとそう声をかけていたのに上の空すぎて一切反応してなかったくせに、急にこのテンションの上がりようである。

 そして気がついたら守は教室を飛び出し、部室へと向かっていた。

 

 

「……俺らも行くか」

 

「そ、そうだね」

 

「俺は陸上部に顔出し行くよ」

 

 

 といって風丸とは別れた。

 昇降口から少し歩くと、古い物置小屋のような風貌の部室の前に守と冬海先生が立っていた。

 

 

「遅いぞ2人共!! 冬海先生、早く部室開けてください!!」

 

「はいはい……」

 

 

 そう言って気だるそうに冬海先生は鍵を開けてくれた。

 意を決して守がその扉を開くと……その衝撃で中のガラクタが崩れ落ちた。

 それと同時にホコリが舞い上がり、外の俺達に襲いかかる。

 

 

「うわ……これは酷い」

 

「すっごいホコリ……何年掃除してないんだろう」

 

「さあ……私がこの学校に来る前から使われていないはずですよ」

 

 

 そんなホコリの巣窟に守はズンズンと入り込んでいき、何かを手に取って俺達に差し出してきた。

 

 

「掃除、しようぜ!!」

 

 

 ……新生雷門サッカー部最初の活動は、部室掃除のようだ。

 

 

 

 

 

---

 

 

 

 

 

「あー疲れた、何回ホコリ吸ったかな」

 

「でもほら、すっげー綺麗になったぜ?」

 

「そうだねえ、だいぶ見違えたよ」

 

 

 と言われて部室に目線をやると、確かに先程より目に見えて綺麗になっている。

 黒ずんでいた外壁は僅かな輝きを取り戻し、鎧のように纏っていた蜘蛛の巣は今や見る影もなし。これぞ匠のビフォーアフターってやつだ。

 ……ようやくか。

 

 

「さて、もう今日は帰ろうぜ! この後サッカーするだろ?」

 

「もう、1日くらい休んだら?」

 

「そうはいかないさ! 今日から俺達は雷門サッカー部なんだ、サッカーしないとダメだろ!?」

 

「そういうものかなあ……」

 

「そういうもんさ! ……柊弥? どうした?」

 

 

 2人のやり取りをそっちのけで感傷にふけっていたが、守の声で意識が現実に引き戻された。

 

 

「ああ悪い……先行っててくれないか?」

 

「へ? ……まあいいや、遅れるなよ!」

 

「それじゃ先行ってるね!」

 

 

 といって守と秋は校舎へと戻って行った。

 片付けのためにジャージになっていたから、制服に着替えに行ったのだろう。

 2人の背中を見送って、今一度視線を向ける。

 視線の先にあるのは、先程発掘して部室に立てかけた"サッカー部"の看板。

 そっと歩み寄り、それに手を添える。

 その瞬間、頭の中には色んな光景が浮かんできた。

 必死に練習している光景、大会で優勝している光景、何より、みんなでボールを囲んで大笑いしている光景。

 

 

「ここから始まるんだな……俺達のサッカーが」

 

「ノー、お前達のサッカーは始まらない」

 

 

 突如として投げかけられた返事に身体が硬直する。

 独り言聞かれてたかな、恥ずかしい。完全に変なやつって思われた……

 待てよ、今なんて言われた? 

 

 

「……は?」

 

「もう一度言う。お前達のサッカーが始まることはない」

 

 

 声の方向に振り返り、その声の主の姿を捉える。

 変な服装だな……スパイが着るスーツみたいだ。歳は俺と同じくらいか……? 

 

 

「お前、誰だよ」

 

「……知る必要は無い」

 

『ムービングモード』

 

 

 その男が足蹴にしていたボールのような何かから機械音が鳴ると、俺の視界は青白い光に包まれた。




最後に出てきた男、一体何ファなんだ・・・
次回はとうとう試合描写かと思われます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話 キックオフは唐突に

「……!? 何処だここ……」

 

 

 光が晴れると、そこには見知らぬ風景が広がっていた。

 広いサッカーコートだ……周りには観客席のようなものが見えるということは、ここはスタジアムか? 

 視線を目の前に戻すと、先程の男に加えてまた知らない連中が増えていた。

 ……11人か。しかも1人だけ服装が違う。これではまるでサッカーチームのようだな。

 

 

「ここはお前がサッカーを奪われるのに相応しい場所だ」

 

「サッカーを奪われる……? お前はさっきから何を言ってるんだ?」

 

 

 こいつが何を言っているかだけじゃなくて、何で部室の前からこんな所に一瞬で移動させられたのか、何で空が暗いのか、そもそもこいつらは何者なのか……疑問は山ほどある。

 

 

「君にはこれから試合をしてもらう。サッカーのだ」

 

「試合? ますます意味が分からないな。俺は1人だぞ?」

 

「加賀美さん!!」

 

 

 男の発言の意図が一切掴めずにいると、また知らない声が俺の名前を呼んだ。

 その声の主はこちらに駆け寄ってきた。

 

 

「そいつらはサッカーを消そうとしているんです!」

 

「サッカーを消す……? その前にお前は……」

 

「あ、俺は松風 天馬(まつかぜ てんま)です! 説明は難しいんですけど……大好きなサッカーを守るためにきました! このままじゃ大変なことになるんです、信じてください!」

 

 

 大好きなサッカーを守るため、か。

 もう何から何まで意味が分からないが……こいつ、天馬の言うことは信じても良い気がする。

 よく分からないやつに敵対されて、よく分からないやつに味方されるなら大人しく助けてもらった方が良さそうだ。

 

 

「……分かった。何一つ理解できないが、とりあえずお前の言うことを信じるよ、天馬」

 

「えっ……信じてくれるんですか!?」

 

「自分から信じろって言っておいてそんなに驚くか? とりあえず、力を貸してくれんだろ?」

 

「……はい!」

 

 

 そう天馬は返事してくれる。話してて気分が良くなるやつだな、どことなく守みたいだ。

 さて、アイツらの望み通り試合をすることになるんだろうが……俺らは2人しかいない。どうするんだ? 

 

 

「大丈夫、いるよ」

 

「ん?」

 

「みんなサッカーが大好きな仲間です、一緒に戦ってくれます!」

 

 

 声の方向には緑髪のうさぎのような髪型をした少年がおり、その周りには同じような髪色の少年少女がいた。

 全員が赤と白を基調としたユニフォームに身を包んでおり、奴ら同様、サッカーチームのようなまとまりになっている。

 

 

「僕の名前はフェイ・ルーン。よろしくね」

 

「俺は加賀美 柊弥。よろしく頼む」

 

 

 と言って握手を交わす。外人……なのか? 

 

 

「あー、ユニフォームはどうすれば」

 

「心配いらないよ」

 

 

 フェイが指を鳴らすと、俺の制服はたちまち姿を消し、代わりに彼らと同じユニフォームがそこにいた。

 ……何でもありだな。喋る青いクマのぬいぐるみも後ろにいるし。

 

 こんなよく分からない流れで始まる試合でも形式には沿うようで、センターラインのあたりに整列する。

 すると、どこからともなく赤い帽子を被った男性が現れ、マイクを握りしめる。実況解説なのか? もうツッコまないぞ。

 

 

「さあ! 再びテンマーズ対プロトコル・オメガの試合だ!!」

 

 

 こっちはテンマーズ、あっちはプロトコル・オメガというチーム名らしい。

 天馬がキャプテンでテンマーズか。安直だがわかりやすい。

 

 

「ポジションはどうする?」

 

「君の好きなポジション、FWで構わないよ」

 

「よく知ってるな」

 

「有名だからね」

 

 

 有名なのか……? 確かに全国大会はテレビで放送されたから知ってる人がいてもおかしくないが……外国でも放送されたのか? 

 まあいい、この際あらゆる固定概念を取っ払うとしよう。例えあいつらが化け物に姿を変えたりしても俺はもう驚かないぞ。

 

 ……中学初の試合が、こんなよく分からない試合になってしまうとは。守とデビュー戦を飾りたかったが仕方ない。

 フォーメーションは4-4-2。俺とフェイのツートップで、天馬はMFだ。

 

 

「よし……サッカーやろうぜ!」

 

 

 守の口癖とも言うべきセリフを借りる。

 これによりチームの士気は上がった……のか定かではないが、みんなやる気みたいだ。心配ないだろう。

 

 

「キックオフ!! 試合の始まりだ!!」

 

 

 ホイッスルが鳴り響くと共に、とうとう試合が始まる。

 相手のキャプテン……アルファはボールを受け取ると、速攻でこちらに切り込んでくる。

 ……予想より速い! 自分の実力に驕りがあったわけじゃないが、こいつらかなりレベルが高い! 

 

 相手に徹底マークされたフェイと、何も出来なかった俺を一瞬で抜き去ると、アルファはあろうことか他のメンバーに対し、故意的にボールをぶつけ始めた。

 

 

「おい、何してんだよ!!」

 

「ぐッ……」

 

 

 メンバーが痛めつけられる度、マークされているフェイは何故か自分が攻撃されているかのように苦しむ。

 意味が分からない……けど、とにかく止める! 

 

 

「やめろッッ!!」

 

 

 無意識の内に身体が動き始めていた。

 そしてその速さは、自分が思っていたよりも数倍速かった。

 

 

「……ほう」

 

「サッカーは人を痛めつけるものじゃない……心と心でぶつかり合うものだろうが!!」

 

「発言の意図が理解できない」

 

「アルファ!! 加賀美さんの言う通りだ! ボールだってそんな風に使われて……きっと泣いてるよ!」

 

 

 ボールが泣いている……いい事言うじゃないか、天馬。

 だが、そんな言葉もアルファには1ミリも響いていないようだ。

 

 

「サッカーは滅ぶべき。よって加賀美 柊弥。お前がサッカーによって滅べ」

 

「速ッ──」

 

 

 一瞬でボールを奪われる。

 そしてアルファは少し距離を取り、シュートをゴールではなく俺に対して放つ。

 鋭いシュートだ。空気を切り裂きながら真っ直ぐ飛んでくる。

 ……けどな。

 

 

「ふんッ!!」

 

 

 真正面からアルファのシュートを蹴り返す。

 行き場を失った力は上に逃げることを選び、ボールは高く弾かれる。

 

 

「そんな心のないシュート……恐れるまでもない!」

 

「……イエス、これらを時空の共鳴現象と把握。加賀美 柊弥に対しての警戒を強めます」

 

 

 アルファは1人で何かを呟いているが、そんなものお構い無しだ。

 

 

「今度はこっちから行くぞ! 反撃だ!!」

 

「おう!! 皆行くぞ!!」

 

 

 中陣あたりに向かってパスを出す。だがそれは相手に阻まれてしまった。が! 

 

 

ワンダートラップ!! 

 

 

 次の瞬間、天馬が目にも止まらぬ速さでボールを奪い返した。

 ……やるな、天馬! 

 

 

「天馬! 上がるぞ!」

 

「はい! 加賀美さん!」

 

 

 天馬との一糸乱れぬコンビネーションで一気に駆け上がる。

 何だ……全身にいつもより力が漲っている。最初は速いと思ったアルファにも追いつけたし、天馬にも負けてない。

 

 

アグレッシブビート!! 

 

 

 相手が2人同時に天馬へと仕掛けるが、それすらも必殺技で難なく躱す。本当に何者なんだ……!? 

 

 

「加賀美さん!!」

「おう!」

 

 

 ボールはノーマークの俺へと渡る。キーパーとの一騎打ちか……いいね、燃えてきた。

 決めてやる、俺のシュート! 

 

 

「……来い!」

 

轟一閃ッッ!! 

 

 

 ボールのサイドを踏みつけるようにして回転を与えると同時に、身体を右に捻り右脚を引く。

 回転を始めたボールは雷を帯びながら空中へ浮き始め、やがて激しく放電する。

 最高まで力が高まったその瞬間を狙って、右脚を最速で振り抜くッ!! 

技術が未発達で必殺技を使う選手が少ない小学サッカー界の中で、中学でも通用すると言われた俺の必殺シュートだ。雷が落ちたような轟音が響くと同時に、ボールは一切ブレない真っ直ぐな軌跡を描きながらゴールへと襲いかかる。

 

 

キーパー……ぐッ!?」

 

 

 おそらく相手GKも必殺技で対抗しようとしたのだろう。

 だがそれよりも数段早く俺のシュートはゴールネットへと突き刺さる。先制点いただきだ。

 

 

「すごい! 流石加賀美さんだ!!」

 

「自分でも驚く威力だった。シュートだけじゃない、ドリブルもブロックも、いつもより明らかにキレが増している」

 

「時空の共鳴現象だね……詳しい説明は後でするよ」

 

「そうしてくれると助かる」

 

 

 そんな軽口を交わしながら俺達はポジションに戻り試合再開。

 プロトコル・オメガは1本ロングパスを通し、一気にこちらに攻め上がる。

 ……ヤツらの思いどおりにはさせない! 

 

 

「来るぞ!!」

 

シュートコマンド01!! 

 

 

 パスをすんなりと受け取ったアルファは空高く舞い上がり、回転と共にボールを蹴り込む。

 辺りの空気を巻き込みながら迫るそのシュートは、恐らくゴールネットを揺らすだろう。

 

 

「何……!?」

 

「加賀美さん、いつのまに!?」

 

 

 だがそうはさせない。自分でも驚く程の速さでボールとゴールの間に割り込む。

 先程は啖呵を切ったが、おそらくこのシュートを正面から受ければ無事では済まないだろうと冷や汗が頬を伝う。

 だが何故だろう。その現実とは真逆に、俺の全身には先程以上の力が漲ってくる。

 

 溢れんばかりの力を身体から解き放つ。

 そして俺は、無意識の内に()()()()()()()()

 

 

紫電の将 鳴神(ナルカミ)

 

 

 背中から影が溢れ、形となる。

 紫色の電光を伴いながら姿を表したそれは、刀をシュートに対して振るい、何事もなかったかのように受け止めてみせた。

 

 

「化身……!?」

 

「加賀美さんが……化身使いに!?」

 

 

 化身と呼ばれた圧倒的な力。今の俺なら何でも出来る、そんな慢心を抱かせる程には強大なものだった。




【紫電の将 鳴神】
紫を基調とした甲冑に全身を包み、背中には濃い紫色の外套をはためかせている。
一振の刀を携えており、行く手を阻むもの全てを斬り伏せる。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話 未来より

投稿を初めて5日程でここまで感想や評価、UAを頂けて驚いています。
今後ともよろしくお願いします。


「加賀美 柊弥が化身を?これも時空の共鳴現象と断定」

 

「まさかここで……加賀美さんが化身を出したのは確か……」

 

「くっ……!?」

 

 

 "化身"と呼ばれたそれが形を失ったのを知覚すると同時に、全身に強い疲労が襲いかかる。

 原理はよく分からないが……強力な力を発揮出来る分消耗が激しいのかもしれないな。この試合のうちにもう一度使おうものならば、間違いなくベンチ送りとなるだろう。

 そして天馬にフェイ、アルファ。化身の存在を知っているかのような反応だった。この3人も化身が使えるのだろうか……

 

 

「次はこっちからだ! もう1点取るぞ!」

 

 

 呆気に取られている天馬達を現実に引き戻すため、大声を上げて反撃を指示する。

 天馬に向かってパスを出したが、少し反応が遅れて相手に奪われてしまった。それを取り返すために味方と敵が入り乱れ、もみくちゃになるがボールは一向に相手の支配下だ。

 

 

「はっ!!」

 

 

 流れを断ち切るため、フェイがボールを無理やり外に弾いた。

 心做しか、フェイは化身を使った俺以上に消耗しているように思える。これまた何か理解の及ばないことが起こっている気がする。

 

 

「おーい、この試合……俺も混ぜてくれないか?」

 

「……あれは?」

 

「剣城!?」

 

 

 観客席から突如として男の声が響く。

 声の方向に視線を向けると、彼はこちらへ歩み寄ってきていた。天馬は彼に見覚えがあったようで、すぐに駆け寄っていった。

 

 

「……あれ、剣城?」

 

「俺は君の知っている京介ではない。京介の兄、剣城 優一(つるぎ ゆういち)だ」

 

「優一さん……!? 脚は、もういいんですか?」

 

「話は後だ。まずはアイツらと戦おう」

 

 

 そう言って手首のブレスレットに触れると光に包まれ、なんと一瞬にして俺達と同じユニフォームに着替えていた。

 そしてフェイが指を鳴らすと、MFが1人が一瞬にして姿を消した。

 ……段々と、こいつらの正体が掴めてきた気がする。案外未来から来てたりするのではないだろうか。

 とりあえずそれを聞くのは後だ。今は試合に集中しよう。

 

 

「加賀美さん……貴方と同じフィールドに立てて光栄です」

 

「それはどうも。聞きたいことは山ほどありますが……とりあえずこの試合、勝ちましょう」

 

「はい、勿論です。……それと、敬語はやめてください」

 

 

 見るからに歳上だと思うんだが……まあいい。

 どうやら優一は、天馬やフェイと同じく俺と面識があるようだ。重ねて言うが聞きたいことは後回しだ。

 相手のスローインから試合は再開。

 大柄な選手がボールを受け取るも、優一は一瞬で奪い取る。再びボールを手中に収めようとプロトコル・オメガの面々は次々と優一へ襲いかかるが、圧倒的な身のこなしで全て軽々と抜き去る。

 ……上手いな。

 

 

「天馬君、化身だ!!」

 

「えっ……はい!!」

 

 

 "化身"。再びその単語が登場する。

 それはあの凄まじい力が再び顕現することを意味する。

 

 

「うおおおおおおお!!! 魔戦士ペンドラゴン

 

 

 優一の背中から影が吹き出し、徐々に形を形成していく。

 影を払って姿を現したのは、黒を基調とした鎧と翼を携え、一振りの剣を手にしていた。

 

 

アームドッ!! 

 

 

 聞きなれない単語を優一が口にすると、姿を現したばかりの化身は再び影へと姿を変える。

 一体何を……と思ったら、答えはすぐに出た。

 その影は優一の全身を覆うように広がり、まとわりつく。少しすると影は実体へと姿を変えた。そこには、化身とよく似た姿をしている優一の姿があった。

 

 

「アームド……化身を纏ったのか!?」

 

「その通りだよ。化身アームドは化身の力をより無駄なく扱うための技術さ」

 

「さあ天馬君、君も!」

 

「俺も……よし!!」

 

 

 そう声を掛けられた天馬は、身体に力を集中させるような動作を取る。

 するとたちまち、背中から翼が生えたように影が放出される。

 

 

魔神ペガサスアーク!! アームド!! 

 

 

 そう口にすると、先程の優一と同じように化身は影となり、天馬の全身へとまとわりつく。

 一際強く輝いたと思うと、そこには優一と同様に化身に身を包んだ天馬がいた。

 

 

「出来た……俺にも化身アームド出来ました!!」

 

「さあ、行くぞ!!」

 

 

 化身を身にまとった2人は一直線へとゴールへ駆けていく。そしてその行方を阻む影が1つ……アルファだ。

 アルファは高く飛び上がったかと思うと……

 

 

天空の支配者 鳳凰!! アームド!! 

 

 

 

 当然のように化身を解き放ち、己の鎧とした。

 化身アームドした3人による睨み合い。距離が離れていても肌を激しく打つこの圧力。

 文字通り次元が違う……俺があそこに付け入る隙はない。

 

 

「「はああああああああ!!」」

 

 

 高く上げられたボールに対し、ツインシュートが叩き込まれる。

 並の必殺シュートよりも遥かに高い威力を誇るそれは、一直線へと落ちる彗星のようにゴールへと迫る。

 

 

キーパーコマンド03!! 

 

 

 相手GKが衝撃波をボールに叩きつける。が、抵抗出来たどうかの判別がつかないほど一瞬でシュートは守りを突き破った。

 だが、その後ろには化身アームドしたアルファが控えていた。

 ゴールを割らんとするシュートに対して真正面から対抗するアルファ。

 力と力のぶつかり合い、辺りには行き場を失ったエネルギーが迸る。

 

 

「……ぐッ!?」

 

 

 が、抵抗虚しくシュートはゴールをこじ開ける。2点目だ。

 視線の先では天馬と優一が熱い握手を交わしていた。

 化身アームド……やはり凄まじい力だ。見ていて気づいたことだが、純粋なパワーだけなら化身の方が強く、有り余るパワーを適切に扱うためにあるのが化身アームドなのだろう。

 事実、3人のパフォーマンスには一切の無駄がなかった。

 

 

「……ヤツら何のつもりだ?」

 

 

 ふと視線を中央に戻すと、プロトコル・オメガのメンバーが集合していた。試合中だというのに。

 試合放棄だろうか。

 

 

 

「撤退する」

 

 

 アルファがそう言うと、頭上で紫色の光が怪しく煌めいた。

 つられて目線をやや上向きにすると、何とヤツらの頭上にはUFOが浮かんでいた。比喩などではなく本当のUFOだ。

 仮装上のものと思っていたそれに気を取られていると、プロトコル・オメガはそれに吸い込まれるようにして姿を消し、ついにはそのUFO自体が姿を消した。

 相変わらず何が何だか分からないが、とにかく凌いだということで良いのだろうか。

 

 

「ありがとう加賀美さん、君のおかげでヤツらを斥けることが出来たよ」

 

「俺は特に……それより、話してくれるんだろうな。アイツらが、お前達が何者なのか」

 

 

 もちろんさ、と返事してフェイは身を翻す。

 フェイが指を鳴らすと、それに合わせてフィールド上から大多数が姿を消し、ユニフォーム姿だった俺は元の制服姿へと戻っていた。

 そして、残ったメンバーで腰を下ろして話を始めた。

 

 

「さて、まずは僕達が何者なのかについてだね」

 

「ああ」

 

 

 一呼吸おいてフェイはこう続けた。

 

 

「信じられないかもしれないけど、僕達は……未来から来たんだ」




少し短めですが、プロトコル・オメガ戦の終了までです。
この話含め、今後はなるべく決まった時間に投稿出来るように心掛けていきたいと思います。
毎日1話は投稿出来ればいいんですが・・・恐らく1、2日は間隔が空いてしまうかと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話 さよならの誓い

お気に入り登録もUAもどんどん増えているのを見て、私ニヤつきが止まりません。
評価や感想も励みになります。本当にありがとうございます。

前回の話でフェイの柊弥に対する呼び方の表記にブレがあったので修正しておきました。

また、今回は少し短くなっております。ご了承を。


「信じられないかもしれないけど、僕達は……未来から来たんだ」

 

「ああやっぱりか……」

 

「そうだよね、そんな簡単に……って、え?」

 

 

 フェイが素っ頓狂な声を上げる。

 勿論普通ならここは「な、なんだってー」と驚きの声を上げるべき場面だろう。

 だが察してしまったものは仕方ない。よって俺は悪くない、うん。

 

 

「何となく察しはついていたんだ。お前達の俺を知っているかのような口ぶりも、化身をはじめ想像の遥か上を行く技術も……未来のものだと考えれば合点が行くからな」

 

「な、なるほど……」

 

「とりあえず、なぜプロトコル・オメガは俺を狙ったのか、なぜお前達はプロトコル・オメガと戦うのか……このあたりを聞きたいな」

 

 

 俺の希望通りに天馬にフェイ、優一……ついでにクマさんも説明を始めてくれた。本人の希望により、クマさんはこれ以降ワンダバと呼ぶ。

 まず大前提として、彼らは全員未来から来た。さらに言えば天馬は10年後の未来から、フェイとワンダバは200年後の未来から、そして優一は天馬とは違う10年後の未来から来たそうだ。これについてはあとから触れることとする。

 

 

 次に事の流れを整理する。まずはフェイ達。

 フェイ達は、彼らがいた200年後の未来では、"セカンドステージ・チルドレン"という人智を超えた力を持つ少年達が支配者となっているそうだ。

 そしてそれを打開するために動き出したのが意思決定機関"エルドラド"だ。

 エルドラドは過去からサッカーの痕跡を一切消すことで、優れたサッカー選手の遺伝子から生まれたセカンドステージ・チルドレンの誕生を阻止しようとしているのだと言う。

 

 

 そのためにエルドラドが差し向けたチームこそがプロトコル・オメガであり、彼らは天馬の時代からサッカーを抹消した。

 が、その中で天馬だけがサッカーのことを覚えており、それに気づいたプロトコル・オメガは天馬を襲撃した。

 そこにフェイとワンダバが助太刀に入り、プロトコル・オメガを一時撃退。

 そして天馬達は、天馬の時代からサッカーが消える要因となった"俺の時代の雷門サッカー部設立阻止"を防ぐため、俺を助けにやってきたというわけだ。

 

 

「1つ良いか? 仮に俺があのままプロトコル・オメガにリンチされてサッカーから離れたとしても、雷門には守がいる。あの熱血バカがいる限りサッカー部は作られると思うんだが……」

 

「確かにそうかもしれないね。けれど実際は、加賀美さんを襲った後に円堂さんもヤツらに襲われるんだ」

 

「何故俺達2人を同時に襲わない? その方が効率的なんじゃないか?」

 

「恐らく、円堂 守と加賀美 柊弥という2つのピースが揃っているところに時空を超えて干渉すると、さっき説明した時空の共鳴現象によって彼らでは手に負えなくなるんだと思う。だから2人は別々に襲われるはずだったんだ」

 

 

 なるほど、大体理解した。要するに俺と守が揃っていた場合、ヤツらは何も変えることはできずに終わる。だから1人ずつ襲ったと。

 ではここで優一について触れようと思う。

 優一は本来の歴史では、弟である剣城 京介(つるぎ きょうすけ)が原因による事故で下半身不随に陥るそうだ。

 が、エルドラドの歴史修正によりその事故そのものが歴史から消える。この時点で()()()()()()()()()()()()()()が生まれた。

 そして優一はある人の導きにより、歴史を正しい方向に導くために時空を超え、この場にやってきた。というのが事の顛末らしい。

 

 

「……こんなところか、随分と複雑なことになっているみたいだな」

 

「理解が早くて助かるよ」

 

「最初は俺もお前達と戦おうと思ったが……どうやら、俺のやるべきことは別にありそうだな」

 

 

 そう言って立ち上がる。

 俺のやるべきこと、それは──

 

 

「正しい歴史通り、雷門にサッカー部を作る! それがお前達の未来にも繋がる……そうだろ?」

 

「……はい! 加賀美さんが、加賀美さん達がサッカー部を作ってくれたら、サッカーも喜びます!」

 

「サッカーが喜ぶ、か……お前は面白いやつだな、天馬」

 

 

 そういって手を差し出すと、天馬はその手をがっちりと握りしめる。

 

 

「お別れだな。歴史が正しく進めばこっちの時代のお前と会うことはあるだろうが、今俺の目の前にいるお前と会うことはもう無いかもしれないな」

 

「そうですね……でも俺、加賀美さんに会えて良かったです!」

 

「ああ、俺もだ! もし、何かが起こってまた会えたらその時は……」

 

「「サッカーやろうぜ!!」」

 

 

 ここでさよならだ。俺達はそれぞれの誓いを胸に、これからも進み続ける。

 ワンダバが運転するタイムマシンに皆が乗り込み、時を超えるまで俺はずっと手を振っていた。

 SF映画のように目の前からタイムマシンが姿を消すと、辺りには静寂が満ちた。

 面白いやつらだったな。いつかこの時代のアイツらに会うのが楽しみだ……まあ、フェイとワンダバには会えないだろうが。

 

 

「あ、俺ここからどうやって帰ればいいんだろう」

 

 

 奇跡の生還を果たしたのは、それから2時間ほど後のことだった。

 

 

 

 

---

 

 

 

 

 

「なあ柊弥、そういえば昨日あの後どこ行ったんだよ?」

 

「あー、ちょっとサッカーしにいってた」

 

「えー? あの後俺とやるって約束してたじゃんかよ!」

 

「悪い悪い……お?」

 

 

 翌日、放課後になって部室に向かう中で守に昨日のことを問い詰められていた。

 まさか未来から来たヤツらとサッカーしてましたなんて言っても信じないだろうし、適当に濁しておくことにする。

 

 

 そんな感じで会話をしながら部室に到着すると、部室の前に2人の男子生徒がいるのが見えた。

 

 

「よ! もしかして入部希望か!?」

 

「あ、あぁ……俺は半田、そしてこいつが……」

 

「染岡だ、よろしく頼むぜ」

 

「染岡に半田か、よく来てくれたな。さ、とりあえず部室に……」

 

 

 新入部員2人確保、雷門サッカー部はまだまだ部員募集中だ。

 




プロトコル・オメガ戦を終え、未来組の事情を聞いた上で別れ、自分の時代で生きていく柊弥。
次回よりFF編、本格スタートです。どうぞお楽しみに。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話 雷門サッカー部、本格始動?

一気にお気に入り登録やUA、評価が増え始め、何と日間ランキングにこの小説の名前が載っておりました。
皆様のおかげです、本当にありがとうございます・・・!


「よう守、皆はまたサボりか?」

 

「柊弥! ああ、皆部室でのんびりさ」

 

「まあ、気持ちは分からんでもないけどな……」

 

 

 雷門に来てから1年が経った。

 天馬に対してサッカー部は必ず作ると豪語した後、染岡と半田が入部してくれたが、それっきり新入部員はやって来ず、結局その年の内は4人で細々と活動するしか無かった。

 

 そして俺達は2年生になり、希望を新たにしていたところに栗松、少林、壁山、宍戸の4人が入部してくれたが……最低ラインにも満たない人数ではなかなか周囲に部として認めてもらえず、やはりサッカー部らしい活動は出来ていなかった。

 

 周りから冷ややかな目線を向けられ続け、最初は溢れそうなほどだった皆の熱意はすっかり空になってしまい、今ではこうして俺と守の2人しかまともに活動してないわけだ。

 

 

「俺はこの後河川敷行くけど……柊弥はどうする?」

 

「悪い、今日は本屋行かないとだからパス」

 

「そっか、じゃあまた明日な!」

 

 

 こいつはどんな逆境でも負けない、そう思わせるような元気一色の声を響かせて守は走り去っていった。

 俺は小学生の頃通っていたチームにいって練習させてもらっているから問題ないが、守は未だに実戦経験を積めていない。

 俺がほぼ毎日のように蹴っているからそれなりに鍛えられてはいるだろうが……どうだろう。

 このままでは廃部なんて噂もあるし、何とかしなければとは思うが現状打開策はなし。困ったものだ。

 

 

 

 

 

---

 

 

 

 

 

「もうこんな時間か」

 

 

 本屋で参考書を見繕っていたら、既に日は沈みかけ、空は茜色に染まっていた。

 守はまだ河川敷でちびっ子達とサッカーしているんだろうか。少し覗きに行ってみてもいいな。

 

 

「よし、そうしよう」

 

 

 目的地は河川敷だ。

 さあ出発と思ったが、ここであることに気付く。

 ……路地裏からだろうか。女性の嫌がるような声が微かに聞こえた。

 面倒事の匂いしかしない。だが、それを黙って見過ごすほど男を捨てた覚えはない。

 俺はコソコソと路地裏へ入り込んだ。

 

 

「───す、──てください!」

 

「いいじゃ──、ほら───」

 

 

 嫌な予想は当たってしまったようだ。

 女子がチンピラに絡まれている定番の展開だ。チンピラは2人。正面から喧嘩なんてしようものならどうなるか分からない。だがこちらは私服でなおかつヤツらの背後を取っている。ここは策を弄するとしよう……

 

 

 

 

 

---

 

 

 

 

 

「嫌です! やめてください!」

 

「いいじゃんかよ、ほらほら!」

 

 

 1人で買い物してたら急に変な人達に路地裏に連れてこられてしまった。

 どうしよう……いくら断っても離してくれないし、こんなところに人は通りかかってくれないし……掴まれた腕を振りほどこうとしても、相手の大柄な男の力には勝てない。

 怖いよ、誰か助けて……

 

 

「分からない女だなあ、フトシさん怒らせたら怖ぇぞ!?」

 

「そうだぞお、君みたいな可愛い女の子だから加減してあげてるんだ、俺の優しさ分かっておくれよ」

 

「い、嫌──」

 

 

 一際強く腕を握りしめられた、その時だった。

 ヒュン、と音がしたと思ったら次の瞬間には鈍い音が路地裏に響いた。

 その瞬間、私の腕を掴む力は糸が切れたように弱まり、その隙に振りほどく。

 フトシと呼ばれた男は気を失ったようにその場に倒れ込んだ。そしてその頭の近くには白と黒のボール……サッカーボールが転がっていた。

 

 

「フ、フトシさん!?」

 

「男が寄ってたかって女子襲って、恥ずかしくないのか?」

 

「な、なんだてめえ!! よくもフトシさんを──」

 

「直に警察が来る。大事にしたくなければさっさとそいつ連れてどっか行け」

 

「クソっ!! フトシさん、いきますよ!!」

 

 

 気を失ってはいないようだが、どうやら激しい立ちくらみに襲われているらしく、子分のような男に肩を貸してもらってようやく動けるといった様子だ。

 自分よりも身体のでかい男を若干引き摺りつつ、子分は去っていった。

 

 

「ふう、何とかなるもんだな」

 

「あの、ありがとうございま……」

 

「その前に、ここ移動しようか」

 

「え? ちょっ──!!」

 

 

 腕を引っ張られ、私を助けてくれた男の人は追いつけるくらいの速さで軽く駆け出した。

 先程まで腕を掴んでいた不良の力は強く、恐怖を感じたが、この男の人は優しく、悪い気は一切しなかった。

 

 

「ここでいいか……」

 

「あ、あの……」

 

「礼はいいよ、俺のお節介だから……あれ? 君うちの学校?」

 

「え? ……あっ!! もしかして、サッカー部の……」

 

「そうそう。俺はサッカー部副キャプテン、2年の加賀美 柊弥。よろしく」

 

 

 そういってその人……加賀美先輩は自己紹介してくれた。

 加賀美 柊弥先輩。自分で自己紹介してくれたように、廃部寸前という噂が立っているあのサッカー部の副キャプテン。

 うちの学校では上位に食い込むほどの容姿で、成績もトップクラス。そして何と、小学生の頃にはサッカーで全国制覇を果たしている。その決勝戦は私もある事情で見ていたのでよく覚えている。

 

 

 そんな感じで色んな要素を兼ね備えており、雷門中女子の中での人気はかなり高い。

 

 

「えっと、私は1年、新聞部の音無 春奈(おとなし はるな)って言います。さっきは本当にありがとうございました!」

 

「音無さんか、よろしく。大変だったね、運良く通りすがれて本当に良かった」

 

「私1人じゃどうしようもなかったので本当に助かりました……」

 

 

 同じ学校の先輩とはいえ、初対面の男性と話を途切れさせないのは予想以上に難しい。

 沈黙に耐えかね、とりあえず何か話そうとしたがそれより早く加賀美先輩が口を開いた。

 

 

「あ、俺この後行くところあるんだ。それじゃ気をつけて帰ってくれ」

 

「あっ、ちょっと!!」

 

 

 そう呼び止めたけど、加賀美先輩は既に走り出して止まらなかった。

 どんどんと背中は小さくなっていき、私は完全に見えなくなるまでそれを眺めていた。

 

 

「加賀美先輩、か……」

 

 

 今度学校で会ったら話しかけてみよう。

 

 

 

 

 

---

 

 

 

 

 

「それでさ、そいつすっげーんだよ! こう、バシューン! ってシュートしてさ! 柊弥にも負けてなかったんだぜ!?」

 

「はあ、そんなヤツが……」

 

 

 翌日、守は俺の顔を見るなり矢継ぎ早に昨日あったことを話してきた。

 何でも、不良に絡まれた時に白髪の男が鋭いシュートでその不良達を追い払ったそうだ。

 俺よりすごいシュートか……よく俺のシュートを受けている守が言うなら信憑性はあるな。お目にかかりたいものだ。

 

 

「はい静かに、朝のホームルーム始めるぞ」

 

 

 先生が入ってくると、守も流石に静かに前に向き直った。

 すると、先生は廊下に対して入室を促した。誰かいるのか……? 

 その疑問はすぐ晴れることとなる。

 

 

「あーーー!!!!」

 

「あっ」

 

 

 廊下から教室に入ってきたその正体に驚きの声を漏らしてしまうが、それ以上の大声で守がかき消した。

 

 

「今日から我が校に転入となった、豪炎寺 修也(ごうえんじ しゅうや)君だ。仲良くするように」

 

 

 豪炎寺と言うその男は、静かに一礼して指定された自分の席へと座った。

 やはり、間違いない。豪炎寺 修也……名門、木戸川清修のエースストライカーだ。そんな男が何故ここに? 

 

 

 気になって仕方なかったので、昼休みに入った瞬間に豪炎寺に話しかけに行った。

 が、それよりも早く守が豪炎寺に食いついていた。サッカーをやっていたのか、サッカー部に興味はないか、サッカー部に入らないかの三拍子だ。だが豪炎寺は……

 

 

「サッカーはもう、やめたんだ」

 

 

 と言っている。豪炎寺ほどの男がサッカーやめた? 何か事情でもあるのだろうか。去年、俺達は試合に出られなかったため、俺は様々な学校の試合を見に行った。

 その中で最も印象に残っているのが、豪炎寺のシュートだ。あれほどのシュートは見たことがなかった。そんな豪炎寺がサッカーやめた……やはり、何かしらの事情があるとしか考えられないな。

 

 

 そんなことを考えていたら、半田が息を切らしながら教室に入ってきた。

 

 

「円堂!! 冬海先生が大事な話があるから校長室に来いって! もしかして廃部の話なんじゃ……」

 

「廃部!? そんなことさせるか!!」

 

 

 鼻息を荒くして守は教室を出ていった。

 廃部か……やはりこのままでは避けられない運命なのだろうか? 天馬、約束果たせなかったらごめんな……

 

 

 暫くすると守が帰ってきた。

 

 

「おう守、先生は何て?」

 

「練習試合だ」

 

「……ん?」

 

「帝国と!! 練習試合だ!!」

 

 

 なるほど、練習試合か。相手は帝国……帝国学園とか。

 っておい、待てや。

 

 

「帝国? 帝国って、あの?」

 

「そうだ! 全国覇者のあの帝国だよ!!」

 

「……マジか」

 

 

 それにしても、帝国か。あそことは少なからず因縁がある。

 俺は、全国大会を優勝した影響からか、多くの学校からうちに来ないかと誘いをもらった。そこには、豪炎寺がいた木戸川清修も、今まさに話題に登った帝国も含まれている。

 だが俺は、守とサッカーをやりたいが為にその誘いを全て蹴った。綺麗さっぱりと。

 

 そして俺の代わりというわけではないだろうが、知っているやつが1人帝国に行った。

 鬼道 有人(きどう ゆうと)。現帝国学園サッカー部キャプテンだ。アイツは、俺が決勝で戦ったチームのキャプテンだった。

 今でも鮮明に思い出す……アイツの的確すぎる指示のせいで、思うように動けなかったことを。最終的には何とか勝ったが、リーダーとしての素質は間違いなくアイツの方が上だった。そんなヤツがあの帝国で日々研鑽しているのだと考えると……ワクワクしてくる。

 

 

「でも俺らは部員が足りてない……どうするんだ?」

 

「部員は集める! 帝国にも勝つ!! 廃部になんかさせない!!」

 

「……やっぱり廃部の話出たんだ」

 

 

 そういう大事な話は早く言おうぜ、キャプテン。

 さて、部員勧誘でしばらく忙しくなりそうだ。




次回、部員勧誘を経て帝国戦へ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話 集え仲間達よ

熱中症でダウンしてて投稿遅れました、申し訳ないです。
期間が空いた中でも多くのUA等、本当にありがとうございます!


「はあ、集まんねえ」

 

 

 溜め息と共に芝生に寝転がる。

 帝国との練習試合が決まってから数日が経った。

 今の人数のままでは試合が成立すらしない、というわけで雷門サッカー部は新入部員勧誘に全力を注いでいる状況だ。

 といっても、動いているのは俺と守、秋の3人だけだが。

 

 

「どうしたもんかねえ」

 

 

 ぼやきながら芝生を指で撫でるも、芝生が返事をしてくれるわけでもない。きっと守は今も学校中を駆け回っていることだろう。

 部員が集まらなかったら練習試合は出来ない、そうすれば無条件で廃部だ。まずいよなあ……もしかしなくてもまずいよなあ……

 

 

「はあ……」

 

「か、加賀美先輩!」

 

「ん?」

 

 

 俺の名前を呼ぶ声に対して視線を返す。メガネが特徴的な、何処かで見たことがある女の子……あ、そうだ

 

 

「音無さん、だっけか」

 

「はい! 先日はありがとうございました……あの、何してるんですか?」

 

「あー……休憩という名の現実逃避?」

 

 

 身体を起こし、立ち上がる。少し歩きながら音無さんと話をすることになった。

 新聞部という側面もあってか、音無さんもサッカー部の現状についてはよく知っているようだ。

 

 

「集まったとしてもあの帝国と試合だからなあ……困った困った」

 

「帝国、ですか……」

 

 

 少しばかり暗い声色に表情。

 どうかしたのか、と訊ねるとすぐに先程までの明るい雰囲気に戻り、何でもないと言った。あまり詮索するべきではなさそうだ。

 

 

 グラウンドに差し掛かったところで、目の前を高速で通過する物体があった。

 

 

「雷門サッカー部、部員募集中でーす!!」

 

「サッカー部のキャプテンさん……ですよね?」

 

「ああ。さすが守……一切勧誘の手を緩めちゃいない」

 

 

 俺も守を見習って部員集めしないとな。キャプテンばかりに雷門サッカー部を必ず作るって、確かに誓ったからな。

 

 

「私、校内新聞でサッカー部さんの宣伝しておきますね。力になれるかは分かりませんけど……」

 

「本当に? 助かるよ、やたらとこの学校サッカー部に風当たり強いからさ……それじゃ」

 

「あっ、頑張ってくださいね!!」

 

 

 音無さんの激励に対して、背を向けながら手を振り返す。

 久しく応援されていなかったものだから、少しむず痒い気持ちになるな。

 さて、やるか。

 

 

「雷門サッカー部、部員募集中です!」

 

 

 

 

---

 

 

 

 

「また今日もダメだったよ……」

 

 

 抵抗虚しく、今日もめぼしい反応を得ることが出来ないまま1日が終わってしまった。

 こんな調子で本当に大丈夫だろうか……いや、何とかしなければ。

 とりあえず気分転換に()()()行ってみるか。

 

 

 雷門中から10分と少しばかり歩くとその目的地は見えてくる。ここ稲妻町のシンボルである鉄塔が聳え立つ広場だ。

 小さい頃に守に連れてこられてから、すっかり俺のお気に入りスポットにもなってしまった。

 

 

「あれ? 豪炎寺?」

 

「……加賀美か」

 

 

 階段を登りきると、町を一望できる場所に豪炎寺がいた。

 俺に一瞬だけ視線を向けると、またすぐ町を見下ろした。

 

 

「隣、失礼するぞ」

 

「ああ」

 

「いやあ、相変わらず部員が集まらなくてさ。豪炎寺も聞いてるだろ? 帝国との練習試合」

 

 

 豪炎寺は一瞬だけ眉をしかめる。

 ……部員が集まらない可哀想なサッカー部をアピールすれば少しは揺らいでくれるかと思ったが、やはりダメか……

 仕方ない、プランBだ。

 

 

「……お前ほどの選手がサッカーを辞めたのには何か理由があるんじゃないのか? 良かったら話してみてくれよ」

 

 

 プランB、サッカーを離れた理由を聞き出し、そこから話を膨らませサッカー部に誘導する作戦だ。

 が、豪炎寺は眉ひとつ動かさない。なんて薄情なヤツだ……!! 

 なんて言うのは冗談だ。あまりしつこくされるのも豪炎寺としては嫌だろうし、この辺りで切り上げよう。

 されて嫌なことは人にするな、昔からこう言うからな。

 

 

「……まあいいや、気が向いたら話してくれよ? じゃあな」

 

「……」

 

 

 結局豪炎寺とはこれといった会話を交わせないまま別れたのだった。

 いつか気を許してくれると良いんだけどな、単純に仲良くしたいし。

 

 

「あれ、柊弥じゃないか」

 

「おう守、帰りか」

 

「うん、これからいつものところで特訓しようと思ってさ!」

 

 

 特訓。鉄塔広場で何をするのだとこれを聞いた人は思うだろう。

 彼、円堂 守は鉄塔広場にて、木にロープでタイヤを括り付け、大きく揺らして自分に返ってきたタイヤを受け止めるという何とも奇天烈な特訓をしているのである。が、不思議なことにそれが形となっており、それによって守は強い身体を手に入れたのである。

 

 

「あ、豪炎寺がいたけどあまりしつこくするなよ」

 

「え!? 豪炎寺がいるのか!? おーい!」

 

「……」

 

 

 そう忠告した矢先に豪炎寺の元へと弾丸のように突っ込んで行った。守が詰め寄り、それを疎ましく思った豪炎寺が去る。この流れが簡単に想像できてしまう。哀れ、豪炎寺。

 

 

 

 

 

---

 

 

 

 

 

「おーっす」

 

「加賀美さん、こんにちはっス!!」

 

 

 翌日の放課後、部室にやってくると何やら皆が忙しく動き回っていた。机に目を向けると、紙が束になって置かれているのを見つけた。それを1枚手に取って見てみる、なになに? 新入部員募集中……? 

 

 

「お前達……やる気出してくれたんだな!」

 

「へっ、俺達のキャプテンの熱に負けちまったよ」

 

「キャプテンに加賀美さん、マネージャーが一生懸命なのに俺達は怠けてるなんて……間違ってたでヤンス」

 

 

 そうだ、これが守にキャプテンを任せた理由だ。アイツには人を惹きつける魅力がある。そして守の熱意は、燃え広がるように他の人にも共有されていく。その結果が今だ。

 よし、俺も負けてられないな。

 

 

「よし、部員勧誘の後は皆で河川敷で練習するぞ!!」

 

「「「おう!!!」」」

 

 

 その声を合図に、全員が部室を飛び出して勧誘に走る。

 俺も行くかと思い、部室の扉に手を掛けた瞬間、外側から扉は開かれた。

 

 

「やる気だな、皆」

 

「……風丸!?」

 

 

 そこには何故か風丸がいた。風丸は陸上部、そして陸上部は今練習中のはずだが……何故ここに? 

 

 

「何でここにいるのかって顔してるな……まあ、アイツらと同じさ」

 

「というと?」

 

「円堂さ。アイツに毎日のように誘われる内に、サッカーもいいかな何て思ったんだ……まあ、あくまで陸上部には助っ人って体で通してるけどな」

 

 

 そうか、確かに守は風丸にも声をかけているって話していたな。他の部活からも引き抜いてくるとは、恐るべき守の熱血魂。

 

 

「そうか……お前とサッカーできるなんて嬉しいよ、ようこそサッカー部へ」

 

「ああ! よろしく頼む」

 

 

 風丸と硬く握手を交わす。さて、俺らも部員勧誘に行きますかね。

 

 

 

 

 

---

 

 

 

 

 

 試合当日。あの後も順調に部員勧誘に成功し、何とか最低限必要な人数が集まった。2年の影野にマックス、かなりギリギリだったがキッチリと揃えてみせた。

 

 

「ちょっと!! 僕を抜きにして集まるなんてどういうつもりですか!!」

 

「誰?」

 

「僕は目金。この部のエースになる男です」

 

 

 クイッという擬音がよく似合いそうな名前と仕草である。大きな態度の目金に対して染岡が食ってかかるが、守と風丸に制される。

 

 

「あー、10番が欲しいならあげるけど君ベンチね」

 

「ベンチィ!? な、なるほど。主役は遅れてというわけですか、良いでしょう! その話に乗ってあげますよ!」

 

 

 チョロい。

 一応10番は俺が着る流れだったが、別にエースナンバーに固執している訳でもないのでそのユニフォームを目金に渡す。本人は試合に出るつもり満々だが、まあ恐らくベンチを温めてもらうことになるだろう。許せ。

 

 

「さて、そろそろ帝国が来る時間だ。グラウンドで出迎えようぜ」

 

「ああ! なあ柊弥、ワクワクするな!」

 

「ふっ、相手は全国王者、俺達とは天と地ほどの実力差があると見ていい……それでもか?」

 

「当たり前だ! 皆でサッカーが出来る、それ以上の理由は必要ないだろ?」

 

 

 さも当然のことかのように守は言い放つ。……コイツには勝てないな。

 

 

「そうだな……俺もワクワクする」

 

「へへっ、だろ?」

 

 

 部室の扉は勢いよく開かれた。

さ、相手が帝国だろうが何だろうが、俺達の全力サッカーをぶつけてやろうぜ?




次回、帝国戦開幕


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話 王者降臨

少し間が空いてしまい申し訳ないです


「鬼道、少しいいか」

「どうした? 佐久間」

 

 

 雷門中へと向かう帝国のバスの中、佐久間が話しかけてくる。

 

 

「なぜこんな無名校と練習試合をするんだ? 得られるものがあるとは思えないが……」

「……それは着いてのお楽しみだ」

 

 

 もちろん、俺も最初は疑問に思った。

 雷門中は去年人数が足りないせいで、少年サッカー協会に登録すらしていなかったチームだ。無論試合にも一切出ていない。

 そんな無名の中の無名のような学校と、俺達帝国が試合をする意味などないはず。そう思い俺は総帥に訊ねた。するとだ。

 

 

『雷門にある男達がいるという情報が入った』

『コイツらは……』

 

 

 そう言って総帥が俺に見せてくれたのは、2人の男の写真だった。

 1人は、去年木戸川清修のエースストライカーだった豪炎寺 修也。去年の全国大会では決勝まで上り詰めてきた木戸川清修だったが、この豪炎寺が試合当日に姿を見せず、俺達に呆気なく敗れた。

 

 

 そしてもう1人。こっちの方が俺にとって興味を引く存在だった。

 加賀美 柊弥。小学サッカーの全国大会決勝で当たったチームのキャプテン兼エースだった男だ。

 俺と共に帝国から声が掛かっていたはずだが、帝国はおろか他の強豪校からの誘いも断り、表舞台から姿を消したと思われていた。

 

 

 あの日の光景が今でも鮮明に思い出せる。

 当時、加賀美の攻撃力を警戒していた俺は、ヤツを自由にさせまいと仲間を動かした。

 その甲斐あってか、相手チームは決定打を得られず、俺達から失点を許すばかりだった。

 このまま俺達が勝つ。そう思ったその時だった。

 

 

『なッ……!?』

 

 

 ヤツは笑っていた。あっちから見ればまさに絶望的状況だと言うのにだ。

 そこからは圧倒的だった。火事場の馬鹿力とも言うべき凄まじい動きで徹底的なマークを振りほどき、一瞬でボールを奪い1点を返した。

 それに勢い付けられた相手チームは一気に全体の士気が上がり、一人一人の動きが格別のものとなった。

 

 

 そして1点を返した時の絶対的な個人技とは打って変わり、仲間全体を活かしたチームプレイで加賀美は次々とゴールを決めた。

 ヤツは1人で道を切り開き、鼓舞された仲間を率いて見事なまでに俺達を打ち破ってみせたのだ。

 

 

「そろそろ到着だ、備えろ」

「ああ」

 

 

 言わば、俺の宿敵のような男だ。

 中学に上がると同時に、サッカー界から姿を消したと聞いた時は勝ち逃げされたような気分だったが……こうして再戦の機会がやってくるとはな。

 楽しみだ。

 

 

 

 

 

---

 

 

 

 

 

 耳を澄ますと、段々と轟音が迫ってくるのが分かった。

 校門の方に視線を向けると、黒煙を吐き出しながら真っ黒なバスが姿を現した。銃弾をものともしなさそうなその外見は、軍事用の輸送車を思わせる。

 

 

「来たか……」

 

 

 バスが停車すると、側面のドアが開いて中から軍服のような制服に身を包んだ集団が飛び出し、展開されたカーペットを囲むように立ち並ぶ。

 続いて中から姿を現したのは、事前に確認したビデオの中に映っていた集団……全国王者、帝国イレブンだ。

 その先頭を切るのは、ドレッドヘアーに赤いマントを羽織った男、鬼道 有人。

 ……最後に見た時とは随分違うようだが。

 

 

「初めまして、雷門中サッカー部キャプテンの円堂守です。今回は練習の申し込み──」

「初めてのグラウンドなんでね、ウォーミングアップをさせてもらっても?」

「あ、はい。勿論です」

 

 

 守の挨拶を軽く流し、ウォーミングアップの断りを取ると他のメンバーに合図を出す。

 帝国イレブンはあっという間に散らばり、各々がウォーミングアップを始めた。

 鬼道を除いて。

 

 

「……久しぶりだな、加賀美」

「あの大会以来だな」

 

 

 鬼道はアップに参加せず、こちらに歩いてきたと思ったら俺に話しかけてきた。

 纏っている雰囲気も前とは別人みたいだ。

 

 

「帝国からの誘いを蹴ってこんな学校に来ていたとはな……お前の実力が衰えていないことを祈るよ」

「はっ、試合の中で教えてやるよ」

 

 

 明らかに侮られてるな、これ。

 まあ鬼道からしたらそう思うのも当然か。俺達が去年試合に出てないことも、そもそも俺達が来るまでサッカー部がなかったことも把握しているだろうしな。

 対してあっちは全国大会40年連続優勝を誇る環境で日々練習し、実際去年の全国大会で優勝してみせた。

 諦めるつもりは毛頭ないけどな。

 

 

 俺達は前もってアップを済ませてあったので、グラウンドの外で帝国を観察することにする。

 やはりと言うべきか、動きの次元が違う。パワー、スピード、テクニック。どれをとっても凄まじいものだ。

 

 

「───ッ!?」

 

 

 突如としてこちらに迫る脅威に気付く。

 なんの前触れもなく鬼道がシュートを撃ち込んできた()()()2()()

 片方は俺に、もう片方は守に向けてだ。

 守はそれを正面から受け止める。グローブとボールの摩擦で煙が上がった。

 俺はあまりの威力に身体が持ってかれそうだったが、何とか踏ん張って蹴り返す。

 それを着地と同時に鬼道は軽く受け止めた。

 

 

「守、大丈夫か?」

 

 

 守は黒く焦げたグローブはめた手を開いては閉じ、2、3回瞬きをする。

 そして、次第に顔に笑みが浮かび始めた。

 

 

「面白くなってきたぜ!!」

 

 

 心配する必要は1ミリもなかったようだ。

 あのシュートを前にしても守の闘志は一切衰えていない。それを見て、後ろの皆の表情が引き締まったようにも見えた。

 

 

「さあ皆、やるぞ!!」

「「「おう!!!」」

 

 

 俺の声を合図に、全員が小走りでセンターラインに整列する。

 帝国はコイントスを拒否、試合開始はこちら側のキックオフからだ。

 廃部がかかっているとはいえ、待ちに待った雷門サッカー部の初陣だ。浮き立つ気持ちが抑えられない。

 

 

「さあ皆! 頑張っていこうぜ!!」

 

 

 守のその声掛けと同時に試合開始のホイッスルが鳴り響く。それと同時に染岡にボールを渡すと、早速攻め上がる。

 そのまま駆け上がる染岡に対し、帝国の佐久間(さくま)寺門(じもん)がスライディングを仕掛けるが、染岡は軽く跳んで難なく躱した。

 

 

「へへっ、結構いけるじゃねえか」

「染岡、パスだ!」

 

 

 洞面(どうめん)にマークにつかれると、染岡は冷静に風丸へパスを出す。

 風丸はその俊足を活かし、そのまま駆け上がっていく。

 五条(ごじょう)らが立ち塞がるも、上手くサイドの宍戸にパスを通していく。

 そしてそのまま宍戸はセンタリングを上げ、それに半田はヘディングを仕掛ける……かのように見せかけてスルー。本命はその奥に構えていた染岡。

 皆、上手く連携出来てるじゃないか……! 

 

 

「ふっ……」

「何!?」

 

 

 そのシュートは完璧に相手キーパー、源田(げんだ)の虚を突いたように思えた。

 だが、それに反して源田はしっかりとゴールポストギリギリを狙った染岡のシュートをキャッチしてみせた。

 さすがは"キング・オブ・ゴールキーパー"か……

 

 

「鬼道! 俺の仕事はここまでだ!」

「さあ始めようか……帝国のサッカーを」

 

 

 嫌な予感が全身に悪寒を走らせる。

 鬼道は寺門に鋭いパスを出し、寺門は大きく脚を振りかぶる。ダメだ、間に合わない……! 

 

 

「ぐあッ!?」

 

 

 寺門がシュートをしたのはハーフラインすら超えていない場所。つまりはロングシュート。

 そんな位置から放ったシュートでさえも、守がいるゴールを簡単にこじ開けてしまった。

 これほどまでか、帝国学園! 

 

 

「守! 大丈夫か?」

「あ、ああ……すげえシュートだ」

「あんな早いシュート……止められるはずないよ!」

「俺たちじゃ着いていけないでやんス!!」

 

 

 先程のシュートを見て、半田と栗松が弱音を吐き始める。

 まずいな、このままではあっという間に呑まれてしまう。

 

 

「まだまだ試合は始まったばかりだ。俺が取り返してみせるよ」

「そうだ!! そんな簡単に諦めちゃダメだ!!」

 

 

 そう言って何とか奮い立たせようとしたが、イマイチ響いていない様子だ。

 仕方ない、俺が引っ張ってくしかない。再開のホイッスルがなる。

 

 

「染岡」

「おう!」

 

 

 染岡からボールを受け取り、単身攻め上がる。ここからは俺達のターンだ!! 

 

 

「いかせるかよ」

「いかせてもらうぜッ!!」

 

 

 辺見(へんみ)がしっかりと行く手を阻んでくる。

 大きく右へ動き、それに辺見が着いてきているのを確認した後にすぐさま方向転換して左へと加速する。フェイントだ。

 

 

「何ッ!?」

 

 

 辺見を抜き去った先には鬼道がいる。一体どんな圧を掛けてくるのか……と思いきや、鬼道は一切動かない。

 その余裕、絶対に崩してやる! 

 

 

 鬼道の先に構えるのは帝国DF陣。

 それぞれがしっかりと行く手を阻んでくるが、何とか突破する。

 ……何だ、何か違和感を感じる。まあいい。

 まずはここで1点取り返す!! 

 

 

轟一閃!! 

 

 

 一瞬閃撃。

 俺の脚に斬り裂かれたボールは、轟音と雷を伴いながら帝国ゴールへと迫る。

 が。

 

 

パワーシールド!! 

 

 

 源田が拳を地面に叩きつけると、エネルギーで作られた壁が噴き出す。

 その壁と俺のシュートは数秒せめぎ合い、やがてボールから勢いが失われた。

 ……マジか。こうもあっさりと止められるとは。

 

 

「大野!」

 

 

 源田のパスが大野へと渡る。すると大野の足元からはボールが姿()()()()()

 一瞬、腹部に違和感を感じて視線を向ける。すると、そこにはボールが突き刺さっていた。

 

 

「ぐ、あッ……!?」

 

 

 重々しいシュートが俺の腹を抉っていた。

 あまりの痛みに膝をつき、呼吸が荒くなる。クソッ、なんてパワーだよ!? 

 そしてそのボールは別のヤツが受け取ったと思ったら、またしても一瞬で姿を消した。

 今度は宍戸の顔面にボールが見えた。その場に倒れ込む宍戸。

 間違いない。こいつら、俺達を潰しに来てる……! 

 

 

「させるかよォ……!!」

 

 

 激痛が走る腹部を抑えながら立ち上がる。

 が、立ち上がるまでの数秒間で2、3人が地面に倒れ込んでいた。

 そこから始まったのは……王者による蹂躙だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話 轟雷と神の手、時々炎

帝国戦決着です
毎度の事ながら多くのUAなどなどありがとうございます・・・!


『あの男はまだ動かないのか』

「はい。ですが後半では必ず」

 

 

 ハーフタイム。俺達は10点の大幅すぎるリードを得て前半を終えた。が、目的は試合に勝つことではない。

 この試合をどこかで見ている豪炎寺 修也を引きずり出すこと、そして……

 

 

『それに加賀美 柊弥の実力もまだこんなものではないはず。分かっているな』

「把握しております」

 

 

 加賀美、ヤツを徹底的に追い詰め、その本当の実力を測ることだ。

 前半で雷門は俺達に為す術なく叩きのめされた。だが、あいつ1人だけはほんのわずかに、徐々に俺達の動きに順応し始めていた。

 

 

「後半もヤツらを徹底的に追い込め。特に15番、加賀美だ。これは総帥の意思でもある……心してかかれ」

 

 

 さあ、あの時のお前を見せてくれ……加賀美。

 

 

 

 

---

 

 

 

 

「どうなっているんだヤツらは……全く息が乱れていないぞ」

「そりゃそうだよ……走ってないんだもん。遊ばれてるって感じだね」

 

 

 前半終了のホイッスルが鳴り響き、俺達は即座にベンチへと戻り身体を地に着けた。

 帝国の圧倒的すぎる猛攻は俺達の全身に深いダメージを刻み込んだ。一部はメンタルにまでダメージを受けている。栗松をはじめとした1年は、既に諦めムードだ。

 

 

「何言ってるんだ!! 勝利の女神がどちらに微笑むかなんて誰にも分からないじゃないか!!」

「お前らの気持ちは分かる。だが、守の言う通りだ……まだ諦めちゃダメだ」

 

 

 負の流れを断ち切りたかったが、皆の表情は晴れない。このままでは、心技体全ての面でボロ負けだ。

 何か、何か糸口はないか……? 

 

 

「コートチェンジ! 後半開始!」

 

 

 主審から集合の合図がかかる。クソッ、結局このままやるしかないのか。

 皆の足取りは鉛を引きずっているかのように重く、試合開始の時の勢いを全く感じさせない。

 俺が試合の中で何とかしないと……! 

 

 

「デスゾーン……開始」

 

 

 ホイッスルが響く。それと同時に鬼道が指示を出すと、佐久間、寺門、洞面の3人が目にも止まらぬ速さで駆け上がる。

 あの3人の動きは……まさか!! 

 

 

「守ッ!!」

 

 

 守の名前を叫んだ時には、既に3人は高く飛び上がっていた。

 ボールを中心に三角形のように囲むと、紫色のエネルギーがボールに注ぎ込まれる。間違いない、この技は──

 

 

「「「デスゾーンッ!! 」」」

「気をつけろッ!!」

 

 

 帝国学園最強のシュート、デスゾーン。過去のデータを見る限り、このシュートは1度たりとも止められたことがない。

 そんなシュートが守に対して放たれた。気をつけろと自然に叫んでいた。

 守は正面からデスゾーンとぶつかる。そして一瞬の抵抗も許されずゴールに身体ごとぶち込まれる。

 

 

「キャプテン!!」

「まだまだ……ヤツらを炙り出すまで徹底的に続けろ!!」

 

 

 "ヤツらを炙り出す"。恐らくそれがコイツらの目的なんだろう。

 しかし、一体誰を……と思い周囲に視線を向けると、一人の男と目が合った。

 そうか、豪炎寺だ……! 帝国は木戸川から雷門に来た豪炎寺の視察に来たんだ! 

 

 

 だが待てよ、帝国は"ヤツら"と言った。つまり目的は豪炎寺だけでは無いはず。とすれば一体誰を……? 

 疑問は晴れないまま再開のホイッスル。

 今はとにかく……1点でも奪い取る! 

 

 

「加賀美」

「ああ」

 

 

 染岡からボールを受け取る。そのまま勢いに任せて相手陣地へと切り込んでやる。

 止められるものなら、止め──

 

 

「がハッ!?」

 

 

 ──突如として横から衝撃に襲われた。

 為す術なく吹き飛ばされ、背中から地面に叩きつけられる。灰の中から空気が追い出されるの感じる。

 どうやら俺はトップスピードに差し掛かったその瞬間にタックルされたらしい。

 そんなことはいい、こんな自己分析をしている場合じゃない。相手からボールを奪い返すんだ。

 

 

「欲しけりゃくれてやる……よッ!!」

「ッッ!!」

 

 

 鳩尾にモロにもらった。胃の中から逆流してきた熱い何かを無理やり押し返し、呼吸を整える。

 前半で少しヤツらのスピードに慣れたつもりだったが……思い上がりもいいところだ、ヤツらはまだ全然本気なんかじゃない。

 絶望的な力の差だ、けど、それでも──

 

 

「諦めるかよ」

 

 

 震える両脚に平手を打ちつけ、立ち上がる。こんなところで終われない。終わってはいけない。

 

 

 

 

---

 

 

 

 

 俺達は後半になってからも徹底的に雷門を、加賀美を痛めつけた。

 もはや満身創痍。ヤツらの大部分はもはや自分から動くこともできまい。……大部分は。

 

 

「まだ……まだァ……!!」

「諦めねえぞ……!!」

 

 

 相手のGK……円堂と言ったか、ソイツと加賀美。この2人だけは未だに目から闘志が消えていない。

 そして、未だに豪炎寺は姿を現さず、加賀美はただ痛ぶられるばかり。……よし。

 

 

「キーパーを潰せ」

「了解」

 

 

 それを合図に佐久間達FW陣が相手ゴールを囲み、執拗に痛めつける。敢えてゴールは決めない。キーパーにボールをぶつけ、帰ってきたボールをまたぶつける。

 さあ加賀美、豪炎寺。このままだとコイツが潰れるぞ。それが嫌ならば……早く出てこい。

 

 

百裂ショットォ!! 

 

 

 寺門の必殺シュートが空を裂きながらゴールへと迫る。

 キーパーはそれを真っ直ぐ見据えているが、足腰が震えている。心は折れずとも、もはや身体が限界なんだろう。

 まだゴールネットは揺らされることになるだろうな。

 

 

 そう思い、再キックオフに備え自陣に戻ろうと振り返った瞬間、俺の横を風が……()()()()()()()

 

 

「何ッ!?」

 

 

 寺門が驚愕の声を上げる。それが向けられた正体を確かめるべく身を翻すと、シュートとゴールの間に一人の男が立っていた。

 そしてそのまま、ごく自然な動作で寺門の百裂ショットに対して真正面から蹴り込む。

 恐らく、寺門は全力で今のシュートを撃っていない。だが、そうだとしても。

 

 

 なぜヤツは、加賀美は平然とそのシュートを受け止めている? 

 

 

「……オイオイ、マジかよ」

「シュートに追いついた速さもだが……何よりシュートをあっさり受け止めたあのパワー」

「……これが目的の1つか? 鬼道。……鬼道?」

 

 

 思わず笑みを浮かべてしまった。それと同時に、全身に鳥肌が立った。

 ようやく、ようやくか……加賀美!! 

 

 

「……まだまだ、ここからだぜ?」

 

 

 加賀美は、あの時と同じように笑っていた。

 

 

 

 

---

 

 

 

 

「まだ……まだァ……!!」

 

 

 口ではそう言っているものの、全身が軋み、動くことを拒否している。

 帝国は容赦なく俺達を痛めつけてきたが、心做しかやたら俺へのヘイトが高かったように思える。

 今こうして気を保てているのが不思議なくらいだ。

 

 

「キーパーを潰せ」

「了解」

 

 

 そう言って帝国は守への集中砲火を始める。今度の矛先は守か……? 

 このままでは守が潰される。動け、動いてくれ俺の身体。

 

 

「うッ……」

 

 

 そんな願いは届かったようで、脚に力が入らずその場に崩れ落ちた。視線の先では守が全身で帝国のシュートを受けている。そのシュートは明らかにゴールを決めるつもりはなく、守を痛めつけようという意図が見え隠れしている。

 このまま相手の好きにさせるわけにはいかない。なのに身体が動かせない。

 

 

「ク……ソが……!!」

 

 

 みるみるうちに守はボロボロになっていく。辛うじて立っているがいつ倒れてもおかしくない。

 だが、守の瞳からは光が消えていない。アイツは今この状況でも勝負を諦めていない。

 けど為す術はない。

 

 

 こんな絶望感、前も味わったっけ。

 ……そうだ、鬼道との全国大会決勝戦の時だ。

 鬼道の神がかったゲームメイクで俺が封じ込められ、攻めの手は徹底的に奪われ、こちらは点を奪われるばかり。

 後半10分の時点で0-3と、どう巻き返せばいいか分からない状況だったな。

 

 

 あの時はとにかくがむしゃらになって相手を振りほどいて1本決めて、その後勢いづいた皆と一気に点を取り返したんだっけか。

 けど、今はあの時の比じゃない。

 スコアは18-0。ここから逆転できる点差ではない。

 

 

 

 

 

 

 だからって、俺は諦めるのか? 

 このまま惨めったらしく地面に這いつくばって、守が追い詰められるのを眺めているだけか? 

 守はまだ諦めていないのに、俺が諦めていいのか? 

 歯ァ食いしばれ加賀美 柊弥。勝負はまだまだここからだ。

 

 

百裂ショットォ!! 

 

 

 寺門が必殺シュートの体勢に入る。これを喰らえば間違いなく守は立ち上がれなくなる。

 そうはさせない。

 

 

「何ッ!?」

 

 

 鬼道の横を通り抜け、シュートと守の間に割って入る。

 まだこんなスピードを出せる余力があったとは、自分でも驚きだ。ということは、このシュートを止める力もあるはずだ。

 

 

「らッッ!!」

 

 

 短い咆哮と共に迫るシュートに正面から蹴りをぶち込む。

 するとシュートは勢いを失い、俺の脚の中に納まった。先程とはうってかわり、全身に力が漲っているのを感じる。

 あの時もこうだったな、負けられないと思ったら身体の底から熱くなってとんでもない力が湧いてきた。

 火事場の馬鹿力ってやつだろうか。まあ、そんなことはなんでもいい。

 

 

「まだまだ、ここからだぜ?」

「柊弥……ああ! 勝負はまだ終わってねえ!」

 

 

 守は真っ黒になったグローブで頬を叩き、気合いを入れ直した。その通りだ、まだ俺達は折れてない。

 

 

「──行くぞォ!!」

 

 

 視線を正面に戻し、一気に駆け出す。先程の比ではないスピードだと自分でも分かる。

 ゴール付近にいた3人の反応を許す前に抜き去る。そして、中陣を固めている鬼道が視界に入った。

 

 

「ようやく本気を出したか……加賀美!」

「俺は常に本気だ……よッ!!」

 

 

 鬼道の猛烈なブロック。

 あの時もこうして鬼道に行く手を阻まれたが、当然と言うべきか流石と言うべきか、比較にならないほど徹底された守りだ。

 

 

「何!?」

 

 

 視線で、姿勢で、重心で。ありとあらゆる面でフェイントをかけ、裏の裏の更に裏をかいて鬼道を抜いた。

 それを見てDF達がすかさず道を塞ぐが、ボールと共に高く跳び、ヤツらの上を通り過ぎてやる。

 

 

 もはや目の前には源田が待ち構えるゴールのみ。

 

 

轟……一閃ッッッ!!! 

 

 

 側面を踏み抜かれたボールは超スピードで回転を始め、次第に雷を纏い、その勢いを増していく。

 その力が最大限まで高まった瞬間を最高速で蹴り抜くと、雷が落ちたような轟音が辺り一帯を揺らした。

 最高威力かつ最高速度の轟一閃が真っ直ぐに源田へ襲い掛かる。

 

 

パワーシールドォォ!!! 

 

 

 源田が今日一番の咆哮をあげながら拳を地面に叩きつける。

 地を割いて吹き出した力の壁はゴール全体を隠すように覆い尽くす。

 俺の全力と源田の全力がぶつかり合い、火花を散らす。

 雷は徐々に壁にヒビを入れ、やがて──

 

 

「くッ!?」

 

 

 行く手を阻む邪魔者を砕き、その歩みを進めた。

 ゴールネットを揺らしたシュートは勢いが一向に衰えず、暫くの後、ゴールネットを焦がしながらようやく止まった。

 

 

「っしゃァ!!」

 

 

 やった、やってやったぞ。あの帝国から1点もぎ取ったんだ。

 歓喜のあまり叫び声をあげると、周りからも大歓声が上がった。

 

 

「柊弥ぁぁ!!」

「守──あれ?」

 

 

 こっちに走りよってくる守の方を向いた瞬間、全身から力が抜けて崩れ落ちた。

 ダメだ、完全に力を使い果たしたか……

 

 

「すげえ、すげえよ柊弥!! 帝国から1点取ったんだよ!!」

「ああ……けど、もう無理そうだ」

「待ってろ、今運んでやるから……染岡! 手を貸してくれ!!」

 

 

 守と染岡に肩を貸してもらいながら、何とかベンチへと辿り着いた。

 ベンチには冬海先生、目金、秋、そして何故か音無さんがいた。

 

 

「目金、あと頼む……もう限界だ」

「へ、僕ですか!? えっと、僕はちょっと体調が──」

「俺にやらせてくれないか」

 

 

 ベンチの向こうから別の声が近づいてきた。

 聞き覚えのある声だった。この声は……

 

 

「豪炎寺……?」

「お前の代わり、俺に任せてはくれないか?」

「だ、駄目ですよ! 君はうちの部の生徒じゃ……」

「俺達は構いませんよ」

 

 

 相手側の鬼道がそれを認めたことで、俺と豪炎寺の交代が認められた。豪炎寺は目金から10番のユニフォームを受け取って着替えると、俺の方へ歩み寄ってくる。

 

 

「お前達の熱意に心打たれたよ。だから……この試合だけは力を貸そう」

「……ああ! 頼むぜ」

 

 

 この試合だけ。という制約こそあるが、俺は豪炎寺のサッカーを間近見れるのが楽しみで仕方ない。それに、俺達のプレーがアイツを動かしたって思うと……何だか嬉しい。

 豪炎寺はこちらに背を向けてグラウンドへ足を踏み入れる。10番を背負ったアイツの背中、頼もしいが過ぎる……

 

 

「加賀美先輩、お疲れ様です! ……凄くかっこよかったです」

「ああ、ありがとう音無さん」

 

 

 そう言って音無さんが差し出してくれたスポーツドリンクを一気に飲み干して視線をコートに向ける。さあ、炎のエースストライカーの復活だ。

 ホイッスルが鳴り響くと同時に、帝国は凄まじい速さで駆け上がる。それを豪炎寺は横目で流し、追いかけることなく帝国ゴールへ走っていく。

 

 

「え、豪炎寺先輩あっち行っちゃいましたよ!?」

「……あいつは信じているんだ。守がヤツらのシュートを止めて自分に繋ぐことを!」

 

 

 相手が撃ってくるのは間違いなくデスゾーンだ。先程守はデスゾーンに為す術なくゴールを決められている。傍から見れば勝算のない勝負だろう。

 だが、豪炎寺だけじゃなく、俺もお前がゴールを守るって信じているからな、守!! 

 

 

「「「デスゾーン!! 」」」

 

 

 再び放たれた死のシュート。それに守は一切臆することはない。

 気の所為か? 守の身体から黄金のオーラのようなものが立ち昇っているように見える。

 守は何かを呟いたと思うと、手を高く掲げる。

 すると、守から溢れる黄金が大きな手の形を創り出した。まさか、あれは!? 

 

 

ゴッドハンド!! 

 

 

 神の手と称されたその必殺技は、帝国のデスゾーンを真っ向から受け止めた。

 数秒の拮抗の末、勝ったのは守のゴッドハンドだった。

 あれは守がおじいさんのノートを基に練習していた必殺技……この土壇場で完成させたか! 

 お前はやっぱり凄いヤツだよ、守!! 

 

 

「行けえ!! 豪炎寺!!」

 

 

 超ロングスロー。熱い想いの込められたそのボールは豪炎寺の足元へと吸い込まれていった。

 間髪入れず豪炎寺は高くボールを蹴り上げ、そのボールと同じ高度まで回転しながら上昇する……猛々しい炎を纏いながら。

 出るぞ、あれが豪炎寺の──

 

 

ファイアトルネードッ!! 

 

 

 俺の全力の轟一閃にも引けを取らないどころか上回っているであろう豪炎寺の十八番、ファイアトルネード。

 ボールを蹴り込んだその瞬間にこのベンチにまで熱が波打ってきやがった。これが炎のエースストライカーか……! 

 

 

 放たれたファイアトルネードに源田は反応が遅れ、パワーシールドを展開する余裕がないと判断しそのまま飛びついた。

 が、指先で掠めることすら叶わず、源田は今日二回目の失点を許した。先程と同じような大歓声が辺りを包み込む。

 嗚呼、今この瞬間にコートに立っていないことが悔しくて仕方ない。

 

 

「ただいま帝国学園から試合放棄の申し出があったため、ここで試合終了!!」

 

 

 鬼道が何かを審判に言うと、そう大声を上げて宣言する。

 試合放棄……ってことは、もしかして俺ら勝ったってことになるのか……? 

 その申し出をし、すぐさま帝国イレブンは退散する。去り際に鬼道がこちらへ怪しい笑みを浮かべていた。……また何か企んでいるんだろうか。

 

 

「やったぞおおおおおおお!!!」

 

 

 守がそう大声を上げて喜ぶと、皆が集まって沸き立つ。俺も混ざらねば……

 何とか歩けるくらいには回復した身体を引き摺りながら皆の元へと歩み寄った。守は豪炎寺に手を差し出し、握手を求めたが返ってきたのは握手ではなくユニフォームだった。

 

 

「今回限りだと言ったはずだ……じゃあな」

「あっ、豪炎寺!」

 

 

 ユニフォームを脱ぎ捨てどこかへ行こうとする豪炎寺を呼び止める。

 

 

「ありがとな」

「……礼には及ばない」

 

 

 そう言って豪炎寺は去っていった。全く、クールなヤツだよ。壁山が止めなくていいのかと訊ねるが、これでいい。

 アイツがまたサッカーをやる時は、きっとサッカーを心からやりたいと思った時だ。そして不思議とその時はそう遠くない気がする。

 今度は、同じユニフォームを着て並びたいな。

 

 

「見ろよ皆! 柊弥の1点と豪炎寺の1点。この2点が俺達雷門サッカー部の始まりだ!!」

「「「おお!!」」」

 

 

 ここから本当に始まるんだな、俺達のサッカーが。

 

 

 

 




かつての鬼道との戦いのように追い詰められて真価を発揮する柊弥と、円堂の覚醒、豪炎寺の助太刀。全てを書くために原作とは結構変わった展開になったかと思います。


もっと描写上手くなりたい・・・


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話 焦燥に駆られて

暑い、とても暑い。


 帝国戦から数日後の部活。俺達は前回の帝国戦の反省点を洗い出すためにミーティングをしている。

 

 

「反省点も何も、まず皆体力無さすぎ」

 

 

 マックスが容赦なくそう言い放つと、ズーンという効果音が聞こえてきそうな程周りは顔を苦くする。

 苦笑いしながらも守は話を続ける。

 ホワイトボードに書き出したのは4-3-3のフォーメーション。俗に言うスリートップだ。

 

 

 目金がフォワードじゃないのかなどと文句を垂れるが、俺と染岡で事足りているから仕方ない。

 フォワード関連からか、宍戸がある疑問を投げかける。

 

 

「あの……この前の豪炎寺さん、誘えないんですか?」

「そうだよねえ、あの2点のうち1点は豪炎寺君のシュートだったからねえ」

「今の俺達ではあんな風にはなれないっスよ……」

 

 

 次々に豪炎寺の加入を求める声が上がる。気持ちは分からんでもないな……だってアイツのシュート凄かったし。あんなの間近で見たら誰だって忘れられない。とは言ってもないものねだりをしても仕方ないわけで。

 それを訴えるかのように染岡が立ち上がった。

 

 

「あんなのは邪道だ……俺が本当のサッカーを見せてやる!」

「そ、染岡さん?」

「豪炎寺はもうやらないんだろ? 円堂含めお前らは豪炎寺に頼りすぎだ! 点数を取ったのは豪炎寺だけか? 加賀美もだろ! じゃあ豪炎寺1人に拘る必要なんてどこにある!」

 

 

 もっともだ。

『豪炎寺がいれば』皆そんな考えに囚われすぎている。俺だって1点取ったし、染岡だって同じフォワードだ。自分を差し置いていないヤツを宛にされたら誰だって不機嫌にもなる。

 ……とはいえ、少々染岡は焦りすぎなような気もする。

 

 

「皆、お客さんよ! ……何かあったの?」

「ああ、ちょっとな」

 

 

 部室の外から秋が顔を出す。どうやら誰かを連れてきたようで、部室に漂う険悪な雰囲気に対して少し焦るような表情を浮かべたが、そのまま来客を部室に通す。

 

 

「……臭いわ」

「第一声がそれ?」

「なんでこんなヤツ連れてきたんだよ……」

 

 

 雷門 夏未お嬢様である。

 雷門中理事長の娘であり、理事長から学校の経営を任されているというとんでもない同級生だ。娘とはいえ中学生に学校の経営任せるって、どうなってるんだろうな。

 入室早々に部室特有の汗臭さに発した一言に思わずツッコミを入れてしまった。染岡なんて見るからに追い返したそうだ。

 

 

「次の試合校を決めてあげたわよ」

「本当か!」

 

 

 どういう風の吹き回しだか。

 話によると前の練習試合で俺達に廃部を持ちかけたのはお嬢様らしい。それが今度は進んで次の練習試合を組んでくれたと。なんか裏がありそうだな……

 

 

「それで、どこの学校なんだ? お嬢様」

「お、お嬢様……? まあいいわ、次の相手は尾刈斗(おかると)中。ただ試合をやるのではなくて、次負けたら廃部よ」

「また廃部かよ……」

「ただし、次勝てば……フットボールフロンティアの参加を認めてあげるわ」

 

 

 その言葉に部室が沸いた。フットボールフロンティア……全国中学サッカーの頂点を決める大会だ。その大会への出場を学校が認めてくれると、そういうわけか。

 ただし負ければ廃部、出る出ない以前の話になる。

 

 

「浮かれてる場合かよ、俺達は次の試合に負ければ出場出来ないんだぞ」

「染岡の言う通りだ。だが……勝てばなんの問題もないんだ、そうだろ? 皆」

「よーし! 早速みんなで練習だ!!」

「……と、言いたいが俺はここで失礼するよ」

「あ、そうか……脚、大丈夫か?」

 

 

 皆が河川敷に向かって練習しようと盛り上がる中、俺1人はそれに乗っかれなかった。

 なぜなら、先日の帝国戦で脚を痛めてしまったのだ。まあ、あんなにダメージを負った状態で大立ち回りしたんだ、身体からしたらたまったものではないんだろうな。

 

 

 というわけで俺は練習に参加できない。今日はこのまま帰宅し、明日は病院だ。

 皆を見送り、1人悲しく帰路に着いた。悲しい。

 

 

 

 

---

 

 

 

 

 翌日、俺は診察のために稲妻総合病院へとやってきた。この町で1番規模がでかい病院だ。

 先生曰く、目を見張るほどの回復スピードらしく、練習参加が認められた。よく食べてよく寝たからな。負傷時は健全な療養こそ正義だ。

 

 

 診察室を出て、早速ボールを蹴ろうと思い病院を出るつもりだったが、見覚えのある人影を見つけた。

 守と豪炎寺だ。病室の前で何を話しているんだ? 

 

 

「よ、2人共」

「柊弥、脚はどうだって?」

「もう今日から動いていいってさ。2人はここで何を?」

「えーと、その……」

「……2人共、中に入ってくれ」

 

 

 豪炎寺に病室の中へと誘われる。病室の壁には、"豪炎寺 夕香"の文字。……豪炎寺の親族か。

 中に入ると、幼い少女がベッドに横たわっていた。意識はない。

 

 

「妹の夕香だ。もうずっと眠り続けている……」

「妹さん、か」

「ああ。夕香は去年のフットボールフロンティア決勝の日からずっとこうなんだ」

 

 

 木戸川と帝国の試合か。もしかして、豪炎寺がその試合に顔を出さなかったのは妹さんが関係しているのか? 

 そんな疑問を口にすることなく、豪炎寺の話を聞き続ける。

 夕香ちゃんは豪炎寺が試合に出ることを心の底から楽しみにしていたそうだ。そして、スタジアムへと向かう最中……交通事故にあった。意識不明の重体。依然として意識は戻らない。

 

 

「俺がサッカーをしていたせいで夕香はこんな目にあった。俺のせいで夕香が苦しんでいるのに、俺はサッカーを続けることなんてできない……って思っていたんだけどな。あの時、自然に身体が動いていたんだ」

 

 

 あの時、というのは帝国との練習試合だろう。俺がベンチに下がる時、自ら代わりを買って出てきてくれたあの時。

 豪炎寺はそれ以降口を噤んだ。話は終わりだろう。

 

 

「……何も知らないでしつこくして、ゴメンな。このこと誰にも言わないよ……それじゃ」

 

 

 そう言って守は病室を出ていった。守が考えていた以上に重い事情だったんだろう。心の底から申し訳なさそうな顔をしていた。

 

 

「なあ豪炎寺、知った口を聞くかもしれないけどさ……妹さんはお前に何を1番望んでいるんだろうな」

「夕香が、俺に……?」

「ああ。サッカーをしているお前が大好きだった妹さんが、今のお前を見たらどう思うだろう。もしかしたら自分のせいでお兄ちゃんが……なんて、今のお前と同じようなことを考えるかもな」

「……」

「サッカーをやれ、とは言わない。お前がやりたいようにやればいい。ただ……少し俺が言ったことを考えてみた方が、お前にとっても、妹さんにとっても良い方向に傾くんじゃないかな。……じゃ、また学校で」

 

 

 そう豪炎寺に諭して病室を出る。

 サッカーをやらない、と言ったアイツの表情は、何処か苦しそうにも感じた。それはサッカーのせいで、自分のせいで妹さんを傷つけたからか? それもあるかもしれないが、俺には本当は大好きなことを我慢しているからのようにも見えた。

 

 

 選ぶのはアイツ自身。ここからは俺が首を突っ込むことじゃない。

 

 

 

 

 

---

 

 

 

 

 

「よう」

「加賀美君、もう脚はいいの?」

「ああ、休養の甲斐あってすっかり元通りさ」

 

 

 久しぶりに部活に参加すべく、河川敷へとやってきた。ここ最近学校のグラウンド使えない率高いな……他の部が大会近いとかか? まあ河川敷で何か不便がある訳でもないから構わないが。

 荷物を置きにベンチに行き、秋と軽く話すとあることに気づく。……1人多い、マネージャーが。

 

 

「えーっと、音無さん? 何でここに?」

「今日からサッカー部のマネージャーやることにしたんです! よろしくお願いします!」

「と、言うわけなの」

「成程、これからよろしく」

 

 

 よくよく考えてみると、秋1人じゃこの人数のマネージャーは重労働だろうし、このタイミングでのマネージャー入りはチームとしてもありがたいな。

 さて、ようやくサッカーが出来る……たかが数日と言われるかもしれないが、されど数日だ。帝国戦以降ボールを蹴りたくて仕方なかった俺からすればあまりに長い時間だった。

 

 

「おおおおおお!!」

 

 

 他の皆より早く来たため、俺以外に誰もいないかと思っていたが、どうやら染岡がいたようだ。1人でひたすらにボールを蹴りまくっている。ボールには微弱ながらエネルギーが籠っており、必殺技の予兆を感じる。あともう少しといったところか。

 

 

「よう染岡、頑張ってるな」

「加賀美か……へへっ、お前が休んでる時からなんか掴めそうな気がしてたけど結局ダメだ……これじゃ、お前みたいなストライカーにはなれないな」

 

 

 そう言う染岡の表情は暗かった。結構危ない状態だ、あれだけ溢れてた自信を失いかけてる。ここはひとつ背中を押してやるか……

 

 

「染岡、少し話そうぜ。あっちの坂にでも寝転がりながらさ」

「……でもよ」

「いいから。副キャプテン命令な」

 

 

 半ば強引に染岡を引き連れ、河川敷の斜面に腰かける。途中で守達がやってきたが、先に練習しててくれと頼み、染岡と2人で話をする。

 

 

「なあ染岡、焦ってもいいことなんかないぞ?」

「……だろうな。けどよ、アイツらは豪炎寺に頼りすぎなんだ。じゃぁ俺が豪炎寺みたいに強くなれば──」

「お前は豪炎寺にはなれない」

 

 

 染岡の言葉を遮る。染岡は面食らったような表情を浮かべているが、それに構わず言葉を繋げる。

 

 

「確かに皆は豪炎寺に頼りすぎている節がある。けどお前は、豪炎寺に固執しすぎな節がある。どういうことか分かるか?」

「……」

「豪炎寺の背中に囚われすぎだってことだ。アイツのシュートは凄いよ。俺のシュートよりパワーもスピードもある。けどな、俺は俺だ。アイツを目指すのは構わない、けどアイツ以外じゃアイツになれないんだよ」

 

 

 染岡は何かに気づいたように大きく目を見開いた。

 

 

「豪炎寺は豪炎寺、お前はお前だ。お前自身のやり方で強くなればいい。違うか?」

「……そうだ、その通りだ! 俺は俺だ、俺だけのシュートで豪炎寺を超えるストライカーになってみせる!」

 

 

 染岡が起き上がって拳を握り、ニヤリと笑ってみせた。吹っ切れたようだな。もうこれで思い詰める心配はないはず。

 よし、染岡の悩みも吹っ切れたことだし、久々の──

 

 

「練習するぞ、染岡!」

「おう!!」

 

 

 そう言って俺と染岡は、我先にと駆け出した。皆は既にアップを終え、実戦を想定したミニゲームに入っていた。俺らもそれに混ざる。

 ボールを受け取り、感触を確かめつつ守りが固められたゴールへと向かっていく。よし、そこまで身体がは鈍っていないな。

 

 

「行かせないぞ、加賀美!」

「止めてみろ!」

 

 

 目の前に風丸が立ちはだかる。激しく左右に揺さぶってみるが、風丸はしっかりとそれに対応してくる。俺が練習出来ていない間もしっかりとレベルアップしてるみたいだ。だが! 

 

 

「何!?」

 

 

 ヒールでボールを後ろに蹴り、バックステップで一瞬でボールをキープしつつ風丸と距離をとる。そのまま大きく右に駆け、左サイドの染岡にロングパスを出す。これには風丸も反応しきれない。

 そしてボールを受け取った染岡は、思い切りボールを蹴り込む。先程見た時と同じように、青いエネルギーが僅かにボールから溢れているが、必殺技と呼べるまでには至っていない。

 

 

「染岡! もっと直感的に撃ち込んでみろ!」

「おう!!」

 

 

 染岡は何度もボールを受け取り、何度もシュートする。数を重ねれば重ねるほど、シュートの威力は増していく。あと少し、もう少しだな。必殺技は、何回もイメージトレーニングを重ねた上で実際に身体を動かして完成するもの。

 今の染岡なら、ひたすら撃って撃って撃ちまくれば完成させられるはず。

 

 

 

 

 そのまま数時間が経った。もう100本は撃ったのではないか、といったところだな……染岡は息を切らし、汗を滝のように流しながらもシュートを止めない。

 今日は無理かもしれない……そう思った時だった。

 

 

「おおおおおお!!!」

「今のは……!?」

「……すげえ、すげえよ染岡!!」

 

 

 今までのシュートとは明らかに違う、もっと強力な1本がゴールネットを揺らした。急なことに、守は一切反応できていなかった。

 エネルギーはドラゴンの形を作り、そのシュートは青い軌跡を描きながら真っ直ぐに突き進んだ。

 本当にやってみせた……染岡の必殺シュートの完成だ。

 

 

「これが……これが俺のシュートだ!!」

「やったな染岡!」

「おう!」

 

 

 染岡と拳を突き合わせる。皆は染岡を囲み、シュートに名前をつけようと盛り上がる。

 輪の中から少し離れ、辺りを見渡すとある人物の接近に気付いた。

 

 

「豪炎寺」

 

 

 一瞬で皆は静まり返り、俺と同じ方を向く。

 一斉に視線を向けられても一切動じない豪炎寺。俺達のすぐ近くまでやって来て、こっちを見ると、こう口を開いた。

 

 

「加賀美、円堂……俺、やるよ」

「えっ……入ってくれるのか? サッカー部に」

「ああ、昨日お前と話をしてからよく考えたんだ。そして決めた……俺は、サッカーをやるよ」

 

 

 その返答にまた盛り上がる。ただ1人、染岡を除いて。染岡は豪炎寺の前まで歩いていく。

 

 

「……お前には負けねえからな!」

「ふっ……望むところだ」

「おいおい、俺も忘れるなよ?」

 

 

 染岡が豪炎寺に対して啖呵を切り、豪炎寺はそれに対し好戦的な態度で返した。このままだと俺のストライカーとしての居場所が無くなりそうだから焦って割り込んでやった。

 俺に豪炎寺に染岡、雷門のスリートップの完成だな。

 

 

「よし! 豪炎寺を混ぜて練習しようぜ!!」

「「「おう!!」」」

 




アニメ1話分の内容を小説1話に押し込みました。
次は尾刈斗戦ですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話 呪いのサッカー

なんかめちゃくちゃ長くなった・・・

じわじわと総合評価が高くなってきてニヤニヤ止まらないです。
感想やら評価やら、無限にお待ちしてます。全部ムゲン・ザ・ハンドで受け止めますので。


「皆、準備はいいか?」

 

 

 尾刈斗中との練習試合開始直前。こうして部室で最後のミーティングをしていると、帝国戦を思い出すな。あの時は散々な結果だったが……今の俺達は前よりも明らかに強い。

 この試合には廃部かフットボールフロンティア出場かがかかっていることもあってか、皆の表情は別人のように引き締まっている。

 

 

 ふと視線を横に巡らせると、10番の背番号が目に入る。豪炎寺だ。ついにコイツと並び立てる日が来たのだと思うと心が躍って仕方ない。前はベンチで見ていることしか出来なかったからな、間近でコイツの凄さを全身で感じてみたい。

 

 

「さあ皆、やるぞ!」

「「「おお!!」」」

 

 

 守がそう発破をかけると、威勢よく声を上げて部室を飛び出す。小走りでグラウンドに入るとあることに気付く。帝国戦の時よりギャラリーが明らかに増えている。帝国戦で興味を煽られたとか、そんな感じだろう。なんにせよ、応援の声が多くて気が悪いことはないな……応援してくれるのかは知らないが。

 

 

「お、多いっすね……」

「馬鹿、ビビるなよ?」

 

 

 壁山が小刻みに震えている。そんな頼もしい身体してるんだから、もう少し強気な姿勢でいてくれるといいんだがなあ……そこが壁山の個性でもあるが。背中を軽く引っぱたいて気合を入れてやろう。

 

 

 さて、尾刈斗中について軽く復習でもしておこうかな。

 ヤツらのプレーは、対戦したチームからは"呪いのサッカー"と称されている。試合中に脚が動かなかったとか、試合後に全員体調不良を起こしたとか。噂話の域を出ない話だが、まあ少しは頭に入れておくか。

 チームの強さ自体はそこそこ。地区規模で見て、攻守共に決して低い水準ではない。今の俺達にとってそれが吉と出るか凶と出るかだな。

 

 

「来たぞ!! 尾刈斗中だ!!」

「不気味な連中だ……」

「いや、お前が言うか?」

 

 

 誰かがそう言い、つられて校門の方を見ると尾刈斗中御一行様が姿を見せた。紫を基調としたユニフォームだ。

 

 

 それにしても、メンバーの個性が強すぎる。キャプテンは目隠ししてるし、キーパーはジェイソンみたいな仮面をつけてるし、バンダナにロウソク突き刺してるやつもいる。……それでサッカーできるのか? 

 それを見て影野が不気味と評するが、お前も十分不気味だからな? 夜に後ろから肩叩かれたら普通に驚く。

 

 

 試合開始前に、センターラインで整列していると、相手の監督が俺と豪炎寺の元に歩み寄ってくる。

 

 

「君達が加賀美君と豪炎寺君ですね? いやはや、帝国戦のシュート見せていただきましたよ……とても素晴らしい。お手柔らかにお願いしますね」

「はあ」

「おい待てよ」

 

 

 やたらと絡んでくる人だな……ぞんざいにする訳にもいかないし軽く流していると、横から染岡が口を出してきた。

 

 

「あんたらの敵はコイツら2人だけじゃねえ、俺達全員だ!」

「はあ、滑稽ですねえ。私達はこの2人と戦いたいから練習試合を申し込んだのですよ。精々2人の脚を引っ張らないようにしてくださいね」

 

 

 そう言って相手の監督は引っ込んでいく。不愉快な人だな。染岡が突っかかりたくなるのも分かる。現に染岡は今にも爆発しそうだ。

 

 

「染岡、その怒り……お前のシュートに込めてぶつけてやれ」

「……おう! 勿論だ!」

 

 

 相手チームと握手を交わし、それぞれがポジションに着く。俺と豪炎寺と染岡のスリートップ。得点力も突破力も間違いなく最高峰の俺達だ。最初から全開で飛ばしていくか。

 ふと後ろを見る。守が少し笑みを浮かべながらと手を叩き合わせていた。帝国戦で完成させた必殺技、ゴッドハンド。あれがあればそうそうゴールを割られることはないだろうな。

 

 

『さあ、雷門中と尾刈斗中の試合が今始まろうとしています!!』

 

 

 どこからか実況の声が聞こえてきた。アイツは……将棋部の角馬か? 何でアイツがあんなことをしているのか分からないが……まあいいか、実況がいる方が盛り上がるだろうし。

 

 

 つま先で軽く地面を叩き、身体のコンディションを確かめる。うん、悪くないな。ベストなプレイが出来そうだ。

 

 

『さあ、キックオフです!!』

 

 

 ホイッスルが鳴る、ボールが蹴られる。試合開始だ。

 開始早々、少林が相手のボールをスライディングで弾く。が、その先に相手10番。後ろから豪炎寺が追い掛けるが相手キャプテン幽谷(ゆうこく)に抑えられる。

 壁山のブロックをものともせず、10番は駆け上がると、早速守と1対1に。

 

 

「こい!!」

「喰らえ!! ファントムシュート!! 

 

 

 蹴ると同時にボールは紫色に輝き、いくつかに分裂してゴールへ襲いかかる。事前に調べた通りなら、本物のシュートはあのうちの1つだけ。

 だが、あれくらいのシュートなら──

 

 

ゴッドハンド!! 

 

 

 輝きと共に顕現した神の手。

 幾つもに分裂した中から正確に本物だけを見極め、真っ向から受け止めた。

 幻影のシュートと称されたあの必殺技は、ボールが分裂しているように見えるせいで本物がパッと見ただけでは区別がつかない。が、優れた感覚を持ち合わせていれば、空気を裂く音と迫る圧で見極めることは容易い。

 

 

「さあ反撃だ!」

「よし皆、上がれ!」

 

 

 風丸がボールを持って駆け上がる。最前線まで上がっている豪炎寺と染岡に対して、俺が丁度いい中継点になれそうなんだが……2人にマークされている。

 

 

「風丸!」

「ああ!」

 

 

 風丸にハンドサインを向けながら声をかける。それを確認した風丸はかなり高めのパスを出す。これでいい。俺がハンドサインで要求した通りだ。

 身をかがめてから大きく跳び、空中でボールを受け取る。これならマークも意味をなさない。

 

 

 豪炎寺には俺と同じように徹底的なマークが着いている。なら選択肢は1つだ。

 

 

「染岡!!」

 

 

 風丸からボールを受け取り、そのまま空中で染岡にパスを通す。俺と豪炎寺ばかりにマークに着いているせいで染岡に対しては手薄。警戒心の薄さが見え隠れしている。

 そのせいでヤツらは今から後悔することになる。雷門のストライカーは俺と豪炎寺だけじゃない、染岡もだ。

 

 

「決めるぜ……! ドラゴォォンクラァァァッシュ!! 

 

 

 蒼龍が吠える。

 "ドラゴンクラッシュ"の名付けられた染岡の必殺シュートのエネルギーは、蒼い龍の形を作りゴールへと襲い掛かった。キーパーはそれに反応出来ず、簡単にゴールを許した。

 大声を上げて喜ぶ染岡から視線を滑らせ、相手の監督の表情を伺うと顔を真っ青にして驚いていた。いい気味だ。

 

 

 こちらに戻ってくる染岡に対して拳を突き出すと、染岡も同じように拳を合わせてくる。

 

 

「ナイスシュート、どんどん取ってくぞ」

「おう!」

 

 

 再びキックオフ。点を返そうとこちらに攻め込んでくる11番を染岡と少林が挟み込む。行く手を阻まれた11番は何とか幽谷へとパスを繋ごうとするが、マックスが上手くそれをカット。よし、攻め上がるか。

 

 

 と言っても、相変わらず俺には徹底的なマーク。さっきのような絡めてはもう使えなさそうだ。豪炎寺も同様。だが、染岡は依然としてフリーだ。

 

 

「染岡!!」

「よし!」

 

 

 さっきのシュートを見ても警戒しないのかね。まあこちらにとっては好都合だから構わないな。そのまま染岡は上がっていき、再びキーパーと睨み合う。

 

 

ドラゴンクラッシュ!! 

 

 

 再びゴールネットが揺らされる。先制2点、かなり良い調子だ。もしここから染岡にマークがついたとしても手薄になった俺と豪炎寺が決めにいけるし、相手に攻められても守なら止めきれる。この試合勝てるぞ。

 

 

 だが気がかりな点がある。例の呪いとやらだ。信じるわけじゃないが、今のところそんな素振りは見せていない。もしかするとここからなにか仕掛けてくるかもしれないな……警戒だけしておこう。

 

 

「まさか彼ら以外にこんなストライカーがいたなんて予想外でしたよ……何時までもザコが、調子乗ってんじゃねェぞォ!!」

 

 

 試合再開と同時に、相手の監督が文字通り豹変する。先程まではどことなく紳士的な雰囲気を漂わせていたが、今は180度逆だ。言葉を荒らげ、こちらを罵るような発言をしている。

 

 

「始まったか」

「テメェらァ!! そいつらに地獄を見せてやれェ!!」

「「「おう!!」」」

「マーレマーレ、マレトマレ……」

 

 

 今度は謎に呪文のようなものを唱え始めた。そして選手達はというと、陣形を組み、不規則な動きをしながらこちらへと攻め込み始めた。何だ? アイツらの姿がブレて見える……

 

 

「何やっているんだ! お前ら!」

「えっ!?」

 

 

 風丸の指示でそれぞれ動き出した中後陣だったが、何を考えてか味方同士でマークしあっていた。おかしい……こんなミス、到底ありえない。もしかしてこれが呪いとだとでも言うのか? 

 

 

「無駄だ……ゴーストロック!! 

「マーレトマレ!!」

「なっ、脚が」

「動かないッス!!」

 

 

 相手の監督が一際大きな声で呪文? を唱え、幽谷が腕を大きく回して突き出すと、そこから紫色の呪縛が俺達全員の脚を捕らえた。

 一体なんなんだ、全く脚が動かせない。しかも俺だけじゃなくて他の皆も。まずい、このままじゃ──

 

 

ファントムシュート!! 

 

 

 幽谷が10番と同じ必殺シュートを放つ。対する守は、その場に縛り付けられたかのように脚を動かせず、必死に手を伸ばすが指先で掠めることすら叶わなかった。無情にも得点板は2-1に。

 

 

 得点のホイッスルが鳴ると同時に、脚の自由が戻る。大きく動かしてみるが、特に変わった様子はない。益々わからん……厄介だな。

 これがヤツらの呪いとやらなんだろうが、本当に呪いなはずがない。何か仕掛けがあるはずだ……今はそれを何としてでも見つけてみせる。

 

 

「取られたなら……取り返せばいい!」

「待て染岡! ヤツらは何かおかしい! 様子を見るんだ!!」

 

 

 キックオフ早々、豪炎寺からボールを奪うように受け取った染岡は単身駆け上がっていく。豪炎寺も違和感に気づいていたようで、一旦待つように呼びかけるが染岡はお構い無しに単身攻め上がる。

 

 

 妙なことに、尾刈斗は誰1人として染岡の行く手を塞がない。さっき染岡が2点決めたのを忘れたのか? ……いや、流石にそんなはずがない。

 とすると、ヤツらは点を取られない絶対的な自信がある。その理由は……まさか! 

 

 

「染岡! 一旦──」

ドラゴンクラァァァッシュ!! 

 

 

 遅かった……! 

 既に染岡はドラゴンクラッシュを放っていた。相手のキーパーは先程の幽谷と似通った腕の動きをしたと思ったら、そのままキャッチ体勢に入る。

 躊躇なく放たれたドラゴンクラッシュは、勢いよくゴールへと迫っていく……と思われた。

 

 

ゆがむ空間

 

 

 ボールは吸い込まれるようにしてキーパーの手中に。

 今のドラゴンクラッシュは一体何だったんだ……染岡が手を抜いた? いや有り得ない。染岡はこの場面で加減をするような男じゃない。

 

 

 分析は後だ、今は何としてもボールを奪わなければまたゴールを割られる。

 

 

「だから無駄だと言っている……ゴーストロック!! 

「マーレトマレ!!」

「またかよ……!」

 

 

 またしても脚の自由が奪われる。ビクともしない。

 そのまま幽谷はゴールへとシュートを叩き込む。これで2-2……同点に並んだ。

 

 

 クソッ! 種を暴くのに時間が足りなさ過ぎる。このままじゃ好き勝手されて終わるぞ……! 

 

 

「何が呪いだ……そんなまやかし!!」

「本当にそうかな? ゴーストロック!! 

「マーレトマレ!!」

 

 

 3度目だ。金縛りのようにあったかのように脚はビクともしない。

 そしてそのまま……

 

 

『とうとう尾刈斗中逆転!! 2-3で前半終了だ!!』

 

 

 もう1点決められ、前半終了のホイッスルが響く。

 

 

 

 

「どうなってやがる!」

「やっぱり本当に呪いが……」

 

 

 ハーフタイム。部室で前半の反省中だ。

 皆が尾刈斗中の呪いだと騒いでいるが、俺は少し考えたいことがある。

 

 

 まずはヤツらのおかしな点を洗い出してみよう。

 1つ目、あの不規則な陣形。5人で横に列を組み、前後へと揺れ動くように入れ替わりながらこちらへ駆け上がってきたアレだ。特に突破力がある構成ではないはず。だがあれを目前にした皆は何故か味方同士で衝突した。

 

 

 2つ目、あの監督の呪文のようなもの。マーレトマレ……ひたすら同じことを繰り返し口に出している。幽谷がゴーストロックを発動する度に大声でそれを叫んでいた。その声が響き渡るタイミングで俺達の脚は動かなくなった。

 

 

 3つ目、キーパーの必殺技。よく分からない動きをするあの必殺技は守のように強いキャッチ技というわけではなさそうだ。じゃあ何故染岡のシュートが止められたか……それは、染岡のシュートの威力が弱まっていたから。

 

 

 1つ目と3つ目の大きな特徴は一致している。相手が謎の動きをしている点だ。つまり動きと呪文、これがヤツらの特徴。

 ……だんだん見えてきたぞ、ヤツらの秘密。

 

 

「守、いいか?」

「ん? ああ、どうした?」

 

 

 守を呼び、耳打ちする。

 まだ確証がある訳では無いから下手に皆に広めるわけにはいかない。とりあえず守にだけ伝えておくことにする。

 

 

 

 

 再びグラウンド。間もなく後半が始まる。

 さて、俺の仮説は正しいのか……それを見極める。

 

 

「染岡!」

「任せた!」

 

 

 染岡のバックパスを受け取り、1人で攻め上がる。まずは1つ、俺自身が検証してやる。

 やはりヤツらは点を取られない自信があるのか、一切ボールを奪いに来ない。好都合だ、このまま試させてもらう。

 

 

 道が開け、キーパーが俺を視界に捉えると、例の動きをして待ち構える。そして俺はその動きを凝視する。

 するとあることに気付く。脚元が覚束ないのだ。まるで、平衡感覚をぐしゃぐしゃにされたような感覚だ。

 

 

 このままシュートを撃てばそれは威力なんて出ないだろう。染岡がああなるのも当然だ。

 じゃあこれを回避するにはどうすれば良いのか。簡単だ。

 

 

「……何?」

 

 

 キーパーがそう呟いたのが微かに聞こえた。そう言いたくなるのも当たり前だ、俺はゴールを目前にし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 一呼吸置く。そうすると、失われた平衡感覚がじわじわと戻ってくるのを知覚する。よし、これなら──

 

 

「──轟一閃

 

 

 目を瞑りながら轟一閃を放つ。何百回もこのシュートを撃っているんだ、視界を自分でも封じても何ら問題なく撃てる。

 手応え……脚応えか、は十分に伝わってきた。これなら問題ないだろう。

 

 

「なッ……!?」

『ゴ、ゴール!! なんと加賀美、染岡のシュートを軽々止めた尾刈斗中キーパーから1点を呆気なく奪い取った!! 3-3、同点だ!』

 

 

 相手としても予想外だったのだろう。一切反応させずに轟一閃はゴールへと突き刺さった。キーパーは何が起こったか分からないと言ったように立ち尽くしている。……被り物のせいで表情は見えないが。

 

 

「加賀美! ヤツらの呪いが効かなかったのか!?」

「あれは呪いなんかじゃない……催眠術だ。最初のあの陣形で頭を掻き乱された俺達の頭に、あのキーパーが妙な動きで暗示をかけることで俺達から平衡感覚を奪っていたんだ。お前の時もそうだ。相手の必殺技が強かったんじゃなくて、お前のシュートが弱くさせられたんだよ」

「やはりか……」

 

 

 豪炎寺は薄々勘づいていたようだな。流石の洞察力だ。

 

 

「そういうことか……でもよ、脚が動かなくなるのは何なんだ? あれが解決しないと結局ダメじゃねえか」

「あれも同じさ……大丈夫、守に突破策を授けてあるからさ」

「そ、そうか……よし、お前を信じるぜ、加賀美!」

 

 

 その一言で染岡を納得させ、ポジションに戻る。

 

 

「どんな手を使ったがしらねェが、ゴーストロックがある限りテメェらに未来はねェんだよ!!」

 

 

 相手のキックオフから再開、幽谷達はすぐさまあの陣形を組んで攻め上がる。

 

 

ゴーストロック!! 

「マーレトマレ!!」

 

 

 また脚が動かなくなった。それをいいことに幽谷はどんどんゴールへと攻め上がっていく。

 また点が取られてしまうと動揺が広がるが、俺達は一切動じない。守が何とかすると信じているから。

 

 

「ゴロゴロゴロゴロ、ドッカァァァァァン!!!」

 

 

 守が雷が落ちたような大声を上げる。

 その声が鼓膜を打った瞬間、脚の自由が戻ったのが分かった。やはり、そういう事か。

 

 

「あの陣形は言わば準備。俺達に催眠術をかけるトリガーは、キーパーのあの手の動きと相手の監督のあの呪文だ!」

「へっ、そういうことかよ!」

 

 

 幽谷はゴーストロックが破られたことに気づかないまま必殺シュートを撃った。だがそのシュートがゴールラインを超えることはないだろう、何故なら──

 

 

熱血パンチ!! 

 

 

 守の拳に赤く燃える炎のようなエネルギーが集中し、その拳でボールを殴りつける。勢いを完全に上書きされたボールは上に大きく飛び、やがて守の腕の中に。

 

 

「何ィ!?」

「やった……やったぞ!!」

 

 

 こっちに親指を立てる守に、俺もサムズアップを返す。

 さあ、お前達の呪いのサッカーは打ち破ったぞ。

 

 

「皆行くぞ!! 俺達が守り、お前達が繋ぎ、アイツらが点を決める……雷門の全員サッカーだ!!」

 

 

 守の蹴ったボールを少林が受け取る。そのまましばらくボールを前線に運ぶと、染岡に鋭いパス。

 それを受け取った染岡は、豪炎寺と2人で相手ゴールへと駆け上がる。

 

 

「豪炎寺! 合わせろ!」

「……ああ!!」

 

 

 と、意思疎通をすると豪炎寺は染岡より数歩前へと加速する。

 染岡はその場で脚を止め、足を大きく引き上げる……ドラゴンクラッシュの構えだ。

 

 

ドラゴォォンクラァァァッシュ!! 

 

 

 今日1番のドラゴンクラッシュが放たれた。

 が、そのシュートの進路はゴールから大きく逸れる。ミスキックのように思われたが、それは違う。あれは()()()

 

 

 蒼龍が昇った先に待ち構えていたのは、炎の竜巻を携えたエースストライカー。

 

 

ファイアトルネード!! 

 

 

 蒼龍は炎に包まれその姿を変える。ゴールへと迫るのは蒼龍ではなく紅龍。獰猛な牙を相手のゴールへと向ける。

 

 

「う、うわあああああああ!?」

 

 

 龍は容赦なく獲物を噛み砕く。ゴールネットが揺らされホイッスルが響いた。同点から1点リード、逆転だ。

 

 

「後半はまだまだ長い! どんどん攻めるぞ!!」

 

 

 そこからは一方的だった。

 相手の攻めは中陣で止められ、ボールを受け取った俺らが確実にゴールをこじ開ける。

 試合終了のホイッスルがなる頃には、俺達の得点は2桁に差し掛かっていた。

 

 

 

 

「やってくれたなお前ら! 柊弥が相手の秘密を見抜いて、ドラゴントルネードで一気に流れを掴む! 最高のストライカー達だぜ!」

「へっ、エースストライカーを譲ったわけじゃあねえからな」

 

 

 試合終了後、俺達はグラウンドで試合を振り返っていた。

 凄まじい数が集まっていたギャラリーは、口々に賞賛の声を俺達に残していってくれた。冷遇されていた数週間前からは想像できない現状だ。

 

 

「よーし、フットボールフロンティアに乗り込むぞ!」

「「「おう!!!」」」

 

 

 

 

---

 

 

 

 

 翌日。

 練習試合に勝ったことで前よりもっと注目を集めるようになったのか、色んな人に絡まれるようになった。

 心做しか女性層に声をかけられる率が高くなった。俺も男だから満更でもないが周りの男子達からの目線が凄く痛いから出来ればやめて欲しい。

 

 

「はあ……災難だ」

「よう、人気者だねえアンタ」

 

 

 ため息をついてベンチに腰掛けると、知らないうちに隣にいた男に話しかけられる。あまりに急だったもので少し身構えてしまった。

 ……見ない顔だな? 

 

 

「あのさ、校長室ってどこ?」

「校長室……やっぱお前転校生か?」

「そうそう、ピッカピカの転校生」

 

 

 教えてやらない理由もないので、極力丁寧に校長室への道を教えた。これで伝わってなかったらコイツの理解力がなかったってことで……

 短い礼を返して彼は去っていった。さて、俺も教室向かうか……

 




いつもと違って次の場面に繋がる描写を最後に入れて終わらせてみました。どっちがいいのかは分からないです。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話 生み出せ、新たな必殺技

皆様から寄せられた評価のおかげで、評価バーの長さが2段階目に突入していました。ありがとうございます。
評価バーG2ですね(激寒)

これからも当小説をよろしくお願いいたします。


「皆!! 分かってるな!?」

「「「おお!!!」」」

「とうとうフットボールフロンティアが始まるんだ!!」

「「「おおおおおおおお!!!」」」

 

 

 放課後のサッカー部の部室は現在大盛り上がりだ。

 昨日の尾刈斗中戦を制し、学校側からフットボールフロンティアの参加が認められたことを受けて、皆狂喜乱舞である。

 ここまで来るのも大変だったなあ……なんかよくわからんヤツら(プロトコル・オメガ)から襲撃されるし、部員は集まらなかったし、帝国にボッコボコにされるし……けどまあ、なんやかんや何とかなったな。

 

 

 何はともあれ、晴れてフットボールフロンティアに出れるわけで。とても嬉しいことには間違いない。

 そういえば、冬海先生がトーナメントの抽選に行ってたはずだが1回戦は何処と対戦するのだろうか。

 

 

 ちょうど同じ疑問を感じていたらしく、風丸が守に対して訊ねると……

 

 

「対戦相手は────知らないッ!!」

「そんな自信満々に言うなよ」

 

 

 守は自信を持って堂々と知らないと言い切った。いや、普通先生に確認しに行ったりするだろ? まあ、守らしいと言えばそれまでか。仕方ないな。

 

 

 

野生(のせ)中ですよ」

「野生中?」

「野生中は確か……昨年の地区大会決勝で帝国と戦ってますね」

 

 

 冬海先生が部室に来ると同時にその答えを教えてくれる。

 

 

 野生中か。

 音無さんが教えてくれた通り、帝国のところまで登り詰めるほどの強豪校だ。

 守は最初からそんなところと戦えるのかと喜んでいるが、本来はどうしようと焦るものだろう。

 こんなところで弱音を吐いては勝てるものも勝てないのもまた事実だが。

 

 

「大差で初戦敗退なんてことにはならないでくださいね……ああ、それから」

「チィーッス! 俺土門 飛鳥(どもん あすか)、一応ディフェンス希望ね」

「君もこんな弱小クラブに入りたいだなんて物好きですね」

 

 

 と吐き捨てて冬海先生が去っていく。あの人絶対この部活のこと好きじゃないよな。

 まあ、部活の顧問では給料出ないらしいし、あっちからすればタダ働きみたいな感じだろうから一定数そういう人がいるのは仕方ないことか。

 

 

 まあそんなことはどうでもいい。

 先生に連れられて部室に顔を出したのは今日の朝見た顔……校長室の場所を訊ねてきた男だ。

 サッカー部入部希望だったとは。

 

 

「土門君? 土門君じゃない!」

「あれ、秋じゃん! 雷門中だったの」

「知り合いか? ……とにかく、歓迎するよ!」

 

 

 守が土門の腕を掴んで振り回す。

 守に纏わりつかれながらも、土門は口を開いた。

 

 

「でも相手は野生中だろ? ヤツら、瞬発力も機動力も大会屈指さ。とくに高さ勝負には滅法強いんだ」

 

 

 まさに"野生"と言ったところか。

 土門の野生中に対する評価を聞き、壁山はビビってトイレに行こうと立ち上がるが染岡に喝を入れられ再び座る。

 

 

「大丈夫さ! なんたって俺達には轟一閃、ファイアトルネード、ドラゴンクラッシュ、それにドラゴントルネードがあるじゃないか!」

 

 

 ドラゴントルネード。尾刈斗中との試合にて豪炎寺と染岡が編み出した連携シュートだ。2人のパワーが加算的に乗ったシュートであるため、威力は間違いなく雷門で1番だろう。

 

 

 余談だが、シュートのパワーは豪炎寺>染岡>=俺で、スピードは俺>>豪炎寺、染岡と言った感じだろうか。俺の轟一閃では2人のパワーには及ばないが、スピードに関しては群を抜いている。元々俺がスピード重視のプレイヤーというのもあるだろう。

 

 

 話を戻そう。

 守は俺達のシュートがあるから大丈夫だ、と言ったが実際は……

 

 

「俺も野生中と戦ったことがあるが、ヤツらは空中戦なら帝国にも匹敵する……あのジャンプ力で上を取られれば、ファイアトルネード、ドラゴントルネードは潰されるだろう」

「そんな脚力があるなら、恐らく轟一閃とドラゴンクラッシュもダメだろうな。この2つは撃ち込む前に溜めの動作がある。そこに付け込まれてボールを奪われてしまう可能性が高い」

 

 

 という訳だ。

 要約すると、現状俺達の手札では野生中からゴールを奪うことは難しいということ。

 豪炎寺と俺の意見を聞いて、他のメンバーの表情は暗くなる。

 

 

 だが、突破口ならある。手札がないなら……

 

 

「新、必殺技だ!!」

 

 

 ……言われた。

 そう、手札がないなら増やせばいいだけだ。ヤツらが抑えきれないような新しいシュートを産み出せばいい。

 時間は有限だが、やるしかないだろう。

 

 

 

 

「よーしいくぞ!!」

 

 

 何処から借りてきたのか、守は消防隊が使うようなはしご車を持ってきた。いやほんとに何処から借りてきた? 

 そして守ははしご車の最大高度からボールを落とし、下で待機している俺達がジャンプしてそれを空中で蹴る。そんな感じの練習だ。ジャンプ力強化が目的か。

 

 

 しかし、高さを利用したシュートか……豪炎寺のファイアトルネードは10数メートル跳んでいるが、野生中はそれすらも楽々抑えてくるという。

 とすると、試合までの時間であれを超えるジャンプ力を身につけるというのは無謀な気がしてきたな。他に手はないものか。

 

 

 そうだな……例えば、そもそも相手に溜めの段階で取られないようなシュートとか。

 イメージとしては、轟一閃のボールが纏う雷の出力をもっと上げて、相手に近寄らせないとかそんな感じだ。

 

 

 ……これ、我ながら結構いい考えな気がしてきたな。よし、試してみるか。

 

 

「守! 俺ちょっと抜けるわ」

「おう! どうした?」

「別の方法でゴールを奪えないか試してみたい、構わないか?」

「いいぞ! 柊弥の新シュート、期待してるぜ!」

 

 

 キャプテン様から了承を得られたので、少し離れたところで1人ボールと向き合う。

 

 

 大前提として、轟一閃の雷は俺がボールに注いだエネルギーが形となって現れたものだ。

 単純に考えれば、そのエネルギーの量を増やせば雷の出力も上がる……はず。

 

 

「はッ……お、おおおおおおお!?」

 

 

 とにかく限界まで出力を上げてみたら、あまりの強さに自分が吹っ飛ばされた。

 痛え……帝国のシュートをもろに喰らった時を思い出すな。

 けど逆に言えばだ。それほどまでに強力なら、ボールを奪おうとしても相手は今の俺みたいに近寄れないはず。

 

 

 よし決めた、これでいこう。何回も練習して自分ではビクともしなくなるまで鍛える。そうすれば一方的に強力なシュートを撃ち込めるようになる。

 

 

「うぼァッ!?」

 

 

 とりあえずもう1回試してみよう。そう思ってボールを放電させたらまたぶっ飛んだ。

 何回も地面を転がり、止まる頃には離れた場所にいたはずの守達の所にいた。

 

 

「と、柊弥? 生きてるか?」

「あ、ああ……何とかな……」

 

 

 皆が心配し、俺を囲んで覗き込んでくる。

 いや本当に申し訳ない、こっちの練習の腰を折ってしまった。

 染岡に腕を伸ばしてもらい、よろよろと立ち上がると、こちら側に歩いてくる人物が見えた。

 

 

「よお、精が出るなあ……ん? どうしたんだ、大丈夫か?」

「古株さん、どうも……これはお気になさらず」

「そ、そうかい……この前の尾刈斗中との試合、良かったなあ……まるで伝説のイナズマイレブンの再来だなあ!」

「イナズマイレブン?」

 

 

 古株さんが知らないのか、と意外そうな表情を浮かべる。

 初耳だな……少し興味が湧いてきた。それは皆も同じだったようで、練習を中断して古株さんの話を聞くことにする。

 

 

 イナズマイレブン。

 40年前に雷門中に存在した、伝説のサッカー部の呼称のようだ。

 当時無敗を誇り、フットボールフロンティア優勝目前まで漕ぎ着けたという。

 そして、そのチームの監督が守のお祖父さん、大介さんらしい。守、お前なんで知らなかった? 

 

 

「よーし、俺も絶対爺ちゃんみたいに、イナズマイレブンになってやる!!」

「おいおい、1人でなる気か?」

 

 

 冷やかすようにそう守に言葉を投げかけ、視線を向ける。

 守はハッとしたような表情で俺達全員を見渡したと思ったら、溢れんばかりの笑みを浮かべる。

 

 

「勿論、みんなでさ!! 俺達はイナズマイレブンみたいになってみせる!!」

「「「おう!!!」」」

 

 

 イナズマイレブンかあ……良いな。

 イナズマイレブンの雷鳴ストライカー、加賀美 柊弥……なんてちょっと言われてみたい。

 よし、頑張るか。

 

 

 

 

 

---

 

 

 

 

 

「フットボールフロンティアが始まるってのに、新必殺技の"し"の字もないなんてな……諦めるわけじゃないけど、最悪の場合を考えちゃうな」

「もし新必殺技が見つかったとしても、練習する時間があるかどうか……厳しいところだな」

「まあなんとかなるさ! 雷雷軒で作戦会議しようぜ!」

 

 

 あれから何日か経った。

 だが、新必殺技完成の予兆は一切見えない。皆が取り組んでいる高さ特化のシュートも、俺の高出力シュートも。

 もう野生中との試合は目前……困ったものだ。

 

 

 俺、守、豪炎寺、風丸は部活終了後、今後の展望を話しながら帰路に着いていた。

 その途中で守がラーメン屋、雷雷軒に行こうと言い出したので急遽進路変更し、向かっている最中だ。

 母さんに外で済ませてくると伝えておかないとな……

 

 

「こんばんはー」

「おうボウズ達、帰りか?」

 

 

 店主の響木さんが出迎えてくれる。

 店の中にはもう1人、新聞に目を落としているお客さんがいた。

 

 

 俺達はその人の邪魔にならないように、少し離れたカウンター席に腰を下ろす。

 

 

「なあ加賀美、お前の必殺シュートはどうだ?」

「あれな……力技でボールに触れられるようにはなってきたんだが、どうにも上手く撃ち出せないんだ。やっぱり出力が強すぎるのか……制御出来ない感じ」

「加賀美も雲行き怪しいか……困ったな、本当に不味いかもしれない」

 

 

 なんて憂いを語っていると、注文したラーメンと餃子が並ぶ。俺が注文したのは豚骨醤油だ。

 空腹を掻き立てる良い匂いに耐えかねて、即刻麺を啜る。部活後に食べる飯が1番美味い、異論は認めない。

 

 

 守がイナズマイレブンはどんな必殺技を持っていたのかとボヤく。

 すると、厨房の響木さんが口を開いた。

 

 

「イナズマイレブンの秘伝書がある」

「へえ、秘伝書なんてあるんだ」

「なーに書いてあるんだろ」

 

 

 秘伝書ねえ、読んでみたいものだな。そうすれば良いヒントが得られそうなんだけど……

 って待て待て。

 

 

「「ええ!? 秘伝書だって!?」」

「そんなものが……」

「凄技特訓ノートなら俺ん家にあるよ?」

「ノートは秘伝書の一部だ……ん? お前、円堂 大介の孫か?」

 

 

 響木さんは守の顔をじっと見つめると、そう訊ねる。

 守がそうだと返答し、急に上機嫌になったと思ったら、守に調理器具を突きつける。それに驚き、守は後ろに倒れ込む。

 

 

「秘伝書はお前に災いをもたらすかもしれんぞ? それでも見たいか?」

「ああ!!」

 

 

 即答だった。

 脅しに似たその問いかけに、守はは一切怯むことなく答えた。

 

 

「そうか……その秘伝書は、雷門中の理事長室の倉庫に保管されている。探してみろ」

「理事長室の倉庫……よし、探してみよう! ありがとうおじさん!!」

 

 

 秘伝書のインパクトのせいで触れなかったが、何故響木さんがそんなこと知っているんだろうか。

 大介さんの知り合いだったようだし……なにか関係が? 

 

 

 まあいいや。伸びる前にラーメン食べよう。

 

 

 

 

 

---

 

 

 

 

 

「ん……ぐ……だァッ!?」

 

 

 翌日、皆は守を筆頭に理事長室に潜入しに行った。俺は見つかった時が面倒臭そうなので留守番して必殺技の特訓だ。

 相変わらず雷の威力がバカ高く、自分の身体にもダメージが入るがそこはまあ耐えれば何とかなる。

 

 

 問題はそれを撃ち出すことだ。蹴り込むまでは良いのだが、昨日風丸に話した通りあまりの威力に自分でも制御しきれず、明後日の方向に飛んでいくのだ。

 

 

 それに加え、もう1つの問題点が明らかになった。

 この技、滅茶苦茶に燃費が悪いのである。

 出力を上げるため、膨大な力を注ぎ込む訳だが、その所為で体力がえげつない程持ってかれるのだ。

 間違いなく連発できる技ではないし、体力を消費しまくった試合の後半なんかは威力が出せないだろう。

 

 

「八方塞がりかあ……」

「柊弥ー! 秘伝書あったぞー!」

 

 

 守達が戻ってきたようだ。

 その手にはボロボロのノートが握られている。本当にあったんだな、秘伝書。しかも理事長室に。

 

 

 早速部室に入ってその中身を改めてみる。

 一言で言おう、何が書いてあるのかさっぱり分からない。恐ろしく汚い文字で書き殴られてあるのだ。

 だが何故だろう、どこか見覚えがある気がする。

 

 

 あ、そうだ。これは確か……

 

 

「読めるぞ? これじいちゃんの字だもん」

 

 

 そう、大介さんのノートに書かれていた文字だ。小さい頃に守が見せてくれたそれと全く同じだった。

 あの時も俺は読めなかったが……なぜ守は読めたのだろうか。我々はその謎を探るためジャングルの奥地へ赴かない。

 

 

「相手の高さに勝つには……これだ! "イナズマ落とし"!」

「へえ、どんな技なんだ?」

「1人がビョーンと飛ぶ、もう1人がその上でバーンとなってグルっとなってズバーン!! これがイナズマ落としの極意!」

「……はい?」

 

 

 アイキャントアンダースタンド、とでも反応すれば良いのだろうか。

 擬音のオンパレードで記されたその極意は、到底理解できないものだった。大介さん、ぶっ飛んだ人だったんだな……

 

 

「でもじいちゃんは絶対嘘はつかない!! ここにはちゃんとイナズマ落としの極意が書かれているんだ!!」

「とは言っても……なあ?」

「まあ……とにかく練習いくか?」

 

 

 一行は解読を諦め、練習に向かった。

 

 

 

 

「今日のメインイベントはこれだ! 相手の凄技を受ける特訓だ!!」

 

 

 他の皆は守考案のタイヤ特訓をしている中、俺と守は豪炎寺に呼ばれて少し外れたところで土を囲んでいた。

 何でも、豪炎寺がさっきのイナズマ落としについて見当がついたと言うのだ。

 

 

「まず1人が飛んで、それを踏み台にもう1人が高さを稼ぐ。十分な高さに達したところで──」

「オーバーヘッドキック、か?」

 

 

 豪炎寺は無言で頷く。

 

 

「豪炎寺……そうだよ、きっとその通りだ!」

「なるほどな……そんな不安定な足場でオーバーヘッドができるのは豪炎寺しかいないな。そしてその足場となれるのは……壁山とか?」

「そうだな! よーし、やってみよう!!」

 

 

 守は壁山を呼びに行った。壁山はまずジャンプ力を鍛えるところからか? 

 豪炎寺は……とにかく高所でのオーバーヘッドを安定させる必要があるな。これには土台をやってくれる人が2人程必要だろう。

 

 

 さて、皆頑張ってるんだ……俺も頑張らないとな。

 

 

 

 

---

 

 

 

 

「はあ、はあ……あー、疲れた」

「加賀美先輩、大丈夫ですか!?」

 

 

 音無さんがタオルとドリンクを持って駆け寄ってくる。

 もう日はほぼ沈みかけ、辺りは電灯によって照らされている。

 何時間練習しただろうか、少なくとも3時間はやったはずだな。

 

 

「ありがとう……中々上手くいかないや。壁山と豪炎寺はどう?」

「2人とももうボロボロでした……それに付き合ってるキャプテンに染岡先輩、風丸先輩も」

「そっか、じゃあ俺もまだ頑張らないとな」

 

 

 受け取ったものを端に寄せ、ボールを足蹴にする。

 もう全身クタクタだ……自分でもよくここまでやってると思う。けど、皆がまだ諦めてないなら、俺もやらないとな。

 

 

「もうやめませんか? これ以上は身体に響いちゃいますよ?」

「まあね……だけど、俺にも、アイツらにも次の試合の勝利がかかってるからさ、ここで諦めるわけにはいかないんだ」

「……分かりました。じゃあ、私もここで見てていいですか?」

 

 

 特に断る理由もないのでそれに頷く。

 さて、早速再開しよう。少し休憩したおかげで多少は体力にゆとりが出来た。

 

 

 ボールを踏みつけ、エネルギーを注ぐ。

 少しすると、膨大なエネルギーが雷へと変わり、激しく放電する。

 そのボールに対してハイキックを叩き込む……が、ボールは俺の意思に反し、真っ直ぐ飛ばずに全然違う方向へと向かっていった。

 

 

 やはり、シュートコースの調整がダメだな……威力は出ても、ゴールに叩き込めないんじゃ意味が無い。

 

 

「あの、1つ良いですか?」

「ん? 言ってみて」

「両脚で蹴ってみるのはどうですか? 両脚なら片脚よりも踏ん張りが効きますし、コントロールしやすくなるんじゃないかな……って、ごめんなさい! 素人がこんな……」

「いや、確かにそうだ」

 

 

 両脚を使う……盲点だった。

 となると、ドロップキックの要領で撃ち込むのがベストだな。ボールとの距離を空ける必要がある。少しボールを前に蹴り出してみよう。

 それを釣りに出来れば、寄ってきた相手を一網打尽に出来るかもしれない。

 

 

「よし」

「え、本当に……!?」

 

 

 物は試しだ。やってみよう。

 

 

 ボールを踏み付け、エネルギーを注ぎ込む。そして放電が始まる前に軽く前にボールを飛ばす。

 一定の地点でボールは止まり、その場で激しく放電を始める。……7,8メートルくらいだろうか。これなら助走にも十分だ。

 

 

 脚に力を込め、地面を踏み砕くが如く駆け出す。ボールとの距離が2メートルを切ったくらいで跳び、両脚をボールに叩き付ける。

 その際、放電に身体が蝕まれ焼けるような痛みが襲うが、今更そんなものに構ってられない。

 痛みを押し殺し、ボールに対して真っ直ぐに力を込める。

 ボールから働く抗力によって、身体が後ろに押し返される。

 

 

 着地際、俺が見たのは……極太のレーザーのようなシュートが斜面に突き刺さり、周囲を焦がしている様子だった。

 

 

「───出来た、のか?」

「凄い凄い!! ドラゴントルネードにも負けない威力でしたよ!?」

 

 

 音無さんがこちらにはしゃぎながら駆け寄ってくる。

 ボールは狙った方向に飛んでいった……成功だ、これで必殺シュートとして運用出来るぞ! 

 

 

「ありがとう……音無さんのおかげだ」

「私はそんな大層なことしてません。加賀美先輩が凄いんですよ!」

 

 

 謙虚だな。

 とは言え、音無さんのおかげで最大の問題が解決したことには変わりないので繰り返しお礼を言う。

 顔を真っ赤にしてもう良いからと言われるまで言い続けた。流石にしつこかったか? 

 

 

「さて、俺はもう少しこのシュートを調整するからさ、もう大丈夫だよ」

「最後までとことん付き合いますよ、先輩!」

 

 

 それは心強い。

 よし、あともうひと踏ん張りしてみるか! 

 

 

 

 

 

「おーい、そっちはどうだ?」

「守か。完成したぜ……新必殺技!」

「おお! 流石柊弥だ! こっちも何とかなったし、豪炎寺も良い感じみたいだ!」

 

 

 壁山はジャンプ力を身につけ、豪炎寺はオーバーヘッドの形を見事仕上げてみせたらしい。

 加えて俺の新必殺技。これなら、野生中にも勝てるんじゃないか? 

 

 

「よーし! 野生中との試合まであと少し! 仕上げていこうぜ!!」

「そうだな!」

 

 

 少し前までは心配しか無かったが、守の言っていた通り何とかなった。野生中との試合まではあともう少し。絶対に勝つ。

 

 

 そう意気込んだところで今日は解散。時刻はもう7時を回ろうかというところだ。

 もう全身が鉛のように重くて仕方ない……帰って夕飯と風呂を済ませたら速攻で寝よう、そうしよう。

 

 

 汗を拭き、着替えを済ませて帰りの準備は万端。さあ帰ろう。

 

 

「加賀美先輩、良かったら一緒に帰りませんか……?」

「ん? もちろんいいよ」

 

 

 鉄塔広場の階段を降りたところで、音無さんに声を掛けられる。

 こんな暗い中、歳下の女子を1人で帰らせるわけにもいかないし……良いか。男女が2人で帰っているというシチュエーションに危機感を感じなくもないが。

 

 

「おーい柊弥、帰ろうぜ!」

「円堂君、今日は私と帰ろうか!」

「へ? お、おい!」

 

 

 守がそう声を掛けてきた。

 じゃあ3人で帰ろうか……と返事をしようとした矢先、秋が守の腕を引っ張って行ってしまった。よく分からないが……まあいいか。

 

 

「じゃあ……帰ろうか?」

「は、はい!」

 

 

 そうして音無さんと2人で帰路に着いた。

 サッカーの話、学校の話、趣味の話……色々な話をした。異性とこうして談笑しながら帰宅するなんて初めてだからか、少し恥ずかしくも楽しかった。

 

 

 ……おかしい、練習中に音無さんと話をしていた時はこんなに言葉が詰まっただろうか。

 

 

「あ、私の家ここです……わざわざありがとうございました!」

「気にすることないよ。じゃあ、また明日」

「はい! おやすみなさい!」

 

 

 そう言って音無さんは手を振り、家の中へ入っていった。

 それを見届け、俺も自分の家を目指して歩き出す。

 

 

「ただいま」

「お帰り、ご飯出来てるわよ」

 

 家に着いて、自分の部屋に荷物を降ろしてもずっと頭に残っていたのは、別れ際の音無さんの笑顔だった。




恋愛描写難しい!!解散!!
次回は野生中戦です。多分また1話に収まるかな・・・?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話 野生魂を打ち砕け、イナズマ魂

UAの増加が止まらない。6000、7000・・・バカな、8000だと!?
これやりたかっただけです、すみません。
というわけで毎度の事ながら多くの閲覧ありがとうございます!


 

 

「とうとう明日か……」

 

 

 夕食後の自室で、ベッドに仰向けで寝転がり天井とにらめっこしながらそう呟くが、それに対して返答は当然返ってこない。

 ずっと目標にして頑張ってきたフットボールフロンティアにいざ明日乗り込むのだと思うと、緊張や恐れなどという負の感情よりも、興奮や期待といった正の感情が胸の内で膨れ上がる。

 

 

 全国中学サッカーの頂点を決める大会、フットボールフロンティア。これに勝ち進めば、今はまだ見ぬ強豪達と戦えるし、帝国との再戦も叶うだろう。そしてそれに勝って勝って勝ち続ければ、その先に待っているのは"全国王者"の座だ。

 

 

 小学生の全国大会で優勝したあの時の興奮は今も忘れちゃいない。

 ホイッスルが鳴った瞬間、一瞬何がどうなってるのか分からなかったが、得点板を見て自分達の得点の方が高いのを何度も確認し、仲間達が騒ぎ出したところでようやく自分もその現実を呑み込んだ。

 それはもう大騒ぎだ。

 その場で大騒ぎ、優勝トロフィーを受け取って大騒ぎ、家に帰っても大騒ぎ……それくらい熱くなれる出来事だった。

 

 

 そして今度は、守や豪炎寺をはじめ、新たな仲間達とその感動を勝ち取るべく戦おうとしている。

 それが嬉しくて嬉しくて堪らない。

 アイツらと全国大会で優勝して、トロフィー片手にバカ騒ぎする。そんな光景がありありと浮かんでくる。

 

 

 だが、1つ不安要素がある。イナズマ落としだ。

 特訓の末にジャンプ力を身につけた壁山だったが、その後になんと高いところが怖いということが判明した。

 そんな理由で、結局イナズマ落としが完成しないまま終わってしまった。

 

 

 豪炎寺は試合の中で完成させるつもりだったが、壁山は依然として震えるばかりだった。

 いざとなれば俺のシュートがある。だが、今後の成長のためにも壁山に頑張って欲しい。

 

 

「柊弥、少しいい?」

「うん、いいよ」

 

 

 感傷に耽っていると、部屋の外から扉がノックされる。母さんだ。

 その手にはキラキラと輝く何かが握られていた。

 

 

「それは?」

「お父さんからよ。柊弥がフットボールフロンティアに出る時に渡して欲しいって」

 

 

 父さんから? 

 母さんからそれを受け取り、広げてみるとそれの正体が分かった。ネックレスだ。全体的に白銀色をしており、中央には紅く輝く石が埋め込まれている。

 

 

「お父さんが中高ってサッカーをしていた時、試合の時に必ず身につけていたネックレスよ」

「え? 父さんサッカーやってたの?」

 

 

 初耳だ。父さんが家に居た時も、1度もそんな話をしてくれたことはなかった。

 母さん曰く、父さんは中学からサッカーを始め、中学の終わりには全国大会へ。高校の終わりには全国大会の準決勝まで行ったと言う。

 ……本当に何で教えてくれなかったんだ? 

 

 

「お父さんはね、いつか柊弥は自分なんかより凄い選手になるって言ってたのよ。このネックレスを渡して欲しいってメールが来た時もそう言ってた」

「父さんが……」

「明日からの試合、頑張ってね」

 

 

 そう言って母さんは部屋から出ていく。

 試しにネックレスを首にかけてみると、熱い何かをそれから感じる。きっと、父さんがサッカーにかけてきた熱意そのものだろう。

 

 

 ありがとう父さん。俺、必ず勝ってみせるよ。

 

 

 

 

 

---

 

 

 

 

『さあ! 間もなくフットボールフロンティア地区大会1回戦、雷門中対野生中の試合が始まります!』

 

 

 俺達は、試合会場に指定された野生中へとやってきていた。

 事前に調べて把握はしていたが、とんでもなく山奥にあるんだな。いくつもの山を超え谷を超え、ようやく辿り着いた。

 緑に囲まれた校舎からは、どことなく野性味を感じる。

 到着して早々、現地の生徒……というより、野生イレブンと遭遇したが、全員が動物を連想させる風貌をしていた。まさに"野生"か。

 

 

 そういえば、今回は夏未お嬢様が視察に来ているらしい。いちいちお嬢様と付けるのも面倒だし、雷門呼びだと色々と紛らわしいので今後は夏未と呼ぶことにする。

 

 

 グラウンドの周囲では、多くの応援の生徒が声を上げている。とはいえ、全員野生中の応援だが。

 とはいえ、こちらに応援が全くないというわけでもないらしい。

 

 

「兄ちゃーん! 頑張れー!!」

 

 

 壁山の弟だそうだ。面白いくらいに似てるな、一発で分かった。

 

 

「良いところ見せないとな? 壁山」

「は、はいッス……!」

 

 

 壁山は相変わらず震え上がっている。本当に大丈夫か? 

 他の皆は既に準備万端。もちろん俺もだ。

 

 

「加賀美、ちょっと良いか」

「どうした? 豪炎寺」

 

 

 試合開始直前、豪炎寺が傍によってきて小声で話しかけてくる。

 

 

「お前のシュートだが……イナズマ落としが決まるまでは撃たないで欲しい」

「……ああ、そういうこと」

 

 

 豪炎寺の意図は簡単に読み取れた。俺と同じことを考えているんだろう。

 頷きを返して、すぐポジションに着く。

 鍵を握るのは、壁山……お前だぜ? 

 

 

『さあ! 雷門中のキックオフで試合開始です!!』

 

 

 戦いの火蓋が切って落とされた。

 豪炎寺から染岡、染岡から俺にボールが渡る。先手必勝だ、早速攻め上がろう。

 

 

「いかせないコケー!」

「それはどうか……な!」

 

 

 相手キャプテンの鶏井(とりい)が素早く道を塞ぐ。

 なるほど、確かに高い瞬発力を備えているらしい。だが、生憎と俺も瞬発力には自信がある方だ。

 フェイントをかけて一瞬で鶏井を抜き去る。

 

 

 さて、ゴールが狙えそうなのは……豪炎寺か? 

 染岡はボールを受け取れる位置にはいないが、豪炎寺は完全にフリーの状態で右サイドから走ってきている。

 

 

「豪炎寺!!」

「ああ! ファイアトルネ──何!?」

 

 

 豪炎寺にセンタリングを上げる。それを追って豪炎寺は高く飛び上がるが、なんとそれよりも早く鶏井が空中でボールを奪っていた。

 嘘だろ? この一瞬で後ろまで下がり、あそこまで飛んだというのか……? 

 

 

 そのまま鶏井はロングパス。

 成程、さっきはフェイントを絡めたから楽に抜けたのであって、単純な速さだったら俺よりも上と見たほうが良さそうだ。

 これは中々厳しい戦いになりそうだ。

 

 

 そのロングパスを受け取ったのは11番水前寺(すいぜんじ)

 鶏井だけでなく、アイツも凄まじい俊足だ。チーターのような装いをしているだけある。あの風丸ですら追いつけなかった。

 右サイドから雷門ゴールへと駆け上がっていき、そのままシュート。

 かのように思われたが、それはセンタリングだった。

 逆サイドから上がってきていた7番大鷲(おおわし)がセンタリングと同じ高さまで飛び、そのままヘディングシュートの体勢に入る。

 

 

コンドルダァァイブ!! 

 

 

 鷲の急降下のような速さでそのシュートはゴールへと襲い掛かる。

 守のから見てかなり右ゴールポストのギリギリを狙ったシュート。それに対応すべく脚を踏ん張った守。

 だが。

 

 

ターザンキィィック!! 

「何!?」

 

 

 何と右サイドから密かに上がってきていた9番五利(ごり)が、ギリギリでシュートコースを左にずらす。

 それを見て守は身を翻し、すぐさまボールへと拳を叩きつけた。

 

 

熱血パンチ!! 

『円堂辛うじて防ぎました!! しかし雷門中、野生中の苛烈な猛攻になかなか追いつけない!!』

 

 

 守が弾いたボールを風丸が受け取る。

 予想以上のスピードだ。1人だけがあのレベルならまだしも、全体があのスピードときたものだ。

 あれだけ特訓したとはいえ、これに追いつくのは至難を極めるな。

 

 

 風丸がボールを中陣まで運んで俺にパス。俺はダイレクトでそれを豪炎寺に流した。

 豪炎寺がそのままゴールへと向かおうとしたが、3人から徹底的なマークに着かれる。隙のないマークだ。

 

 

 だが、1人が厳重にマークされるということは他が手薄になるということ。

 その機を逃さず染岡が走り出し、ボールを要求した。

 豪炎寺はすかさず高めのパス。それを受け取った染岡はドラゴンクラッシュの構えに入る。

 ボールに視線を向けている染岡は、目の前から迫る5番獅子王(ししおう)に気づいていない様子。

 

 

「染岡! 引け!」

ドラゴン──がハッ!?」

 

 

 獅子王のアルマジロのような突進に、堪らず染岡はボールごと吹き飛ばされ、グラウンド外の冊に叩きつけられてしまった。

 あれは不味い。

 

 

「染岡! 大丈夫か!」

「ぐ……うっ……!?」

 

 

 染岡は脚を抑えてうずくまっている。

 すぐさま秋と音無さんを呼び、応急処置を頼む。

 ソックスを降ろすと、染岡の足首は真っ赤に腫れており、軽く触るだけで苦悶の声を漏らす。

 これでは試合続行は不可能だ。選手交代しかない。

 

 

「守、ちょっと」

「ん? どうした……」

 

 

 守に耳打ちする。選手交代についてだ。

 俺が提案したのは染岡と土門の交代と、染岡のポジションに壁山を持ってくること。

 この試合を制するにはやはり新必殺技の力が必要不可欠。壁山を前に押し上げて試行数を増やす作戦だ。

 

 

「壁山、気張っていけよ」

「ほ、本当に俺がフォワードをやるんスか!?」

 

 

 壁山がつべこべ言っているが、それに構わずスローインから試合が再開。

 ボールを受け取った6番香芽(かめ)がすぐさま駆け上がる。そしてその行く手を阻むのは土門。

 

 

「さて、いっちょやりますか……キラースライド!! 

 

 

 なんと土門が繰り出したのは帝国も使っていたディフェンス技。

 野生中の攻めを途切れさせるとは……やるな、土門。

 そのまま土門はセンタリング。その下には豪炎寺と壁山が。

 そして豪炎寺の背後にはぴったりと鶏井が張り付いている。だが、あの高さなら2段ジャンプで飛び越えられる。

 

 

 が、壁山は上手く体勢を整えられず、豪炎寺はジャンプ出来ずにボールを奪われてしまった。

 やはりダメか……とにかく、ヤツらからボールを奪わなければ。

 

 

モンキーターン!! 

コンドルダイブ!! 

スネークショット!! 

 

 

 とは言ったものの、ヤツらの速さに誰1人追いつけず、猛攻を止めることが出来ない。

 1人だけなら何とか抑えられるが、あれが複数となるとどうにもならない

 パスコースを読んでボールを奪うも、すぐさま徹底的なプレス。何とかパスを出しても、それが渡る前に割り込まれる。

 奇跡的にパスが繋がり、豪炎寺達に繋ぐもやはりイナズマ落としは成功せず。

 

 

 守の顔に段々と余裕がなくなってきた。

 今1番負担が大きいのは間違いなく守だ。ゴールにはノーマルシュートも必殺シュートも雨のように降り注いでおり、その度に守は全て受け止めている。

 もうそろそろ守が持たない。俺も後ろまで下がってカバーにいった方が良さそうだ。

 

 

ターザンキック!! 

「しまっ──」

 

 

 五利の必殺シュート。

 守は間に合わない。なら俺が止める! 

 

 

「させ……るかァッ!!」

 

 

 軸足が地面を削りながら身体が後ろに押し込まれる。

 かなりギリギリのところで、上手く全身の捻りを加えてシュートの勢いを殺しきる。危ない……

 

 

「柊弥、悪い!」

「気にすんな」

 

 

 全体を見渡す。

 俺がパスを通せそうなコースは全て潰されている。自分で上がるしかない。

 何とか豪炎寺達にボールを繋ぐ──

 

 

『ここで前半終了!! 両チーム無得点だが、試合を支配しているのは野生中だ!!』

 

 

 脚に力を込めたところで前半終了のホイッスルが響いた。

 正直今のシュートブロックでかなり持ってかれたから命拾いしたかもしれない。

 

 

 ベンチに戻り、染岡の脚の状態を確認しつつ後半の作戦を練る。

 守の両手は真っ赤に腫れており、かなり負担がかかっているのが見ただけで分かる。それでも守は後半もゴールは割らせないと気丈に振る舞う。

 

 

「……俺をディフェンスに戻してください。俺にはイナズマ落としは無理っス……加賀美さんの必殺シュートで──」

「断る」

 

 

 壁山が元のポジションに戻して欲しいと願い出るが、すぐさまそれを却下する。

 

 

「壁山。俺はお前と豪炎寺がイナズマ落としを決めるまでシュートを撃たない」

「そ、そんな……」

「目を背けても、絶対に逃げるな」

 

 

 そう言って俺は少し離れたところで身体を冷やす。

 俺という逃げ道がある限り壁山は絶対にこの山を乗り越えられない。だったらここは1つ心を鬼にするさ。

 

 

「言うじゃないか」

「まあな……俺はアイツを信じるよ」

 

 

 豪炎寺が微笑を浮かべながらそう話しかけてくる。

 後ろでは守から発破をかけられている壁山。

 大丈夫さ、お前はあんなに努力したんだ。きっとイナズマ落としを成功させて、俺達を勝利に導いてくれるはず。

 

 

 

 

 

 両チームが再びポジションに。後半開始だ。

 ボールは水前寺に渡り、すぐさまこちらのゴールへと駆け上がる。

 俺は前で待機していたところでシュートは撃たないと決めている。だったら俺も後ろに下がってディフェンスに回るが吉だろう。

 

 

「ゴールの周りを固めろ!! 守だけに負担を負わせるな!!」

「「「おう!!」」」

 

 

 後陣へ下がりながら指示を出す。

 守は前半で既にオーバーヒート寸前。これ以上負荷をかけたら次の試合が危なくなってしまう。

 だったら、可能な限り俺達フィールドプレイヤーでそのサポートをするしかない。

 

 

「遅いゴリ!」

「くッ!」

ターザンキック!! 

 

 

 それでも、ヤツらの機動力に俺らは翻弄されるばかり。

 抵抗虚しくシュートを許す、それを守は止めるが、顔が苦痛に歪む。

 シュートを抑えられないなら……さっきみたいにシュートそのものを防ぐ! 

 

 

スネークショット!! 

「させないッ!!」

 

 

 エネルギーを脚に集中させ、擬似的な必殺シュートでのブロックを図る。

 割り込む形でボールを奪うことに成功したため、そのまま前線へボールを運ぶ。

 段々と周りに着いてくるヤツらが増えてきたところで、高く、長いパスを豪炎寺と壁山に向かって送る。

 

 

「いけェ!!」

「壁山!!」

「む、無理っス……!!」

 

 

 それでも壁山は飛べない。その場に頭を抑えてうずくまり、高さを得られない豪炎寺はボールを受け取れず、またしても野生中へボールをが渡る。

 

 

 良いぜ、ボールを持ってこっちに来るっていうなら──

 

 

「何回でも止めてやるよッ!!」

 

 

 鶏井と1対1。

 一瞬鶏井の視線が上に向き、膝が曲がったのが見えた。コイツの狙いは俺を跳び越すこと。

 単純な高さで勝てないなら、先に飛んでそれを上から押さえ込めばいい。

 

 

「そんなバカなコケッ!?」

 

 

 鶏井はすぐさま空中でパスへと切り替えようとするが、それよりも早く脚を伸ばし、無理やりパスコースを潰す。

 ボールは真下に。

 

 

「もらい!!」

「何ッ!?」

 

 

 が、俺達の下に滑り込むようにして水前寺が走り込み、落ちたボールを奪い去って行った。

 瞬く間にボールは俺達のゴール付近へ。

 しかしここで、風丸の指示で皆が複数で1人を抑えるように動く。ゾーンプレスだ。

 しかし、あの抑え方は抑えてる側の体力がどんどん持っていかれる。限られた人数で次々とマークに着かなければならないからだ。

 前半でも消耗が激しいこちらにとってはまさに諸刃の剣。

 

 

 数が重なれば消耗も重なる。やがてゾーンプレスも突破されてしまう。そうするとまた守にシュートの嵐が襲い掛かる。

 反応しきるために守はパンチング中心に守っているが、そのボールが弾かれた先に相手がいるため、延々と消耗する羽目になっている。

 

 

「オオオオオォォォ!!」

 

 

 俺は身体でシュートを止めにいく。

 ゾーンプレスとその前の攻め合いのせいで、俺もかなり体力を持ってかれているが、そんな甘えを言っている場合ではない。

 守が、皆が頑張っているんだ。俺だって頑張らなきゃならない。

 

 

 そして壁山、お前もだ。

 

 

「柊弥、頼む!!」

「おォ!!」

 

 

 守が反応しきれないシュートを俺が抑える。

 俺が取りこぼしたシュートを守が弾く。

 シュートを撃たせまいと、皆がまとまってプレスをかける。

 ボールを奪えれば、すかさず前線へとボールを送る。

 全ては、アイツらがゴールを決めてくれると信じているから。

 

 

ターザンキック!! 

「させねェよ!!」

 

 

 五利がボールに蹴り込む瞬間、俺も左脚をボールに叩き込む。

 行き場を失った力は、俺と五利両方を吹き飛ばし、ボールをどこかへと飛ばしてしまう。

 

 

「もらった!! スネークショット!! 

「皆が必死に守ってくれてるんだ……このゴールは割らせない!! ゴッドハンドッ!! 

 

 

 光り輝く黄金の手が、蛇のように曲がるシュートをがっちりと受け止める。

 

 

「守!!」

「柊弥! 頼むぞ!!」

 

 

 守からボールを受け取り、爆発的な加速を得て前線へと攻め上がる。守が根性見せたんだ、俺だってここで必ずボールを繋いでやる! 

 

 

 目の前に水前寺が立ちはだかるが、ボールに回転をかけて俺は右前へ送り出す。

 それに相手が気を取られている隙に、俺は左側からその先へと進む。

 回転を加えられたボールは、地面に触れた瞬間ぐにゃりと曲がり、俺の足元へと収まる。俗に言う"ひとりワンツー"だ。

 

 

 俺の目の前を塞ぐ者はいない。

 はるか前にいる壁山の眼には、先程まではなかった闘志が芽生えている。

 

 

「いけッ!! 壁山、豪炎寺!!!」

 

 

 アイツらを信じて、空高くへとボールを蹴り上げる。

 豪炎寺と壁山はボールを追いかけて併走し、先に豪炎寺が跳び、ワンテンポタイミングを遅らせて壁山が跳ぶ。

 一瞬目をつぶった壁山だったが、すぐさま目を見開き、()()()()()()()()()()()()

 

 

 そうか、地面を見なければ……! 

 豪炎寺の背後から鶏井が迫っていたが、壁山を踏み台に豪炎寺は更に空高くへ。

 ボールに対して正確に豪炎寺がオーバーヘッドキックを叩き込むと、ボールは落雷のようにゴールへと落ちていく。

 イナズマ落とし成功だ……!! 

 

 

『ゴール!! 雷門中、ついに野生中のゴールをこじ開けたァ!! そしてここで試合終了!! 雷門中が2回戦へ進出だァ!!!』

 

 

 イナズマ落としが炸裂すると同時に、試合終了のホイッスルが鳴り響く。

 

 

 

「壁山!! やったじゃないか!!」

「はいッス!! 加賀美さんのアドバイスのおかげッス!!」

 

 

 アドバイス? 

 何のことか分からないので訊ねると、俺がハーフタイムで言った"背を背けても逃げるな"という言葉から地面を見ないで腹を足場にすることを思いついたそうだ。

 ……全くそのつもりはなかったが、そういうことにしておこう。

 そうしたら豪炎寺に脇腹をつつかれた。バレてた。

 

 

「守、手は大丈夫かよ」

「ああ! そういえば……結局柊弥の必殺技、出番なかったな」

「……またのお楽しみってことで」

 

 

 やめろ、それ結構気にしてるんだからな。

 

 

 そんなやり取りをしていると、夏未が守に氷嚢を手渡して去っていく。

 去り際に言われた言葉に守は問い返すが、夏未は涼しい顔をしたまま車に乗り込んで去って行った。素直じゃないねえ。

 

 

 まあ、何はともあれ……フットボールフロンティア地区大会、2回戦進出だな! 

 

 

 

 

 

---

 

 

 

 

 

 翌日。

 放課後を迎え、早速部活だと姿を消した守の後を追い部室へ向かう。

 部室の扉を勢いよく開けると、そこには何故か夏未がいた。

 

 

「……なんで?」

「私、雷門 夏未は今日からサッカー部のマネージャーになりましたので、どうぞよろしく」

 

 

 驚きの声が学校に木霊した。

 夏未がうちの部に来るなんて誰が想像していただろうか、きっと誰も想像していなかっただろう。

 

 

 




【悲報】柊弥の新シュート、お披露目ならず


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話 悔しさは最大のバネ

お気に入り200突破!ありがとうございます!

更新情報なんかを呟いているTwitterがあるのであらすじやユーザーページからぜひぜひ・・・(定期)


 野生中との試合から何日か経った。

 俺達は次の御影専農(みかげせんのう)中との試合に向けて、更に練習に励んでいた……のだが。

 

 

「なんか最近、ギャラリー多くないッスか?」

「もしかして……遂に俺達にもファンが出来たのか?」

 

 

 この一連の原因は、俺達が河川敷で練習をしている際に、それを見学しているギャラリーの急激な増加だ。

 少し前までは通りすがったサッカー少年やら散歩中のお年寄りくらいしかいなかったのが、今となっては他校の制服に身を包んだ人達までいる。

 

 

 風丸はそれらをファンと称したが、実際のところは違うだろう。

 俺がそう思うのは、彼らの手元に用意されたカメラやメモ帳といった記録道具。

 やはり、間違いないだろう。

 

 

「あれは半分以上他校の視察だ。俺達がここで呑気に練習してるのをいいことに、俺達の情報を手当り次第集めようとしているんだよ」

「そんな! てことは、俺達のファンじゃ……」

「ないだろうな」

 

 

 そう断言すると、ガックリという擬音が聞こえてきそうなくらいに目に見えて落ち込んでいる。

 正確にはひと握りくらいはいるかもしれないが……まあ変な希望は抱かせない方が良いだろう。

 

 

 まあそんなことはどうでもいい。

 練習風景が他校に筒抜け……これはかなり問題だ。

 普段から学校のグラウンドが使えればいいが、生憎うちの学校は他の部活とローテーション制。

 学校の外で練習する他にない。

 

 

 とはいえ、これを続けていればこちらの情報は全て把握されるわけで。

 必殺技のデータなんて取られたらたまったものじゃない。

 ……よし、仕方ないか。

 

 

「皆聞いてくれ。今後河川敷での練習の時は必殺技の使用を禁止にする。あくまで基礎能力の向上に努めるんだ」

「でもよ加賀美、必殺技を磨かねえとこれから勝てないぜ?」

「仕方ないさ。その磨いた必殺技が相手に知れ渡ってるんじゃ、元も子もないだろう?」

「加賀美君の言う通りよ」

 

 

 俺達の会話に突如として割り込む声。聞こえたきた方向に目線を向けると、我らが新マネージャー、夏未がこちらに降りてきていた。

 

 

「確かにそうかもしれないけどさあ……そうだ!! 誰にもみられない練習場で必殺技の練習をしよう!!」

「バカ、そんなのどこにあるんだよ」

「あ、確かに」

 

 

 守のその一言で全員呆れたようなため息を着く。

 

 

 ……練習場か。

 確かに、グラウンドの他にそんな施設があれば良いが……そんな都合のいいものに心当たりはない。

 

 

 ふと視線を傾けると、夏未が考え込むような表情をしていた。

 もしかして、何か思うところがあったりするのだろうか? 

 もし本当にあるなら、そのうち何かしらの報告をしてくれることだろう。今は俺達でやれることをやらなきゃな。

 

 

 

 

 ──-

 

 

 

 

 翌日もギャラリーは所狭しと並び、こちらを眺めていた。

 正直な話、必殺技を抜きにした練習もあまり見られたくはない。俺達の主な連携がバレるかもしれない。そうすれば最悪の場合、こちらのやりたいことは何も出来ず、封殺されてしまう可能性があるからだ。

 

 

「今日も来てるなあ……」

「グラウンドが使えればいいけど、そうもいかないしな」

「……ん? おい、あれ見ろよ! なんか来たぞ!」

 

 

 土門が指さした方向を見ると、重トラックが2台こちらへやってくる。

 停車したかと思うと、荷台が展開され、中からは高そうなコンピュータやレーダー、カメラなどが顔を出す。

 随分と腰が入った偵察だことで。

 

 

 ふと、忙しそうに指示を出している男に目がいった。

 あれは確か……

 

 

「次の対戦相手です!」

「やっぱりか。御影専農……キャプテンの杉森と、エースの下鶴だな」

「その通りです、これ見てください」

 

 

 音無さんが小さなノートパソコンを開いて見せてくれる。

 そこには、各学校の選手とそのポジション、チームの特徴なんかが見やすく整理されている。

 凄いな……こんなにわかりやすいデータベースを構築するなんて。

 

 

「徹底的に観察するつもりか……やな感じだな」

「気にする事はないさ、さあシュート練習からいこう」

 

 

 ぼやく染岡を宥めるようにして練習の指示をする豪炎寺。

 まあ、あんなに露骨にやられたら良い気分はしないだろうな。

 

 

 

 

「ナイスシュート風丸!! 次、影野!!」

 

 

 予定通り、必殺技を一切封印して基礎に重きを置いた練習が進んでいく。

 最初のシュート練習が終盤に差し掛かった時、事件は起きた。

 なんと御影専農の2人が練習中のグラウンドに入ってきたのだ。

 これには守も憤慨、練習を中断して抗議しに行く。

 

 

「御影専農中のキャプテンだよな? 練習中に入ってこないでくれよ!!」

「何故必殺技の練習を隠す」

「今更隠しても無駄だ、既に我々は君達全員の能力を解析している」

 

 

 杉森と下鶴は淡々とそう告げる。

 ヤツら曰く、俺達の評価はDマイナス。100%御影専農には勝てないそうだ。

 

 

「勝負はやってみなくちゃわからないだろ?」

「勝負? これはただの害虫駆除作業だ」

「……今なんて言った」

 

 

 口でそう言うよりも早く身体が動いていた。

 

 

害虫駆除作業と言ったんだ」

「人様の練習中にズカズカと入り込んできた挙句、害虫呼ばわり? 随分な言い草だなあオイ。訂正しろよ」

「我々は事実を述べたまでだ」

 

 

 この野郎……ここまで来ると怒り通り越して呆れる。

 言われっぱなしも癪だ、とことんやってやろう……と思ったが、肩に手が置かれたのに気付く。

 

 

 守の手だ。

 何故か、俺の背後からはメラメラと燃えたぎる炎のような熱が伝わってきた。比喩ではない。

 恐る恐る振り返ると、文字通り守の全身からは炎が立ち上っていた。これは……かなりキレてるやつだ。

 

 

「もう絶対に許さねぇ!! 今すぐ決闘だ!!」

「「「ええ!?」」」

 

 

 皆後ろではいきり立っていたが、守がそう言うと揃って驚きの声を上げる。

 必殺技を見せることに疑問を抱いたらしいが、俺は構わない。こんな舐め腐ったヤツらには分からせないと気が収まらないからな。

 

 

 守が指定したのは互いにシュートを1本ずつ撃ち合い形式だ。

 相手側はやる必要が無いと言い切るが、守は俺達の気持ちが納得出来ない、言葉だけじゃなく実際にどうなのか証明しろと半ば無理やり漕ぎ着けた。

 

 

 相手は杉森が止め、下鶴が撃つ。こっちは守が止め、俺が撃つ。

 見てろ……目にもの見せてやる。

 

 

「よし、こい!!」

「始める」

 

 

 やる気に満ちた守とは裏腹に、下鶴は機械のように感情の籠ってない声で開始を告げる。

 

 

 センターサークルからドリブルで上がってくる下鶴。

 ボールを地面に固定し、急に止まった。

 何をするつもりか……と思ったら、脚を上げ、そのままボールの側面を踏み付けた。

 

 

 俺達の間に動揺が走る。

 なぜなら、下鶴のその動きに見覚えがあったからだ。いや、俺に至っては見覚えがあったなんてレベルじゃない……

 

 

 あれは、()()()()()()

 

 

轟一閃! 

 

 

 回転と共に帯電したボールが一際激しく輝くと、1歩右脚を引いて腰を捻った状態から、一瞬でボールに対して脚を振り抜く。

 辺りには雷が落ちたような音が轟く。

 

 

「なっ……熱血パンチ!! 

 

 

 反応が遅れた守は、予備動作無しで繰り出せる熱血パンチで応戦するが、シュートに触れた瞬間にパンチが弾かれ、ゴールには雷が突き刺さった。

 

 

 俺達のことは分析した……とは言っていたが、まさか必殺技までコピーしていたなんて誰が考えていただろうか。

 実際、俺が1番驚いている。あれは、轟一閃は俺の必殺シュートだ。

 

 

「柊弥……」

「決めてくる」

「おう……頼んだ!!」

 

 

 申し訳なさそうにしている守からボールを受け取り、センターサークルに着く。

 視線の先には、ユニフォームに身を包んだ杉森。

 本当はあの必殺技を使おうと思っていたが、あんなものを見せられては引き下がれない。

 俺も轟一閃で勝負だ。轟一閃は俺のシュートだと、目に物見せてやる……! 

 

 

轟──一閃ッ!! 

 

 

 身体に染み付いた一連の動作は流れるように繰り出され、雷を従えたシュートが閃く。空気を切り裂きながら、何よりも早く、力強くゴールへと向かって行った。

 

 

シュートポケット!! 

 

 

 それに対して、杉森は自分を中心にエネルギーのバリアのようなものを展開する。

 シュートがそれに触れると、徐々にその勢いが殺されていき、杉森の手に収まる頃には雷は完全に殺されていた。

 

 

「証明は済んだ」

「……」

 

 

 言葉は出なかった。

 杉森ら俺の目の前にボールを転がし、下鶴と共に去っていく。

 その背中を見送った皆の間には唖然とした空気が広がる。

 轟一閃が相手に盗まれていたことに対してか、オリジナルの轟一閃が止められたことに対してか、あるいはその両方か。

 

 

 気づけば俺は、力の限り歯を食いしばり、拳を握りしめていた。血が出てもその力を緩めることは無かった、否、緩めなかった。

 今胸の内に渦巻くこの感情に、これ以外の向き合い方が思い付かなかったから。

 

 

 

 

 ──-

 

 

 

 

「よし皆、今日は色々あったけどまた明日から練習頑張ろう!」

 

 

 守のその一声で、皆はそれぞれ帰路に着く。

 御影専農が帰って行ったあの後、予定通り数時間の練習に取り組んだ。悔しさをそこで紛らわそうと思ったが、ダメだった。

 

 

 今俺が感じているのは悔しさ、というよりも自分への憤り。

 俺のコピーはシュートを決めたのに、俺自身が決められなかったこともそうだが、何より皆が馬鹿にされたことを覆せなかった自分の無力が何より腹立たしい。

 

 

「柊弥、帰らないのか?」

「ああ、もう少しやっていくよ」

「……なあ、もしシュート練習するならさ、俺に受けさせてくれないか?」

 

 

 守がそう提案してくる。

 そうか、あの勝負で負けたのは俺だけじゃなくて守もだ。守も俺と同じように思うことがあるんだろう。

 俺はその提案を一つ返事で了承した。

 

 

「よし、来い!!」

「いくぞ!! 轟一閃ッ!! 

 

 

 1本目から遠慮なく全力の轟一閃を撃ち込む。それを守は止めにかかる。時にはしっかり止め、時にはゴールを許し。

 何本も何本もそれは繰り返された。

 

 

 

 

 1時間くらいが経っただろうか。

 流石に身体が限界を迎えた俺と守は、芝生に倒れ込むように身体を預けた。

 練習が終わった時に感じていたモヤモヤ感は、既に霧となって消えていた。

 

 

「この1時間位で、進化したんじゃないか? お前の轟一閃」

「そんな気がする……人間悔しい時が1番成長出来るもんだな」

「へへっ、そうだな……」

 

 

 しばしの間沈黙が流れる。

 月明かりが俺達2人を照らし、昼間より冷やされた風が2人の間を駆け抜ける。

 やがて起き上がり、俺は守に宣言した。

 

 

「次の試合、俺は必ずアイツらにリベンジする。このままじゃ終われないからな」

「おう! 頼りにしてるぜ、副キャプテン!」

 

 

 守と拳を突き合わせる。

 そうと決まれば、明日からまた特訓だ。

 

 

 

 

 ──-

 

 

 

 

 次の日の部活。

 俺達は夏未に呼び出され、校舎から離れた所にやって来ていた。

 目の前には年季の入った扉が。目金曰く、これは七不思議のひとつ"開かずの扉"とか言うらしい。

 昔ここで生徒が姿を消したという怪談話に皆震え上がる。平静を保っているのは俺と豪炎寺くらいだ。実際豪炎寺も内心震えていたとかだったら面白いけどな。

 

 

 やがて、その開かずの扉が重々しく開かれる。

 錆び付いているせいか開けられる際に扉からなる甲高い音が、より一層皆の恐怖を煽る。

 開かずの扉、開いてますけど? 

 

 

 その扉が開いた奥には、なんとかつて行方不明になった生徒が……! 

 というわけでもなく、俺達を呼び出した張本人である夏未がいた。

 皆の顔に安堵が浮かぶ。魂が抜けた壁山を除いて。

 

 

 夏未に入るよう促され、地下への階段を降りていくと、そこには広大な空間が広がっていた。

 うちの学校の地下にこんな場所があったのか……

 

 

「なあ夏未、ここは一体?」

「ここはかつて伝説のイナズマイレブンが使っていた修練場、その名もイナビカリ修練場よ」

 

 

 夏未曰く、偶然見つけたらしい。

 必殺技の練習のためにリフォームもしてくれたらしく、それを俺達に使わせてくれるそうだ。これは感謝してもしきれないな。

 早速練習開始だ。

 どうやら入口の扉はタイマーロックになっているようで、設定された時間乗り切らないとダメらしい。逃げ道なしというわけだ。

 設定された時間は9999秒。設定できる限界だ。

 複数の設備があるため、それぞれ場所を割り振って練習を始める。

 

 

 この時の俺達は知らなかった。こんなところで地獄を見ることになるとは。

 

 

 

 

 ──-

 

 

 

 

「死ぬ……マジで死ぬ……」

 

 

 人は頑張りすぎで死ぬことは無い。なんて言った昔の人は今すぐ俺達の前に出てきて欲しい。イナビカリ修練場にぶち込んでやるから。

 設定された時間を乗り切り、扉が開かれると全員ゾンビのように地を這って外に出る。

 それを見た秋と音無さんは悲鳴をあげてどこかへ行ってしまった。まあその後すぐドリンクならなんやらを持ってきてくれたのだが。

 

 

 修練場の中には、サッカーボールを次々発射するガトリングガン。少しでも止まったら後ろの人にぶつかる巨大ルーレット。走らなければ後ろの車に轢かれる動く床。当たったら存在を消されそうなレーザー銃。他にも人を殺す為に作ったんじゃないかとする思える設備が選り取りみどりだった。

 

 

「元気だせ皆……あの伝説のイナズマイレブンと同じ特訓を乗り越えたんだ」

「そうだな……この練習は必ず力になる」

「よし、試合まで1週間毎日続けるぞ!」

「「「おう……」」」

 

 

 全員声に覇気の欠片もなかった。

 とりあえず、今日はもう休もう、死ぬから。

 

 

 

 

 ──-

 

 

 

 

「これ、サッカー場か……?」

「アンテナがあろうがなかろうが関係ないさ、いくぞ!」

 

 

 イナビカリ修練場での特訓を開始してから1週間が経った。

 断言しよう、この1週間は人生で1番辛く厳しい1週間だった。それと同時に、1番成長できた1週間でもあった。

 

 

「俺ら、凄い特訓乗り越えたよな」

「ああ。特に加賀美なんて、1週間前とは別人みたいに強くなってたよな」

 

 

 半田と染岡がそんな会話をしていた。

 染岡が言った通り、俺はこの1週間で見違えるほどに成長した実感がある。

 修練場の中からは基本時間が経つまで出れなかったが、多少の休憩時間は確保出来た。

 俺は皆が休んでいた間も1人で黙々と特訓していたのだ。

 全メニューをぶっ通しでやり遂げた時はさすがに死ぬかと思ったけどな。

 

 

 まあなんやかんやあったが、全ては今日この日の為だ。

 前回受けた屈辱を何としてでも晴らす。その為に血反吐を吐くような特訓を乗り越えたんだ。

 覚悟しろよ御影専農……

 

 

 

 

「ちょっとトイレ行ってくるわ」

「おう、試合までに戻れよ」

 

 

 控え室でユニフォームに着替え、試合の準備をあらかた終えたので最後にトイレを済ませるために廊下に出る。

 廊下に出てすぐだった。進行方向の曲がり角から杉森が顔を見せた。

 

 

「……君か」

「よう。前の借りを返しに来たぞ」

「無駄だ。君達が今日勝つ確率は0%と決まっている」

「へえ……まあ、試合の中で確かめてみろよ」

 

 

 杉森は何も言わずこちらへ向かって歩いてくる。あっちにある御影専農の控え室に戻るつもりだったのだろう。

 すれ違い際、杉森にこう告げる。

 

 

「データだけじゃ測れない、本当のサッカーを教えてやるよ」




次回、柊弥が暴れます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話 吼えろ雷鳴

10000UA突破・・・ありがとうございます!


『さあやって参りました、フットボールフロンティア地区大会2回戦!! 本日は雷門中と御影専農中の対戦! 御影専農のその強さは帝国に匹敵するとも言われています! それに対し雷門中はどう戦うのか!?』

 

 

 実況の声が高らかとグラウンドに響き渡る。

 それを受けて、グラウンドを取り囲む御影専農の応援生徒達が声を荒らげる。が、応援されている当の本人達は眉一つ動かさない。まるで機械のよう。サッカーサイボーグと言われるだけのことはある。

 

 

 俺は今日この日の為に全力で仕上げてきた。1週間前のあの日、俺は杉森に完膚なきまでに敗北した挙句、下鶴にアイデンティティを奪われた。

 それから俺は、いや俺達はイナビカリ修練場に籠り、あの地獄のような特訓と毎日向き合った。そして俺はその中でも特に地獄に脚を突っ込んでいた。

 

 

 俺をここまで動かしたのは1人のストライカーとしての意地。負けたままじゃ絶対に終われない、終わりたくない。

 この試合でアイツらにリベンジし、試合に勝つ。そして何より、データで全てを判断できると思っているアイツらに、心の底から熱くなれる本当のサッカーを教えてやる。これが俺の今日の目標だ。

 

 

「加賀美、調子は?」

「最高潮だ。何本でもゴールが奪えそうだ」

「そうか……今日はお前にボールを集める。構わないな?」

 

 

 豪炎寺が試合開始直前に話しかけてくる。

 きっと、前の敗北を俺が気にしているのを察していたのだろう。イナビカリ修練場で無茶してた時も気にかけてくれていたしな。

 

 

「ああ。頼りにしてる」

「……おう!」

 

 

 そう返すと、豪炎寺はニヤリと笑う。コイツ、表面上は滅茶苦茶クールだけど内面はやっぱり熱い、俺や守と同じサッカー馬鹿だよな。

 

 

 さて、両チームの全員がポジションに着いた。それを確認した審判が──

 

 

『審判により試合開始のホイッスルが吹かれました! 試合開始です!!』

 

 

 豪炎寺から受けたボールと共に、早速御影専農ゴールへと切り込む。

 目の前には御影専農の選手達が待ち構えているが、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 が、少し遅れてこう聞こえてくる。

 

 

「データより速い……!」

「バカな!?」

 

 

 データを元に予測していた俺の動きとは大きくかけ離れていたのだろう。抜き去った直後に口を揃えて驚いている。

 俺の前に控えている連中は、それを見て焦ったように動き出すがスピードが乗った俺の動きには追いつけていない。

 

 

「狼狽えるな! ディフェンスフォーメーション、ガンマ3!」

 

 

 杉森のその指示で、DF陣がゴール前へと動き出す。

 だが、もう遅い。

 

 

──轟一閃"改"! 

 

 

 杉森の指示による陣形が完成するより数段速くボールの側面を踏み抜く。

 以前より雷の威力は高まり、それに至るまでの時間も短縮されている。

 そして何より、ボールに対し振り抜かれるキックの威力が段違いのレベルへと至っていた。

 

 

 あの日の練習後、守に相手してもらって何度も撃ち込んだ轟一閃。その過程で俺は自分の技への理解を深め、更なるステージへと昇華させることに成功した。

 加えて、イナビカリ修練場での地力の底上げ。

 この2つが重なり、少し前とは比較にならない威力へと変貌を遂げる。

 

 

 以前よりも大きく、力強く轟いた雷は容赦なく御影専農のゴールへと襲い掛かる。

 ギリギリのところでゴール前へと躍り出たDF陣はシュートへ脚を伸ばすが、為す術なくぶっ飛ばされる。

 4人のDFが目の前から姿を消し、ようやくシュートと対面した杉森は両腕を伸ばすが、そのままゴールへと押し込まれた。

 

 

『……ゴ、ゴォォル!! 開始僅か数分!! 加賀美が凄まじいシュートで御影専農ゴールをこじ開けたァァァ!? その速さたるやまるで雷!! あまりに一瞬のことに興奮が治まりません!!』

 

 

 唖然とする御影専農、喜び沸き立つ雷門。

 とりあえず、リベンジは成功だな。

 

 

「味方ながらとんでもねえな……俺も負けてらんねえ」

「おう、どんどん決めてこうぜ」

 

 

 染岡に若干引き気味ののリアクションをされた。

 自分も決めねばと言う染岡の闘志を煽り、ポジションに戻る。

 

 

 御影専農キックオフからの試合再開。

 開始前は飄々としていたヤツらの表情に、焦りが浮かんでいるのが分かる。

 すぐにボールを奪って2点目を決めてやろうと思い走り出した直後、3人からマークに着かれる。

 恐らく、俺を抑えれば他のメンバーは恐るるに足らないとでも思ったのだろう。

 

 

 だが残念、努力していたのは俺だけじゃない。

 

 

「ナイスだ風丸!!」

 

 

 風丸が磨かれた瞬足ですぐさま追いつきスライディング、一瞬でボールを奪った。

 それに気を取られている隙につけ入り、マークを振り払って走る。

 

 

「こっちだ宍戸!」

「加賀美さん!」

 

 

 風丸からボールは宍戸に。

 相手がボールを奪うべく宍戸にスライディングをかけるよりも速くボールを要求し、受け取る。

 

 

「ナイスパス! 皆上がれ!!」

 

 

 ボールを受け取った俺は、皆に攻め上がるよう促す。

 さっきのシュートで、ヤツらは間違いなく俺への警戒を強めてくる。ならそれを利用してやるまで。

 俺は囮になりつつボールを前線に運び、様子を見て皆にシュートを委ねればいい。

 

 

 予想通り、複数でプレスをかけてくる御影専農。

 流石連携が取れている。徹底的に逃げ道を潰しているいいディフェンスだ。

 

 

 だが、それを覆せるだけの力があれば問題は無い。

 1人目の正面からのスライディングと2人目の左からのタックル、そして3人目が俺の背後を抑えている。右に誘導されているのを把握しつつ俺は()()()()

 

 

 仮に右に逃げれば、スライディングを飛び越えた左のヤツと前から新しく迫ってきていた4人目に挟まれ、ボールを奪われていただろう。

 だが残念、壁山みたいに大柄なDFはいない、野生中みたいにジャンプ力が凄まじいヤツもいないとくれば、上に逃げてしまえば良いだけだ。

 

 

「豪炎寺!!」

 

 

 左サイドから走り込んできた豪炎寺に空中からパスを出す。

 豪炎寺はそのまま上がっていき、ボールを高く蹴りあげ自身も飛び上がる。

 

 

ファイアトルネード!! 

 

 

 炎の竜巻を携えたシュートが御影専農ゴールへと伸びていく。

 ファイアトルネードの威力も以前より遥かに上がっている。

 

 

シュートポケット! ──何ッ!?」

 

 

 豪炎寺のファイアトルネードは、シュートポケットでは威力を殺しきれなかったようだ。

 突破に腕を伸ばし、ボールを何とか弾く杉森。

 

 

「まだだ! 豪炎寺!!」

「おう!!」

 

 

 後ろから上がってきていた染岡が弾かれたボールを受け取り、豪炎寺と連携を図る。

 染岡は大きく足を振りかぶり、力の込められたボールを蹴り上げる。すると蒼いドラゴンがその後を追従する。

 

 

 そのドラゴンの行く先には、炎と共に飛び上がった豪炎寺。

 豪炎寺がそのドラゴンに炎を吹き込むと蒼は紅へと変わり、口元から炎を吹かせながらゴールへと襲い掛かる。

 

 

ドラゴォォォン!! 

トルネェェド!! 

 

 

 放たれたドラゴントルネード。

 杉森は先程と同じく、胸を大きく開いてバリアを展開。

 そのバリアに触れた途端にシュートの威力は削がれていくが……やはり完全には殺しきれない。またボールは弾かれる。

 

 

「壁山! 豪炎寺!」

 

 

 そのボールは俺の足元に。

 そして後ろから上がってきていた壁山に気づいていた俺は、豪炎寺が壁山に合わせられるよう声を掛ける。

 2人が並走を始めたのを見届け、高くセンタリングを上げる。

 

 

 それを見た2人はほぼ同時のタイミングで大きく跳ぶ。

 1人で飛べる限界まで達したところで、壁山が地面に背中を向けて豪炎寺の足場となる。

 そこから更に豪炎寺は跳び、オーバーヘッドキックをボールに叩き込む。

 

 

「「イナズマ落とし!! 」」

 

 

 空高くからイナズマが落とされた。

 大気を割くように地上へ迫るそのシュートは、ゴールより明らかに手前へと落ちてきている気がした。

 ミスキックか……? と思い、豪炎寺の方を見ると俺の方を見ていた。

 

 

 なるほど、そういうことか。

 豪炎寺の意図を把握した俺は一気に加速する。その行き先は、()()()()()()()()()()()()

 

 

「───喰らえッ!!」

「何だそのシュートは……データにない!!」

 

 

 ボールではなく脚にエネルギーを集中させ、轟一閃と同じようなモーションで落ちてきたイナズマに雷を上乗せする。

 その瞬間ボールは爆発的な加速を得る。

 

 

 杉森は悲鳴にも似た驚愕の声を上げつつも、真正面からボールと向き合う。

 

 

ロケットこぶしッ!! 

 

 

 シュートポケットとは違い、腕に集中させたエネルギーをそのまま射出した。

 こぶしの形をしたエネルギーの塊がボールを殴りつけるが、消されたのはこぶしの方であり、容赦なくイナズマが杉森ごとゴールを貫く。

 

 

「ぐはァッ!?」

『雷門2点目だァ!! ファイアトルネードとドラゴントルネードを辛うじて防いだ杉森!! イナズマ落としと轟一閃の合わせ技には対応出来なかったァァ!!』

 

 

 正確には轟一閃とはまた違うシュートだけど、まあそこはいい。

 前半15分、といったところか。この時点で既に2点のリードだ。このままいけば問題ないだろう。

 

 

「──何故だッ!?」

 

 

 杉森がそう叫び、拳を地面に叩きつける。

 

 

「何もかもがデータと違う……! 一体何故なんだ!?」

「言っただろ、データだけじゃ全てを測れないって」

 

 

 そう短く言い残して自陣へと戻っていく。

 杉森は試合再開のホイッスルが響くまで地に伏せたままだった。

 

 

 ……まだ足りないか、もう少し焚き付けてやる必要があるな。

 

 

 再び相手のキックオフから試合再開。

 ホイッスルが鳴った直後、下鶴がバックパスでボールを下げる。

 そしてそのボールを受け取ったヤツを中心に、円形に他の選手がかこんで攻め上がる。

 

 

 それに対してこちらがボールを奪いにかかると、その円を形作っているヤツがそれを阻み、意地でもボールを前へと運んで行った。

 これではボールを奪うことは難しい。

 

 

 遂に俺達はボールを奪うことが出来ず、相手にシュートチャンスを許してしまった。

 下鶴はボールを受け取ると、高くセンタリング。

 すると、高く蹴り挙げられたボールはそのまま火を噴きミサイルのようにゴールへと向かい始めた。

 

 

パトリオットシュート!! 

 

 

 先程のイナズマ落としのように真っ直ぐにゴールへ降っていく。

 守はそのシュートを迎え撃つべく、拳に力を集中させる。

 

 

熱血パンチ!! 

 

 

 ゴールの際の方を狙ったシュートに対し、素早く反応して拳を叩き込む。

 下鶴のシュートの威力と守のパンチの威力は互いにせめぎあい、やがてゴールを超えて飛んでいきラインを超えた。

 

 

 相手のコーナーキックから試合再開。

 頭でボールを奪い合い、弾かれた先には下鶴が。

 

 

「いくぞ! パトリオットシュートッ!! 

 

 

 再びパトリオットシュートが放たれる。

 それに対して守は……なんとゴールを空け、前へと走り出した。

 何やってんだアイツ!? 

 

 

「豪炎寺!! このままシュートだ!!」

「円堂!? ……ああ、分かった!!」

 

 

 後ろまで下がってきていた豪炎寺に声をかけ、2人で前へと走っていく。

 そしてそのまま、落ちてくるシュートに対して同時にボレーシュートを叩き込んだ。

 

 

 すると、ボールを中心に雷が迸り、そのまま真っ直ぐにシュートを蹴り返してしまった。

 こちらのゴールから杉森が守るゴールへと突き進んでいく。全く予報していなかった展開に、杉森は反応が大きく遅れる。

 

 

「こんな……こんなこと有り得るかァァァ!?」

 

 

 必死に両手を伸ばすも、無慈悲にそのままゴールへと押し込まれた。

 3点目。そしてここで前半終了のホイッスルが鳴り響いた。

 

 

 

 

「ふう、すっげえシュートだったな! 豪炎寺!」

「ああ……まさかあんなシュートが撃てるとは」

 

 

 あんな形になるとは守も豪炎寺はも思っていなかったらしく、ハーフタイム中の控え室であのシュートを振り返り盛り上がっていた。

 

 

「にしてもすげぇのは加賀美だ。試合が始まった瞬間に1点取っちまうし、その後もイナズマ落としの威力に負けねえでシュートを上乗せしやがった」

「ここまでレベルアップしてるなんて、相手としても予想外だろうな」

 

 

 前半の活躍に賞賛の声が浴びせられる。

 このままいけば間違いなく試合には勝てるが……俺の中ではまだ1つ果たせていない目的がある。

 そう、ヤツらに本当のサッカーを教えることだ。

 

 

 データだけのサッカーでは勝てないということは前半で見せつけたつもりだが、今までその戦い方をしてきたからか、中々その間違いに気づかない。

 あともう一押しだと思うんだが……

 

 

「先に戻ってる」

「おう! すぐ行く!」

 

 

 考えるだけ無駄か、と思い皆よりも早く控え室を出た。

 グラウンドをに向かって歩いていくと、前から男の人が歩いてきた。御影専農の監督だ。

 酷く取り乱した様子で「もうダメだ」などと呟いている。

 何かあったのだろうか。

 

 

 その答えはすぐ分かることになる。

 後半開始直前だというのに、御影専農のベンチには監督の姿がない。

 絶望しきった選手達の表情を見るに、恐らくあっちの監督は逃げ出したのだろう。

 あの下鶴も終わった、と口にして顔を青くしていた。

 

 

 だが、ただ1人。目に炎を宿している男がいた。

 杉森だ。

 ゴールの前で、こちらを真っ直ぐ見据えている。

 

 

『後半開始!! 御影専農、3点の得点差を覆せるかァァァ!?』

 

 

 後半開始のホイッスル。

 力無く繰り出されたパスは、誰の足元に収まることも無く転がり続けた。

 御影専農の大半は戦意喪失。このままでは試合にならない。

 

 

 だが、お前だけは違うんだろ……杉森! 

 

 

 転がるボールを奪い、そのまま単身ゴールへと向かう。

 その行く手を阻もうとするものは誰もいない。

 

 

「杉森ィィィィィ!!」

「……来いッッ!!」

 

 

 俺の叫びに、負けじと大声で返してくる杉森。

 逃げ出す監督、絶望するチームメイトを前にお前が何を感じたのか……俺に見せてみろ! 

 

 

轟一閃……"改"!! 

 

 

 再び全てを斬り裂く雷が御影専農ゴールへと襲い掛かる。

 それに対し、杉森は一切臆することなく必殺技の構えに入る。

 

 

ロケットこぶしッッ!! 

 

 

 こぶしの形のエネルギーがシュートへぶつかる。だが多少威力を削られただけでシュートは止まらない。

 

 

「まだだ!! シュートポケットォ!! 

 

 

 大きく胸を開き、先程よりも大きなバリアが展開される。

 そのバリアは少しずつシュートの威力を殺すが、それでも殺しきれない。

 バリアを突き破ったシュートはゴールネットを揺らす──

 

 

「まだ、まだァァァァァ!!」

 

 

 ──ことはなかった。

 杉森は両腕を突き出す。

 踏ん張った両足が地面を削り、杉森はどんどん後ろへと押されていく。

 だがそれでも、シュートは完全には止まらない。

 

 

「負けてたまるか……負けて、たまるかァァァァァ!!」

 

 

 空気が変わった。

 杉森の両腕にエネルギーが集中していく。

 するとやがて、杉森の身体の後退は止まり、ボールは完全に杉森の腕の中に収まる。

 

 

「皆もそうだろ!? 絶対に負けない、最後の1秒まで諦めるなァァァ!!」

 

 

 杉森の魂の叫びは、他のメンバーの心にも届いたようだ。我に返ったような表情で頭に取り付けていた装置を外す。

 その瞳には今の杉森や俺達と同じ、熱い炎が宿っていた。

 

 

 ……変わるぞ、ヤツら。

 

 

「いけェェェェェ!!」

 

 

 そこから御影専農の猛攻が始まる。

 先程のような機械のように正確で精密な連携は見る影を失ったが、それでも前半より強くなっているように感じた。

 勝ちたいという貪欲な気持ちが、今のアイツらを動かしている。

 そんなヤツらが弱いはずない。アイツらは今、本当のサッカーをしているんだ。

 

 

 そう思うと、笑みが零れ落ちるのを止められなかった。

 

 

「……よし、俺達も攻めるぞ!! まだまだ後半は残っているぞ!!」

「「「おお!!!」」」

 

 

 そこからは互いに1歩も譲らない試合だった。

 ボールを奪っては奪い返し、シュートを撃っては撃ち返した。

 キーパーだけでは止められないシュートは他がカバーし、攻めきれない場面では率先してキーパーも動いた。

 

 

「豪炎寺ッ!!」

 

 

 後半も残り僅かというところで、攻めの主導権が俺達に移る。

 最後の1秒まで手は抜かない。すぐさま俺達は前線へ駆け上がった。

 ボールを運ぶ俺は囲まれ、身動きは取れない。それでも、豪炎寺が決めてくれると信じてパスを出した。

 

 

ファイアトルネードッッ!! 

 

 

 豪炎寺は回転しながら飛び上がり、ファイアトルネードを繰り出した。と思ったその時、なんとゴール近くまで下がってきていた下鶴が、豪炎寺と全く同じタイミングで飛び上がり、同じくファイアトルネードを撃ち込んだ。

 

 

 行き場を失った力は空中の2人に襲い掛かり、そのまま2人は真っ逆さまに落下した。

 ボールは明後日の方向へ飛んでいくと、俺の足元へと転がってきた。

 目の前は開けており、杉森1人が待ち構えている。

 

 

「来い、加賀美ッ!!」

「……行くぞッ!!」

 

 

 この試合の1番の立役者はお前だ、杉森。

 お前の熱意が御影専農を変え、この試合をここまで熱いものにしたんだ。

 俺はそれに最大限の礼儀を払いたい。

 だから、今から俺が撃つのは全身全霊、全てを乗せたシュートだ。

 

 

 轟一閃と同じような初動でボールにエネルギーを注ぎ込み、前へ送り出す。ただしその量は段違いのもの。

 轟一閃とは比較にならない勢いで放電し、周囲の全てを痺れさせる。

 更に強く放電したと思うと、その雷はボールを中心に球体状のエネルギーを形作り落ち着いた。

 そして俺は完成した雷の塊に、全力で両脚を叩き込む。

 

 

 これが俺の新必殺技──

 

 

ライトニング、ブラスタァァァ!! 

 

 

 刺激された雷の塊は途端に暴れ出す。

 力を加えられた方向に対し、万物を貫く極太の雷を吐き出した。

 

 

シュート、ポケットォォォ!! 

 

 

 杉森はバリアを展開する。が、雷は全てを呑み込み、ゴールを貫いた。

 得点を知らせるホイッスルが鳴り響いたその直後、試合終了のホイッスルが後を追う。

 4-0、俺達の勝ちだ。

 

 

「杉森、いい試合だった」

「お前のおかげで、本当のサッカーが分かった……礼を言う、加賀美」

 

 

 ボロボロの杉森に手を差し伸べ、立ち上がらせる。

 

 

 周りを見渡す。皆、良い顔をしていた。

 敵味方関係なしに互いの健闘を称え合い、笑っていた。

 

 

「良いもんだろ、サッカーって」

「ああ……またやりたいものだ」

 

 

 再戦の約束を交し、力強く握手を交わした。

 その後中央に整列し、挨拶をしてそれぞれ控え室に戻っていく。

 

 

「豪炎寺、脚大丈夫か?」

「もしかしたら次の試合は厳しいかもしれないな……それより、凄いシュートだったな。あれなら帝国も敵じゃない」

「まあな……帝国と戦うには、あと1回勝てばいいのか」

 

 

 脳裏には、鬼道を始め帝国イレブンのプレーが思い浮かぶ。

 あれから俺達も強くなったが、それでも帝国に対する印象は揺るがない。

 だが、次に勝つのは俺達だ。その日までひたすらに磨き続けよう。




原作ブレイクが過ぎましたかね・・・柊弥がここまで無双するのは今回が最初で最後になると思います。今後無双出来る場面が思い浮かばないので。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15話 オタクの誇り?

 御影専農との試合の翌日。

 やはりあの試合の最後で豪炎寺は脚を痛めたようで、試合終了後すぐに病院にいくと、次の試合は出ないように言われてしまったらしい。所謂ドクターストップというやつだ。

 

 

 次の試合は決勝進出をかけた準決勝ということもあり、そんな大事な時に怪我で出場できないことを豪炎寺は負い目に感じているようだ。

 

 

「……すまん」

「気にするなって! 準決勝は俺達に任せとけって!」

「安心しろ。お前の分も俺と染岡で点を取ってやるからさ」

 

 

 俺と守の言葉に気を軽くしてくれたようで、安心したような笑みを浮かべながらこちらに背を向け、タクシーに乗り込んだ。

 そのタクシーの姿が見えなくなるまで手を振った後に、部室に戻って次の対戦校についての話を皆でする。

 

 

 まず片方は、俺達がフットボールフロンティア出場をかけて試合をした尾刈斗中だ。

 どうやら俺達に敗北した後、あの呪い……もとい、催眠術に頼ったサッカーから方向転換したらしく、猛特訓の末に純粋に強力なチームへと変貌を遂げたらしい。

 

 

 そしてもう片方は、秋葉名戸中(しゅうようめいと)

 スポーツよりも学力に重きを置いた学校であり、それ故にフットボールフロンティア出場校の中では最弱の呼び声が高い学校らしい。

 ……最弱の学校が準決勝まで上がってこれるものだろうか。何かありそうだ。

 

 

「な、何これ!?」

 

 

 これらの情報は全て音無さんが収集したものであり、それを読み上げていた秋が顔を赤くし素っ頓狂な声を上げる。

 どうした? と守が訊ねると、秋は続けてこう読み上げる。

 

 

「尾刈斗中との試合前日、メイド喫茶に入り浸っていた……ですって!」

「メイド喫茶ですと!?」

 

 

 その単語を聞いて一際強い反応を示した目金のことはスルーしよう。

 そんな連中がよく勝ち上がってきたと皆が口にする。

 今の話を聞く限り、俺も同じように思う。というより、そうとしか思えない。

 

 

 次に上がってくるのは尾刈斗中だ。前みたいに豪炎寺はいない。そんな声が次々と上がるが、そのざわめきを破るように部室の扉が勢いよく開かれる。

 

 

「た、大変です!」

「どうした!?」

「今ネットに準々決勝の結果がアップされたんですが……秋葉名戸が尾刈斗を破って準決勝に進出しました!!」

 

 

 再度ざわめきが広がる。

 一体何が起こっているんだ? お世辞にも強いとは言えなさそうな学校に、あの尾刈斗が負けるなんて。

 音無さんが嘘を言っているはずないが、どうにも信じ難い。

 

 

「どんなチームなんだ、秋葉名戸って」

「これは行ってみるしかないようですねえ……」

 

 

 目金が眼鏡をクイッと上げ、そう言いながら皆の前に出てくる。

 

 

「行くって、何処にだ?」

「当たり前でしょう……メイド喫茶です! あの尾刈斗中を破った秘密はきっとそのメイド喫茶にあるに違いません!」

 

 

 いや、そうはならんやろ的な目線が目金を貫く。

 が、目金は守に対して自分達は何も秋葉名戸のことを知らない、これは情報収集だと捲し立てる。

 

 

 筋が通っていなさそうで通っているその言い草に言いくるめられた守は、立ち上がってメイド喫茶へ行くぞと皆に宣言する。その横で目金は、勝利を確信した笑みを浮かべ、ガッツポーズを掲げていた。1発ビンタでもしといた方が良いだろうか。

 

 

 そしてそれに影響された皆も、それなら仕方ないといったノリで守と目金に着いていった。

 部室に残ったのはマネージャーの3人と俺だけとなってしまった。

 

 

「あら、加賀美君は行かないの?」

「いやまあ……うん。ちょっとやりたいことがあるしな。音無さん、ちょっといい?」

「はい、なんでしょう?」

 

 

 音無さんにある映像データを要求する。

 しっかりと記録してあったようで、そのデータが入ったビデオカメラを手渡してくれた。

 

 

「何を確認するんですか?」

「ああ……ちょっとね」

 

 

 ビデオカメラに映し出された映像を確認し、それが目的のものであると確かめる。

 

 

「ありがとう。ちょっと借りていい?」

「はい、全体で練習する時に返してもらえれば大丈夫です!」

 

 

 了承を得られたので、しばらく借りておくことにする。

 さて、皆が戻ってくるまで俺はやれることをやっておこう。

 

 

 

 

---

 

 

 

 

「それで、どうだったんだ?」

「ああ、それが……」

 

 

 日が低くなってきたところで、偵察に行った守達が帰ってきた。

 得られた成果を訊ねると、何やら困ったような表情で報告してくる。

 結論から言うと、何も得られなかったらしい。正確には、何故尾刈斗中を倒せたのかという理由がだ。

 行ったメイド喫茶でどうやら秋葉名戸の選手と接触出来たらしく、彼らと交流することが出来たと言う。

 

 

 どうやら、噂に違わぬマニアックな軍団だったようだ。

 メイド喫茶がある建物の下にいた彼らは、それぞれがそれぞれの趣味に熱中しており、サッカーに対する興味や熱意は毛ほども感じられなかったとか。俗に言う"オタク"と言うやつだ。

 

 

 そんなわけで、それを目の当たりにした皆は次の試合に対して楽観的になってしまったそうだ。

 実際に、俺と守が話している横で練習している皆は、何処と無く気が抜けているような気がする。

 

 

「……勝てると思うか?」

「勝てるか勝たないかなんて、もちろん勝つに決まってるさ! ……けど、今まで戦ってきたヤツらみたいな凄さは、正直感じなかったかな……」

 

 

 守でさえここまで言うとは、余程なんだろう。

 とはいえ、怪我で出られない豪炎寺に対してあんな啖呵を切った手前、当日は負けましたなんて言ったら合わせる顔がないな。

 どうにかして皆に気を引き締め直させなければ……

 

 

 そうだ、豪炎寺で思い出した。

 

 

「少し受けてくれよ、守」

「お、おう? いいぞ」

 

 

 守にシュートを受けてもらうよう頼み、コートに降り立つ。

 守はグローブを装着し、気合を入れるように両脚を平手打ちする。

 

 

「よし、来い!!」

「いくぞ──」

 

 

 守の準備完了を確認し、走り出す。

 そして、俺はあるシュートをゴールに向かって放つ。

 それを見た守は、驚きのあまりノータッチでゴールを許し、しばらく呆けた様な表情を浮かべる。

 

 

「す、すげえ……いつの間に!?」

「ちょっと、な」

 

 

 守はまさかそんなシュートが飛んでくるとは思っていなかったらしく、俺の肩を揺さぶりながら問いかけてくる。

 脳がかき乱される前に守の腕を振り払う。

 

 

「次の試合に向けてか?」

「いや……帝国戦で必要になるかもしれないらしい」

「らしい……? まあいいや! 帝国戦を迎えるためにも練習しないとな!」

 

 

 そう言って守は皆の方に走っていき、全体でやるぞと声を掛ける。

 そうだよな、まずは準決勝を勝ち残らなければ元も子もない。

 対戦相手に対する不安要素は拭えないままだが、そんなことはこれから腐るほどあるだろう。

 いちいち気にしていても何ともならないし、今はとにかく練習に力を入れるべきだろう。

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

「……これを、着ろと?」

「我が校における試合では、マネージャーは全員メイド服着用という決まりになっております!!」

 

 

 何がかんだで、秋葉名戸との試合の日がやってきた。

 あれから気が緩まないよう皆に声を掛けつつ練習に打ち込んできたが、やはり楽勝ムードは払拭出来なかった。

 正直不安なところではあるけど……まあ、ここまで来たらやるしかないというのが現実か。

 

 

 試合会場の秋葉名戸中に到着し、準備をしているとメイド服に身を包んだあちら側のマネージャーが、こちらのマネージャー陣にメイド服の着用を求めてやってきた。

 学校での決まりとはいえ、法的な強制力がある訳ではないので露骨に嫌そうな顔をしている夏未みたいな反応になるのが当たり前のはずなのだが、何故か音無さんと秋はノリノリで身に付けた。

 そして結局夏未も勢いに負けてメイド服に着替えた。

 

 

 秋葉名戸の生徒が3人を囲んで写真を撮りまくっている。

 夏未はこれまでに見たことがないような今にも死にそうな顔で項垂れている。人ってあんな顔が出来るものなんだな。

 

 

 心の中で南無三……と唱えていると、音無さんがこちらに歩み寄ってくる。

 

 

「加賀美先輩、どうですか? 私のメイド服!」

「……可愛いと思うよ。秋と夏未も」

 

 

 褒めたつもりでそう言ったのだが、音無さんは何かに気づいたようなリアクションをしたと思ったら、少し不機嫌そうな顔になってしまった。

 何か言ってはいけないことを言ってしまったのか……? いやそんなハズは……

 

 

「……加賀美先輩って、木野先輩と夏未先輩のことは名前呼びなのに私だけ苗字でさん付けですよね」

「そ、そうだけど……それがどうかした?」

「なんか私だけ距離感じちゃうなー、私だけ違うと何だか寂しいなー……」

 

 

 そう言ってこちらに背を向けてしまう。

 ……これはあれなのか、2人と同じように名前呼びかつ呼び捨てにしろということなのか。

 分からん……分からんぞ……!? 

 

 

「……春奈」

「はい、なんでしょう!」

 

 

 試しにそう呼んでみると、纏っていた負のオーラが一気に180度方向転換し、ハイパー高機嫌な笑顔で進行方向も180度転換された。

 俺のとった行動は正解だったようだ。

 

 

 まずい、なんか恥ずかしくなってきた。

 女子の呼び方を急に変えただけなのに、ここまでむず痒くなるなんて。

 

 

「なんでもない」

「ふふっ、そうですか」

 

 

 多分今の俺の顔は人には見せられないほど赤面しているだろう。俺の誇りと尊厳を保つべく、音無さん……じゃなくて春奈に背を向けて控え室に向かった。

 俺の背後で3人が何か話しているのが聞こえたが、残念ながら内容までは聞き取れなかった。人の会話を盗み聞きするなんてことするつもりないから構わないが。

 

 

「さて、今日のポジションを確認するぞ! ……柊弥、どうかしたか?」

「何でもない、気にするな」

「そっか。今日の豪炎寺の代わりだけど……」

「僕に任せてください!」

 

 

 そう言って目金が手を挙げ立ち上がる。

 練習でも試合でもいつも引っ込みがちな目金だが、今日は雰囲気がまるで違う。戦いに赴く戦士のそれだ。

 最初出場予定だった土門と、豪炎寺本人の推薦もあって目金が出ることに決定した。

 もう1人の控えは、少し負傷を引きずっているマックスだ。

 

 

「よーし皆、勝って決勝いくぞ!」

 

 

 円陣を組み、気合いを入れ直してグラウンドへと赴く。

 そこには既に秋葉名戸の選手たちが集合していた。

 1人1人観察してみるが、守達が言っていた通り確かに今まで戦ってきたヤツらのような"圧"が感じられない。

 だが、彼らは実際にこの準決勝の場へと登り詰めてきた。当然のことだが、油断は禁物だ。

 

 

『さあフットボールフロンティア準決勝!! 試合開始です!!』

 

 

 俺達のキックオフからスタート。染岡にボールを任せ、2人で攻め上がる。目金も後ろから追いかけてくる。

 

 

「ここは通さないぞ!! 魔王め!!」

「あぁん!?」

「貰った!!」

 

 

 早速1点をもぎ取るつもりだったが、染岡がよく分からないテンションに調子をかき乱され、ボールを奪われてしまった。

 確かに染岡は強面だが、魔王というよりはヤのつく者……という冗談は心の片隅に閉まっておこう。

 

 

 さて、秋葉名戸のプレーだが……あまりにやる気が感じられない。

 空想の中のロールプレイングをしているようなヤツもいれば、飛行機の真似をしながらドリブルするヤツもいる。

 どんなテンションでプレーしようが構わないが、1番気になるのはボール回しだ。

 

 

 何と秋葉名戸は、最初に染岡からボールを奪って以降、延々とパス回しを続けて一向に攻めてこないのだ。

 ボールを奪おうしても、やたらとパスが正確で奪い取れない。まるで勝負を避けているかのような立ち回りだ。

 

 

「クッソ、アイツらふざけやがって……!」

「落ち着け染岡、怒っても何も変わらないさ」

 

 

 憤慨する染岡を宥める。最初に屈辱的なボールの奪われ方をしているし、染岡は特に苛立ってそうだ。

 

 

 何度もボールを奪おうと試みるが、やはり全て避けられる。

 パスコースを潰したと思ったら、また別のコースを繋げられるし、例のノリでこちらのマークを振り払ってくる。

 俺は見て見ぬふりをしているからいいが、問題は他の皆だ。

 

 

 試合前からの気の緩み、そしてこのプレーが相まって、本来なら絶対抜かれないであろう場面も相手の突破を許している。

 こんな理由で上手くパスカットが出来ず、相手はひたすら逃げのサッカー。こちらは攻めるわけでもなく守るわけでもない、本当に準決勝なのかを疑いたくなるような状況だ。

 

 

『ここで前半終了のホイッスル!! 0-0のまま後半を迎えます!!』

「……マジかよ」

 

 

 思わずそう呟く。

 文字通り何もしないまま前半が終わってしまった。釈然としないな……

 

 

「まるで攻めてこないですね……この僕にも予想外でしたよ。」

「お前、アイツらのサッカー理解出来たんじゃないのかよ?」

 

 

 前半の有様を皆嘆いている。

 ボールが取れない、ノリについていけない。そんな声が次々と出てくる。これには守も上手く声をかけられないようだ。

 

 

「得体がしれない……」

「……お前もな」

 

 

 尾刈斗の時といい、影野のツッコミってなんでこんなに自分に返ってくるような物ばかりなのだろうか。面白いからそれはそれでいいが。

 

 

 このハーフタイム中にも、ヤツらはゲーム機片手に勤しんでいる。監督はスイカを貪っている。案の定理解できない。

 だが、ここまであんな態度でも後半は更に警戒を強めるべきだ。

 春奈のデータ曰く、ヤツらが点を決めているのは後半から。

 つまり、ここまでの試合でも今と同じような状況である可能性が非常に高いということになる。

 

 

 なら、後半のどこかで勝負をしかけてくるはず。

 そこに付け込めばさえすれば……逆にこちらから点数を取れるはずだ。

 

 

「とにかく、後半は何としてもボールを奪ってこちらから攻めるぞ、いいな!?」

「「「おう!!!」」」

 

 

 そう声をかけてコート内に戻っていく。

 さて、ヤツらはどう動く……? 

 

 

「よし、行くぞ!!」

「何!?」

 

 

 開始のホイッスルが鳴った瞬間、ヤツらは一気に攻め上がってきた。

 どこかのタイミングでとは思っていたが、開始直後か! 

 

 

 不覚にも反応が遅れてしまい、ヤツらの進撃を許してしまう。

 後ろに控えている皆がボールを奪いにかかるも、ボールをスイカと入れ替える必殺技やらなんやらでどんどん攻め込まれてしまう。

 こうしてはいられない、俺も後ろに下がって何とかしなければ。

 

 

「行けえい! ヒーローキック!!」

「おうりゃああああ!! ど根性バットォ!! 

 

 

 ボールを受け取った9番は、何と10番の脚を掴んで野球のバットのように持ち上げる。

 そして軽く蹴りあげたボールに対し、10番をフルスイング。

 勢いを得たボールはゴールへと進んでいく。

 

 

「なッ……!?」

 

 

 あまりの光景に守は反応が遅れる。

 ゴッドハンドはもちろん、熱血パンチも、通常のキャッチすら間に合わない。

 が、ボールがゴールラインを越えるギリギリのところで、滑り込ませるように脚を伸ばして何とか阻止できた。

 威力自体は大したことないのが救いだった。

 

 

「柊弥、悪い!」

「気にするな……次は頼むぞ」

 

 

 ようやくボールに触れた。反撃開始といこう。

 

 

「いかせないぞ!」

 

 

 攻め上がってきた勢いのまま、大人数が俺の周りに群がってくる。

 前半と同じようなテンションでこちらに飛びかかってくるが、俺はそれには惑わされない。

 抜け穴だらけなマークを一瞬で振り払い、そのままゴールを目指す。パスは正確でもブロックはそうでもないようだ。

 

 

「加賀美、そのまま決めろ!」

「いくぞ! 五・里・霧・中!! 

 

 

 ゴール前の3人は、一斉に砂埃を巻き上げ始めた。

 五里霧中というその言葉の意味の通り、ゴールの方向を隠すための必殺技か。

 だが甘い。視界が封じられたところで、ここまでサッカーをやってきた経験でゴールの場所なんて分からないわけが無い! 

 

 

轟一閃"改"! 

 

 

 砂煙に包まれながらも、ゴールがあるべき方向に向かって一閃。

 細かい砂が目に入ってくるも、技の発動になんら問題はない。

 雷鳴が轟いた後、雷がゴールへと向かっていき、先制点をもぎ取る……はずだった。

 

 

「……何?」

 

 

 砂煙が晴れた先には、ゴールの後ろを転がるボールの姿が。

 外した……? そんな馬鹿な、確かにゴールの真ん中を狙ったはずだ。

 あの場所にあるということは、シュートはゴールを大きく超えていったということ。つまり、キーパーがボールを上方向に弾く必要がある。

 だが、お世辞にもあのキーパーに轟一閃を止められるとは思えない。

 疑問は晴れないまま。

 

 

 その後も俺が、染岡が、少林や半田が何度もシュートを撃つ。

 だが、あの砂煙に包まれたシュートはどれも同じようにゴールから外れてしまう。

 

 

 徐々に焦りが募る。

 相手が点数を取っているわけでもないが、こちらも点数を取れていない。

 このまま決定点を得ることが出来なければ何がどうなるか分からない。そのためにもここで1本決めておかなきゃならない。

 

 

 考えろ。

 何故シュートが軒並み外れていく? 

 あの砂煙がシュートのコースをずらしている? いや違う。そんな威力ならあの砂煙に包まれた俺達も、相手も動くことすらままならないはず。

 じゃあ答えは? 一向にそれは浮かんでこない。

 

 

「加賀美!!」

「……やるしかない!」

 

 

 とにかく、シュートチャンスがあるならひたすらに撃っていくしかない。

 ライトニングブラスターを使うか……? いや、もしここで外したらこの先がキツい。あの技はやはり消耗が大きすぎる。

 

 

轟──

「シュートを撃ってはいけません!!」

 

 

 目金? 

 その声につられ、一瞬シュートを躊躇うとその隙にボールをライン外へ弾き出されてしまう。

 

 

 そして砂煙が晴れる。

 中から姿を現したのは……何故かゴールポストを押している秋葉名戸の選手達と、それを阻止している目金の姿。

 そうか、シュートが入らなかったのは──

 

 

「ゴールをずらしていたのか!」

「シュートが入らなかった原因はこれか!」

 

 

 そういうことだったのか。

 傍から見たら反則だろうが……確か大会ルールにゴールをずらしてはいけないなんて記載はなかった。そこに漬け込んだって訳か……

 

 

「これが君達の勝ち方ですか!?」

「僕達は……絶対に優勝しなければならないんでね!」

 

 

 その卑怯なやり方に怒る目金に対し、相手は悪びれた様子もなく開き直る。

 その一言に顔を歪めると、目金はこちらへと戻ってくる。

 

 

「加賀美君、僕に任せてはもらえませんか?」

「分かった、頼むぞ!」

 

 

 相手のやり口を見抜いた目金がこう言うんだ、賭けてみる価値はある。

 スローインはこちらから。ボールを投げる半田に目金に回すよう指示すると、二つ返事で了解してくれる。

 

 

 そしてスローイン。頼んだ通りに半田は目金にボールを出した。

 手口が暴かれた秋葉名戸は、何としてでもボールを奪い取らんと目金に襲いかかる。

 が、目金は自分に向かってくる者に対し、"オタク"としての誇りを説き、メンタルを砕きながら前線へ上がってくる。

 

 

 そのままゴールの近くまでやってくると、性懲りも無く五里霧中を繰り出す秋葉名戸。

 

 

「まだこんなことを続けるのですか!?」

「これがオタクの必殺技だ!!」

「君達にオタクとしての"誇り"はないのですか!! オタクとは1つの道を真摯に極めた者、君達のようなルールを破るような者達がオタクを名乗らないでください!」

 

 

 その一言でメンタルブレイクし、砂埃を撒き散らす脚を止めてしまう。

 キーパーは焦ってゴールの横に移動する。1人でゴールをずらすつもりなのだろう。

 

 

「染岡君、ドラゴンクラッシュです!」

「で、でもよ!」

「いいから!!」

 

 

 考えがある、と染岡を説得する目金。

 その勢いに負け、ドラゴンクラッシュを放つ染岡。

 

 

ゴールずらし!! 

 

 

 なんとキーパーはその肥えた身体をゴールに叩きつけ、本当に1人でゴールをずらしてしまった。

 このままではまたドラゴンクラッシュはゴールを外れてしまう。

 

 

 そう思ったその時だった。

 目金がドラゴンクラッシュの軌道上に飛び出し、顔面でそのコースを修正してみせた。

 目金の眼鏡は砕け、鼻から血が噴き出す。

 だが、目金が今まで見せたことのなかった"意地"は、俺達の誰にも奪えなかった1点をもぎ取って見せた。

 

 

『決まったァァァ!! 雷門中の目金が身体を張って染岡のドラゴンクラッシュに軌道を修正!! そのシュートが見事1点を奪ったァァァ!!!』

 

 

 そしてその瞬間、試合終了のホイッスルが高らかに響いた。

 得点板には1-0の文字。俺達は準決勝に勝ったのだ。つまり……

 

 

「決勝進出だ!!」

 

 

 守がそう叫ぶと、皆大盛り上がり。肩を組んで決勝進出を喜びあっている。

 

 

「立てるか?」

「え、ええ……メガネはクラッシュしましたがね」

 

 

 目金に手を差し伸べ、立ち上がらせる。

 足元も覚束無い目金に肩を貸しながらベンチへ向かっていると、秋葉名戸の選手達が集まってくる。

 

 

「君は何故そんなボロボロになってまで……」

「ふふ、サッカーに全力になるというのも悪くないものですよ」

 

 

 その一言に感銘を受けたのか、これからは卑怯なことをせず、正々堂々サッカーに向き合うと宣言した秋葉名戸イレブン。

 これにて一件落着、めでたしめでたし……ということで良いのだろうか? 

 

 

「加賀美」

「おう豪炎寺。……目金には驚かされたな」

「ああ……何はともあれ、これで決勝だな」

「そうだな……楽しみだ」

 

 

 染岡とハイタッチを交わす。決勝までには豪炎寺の怪我も完治しているだろう。

 万全の体制で帝国にリベンジできる。とうとうここまで来たんだ。

 待ってろよ鬼道、帝国イレブン。

 

 

 

 

---

 

 

 

 

「率いるチームを決勝戦まで進めるとは、流石だな冬海」

『も、申し訳ありません……』

 

 

 帝国学園総帥室。

 電話の向こうの冬海に遠回しな圧をかけるこの男は、帝国学園総帥であり、帝国サッカー部監督影山 零治(かげやま れいじ)

 

 

「雷門中をどんな手を使ってでも決勝戦に参加させるな。もし失敗すれば……分かっているな」

 

 

 そう言って影山は電話を切る。

 携帯を置き、机上に並べられたパソコンに目を落とす。

 そこには、円堂や柊弥達、雷門イレブンの姿が映し出されていた。

 

 

「ククッ、雷門中……これも奇妙な縁だな」

 

 

 影山は妖しく笑う。

 その笑みの裏に隠された闇を知るものは、誰一人いない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16話 不穏な影と涙の理由

ちょっといつもより少なめです


「ほら皆! もっとペース上げてくぞ!」

「も、もう無理っスキャプテン!」

「僕も……もう……限界です……」

 

 

 準決勝で秋葉名戸を打ち破り、とうとうフットボールフロンティア地区大会の決勝へと駒を進めた俺達。

 次の決勝に勝てば、全国大会へ出場出来るというのも勿論大きなことなのだが、それ以上に重要なことがある。

 それは、決勝の相手が帝国学園だということ。

 

 

 今から数ヶ月前、サッカー部として機能出来ないような小さな集まりだった俺達に練習試合を申し込んできたのがヤツら帝国だった。

 しかも学校、もとい夏未から"負けたら廃部"という条件を突きつけられていた俺達は、必死になって部員を集め、何とか試合が成立するところまで持っていった。

 

 

 そして当日。思い返せば酷いものだったな。

 ほとんどが初心者で、しかもろくに練習なんて出来ていなかった俺達が、全国大会40年連続優勝を誇る帝国に勝てるなんて、まず考えられないだろう。

 実際、試合が始まってから俺達は文字通りボコボコにされた。

 

 

 けど、何とか俺が1本取り返し、それを見て豪炎寺が急遽飛び入り参加してもう1本決めた。

 そうすると何故か帝国は試合放棄。俺達の勝ちという扱いになって廃部は免れたんだよな。

 そこから尾刈斗に勝ち、フットボールフロンティアの出場を学校に認められ、野生中、御影専農中、秋葉名戸中と戦い、勝利し、ようやくここまで辿り着いたんだ。

 

 

 そんなわけで、帝国は俺達にとって因縁の相手のようなものだ。

 そんなヤツらとの再戦の機会がこうして回ってきた。練習に熱が入らないわけがないな。

 

 

「よーし、各自必殺技の特訓に入れ!」

「悪ぃ、俺ちょっと抜けるわ」

「ん? どうした……ってもういない」

 

 

 アップのストレッチ、ランニングを終え、これから必殺技の特訓に入ろうというところで土門がグラウンドを抜けてどこかへ行ってしまう。

 随分と思い詰めた表情をしていたように思える。トイレが近かった……という訳では無さそうだが。

 

 

 マネージャー達もそれが気になったのか、後から春奈が追いかけていく。

 あっちは任せて、こっちは練習に取り組もう。

 

 

「加賀美、そろそろ合わせてみないか?」

「そうだな。試してみよう」

 

 

 帝国のキーパー、源田の以前よりレベルアップしているであろう守備に打ち勝つには、今以上の火力が必要となる。

 そう考えた豪炎寺は、御影専農との試合の後に怪我で一時離脱する前に、俺にこう提案してきた。

 

 

『俺達の連携シュートを作らないか』

 

 

 俺も同じような懸念を抱いていたのでひとつ返事で了承した。

 そうして俺は豪炎寺が少し練習から離れている間、1人でその連携技の基礎を作ってきた。

 ちなみに豪炎寺は既にその基礎が整っている、というより元より備わっている。だから豪炎寺が復帰してすぐのこのタイミングでも連携の合わせに取り組める。

 

 

「さあ、やるぞ」

「おう」

 

 

 そう言って、俺と豪炎寺は1つのボールに向かって駆け出した。

 

 

 

 

 ---

 

 

 

 

「鬼道さん、本気なんですか!? 移動用のバスに細工するなんて」

「何? 一体何の事だ」

 

 

 皆が練習中の所を抜け出して、呼び出して来てもらった鬼道さんと人目につかない場所でやり取りする。

 鬼道さんは雷門の個人データを要求するが、今朝見てしまった冬海の凶行にどうしても納得できない俺は、鬼道さんの言葉を遮るようにしてそれを訊ねた。

 

 

 すると、鬼道さんもその事実は把握していなかったようで、驚いたような声をあげる。

 やはり、あんなことを冬海に唆したのは影山総帥か! 

 

 

「これが帝国のやり方なんですか、総帥は一体何を考えているんです!」

「……」

「もうあの人のやり方には着いていきません、あの人は強引すぎる! そこまでして勝ちたいんですか!?」

「それ以上言うな。俺達に総帥の批判は許されない」

 

 

 必死に訴えかけるが、最も総帥に近い立場にある鬼道さんはそう言って俺の言葉を遮る。

 クソッ、何とかして止めさせないと皆が……! 

 

 

「──でもッ!」

「お兄ちゃん!」

 

 

 このまま引き下がる訳にはいかない。

 そう腹を括り、鬼道さんの説得を続けようとしたその瞬間、第三者の声が響く。

 

 

 俺と鬼道さんがその声の方向に視線を向けると、そこの陰から出てきたのは音無だった。まさか後をつけられていたのか? 

 いや、気にするべきはそんな所じゃない。

 今音無は確かに"お兄ちゃん"と言った。

 その言葉は当然俺に向けられたものでは無い。ということは、鬼道さんの……!? 

 

 

「雷門中の偵察にでも来たの?」

「……」

「待って!」

「離せ」

 

 

 まくし立てるように問い詰める音無と顔を合わせようとせず、その場を去ろうとした鬼道さん。

 その腕を掴み、音無が引き止めるが鬼道さんはそれを振り払い、振り返ることなくこう言った。

 

 

「俺とお前は、会っちゃいけないんだよ」

 

 

 そう言って鬼道さんは去っていき、その背中を音無は悲しそうな表情でずっと見つめていた。

 俺が声をかけるべきでは……ないな。

 大人しく練習に戻ろう、そして冬海を、総帥の目論見を止める方法を何としてでも考えるんだ。

 

 

 

 

 ---

 

 

 

 

「クソ、ダメか」

「仕方ないさ。初合わせで完璧にいくことなんてない」

 

 

 あれから何度も豪炎寺と合わせてみたが、力加減が上手くいかなかったり、蹴り込むタイミングが微妙にズレたりで、1本も成功することはなかった。

 

 

 あのシュートは、2人が全く同じ条件で撃ち込むことで初めて最大限の威力が発揮される。

 俺がしっかり合わせられない限り、成功することはないだろう。

 

 

「家に帰ったらもう一度確認してみる。また明日頼む」

「ああ」

 

 

 そのまま休憩に入る。

 そのタイミングで先程離席した土門がこちらに戻ってきて、数分後に春奈も帰ってきた。

 2人揃って浮かない顔をしている。

 土門は今日元々あんな感じだったが、春菜はあっちから戻ってきてからだ。

 

 

 マネージャー含む部員のメンタルケアも副キャプテンの務め。後で少し話を聞いてみるか。

 とにかく今はまだ練習中、目の前のことに集中しよう。

 

 

 

 

 

 

 

「加賀美さん、お疲れ様でヤンス」

「おう栗松、また明日な」

 

 

 栗松はじめ1年組が帰っていくのを見送る。これで皆帰ったな。

 今日は秋も夏未も用事で早々に帰っていった。つまり春奈が1人で後片付けをしているはず。

 話を聞く絶好のチャンスだろう。

 

 

 部室の方に行くと、ボールやドリンクの後始末をしている春奈の姿が見えた。やはり1人のようだ。

 意を決して声をかける。

 

 

「春奈、手伝うぞ」

「加賀美先輩? 大丈夫ですよ、練習で疲れてるでしょう?」

「気にするな。2人でやった方が早いだろ?」

 

 

 気を遣ってか、手伝う必要は無いと言う春奈だったが、半ば強引に片付けを手伝い始める。

 そこからしばらく沈黙が続く。

 話を聞こうと思ったものの、いざこうして自分から悩みを聞きにいくというのは少し緊張する。

 

 

 ふと春奈の顔色を窺うと、人の手前いつも通りのように取り繕おうとしているが、暗い感情が隠しきれていない、そんな気がした。

 

 

 ……情けない。自分から決めたことも躊躇うのか、俺は。

 腹を決めよう。

 

 

「何かあったか?」

「えっ?」

 

 

 片付けの手を動かしたままそう春奈に問い掛ける。

 春奈は一瞬口を開こうとしたが、結局何も話してはくれない。

 公には相談できないようなことだろうか。こうして訊ねるのはやや無粋な真似だっただろうか。

 

 

 だが、辛そうな表情をしている彼女をこのまま放っておける程、俺は臆病ではなかった。

 

 

「練習中にどこか行って帰ってきてからか? ずっと思い詰めたような顔をしている。俺で良かったらその悩み、聞かせてくれないか?」

 

 

 春奈の瞳の中で何かが一瞬揺らいだような気がした。

 その後まもなく、震えた声を絞り出すようにして言葉を紡いだ。

 

 

「……実は私、両親が既に他界しているんです。私には1つ離れた兄がいたんですけど、別々の家に養子として引き取られたんです」

 

 

 衝撃だった。

 いつも明るく振舞っている春奈の過去にそんなことがあったなんて、想像も出来なかった。

 

 

「そして離れ離れになったあと、兄とは音信不通になったんです。どれだけ連絡しても反応してくれないから、嫌われちゃったのかな……なんて」

 

 

 段々と声が弱々しくなっていく。

 

 

「けど、この前偶然兄の姿を見たんです。……帝国との練習試合のあの日です」

「……それって」

「はい。私の兄は、帝国学園サッカー部キャプテン、鬼道 有人です」

 

 

 つまり、春奈は幼い頃に、両親の他界と養家への引き取られをキッカケに兄である鬼道と生き別れた、ということか。

 こう言っては失礼かもしれないが、全く兄妹には見えない。

 鬼道はゴーグルで目元を隠してるから尚更かもしれないが。

 

 

「そして今日、木野先輩に頼まれて土門さんを追いかけた先に兄がいたんです。すぐ近くで会えた嬉しさとここで何をしているのかという疑問が先走って、思わず腕を掴んじゃったんですけど……無理やり振り払われて、俺とお前は……会っちゃいけないって……」

 

 

 そこまで言い終わると、春奈はその場に力なく座り込んで泣き出してしまった。

 今まで我慢してきたものが溢れ出したように、肩を震わせて。

 

 

 やっと会えた兄に拒絶されたのが相当辛かったのだろう。

 そして必死に堪えていたその悲しみを、俺が掘り返してしまった。春奈が今泣いているのは、俺の責任かもしれない。

 けど、今この場で話を聞けて良かったとも思う。

 あのままにしておいたら、きっと抱え込んでもっと辛くなっていただろうから。

 

 

 しゃがみこんでハンカチを渡し、立ち上がろうとすると制服の背中を掴まれて離してもらえない。

 ……仕方ない。

 

 

「落ち着くまで何時までも付き合うから……大丈夫、元気出して」

 

 

 その場に座ると、差し出した背中にぴったりとくっついて溜め込んでいたもの全てを吐き出すように泣きじゃくる。

 こんなことで支えになれるなら、俺は──

 

 

 

 

 

 

「すみません! 私、こんなつもりじゃ……」

「良いよ、気にしないで」

 

 

 10分くらい経っただろうか。

 ようやく泣き止んだ春奈は、激しく取り乱しながら謝ってくる。ただのお節介だからそこまで気にすることもないのに。

 そのまま2人で片付けを済ませ、流れで春奈を家まで送っていくことになった。

 

 

「加賀美先輩は、お兄ちゃんのことをどう思ってますか?」

「鬼道のこと? そうだな……熱いヤツだな、って」

「熱い……?」

「ああ。俺、鬼道と小学生サッカーの全国大会で戦って、勝ってるんだ。その時アイツ、今にも自分に殴りかかるんじゃないかってくらい悔しそうにしてた。そしてこの前の練習試合で会った鬼道は、別人みたいに強くなってた。きっと物凄く努力したんだなって思うんだ。それだけアイツはサッカーに対して熱くなれるヤツなんだと思う」

 

 

 今言ったことはお世辞ではなく、嘘偽りない俺の本心だ。

 鬼道は俺達と違う場所にいるだけで、俺達と同じくらい、もしくはそれ以上にサッカーが好きなんだろう。

 その姿勢には尊敬の他ない。

 

 

「鬼道が春奈のことをどう思ってるかは分からない。けれど、理由も無しに実の妹をぞんざいに扱うようなヤツではないと思う」

「……そっか、そうですよね」

 

 

 俺の見解を述べると、春奈は途端に笑顔になって俺の言葉に頷く。

 何はともあれ、元気を取り戻してくれたようで何よりだ。

 

 

「もう大丈夫そうだな。春奈は笑ってる時が1番可愛いよ」

「──ふぇっ!?」

「あ」

 

 

 自然にそう口から零れていた。

 しまった、こんなのただ口説いてるだけにしか聞こえないだろ。

 しばらくの気まずい空気を、春奈が先に断ってくれる。

 

 

「加賀美先輩でも、そんな冗談言うんですね……」

「……冗談じゃない。俺は嘘はつかない」

「ええっ!?」

「あっ……」

 

 

 俺は本当に馬鹿野郎かもしれない。

 もっと他に冗談交じりの返し方があったはず。そうすればまた性懲りも無くこんな空気になることはなかっただろう。

 

 

「えっと、ありがとうございます……」

「どういたしまして……?」

 

 

 明らかに動揺している春奈の謎の感謝に対して、俺も謎の返答をする。もうダメかもしれない。

 物凄く気まずい空気が流れ、無言のまま暫く歩き続ける。

 

 

 春奈の家の近くに差し掛かったところで、ようやくその沈黙は破られる。

 

 

「加賀美先輩、ありがとうございました……おかげでまた明日から頑張れます」

 

 

 家の前で立ち止まり、春奈が礼を口にする。

 ふと、思ったことがあった俺はそれを声に出して聞いてみる。

 

 

「なあ、俺は春奈のこと呼び捨てなのに春奈は俺のこと苗字呼びなの?」

「えっ? だって、先輩ですし……」

「名前で良いよ、それじゃまた明日」

 

 

 途中で自分が言っていることの重大さに気付き、急いで踵を返す。

 本当に俺はどうにかしてしまっただろうか。さっきから傍から見たら変なヤツとしか思われないことしか言っていない。

 こんなはずでは……クソ、明日春奈と顔を合わせるのが凄い気まずい……




求)恋愛描写のコツ
出)心からのお礼


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第17話 本当のチームに

私用で更新遅れてしました!すみません!
その間も多くの評価やUAありがとうございます!


「ほらパスパス!!」

「土門さん!!」

 

 

 壁山にマークされている影野に土門がパスを要求し、その後を追いかけてくるマックスをどんどん追い放していく。

 昨日とは打って変わって調子良さそうじゃないか。昨日はあれだけ暗かったのに。

 

 

 そうそう、暗かったといえば春奈だ。

 昨日の帰り道、あんなことがあったから今日顔合わせるのがとてつもなく気まずかったが……

 

 

『こんにちは()()()()! 今日の練習も頑張りましょー!』

 

 

 放課後に入り、部活が始まる前に会ったのだが、やたらと上機嫌だった。

 その後も避けられたりするなんてことはなかったので俺の杞憂だったのかもしれない。だとしても昨日の俺の発言は思い出しただけで赤面ものだが。

 まあ何はともあれ、春奈も土門も調子を取り戻してくれたようで何よりだ。

 

 

「加賀美!」

「おう! 行くぞ守ッ!!」

 

 

 土門からのパスを受け取り、守が待ち構えるゴールへと突っ込んでいく。

 喰らえ、俺の研究の成果!! 

 

 

「おわッ!? 凄いぜ柊弥、前よりもまた質が上がってるじゃないか!」

「そうだな……その目の下の隈が原因か?」

「はは……まあな」

 

 

 放ったシュートは守のキャッチごとゴールへ突き刺さった。

 後ろから豪炎寺に指摘された通り、俺は今日かなりの徹夜をしている。

 春奈を送って家に帰り、飯風呂を済ませたあとずっと映像やらなんやらで研究していたのだ。

 そのおかげで気付いた時には時計の針は"3"を指していた。さすがにまずいと思って寝たが、まあ当然のように睡眠が足りず、授業中にもうたた寝してしまった。

 

 

「まあ、これで俺達のシュートも完成に近づくはずだ」

「そうだな」

「……ん? 冬海先生じゃないか、珍しい」

 

 

 守の視線を追ったその先には、腕を組みながら俺達の練習を眺めている冬海先生の姿があった。

 あの人が練習を見に来るなんてこと、今まで数えるくらいしかなかった。決勝戦の直前だからということだろうか? 

 しかもその後ろから夏未もやってきた。試合以外で雷門サッカー部が全員集合している珍しい状況だ。

 

 

 やってくるや否や、夏未は冬海先生に話しかける。

 すると間もなく、冬海先生の焦ったような、驚いたような声が俺達の耳に入ってくる。

 何でも、夏未が遠征用のバスを冬海先生に動かして欲しいとか。

 その要望に対して冬海先生は、異常なほどに取り乱している。まずいことが起こった時のそれだ。

 

 

 何かと理由をつけて拒否しようとしているが、夏未は徹底的に逃げ道を塞ぐ返答でその逃げを許さなかった。

 そして。

 

 

「冬海先生!」

「は、はいぃ!」

 

 

 とうとう押し負けたようだ。

 重い足取りで車庫へと向かっていく冬海先生。そして夏未に着いてくるように言われた俺達がその背中を追う。

 

 

 いざバスに乗り込んでからも、冬海先生の抵抗は続く。

 何故ここまで断ろうとしているんだ? 夏未の言う通り、私有地である校内なら大型免許がなくとも問題はないし、少し動かして停車させるだけなら俺達でも出来そうなことだ。

 であるのにも関わらずこの拒否の仕方。何か俺達の想像の及ばない事情でもあるのか? 

 

 

「土門? 顔色悪いぞ」

「え、ああ。なんでもないんだ」

 

 

 ふと横を見ると、土門が顔を青くしていた。先程とはまるで違う。

 怪我をしたような素振りも見せていないし、具合が悪いわけでもなさそうだ。

 とりあえず、本人が大丈夫と言っているので放っておく。何かあった時のため横にいておこう。

 

 

「あれおかしいですね、バッテリーが……」

「ふざけないでください!!」

 

 

 夏未が一喝。

 それに怯んだ冬海先生はとうとうエンジンをつけた。が、一向にバスは進み始めない。

 それにしても、夏未は何故冬海先生を追い詰めるような真似を? 何の考えもなしにこんなことするやつではないはず。

 

 

「で、出来ませんッ!!」

「どうしてです?」

「どうしてもです!!」

 

 

 動かせと促す夏未に、とうとうハッキリと拒否の意を示した冬海先生。

 すると夏未は、懐から1枚の手紙を取り出した。

 その手紙にはこれから起ころうとしていた恐ろしい犯罪の内容……冬海先生によるバスへの細工について記されているらしい。

 

 

 段々話が見えてきた。

 バスへの細工と、バスの発進の拒否……ブレーキオイルを抜いて、いざ俺達がバスで移動している最中に、事故に合わせようといったところか。ここで自分がバスを動かせば、自分で事故を起こすことになる。それが理由だろう。

 しかし、何故こんなことを? 

 

 

「一体なんのためにこんなこと!」

「あなた達を決勝戦に参加させると困る方がいるのですよ……」

「帝国の学園長か! 帝国のためなら、生徒がどうなっても良いというのか!?」

 

 

 豪炎寺が強い口調で冬海に問い詰める。

 帝国の総帥か、確かにフットボールフロンティアの連覇記録を伸ばすためには、試合の以前に対戦相手を消してしまった方が都合が良い。

 まさか、これまでの帝国の歴史の裏には全てそんな思惑が……? 

 

 

「君達は知らないんだ、あの方がどれだけ恐ろしいか……」

「ああ、知りたくもない!」

「貴方のような教師は学校を去りなさい! これは理事長の言葉と思ってもらって結構よ!」

 

 

 夏未による実施的な解雇処分が言い渡される。

 それを聞いて、冬海は悪態をつきながらこちらに背を向け去っていく……と思われたが、ふと立ち止まってこちらに振り返る。

 

 

「しかし、この雷門中に入り込んだ帝国のスパイが私だけとは思わないことです……ねえ、()()()?」

「なっ!?」

「そんな……!」

 

 

 そう言って冬海はどこかへ行ってしまう。

 最後に残していった爆弾により、皆の視線が土門へと向けられ、更に土門は顔色が悪くなる。これが理由か。

 そして皆から次々に非難の声が浴びせられる。

 

 

 だが待てよ? もしかしたら、冬海の行動を手紙で密告したのは土門なんじゃないか? 

 事前にそれを把握し、露呈させることができる人間は同じ帝国絡みの土門しかいないように思える。

 

 

「皆少し落ち着け! 夏未、その手紙を見せてくれないか」

「ええ、いいわよ」

 

 

 皆の注目を集め、夏未から密告の手紙を受け取り目を通す。

 ……やはり、間違いない。

 

 

「実際に見てみて確信した。これは土門の筆跡だ。冬海の悪事を教えて俺達を守ろうとしてくれたのは土門、お前なんじゃないのか?」

「……ああ、その手紙は俺が出したものだ。けどそれと同時に、俺が帝国のスパイだったのも本当だ……」

 

 

 土門は俯きながらそう告白する。

 土門が今自分で言った通り、帝国のスパイであったことは否定できない事実なんだろう。

 だがそれがどうしたというのだろう。

 

 

「でも、お前は最後に俺達を選んでくれた。俺達のことを本当の仲間と思ってくれたからじゃないのか?」

「それは……」

「皆はどう思う? 本当に心が帝国にあるなら、このまま黙っておけば目的は達成出来たはずだ。それなのにも関わらず土門は、俺達を選んでくれたんだ!」

「そうだ! 俺達はこれまで一緒に練習してきた仲間じゃないか! 信じようぜ、土門を!!」

 

 

 俺の言葉に守がそう続けると、皆は顔を見合わせ、しばらく何かを考えた後に口々に土門に対して許しと感謝の言葉を投げかける。

 土門は少し戸惑った素振りを見せた後に、笑顔で皆の手を取った。

 

 

「加賀美! ……ありがとうな」

「良いってことよ」

 

 

 大したことはしていない、ただ仲間を受け入れただけだ。そこに感謝なんて必要ないだろう。

 守の呼び掛けでそのまま練習に戻ることになった、が。

 

 

「ちょっといいですか!」

「どうした? 目金」

 

 

 珍しく目金が大きな声を上げて注目を集めた。

 何やら厚い資料をパラパラと捲ったと思ったら、こう続けた。

 

 

「このフットボールフロンティア規約書によると……監督不在のチームは出場出来ないそうですよ」

「ええ!? 夏未、お前知ってたのかよ」

「と、当然です! だから早く新監督を見つけなさい!」

 

 

 無茶ぶりである。

 確かにあのまま冬海を監督にしたままじゃ決勝なんて戦えなかっただろうが……せめて代わりを見つけてから行動を起こして欲しかったかもしれない。

 だが、わーわー騒いでいても何も解決しないからな、とりあえず皆で作戦会議だ。

 

 

「運動部の先生から誰か引っ張ってくるのは?」

「自分の部活があるんじゃないかな」

「誰でも良いって訳にはいかないっスよねえ……」

「どれだけ影が薄くても、監督がいることで俺達は試合に出られていた……ククッ」

 

 

 解決策は一向に出てこない。

 壁山が言った通り、誰でも良いと思って適当に選ぶと、冬海みたいな地雷を引き当てるかもしれない。

 かといって誰かいい心当たりがある訳でもない。

 

 

「そうだ、雷雷軒の親父さんはどうだ?」

「響木さんか。確かに守のお祖父さんを知っていたということは、サッカーに関わっていたはず」

「よし! 明日行ってみよう!」

 

 

 というわけで、全員で雷雷軒に殴り込むことになった。

 

 

 

 

 ---

 

 

 

 

「皆諦めるなって!! 監督になってくれる人はきっといるから!!」

 

 

 事の顛末を説明しよう。

 あれから俺達は雷雷軒に行き、響木さんに監督になってくれと頼んだ。

 だがそれを響木さんは仕事の邪魔だ、と一蹴。

 あの手この手で説得を試みる守に対し、注文をしないのなら出ていけと告げる響木さん。

 それに対して守はラーメンを注文するが、財布を部室に置いていたことに気づく。

 堪忍袋の緒が切れた響木さんに全員追い出され、仕方なく河川敷へやって来て練習している訳だ。

 

 

 が、決勝戦を前にして監督が不在となってしまい、このままでは不戦敗になることに憂いを抱いた皆は、イマイチ練習に身が入っていないようだ。

 まあ無理もないか……

 

 

 しかしどうしたものか、他に監督をやってくれそうな人の候補なんてアテがない。

 このままでは本当に戦うことすら出来ないだろう。

 

 

「……あれ、鬼道さん?」

 

 

 ふと土門がそう口にする。

 指を指した方向を見ると、そこには私服の鬼道がいて、こちらを見下ろしていた。

 唐突の来訪に皆が戸惑う。

 俺達の偵察か、それとも不戦敗寸前の俺らを笑いに来たのか、と鬼道に対して皆敵意剥き出しだ。

 

 

 鬼道が土手の方を顎で指す。来いということだろうか? 

 なんの用かは知らないが、俺と守で対応することにしよう。

 

 

「豪炎寺、風丸。少し練習の指示を頼んでいいか?」

「ああ」

 

 

 2人に皆を任せ、俺と守は鬼道の方へと向かう。

 久しぶりに見る鬼道は、ゴーグル越しでも分かるほどに何やら深刻そうな表情をしていた。

 

 

「よう鬼道、どうした?」

「冬海のことを謝りたかった。それに土門のことも」

「ああその事か……もういいんだ」

 

 

 下で練習している土門に視線を落とす。

 それを見て少し笑った鬼道が続けて口を開く。

 

 

「羨ましいよ、お前達が」

「……どういうことだ?」

「帝国が頂点に君臨し続けていたのは総帥の策略に過ぎない……俺達の実力ではない」

 

 

 自嘲気味にそう言った鬼道を即座に守が否定する。

 帝国イレブンの凄さは自分の身体が、心がよく知っている。だから自分達を否定するなと鬼道を励ます守。

 

 

「その通りだ。あの日戦ったお前達は、とてつもなく強かった。それは紛れもないお前達の実力だよ」

「加賀美……」

「決勝で俺達と戦うチームのキャプテンが、そんな悲観的になるなよ。倒しがいがないだろ?」

 

 

 軽く挑発するように鬼道に発破をかけると、たちまち鬼道の顔から暗さは消え、前に見たような強気な笑みが浮かぶ。

 

 

「そうか……お前達との試合、楽しみにしている」

「おう! 俺達もだ」

「絶対負けないからな」

 

 

 そう言い残して鬼道は去っていった。

 今のやり取りで確信した、やはり鬼道は悪いヤツじゃない。俺が思っていた通り、サッカーに対して熱い情熱を抱いた俺達みたいなサッカーバカだ。

 そんなヤツと最高の舞台で戦うためにも──

 

 

「──監督、見つけないとな」

「だな!」

 

 

 守とそう顔を見合わせ、練習している皆の元へと戻って行った。

 

 

 

 

 ---

 

 

 

 

「もしもし。え? 河川敷に来いって? 随分急だな……ああ、分かったよ」

 

 

 あれから何日か経ったある日、部活が休みのオフの日に唐突に守に呼び出された。

 一体何の用だ? 

 幸い、河川敷からそう遠くない場所にいるしとりあえず行ってみるとしよう。

 

 

 

 

 

 

「おーい柊弥! こっちこっち!」

「何なんだよ急に……ってあれ、響木さん?」

「加賀美ってのはお前のことか……」

 

 

 そこには、ユニフォームに着替えた守と、この前に見た時の変わらない姿の響木さんがいた。

 まるでこれからサッカーでもするのかという雰囲気だ。

 

 

「今から俺とおじさんで3本PKをする! 俺が全部止めれば第1段階クリアで、その次に柊弥がおじさんと同じように勝負して、全部決めれば監督になってくれるってさ!」

「この小僧が勝手に決めたことだがな」

「はは……うちの守がすみません」

 

 

 俺の知らないところで守は1人で頑張っていたようだ。

 とにかく、俺達が勝負に勝てれば監督を引き受けてくれることは約束してくれるようだ。

 2人の勝負を見届けながら俺は準備をしよう。

 

 

「よし、来いッ!!」

 

 

 まずは1本目。

 やはりサッカー経験者みたいだ。重く鋭いシュートが放たれたが、守はそれをしっかりと防いでみせる。

 それにしても、いくらサッカーをしていたといってもかなりと年齢のはず……それなのにも関わらず、あの威力だ。

 

 

「ほう、やるな」

「まずは1本目、止めたぜ!」

 

 

 続けざまに2本目。

 先程よりも明らかに強力なシュートが空気を切り裂きながらゴールへと襲い掛かる。

 それに対して守は熱血パンチを叩き込み、真っ直ぐに弾き返してみせる。

 

 

「これは……熱血パンチ」

「どうだ、2本目!」

「調子に乗るなよ、次の1本を止められなかった時点でこの話は無しだ」

 

 

 そして最後の3本目。

 前の2本とは比べ物にならないシュートだ。あまりの圧力に守が顔をしかめている。

 だが、守なら止める。必ずだ。

 

 

ゴッドハンド!! 

 

 

 正真正銘守の全力が響木さんの全力を真っ向から迎え撃つ。

 黄金の神の手はシュートの威力を完全に殺しきり、守の手の中にボールは収まっていた。

 3本目も守が止めた、第1段階クリアだ。

 

 

 次は俺が響木さんに撃ち込む番。

 しかし、響木さんが経験者なのは分かったが、本当に本気で撃ち込んでもいいものだろうか。仮にキーパーをやっていたとかなら分かるんだが……

 

 

「おじさんはあのイナズマイレブンのキーパーだ! 全力でいけよ!!」

「……成程、なら胸を借りるつもりでいかせてもらう」

 

 

 そういうことか。それなら遠慮はいらなさそうだな。

 軽く身体を動かし、ゴールの前の響木さんに視線を向ける。

 凄まじい圧力……これがあの伝説のイナズマイレブンのキーパーを務めていた男か、武者震いが止まらないぜ。

 

 

「よし、見せてみろ」

「いきますよ……!」

 

 

 響木さんの準備が終わったのを確認して、少し距離を確保してボールを地に降ろす。

 軽くドリブルしながら上がっていき、ある程度の所まで近付いたら全力でボールを蹴る。

 やや右上を狙ったそのシュートは、響木さんに触れられることなくゴールネットを揺らした。1本目。

 

 

「中々やるじゃないか」

 

 

 ボールをこちらに投げ渡してくる響木さん。そのスローの威力もとんでもないもので、受け止めた脚が少し痺れる。

 次は助走をつけることなく、その場で高くボールを蹴り上げる。

 落下してくるボールに対し、タイミングを見計らいボレーシュートを叩き込む。

 

 

 ゴールポストギリギリを狙ったつもりだったが、響木さんはそれにしっかりと飛び付いてくる。

 が、指を掠めただけで止めるには至らなかった。2本目。

 

 

「良いシュートだ……だが次俺が止めたら、分かってるな?」

「はい、勿論です」

「よし、全力で来いッ!!」

 

 

 響木さんの纏う雰囲気が変わった。この2本は全然本気ではなかったようだ。

 間近にいるわけでもないのにその圧が俺の肌を叩いてくる。流石伝説のチームのキーパー。

 だからといって、ここで俺が負ける訳にはいかない。

 響木さんは全力で来いと言った。ならそれに答えるのがプレイヤーとしての礼儀というもの。

 

 

轟一閃"改"!! 

 

 

 雷が迸る。

 練習を重ね、前よりもまたパワーもスピードも上がった一撃が閃く。

 轟音と共にゴールへと向かっていくシュート。さあ、これに対してどう出る? 

 

 

ゴッドハンド!! 

 

 

 見慣れた動作で手を掲げると、黄金の巨大な手が顕現する。驚いたな、響木さんもゴッドハンドを使えるなんて。

 そしてゴッドハンドを俺のシュートに対して突き出した。

 神の手と閃撃がぶつかり合い火花を散らす。

 徐々に響木さんをゴールへと押し込んでいき、そして──

 

 

「ぐッ!!」

「やったあ!! ナイスシュート柊弥!!」

 

 

 神の手を砕いて響木さんごとボールはゴールネットを揺らした。

 急いで響木さんに俺と守は駆け寄っていき、手を差し伸べる。

 立ち上がった響木さんは豪快に笑い、俺達の背中を力強く叩いた。

 

 

「ハッハッハ!!! コイツぁ良い。大介さんがピッチに戻ってきて、雷がゴールを貫くと来た!! お前達なら新たなイナズマイレブンになれるかもな」

「てことは!」

「お前達の監督、俺が引き受けてやる!」

 

 

 守とハイタッチを交わす。新監督、勧誘成功だ。

 

 

 

 

 ---

 

 

 

 

「というわけで、このチームの監督を引き受けてくれた響木監督だ」

「響木 正剛だ、よろしく頼む。決勝戦はもう間近、お前ら全員鍛えてやる! 良いな!?」

「「「おう!!!」」」

 

 

 翌日、響木さん……響木監督を改めた皆に紹介する。

 昨日まで欠けていた熱意が皆の瞳に戻っているのが分かる。これなら決勝戦も戦えるな。

 待ってろ帝国、リベンジの時はすぐ近くだ。




次回、いよいよ帝国戦開始


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第18話 帝国戦、開幕

話数を重ねていく度に1度更新した際のUAの増加が増えているような気がしますね。
それだけ多くの人に見ていただけているということでしょうか。
毎度の事ながらありがとうございます。

今後も多くの閲覧、評価、感想お待ちしております


「いよいよ地区大会決勝だ! またあの帝国と戦えるんだ、特訓の成果見せてやろうぜ!!」

「「「おお!!!」」」

「みんな張りきってるね、私も頑張らなきゃ!」

「雷々軒のおっちゃん! ……じゃなくて、響木監督!!」

 

 

 列車による移動中、俺達はかつてないほどの熱気に包まれていた。

 激戦を勝ち抜き、フットボールフロンティア決勝戦に進出、最初にボコボコにされた帝国と再戦できる機会が回ってきたのだ。それは燃えてくるというもの。

 勿論、俺も先程から心が昂って仕方ない。

 

 

「俺からはたった1つ、全てを出し切るんだ……後悔しないために!」

 

 

 守に呼ばれ、立ち上がって俺達にエールを送る響木監督。

 この人が監督を引き受けてくれなければ、今こうして帝国学園に向かうこともなかったと思うと、感謝してもしきれない。

 それに加えて、新しい監督になってから今日を迎えるまで俺達を徹底的に鍛え直してくれた。

 この恩は試合に勝って返すとしよう。

 

 

「あれ、夏未さんは……」

「電車は嫌いなんですって」

 

 

 どうやら自家用車で向かっているらしい。人混みが嫌いなところといい、流石お嬢様と言ったところか。

 

 

 そこから数十分、皆と帝国戦に向けての熱意を語り合ったり、雑談をしながら列車に揺られていると、いよいよ会場である帝国学園が見えてくる。

 写真でしか見た事なかったが、実際に見てみると……なんというか、校舎には見えないな。

 

 

「お、帝国学園が見えてきたぞ」

「な、なんスかアレ……」

「まるで要塞じゃねぇか……」

 

 

 

 

 染岡が例えたとおり、黒く煌めくその校舎はまるで要塞のような風貌だ。

 練習試合に来た時も、俺達が乗っているような送迎用のバスとは全く違う、戦争に使われていそうな装甲車みたいな乗り物で来たからな。

 ヤツらの雰囲気といい、まさしく軍隊のように見えたな。

 

 

 さらに少し経つと、ようやく帝国から最寄りの駅に到着する。

 壁山が車内に忘れ物をして降り損ねそうになるも、何とか全員降車出来た。

 そこから少し歩くと、先程電車の中から見えた帝国学園の校門に辿り着いた。

 近くで見るとこれまた壮観なもので。

 

 

「くうううっ……燃えてきたぜ!!」

「ああ、そうだな」

 

 

 守の熱意に同調する。

 他の皆よりも人一倍サッカーにかける情熱が熱い守のことだ、その心は触れようものなら火傷しそうなくらいに燃え上がっているに違いない。

 

 

 そうして、とうとう俺達は帝国の敷居を跨いだ。

 外装に違わず、中もやはり重々しい雰囲気を醸し出している。こんな環境で帝国の生徒達は落ち着いて勉強なんて出来るものだろうか。

 自衛隊学校でももう少し柔らかそうな気がする。 

 

 

「気をつけろ! バスに細工してきたヤツらだ、落とし穴があるかもしれない! 壁が迫ってくるかもしれない!!」

 

 

 響木監督のその一言に、1年組が壁や床に警戒を向ける。

 皆はからかわないでくれと笑うが、緊張は少しほぐれただろう。

 そんな皆を横目に、俺は改めて周囲を見渡す。

 ジョークとは言ったが、帝国、というより影山ならなにか仕掛けて来る可能性がある。警戒するに越したことはないだろうな。

 

 

 が、俺の目に飛び込んできたのは帝国の罠などではなく、少し浮かない顔をした春菜の姿だった。

 

 

「鬼道のことか?」

「はい……やっぱり、まだ」

「無理もない。だけど顔を合わせる以上、話す機会もあるかもしれない。その時はしっかり、な」

 

 

 そっと近づき、前の皆に聞こえない程度の声で話しかける。

 余計なお世話かもしれないが、気づいた以上見て見ぬふりは出来ないからな。

 少し春菜の表情が和らいだのを確認して、俺は最前列に戻る。

 

 

 迷路のように入り組んだ校内を歩き回り、ようやく俺達の控え室へと到着した。

 早速中に入ろうと近づいた瞬間、何もしていないにも関わらず扉が開いた。

 何事かと思って中を見ると、そこから鬼道が顔を出した。

 

 

「無事に着いたようだな」

「ああ」

「……中には何も無かった。安心してくれ」

 

 

 どうやら鬼道は、俺達の控え室になにか仕掛けが施されていないか前もって確認してくれていたらしい。

 噛み付く染岡達を宥め、鬼道に軽く礼を言って中に入る。

 鬼道への警戒を依然として解こうとしない皆だったが、守や秋の呼び掛けを得てようやく落ち着く。

 

 

 そして段々と準備が始まる。

 ユニフォームに着替え、靴紐の締まりを確認し、グラウンドに入る前に身体を軽く解す。

 準備が進むにつれ、皆の表情が引き締まり、雰囲気がピリピリし始めているのが分かる。

 決勝戦だからな、今までと同じという訳にはいかないか。

 

 

 さて、俺は先にトイレを済ませてこよう。

 控え室を出て、近くにあった校内図を確認してトイレへと向かう。いちいち確かめないと初見ではトイレにも辿り着けなさそうだ。

 

 

 トイレが近づいてきたその時、鬼道の後ろ姿が見えた。

 改めた軽く話でもしておこうか。そう思ってその背中を追いかけ始めた。

 曲がり角に差し掛かったところで、何かにぶつかりそうになって立ち止まった。

 物ではなく人だ。しかもかなりの高身長。

 見上げるようにして顔を見ると、只者ではない雰囲気を感じる。

 

 

「雷門中副キャプテン、加賀美君だね」

「……貴方は?」

「失礼、私は影山 零治……帝国学園総帥、サッカー部監督だ」

 

 

 戦慄が走る。

 この人が帝国の総帥、影山……一体何の目的でここにいる? 

 

 

「君に少し話があってね……」

「何でしょうか」

「うちの鬼道と、君のチームのマネージャー……音無 春奈についてだ」

 

 

 影山の口から鬼道と音無の名が挙げられる。

 この2人の関係性、この人が知っていない訳がない。それを俺に明かそうとしているのか? 

 だが、俺は既にその事実を知っている。特に意味は成さないな。

 

 

「2人が兄妹ということは……」

「知っています。それがどうかしましたか?」

「そうか、だがこれは知らないだろう。鬼道はね、別々になった音無とまた一緒になるために、彼の養父とある約束を交わしたんだ。それが、フットボールフロンティア全国大会で3年間優勝し続けること」

 

 

 そんな約束が……

 待てよ、ということは、もしこの試合で俺達が帝国に勝てば、2人が一緒になる未来は永遠に訪れないということになる。

 あの2人を永遠に引き離すことになるのは……俺ら、なのか? 

 

 

「……影山!?」

「おっと、私はこれで失礼するよ。……くれぐれも忘れるな、君達の行動次第では、鬼道達兄妹は破滅する」

 

 

 響木監督がやってきたのを見て、影山はどこかへ去っていった。

 監督がどうした、何があったと心配してくれるが、それに対して上の空な回答しか返せなかった。

 俺の頭の中には、影山が残した言葉と鬼道と春奈の顔が残って離れなかった。

 

 

 

 

 

「よし、来い!!」

 

 

 あれから控え室に戻ると、既にウォーミングアップの時間になっていたらしく、皆が俺を待っていた。

 皆についてグラウンドに向かう最中も、ずっとさっきのことを考えていた、否、考えざるをえなかった。

 途中、春奈が話しかけてくれたが、それで更に頭の中では思考が膨らんでいく。

 

 

 俺達が勝てば、2人は……けど、俺達は負ける訳には……

 

 

「柊弥? 早く撃ってこいよ!」

「あ、ああ。すまない」

 

 

 FW3人で守に対してシュート練習だ。

 俺の前の染岡と豪炎寺は既に撃ち終わり、俺の順番が回ってきていたようだがそれにも気付かず俺はずっと考え込んでいたようだ。

 このままじゃいけない、そうは分かっているが……

 

 

「どうしたんだ、いつもより威力ないぞ」

「……柄にもなく少し緊張しているみたいだ」

「おいおい、しっかりしてくれよ? 副キャプテン」

 

 

 守にそう茶化されるが、それに対して調子のいい回答をする余裕すら無かった。

 

 

「加賀美、酷い顔だぞ……何かあったのか」

「豪炎寺……俺……」

 

 

 豪炎寺にこのことを話せば、何とかなるだろうか? 

 言葉が喉のすぐそこまで出てきたところで、それを呑み込んだ。

 ダメだ。豪炎寺にまで影響が出たらどうする? そうなれば俺達は……

 

 

「……いや、何でもないんだ。実は俺は緊張に弱いのかもな」

「そうか……何かあるなら遠慮なく言えよ」

 

 

 肩に手を乗せて豪炎寺はそう言ってくれるが、言えたものでは無い。

 このままじゃダメだ。

 俺は雷門中副キャプテンなんだ、しっかりしないと。

 

 

 気を紛らわせるためにボールを蹴ろう。

 サッカーに夢中になれば、きっとこの悩みも晴れて本調子を取り戻せるはずだ。

 

 

「ギャァァァァァァ!?」

「──ッ! どうした!?」

 

 

 そんな時だった。突如として宍戸の悲鳴が響き渡る。

 何事かと宍戸に駆け寄ると、倒れ込んだ宍戸の身体をギリギリ避けるように大きなボルトが突き刺さってきた。

 危なかったな……こんなの身体で受けたら大怪我どころの話じゃなかったぞ。

 帝国はちゃんと整備をしているのだろうか。

 

 

「とにかく、そろそろ試合が始まる。アップを切り上げて整列だ!」

 

 

 どうやら、決勝戦は入場から始めるようで出入口に両チーム並べられる。

 ふと鬼道を横目で見てみると、何やら思い詰めたような顔をしている。

 試合が始まるというのに何をそんなに考えて……いや、俺が言えたことではないか。

 きっと、俺も酷い顔をしているだろうから。

 

 

 そしてとうとう、審判を先頭に入場が始まる。

 スタジアムを多くの観客が囲み、大歓声が包み込む。

 1人の選手として心躍らないはずのないこの状況に、何も感じられない自分がいる。

 

 

 全員がセンターラインに整列すると、1人ずつ握手が始まる。

 最後に鬼道と握手する番が回ってくると、鬼道は俺の耳元に口を近づけてこう囁く。

 

 

「試合が始まったらすぐ後ろに下がってくれ、頼む」

「……何か見つけたんだな?」

 

 

 鬼道は黙って頷き、俺の後ろの守にも同じことを話したようだ。

 俺達はそのことを皆にも伝える。すると、当然のように何でそんなことをと反論し始めるが、必死に頼み込んで何とか了承してもらう。

 ここは鬼道を信じるべきだ。

 

 

『さあ、とうとうフットボールフロンティア地区大会決勝!! 雷門中対帝国学園の試合がまもなく始まります! 両者にとっては因縁の対決のようなもの、どう試合が動くのか目が離せません!!』

 

 

 全員ポジションに着く。

 隣に並んだ豪炎寺に目配せし、改めて開始してすぐの動きを確認する。

 俺達FWと、MF達は速やかにDF達と同じくらいまで後退する。

 果たして何が起こるというのか。

 

 

『さあ、試合開始のホイッスルが……鳴ったァァァ!!』

 

 

 それと同時に、俺達はすぐさま後ろへ駆ける。

 そしてその瞬間、スタジアムを轟音が包み込んだ。

 一瞬だけその音の方向を確認すると、何と俺達がいた場所の上から鉄骨が何本も降り注いで来ていた。

 それらはグラウンドへと突き刺さり、あのままだったら俺達は間違いなく無事では済まなかっただろう。

 俺達は鬼道の進言のおかげで、誰一人怪我をすることはなかった。

 

 

 土煙が視界を埋めつくし、悲鳴があちこちから挙げられる。

 それは目の前の惨状に向けてのものだろう。

 だが、視界が晴れて俺達の無事が分かると、それらはたちまち歓喜の声へと切り替わる。

 

 

 そんな中、いち早く動き出した男がいた……鬼道だ。

 鬼道は1人でグラウンドの外へ出て何処かへ向かって行った。その行き先は、恐らく影山の所だ。

 俺と守に響木監督、帝国の源田と寺門はその後を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

「総帥! これが貴方のやり方ですか!?」

 

 

 総帥室。そう書かれた部屋の扉を乱雑に開けて鬼道は中へと足を踏み入れる。

 中にいたのは影山。何も無かったかのように飄々とそこに座していた。

 

 

「言っている意味が分からんな。わたしが何かしたという証拠があるのかね?」

「証拠ならあるぜ!」

 

 

 後ろから何かが入った袋が投げられ、影山の机に着地すると同時に鈍い金属音が響いた。

 外から姿を現したのは……雷雷軒にいたおじさん? 何でここに。

 守がその人のことを"刑事さん"と呼んだ。影山の後を追っていた警察の人だったのだろう。

 

 

 その鬼瓦さんという刑事の仲間が、工事作業員を連れて部屋に入ってきて、影山の指示でボルトを緩めたと白状する。

 ここに、影山の犯罪の証拠が揃ったのだ。

 

 

「俺はもう貴方の指示では戦いません」

「俺達も、鬼道と同じ意見です!!」

「勝手にするといい。もはや私にもお前達など必要ない」

 

 

 それは強がりだったのか、果たして別の意図があったのか。事実は誰にもわからない。

 鬼瓦さんが影山に同行を求めると、すんなりとそれに応じた。

 

 

「──ッ!?」

 

 

 鬼瓦さんに連れられ、外へ向かっていく途中。俺とすれ違った瞬間に確かにこちらに邪悪な笑みを浮かべて来た。

 忘れるな、ってことか? 

 忘れかけていた頭痛が再び頭の中で暴れだしたのを感じる。

 

 

「響木監督、円堂、加賀美。本当にすみませんでした。総帥がこんなことをしたんです、俺達に試合をする権利はありません……俺達の負けです」

 

 

 鬼道がそう謝罪を述べると、後ろの2人もそれに倣って頭を下げる。

 ダメだろ、鬼道。お前には引けない理由があるはずだろ。

 諦めて良いのか──

 

 

「何を言うんだ! 俺達は試合しに来たんだ、それにお前達が悪いんじゃない! だろ? 柊弥!」

「……ああ、その通りだ。試合をしよう」

「円堂、加賀美……!」

 

 

 守が鬼道の言葉を遮り、俺に同意を求める。

 俺は咄嗟にそれに頷き、帝国の棄権を拒否し試合を続行する流れに持っていく。これでいいんだ。

 

 

 この騒動が一段落着いた頃には、グラウンドの整備も終わっていたらしい。佐久間が俺達を呼びに来た。

 かくして、俺達は正々堂々と試合が出来るようになった。

 

 

 だが、この最高の舞台を目の前にしても。俺の心の中の霧が晴れることは無かった。

 

 

 

 

 

 

「さあ、本当の帝国のサッカーを見せるぞ!!」

「雷門魂、見せてやろうぜ!!」

 

 

 改めて全員ポジションに着き、試合開始のホイッスルを待つ。

 鬼道が帝国は生まれ変わったことを高らかに宣言し、それに対抗して守は俺達の熱い雷門魂を掲げる。

 両チーム共に先程のアクシデントの前よりも熱気が高まっているが分かる。

 

 

『さあ! 再び試合開始のホイッスルが鳴りました!! 試合開始です!!』

 

 

 本日2度目の試合開始。

 俺は、俺のやるべきことをやるだけだ。

 例えそれがどんな結果を招こうとも。

 

 

「豪炎寺」

「おう!」

 

 

 ホイッスルが鳴ってすぐ、豪炎寺にボールを渡すと速攻で相手陣地へ切り込んでいく。

 その後を俺や染岡達が追いかけていく。

 

 

 それにすぐさま反応し、ボールを奪おうと大野、成神がダブルスライディングを仕掛けてくるも、豪炎寺はそれを跳んで回避し、同時に後ろの染岡へとパスを出した。

 早速こちらのシュートチャンスだ。

 

 

ドラゴン!! 

トルネード!! 

 

 

 獰猛な蒼き龍が空高くへと舞い上がり、炎の竜巻を潜りてその姿を紅へと変える。

 炎を纏った龍は、ゴールを食い破らんとその牙を光らせて襲いかかる。

 

 

 対する帝国の守護神、源田は拳に力を集中させ、高く跳んだと思ったらその拳を地面に叩き付けた。

 

 

 

パワーシールド!! 

 

 

 ゴールを覆うように気の壁が地を裂いて姿を現し、龍の進撃を妨げる。

 数秒の間拮抗し、龍はその姿を何処かへ消してしまった。

 

 

 前の練習試合では俺の轟一閃で破れたはず。やはり帝国もあの時より遥かにレベルアップしている。

 だがそれは俺達はも同じ。勝つのは俺ら雷門だ。

 

 

 源田は五条へとボールを投げる。攻めの主導権は帝国へと移り変わった。

 半田のプレスを凌ぎ切り、少林のマークを振りほどいた鬼道にパスを出した。

 そのまま鬼道は単身雷門ゴールへと切り込んでいく。

 速い、今の俺達の場所からでは到底追い付けない。

 

 

 DF陣が鬼道の行く手を阻むが、その圧倒的なテクニックの前ではボールに触れることすら叶わなかった。

 驚くことに1人で守備を全員抜いてしまった鬼道は、とうとう守と対面する。

 

 

「行くぞ、雷門中ッ!!」

「来い、帝国ッ!!」

 

 

 鬼道がボールを高く蹴りあげると同時に指笛を鳴らす。

 音が響くと同時に、鬼道の足元からは何羽かのペンギンが顔を出し、鬼道は高く飛び上がる。

 呼び出されたペンギンは、ボールへと突き刺さって超高速で回転を始める。

 ボールにはエネルギーが注ぎ込まれ、溢れたそれが薄紫色に発光する。

 そして鬼道はオーバーヘッドキックを叩き込む。

 

 

オーバーヘッドペンギンッ!! 

 

 

 送り出されたボールの後をペンギンが追従する。

 凄いシュートだ。単身で撃つシュートなら俺も豪炎寺も染岡も凌ぐ威力かもしれない。

 威力だけでなくスピードも凄まじいもので、守はゴッドハンドを溜めが間に合わないと判断してすぐさま選択を切り替える。

 

 

熱血パンチッ!! 

 

 

 熱い炎を宿した拳をシュートに叩きつける。

 が、段々と守の身体は後ろへと押し込まれて──

 

 

「ぐわッ!?」

 

 

 ゴールネットが揺らされた。

 先制点は帝国、試合開始5分程で俺達はリードを奪われてしまった。

 

 

「俺達は勝つ、絶対にだ!!」

 

 

 鬼道が声高らかにそう宣言する。

 俺達も、俺もそれに応えなきゃいけないはずなのに、どうしてか身体が何かに取り憑かれたかのように重い。

 俺は一体、どうすればいいんだ。




帝国戦開幕。
影山の陰謀に嵌められたのは円堂ではなく柊弥、どうなることやら

次回、10:00に投稿です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第19話 迷いは晴れず

 得点板には0-1の文字。

 試合開始早々、鬼道の必殺シュートによって俺達は先制点を許してしまった。

 鬼道は全身全霊でこの試合に臨んでいる。それは鬼道だけじゃなく、帝国も雷門の皆も同じだろう。

 当然、俺も。

 

 

「1点取られても関係ねえ、俺達で取り返すぞ! 豪炎寺、加賀美!」

「もちろんだ」

「……ああ」

 

 

 染岡が反撃の意を示す。それに対して俺は力無い返事を返すことしか出来なかった。

 分かってる、本気でやらなきゃこの試合には勝てないなんて当然のことは。

 だが、それでも。

 

 

『雷門のキックオフで試合再開だ!! さあ雷門は帝国のリードを覆せるか!?』

「よし、上がれ!!」

 

 

 ボールを受け取った豪炎寺が一気に加速し、その後に俺達も続く。

 まず佐久間や寺門の前陣とぶつかるが、豪炎寺は力強いアタックでそれを突破する。

 そして左サイドに出されたパスを俺が滑り込むようにして受け取る。

 

 

 どう攻め上がろうか。

 前方を見渡すと、すぐ目の前に鬼道が迫っていた。俺からボールを奪うつもりだ。

 鬼道は鋭くボールに脚を伸ばす。それに反応してすぐさまヒールで蹴り、少し後退。

 

 

「加賀美!」

 

 

 すぐ後ろに来ていた染岡の声を確認し、バックパスでボールを繋ぐ。

 染岡は右サイドから上がっていき、鬼道の注意が逸れたその隙に俺は逆サイドからゴールへと向かう。

 

 

 染岡を大野、五条が囲む。

 が、包囲が完成する直前の僅かな穴を狙って染岡は鋭いパスを出す。その先に走り込んでいたのは豪炎寺だ。

 当然、帝国はそのままゴールを撃たせる気はなく、すぐさま豪炎寺へ警戒が向く。

 

 

 それが狙いだった。

 右サイドでボールを持った染岡と豪炎寺に相手の気が向けられているところで、俺が左サイドから単独でゴールへと迫る。

 豪炎寺はすぐさま俺にボールを渡す。

 目の前には不敵に微笑む源田の姿。

 

 

「来い、加賀美!」

轟一閃"改"!! 

 

 

 ボールに雷を注ぎ込み、最大威力を引き出せるベストタイミングで脚を振り抜く。

 一瞬にしてゴールには轟雷が迫る。

 これが前よりも強くなった俺のシュートだ、源田。

 落雷のような音が全体に響き渡った。

 

 

パワーシールド!! 

 

 

 先程ドラゴントルネードを無力化した力の壁が雷の行く手を塞ぐ。

 2つがぶつかり合ったと思ったら、何と少しも競り合うことなく威力は殺されてしまった。

 

 

 確かに、進化しているとはいえ轟一閃ではドラゴントルネードには及ばないだろう。

 それにしても、ここまで簡単に止められるものなのか。

 

 

「……期待外れだな」

「何……!?」

 

 

 源田はがっかりした顔でそう告げると、そのままロングパス。

 期待外れ? 上等だ、絶対に後悔させてやる。

 

 

 長く出されたパスを受け取ったのは6番辺見。

 ボールを奪い返すべく皆が向かっていくのを見て、俺もすぐさま切り返していく。

 半田とマックスが2人がかりでボールを奪いにかかるが、辺見はそれをしっかり捌き切り、鬼道へとパス。

 佐久間とのワンツーで華麗に包囲網を潜り抜け、再び守と向かい合う。

 

 

「佐久間!!」

「おう!!」

「「ツインブーストォ!! 」」

 

 

 鬼道が蹴り上げたボールを、背後から飛び込んで来ていた佐久間がヘディングで叩き落とす。

 落下してくるボールにダイレクトで鬼道がキックを叩き込む。

 勢いが倍増したそのシュートは、真っ直ぐに守へと突き進んでいく。

 

 

ゴッドハンド!! 

 

 

 先程とは違い、十分に備える時間のあった守はしっかりと力を溜めきれていた。

 神々しい光と共に神の手は外敵を抑え込むべく突き出される。

 光が収まる頃には、ボールもその手の中にあった。

 守は得点を許さない。

 

 

「へへっ、どうだ!」

「ふっ……まだまだこれからだ!」

 

 

 目まぐるしく主導権は移り変わる。

 時には雷門が、時には帝国が互いに攻めるも、中々ゴールへは辿り着けない。

 ボールを奪い、奪われまた奪い。

 

 

「加賀美!!」

 

 

 マックスがボールを奪われる寸前、体勢を崩しながらも何とか送り出したパス。

 しかしそれは、名前を呼ばれた俺がいる方向から少し逸れたコースへと飛んでいく。

 マックスの頑張りを無駄にする訳にはいかない、俺が駆け出したその頃には、真正面から鬼道がそのボールに向かってきていた。

 

 

「加賀美ィィィィィィ!!」

「鬼道ォォォォォォ!!」

 

 

 ボールが地に着くよりも早く、浮いたままのボールに俺と鬼道は同時に蹴りを叩き込んだ。

 紫のエネルギーと、雷がボールを中心に周囲に展開される。

 ボール越しに伝わってくるのは鬼道の凄まじいパワーだ。負けられないという必死な想いが伝わってくる。

 今にも押し負けてしまいそうだ。

 けれど、俺だって負ける訳にはいかない。

 

 

「「ォォォオオオオオ!!!!」」

 

 

 必死だった。

 獣みたいな咆哮を挙げながら込める力を更に強くする。

 徐々に俺の力の方が鬼道を上回り始め、鬼道を後ろに押し込み始める。

 負けじと鬼道も踏ん張る。

 更にボールの輝きは増し、溢れる力が身体を打つ。

 そしてとうとう、ボールに込められた俺達の力が暴発し、軽い爆発と共に上へ跳ねた。

 俺と鬼道は互いに弾き飛ばされる。

 

 

 身体をすぐさま起こし、ボールの行き先を確かめる。

 ボールを受け取ったのは洞面、すぐさま奪い返さなければ。

 と思ったその瞬間、何故かボールを外に出て試合を止める。

 一体何故? その疑問の答えは、洞面が走っていったその先にあった。

 

 

 そこにいたのは、脚を抑えて座り込んだままの鬼道の姿。

 今の駆け引きで脚を痛めたのか。

 すぐさま俺は鬼道に駆け寄り、肩を貸して外へと連れて行く。

 

 

「……すまない」

「気にするな、全力でぶつかった結果だ」

 

 

 ここで良いという鬼道をその場に下ろし、俺はピッチに戻っていく。

 原則として選手が治療中の間も試合は続行されるからだ。

 11人制のサッカーは1度交代した選手はもう出てこれないため、鬼道の治療が終わるまでは帝国は10人で戦うことになるが。

 

 

 半田のスローインで試合が再開する直前、外で治療している鬼道の元へ歩み寄る春奈の姿が見えた。

 それを見て、影山の言葉が再び脳内にフラッシュバックする。

 

 

「加賀美! いくぞ!」

「あ、ああ!!」

 

 

 豪炎寺に声を掛けられ、意識が引き戻される。

 今は試合中だ、集中しなければ。

 

 

 鬼道の指示が欠けたことで、帝国の守備に若干の穴が出来ているような気がする。

 俺が作ったような不利状況に付け込むようで申し訳ないが、今のうちに1点返させてもらう。

 

 

「こっちだ!!」

 

 

 先程よりもすんなりとゴール前まで辿り着いた。

 豪炎寺にボールを要求して、再び源田と対面する。

 一度深く深呼吸、俺の中から焦りを追い出す。

 

 

 ──よし、さっきの発言、取り消してもらうぞ。

 

 

 ボールを踏み潰すように脚を落とし、回転を加えたボールに俺の持てる全てを注ぎ込むつもりで力を集中させる。

 やがて膨大なエネルギーは雷へと変わり、辺りを打ちつける。

 さっきは簡単に守られたが、今度はそうはいかない。

 数歩後ろに下がり、雷に包まれたボールへと飛びかかる。

 

 

ライトニング──

『君達の行動次第では、鬼道達兄妹は破滅する』

「───ッ!!」

 

 

 両脚で蹴り込んだその瞬間、自分で自分のエネルギーを制御しきれずにそれを爆発四散させてしまった。

 俺は後方に大きく吹き飛ばされて数回転がり、その度に強く身体は地面に叩き付けられ、肺から空気が吐き出される。

 そしてボールは先程の轟一閃よりも弱々しくゴールへと飛んでいき、必殺技を使われることなくキャッチされた。

 

 

「クソ───ッ!!」

 

 

 全力で歯を食いしばり、拳を地面に叩き付ける。

 俺は全力でやろうとしているのに、どうしても影山が俺の邪魔をする。

 勝つために動くその瞬間に、俺の身体は呪われたように縛られてしまう。

 俺はこんなことをしたいわけではないのに。

 

 

 ──ボールを、奪わなければ。

 

 

「辺見!!」

 

 

 再び帝国に渡ったボールを追いかける。

 ボールを奪わなければ勝てない、シュートを決めなければ勝てない。

 俺が、俺がしっかりしなきゃ駄目なんだ。

 

 

 脚に力を込めて、走る。

 とにかくボールを奪って、流れを取り返さなければ。

 目の前にはボールを持った辺見。俺はそれに対してスライディングを仕掛ける。

 

 

「うわッ!?」

『おっと!! なんとここで加賀美がスライディングを仕掛けた結果、ファールを取られてしまった! 必死なあまり焦ってしまったか!?』

 

 

 スライディングの際に脚が引っかかってしまい、辺見を転倒させてしまう。

 すぐさま手を貸し、謝罪すると快く許してくれたが、俺の心にはどんどん余裕が無くなっていた。

 今の俺は間違いなく焦っている。

 決めるべき場面でシュートミスするし、今まで取られたことの無いファールも取られてしまった。

 こんなんじゃ、俺は副キャプテン失格だ。

 

 

「加賀美、落ち着けよ。らしくねえ」

「ああ、本当に悪い……」

 

 

 染岡にはそう声を掛けられ、豪炎寺には無言のまま肩に手を置かれた。

 切り替えろ、そう言いたいんだろ? 

 そんなこと自分でも分かってる。けど、どうしてもあの声が、言葉が脳裏にこびりついて離れない。

 

 

 試合が再開する直前、鬼道が戻ってきた。

 春奈のサポートもあり、早めに動けるようになったようだ。

 きっと春奈は鬼道との確執を乗り越えた、1歩進んだのだと思う。

 そんな2人を、永遠に引き剥がすようなことがあっていいのか? 

 

 

 本当に、俺はどうすれば良いんだ? 誰か教えてくれ。

 

 

「鬼道!!」

 

 

 帝国のフリーキック。ボールは早速鬼道へと渡った。

 が、復帰してまもなくでやや動きが鈍っているところにすぐさま風丸が切り込み、ボールを奪う。

 そのまま風のように駆け上がった風丸から少林へ、少林から俺へとボールが渡る。

 

 

 やってきた反撃のチャンス、ここでしっかり決めなければならない。

 帝国が反応するよりも早く、俺はボールを前へと運ぶ。

 そして俺を待っていた染岡にボールをまかせる。

 

 

ドラゴンクラッシュ!! 

 

 

 染岡は脚を振り上げ、力強くボールを蹴り込む。

 蒼龍が唸りながらゴールへと向かう。

 

 

パワーシールド!! 

 

 

 源田の守りの前では暴れる龍すらも追い返されてしまう。ボールは高く弾かれた。

 が、そのボールの先には豪炎寺が既に炎と共に待ち構えていた。

 

 

ファイアトルネード!! 

 

 

 間髪入れずに豪炎寺がファイアトルネードを放つ。

 染岡のシュートを止めるために源田は技を使った直後、これなら反応が間に合わず、ゴールを割れるかもしれない。

 頼む、決まってくれ。

 

 

 ゴールへと降り注ぐ炎の竜巻。

 俺達の希望を乗せて突き進んで行ったが、無慈悲にもその行く手は阻まれる。

 

 

「フッ……パワーシールドォ!! 

 

 

 予想に反し、源田は豪炎寺の速攻に対してしっかりとパワーシールドで応戦してきた。

 あの技は連続で出せるようだ。

 現状、あの技の正面突破も難しい……かなり苦しい状況だ。

 

 

 再び弾かれたボールは7番咲山の元へ。

 受け取ってすぐ、咲山はすぐ近くにいた鬼道へとパスした。

 鬼道は寺門、佐久間と共に攻め上がる。

 俺達はそれを阻むべく必死に追いかけるが、帝国の流れるような連携に歯が立たない。

 

 

 そして、3人は守の元へと辿り着いた。

 

 

「行くぞ円堂! これがゴッドハンドを破るために編み出した必殺技だ!!」

 

 

 鬼道が指笛を鳴らす。

 試合開始直後のあのシュートかと思ったが、違う。

 あのシュートは1人技。対して今のシュートは、佐久間と寺門がいる。

 その2人は指笛が響いた瞬間に前方へ駆け出す。

 それと同じくらいのタイミングて、地中からペンギンが顔を出し、鬼道が前に送ったボールを追いかけて飛んでいく。

 そして鬼道から届けられたボールに対し、佐久間と寺門が同時に蹴り込む。

 

 

皇帝ペンギン──

「「2号!! 」」

 

 

 凄まじい力が加えられたボールの後をペンギンが追う。

 この試合で見たどのシュートよりも明らかに強力なものだと一目で分かる。何せ俺のところまでシュートの圧が伝わってくるのだから。

 

 

ゴッドハンド!! 

 

 

 守はゴッドハンドを繰り出して対抗する。

 掌の中心にシュートがぶつかった瞬間、守は少し押される。

 そして、畳み掛けるようにペンギンが襲いかかると更に押し込まれ、さらに勢いが強まったその瞬間、黄金の手は砕け散る。

 

 

「うわッ!?」

『ゴール!! なんと帝国、また新たな必殺シュートで円堂のゴッドハンドを打ち破った!! 2点のリードだ!!』

 

 

 帝国は沸き立ち、それとは対照的に俺達は唖然と破られたゴールを眺めていた。

 俺達のシュートは尽く防がれ、今まだゴールを許したことは無かった守のゴッドハンドは破られた。

 これが意味するのは一つ。攻めも守りも俺達は帝国に劣っているということ。

 頭の中には"敗北"の2文字が。

 

 

 何とかこの状況を打開しなければ。

 ここで負ける訳にはいかない、俺達は勝つんだ。

 

 

 ──勝ったら、どうなる? 

 途端にその問いが頭の中を埋め尽くし、全身から力を奪う。

 

 

 ああ、駄目だ。

 

 

「何としても1点返すぞ!!」

 

 

 ホイッスルが鳴り響く。

 少し焦ったような表情の染岡が駆け上がり、豪炎寺もそれに続く。

 当然俺もそれを追いかけるが、やけに2人が遠く感じる。

 俺はこんなに遅かったか? 

 

 

「くっ!」

「加賀美、止めてくれ!!」

 

 

 豪炎寺からボールを奪った成神。

 染岡の必死な頼みに応えるべく、全身でぶつかりにいくが簡単に押し負けてしまった。

 俺はこんなに弱かったか? 

 

 

 気付いた時には俺はその場に立ち尽くしていた。

 皆がボールを追いかけている中でも、何もすることなく、ただ動かずに。

 次に身体を動かしたのは、数分後に前半終了のホイッスルが響いた時だった。

 

 

 

 

 

 ベンチに戻ると、皆はこれまで以上に焦っていた。

 攻めも守りも通じず、一方的に得点を許すだけ。

 中にはあの練習試合の時を思い出しているヤツもいるだろう。

 皆がどうするか必死に考えている中も、守や風丸、染岡が心配して声を掛けてくれても、俺は1人で黙り込んでいた。

 

 

 今の俺にはフィールドに立つ資格なんてない。

 いても迷惑になるだけだ。

 そうだ、響木監督に誰かと交代してもらおう。

 そっちの方が皆の為にもなる。

 

 

 

 

 

 

 

 そう思い、歩き出した直後だった。

 熱い炎を纏った何かが、俺を貫いた。




鬼道と音無の関係について悩むのが円堂ではなく柊弥なら、当然豪炎寺先生の治療を受けるのは柊弥になったようです。

次回、16:00に投稿です


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第20話 再び轟け雷よ

過去最大の文字量になりました(約8600文字)
いつか10000文字を超えるときが来るのだろうか・・・

海苔巻さん、誤字報告ありがとうございます


「がはッ!!??」

 

 

 突如として腹部に物理的な衝撃が走る。

 胸には炎を纏ったサッカーボールが叩きつけられており、何の準備もしていなかった俺は為す術なく弾き飛ばされる。

 肺の中に溜め込まれていた空気は全て外に押し出され、酸素を求めて脳が急いで呼吸を命令する。

 

 

 5,6メートルほど転がってようやく止まった俺の身体は、仰向けになって起き上がれなかった。

 何だ、一体何が起きたか分からない。

 

 

 俺は響木監督に選手交代してもらおうと思って動こうとした。その瞬間に、腹にボールが飛んできた。

 誰がこれをやったのか……なんて考えるまでもなかった。

 あんなに熱いシュートを撃ってくるのは──

 

 

「何してんだよ、豪炎寺!!」

 

 

 何とか身体を起こして視線を上げると、目の前には鋭い目線でこちらを見下ろしている豪炎寺の姿が。

 守が豪炎寺の行動に対し大声を上げるが、豪炎寺の目は揺るがない。

 

 

 少ししゃがみ込んだと思ったら、唐突に胸ぐらを掴まれて持ち上げられる。

 そして豪炎寺は至近距離で真っ直ぐに俺を見つめ、淡々とこう告げる。

 

 

「今のお前に、サッカーをする資格はない」

 

 

 ああ、その通りだよ豪炎寺。そんなこと俺も自分で分かっているんだよ。

 だから今から言いに行くところだったんだ、邪魔をしないでくれ。

 

 

「俺をサッカーに引き戻してくれたお前は!! あんなプレーは絶対にしない!! 何かに気を取られて調子を出せないなんて醜態を晒すようなヤツじゃない!!」

「豪、炎寺」

 

 

 豪炎寺が怒って声を荒らげているところを、俺は初めて見た。

 胸ぐらを掴む力はより強くなり、俺を見るその目付きはより鋭くなっている。

 俺は豪炎寺にここまでさせるほど・・・

 

 

「それが、お前のやりたいサッカーなのか……?」

 

 

 先程とは打って変わって、弱々しい声で豪炎寺はそう訊ねる。

 俺の、やりたいサッカー……

 

 

「答えろッ!! 加賀美 柊弥ッ!!」

「───違うッッ!!」

 

 

 気付いた時には、声を荒らげ、胸ぐらを掴む豪炎寺の手を握り締めていた。

 骨を折ってしまうのではないかというほどに強く、力強く。

 だが、それに対して豪炎寺は嫌そうな顔はせず、満足そうに笑った。

 迷いは晴れた。

 

 

「もう一度轟いてみせろ、加賀美」

「……応ッ!!」

 

 

 俺は、腹から声を絞り出して豪炎寺に応えた。

 それを聞いて豪炎寺は俺から手を離し、片手に持っていたタオルを俺に差し出し、俺はそれを受け取って汗を拭う。

 そして2人で皆の円に混ざり、作戦会議に加わった。

 

 

 俺はもう大丈夫だ。

 試合の外の事情を考えるよりも、目の前の敵に全力でぶつかる。

 それが1人のサッカープレイヤーとしての礼儀というもの。手を抜くなど相手に対する侮辱に他ならない。

 だから、どうなっても恨みっこなしだ。

 

 

「後半が始まったらすぐに攻め上がろう。俺が必ず1点奪い返してみせる」

「ああ! 任せたぜ!」

 

 

 俺の宣言に皆は信頼を寄せてくれる。

 仲間にここまで頼ってもらってるんだ、その信頼に応える義務が俺にはある。

 後半からは俺の全力サッカーで道を切り開いてやる。

 

 

「柊弥先輩、もう大丈夫ですよね?」

「心配かけたな。春奈も、大丈夫なんだな?」

「はい! ……だから、柊弥先輩も頑張ってください!」

 

 

 春奈の笑顔に親指を立てて返事する。

 春奈だって苦しさを、壁を乗り越えた。見習って俺も壁の1つや2つ超えていかなければ。

 

 

 ふと胸元に手を伸ばすと、硬い感触がある。父さんから貰ったネックレスだ。

 これからの勝利をこのネックレスに誓おう。父さん、俺に力を貸してくれ。

 

 

 そして視線を前に戻すと、そこには今まで一緒に戦ってきた大切で、心強い仲間達。

 

 

「よし、皆いくぞ!!」

「おう!!」

「やってやるでヤンス!!」

「絶対勝つぞ!!」

 

 

 気合十分。勝ちに行くぞ。

 

 

 ポジションについて、前に待ち構える帝国イレブンに目線を向ける。

 相手にとって不足なしだ。さっきまでの憂鬱が嘘みたいにボールに触りたい。

 さあ、改めて勝負だ……鬼道、帝国学園!! 

 

 

『さあ両チームがポジションにつきました! 雷門は帝国に2点のリードを許し、かなり苦しい状況でしょう。ここからどう巻き返すのか、目が離せません!!』

 

 

 そして後半開始のホイッスルが鳴った。

 佐久間がボールを持って走り出すが、すぐさまその行く手を塞ぐ。

 パスコースは皆が潰してくれている。

 自力で俺を振りほどくしか無くなった佐久間が一瞬戸惑うが、その隙に付け込んでボールを奪い取る。

 

 

 豪炎寺と染岡と共に並んで帝国ゴールへと切り込んでいく。

 鬼道を中心として帝国が俺達からボールを奪わんと次々襲いかかるが、自力で躱し、時には仲間を頼り、あっという間にゴール前へと辿り着く。

 

 

 さあ、リベンジといこうか源田。

 

 

「───ォォォォォオオオオ!!!」

 

 

 ボールを踏み抜き、交差させた腕を開くと共に大きく天を仰ぎ咆哮。

 それに応じて俺の身体から溢れたエネルギーが次々にボールへと注ぎ込まれる。

 それがボールを中心に巨大な球体を形作ったところで、収まりきらないエネルギーが雷となって辺りに迸る。

 

 

 これはかなり消費が激しい。だがそんなこと関係ない。

 今ここで全力を尽くし、何としてでも1点奪い取る! 

 喰らえ、これが俺の全身全霊、全力の一撃!! 

 

 

ライトニングブラスタァァアア!! 

 

 

 喉がはち切れんばかりの大声でその名を叫び、両脚で雷の塊へと脚を突き刺す。

 すると、俺の声よりも遥かに大きな轟音が響き、極太の雷が全てを焼き尽くさんと放たれる。

 少しでも威力を弱めようと雷に立ち向かった帝国DF陣は、ボールに触れる前に吹き飛ばされる。

 

 

 それを見た源田は、一切怯むどころか獰猛な笑みを浮かべて拳に力を溜め、それを力強く叩き付ける。

 地を裂き、吹き出すようにしてそれは姿を現す。

 

 

パワーシールドォォ!! 

 

 

 今日見せたどれよりも大きなパワーシールドが展開される。

 が、万物を撃ち砕く強大な雷は、そんなものに屈することはなく、一瞬にしてそれを呑み込んだ。

 光が晴れる頃には、ゴールネットを焦がし、黒い煙を挙げながらラインの内側を転がるボールがそこにあった。

 

 

『ゴオォォォル!!! 後半開始早々、加賀美を中心とした雷門FW陣が攻め上がり、誰も破ることのなかった源田の守りを打ち破ったァァァァ!!』

 

 

 ガッツポーズを掲げる。このゴールでピッチ内もベンチも観客も、雷門に関わる全ての人間が活気付く。

 まずは1点、返したぞ。

 

 

 帝国の方を振り返ってみると、悔しそうな素振りこそすれどその闘志は一切衰えてはいなかった。

 まだまだこれからだ。もう1点奪い取ってやる。

 

 

「よし、まだまだ攻めるぞ!!」

 

 

 帝国ボールでキックオフ。

 すぐさまボールを奪いにかかるも、やはりそう簡単に譲ってはくれない。

 こちらがどれだけ策を弄しても、それ以上のゲームメイクを鬼道はこなしてみせる。流石"天才ゲームメイカー"だ。

 

 

 策で勝てないなら、とにかくぶつかりに行くしかない。

 片っ端からプレスをかけにいくが、あともう少しというところで避けられてしまう。

 そしてとうとうゴール近くまでの侵入を許してしまう。

 だが寺門は抑えている、皇帝ペンギン2号は使えないはずだ。

 

 

「「ツインブースト!! 」」

 

 

 佐久間と鬼道の連携シュートが放たれる。

 先程ゴッドハンドで守はこれを止めたが、今回はゴッドハンドの動作に移る様子がない。

 熱血パンチでは恐らく止められないはず、一体どうするつもりだ? 

 

 

「はぁッ!!」

 

 

 ボールに拳を叩きつけた。やはり熱血パンチなのか? 

 いや違う。

 守は目にも止まらぬ連続パンチをボールに打ち込み続け、次第にボールの勢いは殺されていく。

 守のやつ、この土壇場で新必殺技を編み出しやがった。

 

 

「いけェ!!」

 

 

 守が止めたこのボール、無駄にはしない。

 鬼道が前線に上がった影響で、守備の連携が少し緩くなっているその隙をついて再び俺達は攻め上がる。

 大きく弾かれたボールを受け取り、再び帝国ゴールへと攻め上がる。

 

 

アースクエイク!! 

「染岡ァ!」

 

 

 大野が高く飛び上がり、その体躯を利用して地面を揺らす。

 それでバランスを崩す前に、俺は染岡にボールを託す。

 俺は振動に脚を奪われ、その場に崩れ落ちるもボールは繋いだ。視線の先には2人でゴールへと迫る染岡と、その後ろを追う豪炎寺。

 

 

「決めるぜ! ドラゴォォォン!! 

「おう! トルネェェェィド!! 

 

 

 染岡が空高く放ったドラゴンクラッシュに、豪炎寺がファイアトルネードを叩き込む。

 猛火と共に龍がゴールへと飛び込んでいく。

 

 

「もうゴールは割らせん!! フルパワーシールドッッ!! 

 

 

 源田はまだ奥の手を隠していたらしい。

 パワーシールドの何倍も強大で、広くまで展開する衝撃波の壁がゴールを護る。

 パワーシールドを突破することも叶わなかったドラゴントルネードは、フルパワーシールドの前ではより簡単に抑え込まれてしまった。

 

 

 あれを破れるのは恐らく万全の状態のライトニングブラスターのみ。

 だがさっき1発撃ったせいでかなり体力が持っていかれている上、仮にもう1本撃ったとなればもうこの試合ではまともに動けないだろう。

 つまり、現状フルパワーシールドを破れる手段は無い。

 

 

 もう1つ秘策があるが、あれは未完成のまま終わってしまった。この土壇場で試せるかと聞かれたらリスクの方が大きいと言わざるを得ない。

 ならここで終わりか? そんなわけないだろ。

 方法が無いなら、新しく作ってしまえばいい。俺は既に突破口を見つけている。

 

 

「豪炎寺、染岡!! もう1本だ!!」

「おう!!」

「分かった!!」

 

 

 弾かれたボールは成神の元へと飛んでいくが、そこに走り込んできていた半田がヘディングでそれを前へ弾く。

 それに一斉に群がるが、誰よりも早く俺がボールを奪い取り、染岡へすぐさま渡す。

 染岡は脚を振りかぶり、豪炎寺は空高くへ炎を纏って飛び上がる。

 

 

「「うォォォォオオオオ!!」」

 

 

 再び染岡は蒼龍を使役し、豪炎寺は炎を吹き込む。

 時間を空けず再び姿を現した炎の龍は、今しがた行く手を阻まれた強大で荘厳な壁へと再びぶつかりに行く。

 

 

「何度来ても同じだ! フルパワーシールドッ!! 

 

 

 源田も再びフルパワーシールドを展開して迎え撃つ。今だ! 

 

 

 衝撃波の壁によって勢いが殺されつつあるボールに対し、雷を纏った脚を叩き付ける。

 それに対し源田だけでなく、他の面々も驚きの声を上げる。

 ただ1人、豪炎寺だけは分かっていたようだ。

 

 

 フルパワーシールドは確かに強力な必殺技だ。

 使用者のパワーがそのまま技に反映されるからな。キング・オブ・ゴールキーパーとまで呼ばれている源田が使えば、それは頑丈な壁へとなるに違いない。

 だがそんな技にも弱点がある。

 極力広い範囲をカバーするために、力をある程度分散して展開する必要があること。つまり、壁の厚さ自体はそうでも無いということだ。

 

 

 なら、至近距離で更に力を加えてやれば───

 

 

「──ぶち抜けるッ!! 雷龍一閃・焔!! 

 

 

 炎の龍は更に雷を纏い、その力を高める。

 一切傷付けることが出来なかったその壁に牙が突き立てられ、やがて噛み砕いてみせる。

 源田を巻き込んで龍はゴールへ侵入し、ネットを揺らす。

 2点目だ。これだ同点。

 

 

「柊弥、豪炎寺、染岡!! お前ら最高だぜ!!」

 

 

 守がこちらまで走ってきて肩に手を掛けてくる。

 こいつの喜びようをみているとこっちまでニヤけてくるな。

 だがまだ後半は半分も終わっちゃいない。油断大敵だ。

 

 

「まだまだここからだ、1本取って勝ちに行くぞ!!」

「よっしゃあ!!」

「おう!!」

 

 

 2点決めたがこれだまだようやく同点だ。勝つためには最低でもあともう一点とる必要がある。

 気合い入れていかなければ。

 

 

「俺達が先に1点取るぞ!!」

 

 

 帝国もやる気満々のようだ。

 速攻で2点も取られたというのに全く揺らいじゃいない。

 それでこそ帝国、それでこそ王者だ。こっちもむしろやる気が上がってくるというもの。

 

 

「行くぞ! 全員攻め上がれ!!」

 

 

 試合再開のホイッスルと同時に、何と鬼道の指示で帝国のFW、MFが全員でこちらに攻め込んでくる。

 圧倒的物量で押し切るつもりか。

 すぐさまボールを奪いにかかるが、華麗な連携で次々パスを回し、中々ボールに触れられない。

 そこまでディフェンスに特化している訳では無い俺達前衛はすぐさま抜かれてしまう。

 

 

 後ろに控えている守備の本丸が風丸の指示で抑えにかかるも、それを上回る鬼道の指示であっさりと躱されてしまう。

 何てゲームメイクだ、まるで歯が立たない。

 

 

 鬼道は佐久間と寺門を連れてゴールへと迫る。

 それを阻止しようにも、他のヤツらがDF達を抑え込んでいるため動けない状況だ。

 あれは恐らく皇帝ペンギン2号を決めるつもりなのだろう。

 守を信じていない訳では無いが、このままではかなりまずい。何としてでも阻止し、こちらから先に1点奪い取りたいところだ。

 

 

「行くぞ円堂!! 皇帝ペンギン!! 

「「2号!! 」」

 

 

 予想通り皇帝ペンギン2号が放たれる。

 先程ゴッドハンドは破られ、新しく編み出したあのパンチング技ではゴッドハンドを上回ることは出来ないだろう。

 恐らく皇帝ペンギン2号は止めきれない、寸前のところで俺が弾くしかない。

 

 

「行かせないぜ」

「くっ!」

 

 

 更に後ろから帝国DFがこちらに上がってきており、俺達も身動きが取れなくなってしまう。

 風丸達もやはり抑えられており、カバーには入れなさそうな状況だ。

 守を、信じるしかない。

 

 

「絶対に止めてみせる!! ゴッドハンドォォ!! 

 

 

 神の手が迫る脅威から守るべきものを守るべく立ちはだかる。

 だが、やはり皇帝の名を冠するシュートは神の手をも食い破ろうとどんどん押し込んでいく。

 守は更に力を込めるが、それでも後退は止まらない。

 ダメか、そう思ったその時だった。

 

 

「これで、どうだァァァァァァ!!」

 

 

 守は左手を右手に重ね、両手でゴッドハンドを繰り出した。

 ゴッドハンドの2倍程の大きさになった、言うなればダブルゴッドハンドは一際強く輝き、先程まで劣勢だった状況を覆し始めた。

 ペンギン達はたちまち霧となって消え失せ、ボールは守の手の中にしっかりと収められていた。

 

 

「よっしゃあ!!」

 

 

 守が声を大にして喜ぶ。

 アイツ、本当にやりやがった……最高だぜ。

 

 

「壁山、上がれ!!」

「はいっス!!」

 

 

 守は壁山に前進を指示する。

 恐らく狙いはイナズマ落とし。そこにさらに俺がさっきのように轟一閃を上乗せし、源田のフルパワーシールドを破ろうという目論見だろう。

 そう思い、再び壁山の方を見る。そしてそこであることに気付いた。

 

 

「は!?」

『何と円堂、ゴールを放棄して壁山と共に駆け上がっていくぞ!? 一体どういうつもりだ!?』

 

 

 アイツ、何考えてやがる!? 

 帝国を相手にゴールを放り出してフィールドプレイヤーのように相手ゴールに向かい始めやがった。

 ボールを奪われれば一巻の終わりだぞ。

 

 

 しかし、鬼道もこれは想定していなかったようで、最適なゲームメイクが出来ずにいるようだ。

 まあそれもそうか、守が上がってくるなんて仲間の俺達も誰1人考えていなかったのだから。

 これはチャンスかもしれない。

 

 

「俺が前まで運ぶ、お前達は信じて進め!!」

「おう、任せた!!」

 

 

 守は俺にボールを託し、壁山と共にゴールへと駆け上がる。

 信じて任されたこのボール、必ず俺が繋いでみせる。

 

 

「加賀美を止めろォ!!」

「遅いッ!!」

 

 

 鬼道が俺を囲むように指示するも、その包囲網が完成する前に雷の如き速さでその場を潜り抜ける。

 凄まじい加速だ、これならいけるぞ。

 すぐさまDF陣が俺に襲いかかるも、特に問題なくそれを回避する。

 

 

 目の前にはゴール前へと辿り着いた守と壁山、そして豪炎寺。

 

 

「決めろ!!」

 

 

 俺はシュートにも似た鋭いパスを繰り出す。

 それを受け取った豪炎寺は空高くへボールを蹴り上げ、それを追って3人同時に飛び上がる。

 限界まで高く飛んだところで壁山はイナズマ落としのように地面に背を向け、自ら進んで足場となる。

 そして豪炎寺と守は、壁山を踏み台にして更に高くへ、誰の手も届かないところまで飛ぶ。

 

 

「「いけェェェェェェェェ!!」」

 

 

 そして放たれたのは、ツインオーバーヘッドキック。

 イナズマ落としの蒼いイナズマと、イナズマ1号の黄色いイナズマが交差しながらゴールへと降り注ぐ。

 言うなれば、イナズマ1号落としといったところか。

 アイツら、あんな難易度の高い技をこの土壇場で決めるなんて。

 

 

 源田は当然簡単にゴールを許すつもりは無いようで、再びフルパワーシールドを展開する。

 火花を散らしながら衝突する両者。

 これ以上の失点は許すまいと源田が咆哮するが、イナズマはその壁を撃ち砕くべく突き進む。

 やがて壁にヒビが入り、一気に決壊する。

 ゴールをイナズマが貫いた。

 

 

『ゴォォォォォル!! 何と雷門中、この局面で新たな必殺技を編み出し更に1点もぎ取った!! 3-2、逆転だァァァァァァ!!』

 

 

 本当にやりやがった。

 後半15分。怒涛の反撃の甲斐あってとうとう逆転だ。

 だが、これでようやく後半の半分が終わったところ。まだまだ逆転される余地はある。

 まだ気を緩められない。

 

 

「ナイスシュート、豪炎寺、守、壁山」

「おう!」

 

 

 こちらへ戻ってくる3人とハイタッチを交わす。

 ポジションに戻り、もう何度目か分からないが帝国と向き合う。

 やはり、まだまだやる気は衰えていない。それどころか先程よりも鋭く研ぎ澄まされている。

 流石だ、そうこなくては。

 

 

「油断するなよ! このまま勝つぞ!!」

 

 

 キックオフのホイッスル。

 佐久間は後ろの鬼道へとパスを出す。

 鬼道を中心に帝国は再び攻め上がる。正確なパス回しで的確に穴を突き、あっという間に切り込んでいく。

好きにさせる訳にはいかない。

 

 

「させない!」

「俺は負ける訳にはいかないんだ、何としてでもッ!!」

 

 

 すぐさま後ろに切り返し、ボールを奪いにかかるが、鬼道が凄まじい気迫で抵抗してくる。

 別人のようなその圧力に若干怯んだその隙を突かれ、追い抜かれてしまった。

 皆が必死にボールを奪おうと行く手を塞ぐが、やはり鬼道の指示で見事に抜かれてしまう。

 いや、それだけじゃないな。

 負けたくないという鬼気迫る想いが、1人1人を突き動かしている。先程よりも強靭なパフォーマンスが俺達を圧倒しているんだ。

 

 

「佐久間、寺門、洞面!!」

 

 

 鬼道がサイドから駆け上がる3人にパスを出す。

 あの3人は……デスゾーンか! 

 だが、皇帝ペンギンすら防いでみせた守に、デスゾーンは通用しないだろう。

 守が止め、またこちらが流れを掴む。

 そしてもっと点差を広げるんだ。

 

 

 しかし、ここで予想外のことが起こる。

 再びボールが鬼道に戻されたのだ。

 デスゾーンでは突破できないと咄嗟に判断し、皇帝ペンギン2号に切り替えたのか? 

 いや違う。何か違和感を感じる。

 あの動きは、今までに見た事ある2つが被って見える。

 

 

「ふんッ!!」

 

 

 鬼道は指笛を鳴らし、ボールを高く蹴りあげる。

 あれはオーバーヘッドペンギンの構えだ。

 鬼道の足元からペンギンが顔を出すが、ボールに向かって飛び上がったのは鬼道ではなかった。

 先程の3人だ。

 鬼道が上げたボールを、紫色のオーラを纏いながら囲む。

 これはデスゾーン……? 

 分からない、一体何をしようとしている? 

 

 

「「「はァァァァァァ!!」」」

 

 

 そのまま3人はデスゾーンを放つ。

 やはりデスゾーンなのか? しかしこれでは守を破ることは出来ないはず。意図が読めない。

 

 

 その時だった。

 そのままゴールへ向かっていくかと思われた死のシュートに、先程鬼道が呼び出したペンギンがクチバシから突き刺さる。

 そしてそのままドリルのように回転を始めると、デスゾーンが内包する紫色の、死のエネルギーが更に増幅し始める。

 まさか、アイツらの狙いは! 

 

 

「これが俺達帝国の全てだ!! 皇帝ペンギン死神(リーパー)!! 

 

 

 鬼道はペンギンがエネルギーを高めたボールに対してオーバーヘッドキックを叩き込む。

 すると、ペンギンはたちまち死のオーラに包み込まれ、禍々しい姿へと変貌する。

 死神の名を冠するそのシュートには、立ち塞がるもの全ての命を刈り取ってしまうのではないかと思わせる程の力が秘められていた。

 

 

「止める!! ゴッドハンド!! 

 

 

 先程と同じように、両手でゴッドハンドを繰り出す守。

 だが、大きく力強い神の手は、次々と死神達に食い破られ見るも無惨な姿へと変えられてしまう。

 力を失った神の手は形を保てず、そのまま死神に屈することになった。

 

 

『ゴォォォォォル!! 帝国学園、負けじと新たな必殺技を繰り出し、雷門中からまた1点を奪い返した!! 3-3、再び並んだ!!』

「守、大丈夫か?」

「ああ、悪い……すげえシュートだった、まだ手がビリビリしてる」

 

 

 守の手は小刻みに震えていた。どれだけ強力なシュートだったのか容易に伺える。

 守は立ち上がり、次は絶対に止めると意気込んで見せた。

 

 

 しかし、ここで同点か。

 もう俺も、皆も、帝国も全員余力が無い、限界ギリギリといったところか。全身が軋んでいるのが分かる。

 

 

 だが、このギリギリの状況が苦しくもあり、楽しくもある。

 決勝のこの舞台で、こんな熱い試合が出来ているんだ。楽しくないはずがない。

 

 

『さあ後半も残すところ僅か!! この同点のままだと延長戦にもつれこむか!? どちらが試合を決めるのか、1秒、いや1ミリ秒も目が離せない!!』

 

 

 ポジションに戻る。

 周りを見渡すと、やはりと言うべきか皆既に余裕の感じられない顔をしている。もっとも、それは俺もだろうが。

 だが皆、心にともされたその炎は未だ燃え続けている。

 

 

「燃えるな、加賀美」

「ああ……最高だ」

 

 

 隣の豪炎寺も戦意を剥き出しにしている。コイツも今の状況が楽しくて仕方ないのだろう。

 

 

「豪炎寺、あれを狙おう。俺達でこの試合を勝利に導くんだ」

「……分かった。やろう、俺達で」

 

この試合ではお蔵入りにするつもりでいたが、もはやリスクがどうなどとは言っていられない。

持てる全てを持って俺達は帝国を打ち破ってみせる。

 豪炎寺と拳を突き合わせ、絶対に道を切り開くことを誓う。

 決着は今、ここで。

 

 

 




皇帝ペンギン死神(リーパー)
帝国戦を盛り上げるため、帝国に新たなシュートを撃たせようと思ったのですが、他所様と尽くアイデアが被ってしまいました。
何とかこの小説オリジナルになるように考えたのがこのシュートです。
恐らく鬼道にオーバーヘッドペンギンを撃たせたのもここが初・・・?


次回、21:00更新です


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第21話 決着、帝国学園

帝国戦終幕


 残り時間は5分を切ったくらいか。

 耳を澄ませば、前から、横から、後ろから、はたまた自分から、ありとあらゆる方向から呼吸の音が切れ切れに聞こえてくる。

 目を閉じれば、身体の中を流れる血が熱く脈打っているのが分かる。

 全身のあちこちが重い、限界なんてとうに超えているのかもしれない。

 それでも、胸の中で燃えるこの熱い炎だけは、決して揺らぎはしない。

 

 

 最終決戦だ、帝国学園。

 

 

『試合再開のホイッスルが響く!! 満身創痍な両者、どちらが試合を決めるのか!? それとも延長戦までもつれ込むのか!? 一瞬たりとも見逃せません!!』

 

 

 キックオフはこちらから。

 豪炎寺にボールを渡し、すぐさま俺達は駆け上がる。

 左サイドから上がっていく俺の前には、帝国の絶対的リーダーが立ちはだかる。

 

 

「お前は行かせんぞ、加賀美!!」

「止めてみろよ、鬼道!!」

 

 

 鬼道の文字通り"鬼"のような張り付きが俺から離れてくれない。

 右に行こうとすれば右を塞ぎ、左に行こうとすれば左を塞がれる。俺がやりうる全ての行動に対して解答を持って動かれているような感覚だ。

 ここは、力技で振りほどく。

 

 

「何ッ」

 

 

 鬼道の反応速度を大きく上回って左から前へと向かう。

 が、先程までボールをキープしていた豪炎寺は転倒しており、そこにいたはずの成神、辺見がいなくなっていることから、ボールは奪われたことが分かる。

 

 

 すぐさま急ブレーキ、後ろに向かう。

 半田とマックスが全力でブロックしにいく。成神と辺見は身動きを封じられ、そのままボールを奪われるのみかと思われたが後ろから走り込んできた寺門が仲間からボールを奪うように受け取る。

 佐久間と洞面、鬼道が後を追いかけて前線へ。またあの技を撃つつもりか。

 

 

「行かせないっス!!」

「くっ、佐久間!!」

「もらい!!」

 

 

 壁山がその体躯で寺門の行く手を阻む。

 単独での突破は不可能とみた寺門は、右サイドから上がってきていた佐久間へボールを蹴るが、それより早く風丸が割り込む。

 そのまま風丸がボールを運んでいく。

 

 

「させるか!! サイクロン!! 

 

 

 万丈が脚を振り切って起こした暴風により、風丸は宙に大きくかち上げられる。

 風に巻き上げられたボールは、誰からの支配も受けぬまま落下を始める。

 それを何としても手中に収めようと、染岡と咲山が同じタイミングで跳び、ボールを挟んで頭と頭でぶつかり合う。

 

 

 力と力に挟まれたボールは明後日の方向へと飛んでいく。

 そしてそのボールを手に入れたのは、鬼道だった。

 再びゴールへと迫る鬼道、そこに立ち向かって行ったのは、土門だった。

 

 

キラースライド!! 

 

 

 乱れるような蹴りを放ちながら迫るスライディングで、器用にボールだけを奪い取る土門。

 鬼道は体勢を崩すもすぐさま立て直し、奪われたボールはまた奪い返すべく走り出す。

 

 

 土門からボールを受け取ったのは少林。

 鬼道よりも早くボールに追いついてきた洞面と1対1になる。

 

 

竜巻旋風!! 

 

 

 ボールを脚に挟んだまま大きく跳ね、高い位置からボールに回転をかけて落とす。

 すると、回転を得たボールは周りの空気を巻き込んで、1つの竜巻と化す。

 それに触れようとした洞面は、為す術なく吹き飛ばされた。

 

 

 少林が繋いだパスを受け取ったのは、俺。

 託された想いを勝利へ変えるべく、速く、誰よりも速く走り抜ける。

 五条をステップで躱し、大野が反応しきるよりも速く抜き去る。

 

 

 豪炎寺の方を見るが、万丈に身動きを封じられ動けそうにない。

 染岡もまだ後ろの方で、こちらには追いつけていない。

 俺1人で決めるしかない。

 

 

轟一閃、"改"ッッ!! 

 

 

 雷鳴が轟き、一太刀の元に敵を斬り伏せるために閃く。

 目指すは守護神が護るゴール、全ては勝利へ繋ぐため。

 

 

「これ以上……許してなるものか!! フルパワーシールド、"V2"ッッ!! 

 

 

 ゴールキーパーの王がその意地を見せた。

 この最終局面で、己の要塞をより強大に、強固に練り上げてきた。

 そこにあるのは何者であろうと通さないという絶対的な意思。

 全てを貫かんとする雷と、全てを護らんとする壁がぶつかり合い、激しく火花を散らす。

 それに勝利したのは、王が創りし壁だった。

 

 

「流石だな、源田」

「フッ……俺の役目はここまでだ、鬼道ッッ!!」

 

 

 源田が豪快なスローでボールを前へと送る。

 そのボールが着地したのは、何とセンターラインを少し越えたくらいの場所である。

 そしてそれを受け取ったのは、全ての信頼を一身に背負ったのは、鬼道だった。

 

 

 鬼道は間髪入れずに駆け上がる。

 俺はそれを追いかけ、フィールドの端にあたる場所から折り返して走り出す。

 誰もがその行く手を阻むべく手を伸ばすが、あと一歩というところで届かない。

 

 

 そしてとうとう、再び死神を呼び出すのに必要な準備が全て揃ってしまった。

 

 

「これで最後だッ!!」

 

 

 鬼道はこれまで響かせたどれよりも力強い指笛を鳴らし、全力でボールを蹴り上げる。

 それを追って、佐久間、寺門、洞面の3人が紫を帯びた死のオーラを身に宿して空へ。

 ボールを死の三角形の中心に据えるように囲み、独楽のように回転を続ける。

 次第にボールにはその膨大なエネルギーが集中し、更に増幅し始める。

 持てる全てを注ぎ終えた3人は、一斉にそのボールを送り出す。

 

 

 そして送り出されたそのボールに、何処からか呼び出されたペンギンが喰らい付く。

 既に限界量まで達したエネルギーを、更に高める。

 やがて内包しきれずに溢れ出した死のエネルギーは、纒わり付くペンギンを包み込み、侵食する。

 再び姿を現したペンギンは、禍々しく恐ろしい姿へと変貌する。それはさながら"死神"のよう。

 

 

 そして死神が囲むそのボールを、鬼道が送り出す。

 

 

皇帝ペンギン死神(リーパー)ァァッッ!! 

 

 

 死神が躍る。

 空を縦横無尽に駆け回り、先導するように送り出されたボールの後を、獲物の魂を刈り取るべく追いかける。

 その獲物とは、俺達のゴール。

 ゴールの前に立つ守は冷や汗を流しながらも、迫る脅威を真っ直ぐ見据え、笑ってみせる。

 そうだ、それでこそ守だ。

 

 

 皇帝ペンギン死神の発動は避けられないと判断した瞬間、既に俺は走り出していた。

 シュートがゴールに達するよりも早く辿り着き、守の背後に回り、背中を両手で支える。

 

 

「柊弥!?」

「俺も支える、絶対止めるぞ!!」

 

 

 あのシュートの唯一の弱点、それは発動から放たれるまで必要な動きが多いこと。

 2つの技を加えるような形な上に、片方は元から発動までが長い連携技であるデスゾーンだからな。

 だから守の元まで引き返してくる時間は十二分にあったわけだ。

 

 

 目の前にはあの強大で圧倒的なシュートが数多の死神と共に迫ってきている。

 物凄い圧力だ、守はいつもこんなプレッシャーに耐えながら、1人ゴールを護ってくれていたのか。

 だが、今このシュートを止めるのは守1人じゃない、俺もだ。

 

 

「へへっ、頼もしいぜ!」

「おう!!」

 

 

 守は手に力を込め、今まで幾度となくゴールを守ってきた神の手を形成する。

 そして使っていない左手を右手に重ね、更に大きく、強く、神々しくその手を練り直す。

 相手が死神ならば、こちらは守護神だ。

 やがて、双方は激突する。

 

 

 死神が守護神の手に触れた瞬間、途轍もない衝撃と痛みが俺達を襲う。油断すれば今にも呑み込まれてしまいそうだ。

 伝わってくるのはそのシュートの脅威だけじゃない。

 鬼道の、帝国の勝ちたいという気持ちがこれでもかというほどボールを介して俺と守に流れ込んでくる。

 

 

 だんだんと俺と守は、踏ん張っている脚ごと後ろに押し込まれ始める。

 このままじゃゴールを許してしまう、2点取り返して逆転するのはかなり厳しいところ。

 だったら、どうする? 諦めるか? 

 

 

「「絶対に、諦めるかァァァ!!」」

 

 

 答えはNoだ。

 このシュートは止めるし、その後に1点必ず奪って俺達が勝つ。

 こんなところで負けを認めてなるものか。

 

 

 背中を支える両手に更に力を込めた、その時だった。

 守に触れている部分から唐突にイナズマが迸り、俺と守の全身を包み込む。

 荒れ狂うイナズマは、俺と守に更なる力を与えてくれる。

 勝利の女神が力を貸してくれたってところか? 

 それはいい、ならとことんやってやる。

 

 

 守に俺の持てるエネルギーをありったけ注ぎ込む。

 すると、ゴッドハンドは更に巨大に成長し、雷を発し始めた。

 押し込まれるばかりだった俺達の身体はその場で止まり、真っ向からシュートに対抗出来るようになる。

 これなら、このシュートを止められる、勝てる! 

 

 

「「いッ、けェェェェエエエエエエ!!」」

 

 

 ゴッドハンドが一際強く輝き、放電する。

 周りを飛び交う死神は次々と雷に貫かれ、その姿を消す。

 黄金の巨大な手と、紫の強大な一撃は互いに拮抗し続ける。

 だが、徐々にその力の天秤は傾き始める。

 

 

 皇帝ペンギン死神の火力が弱まり始めたのだ。

 それに対して、こちら側の勢いが衰えることは無い。このままいけば、打ち勝てるぞ。

 

 

「押し込めェェェェェェエエエエエ!!」

 

 

 前方から、俺でも守でもない咆哮が響いてくる。

 それは鬼道の声だった。

 今までに聞いたことがないような、喉が張り裂けてしまうのではないかと思えるほどけたたましい雄叫びだった。

 

 

 鬼道のその想いに応えてか、落ち着きかけたシュートは更に暴れ出す。

 俺達にのしかかる力も更に強くなったのが分かる。

 視界は黄金と紫が入り乱れ、もはや何も見えない。

 

 

「「「らァァァァァァアアアアアア!!! 」」」

 

 

 鬼道と俺達の咆哮が重なる。

 その直後、ボールを中心とした大爆発が俺達を襲った。

 

 

 

 

 

 ---

 

 

 

 

 

 会場全体を、爆発による轟音と衝撃波、光が襲う。

 ある者はしゃがみ、ある者は手で目を覆った。

 

 

 それが収まったかというところで、皆一斉にこの攻防の成り行きに目を落とす。

 争いがあった雷門ゴールは、煙に覆われてその全貌を確かめることは出来ない。

 

 

 暫しの静寂が辺りを支配した。

 そして、とうとう煙が晴れ始める。

 その中にあったのは───

 

 

『と、止めましたァァァァァァ!! 帝国のあの凄まじいシュート、皇帝ペンギン死神を、雷門中の円堂、そして加賀美が、ボロボロになりながらも受け止めています!!』

 

 

 ボールをしっかりと止めた円堂と、その背中を支える柊弥の姿だった。

 拍手喝采が会場全体を包み込む。

 だが、これで試合は終わりではない。

 試合終了のホイッスルは、まだ鳴っていないのだ。

 

 

「行け、柊弥ァ!!」

 

 

 円堂から直でボールを受け取った柊弥が駆け出す。

 先程のシュートで全てを使い果たした鬼道もすかさず立ち上がり、その行く手を塞ぐ。

 だが、あまりの速さに歯が立たず、一瞬にして突破を許してしまった。

 

 

(これは、あの時と同じ!)

 

 

 鬼道はその動きに、過去に柊弥と戦った際のことを思い出していた。

 追い詰められた果てに引き出される、何処からか湧いてくるのかも分からない柊弥のあの底力を。

 すぐさま鬼道は柊弥からボールを奪うように指示を出す。

 鬼道だけでなく彼らもとうに限界を超えているが、それでも獲るべき勝利の為に立ち上がる。

 

 

(ああ、体がやけに軽い)

 

 

 迫り来る障害を跳ね除けながら、柊弥はそんなことを考えていた。

 今の柊弥は、適度なプレッシャーを過度な闘争心で上回ることで辿り着く一種の超集中状態(ゾーン)に足を踏み入れていた。

 いつもよりも力強く、速く、器用な動きが可能となっている。

 

 

(鬼道と帝国、最高の戦いをありがとう。雷門の皆、俺と一緒に戦ってくれてありがとう。そして何より──)

 

 

 柊弥の視線の先には、1人の男。

 

 

(俺の目を覚ましてくれて、ありがとう)

 

 

 炎のエースストライカー、豪炎寺 修也が柊弥の横に並んでいた。

 2人は視線で会話をする。

 やるぞ、この1点をもぎ取って勝つぞと。

 

 

「行くぞ、修也ァァ!! 

「ああ、柊弥ッッ!! 

 

 

 柊弥は高くボールを蹴り上げる。

 それを追い、柊弥と豪炎寺は同時に回転しながら飛ぶ。

 2人の脚には、全てを焼き尽くす猛炎が宿っていた。

 それを同時にボールに叩き付け、その技の名前を口にする。

 

 

「「ファイアトルネードDD(ダブルドライブ)ッッ!! 」」

 

 

 互いが全く同じ力、同じタイミング、同じ動きでファイアトルネードを撃つことで完成するのがこのシュート。

 その威力は、ファイアトルネードの何十倍にも及ぶ。

 2人が完璧に合わせられなければ完成することないシュートだが、この2人は互いの信頼の元にこれを最後の最後で完成させた。

 

 

フルパワーシールド、V2ゥゥゥ!! 

 

 

 負けじと源田は己の持てる全てを解き放つ。

 が、燃え盛る双炎の前ではその障壁は些細なものだった。

 

 

「がはッッ!?」

 

 

 壁を突き破り、源田ごとボールはゴールへと叩き込まれる。

 得点のホイッスルが鳴ったその直後にもう一度ホイッスルが鳴り響いた。

 得点板には、雷門 4-3 帝国の文字が浮かんでいる。

 これが意味することは1つ。

 

 

「────ッ、よっしゃァァァァァァ!!」

 

 

 柊弥が両拳を握りしめ、力の限り叫び、それに続いて円堂が、雷門イレブンが声を上げる。

 それを聞いてようやく何が起こったか理解した観衆は、この試合を讃える声と拍手をフィールド上の戦士達へと送った。

 その事実を前に、帝国は晴れ晴れとした表情をしていた。

 

 

 フットボールフロンティア地区大会優勝を手にしたのは、雷門中だ。




というわけで、雷門対帝国はこれにて決着です。
最後に、いくつも出したオリ技について軽く解説を。


【雷龍一閃・焔】
染岡のドラゴンクラッシュと豪炎寺のファイアトルネードが合わさったドラゴントルネードに、更に柊弥が轟一閃を加えて完成する雷門のトリプルストライカーの連携シュート。
3つの技が加算的に力を高めているのに対し、ファイアトルネードDDは2つが乗算的に力を高めているので威力はファイアトルネードDDの方が上。


【皇帝ペンギン死神】
鬼道が皇帝ペンギン2号すら止められたことを想定して考案した帝国の最終兵器。
デスゾーンのエネルギーを、オーバーヘッドペンギンによって使役するペンギンの力で更に増幅して放つ。
死のエネルギーに影響されたペンギンは、全身を異形の姿へと変える。


【ゴッドハンド(with 柊弥)】
正式な名称はまだない。
円堂と柊弥のパワー、内に秘めるイナズマ魂が互いに共鳴し合い、1人では決して出せない力を引き出すことが出来る。
ダブルゴッドハンドよりも大きく(オメガ・ザ・ハンドよりは小さい)手の周りには雷が迸っている。


ゴッドハンドの正式名称はまた後ほど・・・
では、今回はここまで。
良ければ感想や評価のほどよろしくお願いいたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第22話 帝国戦の後に

しばらく更新出来なかった間に、評価バーがG3に進化してました
これからもどんどん感想や評価お待ちしてます。

今回は短めです、次の話からまた文字数増やします。


「完敗だ、雷門中」

「鬼道」

 

 

俺達の元に鬼道が歩み寄ってくる。その顔に負の感情は一切なく、むしろこれまでにないほど晴れ晴れとした表情だ。

改めてとこれまでの俺達に対する行いを詫びてくるが、そんなこと今となってはどうだっていいだろう。

顔を上げるように促し、手を差し出す。

そしてその手を迷いなく鬼道は強く握り締める。

 

 

そういえば、脚の負傷は大丈夫なのだろうか。そう思い訊ねると、問題は無いと返される。

 

 

「次は全国でだな」

「ああ。全国はレベルが一気に跳ね上がる。くれぐれも俺達と戦うまで負けてくれるなよ」

 

 

確か前年度優勝校には、自動的に出場枠が与えられる。だから俺達と帝国はまだ戦える可能性があるという訳だ。

そんな台詞を残し、マントをはためかせながら鬼道は帝国の面々と共に外へと去っていく。

 

 

その後、入れ違いになるようにして春奈がやってくる。

 

「柊弥先輩、お兄ちゃんは!?」

「鬼道なら丁度行ったところだ。今追いかければ間に合うんじゃないか?」

 

 

その言葉を聞いて春奈は俺が指さした方向に駆け出す。

試合が終わってようやく話せることもあるだろう。俺もついていこうかと思ったが、ここは兄妹水入らずで話すべきだ。

 

 

1人になった俺のところに、今度は守と修也が歩み寄ってくる。

 

 

「柊弥、俺達本当に凄かったな!あの連携キャッチ、ビリビリって来たぜ!ああそうだ、連係といえば柊弥と豪炎寺のファイアトルネードもだよな!くうう!俺もあのシュート受けてみたいぜ!!」

「忙しいヤツだな、本当に」

「それが良いところとも言えるな」

 

 

守は聞いてもいないのに次々とさっきの試合について語り出す。そんなにがっつかれなくても、俺達だって一緒に戦っていたんだからわかるというのに。

1人熱弁する守を見て、俺と修也で笑う。

 

 

「そういえば、勢いに任せて修也って呼んだけど・・・」

「良いじゃないか、相棒みたいな感じで」

「おい、柊弥の相棒は俺だぞ!」

「男にモテても嬉しくねえよ」

 

 

そんな茶化し合いをしていると、俺達に集合の指示が出される。地区大会の表彰式が始まるんだ。

俺達はすぐさまセンターラインに整列する。

サッカー協会の偉い人が長々と話をしているが、試合の興奮が冷めきらない俺達は、右から聞いて左から流した。

 

そしてとうとう、式が始まってからずっと俺達の視線を奪っていた金ピカに輝くそれが守に手渡される。

優勝トロフィーだ。

受け取ってから式が終わるまで、何とか平静を保っていた俺達だったが、閉催宣言が出された瞬間に爆発した。

 

 

「優勝だああああああ!!」

「俺達、本当に優勝したんでヤンスね!!」

「感無量っス!!」

 

 

守を囲み大盛り上がりだ。

肩を組んで喜び合い、大手を上げて称え合い、ここからの勝利も誓い合う。

 

いつまでも盛り上がっている訳ではなく、響木監督が俺達の元にやってくるとすぐさま注目し静まる。

 

 

「そう改まるな・・・お前ら、良くやったな!」

「「「監督!!」」」

 

 

そう言われてまた騒ぎ出す。いつまで騒いでいたかが分からなくなるほどに。

 

 

 

 

 

---

 

 

 

 

「待って!!」

「春奈?」

 

 

後ろからの呼び声に歩みを止める鬼道。

名前を呼ばれた訳ではないが、それが自分に対してのものだと分からないはずがなかった。

振り返って後ろを向くと、息を切らしながら走ってきていたのは、守りたくて仕方なかったかけがえのない妹だった。

 

 

「どうしても、落ち着いて話がしたくて」

「・・・分かった」

 

 

鬼道の意図を汲み取った源田が、他のメンバーを引き連れて先へと歩いていった。

帝国学園の静かな廊下に取り残された兄妹。

先に口を開いたのは、兄の方だった。

 

 

「父さんと、お前を引き取る約束をしていたんだ」

「えっ?」

 

鬼道は今まで隠してきたことを、洗いざらい音無へと話した。

フットボールフロンティアを3大会連続優勝すれば、音無を鬼道家に迎え入れる約束を養父と交わしていたこと。

その為に、時には影山の指示に従い酷いこともしたこと。

それでも、愛する妹のことを片時も忘れはしなかったこと。

 

 

「そうだったの・・・でも、いいの。音無のお父さんとお母さんも私に優しくしてくれてるから。私は音無 春奈が良いの」

「そうか、いい父さんと母さんなんだな」

 

 

音無は音無で幸せであることが鬼道にはよく分かった。

それならいい。帰ったら父と改めて話をしよう。そう心の中で決めていた。

 

「ありがとう、お兄ちゃん!」

 

 

そんなことを考えていたら、突如音無が抱きついてきた。

今となってはそれを拒むはずもなく、鬼道は優しく受け止める。

仲睦まじい兄妹の姿がそこにはあった。

 

 

 

 

 

---

 

 

 

 

「俺達は、優勝したぞおおおお!!」

「「「優勝したぞおお!!」」」

 

 

帝国戦の翌日。大会直後ということで俺達は今日は練習は無しだ。

好きなだけ食べて良いという響木監督の労いで、雷雷軒へとやってきている。

向こう一週間は店を営業できないほど食えという響木監督の言葉で、皆文字通り死ぬほど食べている。特に壁山。

 

1日経っても優勝の興奮は冷めず、もう何度もこうして優勝を喜んでいる。

 

 

「しかし、帝国も全国大会に出られるなんてな」

「次は全国の決勝戦で、だな!」

「あら。それは決勝戦まで勝ち進むという宣言で良いのかしら?」

「勿論さ!」

 

 

大会規約に目を通しまくった夏未曰く、俺達と帝国が同じブロックになることはないらしい。

そのうえ全国大会は2つのブロックに分かれて戦うため、決勝まで駒を進めない限りは帝国との再戦も叶わないということだ。

 

 

「柊弥、替え玉お待ち!」

「私が取りますよ!」

「悪いな、春奈」

 

 

と言って、厨房の監督を手伝っている守から春奈が俺の頼んだ替え玉を受け取ってくれる。

自分で取らないのには、ちょっとした理由がある。

どうやら、帝国戦での過度な負荷から右脚を痛めてしまったらしい。閉会式が終わった後、違和感を感じて病院に直行した結果数週間の安静を言い渡された。

帝国との試合の後毎回怪我してるな。

 

 

「脚、どうですか?」

「骨が折れているわけじゃないから普通に生活する分には問題ないな。サッカー出来ないのは悲しいけど」

 

 

そうそう、春奈についてだ。

あの後改めて鬼道と話をして、二人の間の蟠りを完全に解くことが出来たそうだ。

今まで返ってこなかった連絡もくるようになり、ようやく色んな話が出来ると喜んでいた。

 

「力になれることがあれば言ってくださいね?」

「ああ、ありがとう」

 

 

そう言ってくれるのはありがたい限りなのだが、距離がやたら近い。

気を利かせてくれているのは分かる。だがそうも近いと、色々と困ってしまう。主に周りからの視線が。

かといって好意を無下にすることもできず、結局このままだ。

 

 

「監督、俺餃子追加で!」

 

土門がそう言うと夏未も同調するが、運悪く餃子は残り1人分しかないという。

 

「じゃあ、夏未ちゃんどうぞ」

「夏未"ちゃん"?」

 

 

土門にそう呼ばれ、夏未が目を細める。

地雷を踏み抜いてしまったのかと土門が慌てるが・・・

 

 

「いいわねその呼び方。でも、理事長代理としての私への敬意を忘れないで欲しいわね?」

「だったら、こんな時に理事長はどう言葉をかける?」

「こほん・・・今やサッカー部は、雷門中の名誉を背負っていると言えるわ。必ず全国制覇を成し遂げてちょうだい!」

 

 

その言葉に皆が声を上げる。勿論、全国制覇以外考えていないからな。

 

 

その後も、皆で食べながら今までのことやこれからのことを話をした。

お開きになったのは、外から夕光が射し始めた頃だった。




更新が止まってた理由なんですが、多忙とワクチン接種による体調不良が重なってしまい1週間と少し遅れてしまいました。
大したことないだろうと侮っていたらかなり辛かったので、これから接種される皆様もどうかお気をつけて・・・


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第23話 全国の幕は上がる

20000UA突破!!!ありがとうございます!!

そしてかなーり更新のペースが落ちてしまって申し訳ないです。


「もう1本!!」

 

 

 響木監督の指示に従い、ボールを前に送り出す。

 それを受け取った風丸と豪炎寺の2人は、同時にボールを上へと蹴り上げ、上と下から同時に蹴り込む。

 

 

「「炎の風見鶏!! 」」

 

 

 ボールを中心に炎の羽根が生え、鳥のようにフィールドを駆けてゴールネットを揺らした。

 この必殺技は地区大会優勝の打ち上げの後、響木監督が計画した雷門中OB、あのイナズマイレブンとの練習試合の中で風丸と豪炎寺がものにしたシュートだ。

 最初はブランクのせいでやる気がなかったものの、再び心に火が点った伝説のチームのプレイを目の前に皆多くのものを学んだようだ。

 

 

「……参加したかったなあ」

「まだ言ってんのかよ」

 

 

 横から染岡にツッコまれる。

 そう、俺はその試合に参加出来ていないのである。理由はお察しの通り帝国戦での負傷。

 何が何でも試合に出たかったが、春奈はじめマネージャー陣や、守に修也、果てには響木監督からもストップが掛かったので泣く泣くベンチで試合を眺めた。

 ちなみに既に復活済だ。

 

 

 回数を重ねる度に洗練されていく炎の風見鶏に、皆も燃えているようだ。全国大会を目前にして、とてもいい雰囲気だ。

 いつまでも泣き言言ってないで、俺も頑張らなければ。

 

 

「ん? あれは?」

 

 

 ふと誰かがそんな声を上げた。

 辺りを見渡すと、視線がある一点に集中していることが分かる。

 夏未が普段移動に使っているあの高そうな車がやってきていたようだ。中から執事のバトラーさんが出てきたと思ったら、後部座席の扉を開ける。

 そこから姿を現したのは……

 

 

「理事長?」

「え、そうなの?」

「転校生といえど、自分の学校の理事長くらい覚えておこうぜ……」

 

 

 夏未の実父にして雷門中の理事長だ。

 グラウンドに降りてきたことから俺達に用があるのだと分かる。

 呆けている守の脇腹を突き、理事長の元に全員集合させる。

 

 

「諸君、全国大会出場おめでとう!!」

「「「ありがとうございます!!」」」

 

 

 全国大会に出場が決定したことの祝いと激励、そして自身が実行委員長でもあるフットボールフロンティアが盛り上がっていることへの感謝を口にする。

 守みたいに熱い人だと茶化す秋と春奈に咳払いをし、夏未が練習を再開したいと理事長に訊ねるが、どうやら用事はこれだけじゃないらしい。

 部室を見たいとのことだ。

 拒む理由もないので、全員で部室へと案内する。

 

 

 改めて見てみると随分と年季物だ。

 同じような感想を理事長が零すと、響木監督が自分達の世代から使っている部室だと付け加える。道理で。

 中に入って響木監督が指さしたところを見てみると、イナズマイレブンが残した当時の落書きなんかが残っていた。いつもこの部室を使っていたというのに気付かなかったな。

 

 

「ところで、これから部員が増えてくることも考えればこの部室は狭いのではないかね?」

「確かに……」

「そこで、だ。新しい部室にするのはどうかね? サッカー部復活のお祝いと、全国大会出場のお祝いと思ってくれたまえ!」

 

 

 その一言に皆が盛り上がる。

 確かに理事長の言うことは最もだ。これから新しい部員も入ってくるだろうし、古いものに拘っても仕方ないとは思う。

 けど、なんだろう。上手く言葉に纏められないけど……

 

 

「「俺、このままでいい」」」

「ええ!?」

 

 

 守と言葉が被った。同じことを思っていたのだろうか。

 

 

「この部室は、試合が出来なかった頃の俺達も、イナズマイレブンも知ってるんだ」

「そうだな。この部室は雷門サッカー部の歴史そのものといっても過言じゃない」

「その通りさ! この部室も、俺達のかけがえのない仲間なんだ!」

 

 

 俺と守の声に感化され、やはりこのままでいいという声が次々と上がる。

 どうせなら、この部室に優勝トロフィーを飾りたいからな。

 

 

「そうか、それならいいんだ。話は以上だ! 練習頑張ってくれたまえ!!」

「よし皆、早速再開だ!!」

 

 

 守が先陣切って部室から飛び出ると、皆その後を追いかけてグラウンドへと向かう。この一体感が好きなんだよな。

 後からゆっくりと出てきた修也と共に、歩いて校舎を横切る。

 すると、中から応援の声が浴びせられる。

 サッカー部発足直後のあの冷遇からは考えられないな。これも俺達の頑張りの証か。

 

 

「ん、風丸? どうした」

「少し陸上部に顔を出しにいきたいんだ、先やっててくれ」

「ああ、分かった」

 

 

 風丸は陸上部からサッカー部に来てくれたんだったな。

 全国大会が決まった今、積もる話もあるだろう。

 

 

 そういえば、だ。

 風丸は確か、人数が足りてない俺達に対しての"助っ人"という扱いだったような気がする。

 もし陸上部から戻ってくるようにと言われたらどうなるんだ? 俺達は全国大会が始まるわけだし、風丸は守備の中心的存在だ。

 

 

 何か胸騒ぎがする。

 

 

「柊弥?」

「悪い、今行く」

 

 

 

 

 

 しばらくして風丸が帰ってきた。

 早速炎の風見鶏の練習に戻ったのだが、何やら様子がおかしい。

 先程までは10本撃って10本入っていたのが、急に入らなくなっている。

 風丸の顔には、焦り、迷いの表情が見える。俺の読みは外れていないのかもしれない。

 

 

 見兼ねた響木監督が、今日のシュート練習はそこで打ち切った。

 その後の半分に分かれての模擬試合の中でも、風丸の動きにはいつものキレがなく、やはり不調が見て取れる。

 

 

 練習が終わった後、風丸に声を掛けてみた。

 

 

「風丸、何かあったのか」

「何かって?」

「例えば、陸上部に戻ってくるように言われたとか」

 

 

 一瞬驚いたような表情を浮かべ、風丸は薄く笑ってこう言う。

 

 

「ははっ、豪炎寺にも全く同じことを聞かれたよ。うちのエース達は皆勘が鋭いのかな」

「炎の風見鶏の時か。まあ、明らかに帰ってきてから調子悪そうだったからな」

 

 

 そして風丸は経緯を説明してくれる。

 理事長の話が終わり、練習再開というところで陸上部の後輩に声を掛けられ、顔を出しに行った。

 そこで同級生や先輩には激励の言葉を掛けられたが、その風丸を慕っている宮坂という後輩が、風丸はあくまで助っ人、そろそろ陸上部に帰ってきて欲しいと言ってきたらしい。

 嫌な予感は的中していたようだ。

 

 

「そっか、そんなことが」

「ああ……それでどうすればいいのか分からなくなって、皆に迷惑かけた」

 

 

 その宮坂が言ったことはもっともなことだ。

 風丸はサッカー部に来る前も、陸上の方で良い成績を残していたはず。

 しかも風丸はまだ2年生、後々は陸上部を引っ張っていくはずだったんだろう。

 ところが、サッカー部に助っ人で入ってしまったうえ、全国大会にも出場が決まってしまった。

 双方から必要とされている立場ということだ。

 

 

「なあ加賀美、俺どうすればいいんだろうな」

 

 

 風丸が縋るような声でそう訊ねてくる。

 俺が、このチームの副キャプテンとして、風丸の仲間として掛けるべき言葉は──

 

 

「お前の好きにすればいい」

「えっ?」

「お前が陸上部に戻りたいならそうすべきなんだろうし、サッカーを続けたいって言うならそうすればいい」

 

 

 風丸は少し唖然としている。

 第一声で引き止められるものだと思っていたのだろう。

 だがまだ俺の言葉は終わっていない。

 

 

「けど、俺は風丸とサッカーしたいな。お前がいなくなったら誰が俺の速さに着いてきてくれるんだよ」

 

 

 少し笑って風丸にそう伝える。

 伝えたいことは全て伝えた。もういいだろう。

 

 

「じゃ、俺は帰るよ。また明日な」

「……ああ! じゃあな」

 

 

 

 風丸の声にはいつもの明るさが戻っていた。

 結論は出たのだろう。

 

 

 

 

 ---

 

 

 

 

「炎の風見鶏、すっかり仕上がってるな」

「昨日の不調は何だったんでやんスかね?」

 

 

 翌日の練習、すっかり調子を取り戻して力強くシュートを撃つ風丸の姿があった。

 今朝登校している最中に宮坂に会い、またも戻ってくるように言われたらしいが、間もなく始まる全国大会の1回戦で、自分のサッカーを見て欲しいと説得してその場を収めたらしい。

 

 

 その後に守がやってきて、どうすべきかと相談したら俺と同じような言葉を掛けられたと言う。

 最近、守に思考が寄ってきたかもしれないな。

 

 

 何はともあれ、風丸の意思は固まっているようだ。シュートにそれが表れている。もう心配する必要は無いだろう。

 

 

「どうしたの? バトラー……えっ!?」

「ん?」

 

 

 夏未が電話に出るや否や、驚嘆の声を漏らす。

 どうやら理事長が大事故に遭ったらしい。急いで病院に向かう夏未に、響木監督が守と秋に着いていくように指示した。

 残った俺達は当然練習だ。

 

 

 理事長が心配じゃないと言えば嘘になる。

 が、それが原因で大会で力を奮えないようなら、きっと理事長はがっかりしてしまうと思う。

 なら、俺達は俺達のやるべき事をやろう。

 

 

「ほら、全員練習再開だ! 動いた動いた!」

 

 

 動揺に包まれている皆を大声で動かす。その一声で意識が再び練習に向いた皆は、それぞれ動きだした。

 

 

 俺も1つ、やっておきたいことがある。

 簡単に言えば、新たな必殺技の完成だ。と言っても、シュート技ではなくドリブル、ディフェンス技だ。

 俺達雷門の武器といえば、攻めの手数だ。それと絶対諦めない雑草魂。

 FWである俺、修也、染岡の間での連携は勿論、DFの風丸や染岡、GKの守ですらも攻撃に参加出来るのが雷門サッカーだ。

 なら、FWの俺ももっと幅を持たせようと思ったのだ。

 そこで考えたのが、相手からボールを奪う必殺技の開発。ボールを運ぶドリブル技はそれのついでだ。

 

 

 イメージは雷が駆けるようにして相手の行く手を塞ぎ、ボールを奪い、時には相手を追い抜くといった感じだ。

 土台は既に固まっていたこともあり、ライトニングブラスターの時よりも難航はしていない。あれが少し曲者すぎただけかもしれないが。

 とにかく、数を重ねて完成形に近づけていきたい。

 

 

「加賀美! ちょっと来てみろ」

「はい!」

 

 

 響木監督に呼ばれ、何事かと思って駆け寄ると、俺の練習の様子を見ていて思ったことを指摘してもらえた。

 タイミングが少し遅れていたり、軸がブレていたりなど、自分では気付けなかったことばかりだ。

 ありがとうございます、と礼を述べると、バシバシと背中を叩いて激励された。痛いけど嬉しい。

 

 

 響木監督が来てくれたことで、技術面でもかなり成長出来ている。本当に監督を引き受けてくれて良かった。

 

 

 そんなこんなで練習は続く。

 日が沈み始め、そろそろ切り上げるかといったところで夏未達が帰ってきた。

 

 

 理事長の命に別状はないらしいが、意識が戻らないようだ。

 バトラーさん曰く、意識を失う直前までフットボールフロンティアの成功と、俺達の勝利を祈っていたそうだ。

 理事長の想い、俺達が繋ごう。

 

 

「理事長の為にも負けられない! 柊弥、シュート頼む!」

「よしきた!」

 

 

 守は残り少ない時間もフル活用すべく、話が終わってすぐにゴール前に構える。

 練習を抜ける前よりも引き締まった表情だ。当然、俺も全力で撃ち込む。

 

 

 結局俺達は、練習が終わったあとも河川敷で練習しており、気づいた時には辺りは真っ暗だった。

 

 

 

 

 ---

 

 

 

 

 遂にこの日がやってきた。

 入場口からスタジアムに足を踏み入れると、眩い日光と大歓声が俺達に降り注ぐ。

 

 

 フロンティアスタジアム。フットボールフロンティア全国大会の試合会場だ。

 そう言えばスタジアムにやってくるまでに1つ思い出したことがある。

 ここは、雷門中に入学したその日、未来からやってきた天馬にサッカー部を作ってみせると誓った場所だ。真っ暗の中ここから家まで何時間も掛けて帰ったからよく覚えている。

 あの誓いからここまで辿り着いたのだと思うと、感慨深いものがある。

 

 

『雷門中は地区予選決勝にて、あの帝国を破った恐るべきチーム!! 伝説のイナズマイレブン再びと注目が集まっております!!』

 

 

 伝説のイナズマイレブン、か。

 俺達がその名前を再び背負えると良いのだが。

 

 

 そんなことを考えていると、見覚えのある連中が俺たちの隣に並ぶ。鬼道を先頭とする帝国イレブンだ。

 俺達に対して好戦的な笑みを向けてくる。

 

 

「脚は大丈夫か? 鬼道」

「ふっ、自分達の心配をすることだな。俺達と戦う前に倒されたりしたら分かっているんだろうな?」

「当たり前だ、そっちこそ足元掬われるなよ」

 

 

 鬼道と軽く挑発し合う。

 全ての学校が入場し終わっただろうか? と思った時、特別推薦校? という枠で世宇子中の名前が呼ばれる。

 世宇子……"ゼウス"ねえ。大層な名前だことで。一体どんなチームなのやら。

 確かめるべく入場口に視線を飛ばすと、そこには先導のプラカード嬢のみがいた。公開処刑だろあんなの。

 

 

 調整中の為、本日は欠席らしい。

 開会式に顔を出さない世宇子中に対し、訝しむような声が次々と上がる。

 まあそんなことはどうでも良い。

 

 

 この全国のステージで、思う存分暴れてやろう。




次は早速全国初戦ですね。

更新のペースなのですが、作者の多忙により今後も更新が遅くなると予想されます。
出来れば3日に1回、最低でも1週間に1回は更新出来たらいいなあ・・・と思ってます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第24話 駆け抜ける風

お気に入り300件突破ァァァ!!
誤字報告も本当にありがとうございます!!




【定期】Twitterで更新状況とか呟いてるんでぜひフォローしてください・・・


 靴紐を縛り直し、軽くその場でジャンプして具合を確かめる。うん、問題なさそうだ。

 他の皆もそれぞれ準備に取り掛かっているようだ。そしてその表情には、僅かに強張りが伺える。

 当然と言えば当然か、何しろ全国大会初陣の直前なのだから。

 

 

 さて、対戦相手に関して軽くおさらいをしておこう。

 

 

 1回戦の相手は"戦国伊賀島中"だ。

 理事長が忍者の末裔らしく、その教え子である選手達も忍術を使ってるくるとかなんとか。

 忍者上がりのスピードとテクニックが強みのチームだと思われる。

 現代において忍者がどうなどと、にわかには信じられる話ではないだろうが。

 

 

「皆、練習時間よ! ……ん? 夏未さんからだわ」

 

 

 試合前の数十分のウォーミングアップの順番が回ってきたようで、秋が控室の俺達を呼びに来てくれた。

 じゃあ行こうか、というところで秋の携帯が鳴り、確かめてみるとそれはどうやら夏未からのメールのようだった。

 

 

 理事長の傍にいる為、全国大会の初戦にマネージャーとしての役目を果たせないことへの謝罪と、必ず勝ちなさいという命令のような激励だった。

 その内容に不快感を覚える者などいるはずがなく、寧ろここにいない夏未の、理事長の為に勝ってやろうとより気合いが入ったようだ。

 

 

「よーし、絶対勝つぞ!!」

「「おう!!」」

「「勝つぞー!!」」

 

 

 そう言って守を先頭に皆次々と控え室を飛び出していく。

 最後に残ったのは、俺と風丸の2人だった。

 

 

「いけるな? 風丸」

「ああ、勿論さ」

 

 

 拳を突き合わせ、俺達も皆の後を追う。

 今の風丸には、悩みも迷いもない。自分の出した答えの為に全力で今日を戦い抜いてくれるだろう。

 

 

 入場口からフィールドに足を踏み入れると、開会式と変わらない歓声が直に浴びせられる。ここが全国の舞台だ。

 俺達を呼ぶ声に気が付き、その方向を見ると、既に準備万端の皆が手を振っていた。

 俺と風丸は軽く笑いあって、同時に走り出した。

 

 

 そして早速練習が始まる。

 攻め、守備に分かれてそれぞれが動き、連携を確認する。

 皆、緊張に引き摺られて動きが悪くなっている様子もない。余計な心配だったようだ。

 

 

 俺も負けていられないな。

 ボールを受け取り、守備陣が固めるゴールへと駆けていく。

 次々に追い抜き、最後に壁山が俺の前に立ち塞がる。

 

 

「行かせないっス!!」

「……おお」

 

 

 思わず感嘆の声を漏らした。

 目の前の壁山が、巨大な壁に見えたのだ。大きいのは元々であるというツッコミはさておきだ。

 途轍もない気迫だった。思わず脚を止めてしまうくらいに。

 

 

「いい守備だ。試合でもその調子で頼むぞ、壁山!」

「はいっス!!」

 

 

 壁山は元気よく返事をする。

 さて、残り時間も少ないし仕切り直してすぐ再開だ。

 半田からのパスを受け取ろうとしたその瞬間、俺の前に影が降ってきた。比喩ではなく、文字通り降ってきたのだ。

 

 

 半田からのボールはその影に奪われ、目まぐるしいスピードで駆けた後にそれは止まる。

 紫色のユニフォームに身を包み、その腕にはキャプテンマーク。

 

 

「戦国伊賀島のキャプテン、霧隠 才次(きりがくれ さいじ)だな」

「如何にも。俺と勝負しろ、加賀美 柊弥!!」

 

 

 突然乱入してきて何を言っているのか、コイツは。

 

 

「こっちは練習中だ。お引き取り願おうか」

「何? そうか、俺に負けるのが怖いのか、腰抜けめ」

 

 

 そう言って挑発してくる霧隠。

 後ろで守がまんまと乗せられて怒り、その勝負受けてやると言っているが俺は一切受ける気がない。

 

 

「貴重な時間を割く必要性を感じないな。そんなに勝負がしたければ、試合の中で掛かってこい」

「ぐ……」

 

 

 正論のナイフで霧隠を滅多刺しにする。返す言葉が見つからないようで、歯軋りしながらこちらを睨みつけている。

 しかしそれでも引くつもりはないらしく、無言の抵抗でその場に居座り続ける。

 迷惑でしかない、審判を呼んでくるか? 

 

 

「勝手な行動をするな、霧隠」

「チッ……」

 

 

 そう思ったところで、戦国伊賀島の選手2人が霧隠を連れ戻しにやってきた。

 常識外れなのは霧隠だけだったようだ。その2人は此方に対する失礼を詫び、霧隠を連れて控室へと戻って行った。

 

 

 練習時間は残り数分だ。

 想定外のアクシデントはあったが、1分1秒たりとも無駄にはしたくない。

 気が抜けてかけている皆に発破を掛け、再びボールを動かし始めた。

 

 

 それにしても、霧隠のスピードは凄まじいものだった。

 目の当たりにしたのは乱入してくる一瞬だけだったが、それでもハイレベルである事が伺えた。

 恐らくは、俺や風丸に匹敵、あるいは上回る程だ。

 チーム全体があのレベルだとすると……少し厄介だ。

 まあ、だからどうしたという話だ。厄介なくらいで勝負を諦めるか? まさか。寧ろ燃えてくるというもの。

 戦国伊賀島、楽しい試合になりそうだ。

 

 

「雷門中の選手達は練習を止めなさい」

 

 

 主審がそう声を掛けてくる。時間が来たのだろう。

 俺達の前が戦国伊賀島の番だったので、このまま整列してすぐ試合開始だ。

 皆の顔がより一層引き締まる。

 

 

『今まで数々の名勝負を生み出してきたフットボールフロンティア全国大会! その初戦を飾るのは、雷門中と戦国伊賀島中!! この勝負は名勝負に名を並べることになるのか!?』

 

 

 監督からの激励を受け、ポジションに着いて相手と向き合う。

 流石全国レベルの強者。誰もが帝国に引けを取らない雰囲気を漂わせている。

 そしてそのステージに俺達は昇ってきたんだ。精一杯やろう。

 

 

『ホイッスルが鳴り響く!! 試合開始です!!』

 

 

 フィールドの空気が変わる。たった今からこの場は戦場へと姿を変える。

 キックオフはこちらからだ。すぐさま修也、染岡と共に前線へと詰め上がっていこうと試みるが、相手の前陣がすぐさま俺達の道を塞ぐ。

 フリーの染岡に対してパスを出すが、すぐさま染岡に注意が向いて身動きが取れない。

 サイドから上がってきた半田にボールを蹴るが──

 

 

「もらい!」

「何!?」

 

 

 霧隠が間に割り込む。やはり早い、既に追いつけない位置まで攻め込まれてしまった。

 中陣をあっさりと突破した霧隠に立ち向かうのは風丸だ。

 

 

「伊賀島流忍法、残像!! 

 

 

 一瞬のうちに霧隠が姿を消したと思ったらまた現し、風丸へ真っ直ぐと駆けていく。

 風丸と霧隠の正面衝突かと思ったら、なんと霧隠の姿がぶれて消え、風丸の後ろで実像を結んだ。

 まさに残像という訳か。

 

 

 そのままゴールに撃ち込むが、ノーマルシュートだったこともあり守はしっかりと受け止めた。

 

 

「守!」

「行け、柊弥!!」

 

 

 霧隠を追う形で後ろまで下がってきていた為、そのまま守からボールを受け取る。

 今度はこちらの番だ。

 

 

 戦国伊賀島の陣地に侵入しようとしたところで、ヤツらはフォーメーションを組む。

 

 

「伊賀島流蹴球戦術、鶴翼の陣!!」

 

 

 俺と修也に対し、両左右斜めに広がる形で圧を掛けてくる。これでは中央に誘い込まれるばかりだ。

 そしてその陣形が何故か解かれる。何故かはすぐに分かった。

 俺達の目の前には大柄な2人のDFが。そう、ヤツらは俺達を誘導し終えたから離れただけ。

 クソ、このまま突破出来るか? 

 

 

「「伊賀島流忍法、四股踏み!! 」」

 

 

 その2人が大地を踏み鳴らすと、振動と衝撃波が俺達を襲う。

 俺達は大きく弾き飛ばされ、ボールは相手キーパーの手元へと収まる。

 やはり手強い……が、同じでは2度はくらわない。次はゴールを奪い取らせてもらうぞ。

 

 

 すぐさま体勢を立て直してボールへ向かって走る。

 先制点を奪おうと俺達のゴールへ攻め上がるところに追い付き、背後からボールを奪い取る。

 このままシュートまで持って行けるか……というところで、上から突如姿を現した霧隠が襲いかかってくる。

 間一髪のところでそれを見た俺はすぐさま後ろへ跳んで回避する。

 

 

「勝負!!」

「来いよ!!」

 

 

 真っ直ぐにタックルを仕掛けてくる。ステップで背後へ回る形で回避を試みる。

 しかしタックルはブラフだったようで、すれ違いざまにボールへ脚だけ伸ばしてきた。

 ボールを奪われそうになったが、すぐさまボールを踏み付ける形で抵抗し、霧隠が次に動き出すより早く駆け出す。

 だがそれにも追い付いてきた。

 厄介な……と思ったところで、染岡が背後から上がっている。

 

 

「サッカーは個人技だけじゃないぜ」

「なっ!」

 

 

 バックパスで染岡にボールを預け、霧隠を振り払って前へと上がる。

 染岡に再度ボールを要求し、ディフェンスラインの突破を目指す。

 

 

 さて、ここらでお披露目といこうか。

 

 

雷光翔破(らいこうしょうは)! 

 

 

 全身に雷を纏い、雷光の軌跡を残しながら翔け抜ける。

 一瞬のうちに爆発的な加速を得るこの技は、生半可な守りなら正面からぶつかっても力技で突破できる。

 最も、今回は反応すら許さず間をすり抜けさせてもらったが。

 

 

 さて、試合はまだ前半。

 ここで半分以上消耗する訳にもいかないし、コイツで1本取らせてもらう。

 

 

轟一閃"改"ッ!! 

 

 

 再び雷光が煌めき、轟音を鳴らす。

 最低限のパワー()で、最大限のパワー(威力)を発揮する俺の十八番だ。

 真っ直ぐにゴールへと突き進む。

 

 

「伊賀島流忍法つむじの術!! 

 

 

 忍者のような覆面で顔を隠したキーパーは、両腕を大きく開く。

 それと同時に、2つのつむじ風が発生し、合わさって竜巻と呼んでも差し支えない大きさのつむじ風を生み出す。

 轟一閃を呑み込み、無力化して大きく空へと舞い上げる。

 あっさりと止められてしまったか。あのキーパーを単体で突破する術は今の俺にはない。

 連携を狙うか、任せるかしかなさそうだ。

 

 

 キーパーが大きくボールを投げ、再び試合は動き出す。

 一進一退の攻防だ。

 こちらがボールを奪えば、あちらが奪い返す。

 あちらが攻めれば、こちらがそれを阻止する。

 どちらかが撃てば、もう片方が撃つ。

 先制点をものにしたいところだが、簡単にはいかないようだ。

 

 

 壁山が前線に上がり、イナズマ落としを狙うも相手の俊敏な守りに阻まれ、ならばと風丸が炎の風見鶏を撃つため駆け上がっても阻止される。

 ヤツらのスピードとテクニックを兼ね備えた忍者サッカー、やはり厄介だ。

 

 

「今度は俺の勝ちだな!」

「くそッ」

 

 

 どう突破口を切り開くか、一瞬の迷いが命取り。

 その僅か数ミリ秒の隙を突かれ、霧隠にボールを奪われた。

 スピーディーなパスワークと必殺技で俺達を翻弄し、あっという間にゴール付近への接近を許してしまった。

 

 

「伊賀島流忍法、つちだるま!! 

 

 

 霧隠の放ったシュートは、周りの土を巻き込みながら大きな土の塊を形成する。

 もう少しでキーパーと接触するというところでそれは弾け、中から先程の数倍の速さでボールが飛び出してくる。

 

 

「なっ──熱血パンチ!! 

 

 

 一瞬で迫ってきたボールに対し、最速で繰り出せる熱血パンチを選択した守。

 だがそれではパワーが足りていないようだ。そのままゴールをこじ開けられてしまう。

 

 

 そしてその際、腕を下にするようにその場に倒れてしまう。

 あの倒れ方、少し不安だ。痛めてなければ良いんだが。

 

 

『先制点を決めたのは戦国伊賀島!! 素早い切込みで雷門のゴールを奪ってみせた!!』

 

 

 先制点を奪われてしまったか。

 取られたものは取り返せばいいだけ、いちいち後悔している暇なんてないな。

 

 

「修也、染岡。取り返すぞ!!」

「おう!!」

「ああ」

 

 

 しかし、こちらの思惑通りに事態は進んでくれない。

 キックオフ早々にボールを奪われ、再び相手に攻めの主導権を握られてしまう。

 先程ゴールを決めた霧隠を警戒してマークにつくも、他のFWがフリーになってしまっているため簡単にシュートを許してしまう。

 

 

分身シュート!! 

 

 

 3人に分身して放つシュート。

 守は少し押し込まれるも、必殺技を使うことなくボールを押さえ込んだ。

 その際、いつも以上に苦しげな表情が垣間見える。やはり……

 

 

『ここで前半終了!! 戦国伊賀島が1点リードして後半へ持ち越しだ!! 雷門はここから取り返せるか!?』

 

 

 ベンチに戻ってすぐ、守のグローブを剥がすようにして取り、手の具合を確かめる。

 かなり酷い腫れ方をしている。やはり失点した時の倒れ方が不味かったか。

 秋と春奈に応急処置を頼む。

 本来なら交代した方が良いのかもしれないが、雷門にサブキーパーは存在しない。

 俺達でカバーしつつ出続けてもらうしかないな。

 

 

「後半は俺も下がり気味で対応する。守がいつもゴールを守ってくれている分、今は俺達が守るんだ!!」

「頼りにしてるぜ、皆!!」

 

 

 ポジションチェンジ、という訳では無いが、後半は俺も守備中心に立ち回ることにする。

 俺の脚なら、守ってそのままの勢いで前線に参加することも不可能では無い。いざとなれば修也と染岡に任せてもいいだろうしな。

 これ以上の失点は、俺達全員が許さない。何か何でも守り通してやろう。

 

 

『さあ後半が始まります、雷門はどうやってこの不利な状況を覆すのか!?』

 

 

 後半が始まると同時に、俺は後方へと下がる。

 そしてすぐさま戦国伊賀島の猛攻撃が始まる。畳み掛けて点差を付けるつもりだ。

 俺と風丸を中心とした守備陣で徹底的に守る。

 だが、ヤツらの多彩な攻撃手段全てに対応しきることはかなり難しい。

 

 

 とうとう守備の穴を突かれ、シュートを撃たれてしまう。

 が、風丸が躍り出て身体を張ってそれを防ぐ。

 

 

「この俺が、ゴールを許しはしないッ!!」

 

 

 そう叫ぶ風丸からは、いつも以上の覇気が伝わってくる。

 この試合に掛ける風丸の想いがよく分かる。

 

 

 ボールは前線へと送り出される。が、またすぐに奪われる。

 やはりヤツらのスピードに対応するには、俺か風丸レベルの突破力が必要。

 守備にも参加しつつ積極的に攻める意識が無ければ逆転は難しい。

 

 

「伊賀島流蹴球戦術、偃月の陣!!」

 

 

 1人を中心に左右斜めに展開し、砂塵を巻き上げながら突進してくる。

 集団でのオフェンスはやはり強力、ボールを奪おうと近付いた瞬間に吹き飛ばされてしまう。

 

 

 ゴール前に飛び出した霧隠に対するは、俺と風丸、そして壁山。

 1人でアイツを抑え込むのは難しい。

 

 

「風丸!!」

「ああ!!」

 

 

 風丸と2人で霧隠からボールを奪いにかかる。

 まず風丸がスライディングを仕掛けるが、それは残像だったようですり抜けてしまう。

 そしてその先に俺が待ち構えていたが、まさかの二重の残像で出し抜かれてしまった。

 残すは壁山1人。

 

 

「もらった!!」

「ぜ、絶対に通さないっス!!」

 

 

 壁山はその体躯を大きく広げ、ボールの行く手を阻む。

 刹那、壁山の背後には巨大な壁がせり上がってくる。霧隠のシュートを難なく受け止めて見せた。

 

 

「ナイスだ壁山!!」

「馬鹿な……!? まだだ!!」

 

 

 しかしまだボールは生きていた。

 運悪く霧隠の前に転がっていたボールは、再び手中に収められる。

 

 

「伊賀島流忍法つちだるま!! 

 

 

 先程ゴールを奪ったシュートが再び放たれる。あれを食らったら守が持たない。

 

 

「止めるぞ!!」

 

 

 俺と風丸がその土塊の前に立つ。が、それが弾けて中から姿を現したボールは、俺達2人の間をすり抜けるようにしてゴールへと飛ぶ。

 

 

ゴッドハンド!! 

 

 

 守が利き手じゃない方でゴッドハンドを放つ。

 しかし、パワー不足だったようでどんどん劣勢に傾いていく。

 やがて無情にも神の手は砕かれ、再びゴールネットが揺らされる……そう思ったその時だった。

 

 

「させるかァァァ!!!!」

 

 

 なんとありえない速さで体勢を立て直した風丸が、間一髪のところでボールに追いついたのだ。

 ゴッドハンドで威力が削られていたため、簡単に受け止められたようだ。

 

 

「よし、風丸上がるぞ!!」

「おう!!」

 

 

 チャンスだ。このまま風丸と2人で前線に上がって、修也と風丸で炎の風見鶏を決めてもらう。

 雷門の中で突出したスピードを誇る俺達のコンビネーションを止められる者は誰1人としていない。

 

 

「「ぉぉぉぉぉぉおおおおお!!!」」

 

 

 やがて、俺は雷を、風丸は風を纏って駆け抜けていた。今のは……俺達2人の連携技の予兆か? 

 そんなことを考えた時には、既にゴール付近へと接近していた。

 

 

「いけ、風丸! 修也!」

 

 

 ボールを風丸に預け、前で待機していた修也と2人でゴールへと向かわせる。

 2人の邪魔をする者はいなかった。

 同時にボールを蹴り上げ、上と下から蹴りを叩き込むと炎鳥が姿を現す。

 

 

炎の風見鶏ィィィ!! 

 

 

 相手のキーパーは反応が間に合わず、そのままゴールへと押し込まれる。

 1点取り返した、これで同点だ。

 だがまだ勝つには後1点必要。このままじゃ終われない。

 

 

「加賀美!!」

 

 

 ホイッスルが鳴り響いてすぐ、風丸が俺の近くまで上がってきた。

 風丸の意図はすぐに読み取れた、先程のオフェンスをもう一度試してみようということだろう。

 好都合だ。ゴールまで一気に攻め上がるなら2人の方が確実だ!! 

 

 

「「迅雷風烈(じんらいふうれつ)!!」」

 

 

 雷と風が交差しながら凄まじい速さでフィールドを駆ける。

 時に相手を雷で撃ち、時に風で吹き飛ばす。軽々と敵を捌く様はまるで風神と雷神のようだった。

 

 

 誰にも阻まれることなくゴール近くまで辿り着いた俺達。

 風丸からボールを受け取り、先程は止められたキーパーと真正面から向き合う。

 

 

「いくぞ……轟一閃"改"ッ!! 

 

 

 再び雷が轟く。

 それに対して同じように旋風を巻き起こし、無力化してみせる相手キーパー。

 ボールは風に煽られ高くへ舞い上がり、キーパーの手元に収まるべく落ちてくる。

 ここが狙いだ!! 

 

 

「風丸ッ!!」

 

 

 キーパーがボールを取るよりも早く、上空でボールを奪い、そのまま高く蹴り上げる風丸。

 1回目であの必殺技の特徴を見抜いた俺は、風丸にそのまま後ろに戻らず協力して欲しいと前線に詰めている時に耳打ちしておいたのだ。

 

 

 空高くまで蹴り上げられたボールに対しては、轟一閃も、ライトニングブラスターも使えない。

 だが、俺にはもう1つの手札がある。

 単体で使うためではなく、あくまで連携シュートのために習得したに過ぎないが、使えるものは何でも使ってやろう。

 

 

ファイアトルネード!! 

 

 

 そう、ファイアトルネードだ。

 修也とのファイアトルネードDD(連携技)を編み出す時、どうしても単体でのファイアトルネードが必要だった。

 修也の本家には及ばないが、相手の不意を着いてゴールを決めるには十分だ。

 

 

「なっ、ぐあああ!?」

 

 

 備えていなかったキーパーごとゴールへ押し込んだ。

 ホイッスルが響き、電子掲示板には2-1の文字。逆転勝利だ。

 

 

『ここで試合終了!! 何と雷門中、怒涛の追い上げで逆転!! 2回戦へと駒を進めたァァァ!!』

 

 

「ナイス」

「そっちこそ」

 

 

 風丸と2人でハイタッチを交わす。

 あの咄嗟の場面で連携技が成立するとは思ってもいなかった。

 俺と風丸の熱意が共鳴した、といったところか? 

 

 

 まずは1回戦突破か。

 ふと、観客席に目を向けると、ある男を見つけた。

 鬼道だ。決勝で戦うのが楽しみだとか考えているんだろうな。俺達も楽しみだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 が、その期待は突然として裏切られることになる。

 

 

「帝国が……負けた?」

 

 

 確かにそう聞いた時、俺は練習中にも関わらず走り出していた。




元々リメイク前では"疾風迅雷・巡"という名前だった新技"雷光翔破"
技のイメージ自体は変わっていないのですが、やはり同じような名前が化身技とはいえ原作に存在している変えました。

そして風丸との連携技"迅雷風烈"
ちょうどいい四字熟語が合ったのでそのまま名前を拝借しました。こちらはリメイク前にはなかった技ですね。


多忙すぎてどうなるか分かりませんが、あまり期間を空けないように頑張りたいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第25話 revenger

 走った。とにかく走った。

 電車やらバスやらを使えば良かった気もするが、さっきまではそんなことも思いつかないほど動揺していたようだ。走っている最中に頭が冷えたから良しとしよう。

 

 

『帝国が10-0で……世宇子中に完敗しました』

『春奈……嘘、じゃないんだよな』

 

 

 無言で首を振る春奈に対し、なぜ、どうしてど守や染岡が訊ねていた。

 春奈曰く、見た事もない必殺技が飛び交い、帝国は為す術なく蹂躙されてしまったとのこと。

 鬼道がいたのにそんなことが? と思ったが、どうやら鬼道は俺達との試合での怪我が治りきっていなかったのと、相手は何の情報もない学校だからと大事をとって控えに回っていたらしい。

 

 

『……鬼道に話を聞くは必要があるな。ちょっと行ってくる』

『でも、今は練習中だぞ』

『良いんじゃないか。柊弥のメニューは既に終わっているしな』

 

 

 という訳で、急いで鬼道がいるであろう帝国へとやって来た。ちなみに監督の許可もちゃんと得ている。

 前に来た時の記憶を頼りにサッカー場へと走って行く。

 すると、グラウンドの真ん中に1人佇む姿があった。

 

 

「鬼道!」

「加賀美……笑いに来たのか?」

「そんな訳ないだろ」

 

 

 鬼道の顔は、絶望一色に染まっていた。顔色も、声色も決して良いものとは言えない。精神的なダメージがかなり大きいことが伺える。

 

 

 どう声をかけたものかと考えていたら、視界の隅に転がっているボールに気が付いた。

 名前を呼び、鬼道に向かって軽く蹴る。

 が、一切見向きすることなく、ボールに身体を揺らされそのままその場に崩れ落ちた。

 やがて立ち上がると、ボールを拾い上げて身体を震わせる。

 

 

「40年間無敗の帝国学園。俺達はその伝説を終わらせたんだ。ただ勝つことだけは考えてきた……それなのに、ボールに触れる前に試合が終わっていたんだ」

 

 

 春奈の言葉がフラッシュバックした。

 鬼道がフィールドに入ろうとしたその時には、他のメンバーは控え含め行動不能。試合続行は既に不可能だったのだ。

 

 

「寝ても覚めても、ずっとサッカーのことを考えていた。だが、こんな形で終わるとはな……俺のサッカーは、終わったんだ」

「……そんなことない。お前がサッカーを捨てない限り、諦めない限りは終わりじゃない……そうだろッ!?」

 

 

 先程よりも強く鬼道にボールを蹴り出す。

 すると今度は、無防備にボールに打たれることなく蹴り返してくる。そして俺はそれを受け止める。

 勢いは暫く止まることなく、俺の脚をジャージ越しに削ってくる。

 

 

「ほらな」

「ふっ……そうかもしれないな」

 

 

 鬼道は少し笑う。

 

 

「胸の内、曝け出してみろよ。楽になるぜ」

「……そうだな」

 

 

 ここでは落ち着いて話など出来ないだろうと、鬼道が家に招いてくれた。

 別に俺は問題ないのだが、折角の厚意だし大人しく着いて行くことにする。

 

 

 

 

 

「鬼道財閥とは聞いてたが……やはり凄い家だな」

「まあな。来いよ、部屋に案内する」

 

 

 予想はしていたが、とんでもない豪邸だ。中に入ると、バトラーさんみたいな使用人の方が出迎えてくれる。

 鬼道の部屋までの廊下には、いかにも高そうな絵画や装飾品が置かれている。

 そして肝心の鬼道の部屋も馬鹿みたいに広かった。

 

 

 菓子類の用意をしてくれている鬼道を他所に、部屋の中を徘徊してみる。

 すると、他のものとは明らかに年季が違う雑誌を発見し、手に取ってみる。

 サッカー雑誌だ。発刊から10年近く経とうとしているような。

 

 

「随分と古い雑誌だな」

「ああ。俺がサッカーを始めるきっかけになった物だ」

 

 

 鬼道が誰にも話したことの無い過去を話してくれる。

 鬼道、そして春奈の両親は、飛行機事故で亡くなったらしい。

 残された2人を心配してくれる大人達はいたらしい。そしてその中の1人が、両親の遺品として渡してくれたのがこの雑誌。

 

 

 写真も何も残っていなかった中で、唯一残されたこのサッカーの雑誌。これだけが亡くなった両親と自分を繋ぐ何かだと思い、サッカーを始めたらしい。

 最初はただ楽しかった。しかし、次第に勝ちに固執するようになり、やがて影山の元に着いた。

 雑誌を握る鬼道の手は震えていた。

 痛まないよう、鬼道の手からそれを取って机に戻す。

 

 

「俺もお前も、同じなのかもな」

「俺とお前が?」

「ああ。サッカーを始めたのは、単純に楽しそうだったから。そしてついこの前かな、父親がサッカーをやっていたことを知った。俺の父さん、仕事で海外にいてさ」

「加賀美 柊真(とうま)

 

 

 俺の言葉を遮り、鬼道がある名前を口にする。

 

 

「なんで、その名前を?」

「情報収集の一環でな」

 

 

 俺が驚いたのは、それが父さんの名前だったから。

 教えた訳でもないのに自分の父親の名前を呼ばれたら、誰だって驚くと思う。

 

 

「既に廃校になった呉島(くれしま)中サッカー部のエースストライカー。最後の大会には全国大会に行くも2回戦で敗退。しかし、その腕を見込まれて名門、慶真(けいしん)高校からスカウトされ、特待生として入学。引退を掛けた全国大会では帝国学園高等部と対戦し、惜しくも準優勝でその幕を閉じた……だろう?」

「……全国大会に出てたっては聞いたけど、詳しい学校とかは今初めて聞いた」

 

 

 俺より父さんのこと知ってるんじゃないか? という疑問は胸の内に閉まっておく。そんな経歴だったのか、父さん……

 

 

「まあ、父さんの話は置いといて。とにかく、楽しいからサッカーに触れ、親の背中を追い、形はどうあれサッカーに熱意を注いだ。同じじゃないか?」

「確かに、そうかもしれないな」

 

 

 鬼道の顔から暗い色が消えた。気が紛れたのなら何よりだな。

 

 

 それからも、少し話をした。

 やはり試合にも出れずに帝国が負けてしまったのがかなり悔しいようで、終始世宇子中を軽く見ていたのを悔いていた。

 何とかして鬼道の無念を晴らしてやれないものか。

 

 

 待てよ、そういえば。

 

 

「鬼道、フットボールフロンティアの資料ってあるか?」

「ああ。一応控えてあるが」

 

 

 1つ、良いことを思いついてしまったかもしれない。

 

 

 

 

 ---

 

 

 

 

『俺達と世宇子中を倒さないか』

 

 

 急に何を言っているんだコイツは、と思ってしまった。

 だが、すぐさま要求されたフットボールフロンティアの資料、正確には大会規約に改めて目を通すと、その意図が掴めた。

 第64項第2条、"試合開始前に手続きを済ませた場合、他校からの移籍を認める"というあの一文。

 

 

 アイツ……加賀美は、俺に雷門に来いと言ったのだ。

 謝罪もしたし、全力でぶつかり合って互いに認め合った。だが、敵だった俺をそう簡単に受け入れられるとでも言うのだろうか。

 それだけじゃない。今の俺には、サッカーに向き合う資格がない。

 加賀美の手前、取り繕いはしたが、やはり帝国の敗北が足枷のように俺に纏わりついて離れてくれない。

 とてもじゃないが、雷門に混ざってサッカーなんて出来るとは思えないんだ。

 

 

『取り敢えずさ、見に来てみろよ。俺達の練習』

 

 

 加賀美にそう誘われ、翌日になって俺は雷門中へと歩みを進めていた。

 次第に活気に満ちた声が耳に入ってくる。

 校門の影に身を隠しながらその中を覗くと、雷門イレブンがボールを追いかけているのが見えた。

 やや波長が合っていない気もするが、俺達を打ち負かしたあのサッカーがそこにはあった。

 

 

 嗚呼、やはりそうだ。今の俺にはアイツらは眩しすぎる。

 俺では無理だ。この想いだけ託して敗者は去るべきだ。

 

 

 帰ろう。そう思った瞬間だった。1人と目線が合ってしまう。

 そして逃げるようにその場を離れたが、後ろから追いかけてきて逃がしてはくれなかった。

 

 

「お兄ちゃん! なんでそんなコソコソしてるの!?」

「春奈」

 

 

 春奈がこちらに詰め寄ってくる。

 

 

「もうそんなことをする必要はないでしょ?」

「……だが」

 

 

 言葉が出かかったところで、春奈は少し待つようにと言って戻って行った。と思ったら3分程で帰ってきた。

 練習を抜ける許可を取りに行ったらしい。

 流されるがままに、雷門がよく練習している河川敷へと連れて行かれた。

 

 

 

 

 ---

 

 

 

 

「え? 河川敷に?」

「ああ。練習途中で音無が抜けただろう? 恐らくだが、鬼道が来たんじゃないかと思ってな」

 

 

 練習が終わり、帰宅の支度をしている最中に修也が河川敷に行こうと誘ってきた。

 確かに修也の読みはあっている。鬼道を雷門に呼んだのは俺だからな。

 そしてそれを春奈が見つけ、後を追ったのだろうと分かっていた。

 

 

「仮に鬼道に会って、どうする?」

「なに、少し話をしたいと思ってな」

 

 

 修也が不敵に笑う。まさかコイツ、俺と同じことを思いついたんじゃないだろうな。

 まあ俺も鬼道の答えを聞きたいし、別に構わないか。

 

 

 さっさと支度を済ませ、河川敷へと向かう。

 ちなみに修也はユニフォームのままで、ボールを抱えている。ボールで語る気満々じゃないか? まあ、今の鬼道には良い刺激になるかもしれないな。

 

 

「お、いたな」

「行ってくる」

 

 

 夕焼けの河川敷。土手にて鬼道と春奈が何やら話をしていたのを見つけた。

 すると修也は少し近付き、ボールを高く蹴りあげた。アイツまさか──

 

 

「ふッ!!」

 

 

 やりやがった。

 かなり威力は抑えられているが、ファイアトルネードを鬼道に向かって放った。

 すぐさま鬼道は危険を察知し、炎を纏ったボールを蹴り返す。

 春奈に当たったらどうするんだ? 修也のボールコントロールなら万が一にもそんなことはないだろうが。

 

 

 2人に近づいていき、鬼道に下に降りるよう促す修也と、それに応じる鬼道。そして修也が鬼道はスパイだと疑っているのだと勘違いし、慌てて止める春奈。

 2人はそのままグラウンドに入り、春奈はそれを心配そうに見つめている。

 

 

「大丈夫だよ、春奈」

 

 

 残された春奈に近づいて声を掛ける。

 

 

「修也なりに鬼道を元気づけようとしているだけさ。ちょっと手荒だとは思うけど」

「……お兄ちゃん」

 

 

 それでも尚心配そうに鬼道を見ている。

 そして、2人はボールを蹴り合い始める。

 

 

「鬼道!! そんなに悔しいか!!」

「悔しいさ!! 世宇子中を、俺は倒したい!!」

「だったらやれよ!!」

「無理だッ!!」

 

 

 一般的に見れば、修也がかなり滅茶苦茶なことを言っているように見えるだろう。俺も何も知らなければきっとそう思う。

 けどこれは、意図あっての行動で、俺もそれは把握している。

 だから、見守る。

 

 

「帝国は……もう敗退したんだ」

「自分から負けを認めるのか、鬼道ッ!!」

 

 

 再びファイアトルネードを撃つ。今度は全力の1本だ。

 確かに鬼道に向かうそれを見て、春奈が危険を感じて立ち上がるが、鬼道に直撃するギリギリのところでコースが僅かにずれ、斜面を抉って止まる。あまりの威力にボールは弾ける。

 鬼道は修也の狙いが分かっていたようで、微動だにしなかった。

 

 

「俺達も行こう」

「は、はい」

 

 

 春奈を連れて2人の元へ歩み寄っていく。

 

 

「お前も、円堂に背中を預けてみないか」

「……だが」

「心配するなよ、鬼道」

 

 

 鬼道に声をかけると、いたのかという目線を向けられる。

 

 

「俺達雷門は、全力に対して全力で応える。お前にその気があるなら、正面からちゃんと向き合うさ」

 

 

 鬼道に手を差し出す。

 ゴーグル越しに、鬼道の目に決意が映ったような気がした。

 

 

 

 ---

 

 

 

「監督、いい加減にしてください! 誰を待っているって言うんです!?」

「このままじゃ俺ら、棄権になっちゃうっスよ!!」

 

 

 満員のスタジアム。

 試合開始を直前にし、響木監督は試合の開始をギリギリまで引き延ばそうとしていた。

 

 

 あれから俺と鬼道は響木監督に連絡を取り、雷雷軒に向かった。

 そこで鬼道が雷門に転入したい旨を伝えると、響木監督を快く承諾してくれた。

 その後すぐさま家に戻った鬼道は、お父さんにその話を通し、次の日のうちに転入手続きを済ませたのだそう。

 

 

『よろしく頼む』

 

 

 俺が差し出した手をアイツは力強く握った。絶対に世宇子にリベンジするという固い意思がこれでもかと伝わってきた。

 

 

「アイツは来るさ、絶対に」

「加賀美も何を言っているんだ! 俺達は全員揃ってるじゃないか!」

 

 

 皆の焦りが最高潮に高まっている。先程審判から3分以内にコートに入らなければ棄権とみなすと宣告されたからな。焦るなと言う方が無理な話だろう。

 だがそれでも、俺と響木監督は動かない。事情を知っている修也も同様。春奈は少しあたふたとしているが。

 

 

 更に時間が過ぎ、次第に観客席からも野次が聞こえてくる。

 そんな時だった。

 

 

「来たな」

「ええ」

 

 

 待ち人来たる。

 立ち上がり、選手入場口に立ちその向こうを見る。

 

 

「遅いぜ」

「ふっ、主役は遅れてやってくると言うだろう」

「……え」

 

 

 俺達と同じユニフォームに身を包み、見慣れた赤ではなく青のマントをたなびかせながら、"天才"が姿を現す。

 

 

「「「えええええええええ!?」」」

 

 

 天才ゲームメーカー、鬼道 有人は不敵な笑みを浮かべていた。




鬼道有人、参戦!!(スマブラ風)
豪炎寺が鬼道とボールを蹴りあうシーン、最高ですよね

ちなみに、今回明らかになった柊弥の父の中学、高校は5秒で思いついた名前です
実在しないことは確認済みなのできっと大丈夫・・・


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第26話 打ち砕く雷

海苔巻さん、いつも誤字報告ありがとうございます!とても助かってます!


『ま、間違いありません!!帝国学園の鬼道です!!何故雷門のユニフォームに身を包んでいるんだ!?』

 

 

驚きに満ちた声を上げる実況。

その声に引っ張られるようにして相手チーム、千羽山中や観客席からは驚きの声や非難交じりの野次が飛び交う。

 

 

実況が大会規定を確認し、鬼道の雷門入りがルールに則ったものであると告げると、ある程度それらの声は収まる。

それにしても、やはりと言うべきか大騒ぎだな。

観衆はもちろん、雷門の中でもだ。

 

 

「加賀美、お前知ってたのか?」

「知ってるもなにも、鬼道を勧誘したのは俺だからな」

 

 

教えてくれてもいいじゃないかと背中を叩かれる。サプライズ的なものだと思って欲しいな。

 

「このままでは引き下がれない、必ず世宇子中にリベンジしてみせるッ!!」

「す、すげえ執念だ・・・」

「でも百人力でやんスね!!」

 

 

皆は既に歓迎ムードらしい。鬼道が凄いことは皆知ってのことだしな。

監督は早速鬼道を起用するようだ。俺達の間での連携が色々あるが、どうせ鬼道ならわざわざ伝えなくとも理解するだろう。

そして、今の俺達が抱える問題もきっと解決してくれる。

 

 

「よーし皆、鬼道に俺達のサッカーを見せてやろうぜ!!」

「「「おう!!」」」

 

 

意気込みながらピッチの中に走って行く皆。

鬼道は自分が着ている雷門のユニフォームと、皆の顔を見て何か考えるような素振りを見せる。

 

 

「頼んだぜ、天才ゲームメーカーさん」

「任せておけ」

 

 

鬼道と拳を突き合わせる。まさか仲間としてフィールドに立つ時が来るとは、夢にも思っていなかった。

だからこそ、今この状況に凄く心が躍っている。強大なライバルだと思ってたヤツと一緒に戦えるんだからな。ワクワクするなと言う方が無理だ。

 

 

俺と鬼道もポジションに着く。

染岡と修也を集めて、今日の作戦を軽く共有する。

 

「今日は鬼道を中心に展開していこう」

「分かった」

「よし、やってやろうぜ」

 

 

鬼道がボールをキープする能力が高いのは勿論だが、最初から中心に据えることで俺達の能力をいち早く把握してもらおうというのが何よりの狙いだ。

そうすればその分、俺達の間のズレを修正してくれるタイミングも早まるはず。

勿論頼りっきりになるつもりは毛頭ないが。

 

 

『さあ波乱の2回戦、そのホイッスルが今鳴り響いた!!試合開始です!!』

 

 

ボールを後ろに下げ、俺達スリートップはそれぞれ展開していく。

ボールを受け取った鬼道が的確なパスでマックスに繋ぎ、マックスは軽やかなステップで上手く相手を躱す。

 

 

「染岡!」

「──ッ、パス弱いぞ!」

 

 

しかし、染岡の走り込みにボールが追いつけず、染岡が受け取るよりも早い段階で地に着いた。

そのボールを掠め取られ、すぐさま攻め込まれてしまう。

やはり俺達の間でのズレが上手く修正しきれていない。

いつものつもりで連携を狙うと、確実にどこかで綻びが生まれてしまうな。

 

 

ゴールを目指してきた相手に対し、風丸が前に躍り出て一瞬でボールを奪う。そして栗松にボールを蹴るが、勢いが強すぎて栗松を大きく飛び越えていく。

土門から壁山へのパスも、マックスから修也へのパスも一向に通らない。

 

鬼道が活路を見出すまで個人技で凌ぐのが1番かもしれないが・・・それだと鬼道が皆の動きを見れる機会が減ってしまうな。

極力ボールを回すのが安牌択だろう。

 

 

「半田!!」

「お、おお!?」

 

 

半田にパスを出すも、頭上を通り過ぎて相手に足元に収まってしまった。

やはり、俺も皆との連携が雑になってしまっている。前までは通せないことのなかったパスが1本も通せない。

 

ラン・ボール・ラン!!

 

 

ボールを受け取った千羽山のキャプテンが、玉乗りのようにしてボールの上を走る。前進力を得たボールに乗せられ、凄まじい速さで突き進んでいく。

土門がキラースライドを仕掛けるも、直前でボールから跳ぶようにして避けられる。人の支配を逃れたボールは、その加速のままに真っ直ぐ進んでいく。

 

 

「危ない!」

「させないっス!!ザ・ウォール!!

 

 

壁山の背後から、大地が隆起し壁となる。ゴールを狙うそのボールを大きく弾いてみせた。

壁山が栗松に声をかけるも、弾く力が強すぎてボールは栗松を大きく越えていく。

その先には相手の11番が。

 

 

シャインドライブ!!

 

 

眩い光がゴールから大きく離れているこちらまで届く。

思わず腕で視線を遮り、瞼の奥で光が弱まったのを確認して目を開くと、ゴールラインの内側を転がるボールの姿があった。

 

 

『ゴール!!先制点を決めたのは千羽山中だ!!』

 

 

撃ち込む際、エネルギーを強烈な閃光に変えて相手の視界を奪うシュートか。威力自体はなさそうに思えたが、シュートそのものを見ることが出来なければ止めようがないな。厄介なシュートだ。

 

 

「ドンマイドンマイ、勝負はまだこれからだ!!」

 

 

パスが繋がらず、先制点も奪われてしまったことでマイナスに傾きかけた士気をすぐさま守が持ち直す。

まだ試合開始から10分程度だ。なんとでもなるはず。

 

そう思った矢先だ。満を持して鬼道が動き出す。

 

 

「栗松、お前はいつもより2歩後ろを守れ。松野は豪炎寺にパスを出す時は3歩、染岡には2本半、加賀美には4歩先に出せ」

 

 

鬼道は次々と修正点を告げていく。

電光掲示板が示す試合時間はちょうど10分に差し掛かったところ。この短時間で修正まで辿り着くとは、流石としか言えない。

 

 

こちらのボールから試合再開。

修也が後ろに下げたボールをマックスが受け取ると、すぐさま相手に奪われてしまう。

千羽山の速攻。あっという間に懐まで入り込まれてしまった。が。

 

 

「させないでやんス!!」

 

 

栗松が鋭い差し込みでボールを奪い取った。

 

 

「栗松、土門へパスだ!3歩先!」

「は、はいでやんス!」

 

 

パスの瞬間すらも鬼道が指示を投げかける。それに応じて大きめのパスを出すと、吸い込まれるようにして土門の足元に収まった。

 

 

鬼道を中心とした中陣達が俺たちが待つ前線までボールを運んでくる。その最中は鬼道の的確な指示により、綺麗にパスが繋がり続ける。

そしてマックスが染岡にパス。ようやくシュートチャンスだ。

 

 

「ドンピシャだぜ・・・ドラゴンクラッシュ!!

 

 

ようやくこちら側からシュートを撃つことが出来た。

染岡の呼び出したドラゴンが猛々しくゴールへと襲い掛かる。

 

 

まきわりチョップ!!

 

 

相手キーパーは大きく飛び上がり、落下の勢いを乗せつつ両手でチョップを叩き込み、ドラゴンを撃墜してしまった。

点こそ決まらなかったが、ようやく俺達らしい攻めが出来たな。

 

 

「すげえぜ鬼道!!流石天才ゲームメーカーだぜ!!」

「ふっ、今のがゲームメイクと言えるのならな」

「どういうことだ?」

 

 

鬼道はそれぞれの能力の向上について把握しきれていない俺達に対し、そのズレを修正してやっただけだと言い切る。

それでも、皆が鬼道の凄さを再確認するには十分すぎた。

 

 

俺達のスローから試合再開。

その後も順調にパスが回り続け、風丸がボールを受け取り前線へ駆け抜ける。

そしてボールはマックスへ。

 

 

「なっ!?」

「「「かーごめかごめ・・・」」」

『おーっと!これは千羽山のディフェンス、かごめかごめだ!!』

 

 

マックスを中心に3人が円形に囲みながらゆったりと歩き回る。

速さで見れば突破出来そうだが、その見た目とは裏腹に隙のないプレスのかけ方だ。

 

「マックス、こっちだ!!」

「加賀──」

 

 

ボールを受け取ろうと走ったが、その瞬間に3人同時にマックスに対して()()()()

巻き上げられた砂塵の中から姿を現したのは、ボールを奪った千羽山。

しかしそこにすかさず鬼道がスライディングを仕掛ける。

 

 

「加賀美!」

「おう!」

 

 

スライディングでボールを奪い、一瞬で体勢を建て直した鬼道からパスを受け取る。

修也と染岡は・・・遠いな。俺1人で狙うしかない。

 

さっきは染岡のドラゴンクラッシュで止められた。なら轟一閃ではゴールを割れるか怪しいところ。

こっちでいこう。出力は3割だ。

 

 

ライトニング、ブラスタァァ!!

 

 

巨大な雷の球体へと姿を変えたボールに対し、両脚を重く、鋭く叩き込む。

解き放たれた雷鳴が、暴れ狂いながらゴールへと突き進んでいく。

体力全部注ぎ込めば確実に1点持って行けるかもしれないが、まだ前半であることを考えれば温存しておくべきだ。

 

 

その視線の先には、仁王立ちのキーパー。そして横からDFが2人走り込んできて左右を固める。

 

無限の壁!!

 

 

すると、3人の背後から壮大で強大な壁が姿を現した。持てる3割を注ぎ込んだ一撃は、呆気なく止められてしまう。

あれが千羽山の無失点を誇る必殺技か・・・並大抵ではないな。

 

 

『ここで前半終了!!1-0で千羽山リードのまま後半へ持ち越しだ!!』

 

 

ホイッスルが鳴る。最初に失点を許したためこちら側が不利なまま前半が終わってしまった。最後に取り返したかったが仕方ない。

後半はどうやってあの守りを崩すか考えなけれれば。

とりあえずベンチに戻ろう。

 

 

「鬼道、何か考えはあるか?」

「ああ。後半は染岡のワントップでいこう。染岡が攻撃すると見せかけて4番から5番を引き剥がせば、簡単に無限の壁は使えないはずだ」

「なるほど・・・任せろ!」

 

 

無限の壁そのものを封じて、俺と修也で点を奪う。分かりやすくて良いな。

もっとも、それが簡単に出来ればの話ではあるが。

 

 

「任せたぜ、加賀美、豪炎寺!」

「任された」

「ああ」

 

 

俺としたことが、弱気になっていたな。

簡単に出来ればじゃない、簡単にやってみせなければならないんだ。託された以上、俺にはその義務がある。

何がなんでも点を取ってやろう。

 

 

『間もなく後半開始です!!1点リードの千羽山、ここから逃げ切れるか!?雷門の追い上げにも注目です!!』

 

 

千羽山ボールで試合再開。

一旦ボールを下げ、すぐさま攻め上がってくる千羽山。軽快なパス回しの間に割り込み、鬼道がボールを奪い取る。

それを見て染岡が前線へ駆ける。そして染岡を追いかける4番。かかったな。

 

 

背後から上がってきていた壁山と共に、修也がゴールを前にして飛び上がる。

壁山を足場にし、更に高くへと飛び、修也が稲妻を落とす。

 

 

「「イナズマ落とし!!」」

 

 

無限の壁は使えない、そして1人でゴールを守らざるを得ない今の状態なら、イナズマ落としで確実に1点取り返せる。

まずは1点、そう思った時だった。

何と染岡を追いかけて離れていたはずの4番が、既にキーパーの元へと戻ってきていたのだ。

 

 

無限の壁!!

 

 

またもや無限の壁に行く手を阻まれる。

馬鹿な、あそこからゴールまで間に合うか?状況判断もそうだが、走力が段違いすぎる。

 

「鬼道」

「ああ。この作戦が通じないとなれば、正攻法で破るしかない。いけるか?」

「やってみせるさ」

 

 

そんな状況でも、鬼道は焦りを見せなかった。

冷静に分析し、次の一手はどうするべきかをしっかりと把握している。

だが、他の皆はそうではなかった。徐々に焦りが現れ始めている。

これ以上士気を下げるわけにはいかない。

 

 

キーパーのスローから再び試合は動き出す。

 

 

「はっ!?」

 

遠くへと投げられたそのスローを、空中で奪い取る。それを受け取るはずだった9番から驚きの声が聞こえたが、いちいち構っていられない。

修也と染岡に視線を送ると、2人はすぐさま俺の意図を汲み取って走り出してくれた。

壁を打ち破るなら、このシュートならどうだ?

 

 

前から俺、修也、染岡の順に並んで走る。

ゴールに近づいてきたタイミングで、染岡は脚を振りかぶり、修也は炎を纏いながら空中へ飛び上がる。

 

染岡がドラゴンクラッシュを修也に向かって撃ちあげる。ミスキックではない、これはパスだ。

空へ舞い上がるドラゴンに対し、修也は炎を纏った脚を叩きつけ、ゴールへと向かわせる。

それを見たキーパー達は再び無限の壁を展開して迎え撃つ。

 

 

ぶつかり合う炎のドラゴンと強大な壁。

そのドラゴンに対し、更に俺が雷を叩き込む。

 

 

雷龍一閃・焔!

 

 

帝国戦にて、源田が作り出したあの壁を崩した俺達3人の連携シュートだ。

壁と俺の脚に挟まれたボールから火花が散る。

 

 

競り合いの後、押し負けたのは俺の方だった。大きく身体を吹き飛ばされ、ボールだけしっかりとセーブされる。

 

 

「柊弥!」

「問題ない、次だ!」

 

 

声を上げた修也に大丈夫と伝え、すぐさま体勢を立て直す。ボールは既に俺達の陣地の近くまで達していた。

そのままシュートを撃たれるか、というところで風丸がボールを奪い取った。

そしてそのまま前線までボールを返し、再び俺達のシュートチャンス。

 

 

「いくぞ!修也!!」

「おう!!」

 

 

修也と全く同じタイミング、同じ動作で高く飛ぶ。

2人の纏った炎は激しく燃え上がり、空気を焦がす。

 

 

「「ファイアトルネード、DD!!(ダブルドライブ)」」

無限の壁!!

 

 

現雷門の最強シュートが、最強の守りと衝突する。

これまでで1番長い時間ぶつかり合い、行けるかと思ったが、結局壁を砕くことは出来ず、ライン外へボールが弾かれる。

 

 

今までは完全に守られていたのが、弾かれるようになったのは手応えを感じるが、ファイアトルネードDDでこれならもはや破る手段がないように思える。

残り全てを注ぎ込んだライトニングブラスターならいけるか?だが、1点を返したところでもう1点取らなければ勝てない。その盤面で俺が動けないのは不安がある。

 

 

どうする、どうすれば点が取れる。

 

 

「おい皆、何落ち込んでるんだよ!!」

 

 

守の声が背後から響く。周りを見渡すと、皆暗い顔をしていた。

 

 

「俺達の必殺技はイナズマ落としでも、ファイアトルネードDDでもないだろ!?本当の必殺技は、最後まで諦めないことなんだ!!」

 

 

皆が何かを思ったような表情をする。

 

 

「帝国と戦った時からずっとそうだ!尾刈斗中の時も、野生中の時も、御影専農の時も、秋葉名戸の時も、戦国伊賀島の時もだ!!」

「そうだ・・・俺達は今までずっと諦めなかった!!やってやろうぜ皆、俺達のサッカーで勝つんだ!!」

 

 

気付いた時には守の声に同調していた。コイツはいつも大事なことを忘れちゃいない。

皆も持ち直したようで、さっきまでの諦めムードはもはやどこにもない。

 

 

「さあ、ここからだ!!」

「「「おお!!!」」」

 

 

残り時間は5分。最後まで全力でやってやる。

半田のコーナーキックから試合再開。俺達は全員で攻め上がる。

ボールを奪われたら直ぐに奪い返し、撃てるならすぐに撃つ。これが俺達の全員サッカーだ。

 

 

「くっ・・・!」

 

 

鬼道が囲まれる。またあの必殺技か。

なら、奪われるより早く──

 

 

「鬼道!!」

「ふんッ!!」

 

 

鬼道にパスを促すと、大きく空へと蹴り上げる。

すると、そのボールは紫色のエネルギーを纏い始める。そして頂点に達したところで、それが雷のように落ちてくる。

 

「鬼道!!修也!!」

「「おう!!」」

 

 

その落ちてくるボールに対し、俺達3人で同時に蹴り込む。

ファイアトルネードDDをも凌ぐかもしれないそのシュートは、一直線にゴールへと突き進む。

 

 

無限の壁!!

 

 

その行く手を無限の壁が阻む。が、今までとは明らかに違かった。

受け止められるだけだった今までに対し、このシュートはどんどん深いところまで進んでいっている。

そしてやがて、壁にヒビが入り始める。

 

 

「いっけええええええええええ!!!」

 

 

意識しないまま声を上げていた。

それに同調してか、さらにシュートの威力が高まったような気がし、そのまま壁を打ち砕き、ゴールへと突き刺さった。

 

 

『ゴ、ゴール!!なんと雷門、この土壇場で無限の壁を打ち破りました!!千羽山の無失点記録、ここで途絶える!!』

「よっしゃ!!」

「まだだ、あと1点取って勝つぞ!!」

 

 

大手を上げて喜ぶ皆に後ろから守が声を掛ける。残り時間は僅か2分。

最後の1点を奪うのは俺達だ。

 

 

ホイッスルがなった瞬間、すぐさまボールを奪い取る。

一旦冷静になって周囲を見渡すと、後ろから守が上がってきていることに気がついた。

ならここは1つ、囮になってやろう。

 

 

先程の俺達のシュートを警戒し、ボールを持っている俺に一斉に群がってくる千羽山。3,4人を引き付けたところで高く飛び、空中で鬼道にパスを出す。

 

 

「鬼道、修也、守!!やれ!!」

 

 

鬼道が先程と同じように高くボールを蹴りあげると、イナズマが落ちてくる。

それに対し、俺の枠を守に入れ替え、そのままそっくり同じシュートを放つ。

 

 

点は取らせまいとまたも無限の壁を展開し、獣のような声を上げながら応戦するキーパー達だったが、再び無限の壁は瓦解する。

ゴールネットが揺らされ、それと同時にホイッスルが鳴った。

 

 

「キャプテン!!」

 

 

ベンチから宍戸が飛び出してくる。

余程不安だったようで、泣きながら俺達の勝利を確認してくる。本当にギリギリの勝負だった。鬼道がいなければどうなっていたことか。

 

 

「鬼道、雷門はどうだ?」

「思っていた通り、いいチームだな」

 

 

鬼道がフッと笑う。

何はともあれ、これで準決勝進出だ。少しずつ全国の頂点が見えてきたな。

 

 

 

 

---

 

 

 

 

「何処へ行くんだ?」

「まあ来いよ」

 

 

試合が終わり、1度学校に戻ってきた後に鬼道を連れてある場所へ向かう。修也も一緒だ。

 

 

「お、いたいた」

「あれは・・・円堂?」

 

 

やってきたのは鉄塔広場。そう、守がいつもタイヤ特訓をしている場所だ。

予想通り、守は試合直後だというのにそこでタイヤと向き合っていた。

俺達に気付くと、こっちに来るように促してくる。

 

 

街を一望できるベンチに腰掛け、話をする。

 

 

「お前、いつもあんな練習を?」

「ああ!いつかじいちゃんみたいなキーパーになりたくてさ!」

 

 

守のお祖父さんへの憧れは相当なものだよな。

小学生の頃から一緒にサッカーをしていたから尚更よく分かる。

 

 

「それにしても、鬼道が急にピッチに現れた時は驚いたなあ。柊弥と豪炎寺は知ってたんだろ?」

「ああ。俺を雷門に誘ってくれたのは2人だからな」

「そうだったのか・・・とにかくさ、お前が雷門に来てくれて嬉しいよ!こんなやつのサッカーしてみたいってずっと思ってたからさ!」

 

 

守と鬼道が握手を交わす。

俺も、鬼道と並んでサッカーする日が来るなんて思ってなかったな。あくまでライバルとしてしか見ていなかった。

人生、何があるか分からないものだ。

 

 

「とにかく、次の準決勝も頑張ろうぜ!」

「勿論だ」

 

 

夕陽が照らす街を見下ろしながら、4人で次の準決勝へと思いを馳せた。




イナズマブレイク、最初は柊弥に撃たせるかどうか迷ったんですが、雷系統の必殺技だしいけるんじゃね?と思ったため採用しました。
勿論、原作通りの3人でも撃ちます。

更新が遅くなっていた代わりに次とその次の話まで既に書き始めていたので今度はそこまで期間を空けずに投稿・・・できたらいいな(願望)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第27話 突然の来訪者

リアルが立て込みまくって更新めちゃくちゃ遅れました・・・
また徐々に書いていくのでよろしくお願いいたします!


「サイドがら空きだぞ!! 上がれ上がれ!!」

「こっちにパスだ!!」

 

 

 千羽山中との試合に勝った俺達は、次の準決勝に向けてますます練習に熱が入っていた。

 鬼道の加入のおかげで、練習の質も更に向上したし、全国制覇ももはや夢ではない段階まで来ていると思う。

 

 

「土門さ……んはいないんだった」

「友達に会いに行ったんだっけ? 木野さんも一緒に」

 

 

 少林がパスを出しかけたところで、土門の不在を思い出した。

 何やら、土門と秋は古くからの友人と会うために空港まで行っているらしい。海外在住ということだろうか。

 

 

「練習に集中だぞー」

「ああ、悪い悪い」

 

 

 外のことに気を取られ、集中力が欠けかけているところに軽く喝を入れる。

 そんなことにはお構い無しにボールを追い掛けていた染岡が、脚を大きく振り上げてシュートを叩き込む。ドラゴンクラッシュだ。

 そのドラゴンに対し、守は正面から熱血パンチを叩き込む。

 次第にドラゴンの姿は霧散し、パンチに勢いを上書きされたボールはベンチの方向へと転がっていく。

 

 

 ボールを目で追いかけると、その視線の先には見覚えのない美少年がいた。うちの学校ではないよな。

 

 

「おーい、ボール!!」

 

 

 守が手を振りながらボールを求めると、何故かドリブルしながらこちらへとボールを運んできた。素人じゃない。

 咄嗟に半田と栗松が行く手を塞いだが、なんとあの2人を軽々と抜き去ってしまった。

 そのままゴールの目の前まで到達し、守に向かって笑いかける。それに触発された守は、シュートを促した。

 

 

 それを見て、地に手をつけて凄まじい速さで回転を始めた。やがて周りの空気を巻き込み、小さな竜巻のようになってその勢いを強める。

 そして風に巻き上げられたボールが足元へ吸い込まれていき、その凄まじい回転を思い切り叩き込んだ。

 

 

スピニングシュート!! 

 

 

 必殺技も持っているとは。本当に何者なのだろうか、経験者で入部希望とかだろうか? 

 威力も相当なもので、守はゴッドハンドでそれを迎え撃ち、少し押し込まれつつも、しっかりと抑えきって見せた。

 

 

「君の勝ちだ」

「ペナルティエリアから撃たれてたら俺が負けてたよ」

「ありがとう。素晴らしい必殺技だね、アメリカの仲間にも見せてやりたいよ」

 

 

 曰く、アメリカでサッカーをやっており、この前ジュニアリーグの代表に選ばれたとか。

 聞いたことがあるな。将来アメリカで代表入りが確実と見られている日本人選手がいるという話だ。

 鬼道も同じ話を耳にしていたようだし、間違いないだろう。

 

 

「お前、名前は?」

一之瀬一哉(いちのせかずや)、君は?」

「俺は加賀美柊弥。よろしく」

 

 

 軽い自己紹介を交わし、一之瀬の話を聞くことにした。

 わざわざアメリカから友人に会いに来て、その友人は雷門にいるらしい。予定より早く着いて驚かせてやろうと1人で雷門まで来て、そこで俺達の練習を目にしたと言う。

 

 

 ん? アメリカから友人に会いに来た……ってもしかして。

 

 

「あ、秋と土門」

 

 

 校門からこちらに歩いてくる2人の姿が見え、そう呟いた瞬間。一之瀬は俺達の輪を掻き分けて2人の元へと飛んで行った。そしてなんと秋に向かって抱き着いたのである。

 ということは、やはり……

 

 

「おい! お前急に……って、もしかして」

「一之瀬……君?」

「久しぶり、秋! 土門!」

 

 

 こういうことらしい。

 互いに再会を喜び合い、大盛り上がりの3人。俺達は練習に戻るとするか。

 

 

「3人はあっちのベンチで話してたらどうだ? 俺達は練習してるから」

「おう、悪いな」

 

 

 聞く話だと、随分長い間会っていなかったようだし、積もる話もあるだろう。

 空いているベンチを指差すと、3人はそこに座って談笑に花を咲かせ始めた。

 さて、練習再開だ。

 

 

「修也、鬼道。あのシュートの練習をしないか?」

「ああ、構わん」

「そうだな」

 

 

 あのシュートと言うのは、千羽山の無限の壁を撃ち破った必殺技のこと。題して、"イナズマブレイク"だ。言わずもがな、目金命名である。

 あれは恐らく、現雷門の最強シュート。余程のキーパーでなければ止めることは叶わないだろう。

 勿論他の連携シュート、個人シュートも磨くが、最も強力だと思われる武器を磨かない手はないだろう。

 

 

「いくぞ!」

 

 

 鬼道が空高く紫色のエネルギーを纏ったボールを蹴り上げる。

 頂点に達したところで雷が迸り始め、落雷のようにこちらへ真下へと落ちてくる。

 そこに俺、修也、鬼道の3人が蹴り込めば──

 

 

「「「イナズマブレイク!! 」」」

 

 

 立ち塞がるものを粉砕する稲妻は、神の手をも打ち砕く。守のゴッドハントを真正面から打ち破り、ゴールネットを揺らした。

 ちなみにだが、鬼道が軸となれば残りの2人の枠は守でも問題ない。フィジカルは雷門きってのものだからな。

 

 

「いいシュートだ! このまま何本も持ってこい!!」

 

 

 そこから30分程シュート練習に打ち込んだところで、守が一之瀬と土門に声を掛けた。せっかくなら一緒にやろうということらしい。俺も一之瀬と対面してみたい。

 その提案に快く応じ、2人はこちらへとやってきた。

 

 

「行くよ!!」

 

 

 まずは一之瀬と鬼道の対決だ。

 睨み合いの状態から突如としてヒールでボールを打ち上げた一之瀬。鬼道はそれを読んでいたようで、高く飛び上がってボールを正面に捉える。

 しかし、そのボールには強烈なスピンがかかっていたようで、鬼道が胸でトラップするよりも早く斜めの方向へと逸れた。

 鬼道と互角以上とは……やはりかなり出来るな。

 

 

「よし、次は俺とPK対決だ!!」

 

 

 そして今度は、守と一之瀬のPKが始まった。

 1本目は触れることすら叶わなかったが、2本目からは指先が掠り始め、3本目でついに止めた。

 対する一之瀬もどんどんシュートの威力を上げ、それを守が取り損ね、今度は取っての繰り返しだ。

 シーソーゲームに突入したPKを2人は切り上げるつもりはないらしく、周りのことはお構い無しにボールを蹴り、受け止めている。

 俺も一之瀬と勝負したいが……まあ、ああなったら止められないだろうな。守は言わずもがな、一之瀬もかなりの負けず嫌いのようだし。

 俺らは俺らで何かやってるか。

 

 

 

 

 

 ---

 

 

 

 

 流石に疲れたようで、1時間ほど経ったところで休憩になった。

 いや、1時間も延々とPKって結構とんでもないことしてるよな。しかも外から声を掛けられてようやくと言った感じだった。

 

 

 もうメニューも終わっているし、ここからどうしようかというところで、一之瀬が守にある提案を持ちかけた。

 

 

「この出会いの記念に、やりたいことがあるんだ」

 

 

 そのやりたいことというのが、"トライペガサス"という必殺技の再現。

 元々は一之瀬と土門、もう1人の3人で放つ必殺シュートらしい。

 守も乗り気なようで、すぐさま実行を決意した。

 

 

「よし、いくぞ!!」

 

 

 が、現実は無情と言うべきか。やろうと言って簡単に出来るものではないようだ。

 それもそうだ。連携シュートというのは、長い時間をかけて互いを理解し、緻密な動作が重なって成立するもの。

 イナズマブレイクのように、咄嗟に出来ることの方が少ないのが事実だろう。

 

 

 その後も3人は何度も挑戦し続けるが、形にならない。

 少し手伝うとするか。

 

 

「俺が正面から見て分かったことを伝えるよ。技の仕組みは大体理解出来たし」

「ああ、頼む!」

 

 

 というわけで、3人の様子を観察することにする。

 トライペガサスは、トップスピードで駆ける3人が交差し、その一点に力が注ぎ込まれることでパワーが集中する必殺技だ。

 つまり、3人が全く同じスピード、タイミングで一点で交わる必要がある。

 2人ならまだしも、3人でとなるとかなりの難易度だろう。

 

 

 準備完了の合図を送ると、3人は一斉に走り出す。段々と加速し、スピードが高まったところで交差する。

 すると、蒼いエネルギーが軌道に沿って噴き出し、ペガサスの形を作る。

 まさか成功か? と思いきや、すぐさま形が崩れ、行き場を失ったエネルギーの奔流が3人に襲いかかる。

 

 

「守だな。微妙に交差するポイントがズレているせいでエネルギーの形成が安定していないんだ」

「やっぱりか……すまない! もう一度!」

「勿論さ、俺も諦めは悪い方なんだ!」

 

 

 前からトライペガサスを知っている2人は問題ないが、これが初めての守はそうはいかない。

 守がズレることで力が各部に均等に行き渡らない為、ペガサスを形作ったところですぐ崩れてしまうようだ。

 

 

 もう100回はやっているが……こいつらと来たら諦めるつもりは毛頭ないらしい。まあ知っていたが。

 ここまできたら、とことん付き合うしかないな。

 

 

 

 

 ---

 

 

 

 

「それじゃ、また後で」

 

 

 そう言って守と別れる。

 守は一之瀬を家に招き、アメリカでの話を聞いたりするらしいので、俺もそれに混ぜてもらう約束をした。

 1回家に帰ろうかとも思ったが、トライペガサスの練習を見て身体が疼いてしまったので1人で河川敷に行こうと思う。

 

 

「お、空いてるな」

 

 

 夕焼けに照らされた河川敷のグラウンドには誰もいなかった。いたとしても散歩中のご老人くらいだ。

 これなら1人で黙々と打ち込めるな。

 

 

 ベンチに荷物を置き、軽く身体を解す。

 やるからには課題を持ちたいな……基礎は部活の中で散々やったし、必殺技に関するところか。

 そうだな……新たに必殺技を作るのもありだが、ここは改良に専念してみよう。

 

 

 真っ先に思い浮かんだのはライトニングブラスターだ。

 単体で撃てるシュートなら、間違いなく雷門で1番の威力だが、燃費が悪すぎる。

 力を注げば注ぐほど威力は上がるが、その分体力がごっそり持っていかれるからな。

 小さな力で大きなシュートになるように仕上げていきたい。

 

 

 とは言っても、どうするのが正解だろうか。

 単純に注ぐ力を小さくしたら勿論威力が高まる筈はないし……

 

 

 ……まあ、何回も撃って技の理解を深めるところから始めるか。

 とりあえず、3割。

 

 

ライトニング、ブラスタァァ!! 

 

 

 雷が辺りに迸り、雷撃がゴールへ突き刺さる。

 3割の時点で、轟一閃を遥かに上回る威力だ。恐らくドラゴントルネードに少し及ばないくらいだろうか。

 

 

 連携技の強みと言えば、少ない消耗で単体の何倍もの威力を引き出せることだ。

 俺が1人でドラゴントルネード並のシュートを撃てても、大きすぎる消耗で動けなくなっては意味が無い。

 だが弱点は、連携する相手が封じられたら何も出来なくなるということ。だからこそライトニングブラスターをもっと仕上げたいのだ。

 イナズマブレイクやファイアトルネードDDでしか点を取れなさそうなキーパー相手にも、単体で強く出れる手段が欲しい。

 

 

 幸いにして、回復は早い方なので少し仲間に頼らせてもらえば体力が戻るまでの時間も取れる。出し切りさえしなければ動き続けることは可能な筈だ。

 こうして振り返っている間にも体力が戻りつつある。

 

 

 とにかく、数を重ねて見えてくるものがあるはずだ。

 

 

「やるか」

 

 

 再びボールを蹴り始め、河川敷には何度も雷が落ちた。

 

 

 

 

 ---

 

 

 

 

「柊弥、昨日はどうしたんだ?」

「ああ、ちょっとな……」

 

 

 あの後、気が付いたら時計の針は21時を指していた。

 撃っては休んでまた撃ってを繰り返していたら、守の家に行くことをすっかり忘れてしまっていたのだ。

 気が付いた時点で向かおうかとも思ったが、流石に時間が時間だったからそのまま帰ることにした。連絡の1つでもするべきだったかもしれないが。

 

 

 聞けば、随分一之瀬を交えて盛り上がったそうだ。俺も色々聞きたかったんだが……まあ自業自得だろう。

 また聞ける機会は他にもあるはず……ではないか。

 今日の飛行機で一之瀬はまたアメリカに帰るんだからな。だから今ここでトライペガサスを完成させようって話だ。

 

 

「始めよう!」

「おう! 柊弥、また頼むぜ!」

「ああ」

 

 

 守、一之瀬、土門の3人は少し距離をとる。

 昨日の様子を見た限り、やはりエネルギーによるペガサスの形成が不安定なせいで、蹴り込む前にエネルギーが霧散しているのだと思う。

 安定させるには、完璧なタイミングでの交差が必要だ。

 かなり惜しいところまでいっているのを見ると、後数ミリレベルの調整のはずだ。だからこそ難しいと言える。

 

 

「よし……GO!!」

 

 

 一之瀬の合図で3人が一斉に駆け出す。

 交差した一点から蒼のエネルギーが噴き出し、そこから姿を現したペガサスが天へと翔ける。

 そのペガサスに道を示すべく飛び上がった3人だったが、それより早くペガサスは姿を消し、行き場を失ったエネルギーに叩き落とされる。

 やはり、まだタイミングが合っていないんだ。

 

 

「クソ、あともう少しなのに……」

「時間はまだある! どんどん行こう!」

 

 

 しかし、気まぐれなペガサスは従えられることを良しとしてくれない。

 何十、何百回と撃ち込もうとしても、その直前でどこかへと消えてしまうのだ。

 既に1時間以上が経過し、一之瀬が乗らなければならない飛行機の時間は刻一刻と迫っていた。

 

 

 それでも諦めずに3人は走り続ける。だがその思いは届かず、やはり一向に成功しない。

 打つ手無しか……? そう思ったその時だった。

 秋が突然前に出てきたのだ。

 

 

「私が交差するポイントに立つわ」

「ええ!? そんなことしたら危ないっスよ!?」

 

 

 壁山の言う通りだ。

 万が一に失敗でもしたら、エネルギーが生み出される中心となる場所に立っている秋は無事では済まないだろう。

 そんな危ない役回りはさせられない。

 

 

「それなら俺が……」

「どうしても、私がやりたいの! お願い!」

 

 

 秋がここまで譲らないのは見たことがないな。

 ……秋は本来のトライペガサスの姿も知っているはず。この口ぶりからすれば、何か思い出したことがあったりするのかもしれない。

 だがそれでも危ないこと変わりはない。どうしたものか……

 

 

「私も皆の役に立ちたいの!」

 

 

 秋は若干目を潤ませながらも、真剣な眼差しでそう言った。

 普段から決して秋が役に立っていない訳では無い。だが、ここまでの熱意を見せられては本人の意見を尊重したくもなる。

 

 

 ここは俺らが折れるとしよう。

 

 

「……分かった。そこまで言うなら秋に任せよう。良いな?」

「ああ! 頼むぞ、木野!」

「加賀美さん! キャプテン! もし失敗したらマネージャーが……」

 

 

 心配して声を上げる1年達を、秋本人が鎮める。

 

 

「信じる心には、行動で応える……だね!」

「おう! 絶対成功させてみせるぜ!」

「しゃーねえ、やるか!」

 

 

 秋が交差するポイントに立ち、3人は最初の定位置に着く。

 失敗しようものなら、本当に秋は怪我をしてもおかしくない。だがそれでも、本人は3人の成功を信じた。

 男見せろよ、お前ら。

 

 

「よし……GO!!」

 

 

 一之瀬の合図で一斉に駆け出す。

 そして3人は同じタイミングで秋の横で交差する。

 すると、3人が描いた軌道に沿って蒼炎が噴き出し、雄々しきペガサスを創り出す。

 ペガサスは上空へ翔けると、乗り手を待つかのようにその場で動きを止めた。

 ……これなら、いけるかもしれない。

 

 

「「「いっけええええええ!!!」」」

 

 

 ここで初めて、3人はボールを蹴り込むことが出来た。

 力に導かれたペガサスは、示されたその道に沿って真っ直ぐに翔け落ちていく。

 間もなくして、ゴールはペガサスに蹂躙された。

 成功だ。

 

 

「やっ、たァァァァァァ!!!」

 

 

 4人が互いに手を取り合って喜びあっている。

 それにしても、成功させたとはいえ秋が全くの無傷で済んだのは偶然だろうか? 

 と思っていたら、どうやら交点と秋の間に1年達が咄嗟に割り込み、僅かながらも漏れ出るエネルギーから秋を守っていたらしい。

 

 

 それだけじゃない。横で見守っていた皆が、万が一に備えて担架や救急箱を用意していたのだ。

 

 

「このチームは最高だね、秋」

「本当にね」

 

 

 一之瀬が口を開く。

 全員が常に仲間のことを考えられる。それが俺達雷門の何よりの良いところなんだろう。

 こんなに良いチームは他に無いと断言出来る。

 

 

「加賀美もありがとう! 完成まで近付けたのは君の助言のお陰さ」

「そんなことないさ。お前達の熱い魂があってこそだ」

 

 

 こちらに駆け寄ってきた一之瀬と握手を交わす。

 

 

 それから少しして、一之瀬は急いで雷門を発った。

 もう少しあいつとサッカーしたかったが、仕方あるまい。きっとそのうち会えるだろう。そんな気がする。

 またな、一之瀬。

 

 

「さ、感傷に浸ってないで練習するぞ!」

「「「おう!!」」」

 

 

 

 

 ---

 

 

 

 

「あ、飛行機」

 

 

 練習が終わり、後片付けをすると誰かがそう呟く。

 その呟きにつられて空を見ると、ちょうど飛行機が高度を上げているところだった。

 あれに一之瀬が乗っているのだろうか。

 

 

「また、一之瀬とサッカーやれたらいいな」

「ああ! ……一之瀬ーーッ! 、またサッカーやろうなーーッ!!」

 

 

 守が飛行機に向かって手を振りながらそう叫んだ。

 全く、聞こえるはずないってのに人の隣で……

 

 

「うん、やろう!!」

「はい?」

 

 

 後ろから聞こえるはずのない声が聞こえた。

 幻聴だろうか。アイツは今あの飛行機に乗っているはずだしな。まあ一応後ろ振り向いてみるか。

 

 

「……何でいるんだよ?」

「いやー、あんなに熱くなったのは初めてでね……これじゃ、帰れるに帰れない!」

 

 

 そう言って、またどこかで会えるだろうかと思っていた男、一之瀬は何かの紙……飛行機のチケットを破り捨てた。

 いや、本当に何やってるんだ? あっちで家族やチームメイトが待っているんじゃないのか? 

 

 

「てことは、雷門に来てくれるのか!?」

「ああ! よろしく!」

 

 

 そう言って守と一之瀬は握手を交わす。

 いや……まあツッコミどころはあるが、本人が良いならそれで良いか。

 

 

「歓迎するぜ、一之瀬」

「ああ!」

 

 

 こうして、また新たな仲間が加わった。

 明日からまた楽しくなりそうだ。

 

 

「皆さん!! 次の対戦相手が決まりましたー!」

 

 

 部室の方から春奈が走ってきた。

 

 

「準決勝か! それで、どこが相手なんだ?」

「次の対戦校は……木戸川清修です!」

 

 

 春奈がそう告げると、視線が一点に集まる。

 そして、注目を集めた本人も流石に驚きを隠せないようだ。

 

 

「修也」

 

 

 そう、修也だ。

 修也は雷門に来る前、木戸川清修のエースストライカーだった。

 去年の決勝では、妹さんの事故があって試合会場に行くことすら出来なかったんだったな。そして色々負い目を感じ、サッカーを辞めることにしてそのまま木戸川清修を去った。

 少なからず、修也にとって思うところのある相手だろう。

 

 

「……大丈夫だ。敵として戦う以上、勝つまでだ」

「ははっ、それでこそ修也だ」

 

 

 まあ、修也に限って心配する必要ないか。

 本人もやる気だし、絶対に勝って決勝進出を決めてやるとしよう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第28話 "大切なもの"

更新遅れてますが、ちゃんと生きてます!


 

「それにしても、木戸川清修と戦うことになるなんてな」

「もし俺が転校して、雷門と戦うようになったら……嫌だな」

 

 

 守と染岡が修也を囲んでそんなことを話す。

 それは明らかに修也に向けられた会話であったが、当の本人はいつもの表情を崩すことなく、黙々と練習の準備をしている。

 

 

「どこと試合になろうが関係ない。サッカーはサッカーだ」

 

 

 やがて淡々とそう告げて立ち上がる。まあ、修也ならそう言うだろうなとは思っていた。

 どんな事情があろうとも、サッカーに対して常に正面から向き合うのがこの男、豪炎寺修也だ。

 古い仲間達が敵として立ちはだかろうと、何ら変わりはしないだろう。

 

 

 そして修也は誰よりも早く部室を出ていった。その背中は、「この話は終わりだ、練習するぞ」と語っているように見える。流石、できる男は背中で語るというやつだろうか。

 それに続いて守達も外へ出ていく。

 

 

「雷門のユニフォームはどうだ? 一之瀬」

「うん、最高だね。俺も皆の仲間だって胸を張れるよ」

 

 

 昨日、帰りの飛行機を蹴って日本に残り、俺達とサッカーすることを選んだ一之瀬は、即座に入学手続きを済ませ、雷門中に転入となった。

 正確には、後々ちゃんとアメリカに帰ることを見据えて短期留学のような形らしいが。まあそこは何でもいいだろう。

 

 

「さ、行くぞ」

「ああ!」

 

 

 部室の扉を開き、グラウンドへと向かう。既に皆集まり終え、俺達の到着を待っていたようだ。

 遅いぞ、と皆に苦言を呈されたが、その顔は笑っていた。

 こんな雰囲気に一之瀬は魅力を感じたんだろうな。勿論、俺もこんな雷門が大好きだ。

 

 

「始めるぞー!」

 

 

 守の掛け声で練習が始まる。

 準備運動に補強運動、そこから軽くランニングなどを済ませ、早速本練習へと入っていく。

 一之瀬が加わったことで、俺達の連携にも更に幅が出来るはず。今日はその模索がメインだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、お疲れ様!」

「サンキュー!」

 

 

 あれから小一時間ほど練習に打ち込み、合間の休憩の時間になった。練習に打ち込みすぎたあまり、身体を壊したとあれば元も子もない。強いチームというのは練習の外にも余念が無いものだろう。

 

 

 マネージャー達からタオルやドリンクを受け取り、先程の練習の中の話で盛り上がる。その話題の中心はやはり一之瀬だった。

 一之瀬の状況判断やボールコントロールの正確さは凄まじいもので、どのパスも足元に吸い付くようにピッタリ収まってきた。

 あそこまで高精度なパスは、鬼道でさえも難しいかもしれない。

 

 

「皆、ちょっといいかしら」

 

 

 一之瀬の凄さを皆で賞賛していたら、夏未がグラウンドに入ってきて声を上げる。

 必然的に注目は夏未に集まり、それを確認したところで改めて夏未は口を開いた。

 

 

「先程、Aブロックの準決勝の結果が届いたわ」

「俺らが次戦うチーム、だな」

 

 

 その一言は、俺達が勝つ前提でのものだろう。傍から見れば傲慢かもしれないが、最初から負ける気でいる競技者はいるわけないだろう。

 勿論俺たちは次の木戸川清修を下し、決勝戦へと進んでみせる。

 

 

 さて、肝心のその決勝戦の相手だ。

 恐らく、というか十中八九……

 

 

「決勝戦進出を決めたのは……世宇子中よ」

「世宇子……!」

 

 

 やはりか。

 推薦校としてこの全国大会に乗り込んできた世宇子中。全ての試合を圧倒的点差かつ、相手の負傷による棄権で完勝してきたとんでもないチームだ。

 そして、世宇子中が倒してきたチームには帝国も含まれているのだ。

 そう、俺達の中で特段世宇子中に対して因縁のあるヤツがいる。

 

 

「鬼道、帝国の仇を打つためにも負けられないぞ!」

「ああ、当然だ!」

 

 

 そう、鬼道だ。

 元々、帝国の無念を晴らすために俺達雷門の元へとやってきた鬼道。いざ世宇子と戦うとなれば、俺たちの中の誰よりも気合いが入るだろう。

 その因縁を抜きにしても、俺達は決勝戦で、あまつさえその手前の準決勝で負ける訳にはいかない。

 

 

「皆! もっと練習上げてくぞ!!」

 

 

 守のその呼び掛けに後ろ向きな返事をする者は1人としていなかった。皆やる気十分だ。

 それは勿論、俺もなんだがな。

 

 

 

 

 ---

 

 

 

 

「よし、作戦会議は一旦終わりだ!」

「おい、どこへ行くんだ!?」

 

 

 あれからまた練習に打ち込み、今日は早めに切り上げとなった。

 時間があったので、俺と守、修也に鬼道の4人でどこかの公園で対木戸川に向けての作戦会議をしていた。

 木戸川はオフェンス重視のチーム。こちら側はカウンターがメインとなるだろうというのが鬼道の見立てだ。

 

 

 そんな話をしていたら、唐突に守がどこかへ走り出した。当然、俺らはその後を追いかける。

 数分走ったところで、守は急に止まる。

 一体何が目的だったんだ、と尋ねようとしたがその疑問はすぐさま晴れた。

 

 

「駄菓子屋、か」

「おう! あんまり張り詰めてたら、勝てる試合も勝てないだろ?」

 

 

 確かに、守の言う通りかもしれないな。たまにはこんな息抜きもありだろう。

 それにしても、こんな昔ながらの駄菓子屋が残っていたんだな。初めて来た。

 鬼道なんかはその育ちのせいか、駄菓子屋に来ること自体が初めてなようで物珍しそうに店の中を眺めている。少しレアだな。

 

 

 守が店にいたちびっこ達と一緒に駄菓子を選んでいる中、俺達は外に置いてあった自販機で飲み物を買い、ベンチに腰掛けていた。

 

 

「駄菓子屋か、子供みたいだな」

「確かにな」

「だからこそ、サッカーに対してもバカになれるのかもしれないな」

 

 

 鬼道はそう笑いながら言った。

 鬼道の言う通り、こういう純粋で、真っ直ぐなところが守のサッカーにかける情熱へと繋がっているんだろうな。

 

 

「サッカーバカ、という面に関しては俺達も同じかもな?」

「ふっ、違いない」

 

 

 そんな話を俺達3人でしていたら、駄菓子屋の中から何やら良くない空気が流れてきた。

 何かあったのだろうかと思い中を覗くと、さっきまではいなかった3人組がそこにはいた。

 どうやらそいつらが並んでいた順番を抜かしたようで、それを守が咎めているのに対し、数が云々とよく分からない言い訳をしている。幼稚園生かコイツらは。

 

 

 そしてそいつらは俺達に気付くと、唐突に指を指してこう言った。

 

 

「豪炎寺! 久しぶりだな!」

「決勝戦から逃げたツンツン君!」

 

 

 その罵声は俺達、では無く修也のみに向けられたものだった。

 ……修也と顔見知りで、決勝戦から逃げたという一言。そして違いがよくわからない3人組。

 そうか、コイツらが。

 

 

「俺達は──」

「武方三兄弟、だな?」

 

 

 修也がいなくなった後の木戸川清修を支える3つ子のストライカー、武方三兄弟だ。一人一人の名前までは知らん。

 息ぴったりの連携が木戸川清修のオフェンス力へと直結しているらしい。

 

 

「なんだお前!! 人の名乗りを邪魔しやがって!!」

「失礼だと思わないのか!!」

「え、ええ……?」

 

 

 何故か知らないが怒られた、解せぬ。まあそんなことはどうでもいい。

 知ってるのか? と尋ねる守に対し、軽く解説する鬼道。

 そして3つ子のストライカーが珍しかったから覚えていただけだという鬼道に対し、やたらと突っかかる三兄弟。

 コイツら面倒臭いな。

 

 

「次の準決勝で当たる雷門中に軽くご挨拶みたいな?」

「こんなところで会うとは思ってなかったけどな」

「まあ、宣戦布告しに来たんですよ……」

『俺達は豪炎寺を叩き潰すと!!』

 

 

 修也に対して悪意を剥き出しにする三兄弟。やはり、あの一件が尾を引いているのだろうか。

 だとしても、なんの事情を知らないでこうもいい気になられていると、あまり気持ちのいいものでは無い。

 

 

 三馬鹿曰く、修也は三馬鹿を、木戸川清修を裏切った。だからその恨みを晴らしに来たのだと言う。

 去年の全国大会の決勝に、修也は姿を現さなかった。それで帝国に勝てなかったから、全て修也のせいだとほざいている。

 

 

「ソイツは逃げたんだ!」

「決勝戦の重圧にビビってな!」

「木戸川清修を見捨てたんですよ!」

 

 

 口々に修也に罵声を浴びせてくる。それに対して修也は否定も弁解もしない。事実であることを受け止めているような表情だ。

 守が聞いていられなくなり、修也の事情を打ち明けようとした。

 それに気付いたところで、俺は守を腕で制する。

 

 

「柊弥!」

「落ち着けよ、守」

 

 

 納得出来ない、修也が馬鹿にされるのを聞いていられない。声に出さずともそう思っていることが簡単に読み取れる。

 安心して欲しい。俺も同じだからな。

 だが、全ての事実を明かされることを修也は望んではいないだろう。その意図を組んでやる義務が俺達にはある。

 

 

「仲間に庇ってもらって、いいご身分だな!」

「流石弱虫の豪炎寺君ですね!」

 

 

 何も言い返されないことをいいことに、修也への罵倒は更にエスカレートする。

 修也の事情は明かさない。勿論これは守るが、コイツらに対して言い返していけない理由にはならない。

 

 

「さっきから黙って聞いていれば、随分と盛り上がるな。玩具を与えられたガキか? お前らは」

「何ィ!?」

 

 

 軽く煽ってやると顔を真っ赤にしてターゲットを俺に向けてくる。

 あまり正しい選択肢ではないだろうが、仲間を、修也を馬鹿にされて黙ったままでいられるほど、俺は人が出来てはいないんだ。

 

 

「既に終わったことをうだうだと。修也がいないと勝てなかったお前達にも問題があるだろう」

「ぐ、ぐぎぎ……」

 

 

 ヤツらとしても痛いところを突かれたようで、急に黙りこくってしまった。

 

 

「何か語りたいことがあるならフィールドで語ってみせろ。それが俺達サッカープレイヤーの流儀だろうが」

 

 

 もう話すことは無い。その場を離れようと3人に視線を送り、歩き出すと喧しい声が再度響く。

 

 

「待て!」

「何か良い気になってるみたいじゃん?」

「そこまで言うなら、語ってあげましょう……今すぐね!」

「……は?」

 

 

 思わず乾いた声が漏れる。何を言ってるんだコイツらは? 

 

 

「確か、この近くに河川敷があったじゃん?」

「そこで決闘だ!」

「分からせてあげますよ、武方三兄弟の実力を!」

 

 

 話が飛躍しすぎだろう。今の流れでどうやったらその結論に辿り着く? 

 普通、試合の中で云々という流れに落ち着くだろうが。

 

 

「あのなあ……」

「おやおやあ? 臆病者の豪炎寺の仲間も臆病者なのかなあ?」

 

 

 話が通じねえ……

 流石にそろそろアホくさくなってきた。ガン無視決め込んで帰ろう。そうしよう。

 

 

「待てよ!」

「あの……守さん?」

 

 

 俺の静止を振り払って守が前に出てしまう。

 

 

「そんなに言うなら乗ってやる! 河川敷で決闘だ!!」

 

 

 お前は本当に、何ですぐ挑発に乗るんだよ!? 

 御影専農の時といい、戦国伊賀島の時といい……

 

 

「結局こうなるのか……」

「まあいいじゃないか。ヤツらの実力を図る良い機会だ」

 

 

 鬼道にそう言って肩を叩かれる。

 お前も大変だな、と薄ら笑いが語っている。そのニヤケ顔ぶん殴ってやろうかこの野郎……

 

 

 

 

 とまあ、そんな流れで河川敷へとやってきた。

 怒り心頭の守は既に臨戦態勢で、ユニフォームに着替えてゴール前に立っている。

 それに対してヤツらは3人でボールを囲み、ゴール前の守を見据えている。

 ということは、3人の連携シュートでもしてくるのか? 

 何にせよ、あっちの手札をこの場で見れるというのは中々に大きい。こちらの手札も見せることになるが。

 

 

「それじゃあ、行くぜ!!」

 

 

 そういうと3人同時に走り出す。

 

 

「見せてやるよ……これが豪炎寺を超える、俺達の必殺技!」

 

 

 そういうと、真ん中のヤツが青い炎を纏いながら空中へと飛び上がる。

 ファイアトルネード? いや違う、回転が逆だ。

 

 

バックトルネード!! 

 

 

 ボールに踵落としする形で青い炎を吹き込み、威力を得たボールはゴールへと襲い掛かる。

 中々のシュートだ。だがあの程度では、守の正面は破れないだろう。

 

 

「止める! 爆裂パンチ!! 

 

 

 シュートに向かってパンチの嵐を浴びせる守。

 徐々に青い炎は消され、威力を削られる。

 やがて守のパンチの威力が勝り、大きくボールは弾き飛ばされる。

 こんなものか、と思ったその時だった。

 

 

「なッ!?」

 

 

 何と残りの2人が後ろから全く同じ必殺技を撃ち込んできたのだ。

 全く予想外のことに虚を突かれることとなった守は、その2つのシュートに対応することが出来ず、ゴールネットを揺らされてしまった。

 ……流石にこれを見過ごす訳にはいかないだろう。

 

 

「ちょっとゴール奪ってみました、みたいな?」

「おい、待てよ」

 

 

 ピッチの外から中へと足を踏み入れ、守の前に立つ形で三馬鹿と睨み合う。

 

 

「今のは危険だろ。万が一うちのキーパーに怪我があったらどう責任取るつもりだ?」

「じゃあ、サブキーパーを出せばいいっしょ?」

「キーパーというのは常にシュートを受けるポジション。怪我も仕方ないでしょう」

 

 

 コイツら……全く悪びれる様子がない。

 へらへらと笑っているが、本当に冗談では済まないことになるかもしれなかった。もし少しでも軌道がズレて、2本とも守に直撃しようものなら間違いなく無事ではすまなかった。

 しかも、試合の外でだ。

 それを笑い事で済まそうとするヤツらの態度が、何より許し難い。

 

 

「……さっき俺達を臆病者だ腰抜けだと抜かしてたが、お前らこそそうじゃないのか?」

「はぁ?」

「常に3人で動いて、自分達の非を認めることなくふざけた態度をとる。1人じゃ何も出来ないのか? ……腑抜け共が」

 

 

 自分でも驚くくらいに滑らかな罵倒が炸裂した。

 理屈ではダメだと分かっているが、ここまで来るともう抑えが聞かない。

 

 

「何ィ!?」

「事実だろ? 1人じゃ何も出来ない。数で押すしか脳が無い。修也がいようといまいと変わらない。お前らは根本的に弱いんだよ」

 

 

 言葉にならない叫びを上げながら馬鹿共はこちらに詰め寄ってくる。

 ……腹立たしい、1発殴ってやれば良いか? 

 そう思って拳を固めた、その時だった。

 

 

「そこまでだ柊弥……もう良い」

「離せよ修也。コイツらにはここで分からせないとダメだ」

「いいや、ダメだ」

 

 

 握った拳を修也に抑えられ、鬼道からもストップが掛かる。

 

 

「暴力沙汰で出場停止をくらったらどうする?」

「そうだ。……怒ってくれるのは有難い。だが、それでお前に手を汚して欲しくはないぞ」

 

 

 2人のその説得でようやく拳から力を抜けた。

 

 

「……悪い。冷静さが欠けてた」

 

 

 正直、修也を馬鹿にし、守を危険に晒したコイツらは絶対に許せない。

 だが、それで試合に出れなくなるようなことがあっては本末転倒だろう。

 ギリギリのところで立ち止まれた。2人のおかげだ。

 

 

「お前ら! ストップだ! 喧嘩はまずいぞ!!」

「何やってるんだ!! お前達!!」

 

 

 丘の上から2つの大声が響いた。

 片方は風丸で、もう片方は知らない男の人の声だった。

 どうやら駄菓子屋でのいざこざを宍戸が目撃していたようで、風丸達を呼びに行っていたらしい。

 焦って声を上げたのだろうが、もう大丈夫だ。

 

 

 そしてもう1人の方は……アイツらの反応を見る限り、木戸川清修の監督だろうか。

 三兄弟の勝手な行動を叱り、先に帰らせてくれた。

 修也とも顔見知りだったようで、軽い会話を交わしている。

 

 

「あれ、西垣!? 西垣じゃないか!」

「……一之瀬!?」

 

 

 そして、監督についてきていた1人の生徒。どうやら一之瀬や土門、秋と古い仲間なようで、再会を分かちあっていた。

 邪魔をするのも悪いし、俺達はその場から去ることにした。

 

 

 

 

 ---

 

 

 

 

「それにしても、お前があそこまで感情的になるとはな」

「悪かったって」

 

 

 帰っている最中、鬼道が茶化すようにそう言ってくる。

 自分でも少し熱くなりすぎたと反省している。だからなるべく掘り返さないで欲しい……とは言えない。俺の自業自得だからな。

 

 

「そうか? 柊弥は昔からああいうとこあるぞ?」

「へえ、どんな感じだったんだ?」

「俺が1人でサッカーしててさ、通りすがりの悪ガキ達に友達いないのかって馬鹿にされてたところに割り込んで滅茶苦茶に言い返してたことがあってさ」

「守、その話は……」

 

 

 あまり思い出したくない話なので守を止めたが、既に変な火が着いてしまったようで口が閉じることは無かった。

 

 

「逆にそいつらを泣かせちゃって、後で連れてこられたあっちの親にすげえ怒られてんの! まあ、結局あっちが悪いってなって謝られてたけどな!」

「ほう、そんな過去が」

「昔の話だ」

 

 

 昔はヤンチャだった、ってことでどうかこの話は納めて欲しいものだ。

 黒歴史に近い話なので、他人に共有されると少し小っ恥ずかしいというかなんというか。

 

 

「最初はとんでもなく大人びたヤツだと思ってたが、そういう一面があって少し安心だよ」

「……俺は仲間が大切なだけだよ」

 

 

 これは、心からの本心だ。

 

 

「俺の大切なもの、宝はお前達一人一人だ。だから馬鹿にされたら許せないし、傷付けられたらもっと許せない……それだけさ」

「ふっ、嬉しいような、恥ずかしいようなことを言うじゃないか」

「なんとでも言え」

 

 

 仲間がいるから俺は強くなれる。昔も、今もそれは変わらないんだ。

 だからこそ、俺はコイツらとサッカーがしたい、そして勝ちたい。

 コイツらと全国の頂点に立ちたいんだ。

 

 

「さ、明日からまた練習だな! 目指せ決勝戦進出だ!」

「おう!」

 

 

 その為にも、次の準決勝もちゃんと勝たなきゃな。




仲間が大切で仕方ない、そんな柊弥の一面でした。
昔のやんちゃ話は鬼道から音無に伝わり、後々柊弥を赤面させることになるとかなんとか。

多忙が続きますが、自分のペースで更新していくのでどうぞこれからも当作を宜しくお願い致します!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第29話 一流は休養を欠かさない?

どうも皆様。例のごとく亀更新の拙作をご覧頂きありがとうございます。
ただいまリアルの方でどデカい案件を抱えているため、次の更新はまたいつになるか分かりません。
休み・・・くれ・・・(渇望)



あとがきに重大なお知らせあります。最後まで見てくださいませ。


「まだまだ行くぞ守ッ!!」

「来いッ!!」

 

 

 どっしりと構えた守に向かって思いっきりシュートを撃ち込む。対して守は鋭いパンチングでボールを弾き飛ばす。

 この河川敷のグラウンドには俺と守の途切れ途切れの息だけが木霊する。俺らしかいないからな。

 今日は俺達の他にもラグビー部が大会が近く、グラウンドでの練習をしたいということでいつもより短めの練習だったのだ。

 そこでピッタリ切りあげても良かったのだが、いつもの(サッカーバカ)を発動した守に半ば引き摺られる形で連れてこられたのだ。

 

 

 額を拭うと、噴き出した汗が手のひらの中では収まりきらないようで、地面に逃げるように飛び散った。

 気にも留めてなかったが、喉がカラッカラだ。

 1時間前に始めてからノンストップでPKし続けたから……100本は間違いなく撃ったか。我ながらアホすぎる。

 

 

 まあ、俺達がここまで熱くなったのにも理由がある。先日の木戸川清修の三馬鹿……もとい、武方三兄弟の襲来だ。

 ヤツらの態度は気に入らなかったが、実力は本物だった。ファイアトルネードに似たあの必殺技……バックトルネードだったか。修也の本家にも引けを取らない威力だった。

 しかもそんなシュートを撃つヤツが3人。そのうえ"トライアングルZ"という隠し球まであるときた。

 鬼道曰く、木戸川清修は攻撃力の面だけなら帝国にも引けを取らないそうだ。

 

 

 それを聞いた守は見事にヒートアップ。それに哀れにも巻き込まれたのが俺というわけだ。

 とは言ったものの、俺も思うところがあったので丁度良かった。

 守が防御力を磨きたがっていたのと同じように、俺も攻撃力を磨きたかったのだ。あくまで()()()としてのだ。

 

 

 ここ暫くの雷門は、多くの連携技を編み出し、それで点数を奪ってきた。

 ファイアトルネードDDや炎の風見鶏、イナズマブレイクに加え、一之瀬、土門、守のトライペガサス。

 チームとしての攻撃力は確かに以前とは比較にならないほどに向上した。

 しかし、連携技に頼り切る傾向はあまり良いとは言えない。理由は単純明快、1人でも封じられてしまったら技に持ち込めないからだ。

 他の連携シュートに切り替えればそれまでだが、そんな状況でも単体で点をもぎ取れるようにしておいて損は無いだろう。

 

 

「だぁーッ! 疲れた!」

「ここらで切り上げるのが吉だろうな……明日も部活がある」

 

 

 部活の外で消耗しすぎて支障をきたした日には、響木監督や鬼道にどつかれること間違いなしだ。引き際は弁えなければな。

 

 

「いやあ、この1時間でかなりレベルアップしたな!」

「それは間違いないな。俺のシュートの鋭さも、守のセーブ率も格段に上がっている」

 

 

 得るものはあった。いや、ここまでやっておいて何も得られなかったらただの無駄だろうか。

 

 

 身体の熱が引くまで適当に待ち、いい感じのところで制服に着替える。

 

 

「よし、帰るか」

「おう!」

 

 

 こうして、俺と守は帰路に着いた。

 

 

 

 

 ---

 

 

 

 

「ええ!? 今日は休み!?」

「そうだ」

 

 

 放課後になり、守と共に部室へ突撃するように向かうと響木監督から衝撃の言葉を告げられる。

 木戸川との試合は明後日だ。オフにしていいタイミングとは思えないが……

 

 

「……昨日、俺が言ったことを覚えているか?」

「えっと……"張り詰めすぎは良くない。ちょうど他の部活に場所を譲るのだから今日はしっかり休むように"でしたっけ?」

「その通り。じゃあ、昨日大人しく家に帰らなかったヤツ、手を挙げてみろ」

 

 

 あ、やべ……と思いつつも、手を挙げる。

 俺と守の責任か……皆申し訳ないと周囲を見渡してみると、一瞬にしてそんな思考は消し飛んだ。

 なんと、俺と守以外にも手を挙げている者がいたのだ。

 ……待てよ、これ全員じゃないか? 

 

 

「という訳だ。分かったな?」

「でも監督!! 試合は明後日なんですよ!?」

「だからこそだ。一流の選手というものは、休養にも余念が無い」

 

 

 そう答える響木監督の言葉は、妙に説得力に満ちていた。

 当然か。監督自身が一流の選手だったんだから。

 

 

「……分かりました。皆! 今日は休みだ!」

「自主練、するなよ」

 

 

 最後に監督に釘を刺されてしまった。

 昨日の自主練が原因でこうなったのだから、流石に今日もやるヤツはいないだろう。

 

 

 さて困ったな。完全に部活するつもりでいたから、いざフリーとなると何もやることが無い。

 大人しく家に帰っても良いのだが……どうしたものか。

 

 

「柊弥先輩!」

「春奈、どうした?」

 

 

 考え込んでいたら、後ろから春奈に声をかけられた。

 後ろに振り向くと、こちらに向かって春奈が走ってくるのが確認できる。

 

 

「良かった間に合って……」

「何か用事でもあったか?」

「えっと、その……」

 

 

 急に春奈は口を噤む。何かを言おうとしているが、迷っている。そんなもどかしい雰囲気だ。

 ……何だろう、何故かこちらまでむず痒い気持ちになってくる。

 

 

「あの、これから少しお出かけしませんか!?」

「お出、かけ……?」

 

 

 その言葉に一瞬固まった。

 俺と春奈、2人で放課後にお出かけ。つまりそれは……俗に言うデートというものなのではないだろうか? 

 男女2人が出かけることがデートの定義なら、間違いなくそういうことになるだろう。

 

 

 しかし待て、授業が終わり放課後ということは、学校の外には同じくらいの歳のヤツらが屯しているのではないだろうか。

 もし俺達が2人でいるところを見られるようなことがあれば、間違いなく──

 

 

「ダメ、ですか?」

「いや、行こう」

 

 

 難しい思考は放棄。なるようになれだ、レッツゴー。

 

 

 

 

 ---

 

 

 

 

「見てください柊弥先輩! このぬいぐるみ可愛いですよ!!」

「ああ、転ぶなよ」

 

 

 お互い特に行きたいところもなかったので、とりあえず商店街にやってきた。

 そこで見つけた女子ウケの良さそうな雑貨屋に春奈の視線が釘付けになっていたので、そこに入ることにした。

 

 

 はしゃぐ春奈はまるで子どものよう。いや、中学生はまだ世間一般的には子どもか。俺にも当てはまることだが。

 しかし、予想はしていたが店の中は同じ歳くらいの女子で溢れかえっているな。それと、カップル。

 そんなところにいる俺達2人もやはりそういう風に見えるのだろうか。

 

 

 春奈と俺がカップル。全く悪い気はしないが、春奈の方はそういうことを考えたりしているのだろうか。

 放課後誘われるくらいだから、間違いなく悪くは思われていないはず。そう思うことにしよう。いや、そう思いたい。

 

 

「あ! これって……」

「こ、これは……」

 

 

 春奈が指さした先にあったのはゴーグル。なんで雑貨屋にゴーグル? と思ったが、ツッコムべきところはそこではない。

 そう、このゴーグル……

 

 

「鬼道、何故ここに……?」

「ですよね! お兄ちゃんですよね!」

「ブッ!!!」

 

 

 どこからか吹き出すような声が聞こえた。その声の方向に振り返ったが、誰もいなかった。空耳だろうか……? 

 

 

「なあ、今なにか聞こえなかったか?」

「えっ!? き、気のせいですよきっと!! いきましょ!」

 

 

 腕を引っ張られ、その店を後にした。

 おかしいな……何か聞こえたような気がしたんだが……

 

 

「な、なんで……!」

「ん? どうかしたか?」

「い、いえ! 何でもないんです!」

 

 

 嘘だ、明らかに何かある言い方だった。

 とはいえ、何も無いという女子を問い詰めるのはナンセンスだとどこかで聞いた。深くは言及しないでおこう。

 

 

 

 

 ---

 

 

 

 

「うーん、ここのフレンチトーストは絶品ですね」

「こっちのパンケーキもかなり良いぞ」

 

 

 雑貨屋から飛び出すように出てきた俺達は、商店街に新しくオープンしたカフェにやってきた。

 色々なメニューがあったが、特に気が惹かれたパンケーキを注文してみたのだが、これが大当たり。

 ナイフを使わずとも、フォークのみで簡単に切れるふわっと柔らかさ。口に含めば、しゅわっと溶けるような食感が舌を支配する。

 付け合せのクリームも滑らかな舌触りかつ、そこまで甘さがくどくない。フルーツもみずみずしくて良い。

 この店、後でお気に入りに追加しておこう。

 

 

「美味しそうですね……?」

「ああ、今まで食べてきた中で1、2を争うレベルだ」

 

 

 春奈の視線がこちらに突き刺さる。

 何だ、この何かを訴えるような視線は。

 

 

 そうだ、見覚えがある。

 これは絶好調の染岡がパスを求めている時のそれに近い。

 つまり春奈は何かを求めているんだ。しかもそれを俺に感じ取らせようとしている。

 分かった、分かったぞ──

 

 

「──食べる?」

「はい!」

 

 

 正解だったようだ。

 テーブルの上を滑らせるようにして春奈に皿を向けると、実に幸せそうな顔でパンケーキを頬張る。

 やはり、女子は甘いものが好きというのは全世界共通の事実ということだろうか。

 

 

 しかし、本当に幸せそうに食べる。

 

 

「柊弥先輩、私のフレンチトーストも食べていいですよ」

「良いのか? ありがとう」

 

 

 交換条件ということだろうか? あちらのフレンチトーストも気になっていたからちょうどいい。

 ……うん、美味い。

 なんというかこう、調和が取れている。ありとあらゆる甘さが自分の分をわきまえているとでも言えばいいのだろうか。それぞれがそれぞれの邪魔をしていない、完璧な甘さがそこにある。

 

 

「春奈の言う通り、絶品だな」

「あ、あの……柊弥先輩……」

 

 

 春奈が急に顔を赤らめて名前を呼ぶ。

 

 

「どうした?」

「そのフォーク……私のです」

 

 

 そこで自分のやらかしに気付いた。

 そう、フレンチトーストの皿の上に置いてあったフォークをそのまま使ってしまったのだ。春奈がついさっきまで使っていたフォークをだ。

 あっちは自分のフォークで俺のパンケーキを食べたというのに、俺はそれに気付くことなくフォークを口に運んでしまったのだ。

 

 

「……その、ごめん」

「だ、大丈夫です……」

 

 

 完全にやらかした。今世紀最大にやらかした。

 これからデリカシー皆無男として見られてしまうだろう。終わった。

 

 

「柊弥先輩」

「……何でしょうか」

「間接キス、ですね」

 

 

 心臓を貫かれたような衝撃に襲われる。

 頭では分かっていた。自分が犯した罪を嫌という程理解してしまっていた。

 だがそれを口には出さなかったし、考えないようにした。悶え死んでしまいそうな羞恥心に殺されると思ったからだ。

 しかし春奈は、それを口に出してしまった。

 結果、抑え殺したはずの羞恥心が、雷のように俺を貫いた。

 

 

「ほんっっっっとに申し訳ない」

「大丈夫ですって! ちょっと意地悪しただけですから! そんな本気の謝罪しないでくださいよ!?」

「ンンッ!!」

 

 

 全身全霊で春奈に謝罪をしたら、後ろの席から咳払いが飛んできた。

 騒がしかっただろうか、これは申し訳ない……

 

 

 いや待て、どこか聞き覚えのある声だったような。

 

 

「……今の声、聞き覚えないか?」

「さ、さあ? 気のせいじゃないですかね……?」

 

 

 ……まあ、そういうことにしておこう。

 

 

「……そろそろ出ましょうか」

「……ああ、そうだな」

 

 

 店の中を騒がしくしてしまったし、この辺りで店を出ることにした。

 後ろの席の人の顔を覗こうかと思ったが、レジと逆方向だったので諦めた。

 

 

「あ、お会計個別で──」

「5000円でお願いします」

 

 

 春奈が個別に会計をレジに頼むより早く、札を叩き付ける。

 店員はにこやかな表情でその札をレジに吸わせ、釣り銭を手渡してくる。

 

 

「えっ!? 悪いですよ!」

「気にするな。お詫びも兼ねてってことにしといてくれ」

 

 

 こうでもしないと、罪悪感が拭いきれないのだ。

 春奈はお金を手渡してこようとするが、全力で拒否する。俺のプライドが意地でもそれを許さない。

 数十分程戦い続け、ようやく俺が勝利した。

 

 

「もうこんな時間ですか……」

「そろそろ帰らないとだな。送っていくよ」

 

 

 気がつけば部活が終わったくらいの時間になっていた。

 ここからどこかに行くとなると、明らかにいつもより遅い帰りになってしまうだろうから、この辺りで帰宅することにする。

 

 

 春奈を家まで送る中、色々なことを話した。

 まだ部活と呼べるかすらギリギリだったあの時のことから、全国大会の準決勝まで辿り着いた今までのことまで。

 思い返せば、ここまであっという間だった。まだ半年も経っていないのだから驚きだ。

 

 

「本当、凄いことですよね」

「ああ。良いチームに恵まれたよ」

 

 

 このチームじゃなければ、ここまで来れなかっただろうからな。出会いに感謝とは良く言ったものだ。

 

 

「っと、確かこの辺りだよな」

「はい! 送ってくれてありがとうございました!」

 

 

 確か、野生中との試合の前だったか? あの時も春奈を家まで送ったな。

 

 

「柊弥先輩! あの……また誘っても良いですか?」

「ああ、もちろん。今日は楽しかったよ」

 

 

 そう返すと、春奈は眩しいほどの笑顔を浮かべる。

 

 

「本当ですか! 絶対ですよ!」

「俺は嘘はつかないよ。じゃあ、また明日」

「はい! おやすみなさい!」

 

 

 そう言って春奈は家の扉を開け、姿を隠してしまった。

 

 

 今日は楽しかったな。

 もし春奈と付き合うようなことがあれば、きっと毎日が楽しいのだろう。

 

 

「……帰るか」

 

 

 ……滅多なこと考えるものじゃないな。

 俺が誰かと交際するなんて……考えたことも無い。楽しかったからって少し浮かれているのかもしれないな。

 試合も近い事だし、気を引き締めなければ。

 

 

 

 

 ---

 

 

 

 

「明日は木戸川との準決勝! 気合い入れて練習するぞ!!」

 

 

 そう言って守が部室を飛び出していく。それを追いかけて他のヤツらもグラウンドへと走っていった。

 俺も行こう……と思ったら後ろから俺を呼ぶ声があった。

 

 

「どうした? 鬼道」

「その……なんだ。妹をよろしく頼む」

 

 

 それだけ言って鬼道は去っていった。

 ……今の一言で、点と点が繋がった。

 

 

「鬼道! お前昨日尾けてただろ!?」

 

 

 昨日の聞いたことある声、あれは鬼道のものだったんだ。

 そして後から問い詰めたら、他にも秋や土門、修也がいたことが発覚した。

 俺が練習中に春奈と話していると、前者2人は妙にニヤニヤしながらこっちを見てきた。全く、コイツらは……! 

 

 




というわけで、今回は柊弥と音無のデート回でした。
次回は木戸川清修との試合ですね。


さて、ここで予告した通りお知らせです。
なんとこの度、「憑依円堂列伝〜TS娘と時々未来人〜」を執筆されている花蕾先生からコラボのお誘いをいただきました!!

しかも、拙作だけじゃないんです。
低次元領域先生の「かき集めた部員が超次元な奴ばかりだった件について」
ウボァー先生の「超次元な世界では勘違いも超次元なのか?」
こちらの2作品様もコラボに参加されるそうです!

・・・私があの3人の先生方と名前を連ねて、本当に良いんでしょうか?ヤベェっすよ(本音)

コラボ話の投稿は12月中にされるそうです。ぜひお楽しみに!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第30話 Fly to the sky

1万字超えたァ!
急に評価が伸び始めた・・・もしやコラボ効果!?
最後にちょっとコラボ導入に触れてるのでぜひぜひ

誤字報告、めちゃくちゃ助かってます。ありがとうございましす。


『本日はBブロック準決勝!! 昨年の準優勝チーム、木戸川清修と今大会台風の目、雷門中の試合です!!』

 

 

 台風の目、ね。

 確かに大会が始まった頃は全くの無名だった俺達がここまで勝ち上がりもすれば、台風の目だのダークホースだの言われるのも当然か。

 

 

 対する相手、木戸川清修は前年度の準優勝校だ。

 去年の敗北を受け、今年こそはと熱が入っているだろうが、熱量で俺達が負けるはずがない。

 言わば意地と意地のぶつかり合いだ。もっとも、それはこの試合だけに言えることでは無いのだが。

 

 

「修也、行けるな?」

「勿論だ」

 

 

 俺の問いかけに当然と言わんばかりの声色で返答する修也。

 修也にとって木戸川清修は、少なからず因縁の残る相手だ。前から大丈夫だと言ってはいたが、何か思うところがあるのではないかと思っていたが、俺の杞憂だったようだ。

 修也の目にはギラギラと炎が燃えている。勝負に赴く戦士の目だ。

 これは俺も負けていられないな。

 

 

『この試合を制した方が、フットボールフロンティア全国大会の決勝へと駒を進めます!! そして、その試合の開始を告げるホイッスルが今──鳴ったァァァ!!』

 

 

 審判が高らかとホイッスルを鳴らす。試合の火蓋は切って落とされた。

 

 

 試合開始早々に三兄弟が前線目指して駆け上がる。そう易々と行かせるかよ! 

 

 

「甘いっしょ!」

「くッ!」

 

 

 かなり鋭くスライディングを仕掛けたが、あっさりと躱されてしまった。

 続いて修也や染岡もプレスを掛けに行くが、三兄弟のずば抜けた連携の前には歯が立たない。

 以前はシュートの側面しか見れていなかったが、やはり攻めに関する技術は群を抜いている。

 分かっていたことだが、なめてかかって勝てる相手ではない。

 

 

 鬼道の指示で中央に守備が展開されるが、それすらも軽く抜き去ってしまう。

 一瞬のうちに1人がゴール近くまで上がり、それを見て高くセンタリングが上げられる。

 

 

バックトルネード!! 

 

 

 あっという間に1本目のシュートが放たれた。試合開始3分も経っていないだろう。

 蒼炎を纏ったシュートが守が待ち構えるゴールへと落ちて行く。

 

 

 ……やはり気のせいではない。あのシュート、以前よりも威力が増している。

 猛特訓を重ねたのか? それとも以前は全力ではなかっただけなのか? 

 

 

爆裂パンチ! 

 

 

 真正面から拳の雨嵐がボールを捉える。

 一撃、また一撃と確実に打ち込まれるが、炎の勢いが弱まる気配はない。

 そればかりか、段々とパンチの威力が負け始めている。

 

 

「守ッ!!」

「ぐッ……おおおおおお!!」

 

 

 守は負けじと拳を叩き込み続ける。

 しかし、無情にもある一撃がボールの真ん中を捉えることが出来ず、その拍子に守は顔面でボールを受けることになる。

 ボールごと押し込まれた守は、ゴールネットによって受け止められる。

 

 

『ゴール! 先制点を決めたのは木戸川清修だ!! 目にも止まらぬ速攻で華麗に1点を奪った!!』

 

 

 なんて速攻だ。決して侮っていた訳では無いが、試合になるとここまで鋭い攻めをしてくるとはな……

 視界の先には、悔しそうに拳を打ち付ける守の姿があった。

 点を取られたのはあいつだけの責任じゃない。前線で抑えきれなかった俺の責任でもある。

 

 

 だから、その分は俺が取り返してやる。

 

 

「修也、染岡」

 

 

 2人に声を掛け、方針を伝える。

 あっちがあっという間に点を取ったなら、こっちはもっと一瞬でもぎ取ってやるよ。

 

 

『1点の先制を許した雷門中、早いうちにこの不利状況を覆したいところだが……おーっと!? 再開のホイッスルと同時に、ボールを受け取った加賀美が凄まじい速さで切り込んでいく!』

 

 

 修也からボールを受け取ったその瞬間に、ボールと共に前線へと駆け上がる。

 ヤツらはまだ俺のトップスピードを直に体験したことがない。この1回だけなら、ヤツらの反応を上回ることは容易いはずだ。

 

 

 事実、最前線で睨み合っていた三兄弟は全く追いついてこなかった。

 とは言っても、この手が通用するのは最初だけ。

 だからこそ、是が非でもここで1点奪い返す! 

 

 

雷光翔破!! 

 

 

 行く手を相手のディフェンス陣が塞ぐ。だがここで止められる訳にはいかない。

 "高速"から"光速"へとギアを上げた今、誰も追いつけやしない。

 

 

 この場は、俺の独壇場。

 他の追随なんて許さない。

 

 

轟一閃──"改"

 

 

 視界が開け、目の前に相手ゴールとそれを守るキーパーだけが移るのを確認した瞬間、加速によって得た全ての力を脚に集中させてボールを踏み抜く。

 雷を帯びながら浮かぶボールに対し、文字通りの光速で脚を振り抜く。

 そうすれば、轟音と共に雷が獲物へと落ちていく。

 

 

「タ、タフネ──」

 

 

 キーパーが必殺技の構えに入った。だが遅い。

 ボールを受け止める体勢が整う前に、雷が真正面からキーパーの腹を貫く。

 為す術なく押し込まれたキーパーは、俺よりも大柄な身体をゴールネットに叩き付けられた。

 

 

『ゴ、ゴォォォル!? 雷門中15番、加賀美!! 正しく雷のような攻めで単身ゴールを奪ってしまった!! これが雷門中を支える副キャプテン! "雷鳴ストライカー"の実力だァ!!』

 

 

 やってやったという満足感と共に自陣へと戻る。

 今初めて知ったが、雷鳴ストライカーなんて呼ばれてたんだな、俺。

 修也の"炎の天才ストライカー"や染岡の"雷門の点取り屋"みたいな感じで良いな。気に入った。

 

 

「ナイスシュート、雷鳴ストライカー」

「どうも」

 

 

 修也の冷やかしを軽く流してやる。まだこれで終わりじゃない。それどころか時間的にはまだ始まったばかりだからな。

 とりあえずまだまだ点を取っていこう。

 

 

「なかなかやりますね!」

「けど、調子に乗るなよ!」

「まだまだ俺達は本気じゃない! みたいな!」

 

 

 なんか言われた気がするけど、スルーで。

 

 

「「「無視ィ!?」」」

「お前……アイツら嫌いなのか?」

「いや、そういう訳では無い」

 

 

 試合中にいちいち相手に反応してたらキリがないってだけのことだ。別にここでは好き嫌いは関係ない。

 サッカープレイヤーなら、試合の中で語るのが礼儀のようなのだ。

 

 

 そして、全員がポジションに着き直して再び試合が動き出す。

 

 

 またもや三兄弟のターンが始まったのか、目にも止まらぬ連携で俺達を切り崩していく。

 だが、さっきよりは対応出来ている。ここに鬼道のゲームメイクが加われば……次は間違いなく止められる筈だ。

 

 

 なんて考えはしたものの、今この状況では完全に出し抜かれている。

 最後の防衛線も突破され、11番……緑のモヒカンがまた守と1対1だ。

 さっきは止められなかった守だが、今度は大丈夫だろう。これは予感などではなく、確信だ。

 アイツなら次は止める。そう信じている。

 

 

バックトルネードッ! 

 

 

 先程点数を奪ったシュートが再び守へと襲い掛かる。

 対峙する守が選んだのは、幾度となく雷門のゴールを守ってきた神の手。

 

 

「止める! ゴッドハンド!! 

 

 

 黄金に輝く巨大な手が、蒼炎を纏ったシュートを真正面から受け止める。

 これには一切押されることなく、しっかりと威力を殺しきってみせた。そう来なくっちゃな。

 

 

 ボールは大きく前線へと送り出される。

 中陣のマックスがそれを受け取るが、次の瞬間また奪われてしまう。あそこまで下がってきていた三兄弟達だ。

 ヤツらは再び俺達のゴールへと攻め上がってくる。

 しかし、何度も上手く行くかな? 

 

 

 一見綺麗に通ったパスに思えたが、その先には鬼道が待ち構えていた。そしてその後ろをすかさずマックスが抑える。

 そう。始まったのだ、鬼道のゲームメイクが。

 ここまで簡単に攻められてきた俺達だったが、とうとうその勢いを封じる段階へと歩みを進めたのだ。

 

 

 何とか打開しようとパスを繋ごうとしたところを、土門が空中でクリア。

 マックスがそのまま上がるが、三兄弟全員に徹底マークされてボールを奪われる。

 そのまま11番がサイドから上がり、それを見て10番がセンタリング。

 

 

「今度こそ……バックトルネード!! 

 

 

 3回目のバックトルネード。しかし今回はゴールとの距離がかなり離れている。

 そうすれば当然、ゴールに辿り着く頃には威力がある程度削がれている。これなら……

 

 

爆裂パンチ! でりゃぁッ!!」

 

 

 1度は破られた爆裂パンチでシュートを弾き返して見せた。リベンジ達成で嬉しそうな顔をしているのが見える。

 

 

 そしてここで、木戸川に乱れが見え始める。

 正確に言うなら、三兄弟とその他の間で、だ。

 ゴールを奪えないことに焦りを覚え始めたのか、三兄弟の間だけでの連携を意識しすぎている。

 そうすれば当然、こちらから漬け込む隙が目に見えて増加する。

 なら、そこを遠慮なく突かせてもらえばいい。

 

 

 俺が気付けたのなら当然それに鬼道も気付いている。

 ヤツらの穴を突き、徐々にこちらへと主導権を手繰り寄せる。

 それでパスが通らなくなれば、さらに三兄弟は焦り、連携がガタガタになり始める。

 ここまで来ればあとは点数を取るだけ……なのだが、俺達FWへの警戒心が半端じゃなくて、とてもゴールまで辿り着けない。

 

 

「じゃあ、それを利用するのは?」

「そうか、トライペガサスか!」

 

 

 その手があった。

 そうと決まれば、トライペガサスに持っていくまでの流れを組み立てる。

 鬼道と一之瀬が考えた作戦を共有し、それぞれのポジションに戻る。この2人がいれば作戦面で負ける気がしないな。

 

 

 そして守のキックから試合再開。本来は大きく蹴り、前線へと送り出すのがセオリー。

 だが、今回の守は1番近くの土門へとパスをだす。

 そしてそれに吊られた三兄弟は一斉に土門に食いつく。

 

 

「今だ!」

 

 

 鬼道の指示が飛んだ瞬間、俺、修也、染岡は一気に走り出す。

 そうすれば、三兄弟の注意が俺達に向くのは勿論、マークも俺達に集中する。

 そうすれば、あとはアイツらが決めるだけだ。

 

 

『おっとこれは大胆! 一之瀬と共にキーパーの円堂、ディフェンスの土門が前線へと躍り出る!』

 

 

 当然、ボールを持って上がってきた3人を止めに木戸川は動こうとする。

 だが、俺達のマークに着いてきた守備陣は、逆に俺達に抑え込まれている。

 呆気に取られて反応が遅れた三兄弟も、全く追いつけていない。

 

 

「決めろッ!!」

 

 

 3人がトップスピードのまま1点で交差する。

 すると、それぞれが描いた軌跡に沿って蒼い炎が空へと吹き上がる。

 その中から姿を現したのは、雄々しく強大なペガサス。

 

 

「「「トライペガサス!! 」」」

 

 

 道を示されたペガサスは、悠々と空を駆ける。

 あまりの圧力に怯んだ木戸川のキーパーは反応が遅れ、必殺技では間に合わないと判断しそのまま抑えにいくが、それで止められるほどペガサスの勢いは弱くなかった。

 邪魔者を蹴散らし、ペガサスは華麗に地に足を着く。

 

 

『ゴールッ!! 何とキーパー円堂が加わった攻撃で点数を奪い取った! 序盤とは一転し、リードを作ったのは雷門中!!』

 

 

 こちらに戻ってくる3人をハイタッチで出迎える。

 これでとりあえず俺達の優勢に傾いた。このまま逃げ切れば勝ちだが、狙えるのならどんどん追加点を取りたいところ。

 

 

『ここで前半終了!! 両者1歩も譲らない攻め合いの中、雷門中が1点リードしたまま後半へ! 準決勝に相応しい熱い試合です!』

 

 

 と、ここで一旦ハーフタイム。

 ベンチで後半の流れについて擦り合わせをしておこう。

 

 

「さて、トライペガサスで1点の有利を作れたが……後半はどうだろうな」

「ヤツらとて強豪校。後半からは修正してくるに違いない」

 

 

 それは俺と鬼道だけでなく、全員同じ認識だったようだ。

 そして、トライペガサスを切った俺達と違い、あちらはまだ切り札を残している。

 

 

「トライアングルZ……後半は確実に撃ってくるはずだ」

「ああ。このまま終わるはずが無い」

「任せろ! 俺が絶対に止めてやるさ!」

 

 

 守が拳を突き合わせてそう意気込む。頼もしい限りだ。

 なら、俺達はそれを信じてやることをやるだけ。

 

 

「後半もトライペガサスで点を取りに行こう。俺達FWは引き続きサポートに回る」

「分かった。頼むよ」

 

 

 一之瀬とハイタッチを交わす。守の負担を考えると少し不安が残るが、現状1番信頼出来る流れだろう。

 ならば俺達はその流れを支える土台に専念する。

 

 

「豪炎寺!」

「お前には負けない!」

「勝って俺達が強くなったことを証明するんだ!!」

 

 

 後半再開直前、三兄弟が修也に近付いてそう宣言する。

 コイツら、単純に修也より強くなりたかっただけなのかもな。キッカケがキッカケなだけあって、少し拗れた方向に進んでしまったというだけで。

 まあ、どんな事情があろうとも今は試合中。目の前に集中するのみ。

 

 

 そして後半再開のホイッスルが鳴る。

 キックオフは俺達からだったため、一旦後ろに預けてそのまま前線へと出張る。

 だが、ボールは俺達の元へはやってこない。

 答えは単純明快。木戸川が上手くパスコースを潰しに来ているからだ。

 恐らく、あちらの監督の入れ知恵。先程までの崩れ方を危惧してのしっかりと指示を出してきたようだ。

 

 

「もらい!」

「くっ!?」

 

 

 そして、ふとしたタイミングで鬼道が三兄弟にボールを奪われる。

 ヤツらは当然のようにそのままゴールへと駆け上がる。

 

 

 黙ってそれを通すはずはなく、風丸を中心として後衛達が次々と行く手を阻むが、鮮やかなパス回し、カバーで難なく切り抜けてしまう。

 まずい、3人揃ってる。

 間に合わないかもしれないが、足は既に動き始めていた。

 

 

「見せてやる、俺達三兄弟の必殺技!!」

 

 

 エネルギーを集中させたパスを繋ぎ、その度に込められた力が爆発的に上昇する。

 高く打ち上げられたそのボールをゴールに向かって蹴り込むと、着地際に地上で独特なポージングをとる。

 そう、これこそが武方三兄弟の必殺シュート。

 

 

「「「トライアングルZ!! 」」」

 

 

 凄まじい威力だ。走って近づいたとはいえ、俺までそのシュートの力強さが伝わってくる。

 恐らくは、俺達のトライペガサス以上の威力。

 つまり、今この会場における、最強威力のシュートだ。

 守はゴッドハンドで抵抗するも、簡単に破られた。

 

 

「見たか! これが俺達の力だ!!」

 

 

 その視線は豪炎寺に向いていた。

 それを受けて豪炎寺は、静かに瞳の中の炎を揺らす。

 

 

「……お前達の好きにはさせない」

 

 

 不敵に笑う三兄弟に対し、至って冷静に返す豪炎寺。

 軽くあしらわれ、面白くなさそうな表情で三兄弟は戻って行った。

 

 

 とはいえ、不味いな。これで同点だ。

 守のゴッドハンドでもトライアングルZは止められない。守備に徹したところで勝ちきれるかは怪しいところ。

 となると、やれることは1つ。ひたすらに点を狙う。

 

 

 鬼道と一之瀬に視線を送ると、分かってる。と言いたげな視線が返ってくる。

 やるしかない。

 

 

 試合再開早々、三兄弟はボールを奪って雷門ゴールへと攻め上がる。

 しかし、鬼気迫る勢いで鬼道がスライディングを仕掛けてボールを自分のものにする。

 それを見て、すぐさま一之瀬と土門、守は攻め上がる。

 

 

「行くぞ! トライペガサスだ!」

 

 

 一之瀬を中心として加速が始まる。

 トップスピードに差し掛かり、いざ発動の1歩手前まで来たところで、相手2番の西垣がその行く手に立ちはだかる。

 

 

スピニングカット! 

 

 

 脚から衝撃波の刃を飛ばし、地面を刻む。

 するとそこから吹き出すようにして現れた衝撃波が、3人を弾き返してしまった。

 確か、アイツは一之瀬と土門との顔見知り。トライペガサスの対処法を知っていたという訳か。

 

 

「ペガサスの羽根が折れたな……行け!!」

 

 

 そしてそのボールは、武方三兄弟へ。

 

 

『不味いぞ雷門!! キーパーの円堂が前線にいる状態で武方三兄弟へとボールが渡ってしまった!!』

 

 

 鬼道がすぐさま指示を出す。

 だが、トライペガサスを阻止されたショックで反応が遅れてしまった皆はあともう少しというところで三兄弟を取り逃がす。

 このままでは──

 

 

「キーパーがいなくとも全力で撃つ!!」

 

 

 先程見たばかりの動き。それが意味するのはただ1つの事実。

 

 

「「「トライアングルZッ! 」」」

 

 

 キーパー不在のゴールに向かって、容赦なく自分達の最強シュートを撃ち込む武方三兄弟。

 キーパーが不在なのであって、無人という訳では無い。俺がここまで戻って来るのに間に合ったからだ。

 本当なら発動に割り込めれば良かったのだが、ギリギリのところで間に合わなかった。

 

 

 クソッ、バックトルネードだったらまだいけたかもしれないのに。

 

 

「らァッ!!」

 

 

 とはいえ、無抵抗でやられる訳にもいかない。俺は無我夢中でトライアングルZに対して蹴り込んだ。

 が、粘れたのはものの5秒程度。守の全力でも止められなかったようなシュートを俺が脚で止められるはずもなく、味わったことの無いような衝撃とともにゴールに叩き込まれた。

 

 

『ゴール!! 円堂が前に出た隙をつき、トライアングルZで3点目を奪った木戸川!! これは雷門にとって痛手だァ!!』

 

 

「柊弥!! クソッ、すまない!!」

「気にするなよ。やることやったんだから、仕方ない」

 

 

 責任を感じまくってる守に対し、慰めという訳では無いが声を掛ける。

 トライペガサスを狙えというのは俺含めチーム全体の意思。そのせいでゴールを守れなくても、俺達に攻める資格はない。

 

 

 手を貸してもらって立ち上がる。

 脚は……大丈夫だな。全然走れるしシュートも撃てるだろう。

 

 

 しかし2-3か。トライペガサスも封じられた中でこの劣勢は些かまずいように思える。

 

 

「俺が決める」

「修也」

 

 

 ポジションに戻ると、修也が肩に手を置いてそう宣言した。

 俺の脚を心配してか、はたまたエースとしての意地か。まあどっちでもいい。

 

 

「頼んだ」

 

 

 修也がやるって言ってるんだ。絶対に点数を奪ってくれるはず。

 なら俺はそれを全力で支えてやる。

 

 

 ホイッスルが鳴り響く。修也からボールを預かった俺は、そのまま前線へとボールを運ぶ。

 1点目のこともあって、俺への注意はかなり強い。

 なら出来るだけ引き付けて、タイミングを見計らって……

 

 

「修也ッ!」

 

 

 修也へとパスを出す。が。

 

 

「もらった!」

 

 

 綺麗に割り込まれてしまった。悪くないパスだと思ったが、ダメか。あまりに引きつけが露骨だっただろうか。

 

 

 また相手のターン。早いところボールを奪い返さなければ。そう思った次の瞬間だった。

 

 

「ふッ!」

 

 

 修也が颯爽とボールを奪い、染岡と2人で木戸川ゴールへと攻め上がる。あまりに一瞬のことに、俺達ですら何が起こったのか理解出来ていなかった。

 一瞬の虚を突いた完璧な奪取。いつもよりキレが増しているな。

 

 

 そのまま修也は染岡と鋭いパス回しでゴール前へと辿り着いた。

 

 

ドラゴン!! 

トルネード!! 

 

 

 染岡と修也の連携シュート。炎を吐きながら紅龍がゴールへと襲い掛かる。

 だが、ここまで必殺技で反応出来なかった相手キーパーが、ようやく必殺技を用いてシュートを迎え撃つ。

 

 

タフネスブロック!! 

 

 

 力を溜め、胸を大きく張り、ドラゴンの圧に負けることなくシュートを捉える。

 やがてドラゴンは姿を消し、ボールは大きく弾かれる。

 

 

 ダメだったか。そう思ったその瞬間だった。

 弾かれたボールに対して飛び付く人の姿。そう、それは豪炎寺修也だった。

 

 

ファイアトルネード!! 

 

 

 そのボールに対し、そのままの勢いでファイアトルネードをぶち込んだ。

 必殺技を発動した直後ということもあり、キーパーは指先で掠めることすら叶わずにゴールを許した。

 

 

『ゴール!! 雷門のエース豪炎寺!! 染岡との連携のもと、怒涛の攻め上がりで一点を返した!! 3-3!! 同点だ!!』

 

 

 本当にやりやがったよアイツ。毎回有言実行するからアイツはカッコイイんだよな。

 染岡もあの一瞬でよく合わせられたものだ。

 

 

 さて、残り時間もあと僅か。しかし点数は同点。

 なんとしてでも試合を動かさなければならない。

 

 

 また修也か? それとも染岡か? 俺か? はたまたトライペガサスを狙うか? 

 ……正解がどれかなんて、誰も分からないか。

 ならやれることは1つ。

 

 

「皆!! 気張っていこうぜ!!」

 

 

 雷門の全員サッカーで、最後まで戦い抜くことだ。

 俺達全員で1点取って、絶対に決勝へ行ってやる。そして世宇子中を倒して、俺達が日本一になるんだ。

 

 

 皆も同じ気持ちなのか、瞳に力が篭っている。

 そうだ。俺達はこんな所で負けてられないんだよ。

 

 

 木戸川のキックオフで試合再開。そこからは文字通り1歩も譲らない展開だった。

 どちらかが攻めれば。どちらかが全力で守る。

 どちらかが1本シュートを撃てば、どちらかが仕返しとばかりに1本撃つ。

 普段はシュートを撃たないようなやつもシュートを撃ち、普段は後ろに下がらないようなやつが後衛に参加する。

 まさに一進一退。

 

 

 試合は依然として動かない。もはや残された時間はロスタイムのみ。

 このまま延長戦になるのかとスタジアムに緊張が張りつめる中、時間は流れていく。

 どうする、どうすれば点をもぎ取れる……

 

 

「ボールを、寄越せぇぇ!!」

「ぐっ!?」

 

 

 鋭いスライディングでボールを奪い取られる。クソッ、意識が目の前から逸れていた! 

 すぐさま取り返すべく走り、手を伸ばす。

 しかし立ち上がった際のタイムロスでボールに追いつけそうもなかった。

 

 

 しかも、ボールの周りには三兄弟が揃っている。

 本気でまずい。

 

 

「延長なんて必要ない!!」

「勝つのは俺達なんだ!!」

「行くぞッ!!」

 

 

 本日三度目。そのシュートは放たれる。

 

 

「「「トライアングル、Zッッ!! 」」」

「絶対止める!! ゴッドハンドォォ!! 

 

 

 シュートを撃った三兄弟も、それを迎え撃つ守も息を切らしながら立っている。両者既に限界だ。

 そんな状況で、守はあのシュートを止め切れるか? 

 

 

「間に、合えェェェッ!!」

 

 

 帝国の時のように、守を後ろから支えるべく全力で走る。だがその途中であることに気付き、脚を止めた。

 

 はは、俺が焦る心配なかったか。

 そう。守を支えられるのは俺だけじゃない。

 

 

「キャプテン!!」

「俺達も手を貸すでヤンス!!」

 

 

 壁山と栗松が守の両後ろにつき、支える。

 3人の咆哮が重なった時、ゴッドハンドの輝きはより強いものになる。

 そしてそこに武方三兄弟の咆哮も響くと、シュートの威力がさらに増す。

 意地と意地のぶつかり合い。これではどちらが勝ってもおかしくない。だが、声を出さずにはいられなかった。

 

 

「止めろォォォォ!!」

 

 

 その時だった。

 1層強い輝きを放ったと思ったその次の瞬間、守の手の中にボールが収まっていたのだ。

 つまり、2度負けたトライアングルZに最後の最後で勝ってみせた、ということだ。

 

 

「止めた……止めたぞォォ!!」

 

 

 大手をあげて喜ぶ栗松と壁山。

 しかし、まだ終わってない。

 

 

「守! 上がれ!」

「任せたぜ、柊弥ァ!!」

 

 

 守が土門を引き連れ前線へと上がる。それをみて察した一之瀬も動き出す。

 俺の役目はシンプル。このボールを何としてもアイツらに届けること。

 

 

雷光……翔破!! 

 

 

 ここで全力出し切ってやる。

 こちら側のゴール近くから一気に加速し、相手のゴールへと迫る。

 俺を止めるべく武方三兄弟が全力でマークに着くが、ふとした瞬間に立ち止まる。

 一瞬に三兄弟が前のめりになったところでヒールパス。走り込んできていた一之瀬がそれを受け取った。

 

 

「トライペガサスはやらせないぞ!」

 

 

 西垣が再びスピニングカットを展開する。

 青白い衝撃波の壁に対し、何と一之瀬達は真正面からぶつかる。

 しかし、これでは……という予想は簡単に裏切られることとなる。何とその壁の向こうから3人揃って顔を出したのだ。

 これには西垣も驚きを隠せない。

 

 

 そして驚く西垣を横目に、3人は交差する。

 その中心から現れたのは、蒼いペガサスではなくて全身を炎に包んだ巨大なフェニックス。

 この土壇場で、トライペガサスを更に上の何かに進化させやがった。

 

 

「いけェェェェェ!!」

 

 

 不死鳥はそのままゴールへ落ちるように向かって行き、相手のゴールをこじ開けた。

 そしてその瞬間にホイッスルがなる。

 この一瞬で色んな事が起こりすぎて情報が渋滞しているが、最も大切なことだけは分かる。

 電光掲示板に視線を滑らせると、4-3の文字。

 そう、俺達の勝ち越しだ。

 

 

「──た」

 

 

 細い声が聞こえ、その後すぐに何十倍も大きな声が響く。

 

 

「やったぞォォォォォ!!」

 

 

 思わず拳を空高く突き上げる。

 やった、この準決勝で勝てたんだ。決勝に勝ち進んだんだ。

 こんな激戦を制して決勝に行けることに、喜び以外の感情が湧いてこない。

 

 

 ベンチで控えてた半田達や、春奈達マネージャーと喜びを分かちあっていると、何かを話している修也と三兄弟、相手の監督の姿が目に入った。

 どうやら、この試合を通して蟠りが解消されたようだ。修也の穏やかの表情を見れば察しが着く。

 

 

「とうとう決勝だな。守」

「ああ……ワクワクするな」

 

 

 そういう守は、どこか上の空のように感じる。らしくない。

 ふと横を見てみると、自分の拳をじっと見つめていた。おおかた、このままでは行けないとでも思っているんだろう。

 それは守だけでなく、俺達全員に言えること。決勝で勝つには、もっとレベルアップする必要がある。

 

 

「特訓、だな」

「え?」

「皆でまた特訓だ。お前は1人じゃねえよ」

 

 

 そう守に笑いかけると、やや曇っていた表情はすぐさま晴れやかなものに変わる。

 

 

「おう! そうだな!」

 

 

 日本一はすぐそこだ。

 

 

 

 

 ---

 

 

 

 

「ふぅ、少し休憩」

 

 

 試合の翌日、今日は練習はオフなのだが、1人河川敷にて自主練に励んでいた。

 本当は休みでもいいのだが、世宇子中のことを考えるといても立ってもいられなかった。

 身体を動かしておかないと気が気でないのだ。

 

 

 アイツらから点を取るためには、もっと強く、速くならなければならない。

 この休憩時間すらも惜しい。

 とはいえ休憩は大事。しっかりと水分補給しなければ……ん? 

 

 

「誰だ?」

 

 

 ふと、大きな木の方から視線を感じた。明らかに俺に向けられたものだった。

 それに気づいて声を掛けると、ガサッという音がそちらから聞こえてくる。

 間違いない。誰かいるな。

 

 

 一体誰だ……? 守か誰かならいいんだが、全く知らないヤツだったら怖すぎる。

 ストーカー、とか? 

 

 

「……よし」

 

 

 意を決して木に歩いていく。視線の主を確かめなければ集中出来そうにないからな。

 と思った次の瞬間、あちらの方から姿を現した。

 

 

「なんだ、守か。驚かせ……ん?」

 

 

 そこには見慣れた守の顔が……と思いきや、よく見たら違う。

 守に似てはいるが、全然別人だ。だが顔も雰囲気もどこか守に通ずるものがある。

 けど、赤の他人だ。

 

 

「えっと、どちら様?」

 

 

 そう尋ねると、咳払いをしてその少年は口を開いた。

 

 

「俺、円堂カノンって言います! 加賀美柊弥さん、あなたにお願いがあるんです!」

 

 

 "円堂"という苗字に、何故か俺の名前を知っていること。引っかかる点はいくつもあった。

 けど、そんな疑問も次の一言で些細なものとなる。

 

 

「こことは違う世界……俺の世界のサッカーと未来を守るために、力を貸して欲しいんです!」




木戸川戦決着、そして迫るコラボの足音・・・
ということで、次はまるまる1本コラボ導入のお話を書きます!お楽しみに〜


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第31話 時空を超えて

コラボ導入話です!!
更新かなり遅れましたがその間も多くのUA、お気に入り登録ありがとうございます!お陰様でUA40000を突破出来ました!!

では、どうぞ〜


「まあとにかく座れよ、話を聞くから」

「はい! えっと、まず何から……」

 

 

 そう言って2人でベンチに腰を降ろす。

 しかし、見れば見るほど守に似た顔をしている。良く見れば違うし、雰囲気も似て非なるものだが。

 バンダナをしているところなんかはもはやそのままだな。

 

 

「あの……?」

「ああ悪い。知り合いに似てると思ってな」

 

 

 ついつい見つめすぎたようだ。まじまじと自分の顔を見られて気を悪くしないヤツはいないだろう。反省。

 

 

「円堂守のことですよね?」

「ああ、知っているんだな」

「そりゃあもちろん! 俺は円堂守の曾孫ですから!」

 

 

 ……またまた、と言いたくなるが、それなら何となく納得出来てしまう。

 さっき"こことは違う世界のサッカーと未来を守って欲しい"って言ってたということは、つまりそういうことなのだろう。

 

 

 普通の人間ならば、違う世界? 未来? 何言ってんだコイツってなるだろうが、俺の場合は少し特殊な事情があるからな。

 そう、天馬とフェイだ。

 実際に未来から来たっていうヤツらと会ったことがあるからな……さすがに違う世界から来たヤツは初めてだが。

 

 

 時間を飛び越えられる技術が存在するなら、世界を越えられる技術があってもおかしくないだろう。多分。

 むしろ、そう考えでもしないと納得出来ないな。

 

 

「そうか……そうだな、とりあえずお前の世界では何が起こっていて、どういう経緯で俺に助けを求めてきたのかを話してくれ」

 

 

 そう訊ねると、カノンは順を追って説明してくれた。

 カノンの世界では、超大国に成長を遂げた日本では今もなおサッカーが流行っているらしい。

 しかし、それを良しと思わない組織がある。その名も王牙学園。

 その学園を設立した男は、サッカーにより本当の戦いを知らない子供たちが大人になるのを危惧し、ならば過去に遡りサッカーを消そうと目論んだらしい。

 

 

 過去に遡って、どうやってサッカーを消す? その答えがサッカー流行の原因となった人物……円堂守にサッカーを捨てさせること。

 抹殺した方が早いのでは? という疑問があったが、なんでも守の影響力が強すぎて、抹殺すると各方面に多大な歪みが及ぶからだそう。

 

 

 そうして王牙学園から派遣されたのが、チーム・オーガ

 ヤツらは今この瞬間も、カノンの世界の守、雷門中と戦っているらしい。

 その戦況は良いとは言えず、守達は現在進行形で苦戦を強いられている。だから、助っ人に助けを求めた。

 そのうちの一人が俺、ということだ。

 

 

「加賀美さん、改めてお願いし──」

「分かった」

 

 

 カノンの言葉を遮るようにして返事をする。当のカノンは呆気に取られたような表情をしている。

 

 

「お前は、守はサッカーを守るために戦ってるんだろう? 理由はそれだけで十分だ」

「あ、ありがとうございます!」

 

 

 カノンは俺の手をブンブンと振り回して礼を言ってくる。肩外れそうなくらい力強いからちょっと勘弁して欲しい。

 

 

 しばらく俺の腕がヌンチャクにされた後、カノンは俺に1冊のノートを見せてくる。

 カノンの世界の守が書いたノートらしい。パラパラと捲ってみると、確かに守が書きそうな内容が連ねられている。

 サッカーに対する熱意だったり、強い身体を作る鍛え方、必殺技の特訓法など様々だ。

 守から聞いたことの無い必殺技の名前があるあたり、やはり未来のものなのだろう。

 

 

「……これは」

 

 

 あるページで手が止まった。俺の興味を惹きつけたのは、"化身"という文字。

 そう、天馬達と出会った時に俺の身体から現れ、凄い力を発揮したと思ったらその後は全く姿を見せないあれだ。

 天馬達曰く、時空の共鳴現象がなんたらだそうだが……確か、違う時空の者が干渉することで違う時間軸に存在する自分と共鳴し、本来以上のパワーを発揮できるとかいう現象だ。

 

 

 待てよ? もし俺があっちに助っ人に行ったとしたら、またこれの恩恵を受けられるのではないだろうか。

 あの時は時間を超えてきたが、今回は時間も世界も超えてきている。ありえない話ではないな。

 

 

 その後、カノンから補足説明がされる。

 あっちにはこっちと性別が違うヤツがいたり、あっちの守は俺の知る守とはまた違った守ということだったり。

 それと……助けを求めている助っ人は俺だけではないということ。癖の強い人物達だから上手くやって欲しいとのことだ。

 いやまあ、まさか自分の身体に悪魔だったり神だったりを宿してたりする訳ではないだろうし……きっと何とかなるだろう。

 

 

「カノン、まだ時間はあるのか?」

「ええ。加賀美さんの理解が早かったおかげで」

 

 

 その言葉を聞き、俺は少し歩いてあるものを拾い上げる。サッカーボールだ。

 キョトンとしているカノン。が、俺はそんなカノンに向かって思い切りボールを撃ち込む。

 

 

「うわっ!?」

「ちゃんと受け止めるか」

 

 

 不意打ちのようなシュートだったが、案外あっさりと止められてしまった。打ち上がったボールがカノンの手の中に収まる。

 何故? といった目線を向けてくるカノンに対し、手招きをする……ピッチの上で。

 するとカノンは俺の意図を汲み取ったらしく、ニヤリと笑ってボールを地に転がす。

 

 

「そういう事ですか……付き合いますよ」

「ありがたい。準備運動は大切だろ?」

 

 

 そう言い終えると同時にカノンが打ち込んでくる。先程の意趣返しと言わんばかりのシュートだ。

 空気を裂きながら迫ってくるそれを胸で止めると、視界を影が覆う。カノンがこちらに飛びかかってきていたのだ。

 ボールを奪われまいとすぐさま身体を盾にする。一瞬でカノンとの距離を空けて目線を向けるが、カノンの足元にボールがあることに気付いた。

 

 

「いつの間に」

「へへっ、このくらいは出来ないと助けなんて求められないですよ……ねッ!」

 

 

 そう言ってカノンはこちらに背を向けて走り出した。カノンが向かう先はゴール……そういうことか。

 

 

「そう簡単にやらせるかよ!」

「うわ、早ッ!?」

 

 

 少し油断していたのか、カノンは俺の接近に対してオーバー気味な驚きを示す。

 その動揺の隙に、カノンの行く手を塞ぐように立つ。俺を抜き去ろうと右へ左へ揺さぶりをかけてくるが、数手先を読んで突破を許さない。

 暫くそうしていると、カノンが思いもよらぬ行動に出た。

 

 

「だりゃァッ!!」

 

 

 何と無理やりシュート体勢に踏み切ったのだ。

 予想外のことにほんの少し反応が遅れてしまったが……問題ない。

 

 

「しッ!!」

 

 

 こっちも真っ向勝負だ。カノンとボールを挟み込むようにしてこちらも蹴りを叩き込む。

 ボールを中心に微弱なイナズマが迸り始める。あっちの力が弱まることは無い。

 

 

「はァァァァァ!!」

 

 

 凄まじいパワー。本物だ。

 少し実力を見る意も込めてけしかけたか、ここまでやるとは予想外。一瞬でも気を抜いたら押し負けそうだ。

 だがこちらにもストライカーとしての維持がある。1歩も引く気は無い! 

 

 

「負けるかよッ!!」

 

 

 負けじと足に込める力をさらに強くする。

 微弱だったはずのイナズマはその勢いを強め、周囲や俺達の身体を打つ。それでもカノンは全然譲ってこない。

 いいね、ボルテージが上がってきた。

 

 

「らァァァァァッッ!!」

 

 

 咆哮と共に己を奮い立たせると、どこかで温存されていた力が身体をに満ちるのを感じる。

 多すぎるくらいのパワーは行き場を無くし、身体から吹き出しているのではないかという錯覚すら覚える。

 

 

 すると一瞬、カノンの力が弱まるのを感じた。

 押し込める。

 

 

「貰ったッ!!」

 

 

 押し負けたカノンは軽く吹き飛ばされ、余りあるパワーを注がれたボールは真っ直ぐに反対側のゴールまで突き刺さり、数十秒経ってようやく勢いをなくした。

 

 

「いてて……流石、すごいパワーですね」

「そっちこそ」

 

 

 カノンに手を差し伸べ立ち上がらせる。

 

 

「さて、ちょうどいい時間になったので俺は一旦失礼します……これを」

 

 

 そう言ってカノンが俺に手渡してきたのは、何やらハイテクそうな見た目をした腕時計? のようなものだ。明らかに未来のものだろう。

 そのビジュアルに心を奪われていると、カノンが口を開く。

 

 

「それは時空を超えるためのものです。赤く光ったら何も無いところに向けてください!」

「それだけで時空を越えられるのか……技術の進歩って凄いな」

 

 

 いや本当に。今から数十年後には腕時計で時間旅行ができますよーなんて言われてもちょっと信じられないな。時間どころか世界を超えてきてるやつが目の前にいるから疑いようがないんだけど。

 

 

「それでは、また後ほど!」

「ああ、任せておけ」

 

 

 そう言ってカノンは赤い光に包まれて一瞬で姿を消した。あんな感じで飛べるのか……

 さて、お呼ばれするまで何をしていようか。

 

 

「特訓、するか」

 

 

 とりあえず、ボールを蹴った。

 

 

 

 

 ---

 

 

 

 

 30分程経った。

 とにかく動きに動きまくって、飽きが回ってきたタイミングで一旦ベンチに戻る。

 心做しか、いつもより疲労が少ない気がする。戦いに赴く前のアドレナリンってやつだろうか? 

 

 

 そんなことを考えつつドリンクを喉に流し込んでいると、視界の隅が赤く光るのを見た。

 急いで右手首を顔の前に持ってくると、先程カノンからもらった腕時計が光を放ち、ディスプレイに"already"という文字を浮かべながら振動している。

 

 

 どうやら、お呼びのようだ。

 とりあえず軽く荷物はまとめて……一応草陰に隠しておくか? 取られて困るものはあまり入っていないが、良い気はしないからな。

 

 

「さて、と」

 

 

 深く息を吸って、吐く。

 正直、緊張していないと言えば嘘になる。急に話のスケールが大きすぎることに関わることになったからな。

 もし失敗すれば違う世界とはいえ、サッカーの存続に関わるような事案だ。そうなった場合、俺の身の安全も保証されるとは限らない。

 やることはサッカーだが、いつもみたいな気持ちで向き合うことは出来ないだろう。

 

 

「サッカーは楽しいものだろ?」

「!?」

 

 

 突如後ろから話しかけられた。

 聞き覚えのある声に咄嗟に振り向くと、そこには誰もいなかった。おかしいな、確かにアイツの声がしたと思ったんだが。

 

 

 前を向き直すと、身体の強張りが緩くなっているのを感じた。

 ……守め、見かねて背中を押しにでも来たのか? 

 いや、これだと守は既に亡くなってみたいな言い方だな。どうせ今頃家で木戸川との試合でも見直しているだろう、アイツは。

 

 

 何はともあれ緊張は和らいだ。今度あったら礼を言おう。本人はなんの事だかさっぱりだろうがな。

 サッカーは楽しいもの。基本中の基本だな。

 

 

「よし、行くか!」

 

 

 虚空に向かって拳を向ける。すると、腕時計は一際強く輝き、振動して機械音が響く。

 

 

『Standby.Are you ready!?』

 

 

 "準備はいいか? "

 ああ、もちろん──

 

 

「──当たり前だ」

『OK!! let's go!!』

 

 

 視界が真っ赤に染まり、身体が浮き上がる。

 浮遊感に包まれたと思ったら、赤い光が晴れて視界が開かれる。そこは──空中だった。

 

 

「お、おおおおおお!?」

 

 

 落下を始め、何とかしようと手足をじたばたさせたところで身体が光に包まれる。

 何かに導かれるようにして飛んでいくと、見覚えがありつつも奇妙さを覚える光景が眼前に広がる。

 あれは……フットボールフロンティアか。

 しかし、黒い雲がスタジアムを覆うように広がっている。明らかに人為的なものだな。

 

 

 光に包まれた身体がそこに向かっている中、周囲を見渡す。

 すると、俺と同じようにスタジアムに向かう2つの光が見えた。彼らが他の助っ人だろう。

 やがて光は、俺たちは流星のようにその雲の中に落ちていく。

 

 

 さあ、サッカーやろうぜ。




イナイレ杯、どれも面白い作品で素晴らしいですなあ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第32話 宣戦布告

お待たせしました
色々面倒なことになって1ヶ月以上空いてしまいました、申し訳ない…


「──よっと」

 

 

 浮遊感から解放され、脚と地が触れる感触を確かめつつ自分の世界に戻ってこれたことを噛み締める。

 あっちの世界に旅立った時は戻って来れないことも覚悟していたからとにかく安心だ。もう身体の力を抜いていいだろう。

 

 

「ああぁ…疲れた」

 

 

 胸を撫で下ろしたと同時に、とてつもない疲労感に襲われる。

 あっちで動いていた時間は1時間にも満たないくらいかもしれないが、何時間もイナビカリ修練場で全力トレーニングに打ち込んだんじゃないかというほどに身体が重い。

 時空の共鳴現象やらなんやらで普段以上のパフォーマンスをしていたのが主な理由だろうか。

 特にあの力…化身。身体から有り余る力を放出するイメージで顕現させたが、それで力が丁度いい塩梅に収まるどころか必要以上に持ってかれた気がする。

 使いこなせれば強いが、そうでなければ枷となる。ありふれた話だな。

 

 

 さて、とりあえず帰ろう。晩御飯を食べて熱い湯船に沈み、明日からの部活に備えるんだ。

 そう、次はこっちで世宇子中との決勝戦だ。いつまでも余韻に浸っている余裕はない。

 

 

「荷物は…あったあった」

 

 

 時計を見てみるとあることに気付く。一切時間が進んでいなかったのだ。恐らく、こっち側に帰ってくる際にカノンが気を利かせてくれたのだろう。かといって何かやる気力も体力も残っちゃいないが。

 それにしても、思い返せば本当に濃い時間だった。文字通り世界を超えて助っ人に行った先には俺の知ってる皆とは違う皆がいて、俺と同じく別世界からやってきた何か凄くてヤバいヤツら。アイツらを相手にしてみたい欲もあったが…同じ仲間としてフィールドに立てただけで満足しておこう。

 

 

 願わくば、また会えますように。

 

 

「さ、帰ろう」

 

 

 

 

 

 ──

 

 

 

 

 

 翌日。

 前日の疲労は綺麗さっぱりと身体から抜け落ちており、良いコンディションで朝を迎えることが出来た。日課の朝トレとシャワーを済ませ、いつも通り学校へやってくる。

 校門に差し掛かったところで、視線の先にいつものメンバーの姿が見えた。

 

 

「よう皆…って、何があった?」

「加賀美君。円堂君がちょっと、ね 」

 

 

 さらに前方を見てみると、1人歩いていく守の姿が見えた。ついでにその周りに暗く沈んだ空気が漂っているのも分かる。

 

 

「…本当に何があった?」

「世宇子との試合が不安だそうだ」

 

 

 聞けば、朝から悪い夢を見たらしく、秋や修也が話しかけた時からブツブツとああでもない、こうでもないと呟いていたらしい。何事かと訊ねて見れば、このままではいけないの一点張りだそうだ。

 恐らく原因は一昨日の木戸川との試合。自分1人でトライアングルZを止められなかったことが引き金となり、決勝への不安、焦りが爆発したのだろう。

 

 

 少し、気にかけた方が良さそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後になった。朝から今に至るまで、守は常に浮かない顔をしている。休み時間に話しかけても、授業中に指名されてもどこか上の空。悪い意味で意識がどこか別に向いているといった様子だ。

 とはいえ、流石に部活にまでそれを持ち込ませるわけにも行かない。チーム全体の士気に関わるからな。

 そこで、俺、守、修也、鬼道の4人で緊急会議だ。議題はどうやったら世宇子に太刀打ちできるか。

 

 

「鬼道、世宇子の力を把握しているのはお前だけだ。そんなお前から見て、ゴッドハンドは…いや、俺達は世宇子に通用するのか?」

「分からない、としか言えない。俺だって完全に把握しているわけじゃないからな。だが…ヤツらのシュートはトライアングルZよりも凄まじく、守りはどのチームよりも強固だ」

 

 

 簡潔にまとめれば、未知数であり強大。

 1度世宇子の試合を見てみたいものだが、去年まで全国大会に名前すら見せなかった学校かつ、今大会の試合が何故か映像として残されていないためそれは叶わない。

 しかしまあ、鬼道がここまで言うということは──

 

 

「──このままでは、勝てないか」

 

 

 鬼道が無言のまま頷く。それを見て修也は眉をしかめ、守は机に突っ伏してしまう。

 いつもならここで新しい必殺技を…そういえば。

 

 

「守、お祖父さんのノートにゴッドハンドを上回る必殺技について書いてたりしないのか?」

「じいちゃんの…そうだ、その手があった!」

 

 

 守がどこからか古びたノートを取り出し、机の上に広げる。4人でそれを覗き込むが、途端に頭痛に襲われる。

 相変わらず壊滅的に字が汚い。書いた本人以外絶対読めないだろふざけるなと言いたくなるが、不思議なことに守はこの文字が読めるのだ。それで、何と書いてあるんだ? 

 

 

「"マジン・ザ・ハンド"…そう書いてある」

 

 

 守のお祖父さん…大介さんが編み出した最強のキーパー技だそうだ。色々と乱雑に書き殴ってあるが、守が指さしたところにポイントが書いてあるらしい。そこに視線を落としてみると、辛うじて人体、そして心臓の辺りに赤く丸が着いていることが分かった。

 心臓がポイント? どういうことだろうか。まさか命を削って放つ必殺技だとか言わないだろうな。

 

 

 他に何が書いてあるのかと聞いてみたが、それ以外には書いていないらしい。守のお祖父さんは随分な感覚派だったのだろうか。まぁ守があんなだし、納得は出来る。

 

 

「ごめん、遅くなった!」

 

 

 仕事で遅れると言っていた一之瀬と土門が部室にやってきた。そこで2人を混じえて6人で考えてみるが、やはり何も読み取れない。

 

 

「木戸川の時みたいにDFがフォローに入るのは?」

「世宇子との戦いはきっと今までより激しいものになる。そうなったら皆に頼ってちゃダメだ」

 

 

 守の言う通りだ。フォローに入ればその分そいつの負担が激しくなる。ここまでの試合を全て大差で抑えてきた世宇子相手に、そこまでする余裕があるとは思えない。

 となると、やはり守が世宇子からゴールを守るにはこのマジン・ザ・ハンドなる必殺技をものにする必要がありそうだ。

 

 

「攻めはどうする?」

「パス回しは鬼道を中心に展開するとして…俺達のシュートで世宇子から点を取れるか。ここが問題だ」

 

 

 当然のように世宇子はこの全国大会で未だ無失点だ。もっとも、シュートを止めたというよりはゴールに近づくことすら出来なかったというのが大半らしいが。

 とはいえ、そんなチームのGKが弱いはずがない。恐らく今のままではゴールは割れないだろう。

 

 

 現時点で通用するかもしれない俺達の手札は"雷龍一閃・焔"、"ファイアトルネードDD"、"炎の風見鶏"、"イナズマブレイク"、そして木戸川戦でトライペガサスから昇華させた"ザ・フェニックス"といったところか。あとは単騎で可能性があるとしたら、出力最大のライトニングブラスターか? しかし、最大火力を狙ったらその後間違いなく動けなくなるので却下だろう。

 

 

 そうだ、化身ならばどうだろう…と思ったが、それを口に出すのはやめた。存在は俺しか知らないし、あれは言わばイレギュラーな力。どうやったら出せるのかなんて確かな方法は分からないし、ライトニングブラスター同様一気に体力を持っていかれるのは間違いない。

 

 

「雷龍一閃・焔のように既存の必殺技を掛け合わせるのはどうだろうか」

 

 

 ここで鬼道が一筋の光を見出す。今の俺達の手札を組み合わせるという発想はなかった。その提案を皮切りに、皆があれだこれだと案を口にする。

 だが皆心做しか表情が浮かない。俺もそうだが、確実に完成させられる保証がないからだろう。それは守の方も同じだろうな。

 

 

 結局、不安は拭えないまま時間だけが流れていった。

 次にその静寂を破ったのは、部室の扉が開く音だった。

 

 

「皆で何やってるでやんスか?」

「早く練習しましょうよ! 決勝までこの流れ、止めないで行きましょう!」

 

 

 栗松達1年を先頭に、先に練習していた組が部室に集まってくる。必ず優勝してやると意気込んでいる皆の姿を見て、暗い部分を悟られまいと皆必死に取り繕う。特にキャプテンである守が。

 

 

「…そうだな! よし、練習しよう! 作戦会議は終わりだ!」

 

 

 そう言うと守は皆を連れて部室を飛び出していく。傍から見ればいつもの熱い守かもしれないが、俺の目にはどうもそうは映らない。必死に不安やらなんやらを押し殺している、辛い笑顔にしか見えない。

 部室に残された俺達も後に続く。

 

 

「円堂は壁にぶち当たったな」

「ああ。誰でもレベルアップを重ねれば、いつかは向き合わなければならない問題だ」

「それを支えてやれるのは俺達、ってわけだ」

 

 

 走っていく皆の背中を見て鬼道、修也と誓いを交わす。

 守、お前1人には背負わせねえよ。

 

 

 

 

 ──

 

 

 

 

 次の日の放課後。部活での練習も終え、各自帰宅していく中、1人だけ家とは違う方向へ歩いていく守の姿を見た。それも練習着で。

 あの方向は確か鉄塔広場。またいつものアレだろうか。聞けば、昨日も部活の後に1人タイヤと向き合っていたそうだ。アイツらしいと言えばそれまでだか、それだけで何か得られるとは限らない。

 

 

「行ってみるか」

 

 

 1度制服に着替えたが、また練習着に着替え直し、守が向かったであろう鉄塔広場へと向かう。既に到着して特訓を始めていたのであろう、近づくにつれて重い音と咆哮が大きくなってくる。

 

 

「だりゃぁぁぁぁぁ!!」

「やってるな」

 

 

 丁度タイヤにぶっ飛ばされて転がっているところだった。上から覗き込むようにして声をかけると、少し驚いたように守は起き上がった。

 

 

「それで何か掴めたのか?」

「いいや…でも、俺にはこれしかないからさ。とにかく動かないことには始まらないと思って」

 

 

 そう言って守は少し笑った。昨日からずっと同じ、どこか辛そうな笑顔で。

 無理するな。といってもお前は聞かないんだろうな…だったら、俺にしてやれることは1つ。

 

 

「手伝うぜ」

「本当か!? それじゃあ…」

 

 

 そういうと守は追加でタイヤを3つほどぶら下げ、自分の背中にも1つ背負う。何をするつもりなのかと思ったら、ぶら下げた3つのタイヤを勢いよくぶん投げ、結構な速さで揺らし始めた。

 このタイヤの隙間を狙って守にシュートを撃て、だそうだ。成程。これなら俺の動体視力、キック力の特訓にもなるし、守もしっかり鍛えられる。タイヤを背負うのはややオーバーな気もするが。まあ本人の希望だ。付き合ってやろう。

 

 

「行くぞッ!」

 

 

 1球目。一瞬の隙間を狙って蹴りこんだが、少しタイミングがズレたようでボールが弾かれ、勢いが増したボールが俺の顔面に帰ってきた。おかえりと言ってやりたいところだが、結構痛い。

 

 

「大丈夫か!?」

「痛え…気にするな、続けるぞ!」

 

 

 顔の真ん中あたりから滴る生暖かい液体を無理やり拭い、再び意識をボールに向ける。空白はしっかりと見れた。だがボールが届かなかったということは、タイミングが遅かったということ。ならミリ単位で調節してやれば──

 

 

「うわッ!?」

 

 

 ボールは一直線に飛んでいき、守の横を掠める。届いたな。

 

 

「人の心配してる余裕は…ねえよなッ!」

「はッ!!」

 

 

 3球目を放つ。ボールは再びタイヤが一瞬だけ作り出す空間を通り、その奥へ待ち構える守の元へと突き進む。今度はしっかりと見ていたようで正面で受け止めて見せた。

 

 

「まだまだ行くぞォ!!」

「おォ!!」

 

 

 それからは無我夢中でボールを蹴り、守が止める。反復命令を課せられた機械のようにそれを繰り返していた俺達が次に止まったのは、互いにボールやらタイヤをモロに顔面にもらい、いつから見ていたのか分からない修也に鬼道、秋と夏未に止められた時だった。

 

 

 

 

 ──

 

 

 

「また派手にやったな」

「…お恥ずかしい限りで」

 

 

 今日はこれまでと止められた俺達は、派手にやらかしたところを冷やすための氷をもらいに響木監督の店にやってきた。肩を貸してもらいながら。

 中に入るなり監督にからかい交じりに鼻で笑われる。結構馬鹿なことをしていたという自覚はあるだけに言い返せない。始めてすぐくらいに噴き出した鼻血を止めることなく拭い続けてたら顔面血だらけになってたしな。

 

 

「新しいキーパー技を編み出そうとしているらしいな」

「うん。マジン・ザ・ハンド」

 

 

 守がその名前を口にすると、響木監督の動きが一瞬止まる。どうやら響木監督も若かりし頃に習得しようと奮闘したらしい。守が出来たのか聞いてみると、どこか懐かしいように首を横に振る。だが守ならできるかもしれないと激励を送っていた。

 これからどうしようかなど色々話していると、店の戸がガラガラと音を立てながら開く。外から入ってきたのは鬼瓦刑事だった。俺達を見るなり若干引き気味な目線を向けるも、その後すぐに勝ちにこだわりすぎると影山みたいになるぞと忠告をしてくる。

 

 

 ここでなぜ影山? と思ったのだろう、守が不思議そうな声を上げるとここ最近であったことを話してくれる。

 まず、鬼瓦さんは冬海と会ったそうだ。目的は影山について探り、過去の事件を解き明かすため。そしてその後は影山という男の背景について教えてくれた。

 

 

 全ての始まりは50年前。影山の父は有名なサッカー選手だった。当時スーパースターとして活躍した父を影山は誇りに思っていたらしく、試合は毎回現地で観戦していたほどという。

 しかしある時、新たな世代の台頭により影山の父は落ちぶれていく。その若手の中には、守のお祖父さんも含まれていた。

 そうして影山の父は失踪。母は病でこの世を去り、影山は幼くして独りとなったそうだ。それがキッカケで影山のサッカーへの熱意はそのまま憎悪へと変わり、"勝者が絶対であり、敗者に存在価値はない"という歪んだ価値観が生まれた。それがもたらしたものがこれまでの事件。

 

 

「ヤツは多くの人を苦しめた。豪炎寺、お前もその1人。お前の妹さんの事件には…影山が関係している」

「…何?」

 

 

 豪炎寺は常に肌身離さず持っている夕香ちゃんからもらったペンダントを震えるほど強く握り締める。

 影山の所在について聞いてみたが、未だ何処にいて何をしているのかは掴めていないらしい。

 

 

「そういえば、冬海がおかしいことを言っていてな」

 

 

 鬼瓦さんが冬海から引き出した情報の中に、"プロジェクトZ"というものがあるらしい。冬海曰く、フットボールフロンティアはそれにより支配されており、影山は神にでもなった気分で空高くから俺達を見下ろしているに違いないとのことらしい。そして、世宇子中には影山が関与している可能性が高いと。

 プロジェクトZ、空高く…ねえ。飛行船でも作って空に滞在しているとでもいうのだろうか。

 

 

「何を企んでいるのかは分からんが、お前さん達も気をつけろよ」

 

 

 そう言って鬼瓦さんは店を後にした。気をつけろと言われても、何を気をつければいいのやら。

 とりあえず、俺達に出来るのは世宇子中との試合に勝つこと。影山がどんな悪意を向けてこようと、正面から打ち破ってやるだけだ。

 

 

 

 ──

 

 

 

「行くぞォ!!」

「どんどん来いッ!!」

 

 

 次の日、俺達はまたひたすらにボールを追いかけていた。オーバーヒートしそうなほど全員気合いに満ちており、かつてないほどの一体感が感じられる。

 守は心臓がポイントという点から発想を得て、肺や呼吸を鍛えたりしていたようだが、これといった成果は得られていない。だからとにかくボールと向き合うしかないと言っていた。

 それは俺達も同じことで、個々が世宇子に太刀打ちできるようにするためにとにかく自分を追い込む必要がある。

 

 

 それと皆には黙って個人的に取り組んでいることがある。そう、化身の発現だ。消耗が激しいから宛にできないとは思ったが、やはり使えて損は無いだろう。いざという時の切り札にもなる。

 あの時の力を爆発させるような感覚を思い出しながら色々試して見たが、一切現れる兆しは見えない。無駄な苦労になるかと思ったが、力を無駄なく最適に扱う術に繋がりそうなので損はしなさそうだ。

 

 

「ぐッ…柊弥、昨日よりシュートの鋭さが増してるな!」

「まあな」

 

 

 最低限のエネルギーで最大限の威力を発揮する。それが出来るようになればもっと強いシュートを撃つことが出来るだろう。修也や染岡に教えるのもあるかもしれない。

 

 

 ここで一旦周りを見渡してみる。皆酷く疲れているようだ。まあそれは俺も例外では無いのだが。

 

 

「みなさーん! おにぎりが出来ましたよー!」

 

 

 そこに春奈の声が響き渡る。それを聞いた途端皆の顔に輝きが戻る。このタイミングでおにぎりは本当にありがたい。うちのマネージャー陣は本当に優秀だ。

 皆が一目散におにぎりへと群がる中、俺は手を洗いに行く。するとそこには既に鬼道がいた。そして他の皆は夏未に手を洗ってこいと追い返されたようだ。当然だ。土まみれなんてレベルじゃないぞ。

 

 

「うまッ」

 

 

 素で声が漏れた。余力なんて1ミリも残っちゃいない身体にシンプルな塩味がこれでもかと染み渡ってくる。瀕死のところに回復魔法をかけられる戦士はきっとこんな気分なのだろう。ならさしずめマネージャー達は僧侶とか賢者といったところか。

 

 

「柊弥先輩、まだまだありますよ! ほらお兄ちゃんも!」

「ああ、ありがとう」

「春奈ちょっと待っ──」

 

 

 半ば口の中に押し込まれるように春奈からおにぎりを渡される。気持ちは滅茶苦茶ありがたいけど本当に少し待って。まだ1個目食べてるところにそんな詰め込まれたら喉がお亡くなりになるから。本当に。マジで。

 

 

「ヴッ…」

「あ」

 

 

 案の定喉に詰まってしまった。川の向こうで父さんが手を振っているのが見える。父さんまだ死んでいないが。

 鬼道に背中を叩かれながら春奈が持ってきた水で事なきを得る。いや危なかった。

 

 

「ふぅ…さ、どんどん食べてくださいね〜」

「ありがとう。けど、押し込むのは勘弁な」

 

 

 しませんよ、と笑う春奈からおにぎりを受け取り頬張る。うん、美味い。

 すると春奈がずっと目線を合わせて離してくれない。何だ、何なんだこの計り知れない圧は? 

 

 

「どうですか?」

「う、美味いぞ?」

「良かったあ! そのおにぎり私が作ったんですよ!」

 

 

 春奈はそういうや否や、次持ってくるといって歩いていってしまう。いや、他の皆の分もとっておこうな? 嬉しいけど。

 

 

「加賀美」

「ん?」

「…いや、何でもない」

 

 

 鬼道が何か言いたげに声を掛けてくるが、結局口を閉じる。いやそこまで来たなら言ってくれよ。気になるから。だがそれでもその続きを言おうとはしない。まあいいか。

 

 

「よーし! あと少し頑張るぞ!」

「「「おお!!」」」

 

 

 

 ──

 

 

 

「あと4日、か」

 

 

 風呂上がりの火照った身体をベランダで冷ましつつ、携帯の画面に表示されたカレンダーを見ると時の流れの速さに驚かされた。ここ数日間、ずっと試合のことだけを考えて我武者羅に特訓してきたからか、時間の感覚なんてすっかり抜け落ちていた。

 小6の時に全国の頂点に立って、まさか中学サッカーでもそのチャンスが巡ってくるなんて思ってもいなかった。これもあの仲間達と出会えたおかげだろうな。

 

 

「ん…?」

 

 

 夜空の星を眺めながら感傷に浸っていると、携帯が小刻みに揺れ始めた。この揺れ方は電話がかかってきた時だな。一体誰だろうか。

 

 

「えーっと…は、マジか」

 

 

 携帯を開き、表示された文字を確かめるとそこには"父さん"の3文字。メールじゃなくて電話をかけてくるなんて初めてじゃないか? 一体どうしたのだろうか。

 

 

「もしもし?」

『もしもし。おお、繋がった繋がった』

 

 

 聞こえてきたのは紛れもない、父さんの声だった。実に2年ぶりに聞く声だ。

 

 

「随分急だね…とりあえず、久しぶり?」

『おう、久しぶりだな! 母さんから聞いたぞ、フットボールフロンティア、決勝戦まで進んだんだってな?』

 

 

 何だ、母さん知らせてたのか。いつか父さんが帰ってきた時にサプライズで教えてやろうと思ってたのに。まあいいけど。

 

 

「まあね。4日後が試合なんだ」

『そうか。流石俺の──あっぶねぇ!?』

 

 

 父さんが何か言いかけたところで急に素っ頓狂な声を上げる。そのすぐくらいに電話の向こうから爆裂音のような轟々とした音が聞こえてくる。一体あっちでは何が起こっているんだ…? 

 

 

「…紛争地帯にでもいるの?」

『あー、すぐ横に雷が落ちた』

「いやそれ死んでるだろ」

 

 

 2年前と何も変わってないや。どこか軽い雰囲気の父さんのままだ。まあ見違えて変わっていたらそれはそれで不安になるから、何よりといえば何よりだが。

 その後、父さんになんてことない近況報告をする。チームのみんなのこと、今まで戦ってきライバル達のこと、そしてこれからのこと。父さんは俺の言葉を遮ることなく、ただひたすらに聞いてくれた。

 

 

『柊弥、世界は広いぜ』

「世界?」

『おう。お前が全国のてっぺんに立ったらよ、今度お前の前に立ち塞がるのは世界だ。世界にはお前の知らないすげえ選手がよりどりみどりだぜ』

 

 

 世界、ねえ。全国しか考えてなかった今の俺にとっては少しスケールが大きすぎる話だな。サッカーで世界と戦うっていったって、そんなのプロにでもならない限りありえないだろうしな。プロ選手への憧れが全くないと言ったら嘘になるが。

 

 

『トウ──は───てよ』

『おう、悪い悪い…じゃあ、切るわ。絶対勝てよ』

「うん、ありがとう」

 

 

 そう言って電話を切る。最後の方に聞こえてきた声…一体誰だろうか。俺と同じくらいの歳のように聞こえたが…まあ何でもいいか。きっと今取材してる村の子どもだとかそんなあたりだろう。

 そういえば、父さんってどこの国に行ってるんだっけか? アフリカのどこかって言ってたような? まあいいか。今度連絡する時にでも聞いてみよう。

 

 

 今日は軽くビデオで研究でもして寝るか。疲れたし。

 

 

 

 

 ──

 

 

 

 

「守、準備はいいか?」

 

 

 試合2日前。守がへそと尻に力を入れれば取れない球はないと言い出して、同時にシュートを3本撃って欲しいと頼んできた。取れない球は無いと言っても、そんな3本も同時に止められるとは思えないというのが正直なところだが、無理だろと言って止めるヤツじゃないので、ここはとりあえずご希望通り撃ち込んでやることにする。

 

 

「じゃあ行くぞ…轟一閃"改"! 

「「ツインブーストッ! 」」

ドラゴォォン!! 

トルネェェド!! 

 

 

 遠慮はしない。全力の3本だ。

 最近の特訓を経て威力が上がっている必殺シュート3本を前に、守は一体どう立ち回るつもりなのだろうか。何か考えがあってのことだろうしお手並み拝見と行こう。

 

 

 守がシュートに触れる。その瞬間だった。

 

 

「は!?」

 

 

 どこからともなく現れた長い金髪の…男? が、2本を手で受け止め、1本を高く蹴り上げて完全に勢いを上書きしてしまった。嘘だろ? どんなキーパーだよ。

 …見たことないな。俺達とは違うブロックの学校の選手か? 

 いや待て、あっちのブロックはどのチームも軒並み病院送りにされているはず。

 コイツは恐らくその病院送りに"した側"。つまり──

 

 

「あの3本をそんな簡単に止めるなんて…お前、すげぇキーパーだな!」

「ふふっ、私はキーパーではないよ。私のチームのキーパーならこのシュート、指1本で止めるだろう」

「そのチームというのは世宇子中のことか。アフロディ」

 

 

 鬼道がそう言ってその男、アフロディに歩み寄っていく。やはり、コイツが世宇子中のキャプテンか。

 

 

「それで? 宣戦布告にでも来たのか?」

「宣戦布告とは戦うためにするもの。私は君達と戦うつもりは無いよ…加賀美君」

 

 

 余裕に満ちた笑みを浮かべながらこちらを一瞥してくる。俺らのことは既に把握済みってことか。

 

 

「それと円堂君。君達2人のことは影山総帥からよく聞いているよ」

 

 

 サラッと影山が裏にいることを肯定しやがった。隠す必要も無いと言いたいのか? 

 

 

「君達は戦わない方がいい…負けるからね」

「試合はやってみるまで分からないぞ」

「そうかな? 人間と神の差は練習でどうにかなるものじゃない。無駄なことさ」

 

 

 その一言を耳にして、守が血相を変える。練習が無駄だと吐き捨てられた守は、アフロディに対して練習がどれだけ大事なことかを力説する。アフロディは一見それを真剣に聞いているように見えるが、あくまで見てくれだけ。真面目に受け止めるつもりなんて微塵もないのが目で分かる。

 

 

「練習はおにぎり、か。上手く言ったものだね…じゃあ、心から理解できるように証明してあげるよ」

「──ッ!? 消えた!?」

 

 

 そういってボールを蹴り上げると、一瞬で姿を消し、一瞬で高く上がったボールの元へ移動していた。そして羽のように軽くボールを送り出したと思ったら、その様子とは真逆にボールは凄まじい圧力を秘めつつこちらへ落ちてくる。

 

 

「皆避けろ!!」

 

 

 守がそう声を荒らげ、落ちてくるボールに対して向き合う。何てシュートだ。ピッチの外にいるこっちにまで威力がビリビリ伝わってくる。

 守はゴッドハンドの構えをとるが、あまりの速さに間に合わないと判断しとにかく両手で抑え込みにいった。

 が、そのボールに触れた瞬間、車に撥ねられたように守はゴールネットに押し込まれてしまう。

 

 

「守!!」

 

 

 クソッ、なんてシュートだ。今の飛ばされ方はどこか打ってても何ら不思議じゃない。身体を抱き上げ、肩を揺らすが守は唸ったまま目を開けない。

 と思っていたら勢いよく立ち上がり、俺達の支えを振りほどく。そしてアフロディに向かって怒気を孕んだ声と表情でもう1本撃って来いと要求する。守曰く、今のはアイツの本気じゃなかったと。

 …確かにそうだ。アイツの蹴り方には微塵の力強さも感じなかった。だが、そんなヤツが本気で撃つシュートを受ければ、無事で済むはずがない。ここは止めるべきだ。

 

 

「よせ、守」

「離せよ!! さあ、もう1本だ!!」

 

 

 が、その威勢の良さとは裏腹に脚は震えており、ダメージに耐えられず守はその場に崩れ落ちる。

 

 

「ははっ。神のボールをカットしたのは君が初めてだよ。少し決勝が楽しみになってきた」

 

 

 そう言うと、アフロディはもう1本シュートを撃つことなく姿を消した。

 とんでもないヤツだったな。鬼道が言うにはあんなのがあと10人もいるのだから末恐ろしい。

 

 

「守」

「手、いるか?」

「あ、ああ。サンキューな」

 

 

 そう言って俺達の手を取った守の息はまだ上がっているし、身体は震えている。相当凄まじいシュートだったんだろう。もし俺達が受けようものならきっと今頃救急車を呼んでいたに違いない。

 世宇子中、アフロディ…覚悟はしていたが、並大抵じゃない。

 

 

「どうだった」

「今まで受けたことがないシュートだった。けど、今ので新しい必殺技のイメージが掴めたんだ。行けるよ、俺達」

 

 

 守がそう言って笑う。が、その笑顔は最近浮かべているものと同じ、どこか無理を感じさせるものだった。

 笑っている守を見て他の皆は安心している。恐らく、守の言葉が心からのものではないと勘づいているのはごく一部だろう。

 だから、それは嘘だろなんて指摘はしない。わざわざ上がりかけているものを引きずり落とす必要は無い。

 

 

 と、思っていたが。

 

 

「いいや。今のお前達では無理だ」

 

 

 いつの間にかやってきた響木監督の一言が、その場にいる全員に現実を突きつけた。




久々の執筆で書き方が行方不明になってしまった


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第33話 決戦前夜に

いきてます
投稿お休みしてる間に50000UA突破してました!ありがとうございます


『今のお前達では無理だ』

 

 

 先程響木監督に突きつけられた言葉が頭から離れない。あまりに直球かつ無慈悲だとは思ったが、冷静に考えてみればその通りだなと納得出来る。

 

 

 あの男……アフロディが撃ったシュート。とんでもない威力だった。距離はあるはずなのに俺がいたところまでビリビリと圧が伝わってきた。このままでは守が危ない。そう思ったものの身体は一切動かなかった。あのシュートに対して、俺は拭いきれない恐怖を感じてた。他の皆も同じで、守を心配していたのは勿論だが、その目に映っていたのは紛れもない恐怖。あの場にいた全員がヤツ1人に気圧されてしまったんだ。

 

 

「……クソッ」

 

 

 嗚呼、自分が心底情けない。

 不安と戦い押しつぶされそうになっている守に対し、あんなデカい口を叩いておきながら今こうして心が揺らいでいる。

 半ば八つ当たりのように蹴り込んだボールは、いつもより弱々しくゴールを揺らした。

 

 

「柊弥」

 

「修也か、どうした?」

 

 

 いつもの姿勢を取り戻そうと無我夢中でシュートを撃ち込んでいたら、背中側から声を掛けられる。

 

 

「集合だ。響木監督が呼んでこいって」

 

「ああ、分かった……おっと」

 

 

 その呼び掛けに応じて練習場を出ようとしたその瞬間、急に全身から力が抜けていく。床と熱いキスを交わすところだったが、何とか膝を立ててそれを回避した。

 

 

「大丈夫か? ……また随分無茶をしたんじゃないか?」

 

「悪い悪い。あのシュートを見たら負けてられないと思ってさ」

 

 

 修也に手を貸してもらいながらそう口にすると、それを聞いた修也は少し考え込む。

 

 

「どうした?」

 

「大したことじゃないんだ。ただ俺も、少し世宇子との試合に思うところがあってな」

 

「へえ、炎のエースストライカー様でもそんなことあるんだな」

 

 

 少し揶揄ってみたら、差し伸べられた手を急に離される。なんてことしやがるコノヤロウ。

 

 

「ふっ……そんな軽口を叩けるなら大丈夫だな」

 

「お前こそ、俺を虐める余裕があるなら平気だろ」

 

「違いない」

 

 

 

 

 

 修也と共に修練場を後にすると、既に皆入口付近に集まって監督を囲んでいた。俺達の到着待ちだったようで、小走りで俺達も輪に加わると響木監督が話し始める。

 

 

「明後日は決勝戦だ。日本一がかかった試合に対して、当然お前達は緊張しているだろう。そこでだ」

 

「今日は皆で集まって合宿をすることにしました。学校に許可は私の方から取ってあります」

 

 

 監督に続いて夏未が口を開く。合宿か……懐かしい響きだ。小学生の頃はクラブチームで年に一回やったものだ。

 このメンバーでとなると、それは楽しいものになるだろう。監督が言った通り、俺含め皆緊張や不安があるだろうし、それを和らげる場にもなる。

 

 

 しかし、俺達は既にそれなりのメニューをこなしている。その状態で夜まで練習となると、明日に疲れが残ってしまうのではないか……と思ったが、それは俺の杞憂だったらしい。

 明日に影響が出るほどの特訓は禁止、あくまで試合に向けて作戦会議や、軽い連携合わせなどに留めるようにとのお達しだ。それなら心配ないだろう。

 

 

「待ってください監督」

 

 

 皆が乗り気な中、その空気に待ったをかけるヤツが1人いた。守だ。

 

 

「試合はもう明後日なんです。飯でも作ってなんて……悠長なことやってる場合じゃ──」

 

「出来るのか? 今のままで新しい必殺技の完成が」

 

 

 監督のその一言に守の言葉が詰まる。そこに響木監督が、守が完成を目指しているマジン・ザ・ハンドの背景について付け加えて話す。マジン・ザ・ハンドは守のお祖父さんが血のにじむ努力で完成させた必殺技。響木監督ですら再現できなかった必殺技であると。

 

 

「それに今のお前は必殺技のことで頭が凝り固まっている」

 

「そうだな。お前の焦りも不安も承知だが、そんな状態じゃ見えてくるものも見えてこないぞ」

 

「監督、柊弥……」

 

 

 監督に同調するが、それでも守はどこか納得いかなさそうな表情だ。見かねた夏未が17時にまた集合と報せると、皆は合宿の準備をするために家へと向かっていった。

 俺もとりあえず家に荷物を取りに行くべく歩き出した時、視界の端に映ったのは拳を握りながら暗い顔をした守の姿だった。

 

 

 

 ---

 

 

 

 夕暮れ時、俺は準備を整えて再び学校へとやってきた。

 そういえばどこに集まれば良いのか言われてなかったな……まあ、皆で寝泊まりできる場所といったら体育館だろう。最悪監督か夏未を探して走り回ればいい。

 

 

「あら加賀美君、早いのね」

 

「一番乗りみたいだな」

 

 

 体育館の重い扉を開けると、中で何人かが話していた。夏未に監督、菅田先生だ。なんで先生が? と思ったが、合宿の付き添いだろう。いくら監督がいるとはいえ、教師不在の中学校で寝泊まりは出来ないはずだからな。

 夏未に来るように言われて着いていくと、そこには敷布団が山のように積まれていた。到着した順に自分でセッティングしろとのことだ。

 

 

 布団を敷いて、荷物を軽く整理し終えたのだが、これといってやることが無い。監督達の話に混ざろうにもあまりに事務的な内容すぎて面白くなさそうだ。

 仕方ない、軽くランニングでもしてこよう。

 

 

 

 ---

 

 

 

「戻ってきたか。皆揃ってるぞ」

 

 

 校門で待ち構えていた菅田先生にそう声を掛けられる。そこまで時間をかけてはいないにも関わらず皆集まっているということは、あれから2,3分も待っていれば誰か来たかもしれないな。何となく身体を動かしたかったから構わないが。

 

 

 体育館に向かうと、皆どこかに移動し始めるところだった。どうやら、夕飯の準備をするらしい。ランニングに熱を入れて帰りが遅くなっていれば、働かざる者食うべからずと締め出されていただろう、危ない危ない。

 俺の担当は野菜の下処理だ。修也と二人で担当するはずだったのだが、少し経った後にやってきたのは修也ではなく春奈だった。

 

 

「柊弥先輩! 一緒にやりましょ!」

 

「あ、ああ……それは構わないんだが、修也は?」

 

「豪炎寺先輩は他のところを担当するって言ってましたよ!」

 

 

 春奈が指さした方を見ると、修也が俯きながら作業していた。俺の視線に気づいたのか顔を上げると、目が合った。すると、うっすらと笑みを浮かべてすぐ目を逸らされ、また俯いてしまった。一瞬修也が目線を向けた方を見ると、笑顔の春奈がいた。……うん、分からん。

 

 

 

 ---

 

 

 

 約20人分位の下準備だったから、思いのほか時間がかかった。その間、他の作業をしていたヤツらが手伝いに来てくれたが、全員秋や夏未に別のところへ連れていかれた。他のところでも人手が足りなかったのだろうか。だが、そのせいで下準備で時間を持ってかれた。冷静に考えると下準備が終わらない限り次の段階に移れないのではないだろうか。まあもう終わったから何を考えても意味は無いんだが。

 

 

 いつもより積極的に話しかけてくる春奈と会話しながら野菜の皮むきをこなしている中、気になることがあった。視界の端で座り込んで難しい顔をしている守のことだ。十中八九マジン・ザ・バンドのことを考えているんだろう。ちょっとメンタルケアしといたほうがいいな。

 

 

「随分暗い顔だな」

 

「柊弥……ごめんな、心配かけちゃったか?」

 

「ああ。俺だけじゃなくて皆心配してる」

 

 

 はっきりそう告げると守は困ったように笑って、すぐ神妙な顔付きに戻る。

 

 

「この前アフロディが雷門中に来てシュートを打った時、俺怖くなったんだ。いつもはどんなに強いシュートでもワクワクするっていうのにさ。武方三兄弟の必殺シュートを1人で止められなかったのに、コイツの必殺シュートは止められるのか……って」

 

 

 守が淡々と語り始める。

 

 

「そう考えたら、何が何でもマジン・ザ・ハンドを身に付けなきゃって目の前が何か窮屈になった。合宿なんて言って、皆で仲良くしている余裕があるのかなって」

 

「そっか……」

 

 

 ここまで思い詰めている守は初めて見た。これまで悩んで暗く沈むことなんてコイツは無いんだろうと思っていたが、守も1人の中学生、俺と同じなんだな。迷うことだって、落ち込むことだってある。だからこそ、俺に出来ることがある。

 

 

「……俺達の本当の必殺技は、何だと思う」

 

「え?」

 

 

 守にある問いを投げかける。それに守はすぐ答えられない。前までのコイツなら一呼吸置くことも無く答えただろうに。

 

 

「それは、諦めない心だ」

 

「……!」

 

「お前が言ったことだぜ? 諦めなければ、必ず勝利の女神が力を貸してくれるってな。それが本当だったから、俺達はここまで来れたんだ。違うか?」

 

 

 続けざまに守にそう言葉を投げかけると、何かに気付いたような顔で自分の掌を見つめる。そして、何かを決心したように拳を握り、勢いよく立ち上がる。

 

 

「俺、思い出したよ。俺達の1番の必殺技は諦めない心、そして仲間を信じる心だ!」

 

「その通りだ」

 

 

 もうさっきの暗い雰囲気は微塵もない。守の目の中にあるのはメラメラと燃えたぎる熱い闘志。これでこそ俺の、俺らのキャプテンだ。手を差し出すと、守はパンッと心地よい音を立ててその手を握る。

 

 

「なってやろうぜ。アフロディだろうがなんだろうが、ぶっ倒して日本一に」

 

「おう! 勿論だ!」

 

 

 調子を取り戻した守と共に皆のところに戻っていくと、俺達の後ろから凄まじい勢いで何かが走ってきた。何事かと思って走ってきたヤツを目で追うと、その正体は壁山だった。

 

 

「どうした? そんな慌てた」

 

「で、出たんすよ!! 3組の教室にその……オバケが!!」

 

「オバケェ? なーに言ってんだこの歳になって」

 

 

 目金の後ろに隠れた壁山のその訴えを鼻で笑ったが、どこからともなく現れた影野がそれが本当であると伝えてくる。その言葉より影野に驚いた目金はその場で気絶した。

 

 

 曰く、大人の人が確実にいたという。見回りの先生が……? いや、今学校にはこの場にいる人達以外はいない。ということは、不審者? 

 

 

「まさか、影山の手先なんじゃ? 試合前に相手チームを陥れるのは影山の常套手段じゃないか?」

 

「な、そんなまさか!」

 

 

 その半田の主張に染岡が異を唱えるも、有り得ない話ではない。アイツは今までそうやって勝ってきたのだから。もしそれが本当なら、ソイツを捕まえて何をしてたのか吐かせる必要がある。

 

 

「よ、よし……行くぞ!」

 

 

 そうして、俺達は夜の学校の中へ足を踏み入れた。入ってきたことをその侵入者に悟られないように、足音を、気配を極限まで消して階段を登っていく。2階に登り、壁山が言っていた1年3組の教室の前へ辿り着くと、前と後ろの扉に半々で分かれて出入り口を塞ぐ。

 

 

 そして後ろ側にいる修也達とタイミングを合わせ、一気に扉を開けて教室の中へ飛び込んだ。

 

 

「そこまでだ! もう逃げられないぞ!」

 

 

 守がそう言い放ち、誰かが教室の電気をつけるも、教室の中には俺達以外の姿はない。ここからは見えないところにいるのかと思ったが、後ろの皆も何も確認できないようだから教室内にはいないんだろう。もう逃げられたか? 

 

 

「皆! いたぞ!」

 

「待て!」

 

 

 一之瀬が廊下からそう声を上げたのを聞いて、すぐさま飛び出る。念の為半田が持ってきていたボールを預かり、すぐさま走ってその影との距離を詰める。そして射程圏内に入った瞬間、走りの勢いを殺さぬままボールを蹴り出す。怪我はしない程度に威力は抑えてあるが。

 

 

 そのボールは見事ににソイツの頭を打ち、走っていたその男はその場に倒れ込んだ。守がすぐさまソイツに近付き、その正体を確認する。

 

 

「あれ……マスター?」

 

「いやぁ、ははは……」

 

「おい、どうした!」

 

 

 なんとその正体は雷門OBである商店街のマスターだった。なぜこんなところにいるのかと問う前に、階段の下から野太い声が響いてくる。その方向に目を向けると、そこには備流田さんはじめ、他のOBの人達もいた。ますます分からん。 とりあえず話を聞くため、監督やマネージャー達が待ってる煮炊き場へと戻ってきた。ちょうどカレーが完成していたらしく、夕食を取りながらOBの人達から話を聞くことにした。

 

 

 何でも、菅田先生から俺達が今日合宿することを聞きつけて、あるものを持ってきてくれたらしい。それは"マジン・ザ・ハンド養成マシン"。その単語を聞いた瞬間、守の目が光る。何でも、彼らが現役の頃、響木監督がマジン・ザ・バンドを我がものにするために当時のメンバー全員で開発したマシンだそうだ。

 

 

「これが養成マシンか……」

 

「随分歴史を感じますね……」

 

 

 随分大きな機械だ。どうやら障害物を避け、足元の印を踏みながら端から端まで移動するらしい。これにより、マジン・ザ・ハンドに必要な臍と臀の踏ん張りが身につくようだ。早速これを使って守が特訓をしようとしたが、俺達が回す車輪が錆び付いていたようでビクともしない。油でもあればなと思っていたら、どこからともなく菅田先生が持ってきてくれた。準備良すぎでは……? 

 

 

「ぐっ……重いな」

 

「ああ……だがやるしかない」

 

 

 俺や修也、鬼道に染岡がそれを回しているのだが、油を指してもかなり重い。だがここで俺らが手を抜いては、守の特訓にならない。とにかく無我夢中で回しまくる。そうすると、多くの仕掛けが音を立てて動き出す。それを避けつつ守が端へと歩き出すが、中々難しいようで何度も何度もやり直しになる。

 

 

 皆が見守る中、俺達は必死に回し、守は何度も挑戦するが、一向にゴールには辿り着けない。10分近く続けていたが、守がクリアするより早く俺達が潰れてしまった。この作業、想像していた何倍も力が必要だ。汗がダラダラと床にたれ、息が上がりきっている。

 

 

「結構キツいな……全身を使わないとだから早いペースで体力が持ってかれる」

 

「だったら、俺達が回すでヤンス!」

 

 

 守が俺達を見て休憩を提案するが、そこに栗松達が割って入る。俺達に代わって他の皆が仕掛けを動かしてくれるそうだ。守はまだ余裕があるため、それで続行するみたいだ。

 

 

 回す役を交代してマジン・ザ・ハンドの特訓は続いていく。時間こそかかっているが、守は着実にその歩みを伸ばしている。我らがキャプテンの助けになろうと、皆が代わる代わる重い車輪を回す。

 

 

「や、やったあ!」

 

 

 1時らい経っただろうか。守はとうとうマシンの端へと到着した。これには皆諸手を挙げて喜ぶ。ひとしきり喜んだ後、すぐさま特訓は次のステップへと移る。現時点で最強の必殺シュート、イナズマブレイクを俺、修也、鬼道で撃ち、それを止めるためにマジン・ザ・ハンドを形にするようだ。俺も身体が疼いていたから丁度いい。

 

 

「行くぞ!」

 

「頼む!」

 

 

 守が準備出来たのを見計らい、鬼道がボールを蹴り上げる。すると紫を帯びた雷に包まれ、ボールは稲妻の如く降り注ぐように落ちてくる。エネルギーに満ちたそのボールを、俺達は3人がかりで蹴り出す。

 

 

「「「イナズマブレイク!! 」」」

 

「おおおおお!! マジン・ザ・ハンド!!」

 

 

 直後、守に凄まじい量の気が集中する。蒸気のように守の全身から立ち上る黄金のオーラ。最も力が高まっている右手を突き出し、イナズマブレイクを止めようとする。が、一瞬だけ勢いを消せただけで完全にシュートを止めきるには至らなかった。

 

 

 もう一度。響木監督の指示に従って再びイナズマブレイクを放つ。守は同じように力を集中させるが、それが形となることはなく、再びゴールに押し込まれた。何度も何度も繰り返すが、結果は変わらない。次第に全員に焦りの雰囲気が漂い始める。

 

 

「畜生! 何でだ……!?」

 

「むう……何か、根本的なものが欠けている。やはりマジン・ザ・ハンドは大介さんにしか出来ない幻の必殺技なのか……?」

 

 

 監督がふと漏らしたその言葉は、守ではマジン・ザ・ハンドを習得できない、世宇子中のシュートは止められないということをその場にいる全員に考えさせる。全員の顔が暗く落ち込み始める。空気が重くなってしまった……これは少しマズイな。

 

 

「ちょっと皆! 何落ち込んでるの!? 試合に負けたみたいな顔して!」

 

 

 俺がなにか声を上げようとしたが、それより早く秋が皆の前に飛びてて叱責にも似た言葉をなげかける。

 

 

「10点取られたら11点、100点取られたら101点取り返せば良いじゃない!」

 

「木野先輩の言う通りです! 試合の前から諦めちゃダメですよ! 最後まで諦めない、それが皆の、雷門のサッカーですよ!」

 

 

 秋と春奈、2人の励ましで皆の顔に再び光が灯る。ああそうだ。点を取られたら、俺達が取り返せばいい。或いは、点を取られないようにボールを奪えばいい。マジン・ザ・ハンドが完成しないからなんだ。やれることはもっと他にだってある。そう、俺達雷門の全員サッカーなら。

 

 

「やろうぜ皆。互いに支え合って、最後まで戦い抜くんだ!」

 

「「「おお!!」」」

 

 

 締めに、というわけではないが、俺がそう声をかけると皆気合いに満ちた咆哮で返してくる。そしてそれぞれ散り散りになって、自分達がやれることを伸ばすために練習を始めた。もうここまで火がついては止められないだろう。

 

 

「さて……俺達もやるぞ」

 

「おう!!」

 

 

 その後の特訓は夜遅くまで続いた。

 

 

 

 ---

 

 

 

「ふう……流石に疲れたな」

 

 

 特訓を終え、風呂を終えたあと1人外に出てきて、牛乳を片手に星空を眺める。流れ星でも見つけてお願いごとをしようか。

 

 

 さて、マジン・ザ・ハンドについてだが……あれはとうとう完成しないまま終わりになってしまった。色々工夫したり、意見を出し合ったりしたんだがどれもいまいち成果には繋がらず、結局終わりの見えぬままとなってしまった。何が足りないんだろうか? 守や響木監督でさえ分からないんだから俺にも分からない。だがまあ、守に諦めるつもりはなさそうだし、完成せずとも戦い抜く腹は決まっているようだから大丈夫だろう。

 

 

「柊弥先輩」

 

「春奈? どうした」

 

 

 突如呼ばれた声に振り返ると、そこにいたのは風呂上がりなのであろう、少し火照った顔の春奈だった。どうやら春奈も涼みにきたらしく、俺の隣に座っても良いか訊ねてきたので頷きで返す。

 

 

「さっきは皆を励ましてくれてありがとう、おかげで皆持ち直したよ」

 

「私は何もしてないですよ。最初に声を出したのは木野先輩だし、最終的に皆を目覚めさせたのは柊弥先輩です」

 

「そんなに謙遜するなよ。春奈はしっかりとやってくれたよ」

 

 

 そう言うと、春奈は少し照れたように笑う。……風呂上がりで少し濡れた髪が色っぽさを出しているのか、春奈がいつもより魅力的に見える。いや待て待て、何を考えているんだ俺は。大事な試合前だろう。

 

 

「柊弥先輩は怖くないんですか? 世宇子中と試合するのが」

 

「怖くはないけど、やっぱり緊張はする。俺の実力が通じるのかってちょっと不安になるかな」

 

 

 これは本当だ。皆の前であんな見栄を張ったが、俺だって内心ビビってるところはある。けどそれを表に出しては、キャプテンもメンバーも支えなきゃ行けない副キャプテン失格なんだ。

 

 

「柊弥先輩でもそんなことあるんですね……あっ! 今流れ星見えましたよ!」

 

「本当だ。流れ星に願いを言えば叶うなんて、よく言う話だよな」

 

「柊弥先輩は何をお願いしたんですか?」

 

 

 何を願った、か。正直な話、あまりに一瞬すぎてお祈りする余裕なんてなかった。だがまあそうだな、完全に事後になってしまうが……

 

 

「これからもサッカーできますように、かな」

 

「あはは、先輩らしいですね」

 

「俺にとって1番大事なのはサッカーで繋がった皆だからな。そういう春奈は何を?」

 

 

 そう聞き返すと、春奈は少し悪戯な笑みを浮かべてこう返す。

 

 

「ふふ、何だと思いますか?」

 

「ええ……教えてくれよ」

 

 

 小悪魔みたいに笑って春奈は誤魔化す。可愛いから許されると思ったら大間違いだ。いや許すけども。

 

 

「──いが、───きます──に」

 

「ん? 何か言ったか?」

 

「いえ、なんでもありません!」

 

 

 春奈はそう言ってまた笑った。なんて言ったんだろうか、とても気になる。しかしここで何度も聞いては執拗い男になってしまう。そんな格好悪いことはしたくないので、ここで引くことにする。

 

 

 それから10分くらい、会話の無いまま時間だけが流れる。星空が微かに周りを照らす中、ふと横を見ると春奈の無垢な横顔が目に入り、照れくさくなってまた空を眺める。

 

 

「そろそろ、戻らないとか」

 

「そうですね……そうだ、ちょっと後ろ向いてください」

 

 

 春奈にそう促され、素直に座ったまま後ろを向く。すると間もなく、背中に暖かな温もりが触れる。温もりだけじゃない、心音が、呼吸がすぐ間近に感じる。後ろを振り向くことは出来ないが、分かる。春奈が俺の背中に寄り掛かるようにしているんだ。

 

 

「……春奈?」

 

「さっき柊弥先輩言ってましたよね。少しとはいえ不安だって。だからこれは、おまじないです。先輩が本番でベストなプレイが出来るように、チームの皆で勝てますようにって」

 

 

 ……春奈なりに励ましてくれたってことだろうか。俺はそこまで気を使わせるほどに弱く見えていたのだろうか。まあ、なんでもいい。今はこの背中の温もりがやけに心地よい。

 

 

「そっか……ごめんな、弱いところ見せた」

 

「良いんですよ。これもマネージャーの役目ですから。それに、私も先輩の背中……落ち着くので」

 

 

 春奈が赤い顔で恥ずかしそうにそう言うと、胸の奥の奥がキュッと締め付けられる気がした。今のは……何なんだ。

 

 

「……そろそろ戻るか」

 

「はい、そうですね」

 

 

 胸の動悸が収まらない。全身の血がドクドクと波打ちながら血管を流れるのを感じる。一体、何がどうなってるって言うんだ。

 

 

「気づいてくださいよ、もう」

 

「どうした?」

 

「いえ、何でも……さ、今日はもう休みましょう」

 

 

 俺は、春奈が最後に呟いた何かを聞き取ることは出来なかった。俺に分かったのは、春奈の目が少し潤んでいたことと、声が震えていたこと。俺はそれを、胸の違和感を言い訳に拾い上げることができなかった。いや、拾いあげようとしなかった。

 

 

 

 ---

 

 

 試合当日の朝、俺はいつになく身震いしていた。これは闘争心から来る武者震いか。それが何かを突き止めることは出来なかった。だがやることは1つ。今日の試合に勝つ、ただそれだけだ。

 

 

「さあ、行くか」

 

 

 誰も返事をしない独り言と共に、家の門をくぐる。さあ、決戦の時だ。




次話は近いうちに?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第34話 聖戦

世宇子戦突入!


 まだ世間的には早朝とされるこの時間に、俺達は決戦会場であるフロンティアスタジアムへとやってきた。周りには何時もより険しい表情の皆。緊張するのも無理はないな、実際俺も今ガチガチに緊張している。

 

 

「ようやくこの日が来たな」

 

「そうだな」

 

 

 隣にいた修也が話しかけてくるが、コイツもいつもより目付きが鋭い。

 

 

 ここまで本当に色々なことがあった。俺と守と秋でサッカー部を作り、染岡と半田が入ってきて、その後に壁山達が入部して。帝国との練習試合に向けて風丸達も加わった。ピンチの時に修也が来て、試合放棄という形とは言え帝国に勝った。そこから土門が、鬼道が、一之瀬が来て今の雷門になった。

 

 

「皆……勝とうぜ!」

 

 大きく息を吸い、気合いを入れ直すためにそう声を上げると、皆少し和らいだ表情で返事をしてくれる。多少は解れたみたいだな。さあ行こうと足を踏み出そうとした瞬間、誰かの携帯が鳴った。音の発生源は夏未の携帯だった。皆に少し待ってと言って電話を取る。

 

 

「はい、そうです……ええ!? なんですって!?」

 

「どうしたんだ?」

 

 

 取り乱した様子で電話を切った夏未に守が声を掛けると、理解出来ないと言った表情で口を開く。

 

 

「決勝の会場が変更になったそうよ……」

 

「随分急だな。それでどこに?」

 

「それが……」

 

 

 その言葉の後に続けることなく、夏未はその視線を空に向ける。何をもったいぶっているんだ? と訊ねようとしたその時だった。夏未が向いていた方……空から轟音が響くのを聞いた。何事かとそちらを注視すると、雲の中から何かが近づいてきているのを確認できた。

 

 

「おいおい、嘘だろ?」

 

 

 その光景に思わず息を呑んだ。ちょうどフロンティアスタジアムの真上からだ。雲を裂いて古代ギリシア文明を連想させる石像が顔を出した。石像が背負っているのは、その真下にあるものと同じスタジアム。そう、空からスタジアムが飛んできたのだ。 一瞬、俺は我が目を疑った。まだ夢でも見ていたのか、と。だが、周りの皆の驚愕がそれを現実であると突き付けてくる。あれは紛うことなきスタジアム。それも、変更後の決勝戦の会場なのだろう。

 

 

 動きが止まったと思ったら、空に浮かぶそれから階段が落ちて……いや、伸びてくる。如何にも登ってこいと言わんばかりに。

 

 

「……行くぞ」

 

 

 響木監督のその声で皆我に返った。未だに現実を受け止めかねているが、伸びてきた階段を登ってスタジアムの中へと足を踏み入れる。小綺麗に装飾された廊下の先からは光が射し込んでいる。恐らく、あっちがフィールドのはず。

 

 

「一体どうなってるんだ?」

 

「きっと、影山の圧力ね……」

 

 

 全員落ち着かない様子で辺りを歩き回ったり、見渡している。もしかすると何か罠が仕込まれているかもしれない。警戒するに越したことはないだろう。俺も周囲警戒していると、鬼道が上を見上げ、歯軋りする。

 

 

「……影山!!」

 

 

 その視線の先では、長身で冷たく、不気味な雰囲気の男……影山 零治がこちらを見下ろしていた。その姿を確認して皆が身構える。その中でも目立って負の感情を向けていたのが、鬼道と修也だ。鬼道は言わずもがな。修也は、この前鬼瓦さんから告げられた夕香ちゃんのことがあるのだろう。声こそ押し殺しているが、あまりに強く握り締められた拳は震えている。

 

 

 影山は不敵な笑みを浮かべ、こちらを一瞥したかと思うと奥へと消えていった。警戒の対象が視界から消えたせいで、皆がどこか胸を撫で下ろしているように感じる。

 

 

「円堂、少しいいか」

 

 

 その時だった。何か腹を決めたような表情で監督が守を呼んだ。鬼道の傍についていた守が小走りで監督の前に行くと、監督は重々しくその口を開く。

 

 

「お前のお祖父さん……大介さんの死には、影山が関わっているかもしれない」

 

 

 その口から告げられたのは、重いなんてものじゃない。これから大事な戦いを控えているヤツに突きつけるべきではない言葉だった。確かに、かつての事件の真ん中にいたのは影山。アイツが大介さんを手にかけたと言われても違和感はない。

 

 

 けど、それは今言うべきことなのか。

 

 

「監督! なぜ今そんな事を!」

 

「……」

 

 

 守と監督の間に割って入るようにしてそう抗議する。今監督がやったことは、チームの中枢であるキャプテンを潰しかねないことだ。その意図を直接聞き出さなければ、俺は納得出来ない。例えそれが現実だったとしてもだ。しかし監督は顔を顰めたまま口を開かない。本当に良かったのだろうか、と葛藤しているような表情で守を見詰めていた。当の本人である守は……目を閉じ、歯を食いしばりながら肩を震わせている。

 

 

 そして、1番最初に守に対して行動したのは修也だった。守の肩に手を置き、何かを語りかけるように首を横に振る。俺には修也が何と言おうとしているのかが何となく分かった。そして、皆が口々に守に寄り添う。

 

 

「……俺には、こんなに良い仲間がいる。皆と出会えたのはサッカーのおかげなんだ。確かに影山は憎い。けど、サッカーは楽しくて、心が熱くなるものなんだ!! だから俺はいつものサッカーで戦う! 雷門のサッカーで!」

 

 

 守は、いつもの顔で声高らかにそう宣言する。こいつが憎しみに囚われて我を見失うかもしれない、なんて俺の杞憂に過ぎなかったか。全く、俺は何年もこいつの隣で何を見てきたのか……馬鹿だな。

 

 

「守、皆……やってやろうぜ。俺達のサッカーで世宇子を、影山を倒すんだ!!」

 

「おう! 行くぞ!! 雷門!!」

 

 

 俺がそう声を上げ、守が続くと皆が次々と叫ぶ。腹は決まった。俺達は俺達のサッカーでこの決勝戦を制する。例えそこにどんな思惑が、闇があったとしても。それが雷門サッカー部の意思だ。

 

 

「さあ! 試合の準備だ!」

 

 

 監督がそう指示すると、一斉に控え室へと走り出す。俺は1番に部屋の中に乗り込み、準備を始める。ユニフォームに着替え、靴紐を縛り直す。軽く身体を温めるために伸びたり、その場で跳ねていると首元に意識がいった。そこにあるのは、俺が父さんからもらったネックレスだ。父さんに良い報告をするためにも、絶対に勝つ。

 

 

 皆もそれぞれ決意を固め、準備に勤しんでいる。修也は夕香ちゃんからもらったペンダントを見つめ、守は大介さんの形見のグローブを握り締めている。やがてそれをバッグの中にしまい、立ち上がる。

 

 

「皆、行くぞ!!」

 

 

 守が先陣を切って部屋を出ると、皆がそれに続く。ゲートを抜け、スタジアムに足を踏み入れると、大歓声が俺達の肌を叩く。準備している間に観客が全員こっちに移ってきていたようだ。視線を滑らせると、守のお母さんと一緒にいる母さんを見つけた。守のお母さんが大事そうに手に持っているのは、遺影。おそらく大介さんのものだ。

 

 

 試合が始まるまでまだ少し時間がある。俺達はベンチでの最後の作戦会議だ。

 

 

「いよいよ始まるんだな、決勝が」

 

「ああ! 俺、皆とこの舞台に立てて最高に嬉しい! このチーム1人1人が俺の力だ!」

 

 

 1人1人の顔を見渡す。やはりどこか緊張は感じられるが、皆良い顔だ。この決勝の舞台に相応しい熱い闘志を感じる。さあ、まずはアップだ。

 

 

「うわっ!?」

 

「なんだ!?」

 

 

 フィールドに向かって駆け出した瞬間、凄まじい突風が吹き荒れる。風に流されるように意識が向いた方向には、白を基調としたどこか神々しさすら感じるユニフォームに身を包んだ連中がいた。そう、世宇子だ。その中には当然、アフロディもいる。アイツが雷門に乗り込んできた時のことを思い出したのか、皆少し顔が強ばる。そんなにビビる必要は無い。あの時からまた俺達は強くなった。今日は絶対に勝つさ。

 

 

 そして数十分のアップが始まる。身体が解れるよう、試合でいつも通りのパフォーマンスをするために入念に動く。うん、大丈夫だ。調子は悪くない。それどころか適度な緊張感でいつも以上の動きが期待できるかもしれない。

 

 

『さあ、いよいよフットボールフロンティア決勝、雷門中と世宇子中の試合が始まろうとしています! ここまで圧倒的な実力で勝ち上がってきた世宇子中! 対する雷門は今大会最大の台風の目! 一体どのような試合を見せてくれるのか!?』

 

 

 あっという間にアップの時間が終わった。ちなみに世宇子がアップをすることはなかった。強者の余裕というやつなのだろう。好きにすればいい。

 

 

「いいか! 全力でぶつかれば何とかなる! ……勝とうぜ!!」

 

『おお!!』

 

 

 俺達が円陣を組んでいると、世宇子のサポーターのような男が飲み物が入ったグラスを持ってきた。アフロディの音頭でそれを一気に飲み干した世宇子。ヤツらなりの願掛けと言ったところか? 

 

 

 俺達のフォーメーションは概ねいつも通りだ。俺、修也、染岡のスリートップ。その中盤に鬼道、一之瀬、マックス。その後ろに壁山、土門、栗松、風丸、そして守。ここまで戦ったチームを尽く病院送りにしてきた世宇子との試合だ。いつ控えのみんなに出てもらうことになるか分からない。

 

 

「忠告はしたよ。戦わない方がいいと」

 

「俺達は、大好きなサッカーから逃げる訳にはいかない!」

 

 

 挑発気味にそう告げるアフロディに対し、堂々と言い返した守。それを聞くと笑みを浮かべてアフロディは背中を向ける。それに続くように世宇子の面々がポジションにつく。俺らもそれぞれの持ち場に入ると、歓声が一際大きくなる。

 

 

 行くぞ、皆! 

 

 

『両チームがポジションにつき、熱い決勝の開始を告げるホイッスルが……今鳴り響いたァァァ!! 試合開始です!!』

 

 

 キックオフは世宇子からだ。ホイッスルが鳴り響くや否や、FWのデメテルは後ろのアフロディにボールを回す。パスを受け取ったアフロディは、ゆっくりと地面を踏みしめるよう、1歩ずつ、1歩ずつ歩き出す。それに対して最前線の修也と染岡が飛びかかる。まずはここでボールを奪って、俺達で先制点をもぎ取ってやる。

 

 

 2人が同時に仕掛けた、その時だった。アフロディが指を鳴らしたと思ったら、気付いた時には2人を抜き去り、俺の目の前にヤツがいた。そして突風が巻き起こり、修也と染岡は大きく吹き飛ばされる。

 

 

「一体どんなカラクリだ?」

 

「ふふ、何も細工なんてないよ。これこそが神の御業さ」

 

 

 勝手に言ってろ。どんな手を使いやがったか知らないが、2人が抜かれたなら俺が抜かれなければいい。1歩目から最速でアフロディとの距離を詰める。伸ばした脚がボールを捉えた。

 

 

ヘブンズタイム

 

 

 アフロディがその名前を口にし、先程と同じように指を鳴らす。そうしたら、ヤツの姿は俺の視界から消え、気配が背中で感じられた。恐る恐る振り返ると、こちらに背を向けたアフロディがそこにいた。

 

 

 一切動きを察知出来ず、一方的に抜かれていた。その事実を受け止めかねていると、俺とアフロディの間に先程と同じ突風が巻き起こる。あまりのことに唖然としていたのが悪かった。俺はろくに受け身することが出来ないまま打ち上げられ、地面に叩き付けられた。

 

 

「ガッ……!?」

 

 

 クッソ、何が起こったのか分からない。ただ1つ確かなのはアイツが指を鳴らした途端、俺は抜かれていて突風に打ち上げられたことだけ。反応する余裕が一切なかったがために受け身すら取れなかった。背中から思い切り叩きつけられたせいで肺の中の酸素が一気に押し出され、身体の自由が効かない。

 

 

「僕達は、人間を超越した存在なのさ」

 

 

 再びアフロディが指を鳴らす。2人がかりで抑えにいった鬼道と一之瀬は、先程の俺と同じく突風に吹き飛ばされ、地面に落ちる。

 

 

「怯えることを恥じることはない。自分以上の実力を前にした時──」

 

 

 軽やかな音が鳴り、重く鈍い音が響く。

 

 

「──当然の反応なんだ」

 

 

 壁山と土門をも抜き去ったアフロディは、急ぐことなく、散歩でもしているかのようにゆっくりとゴールへと歩いていく。それを止められる者は誰一人としておらず、アフロディはその長い髪を揺らしながら守が構えるゴール前まで到達する。

 

 

「来い! 全力でお前を止めてみせる!!」

 

「天使の羽ばたきを聞いたことがあるかい?」

 

 

 そう守に語り掛けた瞬間、アフロディの背中から純白の羽根が伸びる。美しい。一瞬そう思ってしまった。だが、そんな綺麗な感想とは真逆に近い畏怖のようなものが瞬時に脳に巡る。アフロディから感じるパワーは、俺が今まで見てきたどの選手よりも強力で、壮大で、圧倒的なもの。あのシュートを打たせるのはまずい。そう思い何とか身体を起こすが、全く走れそうにない。

 

 

 アフロディが天を仰ぐと同時に、羽根は更に伸び、ボールを包むエネルギーが一気に増幅する。そしてそのボールを軽くも重々しい蹴りで送り出す。

 

 

ゴッドノウズ!! 

 

 

 "神のみぞ知る"。そう称されたシュートは数十メートル離れているこちらにまでその圧が伝わってくる。

 

 

ゴッドハンド!! 

 

「本当の神はどちらかな?」

 

 

 神と神。守のゴッドハンドが迫り来る脅威に真正面から対抗する。だが、その力の差は残酷なまでに明白だった。ボールに触れた瞬間、黄金の神の手はバラバラに打ち砕かれ、威力を一切削がれることなくシュートは守に突き刺さり、巻き込みながらもゴールネットを揺らす。

 

 

『恐るべきシュート!! ゴッドノウズが雷門ゴールに炸裂!! 世宇子中先制点だ!!!』

 

 

 木戸川との試合の後、考えていない訳ではなかった。守のゴッドハンドは、世宇子の本気のシュートには通用しないのかもしれないと。そしてそれは無情にも現実となってしまった。世宇子の圧倒的な力を俺達全員一瞬にして理解させられる。何人かは青ざめている。だが、試合が始まったばかりなのに弱気になってなんかいられない。

 

 

 先程の余波で震えている脚に喝を入れ、しっかりと地面を踏みしめる。まだまだ試合は始まったばかりだ。

 

 

「まだ試合開始数分、先に点を取られたならここから取り返せば良いだけだ!! 行くぞ皆!!」

 

 

 先制点は許したが、次は俺達が取り返せば良い。こちらのキックオフから試合再開だ。後ろに回ってきたボールを受け取ると、前にいる染岡と修也は一気に駆け上がる。それに追従する形で俺もゴールへと走り出す。だがそれに対し、世宇子が行く手を阻んでくることは無い。余裕たっぷりだな。だったらお望み通り──

 

 

「1点もぎ取ってやる! 轟一閃"改"!! 

 

 

 ボールを踏み抜く。雷がボールの内側から迸り、その威力はそれを起こした俺が痺れる程までに膨れ上がる。一際強い輝きを放った瞬間、閃光の如き蹴りで撃ち抜く。轟音が鳴り響き、真っ直ぐにゴールへと雷が墜ちる。相手キーパーのポセイドンは腕を組んだまま。あれでは反応が間に合わない。

 

 

「いけェ!!」

 

「……退屈なシュートだな」

 

 

 もらった、そう思った。だが現実は甘くなかった。ポセイドンは俺の轟一閃を必殺技無しで、しかも片手で受け止めた。……俺は現実を受け止めきれていないが。

 

 

 すると、ヤツはボールを染岡の足元に転がし、指で撃ってこいと挑発してくる。それを見て染岡は憤慨する。轟一閃をノーマルキャッチで受け止める化け物だ、俺と染岡、修也の3人で出せる最大火力をぶつけるしかない。

 

 

「らぁッ!!」

 

「ふんッ!!」

 

雷龍一閃・焔!! 

 

 

 染岡が蒼龍を使役し、修也が炎を吹き込む。紅に姿を変えた龍は火を拭きながらゴールへ迫る。そしてその後を追い、脚に宿した雷を龍に叩き込む。すると、炎と雷を纏いながら龍が己が敵へと牙を剥く。当の本人は、少し力を溜めてボールに拳を叩き込む。するとボールの勢いは完全に殺され、龍はその姿をかき消される。馬鹿な……俺達のシュートの中でもトップクラスの威力だぞ。連携技をいとも簡単にキャッチするとは、海神の名は伊達じゃないってことか。

 

 

 ポセイドンはまたこちらにボールを投げ渡してくる。俺達のシュートが止められているのを見て、一之瀬、土門、守がこちらに上がってきている。

 

 

「頼むぞお前ら!」

 

「おう!」

 

 

 思いとボールを一之瀬に託す。3人はそのままトップスピードで駆け上がり、アスタリスクを描くように1点で交わる。描いた軌道から炎が猛る。更に勢いを増した炎は徐々に形を作り、やがて不死鳥が姿を現す。大きく羽ばたいた不死鳥が支配しているボールに対し、3人が同時に蹴り込む。

 

 

「「「ザ・フェニックス!! 」」」

 

 

 こればかりは簡単に止められないだろう。さあ、どう出る? 

 

 

ツナミウォール!! 

 

 

 ポセイドンが両手を地面に叩きつけると、ゴールを覆うように津波の壁が姿を現す。炎のフェニックスはそれに触れた瞬間、あっという間に制圧されてしまう。一切打ち消し合うことなく、一方的にだ。必殺技は使わせたが、ザ・フェニックスすらも簡単に止めるか。化け物め。

 

 

「クソが……どうしろってんだ!!」

 

「落ち着け染岡……まだやりようは幾らでもある」

 

 

 焦りを見せる染岡を落ち着かせる。簡単に先制点を取られ、シュートも止められる。絶望を感じずにはいられな状況だろうが、我を失ったところで勝てる相手じゃない。まだ試合は始まってから10分経つか経たないかくらいなんだ。こんな所で燻っていられるか。

 

 

「必ず点は取る……そして勝つ!」

 

 

 まだまだ、勝負はこれからだ。

 

 

 

 

 ---

 

 

 

 

『な、なんということでしょう……』

 

 

 前半25分。試合が始まるまではあれだけ盛り上がり、熱気に満ちていたスタジアムは、それが嘘のように沈黙に支配されていた。いや、沈黙というよりはその凄惨な光景に言葉が出ないと言った方が正しいのかもしれない。

 

 

 雷門の選手はたった1人を除いて全員倒れ伏している。意識こそあるものの、動かねばという意思に身体をが従おうとしていない。必死に戦っていたその1人も、今膝をつき……その場に倒れた。その男は味方が倒れても、相手に蹂躙されようとも何度も立ち上がり、雷が如くフィールドを駆けた。だがそんな彼……加賀美 柊弥にも、他の者と平等に限界が訪れた。

 

 

 そしてそれを見届けた長髪の男は、余裕綽々にこう告げる。

 

 

「……チェックメイトだ、雷門中、加賀美君」

 

『雷門中の選手は、誰1人として動けないようです……前半終了を前に、雷門中が試合続行不可能! フットボールフロンティア全国大会決勝戦は、4-0で世宇子中の圧勝です……!』

 

 

 スコアボードには0-4の文字が刻まれている。4点を取られ、ボロボロになるまで追い詰められた雷門に抗う術は無い。審判がホイッスルを鳴らせば、今この場に雷門の敗北は決定する……はずだった。

 

 

「……ッ」

 

 

 その時、ある1人の身体が動いた。




The・絶望感を感じる文章って凄いですよね。あんな文が書けるようになりたいです。
次の更新はかなり近いうちに出来はずです。かなり。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第35話 神が齎すのは

2日連続更新…だと!?
Twitterをフォローしてもらえると更新情報とかちょっとしたことを呟いてますよ((ボソッ))


「必ず点は取る……そして勝つ!」

 

 

 轟一閃に雷龍一閃・焔、ザ・フェニックス。俺達の必殺技はいとも簡単に世宇子のキーパー、ポセイドンに止められた。俺轟一閃はともかく、他の2つは雷門の中でも屈指の威力を誇る連携シュート。それを余裕で止められては、染岡や皆が焦るのも分かる。

 

 

 だがまだ手ならある。俺と修也のファイアトルネードDD。鬼道を交えたイナズマブレイク。そして未完成のまま終わったあの必殺技。あれらなら点数を奪うことも可能かもしれない。だからこそ、まずは何としてもボールを奪い取る。

 

 

 ポセイドンが腕を大きく振りかぶり、手の中のボールをぶん投げる。どんな腕力してやがる、センターラインまで伸びていったぞ。それを受け取ったのは兜を着けたFW、デメテル。

 

 

「ゴールには近付けさせない!」

 

「ゴールを守るのは、キャプテンだけじゃないっス!」

 

 

 迫るデメテルに対し風丸、マックス、壁山が行く手を塞ぐ。3方向から同時に襲い掛かると、デメテルは一気に加速し、風を纏う。両手を振り払うと、デメテルの周りの風は支配から解放されたように周囲へと吹き荒れる。

 

 

ダッシュストーム!! 

 

「ぐ、ぐあああああ!?」

 

 

 凄まじい突風だった。こちらに向けられたものではないにも関わらず、その余波が肌を撫でた。そんな俺とは逆に、それを真正面から食らった3人は為す術なく風に巻かれ、大きく吹き飛ばされる。何度も転がされ、ようやく止まる。あの1発だけで3人はボロボロにされてしまった。不味い、あのディフェンスラインを突破されたら、次は守だ。

 

 

「間に合えェェェ!!」

 

「邪魔だ!」

 

 

 あと少しで手が届く。そう思ってさらに加速したその時だった。デメテルはその身を翻し、足元のボールを俺に向かって蹴り抜いた。真っ直ぐに撃ち出されたボールは、俺の鳩尾をモロに捉えた。腹の中のものが全て押し戻される感覚に襲われたが、何とかそれを吐き出しそうになるのを耐える。しかし、顔を上げた時には、既にデメテルはゴール前へと辿り着いていた。

 

 

「柊弥!! ──来いッ!! 次は止めてやる!!」

 

「はぁぁぁぁぁ!! リフレクトバスター! 

 

 

 デメテルが短く咆哮すると、周囲の地面が砕け、宙へと浮き上がる。その中の1つに対して蹴られたボールは次々と反射され、その力を何倍、何十倍にも増幅させる。力の帯び過ぎで赤く染まったボールは、最後の欠片に弾かれるとゴールに向かって突き進む。アフロディのシュートに比べれば劣るが、それでもさっきの俺達のシュートのどれよりも圧倒的に強大。誰もシュートの威力を削げに行けない……クソッ、まずいな。

 

 

「止める……ゴッドハンドッ!! 

 

 

 それは先程のゴッドハンドよりも大きく、輝きに満ちていた。反射によって力を増したシュートと真正面からぶつかり合う。拮抗している。いける、これなら止められる。

 

 

「ぐッ……はァァァァァァァァ!!」

 

 

 守は更に、帝国戦で見せたように片手のゴッドハンドにもう片方の手を重ねた。一際強い光を放ち、更に巨大となった神の手。ボールの勢いが殺され始めた。それを見ていた誰もが守の勝ちを確信した。

 

 

「なんだ……これッ!?」

 

 

 守が油断しただけなのかどうなのかは分からなかった。その瞬間にシュートの威力が急に上昇したんだ。徐々に守が後ろに追いやられていく。急げ、今ならまだ間に合う。早く守の後ろに着いて──

 

 

「がッ──」

 

『ゴォォル!! 世宇子中9番デメテル!! アフロディのシュートに引けを取らない必殺シュート、リフレクトバスターでゴッドハンドを再び打ち破ったァァァ!!』

 

 

 間に合わなかった。ダメだった。走り出したその瞬間、守のゴッドハンド……いや、ダブルゴッドハンドは打ち砕かれた。そのまま守を巻き込み、ゴールネットを貫かんとばかりに真っ直ぐに突き刺さった。数秒後ようやく勢いを失ったボールは音もなく転がり、守は音を立てて崩れ落ちた。

 

 

「守ッ!!」

 

「クソッ!! また守れなかった……!!」

 

 

 守が拳を地面に叩きつける。だがここでムキになったところで仕方ない。手を差し出し、立ち上がらせた。フィールドに視線を巡らせると、あることに気が付いた。蹲ったまま立ち上がらないヤツがいる。帽子を被ってる男…マックスだ。

 

 

「マックス!! おい! 大丈夫か!?」

 

「う、うぅ……!!」

 

 

 あの抑え方は……恐らく、いや間違いなく脚を痛めている。さっき吹き飛ばされた時だ。俺達が点を取られたことで試合は停止中。とにかく、ベンチに連れていかなければ。

 

 

「ぐぅッ!!」

 

「ひどい……これじゃ試合は無理です!」

 

 

 すぐさま春奈が応急処置に入るが、やはりダメだったようだ。マックスが抑えていた箇所は真っ青に腫れており、これ以上動こうものなら確実に今後サッカーが出来なくなる。

 

 

 マックスに代わってフィールドに入るのは少林。無念を口にするマックスから少林は、俺達はその意思を継いだ。それぞれポジションにつき直し、試合再開だ。

 

 

「ぐおォ!?」

 

「染岡!!」

 

 

 キックオフ直後、修也から受け取ったボールを染岡は強烈なスライディングで奪われる。先程と同じように爆速で駆け上がる。その行く手を少林、栗松、土門が抑えにかかるが、デメテルは再びダッシュストームでそれを突破する。あっという間に防衛線を抜けたデメテルは、シュートに近いパスをヘラに向かって送る。

 

 

ディバインアロー!! 

 

 

 宙に浮いたままのボールにヘラは何度も何度も蹴り込む。聖のエネルギーが高められたボールを最後に思い切り蹴り込むと、一直線に空気を切り裂きながらゴールへと迫っていく。パワーこそ他の2本に劣るが、スピードは群を抜いている。

 

 

 守は瞬時に構えるが、ゴッドハンドは間に合わない。ダブルゴッドハンドならいけるかと思ったが、爆裂パンチで止められるか? 

 

 

爆裂パンチ"改"ッ!! 

 

 

 まさに爆裂の名に相応しい連打がボールに叩き付けられる。しかし、ここまで受けた2本のダメージがあまりに大きすぎた。ぶつかり合ってから間もなく、守は三度ゴールネットへ押し込まれた。

 

 

「──少林ッ!! 栗松ッ!!」

 

 

 風丸がそう声を荒らげる。すぐさま視線を向けると、そこには倒れて立ち上がらない少林と栗松の姿。まさか、またあのドリブル技にやられたのか!? 秋と春奈の反応を伺うが、やはりダメだった。2人はすぐさま交代、代わりに半田と影野が入る。

 

 

 ふと電子掲示板を見る。時間はまだ前半の15分に差し掛かるかというところ。まだまだ試合は続くというのに、こちらは既に3人削られている。交代はしていないが、他の皆もダメージが大きい。特に守はまずい。あの威力のシュートを3回も喰らっている。代わりのキーパーは勿論いない。とすれば、あいつらにこれ以上シュートを撃たせる訳にはいかない。そして、この3点差を覆さなければならない。

 

 

 ……いけるか? この神紛いの化け物達相手に。

 

 

「畜生! このままじゃジリ貧だ……!」

 

「……俺達で活路を開くぞ。染岡、柊弥」

 

「ああ」

 

 

 ダメだ、弱気になるな。いけるかいけないかじゃない、やらなきゃいけないんだ。副キャプテンの俺が弱気な姿勢なんて見せられない。どれだけ圧倒的な力の差があろうが、最後まで喰い付いてやる。

 

 

「行くぞ!」

 

 

 キックオフ。ボールを受け取った染岡とその後ろから半田がすぐさま駆け上がる。その行方を遮るのは大柄のDF、ディオ。ヤツは染岡の前に立ちはだかったと思ったら大きく跳躍し、自身を中心に地を砕く。その砕けた地面が急に盛り上がり、染岡は大きく打ち上げられ、空中に身を投げ出される。

 

 

メガクエイクゥ! 

 

「がッ!!??」

 

「ぐぁッ!!??」

 

 

 俺と修也は更に前に上がっていたから巻き込まれなかったが、メガクエイクに巻き込まれた染岡と半田はそのまま動かない。想像したくない最悪の状況が頭を過る。すぐさま2人に駆け寄ると、それぞれ肩、足首を抑えながら苦悶の声を漏らしている。俺と修也が肩を貸してベンチへ下がり処置をしてもらうが、やはり2人も重症。試合続行は不可能だ。

 

 

「お、俺が!」

 

「ぼ、僕だって……雷門の一員です! 染岡君の代わりに出ます!!」

 

 

 半田の代わりに宍戸。染岡の代わりに目金が入ってきた。これで俺達は全員試合に引きずり出された。ベンチは全員負傷者。これ以上の交代は出来ない。

 

 

 交代が済み、すぐさま試合再開。徹底マークされた俺と修也に対し、目金はフリー。それを見て宍戸がボールを送るが、それは悪手、世宇子の狙い通りだった。

 

 

「逃げろ、目金ぇえええ!!」

 

メガクエイク

 

 

 再び大地の恐怖がフィールドを鳴らす。恐怖で動くことが出来なかったんだ。抵抗する間もなく大地に呑み込まれた目金は地面に叩きつけられ、動かない。アイデンティティの眼鏡は粉々に砕け、ピクリとも動かない。気を失ってしまったようだ。当然、目金はベンチに下がる。しかし、その代わりにフィールドに立てるものはいない。俺達はこの絶望的状況で、さらに数的不利を背負わされた。

 

 

 ここまで極力冷静に立ち回ろうと努めてきた。しかし、激しい怒りが俺の頭の中を支配する。仲間をここまで傷つけられ、怒るなという方が無理な話だ。コイツらが反則を取られないように計算した上で立ち回っていることは明白だ。だからこそタチが悪い。いや、影山のことだ。審判にまで手を回しているだろう。期待するだけ無駄だ。

 

 

「柊弥」

 

 

 修也に話しかけられ、ふと我に返る。

 

 

「自分を見失うな。今お前が欠ければ、俺達はこの試合……負ける」

 

「……悪い」

 

 

 修也が掛けてくれた一言で、何とかドス黒い感情を押さえ付けた。ムキになって俺まで退場すれば、更にチームが追い込まれるだけだ。1回落ち着くんだ。

 

 

 前線に出れる中で1番速く動けるのは俺だ。なら、俺がアイツらを掻い潜り、シュートチャンスを作る。決めるのは俺でも修也でも、誰でもいい。とにかくこの3点の差を巻き返すんだ。

 

 

雷光翔破ッ! 

 

 

 雷を纏い、一瞬のうちに雷光の速度へ達して駆け上がる。よし、ヤツらを欺けている。このまま上がって、まずは1点──

 

 

「あれ?」

 

「へッ、遅いな」

 

 

 気が付いた時には俺の足元からボールは消えていた。俺からボールを奪ったのはヘパイス。すぐさまボールを奪いに飛びかかるが、気が付いたら俺の腹にボールがめり込んでいた。意識が遠のきかけたが、気合いで持ち堪える。だが、その一瞬の隙がダメだった。ボールは既に別の選手へ渡っており、それを止めに掛かった鬼道と一之瀬が弾き飛ばされていた。

 

 

 その後も蹂躙は続く。修也が、鬼道が、一之瀬が、宍戸が。風丸が壁山が影野が土門が。守が。何度も風を、大地を、ボールをその身体に叩き込まれる。コイツらの目的は単に試合に勝つことじゃない。俺達を徹底的に痛めつけ、力の差を見せつけること。その為にコイツらは一切躊躇しない。

 

 

「まだ……まだァ!」

 

 

 守が立ち上がった。それを見たアフロディはボールを受け取り、ゴールへ歩いて近付いていく。脚をガクガクと震わせながらも、ギラギラと輝く眼で守

 アフロディを見据える。

 

 

「ふっ」

 

 

 アフロディはそのまま、ごく自然な足取りでボールを蹴る。ただのノーマルシュート、当然ゴッドノウズに遠く及ばない威力だ。しかし。

 

 

「がッ──」

 

 

 守は為す術なくゴールに押し込まれる。わざと顔を狙われたりして執拗に痛めつけられた守には、もうノーマルシュートを止まる力すら残っていなかった。

 

 

『ゴ、ゴール……世宇子中4点目! 雷門はもはや限界か、辛うじて立っているものの、受けたダメージは計り知れません! もはやこれは試合ではない、一方的な蹂躙劇だ! 神が齎したのは……絶望そのものです!』

 

 

 再開のホイッスルが響く。直後、修也はボールを奪われ、まるでついでのように打ち倒される。風のようにフィールドを駆け巡る世宇子。徐々に、徐々に皆が倒れていく。ホイッスルが鳴って1分も経っていない。けど、皆は倒れて動かない。顔面にボールを喰らい、守も倒れた。

 

 

 立っているのは、俺だけ。

 

 

「上等だ……ぶっ潰す!!」

 

 

 ははっ、我ながら清々しいほどの強がりだ。俺1人でこいつら11人相手できるはずない。けれど、だとしてもやるしかない。俺まで倒れたら、試合続行が出来ないと見なされて強制的に負けになる。そんなことはさせない。皆が回復する時間を俺1人で稼いでやる。

 

 

 ボールを持つアフロディに飛びつくように襲い掛かる。簡単に躱された。ボールはデメテルへ。体勢を立て直しすぐさま駆け出すと、こちらに向かってシュートを放つ。それに対して真正面から蹴り込むと、やや後ろに押されたがボールは俺の支配下に。

 

 

 そのままゴールへと走る。コイツらは間違いなく油断している。その虚を突くことが出来れば、1点くらい俺1人でも奪えるかもしれない。それが皆の士気を上げてくれるかもしれない。だから、決める。

 

 

ライトニングブラスター

 

 

 俺の身体から溢れるエネルギーがボールに注ぎ込み、暴れさせる。轟々と鳴きながら暴れる雷がボールを包み込む。そいつに両脚を叩き込むと、極太の雷がポセイドンへと襲い掛かる。

 

 

「ふんッ!!」

 

 

 しかし、それは地面に叩きつけられる形で止められる。必殺技無しでだ。ポセイドンは思い切り俺に向かってボールを蹴る。それが俺に当たることはなかったが、俺の後ろにいたヘルメスの脚元に収まる。間髪入れずに放たれたボールは俺の背中を捉える。

 

 

 顔面から崩れ落ちるが、寝ている余裕なんてない。すぐさま立ち上がる。

 

 

ダッシュストーム! 

メガクエイク! 

さばきのてっつい! 

 

 

 その矢先だ。荒れ狂う暴風に吹き飛ばされ、その先で大地に全身を打ち上げられる。挙句の果てに、巨大な脚に高所から思い切り地面に叩き落とされ、潰される。もうここまで来ると、何も感じなくなってきた。

 

 

 けど、俺の身体はもう限界みたいだ。もう一切言うことを聞かない。立てない。戦えない。地面に倒れたまま、視界が段々と暗くなってきた。意識が、遠くなってきた。

 

 

「……チェックメイトだ、雷門中、加賀美君」

 

 

『雷門中の選手は、誰1人として動けないようです……前半終了を前に、雷門中が試合続行不可能! フットボールフロンティア全国大会決勝戦は、4-0で世宇子中の圧勝です……!』

 

 

「……まだだァ!!」

 

 

 試合は強制終了。もうダメだと思ったその時だった。守が覚束無いながらも立ち上がり、叫んだ。守だけじゃない。皆が次々と立ち上がる。まだ、皆諦めていない。だけど俺は、もうダメみたいだ。

 

 

 あとは、任せていいかな。俺は意識を手放した。

 

 

「来い! 柊弥の意思は、無駄にしない!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いや、まだだ。

 

 

 皆が立ち上がってるのに、俺1人だけ寝てるのか? 

 

 

 まだまだ、これからだろ? 

 

 

 いつだって強敵を相手に戦ってきた。どれだけ追い詰められても、最後まで諦めないで立ち上がってきた。逆境を、ギリギリの状況を楽しんできた。

 

 

 楽しめよ、お前が大好きな追い詰められてどうしようもない状況をだぞ。

 

 

 さあ、立て。

 

 

 

 

 ---

 

 

 

 

 次々と立ち上がる雷門イレブン。ボロボロになりながらも歯を食いしばり、身体を奮い立たせて世宇子イレブンに向き合う。

 

 

「面白い……なら、もっと痛ぶってあげよう!」

 

 

 アフロディが雷門ゴールへ一気に加速しようとした、その時だった。アフロディはただならぬ気配を感じ取りその脚を止める。心胆を寒からしめるそれに、アフロディだけでなく誰もが冷や汗を流す。

 

 

 恐る恐るアフロディは後ろを振り返る。そこにいたのは──

 

 

「楽しくなってきた」

 

 

 ──全身から青と黒の炎が立ち上る、圧倒的"異能"。




次回、覚醒

アンケート置いてるんで良かったら答えてやってください、参考にさせていただきます。

ー追記ー
各番外編はだいたいこんな感じのストーリーです
オーガ編→正史通り決勝でオーガと試合。助っ人に1部変更あり。
アレオリ編→スペインにボコされた後どこかへ派遣。恐らく永世。もしくは世宇子。
GO2編→パラレルストーンに巻き込まれるor天馬の救援要請でタイムジャンプ。太陽or白竜ポジに。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第36話 反撃の時

評価者30人突破!無限に感想、評価お待ちしてます!励みになります!


 柊弥が倒れて間もなく、アフロディの提案により審判から試合終了の合図が出される直前のことだった。円堂が意地と言わんばかりに立ち上がる。それを見た他のメンバーも次々と立ち上がる。1人では立てず、支え合ってようやく立ち上がっている者もいる。立ち上がったとしても、また圧倒的な力にねじ伏せられるのみだろう。

 

 

 だが、それでも雷門は、イナズマイレブンは立ち上がった。

 

 

「面白い……なら、もっと痛ぶってあげよう!」

 

(柊弥が1人で頑張ったんだ、俺達だって負けてられない!)

 

 

 彼らを動かしているのは単なるガッツではない。自分達が倒れている間もたった1人で世宇子を相手し続けたチームメイトの意思を無駄なものにしないための意地。どれだけ痛めつけられようと折れることは無い。

 

 

「来いッ!!」

 

 

 アフロディがセンターライン付近から加速体制に入り、それを見て全員が身構えた。その瞬間だった。

 

 

「──ッ!?」

 

 

 アフロディが、世宇子が、雷門が、いや、そのスタジアムにいた全員が異質な何かをその肌で感じ取った。全身を叩くようなおぞましい気配。ある者は震え、ある者は冷や汗を流す。その正体を見つけるのに誰も苦労はしなかった。全感覚に焼き付いた恐怖感にも似たそれを全身から放っている男が、今ゆっくりと立ち上がったから。

 

 

 その男──加賀美 柊弥は、全身を影に包みながら笑っていた。

 

 

「楽しくなってきた」

 

 

 所々に血を滲ませ、至る所に傷を負っていた彼は、確かに笑っていたのだ。放ったセリフに違わず、まるで楽しくて楽しくて仕方ないと言った表情で。その異様とも解釈できる光景に、鬼道は見覚えがあった。

 

 

(あの時と一緒だ……! 小学生大会の決勝と、帝国として雷門に試合を申し込んだあの時と!)

 

 

 彼がこの光景を見るのは2度目だった。いずれも敵として柊弥と対峙し、ギリギリまで追い詰めたところで目の当たりにした光景と全く同じものが今目の前に広がっている。鬼道にとってはもはやトラウマに近いものだ。何故ならば───

 

 

『まだ、これからだぜ?』

 

 

 ───それを見た直後、現実とは思えない圧倒的な力で全てをねじ伏せられたから。

 

 

「く、おおおおォォォオオオオ!!」

 

 

 アフロディはすぐさま標的を柊弥に切り替え、全力でボールを撃ち出した。その射線上にいた全員が、あまりの威力、風圧に怯まずにはいられない。ゴールに撃とうものなら確実に点を奪うようなシュートだった。もし人に当たろうものなら大ダメージは確実だ。

 

 

(この僕が恐怖している!? そんな、そんな馬鹿なことが有り得るはずがない!!)

 

 

 アフロディを凶行に導いたのはシンプルな感情、"恐怖"。他に向けようとしていた牙を瞬時に対象に切り替えざるを得ないほどの強烈なもの。彼の本能はすぐさまそれを排除することを選んだ。

 

 

 当の柊弥はと言うと、何をする訳でもなくただ真っ直ぐにそのボールを見つめている。徐々に双方の距離は近くなり、ボールが柊弥を抉る……誰もがそう思った。しかし。

 

 

「ナイスパス」

 

 

 柊弥の全身を包み込んでいた影が、突如爆発するように溢れ出す。柊弥を中心に燃えるような黒と青の炎は、迫り来る脅威を抑え、無力化する。勢いを失ったボールは音もなく柊弥の脚元へと転がり込んだ。

 

 

 柊弥はくるりとアフロディに背を向け、ゴールを見据える。ゴールに構えていたポセイドンは、まるで蛇に睨まれた蛙のように震え、恐怖し、戦慄する。

 

 

「まだまだ……試合はこれからだァ!!」

 

 

 柊弥の咆哮と同時に、炎は雷を帯びながらフィールドに波打つように広がる。それは、雷門には全てに正面から立ち向かえるような"勇気"を与え、世宇子には身体を縛り付けるような"畏怖"を齎す。そして、柊弥は姿を消した。いや、誰も視認できないスピードでゴール前まで移動した。柊弥が裂いた空気を埋めるように巻き起こった一陣の風は、その通り道にいた者全てを吹き飛ばす。

 

 

 ゴール前には柊弥とポセイドンの2人のみ。ポセイドンは己に課せられた役目を全うすべく、大きく息を吸い、その巨体を更に巨大に膨張させる。

 

 

ギガントウォォォル!!! 

 

 

 それを見た柊弥は、全身を液体にするかのような脱力の後、己の全てを身体の中で練り上げ、解き放つ。背中を突き破るようにして噴き出した影は、柊弥の背後に剣を持った巨人のようなシルエットを創り出す。それはまさに加賀美 柊弥という男の力の象徴。あまりに圧倒的存在感を放つそれに、全員が息を呑む。

 

 

紫電一閃

 

 

 ボールと影の剣に紫の雷が宿った。柊弥がボールを薙ぎ払うように蹴り出すと、巨人はボールに対して剣を奮い、斬撃がゴールへと襲い掛かる。

 

 

 ポセイドンはそれに対して拳を振り下ろしたが、触れた瞬間にさらに巨大のなったはずの身体は元に戻り、一瞬の抵抗も許されずにゴールに叩き込まれた。数十秒ボールとネットに板挟みにされ、ようやくポセイドンは地面に倒れることが出来た。

 

 

 柊弥から影が霧散したその瞬間、0は1へと変わる。

 

 

『わ、我々はとんでもないものを見てしまったのでしょうか!? 満身創痍の加賀美が凄まじい力を発揮し、0-4の劣勢を切り返す一手を打ちました!! ここで前半終了!! 1-4で後半に持ち越しだァァ!!』

 

 

 

 

 ---

 

 

 

 

「ッ……」

 

 

 放ったシュートが世宇子のゴールをこじ開けたのを見届け終えた直後、 全身を極度の疲労感が襲う。身体の中に溜められてた殆どのエネルギーをごっそり持ってかれたような気分だ。自分の脚で立つための力すら抜け落ち、その場に膝から崩れる。汗が止まらないし、いつまで経っても呼吸が整わない。

恐らく、というか間違いなくあれは化身の力だ。天馬達と出会って以来1度も発現することがなかったあの強大な力がギリギリの場面で出てきたのだろう。

もう一度出せるか•••と聞かれたら微妙なところだ。直後だからまだ感覚が残ってはいるが、如何せん消耗が激しすぎる。出せたとしてその後動けなくなるのは間違いないだろう。

 

 

「柊弥、大丈夫か」

 

「悪い、助かる」

 

 

 修也と支え合いながらベンチに戻る。すれ違いざまにアフロディがこう声を掛けてくる。

 

 

「君は一体、何者なんだ」

 

「ただのサッカープレイヤーだ」

 

 

 顔を合わせることなく短く返す。背中を刺すような視線を感じたが、お構い無しに俺と修也はその場を去った。

 

 

 ベンチに戻った俺を待っていたのはボロボロな皆の歓声だった。少し時間を稼いだとはいえ、やはりそこまでの回復は見込めなかったか。このタイミングで前半が終わったのは幸運としか言えない。

 

 

「本当に凄かったなあのシュート! なんかこう、メラメラとビリビリがゴールの俺まで伝わってきたぜ!!」

 

「円堂の擬音はともかく、確かに凄まじい何かを感じた。見ているだけの俺も、何故か強くなったかのような……不思議な感覚だ」

 

 

 守と鬼道がそう語る。皆も同じような感想らしい。皆が感じたものというのは、俺が身体から爆発させたエネルギーの余波のようなものだろう。

 

 

 そういえば、春奈達がいない。タオルやドリンクは用意されていたようだが……と思っていたら、スタジアムの中から何やら忙しない様子でこちらに走ってきた

 

 

「皆、聞いて!」

 

「世宇子中の力の秘密が分かったんです!」

 

 

 力の秘密だと? 影山が裏にいる時点で何かしら絡んでいるとは思っていたが、やはりか。 3人は怪我人の処置をしながら暴いた秘密を語り始める。ヤツらの力の正体は、"神のアクア"。軍事用の薬物を使用した、体力増強ドリンク。言ってしまえば、ドーピングだ。世宇子は、今まさにスポーツドリンクのような色をした飲み物を口にしている、あれのことだろう。

 

 

 大好きなサッカーをどこまで汚せば気が済む、と守が、皆が憤慨する。しかし、俺らが怒ったところでドーピング効果が消えるわけじゃない。この貴重なハーフタイムはしっかり休み、後半でこの怒りをパワーに変えてぶつけるしかないだろう。

 

 

「ん……? どうした、春奈」

 

 

 後半に備え、意識を澄ましてフィールドを見据えていると、背中を引かれる感覚に気が付いた。後ろを振り返ると春奈が立っていた。

 

 

「こんなにボロボロになって……私、これ以上柊弥先輩が傷つくところ、見たくありません」

 

 

 春奈は涙目になりながらそう告げる。

 

 

「けど、きっと先輩は止まらないし、この試合に勝つには先輩の力が必要なんだって分かります。だから、絶対に勝ってください」

 

 

 そう言って春奈は笑った。辛いものを堪えた、見ているこちらが苦しくなるような笑顔。それを見た時、俺は勝手に身体が動いていた。

 

 

「ありがとう、絶対に勝ってみせる。だから……待っててくれ」

 

 

 無意識のうちに春奈を抱き寄せていた。なんでこんなことをしたのか、自分でも分からない。けれど、何故か動いていた。

 

 

「……はい! 絶対ですよ!」

 

 

 すると春奈も俺の背中に手を回し、思い切り抱き締めてくる。俺はボロボロな上に、汗だらけだというのに。周りの目線を感じとって我に返り、凄まじい羞恥心が襲ってきたが、今なら何でもできる気がする。

 

 

「よし、行ってこい!」

 

 

 後半開始が目の前に迫り、響木監督が声を上げる。春奈から手を離し、フィールドへ身体を向ける。大丈夫だ、俺は負けない。こんなにも俺のことを思ってくれる人がいるんだから、負けられない。

 

 

 皆同時にグラウンドへ駆け込む。身体はボロボロ、体力だって正直半分も回復してない。けれど、皆勝つ気しかないといった表情。そうさ、俺たちなら勝てる。見せてやろうぜ、最後に勝つのは熱い魂だってことを。

 

 

「まだまだ行けるよな、柊弥」

 

「お前こそ。置いてかれんなよ、修也」

 

 

 センターサークルに2人で立つ。俺達の目の前には世宇子イレブンと、最奥には俺達が目指すべきゴール。現在の点数は1-4。ここから勝つには、あと4点を後半30分で取る必要がある。まともな人間なら出来るわけない、と諦めるかもしれないな。

 

 

 だが残念。俺達のサッカーにかける想いは少しまともじゃない。点は取る、試合にも勝つ。

 

 

『さあ! この決勝戦もとうとう後半突入です! 圧倒的優位を保って世宇子が勝つか、それを打ち破って雷門が勝つか! 一瞬たりとも目を離せません!!』

 

 

 実況の声が響き、前半では静まり返っていたとは思えないほどに観客達が手を叩き、歓声を轟かせる。そして、後半開始が宣言される。

 

 

「なッ!?」

 

 

 キックオフ。修也にボールを渡した瞬間、俺達の間を何かが通り過ぎる。気付いた時には突風に身体を包まれ、足元のボールは姿を消す。風が逃げていく方向に視線を向けると、そこにはアフロディがいた。

 

 

「もう前半のようなマグレは有り得ない。今一度、神の力を見せてあげよう!」

 

 

 そう言うとアフロディは再び風となる。鬼道が指示を出しすぐさま止めにかかるが、その行く手を誰も阻むことは出来ない。中陣、後陣はすぐさま崩壊させられる。コイツらの圧倒的な力は悪夢なんかじゃなく、紛れもない現実。俺達が前半より意気込んでもそれは変わらない。

 

 

 あっという間にアフロディはゴール前へと辿り着く。ついでと言わんばかりに周りの皆を蹴散らして。

 

 

「神の力は絶対なんだ! 君達人間風情に、太刀打ち出来るはずがないッ!!」

 

 

 そう叫ぶアフロディは、前半に見せた神々しさと、それと相反するような禍々しさを全身から滲ませる。やがてそれは白と黒の翼を形作り、アフロディを空へと羽ばたかせる。気の所為なんかじゃない。アイツは前半よりもパワーアップしている。例の神のアクアの濃度を濃くしたのか? それとも、単に激情によって潜在的な力が引き出されたのか? 

 

 

「円堂!!」

 

「キャプテン!!」

 

 

 皆もただならぬものを感じ取ったのか、1人ゴールに立つ守の名前を呼ぶ。守はというと、恐れも怖がりもせず、ただ真っ直ぐにアフロディを見据える。

 

 

「───守ッ!! 絶対ェ止めろッッ!!」

 

 

 フィールドの真ん中から後方の守に発破を掛ける、すると守はニヤリと笑って、アフロディに()()()()()()

 

 

 いや違う、アイツは背中を向けたんじゃない。心臓に右手を添えたんだ。エネルギーの中枢である心臓から100%伝えるために。その瞬間、守の全身から黄金の闘気が溢れ出す。渦を巻くように守を包むそのエネルギーは天にすら届く。

 

 

「何をしようと無駄だ!!」

 

 

 アフロディは喉が張り裂けんばかりに怒号を上げる。すると、更に光と闇が増幅する。翼が、ボールを包むエネルギーが更に大きくなる。

 

 

 けど大丈夫だ。アイツは止める、必ず。

 

 

はァァァアアアアアッッッ!! 

 

 

 アフロディが重々しい蹴りを叩き込む。数秒キックとボールが拮抗した後、閃光と暗黒が守に向かって堕ちていく。とんでもないシュートだ、今まで見てきたどのシュートよりも恐ろしく、強大。

 

 

 けれど、それが向かう先に構える守は、それ以上に頼もしく、絶対的。

 

 

「はァァァァァ!! マジン・ザ・ハンドォォ!! 

 

 

 守から立ち上る闘気は、形を作り、その背中に"魔神"を宿す。このギリギリの局面で完成させたか、守のお祖父さんしか使うことの出来なかったあの必殺技を! 

 

 

 神と魔神の戦い。絶望の化身と、希望の化身が対峙する。双方が触れた瞬間にそのぶつかり合いの余波がスタジアム中に広がる。ビリビリと肌を刺すような、凄まじいエネルギーがこちらまで襲いかかってくる。

 

 

 両手で風圧とエネルギーから身を守りつつ、その成り行きを見届ける。数十分にも感じられる長いぶつかり合いだった。勝ったのは──

 

 

「──よっしゃァ!!」

 

「そんな……バカな!?」

 

 

 守だ。

 

 

「行けッ!! 柊弥ァ!!」

 

 

 離れた俺に向かって守がボールを送り出す。俺はそれを受け取るべく走る。しかし、俺の前から鬼のような形相でアフロディが迫る。

 

 

「バカな……バカなバカなバカなァァァ!!」

 

 

 自信とプライドをズタボロにされたアフロディはまさに"鬼"。前半までのような優雅さを感じさせる振る舞いなんてもう欠片も残っていない。自分の存在を否定されないように必死、無我夢中という言葉が似合う顔だ。

 

 

 けどなアフロディ……そんな追い詰められたサッカーで、楽しくて仕方ない俺のサッカーに追いつけるはずないだろ。

 

 

「ふんッ!」

 

 

 俺とアフロディはほぼ同時に跳ぶ。しかし、俺はより速く、より高く空へと翔ける。アフロディは絶望の表情で俺を見上げている。悪いが、今の俺達は止められないぞ。

 

 

「鬼道!!」

 

 

 そのまま最初に視界に入った鬼道にダイレクトパスを送る。それが分かっていたかのように鬼道はボールを受け取り、すぐさま前線へと駆け上がる。当然それを見て世宇子は止めにいくが、合流した修也とのワンツーと、巧みな個人技でそれらを難なく躱す。間違いない、2人共明らかに動きのキレが違う。

 

 

 流れるように2人はゴール前。すると修也は、炎を纏いながら空高く跳んだ。それと同タイミングで鬼道は真上、修也が待つ上空へとボールを蹴り上げる。それに対して修也はファイアトルネードを真下、鬼道に向けて放つ。まさに阿吽の呼吸。落ちてきたファイアトルネードに対し、鬼道は真っ直ぐ脚を振り抜く。

 

 

「「ツインブーストF(ファイア)!! 」」

 

 

 これは俺達が世宇子のゴールを破るために考えていた、既存の必殺技を掛け合わせた新必殺技のうちの1つだ。難易度の高さゆえに今まで成功したことはなかったが、こちらもこの土壇場で完成した。

 

 

ツナミウォール!! 

 

 

 ポセイドンが両手を地面に叩き付けると、地を砕いて高い波がゴールを覆う。それにツインブーストFは飲み込まれてしまう……ことは無かった。

 

 

「な、バカな!?」

 

『ゴォォォル!!! 円堂が新必殺技で止め、加賀美が繋ぎ、豪炎寺と鬼道が世宇子のゴールを切り開いたァァァ!!』

 

 

 津波の壁を撃ち破り、ボールはこの試合2度目となるゴールを決めた。2-4。あと2点で追いつき、3点で追い抜ける。

 

 

「まだまだ行くぞ、皆!!」

 

 

 試合はまだまだ続く。世宇子のキックオフで試合再開。俺達前衛がすぐさまボールを奪いにかかるが、鋭いパス回しで難なく躱される。アフロディとデメテル、ヘラが3人同時に駆け上がる。

 

 

「円堂や豪炎寺達が頑張ってるんだ! 俺らも止めるぞ!!」

 

「おう!!」

 

「はいッス!!」

 

 

 それに対して風丸、土門、壁山がそれぞれの道を塞ぐ。ボールを持ったアフロディの前に立ったのは壁山。

 

 

ザ・ウォール"改"!! 

 

 

 これまでよりも更に強靭な壁を作り出し、見事にボールを奪い取ってくれた。そのボールは風丸が受け取った。

 

 

「風丸!」

 

「行くぞ加賀美! 雷門の双翼の力、見せてやる!!」

 

 

 万が一に備えて後ろまで下がってきていたため、風丸と合流する。徐々にスピードが上がっていき、俺は雷、風丸は風を纏いながらフィールドを縦横無尽に駆け回る。

 

 

「「迅雷風烈!! 」」

 

 

 トップスピードをさらに超えた俺達の速さは誰にも止められない。まさにその姿は風神雷神。2つの軌跡を描きながら前線へと駆け上がる。

 

 

「よし、行け!!」

 

「おう! 鬼道、修也!!」

 

 

 風丸に送り出され、先にゴール近くで待ち構えていた2人と合流する。ボールを鬼道に預け、3人で横並びにゴールへと向かう。最後に待ち構えいたDF達が突っ込んでくるが、今の俺達は止められない。

 

 

 余裕でそれを回避すると、鬼道は高くへとボールを蹴り上げる。するとそのボールは紫と黄の雷に包まれ、落雷のように俺達の元へと落ちてくる。それに対して3人で同時に蹴り込む。

 

 

「「「イナズマブレイク!! 」」」

 

 

 かつて無失点を誇っていた千羽山の無限の壁を破った俺達の必殺技が、轟音と共にゴールへと迫る。ポセイドンは俺のシュートに失点を許した時と同じ必殺技でそれを迎え撃つ。

 

 

ギガント……ウォォォォル!! 

 

 

 その身を巨人へと変え、迫る外敵に拳を振り降ろす。完全に潰しきれていないようで、地面と拳の距離は少し空いており、その隙間から雷が漏れ出している。ポセイドンは咆哮しながら更に力を込めるが、シュートの威力は一向に削がれない。やがてポセイドンの方が押し負け始め、荒れ狂うボールに吹き飛ばされた。

 

 

「ナイスシュート!!」

 

 

 俺達にボールを繋いでくれた風丸が駆け寄ってきたので、ハイタッチで返す。これで3-4。見えてきたぞ、世宇子の首が。

 

 

 再び世宇子のキックオフから試合再開。ヤツらは顔を真っ青にしながらもボールを動かすが、先程までの動きのキレがどこにもない。こんなもの欠伸をしながらでも奪い取れる。ノロノロとしたパス回しに割って入り、ゴールへと向かう。相手が戦意喪失しようが手を抜こうが、俺達は手を抜かない。全力で戦って、全力で勝ちに行く。

 

 

 ふと後ろに意識を向けると、一之瀬、土門、守が着いてきていた。そして俺の隣には修也。そうか、完成しなかったもう1つのシュートか。そうと分かればやることは1つ、起点となるアイツらにボールを渡す。世宇子はそれを奪おうとしてくるが、やはり動きは鈍く、誰もボールにつま先を掠らせることすら出来ない。

 

 

「最後の1秒まで全力で戦う!! それが──」

 

「「「俺達のサッカーだ!!」」」

 

 

 一之瀬を真ん中に3人は加速する。トップスピードでアスタリスクを描くように交差すると、その軌道から炎が溢れ出し、フェニックスを形作る。だが、これはザ・フェニックスではない。

 

 

「しくじるなよ! 柊弥!」

 

「お前こそ!」

 

 

 俺と修也が炎を纏いながらフェニックスが待ち構える上空へと飛び上がる。燃え盛る炎に身を焦がされそうになるが、そんなのお構い無しだ。俺と修也は全く同じパワー、スピード、タイミングでフェニックスが支配するボールへとキックを叩き込む。

 

 

「これが俺達の!!」

 

ファイナルトルネードだ!!」

 

 

 俺達の炎が全て注ぎ込まれる。するとフェニックスは比較にならないほどにその火力を上げる。凄まじいパワーに俺達の方が押し負けそうだ。だが、それでもな──

 

 

「やらなきゃ、いけねェんだよォォォォ!!」

 

 

 ダメ押しとばかりに腹から声を捻り出す。修也も普段からは想像出来ないくらいに咆哮する。すると、徐々に、徐々にボールは前へと進み出す。限界を超えた力を注ぐ。やがて、フェニックスが羽ばたく。

 

 

 強く雄々しく舞うフェニックス。太陽のような熱を放ちながらゴールへと向かっていく。それを受け止めるのが役目のポセイドンは、情けない声を上げながらゴール前から逃走。もはやその後は見届けるまでもない。背中を向けて自陣へと歩き出した瞬間、凄まじい放熱と共に得点を告げるホイッスルが鳴った。

 

 

「やった……同点だ!!」

 

 

 守が声を上げると皆もそれに同調する。残り時間を見ると、残り10分弱。決してすぐ終わる時間ではない。俺達はもう1点取らなければならないし、あと1点も取られてはいけない。勝負は最後まで分からない。

 

 

 が、そんな俺の想いは簡単に裏切られることになる。

 

 

「もう……ダメだ」

 

「俺達は、強くなったはずなのに……」

 

 

 世宇子の連中は揃いも揃って俯き、絶望を口にしている。アフロディに至ってはその場に膝をつき、もはや戦う気を一切感じさせない。

 

 

 それを見た瞬間、激しい怒りが俺の頭の中を支配した。アフロディの胸倉を掴み、無理やり立ち上がらせる。

 

 

「僕は神様になったんだ……力を手に入れたんだ……」

 

「──巫山戯るなッ!!」

 

 

 感情を抑え切れず、アフロディに向かって怒鳴ってしまった。近くにいた鬼道と修也が止めに入るが、押し退ける。

 

 

「キャプテンであるお前が勝負を諦めるな!! 俺達は今、全身全霊でこの試合に臨んでいるんだ!! ドーピングをしていようが、神様がなんだろうが関係ねェ!! 最後の1秒まで立って戦え!!」

 

 

 怒りをそのまま吐き出す。審判に止められるかとも思ったが、見ているのみで介入してこない。最初は止めようとしていた修也達も、何も言わずにこちらを見ているだけ。

 

 

「お前らも本当はサッカーが好きなんじゃないのか!? これ以上……サッカーを冒涜するなッッ!!」

 

 

 そう吐き捨ててアフロディを睨み付ける。一瞬アフロディの目が揺らいだのを、俺は見逃さなかった。

 

 

「……そうだ」

 

 

 アフロディが小さく呟く。

 

 

「僕達も最初はサッカーが好きで仕方なかった……! これ以上、そのサッカーに泥を塗るような真似は、したくないッ!!」

 

 

 怒りのままにシュートを放った時よりも硬い意思がその言葉からは感じられた。虚無しかなかったアフロディの目に、俺達と変わらない熱いモノが宿ったのが見えた。

 

 

「目は覚めたみたいだな」

 

「ああ。ありがとう、加賀美君」

 

 

 手を離すとアフロディは短く礼を述べてくる。すると、アフロディは後ろ、自分の仲間達の方を向き、声を上げる。

 

 

「皆!! 僕達は取り返しのつかないことをした!! けど、胸の奥には彼ら雷門中と同じサッカーが好きだという気持ちが残っているはずだ!! 今更こんなことを言う資格も何もない……けれど! それに気付いた今! 僕達には全力でサッカーに向き合う義務がある!!」

 

 

 世宇子イレブンが1人、また1人と立ち上がる。

 

 

「やろう!! 僕達のサッカーを!!」

 

「「「おお!!!」」」

 

 

 世宇子イレブンに炎が灯った。俺達に負けないくらいの熱い炎が。

 

 

「ふっ、敵に塩を送ったんじゃないか?」

 

「良いじゃないか。そうでなければ張り合いがない」

 

 

 修也と鬼道が少し笑いながらそう話す。修也が言った通りだ。俺達は全力でサッカーを楽しみたいんだ。その相手もこう熱くなってくれるならもっともっと楽しくなる。

 

 

「さあ、サッカーやろうぜ」

 

 

 どこかの誰かさんの口癖を、気付いたら口にしていた。




オリジナル要素が結構強いですが、これもオリ主がいる小説の醍醐味と思って楽しんでいただければ…

そうそう、番外編についてのアンケートなのですが、思いのほかGO2編の希望が多くてちょっと驚きました。オーガ編の希望もほぼ同じくらいの票数なのでどっちも書こうかなーって考えてます。もしかするとこちらの勝手な都合で順番前後するかもですが。

アレオリ編に関しても完全にいないわけじゃないのでそのうち書きます。とは言っても、オリオン編までやるとなると別の小説として書いた方が良さそうなのでアレス編だけになりそうですけど。

次回、世宇子戦決着


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第37話 全てを賭して

総合評価1000突破!!!ありがとうございます!!!




 ポジションに着き、前を見据える。目の前に佇むのは世宇子イレブン。サッカーへの情熱を取り戻し、全力でこの試合に勝ちに来る。今この場においてはドーピングがどうとかは知ったことではない。正面からサッカーに向き合うことを決めた相手には全力で立ち向かう。それが一選手としての矜恃というもの。

 

 

 後ろを振り返る。俺の後ろを支えるのは雷門イレブン。コイツらがいてくれたから、このメンバーだったからこそ俺達は今この場に立っている。負傷でベンチに下がらざるを得なかったメンバーもいる。そんなヤツらの意思を、無念を背負って俺は戦う。それが仲間としての責務というもの。

 

 

 この試合、必ず勝ってみせる。俺の持てる全てを賭して。

 

 

『フットボールフロンティア全国大会決勝戦、後半も残り僅かというところで何とスコアは4-4! 観客に過ぎない我々にもひしひしと伝わってくる闘志を胸に、両チーム全力でこの試合を戦い抜くことでしょう!!』

 

 

 フィールドに立つ全員が試合再開のホイッスルを今か今かと待ち侘びる。途轍もなく長い時間のように感じる。そして、とうとうその音は鳴らされた。

 

 

「行くぞ皆! 僕達の全力で勝つんだ!」

 

「持ってるもの全部振り絞れ! 勝ちに行くぞ!」

 

 

 ホイッスルが鳴ってすぐ、全く同じタイミングでアフロディと俺は互いの仲間を鼓舞する。ボールを持ったデメテルはすぐさま駆け上がる。その行く手を修也と俺が阻む。

 

 

「行くぞ! ダッシュストーム!! 

 

「来い!!」

 

 

 凄まじい暴風が俺達に襲い掛かる。すると、修也が俺の前に躍り出て、その身を壁にして俺を守ってくれた。そのおかげで風を凌ぎ、俺達を追い抜こうとするデメテルの不意を突くことができる。修也が吹き飛ばされると同時に俺はデメテルの前を一瞬で横切り、ボールを奪い取る。

 

 

雷光翔破!! 

 

 

 雷を全身に纏い、地を砕いて加速する。このまま単騎でゴールまで上がるつもりだったが、アフロディが徹底的なプレスを掛けてくる。右に、左に揺さぶるがそれに一切応じてはくれず、突破できそうな隙が見当たらない。どうしたものか……と攻めあぐねていると、後ろから迫る気配に気付く。

 

 

 俺はそれを信じてヒールパスを送る。

 

 

「上がれ! 加賀美!」

 

「サンキュー、鬼道!」

 

 

 その正体は鬼道。俺が攻めあぐねているのをすぐさま察し、アフロディの死角になる角度からこちらに駆け込んでいたようだ。後ろを振り返ることなく、俺は鬼道の指示に従ってすぐさま前へ走る。

 

 

「行かせないよ!」

 

「いいや通らせてもらう! イリュージョンボール!! 

 

 

 背後からアフロディと鬼道の攻防の様子が音として飛び込んでくる。すぐさまアフロディと誰かが鬼道の行く手を阻んだようだが、鬼道はお得意の必殺技でそれを躱しきった。鬼道はそのまま一之瀬にパスを出す。当然世宇子の中陣はそれを止めに入るが、鬼道と一之瀬が華麗なワンツーで綺麗にそれを回避する。

 

 

 そしてとうとう、俺と鬼道達の間には誰もいなくなった。

 

 

「柊弥!」

 

「よし、決めるぞ!」

 

 

 パスを受け取り、最前線まで上がってきた修也と合流し、最後の砦とも呼べるDF陣を抜き去った。俺達の目の前にはゴールの前で構えるポセイドンのみ。決める、ここで勝ちを手繰り寄せてやる。

 

 

「「はァァァァァ!!」」

 

 

 炎と共に俺達は同時に飛び上がる。そしてそのまま爆炎をボールに叩き込み、二重となった炎の竜巻がゴールへと襲い掛かる。

 

 

「「ファイアトルネードDD!! 」」

 

 

 今この状況において最も点を奪える可能性が高いのはこのシュートだ。守達が前線に上がってくればまたファイナルトルネードでこじ開けられるが、やはりリスクが大きすぎる。

 

 

 とはいえ俺と修也の全身全霊の連携シュートだ。そう簡単には打ち破れないはずだ。

 

 

ワダツミウォール!! 

 

 

 ポセイドンはツナミウォール同様に両手を叩きつける。地面が砕け、そこから波の壁が姿を現す……と思ったら、俺達が見た必殺技よりも明らかに強い、全く別のものだった。何と現れた壁は1枚ではなく3()()。3倍の質量を誇る壁がゴール前に聳え立つ。俺達のシュートは1枚目は破ったが、2枚目で止められてしまった。誤算だった、こんな隠し球があったなんて。

 

 

「行け……アフロディ!!」

 

 

 ポセイドンのスローが空気を割いて顔の横を通り過ぎた。そのすぐ後ろくらいで鈍い音が響き、同時に何かが走り出した。そう、ポセイドンに名前を呼んだ張本人、アフロディだ。

 

 

 シュートの余韻に縛られている場合ではない。アフロディの背中を追い掛けるようにすぐさま俺も走り出す。自分達のキャプテンの邪魔をさせまいと何人も妨害してくるが、それら全てを間一髪で回避してアフロディの横に並ぶ。一瞬アフロディは驚いた顔をするが、ニヤリと笑って強烈なタックルを仕掛けてくる。そこ細身のどこからそんなパワーが出てくるのか問いただしたいくらいに重い。

 

 

 だが俺も負けていられない。今度はこちらからスピードを乗せてチャージをぶつける。アフロディの身体は大きく揺らいだが、すぐさま体制を立て直してくる。

 

 

ヘブンズタイム!! 

 

雷光翔破!! 

 

 

 俺とアフロディは同時に超加速する。あまりの速さに周りの景色が全て止まっているように感じる。止まった時の中で俺達は何度も何度もぶつかり合う。雷門側の中陣まで差し掛かったところで、俺達の高速移動が原因で巻き起こった突風が音を立てて吹き荒れる。背中に吹き付けてきたそれにバランスを崩され、アフロディのタックルに弾き飛ばされてしまった。

 

 

「ここは行かせないっす!! ザ・ウォール!! 

 

コイルターン!! 

 

キラースライド!! 

 

 

 壁山が、影野が、土門がほぼ同時にアフロディに立ち向かう。それに対してアフロディは1つ1つをしっかりと躱す。壁山のザ・ウォールはそれより高く跳び、着地際に影野が仕掛けたコイルターンは一瞬生まれる僅かな隙間を潜り抜け、そこに差し込む形で放たれた土門のキラースライドは華麗なステップで回避する。あんな波状攻撃は俺じゃ絶対に避けられない、とんでもない野郎だ。

 

 

「でやぁぁぁぁ!!」

 

「くッ!」

 

 

 が、風丸が誰も止められないと思われたアフロディからボールを奪い取った。飛び込むような形で放ったスライディングは綺麗にボールをかっさらった。そのまま立ち上がり、持ち前の瞬足でボールを前線に押し上げる……かと思われた。

 

 

「返してもらうよ!」

 

「クソッ!?」

 

 

 風丸にスライディングされて一瞬で立ち上がり、意趣返しかのようにスライディングし返すアフロディ。再びボールはアフロディに渡り、そのままゴールへ一直線。

 

 

「行くよ!! 僕の全力、見せてやる!!」

 

「へへっ、来いッ!!」

 

 

 空へボールを蹴り上げ、回転しながら遥か高くへとアフロディ自身も飛ぶ。ボールと同じ高さまで達したところで、その背中から伸びたのは先程までとは違う"黄金の翼"。直後暗雲が立ち込め、そこから神々しい雷がボールへ何本も落ち、ゴールの大きさを優に超えるような球体状のエネルギー体を形成する。その中に入り込み、中心に備えられたボールに対して蹴り込む。

 

 

ゴッドノウズインパクト!! 

 

 

 放たれた極限のシュートは地を削り、落雷を携えながらゆっくりとゴールへと迫る。

 

 

「これが僕の……いや、()()()()()ッッ!!」

 

 

 それのヤバさを感じ取った俺は、すぐさま守の元へと走り出していた。シュートの横を通る時、その凄まじさに吹き飛ばされそうになったが何とか先にゴールへと辿り着く。

 

 

 今度は、間に合ったぞ。

 

 

「守ッ!!」

 

「待ってたぜ、柊弥ァ!!」

 

 

 2人で迫るシュートに向き直る。恐ろしくも神々しい圧が俺達を叩く。けれど、1ミリも怖くない。隣にコイツがいるからってのもあるだろう。けれど、それ以上に今この状況が楽しいんだ。

 

 

 俺は横に立ち、内に潜む全てを引きずり出す。すると、全身から力に満ちた影の炎が噴き出す。それが勝手に何かの形を作ろうとするがそれを制し、守にも注ぎ込む。すると、青と黒に染まっていたその炎は黄金色へと変わる。

 

 

おおおおォォォォォォ!! 

 

出て来いッ!! 俺達の化身ッ!! 

 

 

 さっきはほぼ無意識だった。けれど今なら俺の、いや俺達の意思で呼び出せる。

 

 

 爆発的に勢いを増した金色の炎が俺達から立ち上り、双方が合わさって大きなシルエットを作る。するとその炎を斬り裂いて中から異形が姿を現す。黄金の甲冑に身を包み、それぞれ形の異なる二振りの太刀を携えた魔神。

 

 

「「魔神グレイテスト!! 」」

 

 

 最上の魔神。俺達がそう名付けたそれは、咆哮を上げてその威厳を誇示する。

 

 

 直後、不揃いの太刀に雷が迸る。俺達がシュートに対して同時に蹴り込むと共にそれは振り落とされ、神雷と極雷がぶつかり合う。その衝突の余波がモロに俺達に襲い掛かり、一気に押し込まれそうになる。が、地面にめり込むほどに踏み込み、筋肉が砕けそうなほどに踏ん張る。

 

 

 そしてそのまま俺達は蹴り込む力を更に強める。

 

 

うォォオオオオオオッッ!!! 

 

らァァァアアアアッッッ!!! 

 

 

 喉が張り裂けそうな程に叫ぶ。もう出せるもんは全部出した、ここからはどれだけ気合い込められるかだ。

 

 

 意識が遠のくほどの衝撃と痛み。だけど───

 

 

「「負ける訳には、行かないんだァァァァアアアア!!! 」」

 

 

 その直後、全ての力が霧散する。ボールはというと、視界から消えたと思ったら上から落ちてきた。そのボールを守が抱え込み、ゴールラインを割られることらなかった。それが示す事実はただ1つ。

 

 

『と、止めたァァァァ!! 円堂と加賀美の呼び掛けに答えるように現れた想いの塊、言うなれば化身!! それがアフロディの超大技をねじ伏せたァァァ!!』

 

「ふう……うわッ!?」

 

「大丈夫か、守」

 

 

 守がよろけてしまったので肩を支える。文字通り全部の力を引き出したんだ、立つのもやっとだろう。もっともそれは俺も同じことで、脚がガクガク震えている。一瞬でも気を抜いたらぶっ倒れそうだ。けどまだ試合は終わっていない、点数も4-4。そうとも、このままじゃまだ終わりになんて出来やしない。

 

 

 残り時間は3分。これがラストチャンスだ。

 

 

「柊弥、頼むぜ」

 

「任せろ」

 

 

 決着つけようぜ、世宇子中! 

 

 

 震える身体に喝を入れて走り出す。シュートを撃って間もなく、万が一に備えて待機していたのであろうアフロディが1番に俺の道を塞ぐ。

 

 

「行かせない! 君を止めて、次こそ点を取る!」

 

「負けらんねえのはお互い様だ!」

 

 

 アフロディはあの手この手で俺からボールを奪い取ろうとしてくる。が、身体のダメージとは反対に今の俺は感覚が冴えに冴えている。僅かな初動から相手の動きを読み取り、最適な回避をする。

 

 

 アフロディの動きが乱れたその瞬間、一瞬でマークを振りほどいた。そのまま走り出すが、すぐさま新たな相手が俺の元へ走り寄ってくる。しかし。

 

 

「邪魔はさせない!」

 

「加賀美先輩、お願いッス!!」

 

 

 風丸に壁山、土門に影野といったDF陣がそいつらの前に立ちはだかり、俺に近付けさせない。体力は限界のはずなのに、それでも頑張ってくれている。俺はそんな皆に振り向くことなく走る、ただひたすらに走る。センターラインを超えた、その時だった。

 

 

「ッ!!」

 

 

 突如視界がぐらつき、脚から力が抜けてその場に倒れ込む。支配から逃れたボールがコロコロと転がっていく。畜生、まだだ。まだ終われないんだよ。再び脚に力を込める。が、立ち上がれない。

 

 

「立て加賀美!」

 

 

 突如肩に腕が回され、引き上げられるようにして立たされる。横にある顔は鬼道だった。支えてもらって立ち上がり前を向くと、俺が零してしまったボールを確保した一之瀬とヘルメスが攻めあっていた。

 

 

 が、横から来たアルテミスが一之瀬からボールを奪う。更に、そのまま後ろから走り込んで来ていた宍戸がそれを再び取り返す。

 

 

「この勝負を決められるのはお前だけだ! だから、頼む!」

 

「鬼道──」

 

 

 鬼道がそう叫ぶ。それを聞いた時には、もう鬼道の支えを振りほどいて走り出していた。そんなこと言われちゃ、こんなところで倒れてなんかいられないじゃないか。

 

 

「加賀美さん!」

 

「加賀美! 後ろは任せろ!」

 

 

 宍戸からパスを受け取り、一之瀬が後ろからの追っ手を抑え込む。それに続き宍戸、鬼道もカバーに回ってくれる。

 

 

 俺はまた走り出す。息は上がりきっているし、全身の筋肉が痙攣してる。その上頭はぶん殴られたように痛む。視界だってほぼ真っ白だけど、目指すべき、俺が切り開くべきゴールだけは鮮明に見える。この1点だけは必ず奪い取らなきゃいけないんだ。

 

 

 ようやく世宇子側のゴール付近まで辿り着く。すると修也が俺の横につくようにして並走する。俺達に向かってDF達が襲いかかってくる。それを見た瞬間、修也が上に飛んだ。あまりに唐突な行動だったが、俺にはコイツが何をしようとしているかすぐ分かった。

 

 

 俺はボールを上に蹴り上げ、DF達を追い抜く。

 

 

ファイアトルネード……決めろ、柊弥ッッッ!!」

 

「加賀美!!」 「加賀美さん!!」

 

「柊弥先輩!」

 

「いっけェェェェ!! 柊弥ァァァ!!」

 

 

 後ろを振り向けばピッタリ炎に包まれたボールが脚元に収まる。このボールからは今一緒に戦っている皆の熱意、想いがビリビリと伝わってくる。怪我でベンチに下がった染岡達、危険を冒してまで秘密を暴いてくれた春奈達マネージャー、そして今このフィールドに立っている守や修也達。

 

 

 その全ての願いを一身に背負い、ボールを蹴り上げ遥か高くへと飛ぶ。飛び上がると同時に地面が砕け、そこから託されたモノの数だけイナズマが追従するように天へ昇る。その1本1本がボールへと注ぎ込まれていき、その度に猛々しい力の奔流が溢れ出す。全てのイナズマがボールに集う頃には、太陽のような眩い光を放つ雷塊が完成していた。

 

 

 空中で身を翻し、その中枢を貫くように両脚を叩き込む。皆の声が、勝ちたいって想いがそのまま今の俺の力となる。だからこれは俺だけのシュートじゃない。雷門全員で放つ、究極の合体シュート。

 

 

これが……俺達のサッカーだァァァ!! 

 

 

 ボールに触れる力を強めると、雷鳴が光り轟く。スタジアム全体、その外までも包み込むような光が辺りに満ち、耳を劈くような音が轟くと共に雷塊は崩壊。丁度真ん中から矢のようにシュートが放たれ、その後ろに幾本ものイナズマが追従する。

 

 

ワダツミウォール"V3"ィィ!!! 

 

 

 世宇子の守護神が全力で地面を叩く。するとそこから五重もの津波の壁が姿を現す。それらは真正面から俺達とぶつかる。

 

 

「貫けェェェェ!!」

 

「行け、行けェェェェ!!」

 

 

 ベンチの染岡やマックス、半田に少林、栗松、目金が叫ぶ。6本のイナズマが一際強く光り、1枚目の壁を貫く。

 

 

「負けるなァァァァ!!」

 

「勝つのは俺達ッス!!!」

 

 

 風丸が声を荒らげ、壁山に土門、影野が続いた。4本のイナズマが勢いを強め、2枚目の壁を破壊する。

 

 

「頼む、この1本だけはッッ!!」

 

「お願い!! 決まって!!」

 

 

 一之瀬に宍戸、春奈や秋、夏未が願いを口にすると、5本のイナズマが荒れ狂い、3枚目の壁を破る。

 

 

「これが、雷門サッカーだァァァ!!」

 

「俺達の想いは、誰にも止められないッッ!!」

 

「この想い、友情が……負けるものかァァァ!!」

 

 

 守が、修也が、鬼道が。底の底から絞り出すように叫ぶ。3本のイナズマが1つになり、4枚目の壁が打ち砕かれる。

 

 

「俺達の、勝ちだァァァァァ!!!」

 

「ぐ、ぐゥゥゥゥッッッ!!??」

 

 

 最後に1本残った極雷に包まれたシュートが暴れ出す。残された最後の壁を撃ち破り、ポセイドンごとゴールネットを揺らす──

 

 

「まだだ、まだ終わっていないッ!!」

 

 

 ──ことはなかった。なんとアフロディがシュートとポセイドンの間に割って入る。なりふり構わず腹で受け止めに行く。暴れ狂うあのシュートを腹で受け止めようものならすぐさま弾かれるはずだが、それでもアフロディは耐えている。美しい長髪をグシャグシャにし、端正な顔をボロボロにしてまでシュートと向き合う。

 

 

「止めてみせる!! 勝つのは僕達世宇子だッ!!」

 

 

 アフロディがそう言い切ると、後ろにいたポセイドンがガッツリとアフロディの背中を抑える。それだけじゃない。比較的ゴールの近くにいたDF達が続々とその後ろを支える。前線に残っていたFWやMFも加勢すべく次々に走り出す。1人、また1人と合流し、シュートの威力は徐々に削られていく。

 

 

 そうだ、そう来なくちゃ面白くない。

 

 

「けどな……それでも勝つのは俺達雷門だァァァァ!!」

 

 

 叫ぶ。刹那、俺の身体から雷の波動のようなものがフィールド全体に広がる。そしてそれがシュートに触れた瞬間、失った勢いが吹き返す。するとたちまちゴールを守っていた連中はまとめてゴールの中にぶち込まれる。その真ん中には当然、ボールも添えられて。

 

 

 勢いを失ったボールはようやく地面に落ちる。そしてその瞬間、俺達が待ち望んだ結末が訪れる。

 

 

『ゴ、ゴォォォォォルッッ!! 何という名勝負でしょうか!! まさしく雷門VS世宇子という試合を象徴する、素晴らしく! 熱く! 鬼気迫る勝負でしたッ!! それを制したのは雷門イレブン!! 4-4の均衡を撃ち破る、5点目だァァァ!!!』

 

 

 告げられる俺達の得点。続きざまにまた笛が鳴る。

 

 

『ここで試合終了!! フットボールフロンティア全国大会決勝!! 歴史に残るであろうこの試合を制したのは雷門中!! 優勝は、雷門中ですッッッ!!!』




・ワダツミウォール
【朗報】まさかのポセイドン氏、新技獲得
平たく言ってしまえば従来より強いツナミウォールを多重展開するだけ。
ちなみに初期案は神話の中でポセイドンが槍を使っていたため、地面から水で出来た槍を引き抜き、シュートに向かってぶん投げるものだった。

・ゴッドノウズインパクト
アレオリにてアフロディが使用した必殺技。改心したアフロディを象徴する技にふさわしい。

・魔神グレイテスト
柊弥の化身+円堂の魔神が合わさって誕生。そのため完全な化身ではないため必殺技はないらしい。見た目はマジンさんがそのまま金色の鎧やら兜を身に付けて2本の刀を持った感じ。名前の由来はグレイト(一般形)→グレイテスト(最上級)から

・最後のシュート
イメージは1人で放つジ・アース。仲間全員の意思が1つになり尚且つ柊弥がゾーン状態(仮)の時のみ使用可能。イナズマの数は共に戦う仲間の数。正式名称はそのうち。

ーーーーー


というわけで世宇子編完結です。次回で最終回ですね。
アンケートを取った番外編についてですが、1番票数が多かったGO2編をやります。大まかなあらすじをちょい見せすると、何か時空の歪み的なものに飲み込まれた柊弥が天馬達と再開し、プロトコルオメガと戦う的なものを考えてます。

その他のオーガ編、アレオリ編もそのうち書けたらな、と思ってます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第38話 イナズマイレブン

お気に入り500突破!やったー!


『ここで試合終了!! フットボールフロンティア全国大会決勝!! 歴史に残るであろうこの試合を制したのは雷門中!! 優勝は、雷門中ですッッッ!!!』

 

 

 極限の疲労。全身ガタガタに震えてるし、視界は真っ白に染まってる。息はいつまで経っても整わない上、身体の中の最後の水分が汗として今地面に零れ落ちた。今からまた試合でもしようものなら、開始1秒でぶっ倒れるに違いない。もう立ち上がらないでこの場で眠りにつきたい。

 

 

 しかし、実況席から響いてくる大声に立ち上がる、いや、立ち上がらされる。優勝は雷門中、俺達。その宣言が何とか動く力を俺にくれる。

 

 

「─────ッ、勝ったぞォォォォォッッッ!!」

 

 

 感極まって叫ぶ。腹の底から大声を捻り出した。俺達は勝ったんだ、こんなところで死んでる場合じゃない。飛び上がるように起き上がり、皆がいる方へと走っていく。センターサークルの辺りで待つ皆の近くまで来たところで、脚が縺れて派手に転ぶ。

 

 

「ははっ!何やってんだよ柊弥!」

 

「ふっ、締まらないヤツだな」

 

「お前ら……最後の最後に頑張ったヤツにそれかよ!?」

 

 

 顔だけ上げて抗議の意を述べると、哀れに思った修也が起こしてくれる。守に鬼道……コイツらには人の血が通ってない。そのうち絶対泣かしてやる。

 

 

 そんなやり取りをしていると、ベンチの方から負傷で退場してた皆とマネージャー達も駆け寄ってくる。その後ろから監督がゆっくりと歩いてくる。

 

 

「柊弥先輩!!」

 

「春──がふェッ!?」

 

 

 春奈が凄まじいタックルに見間違うほどの勢いで突っ込んでくる。いや、俺が弱りすぎて受け止めきれていないだけだが。変な声を上げながら押し倒される形で倒れ込む。春奈は俺の胸に顔を埋めたまま何も喋らない。頭を打ったのかと心配になるが、一瞬で別の心配になる。体勢が色々まずい。周りの悪意ある視線と、1人の鬼のような視線が突き刺さる。

 

 

「あの、春奈さん?ここスタジアム……」

 

「あんなに心配掛けたんだから、これくらい我慢してください!馬鹿!」

 

「はいすみません」

 

 

 春奈の圧に萎縮してしまい、抵抗する気が消え失せる……というのも嘘ではないが、実の所は抵抗できる力が残っていないだけである。歳下の女子の拘束を振りほどく力すらも湧いてこない。確かこれ、全国に中継がまだ続いてるよな……?

 

 

「お前ら、良くやった!」

 

「監督!」

 

 

 響木監督が話し始める。流石に倒れながら聞くのは失礼が過ぎるので春奈に降りてもらって立ち上がる。降りてはくれたが、腕に組み付かれている。突き刺すような視線が和らぐことは無い。

 

 

「どれだけの力の差があろうとも、お前らは何度も立ち上がり、真正面から勝ってみせた!その姿はまさしくイナズマイレブンだ!」

 

「響木監督……!」

 

「「「ありがとうございます!!」」」

 

 

 イナズマイレブンである響木監督にこう言われると、正式に認められたような気がして胸が熱くなる。感極まって守なんかは涙ぐんでいる。壁山に至っては号泣しているしな。

 

 

 閉会式まで時間があるため皆とわいわい騒いでいると、こちらに近づいてくる人物に気が付いた。アフロディだ。

 

 

「加賀美君、その……」

 

 

 申し訳なさが滲み出ているような態度だ。おおよそ、試合を終えて自分達がやってきたことに耐えかねて俺達の元に来てみたものの、何と切り出せば良いか分からないと言ったところだろう。確かにコイツらがやった行為は様々な観点から許されることではないだろう。影山に唆されたとしても、そういうことをやってしまったというレッテルが一生剥がれることは無い。

 

 

 けどまあ、それを今責め立てる気にはならないな。

 

 

「ん」

 

「えっと……なにかな?」

 

 

 アフロディに手を差し出すと、訝しげな目線を向けられる。

 

 

「なにって、握手だよ握手。お互い全力で戦ったんだから健闘を讃え合おうぜ?」

 

「けど、僕は……」

 

「面倒臭いヤツだな。汚い手で戦っていたのはアフロディ。最後に正々堂々戦っていたのは……今のお前ってことでいいんじゃないのか?」

 

 

 そう声を掛けると、アフロディは少し迷った後、吹っ切れたように笑って俺の手を取る。その手はとても力強かった。

 

 

「僕の名前、亜風炉 照美って言うんだ」

 

「いい名前じゃないか。そのまま名乗れば良いのに」

 

「ありがとう。けど、これからも僕はアフロディという名と共に生きていくよ。己の間違いを忘れぬように、過ちを繰り返さぬようにと戒めを込めてね」

 

 

 良い目をしている。この試合の中で自分を取り戻せたようで何よりだ。見渡してみれば他の世宇子のメンバーも皆と話している。そこには険悪な雰囲気などは一切ない。これをきっかけに世宇子はもっと強いチームになるだろうな。優勝したからと言って俺達も油断している余裕はない。

 

 

「じゃあ、そろそろ行くよ。また会おう」

 

「おう、またサッカーやろうな」

 

 

 閉会式がもうすぐで始まるというアナウンスが入ると、アフロディ達はスタジアムを後にする。今度は最初から思い切り試合したいものだ。

 

 

「良かったですね、最後には分かってくれて」

 

「本当にな」

 

 

 ずっと隣にいた春奈がそう話しかけてくる。さも当然かのようにいたが、アフロディはもちろん他の世宇子のメンバーにもガン見されていた。春奈本人は何も気にしていないようだったが、俺はかなり気になっている。主にこれが全国に流れていないかが気になっている。

 

 

「春奈、もう離れても良いぞ?」

 

「嫌です」

 

「ほら、閉会式あるから……」

 

「隣にいます」

 

 

 聞く耳持たずとはこのことだ。言葉を投げた瞬間に返答が飛んでくる。脊髄反射で応対しているのか……?まあ何でも良い。いや、良くない。秋と夏未に頼んで何とか引き剥がしてもらう。流石に横にマネージャーが着いたまま整列する訳には行かないだろう。本人は「そんな決まりはありません!」と最後まで反抗していたが。

 

 

「加賀美」

 

「鬼道……無言で肩に手を乗せるな。冗談抜きで怖い」

 

 

 試合中より神妙な面で肩に手を置き、無言の圧を掛けてくる。ゴーグル越しでも分かるくらいにえげつない目をしている。春奈の兄である鬼道の立場からすれば色々物申したいのだろうが、春奈からやってきたことなのだから流石に勘弁してもらいたい。

 

 

「柊弥、兄とはそういうものだ」

 

「……そうなのか?」

 

 

 夕香ちゃんを妹に持つ修也が鬼道の肩を持つようにそう話す。いや、だからといってチームメイトに殺意剥き出しの目線を向けてくるのは流石にいかがなものだろうか……と言いたいところだが、言い訳しようものなら鉄の拳が飛んできそうなので黙っておく。これが世にいうシス……いや、何でもない。

 

 

「お前ら!始まるぞ!」

 

「守に諌められる日が来るとは……」

 

 

 鬼道も面食らったようで、すぐさまいつもの毅然とした態度に戻った。ような気がする。

 

 

 すると、スタジアムは一気に静まり返る。観客席の全視線がフィールドの真ん中に並ぶ俺達に注がれる。ここまでの緊張感は初めてだ。小学生の頃とは比較にならない。

 

 

『これより、フットボールフロンティア全国大会、閉会式及び表彰式を開催致します!優勝、雷門中学!!主将、円堂 守君、副将、加賀美 柊弥君は前へ!』

 

「「はい!!」」

 

 

 俺と守が呼ばれる。守にはトロフィー、俺には賞状が授与される。軽い紙切れに過ぎないのに、金属具のような重さに感じる。それだけこの1枚の価値、優勝の意味が大きいということだな。

 

 

『会場の皆様!!今一度大きな拍手をお願いします!!』

 

 

 拍手喝采が鳴り響く。おこがましいが、今この瞬間は俺達が世界の中心のようにすら感じる。

 

 

 

 ---

 

 

 

「俺達は!!」

 

「「「日本一だ!!」」」

 

 

 インタビューや写真撮影を一通り終え、あの天空のスタジアムから地上に降り、本来決勝が行われるはずだったフロンティアスタジアムの駐車場で優勝を分かち合う。トロフィーや賞状をそれぞれ手に持っては、感動に目を潤わせている。

 

 

「まさかここまで来れるなんてな、俺達最初は7人だったんだぜ?廃部廃部ってバカにしてたヤツもいたしな」

 

 

 染岡がそう口にする。そんな皮肉を向けられたのは夏未。当の本人は笑ってこう返す。

 

 

「あら、それを言ったら鬼道君だって最初は豪炎寺君、加賀美君以外気にかけてなかったわよ?」

 

「そういえばあの時、鬼道達は修也の他に俺にも用があったんだよな。あれって結局何だったんだ?」

 

「あの時は俺も総帥……いや、影山もお前の潜在能力を危惧していたからな。予想通りとんでもない化け方をされてしまった」

 

 

 そんな裏事情があったのか。結局何が目的だったのかハッキリとしていなかったから、少し気になっていたところがあったんだよな。まあ今となっては過去のことに過ぎないが。

 

 

「俺達の始まりは柊弥と豪炎寺が取った2点だったもんな!あれが始まりで俺達はここまで来たんだぜ?」

 

「ははっ、そうだな」

 

 

 思い返すと、あの始まりからここまで長いようで全然短かったな。この短期間で弱小を通り越した無名から日本一になれるとは。まあ、俺と守は最初からそのつもりしかなかったが。

 

 

「ん?西垣?」

 

 

 一之瀬の電話が鳴る。相手は木戸川の西垣のようだ。さっきの試合をリアルタイムで見ていたようで、色々落ち着いた頃合を見計らって幼なじみである一之瀬に電話を掛けてきたようだ。

 

 

「ごめん皆!俺と土門は西垣のところ行ってくる!」

 

「また明日にでもサッカーしようぜ!」

 

「おう!気をつけてな!」

 

 

 と言って2人は去っていった。それを見てか、修也がどこかそわそわしているのに気付いた。

 

 

「夕香ちゃんのとこ、行ってやれよ」

 

「……良いのか?」

 

「勿論。1番にお前の口から報告してやれ」

 

 

 俺がそう言うと、皆が背中を後押しするように言葉を続ける。ありがとうと短く告げて修也もこの場を去っていった。俺達はこれから雷門中に戻って、学校に報告するようだ。随分な長丁場だったため、余裕のある者だけでとのことだが、皆行くらしい。

 

 

「俺は遠慮しようかな。今立っているのもやっとだし、丁度母さんも来てるから」

 

「加賀美、今回の試合で1番動いてたもんな」

 

「そうだな。今日のところはゆっくり休めよ」

 

 

 俺のその呟きに風丸と染岡がそう反応すると、皆快く送り出してくれる。監督も無理しなくていいと言ってくれたため、それに甘えることにする。

 

 

「柊弥!」

 

 

 守が手を差し出している。

 

 

「お前がいてくれたから俺は、俺達はここまで来れた!ありがとな!」

 

「……ばーか、礼を言うのはこっちの方だっての」

 

 

 力強く握り締める。全国のてっぺんを取れたのも、あの試合を戦い抜けたのも皆のおかげだ。感謝してもしきれない。

 

 

「これからも、サッカーやろうぜ!!」

 

 

 これが俺に出来る最大限の感謝だ。

 

 

 

 ---

 

 

 

「凄い試合だったわね。お母さん感動しちゃった」

 

「本当に、最高の時間だったよ。あのチームで優勝出来て、俺本当に良かった」

 

 

 車に揺られながら決勝戦を思い返す。段々と眠気が強くなってくるが、それでも頭の中で何度もさっきの光景が浮かび上がる。今すぐサッカーしたい気分だが……やはり疲れた。瞼も重くなってきた。

 

 

「寝ちゃっていいわよ、着いたら起こすから」

 

「うん、そうする」

 

 

 言葉に甘えることにする。意識を保つのもやっと、といったところだからな。まあ、この分じゃ夢の中でもサッカーかな。

 

 

「……あら?あれ何かしら?」

 

 

 瞼を閉じ、今意識を手放そうとした時に母さんが何か言葉を発する。しかし、それに反応する気力も最早ないのでこのまま寝よう。そう思った時だった。

 

 

「───ッ!?」

 

 

 凄まじい揺れが俺を襲う。まさか事故ったか?と思ったがそういう訳では無い。急に轟音と共に強烈な揺れが襲ってきたのだ。地震、でもないな。まるで何かが落ちてきたような。

 

 

「どうしたの?」

 

「さっき紫色の何かがあっちの方に降って行ったのよ。……あれ?あっちって確か」

 

 

 母さんが指さした方を見るが、何も見えない。しかし、あることに気が付いた。その方向は確か、いや間違いなく雷門中の方だった。謎の物体、轟音、揺れ……何か嫌な、胸騒ぎがする。

 

 

「ごめん母さん、先帰ってて!」

 

「ちょっと、柊弥!?」

 

 

 母さんの静止を振り切って俺は走り出していた。疲労に身体が縛り付けられているような感覚に襲われるが、関係ない。さっきの揺れのせいで渋滞が起こっているが、歩き、或いは走りなら大丈夫。戸惑う人混みを掻き分けて走る。顔を上げた雷門中の方を見ると、黒い煙が立ち上っていた。

 

 

 途中転びながらも走る。数十分ほど走ってようやく雷門中に到着すると、見慣れた光景が出迎えてくれることはなかった。

 

 

「──なんだよ、これ」

 

 

雷門中、俺達の学び舎は、瓦礫の山と化していた




FF編、完結!!
4話くらい番外編を書いて次はエイリア編です!!
リメイク前と大きく変えて書くつもりなので、その時から見てくださってる方は是非そこも楽しんでいただければ幸いです!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編1章 時空を超えて
第1話 タイムジャンプはいつも唐突に


アンケートへのご協力ありがとうございました!
こちらはその中で1番票を得たGO2時空での番外編になります!
これを選択肢に入れた意図としては、本編の最初の方で天馬達と出会い、その影響を描写した以上もう少し掘り下げた描写をしてみたいなとか、そんなところです。

今回は導入です。後2話ほど書いてこの番外編は完結、その後また本編に戻ります。
1部捏造設定もあります、ご了承ください。


 決勝戦前の合宿を終え、とうとう試合前日だ。雷門OBの方々が持ってきてくださったマジン・ザ・ハンド養成マシンを用いた特訓をしたものの、結局最後まで完成することはなかった。キーパーとしての能力は上がったようだが、あの必殺技を完済させられなかったのはやはり痛手かもしれない。

 

 

 だが完成しなかったものは仕方ない。世宇子に点数を取られたら俺が、いや俺達皆でそれ以上の点数を取ってやればいい。俺達の秘策ともいえる必殺技の合体も上手くは行かなかったが、諦めなければなんとでもなるはずだ。俺達はいつもそうやって成長してきたしな。

 

 

 明日は悲願の決勝戦というだけでなく、世宇子の裏にいる影山との戦いにもなる。修也に鬼道、土門と影山に因縁のあるヤツはウチには何人もいる。俺も危害を加えられたわけではないが、帝国との試合の前には春奈と鬼道のことで揺さぶりを掛けられたし、その礼もしてやらねば。あれがあったから修也との絆が深まったという側面はあるが。

 

 

「加賀美君、部室閉めるよ?」

 

「ああ秋、悪い」

 

 

 そんなことを考えていると部室の外から顔を覗かせた秋に声を掛けられる。練習が終わり、その後の片付けも終わったから部室の鍵を閉めに来たようだ。荷物はまとめ終わっていたので速やかに外に出る。

 

 

「明日のこと考えてたの?」

 

「まあな。考えずにはいられないというか、なんというかな」

 

 

 校門へと向かう。思えば秋と2人で話をするのは久々かもしれない。秋はこれから春奈と夏未と3人で夕飯を食べに行くようだ。

 

 

「加賀美君も来る?音無さんも喜ぶよ?」

 

「マネージャーの輪に男1人は違和感あるし、遠慮しておく」

 

 

 そう返すと、周りに人がいないか確認してこう言葉を続けてくる。

 

 

「加賀美君って、音無さんのことどう思ってるの?」

 

「どうって……滅茶苦茶良い子だよ。野生中の時は必殺技のヒントをくれたし、いつも俺の事気にかけてくれてるしな」

 

 

 当たり障りのない答えを返す。まあ、思っていることをそのまま言葉にしているだけだから何の問題もないが。本当は、何で俺にここまで良くしてくれるのか不思議に思っているが、俺の自惚れに過ぎないだろうからそれは心の内にしまっておく。

 

 

「そっか!……あんまり待たせちゃ可哀想だよ?」

 

「ん?何て?」

 

 

 最後に付け加えた言葉がよく聞き取れなかったため聞き返すが、なんでもないと一蹴されてしまった。……最近はよく女子に聞き返すとあしらわれるな。

 

 

「じゃあ気をつけて、明日もよろしく頼むな」

 

「うん、加賀美君こそ明日は頑張って!」

 

 

 校門まで到着し、互いに別方向なのでそこで別れる。特にどこかに寄る用事もないのでこのまま家に向かう。

 

 

 明日のことを考えながら1人夜道を歩いていると、河川敷の土手に不思議なものを見つけた。淡く青の光を放ちながら浮遊している石だ。一瞬我が目を疑って目を擦り、再度視線を投げると確かにそこにそれがある。あんなもの見たことも聞いたこともない。

 

 

 これを拡散すれば一躍有名人になれるかもしれない、そんな邪な思いを胸に階段を降り、その石に近付く。見れば見るほど不思議だ。自分で発行しているのはもちろん、浮いているし何よりこの時間に急に現れた。少なくとも朝ここを通った時はこんなものはなかったはずだ。

 

 

 その石に触れようとした、その時だった。急に石が砕け、ブラックホールのようなものを形作る。ブラックホールのようなというのは比喩でもなんでもなく、実際に引き寄せられているのだ。まず頭をよぎったのは死のビジョン。ブラックホールに吸い込まれたものは無限の重力に押しつぶされ、宇宙の塵になるという話が聞いたことがある。これが本当にブラックホールなら吸い込まれたら間違いなく死ぬ。

 

 

「ふっざけんなよ!?」

 

 

 本当にふざけた話である。不思議だと思って近づいた石がブラックホールになり、吸い込まれたら死ぬなんてマニア向けの死にゲーの中くらいの話だろう。当然吸い込まれないように抵抗しているが、段々と身体は引き寄せられる。

 

 

 だがここであることに気付く。引き寄せられているのは俺だけだ。厳密には俺と俺が身に付けているもの。周りの草木や置き去りにされたボールなんかは一切微動だにしていない。じゃあこれはブラックホールではない……?と思ったが、そうなると尚更意味が分からない。明日は決勝戦なんだ、こんな得体の知れないものに吸い込まれて堪るものか。

 

 

「ぐ、おおおおおおお!!」

 

 

 全力で抵抗する。その甲斐あってか少しずつそれとの距離が離れていく。と思ったその時。

 

 

「あっ」

 

 

 脚が砂で滑り、派手に転倒する。すると顔から地面と衝突することはなく、脚から穴の方に引き寄せられる。視界は段々と青白い光で埋め尽くされていく。

 

 

 最悪だ……せめて命は無事でありますように。と願っていたら、急に視界が開ける。どうやら俺は空中に投げ出されたらしい。そして下には……人工芝生?恐らく距離は10m程。落ちたら死ぬか重傷かの2択だな。うん、冷静に分析してる場合じゃない。

 

 

「うっそだろォォォォ!?」

 

 

 急に知らない場所に飛ばされた上に大怪我なんて洒落にならない。かといって身を守る術なんてない。終わった。明日の決勝戦には100%出れない。皆にどう顔向けすれば良いんだ。

 

 

「──って、あれ?」

 

 

 このまま地面に叩き付けられるかと思ったらそんなことはなく、ゆっくりと地面に落ちていく。まったく、驚いて損した。着地して感覚を確かめるが、特に違和感はない。だが1番の問題は、ここはどこなのかということ。見たところ室内サッカー場のようだが……

 

 

「加賀美さん!?」

 

「ん?」

 

 

 急に俺の名前を呼ぶ声に振り返る。すると、そこには見たことのある顔があった。茶髪のくるくる頭……天馬だ。

 

 

「天馬じゃないか、フェイに優一、それに……ワンコ!!」

 

「ワンダバだ!!」

 

 

 ワンコ……じゃなかった、ワンダバに力強く訂正される。申し訳ないとは思うが、クマの見た目で何で"ワン"なのだろうとも同時に思う。

 

 

「ええー!?小さい時の加賀美さん!?」

 

 

 と、後ろを振り向くと見たことない2人がいる。どちらも天馬と同じジャージに身を包んでいることから、同じチームの仲間だろうと推察できる。

 

 

「えっと、お前らは?」

 

「俺は雷門中2年、神童 拓人(しんどう たくと)です」

 

「僕は西園 信助(にしぞの しんすけ)って言います!」

 

 

 同い年くらいにしてはやけに大人びた雰囲気なのが神童、少林と同じくらい小柄なのが西園というらしい。俺の予想は当たっていたようで、やはり天馬と同じく雷門サッカー部のメンバーだそうだ。

 

 

「加賀美 柊弥、何故ここに」

 

「お前は……アルファ」

 

 

 また新たな声が増えたことに気付いてそっちの方を向くと、俺と天馬が出会う原因となった男、アルファとそのチームメイト……確かプロトコル・オメガと言ったか、ソイツらの姿があった。また天馬達と会えた衝撃と喜びに気を取られて全く気付かなかった。

 

 

「それに関しては僕も聞きたいな、一体どうやってこの時代に来たんだい?」

 

「それがな……」

 

 

 フェイに事の顛末を説明する。すると、俺が触れた石は時空の歪みが原因で極稀かつ短時間出現するパラレルストーンと呼ばれるものの一種らしい。本来はその名前にある通りパラレルワールド、平行世界を触れた者に覗かせるに過ぎないらしく、それがどうして今回のように時空を超えることになったのかまではフェイもワンダバも分からないらしい。

 

 

 そして今の状況について聞くと、どうやら俺の時のように歴史を修正しようとしていたプロトコル・オメガの前に天馬達が立ちはだかり、再び戦うことになったようだ。

 

 

 そういうことなら話は早い。

 

 

「俺も試合に出してくれ。お前達には借りがあるからな」

 

「本当ですか!?でも、大丈夫なのかな?」

 

「時空を超えたことによる影響ならば問題ない。相手も我々や加賀美君と同じく違う時空から来ている。それならばこの時代、或いはその前後に影響を与えることはない!」

 

 

 そう悩む天馬にワンダバが答える。決まったな。俺はどこからともなく出てきたこの時代の雷門のユニフォームに袖を通す。背番号は勿論15番だ。

 

 

「加賀美さんが僕達とユニフォームを着てるなんて……なんか感無量!」

 

「そうだな。俺達が見たことあるのは旧雷門のユニフォームと……」

 

 

 西園と神童が後ろでコソコソと話している。何も堂々と話してくれて構わないのだがな。何かしらの形でこっちの時代の俺とも面識があるようだし、その辺りで気を使ってしまうのかもしれないな。

 

 

「こんな形で約束を果たせるとはな」

 

「はい、俺も驚きです!」

 

 

 天馬と向かい合い、拳を合わせる。

 

 

「「サッカーやろうぜ!!」」

 

 

 かくして、再び時代を超えてのサッカーが始まった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話 共鳴する魂

誤字報告ありがとうございます!毎度助かっております!


 天馬と共にセンターサークル付近に着く。足りない人数は以前のようにフェイがデュプリで補ってくれる。以前と違って最初から優一、それに神童と西園がいるから負担は少しくらい減っているだろうが、それでも決して小さいものでは無いだろう。俺達でフェイのフォローをしっかりするしかないだろう。

 

 

 対するプロトコル・オメガは、見たところ顔ぶれは変わっていない。ということは手の内はある程度透けている。以前もこちらの優勢で終わっているし、この試合は俺達の有利だ。

 

 

「よし、行くぞ!」

 

「はい!」

 

 

 ホイッスルが鳴ると同時に天馬にボールを渡し、2人で駆け上がる。やはり早いな。俺もスピードの面にはかなりの自信があるが、天馬も全く引けを取らないくらいだ。

 

 

 すると、俺と天馬の間に割って入るように相手の9番がボールを奪いに掛かる。やはり相手も相当な手練。以前戦った時と遜色ない動きだ。気付いた時には天馬に肉薄していた。だが、俺の知っている天馬ならこの程度なんてことはないだろうな。

 

 

 それならば、俺がやることは1つ。

 

 

『おーっと!加賀美がレイザに抑えられた松風を尻目に前進!!どういう意図だ!?』

 

 

 止まることなくゴールに向かって加速する。天馬ならばコイツを突破し、俺にボールを繋いでくれると信じて。

 

 

アグレッシブビートッ!!

 

 

 背後から一陣の風が俺を押す。爽やかな風だ。それだけで天馬が勝ったのだと容易に想像できる。

 

 

「加賀美さん!」

 

 

 ほら、振り返ればちょうどそのタイミングで天馬からのパスが脚元に吸い込まれてくる。ボールを受け取ったその瞬間、すぐさま加速する。速く、さらに速く。DF達とぶつかる頃には俺の身体は雷を纏い、最高速へと達する。雷光の軌跡を描きながら相手を翻弄し、その先へと到達する。

 

 

雷光翔破!

 

 

 そうして俺は相手のキーパーと1対1。アイツは以前轟一閃で打ち破っている。だが、念には念をだ。よりゴールを割れる可能性が高い、火力重視で攻め立てる。

 

 

 ボールを踏み抜き咆哮。回転と共に浮き始めたボールは、凄まじい出力で放電を始める。ボールの内側から溢れ出した雷はその周りを包むようにエネルギー体を作り出す。空間に迸る稲妻が肌を灼く。その圧倒的威力を俺の全力で従える。両脚をその中心のボールへと叩き付ける。

 

 

ライトニングブラスター……貫けェッ!!」

 

 

 視界を埋め尽くすほどの眩い極光。そして凄まじい轟音がフィールド中に轟く。ゴールな向かって真っ直ぐ放たれた雷砲はゴールを喰らわんばかりに暴れ狂う。

 

 

 が、そのシュートに最初に触れたのはキーパーではなかった。

 

 

天空の支配者 鳳凰

 

 

 アルファがシュートの前に飛び出し、背中から溢れ出した青黒い炎で赤の異形を作り出す。化身だ。

 

 

 そのまま真正面からライトニングブラスターに対して蹴り込むと数秒の後に無力化してしまった。まだ試合序盤でそこまで消耗も出来ないからと抑え目にしたが、それでも轟一閃よりは威力のあるシュートだ。それをあそこまで軽々と止められるとは流石に予想外。あれが化身の力……いや、それもあるだろうがアルファという一選手のレベルの高さも評価すべきだ。淡々と任務をこなすようなプレイしかしていないが、一挙手一投足が他とは一線を画している。

 

 

「加賀美 柊弥……お前はサッカーに大きな影響を及ぼし、大きな驚異を生み出す。私がここで排除する」

 

 

 アルファが化身を従え、俺の元へ真っ直ぐ突き進んでくる。凄まじい重圧。このまま突進されようものなら為す術なく吹き飛ばされるだろう。このまま何もしないなら、な。

 

 

「ォォオオオオオオオ!!!」

 

 

 拳を握り、この場全体を揺らすほどに咆哮する。ただヤケになっただけじゃない。俺には確信がある。時空を超え、本来共に戦うことの無いヤツらと並び立つ。その上、強大な相手を前にしている……となれば、起こるだろう。時空の共鳴現象とやらが。

 

 

 俺の中の力が影となり、炎のように全身から立ち上る。それが段々と何かの形を作る。人のような形になったと思うと、炎を斬り裂いて中からその姿を現す。

 

 

紫電の将 鳴神!

 

 

 濃紫の甲冑に身を包んだ武士が刀を振り払う。やはり出てきてくれたか、俺の化身。今この瞬間のみの力だろうが、使えるものは何でも使う。そしてチームの一員として戦っている以上、このチームを勝ちに導く!

 

 

「らアッ!!」

 

 

 アルファと()()()()()()()()()()()()と、化身同士が火花を散らす。炎を纏った拳と、雷を従えた刀が何度もぶつかり合う。その度に衝撃波のようなものが全身を叩く。

 

 

 分かってはいたが、とてつもない消耗だ。ただ発現させただけでもかなり体力が持っていかれるし、その力を行使するとなれば尚更だ。

 

 

「ぐッ!?」

 

 

 ふとした拍子にアルファに押し負けてしまう。あっちは化身を使い慣れている上、こっちはこれでまだ二度目。勝手も分かっていない状態じゃ手練には到底及ばない。そして大きくアルファに吹き飛ばされると同時に、背中の化身が霧散する。少しでも集中が乱されようものなら維持すら出来ないか。だからといってこのまま蹲ってはいられない。すぐさま立ち上がりアルファの後を追い掛ける。

 

 

 アルファは化身を解除し、更に加速する。そしてペナルティエリアからやや離れた位置に差し掛かったところで、回転しながら大きく飛び上がる。

 

 

シュートコマンド01

 

 

 その回転で渦を巻いた風がボールに纏わりつき、ボール自体を高速で回転させ始める。それに対してアルファが利き足で蹴り込むと、周囲の空気を巻き込みながらシュートが猛スピードでゴールへと降っていく。

 

 

エクセレントブレストォ!

 

 

 こちらのキーパー、マッチョスが身体が大きくなるくらい息を吸い、鋼鉄のように胸を張る。そのまま分厚い壁と化した胸でアルファのシュートを受け止める。が、アルファのシュートはかなりの威力のようで、易々とマッチョスをゴールへと押し込んでしまう。

 

 

『ゴール!先制点はプロトコル・オメガだ!アルファの圧倒的個人プレーが雷門のゴールをこじ開けた!!』

 

 

 個人プレー。その言葉の通りだ。俺のライトニングブラスターを止め、そのまま俺との化身同士のぶつかり合いを制し、流れのままに点を奪った。

 

 

 どうしたものか。俺の見立てが間違っていなければ、アルファは以前よりも更に強くなっている。もしかすると、プロトコル・オメガ全体がレベルアップしている可能性すらある。

 

 

 確かさっきのシュートをこの前止めたのは化身を出した俺。ということは、最低でもあの必殺技を止めるためだけに1人化身を使わなければいけないということ。こちらで化身を持っているのは確定で俺、天馬、優一。フェイに神童、西園はハッキリと聞いていないから分からない。その上、アルファはまだ化身でのシュート、さらにあの化身を纏う技術を残している。それは天馬と優一もか。

 

 

 化身の頭数ではこちらの方が有利だが、恐らくこちらの誰もアルファの練度に太刀打ちできない。突破できるとしたら、1度に複数の化身で攻めたてるしかない。だがそうするとこちらの消耗が馬鹿にならない。デュプリを出している以上フェイの消費も大きい。

 

 

 せめて後1人、化身を纏えれば変わるか?

 

 

「──試してみるか」

 

 

 天馬を呼び、俺の作戦……というか、狙いを伝える。

 

 

「……可能性はあると思います。けど、慣れないうちに化身を出すだけでもかなり体力を使いますし、アームドするとなると厳しいところがあると思います」

 

「まあ、そうだよな」

 

「でも、今はそれに掛けてみるのが良いかもしれません!俺でも出来たなら加賀美さんでもきっとできるはずです!」

 

 

 買い被りすぎだ。天馬の知る俺がどれだけ凄いヤツなのかは知らないが、今この場にいる俺はそんな大したことはないんだ。

 

 

 だが、期待された以上は答えるのが責務。

 

 

「らァァァァッッ!!紫電の将 鳴神ッ!!

 

 

 ホイッスル直後、天馬にボールを預けられてすぐに再び紫の武士が俺の背中に宿る。

 

 

アームドッ!

 

 

 イメージしろ。確かに背後に感じる強大な気配を分解し、鎧のようにして全身に纏う。願掛けのように腕を振り払うと、化身は先程のように青と黒の影となってバラバラになる。そしてそれが俺の身体に纏わりつき──

 

 

「やったか!?」

 

 

 ──鎧となることはなく、霧となって消えてしまう。

 

 

 律儀に待ってたアルファがすぐさまタックルをしかけてくる。化身発動直後の脱力感に見舞われるが、すぐさま目の前の標的に意識を切りかえて応戦する。思い切りぶつかってくるアルファに対し、負けじとこちらもぶつかる。上手い具合に押し返したが、衝突時の膂力が半端じゃない。

 

 

 正面からのぶつかり合いは俺が不利、わざわざそんな状況でやり合うほど俺も馬鹿じゃない。アルファを正面突破するのは諦め、すぐ近くにいた優一にボールを回して2人がかりでアルファを抜き去る。

 

 

 が、優一の進行方向に待ち構えるようにしていた11番がボールを奪う。すぐさま取り返そうとデュプリ達が飛びかかるが、パス回しに翻弄され、ボールに触れることが叶わない。当然俺や天馬もボールの奪取を狙うが、綺麗に躱される。

 

 

 何度もボールが宙を舞ったその時だった。アルファにボールが回る。

 

 

天空の支配者 鳳凰! アームド!

 

 

 その瞬間、化身アームドを平然とやってのけ、猛スピードでゴールへと駆け出す。何だ?俺とアイツとでは何が違う?

 

 

「加賀美さん!走りながら聞いてください!」

 

「どうした!」

 

「ある人が言ってました!化身っていうのは、自分の外側に着くものじゃなくて、内側から飛び出すものだって!じゃあアームドは、外に纏うんじゃなくて内に押し戻し、自分の中で力を爆発させるイメージなんじゃないでしょうか!」

 

 

 外に纏うんじゃなくて、内で爆発させる……なるほど。アームドという単語からいかにも外付けのようなイメージが定着していたが、化身というのは自分の中から溢れ出した、言わば力の権化。なら、それをもう一度自分の中に戻し、最適な形で使うようにイメージすれば……!

 

 

「ありがとう!やってみる!」

 

 

 天馬にそう返して加速する。アルファは今デュプリ達の連携技、フラクタルハウスや西園の小柄を活かした素早いディフェンス、神童とフェイの息のあったプレスで足止めを食らっている。そして俺にアドバイスを残した天馬もそれに続きに行った。

 

 

「来い、魔神ペガサスアーク!! アームドッ!!

 

 

 化身アームドの猛威を振るうアルファに対し、天馬も同じ土俵に登る。神童とフェイが突破され、化身アームド同士のぶつかり合いが始まる。

 

 

 チャンスは1度きり。

 

 

「ふぅ……出てこい!紫電の将 鳴神ィ!!

 

 

 一呼吸置き、三度化身を顕現させる。ここからだ。

 

 

「……俺に力を貸してくれ、この試合を、仲間を勝利に導くために!!アームドッッ!!

 

 

 鳴神が僅かに頷いたような気がした、その時だった。先程のように青と黒ではなく、鳴神は黄と黒の炎へと姿を変える。そしてそれが拡散し、俺の全身に均等に燃え広がる。そして一際勢いよく燃えたと思ったら、その炎の中から鳴神のような紫色の甲冑が姿を現す。

 

 

 凄まじいパワー、これが化身アームドか。

 

 

「加賀美さん!」

 

「馬鹿な……!?」

 

 

 天馬は喜びを、アルファは驚きを口にする。直後、天馬は俺と入れ替わるように離脱し、俺がアルファと正面からぶつかり合う。

 

 

 同じタイミングでボールに対して蹴り込む。アルファからも凄まじい力を感じるが、今の俺は負ける気がしない。さらに力を込めると力が爆発し、アルファはボールをキープしたまま距離を開ける。

 

 

「加賀美 柊弥……やはりお前は危険な存在。未来の為にもここで潰す」

 

「未来がどうとか知ったことか。俺は今この瞬間を生きてるんだ」

 

 

 俺を消すことがどう未来に繋がるのか分からないが、良い迷惑だ。気付いたら違う時代に飛ばされて、そのままあなたは危ないから潰しますだなんて納得いくか。

 

 

 深く腰を落とし、脚に力を込める。呼吸によって筋肉に1番力が籠る瞬間を狙い、重い踏み込みで一気に加速。雷のような加速を得てアルファのすぐ近くへと迫り、一瞬にしてボールを奪う。

 

 

「速い!あれが加賀美さんの化身アームド!」

 

 

 そのままの勢いで走り出す。この流れで1点返してもらうぞ。

 

 

 と、更に身体に力を込めたところで意図せぬ音が鳴り響く。前半終了を告げるホイッスルだ。

 

 

『ここで前半終了!!プロトコル・オメガの1点リードのまま後半へ持ち越し!化身アームドを成し遂げた加賀美、そのまま得点ならずだぁ!』

 

 

 そのホイッスルと共に加速は止まり、気が抜けてしまったこともあってか化身アームドは解除される。その瞬間、通常の化身以上の脱力感に襲われてその場に膝を着いてしまう。優一に立たせてもらい、何とかベンチへと戻る。

 

 

「1点リードされている、か」

 

「僕や神童先輩も化身アームドに挑戦した方が良いのかな?」

 

「いや、俺が出来たのが奇跡みたいなものだ。それで守備が疎かになるのは少しまずい」

 

 

 これは事実だ。下手に化身アームドを試みて消耗、そこから守備が崩れるくらいなら使えるのであろう通常の化身で立ち回った方が良いだろう。

 

 

 問題は攻めだ。フェイの分析曰く、相手は何らかの形で俺達のデータをインプットし、動きにほぼ完璧に対応しているらしい。道理でやたらと攻めにくい訳だ。

 

 

 相手のキーパーは特別守備力がある訳では無い。だが問題はアルファだ。あいつが化身、或いはアームドでゴール前に立たれたら、まず1対1でゴールを奪うのは厳しい。化身アームドした2人ならば可能性はあるが、残りの相手が化身アームド出来る人を自由にさせてくれるとは到底思えない。しかも俺達はここから2点取らなければならない。化身アームドに頼っていたらあっという間にガス欠だろう。

 

 

「そういえばワンダバは?」

 

「ここにいるぞ!!」

 

 

 一応監督であるワンダバがいないことに気付きフェイに聞いてみると、建物の外から走ってやってきた。背中には見慣れない機械を背負っている。

 

 

「ワンダバ、それはもしかして?」

 

「うむ!こちらの動きは読まれている中で不利な状況というのはかなり芳しくない。そこでこれだ!」

 

 

 ワンダバが背中に背負った機械をこちらに見せてくる。

 

 

「優一君、そして加賀美君!君達にはミキシマックスをしてもらう!」

 

「ミキシマックス……?それは一体?」

 

「簡単に言ってしまえば、このミキシマックスガンによって自分とは違う誰かのオーラを借り、化身とはまた違うパワーアップが可能になるのだ!」

 

 

 オーラを借りてパワーアップとは、これまた凄いのが出てきたな。化身にアームド、それにミキシマックスか……未来のサッカーは今と比べてとんでもないくらいに進歩しているようだ。

 

 

「優一君は剣城 京介。加賀美君は……いや、本番までのお楽しみにしよう。どちらも君達とは相性抜群のはず、きっと力を貸してくれる!」

 

「京介……」

 

 

 京介、というのは優一の弟らしい。この世界では色々あってサッカーから離れているが、本来は天馬や神童も認めるほどの実力を持った雷門のエースストライカーだそうだ。

 

 

 雷門のエースストライカー、か。俺の知る雷門のエースは、修也ただ1人。時が進めば俺の中で常識のようになっているその事実も変わっていくのだと思うと、少し感慨深くもなるな。

 

 

「何で俺のはお楽しみなんだ?」

 

「ふふん、意外性があった方が面白いだろう?」

 

 

 いや、予め知っておいた方が色々とスムーズに行くんじゃ……というツッコミは置いておこう。ミキシマックスはワンダバが指示したタイミングで行うようだ。それによってアイツらのデータを超える力で一気に2点かっさらう。それが俺達の勝ちへのビジョン。

 

 

 ミキシマックスだろうがなんだろうが上等だ、乗りこなして勝ってやるよ。




そういえば60000UA行った上に評価バーがまた長くなってました。ありがとうございます!

次回で番外編終了です。多分。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話 キズナは時空を超えて

誤字報告ありがとうございます!!
GO2番外編最終話です。


 ハーフタイムを終えて再びフィールドの中に戻る。スコアは0-1でこちらの劣勢。しかも現状ではヤツらの牙城を崩す術はない。今はまだ、だ。先程ワンダバが言っていた"ミキシマックス"。それを使えばこの状況を打破することが出来るだろうという見通しだ。後半開始前に使ってしまった方が良いのではないかと提案してみたが、ギリギリの状況でその手札を切ることで相手の対応を許さずに攻め立てる作戦だそうだ。

 

 

 ならば、そのタイミングが訪れるまで何としてでも失点を防ぐ。だからといって後手に回るわけではない。常に牽制の手を休めず、相手が攻めてくる状況をまず作らせないように立ち回るんだ。不利な盤面で萎縮している方が危険だからな。

 

 

 ホイッスルが鳴り響く。その瞬間、相手はボールを後ろに下げる。成程、あっちは有利な今時間を稼げば良いって魂胆か。攻めてこないならある意味好都合かもしれないが、何かの拍子で得点を狙ってこないとは限らない。ならばやはりこちらから攻め、隙あらば現状での得点を狙うとしよう。

 

 

「逃がさねえよ」

 

「鬱陶しい!」

 

 

 更にボールが下げられるというところで6番に張り付く。あらゆる方向から常に圧を掛け続けることで、パスという選択肢を徹底的に潰す。とはいえ相手も隙がない。ここからどうボールを奪おうか……

 

 

「何ッ!?」

 

 

 互いに動きかねていると、突如俺達の間を風が吹き抜けた。すると相手の脚元にあったはずのボールは無くなっている。その行方を目で追うと、アルファがボールをキープして佇んでいた。あの一瞬で2人の隙間を縫うように入り込み、流れるようにボールを奪っていったっていうのか。スピードはもちろん、かなりの身のこなしが必要な動きのはずだ。

 

 

「ここで決めさせてもらう」

 

 

 アルファが凄まじい勢いで空中へ飛び上がる。パス回しで時間を潰そうとしていたのは真っ赤なブラフ。最初からアルファの力押しで2点目を狙うつもりだったのか。

 

 

天空の支配者 鳳凰!

 

 

 アルファの背中に鳳凰を模した化身が宿る。そして地面へと落ちていく中、腕を振り上げて叫ぶ。

 

 

アームド!

 

 

 鳳凰は姿を影に包み分裂、アルファの全身に纏わりつき、深紅の鎧としてその身に宿った。そしてアルファは着地直後に地を砕く勢いで加速。クソッ、今から追いつこうとしても到底間に合わない。後ろに控えているDF達に任せるしかない。

 

 

 アルファはゴールまで結構な距離がある地点でシュートを放つ。必殺技ではないが、それでも十分すぎる威力を有していることが伝わってくる。

 

 

「させない!!」

 

 

 デュプリの2人がツインキックをシュートに叩き込む。が、あまりの威力でその身体を宙に浮かされ、思い切り後ろに弾かれる。僅かに威力は削がれたが、これではまだ止められるかは怪しい。

 

 

「僕が止める!!ぶっとびジャンプ!

 

 

 その声の主は西園。思い切り脚に力を溜めて大きく飛ぶ。空中で何回転かしつつシュートとの距離を詰め、最後にシュートに対して真正面から両脚で力を注ぎ込んだ。しかしシュートの威力があまりに高く、先程の2人同様西園は空中へと投げ出されてしまう。だが、威力は大分削がれたはずだ。

 

 

エクセレントブレストォ!

 

 

 キーパーのマッチョスが大きく息を吸い、ガチガチに固めた胸でシュートに対峙する。双方が触れた瞬間鈍い音が響くが、2回のシュートブロックの甲斐もあってマッチョスは余裕を持ってシュートを止めてくれた。

 

 

「行くぞ優一くん!!ミキシマックスだ!!」

 

 

 攻防の顛末を見届け終えると、ワンダバがベンチから優一に声を掛ける。それを聞いて優一が駆け出すと同時に、ワンダバは装置から伸びる銃の片方を撃ち出す。

 

 

 黄金のオーラが着弾点に溢れ、その中から半透明の男が姿を現す。あれが優一の弟である剣城 京介なのだろう。優一とは真逆の鋭い目付きをしているが、雰囲気がそっくりだ。

 

 

「お、ォオオオオオ!!」

 

 

 そしてもう片方を優一に向けて放つ。するとその黄金のオーラが満遍なく優一に注ぎ込まれていく。優一側に掛かる負荷はそれなりのものなのか、必死の表情で雄叫びを上げている。段々と優一から感じるパワー、圧力が大きくなっていくのを感じる。まさに2人分の力。いや、2人の力が乗算式に跳ね上がっているかのようだ。

 

 

「はァァァ!!」

 

「ミキシマックス、コンプリーーーート!!」

 

 

 一際迫力に満ちた咆哮をすると、優一を包み込んでいた黄金のオーラが爆散する。その中から顔を覗かせた優一の姿は、先程とは大きく異なっていた。一瞬見えた京介のような面影が宿っている。そして何より、途轍もない力に満ちていた。

 

 

「京介……行くぞ!」

 

 

 優一が加速する。目で追うのがやっとなくらいの速さだ。これがミキシマックスの力というわけか。秘密兵器的な扱いをされるのも頷ける。

 

 

 俺が今すべきことは1つ。前線の優一にボールを送ることだ。そうすれば、確実に1点返してくれる。

 

 

紫電の将 鳴神ッ!!アームドッ!!

 

 

 すぐさま化身アームドを発動、マッチョスのロングパスを受け取って前を向く。こっちのゴールからあっちのゴールまで、か。

 

 

「……余裕だな!」

 

 

 目を瞑る。身体の中に巡るエネルギーの流れを脚に集中させる。ボールを踏み抜くと、並外れた出力でそこから雷が迸る。一呼吸置き、極限の集中の中に己が身を置く。俺からボールを奪おうと飛び掛ってくるヤツらが辿り着くより速く、光の速さでボールに対して脚を抜く。

 

 

轟一閃"改"

 

 

 その強大さはまさに天災。何本もの雷を束ねたような軌跡と共に、ひたすら真っ直ぐにシュートが奥へと突き進んでいく。

 

 

「そのまま決めろッ!」

 

「はい!」

 

 

 轟一閃に並走する優一。ゴールが間近に迫ったところで爪先からボールに触れ、撫でるように強力な回転を掛けたと思ったらそのまま踵で空高くへボールを送り出す。するとボールの内側から赤と暗青のエネルギーが溢れ出す。優一はそのまま飛び上がり、オーバーヘッドシュートを放つ。

 

 

デスドロップ!!

 

 

 死が落ちる。この試合の中で最も強力であろうシュートがプロトコル・オメガのゴールへと迫る。何10メートルと離れたここまで威力が伝わってくるシュートなんて、直撃したらたまったものではない。しかし、それから逃げる訳にはいかないキーパーは、両手を振り抜く。

 

 

キーパーコマンド03!!

 

 

 衝撃波がボールを叩く。が、一切シュートの威力を削ぐことなくそのままゴールへと押し込まれる。

 

 

「やった!!同点だ!!」

 

「優一さん!!」

 

 

 得点を知らせるホイッスルが鳴り響くと、天馬と西園が優一の元へと駆け寄る。俺の脳裏には先程の凄まじいシュートが焼き付いていた。あんな凄まじいシュート、見たことない。修也も染岡も、あのアフロディでさえもあのシュートには遠く及ばないだろう。

 

 

 ミキシマックスをしたら、俺もあのステージに立つことになるのか?

 

 

「よぉし!!加賀美君、君もやるぞ!!」

 

「今か!」

 

 

 その時、ワンダバから俺に声が掛かる。試合時間は残り僅か。再開する前に済ませてしまおうということか。すぐさまワンダバの方へと走り出す。

 

 

 ワンダバは背中の機械、ミキシマックスガンの片方から何かを打ち出す。着弾地点から黄金のオーラが溢れ出して辺りを照らす。そしてその中心にはある男の姿があった。

 

 

 それは俺にとってよく知った顔で、この世で最も信頼している1人だった。

 

 

「こっちでも力貸してくれるんだな……修也!!」

 

 

 仮想的に作り出された修也がこちらに微笑んだような気がした。その直後、ワンダバがもう片方の銃を俺に向けて放つ。俺はそれに臆することも逃げることも無く、真正面から受け止める。すると、爆炎に包まれたような凄まじい熱さが俺の身体を襲う。これは修也の持つ熱量、すなわち力そのもの。身を焦がす程のこれに耐えられなければ、俺に力を扱う資格はないということ。

 

 

「───ッ、こんなモン……余裕だッ」

 

 

 歯を食いしばり、強がりを吐き捨てる。身体の中まで焼かれているんじゃないかと思えるほどの業火。並大抵なら耐えきれないだろう。

 

 

 だが残念。俺はその並大抵の枠を外れてる。

 

 

「だァァァアアア!!」

 

 

 思い切り哮る。そうすると、俺の身体を包み込んでいた炎が霧散し、雨のように火の粉が降り注ぐ。全身に満ちるこの力。それだけで全てが上手く行ったのだと悟る。

 

 

「ミキシマックス、コンプリィィト!!」

 

「す、凄い……これが伝説の2人の力!」

 

「……」

 

 

 大興奮のワンダバと天馬。それに対して明らかに表情が険しくなったらアルファ。恐らく、ミキシマックスによる脅威がどれほどのものかを知っているのだろう。だからこそ、今この状況が自分達にとって良くないものであると痛いほどに理解してしまっている。

 

 

 気の毒だが、手加減はしない。

 

 

「行くぞ……修也」

 

 

 その状態のまま試合が始まる。プロトコル・オメガからのキックオフ。ボールが送り出されたその瞬間に強烈な何かを感じ取った。化身だ。視線の先ではアルファが化身を展開している。

 

 

アームド

 

 

 アルファは静かにそう呟く。再び化身を身に纏った力の権化が俺の前に立ちはだかる。こちらも化身アームドで対抗すべきか?いや、必要ないな。何故なら……

 

 

「ボールは貰うぞ」

 

「加賀美さん!危ない!」

 

 

 俺には修也がついている。

 

 

 前に加速したと同時にアルファの持つボールに蹴り込む。当然、アルファも真正面から対抗してくる。化身アームドの力は流石のもので、ボール越しにその凄さが伝わってくる。これに対抗するには確かに同じ化身アームドが1番だろう。というより、それしか手段がないかもしれない。天馬の心配も最もだ。

 

 

 しかし、今の俺は負ける気がしない。相棒とも呼べる男が、時空を超えてまで俺に力を貸してくれているからな。それで負ける方がおかしいというものだ。

 

 

 ボールに対して蹴り込む力を更に強くする。すると一瞬アルファの身体が揺らぐが、すぐさま持ち直してくる。なので、それよりもっと強い力を込める。先程よりもアルファは大きく体勢を崩しかける。その一瞬の隙に漬け込み、全力を込めて前へと進む。すると、化身アームドしたアルファを軽々と吹き飛ばした。

 

 

「馬鹿な!?」

 

「やっと人間らしい表情を見せたな」

 

 

 アルファが目に見えた焦りと驚きを見せる。まさか押し負けるとは思っていなかったのだろう。残念だったな。それほどまでに俺と修也はベストマッチ……いや、スーパーベストマッチなんだよ。

 

 

 そのまま相手ゴールへ向かって走る。当然控えていた連中がボールを奪いに来るが、全身から炎を立ち昇らせて突撃すると、ヤツらは為す術なく押し返されていく。俺達2人の力、生半可な気持ちで止められる筈がない。

 

 

「加賀美君、決めるんだ!」

 

「任せろッ!」

 

 

 ボールを軽く蹴り上げて天を仰ぐ。すると俺の全身から途轍もない勢いで炎が燃え上がり、雷が迸る。その両方はボールに吸い込まれるように纏わりつき、蒼い雷によって形成された球体の周りに深紅の炎が燃え、俺の背後から眩いコントラストが辺りを照らす。

 

 

 後方に宙返りするような形で飛び上がると、そのエネルギー体は圧縮され、それを地面に叩きつけるように蹴り落とす。そしてそれが地面と触れる前にすぐさま着地し、左足で回転を加える。

 

 

 ボールから溢れ出すエネルギーが渦を巻きながら再び宙に放たれ、ある一点に達した瞬間に爆発的にその勢いを増す。

 

 

ラストリゾートッ!!

 

 

 最終兵器という名を冠したそのシュートは、射線上の全てを打ち滅ぼさんと荒れ狂う。爆炎と迅雷が織り成す圧倒的過ぎる破壊力は、威力を削ごうとその前に立ちはだかろうとする連中を一切寄せ付けない。

 

 

キー───

 

 

 シュートの通り道は真っ黒に焦げ、所々が赤熱を帯びている。当のシュートはというと、必殺技で抵抗を試みたキーパーを一瞬ではじき飛ばし、ゴールに飛び込んで行った。それで勢いは止まらず、そのままゴールネットすらも焼き続け、やがてその大半を崩壊させ、後ろの壁に激突したボールは音を立てて派手に破裂した。その場にいた全員が唖然としたのを感じた。審判に至っては得点のホイッスルを鳴らすことすら忘れている。

 

 

 ……1番驚いているのは自分だ。あのシュート、人に直接撃とうものなら命を奪うことすら難しくないんじゃないか?

 

 

 するとようやく得点のホイッスル……いや、同時に試合終了を告げるホイッスルが鳴り、意識が上の空だった全員を現実に引き戻す。

 

 

「あ、あのシュートって……」

 

「うん、豪炎寺さんと2人で撃った、史上最強と言われたあのシュートだよね……?」

 

 

 西園と天馬が何かを話しているのが聞こえたが、その詳細までは分からなかった。とりあえず、試合は俺達の勝ちで終わり……ということで良いんだよな?

 

 

「……撤退する」

 

 

 気がついたらプロトコル・オメガのメンバーは1箇所に集まり、アルファがサッカーボールのような機械を起動すると光に包まれて姿を消した。それと同時くらいに、身体の内側から炎が逃げていくのを感じる。

 

 

「……ありがとな、修也」

 

 

 届きはしないだろうが、無意識の内に相棒に礼を告げていた。

 

 

 

 ---

 

 

 

「これでこっちの歴史は変わったのか?」

 

「うん、ミッションコンプリートさ」

 

 

 フェイ曰く、天馬達の知る本来の雷門イレブンが、歴史が戻ってきたと言う。だが天馬や神童達の間に明るい雰囲気はない。その理由は直ぐに分かった。皆の視線の先で1人佇む優一のことだろう。

 

 

 聞く話によると、この試合が終わり、歴史が本来の路線に修正されれば今の優一の存在は消え、在るべき場所に戻るのだという。それは、下半身不随で歩けない姿。今の優一があるのは、歴史の改ざんによりその原因となる事故が無くなったかららしい。それにより弟の京介はサッカーから離れることになり、本来の雷門イレブンではなくなった。そして、京介にサッカーを返すために優一はこの試合に臨んだ。

 

 

「これで、俺の役目は終わりだ」

 

 

 そう優一が満足そうに呟くと、身体が光に包まれる。そして脚元から徐々に粒子となり、何処かへと消えて行く。今から消えてしまうというのに、満足そうな表情だ。自分のやるべきことをしっかりとやり遂げられたからだろう。

 

 

「加賀美さん」

 

「……何だ?」

 

 

 身体の半分が消えたあたりで、優一が俺に話しかけてくる。

 

 

「貴方は……俺の、俺達兄弟の憧れです。そんな人とサッカーが出来て……本当に嬉しかった」

 

「そっか。俺もお前みたいな凄いヤツと一緒に戦えて楽しかった、……また、いつか会おう」

 

 

 そう返すと、優一は実に穏やかな笑みを浮かべて最後にこう言い残した。

 

 

「ありがとう、皆」

 

 

 そうして、完全に優一は光の粒子となって消えてしまった。優一が在るべき場所に帰っていった、ということは……

 

 

「次は俺、か」

 

 

 目の前に俺をここに連れてきたものと全く同じブラックホールのようなものが現れる。来た時とは違い、無理やりに引きずり込まれる様子はない。自分で帰れということだろう。

 

 

「お別れだな、皆」

 

 

 身を翻し皆の方を向く。すると天馬が1人歩み寄ってきて、手を差し出してくる。

 

 

「ありがとうございました、加賀美さん。おかげで俺達のサッカーが取り戻せました!」

 

「良いんだよ。前助けてもらったのは俺だからな」

 

 

 その手を強く握り返す。最初に俺達が出会ったのも、今この試合を共にしたのも何かの運命だったんだろう。まさか時空を2度も超えることになるとは思っていなかったが。

 

 

「またサッカーやろうぜ。それじゃあな!」

 

 

 別れが惜しくなる前にその穴の中に飛び込む。すると視界を眩い光が包み込み───

 

 

 

 ---

 

 

 

「──弥、柊弥!」

 

「……修也?」

 

 

 俺を呼ぶ声に気が付いて目を開ける。その正体は修也だった。急いで身体を起こして辺りを見渡すと、夜の河川敷だった。

 

 

「明日の試合を考えると落ち着かないから散歩に出てきたんだが……驚いたぞ。こんなところで倒れているから、何かあったのか心配したんだ」

 

「そっか……悪いな」

 

 

 荷物は……無事か。それにしても、俺は一体何でこんなところで寝ていたんだろう。いや、気を失っていた?何か凄い体験をしたような気がしたんだが……夢でも見ていたんだろうか。こんなところで眠りに落ちるなんて、相当疲れてたのかもしれないな。

 

 

「ああそうだ、ありがとうな修也」

 

「……?なんの事だ?」

 

 

 確かに、何で急にお礼なんて言ったんだろう。気がついたら口に出していた。

 

 

「……さあ、何でだろう?」

 

「まあいい。俺は帰るぞ」

 

 

 俺もこんな夜にここにいる意味は無い。さっさと帰って明日に備えよう。もう21時近いしな。

 

 

『勿論!!またサッカーしましょう!!いつか、必ず!!』

 

 

 突如として頭の中にそんな声が響く。けれど、誰の声だか分からない。まだ寝惚けているんだろうか。でもまあ、何だか──

 

 

「──悪い気はしないな」

 

 

 いつかまたソイツに会える。そんな気がする。




【ラストリゾート】
日本を背負った2人のストライカーが放ったとされる最強のシュート。その爆炎は全てを燃やし尽くし、その迅雷は全てを貫く。



次回からエイリア編突入です、よろしくお願い致します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2章 脅威の侵略者編
第39話 襲来


エイリア編、開始


「おいグラン」

 

「何だい?」

 

「例の話……本当にコイツじゃなくて良いのかよ?」

 

 

 グランと呼ばれた少年から応答が返ってくると、その呼んだ方の少年……バーンは指を鳴らす。すると、彼らの目の前にある巨大なスクリーンに1人の男が映し出される。

 

 

「あの大会は俺らから言わせりゃ低レベルそのものだ。だが、そんな中でもコイツ……加賀美 柊弥だけは俺達に並ぶかもしんねぇもんがあると思うんだがな」

 

「癪に障るが、私もバーンと同意見だ」

 

 

 もう1人の少年、ガゼルがバーンの言葉に同調する。煽るようなその物言いにバーンは食ってかかるが、ガゼルに軽くあしらわて終わった。

 

 

「君達がそう思うのは……この映像だろう?」

 

 

 そう言ってグランが再生したのは、ボロボロの状態の柊弥が立ち上がり、身体中から影のような炎を燃え上がらせ、得体の知れない何かを生み出したシーンだった。彼が放ったシュートは、そこまで鉄壁を誇った相手のゴールをいとも簡単にこじ開け、反撃の糸口を創り出した。

 

 

「ああそうだ。どんなカラクリは分かんねえが、鍛えりゃ使いもんになるんじゃねぇか?」

 

「確かに、君の言うことは一理あるだろうね」

 

「だろうね、ということは何か考えがあるということかな?」

 

 

 グランがそう返すと、ガゼルが訝しげな視線を送る。バーンが勿体ぶるなと僅かに苛立ちをみせると、見下すような嘲笑を見せて口を開いた。

 

 

「彼の存在は雷門というチームが強くなるのに必要不可欠さ。父さん……エイリア皇帝陛下の望みは、我々ジェネシスの価値を示すため、彼らを最強のサッカーチームに仕立て上げることだからね。忘れたわけじゃないだろう?」

 

「もうジェネシス気取りかい?」

 

「事実だからね」

 

 

 ガゼルはそう返されると、氷のように冷たい目線をグランに向ける。しかしグランはそれに対して見向きもせず、おもむろにその部屋の外へと歩き出す。

 

 

「今頃レーゼ達が動いているはず。いきり立つのは勝手だけど、それで父さんの期待を損ねないことだね」

 

 

 といってグランは2人を尻目に部屋を去っていった。

 

 

「早く会いたいな、円堂君……加賀美君」

 

 

 その怪しげな笑みに含まれているものは、誰も知ることは無い。

 

 

 

 ---

 

 

 

「……何なんだよ、これ」

 

 

 言葉が喉の奥に詰まって出てこない。目の前の惨状に対して思うこと、考えることを声として発することが出来ない。

 

 

 俺達はさっきフットボールフロンティアの決勝で世宇子に勝利し、日本で最強のサッカーチームになった。その帰りのことだ。突如空が紫に染まったと思ったら大きな揺れが起こり、第六感に従って学校の方まで走ってきたら、そこにあるべきはずの校舎はなく、あるのは無惨に積み上げられた瓦礫の山。

 

 

 辺りを見渡してみると、所々を黒くした生徒や先生方が同様に唖然としている。だが俺の探している姿はない。それに気付いた時には近くにいた生徒に食いつくように話しかけに行っていた。

 

 

「おい!サッカー部の皆を見なかったか!?」

 

 

 アイツらはもう学校に来ていたはずなんだ。校門の近くに送迎用のバスが置いてあったからな。しかし、俺の見える範囲には皆の姿はない。最悪の想像が頭をよぎる。

 

 

「さ、サッカー部なら……」

 

「加賀美君!」

 

 

 肩を揺らしながら訊ねた男子生徒が口を開いた時、背中の方から俺を呼ぶ声が聞こえた。誰かと思って瞬時に振り返ると、こちらに小走りでやってきていたのは校長先生だった。探し求めていた人物では無かったことに少々腹が立ったが、そんな無礼な態度を表に出すことはなく、極力冷静さを取り繕って校長先生から話を聞くことにした。

 

 

「実は……宇宙人が来たのです」

 

「校長先生。悪い冗談はやめていただけませんか?」

 

 

 歩きながら話を聞くと、宇宙人が来たなどとふざけたことを口にする。場を和ませようとしているのかは分からないが、今はそんなこと望んではない。

 

 

「ほ、本当なんです!黒いサッカーボールを持ったヤツらは、OBの人達と試合をして大差で勝ったと思ったら……一方的にこの学校を破壊して行ったのです!」

 

「本当じゃよ加賀美君。ワシらは不在の君達の代わりに戦ったのじゃが……試合にならなかった」

 

 

 校長と向かった先はグラウンド。その真ん中にはボロボロになったOBの方々と、何故かキーパーの服を着た古株さんが横たわっていた。まさか、本当に宇宙人だとでも言うのか?

 

 

 そうだ。宇宙人どうこうは今はどうでもいい。もっと確認すべきことがあった。

 

 

「サッカー部は……皆は?」

 

「彼らは理事長の指示で傘美野中に向かいました。何でも、今度はそっちに宇宙人が現れるのだとか……」

 

 

 ヤツらは突如やってきたと思ったらサッカーで勝負を挑み、勝った瞬間に相手の校舎を破壊しているのだと言う。雷門が破壊されたあとは、木戸川といった他の学校からも相次いで被害報告が寄せられている。

 

 

 ヤツらに勝ってこの凶行を止められるのは、あの世宇子中に勝って全国一となった雷門サッカー部しかいないと言う。だから、いち早く学校に駆けつけた守達はさらなる被害を防ぐため、傘美野に現れるであろう宇宙人と戦いに行ったのだと言う。

 

 

 この話を聞いて真っ先に浮かんだのは、皆の怪我の状況だ。軽傷とはいえ、決勝の前半で6人も怪我で交代。最後までフィールドに立っていたものの、かなりボロボロになってるヤツだっていた。その状態でそんなヤバいヤツらと試合しようものなら、次はどんな大怪我をするか分からない。

 

 

「加賀美君!どこへ!?」

 

「決まってます。アイツらを助けにいく」

 

「ダメです!貴方は誰よりもダメージが大きいと響木監督から聞いています!ここに来た貴方を止めるようにと私は仰せつかっているのです!」

 

 

 校長に背中を向けると、そんな必死な声が聞こえてくる。だがそんなものはお構い無しだ。副キャプテンである俺がアイツらと一緒に戦わないなんて選択肢、万に一つもあるはずがない。

 

 

「加賀美君!!待ちなさい!!」

 

 

 俺は走り出した、後ろから聞こえる声にお構い無しに。申し訳ないが、校長先生では俺の事を止められない。その先にいた他の先生が抑えにくるが、難なくそれも突破し、校門を飛び出した。

 

 

 脳裏に浮かぶのは最悪の光景。先程のOBの方々のような、ボロボロになって地面に横たわっている皆の姿がどうしても頭から離れてくれない。校舎をあんな有様にするような連中だ、試合中で起こりうるような怪我の範疇を大きく超えたような状況にさせられても何らおかしくはない。

 

 

 息も絶え絶え、全身が痛むが気合と根性で耐え、悲鳴をあげる脚を容赦なく動かす。脚が縺れて転んだし、勢いを殺しきれなくて壁にぶつかりもした。それを見ていた人に声を掛けられたりもしたが、一切構わず傘美野への道を急ぐ。

 

 

「柊弥!」

 

 

 商店街を抜け、総合病院の前を通った時だった。聞き慣れた声で脚を止めると、そこには修也がいた。そうか、夕香ちゃんの見舞いに来てたんだったな。

 

 

「状況は木野からのメールで聞いた!急ぐぞ!」

 

「ああ!」

 

 

 その一言でもしかしたら俺にもメールが届いていたかもしれないと考えたが、それを確かめる時間する惜しい。俺達は一言も交わすことなく走り続けた。

 

 

「ちッ!!」

 

「大丈夫か!?」

 

 

 再び走っている最中に派手に転んだが、すぐさま立ち上がる。修也が心配して声をかけてくれるが、俺がすぐ走り出したのを見てそれに追従してくる。そのまま10分程走った。すると、ようやく目的地が目に入る。閉まっていた校門を飛び越え、グラウンドがあるであろう方向へ急ぐ。

 

 

 そこで俺と修也の目に飛び込んできたのは、目を疑うような光景だった。

 

 

「10-0……だと」

 

「馬鹿な、一体どういうことだ」

 

 

 確かに、俺と修也が欠けている状態ではあった。そのうえ一之瀬と土門も木戸川に行っていたため不在だ。だがしかし、ゴールには守がいるし、頭脳を担う鬼道、俺達に負けないパワーを持つ染岡もいたんだ。1点も取れない上、こんな大差で負けているなんてことが有り得るのか?

 

 

 ……いや、分からなくもないか。散々俺は心配していたはずだ、皆の消耗や怪我の具合を。それを考慮すれば、本来のパフォーマンスを発揮出来ないのも十分に納得出来る。

 

 

「修也、11点だ」

 

「ああ。俺達で取り返すぞ」

 

 

 現在、試合は中断中。理由はおそらく、足を抑えている宍戸と少林。決勝で宍戸は最後までフィールドに立っていたが、やはりダメージは蓄積している。少林に至っては、負傷でベンチに下がっていたんだ。今試合に出ていたというのが無茶なレベルだろう。

 

 

「選手交代だ!!」

 

 

 俺が高らかにそう宣言し、修也と2人でベンチ付近に飛び出す。俺達の存在を認識すると、雷門の皆の顔に光が宿る。

 

 

「加賀美、お前は校長に止めろと頼んだはずだ。何故ここに?」

 

「すみません監督。仲間のピンチに大人しくしているなんて、俺は出来ません」

 

 

 そう答えると、監督は渋々と言った表情で交代を承認する。負傷した2人はベンチに下がり、応急手当を受ける。

 

 

「柊弥先輩、本当に大丈夫なんですか?」

 

「心配するな。宇宙人だかなんだか知らないが……俺達2人で逆転まで持ってってみせる」

 

 

 準備をしていると春奈が声を掛けてくる。見るからにボロボロな俺の姿を見ての心配だろう。何度も繰り返しになるが、皆が戦っているのに俺が大人しくしているなんて許されることじゃない。

 

 

 後ろから心配そうな目線を受けながらも、俺はフィールドの中に脚を踏み入れる。その瞬間ヤツら、エイリア学園の視線が俺に集中する。……確かに、人間離れした見た目をしていたり、不気味な雰囲気を纏っている。そして何より、世宇子の試合とは別のベクトルで悪寒が走る。得体の知れない恐怖……とでも言うべきだろうか。

 

 

 だが、それに臆する俺ではない。

 

 

「皆!ここから11点、絶対取り返してみせる!!勝つぞ!!」

 

「「「おう!!」」」

 

 

 11点、自分で言ったことだが、随分と現実離れしているものだ。だが、やるしかない。平気で学校を壊すような異常者達に負けるわけには行かないんだ。これ以上の被害を出さないためにも。

 

 

「行くぞ、修也!!」

 

「ああ!!」

 

 

 ホイッスルが鳴った瞬間、俺達2人は走り出す。鋭いパス回しでヤツらを掻い潜る……つもりだった。そんな必要はないようだ。ヤツらは様子見といった感じで一切動かない。決勝の最序盤といい、今日は随分と侮られる日だ。

 

 

「その余裕、後悔するなよ!!」

 

 

 俺がボールを蹴り上げ、俺と修也は炎を従えながら同時に飛ぶ。ちょうど中央にボールが来るように飛び上がり、同じタイミング、強さでキックを叩き込む。同時にボールに注がれた炎が互いに互いの勢いを強め、本来の何倍もの威力でゴールへと襲い掛かる。

 

 

「「ファイアトルネードDD!!」」

 

 

 手応えがあった。さっきの試合で撃った同じシュートよりも明らかに強い。そんな感触だ。

 

 

 だが、そんな感情はすぐさま地に叩き付けられる。

 

 

「ふああ……何だぁ?今の貧弱なシュートは」

 

「な……!?」

 

 

 ヤツは欠伸をしながら、これでもかというほど退屈そうにシュートを片手でキャッチした。

 

 

 これは何の悪い冗談だ?俺と修也の最強の連携シュートだぞ?雷門が持つ数ある必殺技の中でも、トップクラスの威力を誇るといっても過言では無い。それをヤツはいとも簡単という言葉すら温く感じる程の余裕で止めて見せた。

 

 

「ほら……よ!」

 

 

 キーパーは軽くボールを投げ上げたと思ったら、気づいたら横を向いていた。いや、単に横を向いたんじゃない。あれは──

 

 

「シュートを……撃ったのか!?」

 

 

 蹴った瞬間が見えないほどの速さのキックだったんだ。それに気付いた時には立っているのも困難なくらいの暴風が全身を叩く。認めたくはないが、俺達のさっきのシュートの何倍もの威力を感じる。ただのノーマルシュートでだ。

 

 

 風が止まり、巻き上げられた砂塵が落ち着く。すると、その奥にあったのはうつ伏せに倒れている守の姿とゴールラインを割っていたボールの姿だった。

 

 

 守はすぐさま立ち上がったため、まだ大丈夫だろう。しかしあんなシュートを何本も撃ち込まれたらたまったものではない。アイツが潰れたらこのチームは崩壊する。そうなると、俺が上手くボールキープし続けそのうえで得点するしかない。手段があるとすれば、化身の力だ。あれさえ使えばコイツらにも対抗出来るかもしれない。だが、確実性に欠ける手段だ。あの試合で出せたのは偶然の産物。現にあの時の感覚が今思い出せない。

 

 

 ……出来るか?俺に。これ以上の皆を傷付けさせず、そのうえでこの点差をひっくり返すことが。

 

 

「……やれるやれないじゃない、か」

 

 

 そうだ。やるしかないんだ。出来なければ俺達は負ける。勝つためには弱音なんて吐いてる暇も余裕もない。

 

 

 こちらからキックオフで試合再開。ボールを受け取った俺はすぐさまゴールへと駆け上がる。ヤツらは再び動かない。ゴール前まで簡単に辿り着けるなら好都合だ。

 

 

「はァァァアアア!!」

 

 

 身体の中に存在する力を呼び起こす。微かに感じるその流れを支配し、少しずつ練り上げ、大きくする。ここまでは必殺技と何ら変わりない。大切なのはここからのプロセス。徐々に身体から溢れてくるこのエネルギーを爆発させ、形として顕現させる。

 

 

「来いッ……鳴神ィ!!」

 

 

 身体から立ちのぼるエネルギーが一気に大きくなる。圧倒的な力が発現したのを背中に感じる。

 

 

 ほんの一瞬だけ。

 

 

「……畜生ッ」

 

 

 完成直前にその形が崩れ、俺の中に引っ込んでしまったのを感じた。力を増幅させるところまで上手くいっていたはず。何故失敗したんだ?

 

 

 考えても答えは出てこない。そして試合時間は止まることなく進んでいく。1点だ、とにかく1点取れ。それが今の俺の役割だ。

 

 

「〜〜〜ッ、だァァァァアアアッッッ!!」

 

 

 ボールを踏み抜き、全力で獣のように咆哮する。身体から溢れ出たエネルギーが火花を散らし、雷としてボールに注ぎ込まれる。90%だ。シュートを撃ったあとにギリギリ動けるくらいの力だけ残して全部ボールに注ぎ込んだ。そのパワーは他のどのシュートよりも強大だ。勝る可能性があるとすれば、ファイナルトルネードくらいのもの。

 

 

 受け取れ、宇宙人共。

 

 

ライトニングッ……ブラスタァァァァッッッ!!!

 

 

 万物を焼き尽くす雷の砲撃が放たれる。その瞬間気を失い欠けるが、歯を食いしばって耐えた。視界全体が眩い光に包まれるほどの威力。ヤツとてこのシュートは止められない。止められるはずがない。

 

 

「───ふんッ」

 

 

 キーパーはシュートに対してアームハンマーを叩き込む。必殺技ではない。ただ拳を槌のように振り下ろしただけだ。それだけでボールが従えていたエネルギーは全て霧と消え、ボールは地面に叩きつけられて止まる。

 

 

 言葉が出なかった。畜生とか、クソがとか、苦言を呈すくらいの余裕はいつもならあるはずだった。だが今はそれすらもない。これが止められては、他に点を取るビジョンが一切浮かんでこないからだ。

 

 

「地球人。よく頑張ったようだが所詮その程度だ。我々に対抗することは"大海を手で塞く"に等しいと思え」

 

 

 キーパーがボールを蹴った方向には、キャプテンマークを腕につけた緑髪の男がいた。そして次の瞬間ボールは消え、腹に鈍い感触が走る。

 

 

「がッ……」

 

 

 視界を落とすと、腹にボールが深々とめり込んでいた。胃液が逆流し、喉の奥で嫌な味がした。堪らずその場に倒れ込むと、突風が吹いた。その直後に得点を告げるホイッスルが響いた。

 

 

「加賀美!」

 

 

 鬼道がこちらに駆け寄ってくる。苦しむ俺を見兼ね、腕を貸して立ち上がらせてくれる。

 

 

「今ベンチに連れてってやる!」

 

「やめろッ、俺はまだ戦える!」

 

「だがッ!!」

 

 

 俺をベンチに連れていこうとする鬼道を怒鳴りつけるようにして止める。分かってる。とっくに限界だってことくらい。それでも、俺が真っ先にリタイアすることなんて許されないんだ。俺はこのチームの副キャプテン。どんなにボロ雑巾にされても、最後までフィールドに立つ責務が俺にはある。

 

 

「……ッ、次無理をしたら有無を言わさず下げる!良いな!?」

 

「ありがとよ、鬼道」

 

 

 鬼道が感情を剥き出しにしてそう忠告してくる。悪いな。お前が心配してくれてるのは重々承知しているさ。

 

 

「まだ足掻くか。大人しく引き下がれば良いものを」

 

「諦めねぇのが俺達の必殺技なんだよ」

 

「ふん……己の無力を悔いる頃にはもう遅いぞ」

 

 

 先程の男が不敵な笑みを浮かべながら話しかけてくる。生憎、諦めが悪いことだけが取り柄なんでな。

 

 

 再びキックオフ。

 

 

「がッ!?」

 

 

 その瞬間、衝撃と共に大きく宙を舞っていた。地面に激突する頃には、他の皆も為す術なく吹き飛ばされ、重い音と共に地に倒れ込む。ヤツらは直ぐにゴールを奪うことをせず、俺達を執拗に痛めつけ始めた。何度も立ち上がり、立ち向かうが俺達の連携も必殺技も何もかもが通用しない。

 

 

 ヤツらは適当なタイミングでシュートを放ち、軽々と守ごとゴールを揺らす。笛が鳴って俺達はすぐさまねじ伏せられる。立ち上がる度に無力な虫のように叩き潰される。そしてさも当然のようにゴールを奪われる。

 

 

 もう何度倒れたか分からない。あちこち痛む身体を奮い立たせ、何とか立ち上がる。そこで俺は言葉を失った。

 

 

「嘘……だろ」

 

 

 試合残り時間は残り1分。得点は20-0で無論こちら側が0。そして何より、俺を除いた皆が倒れ、もう立ち上がれない。もう皆限界を大きく超えているんだろう。ただでさえ世宇子戦のダメージがあった。そのうえでここまで嬲られれば立ち上がることなど不可能。

 

 

 畜生、変な意地を張らず、直ぐに降参すべきだったのか?俺ならその選択肢を提案することだって出来たはず。そうすれば、皆がここまで傷付くことは無かったはず。

 

 

 今、こんな惨状になっているのは俺の責任だ。

 

 

「ち、くしょォォォォォォ!!」

 

 

 やり場の無い感情に支配され、喉が張り裂けるほどに叫ぶ。喉の奥では胃酸と味と血の味が混じり、この上ないほど不快な何かを醸し出していた。力の限り連中を睨み付ける。ヤツらは揃って余裕の笑みを浮かべるばかり。

 

 

 このまま、引き下がれるか。

 

 

 俺は覚束無い足取りでボールに向かって走る。直後、視界が真っ暗になり痛覚が刺激される。顔に叩きつけられたボールが下に落ちると、赤い液体が滴るのが見えた。

 

 

「ゲームセットだ、地球人」

 

 

 ホイッスルが鳴り響く。試合終了を知らせるものだ。

 

 

 俺達は、負けた。

 

 

「約束だ。……この学校を破壊する」

 

 

 すると、ヤツの手元に黒いサッカーボールが意志を持っているかのように飛んでくる。その瞬間、宙に浮いたそのボールにドス黒く、凄まじいエネルギーが集中する。間違いない。コイツはやる。一切の躊躇なく傘美野中の校舎を破壊する。

 

 

 そう確信した時には動いていた。ヤツと校舎の間に割って入っていた。

 

 

「ほう……まだやるか?」

 

「お前らの……好きになんてさせるかよ……!」

 

 

 俺の啖呵を聞き届けた宇宙人は、ニヤリと笑ってそのボールを打ち出した。これはヤバイ。直感でそう理解した。他の皆もそうだったのか、悲鳴混じりに逃げろと声を荒らげる。

 

 

 音を立てながらシュートが迫ってくる。凄まじい速さでこちらに襲い掛かってきているのだろうが、やたらと遅く感じる。そういえば死ぬ前は時間の流れがゆっくりに感じるって話を聞いたことがあるな。てことは、俺はここで死ぬのか?

 

 

 そんなのお断りだ。

 

 

「……来い」

 

 

 消えそうな声でそう呟く。その時、全身から影の炎が噴き出した。そしてそれは巨大なシルエットを創り出し、迫る脅威に対して何かを叩きつけた。凄まじい衝撃波がその場全体を叩いた。ボールはそれに阻まれているせいで俺を進路から退けることが出来ない。

 

 

 そのまま俺はハイキックのようにボールに蹴りを叩き込む。すると、ボールの進行方向は真反対へ変わり、その主の元へと逆再生のように戻って行った。

 

 

「馬鹿な!?」

 

 

 初めてヤツらは驚いた表情を見せた。

 

 

「言ったろ……諦めねえのが俺達の必殺技だって」

 

 

 その一言を聞いたヤツから、何かがキレる音がした。

 

 

「ならば、これを止めてみるがいい!!」

 

 

 ヤツはボールを大きく蹴り上げる。そして落ちてきたそれを破壊しかねないほどの力でシュートを放つ。間違いなく先程のシュートより高威力だ。建物なんて簡単に崩壊させるだろうし、人に撃ち込もうものなら確実に大怪我、或いは殺せるシュートだ。

 

 

 だが、俺は逃げない。

 

 

「が、ァァァァアアアアア!!??」

 

 

 身体からボキッと嫌な音がなる。そのまま身体は宙を浮き、シュートに引き摺られていくように奥へと押し込まれていく。全身に激痛が耐えず走る。何かが折れたような音が何度も身体の中で響き、中身を揺さぶられるような感じがする。

 

 

 ただ痛みに身体を委ねるしかない中、今度は背中に凄まじい衝撃が走る。どうやら、建物に打ち付けられたようだ。壁にヒビを入れ、ボールと壁に挟まれた俺の身体はようやく止まった。

 

 

 口の中は鉄の味一色。不快感を吐き出すと赤い液体がビシャリと地面にこびりついた。そして間もなく、額の辺りから何かが滴り始めて視界を真っ赤に染めた。

 

 

 耳を劈くような悲鳴が聞こえた。誰かが俺の名前を呼んだ。けれど俺はそれに答えることが出来ず、とうとう意識を手放した。




新章始まって早々に死にかける主人公


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第40話 目覚めと旅の始まり

多くの感想と評価、ありがとうございます!
度々日間に乗るようになり感無量です!

これからもよろしくお願いします!


「……ここは?」

 

 

 目が覚めた時、真っ白な空間にいた。奥行きも何も無い、不思議な空間だ。身体は動かせるものの、どれだけ歩いても景色は変わらないし、俺から発せられる音以外は何も聞こえない。

 

 

「もしかして、死んだのか?」

 

 

 そうだ、思い出した。俺は確かあの宇宙人が傘美野の校舎を破壊するために放ったシュートを真正面から受け止めた結果、ボロ雑巾みたいなされたんだ。死んでいてもおかしくない怪我だった気がする。血は吐いたし骨は多分折れたし、最低でも入院クラスのとんでもない怪我だ。

 

 

 しかし今はそういった痛みなどは一切ない。いつも通りのコンディションだ。夢を見ているだけなのか、はたまたあの世とやらに来てしまったのか。

 

 

 その時だった。映像が切り替わるように景色が一変する。暗い空。大雨が降り注いでおり、周りには建物が幾つも崩壊してる上、火まで燃えている。一体ここはどこだろうか。まるでSF映画に出てくるような近未来的な建物の残骸ばかりだが……

 

 

「う、うぅ……」

 

「この声は?」

 

 

 その時微かに啜り泣く声が聞こえた。その声の方へ歩くと、1人の少年が蹲っていた。ゆっくりと身体を起こした彼の顔を見て、俺は驚愕した。

 

 

「……俺?」

 

 

 正確には小さかった頃の俺か。まさにドッペルゲンガーとも呼べるくらいにそっくりな顔がそこにあった。恐らく年齢は小学生低学年くらい。そんな少年がなんでこんな瓦礫の山の中に1人いるんだ?

 

 

「パパ……ママ……皆……何で僕を1人にするんだよぉ……」

 

 

 その少年は拳を握り、家の残骸に叩き付ける。その時、大地が大きく揺れた。突然のことにバランスを崩しかけるが、しっかりと地に足をついて耐える。

 

 

 意味が分からない。目が覚めたらこんなところにいて、俺とそっくりだけど明らかに幼い少年が地面を殴って地震を起こす?やはりこれは夢なのだろうか。いやそう考えないと説明がつかない。

 

 

「おい君……えっ?」

 

 

 とりあえずその子に手を伸ばす。しかし、俺の手はその子に触れることは無かった。声もかけたが、聞こえていない様子。ということは、あっちは俺を認識していないということか。

 

 

「1人は……嫌だよ……」

 

 

 少年が泣きじゃくる。その慟哭には行き場の無い感情、深い悲しみが込められている。一体こんな幼い少年がどんな酷い目にあったというのか。そういえばさっき親を呼んだり、1人にしないで……とか言っていたな。もしかして、この惨状に巻き込まれて両親が?

 

 

「こんな力があるから……こんなの、要らないッ!!」

 

 

 少年がそう叫ぶと、突如その身体から凄まじいエネルギーが発せられる。あの宇宙人から感じたものよりもさらに大きく、激しいエネルギーだ。視界全体を埋め尽くすほどの光に包まれ、轟音が鳴り響く。そして徐々に身体の感覚が失われていき───

 

 

 

 ---

 

 

 

 無くなった感覚が戻ってきたのを感じ、重い瞼を開ける。すると、そこには知らない天井が広がっている。首だけを動かして周囲を見渡してみると、どうやらここは病院であることが分かる。やはりさっきのは夢か。死んだわけではなくて一安心……と言いたいところだが、素直に喜べない。目が覚めたらここにいたということは、すなわち入院と判断されるほどの怪我をしたということ。しばらくは動けないまま、か。

 

 

 だが妙だ。それなら目が覚めた瞬間に痛みの1つでも感じそうなものだが、そういった類のものはない。思っていたより軽傷だったりするのだろうか。それなら何よりではある。

 

 

「ん?」

 

 

 ここであることに気付く。妙に暖かい感覚が手を包んでいたのだ。目覚めてまもない身体に無理がないよう、ゆっくりと身体を起こす。そこには、病室の椅子に座り、俺の手を握りながら眠る春奈の姿があった。まさか、ずっとここに……?

 

 

「起きたようだな」

 

「鬼道」

 

 

 寝たままでは視界に入らなかったところから声がした。その声の正体は鬼道であり、こちらに近付いてくる。

 

 

「調子はどうだ?」

 

「あんな目にあったのに不思議と悪くない。もっと重症かと思ったんだがな」

 

「そうか。とりあえず医者と円堂達を呼んでくる。少し待っていろ」

 

 

 そう言って鬼道は病室を出ていき、俺と春奈だけが残された。鬼道が立てた物音で目が覚めたのか、春奈がゆっくりと瞼を開ける。

 

 

「おはよう、春奈」

 

「……柊弥、先輩?」

 

 

 寝起きから一転、すぐさま驚いたように目を見開いてこちらを見る。そして認識できないほどの速さでこちらに飛び付いてくる。

 

 

「心配、したんですから……!あんなボロボロになって、お医者さんにも状態が良くないって言われて!」

 

 

 後ろに回した腕に力を込めながらそう吐き出す。

 

 

「このまま目が覚めないんじゃないかって、不安で、不安で仕方なかった……!」

 

 

 言葉を詰まらせつつ、泣きながら訴えかけてくる。そして何であんな無茶をしたのかと怒られる。聞く話によると、春奈は昨日面会時間ギリギリまで俺の傍にいてくれ、今日も朝早くから来てくれていたらしい。どうしてここまでしてくれるのか、俺には分からなかった。

 

 

「春奈、ありがとう。もう無茶はしない……約束する」

 

「絶対、絶対ですからね……またあんなことしたら、もう許してあげないんですから……」

 

 

 数分間抱きしめられ、ようやく離される。春奈が離れていく時何故か寂しさのようなものを感じたが、もうすぐ鬼道達が来るだろうしそんな女々しいことは言っていられない。きっとあんな目にあった直後だからセンチメンタルになってるだけだ。

 

 

「柊弥!目が覚めたんだな!」

 

「無事で良かった……」

 

「心配掛けたな、守、秋」

 

 

 2人は別の病室にいたらしい。なぜ病室に?と訊ねると俺を絶望に突き落とすような答えが返ってきた。

 

 

「……皆」

 

 

 半田に影野、マックス、少林、宍戸。皆あの試合で怪我をしたせいで入院になってしまったらしい。……確かに、皆そうなってもおかしくないほどに負傷していた。それほどまでにヤツらは圧倒的だった。

 

 

 だがそれ以上に怒りが頭を支配する。俺の仲間を傷付けた宇宙人……エイリア学園に対する怒り、何より、皆を守れなかった俺自身への怒り。俺は副キャプテンなのに、肝心な時に役に立てなくてどうする。悔しくて悔しくて仕方ない。

 

 

「加賀美君、無事目覚めて何よりだ」

 

「先生……俺は、どうなったんです」

 

 

 すると先生は俺の怪我の具合を語り始めた。

 

 

 まず骨折。シュートごと校舎に叩きつけられたせいで背中周りの骨が折れていた。そして右脚にも骨折寸前レベルのヒビが入っていたらしい。これはおそらく、あの黒いボールでのシュートを最初に打ち返した時だ。

 

 

 次に内蔵へのダメージ。あのシュートを骨のない腹で受け止めたせいで、内部へのダメージが大きかったようだ。手術まではいかなかったが、かなり危ない状態だったらしい。打ち付けられていた時に吐血したのはそれが原因だろう。

 

 

 最後に全身の切り傷に打撲。文字通り身体中にそれが見られたらしい。特に額の辺りがスパッと切れていたらしく、運び込まれた時には顔面血塗れだったそうだ。

 

 

 ここまで聞いて俺は驚愕した。怪我のないようではない、ある1つの点について。

 

 

「じゃあ先生。そこまでの怪我をして……何で今はなんともないんでしょうか」

 

 

 そう、そんなに重症だったら身体を起こすことすら辛いはず。なのに俺は今からサッカーでも出来そうなくらいに調子がいい。1つ難点があるとすればずっと身体が横になっていたせいで少し痛むくらいだ。

 

 

「信じ難い話だが、聞いてくれるかい」

 

 

 先生はこう続けた。その怪我の状況は運び込まれた時のもの。それに対応するためにあらゆる手を尽くし、とりあえず昨日は終えた。そして今日になり、念の為再検査を掛けてみたら驚きの結果だった。そう、俺を重症たらしめたその怪我の一切が見られなかったのだという。骨折も、内蔵のダメージも、打撲も切り傷も何もかもがだ。

 

 

「これは不思議なんてものじゃない。まるで、約半日が経つまでに全て回復してしまったかのようなんだ。ハッキリ言うけど、人の回復力ではないよ」

 

 

 何はともあれ無事で良かった、すぐにでも退院していいよ。とのことだ。鬼道や春奈達は俺が目覚める前にこの話を聞いたらしく、とても驚いたという。無理もない、現に俺も驚いている。話を聞けば聞くほど意味が分からなくなるくらいだ。でもまあ、退院できるなら何よりだ。

 

 

 母さんに連絡を取り、迎えに来てもらうことになった。他の皆は1度家に帰るらしい。確かに今はお昼時だからな。皆を送り出し、俺は傍に置いてあったジャージに着替える。迎えが来る前に行きたい場所があるからだ。

 

 

 そういえば、あの夢は一体なんだったんだろう。どれだけ考えても答えは出てこない。諦めた俺は目的地へと急いだ。

 

 

 あらかじめ場所は聞いてあったので迷わずに来れた。俺の目の前には扉と、その中にいる者を示すネームプレート。そう、半田達の病室だ。

 

 

 念の為ノックをしてから扉を開ける。すると、少しやつれた様子ではあるが俺の知っている皆がそこにはいた。

 

 

「加賀美!目を覚ましたんだな!」

 

「良かった……俺達より凄い怪我だって聞いたから」

 

 

 半田が明るい表情でこちらに歩み寄ってきて、影野は心做しかいつもより明るい声色で俺の無事を喜んでくれる。

 

 

「ありがとよ。皆、怪我の具合は?」

 

「絶対安静だってさ。1ヶ月もすれば退院できるけど、その間は当分大人しくしてろって」

 

「でも、そうしてる間にも宇宙人が……」

 

 

 マックスがどのくらいの期間を要するのか説明してくれたが、その次に宍戸がポツリと呟き、皆の表情が暗く落ち込む。一緒に戦ってきたんだ、コイツらの考えることは分かる。皆悔しいんだ。フットボールフロンティアに優勝した直後にあんな負け方をしたこと、怪我をしたこと。何より、これから何も出来ずに療養に専念するしかないこと。

 

 

 さっき守は言っていた。宇宙人達はこれからも破壊活動を続ける。だから俺達が止めなきゃいけないって。つまり、俺達はアイツらにリベンジマッチを挑むことになる。その戦いに参加出来ないことが何より悔しいんだろう。

 

 

「加賀美はさ、もう退院出来るんだろ?」

 

「飛び出してったキャプテンが飛び戻ってきて、俺達に教えてくれたんです」

 

 

 何だよ守のヤツ、もう知らせてたのか。俺から説明する手間が省けたから別に良いが。

 

 

「ああ。俺は、いや俺達はあの宇宙人達とまた戦うことになると思う。これ以上アイツらの好きには……させられない」

 

 

 拳を握り締める。あの時何も出来なかった悔しさと無力感が再び脳裏をよぎる。もうあんな思いはしたくないし、誰にもさせたくない。

 

 

「そっか、そうだよな……俺達は何も出来ないけど、応援してる!」

 

 

 そういう半田の声はどこか震えていた。それを見た時には、俺はまた口を開いていた。

 

 

「お前達の無念は俺が背負う。何があっても宇宙人を倒して、平和なサッカーを取り戻してみせる!絶対、絶対にだッ!」

 

 

 決意を口にする。今話したのは虚言でも何でもない。いわば俺の覚悟のようなものだ。怪我をさせられた皆の想いは全て俺が背負っていく。皆で一緒に、アイツらを倒す。

 

 

 それを聞いた半田は立ち上がり、カバンの中を漁り始めた。引き抜かれた手に握られていたのは、6番のユニフォーム。半田のものだ。そして半田は俺のすぐ目の前に来て、それを俺に差し出す。

 

 

「加賀美、頼む」

 

 

 そう言う半田の目には強い決意が点っていた。俺は渡されたユニフォームを受け取り、握り締める。そしてそれを見ていた皆が次々にユニフォームを取り出し、俺に手渡してくる。動けない少林の元へは俺が受け取りに行く。

 

 

 俺が受け取った5枚のユニフォーム。そこからは皆の熱い思いと悔しさが同時に感じられる。

 

 

「任せろ。お前達の気持ちは俺がフィールドに連れていく!だから安心しろ!」

 

 

 そう宣言すると皆安心したような表情を浮かべる。ちょうどそのタイミングで母さんから連絡が来た。

 

 

「加賀美!」

 

 

 病室を出ようとしたら半田に呼び止められた。

 

 

「頑張れよ!怪我なんてしてまたこっちに戻ってきたら、承知しないからな!」

 

「ああ!」

 

 

 5人の激励を背に、俺はその場を後にする。病室を出た直後、目に滴る熱い雫を拭い、俺は歩き始めた。

 

 

 

 ---

 

 

 

 一旦家に帰ろうかと思ったが、雷門に寄ってもらう。もしかしたら時間がかかるかもしれないし申し訳ないから母さんには先に帰ってもらった。

 

 

 校門を抜けると、目の前には見るも無惨な姿となった俺達の学び舎。未だにこの光景が現実であると受け止めきれないが、飲み込まなければ前へと進めない。そういえば部室はどうなったんだろうか。見に行ってみよう。

 

 

 部室への道が瓦礫で塞がっていたため回り道をして向かう。案の定、と言うべきか。部室も校舎同様破壊されていた。やるせない気持ちに襲われるが、すぐさま持ち直した。なぜなら、その前に皆が集まっていたから。

 

 

「皆、来てたのか」

 

「加賀美!お前本当に無事なのか?」

 

「全く、心配かけさせやがって!」

 

 

 風丸に無事を訊ねられ、染岡に背中をバシバシ叩かれる。治ってなかったらどうするんだこの野郎……という言葉は胸の内にしまっておき、大人しく感謝を述べる。

 

 

「柊弥。俺達はこれから宇宙人と戦う!お前も力を貸してくれ!」

 

「当たり前のこと聞くんじゃねえよ。俺も戦う……アイツらの思い背負ってな」

 

 

 皆から預かったユニフォームが入った紙袋を秋に預ける。俺が持っているよりマネージャーに預けていた方が管理面がしっかりしていそうだからな。何より、これから新しいメンバーが入るかもしれないしな。

 

 

「そうだ、我々がやらねばならん!」

 

 

 俺達がそう話していると、横からそんな声が飛んでくる。響木監督だ。横には校長先生もいる。

 

 

「着いてきなさい、こっちだ」

 

 

 2人の先導に従って歩いていくと、イナビカリ修練場の前についた。しかし、今から特訓をする訳ではなさそうだ。修練場への入口から横に外れ、少し進むとエレベーターのようなものがあった。こんなものがあったとは、驚きだ。それに乗って俺達はさらに地下深くへと進んでいく。この人数が全員乗れるエレベーターって、かなり金が掛かっているはずだが元々備え付けられていたのか、はたまた後から設置されたのか。

 

 

 すると目的の階に到着したらしく、扉が開く。するとそこには、大きなモニターの前に立つ理事長の姿があった。

 

 

「理事長!」

 

「よく来てくれた。君達だけでも無事で良かった」

 

 

 そうして理事長は話し始める。アイツらエイリア学園の脅威。そしてそれを止める必要があるということ。その中で出てきたのは、エイリアに対抗するための最強のサッカーチーム、地上最強イレブン。

 

 

 そんなもの、俺達が担うしかないだろう。

 

 

「理事長!俺達がやります!」

 

「ああ。俺達がヤツらを倒してみせます!!」

 

 

 そう返事すると理事長は満足そうな顔をする。

 

 

「よし、準備が出来次第出発だ。円堂、そして加賀美。頼んだぞ」

 

「頼んだぞ……って響木監督は来ないんですか?」

 

 

 疑問を投げかけると、それに対して返ってきたのは肯定だった。ということは、俺達は監督なしでこれから戦わなければ行けないということか?いや流石にそんなはずはない。中学生だけで未知の脅威に立ち向かえなんて酷すぎる話だろう。

 

 

 その時、エレベーターの扉が開いた。

 

 

「紹介しよう。新監督の吉良 瞳子君だ!」

 

「「「ええ!?」」」

 

 

 そこから現れたのは冷たい雰囲気を感じさせる大人の女性。この人が響木監督に代わる新しい監督らしい。瞳子監督?は俺達を一瞥したあと、溜息を吐き捨てた。

 

 

「ちょっとガッカリですね、理事長。監督がいないと何も出来ないお子様の集まりだったとは思いませんでした。本当にこの子達に地球の未来を託せるんですか?彼らは1度、エイリア学園に負けているんですよ?」

 

「だから勝つんです!」

 

 

 理事長に詰め寄る監督に守がそう割り込む。

 

 

「その通り。1度負けたからこそ、俺達は必ずアイツらに勝ってみせます。そうやって俺達は戦ってきたんですから」

 

「そう、頼もしいわね……でも覚悟しておいて、私のサッカーは今までとは違うわよ!」

 

 

 自信に満ちた俺達にそう返す監督。ここまで言うんだ、さぞ凄い采配をしてくるんだろう。不安以上に大きな期待が膨らむ。

 

 

「直ぐに出発よ。準備してきなさい!」

 

「はい!」

 

 

 

 ---

 

 

 

 1度家に帰り、用意を済ませた再び雷門中に戻ってきた。母さんに事の顛末を話すと、そんなことだろうと思っていたと返され、既に準備されていた旅の荷物を渡された。流石俺の母さん、何もかもお見通しだったということか。父さんに宇宙人と戦うことになったなんて連絡したらどうなるかな。

 

 

 1番最初に到着したのは俺だった。先程の部屋に降りてくると、そこには大人陣しかいなかった。

 

 

「加賀美君、貴方昨日の決勝で不思議な力を使っていたわよね。あれは自由に使えるの?」

 

「いえ、出来ません。どういう条件で使えるものなのか俺にも分からないんです。エイリア学園との試合が終わったあと、学校を破壊しようとしているのを妨害した時も近い何かが出てきたんですが……結局分からずじまいです」

 

「そう……強い力なのは間違いなけど、不安定なものには頼れないわ。そこのところ忘れないように」

 

 

 ごもっともだ。肝心な時に化身の力に頼ろうとして不発に終わりましたーなんて洒落にならないからな。頼る必要が無くなるくらい俺個人の力を磨くのが1番だろう。その過程で自由に扱えるようになれば万々歳だ。

 

 

 瞳子監督や響木監督、理事長と話をしていると続々皆が集まってくる。瞳子監督と話して感じたことなのだが、確実に悪い人ではない。だがやはり、素性の知れない部分があるのも事実。警戒をする必要はないと思うが、時間をかけて理解していかなければならない。

 

 

「……総理が誘拐された!?」

 

 

 皆が集まったあと、理事長から知らされたのは驚愕の事実だった。なんと先程、財前総理が誘拐されてしまったという。ニュースでは謎の集団とされていたが、おそらくエイリア学園と関係のある連中だろうという見通しだ。

 

 

「皆出発よ。直ぐにエイリア学園と戦うことになるかもしれない、準備しておいて」

 

「頼んだぞ瞳子君、情報は随時イナズマキャラバンに転送する」

 

 

 イナズマキャラバン?聞きなれない単語が出てきたな。響木監督に案内されて暗い部屋に入ると突如明かりが灯り、部屋の真ん中に明るい装飾が施された大きなキャラバンが姿を現す。これがそのイナズマキャラバンらしい。俺達はこれに乗って日本中を巡り、エイリア学園と戦うんだ。

 

 

「しっかりな、皆!お前達はきっとエイリア学園に勝てる!俺はそう信じているからな!」

 

「「「はい!!」」」

 

 

 響木監督の激励を受け、俺達はキャラバンに乗り込む。皆思い思いの席に座る。俺は適当なところに腰掛けたが、気付いたら隣に春奈が座っていた。

 

 

「行くぞ皆、イナズマキャラバン発進だ!!」

 

 

 守がそう声を上げるとちょうどそのタイミングでキャラバンが進み出す。地下から地上に出て、眩しい陽射しが差し込んで来る。

 

 

「柊弥先輩、頑張りましょうね!」

 

「ああ、勿論だ!」

 

 

 待ってろよエイリア学園、絶対俺達が倒して平和を取り戻してみせるからな。




ー追記ー
文字数についてのアンケートを始めました。
今がだいたい6000~8000文字なのですが、1話辺りの文字数を減らして更新頻度を上げるかこのままで良いかを教えて下さると助かります。
更新頻度が上がるだけで話の進みは変わらないかと思います。
ご協力よろしくお願い致します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第41話 奈良の地にて

本当は月曜日に予約投稿したつもりだったんですが、2日くらい前に出来てないことに気付いて少し手直ししたせいで更新遅れました、申し訳ない…

更新してないにも関わらず伸びが止まってなくてありがたい限りです。誤字報告も毎回助かっております。ありがとうございます。


 打倒エイリア学園の旅に出てから1日。俺達はエイリア学園の襲撃と財前総理の誘拐が起こった奈良シカ公園へとやってきた。何か手掛かりが掴めるかもしれないという狙いだったが、当の現地は警察の捜査によって立ち入り禁止。監督が掛け合っているものの成果は見込めなさそうだ。

 

 

「ったく、ここまで来て門前払いかよ?」

 

「……俺、お巡りさんに頼んでくる!」

 

「おい守!……ったく、仕方ない」

 

 

 キャラバン内には不穏な空気が流れ始めていた。わざわざ遠い奈良までやってきて、結局何も出来ませんでしたなんてことになろうとしているのだから無理もない。

 そんな状況に痺れを切らしたのか守がキャラバンを飛び出していく。監督には待機しているように言われてたってのに、仕方ないヤツだ。アイツ1人行かせたら話が拗れそうだから俺も着いていくことにする。

 

 

 守はいち早く監督と話をしている警官の元へたどり着く。それと同じくらいのタイミングで、1人の警官が無線機を手に取った。話の内容までは聞き取れなかったが、意外な内容であったということがその表情や声色から伺える。

 

 

「一体何が?」

 

「よく分からないけど中に入っていいそうよ。皆を呼んできてもらえる?」

 

 

 本当によく分からないが急に敷地内のへの立ち入りが許可されたそうだ。俺達にとってはまたとないチャンスであることに変わりないため、遠慮なく好意に甘えることにする。

 

 

 1度キャラバンに戻り、皆に中に入れる旨を伝える。ずっとキャラバンに揺られていたこともあってか皆嬉々として外へ出てきた。

 そのまま監督を先頭に俺達は公園の中に進んでいくのだが、突如夏未の携帯が鳴った。

 

 

「パ……理事長?どうしました?」

 

 

 電話の相手は理事長らしい。夏未の立場ゆえに気軽に父親扱いできないもどかしさを他所に電話の内容を盗み聞きすると、俺達が公園内に入れるようになったのは理事長の働きかけがあったからということが分かった。あの人、顔が広すぎはしないだろうか。

 

 

 公園はかなりの広さであるため、手分けしてエイリア学園の手掛かりになりそうなものを探すことにした。

 見渡してみると、公園のシンボルであるシカの石像や、ここを訪れる人のために整備されていた橋などが破壊されているのが目に入る。校舎を破壊するような連中だ、この行為に微塵も躊躇いなどないだろう。

 

 

 水辺にやって来ると、1人の男が静かに水面を眺めていた。

 

 

「修也、なにか見つかったか?」

 

「柊弥か。めぼしいものはないな」

 

 

 残されているのはヤツらの破壊の痕跡くらいなのだろうか。かれこれ30分は捜しているが何も見つからない。

 

 

「俺はあっちを探してみる」

 

 

 共有できる情報もなさそうなので、まだ見ていない場所に行ってみよう。

 

 

「柊弥」

 

 

 その場を後にしようとすると、突如修也から呼び止められる。いつになく神妙な顔付きだ。何やらただならぬ雰囲気を感じる。

 

 

「もし、俺がこのチームを離れるって言ったらどうする?」

 

「何だよ急に。そんなこと起こるわけ──」

 

「いいから、答えてくれ」

 

 

 真剣な眼差しに気圧される。

 修也がいなくなったら、か。そんなこと考えたこともなかった。いや、考えようともしなかった。それだけ俺にとって修也はいて当然のような存在だったからだ。

 かつて俺が迷っていた時に目を覚まさせてくれたのも、支えてくれたのは修也だ。もちろん、守や春奈も背中を支えてくれたが、誰が1番と聞かれたら修也だろう。

 

 

 そんな修也がこのチームから、俺の目の前からいなくなったら?俺はどうするんだろう。考えたくもない。

 けどもし。本当に離れ離れになるとしたら──

 

 

「いつまでも待ってる。絶対帰ってくるって信じてな」

 

「……そうか」

 

 

 そう返すと、修也は薄く笑ってまた俺に背中を向ける。

 

 

「引き止めて悪かったな。忘れてくれ」

 

「気にすんな」

 

 

 これ以上話はないようなので俺は次の目的地へと向かった。何で急にあんなことを聞いてきたんだろうか?修也に限ってまさかとは思うが、宇宙人との戦いを前にして不安になったとかだろうか。

 大人びている修也とて俺達と同じ中学生。心が揺らぐのも皆同じということだろうか。

 

 

 それにしても修也がいなくなったら、か。口ではああ言ったが──

 

 

「それはお断りしたいな」

 

 

 これ以上、仲間が欠けるところは見たくない。

 

 

 

 ---

 

 

 

 あれからまた手掛かりになりそうなものを捜していたが、一向に何も見つからない。まあ今更ではあるが、手掛かりって例えば何なんだという話ではある。

 

 

「だ──、─────ない!」

 

「……守?」

 

 

 どうしたものかとベンチに腰掛けていると、どこか遠くから途切れ途切れであるが声が聞こえてくる。間違いない、守の声だ。

 一体何があったのだろうか。まさかとは思うが、宇宙人がやってきたりでもしたのだろうか。

 万が一ということがある、声の方向に向かってみよう。

 

 

「おい、何があった?」

 

「加賀美君、それが……」

 

 

 秋曰く、何やら目の前にいる黒服の大人達が急に俺達を宇宙人と言い張ってきたそうだ。その理由は守の足元に転がる黒いサッカーボール。あれは、エイリア学園が使っていたボールだ。あれでのシュートをモロに受けたから嫌でも分かる。撃ち込まれたあたりの古傷が疼くのを感じる。

 

 

 そして守は俺達は宇宙人ではないと証明する、と躍起になっているそう。それに対してあちら側が証明手段として提示してきたのは……なんとサッカーだと言う。

 サッカーがなんの証明になるのだろうか。俺達は仮にもフットボールフロンティア優勝校、映像のひとつでも見せれば納得してもらえたのではないだろうか。

 

 

 なんて考えていると、守より早く瞳子監督がその話を受けた。俺達が戦うのは宇宙人。なら、大人のチームとて軽く勝たなければ困るという。

 まあ、監督からすると俺達の力を直接見れるいいチャンスなのかもしれない。決まった以上は全力でやろう。

 

 

「しかし、大人のチームを率いるのは中学生の女子か。よく分からないな」

 

「いいじゃないか!それだけサッカーが大好きって証拠さ!」

 

 

 守の言う通りだな。相手して立ちはだかる以上全力で戦おう。

 

 

「それより加賀美……本当に身体は大丈夫なのか?」

 

「問題ねえよ。皆こそ大丈夫だろうな?ジェミニストームにこっぴどくやられたのは皆一緒だからな」

 

 

 視線を1周させると全員頷きで返してくる。が、もしかすると無理をしているヤツがいるかもしれない。手遅れになる前に対処出来るよう俺が目を光らせておかなければ。

 

 

「で、鬼道。作戦は?」

 

「そうだな……」

 

 

 鬼道は顎に手を添えて考え込む。

 本来監督が大筋を考えるのであって、鬼道の仕事はあくまでゲームの中での指示、調整だ。

 なぜ瞳子監督がそれをしないのかというと……まあ、単に文字通り俺達だけでどこまでやれるかを見るためとかそんなんだろう。

 

 

「攻めよう。風丸や土門も積極的に前線に参加してくれ」

 

「なるほどな。相手はフィジカルの面で俺達より上。なら引き気味に立ち回るより先に崩した方が良いってことか」

 

「ああ」

 

 

 作戦は決まった。守備は壁山に栗松、守に任せて残りは全員で前線を支配しに行く。

 マークに着く際も基本は複数。その隙を見計らって俺達FW陣で点数をもぎ取るというのが今回の勝ち方だ。

 恐らくこの作戦において中核となるのは、一瞬の隙を得点に繋げることに1番強いスピード重視の俺だ。気合い入れていかねば。

 

 

「よーし皆!勝とうぜ!」

 

 

 守の発破を受けて全員ポジションへと散らばっていく。

 反対側に構える相手……SPフィクサーズは流石と言うべきかやはりと言うべきか。大人相応の圧力を放っているし、あのキャプテンも負けてない。

 気の抜けない勝負だ。だが宇宙人共を倒すんだからこんなところで躓いてはいられない。

 

 

「さあ!雷門中とSPフィクサーズの実況をお送りしますのは私、角間でございます!!」

 

「角間?どっから来たんだ……?」

 

「俺たちの後ろから自転車で来たらしいぞ」

 

 

 どこからともなく現れた角間。なんでここにいるのか疑問に思うと近くにいた染岡が苦笑いしながらそう答えた。

 ここ奈良だぞ?東京から出発したのにその後ろをチャリで着いてくるって相当なフィジカルモンスターじゃないか?

 

 

 もしかしたらあいつにサッカーやらせたら化けるかな……なんて考えは捨ておき、目の前に意識を戻した。

 その直後にホイッスルが鳴り響き、バックパスで染岡から俺にボールが渡る。

 

 

「来るぞ!ボディシールドだ!」

 

 

 とんでもない身体つきの男が俺の前に立ちはだかった。

 その後ろに違う2人が続き、背中を支える形でパワーを注ぐとそれが前へと伝導していき、最終的に最前列の男へと伝わった。

 

 

「負けるかよッ!!」

 

「ふんッ!!」

 

 

 その強大さはまるで要塞。それに対して俺は真正面からぶつかりに行った。

 衝突の瞬間、俺が感じたのは人ではなく大きな壁に身体を寄せに行った時のような感覚だった。

 ビクともしない。確かに俺自身パワー型では無いが、スピードに比例する形で力は増幅するはず。

 それにも関わらず、この男は文字通りビクともしない。

 

 

「くッ!」

 

 

 そしてついに押し負けたのは俺だった。

 衝撃波のように放たれたエネルギーに弾き飛ばされ、転ぶことなく着地するがボールは相手に渡ってしまった。

 

 

「鬼道!」

 

「ああ!」

 

 

 鬼道に声を掛けると、分かっていると言わんばかりの頷きが返ってくる。

 俺が伝えたかったのはあれを正面突破は不可能だということ。まあ、そうするまでもなくアイツは分かっていそうだったが。

 

 

 転がっていくボールは相手に確保された。

 1つ言わせて欲しい。相手が着てるのがスーツなせいで背番号による識別が出来ないのが面倒すぎる。

 FFと違って選手データがないから名前でも呼べないのが歯痒いったらありゃしない。

 

 

 そんな文句はさておき。相手のパス回しに割り込んだ修也によってボールは再びこちらが握った。

 修也がそのまま上がっていく。するとツンツン髪の男が修也の前に立ちはだかる。

 

 

プロファイルゾーン!

 

「くッ!」

 

 

 足元から光り輝く板状のエネルギーが舞い上がり、修也を空中へ大きくかちあげる。

 あのチーム、SPを名乗るだけあって守備の面が段違いだな。まだキーパーがどれほどのものか分からないが、俺の見立てでは御影専農の統率力と千羽山の防御力を足して2で割ったくらいだ。

 

 

「行ったぞ染岡!」

 

「ッ、おう!」

 

 

 染岡に指示を飛ばすが、一瞬反応が遅れてしまったせいか相手を捉えることが出来なかった。

 ボーっとしていたのか?あの染岡が?

 にわかには信じ難いな。アイツは試合中に上の空になるようなヤツじゃない。

 

 

「風丸!壁山!一旦守備に回れ!」

 

「あぁ!……くッ」

 

「は、はいっス!」

 

 

 ボールを確保したい鬼道の声に風丸と壁山も少し反応が遅れ、結果シュートが狙える位置まで侵入を許した。

 ……おかしい。さっきから普段はありえないようなミスが多い。染岡に風丸、そして壁山。一体何が原因だ?

 

 

「「トカチェフボンバー!」」

 

 

 上がって行った2人組がシュートを放つ。

 互いの腕を握り、鉄棒競技の技であるトカチェフを模した連携でシュートに大きな力を加え、それをゴールに向かって放つ。

 

 

爆裂パンチ"改"!!

 

 

 最後に見た時よりも強力で速いパンチがシュートを真正面から捉えた。

 一撃一撃が確実にシュートの威力を殺していき、最終的にはパンチの威力が勝ったことで大きく弾き返す。

 

 

「ナイスセーブだ守!」

 

 

 飛んできたそのボールを俺が受け取り前へと運ぶ。

 それを見てか染岡がいち早くゴール前へと向かっていったのを確認出来たのでロングパスを送る。

 今度は逃すことなくボールを手中に収めた染岡が十八番の構えに入る。

 

 

「ドラゴン──」

 

ザ・タワー!!

 

 

 相手のキャプテンが染岡の前に立ちはだかる。

 足元が青く光ると、地面から高い塔が出現し、その頂点から染岡に向かって雷を落とす。

 脚を振りかぶっていた染岡は為す術なく雷に打たれ、ボールをその場に残して大きく吹き飛ばされる。

 

 

「詰めが甘いね、宇宙人」

 

「クソッ……ッ!?」

 

 

 俺は見逃さなかった。染岡の顔が歪んだその瞬間を。

 今の攻防でどこか痛めたか?いや違うな、もっと前からだ。恐らくエイリアとやった時の怪我が治っていない。そう考えればさっきからの不調にも納得が行く。

 風丸と壁山も同様だろう。まったく、試合が始まる前にあれだけ警告したっていうのに無茶しやがって。

 

 

 コイツらがこんなことをするのはきっと俺達に迷惑がかかるとかそんな辺りだろう。

 ありがたい心配だがその前に自分の身体を1番に気遣って欲しいものだがな。

 

 

 再びボールを受け取った染岡はゴールに向かって走り出した。その進行方向にはさっきのやつが待ち構えている。

 ここは俺が助け舟を出した方が良い気がするな。

 

 

「染岡!無理するな!」

 

「なっ、無理なんか!」

 

「良いからこっちだ!」

 

 

 サイドから走り込んでいき染岡にそう声を掛けると、案の定強がりが返ってきたが半ば無理やりにボールをこちらに送らせた。するとすぐさまターゲットがこちらに向いた。

 

 

「やらせないよ!ザ・タワー!!

 

 

 さっきのように塔が出現し、雷が俺に向かって降り注ぐ。

 こうして対面するとなかなかのプレッシャー。壁山のザ・ウォールに勝るとも劣らずと言ったところだ。

 だがな。

 

 

「俺に雷で挑もうなんて……100年早いぞッ!!」

 

 

 脚に力を集中させ、極めて軽い踏み込みからそれを爆発させて加速を得る。

 時折使っているテクニックなのだが、そろそろ名前をつけてみるのもいいかもしれない。雷光翔破とはまた違った応用が効くからな。

 

 

「速い!?」

 

 

 落とされた雷が俺を撃つよりも速くその場を抜ける。

 そこをやり過ごせばもうゴールは目前、先制点は俺が頂く。

 

 

轟──

 

「ここでホイッスル!!スコアレスのまま前半終了です!!」

 

 

 ボールにエネルギーを集め始めたその瞬間、前半終了のホイッスルが高らかと鳴り響いた。

 クソっ、何とか勝利への礎となりたかったんだがな。

 

 

 そうだ、そんなことを気にしている場合ではない。

 俺はすぐさまベンチへ戻り、試合を見ていた監督に進言すべく声を掛ける。

 

 

「監督」

 

「大丈夫よ。分かってるから」

 

 

 口を開いたその瞬間、手でそれを制された。

 そう言ってまもなく、監督は染岡、風丸、壁山を呼び出し、後半からはベンチへ下がるように指示を出した。

 そんなことをすれば、11人丁度で試合をしている俺達は数的不利を背負わされることになる。その事に対して反発が出るが、監督は自分の口から説明することはなく俺に視線を送ってきた。

 

 

「まあ待て皆。言いたいことは分かる。けどな、コイツら3人は隠してるだけで前の怪我が治りきっていないんだよ」

 

「ええ!?でも、治ったって」

 

「自分達が欠ければこの試合に不利になってしまう。そう思っての行動だったんだろ」

 

 

 3人をそれぞれ見ると、揃って後ろめたさ全開の態度を見せる。

 俺の言葉にギョッとしたマネージャー陣が3人の身体を無理やり調べると、案の定腫れが引いていなかったりで全員ベストとは程遠い状態だった。

 

 

「こっちはここから8人で試合か……」

 

「やれるな?鬼道」

 

「ふん、誰にものを言っている」

 

 

 鬼道をそう煽ってやると、余裕に満ちた笑みをうかべる。

 コイツの見せ場はまさにここからだからな。人数が欠けたこの状況で、どれだけその穴を埋めるゲームメイクができるか。天才ゲームメイカー様の腕の見せ所だ。

 

 

 鬼道が提示した作戦はこうだ。

 攻撃は俺と修也の2人。その他は全員前に出て俺達が点を決めるためのサポートだ。

 この作戦は守への絶対的な信頼の元成り立っていると言っても過言でないだろう。なにせ常に後ろを守るはずのメンバーも全員押し上げる訳だからな。

 必要に応じて守備もするが、まあそこは鬼道が上手く指示するさ。

 

 

 そうして後半が始まる。

 ボールは皆が奪ってくれると信じ、すぐさま俺と修也は前線へ押し上がった。

 試合再開まもなく、俺達の期待通りボールは俺達の元へと送られてくる。

 怪我をしていた3人が抜けることでかえってゲームメイクがしやすくなったようだ。鬼道の指示は全員が万全であることを前提としたものだろうしな。

 人数不利は運動量でカバー。その手綱は鬼道が完璧に握っているという訳だ。

 

 

「柊弥、決めるぞ!」

 

「当然!」

 

 

 俺と修也は共にゴール前へ。

 何度もボールを奪いに来たが、俺達の完璧なコンビネーションの前にはそんなもの小さな障壁でしかない。

 

 

「いっけぇぇぇぇ!!」

 

 

 後ろから守の激励に背中を押されて修也は空へと飛び上がり、俺は更に前へと進む。

 高く蹴り上げられボールだったが、修也はそれと同じ高さまで飛び上がり、携えた炎を脚に宿し、重々しい蹴りを叩き込む。

 

 

ファイアトルネード!!

 

 

 放たれた渾身のファイアトルネード。しかし、これで終わりではない。

 シュートはゴールではなく、その手前地点へと落ちていく。もしそのまま進めば地面に対して強烈に叩きつけられるだけ。

 しかしそんなことは起こり得ない。なぜなら──

 

 

「さっきは中途半端ですまなかったな。詫びと言ってはなんだが、この1本で帳消しにしてくれ……轟一閃、"改"ッ!

 

 

 シュートチェイン。

 シュートからシュートに完璧なタイミングで繋げることで、本来以上の威力が引き出される。

 炎と雷が互いに荒れ狂いながら相手のゴールへと向かう。

 

 

「させん!セーフティプロテクト!!

 

 

 青色の盾が複数出現し、ゴールを覆い隠すようにして防御体制をとる。

 しかし薄い壁では俺達は止められない。止められるわけがない。

 案の定、シュートが触れた瞬間その簡素な要塞は崩壊し、ゴールネットが揺らされた。

 

 

「ゴール!!豪炎寺と加賀美の完璧な連携!!人数不利を背負いつつも、雷門が先制点を奪った!!」

 

 

 修也とハイタッチを交わしつつポジションに戻る。

 ……相手のキャプテンがこちらに対して羨望の眼差しを向けていたのは気のせいだろうか。明らかに敵である宇宙人に向けるものではなかった。

 まあそんなことを気にしても仕方ないので試合に集中する。

 

 

 試合再開直後、守備寄りから攻撃重視へと切り替えた相手が速攻を仕掛けてくる。

 突然のことに俺達は対応しきれず、易々とゴール圏内への侵入を許してしまったが……

 

 

「「セキュリティショット!!」」

 

 

 相手のFW2人が連携シュートを放つ。

 2人分の力が加えられているというだけで止めることは困難になる。

 しかし、こっちのキャプテンはそんなにヤワじゃないみたいだ。

 

 

マジン・ザ・ハンド!!

 

 

 黄金の魔神がそのシュートを真正面から殺して見せた。

 守のやつ、マジン・ザ・ハンドを完全に自分のモノにしたな。

 

 

 そして守がシュートを止めた直後、試合終了のホイッスルが鳴る。

 点数は1-0。こちらの勝利だ。

 

 

「負けたよ、流石は日本一の雷門イレブンだ!」

 

「いやぁそれほどでも……って」

 

「「「えええええ!?」」」

 

 

 何となく耳が痛くなりそうな予感がした俺はすぐさま耳を塞いでおいた。

 そりゃ皆驚きたくもなる。宇宙人宇宙人と言いながら襲いかかってきたヤツらが実は全て知ってたなんて言われたら……なあ?

 

 

「私は財前 塔子!よろしくね!」

 

「あ、ああ……」

 

 

 そう言って財前は守と握手を交わした。

 ん?財前?その苗字ってもしかして……

 

 

「ん?ああ、そうなんだ。私は総理大臣の娘なの」

 

「「「はあああああ!?」」」

 

「総理大臣の娘が、総理のSPで構成されるチームのキャプテンか。無茶苦茶だな」

 

 

 それから俺達は事の顛末を聞いた。

 塔子は攫われた総理を救い出すため、超強力な助っ人を探していたらしい。

 それと並行してエイリアの痕跡を洗っていたのだが、そんなところに偶然やって来たのが俺達雷門イレブンだったようだ。

 サッカーが好きで俺達の決勝も見ていた塔子はすぐさまそれに気付き、声を掛けようとしたが、優勝チームの実力をどうしても見てみたかったため難癖つけて試合に持ち込んだらしい。

 

 

「あんた達ならエイリアに勝てるかもしれない、私と一緒に戦って欲しいんだ!パパを助け出すために!」

 

「勿論さ!」

 

「断る理由はないな……なあ皆?」

 

「「「おう!!」」」

 

 

 俺の問いかけに皆は肯定の意を示す。

 それを聞いた財前……総理と紛らわしいので以後塔子と呼ぶ。塔子は、涙ぐみながら感謝を述べてきた。

 

 

 その時だった。

 

 

『地球の民達よ、我々は宇宙の果てからやってきたエイリア学園だ』

 

「みんな!モニターを見て!」

 

 

 突如、真っ黒だったモニターに映像が映り、少し前に聞いたあの声がした。確か……レーゼ。

 

 

『我々は野蛮なことは望まない。この星の秩序であるサッカーにより、我々に逆らう意味が無いことを示して見せよう』

 

 

 野蛮は望まない?学校を破壊して皆を怪我させたヤツらがどの口で言ってやがる。

 頭に血が上り始めたのが分かったが、こんなところで勝手にキレても何も得はしないので落ち着くことにする。

 

 

「塔子様!ヤツらは奈良シカTVからこの映像を流しているようです!」

 

「奈良シカTV……監督!」

 

「ええ!皆行くわよ!」

 

 

 監督の一声で皆キャラバンに乗り込んだ。

 早速リベンジできるな……宇宙人共。

 

 

「絶対倒してやる……なあ、修也?」

 

「……ああ」

 

 

 どこか上の空な修也。まあ試合の直後だから少し疲れているだけだろう。

 今度こそ俺と修也、染岡でアイツらから点を奪ってやる。そしてこんなこと辞めさせてやるんだ。

 

 

 気合いは十分だ。絶対勝ってみせる。

 

 

 それなのに、何故だろう。

 

 

 何か……嫌な予感がする。




後半が少し薄くなっちゃったかなあ…
SPフィクサーズとの試合はあまり見どころないと思ってるのでご勘弁。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第42話 再戦、ジェミニストーム

何とか生きてます。


 

 

「ここの屋上にアイツらがいるんだな」

 

「いかにも、って感じの雰囲気だな」

 

 

 古株さんが全力で飛ばしたおかげで10分程度で奈良シカTV、エイリア学園が出現したと報告のあった場所へとやってきた。

 屋上からは、紫色の光が怪しく蠢いている。

 

 

「……よし、行くぞ皆!!」

 

 

 早速中に乗り込み、エレベーターを使って全員で屋上へと上る。

 頑張って表に出さないようにしているのだろうが、どうしても連中に対しての恐怖が皆の顔に滲んでいる。

 無理もない。俺だってまたあんなヤツらと試合するって考えたらボコボコにされた記憶が嫌でも蘇る。

 

 

 けど、それでも俺らがやるしかないんだ。

 

 

「着いた!」

 

「あれは……!」

 

 

 状況とは真逆に軽快な音が鳴り、エレベーターの扉が開く。

 すると、視界の先には屋上に取り付けられたグラウンドの真ん中で紫に輝くサッカーボールを囲むエイリア学園、ジェミニストームがいた。

 

 

「レーゼ!!」

 

「探したぞ、エイリア学園」

 

「……何故、貴様がここにいる」

 

 

 俺の顔を見るや否や、レーゼはそんな疑問を投げかけて来る。

 

 

「貴様は再起不能まで追い込んだはずだ」

 

「あの程度で俺を止められると思うな。お前達を倒すためなら地獄からでも這い上がってやる」

 

「……威勢のいいことだ」

 

 

 俺の存在にやや驚いたような表情を見せたが、すぐさま余裕を見せてくる。

 現に俺達は以前酷くやられているからな。他のチームもアイツらに勝つことは当然、点を取ることすらできていない。

 だからこそ、俺達がコイツらを打ち負かす。

 

 

「また我々と勝負でもするか?次は何人負傷するだろうな?」

 

「当然だ!次は俺達が勝つ!」

 

「いいだろう……今一度己の無力さを知るがいい!」

 

 

 こうして、再びエイリア学園との試合が始まる。

 一度ベンチで作戦会議をしていると、塔子が俺達の輪に入ってくる。

 

 

「私も試合に出して欲しい!絶対役に立ってみせる!」

 

「勿論さ!頑張ろうぜ!」

 

「なら、僕がベンチに下がりましょう」

 

 

 目金が自ら控えに回り、塔子はDFとして試合に出ることになった。

 お前絶対ビビってるだろ。誰かが危なくなったら試合に出てもらうからなって脅したら案の定高い声を上げて震えていた。面白いヤツだなお前。

 

 

「前はアイツらのスピードに面食らったけど、今回は食らいついていくぞ!」

 

「ロングパスはカットされる可能性が高い。ショートパスで攻めていこう」

 

「ああ。俺達は必ず点を奪ってみせる」

 

 

 作戦会議を終え、先にポジションに着いてるエイリアの正面に俺達も構える。

 いつ見ても不気味なヤツらだ。今に至るまで宇宙人なんて信じたこともなかったが、こうして対面するとやはり悪寒のようなものが走る。

 

 

 ……いや、ダメだな。少しでも弱気になったら相手に一方的に呑まれる。

 点を取る俺は常に強気でなければならない。

 

 

「修也?」

 

「……ん?悪い、どうした?」

 

「なんか上の空だったからさ。もしかして調子が悪いのか?」

 

「いや、そうじゃないんだ……気にしないでくれ」

 

 

 キャラバンで移動中からずっとこうだ。風丸達の前例もあるから不調を隠していないかが不安で仕方ない。

 引き際を分かっている修也だから大丈夫だとは思うが……どうだろうか。

 それとも何か、他に懸念点があるのか?

 

 

「……無理はするなよ」

 

「ああ、勿論だ」

 

 

 そう短くやり取りを終える。もし本当に駄目そうなら無理やりにでも俺がベンチに下げるしかないな。

 

 

 さて、そんなことをしているうちに全員の準備が整う。

 審判は塔子のとこのSPさんがやってくれるらしい。ちなみにまた角間が実況としてベンチ付近に参戦してる。

 

 

「よし、行くぞ」

 

「ああ」

 

 

 そしてホイッスルが響いた。

 修也にボールを渡すと、それを更に後ろの染岡にパスする。それを確認して俺達はすぐさま前線へと押し上がる。

 

 

 後ろから染岡、風丸、鬼道、塔子が攻め上がってくる。

 短めのパスで段々とボールが俺達に近付いてくるが……

 

 

「なにッ」

 

「早い!」

 

 

 いつ動いたのかも分からない程のスピードでパスコースに割り込み、ショートパスするもカットしてきた。

 やはり早い。姿が消えたタイミングすらも分からなかったくらいだ。

 

 

 ボールを奪ったエイリアのパスワークは正確かつ機敏だった。

 流れるようにFWにボールが渡り、気付けばあっという間にゴール前まで入り込まれている。

 

 

「守!」

 

 

 直後、相手の足元からボールが消えた。

 守とて、一切警戒していなかったはずがない。マジン・ザ・ハンドでは発生が間に合わないと理解していたからゴッドハンドで迎え撃つつもりだったのだろう。

 

 

 しかしそれでもシュートを抑えられなかった。

 開始30秒にしてこちらのゴールネットは揺らされた。

 

 

「クソッ、なんて速さだ」

 

「焦るなよ?まだまだ1点だ」

 

 

 染岡にそう声を掛けるが、そんな強がりで太刀打ちできる相手では無かった。

 こちらのキックオフで試合再開だが、またボールを奪われすぐさまシュートを撃たれ、あっちの点が増える。

 

 

 鬼道の指示を聞き、時に自分で考えて立ち回るがそれどれもがヤツらに通用しない。

 こちらがどれだけ策を弄しても、圧倒的な実力でそれをねじ伏せられてるような気分だ。

 

 

 せめて何か、アイツらの癖でも分かれば。

 

 

「加賀美!」

 

「おう!」

 

「ふん、先程の威勢と現状が伴っていないようだが?」

 

 

 風丸からのパスを受け取ると、レーゼが俺の前に立ちはだかる。

 

 

「精々油断してればいいさ」

 

 

 一気に加速すると、レーゼは俺を妨害することなく素通りさせてくる。

 が、その後ろに控えていた連中がすぐさま俺のボールを狙ってくる。

 

 

 落ち着け。

 ここで少しでも焦ったら相手の思うツボだ。

 だったら、ここは一度落ち着いて──

 

 

「なっ」

 

「加賀美が……抜いた!?」

 

 

 加速から急停止、ゆったりとボールを動かし、適当なタイミングで再び超加速。

 相手のペースを乱すような緩急のつけた動きだ。初見殺しの一手でしかないが、一度抜ければ十分だ。

 

 

轟一閃"改"

 

 

 最速で轟一閃を放つ。

 抜き放たれた雷鳴が真っ直ぐに相手のゴールへと襲い掛かる……が。

 

 

「ふんッ!」

 

 

 キーパーが拳を振り下ろすと、一切粘ることなくシュートは無力化される。

 正直分かっていた。以前の試合ではファイアトルネードDDもライトニングブラスターも通用しなかった。

 お世辞でもその2つに威力で勝てるとは言えない轟一閃じゃ、太刀打ちは出来ないだろうな。

 

 

 しかし、こちらの士気は確実に上がった。

 俺がヤツらを躱し、シュートまで持ち込んだからな。

 

 

「口ほどにもねえシュートだな……ほらよッ」

 

 

 豪快なスロー。ボールを受け取った小太りの肌が赤っぽいヤツは骸骨みたいな雰囲気の男にパスを出す。

 その時、自分の目を疑うようなことが起こった。

 

 

「ここだッ!!」

 

「鬼道!?」

 

 

 なんと、鬼道がボールをカットしてみせた。

 正攻法でヤツらから奪うのは難しい……鬼道め、俺も探してた相手の癖を見つけやがったな?

 

 

「上がれ豪炎寺!!」

 

 

 鬼道は1番ゴールに近い修也に上がるよう指示する。

 高いセンタリングに向かって修也が炎と共に飛び上がると、蹴りを叩き込まれたボールはゴールへ向かって落ちていく。

 

 

ファイアトルネード!!

 

 

 修也の必殺技を見て皆が声を上げる。

 けど、俺には分かってしまった。あれはいつもの修也のシュートじゃない。

 撃つ瞬間に何かを迷ったというか、そのせいで蹴りから威力がしっかりと伝わっていなかったというか……

 

 

 案の定、シュートは相手のキーパーに触れられることすらなくゴールから大きく逸れていく。

 

 

 

「修也……やっぱり」

 

「……すまない、今のはたまたまだ。次は決める」

 

 

 声を掛けるが、サラっと流される。

 ただの偶然を装っているが、本当にそうなのか?このまま修也に試合をさせてもいいのか?

 ……分からない。本来の修也を知っているだけに、これだけでは判断出来ない。

 

 

「加賀美、良いか?」

 

「ああ」

 

 

 修也を追いかける前に鬼道が近寄ってくる。

 

 

「俺が次ボールを奪ったら上がってくれ」

 

「分かった。……何か気付いたんだな?」

 

「まあな」

 

 

 やはり何か付け入る隙を見つけたようだな。鬼道はそのまま修也にも声を掛けに行く。

 俺と修也に同時を声を掛けたということは、ファイアトルネードDDだな。

 以前は呆気なく取られたが、やはりヤツらから点を奪うには鬼道から見てもそれが最善手のようだ。

 

 

 相手のキーパーからボールが動き始める。

 まるで閃光のように繋がれるパス。翻弄されるばかりで誰もそれに追い付けない。

 しかし、鬼道だけは違った。

 

 

「……ここだァッ!!」

 

 

 意を決して飛び出すと、ジャストタイミングでパスをカットしてみせた。

 それを見て俺と修也はすぐさま上がる。

 

 

「頼む!!」

 

「任せろッ!!」

 

 

 鬼道が再び高くボールを蹴り上げる。俺と修也はそれを見て炎を纏いながら同時に飛ぶ。

 回転しながらボールと同じ高さまで到達し、互いの脚に纏った炎をボールに叩き込む。

 

 

 ……いや待て、何かがおかしい。

 いつもは互いの出力が完全に噛み合って威力を増幅させる筈だが、その噛み合いが感じられない。

 俺のアプローチは完璧だった。ということは──

 

 

「──ぐあァッ!?」

 

 

 その瞬間、ボールから炎が弾け飛ぶ。

 必要以上に高められた火力が行き場を無くし、空中で爆発四散してしまった。

 俺はそれに為す術なく吹き飛ばされ、受け身を取ることなく地面に叩き付けられた。

 修也も予想していなかった事に反応が遅れ、そのまま背中から落ちていく。

 

 

「加賀美!豪炎寺!」

 

「ぐ……痛ぇ……」

 

 

 高さが高さだ。ダメージそれなりのものだった。

 とはいえまだ倒れるほどではない。鬼道の手を借りながらも何とか立ち上がる。

 すると、それと同じタイミングで前半終了のホイッスルが鳴る。得点は0-13か……

 

 

 ベンチに戻ると、鬼道が先程の種明かしをしてくれる。

 全員にヤツらの攻めにおけるパターンを説明すると、それならば行けるんじゃないかと皆の表情が明るくなる。……1人を除いて。

 

 

 その1人とは修也だ。

 1人だけ後ろの方で暗い表情をしている。

 やはり、今の修也は危険だ。シュートチャンスがあっても修也に撃たせ無い方が良いだろう。

 

 

「甘いわね。ジェミニストームの攻撃パターンが分かったところで本当に彼らに勝てるのかしら?」

 

「それは……」

 

「後半はフォーメーションを変えるわよ」

 

 

 監督が指示したのは、俺達の度肝を抜くようなものだった。

 何と、MFもDFも全員前線に押し上げた全員攻撃体勢を取るようにと言ってきたのだ。

 そんなことをすれば、ゴールまでの道はガラ空き。守がゴールを守っているとはいえ、いくら何でも無茶振りがすぎる。

 

 

「そう思うなら、ボールを奪われない事ね」

 

 

 同じ疑問を抱いた風丸が抗議するも、そう返されて終わってしまった。

 納得のいかないといった表情の皆に、守がとりあえずやってみようぜと声を掛ける。

 

 

「鬼道、どう見る?」

 

「分からん……何か考えはあるんだろうが、俺には読み取れん」

 

「お前ですら、か」

 

 

 鬼道で分からないなら誰も分からないと諦めるしかない。

 とりあえず今の俺達にできるのはヤツらにボールを奪われず、1点でも返すこと。

 

 

「皆、やるぞ!」

 

 

 後半のホイッスルが鳴り響き、俺達は監督の指示通り全員で攻撃を仕掛ける。

 しかし、瞬く間にボールは奪われセンターラインからシュートを撃たれると、守は身体ごとゴールに押し込まれてしまう。0-14だ。

 

 

 再びキックオフ。短くパスを回しながらどんどん攻め上がっていくが、為す術なくボールの支配権はヤツらに移り、そのまま一連の流れのよう1点奪われる。

 

 

 奪われ、撃たれ、奪われ、撃たれ。

 一切の抵抗は許されず、ただただ一方的にシュートを撃ち込まれる。

 監督の意図は未だに分からないが、1つだけ確かなことがある。

 

 

「……くっ、まだまだッ……」

 

 

 守が持たない。あのまま撃ち込まれ続ければ、間違いなく守は潰れる。

 だったら、俺らが……いや、俺が何とかするしかない。

 

 

 ヤツらはキックオフ直後の俺達のパスをそのまま奪い、すぐさまシュートへと繋げている。

 今俺が考えている作戦は賭けに近いほど確率の低いものだ。あらゆる要素が噛み合わないと成功することは無い。

 

 

 だが、やるしかない。

 

 

「……鬼道!」

 

 

 今まで隣の修也に渡していた染岡だったが、ここで鬼道へバックパスを出す。

 俺の予想が当たれば……

 

 

「くッ!?」

 

「──ここだ」

 

 

 横から走り込むようにして連中は鬼道からボールを奪う。

 俺がやったことは至極単純。右から左に抜けてくる相手の射線上に脚を添え、ボールが触れる感触があった瞬間に思いっきり引き抜く。

 

 

「頼むぞ鬼道!前まで運んでくれ!」

 

「ああ!任せろ!」

 

 

 呆気に取られるヤツらを他所に、俺達はすぐさま駆け上がる。そして必要に応じて俺は鬼道と共にパスを回す。

 ヤツらのスピードは常軌を逸している。しかし、ヤツらにはテクニックが足りてない。

 俺と鬼道のフェイントを織り交ぜたパスワークなら、少なくとも初見は抜ける。

 

 

「豪炎──」

 

「鬼道ォ!!俺に寄越せッ!!」

 

 

 修也にシュートを任せようとした鬼道だったが、俺の声を聞くとすぐさまこちらに切り替えてくれる。鬼道とて修也の不調を察していたのだろう。

 ボールを受け取った俺は、ようやくゴールと近い距離でキーパーと向き合えた。

 

 

「──らァァアアアアア゛ア゛ア゛ア゛ッッッ!!!」

 

 

 全部だ。文字通り俺の中の何もかも全てこの1本に注ぎ込む。

 試合時間は残り3分程度、どちらにせよこれ以上のシュートチャンスは見込めない。

 だからこそここで全て出し切る。後先は考えない。

 

 

 俺の全身から轟雷が荒れ狂い、それら全てが軽く浮いたボールに注ぎ込まれる。

 圧倒的すぎる出力。空間を裂く雷は俺の身体すらも灼くが、エイリア学園の連中も近寄ることは出来ない。

 

 

 前は9割だったからな。10割全部注ぎ込んだらどうなるかな。

 

 

ライトニングゥゥゥゥ……ブラスタァァァァァッッッッ!!!

 

 

 両脚を槍のように突き刺す。

 直後、許容範囲を大きく超えても注がれたエネルギーが大爆発を起こし、ゴールに向かって全てを貫き、焼き尽くす雷が放たれる。

 

 

「ゴルレオ!!油断するな!!」

 

 

 背後からレーゼの声が飛んでくる。

 しかしその忠告はシュートの轟音に掻き消され、ゴルレオと呼ばれたキーパーには届かなかった。

 

 

「ぐ、ぉぉぉぉおおおおお!?」

 

 

 両手でシュートを抑えに行くキーパーだが、シュートの威力は止まらない。1歩、また1歩ヤツを後ろへと押し込んでいく。

 行ける、これなら行ける。

 

 

「───────」

 

 

 貫け、そう叫んだつもりだった。

 しかし声は出なかった。10割全部シュートに注ぐと声すらも出なくなるみたいだ。

 

 直後俺は膝を着く。脚に込めていた力が全部抜け、立っていることすらもままならなかった。

 それだけじゃない。膝立ちする余裕すらなかったようで顔面からその場に倒れる。困ったな、指1本すら動かすのが厳しい。

 

 

 だがせめて、このシュートだけは。そう思って何とか顔だけ上げた。

 

 

「はぁ、はぁ……焦らせやがって」

 

 

 シュートは止められていた。キーパーはかなり消耗させられたみたいだけど点にはならなかった。

 その事実がトドメとなり、俺の意識は闇に沈んだ。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「……ここは」

 

「柊弥先輩、気が付きましたか?」

 

 

 次に目を覚ました時、俺はキャラバンの中にいた。

 頭の辺りの柔らかい感覚と、俺の顔を覗き込む春奈の顔から俺はどうやら膝枕をされているということが分かった。

 周りに人はいないか。ならまあいい……のか?

 

 

「あれから、どうなった?」

 

「柊弥先輩のシュートが止められた後、相手のキャプテンと円堂先輩の一騎打ちが始まったんです。けど、相手の必殺があまりに強すぎて……キャプテンはマジン・ザ・ハンドで対抗したんですけど、為す術なく打ち破られちゃって」

 

 

 結果としては0-32。俺達は以前よりも圧倒的な差で敗北したらしい。

 身体を起こすと、全身に倦怠感が走る。全力のライトニングブラスターの代償はこんなものか。やはり試合中に撃てばその後は動けないのは確実だ。

 

 

「皆は外に?」

 

「はい。行きますか?」

 

「ああ。……悪いが手を貸してくれるか?」

 

「はい、勿論です」

 

 

 起き上がることは出来ても、立ち上がること、歩くことはかなり辛そうだ。ここは大人しく春奈に助けてもらうが吉だ。

 

 

 春奈に支えられながらキャラバンの外に出ると、外で皆が話をしていた。

 

 

「柊弥!大丈夫なのか?」

 

「何とかな。お前こそ、派手にやられたみたいだな」

 

 

 守と軽口を交わすと、少し心に余裕が出来た。

 皆はさっきの試合の反省をしていたらしい。論点は主に監督の指示について。

 結局最後まで意図が理解出来なかったと怒りを顕にする皆に対し、鬼道が自分なりに考察した監督の意図を説明する。

 それは、前半で体力を使い果たした俺達が病院送りにならないためのものだったのでは、とのことだ。

 

 

 それでも最後まで諦めないのが雷門だと土門が声を上げるが、守がそれに対するフォローを入れる。

 守曰く、監督はあの作戦によって守に特訓させていたのだという。

 アイツらのハイスピードなシュートをに対して慣れるための特訓だったのだと、そう主張する。

 

 

 そう言いはしたが、やはり皆はイマイチ納得の言っていない様子。

 正直、俺は賛成も反対も出来ない。皆の言うことも、守と鬼道の言うことも分かるからだ。

 

 

 では守備はそうだったとして、攻めはどうだっただろうか?

 俺の最後の1本は有効打になり得たが、やはりその後に動けないのは不味いだろうと結論付けられた。当然だ。

 

 

 それより俺は、修也にさっきの不調について聞いておきたかった。

 が、それよりも早く監督がやってきて口を開いた。

 

 

「豪炎寺君、貴方にはチームを離れてもらいます」

 

「……は?」

 

 

 一瞬、静寂がその場を支配した。

 そしてそれを誰よりも何よりも早く打ち破ったのは、俺だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第43話 相棒

誤字報告ありがとうございます!
毎度助かっております!


「待ってくださいよ監督、修也にチームを抜けろって……意味が分かりません!」

 

「もしかして、さっきの試合でミスったからでやんスか……?」

 

 

 柊弥は完全に頭に血が上っていた。

 突きつけられた事実は柊弥にとってあまりに残酷で、認めたくない……いや、認めてはならないものだった。

 今にも掴みかかりそうな勢いで瞳子に迫る柊弥。今まで見せたことがないほどに感情的になっている柊弥に対し、円堂や鬼道は勿論、話の中心である豪炎寺ですらも驚きを感じていた。

 

 

「ミス……?1試合の中でのミスなんかで、修也を追い出そうって言うんですか!?」

 

「そうです監督!豪炎寺はきっと調子が悪かっただけです!」

 

 

 必死の訴えに風丸が続き、その他の者達も次々に同調する。

 それでも瞳子の表情は揺るがない。

 

 

「私の使命は地上最強のサッカーチームを作ること。そのチームに豪炎寺君は必要ない。それだけよ」

 

「そんな筈ありません!修也は雷門のエースストライカー、何度も俺達を勝利に導いてきました!次の試合ではきっと……きっといつも通り点を決めてくれます!そうだろ、修也!!」

 

 

 豪炎寺の肩を揺さぶり訴えかける柊弥。

 しかし当の豪炎寺はというと、何か言いたそうにしているものの目を瞑り俯いたまま柊弥の問いかけに対して答えることは無い。

 

 

「今まではそうだったかもしれない。けれど、今の豪炎寺君にそれが出来るかしら?」

 

「だから、さっきのは調子が悪かっただけだって───」

 

「いいえ違うわ。豪炎寺君からはエイリアを倒そうという意思が感じられない。打倒エイリアの邪魔になるだけよ」

 

 

 何とか発言を撤回させようと言葉を止めないように舌を回す柊弥だったが、そのどれもが瞳子を納得させるには程遠いものであり、どれだけ言葉を並べようが全て一言で切り捨てられる。

 

 

 他のメンバーはそれを黙って眺めるだけになってしまった。

 自分達も柊弥に続かねば、そう思っていても、2人が繰り広げる舌戦の間に割って入れる自信は誰にもなかったようだ。

 

 

「もう一度言うわ。豪炎寺君にはこのチームを離れてもらいます」

 

「───アンタに、修也の何が分かるッ!?」

 

 

 ついに年長に対する一切の敬意を放り捨てた。その激昂に驚いた鳥達が一斉に木々から飛び立つ。

 怒りの篭った目で睨みつける柊弥。その度合いは強く握られ過ぎた拳から流れる血が全てを物語っている。

 今まで怒りという感情をここまで表に出したことがなかった柊弥に誰もが驚きを隠せない。

 

 

「……最初のエイリアとの試合で半田、マックス、影野、少林、宍戸が怪我でチームを抜けた」

 

 

 ポツリと柊弥が呟くように口を開く。

 

 

「そして、今度は修也?しかも必要ないから?認めるか、認めてられるかッ!!俺らは地上最強を目指す前に雷門イレブンなんだッ!!」

 

 

 そして再び声を荒らげる。

 その言葉には、これ以上仲間を失いたくないという想いがこれでもかと込められていた。

 いや、それだけではない。豪炎寺という男は柊弥にとって、幼い頃から同じ夢を見ていた円堂に並ぶほどの存在。仲間を重んじる柊弥の中でも、豪炎寺は特別だった。

 

 

 その一言は少なくとも瞳子を除く全員の胸は揺さぶれた。

 志半ばに去っていった仲間達のことを今一度思い出させ、更には豪炎寺もその道を辿ろうとしていることに誰もが思うところがないはずはなかった。

 

 

 しかしそれでも、瞳子には届かなかった。

 こう吐き捨てた後、身を翻してどこかへと歩いて行ってしまう。

 

 

「準備が出来たら去りなさい。以上よ」

 

「──このッ」

 

 

 その一言で完全にキレた柊弥が拳を振りかぶる。

 背を向けて歩いている瞳子を捉えることは難しいことではない。

 しかし、それが為されることはなかった。

 

 

 振り上げられた拳を止めていたのは、他でもない豪炎寺だった。

 拳に滴る柊弥の血が付着しようと、そんなことは気にせずにその拳を力強く受け止める。

 全ては、親友であり相棒の手を汚させないため。

 

 

「……ダメだ、柊弥」

 

「修也……でもッ」

 

「良いんだ」

 

 

 そう言って豪炎寺は柊弥から手を離し、優しい笑みを浮かべたと思ったらキャラバンに背を向けた。

 その後彼が取る行動を、全員が嫌でも察してしまう。

 

 

「──修也ッ!!」

 

 

 そしてその場から去っていく豪炎寺。

 誰もが呆然とその背中を見つめるしかない中、柊弥はそれを追いかけて走った。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 俺は息を切らしながら修也の背中を追い掛けた。ジェミニとの試合で無理をしたせいか、足元が覚束無い。

 それでも必死に、必死に追い掛ける。

 

 

「あぐッ」

 

 

 足が縺れて派手に転ぶ。その際に少し良くない角度で入ってしまったせいか、立ち上がる際に少し足が痛む。

 けどそんなのお構い無しに立ち上がる。足を引きずりながらも、転んだ時に距離が空いた修也を追い掛ける。

 

 

 森を抜け、先程の公園に出たところで立ち止まる修也の姿が目に入った。

 息を吸い込んで、力の限り叫ぶ。

 

 

「──修也ァァァ!!」

 

 

 修也は振り返らない。

 

 

「何で、何で行っちまうんだよ!?あの人が監督だからって無条件に従う必要なんてないだろ!!」

 

 

 修也はこちらを見ない。

 

 

「そうだ、今から引き返して皆で直談判しよう!きっと皆協力してくれる、さっきあんな態度とったけど監督だってきっと分かってくれる!!」

 

 

 修也は、口を開かない。

 

 

「だから……行くなよ……」

 

 

 目元からボロボロと涙が零れ落ち始めた。

 カッコ悪いし情けない。こんな姿誰にも見せちゃいけないはずなんだ。

 それなのに、そう分かっているのに涙は止まらない。

 

 

 涙と同時に修也と過ごした記憶が溢れ出てくる。

 時間にすればたかが数ヶ月かもしれない。けれど、俺とコイツ、そして雷門の皆でのその時間は、既にどうしようもないくらいかけがえのないものだ。

 

 

 だからこそ俺はコイツをこのまま行かせたくない。

 来たばかりの監督の決定に従って、大人しく見送るなんてことは絶対に出来ない。

 どれだけカッコ悪くてもいい。何としてでも引き止めてやる。

 

 

「……」

 

「なあ、覚えてるか?お前が初めて俺達とサッカーをした時のこと」

 

 

 そう、帝国との初めての練習試合だ。

 廃部がかかってる試合だったから、必死に足りない部員をかき集めたよな。その過程でも修也に声を掛けたけど、最初は軽くあしらわれて。

 

 

「お前が10番のユニフォームを来てコートに入ってきた時、俺すっげえ感動したんだよ。いや、俺だけじゃない。皆そうさ、お前の凄いシュートに圧倒されたんだ」

 

「……」

 

「それからさ、予選大会決勝での帝国との再戦。鬼道と春奈のことでクヨクヨしてたのを助けてくれたのはお前だった。シュート撃ち込まれた時は驚いたけどさ、感謝してるんだぜ?あれのおかげで鬼道と……帝国と真正面から向き合えた」

 

 

 コイツには本当に助けられてばかりだよな。

 そうそう、それに……

 

 

「俺達の最強の必殺シュート、ファイアトルネードDD。帝国も世宇子も、大切な試合はこのシュートで勝ちを引き寄せたんだよな。さっきの試合では不発だったけどさ、俺あのシュート大好きなんだよ。俺達2人の絆の証って感じでさ……」

 

 

 片っ端から頭に浮かんだ言葉を、口上を並べる。

 修也について思うことなんてキリがないんだよ。それだけ俺とコイツは濃い時間過ごしてきてるからな。

 

 

 ……そう思ってたのは俺だけなのか?頼むから、こっち向いてくれよ、修也。

 

 

「……本当に、行っちまうのかよ」

 

「……すまない」

 

 

 ようやく開かれた修也の口から聞こえたのは謝罪だった。

 

 

「何でいなくなるかは、教えてくれないのか」

 

「……俺じゃ力不足だからだ」

 

「そんなわけない。お前は、このチームのエースストライカーなんだぞ?」

 

 

 お前で力不足なら、俺も力不足だろうが。

 なんで、そんな簡単に諦めるんだよ?

 

 

「……何度でも言うぞ、行くな。戻ってこい」

 

「……ッ」

 

 

 すると突然、修也がカバンを漁りながらこちらへ近付いてくる。

 取り出したのは、10番の、修也のユニフォームだった。それを俺の胸に押し付けてくる。

 

 

「あの日、このユニフォームを着てから俺は雷門イレブンになった」

 

 

 あの日、とはさっきも話した帝国との練習試合ではなく正式にサッカー部に入ることを決めた時だろう。確か尾刈斗との試合の前だったっけ。

 

 

「お前らが託してくれたエースストライカー。それに恥じないよう俺は今日まで戦ってきた」

 

「今も恥じることなんかねぇよ、だから──」

 

「今の俺に、この番号を背負う資格はない」

 

 

 何でだよ。何を根拠にそんなこと言うんだよ。

 お前を以外にこのチームのエースストライカーが務まるはずないだろうが、お前だから皆このユニフォームを任せられるんだよ。

 

 

「だから、これはお前が預かっててくれ」

 

「……嫌だ。お前がこのチームでこれを着ろ」

 

「頼む。お前にならこのユニフォームを任せられるんだ」

 

 

 絶対に嫌だ。俺がそれに了承してしまったら、修也を追い出すようなものだ。

 そんなこと、絶対に認めない。

 

 

「俺は、いつか必ずこのユニフォームを着る」

 

「……」

 

「約束する。また10番を背負うに相応しいストライカーになってから、絶対に戻ってくる」

 

「……もう、腹は決まってるんだな」

 

 

 力強く頷く修也。

 コイツはやるといったことは必ずやり遂げる男。戻ってくると宣言した以上、必ずこのチームに帰ってくるだろう。

 そしてここまで真剣な眼差しは、よくコイツが試合で見せるもの。

 この発言は至って真面目、これまで通り必ずやってみせるという宣言とも取れる。

 

 

 ……はあ、結局こうなるのかよ。クソッ。

 

 

 俺は、差し出されたユニフォームに手に取る。

 

 

「俺が預かってやる。だから必ず取りに戻ってこい」

 

「ああ。約束だ」

 

「絶対守れよ。もし破ったらお前に轟一閃ぶち込むからな」

 

 

 そんな冗談を突きつけてやると、時折見せる穏やかな微笑みを浮かべ、それを最後に再び俺に背を向け、歩き出す。

 静寂の中、再び俺達の距離は開いていく。

 修也は振り向かない。そして俺も、もうそれを引き止めない。

 

 

「……またな、相棒」

 

 

 去りゆく背中に1人呟く。

 それっきり、俺達が言葉を交わすことはなかった。

 夕日に向かって消えていく修也。そして俺はその背中が見えなくなるまでずっとそこで眺めていた。

 

 

 分かれた道はきっと別のどこかでまた繋がり合う。

 だからそれまでは……お別れだ。

 

 

 太陽が完全に沈んだ頃、涙など既に引っ込んでいた。




最初はこの話とプラスで北海道出発まで描きたかったんですが、試合でもないのに1万文字を越しそうだったため分割
分割した方も明日投稿します


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第44話 いざ北海道へ

連日投稿ですわ、続きませんわ

評価やら感想やら、本当にありがとうございます
めちゃくちゃモチベになってるのでどしどし送り付けてやってください


 

 

 1人来た道を引き返す。

 陽は完全に落ちており、既に辺りは真っ暗だ。森の中ということもあって鬱蒼とした雰囲気を醸し出している。

 

 

 正直、まだ修也の脱退には納得がいっていない。

 監督が何故あの試合だけで修也を必要ないと言い切ったのか、そして修也が何故それをすんなりと受け入れたのか。

 けれど、もうアイツはいない。過ぎたことは何時までも気にしていたらキリがない。

 

 

「柊弥!豪炎寺は……」

 

 

 俺の右手に握られたユニフォームを見て何かを察したのか、守は口を噤んだ。

 が、他の皆はそうはいかなかった。

 

 

「加賀美……お前止めなかったのか!?」

 

「豪炎寺さん、行っちゃったんスか?」

 

「そんな……」

 

 

 皆次々に俺に話し掛けてくる。

 当然、皆修也の離脱には納得がいっていないようで、何故止めなかった、何故連れ帰らなかったという疑問がぶつけられる。

 

 

「……今の俺達に出来ることは、エイリア学園を倒すことだ」

 

「でも、豪炎寺抜きじゃ」

 

「そんな弱気になるな。俺達は修也がいなかったから勝てないような弱いチームじゃ無いはずだろ?」

 

 

 染岡が柄にもなく弱気な言葉を吐く。

 コイツも同じストライカーである分、修也がどれだけ凄いヤツだったかが分かっているんだ。だからこれからが不安になる。

 それは当然、俺も同じだ。

 

 

「修也がいないなら、俺達が点を取ればいい。違うか?」

 

「それは……」

 

「皆もそうだ。今までエースストライカーとして俺達を勝ちに導いてくれた修也がいなくて不安なのは分かる。けどそれがどうした?弱気になって修也が帰ってくるか?エイリアに勝てるか?」

 

 

 俺の言葉を黙って聞いていた皆だったが、表情が段々と強気なものになってきた。

 そうだ、俺達は弱気になってる余裕なんてないんだ。

 

 

「だから……勝とう。俺達でエイリアを倒すんだ。そうすればきっと、またアイツと、入院してる皆とサッカーが出来る」

 

「そうだぜ皆!別れはゲームセットなんかじゃない!別れは出会いのためのキックオフなんだ!」

 

「……ったく、良い感じにまとめやがって」

 

 

 守がそう締めると、皆揃ってやる気を見せる。

 俺も負けてられない。修也がいなくなった今、俺はストライカーとして更に強くなる必要がある。

 

 

 それだけじゃない。得体の知れない宇宙人と戦うせいでこれから皆不安になることが多々ある。それをカバーできる副キャプテンも目指さなければならない。

 副キャプテンである俺は、いざというとき守を支えられる存在である必要がある。

 

 

 俺は、強くなる。

 

 

「皆、いいかしら」

 

 

 俺達が決意新たにした中、監督がやってきた。

 

 

「響木さんからメールが来たわ」

 

 

 響木監督からのメールの内容は、北海道の白恋中という学校のエースストライカー、吹雪 士郎を仲間に引き入れろというものだった。

 タイミング的に修也の脱退で欠けた攻撃力を補填するのが目的だろうな。

 俺と染岡のツートップでも構わないが……響木監督の決めたことだ。受け入れよう。

 

 

 その吹雪 士郎という名前に俺達の誰も聞き覚えがなかった。

 キャラバンに戻り、春奈のパソコンで調べてみたが大会での公式記録等は一切なく、1試合で10点取っただの熊より身体が大きいだの、にわかには信じ難い噂話ばかりだ。

 

 

「そんなに凄い選手が所属するチームが、なぜフットボールフロンティアに出場して来なかったんだ?」

 

「……分からないな。人数が足りなかったのか、或いは学校の許可が降りていないのか」

 

 

 そこまでの噂話が立っている選手だと言うのに、実際の記録が一切ないというのはやはり不自然だ。

 俺達なりに先のフットボールフロンティアに出てこなかった理由を考察するがどれもしっくり来ない。

 

 

 ともかく、1度顔を拝まないことには何も始まらないか。

 

 

「実際に会ってみれば分かるだろう。このチームの新しいエースになりうるかどうかが、な」

 

「そうだな!くーッ、今から会うのが楽しみだぜ!」

 

 

 その後、北海道に向かってキャラバンが走り出した。

 試合の疲労がまだ抜けきってはいなかったのだろう。時間帯も相まって俺は眠気に抗えず、気付いたら既に眠りに落ちていた。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「……ん」

 

 

 窓から射し込む陽の光に顔が照らされ、混濁しつつも意識が表へと引き出される。

 ……随分長く寝ていたようだ。皆はどこに行ったんだろう?見た限りキャラバンの中には誰もいないようだ。

 

 

「起きたようね」

 

「……瞳子監督」

 

 

 立ち上がって身体を伸ばしていると、助手席にあたる席に監督が座っていたのが確認出来た。

 ……昨日のことがあっただけに、気まずい。

 なんて考えていると、先に監督の方から口を開いた。

 

 

「……昨日はごめんなさいね」

 

「……え?」

 

「もっと言い方というものがあったかもしれない。大人である以上それを考える責任が私にはあったのに、一方的に貴方と豪炎寺君に言葉を吐き捨ててしまったわ。……本当にごめんなさい」

 

 

 俺の思考は停止した。

 寝起きだからという理由ではない。シンプルにこの状況が飲み込めていないからだ。

 俺は昨日のことを受け、この監督に信頼というものを一切持たないつもりだった。北海道の吹雪とやらを仲間にするのも響木監督からの指示だから肯定的に捉えただけ。

 

 

 しかし、昨日のことを一方的に謝られてはこう……毒気が抜かれるような感じだ。

 

 

「……いえ。俺も大人に対しての態度ではありませんでした。すみません」

 

「良いのよ。貴方の怒りはもっともだわ」

 

 

 ……何だろう。本当に思っていたのと違う。

 急に自分の非を認められては、責められるものも責められない。単に実は悪い人ではないというだけなのか?

 

 

 まあいい……が、1つだけ。ほんの1つだけ俺は監督に聞いておきたいことがある。

 

 

「監督。修也が抜けたことは、俺達がエイリアに勝つことに必要なことだったんですよね」

 

「ええ。それだけは信じて欲しい。私の勝手な好き嫌いなんかじゃなく、エイリアに勝てる手段を全力で考えた上での行動よ」

 

「……分かりました。それだけ聞ければ十分です」

 

 

 俺は立ち上がり、監督の前で頭を下げた。

 

 

「エイリアに勝つため、俺達を導いてください。よろしくお願いします」

 

「ええ。勿論よ」

 

 

 今は、この人を信用することにする。

 修也の脱退も必要だったこと。そう考えて俺は次を見据える。

 エイリア学園を倒しさえすれば、全てが解決するはずだからな。なら、やるしかないだろう。

 

 

 監督と話を終え外に出る。

 監督曰く、皆それぞれこの自然環境の中で自主トレに励んでいるらしい。俺もさっさと準備して取り組むとしよう。

 

 

 さて、エイリアと戦うために何が必要だろうか?

 俺の見立てではそれはまず純粋な脚力だ。あのスピードに追い付くのにも、硬すぎるゴールをこじ開けるのにもまずはそこを強化すべきだろう。

 

 

 そしてもう1つ、新しい必殺シュートだ。

 轟一閃やライトニングブラスターをヤツらにも通用するレベルまで改良するという手段もあった。

 だが、新しいアイデアが既に浮かんでいるためそっちを採用することにする。これを習得するまでの過程で必然的に脚力も身に付く気がするしな。

 

 

 そんなことを考えながら歩いていると、比較的開けた場所に出た。そしてそこには俺の身体よりも遥かに大きな岩が佇んでいる。

 

 

「やるか」

 

 

 今は無我夢中にボールを蹴りたい、そんな気分だ。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「加賀美?いるか?」

 

「ん?染岡か。どうした?」

 

「昼飯らし……っておい、こりゃ何だよ!?」

 

 

 柊弥を呼びに来た染岡は驚愕した。

 柊弥が特訓に選んだ場所、それは最初染岡が目を付けていた場所だった。

 しかし、中央に鎮座する巨大な岩が邪魔だったために別の場所でやることにした、はずだった。

 再びここを訪れてみたらどうだろう、そこにあったはずの岩は所々が欠け、穴が開き、歪な形となっていた。

 加えて一帯を包み込む焦げ臭い匂いと、真っ黒のサッカーボール。そして、尋常じゃない汗を流してそこに立っていた柊弥。

 ここで何かとんでもないことがあったのは確かだった。

 

 

「お前もしかして、新しい必殺技が完成したのか!?」

 

「……いや、まだだ。こんなんじゃ足りない」

 

「こんなってお前……世宇子の連中ですらこんな芸当は出来ねぇだろうよ」

 

「エイリアは世宇子より強えよ。そしてまだこのシュートじゃ、そんなヤツらを倒せない」

 

 

 そういって柊弥はボールを拾い上げ、汗を拭いながらキャラバンの方へと歩いて行った。

 呼びに来たはずが1人残された染岡はしばらく立ち尽くして柊弥の後を追う。

 

 

「なあ加賀美、お前は吹雪とかいうストライカーどう思う」

 

「エイリアを倒せる力があるなら大歓迎だ。けど、だからといってソイツ1人に頼るつもりはない。俺とお前も雷門のストライカーだからな」

 

「そうか……俺は、到底受け入れられそうにねえ。どんなシュートを撃てても豪炎寺の代わりになれるヤツなんかいねぇ」

 

 

 

 森林の中、2人のストライカーが互いに胸の内を明かす。

 

 

「そりゃそうだ。誰だろうが修也の代わりになんかなり得ない。ソイツも、俺もお前もな」

 

「けどよ…もし、本当にソイツが雷門に入ったら、豪炎寺の居場所がなくなっちまう。そんな気がするんだ」

 

「分からなくはねえよ。けどソイツが来て、修也も帰ってきたら別に拒みはしないだろ?そういうことだろ」

 

 

 話しているうちに森を抜け、キャラバンと他の皆が待つ広場へと出る。

 円堂や風丸が手を振って早く来いと急かしてきたため、2人は小走りで合流する。

 

 

「……俺は」

 

「あんま難しく考えんなよ。仲間が増える、それで良いんじゃないか」

 

「柊弥ー!染岡ー!早く来いよ!」

 

「おう、悪い悪い」

 

 

 染岡は1人、胸の中で思う。

 

 

(俺は、やっぱり豪炎寺の居場所を守ってやりてぇ)

 

 

 仲間であり、ライバルであり、憧れである豪炎寺に対して、柊弥とはまた違った特別な感情を抱いているのがこの男、染岡である。

 

 

 そんな染岡の悩みを他所に、既に腹を鳴らしている円堂や壁山は今にもおにぎりの海に飛び込みそうな勢いだ。

 

 

「柊弥も来たし、早速──」

 

「──待ちなさい!手は洗ったの!」

 

「「「はい!!」」」

 

 

 2人が戻ってきたことで食欲を抑えきれなくなった円堂が大量に握られたおにぎりに手を付けようとしたが、夏未が手を洗ったのかとそれを止める。

 今回は全員洗っていたようで、綺麗になっているのであろうその手を夏未に見せつける。

 しょうがないわね、と言った微笑みを浮かべて夏未がGOサインを出すと皆一斉に飛び付いた。

 

 

「皆、ご飯の後はお風呂に行って汗を流して来なさい」

 

「近くに温泉があるみたいです!」

 

「マジか!最高だな!」

 

 

 この一瞬だけは、自分達に課せられた使命を一旦忘れて年相応のように皆はしゃいでいた。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「ねえ、塔子さん」

 

 

 食事、風呂を終え、瞳子の計らいで行われたキャンプファイヤーでまたはしゃいだ後、男子はキャラバン、女子はテントに分かれ明日に備えて寝る準備をしていた。

 外に設置された女子用のテントの中、寝袋に身を包んだ4人の女子達によるガールズトークが幕を開けようとしていた。

 

 

「……貴女は、円堂君のことが好きなの?」

 

「うん、ああいうやつは大好きだよ」

 

「それは、男の子としてですか?」

 

 

 夏未のド直球な問いに対して、塔子はこれまた正直に答えた。表に出してはいないが、それを聞いて木野と夏未が警戒心を強めたのは本人達しか知る由もない。

 そしてそれに対して音無が追加で問い掛ける。その答えに対して、先程の2人は無意識のうちに身構える。

 

 

「そんなこと関係ないだろ?友達として、サッカー仲間として大好きだよ」

 

「……そう」

 

「皆はどうなの?好きな男の子とかいないの?」

 

 

 塔子が仕掛ける。

 年頃の中学生の心を突くようなその質問に、塔子を除く全員が冷や汗をかく。

 

 

「わ、私はいないかな」

 

「あらそう?私もよ」

 

 

 木野と夏未がそれに対してとった行動はズバリ回避。

 余計な波を立てぬためにも、速攻で頭に浮かんだ男の顔をかき消し、そう取り繕った。

 そして卑怯にも、2人は共通の標的に狙いを定めた。

 

 

「でも、音無さんは……ねえ?」

 

「ふふっ、そうよね」

 

「えっ?音無はいるのか!?」

 

「ふぇ!?え、えっとぉ……」

 

 

 そう、音無である。

 塔子と違いここ数ヶ月雷門イレブンのマネージャーとして3人で活動していたため、音無が柊弥に好意を抱いているのはもはや明白だった。木野に至ってはそのフォローを度々している程である。

 

 

「分かった、加賀美だろ!アイツモテそうだもんなー」

 

「あら正解」

 

「夏未さん!?バラさないでもらえますか!?」

 

 

 トドメを刺したのは夏未だった。

 まだ塔子の図星を突いた一言だけだったら幾らでも回避しようがあったが、夏未のその一言によって完全に音無の逃げ道は塞がれた。

 色恋の話に関してはやはり興味が尽きない年頃であるせいか、塔子はすぐさまそれに食いついた。

 

 

「加賀美のどんなところが好きなんだ?」

 

「えっと……言いきれません」

 

「うんうん、音無さんたら練習中もずっと加賀美君のこと見てるもんね」

 

「木野先輩!?傷抉らないでくれませんか!?」

 

「諦めなさい音無さん。貴女に出来るのは今ここで加賀美君への熱い気持ちを語り尽くすことだけよ」

 

 

 どんどん追い詰められていく音無。

 すると、何かの弾みに吹っ切れた音無は決意を固める。

 

 

「……良いですよ、ここまで来たらとことんです!寝れると思わないでくださいね!」

 

「望むところ!」

 

 

 こうしてガールズトークという名の音無による柊弥語りは始まった。

 ちなみにこの話はあまりに長くなったため、同じテントで寝る瞳子の登場によって強制的に打ち切りとなった。

 それでも深夜2時くらいまで続いたため、他の3人は必要以上に煽ってしまったことを心の底から後悔した。

 それとは逆に音無は、普段語ることの無い想い人への感情を語り尽くしたせいか、3人とは対照的にこれでもかというほどの質のいい睡眠が出来たという。

 

 

 

ーーー

 

 

 

「起床!出発するわよ!」

 

「朝か」

 

 

監督が鳴らすホイッスルで目が覚めた。

未だに睡眠中のヤツらはとりあえず頭を引っぱたいて強制的に起こす。

特に壁山。頭まで被って全力で拒絶するのやめろ。とっとと動いてキビキビ動け。

 

 

「…ぷはぁ」

 

「柊弥先輩!おはようございます!」

 

「春奈か、おはよう」

 

 

顔を洗っていると後ろから元気そうな声が聴こえいた。顔を見ずとも余裕で誰だか分かる、春奈だ。

春奈がタオルを手渡してくれて初めて気づいたが、俺は顔を洗いに来たというのにタオルを持ってきていなかったようだ。

 

 

「今日はやけに元気だな」

 

「まあ、色々ありまして!」

 

元気なのは何よりだろう。

だが1つ気になることがある。

 

 

「…何で秋達はあんなにゲッソリしてるんだ」

 

秋と夏未、塔子といった春奈を除く女子陣がやけに疲れきった顔をしている。いや疲れたというか…供給過多に耐えきれなくなった的な、胃もたれ的な?

慣れない寝床だったから寝れなかったのだろうか?気持ちはわからなくもないが。

…まあ、良いか。




現在音無の柊弥に対する想いを知っているもの(知ってしまったもの)
・木野(何度も背中を押している)
・夏未(自分のライバルじゃなくて安心している)
・塔子(思った以上にガチな音無にドン引きした)
・鬼道(アイツになら妹を任せられる…いやでも、と葛藤中)
・豪炎寺(柊弥を見る音無の視線で察した。本人は明らかにしていないが、柊弥もその気があることを唯一知っている)
・土門(29話で木野、豪炎寺、鬼道と共にデート中の2人を尾けていた。動機は街を散歩してたらコソコソしている3人が見えたから)
・響木さん(監督の広い視野の前には全てお見通しだった)
・風丸(察した)
・一之瀬(土門がバラした。それを知った音無は土門に轟一閃をぶち込んだとか何とか)

ちなみにそのうち全員にバレる


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第45話 雪原のプリンス

実は今日でこの小説を書き始めてから1周年です。
リメイク前を書き始めたのはまたそれより前なので厳密には違うかもしれませんが、1つの節目って感じがしますね。

最初は思いつきで書き始めた当作も多くの方に読んでいただき、作者としては感激の一言に尽きます。
時には日間上位に載ってUAがありえない伸びを見せたり、またある時にはコラボのお誘いをいただいたり...本当に色々なことがありました。

まだまだこの小説は続きますので、ぜひお付き合い下さいませ。


 

 

「うううう、寒いっす・・・」

 

「北海道、流石の寒さだな」

 

 

 俺達はイナズマキャラバンに長時間揺られ、ここ北海道へとやってきた。

 窓の外の景色が白くなり始めたと同時に気温が一気に下がり、皆こうして震えている。

 キャラバンに暖房はもちろん搭載されているが、燃料節約的なアレで監督からストップが掛かってしまった。シンプルに凍え死にそうなんだが.

 

 

 改めて外を見ると、まあ北海道って感じの雪だ。場所によっては俺の背丈くらいの高さまで積もっている。

 この雪を一気にシュートで除雪出来るようになったりしたら、もしかしてかなりレベルアップできたりして。

 

 

「柊弥先輩、寒いので抱きついても良いですか?」

 

「ダメだと思うな」

 

「えー」

 

 

 ナチュラルにとんでもないことを春奈が提案してきた。そんな通路を挟んで隣に座っているドレッドヘアーに殺されそうなことさせる訳にはいかない。宇宙人と戦う前に凍え死ぬのも仲間に殺されるのも勘弁だ。

 

 

 しかし、女子に取ってこの寒さがキツいというのは事実。

 

 

「これで我慢してくれ」

 

「暖かい・・・けど、これじゃ柊弥先輩が」

 

「気にするな。暑いのは嫌いだが寒さには慣れているんだ」

 

 

 上のジャージを脱ぎ、春奈の肩に掛ける。

 中には1枚のシャツしか着ていないが、耐えられないほどではないな。呼吸を意識して血の流れを早くすれば体温も上がってくるってどこかで聞いたし、試してみるか。

 

 

「それとも、まだ寒──ィッ!?」

 

「うわわっ!?」

 

 

 その時、キャラバンに急ブレーキが掛かりその勢いで前の座席に顔面を思い切りぶつける。

 俺の前に座っていた守はきっと急に背中から衝撃が伝わってきたことだろう。許せ。

 というか痛い。かなりの勢いでぶつかったから痣になりそうだ。鼻血が噴き出していないのは不幸中の幸いかもしれない。

 

 

「古株さん?どうしたんですか?」

 

「あんなところに人がいるんじゃよ」

 

 

 古株さんが指さした方向を見ると、地蔵の隣にジャージに身を包んだ少年がガタガタと震えていた。

 この寒さの中何やってるんだ?このままあそこに立たせ続けたら多分死ぬよな、アイツ。

 とりあえずキャラバンに乗せた方が良い気がする。

 

 

「瞳子監督、1回彼を保護した方が良いんじゃ.」

 

「そうね。ここで見捨てて凍死なんてされても困るわ」

 

「よし!俺行ってくる!」

 

 

 監督にそう進言すると、やはり同じことを考えていたようで即座に頷く。

 それを聞いた守は我先にと席を立ち上がり、雪が激しく吹き付ける外へと飛び出して行った。

 入ってきた少年は俺達と同じくらいの年齢層だろう。

 面白いくらいにガタガタ震えているが、よく見るとかなりの美形だ。雷門に来れば風丸くらいにモテそうな気がする。

 

 

「何であんなところにいたんだ?下手すれば凍死してたぞ」

 

「あそこは僕にとって特別な場所なんだ。北ヶ峰って言ってね」

 

「北ヶ峰?確か雪崩が多い地域じゃったよな」

 

 

 あの雪の量だったら納得だ。

 そんなところに突っ立ってたとなると、尚更危なかっただろう。表情から察するにその事をちゃんとわかった上での行動だったようだし、何か事情でもあるのだろうか。

 

 

「ところで、どこまで送っていけばいいんだ?」

 

「蹴りあげられたボールのように、ひたすら真っ直ぐ.かな」

 

「いいなその例え!サッカーやってるの?」

 

「うん!大好きさ」

 

 

 続けざまに行き先を訊ねられると、そんな小洒落た返し方をする。

 答え方で分かるように、彼もサッカーをやっているらしい。もしかすると、例の吹雪のことを知っているかもしれない。

 ここはひとつ聞いてみるか。

 

 

「なあ、おま──ェィッ!?」

 

「柊弥先輩!?」

 

 

 口を開こうとした瞬間、再びキャラバンを襲った衝撃に身体を持っていかれて前方の席に顔面から突っ込んだ。

 2度の衝突に俺の鼻は耐えられなかったようで、とうとう鼻血が噴き出した。

 どうやら、タイヤが雪に持ってかれたみたいだ。この雪の量だからな、もしかしたらとは思っていたが、何も俺が話そうとした瞬間に起こらなくてもいいだろう。

 

 

「ちょっと見てくるわい」

 

「ダメだよ、山オヤジが来るよ」

 

「山オヤジ?」

 

 

 春奈からティッシュを貰って上向けになって鼻を抑えていると、少年が聞きなれない単語を口にする。

 

 

「ヒイィィッ!?」

 

「どうした目金!?って何だ!?」

 

「地震!?」

 

「いや.外に何かいるぞ!」

 

 

 誰かが口にしたように地震を疑うような揺れがキャラバンを襲う。

 そして揺れ始めたと同時くらいに、外から獣の唸り声のようなものが聞こえてくる。

 まさか.山オヤジって。

 

 

「デカい熊のことかよ!?」

 

「熊ァ!?」

 

「って、アイツがいないぞ!?」

 

 

 熊の出現、そして少年の行方不明。ついでに俺の鼻血。色々なことが同時に起きすぎだ、一体どうなってる!?

 状況を呑み込めず混沌とするキャラバンの中だったが、ここで一際大きな衝撃がキャラバンを襲い、大きな音が外から響いてくる。

 熊はどうなった?

 

 

「.どうなってるんだ」

 

 

 窓越しに外を覗く。

 すると、揺れの正体であろう、おそらくキャラバンよりも大きな熊が雪の上に突っ伏している。

 そして外からサッカーボールを持った少年が戻ってきた。

 

 

「もう出発して大丈夫ですよ」

 

「・・・まさか、な?」

 

「流石にないでやんスよ」

 

 

 守や栗松が苦笑いしながらそう頷き合うが、状況的にコイツが何かやったとしか思えない。

 あの巨体を誇る熊をサッカーボール1つで撃退なんてにわかには信じられない。

 それこそ、修也のようなシュートを撃てるストライカーでなければ.いや、修也でも流石にあの熊は厳しいか?

 

 

「・・・なあ春奈」

 

「はい、何でしょう」

 

「さりげなく抱きついてるのは何故でしょうか」

 

「怖かったので!」

 

「・・・そうですか」

 

 

 あんな状況で頼られるのは満更でもないが、ストレートに抱き着かれると色々マズイ気がする。

 特に女子陣からのニヤニヤとした視線と、鬼いさん、もとい鬼道からの殺意混じりの視線。前者は他人事と思って楽しんでるし、後者は自分事のようにキレてる。いや、キレてるとはまた違うんだろうが・・・それを向けられた側からすると大して変わらない。

 

 

 そんなことは他所にキャラバンは再び走り出す。

 10分程進んだ後、例の少年がここで良いと言ったのでここで降ろすことになった。

 

 

「本当にここで良いのか?」

 

「うん、大丈夫だよ。ありがとうね」

 

 

 周りを見た限り、雪が積もってるばかりで建物の類はほとんど見えない。本人の意思ということでここで降ろすことになったが、本当に大丈夫だろうか。また道端で凍えられたりしたら笑い話になるだろうな。

 

 

「そうだ。君、ちょっといいかい?」

 

「どうした?」

 

「.大切にね」

 

「何が!?」

 

 

 降りる前に俺に話しかけてきたと思ったら、そんなことを言い残して行った。

 大切に?散々虐められた鼻のことか?それを聞き直す前にヤツはキャラバンを降りて行った。

 そういえば名前すら聞いてなかったな・・・まあいいか。

 

 

 そして再びキャラバンは走り出した。目的地は再び吹雪 士郎がいる白恋中。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 豪炎寺君がいなくなってから、チームの雰囲気がどこか変わってしまった。

 円堂君や鬼道君は、瞳子監督を実力ある指導者として認めているし、一之瀬君や土門君も監督の立場を理解している。

 だけど、壁山君や栗松君、何より染岡君は監督の行動に疑問を持っているみたい。

 

 

 こればっかりは仕方の無いことなのかな。

 1年生の皆にとって豪炎寺君はエースでありヒーローみたいな存在だっただろうし、染岡君にとっては同じストライカーとしてのライバルでもあり、憧れでもあり、何よりかけがえのない友達だったと思う。

 

 

 けれど、そんな皆の中でも私や夏未さんが一際心配していたのは加賀美君。

 豪炎寺君が離脱させられることに目立って反発していたし、豪炎寺君との絆が1番深いことは私達だけじゃなく、チームのみんながよく分かっている。その上、仲間を大切にする加賀美君だからこそ、今回のことが大きく影響しているんじゃないかって、そう思った。

 チームの中でも比較的大人な加賀美君だからかもしれないけど、今は監督の言うことに大人しく従ってはいる。けど、そんな彼だからこそいつ崩れてしまうかが心配だし怖い。

 

 

 だからこそ、私達は昨日のテントの中で音無さんに加賀美君のサポートをお願いした。

 あわよくばくっついてしまえ、なんて邪な発想もあるけれど、本質はそういうこと。

 

 

「ねえ夏未さん」

 

「どうしたの?」

 

「皆大丈夫かな?私ちょっと不安になってきて」

 

 

 隣で目を閉じていた夏未さんに小声で話し掛ける。

 

 

「大丈夫よ。彼らは強いわ。秋さんだって見てきたでしょう?どんな困難でも、彼らは乗り越えてきたわ。マネージャーである私達がそれを信じてあげなくて、誰が信じてあげられるのかしら?」

 

「・・・そうだね」

 

 

 優しい微笑みと共に夏未さんはそう返してくる。

 そうだよね。私が皆を信じてあげなきゃダメだよね。

 

 

 マネージャーとして、これからも支えてあげなくちゃ。

 

 

「おお見えてきたぞ!あれが白恋中じゃ!」

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「んーっ、着いたーッ!!」

 

「まさに雪原に聳える、と言った感じだな」

 

 

 白恋中正門前で降ろしてもらい、雪原の台地を踏み締める。ずっと座っていたからこうしていると身体が伸びていくのが明確に分かる。

 監督は一足早く降りて校舎の中に行き、関係者と話を付けてきたようだ。

 許可が降りた俺達は寒いので足早に中へと入る。壁山なんかは顔真っ青にして震えているからな。

 

 

「すごーい!本物の雷門中だ!」

 

「握手して!」

 

「凄い歓迎ぶりだな」

 

「俺達はFFの優勝校だからな。それなりに有名ではあるんだろう」

 

 

 白恋中のサッカー部の人達が熱い歓迎をしてくれる。

 鬼道が言った通り、数日前に全国大会で優勝しているわけだしサッカーをやっている人にとっては一定の知名度はあるんだろう。

 互いに身の上話をしたところで、本題を切り出す。

 

 

「そうだ、吹雪 士郎ってやつは何処に?」

 

「吹雪君?吹雪君なら今頃スキーじゃないかな、今年はジャンプで100m目指すって言ってたよ」

 

「いや、きっとスケートだよ」

 

 

 聞いた感じ、吹雪は随分多才なようだ。ウィンタースポーツは大体プロレベルらしい。

 噂の凄いシュートというのは、そういった別のスポーツでの技術も応用した上でのものなのかもしれないな。

 

 

「あ、帰ってきたんじゃない?」

 

 

 1人がそんな声を上げると、小柄な女子が廊下を覗く。

 

 

「吹雪君だ!早く早く!お客さんだよ」

 

「お客さん?」

 

「!?」

 

「この声って」

 

 

 俺達は揃って驚いた。

 なぜなら、教室の外から聞こえたその声が先程聞いた声と同じだったから。

 

 

「あれ、君達!さっきぶりだね」

 

「お前が熊殺しか!?」

 

「実物を見てガッカリさせちゃったかな?大体僕の噂を聞いてきた人は大男かなんかだと錯覚してるみたいで」

 

 

 いや、俺もそう思っていた。

 少なくとも、修也を含めた雷門のストライカー陣よりはガッシリとしている男なんだろうなと思い込んでいたが、実際は真逆。俺達よりほっそりとしているかもしれない。

 だとしたら、さっきの山オヤジとかいう熊をやったのも本当なのか?

 

 

「これが本当の吹雪士郎なんだ。よろしく」

 

「・・・くッ!」

 

「染岡?」

 

 

 染岡は唐突に教室を飛び出して行ってしまった。

 修也と重ね合わせて幻滅した、とかそんなところか。あれは少しカバーしとかないと後々マズイかもしれないな。

 

 

「ちょっと行ってくる」

 

 

 そう言って俺も染岡の後を追う。

 校舎の外に出ると、真新しい足跡が続いていたため追跡は簡単だった。

 丘のようになっているところに染岡は1人立っていた。

 

 

「染岡」

 

「加賀美か・・・」

 

「お前の考えていることは大体分かる。修也のことだろ」

 

 

 そう指摘すると、染岡は傍にあった木に拳を叩き付ける。

 振り積もった雪が音を立てて落ち、周囲の積雪を僅かに巻き上げる。

 

 

「分かってる。アイツを嫌うのは筋違いだってことぐらい。けど、前も言ったろ?アイツを・・・吹雪 士郎を認めたら、豪炎寺の居場所が無くなっちまう!雷門のエースストライカーは豪炎寺しかいないんだ!」

 

 

 染岡の悲痛な叫びが木霊する。

 修也がチームを抜けた直後、山での自主練の時に染岡の考えは聞いていた。

 俺は受け入れるしかないだろって諭したが、まあコイツの性格上簡単に受け入れることは難しいだろうな。

 

 

 何回も言うが、俺だって修也の代わりなんて認めない。

 だから俺は吹雪を修也に代わるストライカーとしては見ない。あくまで新たな1人のストライカーとだけ考える。

 雷門のエースは俺でも染岡でも吹雪でもない、修也ただ1人だ。

 

 

「そんなこと皆分かってるさ。だから今はアイツの実力を見定めてやろう。俺達に着いてこれるくらいどうか、な」

 

「・・・ああ、分かったよ」

 

 

 染岡のことだ、俺の顔を立てるために頷いたけど納得はしていないだろうな。まあそれで良いさ。

 その都度俺がカバーしてやればいい。俺は副キャプテンだからな。

 

 

 2人で皆の元へ戻っていくと、吹雪に俺達の目的を説明するために少々自由時間を取るらしい。

 皆はその間グラウンドで雪遊びでもするらしいが、俺は瞳子監督にその場に同席するように頼まれた。

 俺だけじゃなく、春奈に守、白恋イレブンの子も1人交えた上でだ。

 

 

 話は一瞬で作られたかまくらの中ですることになった。流石に雪国の中学生、お手の物だな。

 

 

「さて、お話ってなんですか?」

 

「私達はエイリア学園を倒すため、最強のサッカーチームを作っているの。音無さん」

 

 

 声をかけられた春奈はパソコンでエイリアの被害を受けた学校を映し出す。その中には俺達の雷門中も。

 流石に大々的にニュースでも報道されている内容なだけあって知っているらしい。

 

 

「でも、うちは大丈夫だよ。最近やっとサッカー部としての活動が出来るようになったんだ。エイリア学園も狙ってこないさ」

 

「白恋中だけの問題ではないわ。これ以上エイリア学園の好きにさせる訳にはいかないの」

 

「そうだ!俺達はエイリア学園を倒して、この悲劇を終わらせたいんだ!なあ柊弥!」

 

「ああ。ヤツらを見過ごす訳には行かない」

 

 

 校舎の破壊も、怪我人もこれ以上増やさせない。一刻も早く俺達はエイリア学園を倒す。

 そしてそのために吹雪の力が必要となるか、俺は今ここで見定めてみたい。

 

 

「お前が噂通りのストライカーかどうか、俺達に見せてくれないか」

 

「良いよ。練習試合、ってことかな?」

 

「そうね。白恋の監督さんにも話はしてあるわ」

 

 

 そうして、俺達と白恋とで練習試合をすることが決まった。

 外で遊んでいる皆は雪合戦やらなんやらで身体が暖まっていたようで、意気揚々と試合の準備に入る。

 俺や守はそうでもないので少し2人でウォーミングアップすることにした。

 

 

轟一閃"改"ッ!!

 

ゴッドハンド!・・・わっ!?」

 

 

 1本勝負として放った全力の轟一閃。

 以前は守のゴッドハンドを破れなかったが、今回は簡単にその手を打ち砕くことが出来た。

 間違いない。あの必殺技の特訓のおかげで俺個人としての能力が以前より上昇している。しかも俺の想定を大きく超える形で。

 そんな必殺技が完成すれば、エイリアから点を奪うことも難しくないはず。今はまだ完成には程遠いが。

 

 

「気合入ってるな、柊弥!」

 

「ああ。アイツがいない分、俺が点を取ってやる」

 

「頼んだぜ!副キャプテン!」

 

 

 ふと白恋のベンチの方を見てみる。

 すると、キャプテンマークを身につけた吹雪がチームメンバーを鼓舞しているところだった。

 

 

 先程少し話して感じた吹雪の印象だが、どうも掴みどころがないと言ったところだ。

 修也や染岡のようなストライカーとしての圧を感じるわけでもなければ、守のようなキャプテンとしての熱もそこまで感じない。

 だが、チームメンバーが吹雪に向ける信頼の目線からやはり只者ではないと伺える。

 

 

 さて実力を見せてもらおうか、と思いポジションに着いた。

 そこで俺達は有り得ないものを見てしまった。

 

 

「吹雪が.DF!?」

 

「おい、どうなってんだよ・・・?」

 

 

 センターライン付近に構えるヤツら曰く、吹雪は確かにFWだが今は違う、とのことだ。

 考えられる可能性は、試合の途中でのポジションチェンジ。吹雪はFWでありDFもこなすハイブリッドな選手なのかもしれない。

 何はともあれ、実際にアイツのプレーを見てみないことには始まらない。

 

 

「やってやるか」

 

 

 改めて吹雪 士郎。お前がどれだけ凄い選手か.俺達に見せてみろ。




次回、VS白恋中
今後ともよろしくお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第46話 ブリザードが吹き荒れる

多忙に次ぐ多忙で更新遅れましたが生きてます
しばらく期間が空いていたにも関わらず評価数が40人を超えたり、UAがじわじわ伸びていたりありがたい限りです。
もう少ししたら落ち着くと思うのでご勘弁を・・・


 

 

「クソッ、とことん意味が分からねぇ」

 

「確かにな」

 

 

 やや冷静さを欠いている染岡を少し制しながらも頷く。

 アイツは熊殺しだのブリザードだの、いかにもな異名をぶら下げた凄いストライカーだったはず。

 さっき他のヤツがいっていた"今は"というのも引っかかるところだ。

 だがまあ、とりあえずやるしかないだろう。

 

 

「さあ皆!気合い入れていこうぜ!」

 

 

 古株さんによって試合開始のホイッスルが高らかと鳴らされる。

 俺は染岡にファーストパスを送ったのだが、その瞬間染岡は鬼気迫る勢いで白恋エリアへ単身攻め込んで行った。

 あの野郎、完全に頭に血が上ってやがる。あれだけ落ち着けって言ったのに……全く仕方ない。

 

 

「染岡!一旦こっちに回せ!」

 

「ふざけやがって……どけェ!!」

 

 

 目標はあくまで吹雪のみ。その前に立ちはだかる他の選手を強引に押し退けて進んで行く染岡。

 プレイが荒すぎる、あんなんじゃいつかファール取られるぞ。

 

 

「その強引なプレイ……嫌いじゃないよ」

 

 

 すると吹雪は迎え撃つかのように駆け出す。その姿はさながらスケート選手のようで、空中で何回転かして着地するとそこから氷が顔を出し、染岡の全身を凍りつかせてしまった。

 打ち上げられたボールを鮮やかに胸で受け止める吹雪。成程、ディフェンスも一級品だ。

 

 

「北見!」

 

「甘い!」

 

 

 吹雪が北見と呼ばれる選手にパスを出すが、風丸がその間に割り込んでカットする。そのボールを俺に渡すよう頼もうとしたのだが、それより早く染岡にパスを渡してしまった。

 吹雪がキーパーの前に立ちはだかったことにより、再び染岡と吹雪のタイマンが始まる。

 

 

「止められるもんなら止めてみやがれ!!」

 

 

 すると染岡は大きく脚を振りかぶる。アイツ、一切の躊躇なく至近距離から吹雪に向かって撃つつもりか!

 

 

「染岡!!よせ!!」

 

ドラゴン……クラッシュ!!

 

 

 蒼色のドラゴンが咆哮と共にゴール……いや、吹雪の元へと飛んでいく。

 それに対して吹雪は何もしない。ただシュートを真っ直ぐ見据えてそこに立ち尽くしているだけ。

 早く避けなければドラゴンに呑み込まれておしまいだ。それにも関わらず、吹雪本人は勿論他の誰も心配する素振りを見せない。

 

 

 距離にしておよそ5メートル。そこでようやく吹雪が行動を起こす。

 その場でくるりと身を翻し、その勢いのままドラゴンクラッシュに対して真正面から蹴り込む。

 なんと、それでドラゴンクラッシュの勢いは完全に殺されてしまった。ただの回転を乗せたキックでだ。

 あれはテクニックどうこう以上に、基礎のフィジカルが化け物級だ。少なくとも俺だったら技無しであのシュートを殺しきれない。

 

 

「くッ……おおおおおおらァァァァ!!」

 

 

 染岡は完全にキレている。ボールをキープしたまま動かない吹雪に凄まじい勢いでスライディングを仕掛けた。アイツは後で説教だ。

 が、ここまで来ると何となく吹雪の心配をする必要がないように思えてきた。

 俺には分かる。アイツはまだまだ底が見えない。

 

 

「出番だよ」

 

 

 吹雪が何かを呟いた直後、暴風が雪を巻き込みながらグラウンドに吹き荒れる。染岡はそれに巻き込まれて大きく吹き飛ばされた。

 何かが起こる。

 

 

「ハッ!どんだけのもんかと期待したが・・・口ほどにもねぇな!」

 

「んだとォ!?」

 

 

 雪を伴った風に巻かれた吹雪から感じる気配はまさに"異質"。

 先程までのどこかなよなよした様子とは正反対、言うなれば獣のような荒々しさを感じる。

 

 

「覚えておけ・・・俺が白恋のエースストライカー、吹雪 士郎だッ!!」

 

 

 直後、吹雪が走り始める。圧倒的すぎるスピード、皆目で追うのがやっとと言ったところだ。

 だが、ここで何も出来ずに突っ立ってるだけの俺じゃない。

 

 

「負けるかよ!!」

 

「へっ、他よりマシだがまだまだ遅せェよ!!」

 

 

 真正面から吹雪にプレスを掛けにいく。最大限までスピードを乗せた重いタックルを仕掛けたが、吹雪はものともせずぶつかり返してくる。

 コイツ、どこからこんな力が湧いてきやがる?まるで熊でも相手してるみたいな感触だ。ビクともしないどころか仕掛けたはずの俺が押し負けそうだ。

 

 

 こうなれば方針変更だ。1度大きいのを仕掛けて重心が揺らぎ、立て直される前に吹雪の前へと躍り出る。

 そして吹雪が支配するボールへと思い切り蹴り込む。

 

 

「そのボール置いてけェェェ!!」

 

「力比べかァ!?いいぜ、受けてたってやるよォォォ!!」

 

 

 すると、吹雪もそのまま蹴り入れてきた。

 パワーは完全に拮抗している。俺も吹雪もどちらも押し負けることなく絶えず力を加え続けており進展がない。

 俺からは雷が、吹雪からは冷気がそれぞれ噴き出す。それらは足を伝いボールにも注がれていく。

 

 

「チィッ!!」

 

「はんッ、中々やるじゃねぇか!」

 

 

 際限なく注がれたエネルギーが暴走し、小規模の爆発を伴いながら空中へと飛び上がる。

 チャンスだ、吹雪よりも早くボールを手に入れる。

 そう思い跳んだ矢先だった。俺より遥か高くにヤツがいたのは。

 

 

「そんなハエの止まりそうな速さで、この俺に勝てるかよ!」

 

「──クソがッ」

 

 

 捨て台詞を吐き捨てながらも、口端がつり上がっているのが分かってしまった。

 ここまで圧倒されてはむしろ気持ちの良いものがある。因縁も何も無いサッカーが久しぶりで単純に楽しいというのもあるが。

 

 

 着地して吹雪の後を追いかけようとした時には既に遅かった。

 鬼道に一之瀬、土門の包囲網を正面から突破して吹雪は既にゴール前へとたどり着いていた。

 

 

「吹き荒れろ」

 

 

 吹雪がボールを両足で挟み、跳躍と共に冷たい空気がボールへと集中していく。そのエネルギーの膨大さからボールは氷塊と化す。

 渦巻くように風と雪が吹雪を中心に吹き荒れる。その様は正しく"ブリザード"

 

 

エターナル・・・ブリザードッ!!

 

 

 数度回転と共に勢いをつけ、その氷塊へと蹴りを叩き込む。

 解き放たれたエネルギーが強大すぎることを示すかのように音をたてながらゴールへと迫る。

 間違いない、あのシュートはエイリアを含めた誰よりも強力だ。離れているはずのここまでそのパワーが伝わってくる。

 

 

「ゴッド──」

 

 

 為す術なし、だった。

 エターナルブリザードと称されたあのシュートはパワーだけでなくスピードも超一級品。守が迎撃しようとしたその時には既に目前へと迫り、急ぎ突き出した拳をものともせずゴールをこじ開けた。

 凍りついたゴールがシュートの威力を物語っている。

 

 

「スーパーディフェンスに素晴らしいシュート。期待以上だな」

 

「ああ。悔しいが俺や染岡、修也よりも圧倒的に上だ。とんでもないヤツがいたもんだな」

 

 

 そんな総評を述べる鬼道に対して頷く。

 確かにアイツは凄い。正直あんな仲間がいたら負けないだろうなって安心できる。

 けどな、いくら吹雪が凄い選手だったとて俺も負けっぱなしなつもりは無い。それが一選手としての矜恃というもの。

 

 

 こうも熱を煽られては大人しくしていられない。完成には程遠いが"アレ"を試してみるか。

 

 

「そこまで!試合終了よ!」

 

 

 瞳子監督の声がベンチから響いた。

 こんな中途半端なところで終わるのか?まあ、目的は吹雪の力を確かめることだから既に済んではいるが・・・なんというか、生殺しだ。

 

 

「ふざけんな!やられっぱなしで終われるかよッ!」

 

「おい染岡!待て!」

 

 

 なん考えていたら、染岡が勝手に吹雪の方へとドリブルで向かっていった。あの野郎、この頃無鉄砲が過ぎる。控えることを覚えてもらわないと色々と面倒なことになりかねない。

 

 

「やる気か?来いよ!」

 

「俺は、負ける訳にはいかねぇんだよ!!」

 

 

 今度は宙に浮いたボールに対して吹雪と染岡が同時に蹴り込んだ。が、特に競り合うことも無く吹雪が染岡を押し退けてしまった。

 

 

「はッ、この程度かよ?さっきのアイツの方が幾分マシだったぜ?」

 

「──ッ!!野郎ッ!!」

 

 

 憤慨する染岡。それを他所に吹雪はボールを俺の方に蹴ってきた。

 

 

「おいお前!今度はお前が撃ってみろ!まだまだ底見せてねェだろ!?」

 

 

 吹雪が挑発気味に声を上げる。

 監督からの指示は試合終了だが、やはりどうも熱が冷めきらない部分がある。それにここまでお膳立てされて引いたら、ストライカーの名が廃る。

 少しの葛藤に苛まれているうちにボールが胸で止まる。視線の先の吹雪はニヤリと笑ってこちらを見つめている。

 その期待に答えるかのように俺も笑みを返し、足元に落ちたボールを思い切り蹴る。

 そして、蹴り出されたボールよりも速く動きそのボールを再び蹴る。また追いつき、また蹴る。何度も、何度も何度もボールを蹴る度に雷がエネルギーとしてボールに込められて蒼く発光する。

 10回くらい蹴ったあたりで、吹雪に向かって存分に力を溜めたボールを解き放つ。

 

 

「止めれるもんなら止めてみろォ!!受け取れェ!!」

 

「良いじゃねェか!!てめェの全力.俺がねじ伏せてやるよォ!!」

 

 

 纏う雷の強大さゆえに、触れずとも射線上の地面が軽く抉れていく。

 そんなシュートに対して吹雪は、先程見せた必殺技と同じような要領で勢いよく蹴り込む。

 

 

「はははははッ!!良いねェ、ビリッビリ来やがるぜ!!」

 

 

 吹雪の賞賛は本物のようで、先程までの余裕一色の表情が僅かに崩れたのが見えた。

 しかしそれでも、まだまだこんなものでは無いと立ち振る舞いで感じさせられる。

 

 

「ほらよ、お返しだァ!!」

 

 

 雷が氷雪へ塗り替えられる。

 吹雪が軽い咆哮と共に脚を振り抜くと、俺のシュートを上書きして先程のエターナルブリザードに限りなく近いシュートが放たれた。

 こうなりゃとことんだ、またこのまま蹴り返して──

 

 

「加賀美さん危ないッス!!」

 

「壁山!?」

 

 

 なんと俺の前に躍り出たのは壁山だった。

 撃ち返すつもりしかなかったが、俺の身を案じてくれたのかその巨体で俺とシュートの間を阻む。

 

 

ザ・ウォール"改"!!

 

「手伝うよ壁山!ザ・タワーッ!

 

 

 壁山が創り出した壁にめり込むシュート、そしてそれを上から雷が抑え込みに掛かる。

 

 

「お前らに止められるようなシュートじゃねぇェ!!打ち砕けェ!!」

 

 

 吹雪が吠えるとそれに共鳴するかのようにシュートの威力が増し、二重のブロックを難なく突破してしまった。

 だがそのおかげでシュートコースは俺から逸れ、本来シュートが向かうべきゴールへと矛先が向けられた。

 

 

「壁山」

 

「はいッス・・・いてっ!!」

 

「俺があれを撃ち返せないほどヤワだとでも思ったのか?うん?」

 

「そ、そんなことないっス!!ついというか、DFの本能というか.」

 

 

 倒れ込んだ壁山に手を貸すと思わせてデコピンをかます。

 考え方によっては俺と吹雪の決闘に水を指したようなものだからな。

 

 

「冗談だ。助かったよ、サンキューな」

 

「えへへ、どういたしましてっス!」

 

 

 壁山に手を貸して立ち上がらせる.つもりだったが、あまりの重量に俺が転びかけた。

 壁山の強みの1つなのは間違いないが、少し食事量を見直させる必要があるか?マネージャー達と検討しておこう。

 

 

 そんな俺の思惑を察したのか顔を青くする壁山を横にシュートの行き先を見る。

 先程は吹雪のシュートに為す術なくねじ伏せられた守。果たして今回はどうだ?

 

 

「壁山、塔子・・・お前たちの頑張りは無駄にしない!」

 

 

 身をひねり、心臓の辺りからエネルギーを右手に集中させると守を囲むように黄金のオーラが巻き起こる。

 正面に向き直り右手を振り上げると、守の背中から威厳に満ちた魔神が姿を現す。

 

 

マジン・ザ・ハンド!!

 

 

 絶対守護の右手が突き出された。

 が、シュートはその手に触れた瞬間大きく軌道を変え、ゴールポストを超えてフィールドの外へと飛び出してしまった。

 正攻法でシュートを止めたわけではないが、結果として今回シュートを無力化することには成功した……この方法、使えるんじゃないか?

 

 

「鬼道!」

 

「ああ!今の方法ならエイリアのシュートも止められるかもしれない!」

 

 

 守1人に任せるんじゃなく、シュートブロックも選択肢に入れるわけだ。良いな、雷門の全員サッカーは攻めじゃなく守りにも反映出来る。

 

 

「はいそこまで!もう満足したかしら?」

 

 

 瞳子監督が今度こそ試合を止めに来た。

 その瞬間、先程の吹雪から絶えず発せられていた強者の威圧感が霧散した。目つきも先程までの鋭いものではなく、柔らかなものへと戻っている。

 

 

「吹雪!お前凄いな!あんなシュート初めてだ!」

 

「君たちこそ。僕のシュートに触れたのも、全力で蹴り返させられたのも初めてのことだよ」

 

「それは光栄だな」

 

 

 吹雪へと駆け寄っていく守に俺も着いて行く。

 

 

「吹雪!俺お前とサッカーしたい!」

 

「僕もさ!君たちとなら、思いっきりサッカーが出来る気がする!」

 

「吹雪くん。改めてになるけれど、イナズマキャラバンに参加してくれるかしら?」

 

 

 その答えを吹雪は微笑みとともに差し出した手で返す。

 守がその手を強く握り締め、ここに新しい仲間が迎えることを認められた。

 周りから歓声が湧くが、1人だけその輪に参加することを拒んだ者がいた。

 

 

「染岡!」

 

「柊弥、俺が行く!」

 

 

 染岡を追いかけようとしたら守に止められ、止めた本人が走っていってしまった。アイツもキャプテンとして染岡に何かしてやりたいという気持ちは同じだろうし、ここは大人しく譲ることにする。

 

 

「さ、試合で疲れただろうし皆でお餅でも食べようか。うちのマネージャー達が準備してくれてるんだ」

 

「良いね。ああ壁山、お前はあまり食べすぎないように」

 

「加賀美さん!?さっきのことやっぱり恨んでるッスか!?」

 

 

 そんな壁山とのやり取りに笑いが上がる。

 とりあえず俺達は白恋のマネージャーの案内で先程の教室へと戻って行った。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「それにしても吹雪、お前なんであんなに強いんだ?」

 

「うーん、敢えて言うなら"風になれば"良いんだよ」

 

「風?スピードを上げろってことか?」

 

「ふふ、明日にでも見せてあげるよ」

 

 

 吹雪とそんな会話をしながら焼きたての餅を頂く。ちなみにだが俺が食べているのはきな粉餅だ。

 風になれば良い……確かに吹雪の真の強みはあのシュートでもディフェンスでもなく、その両方を難なくこなすスピードだ。

 そして、今の俺に1番足りないものでもある。

 

 

「そういえば僕に撃ったあのシュート、なんていうんだい?」

 

「ああ、あれか?あれはまだ未完成なんだ」

 

「そうなの?贔屓目抜きにしても、エターナルブリザードに並ぶくらいの威力はあると思うんだけど……」

 

 

 これは事実だ。俺が本来想定しているあのシュートの完成系にはまだ到達出来ていない。

 シュートを蹴り出したタイミングは自分でシュートを制御出来るギリギリの範囲だからというだけで、目指しているのはまだまだ先の段階だ。何なら、撃ち出すタイミングで散々込めたエネルギーが3割くらい流れてしまっている。あんなんじゃまだまだ完成とはいえない。

 

 

「その点についても、明日何かの力になれるかも」

 

「そうか。じゃあよろしく頼むな」

 

「うん、勿論さ」

 

 

 吹雪と会話を終えたくらいのタイミングで守と染岡が戻ってきた。

 染岡はやっぱり納得しきれていないような表情だ。こればかりは時間が解決してくれるのを待つしかないだろうか?

 

 

 そんなことを考えた、その時だった。

 

 

「た、大変です!」

 

 

 脇の方で情報を整理していた春奈が声を上げる。

 何事かと春奈の方を全員向くと、自前のパソコンの画面をこちらに見せ、ある映像を再生する。

 

 

『白恋中の者に告ぐ。我々はエイリア学園だ』

 

「ジェミニストーム……!」

 

 

 その画面に映ったのは紛れもなくエイリア学園、ジェミニストーム。俺達が2度も負けた連中だ。皆の表情が険しいものになるのを感じる。

 映像の中のレーゼが告げたのは、白恋に対しての襲撃予告。それを聞かされた白恋の皆は青ざめてどうしようどうしようと慌てふためく。

 

 

「皆落ち着いて。大丈夫だよ」

 

「そうさ!エイリア学園は今度こそ俺達が倒す!吹雪と一緒にな!」

 

 

 吹雪が宥め、守がそう宣言する。

 次で3度目の戦いになる。そろそろこの因縁にもケリをつけなければならない。

 いつ連中がやってくるかは分からないが、これまでの襲撃予告を元に考えると数日程度の猶予はあるとのことだ。

 

 

 良いだろう。その次の試合で必ず俺たちが勝ってやる。

 この辺りで悲劇も終幕だ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第47話 雪原特訓、そして・・・

昨日更新するつもりが予約できておらず・・・申し訳ないです
誤字報告ありがとうございます、何時も助かっております!
評価や感想もモチベの燃料になっております、ありがとうございます!


 

 

 エイリア学園からの襲撃予告が入ってから一夜が明けた。

 あれからは今後の展望やらなんやらを共有だけして、それぞれ思い思いの時間を過ごした。俺はどうにも落ち着かなかったからこっそり抜け出して1人特訓していたんだが、春奈に見つかって止められてしまった。

 昼間に試合したんだから今日は休んでください、なんて言われたら立つ瀬が無いというものだ。実は監督からも今日からに備えしっかり休めって釘を刺されてたしな。

 

 

 それで今はと言うと、早速吹雪を交えて練習をするために全員グラウンドに集まっているところだ。

 入念にウォーミングアップをしたとはいえ雪原のど真ん中でユニフォームというのは肌寒い。平静を取り繕うとしている鬼道も震えが隠しきれていないくらいだ。当然俺も寒い。

 

 

「お、来たみたいだぞ」

 

「やあ。遅くなっちゃってごめんね」

 

「吹雪!雷門のユニフォーム似合ってるじゃないか!」

 

 

 視線の先からやってきたのは俺達と同じく雷門のユニフォームに身を包んだ吹雪。先日正式にイナズマキャラバンへの参加が決まった吹雪は、早速今日から俺達と練習に取り組むらしい。エイリア学園がいつ攻めてくるのか分からない以上、連携の確認なども早めに済ませておきたいからな。

 

 

 そういった目的もあり、監督から指示された内容は半分に分かれての所謂紅白戦。ちなみに俺は吹雪と同じチームらしい。仲間としての立ち回りにしっかり慣れていかなければな。

 

 

「始めるわよ、位置につきなさい」

 

 

 監督がそう言うと、目金がグラウンド内にボールを持ってやってくる。

 投げ上げたボールをジャンプボール形式で奪い合い、そこから守の待つゴールを攻守交替しながら狙っていくというのが主な流れだ。

 そういえば目金についてだが、どうやら今後は選手としてじゃなくマネージャー達同様俺達のサポートに回ってくれるそうだ。

 本人曰く、自分ではこれからの戦いについていけないとのことだが……まあいいだろう。確かに今の練習では1人溢れてしまうし、都合が良いといえば良いかもしれない。春奈と組んだ時の情報分析力はかなりのものだからな。

 

 

「それじゃあ始めますよ!」

 

 

 と言って目金がボールを投げ上げる。

 こっちは鬼道、あっちは風丸がジャンパーとして飛んで同時にボールを奪いにかかる。

 

 

疾風ダッシュ!

 

「くっ、いい速さだ!」

 

 

 勝ったのは風丸だった。激しい脚さばきからボールを絡め取り、凄まじい速さで鬼道を置き去りにする。

 鬼道が言った通り速さに磨きがかかっている。昨日の試合を通して何か思うところがあったんだろうか。

 しかし、雪原のプリンスの速さは相当のものだった。

 

 

「……風になろうよ」

 

「なッ!?」

 

 

 吹雪がぬるりと風丸の横から潜り込み、一瞬で前に回り込んだと思ったら次の瞬間にはボールを奪い取っていた。風丸は何が起こったか分からないという表情だが、第三者の俺達から見てもすぐには理解出来ない。

 そのまま独走状態に入る吹雪。一之瀬や鬼道がパスを要求するも一切それに応じない。

 ……成程。大体予想はしていたがやはりか。

 

 

「吹雪!無理をする──」

 

「……!へえ、僕に追いついてくるんだ」

 

「伊達に鍛えてないからな」

 

 

 同じようにパスを求めてもどうせ来ないと高を括った俺は吹雪に対して併走を始める。

 横に並んでやると吹雪は少し驚いたような顔を見せる。

 この驚きの理由はシンプル、今まで自分に追いついてくる選手と会ったことがないからだろう。

 何故ここまでの実力を持つ選手が有名じゃなかったか。それは、大会に出ていないということを加味しても有り余る程の表舞台不足。恐らくは練習試合なんかもあまりやっていないのだろう。

 それに加え、白恋の選手達は良くてもFFの予選レベル。言っちゃ悪いが吹雪1人の存在があのチームの平均レベルを引き上げているような状態だった。

 

 

「……そうかよ、ならこれならどうだァ!?」

 

「まだ速くなんのかよッ!」

 

 

 ニヤリと笑うと吹雪はもう一段階ギアを上げる。なおその雰囲気は試合の時のように別人のそれだ。

 必死に吹雪と並ぼうとするが、段々と併走から追走になっていってしまう。クソッ、こっちはこれで精一杯だってのにまだまだ底が見えてこない。

 

 

「へへッ、そんなもんか!?ガッカリさせやがって!」

 

「言わせておけば……負けるかァ!!」

 

 

 ここまで挑発されて大人しく引き下がるほど俺は大人じゃない。こうなればとことんだ。

 ギアなんてぶっ壊せ、ただ目の前の背中を追い抜くことだけを考えろ。

 

 

「らァァァァァァッッ!!」

 

「やりゃ出来るじゃねぇか!!」

 

 

 まさに無我夢中。吹雪に追いつくためだけにありったけを込める。

 その甲斐あってか、今までにない加速を得た俺は再び吹雪の横に並ぶことが出来た。

 

 

「ちょっと待ったァ!!」

 

「ああ?」

 

「はァ……はァ……きっつ」

 

 

 その時、後ろから待ったの怒号が飛んでくる。

 声の正体は染岡だったが、こちらに向かってくるのは1人だけではなく他の皆全員だった。

 まあ、こうなるよな。

 

 

「お前なあ!一之瀬や鬼道がパスしろって言ってただろ!」

 

「だって、僕いつもこうしてたし……」

 

「そういう事じゃねぇんだよ!お前は雷門イレブンに入ったんだろうが!それに加賀美がわざわざ追いついてきてただろうが!」

 

「待て染岡……それに関しては、俺の勝手だ……それより水……」

 

 

 俺は吹雪に追いつきこそすれど別にパスを要求した訳では無い。言ってしまえばただの意地だ。ここまで体力を消費したが特に意味が無いのが事実。

 

 

「そんなこと言われても……なんか汗臭くて疲れるなあ」

 

「誰が臭いって!?誰がァ!!」

 

「落ち着けって染岡」

 

 

 今にも掴みかかりそうな染岡を一之瀬と土門が前後から抑える。

 染岡の憤慨は最もだが、それと同時に吹雪の言い分も俺には分かる。急に今までと違うチームに所属し、そこのやり方に合わせろと言われても面倒というか、ただ困惑するだろう。

 だからこそ俺が吹雪に追いついてそのキッカケにでもなれればと思ったんだが……まだまだ道は遠そうだ。

 

 

「……俺は、吹雪に合わせてみるよ」

 

「風丸!?お前何言ってんだ!?」

 

 

 すると、風丸がぽつりと呟いた。

 

 

「吹雪のスピードは俺にも必要だ。そうじゃないと……また前の繰り返しになる」

 

 

 暗い声色でそう吐き出す風丸。それにつられてか、はたまた前の光景を思い出してか。皆の顔も一様に暗くなるのが分かった。

 風丸の言うことは最もだ。吹雪と同格、或いはそれ以上のスピードを身に付けなければエイリア学園を倒すことは出来ないだろう。

 吹雪が俺達に合わせることも大事だが、それと同じくらい俺達が吹雪に合わせることも大事になってくる。

 

 

「なら、風になればいいんだよ」

 

「風?そういえば昨日もそんなこと言ってたよな」

 

「うん。着いてきて」

 

 

 練習中なのに良いのか?と思って監督の方をチラッと見ると頷きが返ってきた。

 なら良いだろうと吹雪に案内されて向かったのは、白恋中校舎裏のゲレンデだ。

 凄いな、学校の裏にこんな大規模なものがあるなんて。維持費は学校が出してたりするのだろうか。だとするとかなりの金額が飛んでいきそうだ。

 

 

「おお、壮観ですねえ」

 

「遊び放題でやんスか?」

 

「羨ましいっス!夏未さん、雷門中にもこういうの作れないっスかね?」

 

「馬鹿言わないでちょうだい」

 

 

 思わず吹き出してしまいそうなやり取りを他所に、白恋の皆が何かを準備し始めた。そしてここに来た途端吹雪はどこかへ消えた。

 一体何が始まるんだと様子を伺っていると、唐突に大きな雪玉を作り始めた。身の丈ほどある本当に大きなものだ。

 そんなの何に使うのか不思議に思っていたら、どこからともなく吹雪がやってきた。……スノーボードを持って。

 

 

「……吹雪、それで何を?」

 

「まあ見ててよ」

 

 

 そう言うと吹雪はコースに向かって滑り落ちて行った。

 ハイスピードで滑りつつも華麗に舞うその姿はさながらその道のプロのようだ。聞く話だと吹雪は昔からスキーやスノボを嗜んでいたとか。そういえば吹雪が合流してくる前今年はスキーやらスノボで云々って言っていた気がする。

 

 

 スピードが最高潮に達したタイミングで吹雪が何かを白恋のチームメイト達に頼む。

 するとあろうことか、吹雪が滑るコースに向かって用意していた雪玉全てを放り投げた。

 雪が積もった斜面を猛スピードで転がる雪玉は際限なく加速していき、地面の雪を巻き込んで更に巨大になっていく。

 それを見て危ないと皆が声を上げるが、吹雪はそれをプロ顔負けの体捌きで回避してしまった。

 凄いの一言しか出てこないな。あの速さで滑り落ちながらジャンプなりなんなりなんて俺には出来たもんじゃない。

 

 

「ちょ、ちょっとちょっと!こっちに転がってきますよ!?」

 

「ひぃぃぃぃ!あんなこと言ったからバチが当たるっス!!」

 

 

 その時だった。雪玉が予期せぬ凸凹でコースを変えて目金と壁山がいる所へ迫ってきた。あの雪玉をモロに食らっても別に怪我はしないだろうが……どれ、1つ試してみるか。

 

 

「下がってろ」

 

「加賀美さぁん!!」

 

 

 ……集中、集中。

 右脚にエネルギーを集中させろ。無駄なく、最適な形で研ぎ澄ますんだ。イメージは細くしなやかでありつつも強靭な一振りの刀。

 それは決して折れることなく、どれだけ重く硬いものであろうとも一太刀で──

 

 

「──斬り伏せる」

 

 

 その場で右に身をひねり、身体を正面に戻す際に生じる僅かな勢いを最大限に利用し回転。

 力が存分に乗った回し蹴りを俺の身長よりも大きな雪玉に向かって放つとたちまち雪玉は崩壊し、塊からそれを構成していた小さな粉末へと散っていく。

 

 

「加賀美くぅぅぅぅぅぅん!!」

 

「ありがとうっス!!ありがとうっスぅぅぅぅ!!」

 

「……」

 

 

 さて、早速俺達も吹雪の特訓をやってみるか。あのスピード感に慣れれば何か得られるものもあるかもしれない。

 

 

「加賀美?」

 

「ん?どうした鬼道」

 

「……いや、何でもない。忘れてくれ」

 

 

 何だ?変なヤツだな……まあいいか。

 今までスノーボードなんてやったことがないから防具の付け方なんて分からなかったが、吹雪が手取り足取り教えてくれて難を逃れた。

 

 

「いつからこの特訓を?」

 

「特訓って訳じゃないんだ。小さな頃から遊びの中で──」

 

 

 斜面に少し乗り出す形の状態から少し前に体重を掛ける。すると自重に従ってボードごと前に体勢が崩れ、やがて滑走を開始する。

 心得はないがこのくらいなら感覚で何とかなる。もっとスピードを上げても問題ないな。

 

 

「来たか」

 

 

 どんどん加速していくと、横から急に雪玉が飛び出してきた。

 さっきと同じだ。少し身を捻って無理やり身体に回転のきっかけを与え、接触のギリギリを狙うくらいで回避する。

 イメージが大切だ。こちらのボールを狙ってくる相手を避ける。そしてその影響で止まるどころか逆に加速だ。こっちから奪いに行く時はこの感覚を応用さえ出来れば十分だ。

 良し、なかなか悪く──

 

 

「がッ」

 

 

 何が起こったかも分からないまま大きくコースから外れた。ぶつかった?ということは横から雪玉が来ていたのか?それなのに俺は気付いていなかったとでもいうのか。

 クソッ、集中が足りてない証拠だ。

 

 

「……チッ」

 

 

 上の方から聞こえてくる声達のように、和気あいあいとやれれば良いのかもしれない。けれど、今の俺にそんな余裕はない。

 俺は少しでも強くならなきゃ行けないんだ。吹雪に頼りっぱなしにならず、このチームを引っ張っていける存在になるために。

 だから、俺は止まっていられない。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「やあ加賀美君、調子はどうだい」

 

「吹雪か。まあ……悪くはない仕上がりになってきた」

 

 

 日が暮れ始めた頃、吹雪がやってきた。それで俺はようやく時間の経過を把握した。一心不乱に滑り続けていたからか全く認識出来なかった……いや、しようとしなかったという方が適切か。

 

 

「風になるってこと、分かってもらえた?」

 

「言いたいことは何となくはな……けど、これがエイリアに通じるという確証が持てない」

 

「うーん、あんまり難しく考えすぎたらダメだよ?楽しむことが大切なんだ」

 

 

 楽しむことが大切、か。

 その言葉自体に何の反論もしようがない。サッカーは楽しむものだってことは俺だって十二分に分かっているつもりだ。

 けどそれでも。エイリア学園を倒すためにはそんな悠長なことを言っている余裕はあるのだろうか。俺達がアイツらを倒さなければ、被害がどんどん増えていくんだ。

 

 

 現に、俺達が負けたばかりに傘美野中は守れなかった。半田達は病院送りになった。更に多くの学校が被害にあった。

 

 

「今日はこのあたりにしておこう?夕飯が出来たから呼んできてって言われたんだ」

 

「……悪い、もう少しだけやらせてくれ。今はこの感覚を手放したくないんだ」

 

「ふふっ」

 

「どうした?」

 

「いや、皆が言ってた通りでね。加賀美君は真面目だから、もしかしたら呼んでもまだやらせてって言うかもしれないって」

 

 

 皆が言っていたのか、なんか恥ずかしいな。それと同時にそんな会話が出来るほどに皆と馴染めている吹雪に安心している。

 ……まあ、フットボールフロンティアで優勝するまで一緒に頑張ってきたからそんなこともお見通しなのかもしれないな。少し嬉しい。

 

 

「監督もそれを見越してたみたいで、もしそう言われたらそうさせなさいって」

 

「そっか、手間掛けさせて悪いな」

 

「あまり遅くならないようにね」

 

 

 そう言って吹雪は去っていき、俺は再びボードを身につけ斜面を見下ろす。

 斜面に乗り出し、もう何百回目か分からない加速状態に入る。最初に滑った時の倍の速度は出せるようになった気がするな。だがそれでもまだまだ上を目指す。

 そんな超高速で滑り落ちていくと、幾つもの障害物が目に入る。あれは俺が先程雪で作ったものだ。もう雪玉を転がしてくれる人もいないから何かしらのギミックが欲しくなった末にあれに辿り着いた。まあ俺の背丈くらいに雪を固めて対人を想定しているだけの粗末なものだが。

 そんな幾つもの雪塊全てをトップスピードのまま滑り抜けるのが目的だ。これが出来るようになれば昼間から散々目指したことは出来るだろう。

 

 

「行くぞッッ!!」

 

 

 1つ目。接触の瞬間に右に逸れてミリ単位で回避する。

 2つ目。1つ目の直後に目の前に現れるため今度は左への回転とともに避ける。

 3つ目と4つ目。前を見るとすぐ目の前に待ち構えている。回転の勢いが殺しきれていないため跳躍で躱す。

 5つ目。跳躍からの着地は重心が大きくぶれすぎることも無いので余裕を持って避ける。

 6つ目。折り返しだ。大きくフェイントを掛けることを想定して右に、左に大きく揺れながら横を抜ける。

 7つ目。フェイント直後で身体がブレブレのため必要最小限の動きで避ける。

 8つ目。安定を取り戻したため今度は派手に飛んでみる。

 9つ目。躱すのはこれで最後。着地直後で不安定ながらもしっかりと回避。

 最後。これにはスピードを維持したまま思い切りぶつかる。たかが雪と言えど自立を保たせるためにある程度の硬さはある。衝突の瞬間全身を強い衝撃が襲い、大きく減速する。これが狙いだ。

 その減速を利用して延長線上に置いてあるボールを拾い上げ、()()()()()()()()()()

 

 

 まだボードと足が着いた状態で即席のジャンプ台から飛ぶ。すると空中へ身が投げ出されると同時にボードが離れていく。そしてその状態で手に取ったボールでシュートを放つ。可能な限り全力で。

 そのボールが向かう先はかなり硬めに作った雪だるま。それに対して雷を纏ったシュートがぶつかると、その瞬間にそれは崩壊する。ようやく成功だ。

 そして俺はあらかじめ集めておいた柔らかい雪の上に落ちる。1歩間違えれば大怪我のこの特訓。誰かがみている状況ではできたものでは無い。

 

 

 試行回数186回。200に到達までに成功できて良かった。

 ここまではそもそも雪塊を避けきれない。シュートに入れない。撃てたとしても見当違いの方向へ飛んで行ったり、威力が足りず破壊しきれなかったりの連続だった。

 だが分かる、これを達成した俺は1つ上に登れた。今日の午前中の何倍も高い場所へと辿り着けたはずだ。

 

 

 それが出来ればもう十分。いい加減戻らないと怒られそうだし大人しく校舎の方へ向かうとしよう。使ったものは片付けて作ったものは後々邪魔にならないようにしっかりと雪に戻しておく。

 灯りが着いて声が聞こえる方へ向かえば大丈夫だろうかと思い、それっぽい教室の扉を開けるとそこには皆がいた。大体が食事を終えて喋っているようだが。

 

 

「柊弥!遅かったな」

 

「ああ。だがいいものは掴めた」

 

「そっか、なら良かった!」

 

 

 着席を促されて座ると、程なくして夕飯が並ぶ。

 ……やけに少ない気がするのは俺の気のせいだろうか。

 

 

「柊弥先輩、ちゃんと30回以上噛んでくださいね!消化吸収率を良くするためです!」

 

「ああ、そういうこと。ちゃんと噛めば満腹中枢が云々っても言うしな」

 

 

 疑問に思っていると春奈が補足説明をしてくれる。監督の指示らしい。

 まあこれも強くなるためと思えば苦ではない。壁山や守のように大食らいだと厳しいところがあるかもしれないが。

 それに、今回の量はともかくうちのマネージャー達が作る食事が美味しくなかったことがないからな。

 

 

「うん、美味い」

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 特訓は続く。

 吹雪の特訓をこなしつつ、しっかりとボールを使った練習も織り交ぜる。

 あの後染岡も前向きに取り組むようになり、何となくチーム全体での一体感が高まってきたように思う。それに皆、日が経つにつれて感覚が研がれていっている。

 かく言う俺も明らかにレベルが上がっている。皆が退散したあとあの特訓を数回やっているが、あれから1度も失敗をしていない。

 

 

「しッ!!」

 

 

 何より、その成果がそっくりそのまま現れてきている。

 スピードはもちろん、不安定な状態からでも十分な威力のシュートを撃てるようになったし、あの必殺技も少し安定するようになった。まだまだ目指しているレベルは先だが。

 

 

マジン・ザ・ハンド!!

 

「いけェッ!!」

 

「ぐッ……うわァッ!?」

 

 

 それでも、守の全力からゴールを奪い取れるくらいのレベルには到達出来た。

 

 

「いてて……柊弥!すげぇよあのシュート!エイリア学園のシュートよりも強いんじゃないか!?」

 

「実際にあれを受けたお前が言うなら自信が持てるよ。ありがとな」

 

 

 まだまだヤツらも底は見せていないだろうから断定は出来ないが、吹雪に任せっきりになることなく点を狙える可能性が出てきたのは良いことだ。

 守のそんなやり取りを交わしていると、後ろから吹雪が声を掛けてきた。染岡も一緒だ

 

 

「加賀美くん、いいかい?」

 

「どうした?2人して」

 

「ここ最近の成果を試そうと思ってな。俺ら3人で勝負しねぇか?」

 

「へえ……それは、今の雷門のエースは誰か。ここで決着つけようってことでいいのか?」

 

「へッ、そう思ってくれていいぜ」

 

 

 面白い。エースという座に固執はしてないし、俺の中のエースは修也しかいないが今の俺達の力を互いに試し合うのに興味はある。ここは1つ提案に乗るとしよう。

 勝負の内容は至ってシンプル。3人でボールを奪い合いながら先にシュートを決めた方が勝ち。

 

 

「お前ら、準備はいいか?」

 

「当然」

 

「うん。何時でも」

 

 

 目指すゴールとは反対のゴールの辺りに置かれたボールを3人で囲む。審判は守が務めるようだ。

 

 

「それじゃあ……スタート!!」

 

「先手必勝だ!!」

 

 

 開始の合図と同時に3人全員にボールを奪いに行く。最初に支配権を得たのは染岡だ。確保するや否やすぐさまゴールへと駆け出す。

 無論俺と吹雪はそれを良しとはせず、すぐにボールを奪いに行く。意図せずに1vs2の構図になっているが、複数を相手取ることもあるしこれはこれで良い練習になる。

 

 

「悪いね、もらっていくよ!」

 

「何!?」

 

「流石に速いか」

 

 

 次に仕掛けたのは吹雪。ぶつかり合いでは染岡のパワーに勝てないと判断してか、すぐさま前へと躍り出て凄まじいスピードでボールを掠めとった。

 染岡と俺は吹雪の後を追うが、あまりの速さにその距離はどんどん離れていく。

 このままでは為す術なく吹雪がゴールネットを揺らすだろう。

 

 

 前までの俺なら、な。

 

 

「甘いな、今の俺ならそのくらいなんてことない」

 

「……!!やるね」

 

 

 染岡を置き去りにするくらいの加速で一瞬で吹雪へと肉薄する。追いつかれるとは思っていなかったようで、僅かに反応を遅らせた吹雪からボールを奪い取った。

 現在の位置はちょうどセンター付近。このまま俺が決めさせてもらう。

 

 

「おらァ!」

 

「くッ、気合入ってるじゃねぇか」

 

「へへッ、当然だ!」

 

 

 息付く間もなく染岡がタックルを仕掛けてくる。こいつのフィジカルは前々から飛び抜けているものがある。それを全力でぶつけられたら俺も楽にはいかない。

 衝突の度にこちらも全力で押し返そうとする。だがやはり染岡に勝ちきれず、再びボールは染岡へと渡った。

 そしてその瞬間、背後から雪嵐が吹き荒れる。

 

 

「なかなかやるじゃねェかテメェら!!こう来なきゃ面白くねェ!」

 

「ここまで来たらとことんだ……恨むんじゃねぇぞッ!」

 

「上等だ!かかってこい!」

 

 

 吹雪が先程以上のスピードで迫りボールをかっさらう。それを俺がまた奪い、染岡がまたぶつかる。

 そんなやり取りが絶え間なく続く。既に勝負が始まって10分が経とうとしている。

 

 

「キリがねェ!!この辺りで終わりにしてやるぜェ!!」

 

「させるかよォッ!!」

 

「そんな簡単に行くと思うかッ!!」

 

 

 吹雪が足を振り上げ全力でボールに対して蹴り込むが、それと全く同タイミングで俺、染岡も蹴りを放つ。

 三者三様のエネルギーが混じり合い、ボールを中心に凄まじい力場を作り出す。猛々しくも冷たく、轟くようにフィールドの外まで波のように伝わっていく。

 

 

「オオオオォォォッッ!!」

 

「何ッ」

 

「ぐッ!?」

 

 

 全員全力だった。その中で1歩先を行ったのは染岡だ。

 染岡の方から凄まじい力が伝わってきたと知覚した瞬間、俺と吹雪の体勢は崩れ、大きく弾き飛ばされる。

 そのままゴールの方を向き、シュートを放つ。俺達はそれを阻止することは出来ず、蒼いエネルギーを纏ったそのシュートがゴールを貫いた。

 

 

「そこまで!染岡の勝ち!!」

 

「よッッッしゃァァァァ!!」

 

「やるじゃねぇか、染岡」

 

「うんうん。見違えたね」

 

 

 負けた、か。

 俺も強くなっから当然だが、染岡もかなり強くなっていた。以前までだったら勝てた勝負だったが、修也への思いと俺達への対抗心が染岡をワンランク上に引き上げたようだ。

 それに吹雪もやはり強い。居を突いたから何とかなったが、アイツにはスピードではやはり勝てない気がする。

 

 

「吹雪、加賀美」

 

 

 染岡がこちらへやってきて手を差し出す。俺達はそれを強く握り、地面から立ち上がる。

 

 

「俺達は3人で雷門のストライカーだ。エイリア学園……ぶっ倒してやろうぜ!」

 

「そうだな、絶対勝つぞ」

 

「うん、僕も頑張るよ」

 

 

 3人で手を合わせる。染岡の吹雪への嫌悪感も今となってはもうないようだ。今の俺達ならアイツらに絶対勝てる、そんな気がするな。

 強くなったのは俺たちだけじゃない。他の皆も同じだから。

 

 

「よーし!!3人に負けないように俺達も特訓だ!!エイリア学園に勝つぞ!!」

 

 

 守の一言で全員グラウンド内に走って入ってきた。やる気は十分すぎるくらいのようだ。

 よし、やるか。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 翌日。外は少し薄暗く、何やら不穏な空気が流れている。

 何となく分かる。ヤツらが来る。

 

 

「……守、来るぜ」

 

「おう!」

 

 

 暗雲が渦巻き、その中から怪しい紫色の光が地へと降り立つ。見たことがある光だ。

 一際強く発光すると、その中から俺達が待ち構えていた顔が複数現れる。

 エイリア学園、ジェミニストームだ。

 

 

「来たかレーゼ……もうお前達の好きにはさせない!」

 

「今ここでケリを着けてやる!」

 

 

 ここで勝って全てを取り戻す。この戦いもこれで終わりだ。




パワー
染岡>柊弥>吹雪
スピード
吹雪>柊弥>染岡
って感じのパワーバランスです、多分


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第48話 三度目の正直

本当はもう少し早い時間に投稿できるはずだったのに・・・悔しいです


「なぜお前達がここにいる」

 

 

 姿を現したエイリア学園の先頭に立つレーゼが冷たい声でそう言い放つ。

 高所から威圧的に言い放つその様に少なからずプレッシャーを感じているヤツもいるみたいだが、少なくとも俺は1ミリもビビってない。

 

 

「俺達が白恋中の代わりにお前らと戦う!」

 

「ふっ……地球人の学習能力は予想以上に低いようだな」

 

「ふん!宇宙人の想像力も低いみたいだね。私達が強くなったとは思わないの?」

 

 

 塔子がそう啖呵を切ると、レーゼの目付きが少し鋭くなった。と思うと今度はニヤリと笑い、手元のボールを強烈なカーブをかけながら守へと撃ち込む。

 挨拶代わりの軽いシュートだったのだろうが、守はそれをものともせず受け止める。その光景に僅かながら連中の顔が揺らいだのを俺は見逃さなかった。

 

 

「いいだろう……地球にはこんな言葉がある。"二度あることは三度ある"ッ!」

 

「ならこの言葉を送ってやるよ」

 

 

 守からボールを受け取り、それをレーゼに向かって返してやる。

 音を立てながら迫るそのシュートを胸で受け止めたレーゼ。先程同様、その表情には薄らと驚きの色が映る。

 

 

「三度目の正直、ってな」

 

 

 言葉でなく目線のみでレーゼと威圧し合う。底知れなさは伺えるがそんなことに腰が引ける俺……いや、俺達じゃない。

 やがて痺れを切らしたのかレーゼ達はグラウンドへ降り立ち、ポジションに着いて俺達に圧を向けてくる。余裕を見せるためのパフォーマンスか何かだろう。

 俺達はそんなもの気に留めず、こちらのベンチで今回の試合についての確認を行う。

 

 

 辺りが騒々しいので少し見回してみると、テレビ局が複数グラウンドを取り巻いていた。どうやらこの試合を全国放送するらしい。

 民衆からすれば恐怖の対象でしかない宇宙人を打ち破るその瞬間は何にも勝る安堵の光景だろう。これを決めたのは国のお偉いさんかそんな感じの人か。

 

 

「吹雪!エターナルブリザードでばんばん点を取ってくれよな!」

 

「そうでやんス!吹雪さんのシュートがあればエイリア学園なんて怖くないでやんス!」

 

「それに加賀美さんと染岡さんだって負けてないっス!今の俺達は無敵っスよ!」

 

 

 守が吹雪にそう声をかけると栗松や壁山が続き、他の皆も囃し立てる。

 その光景を見た監督は少しため息をついて口を開く。

 

 

「吹雪くんはセンターバックに着いて。エターナルブリザードは封印、絶対に前線に上がらないで」

 

 

 皆から驚きと唖然が入り交じった声が上がる。一之瀬がいち早く抗議するが、案の定監督は一切反応することなく一蹴してしまった。

 俺も吹雪のスピードを活かした速攻に出ると思っていたから少し驚いたが、あの監督のことなら何かしらの考えがあることは間違いないだろう。

 

 

「この試合は白恋中を守るためだけじゃない。全人類の命運が賭けられた大事な試合よ」

 

「ああ。監督もそれを分かって吹雪をDFに配置したんだろう」

 

「後は俺たちが結果を出すだけ、ってことか」

 

「へっ、吹雪が前に出なくても俺と加賀美で点を取ってやるよ」

 

 

 予想外のことはあったが、皆試合に対しての気合はしっかり入っているようだ。ならば俺も、その寄せられた期待に答えなければならないな。点を取り、試合に勝つ。やってやろうじゃないか。

 

 

 もしこの戦いを終わらせることが出来たなら、きっとアイツも戻ってくる。

 

 

「よし皆、やってやろうぜ!」

 

「勝つぞ!!今度こそエイリア学園の侵略を終わらせるんだ!!」

 

「「「おお!!」」」

 

 

 円陣から皆それぞれの位置へと小走りで向かう。俺と染岡は敵が目と鼻の先な位置ゆえに、相手が放つプレッシャーを1番に受ける。

 だが染岡も俺も一切怯んでない。互いの顔を見て笑い、拳を突き合わせるくらいの余裕はある。

 

 

『両チームとも気合いは十分!天は人類に味方するのか、それとも見放すのか!?』

 

「ふん、本気で我々に勝てると思っているのならおめでたい話だ」

 

「その余裕が何時まで持つか、見物だな」

 

 

 互いに牽制し合う。今俺が見せているのは虚勢でも見栄でもなく、勝ちへの自信だ。前まではボロボロにされていたが、今回はそうはならない絶対的な自信がある。

 ここまでコケにされた借り、倍にして返してやる。

 

 

『さあ!!試合開始だ!!』

 

「まずは勢いを掴む。いくぞ染岡!」

 

「おう!」

 

 

 隣の染岡にボールを渡し、すぐさま駆け上がる。

 ボールを持っている染岡に対してレーゼは一切反応することなく進行を許す。小手調べのつもりで見逃しただけではあるだろうが。

 案の定、レーゼを抜いてすぐくらいにジェミニストームが2人がかりで染岡を抑えに行く。染岡は俺にパスを出そうと視線を向けてきたが、そのほんの一瞬でボールを奪われてしまう。

 だがヤツらの動きが明確に見える。きっと他の皆も同じだろう。

 

 

「ここだ!!」

 

「ナイスカット!土門!」

 

 

 シュート圏内に入られるより早く、土門が相手のパスを遮った。追いつかれるとは思っていなかったらしく、奴さんが分かりやすいくらいに驚いているのが分かる。

 土門が出したパスは意趣返しのようにカットされるが、それをまた風丸が奪う。圧倒出来ている訳では無いが、明らかに連中と渡り合えるようになっている。

 

 

ザ・タワー!!

 

 

 塔子が紫髪の女に対して必殺技でボールを奪いに行った。前までなら発生すら揺らされなかっただろうが、今回はボールを奪うところまで成功している。やはり今の俺達ならコイツらに勝てる。

 

 

疾風ダッシュ!

 

 

 塔子からのパスを受け取った風丸がお得意の疾風ダッシュで骸骨みたいな男を抜き去る。風丸のスピードもかなりの極地に達している。恐らくは俺と同格以上。

 前線へ運ばれたそのボールを受け取るために俺と染岡は走る。風丸が選んだパス先は俺だったが、俺はそのボールを受け取るふりをして染岡にそのまま流す。意図を汲み取っていた染岡はボールを取り零すことなく、そのままシュート体勢に入った。

 

 

「いくぞ宇宙人!ドラゴンクラッシュ!!

 

「チッ……ブラックホール!!

 

 

 染岡がドラゴンを従えたシュートを相手ゴールへと放つ。その威力は以前までとは比較にならないくらいに強力だ。つい数週間前の俺達では決して辿り着けないレベルの一撃。

 これに対して相手の大柄なキーパーは舌打ちの後、右手を突き出す。すると掌の中心に黒い渦が発生し、周囲の空気ごとシュートを引き寄せる。ブラックホールの名に恥じぬ力を秘めていたようで、染岡のシュートは完全に抑え込まれてしまった。

 

 

 だがやはり手応えはある。前までなら必殺技を使わせることなど叶わなかっただろうからな。手札を切らせただけでもかなりの進歩だ。

 

 

 キーパーからボールはレーゼへと渡る。あそこまでの自信はやはり本物で、凄まじい速さで雷門のゴールへと迫っていく。あれは恐らく俺と風丸では厳しい。もし余裕を持って対処出来るスピードがあるとしたら、それは……

 

 

アイスグランド

 

 

 そう、吹雪だ。

 フィギュアスケートのような美しい舞から地面を凍りつかせ、超スピードを誇るレーゼから見事ボールを奪い取ってみせた。吹雪をDF起用した理由はこれが1つだろう。

 

 

 さて、俺もそろそろ仕掛けるとしよう。

 

 

「吹雪!」

 

「行っておいで!加賀美君!」

 

 

 中盤まで戻って吹雪からのパスを受け取る。するとすぐさま俺に1人寄ってくるが、もう遅い。

 全身から雷を迸らせ、地面が砕ける程の踏み込みからまさに雷光の如き速さでその場を去る。

 

 

雷光翔破

 

「馬鹿な!?」

 

 

 ヤツらが想定していた以上のスピードだったのだろう、誰1人として俺に触れることなくゴール付近までの侵入を許した。

 キーパーが冷や汗を流しているのが分かるがそんなのはお構い無しだ。まずは一本ぶち込んでやる。

 

 

 思い切り踏み抜くことで音を立てながら回転と共に上昇するボール。空気との摩擦により俺が込めたエネルギーが何倍にも膨れ上がり、それはやがて雷となって周囲を叩く。帯電したボールが一際強く輝くその瞬間こそが最高点。雷塊と化したそのボールの中央に秘めたる一刀を振り放つ。

 

 

轟一閃"改"

 

 

 轟々と音を鳴らしながらシュートがゴールへと迫る。

 冷や汗を垂らしていたキーパーはすぐさま迎え撃つ姿勢を取り、先程の必殺技を放つ。

 

 

ブラックホォォル!!

 

 

 光をも閉じ込める深い闇と眩い光を放つ雷が正面衝突する。超エネルギーのぶつかり合いによる力の波がこちらにまで伝わってくる。

 感触は悪くなかったが、段々とシュートの威力は削がれ、やがて完全に殺されてしまった。

 やはり今の轟一閃ではゴールは割れないか。ライトニングブラスターならば威力は十分だろうが、後半を戦い抜く体力が懸念される。

 とすると、やはりあのシュートしかないか?だがあれはまだ未完成。その状態で狙うのは些かリスキーな気もする。

 

 

「イオ!」

 

「おっと、悪いがもう一度撃たせてもらうぞ」

 

 

 そのパスは流石に分かりやすい。イオと呼ばれた男に出されたパスを俺は奪い取り、再びシュートを狙う。

 リスキーではあるが、流れを掴むために今俺が出せる手札はこれしかない。

 一呼吸おき、ボールを空中へ蹴り上げる。脚に十分にエネルギーを集中させ、そのボールの後を追うように俺も大きく飛ぶ。

 シュートのつもりでボールを蹴り、それに追いついて再び蹴る。また追いついて蹴る。まだ止まらず追いつき蹴る。この流れでシュートのエネルギーを乗算式に跳ね上がらせる。

 未完成でもエターナルブリザードに並ぶ可能性があると吹雪のお墨付きを貰ったこのシュート、受けてみろ。

 

 

「いくぞ、これが俺の雷──

 

 

 今の俺が制御しきれるギリギリまで威力を高めたシュートをゴールに向けて放とうとした、その時だった。

 突如俺の目の前に躍り出るヤツかいた。レーゼだ。

 俺が蹴り出すより早くそのシュートはレーゼに撃ち出され、そのままフィールドの外へと飛び出していってしまった。

 そのシュートが小さな崖の岩壁へ当たると、そこを中心としてヒビが入り、数秒のうちに崖を丸々崩してしまった。

 

 

「お前は危険だ。これ以上シュートを撃てると思うな」

 

「ふッ……俺1人ご苦労なことだな、宇宙人さん?」

 

 

 挑発気味にそうけしかけてみたがレーゼは相手にすることなく去っていった。これで冷静さをかければ多少楽になったんだが、そう上手くもいかなかったようだ。

 だがしかし、あの宣言は本物だろう。レーゼには少なくとも俺くらいのスピードには対処できる力がある。ならば今後俺にシュートチャンスは回ってこないと思った方がいい。

 

 

「惜しかったな加賀美」

 

「悪いな、あれで勢いをつけたかったんだが」

 

「気にすることねえよ。俺だって最初の1本で点を取れてねえ」

 

 

 染岡の労いを受けつつ試合再開に向けて体勢を整える。ボールを出したのはレーゼだからこちらのスローインから試合再開だ。

 鬼道の一之瀬に向けたスローイン。だがそれはレーゼに寄って割り込まれた。そのままディアムと呼ばれた茶髪に対してパスが回され、相手が支配権をえ得てしまった。

 

 

「行かせん!」

 

 

 そこに鬼道が立ち塞がる。アイツは相手の癖やパターンを以前見抜いている。任せておけばボールを奪ってくれるだろう。

 と、思った。その慢心が良くなかった。

 

 

「何!?何だこのパターンは!!」

 

「鬼道が共有していたパターンじゃない!?」

 

 

 紫髪がイオに対してパスを送ると、そのままダイレクトで深いパスが出される。それをフリーの状態で受け取ってしまったのは……よりによってレーゼだ。

 ヤツはボールに回転を加える。間違いない、必殺シュートだ。恐らくは以前の試合で俺が気絶したあとに守のマジン・ザ・ハンドを破ったとされるとんでもないシュート。

 

 

「撃たせるか!」

 

「遅い!アストロブレイク!!

 

 

 先程やられたようにシュートを阻止しようと走り出したが既に遅かった。天体の破壊と称されたそのシュートはその名に恥じぬほどの威力があると嫌でも伝わってきた。

 そしてそれは俺だけじゃなかったようで、壁山と塔子がシュートに対してブロックの構えを取る。

 

 

ザ・タワー!!

 

ザ・ウォール"改"!!

 

 

 二重の防壁がシュートを阻みに掛かる。が、そのシュートはあまりに圧倒的すぎた。パスからタイムラグ無しで放たれたために必殺技を出すための溜めが十分じゃなかった。シュートに触れた瞬間に塔子も壁山も打ち破られてしまう。

 そして反応が間に合わなかったのは守も同じだった。マジン・ザ・ハンドを出すための時間は確保出来ず、ゴッドハンドも間に合わない。

 

 

爆裂パンチ"改"!!

 

 

 溜めが必要ない爆裂パンチで迎え撃つ。超高速の連撃はシュートを的確に捉えているが、レーゼのシュートはあまりに強力だった。

 

 

「ぐ、ぁぁああああッ!?」

 

 

 守の拳を打ち砕き、無情にもゴールネットを揺らした。先制点は相手に奪われてしまった。

 すれ違いざまにレーゼが悪意に満ちた笑みと共に声を掛けてくる。

 

 

「これが貴様らの限界だ」

 

「……言ってろ」

 

 

 そのタイミングで再びホイッスルが鳴った。0-1でリードを握られたまま前半終了だ。

 状況は良いとは言えないが、以前は前半終了時点で数十点の差がついていた。そう考えれば今の状況も決して悪いものではないと言える。

 

 

「くっそー!あのシュート止められなかった!」

 

「悔しいっス!!」

 

「気にするなって!次は俺もマジン・ザ・ハンドで迎え撃つ!三重の壁なら鬼に金棒だろ?」

 

 

 悔しがる2人に守がそう声を掛ける。確かに、あの場面でマジン・ザ・ハンドが間に合っていればもしかしたら止められていたかもしれない。まだまだ希望はある。

 

 

「それより問題はこちらからの攻撃だ。撃てさえすれば点になる気がするが、マークが厚すぎて俺はこの試合でシュートを撃てそうにない」

 

「俺のドラゴンクラッシュはアイツらには通用しねえ……感覚は悪くねえんだが」

 

「その点は問題ないわ」

 

 

 俺と染岡がそう問題提起していると瞳子監督が割って入ってくる。問題ない、ということは?

 

 

「吹雪くん。後半からは攻撃に参加してちょうだい」

 

「やはりそういうことか」

 

「俺達はスピードを磨いたが、ヤツらに慣れるには時間がかかる。だから前半は守備の人数を増やした……ってことだな?」

 

 

 鬼道にそう訊ねると頷きが返ってくる。監督の反応を見るにそれで間違いなさそうだ。

 吹雪がシュートを解禁、ということはエターナルブリザードが選択肢に入るということだ。正直いって頼もしい。

 となればやることは1つ。俺は繋ぎに徹して吹雪、そして染岡にシュートを任せる。

 

 

「よし皆、勝ちに行くぞ!」

 

 

 準備は整った……あとは勝つだけだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第49話 龍と氷雪、時々雷鳴

リアルが忙しい!!誰か助けて•••
と、作者が死にかけてる間にも多くのUAや評価ありがとうございます。以前の更新で何度目かになる日間ランキング入りを確認できて内心ニヤニヤしておりました。作品の伸びや感想がモチベーションです、感謝感激


 

 

『さあ、後半開始です!雷門は巻き返しなるのか!?』

 

 

 ハーフタイムを終えて俺達は改めてポジションへと着く。スコアボードには0-1の文字、悔しいことに0はこちら側だ。

 だが問題は無い。この後半で2点取って突き放してやれば俺達の勝ちだ。先程俺達のシュートチャンスは尽く点には繋がらなかったが、後半からの俺達は違う。

 

 

「吹雪、頼むぞ」

 

「うん、任せてよ」

 

 

 そう、吹雪の攻撃への参加だ。

 DFとしても優れている吹雪は前半までは守備に参加、最初から攻撃に参加しなかったのは俺達がジェミニストームのスピードに慣れるまで失点のリスクを最小限に抑えるためだった。前半を通して既に適応は出来たため満を持して吹雪が攻撃に参加する、ということだ。

 当然吹雪だけに頼りきりになるつもりは無い。俺も染岡もチャンスさえあればヤツらのゴールをこじ開けてやる。

 

 

 首を左右に回して小気味よい音がなり、目の前を見据えたと同時に後半開始のホイッスルが響いた。

 ジェミニストームからのキックオフ。ボールはすぐさま後ろに下げられ、青い宇宙人がそれを受け取る。パス回しによる時間潰しかとも思ったが、レーゼなどが前に上がっているのを見るとそのつもりはないようだ。あくまで俺達を叩き潰すことが目的だからだろう。

 当然俺達はすぐさまボールを奪いに行く。誰よりも早く動いたのは案の定吹雪だった。

 

 

アイスグランド

 

 

 スケート選手と見間違うかのような華麗な舞。空中で数回回転した後に着地すると、そこから氷が伸びていきボールの持ち主を冷たい牢獄に閉じこめる。打ち上げられる形で奪われたボールは当然吹雪へ。吹雪はそのまま単身上がり、俺達もその後ろに続く。

 その時、先行する吹雪から冷たい風が吹き荒れる。凍て刺すようなその空気、そろそろこれが何を意味するのか俺にも分かるようになってきた。

 直後吹雪は凄まじい加速と共に一気にシュート圏内へと踏み入る。

 

 

「俺の出番だァ!!くらえェ!!」

 

「チィッ!ブラックホール!!

 

 

 勢いのまま放ったのはノーマルシュート。しかし相手のキーパーはそれに対して必殺技を使うことを選んだ。これは吹雪のシュートが脅威として認識された何よりの証拠だろう。キーパーだけではなく他の選手達の表情も僅かに揺らいだのを俺は見逃さなかった。

 とはいえ流石に宇宙人。いかに吹雪といえど、必殺技無しで点を奪うことは難しかったようだ。黒い渦が消える頃にはボールはその大きな手の中に収まっていた。

 そして大きく振りかぶりボールをぶん投げる。が、あまりに読みやすいぜ?その軌道は。

 

 

「もらった!」

 

 

 そのボールがピンク髪に渡るよりも早く俺が空中でカットする。相当な高さだったが、スピードを鍛える過程で備わった脚力を用いればこの程度の跳躍は難しくない。

 そして俺はそのまま地上で待機している吹雪へとシュートのようなパスを送る。

 

 

「もう一本だ、吹雪!」

 

「おう!今度は決めてやらァ!」

 

 

 そのボールを受け取った吹雪が再び駆け出す。だが今回はその行く手を阻む者がいた。角のような髪型をした大柄な男が吹雪の前に立ちはだかる。

 

 

「どけェ!」

 

グラビテイション!

 

 

 片手首を掴み、掴んだ方の掌を地面に叩き付ける。すると紫色の力場がそこを中心に広がっていく。その領域内に捉えられた吹雪はスピードを完全に殺され、そのまま膝を着いて動かなくなる。恐らくは重力を操っているな。障害物を創り出したりする必殺技なら攻略法はあるが、重力に干渉可能となると厳しいな。あの領域に捉えられるより早くパスを出すか、自力で回避する他無い。吹雪のスピードが殺されるくらいなら俺達も正面突破は不可能とみていい。

 

 

 ボールは今度こそジェミニストームの手に渡る。こちらの反応が間に合わないほどのパスワークの末にボールを受け取ったのは先程のピンク髪。凄まじい速さで雷門陣内へと切り込んでいく。

 しかしそのままシュートは許されない。その動きを見切っていた塔子が前に躍り出て止めに入る。

 

 

ザ・タワー!!

 

 

 叩き付けられた雷で視界を奪うと、そのままボールだけ奪い去っていく。

 それを見てフリーの染岡がボールを受け取るために声を掛ける。それを聞いた塔子は染岡に向かってロングパス。

 

 

「もらい!」

 

「は!?おい、吹雪!」

 

「ゴールを奪うんだろ?俺に任せておけって!」

 

 

 なんとそのパスを吹雪が横入りでカットしてしまった。染岡の静止も聞かずに吹雪はそのまま走る。

 点を取れば文句はないが•••そう上手くいくか?

 

 

フォトンフラッシュ!

 

「うおッ」

 

 

 その願いは届かなかったようだ。骸骨のような男が高速で回転すると、眩い光を放つ。それに堪らず目を隠した吹雪はその一瞬の隙のうちにボールを奪われる。

 そのままこちら側へ攻め込んでくるジェミニストーム。後ろへ戻ってくる吹雪に対して染岡が怒りを浮かべて詰め寄る。

 

 

「決められなかったじゃねぇか!何考えてやがる!」

 

「そう焦んなよ。本番はこれからさ」

 

 

 そう言って吹雪は染岡を軽くあしらう。

 真意が読めないな。あの余裕は吹雪の傲慢さから来るものなのか、はたまた何か狙いがあってのものなのか。前者ならばしっかり取り返してもらわないと困るが、後者ならば•••まあ何とかなるか?

 

 

 俺もボールを奪うために後方へと戻っていく。

 目の前ではボールを持った紫髪を鬼道と一之瀬が抑えにいっている。すると、1人が大きく左からボールを受け取るべく走り込んできているのが見える。それを伝えるべく声を出そうとした時には既にパスが出されていたが、何と一之瀬がそのパスコースに割り込んでみせた。

 

 

「ここだ!フレイムダンス!

 

 

 ブレイクダンスのような動きと共に炎を使役する。一之瀬を包み込むように舞う炎は目の前の敵へと伸びて包み込む。自由を奪われたその選手は派手に転倒し、ボールはそのままフィールドの外へと飛びてていく。

 

 

「いつの間にあんな技を?いや、それより•••」

 

「ああ。なんで分かった?」

 

「癖があったのさ。あの紫髪の選手はパスを出す方向に舌なめずりをする。それが分かれば後はそれを突くだけさ」

 

 

 成程な。これまで向き合った時はそんな所を見る余裕がなかったから気付けなかったが、そんな分かりやすい癖があったとはな。

 よし、ここはひとつ試してみるとしよう。

 

 

 ボールが出る直前触れていたのはあちらだったため、こちらがスローインの権利を得た。投げるのは風丸だ。

 風丸が選んだのは鬼道。真っ直ぐにボールが放たれるが、それを読んでいたのか見てから反応したのか、レーゼが鬼道の前に飛び出るようにしてボールを奪い、そのままヘディングで一旦後ろへ下げる。

 そこから続くのは閃光の如きパス回し。下手に飛び込むことは出来ないため一旦様子を見ていると、先程の紫髪にボールが渡った。

 近くにいた塔子と共にその行く手を阻むと一瞬動きが止まった後に俺から見て右方向に舌なめずりをする。

 その瞬間俺は右に飛びながら指を鳴らす。すると俺の全身から雷が迸り、それが幾つかの剣を創り出す。そのタイミングでちょうどパスが出され、目の前には俺の行動に僅かな動揺を見せながらもそれを受け取る茶髪。地面を削りながらその目の前に飛び出した俺は1()1()()()()()を標的に向かって放つ。

 

 

「喰らえ、サンダーストームッ!

 

 

 直後巻き起こったのは11本が織り成す雷剣の雨。逃げ場のないほぼ密着状態でこれを躱すことは不可能だ。徐々に削り最後の一撃で足元を掬いボールを奪い去る。

 本来の用途とはまた別だが、皆に内緒で練習していたブロック技だ。

 

 

「ナイスだ加賀美!」

 

 

 一之瀬の賞賛に頷きを返しながら戦況を確認する。

 俺より前には現在染岡、吹雪、鬼道、風丸。風丸はスローインからフィールド内に入ってきたから位置取りが微妙。鬼道は先程のスローインをカットされてから体勢を立て直してはいるが突破力で言えば少々不安。染岡と吹雪は遠すぎる。

 なら、答えはひとつだな。

 

 

雷光翔破!受け取れ吹雪ィ!」

 

 

 雷の如く駆け出した俺は誰にも止められることはない。ボールを奪うべく立ち向かってきた連中を尽く抜き去り、完全フリーの状態で吹雪へと鋭いパスを送る。

 

 

「見せてみろよ、お前の本番ってヤツを!」

 

「•••へっ、見てな!」

 

 

 要求することなくパスが飛んできた事が意外だったのか、一瞬吹雪が俺の顔を見たが激を飛ばしてやるとすぐさまゴールに向かって走り出した。その様はまさに風。凄まじい速さだ。

 しかしゴール前に待機していた2人のDFはしっかりと吹雪を抑えに行く。

 まさにその時、吹雪が不敵に笑った。

 

 

「かかったな?いけェ染岡ァ!!」

 

 

 滑らか過ぎるバック気味のパスが染岡へと放たれた。万が一に備えてかしっかりと走りこんでいた染岡はしっかりとそれを受け取ると、吹雪と同じくニヤリと笑ってそのままシュートが狙える絶好の位置まで辿り着いた。キーパーと1対1、あの勝負に勝ったお前ならやれるはずだ、染岡!

 

 

「おおおおおォォォォッッ!!」

 

 

 染岡が咆哮と共に高くボールを蹴り上げると、何かが地を砕いて姿を現す。それはいつものドラゴンより強大な力を感じさせる翼竜、ワイバーンだった。

 蹴り上げられたボールと共に空中から地上へと降り立ったワイバーンは、染岡がボールを再び蹴り抜くと共に相手のゴールへと大口を開けて突っ込んでいった。

 そのパワーもスピードも、何もかもがその場にいた全員の予想を大きく超えやがった。追いつくことすら出来ないキーパーの後ろのゴールネットが大きく揺らされ、ホイッスルが鳴る。

 それが意味するのは、俺達の加点。

 

 

「────やったぁぁぁ!!エイリア学園から点を取ったぞぉぉぉぉ!!」

 

 

 守のその大歓喜を皮切りに全員が染岡へと飛び付く。試合中だというのに嬉々として騒ぎ立てる皆から一歩引いたところで1人佇む吹雪へ近寄ると、俺より早く吹雪の方が口を開いた。

 

 

「あの場面で俺にパスを出してくるとはな。てっきり要求しない限りもう出してこないと思ったぜ」

 

「あんなに余裕を見せてたんだ。何かしら考えがあるだろうなっていう希望的観測に賭けてみただけさ」

 

「はっ、もしただの虚勢だったらどうしたんだか」

 

「その時は後で殴ってた」

 

「おー怖い怖い」

 

 

 そんな軽口を叩きあっているとベンチの方で目金があのシュートに名前をつけていた。その名も"ワイバーンクラッシュ"。ドラゴンクラッシュからワンステップ登った必殺技に相応しい名前だな。

 そんな盛り上がりをしている皆だが、試合はまだ終わっていないしなんなら同点だ。そろそろ引き戻してやろう。

 

 

「まだ同点だ、皆もう1回気を引き締めていくぞ」

 

「そういうこった。まあ決勝点は俺が決めてやるから見てろって」

 

 

 俺の言葉に吹雪が続く。それで皆今一度真剣な表情に戻り、それぞれのポジションへと戻っていく、

 その過程で俺が目にしたのは、明らかに余裕を失ったレーゼと困惑を隠せないジェミニストームの面々だった。

 

 

「我々が失点•••そんなことが、あっていいはずがないのだッ!!」

 

 

 ホイッスルと共にこの試合の中で間違いなく1番のスピードで走り出すレーゼ。あまりの速さに誰も追いつけず、行く手を阻むことが出来ない。

 レーゼがディアム、リームと名を呼ぶと茶髪とピンク髪がそれに迫るスピードで切り込んでいく。

 これはマズイな、俺の経験則から来る読みだと相当なシュートが飛んでくるはず。レーゼがあそこまで深く切り込んでいる以上阻止は不可能、なら大人しく守りに徹するのが吉。

 恐らく出てくるのは連携技。となると守1人は勿論壁山と塔子のシュートブロックでも少し危ないかもしれない。

 

 

 俺がいなければな。

 

 

「壁山!塔子!守!俺が時間を稼ぐ!その隙にしっかり体勢整えとけ!」

 

「柊弥!?」

 

 

 レーゼが高くボールを蹴り上げ、他の2人がそれに追従するように飛び上がったくらいのところで俺もゴール付近へと到着する。

 蹴り上げられたボールは上空で小宇宙のようなフィールドを展開し、その中央にあるボールを2人が蹴り落とす。凄まじいエネルギーを秘めているそれに対して、更にレーゼが追い打ちを掛けるかのように蹴りを叩き込み、こちらへ向かって放つ。

 

 

ユニバースブレイクッッ!!滅びよ地球人ッ!!」

 

 

 肌で分かる。凄まじいシュートだ。連携技であることもあって間違いなく先程の染岡の新必殺技よりも、俺の練習中の技よりも、吹雪のエターナルブリザードよりも強力だ。

 だからこそ、俺も後ろに下がってきて良かった。雷門最強のこの守備に更にもう1つ加われば、止められないものはない。

 

 

「これが本来の使い方だ!!サンダーストームッ!!

 

 

 バックステップと共に指を鳴らして飛び上がり、空中で11本の雷剣を呼び出す。直後俺が生み出すのは雷雨の如き剣閃。迫り来るシュートに対して次々と襲い掛かる剣は、僅かにではあるが確実にシュートの威力を削ぎ落とす。

 残念なことにこのシュートはやはり強力、11本という数量を誇る剣は次々に折られ霧散する。だが、稼いだ時間は十分のはず。

 

 

「後は頼むぞ!お前ら!」

 

「はいッス!ザ・ウォール改!!

 

「任せて!ザ・タワー!!

 

 

 引き際と判断し身を引くと、そこには準備万端の2人がいた。片や巨大な壁を創り出し、片や塔の頂点から猛々しい雷を叩き付ける。

 それでもシュートを完全に殺しきることは出来ないが、大きく威力が落とされる。十分なくらいだろう。

 ここまで俺達が気合い見せてたんだ、お前も見せてくれるよな?

 

 

「守ッ!!」

 

「へへっ、皆ありがとな•••このシュート、絶対に止める!!」

 

 

 十分な溜めから呼び出された魔神は絶対的な安心感を俺達に与えてくれた。

 突き出された右手とシュートが衝突した瞬間、凄まじい衝撃が俺達にまで伝わってきた。守も堪らず後ろに押されかけたが、決死の表情で踏ん張ってそれを耐えてみせる。

 

 

「絶対、絶対に止めるんだァァァ!!」

 

 

 咆哮。守に応えるように魔神も雄々しく吠える。その瞬間一際強い光が放たれ、一瞬俺達の視界は奪われる。

 視界が戻った時に俺達が目にしたのは、シュートを堂々と止めきった守の姿だった。

 

 

「行くぞッ!!反撃だァッ!!」

 

 

 守がロングパスを出す。それを受け取ったのは染岡。隣の吹雪と共に颯爽とジェミニストームのゴールへ向かって走る。

 先程のワイバーンクラッシュを警戒したのだろう、レーゼが絶対に撃たせるなと染岡へ徹底マークを指示する。すると当然染岡は厳重なマークを受け、それ以上の進行を許されない。

 しかし、それが染岡の狙いだった。

 

 

「いけェ吹雪ィ!!」

 

「染岡!?」

 

 

 先程の意趣返しのように染岡が吹雪へパスを出したのだ。自分がマークされることを予想した上で吹雪に撃たせることを選んだのか?この土壇場でそんな•••随分燃えることするじゃないか、染岡。

 一瞬吹雪は困惑を見せた。しかしすぐさまいつもの笑みを浮かべ、受け取ったボールと共にシュートの体勢に入る。

 

 

「吹き荒れろ!エターナルブリザァァァドッッ!!

 

 

 ボールを両足で挟み込み回転、その瞬間これまで以上の暴雪風が巻き起こる。完全に凍りついたボールに向かって回転しながら付けた勢いのまま思い切りシュートを放つ吹雪。ゴールに向かうまでにシュートが描く軌跡全てが凍りついていることが威力の高さを物語っているだろう。

 相手のキーパーは必殺技で抵抗を試みるが、あまりの勢いに身動き取れず、そのまま空中へと投げ出された。

 ゴールを守る者がそうなればその後は語るまでもない。ゴールごと凍りつかせたシュートが全てを教えてくれる。

 

 

『ゴール!!!吹雪のエターナルブリザードが炸裂!!ここで試合終了だァァァァ!!』

 

 

 得点を告げるホイッスルと共に鳴らされたのは試合終了のホイッスル。スコアボードは2-1。2点が示すのは雷門、そう俺達だ。

 

 

「────ッ、やったぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 

 誰よりも早く声を上げた守につられ、その場の温度が上がるくらいの熱気と歓喜がフィールドを包み込んだ。

 俺はその場で胸の辺りを抑え、ここにいない仲間達の顔を思い浮かべる。

 

 

「半田、マックス、影野、少林、宍戸•••修也。俺達は•••勝ったぞ!」

 

 

 アイツらと戦えなかったのは残念だが、その想いは俺がちゃんとここに連れてこれただろうか?•••いや、俺が疑っちゃいけないな。預かったのは他でもない俺自身なんだから。

 いつまでも鳴り止まない拍手喝采が俺達の勝利を祝福している。今はこの勝利を素直に喜ぼう。

 俺も守達に混ざる。その場にはマネージャーや目金、更に白恋の皆も集まって大騒ぎだった。

 中には泣いてるヤツもいる。どれだけのこの勝利が大きなものなのかが嫌でも分かる。

 

 

 だが、そんな大盛り上がりだったからこそ。その空気を切り裂く様なことには敏感になってしまっていた。

 

 

「•••お前達は知らないんだ、本当のエイリア学園の恐ろしさを」

 

 

 その場とは真逆の、氷のように冷たい声で呟かれた言葉に全員が声を止めてしまった。

 




ジェミニストーム撃破!!おや?レーゼの様子が•••
柊弥の新技のモチーフですが、一部の人には分かるかもしれません。もし興味あるという方は「ヘブバン 月歌 千紫万紅」と調べれば多分動画がヒットするはずです、多分。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第50話 新たなる刺客

祝!本編50話!(番外編は除くものとして)
という訳で、いずれ纏めようと思っていた柊弥のプロフィールなどをウボァー先生作成の特殊タグをお借りして書いてみました!
1章より前に割り込む形で投稿してるので気が向いたら見てやってください!
これからもよろしくお願いします!


 

 

「お前達は知らないんだ•••本当のエイリア学園の恐ろしさを」

 

 

 レーゼが顔面蒼白でそう呟く。

 

 

「我々は"セカンドランク"に過ぎない。イプシロンに比べれば、我々の力など•••」

 

 

 セカンドランク、イプシロン。聞きなれない単語が出てきた。この言葉を鵜呑みにするなら、エイリア学園にはジェミニストームだけではなく更にチームが存在しているということになる。しかも、ジェミニストームより遥かに格上の。

 負け惜しみ•••では無いだろう。こんなことを負け際に言い残す意味は無い。ということは、それ即ち──

 

 

「無様だな、レーゼ」

 

 

 皆がレーゼの方を見て固まっていると、突如として暗雲が立ち込めて聞き覚えのない声が何処からか響いてくる。

 声の出処を探していると崖の方向から赤色の眩い光が放たれ、その中から複数の人影•••ちょうど11人。ジェミニストーム同様奇怪な服装の連中が姿を現す。

 コイツらがイプシロン、ってことか?

 

 

「デ、デザーム様ッ」

 

「覚悟は出来ているな?お前達をエイリア学園から追放する」

 

 

 デザームと呼ばれたその男は、黒色のサッカーボールを見せつけるようにして掲げる。それを見たジェミニストームの面々は絶望の表情を浮かべ、レーゼは虚ろな顔でその場に跪く。

 一際強く光ったそのボールをジェミニストームに向かって蹴り出すと、ぶつからないギリギリのところで止まったと思えば再び強く発光。その光が消える頃にはジェミニストームの姿も消えていた。

 

 

「おい!ジェミニストームのヤツらを何処にやった!」

 

「言っただろう、追放したのだ。今頃宇宙の塵だ」

 

「•••仲間じゃねぇのかよ」

 

 

 コイツらの上下関係なんて知ったこっちゃない。だがそれでも、仲間であることには変わりないはずだ。それを易々と宇宙の塵だなんて•••そんな惨い話があってたまるか。

 デザームは不敵な笑みを崩さない。ヤツからすればさも当然のことなのだう。

 だからこそ、その笑みが癪に障る。

 

 

「宇宙人だろうがなんだろうが関係ねぇ!仲間は大切にするのが道理だろうがッ!!」

 

「ふん、戯言を」

 

 

 俺の問いかけに対してデザームが答えることはない。いつの間にかデザームの手元に戻っていたボールが再び妖しく光り出す。

 

 

「我々はエイリア学園ファーストランク、イプシロン。地球人はやがてエイリア学園の真の力を知るだろう」

 

 

 そう言い残し、デザームとイプシロンの連中はその場から姿を消した。

 俺の中に残ったのはジェミニストームに勝ったことの喜びではなく、仲間を大切にしないイプシロンへの怒りだけだった。

 

 

「•••クソが」

 

「柊弥•••」

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「•••はあ」

 

 

 強大な敵であるジェミニストームに勝ったと思ったら、今度は更に強いというイプシロンが現れた。更にイプシロンのジェミニストームへの扱いがどうにも頭に残り気分が晴れないので俺は1人キャラバンの屋根に寝転んでいた。

 イプシロンの出現は予想外ではあったが、ジェミニストームに勝利したということで今夜は随分豪勢な夕食が振る舞われた。北海道の特産品なんかが並んだりして、食事量を減らしていた最近の俺達からすればご馳走としか言い表せないラインナップだったな。

 当然俺もその場にいて食事はしたが•••やはりどうにもイプシロンのことが引っかかってしまう。皆が盛り上がっている中1人抜けてきたからもしかしたら空気を悪くしてしまったかもしれないな。バレないように抜けてきたつもりだったが。

 

 

「ジェミニストームを倒したら今度はイプシロン。この戦いはいつになったら終われるんだろうな•••」

 

 

 頭に過ぎったのは入院している皆と修也の顔。

 ジェミニストームを倒せばまた皆でサッカーが出来ると思っていたが、こんなことになるなんて思ってもいなかった。

 勿論サッカーは好きだが、エイリア学園を倒すためという半ば使命のような状態でプレイするのはあまり好きじゃない。俺がやりたいのはもっとこう、仲間とひたすらにボールを追いかけられるサッカーだから。

 今回てアイツらにいい報告ができると思っていただけに、どうしても残念という気持ちが上回ってしまう。

 

 

「いたいた、探したぜ」

 

「•••守」

 

 

 突如掛けられた声に身構えると、その正体は守だった。何も言わずに梯子を登ってきて、俺の隣に寝転んで同じ星空を見上げる。

 

 

「なあ守、俺達はイプシロンに勝てると思うか」

 

「なんだよ柊弥らしくない。勝てるかじゃなくて勝つんだって、いつものお前なら言うだろ?」

 

「•••まあな」

 

 

 確かにその通りだ。そんな言葉が出てこないんだ、無意識のうちに随分参ってしまってるのかな。

 大きな溜息を吐くと、守が口を開く。

 

 

「柊弥、俺達が小学生の頃にこうして2人で星空を見上げてた時のこと、覚えてるか?」

 

「ああ。俺がお前の家に泊まりにいった時だよな」

 

 

 小学生五年生の時くらいか。確か円堂家の庭の芝生に寝転んで色んな話をしたな。まあ、その話の内容の大半はサッカーのことだったが。

 

 

「2人で同じ中学に通って、サッカー部に入って、フットボールフロンティアで優勝しようだなんて盛り上がってたよな」

 

「ああ。そしてそれは実際に叶った」

 

 

 今思えばかなり現実味のない夢だったが、実際に2人で雷門中に入学し、秋と3人でサッカー部を復活させた。そこからどんどん人が集まって、帝国との練習試合をキッカケに色んなことが変わり始めたな。

 ほんの数ヶ月の間の事だったけど、本当に色々なことがあって夢の舞台、フットボールフロンティアの決勝戦のフィールドに立ち、世宇子中との試合に勝ってその時見ていた夢が本当になった。

 

 

「まさか宇宙人が攻めてくるなんて、流石に思ってもいなかったけどな!」

 

「ははっ、違いねえ」

 

 

 守と2人で大爆笑する。ここまで心の底から笑えたのは随分久しぶりな気がする。ここのところ、嫌でもずっと思い詰めていたからな。やむを得ない状況だったとはいえ。

 

 

「笑ったら少しは気が晴れたか?さっきまでのお前、酷い顔してたからさ」

 

「悪いな。ちょっとナイーブになってただけだ」

 

「良いって。柊弥にはいつも助けられてるからさ!」

 

 

 助けられてる、か。自分が俺だけじゃなく色んなヤツの助け、支えになってる自覚はないのかね、このキャプテン様は。

 まあ、それが守の良いところではあるんだが。

 

 

「あの頃の話には確かまだ続きがあったよな」

 

「ああ!フットボールフロンティアで優勝した後は世界大会で戦うんだ!」

 

「そうそう。それで、命運を決める決勝戦では俺達2人のシュートで世界一の座をもぎ取ろうぜなんて話してたな」

 

 

 俺はストライカーで守はキーパー、そんな2人が決勝という大舞台で2人でシュートするなんて今考えたらなかなかに馬鹿げた発想だよな。まあコイツは何かとシュートを撃つことが多いんだが。

 

 

「今はそれどころじゃないけどさ、いつか本当に世界の舞台で戦ってみたいよな」

 

「だな!くぅぅ、こんな話してたらボールを蹴りたくなってきた!ちょっと付き合えよ!」

 

「はいはい、しょうがないヤツめ」

 

 

 いつまでも俺の中にかかっていた霧は既に晴れたみたいだ。

 全く、コイツには感謝してもしきれないな。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 翌日、俺達はイプシロン撃破を次の目標に掲げて北海道を出発した。

 襲撃予告や情報がないと何も出来ないため、とりあえずは東京へ帰る形で本州へと向かっている中、サービスエリアで休憩をしているときだった。飲み物片手に談笑していた俺達の元へ監督がやってきて、次の行き先を告げる。

 

 

「次は漫遊寺中、京都へ向かうわよ」

 

「京都、ですか•••何かイプシロンに動きが?」

 

「ええ。イプシロンからの襲撃予告があったと理事長からの連絡よ」

 

 

 京都、漫遊寺中か。確かフットボールフロンティアには出場していない学校だったな。出場が出来ないとかではなく、自分達の意思で不参加を選んでいるという話を聞いたことがある。何でも、サッカーをするのはあくまで心と体を鍛えるため。それ故に争いとなる試合などは行わないのがモットーだとか何とか。出場すれば間違いなく優勝候補の1つと言われているだけにかなり勿体ない。

 

 

「フットボールフロンティアに出てこそいないが、帝国が表の優勝校で漫遊寺が裏の優勝校なんて言われるくらいだ」

 

「そんなにか」

 

 

 元帝国の鬼道が言うならその通りなんだろう。外部と試合をすることがないのに何でそんなことが分かるのかどうかはさておいておくが。

 確か漫遊寺といえばカンフーの聖地でもある。•••少林を連れて行ってやりたかったな。

 

 

「という訳で早速出発よ」

 

「「「はい!!」」」

 

 

 目的地は京都、夜通しキャラバンは走り続けるため明日の昼までには着くだろう。結構長い時間の移動になりそうだ。

 シートベルトを締めたことを確認して俺は愛用のアイマスクを着ける。別に寝るつもりは無いが少し考えたいことがある。まあ必殺技についてだが。

 まず、ジェミニストーム戦で初めて実戦投入したサンダーストーム。あれは身体に満ちるエネルギーを11本の剣という形で具現化させ、それで斬り払うことでシュートの威力を落とすことを目的とした必殺技だ。シュートブロックのための必殺技だからシンプルにブロック技としても応用可能だ。

 そして実はもう1つの目的がある。それはエネルギーを形にする感覚を何とか掴むことであの力•••化身の感覚を掴むためだ。まあ残念ながら手応えはなかったが。

 それに関しては仕方ないとして、ようやくブロック技を持つことが出来たのは大きな進歩だ。俺の本職はFWだが、いざとなれば他のポジションもこなせるようにしておきたかったからな。キーパーは流石に厳しいが。

 

 

 必殺技といえばもう1つ、新しいシュート技だ。

 あの試合の中でも狙ってみたがレーゼに阻止されてしまったな。威力を極限まで高めるためにシュートを放っては追いつき、更にシュートして•••を繰り返しているが、その過程が長いが故に止められてしまったのだろう。だから対策を考える必要がある。

 まず1つ目、蹴りの過程を空中で行う。これを実現するとしたら空中で蹴って追い付いてを繰り返すという凄まじいことを成し遂げなければならないことになる。不可能ではないが、現状では自分で追い付けなくなって終わりだろう。

 そして2つ目、込めるエネルギーの密度を高める。ライトニングブラスターのようにボールから放たれる雷を強めることで相手に触らせないのが狙いだ。当然自分で触りにいくのも難しくなるが、そこはライトニングブラスターの応用で何とかしよう。

 自分で言ってなんだが、この必殺技は本当に難易度が高すぎるくらいだ。威力を求めるが故に想定以上のものになってしまった。北海道でのスピードの特訓で完成に近づきはしたが、まだシュートを制御しきるパワーとテクニックが足りていない。こればかりは鍛えるしかない。

 

 

「うわああああああああッッ!?」

 

「何だ!?」

 

 

 色々と考えていたら突如耳を貫いた悲鳴に飛び起きる。アイマスクを剥いで辺りを確認すると、何かが可笑しい。

 なぜ俺は外にいるんだ?しかも、辺りの建物はボロボロ、所々から煙まで登っている。

 いやそれだけじゃない、皆は何処だ?俺はキャラバンに乗っていたはずだ。何でこんなところにいるんだ?

 

 

「逃げろ!殺されるぞ!」

 

「お、おい!一体何が!」

 

 

 額から血を流しながらこちらへ走ってくる男性に声を掛けるが、全く相手にされず走り去ってしまった。

 全く状況が呑み込めない•••とりあえず、あの人が来た方向に向かってみれば何か分かるか?

 建物の残骸が地面に転がっており、気を付けなければ転んでしまいそうだ。注意を払いながら進んでいこう。

 

 

「きゃあああ!!」

 

 

 再び聞こえた悲鳴の方向へ全力で走る。するとそこには、濃い藍色の長い髪を持つ1人の少女がいた。

 そしてその少女が目の前に聳える巨大なビルへ手を翳すと───

 

 

「おい、何の冗談だよ」

 

 

 次の瞬間、建物の至る所に紅いヒビが入る。そして目の前の光景に目を疑った矢先に大爆発が巻き起こる。

 身体を包み込む熱風、そして豪雨のように此方へ降り注ぐ瓦礫の群。

 

 

「•••ははは」

 

 

 身を守るべく腕で視界を塞ぎながら、乾いた笑いを辛うじて聞き取る。その笑い声には、明らかな狂気が含まれていた。

 

 

 

「──い、──柊弥先輩!!」

 

「はッ」

 

 

 その時、視界が急激に歪む。目の前が真っ白になり、聞き覚えのある声が聞こえたと思ったら突如として手を暖かな温もりが包み込む。

 徐々に、徐々に視界が回復する。ここはキャラバンの中だ。そして隣には、さっきの少女•••ではなく、春奈が。

 

 

「春、奈?」

 

「大丈夫ですか?凄いうなされてましたよ?」

 

 

 そう言われて初めて息が乱れていて少し汗をかいているのに気が付いた。ということ•••あれは夢か。考え事をしている最中に夢の中に沈んでいたとはな。まだ意識がハッキリとしていないのが分かる。

 

 

「ありがとう、結構ショッキングな夢を見てたみたいだ」

 

「きっと疲れていたんですよ、これお水です」

 

 

 春奈から受け取った水を喉に流し込む。乾きが一気に潤うのを感じる。水分が足りていなかったからかただの水がやたらと美味い。

 

 

「もう夜ですから、このまま寝ちゃった方が良いと思いますよ。また辛そうにしてたら起こしてあげますから安心してください!」

 

「ああ、ありがとう」

 

 

 春奈にそう促されて再び目を閉じる。春奈がずっと手を握っていることに何か言うべきだったかもしれないが、やけに安心するから言い出せなかったな。

 そういえば、夢の中に出てきたあの少女。何処か春奈に似ていたような気がするな。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「着いたぞー!京都だ!」

 

「──到着か」

 

 

 古株さんの声で目が覚める。春奈は•••どうやら前の秋と夏未の席に行って何か話してるみたいだ。

 席を立ち上がって身体を伸ばしていると、皆は今起きた様子では無さそうだ。俺1人だけやたらと寝ていたらしい。

 

 

 キャラバンから降りると、日光が身体を突き刺す。辺りには古風な服装に身を包んだ中学生、恐らく漫遊寺の生徒達がいる。

 どこかのんびりとした雰囲気だが、それに似つかわしくない大穴がどうしても目につく。恐らくはイプシロンの襲撃予告の爪痕だろう。

 

 

「とりあえず、サッカー部を探してみようぜ」

 

「サッカー部なら奥の道場みたいだよ」

 

 

 サッカー部に話を聞くために何処へ向かおうかと思っていたところ、吹雪が2人の現地の女子生徒から既に場所を聞いていたようだ。その女子生徒は吹雪にほの字だ。吹雪の性格だからおそらく意図せずたらしこんだのだろう。恐るべし。

 

 

 教えてもらった方向へ進んでいくと、寺のような造形の校舎が見えてきた。そのまま歩いていると、蹴球道場という看板が掛けられた建物が目に入った。

 その瞬間守が走り出す。他の皆もそれに続く。

 

 

「どわああああああッ!?」

 

 

 すると床で滑って派手に転んだ。そしてそれに続いて行ったみんなも派手に転んだ。

 俺と鬼道、マネージャー以外は皆猪のように突っ込んで行ったようだ。人の上に人が転んで洗濯物の山のようになっている。

 それにしてもあんな漫画みたいな転び方有り得るんだな。文字通りツルッといって一回転してたぞ。

 ん?よく見たらこの床何かおかしいぞ。一箇所だけやたらもツルツルして•••これはワックスか?

 

 

「うっしっし!引っかかった引っかかった!」

 

 

 すると、草陰から小柄な少年が笑いながら出てくる。ということはコイツがやったんだろう。

 いち早く塔子が憤慨して追いかけていくが、渡り廊下から外に飛んだ瞬間派手な音が聞こえた。恐る恐る外を覗き込むと、見事なまでに落とし穴に落ちた塔子の姿。まさかの二重トラップだ。

 

 

「木暮ェ!」

 

「やっべ!」

 

 

 怒号が飛んできた瞬間、木暮というらしいあのチビは走り去っていった。随分と軽やかな身のこなしだな。

 その声の正体はこちらにやってくるや否やすぐさま謝罪してくる。どうやら彼はサッカー部のキャプテンの柿田というらしい。曰く、木暮もサッカー部なのだとか。

 そして木暮は相当にひねくれているようで、自分が原因で課せられた罰をいじめと思い込み、その仕返しのつもりでさっきのようなイタズラをサッカー部全員に仕掛けているらしい。自分以外全てが敵に見えているとか何とか。

 

 

「それにしても、何でそんなことをするんだ?」

 

「木暮は小さい頃親に捨てられているのです。恐らくはそれで•••」

 

「親に•••」

 

 

 柿田のその言葉に反応を示したのは春奈だ。そうか•••そういえばそうだったな。

 恐らく自分と少し重ね合わせたのだろう、春奈の表情が明らかに曇っている。昨日の夜のこともあるから今度は俺が声を掛けるべきだな。

 

 

「春奈、大丈夫か」

 

「•••はい、ちょっと思い出しちゃっただけです」

 

 

 そう返す春奈はやはり暗い。

 俺はそんな春奈の手を軽く握る。誰にも見えないように。

 

 

「えっ」

 

「昨日こうしてくれたろ、そのお返しってことで」

 

 

 とてつもなく照れくさいが、こういう時は人の温もりがどうのこうのと聞いたことがある。実際に昨日悪い気はしなかったからな。

 変に思われないか不安だったが、春奈が少し笑って握り返してきたのできっと大丈夫だろう。

 

 

「ところで、私達に何か御用で?」

 

「ええ、こちらにエイリア学園からの襲撃予告がありましたよね?」

 

「ああ、あの件ですか」

 

 

 そう言うと柿田は俺達を道場内に案内してくれる。練習中だった漫遊寺サッカー部を集合させたようで、全員勢揃いしている。

 早速本題を守が本題を切り出すと、予想外の答えが返ってきた。

 

 

「私達は戦うつもりはありません」

 

 

 戦うことなく対話での解決を試みるとか何とか。染岡がそんな話が通じる相手ではないと反対するが、心に邪念があるからと一蹴される。

 どうやら本当に試合に応じるつもりはないようだ。あくまで話し合いでどうにかするつもりらしい。

 正直、無理だろう。染岡が言った通りそんなことで解決するような連中ならここまで被害は広がっていない。

 俺も説得してみるが意見を曲げる様子はない。そしてそのまま鍛錬があるからと全員その場を去っていってしまった。

 

 

 恐らく近いうちにイプシロンがやってくる。それまでに漫遊寺中を説得、必要なら一緒に戦う手筈を整えておかなければならないだろう。

 あまりやれることは多くはないが、とりあえず特訓だ。ジェミニストームより格上というイプシロンに勝つため、ひたすらに自分を鍛えるしかない。




詰め込みすぎた
50話記念ということで、リメイク前の"雷鳴は光り轟く、仲間と共に"を一時的に公開します。今と比べて設定やら何やら色々違うので興味があればぜひ→ https://syosetu.org/novel/245711/


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第51話 秘めた想いと襲来

AQUOS様、誤字報告ありがとうございます!
そしてウボァー様、特殊タグの手直しありがとうございます・・・


「ぐがー、ぐがー」

 

「もう食べられないッス……」

 

「うわあああ!上から壁山でやんス!!すぅ……」

 

「……うるせえ」

 

 

 既に日付は切り替わっているくらいの夜更け、俺は賑やかな寝言によって完全に叩き起されていた。守はシンプルにイビキがうるさい、壁山は夢の中まで食うな、そして栗松は壁山に殺されかけるな。

 1人心の中でツッコミを入れていたら眠気は何処かへと行ってしまっていた。寝ようにも寝れないし、この時間に特訓なんてするのも流石に駄目だしどうしたものか。

 

 

 と、そんなことを考えていたら視界の端、窓の向こうで誰かがキャラバンの前辺りに歩いていったのが見えた。何か思い詰めたような表情をしていたが何かあったのだろうか。

 そういえば昼間、浮かない表情をしていたな。何を思ってかは分からないが、何かがあったのは確実だろう。

 

 

「痛っ、……鬼道?」

 

「……」

 

 

 突如脇腹に鋭い痛みを覚えて後ろに振り返ったが、そこには寝袋に身を包みこちらに背を向けた鬼道のみ。

 ……行け、ってことか?

 

 

「お前からの頼みなら断れないな」

 

 

 全く、兄貴であるお前が行ってやった方が本人にとっても支えになるだろうに。随分照れ屋なお兄ちゃんなものだ。

 俺は皆を起こさないよう出来るだけ物音を立てずにキャラバンの外に出る。流石に扉の開閉音で気が付いたのか、そこに座り込んでいた春奈はこちらを向き、少し驚いたような顔をしていた。

 

 

「寝れないのか?春奈」

 

「柊弥先輩、起きてたんですね」

 

「ああ。夢の中でも元気なヤツらのおかげでな」

 

 

 そう言って少し笑うと、また暗い顔で俯いてしまう春奈。

 まあ、こちらから切り出さないと駄目だよな。自分から悩みを吐露できるなら最初からそうしているだろうし。

 

 

「……少し、歩かないか?」

 

「え?」

 

「ほら、程よく散歩すれば互いに眠くなるかもしれないだろ?」

 

「……はい!」

 

 

 若干明るさを取り戻した声と共に立ち上がった春奈と共に夜の漫遊寺を散歩する。だがどうしたものか、会話が長続きしない。誘った側がひたすら無言でいる訳にもいかないから何とか話題を振ってはいるが、何かこう噛み合わないような感じだ。

 ここは手っ取り早く本題に入るのが吉だろう。少し開けた場所の石に2人で腰掛ける。

 

 

「アイツ……木暮のことか?昼も何か考えてたろ?」

 

「はい……私、あの子の気持ち少し分かるんです。知ってのとおり、私とお兄ちゃんは小さな頃に両親を亡くしてて、その時はずっと裏切られたとばっかり思ってたんです」

 

「裏切られた、か」

 

 

 無理もない話だ。当時小学生ですらなかった幼い子供が親は二度と帰らないなんて聞かされても裏切られた、捨てられたとしか考えられないだろう。そんな考えに囚われず、立派に春奈の拠り所であり続けた鬼道が凄すぎるくらいだ。

 だからこそ、木暮の境遇に少なからず自分を重ねているのだろう。あの小さな身体の中に押しつぶされるように込められた深く暗い感情が分かってしまう。だからこそそれが気の毒で仕方なく、今もこう気にしてしまっている。

 

 

「私もお兄ちゃんがいなければあんなになってたのかな、なんて」

 

「それは無いんじゃないか?」

 

 

 春奈がふと呟いた言葉を即座に否定してしまう。あまりのスピード返答だったせいで春奈が呆気に取られてような顔をしている。しくじったな。

 柄にもなく自分が焦っているのを感じながらも何とか考えを言葉にして口に出す。

 

 

「春奈は優しいだろ?今こうして木暮のことを気にかけているし、俺のことだって何ども気にかけて、助けてくれた。そんな優しい……いや、強い人が道を間違えるなんてことはないさ。俺が断言する」

 

 

 

 我ながら口が甘くなるようなセリフを吐いたものだ。案の定、春奈は黙りこくってしまった。

 ああクソ、どうして肝心なところで俺は選択肢を間違えるのか。もっと別の伝え方があったはずだ、少なくとも相手が返し方に迷わないような方法は幾らでも。

 恐る恐る俺は隣を見る。そこには、文字通り真っ赤になった春奈の顔が。

 

 

「柊弥先輩って時々凄く恥ずかしいこと言いますよね……!」

 

「春奈も人のこと言えないだろ?世宇子との試合の後、全国放送の前で抱きついてきたのはかなりだと思うぞ?」

 

「あれは!!えっと……そう!感極まってです!感動のあまり身体が動いちゃっただけです!!」

 

「感動のあまりね、へえ」

 

「〜〜〜ッ!!」

 

 

 暫くの沈黙の後、俺達は顔を見合わせて大笑いする。

 春奈とここまで砕けて話したのは初めてだろうか。今まではどうしても先輩と後輩という意識があったような気がする。

 春奈は既に俺にとって後輩以上の……何だ、上手く言葉に出来ない存在になっているのは間違いないだろう。

 

 

「あの、柊弥先輩」

 

「どうした?」

 

「……ありがとうございます!おかげでスッキリしました!」

 

「そうか、それならそろそろ戻るか」

 

「いえ、私はもう少しここにいます。笑ったら少し暑くなっちゃって」

 

 

 そう言って春奈は背を向け、夜空を見上げた。気が楽になったなら本来の目的は達成できたわけだし、ここは要望通り1人にしても大丈夫だろう。俺もそろそろ寝なければ明日の特訓がキツくなるからな。

 

 

「それじゃあ、おやすみ」

 

「はい!おやすみなさい」

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「……はあ」

 

 

 柊弥先輩がキャラバンに戻った後、私は1人月を眺めていた。

 思い出されるのは先程までのような暗い記憶ではなく、隣で一緒に笑ってくれた大切な人の横顔と口先まで出かかって躊躇ってしまった、たった数文字の短い言葉。

 声に出して伝えるのはそんなに難しいことじゃないはずなのに、いざ伝えようとするとどうしようもなく怖くなってしまう。

 願い通りにならないかもしれないから?違う。

 自分が傷付いてしまうかもしれないから?それも違う。

 ……それはきっと、今のままの関係でいられなくなるのが怖いから。

 

 

「何で言えないかなあ……好きですって」

 

 

 私は大きなため息をつく。ため息をつけば幸せが逃げるなんて良く言うけれど、このくらいは許して欲しい。

 だって、あの時から……お兄ちゃんとの確執が辛くて仕方なかったところを救ってくれたあの時から。ずっとずっとあの人のことが好きで仕方ないのだから。

 

 

「……また秋先輩に相談かなあ」

 

 

 そうしよう。出来ることなら夏未さんや塔子さんも巻き込んでまた北海道に行く前みたいな女子会の中で相談したい。きっと力になってくれるはず。問題はあの3人全員がキャプテンに対して特別な思いを抱いていることだけど。

 

 

「……ん?何だろう?」

 

 

 そんなことを考えていると、建物の中で何かが光ったのが見えた。あそこは確か……サッカー部の修行場?

 誰かがいるのかもしれない。もしかしたら宇宙人が夜な夜な何か罠を仕掛けに来たのかな?もしそうなら尚更確かめなきゃ。

 

 

 意を決して扉を開ける。そこには警戒していたような姿ではなく、昼に見たばかりの小さな影が。

 

 

「木暮君?」

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「よーし!一旦休憩!」

 

 

 守の声が辺りに響くと、全員息を切らしながらベンチへと戻っていく。今日の特訓はかなりハードだったから無理もない。

 マネージャー達がドリンクとタオルを配ってくれているが、その中に春奈の姿が無いことに気が付いた。

 

 

「秋、春奈は?」

 

「音無さんなら別の仕事をしてくれてるみたい……気になる?」

 

「……そういうのじゃない」

 

 

 全く、少し前まではこんなに悪い顔をするようなヤツじゃなかったんだが。おかげさまで周囲からの生暖かい視線がこれでもかというくらい突き刺さる。

 後ろから肩に乗せられた手に振り向くと、そこには鬼道が。

 

 

「妹はやらん」

 

「お前はどの立場なのかハッキリしろよ。昨日俺をけしかけたくせに」

 

「なんの事だかサッパリだ」

 

 

 隠すのがとことん下手なやつだ。あんなバレバレの工作に俺が気付かないとでも思ったのか。

 特に言葉もなく鬼道の背中を叩き、向けられた圧力を他所に水分補給をして汗を拭う。それにしても春奈に任された仕事とは一体何なのか。

 

 

「ん?おい、皆あれをみろ!」

 

 

 束の間の休憩時間、そんな中で驚いたような声で土門は若干声を荒らげる。

 指さされた方を見ると、漫遊寺のシンボルの上に佇みながら赤い光、黒い霧を撒き散らす黒い男、イプシロンのデザームがそこにいた。襲撃は今日、って訳か。

 

 

 俺達は大急ぎで漫遊寺グラウンドへ向かう。辿り着いた時には既にイプシロンと漫遊寺イレブンが睨み合っていた。

 

 

「何度言われても答えは同じです、私達に戦う意思はありません」

 

「ならば仕方ない」

 

 

 1歩前に出て言葉を交わす影田とデザーム。試合を拒否するスタンスはやはり変わっていないようで、デザームからの要求に一切応じる様子はない。

 それを聞いて痺れを切らしたのか、デザームはボールを上に掲げる。すると横に待機していた銀髪が目にも止まらぬ速さで飛び、そのままボールを蹴り飛ばす。

 放たれたシュートは紫色の光を纏いながら空気を裂き、歴史上の建造物の如く頑強な漫遊寺の校舎を貫く。それを見て周囲の生徒達からは悲鳴が上がる。

 そんな凶行を見てようやく決心が着いたのか、影田の、漫遊寺イレブンの目の色が変わる。

 

 

「やむを得ません……その勝負、お受け致しましょう!」

 

 

 そうして漫遊寺とイプシロンの試合の準備が始まった。俺達が戦おうと提案しないのか監督に聞いてみたが、まずはこの試合を見てからでも遅くはないと言う。確かにイプシロンの実力を見定めることも出来るし、理にかなっている。ここは大人しく横で見ているとしよう。

 

 

 そうしている間に試合は始まる。

 まず先手を打ったのは漫遊寺。鋭い切り込み、器用かつ精巧なパス回しでぐんぐん前線へ押しあがっていく。流石裏の優勝校と評されるだけあって、素晴らしい技術だ。それを扱うだけの身体もしっかりと仕上がっている。

 

 

竜巻旋風!!

 

 

 9番がボールを挟み込み、回転を与えてグラウンドに叩き付ける。するとまさに竜巻が如く突風が巻き起こり、それと同時に砂塵も巻き上げる。

 それに包まれたイプシロンの女選手。あれを至近距離で受けては一溜りもないだろう。

 と思ったその時。

 

 

「何っ!?」

 

 

 その竜巻の中を一切怯む様子なく突っ切ってきた。あんな芸当は少なくとも俺達の中で出来るやつはいない。

 凄まじい速さでカウンターを仕掛けるイプシロン。必殺技を用いてそれを止めにかかる漫遊寺だったが、それらをものともせず一瞬でゴール前まで侵入を許す。

 

 

四股踏み!!

 

 

 四股を踏んで大規模な衝撃波を発生させたが、それに包まれても怯むことなく前進。そのまま放たれたシュートによってDFはボールごとゴールネットに押し込まれた。

 流れるような得点、あまりの実力に皆揃って言葉を失っていた。

 

 

 しかもそこからも悪夢は終わらない。数々の強力な必殺技をもってイプシロンに立ち向かう漫遊寺。だがそのどれもが真正面から打ち砕かれる。イプシロンは当然のように必殺技を使ってこない。

 1人、また1人とその場に倒れていき、1点ずつイプシロンの得点が増えていく。

 その得点が15点に差し掛かった頃、既に立っている漫遊寺の選手はおらず、時間の針はようやく6分を刺したかといったところだった。

 正直、圧倒的だ。

 

 

「所詮この程度か……やれ」

 

「待てェ!!」

 

 

 もはや用無しと言った様子で再びボールを掲げるデザーム。次に放たれるのは校舎を破壊するあの恐ろしいシュートであることは容易に想像出来た。

 だがそれを遮る声が1つ。俺達雷門イレブンだ。

 

 

「あんな強い漫遊寺を一方的に倒したイプシロン……俺達勝てるッスか?」

 

「勝てるか勝てないかじゃない、勝つんだろ?」

 

 

 弱気になるのも無理はないが、気持ちで負けて勝てる試合なんてあるはずもない。厳しいようだがここは喝を入れる場面だ。

 

 

「キャプテン!それなら木暮君にも戦わせてあげてください!」

 

「春奈?」

 

「木暮君だって漫遊寺の一員です!きっと力になってくれます!」

 

 

 春奈が必死に訴えかける。ここまで言うということは、何かそれを裏付けるだけのものを見たということだろう。恐らくはさっき秋が言っていた別の仕事というのも監督に頼まれてそれを見定めていたとかそんな感じかもしれない。さりげなく監督の顔を伺ってみるが特に拒絶の様子はない。この人が明確にノーを出さない時はどちらでも良いということ。

 なら、ここは1つ春奈を信じてみよう。

 

 

「良いんじゃないか?俺は賛成だ」

 

「柊弥が言うなら……よし分かった!木暮、俺達と一緒に戦ってくれ!」

 

「え、ええええ!?」

 

 

 木暮の絶叫が木霊する。何をもって春奈が木暮を推しているのかまでは分からないが、ここまでお膳立てしたんだから腹括ってもらおうか。

 

 

「ようこそ雷門イレブンへ、歓迎するぞ」

 

「お前、なんか怖いよ」

 

 

 木暮の背中を叩いてやるとそんな失礼な一言が飛んでくる。俺なりに緊張を解してやろうとしたんだが不発だったようだ。

 秋と春奈が木暮のユニフォームを取りに行ってる間、俺達は丸くなって作戦を立てる。

 

 

「間違いなくアイツらはジェミニストームより上だ。試合のペースは常にこちらが握っておきたい」

 

「任せろよ、俺達FWがバンバン点を取ってやるからよ!」

 

「守りだって気にするな!絶対ゴールは守ってみせる!」

 

「円堂だけには背負わせない、俺達だってゴールに近づけさせないぞ!」

 

 

 よし、ここまでやる気だったら改めて気合を入れる必要は無いな。

 相手は全くの未知数。今の俺達が通用するかは分からないがとにかくやるしかない。

 コイツらをここで倒してしまえばこれ以上戦う必要は無い、その筈だ。だからこそ何が何でも勝ちに行く。

 見てろよ皆、これを正真正銘最後にしてみせる。




この場面ではあくまでイプシロンさえ倒せば・・・って思ってるけど後からマスターランクの存在が分かったら当事者からするとふざけんなってなる、きっと。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第52話 突きつけられた壁

VV8様、誤字報告ありがとうございます!
いつものことですがUAや評価、感想などなど本当に励みになっております・・・


「加賀美、アイツをどう見る」

 

「木暮か。……正直未知数としか言えない」

 

 

 視線の先では木暮が雷門のユニフォームを身にまとい、試合に出る準備をしている。6番、半田のユニフォームか。

 監督はアイツをDFとして起用するようで、今回は栗松がベンチに下がるようだ。

 木暮は先の漫遊寺の戦いの中でも出番はなかったためその実力が全く予測できない。春奈がメンバー入りを懇願するくらいだから何かがあったのだろうが、考えても分からないのでどうしようもないな、

 

 

「だがまあ、春奈の言うことだ。信じていいんじゃないか」

 

「……それもそうだな」

 

 

 そう結論付けて俺達はポジションに着く。

 今回は特に監督からの指示はない。というより指示の出しようがないという方が適切か。先程漫遊寺と試合をしていたとはいえ、俺達が対峙すればまた違ったものが見えてくる。

 ただ1つ分かっているとしたら、ヤツらはジェミニストームより明らかに強い。北海道での試合からあまりレベルアップ出来ていないことを考えると、やはり厳しい戦いになるかもしれない。やはり鬼道が言っていたようにこちらが何とかしてペースを握っておきたい。

 その為に必要なのは、やはり俺達が点を取ることだろうな。

 

 

 そうしていると木暮もフィールドに走り込んでくる。しかしその表情は見るからに硬い。まあ急に宇宙人と一緒に戦えなんて言われたら萎縮の一つや二つはするか。それを見兼ねてか守や吹雪が楽しもうと声を掛けるが、あまり効果は無さそうだ。

 無理もない。実際のところ俺達とて楽しむ余裕なんて無さそうだからな。

 

 

「雷門中、ジェミニストームに勝利した唯一のチーム。たったそれだけの事で勝てようとは……我々イプシロンも随分も嘗められたものだ」

 

 

 イプシロンゴールからデザームが威圧気味に言い放つ。

 

 

「破壊されるべきは漫遊寺に非ず。我らエイリア学園に歯向かい続ける貴様らと決まった!」

 

「勝手に決めちゃってるよ」

 

「漫遊寺中は6分で片付けた。だがお前達はジェミニストームを打ち破った。それを讃えて3分で決着とする!」

 

 

 3分で倒す宣言とは、随分自信があるようだが……いや、それだけ自分達の実力に疑念が無いということか。事実目の前の集団から感じる圧力は相当だ。それを皆分かっているんだろう、デザームに苦言を呈しつつもやはり表情が険しい。

 

 

「さあ間もなく雷門中とイプシロンの試合がキックオフです!」

 

「角間、今回もいるんだな」

 

 

 緊迫した場面なのに角間がここにいることがどうしても気になる。だってアイツ東京から奈良まで来ただけじゃなくてそこから北海道、今回は京都までチャリで着いてきてるんだぞ?冷静に考えて色々とおかしいと思う。誰もそれにツッコミを入れようとしないが。

 

 

 なんて考えていると試合開始のホイッスルが鳴る。すぐさま意識を切り替えて俺は吹雪、染岡と共に敵陣へと切り込む。

 

 

「戦闘……開始!」

 

 

 デザームがそう告げると、すぐさま俺達3人は抑え込まれる。クリプト、スオーム、ファドラ、メトロンと呼ばれた4人の選手が俺達の行方を阻む。

 

 

「クソッ」

 

「染岡!後ろに出せ!」

 

 

 咄嗟にそう指示を飛ばすと染岡はそれに従ってバックパス。ボールは走り込んできていた風丸に渡る。

 俺達は未だにマークされているが、逆に俺達3人で4人を縛っているとも言える。この状況を逃さずに風丸、鬼道を中心にボールは更に奥へと運ばれていく。

 中盤に差し掛かったところで2人のDFが風丸にスライディングを仕掛けるが、風丸はしっかりと飛んで躱す。やはりアイツらはジェミニストーム以上に速い。だが俺達が追い付けない程ではない。

 

 

「鬼道!!」

 

 

 ボールは空中の風丸から塔子、塔子から鬼道へ。一之瀬、土門も前線に出ているがこのままでは火力が足りない。ザ・フェニックスは守が上がってきていないから狙えない。となると、やはり俺達FWのうち誰かが前へ出る必要がある。

 

 

 その時、染岡と目が合った。視線で何かを訴えてくる染岡。俺はそれを何とか読み取り行動に出る。

 

 

「おらぁぁぁぁ!!」

 

「ありがと……よッ!!」

 

 

 染岡が半ば強引に包囲を振りほどこうとする。急にそんな行動に出たとなれば染岡に意識が向くのは当然。俺はそこに生まれた僅かな隙を狙い撃ち、何とか1人前線へ向かうことに成功する。

 それに気付いた鬼道は2人のDFを自分に惹き付け、絶好のタイミングで俺にパスを出す。

 

 

「決めてやれ!!」

 

「任せろ!!」

 

 

 ゴール前。何人かが既に俺の方へ向かってきている。溜めが長いライトニングブラスターは間に合わないな。あの必殺技は……ここで出すには少し信頼に欠ける。ならこれしかない。

 

 

 ボールを踏み抜き、回転と雷を吹き込む。同時にボールに与えられたそれは互いに相乗効果を生んでみるみるうちに出力が跳ね上がる。

 一際強く輝いた瞬間、それを一瞬で蹴り抜く。

 

 

轟一閃"改"ッ!!

 

 

 轟一閃は確かに威力で言えばそれほど高くはない。しかし、ここに至るまでで俺自身がレベルアップしたことでこのシュートも確実に強くなっている。付き合いが長い分最も信頼のおける技でもある。

 これに対してどう出てくる、イプシロン。

 

 

「コンマ0.22秒。削れ」

 

「「ラジャー」」

 

 

 そのシュートがデザームに触れるより早く、2人の選手が横から飛び込んできて同時に蹴りを叩き込む。完璧なタイミングで放たれたそれは確実にシュートの威力を削ったのだろう、纏う雷が弱まったのが分かる。

 だが完全に殺されきらなかったシュートはそのままデザームに向かって突き刺さる──と思った次の瞬間だった。

 

 

「ふんッ」

 

 

 デザームが()()()()()()()()()。キャッチやパンチングではなく、さも当然かのように脚を使ったんだ。

 威力を削られていたとはいえ、シュートはそれで進行方向を180°逆に変える。撃ったシュートがそのまま俺に跳ね返ってくるようにこちらへ飛んできたのだ。無防備に受けたらマズイ、そう直感で感じ取り俺は何とか回避する。

 直後俺の目に映ったのは砂塵を巻き上げながら一直線に進む()()()()。そう、キャッチング代わりに放たれたキックがそのままシュートとなったのだ。しかも俺の轟一閃以上の威力で。

 

 

「……嘘だろ」

 

 

 流石にそんな声が漏れた。手を抜いた訳では無い、本気のシュートだった。それをキーパーの蹴り返しでいとも簡単に止められるどころかシュートに展望するだなんて、予想だにしていなかった。

 

 

「壁山!塔子!」

 

「はいッス!ザ・ウォール"改"!」 「任せて!ザ・タワー!

 

 

 鬼道が声を荒らげると2人がすぐさま動く。おそらく守なら止められるだろうが、FWのシュートでもないと考えるとここで守を消耗させるのは痛いと判断しての指示だろう。

 2人のダブルブロックはしっかりと機能したが、あまりの威力にボールは高く打ち上がる。

 それに対して飛んだのは吹雪。だがその下からメトロンとスオームも飛んできている。このままでは吹雪より先にアイツらがボールに触れてしまう。

 

 

「へッ!貰ったぜ!!」

 

「なッ!?」 「ぐッ!?」

 

 

 何と吹雪は下から来ている2人を踏み台にし更に高く、早く跳躍。2人を蹴落とし、自分は見事にボールを手に入れた。あそこであんな咄嗟の判断が出来るとは……やはり吹雪の幅は広い。

 

 

「喰らえ、エターナルブリザード

 

 

 そしてそのまま遥か高くからエターナルブリザードを放つ。超ロングレンジのシュートだ、全員の意表を突くことにしたそれは誰も反応出来ない。

 そしてデザームはそれに対して手を差し出すのみ。いくら距離があるとはいえエターナルブリザードだ。必殺技も無しで止められるはずがない。

 

 

「よし、もらったッ!!」

 

 

 間もなくしてゴールで爆発が起こる。手応えがあったのだろう、吹雪は拳を握りしめて勝ち誇る。

 段々と砂埃が晴れ、その中からデザームが姿を現す。

 

 

「……何だと」

 

 

 ゴールに押し込まれた姿ではなく、堂々とボールを受け止めている姿で。

 それを見て吹雪だけでなく俺も、いや皆も驚愕の声を上げる。あの吹雪のシュート、しかもエターナルブリザードだ。それを必殺技無しで止められるだなんて、誰も思っていなかった。吹雪ですら必殺技を打たせることすら出来ないとでも言うのか?

 

 

「敵ながら中々のシュートだ」

 

「チッ、褒めてくれてありがとよ……」

 

「お前達は我らエイリア学園にとって大きな価値がある。残り2分20秒、存分に楽しませてもらうぞ」

 

 

 そのままデザームは豪快なスローでボールを一気に前へ送る。鬼道の指示で土門と一之瀬がカットしに向かうがそれより早くボールはあちらの手に渡る。

 当然俺達も見てるだけじゃない、すぐさま守備に参加するが先程以上のスピードで翻弄される。さっきまでは全然本気ではなかったということか。

 

 

「木暮お前も!」

 

「無理!!絶対無理!!」

 

 

 鬼道が木暮にも指示を出すが木暮は動かない、いや動けない。

 俺達は諦めずにボールを奪いに行くが突破力は勿論のことパス回しが速すぎて全く追い付けない。

 抵抗虚しく俺達はゴールエリアまで侵入を許す。後は……守に託すしかない。

 

 

ガニメデ……プロトンッ!

 

 

 ゼルと呼ばれたFWはパスを受け取ると、ボールに手を翳してエネルギーを注ぎ込む。それに反応してかボールは紫色のオーラを纏いながら徐々に持ち上げられ、ゼルの胸の前辺りで静止する。

 そのままゼルは腰辺りに両手を構え、ボールに向かってエネルギー砲を放つ。それはそのままシュートとして守が構えるゴールへと突き進む。

 そのシュートは強力で正確で、何より……速かった。

 

 

「爆裂パ──」

 

 

 守の持つ技の中でも最も速く出せる爆裂パンチですら間に合う素振りがなかった。拳を繰り出すよりも速くゼルのシュートが守に突き刺さり、そのままゴールへと押し込んだ。

 デザームのスローからここまで、実に20秒程度。

 

 

「……化け物か」

 

 

 誰かがそう呟く。確かにそう形容する他ないほどにコイツらは異次元だ。正直、現時点でコイツらに勝てるビジョンが見えない。

 だがそれがどうした。俺は最後まで諦めない。点を取られたなら取り返せば良いだけのことだ。

 

 

「皆、まずは1点返すぞ!!」

 

 

 そう意気込んで再びキックオフ。だが、現実は俺達に厳しかった。

 そこからはまさに蹂躙。最初にジェミニストームと試合した時ほどでは無いが、あっという間に全員が追い詰められていく。アイツらの最初の余裕は慢心なんかじゃなく、やはり自分達にはそれだけの実力があると理解してのものだった。

 気付いた時にはもう立っているのがやっと。中には膝をついてるヤツもいる。

 

 

「間もなく3分。そろそろこの試合を仕舞いとする……が」

 

「──ぐッ!!」

 

 

 デザームは俺に向かってボールを投げる。本人にとっては軽いスローのつもりなんだろうが、中々に重い。だが何とかそれを受け止めた。

 そして何故か他のイプシロンのメンバーはゴール、デザームへの道を開け始めた。まるで進めと言わんばかりに。

 

 

「お前の真の実力を見せてみろ。先程のシュート、本気ではないだろう」

 

「……とことん見下しやがる」

 

 

 だが、絶好のチャンスだ。もしここで俺が1点だけでも奪えればその時点で同点。この後の試合が中断されたとしてもそれは次に繋がる一手になるはずだ。だったら癪に障るがここは誘いに乗るべきだろう。

 

 

 俺はボールと共にゴール前に立つ。

 轟一閃が通じないのは分かっている。アイツが望む全力を見せつけるなら出力最大のライトニングブラスターだが、確実にその後気絶する。しかも暫く倦怠感が続くことも分かっている以上、ここで迂闊に切ったら次の試合に参加出来ないということも有り得る。

 だったら、あれを試してみるしかない。

 

 

「行くぞッ!!」

 

「こいッ!!」

 

 

 ボールを全力で蹴り出す。それだけでシュートとして成立しそうな威力にも関わらず、俺はボールの行き先へ回り込んで再び蹴る。まだまだ終わらない。追い付く、蹴る、追い付く、蹴る。その流れが10回に達するくらいで既にシュートの込められたエネルギーは暴発寸前。これ以上はボールも俺の脚も耐えられなくなる。

 辛うじて1発蹴り込み、シュートを撃つのにベストな位置へ調整する。当然調整に過ぎないそれですら最早凶器レベルの威力。筋肉が千切れ、肺が裂けそうになりつつも俺は追いつき、最後の一撃を放つ。

 

 

「がァァァアアアアアッッ!!!」

 

 

 放った直後、ボールを中心に巻き起こった大爆発に俺は吹き飛ばされる。そのせいで半分程のエネルギーが失われつつも、そのシュートは先程のゼルのシュートに匹敵する威力でデザームへと襲い掛かる。

 

 

「面白い!!あの方が見込んだだけの事はある!!」

 

 

 それに対してデザームはまたも蹴り込む。

 

 

「1つ助言をくれてやろう!!己のシュートに追い付くスピードは大したものだが、貴様には増幅した力を制御しきるパワーが備わっていない!」

 

 

 力の余波が離れているこちらにまで伝わってきて上手く聞き取れないが、デザームが俺に対して何か言っているのは辛うじて聞き取れた。敵に塩を送られているようで気に食わないが、アイツが言っていることは事実。だからこそ見透かされているようで余計に腹が立つ。

 

 

「精進しろ加賀美 柊弥!そして雷門イレブン!我々は1週間後、再び貴様らの前に現れよう!!」

 

 

 デザームがそう言い終えると、先程のようにシュートが逆向き、つまり俺達の方へと飛んでくる。あれすらも打ち返すか、規格外め。

 だが元のシュートが桁違いだったせいか、返ってくるそれも凄まじい威力だった。

 

 

「クソッ!ふざけんなァ!」

 

 

 吹雪がそれを止めに行くが、為す術なく弾き飛ばされる。

 

 

「皆避けろ!今の状態であれを受けるのは危険すぎる!!」

 

 

 それ指示を飛ばすと皆身体を引き摺りながら何とか退避する。しかし、2人……壁山と木暮が逃げ遅れた。

 焦って転んだ壁山の脚に引っかかり転倒しかける木暮。しかもシュートは既に目の前に迫っていた。助けに行こうにもあれでは間に合わない。クソッ、一体どうすれば!?

 

 

「う、うわ、うわああああ!!」

 

「木暮!?」

 

 

 その時、木暮が頭を中心にして独楽のように回転した。しかも両脚に上手くボールが挟み込まれ、木暮は吹き飛ばされることなくただただシュートの威力を受けて回転し続ける。

 回転は弱まることを知らず、やがて1つの旋風と化した。それが止むと、中から顔を覗かせたのは無傷の木暮と転んだまま間抜けな顔をしている壁山。

 

 

「いてて……あれ?」

 

「なっ!?」

 

「イプシロンが……消えた?」

 

 

 それと同時にイプシロンも姿を消していた。木暮に気を取られて全く気付かなかった。

 皆木暮に駆け寄って本当に怪我がないことを確認して一安心し、シュートを止めたことを褒め讃える。

 漫遊寺イレブンも木暮の活躍に胸打たれたようでこちらへ走ってくるが、木暮が仕掛けたらしい落とし穴に見事にハマり、一転して怒声を響かせていた。

 

 

 そこに漫遊寺の監督がやってきて、どこかへ逃げた木暮に関して皆が一緒に連れていくべきだとか色々と話をしていたが、俺にはその内容が頭に入ってこなく、ただ呆然とゴール……デザームがいた場所を見つめていた。

 

 

 この試合、俺は何も出来なかった。あの絶好のチャンスで点を取ることも、相手のシュートを阻止することも、結果無事だったとはいえチームに慣れていない木暮を守ることも何もかも。先のジェミニストームの試合では、FWの中で俺だけゴールを奪えていない。

 こんなんじゃダメだ。いなくなった皆の思いを背負っているのに、このチームの副キャプテンだというのに。

 

 

 

 

 

もっと、強くならないと。




筆が乗ってるので次の更新ももしかしたら近いうちにできるかもしれません、多分


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第53話 力の意味

スプラに無限に時間吸われてます
ちょっと短めです


 

 

「らァッ!!」

 

 

 全身全霊で撃ち込んだシュートがゴールネットを揺らす。もう何回この流れを繰り返しただろうか? イプシロンとの試合が終わった後、何も出来なかった無力感やら怒りやら、自分の中でごちゃごちゃになっているこの気持ちを晴らすために1人ボールを蹴っていた。

 辺りは既に真っ暗、当然だ。時刻は22時を刺そうとしているくらいだ。夕飯や風呂などは既に済んでおり、各々休息に入る時間帯だ。他の皆はおそらく既に眠りに着いている頃だろう。

 明日の早朝にここを発つため本当は早めに休むべきだ、当然の試合の疲れもあるからな。しかし──

 

 

『1つ助言をくれてやろう!! 己のシュートに追い付くスピードは大したものだが、貴様には増幅した力を制御しきるパワーが備わっていない!』

 

 

 デザーム、敵であるヤツから突きつけられた助言のようなものが頭にこびりついて離れない。それに先程の鬱憤が加わって身体は寝ることを選んでくれないんだ。

 パワーが備わっていない、というのはそのままの意味か。あのシュートは度重なる打ち込みによって威力が乗算式に跳ね上がるためコントロールしきるにはそれ相応の力が必要になる。先の特訓でシュートに追いつくスピードは完成したが、まだパワーが足りていないというのは否定出来ない要素ではある。

 だがそれは一朝一夕で身に付くようなものでは無い。北海道でスピードを身に付けた時の、何か特別な環境さえあれば或いは・・・

 

 

 

「お困りのようですな」

 

「貴方は・・・漫遊寺の」

 

 

 掛けられた声に振り向くとそこには漫遊寺の監督さんがいた。いかにも修行僧な見た目は荘厳さを感じさせる。杖をつきながらこちらへ向かってくると、近くのベンチに腰かけた。

 

 

「何か迷っておられるようですな」

 

「分かるんですか」

 

「これでも僧として多くの人を見ておりますゆえ・・・よろしければ話してみてくだされ」

 

 

 その人の言葉はやけに心へと入り込んできた。あまり関わりのない人にする相談では無いとは思うが・・・ここは言葉に甘えてひとつ。

 

 

「・・・力が欲しいんです」

 

「ほう」

 

「俺はサッカープレイヤーとして絶対ではなくともそれなりの実力があるつもりでした。しかし、エイリア学園の襲来でそれは大きな驕りであると痛いほどに思い知った」

 

 

 脳裏に過ぎるのはジェミニストーム、イプシロンに対して為す術なく打ちのめされた俺自身の姿と、同じく倒れ伏す仲間達、皆の姿。

 

 

「俺は強くなりたいんです。手の届く場所にいる仲間全員を守りきれるような、そんな力が欲しい」

 

 

 フラッシュバックする半田が、マックスが、影野が、少林が、宍戸が苦しむ姿。そして俺に背を向け去って行く修也。

 俺が宇宙人なんかに負けないくらい強かったら、そんなことは起きなかったのかもしれない。先程の試合で少なくとも引き分けまでは持っていけたのかもしれない。皆が傷つくことはなかったのかもしれない。そう思うと拳に力が入り、肉の奥の骨がミシミシと音を立てる。

 

 

 そんな俺を見て監督さんは二、三度頷いた後に月を見上げ、口を開いた。

 

 

「貴方の求める強さとは、つまるところ腕力ですな。敵に打ち勝ち、皆を守るための強い力」

 

「はい」

 

「ですがね、私はこう思うのです。強さとはひとえに腕力のみからなるものでは無いのです」

 

「・・・というと」

 

「"心"です。例え天下無敵の腕力、即ち身体を備えていてもそれを存分に振るうための心が鍛えられていなければ、それは持ち腐れにしかなりません」

 

 

 心。言い換えればメンタル。今の俺にはそれが備わっていない、ということなのか? 少なくとも自分では宇宙人と戦うために常に強気な心持ちでいたつもりだ。

 だが本当はそんなことはなかった、ということか? 

 

 

「思う存分悩まれると良い。貴方ほどの強きお方ならば、果てに必ず答えを見つけることは出来ましょうぞ」

 

 

 そう言って監督さんはまた何処かへ去っていった。

 強さとは腕力だけではなく、心からなるものである・・・ダメだ、経験の浅い俺ではその言葉を理解することは出来ない。

 ならやはり、今はひたすらに鍛えることしか出来ない。守がいつも言っていることではないが、流した汗は必ず自分を裏切らない。それを信じて、ただひたすらに動いていたい。

 

 

 1人ボールを抱えてゴール前に立つ。イメージするのは昼間に見たばかりのデザームが構えるゴール。俺はそこに向かって全力で蹴り込む。

 闇を、風を斬り裂いてボールはまたゴールネットを揺らす・・・ことは無かった。

 理由は単純明快、人がそのシュートの行く手を阻んだからだ。

 見慣れない赤髪の少年、おそらく同じくらいの歳であろう人物が俺のシュートを軽く止め、遊ぶようなリフティングを見せた後地面に落とす。

 

 

「良いシュートだね。流石雷鳴ストライカー、加賀美君だ」

 

「お前は? 漫遊寺の生徒・・・では無さそうだな」

 

「俺はヒロト、基山(きやま) ヒロトって言うんだ」

 

 

 ヒロト、と名乗ったその少年はボールを爪先で転がしながらこちらへと歩み寄ってきた。その細かな一挙手一投足と俺のシュートを軽く止めたことからサッカーの嗜みが一般以上にあることが伺える。

 

 

「お前、さっきから見てたな?」

 

「バレちゃった? 悪気はなかったんだ」

 

「漫遊寺の監督と話し終わったのを見計らったような登場だったからな。別に責めちゃいない」

 

 

 と言いつつこちらへ転がすようにボールを返してくる。それを足底で回転をかけながらつま先に乗せ、軽く上げて腕の中に納める。

 

 

「宇宙人との試合、見てたよ。あのシュートは惜しかったね」

 

「最後の一本か、あのチャンスをものに出来ないようならまだまだだ」

 

「自分に厳しいね。フットボールフロンティアの中継て見たことないシュートだったけど、新しい必殺シュートかい?」

 

「まあな。中々完成まで持ち込めないが」

 

 

 初対面だが随分とフレンドリーなヤツだ。別に悪い気はしないからいいが、ここまでグイグイ来られるのはあまり経験がない。

 

 

「・・・最後の打ち出す直前、空中から下に向かって踵で叩き付けるのはどうかな」

 

「踵・・・そうか! 脚の中で1番硬い部分かつ、重力に従って落とすように最後のエネルギーを注げばその過程で失われる威力は最小限に抑えられる」

 

「そういうこと。まあ結局打ち出す場面で踏ん張らないと威力は減衰してしまうけどね」

 

 

 思いもよらぬところで必殺技のヒントを得ることが出来た。イメージが崩れない前に早速試してみよう。

 まず一発目、それなりのエネルギーを注ぎながら大きく前へと送り出す。

 二発目、そのコースに先回りし、今度はやや上空へと蹴り上げる。

 そこからはそれの連続だ。威力を増幅させるために何度も蹴り上げ、目指すのは更なる高み。

 もはや触れる俺すらを焼き尽くす勢いで迸る雷に耐えながら俺はとうとうボールに強烈な踵落としを浴びせる。かなり強めの力を加えられたことで空より落ちる稲妻のようにボールは地面へ。

 これまで以上の手応えに半ば感嘆しつつも最後の仕上げに俺は駆ける。空中で身を翻し自分自身も稲妻のように地面へ落ちる。ボールより先に辿り着くために強烈なGを感じながらも着地、しっかりと構え──

 

 

「いけェェェェェッッッ!!」

 

 

 しっかりと地面で踏ん張りを効かせたボレーシュートを決める。だがボールの内包するエネルギーがあまりに強大すぎるせいでやはり大爆発が起こる。

 結果だけ見れば明らかな失敗。だがそれでもゴールへ突き刺さるシュートは昼間に放ったそれより数倍強いように思える。

 この必殺技の土台はこれで完成と言っていい。後は俺がこのシュートに喰われないようになるだけだ。

 

 

「良い脚応えだ。お前のおかげだ──」

 

 

 ヒロト、と名を呼ぼうとした時にはそこには誰もいなかった。おかしいな、ついさっきまで横から俺を見ていたはずなんだが・・・

 

 

「まあ、いいか」

 

 

 お礼は今度会った時言えば良い。確証はないがアイツとはまたどこかで会いそうな気がするからな。

 とりあえず、ここらで切り上げて俺も寝ることにする。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「ただいま帰りました、父さん」

 

「戻りましたか・・・ヒロト」

 

 

 古風な襖が開き、外から入ってきたのは赤髪の少年。それを迎えたのはどこか温和そうな雰囲気を感じさせる、年配の男性。

 男の名は吉良 星二郎。日本で有数の規模を誇る"吉良財閥"の会長である。

 ヒロトは吉良の前に正座し、吉良は再び口を開く。

 

 

「それで、何か成果は得られましたか?」

 

「いえ、接触に加え、必殺技を間近で観測しましたが・・・特に反応は」

 

 

 そう言ってヒロトか懐から取り出したのは銀色の小さなケース。その中から姿を見せたのは、紫色の光を放つ怪しい石。

 それを見た吉良は何処か残念そうな含みを持たせた溜息を吐き、再びケースに閉まったそれを懐に収めた。

 

 

「夜分に御苦労でした。今日はもう休みなさい」

 

「はい、失礼します」

 

 

 ヒロトが部屋を後にしてすぐ、吉良は硏崎という名を呼ぶと奥の襖から長身痩躯で少々顔色の悪い男が姿を現す。

 その男は吉良の忠実な秘書である。呼ばれて直ぐに部屋に入り、吉良の横へ立つ。

 

 

「ヒロトが彼との接触を図りましたがやはり変化は無かったようです」

 

「成程・・・ではやはり、"コレ"に至るにはもっと密接な接触が必要になるかと」

 

 

 そう言って硏崎が懐から取り出したのは、紫の中に紅色が混じり淡く光る石。先程の紫色の石とはまた違った怪しさを醸し出していた。

 

 

「イプシロン達はどうでしたか?」

 

「こちらの物と同じような変化がデザームの石に確認されました。試合終了間際に全力に近いシュートを受けたからと考えられますが、依然として出力に目立った差は見られません」

 

「ふむ。となるとあの潜在的な力を引き出した上でなければ意味が無さそうですね」

 

 

 そう言って何かの操作をすると、目の前のモニターにある映像が映し出される。

 それはフットボールフロンティアの決勝、世宇子との試合の中で得体の知れないオーラを解放し圧倒的な立ち振る舞いを見せる柊弥が映る映像。

 

 

「まだまだ彼、ひいては雷門中には強くなってもらわなければなりませんねえ・・・頼みますよ? 瞳子」

 

 

 その笑みに宿されたのはドス黒い野望。そんなものか向けられていることは、当の本人達は知る由もないのであった。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「ご迷惑をおかけ致しました。我々の代わりに戦っていただいたこと、感謝しております」

 

「こちらこそ、色々とありがとう!」

 

 

 翌日の9時頃、俺達は漫遊寺イレブンの見送りを受けながら京都を出発しようとしていた。

 監督曰く、この後はイプシロンとの再戦に備えて一旦東京、雷門へ戻り調整に入るつもりらしい。

 

 

「そういえば、木暮君は・・・?」

 

「木暮ですか、確かに姿を見ないですね」

 

 

 春奈が木暮の行方を尋ねるも、柿田をはじめ誰もその所在を掴めていないという。ユニフォームは返されているようだが、最後にまた姿を拝んでおきたかったな。1度だけとはいえ共に戦った仲間だ。

 

 

 漫遊寺イレブンや監督さんとの話を終えて俺達はバスへ乗り込む。その際、俺の方を見て微笑みかける監督さんを発見したため一礼を返しておく。

 結局昨日は寝るまで言われた強さについて考えてみたが、やはりしっくりくる解答が浮かばない。時間をかけて見つけていくしかないようだ。

 それとあの少年、ヒロトを探してみたがやはり見つからなかった。大人しくまた会えるのを楽しみにしておこう。

 

 

「それではご武運を、雷門イレブンの皆様」

 

 

 激励を受けてキャラバンは走り出す。

 中では皆がイプシロンのこと、それに一緒に戦った木暮の話している。中には木暮を入れなくて良かったのかという声もあったが、何を毛嫌いしているのか目金が心の底からの拒絶を見せている。実際キャラバンに引き込めればかなりの戦力になったかもしれないだけに姿すら見れなかったのはやはり残念だ。

 

 

「あ、あのう・・・盛り上がってるところ申し訳ないんスけど」

 

 

 皆で話をしていると壁山が1番後ろの席から恐る恐るといった声色で声を上げる。

 何があったのだろうか、と思いながら皆後ろを向くと、次々驚きの声が車内に響いた。

 

 

「うっしっし」

 

「・・・不法侵入か?」

 

「いや、家宅や建物ではないからセーフだ」

 

 

 鬼道から冷静なツッコミが飛んでくる中、いつ紛れ込んだのか木暮が壁山の隣でイタズラな笑みを浮かべる。

 それを見て瞳子監督が漫遊寺の監督さんにすぐ連絡を取るが、木暮の意思ならばそのまま連れて行ってやってくれとのことだ。

 木暮に意志を問うと、もはや着いてくる気満々のようなので監督がキャラバンへの乗車を正式に認めた。

 

 

「またキャラバンが賑やかになるな」

 

「あはは・・・そうですね」

 

 

 その呟きに春奈が笑って返してくる。まあ賑やかなのは悪いことじゃないし、木暮の潜在能力は確かなものだから何だかんだ良い方に転ぶだろう。きっと。




もう少しで10万UАらしい
感謝感謝


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第54話 影は三度妖しく笑う

更新めちゃくちゃ遅れました、申し訳ないです
しばらく更新頻度は期待しないで貰えると助かります・・・流石に1ヶ月も空けないとは思いますが一応、念の為


「わあああああ!!僕の大事なレイナちゃんが!!」

 

「俺の雑誌も酷いでヤンス!!」

 

「うっしっし!」

 

 

 嘆く目金に憤慨する栗松。理由は明らかだった。2人が大切にしたフィギュアにサッカー雑誌が見るも無惨な姿に変貌……いや、壊されたとかでは無いのだが、これでもかと落書きをされていた。

 犯人は語るまでもなく木暮。イナズマキャラバンに乗り込んでくるや否や、惜しみのない暴れっぷりだな。被害を受けた2人からしたらたまったものではないだろうけれど。

 

 

「木暮君!皆に謝りなさい!」

 

「うっ……ごめんよ」

 

「ま、まあまあ!本人も謝ってるからさ!な?」

 

 

 守の宥めに渋々と言った様子で2人は頷く。

 それにしても、木暮は春奈の言うことは随分と素直に聞くな。塔子が言ってるが、まるで姉と弟のようだ。春奈自身が鬼道の妹ということもあり、弟のように見れる木暮の存在はどこか新鮮なのかもしれないな。

 だがまあ、なんというか。出会って間もないのに春奈そこまで仲が深まって見えている木暮は……少し羨ましいな。

 

 

「加賀美君?浮かない顔してどうしたの?」

 

「あー、なんでもない」

 

「……音無さんに気にかけられてる木暮君に嫉妬してたり?」

 

「断ッじてそういう訳じゃない」

 

 

 通路越しに座っている秋が茶化してくるが、割と本気で辞めて欲しい。

 普通に春奈に聞こえかねない距離だし、他の皆にも変な誤解をされかねない。それで迷惑をするのは春奈だからな。俺が何やら邪な感情を向けているだなんて囃し立てられたらこのキャラバンでの居心地が悪くなってしまうに違いない。

 

 

「だーッ!!」

 

「キャプテン!」

 

 

 そんな収集のつきそうでつかないやり取りをしていると後ろの方の座席から派手な音と守の悲鳴に近い声が聞こえてくる。何が起こったのかと振り返ると、見事に顔面から転んだ守の姿があった。

 身体を起こして何やら足元を見ると、靴紐同士が結ばれていたようでそれで転んだということが分かる。

 犯人はまあ、言うまでもないだろう。

 

 

「木暮ぇぇ!!」

 

「うっしっし!!」

 

 

 ……賑やかになるな、キャラバンも。

 また春奈が木暮を叱ったところで騒ぎは一段落し、東京に向かってしばらく走り続ける。俺は長道に揺られながらも昨日のことを思い出していた。

 漫遊寺の監督に言われた"心"のこと。それに必殺技の完成に近付くアドバイスをくれたあの少年、ヒロトのこと。

 心に関してはやはりよく分からないから置いておくが、出発の時にヒロトに会えなかったのが少し残念だ。改めて礼の一つでもしておきたかった。

 

 

「あら、響木さんからメール?」

 

 

 ふとした時、前の席に座っていた監督がそんな言葉を漏らすものだから思わず聞き耳を立ててしまう。声に出してメールを読む訳ではないからそれで何かが分かるわけではないが。

 それにしても響木監督からか。確か響木監督は理事長と一緒に情報収集などに回っているはずだから打倒エイリアに向けて有力な情報でも手に入ったのかもしれないな。

 また新しい仲間が増えるのだろうか。あるいは、怪我をしていた皆が復活したり……は流石にないか。あの怪我は完治するには少なくとも1ヶ月は掛かるだろう。アイツらとまた戦えたらどれだけ嬉しいことか……

 

 

「影山が愛媛に"真・帝国学園"を設立した?」

 

「影山!?」

 

 

 瞳子監督の口から零れた言葉にキャラバン内のほとんど全員が反応した。特に顕著だったのは鬼道に守。

 話によると影山は北海道の刑務所へと送られている最中に車ごと雪崩事故に遭遇、連絡を受けた現地の警察が現場へ向かうもそこに残っていたのは雪崩に巻き込まれ横転した車と護送に当たっていた警官のみ。影山はどこかへ姿を消していたと言う。

 そんな影山が愛媛にて真・帝国学園という学校を設立したらしい。

 

 

「よし、愛媛に行こう!影山のことだ、何か企んでるに違いない!!」

 

「賛成だ!あいつの好きにはさせられない!」

 

「なあなあ、影山ってサッカー協会の副会長だった人だろ?そんな人を何で倒さなきゃいけないんだ?」

 

 

 そんな皆のムードに塔子が疑問を持つ。確かに、影山の悪事については表沙汰になっていないから知らないのも無理もないだろう。

 それに答えるように隣に座っていた鬼道がその問いに答える。過去の事件にあの地区大会決勝のこと、それに神のアクアについて。影山が犯してきた悪事を連ねていくと何も知らなかった塔子も他の皆と同じように憤慨する。

 

 

「今度は何を企んでるんだ?」

 

「悪いことに決まってるさ!俺達が止めなきゃ……」

 

 

 先程までは木暮のイタズラによって賑やかだったキャラバン内だったが、今は真逆の空気だ。影山への負の感情が渦巻いて少し息苦しい雰囲気になってしまった。

 そりゃ当然アイツのことは許せない、いや許してはいけない。守のお祖父さんの命を奪い、当時のイナズマイレブンを壊滅に追い込み、自身の生徒である帝国の皆すらも使い潰した。世宇子の件だって影山がアフロディ達の心に付け入ったんだろうな。最後の最後でアイツらと戦って分かったが、世宇子の選手達は元々は俺達と同じく純粋にサッカーを楽しむ連中だったんだから。

 

 

「うわあああああ!!」

 

「どうした壁山!」

 

 

 思案に耽っていたら壁山が急に情けない声を上げた。何があったのかと壁山の座る後ろの方へ振り返ると、これでもかと落書きを施された壁山の顔が視界に飛び込んできた。

 

 

「ん゛ッ」

 

 

 しかも中々にクオリティが高い。壁山の顔を1つのキャンパスに見立てて描かれたストリートアートのようになっているのだ。これには流石に耐えきれず吹き出しかける。他の皆は大爆笑、壁山は「なんで笑うんスか!」と同情を求める。

 やったのは十中八九、いや絶対に木暮だ。その証拠に壁山の手から逃れるために後部座席からこちらの方へと逃げてきている。

 

 

「木暮君!!」

 

「うっ」

 

「シートベルトをする!席から立たない!守れないなら帰ってもらうわよ!」

 

 

 再び春奈の説教を貰った木暮はそそくさと席へ戻っていった。懲りないヤツめ。

 

 

「全くもう!」

 

「……おっと」

 

 

 溜め息をついて春奈が座ろうとした直前、座席に仕掛けられた変なものに気がついた。

 大方木暮が仕掛けたブーブークッションとかそんな類だろう。とはいえこのまま座らせたら春奈が大恥をかかされる。それは流石に看破出来ないだろう。

 サッとそれを撤去し、いい感じの力で座席の下を滑らせるように放り投げる。凄いいい感じを極めたようなその投擲は滅茶苦茶いい感じに木暮が席に座る直前に前に出した足元に滑り込み、全体重をかけられたクッションはド派手な音を鳴らす。

 

 

「えっ」

 

「こ、木暮お前……」

 

 

 一瞬にして木暮に集中する全視線。よもや自分がそれを受けることになるとは思っていなかったのだろう。木暮は言葉を失って立ち尽くしている。

 

 

「身体の割に随分デカいのかますじゃない」

 

「密室でそれは犯罪だよ木暮」

 

「「「あはははは!!」」」

 

「ち、違うってこれは俺じゃ!!」

 

 

 狼狽えながら弁明する木暮と目が合ったのでとびっきりの笑顔を向けてやる。すると木暮は真っ赤だった顔を青白くして席に座った。

 友好の笑顔のつもりだったんだが……どうやら違う何かとして受け取られてしまったらしい。

 

 

 何やかんやとありながらキャラバンは次なる目的地、愛媛へと向かっていく。結構な距離のため長時間座りっぱなしになっていたが、雑談なりなんなりとしていれば案外早く過ぎるものだ。

 そうして俺達はようやく愛媛へと到着。途中のコンビニで昼休憩を挟むことになった。

 移動だけでそこまで腹は減っていなかったのでとりあえずおにぎり2個程度で済ませておくことにする。

 

 

「壁山、そのデカい袋はなんだ」

 

「みかんッス!愛媛は本場ッスからね!加賀美さんも食べるッスか?」

 

「……1個貰おうか」

 

 

 用を足すために向かったトイレから出ると、目の前で壁山がボールでも入ってるのかというほどの大きさの袋を抱えて会計をしていた。どうやら中身全てみかんらしい。

 好意に甘えて1個貰い、外で食べていると守が誰かと電話していた。大方お母さんだろう。

 

 

「だから勉強はちゃんとやってるって!瞳子監督、その辺うるさいから……」

 

 

 どうやら旅のせいで勉強が疎かになっていないか心配されているらしい。ただでさえ勉強はからっきしな守だからまあ親からしたら心配にもなるだろうな。

 ちなみに守が言った通り瞳子監督は勉強に関してはかなり厳しい。毎日勉強する時間が設けられているし、ノルマが終わらなければ練習にも参加出来ない。とはいってもそこまで難しいものではない。大抵は教科書を見ながらやればそんなに苦労はしない。強いて言うなら計算やら証明が付きまとう数学が面倒と言ったところか。俺は結構得意だから苦しくはないが、皆それなりに苦戦しているように思える。特に守。

 まあそんな時は俺や鬼道、夏未辺りがサポートには入るし、たまに瞳子監督も教えている姿を見る。俺も1度だけ監督に教えてもらったが、異常なレベルで分かりやすかった。

 

 

 そういえば俺は母さんに連絡してないな。行ってこいと背中を押されたが、旅立ちの前にあんな怪我をしたこともあって心配されているかもしれない。時間を見つけて俺も電話の1つでもしておかなきゃな。

 

 

「……お?」

 

 

 壁山のみかんを食べ終えキャラバンに戻ろうとすると、視界の先で独特な髪型、もといモヒカンの少年がリフティングをしていた。正確なボールコントロール、それでいて体幹が全くブレていない。只者じゃないな。

 あちらも俺に気が付いたようで目が合った、その瞬間。

 

 

「へッ」

 

「おっと」

 

 

 こちらへボールを蹴ってきた。そんな大それた威力がある訳ではなかったので軽くこちらも受け止めてやる。

 そしてその少年はこちらへ歩み寄ってくる。……さっき只者ではないと評したが、色んな意味で只者じゃないな。雰囲気で分かる。

 

 

「お前、俺を……いや、俺達を待ってたな?」

 

「ご名答。流石雷門の副キャプテン様は鋭いねえ」

 

「柊弥、どうした!?」

 

 

 電話を終えた守がこちらへ駆け寄ってきて、誰かが中から様子を見ていたのかキャラバンにいた皆も外へやってくる。

 

 

「けどさあ、遅くねえ?随分待たされたんだけど」

 

「待たされた、か。さてはお前、真・帝国……影山の手のヤツだな?」

 

「な、なんだって!?」

 

「ピンポーン、大正解」

 

 

 ということは、コイツは俺達が愛媛に向かってくるのを知っていたということになる。だがそれは俺達の他はメールを送ってきた響木監督しか知らないはず。俺達の誰かが名前も知らないコイツに情報を流す理由も手段もないし、響木監督が影山に連絡するなんてもってのほかだ。

 

 

「つまり俺達はおびき出されたって訳か。お前と影山に」

 

「そういうこと!話が早くて助かるねえ」

 

「私達をメールで呼び出した割には、貴方の方こそ来るのが遅かったんじゃない?」

 

 

 この口ぶりからすると瞳子監督はメールが響木監督のものからでないことを既に確認済みだったようだ。それでいて敢えてその話に乗った。目的は……まあ影山の目論見を潰すため、だろうか。

 

 

「俺の名前は不動 明王(ふどう あきお)。お前達を真・帝国へ招待しに来たのさ」

 

「招待だと?」

 

「そうさ、鬼道 有人クン。ウチにはあんたにとってのスペシャルゲストもいるんだぜ?……かつての帝国学園のお仲間さ」

 

 

 不動が口にした言葉は信じ難いものだった。真・帝国の裏にいるのは影山。アイツの闇を誰よりも知っている帝国のメンバーがまたその鞘に納まるなんて全く考えられないからだ。

 その考えは鬼道も同じだったようで、そんな訳ないだろうと強めに否定する。対する不動は自分で確かめてみろと挑発とも取れる言葉を返す。

 

 

 その言葉の真偽を確かめるため、だけでは無いが俺達は大人しく不動の案内で真・帝国学園へと向かうことにした。元々ここまで来たのは影山の企みを潰すため。何か罠があったとしても行かない理由にはならない。

 数十分程キャラバンを走らせると、廃工場が並ぶ港へ入った。寂れた空気に漂い霧まで立ち込めているせいで随分と薄気味悪い。

 ここで降りろ、と指示されたのは海に面した場所。しかしそこには何も無い。

 

 

「お前、どこにも学校なんてねえじゃねぇか!」

 

「短気なやつだな、少し待ってな」

 

 

 不動が何やら携帯を操作する。すると──

 

 

「──何か、揺れてないか?」

 

「……!皆、海だ!!」

 

 

 轟音と共に海面が、地面が揺れる。何事かと身構えたその時、巨大な船……いや、潜水艦が浮上してきた。その大きさは異常そのもので、戦艦と言って差し支えないレベルに巨大な船体を誇っている。

 まさかあれが真・帝国学園の校舎だとでも言うのか?そうだとしたら……

 

 

「……規格外すぎる」

 

 

 そう呟かずにはいられなかった。

 煌々と黒に光るその船体の一部が開き、階段がこちらへと伸びてくる。そこから俺達を見下ろしていた人物は、相も変わらず不気味な雰囲気を纏っている。

 

 

「久しぶりだな雷門イレブン……鬼道」

 

「影山ァッ!!」

 

「影山 零治!貴方はエイリア学園と何か繋がりがあるの!?」

 

 

 激昂する鬼道と問いを投げかける瞳子監督。そうか、この誘いに乗ったのは影山の裏にエイリア学園が絡んでいると踏んでのことか。

 

 

「どうかな。ただエイリア皇帝陛下からのお力添えを受けているのは事実だ」

 

「エイリア皇帝陛下?」

 

「ソイツが敵のボス、ってことか」

 

 

 宇宙人の皇帝、か。得体の知れない存在がまた出てきたものだ。しかしそんなことより今気になるのは、影山がその皇帝から力を借りているという事実。この巨大な潜水艦も、もしかしたら脱走の手引きもソイツから受けたのかもしれない。

 

 

「さあ鬼道、昔の仲間に会わせてあげよう」

 

「待て影山!!」

 

「鬼道!!俺も行く!!」

 

 

 奥へ消えていく影山、そしてそれを追う守。皆で着いていこうとしたがその行く手を不動が阻む。

 

 

「お前ら野暮だな。感動の再会に水を指すんじゃねえよ」

 

「お前らがあの2人に何かしないとも限らないだろう。信用出来ない」

 

「心配するなよ。お前達には俺達真・帝国と試合してもらうために来たんだからさ。鬼道と円堂、2人に潰れられちゃ倒しがいがないだろ?」

 

 

 試合か。俺達はコイツらの悪巧みを潰すためにここまで来たが、逆にコイツらの目論見が読めない。俺達をここに呼び出して試合をすることだけが目的だったのか?いいやそんな筈がない。連中の目的は恐らく俺達を潰すこと。それがただの私怨なのか、後ろにいる皇帝とやらの指示なのかは分からないが、何かしらの理由がある筈。

 

 

「来な。アンタらは試合まで控え室で待機してなよ」

 

「……監督」

 

「……行きましょう。この試合の中でエイリアに関する何かが掴めるかもしれないわ」

 

 

 ということで俺達は不動の案内で移動することになった。中は学校のような設備は一切なく、船の真ん中にグラウンドがあり、他には部屋が幾つかある程度だった。まるで最初から俺達をおびき寄せるためだけに造られたかのような設計だ。

 そしてその控え室とやらに移動する途中、俺達はグラウンドにいる守達を見た。そこにいたのは──

 

 

「佐久間に源田?影山の言ってたのはあの2人だったのか」

 

「本当だったのかよ……何であの2人が」

 

 

 佐久間。帝国のFWの1人だ。エースナンバーを背負っていないにも関わらずそれに匹敵する実力を備えた男だ。鬼道の補佐をしている印象が大きく、間違っても影山に再度従うような男には思えない。

 

 

 源田。帝国が誇るキング・オブ・ゴールキーパー。実はアイツとは小学生サッカーの頃からの顔見知りだ。キーパーとしての実力は当時の小学生の中ではナンバーワンだ。だがその実力に決して驕ることはなく、常に研鑽を欠かさず相手にも敬意を払う一本筋の通ったヤツだ。

 

 

 だからこそ、だ。何故よりによってあの2人が影山の元へ戻ってしまったのかが理解出来ない。それに何か様子がおかしい。最後に見た時より随分と闇を感じさせるようになった。

 ここまで来たら何となく分かるが、間違いなく影山が何かしているだろう。

 

 

 そうしていると守と鬼道が控え室に来た。あの2人と何かあったのか鬼道は随分精神的なダメージを負っているように見える。声を掛けてみるが問題ない、と取り繕われてしまう。

 2人の準備をも終わり、俺達は揃ってグラウンドへ出る。反対側から同じタイミングで真・帝国イレブンも顔を出してくるが、随分不気味な連中だ。尾刈斗とはまた違う、どこか危なげを感じるような不気味さだ。

 

 

「鬼道君、あの2人は貴方のチームメイトだったのよね」

 

「だった、ではありません。今もチームメイトです」

 

「そう……この試合、貴方に任せるわ」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 

 鬼道を中心に作戦会議が始まる……が、正直作戦などない。相手は全くの未知数だ。1つ懸念点なのは、佐久間が語ったというヤツらの秘策。その詳細は定かでは無いが、影山が絡んでいる以上碌でもないものである可能性は高い。

 

 

「とにかくやるしかないだろ、アイツらに勝つ。そして2人の目を覚まさせてやろうぜ」

 

「加賀美……ああ!」

 

 

 とりあえず試合には勝つ、そして2人を助け出し、影山の背後にいるエイリアの秘密を暴く。それが俺達の狙いだ。

 控えはまだ怪我の治らない目金と日の浅い木暮。まだ連携が不十分な以上如何に能力が高いとはいえ木暮を出すのはリスキーだからな。

 

 

「加賀美、吹雪。前のイプシロン戦で煮え湯を飲まされた分暴れてやろうぜ」

 

「うん、そうだね」

 

「当然だ。こんなとこで負けてはいられないからな」

 

 

 そうして試合が始まる。すぐさま不動からボール奪いに行くが……コイツ、テクニックが凄まじい。恐らくは鬼道や一之瀬のような技術で相手を圧倒するタイプだ。負けじとプレスを掛け続けるがやはりボールは奪えない、

 

 

「お前に用はないっての、引っ込んでな」

 

「くッ!」

 

 

 そしてとうとう抜かれてしまった。そこに佐久間も加わり、2人は凄まじいスピードで切り込んでいく。アイツら、イプシロン程ではないが間違いなくジェミニストームと同等、いやそれ以上だ。

 どんどんゴールへ近づく2人を止めようと皆が動こうとするが、徹底的なマークで最小限の人数しか動けない。やがて最後の砦も破られ、佐久間がゴール前で守と向き合う。

 

 

「うおおおおおォォォォッッ!!」

 

「何て気迫だ……」

 

 

 このまま佐久間に撃たせるのは何かマズイ。そんな予感がして俺はすぐさま走り出す。それは鬼道も同じだったようで佐久間を止めにかかる。

 

 

「やめろ佐久間ァ!!」

 

皇帝ペンギン──

 

「それは──」

 

 

 俺より前を走る鬼道は手を伸ばしながら必死に佐久間へ訴えかける。何だ、一体何をそこまで焦っているんだ鬼道。

 だがやはり撃たせてはいけないという俺の予想は当たっているらしい。鬼道を追い抜かし佐久間を抑えようとさらに加速する。が。

 

 

「──禁断の技だッッ!!」

 

──1号ォ!!

 

 

 地面を砕き姿を現したのは真っ赤なペンギン。その1匹1匹が凄まじい力を誇っているのが分かる。恐らく皇帝ペンギン2号は勿論、あの試合で見せた帝国の奥義、皇帝ペンギン死神(リーパー)よりも強力だ。

 そしてペンギン達は佐久間の振り上げた脚へと喰らいつく。佐久間の脚はペンギンと同じような真紅のエネルギーを纏い、その全てをボールへとぶつける。

 

 

ゴッドハンドォ!!

 

「円堂!!」

 

「ぐッ、何だこのシュート──」

 

 

 守がすかさずゴッドハンドで応戦するが、一切の拮抗すら許されなかった。まさに全てを破壊するかのようなシュートは神の手を喰い破り、ゴールネットを激しく焦がす。

 そして、そのシュートが破壊したのはそれだけではなかった。

 

 

「ぐッ、ァァァァァァッ!?」

 

 

 シュートを放った佐久間、アイツまでもが苦しみに悶えるような声を上げながらその場に蹲ってしまった。

 あの威力、あの反応、そして鬼道の言葉。……大体読めた。

 

 

「鬼道、あのシュートは」

 

「……皇帝ペンギン1号。凄まじい威力を誇る代わりにストライカーの身体すらも破壊する禁断の技だ」

 

「それを佐久間に授けたのは影山……ってことか」

 

 

 自分の目的の為には教え子の犠牲すら厭わない……やはり、アイツはもう一度叩き潰さなきゃダメだ。俺達も腹を括らなければこの試合……確実に犠牲者が出る。




更新進捗など呟いてるTwitterアカウントあるのでぜひ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第55話 力の果てに

立て込んでた用事がとりあえず落ち着いたので今のうちに更新したいな…出来ればいいな…
更新止まってる間もUAなどなどありがとうございます、多忙期間の支えとなってました




「身体中が痛い……何だこのシュートは」

 

「見たか鬼道ォ……!これが俺の力だァ!!」

 

 

 痛みに苦しむ守、それとは対照的に恍惚の叫びを上げる佐久間。自分の身体を抱き締めるようにして狂気すら感じる大笑いだ。その身体が震えているのは歓喜ゆえか、はたまたその身体に襲いかかる大きな代償ゆえか。

 絶大な威力と引き換えに凄まじい威力を発揮する皇帝ペンギン1号。あれこそが影山の企みにして秘策ということか。だが一発でこの様子、連発しようものなら間違いなく佐久間が壊れる。

 

 

「鬼道、あの技は"何回まで"だ」

 

「……2回。もし3回目を撃てば……佐久間は二度とサッカーが出来なくなる」

 

「成程。だが、これ以上撃たせないに越したことはないな……皆聞いてくれ!」

 

 

 皆に声を掛けて集めると今回の作戦を鬼道が告げる。それは極めてシンプルなもので、佐久間にボールを渡さないようにしようというもの。これ以上あのシュートは撃たせない。そして佐久間を徹底的にマークする役目を担うのは───

 

 

「僕に任せて、スピードで抑え込むなら僕が1番適任のはずだよ」

 

「ああ、頼んだぞ吹雪。万が一ということもある、土門、風丸もカバーに入れるようにしておいてくれ。壁山は最悪の事態、シュートを撃たれた時に備えていてくれ。あれは止める側もかなりのダメージになる。守を助けてやってくれ」

 

「はいっス!」

 

「だがお前も無理はするな。止め切るんじゃなくて程々に威力を削るイメージだ、良いな?」

 

 

 吹雪が守備に入るなら得点源を担うのは俺と染岡……いや、もっと有効な手段があるな。これなら佐久間と源田の目を覚ますことも出来るかもしれない。そうと決まれば早速鬼道に提案してみよう。

 

 

「鬼道!─────」

 

「確かに、意表を突くという意味合いでも良いかもしれない。だが大丈夫か?ぶっつけ本番になる」

 

「問題ない。元々攻めの手を増やすために提案しようとしていたことだ。染岡は……まあ何とかなるだろ」

 

 

 鬼道の了解も得られたので染岡にも狙いを伝える。染岡は鬼道とは違って疑いなしに了承してくれた。

 となると、まずは何としてでもシュートチャンスを掴む必要があるな。なおかつ、俺達3人が揃っていなければならない。それなら3人同時に攻め上がるのがベストだろう。ボールのキープは鬼道。俺と染岡は左右を固めるイメージだ。

 

 

「よし、行くぞ」

 

 

 ホイッスルと同時に後ろの鬼道にボールを流して駆け上がる。相手の妨害に備えてて……と思ったがどういう訳か全くボールを奪いに来ない。意図は理解出来ないがまあいい、撃てるチャンスは必ずものにする。

 邪魔が入らなければ当然あっという間にゴール前に到達出来た。ボールを持った鬼道が声を張る。

 

 

「思い出せ!これが本当の皇帝ペンギンだ!!」

 

 

 鬼道の指笛が高らかと響き渡る。それを聞いて地面から姿を現したのは5匹のペンギン。鬼道が思い切りボールを蹴り出すとそれに追従するようにペンギン達は空を舞う。

 強大な力を秘めたペンギンを従えたボールが辿り着いたのは俺と染岡が待ち受ける一点、それを迎えるように、更に送り出すように俺達は左右から同時に渾身のシュートを叩き込む。

 

 

皇帝ペンギン2号ッ!!

 

 

 かつて帝国が俺達との試合で見せたあのシュートが俺達の手によってそれを最もよく知る2人の眼前に解き放たれる。

 佐久間が放った皇帝ペンギン1号を改良して負荷の分散に成功したのがこの2号。言わば影山から離れた帝国の象徴だ。この技を持ってして2人の心を取り戻してやる。

 

 

「ふッ……」

 

 

 その時源田が見せた不敵かつ獰猛な笑みが何か良くない予感を感じさせる。何とも言い表せないそれにはお構い無しにキャッチの構えを取る源田。その構え方はいつかの試合で見せたパワーシールド、フルパワーシールドのどれとも違うものだった。両手首を合わせ、一点に気を集中させている状態から思い切り手を開く。その様はまるで獲物を待ち構える獣。

 

 

「なッ、あれは!!」

 

 

 源田を見た鬼道が顔を顰める。それだけで俺が感じた予感が間違いであってくれなかったことを察しがつく。鬼道の反応、シュートを敢えて撃たせるような動き、そして先程の佐久間の禁断の技。クソッ、後者二つで十分に察することは出来たはずなのに何故気付けなかった!?

 

 

ビーストファングッ!!

 

 

 テリトリーに入り込んた獲物を食い殺すかの如くボールへ喰らいつく源田。上下から襲い来る牙にペンギン達は無惨にも食い破られる。

 もしシュートを止められるだけならどれだけ良かっただろうか。だが非情にも目の前の源田は先程の佐久間を彷彿とさせるように息を荒らげ、顔を苦痛に歪める。だがその奥には圧倒的力への歓喜が秘められていた。

 

 

「鬼道」

 

「ああ……ビーストファング、皇帝ペンギン1号と同じく封印されたもう1つの禁断の技だ!」

 

「佐久間にシュートを撃たせず、源田にあのキャッチをさせないようにしなくちゃいけない訳か」

 

 

 口で言うのは簡単だがこれはかなり難しい。シュートを撃たせないのはまだしも、源田に技を使わせないというのが特にだ。こちらは既に1点リードされている以上シュートを撃たなければ負ける。しかしシュートを撃てば……という訳だ。

 つまり、源田の反応を許さずにシュートをぶち込まなければならない。そんなことが出来──

 

 

「──そうだな」

 

 

 1つ妙案を思い付いた。これなら源田に必殺技を出させることなく点も奪い取れるかもしれない。というよりこれ以外に手段が思い付かない。この作戦のキーになるのは染岡、吹雪。この2人だ。必要なのは互いにしっかりと合わせるための連携力と何よりスピードだ。

 俺と染岡でも連携は出来るかもしれないがスピードの面を考慮すると吹雪と染岡で組ませた方が確実だろう。北海道での一悶着を経てアイツら2人のコンビネーションも高まっている、任せる価値は十二分にあるだろう。

 

 

「染岡、吹雪!ちょっと来てくれ」

 

「どうしたんだい?」

 

「お前達に点を取ってもらおうと思ってな」

 

 

 作戦はこうだ。まず俺がボールを前線へと運ぶ。シュートを狙えるエリアまで辿り着いたら染岡がワイバーンクラッシュを撃つ。ただし回転を掛けてゴールから逸れるように調整してもらう。そうして向かう先で待ち構えるのは吹雪。エターナルブリザードでのシュートチェインで源田の意表を突き点数をもぎ取る。

 

 

「へっ、おもしれぇじゃねえか」

 

「やってやろうぜ吹雪!」

 

 

 作戦内容を告げると吹雪はあの攻撃的な雰囲気でニヤリと笑い、それを見た染岡も握り拳を作って同意を示す。

 シュートを撃つのは2人だが、そこまでボールを運ぶ俺も責任重大だ。作戦の発案者でもある以上しくじる訳にはいかない。もう一度気を引き締め直さないとな。

 

 

「鬼道、お前は佐久間を注意しておいてくれ。吹雪が攻撃に参加する以上徹底的にマークしておきたい」

 

「ああ。……源田を頼む」

 

「任せろ」

 

 

 俺達はフォーメーション変更、後ろに下がっていた吹雪を前に押し上げ、代わりに塔子が後陣に参加する。鬼道は依然として中陣を担っているが、必要に応じて後ろに下がるだろう。念の為一之瀬にも万が一の時にはすぐ守備に回れるようにと頼んでおいた。

 

 

「へっ、何を考えてるか知らねえけど何もしない方が良いんじゃねえの!」

 

「そうは行かない。お前らの好きなはさせない」

 

「やれるもんならやってみなァ!!」

 

 

 ボールを持った不動に対して圧力を掛ける。嘲笑とともに負けじとぶつかってきて俺の身体が大きく揺れる。

 この男、影山の企みに何を思って賛同しているのかは分からないが相当なやり手だ。ボディコントロールは勿論俺の動きを的確に読んでくる。そこに荒々しさが加わってくるのだから厄介極まりない。

 

 

 だがな、その程度で折られる訳にはいかないんだよ。

 

 

「ラァッ!!」

 

「チッ、穏やかじゃねぇな!」

 

 

 ここは力づくで突破するのが手っ取り早い。敢えてボールを奪いきらずに粘ることで俺では不動からボールを奪うに足らないと油断させる。心理的な余裕から生まれるプレイの隙を強引に突いてやればボールは俺のものになる。プレスに耐えきれず俺から離れた不動、それを横目に俺は一気に加速する。

 直後、2人のDFが俺に襲いかかる。大柄な体型を活かした質量での力押しか。これなら避けられる、問題無い。

 

 

「良い!撃たせろ!」

 

 

 その時、不動がその2人に撤退を命令する。撃てるものならどうぞ撃ってください、ということだろうな。仮にも仲間を使い潰すような真似だがアイツは佐久間、源田に技を使わせたがっている。俺達がバカ正直にゴールを狙ってくれるのなら願ったり叶ったりということだろう。

 

 

 

「染岡ッ!」

 

「おうよ!!ワイバーンクラッシュ!!

 

 

 だが俺達にはあの作戦がある。油断してくれるなら思う存分に油断してくれれば良い。俺は染岡にパスを送る。すると染岡はボールを蹴り上げ、蒼のワイバーンを呼び寄せる。空中でヒラリと舞った後に染岡の元へ降り立つと、染岡は全力でシュートを放った。……ように見えるだろうな。

 

 

 染岡を見て源田は再びあの構えを取る。だがしかし、そのシュートは源田の意図せぬ方向へと曲がる。そこに待ち受けていたのは吹雪。その表情が一気に焦りへと転ずる。だが流石に一流、すぐさま意図を察して構え直すが──

 

 

「遅せぇ!エターナルブリザード!

 

 

 最小限の動きで最大限のスピードを発揮したエターナルブリザードが炸裂する。元々ボールに乗っていたシュートの威力に上乗せする形になったため威力も上々、そのシュートは源田の反応を一切許さずゴールネットを激しく揺らした。当然、必殺技の発動すら許していない。つまり俺達の狙い通りだ。

 

 

「ナイス」

 

「おう」

 

「当然よ」

 

 

 こちらへ戻ってくる染岡、吹雪を手を挙げて迎えるとやや強めのハイタッチが飛んでくる。それと同時くらいに前半終了のホイッスルが鳴り響く。スコアは1-1の同点、勝つにはあと一点奪う必要がある訳だが……先程と全く同じでは流石に通用しないと見た方が良いだろう。だがどうする、それ以外に手段など思い付かない。

 

 

「俺達はこのまま佐久間にシュートを撃たせず、さらに1点を奪い取る必要がある」

 

「ああ。しかし同じ手は通用しないだろう。源田はそんなに甘くない」

 

「それにあっちのキャプテン……かなり頭が切れるよ、もしかしたら鬼道クラスかも」

 

「……よし」

 

 

 汗を拭き取りながら次の攻め手をどうすべきか考えていると、吹雪が何か思い付いたようにベンチの柱から身体を離す。

 

 

「何か思いついたのか?吹雪」

 

「まあ、お前の案の受け売りだけどな」

 

「てことは同じ手段、ではないのか?」

 

「ああ。染岡が撃ち、更に俺が撃つ。んでもってその次にお前だ」

 

「……ほう」

 

 

 成程な。フェイントに次ぐフェイントということか。染岡のワイバーンクラッシュに吹雪のエターナルブリザード、俺がそこに轟一閃をチェインする。当然フェイントにもなるが単純な速度でも源田の反応を越えられるかもしれないな。

 ……最初はライトニングブラスターの圧倒的威力で必殺技ごとぶち抜こうと思った。だがあの様子を見る限り発動させた時点でダメージは避けられないだろうからな。

 

 

「よし、それで行こう!」

 

「他の皆は引き続き佐久間を警戒だ!」

 

 

 方針は決まった。兎にも角にもやるしかない。試合に負けるうえ2人が影山の支配に囚われたままなんて最悪の結末は絶対に回避しなきゃならない。

 

 

「加賀美」

 

「どうした?」

 

「頼むぜ?次の点を取れるのはお前しかいねえ」

 

「当然だ、任せとけ」

 

「……それによ」

 

 

 少し顔を俯けて染岡は笑う。

 

 

「お前のプレーはなんつーか……見てて心が熱くなんだよ。だからもしかしたらそれでアイツらの目も覚めるんじゃねえか?」

 

「はっ、嬉しいこと言ってくれるじゃないか」

 

「へへっ、ぶちかましてこい」

 

 

 染岡と拳を合わせて前を見る。 俺のプレーは見てて熱くなる、か。俺は自分ではそんな柄じゃないと思ってるんだけどな。そういう役は守だったら……修也だろう。現に俺は後ろに構える守の姿、前を走る修也の姿に幾度となく助けられてきた。

 けど、悪い気はしない。存分に力を振るってやろう。

 

 

 そうしてホイッスルが鳴り響く。直後俺達は走り出す。後ろから吹雪、染岡が追従する形で走ってくる。俺がそれを確認して踵でパスを出したその時、不動が嫌な笑みを浮かべて俺を通り過ぎた。

 その時、俺の第六感が再度警笛を鳴らす。絶対何かが起きる、止めなければ。すぐさま後ろを振り返る。

 

 

 

 

「ぐ、ァァァァアアッッ!?」

 

 

 

 

 直後俺の目に映ったのは足を抑えて蹲る染岡、そして先程のようにニヤついている不動。染岡の発する尋常ではない絶叫から何があったのかが分かる、いや、分からされる。

 

 

「染岡ァァァァァァァ!!!」

 

 

 吹雪がこれまでに見せたことの無い焦りようで染岡へと駆け寄る。当の染岡は依然として這いつくばったまま。他の皆も駆け寄ってきて吹雪は不動に詰め寄る。不動に審判はイエローカードを突きつけるが、一切悪びれる様子もなく吹雪、他の皆を煽りに煽る。

 

 

「テメェ今のワザとだろうがッ!」

 

「悪い悪い、まさか避けられないとは思わなくてさぁ」

 

「この野郎ッ」

 

「よせ吹雪ィ!そいつを殴ったらお前が退場になるぞ……」

 

 

 不動に掴みかかった吹雪。それを染岡が苦悶を滲ませながら制する。それで何とか拳を納めた吹雪が鬼道と共に染岡をベンチへ運ぼうとする。不動はそのまま飄々とこちらへ背中を向けてポジションに戻っていく。まるで何事もなかったかのように。

 

 

 俺は、それを追い掛けて肩を掴む。そして──

 

 

「あ?なん──」

 

 

 全力で右拳をその顔面に叩き込んだ。

 

 

「ガッはァッ!?」

 

 

 何が起こったか分からないといった表情のまま派手に吹っ飛ぶ。一瞬置いて状況を理解した不動はそれでも俺の行動が理解出来ていなさそうな様子だが何とか取り繕おうと睨んでくる。

 しかしそんなものは関係ない。そのまま詰め寄って胸倉を掴む。

 

 

「こんな競技だ、怪我をしたさせたは仕方ない」

 

「な……なら何だ?それが分かっててこんなことしてんのか?自分から退場させられるような──」

 

「けどな!!」

 

 

 怒りのままに叫ぶ。全身が燃えていると錯覚するほどの怒気、それを抑えることなく目の前の馬鹿にぶつける。

 

 

「わざと大切な仲間傷付けられて、黙って見過ごすわけねえだろうがァァッッ!!」

 

 

 俺達がどんな思いで戦ってると思ってる、どんな想いを背負って戦ってると思ってる?怪我をしてサッカーがやりたくてもやれないヤツらだっているんだ。それなのにコイツは、自分の私利私欲のためだけに染岡を怪我させた。下手すれば今後一切サッカーが出来なくなってもおかしくない行為だ。

 もしかしたら不意の事故かもしれない。けど反省の一つもない、謝ることもしない。そんなヤツをみすみす見逃してはいお咎めなしとは言えない、言えるはずがない。

 だから俺はもう一度拳を振り上げる。血が滲むくらいに力を込め、全力で叩き付けてやる。

 

 

「この、クソ野郎がァァァ!!」

 

 

 拳を振り下ろす。しかしそれが不動の顔面を捉えることはなかった。後ろを振り向くとそこに居たのは守。俺の腕を掴み、悲痛な表情で俺を見つめていた。

 

 

「それ以上は……それ以上はダメだ、柊弥」

 

「そうだ加賀美、俺なんかのためにそんなに怒るんじゃねえ」

 

 

 吹雪と鬼道に支えられながら染岡も俺に言葉を投げる。コイツらの意志を組みたい気持ちと許せない気持ちが互いにせめぎ合ってぐちゃぐちゃになる。

 守に止められてすぐのことだった、ホイッスルが鳴り響き審判が俺に近付いてくる。そして、俺に赤い何かを突きつける。

 

 

「レ、レッドカード!」

 

「……当然だ、試合相手に手を出した時点で覚悟は出来てる」

 

 

 俺は不動から手を離し、染岡と共にベンチへ戻る。心配そうにこちらを見ている春奈達をよそに監督の前へ行き、頭を下げる。

 

 

「申し訳ありません、監督」

 

「……何も言わないでおくわ。けれど貴方がしたことの重さ、忘れないことね」

 

「はい」

 

俺がやったことは、サッカー選手としてのマナー、倫理に大きく反することだ。幾ら仲間が傷付けられたからといえそこは反省しなければならない。その上レッドカードでの退場は選手の補填が認められない。つまり皆はここから10人で試合しなければならないということ。そこまで考慮して動けなかったのは俺の責任だ。

 

 

 俺はそのままベンチに腰掛けて染岡が手当を受ける様子を見守る。染岡のソックスが剥がされると、その中から真っ赤に腫れ上がった足が姿を見せる。骨は折れていないにしても相当の重傷だ。このまま試合続行はまず不可能だろう。恐らく栗松と交代になると思った。だがしかし染岡が監督に、皆に懇願する。

 

 

「交代はしねぇ!俺を最後までフィールドに置いてくれ!」

 

「だが染岡!その怪我では」

 

「分かってる!!けどあんなヤツに負けたくねぇんだ!!じゃなきゃ、じゃなきゃ俺のためにアイツぶん殴ってくれた加賀美に報いることが出来ねェ!!」

 

「染岡、お前」

 

 

 瞳子監督はこの試合を鬼道に一任している、よって染岡を下げるも下げないも鬼道次第だ。

 

 

「……分かった。試合続行だ」

 

「ありがとよ」

 

 

 そしてそのまま試合が再開する。俺がいないことで空く穴は鬼道のゲームメイクで何とか埋まっている。だが決め手に欠けていることには変わりない。先程の吹雪と染岡の連携を狙おうにも染岡はシュートを撃てる状況じゃない。それを分かってか吹雪が単身切り込むが攻めきれずボールを奪われている。

 

 

 そのまま真・帝国ペースで試合が進む。後半15分に差し掛かった頃、不動がボールをキープしたまま攻め上がり、佐久間は常にゴール付近で待機している。

 

 

「佐久間にシュートは撃たせない!」

 

「へっ、俺を止めたきゃ殴って退場する覚悟で来るこったな!」

 

 

 強引に一之瀬にぶつかる不動。負けじとぶつかる一之瀬だったが、その攻防の果てにボールは明後日の方向、いや、佐久間が待つ方向へと飛んで行った。

 

 

「まずいッ」

 

皇帝ペンギン

 

「や、やめろッッ!!」

 

1号ォ

 

 

 再び呼び寄せられてしまった血のペンギン。佐久間の意思に従いゴールへと襲い掛かる。守はすぐさまマジン・ザ・ハンドの構えに入るが、それより早くシュートは飛んでくる。このままでは再びリードを許されると思ったが、そうはならなかった。

 間に割り込んだのは鬼道。その足に莫大な負担が掛かるだろうが意地で皇帝ペンギン1号を止めにいく。

 

 

「ぐ、ォォオオオオオ!!」

 

「鬼道!!」

 

「後は……頼むッ!!」

 

 

 だが限界があったんだろう。少し威力を削ったところで負傷しないように離脱する。しかしそのおかげで守が十分に溜めることが出来た。

 守は溜めた力を一気に解放し、金色の魔神を顕現させる。雄々しく吠える魔神はその手を持ってしてシュートを抑え込む。

 

 

マジン・ザ・ハンドッ!!

 

 

 鬼道のブロックに加えて万全の状態で放つマジン・ザ・ハンドでは皇帝ペンギン1号といえどゴールを割ることは出来ない。ボールは守がしっかりと抑え込んだがグローブからは黒煙が立ち上っている。

 

 

「円堂!大丈夫か!」

 

「そっちこそ!」

 

「俺は問題ない。だが……」

 

 

 視線の先には四つん這いで汗をダラダラ流す佐久間の姿。先程より息は乱れ、身体は大きく震えている。だがそれ以上にヤツはその絶大な威力に酔いしれているかのように顔を崩している。その姿は狂っていると言っても過言では無い。

 

 

「はァ、はァ!!次は決めるゥ……!!」

 

「今ので2回目……もし次あのシュートを撃ったら」

 

「佐久間は再起不能になる、間違いなく」

 

 

 鬼道が佐久間にもうやめろと声を掛けるがお構い無しに佐久間は戻っていく。が、一歩踏み出したその直後佐久間が絶叫する。歩くという単純な行為ですら身体への負担になる。そこまでして何故強さを求めるのか。

 ……いや、俺も根っこの部分は何も変わらないのかもしれない。形は違えど譲れない何かのために佐久間も、源田も力を求めたのだろうか。もしそうなら……俺にそれを否定する権利は無い。

 

 

 佐久間の、鬼道の苦しみなど関係なしに試合は続く。これ以上佐久間に撃たせまいと試合を展開していく皆。

 だがその焦りが仇となった。プレーに綻びが生まれ、不動の思い通りに事が進むことになる。

 

 

「退けェ!」

 

「ぐあッ!」

 

「決めろ佐久間ァ!!」

 

 

 不動かシュートのようなパスを佐久間に繰り出す。それを受け取った佐久間は……正しく狂人の笑みを浮かべて指笛を鳴らす。

 

 

皇帝ペンギン1号ォォゥゥ!!

 

「佐久間ァァァァ!!」

 

 

 3度目。死のカウントは満たされてしまった。2回目で限界のはずたった皇帝ペンギン1号をまたも放った佐久間はもはや獣のそれに近い叫びを上げる。そしてその射線上に立ち尽くすのは鬼道。佐久間の惨状を目の当たりにして動けずにいる。

 このままでは鬼道に直撃だ、もし無抵抗にあれを喰らったら鬼道も再起不能になったっておかしくない。

 

 

「ぐッ……らァァァァァアアアアッッッッッ!!」

 

「そ、染岡ッ!?」

 

 

 何とその間に割り込んだのは染岡。しかも、怪我をした方の利き足でだ。一瞬シュートが止まったが、染岡が弾き飛ばされると同時に明後日の方向へと飛んで行った。地面に打ち付けられ、その場に蹲る染岡。すぐさま鬼道が駆け寄るが動けそうもない。

 ……そして。

 

 

「ァ……ァァ……」

 

「さ、佐久間?」

 

「……」

 

「佐久間ァァァァァァァァ!!」

 

 

 染岡に続き佐久間も倒れた。同タイミングで試合続行が不可能に陥った選手が2人。そしてその瞬間に試合終了のホイッスルもなる。

 

 

「染岡!!おい!!しっかりしろ!!」

 

 

 試合が終わったなら俺がコート内に立ち入れない理由もない。すぐさま駆け寄って染岡を抱きかかえる。意識はあるようで苦痛に悶えながらも反応はある。

 

 

「お前どうしてあんな……!」

 

「へ、へへっ……言ったろ?ああでもしないとお前に顔向け出来ねぇと思ったんだよ」

 

 

 俺が、俺が早まってあんなことをしたから染岡が無茶をしたんじゃないか?俺のせいで染岡が、こんな──

 

 

「佐久間!目を開けろ!!佐久間ッ!!」

 

「もしもし!?急いで救護をお願いします!場所は──」

 

 

 佐久間に至っては目を覚まさない。この事態に監督はすぐさま救急車を呼ぶ。真・帝国のメンバーもこんなことになるとは思っていなかったようで、佐久間を囲みながら狼狽えている。誰よりもそれが顕著なのは源田だった。

 そういえば鬼道は何処に行った?試合が終わってすぐどこかへ──

 

 

「誰か鬼道を見なかったか!?」

 

「鬼道?そういえはどこに」

 

「クソッ、やっぱりか!!」

 

 

 アイツ、1人で影山のところに乗り込みやがった。何をされるか分からないってのに無策すぎる。どうにかして見つけ出さなければ。

 

 

「誰か染岡を──」

 

 

 染岡を任せ鬼道を探しに行こうとしたその時、轟音と共にこの船全体が大きく揺れる。誰かが指さした方向を見ると、なんと炎と共に黒煙が空へ昇っている。影山のヤツ、爆弾でも仕掛けてやがったのか!?

 もしそうならここにいるのは危険だ、すぐさま避難しなければ皆まとめて海の藻屑だ。

 

 

「全員埠頭に避難だ!!このままじゃ全員死ぬぞ!!」

 

「皆落ち着いて移動しなさい!」

 

 

 瞳子監督の指示で全員急いで外へと逃げる。入り組んだ構造だったが真・帝国の選手達が案内してくれたおかげで何とか事なきを得た。

 だが鬼道の姿がやはり見えない、まさか死んじゃいないだろうな?

 

 

「あ、あれ!!」

 

 

 春奈の視線を追うとヘリコプターとそこから伸びるハシゴにしがみついている鬼瓦さんと鬼道の姿があった。無事だったか……心配かけさせやがって。

 程なくして救急車も到着、意識のない佐久間だったが運ばれる間際に目を覚ましたようだ。その表情は先程とは打って代わり穏やかで、正気を取り戻したのだと分かる。

 染岡は途中から自分の足で立てており、搬送は必要ないと主張していたためこの場に残ることになった。

 

 

「佐久間……」

 

「大丈夫かな、アイツ」

 

「お前達、無事か!」

 

 

 佐久間が乗せられた救急車の姿が見えなくなって間もなく響木監督がやってきた。俺達が偽の連絡がここで来たことを知り飛んできたのだと言う。俺達の無事を確認してから何やら瞳子監督と険しい表情で話をしている。

 

 

 皆がとりあえず一悶着を終えたことに安心している最中、俺は先程の倒れる染岡の姿が脳裏に焼き付いて離れなかった。

 




真・帝国編終了、次はとうとう…
柊弥君が不動をぶん殴ったことは賛否両論だろうな…と思いつつも後々に必要になってくる描写なので割り切って描きました。今の加賀美 柊弥という男はこういうヤツなんだと思ってくれれば幸いです。
更新する際の時間についてのアンケートを置いてありますので御協力お願い致します!


追記
感想にてレッドカードによる退場は選手交代が認められないとのご指摘を頂き一部訂正致しました。h995様、ありがとうございます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第56話 またひとつ

新年明けましておめでとうございます、今年も本作をよろしくお願い致します
今年の目標は年内世界編まで完結させることです


「おーい!杉森ー!」

 

「む?円堂じゃないか!」

 

 

 愛媛にて影山、真・帝国学園との戦いを終え一時的に東京へと戻ってきたイナズマキャラバン。自由時間を言い渡されたため河川敷で特訓に取り組もうとした一同は時を同じくして練習に励んでいた御影専農の杉森、そして雷門中のジャージに身を包んだ見知らぬ少年、闇野カゲトことシャドウと遭遇する。

 そこで杉森が対エイリアに備えたバックアップチームを結成していることを知り、感極まった円堂が2人を加えて特訓をしようと提案、それが拒まれる訳もなく、ひたすらシュート音だけが木霊していた河川敷は活気に包まれ始めた。

 

 

「そういえば加賀美さんは何してるでやんスかね?」

 

「さあ。家でゆっくりしたかったとか?」

 

 

 しかしそこに柊弥の姿はなかった。夕方には各々一時帰宅するからと今は特訓することにしたのだが、柊弥だけはそれに参加せずどこかへ行ってしまったのである。その行き先を知るものは1人としておらず、円堂が送った連絡にも反応がないため完全に行方知れずである。

 

 

「珍しいよね、加賀美君が練習に参加しないなんて」

 

「そうね。真・帝国との試合であんなことがあったから少し疲れてしまったのかしら」

 

(柊弥先輩……)

 

 

 常日頃から率先して練習に励んでいる柊弥の今回の行動にマネージャー達も少々の違和感を覚える。が、そんな時もあるだろうとそこまで深く考えることはなかった……1人を除いて。

 

 

(……心配だなあ)

 

「音無さん、加賀美君のこと考えてるでしょ」

 

「ふぇ!?」

 

「ふふ、顔に書いてあるものね」

 

 

 唐突の指摘に思わず声が裏返る音無。木野と夏未は意地の悪い笑みを浮かべながら追求から逃れられないようにそのサイドを固める。

 

 

「ななな何を根拠にそんなこと!」

 

「ふうん、音無さんは加賀美君のことなんて微塵も考えてないんだ」

 

「そうとは言ってないじゃないですか!?」

 

「あら?随分と薄情なのね」

 

「夏未さんまで!?」

 

 

 顔を真っ赤にしながら2人の攻撃を耐え凌ぐ音無。どう言葉を選んで次々カウンターを浴びせられ、武力行使しようにも先輩2人のロックは振り解けない。

 そんな性格の悪い2人はある程度音無をいじめて楽しんだ後その拘束を解き、強めに背中を押してやる。

 

 

「多分だけど鉄塔広場じゃないかな?皆考え事をする時はあそこに行くから」

 

「私も何回かお世話になったわね……円堂君の受け売りだけど」

 

「木野先輩、夏未さん……」

 

「ほら行って行って!じゃないと皆に言いふらすよ!」

 

「ええ!?それは勘弁してくださーい!」

 

 

 木野のフィニッシャーにより音無は走り出した。行き先は提案された通り鉄塔広場。今にも転びそうなほど慌ただしい音無の背中を見送り、木野はぼそりと呟く。

 

 

「まあ、言いふらすまでもないんだけど」

 

「まったくだわ」

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 結構な長さの梯子を登りきり鉄塔から稲妻町を見下ろす。ここに来るのも久しぶりだ。風に頬を撫でられながら眼前の景色を眺めていると余裕の無かった心が少し和らいだように思える。

 急に練習を休むなんて言ってしまったが、皆怒っているだろうか。いや、疑問に思うことはあれど怒りはしないか。察しのいい鬼道なんかにはどういうつもりかバレているかもしれないな。

 

 

「……はあ」

 

 

 手すりに頬杖を着きながら溜息を吐く。ここに来たのは何と言うか……気持ちに整理をつけたかったからだ。真・帝国との試合の中であんな早まった真似をしてしまったことについて。そしてそれが原因となって染岡に無茶をさせてしまったこと。不動を殴り倒したことについては全く後悔はしていない。だがそれが原因である染岡の件は話が別だ。捉え方によっては俺が染岡に怪我をさせたのと同義だからな。本人は思ったよりも軽いと言って今も練習しているが、あんなことになってしまったという事実は揺るがない。

 染岡本人も他の皆も気にするな、と声を掛けてくれたがそうは簡単には割り切れない。そんな状態で練習をしても皆に迷惑をかけるし得られるものはないからこうして逃げてきた……という訳だ。自分の情けなさにまた溜息が出てしまう。

 

 

 まず、近頃の俺はエイリア学園に勝つために努力はしているが、そのせいで視野が狭くなっているというか、心に余裕が持てていないというか。間違いなく実力は高まってきているがそれを持って試合で何かを成せてはいない。点を決めた訳でも、致命的なピンチを超える一手を打った訳でもない。平たく言ってしまえば、俺という存在がこのチームにおいて必要しなくても良いものになりつつあると言ったところか。副キャプテンでもあり、チームを去っていった皆に啖呵をきった立場でこの有様はあまりに無様だ。

 

 

 だからここで切り替えよう。皆の役に立てるように、エイリア学園を倒すために。自分のやったことを綺麗さっぱり忘れる訳では無い、その反省を次に活かすんだ。幸いにして染岡は入院するような大きな怪我では無い。戻ったらもう一度謝って、この件はそれでおしまいだ。このまま悩み続けているだけなら本当に俺がいる意味は無くなってしまう。

 

 

「よし、戻るか」

 

 

 腹は決まった。とりあえず皆がいるらしい河川敷へ戻ろう。

 鉄塔から降り、河川敷へと向かう。すると、目の前から見知った顔が走ってきた。

 

 

「柊弥先輩!」

 

「春奈?どうした」

 

「柊弥先輩を探しに来たんです、皆心配してましたから」

 

「そうか……そうだよな、すまない。今戻るところだったんだ」

 

 

 わざわざ探しに来てくれた春奈と共に再び歩き始める。しばらく無言が続いたが、やがて春奈か問いを投げ掛けてくる。

 

 

「先輩、大丈夫なんですか?」

 

「まあな。いつまでも悩んでる訳にはいかないからな。副キャプテンである俺がこれ以上情けない姿を見せられない」

 

「情けないなんて、そんなことありませんよ!柊弥先輩は何時だって強くてかっこよくて、頼れる私達の副キャプテンです!だからその……元気出してください!」

 

「……そっか」

 

 

 春奈から怒涛の激励を受けてまた少し心が軽くなった。こんなにも俺を思ってくれる後輩の為にも、やはり悩んではいられない。河川敷についたら早速頑張ろう。

 そう思っていると目的地が見えてきたが、何か様子がおかしい。皆でベンチを囲んで慌てふためいているように見える。

 

 

「皆、どうしたんだ?」

 

「加賀美君!その……染岡君が」

 

「だから、何でもないっての!見ろよ、こうしてちゃんと歩け……ッ!」

 

「これ!それ以上下手に動かすでない!本当に手遅れになるのかもしれんのだぞ!」

 

 

 輪の真ん中にいたのは……染岡。脱がされたソックスの下から見えた脚は、これでもかと真っ青に腫れていた。こんなもの、知識がなくとも見ればわかる。重症だ。歩けることが不思議なくらいの、すぐにでも医者に見せなきゃいけないような。

 

 

「古株さん、染岡は」

 

「無理じゃ。お前さん達がイプシロンとの試合を控えていて染岡君が大きな戦力なのも分かっとる。じゃがその上で言わせてもらう」

 

 

 古株さんは一呼吸置き、俺達に言い聞かせるように言った。

 

 

「この脚でサッカーは無理じゃ」

 

「馬鹿言わないでくれよ古株さん!俺は、俺は何ともねえんだ!」

 

「染岡君」

 

 

 必死に訴える染岡。それとは裏腹に鋭く冷たい声が俺達の耳に飛び込んでくる。

 いつの間にかそこにいた瞳子監督は、迷うことなく言い放つ。

 

 

「貴方にはキャラバンを降りてもらうわ」

 

「そんな!染岡は大丈夫って言ってるんですよ!?染岡は俺達の大切な仲間なんです!」

 

「大切な仲間だからこそよ。もし彼がチームに残れば間違いなく無理をするし、それを気遣って貴方達は満足のいくプレーが出来なくなるわ」

 

「……その通りだ、風丸。悔しいが監督の言っていることは間違っちゃいない」

 

 

 残酷な事実を突きつける監督に対して風丸が真っ向から反論する。だが瞳子監督はそれを突っぱねたうえで染岡本人がそれを受け入れる。それを聞いた皆は落胆と動揺を隠せない。

 監督が染岡を病院に連れていくことになり、俺達は練習続行するように言い渡される。俺も当然練習に混ざる。そのために戻ってきたのだから。

 暫く暗いムードが続いたが、俺達がいない間に転校してきていたシャドウのシュートが守からゴールを奪いかけたり、木暮がイプシロンとの試合で見せたあの必殺技を完成させたりで明るい空気を取り戻した。

 

 

 だが、俺はどうしても顔を上げることが出来なかった。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「すみません、お見舞いに来たんですが……」

 

 

 翌日、俺は染岡が入院した病院へ足を運ぶ。確か部屋は半田達と同じはずだから……ここか。

 その部屋の扉の前に立ち、ノックの後に中へ入る。

 

 

「加賀美!加賀美じゃないか!」

 

「加賀美さんだ!来てくれたんですね」

 

「ああ。急に悪いな」

 

「加賀美、お前練習は」

 

「抜けてきた。どうしてもお前と話がしたかったからな」

 

 

 そこにいた染岡にそう切り出すと気を遣ってか他の皆が部屋を出ようとするが別にその必要は無いのでここにいてもらう。染岡のベッドの横に椅子を置き腰掛け、話を切り出す。

 

 

「脚、どうだって?」

 

「1ヶ月は大人しくしてろとよ。全く、俺は何ともねえってのに」

 

「……すまない」

 

「何でお前が謝るんだよ?」

 

「お前が怪我をしたのは俺のせいだ。俺があんなことをしたから、お前が無茶をしてこうなったんだ。だから本当はこうしてお前に会いに来る資格なんて俺にはない。けれどこうして謝らなければ俺の気が済まないんだ。だから……すまない」

 

 

 椅子から立ち上がり頭を下げる。許してもらおうだなんて思ってない。それで染岡の脚が治るわけでもないんだから。ただしっかり面と向かって謝らなければ、俺は染岡の仲間……いや、友達を名乗る資格はない。

 病室内はしばらく静寂が包まれる。その間、ずっと俺は頭を下げていた。それに痺れを切らしてか染岡が口を開く。

 

 

「頼むから頭上げてくれよ、加賀美」

 

「……だが」

 

「いいから。上げないなら一生許さねえ」

 

 

 そんなことを言われてはどうしようもない。俺は頭を上げ、真っ直ぐに向き直る。染岡は少し気まずそうにしつつも、ニカッと笑って俺に言葉をかける。

 

 

「お前がそんなに謝ることじゃねえよ。お前はお前のやりたいようにやった、俺は俺のやりたいようにやった。その結果がこれなんだから、別に後悔しちゃいねえよ。まあ、お前らと一緒に戦えなくなっちまったのは悔しいけどな!」

 

「……すまない」

 

「だーかーら!謝んなって。言ったろ?俺はお前のサッカーが好きなんだ。申し訳ねえって思うなら俺の分も頑張ってエイリア学園と戦ってくれよ」

 

「当然だ。こうなった以上、必ずお前の意思に応える」

 

「お前は真面目すぎんだよ、あの熱血バカの幼なじみでどうしてそうなるかね」

 

「だからなのかもね、加賀美が真面目ちゃんなのは」

 

「ははっ、違いない」

 

 

 染岡の苦言にマックスが、半田が便乗してくる。そう言われると少し心に来るというか、何とも言えない気持ちになる。

 だが、今の俺にはそんな軽口がとてもありがたい。

 

 

「だからよ、ほれ」

 

「どうした?」

 

「拳だよ拳。俺はここで安静にしてなきゃだけど、思いだけは常にお前達と一緒にいてえ。だから連れてってくれよ、俺の魂」

 

「成程な……任せとけ」

 

 

 染岡と拳を合わせ、心に誓う。俺が染岡の分も頑張ると、エイリア学園を必ず倒してみせると。

 

 

「よし、じゃあさっさと練習に戻れ!ここで油売ってたら吹雪にストライカーの座取られちまうぞ!」

 

「ああ。ちゃんと吹雪と2人で頑張るよ」

 

「おう!じゃあ、またな」

 

 

 皆に見送られて俺は病室を後にする。他でもない染岡本人にあそこまで言われてはこうクヨクヨしていられない。少しでも早く特訓に戻らなければ。

 俺が、染岡の分も点を取る。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「うおおおォォォ!!」

 

「うぐッ!……柊弥!気合入ってるな!」

 

「当然だ。染岡の分も俺がエイリア学園から点を奪うんだ」

 

 

 翌日、俺は気持ちを切り替えて特訓に励んでいた。今強化すべきはやはりシュート。染岡が欠けたことにより低下する攻撃力を何とかして補わなければならない。ストライカーを担うのは俺と吹雪の2人だが、この役目は何としてでも俺が担いたい。染岡への義理を通すという意味合い以上に、俺の1人のストライカーとしてのプライドがそれを後押ししている。

 

 

「だが流石にオーバーワークだ。一旦休め」

 

「いや、まだやらせてくれ鬼道。こんなんじゃまだまだ足りないんだ」

 

「ダメだ。自分を追い込むのは結構だがそれでお前まで欠けられたら不味い。ここは譲らんぞ」

 

「……分かった、お前がそう言うなら従うよ」

 

 

 俺はまだまだやれるが、鬼道から休憩を指示されてしまった。染岡に続き俺まで怪我をしたらチームが崩壊しかねないというのは理解出来るため、大人しく従うことにする。

 ベンチに戻り手渡されたタオルで汗を拭い、ドリンクを喉に流し込んでいると監督がをやってきたのが横目で見えた。

 

 

「皆聞いて、次の目的地が決まったわ」

 

 

 降りてくるや否や、練習中の皆を集め次の目的地を告げる。示されたのは関西、天下の台所と称される大阪だ。何でもあそこにエイリア学園のアジトがあるらしい。

 もしそれが本当なら確実にエイリア学園と戦えるだろう。だが、あの得体の知れない連中がこんなに早くしっぽを出すか?少し疑わしいところがあるが、理事長の調査に基づいての決定らしいので俺に口出しは出来ないな。どちらにせよ虱潰しにでも探さなければアジトの特定なんて出来やしないだろう。

 それにヤツら、デザームは去り際に再戦を宣言していた。これが外れたとしても近いうちに試合をすることになるだろう。

 

 

「よし!次の目的地は大阪だ!こっちから乗り込んでやろうぜ!」

 

「大阪っスか……お好み焼きにたこ焼き、串カツなんかも美味そうッスねえ」

 

「おいおい、遠足に行くんじゃないんだぜ?」

 

 

 壁山がそんな気の抜けたことを口にすると土門が鋭くツッコミを入れる。皆笑いながらも練習の片付けを始め、程なくして出発の準備も整った。

 

 

「じゃあ出発よ、乗りなさい」

 

「「「はい!!」」」

 

 

 目指すは大阪、エイリア学園のアジト。もし本当にそこにアジトがあったのなら間違いなくイプシロンとの試合になるだろう。俺はそこで何としてでも点を奪って勝ちを掴んでみせる。

 だから見ててくれ染岡、俺がお前の分も戦ってみせるから。




1話のうちに曇らせから抜けたと思ったらまた曇らされ、また晴れる主人公。書いてる人はきっと人の心がないんです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第57話 ナニワのひととき

デート回です、ナニワランドの話は絶対にこうすると決めてました
いつもの事ですが、感想や評価、多くのUAありがとうございます!


 東京を出発して約半日、俺達は次なる目的地である大阪へと辿り着いた。そこまでは良かったのだが、理事長の調査によって明らかになったエイリア学園のアジトがあるとされている場所が俺達の疑心を煽り始めた。

 

 

「ここって……」

 

「日本最大級の遊園地、ナニワランド……だよな?」

 

「うわー、俺遊園地なんて初めて来たよ」

 

 

 そう、ここナニワランドである。ジェットコースターに空飛ぶ絨毯、フリードロップなど様々なアトラクションが若年層、ファミリー層から絶大な人気を得ている遊園地だ。そんなところにあのエイリア学園のアジトがある、と言われてもそりゃ信じられないだろう。現に皆頭に疑問符を浮かべている。

 とはいえ理事長からの情報だ。何かしらの根拠だったりがあるとは思うのだが、果たしてどうなのだろうか。

 

 

「間違いないわ、ここにエイリア学園のアジトがあるはずよ」

 

「とはいっても、ねえ?」

 

「けれどここでじっとしてても仕方ないわ、とりあえず手分けして探しましょう」

 

 

 瞳子監督が再度確認を取ったことでここを捜索してみるという方針に固まった。……何人かアトラクションやフードに向けてキラキラした目線を向けているが、監督を見るにそれも織り込み済みなのではないだろうか。皆意気込んではいるがやはりまだ中学生、日々重なるストレスを何らかの形で発散しなければやってられないだろう。かく言う俺もそうなんだが。

 

 

「怪しいアジトならあっちだと思います!」

 

「行きましょう行きましょう!」

 

「そっか、じゃあよろしくね」

 

「吹雪さん……」

 

 

 吹雪は早速現地の女の子を引き連れた探索へと出発した。漫遊寺の時といい、天然タラシな部分あるよなコイツ。それも吹雪の甘いマスクがなせる技か。

 そんなこんなで皆散り散りになっていく。守は夏未、秋、塔子の3人から言い寄られて両手に収まらない花状態になっていた……ってそんなことを気にしている場合じゃない。このままでは1人で探索することに──

 

 

「柊弥先輩!」

 

「春奈か、どうした?」

 

「よかったらその……一緒に回りませんか!?」

 

 

 まだギリギリ背中が見える鬼道のグループに走って寄生しようと思った直後、春奈から声が掛かる。俺の後ろにいたからまだいたことに気が付かなかった……何はともあれ助かったな。俺が1人であることを見かねて気遣ってくれるとは、もはや感謝以外の言葉がない。

 

 

「勿論だ、むしろこちらから頼む」

 

「本当ですか!?じゃあ早速行きましょう!私監督と古株さんがここに向かうって言ってたのを聞いてからずっとプラン練ってたんです!任せてください!」

 

「盗み聞きか?なかなか悪いことをするな」

 

「あえっ!?い、いやそんなつもりじゃ……」

 

「冗談だ、冗談。ほら行こう」

 

 

 性格悪いことをするなと猛抗議を受けながらも俺は、いや俺達は歩みを進める。春奈は宣言通り本当にこのナニワランドを探索するプランを練り上げていたようで、瞬く間にジェットコースター、フリードロップ、コーヒーカップやメリーゴーランドなど様々なアトラクションを制覇していく。いや、それだけじゃないな。チュロスにポップコーン、果てにはマスコットとの記念写真なんかも手元に増えていく。

 薄々思っていた、これはアジト探索ではなくてもはやデートなのではないかと。しかし……

 

 

「楽しいですね!柊弥先輩!」

 

「ああ、最高にな」

 

 

 こんなに眩しい笑顔を見せられてはそんな指摘は出来ない、いや出来るはずがない。行く道々で他の皆も楽しんでいるようだったのでもう俺も割り切ることにする。先程も思ったことだが息抜きも大事、だからな。

 

 

「次はお化け屋敷に行きませんか?ここのクオリティは中々らしいですよ!」

 

「お化け屋敷なんて行ったことないな。折角だし行ってみるか」

 

 

 という流れでお化け屋敷に行くことになった。遊園地には度々足を運んでいたが思えばそのどこにもお化け屋敷はなかったな。あったところで俺はジェットコースターなどいわゆる絶叫系によく乗っていたから見向きもしない可能性があるんだが。

 少し歩くとその建物が目に入ってくるが、これが中々に雰囲気のある建物だった。やはり国内最大規模の遊園地のものとなると気合いが違うのだろうか。最も比較対象が記憶にないから断定しかねるがな。

 

 

「お2人様ですね!それでは行ってらっしゃいませー!」

 

「カップルの2名様入りまーす!」

 

「「!?」」

 

 

 入口のスタッフのうち1人が内線で他のスタッフに連絡をする。だが待てカップルて。いや確かに男女2人でいたらそう見えなくもないのは否定できないが、俺が直視しないようにしていたことを突きつけないで欲しい。皆の俺達を見る目が少し生暖かったんだよ。そういうのじゃないから、本当に。

 

 

「え、えへへ……間違えられちゃいましたね」

 

「そうだな……なんというか、すまない」

 

「そんな謝らないでくださいよ!私は別に満更でもないというかなんというか……」

 

「え」

 

「なんでもないです!ほら行きましょう!」

 

 

 春奈の口から飛び出かけたその言葉に思考が支配される。今満更でもないと言いかけたよな?それはつまり……そういうことなのか?

 

 

「それにしても暗いでキャァァァァァァ!?」

 

「どうした!?」

 

「顔に!顔に何か!」

 

「……こんにゃく、だな」

 

 

 全力で脳内会議をしていると春奈の悲鳴に思わず顔を上げる。そこには天井から吊るされたこんにゃくが顔に張り付き手足をじたばたさせている春奈の姿が。

 

 

「な、なんて悪趣味なの……っていやァァァァ!?」

 

「今度は何だッ!?」

 

「足!足首に何か!!」

 

「……よく光を反射するためにつけてるリストバンドみたいな的なやつだな、巻き付くタイプの」

 

 

 何かこのお化け屋敷、仕掛けが可愛くないか?こんにゃくといいこれといい。もっとこう、お化けがワァーっと出てきて驚かせてくるものかと思っていたんだが……俺のお化け屋敷に対する認識が誤っていたのか?

 とりあえず足を止めては後ろの人の迷惑にもなるので進んでいる訳だが、1分おきくらいに何かしらの仕掛けが俺達に襲いかかってくる。その度に悲鳴を上げているのは春奈だけなんだが。

 

 

 とはいえ、なんというかこの状況は……凄く若者っぽいな。実際若いが。中学生になってからというもの、サッカーに打ち込みすぎてあまりこういうことはしてこなかったからな。オフの日に遊んだりはしていたが、遊びという名のサッカーが殆どだった。後は誰かの家でゲームしたり、本当にそんな程度だ。

 

 

「これが国内最大級のお化け屋敷……恐るべし」

 

「恐るべし……恐るべしなのか?」

 

「恐るべしですよ!何で柊弥先輩はそんな平然としてるんですか!?」

 

「いやだって、そんなに怖くないかなと」

 

「怖いですよ!!そんなに言うなら腕出してくださいよ!!」

 

 

 何故か怒り気味の春奈に腕を出せと言われたので大人しく差し出す。すると、春奈は自身の両腕で俺の腕をガッチリと掴んで離さない。

 ああ春奈、俺も怖くなってきたよ……この先出くわすであろうスタッフや他の客からの目線が。

 

 

「ここ、これで大丈夫です……さあ!進みましょう!早急に!」

 

「……はいはい」

 

 

 そういう春奈は有り得ないくらいに震えていた。ここまで怖がるほどなのか?とツッコミを入れれば、更にとんでもないことをしてくるかもしれないから口を結んでおく。

 

 

「ぐァァアア!!」

 

「───」

 

「は、春奈?大丈夫か?」

 

「いやぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「ちょ待っ、腕ッ!!腕取れる!!」

 

 

 直後、横から飛び出してきた血塗れの幽霊……に扮したスタッフ。それはこのお化け屋敷を極限まで楽しんでる、もといビビってる春奈の恐怖の炎に火薬をぶち込む結果になったようだ。その華奢な身体のどこから湧くのか問いただしたい力で腕を締め、その状態で走り出す。試合中の俺に勝るとも劣らないような速さで。

 すると俺の腕がどうなるか、察しの良い人なら分かるだろう。半ば関節技のように締められ動かせない状態でそんな速さで走られては、肩関節が悲鳴をあげるのは必然だった。お化け屋敷で負傷し病院送りなんて結果を避けるため、俺も全力で走り出す。止まっていようものなら恐らくもげる。

 

 

「お帰りなさいませー!当園のお化け屋敷はいかがでしたか?」

 

「死ぬかと思いました……色んな意味で……」

 

「え?そ、そんなにですか……?」

 

 

 ほら見ろ、出口のスタッフさんにも若干引かれてる。そりゃ女の子に腕を引っ張られながら全力疾走で出てきて肩を抑えてる男にこんなこと言われたら何事かと思うわ。

 

 

「あー楽しかった!流石ナニワランドのお化け屋敷ですね!」

 

「ソウダナ」

 

「柊弥先輩どうしたんですか?もしかして、楽しくなったですか?」

 

「ソンナコトナイヨ」

 

「それなら良かったです!さ、まだまだ行きますよ!」

 

 

 先程のビビり具合が嘘かのようなテンションで次のアトラクションへと向かう。先程と違って握られたのは腕じゃなく手、そして足取りは緩やかなものだった。

 さっきも思ったが……なんというか、良いな、こんな時間も。

 

 

 

---

 

 

 

「ええ!?結婚!?」

 

「せや!ウチの特製ラブラブ焼きを食べたら結婚せなアカン決まりやねん」

 

「そんなこと食べる前には言ってなかったじゃないか!」

 

「そりゃ言ったら食べんやろ?」

 

「詐欺っスね」

 

「詐欺でやんス」

 

「そこ!ちょっと黙りや!」

 

 

 ナニワランドから少し離れたとあるお好み焼き屋にて、一之瀬 一哉は史上最大のトラブルに見舞われていた。その原因となっているのが目の前の少女浦部 リカ。1人エイリア学園のアジトを捜索していた一之瀬の前に現れ、半ば拉致のような形で店へと誘い込んだ後に手製のお好み焼きを食べさせ、それを食べたら結婚しなければいけないというとんでもない罠で一之瀬を仕留めに行ったのだ。

 その動機は至極単純、一目惚れである。恋とは人を盲目にするものなのだ。現在ナニワランドで奔走している1人の少女にも見られるように。

 

 

「邪魔やでアンタら、ほらどいたどいた!」

 

「へー、あれがリカの結婚相手?」

 

「結構イケメンやん?」

 

 

 程なくして同じような副、ユニフォームに身を包んだ少女達がその店に押しかけてくる。彼女達は大阪ギャルズCCCというサッカーチームであり、件の浦部はそこのキャプテンを努めている。

 浦部からの連絡を受けてやってきた彼女達は一之瀬と浦部を囲んでてんやわんやと騒ぎ立てている。円堂達がそんなことは認められないと抗議するが、一切相手にされない。

 どうしたものかと途方に暮れていると、ある男が声を上げた。

 

 

「分かりました!ではここは、サッカーで勝負をつけるのはどうでしょう!!」

 

「目金??」

 

 

 そう、目金 欠流その人である。目金は相手が女子チームであることに完全に慢心して勝負をけしかけたのである。そういう問題ではなく、サッカーで一之瀬の処遇を決めるのが何よりの問題なのだが、一同の予想に反して大阪ギャルズCCCはその勝負を受け入れた。

 

 

「そういえば、加賀美がいないけど?」

 

「任せてください!伝説のエース目金 欠流、今日限りの大復活ですよ!」

 

「ええ……俺電話してみるよ」

 

「あ、あー!そういえば加賀美君は大阪にいる親戚に会ったって言ってたっけかなー?ねえ夏未さん?」

 

「え、ええ?確かにそうだったわねー?」

 

「そういうことか……よし、相手を待たせたら無理やりにでも不戦勝を主張してくるかもしれない。目金を入れて試合をするぞ」

 

 

 マネージャー陣のこの動揺とここにいない自分の妹で全てを察した鬼道は、このまま試合に入ることを決定する。瞳子もいない今、鬼道の言葉はこのチームの決定権を握っていると言っても過言では無い。よって全員一之瀬を賭けた試合に臨むことを決めた。

 

 

 

---

 

 

 

「……ん?」

 

「どうしたんですか?」

 

「いや……何となく呼ばれてたような気がして」

 

 

 何だろう、何故かここじゃないどこかにいなきゃいけないような気がした。けどそこにいようものなら猛烈な勢いで追い出されそうな、そんな気もする。まあ気の所為だろう。

 

 

「次はあれです!あれ乗りましょう!」

 

「観覧車か」

 

 

 中々の大きさなんじゃないだろうか。頂上から見る景色は格別だろうな。

 あまり待ち時間もなく、10分程度並べば俺達の番が回ってくる。少し揺れるカゴの中に乗り込めば、緩やかに上へと登っていく。流石に高いな、まだ真ん中くらいの高さなのにもう人が豆粒のようだ。

 

 

「……柊弥先輩」

 

「どうした?」

 

「その……この前のこと、大丈夫ですか?」

 

 

 この前のこと……というと、真・帝国での一件か。確かに色々あったし、それで気が滅入り気味だったのは間違いないというか、否定できない。現に春奈は俺を心配してくれてか、鉄塔まで行ってたところに迎えに来てくれたしな。

 

 

 

「そうですか、それなら良かったです」

 

「……実を言うと、完全に割り切れたわけじゃない。俺のせいで染岡が怪我をした事実は変わりないからな」

 

「いいえ、あれは先輩のせいじゃないです!染岡先輩も言ってたじゃないですか!」

 

「それでも、だ。こうなった以上、俺は染岡の分も、いやそれ以上に頑張らなきゃいけない。近くに控えてるイプシロンとの試合も、俺が点を取らなきゃいけないんだ」

 

「先輩……」

 

 

 あの時誓ったんだ、俺が染岡の想いも背負うって。そのためには……まだ、もっと強くなるんだ。誰よりも、何よりも強くなって、この戦いに終止符を打つ。それが俺のなすべきことだ。

 

 

「……柊弥先輩!」

 

「どうした?」

 

「あの……そのっ!!」

 

 

 春奈が突如大きな声を出して俺の手を握ってくる。いつになく真剣な顔付きで、声色にも力が籠っている。突然のことに顔を覗くと、凄まじい勢いで目が泳いでいる。何かを言いたいんだろうか。

 

 

「えっと……すみません、何を言いたいか忘れちゃいました」

 

「……はっ、ははは!」

 

「と、柊弥先輩?」

 

「悪い悪い、ちょっと面白くてな……あまりに真剣な顔してたのに、何を言おうとしたか忘れたって、なあ?」

 

「う、うう……」

 

 

 声を出して笑うなんて何時ぶりだろうか。強張りがちだった表情筋が久々に動いたような気がするな。あまりに笑いすぎたせいか、春奈が少し不貞腐れてしまったが、焦って謝るとすぐにいつもの笑顔を向けてくれる。

 談笑しながら過ごしていると、程なくして一周回りきった。案外早かったな。いや、楽しく過ごせてたから早く感じただけか。

 

 

「少し待っててくれ」

 

「はい!」

 

 

 降りてすぐに尿意を催してしまったので近くにあったトイレに駆け込む。そういえばエイリア学園のアジトを探すという目的を完全に忘れてた。他の皆にどうやって言い訳をしようか……色んなところを巡って探してたとかで通じるだろうか。

 

 

 

---

 

 

 

(うう、どうしてあそこまでいったのに伝えられなかったの!私のバカ!!)

 

 

 柊弥がトイレから戻ってくるのを待っている最中、音無は1人頭を抱える。先輩マネージャー2人に根回ししてもらい、掴み取った柊弥と2人で巡るこのチャンス。

 音無はこの機会にあることを決めていた。それは──

 

 

(好きって、短い言葉なのに!!)

 

 

 そう、柊弥へ想いを伝えようとしていたのだ。彼女のプランでは、様々な場所を巡った後、最後にあの観覧車の中で告白するつもりだった。しかし、いざその時になると言葉が奥へ引っ込み、気が引けてしまった。拒絶されたらどうしよう、今の関係が悪化してしまったらどうしよう。年相応の様々な不安が頭を過り、結局伝えられずじまいとなってしまった。

 

 

(はあああ……先輩達に何て報告すれば……)

 

「ねえねえそこの子、暇なの?」

 

「えっ?」

 

 

 突如掛けられた声に顔を上げると、そこにはいかにもな男がいた。その男は音無が1人であることを確信するや否や、隣へ座り込んでくる。そしてやたらと顔を近づけ、次々と言葉を捲したてる。

 

 

「俺と遊ぼうよ!この辺り詳しいからさ!」

 

「えっと……すみません、今人を待ってまして……」

 

「いいからいいから!君ここら辺の子じゃないでしょ?案内してあげるからさ!」

 

 

 やんわりと断ったつもりだったが、この男にその意図は通じていないようだ。正確には無視しているだけだが。

 男は音無の腕を掴み、半ば強引に連れていこうとする。振りほどこうと力を込めるが、同世代、あるいは年上の男の腕力には勝てるはずがなかった。 周囲の来場者は関わらまいとあからさまに避け、警備員は近くに見当たらない。

 

 

(い、嫌……)

 

 

 その時だった。別の腕が横から伸び、男の手首を掴んだ。

 

 

「俺の連れに何か用事でも?」

 

「あぁん?誰だお前?」

 

「俺の連れに、何か?」

 

 

 その腕の正体……戻ってきた柊弥が、男の手首を握る力を強くする。エイリア学園と戦うために日々トレーニングを欠かしていない柊弥の力は相当のもので、柊弥くらいの歳の水準を大きく超えていた。

 さほど鍛えてなどいないその男は小さな悲鳴を上げ、音無を掴んでいた手を離していた。間もなくして男はその場から逃げ去った。

 

 

「行ったか」

 

「柊弥先輩……あの、ありがとうございます!」

 

「気にするな。ほら、行こうぜ?」

 

 

 そう言って柊弥は音無へ手を差し出す。音無はその手を取り、足取りを柊弥に委ねる。

 

 

(ああ、やっぱり私はこの人が好きなんだなあ)

 

 

 手から伝わる体温、足取りから伝わる気遣い。柊弥の優しさを感じ、音無は自分の頬が緩むのが分かった。目の前を歩く柊弥の背中が大きく見えるのは、胸の内に秘める恋情故か。

 

 

(必ずこの想いは伝えます。だから……覚悟しててくださいね、柊弥先輩!)

 

 

 

---

 

 

 

 まさかトイレに行ってたあの短時間で春奈か輩に絡まれるとは……特に何事もなく済んで良かった。いざとなったら大声で警備を呼ぶくらいはしようと思っていたから助かったな。

 そんな一悶着を乗り越え、俺達は皆の元へ向かっていた。どうやら皆の方でも問題があったらしい。なんと一之瀬が結婚の危機に瀕していたという。現地の女子に一目惚れされて何やかんやあったとか。相手がサッカーチームだったからサッカーで決着をつけたらしい。何だかんだ危なかったようだが、勝って一之瀬の平和は保たれたという。

 そしてなんと、彼女達はこのなにわランドの中にある地下修練場で強くなったのだという。そこに案内してくれるから、合流しようとのことだった。

 

 

「みんな、お待たせ。一之瀬、無事で何よりだ」

 

「大変だったよ、本当に」

 

 

 心做しかゲッソリしてる気がする。後で何か飲み物でも奢ってやろう。なんてやり取りをしていると、一之瀬に抱きついてくる水色の髪で俗に言うガングロ?の少女が声を掛けてくる。

 

 

「アンタが加賀美?中々のイケメンだけど、ダーリンほどちゃうな」

 

「ダ、ダーリン?」

 

 

 中々に強烈な子のようだ。だがまあ悪いヤツじゃないだろう。

 そこに瞳子監督もやってきて、例の修練場に案内される。まるで廃屋のような建物の中になんとエレベーターがあり、そこが入口のようだ。

 全員で降りていくと、何とそこにはイナビカリ修練場以上の広さを誇る何かがあった。遊園地の下にこんな場所があるとはな。

 

 

「ここがウチらの特訓場所や!凄いやろ?」

 

「ああ……だが、ここの持ち主は一体誰なんだ?」

 

「知らへんなあ。今まで使ってて誰も文句言いに来ないから一般開放されてるんちゃうか?」

 

「ええ……」

 

「加賀美がドン引きしてる……!?」

 

 

 とんでもない図太さに驚いたが、もしかしてここがエイリアのアジトなんじゃないか?同じことを思ったのか守が質問するが、そんなん知らんと一蹴された。俺達がここに来て何もアクションがないなら、少なくとも今はここにはいないようだが。

 とりあえずそのことは置いておき、浦部が修練場を案内してもらっているがとんでもない施設だ。イナビカリ修練場よりも豊富な設備が整っている。いくらかのレベルを設定でき、未だレベル10は彼女達もクリアしていないという。

 言い方は悪いが、女子チームである彼女達が皆といい勝負をしていたということは、それほどまでにここで得られる経験値が大きいということだろうか。

 

 

「監督、どうしますか」

 

「ここで特訓して得られるものは大きいわ。ここがエイリア学園のアジトじゃないとしても、どの道彼らとは近いうちにぶつかる。それなら使えるものは使うべきよ」

 

「成程……では」

 

「ええ。この修練場で暫く特訓するわ」

 

 

 とのことだ。早速準備をして俺はある設備に入る。DFに見立てた複数の仕掛けを突破し、ゴールを守るロボットを押し退け点を決めるというシンプルなものだが、かなり難しそうだ。

 DFはまるで風丸のように早く、土門のようにテクニカルで、壁山のように強固だ。そしてゴールはレベル3程度だというのに全力の轟一閃が通じない。

 

 

「随分鍛えがいがあるじゃないか……行くぞッ!!」

 

 

 使えるものは何でも使う。やるぞ、俺は。




おや、音無さんの様子が…?
次は特訓回です

ー追記ー
アンケートのご協力ありがとうございました!
結果を元に今後は0:00に更新していきますのでよろしくお願いします!
また、もし週一投稿が出来るようになったら何曜日が良いかというアンケートを新たにとっておりますのでまたご協力よろしくお願いします!

出来る保証はないですが、もし隔週になってもその曜日に投稿していくスタンスにしていきたいな、と思っておりす


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第58話 ただひたすらに

超特訓&???回です、ぜひ最後まで読んでやってください



「あー、疲れたー!」

 

「でも確実に強くなれてる気がするな」

 

「ああ。予想以上の成果を得られるかもしれない」

 

 

 ナニワランドの地下に広がる修練場にて、雷門イレブンは苛烈な特訓に励んでいた。エイリア学園のアジトがあるという報告を受けてやってきたこの大阪で、まさかレベルアップの場に巡り会うことになるとは思っていなかっただろう。だがイプシロンとの再戦はもはや目前、使えるものは何でも使うという精神が今必要なものだろう。

 

 

「そういえば加賀美は?」

 

「キャプテンはキーパーの特訓、吹雪さんはシュートの特訓、風丸さんはドリブルの特訓をしてるって言ってたっスけど」

 

「加賀美も1人で別メニューをこなしているらしい。とにかく俺達は俺達でやれることをやろうぜ」

 

 

 土門のその一言で一同は再び特訓に戻る。彼が言っていたように、現在円堂は不安定な足場でシュートが飛んでくる設備でキーパーの特訓、吹雪は強烈な回転をするロボット相手にシュートを決める設備での特訓、風丸はベルトコンベアー上で走り、不規則に飛んでくる脚を避けるドリブルの特訓に励んでいる。

 そして柊弥は、複数の仕掛けを突破してシュートを決める設備で1人四苦八苦していた。この短時間で既に相当動いているようで、汗は滝のように流れ、過呼吸のように息は上がっている。

 ここの設備は10段階のレベルを設定でき、今柊弥が対面しているのはレベル7。参考までに、現在他のメンバーが取り組んでいるのはレベル3である。

 

 

(流石に飛ばしすぎたか)

 

 

 だいたいはレベル1から順々にクリアしているようだが、柊弥は最初からレベル7である。その下のレベルがどの程度か下調べなどしていなかったため一瞬で後悔したとかしないとか。もっとも、途中でレベルを下げないあたりしていないのだろう。

 

 

「もう1回、やるか」

 

 

 汗を拭い再びスタートボタンを押す。直後現れるのは4つの仕掛け。まず1つ目はこちらへ突進してくる巨大なロボット。機械故に人のフィジカルを大きく超越しており、それがレベル7ともなれば相当なものだ。本来は回避を想定されているこのロボットだが、柊弥はそれに対して──

 

 

「ォォオラァッ!!」

 

 

 真正面からぶつかる。伝わる衝撃は少し気を抜けば一気に持ってかれそうな程。だが柊弥は全身に力を漲らせ、歯を食いしばってそれに耐える。真正面からそれを押し退けた柊弥はその弾みに体勢を崩しかけるが、すぐさま前に向き直る。

 直後襲いかかる2つ目の設備。これはイナビカリ修練場にもあったような電撃を飛ばしてくる銃だ。しかしその密度が尋常ではない上、ロボットを回避してすぐに押しかけてくるため避けることは困難。とはいえ全くの不可能というわけでもない。

 

 

「右、左、左、上、最後に左上ッ!」

 

 

 これら5つの電撃がほぼ同時に襲いかかってくる。毎回不規則なパターンで飛んでくるそれを一瞬で見極め、回避する必要がある。その1つでも掠ろうものならば──

 

 

「チィッ!!」

 

 

 全身が焦がされる。この設備は範囲外にボールを出せば自動停止するが、柊弥は逃げない。そのまま続行する。

 次に待ち構えるのは1つ目の仕掛けとは真反対に素早く圧を掛けてくるロボットだ。その上読みにくいフェイントまで織り交ぜてくるためここに辿り着くまでにダメージを負うと抜き切るのは困難を極める。

 

 

「速さが売りなんだ、ロボットなんかに負けてられねえよッ!」

 

 

 柊弥自身の強みの一つである速さ。それで負ける訳にはいかないという意地が柊弥の背中を押す。完璧にフェイントを予測した柊弥は難なくそのロボットを突破する。が、そこには先程の電撃が再び押し寄せてくる。スピードが必要な仕掛けを突破しすぐにやってくるのこの波状攻撃は、一瞬でも気を抜いたら即死は免れない。

 だが柊弥はそこで止まらない。極限の集中力を発揮している今の柊弥はさらにその先を目指す。更なる仕掛けは天井、床、壁あらゆる場所から突き出す槍のようなもの。これも動きを完璧に見きった上で突破しなければあらゆる角度から苦痛が襲ってくる。

 

 

(落ち着け、確実にパターンを見極めるんだ。ここを抜けられないようじゃ──)

 

 

 刹那、柊弥は異次元の加速を見せる。

 

 

「アイツらを越えることなんて、出来やしねェんだ!!」

 

 

 柊弥の脳裏に浮かぶのはイプシロン。軍隊のように統率されたあのディフェンスラインを突破し、デザームからゴールを奪うためにはフィジカルは勿論、正確に相手を見極める力も必要になってくる。その意識が柊弥の思考力に拍車をかける。

 自分に突き出される槍を1本、2本と確実に避けそのエリアのゴールが見える。だが直後、柊弥の予想を外れて1本の槍が右から飛び出してくる。

 

 

「喰らうかァァァッ!!」

 

 

 そこで柊弥が見せたのは凄まじい反射神経。槍が動き出したその初動を見て的確に反応する。正しく鬼のような表情を浮かべ、執念の元に歩を進める。待ち受けるのは最後の砦。それはあまりに大きく、硬く、強い機械兵。山と対面しているかのような圧が柊弥へ襲い掛かるが、そんなモノに怯む柊弥では無い。

 一瞬動きを止める柊弥。こちらを向いてどっしりと構えるロボットに対して息を整えながら鋭い眼光を向ける。当然、機械はそれで何かを感じることは無いが、何かを察知してか猛々しい機械音を鳴らす。

 そして、柊弥の背後からはここまで突破してきた仕掛け達が再び迫る。2つのロボットの腕が伸び、電撃と槍が突き刺さろうとしたその瞬間だった。

 

 

 柊弥は、空を駆ける。

 

 

「俺は、こんなところで止まっていられねェんだよォォォォッッッ!!!」

 

 

 全身全霊、渾身、究極。柊弥の放った一撃を言葉に表すならそんなところだろう。雷が轟くが如く豪脚を蹴り込まれたボールは、注がれる力を受け止めきれず対物ライフルの弾丸のように敵へと襲い掛かる。

 機械兵はその両腕を前に突き出し、もっとも最適な形でシュートを止めようとするが、凄まじい勢いに瞬く間に押し込まれていく。その巨体がゴールネットを揺らすのは、それから間もなくしてのことだった。

 

 

「やった、やってやったぞ」

 

 

 力を誇示するように己の力を誇示し、歓喜に震える柊弥。しかし、それは長くは続かなかった。一瞬見せた晴れ晴れとした表情から一転、再び見せた険しい表情のまま柊弥はどこかへフラフラと歩き出す。

 辿り着いたのはあるデバイス。殴りつけるように雑に操作してその設備のスタートラインへ立つ。

 

 

 デバイスの液晶画面に表示されていたのは"10"という数字と、真っ赤な"WARNING!!"の文字。

 ただひたすらに強くあろうとする1人の少年。彼に待ち受けるものが何なのか、今は誰も知らなかった。

 

 

 ---

 

 

 

「皆休憩だ! しっかり休め!」

 

「大阪名物持ってきたでー!」

 

 

 この地下修練場で数時間の特訓に取り込んだ雷門イレブン。決めていたメニューを各々終えたため、1時間ほどの昼休憩に入る。ギャルズのメンバーが差し入れで持ってきたお好み焼き、たこ焼き、串カツと言った大阪フードを前に目を輝かせる面々。半ば取り合いのように群がるが、十分すぎる量が用意されていたためむしろ余るくらいだった。

 

 

「あれ? ちょうど人数分くらい用意したから余らんはずやけど」

 

「そういえば、加賀美がいないぞ」

 

「吹雪さんも戻ってきてないっス」

 

「染岡が抜けたこともあって熱が入ってるんじゃないか?」

 

「だとしてもオーバーワークだ。連れてくるぞ」

 

 

 円堂に鬼道、木野に音無がここにいない2人を呼びに向かう。まず近くにいるのは吹雪。自動ドアが開き、中に入るとそこでは吹雪が咆哮と共にシュートを撃ち込んでいた。その威力はかなり強力なもので、見ている4人にもその圧は伝わってくる。しかし、ゴールを守るロボットはいとも簡単にそれを弾いてしまった。

 

 

「──ッ、畜生ォ!」

 

「ふ、吹雪……」

 

 

 鬼気迫るその光景に誰も声を掛けることが出来なかった。とはいえここに来たのは吹雪に休憩させるため。鬼道が声を掛けると糸が切れたようにいつもの穏やかな表情を戻った。一同の予想に反し、すんなりと指示を受け入れ、他のメンバーの所へ向かう。

 そして次は柊弥が特訓している設備へと向かう。円堂が扉に手をかけようとしたその瞬間、凄まじい音と衝撃が伝わってくる。一体何事かと焦って扉を開けると、ゴールに押し込まれた巨大なロボットと、その前に立ち尽くす柊弥の姿が目に入った。

 

 

「……加賀美」

 

「ん? 鬼道? それに皆も……ああ、呼びに来てくれたのか?」

 

「はい、お昼の時間ですよ」

 

「悪いな、少し集中しすぎてたみたいだ。今向かう」

 

 

 吹雪同様、柊弥もその言葉をすんなりと受け入れた。てっきり2人揃ってまだやると意地を通してくると思っていたため4人は胸を撫で下ろす。

 テキパキと片付けを終え、休憩場所へと向かう柊弥、その後を追う音無、円堂、木野。当然鬼道も戻ろうとしたのだが、ふと気になって設備の管理をする機械に歩み寄る。

 

 

「──!?」

 

 

 そこに表示されていたものを目にして鬼道は絶句した。普段彼が滅多に見せないような、驚きの表情だ。それもそのはず、そこにあったものはあまりに衝撃的過ぎたのだ。

 

 

 

 

LEVEL 10

 COMPLETED!! 

 

 

 

 

「加賀美、お前は本当に規格外なヤツだよ」

 

 

 ---

 

 

「ちょっといいか、加賀美」

 

「どうした?鬼道」

 

「お前にもディフェンスの特訓に参加してもらいたくてな。お前のポジションはFWだが、その速さは攻撃にも守備にも活かせるはずだ」

 

「そういうことか、構わないぞ。俺が前線で圧を掛けられるようになれば後ろを守ってくれる皆の負担も減るからな」

 

 

 昨日、俺はあの設備の最大レベルをクリアした。といってもかなりギリギリだったが。そんなザマではまだイプシロンには届かない。そう思い、ひたすらあそこのレベル10に繰り返し挑戦するつもりだったのだが、鬼道からそんな声が掛かった。

 確かに今の俺なら状況に応じて攻撃、守備を柔軟に切り替えられるだろう。そしてそれを突き詰めることはチーム全体の強化に繋がる。断る理由は無い。

 

 

「吹雪にも声を掛けてある」

 

「ああ。アイツのディフェンス力はチームでも随一だ。学べることは多いだろうな」

 

 

 そんな話をしながら歩いていると、うちのディフェンス陣と吹雪が勢揃いしていた。ここは確か床が動く設備のはずだが、今回は動かさないようだ。

 

 

「今回は2つに分かれ、ひたすらボールを奪い合う!奪ったら方は直ぐに攻撃に移り、奪われたらボールを奪い返すんだ!」

 

 

 終わる条件なんかは特になく、設定した時間ひたすらにそれをこなすようだ。シンプルで良いじゃないか。

 とりあえずで2つに分かれ、互いに向き合う。こっちのチームは壁山、土門、塔子。あっちは吹雪、鬼道、栗松、木暮だ。

 

 

「始めるぞ!」

 

 

 さてどう動こうか。1人で動いたところでこの練習の意味は無いし、上手く皆と連携しながらボールを奪ってみたい。

 

 

「塔子、俺が右から仕掛ける。敢えて躱されるからそこを突いてくれ」

 

「右ね、分かった!」

 

 

 ボールをキープしているのは栗松。俺は素早く栗松へと切り込んでいく。敢えて右側を手堅く固めることによって左へと抜けやすくしておく。そうすれば後ろの塔子も動きやすいはずだ。

 

 

「ここは通さないぜ、栗松」

 

「速すぎるでやんス!!えっと、ここは.右でやんス!!」

 

 

 すると、予想通り栗松は左へと抜けていく。狙いど真ん中だ。

 

 

「いけ、塔子──あれ?」

 

 

 そこで予想外のことが起こる。塔子が予想よりもまだ後ろにいたのだ。フリーとなった栗松はすんなりと鬼道へパスを通す。

 

 

「ごめん加賀美!追いつけなかった……」

 

「気にするな、次は頼んだ」

 

 

 まだ動き始めだからな、仕方ないだろう。とりあえず何度も仕掛けていくしかない……と思っていたのだが、何かがおかしい。

 何度も皆と連携を試みるのだが、上手くいかない。その度に皆謝ってくれるのだが、これは恐らく普段ディフェンスで連携することの無い俺のせいのはずだ。俺が修正しなくちゃいけない。

 しかし、一向に動きを合わせられない。何だ、何が悪いんだ?入り方は完璧なはずなのに、その後が噛み合わない。皆が想定より後ろにいるんだ。何とか修正したいが、このままではあっち側がディフェンスに回れず特訓にならない。とりあえずここは──

 

 

「貰った」

 

「なっ、いつの間に!?」

 

 

 木暮からボールを奪う。これで今度はこちら側がオフェンス、あっちが守りに来る。鬼道の指示で栗松、木暮波状的なプレスを仕掛けてくるが……動きが直線的だ。何よりスピードも足りてない。

 

 

「甘いぞ」

 

「み、見えなかったでやんス……」

 

「取れる気がしないよあんなの!!」

 

 

 その先で待ち構えるのは鬼道。成程、最初から俺がこの2人を抜く想定で立ち回ってたな、位置が完璧だ。

 何よりやはりテクニックは皆と比べても頭一つ抜けている。巧みに織り交ぜられたフェイント、二手、三手先を潰しに来る体運び。俺にはここまでトリッキーな動きは出来ない。けどな──

 

 

「それを貫くことくらいは出来る」

 

「くッ、なんというフィジカルだ!!」

 

 

 フェイントを使ってくる?ならそれごとぶち抜けばいい。三手先まで読まれてる?ならこっちは四手先を読めばいい。鬼道がどう動くか予想した俺は敢えてそれに当たりにいく。互いにボールを挟んで衝突すればものを言うのはフィジカルの差だ。あの質量を相手しきった今の俺じゃそう易々とは止められない。

 

 

「ここまでだよ」

 

「吹雪、かかってこい」

 

 

 最後の砦として待ち構えるのは吹雪。コイツのディフェンス力は正に天才。ストライカーとしての実力も持ち合わせつつこの精度で守備まで完璧なのは正に天賦の才を持ち合わせているという他ない。いや、才能に加え途方もない努力もあっただろう。

 吹雪の持ち味はやはりスピード。攻守の切り替えには勿論、それぞれにおいても無類の強さを発揮する。一瞬越えられたと思ってもすぐ前を抑えに来る。

 

 

 だが、まだ俺は底を見せてはいない。

 

 

「ふゥゥッ……」

 

「なッ……!?」

 

 

 骨まで溶けるような脱力から、一瞬で身体が鋼鉄になったように錯覚するほどに力を込める。その瞬間俺は雷速を1歩超える。周囲がスローモーションに感じるほどのスピード。これがイプシロンを超えるために1つ上のステージへと消化した俺の必殺技。

 

 

雷光翔破"改"

 

 

 気付いた時には既に吹雪を置き去りにして遥か遠くへ。良い感触だ。このスピード、パワー、テクニック。全て俺が目指したものに限りなく近づけている。

 だがまだまだ上を目指さなきゃならない。もう誰も失わないよう、俺が、例え1人でも──

 

 

「──ただ、ひたすらに強くなってやる」

 

 

 皆は俺が守る。俺の身体がズタボロになろうと、これ以上仲間を傷つけさせはしない。

 

 

「加賀美、見違えたな」

 

「まあな」

 

「流石レベル10をクリアしただけある」

 

「知ってたのか」

 

「レベル……10……?」

 

 

 鬼道の賞賛を素直をに受けとっていると、何やら吹雪が呟いた。その直後、何かに取り憑かれたようにフラフラとその場を去っていく。何事か、鬼道が吹雪に声をかけるが、吹雪が見せたのは追い詰められたような、そんな余裕のない顔だった。

 

 

「こんなトロいことやってられねえ……俺はもっと強くなるんだ!」

 

 

 そう言って吹雪は抜け出してしまった。しばらくして皆で吹雪の様子を見に行ってみると、吹雪は1人でシュートを鍛える設備で何度も、何度も何度もロボットに向けてシュートを撃ち込んでいた。

 

 

「凄い迫力っス」

 

「あそこまで来るとなんかちょっと怖いね」

 

「でも、確実にシュートが強くなってるね」

 

 

 壁山と木暮の言う通り、凄まじい気迫だ。まるで強くなること以外周りが見えていないような、そんな様子だ。加入してすぐくらいのスタンドプレーが再熱してしまわないかが懸念点だな。

 だがしかし、その意気込みは尊敬せざるをえない。自分の限界を超え、さらに強くなろうとしているヤツを俺は止めることなんて出来ないな。

 

 

「俺も吹雪に負けていられない」

 

「戻るのか?」

 

「ああ。まだまだこんなんじゃ足りやしない」

 

「そうか。程々にな」

 

 

 鬼道の忠告を背に俺はあのエリアへと戻る。レベル設定は当然10。クリアは当然、いかに余裕を持って突破出来るかが今日、明日の課題だ。そして明後日には、恐らくイプシロンとの再戦になる。

 首を洗って待っていろイプシロン、デザーム。お前らを倒すのは俺だ。

 

 

 

 ---

 

 

 

 イプシロンとの試合前最後の夜。雷門イレブンは各々の時間を過ごしていた。緊張を紛らわせるために談笑する者、チームを勝利へ導くため戦術を見直す者、ここにいない仲間に思いを馳せる者。そして──

 

 

「オオオラァァッッ!!」

 

 

 現状に満足せず、更に上を目指す者。この修練場に入って初日でレベル10までクリアした柊弥は、あれから何度も同じレベル10を繰り返しクリアした柊弥、その度にクリアまでのタイムは縮まっていき、最終的に30秒弱で突破するに至った。参考までに、最初のタイムは5分である。他のメンバーも全員レベル10まで辿り着いたが、そのクリア回数は柊弥がダントツだろう。

 正気の沙汰とは思えないそんな所業をやり遂げた柊弥は、もはや特訓開始前とは比較にならない領域へと辿り着いていた。全ての仕掛けを流れるように突破し、最後の機械もそのままの勢いで撃ち砕く。最後に至ってはこれまでに蓄積させたダメージもあり、所々から黒煙が上がる。

 

 

(随分とやったな、皆もう切り上げてるかな)

 

 

 汗を拭い、残っていたドリンクを一気に飲み干して外に出る。エレベーターに辿り着くまでに様々な設備があるが、柊弥の予想通り既に誰もいなかった。だが、静かな通路を抜けてエレベーターへ辿り着くと、1人の人影があった。

 

 

「春奈」

 

「柊弥先輩、お疲れ様です」

 

 

 そこにいたのは音無。柊弥の姿を確認して歩み寄ってくる。

 

 

「もう特訓は良いんですか?」

 

「ああ。あまり無理をしすぎても明日に響くからな」

 

「そうですね。さ、戻りましょう?ご飯の時間ですよ」

 

 

 どうやら夕飯の時間だったようだ。これ以上待っても来なかったら恐らく奥の方まで迎えに行っていただろう。

 

 

「明日のイプシロンとの試合、勝てそうですか?」

 

「勝つ。と言いたいところだが、正直断言は出来ない。アイツらは強いからな……」

 

「そうですよね……でも私、信じてます、皆はイプシロンなんかに負けないって」

 

「だな、負けるつもりはない。ここで勝って、今度こそ終わらせるんだ」

 

 

 その言葉を最後に会話は途切れる。が、音無は何やら落ち着かない様子で柊弥の方をちらちら見ている。当の本人はそんなことを他所に明日のイプシロン戦のシミュレーションをしているのだが。

 会話のないままエレベーターは上層へたどり着く。キャラバンが停車している方へ考え事をしながら柊弥は歩き出す。

 

 

「柊弥先輩っ!!」

 

 

 その時、音無が柊弥を呼び止める。急な大声に少し驚いた様子で柊弥は後ろに振り返る。そこには、顔を赤く染めながら真っ直ぐに自分のことを見つめている音無。

 これまで見たことの無いようなようなその表情に、何があったのかと少し心配になる柊弥。

 

 

「私、マネージャーになってから何回も柊弥先輩の凄いところを見てきました!帝国との練習試合と決勝戦、世宇子中との全国決勝、エイリア学園との戦い……どれもカッコよくて、今でも鮮明に思い出せます!」

 

「あ、ああ?」

 

 

 突然のその言葉に柊弥は困惑を隠せない。音無の意図を掴めない柊弥は頭に疑問符を浮かべながらも、真っ直ぐに音無を見る。

 

 

「そして……そんな柊弥先輩の姿に、気付いたら夢中になってました!」

 

「春奈」

 

「明日は大切な試合、今言うべきじゃないってことは分かってます!だけど、何か嫌な予感がするんです。このままじゃ柊弥先輩が何処か遠くへ行ってしまうんじゃないかって、そんな気がして……」

 

「……」

 

「だから、だから言わせてください!!」

 

 

 

 

 

 

 

「私は、柊弥先輩のことが……好き、です」




とうとう想いを伝えた音無ちゃん、これに柊弥はどう答えるか
何で音無ちゃんは柊弥がどこかへ行ってしまうんじゃないかと感じたのか、どこかでネタバラシしたいですね。感想なんかで考察を寄せてくれるとニヤニヤできるのでぜひ。普通の感想でも泣いて喜ぶのでぜひぜひぜひ…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第59話 帝王

短いスパンで更新すると評価や感想が来やすいような気がしますね
出来ることなら週一更新に持っていきたいですが…果たして


「私は、柊弥先輩のことが……好き、です」

 

 

 漸く絞り出したその声は、弱々しく震えていたものの強い意志が込められていた。数日前に言葉にしかけて結局胸の内に留めてしまった弱い自分を払拭するかのように1歩踏み出した音無。顔を真っ赤に染め、心臓が荒ぶりながらも目の前の男、柊弥がどんな言葉を返してくるのかを待つ。

 そして柊弥はというと……沈黙を保っていた。当然、聞こえなかった訳では無い。思いもよらぬその告白に言葉を失ってしまっただけ。

 

 

 直後、柊弥の脳裏に巡るのは音無との記憶。初めて会った時のこと、一緒に必殺シュートを完成させたこと、激動の日々の合間に出かけたこと。そして何より、自分に向けられたあの笑顔のこと。

 その時柊弥が何を思ったのか、本人以外に知る術はない。しばらくの静寂の後、柊弥は自分の想いを言葉にする。

 

 

「──すまない」

 

「ッ……」

 

 

 その短い言葉を聞き、音無は自分の中で何かが崩れたような音を聞いた。ダメだった、私じゃ彼に釣り合わなかった。そんな無念が彼女の中を駆け巡る中、柊弥は更に言葉を紡ぐ。

 

 

()()、その言葉に応えられない」

 

「今は……ですか?」

 

 

 柊弥は静かに頷いて、空を見上げる。

 

 

「今の俺はイプシロン、エイリア学園を倒すことだけしか考えられてない。それで精一杯、って言うべきか。こんな状態じゃ、自分の心とは違う答えを返してしまうかもしれない。それは何より、春奈の為にならないと思うんだ」

 

「私の、為」

 

「だから、もう少し待っていて欲しい」

 

 

 柊弥は音無に近付き、その手を握りしめる。柔らかなその手を壊してしまわぬように優しく、暖かく。手の届かないと思った想い人がそんな至近距離にいることに音無は酷く動揺し、その目を真っ直ぐ見ることが出来ない。

 

 

「無責任な、自分勝手な言葉だって分かっている。だけど言わせてくれ」

 

 

 力強いその声色に顔を上げた時、目に入ったのは強く、真っ直ぐな瞳だった。

 

 

「エイリア学園を倒した時、絶対に真正面から春奈に向き合う。約束だ」

 

 

 嘘偽りのないであろうその言葉に、音無はゆっくりと頷いた。

 

 

 

 ---

 

 

 

 そして、翌日。雷門イレブンにとって運命の日が訪れる。修練場内のグラウンドにて待ち構えていると、突如黒い何かが降ってきて周囲を赤い光で包み込む。その光が収まって視界を取り戻した時、既にそこにイプシロンがいた。

 

 

「イプシロン!」

 

「時は来た。10日もやったのだ、どれだけ強くなったのか見せてもらおう」

 

 

 デザームが大胆不敵に言い放つ。その背後では他のイプシロン達が不敵な笑みを浮かべている。それに対して雷門イレブンは神妙な顔つきで向き合う。10日前、京都でイプシロンと対峙してから今日に至るまで正しく血を吐くような特訓を重ねてきた。全てはこの戦いを終わらせるために。

 直後、デザームは全国のテレビの電波をジャックし宣言する。再びエイリア学園の力を示す、我々に平伏せと。当然、大人しく降伏するような雷門イレブンではない。

 

 

「本人の申し出があり、浦部さんにチームに加入してもらったわ」

 

「よろしくな!」

 

「任しとき!」

 

「けど、今回はベンチでお願いね」

 

「ええ!?折角ダーリンと同じチームでサッカーできる思たのに!」

 

 

 恐らく、という十中八九一之瀬が目的だろうが、浦部が正式に雷門イレブンへと加入した。残念ながら人数は足りているため今回はベンチだが。

 

 

「監督、今回はどのように動けばいいですか?」

 

「まず、吹雪君は守りに入って頂戴。ここでの特訓でレベルアップしたとはいえ、イプシロンの攻撃を凌げるとはまだ分からないわ。攻撃は──」

 

 

 今回は吹雪はDFとしてスタート。その指示に一瞬反応した吹雪に気付いた者はいないだろう。では誰が攻撃を担うのかという疑問が残るが、その答えは全員分かりきっていた。瞳子がその名を呼ぶより早く、視線が1人へ集中する。

 

 

「──加賀美君、任せたわよ」

 

「はい。俺がヤツらから点を奪います。何点だろうと、確実に」

 

「頼むぜ、柊弥!」

 

「サポートは俺達に任せてよ!」

 

 

 期待を一身に背負った柊弥は目をギラつかせながら力強く頷く。間違いなくオーバーワークであろうあのメニューをこなしたのはこの時のため。仲間の想いを背負い、エイリア学園との決着をつけるため。そのビジョンだけが今の柊弥の視界に映っていた。

 

 

「頼んだわよ。この一戦で全てが決まる、そのつもりで戦ってきなさい!良いわね!」

 

 

 それに対して全員が気合いの籠った返事を返してポジションに着く。そんな様子を見ていたイプシロン、ゼルはキャプテンであるデザームにある疑問を投げかける。

 

 

「デザーム様」

 

「何だ?」

 

「どれだけ強くなったのか、とはどういう意味でしょうか」

 

「ふッ、直に分かる」

 

 

 そう濁した答えを返されたゼルだったが、それ以上追求することはなかった。そしてそのままイプシロンもフィールドへ足を踏み入れる。

 両者向き合い、互いに視線で火花を散らす。その中でも一際目立つのはやはり柊弥だった。視線だけに留まらず、全身から闘気が滲み出ているかのようにすら思える。

 確かに、柊弥は人一倍試合に対しての熱は凄まじい。しかしそれを考慮しても異様だと分かる程だ。まるで、この試合に負けたら死んでしまうのではないか、そう感じさせるような様子に違和感を感じ取れたのはこの場において1人だけ。

 

 

(やっぱり変だ、あんな柊弥先輩は見たことない)

 

 

 音無は1人ベンチで思う。自分が感じていた嫌な予感が現実になってしまうのではないか、そんな不安が彼女の心を支配する。

 落ち着かない様子の音無に気付いてか、隣に座っていた木野が声をかける。

 

 

「音無さん?どうしたの?」

 

「いえ、何というか……今の柊弥先輩を見ていると何か嫌な予感がするんです」

 

「そう?凄く頼もしく見えるけど……」

 

 

 その違和感に気付けたのは、音無が人一倍柊弥のことをよく見ていたからだろう。当然、雷門イレブンは互いに大事なチームメイトとして認識しているが、音無が柊弥へ抱く想いはそれを大きく超えるほど。だからこそ、今の柊弥が抱える危うさを感じ取れたのはただ1人だけなのだった。

 

 

「雷門中とエイリア学園ファーストランク、イプシロンの2度目の対決!!雷門中はリベンジを果たせるのでしょうか!?」

 

 

 角間による実況が始まって間もなく、開始のホイッスルが鳴る。キックオフはイプシロンからだ。ゼルからボールを受け取ったマキュアは早速切り込んでいく。その目の前に構えるのは柊弥。自分の行く手を阻む気満々であろう柊弥に対し、マキュアは必殺技での突破を決意する。

 天高くボールと共に飛び、そのままオーバーヘッドキックでボールを放つ。すると、ボールから複数の隕石が柊弥へと降り注ぐ。

 

 

「吹き飛んじゃえ!メテオシャワー!!

 

 

 その威力は並のシュートを凌ぐ程だろう。そんなパワーを秘めた隕石達は容赦なく柊弥へ襲い掛かる。それに対して柊弥は回避する素振りを見せない。

 

 

「加賀美!?」

 

「大丈夫か!おい!!」

 

 

 グラウンドへ隕石が衝突し、爆発と共に黒煙が上がる。それとほぼ同タイミングでマキュアが着地し、前進する。呆気ない、と心の中で吐き捨てたマキュア。しかし、その余裕は次の瞬間に消え失せることになる。

 黒煙を斬り裂いて中から現れたのは光煌めく11本の剣。それは瞬く間にマキュアを包囲し、容赦なく斬り刻む。突如として攻撃を受けたマキュアは思わず膝をつき、ボールは支配から逃れる。緩やかに転がるボールを手に入れたのは、どこからともなく現れた柊弥だった。

 

 

サンダーストーム"V2"

 

「あの剣で自分の身を守ったのか……?」

 

「ボールを奪ったりシュートの威力を削ったり、便利な技だとは思ったけどあんなことも出来るのか!」

 

 

 鬼道の推察は当たっていた。柊弥は一瞬で11本の雷剣を生成し、それで襲い来る隕石、爆風から自分の身を守った。そして巻き上がる土埃を隠れ蓑として利用し、マキュアの不意をついてすんなりとボールを奪って見せた。

 マキュアは思い切り柊弥を睨み付けるが、意に介さずといった様子で柊弥はイプシロンの方へ向き直り、単身切り込む。

 

 

「行かせるか!!」

 

「良い!そのまま通せ!!」

 

 

 当然イプシロンは柊弥を止めにかかる。しかし、背後から飛んできたデザームの声にその動きを止めた。これは試合だ、それにも関わらず相手を止めるな、すなわち自分のところまで通せと指示をしてきたキャプテンに対して全員が疑問を覚えるが、デザームの指示は絶対。柊弥は邪魔されることなくゴール前まで辿り着いた。

 

 

「さあ見せてみろ加賀美 柊弥……貴様の実力を!」

 

「後悔するなよ」

 

 

 デザームの堂々たる態度を前に柊弥は闘気を剥き出しにする。深く呼吸をすると同時に柊弥の全身から凄まじい雷が迸る。それと共に自分の全身を刺すようなその覇気に、デザームだけでなくその場にいた全員が息を呑む。

 直後、柊弥はあらぬ方向へシュートを放つ。ミスキックか?いいや違う。柊弥はそのシュートに追いつき、更にまた違う方向へ蹴る。追いついて蹴る、追いついて蹴る。その工程を繰り返す度、ボールに内包されるエネルギーは乗算式に跳ね上がる。当然そうなればシュートのスピードは上がる。しかしそれに柊弥は表情を崩さぬまま喰らいつく。

 柊弥はタイミングを見計らってボールを思い切り蹴り上げる。と思いきや既にボールと同じ高度まで飛び、重い踵落としを浴びせる。だがそれはまだゴールへと向かわない。ほぼ真下へと打ち出されたそのボールは正しく稲妻のように落ちて行く。

 

 

 そしてボールが地面に衝突するより早く、柊弥は居合の如く構える。

 

 

 

 

 

 

「雷 帝 一 閃」

 

 

 

 

 

 そのシュートは正しく"圧倒的"だった。撃ち出された瞬間に全身が震えるほどの轟音が鳴り響き、放たれた際の余波がベンチにまで広がった。そんな凄まじい威力を1番近くで受けていた柊弥はシュートの行く末を見届けることなく背を向ける。威風堂々たるその様はまるで"帝王"。圧倒的すぎるその力は、その様子を見ていた全員の言葉を奪ってしまった。そしてそれを煽ったデザームはどうなっただろうか。答えは想像に難くない。

 雷帝の放った一閃の前に、守護者は為す術なく斬り捨てられた。

 

 

「……デ、デザーム様」

 

「決まった、のか?」

 

 

 一瞬のうちにゴールネットへ押し込まれ膝を着いたデザームの姿に全員の反応が鈍った。イプシロンにとっては絶対的なキャプテン。雷門イレブンにとっては圧倒的な敵。そんなデザームがボールごとゴールへ押し込まれたその事実を認識出来たのは、それから数秒後のことだった。

 

 

「ゴ、ゴォォォォル!!雷門中加賀美!試合開始早々、あのデザームから一瞬で点を奪ってしまったァァァ!!あまりの凄まじさに小生反応が遅れてしまいました!」

 

「か、加賀美ぃぃぃ!!」

 

「すげぇ……何だあのシュート」

 

「馬鹿な……そんなことが……!?」

 

 

 雷門は歓喜し、反対にイプシロンは驚愕する。ワイワイと騒がしく囲まれる柊弥だが、その表情は先程と同じく、いや少しだけ険しくなる。

 

 

「まだ開始数分だ。油断するな、皆」

 

「あ、ああ」

 

「そうだな……追いつかれたら意味が無いからな」

 

 

 淡々とそう告げる柊弥に全員騒ぐのをやめ、再び気合いを入れ直す。柊弥が言ったことは紛れもない事実。ここで油断してしまってはイプシロンのカウンターに為す術なく打ち砕かれるだろう。だがそれと同じく、デザーム、イプシロンから先制したことに喜んでいいのもまた本当のこと。

 しかし柊弥には喜べない理由があった。1つ目は、自分で言ったようにここで油断しては元も子もないこと。そして2つ目は──

 

 

「──ッ」

 

 

 柊弥の右脚に走る痛みだ。柊弥の新たな必殺シュート、雷帝一閃は間違いなく最強クラスのシュートだ。しかし、そこにはある問題があった。それは、威力を重視するあまり反動が凄まじいこと。このシュートは何度もボールにエネルギーを流し、乗算式に威力を増していくという荒業の極みのようなもの。全力のライトニングブラスターのように放った後にエネルギー切れで倒れもせず、ライトニングブラスターの強さ、轟一閃の速さを追い求めた結果がこれだ。

 そうすると柊弥の身体、特に右脚に莫大な負担がかかるのは必然。それもかなりの。それがもしチームメイトにバレたらどうなるだろうか。つい先日、凄まじい威力を誇る代わりに使用者の身体を破壊する必殺技の前例があった以上、何が何でも止められるだろう。だが、イプシロンに勝つにはこのシュートが必要不可欠であることもまた事実。それゆえに柊弥は平静を保つ。仲間に心配されぬよう、この試合に勝てるよう。

 

 

「ちッ、調子に乗るな!」

 

 

 再びキックオフ。ゼルがドリブルで上がっていくところを柊弥が止めに入るが、脚の痛みが邪魔をして突破を許す。その後ろで鬼道が指示を飛ばし後衛組がボールを奪いにいくが、鋭いパス回しと強力な必殺技であっという間に雷門ゴール前へと侵入する。

 

 

「これで同点だ……ガニメデプロトンッ!!

 

 

 一気に仕掛けたゼル。両手にエネルギーを溜め、浮かせたボールに対してレーザー状にして解き放つ。

 紫色の閃光を描きながらゴールへ迫るシュート。それに対して円堂は真正面から構える。

 

 

「止めるッ!!マジン・ザ・ハンドッ!!

 

 

 心臓に手を当て黄金の気を増幅させる。すると背後に強大な魔神が現れ、雄叫びをあげる。円堂が右手を突き出すと魔神もそれに呼応してシュートを抑えにかかる。以前は失点を許したこのシュートだが、今回はしっかりと止めきってみせた。それを見たイプシロンの表情が更に曇る。試合は完全に雷門のペースだ。

 

 

「いけぇ!どんどん攻めるんだ!!」

 

「任せろ!」

 

 

 円堂がボールを前へ送る。イプシロンはそれを奪って再び攻撃を仕掛けようとするが、そこに一陣の風が吹き抜ける。ボールに向かって駆けたメトロンとマキュアを悠々と追い越したのは風丸。2人より風丸が圧倒的に早かった訳では無い。しかし、風丸の思いが背中を押す風となった。

 

 

(強くなったのは加賀美や円堂だけじゃない!俺達皆が強くなってるんだ!)

 

疾風ダッシュ"改"!

 

 

 風丸はそこから更に加速、その身を疾風へと変える。行く手を塞ぐファドラとモールを突破し視界が開けると、すぐさまパスコースを探す。

 まず風丸が狙ったのは柊弥へのパス。しかし二重のマークがついており、それを振り払うのは困難を極めそうだ。現に柊弥は突破を試みるが上手く動けていない。

 だが風丸の視線に気付いた柊弥はアイコンタクトを送り返す。その意図を察した風丸は照準を柊弥から一之瀬に変える。

 

 

「一之瀬!」

 

「おう!」

 

 

 パスを受け取った一之瀬はゴールへ向かう。そして背後には鬼道が。柊弥をマークし、風丸を抑えようとしていたせいでこの2人を止めることが出来ないイプシロンの後陣。

 そのチャンスを2人は逃さない。ヒールパスで鬼道にボールを預けた一之瀬はそのまま跳ぶ。それを受け取った鬼道は一之瀬の真下につき、そのままボールを蹴り上げる。すると上空の一之瀬がボールをヘディングで叩き落とす。その落ちてきたボールに対して鬼道は思い切り蹴り込む。

 

 

「「ツインブースト!!」」

 

 

 勢いよく放たれたシュートは真っ直ぐにデザームの待つゴールへと向かう。それに対してデザームは余裕綽々のまま片腕を突き出す。掌に触れた瞬間完全に威力を殺されるが、デザームはあることに気が付く。脚で触れているグラウンドが少々抉れていたのだ。以前なら間違いなく少しでも押されることはなかった。だからこそ、その事実は雷門イレブン全体が確実に強くなっていることを思い知らせる。

 

 

「ヤツら、全員強くなっている!」

 

「まさか……デザーム様が10日の猶予を与えたのはヤツらが強くなるのを待つため!?」

 

「……最高だ」

 

 

 デザームのそう呟きボールを送り出す。ここから試合は拮抗状態へと縺れ込む。円堂が止めればデザームも止める。撃っては止め、止めては撃つ。そんな試合展開が続く。当然そうなれば互いに疲労が見え始める。

 そんな中、柊弥は虎視眈々とチャンスを狙う。脚のダメージが回復することは無いが、一時的に痛みが引くことは充分に有り得る。そのタイミングが柊弥の狙い目だった。少しでも痛みを感じながら雷帝一閃は制御出来なくなり、ゴールを貫くその破壊力は自分へと牙を剥く。それが分かっているからこそ柊弥は待つ。確実に一点をものにするために。

 

 

 そして、全員の思いもよらぬタイミングで試合は動く。

 

 

「いつまで守ってんだよォッ!!」

 

「吹雪!?」

 

 

 そう、吹雪の暴走だ。いつまでも試合が動かないこと、それに加え、攻撃ではなく守備へ参加させられたストレスが吹雪の導火線に火をつけてしまった。

 しかし吹雪もかなり鍛えられているようで、柊弥や風丸クラスのスピードでイプシロンゴールへと切り込んでいく。途中襲い掛かる守備も難なく突破し、あっという間にゴール前へ。それを見たケンビル、タイタンが止めに行くが──

 

 

「撃たせろ!コイツも見ておきたい」

 

 

 それは失点のリスクに真っ向から対峙することを意味する。開始早々に1点を奪われているイプシロンに余裕は無いはずだが、それがデザームの意向ならば従う以外の選択肢はない。

 その余裕に更に腹を立てた吹雪は飢えた狼のようにデザームの喉元へ喰らいつく。凄まじいスピードのままシュート体制に入る

 

 

「俺は、俺は完璧じゃなきゃ意味がねぇんだ!!」

 

 

 ボールを両脚で挟みそのまま思い切り回転させる。するとボールが巻き起こした風に乗ってブリザードが吹き荒れる。凄まじい量のエネルギーがボールへ集中していき、ボールだけでなく周囲の空間すらも凍てつく。

 そして目をギラつかせたまま吹雪は再び跳躍、数度の回転で勢いを乗せて思い切り蹴りを叩き込む。

 

 

エターナルブリザード……いけェェェッ!!」

 

「あの時は遠距離から撃ってあれほどのパワー。この距離から撃てば一体どれほどのものか……!」

 

 

 対するデザームは両腕に緑のエネルギーを滾らせ、身体の中心で交差させる。エターナルブリザードがテリトリー内に侵入した瞬間、両腕を開くことで異空間を展開する。

 

 

ワームホールッ!!

 

 

 その時、文字通り空間に穴が空く。その中に誘われたボールは一瞬姿を消すが、直ぐに全員の目の前に戻ってくる。ゴールネットを揺らす姿ではなく、上から地面に突き刺さる姿で。

 

 

「なッ」

 

「全力のエターナルブリザードを……止めた!?」

 

 

 先程柊弥が見せたシュートは凄まじかった。だが、それに引けを取らない程に吹雪のエターナルブリザードも成長していた。それにも関わらず、デザームは余裕を残しながらそれを止めてみせた。その事実は雷門を、吹雪を戦慄させる。

 

 

「素晴らしい……もっと、もっと私を楽しませろ!!」

 

 

 愉快だと言わんばかりにデザームを大きく笑う。そう、先程ゼルが疑ったようにこれこそデザームが10日の猶予を雷門イレブンに与えた理由。デザームは血湧き肉躍るような試合を欲していた。そこに現れたのがジェミニストームを破った雷門イレブンだった。漫遊寺の試合にて高いポテンシャルを見せた柊弥と吹雪の2人、もし自分達も使っていた設備で特訓をしたらどれほど自分に匹敵するのだろうか。そんな期待がデザームを動かした。

 そしてその期待以上の成果をこの2人は見せてきた。これを喜ばずに何を喜ぶというのだろう。そんな感情がデザームを高揚させる。

 

 

 そこから試合は再び膠着する。絶えず攻防が入れ替わり、ただ時間だけが過ぎていく。先程と違うのは吹雪も攻撃に参加するようになったこと。瞳子の指示とは乖離しているが、リードを広げたいのと円堂がシュートを全て止めていることから鬼道がそれを修正することはなかった。

 

 

「今度こそ決める!ガニメデプロトンッ!!

 

「させるか!マジン・ザ・ハンドォ!

 

 

 もう何度目かも分からないゼルのシュート。しかしその全てを円堂は完璧にセーブする。更に、今回のキャッチは今までのどれよりも好感触だった。直後円堂の脳裏に浮かぶのは進化の兆し。鉄壁を誇る今の状態から更に強くなれる、そんな確信が円堂にはあった。

 

 

 そして前半終了直前、再び柊弥が動く。実の所、痛みは既に引いていた。しかしそれでも柊弥は待っていた。更なる回復を待つことで、少々強引にでもマークを剥がすことが可能になる。それに加え、前半終了が迫りDFの警戒が緩くなることに賭けたのだ。

 その賭けに柊弥は勝った。ほんの僅かに自身をマークする2人が油断した一瞬を狙い、柊弥は跳ぶ。その時ボールをキープしていたのは鬼道。すぐさま意図を察して柊弥へボールを送る。

 

 

「来るか!加賀美 柊弥!!」

 

 

 ボールを受け取った柊弥は空中でシュートを放つ。当然それだけでは終わらず、空中での加速でその行き先へ先回りする。それを何度も繰り返す内に段々とボールの位置は高くなる。先程のように地上で何度も溜め、放つ直前に蹴り上げる形なら捨て身でそれを阻止することも出来た。しかし、それを空中で行われてはどうしようもない。跳ぼうものなら空間に満ちる雷にその身を焼かれるのがオチである。

 誰も邪魔できない、手が届かない。まさにそれは帝王による絶対王政。絶対的なその力を前に誰もが息を呑むことしかできない。

 

 

「轟け、雷帝一閃

 

 

 そして最高点に達した柊弥はボールを下に落とすことなくそのままゴールに向かってシュートを解き放つ。本来の形とは違う、だがそれでも十分すぎる威力を誇っていた。

 迎え撃つデザームは先程のように為す術なくゴールに押し込まれるだけではない。吹雪のエターナルブリザードを止めた時同様、ワームホールを展開する。

 

 

「さァ来いッ!!ワァァムホォォルッ!!

 

 

 空間の穴に吸い込まれていく稲妻。時間にしてほんの数秒の静寂が訪れる。まさか、あのシュートですらデザームは止めるのか。そんな思考が雷門イレブンに過った。その瞬間だった。

 突如として空間が()()()。そして凄まじい勢いで雷がその空間から迸る。あまりの威力にデザームはボールの落下地点を調整することに失敗していたのだ。ペナルティエリアの更に外くらいの場所に現れた雷帝の一撃。それは容赦なくゴールへと襲い掛かる。

 

 

むゥゥゥんっ!!

 

 

 己の必殺技を破られたにも関わらず、デザームはまだ笑みを崩していなかった。幸いにも少し距離が離れたところにシュートは出現した。それならば、パンチングを構える余裕くらいは生まれる。

 迫る一撃に対してデザームは思い切り拳を叩き込む。シュートから溢れる雷が己の全身を焦がしているにも関わらず、全身全霊のパワーでそれを迎え撃つ。

 

 

 そしてなんと……柊弥の渾身のシュートはデザームの拳によって軌道が変わり、ゴールポストへ直撃する。勢いは殆ど死んでいないにも関わらず、デザームの天才的なパワーコントロールでコースをズラされたのだ。本来ならポストでボールが弾かれるはずだが、なんとそのボールは何とそのまま弾け飛んでしまう。それは如何にシュートの威力が凄まじかったかを示すと同時に、それを何とかしてしまうデザームの力を誇示していた。

 そして、ボールが破裂すると同時に前半終了のホイッスルが鳴る。

 

 

(比喩ではない、拳が痺れている!何せボールが破裂するほどの威力だ。だがこれでも最初の一撃よりは軽かった!!撃ち方を変えたからか、或いは──)

 

 

 デザームは痙攣する自身の手を見て思う。一番最初のシュートより威力が弱まっていたのは、妨害を阻止するため空中で一連の動作を行ったからなのか、はたまた別の要因があったのか。それを問い掛けるように柊弥に視線を向けるが、柊弥は既に身を翻して自陣へと戻っていた。

 

 

「皆お疲れ様!!」

 

「あのイプシロンに優勢、特訓の成果ね」

 

 

 ベンチに戻ってきた選手達にタオルとドリンクを渡すマネージャー達。疲れ果てたといった様子で一部地面に座り込み、喉を潤す。

 

 

「まさか1点リードのまま前半を終われるなんてな」

 

「そうだね。加賀美のシュート……凄まじかった」

 

「あのシュートがあれば怖いもの無しっス!」

 

「バッカお前、最後は止められちまっただろ?」

 

 

 話題は柊弥に移るが、当の本人が何処にも見当たらない。その事を不思議に思った雷門イレブンだったが、木野がトイレに行くと言っていたと話す。

 そして前半について、瞳子が吹雪に対して攻撃を意識し過ぎだと忠告する。表面では分かりましたと返す吹雪だったが、内心は穏やかではなかった。まだ後ろに置かれていること、先程デザームにシュートを止められていたこと。そして何より──

 

 

(加賀美君、君のシュートは──俺より、俺より遥かに強えってのか!?)

 

 

 

 ---

 

 

 

「───ぐッ」

 

(クソッ、前半で2本は少し無茶だったか?)

 

 

 人影のない通路にて柊弥は壁に寄りかかっていた。熱を帯びた身体に冷たい壁が心地よく感じるが、それでも右脚に走る痛みは凄まじいものだった。

 痛みに耐えながら前半の反省を1人で行う柊弥。最後の最後にデザームに止められたのは本人にとっても予想外で、リードを確保するために後半も撃たなければならないのは主に身体的な意味でかなりの痛手だった。

 だが、柊弥の目はまだ死んでいない。それどころか、より一層鋭さを増す。

 

 

「例え右脚が壊れようが……俺は皆の為に戦う」

 

 

 そう呟いて柊弥はベンチへと戻って行く。このことを知られてはならない、こんなところで止まってはいけない。そんな決意の籠った呟きだった。誰にも聞かれてはいけない、そのはずだった。

 

 

「柊弥、先輩?」

 

 

 しかし、その言葉は……本人を誰より心配するであろう人物に聞かれていた。




雷帝一閃 風属性 TP100(+GP100)
柊弥が試行錯誤の末辿り着いたシュート。エネルギーをシュートに加えるのではなくぶつけることで凄まじい破壊力を誇る。その一撃が滅ぼすのは敵だけでは無い。


という訳で、鬼道もドン引きするような特訓の末に覚醒した柊弥の大立ち回りでした。使用者のみを滅ぼすと言われた皇帝ペンギンのリミットは3回。さて、このシュートは何回撃てるんでしょうね


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第60話 鮮血が舞う

少し期間が空きましたが更新です
新必殺技をお披露目した柊弥、後半はどう立ち回るのか
それと前回も感想などなどありがとうございます、お陰様で頑張れてますのでこれからもよろしくお願いします(全力媚び作者)


(クソッ、未だに脚が痛む。これじゃ雷帝一閃に持ち込んでも威力が出ない)

 

 

 限界を訴える脚を気にしながらポジションに着く柊弥。打倒エイリア学園の為に開発した新必殺技、雷帝一閃はその絶大な威力の代わりにその脚に甚大なダメージを与えた。一発だけでもかなりの負担になっていたにも関わらず、それを二発も撃てば本来動けなくなってもおかしくない。

 だが、それでも柊弥は折れない。背負った想いが、責務がそれを許しはしない。

 

 

『例え右脚が壊れようが……俺は皆の為に戦う』

 

「柊弥先輩……」

 

「音無さん、加賀美君が心配?」

 

「はい、何と言うか……危なっかしさ?を感じて」

 

 

 ベンチにて音無の呟きを拾った木野は問いを投げかける。その心配の理由は先程聞いてしまった柊弥の独り言だ。トイレに向かった帰りに聞いてしまったその呟きには不退転の決意が込められていた。しかし、同時にそれは柊弥が抱える爆弾の一端を感じ取らせてしまったのだ。前半開始前に感じた違和感のこともあり、その不安は頂点へと達する。

 

 

(右脚が壊れてもって、怪我をしているってこと?じゃあ止めなきゃ?でもこの試合に勝つにはきっと柊弥先輩の力が必要不可欠。それに先輩本人もきっと試合から降りない。それなら……)

 

 

 音無は一人願う。

 

 

(神様、どうか先輩を守ってください……)

 

 

 視線の先では既にボールが動き始めていた。鬼道のキックオフで送り出されたボールを受け取った柊弥は早速切り込む。

 

 

「行かせるか!」

 

「さっきはよくもコケにしてくれたわね!マキュアお前嫌い!」

 

 

 最前線のゼルとマキュアが柊弥を止めるべく動く。それを見た柊弥はヒールでボールを真上に上げて飛ぶ。前のめりになった上半身で一瞬ボールが隠れたせいですぐにそれを理解出来なかった2人は一瞬反応が遅れ、すぐさまボールと柊弥を追うも時すでに遅し。強烈な横回転を掛けながら下にボールを送り出して柊弥はすぐさま着地する。当然ボールが相手から離れているのだから、イプシロンとしてはそれを逃す理由はない。クリプトがボールを確保しに走るが、掛けられた回転がそれを許さない。暫くその場で回り続けた後に飛び跳ねるようにしてクリプトから離れたボールはいつの間にか柊弥が再び手に入れる。

 

 

(加賀美のやつ、いつの間にかあんなテクニカルな技術まで)

 

 

 それを見ていた鬼道が柊弥に感嘆の念を覚える。今見せた空中からのひとりワンツーに必要な技量は相当のもの。元々テクニックではなくスピードよりの選手だった加賀美がそんなことをしたのだからその驚きは何らおかしくない。恐らく同じこと……正確にはそれより少し劣ることが出来るのは鬼道と一之瀬くらいのものだろう。

 

 

 そのままワンマンプレーで全員を抜き去った柊弥は三度デザームと対峙する。しかし、先程自分で感じたように雷帝一閃は使えない。かといってこのシュートチャンスを逃す手はない。

 ならばどうするか?その答えを柊弥は既に導き出していた。

 

 

(雷帝一閃は使えない。だが轟一閃なら特にダメージが蓄積することも無く撃てる)

 

 

 意を決して柊弥はボールを踏み抜く。これまでよりも数段強烈な回転を帯びたボールが放電と共に宙へ浮く。その回転の加速は止まらない。すると周囲の空気を巻き込み纏う雷は更に暴れ出し、更に加速する。そのループの果てにボールが秘めるエネルギーは臨界点へと達する。

 それを確認して柊弥は鋭い蹴りを叩き込む。まるで抜刀術のような静かで、それでいて力強い一撃だった。一太刀の元に斬り捨てられたボールはエネルギーを爆発させ、その絶大な威力を維持しながらゴールへと襲い掛かる。

 

 

"真"轟一閃

 

 

 柊弥の代名詞、轟一閃は更に上のステージへと昇華した。真の名に全く恥じないそのシュートは、残念ながら雷帝一閃には及ばない。だとしても、並のキーパーから点を奪うことは容易だ。

 

 

(先程のシュート程では無いが凄まじい威力だ!あの技を使うか?いや、あれはまだ切るべきでは無い)

 

 

 デザームは心の内で一瞬迷ってしまった。切り札とも呼べる必殺技を解禁するか否か。だがそれを見せてしまえばそれ以上がないと言ってしまうようなもの。この闘争を楽しみたいといえ、己に課せられた至上命題はまた別。もし負けることがあればそれこそ終わりだ。

 その事実がデザームの選択肢を絞った。大きな円を描きながら腕を回し、胸の前で交差させる。そして待つ、あの雷が己のテリトリーに踏み入るまで。

 

 

「ここだ!ワームホールッ!!

 

 

 荒れ狂う雷のようなシュートが自分の射程圏内へと踏み入ったその瞬間、異次元へと通じる穴を開ける。重力が滅茶苦茶にねじ曲げられたらその空間の中で轟一閃の威力は段々と削がれていく。

 だが完全に抑えることは出来なかった。再び次元の穴が開くと、まだ生きているシュートがデザームへと襲い掛かる。しかし、それは充分に抑えきれてしまう範疇。デザームは両手でガッチリと受け止める。

 

 

「素晴らしい……もっと撃ってこい!」

 

「望み通り何度でも撃ってやるよ」

 

 

 だがその挑発とは裏腹にデザームはボールを前へと送り出した。現在は雷門側がリードしている。先程も脳裏に過ったように自分達に敗北は許されない。柊弥のシュートを味わうためにはまず同点、そこから点数有利を取らなければいけないことを理解しての行動だった。

 だが、その狙いとは裏腹にボールがイプシロンに渡ることは無かった。

 

 

「点を取る、僕が、俺が……」

 

 

 小さな声でボソボソと何かを呟いた、次の瞬間。

 

 

「点を、取るんだァァァァァァァッッッ!!」

 

「よせ吹雪!戻れ!」

 

 

 獣のような咆哮と共に吹雪は一気に加速する。フィールドの真ん中辺りからまるで風のように駆ける吹雪。その過程で邪魔をする者は全員力尽くで押し退ける。暴走機関車と例えて差し支えないほどの立ち回りに全員危機感を覚えるが、それと同時に期待も抱く。今の吹雪ならもしかしたら追加点が取れるのではないか、そんな思いが頭を過った。

 

 

「来るか、いいだろう!」

 

「その余裕、ぶっ壊してやるよォォォ!!」

 

 

 ディフェンスの最終ラインすらも突破した吹雪、そのままの勢いでシュート体制に入る。両脚で挟み込んだボールに回転を掛けると、凄まじい勢いでブリザードが巻き起こる。冷たく、肌を突き刺すような冷気。あまりの強さに少し離れたところにいる柊弥も腕で顔を守る。そして同時に感じ取った。今から放たれるシュートは先程の轟一閃に劣らない威力を秘めていることを。

 

 

エターナルブリザード"V2"!!ぶっ飛べェェェェェ!!

 

「すげぇ!さっきより進化してるぞ!」

 

 

 直後、ブリザードが荒れ狂う。天災の如き威力のシュートは容赦なくゴールへと襲い掛かる。それを見たデザームは口元を笑みで歪める。先程と同じように構え、同じように迎え撃つ。

 

 

ワームホォォォル!!

 

 

 再び出現した次元の穴にエターナルブリザードは吸い込まれる。そしてまるでリプレイのように威力が死んでいないボールが異次元を貫いてデザームへと突き刺さる。

 だがそのボールはやはりというべきか、デザームの手中に収まりきっていた。

 

 

「クソがァッ……!」

 

「この局面で進化するとは、貴様も面白い!だが私からゴールを奪いたければ……これくらいはやってみせろ!!」

 

 

 そう言い放ってデザームは思い切りボールを蹴り飛ばす。その着地点にはゼル、マキュア、メトロン。そして本来そこを守るべきは……吹雪だった。

 それに気付いた時にはもう遅い。風丸、壁山、土門がその穴を埋めに走るが間に合わなかった。そこを突いてイプシロンはとうとう雷門ゴールへと辿り着く。

 

 

「ガイアブレイクだ!戦術時間2.7秒!」

 

『了解!!』

 

 

 デザームの指示を聞いて待ってたと言わんばかりに加速する3人。ボールを背に気を高めると3人のエネルギーが互いにぶつかり合って増幅し、地面を割る。光の柱と共に浮いたボールが鎧のようにそれらを纏い、岩塊と化したボールを3人が同時に蹴り放つ。

 

 

ガイアブレイクッ!!

 

 

 正しくそれは大地の一撃。岩の鎧から解き放たれたシュートは凄まじく、強大な力を帯びていた。

 音を立てながら迫るそのシュート、対する円堂は並々ならぬ圧力を感じていた。

 

 

(すごいシュートだ!止められるか?いや───)

 

 

 だがそれでも、彼は逃げない。

 

 

「おおおおおおッ!!マジン・ザ・ハンドォ!!

 

 

 心臓から右手へ、右手から全身へ。漲らせた神々しいエネルギーは円堂の全身から金色の魔神となって現れる。咆哮を上げながらその威厳を誇示する魔神は、主人の意志に従い迫り来る脅威を迎え撃つ。

 しかしあの3人が放つガイアブレイクは、イプシロンが誇る強き矛。円堂のマジン・ザ・ハンドは確かに強力だ、そのうえ使用者である円堂自身ももはや国内において最高峰と言って差し支えないキーパー。

 それでも、偉大な大地の力を得たこのシュートは抑えきれなかった。

 

 

「ぐ……うわッ!!」

 

 

 円堂の魔神は掻き消され、ゴールネットは突き破られそうな程に揺らされている。無情にも得点を告げるホイッスルが鳴り響き、円堂は悔しさを拳に込めて叩き付ける。

 得点は互いに1点、同点である。

 

 

「円堂!大丈夫か!」

 

「ああ……すまん、止められなかった」

 

「仕方ねえよ、あんなとんでもないシュートを隠し持ってるなんてな」

 

 

 鬼道や土門がすぐさま駆け寄り円堂に肩を貸す。口では気にするな、と言いつつも全員危機感を覚えずにはいられなかった。特訓を経て凄まじいほどのパワーアップをしたにも関わらず点を奪われてしまったのだから無理はない。しかも前半終了直前、柊弥の新必殺技は止められ、吹雪のシュートも通用しなかった。

 しかし、それとは裏腹に柊弥の闘志はさらに練り上がる。点を取られたのならまた取り返せばいい、勝つにはそれしかないのだからと。

 

 

「加賀美、いけるか?」

 

「今はまだ待ってくれ。その時が来たら……俺が必ず点を奪う」

 

 

 その問いに対して柊弥が返したのは今ではないという答え。その真意を悟ることは出来なかったが、現状唯一の打開策は柊弥の雷帝一閃。それ故に鬼道は首を縦に振るしかなかった。

 短く会話を終えて2人揃ってポジションに戻る。間もなくしてホイッスルが鳴り、柊弥は鬼道へボールを渡す。その時だった。

 

 

「おおおおおおおおッ!!!」

 

「なッ!吹雪!?」

 

 

 2人の間に吹雪が割り込む。そのままの勢いでイプシロンのゴールへと向かっていく。鬼道や他のメンバーが声を掛けるも聞こえていないようで、イノシシの如く敵陣を走り抜ける。

 そこで鬼道の脳裏に浮かび上がったのは先程の光景。吹雪の独断で生まれた穴を突かれたカウンターだ。

 刹那、鬼道は声を張る。

 

 

「加賀美!吹雪のポジションに入ってくれ!」

 

「分かった」

 

 

 鬼道が降したのは柊弥と吹雪のポジションを入れ替えるというもの。瞳子からの指示でのポジションだったが、それすらも無視している以上こっちが合わせるしかない。

 

 

「面白い!!」

 

 

 デザームのその大胆不敵な立ち姿に吹雪は更に激昂する。もはや目の前のゴールしか見えていない吹雪は再びエターナルブリザードの構えに入る。

 同時に吹雪が発したのは血を吐くような咆哮。それに共鳴するかのように豪雪が唸りを上げる。先程のシュートよりも更に強くなっていることは容易に分かった。

 

 

エターナルブリザード"V2"ッッッ!!

 

 

 ボールを蹴り砕く勢いで放たれた一撃は絶対零度の冷気と共にゴールへと襲い掛かる。シュートが風を切る音は猛獣の叫び声のようだった。しかしデザームはその笑みを崩さない。

 

 

ワームホール!

 

 

 再びワームホールで迎え撃つデザーム。先程よりも押されているように見えたが、やはりその守りを崩すには至らない。デザームの腕の中にボールは納められる。

 

 

「クッソォ……ッ!!」

 

「ふん、まだ足りんようだ──なッ!!」

 

 

 歯軋りする吹雪を横目にボールを送り出すデザーム。それを受け取ったのはゼル。その後ろからマキュア、メトロンも走ってくる。イプシロン側の狙いを雷門陣営はすぐに察しただろう。そう、ガイアブレイクだ。

 だが先程とは違う点が1つある。守備に参加した柊弥だ。迫り来る3人に対して柊弥は指を鳴らす。

 

 

サンダーストーム"V2"

 

 

 柊弥の背後に出現する11本の剣。バラバラの軌道を描きながら前方へと飛んでいく。雷風の如く襲い掛かるその斬撃にメトロン、マキュアは斬り刻まれる。

 2人が欠けたことによりガイアブレイクの発動条件は満たせない。ならばとゼルが単身シュートを撃つために走る。

 だがその前に立ちはだかるのは土門。腹を括った土門は右足にエネルギーを溜めて飛び上がる。

 

 

「やらせるか!!」

 

 

 そのまま右足を振り抜くと斬撃が放たれる。その斬撃が地面を刻むとそこからマグマのようにエネルギー波が壁を作る。それに行く手を阻まれたゼルはボールを逃してしまう。

 これこそ土門が特訓の果てに編み出した新必殺技。ジェミニストームの襲撃にて怪我をしてしまった親友に学んだものだ。

 

 

「凄いっす土門さん!!」

 

「まるで地面から噴き出すマグマ……さしずめ、ボルケイノカットと言ったところでしょうか」

 

 

 土門からボールは柊弥に渡る。一瞬柊弥は攻めるべきか守るべきか選択を迷ったが、鬼道の頷きで腹を決める。

 直後加速する柊弥。選んだのは攻めだった。しかし柊弥はまだ決めるつもりはなかった。来るべきに確実に決めるためにデザームを削る、それが柊弥の選択だ。

 

 

「おい!俺によこせ!」

 

「少し頭を冷やせ。今のお前じゃデザームから点を奪えない」

 

「んだとォ……!」

 

 

 柊弥の横に張り付くようにしてボールを要求する吹雪。だが柊弥はそれに一切取り合わない。

 その時だった。なんと吹雪は柊弥にタックルを仕掛けた。それにより柊弥はグラりと体勢を崩すが倒れない。

 

 

「そこまで言うなら良い、お前が撃て」

 

「言われなくてもやってやらァ!」

 

 

 それに対して柊弥は怒ることも無く、ただボールを渡した。味方である吹雪に潰されるリスクを負うくらいならいっその事委ねた方が良いと判断しての行動だ。

 そのまま吹雪はエターナルブリザードを放つ。そして同じように止められる。先程と異なる点を上げるならばまたシュートの威力が上がっていたことか。

 

 

 そこから試合は膠着状態に陥る。吹雪が撃ち、止められ、逆に攻め込まれたら雷門のDF陣がそれを阻止する。これの繰り返しだった。

 だがその中で明確に何かが変わっていく。

 

 

旋風陣ッ!!

 

「木暮!!やっと成功したな!!」

 

 

 木暮がずっと特訓してきたあの必殺技を完成させ──

 

 

「なるほど、私にも分かってきました。デザーム様の言葉の意味が」

 

「フハハハ!!そうだ、魂と魂のぶつかり合い。これこそが私の求めていたものだ!」

 

 

 試合の中で成長していくそんな雷門イレブンを見てデザームが、それに感化されたイプシロンのメンバー達が高揚感を覚える。

 そして、その様子を見て心を躍らせるのはイプシロンだけでは無い。

 

 

「皆すげぇぜ!俺も負けてられないな!」

 

 

 雷門陣地の1番後ろで円堂は笑う。自身の頬を叩き、自分もやってやろうと気合いを入れ直す。そしてそれが試される時は案外すぐに訪れた。

 ゼル、メトロン、マキュア。ガイアブレイク撃てる3人はこれまでの攻防の中で確信した。雷門のディフェンスラインに踏み入ってはシュート前に阻止される可能性は高い。ならば、その前から撃ってしまえば問題は無いと。それでもあのキーパーを破る威力がガイアブレイクにはあると。

 

 

ガイアブレイクッ!!

 

 

 そして放たれた一撃。圧倒的な大地の力がゴールを守る円堂へと襲い掛かる。

 先程ゴールを破られた円堂だったが、その顔は笑っていた。

 

 

(止めろ守、それさえ何とかしてくれれば、後は俺が……)

 

「円堂ォ!!」

 

「へへっ、任せろ!」

 

 

 円堂はこれまでとは違う形で構える。その時、心臓に満ちたエネルギーが円堂の身体の周りでうずまき始め、凄まじい勢いでそのパワーは増幅していく。

 円堂の右手が光り輝き、それを高く掲げる。するとこれまで見せた中で最も強大な力を感じさせる魔神が姿を現す。次々と進化していく仲間達に負けじと1つ上のステージへと登ってみせた。

 

 

マジン・ザ・ハンド"改"ッ!!

 

 

 真正面からぶつかり合い大地の一撃と魔神。以前ならば間違いなく円堂が押し負けていただろう。だが進化した魔神はそのシュートをものともしない。後ろに押し込まれることなくシュートを殺した円堂はボールを手中に収める。

 

 

「ほう、ガイアブレイクを止めるか」

 

「やったな円堂!!」

 

「おう!!後は頼むぜ……柊弥ッ!!」

 

 

 この時点で既に後半終了はすぐそこだった。このまま行けば引き分けでこの試合は終わるだろう。

 しかし、それをこの男が許すはずもない。

 

 

「任せろ」

 

 

 円堂から送られたロングパス。それを受け取ったのは柊弥。

 そのまま雷光の如く攻める柊弥を止めようと試みるイプシロンだが、誰一人その行く手を阻めない。

 そして遂に、柊弥とデザームが向き合う。

 

 

「来い!加賀美 柊弥!!貴様の全力、この私が止めて見せよう!!」

 

「……」

 

 

 デザームのその宣言に対して柊弥は何も返さない。ただ静かに、真っ直ぐデザームを見据える。

 この試合の中で常に平静を保ってきた柊弥。しかし、直後柊弥の顔に戦鬼が宿る。

 

 

「終わりだァァァァッッ!!デザァァァァァムゥゥゥッ!!」

 

 

 その時が来た、と言わんばかりに柊弥は感情を爆発させる。正しく血を吐くような咆哮だった。それと同時に柊弥の全身から迸るのは()()の雷。その様はまるで弾ける血のようだった。柊弥がこれまで見せてきた雄々しき雷とは真反対、暴力の象徴のような禍々しさを撒き散らす。

 力を漲らせた柊弥は弾丸のようなシュートを放つ。その時点で十分すぎる威力を誇っているにも関わらず、何度も自らのシュートに追い付いては蹴る。

 増幅したエネルギーは今にも暴発しかねないほど。そんな暴れ馬のようなボールを無理やり支配下に置いている以上、当然莫大な負荷が掛かる。 だがそれでも、柊弥が止まることは無い。

 そして柊弥はボールを蹴り上げる。凶星が空高く煌めく。それは柊弥によって地へと堕とされる。ほぼ同時に地面に降り立った柊弥は真っ直ぐに脚を振り抜いた。

 

 

雷帝一閃ッ!!

 

 

 三度雷帝の一撃が轟く……かと思われた。ボールは柊弥の脚から離れていない。あまりに膨大すぎたエネルギーを柊弥は送り出すことが出来ていなかったのだ。

 鬼気迫る表情で柊弥は更に力を込める。

 

 

「がッ」

 

 

 その時、身体の内側から嫌な音がしたのを柊弥は聞いてしまった。何かが千切れるような、弾けるような音だった。

 蓄積したダメージ、そして無理に放とうとしたこの一撃。この2つの要因が柊弥の身体に限界を齎してしまった。

 だがそれでも……柊弥は折れない。

 

 

「ガ、ァァァァァァァアアアアアアッ!!」

 

 

 再び咆哮。柊弥は()()()()()()()()()()更に力を込めた。その瞬間、時が止まり、空間が歪んだ。不変のはずのその概念を捻じ曲げるほどの凄まじい一撃だった。

 そして、そこで柊弥の意識は闇へ沈んだ。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「ガ、ァァァァァァァアアアアアアッ!!」

 

 

 柊弥先輩が叫びながらボールを蹴り抜いた。その時凄まじいことが起こった。私達の視界は真っ赤に染まり、その端っこで何かが爆発してその爆風がベンチにいた私達にまで襲い掛かる。

 それが治まって顔を上げた時、私達は皆言葉を失ってしまった。イプシロンのゴール側、正確にはゴールから右に逸れた先の壁が抉れていたから。

 本来それを撃ち込まれるはずだったデザームには何の傷もなかった。けれど、無表情のまま動けていない。

 そして、柊弥先輩はその場に崩れ落ちた。

 

 

「と、柊弥先輩ッ!!」

 

「加賀美!」

 

「柊弥!しっかりしろ!」

 

 

 私達はすぐさま柊弥先輩に駆け寄る。声を掛けても反応はない。身体を抱えて起こすと、先輩は気を失っていた。いくら呼び掛けても目を覚まさない。

 

 

「……ふっ、引き上げるぞ」

 

『ハッ!デザーム様!』

 

 

 その時、デザームの指示でイプシロンが全員ゴール付近に集まり、上からはあの黒いサッカーボールが降ってきた。

 それを見た吹雪先輩が怒り狂って詰め寄ったけど、キャプテンが止める。

 

 

「再び戦う時は遠くない。我々は真の力を示しに現れる」

 

 

 そういってデザーム達は消えた。吹雪先輩は落ち着きを取り戻し、頭を冷やしてくると言ってどこかへ行ってしまった。

 私の腕の中では、柊弥先輩が目を閉じている。

 

 

「私が……私が、止めなかったから」

 

 

 もしあの時私が止めておけば、柊弥先輩は傷つかなかったかもしれない。確かにこの試合に勝つには先輩の力が必要だったんだと思う。けど、こんな傷ついた先輩を見るくらいなら、止めておくべきだったのかもしれない。

 私は、どうすれば良かったんだろう?その問いに対して答えを返してくれる人は誰もいない。




現在実施中のアンケートは次回更新に反映しようと思います。ご協力よろしくお願い致します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第61話 悪夢

今回からアンケートの結果に基づいて更新する曜日を日曜にしていこうと思います。その前のアンケートでは0:00の希望が多かったので次回以降はそれに合わせていきます、今回は勘弁してやってください。
基本週一更新出来たらいいな、とは思ってますが出来ない時もあると思うのでその時はご容赦くださいまし。Twitterでその辺告知して行けたらと思うのでフォローしてやってください。


 イプシロンとの試合が終わって暫く経った。中継で試合の顛末を見守っていた大阪ギャルズのメンバー達が食事を持ってやってきたため、雷門イレブンは食事休憩を取っていた。

 試合が終わった直後は冷静さを欠いてどこかへ行ってしまった吹雪も戻ってきている。が、1人だけ姿が見えない者がいた。

 

 

「加賀美は…まだ起きないか」

 

「この試合1番の功労者だからな、しっかり寝かせてやろう」

 

 

 そう、柊弥である。試合終了してすぐに気を失った柊弥はベンチ付近で横にされていた。何かあったのかと近くの診療所にいた医者を引っ張ってきて診察を受けたが、()()()()()()()()()。恐らく過労だろうと言う。その診断結果に一同はホッと胸を撫で下ろす。

 

 

「それにしてもさっきの試合はとんでもなかったでヤンスね?」

 

「そうッスねぇ。イプシロンも強かったッスけど、俺達も強くなってたッス!」

 

「その通りだ。試合に勝ち越しこそ出来なかったがな」

 

 

 栗松と壁山が食事をしながら漏らした先程の感想に鬼道も頷く。実際のところ、前回のイプシロンとの試合では全く太刀打ち出来なかった雷門だったが、今回はそうではなかった。試合開始早々に柊弥が点を奪い、1度はシュートを決められたもののその次は完璧に円堂が止めた。そして最後の雷帝一閃はゴールから逸れてしまったが、本来のコースを進めば間違いなくデザームから点を奪えていただろう。今回はそれだけでも大きな収穫だと鬼道が言い、少し離れたところで瞳子も頷く。

 

 

「ここからどうするんだろうな」

 

「うーん、よく分かんねえな。次のイプシロンの襲撃予告があるまではひたすら特訓じゃね?」

 

「だな!次イプシロンと戦うことになったら絶対に1点も取らせないぜ!」

 

 

 ほぼ間違いなくイプシロンとの再戦はやってくる。雷門イレブンにできるのは、来るべき時に備えて更に強くなることだけなのかもしれない。そしてその先陣を切るであろう男はまだ目覚めない。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「ォォォオオオオオオ!!貫けェェェェッ!!」

 

 

 俺は腹の底から叫ぶ。千切れそうな右脚、蒸発しそうな身体、ガンガンと痛む頭。それら全ての苦痛を気合いで押さえ込んでただ叫ぶ。俺の持てる全てを込めたこのシュート。これが決まらないのならもうコイツから点を奪うことは出来ない。

 

 

「フフフ…ハハハハハハ!!」

 

 

 デザームは右腕を突き出す。それと雷帝一閃がぶつかり合い、紅の火花を散らす。その時だった。シュートの威力は完全に削がれ、黒煙を上げながらもボールはデザームの手中に完全に収まる。

 バカな、有り得ない。最初に点を奪った一本よりも遥かに強く、遥かに重いシュートだったんだ。こんな簡単に止められるわけが無い、そんな力の差があるはずがない。

 

 

「フン、どうやら期待外れだったらしい…なッ!!」

 

「ぐ、ァァァァアアアッ!?」

 

 

 シュートを受け止めたデザームがボールを蹴る。旋風を巻き起こしながらこちらへ迫ってくるが、俺はそれを回避することが出来ない。何故なら、右脚にもう力が入らず、その場に倒れ込んでいたから。必死に抗うが、為す術なく吹き飛ばされる。

 打ち上げられる身体。暴風が視界を遮る中辛うじて見えたのは、無惨にも守がゴールに押し込まれる姿。

 

 

「ガッ、クッ…ソ!」

 

 

 何度も身体を打ち付けられながら減速し、ようやく止まった。顔を上げると、既にデザーム達イプシロンは姿を消していた。

 

 

「畜生、何処に行きやがった!!まだ試合は終わってない!!姿を見せろォッ!!」

 

「おい」

 

「ぐッ!?」

 

 

 姿の見えないデザーム達に対して吠えた。その時、誰かに足蹴にされて身体は仰向けになる。一体誰が…とその痛みの方向に目を向ける。

 

 

「…吹雪?」

 

「テメェ点取れてねえじゃねぇか。偉そうにしてた癖によ」

 

「…すまない」

 

「ああその通りだ。デザームの言う通り、期待外れだったな」

 

 

 吹雪の指摘は最もだ、俺はそれを否定は出来ない。すると、そこに更に言葉が突き刺さる。

 

 

「き、鬼道」

 

「使えないでヤンス」

 

「加賀美さんも所詮こんなもんスか」

 

「全く、呆れちゃうね」

 

「うんうん」

 

「皆、急にどうしたんだよ」

 

 

 確かに、俺は皆の期待に応えられなかった。けど、今まで1回もみんながこんなにキツい当たり方をすることは無かった。

 自分の意識外でどんどん呼吸が荒くなり、胸が痛くなる。身体に上手く酸素が回らなくてクラクラする。

 やめてくれ、もう、もうそれ以上は──

 

 

「──俺は、お前みたいな弱い幼なじみはいらない」

 

「まも、る」

 

「いなくなった半田にマックス、染岡や皆。そして何より…」

 

「もうやめ──」

 

「豪炎寺は、どう思うだろうな」

 

「ぁあ、ああああああああ…」

 

 

 目の前が段々と真っ赤に染まる。全身の血が、まるでマグマのように煮え滾る。呼吸が、更に荒くなる。頭が…割れそうな程に痛む。

 

 

「お前のせいで」

 

「お前が弱いから」

 

「だから俺達は」

 

「こんな目に遭う」

 

「お前のせいだ」

 

 

「お前のせいだ」

 

 

 

 

 

「お前のせいだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お前のせいだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「…」

 

「先輩?先輩!!気がついたんですか!?」

 

 

 急に柊弥が起き上がった。最も近くで柊弥の看病をしていた音無はそれにいち早く気が付き声を上げる。それを聞いて円堂や鬼道といった他の者も寄ってくる。

 

 

「おい柊弥!大丈夫か?」

 

「急に倒れるから心配したぞ」

 

「…」

 

 

 柊弥は無言のままだ。だが急に円堂の足元に膝をつき、縋るようにしがみつく。あまりに唐突の行動だった。どうしたんだと問いかけようと円堂は柊弥の顔を覗き込む。その表情は、まるで許しを乞うているかのようだった。小刻みに身体を震わせ、虚ろな目で、言葉にならない掠れた声で何かを呟いている。

 

 

「と、柊弥!どうしたんだよ!」

 

「次は絶対点を取るから!!頼む…許してくれッ」

 

「落ち着け加賀美!何を言っているんだ!!」

 

「もっと強くなる、もっと強くなるから…」

 

「柊弥!!おい!!」

 

「もっと、もっともっともっと…」

 

 

 どれだけ声を掛けても見当違いな返答しかしない柊弥。何か良くないことが柊弥に起こったのだろうということは嫌でも分かった。だがそれが何なのか、本人以外が知るよしなどあるはずもない。

 壊れた機械のように同じ言葉しか発さない柊弥だったが、ふとした瞬間にその目に光が戻る。

 

 

「柊弥?大丈夫か?」

 

「…すまない、取り乱した」

 

 

 そして柊弥は立ち上がり、何処かへと歩いていく。

 

 

「…試合は、どうなった」

 

「引き分けだった」

 

「そうか」

 

 

 そう問いかけたのを最後に、柊弥は暗い奥の方へと完全に姿を消す。残された他の者は心配そうにその背中を見送ることしか出来なかった。

 

 

「柊弥、大丈夫かな」

 

「…アイツは強い男だ。信じよう」

 

「もしもの時は俺たちがちゃんと支えよう、な?」

 

「柊弥先輩…」

 

 

 各々が心配を口にする。その中で最もその色が濃かったのは…やはり、誰よりも柊弥へ想いを寄せる音無であることは言うまでもないだろう。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「失礼します、旦那様」

 

 

 鳥のせせらぎと鹿威しの水音だけが響く空間。その静寂を襖が開く音と一人の男の声が切り裂いた。その空間に一人座していたのは吉良 星二郎。外からやってきたのは研崎だった。

 研崎は吉良の目の前に座ると、持ってきたアタッシュケースを開けてその中身を見せ、幾つかの資料を並べる。

 そのケースの中から顔を見せたのは、紅に煌めく一つの石。紐が通っていることからネックレスのように身につけられるものだと推測出来る。

 

 

「デザームから回収したこちらのエイリア石…通常のものより出力が強いことが明らかになりました」

 

「ほう」

 

 

 その報告に吉良は笑みを浮かべる。その理由が目の前の石と研崎の報告であることは明確だ。

 その反応を見た研崎は懐からまた別の石を取り出す。こちらは紫の中に僅かに紅が混じっている。

 

 

「こちらがレーゼから回収した石とその資料です」

 

「ふむ、見た目もデータも明らかに違いますね」

 

 

 その感想は至って当然のものだった。レーゼから回収したと言われた石は僅かな紅が煌めくのみで、デザームから回収された方は余すことなく紅に染っている。そして資料に書き記された数値も全く違うものだった。基準を100とした時に150。その差は歴然である。最も、その数字が何を示しているのかについては語られていないが。

 

 

「この変化に至る為の仮説もどうやら正しかったようですね」

 

「はい。恐らくですが…」

 

「加賀美 柊弥の力がどれだけ引き出されているかによりその変化幅は大きく変わる、という訳ですね」

 

 

 吉良のその一言に研崎は頷く。満足したように茶を啜る吉良に、ただ静かに座る研崎。沈黙の中に鹿威しの音が木霊した時、ようやく吉良が口を開いた。

 

 

「ヒロトを呼んでください」

 

「御意に」

 

 

 吉良の命令に背く意思はまだ研崎にはない。今しがた下された要求を果たすべく研崎は部屋を後にした。

 それから数分が経ち、再び襖が開かれる。

 

 

「お呼びですか、父さん」

 

「来ましたか。座りなさい」

 

 

 座るように促されたヒロトは吉良の正面に座る。穏やかな表情のまま吉良はお茶を点て、ヒロトの前に差し出す。それに一口つけてヒロトの方から話を切り出した。

 

 

「それで父さん、用というのは」

 

「以前お前にお願いしたエイリア石についての検証を覚えていますか?」

 

「はい。加賀美君に接触してエイリア石に変化があるかどうか…でしたね」

 

「そうです。それに関することで今日は呼び出しました」

 

 

 吉良は懐から銀色のケースを取り出す。それはかつてヒロトが例の検証のために吉良から預かったものと同じだった。

 

 

「ヒロト…いえ、グラン。あなた達ガイアに雷門との接触を命じます」

 

「イプシロンはまだ敗北した訳ではありませんが…よろしいのですか?」

 

「ええ。上手くことが運べば…計画の価値は飛躍的に上がるでしょう」

 

「分かりました」

 

「加賀美 柊弥の秘める力を引き出しなさい。そうすれば私達の計画は更に1歩前進することになるでしょう」

 

 

 そう命じられたヒロトはその部屋を去る。自室へと帰る道中、連絡用のデバイスを取り出し自らが率いるチームへと招集をかける。

 

 

「加賀美君、ようやく君とサッカーが出来そうだ」

 

 

 そう笑って自室の扉に手をかける。次にその扉が開き、中から出てきたのは…基山 ヒロトではなく、1人の兵士だった。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「くぅー、やっぱレベルMAXの特訓は疲れるな」

 

「少し飛ばしすぎじゃないのか?円堂」

 

「まあな。でもほら、次にイプシロンと戦う時に点を取らせないためにももっと強くならなきゃ、だろ?」

 

 

 鬼道はフッと笑って円堂に手を差し出す。それに引っ張られて円堂が立ち上がると、その部屋の入口が騒々しく開かれた。

 扉の向こうから姿を見せたのはイナズマキャラバンの運転手である古株だった。何やら誰かを探しているようで、部屋の中をグルりと見渡したあと2人の元に歩み寄ってくる。

 

 

「瞳子監督を知らんか?」

 

「見てないですね」

 

「そうか…実は理事長から連絡があってな。円堂、お前さんにも関係のあることじゃ」

 

「俺に?」

 

「そうとも。何でも、福岡の陽花戸中で円堂 大介のものと思われるノートが発見されたそうだ」

 

 

 その言葉を聞いて円堂は驚きを見せる。祖父である大介のノート。それは円堂にとってサッカーと切って離せない代物だった。円堂の代名詞であるゴッドハンド、先程の試合で進化したマジン・ザ・ハンド、フットボールフロンティアを勝ち上がる時に雷門の力になったイナズマ1号やイナズマ落とし。様々な必殺技がその大介のノートに記されていたものだったからだ。

 

 

「じゃあ、そこにはまた新たな必殺技が!?」

 

「それは分からん。じゃがそうと見て間違いないんじゃないか?」

 

「円堂 大介のノート…もしかすると、イプシロンを打破するきっかけを掴めるかもしれない」

 

「こうしちゃいられない!早く瞳子監督に伝えないと!」

 

 

 円堂が部屋を飛び出し数分走り回ると瞳子の姿が見えた。その向かい側には柊弥もいた。

 

 

「瞳子監督!…あ、すみません。何か話してましたか?」

 

「いえ、今ちょうど終わったところよ。何かしら」

 

「実は…」

 

 

 取り込み中ではないということで円堂はノートのことを瞳子に伝える。すると瞳子は少しの間考えた後、口を開く。

 

 

「確かに、円堂 大介さんの残した必殺技は大きな武器になるわね」

 

「それじゃあ!」

 

「ええ。次の目的地は福岡の陽花戸中よ!昼には出発するから皆に伝えておいて」

 

「はい!」

 

 

 瞳子がそう指示を飛ばすと円堂はすぐ走り去っていく。そして再びその空間に静寂が訪れ、他に誰もいないことを確認した上で瞳子は柊弥に話し掛ける。

 

 

「それでさっきのことだけれど、本当に大丈夫なのね?」

 

「はい、特に怪我や不調もありません。このままキャラバンに乗せてください」

 

「そう、ならいいわ」

 

 

 失礼します、と短く告げて柊弥はその場を後にする。一人残された瞳子は考え込むような仕草を見せる。

 

 

(あの試合の終わり、加賀美君は倒れた。医者は過労だと言ったけれど、私にはそうとは思えない。もっと何か、別の要因があったのでは…そう思えて仕方ない)

 

 

 瞳子は柊弥の状態について心配していた。あの試合で柊弥が見せた力は本物だった。だがそれと同時に何処か様子がおかしかったと瞳子は感じていた。まるで勝利に取り憑かれた鬼のような、そんな危なっかしいオーラを発していた加賀美の姿が鮮明に思い出せる。

 もし柊弥が何か不調を訴えるようなら、1度このキャラバンから下ろすことも考えていた。しかし本人は平気だと言い、事実この修練場でのレベルMAXの特訓を先程平然とこなしていた。それならば良いだろうと判断こそしたが、やはり引っかかるものがある。

 

 

「…今は彼の力が必要ね」

 

 

 思うところはある。が、柊弥の力無くしてエイリア学園に勝利することは不可能だと確信に近いものも得ていた。そちらの思いが瞳子の背中を押し、柊弥に関してノータッチでいることを決めた。

 しかし、彼女は近い未来に後悔することになる。この時の自分の決断を。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「全員揃ってるわね?」

 

「はい!確認しました」

 

「よし、それじゃあ出発よ!目的地は福岡!」

 

 

 あれから少しの時間が経ち、出発の時刻が訪れた。ナニワランドを出発したイナズマキャラバンが次に向かうのは福岡にある陽花戸中。目的は言うまでもなく円堂 大介のノート。

 この戦いが始まってから雷門に加入したメンバーは大介のノートに関しての知識がないため道すがら円堂が自分達とノートとの関係性をについて語る。

 盛り上がっている車内だったが、柊弥はその輪の中にいなかった。この旅が始まってからは音無と隣の席だったが、考え事をしたいと言って空いている席に1人で座っている柊弥。周りのメンバーが話しかけるが何処か上の空だった。

 

 

(もっと強くなるにはどうすれば良い?)

 

 

 終始柊弥の脳内にあったのはその問い。だが幾ら考えても答えは出てこない。あの修練場での特訓で柊弥はかなりの成長を見せた。だからこそ、現状で更にその上を行く方法が思い浮かばなかったのである。しかしこのままではダメだという焦りが柊弥を煽る。

 一向に浮かばない答え。柊弥には苛立ちが積もっていくばかりであった。そうしていると、やがて柊弥の意識は闇へと落ちていった。深い、深い深淵の中へ。




悪夢に魘される柊弥。暗躍するヒロト。この2人が交差した時、一体何が起こるのか…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第62話 悩む者達

最近更新の度に感想や評価をいただけてめちゃくちゃに喜んでます。これからも何卒、何卒…


「加賀美」

 

「……半田?それに皆も、何でこんなところにいるんだ?」

 

 

 気がついた時、目の前に半田とマックス、影野に宍戸、少林がいた。皆は入院しているはずなのに、何でこんなところにいるんだろうか。そもそも、ここは何処なんだ?

 

 

「それは……ねえ?」

 

「うんうん。決まってるじゃないですか!」

 

 

 マックスが同意を求め、少林が頷く。影野や宍戸もにこやかに笑いながら首を縦に振る。

 そうか、皆もう怪我が治ったんだ。その証拠にほら、足元でサッカーボールを転がしている。軽快な音を鳴らしながらパスを出し合ったりして思い思いに身体を動かしている。

 

 

「ああ、本当、本当によか──」

 

 

 その時、俺の腹に重く、鋭い衝撃が走る。堪らず俺はその場に込み上げてきたものを撒き散らし、膝を着く。

 鈍い痛みが呼吸を乱す。そんな中、髪を捕まれ無理やり顔を引き上げられる。

 

 

「お前が弱いせいで俺達はあんな目に会ったんだ、その仕返しに決まってるだろ?」

 

「そめ、おか」

 

 

 俺にボールを撃ち込んだのは染岡だった。俺の顔を覗き込むようにして鋭い眼光を向ける染岡は、おもむろに俺を放り投げる。

 そしてそこから始まったのは……罰、なんだろう。俺が弱いせいで皆は入院する程の怪我を負った。それが治った皆はこうして俺に自分が味わった痛み、苦しみを与えに来たんだ。

 身体の痛みなんて微塵も気にならない。けれど、ただひたすらに心が痛い。俺の弱さが皆を傷付けた、その事実が俺の心を抉る。

 

 

「お前のせいで!!俺達は!!」

 

「加賀美先輩には分からないでしょうね!!」

 

「だから軽々しく俺達の想いを背負うなんて言った、そうなんだろ」

 

「何とか言えよ……なあッ!!」

 

 

 まるで弾丸のようなボールの雨あられ。俺はそれをひたすら耐えることしか許されない。いや、そうすることしか出来ない。全て俺の自業自得なんだ、逃げることなんて出来るはずがない。

 まるで永遠に続いているかのように思えたその罰は、突然止まる。思わず俺が顔を上げると、そこには。

 

 

「……」

 

「しゅう、や?」

 

 

 別れたはずの相棒が、修也がそこにいた。会いたかった。お前にチームに戻ってきて欲しかった。俺は修也に向かって手を伸ばす。

 だがその手は、弾かれる。

 

 

「なあ修也、戻ってきてくれよ。お前がいてくれれば俺はもっと、もっと強くなれるんだ。だから──」

 

「柊弥」

 

 

 俺の言葉を修也が遮る。そして、再び口を開く。

 

 

「俺の相棒はそんなに弱い男じゃない」

 

「────っぁ」

 

 

 その言葉を聞いた途端、視界が歪む。落ち着いたはずの呼吸が荒れる。身体がガタガタと震える。

 次に修也の口から放たれるであろう言葉を聞きたくなくて、拒絶したくて俺は耳を塞ぎ、蹲る。

 

 

「───────」

 

「ァァァァァァァァァアアアアアアア!!!」

 

 

 狂ったように俺は泣き叫ぶ。耳を塞いでいても飛び込んでくるその言葉の槍から自分を守るために。俺にそれを拒否する資格なんてないのは分かっている。けれどそれを聞いてしまったら、もう俺は俺でいられなくなってしまうような気がして。

 必死に、必死に声を上げた。そうしていると、意識が段々と微睡んでいき──

 

 

 

 ---

 

 

 

「──み、加賀美!!」

 

「うぁ……」

 

「起きたか?大丈夫か?」

 

 

 柊弥の意識は夢の中から現実へと引き戻される。身体を揺さぶっていた者の正体を確かめるべく目を開くと、そこには風丸がいた。どうやら他のメンバーは外に出ているらしく、風丸以外に人の気配は無い。

 

 

「お前、酷く魘されていたぞ?嫌な夢でも見たのか?」

 

「風丸……まあ、そんなところだ。心配かけたな」

 

 

 その問い掛けに内なるものを悟られぬように平静を装いながら返答すると、柊弥は立ち上がる。

 

 

「他の皆は?」

 

「もう外だよ。もう陽花戸中に着いたからな」

 

「そうだっのか……すまないな」

 

「気にするな」

 

 

 風丸に今どこなのかを教えてもらい柊弥は外へ出る。その後ろに風丸も続いた。そして柊弥後ろ姿を見ていた風丸は、ふと問いを投げ掛ける。

 

 

「なあ加賀美、お前最近大丈夫なのか?」

 

「……どういうことだ?」

 

「お前が無茶しているんじゃないかって皆心配してるんだ。前のイプシロンとの試合が終わったあと、酷く取り乱してだろ?お前が何かに苦しんでいるんじゃないかって」

 

「……」

 

 

 柊弥は何も語らない。ただ黙って、少しだけ何かを考える。そして言葉が纏まったのか、風丸に対して言葉を返す。

 

 

「大丈夫だ、何ともない。……俺はもっと、強くならなきゃいけないから」

 

「……理由を聞いても良いか」

 

 

 柊弥がなぜ強くなりたいのか。自分達が今置かれている状況を考えれば、エイリア学園を打倒するためだとすぐに分かっただろう。だが、風丸にはどうもそれだけではないのではないか、と思えた。

 もっと他の理由があるんじゃないか、そう思ったらこう問わずにはいられなかった。

 

 

「俺は副キャプテンだから、皆を守りたいんだ。もう誰も失いたくない。ただそれだけだ」

 

 

 そう返して柊弥は歩き出した。どこか苦しそうなその背中を見て、風丸は考えのまとまらないまま声を飛ばす。

 

 

「加賀美!」

 

「……?」

 

「お前一人には背負わせない、もっと仲間を……頼れよ?」

 

 

 風丸は一瞬言葉に迷った。本来ならば仲間を、自分を頼れと言ってやりたかったが、今の自分には柊弥が頼れる程の力が無いと自覚していたから。

 そんな言葉を掛けられた柊弥は何を思ったのだろうか。当の本人は風丸に背を向けたまま顔を見せない。

 だが一言だけ、ほんの短い言葉がその口から発せられる。

 

 

「ありがとな」

 

 

 そうとだけ伝えて柊弥は再び歩き出し、風丸もその背中を追いかけていった。

 

 

 

 ---

 

 

 

「お、風丸と加賀美も来たぞ」

 

「おーい!こっちこっち!」

 

 

 2人が陽花戸のグラウンドに出るとそこには他のメンバーに加え陽花戸中サッカー部が勢揃いしていた。どうやら目的のノートは手に入ったらしい。

 

 

「俺は陽花戸中キャプテンの戸田、君達の活躍はよく知ってるよ!俺達みんな君達のファンなんだ!」

 

「そんなファンだなんて……」

 

 

 キャプテンである戸田と円堂が握手を交わす。円堂が代表してよろしくと声を掛けると、陽花戸イレブンは気持ちの良い挨拶を返す。そんな陽花戸イレブンをぐるりと見渡すと、1人だけ姿を隠している者がいることに気付く。正確には隠せていないから気付いたのだが。1人だけユニフォームが違うことからこのチームのキーパーなのだと分かる。

 

 

「おい立向居!円堂君だぞ!」

 

「あ、あわわ……」

 

「お前円堂さんに会えたら感激です!だなんて言ってたろ?挨拶しろよ」

 

「は、はい!」

 

 

 戸田がそう声を掛けると立向居と呼ばれた少年が前に出てくる。相当緊張しているようで、両手両足が一緒に動いている。

 

 

「え、円堂さん!俺陽花戸中1年の立向居 勇気って言いますッ!」

 

「よろしくな!」

 

「握手してくれるんですか!?感激です!俺もうこの手洗いません!!」

 

「いや、ご飯の前には洗った方が良いんじゃないかな?」

 

 

 聞くところによると、どうやら立向居は円堂の大ファンらしい。その憧れ具合と言ったら、元々MFだったにも関わらずGKに転身する程らしい。

 

 

「そうだ立向居、お前あの技を円堂君に見てもらいたいんじゃないか?」

 

「で、でもちょっと恥ずかしいな……」

 

「へえ、良いじゃないか!じゃあ柊弥、蹴ってくれないか?」

 

「分かった」

 

「か、加賀美さんのシュートを受けられるなんて!感激です……」

 

「お前感激してばかりだな」

 

 

 そんなこんなで立向居が言う必殺技を見るために柊弥が蹴ることになった。グローブを付けた立向居がゴールの前に立ち、柊弥は少し離れたところにボールと共に着く。

 ほんの余興のつもりだった。それにも関わらず、妙な緊迫感がその場に走る。その原因が何か特定するのにはそう時間はかからなかった。

 

 

(加賀美さん、何て覇気だ!!全身の震えが止まらない……!)

 

(……加賀美のヤツ、本気で蹴るつもりじゃないだろうな)

 

 

 そう、柊弥だ。その様は以前のイプシロンとの試合の時に近しい。目的はあくまで立向居の必殺技を見ること。そのためだけなら柊弥がわざわざ必殺シュートを撃つ必要はない。もし本気のシュート(雷帝一閃)を撃とうものなら立向居が怪我をする可能性すらあるだろう。

 だがその心配は杞憂に終わった。と言えども、通常のシュートではなくしっかり必殺シュートを撃ったのだが。

 

 

"真"轟一閃

 

 

 閃光が煌めき、雷が轟く。轟一閃は今の柊弥の全力ではない。しかし、その威力はデザームに迷わず必殺技を使わせるほど。止めるためには最低でも全国クラスの実力が必要だ。

 だが立向居は周囲の予想を大きく超えてみせる。

 

 

「うおおお!ゴッドハンド!!

 

「なっ、ゴッドハンドだと!?」

 

 

 立向居が見せたのは蒼い神の手。色こそ違うが、雷門イレブンにとっては見慣れたものだった。それも当然、ゴッドハンドは円堂の代名詞とも呼べる必殺技。それをフットボールフロンティアで名前を聞いたこともなかったチームの選手が使ったのだから、驚愕は必然と言える。

 

 

「ぐぐぐ……うおおおおッ!」

 

 

 雷と神の手がぶつかり合う。その瞬間凄まじいエネルギーの奔流が巻き起こる。立向居のゴッドハンドは円堂のものと比べても遜色ない仕上がりだった。進化を重ねた柊弥の轟一閃に対しても引けを取らないのだから。

 そしてとうとうボールの威力は削りきられ、円堂から歓声が上がる。

 

 

「す、すっげえ!!正真正銘ゴッドハンドだ!!お前すげえよ立向居!!」

 

「あ、ありがとうございます!!」

 

「アイツは何度も何度もゴッドハンドの映像を見て研究してたんです」

 

「見ただけで完成させたの……?」

 

「凄い才能だな……」

 

 

 円堂以外の全員は言葉を失っていた。柊弥のシュートが止められたこと、ゴッドハンドを使ってきたこと、そしてそのゴッドハンドは映像研究によって生み出されたものだということ。全ての要素が重なり合って凄まじい驚きを産む。

 

 

(コイツのゴッドハンド、守のものと同じ……いや、或いはそれ以上)

 

 

 それは柊弥も例外ではなかった。自分が絶大の信頼を置く円堂と同等以上の実力を誇るかもしれないキーパーとこんなところで出会うとは思っていなかったのだ。

 

 

「なあ立向居、少しいいか?」

 

「はい!」

 

 

 円堂があることを立向居に提案する。すると立向居はそれを快諾し、背中を合わせる。暫しの静寂の後2人は同時に動き出す。気を溜めて一気に解放すると、黄金と蒼のゴッドハンドが姿を見せる。すると2人は互いに向き合い、その右手を付き合わせる。2つのゴッドハンドがぶつかり合うと互いのエネルギーが高まっていき、やがて爆発する。

 砂塵が止むと、円堂と立向居の2人は静かに向き合っていた。

 

 

「すっげえ……」

 

「円堂のゴッドハンドに全く押されていない……てことは」

 

「ああ。立向居の実力は円堂に匹敵するものということだろう」

 

「……立向居!」

 

 

 周りが驚いている中、円堂が声を上げる。

 

 

「お前のゴッドハンドは本物だ!!自信を持て!」

 

「円堂さん……はい!ありがとうございます!」

 

「よし、皆でサッカーやろうぜ!!」

 

 

 円堂の提案で試合と言う訳では無いが、全員でボールを蹴ることになった。この瞬間だけは雷門イレブンもエイリア学園のことを忘れて純粋な気持ちでボールを追いかけることが出来た。

 だがしかし、そこに柊弥の姿はなかった。

 

 

 

 ---

 

 

 

 あれから1時間ほどサッカーをした後、夕飯となった。互いにサッカーについての話をしたり、エイリア学園との戦いについて語ったり、木暮がまたイタズラをしたりで大いに賑わった。

 陽花戸イレブンは教室で今日は寝泊まりをするようで、雷門イレブンは風呂に入り終わりそれぞれ眠りについた。だが昼間の興奮が冷めきらなかった円堂は眠りに付けず、キャラバンの上で星でも眺めようと外に出る。するとそこには先客がいた。

 

 

「吹雪、ここにいたのか」

 

「あ、キャプテン」

 

 

 吹雪の隣に円堂が座る。そして吹雪は語り始める。

 

 

「北海道の空はもっと遠かった。凍える空に星が張り付いているみたいだったけど、ここではもっと近く感じるね」

 

「そっか」

 

「それに、アツヤとの距離も」

 

「アツヤ?」

 

「……いや、何でもない。ところでさ、僕イプシロン戦の時おかしくなかったかい?」

 

 

 唐突な問いを吹雪は投げ掛ける。それを受けて円堂はあの時のことを思い出してみるが、特に変な様子は無かったと吹雪に返す。

 

 

「デザームの守りは崩せなかったけどさ、今の雷門の攻めの要はお前と柊弥なんだ。次も頼むぜ?」

 

「加賀美君か……彼、凄いよね。デザームから点を取ったし、守備にも参加してた。最初は僕の方が強かったけど、今はもう全然かな」

 

「そんなことないって。柊弥には柊弥、吹雪には吹雪の良さがあるんだからさ」

 

「そっか……そう言ってくれると嬉しいな」

 

 

 そう会話を終えると、吹雪は円堂に背を向ける。もう寝るのだろうと思って円堂は話しかけるのをやめ、星空を眺めていた。すると何処からか立向居がやってくる。上に昇ってこいと誘うと立向居は嬉しそうにハシゴを登ってやってきた。

 

 

「そういえば円堂さん、さっき話していたお祖父さんのノートにはどんなことが書いてあったんですか?」

 

「ああ、あれには究極奥義が書いてあったんだ。確か──」

 

 

 そうして2人が会話に花を咲かせている横で、ただ背を向けただけだった吹雪は1人考えていた。

 

 

(攻めも守りも僕より加賀美君の方が上、じゃあ僕がここにいる意味って何なんだろう?)

 

 

 答えのない問いに吹雪は苦しむ。思い出したのは染岡と交した言葉だった。自分が戻るまで柊弥と2人で雷門を守って欲しい。染岡から託されたその想いに自分は応えることが出来るのだろうか。それに足る力が今の自分にあるのだろうか。自分は必要ないのではないか。そんな自己嫌悪が吹雪の頭の中を支配する。

 

 

(僕はどうすればいいんだろう……ねえ、アツヤ)

 

 

 

 ---

 

 

 

「よーし!練習試合だ!」

 

「今回は楽しく試合が出来そうだな」

 

「決めるでー!ダーリンとのラブラブシュート!」

 

「え?何も聞いてないんだけど……」

 

 

 翌日、陽花戸の理事長からの提案で練習試合を行うことになった。瞳子はそれを受け入れ、今は試合前の準備をしているところだった。

 

 

「FWは吹雪君と浦部さん、お願いね」

 

「あれ?加賀美さんはどこに行ったんスか?」

 

「加賀美君は別で特訓をしているわ。どうしてもと言って聞かなかったのよ」

 

 

 試合の前、柊弥は瞳子に自分は1人で特訓をさせて欲しいと頼み込んでいたらしい。これはエイリア学園との試合では無い、それに加え柊弥のレベルアップは大きな武器になるだろうと判断して柊弥は許可を得ることが出来た。

 雷門ファンクラブと言っても過言では無い陽花戸イレブンは柊弥と試合が出来ないことを少し残念に思ったようだが、他のメンバーにも同じくらい憧れがあるため特に気にしなかった。が、そんな陽花戸イレブンとは裏腹に雷門側の中には柊弥を心配する者が一定数いた。

 

 

(加賀美、やはり思い詰めているのか……?)

 

 

 まず風丸。昨日のこともあってあれから柊弥に心配の目線を向けていた。ここにいないのはやはり強さを欲してのことなのだろうか、そんな危なっかしい状態で1人にして大丈夫かと考えこそしたが、試合が始まる今自分にはどうしようもない。そう切りかえ目の前のことに集中することにした。

 

 

(送り出したは良いものの、少し気がかりね)

 

 

 次に瞳子。監督である瞳子の目には、柊弥が何か思い詰めていることはお見通しだった。明らかにイプシロンとの試合から何かを焦っている。だがそのことを柊弥が語ることはないだろうとも理解していた。だからこそ瞳子は柊弥の単身行動を許可した。それで彼の気が晴れるなら良いか、と。

 

 

(柊弥先輩……本当に大丈夫なのかな)

 

 

 そして音無。自分が止めなかったからイプシロンとの試合の後倒れたのでは無いかという後悔もあり、本当ならここは木野と夏未に任せて音無は柊弥のところに行きたかった。しかし、今の自分では柊弥の助けにはなれないんじゃないかという疑念がその足を止めてしまった。そしてきっと柊弥はやるべきことをやっている、それなら自分もマネージャーとしての責務を果たさねば柊弥の隣に立つ資格は無い。そう決意して思いを振り切った。

 

 

「さ、試合開始よ。練習試合と言っても気を抜かないように」

 

 

 一方その頃、当の柊弥はというと陽花戸中の裏に位置する山に来ていた。理事長に周囲に被害が出ても問題ないような場所は無いかと聞き、陽花戸中の所有物であるその山を教えられたのだ。

 何故そんな場所を欲したか。その答えは単純明快なものだ。

 

 

「……はァッ!!」

 

 

 そう、自分を限界まで追い詰めるべく極限の負荷を掛けるためだ。ナニワ修練場のように整った設備がない環境でそれをやろうとすると、どうしても何かを壊したりしてしまうだろうと柊弥は確信していた。他所の学校でそんなことをする訳には行かないという常識が残っていたが故の願いだったという訳だ。

 撃ち出されたボールは突き刺さり、ミシミシと音を立てて大木が倒れる。そしてそれを眺める柊弥の顔に表情は無い。

 

 

「もっと、強くなるんだ」

 

 

 そこから幾度も裏山に雷が落ちる。賑わうグラウンドとは真逆の重々しい雰囲気がそこに満ちていた。そして、怪しげに笑いながら自分を眺めている者がいたことに気付かないまま柊弥は無我夢中でボールを蹴り続ける。

 柊弥が練習を切り上げたのはそれから3時間後、日が沈み初めてからのことだった。




来週も日曜0:00に更新する予定です、よろしくお願いします


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第63話 引き金

毎週更新3回目!このまま第2章完結までは続けていきたいですね。
そして予約更新にぶち込んでからふとUAを見たらちょうど13万ピッタリで少し嬉しくなったり。今後もよろしくお願いします。


 雷門中と陽花戸中の練習試合は終始賑やかに続いた。これまでエイリア学園との戦いばかりだった雷門にとっては良い息抜きにもなっているようで、大多数が意気揚々とボールを追い掛けている。

 そんな試合の中で、円堂はノートに記されていた究極奥義"正義の鉄拳"の習得のために試行錯誤を重ねていた。まだノートを読んだだけでゼロからのスタート、当然最初から出来るはずもなく幾度か失点のピンチが訪れる。だがその度に他の仲間がフォローをし、その背中を支える。

 

 

 そんな雷門イレブンに感化され、立向居もマジン・ザ・ハンドへの挑戦を始めた。やはり立向居のセンスは一級品で、何と1度円堂のマジン・ザ・ハンドを見ただけで薄くも蒼色の魔神を作り出して見せた。円堂同様に何度も失敗するが、仲間の支えを受けて挑戦を重ねる。

 スパイラルショット、ローズスプラッシュ、ツインブースト、そしてザ・フェニックス。様々なシュートを受ける度に立向居のマジン・ザ・ハンドの完成度は高まっていく。遂に試合の中で完成させることこそ出来なかったが、立向居は確かな成長を感じていた。

 

 

 そんなトライアンドエラーの連続だった試合も徐々に終わりへと近付いていく。同じように失敗を補おうとしても雷門と陽花戸では経験値の違いもあってかその精度に大きな差が生まれ、結果として4-0というスコアでこの試合は幕を閉じた。

 

 

「立向居のマジン・ザ・ハンド、どう思う?」

 

「俺達のシュートを受ければ受けるほど完成に近づいていたね」

 

「試合の中で進化してたな。まるで誰かさんみたいだ」

 

 

 そういって土門は円堂の方を見る。すると後ろの方でソワソワしながらこちらを見ている立向居が視界に入る。意図を察した土門が声を掛けると、円堂は立向居の元へ歩み寄る。

 

 

「あの、円堂さん!ありがとうございました!」

 

「おう!こちらこそ!」

 

 

 2人は固い握手を交わす。自分と同じくらい傷だらけの手、そんな手を握って円堂は確信する。立向居なら絶対にマジン・ザ・ハンドを完成させるだろうと。そして、そんな後輩に負けないように自分も正義の鉄拳を身につけてやろうと決意した。

 

 

「よし!そうと決まれば特訓だ!」

 

「俺も付き合います!」

 

「やれやれ、試合の直後だぞ?」

 

 

 他のメンバーは今日は各々自由時間になったがこの2人はこれから特訓をするらしい。試合が終わって間もないと言うのにだ。周囲のメンバーが呆れるももう2人に声は届いていないらしく、2人揃って何処かへと走り去ってしまった。

 

 

「そういや加賀美はまだ帰ってきてないのか?」

 

「確かに。様子を見に行こうか?」

 

「でももしまだ特訓してるなら邪魔になるんじゃない?」

 

「うーん……」

 

 

 未だに顔を見せない柊弥が心配されるのも当然だった。何せ試合が始まるよりかなり前から特訓をすると言って何処かへ行ったのだから。柊弥の様子を見に行くか放っておくか意見が割れるが、一向に話はまとまらない。

 

 

「……アイツも馬鹿ではない。そのうち帰ってくるだろう」

 

「俺も賛成だ。強くなる為に努力してるところを止めるのは野暮ってものじゃないか?」

 

「鬼道さんに風丸さんがそう言うなら……」

 

 

 キャプテンである円堂、副キャプテンである柊弥の他にチームの中核と言える2人がそう判断してはもう意を唱える者はいない。街に繰り出したり自主練をしたりと思い思いの時間を過ごそうとその場は解散となる。

 

 

「鬼道、少し良いか?」

 

「どうした風丸。珍しいな」

 

「少し話したいことがあってな……場所を移そう」

 

 

 他に誰もいなくなったタイミングを見計らって風丸は鬼道に声をかける。風丸の提言で人目のつかない場所、陽花戸中から少し離れたところにある小川へとやって来た。

 

 

「それで、どうしたんだ」

 

「加賀美のことで少し……な」

 

「……お前も思うところがあったか」

 

 

 風丸が切り出した話題に鬼道も察しがついた。この頃の柊弥の動向についてだ。他のメンバーがいるところで話を切り出さなかったのは下手に不安感などをばらまかないようにするためだろう。

 ちょうど椅子のような形をしている石に腰を下ろし、風丸は話を切り出す。

 

 

「最近アイツを見てると不安になってな。鬼道も何か感じなかったか?」

 

「ああ。情緒……というよりは精神か。イプシロンとの試合の後から些か不安定なように感じる。正確にはこのエイリア学園との戦いが始まってからずっとだが」

 

「そうだな。あの日……フットボールフロンティアの決勝が終わり、最初にジェミニストームと戦った時からどんどんおかしくなってると思うんだ」

 

 

 その風丸の言葉に鬼道は大きく頷いた。別に柊弥は聞こえるように弱音を吐いたりしていた訳ではない。だが試合、特訓、ありとあらゆる場面で以前の柊弥と比較した時の違和感を感じずにはいられなかったのだ。

 時間が経てば経つほど心に余裕が無くなっている……そんな印象を2人は感じていた。そんな精神状態に引っ張られてか、表情は口調は強ばることが多くなり、あれだけ大好きなサッカーをしていても笑うことがなくなってしまった。果てにはあのイプシロンとの試合の後から今に至るまでの行動だ。先程の試合にも見られるように明らかに1人で動きすぎている。副キャプテンでもある柊弥がそんな様子では、いずれチームに亀裂が入るかもしれない。そんなことを鬼道達は危惧していた。

 

 

「だがアイツがああなっているのは……」

 

「俺達が原因、だろうな。仲間思いな加賀美のことだ、度重なるエイリア学園との戦いや仲間の離脱で責任を感じすぎていると言ったところか」

 

「間接的には俺達のせい……とも取れなくは無い訳か」

 

 

 その事実を認めたくないような声で風丸はボソリと呟く。そう、柊弥がここまで思い詰めているのは他でも無い仲間の為。エイリア学園を倒す為に強くなるという願望は突き詰めればこれ以上仲間を傷つけさせないためという想いに繋がる。それこそが加賀美 柊弥という男である。もっとも、今はそれが半ば暴走状態に陥ってるのだが。

 

 

「どうすれば加賀美を助けられるんだろうな」

 

「……分からん。アイツの感じている責任はきっと俺達が思っているより大きすぎる。理解してやろうとは思わない方がいいだろう」

 

「でも、それでも俺は……加賀美の助けになりたい」

 

「それは俺も同じだ。アイツがあんな状態では春奈も悲しむ」

 

「確かにな」

 

 

 音無の柊弥へ寄せる想いは相変わらず他のメンバーに筒抜けだった。兄である鬼道はそのこともあって人一倍柊弥のことを気にかけているようだった。

 

 

「なあ、少し様子を見に行ってみないか?」

 

「そうだな……皆の手前あんなことを言ったが、俺も心配だ」

 

 

 この2人も加賀美の顔を立てる意味も込めてあの場では触れないでおこうと言ったが、やはり心配であることには変わらないようだった。立ち上がって少し歩いて例の裏山へと向かう。

 そこは穏やかな場所だった。裏山と言うだけあって木々が生い茂り、静かな雰囲気を感じられる。

 しかし、そんな静寂は突如として破られる。すぐ近くに雷が落ちたような轟音と振動が2人に襲い掛かる。それが止んで間もなく2人は走り出す。

 距離にしてほんの50mほどを走った2人は息を飲むことになる。そこに広がっていたのは、幾本もの木が薙ぎ倒され、地面には穴が空き、所々から黒煙が立ち上る凄惨な光景だった。

 

 

「これは……」

 

「アイツ、どんな無茶を!」

 

「とりあえず加賀美を探そう」

 

 

 目の前の光景を時間をかけて理解した2人は再び走り出す。先程の音がした方向はそこからもう少し離れた場所だった。つまり、柊弥もそこにいるだろうとアタリを付けられる。

 少し進むと予想通り柊弥の姿が見えた。直後2人はすぐさま駆け寄る。何故なら、柊弥がその場にうつ伏せに倒れ込んでいたから。

 

 

「加賀美!」

 

「おい!大丈夫か!?」

 

「……鬼道、風丸か」

 

 

 2人に肩を貸されて柊弥は立ち上がる。身体に着いた土埃を軽く払うと転がっているボールの方へ向かうが、鬼道がその手を掴んで止める。

 

 

「何だよ」

 

「オーバーワークだ。もう休め」

 

「俺はまだまだやれる……だから手を離せ」

 

「いいやダメだな。お前、自分の身体が震えていることすら分からないのか?」

 

 

 柊弥はそれを言われて初めてそのことに気付いた。鬼道に掴まれた手は勿論、文字通り全身が震えていたのだ。それが指し示す事実はただ1つ、圧倒的なオーバーワーク。そしてそれを自覚した瞬間に全身から力が抜けてその場にストンと落ちる。

 

 

「ほら見ろ、もう戻るぞ」

 

「全く……どんな無茶をしたんだ」

 

「……大体3時間くらい、休憩無しで全力で蹴ってた」

 

「その結果があの惨状か」

 

 

 震える脚で立ち上がった柊弥は自分が何をしていたのかを語る。3時間も休憩無しで打ち込み続けるなど、普通では到底考えられない。ナニワでの特訓ですら本来は早くて30分、遅くて1時間に1回は休憩を取ることを瞳子から指示されていた、と言えばその異常さが浮き彫りになるだろう。実はそのナニワ修練場の特訓の時でさえ録に休憩を取っていなかったのは柊弥のみが知るところだ。

 3人は陽花戸中へと歩き始める。さほど距離はないものの、柊弥の歩く速さが遅いせいで時間が掛かり過ぎているが。

 

 

「お前、この頃無茶が過ぎるんじゃないか?気持ちは分かるがもう少し自分を労れ」

 

「そうはいかないんだよ。近々またエイリアとぶつかる。その時までにもっと強くならないと……皆を守れない」

 

 

 その言葉を聞いて風丸は昨日の言葉を思い出し、鬼道は口を噤む。やはり柊弥は自分達の思っていた通り、自分達仲間が原因となってこんな無茶をしている。そんな自分達がそれを止める資格があるのか、そんな迷いが嫌でも頭を過ぎってしまう。

 

 

「だが、皆お前を心配している。俺達も円堂も、他の皆も……そして春奈も」

 

「分かってる。けど俺は引けない。引く訳にはいかない」

 

 

 そうして陽花戸中へと到着すると、柊弥は2人から逃げるようにして何処かへ行ってしまった。鬼道と風丸はその不安定で今にも崩れそうな背中を見送ることしか出来なかった。さっきの柊弥の言葉に込められた想いがあまりに強く、重かったせいでそれ以上の言葉をかけることすら出来なかった。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 あれから柊弥はまた特訓を始めることはなく、休息をとっていた。とは言っても、夕飯の際も入浴の際も常に頭の中でシュミレーションをしていた。どうやってボールを奪い、どうやって相手の守備を突破し、どうやってゴールをこじ開けるか。円堂や土門が柊弥に話しかけたが、やはり返ってくるのは上の空な返事のみ。

 そして柊弥は、先程鬼道と風丸が話をしていた小川にやって来て1人佇んでいた。目を瞑ると耳に入ってくるのは穏やかなせせらぎのみ。そんな落ち着きのある場所に来たものの、安らぐことは柊弥自身が許さない。

 

 

「やあ、加賀美君」

 

「お前は……ヒロト?何でこんな所に」

 

 

 永遠に続く静寂を破ったのは、1人の声だった。掛けられたその言葉に柊弥が目を開けて顔を上げると、そこにいたのは漫遊寺で出会った男、ヒロトだった。何故京都にいたヒロトがこんなところにいるのか?そんな疑問を抱いた柊弥はそれを問うが、ヒロトは実は福岡に住んでいて、京都にら旅行で行っていただけだと返す。だがその言葉のどこかに揺らぎのような違和感を柊弥は感じた。結局をそれを問い詰めるようなことはしなかったが。

 

 

「ねえ、明日俺のチームと試合しない?」

 

「お前の?クラブチームにでも入っていたのか」

 

「うん。この前京都に行ったのもそれの遠征さ」

 

 

 持ちかけられたのは練習試合。出来ることなら柊弥は練習試合などせず、1人で黙々と鍛錬に打ち込みたかったがあることを思い出した。それはヒロトの助言で雷帝一閃が完成に近付いたことだ。膨大なエネルギーが込められたボールを打ち出すためにはどうすればいいか、そう迷っていた柊弥に対し、踵で下に落とすことで安定した足場である地面でゴールに向かって蹴り込むことが出来る。そんな道を示してくれたのがヒロトだった。

 自分が思いつくことの出来なかった手段をあの一瞬で提案してきたヒロトが実力のある選手であることは容易に想像出来た。更にそんなヒロトのチームとの試合となれば、更なる気付きを得られるかもしれない。そんな希望的観測が柊弥の背中を押した。

 

 

「……分かった。監督に提案してみよう」

 

「ありがとう。時間は明日の12時、陽花戸中のグラウンドに僕達が向かうよ……それじゃ」

 

 

 そう言ってヒロトは去っていった。柊弥はこのことを瞳子に伝えるために陽花戸中へと戻る。時間はまだ19時を過ぎたくらいだったため、瞳子は勿論他の誰もまだ眠りについてはいない。瞳子は円堂と明日の特訓について話していたようで、直ぐに見つけることが出来た。

 

 

「監督」

 

「あら加賀美君、何かしら」

 

 

 柊弥は要件を伝える。京都で出会った友人、ヒロトが練習試合を申し込んできたこと。その試合の中で得られるものがあるかもしれないということ。

 その話を聞いた瞳子は目の色を変える。普段は冷静を保っている瞳子だが、柊弥の肩を掴んで普段からは考えられない剣幕で問う。

 

 

「その子は……本当にヒロトと名乗ったの!?」

 

「はい。基山 ヒロト、と確かに。お知り合いですか?」

 

「……いいえ、人違いだったみたい。ごめんなさいね」

 

 

 我に返った瞳子は落ち着きを取り戻して柊弥から手を離す。だがあの取り乱しようは確実に何かがある、と柊弥は察した。だがそれを聞いたところで恐らく答えてはくれないだろう。そう結論付けて柊弥は踵を返す。

 その後は特に何をする訳でもなく、適当に時間を潰して就寝時間になったら床に就いた。それが再び悪夢へと足を踏み入れる行為とも知らずに。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「無様だね、デザーム」

 

「雷門と互角の試合だったみたいだな」

 

「……申し訳ございません」

 

 

 柊弥が瞳子に練習試合のことを伝えたと同時刻。イプシロンのキャプテン、デザームにそんな言葉を飛ばしたのは2人の少年。赤と青の光にそれぞれ照らされており、その顔はデザームからは覗けない。その高圧的な態度にデザームは言い返すことなど出来ない、出来るはずがなかった。何故なら、その2人は自分にとって圧倒的に上の立場であったから。

 

 

「楽しかったかい?雷門との試合は」

 

「グラン様」

 

「アンタは黙っててくれ、グラン」

 

「そうだ。いくら君でも口を挟まないで欲しいな」

 

 

 この場は裁きの場。引き分けは敗北と同義であるエイリア学園において、雷門に勝つことの出来なかったデザームはここに呼び出されその責任を問われていたのだ。だがそこに口を挟んだのはグランと呼ばれた赤髪の少年。デザームの言葉遣いからグランは2人の少年と同列であることが分かる。

 

 

「僕達も明日雷門中とぶつかるからね。参考までに聞いてみたかったのさ」

 

「何?勝手な行動は慎みたまえ」

 

「いいや、これは皇帝陛下からの指示さ」

 

「チッ、それならお前達ガイアじゃなくて俺達プロミネンスに任せてくれりゃ良いのによ」

 

「癪だが同意見だね。君達より我々ダイヤモンドダストの方が優れているのだから」

 

「そう思うのなら直談判でもしに行けばいいさ。意思は変わらないだろうけどね」

 

 

 そうグランが返すと2人は不機嫌そうに背を向ける。去り際、青い光に照らされていた少年がデザームに言葉を残す。

 

 

「とにかくデザーム。後のことは私達に任せておきたまえ」

 

 

 そう言って2人はその場から消えた。残されたのはデザームとグランの2人のみ。それまで沈黙を保っていたデザームは、グランが1人になったことを見計らって口を開く。

 

 

「グラン様、我々は……」

 

「分かっている。お前達にはまだ利用価値があるさ」

 

 

 そう言ってグランもその場から姿を消した。残されたのはデザームのみ。まだチャンスが残されていることをグランの言葉から理解したデザームは心の中で誓う。

 

 

(雷門イレブン……次は必ず私達の全力を持って叩き潰す!その時、私は──)

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 翌日、時刻は12:00を迎えようとしていた。昨夜柊弥が瞳子に伝えた練習試合は行われることになり、雷門イレブンはグラウンドで準備運動をしつつ待機していた。当然、そこには柊弥の姿もある。陽花戸イレブンは許可を得てそれを観戦するようだ。

 

 

「そろそろだね」

 

「ああ!でも、どんなヤツらなんだろうな?」

 

「加賀美が申し込まれたって聞いたけど、本当に強いのか?」

 

 

 相手チームの情報は一切ない。分かるのは相手チームには柊弥の知り合いであるヒロトがいるということだけ。そんな状態では練習試合の意義に疑問が出るのも当然と言えば当然である。

 その中でも気が気でなかったのは瞳子である。柊弥の口からでた基山 ヒロトという名とその特徴。そのどれもが心当たりしか無かったからだ。

 そしてそのヒロトが試合を申し込んできた、ということがどういう意味なのか。それを理解してしまったのだ。これから何が起こるか……1人の監督としての使命、吉良 瞳子としての使命。その両方に板挟みになって瞳子が選んだのは……自分がこのチームの監督になった起源だった。

 

 

「12時になりました!」

 

「……おい!これって」

 

「まさか、イプシロンか!?」

 

 

 その時だった。周囲に暗雲が立ち込める。その光景に雷門イレブンは見覚えがあった。そう、エイリア学園が現れる時の予兆だ。ジェミニストームもイプシロンもこの暗雲の中からいつも現れる。それを理解した瞬間全員の警戒度が跳ね上がる。

 そしてその暗雲の中心で白い光が輝く。その中から姿を現したのは、イプシロンのものでは無い別のユニフォームを身にまとった集団。

 

 

「やあ、加賀美くん」

 

「お前……ヒロトか」

 

「まさか……エイリア学園にはまた他のチームがあったっていうのか……!?」

 

 

 一同が驚愕に包まれる中、中心にいた赤髪の少年が柊弥に話し掛ける。そのことからあれが昨日柊弥にコンタクトを取ってきた少年なのだろうと理解する。

 

 

「これが俺のチーム……エイリア学園、()()()()()()()って言うんだ」

 

「エイリア学園……じゃあ、お前は俺の敵ってことか」

 

 

 ヒロトがそう告げると、柊弥の纏う雰囲気が修羅へと変貌する。目つきは鋭く、その声も何処かドスが利いている。今の柊弥にとってエイリア学園は地雷そのものだった。イプシロンに引き分けたこと、それから悪夢に魘され続けたこと。それらが柊弥に与えた苛立ちやストレスは相当のものだった。そしてこの瞬間が引き金となりそれが爆発する。

 

 

「ならお前らは絶対に叩き潰す……覚悟しろ」

 

「ふふっ、さあ……君の力を見せておくれ」

 

 

 柊弥は睨み、ヒロトは笑う。静かに蠢いていた陰謀が今ここに動き出す。それを見ている瞳子はただ祈り、信じることしか出来なかった。雷門イレブンがジェネシスを打倒出来ることを。ジェネシスの誇るその圧倒的な力の片鱗を()()()()()が故に。

 

 

 そして、この時は誰も知らなかった。この試合が雷門を襲う悲劇の引き金になることを。




やっとここまで来た…ここからこの小説は大きく動いていきます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第64話 崩壊

お気に入りが減った…って落ち込んでたらそれ以上に増えていく今日この頃。何と今回は12000字越えとなりました。
2つの話に分割しようかな…とも思ったんですが、アニメではジェネシスとの試合は何と1話のうちの半分くらいしか掛けられていないので1話に詰め込みました。その他にも意図はあるんですがそれはまあそのうち…


「まさか、イプシロンの他にまだチームがあったなんてな」

 

「イプシロンを倒したら終わりだと思ってたでヤンス……」

 

 

 ベンチにて試合前の作戦会議を行う雷門イレブン。突如として始まろうとしているエイリア学園第3のチーム、ザ・ジェネシスとの試合に戸惑いを隠せないといった様子だ。

 その戸惑いも当然。最初に倒したジェミニストームはセカンドランク、あのイプシロンはファーストランクと名乗った。そのまま受け取ればイプシロンこそがエイリア学園の本命。まさかその上があろうなど思ってもいなかった。

 

 

「加賀美、アイツらに関して何か知っていることは?」

 

「……分からない。ただあっちのキャプテン、あの赤髪のヒロトは俺の雷帝一閃の完成に一枚噛んでいる。実力者と見ていい」

 

 

 そう柊弥が返すと鬼道は少し考え込む。イプシロンと引き分けた後に出てきたこのチーム、順当にいけばイプシロンよりも強いだろう。だとすると、イプシロンと引き分けだった自分達はこのチームに勝てるのか?そんな考えたくもない疑問が頭に過ぎってしまう。だが、そんな疑問は直ぐに振り払った。試合の中でそんな迷いは何の役にも立たない。勝つ気でやらない試合に勝てるはずがないのだと、そう奮起する。

 

 

 そして、少し離れた場所にてまた一人考え込んでいる者がいた。

 

 

(この試合、僕がシュートを決めるんだ。吹雪 士郎が撃つんだ!)

 

『はァ?お前が?』

 

(──ッ、アツヤ!?)

 

『お前はディフェンスだろうよ。ボールを取ったら大人しく俺に回せ、良いな?』

 

(……そんなこと言ったって、お前も前の試合では決められてなかったじゃないか)

 

『……うるせェ、もうあの時の俺じゃねえ』

 

 

 吹雪……いや、士郎は己の中に住まうアツヤと喧嘩まがいの言い争いをする。士郎の言う通り、アツヤは以前のイプシロンとの試合で点を決めることは出来なかった。それを指摘するとアツヤはバツが悪そうに吐き捨てる。

 それ以上の押し問答は意味を成さないと感じたアツヤは再度ボールを取ったら大人しく変われ、とだけ言って士郎の心の奥へと姿を消した。だがそう言われても士郎の腹積もりは変わらなかった。自分がここにいる意味、存在価値を見つけ出し、それに縋るために。

 

 

「吹雪!」

 

「……なんだい?鬼道くん」

 

「この試合、最初からお前と加賀美のツートップだ。良いな?」

 

「うん、勿論さ」

 

 

 そう声を掛けられた吹雪は皆のいる方へと歩み寄る。心の内で何かを悩んでいたことを悟られぬように平静を装いながら。

 作戦の伝達が終わった雷門イレブンはグラウンドへと目を向ける。その視線の先には底知れない威圧感を放つザ・ジェネシス達が佇んでいる。柊弥の視線に気付いたヒロトは少し笑って身を翻す。

 

 

「よし皆!行くぞ!!」

 

『おお!!』

 

 

 円堂の発破を受けて全員走り出す。ポジションに着いた柊弥は目の前のザ・ジェネシス達を見て冷静に分析を始める。

 

 

(あのイプシロンの試合から皆また強くなってる。だがコイツらは間違いなくイプシロンよりも強い。どの程度強いのかは全く分からないが……悔しいけど、こっちよりもあっちのアベレージの方が高い。それを打ち破る為には……)

 

 

 自分の仲間達よりも相手の方が強いと判断を下した自分に苛立ちを覚えながらも、腹を決める。

 

 

(俺が中心になって立ち回る。攻撃も守備も全て)

 

 

 傍から見ればただのエゴ。だが、その根底にある想いは決してそんな軽いものではない。柊弥の胸に宿るのは唯一つの強い決意。何があろうとも自分が仲間を守る。仲間達が自分に刃を向ける悪夢なんて関係ない。それが自分、加賀美 柊弥がここにいる意味。貪欲に強さを追い求めた意味なんだと。

 

 

 そう決意した柊弥は修羅のような空気を纏い出す。そんな背中を見ていた雷門のメンバーは柊弥の気迫に半ば気圧される。だがそんな中で、珍しく円堂が心配の目線を向けていた。

 

 

「柊弥……」

 

 

 普段ならば円堂が柊弥を心配することはない。互いに積み上げた信頼がアイツならば大丈夫だという確信へと繋がっているからだ。しかし、近頃の柊弥はそんな確信すらも揺らぐ程に不安定だった。何時もは鈍い円堂ですら危うい何かを感じていた。だがそれでも、円堂が柊弥に向けたのは信頼の目線。

 

 

「頼むぜ、親友」

 

 

 円堂のその呟きを聞いたものは誰もいない。そしてそんな想いを向けられていたことに今の柊弥は気付かない。最早敵とみなした目の前のチームしか眼中に無かった。

 

 

「加賀美君」

 

「俺が、俺がやるんだ……絶対に……」

 

 

 吹雪が柊弥に話し掛ける。だがその声はまるで届いていないようで、独り言をブツブツと発するのみ。そんな様子が吹雪の不安感を更に煽る。自分は眼中にないのではないか、自分の存在意義を求めて焦っている吹雪は更に焦る。

 

 

「さあ、始めようか加賀美君、そして雷門イレブン」

 

 

 ヒロトがそう呟いたその瞬間、ホイッスルが鳴り響く。それとほぼ同時だった。ボールを持った柊弥がまるで爆発のような踏み込みから加速、一瞬にして姿を消した。近くにいた吹雪がパスを要求する余裕すらない、正しく神速の切り込み。

 

 

「何ッ」

 

「ただの人間が……ここまでの!?」

 

 

 それだけではなかった。柊弥のスピードはジェネシスのメンバーですら驚きを隠せない程の凄まじいものだった。それを見たヒロトは最大限まで口を歪めて柊弥へと襲い掛かる。

 

 

「凄いよ加賀美君!俺達にも負けない凄いスピードだ!」

 

「ヒロトォ!そこを退けェッ!!」

 

 

 誰も止められない。そう思わせるほどの突進だったがその前にヒロトが立ちはだかった。姿が消えたと錯覚するほどのドリブルのコースを完璧に見切った上での対処、その時点でヒロトの、引いてはザ・ジェネシスの実力は相当のものだと鬼道は理解する

 柊弥が右から抜けようとすると、ヒロトもすぐさまそれに反応する。ならその上を行こうと柊弥が跳ぶとヒロトも跳ぶ。ありとあらゆるコースを潰すようなヒロトの動きに柊弥は歯をギリッと鳴らす。

 

 

「そうそう、俺の名前はヒロトじゃなくてグランって言うんだ」

 

「知るかァ!!」

 

「酷いなぁ」

 

 

 ヒロト……グランが余裕の表情でからかうようにそう言うと、柊弥はどうでもいいといった様子で一蹴する。それと同時に柊弥は身を低くして両脚に力を込める。その直後、柊弥の全身に猛々しい雷が迸る。まるで獣のような低姿勢から先程見せた以上の加速を見せる。

 

 

雷光翔破"改"ィ!!

 

「おっと、これは厳しいかな……」

 

 

 正面から止めるのは不可能。ボールだけ掠め取れるようなスピードでもない。グランは止めることを諦めて柊弥を見逃した。その加速のまま柊弥はジェネシスのゴールへと突っ込んでいく。が、ジェネシスのDF、ゾーハンが行く手を塞ぐ。

 右手に気を集中させて振り上げると、ゾーハンの頭上に惑星が出現する。勢いのままそれを振り下ろす。

 

 

プラネットシールド!!

 

 

 そんな超質量に押し潰されてはひとたまりもない……はずだった。ゾーハンには手応えがなかったのだ。本来ならば相手を潰した感触があるはずなのに、それがない。それが指し示す答えはただ一つ。

 

 

「こんな石ころで……俺が止まるかァァァ!!」

 

「んなッ!?」

 

「ゾーハンのプラネットシールドを突破しただと!?」

 

 

 直後、ゾーハンの作りだした惑星は粉々に砕け散った。中から姿を現したのは雷に身を包まれた柊弥。まさか正面から破られるとは思っていなかったらしく、ゾーハンは言葉を失ったまま動けない。そんなことはお構い無しな柊弥は再び加速。他のDF陣がそれに気付いた時には既に遅かった。柊弥が足を止めた時、そこは既にゴール前だった。

 

 

「来いよ」

 

「後悔するなよ」

 

 

 柊弥を包む雷の勢いが増す。まず一撃、柊弥は思い切りボールに蹴り込む。閃光と共に突き進むシュートは突如その軌道を変える。それをやってのけたのは当然柊弥。自身の撃った本気のシュートに追い付き再び蹴り放つ。正しく常人の域を外れた神業に追い付ける者は誰一人いない。

 ボールの内包するエネルギーが極限まで高められたその瞬間、柊弥は思い切りボールを蹴り上げる。そしてボールが天まで登るより速く柊弥は天に立つ。自身に向かって登ってくるシュートに対して浴びせたのは本気の踵落とし。そのままボールは重力に従って下へと墜ちる。その時には既に柊弥は地に立ち待ち構えていた。

 

 

雷帝一閃ッ!!

 

 

 完璧なタイミングで柊弥はボールに向かって一閃。周囲を焦がすような発光の後に落雷のような轟音が轟く。ゴールに向かって雷速で襲い掛かるシュートは圧倒的だった。イプシロンとの試合の最後に見せた一本よりは劣るが、ゴールを決めたシュートよりは明らかに進化していた。柊弥のこの短期間での脅威の成長率に戦きながらも雷門は確信する。先制点はこちらのものだ、幸先のいいスタートを切れたと。

 

 

プロキオンネットッ!!

 

 

 対するネロはエネルギーを集中させ、3つの点を展開する。それらの点が線で結ばれた時、その中心に現れるのはエネルギーによって作り出されたフィールド。その中心に突き刺さった雷帝一閃は、障壁を食い破らんと暴れ回る。ネロの眼前まで迫るボールは今にもプロキオンネットを貫こうとしている。それに僅かながら焦りを感じたネロは両腕を突き出す。するとたちまち雷帝の放った一撃は勢いを失い、守護者の腕の中に収まった。

 

 

「嘘……だろ?」

 

「加賀美さんのあのシュートが止められるなんて、どうすればいいっスか!?」

 

「……うぐッ」

 

 

 雷門に走る衝撃。間違いなく雷門の持つシュートの中で最強と呼ぶに相応しい柊弥の雷帝一閃が止められたというその事実はあまりに重すぎた。

 言葉を失う雷門イレブンをよそにネロはその場に膝をつく。咄嗟に目線を落とすと、そこには未だに震えている自身の両手。正直なところ1人を除いてジェネシス全員が驚愕していた。鉄壁を誇るネロがただの人間の撃ったシュートに対して初手から必殺技を使用したこと。加えてネロはそれが破られかけたことにも驚きを隠しきれない。手に残る痺れ、受ける瞬間感じたあの衝撃。キャプテンであるグランの放つシュートに勝るとも劣らない凄まじい威力であることを嫌でも認識させられる。

 

 

「人間にしては良いシュート撃つじゃん……でもその必殺技、キツイんじゃない?」

 

「余計な世話だッ……!」

 

 

 そう啖呵を切る柊弥の表情はどこか苦しげだった。その姿を見て大多数は飛ばしすぎて消耗をしているだけと思っていたが、2人ほど違和感に気付いている者達がフィールドとベンチにいた。

 

 

(柊弥先輩、やっぱりあの技は……)

 

 

 1人は音無。先のイプシロンとの試合の中でのハーフタイムで柊弥の呟きを聞いてしまっていた音無は、雷帝一閃のその威力の裏側にあるリスクを薄々だが勘づいてしまっていた。音無とて柊弥が苦しんでいる姿など見たくもない。それでも、柊弥が成し遂げようとしていることを考えればそれを止めてもいいものかと脚が動かなくなる。同時に脳裏に過ぎるのはイプシロンとの試合の後倒れた柊弥の姿。どうするのが正解なのか、音無にはどうしても分からなかった。出来るのはただ祈ることのみ。

 

 

(以前の試合から感じていたあの違和感……何だ、あの様子では絶対何かがあるんだ。しっかり見ろ……俺でなければ気付けないような何かを)

 

 

 そしてもう1人は鬼道だった。その広い視野に度重なる違和感が引っかかるのも当然だった。その正体が一体何なのか、どういうものなのか。チームを指揮する立場としてそれを見定めねばという義務が鬼道にはあった。

 だが鋭い観察眼を持つ鬼道でもそれは未だに為せていなかった。理由はたった一つ、柊弥がひたすらにそれを隠していたからだ。撃つ度に莫大な負荷が掛かるなど、仲間に知られては確実に止められる。皇帝ペンギン1号のことを知っていた鬼道なら尚更だ。しかし、エイリア学園を打倒するために雷帝一閃は必ず必要。そう確信していた柊弥は当然バレないようにたち振る舞う。イプシロン戦の後に柊弥が陥っていた状態は、本人ですら知るところではない。

 

 

(まだいける、こんなところで脚を止めて良いはずがない)

 

 

 柊弥がそう奮起した瞬間、状況は一瞬にして変わる。ネロが送り出したボールによってすぐさまジェネシスのカウンターが始まる。残像が残るほどの恐ろしいスピードでのパス回し。まさに次元が違った。初めてジェミニストームと対戦した際のあの圧倒的差、それに近いものを全員感じずにはいられない。突如として現れたこのチームは、これまでの2つのチームとは別次元。雷門イレブンは嫌でもそう認識させられた。

 

 

「な、何なんだこのスピードは……」

 

「円堂さん!」

 

 

 それを見ていた陽花戸イレブンもまた絶句させられていた。ジェネシスの実力もそうだが、何より憧れの雷門が手も足も出ていないこと。柊弥の稲妻のような速攻の際には希望を抱いていたが、今はそれとは真反対、絶望に近いものだった。

 

 

 雷門のディフェンスラインは決して脆弱ではない。むしろ層が厚いまであった。それにも関わらず、ジェネシスのスピードを止めることが出来ない。あのスピード自慢の風丸でさえ追いつけないほど。

 そうなれば当然、ジェネシスはゴールを狙える位置まで一瞬で到達してしまう。ゴールを守れるのは円堂のみ。ディフェンスのために壁山や塔子は前気味に出ていたためシュートブロックで加勢も出来ない。

 

 

「まずは小手調べだよ」

 

 

 最後にボールを受け取ったグランはシュートを放つ。必殺シュートではなく、ただのシュートだった。だと言うのに、円堂にとってはこれまで受けたシュートの中で群を抜いたプレッシャーを感じた。ノーマルシュートと言えど、全力で迎え撃たねば確実に失点を許す。そう感じた時には既に構えに入っていた。爆裂パンチでも、ゴッドハンドでもない。全身全霊のマジン・ザ・ハンドの構えだった。

 

 

マジン・ザ・ハンド"改"ッ!!

 

 

 黄金の魔神と共に右手を突き出してそのシュートを止める……はずだった。シュートとぶつかった瞬間そのパワーに耐えきれず魔神は霧散、集中させたエネルギーも消し去られた円堂は何が起こったかも分からないままゴールネットに押し込まれる。ほんの数秒、正に一瞬の蹂躙だった。

 

 

「……え?」

 

「嘘だろ、円堂のマジン・ザ・ハンドだぞ!?」

 

「そんなことが……」

 

 

 無情にも得点を告げるホイッスルが鳴り響く。まだ1点、しかも前半開始して間もない時点のはずだった。いつもならまだ焦ることは無い、どうにでもなると持ち直せる状況。

 しかし、この場においてその定石は通用しなかった。

 

 

「キャプテンのマジン・ザ・ハンドをあんな軽々破って、加賀美さんのシュートも止められた……や、ヤバいっス!!」

 

「しかも、まるで追い付けなかった……ヤツら、イプシロンよりも遥かに」

 

「……まずいな」

 

 

 そんな呟きが耳に入ると、グランは心の中で笑う。今この状況こそグランの狙いの1つだった。まずは圧倒的な実力差を見せつけて、雷門全体の不安を煽る。気持ちに余裕が無くなる仲間達を前に、目的の男はどう動くのか?グランの視線の先では、柊弥が静かに鬼を宿していた。

 

 

(そうだ加賀美君、もっと君の力を引き出すんだ。そんなものじゃないんだろう?君の全力は!)

 

 

 不安が拭えぬまま試合は再開する。吹雪からボールを受け取った柊弥は前を見据える。自身に向けられた全視線、注目が向いていることは嫌でも分かる。と同時に、先程のカウンターで相手の実力も理解させられた。だがそんなことはこの男にとって止まる理由にならない。

 

 

「加賀美君、僕に──」

 

 

 吹雪が自分にボールを預けろと声を掛けたその時には既に柊弥は走り出していた。まず最初に柊弥とぶつかるのは最前線のウィーズとウルビダ。真正面から柊弥を抑えに行くが、すぐさまボールを奪うことは叶わない。極限まで感覚が研ぎ澄まされた柊弥には寸分の隙もなかったのだ。最初は驚きこそしたが、今回の襲撃は柊弥がターゲットだと事前にグランを通じて命令が下っている。わざわざそんな命令がある以上この者は他とは訳が違うと理解していた。

 そんな拮抗を先に破ろうとしたのはウィーズ。ジェネシスでも随一のパワーを持って強引に仕掛けにいった。だが、柊弥は落ち着いて対処する。視線、身体の動き、気配。全てを見通してその裏にある真意まで読み切ってみせる。

 ウィーズの仕掛けたタックルを避けた先に待ち構えていたのはウルビダのプレス。超スピードで仕掛けられるそれを凌ぐのは困難を極めるが、柊弥はそれに真正面からぶつかりにいった。ウルビダは女性と言えどジェネシスの中でもトップクラスの実力者。それにも関わらず柊弥は打ち勝つ。回避してすぐに全身に力を込め、逆に相手の姿勢を崩す。

 

 

「素晴らしい、素晴らしいよ加賀美君!」

 

 

 前衛二人を乗り越えた柊弥に更なる攻撃を仕掛けたのはグラン。柊弥の正面にも関わらず、思い切りボールに蹴り込もうとする。すぐさま意図を読んだ柊弥は支配権を奪われないように対抗して蹴り込む。同時のタイミングで2人が蹴ると、ボールを中心にしてエネルギーのぶつかり合いが起こる。誰も近付けない程の規模のエネルギー帯の中でグランは柊弥に話し掛ける。

 

 

「楽しいね加賀美君!雷門との、君とのサッカーは本当に楽しいよ!!」

 

「ォォォォォオオオオオオッ!!」

 

 

 それに対して柊弥が獣のような咆哮を返した瞬間、ぶつかり合ったエネルギーが大爆発を起こした。耐えきれず地面を数度転がった柊弥が晴れた砂埃の先に見たのは、ボールを足蹴にしてこちらを見下ろすグランの姿。

 

 

「ヒロトォッ!!」

 

「でもまだ底じゃないだろう?だから……もっと追い詰めてあげよう」

 

 

 その時グランが姿を消した。吹き抜ける暴風に身体を持っていかれそうになりながらもすぐさま後ろに振り向いた柊弥。その視線の向こうに見えたのは──

 

 

「ぐぁぁぁ!!」

 

「円堂!!」

 

 

 為す術なくゴールへ押し込まれる親友の姿だった。

 

 

「クッ……ソがァッ!!」

 

 

 柊弥は拳を地面に叩き付ける。地球を砕く程の怒りを込めて振り下ろした拳には血が滲み、痛みが走るがそんなもの意に介していなかった。続けざまに2点を奪われた柊弥からもう後退のネジは外れてしまった。速いペースで雷帝一閃を撃てばその分負担が大きくなるということなど頭から抜け落ちていた。

 

 

 三度目のホイッスル。もはや声など届かない柊弥はすぐさま仕掛けるつもりだった。しかしここで予想外のことが起こる。

 

 

「鬼道君!」

 

 

 吹雪はキックオフのパスを柊弥ではなく鬼道に出したのだ。そして鬼道にボールを要求して再度受け取り、敵陣へと走っていく。

 

 

「吹雪!こっちだ!」

 

「僕も、僕もやれるんだッ!!」

 

 

 柊弥は当然それを追いかけるが、その要求は通らない。どこか遠くを見ている吹雪は単身で切り込んでいくと、すぐさまマークされる。だが柊弥同様スピードに特化している吹雪はギリギリのところでそれを躱し続け、何とゴール前まで辿り着く。

 

 

「吹雪!!エターナルブリザードだ!!」

 

「やっちまえ!!」

 

 

 こうなってはもう撃つ以外の選択肢などない。後ろから鬼道や土門が声を上げ、吹雪本人もシュートの構えに入ろうとした。だが、直後吹雪の全身が硬直する。突然相手のキーパーの姿が大きくなったように感じたのだ。それは吹雪が感じているプレッシャーによる錯覚。しかしそれで集中が途切れてしまった吹雪はボールを奪われてしまう。

 再度仕掛けられるカウンター。今回は鬼道がしっかりと指示を飛ばすも、やはりそのスピードには追いつけない……と思ったその時、柊弥がジェネシスのパスコースに割り込んでみせた。

 

 

「馬鹿な!?」

 

 

 カウンターが途切れ、一瞬全員の動きが止まる。そこを見逃さなかった柊弥はすぐさま()()()()()()()()()()()()。当然ボールは飛んでいくが、その方向にいるのはジェネシスのコーマ。

 

 

(パスミスか!)

 

 

 そう確信してボールを受け止めようと構えたその瞬間、ボールと自分の間に影が入り込むのが見えた。その正体は柊弥、あまりに予想外のことに再びコーマの動きは固まってしまう。

 

 

「ラァァァッ!!」

 

 

 柊弥はまたもボールに蹴り込む。一発一発に必殺シュート級の力が込められてるが故にまるでそれは地を這う稲妻のような軌跡を描いていた。予想だにしない行動に全員唖然としていたが、徐々に柊弥の意図に気付くものが増え始める。

 

 

(まさかあそこから雷帝一閃を仕掛けようというのか!?)

 

 

 それに気付いてしまった時、鬼道は心の底から驚愕する。それもそうだ、誰が自陣のディフェンスラインからシュートの動作に入るなどと予想できるだろうかか。まさに常識破りの離れ業。

 そんな驚愕は他所に柊弥は着々と力を高めていく。前半開始からまだ10分も経たない現時点で二発目の雷帝一閃、もはやリスクなど度外視な上、始動の位置が位置ゆえにその威力は一発目を大きく上回る。

 

 

雷帝一閃ッ!!貫けェェェェェェ!!!

 

 

 過剰に込められたエネルギーがその場で大爆発を起こす。雷門の後衛はもちろんベンチまで衝撃が襲い掛かり、全員咄嗟に身を守る。突然それはジェネシスも例外ではなく、一瞬シュートから目を切った隙にすぐそこまで迫っていることにネロは顔を青くする。

 

 

(プロキオンネットは間に合わない!いや、まず止めきれない!!ならあれを使うしか──)

 

 

 ネロもまた全身からエネルギーを発し、特殊なフィールドを展開する。そこは一切の物理法則の通用しない、時空すらも捻じ曲げてしまうネロの領域。怒れる雷帝の一撃であれど例外では無い。しかし、ネロの焦りは最大限に達する。この必殺技、時空の壁はプロキオンネットを大きく凌ぐ、言うなれば自分の最終兵器。それにも関わらず、迫るシュートの威力を殺しきれていないのだ。やがてその領域の時間は狂い、空間にはヒビが入り始める。

 

 

(まず──)

 

 

 まずい、そう思った時には既に自身の領域は粉々に破壊されていた。ゆっくり迫っていたはずのシュートがスピードを取り戻しこちらへと向かってくる。だがしかし威力は確実に削れている。これなら押え込める、そう思ってネロは胸で受け止め、両腕で抑え込む。

 しかしボールが止まらない、それどころか徐々に自分を後ろへと押し込んでいる。どうする、どうするのが正解だ?そんな疑問を持った瞬間、ふと力が緩んでしまった。

 

 

「うわッ!!」

 

 

 その時、ボールは力を失ったと同時にネロの身体から離れた。その行き先はゴール右上。コースが逸れたと言えどそこは未だゴールの枠の中。

 

 

「させないよ」

 

 

 だが、遂にゴールネットが揺らされることはなかった。空間を縫うようにして現れたグランがゴールラインを割るより早くボールを止める。

 

 

「グラン、すまない……」

 

「良いさ。俺だってあれは予想外だった、仕方ないよ」

 

 

 申し訳なさそうに自分に声を掛けるネロに気にするなと返し、視線を前に向ける。そこには表情を絶望に染めた雷門イレブンと、顔を歪めながらもこちらを鋭く睨み付けている柊弥の姿があった。

 

 

「良いね、まだ諦めていないみたいだ」

 

「当然だ……お前らなんかに負けるかァッ……!」

 

 

 息を切らしながらも必死に自分に圧を放つ柊弥を見てグランは笑い、加速する。それを挑発と受け取った柊弥は当然それを追い掛ける。しかし、二度の雷帝一閃により蓄積するダメージ、疲労によって全く追い付けない。それどころか脚が縺れて顔面から転倒する。

 立ち上がるより早く、耳に入ってきたのはゴールを告げるホイッスルだった。

 

 

 まだまだ余裕のジェネシス。それに対して一方的に消耗させられていく雷門イレブン。ただ1人ジェネシスに喰らい付いていた柊弥も最早満身創痍。そうなればそこから何が始まるのか想像に難くない。

 次々と鳴るホイッスルと更新されるスコアボード。当然誰もがジェネシスに好き勝手させまいと動く。だがその圧倒的実力差を前に追いつくことすら不可能。柊弥も何度も仕掛けようとするが、もうゴール前に辿り着くことも出来ていない。得点差は前半20分の時点でジェネシスの得点は20。それに対して雷門は……0だった。

 

 

(どうする、どうするどうする──)

 

 

 最初はただジェネシスを倒すことしか考えていなかった柊弥だったが、この絶望しかない状況を前に焦りを感じないはずがない。何をしてもジェネシスには届かない、一方的に仲間が傷付いていくだけ。守ると誓ったのにこの醜態、その顔が怒りから絶望で歪むのは時間の問題だった。

 

 

(僕、何でこんなことをしているんだろう)

 

 

 絶望に沈んでいるのは柊弥だけではなかった。この試合でシュートを撃ち点を決める。そのつもりだったのにシュートを撃つことすら出来ていない。シュートを決めなければ自分が存在する意味なんてないと自己嫌悪のループに陥っている吹雪はもう棒立ちのまま動かない。自分の内側から何かを訴えかける声に耳を塞ぎ、ただただ試合を眺めていることしか出来ていない。

 

 

 そしてもう1人。圧倒的な実力差を前に何も出来ず、己の無力さを悲観している者がいた。どれだけ走っても相手の背中に追い付けない、手が届かない。次第に呼吸は乱れ、目の前が真っ暗に染まり始める。

 少年、風丸 一郎太の心は既に折れていた。

 

 

「うわァァァァァッ!!」

 

 

 ボールは奪われ、再びグランの元へ。そしてその目の前にいたのは……柊弥だった。

 

 

「加賀美!頼む!!」

 

「これ以上は円堂が持たない!!」

 

「もうお前しか点を取れない!!」

 

「加賀美先輩!!」

 

 

 後ろから突き刺さる仲間達の懇願。柊弥はそれから逃げることが出来ない。今一度心を奮い立たせ、グランの前に立ちはだかる。

 

 

「信頼されているんだね。なら……」

 

 

 そう言うとグランは柊弥の方へボールを転がす。困惑する柊弥に向かってグランは飄々と言い放つ。

 

 

「もう一度撃ってごらんよ。次は決まるかもしれないよ?」

 

「……お前、どこまで俺達をバカにしているんだ」

 

「バカになんかしてないさ、君の実力を知っているからこそだよ?」

 

 

 まるで自分を誰よりも知っているかのようなその物言い、相手を下に見ていないと出ないようなこのパス、そして仲間からの頼み。それら全てが消えかかった柊弥の心の炎を過剰なまでに燃え上がらせる。

 何かがキレた柊弥は燃えたぎる怒りと憎悪と共に声を荒らげる。

 

 

「ならその余裕をぶち壊してやるッ!!後悔するんじゃねェぞッ!!」

 

 

 柊弥の全身から雷が溢れ出す。その中にはイプシロンとの試合の最後で見せたような紅色の雷も混ざっている。紅と蒼のコントラストが辺りを照らす中、グランは口元を歪める。

 

 

(そうか!怒りだ!!これこそが加賀美君の力を引き出す鍵!!)

 

 

 柊弥は滅茶苦茶にボールを蹴る。どこからその力が湧いてきているのかも分からないほどに速く、強く蹴って蹴って蹴りまくる。ダメージのせいでその威力は二発目に劣るが、それでも十分すぎる程だ。

 ボールが蹴り上げられてまるで逆雷のように天へ登ると、地を砕きながら柊弥も跳ぶ。

 

 

「消し飛べェェェェェェッ!!」

 

 

 そして柊弥がそのままシュートを撃ち出そうとした、その時だった。凄まじいエネルギーを脚に集中させながらグランも同じ高さまで一瞬で登り詰める。空中でボールを挟んで向き合った柊弥とグラン。柊弥が蹴り込んでボールが離れていくのを遮るようにグランも蹴り込んだ。

 

 

流星ブレードッ!!

 

雷帝一閃ッッッ!!

 

 

 先程の2人の衝突よりも遥かに凄まじい爆発が巻き起こる。しかし今度は柊弥は吹き飛ばされず、そのまま拮抗状態に持ち込んだ。それを見たグランは目を見開きながら狂気の笑みを浮かべる。

 

 

「凄い!!君は本当に凄いよ加賀美君!!俺にここまで肉薄するなんて、あの2人以外で初めてさ!!」

 

「うるせェェェェェェ!!」

 

 

 柊弥が吠えながら更に力を込める。すると僅かにグランが押されるが、今度はそれ以上の力をグランが注ぎ込む。

 

 

(クソ!!押し返されるッ──)

 

「でもまだだ……そんなんじゃ俺達ザ・ジェネシスには勝てないよッ!!」

 

 

 再度爆発が起こる。今度は耐えきれなかった柊弥は勢いそのままに撃ち落とされ、ボールは完全にグランの流星ブレードに塗り替えられてゴールへと襲い掛かる。それは柊弥の雷帝一閃よりもはるかに強い、最早人智を越えていると言っても過言では無いシュート。

 歯軋りする円堂。マジン・ザ・ハンドで迎え撃とうとするが、円堂はあることに気付く。

 

 

「う、わァァァァァァ!!」

 

「吹雪!?」

 

 

 吹雪が半狂乱になりながら走ってきていたのだ。それに気を取られた円堂は溜めたエネルギーを散らしてしまう。このままでは無防備にゴールへ押し込まれる……と思ったその時、吹雪がその間に割って入るように飛び込む。

 そのシュートに頭でぶつかりに行く。しかしそんなことをすれば当然流星ブレードの衝撃を一身に受ける事になる。

 

 

「吹雪ィィィィ!!」

 

 

 シュートはコースを大きく外れた。しかしその代償に吹雪は数メートル吹き飛んでしまう。何度も地面をバウンドし、ようやく止まった吹雪はピクリとも動かなかった。

 すぐさま全員吹雪に駆け寄る。急いで吹雪の状態を見てみると、ただ気を失っているだけだと分かった。だが仮に今意識が戻っても試合ができるはずがない。

 

 

「あ、あぁぁ……」

 

 

 未だ撃墜されて起き上がれていない柊弥はそのまま頭を抱える。自分がグランに押し負けたせいで吹雪があんな目にあった。それだけでは無い。自分が点を取れていないせいで試合に負けていること、仲間が傷付いていること、今この瞬間にその事実全てが柊弥にのしかかる。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、柊弥は1つの結論に辿り着いてしまう。

 

 

「俺が弱いせいで、皆が傷付いている?全部、俺のせいで?」

 

 

 急に極寒の地に投げ出されたかのように震えが止まらなくなる。視界がどんどん真っ白に染まっていき、息が乱れていく。

 

 

『お前のせいで』

 

『加賀美のせいで』

 

『加賀美さんのせいで』

 

『加賀美先輩のせいで』

 

『あなたのせいで』

 

 

 

『柊弥のせいで』

 

 

 

 

『柊弥先輩のせいで』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわァァァァァア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッッッ!!」

 

 

 血のように真っ赤な光が辺りを照らすと同時、何かが崩れた。




吹雪→半狂乱からの気絶
風丸→戦意喪失
柊弥→発狂からの…?

原作より重くない?と度々感想を頂いていましたが、全くもってその通りです。ですがこれもこの物語に重みを持たせるため。しばらく暗い話が続きますがお付き合いいただけると嬉しいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第65話 決壊

心做しか最近イナイレ原作の小説の更新が活発で嬉しいですね。この波に乗り続けたいぜヒャッホイ!!


追記
月曜に予約更新したつもりだったのに普通に日付ミスってたぜ…ヒャッホイ…
次の話ももう書き上がっているので月曜更新は予定通り行えます、何なら月曜必ず更新して随時出来る時はする時でも良いのかも…?


 

 

「うわァァァァァア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッッッ!!」

 

 

 柊弥の絶叫がグラウンド中に響き渡ったと同時、凄まじい何かが辺り一帯を叩く。唐突のそれに雷門もジェネシスも、グラウンドにいない者も一箇所に視線が集中する。

 そこには、獣のような呻き声を上げながら両手で頭を抑えながら狂ったように額を地面へ叩き付ける柊弥の姿が。

 

 

「ァァァァアアアアアッッッ!!」

 

 

 見たこともない、狂ったような柊弥の振る舞いに全員が驚愕する。怒り狂う猛獣のようなそれに全員がただ事じゃないと嫌でも察せられる。

 その直後、決壊したかのように柊弥の全身からドス黒い何かが噴き出す。血のような黒い紅に染まったそれはまるで衝撃波のように手当たり次第に辺りを叩き、近くにいた選手は全員身を守る。

 とめどなく溢れるそれとは他所に、柊弥は変わらず苦しみながらもその場で立ち上がった。と思えばまた頭を抑えながら振り回し狂乱する。

 

 

 柊弥から放たれる禍々しいオーラ、それはやがて得体の知れない何かを形作る。歪な形をした刀に鬼を型取ったような甲冑、兜の隙間から覗かせる眼光は憤怒と憎悪に満ちており、口元には魔獣のような牙が煌めいている。

 

 

「あれは……世宇子中の時の!」

 

「いや違う!あの時はこんなにハッキリとした恐ろしい姿ではなかった!」

 

 

 その場にいた全員、姿を現したその異形に見覚えがあった。正しい名前は誰も知らないが、それこそサッカープレイヤーの気が極限まで高まった際に出現する()()である。

 鬼道があの時とは違う、と言ったのはその姿を見れば明白だろう。以前は影のような炎に全身を包んだただの人型。今回は形こそ明らかになってはいるが、感じさせる雰囲気はあの時とは真反対。仲間である鬼道達ですら恐怖に近いものを感じる程だ。言うなれば恐怖の化身。それを構成するのは柊弥の内に秘められた負の感情。

 

 

「随分と怖い顔してるけど……間違いないね」

 

 

 その様を見てグランだけが笑う。彼の脳裏に過ぎったのは親愛なるお父様の言葉。

 

 

『加賀美 柊弥の秘める力を引き出しなさい。そうすれば私達の計画は更に1歩前進することになるでしょう』

 

「さて、その力見せてもらうよ、加賀美君!」

 

 

 そう言ってグランは身を翻し、ボールと共に柊弥の方へと駆けていく。こちらへ迫るグランを"敵"と認識した柊弥は唸り声を上げながら迎撃体勢を整える。背後の化身が心胆震え上がるような咆哮と共に刀を向け、凄まじい速さでスタートを切る。

 

 

 

「ガァァァァァァァァァッッッッ!!」

 

「ふッ!」

 

 

 柊弥とグラン、両名が同時にボールに対して蹴り込む。その直後紅の雷が周囲に迸る。それはこれまでに見せたどんな力よりも強く、禍々しいものだった。それを最も近いところで受けているグランはというと、その口元を獰猛に歪めている。

 

 

(なんて膂力!先程までだったら万全の状態でもここまで俺に肉薄は出来なかった!)

 

 

 自身に向けられている力が求めていたものであることを改めて確信し、更に込める力を強くする。当然それに対して柊弥も抵抗する。目の前の獲物を狩り殺す為、持てる力の全てをボールを介して注ぎ込む。

 

 

「くッ、これは───」

 

 

 この試合の中で柊弥とグランが何度か衝突した時と同様にボールを中心に爆発が起こる。もっとも、その規模は比較にならないが。グランはいち早くそれを察知して退避するが、柊弥は一切引く様子なくその爆発に呑まれる。

 それを見ていた雷門一同は柊弥の安否を案じるも、爆煙を引き裂くようにして中から姿を見せた柊弥によって安心を得る。とはいえその姿は先程よりもボロボロであり、目は血走り歯を剥き出しにして激情を顕にしたままである。

 

 

「グォォォォォォォォォォ!!」

 

「全員掛かれ!」

 

 

 天を仰ぐように咆哮する柊弥。それと同時に背後の化身も持っていた刀を砕き、鋭く尖った爪を誇示する。

 未だ止まらぬその姿を見て、ウルビダがジェネシス全員に柊弥への攻撃を命じる。正しく閃光のように柊弥へ襲いかかるジェネシス達。それを見て柊弥を守るべく立ち上がる雷門イレブンだったが、すぐにその足を止めることになる。

 

 

「……ダメだ、下手に介入しようものなら俺達が更にダメージを負うことになる」

 

「でもそれじゃあ加賀美が!」

 

「落ち着けよ!それで俺達が万が一再起不能になってみろ!それこそおしまいだ!」

 

 

 繰り広げられる攻防は雷門にとって別次元だった。白い軌跡を残しながら柊弥を囲むジェネシス。その中に血のような閃光が混じりそれは続く。

 そんな中に入ろうものならば今以上の怪我を負うことになる。そう考えるのは自然なことであった。

 

 

「加賀美さん、一体どうしちゃったんスか?」

 

「分からない、だが結果的に俺達が守られることになっているのは確かだ」

 

「……でも、アイツ苦しそうだよ」

 

 

 鬼道が言ったことは間違いではない。柊弥があの暴走によりジェネシス全員の注目を惹いているおかげで他のメンバーは更なる負傷を避けることが出来ている。

 

 

(加賀美、お前はそんなボロボロになってまで俺達を……)

 

 

 風丸は1人拳を握り締める。その脳裏にはつい先日の柊弥とのやり取りがフラッシュバックしていた。

 

 

『俺は副キャプテンだから、皆を守りたいんだ。もう誰も失いたくない。ただそれだけだ』

 

『お前一人には背負わせない、もっと仲間を……頼れよ?』

 

(あんなこと言ったけど、結局俺なんかじゃ加賀美が頼れる器にはなれないんだ)

 

 

 キャプテンでも副キャプテンでもない、2人を後ろから見ていた風丸だからこそ柊弥の背負うものの重さに気付いてやれた。だからこそあの日、自分を頼れと、力になると約束を交わした。

 それなのに今の自分はどうか。力になどなれてやしない。どうしようもない力の壁に絶望し、助けると決めた友人に対して何も出来ずにいる。

 無力を噛み締めた少年はただ目の前の光景を眺めていることしか出来なかった。

 

 

「柊弥、どうしちゃったんだよお前っ」

 

 

 円堂は遠く離れたゴールから幼なじみの変わり果てた姿に絶句する。

 彼にとっての柊弥は兄弟のようにボールを追いかけてきた人物。これまで苦しいことは何度もあったが、常にサッカーを楽しむその姿に小さな頃から憧れを抱き、中学になってようやく互いに背中を預けてプレイが出来た。

 その時円堂は考えた、柊弥が最後に楽しそうにサッカーをしていたのはいつだった?

 そう、エイリア学園による騒動が始まる前のあの決勝戦が最後だ。それ以来柊弥は心の底からサッカーを楽しんでいるようには見えなかった。

 常に仲間のことを想っていた柊弥だからこそ、それに囚われてサッカーを楽しめていなかったのではないか。この土壇場で円堂はそう思った、否、思ってしまった。

 ではそれは誰のせいか?勿論エイリア学園のせいと言えばそれまでだろう。だがそれ以上に、円堂はある答えに辿り着いてしまう。

 

 

「俺が柊弥のことをちゃんと見てやれてなかったから、柊弥はあんなに苦しんでるのか……?」

 

 

 風丸や円堂だけではない。その場にいた誰もが柊弥に多くのものを背負わせてしまったことを今その場で理解した。

 その理解は遅すぎたのかもしれない。しかし自分で自分を責めようとも、他の誰に責められることは無い。

 それを背負うと決めたのは他でもない、柊弥自身なのだから。

 

 

「ゴガァァァァァァァッッッアアアアアア!!」

 

「クソッ、なんなんだコイツ!!」

 

「面倒だっポー」

 

 

 化身が両腕を力の限り振り回す、と同時に響き渡るこの世のものとは思えないような咆哮。それに呼応するように柊弥の全身が煌めいたと思ったら真っ赤な爆発が巻き起こる。巻き込まれるのを避けるべく柊弥に襲いかかっていた全員は退避するが、数名が間に合わず身体を焼かれる。

 

 

 纏わりつくように柊弥を包囲していたジェネシス達が離れた直後、柊弥は地を砕きながらボールと共に遥か高くへと飛び上がる。

 化身が雄叫びを上げると、纏っていた鎧兜がバラバラに砕け、中からドス黒い炎に身を包んだ何かが姿を現す。その何かから放たれるエネルギーは雨のように見境なく地上に降り注ぐ。

 誰しもが何とか身を守っている中、それを間近で受けていたボールは放たれるエネルギーと同じような色に煌めいていた。

 

 

『ヒロト。もう十分です、退却しなさい』

 

「父さん……本当によろしいのですか?」

 

『構いません。それ以上はお前達に被害が及ぶ可能性があります』

 

 

 離れたところから届いた通信にグランは一時疑問を示すが、自分達を案じての指示と理解しその言葉に従う。

 ジェネシス全員が1箇所に集まり彼らの技術力が可能としたテレポートで撤退しようとした、その時。

 

 

「ガ、ァァァァァアアアアアアッッッ!!」

 

「加賀美君、やはり君は強いね。次会う時に決着を付けよう」

 

「やめろ、柊弥ァァァァ!!」

 

 

 煌々と輝くボールに対して柊弥が蹴り込み、化身がその拳を振るう。

 一瞬時が止まったかのように感じる程のエネルギーの集約。細い一筋の光が地面に落ちたかと思えば、その後を追うように光の着弾点で想像を絶する大爆発が巻き起こる。

 明らかにジェネシス達が固まっている場所に放たれるそれを見て円堂が柊弥に叫ぶがその声はもう届かなかった。

 無慈悲に放たれた圧倒的暴力は地に降り立つや否や、破壊の嵐を巻き起こす。地を抉り、周囲を焼き尽くし、暴風雨のような衝撃波を無差別に振り撒く。

 視界が晴れた時、全員の目に映ったのは直径10メートル程の大穴とあちこちに散在する焼跡、ボールだったであろうものの亡骸と──

 

 

「……」

 

 

 俯きながら鎮座する柊弥の姿であった。

 

 

「ジェネシスは!?」

 

「ギリギリで退却したようね。紅い光が視界を覆い尽くす中、紫色の光が見えたわ」

 

「跡形もなく消された……訳では無いようね」

 

 

 木野が真っ先に上げた疑問に瞳子が答え、他のメンバーも少し胸を撫で下ろす。宇宙人と言えど、柊弥がもし彼らを文字通り消した、つまり命を奪おうものならば取り返しのつかない業を背負うことになるから。

 

 

 だがまだ全員の緊張は続く。俯いたまま動かない柊弥。先程までの暴走の限りが嘘のように静寂を保っているため不気味極まりない。

 全員が警戒して動けない中、真っ先に動いたのは……円堂だった。

 

 

「柊弥?」

 

「……」

 

「……おい柊弥、目開けろよ、なあ!!」

 

 

 円堂が柊弥の肩を掴んで思い切り揺らす。しかしそれでも柊弥の反応は無い。

 他のメンバーも駆け寄ってきてそれぞれ声を掛ける。だがそれでも一切動かない。

 

 

「か、監督!!」

 

「……!?皆離れてッ!!」

 

 

 もしかして柊弥は命の危険に瀕しているのでは無いか、そう思い円堂は瞳子を呼び、瞳子も呼ばれるまでもなく近くへ駆け寄ってくる。

 だが、ただ1人だけ瞳子は見えてしまった。

 

 

 柊弥の眼が爛々と紅く煌めいたのを。

 

 

「あ、がァァァァァァッッッ!!??」

 

「うわッ!?」

 

 

 直後悶えるような雄叫びを上げる柊弥。それと同時に柊弥を覆うように紅色の嵐が巻き起こる。

 至近距離にいた円堂は間違いなく巻き込まれるはずだった。しかしギリギリのところで伸びてきた柊弥の手で押し退けられたことによって事なきを得る。

 

 

「柊弥!聞こえるか!」

 

「ガッ───アアアアアアッ!!」

 

 

 頭を抑えながらその場に蹲る柊弥を他の者達は見ていることしか出来ない。近付けばどんな危険が降り掛かるか容易に想像できてしまう。だが大切な仲間である柊弥がもがき苦しむ様に、誰もじっとはしていられない。

 

 

「加賀美!!クソッ、一体どうすれば!?」

 

「監督!!」

 

 

 柊弥を囲むエネルギーの奔流は更に大きくなる。その中で1人悶え苦しむ柊弥に対して誰も手を差し伸べることは出来ない。

 それは大人であっても例外ではなく、何が起こるか分からないこの状況で瞳子は何も為す術がなかった。決して己が身可愛さなどではない。何か自分がすることで他の守るべき子ども達にどんな被害が及ぶかが計り知れないからだった。

 

 

「……皆退いてください!」

 

「音無?」

 

「おい春奈、何をするつもりだ!」

 

 

 その時、音無が皆を掻き分けて前へ出てきた。何をしようとしているのかが手に取るように分かってしまった鬼道は大事な妹を止めるべく声を掛けるが、当の本人は一切それに応えない。

 

 

「まさか音無……この中に飛び込むつもりか!」

 

「無茶っス音無さん!ボロボロになっちゃうっスよ!」

 

「そうよ!今近付いちゃダメ!」

 

(……柊弥先輩)

 

 

 音無が思い出していたのはナニワランドで柊弥と過ごしたあの時間。

 エイリアの秘密を探るという名目で柊弥と遊園地を回ったあの時間は音無にとってかけがえのないものになっていた。

 

 

『俺の連れに何か用事でも?』

 

『気にするな。ほら、行こうぜ』

 

 

 脳裏に鮮明に思い出される柊弥とのやり取り。そのどれもが忘れがたく、何時までも覚えていたい記憶。

 そしてそれ以上に大切で仕方ないのは、目の前で苦しむ想い人。

 

 

『エイリア学園を倒した時、絶対に真正面から春奈に向き合う。約束だ』

 

(あの返事を聞かせてもらえるまで……絶対に何処かへ行かせたりなんてしないんですから!)

 

 

 そしてとうとう意を決して飛び込んだ。直後襲いかかってくるのは凄まじい勢いのエネルギー。それはマネージャーに過ぎない音無にとってはあまりに強く、すぐに立ち止まってしまう。

 しかし、そこで立ち止まるのは悪手でしか無かった。絶えず自分に向かって放たれる凶暴すぎる力。華奢な身体は瞬く間にボロボロになっていく。

 

 

「音無さん無茶よ!!戻って!!」

 

「春奈、春奈ァァァァァァ!!」

 

 

 夏未が、鬼道が、他のチームメイト達が、柊弥が音無に対して叫ぶ。

 だが本人はお構い無しに歩みを進める。1歩、また1歩と進む度に身に纏うジャージが、身体が負うダメージは大きくなる。

 それでも音無は止まらない、確実に歩みを進める。

 

 

「絶ッ対に諦めない……!」

 

「戻って!!音無さんッッ!!」

 

 

 何を言われようがその脚は止まらない。そして全身に力を込めて、身体の底から声を絞り出す。

 

 

「貴方は私の大切な人!!どんなに大きな壁があっても、絶対、絶対に諦めないんだからッ!!!」

 

 

 決意の咆哮、それに引っ張られるように音無の身体は大きく進む。手を伸ばせば柊弥に届く距離、そこで音無は思い切って柊弥に向かって飛ぶ。

 それまで絶叫しながら力を撒き散らしていた柊弥。だが突如として自身に飛びかかる温もりを受け止めきれずにその場に倒れ込む。

 柊弥の上を取る形で抱きついた音無は、容赦なく襲い掛かるエネルギーに目もくれず柊弥を捉えた腕に力を込める。

 

 

「貴方がどれだけ深い闇に囚われても、自分を失ってしまっても!必ず私は傍にいますッ!」

 

 

 そして、力強く言い切る。

 

 

「だから……大丈夫ですッ!」

 

 

 その時、暴走の一途を辿っていた紅の暴風雨は跡形もなく霧散する。それと同時に柊弥の意識は途絶えた。

 力無く倒れたまま動かない柊弥を心配して全員駆け寄ってくるが、微笑みながら頷く音無を見て無事であることを理解した。

 

 

「音無さん!怪我は?」

 

「私は大丈夫です、それより柊弥先輩や吹雪さんを!」

 

「ええそうね……すぐに救急車が来るわ!木野さん、夏未さんは皆のケアを、音無さんは私と一緒に病院まで付き添って!」

 

 

 瞳子の指示を聞いて全員が動き出す。やがてサイレンを鳴らしながら到着した2台の救急車の中から救急隊員が飛び出してきて柊弥、吹雪をすぐさま病院へ搬送する。

 その救急車の中で音無は、絶えず柊弥の手を握り続けていた。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「2人の容態は……」

 

「どちらも大きな問題はないそうよ。直に目を覚ますわ」

 

 

 柊弥と吹雪が担ぎ込まれた福岡の病院の一室にて、雷門イレブンは目を覚まさない2人が横たわるベッドを囲んでいた。

 医師の診断によれば2人とも復帰が絶望的というほどではないらしく、1週間もあれば回復するだろうという見通しだった。

 だがそれでも一同の顔付きはどこか暗い。

 

 

「それにしても、あの時の吹雪……何か変じゃなかったか?」

 

「変……って、何が?」

 

「何て言うかさ……鬼気迫るというか、感情が先走ってたというか」

 

「確かに。見たこともない顔してたよ」

 

 

 全員の頭にフラッシュバックするのは、グランの流星ブレードに対して飛び込む時の吹雪の姿。確かに吹雪が試合中にガラッと雰囲気が変わるのは全員の知るところだった。

 しかしそれを考慮してもあの試合での吹雪は異常だったと言える。それはジェネシスとの試合だけじゃなく、昨日におけるイプシロンとの試合でもそうだったと結論づけられる。

 イプシロンの去り際、殴りかかりそうな程に激昂する吹雪。それを他のメンバーが止めていたのは記憶に新しい。

 

 

「そういえば俺、この前吹雪に何か変じゃなかったかって聞かれたんだ」

 

「イプシロン戦の後に、か?」

 

「うん。あの時は俺どう答えればいいのか分からなくて……」

 

 

 イプシロン戦が終わったあと、円堂と吹雪が2人きりで話してる時に吹雪がふと零した問い掛けだった。

 その時円堂は当たり障りのない答え方をしたつもりだったが、今になってはそれも吹雪にとっての負担だったのではないかと後悔してしまう。だがそんな問い掛けは誰がされても上手く答えられないだろう、と全員が円堂を庇う。

 

 

「監督は、吹雪について何か知っているんじゃありませんか?」

 

「……ええ」

 

 

 鬼道の鋭い言葉に瞳子は肯定の言葉を返し、ここまで閉ざしていた口を開いた。瞳子の口から語られたのは吹雪の過去だった。

 吹雪は幼い頃、弟のアツヤと共にジュニアチームでサッカーをしていたこと。試合が終わって家族で帰っていたある日、吹雪を残して家族全員が亡くなってしまったこと。そして、吹雪の中に士郎とアツヤの2つの人格が存在すること。

 ようやく明かされた吹雪の背景にどこか皆納得しているようだった。試合中に吹雪が人が変わったように立ち回ること、雪崩を彷彿とさせる轟音を苦手とすること。様々な要素が今になって線で結ばれ始めた。

 吹雪は度重なるエイリアとの試合で心のバランスが崩れ、精神が崩壊寸前まで追い込まれたのが今回の原因かもしれないという。

 だがその分析は、一部の反感を呼ぶことになってしまう。

 

 

「だったら、どうして吹雪君をキャラバンに誘ったんですか!?」

 

「ッ!」

 

 

 真っ先に声を上げたのは木野だった。なぜそれを知っていたのに吹雪を誘ったのか、試合に起用したのか、こうなるまで気にかけなかったのか。様々な疑念が瞳子に突き刺さる。

 らしくなく食ってかかる木野を一之瀬が宥めるが、瞳子は申し訳なさだったり後ろめたさだったり、様々な感情がぐちゃぐちゃになった表情を浮かべる。

 

 

「……それが、私の使命だからよ」

 

 

 そう言って瞳子は病室を去っていった。暫くの静寂の後、最初に口を開いたのは円堂だった。

 

 

「俺があの時気付いてやれてれば、こんなことには!」

 

「やめろ!お前だけのせいじゃない!これはチーム全体の問題なんだ!吹雪のことも……加賀美のことも」

 

 

 自分を責める円堂を否定する鬼道。そんな言葉の後、視線は吹雪から柊弥へと移る。

 

 

「なあ、加賀美は今までにもあんなことあったのか?」

 

「いや、1度もない。似たような力を世宇子中との試合で見せたが……あの時は今回の暴走、というよりも覚醒という言葉の方が当てはまっていた」

 

「今回の加賀美さんは……正直宇宙人より怖かったっス」

 

「おい壁山……」

 

「いや、俺も同意だよ。もし音無が加賀美を止められなかったら……もしかしたら俺達はあの力にことごとく痛めつけられていたかもしれない」

 

 

 壁山のもっともな感想に土門が難色を示すが、一之瀬も同意を見せる。

 全員が思い出すのはあの試合の中での柊弥の大立ち回り。正しく破壊の権化として暴れ回っていた柊弥の姿は普段とは似ても似つかなく、あまりに印象が深すぎた。

 何故、一体どうして今回のようなことになってしまったのか。全員が考えるが、思い当たる節は多かった。

 

 

「極限のストレスが引き金となり何かが決壊した……」

 

「吹雪だけじゃない。俺達は加賀美にも負担を掛けてしまっていたということか」

 

「確かに、北海道でも大阪でも誰よりも一生懸命特訓してたのは加賀美さんだったでヤンス」

 

「漫遊寺でデザームに焚き付けられてから何か様子がおかしい、とは思っていたわ。けど、ここまでとはね」

 

「柊弥は副キャプテンだから、俺のことも、チームのことも支えようって普段から弱みを見せようとしなかったんだと思う。だからついついそれに甘えちゃって、柊弥がここまで追い込まれているなんて気付いてやれなかった」

 

「それに加賀美君は……入院してる皆のことも人一倍気にかけていたわ。それもあって、強くならなきゃって躍起になってたのかも」

 

 

 柊弥が他とは違う何かを持っているのは全員分かっていた。特に雷門中としてフットボールフロンティアを戦ってきたメンバーは。

 窮地でも諦めず、いつも活路を切り開いていたのは柊弥だった。世宇子との試合では今までにない力を発揮し、あの絶望的な状況から逆転する一手を打って見せた。

 だからこそ、そんな柊弥に知らず知らずのうちに頼ってしまっていた自分達がいることを今の今まで気付けずにいたのだった。

 

 

「俺達は、ここで変わらなきゃいけない。吹雪と加賀美に頼りきりにならないよう、全員で強くならなければ」

 

「……そう、だな。2人のために、エイリア学園に勝つために!」

 

「俺も賛成だ!」

 

「ウチも!」

 

「僕もです!」

 

 

 チームの方針は定まった。今後は2人の負担を減らすためにも、様々な面で強くなることを目指さなければならない。

 そして2人が目を覚まして戻って来た時には、また全員で頑張ろう。そう誰もが決意した。

 ……1人を、除いて。

 

 

「……」

 

 

 その1人が静かに病室を去っていったのに気付けた者はいなかった。

 今回のことを乗り越え、またチームとして強くなれる。そう誰もが信じていたが、知らないところで亀裂は取り返しのつかない所まで大きくなってしまっていた。大きくなりすぎた亀裂はやがて崩壊を産む。それを知る者は……誰もいない。




とうとう爆発してしまった爆弾とそれを理解してしまったチームメイト達のお話でした。
リメイク前は早々にエイリア堕ちした柊弥、今回はどうしようか…と考えた時にまず思いついたのがこの暴走でした。というのも今後の展開に色々繋がってくる一つの場面でして、それを描写できるのは何年先になるか分かりませんがまあそのうち…

にしても柊弥のせいで雷門イレブン全体の湿度がマシマシになりすぎているなあ…まあこれも描きたかった事なんですけどね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第66話 晴れぬ曇り空

以前の更新は感想欄で結構反響がありましたね。中には的を得たコメントもあって感服させられました。
さて、そんなお辛い雰囲気の雷門イレブンですがまだまだその暗雲は晴れません。まだまだ彼らに試練が降りかかります。今回の話もまた厳しいものになってます。それでは…


「風丸!こんなとこにいたのか」

 

「……円堂」

 

 

 ジェネシスとの試合が終わり、柊弥と吹雪が病院に搬送されたのを見届けた後に雷門イレブンは解散となった。ジェネシスとの圧倒的な力の差、吹雪の怪我、そして柊弥の暴走。様々なことがありすぎて疲れ果ててしまった一同は気を紛らわせるかのように様々な場所へ散っていた。

 その中で円堂は海岸の方へと向かった。すると、その視線の先に風丸を見つけて歩み寄る。

 

 

「……今日は完敗だったな。全然歯が立たなかったっていうかさ、アイツら絶対イプシロンより上のチームだよな」

 

「……」

 

「でも、新しい目標が出来た。また明日から特訓だ!」

 

 

 あんなことがあったにも関わらず、円堂は前を向いていた。当然、思うところは無数にある。しかしそれでもキャプテンである自分が沈んでしまってはいけないという責任感が円堂をギリギリのところで引き止めていた。

 対する風丸はと言うと、円堂の言葉に対して俯いたまま何も反応を見せない。ただ疲れているのだろう、と思っていた。それがダメだったのかもしれない。

 円堂は、また見抜けなかった。

 

 

「円堂、俺もうダメだよ」

 

「へ……?ダメって」

 

「もう無理だ、勝てる気がしないんだよ」

 

 

 風丸はぽつりぽつりと呟き出す。最初は耳を疑った円堂だったが、次第にそれが聞き間違いでは無いことに気付いてしまう。帝国との練習試合で手を貸してくれた、過去を振り切って戦ってきた、その脚で何度も窮地を救ってきたあの風丸が、敵の圧倒的な力を前に心を折られてしまっている。そんな事実に円堂は困惑を隠せない。

 

 

「何で、そんなことになるんだよ! 確かに今日は負けたさ! でもあれだけ特訓してきて、あともう少しのところまで来ただろ!?」

 

「……」

 

「これからもっともっと特訓して強くなれば、絶対勝てる!!きっと前みたいに楽しいサッカーが出来る!!」

 

 

 そんな声は、届かない。

 

 

「……ごめん」

 

「おい?風丸?」

 

 

 風丸はおもむろに立ち上がる。そして伸ばされた手は掴まれることなく、その背中を逃がしてしまった。何度も何度も後ろから声が掛けられる。しかし、絶望に染まってしまったその心にはその一切が響かない。

 

 

「俺、お前や加賀美みたいに強くなれないよ」

 

 

 その言葉を残してその場を去ってしまった。円堂にはそれを追いかけることも出来たはずだったのに、それをしなかった。何故なら、最後に風丸が残していった言葉があまりに今の自分にとって残酷なものだったから。ジェネシスからゴールを守ることが出来なかったのはもちろん、それ以上に親友の抱えていた闇に気付けなかったこと、今まさにそのせいで仲間が去ろうとしているという事実が自分を否定し、心をその場に縛り付ける。

 

 

「風丸……」

 

 

 とうとうその背中は完全に見えなくなってしまった。それとほぼ同時、円堂の中の何か糸が切れてしまった。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「風丸君が、イナズマキャラバンを降りた……?」

 

「嘘、っスよね」

 

 

 翌日の朝、風丸が雷門イレブンから抜けたことを瞳子から説明されたメンバーは戦慄する。立て続けに起こるこの不幸、その一つ一つが全員の心を深く抉るあまりにも重いものだった。

 

 

「監督、本当なんですね」

 

「ええ。もう東京へ向かったわ」

 

「じゃあ何で止めなかったんですか!?風丸君はここまで戦ってきた大切な仲間なんですよ!?」

 

「……サッカーへの意欲を無くした人を引き止めるつもりは無いわ」

 

 

 その言葉を皮切りに、積もりに積もった疑念を土門が解き放ってしまった。勝つためにはどんなことでもする、実際吹雪の悩みを知りながら試合に出し続けていたことを瞳子へ責め立てる。

 しかしそれを受けた瞳子は涼しい顔で背中を向け、練習を始めるようにとだけ言い残して去っていってしまう。

 あまりに暗すぎる空気。これから練習だというのにこれではどうしようもないと木野が動き出す。

 

 

「私、風丸君は戻ってくるって信じてるわ!」

 

「……私もです!」

 

 

 木野に音無がそう続くと、鬼道は思うところがあったのだろう、ボールを持ち上げてグラウンドへ向かって歩き始める。

 

 

「始めるぞ、練習」

 

「で、でも」

 

「俺達がサッカーをするのは監督のためじゃない。円堂が毎日言ってるように俺達はサッカーが好きなんだ。そのためにもエイリア学園に勝てねばならない。そうなるためには……特訓だ」

 

 

 明らかに重い空気だったが、鬼道のその言葉で切り替わる。そんな鬼道の背中を追うように他のメンバーもグラウンドへと向かう。風丸が脱退したことへの悲しみも何も晴れたわけではないが、何もしないよりは良い。そんな心持ちだったのだろう。

 だが、その中に一点を見つめたまま動かない者がいた。

 

 

「円堂君」

 

 

 そんな円堂に対して何も知らない木野はボールを差し出す。いつもなら目に爛々と炎を滾らせてそのボールを受け取る、今回もそうだと思っていた。

 しかし、そんな予想に反して円堂はそのボールを押し返してしまった。予想外のことに木野は唖然とするが、間もなくして気付いた。いや、気付いてしまった。

 

 

 円堂の目に、光がないことに。

 

 

「……練習、出来ない」

 

「えっ」

 

 

 ボソリと呟かれたその言葉に木野だけでなく全員振り返って円堂の方を見てしまう。そんな注目も意に介さず、円堂は掠れた声で言葉を続ける。

 

 

「……今の俺はサッカーと真正面から向き合えない。ボールを蹴る資格がないんだ」

 

 

 そう言って何処かへ去っていく円堂を誰も止めることが出来なかった。いつもは大きく、頼もしく感じるその背中は今にも押しつぶされてしまいそうな程に小さく見えた。常に自分達を照らしている太陽が沈んでしまった、そんな言い表せないような何かを全員感じざるを得なかった。

 

 

「アイツ……」

 

 

 それを見た鬼道は焦りを感じずにはいられなかった。柊弥、吹雪の負傷に風丸の離脱、それに加えキャプテンである円堂がこんな状態に陥れば何が起こるか……想像したくもなかった。

 ふと後ろを振り向くと、不安に顔を染めたチームメイト達の姿。円堂が練習に参加せず、柊弥もいない。そんな今、司令塔である自分が折れてどうする? そんな想いが鬼道を突き動かす。

 

 

(円堂、加賀美。今は俺に任せておけ)

 

 

 心の中で鬼道は2人に誓う。お前達が戻ってくるまでは、自分がチームを守ってみせると。

 

 

「……さあ、練習を始めるぞ」

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 あの場から逃げるようにして俺は校舎の屋上へと登ってきた。今日は風が強い。もしかしてこんなところに来ないで特訓しろって背中を押されているのかな。でもごめん、今は……サッカーと向き合える気がしないんだ。

 

 

「……何も、気付けなかった」

 

 

 チャンスはあった、それなのに俺は吹雪のことを何も気付いてやれなかった。吹雪はFWもDFも出来るストライカーだって思ってた。試合になると熱くなって感じが変わるだけなんだって。

 でも、そうじゃなかった。吹雪はずっと苦しんでいたんだ。それなのに俺達は、無責任にアツヤの力ばかり求めてしまった。力になってやるどころか、ただ追い詰めてしまっただけだった。

 

 

「ファイト!!ファイト!!」

 

「声出してけよ!!」

 

「……皆」

 

 

 ふと聞こえた声に視線を向けると、皆がいつも通り声出ししながらランニングをしていた。鬼道が先頭に立って、土門が後ろから発破を飛ばしている。

 ……確か、いつも風丸が土門みたいに声を出してたっけ。

 

 

『もう無理だ、勝てる気がしないんだよ』

 

 

 風丸。帝国との練習試合が決まったけど人が全然足りなかった時、1番最初に入ってくれたのは風丸だった。皆を後ろから見守って、俺の足りないところをいつも補ってくれていた。

 それなのに、俺はアイツのことを何も分かっていなかった。チームを離れることを考えるほどに思い詰めていたのに。

 

 

 ポツリ、ポツリと空から雫が落ちてきた。間もなくしてそれは雨へと変わり、雷まで鳴り始める。一瞬で全身がずぶ濡れになるけど、今はこの場を動きたくない。

 

 

「柊弥ッ……!」

 

 

 雷が落ちると、柊弥のことを思い出してしまう。アイツはいつだって雷みたいだ。ガムシャラな俺とは違って、いつも落ち着いている。けどサッカーとなると雷みたいに激しいプレーをする熱いヤツなんだ。

 そういえば、俺が初めて誰かとサッカーをやったのも柊弥とだった。母ちゃんにサッカーを許してもらえなくて、不貞腐れて公園に行ったら1人でボールと遊んでいたヤツがいたんだ。それが柊弥だった。

 

 

『君、サッカーやりたいの?俺とやろうよ!』

 

『いいの!?やりたいやりたい!!』

 

『俺は加賀美 柊弥!よろしく!』

 

 

 それから、俺は柊弥とサッカーを始めた。知らないところでサッカーをしてたことが母ちゃんにバレた時は怒られたけど、確か柊弥が家まで来て説得してくれたんだったっけ。

 あの出会いがなければ俺はサッカーをやっていなかったかもしれない。柊弥とボールを追いかけたあの日が全ての始まりだったんだ。

 俺がサッカーをする時、いつも隣には柊弥がいてくれた。クラブチームに通えなくて河川敷でサッカーをしていた時も、雷門に入学してサッカー部を復活させた時も、フットボールフロンティアで優勝した時も。

 なのに、その柊弥は今ここにはいない。俺が柊弥に背負わせすぎたせいで、それに潰されてしまったんだ。

 

 

 全部、俺のせいなんだ。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「……円堂は昨日からあのままか」

 

「うん、食事とほとんど取ってなくて……」

 

 

 翌日になっても円堂は屋上から降りてこようとはしなかった。食事と睡眠の時は降りてきたものの、まともに食べず、寝ている時も何処か苦しそうだった。

 やはりショックはかなり大きい。今は時間が気を紛らわせてくれるのを待つしかないだろうと鬼道は前を向いた。

 

 

「おはようございます!」

 

「立向居君、どうしたの?」

 

「円堂さんに用事があって……でもいないみたいですね」

 

 

 何も知らない立向居は円堂の不在に疑問を持つが、木野がそれとなくはぐらかす。

 

 

「じゃあ、伝言をお願いしてもいいですか?」

 

「ええ」

 

「円堂さんが究極奥義、正義の鉄拳を身につける前に俺がマジン・ザ・ハンドを完成させます!負けませんよ!とお伝えください、それでは!」

 

 

 そう言い残して立向居はハツラツと駆けていった。これで良かったのだ。今の円堂のことを聞かせたら、あの熱意がどこかへ行ってしまうかもしれない。それだけは出来なかった。

 

 

「何時もなら、今の立向居の言葉で奮い立つんだろうな」

 

 

 鬼道がそう呟いて屋上を見る。フェンスに身を預けたまま微動だにしない円堂がそこにはいた。だが円堂を見ているだけでは何も動かない。それを理解している鬼道はテキパキと練習の指示を飛ばす。

 

 

「……円堂君」

 

 

 その横で夏未がある決意をした。練習用のボールを1つ手に取り、そのまま屋上へ続く階段を登った。重い扉を開けると、そこには項垂れたままの円堂がいる。

 夏未はその目の前まで寄り、声を掛ける。

 

 

「立ちなさい!立って、私のシュートを止めなさい!」

 

 

 夏未は円堂にそう言い放つ。円堂は少し驚いたような表情で顔を上げるが、すぐにまた俯いてしまう。一瞬見えたその目はやはり曇っていた。それを見た夏未は胸が締め付けられるような苦しさを覚えるが、その手に持つボールを円堂へと蹴る。飛んでくるボールに対して無防備なままの円堂は当然その衝撃をそのまま受ける。マネージャーに過ぎない夏未のシュートなどさほど痛くはない。真に痛むのは……ボールを蹴ったはずの夏未の心だった。

 

 

「何よ!落ち込んでいたって何も変わらないじゃないッ!?立ってボールを止めて見なさいよッ!!」

 

 

 懇願にも似たそんな悲痛な叫びが円堂に突き刺さる。それでも円堂は動かない、話さない。夏未の中の円堂 守とは、今目の前で燻っているような男ではなかった。近くにいるとその熱が自分にも移ってしまうんじゃないかと思えてしまうような、まるで太陽みたいな男だ。

 こんな声を掛ければいつもは奮い立つはず。しかし、そんな期待はビリビリに破られた。

 

 

「───ッ!!」

 

 

 辛かった。いつもこのチームを引っ張ってきた円堂がこんなに暗く沈んでいることがあまりに辛すぎた。それ以上に、自分が円堂の助けになれないことが何より重い。目頭が熱くなり、喉の辺りが苦しくなってくる。その言葉にできない辛さに耐えかねて夏未はその場から走り去ってしまう。

 

 

「夏未さん」

 

「木野さん……あなたも?」

 

 

 その時、夏未は木野が持っているものに気が付いた。それは夏未が円堂の元を訪れている間に他のメンバーが円堂のためにと握ったおにぎり。昨日からまともに食事をとっていないなら、きっと腹を空かせているだろう。そんな木野の提案で練習を中断してまで握ったものだ。

 

 

「お腹、空かせてるかなって」

 

「ええ、そうね。私ちょっと風に当たってくるから……お願いね」

 

 

 夏未はそう言って階段を降りていく。それを見送った木野は再び扉を開けて円堂の元へ。

 

 

「円堂君、これ皆で作ったの。おばさんのより美味しくないかもしれないけど……食べて?」

 

 

 夏未に続く来訪者に円堂は少し顔を上げるが、やはりその目は虚ろなまま。きっとまだその時じゃない。そう自分を納得させて木野はその場を去る。

 残された円堂は、そのおにぎりを見てまた自己嫌悪に陥る。皆が自分のために色々してくれているというのに、自分はこんな有様。このままじゃいけない。そう分かっているが、動くことは無い。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「旦那様、失礼します」

 

「どうぞ」

 

 

 襖の向こうから研崎が姿を見せる。その片手には銀色のアタッシュケース。それを見た吉良は珍しく口を歪ませる。

 吉良の正面に座った研崎は早速と言わんばかりにそのケースの中身を見せる。中に大切にしまわれていたのは()()()()()()

 

 

「こちらのエイリア石……200%の出力が確認されました」

 

「それはそれは……何よりです」

 

「これはもはやエイリア石ではありません。在り来りなネーミングですが……()()()()()()()とも言うべきでしょうか」

 

 

 吉良はそれを聞いて高らかに笑う。真・エイリア石と言い改められたその存在は、自分の計画の価値を跳ね上げるという確信があるからだ。長い時間をかけて進めてきたこの計画がここに来て更に飛躍するというのだから、心躍らないはずがなかった。

 

 

「ヒロトは何処に?」

 

「彼は先程グラウンドに向かっておりました……加賀美 柊弥との接触で何か焚き付けられたのでは?」

 

「そうですか。それもまた良いでしょう」

 

 

 

 

 研崎の言った通り、ヒロトはユニフォームに着替えてグラウンドに来ていた。その場にはヒロト1人しかいない。しかし、その目にはしっかりと映っていた。あの時対峙した怪物、興味の対象が。

 

 

「加賀美君、また君とサッカーやりたいな」

 

 

 直後、ヒロトは閃光と化す。再び来るであろうあの血湧き肉躍る戦いに備え、今以上に力を高めるために。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「加賀美君、吹雪君……それでも私は、貴方達を試合に使うわ」

 

 

 病院のある一室、そこには柊弥と吹雪は入院していた。先日運び込まれた2人は未だ目を覚まさず、ただ眠り続けている。そんな2人を瞳子は見舞いに来ていた。返事など当然返ってこないが、瞳子は2人へ不退転の決意を話す。

 だがその時、片方がピクりと動いた。

 

 

「ぅあ……ぁぁ……」

 

「加賀美君!?」

 

「監督、失礼します!」

 

 

 動いたのは柊弥。これまで一切の反応がなかった柊弥だったが、声を漏らしながら身体が動いた。突如のことに声を上げた瞳子、そして病室の外で様子を伺っていた夏未がその声で病室へと入る。

 

 

「うぅ……」

 

「加賀美君!しっかり!夏未さんナースコール!」

 

「はい!」

 

 

 意識が戻ったのならまずは医者を呼ぶべきだ、そう判断した瞳子は夏未にナースコールのボタンを押させる。間もなくして医師と看護師が病室へ駆け込んでくるが、柊弥は依然として呻き声を上げるのみ。

 

 

「加賀美さん!聞こえますか!」

 

「嫌だ、何でこんな……嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ……」

 

「加賀美君!!気をしっかり保つんだ!!」

 

 

 ようやく言葉としてまとまったそれは、拒絶の声。何が起こっているのかは分からないが、激しく気が動転している。その場にいた全員が柊弥に声を掛けるが、それが聞こえていないのか柊弥は未だもがき苦しむのみ。

 

 

「嫌だァァァァァァァァァッ!!」

 

 

 突然柊弥は声を荒らげ、身体が跳ねる。ベッドから落ちては頭を強打する可能性もある。それを防ぐために医師と看護師は柊弥の身体を必死に押さえつける。怪我人として運び込まれて来たとは思えないパワーに驚くも、必死に押さえる。

 それは1分程続いた時にプツンと切れた。急に電池が無くなったように動かなくなった柊弥。どうやら再び眠りについたようだ。

 

 

「先生、加賀美君は……」

 

「……精神科医の友人に聞いたことがあります。酷いストレスを抱えて入院してきた患者は、先程のように寝ている時に急に暴れ出すと。恐らくそのストレスが原因で酷い悪夢を見たのでしょう。今は安定したようですが……次同じことが起こらないとも言えませんな」

 

「……そうですか」

 

「お二人のお見舞いが終わったらしばらく看護師を付けておきましょう。何が起こるか分かりません」

 

「それでしたら悪しからず。今日はもう帰りますので」

 

 

 そう言って瞳子は夏未を連れて病室を後にする。

 

 

「……監督、お願いがあります」

 

「それは円堂君を励ますことかしら? それなら逆効果よ。私は今まで皆に隠し事をしてきたのだから」

 

「そんなことではありません。監督は監督のままでいてください……それだけです。失礼します」

 

 

 監督であれ。そうとだけ伝えて夏未は先に帰って行く。その背中を見送りながら、瞳子は呟いた。

 

 

「……私なんかが、本当にこのチームの監督が良かったのかしらね」

 

 

 その言葉に込められたのは後悔、侮蔑、謝罪といった様々な感情。今こんな状況になっているのは間違いなく自分の責任。きっと響木あたりに任せた方が良かったのだろう。

 だがそれでも、今ここで歩みを止めるわけにはいかなかった。父の……吉良 星二郎の計画を止められるのは、自分とこのチームしかいないと確信しているから。

 

 

「報いは必ず受けるわ。けど今は……私が監督であることを許して欲しい」

 

 

 そう呟いて瞳子は歩き出す。己のやるべきことをやるために。




サラッと明かされる柊弥と円堂の出会いの日。こんなタイミングで明かすものじゃないだろ?ご最もです…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第67話 再始動

執筆間に合わなかったので1日ずらして更新です。週一であることには変わりないのでどうか許して…


「大変です!栗松君が!!」

 

 

 早朝のキャラバン、音無の悲鳴じみた声に何事かと寝ていた者達も目を覚ます。声の方向には1枚の紙を握りしめた音無がいた。

 

 

「どうした?」

 

「こ、これを…」

 

 

 それは手紙だった。最も、エイリア学園との戦いに身を置く彼らに向けた激励の手紙などではない。それとは真逆の、今のこの重く苦しい状況に追い打ちをかけるような非情な置き手紙だ。

 

 

「…栗松ッ」

 

 

 それを真っ先に読んだ円堂が名前を口にしたことで、栗松に関する内容であると周囲は理解する。そして続けて円堂がその手紙を読み上げてくと、次第に悲しそうな、悔しそうな…そんな声があちこちから聞こえてくる。

 そこに記されていたのは、栗松がキャラバンを降りることと、黙っていなくなることへの謝罪だった。

 

 

「そんなの…そんなのないっスよ、栗松」

 

 

 特にダメージが大きかったのは壁山だった。壁山と栗松は同学年かつ同じDF、そんな相棒的存在である栗松が知らぬうちにいなくなってしまったのだ、精神的ショックが大きくないわけがなかった。

 当然それは他のメンバーも同様だ。同じくDFで面倒見の良かった土門、背丈も近くイタズラでのいざこざこそあれど仲の良かった木暮など、各々が悲痛な表情を浮かべている

 

 

 そして、それが更なる追撃となってしまう者もいた。

 

 

「栗松…」

 

 

 そう、円堂だ。柊弥、吹雪の入院。そして風丸の離脱。その時点で既に憔悴しきっていた円堂にとって、その凶弾はあまりに致命的すぎた。闇に沈んだその心は更に深く、真っ暗な闇へと沈んでいく。

 それを読み終えた円堂は昨日と同じようにフラフラと屋上へと行ってしまう。まるでどこかへ逃げるように、不安定な足取りで。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「円堂君をメンバーから外します」

 

「そんな!!」

 

 

 栗松の離脱を知ってもなお、円堂を除く他のメンバーは特訓に勤しんでいた。最も、昨日よりも明らかに集中力が欠けているが。指示を飛ばしても、ボールが行ったぞと声を掛けられても毎回のようにワンテンポ反応が遅れている。

 そんな中、唯一前を向いていたのは鬼道だった。円堂も柊弥も今この場にいない、そして影でチームを支えていた風丸もいなくなってしまった。そんな状態でこのチームを導けるのはもう自分しかいない。そんな想いが鬼道の背中を押していた。

 

 

 そして、そんな状況を見て瞳子が集合を掛けた。その時瞳子の口から告げられたのはあまりに衝撃的すぎる内容だった。なんと、円堂をこのチームから外すというのだ。雷門中サッカー部として戦った者達にとっては絶対的なキャプテン、イナズマキャラバンから参加したメンバーにとっても後ろを守る頼れるキャプテンである円堂をチームから外すという指示に反対意見が出ないはずがなかった。

 

 

「もう決めたことよ。鬼道君に新キャプテンをお願いするわ、よろしく」

 

「…お断りします」

 

 

 チームにおいて絶対的、とも言える監督の指示を鬼道は毅然として一蹴した。その鬼道に一瞬驚きを示すも、他のメンバーもそれに頷く。

 

 

「このチームのキャプテンは円堂だけです!アイツは必ず勝ち上がります…それが、円堂 守だからです!」

 

「…明日、ここを出発するわ。誰もついてこないなら新しいメンバーを探すだけよ」

 

 

 自身に向けられた反対の視線を全て無視し、瞳子はそう言い放つ。瞳子にとってエイリア学園の撃破は至上命題。イナズマキャラバンのメンバーがもう自分にはついていかないと言うのなら、それを切り捨ててまた新たなメンバーを探しに行く。そう決まっていた。

 

 

(柊弥先輩…もし、先輩が帰ってきてくれたら)

 

 

 そう思った時、音無は既に走り出していた。急に走り出した音無に驚く一同だが、向かった方向を見てその目的を察し、止めるのを止めた。向かったのは校門…つまり、学校の外。今この状況で音無が1人で向かう場所なんて、決まっている。それを止める理由、止めていい理由はなかった。

 

 

(鬼道君の言う通り、円堂君は必ず戻ってくる…そのために、今出来ることは!)

 

 

 そして、そんな音無を見て思い立った木野は動き出す。今このチームが再起するために必要なピース。それは間違いなく円堂の復活。その暗く沈んだ心に再び炎を宿すにはどうすればいいか?そのために音無は動いた、ならば、自分にもできることをやろう。そう思った。

 

 

「鬼道君」

 

「──なるほど、分かった」

 

 

 木野は鬼道に耳打ちをする。そこで交わされたやり取りを元に鬼道が指示を飛ばし、他のメンバーも動き出す。それを見た木野は次の手を打つために走る。

 やってきたのはグラウンドから少し外れた場所。そこではたった1人でタイヤと向き合いながら特訓している者がいた。

 

 

「立向居君、ちょっといい?」

 

「はい、なんでしょう?」

 

 

 そう、立向居だ。マジン・ザ・ハンドを習得するために円堂から教わったタイヤ特訓にひたすら打ち込んでいた立向居。そんな立向居こそ、円堂復活のきっかけになってくれると木野は思った。

 

 

「少し提案があるんだけど──」

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 そこは、真っ暗な世界だった。ここに存在する全てのものが黒の絵の具で塗り潰されたような、そんな場所。その世界の真ん中で、俺はただ1人立ち尽くしていた。もう何時間、何日…いや、何年もこうしている気がする。

 俺は何でこんなところにいるんだろう?何も思い出せないな。そもそも、俺は一体誰だったっけ。

 

 

「加賀美…なんで…どうして…」

 

 

 どこからか苦しそうな声が聞こえてきた。加賀美、それが俺の名前なのか?というか、この声の主は一体どこにいるんだ?

 その時、見えない何かから解放されたかのように身体が動いた。脚が動く、これでさっきの声を探しに行けるな。俺が誰なのか、ここはどこなのか知っているかもしれない。

 

 

「おーい、何処にいるんだ?」

 

 

 俺は声のした方へ歩く。だが、延々と真っ暗な光景が続くのみで何も見えてこない。次第に俺は歩き疲れてその場に座り込む。

 

 

「柊弥…助けて…」

 

 

 また声がした。加賀美 柊弥…どうやらそれが俺の名前らしい。今度はその声がした方へと走る。俺の脚はこんなに重かっただろうか、あの時はもっと、まるで雷のような速さでフィールドを駆けていたはずなんだけどな。

 …あれ?俺、今何を考えていたんだ?

 

 

 鉛のように重い両脚を必死に動かす。あの声の正体を突き止める為に、ただひたすらに。けれどもやっぱり景色が変わることは無い。目の前に広がるのは、無限に続く闇なんじゃないかとすら思えてきた。

 だが、俺の奔走は無駄じゃなかったらしい。ようやく光が見えてきた。俺はそれに向かってまた走る。

 依然として周囲は真っ暗。だがある場所だけ光に照らされていた。ここは一体何処だ?

 

 

 …いや、俺はここを知っている。サッカーグラウンドだ。何度も立ってきた、俺にとっての戦場。その真ん中に転がっている白と黒の物体もよく知っている。

 それを手に取った時、俺の身体は軽くなった。無性にこの物体…いや、サッカーボールと一緒に走りたくなってきた。

 

 

「よし」

 

 

 俺は一呼吸おいてスタートを切った。先程の脚の重さが嘘みたいに動く。速い、心地良い。そうだ、これが俺の生きがいだった、サッカーから全てが始まったんだ。

 よし、このままシュートを撃とう。誰もゴールにいないが、きっと気持ち良いはずだ。

 

 

「いくぞッ」

 

『どうして』

 

 

 脚を振り上げたその時、何かが脚に纏わりついた。真っ暗な影のような何か。それはあまりに気持ちが悪く、俺は焦りのあまりその場に転げてしまう。引き剥がそうと必死に手を伸ばす。しかしそれに実態はないようで、その影をすり抜けるように俺の手はただ脚を掻きむしるだけだった。

 嫌だ、気持ち悪い。それだけじゃない。何かが、声が頭の中に流れ込んでくる。

 

 

『加賀美さんのせいで、俺達はこんなことに』

 

『どうして、どうしてこんなことしたんだ』

 

『お前が弱いから負けた』

 

『貴方は本当に役に立たないのね』

 

『お前なんか、俺の親友じゃない』

 

『…消えろ』

 

 

 それは俺に向けられる罵詈雑言の嵐。誰だか分からないのに、聞いたことがある声だ。それは止まることなく、俺の頭に木霊する。

 何でだ、誰かも分からないヤツらからの言葉なんて気にならないはずなのに、ナイフで抉られたように痛く、苦しい。

 

 

「クソ、クソッ!!」

 

 

 脚に纏わりつく何かは未だに離れてくれない。それどころかどんどん増えていき、脚から上へと登ってくる。それに比例するように聞こえる声はどんどん多く、大きくなっていく。

 次第に全身が切り刻まれ、締め付けられているかのように痛み出す。そして段々と息が出来なくなり、視界がぼんやりとし始める。

 俺は、ここで死ぬのか?自分が何者かも良く分からないまま、何処かも分からない場所で死ぬのか?

 そんな、そんなのあんまりじゃないか?

 

 

「嫌だ、俺は…俺はッ」

 

『…輩、…先輩』

 

 

 霞む視界、目の前に淡い光が輝いたのが見えた。そこから声が聞こえる。無限に頭に流れてくる声とは違う、何処か暖かい、そんな声だ。

 俺はその光に夢中で手を伸ばす。思い通りに動いてくれない身体を無理やり動かして、その光に触れる。すると──

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 私は福岡の病院へやってきた。監督がキャプテンを外すと告げて去った瞬間、動かずにはいられなかった。このチームは私の宝物。キャプテンがいなくなったら、それが壊れてしまう。そう思った時にはもう走り出していた。

 このチームを支えていたのはキャプテンだけじゃない、あの人もなんだ。それと同時に誰よりキャプテンを支えていたのもあの人、柊弥先輩だ。今のチームにはキャプテン、そして柊弥先輩が必要不可欠。その柊弥先輩を起こす役目は、私以外の誰にも譲りたくない。

 だってあの時、どんなことがあっても傍にいると、そう誓ったんだから。

 

 

「柊弥先輩!」

 

 

 その扉を開けると、そこには目を閉じたまま動かない柊弥先輩がいた。運び込まれた時は吹雪先輩と同室だったけど、何かがあって別室になったらしい。

 私はベッドの横に置いてある椅子に座り、ただ柊弥先輩を見守る。今の私にはこれしか出来ない。誰よりも近い場所で、目を覚ますのを待つこと、それが私の使命だ。

 

 

「ぐっ…ぁぁっ」

 

「えっ、今…」

 

 

 今、確実に聞こえた。柊弥先輩の声が。ふと顔を見ると、寝ているにも関わらずその表情は苦しそうだ。

 

 

「嫌だッ…嫌だッ…!!」

 

 

 そして、嫌でも聞こえるくらいの声で拒絶の声をあげる。次第に息が乱れていき、何かにもがくように全身が震え出す。

 こんな苦しそうな柊弥先輩は見たくない…けど!

 

 

「柊弥先輩、しっかり!」

 

 

 目を逸らしちゃダメ。決めたんだ、絶対近くにいるって、柊弥先輩が誰にも頼らないなら、私が頼られる存在になるんだって。

 掛け布団がはだけた手を両手で包み込む。壊れてしまわぬように、そっと優しく。

 

 

「ぐ、ぁぁぁッ!」

 

「先輩…柊弥先輩!!負けないで!私が傍にいるから…だから戻ってきてください!」

 

 

 次第に苦しみの声は大きくなる。血でも吐くんじゃないかというくらいに藻掻き苦しんでいる。けれど私は絶対に目を逸らさない。何があっても、絶対に受け止めてみせる。

 

 

「は…るな…ッ」

 

「…え?」

 

 

 今、私の名前を呼んだ。聞き間違いじゃない、間違いなく私の名前を口にした。

 そして、私は目にした。

 

 

 柊弥先輩の目が、薄らと開き始めたのを。

 

 

「…春奈」

 

「柊弥、先輩?」

 

「ここは…病院?何でこんなとこに──」

 

 

 気付いた時、私は柊弥先輩に抱き着いていた。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「見て、円堂君。グラウンドの皆を」

 

 

 陽花戸中の屋上、木野は再三円堂の元を訪れていた。音無が動き、自分が動き、他の皆も動いた。皆が円堂の為に一丸となって動いている、だからこれで絶対に円堂にいつもの調子を取り戻させる。そのつもりで木野はここにいる。

 

 

 木野にそう声を掛けられて円堂は視線を下に降ろす。そこには、昨日まではいなかった立向居がゴール前に立っていた。

 

 

「お願いします!」

 

 

 立向居がそう声を張ると、その前に立つ一之瀬と鬼道が走り出す。一之瀬が跳ぶとほぼ同時、鬼道はボールを上に送る。ボールが昇ってくる位置にピッタリ構えていた一之瀬はヘディングでボールを叩き落とし、落ちてきたボールを鬼道が更に送り出す。

 

 

ツインブーストッ!!

 

「今度こそッ」

 

 

 対する立向居も構える。その構えは、円堂が血のにじむ特訓の果てに身につけた祖父の遺産、マジン・ザ・ハンドと同じもの。

 立向居の周囲に蒼色のオーラが溢れ出す。とめどなく溢れるそれは同じ色の魔神を創り出すが、その姿は所々が透けており、不完全さを際立たせている。

 

 

「マジン・ザ・ハンド!!」

 

 

 そんな不完全な技で受け止め切れるほどツインブーストは甘くない。魔神をかき消しながら突き進むシュートは立向居ごとゴールへ突き刺さった。

 

 

「くッ…もう1回!!」

 

 

 もう何度もこれを繰り返しているのだろう、立向居は既にボロボロだった。それでも決して立向居の目から炎が消えることは無い。そんな姿に、円堂は見覚えがあった。

 

 

「立向居」

 

「立向居君は、絶対に諦めない円堂君の姿に憧れてあんなに頑張っているんだよ」

 

 

 視線の先ではまたも立向居はゴールに押し込まれている。苦しそうに咳き込みながらもまた立ち上がり、前を見る。

 

 

「思い出して円堂君、皆の大好きな円堂君は…こんなところで落ち込んでいるキャプテンでは無いはずだよ!」

 

 

 その言葉は円堂の心に深く突き刺さった。だが、それは円堂を前に押すにはまだ足りない。

 しかしその時、円堂の目に信じられない光景が映った。

 

 

「絶対諦めるもんかァァ!!」

 

 

 それはまさに決死の咆哮だった。今まで見せたこともないような気迫で立向居は構える。その時全身から迸ったのは今までとは比較にならないほどの凄まじいエネルギー。円堂は今まで似たようなものを見たことがある。自分も経験したし、他者がそれをやっている姿も見た。

 

 

 それは、覚醒の予兆。

 

 

マジン・ザ・ハンド"改"ィ!!!

 

 

 姿を現したのは威風堂々たるマジン。その強大さは、他の誰でもない円堂自身がよく知っていた。何故なら、自分が何度も呼び出してきたそれに引けを取らないものだったから。

 

 

「オォォォォォォォッ!!」

 

 

 真正面からツインブーストを捉えた立向居は再び咆哮する。それに呼応するかのようにマジンのパワーも膨れ上がり、爆発したかのような光が周囲を包み込む。

 視界を守るように目を隠した円堂が次に見たのは、完璧にツインブーストを止めて見せた立向居の姿だった。

 

 

「…やった、やったァァァ!!出来ましたよ円堂さん!!」

 

 

 立向居が飛び跳ねながらこちらに手を振ってくる。円堂は先程の光景に心を奪われたかのように立ち上がり、それを見ていた。

 

 

(世宇子戦の前にどんなに特訓しても完成しなかったマジン・ザ・ハンド。でも、今の立向居は諦めなかった。だから完成したんだ)

 

 

 屋上からの転落を防止するフェンスを掴んでいたその手に力が篭もる。

 

 

(そうか、大切なのは…諦めない心だった)

 

 

 その時、円堂の目には前と同じような光が宿っていた。何があっても決して逃げない、仲間と共に戦っていた時と同じあの光だ。

 

 

「…ありがとう、俺は諦めない。エイリア学園に勝って大好きなサッカーを取り戻す!いつか風丸や栗松達が戻ってくることを信じて!」

 

 

 円堂は走り出した。今すぐあの仲間達の輪の中へ、自分の居場所に戻るために。それを見た木野は安心したように微笑んでその背中を追う。

 

 

「皆!!」

 

「円堂!」

 

「キャプテン!」

 

 

 不意に響いてきたその声に全員振り向いた。その視線の先からは手を振りながらこちらへ走ってくる円堂の姿。それだけで全員確信した、いつもの円堂が戻ってきたと。

 

 

「…どうやら、持ち直したようね」

 

「監督!すみませんでした!俺、もう一度戦います!」

 

「ええ。けれど、もう一度チームに必要ないと思ったらその時は容赦なく置いていくわよ」

 

「はい!よろしくお願いします!」

 

 

 立向居のマジン・ザ・ハンドの完成。そして円堂の復活。そのことに沸き立った雷門イレブンは前のような活気を取り戻した。

 そして、朗報はそれだけではなかった。

 

 

「それともう一つ…さっき音無さんから連絡があったわ。加賀美君が目を覚ましたみたい。それに病院から吹雪君も意識が戻ったと連絡が来たわ」

 

「2人共!良かったぁ…」

 

「明日の午前中、出発前には合流出来るみたいよ」

 

 

 入院していた柊弥、吹雪も意識が戻った。怪我なども問題ないようで、明日には戻ってくるようだ。

 

 

「よーし!雷門イレブン、再始動だ!!イプシロン、そしてジェネシスを倒すためにまた特訓するぞ!!」

 

『おお!!』

 

 

 一度は崩壊しかけた雷門イレブンは再び結束する。確かに失ってしまった仲間もいる。けど、この戦いが終わった時にはまた皆でサッカーが出来るはず。そう思うと、こんなところで立ち止まっていられないと自然と脚が動き出す。

 雨降って地固まる。このチームは、試練を乗り越える度に更に強くなるチームだ。彼らがエイリア学園を倒すのも…そう遠くない未来のことかもしれない。




円堂が再び立ち上がり、持ち直した雷門イレブン。
意識が戻った柊弥、そして吹雪は何を思うのか…?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第68話 予兆

今回はかなーーり短めです。命だけは勘弁してやってください。


「良かった……目を覚ましたか、加賀美君」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 

 とある病院の一角、目を覚ました柊弥は医者と話していた。意識が戻ったと言えど緊急搬送された身、本人にしか分からない何かがあるかもしれない。それのカウンセリングも兼ねられていた。

 

 

「特に問題はありません、動こうと思えば今すぐにでも動けます」

 

「そうか……だが、大事をとって今日一日はここにいなさい。退院の手続きはしておく」

 

「わかりました」

 

 

 そういってカウンセリングは終わり、医者は病室を出る。それと入れ替わるようにして音無が入ってきて椅子に座る。

 

 

「柊弥先輩」

 

「春奈……心配かけた、ありがとう」

 

「良いんです、私は柊弥先輩が戻ってきてくれただけで十分です!」

 

 

 春奈はそう言って眩しい笑顔を柊弥に向ける。それを見て柊弥の頬も少し緩むが、何かを思い出したように再び顔を引き締める。

 

 

「それであの後……一体どうなったんだ?教えてくれ」

 

「……わかりました」

 

 

 音無は全てを話した、あの試合で一体何があったのか。ただし、一部を隠して。試合中に暴走して1人でジェネシスと衝突したことはそのまま伝えた。しかし、ジェネシスの退却後のことについては話さなかった。自分に、仲間にそんな力を向けていたことを知れば柊弥は罪悪感で潰れてしまうと思ったから。これは音無だけでなく瞳子含めた雷門イレブンの総意だ。

 

 

「試合中に暴走……そんな情けないことになってたなんてな」

 

「そんなことないです、柊弥先輩の奮闘がなければどんなことになっていたか……それと」

 

 

 音無は口を噤む。そう、どうやってもそのまま伝えなければならない話があるのだ。こればかりは隠してもどうにもならない。柊弥がチームに戻れば直ぐに気付いてしまうことなのだから。

 

 

「風丸先輩に栗松君が、キャラバンを降りました」

 

「……は?」

 

 

 それを聞いた柊弥は手に持っていたペットボトルを落とし、言葉を失う。何を言っているか分からないといった表情のまま訊ねる。

 

 

「嘘だろ、何で風丸と栗松が?怪我でもしたのか?」

 

「……いいえ。2人共もう戦えないって、そう言って知らないところで」

 

「……風丸、栗松」

 

 

 柊弥は拳を握りしめながら歯を食いしばる。また仲間達が去ってしまった。しかも、怪我ではなく、今回は心の問題で。栗松はまだ1年生、これだけのことがありながらも必死に戦ってきた。けれど、それもここで限界が来た。そして風丸は強い男だった。チームを守られなければと奮起していた柊弥のことを気にかけてくれるような、背中を任せられる男だ。そんな風丸もいなくなってしまった。

 

 

「……あの時、本当は風丸も辛かったんだな」

 

「あの時?」

 

「福岡に着いた時、風丸は俺のことを気にかけてくれてたんだ。1人で抱え込むな、自分を頼れって。風丸がああやって言葉をかけてくれたのは初めてだったんだ。本当は、自分も不安だったことの裏返しだったのかなって」

 

「そんなことが……」

 

 

 その時、柊弥の中で再びあの想いが激しく燃え上がる。チームを守らなければ、もっと強くならなければという頼もしくもあり危なくもある感情だ。

 そして音無は柊弥の目付き、雰囲気がガラリと変わったことに気付いた。いつも柊弥を見ていた音無だからこそ気付けたことだ。このままだと、またどこかで柊弥は壊れる。

 

 

 そう思った時、音無は柊弥を優しく抱き締めていた。

 

 

「……春奈?」

 

「柊弥先輩が誰よりもチームを気にして頑張ってることは分かってます、けどお願いですから頑張りすぎないで……これ以上何かあれば、私はもう耐えられません」

 

 

 自分を包む優しい体温、向けられた優しい言葉。それを突き放すことなんて出来るはずもなかった。

 柊弥は腕を伸ばし、そっと抱き締め返す。一瞬音無の身体が跳ねるが、お構い無しに抱き締める。

 

 

「大丈夫だ。春奈が伝えてくれたあの想いに応えるまで俺は折れない。だからもう少しだけ、待っていてくれ」

 

「……はい、絶対ですよ」

 

 

 その言葉を最後に2人は離れる。柊弥は落ち着き払っているが、音無は対照に顔を真っ赤にしている。

 

 

「……顔、真っ赤だぞ」

 

「し、仕方ないじゃないですか!まさかやり返されるとは……」

 

「自分から仕掛けたのにな?」

 

「ぐ、ぐぬぬ……」

 

 

 ここ最近の柊弥からは考えられないような軽口が飛んでくる。その事実に音無はそっと胸を撫で下ろした。この様子なら大丈夫だろう。そう思って椅子から立つ。

 

 

「それじゃ私はそろそろ戻りますね。柊弥先輩が大丈夫だったことを皆に伝えてきます!」

 

「ああ。気をつけてな」

 

 

 そう言って音無は病室を後にした。足音がどんどん遠ざかっていくのを聞き届け、柊弥は立ち上がって窓から外を眺める。

 

 

「……ごめんな」

 

 

 そして柊弥はもうここにはいない音無に謝る。理由は単純、さっき掛けた言葉に一部嘘が混じっていたから。

 

 

「やっぱり、俺が頑張るしかないんだ」

 

 

 音無が本気で自分のことを案じてくれていることくらい分かっていた。だからこそ柊弥は演じたのだ、もう無理はしないと。だが柊弥は、今まで通り自分1人で背負う気だった。それは全て仲間のため……のつもりだ。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「皆、心配掛けた」

 

「柊弥!!おかえり!!」

 

「もう身体は大丈夫なのか?」

 

「ああ、少し鈍っているとは思うが」

 

「じゃあ吹雪が合流するまで少しだけ蹴ってくれよ!」

 

 

 翌日、柊弥は無事雷門イレブンに合流していた。目を覚ましたとは聞いていたが実際に戻ってくるとその安心感は段違いだった。

 午前中の内に出発する予定だったが吹雪の合流が少し遅れているため一同は待機となっていた。その時間を使って柊弥のリハビリがてら少しサッカーしようと円堂が提案する。

 

 

「あのっ!俺も良いですか!?」

 

「ああ。立向居、だっけか。よろしくな」

 

 

 円堂が熱を取り戻した時、立向居はイナズマキャラバンへの参加を希望した。マジン・ザ・ハンドが完成した時に自分も連れて行ってくれと言うつもりだったらしい。既に立向居の同行は瞳子からも許可が降りており、音無から柊弥も聞いていた。

 

 

「退院直後だ、程々にしておけよ」

 

「分かってるさ」

 

 

 鬼道の念押しに柊弥は頷きながら準備運動を終える。ゴールの前には立向居。その横で円堂が見守っている。

 立向居と対峙した柊弥は気付いた。この前1度シュートを打ち込んだ時の立向居とは別人であることに。この短期間で一体どんな成長を遂げたのか、それを確かめるために柊弥は小手調べから意識を切り替える。

 

 

「おいおい、加賀美のやつあんなこと言っておきながら本気じゃないか?」

 

「あの馬鹿……」

 

「と、柊弥先輩らしいよ……あはは」

 

 

 土門や鬼道から呆れ声があがるのは当然だった。撃つなら轟一閃だと思っていたのだろう。しかし、柊弥が選んだのは自身の最強シュートであるあの技だった。

 

 

雷帝一閃

 

 

 そう、雷帝一閃だ。とはいえ全力ではない。流石に病み上がりのこの身体で全力の雷帝一閃を撃とうものならどんなことになるか分からない。それを見極めた上でだいたい半分くらいの出力に留めていた。それを察して見ていた者達もほっとするが、それでもその威力は轟一閃を遥かに凌ぐ。

 それに対して立向居は、柊弥が良く知る構えを取る。

 

 

(おい、あれは──)

 

「オォォォォッ!!マジン・ザ・ハンド"改"ィ!!

 

 

 マジン・ザ・ハンド。それも円堂と同じ上の次元に達したマジン・ザ・ハンドだ。円堂の黄金の魔神と違い、その色は柊弥の雷と同じ蒼。しかし、円堂に引けを取らない……いや、それ以上のパワーを柊弥は感じていた。

 突き出された魔神の手と雷帝の一撃がぶつかれば、互いのエネルギーがスパークする。

 

 

「負けるかァァァァァァ!!!」

 

「……マジかよ、あれは」

 

 

 "守のマジン・ザ・ハンドより強いんじゃないか?"。そう柊弥は心の中で呟いた。半分の出力でも雷帝一閃は最強クラスのシュート。しかしそれは立向居よって完璧に止められていた。立向居はこのチームの弱点であるサブキーパーの不在を補うための採用かと思っていたが、柊弥は認識を改める。立向居は円堂に匹敵するほどの逸材だった。

 

 

「……凄いな立向居。正直ここまでとは思ってなかった」

 

「ありがとうございます!!でも、まだまだ俺は強くなりますよ!!」

 

「頼もしいな」

 

 

 そう言って柊弥と立向居は握手を交わす。横から円堂が次は自分だと言いながら割り込んできたことで再び柊弥はシュートを撃つ。それを見ていた他のメンバーも次第にボールを持ってグラウンドに入ってくる。

 

 

「なんか、安心しますね」

 

「ええ。一時はどうなることかと思ったけど」

 

「これが雷門イレブンよね」

 

 

 それをマネージャー陣はベンチから眺めていた。ここのところ思い詰めていた柊弥も少し表情が和らいでいるように思えた。

 

 

「ただいま」

 

「吹雪君!おかえりなさい!」

 

 

 そして暫くすると、横から声がかかる。聞き覚えのあるその声に振り向くと、そこには瞳子と共に吹雪がいた。それを見てボールを追っていた他のメンバーも寄ってくる。

 

 

「もう大丈夫なのか?」

 

「うん、皆には心配かけちゃったね」

 

「大丈夫さ!これからも頑張ろうな!」

 

 

 その時、瞳子の携帯が鳴った。

 

 

「響木さん?──はい、瞳子です」

 

 

 電話のやり取りは数分続く。瞳子の驚き方から只事では無いと柊弥達は察する。

 そして電話が切られたあと、瞳子から聞かされた内容は予想外すぎるものだった。

 

 

「沖縄に炎のストライカーと呼ばれる人がいるそうよ」

 

「炎の……まさか」

 

 

 その時柊弥の脳裏に浮かんだのは、かけがえのない相棒の姿。あの日追いかけることを諦めてしまったあの背中。

 柊弥は誰よりも早く口を開いた。

 

 

「監督、行きましょう」

 

「俺も賛成です!きっとそこに……沖縄に豪炎寺がいる!!」

 

「……ええ、そうね」

 

 

 雷門の絶対的エースストライカー、豪炎寺。彼はこのチームにとって特別な存在だった。柊弥にとっては特に。

 

 

(待ってろよ修也、あの時の約束……沖縄で果たそう)

 

 

 柊弥は自身のバッグの奥に大事にしまっていた10番のユニフォームを握りしめそう誓う。

 再会の時は近い。




読んでもらうと分かるように柊弥の精神デバフはすこーーしだけ軽減されてます。愛ですよ、愛。
とはいえ、エイリア絶対俺が潰すっていうスタンスは変わってないです。ガチ病みエイリア潰すマンからちょい病みエイリア潰すマンに変わっただけです。

まあ、あと1つ彼には試練が待ってますので…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第69話 南国の地にて

評価やらコメントやらいっぱい来てハッピーで埋め尽くされてます
今後もよろしくお願いしますゥ…

え?日曜じゃなくて月曜になっとるやん?
なんのことですかね


「豪炎寺、絶対俺達が見つけ出すからな」

 

「監督が先に行って調査しているんですよね?」

 

「そのはずだけど……連絡がないのよね」

 

 

 福岡から沖縄へと向かっている雷門イレブン。"沖縄に炎のストライカーがいる"。響木から伝えられたその情報の真偽を確かめるために一同は船に揺られていた。確かなのはその人物が炎を扱うストライカーということだけ。彼らが探している人物、豪炎寺である確証は1つもないが、柊弥や円堂、他のメンバーの後押しもあり沖縄行きが決定したのだった。

 

 

(修也……)

 

 

 柊弥は1人豪炎寺へ思いを馳せていた。柊弥にとって豪炎寺は一際特別な存在だった。これまでの人生の中で唯一"相棒"とまで呼ぶ程の間柄である以上、特別でないはずはなかった。

 

 

「気になるか、豪炎寺のことが」

 

「……ああ」

 

 

 気付いたら横にいた鬼道が柊弥に問いかける。海の向こうに見えてきた島を見つめながら柊弥の脳裏には豪炎寺と歩んだ日々がフラッシュバックしていた。

 

 

「おお!見てくださいよ!サンゴですよサンゴ!」

 

「目金さん、そんなに乗り出したら危ないッスよ」

 

 

 そんな柊弥から少し離れた船上では目金が海を見ながらはしゃいでいた。テンション高めな目金とは裏腹にその近くにいる壁山と吹雪は沖縄の暑さにぐったりとしている。雪国生まれな上常にマフラーを巻いている吹雪からすればこの暑さは地獄だろう。

 

 

「つれないですねぇ……って、あわわわわ、うわぁぁぁッ!?」

 

「め、目金さーん!?」

 

 

 その時だった。身体を乗り出しすぎた目金は勢いそのままに海へと落ちてしまった。壁山の声で他のメンバーも全員集まってくる。

 

 

「目金!」

 

「深くは無いはずが……あの焦りようでは分からん」

 

「皆退けてくれ」

 

 

 港に近づいていたため深さはそこまでは無い。だがプールほどの水深があれば人は溺れるもの。今のパニック状態に陥っている目金では尚更その危険性は高いだろう。

 鬼道のその分析を聞いて柊弥は少し下がったところから他の者達へ声を掛ける。助走をつけて船の柵を飛び越え、目金を助けに飛び込むつもりだ。

 

 

「いや、待った加賀美!誰か目金に近づいて行くぜ!」

 

 

 だが土門がいち早く何かに気づき柊弥に待ったを掛ける。土門の指差す方を見ると、凄まじいスピードで人が目金の元へ泳いでいる。褐色肌のその男は目金を抱き抱えると、行きと同じくらいのスピードで陸へと戻っていった。

 間もなくして雷門イレブンを乗せた船が停泊すると、全員が急いで目金の元へと駆け寄る。ブルブル震えていることを除けば特に問題は無さそうだ。

 

 

「全く、気をつけろよ?」

 

「君は目金の命の恩人だ、ありがとう!」

 

「よせよ、礼を言われるほどの事じゃねえって」

 

 

 木野が持ってきた毛布に身を包んでいる目金を他所に円堂はその男へ礼を言う。

 

 

「そ、そうですよ……僕だって泳げるんですから」

 

「バカヤロウ!海を甘く見んな!」

 

 

 ボソボソと呟く目金に対して突然その男は怒鳴る。怒鳴られた目金はビクッと身体を跳ねさせ、危険から身を守るかのように毛布を全身に被った。

 

 

「海は命が産まれるところだ、命を落とされちゃ堪んねぇよ!」

 

「は、はいぃ……」

 

「……ま、無事で何よりだ。それじゃあな」

 

 

 そう言い残して男は去っていく。円堂が引き留めようとするが、その男は背を向けながら手を振ってどこかへ行ってしまった。

 

 

「さて、沖縄にはもう1つ船に乗らないとなんだよな?」

 

「えっと、そのことなんですが……」

 

 

 名前くらいは聞いておきたかったが仕方ないと円堂がそう訊ねる。すると音無が気まずそうに口を開く。

 

 

「えぇ!?船は1日1本でもう行ったぁ!?」

 

「目金ぇ……」

 

「今日はこの島に泊まるしかないわね……」

 

 

 船を逃す原因となった目金は横から前から後ろからとあらゆる方向から小突かれる。そうなっては仕方ない、どうしようか……と一同が悩んでいると、円堂が不意に歩き出してこう言った。

 

 

「よし、特訓だ!」

 

「特訓たって、どこで?」

 

「ほら、あそこ」

 

 

 円堂が指さしたのは砂浜だった。

 

 

「やる気があればどんなとこでも特訓できる……だろ!」

 

「確かに」

 

「よし、やろっか」

 

 

 円堂のその言葉に触発されて他のメンバーもユニフォームに着替えて砂浜へと歩いていく。病み上がりの吹雪は今日はベンチで見ているようにと言われたが、もう1人の病み上がりは他と同じくユニフォームに着替えていた。

 

 

「俺は個人でやりたいことがあるからあっちにいる。聞かれたらそう伝えておいてくれ」

 

「分かった、無理はしないでね」

 

 

 1番近いところにいた木野にそう伝えて柊弥は皆から離れた場所へ向かう。

 そんな柊弥には気付かず他のメンバーは特訓を開始する。中でも円堂は普段よりやる気に満ちていた。円堂が今目標にしているのは福岡で手に入れた祖父のノートに記されている究極奥義、"正義の鉄拳"の習得。これから先エイリア学園からゴールを守るにはこの技が必要だろうと確信しているがゆえの熱意だった。

 

 

 そうして特訓を始めて数十分。砂浜に思わぬ来客が現れた。

 

 

「ヒャッホー!」

 

「あれ、さっきのヤツ?」

 

「サーフィンってやつすかね?」

 

「アイツ、こっちに向かってきてないか?」

 

 

 先程目金を助けた男が波に乗りながら砂浜へと向かってきていたのだ。波の勢いが最高点に達したところで男は大ジャンプ。円堂達が特訓していた砂浜へと着地した。ジャンプした場所から着地点まで10メートル程。波の勢いこそあれどその男のフィジカルが生半可では無いことを一部は見抜いた。

 

 

「あれ、さっきのヤツらじゃん。……サッカーってこんなとこでするもんなのか?」

 

「やる気さえあれば何処でも出来る、それがサッカーさ!」

 

「へー、何か熱いじゃん。頑張れよ!」

 

 

 そう言うとその男は砂浜の端で寝転がる。こんな日差しの強い中寝たらマズイのでは?と疑問が生まれるが、現地民にとっては普通なんだろうと謎の辻褄合わせで納得する。

 

 

 予想外の来客があったが、特訓は再開される。円堂の正義の鉄拳習得、立向居のマジン・ザ・ハンドの更なる進化のために他がひたすらシュートを撃ち込んでいるが、本職のストライカーがどちらも不在のためそのゴールが割られることはない。

 そんな状況を見てか、塔子があることを決意する。

 

 

「リカ、あたしとバタフライドリームやってみないか?」

 

「はあ?何でアンタと?あれはウチとダーリンのラブラブシュートや、ねーダーリン?」

 

 

 塔子のその提案をリカは一蹴する……はずだったが、リカにとって予想外な返答が一之瀬から返ってくる。

 

 

「いや、良いんじゃないかな?」

 

「えっ」

 

「そうだな。攻撃のバリエーションが増えれば戦略の幅も広がる。それに……」

 

「それに?」

 

「頼りきりにならないと誓ったからな」

 

 

 鬼道は1人で特訓しているらしい柊弥を思い、ベンチに座っている吹雪を見ながらそう呟く。

 

 

「はぁ……しゃーない、やったろやないか!足引っ張ったら承知せんで!」

 

「望むところ!」

 

 

 リカとて仲間を気遣う善性を備えている。そう言われてはもう断れなかった。

 

 

「よしいくで塔子!」

 

「おう!」

 

 

 リカと塔子はボールを蹴り上げ、同タイミングで跳ぶ。空中で手を繋ぎながらツインシュートを試みるが、そこでタイミングがズレてしまいリカだけが落ちてしまう。せめてもの苦し紛れで塔子がシュートを放つが、ゴールを大きく逸れて飛んでいってしまう。そして不幸なことに、そのシュートはさっきの男が寝ているところへと直撃した。

 

 

「痛ぇ!」

 

「あっ」

 

「やってもうたな」

 

 

 リカと塔子、ついでに円堂がその男の元へ駆け寄って謝罪する。苦言の一つや二つは覚悟していた3人だったが、意外なことな男は怒る様子もなく何故か感謝してきた。

 

 

「良いって良いって、ちょうど良い波が立つ時間だったんだ、サンキュ!」

 

 

 そういって男はサーフボードと共に海へ駆けていった。全く予想できないその行動に3人は呆気に取られていた。

 

 

「沖縄の男って皆あんな感じなのかな」

 

「いや……流石に違うんちゃう?」

 

 

 塔子の言葉にリカが珍しく真面目に返答した。気を取り直した円堂は2人を連れて特訓へと戻っていく。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「この辺で良いか」

 

 

 他のメンバーから放たれたところに柊弥は1人でやってきていた。その理由は単純明快、強くなるため。

 

 

(この前の試合で分かった、雷帝一閃の威力は申し分ないが燃費が悪すぎる。これから先の戦いで皆を守るためにはシュートを撃つ度に極度の疲弊なんてしてられない)

 

 

 それから柊弥は何度も新たな形を模索するためにシュートを撃った。自分が病み上がりの身体であることなど忘れているかのように。こんな様子を見られらば間違いなくストップが掛かる。だが強くなるためにはそれで止まってはいられない。

 今の柊弥を突き動かすのは仲間を守るため、エイリア学園を倒すために強くなるという揺らぐことない意思。

 

 

(修也、お前はあの時力不足なんて言ってたけどな……俺も馬鹿じゃない、何か言えない事情があったことくらい考えれば分かった)

 

 

 そして、戻ってくる豪炎寺のため。

 

 

(だから、戻ってきたお前をそんな事情からも守れるくらい俺は強くなってみせる)

 

 

 視界が一瞬真っ白になり、前のめりに倒れそうになる柊弥。しかし、右脚を前に突き刺すようにして踏ん張ってそれを耐える。大切な仲間達を守る。まるでその想いがつっかえ棒のように柊弥を支えていた。

 しかし、それが思い違いであることに柊弥はまだ気付かない。否、気付けない。自身が柵を乗り越え前のめりになっていることは、バランスを崩して落ちるか誰かに止められるまで気付くことは出来ないのである。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「加賀美どこだー?」

 

「夕飯だよー」

 

「土門、一之瀬。悪いな、熱中しすぎた」

 

 

 日が沈み始めた頃、土門と一之瀬が柊弥を迎えにやって来た。そこで初めてもう辺りが暗いことに気付いた柊弥は練習を切りあげる。前までならまだやらせてくれと言っていたのだろうが、心配はかけさせまいと柊弥は切り替える。

 

 

「ったく、また無茶してたんじゃないだろうな?」

 

「流石にしてないさ、これでも病み上がりだ」

 

「どーだかな?」

 

 

 土門が柊弥を揶揄うようにして小言を並べる。悪い笑みを浮かべながら小突く土門は、軽いように見えて実は相当柊弥を心配していた。柊弥は知らないが、ジェネシス戦の後人一倍瞳子へ食ってかかったのは土門だ。元々土門は仲間に対して熱い男だったが、柊弥には他の仲間よりも強い感情を向けていた。

 それの始まりはフットボールフロンティア地区大会決勝の前まで遡る。元々帝国のスパイとして雷門に潜り込んだ土門。当時顧問だった冬海の悪意によってそれが顕にされた時、向けられた疑念から守ってくれたのが柊弥だった。

 "仲間のために無理でもする男"。それが土門にとっての柊弥である。そんな柊弥に土門は感謝し、同時に尊敬もしていた。だからこそそんな柊弥を心配していた。

 

 

「その辺にしときなよ土門、加賀美が人一倍努力家なのは今更だろ?」

 

「まあね」

 

「けどまあ、あまり無理はしないようにね?」

 

「仰る通りで……」

 

 

 一之瀬も土門程ではないが、柊弥に対して特別な感情があった。鬼道と同じように中盤を制する一之瀬から見ると、自分の更に前で戦う柊弥はある意味憧れ。フィールドの魔術師と呼ばれるほどに技巧に長けた一之瀬にとって道を切り開くその力強さは羨ましくも思えた。それと同時に、いつの日か柊弥と本気で戦ってみたいと心のどこかで思っている。

 

 

「そういやさ、昼間のアイツが来たんだ」

 

「目金を助けてくれたあの?」

 

「そうそう、加賀美がいない時に練習してるとこにも来てさ」

 

「彼、凄いフィジカルだったね。その一面だけならうちのチームで勝てる人はいないかも」

 

「そんなにか……そいつはサッカーをやっているのか?」

 

「それが初心者らしいんだ。それなのにちょっと俺達とやったら円堂からゴールを奪ってさ……おっと、そろそろ着くから続きは中で」

 

 

 柊弥がいない間に起こったことを話していると、予約もしていなかったのに受け入れてくれた宿へ辿り着いた。

 扉を開けて中へ足を踏み入れると、わいわいと盛り上がる雷門イレブンと例の男が料理を囲んでいた。

 

 

「おう!お前が加賀美ってやつか!」

 

「さっきはどうも。加賀美 柊弥だ、よろしく」

 

「俺は綱海 条介!よろしくな!」

 

 

 綱海、と名乗ったその男と柊弥は握手を交わす。ちょうど綱海の隣が空いていたためそこに腰かけると、並んでいた料理に柊弥は思わず息を飲む。

 様々な魚や貝の刺身といった沖縄ならではの品々が並んでいるが、とある皿の上に乗っているカジキであろう魚のお頭が凄まじい存在感を放っていたのだ。

 

 

「凄まじく豪勢だな」

 

「いやー、昼間サッカーやらせてもらったお礼にってちょっと釣りすぎてよ」

 

「カジキを釣り……?」

 

 

 綱海の奇想天外な行動に驚愕しながらも柊弥は刺身を口へ運ぶ。その横で塔子が綱海に話し掛ける。

 

 

「綱海、お前のおかげでバタフライドリームを習得できた!ありがとう!」

 

「おお?まあ、助けになれたなら何よりだ」

 

「なあなあ、綱海ってここの中学なん?」

 

「いーや、ここにはサーフィンに来ただけで沖縄の中学に通ってる」

 

「へえ、歳は?」

 

「15」

 

 

 15、その数字を聞いた瞬間一同の顔にやっちまった、という文字が浮かぶ。このチームは15歳、つまり中学3年生はいない。つまり、円堂や柊弥、塔子達は知らなかったとはいえ歳上にタメ口で話していたことになる。

 

 

「あ、知らなかった、ものですから……その、歳上だとは思っておらず」

 

「いいっていいって、そんなことは海の広さに比べたらちっぽけなもんだろ。タメ口でいいって」

 

「え、ああ……」

 

「おいおいノリが悪いな、堅苦しいのは抜きで宜しく、な?」

 

 

 こちら側に手を差し出す綱海。円堂は少し考える素振りを見せるが、吹っ切れたような表情でその手を握る。

 

 

「おう!よろしく!」

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 翌日、雷門イレブンは沖縄行きの船に乗り込もうとしていた。円堂はてっきり綱海も同行するのかと思っていたが、どうやらまだこの島に残るそうだ。

 

 

「綱海!またどこかで会おうな!」

 

「おうよ!お前らとは案外早く再開する気がするぜ」

 

 

 円堂と綱海は昨日のように固い握手を交わす。それを皮切りに一同は次々船へと乗り込む。汽笛が響いてまもなく港を発った船を綱海は手を振りながら見送る。

 

 

「サッカー、か」

 

 

 そう呟いて綱海は船に背を向けて携帯を取り出す。その画面に表示されているのは、音村という名前。

 

 

「あーもしもし?急で悪いんだけどよ──」

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「着いた!沖縄!!」

 

「南国の日差しは眩しいっスねえ」

 

「言うほどさっきの島と変わらないだろ」

 

 

 船に揺られること一時間。紆余曲折を経て雷門イレブンはとうとう沖縄の地へと降り立った。

 

 

「響木さんの話ではこの辺にいるんだよな?炎のストライカー」

 

「ああ!だからここにキャンプを張って徹底的に張り込み調査だ!」

 

 

 円堂のその言葉で各々行動開始する。言い出しっぺの円堂はというと、少し離れたところでサッカーボールが打ち上がったのを見てもしかしたらと駆け出した。

 だがその期待は外れたようで、そのボールを蹴っていたのは小さな子ども達だった。もしかすると、炎のストライカーの情報を持っているかもしれない。そう思って円堂はそこに割り込むようにして飛び込んだ。

 

 

「よっと」

 

 

 飛んできたボールを軽くリフティングして見せる。すると、その子ども達は予想外の行動に出る。

 

 

「……うわあああん!」

 

「うえっ!?」

 

「泣かせた!!」

 

「泣かせた!!……うえええん!」

 

「……円堂、何をしているんだ」

 

 

 立向居と共に円堂を追いかけてきた鬼道が子どもを泣かさた円堂に対して冷ややかな目線を向ける。滅多に向けられることの無いそれに焦ってすぐ否定するが、子ども達は泣き止まない。

 

 

「ゴラァァァァ!!誰だァ!俺の弟達を泣かせたのは!!」

 

「あのお兄ちゃん俺達のボールとった!」

 

「いぃ!?そんなつもりじゃなかったんだ!ごめんごめん……」

 

「本当かぁ?大体怪しすぎるだろ、その眼鏡!」

 

 

 突如、大柄な男が野太い声を上げながらやってくる。その迫力に一瞬萎縮した3人だったが、身にまとった割烹着を見て何とも言えない心持ちになる。

 円堂が弁明を試みるが、割烹着の男は鬼道のことを羽根帚で指して怪しむ。ゴーグルにマント、ドレッドヘアー。残念ながら鬼道は見た目だけでいえば怪しまれる要素満載だ。

 

 

「失礼なやつだな」

 

「ふんッ」

 

「待ってくれ!俺、皆がサッカーしてるの見て聞きたいことがあってさ……俺、雷門サッカー部の円堂 守!」

 

 

 円堂に対して少しの間警戒を見せていた大男だが、急にその雰囲気を和らげて円堂に話しかけた。

 

 

「お前ら、宇宙人と戦ってるっていうあの雷門中か!悪い悪い。俺は土方 雷電。サッカー部に所属してんだ」

 

 

 円堂と土方は握手を交わす。

 

 

「それで?聞きたいことってのはなんだ?」

 

「俺達、炎のストライカーを探しにここに来たんだ。もしかしたらソイツは俺達の仲間かもしれなくて」

 

「炎のストライカー……悪いが聞いたことも見たこともないな」

 

「そっかあ……」

 

 

 土方のその本当に肩を落として落ち込む円堂。それを見た土方は何かを言おうとしたが、やはりと思いとどまる。土方の中で何か葛藤があったことを円堂達が知ることは無い。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「加賀美君、少し良い?」

 

「夏未か、どうした」

 

 

 それぞれが豪炎寺捜索に赴いている中、柊弥はキャラバンが停車している近くで海を眺めていた。太陽に照らされて煌めく海。それに比べてずっと暗く落ち込んだままの自分が情けなく思えて柊弥は自嘲的な笑みを零す。

 だが、そんな俯瞰は横から自分を呼ぶ声によってかき消される。呼び声の正体は夏未だった。

 

 

「少し貴方と話がしたくてね」

 

「構わない。丁度あっちにベンチがある」

 

 

 柊弥は海を見ながら座れるベンチを指差す。夏未も立ち話をするつもりはなかったようでそのベンチに腰掛ける。

 

 

「それで、話というのは?」

 

「……豪炎寺君のことよ。彼と人一倍距離が近かった貴方の意見を聞いてみたくて」

 

 

 夏未が提示した話題は豪炎寺についてだった。柊弥は表情を変えずに話に耳を傾ける。

 

 

「豪炎寺君の離脱……私は何か裏があるとみてるの」

 

「というと?」

 

「奈良でのあの試合……確かに豪炎寺君はらしからぬミスを連発した。皆も今までもの私もそれが原因で監督は豪炎寺君をチームから外したと思っていたわ」

 

 

 夏未は力強く言い切る。

 

 

「本当は別の理由……豪炎寺君を何かから守るために離脱という手段を選んだのではないかって」

 

「……俺も同意見だ。口には出していないが、恐らく鬼道も」

 

 

 夏未の辿り着いた結論は柊弥の抱いているものと同じだった。表沙汰にすればチームが揺らぐかもしれない、そう懸念して自分の中だけに留めていた考えだ。

 

 

「アイツは去り際に自分の力不足、と言っていたがそれは有り得ない。確かに試合でミスを連発したが、修也のストライカーとしての実力は俺なんかよりも遥かに高い。そしてあの監督がそれを見抜けていないはずがない」

 

「貴方と豪炎寺君にそこまでの差があると私は思っていないけど……まあ、そうよね。ここからは仮説なんだけど豪炎寺君は……」

 

『エイリア学園に接触されていた可能性が高い』

 

 

 夏未と柊弥の言葉が重なる。仮説まで2人は同じように考えていたことを示す。

 

 

「それで私達に迷惑が掛かると思って離脱を監督に打診した、ということかしらね」

 

「恐らく。或いはそれを察して監督が抜けるように言ったか」

 

「これはもしもの話だけど、豪炎寺君がまだエイリア学園に狙われていた場合。きっと豪炎寺君は……」

 

「いいや、必ずチームに戻す」

 

 

 夏未の言葉を遮って柊弥は立ち上がる。夏未が横から覗いたその目からは、決して揺るがないのであろう意思が感じ取れた。

 

 

「アイツがエイリア学園に狙われていようと、それで皆に危険が及ぼうと……俺が必ず守る」

 

「加賀美君……」

 

「そのために俺はいる。その責務を果たすためなら──」

 

 

 少しの静寂の後、柊弥は言い切る。

 

 

「──命なんて惜しくない」

 

 

 その時、夏未は少し身を引いてしまった。まるで修羅のようなその形相、そして触れるもの全てに牙を剥くかのような凄まじい覇気に呑まれてしまいそうになったから。

 

 

「……そんな貴方を、誰が守ってくれるのかしらね」

 

「ん?」

 

「いいえ、何でもないわ」

 

 

 夏未は柊弥が聞こえないような声で呟く。その言葉に込められていたのは100パーセントの心配だった。音無のような恋情混じりのものではなく、1人の仲間、友人としての。

 だが、柊弥にその言葉は伝えない。あくまでマネージャーに過ぎない自分がその決意に異を唱えるべきでは無いと思ったから。

 

 

「柊弥先輩!夏未さん!ここにいたんですね」

 

「あら音無さん、どうしたの?」

 

「キャプテンが皆に紹介したい人がいるって連れてきたんです、来てください!」

 

「分かった」

 

 

 静寂を破るように音無が2人の元へとやってくる。それを聞いて柊弥は1人先にそこへ向かった。

 後を追うように2人で歩く夏未と音無。横で何かを言いたそうにしている音無に対して、夏未が先に口を開いた。

 

 

「……心配しなくても、加賀美君に手を出すつもりはないわよ」

 

「うぇ!?何のことでしょうか!!」

 

(こんなに貴方のことを思っている人もいるというのに……少し前のめりすぎじゃないのかしら?)

 

 

 そんなことを考えているうちに他のメンバーが屯している場所に着く。紹介したい相手というのは、円堂の隣に立っている大柄な男だと言われずとも分かった。

 

 

「俺は加賀美 柊弥。よろしく」

 

「アンタがあの加賀美か!俺は土方だ、話は聞いてるぜ」

 

「話?」

 

「……ああ、円堂からな」

 

(あれ、俺土方に柊弥のこと話したっけ?)

 

 

 一瞬そんな疑問を抱く円堂だったが、まあいいかと土方のことを皆に紹介した。

 

 

「こいつのディフェンスは凄いんだ!だから是非一緒に戦ってもらおうと思って」

 

「おっと、それは出来ない相談だ。俺には弟達がいる、分かるだろ?」

 

 

 円堂が仲間として迎え入れたいと口にするが、土方はすぐさまそれを辞退する。その理由は弟達の面倒を見なければならないからというもの。家族のことなら仕方ない、と円堂はそれを了承した。

 

 

「おーい」

 

「炎のストライカー、見つけたぜ!」

 

「何だって!?」

 

 

 その時、未だ戻ってきていなかった吹雪と土門が合流する。何と炎のストライカーを見つけたと言う。皆が期待に胸を膨らませながら階段を上がってくるその正体を待つ。

 

 

「炎のストライカーはこの南雲だ!」

 

「よう、アンタらが雷門イレブンか」

 

 

 だが、その期待は残酷にも折られることになる。姿を見せたのは豪炎寺ではなく、真っ赤な髪の男だった。

 

 

「キャプテンの円堂、それに加賀美。俺はずっとアンタらに会いたかったんだ」

 

「俺達に?」

 

「ああ。あの雷門イレブンの矛と盾。興味が湧かない訳がねえ」

 

「……それは光栄だ」

 

 

 柊弥は自分に向けられるその視線に何か違和感のようなものを感じた。まるで品定めするかのような視線、更にその裏には何か別の意図もあるように思えた。だが、初対面にそんなことを言うのも気が引ける。自分の考えすぎという可能性もある。

 

 

「なあ、俺をテストしてくれよ。このチームに俺が相応しいかどうか……俺対雷門イレブン、どうよ?」

 

「随分と自信満々だな」

 

「自信があるから言ってんだ」

 

「監督、良いんですか?」

 

「……ええ、構わないわ」

 

 

 実際に南雲のシュートを見たという吹雪と土門の後押し、そこに瞳子の了承が加わったことで南雲のいうテストを実施する方向となった。

 

 

(俺達へのあの視線、あの自信……何かがある。真・帝国の不動のような、そんな読み切れなさがある)

 

 

 柊弥は警戒を解かずにフィールドへ入る。他のメンバーはあそこまで言う南雲の実力を見るのが少し楽しみといった様子だ。

 

 

「じゃあ行くぜ……紅蓮の炎を見せてやる!」

 

(速い、だが追い抑えられる)

 

 

 ホイッスルが鳴り、南雲がスタートを切る。そのスピードは相当なもので、一瞬柊弥は驚くも難なく反応する。

 しかしその時、南雲が不敵な笑みを浮かべた。

 

 

「そらよっ!」

 

「なッ!?」

 

(何て跳躍力だ!それに飛んだ瞬間も見えなかった……アイツ、只者じゃない!)

 

 

 突如南雲はボールと共に空中へ跳んだ。その圧倒的瞬発力に柊弥は目で追うのが精一杯だった。

 

 

「ディフェンス!」

 

「おう!」

 

「よし!」

 

 

 一瞬で中陣まで突破される。鬼道がすぐさま後陣へ指示を出すが、反応出来たのは塔子と吹雪の二名。壁山と木暮はその大立ち回りに圧倒されて動くことが出来なかった。

 

 

ザ・タワー!!

 

「へっ」

 

 

 塔子がザ・タワーで迎撃する。が、南雲は聳える塔に向かって思い切りシュートを放つ。その威力は相当なものだったらしく、ザ・タワーはすぐさま崩壊、塔子は難なく突破されてしまう。

 

 

アイスグランド!

 

「それも読めてるぜ」

 

 

 ノータイムで吹雪が追撃を仕掛ける。塔子を突破して息をつく間もない完璧な追撃のはずだった。しかし、南雲は氷撃に飲まれるより早く再び跳躍、吹雪も追いかけて飛ぶが足元にも及ばない。

 

 

「行かせないっス!」

 

「止める!」

 

 

 ここで動けなかった壁山と木暮が両サイドから挟み込むように仕掛ける。それに対して南雲は再び空からそれを突破してみせる。地上より空中にいる時間の方が長い凄まじいプレー、それを可能にするのは南雲の誇る絶妙なボールコントロール。

 

 

「さあ!紅蓮の炎で焼き尽くしてやる!」

 

 

 南雲が更に高くボールを蹴り上げる。それを追い掛けるように南雲もオーバーヘッドの形で跳躍。描く軌道は正に太陽の表面で観測されるコロナのようだった。

 

 

「させるかよ」

 

「おっと、来ると思ってたぜ!」

 

 

 ボールに蹴り込む直前、柊弥が同じ高さまで跳んだ。すると南雲は待っていたと言わんばかりに顔を歓喜に染める。

 

 

アトミックフレア!!

 

"真"轟一閃ッ!!

 

 

 今柊弥がいるのは足場のない空中。本来ボールにエネルギーを注ぎ込む工程が踏めない分右脚に注ぐはずだった全エネルギーを集中させる。

 誰も手の届かない高さで炎と雷が交差する。手の届かない、というのは高さだけの話でもなく、その次元もだ。あの場に踏み入ろうものなら荒れ狂う雷と燃え盛る炎にその身を焼かれて堕とされる、そう確信してしまった。

 

 

「良いパワーだ……けど足りねェなァッ!!」

 

「チィッ!!」

 

 

 そのぶつかり合いは拮抗していたように見えた。しかし南雲にはまだまだ余力があった。それに対して柊弥は本来の形でない空中での轟一閃。軍配が南雲に上がるのはごく自然なことだった。

 

 

「オラァッ!!次はお前だぜ円堂!!」

 

(正義の鉄拳はまだ全然未完成、ならアレしかない!)

 

 

 円堂は即座にマジン・ザ・ハンドの構えに入る。

 

 

マジン・ザ・ハンド"改"!!

 

 

 呼び出された魔神と共に円堂は炎の一撃を抑え込もうとする。しかし、柊弥と違って拮抗することすら許されなかった。紅蓮の炎は触れた瞬間魔神を焼き尽くし、円堂ごとゴールネットを大きく揺らす。

 

 

「どんなもんよ」

 

 

 全員、目の前で起こったことに驚愕していた。柊弥に真っ向から打ち勝ち、円堂からゴールすらも奪ってしまった。まさにその力は圧倒的、このチームで南雲に並び立てる実力者いないという事実をいやでも突きつけられる。

 

 

「すげぇぜ南雲!まさか本当に一人で俺達を倒しちまうなんて!」

 

「へっ、テストは合格でいいな?」

 

「もちろん!ですよね、監督!」

 

 

 その実力差に円堂は落胆することなくむしろ歓迎の意を見せた。握手を交わす円堂と南雲。そこに瞳子が寄ってくる。

 

 

「……構わないわ。けれど幾つか質問をさせてもらうわよ」

 

「良いぜ?何でも聞きなよ」

 

「単刀直入に聞くわ、貴方は何処の学校の生徒なの?」

 

 

 その質問を投げ掛けられた時、明らかに南雲の表情が変わる。まるで自分の悪巧みを大人に叱られた子どものような、そんな表情だ。

 黙りこくる南雲。それとは反対に厳しい視線を向ける瞳子。

 

 

「エイリア学園だよ」

 

「この声は──」

 

「……ヒロト」

 

 

 暫くその空間を静寂が包み込んだ。しかしそれを両断したのは、想定外の乱入者の声だった。

 全員がその声の方向を向く。そこにいたのは、先日ザ・ジェネシスとして福岡で自分達を完膚なきまでに叩き潰した男だった。

 

 

「……チッ、邪魔すんなよな。俺はお前のお気に入りがどんなヤツらか見に来ただけだっつーの」

 

「騙されちゃダメだ、加賀美君に円堂君」

 

 

 その時、ヒロトがあの黒いサッカーボールを下に向かって蹴り出した。無造作に放たれたシュートだったが、ヒロトの放つそれは自分達の必殺技に匹敵、あるいはその上をいくことはこの前の試合で痛感させられていた。

 そのシュートに向かって円堂が迎撃体制を取る、が。

 

 

「どいてな」

 

 

 南雲が前に躍り出る。なんと南雲はそのシュートを軽々とトラップして見せた。そしてその直後南雲を中心に竜巻が巻き起こる。それが止み、中から姿を見せた南雲の装いは随分と変わっていた。

 

 

「南雲、お前……」

 

「こっちが本当の俺だ。エイリア学園、プロミネンスのバーン。覚えときな」

 

「プロミネンス……また新しいチームが」

 

「グランよぉ!さっき言った通り今回は偵察に来ただけだ。けどもしコイツらが俺達の邪魔になるようなら……潰すぜ」

 

 

 南雲……バーンが冷徹な視線を雷門イレブンに向ける。そう声を掛けられたヒロトは南雲の近くに寄り、鋭い目付きで睨みつける。

 

 

「潰す?それは俺たちの方針じゃないだろう。強いヤツは俺達の仲間にしてもいい、違うか?」

 

「仲間?ああ、あの豪炎寺ってやつみたいにか?」

 

「──おい」

 

 

 ボールを挟んで睨み合う2人。何を話しているのか意味が理解出来なかったが、豪炎寺の名が出た瞬間ある男の雰囲気がガラリと変わった。

 

 

「お前ら、修也に何をした?」

 

「さあ、何だろうな?」

 

「答えろ」

 

「へっ、良いぜ?俺達は──」

 

「お喋りが過ぎるぞ」

 

 

 バーンが柊弥の問いに答えようとしたその時、ヒロトが黒いボールへ蹴り込む。すると周囲を眩い光が包み込んだ。その光が消えた頃、2人の姿も消えていた。

 

 

「消えた……またエイリア学園の技術か」

 

「あの2人、豪炎寺のことを知ってるみたいだった」

 

「……おい、加賀美」

 

 

 鬼道が柊弥に声を掛けた。だが柊弥は何も答えない。ただ、その顔つきは険しいものだった。

 

 

(あの瞬間、俺はアイツに全く適わなかった。それにさっきの発言で確信した。アイツらは修也に接触している)

 

 

 柊弥は拳を力の限りしめる。

 

 

(もっと強くなる。次会った時は叩き潰せるくらいにッ!!)

 

 

 言葉にせずそう誓う柊弥。どんな言葉をかけても今は届かないと感じた鬼道は柊弥ではなく他の全員に言葉を投げる。

 

 

「炎のストライカーは豪炎寺ではなかった!気を取り直して仕切り直すぞ!」

 

「だな、アイツが俺達の探してたストライカーじゃなくてある意味良かったんじゃないか?」

 

「そうだね、まだ豪炎寺の可能性が出てきた」

 

 

 豪炎寺捜索に前向きな希望を持つ雷門イレブン。自分の無力に怒りを覚えているのは柊弥だけだった。

 その一部始終を見ている者がいたことに気付いた者は誰もいない。




前回少なかったぶん今回は文字数多めです、これで1日遅れたことは有耶無耶に出来ましたね


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第70話 刻み鳴らすリズムとビート

先週はゴールデンウィークで遊びまくってたので更新サbもとい休んでました、1日ズレたのは多忙の極みだったからです、見逃してやってください


「正義の……鉄拳!!」

 

 

 辺りは既に真っ暗な闇に包まれている。そんな静寂の夜に相応しくない声がフェンスに囲まれた小さなサッカーグラウンドから響いていた。

 その声の正体、円堂 守は全身に汗を滲ませてその場に崩れ落ちる。

 

 

「くーっ、やっぱりダメかあ」

 

「究極奥義、正義の鉄拳……やはり習得は容易ではないな」

 

「だな。悪いな鬼道、練習に付き合ってもらって。立向居も」

 

「いえ、俺に出来ることならなんでも!」

 

 

 立向居が差し出したタオルで汗を軽く拭い、ガラガラに乾いた喉に水分を流し込む。ボトルの中身を一気に空にした円堂は鬼道の手を借りて立ち上がる。

 

 

「けど……ほら」

 

 

 円堂が指を指す。その方向にいたのは、反対側のゴールで1人只管にシュートを撃ち込む柊弥。円堂達が正義の鉄拳の特訓を始める前からずっとあの調子だ。

 その原因となった出来事は今日の昼まで遡る。突如柊弥達の前に現れたエイリア学園プロミネンス、バーン。南雲という少年に扮して接触を図ってきたバーンは、雷門への加入テストと称して雷門イレブン全員を1人で打ち負かしたのだ。

 元々強くならなければと前のめりになっていた柊弥にとって、その出来事は着火剤となってしまった。その上、豪炎寺の名前がバーンから出たから尚更である。

 

 

「ヒロトだろうが、バーンだろうが……俺が絶対に皆を守る」

 

 

 そう呟いて柊弥は再びシュートを放つ。そのシュートは正確無比かつ強力で、ゴールネットを焦がすほどの威力を秘めていた。

 

 

「柊弥、もう切り上げよう。な?」

 

「そうだ。これ以上は明日に響くぞ」

 

「……ああ、分かった」

 

 

 見兼ねた円堂と鬼道は柊弥に声をかける。柊弥その言葉に大人しく従い練習を終える。

 ボールを片付け終えた柊弥は尋常ではない汗に濡れたユニフォームを脱ぐ。その時晒された身体を見て新参の立向居は息を呑んだ。

 

 

(何て肉体……一体どれだけの特訓をしたらあんな身体になるんだ)

 

「凄いだろ、アイツ」

 

 

 そんな立向居に円堂が横から話しかける。

 

 

「アイツはずっと誰よりも必死に特訓してた。エイリア学園を倒すための旅が始まってからはもっと」

 

「そうだな。そんな姿勢に引っ張られて俺達も強くなってきた……しかし」

 

「しかし?」

 

 

 それに鬼道が同調するが、途中で言葉を止めてしまう。少し考えた後、鬼道は何でもない、忘れてくれも会話をそこで切った。

 

 

(今の加賀美は1人で強くなり、1人で戦おうとしているように感じる。どうせこのチームを守らなければとでも思っているのだろう)

 

 

 黙々と練習後のダウンに取り組む柊弥を見つめながら鬼道は1人思う。

 

 

(見ていろ加賀美。お前に守られる必要が無いくらいに、お前が1人で背負わなくてもいいように俺達は強くなるぞ)

 

 

 夏未と同じく、鬼道もまた直接伝えはしないような想いを抱いていた。

 

 

 

 ---

 

 

 

「おーい!円堂!」

 

「あれ、綱海じゃないか」

 

 

 翌日も雷門イレブンは特訓に励んでいた。そこに離れたところから手を振りながらこちらに近付いてくる影が見えた。それは先日別れた綱海だ。

 突然の来訪者に練習は一度ストップ。円堂が綱海に話し掛ける。

 

 

「どうしたんだよ綱海」

 

「実はあれから俺もサッカー部に入ってよ、良かったら練習試合しねえか?」

 

「サッカー部に!?昨日の今日で?」

 

「おう!お前らとやったサッカーが思いのほか楽しくてな、うちの部のキャプテンに電話して即入部よ!」

 

 

 行動力の化身としか言い表せない綱海の行動力に開いた口が塞がらない雷門イレブン。しかし円堂は練習試合の四文字にしか興味が向いていなかった。

 

 

「練習試合?良いね、やろうぜ!」

 

「そう来なくちゃな!」

 

「待ちなさい」

 

 

 すっかり乗り気な円堂に綱海。先日の綱海の才能を知っている他のメンバーもその提案には前向きだった。

 しかしそんなに空気に横槍が入る。声のした方を向くと、そこには瞳子がいた。

 

 

「私達には他にやるべきことがあるでしょう。地元の無名校なんかと試合をしている時間はないはずよ」

 

「無名校ねえ、確かその通りだけどちょっと傲慢じゃねえか監督さん?」

 

「事実よ」

 

「俺達はこれでもフットボールなんたらに出る予定だったんだぜ?監督が寝坊して出れなかったけどな」

 

 

 その結末を聞いて全員言葉を失う。大切な大会に監督が欠場して出れないなど部員全員に殴られても文句は言えないやらかしだからだ。最も、それが笑い話になっているあたりそんなことにはならなかったのだろうが。

 

 

「監督!俺綱海達と試合してみたいです!もしかしたらその中で正義の鉄拳のヒントが掴めるかも……」

 

「俺も賛成です」

 

 

 円堂が瞳子に訴え、鬼道もそれに同調する。それを皮切りに他のメンバーも乗り、否定的な意見は遂に瞳子だけになった。

 それを見て瞳子は溜息を一つ吐き、背を向けた。

 

 

「好きになさい」

 

「よっしゃー!やろうぜ綱海!」

 

「そう言うと思った!そうと決まれば俺の学校、大海原中へ案内するぜ!」

 

 

 綱海がそう言うと、各々移動の準備を始める……一人を除いて。

 

 

「柊弥、行こうぜ」

 

「……ああ」

 

 

 その男が周囲と同じように準備に入ったのは、一際大きな轟音を鳴らしたあとだった。

 

 

 ーーー

 

 

「着いたぜ、ここが大海原中だ!」

 

『おお……』

 

 

 綱海案内され大海原中に着いた一同は息を呑む。目の前に広がるのは、蒼く煌めく海の上にある学校。といっても一般的な校舎ではなく、リゾート地の施設と言われても違和感はないような建物だった。その真ん中にはサッカーコートが整備されている。

 

 

「こんなとこでサッカー出来るなんて、幸せね」

 

「本物のリゾートみたいっス!」

 

 

 普段なら絶対みることも無いような光景に胸を躍らせるが、その浮かれようを憂いた鬼道の一喝をもらって全員大人しくグラウンドに集まった。壁山はどこからか持ってきたココナッツジュースを離さないままだが。

 

 

「それで、肝心のサッカー部は──『イェーイ!!!』」

 

 

 鬼道が件のサッカー部について綱海に訊ねた瞬間、唐突に花火が打ち上がる。それとほぼ同時、鬼道達からは見えないように客席の裏に隠れていた人物達が凄まじいハイテンションで飛び出してくる。手には太鼓、口には笛。まるでお祭り騒ぎである。

 

 

「おお!監督さんですな?フットボールフロンティアの采配はお見事でした!ぜひ星空の下でお話を伺いたいですなあ!」

 

「それはどうも、響木監督には私から伝えておきますので」

 

「げっ!!あ、あまりにも似てたもので間違えてしまいました、ハッハッハ……」

 

「そうはなりませんよね」

 

「しっ!音無さん駄目よ!」

 

 

 そんな漫才のようなやり取りを終え、それぞれ自己紹介に入る。その中で一人、賑やかな輪の中に入らずヘッドフォンで音楽を聴いている者がいた。

 

 

「紹介するぜ、あいつは音村。うちのキャプテンで、1番ノリノリなやつだ」

 

「やあ。試合楽しみにしているよ」

 

 

 綱海がそう紹介すると、聞こえていたのかヘッドフォンをしたまま軽い挨拶を飛ばしてくる。

 あまりに癖の強い大海原イレブンを前に夏未が何度か帰りかけたが、木野と音無が必死に抑えて事なきを得る。

 

 

「フォーメーションは加賀美とリカのツートップ。立向居にはMFを頼む」

 

「ああ」

 

「は、はい!」

 

 

 今回のポジションはほぼ前と変わらない。柊弥が前を張り、吹雪は様子見でDFスタートだ。変わったことといえば、風丸と栗松の離脱でリカと立向居がスタメンに入っていることくらいか。

 

 

「さあ皆!相手は少し変わってるけどいつも通りいくぞ!」

 

 

 それぞれポジションにつき、円堂が後ろから発破を飛ばしたところで試合開始のホイッスルが鳴る。

 リカからボールを受け取った柊弥は速攻を仕掛ける。相手は全くの未知数、相手の実力を図るため敢えてデュエルを仕掛けに行く。

 真っ向から抜きに行く柊弥だったが、予想に反してその行く手は阻まれる。進行方向を変えるも、すぐさま相手も切り替えてくる。

 

 

(反応……いや、フィジカルか。高い身体能力が結局のところ反応も可能にしてる)

 

 

 鍔迫り合いをしながらも柊弥は冷静に相手を分析している。その間、リカや鬼道がパスを要求するがその声は聞こえていないようだった。

 

 

(常に一対多を意識しろ。じゃなきゃアイツら、エイリア学園を──)

 

 

 段々と柊弥に掛ける人数が多くなっていく。4人がかりで柊弥を囲み、パスコースも突破口も塞いでみせる大海原イレブン。

 直後、柊弥が深く腰を落とす。全身の脱力、からの漲溢。それが生み出す爆発的なパワーは凄まじい加速へと変換される。

 柊弥の動き出しを見てその4人は驚きを見せる。それがダメだった。驚愕により一瞬綻ぶ包囲網。その一瞬を突いて柊弥は自らを囲む壁を打ち破る。

 

 

「4人がかりだぞ!?」

 

「これが雷門中か!ノってきたな!」

 

(このまま前に抜ける。そしてまずは1点引き寄せる)

 

 

 しかしその時、柊弥の足元にふと違和感が生まれる。先程までそこにあったはずのボールがいなくなっていたのだ。

 それに気づいた柊弥はすぐさまボールの所在を追う。消えたボールは、相手の司令塔、音村の支配下にあった。

 

 

「少し主張が強いよ」

 

「それがどうした」

 

 

 間髪入れず柊弥が奪い返しにいく。だが当然それより早くパスが出される。しかしそのパスは明らかに高い。誰も取れないパスミスか、そう思った直後のこと。

 

 

「よっしゃ!」

 

「嘘だろ!?」

 

「何てフィジカル……」

 

 

 なんと、綱海がそのパスを空中で補足する。綱海の身体能力の高さについては前もって知っていた雷門イレブンだったが、あんなパスの受け方をしてくるところまでは想像出来ていない。

 

 

「お前ら!ノってけよ!」

 

『イェーイ!!』

 

 

 そしてそのまま空中でパスを出す。それを受け取って大海原の前衛が攻め上がるが、鬼道の指示を聞いて動いていたリカがボールを掠め取る。

 

 

「ノリでウチらに勝てると思ったら大間違いや!」

 

「プログラアップテンポ!8ビート!」

 

「よっしゃ」

 

 

 そのままリカが駆け上がる……かと思われた。音村が独特の指示を出すと、それを聞いた9番、古謝がリカのボールを奪う。その際、リカは全くの反応を許されなかった。まるで自分のプレーの穴を的確に撃ち抜かれた、そんな感覚に陥る。

 

 

「いかせない!ザ・タワー!!

 

 

 そのカバーに走ったのは塔子。十八番のザ・タワーで奪われたボールを再三こちらのものにしようと仕掛けた……が、しかし。

 

 

「アンダンテ!2ビートダウン!」

 

「嘘だろ!?」

 

 

 また音村の指示によって動きを変えた古謝はザ・タワーの着弾に合わせ横っ飛びに回避、そのままパスを出す。

 チーム内でもかなりの守備率を誇るザ・タワーが破られたことに雷門イレブンは驚きを隠せない。

 

 

「よし、ワシも上がる!」

 

 

 それを見計らったように後衛から3番、宜保が上がってくる。宜保は前衛に合流するや否や、近くにいた2人の腕を取り豪快にぶん回し、ぶん投げる。まるで鷲のように空中に飛び上がった2人はそのままツインシュートを放つ。

 

 

イーグルバスター!

 

 

 対する円堂は既にマジン・ザ・ハンドの構えに入っていた。正義の鉄拳はまだ完成には程遠い。先に失点するのは避けるべきだという判断に基づいての行動だった。

 

 

マジン・ザ・ハンド"改"!

 

 

 襲い来る鷲の咆哮に対して臆することなく円堂は立ち向かう。魔神の威厳がその襲撃者を完膚無きまでに叩き潰した。

 

 

「柊弥!」

 

 

 その後円堂はボールを思い切り前に送る。それを空中で受け取った柊弥はすぐさま着地、姿勢の低いまるで獣のようなドリブルで敵陣へと突っ込んでいく。

 

 

「16ビート!」

 

 

 音村の指示を受けて6番、渡具知が柊弥にプレスをかける。その圧は本来柊弥にとってはなんてことないもののはずだった。だがしかし、先程のリカがボールを奪われた時のようにあっさりとボールを掠め取られてしまう。

 

 

「加賀美があんな簡単に……」

 

「切り替えろ、また奪ってシュートに繋ぐ!」

 

 

 それに臆することなく鬼道が奪い返しに走る。しかしまたもや音村の指示でするりと躱される。

 なぜ音村の指示がここまで刺さるのか、司令塔である鬼道ですら理解出来ていなかった。当然、その他のメンバーにもその仕組みは把握出来ていない。

 そんな雷門イレブンに対し、お構い無しといった様子でどんどん指示を飛ばす音村。加えて他のメンバーのフィジカルも一級品。その2つが相乗効果を産み、攻めも守りも崩されることの無い牙城を形成している。

 

 

 前半も終了間近。そんな状況でも劣勢を強いられ続ける雷門イレブン。次第に焦りが見え始めた中、柊弥が動いた。

 

 

雷光翔破"改"

 

 

 なんと、ボールを持っていないにも関わらずドリブル技である雷光翔破を発動したのだ。

 だがその斜め上を行く一手が活路を開く。

 

 

「8ビート……いや12ビート!!」

 

「遅ぇよ」

 

 

 柊弥のスピードは過去最高のものだった。それが音村の予測を越え、今までの流れを一気に破壊する。

 反応が遅れたところに容赦なくつけ込み、柊弥はそのボールを奪い去る。その加速のまま柊弥は駆け抜けていく。

 

 

「アップテンポ!」

 

「まだこんなもんじゃねえぞ」

 

「うおっ、まだ速くなるのか!?」

 

 

 柊弥は更に加速する。そのスピードはまさに雷を超えて光にまで届くほどだった。

 全員の予想、常識を破壊ようなそのスピードを誰が止められるだろうか。柊弥は瞬く間にゴール前に辿り着いた。

 

 

「させるか!」

 

「撃たせないぞ!」

 

「止められるもんなら──」

 

 

 ゴール前にはDFが2人。柊弥のシュートを阻むべくその前に立ちはだかるが、次に柊弥がとった行動に度肝を抜かれる。

 柊弥はゴールから明後日の方向に向かってボールを蹴り抜いた。そしてそのボールの行き先に先回りし更に蹴る。何度もそれを繰り返す内にどんどん高度も上がっていく。その上威力も跳ね上がっているのだからもはや誰にも止められない。

 

 

「──止めてみろよ」

 

 

 そして柊弥は最後に空中でボールに蹴りを突き刺した。直後何重にも込められたエネルギーが大爆発を起こし、それと共に天から雷帝の一撃が落とされる。圧倒的なパワー、圧倒的なスピードを誇るそのシュートを前に2人のDFとGKは纏めてゴールへと叩き込まれた。

 

 

「なんつー威力だよ、あいつまた強くなったんじゃないか?」

 

「気を抜いてるとすぐ離されてしまいそうだよ」

 

 

 土門と一之瀬は味方ながらにそのパフォーマンスに驚愕する。この短期間で以前よりもさらにパワーアップしているのだから自分の目を疑いたくもなるだろう。

 そしてそのタイミングで前半終了のホイッスルが鳴る。

 

 

「……そうか!」

 

 

 柊弥の大立ち回りを見ていた鬼道はあることに気が付いた。すぐに全員集めそれを共有する。

 

 

「相手の司令塔、音村はリズムで相手の動きを読んでいるんだ」

 

「リズムって……ほんの一瞬で?」

 

「ああ、信じ難いがな。だから次からは少しずつリズムをズラしていこう。そうすれば加賀美ほどのスピードがなくとも崩せるはずだ」

 

 

 ハーフタイムを存分に使って鬼道は後半に向けての指示を出す。音村の秘密を聞いた一同はそんなこと本当にできるのかと疑問に思ったが、これまでの苦戦となぜ柊弥がそれを上回れたかの理由を並べられて納得せざるを得なかった。

 

 

(体力は……問題ない)

 

 

 柊弥は少し離れたところで自分の調子を見つめ直していた。最後の最後で決めた1点、そこにたどり着くまでの消費はかなりのものだった。常に雷光翔破のスピードで駆け、雷帝一閃まで撃ったのだから。

 しかし、柊弥はそんな事実を無視してまだ余裕と思い込む。まだ足を止める資格はないと自分に言い聞かせる。

 

 

(加賀美 柊弥。確かに凄まじい選手だね)

 

 

 反対のベンチ、大海原が休憩している場所で音村は先程の柊弥の動きを思い出していた。その顔に宿るのは驚愕などではなく、笑みだった。

 

 

(けどもう覚えた。一人一人のリズムが重なり合ってチームとしてのリズムが産み出される中で君のリズムはあまりに大きすぎる)

 

 

 囁かな対抗心を持って音村は柊弥を見据える。

 

 

(それが君の……いや、このチームの弱点さ)




本当はこの1話に大海原との決着まで書こうとしたんですけどその次の話が短くなりそうなので後半は次に持ち越しとなりました
音村のトゥントゥクを突破した柊弥、しかし音村にはまだ…?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第71話 完成と再来

毎度のことながら感想や評価ありがとうございます!
おかげさまで週一更新頑張れてます


「よし、計画通りにいくぞ」

 

『おお!』

 

 

 雷門と大海原の試合は後半戦に突入しようとしていた。綱海のポテンシャルを評価しての練習試合だったが、雷門イレブンは予想外の苦戦を強いられることとなっていた。

 というのも、相手の司令塔である音村の指示があまりに的確すぎたからである。一瞬のうちに相手のリズムを掌握し、それを元にプレーを崩す指示を出すという離れ業を見せてきた。

 しかし、雷門が誇る天才ゲームメーカー、鬼道がそのカラクリを明らかにした。リズムを掌握されるなら、それを掻き乱せばいい。鬼道の指示はシンプルなものだった。

 

 

「加賀美、あれを正面突破出来るのはお前だけだ。好きに動いてくれ」

 

「分かった」

 

 

 あくまで鬼道が提案したのはリズムをズラすこと。しかし、柊弥に限っては純粋なスピードでそれを上回ることが出来た。

 よって鬼道は柊弥に指示は出さない。その必要が無いと信頼している故に。

 

 

(まずは支配権を握る)

 

 

 後半は大海原のキックオフから始まる。一旦後ろに下げられたボールは次々に持ち主を変え、最終的にFWの池宮城に渡る。

 そこでパスワークが一旦止まった、それがいけなかった。

 

 

「速っ!?」

 

 

 その一瞬で柊弥がボールを奪い取る。徹底的にプレスをしかけたわけでも何でもなく、ただ通り過ぎる際にスッとボールだけ持ち去った、ただそれだけのことだった。

 それにも関わらず池宮城が驚愕の声を上げたのは、そのスピードゆえだ。

 

 

「加賀美!こっちや!」

 

 

 柊弥の周囲には敵ばかり。それに対して声を上げたリカは完全にフリーだった。

 しかし柊弥はその声を完全に無視、一種のゾーン状態に陥っている柊弥にはもはや仲間の声すら聞こえていなかった。

 

 

「ちょい待ちや!ガン無視!?」

 

(自由に動けとは言ったが、パス要求すら完全に無視……まずいな、恐らく周りが見えていない!)

 

 

 柊弥はそのまま加速する。ただ真っ直ぐに相手のゴールへと向かう。

 

 

「アップテンポ!12ビートで追うんだ!」

 

「ダメだ!追いつけない!」

 

 

 音村が指示を出す。しかしそれでも柊弥の雷速には追い付けない。まさに圧倒的な個人技。自分以外の他を一切考慮しない自己完結型のプレーだ。

 だが、それは唐突に終わりを告げる。

 

 

「ここだよね」

 

「なッ」

 

 

 何と後ろから指示を出していた音村がヌルりと柊弥の前に現れ、先程柊弥がやって見せたように通り抜け際にボールを掠め取る。

 

 

(追い付かれた!?そんな馬鹿な、エイリア学園でもないのにこのスピードに追いつけるはずがない!!)

 

 

 すぐさま柊弥はボールを奪い返しに走る。だがそれより音村の出すパスの方が速い。柊弥が音村を間合いに捉えた頃には既にボールはそこになかった。

 そしてそれと同タイミング、柊弥の視界は一瞬真っ白に染まる。何が起こったか理解出来なかった柊弥。しかし自分の身体に起こっている異常で原因を突き止めた。

 

 

(加速に意識を割きすぎた、酸欠かッ)

 

 

 直後襲い掛かる頭が割れるような頭痛が襲い掛かる。前のめりに倒れそうになる身体を無理やりに右脚で支え、音村が走り去った方向を睨む。

 その時には既にボールは別の者に渡っており、ゴールの近くまで攻めあがられていた。

 DFの宜保を中心とした3名、狙いは明らかだった。

 

 

イーグルバスター!!

 

 

 それに対して円堂もまた同じ構えを取る。気を一点に集中させ、背後に魔神を呼び出す。迫るシュートに対して腕を突き出す。

 

 

「何回でも止めてやる!マジン・ザ・ハンド"改"!!

 

 

 雷門ゴール付近で繰り広げられたのは先程の繰り返し。決して弱くはない、むしろ強力なシュートであるイーグルバスター。だが相手が悪かった。円堂が誇る現段階最強のキーパー技、マジン・ザ・ハンド"改"。イーグルバスターではそれを破るには足らなかっただけのこと。

 

 

「よし、鬼道!」

 

 

 円堂の豪快なスローは鬼道に渡る。そのまま前線に上がる鬼道だったが、すぐさま大海原の魔の手が迫る。

 しかし先程までの鬼道では無い。大海原イレブンは音村のリズムによるゲームメイクで動くチーム。

 

 

(ここだ)

 

 

 ギリギリまで敵を引き付けマッチアップが始まる1歩手前、鬼道は動きのリズムをズラす。すると明確に相手の動きに綻びが生まれる。当然、鬼道がそこを突かないはずがない。

 

 

「なにィ!?」

 

 

 とうとう大海原のペースを柊弥以外が崩すことに成功した。今まで崩されることのなかった自分達の流れを打倒されたことに驚きを隠せない大海原イレブン。

 しかし、その中で戦意を剥き出しにし続けている者が2人いた。

 

 

「すっげえ!やっぱお前ら最高だぜ!」

 

(リズムをズラしたか。あの司令塔、中々やるじゃないか)

 

 

 それは綱海と音村だ。既に1点を奪われている上、自分達のゲームメイクもバレているというのにその顔から笑みが消えることは無い。綱海は単純な闘争心、それに対して音村にはまだ手札が残っていることが大きな要因だろう。

 

 

「リカ!」

 

「よっしゃ!任せえ!」

 

 

 鬼道から大きなループパス。それを受け取って走り出したのはリカだった。

 それを迎え撃つべく大海原の中盤がリカを囲む。その時、リカは本能か何かで一之瀬の存在を感じ取り、ノールックでのパスを放つ。

 

 

「ナイスパス!リカ!」

 

「流石ダーリン!この試合が終わったら結婚や!」

 

「おーっと!ここからは行かせねえよ!」

 

 

 ボールを受け取って大海原側へ一気に攻め込む一之瀬。だがそれと同時、野生の勘で危険を感知した綱海が一之瀬のマークにつく。一之瀬は得意のテクニックで突破を試みるも、綱海の反応速度では追いつかれる可能性がある。

 一旦落ち着いて状況を俯瞰する一之瀬。すると綱海の意識が甘い抜け穴を見つける。そしてそこに柊弥が走り込んできているのも見えた。

 

 

「よし、いけ!加賀美!」

 

 

 一之瀬はやや強めのパスを出す。ほぼ直線を描きながらそれは、柊弥が伸ばした脚にジャストで突き刺さる。それを受け取った柊弥は加速そのままにゴールへと迫る。

 

 

「だから、甘いよ」

 

「なッ」

 

 

 このままシュート、というところに意識外からの妨害が入る。先程同様背後から急に現れた音村は流れるように柊弥からボールを奪い取り、そのまま大きくパスをだす。

 

 

「知ってるかい?サッカーにおけるチームとは1つのリズムなのさ」

 

「⋯それがどうした」

 

 

 この短時間で二度の失態。呆気に取られていた柊弥に音村は試合中にも関わらず話しかけた。

 

 

「どこが1つの拍子が狂えば、リズム全体が狂うのさ」

 

「だから何が言いたいんだよ、オマエは」

 

 

 含みを持たせて言葉を投げてくる音村、そんな音村に何度もデュエルで負けている自分に対しての苛立ちが募り始めている柊弥は高圧的に音村に対して言葉を返す。

 そんな明らかに冷静を欠いている柊弥を見た音村はフッと笑い、柊弥の横を通り過ぎる。

 

 

「単に他の拍子に追い付けないだけならまだいい。けど、独りよがりで好き勝手やるような拍子はもはや"ノイズ"だ」

 

「だから、言いたいことがあるならハッキリと──」

 

「雷門におけるノイズは君さ、加賀美君」

 

 

 言葉を濁したままこの場を去ろうとする音村を引き留めようと腕を伸ばした柊弥。しかし、直後音村から放たれた言葉がその腕を止めた。

 

 

「君達は地球の運命を背負って宇宙人と戦っているんだろう?なら、少し考えを改めた方が良いんじゃないかな」

 

 

 それを最後に音村は前線へと参加する。1人取り残された柊弥は、まるでその場に縫い付けられたように動けなくなってしまった。

 自分はこのチームにおけるノイズ、邪魔な存在だという言葉が何度も頭の中で反響する。

 

 

「俺が⋯ノイズ⋯」

 

 

 しかし、言葉に出来ない感情は段々と言語化できるものへの昇華する。身体の内側から熱を帯び、放出しなければ己が燃え尽きてしまいそうな感情⋯そう、怒りだ。

 それはノイズ扱いしてきた音村に向けて⋯では無く、ノイズ扱いされるような自分へと向けられたもの。強く在らなければならないのに、他者からはチームにとって邪魔に見えるほど"弱い"と思われている自分へと無尽蔵の怒り。

 

 

(俺はノイズじゃない、証明してやる)

 

 

 直後、大海原陣地にて轟音が響く。それは柊弥が初速を得るための踏み込みの音だった。全員が何事かと視線を一点に集中させる。

 轟音と共にボールへと向かっていく人物、それが纏っていたのは蒼と紅が入り交じる歪な雷。

 

 

「加賀美!?」

 

(あれはあの時の⋯まさか、また暴走か!?)

 

 

 数秒のうちにボールをキープしている大海原のFWの背後まで辿り着く。悪寒が走るような闘気に触れたそのFWは思わず振り向いてしまった。

 そこに居たのは血走った目でこちらを睨み付ける悪魔のような男だった。

 

 

「ひッ」

 

「なにボーッとしてんだよ」

 

 

 振り向いて固まっている相手にはお構い無しにボールを奪い取る柊弥。そのまま身に纏う雷を増幅させ、再び加速。ジェットエンジンのように雷を扱い推進力を得た柊弥はもはや誰にも止められない。音村のゲームメイクでも、綱海のフィジカルでも、仲間の呼び掛けでも止まることは無い。

 

 

(俺はッ!!強くなけりゃここにいる価値がないんだッ!!)

 

 

 ゴール前まで辿り着いた柊弥は、勢いそのままにシュートを放つ。それに対して迎撃体制をとったキーパーだったが、そのシュートは目の前で遮られる。それをやったのは他でもない柊弥、キーパーがギリギリ視認できるような速さでシュートコースに割り込んだ柊弥は更にボールを蹴る。何度も、何度も何度もエネルギーを注ぎ込まれたボールはもはや破裂寸前。1本の雷帝一閃でもゴールを奪えたようなキーパーに対して放つにはあまりにオーバーキル。

 

 

「シッ!!」

 

 

 最終的に柊弥は何本ものシュートを束ねたボールを上へ蹴り上げる。紅と蒼の雷が互いに交錯しながら天へと昇るその光景はまさに圧巻。

 しかし、事態の異常さに何人かが気付く。

 

 

「加賀美よせ!!危険すぎる!!」

 

「首里!それはマズイ!!逃げるんだ!!」

 

 

 鬼道が柊弥にストップを掛け、音村がキーパーの首里へ退避の指示を出す。それほどまでに柊弥が今放とうとしている一撃は危険だった。並のキーパーでは大怪我は確定、エイリア学園⋯ジェネシスのキーパー、ネロですら圧倒されかねない程の超高出力だった。

 それもそのはず、柊弥は無意識に全エネルギーをこの1本に込めていたのだから。

 

 

「ォ゛ォ゛ラァッ!!」

 

 

 人が放つとは思えない咆哮と共に柊弥がボールへ蹴り込む。その時だった。

 蹴られた瞬間にボールが破裂、それと同時に内包していたエネルギーが空中で大爆発を起こす。閃光と共に爆風が地上にいた者達を襲う。とはいえ、そんな怪我をするような程では無い。強いて言うならゴールから対比したものの1番近いところにいた首里が少し吹き飛ばされた程度で怪我はない。

 だが、問題ないというのはあくまで地上の話。空中、それも1番近いところでその爆発を受けた者はその限りではない。

 

 

「ガハッ」

 

 

 吹き飛ばされた柊弥は身動きの取れないままに背中からグラウンドに強く打ち付けられる。

 凄まじい衝撃が柊弥の全身を襲う。骨が折れていないのが奇跡なほどの勢いで叩き付けられた柊弥はしばらく身動きが取れなかったが、少しの後立ち上がる。

 

 

「クソが⋯次は決めるッ、ボールを俺に集めろォ!!」

 

 

 柊弥の叫びがフィールドに響き渡る。しかし、それに対して誰も言葉を返さない⋯いや、返せない。

 全身ボロボロになりながらも未だに目を血走らせ、心胆震え上がるような咆哮を上げる。そんな姿に誰もが気圧されていた。

 

 

 そして、そんな柊弥にようやく返ってきたのはホイッスルの音だった。

 

 

「加賀美君、交代よ」

 

「は⋯?いや監督、俺はまだ──」

 

「貴方に拒否権はないわ。目金君、行きなさい」

 

「は、はいっ」

 

 

 瞳子は目金に柊弥との交代を命じた。その指示にフットボールフロンティアから柊弥と共に戦ってきたメンバーは心底驚いた。

 なぜなら柊弥は今まで1度も試合に欠場どころかベンチに下がったことすらなかったのだ。だがそれと同時に安心もする。これ以上柊弥が危機に瀕する可能性が完全になくなったために。

 

 

「⋯クソッ」

 

 

 柊弥は反抗しても無意味だと悟り大人しくベンチに下がる。その際円堂や一之瀬が声を掛けたり、ベンチでマネージャー陣がタオルやドリンクを渡したりしたが柊弥は終始無言だった。ただひたすらに視線だけをギラつかせ、試合の行く末を眺めていた。

 

 

 柊弥が抜けたことで攻め手が欠けた雷門はシュートチャンスを作ることはできず1点のまま。それに対して大海原は円堂の鉄壁を崩すことは叶わず1点すら取れていない。

 最後の最後で綱海がロングシュートを放つも、円堂が咄嗟に放ったパンチングでそれを阻止しそのまま試合は終了、1-0で雷門の勝利となった。

 

 

 その後雷門と大海原で試合後にバーベキューをしていたが、そこに柊弥の姿はなかった。

 

 

 

 ---

 

 

 

「隣、良いか」

 

「やあ鬼道君、座りなよ」

 

 

 大海原との試合が終わり、相手の提案で浜辺でのバーベキューが行われた。試合の熱のまま始まったそれは凄まじく盛り上がり、今もなお串を片手にお祭り騒ぎだ。

 そんな中、1人離れたところでそれを眺めていた音村を見つけたさっきの試合について聞きたいことがあったので隣に腰掛ける。

 

 

 大海原の1人にイタズラをした木暮を春奈が追いかけている様を見ながら俺は音村と様々な話をした。と言っても、主に音村のゲームメイクの秘密についてだ。

 リズムやビートを元に相手の動きを把握し、盤面を制圧する。非常に興味深い話だった。これを使えば、今後のエイリアとの戦いで戦術面での有利を取れるかもしれない。

 

 

「時に鬼道君、加賀美君のことだけど」

 

「加賀美か。どうかしたか?」

 

「彼、このままだと破滅するよ」

 

 

 音村が神妙な顔で俺にそう告げた。

 

 

「彼は確かに唯一無二の戦力だ。けれど周りが見えていない⋯いや、それどころか自分のことすら見えていない」

 

「⋯痛い指摘だ」

 

「何て言うんだろうね⋯自分の出すべき音を勘違いしているって言うのかな。なにか大切で致命的な思い違いをしているように感じたんだ」

 

「なるほど⋯お前にはそう見えたか」

 

 

 自分の在り方を見失っている、と言ったところか。これは雷門の外である音村だからこその発見かもしれないな。

 

 

「けどそれは彼自身が気付くか、或いは彼が全幅の信頼を置けてなおかつ同じ視線に立てる人間に諭されないと正せないだろうね」

 

「⋯豪炎寺か」

 

「豪炎寺君⋯雷門のエースストライカーだね。今はいないようだけど、フットボールフロンティアでは彼と加賀美君、そして染岡君のスリートップが印象的だった」

 

「ああ。あの三人はそれぞれ別の強さを誇るうちのストライカーだ。エースとして10番を背負っていたのは豪炎寺だが⋯俺にとっては3人全員がエースのように思えていた」

 

 

 豪炎寺に染岡、アイツらが今もチームにいれば加賀美も⋯いや、止めておこう。チームの司令塔としてないものねだりはしていられない。今の俺達が加賀美を支えてやらねば、どうにもならないことだ。

 

 

 

 ---

 

 

 

「いい場所だな、ここ」

 

「だろ?たまに行き詰まってどうしようもない時、ここで夕日を見てんだ」

 

 

 翌日、円堂は綱海に頼み込んでサーフィンを教えてもらっていた。試合の中で綱海が見せたサーフィンの動きが正義の鉄拳を完成させるピースになるのではないかと確信したからだ。

 最初綱海は反対した。一朝一夕で身につけられるほどサーフィンの身体使いは簡単では無いと、自分が1番分かっていたから。

 それでも承諾したのは、円堂の熱意あってこそだ。

 

 

「俺さ、この正義の鉄拳を完成させて柊弥を安心させてやりたいんだ」

 

「加賀美をか?」

 

「ああ。柊弥は今1人で戦っているんだ。エイリア学園から俺達を守るために、俺達が傷つかないためにって」

 

 

 円堂は拳を握りしめ、夕日に向ける。

 

 

「けど、俺はそんな柊弥を守りたい!アイツは頭も良いけど、たまに今日みたいな無茶するからさ。だから俺が支える!小さい頃からずっと一緒にサッカーしてきたんだ」

 

「へえ、幼なじみってやつか⋯なら、明日も頑張ってサーフィンをマスターして、完成してやろうぜ!正義の鉄拳をよ!」

 

「綱海⋯おう!明日もよろしく頼むな!」

 

 

 

 ---

 

 

 

 既に辺りは真っ暗、そんな遅い時間だというのに柊弥は1人シュートを撃ち続けていた。最初は何本撃ったか数えていたが、1000を超えたあたりから面倒になって放棄した。

 1000と撃ってなお続けている時点でかなりおかしいのだが、本人は未だに満足出来ていないようでなおもボールを蹴り続けている。

 

 

「こんなんじゃ⋯ダメだッ⋯!」

 

 

 やがて限界が近付いてきたのかその場に四つん這いに倒れ込む柊弥。とめどなく落ちては地に吸われていく汗を見つめながら息も絶え絶えの声で呟く。

 

 

「俺は強くなきゃダメなんだ、まだまだ足りない」

 

 

 誰よりも強い自分以外は認めない。今の心境を言い表すならそんなところだろうか。悲鳴をあげる身体で立ち上がり、再び柊弥はシュートにを放つ。

 そんな様子を、陰から音無は見守っていた。

 

 

(また無茶して⋯止めた方が良いのかな)

 

 

 大海原との試合での柊弥を見ていた音無は、以前の暴走した時の柊弥を思い出していた。いざとなったらまた自分が止める、そうは思っていたものの、そんな状況まで追い詰められて欲しくないとも思っていた。

 しかし、やはり自分に柊弥が強くなろうとしているのを止める資格はない。陰から支えてやる、それが柊弥のためになると腹を括っていた。

 

 

「⋯あれ?」

 

 

 タオルとドリンク、それと練習終わりに食べられるようにおにぎりでも持ってこよう。そう思ってその場を離れようとしたその時、音無はある人影に気が付いた。

 暗い上にオレンジのパーカーで顔を隠しいるためよくは見えないが、森の中から柊弥の方を見ている。

 

 

(エイリア学園?いや、もしそうなら何の為に?)

 

 

 音無が警戒を強めると、それとは裏腹にその人影はどこかへと去っていった。ただの通りすがりか、と結論付けて音無もその場を離れる。

 

 

「⋯柊弥」

 

 

 それが、その男が今の柊弥に1番必要な存在であることに気付かずに。

 

 

 

 ---

 

 

 

「行くぞ、守」

 

「おう!」

 

 

 数日後、大海原のグラウンドにて円堂と柊弥は対峙していた。綱海とのサーフィン特訓を終えた円堂、今なら正義の鉄拳が出来るかもしれないと思い立ち、柊弥に声をかけて試してみることにした。

 それを聞き付けて他のメンバーもその場を囲むようにして見守っている。

 

 

"真"轟一閃

 

 

 踏み抜かれたボールは凄まじい勢いの回転と共に雷を帯びて浮き上がる。それと同時に右脚を後ろに引いた柊弥は、ボールが最高点に達するタイミングで最速で右脚を振り抜く。

 前方向へ衝撃を受けたボールはそれに従い凄まじい速さでゴールへと襲い掛かる。空間に残る軌跡がそのスピードを物語っている。

 

 

(すげえシュートだ!柊弥のやつ、またレベルアップしてる!)

 

 

 自身に向かって飛んでくるシュートに対し、円堂は思わず笑みをこぼす。更に強くなった幼なじみに対して自分も負けていられないと奮起する。

 そんな想いが円堂の拳に集約する。それは自身の体内のエネルギーを増幅させ、黄金の闘気として放たれる。

 

 

正義の鉄拳!!

 

 

 そしてその闘気が拳を形作る。回転と共に放たれたその拳は、迫り来る轟雷の一撃に負けることなく真っ直ぐに突き出される。

 完璧に威力を殺されたシュートは鉄拳に大きく弾かれた。それは、遂に究極奥義の一角、正義の鉄拳が完成したことを証明していた。

 

 

「これが正義の鉄拳⋯」

 

「よっしゃあ!やったぜ柊弥!」

 

 

 その凄まじさは実際にシュートを撃った柊弥が1番理解出来た。強靭な肉体を前提とし、緻密なボディコントロールの上に発揮される絶大な威力を誇るのがこの正義の鉄拳。

 それを目の当たりにした柊弥は感嘆と共に円堂の進化を心の底から喜んでいた。

 

 

「ああ、最高だ──」

 

 

 柊弥が円堂が掲げた手にハイタッチしようとした、まさにその瞬間。2人の背後に何かが落ちてきた。

 巻き上がる砂塵から目を守りつつ、柊弥はその中心にあるものを見た。

 

 

 それは、真っ赤な光を放つ黒いサッカーボール。

 

 

「⋯デザーム」

 

「フハハハ!!久しいな雷門イレブン!!」

 

 

 砂塵が晴れると、イプシロンの面々が姿を現した。しかしすぐさま雷門イレブンは異変に気付く。イプシロンのメンバーは全員目が真っ赤に染まっていたのだ、比喩でもなんでもなく。

 その真ん中に立つデザームが1歩前に出て大きく笑う。

 

 

「我々は特訓を重ね、イプシロン"改"へと進化した!さあ雷門イレブンよ、またあの時のように私を楽しませてみせろ!!」

 

「楽しむ?そんなお前らの勝手が戦う理由になんかなるか!」

 

「断れば適当な学校にコイツを落とす」

 

 

 デザームの物言いに土門が反論するが、ゼルが黒いサッカーボールをチラつかせながらそう言い放つ。

 断ればどこかの学校が被害を被ることになる。そう考えれば首を縦に振る以外の選択肢は自動的に削除されたようなものだった。

 

 

「⋯イプシロンに勝てなければ、どの道ジェネシスやプロミネンスには勝てないわ」

 

「やるしかないってことか⋯よし!勝負だ、イプシロン"改"!!」

 

 

 瞳子がそう呟き、全員が覚悟を決める。代表して円堂が勝負を受ける意思を見せると、デザームの口角がつり上がった。

 そしてそのデザームの視線は、柊弥に真っ直ぐ突き刺さっていた。

 

 

「⋯イプシロン如きに、日和ってられるか」

 

 

 それに対して柊弥も睨み返す。再戦のゴングは今鳴らされた。




イプシロン"改"襲来!
ということはとうとう⋯?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第72話 背負ったもの

最近更新の度に来る感想が増えてきてて嬉しい限りです
物語、というより柊弥の核心をつくようなものもあって凄い読んでくださってるんだなあ⋯とニヤニヤしながら返信している次第です


「イプシロン改⋯一体どれだけ強くなってるんだ」

 

「分からん。だが俺達に勝つ以外の選択肢などない」

 

 

 場所は大海原中グラウンド、沖縄の地にて雷門イレブンと進化を遂げたイプシロン改の試合が始まろうとしていた。

 イプシロン改の勝手な因縁で決まったこの試合。雷門イレブンは乗り気ではなかったが、断れば周囲の学校を破壊すると脅された結果、首を縦に振った。

 

 

「アイツらが宇宙人⋯よし!俺も力を貸すぜ!」

 

「良いわ。貴方の実力を見込んでキャラバンに誘おうとしていたところよ」

 

「よし!よろしくな、綱海!」

 

 

 試合開始直前、綱海のイナズマキャラバンへの加入が決定した。早速この試合から入るようで、立向居が代わりにベンチへ行き綱海はDFとして後衛に加わる。

 綱海の加入で火がつき、試合に対して熱意を見せる雷門イレブン。しかし、その輪には混ざらずにイプシロンと睨み合っている男達がいた。

 

 

(イプシロン改⋯必ず勝つ)

 

 

 1人は柊弥。前回のイプシロンとの試合では最後に決めきれず、引き分けになってしまったことをずっと引きずっていた。その上ジェネシスとの試合の後、仲間を守る為に躍起になっているせいで試合への姿勢はかなり前のめりだ。

 

 

(デザーム⋯今度は絶対にゴールを決める。そして、完璧になるんだ)

 

 

 そしてもう1人は吹雪。以前はシュートチャンスこそ巡ってきたものの、デザームから1点を奪うことすら叶わなかった。それに比べ、同じくストライカーである柊弥はデザームからゴールを奪っている。"完璧"を求める吹雪にとってそれは酷な事実であり、導火線となっている。

 

 

 仲間を守ると他の何事も顧みない柊弥と、誰も知らないところで自身の存在意義を追い求めている吹雪。2つの爆弾を抱えたまま試合は始まろうとしていた。

 

 

「吹雪、お前はDFスタートで頼む」

 

「⋯うん、分かったよ」

 

 

 その時、鬼道が吹雪に話しかける。その内容は今の吹雪にとって逆風でしかない不都合なものだったが、すぐに笑みを作り頷く。その内心は穏やかなものでは無いが。

 

 

「FWは加賀美とリカのツートップ。攻めの中核は任せたぞ」

 

「よっしゃ!やったるで!」

 

「⋯」

 

「加賀美、聞いているか?」

 

「⋯ああ、大丈夫だ」

 

 

 ずっとイプシロン改の方を凝視して上の空な柊弥に一抹の不安を抱く鬼道だが、すぐにその不安を振り払う。この試合において得点の鍵になるのは間違いなく柊弥、司令塔である自分か疑いを持てば、ゲームメイクに支障が出る。そう自分に言い聞かせる。

 

 

「⋯今回のキーマンは間違いなくお前だ。序盤はまず相手の様子を窺え。流れを把握出来たら俺が指示を出す。それまではお前は撃つな。良いか?」

 

「了解」

 

 

 鬼道は柊弥に歩み寄り、他の誰にも聞こえないように耳打ちする。今があるかは分からないが、大海原との試合のように独断専行でベンチと交代になっても困る。釘を刺す用に柊弥に指示を出しておいたのだ。

 

 

「よし、行くぞ!」

 

 

 試合前の作戦会議を終え、それぞれポジションに着く。既にフィールドに入っていたイプシロン改の面々は誰一人例外なく不敵な笑みを浮かべている。まるで相手を品定めするかのような、そんな視線で雷門イレブンを待ち構えていた。

 

 

 そして、とうとう試合が始まる。

 

 

「行かせねえよ」

 

「フッ、ならば止めてみるがいい!」

 

 

 ゼルのキックオフでスタート。メトロンがボールを受け取り、それに対して柊弥がプレスを仕掛けて最前線のマッチアップが始まる。

 しかし反対側からゼルが既に抜け出しており、華麗なワンツーで柊弥は抜き去られる。

 

 

(ドリブルもパスも速くなっている。前のままなら見てからでも奪えたのに⋯)

 

 

 一瞬で柊弥を突破したメトロンはそのまま雷門ゴールに向かって切り込んでいく。それに対して一之瀬と塔子が仕掛けるが、接触より早くメトロンは空中へ高く跳ぶ。

 

 

メテオシャワー!

 

 

 オーバーヘッドでメトロンがボールに蹴り込むと、分裂して隕石のように地上に降り注ぐ。爆風に行く手を遮られた一之瀬と塔子は突破を許してしまう。

 

 

「くっ、必殺技の精度も進化している!」

 

「アイツら本当に強くなってる!」

 

 

 その後も凄まじいパスワークを展開するイプシロン改。そのスピードに適応できない雷門イレブンは後手に回ることを強いられてしまう。フィジカルを評価されて雷門イレブンに仲間入りした綱海ですら追いつけない程なのだから相当だろう。

 

 

 そして最終防衛ラインすら軽々と突破される。その時ゴールに向かって走っていたのはゼル、メトロン、マキュアの3名。何を狙っているかは火を見るより明らかだった。この3人の連携シュート、ガイアブレイクだ。最終的に円堂は止めて見せたが、その威力は本物。進化した今どうなるかは計り知れない。

 

 

ガイアブレイク!!

 

 

 3人がエネルギーを解放したことにより砕かれた地面がボールに纏わりつく。その中心に存在するボールを撃ち抜くように3人同時に蹴り込むと、大地の力を得た強力なシュートがゴールへと襲い掛かる。

 例に漏れず、ガイアブレイクも以前より強くなっていた。だが、ゴール前の円堂は焦らない。何故なら、進化したのは自分もだから。

 

 

正義の鉄拳!!

 

 

 放たれた究極奥義は正確にシュートの中心を捉える。正義の名のもとに繰り出される拳は絶対的な強さを誇っており、迫る一撃を完璧に殺す。

 相手も進化してあるが、こちらも確実に進化している。その確信が雷門イレブンを奮い立たせる。

 

 

「俺達も負けちゃいられないぞ!」

 

「おう!」

 

 

 それが顕著だったのは土門と一之瀬だった。弾かれたボールは再びイプシロンに渡ったが、2人の信頼の元に成り立つ連携で再び奪い返す。

 

 

「よっしゃ!頼むぞ!」

 

「よし」

 

 

 そのパスを受け取ったのは柊弥。これがスイッチとなり雷門側の攻撃が始まる。凄まじい速さで切り込んでいく柊弥は、他の追従を許さない。柊弥を止めるべく立ちはだかった全てを真正面から打ち壊し、一気にゴール前まで抜ける。

 

 

(まだだ)

 

「分かってる」

 

 

 ほんの一瞬、柊弥は鬼道の方を見る。小さく首を横に振った鬼道から意志を汲み取った柊弥は、逆サイドに走り込んできたリカにボールを預けた。

 

 

「今回はちゃんとパスしたな、後で褒めたる!」

 

 

 完全フリーの状態でボールを得たリカは勢いよく右脚を振り上げる。そしてその勢いのままボールの中心を蹴り抜く。

 

 

ローズスプラッシュ!!

 

 

 薔薇の花弁を散らしながらデザームの待ち構えるゴールへ向かうリカのシュート。並のキーパーなら十分に驚異になりうる威力を秘めている⋯はずだった。

 

 

ワームホール

 

 

 だが、このデザームにとってはそうではなかった。あくまでワームホールはデザームのサブウェポン。それでも十分に殺し切れる程度にはリカのローズスプラッシュは驚異にはならなかった。

 

 

「悪くない。だが私の求めるレベルには程遠い」

 

 

 そう吐き捨て、デザームはボールを投げ捨てる。コロコロと転がっていくボールが辿り着いたのは、柊弥の足元だった。

 

 

「お前だ。お前が撃って来い!それ以外は脅威にならん!」

 

 

 あくまで自分の敵になるのはお前だけだ、デザームはそう柊弥に言葉を投げる。焚き付けられた柊弥は⋯ただ黙ってそのボールを見つめていた。

 

 

『⋯今回のキーマンは間違いなくお前だ。序盤はまず相手の様子を窺え。流れを把握出来たら俺が指示を出す。それまではお前は撃つな。良いか?』

 

『お前だ。お前が撃ってこい!それ以外は脅威にならん!』

 

 

 柊弥の中で鬼道の声、デザームの声が交互に響く。無限に感じる葛藤の中、苛立ちだけが募る。仕掛けるか、合わせるか。2つの選択肢に板挟みにされた。

 

 

 その末に、柊弥が選んだのは──

 

 

「やってやるよォッッ!!」

 

「加賀美!!」

 

 

 ──突き進むことだった。

 

 

「フハハハ!!良いぞ、来い!!」

 

「ラァァァァァッ!!」

 

 

 蹴る、追いつく、蹴る、追いつく⋯何度もそれを繰り返し、一撃の破壊力は極限まで高められる。もはやその規模は災害。抑圧されしその激情が破壊力となり、敵を撃ち滅ぼさんと荒れ狂う。

 

 

雷帝一閃ッ!!

 

 

 蹴り込むその瞬間、あまりの踏み込みに軸足を中心に地面が砕ける。地を砕き、空を裂きながら怒れる雷帝の一撃が雄叫びを上げる。

 

 

ドリルスマッシャー!!

 

 

 それを嬉々としてデザームは真正面から迎え撃つ。雷帝一閃とドリルスマッシャーがぶつかった瞬間、雷を伴う凄まじい衝撃波がフィールド全体を叩く。

 

 

(何という重さ!期待通りだッ!!)

 

 

 デザームの身体が徐々に押し込まれ、ミシミシと音を立てながらドリルにヒビが入る。次第にデザームの額に汗が浮かぶ。

 傍から見れば柊弥のシュートの圧倒的優勢。だが、それにも関わらずデザームは笑う。

 

 

「面白いッ!!最高だァァッ!!」

 

 

 その時、ドリルの回転が目に見えて速くなる。凄まじい音と火花を散らしながら更に速くなる。

 そしてその影響か、段々と雷帝一閃の威厳が失われていく。

 

 

「私の勝ちだ」

 

「──嘘、だろ」

 

 

 やがて完全に威力は殺される。それを見て柊弥は全身の力が抜け、膝から崩れ落ちてしまった。決して力量差に絶望した訳でも全ての力を使い果たした訳でもない。

 柊弥には確証があったのだ、この一撃が()()()先制になると。

 

 

「もっとだ、もっと撃って来い!!」

 

 

 デザームは再び柊弥にボールを送る。膝を着く柊弥の元に差し出されるように転がってくる。

 

 

「まだ底を見せていないだろう!?あの試合の最後で見せた力はまだこんなものではなかったはずだッ!!さあ立て、そして私を楽しませろォッ!!」

 

「ならお望み通り⋯ぶっ壊れるまで撃ってやる」

 

 

 柊弥は挑発に乗せられて立ち上がった。もう完全に仲間との調和など意識の外だった。デザームを壊すこと、それだけを至上命題として立つ。

 

 

「寄越せェッ!!」

 

「なッ」

 

 

 柊弥が再び雷帝一閃を撃つ⋯誰もがそう思った。しかしそれは予想外の乱入者によって遮られることになる。

 

 

「何をしている⋯吹雪ィ!!」

 

「点を決めるのはお前じゃねェ!!この俺だッ!!」

 

 

 柊弥の怒声に振り向くことなく吹雪はデザームに向かっていく。柊弥に吹雪、2つの爆弾は早々に爆発してしまった。

 

 

「貴様も来るか!加賀美 柊弥に気を取られて忘れていたぞ!」

 

「うるせェェェ!!」

 

 

 デザームの何気ないその一言が吹雪を更に滾らせる。まるで自分が元から眼中に無いような言葉に歯を剥き出しにして怒り狂う吹雪はそのままシュート体勢に。

 

 

エターナルブリザードォッ!!"V2"ッ!!

 

 

 放たれたエターナルブリザードもまた進化していた。まるでフィールドに突如現れた暴風雪のような破壊力を秘めるエターナルブリザードは轟音を立てながらデザームへ襲い掛かる。

 しかし、それを見たデザームの表情は嬉々としたものから一転、能面のように無へと変わる。

 

 

ワームホール

 

 

 デザームが選択したのはドリルスマッシャーではなくワームホール。そのことからデザームにとってエターナルブリザードは雷帝一閃ほどの脅威では無いということを否応にも突き付けられる。

 さらに、今の吹雪にとって着火剤にしかならない言葉が投げ掛けられる。

 

 

「この程度か⋯期待していたが、加賀美 柊弥ほどでは無い」

 

「んだとこの野郎ッ⋯!」

 

 

 冷淡な目付きのままデザームはボールを投げる。それはDFであるタイタンが受け取ったが、すぐさま吹雪が奪い返した。

 

 

「吹雪!俺が決める……ボールを寄越せッ!!」

 

「うるせェッ!!」

 

 

 吹雪の横についた柊弥がボールを要求するが、吹雪が返したのは怒号であってボールではない。

 

 

「テメェも俺を見下してんだろ!?俺じゃ絶対デザームから点は奪えない、自分なら奪える!!そう思ってんだろ!!」

 

「──俺はただッ」

 

「黙って見てろッ!!お前も、豪炎寺も必要ねェ⋯俺が決める!俺は、完璧にならなくちゃならねェんだッ!!」

 

 

 "見下している"。吹雪に言われたその言葉にそんなことは無いと反論しようとした柊弥は脚を止めてしまった。

 勿論、柊弥としては見下しているつもりなんてなかった。しかし、心のどこかで吹雪では決められないが自分なら⋯思っている自分がいることに気付いてしまった。

 完全に吹雪の主張を否定しきれない。そんな迷いがその脚を縛り付けた。

 

 

「デザァァァァァァムッ!!」

 

「フン⋯」

 

 

 吹雪は殺意すら感じるほどの怒気を帯びた咆哮をデザームにぶつけ、再びエターナルブリザードの構えに入る。

 対するデザームは相変わらず興味無さげに吹雪を見ているが、警戒は怠っていない。

 

 

エターナルブリザード"V2"ッ!!喰らえェェェッ!!

 

ワームホール

 

 

 それを見ていた他のメンバーは心做しか先程の一発よりも威力が高まっているように感じた。

 しかしそれとは裏腹にデザームは先程と同じようにワームホールで完璧に止め切って見せる。

 

 

「まだだァッ!!」

 

「⋯なら、満足するまで撃ってみろ」

 

 

 そう言うとデザームは吹雪の足元へボールを転がす。完全に舐め切られている吹雪は感情を剥き出しにしてゴールに牙を剥く。

 

 

エターナルブリザード"V2"ッ!!

 

ワームホール

 

エターナルブリザードッ⋯"V2"!!

 

ワームホール

 

 

 二度、吹雪は全力でエターナルブリザードを放つ。しかしそのどれもがデザームを打倒するに足らない。

 この短時間で全力のシュートを3本も撃った吹雪は目に見えて消耗していた。ギラつくその目にも段々と光が無くなってきた。

 しかしそれでも吹雪は撃つ。文字通り全存在を賭けて。

 

 

エターナルブリザードォォッ!!"V2"ゥゥゥッ!!

 

 

 その一撃は吹雪にとって最高のシュートだった。威力、スピード共に申し分ないまさに全身全霊。これでゴールを奪えなければもう誰も奪えない、そうとすら思える一撃だ。

 しかし、現実はあまりに残酷だった。

 

 

「くだらん」

 

 

 デザームはその一撃に対してワームホールを使うことなくただ右腕一本を差し出すのみ。それにも関わらず、吹雪渾身の一撃は簡単に、まるで当然のように抑えられた。

 その光景を見て、吹雪だけでなく他の誰もが呆気に取られる。

 

 

「この程度、必殺技を使うまでもない」

 

「な⋯そんな馬鹿な⋯」

 

 

 狼狽える吹雪、その目には先程までの闘志はもう宿っていなかった。

 

 

「お前はもう必要ない、消えるがいい」

 

 

 デザームのその言葉は吹雪の心に突き刺さる。今の吹雪にとってはあまりに致命的な言葉だった。

 

 

「士郎としても必要ない」

 

「アツヤとしても必要ない」

 

 

 "必要ない"。その言葉が何度も吹雪の中で反響し、吹雪の心を確実に、丁寧に崩壊させていく。

 吹雪の様子がおかしい事に円堂や鬼道は気付く。しかし、遅すぎた。

 

 

『じゃあ僕は、俺は一体何なんだァァァァァァァァァッ!?』

 

 

 その慟哭が引き金となり、吹雪の心は完全に崩壊する。糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。

 

 

「吹雪!!」

 

「おい、大丈夫か!?」

 

 

 すぐさま全員吹雪の元に駆け寄る。円堂や鬼道が声を掛けるが、まるで心が抜け落ちているかのように何の反応もない。言葉を返すどころか、身体を動かすことすらしない。

 吹雪 士郎、そして吹雪 アツヤはもう立てなかった。

 

 

「選手交代!!立向居君、吹雪君と交代してDFに入って!」

 

「は、はい!」

 

 

 瞳子が立向居に交代の指示を出す。一切自分で動こうとしない吹雪に円堂と鬼道は肩を貸し、ベンチまで連れていく。

 

 

(吹雪、こんなになるまで無理をして⋯もう大丈夫だって言っていたのは嘘だったのか)

 

(確かにお前の悩みはお前にしか解決できない。だがこれではあまりに⋯)

 

 

 ベンチに座らせられた吹雪に瞳子やマネージャー達が声を掛けるが、やはり反応はない。心配で仕方ない円堂達だが今は試合中、吹雪の分も戦い抜くことを誓ってフィールドに戻る。

 

 

(吹雪⋯何でそんなに無理をした。そんなに追い詰められていたなら俺に任せておけば⋯!)

 

 

 柊弥もまた別の形で吹雪のことを案じるが、それはあまりに見当違いだった。だが吹雪の胸中は誰にも分からないもの、柊弥を責められる立場の者がいるとしたら、それは吹雪自身くらいだろう。

 

 

「加賀美、吹雪が抜けた今単騎でデザームを突破できるのは恐らくお前だけだ。だから前半みたいな独走はやめて俺の指示を聞け、良いな?」

 

「⋯それじゃダメだ、鬼道」

 

 

 鬼道が柊弥に釘を刺すようにそう告げる。しかし、柊弥は珍しく鬼道の指示に対して反論を見せる。

 

 

「今俺達は明らかに劣勢、そんな状況で点を奪えるのが俺だけなら尚更攻め手を緩めちゃいけない」

 

「加賀美」

 

「だから俺にボールを集めろ。もう、誰も無理なんてさせねえ」

 

 

 柊弥の鋭い眼光が鬼道を射抜く。その視線は仲間に向けるようなものではなかった。あまりの覇気に鬼道は一瞬気圧されたが、すぐに気を取り直す。

 

 

「⋯お前も、無理をしているんじゃないだろうな」

 

「当然」

 

 柊弥に負けないくらい強い視線を柊弥に向ける。そのやり取りの後、少しの間考えて鬼道は柊弥に背を向け、全体に声を掛ける。

 

 

(どうする、確かにデザームから点を取れる可能性があるとすれば加賀美の雷帝一閃だ。ザ・フェニックスやイナズマブレイク、皇帝ペンギン2号などの連携技もあるが前者2つは円堂が上がることが前提、皇帝ペンギン2号も染岡が欠けた今その穴を埋められるヤツがいない)

 

 

 鬼道は迷っていた。本当に柊弥に任せていいのか。口ではこう言っているが、柊弥1人に負担を掛けることのリスクを考えると頷ききれない。吹雪のように限界を越えて動けなくなるか、ジェネシス戦の時のように暴走してしまうか。或いは、予想も出来ない惨劇が起こるか。

 勿論そんなことにはならずただ点を奪えて有利な状況を作れる可能性だってある。

 

 

「鬼道」

 

 

 熟考する鬼道に対し、柊弥が声を掛ける。

 

 

「信じろ」

 

 

 その言葉に鬼道が顔を上げる。そこにいたのは、鬼道のよく知る副キャプテンとしての柊弥だった。

 

 

「⋯皆聞け!これからは加賀美にボールを集めろ!」

 

『おう!』

 

 

 鬼道の指示に全員が応える。一方、柊弥はというと──

 

 

(俺には、皆の想いに応える義務がある)

 

 

 大切な仲間達に背を向け、ただ真っ直ぐにイプシロン改を見据えていた。

 

 

(立ち止まりも退きもしない、死んでも勝ってやる)

 

 

 その背に宿るのは不退転の決意。ここからが柊弥に立ちはだかる更なる試練の始まりだった。




試合開始早々吹雪が退場、柊弥が暴走気味というトンデモ状態。どうなっちゃうんだー(棒読み)


あ、明日も更新します。元々この話と次の話で1話だったんですがあまりに長くなったので分割です。
次の話の最後は⋯?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第73話 それでも足掻け

2日連続投稿です
今回はとうとう⋯

追記:5/30、久々の日間入りにマジで感謝!


 突如として始まった雷門とイプシロン改の試合。前半開始早々怒涛の攻めを見せる雷門イレブンだったが、2人のストライカー、柊弥と吹雪のシュートが一切通じなかった上に吹雪は交代という前半早々にも関わらずピンチに追い込まれていた。

 しかし、それで諦める雷門イレブンではない。残された柊弥は、以前のイプシロンとの試合でデザームからゴールを奪っている。本人の申し出もあり、ここからはその柊弥を軸に攻めを展開することになる。

 

 

 吹雪の交代によって止まった試合はイプシロン改のスローインから再開となる。ボールを受け取ったマキュアすぐさま雷門ゴールへと攻め上がる。

 鬼道の指示をベースに雷門は守備に動くが、圧倒的な身体能力と連携の元に歯が立たない。

 気付いた時には既にゴール前。しかもマキュア1人だけではなく、その横にゼルとメトロンもいる。

 

 

ガイアブレイク!!

 

 

 2度目のガイアブレイク。強大なシュートであることは間違いないというのに、ゴールを守る円堂は一切の恐れを見せていない。どんなシュートが来ても止めてやる、そう立ち姿で語っていた。

 

 

「止める!正義の鉄拳!!

 

 

 円堂は正義の鉄拳でガイアブレイクをしっかりと殺しきる。弾かれたボールは土門の元に。

 

 

「よし!攻めるぞ!」

 

 

 土門からパスが出される。土門から一之瀬、一之瀬から鬼道への素早いパス回しでボールはフィールド中盤まで運ばれる。

 鬼道に対してすぐさまプレスが掛かるが、テクニックをフルに用いてそれを突破する。フィジカルで言えばイプシロンに分があるというのにそこを突破出来るのはひとえに鬼道のテクニックの高さを表していると言える。

 

 

「よし、いけ!!」

 

 

 そのままの流れで鬼道は鋭いパスを出す。名前こそ呼ばれなかったが、その矛先が誰に向いているかは明らかだった。

 そのパスの先にいるのは、今は鳴りを潜めている雷鳴。

 

 

「決める」

 

 

 ボールを受け取った柊弥は、凄まじい加速を見せる。そのスピードは雷を凌駕するのではないかというレベル。DF陣の防壁をスピードのみで強行突破を試みる。

 

 

「甘い!」

 

「通すか!」

 

「甘いのはどっちだよ」

 

 

 柊弥のスピードを見てこれなら止められるとタイタン、ケイソンが同時に襲い掛かる。だが柊弥は更なる加速を見せる。それは雷ではなく、もはや光の領域。余裕の笑みを浮かべていた2人の表情が驚愕に染まる。その驚愕のせいで一瞬防衛線に穴が出来る。そんな穴を柊弥が見逃すはずがない。

 一瞬の突破劇、このフィールドに少なくともスピードで柊弥に勝る者は存在しない。

 

 

「来るか!加賀美!!」

 

 

 ゴール前で再び柊弥とデザームが対面する。嬉々として構えるデザームに対して柊弥が向けるのは絶対零度の覇気。その覇気に当てられてデザームの闘志も爆発する。

 直後、柊弥の覇気が冷気から灼熱へと変わる。対峙する者、それに自分自身まで燃やし尽くす程の凄まじい熱が周囲を焦がす。

 

 

「ォォォオオオオッ!!」

 

 

 雷が暴れ出す。あちこちを飛びまわりながらその力を爆発させ、軌道を変える度にその勢いは跳ね上がる。

 たった1人、それにも関わらず凄まじい力を誇るその様はまるで帝王。

 

 

雷帝一閃ッ!!

 

 

 空中で柊弥が一際強く蹴り込むと、ボールを中心に閃光が辺りを支配する。それと同時に轟音が鳴り響き、フィールドに立つ者達は全員視覚と聴覚を奪われる。

 その状態からいち早く回復したのはデザームだった。第六感で危険を感じとったデザームは光に目をやられる前に瞼を閉じる。その向こうで強い発光が収まったと同時にシュートに目を向ける。

 こちらに向かってきている⋯いや、落ちてきているのは本物の雷。

 

 

「面白い!!」

 

 

 デザームは拳に力を集約させる。腕を振り上げるとその拳が強靭なドリルへと変貌する。

 

 

ドリルスマッシャー!!

 

 

 互いのメインウェポンがぶつかり合う。火花を撒き散らし、音を立てながら真正面から削り合う双方は一向に衰えない。

 

 

(この男、先程よりも遥かに強くなっている!)

 

 

 最初の攻防の時よりも更に威力が増していることにデザームは気付く。しかしデザームもまだ底を見せていなかった。咆哮と共に更に力を込める。すると更に強く、更に速く回転する

 

 

「だがまだ⋯足りんぞォォォォォッ!!」

 

 

 再び咆哮。あまりの回転に赤熱化するドリルは砕けるどころかより強靭に。

 そして、雷帝一閃はまたも弾かれる。

 

 

「クッソがァッ⋯!」

 

 

 笑みを浮かべるデザームとは真逆、柊弥は今にも憤死しそうな程の怒りに顔を歪ませる。

 

 

 弾かれたボールの支配権はイプシロンへ。そこから即カウンターへと繋げてくる。目まぐるしく入れ替わる攻防、それは互角の勝負のように観客の目に映っていたが実際はそうでは無い。フィジカルはイプシロンの方が上、加えてパスワークなどの技術もだ。それなのに喰らいつけているのは鬼道の的確な指示と雷門イレブンの執念の賜物だ。

 つまりのところ、実際に優勢なのはイプシロンなのだ。その証拠に攻めに転じた際の切り替えが雷門より優秀、それに対応するために雷門は必要以上の消耗を強いられる。

 

 

ザ・ウォール"改"!

 

ザ・タワー!!

 

フレイムダンス!!

 

ボルケイノカット!!

 

旋風陣!!

 

 

 雷門側は必殺技を使用する頻度がイプシロンより高い、それも消耗を加速させる要因となっている。

 

 

ガニメデプロトン!!

 

正義の鉄拳!!⋯よしっ!!」

 

 

 幸いなのはそのおかげで相手のシュート数を抑えられているため円堂の負担が軽くなっていることか。万全の状態で正義の鉄拳を放つことでイプシロンの決め手をことごとく潰せている。

 だが現状決め手がないのは雷門も同じ。柊弥の雷帝一閃が通じない以上、点を取る手段がないのだ。

 

 

(皆の消耗が激しい、俺が、デザームから点を奪えていないせいで⋯!)

 

 

 柊弥は内心焦る。自身のシュートが通じないことはもちろん、仲間の負担がそれで増えているがゆえに。

 

 

(まずは1点、確実に1点を取る)

 

 

 その時、柊弥の全身から力が抜けたとほぼ同時、全身から雷が迸る。本来蒼である柊弥の雷には僅かながらに紅が混ざり始めている。先日の大海原との試合でも見せたあの力だ。

 

 

(その為に、出し惜しみなんてしてられるかよ)

 

 

 直後柊弥の姿が消える。一瞬で前線から下がってきた柊弥はボールをキープしていたゼルに正面衝突。パワープレイでそのボールを奪い去る。

 

 

「何だと!?」

 

 

 突如として自分達の攻めが止められたことに動揺を隠せないイプシロンの前衛。そんなことはお構い無しに柊弥は奪い取ったボールと共にゴール前に現れた。その柊弥のスピードはもはや速いなんて次元ではなかった。空間を切り取ったかのようにゴールへ辿り着いた柊弥は吼える。

 

 

「デザァァァムッ!!この1点だけは何が何でも決めてやるッ!!」

 

「その迫力⋯良い、ようやくあの時と同じだ!!さあ撃ってこい!!私を心の底から滾らせてみろォッ!!」

 

 

 血を吐くような咆哮と共に柊弥の纏う雷は完全に紅一色に染まる。その瞬間、それを見ていた全員にジェネシスとの試合がフラッシュバックし、最悪の予想が頭を過ぎる。そう、暴走だ。

 だが今の柊弥はあの時と違って背中から何か(化身)が出てきていないことからまだ違うと分かる。

 

 

ガァァァァァァァァァッ!!!

 

 

 叫びながら柊弥は何度も蹴り込む。一発一発に込める力は先程とは段違いだ。それは柊弥の雷が更に荒くなったこともあるが、何より柊弥自身のパワーが限界値を超えてきていることも理由の一つ。

 

 

 気の済むまで威力を増幅させたシュートを柊弥は踵で下に堕とす。真っ赤なそのエネルギー体は世界の終わりを連想させるような凄まじい光景を創り出す。

 

 

雷帝ェッ!!一閃ッッッッッ!!

 

 

 柊弥が真っ直ぐに蹴り抜く。あまりの威力に柊弥の全身は痛みに包まれるがその進撃を止めることは無い。意地と執念で放たれたそのシュートは間違いなくこの試合の中で最高の威力を誇る。

 そんなシュートを前にしてもなお、デザームは狂気的な笑みを絶やさない。

 

 

「フ、フハハハハッ!!素晴らしいッ!!やはりお前は最高だ、加賀美 柊弥ァ!!」

 

 

 高らかに笑いながらデザームは拳を上に突き上げる。先程のように拳をドリルに変えたのだが、明らかに様子が違かった。

 まるで柊弥に触発されたかのようにその色は赤く染まっていたのだ。最初から先程の技の過程で辿り着いた状態と言ったところか。

 

 

ドリルスマッシャー"V3"ィ!!

 

 

 三度雷帝の怒りがゴールへ突き刺さる。真正面からぶつかり合う雷帝一閃とドリルスマッシャー"V3"。どちらもこれまでの衝突とは比較にならないほどの威力を秘めている。

 だが先程までと明らかに違う点がある。それは、最初からどちらかが明らかに優勢であること。

 

 

「貫けェェェェェェェ!!」

 

「今の私は⋯誰にも負ける気がせんぞォォォオオオオッ!!」

 

 

 それがどちらなのか、答えは案外すぐに出ることになった。

 数秒の衝突の後、その場から紅雷が霧散する。その事実だけでどちらが勝者かは火を見るより明らかだ。

 

 

「貴様の全力、討ち取ったぞ!!」

 

「ぐ、ぐォォォォォォォアアアアアア!!」

 

 

 地に落ちたボールを拾い上げ、デザームはそれを見せつける。対する柊弥は言葉にならない声で叫ぶ。

 負ける気なんてさらさらなかった。この1点を起点に試合に勝ちに行くつもりだった。だがそんな理想は今完璧に打ち砕かれた。今の自分に出せる最大を持ってしてもデザームを打倒するに足らなかった、その事実が柊弥の心を抉る。

 

 

「良い時間だった!!()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 その時、デザームがボールを外に出した。

 

 

「ポジションチェンジだ!!FWのゼルと私が交代する、良いな!」

 

 

 前に出てきたデザームが胸のボタンを押す。すると、イプシロンのフィールドプレイヤーが身に纏う赤を基調としたユニフォームがデザームの身を包む。反対にゼルのユニフォームはデザームのものと同じ黒いものに。

 

 

「ポジションチェンジだと!?」

 

「アイツ、本職はFWだっての!?」

 

 

 シュートを撃ったあとその場に柊弥は膝をついていた。当然、あれほどの威力となれば消耗は相当なもの。デザームがボールを外に出したタイミングで円堂がその肩を支えに前へ出てきていた。

 そんな2人の元にデザームは歩み寄り、高らかに宣言する。

 

 

「円堂 守。貴様の究極奥義、正義の鉄拳は私が破る!そしてフィールドプレイヤーとしても私の方が優れているということを思い知らせてやろう!加賀美 柊弥よ!!」

 

「なんだと⋯!?」

 

 

 まさかの宣言に円堂は驚愕する。ほぼそれと同時、柊弥を支えていた方の肩が突き放される。

 先程まで息を切らしていた柊弥は、デザームを力の限り睨みつける。

 

 

「テメェどこまでコケにしやがる⋯絶対潰す」

 

「その意気や良し。虚勢でないことはプレイで示してみせろ!」

 

 

 普段の柊弥ならば絶対に出ないような言葉だった。それを間近で見ていた円堂はただならぬ何かを感じて柊弥に声を掛けようとする。しかし、今柊弥に触れようものならその指を喰い千切られる、そんな気がして伸ばした腕を引っ込めてしまった。

 

 

(相手のキーパーはどうせデザーム程じゃねえ。どれだけ慢心していたか思い知らせてやるッ!!)

 

 

 リカのスローインから試合は再開。ボールを受け取った柊弥はすぐさまゴールの方を向く。しかし、その視界は急に塞がれることとなる。

 

 

「なッ」

 

 

 その正体はデザーム。柊弥が視認できないほどのスピードで前を塞いだデザームは、そのままそのボールを奪い取る。一瞬の奪取に柊弥はもちろん他のメンバーも呆気に取られていた。

 

 

「くっ、止めるんだッ!!」

 

 

 いち早く正気に戻った鬼道が声を荒らげる。すぐさま他のメンバーがデザームの行く手を阻むが、凄まじいパワードリブルで全て薙ぎ払っていく。その様は蹂躙と呼ぶに相応しい。

 

 

「いくぞ!円堂 守!!」

 

「こいッ!」

 

 

 軽々と最終防衛ラインすらも突破したデザームは腕を組みながらボールを踏み付ける。するとボールを中心に異空間が展開され、デザームはそれに呑み込まれ姿を消す。

 その異空間の中でデザームはシュートを放つ。あまりの威力に時空を貫きそのシュートは現世へと降臨する。

 

 

グングニル!!

 

 

 神の槍の名を冠するそのシュートを見て、雷門イレブン、特に柊弥は絶望に近い驚きに脳を支配された。

 何故なら、そのシュートは柊弥の雷帝一閃を遥かに凌ぐほどの威力であることが一目で理解出来てしまったから。

 

 

正義の鉄拳ッ!!

 

 

 グングニルと正義の鉄拳がぶつかり合う。凄まじい膂力に円堂は身体が後ろに押されるが、地面を削りながらも耐える。

 

 

「何てパワーだ!けど⋯じいちゃんの究極奥義が負けるはずない!!」

 

 

 円堂は更に力を込める。しかし現実はあまりな残酷だった。

 

 

「うわァッ!?」

 

 

 円堂が力を込めたその瞬間、それに呼応するようにグングニルの威力も跳ね上がったのだ。結果、総合値で勝ったのはデザームのグングニル。

 この試合で初めてゴールネットが揺らされたのは雷門ゴールだった。

 

 

「そんな!」

 

「正義の鉄拳は⋯究極奥義じゃなかったの!?」

 

 

 そのタイミングで前半終了のホイッスルが鳴る。スコアは0-1、柊弥の雷帝一閃は止められ、円堂の正義の鉄拳は破られた。はっきり言って最悪以外の何でもない状況だ。

 それを理解してしまっているのだろう、ベンチの空気は過去類を見ないほどに重苦しい。

 

 

「なぁに!正義の鉄拳が通用しねえならその分俺達がカバーすれば良い!違うか!?」

 

「た、確かにそうっス!」

 

「けど、点を取るにはどうすれば⋯」

 

 

 綱海がその空気を払拭しようと声を上げる。それに壁山達DFが同調するが、一之瀬の何気ない一言でまた空気は引き戻される。こればかりは綱海もフォローしきれないようで、口籠ってしまった。

 

 

「俺に任せろ」

 

 

 グシャリ、という音がその静寂を破った。その音の出処はドリンクのボトルを握り締める柊弥からだった。ボトルが変形しかけるほどの怒り、それが今の柊弥を支配している。

 

 

「俺が1点でも10点でもヤツらのゴールを壊す。それで何の問題もねえだろ」

 

「けど、雷帝一閃は⋯」

 

「関係ねえよ⋯あのゼルは所詮サブキーパー、デザームほどの実力はない。何度でも撃つ、それだけだ」

 

 

 土門が吐露した不安に柊弥はそう言い切る。それは頼もしくもあったのだが、同時に不安でもなかった。雷門イレブンは全員柊弥の実力を良く知っている。だが、そんな柊弥が今の今までゴールを奪えていない。どうしてもその事実が先行してしまうのだ。言わば今の柊弥は口だけ。不安が拭えないのも無理はない。

 

 

「⋯とにかく今は1点取って追いつかなければならない。攻めは後半も加賀美を主軸、守りは前半よりも固めていくぞ」

 

『おお!!』

 

 

 鬼道がそう締めくくり、ハーフタイムは終了する。

 

 

「円堂さん、少し良いですか?」

 

「おう、どうした立向居?」

 

 

 ポジションに戻る前、立向居が円堂に話し掛ける。

 

 

「俺、マジン・ザ・ハンドを初めて見た時雷が落ちたみたいな衝撃を感じたんです。けど正義の鉄拳にはそれを感じませんでした」

 

「衝撃?」

 

「はい。上手く言えないんですが、ライオンはライオンでも子どものライオンを見ているような⋯すみません、感覚的なことしか言えなくて」

 

「良いって!後半、頑張ろうぜ!」

 

 

 立向居のその言葉を円堂は頭の中で噛み砕いていた。同じキーパーであり、素質は自分を凌駕するかもしれない、そんな立向居からの言葉を円堂は無下にはしなかった。

 あのグングニルを止めるには何かが足りない。そのヒントが立向居の言葉の中にある、そんな確信があった。

 

 

 最後に円堂がゴール前に立ち、全員がポジションに着いた。

 

 

「さあ加賀美 柊弥。後半も楽しもうではないか」

 

「黙れ」

 

 

 デザームのその言葉を柊弥は一蹴する。そのやり取りの直後、試合開始のホイッスルが鳴った。

 

 

(これしか、ねえだろッ!!)

 

 

 リカからボールを受け取ってすぐ、柊弥は前半同様全身に雷を宿す。目の前に立ちはだかるデザームを突破するため、最初からフルスロットルでいくしか選択肢は残されていなかったのだ。

 

 

「ほう」

 

(スピードでは俺が上!!このままゴールをぶち破るッ!!)

 

 

 柊弥の全速力はデザームを上回った。一気にイプシロン陣内へ侵入した柊弥はそのまま捕まることなくゴール前まで駆ける。

 

 

「おおォォォォォォォッ!!」

 

 

 ゴール前でゼルと真っ向勝負。柊弥は勢いそのままにボールを蹴る。追いついては蹴り、追いついては蹴りを繰り返す。

 爆発寸前までエネルギーを込めたボールを柊弥はそのままシュートとして解き放つ。

 

 

雷帝一閃ッァァァァ!!

 

 

 本日4度目の雷帝一閃。以前までだったら3本目の時点で既に倒れていた。それがここまで持つようになったのは特訓の成果と言える。

 しかし、柊弥は必死すぎるあまり気付いていなかった。

 

 

ワームホール!!

 

 

 前半から今までずっと全力で立ち回ってきた弊害が自身に付き纏っていたことに。

 

 

「は──?」

 

 

 その雷帝一閃は何事もなく止められた。サブキーパーであるゼルに、ワームホールで。

 柊弥はその場で膝を着く。全身が震えて呼吸が一向に落ち着かない⋯そう、ガス欠だ。

 

 

「自身の限界も把握出来ない愚か者が。お前如き、私で充分だ」

 

 

 ゼルがボールを投げる。すぐさまイプシロンのカウンターが始まる。凄まじいパスワークで瞬く間にボールは雷門陣内へ。ハーフタイムで回復した体力も一瞬のうちに消えていく。

 その間、柊弥はイプシロンのゴール前から動けなかった。

 

 

「ぐあッ!」

 

「くそォッ!」

 

 

 聞こえるのは仲間達の苦痛に満ちた声。だがそれでも、柊弥は動けない。

 

 

「さあ2点目だ、円堂 守」

 

(子どものライオン⋯衝撃⋯クソっ!一体どうすれば良い!?)

 

 

 デザームの姿が消えた、と思った数秒後には空間を割って全てを貫く槍が姿を見せる。

 

 

グングニル!!

 

「やるしかない!!正義の鉄拳ッ!!

 

 

 再びグングニルと正義の鉄拳が衝突する。円堂は持てる全力でグングニルを迎え撃った。しかし、やはりその力の差は歴然。無情にも黄金の拳は砕かれる。

 

 

「ぐぅッ!!」

 

 

 得点を告げるホイッスルが鳴る。当然スコアボードが更新されるのはイプシロンの方だ。

 

 

「ふん、もはやお前達への興味は消え失せた⋯よってここからは、お前達を破壊するとしよう」

 

 

 円堂に背を向け、デザームはそう告げる。自身を熱くさせた存在は全て打ち破った。となればもうデザームにこの試合を楽しむ理由はない。エイリア学園、イプシロンとして邪魔になる敵を徹底的に排除する、その目的だけが残っていた。

 

 

 再び雷門側からキックオフ。何とか立ち上がりリカからボールを受け取った柊弥は、何とか点を取るべく歯を食いしばる。

 

 

「遅い!」

 

「ぐァッ!!」

 

 

 しかし、もう余力など残っていない。一瞬でデザームにボールを奪われる。

 ボールを奪ったデザームはすぐさま雷門イレブンはを潰しに掛かる。目の前に立ちはだかる障害を一つ一つ、確実に粉砕していく。

 

 

グングニル!!

 

「させないっス!!ザ・ウォール"改"!!

 

「これ以上点をやるかよ!!ボルケイノカット!!

 

 

 三度デザームのグングニルが放たれる。しかし、壁山が身体を張ってシュートの威力を削り、そこで生まれた僅かな時間で土門が更にシュートを削る。

 

 

正義の⋯鉄拳ッ!!

 

 

 だがそれでもグングニルは止められない。僅かにコースが逸れたものの行き先はゴールの中。これで0-3、そう思われた次の瞬間、そのコースに一人の男が割って入る。

 

 

「させるかあああ!!」

 

 

 なんと、綱海がそこに飛び込んできた。シュートを腹で受け、背でゴールポストにぶつかることで生きていたグングニルの威力を完全に殺しきる。

 しかしその代償は決して安くなく、綱海の腹と背中には激痛が残る。

 

 

「綱海、助かったぜ⋯」

 

「おう、良いってことよ⋯!」

 

「円堂ォ!!!」

 

 

 だが、なおも円堂達に余裕などなかった。なんと弾かれたボールは再びデザームの支配下へ。いち早くそれを読んだ鬼道が叫ぶと、円堂はすぐさま立ち上がる。

 

 

グングニル!!

 

「うォォオオオオ!!正義の鉄拳ッッッッッ!!

 

 

 容赦なく放たれたグングニル。円堂はまたも正義の鉄拳で迎え撃つが、やはり勝てない。数秒の拮抗の後にまたも正義の鉄拳は打ち砕かれる。

 だが、その数秒が命を繋ぐ。

 

 

『させるかァァッ!!』

 

 

 鬼道、木暮、土門、壁山が円堂の後ろに回りこみ、4人がかりでシュートを止める肉の壁となった。

 何とかグングニルを止めることが出来たが、その4人は倒れたまま動かない。それに加え他のメンバーはデザームの猛攻によって既に動けない状態だった。

 今、この場で動けるのは円堂ただ1人。

 

 

「来い⋯絶対に止めてやるッ!!!」

 

「良く言った!!いくぞォッ!!」

 

 

 デザームが再び異空間に姿を消す。その間円堂は先程の立向居の言葉、そして大介のノートに書かれていたことを思い出していた。

 

 

(ライオンの子ども⋯究極奥義は未完成⋯)

 

 

 空間を裂いてグングニルが姿を現す。誰も助けには入れず、円堂1人でこの場を凌ぐしかない。

 だがそんな逆境に、この男は覚醒する。

 

 

(そうか!!究極奥義は完成しないってことじゃない⋯ライオンの子どもが大きくなるように、常に進化し続ける!!そういうことか!!)

 

 

 その時、円堂の空気が変わる。取った構えは先程の正義の鉄拳とまるで同じ。だが確実に何かが違う。

 その答えは、すぐに示される。

 

 

正義の鉄拳(G2)!!

 

 

 繰り出された拳は真っ直ぐに、それでいて力強く神の槍を捉える。先程までだったら確実に打ち負けていた。しかし、一向にその拳は砕かれない。

 円堂は更なる力を振り絞り拳を突き出す。すると、段々とシュートが押し返されていく。

 

 

「馬鹿なッ!?」

 

「うォォォォォォオオオオ!!」

 

 

 そしてとうとう、グングニルが砕け散る。

 

 

「円堂!!」

 

「キャプテン!!」

 

 

 弾かれたボールは放物線を描きながら飛んでいく。やがて地面に着弾したボールは、ある男の元へと辿り着く。

 

 

「こんなとこで⋯寝てられるかよッ」

 

「円堂 守がグングニルを止めただけでなく、貴様も立つか⋯加賀美 柊弥!!」

 

 

 それを見たデザームがすぐさま加賀美の前に立ちはだかる。

 

 

「面白い!!円堂 守は後だ!まずは貴様を破壊する!!」

 

 

 柊弥から強引にボールを奪ったデザームは、その場で異空間に姿を消す。それが何を意味するのか、全員すぐに理解してしまった。

 

 

「まさか、加賀美にグングニルを!?」

 

「やめろデザーム!!シュートを撃つならゴールに撃てェッ!!」

 

 

 円堂が腹の底から叫ぶ。しかしその声をデザームが聞き入れる理由などない。

 神をも殺す槍は、瀕死の雷帝に向かって放たれた。

 

 

グングニルッ!!さあ終わりの時だ!!加賀美 柊弥ァ!!」

 

 

 迫り来るシュート。これを受ければただですまないことは容易に理解出来た。

 だからこそ、柊弥は歯向かう。その事実を覆すために、もう動かないはずの身体を震え上がらせて。

 

 

ガァァァァァァァァァッ!!

 

 

 柊弥の目が血走り、全身から血のようなグロテスクな色のエネルギーが迸る。

 そう、持てる力を使い果たしてなお立ち上がり、負けられないと執念を燃やす柊弥は再びその引き出しに手を掛けることになった。

 自身でも制御しきれない、圧倒的暴力に。

 

 

「あれはッ!!」

 

「駄目だ柊弥!!落ち着いて逃げるんだ!!」

 

「柊弥先輩!!」

 

 

 円堂が、音無が柊弥に声を掛ける。しかし柊弥には届かない。

 シュートとぶつかる瞬間、柊弥の意識が完全に闇に落ちる。再び暴力の嵐が吹き荒れる。

 

 

 

 

 

 

 その瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

「ぐッ!?」

 

「何だッ!?」

 

 

 グングニルと柊弥の間に1本のシュートが割り込む。そのシュートは全てを燃やし尽くす程の凄まじい炎を纏っていた。

 それと正面衝突したグングニルは完全に折られ、柊弥から溢れ出すエネルギーは全て焼き払われる。

 

 

 真っ赤に染まり掛けた視界が色を取り戻していく中、柊弥の目はある姿を捉えた。

 

 

「────あ」

 

 

 オレンジのフードを被ったその男は、フィールドの中に入ってきて柊弥の前で足を止めると、ゆっくりとその顔を晒す。

 

 

「⋯待たせたな、柊弥」

 

「修、也?」

 

 

 そこにあったのは、あの日別れた"相棒"の姿だった。




次回、復活の爆炎


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第74話 復活の爆炎

評価バーMAX、本当にありがとうございます
これからも頑張ります


「妹が大切なら、分かるな?」

 

 

 フットボールフロンティアの決勝の後、傘美野中で最初にエイリア学園と戦った後のことだった。打倒エイリア学園の為に地上最強のチームを作ろうと旅立つことになり、決勝直後に長い眠りから目覚めた夕香に顔を出すために病院に向かった。

 病室を出た瞬間、俺の前に3人の男が俺の前に現れる。ヤツらはエイリア学園の志に賛同する者⋯とか言っていたな。

 そしてそいつらに持ちかけられた話に俺は悩まされることになる。雷門を裏切り自分達の仲間になれ、さもなくば夕香がどうなるか分からない⋯俗に言う脅迫だ。

 

 

 それからは酷かった。奈良の公園でエイリア学園の痕跡を探す時も、SPフィクサーズというチームと試合をする時もまるで身が入らなかった。挙げ句の果て、エイリア学園と再戦だという時にあの男達が再び俺の前に姿を現した。以前のように直接話しかけてくるわけではなく、あくまで自分達の存在を仄めかすように。

 そのせいで俺は試合にまるで集中できなかった。シュートを撃とうとすればヤツらの言葉がフラッシュバックし、狙いが定まらない。柊弥とファイアトルネードDDを撃つ時に至ってはエネルギーを制御しきれず、あわや大怪我をさせるところだった。

 

 

 そんな俺を見兼ねたのだろう、響木監督の代わりに俺達を率いていた瞳子監督が俺にこう告げる。

 

 

「貴方にはチームを離れてもらいます」

 

 

 当然だった。私情に惑わされ、エースストライカーとしての役割を一切全う出来ていなかったんだ。そんな男はチームに必要ないだろう。

 だがそんな時、柊弥が声を荒らげた。

 

 

「待ってくださいよ監督、修也にチームを抜けろって……意味が分かりません!」

 

「だから、さっきのは調子が悪かっただけだって───」

 

「───アンタに、修也の何が分かるッ!?」

 

 

 そんな時だったが、俺は嬉しかったんだ。アイツがここまで俺を気にしてくれていたことが、どうしようもなく嬉しかった。

 けど、だからこそだ。今の俺はコイツの隣に並び立つに相応しくない。このチームのストライカーとして、一緒に走る資格が無い。

 

 

「⋯ダメだ、柊弥。良いんだ」

 

 

 俺はチームを離れることを決めた。夕香のことを解決して、今よりもっと強くなる。いつか必ずこのチームに戻ってくるため、今はサヨナラだ。そう自分に言い聞かせた。

 

 

「⋯何度でも言うぞ。行くな、戻ってこい」

 

 

 それでもアイツは俺を追いかけて来てくれた。柄にもなく、瞼が熱くなったのを覚えている。

 しかし俺の腹はもう決まっていた。柊弥に俺の10番のユニフォームを預け、誓った。必ず戻ってくるんだと。

 

 

 それから俺は鬼瓦刑事に拾ってもらい、沖縄に身を潜めた。何で鬼瓦刑事が?と訊ねてみると、何と瞳子監督が根回ししてくれていたと言うのだ。あの人は決して俺が必要ないからチームから外したんじゃない、事情を察して立ち回ってくれたんだ。

 その恩に報いるためにも、俺はガムシャラに特訓した。土方に匿ってもらっている手前、あまり目立つ行動は出来なかったが。

 

 

 そんな時だった。鬼瓦刑事から連絡が入った。

 

 

「雷門のヤツらが沖縄に来るそうだ」

 

 

 俺は自分の胸が無意識に高鳴っているのを感じた。もしかしたらチームに戻れるかもしれない、そんな理想が頭を過ったが、夕香のことがどうにもなっていない以上は無理な話だ、と諦めた。

 だが一目見るくらいなら⋯と物陰から海岸での皆の練習を見ていた。俺が沖縄の地で強くなっているのと同じように、皆も格段にレベルアップしていた。染岡や栗松、風丸がいなくなっているのはショックだったが。

 それ以上に気になったのは、柊弥がそこにいなかったこと。もしかして柊弥も⋯と思ったが、それは杞憂だった。エイリア学園のバーンという男が人間に扮して皆に接触してきたその場に柊弥はいた。しかし、すぐに俺は気付いた。明らかに柊弥の表情に余裕が無いことに。

 

 

 そして翌日、俺は柊弥が特訓しているところを目撃する。

 たった1人で、凄まじい量の汗を流しながらもアイツは何度もシュートを撃っていた。その威力は最後に見た時とはまるで比較にならないほどだったが、その表情がどうしても気になった。

 前日のように余裕が無い⋯なんてものじゃない。あれだけ楽しそうにサッカーをしていた柊弥が、苦しそうに、今にも壊れてしまいそうな顔でボールを蹴っていたんだ。

 俺はすぐにその原因が分かった。おおよそエイリア学園から皆を守るため、離脱した仲間達の想いに答えるために必死になっていたんだろう。アイツはそういう男だ。

 けど違うだろう、柊弥。お前のやりたいサッカーはそんなに苦しいものじゃないはず。

 

 

 その後、またも鬼瓦さんから電話が掛かってきた。何と、夕香を安全なところに避難させることが出来たと言うのだ。

 後はあの男達を捕まえるだけ。そうすれば、俺は晴れてチームに復帰出来るという。どれだけ電話越しにお礼を言ったか覚えていない。

 

 

 そして今日、エイリア学園のイプシロンが再び皆の前に現れた。以前の試合は引き分け、だから今回は決着をつけるために来たのだろう。

 先日のバーン、そしてあの赤髪の男が更に控えている以上、皆はイプシロンに勝っておかなければならない。そうして雷門とイプシロンの試合が始まった。

 

 

 だが、ヤツらはあまりに強かった。円堂が相手の連携シュートを完璧に抑えるも、柊弥、そして俺の後に入った吹雪のシュートもまた相手に全く通じなかった。そして事情は分からないが、その吹雪は交代してしまう。

 それから柊弥は何度もゴールを狙うが、相手のキャプテンでありキーパー、デザームにはその一切が通じなかった。

 もし俺があの場にいれば⋯悔しさで拳を握り締めていると、土方の電話が鳴った。鬼瓦さん達の準備が整ったと言うのだ。

 

 

「豪炎寺君だね。あれから事情が変わったんだ⋯すぐに我々と来てもらおう」

 

「残念だったな、誘拐の現行犯だ」

 

 

 俺と土方は試合会場から離れ、その男達の監視が一瞬外れるところで鬼瓦さんと入れ替わる。その鬼瓦さんを俺だと勘違いした連中はまんまと引っかかり、警察に包囲される。

 しかしヤツらの不思議な技術でその場から逃げられた。が、これで俺は自由の身となる。

 

 

「よく頑張ったな、さあ行け!お前さんの仲間達の元に!」

 

 

 俺は走り出す。一分一秒でも早くアイツらの元に戻るために。

 

 

『⋯またな、相棒』

 

 

 あの時返すことが出来なかった言葉に、胸を張って答えるために。

 

 

 

 ---

 

 

「⋯待たせたな、柊弥」

 

「修、也」

 

 

 雷門とイプシロン改の試合が繰り広げられるフィールドにその男は現れた。柊弥に襲いかかる脅威も、柊弥から溢れ出す負のエネルギーも全てを燃やし尽くすシュートと共に。

 その男が誰なのか分かった瞬間、雷門イレブンの表情に光が宿る。

 

 

「豪炎寺さんが⋯帰ってきたっス!!」

 

「豪炎寺!!」

 

「へへっ⋯いつもお前は遅いんだよ!!」

 

 

 一気に湧き上がる会場。その場にへたり込む柊弥に肩を貸して立ち上がらせ、ベンチまで連れていく。

 

 

「豪炎寺君!」

 

「もう、大丈夫なのね?」

 

「はい⋯ありがとうございました、監督」

 

 

 マネージャー陣が豪炎寺の帰還を喜ぶ中、瞳子は豪炎寺にそう訊ねる。それに対して豪炎寺が返したのは力強い頷き。それを見た瞳子は少し笑って審判に告げる。

 

 

「選手交代!!浦部さんに代わり10番、豪炎寺 修也が入ります!!」

 

 

 その宣言に更に会場は沸く。柊弥から受け取った10番のユニフォームを身にまとい、豪炎寺はフィールドに向かう。

 

 

「柊弥、ここで見ていてくれ」

 

「俺も──」

 

「ダメよ。次のワンプレーの間下がりなさい。音無さん、加賀美君が大丈夫か見てあげて」

 

 

 自分を置いて1人で行こうとする豪炎寺に待ったをかけるも、そこにさらに瞳子が待ったをかける。瞳子が指示したのは交代せずにこの一瞬だけベンチに下がること。当然その間雷門側は10人で戦わなければならないが、それで良いと判断する。

 

 

「待ちくたびれたぞ、豪炎寺」

 

「悪いな、鬼道」

 

「構わん。まずはお手並み拝見といこうか」

 

 

 フィールドに戻った豪炎寺を迎えたのは鬼道。軽口を飛ばしてはいるが、豪炎寺が戻ってきたことを内心喜んでいる。

 デザームのシュートを豪炎寺が妨害することで中断された試合をどう再開するかについては、審判の判断によってイプシロン側のスローインから再開となった。

 

 

「豪炎寺 修也⋯」

 

「⋯」

 

 

 自分に対して視線を向けるデザームに対し、豪炎寺は鋭い視線で答える。それがデザームの着火剤となり、一気に豪炎寺に対して戦意を剥き出しにした。

 スローインを行うのはイプシロンのマキュア、ホイッスルが鳴り響いてとうとう試合が再開される。

 

 

「さあ、お前の力を見せてみろッ!」

 

 

 ボールを受け取るやいなや、引き寄せられるかのように豪炎寺の元へ向かうデザーム。先程までと同じようにわざと当たりにいくような攻め方をしているのだと鬼道は一瞬で理解するが、今の豪炎寺ならなんてことはないという確信があった。

その鬼道の予想通り、豪炎寺はデザームの強烈なタックルを軽くいなしてみせた。しかもただ回避しただけじゃない、すれ違いざまにボールを奪った上でタックルを回避しているのだ。

 

 

「馬鹿なッ!」

 

(さあ、いくぞッ!!)

 

 

 直後、豪炎寺は加速する。そのスピードは柊弥に匹敵するのではないかと思われるほどの凄まじいものだった。柊弥のスピードはデザームを上回るほど、それと同等となれば、誰も豪炎寺を抑えられない。

 この場はもはや豪炎寺の独壇場、一切を寄せ付けない圧倒的なエースがそこにいた。

 

 

(見ていろ柊弥!!これがお前の相棒に恥じない存在になるため、このチームで再びエースストライカーとして戦うために編み出した、新しい必殺技だ!!)

 

 

 ゴール前に辿り着いた豪炎寺は全身に気を漲らせ、一瞬でそれを爆発させる。すると豪炎寺の背後に現れたのは爆炎を纏った魔神。目の前に立つ者全てを燃やし尽くすような、そんな凄まじい熱が魔神を従える豪炎寺から発せられる。

 その魔神に押し上げられ、豪炎寺はファイアトルネードのように回転しながら天高くへ至る。そしてその頂にて、圧倒的な一撃が放たれる。

 

 

爆熱ストームッ!!

 

 

 炎は爆熱へ。炎のエースストライカー、豪炎寺 修也の進化ここに極まれり。

 豪炎寺の内にひめる情熱に比例するかのようにその熱量は爆発し、雄々しく燃え上がるその炎に誰もが目を奪われる。

 正義の鉄拳が円堂にとっての究極奥義であるように、この爆熱ストームもまた豪炎寺が辿り着いた究極奥義。太陽と見間違う程の圧倒的爆炎は、この空間全てを焦がす。

 

 

「ワーム───」

 

 

 1人でゴールを守るゼルは焦りと共に必殺技を展開する……が、遅いとかどうとかの話ではなかった。ゼルの器では、その炎を抑え込むに足らなかった。ゼルごと爆熱ストームはゴールに突き刺さった後、周囲に全ての熱を解き放つ。

 残火が雨のように降り注ぐ中、豪炎寺はゴール内の惨状を意に介さず自陣へと戻っていく。

 

 

「す、すげえ⋯」

 

「これが雷門のエースストライカー、豪炎寺さん!」

 

 

 そんな豪炎寺に驚愕する綱海や立向居を他所に、雷門中サッカー部のメンバーはその成長への喜びと共に豪炎寺を囲む。しかし豪炎寺はそんな輪を遮ってある場所へと向かう。

 それを見て瞳子は柊弥の背中を押す。

 

 

「さあ、行きなさい加賀美君」

 

 

 既に音無による簡単な応急処置を終えていた柊弥だったが、瞳子にそう促されてもなかなか歩き出さなかった。

 脚を怪我していたから、という訳ではない。ただ、自分の中で様々な感情がぐちゃぐちゃになってしまっていただけ。

 そんなことをしているうちに、豪炎寺の方が柊弥の元へ辿り着く。

 

 

「し、修也──」

 

「次はお前の番だ、柊弥」

 

 

 言葉も纏まらないうちに話しかけてきた柊弥に向かって鋭くも熱を帯びた視線を突き刺す。

 それは決して柊弥を責めるようなものではない。今もまだ迷っている親友への信頼の視線だ。

 

 

「……最初にジェミニストームとの試合の後、怪我で皆が入院した。そして俺が抜け、染岡に風丸、栗松もこのチームを離れてしまった」

 

 

 豪炎寺の拳が強く握り締められる。仲間が欠けたことへの無念、そんな大変な時にいれなかった自分への激しい怒りが生み出す力は相当なもので、その拳から血が滲む。

 

 

「お前はそれから必死に強くなった!だがそれはお前だけじゃない、皆も、俺も同じだ!」

 

「……!」

 

「だから、もう良いんだ。柊弥」

 

 

 豪炎寺が血の滲んでいない方の手を柊弥へ差し出す。その目には燃え盛る炎ではなく、優しさを点した穏やかな炎が宿っている。

 

 

「皆のために戦うんじゃない、皆と……俺達と一緒に戦おう」

 

 

 その言葉を受け、ハッとした表情で柊弥は周囲を見渡す。豪炎寺だけではなく、大切で信頼出来る仲間達が自分に優しくも力強い視線を向けていることに気が付いた。その視線に込められているのは決して助けて欲しいという嘆願ではない。お前は1人じゃない、一緒に戦おうという熱い想い。

 そんな熱が炎となり、柊弥の全身を包み込む。長い間柊弥を縛り付け苦しめていた孤独の鎖が音を立てて崩れ落ちる。

 

 

(俺は────)

 

 

 そして再び雷鳴は光り轟く、仲間と共に。




次回、再轟


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第75話 再轟の雷霆

豪炎寺復活はやはり色んな人が待ちわびていたようで、凄まじい量の感想をいただきました。
そして、豪炎寺の復活と共に望まれていた展開をようやく皆様にお届けできます。
ぜひ頭の中で立ちあがリーヨあたりを流しながらご覧下さい


「加賀美、頼む」

 

「俺はここで安静にしてなきゃだけど、思いだけは常にお前達と一緒にいてえ。だから連れてってくれよ、俺の魂」

 

 

 エイリア学園と戦いが始まってから、何人もこのチームを離れてしまった。半田にマックス、影野、少林、宍戸。一番最初の試合で負傷してしまい、この旅が始まる前に入院による離脱を余儀なくされた。

 そして染岡。真・帝国学園との試合の中、チームのために身体を張って無理をしたことでサッカー選手にとって命とも言える脚を負傷、皆と同じく怪我でこのチームから降りた。

 

 

「約束する。また10番を背負うに相応しいストライカーになってから、絶対に戻ってくる」

 

 

 そして、修也。本当はどんな理由があってこのチームを離れたのか、俺には分からない。けど、離れたくて離れたわけじゃないのは分かる。

 アイツがいなくなってから俺は段々とおかしくなっていった気がする。雷門中サッカー部としてフットボールフロンティアを優勝するために戦い始めた時からずっと隣にいた修也がいなくなって、どうしようもなく寂しかった。不安だった。

 それと同時に、もう誰も失いたくないと思った。だから俺はひたすらに強くなるために時には無茶もした。

 

 

「頼むぜ、柊弥!」

 

「加賀美⋯任せるぞ」

 

「加賀美に繋ぐんだ!」

 

「柊弥先輩!」

 

 

 俺は皆からの信頼に応えたかった。ストライカーとしても、副キャプテンとしても。どれだけ過酷な特訓でも、皆の為だと思えば全く辛くなんてない。例えそれが、俺の本心を押し殺すことになったとしても。

 そう、思っていた。

 

 

『加賀美さんのせいで、俺達はこんなことに』

 

『どうして、どうしてこんなことしたんだ』

 

『お前が弱いから負けた』

 

『貴方は本当に役に立たないのね』

 

『お前なんか、俺の親友じゃない』

 

『…消えろ』

 

 

 ある時からどうしようもなく辛く、苦しくなった。そんなこと皆が言うはずない、俺のただの思い込みが創り出す悪夢だって分かっていた。皆俺の事を想ってくれている、何があっても大切な仲間達なんだ。

 だから俺は強くなりたかった。誰にも頼らず、皆を守れるような、そんな存在になりたかった。それが正しいことだってずっと信じて突き進んできた。いや、突き進むことしか出来なかった。

 

 

 けど、今ようやく分かった。俺は間違っていたんだって。

 

 

「皆のために戦うんじゃない、皆と……俺達と一緒に戦おう」

 

 

 目の前には、あの時手を伸ばしても届かなかった修也がいる。修也だけじゃなくて、守が、鬼道が、皆が俺のことを待ってくれている。秋や夏未、それに春奈。監督も後ろから俺の背中を押してくれている。

 

 

 ああ、やっと分かった。

 

 

「加賀美!」

 

「加賀美君!」

 

「加賀美さん!」

 

「柊弥!」

 

「柊弥先輩!」

 

 

 俺は、独りなんかじゃない。

 

 

「柊弥」

 

「皆、ありがとう⋯俺と一緒に戦ってくれ!!」

 

 

 修也の手を握りしめ、声高らかに皆にそうお願いする。それに対して皆は笑いながら頷いたり、返事をしたり、俺の背中を叩いたり、それぞれの形で答えてくれる。

 そして目の前の男は、力強く俺の手を握り返した。

 

 

「おかえり、相棒」

 

「ただいま、相棒」

 

 

 前を見据える。不思議とさっきより視界が広いように感じる。さっきまで見えなかったものが見える。聞こえなかった声が聞こえる。感じられなかったものも感じられる。

 俺はもう折れない、迷わない。隣を走ってくれる相棒が、背中を任せられる親友が、一緒に戦ってくれる仲間達がいる!もう大丈夫だってことをこの試合で証明してやるんだ!

 

 

「豪炎寺 修也に焚き付けられて何を勘違いしているのか分からんが…先程まで醜態を晒しておいて我々に勝てると思うのか?」

 

「勝てるかどうか、今から見せてやるよ」

 

 

 デザームが挑発気味に話しかけてくる。さっきまでの俺だったら苛立ちながら答えていたんだろうな。

 

 

「ここからが本当の加賀美 柊弥だ。もたもたしてたら追いつけないぜ」

 

「面白い⋯ならば、今一度叩き潰してくれる!」

 

 

 試合再開のホイッスルが鳴る。スコアは1-2でまだ負けている…けど余裕だ。今の俺達ならデザーム、イプシロンに勝てる。そんな自信しかない。

 

 

「修也!速攻で仕掛ける!」

 

「ああ!」

 

 

試合再開してすぐ俺達は勝負を仕掛ける。キックオフは相手からのためまずはボールを奪う必要があるな。

ならやることは簡単だ。俺が修也に声をかけると、ボールをキープしているマキュアの前にプレスを掛けてくれる。一切抜けられる穴が存在しない修也という壁の前で一瞬たじろぐマキュア。その一瞬が命取りになる。

 

 

「そこだッ」

 

「ッ!マキュアやっぱりお前嫌い!」

 

 

意識は完全に修也に向いている。そうなってしまえば、俺のスピードに対応することなど出来ない。二人の間をすり抜けるようにして足元のボールだけをかっ攫う。

そしてその勢いは殺さない。スピードはそのままに俺は相手ゴールへと駆け上がる。

 

 

「フハハ!抜けるものなら抜いてみるがいい!」

 

 

 その時、先程の挑発を現実にするためにデザームが俺の前に立ちはだかる。デザームのフィジカルは俺より上だ、真正面からぶつかったところで押し負けるだろうな。

 なら、馬鹿正直に戦わなければいいだけだ。

 

 

「ほう…だが見えているぞ!」

 

 

 俺はデザームにタックルを仕掛けるフェイントを掛ける。だがデザームの観察眼も流石、それがハッタリだと瞬時に見抜き本命のルートを塞ぎに来る。

 だが残念、それは俺の本命じゃない。

 

 

「通るぞ」

 

「何ィ!?」

 

 

 そう、二重のフェイントだ。流石にこれは見極められなかったようで、デザームの顔が一気に焦りに染まる。

 

 

「くッ、侮るなッ!」

 

 

 しかしデザームも一流。何とフェイントに掛かった上ですぐさま身体を切り返してそのコースすらも抑えに来た。圧倒的なフィジカルの為せる技か、敵ながら素晴らしい。

 けどデザーム、お前は1つ思い違いをしているぜ。

 

 

「お前、何時まで俺が1人でサッカーしてると思ってんだ?」

 

「任せろ」

 

「豪炎寺 修也ッ!?」

 

 

 デザームが俺の前を塞いでほぼノータイム、ノールックでヒールパスをだす。そのパスは背後から走り込んできていた修也が完璧に受け取る。今の俺には修也の…いや、皆の足音、気配が完全に読み取れる。もう独り善がりは閉店してるんだ。

 

 

「さて」

 

 

 修也にボールを任せて俺は逆サイドから駆け上がる。デザームを欺いた俺に警戒しつつもさっき簡単に1点奪ってみせた修也へのマークの方が手厚いな。

 だが焦燥で圧のかけ方が甘い。こんなんじゃパスを通してくださいと言っているようなものだ。

 ここで活きるのは北海道で身に付けたこのスピード。最短最速で修也のパスを受けられる場所に駆け抜ける。

 さあこっちだ修也。俺にお前が見えているのと同じように、お前にも俺が見えているはずだろ!

 

 

「柊弥!」

 

「ナイスパス」

 

 

 修也から弾丸のようなパスが飛んでくる。並の受け手ならその威力に押し負けそうだが、俺ならそうはいかない。そしてアイツも俺なら受けられることを分かって出してる。気持ち良い信頼だ。

 俺はそのまま前線に上がる。中陣を突破すると、屈強なイプシロンのDF達が俺の前に立ちはだかる。力任せの突破も出来なくはないが…その必要は無いな。

 

 

 後ろから来てるだろ?鬼道。

 

 

「人使いが荒い副キャプテン様だ」

 

「そう言わず助けてくれよ」

 

「ふっ、言うようになったじゃないか」

 

 

 俺の右に躍り出た鬼道にパスを出す。俺もその横に並ぶようにして駆け上がる。

 鬼道の強みはテクニック。フルに発揮された時のその技量に追い付ける者は敵でも味方でもかなり限られるが、俺なら順応出来る。

 

 

「このビートを加えれば…こっちの守りが甘くなる!」

 

 

 大柄なDF、タイタンと相対する鬼道。全ての能力値が高水準であるイプシロンのDFを突破するのは容易ではない。

 だがその時不思議なことが起こる。鬼道が独特なステップで踏み込んだ瞬間、進行方向を一気に変える。タイタンはそれに一切反応出来ない。

 あれは大海原の音村と同じ…いつの間にモノにしてやがった?

 

 

「そしてこのリズムに追い付けるのはお前だ、加賀美」

 

「ドンピシャだ」

 

 

 タイタンを突破した鬼道は先程の修也程ではないにしろそれなりに強いパスを出す。それは止まらずに進み続ける俺の足元にピッタリ収まる。最高のパスだ、鬼道。

 俺は完全にフリー。何人足りとも俺の道を妨げることなど出来ない。

 

 

「貴様など恐るるに足らんぞ、加賀美 柊弥!」

 

「奇遇だな!俺もお前なんて怖くねえ!」

 

 

 ゼルが俺にそう吐き捨てる。しかしそれは俺と同じ、啖呵を切り返してやる。

 余裕の笑みを崩さないゼル。それを他所に俺はボールを空中に蹴り上げる。それを見ると先程までの雷帝一閃と違うことに気付いたゼルは少し顔を顰めた。

 

 

「最初から空中に!?」

 

 

 天へ昇る龍の如く高度を上げていくボール。俺は逆雷のような軌跡と共に地を砕きながらボール以上の速度で跳び上がる。俺は空中でボールを追い越し、そのすれ違いざまに雷を纏った脚で斬り裂く。

 一度斬られたボールはその場で動きを止める。それに対して俺は何度も斬り掛かる。あくまでボールは動かさず、自分だけが何度も空中で身を翻して。

 

 

 前までの雷帝一閃は何度も撃ち込み乗算式に荒れ狂うエネルギーと共にシュートを放つ必殺技。それが前までの俺の限界だった。

 エネルギーは自分の心の強さに左右されるもの。心が不安定ならば勝手に暴れ出し、反対に落ち着いていればその全てを思うがままに支配できる。今みたいに、一点に固定し続けることだって難しくない。

 強さとは腕力だけでなく心からもなるもの。漫遊寺の監督が俺に教えてくれたのはこういうことだったんだ。

 

 

 最後の一撃を浴びせた途端ボールからは金色の雷が迸る。今までの蒼、荒れてた時の紅とは全く違う黄金だ。

 爆発したように溢れ出したそれはすぐさま収束、同タイミングで俺は下に堕とし、それより早く地上に降り立つ。

 

 

「あれは新しい必殺技なのか!?」

 

「けど…前よりも!」

 

 

 いいや違うぜ土門、これは新しい必殺技なんかじゃない。これが完成形なんだ。

 独りで圧倒的な力を振るう帝王のシュートなんかじゃない、お前達と一緒に戦うための加賀美 柊弥のシュート!

 

 

「これが本当の俺⋯加賀美 柊弥だッ!!」

 

 

 強く、速く、寸分の迷い無く刀を振り抜く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雷霆一閃(らいていいっせん)!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 柊弥が放った真の必殺技、雷霆一閃は幾本も雷を束ねた一本の稲妻となってイプシロン改のゴールへと襲い掛かる。その様は仲間と一つになって戦う柊弥の姿そのものだった。

 それを見た豪炎寺は確信する。やはり柊弥は自分の相棒であり、自分は柊弥の相棒であると。

 

 

「お前はやっぱり最高だ、柊弥」

 

 

 イプシロンのキーパー、ゼルは為す術なくゴールへ押し込まれる。もはや必殺技の構えに入ることすら許さない、雄々しき雷霆の一撃が炸裂する。

 雷門中副キャプテン、加賀美 柊弥は再び轟く。愛する仲間達の存在を再認識し、自分の在り方を取り戻したこの男にもはや迷いなど微塵もない。

 

 

『ゴォォォォル!!雷門の加賀美、帰ってきた豪炎寺に続いてとうとうイプシロン改から点をもぎ取りました!!』

 

「うおおおおォオオオオオオオオッ!!」

 

 

 得点を噛み締めるかのように柊弥は咆哮を上げた。今まで押し殺してきた"歓喜"という感情を全て解き放つかのように天を仰ぐ。少々荒々しいが、それは柊弥にとっての産声。生まれ変わった自分をこの世界に見せつけるための第一声だ。

 

 

「柊弥ーッ!!」

 

「ナイスシュート加賀美!!」

 

「このチームの副キャプテンはやっぱり君だ!!」

 

 

 そんな柊弥に円堂、土門、一之瀬が飛びかかる。揉みくちゃにされながらも柊弥全員とハイタッチを交わし、自陣へ走りながら戻る。そしてそこでも塔子や壁山、綱海達と喜びを分かち合う。

 

 

「やったな加賀美!アンタカッコイイよ!」

 

「俺の憧れの加賀美さんが戻ってきたッスぅぅぅ!!」

 

「おい壁山泣くなって!でも分かるぜ!ありゃあ俺も憧れちまう!!」

 

 

 そしてその様子を離れたベンチから音無は見守っていた。

 

 

「柊弥先輩⋯良かった⋯本当に良かった!」

 

「あら音無さん、行かなくて良いの?」

 

「どさくさに紛れて混ざってきたら?」

 

「そ、それは流石に⋯あとからこっそりと行ってきます」

 

 

 感極まって涙を流しながら柊弥を目で追っていた音無だったが、夏未と木野にからかわれてすぐさま我に返る。後から行くことを明言しているあたり正気なのかは怪しいところではあるが。

 

 

(加賀美君、それが本当のあなたのサッカーなのね)

 

 

 瞳子もまた心の中で安堵していた。自身が追い詰めたも同義の柊弥が本来の在り方を取り戻してくれたことが堪らなく嬉しかったのだ。

 それと同時に、この場でただ1人俯いている吹雪のことが心配になる。何とかして吹雪にもあの輪に混ざってもらいたい。だがゆっくりで良い。無理をさせてはいけないと前を見る。

 

 

「ポジションチェンジだ!!私がキーパーに戻る!!」

 

 

 その歓喜の渦を打ち破るようにデザームが声を荒らげ、自身がキーパーに戻る旨を宣言する。

 そして雷門イレブン⋯主に柊弥と豪炎寺を指さして声高らかに告げる。

 

 

「私がお前達を必ず止めてみせる!!お前達の全てを叩き潰してやるッ!!」

 

「やってみな」

 

「今の俺達は誰にも止められない」

 

 

 そうしてデザームとゼルは交代、イプシロンのボールから試合は再開となる。既に後半も終了間近、決着の時は刻一刻と近付いてきている。

 

 

「なッ!」

 

「悪いね、このボールは彼らに譲ってもらうよ!」

 

 

 豪炎寺の登場によって流れが切られるまで見せていたのと寸分違わないパス回しで慎重にラインを上げていくイプシロンの前衛達。しかし、その途中に入り込んできた一之瀬によってそれは遮られる。

 

 

「いけッ!加賀美、豪炎寺!!」

 

「ナイスだ一之瀬!!」

 

 

 そしてそのボールはすぐさま2人のストライカーの元に。当然イプシロンは全力でボールを奪い返しに行く。後ろにデザームが控えているとはいえここで逆転されたら自分達は終わり。躍起にならないはずがなかった。

 だがしかし、この2人は止められない。焦りからプレーするイプシロンでは、今この時を純粋に楽しんでいる柊弥と豪炎寺を止めることは叶わない。

 阿吽の呼吸で攻め上がる雷と炎は誰にも止められない。互いのことなら何でも分かると言わんばかりの凄まじい連携で気付いた時にはデザームが構えるゴール前へ。

 

 

「さあ!雷霆一閃でも爆熱ストームでも何でも来るが良い!!真正面から打ち砕いてくれるッ!!」

 

「残念、そのどちらでもねえよ」

 

「決めるぞ」

 

 

 柊弥が真上にボールを蹴り上げると、左右対称の形で二人揃って一瞬力を溜める。その後、回転と共に二人の脚には炎が宿った。

 

 

「あれは!!」

 

「成程な⋯この試合の締めに相応しいじゃないか」

 

「久々に見れるんだな、あの二人の絆の象徴!」

 

 

 もはや雷門イレブンは二人が点を決めることを一切疑っていない。何故なら、今から放たれるのは互いにレベルアップを果たした上で再誕するあの二人だけのシュートだから。

 回転する度に二人の炎は猛烈に燃え上がる。その勢いはそれぞれが爆熱ストーム、雷霆一閃に匹敵するのではないかというほどに凄まじい。

 

 

「行くぞ、修也ァァ!!」

 

「ああ、柊弥ッッ!!」

 

 

 

 二人は互いの名を呼ぶ。初めてこのシュートを撃った、帝国学園との予選大会決勝の時のように。

 互いの高さ、気迫、高揚が最高点に達し、全くの同時、完璧なタイミングでボールに互いの脚をを叩き込む。

 これこそが加賀美 柊弥と豪炎寺 修也の絆の結晶。最強で最高のシュート。

 

 

"真"ファイアトルネードDDッ!!

 

 

 双炎は一つになり、爆炎となる。仲間の想いを背負った二人の想いが燃え盛り、全てを燃やし尽くさんと猛り荒ぶる。

 

 

(こ、これは──)

 

 

 デザームは抵抗するべくドリルスマッシャーを放つ。が、ドリルの先端とシュートが触れた瞬間全身を炎に包まれる。視界までもが炎に染まる中、デザームは満足気に笑っている自分に気が付いた。

 

 

(ようやく分かった!私が本当は何に心を躍らせていたのか!!)

 

 

 次の瞬間、デザームの力の象徴であるドリルは粉々に砕け散る。

 

 

(ヤツらの強さではない、その強さの裏にあるあの絆に惹かれていたのだ!!)

 

 

 直後、デザームは腹に爆炎の一撃を受けゴールに押し込まれる。それと同時にホイッスルが高らかに鳴り響いた。それは得点を告げると同時に、試合の終わりを示すホイッスル。

決着をつけたのは二人のストライカー。彼らは多くは語らない。ただお互いに笑いあって、その拳を突き合わせるのみ。

 

長きに渡る因縁は、今この瞬間を持って終わりを告げた。




雷霆一閃 風属性 TP80
本来の自分を取り戻した柊弥が放つ彼の"究極奥義"
独りで荒れ狂う雷帝では無く、仲間達と束となり轟く雷霆こそが彼の目指したサッカーである。

ーーー

復活の爆炎と再轟の雷霆、この2つのタイトルはリメイクを決めた時から考えていたサブタイトルでした。
リメイク後のこの作品の執筆を初めてほぼ2年、ようやくここまで来れたことが何より嬉しいです。
ただの作者の妄想劇場の延長戦でしかないこの小説ですが、今後ともお付き合いいただけると嬉しいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第76話 それぞれの思惑

柊弥の覚醒、イプシロン戦決着の反響が凄すぎて驚いてた作者です。日間総合で25位とかどうなってんだオイ、マジで⋯
ひとつの山場を超えた当作品ですが、まだまだ終わりません。これからもよろしくお願いします!


 俺と修也が放ったファイアトルネードDDはデザームを真正面から打ち砕き、ゴールネットを揺らす。それと同時にホイッスルが鳴り響いて試合終了⋯ようやくデザームに、イプシロンに勝つことが出来た。

 試合の途中までが嘘みたいに晴れやかな気分だ。帰ってきた修也が、皆が俺の目を覚まさせてくれて掴めた勝利。これが俺達、雷門イレブンのサッカーだったな。この感覚も久しぶりだ。

 

 

「修也、ありがとな」

 

「こっちこそ。ずっと待っていてくれて、また一緒に戦わせてくれてありがとう」

 

「どういたしまして、と言いたいところだけど⋯お前を待ってたのは俺だけじゃねえよ、ほら」

 

「⋯そうだな。戻ろう、皆のところへ」

 

 

 最後の得点を決めた俺達はそれだけ話して拳を突き合わせ、自陣へと歩いていく。けど、俺達が戻るよりも早く、皆が俺達の方へなだれ込んで来た。

 

 

「柊弥!!豪炎寺!!最っ高だぜお前ら!」

 

「お前も大概だっての。あの土壇場で究極奥義、正義の鉄拳を進化させるなんてな⋯流石だぜ」

 

「あれは俺だけの力じゃないさ!アドバイスをくれた立向居、感覚を掴むまで一緒に守ってくれた皆、そして絶対に諦めなかった柊弥の、全員の力だ!」

 

「こんなやり取りも久しぶりだ⋯」

 

「確かにな!お前はいつも遅いとか色々言いたいことはあるけどさ⋯お帰り!豪炎寺!」

 

 

 代表して、という訳でもないだろうが守が俺達2人に声を掛ける。シュートを決めたのは確かに俺達2人だけど、やっぱりそこまで耐えてくれた守や皆の頑張りがあってこそのゴールだ、本当に感謝しかない。

 

 

「俺、加賀美さんがまた怖くなった時はもうダメかと思ったッス!」

 

「福岡の時も思ったけど、加賀美さんって1番おっかないよね」

 

「うんうん、今度こそ俺達も無事じゃすまないかもって覚悟したよ」

 

「その節は本当に申し訳なく思っております⋯」

 

「いやいやいや!ジョークだから!本気の土下座しようとしないで、ね!?」

 

 

 壁山、木暮、一之瀬の順で痛いところを抉ってくる。その件に関しては本当に申し訳ない。いや、本当に。

 後になって冷静に考えてみると、自我を飛ばして暴走状態に陥るなんてどれだけ追い詰められてたんだよ。詳しい話は聞いてないけど、本当に皆が怪我とかしなくて良かった。

 

 

「⋯加賀美 柊弥」

 

「デザーム」

 

 

 とりあえず誠意を土下座で示そうとしたところを一之瀬に止められて皆に笑われている中、背後から声がかかる。

 そこにいたのはさっきゴールにぶち込んだデザーム。皆が身構えるが何となく分かる⋯別に俺達に危害を加えようなんてつもりはないみたいだ。

 

 

「最後のシュートに焼かれる中で思い出した。サッカーとは、仲間との絆で心の底から熱くなれる。そんな素晴らしいものだったな」

 

「デザーム、お前⋯」

 

「感謝するぞ。お前達のおかげでそれに気付けた」

 

 

 デザームがグローブを外した右手を俺に差し出してくる。その瞳に依然として敵意は無い。

 ⋯正直、コイツらのことは許せない。やったのはジェミニストームだが、エイリア学園は皆の学校を破壊し、色んな人を不安に陥れた。それに、半田達が怪我をする原因になったのもコイツらだ。

 けど、それでも。試合が終われば敵も何も無い。コイツらだって、本当は楽しいサッカーが出来るんじゃないかって考えてしまう。あの時戦ったアフロディ、世宇子中がそうだったように。

 

 

「イプシロン"改"⋯強かったよ。今度は何の因縁もなく、楽しいサッカーをしようぜ」

 

 

 そう返して俺はデザームの手を取ろうとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「君達が雷門イレブンか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時、青色の光が俺達から少し離れたところで迸った。それと同時に周囲に立ち込めるのは凍てつくような冷気。そしてその中央には、絶対零度のオーラを放つ白髪の男が佇んでいた。

 

 

「ガ、ガゼル様ッ」

 

「ガゼル?まさか、アイツも」

 

「そう、先日君達の前に現れたグラン、バーンと同じくマスターランクチーム、ダイヤモンドダストを率いている」

 

 

 俺の思考を読んだようにガゼルと呼ばれた男はそう補足してくる。バーン、そしてヒロトと同格か⋯確かに、そう言われても納得出来るほどの何かを感じる。

 

 

「良い練習相手が見つかった。そして、今回の負けでイプシロンは完全に用済みだ」

 

「用済み⋯?」

 

 

 その時、俺の脳裏にある光景がフラッシュバックする。そう、あれは北海道でのことだった。ジェミニストームに勝利した矢先に俺達の前に現れたデザームがレーゼ達に同じようなことを言ったんだ。

 ということは⋯ガゼルが今からしようとしていることは!

 

 

「おい!逃げろお前ら!」

 

「何ッ!?」

 

「このままだと消されるんじゃないのか!?」

 

 

 俺はデザーム達に早く逃げるように叫ぶ。だがしかし、デザームはどこか諦めているような表情だった。自分に襲い掛かる運命を受け入れようとしているような、そんな顔だ。

 

 

「⋯代償を払う時が来たのだ。我々はその覚悟が出来ている」

 

「バカ言え!何もそんな──」

 

「安心しろ」

 

 

 デザームは落ち着き払った様子で俺の言葉を遮る。

 

 

「私達は──」

 

「さらばだ、デザーム」

 

 

 デザームが何かを言おうとした瞬間、ガゼルの足元から黒いサッカーボールがデザーム達に向かって放たれる。それはイプシロンの面々の目の前で停止し、先程のような青い光を放つ。

 俺は耐えかねて視界を腕で覆う。光が落ち着いて目を開けた時には、既にそこにデザーム達はいなかった。

 

 

「デザーム!!」

 

『雷門イレブン。君達と戦える日を楽しみにしているよ』

 

 

 いつの間にかガゼルも姿を消していた。去り際に不穏な言葉だけを残して。

 しばらくの間静寂が続く。この一瞬で何が起こったのか、誰も飲み込めていないようだった。

 

 

「何か⋯やるせねえな」

 

「エイリア学園がやっていることは許されることでは無い。だが、良い気分ではないな」

 

「アイツ、心を入れ替えかけてたもんね⋯」

 

 

 皆の間に何とも言えない空気が流れる。が、それを払拭したのは守だった。おもむろにボールを持ち上げ、ある方向へ転がす。

 そのボールが転がって行った先は、修也の足元だった。

 

 

「ダイヤモンドダストにプロミネンス、そしてザ・ジェネシス⋯確かにまだまだ色んなチームがいるのかもしれない。けど!」

 

 

 守は太陽のようにニカッと笑い、堂々と言い切る。

 

 

「今はさ、そんなこと忘れて⋯おかえり!!豪炎寺!!」

 

 

 その言葉で全員が俺の隣⋯修也の方を見る。呆気に取られたエースストライカー様は、何て返そうか考えがまとまらないみたいだ。

 

 

「修也、そのボール代わりに蹴ってやろうか」

 

「⋯ふっ、遠慮しておこう」

 

 

 見かねて軽く煽ってやると、キザに笑ってそのボールを守に向かって軽く蹴る。そして、胸を張って──

 

 

「皆、ただいま」

 

「おう、おかえり」

 

 

 ──俺達の元へ、帰ってきた。

 

 

 

 ──-

 

 

 

『雷門中!!イプシロンに勝利おめでとー!!』

 

「⋯ほんと賑やかね、この学校は」

 

 

 その日の夜、大海原の好意で祝勝会を開いてもらうことになった。夜の海辺で肉に魚、果てにはスイーツなど様々な料理が振る舞われる。聞く話によると、大海原との練習試合の後にもBBQをしたらしい。⋯俺は一人反省会で参加してなかったが。

 

 

 ちなみにだが、あの後修也が雷門を離れた経緯が明らかになった。どうやら、俺や夏未の予想通りエイリア学園に接触されていたらしい。しかもヤツらは、修也の妹、夕香ちゃんを人質にしていて揺さぶりをかけていやがった。

 その状況を打破するために先手を打ったのが瞳子監督だった。監督は鬼瓦さんへの根回しをした上で修也にチームを離れさせた。鬼瓦さんの紹介で土方の家に匿ってもらっていたようだ。

 

 

「ほら豪炎寺!もっと食えよ!!」

 

「そうだそうだ!腹いっぱい食え!」

 

「気持ちはありがた──」

 

 

 俺の視線の先では修也が四方八方から食べ物を押し付けられている。まるで今まで食べられなかったんだからちゃんと食えと言わんばかりに。別に食べてなかった訳じゃないんだろうな⋯というか、土方の家に匿ってもらってたなら逆に食べさせてもらってそうな気がする。

 とはいえ、久々に皆に囲まれて満更でも無さそうだ。後から襲われるであろう腹痛は幸せ税ってヤツだな、きっと。

 

 

 かく言う俺も皆に揉みくちゃにされた。今だからこそ言うけど無茶しすぎなんだよとか、もっと頼れよだとか。ご最もなお説教をされてしまった。とりあえず皆には心の底から謝罪をぶつけてきた。その謝罪を行動で示せと次々皿に肉が盛られた時は絶望したな。だから修也、お前も俺と同じ苦しみを味わってくれ。頼んだぞ。

 

 

「加賀美、隣座るぞ」

 

「おう」

 

 

 腹休めのために少し離れたところにいたら鬼道が隣に腰掛けてきた。その手には飲み物だけが握られている辺りコイツも腹休めだろう。俺や修也みたいに胃袋の限界を超えてはいなさそうだが。

 

 

「ようやく前の雷門イレブンが戻ってきた」

 

「ああ。修也も帰ってきて、イプシロンも倒せたからな」

 

「お前も元の副キャプテン様に戻ってくれたしな」

 

「ウグッ⋯ゲームメーカーのお前にはマジで迷惑かけたよ、ごめんな」

 

「フッ、その分今後はしっかり働いてもらうぞ」

 

「任せとけ」

 

 

 中間管理職に首輪をつけられながらも俺は目の前でわいわい騒ぐ皆を見ていた。修也にひたすら食事を押し付ける守に土門。同じように一之瀬に押し付けまくるリカ。壁山にイタズラを仕込む木暮⋯本当に見てて飽きないよ、俺の仲間達は。

 

 

「ダイヤモンドダスト、かあ⋯」

 

 

 その時、ふと昼間のアイツ⋯ガゼルのことを思い出した。マスターランクチーム、ダイヤモンドダスト。間違いなくイプシロン"改"より手強い相手になるだろう。

 それにダイヤモンドダストだけじゃない。修也を探していた時に接触してきたバーンの率いるプロミネンス。そして、ザ・ジェネシス。ヒロトには色々と聞かなくちゃいけないことがあるからな。何で京都で俺の手助けをしてくれたのか。俺達の敵だと言うならあんなことをする必要はなかったはずだ。

 何となくだけど、アイツには何かがある。もしかしたら試合が終わった時のデザームみたいに⋯なんてことは考えないでおこう。いざ対面した時に迷ったりは出来ないからな。次会った時は絶対に俺が⋯いや、俺達が勝つ。

 

 

「⋯俺はそろそろお暇しよう」

 

「ん、また食べに行くのか?」

 

「ああ」

 

 

 唐突に鬼道が席を立った。腹休め終わるの早くないか?鬼道財閥の息子ともなると消化スピードも訓練していたりするのだろうか。してないだろうな。

 

 

「柊弥先輩」

 

 

 ⋯ああ、不自然に何処か行ったのはこういうことか。

 

 

「どうした?春奈」

 

「隣、座りますね」

 

 

 そう言って春奈は俺の隣に腰掛ける。

 ⋯ヤバい、何か話さなきゃいけないのは分かっているけど、どう言葉を切り出せば良いのかが分からない。今こうして対面したことで色々と思い出してしまう。福岡の病院でのやり取りとか、大阪でのイプシロン戦の前の⋯アレとか。前と違って色々冷静になった今考えると、なんというかこう、すごく困る。

 

 

「豪炎寺先輩が戻ってきてくれて本当に良かったですね」

 

「あ、ああ。やっぱりこのチームのエースストライカーはアイツだからな⋯嬉しいよ、本当に」

 

 

 色んな葛藤と戦っていると、先に春奈の方から話を切り出してくる。何とかそれに返答するが、自分でも分かるくらい動揺している。くそッ、頼むから落ち着け俺。

 

 

「でもそれ以上に⋯私は前の柊弥先輩に戻ってくれたことが嬉しいです」

 

「⋯春奈にも心配掛けたよな。後から秋に聞いたけど、福岡で俺が入院した時は毎日見舞いに来てくれてたんだろ?ありがとな」

 

「いえ、良いんです」

 

 

 そこで会話は終わってしまう。離れたところで皆が騒いでいるせいでこの静寂が際立って物凄く気まずい。

 

 

「先輩、私が大阪で話したこと⋯忘れてないですよね?」

 

「⋯当たり前だ。アレを忘れるほど人格終わってないぞ、俺」

 

「ふふっ、なら良かったです」

 

 

 そう言って春奈は悪戯っぽく笑いかけてくる。ここでその話を出てきたってことは⋯そういうことなのか?今ここで返事を出せってことなのか?

 けどこの件にはエイリア学園との戦いが終わってから応えるつもりだったし⋯俺はどうするのが正解なんだ、誰か教えてくれ、頼む⋯

 

 

「催促する訳じゃないですけど、もっかい伝えますね?」

 

「えっ」

 

 

 立ち上がった春奈は、座ったままの俺の顔を覗き込むようにして言葉を繋げる。

 

 

「私は柊弥先輩のことが好きです」

 

「───ッ」

 

「あ、赤くなった」

 

 

 そう言われて俺は反射的に顔を隠す。きっと今酷い顔をしているんだろう。

 けど、こうしてまた面と向かって言われたからにはしっかり応えなきゃダメだろう。これは1人の男としての意地の見せどころだ。腹を括れ⋯

 

 

「春ッ──」

 

「ストップです」

 

 

 顔を上げて第一声を絞り出す⋯が、それより早く口元を手で塞がれる。突然のことに思考が追いつかない俺は言われた通り言葉を止めてしまう。

 

 

「言ったじゃないですか、催促するわけじゃないって。だから待ちますよ⋯この戦いが終わるまで」

 

 

 そう言うと春奈は俺に背を向けて立ち上がる。

 

 

「その時まで楽しみに待ってます。先輩が私に正面から向き合ってくれることを⋯それでは!」

 

 

 その言葉を最後に春奈は皆の方へ小走りで向かう。残された俺は一人呆けていた。

 確かに、男が一度決めたことを曲げるのもカッコ悪いか⋯安易にそれを破ろうとしたことは反省しなきゃな。

 けど春奈、もう俺の答えは出てるんだよ。本当はあの時に伝えたかったけど、本音を押し殺して戦わないと何処かで押し負けてしまいそうだから逃げたけど、決まってたんだ。

 

 

「⋯まあ、いいか」

 

 

 まだこの気持ちには蓋をしておこう。あっちもそれを望んでいるなら、エイリア学園との戦いに決着付けたときに伝えれば良いさ。

 そのためにも、もっと強くならないとな。皆と一緒に、な。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「ボール行ったぞー!」

 

「ここは行かせないッスよ!豪炎寺さん!」

 

「なら止めてみろ!壁山!」

 

 

 翌日、俺達は大海原のグラウンドを借りてボールを追いかけていた。特に特訓という訳でもないが、まあ時間潰しといったところだな。

 何に対しての時間潰し、と言うと、この沖縄を離れる船が来るまでのものだ。当初の目的の修也は戻ってきた、綱海も仲間になった。もう沖縄に留まる理由がないからな。次の目的地もないのでとりあえず一旦東京に帰るらしい。確かに、そろそろ母さんのところに戻らないとな。真・帝国との試合の後に戻った時は結局顔出さなかったし。多分どやされるんだろうな⋯覚悟しとくか。

 

 

 修也が帰ってきたことで皆活気に満ちている。当然俺も。だがそんな中でも、1つ気がかりなことがある。

 

 

「⋯吹雪」

 

 

 そう、吹雪のことだ。イプシロンとの試合で激しく取り乱して交代してからと言うものの、皆と会話すらろくにしていないようだ。

 ⋯あの試合の中で少し吹雪と衝突してしまった以上、一度話をしておきたいな。あっちがどう思っているかは分からないが。

 

 

「よし」

 

 

 意を決して俺は吹雪の方へ向かう。吹雪はユニフォームに着替えてこそいるものの、練習には参加せずにずっと海を見ているばかりだった。

 

 

「吹雪」

 

「⋯加賀美君」

 

「少し話さないか?」

 

「⋯うん、いいよ」

 

 

 了承を得られたので俺も吹雪の隣に立って海を眺める。さざ波の音が木霊するが、目的はそれを聞くことじゃない。早速俺は吹雪に話を切り出す。

 

 

「あの試合でのことなんだけどさ」

 

「あ⋯あれは気にしないで。ちょっと冷静じゃなかっただけなんだ⋯ごめんよ」

 

「そうか?⋯なら、分かった」

 

 

 例のことについて話そうと思ったんだが、吹雪がそう返してくる以上深堀するのも良くないな。話題を変えよう。

 

 

「なあ吹雪、練習しないのか?皆待ってるぜ」

 

「⋯うん、ちょっと気分じゃないんだ」

 

「そうか⋯無理強いはしないさ。けど、俺はお前とサッカーしたい」

 

 

 誘いをやんわりと断る吹雪対してそう返すと、少し驚いたような顔で吹雪は俺のことを見てくる。

 

 

「どうした?俺の顔になにか付いてるか?」

 

「⋯ううん、少しびっくりしただけだよ。まさかそんな直球に想いをぶつけられるとは思ってなかったから」

 

「そう言われると少し恥ずかしいな。他意はないからな」

 

「ごめんごめん。⋯けど、ありがとう」

 

 

 吹雪は少し笑って再び海を見る。

 

 

「僕、怖くなっちゃったんだ。ボールが、サッカーをすることが」

 

「怖い?」

 

「うん。デザームとゴール前で戦って、必要ないって言われて⋯凄く怖くなったんだ」

 

 

 必要ない、か。確かにあの時そんなこと言われたら、俺もどうなってたか分からないな。それほどまでに追い詰められていたのは自覚しているから。

 

 

「けど、俺達にはお前が必要だぞ、吹雪」

 

「⋯えっ?」

 

「お前はこのチームの一員なんだ。例えお前がボールを追いかけることが怖くなったとしても、それでも俺達にはお前が⋯吹雪 士郎という存在が必要なんだ」

 

「⋯僕が、必要」

 

「その通りだ」

 

「修也、いつの間に」

 

 

 俺が吹雪に思いの丈をぶつけていると、突然背後から別の声が入ってきた。つられて後ろを向くと、そこにはボールを持った修也が立っていた。マジでいつの間にいたんだ、全然気付かなかったぞ。

 

 

「吹雪、お前は今怖くなったと言ったな」

 

「⋯うん」

 

「それは俺も、皆も同じだ」

 

「皆が?」

 

「ああ。だけど、その怖さを抱えて生きてる⋯それだけなんだ」

 

「怖さを、抱えて⋯」

 

 

 コイツはこう、何で人の心に刺さるようなことしか言わないのかね。全くもってその通りだよ。乗り越えたものの、俺はまだいつ自分を見失うかが怖い。それに、誰かがこのチームを離れてしまうことも怖い。

 けど、それでも生きるしかないんだ。人間ってそういうものなんだから。その恐怖に立ち向かえるヤツだけが勝利を手に出来るんだよな。

 

 

「そうだぜ吹雪。だからお前の背負ってるもの、少し俺達にも背負わせろよ」

 

「豪炎寺君⋯加賀美君⋯」

 

「おーいそこの3人!立向居にシュート撃ってやってくれよ!」

 

「お、お呼びだぜ」

 

「行くか⋯吹雪」

 

「⋯うん!」

 

 

 ゴール前の守から俺達3人に声が掛かる。修也は守が認めた立向居に興味津々のようで、我先にと向かって行った。それに続くように俺と吹雪も守と立向居の元へ。

 

 

「よろしくお願いします!豪炎寺さん!」

 

「全力で行くぞ、立向居!」

 

 

 ボールを投げ渡された修也は、早速シュート体勢に。ボールを高く打ち上げ、自分も炎を纏いながらそれと同じ高さまで跳ぶ。流石に一本目から爆熱ストームは撃たないか。

 

 

ファイアトルネード"改"!!

 

「負けるもんか!ゴッドハンド!!

 

 

 修也のファイアトルネードと、立向居の青いゴッドハンドがぶつかり合う。その衝突は一瞬拮抗するが、それを破るように修也の炎は更に燃え上がる。すると立向居のゴッドハンドは砕け散り、そのままゴールに押し込まれる。

 やはり立向居のゴッドハンドは守と比べても遜色ない仕上がりだな。けど流石修也、それすらも上回ってみせる。

 

 

「凄い⋯凄いです!豪炎寺さん!」

 

「お前も凄いじゃないか、立向居」

 

「熱いじゃねえか⋯けどここは譲ってやるよ、吹雪!」

 

 

 立向居がこちらにボールを投げてくる。こんなやり取りを見せられたら俺もすぐ撃ちたくなるが、同じように目を輝かせてるヤツがいる。別に焦らなくても立向居は逃げない。だったら先に吹雪に譲ることにした。

 俺は吹雪に軽くパスを送る。本当に軽いパスだ。

 

 

「──うッ」

 

「⋯吹雪?」

 

 

 けど吹雪は、全身が強ばったように動かない。先程まで撃ちたそうにしていた目も一瞬にして曇ってしまった。

 ⋯思っていたよりも、吹雪の抱えてしまったものは重いみたいだ。

 

 

「大丈夫か?あんなに誘ったけど無理はしなくても良いんだぞ」

 

「⋯うん。僕、このチームのお荷物になっちゃったね」

 

「馬鹿。言ったろ?俺達にはお前が必要だ。荷物なんかじゃねえよ」

 

 

 とりあえずボールを蹴ることは難しそうだからベンチまで連れて行く。無理をさせるのは良くないからな。それでここにいること自体が嫌いにでもなったら本末転倒だ。

 ゆっくりで良い。吹雪が元通りサッカーが出来るための手伝いをしよう。それが皆に立ち上がらせてもらった俺だから吹雪にしてやれることだ。

 俺達は絶対見捨てないからな、吹雪。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「ガゼル、雷門イレブンに接触したようだね」

 

「ああ。面白い連中だったよ。なんであそこまで熱くなるのかは分からないけど」

 

「良いじゃねえか、熱いヤツは好きだぜ」

 

 

 暗闇の中、グランに問い掛けられたガゼルはそう答え、それにバーンが同調する。それが不快だったようで、ガゼルはバーンに対して挑発気味に小言を漏らすが。それでヒートアップしていく2人の言い合いをグランが止める。

 

 

「雷門と戦うつもりかい?」

 

「ああ。イプシロンを倒したその実力を確かめてやろうと思ってね」

 

「へっ、そのまま吠え面かかされちまえよ」

 

 

 ガゼルは雷門イレブンに対して試合を挑む意向を見せた。そんなガゼルに対してグランは心の中で笑う。

 

 

(あのガゼルがここまで言うなんてね。加賀美君、君達はどれだけ俺達を楽しませてくれるんだい?)

 

 

 己の興味の中心でもある柊弥、そして雷門イレブンに対してグランは静かに期待を膨らませる。以前は完璧に叩き潰したが、雷門イレブンは必ず強くなってまた自分達の前に現れるという確信があったからだ。

 そして、雷門イレブンへの興味が止まらないのはグランだけではない。試合を挑もうと画策しているガゼル、実際に雷門イレブンに単騎で挑みに行ったバーンも同様だ。

 イプシロンを打ち破った雷門イレブン。しかし次なるエイリアの魔の手はすぐそこまで迫っていた。

 

 

 そしてそれと同時、また別の場所でも雷門イレブンへ思いを馳せている者がいた。

 

 

「加賀美君⋯ようやく、君達とまたサッカーが出来そうだ」

 

 

 美しい長髪を持つまるで神話の女神のような少年は静かに笑う。かつて交わした約束が果たせる日が近付いていることを確信していたから。

 それぞれの思惑が交差する日は、すぐそこまで近付いてきている。




これにて沖縄編は完結。
次からは東京に戻ってあのチームと激突です。最後に出てきた彼もアップを始めたようです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第77話 闇に射す光

今回はあの人が登場です
ちょっと短いです
ごめんなさいです


「戻ってきたぞぉーっ!!」

 

 

 キャラバンから降りて河川敷に降り立つや否や、守は大声で久々の稲妻町にただいまを叫ぶ。急に叫ぶから隣の壁山が腰を抜かしている。急に叫んだ守も悪いがそれで抜けてしまうような腰ならもっと鍛えなきゃダメだな、うん。

 

 

「さて、ここからどうするかね」

 

「とりあえず家に帰るか?親に挨拶もしないとだし」

 

「そうね、家でリフレッシュするのも大事だわ」

 

 

 戻ってきて早々に特訓⋯という訳ではなく、各々家に顔を出す流れのようだ。流石に俺も一度帰りたいし、異論は無い。

 あ、家に帰ると言えば1つ問題があるよな。それを何とかしないと。

 

 

「俺らはどうするよ?」

 

「皆俺ん家に来いよ!母ちゃんの肉じゃが、最高に美味いんだぜ!」

 

「わあ!俺肉じゃが大好きなんです!」

 

 

 と、そんな疑問を投げかけようとしたがそれより早く守が解決案を提示してきた。流石に塔子とリカまでという訳にはいかないのでその2人はマネージャー達の誰かの家に転がり込むようだ。リカは一之瀬、塔子は守の家に行くつもり満々だったようだが。

 とはいえ男子勢だけでも吹雪、木暮、立向居、綱海と大人数だ。守の家だけでいけるのか?いや、いけそうだな⋯

 

 

「それじゃ、とりあえず今日のところは───ッ!?皆伏せろッ!!」

 

 

 解散しよう、そう言いかけたその時だった。上から何かが迫ってきているのに気が付いた。ほんの一瞬視界に入れただけだったが、つい最近も見たばかりのソレに凄まじい悪寒を感じた俺は声を荒らげ、自分も身を守る。

 直後、凄まじい轟音と衝撃が響き、砂埃が俺達を叩く。砂が入り込んだらまずい目や鼻、口を防げるように顔を重点的に守って正解だった。

 

 

 少し経って砂埃が落ち着いたのを確認し、俺達に襲いかかってきたものの正体を今一度確かめる。

 

 

「⋯黒のサッカーボール」

 

「青の模様⋯ということは」

 

『雷門イレブンの諸君に告げる』

 

 

 青、ということはダイヤモンドダストだな。その答え合わせのようにボールからガゼルの声が再生される。

 

 

『我々ダイヤモンドダストはフットボールフロンティアスタジアムで君達を待っている。来なければこのボールを無作為にこの東京に撃ち込む』

 

「何だって!?」

 

「無作為にだと!?」

 

 

 無機質にそれだけを告げると、そのボールはまるで灰のように消え去った。証拠隠滅も抜かりなし、ってことか⋯

 いや、今はそんなことは良い。ヤツらは無作為にボールを撃ち込むと俺達に脅しを掛けてきた。ということは、呑気に帰宅なんてしてる場合じゃないだろうな。

 

 

「⋯仕方ないわ。すぐにスタジアムに向かうわ!」

 

『はい!』

 

 

 瞳子監督の指示で俺達はイナズマキャラバンに乗り込み、すぐにフットボールフロンティアスタジアムへと出発した。

 それにしても、フットボールフロンティアスタジアムか⋯全国大会がもう昔のことのように感じるな。今思い返すと、決勝戦の直後にジェミニストームと最初の試合だったんだよな。優勝の余韻に浸れるのは一瞬だった。

 

 

 それにしても、ダイヤモンドダストか⋯一体どんなチームなんだろうか。少なくとも今分かっているのはイプシロンよりも上、バーンのプロミネンス、ヒロトのザ・ジェネシスと並ぶマスターランクチームということだけだ。

 ぶっちゃけ、ザ・ジェネシスとの試合では歯が立たなかった。あの時よりもさらに強くなっているとはいえ、その差がどれだけ小さくなっているのかは分からない。

 とはいえ、負けるつもりなんてさらさらない。どれだけ強い相手だろうと戦って勝つだけだ、皆と一緒にな。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「相手は全くの未知数よ、どんな攻撃をしてくるかも分からないわ」

 

「フォーメーションはどうしますか?」

 

「フォワードは豪炎寺君と加賀美君のツートップ。中盤は鬼道君を中心に一之瀬君、塔子さん、立向居君。ディフェンスは壁山君、木暮君、綱海君、土門君でキーパーは円堂君。気がかりはあるかしら?」

 

「いえ、俺も賛成です」

 

 

 ベンチは吹雪、リカ、目金だ。相手の攻撃パターンも分からない以上、中盤以降を厚く構えるべきだろう。そして後手に回って勝てる相手でもないはず、そこは俺と修也の腕の見せどころってやつだな。

 

 

「それにしても、呼び出したくせに相手はいないっスね」

 

「ふふん、僕のオーラに臆したのでしょう」

 

 

 壁山と目金が何とも気の抜けたやり取りを交わしている。確かに、警戒してスタジアムの中まで入ってきたのは良いが誰1人いなかったんだよな。俺も正直ヤツらが待ち構えていると思っていたから少し驚いた。

 だが、呼び出してきている以上出てこないなんてことはない。さあ、何処から来る。

 

 

「やはり隠しきれないんですかねえ、僕の圧倒的──ひィ!?」

 

「圧倒的何だよ、目金」

 

「な、なんてもないです⋯はい⋯」

 

 

 目金がいつもの目金節を炸裂させる直前、割って入るように先程も見た青い光が相手側のベンチに立ち込める。その中から姿を現したのは、青を基調としたユニフォームに身を包んだ11人。その中心にはガゼルがいる。

 

 

「⋯来たか」

 

「ふッ。加賀美、円堂⋯君達に凍てつく闇の冷たさを教えてあげよう」

 

「じゃあこっちも教えてやるよ。俺達の熱は氷をも溶かすってことをな」

 

 

 ガゼルの啖呵にそう返してやると、余裕に満ちた笑みだけを残してフィールドへ入っていった。それに続いて他のメンバーもそれぞれのポジションに着く。

 

 

「よし、俺達もいくぞ!」

 

『おお!!』

 

 

 それに呼応するように俺達もフィールドに足を踏み入れ、自陣の最前線でダイヤモンドダストの連中と向き合う。

 エイリアのヤツらと対面する度に思うが、やはり不気味なヤツらだ。掴めない何かがある、そんな雰囲気だ。

 

 

「俺達の情報は間違いなくバレている。マークされるだろうが攻めまくるぞ、修也」

 

「当然だ。俺達はストライカーだからな」

 

 

 隣の修也と静かに拳を合わせる。そして、それを見計らったようにホイッスルが鳴り響いた。

 キックオフはこちらから、早速攻め上がろうとしたその時──

 

 

「何ッ!?」

 

「中央を空けた⋯余裕たっぷりじゃねえか」

 

 

 何とヤツらは端に逸れ、俺達へ道を空けやがった。ここまで下に見られるといっそ清々しいな。だがそれはそれとして腹が立つ。そんなに余裕なら、まずは1発ぶち込んでやろう。

 

 

「修也」

 

「ああ⋯分かってるッ!!」

 

 

 空けられたスペース、そのド真ん中を走るように修也がシュートを放つ。ノーマルシュートだが、その威力は十分。センターサークルから相手ゴールまで一直線に飛ぶそのボールはゴールネットを──

 

 

「⋯ダメか」

 

 

 ──揺らすことは無かった。

 

 

「準備運動ってことにしておこうぜ⋯俺達の本気はこんなもんじゃねえ」

 

「ああ。絶対に点を決める」

 

 

 そう誓ったその時、相手のキーパーは豪快なスローを放つ。その速さは先程の修也のロングシュートに引けを取らないほど。俺達2人は回避し、その行く末を見届ける。

 何とそのロングスローは反対側のゴールである守のところまで飛んできていた。どんな肩してやがる⋯バケモノが。

 

 

「皆呑まれるな!!行く──ッ!?」

 

 

 守がそう皆を鼓舞したとほぼ同時、ダイヤモンドダストの連中は既に雷門側へと入り込んできていた。動き出しが全く分からなかった⋯コイツら、スピードが尋常じゃない。気を抜いたら一瞬でボールを盗られるな。

 

 

 気を取り直して守からパスが繋がれる。鬼道を中心にこちらのラインがどんどん押しあがっていくと思われたが、ガゼル達前衛がすぐさまその流れを断ち切る。あのスピードに慣れるのには少し時間がかかるな⋯慣れたとしてもそれに追いつけるかどうかは別だが。

 雷門陣地の中でボールの主導権は何度も入れ替わる。その中で一度ガゼルが守に向かってシュートを放った。何の変哲もないノーマルシュートだが、守の身体が凄まじい勢いで押し込まれかけた。少しでも警戒を弛めていたら今ので先制されていただろうな。

 

 

 以前としてボールは俺達前線へ上がってこない。こうなったら俺も奪い合いに参加するか?いや、それだとこっちのターンになった時にすぐ攻め切れない。ここは皆を信じて待つ。

 

 

「⋯ここだッ!」

 

「ナイス鬼道!攻め上がるよ!」

 

 

 流れはダイヤモンドダストのまま⋯かと思われた。鬼道がタイミングを上手く測って相手のパスに割り込んでボールを自分のものにした。鬼道に主導権が渡ったのなら、絶対俺達のところまで来てくれる。

 

 

「一之瀬!」

 

「よし!」

 

 

 鬼道から一之瀬にパスが繋がり、一気にこちらの流れになる。それを見て俺と修也はいつでも抜けられるように待ち構える。

 一之瀬が単独で上がり、目が合った俺に向かってパスを出す──かと思われた、その時。

 

 

フローズンスティール!!

 

 

 ダイヤモンドダストの大柄なDFが凄まじいスピードで一之瀬にスライディングを仕掛けた。あの体格であのスピード⋯間違いない、アイツが相手の守備の要だ。

 

 

「ぐうッ⋯!」

 

「まさか⋯一之瀬ッ!!」

 

 

 大きく吹き飛ばされた一之瀬だが、その場で脚を抑えて動かない。まさか負傷か、確かにあのスピードで不意をつかれたら受け身を取るのは難しい。

 

 

「おい!大丈夫か!」

 

「ああッ⋯!俺のことは良いから、加賀美は皆からのパスに集中するんだ!」

 

「──ッ、おうッ!」

 

 

 すぐさま一之瀬に駆け寄るが、痛みに顔を歪めながらも一之瀬は自分に構うな、役目に没頭しろと俺に激を飛ばす。本当は心配だ、近くにいておきたい。だが、一之瀬の言う通り俺にはやらなきゃいけない使命がある。自分の持ち場に戻ってボールの行方を追う。

 

 

 大柄なDF、ゴッカから放たれたロングパスはガゼルの元へ。そのまま駆け上がるガゼルに対して土門がプレスを仕掛けるが、ガゼルのスピードに手も足も出ない。ガゼル、やはりこのチームの中でも更に別格か⋯

 

 

「さあ、止めてみたまえ」

 

 

 あっという間に深くまで攻め込んだガゼルは先程よりも強く蹴り込む。ノーマルシュートと言えどその威力は本物。何度も守に任せてはいずれ解禁される必殺シュートに対応出来なくなるかもしれない。

 そんな心配を汲み取るように、塔子と壁山がシュートコースに割り込む。

 

 

ザ・タワー!!

 

 

 塔子が迫り上がる塔の頂点から雷を落とす⋯より速く、ガゼルのシュートがその塔を撃ち砕く。塔子はグラウンドに叩きつけられるが、しっかりと受け身は取れている。

 そして、その背後には更に壁山が控えている。

 

 

ザ・ウォール"改"!

 

 

 壁山がその肉体を巨大な壁へと変貌させる。これまでの特訓でさらに壁山の守りは強靭となった。しかし、塔子が威力を削った上でもそのシュートは強かった。完全に威力を殺しきることが出来ず、ボールは観客席の方へ飛んでいった。

 一時プレイは中断だが、かえって良かったかもしれない。これで負傷した一之瀬を外に出してやれる。

 

 

「一之瀬、肩貸すぜ」

 

「ああ、すまないね⋯」

 

 

 俺は一之瀬に肩を貸してベンチまで連れていく。応急処置のためにソックスを脱がせると、その脚は少し腫れている。これではプレイ続行は厳しいな⋯リカと交代するしかない。

 

 

「⋯あれ、ボールが帰ってきたっス」

 

「ん?」

 

 

 監督に話して交代の指示をもらおうとしたその時、壁山が素っ頓狂な声を上げた。そんなバカな、観客がいる訳でもないし、誰かが取りに行った訳でもない。予備のボールで試合再開しようとしていたところなんだからな。

 だが、実際にボールはピッチの中、というか俺の真後ろに戻ってきている。ということは誰かがボールをこちらに戻した以外有り得ないんだが、俺と一之瀬以外は全員フィールドに立っている。

 

 

「一体誰⋯が⋯」

 

 

 その時だった。何かがふわりと、柔らかく地に舞い降りた。まるで羽の生えた天使のように、軽やかに。

 俺は、その正体を見て言葉を失った。何故かって、ここにいるはずがないヤツが、そこにいたから。女子と見間違う美しい長髪、白色のユニフォームの袖には、葉のような意匠のキャプテンマーク。

 そう、コイツがここにいるはずがないんだ。雷門でも、ダイヤモンドダストでも、どちらでもないのだから。

 

 

「何でここにいるんだ──アフロディ」

 

「久しぶりだね、加賀美君」

 

 

 舞い降りたその男、アフロディはボールを持ち上げ俺の元へ歩み寄ってくる。思わず一瞬警戒してしまったが、別にその必要は無いとすぐさま警戒を解いた。

 そして、次にアフロディが告げたのは予想だにしない言葉だった。それこそ、俺が言葉を失うくらいに。

 

 

「僕を、君達と一緒に戦わせてはくれないか」

 

「えっ」

 

 

アフロディからの共闘の願い。まさかの頼みに対して、俺は素っ頓狂な声を返すことしか出来なかった。




本来負傷するのはリカ→ベンチにいるため被害者になったのは一之瀬、南無三

そして舞い降りた元神様。柊弥とアフロディの絡み、ずっと描きたかったんですよねえ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第78話 光と雷と絶対零度

予約投稿ミスったので1日ズラしての更新です。そんな日もありますよね


「僕を、君達と一緒に戦わせてはくれないか」

 

「えっ」

 

 

 突如として俺達の前に現れたアフロディ。突然の申し出に俺は素っ頓狂な声を発することしか出来ない。もっとも、それは俺だけでなく守や修也、皆も同じようだが。

 いや、言ってる事の意味は理解出来る。エイリア学園を前に俺達と一緒に戦いたいと、そういう訳だ。

 じゃあ何が理解できないかって、なんでここにいるかだ。俺達がダイヤモンドダストと試合をすることなんて誰も知らないはず。マジでどうやってここが分かったんだ。

 

 

「誰やねんアイツ⋯」

 

「アフロディ⋯フットボールフロンティアの決勝戦で俺達と戦った世宇子中のキャプテンさ」

 

「俺、中継で見てました」

 

 

 そうか、この戦いが始まってから仲間になったリカ達はアフロディと会ったことがないんだったな。どうやら、俺達の試合を画面越しに見ていた立向居は知っているようだが。

 

 

「それにしても、どうしてここにいるんスかね」

 

「まさか、影山の指示で!?」

 

「いや⋯影山はあれから行方不明。そうとは思えん」

 

 

 壁山、土門が懐疑的な視線をアフロディに向ける。正確にはこの2人だけじゃなく、あの時あの場所にいた全員だな。今この場で何をしたという訳でもないが⋯影山の陰謀に加担していたことが足枷になっているんだろうな。

 

 

「待てよ皆。忘れたのか?アフロディ達は最後改心して俺達と全力で戦ったろ。影山がどこかにいるとして、もう指示に従わないんじゃないか」

 

「いや、加賀美君。皆の疑いはもっともさ⋯だから」

 

 

 流石にアフロディが可哀想に思えた俺は皆んなにあの時のことを思い出してもらおうと声を上げる⋯が、それと同時にアフロディが俺を手で制し前に出る。

 そう語るアフロディの目には、後ろめたさなどではなく強い覚悟が宿っていた。

 

 

「誠意は試合の中で示すよ。一人のサッカープレイヤーとしてね」

 

「良いわ」

 

「瞳子監督」

 

「アフロディさん。この試合への参加を認めるわ」

 

「⋯確かに、彼が加われば前線の決定力が増すかもしれないわね」

 

 

 アフロディのその宣言に間髪入れず、ベンチから瞳子監督がこちらへやってきてそう告げる。

 背後で夏未が言う通りで、今の俺達には決定力が不足している。正しくは封じられていると言ったところだな。修也や俺の動きは徹底的にマークされ、そもそも俺達の前線までボールが回ってこないようにヤツらは立ち回っている。その上、中盤から俺達への繋ぎの役割を果たす一之瀬が退場した今、俺達2人はほぼ機能出来なくなっていると言っても過言ではない。俺がポジションを後ろに下げるなどやりようはあるが、そこは置いておこう。

 アフロディがその穴を埋めてくれればそれが解消される可能性がある。元々アフロディはかなり高水準な能力の持ち主。俺達への繋ぎだけではなく、自分でも得点を狙えるポテンシャルを持ち合わせてもいる。俺が監督だとしてもアフロディをこの盤面に投じない手は無いと思う。

 

 

「ありがとうございます、瞳子監督」

 

「木野さん、アフロディさんにユニフォームを」

 

 

 瞳子監督は秋に控えのユニフォームを出すように支持する。アフロディに渡されたのは11番のユニフォーム⋯染岡が着ていたやつだな。

 

 

「まさか、お前と並び立つことになるとは思ってなかったぜ」

 

「僕はあの時の約束からずっとこの日を夢見ていたよ」

 

「約束?」

 

「うん、君から言ってくれたことだよ。またサッカーをやろう、ってね」

 

「⋯ああ、思い出した。確かに言ったな」

 

 

 決勝戦が終わったあの時、確かにそんな約束をしたな。それも俺から。今の今まで忘れていたとは口が裂けても言えないが。

 まあ何はともあれ、同じチームで戦うなら俺が言いたいことは一つ。

 

 

「よろしくな、アフロディ」

 

「勿論さ、加賀美君」

 

 

 拳を突き合わせるとアフロディは俺に近いうちに陣取る。こちらのシュートブロックでボールが外に出たためダイヤモンドダストのスローインから試合再開だ。

 仮面を着けた女、リオーネは密集地帯へボールを投げ込む。そこは既に鬼道、土門が抑えている。スローミスか?

 

 

「ふん」

 

「馬鹿なッ!」

 

「クッソ!早すぎんだろ!」

 

 

 鬼道と土門が抑えていた2人は一切の反応を許さないスピードでそのマークを振り解き前に躍り出る。あのスピード、最初に見た時に理解したが俺達の平均値より数段上だ。俺と修也、恐らくアフロディは対応できるだろうが、他の皆は少し厳しいかもしれないな。

 なら、ジェミニストームとの試合の時に瞳子監督が狙ったように時間経過でヤツらのスピードに目が慣れるのを待つしかない。慣れさえすれば鬼道がそのフィジカルの差を埋める作戦を考えてくれる。

 

 

 だからそれまで俺達が時間を稼ぐ。

 

 

「シッ!!」

 

「こいつ、どこから!」

 

「ナイスだ加賀美!」

 

 

 相手の不意を突くだけなら常にトップスピードを保つ必要は無い。一瞬、ほんの一瞬で良い。脱力から産まれるこの極限の加速は初見での対処はほぼ不可能。現に俺はヤツらのパスコースに割り込み、ヘディングで無理やり流れを断ち切った。そのボールは鬼道の足元に流れ込み、そのままダイレクトで送り出される。

 

 

「鬼道君⋯!」

 

「頼むぞ!」

 

 

 そのパス先はアフロディだった。鬼道の発破を受けてアフロディは走り出し、修也と体勢を立て直した俺も後に続く。

 

 

「ソイツらを止めろ!」

 

 

 ガゼルが前衛から声を飛ばす。それを受けてダイヤモンドダストのMF、DFが次々俺達へと襲い掛かる。

 

 

「加賀美君!」

 

「おう!」

 

 

 すぐさま俺はアフロディと並ぶ。程なくして俺達の加速はその限界へと達する。パワーよりスピードに特化している俺達の最大加速は最早光の領域。ヤツらは辛うじて追いついてくるもそのスピードで繰り広げられるパス連携には追い付けない。1人、2人、3人と次々に突破する。

 

 

「ここは通さねえ!!」

 

 

 そして最後に俺達の前に立ちはだかったのはあの巨体を誇るDF、ゴッカ。ボールキープしているアフロディが俺に出せるパスコースを的確に潰し、間もなくして他のDFも俺を囲んで連携を潰してくる。

 けどコイツらは見えていない。俺達2人の光に隠れてその勢いを増す、炎の伏兵が。

 

 

「頼んだよ、豪炎寺君」

 

「任された」

 

 

 そう、修也だ。スピード重視の俺とアフロディが最前線で暴れ回り、その後ろから修也か必要に応じてサポートに回る。即興だからそれらしい名前もなにもないが、これが俺達の超攻撃的トライアングルだ。

 アフロディのヒールパスを受け取る修也。ゴッカの注意が修也に一瞬向いた隙を狙ってアフロディはステップでゴッカを突破する。

 そして一直線、修也からアフロディへの道が開かれた。

 

 

「決めろ!」

 

「勿論さ⋯これが生まれ変わった僕の力だ!!」

 

 

 修也のパスを受け取ったアフロディは背中から黄金の神々しい翼を生やす。それと同時にその全身から迸るのは、俺のとはまた違う性質を持つ聖なる雷。大空へと羽ばたいたアフロディがその雷はボールに注ぎ込まれると、黄金色に眩く増幅する。

 あの時俺達を苦しめた最強の必殺シュートが、俺達を勝ちに導くため新たな形でここに再臨する。

 

 

ゴッドノウズ・インパクト!!

 

 

 その一撃はまさに神が振るう力の片鱗。神々しくも圧倒的な破壊力を孕んで打ち破るべきゴールへと襲い掛かる。

 

 

「う、うおおおおおッ!?」

 

 

 相手のGK、ベルガは為す術なくゴールへと押し込まれる。一切の抵抗を許さない神の一撃。見ているだけだってのに鳥肌が止まらない、最高だ。

 

 

「アフロディ」

 

「ナイスシュート」

 

「ありがとう。2人のおかげさ」

 

 

 俺と修也はアフロディを手を差し出しながら迎える。微笑みと共にアフロディは俺達の意図を察したようにハイタッチを交わす。実際打ち合わせも何も無いのに良い連携だった。これならコイツらマスターランクにも勝ちにいける。

 

 

「ふふっ⋯面白いじゃないか⋯これが雷門イレブンの力か」

 

 

 皆がアフロディへの疑いを捨て、迎え入れる雰囲気に落ち着いている中、俺は異様な空気を感じ取って後ろに振り返る。そこでは、ガゼルがこちらに闘志を剥き出しにしていた。

 ⋯先制できたのは大きかったな。この試合、ここからが本番だ。

 

 

「皆、ここからは相手も本気で来る⋯気入れ直せよ!」

 

「おうよ!後ろは任せとけ!」

 

「この調子でガンガン点取ってけよな!!」

 

 

 さて、とりあえずここからも俺達のやることは変わらない。後ろは皆に任せて、ボールが回ってきたらあのトライアングルで切り崩す。前半は残り10分程度、このままリードを広げて勝ちきってやる。

 ホイッスルが鳴り、ダイヤモンドダストのキックオフで試合は再開⋯その直後、俺の視界からボールを持ったガゼルと敵の前衛達が姿を消した。

 

 

(分かってはいたが一筋縄じゃいかねぇよな!)

 

 

 ヤツら、まだ速くなりやがった。思わず悪態をつきたくなるが、そんな余裕はない。鬼道の反応を見るにまだ対応できるほど慣れていない、このままじゃ一方的にやられる。それなら俺達がやれることは1つしかない。

 

 

「アフロディ!俺と修也は後ろのサポートに回る!お前はワントップでチャンスを待っててくれ!」

 

「分かった!」

 

 

 俺達も守備に参加する、その一択だ。幸いにして俺はアイツらのスピードを目で追えるし、かなりギリギリにはなるが食らいつける。修也も追い付けはしなくとも見えているはずだ。

 とは言えあっちのスピードはさっきの俺とアフロディの最高速と同等、ガゼルに至っては恐らくそれ以上だ。だったら、こっちも奥の手を使うしかない。消費は仕方ない、点差を埋められるよりマシだと思え。

 

 

雷光翔破"改"ッ⋯いくぜッ」

 

 

 俺がフットボールフロンティア全国大会から愛用しているドリブル技、雷光翔破。この必殺技は全身に雷を迸らせ、神経系を活性化させて身体能力を引き上げた上で雷をブースターのように使うことで雷と同等のスピードを扱うことが出来る。雷霆一閃であのパフォーマンスを可能にしているのもこの原理だ。

 つまるところ、この必殺技はドリブルの域を超えて様々な場面で応用ができる。ドリブル、シュートとくれば当然ブロックもだ。

 

 

「バカなッ!?」

 

 

 限界を超えたスピード、ダイヤモンドダストの連中と言えど今の俺は簡単に振り解けない。先程も言ったようにこの状態は神経系も強化しているおかげで普段よりも目や耳から得られる情報が増える。それらをフルに用いれば、相手の動きを把握しつつこのスピードで全てを押し潰すことが出来る。

 これが俺の新スタイル、名付けるなら──

 

 

「──雷霆万鈞

 

 

 凄まじい勢いで防ぎ止めることが出来ないという意味の四字熟語をそのまま拝借しただけだがな。だが今の俺にはこれ以上なく相応しい言葉だと自負している。さあ、このまま狙いにいくぞ。

 

 

「ふん、あまり調子に乗りすぎない方が良いんじゃないか?」

 

「追いついてくんのか、やるな」

 

 

 ドロルからボールを奪い去った俺の前にガゼルが疾風のごとく現れる。さっき見せたスピードだったら雷霆万鈞で普通に突き放せたはず。この野郎、まだ余力を残してやがったか。単純なスピードなら全力の俺でもコイツには勝てない⋯なら、テクニックで上回るしかない。

 左のアウトサイドでボールを右に弾き、すぐさま右のインサイドで切り返す。所謂ダブルタッチ。これ自体はただの囮だ。ガゼルクラスの相手なら警戒こそすれど引っかかってくれないだろうな。

 

 

(けど、一瞬でもそっちに意識がいったら俺の勝ちだッ!)

 

 

 そのままインサイドでボールを弾き、逆足でルーレットを仕掛ける。ダブルタッチとルーレットという2つの併せ技だ。

 さあ道は開いた。アフロディ、修也、俺についてこい──

 

 

「技術も中々悪くない。けど私のスピードを封じるにはまだ足りないな」

 

「はッ⋯マジかよ」

 

 

 だが、その瞬間アフロディと俺のラインが断ち切られる。そこにいたのは、先程以上のスピードで追い付いてきたガゼル。クソッ、今の俺のスピード、テクニックじゃコイツを上回れない。全てのスペックで俺は負けている。

 

 

(けど、まだだ)

 

「修也ァ!」

 

「任せろ!」

 

 

 何も無理して俺1人で戦う必要は無い。1人でダメなら2人で、2人で、ダメなら全員で戦う。それが俺達雷門のサッカーだ。

 

 

「だから、甘いと言っているだろう」

 

「なッ⋯」

 

「嘘だろ⋯どんだけ速いんだよ」

 

 

 俺が修也にパスを出す⋯それと全く同時、ガゼルの姿が消えた。コイツ、俺がさっきやった一瞬の加速を俺以上のスピードでやりやがった。いや⋯それ以上に今のパスは安直すぎたか。ガゼルの視野を侮りすぎた。

 

 

(クソッ、反省会なんてしてる場合じゃねぇな)

 

「凌ぐぞ!」

 

 

 鬼道がすぐさま全員に指示を出してガゼルの進撃を阻止しにいく。しかし、止まらない⋯いや止められない。ダイヤモンドダストの平均レベルのスピードには慣れてきたが、ガゼルのこのスピードにはまだ対策が固まっていないか、全然抑えられていない。

 けど、その時間稼ぎが俺をガゼルへと繋ぐ。

 

 

「行かせねぇよ」

 

「また君か、暑苦しい男は嫌いなんだ⋯」

 

 

 俺とガゼルのマッチアップ。先程との違いはどっちがボールを保持しているか。ガゼルが仕掛けてくるのはスピードをフルに活かした一点突破。ならそのコースを予測しろ。先手さえ打てれば、コイツのスピードにも対抗出来る。

 

 

(ここだろ⋯と見せかけてッ!)

 

 

 一瞬ガゼルの重心が右に偏った、けどこれはブラフ。本命は俺を右に釣ったところで左への一点突破。

 

 

(もらっ──た?)

 

 

 その時、俺の視界がブレて一瞬身体が硬直する。その瞬間を見逃すガゼルではない。すぐさまガゼルは俺を置き去りにして加速、壁山達もそのスピードに対応出来ずゴール前への侵入を許してしまう。

 

 

「凍てつく闇の冷たさを教えてあげよう」

 

 

 ガゼルがゴール前に立つと、周囲には冷気が立ち込める。それとほぼ同時、ガゼルの姿がブレる。凄まじいスピードで放たれた蹴りは的確にボールの中心を捕える。その加速から産み出される威力は規格外。絶対零度の氷塊と化したボールは一直線にゴールへと襲い掛かる。

 

 

ノーザン⋯インパクト!!

 

 

 対面した訳じゃないが嫌でも分かる。あのシュート、少なくとも俺の雷霆一閃と同等、或いはそれ以上の威力だ。シュートブロックには誰も入れない。こうなってしまってはもう守を信じるしかない。

 

 

「点はやらないぞ!正義の鉄拳!!

 

 

 守が黄金の拳を持ってして絶対零度の一撃を打ち砕きにかかる。しかし、ガゼルのシュートは一切威力が衰えないどころか更に勢いが増す。双方が触れた瞬間、激しい衝撃波が辺りを叩く。そして無情にも正義の鉄拳は徐々に押し込まれていき──

 

 

「ぐあッ!」

 

 

 完膚なきまでに打ち砕かれた。これで同点か⋯

 

 

「おい加賀美、お前さっき倒れそうになってたよな?大丈夫かよ」

 

「ああ悪い。少しギア上げすぎただけだ⋯ありがとう、綱海」

 

「おう!にしても、アイツすげぇな⋯スピードだけじゃなくシュートまで強え」

 

「だな。けどまだ同点だ⋯ここから俺達が巻き返すぞ」

 

 

 失点を告げるホイッスルが鳴り響き、壁山や塔子が守の方へ走っていった。凄まじい勢いで押し込まれたがどうやら怪我などはないようだ。俺の方にも綱海が来てくれた。さっきのガゼルと対面していた時の動きを心配してくれたんだろう。

 あれの原因は分かっている。間違いなく飛ばしすぎた。雷霆万鈞は確かにマスターランクにも匹敵できる武器になるが、やはり消耗は激しくなる。もう少し使い所を考えなきゃダメだな。

 

 

 そんなことを考えていると、もう一度ホイッスルが鳴った。前半終了⋯並んでいるだけ良しとするか。

 

 

「柊弥すまん!お前が頑張ってくれたのに守れなかった⋯」

 

「仕方ねえよ。俺が抑え切れれば済んだだけの話だ」

 

 

 ベンチに戻って早々守が謝ってくる。が、元はと言えば俺がガゼルの動きを止められなかったのが悪い。謝られる筋合いは無い。

 

 

「後半はアイツらのスピード、特にガゼルにどう対応するかが鍵だな」

 

「幸い前半をフルに使ってある程度ヤツらのパターンは読めた。そこは俺に任せてお前達は点を取ってくれ」

 

「しかしアイツら予想より対応力がある。恐らく、あのトライアングルでも簡単には崩せない」

 

「そうだね⋯けど、やるしかない」

 

「ああ⋯俺達3人で道を切り開く。後ろは任せたぜ、皆」

 

 

 ダイヤモンドダスト、確かに強敵だ。デザーム達よりも遥かに強い。けどそれがどうした、勝てないことの言い訳にはならないな。勝利の鍵になるのは俺達ストライカーがどれだけ点を取れるか。やる一択だ。

 凍てつく闇の冷たさだろうがなんだろうが関係ない。勝つのは俺達だ。




アフロディが仲間になった訳ですが、現時点での雷門の攻撃力原作よりもクソ高いんですよね
その分敵も強く書けるね、やったね柊弥君!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第79話 シーソーゲーム

多忙+体調不良の即死コンボで更新遅れてました、申し訳ない・・・
皆様も熱中症にはどうぞお気をつけてください。

そんな更新遅れなどの連絡をTwitterの方でしてるのでぜひフォローしてやってください(露骨な宣伝)
https://twitter.com/arkone_hameln?s=21&t=-5HyUEilUdOkkTrjl_stQw


 ハーフタイムが終わり、それぞれピッチの中に戻っていく。こちらの士気は依然として高いままだが、ダイヤモンドダスト、特にガゼルの表情には先程での余裕が無い。まさか同点で前半が終わるなんて思っていなかったとか、そんなところか。

 マスターランクチームであるコイツらとそこまで肉薄した試合が出来ているのは素直に嬉しいが、前半終了間際、流れは完全にヤツらだった。追いつくのがギリのスピード、そして正義の鉄拳を打ち破ったガゼルのシュート。油断するつもりはさらさらないが、もう一度気を引き締めなきゃな。

 

 

「・・・よし」

 

 

 俺は身を翻し、後ろにいる皆の方を向く。

 

 

「さあ皆!後半も気合い入れていくぞ!」

 

『おお!!』

 

 

 今思えば、試合中にこうして声掛けをするのも久しぶりだ。それこそ、フットボールフロンティア以来な気がする。

 ・・・いや、今は懐かしんでいる場合じゃないな。そういうのは試合が終わってからにとっておこう。

 

 

「・・・愚かな。ならば今一度凍てつく闇の恐怖を教えてやろう!」

 

「させるかよ」

 

 

 ホイッスルと同時、ボールを受け取ったガゼルは疾風怒濤の勢いで攻め上がる。だがその挙動が読めていた俺はすぐさまその行く手を阻む。とはいえ、一対一ではコイツを抑えきれないことはさっき身をもって理解した。雷霆万鈞を使えば一応肉薄はできるが、それでまた大事な時に動きが止まったら本末転倒だ。

 じゃあどうするか。答えは単純明快だ。

 

 

「挟むよ!加賀美君!」

 

「ナイスだ・・・アフロディ!」

 

 

 そう、人数を掛ければ良い。攻めの軸となる俺、アフロディ、修也で圧を掛ければボールを奪ってそのまま攻めに移れる。これが3人体制で動くことによって可能となる攻めと守りのスイッチ。

 

 

「その程度でこの私が止まるかッ!」

 

「クソッ、フィジカルで強引に抜けてきやがったか」

 

「でも、これだけ稼げば充分だろう──鬼道君」

 

「ああ。よくやってくれた」

 

 

 そう、俺達を突破したとしてもコイツらを待ち受けるのは雷門が誇る天才だ。力任せに突破するほど冷静さが欠けていれば鬼道の頭脳の前には格好の的でしかない。

 

 

「よし、反撃だ」

 

「ああ、行ってこい」

 

 

 ガゼルから流れるようにボールを奪った鬼道。それを見て俺達はすぐさま前進を始める。完璧なタイミングで送られてきた鬼道のパスをアフロディが受け取り、そのままの勢いで攻め上がる。

 俺とアフロディによるワンツー、そして後続の修也も交えての連動。必死の表情でダイヤモンドダストの守備陣は止めに来るが、そんなに焦って止められるほど俺達は甘くない。

 

 

「加賀美君!」

 

「決める」

 

 

 次々に俺達にタックルやスライディングが飛んでくるがそれら全てを全抜き。完全フリーの状態でアフロディからパスが来る。

 

 

「させるか!!」

 

「悪いが読めてる」

 

「なッ!?」

 

 

 このまま雷霆一閃をぶち込む・・・そのタイミングで切り返してきたDF2枚が鬼気迫る勢いでボールを奪いに来る。が、そう来ることは読めていた。俺は背後からのスライディングを空中で躱し、そのままボレーでシュート寄りのパスを出す。

 

 

「ふッ、随分乱暴なパスだ」

 

「信頼の証と言ってくれ」

 

 

 そのパスを受け取ったのは修也だ。軽口を叩きながらも満更では無い顔してやがるが、その顔はすぐにゴールを狙うストライカーの目に切り替わる。

 力を漲らせると、全身から炎が燃え上がる。全てを燃やし尽くす圧倒的熱を帯びた爆炎は修也の背後でその力の象徴を形成する。姿を現した炎の魔神は、主と共に空高く舞い上がる。

 

 

「あまり調子に乗らないでもらおうかッ!」

 

「くッ!」

 

 

 そのままシュート・・・というところで、修也の表情が曇る。何故なら、いつの間にか後ろまで下がってきていたガゼルが空中で修也と対面したからだ。全く気配が読めなかった、どうやってあの殺気紛いのオーラを隠したのやら。

 だが、そう来るならこちらにも手はある。

 

 

「修也!こっち寄越せッ!!」

 

「柊弥?・・・よし」

 

 

 ガゼルによって完璧にシュートコースは潰されている。だが辛うじて僅かなパスコースだけは残っている。修也がそこを通せるかに賭けて俺は走り出す。

 真正面のガゼルに対して左斜め下、ゴールとは全く違うコースだが、このまま撃てずに奪われるより100倍マシだ。

 

 

「受け取れェッ!」

 

「何ッ!?」

 

「ナイス返却・・・ッ!!」

 

 

 修也はほぼ爆熱ストームの勢いで俺にボールを送り出す。それを右脚で受け止めるが、とにかく重いし熱い。あの野郎、さっきの意趣返しのつもりか。後でクレーム入れてやる・・・

 

 

「決めるッ!!」

 

 

 受け取ったボールに対して俺は一発蹴り込む。力が逃げてしまわぬようにコントロールしながら、ボールとすれ違いざまに何度も斬り刻む。そしてボールに込められるエネルギーが頂点に達すると、ボールから雷が発散、そして一瞬で収束する。

 本来の工程を省略した形だが、蹴り込む力と込めるエネルギー量を強めに調整してある。空中から撃ち落とす手間を省いた分のロスはこれで補えているし、何より──

 

 

(ここで止められるようじゃ、この試合にも、ヒロト達にも勝つことなんて出来ねえ!!)

 

「貫け、雷霆一閃ッ!!

 

 

 最後の一刀の元に全てを解き放つ。それは万物を斬り裂く破壊力を秘めたシュートとなって敵を穿つ。

 

 

「アイスブロ──」

 

 

 相手のキーパーが必殺技を繰り出そうとしたようだが、遅い。その時には既に雷霆一閃はキーパーの眼前に迫っていた。腕に集約させた冷気を雷の熱に溶かされながら為す術なくゴールに押し込まれていった。後半開始から約5分、流れはこっちに引き寄せたぞ。

 

 

「流石の連携だね、2人共」

 

「当然。俺らは相棒だからな」

 

「そういうことだ」

 

 

 修也と無言のハイタッチを交わすと、横からアフロディが入ってくる。修也のパスから繋がったこの1点だが、その過程にはアフロディの力が必要不可欠だったな。俺達3人の攻撃はアイツらにしっかり通じている。

 2人と一緒にポジションに戻っていくが、その過程で俺達に向けられた怒りに満ちた冷たい視線を俺は見逃さなかった。

 

 

「加賀美 柊弥・・・ッ!!」

 

(さて、ここからどうくるかな)

 

 

 明らか殺意の混じった視線。俺を潰しに来るか点を奪いに来るかとどっちかだろうな。正直なところ前者の方が試合的には助かる。恐らく守からゴールを奪えるのはガゼルのみ。そのガゼルがゴールを捨てて俺1人に躍起になるなら失点のリスクはほぼゼロになる。

 離脱せざるを得ないほどのプレーをされると後々困るが、流石にそこまではないだろう。仮にされたとしても芯を外すくらいのことは出来るとは思うけどな。

 

 

(どっちだ・・・?)

 

 

 ガゼルの一挙手一投足を見逃さぬよう全ての集中をガゼルの初動に向ける。パスを受け取ったガゼルが選んだのは──

 

 

「そっちか!」

 

 

 ゴールを奪うことだった。パスを受け取ってすぐに加速。凄まじいスピードで雷門陣営に切り込んでいく。そう来るなら俺もラインを下げて守備に回ろう。

 

 

「行かせないぞ、加賀美 柊弥」

 

「ガゼル様の邪魔はさせない」

 

「チッ、手厚い護衛だな」

 

 

 ガゼルを追い掛けるため動き出す・・・ところだったのだが、その時俺の行く手が阻まれた。ダイヤモンドダストのMFが2人がかりで俺を止めに来たようだ。無理やり突破出来ないこともないが、多分一気に消耗する。試合終了が近かったら逃げ切るためにそれもありだが、まだ天秤が水平になる可能性がある以上は悪手。

 

 

「アフロディ!修也!」

 

「ああ!」

 

「分かってるよ!」

 

 

 俺が動けない、なら少しでも後ろの人数を増やす。アフロディと修也の2人はすぐさま後ろに走り出す。その時には既にガゼルは雷門側の中盤まで切り込んでいた。

 それとほぼ同時、俺に着いているマークがMFの2人からDFの2人に変わり、そのMF達も上がって行った。俺に対する警戒だけを強め前衛の手札を多くする、確実に攻め潰しに来やがったな。

 

 

「壁山!」

 

「はいッス!ザ・ウォール"改"!!

 

「私を止めるには低すぎる!」

 

 

 ガゼルの行く手を阻むように壁山がザ・ウォールを展開する。しかしガゼルはその壁を大きく飛び越える。空中でガゼルは後ろから上がってきたドロルにパス。だがそのパスコースを読んでいた塔子がドロルとマッチアップ。

 

 

ザ・タワー!!

 

ウォーターベール!!

 

 

 得意のザ・タワーで塔子がダイヤモンドダストの猛攻を阻止しに掛かる・・・が、ドロルも必殺技で対抗する。ドロルはボールを下に叩き込む。すると、下から噴水の如く水柱が顔を出す。それはあまりに凄まじい勢いで、正面衝突したザ・タワーを完璧に粉砕してみせた。

 だが塔子のこのディフェンス、そして壁山の健闘は無駄じゃない。稼いだその時間のおかげで第三の矢が間に合う。

 

 

「土門!挟め!」

 

「おうよ!」

 

 

 後ろまで戻ってきた鬼道と逆サイドから走り込んできた土門がドロルに対して双方向プレスを仕掛ける。完璧な位置取り、タイミングだ。これで流れは切り替えせる、俺がコイツらを引き剥がしさえすれば・・・

 

 

「甘いッ・・・!」

 

「嘘だろ!?」

 

「馬鹿な・・・速すぎる!」

 

 

 が、その時なんとガゼルが空間を切り取ったようにその場に姿を現した。ドロルからボールを奪うようにして支配権をキープ、まだスピードに上があったってのか・・・いくらなんでも規格外過ぎる。

 

 

「これで2点目だッ!!」

 

「くッ、絶対に止めるッ!!」

 

 

 有り得ないスピードでボールを手中に収めたガゼルはその勢いのままゴール前まで一気に駆け抜ける。守とガゼルの間に入れるDFは全て抜かれてしまった、完全に一対一だ。

 勿論守を信用していない訳じゃない。だが先程同じ流れでガゼルに点を奪われているのもまた事実だ。いくら守が試合中に進化するキーパーでも、正義の鉄拳が完成のない究極奥義だとしてもそんな急に次のステージへ昇るのは難しいと言わざるを得ない。

 

 

 けど、もうお前しかいないんだ。

 

 

ノーザンインパクト・・・凍えるがいいッ!!

 

 

 再びガゼルの必殺シュート、ノーザンインパクトが放たれる。まるで白銀の矢のようにゴールへ向かっていくそのシュートは相も変わらず凄まじいスピードだ。並のキーパーなら溜めの余裕すらない。

 

 

はァァッ!!正義の鉄拳!!

 

 

 そして再度絶対零度のシュートと相見える正義の鉄拳。双方が触れた瞬間に衝撃波がフィールドを駆ける。

 先程の攻防はまさに一瞬だった。抵抗する余地すら無く正義の鉄拳は打ち砕かれてしまった。だが今は違う、ノーザンインパクトの火力に押し負けず拮抗して見せている。しかしそれもほんの一瞬、徐々に守は押し込まれ始める。

 

 

(警戒が緩んだ、今しかないッ!!もう少し耐えてろよ守ッ!!)

 

 

 自分達のキャプテンの絶対的シュートが一瞬でゴールに突き刺さらなかったことに驚いたのか、ダイヤモンドダスト全員の気が一瞬緩くなった。俺はそれを見逃さない。大柄なDF、ゴッカと小柄ゆえにスピードに長けたクララの2人を出し抜き、センターライン付近から守が粘るゴールへと走り出す。

 

 

「なッ、いかせるかァッ!!」

 

「黙って通せッ!!雷霆万鈞ッ!!

 

 

 だがヤツらも一流のDF。俺の動き出しに対応してすぐさま圧を強めてくる。だがもう遅い、そんな反応じゃ俺は止められない。失点を防げるなら多少の消費はやむを得ない。雷霆万鈞で俺の120%のスペックを引き出して更に加速する。

 

 

「ぐ・・・ォオッ!!」

 

 

 みるみるうちに守が押し込まれていく。ゴールまではあと半分。

 

 

「耐える・・・絶対に耐えてみせるッ!!」

 

 

 そこでさらに守が意地を見せ、一瞬後退が止まる。ゴールまであと3分の2。

 

 

「君如きに止められるものか・・・大人しく敗北を受け入れるがいいッ!!」

 

 

 苛立ちを募らせたガゼルが吠え、それに呼応するようにシュートの威力が増す。ゴールまであと4分の1。

 

 

「くッ・・・クソォッ!!」

 

 

 遂に黄金の拳が打ち砕かれ、絶対零度の一撃がゴールに突き刺さらんとする。ゴールは、もう目の前。

 

 

「届けェェェェッッ!!」

 

 

 意を決して跳ぶ。どこかに当たれば最悪コースは逸れる、それだけで十分だ。

 

 

「うッ・・・クソが・・・ッ!!」

 

 

 だが、ダメだった。爪先が触れるより早く、シュートは俺の身体より更に奥へと進んでいた。無情にもゴールネットが揺らされる光景を目に刻まれながら、受け身なんて考えてなかった俺の身体は数度地面を転がった。

 全身に走る痛みに歯を食いしばりながら聞こえたのは、失点を告げるホイッスル。

 

 

「間に合わなかった・・・悪い、守」

 

「何言ってんだよ、1人であのシュートを抑えきれなかった俺のせいだ。こっちこそごめん!」

 

「元はと言えばシュート前にボールを奪えなかった俺達が悪いっス・・・」

 

「そうだね・・・ごめんな2人共」

 

 

 慰めにしかならないから言わないでおくが、これに関しては誰も悪くない。単純に相手の方が上手だったというだけだ。ダイヤモンドダストの速攻にフィジカルで追い付ける俺を先に潰し、その突破力をフルに活かしてディフェンスラインの突破。果てには誰にも読めないガゼルのボールキープからのシュートでフィニッシュ。まず初見で対応出来るものじゃない。

 

 

(けどヤツらのやりたいことは分かった・・・次は無い)

 

 

 恐らく次のキックオフ後も俺を抑えに来る。なら、俺からキックオフで修也にパス、俺はその後すぐに後ろに下がって対策する。鬼道の作戦は確実に機能している、そこに俺というピースが加わればまた優位に立つことができるはずだ。

 この試合、まだ全然勝ちに行ける。

 

 

「修也。次お前にボールを渡したら俺はすぐアフロディとスイッチする」

 

「さっきのダブルマーク対策だな。分かった」

 

 

 同じことをアフロディにも伝えポジションに着く。キックオフは俺から、ホイッスルが鳴ると同時に修也にパス。それと全く同じタイミングでまた俺に2枚着きにくるが、すぐさまアフロディと入れ替わりそれを回避する。

 これで俺はフリー、なおかつボールはまだ修也がキープしている。ちょうど隣にいる鬼道はいつでも前に出る姿勢を整えている。

 なら打つ手は一択だよな、ゲームメーカー様。

 

 

「いくぞ皆!速攻だ!」

 

 

 鬼道も前線に参加しての一斉攻撃だ。ディフェンスには塔子、壁山、木暮だけを置きそれ以外の全員で仕掛けに行く。 後半も残り半分を切った、そして相手の総合値はこちらよりも上。この状況で再び点差をつけるためにはリスク承知で攻め立てるしかない。

 

 

 修也から一旦ボールは鬼道に預けられ俺達FW陣は自由に前へ出る。当然シュートを警戒して俺達に対し重点的なマークが置かれるが、その分鬼道達後続に対する圧は軽くなる。

 先程のように一切動かせないようなマークを狙ってくるが、常に動き続けている俺を捕まえるのはそう簡単にはいかない。

 

 

「もっと人数掛けて15番止めるぞ!」

 

「ダメだ!それだと10、11がフリーになる!」

 

 

 ダイヤモンドダストの誰かがそう声を荒らげると俺に対しての警戒がより一層強くなる。俺が自由に動き回ることでどうやらあっちの対応が曖昧になっているらしい。

 

 

(それならッ!!)

 

「ッ!?こっち来たぞッ!!抑えろ!!」

 

「いや違うフェイントだ!騙されるな!」

 

 

 俺を抑えようと走っているヤツらの方へ敢えて向かっていく。普段が冷静なのかどうなのかは分からないが、混乱している中にもっと火薬をぶち込んでやれば更なる混沌が生まれる。今の俺が演じるべきは相手を圧倒するナイトではなく、相手を欺くためのピエロだ。

 相手のテリトリーに踏み入るその半歩手前、俺は身体を翻し逆走する。はたから見たら意味不明なその動きにダイヤモンドダストの思考は一瞬でも停止する。ただでさえ対応が後手に回っている中、思考を止めることは致命的。その証拠に、ボールは既に鬼道と共にダイヤモンドダスト側の中盤を超え、ゴール付近には修也、アフロディが構えている。

 

 

「悪くない作戦だが、私には通用しない」

 

「なッ、ガゼル!?」

 

 

 その時、ガゼルが鬼道の前に立ち塞がる。あの野郎、他のヤツらと違って最初からボール保持者だけを見て動いてやがったか。

 

 

「鬼道君ッ!」

 

「アフロディ!!」

 

 

 鬼道とガゼルの一対一、と思われたがそこに神からの救いの手が差し伸べられる。ガゼルの動きを読んでいたのかアフロディがゴール前から切り返し、鬼道の近くまで走り込んで来ていた。

 その一手はまさに鬼道にとって救世主。背後から下がってきていたこともありガゼルの反応も一瞬遅れる。鬼道とすれ違いざまにボールを受け取ったアフロディはすぐさま周辺を見渡す。が、すぐ近くにパスを出せる相手はいない。その上まだアフロディの位置はガゼルのテリトリー。迂闊なボールキープは命取りになる。

 

 

「クララッ!!」

 

「はい!フローズンスティール!!

 

 

 まさにその時、アフロディの死角となる位置からクララがアフロディにスライディングを仕掛ける。回避は不可能、為す術なくボールはダイヤモンドダスト側に、しかも考えうる限り最悪の形で渡る。

 

 

「カウンター来るぞッ!!」

 

 

 クララがスライディングでアフロディごとボールを弾くとほぼ同時、ガゼルが鬼道をフル無視して走り出していた。そのボールはピッタリとガゼルの足元に収まった。

 今後衛には鬼道どころか綱海、土門、立向居もいない。さっきのガゼルの大立ち回りを見るに壁山、塔子、木暮が全力で止めに行っても止まらないかもしれない。

 

 

(それなら、俺が行くしかねェッ!!)

 

 

 すぐさま俺はガゼルに向かって走り出す。試合も残り5分と少し。ここまで来たら消耗なんて度外視だ、持ってるもの全部出し切ってでも止めてやる。

 

 

「行かせない!!ザ・タワー!!

 

「ここで止めるッス!ザ・ウォール"改"!!

 

「だから、その程度で私は止まらない!!」

 

 

 ガゼルは塔子と壁山が織り成す双璧に臆せず突っ込んでいく。ほぼ同時に展開されたザ・タワーとザ・ウォール。それに対してまずガゼルは加速そのままに跳んでみせた。その標的は壁山が作り出した巨大な壁。先程と同じようにガゼルはそれを飛び越えるが、それを見計らったように塔子が雷撃を落とす。

 もはや回避不能のように思えたが、なんとガゼルはザ・ウォールを踏み台にして更に高く跳躍して躱してみせた。凄まじい高度まで跳んだガゼルは、一旦下に走り込んできていたもう1人のFW、フロストにボールを落とす。

 

 

 けどな、その一手は──

 

 

「──完全に読めてんだよッ!!」

 

「馬鹿なッ!?」

 

 

 塔子と壁山を突破するのに時間がかかること、その過程で足場のない空に跳んでしまうこと、最後の最後でパスを選ぶこと、そしてそのパスが同時に前線に上がって行ったフロストに向けてのものであること。全ての読みを通した俺の勝ちだ!

 

 

「加賀美 柊弥ァ!!」

 

「なッ、化け物かよお前ッ!!」

 

 

 だがそこで終わるガゼルじゃなかった。俺がまた前線に戻るよりも早く地上に戻り、光の速さで俺の目の前に立ちはだかる。

 クソッ、どうやって警戒マックスのこいつを抜く?雷霆万鈞をフルに使ってもコイツの全力には一歩劣る。

 

 

「え、キャプテン!?」

 

「柊弥ッ!!こっちだ!!」

 

「円堂 守!?何故上がってきている!?」

 

 

 その時、後ろから木暮の困惑した声が聞こえてくるとほぼ同時に俺のすぐ横に守が姿を現す。俺がサシでガゼルに勝てないこと、パスコースが完全に死んでることを見兼ねて来てくれたんだろうが流石に予想外、というよりリスキーすぎる。

 だがこれしかない。俺がここで奪われればどの道もう失点は確定、乗る以外の選択肢はもう残されてない!

 

 

「守!!」

 

 

 幸いにして守の登場でガゼルの動きが止まっている。俺は守にパスを出しガゼルを抜き去る。

 

 

「させるかァァァ!!」

 

 

 だが、予想外にさらに予想外が重なる。何とフロストが守と俺の間に割って入り、パスをカットしてきた。

 クソッ、ガゼルですら反応が遅れたってのに何でコイツは動けた!?どちらにせよ最悪だ、守がゴールに戻るまでの時間を稼ぐしかない!

 

 

「ガゼル様ァッ!!」

 

「よくやったフロストッ・・・!これで終わりだ!!雷門イレブンッ!!」

 

「終わらせねえよォッ!!サンダーストームV2ッ!!

 

 

 パスカットされた瞬間守も俺もすぐさま切り返す。位置的にもスピード的にもすぐにぶつかれるのは俺だ。雷霆万鈞で全能力に強引にブーストをかけ、その状態で剣の雨を持って少しでも時間を稼ぐ。

 この試合で一度も見せなかった必殺技にガゼルは顔を歪める。そのままボールをキープしていれば間違いなく俺に奪われる、それを理解しているガゼルはフロストにボールを戻した。

 

 

「キャプテンが戻るまで時間を稼ぐ・・・俺だって壁山達みたいにやれるんだ!!」

 

「ナイスだ木暮ッ!!そのままプレスかけ続けろッ!!」

 

 

 フロストとガゼルのワンツーで突破されれば終わり、俺がそこに割って入れるかは一か八か・・・というところで唯一後ろに残っていた木暮がフロストのマークに着いた。万が一の時のシュートブロックで下がってくれてても良かったが、これはこれで大きい。俺がガゼルにマンマーク出来る。

 

 

「無理やりにでいい!出せフロストッ!!」

 

「やらせねぇって言ってんだろ・・・!雷光翔破"改"ッ!!

 

 

 ガゼルが全力で俺を振りほどきに走る。コイツのフルスピードに俺は対応出来ない・・・だから、本当の最終手段を切る。雷霆万鈞での底上げした状態で雷光翔破だ。もはやこのワンプレーが終われば恐らく動けなくなる、がどっちにしろこれで試合は終わりだ。ここまで来たらもう負けなければ良い、引き分けで次に繋いでやるッ!!

 意識が遠のきかける身体に鞭を打つ、まだ倒れるな、ホイッスルが鳴るまでは耐えてみせろッ!!

 

 

「くッ、鬱陶しいッ!!」

 

「いかせねェ・・・俺達はもう負けねェんだよォォォ!!」

 

 

 ここまで追い込んだ今の俺のスピードはガゼルと同格、いける、凌ぎ切れるッ!!

 

 

「退けェェェ!!」

 

「がッ!!」

 

 

 その時、唐突に大きな衝撃が俺に襲いかかる、互いにトップスピードを保ったままガゼルがショルダーチャージを仕掛けてきた。ファールを取られないギリギリを攻めた強行突破、コイツももう余裕がねえ。

 

 

(クソッ、負け、るか──)

 

 

 大きく体勢を崩しながらも建て直してガゼルに喰らいつこうとしたその時、身体から力が抜けた。クソがッ、試合終了までは持つと思ったが今のショルダーで一気に持ってかれた・・・!

 

 

「待て・・・ガゼルッ・・・!」

 

「そこで見ているがいいッ!!君達の終わりの瞬間をねッ!!ノーザンインパクトォッ!!

 

 

 間髪入れずガゼルはシュートを放つ。だが、俺と木暮の粘りは無駄じゃなかった。

 

 

「絶対止める・・・何が何でも止めてやるッ!!」

 

 

 守が間一髪、シュートとゴールの間に割って入った。拳にエネルギーを集中させ、片脚を大きく振り上げる。

 だが、俺は気付いてしまった。必死なあまり、守が大きなミスをしてしまったことに。

 

 

「守ダメだッ!!そこじゃハンドになるッ!!!」

 

 

 そう、守はまだペナルティエリアの外にいた。そこで正義の鉄拳なんて使えば、当然ハンド。それに気付いた守の顔は一瞬強ばったが、すぐさま目の前のシュートに集中する。

 

 

「こうなったら・・・!」

 

 

 そして守は腕を引っ込め、なんと頭からシュートにぶつかりに行った。シュートコースが逸れる可能性はあるが、それにしたって無茶すぎる。あんな威力のシュートを頭で受けたらどうなるか──

 

 

「負けるかァァァァ!!」

 

 

 守が吠える。しかし、それとほぼ同時に一気に身体が押し込まれる。もうダメかと思った、まさにその時。

 

 

「うォォォォォ!!」

 

「なにッ!?」

 

「・・・マジかよ」

 

 

 守の額から正義の鉄拳のような拳が飛び出してきたのだ。それはなんとノーザンインパクトの威力を完全に殺し切り、最後のピンチを完璧に凌ぎきってみせた。

 そしてそれを見届けたようにしてホイッスルが鳴る、試合終了だ。得点は・・・2-2。

 

 

「ギリ耐えた・・・か」

 

 

 マスターランクチーム、ダイヤモンドダスト。このチームと同格であるザ・ジェネシスに完敗した俺達は今回引き分けることが出来た。当然勝ちではないしこれで終わりでもないが、俺達が成長したことを実感するには十分すぎる。

 

 

「そこまでだよ、ガゼル」

 

 

ホイッスルが鳴ってもなお、全員が今目の前で起こったことを処理しきれず固まっている中、コート外から予想外の来客が現れる。

 

 

「・・・ヒロト」

 

「やあ、加賀美君」

 

 

ザ・ジェネシスのキャプテン、グラン・・・いや、基山 ヒロト。ヤツは嬉しそうな笑みをこちらに向けていた。




試合内容は結構原作と変わりましたが、終わり方自体はほぼそのまま。きっと次の更新では円堂君にキーパーをやめてもらいます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第80話 変化の兆し

ハーメルンにイナイレの風が吹いている・・・
乗るしかねえ、このビッグウェーブに


「やあ、加賀美君。見違えたね」

 

「まぁな・・・で、何しに来た」

 

「ただ試合を見に来ただけさ」

 

 

 そう言ってヒロトはガゼルに鋭い眼光を向ける。ガゼルは何か後ろめたいことがあるのか、ヒロトから半ば不機嫌そうに視線を逸らす。この状況でガゼルにとって都合が悪いこと・・・俺達と引き分けたことか。

 

 

「加賀美君だけじゃない、皆強くなっているね。特に・・・円堂君、最後のセーブは見事だったよ」

 

「お前達を倒すためだ、俺達はまだまだ強くなるぞ!」

 

「いいね、楽しみにしてるよ・・・それじゃあね」

 

 

 ヒロトはそう言うと、手元の黒いボールを起動させる。すると周囲を青い光が包み込む。あまりの眩しさに俺達は視界を隠す。瞼越しにそれが収まり始めたことを確認し薄らと目を開けると、そこにはもう誰もいなかった。

 

 

「円堂 守、加賀美 柊弥・・・次は必ず倒す」

 

 

 そして、去り際にガゼルが残した怨念のような言葉が俺達の耳に入る。冷たくも煮え滾る怒りを秘めた声だ。自分のメンツを潰されたこともあるんだろう、相当俺達に立腹のようだ。

 次は必ず倒す、ね。それは俺達のセリフだ。エイリア学園の野望を止めるためにも、次は引き分けなんて結果じゃ終われない。これからの俺達には勝ち以外許されねえ。

 

 

 俺達はその後さっさと撤退準備を整え、スタジアムの外に出る。外には古株さんが運転するイナズマキャラバンが停まっており、皆その周りに集まっていた。

 

 

「アフロディ、今後も力を貸してくれるのか?」

 

「勿論さ。エイリア学園を倒すため・・・これからも一緒に戦わせて欲しい」

 

「歓迎するぜ、アフロディ!」

 

 

 そして、改めてアフロディが俺達の仲間になった。俺と修也がいるとはいえ、これからのエイリア学園との戦いでは決定力が足りないかもしれないし、吹雪はまだ戦える状態では無い。そんな今、アフロディが俺達に力を貸してくれるというのは僥倖だな。

 今回の試合で色々と課題も見えてきた。いつアイツらとの再戦になるか分からないが・・・それがクリアさえ出来れば確実に勝てる。

 

 

「円堂君、ちょっといいかしら」

 

「はい?どうしましたか、監督」

 

 

 その時、瞳子監督が守を呼び寄せる。瞳子監督の顔はいつもと変わらず毅然としたものだが、何かいつもと違うような気がする。1つ大きな決断をしたかのような。

 そして瞳子監督から語られたその内容は、俺達を激震させることになった。

 

 

「・・・貴方にはゴールキーパーを辞めてもらいます」

 

『えええええええええええ!?』

 

「・・・マジか」

 

 

 

 ---

 

 

 

「・・・ここに来るのも随分久しぶりに感じるな」

 

 

 あれから、俺達は稲妻町へ帰ってきた。とりあえず今日は解散、それぞれ久しぶりに自宅へと帰っていった。俺も直行しようかと思ったが、久しぶりにこの鉄塔広場に来たくなったからちょっと寄り道してみた。

 前来た時は真・帝国との試合が終わった時だったな。今思い返すとあの時は酷かったなあ・・・染岡の件があったとはいえ、試合の中で不動をぶん殴ったり、自分の力不足にずっとイライラしてたり。とりあえず今度不動に会うようなことがあったら一言謝らなきゃな・・・いや、でも染岡にあんなことしたヤツに謝りたくないな。五分五分ってことで勘弁してもらおう。

 

 

 守にキーパーを辞めさせる。その衝撃の決定で俺達は凄まじく動揺した。雷門イレブンは守がキャプテンであり、キーパー。それが俺達にとっての絶対だった。それを覆すということは、良くも悪くもチーム内に波乱を齎した。というか俺も過去一で驚いた。

 けど、これからのことを考えるとその決定はアリだった。これからヤツらに勝つために、個人だけじゃなくチームとして大きく変わっていく必要がある。その為の最も重要なピースとなるのが守なんだと俺は思う。

 ここのところそれが発揮されることは無かったが、守はキーパーだが前線での攻撃に参加できるポテンシャルがある。イナズマ1号、イナズマブレイク、そしてザ・フェニックス。どれも今の雷門の大きな武器となりうる。

 それに加え、あの試合の最後で見せた新しい必殺技のような何か。あれが完成すれば、守はフィールドプレイヤーとして攻撃も守備もどちらもこなせるようになる。つまるところ、リベロだな。

 

 

 守がキーパーになるなら、誰が代わりをやるんだ。そんな問題も浮き彫りになった。その時白羽の矢がたったのが立向居だ。ゴッドハンドを映像だけで自分のモノにし、マジン・ザ・ハンドを守に教えて貰いながら身につけ、すぐに進化させてみせた。当然凄まじい努力をしたんだろうが、それ以上に立向居にはキーパーとしての才能がある。それこそ、守に並ぶか、或いは上回るかというほどの。

 

 

 こうして俺達雷門イレブンはここで変わることになった。エイリア学園の喉元に食らいつくような、超攻撃的なチーム。明日からまた特訓頑張らないとな。

 色々あったけど、こういう感覚久しぶりだ。地球の命運がかかってる中不謹慎というか意識が足りないかもしれないけど──

 

 

「──楽しみだな」

 

 

 

 ---

 

 

 

「さあ2人共、これが新しいユニフォームよ!」

 

 

 翌日、俺達は今も尚校舎の建て直しが続く雷門のグラウンドに集まっていた。守と立向居がポジションコンバートする兼ね合いで、お互いにユニフォームが入れ替わった。

 

 

「キーパーじゃないユニフォームのお前は新鮮だな」

 

「へへっ、これからは後ろからじゃなくて隣で支えてやるよ!柊弥!」

 

「おいおい、加賀美だけじゃなくてチームを支えてくれよ?」

 

 

 そしてその後は特訓に・・・と思ったが、その前に守が立向居にあるものを渡していた。それは福岡で手に入れた大介さんのあのノート。

 

 

「これは・・・まさか!」

 

「そうだ!正義の鉄拳と並ぶキーパーの究極奥義・・・ムゲン・ザ・ハンドをお前に託す!」

 

「円堂さん、俺頑張ります!!けど・・・読めないです」

 

「あっ」

 

 

 そう、大介さんのノートはとにかく字が汚かったな。どのくらいかと言うと、それこそ守以外誰も読めないくらいに。むしろなんで守は読めるんだよこれ、血縁だからって理由じゃ説明がつかないぞ。マジで。

 守が翻訳家のようにノートの内容を立向居に伝える。その間俺達は今後の特訓の方針を確認することにした。

 

 

「さて、これからの特訓方針について俺と鬼道で話したことを共有するぞ」

 

「あれ、監督は?」

 

「理事長や響木監督と色々話すことがあるらしいから暫くは俺達に一任するらしい」

 

「そういうこと」

 

 

 それから俺と鬼道で今後について発表する。まず、二手に分かれて特訓を行う。グラウンドで必殺技の精度や連携の精度を高める組と、イナビカリ修練場でフィジカルの向上に努める組だ。俺達に足りないのは今足りないのはフィジカルだ。ダイヤモンドダストとの試合ではそのスピードに苦戦させられた。今後勝ちに行くためには、もっと強い身体を手に入れなければならない。身体が強くなれば、必殺技の威力も上がるし、連携の完成度も増す。

 

 

「と、いうわけでやっていくぞ」

 

「3日経ったらチーム分けは無しにして全員で2つの特訓を行う。さあ特訓開始だ!」

 

 

 その後チーム分けを発表し、それぞれ特訓を始めた。俺は今回はフィジカルトレーニングの方だ。

 

 

「加賀美さん、フィジカルを強くするって言っても何をするんスか?」

 

「何をするかって?そりゃあお前」

 

 

 俺に疑問をぶつけてくる壁山。それに答えるように俺はスイッチを押してマシンを起動させる。

 

 

「まずはひたすら走る!!1時間コースいくぞ!!」

 

「ええ!?1時間!?死んじゃうよそんなの!」

 

「その都度スピードも上げてくからな!着いてこい皆!!」

 

「よーし行くぞ壁山、俺達ディフェンスが強くならないと立向居の負担が増えちまう!」

 

「土門さん・・・分かったっス!立向居君のためにも頑張るっスよ!!」

 

 

 今回俺とフィジカル強化を目指すのは主にDFの皆だ。壁山、木暮、土門、綱海、塔子、そして俺だ。それ以外の皆はグラウンドで鬼道中心に特訓している。主に守をフィールドプレイヤーとして矯正してる感じだな。3日経った後が楽しみだ。

 

 

「ちょっ、速くない!?」

 

「こりゃあきちぃな・・・けど燃えるぜ!」

 

「お、余裕そうだな。じゃあもっと上げるぞ!!」

 

「綱海さん!!余計なこと言わないでくださいっス!!」

 

 

 再びスピードを上げる。塔子や壁山が既に根を上げ始めたがそんなものは関係ない。容赦なくスピードを上げる。ちなみに俺も全然余裕ではない。余裕が持てるようじゃ特訓にはならないからな。

 さて、もっと速くするか。

 

 

「加賀美さん!!無言でスピード上げるのやめて欲しいっス!!」

 

「も、もう死ぬ、死んじゃうよ!!」

 

「キッついなあ・・・リカも引きずり込めばよかった」

 

「ははっ、まあアッチも次はこの地獄を味わうさ」

 

「うおおおおお!!俺に乗れねえ波はねえええええ!!」

 

 

 

 ---

 

 

 

「ガゼルよお、テメェから喧嘩売っといて引き分けってのはちょっと無様じゃねえの?」

 

「私は負けた訳じゃない・・・彼らのスペックは充分に把握出来た。次は叩き潰す」

 

「残念だけど、その必要は無いよ」

 

 

 暗闇の中、バーンはガゼルに対して揶揄うように声を掛けていた。それに対するガゼルは苛立ちを表に出しながらも自分の意思をハッキリと示す。が、それに横槍を刺すようにグランが入ってきた。

 

 

「お前らにもうチャンスはねえってさ」

 

「何・・・まさか、あの方がそう言ったのか」

 

「そういうことだよ」

 

「残念だったな、ガゼル」

 

 

 グランがガゼルに告げたのは、三つ巴の戦いにもうダイヤモンドダストに参加する資格はないという実質的な追放宣言。もっとも、それはグランの独断などではなく、彼らの上に立つ者からの宣告だが。

 

 

「そうは言うけどバーン、残念ながら君達もおしまいだよ」

 

「・・・は?」

 

「つい先程、エイリア皇帝陛下が俺達ガイアに正式にザ・ジェネシスの称号をくださったのさ」

 

「おい、何だよそりゃ・・・俺達プロミネンスはまだ雷門と戦ってすらいないんだぜ!?」

 

「そうだね。でもあの方が決めたことだ・・・じゃあね」

 

 

 淡々とそう告げてグランはその部屋を後にする。残されたガゼルは俯きながらもギリギリと歯を食いしばり、バーンは怒りを顕にしながら拳を壁に叩きつける。

 

 

「・・・おいガゼル、提案があんだけどよ」

 

「奇遇だねバーン・・・私もだ」

 

 

 だが、やがて2人は互い向き合う。それ目に燃える何かを宿して。

 

 

「このままじゃ終われねえ、グランに・・・ヤツらに上には上がいることを教えてやるッ!!」

 

「そしてあの方に認めさせる・・・私達こそ、ザ・ジェネシスの称号に相応しいとッ!!」

 

『ネオ・ジェネシス計画・・・発足だッ!!』

 

 

 

 ---

 

 

 

「さて守、3日間の特訓の成果見せてもらうぜ」

 

「コイツを打ち返す威力があれば本物だ」

 

「おう!!かかってこい!!」

 

 

 雷門中に帰ってきてからの特訓が始まって3日が経った。2チームに分かれての特訓が終わり、全員合同での練習が始まる日だ。この3日間で俺達は結構レベルアップした。フィジカルに重点を置きつつも、普段通りの特訓もこなす。そんなハードなメニューが俺達の実力を底上げしてくれた。

 そして今は、その特訓の成果を確かめようというわけだ。

 

 

「さあいくぞ、加賀美!豪炎寺!」

 

「おう」

 

「ああ」

 

 

 鬼道が指笛を鳴らす。すると地中から5匹のペンギンが姿を現し、そのペンギン達と共に鬼道がボールを前に送り出す。そのサイドから俺と修也が走り込み、全く同時のタイミングでツインシュートを叩き込む。

 

 

皇帝ペンギン2号"V2"!!

 

 

 俺達3人がそれぞれレベルアップした状態で撃つことで、技自体も更に上のステージに登りつめた。可愛らしいフォルムながらも凄まじい力を感じさせるペンギン達は自由に空を駆け回り、やがて目標へ向かって空を裂く。その目標とは無論守のこと。キーパーではなくフィールドプレイヤーとしてどうやってこのシュートを止めるのか、見せてもらおうか。

 

 

「うおおおおお!!」

 

「・・・おお」

 

 

 守が気合いを発した時、俺は全身が震え上がるのを感じた。守を包み込む黄金のエネルギーは今まで通りの拳ではなく、額に集中し始める。そして守がそれを解き放つと、正義の鉄拳と同じような黄金の拳が守の額付近に顕現した。

 

 

「これが俺の・・・メガトンヘッドッ!!

 

 

 既に間合いに入ってきている皇帝ペンギン2号に対し、守はメガトンヘッドと名付けたその必殺技で迎撃する。双方はぶつかり合うと激しく火花を散らす。

 それにしても凄いな。この短期間で正義の鉄拳をそのままブロック技として発展させやがった。しかもあれはシュート技としても使えるとか。威力も進化した正義の鉄拳と比較して遜色ない。流石俺の親友・・・俺も負けてられないじゃないか。

 

 

「よっしゃあああ!」

 

「フィールドプレイヤー円堂 守・・・ここに完成だな」

 

「ああ。これで雷門はもっと強くなるぞ」

 

 

 守が完璧に皇帝ペンギン2号を弾き返すと、周囲を立向居や壁山達が取り囲む。それを離れた場所で見守りながら俺達は良い方向に変わっていけそうな自分達に胸を躍らせていた。

 

 

「さて鬼道、ここからどうする?」

 

「フィジカルトレーニングを並行する方針は変えない・・・が、1つ提案があるんだ」

 

「へえ、その提案って?」

 

 

 鬼道は少し考え込んだ後、俺にその考えを話す。

 

 

「円堂が前線に参加出来るようになり、メガトンヘッドも習得した。次は、連携シュートを1つ持っておきたい」

 

「というと?」

 

「・・・帝国の必殺技、デスゾーンを復活させる」




前回が長かった分今回は控えめです。長くしようとするとどうしても原作をそのまま垂れ流すような話になりそうだったので、ちょっとしたオリジナル描写だけ書き加えて円堂のリベロとカオスの話だけ回収しておしまいです。
次は帝国での特訓回ですね、デスゾーン2大好きです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第81話 柊弥VS雷門イレブン

忙しすぎて全然更新できませんでしたが私は元気です
今週から暇が増えるはずなので多分また週一更新に戻します


「久々に見るがやっぱ凄いな、帝国の校舎は」

 

「ああ。中学校には見えないな」

 

「ふっ、俺も自負している」

 

 

 特訓開始から4日目、俺達は帝国学園へやってきていた。その発端となったのは、鬼道提案のある必殺技習得のためだ。その必殺技というのは帝国学園が誇る連携シュート、デスゾーン。守がリベロに転向して攻撃にも参加出来るようになった今、新しい攻撃手段を確立しようという訳だ。帝国には様々な必殺技のデータが保管されており、その中には当然デスゾーンの記録もある。それを参考にするためにも帝国に練習しに来たという訳だ。

 一応俺達は外部の人間扱いだが、元帝国イレブンの鬼道のおかげでそこは問題ないらしい。鬼道も今は雷門中の生徒なんだけどな・・・まあその辺の事情には触れないでおこう。

 

 

 そんな中学とは思えない風貌をしている帝国の校舎を抜けると、建物の真ん中に位置しているグラウンドが見えてきた。

 

 

「俺、土門、円堂はデスゾーン。立向居はムゲン・ザ・ハンドの特訓だ。他の皆も各々必要な練習をしてくれ」

 

 

 鬼道が今日の方針を皆に伝える。さて、俺はどうしようか。デスゾーンの特訓は手伝えることはないだろうし、立向居のムゲン・ザ・ハンド習得の手伝いでもするか?

 

 

「加賀美君、ちょっと良いかい」

 

「おう、どうしたアフロディ」

 

 

 何をしようかと頭を悩ませていると、後ろからアフロディが話しかけてきた。

 

 

「僕達もやってみないかい?連携シュートを」

 

 

 

 ──-

 

 

 

 帝国での練習が始まってから数時間が経った。何組かに分かれて取り組んでいた練習だったが、それぞれ良い成果を・・・得られてはいなかった。

 

 

「3、2、1・・・ストップ!!」

 

「うっ・・・おわっ!!」

 

「惜しい!もうちょいだったな」

 

 

 まず円堂、鬼道、土門の3人によるデスゾーン。まずはボールを中心に回転、鬼道の指示するタイミングでボールを正面に捉えて止まる。いわばデスゾーンの下準備と言える段階だ。一見簡単に見える練習だが、全員でタイミングを合わせてというのは中々に難しい。時間が経ってなお、全員が完璧に合わせることは出来ていない。

 

 

「シュタタタ、タン・・・ドバババ、バァーン!」

 

「おお!すげえじゃねえか立向居!遂に目を閉じてキャッチできた、ムゲン・ザ・ハンドの完成だな!!」

 

「・・・」

 

 

 次に立向居によるムゲン・ザ・ハンド。ボールを出しているのは手隙だった綱海だ。ムゲン・ザ・ハンドは円堂 大介によって考案された究極奥義の一角。だが考案者が考案者であるせいで、その詳細は非常に感覚的かつ難解。まずは円堂翻訳によって辛うじて得られた"全身を目と耳にしてシュートの創り出す音を見切る"という段階をクリアするため、目を閉じた状態、心眼でシュートを止めようとしていた。

 まさにそれを今成し遂げた訳だが、綱海が言うようにこれで完成ではない。あくまで目を閉じてノーマルシュートをキャッチしただけ。ここからさらに昇華させなければ、来たるエイリア学園との戦いで使い物にならないことは明らかだった。

 

 

「中々合わないものだね」

 

「そうだな・・・」

 

 

 そして、柊弥とアフロディによる新連携シュートの開発。既に数百回の試行をこなしているが、一向に成功の気配は見えてこない。

 

 

「原因は・・・多分俺だ」

 

「そうかい?撃ち出す僕の責任のようにも思えるけど」

 

 

 タオルで汗を拭いながら柊弥は失敗続きの理由を考える。2人が目指しているのは柊弥が起点となり、アフロディが撃ち出すという形だけならシンプルなシュートだ。だからこそスタートとなる自分の落ち度である・・・と柊弥は結論付ける。

 

 

(クソッ、アフロディに適応しねえと・・・次はもっと出力を抑えるか)

 

 

 ここまで苦戦しているのにはある理由があった。それは、今回のこのシュートが柊弥にとって全く新しい連携シュートとなっていることだ。柊弥は今まで幾つかの連携シュートを編み出してきた。

 まずは染岡、豪炎寺と放つ雷龍一閃・焔。このシュートは至ってシンプル、2人のドラゴントルネードに対して轟一閃を上乗せするだけの、言ってしまえばシュートチェインの延長線上にある必殺技だ。

 次に円堂、豪炎寺、鬼道の内2人とのイナズマブレイク。このシュートは鬼道が起点となり、3人が同時に蹴り込む技。言わば、柊弥はただタイミングを合わせてシュートするだけ。鬼道、豪炎寺とで放つ皇帝ペンギン2号も同様だ。

 最後に豪炎寺とのファイアトルネードDD。この必殺技は2人が完璧に呼応して初めて出来る超必殺技。柊弥にとって最も信頼のおける相棒である豪炎寺がパートナーであり、同じファイアトルネードを1つに重ねるという性質。この2つの要因で成り立っている。

 

 

 これらの必殺技と今回の必殺技で異なる点は、柊弥が起点となっていること。そして全く性質の異なる2つの必殺技を組み合わせていることの2点だ。柊弥はそれに気付けていない。無論、アフロディも同様に。

 

 

「少し休憩にしようか」

 

「そうだな・・・詰めすぎも良くない」

 

 

 アフロディの提案で2人は一旦休憩に入る。ベンチに戻ってスポーツドリンクを口に流し込みながら、柊弥はフィールドに散らばる他のメンバーを観察していた。1人だけ停止位置がズレてる円堂を見て軽く吹き出したり、何度も諦めずに挑戦する立向居に対して何かを感じたのか微笑みながら頷いていた。

 

 

「柊弥せーんぱい」

 

「おう春奈・・・もしかして、その荷物は」

 

「はい!頼まれていたもの、ちゃんと買ってきましたよ」

 

 

 すると音無はその荷物を地面に降ろす。ズシン、と重めの音が鳴ったことから結構な重量であることが分かる。女子である音無が平然とそれを運んでこれたのは、日々のマネージャー業で鍛えられたおかげか、或いは・・・

 

 

「それにしても、なんでこんなものを?」

 

「必要なんだ。これから俺がもっと強くなるためにな」

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 帝国での練習が始まってから2日目。俺達は変わらずそれぞれの課題に打ち込んでいた。デスゾーン2にムゲン・ザ・ハンド、そして俺とアフロディの必殺シュート。これからの戦いにはどれも必須だ。

 俺とアフロディの進捗は・・・それなりだ。シュートとしては成立した。俺が繋ぐ威力を調整することで、アフロディが撃ち出すことが出来るようになった。だが完成して間もないせいかゴールを奪うのにはまだ心許ない。そこはトライアンドエラーで何とかするしかないだろう。

 

 

 デスゾーン2もいい所まで来たようだ。昨日からずっと続けていた回転からの停止、とうとう全員揃うようになったらしい。とは言っても鬼道からすれば及第点くらいらしいが、後は実践で調整するしかないらしい。

 ムゲン・ザ・ハンドは・・・難航しているみたいだ。立向居は焦っているようだが、仕方ない。なにせ大介さんが残した究極奥義だ。一朝一夕で何とかなるものじゃない。

 

 

「やってるな、お前達」

 

「佐久間!源田!皆!来てくれたか」

 

 

 とりあえずあと何回かアフロディと合わせてみようとしたところで予想外の来客が現れる。声のした方からやってきたのは、佐久間や源田達帝国イレブンだ。あの様子だと鬼道が呼んでいたみたいだな。

 

 

「佐久間・・・その脚は」

 

「ああこれか、気にするな。これでも順調に回復しているんだ」

 

「お前達の監督が最新医療を紹介してくれたおかげでな。俺はもう完全復活さ」

 

 

 佐久間と源田は、先の真・帝国の一件で身体にダメージを負った。だがその後運ばれた病院で最先端の治療を受けたらしく、源田は回復、佐久間ももうすぐ普通に動けるようになるらしい。2人ほどの実力者がサッカーから離れるようなことにならなくて本当に良かったな。

 

 

「世宇子中のアフロディ・・・鬼道から話は聞いたぞ、お前も影山に利用されてたって」

 

「俺達の分も、雷門と一緒に戦ってくれよ」

 

「佐久間君、源田君・・・ああ、勿論さ」

 

 

 そうか、アフロディと帝国はちょっとした因縁があったな。このやり取りをみた感じ別に問題はないようで安心だ。帝国も影山の魔の手に踊らされていた時があったからな、そういう面で理解が出来るんだろう。

 

 

「さて鬼道、早速だが始めようか。練習試合」

 

「練習試合?」

 

 

 佐久間の急な提案に俺達は疑問符を浮かべる。だが話を聞くとその提案の訳が分かった。どうやら鬼道が特訓の成果を試す実戦の場として帝国イレブンとの練習試合を計画していたらしい。確かに、それぞれ試合の中で身に付けたことを試しておくに越したことはないな。特訓して即エイリア学園との試合で実践、では中々にリスキーだからな。

 

 

「円堂、土門。俺達はこっちだ」

 

「こっちって⋯帝国?」

 

「ああ、お前もだ加賀美」

 

 

 じゃあ早速始めようか、というところで鬼道から待ったがかかった。デスゾーン2を練習しているこの3人が帝国側で試合をするというのは分かる。それに加えて俺も帝国側として雷門の皆と試合するのは何故だろうか。

 

 

「お前のスピードはこのチームの中で唯一ダイヤモンドダストに匹敵するレベルだった」

 

「成程。デモンストレーションか」

 

「ああ。これからの戦いに備えてな」

 

 

 そういうことなら理解した。確かに俺をアイツらに見立てて戦ってみれば本番を想定した戦略を練ることも出来る。それに──

 

 

(──皆と、()ってみてえ)

 

 

 これが俺の本心だ。今まで背中を預けて戦ってきた皆と全力で戦いたい。

 

 

「キャプテンに鬼道さん、土門さん⋯それに加賀美さんまで敵になるッスか!?」

 

「良いねえ、燃えるじゃねえか!!」

 

「俺もだ⋯全力で行くぞ、お前ら」

 

 

 決まりだな。俺達4人は帝国側のベンチに行きユニフォームを受け取る。袖を通してみるとやたら肌触りが良い。やっぱ金あるんだろうな。移動にあんな装甲車みたいなバス?使ってるくらいだもんな。

 視線の先では守達も帝国のユニフォームに着替えている。鬼道はやっぱり懐かしい感じがするな。土門はやけに様になっている⋯ああそうか、土門は元帝国だったな。守は⋯うん。

 春奈に準備してもらったあれは⋯まあこの試合は良いか。

 

 

「鬼道、フォーメーションは?」

 

「お前は寺門とツートップだ。俺達は全員中盤に入る」

 

「よろしくな、加賀美」

 

「おう、こっちこそ」

 

 

 基本俺はいつも通りの動きで良い。3人は連携をしつつデスゾーン2を狙うみたいだから、様子を見ながらそのサポートに回ろう。

 

 

「さて、早速始めるか」

 

 

 どこからともなく現れた古株さんが審判をやってくれるらしく、ホイッスルを鳴らす。それと同時に寺門から俺にパスが回る。顔を上げると、雷門側のツートップが俺を出迎える。

 

 

(早速かコイツら⋯)

 

 

 修也にアフロディ。2人が容赦なく俺の行く手を阻む。ダメだな⋯全く隙がない。俺単独での突破は不可能、そして⋯キックオフからすぐ寺門は左に抜けている。パスを通すための道を開くこと自体は難しくはない。

 

 

「パスコースを作るだけなら簡単、とでも思ったかい?」

 

「ダメか?」

 

「ダメだ」

 

 

 俺の動き出しを読んだアフロディが初動を潰しに来る。それならアフロディが動いたことで出来た穴を突けば良い⋯と思ったが、そこをすぐさま修也がカバーに回る。

 厄介だなコイツら⋯アフロディは単純に読みが鋭い、そして修也はそれを想定して俺が取るであろう行動を抑えに来てる。いわゆる癖読みか。

 

 

「けど、それだけじゃ甘いな」

 

 

 コイツらはあくまで俺が前にボールを送ることしか想定していない。保持しているのが俺なである以上、この場の主導権を握っているのは俺。急にその方針を変えるのも俺の気分次第ってことだ。

 

 

「ナイスパス」

 

「ぼちぼち来ると思ってな」

 

 

 俺が選択したのはバックパス。それも超近距離になるパスだ。単純に後ろに戻しただけじゃそれを見て修也かアフロディ、或いはラインを上げてきている一之瀬かリカ辺りがそのパスから生まれるルートを潰しに来る。

 だから俺はギリギリまで待った。パスを出すその瞬間まで俺だけに意識を向けさせるための溜め。それを解き放った時に作り出される展開は──

 

 

「いくぞ、速攻だ」

 

「了解、司令塔(ゲームメーカー)

 

 

 鬼道を軸とした速攻が展開される。鬼道を中心に左に守、右に土門。その前を先導するように俺と寺門が走る。

 

 

「止めるぞ!」

 

「了解やダーリン!」

 

「おう!」

 

 

 最前線の俺と寺門にそれぞれ塔子とリカ、パスの選択肢を潰すために一之瀬が鬼道に徹底的にマークに着く。その上塔子とリカが鬼道から俺と寺門のルートを潰している。なるほど、3人でこの5人の攻めを完璧に潰しに来たな。

 さて鬼道、どう動くんだ?

 

 

「なッ!?」

 

「すげえ!声掛けも無しに連携した!」

 

 

 いざとなったら無理やりに状況を動かせるように鬼道の動きを注視していると鬼道が唐突にバックパス。さっき抜いた修也とアフロディがそれに向かって走り出すが、それより早く洞面が通り抜けるようにしてそのボールを確保する。

 そのプレーに意識を向けたが最後、一之瀬のプレスが緩んだ隙を見逃さず鬼道がすぐさま一之瀬を越えた。間もなくしてボールは鬼道に戻り、流れるように俺の足元に送り出される。

 

 

(行け)

 

(そういうことね)

 

 

 アイコンタクトで鬼道の意思を悟った俺は攻めの五角形から外れて一気に加速する。鬼道のご要望は俺単体での突破、お膳立てしてもらった以上はやり遂げなきゃな。

 

 

「加賀美!そう簡単に通れると思うなよ!」

 

「来たな綱海!止められるもんなら止めてみろ!」

 

 

 綱海の武器はそのフィジカルの強さ。加えて感覚も一級品だ。必殺技を使ってこないとしても、真正面からのぶつかり合いを制するのは至難の業だ。

 だがそれに頼ってしまうのが綱海の弱点。己の肉体と感覚に自信を持ったプレーは小手先のテクニックに弱い。

 

 

「右か!」

 

「甘い」

 

「うおッ!?」

 

 

 アウトサイドでボールを右側に軽く送り出す。それを見た綱海は重心を右に寄せるどころか既にボールの方へ身体ごと寄せた。それに対して俺は左足で地面を蹴ってボールの距離を縮め、再びボールに近づいたところで今度はインサイドで左側に素早く戻す。完全に右に動いていた綱海は急には止まれない。切り替えそうと無理に重心を戻してバランスを崩した綱海を置き去りに俺は走り出す。

 次は⋯木暮か。

 

 

「止める!」

 

 

 あの体制は旋風陣だな。確かに強い技だが壁山のザ・ウォール、塔子のザ・タワーと比べて重心が低めなせいで狙いが分かりやすい。けど折角だ、正面突破してみようか。

 旋風陣は木暮の天性のボディバランスを活かして逆立ちの状態で高速回転、名前の通り旋風を生み出してボールを奪い取る必殺技でシュートブロックにも応用できる。その特性上どれだけオフェンス側のフィジカルが強くてもボールだけ奪われてしまう。

 

 

旋風陣!!

 

 

 考えうる対抗策は2つ。まず1つ目は全力でボールを押さえつけること。ボールだけ奪いに来るならボールだけ守れば良いの理論だ。けどこれは今回はパス。俺は大人しく木暮にボールを奪われる。

 

 

「やった!」

 

「残念、敢えてだ」

 

「うえぇ!?」

 

 

 2つ目。必殺技を出し終えた後を狙う。これは生み出される風に身体を持っていかれないだけの体幹を備えていることが大前提だ。木暮は必殺技の後回転を止め、浮いたボールを脚で止める。ボールと脚が触れるまでのコンマ数秒、ここが狙い目だ。ボールが浮いたのを確認した瞬間に地面が爆発するほどの踏み込みで加速。その勢いのままボールだけをかっさらう。

 

 

「加賀美さん!ここは絶対に通さないッスよ!!」

 

「良い気合いだ壁山!!行くぞォッ!!」

 

 

 最後の1枚、壁山。壁山の武器はやはりその大きな身体だがもう1つ、ポジショニングの良さがある。幾らその巨体で相手の進撃を阻止しようとしても、その相手の正面を抑えてなければ意味は無い。だが、壁山は常に相手の正面からぶつかりに行く。

 

 

ザ・ウォール"改"!

 

 

 そしてこのザ・ウォール。広範囲を巨大な岩壁で塞ぐ単純で強力なブロック技だ。壁山自身の強靭さも相まって旋風陣同様にシュートブロックでも猛威を振るう。

 バカ正直にぶつかって突破することはまず不可能。だがついこの前この壁が越えられるのを俺は見ている。

 

 

「上から通らせてもらう⋯ぞッ!!」

 

「あっ⋯」

 

 

 壁山も心当たりがあるみたいだな。そう、ダイヤモンドダストとの試合でガゼルが見せた跳躍による突破だ。こんな荒業が出来るのはごく一部だろう。少なくともこの場では俺だけ。

 

 

「さあ行くぞ立向居!!全力でなッ!!」

 

「は、はいッ!!」

 

 

 壁山を抜き去り、最後にゴールを守る立向居との真剣勝負。そのタイミングで俺の脳裏には試合開始前の鬼道とのあるやり取りがフラッシュバックしていた。

 

 

『鬼道、シュートについてだが俺は普通に狙って良いのか?』

 

『というと?』

 

『この試合はお前達のデスゾーンの実戦投入の場であり、立向居がムゲン・ザ・ハンドを掴むための場でもある。双方の機会を潰すようなことをして良いのか?ってことだ』

 

『確かにそうだな⋯よし』

 

『どうするんだ?』

 

 

 その時、さっき突破したDF達が俺に再び襲い掛かる。

 

 

「行くぞお前ら!!」

 

「おお!」

 

「はいッス!!」

 

 

 その声を聞いた俺は、ボールを天に向かって送り出す。

 

 

『綱海に木暮、壁山。この3人がディフェンスラインを突破されて尚お前に食いついて来たのなら⋯その時は全力で撃て。良い機会になる』

 

 

 3人に抑えられるより早く、俺自身もその身を天に投げる。下からこちらを見上げる皆をよそに俺は空中で再び出会ったボールを斬り刻む。文字通りの全身全霊、そこに手心なんてものは微塵も存在しない。全ての力を脚に込め、幾度も叩き付けた。

 暴発ギリギリまで一点に注ぎ込まれた雷は悲鳴を上げるように脈動、俺はそれを無理やりに圧縮し、再び一点に抑え込むと共に天から地へ雷鳴を鳴らす。

 

 

雷霆⋯一閃ッ!!

 

 

 そして、その落ちてきた雷に対して一閃。圧倒的力を秘める雷霆を己の力として従える。

 

 

ザ・ウォール"改"!!

 

旋風陣!!

 

 

 壁山と木暮がシュートブロックに入る。だがそれは無謀。衝突した瞬間2人を大きく押し退けて雷霆は突き進む。

 

 

(ダメだ、完成には程遠いムゲン・ザ・ハンドじゃ止められる気がしない!!)

 

マジン・ザ・ハンド"改"!!

 

 

 立向居は魔神を使役してゴールを守ろうとする。だが、俺の雷霆は魔神だろうが何だろうがぶち抜く。雷を何十本と束ねた雷霆の一太刀は、例え神であろうと斬り捨てる。

 

 

「ぐ⋯うわァァッ!!」

 

「させ──ぐォッ!?」

 

 

 身体ごと押し込まれる立向居がゴールラインを割るより早く綱海がそれを支えに入る。が、数秒として持ち堪えることなく2人はゴールネットに叩き付けられ、炸裂する雷に全身を貫かれる。

 

 

(これが加賀美さんの全力⋯これからエイリア学園からゴールを守るためには、俺もこのレベルに到達しなきゃダメなのか!!)

 

「立向居」

 

「は、はい!」

 

「お前なら必ずムゲン・ザ・ハンドを自分の物に出来るし、俺のシュートだって止められる。一緒に頑張ろうぜ」

 

「⋯はいッッ!!!」

 

 

 良い気合いだ。鬼道の言ってた通り良い機会にはなったみたいだな。奮起しているのは立向居だけじゃないようだし。

 

 

「次は絶対に抜かせないッス⋯!」

 

「俺も⋯このままじゃダメだ!!」

 

「そうだな、全員でもっと強くなってやろうぜ!!」

 

 

 まったく、最高の仲間達だよ。本当に。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「クソッ、中々安定しないな」

 

「帝国のデスゾーンと全く同じ⋯なんだよな?」

 

「ああ、完璧に同じだ」

 

 

 雷門と帝国による練習試合も終わりに差し掛かっていた。柊弥の全力に触発されて試合はどんどん熱を帯びていったのだが、一部の目的は未だに果たされずにいた。デスゾーン、そしてムゲン・ザ・ハンドの完成だ。

 デスゾーンは一見上手くいっているように見える。だが、撃ち出しのその瞬間だけしか必殺技を名乗るに相応しい威力は保てていない。ムゲン・ザ・ハンドに至っては、未だに必殺技としての核を形成出来ていない。円堂 大介の残した究極奥義であることを考えればそう簡単に行かないのも当然の話だ。

 

 

(何が⋯一体何が違うんだ。俺の知っているデスゾーンと全く同じプロセスだ。だが目に見えて駄目⋯考えろ、考えるんだ)

 

 

 鬼道は途切れさせることなく思考を巡らせる。自身もよく知る帝国の必殺技、デスゾーン。その完成系に至るために必要なプロセスは確実に再現出来ている。そう、帝国の頃と全く同じように。

 

 

(──そうか、そういうことか!!)

 

 

 その時鬼道は天啓を得た。自分が踏んだのは帝国としてのプロセス。そして佐久間がハーフタイム中に漏らした言葉。その2つが鬼道の思考を書き換える。

 

 

『雷門は良いチームだな、一人一人が活き活きしてる。今のお前もな』

 

(デスゾーンは帝国の意思統一によって成り立つ必殺技。しかし雷門は帝国とは違う。帝国には帝国の、雷門には雷門のやり方がある!!)

 

「円堂!土門!もう一度だ!!」

 

「おう!!」

 

 

 鬼道が声を上げて走り出し、それに追従するように円堂と土門も走る。その様子を見ていた柊弥はフッと笑ってパスを送る。

 

 

(何か掴んだか、鬼道)

 

 

 柊弥からのパスを受け取った鬼道は2人と共に跳び上がり、ボールを中心にして回転を始める。3点から成り立つ三角形が紫のオーラを生み出し、中核であるボールに注ぎ込まれる。

 

 

「よし!」

 

「いや、まだだ!!」

 

 

 先程までなら撃っていたタイミングに達したが、鬼道が待ったをかける。その指示に円堂も土門も戸惑いを見せるが、今この場において鬼道の言うことは絶対。2人も鬼道に倣い回転を続ける。それを見ていた帝国の面々は戸惑いを見せるが、そんなものはお構い無しだ。

 

 

「⋯今だッ!!」

 

 

 鬼道が声を荒らげ、円堂と土門もボールに寄る。そしてとうとうデスゾーンが放たれた。

 

 

デスゾーン!!

 

 

 紫色の死のエネルギーを内包したシュートが立向居の守るゴールへと襲い掛かる。先程までの途中で勢いを失ってしまうようなシュートだったら簡単に止められたのだが、今回は違かった。一向に衰えることの無い圧倒的なパワー。ここまで失敗に終わったデスゾーンしか見ていなかった立向居は一瞬気圧されてしまう。

 

 

「こ、これは──」

 

 

 間もなくして立向居の頭上をデスゾーンが通過し、ゴールネットが揺らされる。しばらくの間焦がされるゴールネットがその威力を物語っているだろう。

 

 

「雷門版デスゾーン⋯完成だな」

 

 

 後ろからその顛末を見守っていた柊弥はその威力に無意識に口角が吊り上がっていた。それとほぼ同時に試合終了を告げる長めのホイッスルが鳴る。 スコアは2-2の同点。帝国側は柊弥と鬼道達、雷門側は豪炎寺とアフロディがそれぞれ1点ずつ奪い取った。それぞれが健闘をた

 

 

 それとほぼ同時。そのグラウンドにいた者達は何かを感じ取る。その中で最も早く反応した誰かが声を荒らげた。

 

 

「伏せろ!!」

 

 

 直後、轟音と共に砂塵が巻き上がり、グラウンド全体を衝撃波が襲う。いち早く目を開けた柊弥の視界に飛び込んだのは、赤と青の光。段々と晴れていく砂塵の中からうっすらと姿を現したその正体に、柊弥は顔を顰めた。

 

 

「ガゼル⋯それに、バーン」




カオスとかいう負けイベ。
果たしてこの小説ではどうでしょう


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第82話 混沌

今週はちゃんと投稿出来たようですね(他人事)
しばらく更新してなかったのにUAの伸びが凄かったです、不思議、感謝


「我らはカオス」

 

「カオス⋯だって?」

 

 

 突如として俺達の前に現れたバーンとガゼル。見たことない顔ぶれも混じっている⋯恐らくプロミネンスのメンバーだろう。以前の試合で戦ったダイヤモンドダストのメンバーもいる。

 

 

「我々の挑戦を受けろ、雷門イレブン!」

 

「受けねば⋯分かっているな?」

 

「また黒いボールを無作為に撃ち込むつもりか⋯」

 

 

 ダイヤモンドダストの試合を受けた時の脅しと全く同じ、って訳だ。今ここに監督はいない、変にヤツらの挑戦を受け取るのは悪手か?

 

 

(いや、違うな)

 

 

 大人がいないからって引くのか?違うだろ。俺達はもうそんな甘えを口に出来る立場じゃないはずだ。もう負けない、皆でそう決めたよな。

 

 

「当然、ここで決着をつけてやる」

 

「柊弥の言う通りだ!やるぞ皆!」

 

「はっ、そんな焦んなよ」

 

 

 その挑戦状を受け取った⋯つもりだったが、バーンがニヒルな笑みを浮かべながら俺達の意気込みを一蹴してきた。一体何を企んでる⋯?

 

 

「試合は1週間後だ」

 

「1週間?」

 

「ああ。私達はあれから更なるパワーアップを遂げた。君達も万全の状態で臨たまえ」

 

「随分余裕だな」

 

「この試合は俺達の力をアイツらに示すためのモンだ⋯貧弱なお前らを相手にしても意味がねぇんだよ」

 

 

 アイツら、というのが誰を示しているのかはよく分からない。だがコイツらがこの試合で何か企んでいるのは理解出来た。少なくとも、俺達に危害を加えるとかでは無い、あくまで自分達の中だけでの何かだな。

 だがそれはそれとして、コイツらと戦わなければならない事実は変わらない。時間をわざわざ作ってくれると言うなら、存分に利用させてもらう。

 

 

「⋯皆、良いか?」

 

「ああ。どちらにせよ戦わなければならないことには変わらん」

 

「決まりだな」

 

 

 鬼道や皆が頷きで肯定してくれる。それを見たバーンが黒いボールを取り出すと、カオスの面々は光に包まれる。

 

 

「それまで精々強くなってくれたまえ」

 

「宇宙最強は⋯俺達だ」

 

 

 赤と青のコントラストが眩しい光に包まれてアイツらはこの場から去っていった。先程までの喧騒が嘘だったかのようにその場に沈黙が訪れる。

 

 

「よし、じゃあ早速特訓だ!!」

 

「だな」

 

 

 それを破るように守が発破をかけ、それに呼応するように皆も動き出す。ヤツら、あれから更に強くなったとか言ってたな。当然俺らも強くなっているが、現状に満足したらおしまいだよな。

 という訳でこの一週間、春奈に用意してもらったアレを使おう。一体どれだけ成長できるかな。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「はぁ、はぁ⋯クソっ」

 

 

 カオス達が雷門イレブンに宣戦布告をした3日後、とうとう決戦まで折り返しとなったその日。練習時間を過ぎてもなお立向居はイナビカリ修練場で1人マシンと向き合っていた。帝国学園で練習試合を終えてからというものの、雷門中での特訓がメインとなっていた。各々カオスとの試合に向け連携や必殺技、フィジカルの強化に励んでいる。

 

 

(円堂さん達はあのデスゾーンをさらに進化させた。加賀美さんとアフロディさんも既に連携シュートが形になっている)

 

 

 練習試合の最後に完成させたデスゾーンは既に凄まじい威力を誇っていた。しかし、試合中にインスピレーションを得た鬼道がそれを更に上のステージへと押し上げてみせた。

 更に、柊弥もアフロディによる必殺技も既に完成一歩手前である。練習試合では披露する機会がなかったが。

 

 

「ふゥッ⋯ドババババーン、シュタタタターンッ!!」

 

 

 思考に耽ける立向居に対してマシンからボールが放たれる。それを立向居はしっかりとキャッチしたが、どうやら満足は出来ていないらしい。

 それもそのはず、立向居が目指しているのは託された究極奥義ムゲン・ザ・ハンド。未だその完成に程遠いことは他でもない立向居自身がよく理解していた。それに加え同時期に着手し始めた2つの連携技が完成していることがその焦りを加速させる。

 

 

「やってるな」

 

「加賀美さん!まだ修練場にいたんですね」

 

「お前こそ、もう練習時間はだいぶ過ぎてるだろ?お互い様だ」

 

 

 その時、立向居がいたキーパー特訓用の部屋の扉が開かれた。外から入ってきたのは柊弥、息が乱れ汗まみれであることから相当の特訓をこなしてきたんだろうと立向居は心の内で察する。

 

 

「加賀美さんは何をされていたんですか?」

 

「スピード、スタミナの強化だな」

 

「なるほど⋯でも、ここの修練場のメニューは全てクリア出来るんですよね?」

 

「まあな、だから⋯ほら」

 

 

 立向居の疑問に答えるように柊弥はあるものを見せた。それを見た立向居は息を呑む。疑問を払拭されてまず真っ先に抱いたのは「正気の沙汰では無い」という感想だった。

 キーパーとはいえ立向居にもスピードやスタミナ、パワーといった身体強化は必須。それゆえ何度かイナビカリ修練場の特訓にも取り組んでいる。最初は余裕を持てていたものの、終盤はグロッキー。それなのにも関わらず、柊弥はその負荷を倍増させるようなことをしていた。まず自分なら出来ない、そう確信得るほどの。

 

 

「もしかして⋯それを今日の練習でずっと?」

 

「ああ。流石に接触もある紅白戦だったり連携の練習では使えなかったけど、ここを使っての特訓は常にだな」

 

「凄すぎる⋯俺には到底出来そうもありません」

 

「そう気を落とすなよ、何事にも自分のペースってのがある⋯必殺技の習得にもな」

 

 

 最後にそう付け加えられ、立向居の身体がビクッと跳ねた。

 

 

「身の丈を外れた熱意は時に自分を滅ぼすぞ、前の俺みたいにな」

 

「⋯それでも、俺はムゲン・ザ・ハンドを習得しなくちゃいけないんです!円堂さんから託されたこのゴールを、雷門イレブンの一員として守り抜くために!!」

 

「⋯そうか」

 

 

 自嘲気味に過去の自分を例に挙げた柊弥に対し、立向居はハッキリと返した。その目には真っ直ぐな光が燃えていた。

 

 

(先輩面してみたが、いらなかったかもな。立向居なら大丈夫だ)

 

 

 忠告も兼ねた自分の言葉は不要だったと反省しつつ、柊弥は落ちていたボールを拾い上げる。

 

 

「じゃあやるか、徹底的に付き合うぜ」

 

「良いんですか!?お願いします!!」

 

 

 その後2人が修練場から出てきたのは、夕食の時間になっても来ないことを心配して見に行ったマネージャー達に叱られてからだとか。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「ああ⋯疲れた⋯」

 

「時間を見なかった自分を恨むんだな」

 

「すみません加賀美さん⋯俺に付き合ってもらったばっかりに」

 

 

 俺達は今近くの銭湯に来ている。今日から学校に泊まりながら特訓している訳だが、流石に学校に風呂はない。とはいえ家まで風呂だけ入りに行くのも⋯と思っていたところに光明が舞い降りる。何と学校からそう遠くないところにある銭湯の人が是非入りに来て欲しいと申し出てくれたのだ。それだけじゃなく、エイリア学園を倒すために戦っている俺達がこの町に戻ってきていることを聞いて色んな方々が良くしてくださっている。この前なんて膨大な量の食材が届いたらしい。

 

 

 それで何でこんなに疲れているかというと、食事後にマネージャー達にそんなに体力が有り余っているなら片付けを手伝うようにと言われて働きまくったからだ。昨日も時間を見ずに遅れていったからその罰らしい、自業自得だ。

 

 

「それにしても鬼道」

 

「何だ」

 

「お前ゴーグル外すんだな」

 

「⋯やはりお前を待とうだなんて言うべきではなかったか」

 

「冗談です鬼道さん」

 

 

 いや、誇張抜きに鬼道がゴーグルを外したところを初めて見た。こう言いたくなるのも勘弁して欲しい。確か奈良から北海道に向かう前に温泉に行った時もコイツ外してなかったからな。今回は一般の人もいるからと外したらしいが、店主さんが気を利かせて貸切状態にしてくださったおかげで鬼道の貴重なオフショットを晒しただけになったな。

 

 

「それにしてもさ、あのカオスってチーム⋯どんだけ強いんだろうな」

 

「さあな。少なくともあれだけ苦戦したダイヤモンドダストに加え、断定それと同格なプロミネンスが結託したチームだ。一筋縄じゃ行かないだろうさ⋯守、湯船に浮かぶな」

 

 

 ぷかぷかと浮かびながら真面目な話をしているアホを無理やり座らせる。アイツら、更にパワーアップがどうとか自信満々に言ってたからな。間違いなく激戦になるだろう。

 

 

「まあ、負けるつもりは微塵もないけどな」

 

「そうだね。必ず勝とう」

 

「アフロディ⋯随分遅かったな」

 

 

 そんな話をしていると、アフロディが遅れて湯船には入ってきた。ここまで時間がかかった理由は一目瞭然、その長い髪だ。女性陣を含め最も長いその髪を洗うのに凄まじい時間がかかったんだろう。普通に10分とか掛かってたからな。

 

 

「大変だ!壁山がのぼせた!!」

 

「おいしっかりしろ壁山ァ!!」

 

 

 のんびりしながら他愛もない話をしていたら、土門が焦りを全開に俺達の方へやってきた。なんでも熱い風呂で我慢比べをしていたら壁山がヤバいらしい。数人がかりで急いで引き上げ、脱衣所に連れて行く。鬼道は何をやっているんだと頭を抱えていたが、かなり軽度なものだったようですぐに回復した。

 

 

「なんか、こんなバカやるのも久々だな」

 

「良いじゃないか。決戦は近いが適度なリフレッシュは必要だ」

 

 

 ロビーの休憩スペースでコーヒー牛乳を啜っていると、隣に修也が来た。俺達の視線の先では10本以上の牛乳を抱えた壁山が土門や木暮から小突かれている。最近は別にギスギスしてたとかでは無いがやっぱり皆張り詰めてたからな、こういう風に皆で笑い合えるとそれも解れるというもの。

 この光景をまた見るためにも、まずはカオスとの試合に勝たなきゃな。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「来たな」

 

 

 カオスとの試合当日。雷門イレブンは試合場所に指定された帝国学園グラウンドにて待ち構えていた。緊迫した空気の中、全員が待機している方とは逆のベンチに黒のボールが落ち、赤と青の光を放つ。その光が止めば中から姿を現したのはバーンとガゼルを先頭にしたカオス。

 

 

「逃げずに来たか」

 

「当たり前だ!俺達はお前らに勝つ!」

 

 

 バーンが挑発気味に言い放つが、臆することなく円堂が言い返す。全員がそれに同調するように真っ直ぐな視線を向けると、上等と言わんばかりにバーンが口角を吊り上げる。

 

 

「加賀美、打ち合わせ通りに」

 

「おう」

 

 

 到着してすぐカオスはピッチに入る。それに対して雷門イレブンもそれぞれポジションに着くため走る中、鬼道が小声で柊弥に話し掛ける。

 

 

「さあ始めよう⋯我々の力を示す」

 

「ああ⋯真のジェネシスは俺達だ」

 

 

 そして、とうとう試合の火蓋が切って落とされた。キックオフはカオス側、ツートップであるバーンとガゼルからのスタートだ。この試合は2人にとって大きな意味を持つ、それゆえに選択したのは超速攻、2人の突出した実力をフルに活かした先制だ。

 最前線で最初にぶつかった豪炎寺もアフロディもその速攻に肉薄するがあと一歩届かない。最初の壁を越えたバーンとガゼルはスピードを落とすことなく雷門陣営に切り込んでいく。

 

 

 が。

 

 

「ここだ」

 

「なッ⋯」

 

「どこから現れた⋯加賀美 柊弥ッ!」

 

 

 音もなく現れた柊弥が2人のパスに割り込んだ。そのスピードにバーンは言葉を失い、ガゼルは目を見開く。文字通り柊弥の動きが目で追えなかったのだ。柊弥が卓越したスピードを誇ることは2人も知っていた、それでもなお反応が出来ないレベルのパスカットだった。

 

 

 そんなことはお構い無しに柊弥は加速する。その速さはまさに雷速⋯いや、光速の域に達していた。

 

 

「クソがッ、何でこんな速え!?」

 

「ドロル!リオーネ!止めろッ!!」

 

 

 反応が遅れたバーンとガゼルではもはや追い付けない。ガゼルが声を荒らげるとドロルとリオーネが真正面から柊弥を抑えに来たが、右左と揺さぶるフェイントから生じた隙で先行のドロルを、そのドロルを抜いた先に待ち構えていたリオーネをスピードで正面突破。瞬く間に中陣まで切り込んだ柊弥はそのまま駆ける。

 

 

「こっからは行かせねェ!!」

 

「全員で行くぞ!!」

 

「おォ!!」

 

「ええ!」

 

 

 ここで止めなければマズイ、そう本能で感じとったカオスのDF4人は即連動し柊弥を完璧に囲む。ドリブルもパスも許さない完璧な包囲網、そのはずだった。

 

 

「まだ上が残ってるぞ」

 

「はッ⋯」

 

 

 あくまでそれは地上の話、彼らは目の前にいるのがその気になれば天すらも掴む男であることを失念してしまっていたのだ。

 直後、柊弥の姿がボールと共に消える。それを知覚した時には暴風が上に向かって吹き荒れる。それに釣られて上を見上げると、そこには雷霆を従える鬼神が鎮座していた。

 

 

雷霆一閃(G2)

 

 

 天が割れ、雷鳴が轟き唸った。降り注ぐ稲妻は正しく絶対の一撃。

 

 

「う、うぉ───」

 

 

 それを止めることなど⋯不可能。

 

 

「この試合、勝つのは俺達だ」

 

 

 前半2分、先制点は雷門イレブン。




柊弥「負けイベ?知るかそんなもん」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第83話 連鎖する進化

投稿が遅れて申し訳ない⋯アホみたいな多忙と体調不良のダブルパンチで中々時間が取れませんでした。
この話は前の更新するはずだったタイミングでほぼ書きあがってたので勢いで完成させてお出ししてます。次の日曜にもちゃんと更新出来るはずです、8割方書けてるので⋯もしかすると1日くらい遅れるかもですが。



『ゴ、ゴォール!!なんと試合開始早々、加賀美が先制点だァッ!!全てを打ち砕くパワー、雷の如きスピード!雷門中の副キャプテンがその力を見せつけたァッ!!』

 

「ふう⋯」

 

 

 ホイッスルに続く実況の熱の篭った声、唖然とするフィールドの中で得点を実感するには十分だった。今は⋯前半2分か、序盤も序盤だがこの点を取り切れたのはかなりデカい。作戦成功ってとこだな。

 

 

「柊弥⋯いつの間にあれだけのスピードを?」

 

「ちょっと、な」

 

 

 ポジションに戻るために自陣側へ歩いていくと、修也が話しかけてくる。珍しくその顔を驚愕に染めて。

 その質問は俺の進化について。知らないのも無理はない、鬼道以外には誰にも教えてないからな。カラクリについては立向居も知っているけど、それでも2人だけだ。

 

 

「俺はこの1週間、個人練習で常に重りを付けてたんだよ。上半身に付けられるベスト型のな」

 

「⋯一応聞くが、何kgだ?」

 

「10kgだな」

 

 

 俺が1週間でここまで進化出来たのはそういう訳だ。まずはチーム全体で行う練習をしっかりとこなす。出来るだけ身体を限界まで追い込むようにな。

 そしてその後、重りを着用した上でイナビカリ修練場に篭もる。フットボールフロンティア優勝に向けて特訓する中で最大レベルもクリア出来るようになっていたが、重りの着用によってその負荷を倍以上に跳ね上げる。一歩間違えればオーバーワークでぶっ倒れるくらいのハードメニュー、1週間毎日続けた結果がこれって訳だ。ちなみにこの重りは帝国で練習している時に春奈に用意してもらったものだ。

 その甲斐あって俺の身体はこの1週間で凄まじい進化を遂げた。パワー、スピード、そして持久力。間違いなくコイツらに通用する。

 

 

「段々と化け物じみてきたな」

 

「はっ、置いてかれんなよ」

 

 

 修也に軽く引かれているような気がする。けどお前も、皆もしっかり追いついてきてくれよ?そのための道は俺が開くし、後ろには守がいる。それが俺達雷門イレブンだ。

 

 

「加賀美 柊弥⋯お前は私が潰してやろうッ!!」

 

 

 試合再開。最前線で俺はガゼルと衝突する。コイツとは前の試合からの因縁がある⋯前の試合ではガゼルに勝ち切れなかった。スピードだけはほぼ互角だったが、それ以外の面ではコイツの方が上。ラストプレーもその差で負けた。

 けど今ならどうだ、さっきはほぼ不意打ち。正面からのマッチアップでも勝ち切れるか?

 

 

(速い。前より強くなっているのは俺だけじゃない)

 

 

 俺が今回鍛える上での目的は以前適わなかったガゼル、推定そのガゼルと同格以上のバーンを一方的に抑えれるくらいになること。対抗することは問題ないが圧倒は無理だな。

 

 

 だから、このパターンを練習しておいてよかった。

 

 

「お呼びかな、加賀美君」

 

「ようこそ」

 

 

 対ガゼルは俺とアフロディだ。ガゼルの強みはやはりそのスピード。もし俺1人で何とか出来ない場合、俺の次にスピードに長けているアフロディと連携して確実に潰す。

 

 

「チッ⋯バーン!」

 

「おうッ!」

 

 

 ポジショニングは完璧、そこに俺達2人のスピードでぶつかればまず単騎での対応は不可能、そうなれば絶対にパスを出すだろ。そのパスはおそらくツートップの片割れになるであろうバーン。そこまでが俺ら想定内、その為の連携パターンも練ってある。

 

 

「練習通りだな」

 

「おうよ」

 

 

 バーンの正面から修也が抑えに入る。更にその横から俺がカバーに回る。バーンのプレーを見たのは沖縄での1回のみ、しかも試合ではなくエキシビションのようなもの。初手からのトップスピード、空中での身のこなし、そして凄まじい破壊力のシュート⋯圧倒的なパワー。ガゼルの強みがスピードであるように、バーンの強みはパワー。

 ガゼルほどではないにしろあのスピードにパワーが乗れば抑え込むことは難しい。その為に必要なのは当たり負けしないフィジカル。細身のアフロディには少し難しい。だが修也、そして俺なら抵抗出来る。

 

 

「クソがッ、鬱陶しい⋯!」

 

「バーン様!」

 

「ネッパー!」

 

 

 チッ、パスを選んできたか。正面突破で来れば確実に俺達2人で抑え込めたんだけどな。

 サイドから走り込んできたネッパー、おそらくプロミネンスのヤツだろう。ソイツに対してバーンがパスを出した。だがそのスピードはバーン、ガゼルと比較すれば並。

 

 

「行かせるか!」

 

「円堂 守⋯なぜお前がゴールの外にいる!」

 

 

 ネッパーの進路を塞いだのは守。目の前に立ち塞がる守に対してネッパーが狼狽える。そうか、コイツらはキーパーとしての守しか知らない。ここ帝国で練習している時に乗り込んできたがバレていなかったらしい。

 そんな意表を突く形での守のディフェンスは想定以上に刺さっている。俺が言えた立場じゃないが、タイヤだったりぶっ飛んだ特訓で守のフィジカルは極限まで磨き上げられている。それも相まってそう簡単に守を振り払うことは出来ないだろうな。

 

 

 そして、時間を稼いでしまえば我らがゲームメーカーの手が届く。

 

 

「もらった!」

 

「ナイス鬼道!!」

 

 

 突破もパスも出来ないネッパーはその場から動けなかった。それをいち早く咎めた鬼道はそのまま駆け上がる。流れは完全に俺達にある⋯カオス、絶対にここで倒してやるよ。

 

 

 

 ---

 

 

 

「攻め上がるぞ!!」

 

「おう!!」

 

「くッ⋯!!」

 

 

 プロミネンスのネッパーが鬼道にボールを奪われ、流れは再び雷門イレブンが握る。想定外だ⋯まさかヤツらがここまでのパワーアップを遂げるとは。

 

 

 

「追うぞバーン!!私達でボールの支配権を奪い返す!!」

 

「ッ⋯」

 

 

 私はバーンに声を掛け、すぐさま切り返す。他の者達は雷門の進化に適応できていない。ならば我々が何とかするしかないだろう。

 だがバーンは動かない。走り去っていく雷門イレブンを凝視しつつも、ただそれだけ。まさか⋯動揺から萎縮しているのか?

 

 

『なあガゼル』

 

『何かな』

 

『絶対雷門に勝って証明すんぞ⋯俺達がジェネシスの座に相応しいってことを』

 

 

 出発前、バーンはこんなことを私に言ってきた。当然言われるまでもなくそのつもりだったし、我々こそが真のジェネシスなのも揺るがない。そんな啖呵を切っていたというのに⋯全く、仕方の無いやつだ。予想外のことが連続すると昔からこうだ。

 

 

「鬼道!」

 

 

 視線の先では加賀美が鬼道にパスを要求する。それを妨害するようにドロルがパスコースに割り込み、鬼道の動きを封じる。

 加賀美⋯彼には何としてでも勝たなければならない。前回の試合でも、この試合の始まりでも常に私達に牙を向いてきた。今この場の支配者は間違いなく彼だ。

 

 

「鬼道!任せろ!」

 

「円堂!」

 

「くッ」

 

 

 後ろから上がってきた円堂が鬼道とワンツー、ドロルを突破する。鬼道から加賀美へのパスコースはフリー、このままパスが渡れば確実にまた失点するだろう。DF陣がまだ機能していないし、グレント1人では加賀美の雷霆一閃は止められない。

 

 

「晴矢、そこで見ていろ」

 

「⋯風介?」

 

 

 私が、加賀美 柊弥を越えてみせる。

 

 

 

 ---

 

 

 

「出せ鬼道!!」

 

「頼むぞ加賀美!」

 

 

 円堂の助けを得てドロルを突破した鬼道。柊弥へ繋がる道は既に開けている。送り出されたボールは直線的な軌道を描きながら柊弥の元へ──

 

 

「シィッ!!」

 

「なッ⋯」

 

「馬鹿な⋯いつ動いた」

 

 

 刹那、疾風が吹き抜けた。これ以上邪魔されることなく通ると思われたパスは、柊弥に届くことは無かった。まるで空間を切り取ったかのように2人の間に現れたのはガゼル。そのスピードは先程の柊弥を上回るほどだった。

 

 

「くッ、行かせるか!!円堂!!」

 

「おう!!止めるぞ!!」

 

 

 パスカットに成功したガゼルはすぐさま雷門ゴールを見据える。狙いは当然カウンター、だがその目論見を見逃す鬼道ではない。すぐさまガゼルを止めるために動き出し、円堂もそれに呼応する。

 

 

「甘い、その程度で私は止められないッ!!」

 

(何だこのスピードは!?ボールを奪う前とはまるで比較にならん!!)

 

 

 しかし今のガゼルは止まらない。柊弥を越える、試合の流れを引き寄せる。その目標がガゼルを上のステージへと押し上げる。集中による限界突破、女神はガゼルに手を差し伸べた。

 

 

フレイムダン──

 

キラースラ──

 

「邪魔だッ!!大人しく引っ込んでいるがいいッ!!」

 

 

 一之瀬と土門は鬼道が突破された瞬間に動き出し、同時に必殺技でガゼルを押さえ込もうとした。だがガゼルは2人の想定よりも速すぎた。フレイムダンスとキラースライド、2人の必殺技が発動するよりも速くガゼルは一之瀬と土門の間を駆け抜けた。

 あまりの速さに一之瀬達は言葉を失った。だが、その試みは無駄ではなかった。僅かばかりに生まれたその時間が雷の支配者をこの場に繋いだ。

 

 

「ここまでだ⋯お前は俺が止める」

 

「止めてみろ⋯加賀美 柊弥ァ!!」

 

 

 パスカットされた時にガゼルが見せたスピード。そこから柊弥は、鬼道の次に動き出していた一之瀬達が突破されることを見越して既に動いていた。最速VS最速、2人のスピードスターの戦いが幕を開ける。

 

 

(くッ、寄せが速い⋯ぶつかり合うしかない!)

 

 

 ガゼルは単騎でここまでやってきた。それゆえにパスを出せる仲間は近くにいない。その上目の前にいるのは柊弥、先程のように触れられることなく突破することは不可能。だからこそガゼルは正面衝突を選択した。

 

 

「らァッ!!」

 

「ぐッ!?」

 

(何だこのパワー、単に速いだけじゃない⋯この男、1週間で自分の身体に何をしたというんだ!?)

 

 

 しかしその選択肢が悪手だったのではないか、そうガゼルは心の中で驚愕する。ガゼルの想定ではスピードでは互角でもパワーは自分の方が上のはずだった。だが実際には逆、柊弥の方が圧倒的に強靭だった。衝突の瞬間に当たり負けしそうになったが、ガゼルはありったけの力を込めて耐える。

 

 

(パワーは俺の方が上、勝てる!)

 

 

 一旦距離を取ったガゼルに対して柊弥は再び詰め寄る。もう一度ぶつかり合いに持ち込めば間違いなく自分が押し勝てる。その確信と共に全身に力を込める。

 

 

(私は⋯いや、私達はッ!!)

 

 

 衝突直前、柊弥は目撃する。ガゼルの眼にギラつく光が宿ったその瞬間を。

 

 

「負ける訳には、いかないんだァァッ!!」

 

「なッ⋯!?」

 

 

 直後、ガゼルが激しく叫ぶ。まるで獣のように、空間が震えるほどの咆哮だ。柊弥は衝突と同時に顔を歪める。明らかに重いのだ、ガゼルのチャージが。予想外のパワーに柊弥は一瞬後退、極限まで集中が研ぎ澄まされたガゼルはその隙を見逃さなかった。

 

 

「ここだぁッ!!!」

 

 

 ガゼルは柊弥の横を通り抜ける。柊弥もすぐさまその後を追うが、ガゼルは更に加速する。追いつくどころかどんどん距離が離される中、せめて声を張る。

 

 

「止めろッ!!」

 

「止まるかあァァァァァッ!!!」

 

 

 柊弥の声より早く、壁山や塔子、綱海がガゼルに向かって動き出していた。しかし先程の一之瀬達同様、必殺技の発動すら許されなかった。まさしく疾風怒濤⋯パスカットなら一瞬でゴール前まで辿り着いた。

 

 

ノーザンインパクト⋯"V2"ッ!!

 

 

 雷門サイドに考えさせる時間を与えずガゼルは己の武器を振りかざす。進化した絶対零度の一撃が空を裂きながら立向居の構えるゴールに向かって放たれる。

 

 

(未完成のムゲン・ザ・ハンドで止められるようなシュートじゃない!!それなら⋯)

 

マジン・ザ──

 

 

 迎え撃つならマジン・ザ・ハンド。その思考のプロセスが命取りとなった。魔神を解き放ったその瞬間には既に立向居の眼前にシュートが迫ってきていた。溜めが不十分なまま手を突き出すがそれは無謀。触れた瞬間に身体ごと立向居はゴールに押し込まれる。

 

 

 試合開始5分。天秤は再び水平となった。

 

 

 

 ---

 

 

 

「立向居!大丈夫か!」

 

「はい加賀美さん⋯すみません、守りきれませんでした」

 

「仕方ねえよ。俺がアイツを止めてれば済んだ話だ」

 

 

 ゴールまで駆け寄り、倒れ込んでいた立向居に手を差し出す。掴んだ手は震えており、先程のシュートの凄まじさを物語っている。

 あの瞬間、ガゼルは間違いなく壁を越えていた。じゃなきゃ1回目の衝突と同じように俺が優位だったはずなんだ。一体アイツに何が起こった?

 

 

「考えるのは無駄か⋯」

 

 

 そうだ、終わったことをいつまでも引きずるな。試合中にフィジカルが急成長するなんてことはありえない、なら俺がガゼルに負けたのは気持ちの問題だ。あの瞬間アイツは俺を執念で上回った。ならそれを更に越えれば良いだけだ。

 

 

「加賀美、守りは俺達に任せて点を取りに行け」

 

「分かってる。頼むぞ」

 

 

 ポジションに戻る時、鬼道が俺に声を掛けてくる。試合はまだ前半の5分、巻き返しなんてどうにでもなる。ここで俺がやるべきは再び点を奪って流れを取り返すこと。やるしかない。

 

 

「修也、アフロディ。着いてきてくれよ」

 

「ああ」

 

「勿論さ」

 

 

 点を取る。それが俺達ストライカーの仕事だ。

 

 

「アフロディ」

 

 

 ホイッスルが鳴り響き、俺達のキックオフから試合再開。後ろに控えているアフロディにボールを預け、俺は修也と一緒に先に走り出す。

 

 

「加賀美君!」

 

 

 間もなくしてアフロディから俺に声が掛かると同時にパスが飛んでくる。それと同じタイミング、俺の前に影が立ち塞がる。

 

 

「退けよ」

 

「断る」

 

 

 ガゼルだ。先程と同じ凄まじいスピードで進路を塞ぐ。修也は⋯ネッパーに封じられている。アフロディはまだ距離があるからダメだな。俺が単騎でガゼルを突破するしかない。

 さっきのことがあった以上、真正面からの衝突はリスキー⋯

 

 

 ⋯なんてな。

 

 

「いくぞッ!!」

 

「ぐッ!?」

 

 

 負けっぱなしで終われるかよ。ここでビビって正面衝突を避けるようなヤツがこの試合で勝てるわけねえだろ。

 ガゼルにとって予想外だったのか、大きく体勢が崩れた。すぐさま持ち直したが、お前が俺の隙を見逃さなかったのと同じように俺も見逃さない。一瞬で加速、ガゼルは流石の超反応を見せるがそれはブラフ。ダブルタッチで走路変更、真横に抜けるチョップドリブルでガゼルを追い抜く。

 

 

(見えたぜ、相棒)

 

 

 俺がガゼルを追い越したと同タイミング、修也がネッパーのマークを振り払って走り出していた。言葉もなしにアイコンタクトで意図を読み取った俺は修也の走るコースにボールを送り出す。そのボールは誰にも邪魔されることなく修也に渡る。

 

 

 だが俺は見てしまった。修也の後ろから迫る、猛き炎を。

 

 

「遅せェよ」

 

「なッ」

 

 

 修也以上、俺とガゼルと同格のスピードで誰かが修也の正面に躍り出てタックル。あまりの膂力に修也は耐えきれずボールの支配権を奪われる。

 その場に倒れ込んだ修也を見下ろしたのは⋯赤い髪、カオスを率いる男⋯バーンだった。

 

 

「目ェ覚めたぜガゼル⋯」

 

「ふん、遅かったじゃないか」

 

 

 だがその目は眼前の相手を下に見るような目では無い。闘志に満ちた⋯燃えるような目だ。

 

 

「行くよ」

 

「おう」

 

「待てよ⋯行かせるわけねえだろ」

 

 

 ガゼルがそう声を発すると、バーンは加速。同じようにガゼルも走り出す。だがそれを大人しく行かせてやる俺じゃない。すぐさま2人を追い掛ける。先にスタートこそ切られたものの、俺とガゼルの距離は離れていない。いざとなれば雷霆万鈞で無理やり追い越せる。

 

 

「ここは通さないよ!」

 

 

 だがその必要はなかった。後ろに控えていたアフロディがバーンの行く手を阻む。

 

 

「邪魔だ!フレイムベール!!

 

 

 アフロディと対面した瞬間、バーンはボールを地面に叩き付ける。すると下からマグマが噴き出し、下からアフロディに突き刺さる。噴火を連想させるほどの凄まじい勢いのそれは、アフロディを軽々と吹き飛ばした。

 だが十分だ、その時間があれば俺が届く。

 

 

「おっと、怖ぇ怖ぇ」

 

「くッ」

 

 

 俺は必殺技の後隙を狩るつもりで標的をガゼルからバーンに切り替えた。だが、予想以上にバーンの立て直しが早く、弾丸のような横パスが飛ぶ。俺が追うのをやめたガゼルがそれを受け取り、更に加速。あの野郎まだスピードに上がありやがった。

 それと同等の速さてバーンも駆け上がる。無理にボールを奪いにいったせいで俺はすぐには追い掛けられず、一気に突き放される。2人の連携は凄まじく、鬼道達のディフェンスを持ってしてもバーンとガゼルは止まらない。

 

 

「壁山!アレをやるぞ!」

 

「はいッス!!」

 

 

 だがパスやドリブルで躱す際に生まれる僅かな時間で守が後衛でのディフェンスに間に合う。壁山に声を掛けて守は正面のガゼルを止めに入る。

 

 

「ふッ、甘いよ」

 

「上だ守ッ!!」

 

 

 だが甘かった、ガゼル1人を止めることに集中しすぎてバーンの動きが見えていなかった。もしかすると誰かがバーンのマークに間に合っているはずだったのかもしれない。けどバーンが()()()()()あたり、振り切られたか。

 バーンは既に空中、そしてガゼルは最初から突破ではなくバーンへのパスしか考えていなかった。送り出されたパスがバーンの元に届くのは必然のことだった。

 

 

「いくぜ⋯アトミックフレア"V2"ッ!!

 

 

 翔んだままボールを受け取ったバーンは何と空中で反転し、炎を纏いながら更に高く翔びオーバーヘッドの体勢。

 そのまま放たれたのは太陽を連想させる程の熱を孕む灼熱のシュート。ゴールとの間に割り込める者は⋯立向居を除いて誰もいない。

 

 

「うおおおおおッ!!マジン・ザ・ハンド"改"ィ!!

 

 

 立向居が気合を剥き出しにして蒼の魔神を従える。咆哮と共に魔神がバーンの一撃とぶつかり合う。その瞬間、魔神の全身を炎が包み込む。

 

 

「ぐ、オオオオオオオオオッ!!!」

 

 

 そして、魔神は炎に包まれたまま砕け散る。

 

 

「っしゃァ!!これが俺達カオスの実力だッ!!」

 

「油断は無い⋯全力を持って君達を叩き潰すッ!!」

 

 

 ゴール前のバーンとガゼルが声を荒らげる。その気迫は相当のもので、皆の顔が更に強ばる。それとは真逆に、カオスの面々の目には2人の眼光が伝染する。

 マズイな⋯この流れ、最初の優勢が完全にひっくり返る。

 

 

「けどな⋯俺達だってまだ終わりじゃねえんだよ」

 

 

 まだまだ底は見せてない。最後に勝つのは俺達だ。




前の話では柊弥が大暴れ。それに触発されたように躍動したのは何と敵であるバーンとガゼル。けど、進化の連鎖はまだまだ続くようです。次は一体誰でしょう⋯?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第84話 粉砕

人気はあるけど原作では活躍の場がないあの技とあのキャラが活躍します。さて、何でしょうか?


「柊弥!」

 

「任せろ」

 

 

 試合再開早々に加速、劣勢である今相手に余裕を持たせたらダメだ。考える暇もないほど圧倒的な速攻で一気に攻め潰すのが最善手。

 

 

「おい、そんな簡単に俺達を抜けると思ってんのか?」

 

「思い上がりも程々にしておきたまえよ」

 

「最初から出来ないと思ってやる馬鹿どこにいるんだよ」

 

 

 そうすると一番最初にぶつかるのはやはりこの2人。コイツらの覚醒で流れが一気に持っていかれた。それなら、この2人を真正面から潰せば相手の熱も冷め、こっちの士気は上がるだろ。

 

 

 バーンとガゼルは互いに絶妙なポジショニングで俺の前方を塞いでいる。成程、正面突破だけを封じて横移動、後ろへのパス辺りはご自由にどうぞってスタイルか。パスは⋯最終手段だな。極力ラインを下げたくない。横へのパスも2人以外のヤツらがしっかり警戒してやがる。

 

 

「追い付いて見ろよ」

 

「んなッ⋯」

 

 

 攻めあぐねているところから一気にバーンに向かって突撃。勢いはそのままにボールを転がしたまま超スピードで左右に跨ぐシザースで揺さぶりを掛ける。

 

 

「ちょこまかとしつけェッ!!」

 

「残念、逆だ」

 

 

 重心がやや左に寄ったタイミングで右に切り返すが、バーンはしっかりと反応してみせる。だがそれは俺の撒いた餌。分かりやすく右に抜けようとすればその程度の重心の偏り無視して突っ込んでこれるよな。それが分かっているならそれをブラフにして次の手を打てばいいだけだ。右に抜ける際の左インサイドで送り出したボールを接近したタイミングで右インサイドで反転、俺を狩るために走り出した状態じゃここまでは対応できないだろうな。

 だが、左に抜けるとなると次はコイツとやらなきゃならない。

 

 

「キミのフェイント技術は既に体験済みだ。バーンのように突破出来るとは思わないことだ」

 

 

 ガゼルは冷たい視線を向ける。コイツには前の試合でもフェイントを使ってるからな。ダブルタッチにルーレット、そしてさっきバーンに使ったシザース。しかもバーンにあそこまで刺さったのはわかりやすい直情型なこともある。前は荒れてたがガゼルの本領はこの冷静さ。一度見せた技は通用しないとみて良いだろうな、併せ技ならまだしも。しかし、それは一度見せたらの話だ。

 

 

(外で弾いて、内で戻すッ!)

 

 

 右脚のアウトサイドで一瞬ボールを弾き出し、すぐさま同じく右脚のインサイドで弾き戻す。インで弾きインで戻すダブルタッチとはまた違う、一瞬の駆け引きにより特化したエラシコの動きだ。そこに俺のスピードが乗れば相当面倒だろ。

 

 

「くッ、逃がさないッ!!」

 

「しつけえな」

 

 

 が、ガゼルは片足で地面を思い切り蹴り砕き無理やり俺の進行方向に 躍り出る。ボディバランスなんてフル無視の滅茶苦茶な動き、コイツこんなことも出来たのか。

 けどそんな無茶な体勢で突っ込んできたらもう止まれないよな。

 

 

「なッ、バカなッ⋯!」

 

 

 すぐさま左脚でボールを止め、それを視点にして派生させるルーレットで左に倒れ込むガゼルを置き去りにする。

 

 

「行かせるか!!イグナイトスティール!!

 

「うおッ!?」

 

 

 だがガゼルを抜き去って前に向き直した直後横からネッパーの炎を纏ったスライディングが襲い掛かる。クソッ、ガゼルの最後の足掻きを躱すことだけに集中してたせいで第三の矢が飛んでくるなんて想像してなかった⋯!

 跳んで回避を狙うが間に合わない。それより早くネッパーのつま先がボールを捉えて俺は弾き飛ばされる。起き上がった時には既にネッパーは俺達の中盤まで攻め込んで来ていた。

 

 

「一之瀬!土門!」

 

「おう!」

 

「名誉挽回するぜ!」

 

 

 だが心配する必要はなかった。俺が前線でボールをキープしていたせいで他の皆はいつでも動く準備が整っていた。動けるヤツがいれば鬼道が指示を出せる、そうすれば簡単に攻め込まれることもない。バーンとガゼルも俺との差し合いでまだ最前線までは上がれていない。この2人以外ならつ鬼道の指示で動く鍛え抜かれた皆を突破することは簡単じゃないだろう。

 

 

「ネッパー!」

 

 

 ネッパーに対して一之瀬と土門が止めに入る。多勢に無勢、連携の練度が抜群のあの2人を突破するのは難しいだろう⋯そう理解してドロルが横からネッパーにパスを求める。だがネッパーはすぐにはパスを出さない。何が狙いだ⋯バーン、ガゼルが前線に来るまでの溜めか?

 

 

「⋯ヒート!」

 

 

 いや、違うか。ドロルへのパスを警戒させての本命のヒートへのパスか。だがリスクを抑える代わりにラインを下げた。それなら俺や修也、アフロディが──

 

 

「ヒート!俺に出せ!」

 

「バーン様!」

 

 

 ──速すぎんだろ、コイツ。いつの間にスタートを切った?

 

 

「⋯そういうことかよ」

 

 

 バーンが先程までいた場所を見ると、このスピードの仕掛けの種が残されていた。その場にあったのは、2つの足跡と広めに取られた手跡。陸上競技なんかでお馴染みのクラウチングスタートか。確かに普通に走り出すよりはスピード出せるだろうな。

 バーンのシュートの破壊力はさっき目の当たりにした通り。立向居のマジン・ザ・ハンドでは厳しい。俺が止めに入れば何とか⋯いや、待てよ。さっき自分でみんなが準備して待ってるって理解してたじゃねえか。それなら良い。俺が今出来るのは皆を信じて待つことだな。

 

 

「壁山、いけるな!」

 

「はいッス!!」

 

「へッ、テメェらに俺が止められるかよ!!」

 

 

 そのままバーンは飛び上がる。太陽のような熱を秘めた脚は炎の軌跡を描く。凄まじい熱が離れたところにいる俺の方にまで波のように押し寄せる。けどその眼下では守と壁山が待ち構えている。成程、あの技のお披露目か。

 

 

「これで3点目だ!!アトミックフレア"V2"ッ!!

 

 

 先程もゴールを燃やし尽くした灼熱のシュートが放たれる。その威力は一切衰えることはなく、再びゴールに向かって襲い掛かる。

 

 

「キャプテン!!」

 

「おう!!」

 

 

 迫り来る脅威に対して壁山はザ・ウォールを展開。だがその高度、強度は比較にならない。守のエネルギーを上乗せしてブーストを掛けている状態と言えば分かりやすいか。

 そして守は両手からゴッドハンドを展開。壁山が作り出したザ・ウォールをがっしりと掴み、それをより広範囲へ展開。ゴッドハンドから更に力が伝わり更に強固なものへ。

 

 

「これが、俺達の!!」

 

ロックウォールダムッス!!」

 

 

 リベロにコンバートした守と壁山による新必殺技。だがこれで終わりではない。このままならシュートの威力を削るだけで止めきることはできないだろう。だからこそ守は次の手を打つ。額に力を集中させ、黄金の拳を作り出す。正義の鉄拳と同等のパワーを誇る、守がリベロになった最初に創り出した必殺技。

 

 

「更に⋯メガトンヘッドォッ!!

 

 

 後ろをロックウォールダムで支えられたメガトンヘッドがアトミックフレアと正面衝突し、凄まじい衝撃波が巻き起こり火花を散らす。そうしている内にに2人は地面を削りながら押し込まれていく。

 

 

「負けるかァ!!」

 

「絶対に止めるッス!!立向居君の負担を減らすッスよ!!」

 

 

 そう叫ぶと、2人の覇気が膨れ上がる。それに呼応するかのように後退は止まり、ペナルティエリアに侵入するギリギリで踏み止まる。

 

 

「んだとッ⋯!?」

 

「ナイス円堂!こっちだ!」

 

 

 そして完全に止めた。すかさず一之瀬がボールを受け取りに走る。パスが渡った一之瀬はそのまま前線へ向かう。駆けていく途中で鬼道が合流し、テクニックに特化した2人による超連動で次々と妨害を突破していく。

 

 

「これ以上は行かせない」

 

「ふっ、お前がブロックに来るのは読んでいたさ」

 

「ふん、ならば止めてみたまえよ」

 

 

 ボールを持った鬼道に対してガゼルが抑えに寄る。いくら鬼道のスペックが高くても、ガゼルにはそれを全て押し潰せるほどのスピードがある。強行突破に振り切る前に何とか躱さないとキツい。いつでもカバーに入れる位置にはいるがどうする、鬼道。

 

 

「一之瀬!」

 

「甘い、そのパスは単調すぎる」

 

「それはどうかな?」

 

 

 鬼道が一之瀬のやや前気味にパスを送る。当然一之瀬はそれを自分のものにするために加速するが、それを読んでいたガゼルは超スピードで一之瀬に寄る。恐らくパスカットは出来ないが、一之瀬がボールを受け取ると同時にマッチアップに持ち込める。

 だが一之瀬はガゼルのそのスピードも計算のうちだった。受け取ると思わせて股の間を通してスルー、ガゼルとの正面衝突を避けてボールを見逃した。

 そのボールを受け取ったのは、走り込んできていた土門。

 

 

「よっしゃ!練習の成果だな!」

 

「ああ!そのまま運べ土門!!」

 

 

 鬼道から一之瀬へのパスと思わせてのスルー、そのこぼれ玉を土門が確保するまでの連携パターンか。練習じゃ俺も初見で煮え湯を飲まされたな。けどナイスだ、ガゼルは抜いた、バーンはまだ間に合わない。これなら⋯攻め切れる。

 

 

「そこからは進入禁止」

 

「くッ」

 

 

 土門の前に小柄な女DF、クララが立ちはだかる。アイツ、土門への寄せが異常に速かった。ガゼルが突破されたその瞬間に土門にだけ集中して動いてたか?

 だが問題ない、俺が間に合う。

 

 

「加賀美!」

 

「おう!」

 

「駄目」

 

 

 俺がサイドから上がり、土門にパスを要求する。土門もそれを聞いて俺の方に向き直りボールを送り出すが、突如としてその間に氷の城壁が現れる。何だこの必殺技、壁山のザ・ウォール⋯いや、ロックウォールダムに限りなく近い。

 

 

アイスフォートレス

 

「なッ、何処から──」

 

 

 壁の向こうで土門の声が途切れると同時、氷壁は融解。その奥にいたのは壁を作り出したクララ。そしてボールを足蹴にするゴッカ。土門は地面に倒れ込んでいた。

 ⋯なるほどな、クララが氷の壁を創り出して対象を周囲から隔絶。逃げ道を封じたところでゴッカが1vs1でボールを奪い取るってことか。正確には壁を作ることがあの必殺技の本領、ゴッカとの併せ技は応用の範疇だろうな。

 それにしてもあの壁、キツイな⋯強度もかなりのものと見た。あのキーパー単体なら俺が何とか出来る。けどシュート自体を封じられる、或いは威力を削られれば分からない。こんな伏兵予想出来るかよ⋯

 

 

「ドロル!!」

 

 

 分析しているとゴッカがドロルにパスを出す。だがそのドロルに対して修也が一気に詰める。ギリギリでタックルが間に合ってドロルはボールをロスト。そのまま転がっていくボールを確保したのはネッパーだった。だがそれすらも読んでいたアフロディがネッパーのボールを奪いに走る。並走する2人は何度かぶつかり合うも状況は動かない。

 

 

「ネッパー!」

 

「チッ⋯」

 

 

 それを見兼ねてサポートにリオーネが走る。だがネッパーはパスを渋る。何だ?今のパスを迷う理由はなかったはず⋯一体何だ?

 

 

「ボンバ!!」

 

「ふッ!!」

 

「なにッ!?」

 

 

 結局ネッパーら逆サイドから走り込んできたボンバに対してパスを出した。だが、その2人の間に割り込む影があった。鬼道だ。ネッパーのその動きを完全に読んでいたのかピンポイントの位置に現れたな、まさかこの前半の中でもう相手の癖を把握したのか?

 

 

「アフロディ!!」

 

 

 鬼道のそのスティールはカオスにとって完全に予想外だったのかカオス側の布陣は穴だらけだ。鬼道の弾丸のようなパスは吸い込まれるようにアフロディの足元へ送り届けられた。

 そのままアフロディは雷を従え天空へ翔ける。黄金の翼がボールを包み込むと、神々しい雷が迸る。

 

 

「このチャンス、必ずモノにする⋯ゴッドノウズ・インパクト!!

 

 

 アフロディの必殺シュートが放たれる。ようやく訪れたシュートチャンス、ここで同点に並べれば気持ち的にも俺の体力的にも余裕を持てる⋯さあ、どうなる?

 

 

アイスフォートレス

 

 

 ゴッドノウズ・インパクトがゴールに迫るが、突如氷の城壁がその行く手を阻む。あの技、敵を囲むだけじゃなく自分を中心に超広範囲までカバー出来るのか⋯ロックウォールダムと同等、下手すればそれよりも広いかもしれない。

 

 

「止められはしない、けどこれだけ弱めれば」

 

バーンアウト!

 

 

 明らかに威力が抑えられたゴッドノウズ・インパクトにグレントが炎を宿した拳を叩き込む。触れた瞬間アフロディの雷は全て燃やし尽くされ、ボールは地に落ちる。

 

 

「くッ、ダメか⋯」

 

 

 やはりあのシュートブロックが入ったら厳しいな⋯だが、それならそれでやりようはある。

 ボールはグレントのロングスローによってボンバへ。

 

 

「遅せェな」

 

「なにィ!?」

 

 

 一瞬の速攻で体制が整っていなかったからこそパス先を絞れた。ポジショニングが最も良いボンバに送ると思ってたよ。そしてボンバは体格がデカい分鈍い。それなら俺のスピードでぶんどれる。

 前半はもう終わりに近い⋯なら、ここで1つ無茶してやるか。

 

 

「貴方は駄目。そもそも撃たせないわよ⋯アイスフォートレス

 

 

 ボンバからボールを奪った勢いのままゴールに向かって走る。すると、クララが三度氷壁を創り出す。しかもその形は超広範囲な上にかなり高い。なるほどな、雷霆一閃の高度を警戒してか。消耗は激しいだろうが、あっちも前半終了が近いから全力で止めに来てるな。

 雷霆一閃なら壁は破れるだろうが、さっきのゴッドノウズ・インパクトのようにグレントに止められるのがオチ。

 

 

 それなら、俺は壁を壊すことに集中する。

 

 

「ォォォォオオオオオオオオオオオッ!!!」

 

 

 全身に力を込め、腹の底から叫ぶ。その時ボールから蒼の雷が激しく迸った。雷霆一閃は俺の究極奥義。パワーとスピードも併せ持った、考えうる限り俺にとって最強のシュートだ。だが、このシュートはどれだけエネルギーを込めるかで威力が大きく化ける。5割からはその化け具合も跳ね上がる。そして今からぶち込むのはその5割だッ!!

 

 

ライトニングブラスターV2ッッッ!!

 

 

 放たれた極太の雷は絶対零度の城壁と衝突。凄まじい勢いで壁が削れていく。

 

 

「く、うゥッ⋯!」

 

「打ち砕け」

 

 

 アイスフォートレスの耐久が一気に削れたその瞬間、まるで爆弾のように雷が炸裂。直後氷壁全体にヒビが入り音を立てて崩れる。

 それと同時、ボールは突き進むのではなく大きく上に弾かれる。そしてそこにいるのは、炎の魔神を従えた相棒。

 

 

「焼き尽くせ、修也」

 

爆熱ストォォォムッ!!

 

 

 ここまでが俺の狙いだ。ライトニングブラスターで壁を打ち破ったとして、威力を削れた状態じゃ結局止められる。だから最初から壁をぶっ壊すことだけに集中したわけだ。貫くのではなく、炸裂して砕くことに重きを置いたシュート。ボールが弾き飛ばされた方向に修也、或いはアフロディが反応できるかはほぼ賭けだったけどな。

 

 

バーンアウトォ!!

 

 

 グレントが炎の拳で爆熱ストームに対抗する。けどダメだ、そんな炎じゃ修也の炎に呑まれるだけ。俺の相棒を甘く見るんじゃねえよ。

 

 

「ぐォォォォッ!?」

 

 

 両拳が弾かれると同時、爆熱ストームを思いっきり腹に受けてゴールへと押し込まれる。ホイッスルが鳴ってスコアボードが2-2に更新される。そのタイミングで再びホイッスルが鳴り、前半終了。

 

 

「流石」

 

「良く言う。俺が来るって分かってて俺の方にボールを飛ばしたんだろ?」

 

「バレてら」

 

 

 互いに拳を突き合わせ、こちらへ走ってくる皆の元へ合流する。さて、何とか前半の内に同点まで持ち込めたな。まだまだ俺達には隠し球がある。アイツらはどう出てくることやらな。




アイスフォートレス。オリ技ですね。
カオスのDFって巨体2人組しか目立ってないよなあ⋯せや、クララって確かダイヤモンドダストの正GKよりキーパー適正あったな。ほなら新ブロック技使わせちゃお!wという軽いノリでの出番でした。
ちなみにカオスにはあと1つオリ技を使わせる予定です。テコ入れです。柊弥のせいで雷門側が強化されてるしこの位は平気平気。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第85話 混沌が極まる

最近毎週更新が本当に難しい⋯
前みたいに書き上がったら更新する形式に切り替えるべきか。

それはそうと次々新作情報出てますね。円堂ハルはまさかのサッカーつまんねタイプ。マジ?


 カオスとの試合はハーフタイムに差し掛かった。前半終了時点でスコアは2-2の同点だが、流れは確実に俺達にある。前半のギリギリで見せてきたヤツらの守備の隠し玉、アイスフォートレス。初見は肝を冷やしたが、点を奪うことじゃなくて壊すことに重きを置いたライトニングブラスターなら何とかなる。ただ難点があるとすれば俺の消耗が跳ね上がること…もっとも、それはあっちも一緒だけどな。

 

 

「皆、ちょっといいか」

 

 

 熱が冷めないよう程よく身体を動かしながら休んでいると鬼道から全員に集合が掛かる。このタイミングでの集合⋯ああ、アレか。前半で掴んだのであろうヤツらの弱点。

 

 

「1つ確認する。ダイヤモンドダストとプロミネンスのメンバーの区別は出来ているな?」

 

「ああ。ダイヤモンドダストとは一度試合してるからな」

 

「よし、それなら良い」

 

 

 集まった皆に対して鬼道は俺達に1つ確認を取ると、後半の動き方について話し出す。

 曰く、プロミネンスとダイヤモンドダストとの間に確執が見られるらしい。厳密にはプロミネンスのMF、ネッパーだ。ヤツは明らかなチャンスでもダイヤモンドダストのメンバーにはパスを出さず、どんな状況でもプロミネンスの仲間に通すことを考えているらしい。

 成程な、違和感の正体はそれか。最初は溜めを作るためだとか考えていたが明らかに不自然だった。何の為にそんなことをしているのかは分からないが、その悪癖は俺達にとって勝ちに行くための突破口だ。

 

 

「後半からは守備に集中しよう。ネッパーにボールが渡ったタイミングがチャンスだ。プロミネンスのメンバーへのパスコースに注目し、その間に割り込む」

 

「点数差をつけられることを警戒しながらカウンター狙いってことだね」

 

「任せてくださいッス!!」

 

 

 鬼道の判断は俺達FWも後ろ気味に構える守備特化のスタイル。全員で守り、主導権を握った瞬間にカウンターだ。

 

 

「それにあたって⋯1つ作戦がある」

 

「──成程」

 

 

 それを実行するための作戦が鬼道から告げられる。シンプルかつ理にかなっている作戦だ。実行するのも難しくは無い、けど俺がしくじったら終わりだな。じゃあ成功させろってだけの話だけど。

 

 

「ボールを奪うのは俺がやる。その瞬間にカウンター、あの技を狙う」

 

「了解だ。俺はそのサポートに徹しよう」

 

 

 この作戦が決まれば俺達が有利になる。やるしかないってことだ。

 

 

「同点か⋯上等だ」

 

「張り合いがなければつまらないからね」

 

 

 相手のツートップはまだ余裕がありそうだ。序盤でのメンタルだったら勝敗は明らかだったんだがな。

 地球の命運が掛かってる試合だ、そんな中でこう思うのは不謹慎というか、相応しくないのかもしれない。けどどうしような、段々と──

 

 

「楽しくなってきた」

 

 

 そう呟いた瞬間、後半開始のホイッスルが鳴る。こちらのキックオフから開始だから修也とアフロディが攻め上がるが⋯

 

 

「へっ、遅せぇよ」

 

 

 一瞬のうちにバーンが奪取。一切の抵抗を許さずボールだけを自分の手中に収める。その直後俺は自分の仕事を為すべく加速、すぐさまガゼルの正面を抑える。

 

 

「よう」

 

「お引き取り願おうか」

 

 

 ガゼルが俺を抜くために左右に激しく揺れる。右、左、右右左⋯流石に速いけど追える。そんな簡単に行かせるかよ。ガゼルに狙いを絞った徹底マーク、これが俺の仕事なんだからな。

 

 

「チッ⋯ヒート!」

 

 

 ガゼルへのパスから中央突破を狙っていたんだろうバーンはそれを諦めて後ろにいるヒートへとボールを下げる。その直後、バーンの自由を奪うように修也、アフロディが2人がかりで挟む。

 

 

『まず第一段階。キックオフはこちらだが⋯あえてボールを奪われてくれ』

 

『わざと?』

 

『ああ。ただ奪われるだけじゃなく、バーンに奪われるんだ』

 

『とりあえず、最後まで聞かせてもらおうか』

 

『バーンに奪われたタイミングで加賀美、お前がガゼルのマークに着いてくれ。絶対にバーンからのパスを通すな』

 

『絶対にね。了解』

 

『そうすれば恐らくバーンは他の者にパスを出す。そうしたら豪炎寺とアフロディは2人でバーンのマークだ』

 

 

 ここまでは鬼道の計画通りだな。バーンがボールを奪いやすいように同じサイドに寄っている修也がキックオフパスを受け、仕掛けやすいように後ろを気にかける所作を見せた。前半のゴールでボルテージが上がってるとはいえバーン単騎での突破は厳しい。さっきのクラウチングスタートみたいに目を切ってないと使えない奇策も打たせない。そうすれば当然まずはガゼルへのパスを狙うだろうが、その相方は俺が完璧に抑える。じゃあ、後ろに下げるしかないよな。

 

 

(ここからはひたすら粘着だ。後は⋯しくじんなよ、鬼道)

 

 

 パスを受け取ったヒートは前線に走り出す。その際バーンとガゼルを抑える俺達の前を通るが無視だ。何か仕掛けてくると思っていたのだろう、一瞬表情が揺らいだがヒートはそのまま加速を続ける。

 すると、そのサイドから示し合わせたようにネッパーが走り込んで来る。

 

 

「ヒート!」

 

「ネッパー!」

 

 

 ヒートよりもネッパーの方が突破力は高いのか、合流してすぐボールはネッパーに委ねられる。その瞬間俺達の目の色が変わる。まず動いたのは一之瀬に土門。走り出した先は⋯ネッパーから近いヒート。そして片方は後ろに控えるリオーネのいる場所。

 

 

『プロミネンスのメンバーはバーン、ネッパー、ヒート。それにDF寄りに構えるバーラにボンバ。そしてキーパーのグレントだ。その中で確実に抑えるべきはヒートだ』

 

『他は?』

 

『構わん。恐らくヤツらは前に出てこない。それに加えてもう1人ダイヤモンドダストの前衛を抑えたい』

 

『ということは⋯リオーネか』

 

『ああ。この2人を抑えるのは一之瀬に土門、お前達に任せる』

 

『分かった!』

 

『任せろ!』

 

 

 ここまでも完全に鬼道の作戦通りだ。ここまで来れば、前に出てきている連中の中で自由に動けるのはボールを持つネッパー、そして⋯

 

 

「ネッパー!こっちだ!」

 

 

 ダイヤモンドダストのMF、ドロルだ。パスを求めて走ってくるが、ネッパーは苦虫を噛み潰したような顔で動かない。鬼道の読みが合えば、次にネッパーが頼るのは──

 

 

「──ボンバ!」

 

 

 基本後ろに構えているボンバだ。さっきは流れがカオス側にあったから前に出てきていたが、今はネッパーからのパスコースを作り出すための前進だろ。

 そして、それはウチのゲームメーカー様の想定内だ。

 

 

「ここだッ!!」

 

 

 まさに一瞬、鬼道が凄まじい加速を見せると2人の間に再度姿を現す。そしてその目の前には、悠長に送り出されたボールが。

 

 

「馬鹿なッ!?」

 

「行くぞ!!カウンターだ!!」

 

 

 鬼道が吠える、その瞬間俺はガゼルのマークを解いて鬼道の後を追う。

 

 

『そして加賀美、お前がマークに着く時にだが⋯出来るだけ自然に俺達の後衛へ近付けて欲しい』

 

『カウンターに切り替える時、対処を遅れさせるためだな』

 

『ああ。ガゼルは間違いなく前に寄る。カウンターの際、スピードに長けたアイツが戻ってくるのを出来るだけ抑えたい』

 

『それなら──』

 

 

 俺が走り出せば当然そのままガゼルはフリー。俺と同格のスピードなら幾ら後ろまで誘き寄せてもすぐに追い付いてくる。

 だからこそ、お前に任せるぜ──

 

 

「壁山ッ!!」

 

「はいッス!!」

 

 

 カウンターに切り替える瞬間、違和感なく俺の近くに構えていた壁山がガゼルのマークを代わりに引き受ける。

 

 

「くッ」

 

「簡単には行かせないッスよ!!」

 

 

 後ろで激しい足音が聞こえる。壁山を抜こうとガゼルが奮闘しているんだろうが、本人の言う通りそれは簡単じゃない。このカオスとの試合に向けた特訓で、壁山にはスタミナを重点的に鍛えさせた。ディフェンスに関するあらゆる面で高い能力を誇る壁山に持続力を持って欲しかったからな。

 その目論見は見事成功、巨体を活かして長時間動くことが出来る超鉄壁DFの完成だ。フェイントまで使うようになったガゼルに対応できるのは、実戦形式の練習の中で俺や鬼道、一之瀬が何回も使っていたのが大きいだろう。こうして活きるとは思っていなかったけど。

 

 

「鬼道!戻して走れ!」

 

「頼む!」

 

 

 完全自由な俺のスピードなら前にいる鬼道に追い付くのにそう時間は掛からない。ある程度距離が近付いたところでパスを要求する。視線を下げることなく足元の感触だけで受け取れたことを確認しつつ皆がどう動いているかを確かめる。アイツらは⋯よし、ちゃんと動き出しているな。

 

 

「行かせるか!」

 

「ヒート!挟むよ!」

 

 

 俺の目の前には土門のマークから解放されたヒート、後ろにいたバーラが走り込んできている。

 2人との距離は同じ程度。どちらかを躱してもう片方を抜くのは無理だろうな。接触するタイミングが多分同時だ。

 上に回避は難しい。跳ぶ以上は誰かにパスを出したいが、確実に前まで持ち込むならパスカットされる可能性も切っておきたい。後ろに下がる⋯のはリスキーだな。せっかくのカウンターが止まる。

 じゃあ、これだな。

 

 

「速さ比べといこう⋯かッ!!」

 

 

 左右、後、上。残ってるのは前だ。一瞬だけ溜め、地面を爆発させる勢いで踏み抜いて超加速。2人が合流するより早くその間をすり抜けるように正面突破だ。ヤツらは俺に追い付けない、今の俺のスピードはそう簡単に抑えられるもんじゃないからな。

 

 

 さて、どのタイミングでパスを出すべきか。とりあえずクララのシュートブロックはさせない方が良い。あのシュートは現状このチームで最高火力だがブロックでどれだけ削られるか、削られた後でもキーパーが止められない威力を保てるかが不確定要素だ。それなら最初からブロックされる前提じゃない方が良い。もっと時間をかければ敢えてブロックを誘って消耗させてからでも良いが、既にカウンターに移ってる以上ないものねだりみたいなものだ。

 

 

フローズンスティール!!

 

「見えてる」

 

 

 思考を巡らせていると斜め後方からゴッカがスライディングを仕掛けてくるがお前がそっちに走り込んでいたのは見えてた。幾らあっちが虚を突こうとしても意味は無い。

 クララは⋯俺の正面だな。アイスフォートレスの使い方は大きくわけて2パターン。自分を中心に360°広く展開する包囲型。そして自分の前方に狭く展開する城壁型。恐らく展開範囲によって壁の強度も変わる。そしてその規模的に連発できるような技でもない。壁山のザ・ウォールみたいな感じだ。それなら包囲型を先に使わせれば城壁型は無い。問題は囲まれた後どうやって突破してアイツらに繋ぐか。

 

 

「チィッ!!クララッ!!」

 

「分かってる」

 

 

 すると右前方からはスライディングから立ち上がったゴッカが走り込んで来る。

 待てよ、ゴッカとクララの連携⋯確か、最初にアイスフォートレスを見せた時もこれだった。そしてそれは⋯

 

 

(ツイてるぜ)

 

アイスフォートレス

 

 

 クララが地面に両掌をつけると四方八方が氷の壁に阻まれる。その中に囚われたのは俺、クララ、ゴッカ。そう、包囲型のアイスフォートレスだ。しかも徐々に中心に迫ってきている。こんなことも出来たのか。確かにスペースが無くなり続ければ大柄でスピードもあるゴッカを躱し続けるのは難しい。確実にボールを奪うつもりだな。

 とはいえ今は俺が望んだ状況だ。ここを切り抜けさえすれば後はアイツらが確実に決める。

 

 

 なら、少し無茶してみるか。あんま良い思い出はないけどな。

 

 

「おらァッ!!」

 

「なッ、何処に!?」

 

 

 俺はゴッカが迫る右とは逆方向に思い切りボールを蹴り飛ばす。もはやシュートの威力で。当然ヤケになった訳じゃない、この壁を超えるためにはこれがベストだったってだけだ。

 何度も、何度も蹴って段々と高度を上げていく。その過程でボールにはエネルギーが集中していくがこれの調整が難しい。前まではゴールをぶち抜くためにひたすら蹴り込めば良かったけど今回はシュート目的じゃない。あくまでこの壁を超えるためだ。

 さて、もう少しで突破だ。見逃すなよお前ら。

 

 

「受け取れェッ!!」

 

 

 最後に蹴り上げたタイミングで壁の高さを越え、高い位置からフィールドを見下ろす。ここまで登ってきたのはそう、雷霆一閃の前身である雷帝一閃の応用だ。良い思い出じゃないってのは⋯ある意味黒歴史的側面があるからな。

 眼下には鬼道。その後ろに守、土門が走り込んできていた。よく俺の意図を汲み取れたな。

 3人のやや前方に俺はシュートを放つ。地面に着弾と同時、込められたエネルギーが爆発してボールは上に跳ね上がる。そして、それを追い掛けるようにして3人も跳ぶ。

 

 

 鬼道曰く、デスゾーンは帝国の意思統一からなる必殺技。それに対して雷門として使うこのデスゾーンは個性のぶつかり合い。前者が足し算だとすれば、こっちは掛け算だ。

 

 

デスゾーン2!!

 

 

 膨大な死のエネルギーを秘めたシュートが3人で織り成す三角形の中心から放たれる。個性のぶつかり合いね、確かに雷門にピッタリの謳い文句だ。

 

 

バーンアウトォッ⋯!

 

 

 カオスのゴールに立つグレントが果敢に立ち向かうも、その炎では死の領域を焼き払うことは出来ない。不可侵のそれは強引に支配域を広げ、やがてゴールの中を完全に支配する。これで3-2、時間は後半の10分⋯よし、計画通りだ。後はこのリードを保ったまま攻め続け、あわよくば追加点を狙う。

 

 

「勝つのは俺達だ」

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「おいネッパー、あれはどういうつもりだ?」

 

「何のことだ」

 

「惚けるな!あの時、俺にパスを出せばボールを奪われることは無かった!前半だってそうだ、お前は俺とリオーネに頑なにパスを出さなかっただろう!」

 

「ふんッ、何を言うかと思えば」

 

 

 柊弥が道を開き、鬼道達が点を決めて出来た束の間の時間。それぞれがポジションに戻るまでの時間でカオス側に不穏な空気が漂う。突如として声を荒らげたドロルにカオスの面々が視線を向けると、そこにはゴーグル越しにも苛立ちが分かるドロルと胸ぐらを掴まれるネッパーの姿があった。

 

 

「この試合に勝つのにお前達ダイヤモンドダストの力は借りない。ジェネシスの称号に相応しいのは俺達プロミネンスだけだ」

 

「⋯上等だッ!!それなら俺も好きなようにやる!」

 

 

 そう言ってネッパーを突き放すとドロルは苛立ち収まらぬまま戻って行った。その2人のやり取りを境に他のメンバーの間も互いに懐疑的な視線を向けるようになった。お互いのキャプテンで決まったこのチームだが、本当に協力する必要があるのか。マスターランクとしてエイリア学園の上に立ち、ザ・ジェネシスの称号を争ってきた相手と急に仲良くしようなどというのが無茶な話だった、一度そう思ってしまえばもう仲間として振る舞うことは不可能だった。

 

 

「おい、ガゼル」

 

「⋯この試合の意義を理解していないようだね」

 

 

 そのやり取りをツートップであるバーン、ガゼルは離れた位置から俯瞰して見ていた。怒るのでも諌めるのでもなく、呆れた表情を向けるだけだ。

 だがこのままではただでさえリードを許してしまったというのに更に突き放される可能性がある。この試合に負けるようなことがあればその時こそ自分達の終わり。その問題を何とかしようと動くのは必然だった。

 

 

「ならば私達が道を示してやろう」

 

「おう。グランとやる時に残しておきたかったが⋯仕方ねえ」

 

 

 2人がボールと共にポジションに着く。幸いにしてキックオフは自分達から。起死回生の一手を仕掛けるのには都合が良い。

 

 

「行くぞッ!!」

 

「おうよッ!!」

 

 

 キックオフと同時に2人は真っ直ぐ走り出す。そうすれば当然、現在雷門側のツートップである豪炎寺、アフロディとぶつかる。

 だがバーンとガゼルの連携はその2人をものともしなかった。この試合の中で見せたこともないスピードて駆けていくツートップに2人は触れることすら出来なかった。

 

 

「くッ」

 

「速い!」

 

 

 そうすれば当然、次に待ち構える者がいる。全身から雷を迸らせて圧倒的な威圧感を放つ男、加賀美 柊弥だ。

 

 

「加賀美!テメェは強え、けどな!!」

 

「私達は負ける訳にはいかないんだ!!」

 

「知るか!!ここは通さねえよッ!!」

 

 

 柊弥が指を鳴らすと幾本もの雷の剣が姿が現し、入り乱れながら2人に襲いかかる⋯と思われたが、実際には片方。ボールを持たないガゼルの方だった。10を超える数の剣が全てガゼルに降り注ぐ。それはまるで剣の雨。全てを躱すのはかなり困難だ。それによって柊弥はバーンとデュエルにもつれ込む。

 

 

「クソッ、邪魔だッ⋯」

 

「絶対止める⋯お前らの好きにはさせねえ!!」

 

 

 柊弥の突破を試みるがバーンは苦戦を強いられる。突破どころかむしろボールを奪われかねない状況だ。

 

 

「うオオオオオオオオッ!!」

 

「ガゼル!?」

 

「出せ!!バーンッ!!」

 

 

 その時、ガゼルがサイドに抜け出してきた。自身の必殺技であるサンダーストームで動きを止めていたガゼルが既にここにいることに驚愕した柊弥だったが、全身ボロボロなその姿にその理由を理解した。

 

 

(まさか、正面突破してきたのかッ!?いやマズ──)

 

「良い熱じゃねえか、ガゼルッ!!」

 

 

 柊弥が対処するより早くバーンはガゼルへパス。ガゼルのその執念に口角を上げながらもバーンは柊弥を置き去りに加速。先に抜け出したガゼルと共にゴールを目指す。

 

 

「止めるぞ!」

 

「遅いッ!!」

 

「そんなんで俺たちが止まるかよッ!!」

 

 

 柊弥を抜いたのを皮切りに2人は更に勢い付く。鬼道を中心に全員がその進路を断とうとするが全く歯が立たない。あっという間にゴール前に辿り着いた2人は同時に跳ぶ。

 

 

「バーン!!」

 

「ガゼル!!」

 

 

 2人の脚にはそれぞれ獄炎と爆氷が宿る。それぞれが明らかに得意の必殺シュート以上のエネルギーを孕んでおり、今から放たれるであろうシュートがどれほど凄まじいものかを嫌でも知らしめている。

 

 

「クソがッ、止めるのは間に合わねえか⋯!」

 

 

 抜かれてからもなお柊弥は2人を追いかけ続けていたが、シュート体勢に入る前に止めることは叶わなかった。バーンとガゼルは脚を振り上げると、勢いそのままにボールに叩き込む。

 

 

ファイアブリザードッ!!

 

 

 バーンとガゼル、炎と氷。彼らのチーム名であるカオスを象徴するかのようなシュートが遂に放たれた。

 あまりの圧迫感に身体が強ばった立向居。どうすれば止められるかと考えを巡らせていると、シュートと自分の間に誰かが割り込んだのが見えた。

 

 

「はァァァァァァァッ!!!!」

 

 

 柊弥だ。全身から雷を迸らせて限界を越える雷霆万鈞をフルで発動し、迫り来るシュートに向かって黄金の雷を宿した右脚を叩き付ける。

 

 

「ぐォ⋯ォォォォォォッ!!」

 

 

 だがその抵抗は瞬く間に蹂躙される。柊弥を弾き飛ばしてシュートは再び立向居へと襲い掛かる。

 

 

「ム、ムゲン・ザ──」

 

 

 直後、立向居をシュートが貫いた。激しく揺らされたゴールネット、鳴り響くホイッスル。ようやく取り返したリードが覆されたことを理解させられるには十分過ぎた。

 

 

「勝つのは──」

 

「──私達だ!!」

 

 

 後半20分、再び天秤は水平に。フィールドには立向居が倒れる音と2人の咆哮だけが木霊した。




デスゾーン2、そしてファイアブリザード。次の話でカオス戦は完結ですね。
次回、神の審判。お楽しみに。



頑張ってまた日曜に更新できるようにします(超小声)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第86話 神の審判

本当は昨日の日付が変わった瞬間に投稿したかったけど最後にもう一回手直ししたかったので1日遅らせました。それくらい力入れて書きました、欲望全て詰め込めて満足です。


「クソッ⋯立向居!大丈夫か!」

 

「は、はい。すみません、止められませんでした⋯」

 

 

 バーンとガゼルのシュートに弾き飛ばされてすぐに立ち上がり、ゴールで倒れている立向居の元に駆け寄る。幸いにして怪我はないらしいが手が震えている。無理もない、シュートに触れた俺の脚も未だに痺れが残っている。

 ファイアブリザード⋯とんでもないシュートだ。ストライカーとしてトップクラスの実力を誇るあの2人が完璧に連携して引き出される超火力。2人でのシュートだってのに3人で撃つデスゾーン2よりも恐らく強力だ。

 

 

「クソッ⋯!」

 

 

 どうやってアイツらを止めるか、どうやってまた点を奪うか。この試合に勝つために俺がやるべきことを考えていると、立向居から声が聞こえた。自分の右拳に静かな怒りが籠った視線を向け、その表情も穏やかじゃない。

 恐らく、いや間違いなくその原因は自分への怒りだ。守から引き継がれたキーパーという重責。未だ完成させられないムゲン・ザ・ハンド。そしてこの試合3度目の失点。立向居は素直というか、責任感が凄い。大方ここまでの不利は自分の責任だとでも感じているんだろう。

 

 

「立向居」

 

「は、はい」

 

 

 勘違いするなよ立向居、お前だけの責任じゃない。サッカーはチームスポーツ。誰だけが悪いなんてことは有り得ないんだ。

 けどお前にこんなのは慰めにならないよな。だから言葉にはしない。けどその代わり──

 

 

「俺、いや俺達に任せろ。お前がどれだけ失敗しようが俺達が取り返してやる」

 

「え、でも⋯」

 

「だからお前は自分を信じろ。自分を否定することは可能性を縛ることと同じだ⋯少なくとも、俺はお前を信じてる」

 

 

 それだけ伝えて俺はポジションに戻る。立向居は皆が練習を終わったあとも自主練に打ち込んでいた。誰よりも努力していたを俺は少なくとも見ている。愚直に努力できるヤツは強いんだ、だから俺はお前を信じる。

 

 

「⋯加賀美」

 

「分かってる。点は取る、任せておけ」

 

「ふっ、余計な世話だったか?」

 

「まさか。良い気付けになった」

 

 

 俺がやるべきこと。そう、点を奪うこと。アイツらを止めるのは皆に任せてそれだけに集中する。それが今俺が出来る最善手。後半20分、時間もそんなに残ってない。出し惜しみをしている時間は⋯ないな。全力を持ってゴールまでの道をこじ開ける。ここからは総力戦だ。

 

 

「修也、アフロディ。俺にボールを集めてくれ」

 

「ああ」

 

「わかったよ」

 

 

 それだけ伝えて俺は2人にキックオフを任せて後ろに着く。さて、気合い入れ直すか。

 

 

「⋯絶対勝つ」

 

 

 すると、ホイッスルが鳴って俺の足元にボールが送られてくる。直後、持てる全てを解放する。

 

 

雷霆万鈞

 

 

 残り半分、雷霆万鈞をフルに発動しながら動き続けるくらいの余裕はある。出し惜しみはしない、俺の限界点を見せてやる。

 

 

「修也!アフロディ!着いてこいッ!!」

 

「おい、そんな簡単に行かせるとでも思ったか?」

 

「流れはこっちにある。キミの好きにはさせないよ」

 

 

 俺が走り出すと同時、バーンとガゼルが俺の前に立ちはだかる。試合再開すぐにボールを奪って点差をつける想定なんだろ、俺を止めるんじゃなくて完全にボールを奪う立ち回りだ。

 けどよ、そっちの方が幾分か抜け道が出来るんだよ。

 

 

「止められるモンなら止めてみろッ!!」

 

「バーン、正面を抑えろ!」

 

「分かってらあ!!」

 

 

 右に抜けようとするとバーンが俺の真正面に躍り出る。パワーのあるバーンが強行突破対策、スピードのガゼルが皆がサポートを潰すってとこか?成程な、確かにバーンに張り付かれたら無理やりは難しい。それでもってパスコースを徹底的にケアされたらジリ貧だ。

 

 

 けど想定が甘ぇんだよ。

 

 

「そんなんで俺が止まるかァァァ!!」

 

「なッ、重戦車かテメェ!!」

 

 

 真正面から行かないとでも思ったか?為す術なく足止めされるくらいなら思い切って仕掛けるに決まってんだろ。全身に力込めてバーンにぶつかると、予想していなかったからか一気に体勢が崩れる、そうなったらもう終わり。そんな状態で俺を止められる訳がねえ。

 

 

「いかせるか!」

 

 

 バーンを突き放すと見計らったようにネッパーが1人で俺の前に立つ。

 

 

「1人で俺を止められる訳ねェだろ」

 

「くッ」

 

 

 本職のDFでもない、そして俺のパラメータとは差がある。想定が甘すぎんだよ。

 

 

「リオーネ!止めるぞ!」

 

「ええ!」

 

「次から次へと⋯」

 

 

 ネッパーを抜いた次にはドロル、リオーネが2人同時に俺の進路を塞ぐ。さっきのガゼル達と違って完全に2人で来ている以上こっちの方が面倒だ⋯1人なら。

 

 

「任されたよ」

 

「アフロディ⋯!」

 

 

 視線、重心はヤツらの方に傾け突破を狙っているように見せかける。けどコイツらには見えていない、横から走り込んできているアフロディが。

 ごく自然な形で横にパスを流すとドンピシャでアフロディがそれを回収、そっちに意識が持っていかれたヤツらは俺を止められない。サイドステップでアフロディと真反対の方向に移動、そのまま走りアフロディと並走する。

 

 

「加賀美君、ここからどうする?」

 

「鬼道達は後ろで万が一に備えてる、デスゾーン2は期待出来ねえ。俺達でクララのシュートブロックを破った上でゴールをぶち抜かなきゃだが⋯まず1人じゃ無理だ」

 

 

 クララは完全にシュートブロックだけを狙うポジションにいる。先出し、あるいは包囲型を狙ってくるなら俺が何とかしてどっちかにキーパーとやり合ってもらえたが⋯無理だろうな。シュートブロックされた上で更にキーパーも倒す。それしかねえ。

 けど恐らくファイアトルネードDDじゃ無理だ。あのシュートは爆発力が凄まじい、1つの強大な壁をぶち壊すだけならこの上ないシュートだけど今はそれだけじゃない。2枚の壁をぶち抜く、貫通力が必要だ。

 

 

「あの技だ。あれしかない」

 

「あれか⋯分かった、僕達で決めよう」

 

 

 俺とアフロディの新必殺技、あれならその貫通力が備わっている。起点は俺、ボールはアフロディから俺に戻ってきた。

 だが死角から迫る気配がある。まずはコイツをやり過ごす。

 

 

イグナイトスティール!!

 

「見えてんだよッ!」

 

「ふッ、本当にそうかな?」

 

フローズンスティール!!

 

 

 死角から飛び込んできたボンバのスライディングを俺は飛んで躱す、すると今度は俺の着地際を狙ってゴッカが仕掛けてきやがった。高い位置ならパスも狙えた、けどもう間に合わない。着地と同時に脚元を貫かれた俺は為す術なく吹き飛ばされる。

 

 

(クソがッ、何だよこの連携パターン!?こんなモン初見で避け切れるか!!)

 

 

 さっきまであの2人が連携することはなかった。いや、連携パターンが存在していなかった。けど今になって何で⋯

 

 

「⋯そういうことかよ」

 

 

 間違いねえ、バーンとガゼルのあの連携だ。今まで見せることがなかった完璧な連動、それがプロミネンス、ダイヤモンドダスト間での連携が触発され始めやがった。

 何でクララがシュートブロックに振り切っているのかが分かった。まずこの2人がシュートを撃たせないことに集中しているからだろうな。クララは万が一の保険。この二大巨頭を突破しないことにはまずシュートすら撃てねえ。

 

 

「加賀美君!!大丈夫かい!?」

 

「悪い⋯油断した」

 

「仕方ないよ、あれは誰も想定出来ない⋯」

 

 

 アフロディの手を借りて起き上がる。脚に異常は⋯ないな。まだ動ける。奪われたボールはすぐに前線に送られていた。ゴッカからボンバ、ボンバからネッパーへ。

 それを見た鬼道が動き出す。ネッパーからのパスを受け取れる近くのプロミネンスのメンバーは封じられている。それを見て後ろから走り込んできているバーラが作り出すパスコースに割り込むための動きだろう。

 そのパスカットからこちらのカウンターに持ち込めれば次は点を取れる。あのスライディング連携を狙ってくるというのなら最初からもっと高く跳んで空中パスを出せば良い。俺の体幹なら出来る。

 

 

「⋯リオーネ!!」

 

「!!」

 

「そのまま持ち込め!!」

 

「そう来るかッ⋯」

 

 

 バカか俺は、何でDFの連携からこれを予知できなかった⋯!バーンとガゼルの連動がチームに影響を与えているなら、コイツも意識を変えてくるか。してやられた⋯鬼道は完全にバーラへのパスを警戒して前に出過ぎている。マズい、このままだと攻め崩される。

 

 

「間に合え──」

 

 

 そう理解した時には既に身体が動いていた。雷霆万鈞を惜しみなく使っての切り返し、消耗が想定より激しくなるけどこればっかりは仕方ねえ。

 リオーネがある程度切り込めばそこにバーンとガゼルが待ち構えている。パスを受け取った2人は容赦なく攻め込んでくる。それに対して守が中心となって阻止を試みるがそのスピードを抑えきれない。

 ダメだ、これじゃ俺も間に合わねえ。

 

 

「もっかい決めんぞ!」

 

「ああ!」

 

 

 バーンとガゼルが高く飛び上がる。それぞれが炎と氷を宿し、脚を振りかぶる。

 それと同時、地上からもう1つの影が空中に参戦する。

 

 

「させるかよォ!」

 

「綱海!!」

 

 

 何と、ファイアブリザードが撃ち出されるより早く綱海がそのボールを叩き落とした。しかも、そのボールは後ろまで下がって来ていた俺の元へ。

 

 

「行け!加賀美!!」

 

「最高だ綱海⋯」

 

 

 最高なんて言葉じゃ形容しきれねえよ、お前。ファイアブリザードを阻止するだけじゃなくてカウンターに繋げてくるなんてな。

 その頑張り、無駄にする訳にはいかねえ。何が何でも決める、誰にも邪魔なんてさせない。ダイヤモンドダストとの試合でやったように雷霆万鈞発動中に雷光翔破まで繋げる、相当な無茶だが⋯やるしかない。

 

 

雷霆翔破

 

 

 一気に身体が熱くなる。機械でいうオーバーヒート状態ってとこだろうが、そんなことはどうでも良い。出し惜しみはしない、俺の全部出し切ってでも勝ってやる。

 

 

「───!───!?」

 

「──!───!」

 

「──────」

 

 

 耳鳴りが酷い。視界も白くなってきた。ただひたすらに身体の中が熱い。けど止まらない。止まる訳にはいかない。

 

 

「──美君!!君は起───だ、僕に任せ──れ!!」

 

 

 アフロディ?何言ってんのかよく聞こえねえ⋯けど、パスを出せって言ってるのは伝わった。俺が起点がどうのこうのってのは必殺技のことだろ。俺がボールを持ったままこの先のディフェンスラインをくぐり抜けるより、アフロディが突破して俺が受け取った方が良い。そういう意図のはず。

 

 

「任せた」

 

 

 俺はアフロディにボールを委ねる。俺が想定したアイツらの突破方法、共有しとくべきだったか?

 と思ったけどその心配は杞憂だったらしい。アフロディは滞空時間を長く取るために必要以上に高く跳ぶ。その視線は俺の方に向けられている。任せろ、後は俺が──

 

 

「───」

 

「──!?」

 

 

 アフロディからボールが送り出される、まさにその瞬間。複数の何かがアフロディを貫いた。その足元に落ちるように崩れ落ちたアフロディ。その周りには白の冷気が漂っている。まさか──

 

 

「クララか⋯!」

 

 

 視線をゴールの方へ向けると案の定クララが手を地面に着いてアフロディの方を向いていた。どういう仕組みなのかは分からないがアイスフォートレスみたいな感じで何かをアフロディに向かって飛ばした。イグナイトスティールにフローズンスティール、そこにクララの対空を組み合わせたカオスの新たなディフェンスラインってことか。

 

 

「ぐォッ⋯!?」

 

 

 その時、意識が激しく遠のいて動悸が止まらなくなる。肺が潰れそうになるようなこの感覚⋯酸欠か。そこに雷霆翔破による激しすぎる消費、こうなるのも必然だったか⋯

 耐えろ、こんなとこで倒れたら終わりだと思え。俺はまだ何も出来てないだろうが⋯!

 

 

「こっちだ!」

 

「ネッパー!!」

 

 

 アフロディの最も近くにいたゴッカがボールを確保し、ラインを下げてきていたネッパーへボールを送る。直後、ネッパーの全身から炎が燃え上がる。

 

 

フレイムロード!!

 

 

 ネッパーが腕を振り払うと、纏わりついていた炎が一本の道となる。蹴り出されたそのボールは道に沿って真っ直ぐと飛んでいき、誰かの脚元へと吸い込まれる。その誰か、というのは⋯

 

 

「よくやったネッパー!」

 

「試合も残り5分⋯ここで決めて勝利を手繰り寄せる!!」

 

 

 バーンだ。その隣には、当然ガゼル。

 

 

「まさか、あそこから撃つつもりか!?」

 

 

 バーンとガゼルはまだゴールから遠い。雷門側の真ん中くらいの位置だ。けど確かにあの威力ならその距離でも撃ち抜ける。シュートブロックがどれだけ重なっても点を奪える自信があるってことか⋯クソッ、間に合わねえ。撃たれたらさっきの綱海みたいな止め方も出来ない。

 

 

「柊弥!!ここは俺達に任せろ!!」

 

「そうッス!!皆で絶対に止めるッスよ!!」

 

「守、壁山⋯」

 

 

 2人だけじゃない、綱海に塔子、土門、一之瀬、鬼道に修也までいる。俺とアフロディを除いた全員だ。皆、俺とアフロディが必ず点を取ることを信じてる。信じて待てって言ってる。

 じゃあ、任せるしかねえよな。

 

 

「任せたぞ、皆!!」

 

 

 体力もカツカツだ。俺が今やるべきは皆を信じる、それだけだ。

 

 

ファイアブリザードッ!!!

 

 

 バーンとガゼルがファイアブリザードを放つ。その威力はやはり本物、正攻法で止めるのは困難の極みだ。

 

 

ロックウォールダム!!

 

「からの⋯メガトンヘッドォッ!!

 

 

 壁山がザ・ウォールを展開、守が2つのゴッドハンドでザ・ウォールを更に広げて負荷を分散。そこに更にメガトンヘッドで威力を削る。それでも削れたのは五分の一かというくらいだ。

 

 

ボルケイノカット!!

 

フレイムダンス!!

 

ザ・タワー!!

 

 

 その次に土門がボルケイノカットを放ち、そこに一之瀬がフレイムダンスの炎、塔子がザ・タワーの雷を上乗せして威力を増強する。守、壁山と同じくらいシュートの威力を削ったが止めきれない。

 

 

「うおおおお!!」

 

 

 次にシュートの前に躍り出たのは綱海。何と綱海は腹でシュートを受けた。その後ろから修也、鬼道が背中を支える。必殺技でも何でもないブロックだが、効果はある。シュートの威力は半分近くまで削られた。

 

 

「止める⋯絶対に、俺が止める!!」

 

「いけ⋯立向居ィィィィィィ!!」

 

 

 立向居が両手を付き合わせると、背中から無数の黄金の手が姿を現す。これまでは蒼い手が薄く見えるだけだった、けどその手は黄金、そしてその輪郭はハッキリしているし、何より無限にも思える数だ。立向居のヤツ、この土壇場だ本当に完成させやがった!

 

 

「これが⋯ムゲン・ザ・ハンドだァッ!!

 

 

 無数の手がファイアブリザードへと襲い掛かる。抵抗するように暴れ狂う炎と氷、それを抑え込むべく更に伸びる黄金の手。あれが大介さんが遺した最強のキーパー技⋯凄え、凄えよ立向居。

 いや⋯立向居だけじゃねえ、皆もだ。この一連の守りは皆の力がなければ絶対に実現しなかった。

 

 

 俺も、俺も───

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 試合残り5分を切ったというところで放たれたファイアブリザード。絶体絶命かと思われたところで雷門イレブンが一丸となって織り成したシュートブロック、そして立向居の覚醒によってムゲン・ザ・ハンドが完成。

 結束し、試合中に更に進化したカオス。それに対抗するために意地を見せる自分の仲間達。それに触発されて限界を越えてなお燃え続ける己の闘志。闘志は心の器を溢れ出し、身体すらも燃やし尽くす。

 

 

「負けて⋯らんねェよなァッ!!」

 

 

 本能が、目覚める。

 

 

「お願いします⋯加賀美さん!!」

 

 

 帝国戦、世宇子戦と事ある毎に柊弥が入っていた集中状態。しかし、このカオス戦に向けて劇的な進化を遂げた柊弥は、更にその先へと踏み入った。言うなれば、極限集中状態。限界を極めた先にある極限へと到達したのだ。

 

 

(全部見える、全部聞こえる!こんな感覚は初めてだ⋯今なら、何だってやれるッ!!)

 

 

 立向居のいる雷門ゴール付近から駆け上がる柊弥に対して次々と魔の手が襲い掛かるが、その一切が通じない。時にギリギリまで引き付けて回避し、時に圧倒的なスピードでねじ伏せる。

 今この瞬間の柊弥の五感、思考力は研ぎ澄まされていた。普段ならば見えない相手の些細な動きも感じ取り、それに対して反射で最適な行動を選択する。初めての感じる全能にも近い感覚をフルで活用し、柊弥は己の使命をやり遂げんと走る。

 

 

「加賀美君!!」

 

「アフロディ⋯お前、脚痛めてるだろ」

 

「⋯!何でそれを」

 

「微妙にだけど不自然に重心が偏ってる。さっき撃ち落とされた時だな」

 

 

 その超感覚は仲間の不調すらも感じ取る。誰がどんな動きをしているか全てを見通すその眼は些細な違和感を見落とさない。

 

 

「その通りだ。けど──」

 

「やるんだろ、あのシュート。どれだけ止めても」

 

「⋯ああ!!だから加賀美君、キミの全力を僕にぶつけてくれ!!」

 

「全力を⋯それをすれば、お前の脚がどうなるか分からねえぞ」

 

「構わない!!あのシュートはキミが僕に合わせて完成したけど⋯それじゃダメだ!キミの全力に僕が追いついて、初めて真価を発揮する!!」

 

 

 併走しながらアフロディは柊弥を説得する。2人が創り出した新たな必殺シュートは、ファイアトルネードDDのように全てが完璧に調和して凄まじい威力を発揮する必殺技だった。アフロディよりも強力なエネルギーを秘める柊弥が調整することで名目上完成はしたが、アフロディはそれで納得していなかった。

 

 

(本気のキミに追い付いて初めて僕はようやく新たな一歩を踏み出せる!!それすらも僕の都合の良い解釈かもしれないけど⋯それでも!!)

 

 

 アフロディが柊弥に熱を帯びた視線を向ける。当然、柊弥はそれを感じ取る。自分が仲間達に応えたいと思っているのと同じように、アフロディもまた強い意志を抱いているんだと理解した。

 だからこそ、その首が横に振られることはなかった。

 

 

「分かった⋯けど、あいつらの連携は俺が潰す。それが条件だ、良いな?」

 

「ああ!それじゃあ行こう⋯僕達がこの試合に審判を下すッ!!」

 

 

 アフロディの言葉に頷いて柊弥は更に加速。アフロディを置き去りにする形で一人カオスの最終防衛ラインへと侵入した。

 

 

イグナイトスティール!!

 

 

 まずはボンバ。炎を纏ったスライディングを仕掛けてくるが柊弥はそれを飛んで躱す。それ自体は何ら難しくない。ここからが本番だ。

 

 

「⋯アイスバレット!!

 

 

 クララが地面に手を添えると冷気が漂い始め、氷柱のような弾丸が形成される。それは容赦なく空中の柊弥へと襲い掛かる。

 

 

「それは⋯想定内だァッ!!」

 

 

 柊弥が目を見開いて声を張ると、全身から凄まじい勢いで放電。空気を貫く氷の弾丸は雷に灼かれてその姿を消した。

 

 

「まだだ!フローズンスティール!!

 

「それも読んでるんだよッ!!」

 

 

 そして襲い掛かる第三の矢。着地の瞬間を狙ったゴッカによるスライディングだ。しかし柊弥はボールを軽く爪先で蹴り上げ、自身は空中で身を捻ったのを直すその勢いで錐揉み回転で対空時間を伸ばす。足場のない空中でのその大立ち回りは鍛え抜かれた柊弥の体幹があってこそ。

 スライディングの勢いのまま通り過ぎるゴッカを横目に柊弥は蹴り上げたボールを再び確保。とうとう邪魔をするものはいなくなったと思われたが、更なる死角がその場に現れる。

 

 

「加賀美ィ、テメェの好きにはさせねェ!!」

 

「このボールを奪いカウンターだ⋯先程のような奇跡はもう起きない!!」

 

 

 バーン、ガゼルが柊弥の前に躍り出る。ボンバ、クララ、ゴッカによる妨害は時間稼ぎという形で実を結んだ。

 だが、柊弥の顔に焦りは無い。

 

 

「俺もお前らの好きにはさせねえし、奇跡は今から起こす⋯俺達2人がなッ!!」

 

 

 直後、柊弥の放つ雷の威力が更に跳ね上がる。地面を砕くほどの凄まじい破壊力を秘める放電を前にバーンとガゼルは近付くどころか吹き飛ばされる。その目に写るのは、雷霆を使役する雷神。

 

 

「いくぞアフロディ⋯受け取れェェ!!」

 

 

 柊弥の周囲に16本の雷の剣が現れる。それと同時、柊弥から放たれる雷がボールに収束し、今度はボールから激しく放電する。柊弥はそれを全力で蹴り上げると、その剣も追従するかのように天へと昇る。

 

 

「ありがとう加賀美君、僕の我儘に付き合ってくれて」

 

 

 ボールと剣が向かう先、天空には黄金の翼に包まれたもう1人の神が待ち構えていた。

 翼が大きく開くとその翼に沿うように16本の剣が並び、ボールから黄金の雷が溢れ出す。アフロディが前方に掌を向けると、剣は高速で回転しながら巨大な円を形作った。その円は天上の世界と現世を繋ぐ門。その門を通じ、神の審判が下される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ライトニングジャッジメント」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




フレイムロード シュート技 火
作中ではネッパーがバーンへのパスとして使ったが、本来はシュート技。

アイスバレット ブロック技 氷
クララさん謎強化第二弾。アイスフォートレスで氷壁を作り出す応用で氷柱状の弾丸を作り出し敵にぶつける。痛い。

ライトニングジャッジメント シュート技 風
ついにお披露目、柊弥とアフロディの連携シュート。剣の本数である16の由来は神の数字「358」(3+5+8=16)


ーーー
長かったカオス戦も次で完結です。最近更新が不定期になってて申し訳ない⋯
忙しさ故の不定期なんですが、そんな中でも感想やTwitterでリプなど頂いてモチベは常に高く保てていました。マジで感謝。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第87話 闇を照らす

カオス戦完結ゥ!!
最初のアフロディの過去描写は捏造です。あったかなあ原作に⋯


『力が欲しくないか?』

 

 

 今でも覚えている。あれは僕にとって最も蓋をしたい記憶であり、向き合わなければならない戒めでもある。暗い部屋、グラスで煌めく液体、怪しく揺れるあの眼光。

 

 

 僕達世宇子中サッカー部は弱小ながらも細々と、楽しく活動していた。いつの日かフットボールフロンティアで優勝することを夢見て、皆でボールを追いかけていた。

 そんな時だった。彼が、影山が僕達の元にやってきたのは。彼は様々なものを僕達に与えてくれた。実績がなくて十分に貰えなかった予算も、練習するための設備も、美しいユニフォームも何もかも。

 サッカー協会副会長、という肩書きもあり最初こそそれは有り難さしかない施しだった。けど、それは彼の真の目的のための撒き餌に過ぎなかったんだ。

 

 

 差し出された液体を口に含めば、全身に力が満ちた。何でも出来る、フットボールフロンティアも夢じゃない。僕はあの水、神のアクアに一瞬で心を掴まれてしまった。キャプテンである僕が溺れれば、ついてきていた皆もそうなるのは時間の問題だった。

 与えられた偽りの力を自分の力と勘違いし、それを欲望のままに奮った。正に神様になった気持ちだったんだ。だから佐久間君や源田君、帝国学園の皆をはじめ色んな人達を平然と傷付けた。

 

 

 そんな僕が生まれ変われたのは、彼のおかげだった。

 

 

「いくぞアフロディ⋯受け取れェェ!!」

 

 

 フットボールフロンティア全国大会、その決勝で僕の前に立ちはだかった加賀美 柊弥。確かにその実力は高いが、神である僕の前には無力。

 そう、思っていたんだ。

 

 

『キャプテンであるお前が勝負を諦めるな!! 俺達は今、全身全霊でこの試合に臨んでいるんだ!! ドーピングをしていようが、神様がなんだろうが関係ねェ!! 最後の1秒まで立って戦え!!』

 

 

 あの瞬間、彼が全てを覆した。ひたむきに努力を重ねた人間の力があれほどまでに強く、与えられただけの偽りの神の力はこれほどまでに脆い。そう教えられたんだ。

 そして僕は、いや僕達は僕達自身を取り戻せた。あの短い時間だけでも、僕達が憧れて求め続けたサッカーが出来たんだ。

 それは全て君のおかげなんだ、加賀美君。君があの時僕に怒ってくれたから、全力でぶつかってくれたから。

 

 

 だから、僕は君に応えたい。

 

 

「オオオオオオォォォォォォッッッ!!!」

 

 

 加賀美君が送り出してくれたボールに対して僕は軋む脚を叩き込む。相手のディフェンスを回避出来ずに右脚を挫いてしまったけど、そんなことは関係ない。

 極限を引き出す、魂を込める!あの日の君がそうだったように!

 

 

「ぐッ⋯負けるかァァァァァァァァ!!」

 

 

 僕の闇を君が照らしてくれたように、僕がこの試合の結末という先の見えない闇を光で染める!!

 僕は神様なんかじゃない、けど神様みたいな人間を目指すことなら出来る!今は見習いの神様で構わない、だから今僕に出来ることを全力でやり遂げる!

 またいつの日か──君の横に並びたいからッ!!

 

 

「決めろッ!!!」

 

ライトニング⋯ジャッジメントォォォッ!!

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「ッ、アイスフォートレス!!

 

 

 アフロディが撃ち出した俺達のライトニングジャッジメント。俺はありったけを込めて送り出した。そしてアフロディはそれに応えた⋯これ以上ない、俺達2人の全身全霊だ。

 それを迎え撃つカオス最後の砦、クララとグレント。まずクララが壮大な氷壁を創り出す。だがみるみるうちにその中心は溶かし削られ、全体がヒビだらけになる。

 

 

 いける、ブチ抜ける。

 

 

「ぐゥ⋯ッ!?」

 

 

 次の瞬間、氷壁は粉々に打ち砕かれて巻き上げられた氷塵が雨のように降り注ぐ。そんなことはお構い無しにシュートは進み続ける。

 次に待ち受けるのはキーパーのグレント⋯だったが、その前に割り込む2つの影。

 

 

ファイア──

 

──ブリザードッ⋯!

 

 

 バーン、ガゼルだ。アイツらいつの間にあんなところに!?間に合うどころかシュートブロックする余力まであるのは完全に想定外⋯いや、アイツらの意地か。最後の最後は意地のぶつかり合い⋯勝つのは俺達か、アイツらか。

 

 

 いや、俺達だ。

 

 

「うォォォォォォオッ!!」

 

「チィッ!!しつけえンだよテメェッ!!」

 

「私達は負けないッ!!絶対にこの試合に勝つ!!」

 

 

 俺はすぐさま身体を起こし、2人の脚が交差し受け止めているボールに更に蹴り込む。さっきのでもうエネルギーなんてスッカラカンだ、俺の身体が許す限りの力押しだ。

 けど、元々ライトニングジャッジメントの本領は全てを貫く破壊力。いくらその前にシュートブロックが挟まれていようとそれでもキツイだろ!?そこに俺がもう一押し加えてやれば⋯

 

 

「負ける、かよォォォッ!!」

 

「クソ⋯がぁッ⋯!!」

 

「僕達が⋯負ける⋯ッ?」

 

 

 コイツらに、勝てる。

 

 

「クララ、バーン様、ガゼル様⋯後は俺がッ!!」

 

 

 全部貫いたシュートはそのままゴールに向かって飛んでいく。だいぶ威力は削られた⋯後はグレントのバーンアウトを突破出来れば──

 

 

「これが、俺の最後の手段だ」

 

 

 その時、グレントの纏う空気がガラッと変わった。これまで見せることのなかった圧倒的な熱量。

 ⋯オイ、嘘だろ?まだ引き出しがあるって言うのかよ?

 

 

ヘルフレア⋯フィストォッ!!

 

 

 グレントの右拳に紫の炎が宿る。その紫炎はバーンアウトの赤い炎とは次元が違う、まさに地獄の炎。

 グレントはそれを容赦なくシュートに向かって叩き付ける。

 

 

「負けるものか⋯勝つのは、我々カオスだッ!!」

 

 

 暫しの膠着の後、神の雷を飲み込んだ地獄の炎。一際強く燃え上がると、力の向きが切り替わる。

 

 

「オオオオォォォッ!!」

 

 

 シュートが、弾かれる。緩やかながらも、高く。

 

 

「ァッ──」

 

 

 あの必殺技は相当の消耗と負荷なのか、グレントの右腕は力なくだらんと垂れている。ボールを確保して、もう一度撃てば確実に決まる。そう思った時にはもう動き出していた。

 けど視線の先では既にバーンとガゼルも動いていた。それどころか、俺より明らかにボールに近く明らかに速い。

 

 

「まだ終わっちゃいねェッ!!」

 

「ホイッスルが鳴るまで私達は止まらないッ!!」

 

「──ッ!?」

 

 

 それでも諦める訳にはいかねえ。試合が終わったらぶっ倒れような構わねえ。最後にもう一度全身を燃やそうとしたが、その瞬間視界が急激にブレる。全身を襲った衝撃、気付いた時には⋯俺は地に伏せていた。

 

 

「ッし!もらッ──」

 

 

 バーンがボールに届く、ヤツらのカウンターが始まる。

 まだ、終わってない。終われない。まだ立ってボールを追い掛けられる。

 

 

させるかァァァァァァッ!!

 

「ッ!?テメッ、どこからッ──」

 

 

 その時、今まで聞いたこともない獣のような声が聞こえてきた。アフロディだ。あの時のように美しい長髪をグシャグシャに、端正な顔をボロボロにして。

 ボールはまだ高い。バーンは跳んではいるがまだ届いていない。それに対してアフロディは凄まじい勢いの走り込みからの跳躍、ジャンプの速度は段違いだった。

 

 

「届けェェェェッ!!」

 

 

 バーンを空中で追い越したアフロディは額をボールに叩き付ける。全身全霊を込めた、泥臭いヘディングシュート。

 しかしそれでいて狙いは正確。グレントが右腕を上げられないことを見抜き右方向、その上脚を伸ばすのも難しい上方向。右上のゴールポストギリギリを狙った正に最後の一撃。

 

 

 その一撃は、神から俺達に差し伸べられた救いの一手。

 

 

「ぶち抜け、アフロディッ⋯」

 

 

 その一手が齎す結果を見届けるより早く、俺の意識は闇に落ちた。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「決まっ⋯た?」

 

 

 カオスゴール前で繰り広げられた最後の応酬。撃って、弾かれ、奪い合ってまた撃って。そしてようやくその試合に幕が下ろされる。

 誰もが視線を集中させた先ではゴールネットが緩やかに揺らされ、その直前、直後でそれとは別に2つの影がその場に倒れ込む。

 

 

「柊弥!!アフロディ!!」

 

 

 円堂がそれに気付いて2人の元へ走り出すと、豪炎寺や鬼道、他のメンバーもその場へ向かう。それより早くその片方⋯アフロディは片膝をつきながら身体を起こすが、どうやら立ち上がれないようだ。

 

 

「アフロディ、大丈夫か?」

 

「うん、それより加賀美君を⋯ぐッ!?」

 

「お前⋯まさか脚を」

 

 

 鬼道が真っ先にアフロディに駆け寄るが、そこでようやくアフロディが脚を痛めていたことに気付いた。だがそんなことはお構い無しにアフロディは這いながら柊弥の元へ。

 先に柊弥の元へ辿り着いた円堂が肩を揺らすが反応は無い。焦って身体を抱き起こすがそれでもだ。

 

 

「柊弥、おい!柊弥ッ!!」

 

「落ち着け円堂!気絶しているだけだ⋯」

 

 

 何度も声を掛ける円堂を合流した豪炎寺が制する。反応こそないものの呼吸はある、ただ気絶しているだけだと判断した。

 

 

「俺達が⋯負けた?」

 

「馬鹿な、そんなことが⋯」

 

 

 その横ではバーンとガゼルが絶句していた。カオスのメンバーが何やら声を掛けようとしては躊躇い、結局近付けていない。2人がこの試合にどれだけの想いを掛けていたかを理解していたからこその躊躇い、下手な言葉など掛けられるはずがなかった。

 

 

 そしてその時、スタジアムのはるか上空から黒いサッカーボールが落ちて来る。着弾と同時に白い光が辺りに満ち、それが止むと同時にに先程までそこにいなかった人物が立っていた。

 

 

「お前は⋯!」

 

「やあ、円堂君。フィールドプレイヤーに転向したんだね」

 

 

 カオスの前身となったプロミネンス、ダイヤモンドダスト。この2つのチームに並びマスターランクのチームに位置するザ・ジェネシス。そのキャプテンである男⋯グラン。またの名をヒロトだ。

 

 

「何しに来た!」

 

「今日用があるのは君達じゃないんだ⋯バーン、ガゼル。何勝手なことをしている?」

 

「俺達は認めない、お前達がジェネシスに選ばれたなど!!」

 

「私達が雷門を倒し証明する⋯ジェネシスに相応しいのは私達だと!!」

 

「⋯往生際が悪いぞ」

 

 

 そう言葉を荒らげる2人に対して冷たい視線を向けると、足元のボールが再び白く発光する。

 

 

「加賀美君は⋯疲れてるみたいだね。よろしく伝えておいてよ」

 

「待て──」

 

 

 柊弥を抱えながらも円堂はヒロトを引きとめようとするが、ヒロトは柊弥を一瞥して身を翻す。間もなくして再びボールが強く発光し、視界を埋め尽くすほどに光が広がる。それが止んだ頃にはカオスのメンバー、ヒロトは姿を消していた。

 

 

「⋯うッ」

 

「アフロディ!!」

 

「皆!加賀美君とアフロディ君を入口へ!救急車を呼んだわ!」

 

 

 直後、柊弥の近くまでやってきて膝をついていたアフロディが気絶。倒れる2人を目の当たりにして狼狽える雷門メンバーに瞳子が素早く指示を飛ばす。

 こうして、雷門とカオスの試合は幕を下ろした。4-3⋯エイリア学園最強格であるチームに、とうとう雷門イレブンは勝利を収めることとなった。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「⋯ここは」

 

「起きたかい?加賀美君」

 

 

 横から声がした。まだ自由の効かない身体を寝かせたまま顔を横に向けると、そこにはアフロディがいた。その身にまとっているのは病院着。

 

 

「そうか⋯病院か」

 

「うん。あの試合の後気を失ってここに運ばれてきたんだ」

 

 

 気絶⋯ああ、そういえば試合の途中、アフロディがヘディングを仕掛けたところで意識が飛んだんだったな。全身痛いが⋯骨折とかはないな。身体も起こせる。

 

 

「そういえばアフロディ、脚は」

 

「ああ⋯軽い捻挫みたいだ。骨折じゃなかったらだけまだ良かったかもしれないね」

 

「⋯そうか」

 

「落ち込まないでね?僕達の最後のシュート、あれが原因じゃない。その前の着地ミス、あの時の脚の痛みとそう変わらないんだ」

 

「とは言っても、怪我しているところに無茶させたのには変わりないだろ?すまない⋯もっとやりようはあったかもしれない」

 

「良いんだよ、僕が望んだのだから」

 

 

 そういうとアフロディは松葉杖をつきながらベットから立ち上がる。

 

 

「加賀美君、屋上に行きたいんだけど着いてきてくれないかな」

 

「怪我人を1人で行かせる訳にはいかない。勿論着いてくさ」

 

 

 とは言っても屋上まではエレベーターが通っているし、病室からも近かった。エレベーターから降りるとそこはもう屋上の出入口だった。

 扉を開けるとそこにはオレンジ色の空が広がっていた。さっき目を覚ました時は気付かなかったけど、今は夕方だったか。

 

 

「あれ、守?」

 

「柊弥!目を覚ましたのか!」

 

「ああ。ついさっきだけどな」

 

 

 屋上に行くと、そこのベンチで守が1人座っていた。俺達もそのベンチに座り、目の前の沈んでいく夕陽を眺めながら話し始める。

 

 

「僕は⋯この脚じゃもう戦えないね」

 

「軽い捻挫と言っても治療期間、リハビリを考えるとな⋯」

 

「折角同じチームになれたけど、仕方ないよな」

 

 

 アフロディが儚さを目に宿しながら上手く動かせない脚をさする。守も言っているが⋯仕方ない。ヒロト達ザ・ジェネシスとの決着が数ヶ月も後になるなら話は別かもしれないが、きっと近いうちにこの戦いが終わる気がする。俺の直感に過ぎないけどな。

 

 

「それにしても加賀美君、あの試合の最後⋯何か掴んだんじゃないかい?」

 

「⋯ああ。上手く言葉に出来ないけどな。あらゆる感覚が研ぎ澄まされて、頭の回転速度が凄かった。目や耳から入った情報を元に頭が勝手に最適な行動を弾き出す⋯それがあったからカオスのあのディフェンスラインを無傷で突破できた」

 

「うーん、時々柊弥が見せるあの凄い力とはまた別なのか?」

 

「あれか。確かにあれとはまた違うな⋯今回のは更にその先の何か。けどあの時の爆発的な力は無かったんだよ」

 

 

 爆発的な力⋯化身だ。今回のあの感覚の中でも化身を自由に出すことは叶わなかった。一体何があの力を呼び起こす鍵になるのか、未だによく分からない。

 

 

「けど、加賀美君はきっとまだ強くなるよ。僕が保証する」

 

「だな!けど柊弥だけじゃない、俺達ももっと強くなる!」

 

「⋯そうだな。怪我が治った時にはお前もだぞ?アフロディ」

 

「手厳しいね」

 

 

 そう言ってアフロディは笑う。

 

 

「⋯加賀美君」

 

「何だ?」

 

「エイリア学園との戦いが終わって、僕の怪我が治ったら⋯また僕とサッカーやってくれるかい?」

 

 

 アフロディが俺にそう問い掛けてくる。何言ってるんだが、コイツは。そんな答え、1つしかないに決まってるだろうに。

 

 

「当たり前だ。その時はライバルとしてか、また仲間としてかは分からないけどな」

 

「ふふっ、どちらでも望むところだよ」

 

 

 俺が拳を突き出すと、アフロディが軽く拳を突き合わせる。

 ありがとうな、アフロディ。お前がいたからこそあの試合に勝つことが出来た。次お前に会う時はエイリア学園との戦いが終わった後、その報告かな。

 だから、後は任せてくれ。絶対俺達は勝つから。




ライトニングジャッジメント、直接ゴールとして決まるか弾かれるか直前まで迷いました。
怪我している状態で撃ったところでシュートブロック2枚、バーンアウト君渾身の新技を抜けるかな?と思って結局後者にしました。シンプルに原作以上にアフロディを活躍させたいと思ってその後のヘディングまでねじ込みたかったのもありますが正直賛否両論かな⋯と
兎にも角にもカオス戦完結です。長かった⋯とうとう次はジェネシス戦と考えるとビックリですね。カオス戦に負けず劣らず自分の描きたいものをぶち込むつもりなのでどうぞお付き合い下さい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第88話 拭えぬ疑念、そして…

先週更新出来なかった分少し長めです。結構進みます。
お気に入り1000人ありがとうございます!


「柊弥、本当に身体は大丈夫か?」

 

「ああ。びっくりするくらいにな」

 

 

 病院でアフロディに別れを告げ俺達は雷門中に戻ってきていた。俺も気絶して病院に運ばれたのに身体に異常がなくて助かった。

 一応先生と話はしたけど、初めてジェミニストームと戦った時みたいに有り得ない回復力がどうのこうのらしい。まああの時は長期入院必須の怪我だったから今回とは訳が違うが⋯自分でもよく分からん。

 

 

「あっ、柊弥先輩!キャプテン!」

 

「大変なの、ジェネシスのグランが!」

 

「ヒロトが⋯!?」

 

 

 どうなってる、まさかジェネシスが攻めてきたのか?いや違うか。秋の言い方からして来たのはヒロト1人。けどアイツ、1人で何しに来たんだ?偵察をしようにも皆は特訓をしていないから得るものなんてない。

 

 

「⋯一旦落ち着け2人共。ヒロトが来たのはわかった、何かしてきたのか?」

 

「何かしてきたわけじゃないんだけど⋯」

 

「瞳子監督を"姉さん"って呼んだんです!!」

 

「姉さんって、どういうことだよ」

 

 

 監督が姉さん⋯益々意味が分からなくなってきたが、とりあえず春奈と秋から経緯を聞くことにした。

 まず何で2人がそれを目撃したのかについて。これに関しては完全に偶然だったようで、マネージャー達とリカが適当に敷地内を散歩していたら偶然瞳子監督を発見。何をしているのかと疑問に思い見つからないように眺めていると、監督が唐突に声を上げる。焦って隠れた4人だったが、その視線の先にいた男こそがヒロトだった。

 監督とヒロトの密会、この時点で既に大問題だったが本題はそこから。話していた内容はこうだ。

 

 

『ヒロト⋯』

 

『やあ、昼間は見苦しいところを見せちゃったね⋯けど安心してよ、ジェネシスに選ばれたのは俺達だから』

 

『⋯』

 

『それじゃあ、待ってるよ⋯姉さん』

 

 

 これでハッキリしたことがある。瞳子監督はほぼ間違いなくエイリア学園の関係者、それもヒロトの血縁である可能性が高い。

 となると、だ。ここで浮上する可能性は⋯瞳子監督がエイリア学園のスパイであるということ。俺達の前に現れたタイミングを考えても辻褄は合う。けどそうだとすると逆に辻褄が合わなさすぎることの方が多い。仮にスパイなら、なぜ俺達をここまで強くする必要があった?疑われないため?それにしては度を超えている。偽装工作のためにある程度監督業務をこなす必要はあるだろうけど、今や俺達はエイリア学園最強格のチームに勝てるレベル。仮に監督があちら側ならエイリア学園が敗北する可能性をここまで大きくするか?

 

 

 ⋯ダメだ意味が分からない。何はともあれ、一度直接話を聞くしかない。いきり立ったリカが皆を巻き込んで既に監督に詰め寄っているらしいから、俺達も急ごう。

 

 

「監督!答えてください!」

 

 

 校門を通って皆が集まっているグラウンド横まで小走りで向かう。途中で夏未の強い声が聞こえてきた。その周りにいる皆は疑念に満ちた視線を監督に向けており、その監督は夏未の問い掛けに答えることなく俯いたまま。

 

 

「皆」

 

「加賀美君、円堂君⋯」

 

「聞いてや!コイツエイリアのスパイやで!!」

 

 

 リカもそういう結論に辿り着いたか。これは相当にキレている、冷静に話ができるような状況じゃないな。

 

 

「そういうことか⋯監督が時々いなくなっていたのはエイリア学園に連絡を取るためだったんだな」

 

「それによ、姉さんって呼ばれてたってことは⋯」

 

「⋯監督は、宇宙人?」

 

「説明責任があると思いますね」

 

「どちらにせよ話してもらおうじゃないか、なあ!?」

 

 

 土門に綱海、木暮、目金が次々監督を捲し立てる。マズイな、皆感情に呑まれ過ぎている。落ち着いてるのは俺、修也、鬼道、吹雪⋯そして守。

 

 

「皆⋯俺が話を聞く」

 

「円堂⋯」

 

「監督、話してください。本当にアイツの⋯ヒロトの姉さんなんですか?」

 

 

 皆とは違う、落ち着いた声色で守が前に出る。その意図を汲んでか皆も監督への追求を一旦止めた。それに対する監督はどこか後ろめたさを隠しきれておらず、明らかに目線が泳いでいる。

 まあそうだろうな⋯監督が何か抱えているのはまず間違いない。一体それが何なのか。けど一度それが露呈した以上はそれを話してもらわなきゃ困る。少なくとも、間違いなく近いうちにあるジェネシス戦の前にはな。

 

 

「⋯確かに、私は皆に隠してることがあるわ。けれど今はまだ話せないの」

 

 

 やがて、瞳子監督はそう口を開いた。けれどまた口を噤み、何かを考え込む。痺れを切らして言葉を促そうとしたんだろう、誰かが息を吸ったその直後ら再び瞳子監督が語り出す。

 

 

「皆には私と一緒に富士山麓まで来て欲しいの。そこで全てを話すわ」

 

「富士⋯?」

 

「なんで富士山麓なんですか!」

 

「⋯そこに宇宙人がいる」

 

 

 鬼道がそう呟くと皆揃って顔を強ばらせる。このタイミングで富士山麓へ行くことを提案、そこで全てを話すともなればそれで確定だろうな。富士山麓といえば有名な樹海⋯なるほど、確かに宇宙人が身を隠すにはうってつけの場所ってわけだ。そういえば何年か前に富士山麓かニュースに出てたような⋯いや、今はどうでも良いか。

 

 

「出発は⋯明日の8時よ。それまでに準備を整えてちょうだい」

 

 

 それだけ言い残して監督はどこかへ去っていってしまった。残された皆は当然穏やかな雰囲気じゃない。監督への不満がここぞとばかりに爆発している。特に一之瀬、土門はこれまで見た事がないくらいに怒っている。怒りを見せていなくともやはり疑念や恐怖、マイナスな感情に皆支配されてる。

 

 

「⋯結局監督は何も答えてくれなかった。この戦い、疑問がいっぱいあったけど着いてきたのはエイリア学園に傷付けられた皆の想いに応えたかったからだ」

 

「一之瀬⋯」

 

「けど、監督には皆の想いなんて届いてない⋯こんな気持ちじゃ、俺は富士山になんか行けない」

 

「俺も同じ意見だ。もう我慢の限界だ」

 

 

 一之瀬、土門が揃って明日への不参加を表明する。

 

 

「鬼道はどうよ?」

 

「どっちに転ぶにしても判断材料が足りないな」

 

「はっ、お前らしいよ」

 

 

 鬼道は中立ってところか。他の皆は言葉に出してこそいないが、多分不参加よりの中立だろうな。これまでの頑張りがある以上、下手に引けなくなっている。かといって進んで監督に着いていくとも言えない。

 

 

「⋯加賀美、お前はどうなんだ?」

 

「行くに決まってるだろ」

 

 

 皆が黙り込む中、鬼道が俺に話を振ってくる。それに対しての返答は決まっているようなものだ。降られなくても話すつもりだったしな。

 

 

「一之瀬も言ってたけど、俺達は怪我で一線を退いた皆の想いを背負ってる⋯いやそれだけじゃない。今となっては俺達がエイリア学園に対抗出来る唯一のチーム。この国の人達皆の希望と言っても過言じゃない」

 

「⋯それはそうだけど」

 

「でもな、一之瀬に土門の言いたいことも分かる。瞳子監督は隠していることが多すぎる。俺達はまだ子供だ、そんな大人に任せるのは抵抗があるよな」

 

 

 けど、きっとあの監督は俺達を裏切らない。

 

 

『エイリアに勝つため、俺達を導いてください。よろしくお願いします』

 

『ええ。勿論よ』

 

 

 あの時の言葉はきっと嘘じゃない。

 

 

「それでも俺は監督を信じて戦う⋯また、皆で楽しいサッカーをするためにな」

 

「その通りだ!何も迷う必要は無い⋯富士山に行けば、エイリア学園の全てが分かるんだ!」

 

「待て円堂、俺も一之瀬達が迷う気持ちが理解出来る。一緒に行くかはそれぞれが決めるべきだ」

 

「けど!!」

 

「皆には考える時間が必要だ」

 

「⋯鬼道の言う通りだ、守」

 

 

 鬼道に俺が言葉に熱が籠ってきた守を制すると、なにか思うところがあったのかすんなりと引き下がる。

 

 

「⋯そうだな、そうだよな。今夜一晩あるもんな」

 

「どれだけ時間があっても変わらないよ⋯俺は降りる」

 

「ダーリン⋯」

 

「何で監督は何も話さないんだ?隠してたって良いことないだろ」

 

「結局、信じた俺達が馬鹿だったのかな?」

 

「本当にそうかしら。監督はいつも勝利を第一にした的確なものばかりだったわ」

 

「ああ。それに修也の時もだ。憎まれ役になってでも修也と夕香ちゃんを守ろうとした⋯」

 

「その通りだ。だから俺は監督を信じる」

 

「僕も行く⋯行くしかないんだ。こんなところで立ち止まりたくない」

 

「あたしも行く!本当のことを知りたい⋯パパのためにも」

 

「俺は⋯俺は⋯」

 

「⋯やっぱり俺は納得いかない」

 

 

 守が口を開いたのを皮切りに皆が自分の考えをどんどん言葉にする。明日監督に着いていく意志を見せたのは修也、吹雪、塔子。そこに加えて俺と守。否定派が一之瀬、土門。鬼道をはじめ他の皆はまだ決めかねているといったところだな。

 

 

「⋯皆頭を冷やそう、俺も考える」

 

 

 皆が言いたいことを言い終わって再び訪れた静寂を破ったのは鬼道。それだけ言い残して踵を返した。それに釣られるように皆もその場を去っていく。1人、また1人とその場を去っていき最後に残ったのは俺と守、秋だった。

 

 

「皆、大丈夫かしら⋯」

 

「俺は皆を信じてる⋯だから大丈夫だ!」

 

「そうだな。きっと皆来てくれるさ」

 

 

 今まで一緒に戦ってきた皆を俺は信じる。それだけだ。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「ああは言ったものの、落ち着かねえな」

 

 

 あの後残った俺達も解散し、各々自宅に帰る流れになったが結局俺は帰らず適当に歩き惚けているだけだ。最初はカオスとの試合で入り込んだあの超感覚に慣れるため1人でボールでも蹴ろうかと思ったが流石に安静にした方が良さそうだから止めておいた。

 まずあの感覚も恐らくは何かしらの条件があって初めて発揮出来るものだ。極限状態における火事場の馬鹿力なのか、はたまた別の何かなのか。正直良く分からない。

 感覚の鋭敏化、バカみたいな脳の回転率、それに伴った身体パフォーマンスの向上。自由に使えたら正直滅茶苦茶強いけど、その分消費も凄いだろうな。感覚としては雷霆万鈞を身体じゃなくて脳に使ってるような感じか?

 化身といいあの状態といい、この頃は自分で出来ることがよく分からなくなってきたな⋯仕方ない、やれることを愚直にこなすしかないな。

 

 

「あれ、修也と吹雪?」

 

 

 そんなことを考えながら歩いていると、河川敷のグラウンドでボールを蹴る吹雪とそれに後ろから近付く修也の姿が目に入った。

 吹雪⋯さっきは富士山に行く意志を示していたけど大丈夫なんだろうか。俺は後から聞いた話だけど、吹雪の過去は凄まじいの一言に尽きる。幼少の頃に自分以外の家族を全員亡くし、そのストレスから自分の中に弟、アツヤの人格が産まれる。過去の試合で吹雪の人が変わったような雰囲気はそれが原因だったらしい。

 アイツは独りじゃない、俺達が着いている。仲間がいるのに独りで戦っている気になってた俺だからこそそれを教えられるんだが⋯これは吹雪自身が乗り越えなきゃ行けない問題だ。俺達に出来るのはその手助け。今はとりあえず修也に任せよう。

 

 

「あれ」

 

「あ、加賀美」

 

 

 吹雪に話しかけ始めた修也を横目に通り過ぎしばらく歩くと、前から一之瀬と土門、リカが歩いてきた。コイツらも落ち着かなくて徘徊してたクチか。立ち話もなんだからとりあえず河川敷の坂に腰掛けることにした。

 

 

「やっぱり、加賀美は監督に着いていくのか?」

 

「ああ。それを聞くってことはお前らは⋯」

 

「⋯正直、迷ってるんだ。監督への疑問とかは払拭出来てないけど、ここで逃げ出したら今までの苦労が台無しになっちゃう気がしてさ」

 

「俺も。お前達が行くのに自分だけへそ曲げるのも⋯なあ?」

 

「ウチは正直分からへん⋯このチームに入ったのも途中からだし、加賀美やダーリン達と違って入院している雷門中の仲間のことも分からんから」

 

 

 3人がそれぞれ葛藤を口にしてくれる。さっきも言ったが、コイツらが監督を疑って従いたくない気持ちも理解出来るんだ。あそこまで露骨に何かを隠された上で信じることは簡単なことじゃない。何かが違えば俺もそっち側だったと思う。

 だからこそ、無理強いは出来ない。

 

 

「俺は、俺達全員に自由に選ぶ権利があると思う。だから仮に明日皆が来なくても、それを攻めることは出来ない。けどやっぱり俺はエイリア学園を倒して前みたいな日常を取り戻したい。皆と一緒にボールを追いかけることに夢中になりたい⋯そのためには覚悟を決めるしかないと思ってるんだ」

 

「俺もだよ。雷門サッカー部の中では俺が1番歴が浅いけど、皆で特訓してたあの時間が大好きなんだ。そのためには⋯でも」

 

「無理に結論を急ぐ必要はないだろ。明日の朝まで時間はある。それまで沢山悩んで、沢山考えてくれ」

 

 

 俺はそう言って立ち上がり、3人を一瞥する。

 

 

「きっと明日で全てが決まる。だから俺は戦う。お前達も一緒に戦ってくれたら⋯心強いし、嬉しいな。それじゃ」

 

 

 伝えたいことは伝えた。後はアイツら次第だ。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 あれからまた色んなところを歩き回って、その度に誰かと会った。鉄塔広場に行けば綱海に立向居、商店街に行けば秋と塔子。皆何かやっていないと落ち着けなかったんだろうな。

 その後も別に目的も無しに歩いていると、気付いたら雷門中までやってきていた。そういえば久々に部室を見ておきたいな。

 

 

「⋯そりゃそうか」

 

 

 もしかしたら元に戻っているかも⋯と期待していたけどやっぱりそんなことは無かった。あの日ジェミニストームに壊されて瓦礫の山のままだ。サッカー部の印だけは回収してキャラバンに乗せたんだよな、確か。

 

 

 俺達の旅はここから始まったんだったな。ジェミニストームと初めて戦って、ボロボロに負けて。その次の日やりきれない気持ちのままここに来たら皆も集まって来て。理事長と響木監督に瞳子監督を紹介されて旅立って。

 

 

 最初は奈良に行ったんだったな。塔子達SPフィクサーズに宇宙人と勘違い⋯いや、俺達が雷門イレブンだって知ってたのにそういう体裁で試合を吹っかけられたな。それでその後はジェミニストームと再戦、また為す術なくやられた。そしてその後は⋯修也がチームを去った。

 

 

 次は北海道。修也が抜けた穴を埋めるために白恋のエースストライカー、吹雪を仲間にするために北の大地まで行ったな。最初吹雪と会った時は驚いた、何せ全く歯が立たなかったからな。最初は染岡と吹雪の仲もどうなることかと心配だったが、何だかんだ良い関係に収まった。

 吹雪に教えてもらった雪山特訓でスピードを身に付け、とうとうジェミニストームにリベンジ達成⋯と思いきやデザーム率いるイプシロンが現れてまだまだ戦いは終わらなかった。

 

 

 その次に行ったのは京都。イプシロンの襲撃が相次いでいるという報告を受けて向かった先で出会ったのが漫遊寺にいた木暮。最初はとんでもないイタズラ小僧だったな。ヒロトと初めて会ったのもあそこだ。

 その翌日イプシロンが漫遊寺を襲撃。早速イプシロンとの戦いに身を投じた俺達だったがそこにあったのは大きすぎる力の壁だった。確かあの時からかな⋯俺が焦り始めたのは。

 

 

 確かその次は愛媛。影山が警察を欺き真・帝国学園を設立したという報告を受けた俺達は影山の企みを潰すべく向かった先では帝国の佐久間に源田が待ち構えていた。そしてあの試合を語る上で外せないのは不動。アイツのやったことは絶対に許さないが、実力は確かだった。結局目的もよく分からなかったけどな。最終的に影山は行方不明、真・帝国学園の潜水艇も海に沈んだ。

 ⋯そして、あの試合で負傷した染岡がチームを離れた。あそこから本格的に俺は周りが見えなくなり始めた。染岡の穴を埋めるため、あれ以上仲間を失わないため。

 

 

 次に向かったのは大阪。エイリア学園の基地があるとか何とかだったな。結局そこにあったのは基地というよりは特訓施設。そこに辿り着けたのはリカと出会えたおかげだったな。あの時は一之瀬を賭けて試合をしたらしいが俺は春奈と遊園地を回っていたから分からなかった。一応基地捜索という名目で。

 そこの特訓施設、ナニワ修練場では今までで1番無茶をした。最高レベルを何度も何度もクリアし、その上雷霆一閃の前身となるシュートを生み出したんだからな。そのおかげで、と言うべきかイプシロン相手に引き分けまで持ち込むことが出来た。決着はつかなかったけどな。

 

 

 そして福岡。大介さんのノートがあるという話で陽花戸中に向かった俺達は円堂の大ファンである立向居と出会った。無事ノートも受け取り打倒イプシロンのため更に特訓を⋯というところでヒロト達ザ・ジェネシスが襲来。力の差は圧倒的すぎて、俺達は為す術なく打ちのめされた。そしてそこで俺が暴走、ヒロト達が撤退するほどの大暴れをしたらしいけど記憶が無い。

 その試合が落とした影はあまりに大きかった。風丸、栗松の離脱。俺と吹雪の緊急搬送、そしてあの守が酷く落ち込んでいたらしい。立向居の熱意に打たれて何とか持ち直したらしいが、守には悪いことをした。アイツのことだ、きっと俺のことも自分のせいだとか考えたんだろうな。

 

 

 最後に、東京に戻ってくる前に行った沖縄。あそこが俺にとっての運命の地になった。修也と思わしき炎のストライカーの目撃情報。それを聞いた俺達はすぐさま沖縄へと向かった。けどそこにいたのは修也じゃなくて、エイリア学園のバーン。結局その時は会えずじまいだったけど、修也がいる可能性はまだ残ってるということでしばらく滞在していた。そういえば土方は元気だろうか、修也を匿ってくれてたのもアイツだし次会ったら改めて例を言いたいな。

 そして現地の学校である大海原で出会ったのが綱海。俺達と会った時はまだサッカー部じゃなかったのにその翌日には入部していたらしい。どんな行動力だよ。

 大海原との練習試合の後、ついに運命の時が訪れた。イプシロン改の襲来だ。あの試合の中で吹雪がトラウマ再発で退場、俺も現状に絶望して意識が遠のいた⋯その時だった。どこからともなく炎のシュートが飛んできて、俺の闇を燃やし尽くした。修也が帰ってきたんだ。アイツが独りじゃないってことを教えてくれたおかげで俺は戻ってこれた。

 

 

 それからはこっちに戻ってきてダイヤモンドダストと試合、その中でアフロディと再開。守がリベロに転向、立向居がキーパーになって帝国と練習試合。今日カオスと試合をして今に至る。ってところだな。

 

 

「その旅も、もうすぐ終わりだ」

 

 

 明日、間違いなく俺達の戦いは終わる。瞳子監督の言うことが正しいのなら、エイリア学園の本拠地が富士山にはある。そこでヒロト達、ザ・ジェネシスに勝って終わらせてやるんだ。そうすれば怪我をした半田達も、風丸や栗松も戻ってこれる。アフロディとまたサッカーだって出来る。絶対勝ってやる。

 

 

「あれ、柊弥先輩?」

 

「春奈?何してたんだ?」

 

「木暮君と壁山君がイナビカリ修練場で特訓するって言ってたんでついていったんです!あの2人、入り方分からないので⋯」

 

「ああ、納得」

 

 

 木暮は雷門中じゃないし、壁山は多分機械操作の類は無理だろうからな。確かに春奈が着いていかないとダメだっただろう。

 

 

「先輩も特訓ですか?」

 

「いや、散歩してたんだ。無性に部室が見たくなってな」

 

「なるほど⋯」

 

 

 そう言うと春奈は俺の横に来て部室を眺める。春奈も雷門サッカー部の一員、やっぱり思い出深いんだろうな。

 

 

「柊弥先輩、きっと明日でエイリア学園との戦いは終わりますよね」

 

「ああ、確実に」

 

「⋯勝てますよね、また前みたいな日常、帰ってきますよね」

 

「⋯ああ、絶対に」

 

「⋯ですよね!マネージャーである私が皆を信じてないといけないのに、すみません」

 

「気にするなよ。皆あんなことがあってナーバスになってるだけだ。俺もさっきまで感傷に浸ってたしな」

 

 

 そこで会話が止まり、しばらく静寂が流れる。⋯困った、どう言葉を切り出そう。

 

 

「⋯あ、いけない!2人を残したままだった!」

 

「おいおい、アイツら出れなくて干からびるぞ」

 

「戻らなきゃ!!それじゃ先輩、また明日!」

 

「ああ、また明日」

 

 

 唐突に身体が跳ねた春奈は焦り全開であたふたし始めた。多分手にボトルを持ってたあたりキャラバンからスポドリを補充してきたんだろうな。

 

 

「あ、そうだ」

 

「どうした?」

 

 

 突然春奈は振り返ってこちらに駆け寄ってくる。

 

 

「え」

 

 

 そして、勢いそのままに抱き着いてきた。

 

 

「明日勝てるよう、おまじないです。先輩だけに特別ですよ⋯沖縄で言ったこと、忘れないでくださいね?」

 

 

 小さくそう呟いて、春奈はすぐ来た道を戻る。突然すぎたことに俺はしばらく固まっていたが、何が起こったのかを再確認すると急に顔が暑くなってきた気がする。

 

 

「忘れるわけないだろ⋯」

 

 

 その呟きは誰にも届いておらず、静寂だけがそこに残された。この戦いが終わったら春奈に応える。その約束のためにも⋯絶対、確実に勝つ。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 朝が来た。予定より早く目覚めた俺は落ち着かないから軽くランニングで身体を暖めてから雷門中にやってきた。空気が冷たい、けどそれが少しだけ火照った身体には心地良い。

 集合は8時、だけど今は7時。あと30分くらいは誰も来ないだろうな⋯と思っていたが、視線の先には人影が1つ。けどその装いは雷門のジャージとはかけ離れている。

 

 

「朝から宣戦布告か?」

 

「そんな大層なものでは無いよ、おはよう加賀美君」

 

 

 俺を待ち構えるようにそこにいたのはヒロトだった。見たところ、というか確実に1人だ。

 

 

「来てくれるんだよね、富士山」

 

「勿論。首洗って待っててくれよ」

 

「ふふっ、楽しみだね。君との決着をどれだけ楽しみにしていたか」

 

 

 そう言うとヒロトは俺とすれ違うように逆方向へ歩き、背を向けたまま最後に一言だけ言い残す。

 

 

「それじゃ、後で」

 

「ああ、後で」

 

 

 その直後、背後の気配が消える。楽しみ、ね。俺達としてはそんな穏やかな気持ちじゃないんだけど⋯まあ良い。俺達が勝てば結局同じだ。

 さて、皆を待つか。

 

 

「早いな」

 

「お前こそ、鬼道」

 

 

 まず最初にやってきたのは鬼道だった。

 

 

「どうやらもう1人来たらしいぞ」

 

「調子はどうだ?相棒」

 

「まずまずだな」

 

 

 次にやってきたのは修也。何となく予想はしてたけどやっぱコイツらは早いな。

 

 

「そういえば修也、昨日吹雪と何を話してたんだ?」

 

「見てたのか。大したことじゃない、少し喝を入れただけだ」

 

「ふっ、豪炎寺らしいな」

 

「あっ、皆さん!おはようございます!」

 

 

 ここで一気に人が来た。立向居に綱海、木暮、壁山、目金だ。

 

 

「おはよう。今日は頼んだぞ、立向居」

 

「はい!後ろは任せてください!」

 

「勿論俺達も頑張るぜ!な、壁山、木暮!」

 

「はいッス!頑張るッスよ!」

 

「おう!正直監督はまだ信用出来ないけど⋯それでも頑張るよ」

 

「ちょ、ちょっと!一応僕もいますよ!!」

 

「あれ、皆もう来てるじゃん!」

 

 

 それに続くように到着したのは塔子に秋、夏未、春奈のリカを除いた女子御一行だ。両手には謎の袋をぶら下げている。あれは確か昨日商店街で買ってたお菓子か?

 

 

「早いね皆、お菓子いる?」

 

「欲しいッス!」

 

「俺も!」

 

「⋯遠足じゃないんだから。あ、俺も何か甘いの欲しい」

 

 

 塔子からチョコを受け取って口に運ぶ。人のこと言えないというツッコミは無しで頼む。

 

 

「吹雪、来たか」

 

「うん。僕も戦うよ」

 

 

 それからしばらくしてやってきたのは吹雪。修也の方を一瞥すると軽く頷き、修也もそれに頷き返す。昨日の会話内容が分からないから意図は汲み取れないが⋯まあ、吹雪も覚悟があってここに来たってことだろう。

 そして校門の方からもう1人やってきた。

 

 

「遅刻だぞ守」

 

「ええ!?」

 

「嘘だ」

 

 

 流石に今日遅刻したら説教どころじゃ済まないな。一応コイツが遅刻とか寝坊はしたことない。大体かなりギリギリに着いてたが今日は結構余裕を持って来たらしい。

 

 

「もう皆⋯揃ってないか」

 

「ああ。一之瀬達がまだだな」

 

 

 あと来てないのは一之瀬、土門、リカ。そして監督だな。あの3人は来るのか⋯来てくれると良いけどな。

 

 

「あ、もう集まってんで!ほら!」

 

「来たか」

 

「や、やあ⋯やっぱり、俺達も最後まで戦うよ」

 

「そーゆーこと。目逸らしちゃダメだよな」

 

「全員揃ったようね」

 

 

 もし来なかったらどうしよう⋯だなんて考えていたらそのタイミングで3人共来てくれた。良かった、これで全員集合だ。そしてそのタイミングを見計らったように監督もやってきた。時間よりは早いが⋯出発だな。

 

 

「⋯皆、良いのね」

 

「はい。行きましょう⋯富士山に」

 

 

 俺が代表して監督にそう言うと、皆も頷きを返す。一人一人と目を合わせた監督もまた頷き、振り返る。

 

 

「⋯ありがとう。それじゃあ出発よ!皆キャラバンに乗って!」

 

『はい!!』

 

 

 その言葉を合図に全員キャラバンに乗り込む。目的地は富士山麓。

 これが最終決戦だ、待ってろよ⋯ヒロト。




というわけで、次回はとうとうエイリア学園の本拠地に乗り込みます。カオス戦の次の話って考えると展開早くね?ってなるんですけどアニメでもそうなんですよね(カオス戦終結、瞳子とヒロトが会っているのを目撃→なんやかんやあってその次の話では出発)

次の話でとうとう雷門サイドはエイリア学園の真実を知り、その次でザ・ジェネシスとの試合スタートですかね。いやあここまで長かった。
大体の流れは原作が至高すぎてそこまで変えるつもりはありませんが、やはり二次小説ならではのオリジナル要素も入ってきます。是非付き合ってやってください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第89話 エイリア学園の真実

誤字報告ありがとうございます、助かります。


「ここが……エイリア学園?」

 

「学校ってよりUFOじゃないか」

 

 

 8時に雷門中を出発してしばらく経って、俺達は富士山麓まで辿り着いた。監督いわくここがエイリア学園の本拠地らしいが……誰かが呟いたように山に突き刺さったUFOだな。このUFOで地球まで来た、ってことか?

 

 

「……皆、行くぞ!」

 

 

 呆気に取られる俺達だったが、守の言葉で現実に引き戻された。俺達はエイリア学園との決着をつけに来たんだ、こんな見てくれで気圧されてる場合じゃねえよな。

 

 

「おう……やろうぜ、ここでエイリア学園を倒す!」

 

「……そうだな」

 

「やってやろうじゃねえか!」

 

「待て!」

 

 

 一歩踏み出した、その時。突如後ろから声が掛かった。その声の主は……

 

 

「……響木監督!?」

 

「何でこんなところに!」

 

「俺はこれまでエイリア学園の謎を探っていた。そしてやっと答えに辿り着いた……エイリア学園の黒幕、それはお前だ!!」

 

 

 突如現れた響木監督が衝撃的なことを告げる。瞳子監督がエイリア学園の黒幕、つまるところ首謀者ということ。皆の間に動揺が走る。

 ……待て、一旦落ち着こう。瞳子監督がエイリア学園の関係者、ということは有り得る、というかほぼ確定だろうが完全に首謀者なんてことはあるのか?何はともあれ、響木監督の話を聞くべきか。

 

 

「瞳子監督がエイリア学園の黒幕って、どういうことなんですか!響木監督!!」

 

「それは彼女が自ら語るべきだろう。お前達をジェネシスと戦わせるのなら、全てを説明する責任がある」

 

「……全ては、あの中にあるわ」

 

「兎にも角にも行くしかない、ってことか」

 

「その通りよ。皆とりあえずもう一度キャラバンに乗ってちょうだい」

 

 

 響木監督も瞳子監督も詳しいことは語らない。黒幕と呼ばれた瞳子監督は俺達にまたイナズマキャラバンに乗るように指示する。ここまで来た以上は瞳子監督の指示がなければどうしようもないから取り敢えず皆乗り込んだ。響木監督も同行している。

 

 

『認証コードを入力してください』

 

 

 そして、監督が手元の端末を操作すると目の前のゲートから機械音声が鳴る。続けざまに何やら端末に打ち込むと、重い音を響かせながらゲートが開いていく。この際何故そんな端末を持っているのか、何故開けられるのかについては置いておくべきだろうな。

 

 

 開いたゲートにキャラバンが足を踏み入れる。そこからはしばらくライト無しでは何も見えないほどの暗い通路が続いており、どことなく不気味だ。敵の本拠地なんてそんなもんか。

 

 

「古株さん、あそこで止めてください」

 

「はいよ」

 

 

 しばらく進むと開けた場所に出て、そこでキャラバンからは降りることになる。ここからは歩きだな。

 

 

「監督、ここは何のための施設なんですか」

 

「……吉良財閥の兵器研究施設よ」

 

「吉良……まさか」

 

「私の父の名は吉良 星二郎……吉良財閥の総帥よ」

 

「……自らの作りだした兵器で世界を支配しようとしている男だ」

 

「ここはエイリア学園の本拠地で、吉良財閥の施設……ということは」

 

 

 そういうことか。だいたい予想出来てきたな。

 

 

「吉良財閥、エイリア学園……一体どんな関係があるんですか、瞳子監督」

 

「……全ては、エイリア石から始まったの」

 

 

 エイリア石、という気になる単語が出てきたその時。俺達の目の前のゲートが急に開く。

 

 

「侵入者発見、侵入者発見」

 

「何だ!?」

 

「ッ!?皆避けろ!!」

 

 

 奥から現れたのは人型のロボットだ。その数軽く10体以上。俺達を視認するや否や、足元のサッカーボールを凄まじい勢いでこちらに蹴り込んで来る。ギリギリで躱すがマジで危なかった、あれも吉良財閥の開発品か何かか?

 とはいえとりあえず身を隠さなきゃ危ないな、俺達だけなら何とかなるかもしれないけど春奈達が危ない。

 

 

「皆!一旦隠れるんだ!」

 

 

 どうするべきか周りを見回すと、ヤツらからの射線を遮れそうな通路を見つけた。俺が見つけたタイミングで鬼道も気が付いたらしく、皆をそこに誘導する。そっちをやってくれるなら俺は殿だな。

 

 

「あっ」

 

「音無さん!!」

 

「させねえよ」

 

 

 皆が鬼道の先導に従って通路に飛び込んでいく。けど後ろの方にいた春奈が足を縺れさせて転んでしまった。あのロボット共は容赦なく春奈に向かってシュートを放ってるが、俺がいる以上そんなことさせるわけない。

 飛んできたシュートは3本。最初の1本はまず脚でトラップ、2本目はトラップで確保したボールで迎撃。最後の1本は胸トラップからロボットに蹴り返す。

 

 

「春奈!立てるか!」

 

「は、はい!」

 

 

 時間を稼ぐと春奈は持ち直して通路に走っていく。春奈で最後だったからもう俺が残る理由もない。その後ろを追いかけるように俺も通路に入って射線から身を隠す。

 

 

「すみません柊弥先輩、私のせいで……」

 

「気にするな。別に怪我も何もないからな」

 

「こ、ここからどうするっスか?」

 

「そのことだけど……鬼道」

 

「ふっ、考えることは同じか」

 

 

 俺達がヤツらから身を隠してもなおヤツらはボールを撃ち続けている。俺達をここに縛り付けて動けないようにするつもりだろうな。

 けどヤツらは大きな失敗をしている。ロボットいえど、俺達にサッカーで勝負を挑んできたことだ。トラップ出来るくらいの威力であることはさっき分かった、それならやることは簡単だ。

 

 

「じゃ、先に行く」

 

「俺も行くぜ、加賀美!」

 

 

 俺が真っ先に飛び出すと後ろから綱海も着いてきてくれる。勢いよくヤツらの目の前に身体を晒すと、またボールの雨が降り注ぐ。けどあの数で俺ら2人に集中してるせいで所々シュート同士がぶつかっている。これなら凌ぐのも楽だな。

 

 

「よっと!」

 

「よし、皆来い!」

 

 

 俺と綱海でボールを確保すると、陰から皆が飛び出してくる。そのボールを使って次々とシュートを打ち込み、ロボットを破壊していく。上手い具合に反射して戻ってきたボールで俺も1体破壊しておく。何かあのロボットだけ黒いな。

 

 

「お、止まったぞ」

 

「あの黒いのが司令塔だったのか、流石だぜ加賀美」

 

「……まあな」

 

 

 ……言えない、マジで偶然だったなんて。

 

 

「さあ、先に進もう」

 

 

 警備のロボット達を潜り抜け、監督の先導で先に進む。驚くくらい何も無い、無機質という表現がピッタリの通路だ。ただ通行するためだけに存在しているというか、なんというか。仮にも研究施設なら誰かいるのかと思ったが、そんなことは無いのかもしれない。

 

 

「何だ!?」

 

 

 さっきのような襲撃に警戒していると、唐突に通路の照明が落ちる。それと同じタイミングで通路横のゲートが開く。そして俺達を誘い込むかのように手前から順にライトアップされていく。

 

 

「監督」

 

「……行きましょう」

 

 

 その道を俺達は進んでいく。間違いなく、この先に誰かが待ち構えている。黒幕か、はたまたヒロトか。

 

 

「開けた場所に出たな」

 

「ここは何処なんだ?」

 

「な、何か上にあるっスよ!!」

 

 

 その通路を進むと、広い部屋に出た。例に漏れず暗い部屋だが、今までの通路と違って上にも広い。そして、壁山の言う通りその上の方に何かがある。取り付けられた機械から光の粒子が放出されると、その中心に人が現れる。ホログラム技術、ってやつか?

 

 

「……お父さん」

 

「あれが、吉良財閥総帥で瞳子監督のお父さん」

 

『日本国首脳陣の皆様、お待たせ致しました。只今から我が国が強大な国家として世界に君臨するためのプレゼンテーションを始めさせていただきます』

 

 

 俺達のことが見えているのか見えていないのかは分からないが、突如姿を現した吉良はプレゼンテーションと称して何か語り始める。日本国首脳陣……ということは、これは財前総理達も見ているのか?

 

 

『もう皆様はエイリア学園をご存知でしょう。ご覧の通り、その力は絶大です』

 

「……ジェミニストーム」

 

『さて、今日はそんなエイリア学園の衝撃の真実をお話しましょう』

 

 

 "エイリア学園の真実"、ね。やっぱりエイリア学園の黒幕は瞳子監督じゃなくてあの吉良財閥の総帥みたいだな。響木監督が瞳子監督を黒幕、と呼んだのがどういう意図だったのかは分からないが、今はヤツの話を聞こう。

 

 

『自らを星の使徒と名乗る彼らですが、その正体は実は宇宙人では無いのです』

 

「……嘘だろ」

 

『全ては5年前に飛来した隕石から始まったのです。富士山麓に落下した隕石、そこから人間の潜在能力を最大限に引き出す物質が発見されたのです。その名は……エイリア石』

 

「5年前の隕石……エイリア石?」

 

「いよいよ分からなくなってきたぜ……」

 

『我々はこの素晴らしい物質を有効利用するため研究を重ね、遂にエイリア石の力を使い、人間の身体能力を飛躍的に強化することに成功したのです』

 

 

 ……ということは、エイリア学園のヤツらはそのエイリア石で強化されただけの俺達と同じ人間ってことか。レーゼも、デザームも、ガゼルにバーン。そしてヒロトも。だけど分からないな、何で宇宙人に扮する必要があった?

 

 

『そして私は財前総理に提案したのです。このエイリア石を使い、強い戦士を作る計画を提案しました。それがハイソルジャー。ハイソルジャーが人類の新たなる歴史を創造するのです』

 

「ハイソルジャー……人間を戦うマシンに変える恐ろしい計画よ」

 

「……何ておぞましい計画だ」

 

『しかし財前総理は愚かにもこの夢の計画を跳ね除けたのです。貴方は正義のリーダーを気取っていますが……何も分かっていない。そこで私は財前総理にハイソルジャーの素晴らしさを教えて差し上げようと考えました。大のサッカー好きである総理にとって、分かりやすい方法でね』

 

「エイリア石で強化された人間であるエイリア学園がサッカーによってその力を示す……これが全ての全貌よ」

 

「……ふざけやがって」

 

 

 そんなくだらない計画のために、俺達の雷門中を、他の色んな学校を破壊したのか?そして、皆はそんなことのためだけに傷付けられたのか?

 

 

『そして、エイリア学園最後にして最強のハイソルジャーを紹介しましょう。その名も、ザ・ジェネシス!究極の戦士である彼らの素晴らしき能力、完璧な強さを最高の舞台でご覧に入れましょう!!ジェネシスと戦う最後の相手は、雷門イレブンです!!』

 

「……ようこそ、雷門イレブンの皆様。旦那様がお待ちです」

 

 

 そうして吉良のプレゼンテーションは幕を閉じた。皆の間には何とも言えない空気に包まれている。……最もそれは俺も一緒か。相当頭にキてる。皆のことを考えれば、平静を装うなんて無理な話だ。

 そして、示し合わせたように開いた扉の向こうから光をバックに一人の男が現れた。旦那様、というのは吉良で間違いないだろう。

 

 

「皆、行くわよ」

 

「……はい」

 

 

 突如現れたその男、研崎に対して怪訝な視線を向けながらも瞳子監督は進むことを選んだ。当然、俺達も着いていく。

 

 

「……」

 

「……何か?」

 

「いえ、お気になさらず」

 

 

 研崎の横を通る時、何故かやたらと視線を感じた。思わず訊ねてしまったが、当然何も答えない。まあ良いか。

 

 

「ようこそ、雷門イレブンの皆様……瞳子」

 

「お父さん!ハイソルジャー計画を今すぐやめてください!」

 

「……どうやら分かっていないようですね、お前達もハイソルジャー計画の一部に組み込まれているということが」

 

「……どういうことですか」

 

「エイリア学園との戦いで鍛え上げられたお前達が、いずれジェネシスにとって最高の対戦相手になると思ったからですよ」

 

 

 瞳子監督はその言葉を聞いて驚愕を浮かべる。エイリア学園を倒すための奔走が、エイリア学園にとってプラスになることだったと突きつけられたからか。

 

 

「それでは試合の準備をしてください。ジェネシスが待っていますよ」

 

「待て!」

 

「何ですか?……加賀美君」

 

「お前の計画のせいで色んな人が傷付いた……そのことについて何とも思わないのか」

 

「ああ、そんなことですか」

 

 

 "そんなこと"。その一言で頭の中で何かが切れる音がした。けど、それだけじゃなかった。

 

 

「ハイソルジャー計画のためには必要な犠牲だった、それだけです。君には期待してますよ、加賀美 柊弥君」

 

「……ッ!!!!!」

 

 

 落ち着け、落ち着け俺。ここで子どものように怒り散らしても意味が無い。呑まれるな、怒ったところであの計画を止められる訳じゃない。

 

 

「柊弥、大丈夫か」

 

「……ああ、大丈夫だ」

 

「なら良い」

 

「……皆、私は今日までエイリア学園を倒し、あの人の計画を阻止するために戦ってきた。でも、貴方達を利用することになったのかもしれない」

 

 

 修也が気を掛けてくれたこともあって、何とか落ち着けた。あの計画を止めたいならこの後のアイツらとの試合で勝つしかない、こんなところで自分を見失う意味なんてない。

 すると、監督がぽつりぽつりと話し出した。

 

 

「私には、監督の資格は……」

 

「違う!!」

 

「……円堂君」

 

「監督は、俺達の監督だ!!監督は俺達が強くなるための作戦を考えてくれた!次に繋がる負け方を教えてくれた、俺達の挑戦を見守ってくれた!!だからここまで来れたんだ!!」

 

「……監督のやり方は好きじゃなかったけど、今なら分かる。監督はずっと、俺達のことを思ってくれてたんだって!」

 

「スパイとか言うてごめんなさい!」

 

「監督のこと疑って、すみませんでした!」

 

「あたし達は監督に鍛えてもらったんだ!」

 

「そうです!エイリア学園の為じゃなくて、俺達自身の為に!」

 

「……監督、皆の言う通りです」

 

 

 自分に監督の資格はない、と項垂れる瞳子監督。だけどこれまでのやり取りを見て未だに監督がエイリア学園の内通者だとか考えるヤツはここにはいない。監督は確かにアイツに利用されていたのかもしれないし、俺達が強くなることもエイリア学園にとってプラスだったのかもしれない。

 けれど、そんなことは関係ない。監督が俺達を強くしてくれたことには変わりないはずだ。

 

 

「監督、僕も監督に感謝しています」

 

「……吹雪君」

 

「監督!俺達には瞳子監督が必要なんです!!最後まで一緒に戦ってください!!」

 

「……皆、ありがとう」

 

 

 これが俺達の総意だ。俺達は監督にこれまで着いてきたし、これからも着いていく。そしてエイリア学園の、吉良の計画を止めてやる。

 それから俺達は研崎の導きで控え室に案内される。そこでそれぞれ試合に向けて準備を始める。この一戦で全てが決まる、さっきの怒りも、皆の無念も、全部込めて戦う。

 

 

「行くぞ皆!この試合は絶対に負けられない!俺達の戦いが地球の運命を決めるんだ!!」

 

「勝つぞ。そして全てを終わらせるんだ!」

 

『おお!!』

 

「皆、準備は良い?」

 

 

 準備を終わらせ、皆で気合を入れる。そしてタイミングを見計らって瞳子監督がこちらにやってくる。

 

 

「貴方達は地上最強のサッカーチームよ、だから私の指示はただ1つ……勝ちなさい!!」

 

『はい!!』

 

 

 監督を先頭に俺達は決戦の場所へと向かう。少しすると光が見えてくる。その光を頼りに進むと、サッカーコートに辿り着いた。そして、俺達の反対側からはジェネシス。その先頭にはもちろんヒロト。

 

 

「やあ。とうとう来たね……加賀美君、円堂君」

 

「ああ、お前達を倒すためにな」

 

「泣いても笑ってもこれが最後だ、絶対にお前達を倒す」

 

「俺はこの戦いでジェネシスが最強の戦士であると証明してみせる」

 

「……最強を目指すだけのサッカーが楽しいのか?」

 

 

 守がそう訊ねると、一瞬ヒロトの表情が揺らいだ。

 

 

「……それが、父さんの望みなのさ」

 

「父さん?」

 

「俺は父さんのために最強になる。最強でなければならないんだ」

 

「それがお前の真意か?守の言葉に思うところがあるんじゃないか、お前も」

 

「さあ、どうかな……お互いの信じるもののために全力で戦おう。君達の相手はエイリア学園最後にして最強のチーム……ザ・ジェネシスだよ」

 

 

 これ以上話すつもりは無いようで、ヒロトは後ろを向いて自陣側に戻って行った。アイツにも聞かなきゃいけないことがある。まずはそのためにも……試合に勝つ。

 

 

 さあやるぞ、これが俺達とエイリア学園の最後の戦いだ。絶対に負けない……背負った想いの為にも、絶対に負けられない。

 

 

「勝つぞッ!!皆!!」

 

 

 勝つのは、俺達だ。




富士山突入、そして次はとうとうザ・ジェネシスとの試合開幕ですね。また長くなりそうです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第90話 最終決戦

ジェネシス戦開幕です。
新しい試みとして前書きにスタメン、後書きに交代メンバー(交代時のみ)を記載してみようと思います。
例のごとくクソ忙しくて期間が空いてしまいましたが、コツコツと書いてました。実は次の話もほぼ書き上がってるのでしばらく空いた分今日+日曜も更新します。出来なかったら煮るなり焼くなりしてください。

19万UA感謝(小声)
ーーー
FW-柊弥 豪炎寺
MF-一之瀬 鬼道 塔子 土門
DF-円堂 壁山 木暮 綱海
GK- 立向居
控え-吹雪 リカ 目金


 とうとうやってきたエイリア学園の本拠地。これが最後の戦いになるんだ、今までの試合よりも空気が張り詰めているような気がする。目の前に構えるのはヒロト達ザ・ジェネシス。エイリア学園最後のチームにして、最強。緊張が走るのも仕方の無いことだ。

 けど……勝てるかどうかじゃない。俺達には勝つ一択しかないんだよ。

 

 

「さあ始めようか雷門イレブン。僕達の最終決戦を」

 

 

 ヒロトがそう呟いたその瞬間、示し合わせたように試合開始のホイッスルが鳴り響く。直後俺は修也とアイコンタクトを交わし、ボールを受け取って走り出す。

 

 

(速攻だ)

 

(ああ、分かってる)

 

 

 俺達が選んだのは先手必勝、まずはこっちから仕掛けることで流れを手繰り寄せる。そのまま点を奪えれば良し、奪えずとも攻めることに意味がある。

 しかし動き出してすぐ、相手の最前線と俺達はかち合うことになった。ウルビダ、それにヒロトだ。

 

 

「通さんぞ」

 

 

 全く隙がないな、揺さぶりを掛けても引っかかってくれそうにない。やはり相当強い……けどそれはエイリア石による紛い物の強さ。そんなヤツらに絶対に負けられない。エイリア学園の脅威を終わらせるためだけじゃない、1人の選手として絶対に認めるわけにはいかない。

 だけどコイツを1人で突破するのには相当骨が折れる。試合開始早々にそんな消耗することは避けておきたい。

 

 

「加賀美!後ろだ!」

 

「鬼道!」

 

 

 ナイスタイミングだ鬼道。声が聞こえた瞬間俺は鬼道の位置を大体予測してバックパスを送ると同時に走り出す。読みは当たったらしく、その直後鬼道がボールを確保した音が聞こえた。

 

 

イリュージョンボールッ!

 

「小癪な……ッ!」

 

 

 ボールが俺から離れたのを見てウルビダは俺ではなく鬼道を抑えに行った。しかし鬼道がボールを分裂させて撹乱。それが成功したのか確認するためにわざわざ立ち止まったりはしない。俺は鬼道を、自分の仲間達を信じている。そして俺は信じられている。それに応えるために俺は進み続ける。

 

 

「ズズッ……!!」

 

「行かせない、だそうです」

 

 

 ジェネシスの中陣に差し掛かった時、大柄なDFであるゾーハンとMFのコーマが俺の行く手を阻む。ボールをキープしていなくともここから先に進ませるつもりは無いってことか。徹底的なリスク排除……試合においては正しい考え方だが、お前達にとってのリスクが俺だけだと思ったか?

 まあいい。とりあえず俺が囮になるか。

 

 

「そう言わず、通してくれよ」

 

「ズズッ……」

 

「お断り、だそうです」

 

 

 とりあえず、前に進むのは諦めてあの手この手でコイツら2人を動かす。右に行くと思わせて左、左に行くと思わせて右。前に突撃し始めたと思ったら後ろに、とにかくコイツらの注目を俺に向ける。

 この2人だけじゃ俺を完全に抑えきれないと思ったのか、他のDF……キーブ、ハウザーまで俺に寄り始めた。だいぶ俺にとって好都合だ。

 

 

 鬼道、お前ならこの状況で狙うべきこと……当然分かるよな。

 

 

「もらった!行け豪炎寺!」

 

「おう!!」

 

 

 俺が徹底的にマークされれば、その分誰かが動きやすくなる。そしてこの場においてその誰かってのは……当然、修也だ。

 鬼道の声でキーブとハウザーは標的を修也に切り替えたが、あまりに離れすぎている。鬼道のパスは一直線に修也の元へと渡り、受けとるや否や修也はゴールに向かって加速する。残りのDFであるゲイルがその道を塞ぐが、必殺技を発動する余裕もない。修也はゴール前まで辿り着いた。

 

 

「そのまま決めろッ!!修也ァ!!」

 

「おおおおおおおおッ!!」

 

 

 勢いそのままに修也は全身から炎を燃え滾らせる。その炎は雄々しき魔神を形作り、修也を天へと打ち上げた。

 

 

爆熱ストームッ!!

 

 

 咆哮と共に修也が蹴り込むと、凄まじい圧を秘めた爆熱ストームがジェネシスのゴールへと襲い掛かる。

 

 

「ふッ……プロキオンネットッ!!

 

 

 対するネロは突き合わせた両の手から3つの点を作り出し、三角形になるようにそれを展開する。点と点が線で結ばれ、やがてその内側には網のように面が作り出される。あれは確か……福岡での。

 その真ん中に修也の爆熱ストームが吸い込まれる。捕らえられてもなお炎は燃え続ける……が、やがて動きがあった。徐々にその勢いは削られ、面に完全に包まれたその時には……ネロの手元にボールが収まっていた。

 

 

「爆熱ストームが……止められた!?」

 

「くっ……」

 

 

 やはり一筋縄ではいかないか……修也の爆熱ストームでダメなら、俺の雷霆一閃でも確実に得点出来るかどうか。

 仕方ない。一筋縄でいくとは元から思っていなかった。それならそれでやりようは幾らでもある。今はとにかくボールをもう一度手に入れなきゃだ。他の手段でゴールを狙うにしても、まずはそこからの話だ。

 

 

 止められたボールはネロからキーブ、キーブからコーマへと繋がれる。パス回しのスピードが尋常じゃない、皆目で追うのがやっとってレベルだ。初めてイプシロンと戦った時みたいな感じだな。単純なスピードで追い付けるのは……多分、俺だけ。けど時間さえ稼げばその差を埋める指示を鬼道が見出せるし、皆もそのスピードに適応出来る。

 

 

雷光翔破"改"

 

 

 その為にはまず、ヤツらの流れを一旦止める。俺は雷光翔破で一気にボールをキープしているコーマとの距離を詰め、サイドから回り込むようにしてボールを奪い取る。

 

 

「なッ」

 

(1秒でも長く時間を稼ぐ!出来るなら先制点を奪い取るッ!)

 

 

 ボールを奪ってそのまま俺は前線に走る。俺達の方に攻め込んできていたヤツらは追いついては来ない、少なくともスピードだけなら俺が上か。

 

 

「流石だね加賀美君」

 

「ヒロト……!」

 

 

 いや、コイツだけは例外か。最低でも同等……位置を把握してないから何とも言えないが、どこからここまで来たかによっては俺以上であることも考えなきゃダメだ。

 ヒロトを超えるためにはこのままじゃダメだ……出来るだけ後まで取っておきたかったけど、消耗は諦めて手札を切るしかない。

 

 

雷霆万鈞

 

「なるほど……エネルギーを全身に滾らせての身体強化か。でもそれ、疲れるんじゃない?」

 

「さあな」

 

 

 疲れる?そんなモン関係ねえだろ。ここでお前達を倒す、その為にはやっぱり出し惜しみなんてしてられねえ。

 

 

「君は俺が止めてみせるよ」

 

「やれるもんならやってみな……行くぞ」

 

 

 真剣な眼光を俺にぶつけるヒロト。それに引っ張られるようにして俺はスタートを切った。

 まず狙ったのはスペースの広い右側からの突破。読まれていたらしくすぐに寄せられる。けどこれが読まれることは俺もその上から更に読んでる。すぐさまダブルタッチで方向転換、真反対の左に抜けようとしたが、これにも対応してくる。こんくらいのフェイントなら対応は余裕ってことか。じゃあ力業だな。

 

 

「……へえ」

 

 

 左に重心をかけて進み出すようなフェイクモーションからの、右への爆発的な加速。緩やかな動きから逆方向に突き抜けるその緩急で一気にぶち抜く。

 

 

「流石だよ加賀美君。パワー、スピード、テクニック。全てが一級品。僕達ジェネシスの相手に相応しい」

 

「なら、大人しく抜かれてくれると助かるんだけどな」

 

「そうはいかない。言っただろう?ジェネシスは……最強なのさ!」

 

 

 ヒロトはフィジカルに物を言わせた突破にすら追い付いてくる。それどころか今度はあっちからタックルを仕掛けてきた。少しでも気を抜いたら持っていかれそうな程のパワーだ。

 

 

 ……この一連のやり取りで分かった。雷霆万鈞でなら越えられると思ったが、想定が甘かった。雷霆万鈞を使ってようやく対等だ。他のヤツらなら問題ないが、ヒロトだけは別格。

 けど逆を言えばジェネシス側でサシで俺を抑えられるのはヒロトだけだ。キーパーから点を奪えるかはまた別の話だが……そこまで持ってくだけなら勝算は十二分。

 そしてヒロトと対面した時はいっそのこと単騎での突破は諦める。今この場を切り抜けるために最適なのは──

 

 

「素晴らしいけど……そろそろボールを貰うよ!」

 

「チッ!」

 

 

 ヒロトと何度もぶつかり合いながら僅かな時間で周囲の状況をキャッチする。その時ほんの一瞬、左サイドでこちらに動き出す土門の姿が目に入った。

 これが届くかはほぼ賭けだ。敢えてヒロトのタックルで体勢を崩したように見せかけ、ヒロトの視線を俺からボールに移させる。俺から目を切るその一瞬の隙、ここが俺の狙いだッ!

 

 

「土門ッ!」

 

「任せろ!!」

 

 

 倒れ込む最中、俺は両脚で挟む。そして腰の捻りと共に全身を回しながら跳ね上げ、そのまま土門にシュート紛いのパスを送り出す。それが無事に土門まで届いたことを見届け、俺は背中から地面に衝突する。

 

 

「カハッ」

 

「……驚いたな。あんなパスがあるなんて」

 

 

 あんな無茶をすれば受け身なんてまともに取れるはずもない。肺の中の空気が一気に外へ押し出されたが、そんなことはどうでも良い。重要なのはヒロトを出し抜き、ボールの支配権が未だ俺達のものという事実ただ一つだ。

 

 

「やっぱりキミは面白いね、加賀美君」

 

 

 咳き込む俺を横目にヒロトはボールの方へ走っていく。俺もさっさと立ち上がりどんどんとラインを上げる前線へ参加する。俺が土門に繋いだボールは鬼道に渡り、そのままの流れで一之瀬へ。一之瀬を中心とした鬼道、修也によるトライアングルでゴールへと近付いている。

 

 

 さて、どうやってあのキーパーからゴールを奪うか。悔しいが単騎での突破は限りなく困難だ。さっきも思ったが爆熱ストームが止められるくらいなら雷霆一閃も確実じゃない。あのプロキオンネットという必殺技なら破れるかもしれないが、俺の見立てが正しければあれは本命じゃない。貴重なシュートチャンスを棒に振るくらいなら最初から連携で確実に潰しにいくべきだ。

 恐らく通用する連携シュートはデスゾーン2、次点でファイアトルネードDDだな。常に俺と修也が前線にいる以上後者で攻めるのが確実か?……いや、明らかに敵は俺達を警戒してる。余程運が回ってこない限りはまず並ばせてすらもらえないか。それならデスゾーン2……と言いたいところだが、守は今後ろ気味に構えてる。今から前線に出てきても間に合わない。

 

 

 なら、試したことないがアレでいくしかない。

 

 

「修也!」

 

(柊弥……俺の後ろに?ファイアトルネードDDではないな)

 

 

 アイデアの共有すらしたことないが、お前なら俺の考えてることが分かるはずだ。俺とお前の位置関係、それが鍵だ。

 

 

(……そういうことか)

 

 

 直後、後ろを振り返ることなく修也は加速する。流石だ修也、よく気付いてくれた。

 さあ一之瀬、出せ。俺ら2人があのゴールこじ開けてやる!

 

 

「加賀──」

 

「ここだよね」

 

「はッ──」

 

 

 俺の視線に気付いて一之瀬がパスを送り出そうとした、その時俺達の目の前を赤い何かが横切った。その正体を確認出来たのは、今俺に届くはずだったボールが奪われたことを確認したと同時。

 

 

「どこから出てきやがった……ヒロト!」

 

「キミなら必ずどうにかしてシュートに持ち込もうとする……自分が撃とうが撃たまいが、その流れに参加しないことは無い。加賀美君に意識を割いておけば、自然とボールを奪うチャンスが増えるというものさ」

 

 

 クソッ、してやられた……修也を前に置いていたのは初動のカモフラージュも兼ねていたのに、しっかり見抜いてきやがった。

 

 

「さあ……今度こそ先制点をもらおうか」

 

「させないッ!!」

 

「邪魔だよ」

 

 

 1番近くにいた一之瀬がボールを奪い返すためにヒロトに肉薄する。が、その直後ヒロトは一瞬の加速で閃光の如きスピードに達し、一之瀬を大きく弾き飛ばした。

 

 

「ぐぁぁッ!!」

 

「一之瀬!!」

 

「俺は良いッ……!アイツを止めるんだ!!」

 

「ぐッ……分かったッ!!」

 

 

 一之瀬の吹き飛ばされ方が気になったが……本人がそういうなら良い、優先すべきはヒロトを止めることだ!

 

 

「行かせない!!ザ・タワー!!

 

「遅いね」

 

「そんな!?」

 

 

 ヒロトの前に最初に立ちはだかったのは塔子。ザ・タワーでヒロトを迎撃しようとするが、降り注ぐ雷をヒロトはシンプルなドリブルだけで掻い潜る。

 

 

「うッ、旋風──」

 

「だから、遅いよ」

 

「そこだァッ!」

 

「それも見えている」

 

 

 塔子を危なげなく突破したヒロトと次に対面したのは木暮。しかし構えに入るのが遅く、旋風陣の発動前を突かれサイドから突破される。それを見越してポジショニングしていた綱海だったが、それすらも難なく躱す。

 アイツ、突破性能がバケモノじみてる。単純な身体能力だけじゃない、恐らく、俺なんかより圧倒的に周りが見えてる鬼道よりも更に広い視野を持ってやがる。

 

 

「壁山!止めるぞ!」

 

「はいッス!!」

 

「ふふッ、降り注ぐ流星を止めることは、誰にも出来ないよ。円堂君」

 

 

 DF最後の砦となった守と壁山が同時にヒロトに襲い掛かる。が、その直前でヒロトは高く跳ぶ。あれは……マズイ。皆が時間を稼いでくれてもそれすら意味をなさないスピードのせいで空中で抑えることも出来ない。

 

 

流星ブレード!!

 

 

 ヒロトがボールに力強く蹴り込む。その時上空で巻き起こったのは、まるでビッグバンのような大爆発。それが巻き起こす衝撃波があのシュートの凄まじさを嫌でも感じさせる。ボールからエネルギーが溢れ出し、あんな爆発を起こすほどの超威力。福岡でも一度見たが……間違いない、あれは俺の雷霆一閃、修也の爆熱ストームよりも更に強い。

 

 

「止める……ムゲン・ザ・ハンド!!

 

 

 迫る流星を止めるべく、立向居は究極奥義で迎え撃つ。何本もの手がシュートに触れるも、その勢いは全く衰えない。

 

 

「耐えろ立向居!!」

 

「ぐッ、うぉおおおお!!」

 

 

 完全には止められずとも、時間を稼いでくれればギリギリ俺が間に合う。立向居が気合いを見せるべく咆哮するが、無情にも無限の手にはヒビが入る。

 

 

「クソッ、間に合わねえ……ッ!」

 

 

 間も無くして、ムゲン・ザ・ハンドは打ち砕かれる。そうすれば待っているのは突然、失点だ。

 0-1……勢い付けるためにもこっちが先制したかったが。取られたものは仕方ない。切り替えてまずは追いつくことを考える。

 

 

「立向居悪い……俺が遅かった」

 

「いえ、俺が1人で止めきれなかったのが……ッ」

 

「もしかして…どこか痛めたのか?」

 

「だ、大丈夫です……ただ、手のシビレが凄いんです。あのシュート、カオスの2人よりも圧倒的に強い……」

 

 

 立向居がここまで言い切るとは……やはり、あのシュートに対する俺の見立ては間違ってなさそうだ。

 

 

「一之瀬!!」

 

「!?」

 

 

 立向居に手を貸していると、後ろから土門の悲鳴じみた声が聞こえてきた。すぐさま振り返ると、そこには額に汗を滲ませながら膝をつく一之瀬の姿があった。

 ……やはり、ヒロトに弾き飛ばされたあの時に脚を痛めていたか。背中から落ちることも受け身も取れていなかったからまさかとは思っていたが。

 

 

「すまない……こんな状態じゃ、戦えそうにもない」

 

「気にするな!ほら、ベンチまで運ぶぞ」

 

 

 項垂れる一之瀬に守は声を掛け、土門と共にベンチまで連れて行った。応急処置をしての続行は……期待出来ないな。

 フォーメーションの中央として鬼道と動いていた一之瀬が抜ける。これは中々に痛いな。あの2人で担っていたからこそ、攻守の切り替えがスムーズに出来ていた。鬼道だけでも機能はするだろうが、相手が相手だ。一之瀬がいる時ほどの安定性はない。俺が一之瀬のポジションに入る?……いや、攻めの手を減らすのは悪手か。

 

 

「監督!!」

 

「……何かしら」

 

 

 どうするべきか考えていると、一之瀬が秋達から応急処置を受けている横で1人の男が立ち上がった。

 

 

「……吹雪?」

 

「僕を……僕を試合に出してください!!」

 

 

 その時吹雪が口にしたのは驚くべきことだった。未だ本調子とは言えないであろう吹雪が、自分から名乗り出たんだ。交代するのはリカだと思っていた分、俺だけじゃなくて鬼道なんかも少し驚いている。動揺していないのは……修也だけか。

 

 

「僕も、皆の役に立ちたいんです!!お願いします!!」

 

「……分かったわ」

 

 

 監督は一歩前に出て、フィールドに向かって宣言する。

 

 

「選手交代!!一之瀬 一哉に代わり、吹雪 士郎!!」

 

「……!ありがとうございます!!」

 

 

 吹雪の決意を、監督が受け入れた。やっと吹雪が自分の意思で戦うことを決めたんだ、きっと俺でも、誰でもそうするだろうな。

 

 

「吹雪……やってやろうぜ」

 

「うん……いこう、加賀美君!」

 

 

 さあ行くぞ吹雪。この状況をひっくり返すために……一緒に戦おうぜ。




選手交代
一之瀬→吹雪(3トップに変更)

ーーー

とうとう吹雪が登場。彼の覚悟を極限までカッコよく描写したいですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第91話 覚醒の咆哮

予約投稿ミスってました、許してください。

ーーー
FW:柊弥 吹雪 豪炎寺
MF:土門 鬼道 塔子
DF:木暮 円堂 壁山 綱海
GK:立向居


「さあ皆!気合い入れていくぞ!」

 

 

 一之瀬の負傷、吹雪との交代。そしてこちらが1点ビハインドの状態から試合は再開となる。けどまだ前半終了まで時間はあるし、吹雪の投入によって攻めの手数が増えた。後の懸念は……ヒロトだな。アイツを好きに動かせておくのはリスクが高すぎる。

 けどいつまでもやられっぱなしじゃないのが俺達雷門イレブンだ。きっと皆も試合の中でさらに進化してヤツらに喰らい付ける。今の俺がやるべきは、その道中での綻びを補強すること。

 

 

「修也、吹雪。前は一旦任せるぞ」

 

「分かった。行けるな?吹雪」

 

「うん、やってみせるよ」

 

 

 2人に前線の攻めは任せ、俺は皆のサポートを徹底する。当然チャンスがあれば前にも出るけどな。

 

 

「よし……頼んだぞ」

 

 

 2人は頷くとセンターサークルに着く。それから間もなくしてキックオフ、修也から吹雪にボールが渡り、2人は前へと上がっていく。

 

 

「加賀美、任せるぞ」

 

「ああ」

 

 

 それに連動して鬼道、土門も前線へと攻め上がる。それを俺は中盤から見守りつつ、ヒロトの動きを注視する。

 

 

 皆が攻め込んでいけば当然相手の最前線であるヒロト、ウルビダと衝突することになるが、後続の鬼道にボールを預けて修也、吹雪は先に突破。鬼道の近くにいたウィーズが阻止しに掛かるが、その圧倒的なパワーとスピードを鬼道はテクニックで躱す。

 けどそれにしても相手の寄せが速い。ウィーズを抜いた頃には既に鬼道は囲まれている。あの場所から通せるパスコースは……土門しかない。

 

 

 いや待て。土門へのラインだけ警戒が薄すぎないか?まるでそこへパスすることを誘っているかのような……まさかッ!?

 

 

「鬼道ッ!!」

 

「!?」

 

 

 俺が鬼道に対して叫んだ時にはもう遅かった。ボールは既に土門に対して送り出されていて、土門もそれを受け取っていた。

 そしてそれとほぼ同時、音もなく現れた3人が土門を囲んでいた。クソッ、間に合わないか!?

 

 

シグマゾーン!!

 

「ぐああッ!!」

 

 

 土門を中心として展開される円形の包囲網。スローペースな足取りから急加速し、中心である土門の一点で3人が交差。その瞬間に土門は大きく吹き飛ばされ、ボールはジェネシスのコーマに渡る。

 

 

「行かせるかよ」

 

「コーマ!こっちだ!」

 

「ウルビダ!」

 

 

 土門への魔の手を阻止できないことをいち早く予見できてしまった俺は、すぐさまボールを奪い返すために動いたが間に合わない。追い付くより先にウルビダにパスを通された。

 マズイな、行動がとことん裏目に出てる。キックオフからの一連の流れも俺が後ろにいなければ回避出来たかもしれない。そして今前目に出てしまったせいでウルビダ、ウィーズ、ヒロトが攻める余裕を作ってしまった。

 こうなったらアレしかない。その為に……皆、頼むぞ。

 

 

ザ・タワー!!

 

ザ・ウォール改!!

 

旋風陣!!

 

「行かせるか!!」

 

 

 皆があらゆる手でヤツらの進路を阻むが、どれも決定打にはならない。パスやドリブルで尽くを躱し、ヤツらはゴールの近くまで辿り着いた。今ボールをキープしているのはウルビダ……だが、シュートを撃つのは間違いなくヒロトだ。

 そして皆の頑張りが俺に時間を作ってくれた。止められなくても良い、俺が間に合えば結果オーライだろ。

 

 

「グラン!!」

 

「さあ……2点目だ」

 

 

 予想通り、ボールはヒロトに渡る。そしてヒロトが放つのは、十中八九流星ブレード。もうそのシュートは何回も見てる、どういう撃ち方をするのか、完璧に頭に入ってる。

 

 

「……!加賀美君ッ!」

 

「ヒロトォ!お前は俺が止める!!」

 

 

 ヒロトがボールと共に跳んだと同時、俺も同じ高さまで跳ぶ。俺が今から何をやろうとしているのか、皆にとって火を見るより明らかだろう。だからこそここで成功させて、次に繋がなきゃならない。

 俺の雷霆一閃は何度も打ち込んで100%以上のパワーを引き出す必殺技。ヒロトの流星ブレード、修也の爆熱ストームみたいな1発で超パワーを引き出すシュートとは別の性質だ。だからこそ……このまま打ち合いになれば負けるのは俺だ。

 

 

 けどそれがどうした。所詮それは言い訳に過ぎねえだろ。一撃のパワーで勝てねえなら、それを上回るスピード、俺の最大の武器で戦えば良いッ!!

 

 

「遅せぇッ!!"真"轟一閃ッ!!

 

「ッ!?」

 

 

 打ち合いを想定したんだろう、ヒロトが驚愕の表情を浮かべる。やっと顔色変えやがったな。

 轟一閃。俺の原点にして最速の必殺シュート。ライトニングブラスター、雷霆一閃のパワーには程遠い。けど、そのスピードだけならどのシュートよりも圧倒的に速い。右脚にエネルギーを集中させ、スイングスピードの一点に全力を注ぐ轟一閃なら、この局面でも先手を取れる!

 

 

 そして、このボールを受け取るのはお前だ───

 

 

「いけ、吹雪」

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 空中で繰り広げられた柊弥とヒロトの衝突は、己の武器を最大限に活かした柊弥が制した。柊弥が空中で放った轟一閃は、直線的な軌道を描きながら前へと突き進む。

 その前に立ちはだかる者は誰もいない。だからこそ全員がそれをロングシュートだと誤解する。しかしあくまでいないのは"立ちはだかる者"。それを"受け取る者"は確かにそこにいた。

 

 

「加賀美君……ッ!」

 

 

 そしてそのボールを受け取ったのは吹雪。役目を終えて地上に戻っていく柊弥の視線に頷きで答え、身を翻す。向かうは当然、ジェネシスのゴール。

 

 

「この試合で僕は……俺は!!完璧になるッ!!」

 

 

 直後、吹雪の人格は切り替わる。士郎からアツヤへ、完璧を求めて。

 

 

「吹き荒れろ……エターナルブリザード"V2"ッ!!

 

 

 久方ぶりにフィールドに吹き荒れるブリザード。暫く表に出ることのなかったその闘志が炸裂する。

 

 

プロキオンネット!!

 

 

 しかし無情にもそれは抑え込まれる。勢いを失ったボールを見せつけられた吹雪は歯軋りと共に睨み付けるが、それで何かが変わるというわけではない。

 実際、そんなことはお構い無しにネロはボールを放る。そのボールの行き先は、雷門のゴール付近から全く同じスピードでジェネシス側まで走り込んできていたヒロトと柊弥だ。

 

 

(さっきの身体強化を使わずに喰らいついてきている……凄まじいな、この短期間で進化したというのか?)

 

(やはり速い、けど追い付ける)

 

 

 無意識下で進化を続ける柊弥に対してヒロトは苦戦を強いられる。試合の中での進化、それこそが柊弥をはじめ雷門イレブンの強みとは分かっていたものの、ここまで急速だと流石に驚きを隠せない。

 加えて柊弥はヒロトを自由に動かせすぎないようにハンドワークを用いている。ネロからボールを出されてもヒロトはそれを確保するのに苦戦を強いられる。

 

 

(このまま攻めの勢いを保たれても面倒だ。ここでもう一度流れを手繰り寄せて、折る!)

 

 

 ボールまで数メートルの距離まで迫ったその瞬間、ヒロトが加速する。スピードだけではない、全身に力を込め先程までとは比較にならない勢いを得る。

 手、腕でヒロトを制していた柊弥はその影響をモロに受ける。急激に前に引っ張られるように重心を崩され、スピードが乗った状態ということもあり立て直せずそのまま倒れ込む。

 

 

「先に行くよ」

 

「ぐッ」

 

 

 柊弥を横目にヒロトは空中のボールを我が物にする。そしてそのまま柊弥を避けるようなコースで雷門側へと切り込む。

 

 

「完璧にッ、なるんだッ……!」

 

 

 しかしその瞬間、吹雪がヒロトの背後を取っていた。アツヤから士郎に切り替わり、何かを呟きながら冷気を纏う。

 

 

アイスグランドッ!!

 

 

 吹雪が回転と共に着地すると、その着地点からヒロトに向かって氷塊が生成されていく。それは確実にヒロトを呑み込み、動きを止めた。

 

 

「……貧弱すぎる」

 

「なッ」

 

 

 だが、それはほんの一瞬に過ぎなかった。吹雪が凍り付いたヒロトからボールを奪おうと走ると、直後氷塊は砕け散り、その勢いで吹雪は吹き飛ばされる。

 

 

「全然通用しない……僕は、完璧にならなくちゃいけないのにッ……!」

 

 

 吹雪は一人焦燥に駆られる。試合に負けるかもしれないなど、今この試合に関してではなくあくまで自分のことで。"完璧になる"ということに囚われた吹雪の動きは目も当てられないほどに重く、遅かった。

 

 

 その理由は分からずとも、本調子でないことは誰が見ても明らかであった。しかし、それをより鮮明に感じ取っていた者が二人。

 

 

「……吹雪」

 

 

 一人は豪炎寺。誰もそのことは知らないが、出発前夜に吹雪の歪んだ完璧を指摘していた。その答えを見つけるために吹雪はフィールドに戻ってきたのだが、この現状は豪炎寺にとって気の良いものではなかった。

 ただひたすらに打ち込むならまだしも、どこか上の空な状態でのプレー。誰よりも真剣に試合に臨む豪炎寺にとって、それは許せるものでは無い。

 

 

 しかし豪炎寺はそんな吹雪を見守り続ける。彼の求める答えは彼自身が見つける他ないのだから。

 

 

(吹雪、何を焦っている……お前の力はそんなものじゃないはずだろ)

 

 

 そしてもう一人は柊弥。様々なことを乗り越え、以前にも増して仲間をよく見るようになった柊弥だからこそ敏感に感じ取る、その違和感。

 

 

(……俺は信じてるぜ)

 

 

 柊弥はそんな吹雪を横目に走る。後ろの仲間達へ迫る脅威へと共に立ち向かうために。

 

 

「ここは行かせないぞ!ヒロト!」

 

「止めてごらんよ、円堂君」

 

 

 その視線の先では円堂がヒロトと対峙していた。フィールドプレイヤーに転向した円堂は確かに強い。しかし、今現在ではヒロトが更にその上を行く。

 

 

「こっちだ!」

 

「へえ」

 

 

 しかしそれで諦める円堂では無い。常に諦めないその気持ちが己を、雷門イレブンをここまで導いてきたのだ。

 ヒロトのスピードに少しずつ追い付き始める円堂にヒロトは笑みを浮かべていた。自分に対抗出来るのが柊弥だけでは無いというその事実が、ヒロトの本能を刺激する。

 

 

「円堂ォ!」

 

「綱海!」

 

「おっと……これは少し分が悪いね」

 

 

 ヒロトを止める円堂の元に綱海が走り込んで来ていた。少々危険を感じたヒロトは無理をせずボールを後ろに戻す。その先にいたウィーズがボールを受け取ろうと走るが……

 

 

「ここだ!」

 

「何ィ!?」

 

「円堂と綱海に負けてられないよ!木暮!」

 

「おう!!」

 

 

 その間に塔子が割り込んだ。そしてそのボールは素早く木暮に回り、奪い返そうとするジェネシスよりも早く再びパスが送り出される。

 

 

「させんぞ」

 

「嘘っ」

 

 

 だが、意趣返しのように今度はジェネシス側のウルビダがパスに割り込む。ヒロトに匹敵するほどの超スピード、単純なスペックで追い付けるものはそういない。

 

 

「グラン!!」

 

「さあ、今度こそ2点目だ」

 

 

 ヒロトが再び流星ブレードの構えに入る。しかしそれと同時、またも空中に跳ぶ一つの影があった。

 

 

「だからやらせねえって言ってるだろ」

 

「ふっ、来ると思ってたよ」

 

 

 柊弥だ。再び足に雷を宿しながらヒロトと同じ高度まで跳び上がった柊弥だったが、そこであることに気付く。

 

 

(コイツ、俺が来ることを予期してシュートモーションを短縮してやがる!!)

 

 

 そう、柊弥が同じ方法でシュートを阻止することを予期していたヒロトはシュートに必要な動きを小さくすることで、より早く打ち出せるように構えていたのだ。

 当然そうすればシュートの威力は多少なり落ちる。しかしそれは多少と表現する必要が無いほどの誤差だ。ヒロトが短縮した時間は実に"0.5秒"。その0.5秒で、柊弥に阻止されるより早く撃ち出すことが出来る。その上シュートの威力もおよそ9.5割維持出来る。

 しかし、ヒロトはシュートの威力に妥協をしない。込めるエネルギー量を増やすことによりその減衰をカバー。消耗こそ増えるものの、100%の威力で流星ブレードを放つことを可能にした。

 

 

(クソッ、撃ち合うしかねえ)

 

 

 それを認識した瞬間、柊弥も己の内に秘める力を爆発させる。雷霆一閃と同等以上の威力を誇る流星ブレードを抑え切るのはほぼ不可能だと理解していても、決して退かない。

 

 

"真"轟一閃ッ!!/流星ブレードッ!!

 

 

 二人が撃ち込んだのは全くの同タイミング。その直後フィールド全体に雷を孕んだ衝撃波が広がる。

 

 

「グ、ォォォォオオオオオッ!!!」

 

「流石、流石だよ加賀美君ッ!!ここまで僕に肉薄出来るのはキミだけだッ!!」

 

 

 が、その言葉とは裏腹に徐々に力の均衡は崩れて行く。

 

 

「けど勝つのは僕だッ!!全ては……父さんのためにィッ!!」

 

「クッ、ソォォォォォッ!!」

 

 

 天秤は完全にヒロトへと傾いた。ヒロトがその脚を振り抜くと、ボールを挟んでぶつかり合っていた柊弥は撃ち落とされ、そのシュートは真っ直ぐにゴールへと向かっていく。

 しかしその威力は柊弥の奮闘によってだいぶ削られている。止めることは容易だ。

 

 

「止めるッス!ザ・ウォール"改"!

 

 

 故にそのシュートはゴールまで届かない。壁山がザ・ウォールで完璧に止めきった。

 

 

「ガハッ!!」

 

「加賀美さん!!大丈夫ですかッ!?」

 

 

 柊弥が撃墜されたのは立向居がいるゴール付近。凄まじい勢いで撃ち落とされた柊弥にすぐさま駆け寄る立向居。

 

 

「俺が、俺が一人でゴールを止められればこんなことには……」

 

「バカ言うな立向居。一人で何とかする必要なんてねえだろ……俺達は仲間なんだ」

 

「か、加賀美さん……」

 

「けど、どこかで俺も攻撃に参加しなきゃならない。皆も常にカバー出来るとは限らない。だからその時は……お前を信じて任せるからな、立向居」

 

 

 それだけ言うと柊弥は何事も無かったかのように立ち上がり再び走り出した。

 

 

「……はい!」

 

 

 後ろから聞こえてきた力強い返事に、柊弥は背中を向けたまま笑みを浮かべる。

 ボールは後ろまで下がってきていた鬼道に渡り、鬼道を中心に土門、豪炎寺で攻め上がる……はずだった。

 

 

「悪いね、貰うよ」

 

「なッ」

 

 

 常軌を逸したスピードで鬼道の前を横切ったヒロト。そのスピードは明らかにヒロトのステータスの上限ギリギリ。先程の柊弥との正面衝突がヒロトの闘志に火を付けてしまった。

 勢いそのままにまたもゴールを狙うヒロト。柊弥は先程のダメージが抜けきっておらず、先程のような阻止は見込めない。ピリつく空気に立向居は固唾を飲む。

 

 

流星ブレードッ!!

 

(ムゲン・ザ・ハンドは通じない、一体どうする!?どうすればあのシュートを止められる……!?)

 

 

 しかし、その柊弥が先程言ったように立向居は一人では無い。

 

 

「情けねえ顔すんな立向居!俯いてるだけじゃ、何も解決しねえんだ!」

 

「ッ、綱海さん!」

 

 

 立向居が顔を上げると、ヒロトの間に立ちはだかるように綱海、塔子、木暮が構えていた。

 

 

「いくよ!!」

 

「「おう!!」」

 

 

 塔子がそう指示すると、3人は同時に走り出す。前を先行する塔子はその場で立ち止まり、巨大な塔を形成する。その塔の頂上から綱海と木暮は雷を纏い、迫るシュートに蹴り込む。

 

 

パーフェクトタワー!!

 

 

 まさに完璧なる塔。この土壇場で編み出された新必殺技は、ヒロトの流星ブレードを完璧に止めきってみせた。

 

 

 しかし完成して間もないこの必殺技にはまだ穴があった。3人による連携であるパーフェクトタワーは、緻密なコントロールがあってようやく成立する。この場で初めて成功したパーフェクトタワーは、最後の最後でそれを欠いてしまう。

 

 

「あっ」

 

「もらったァ!」

 

 

 そう、ボールを抑えきれず止めた勢いで弾いてしまったのだ。そのボールの行き先は無情にも仲間達ではなく、敵であるウィーズ。

 

 

「甘いッ!!」

 

「なっ、お前どこからッ!?」

 

 

 しかし、その動きをキャッチして柊弥は既に動いていた。ウィーズがボールを確保したその瞬間、間髪入れずにスライディングを仕掛け奪い返す。そしてそのまま高めのパスを送る。

 

 

「鬼道!!」

 

「任せろ……吹雪ィ!!」

 

 

 柊弥が選んだのは鬼道。位置的にスライディングの体勢からでもパスが届く位置に構え、柊弥の意図をほぼ完璧に汲み取れる思考力を持つのが鬼道だ。

 柊弥の期待通り、鬼道は完全にフリーである吹雪にパスを出した。しかし、当の吹雪はというと……俯いたままそのパスが接近していることに気付けていなかった。

 

 

「完璧に……僕は、完璧になるんだ……」

 

「ッ、吹雪ィ!!」

 

「えっ……あッ……!」

 

 

 吹雪はそのパスを受け取ることが出来なかった。豪炎寺が声を上げて気付いた時には既に遅く、変なところでボールを受けてしまいあらぬ所へ飛んでいく。

 完全フリーというチャンスを棒に振ってしまった吹雪。そのことに気付き、更に心に霧が掛かる。

 

 

(僕は、一体何をして───)

 

 

 その時だった。吹雪の腹部に鈍い痛みと衝撃が走る。吹雪に襲いかかったのは、単純なシュートだった。そのシュートにはどんなシュートよりも熱が籠っており、まるで炎のような熱さに満ちていた。

 痛みに悶えながら咳き込む吹雪。そしてその目の前に、自分にシュートを撃った張本人がやってきた。

 

 

「ご、豪炎寺君……」

 

「……吹雪」

 

 

 豪炎寺は、真っ直ぐに吹雪を見ていた。

 

 

「本気のプレーで失敗するなら良い。だが……今のお前のようなやる気のないプレーは絶対に許さない!」

 

「……ッ」

 

 

 強い口調で豪炎寺はそう言い放つ。豪炎寺の言っていることは何一つ間違っていないからこそ、吹雪は何も言い返さない。

 

 

「お前には聞こえないのか……あの声が」

 

「……声?」

 

 

 豪炎寺の言う"声"というものが何なのか、吹雪は理解することが出来なかった。しかし、伝えたいことは伝えたと言わんばかりに豪炎寺は吹雪に背を向け、その場を去る。

 

 

「吹雪、立てるか?」

 

 

 そして、入れ違いのように今度は柊弥が吹雪に元へやってきた。差し伸べられた柊弥の手を掴み立ち上がると、豪炎寺とは真逆の優しい声色で吹雪に話し掛ける。

 

 

「吹雪、今のお前は前の俺だ」

 

「前の、加賀美君?」

 

「ああ。悩みに悩んで、悩みすぎて。視野も狭ければ耳も遠い、そんな状態だ」

 

「……うん」

 

「けど、同じだった俺だから言える。上じゃなくて、自分と同じ高さを見ろ。前を、横を、後ろを見るんだ。そうすれば修也の言う"声"ってのが聞こえてくるはずだ」

 

 

 そう伝えると、柊弥は吹雪の肩を叩いてポジションに戻って行った。一人取り残された吹雪は、二人のチームメイトからの言葉を何度も何度も頭の中で反復させていた。

 

 

「声、同じ高さ……」

 

 

 そんな吹雪を他所に、試合は再び動き出す。ジェネシス側のスローインから始まったこともあり、流れは完全にジェネシスが掴んでいる。凄まじいスピードのパス回しに翻弄され、正面を抑えてもその突破力に苦戦を強いられる。

 高く送られたパスに対して跳んだウィーズを止めるべく壁山と円堂も跳ぶが、それはフェイク。そのままボールは見送られ、ヒロトの足元へ落ちてくる。

 

 

流星……ブレードッ!

 

パーフェクトタワー!!

 

 

 再び放たれた流星ブレード。それを止めるべく先程の三人がパーフェクトタワーを展開するも、そのシュートの威力は先程の比では無かった。触れた瞬間塔は崩壊し、3人は弾き飛ばされる。

 

 

「……声」

 

 

 その光景をぼんやりと眺めながら、吹雪は呟く。そんなことはお構い無しに突き進むシュート。その前に立ちはだかったのは円堂だ。

 

 

「はあああああ!メガトンヘッドォ!!

 

 

 パーフェクトタワーによって威力は削られていたものの、まだまだそのパワーは健在。加えて滑り込むようにして放ったメガトンヘッドだったため溜めが不十分、自分の狙ったところに弾くことは出来ず、明後日の方向へ弾くのが限界だった。

 

 

「いいや、良くやった守ッ……!」

 

 

 しかし、円堂がボールを弾いたその先に柊弥は誰よりも早く跳んでいた。空中でボールをトラップし、そのまま目のあった、自分を見上げていた男にパスを出す。

 

 

『吹雪!!』

 

 

 その時、全員の声が重なった。パスを送った柊弥だけでなく、その場にいた全員がそのパスを受け取る吹雪の名前を呼ぶ。

 そのパスを胸で受け取ったその時、そのボールから聞こえてくる何かを吹雪は確実に聞いた。

 

 

(……!聞こえる、ボールから皆の声が……皆の思いが込められたボール……)

 

 

 その時、真っ暗だった吹雪の世界に一筋の光が射す。その光は段々と大きくなっていき、その中からは一本の腕が伸びている。吹雪がその腕を掴むと、一気にその光の中に引き寄せられた。

 その光の中に自分を引きずり込んだのは円堂だった。そしてその後ろには他の仲間達。そして円堂が指さした方向にいたのは、豪炎寺、柊弥。

 

 

(隣にはキャプテン、後ろには皆……そして、前には豪炎寺君、加賀美君……)

 

 

 自らの心の中で何かを理解しかけていた吹雪。しかし、そんな吹雪に横槍を入れるようにコーマ、クィールがスライディングを仕掛ける。

 

 

(同じ高さを見る、声を聞く、完璧になる……そうか、そういうことだったんだ!)

 

 

 魔の手が襲い掛かる、その時だった。吹雪は目にも止まらぬ速さでボールと共に跳躍。そのスピードには先程のような鈍重さは感じられない。例えるなら、柊弥やヒロトの領域。

 宙を舞う吹雪の表情は、どこか爽やかさすら感じられた。

 

 

(完璧になるっていうのは、僕がアツヤになることじゃない……仲間と一緒に戦うこと、一つになることなんだ!!)

 

『そうだ、兄貴は独りじゃない!』

 

 

 吹雪は空中で自分が肌身離さず身に付けていたマフラーを放り投げる。それは過去の己との決別。

 

 

 少年、吹雪 士郎は今ここで完璧となった。

 

 

「吹雪……見つけたみたいだな」

 

「ふっ、俺達も行くか」

 

 

 直後、吹雪は身を翻してジェネシスのゴールに走る。パスを出してから前線まで上がり、吹雪の様子を見守っていた柊弥、そして豪炎寺はその吹雪を追い掛け、横並びになる。

 

 

 先程までとは何か違う、そんな直感がジェネシスのDF達を突き動かす。ジェネシスの中でも巨体を誇るハウザー、ゾーハンが吹雪の正面を抑えた。しかし吹雪はすぐさま右サイドの豪炎寺に鋭いパスを送り、その隙に二人の間を通り抜ける。

 だがまだジェネシスのDFは残っている。最後の砦となったキーブがスピードの乗ったスライディングを吹雪に仕掛けるが、今度は左サイドへ吹雪がパス。そこには先程まで誰もいなかった……が、その吹雪の動きを見て柊弥が一瞬で加速、そのボールを受け取るとすぐさまキーブの背後にスピンをかけてパスをだす。吹雪の動きに翻弄されたキーブは為す術なく吹雪に抜かれ、回転で前に走る自分に向かってくる形で戻ってきたボールを吹雪は確保、そのまま走る。

 

 

(お前は独りじゃない、仲間がいる!お前を支え、共に戦う仲間が!!)

 

(さあ行け吹雪!お前には俺達がいる!!)

 

「ありがとう……二人共、皆!」

 

 

 とうとう吹雪はジェネシスのゴール前まで辿り着く。

 

 

「これが、完璧になることの答えだ!!」

 

 

 吹雪はトップスピードを保ったままボールと共に跳躍、そのままボールに蹴り込む。すると狼の爪痕のような軌跡が幾度か刻まれ、そのエネルギーが膨大に膨れ上がる。

 今まで使用していたエターナルブリザードは、弟であるアツヤの必殺技。そしてこの必殺技は、アツヤと士郎が共に編み出した二人の必殺技。アツヤと一つになり、仲間と歩むことを決めた吹雪が放つ覚醒の咆哮。

 

 

ウルフレジェンドッ!!うおおアアァァッ!!!」

 

 

 吹雪が放ったウルフレジェンドの威力はあまりに凄まじかった。爆熱ストーム、雷霆一閃に張り合える程……いや、それ以上の威力かもしれない。

 

 

プロキオンネット!!

 

 

 そんなシュートにネロが選んだのはプロキオンネット。狼の宿る一撃が一等星達の中心に吸い込まれていく。

 だが、その勢いが衰えることはない。それどころか、その抑圧を打ち破るべく更に荒れ狂う。その激情が収まるのは、何時なのだろうか。

 

 

 答えは、その星々を喰らい尽くす迄である。

 

 

「ぐ、うわッ!?」

 

 

 ネロの表情に焦りが浮かんだ瞬間、その護りは突き破られる。GKが押し負ければその後に待っているのは勿論失点。直後、その失点を報せるホイッスルが鳴り響き、スコアボードが切り替わる。1-1、同点だ。

 

 

「……ありがとう、アツヤ」

 

 

 士郎のその呟きに声は返ってこない。しかしそれでも、今の士郎は満ち足りていた。新しい自分として一歩を踏み出せたから、自分と歩んでくれる仲間の存在を理解することが出来たから。




とうとう吹雪覚醒でした。元の完成度が高すぎるので二次小説としてどう落とし込むか考えまくりましたが、自分では納得出来る出来栄えに仕上がりました。
マジでイナイレさん少年向けアニメの中でブッチギリに良すぎる…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第92話 想いの力

だいぶ期間が空いてしまったのでいつもより長めにしました。
年末年始に向けて多忙が続くのでしばらく隔週更新が続くかもしれませんがご容赦ください…

いつも感想などありがとうございます、多忙な身に染み渡ります…


「ナイス、吹雪」

 

「ありがとう加賀美君、豪炎寺君も」

 

「礼には及ばない」

 

 

 難攻不落だったジェネシスのゴールをぶち抜いて戻って来た吹雪。その表情は先程のように曇ってない。完全に吹っ切れたみたいだな。

 

 

「凄いぞ吹雪ー!」

 

「やったな!」

 

 

 後ろから皆もやってきて吹雪をもみくちゃにする。それを予期した俺と修也は早めにその輪から抜け出し、その光景を一歩引いたところで眺めていた。

 

 

「さて⋯ここからだな」

 

「ああ。ここからヤツらは正真正銘本気だろうな」

 

 

 アイツらの中には何処か余裕があった。自分達が負けるはずはないっていう慢心があったんだろう。だがさっきの一点がその慢心を振り払ったんだろう、ジェネシスの面々がこちらを見る顔付きは険しいものになっていた。吹雪が吹っ切れてくれて安心して前を任せられるようになった今なら、さっきよりも中盤に寄っても問題は無い。攻撃と守備どちらにも参加出来る位置で立ち回るのがベストだな。

 

 

「鬼道、俺は後ろ目に構えておく」

 

「分かった。切り替えのタイミングは必要に応じて指示するが好きに動いてもらって構わない」

 

「了解」

 

 

 鬼道、それから修也と吹雪にもその旨を伝えてポジションに着く。FWというよりOMFくらいの意識だな。

 

 

「……ヒロト」

 

 

 ふと視線を感じたのでその方向に顔を向けると、ボールを持ったヒロトがこちらを見ていた。その表情は真剣そのもので、言葉もなしにここからが本番だと語っているようだ。

 上等、お前にも譲れない何かがあるんだろうがそれはこっちも同じだ。絶対に負けない。そのためにここに来たんだからな。

 

 

「なッ」

 

「速いッ!」

 

 

 全員がポジションに着き、試合再開のホイッスルが鳴り響く。その瞬間、ウルビダから軽く送られたパスを受け取ったヒロトは疾風と化す。修也と吹雪が虚を突かれたとは言え、全く反応を許されないほどの超スピード。これを真正面から止められるのは多分俺だけ。

 

 

「行かせないぞ、ヒロト」

 

「なら止めてごらんよ、加賀美君」

 

 

 それだけ言葉を吐くとヒロトはトップスピードのまま俺に迫ってくる。……重心が左に分かりやすく寄っている。これはフェイントで実際は右に抜けるな。

 

 

「こっちだろ!」

 

「……流石だね」

 

 

 と、思わせて左に更に加速して抜けていくのがコイツの狙いだ。視線と重心で右を抑えるフェイントを仕掛けてからサイドステップで左に跳ぶと、ちょうどヒロトの正面だった。

 そこから俺とヒロトは壮絶なぶつかり合いになだれ込む。ファールギリギリのパワープレイで何度も衝突しながらも段々とこちら側に攻め入られる。

 

 

「俺達は負けられないんだ、全ては父さんのために……!」

 

「吉良星二郎がやろうとしてることがどんなことか、分からないお前じゃないだろ!」

 

「分かってるさ!それでも俺は負けない、父さんの期待を裏切ることなんて出来ないッ!!」

 

「クソッ……!?」

 

 

 吉良星二郎を父さんと呼び、異常な程の忠誠を見せるヒロト。それがどういうことか問いただすと、ヒロトの闘気が一気に爆発しやがった。何度かも分からない衝突の時、その凄まじい膂力に抵抗出来ず大きく弾き飛ばされた。

 全身に痛みが走る中顔を上げると、既にヒロトは俺達のディフェンスラインを割っていた。何だあの速さ、さっきまでと比にならないとか、そういうレベルじゃない……!

 

 

「止めるぞ壁山!」

 

「はいッス!!」

 

 

 塔子に木暮、綱海がパーフェクトタワーで迎え撃とうとしたところを超スピードで突破すると、その動きをいち早く察知していた守と壁山がヒロトの正面を捉える。

 

 

ロックウォールダム!!

 

「低い。その程度の壁じゃ星には届かないよ!!」

 

 

 広範囲を塞ぐ二人の必殺技が展開される。が、ヒロトはそれをものともしない。ロックウォールダムの遥か上まで跳び上がり、その脚に凄まじいエネルギーを集中させる。

 

 

流星ブレード……ッ!!

 

 

 そしてとうとうヒロトの代名詞、流星ブレードが放たれる。ロックウォールダムを遥かに超える高さから撃ち出されたそれは、当然何にも邪魔されない。そうなれば必然、流星ブレードを迎え撃つのはただ一人。立向居だ。

 

 

「立向居!!」

 

 

 DF陣は間に合わない、俺達も追い付けない。もう立向居に任せるしかない。

 

 

「……絶対に、止める」

 

 

 その時だった。俺の視線の先で立向居の全身から黄金の気が立ち上り始めた。その気は今まで見たことがないほどに強靭で、強大。

 

 

「俺も、雷門の一員なんだッ!!」

 

「立向居……!」

 

 

 立向居がムゲン・ザ・ハンドの構えに入る。そして現れた腕の数は先程までよりも明らかに増えていた。アイツ、この土壇場で進化しやがった……!究極奥義に完成無し、ムゲン・ザ・ハンドも例外じゃなかったってことか!

 

 

ムゲン・ザ・ハンド(G2)ッ!!

 

 

 進化したムゲン・ザ・ハンドが最大火力の流星ブレードとぶつかり合う。先程まで流星ブレードに打ち勝てなかった立向居だったが、今回は違う。一切退くことなくぶつかり合った両者。

 そしてその末に勝利したのは……

 

 

 

「よしッ」

 

「なッ……」

 

「──ッ、最高だ立向居ッ」

 

 

 ……立向居だった。ジェネシスには驚愕、雷門には歓喜の声が溢れる。ここで立向居が止めたのは控えめに言って大きすぎる。アイツらの手札はまだ残っているだろうが、単体で放つシュートでは恐らく敵味方含め最強だったヒロトの流星ブレードを止めきったことはこちら側の大きなアドバンテージになる。吹雪の得点もあって明らかに流れはこちら側、このまま一気に攻め切る!

 

 

「立向居!こっちだ!」

 

「綱海さん!!」

 

 

 完全フリーな綱海が立向居にパスを要求すると、立向居がボールを送り出す。綱海からは鬼道、俺とパスコースも開けている。いける、このまま速攻──

 

 

「──は?」

 

 

 俺が攻め上がろうとしたその時、視界の端で青い閃光が迸った。一体何だあれ?気になった俺は足を止めて思わず振り返った。そして、その視線の向こうにいたのは綱海からボールを奪い取った青髪の戦士、ウルビダだった。

 

 

「なッ」

 

「……ふんッ」

 

 

 直後ウルビダは紫色のエネルギーを纏いながら加速する。そのスピードは……先程のヒロト以上。

 

 

「止めるぞ!!」

 

「ダメだ、間に合わない!」

 

 

 マズい。あんなスピード初見じゃ誰も抑えきれない。すぐさま雷霆万鈞をフルに回して走り出すが、攻めに移るために前に出過ぎてた……この位置からじゃ間に合う気がしねえ……!

 

 

「グランだけがストライカーと油断したな」

 

「クソがッ、間に合え……!」

 

 

 しかし容赦なくウルビダは更に加速する。それに呼応するかのように全身に纏うエネルギーも肥大化。そしてヤツは一切スピードを落とすことなくそのままシュートを放った。

 

 

アストロブラスト!!

 

 

 形容するなら紫のレーザー。そんなシュートが立向居が構えるゴールに襲い掛かる。威力は多分ムゲン・ザ・ハンドで止められるレベルだ。けどダメだ、速すぎる。いつ蹴り抜いたのかすら見えなかった。俺の轟一閃よりも明らかに速い。

 

 

「ムゲン・ザ──」

 

 

 立向居はすぐさまムゲン・ザ・ハンドの構えに入るが、既にその時には立向居の眼前にシュートが迫っていた。あまりに速すぎるカウンター。威力では決して立向居からゴールを奪えないのは間違いなかったが、その常軌を逸したスピードで一気に掻っ攫いやがった。

 次の瞬間にはもうゴールネットは揺れていた。それを認識した頃、俺はまだゴールまで半分の距離すら進めていなかった。

 

 

「確かにジェネシス最強のストライカーは俺だ。けど彼女、ウルビダは……最速のストライカーだよ」

 

「……伏兵って訳か」

 

「さあどうだろうね?彼女の背負った番号は……10番だよ」

 

 

 すれ違いざまにヒロトが囁くようにそう告げる。忌々しいけどコイツらの言う通り、完全に油断してた。単体ではヒロトしかゴールの可能性はない、そしてそのヒロトは立向居が完全に止めたことで少なくとも単体での攻め手はもう無いと思い込んでいた。

 けど違った。パワーでこそ劣るもののスピードという紛れもないストライカーとしての適性を備えたヤツがもう一人潜んでやがった。多分ここまでがアイツらの作戦だ。もし万が一ヒロトが止められたのなら、そこまで存在感を隠していたウルビダがそのスピードで一気に不意を突く。その性質上二度は通じない。けど高確率でゴールを奪ってくる……いわばセカンドプラン。

 

 

 そして当然ヤツらの手札はまだ残ってるはず。もしかするとまだヒロトとは違う方向性でゴールを狙ってくるヤツもいるかもしれない。

 ……ポジションを下げる判断をしておいて正解だった。何があるか分からない、備えておくに越したことはな──

 

 

「ッ!?何だッ!?」

 

 

 ポジションに戻ろうとしたその時、凄まじい轟音がスタジアム……いや、スタジアムの外のどこから鳴り響いた。まるで何かが爆発したような……一体何だ?

 

 

『ご苦労様でした、鬼瓦警部。しかし貴方達の苦労は無駄に終わってしまったようだ』

 

 

 周囲を見渡していると、突如空中に吉良星二郎の姿が映される。吉良が呼んだのは鬼瓦警部の名前。ということは、さっきの爆発は鬼瓦警部が何かやったということか?

 

 

『確かにエイリア石から出るエナジーには人間を強化する力があります。そのエナジーの供給が止まれば、強化されていた者は普通の人間に戻ってしまう』

 

 

 段々と話が読めてきた。恐らく鬼瓦警部がやったのはエイリア石の爆破。エイリア石が機能停止すればアイツらの能力が格段に落ちるはず。つまりここからは、本当の地力比べ……のはずだが、この含みを持たせた言い方。何かある。

 

 

『ザ・ジェネシスはエイリア石を用いていたジェミニストームやイプシロンとは違います。彼らを相手に訓練した普通の人間なのです。弱点などない、ジェネシスこそ人間の新たなる形なのです』

 

「そんな……!」

 

「最初からエイリア石に頼ってなんてなかったってこと……?」

 

 

 そういうことか。バーンやガゼル達がどうだったのかは分からないが、少なくともエイリア石で能力を強化したのはジェミニストームとイプシロンの2つのチームだけ。ヒロト達は強化されたアイツらを相手に戦って実力を伸ばしただけ。そういう意味では……俺達も同じだ。

 

 

「……ッ、お前の勝手でッ!!サッカーを悪いことに使うなァッ!!」

 

「守……」

 

 

 その時、守が激昂した。今まで見せたこともないような荒々しい怒鳴り声をあげ、高い所からこちらを見下ろす吉良を睨み付ける。当然、吉良はそれに対して何もアクションはない。

 

 

「君達には父さんの考えは理解出来ないよ」

 

「ヒロト……!」

 

 

 マズいな、守のヤツ完全にキレてる。このままプレーに入っても良いことがないのは明らかだ。何とか落ち着かせたいが……もう試合を再開しないとだ。無茶をするようなら俺がカバーするしかない。

 

 

「吹雪、こっちだッ!!」

 

「キャプテン!」

 

 

 試合開始早々、守は前に飛び出して吹雪にパスを要求する。その要求に吹雪はすぐさま応じ、守にパスを出した……が、それはマズい。守を信用していないわけじゃない。けど今のアイツにボールを握らせるのは危険すぎる。後ろでならまだしも前でだ、万が一ボールを奪われることを考えると少し怖い。

 

 

「らしくないよ円堂君。そんなに怒ってどうしたのさ?」

 

「ヒロトォ!お前はこれでいいのかよ!?」

 

 

 早々に守はヒロトに進路を塞がれる。ヒロトは何故そこまで守が怒っているのかを聞くが、言ったところでアイツには理解出来ないだろうな。

 

 

「よく分からないね。怒るのは勝手だけど、少し視野が狭いんじゃないかな?」

 

「甘いな」

 

「くッ、待てェ!」

 

 

 ヒロトが守を抑えていると、横から超スピードでウルビダが割り込んでくる。一瞬にしてボールを奪われた守は憤慨しながらウルビダを追い掛けるが、当然追い付けない。

 

 

 けど、それは俺が見てる。

 

 

「甘くねえよ」

 

「加賀美 柊弥……つくづく厄介な男だ」

 

 

 守には悪いが、100%ボールを奪われると最初から思って立ち回ってた。ウルビダのスピードは確かに凄まじい。フィジカル的な問題をその試合の中で解決するのはほぼ不可能に近い。けど最初ならそうなることを理解出来ているならそれ相応の立ち回り方が出来る。

 

 

「反撃だ……まずは1点奪い返す!」

 

 

 俺は雷霆万鈞を発動させ、身体能力の120%を引き出す。強化されるのはパワーやスピードだけじゃなく、五感までもが研ぎ澄まされる。そんな俺の目に映ったのは、守にボールを預けてから注目を浴びることなく前線を上げている吹雪の姿。その近くにはカバーが出来るように修也も控えている。成程な、そういう位置取りなら……これで行くか。

 

 

「行かせない!」

 

「止めるっポー」

 

「止められるモンなら……止めてみろ」

 

 

 俺が動き始めるより早くコーマとクィールがサイドから迫る。けどそんな寄せじゃ俺を止めることは出来ねえ。真正面がガラ空きなんだ、当然そこから抜けるに決まってんだろ。

 一気にジェネシスの中盤まで攻め入ると、次々と俺の行く手を阻むために湧いてくる。ここまで人数掛けられると流石に面倒くせえ、けどそうすることは読めてんだよ。

 

 

「修也」

 

「任せろ」

 

 

 そこで俺はシュートと遜色ないパスを修也に放つ。人と人の間を縫うようなパスは正確に修也の足元に吸い付き、修也がボールを受け止めた時に鈍い音が響く。

 

 

(こっちだ、出せ)

 

(ああ、分かってる)

 

 

 意識が修也に向いたが最後、包囲網から一瞬だ抜け出して再びフリーに。修也から戻ってきたパスを受け取って俺はゴールへ走る。

 

 

「……ズッ」

 

「行かせん!」

 

「それも読めてる」

 

 

 最後に俺の前には大柄なDF2人が立ちはだかるが、そんなのは関係ねえ。何故なら──

 

 

「吹雪」

 

「ナイスパス、加賀美君!!」

 

 

 ──ハナから俺が撃つつもりじゃないからだ。

 

 

ウルフレジェンドオォォォォォッ!!

 

 

 狼の咆哮が再び轟く。咆哮に呼応するかのように暴れ出したシュートは心做しかさっきよりも凄まじい威力でゴールに襲い掛かる。

 

 

「ふん……」

 

 

 それに対してネロは、先程までとは違う構えを取る。直後、ネロを中心に宇宙空間のような領域が展開される。そこに足を踏み入れたシュートは段々と減速していく。

 

 

時空の……壁!!

 

 

 ネロの前で完全に勢いを失ったシュート。ヤツはそれを裏拳で弾き飛ばす。あれがアイツの奥の手か……何かまだ隠してるとは思ってたが、さっきよりも威力が上がっているウルフレジェンドで破れない程だとは思ってなかった。

 

 

 弾き飛ばされたボールは弧を描きながらセンターライン付近までやってきた。そのボールを追い掛けているのは……守だ。

 

 

「遅いですね」

 

「クソォッ!!」

 

 

 空中でそのボールを奪おうと守が跳ぶ。が、その後に跳んだコーマの方がボールの高さに到達するのが早い。……守、いつもなら間に合ってたはずだな。

 

 

「グラン!」

 

 

 そのままコーマは空中でパスを出す。それを受け取ったのはヒロト。そしてそのサイドにはウルビダ、ウィーズ。

 ……これは流石にマズい。さっき考えたようにアイツらには絶対攻めにおける奥の手がまだある。それを裏付けるようにヒロトの周りに2人が並び立つ見慣れない陣形。必殺技の発動はもう止められない、こうなったらブロックに入るしかない。

 

 

雷霆翔破ッ!

 

 

 雷霆万鈞と雷光翔破の併せ技ですぐさま俺達のディフェンスラインまで駆ける。視線の先ではグラン、ウルビダ、ヒロトがそれぞれボールに背を向けるような形で立ち、ボールを中心に漆黒のエネルギーが周囲に満ちる。

 そのまま3人はボールと共に跳び上がり、空高くで禍々しいオーラを纏った球体を創り出す。

 

 

スーパーノヴァ!!

 

 

 その球体に向かって3人は脚から斬撃のようなエネルギーを繰り出す。それに押し出されるようにして暗黒の球体は放たれた。俺はその前に躍り出るが、凄まじい圧で全身に悪寒が走るのを感じる。このシュートはヤバい。今まで俺が見てきたシュートとは比較にならないくらいにはヤバい。出てきたのは良いが……これを止めるビジョンが見えてこねえ。

 

 

 けどやるしかねえ。俺がここで引けば、立向居が全て一人で受け止めることになる。一人で背負わせねえって言ったのは他でもない、俺自身だろ!

 

 

雷霆万鈞、フルパワーだッ!!

 

 

 直後、俺の身体から放たれる雷は今までの数倍に昇華する。今までは能力の120%を引き出すくらいだったが、今はそれを更に越える200%。消費は勿論凄まじいが、シュートブロックの一瞬くらいなら耐え切れる。

 

 

「オ、オオオオオォォォォォォォッ!!」

 

 

 俺は最大限エネルギーを滾らせて強化した右脚を巨大な球体に叩き込む。その一瞬で理解した、こんなのは到底俺が止められる代物じゃねえ。けどそれが何だ、それが諦める理由になんのか?限界を極めたその先、極限まで力振り絞ってから後悔しろ!!

 

 

 段々とスーパーノヴァの禍々しいエネルギーが全身を侵食していく。シュートに触れる右脚は嫌な音を立て始め、やがて俺は無様に弾き飛ばされる。シュートの威力はほとんど削れちゃいない。それでも、やれることはやった。これでもダメなら仕方ねえ。

 

 

 後は頼むぞ、立向居。

 

 

「加賀美さんの想いは無駄にしない……絶対に俺が止める!!ムゲン・ザ・ハンド(G2)!!

 

 

 

 立向居が進化したムゲン・ザ・ハンドでスーパーノヴァに喰らいつく。全ての腕で抑え込むが、その勢いは一切衰えない。それどころか邪魔立てされたことに腹を立てたかのように更に膨れ上がる。立向居の顔が苦痛に歪むが、それでも前に出る。

 

 

「……がッ!!」

 

 

 直後、数多の黄金の手は砕け散って立向居は身体ごとゴールに押し込まれる。最後の最後まで立向居は諦めなかった。それだけで十分だ。

 

 

「立向居、立てるか」

 

「加賀美さん、すみません……キーパーである俺がしっかりしなきゃなのに」

 

「良い。お前の想いは十分伝わったよ。ありがとう」

 

 

 立向居の腕を引き上げて立ち上がらせる。立向居はしきりに謝ってくるが仕方ないことだ。どうしても攻めに意識が偏ってあの状況を作り出すことを止められなかった俺の責任だ。

 それにしても1-3か……しかも吹雪のウルフレジェンドは止められた。あれ以上のシュートとなると……連携技に限定されるな。その中でもファイアトルネードDD、そしてデスゾーン2の二択か。前者はまだ良い。けどデスゾーン2は……

 

 

「大好きなサッカーを汚すな!!」

 

『どういう意味ですか?』

 

 

 守があんな状態だから厳しい。さっきの吉良の発言に腹を立てたままの守は吉良に向かってそう怒鳴る。すると映像越しに吉良が姿を現した。

 

 

「力は、皆が努力して身に付けるものなんだ!!」

 

『お忘れですか?あなたたちもエイリア石で強くなったジェミニやイプシロンと戦い、強くなったのですよ。エイリア石を利用して強くなったという意味では……貴方達雷門もジェネシスも変わらないのです』

 

「……ッ、それは!」

 

『違うと言いたいのですか?残念ながら何も違いませんよ。雷門も最初とは随分とメンバーが替わりましたね。我々と同じく弱者を切り捨て、より強い者と入れ替えたからこそ、そこまで強くなったのでしょう?』

 

「ふざけるな!!アイツらは弱くなんかない!!」

 

『違いません。弱いから怪我をし、チームを去ったのです。彼らは貴方達にとって不要な存在です』

 

「違う、違う違う違う!!」

 

「おい」

 

 

 半田が、マックスが影野が少林が宍戸が、染岡が、栗松が、風丸が……アフロディが。アイツらが弱い?不要?

 

 

「ふざけんなよクソ野郎……訂正しろ、アイツらは弱くもねえし不要でもねえ。テメェの物差しで俺達の仲間を語るな」

 

『本当にそうでしょうか、加賀美君。実際彼らは君よりも劣っている選手だ』

 

「強さってのは能力で決まるモンじゃねえんだよ。それにチームを抜けたから不要になんてなってねえ。今も俺達の背中を支えてくれてる……テメェみたいな能力や損得でしか人を見れないようなヤツには分からねえだろうが、アイツらは常に俺達の心の中にいるんだよッ!!」

 

『精神論ですか、くだらない……そんなものでこの実力差が覆るとお思いですか?』

 

「そう思うならそこから見てろよ……次のワンプレーで証明してやる」

 

 

 アイツらが弱い、不要なんてコイツに決めさせてたまるか。絶対に認めねえ……俺が見せてやる、俺達全員の力を。

 

 

「守、お前も見てろ……一度は仲間を見失った俺がアイツらの強さを証明する」

 

「……柊弥」

 

 

 ポジションチェンジだ。俺がまた最前線に戻る。後ろは鬼道に任せるが、まず後ろに負担なんて掛けさせない。アイツらのゴールにぶち込むまで、ボールは絶対に渡さない。

 

 

「吹雪、修也。ボールを俺に集めてくれ。絶対に決める」

 

「……勝算はあるのか?吹雪のウルフレジェンドが止められたばかりだぞ」

 

「当たり前だろ。勝つ気しかねえ」

 

「分かったよ加賀美君。ゴールまでのサポートは僕達に任せて」

 

「ありがとう」

 

 

 ポジションに戻り、試合再開。吹雪からのキックオフパスで後ろの俺にボールが渡る。

 

 

『加賀美、頑張れよ!怪我なんてしてまたこっちに戻ってきたら、承知しないからな!』

 

『俺はここで安静にしてなきゃだけど、思いだけは常にお前達と一緒にいてえ。だから連れてってくれよ、俺の魂』

 

『エイリア学園との戦いが終わって、僕の怪我が治ったら⋯また僕とサッカーやってくれるかい?』

 

 

 俺は、皆に支えられてここまで来れた。今この場にいないヤツらもいる。皆俺の大切な仲間だ。

 一度は周りが見えなくなってそんな大切なことも忘れてた。けど、そんな俺だから分かる仲間の大切さ。アイツらがいてくれるだけで俺は無限に強くなれる。

 だからこそ俺はここで証明しなくちゃならない。アイツらは弱くない、不要でもない。俺の全存在をこの瞬間に賭ける。今の俺の存在こそが、アイツらの強さの証明なんだから。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「……加賀美」

 

 

 鬼道は後ろからボールを持つ柊弥を見ていた。吹雪からボールを受け取ってしばらく動かなかった柊弥だったが、次第にその変化に気付かされる。大地が揺れるような闘気が、呼吸が苦しくなるほどの覇気が周囲に満ちる。仲間への強い想いが柊弥の全潜在能力を引き出した。限界の先……極限集中状態へ。

 

 

「行くぞ、皆」

 

 

 そう呟いた瞬間、柊弥の姿は閃光へと変わる。一番最初に柊弥と衝突したのはヒロトとウルビダ。常人ならばこの2人に挟まれて無事でいられるはずがない。

 

 

「ここは通行止めだよ、加賀美君」

 

「お前達では私達には勝てん。我々ジェネシスこそが最強なのだ!」

 

「ほざけよ」

 

 

 直後、柊弥の全身から黄金の雷が迸る。しかしそれに身を灼かれてもヒロトとウルビダは止まらない。2人同時に柊弥に襲い掛かるが、目にも止まらぬボール捌きとフットワークで気付いた時にはその姿を捉えられていなかった。

 

 

「馬鹿なッ……」

 

「これは……あの時の?」

 

「偶然だ!俺が力ずくで止めてやる!」

 

 

 その後ろに控えていたウィーズが柊弥に容赦のないタックルを仕掛ける。ウィーズと柊弥の体格差は歴然。重く鈍い音が周囲に響いた。

 

 

「……は!?」

 

「本当に偶然だったかどうか……分かったかよ」

 

 

 真正面からパワーでぶつかればどちらが勝つかは火を見るより明らかのはずだった。しかしその結果は全員が予想していたものとかけ離れていた。ウィーズのタックルをものともせずその場で受け止める柊弥。力負けするなどと思っていなかったウィーズの表情は一瞬にして驚愕に歪む。

 

 

「退け、邪魔だ」

 

「ぐぉぉッ!?」

 

 

 あろうことか、柊弥はそのままウィーズを大きく弾き飛ばした。勢いよくぶつかったとかではなく、接触したその状態から文字通り弾き飛ばしたのだ。

 

 

「次は誰だ……どこからでも掛かって来いッ!!」

 

「……ッ、いくぞ!」

 

 

 鬼の形相で吠える柊弥。それに気圧されつつもジェネシスの面々は柊弥に向かって襲い掛かる。その光景は奇しくも福岡での柊弥対ジェネシスの構図と同じだった。

 しかしあの時とは明らかに違う。その強大な力を柊弥は理性を持って使いこなしている。一切無駄のない身体捌き、エネルギーの扱い。加えて五感の超強化。如何にジェネシスが強い戦士だとしても、それを上回る。もはや誰も柊弥の動きを捉えることが出来ない。

 

 

グラビティション!!

 

フォトンフラッシュ!!

 

プラネットシールド!!

 

 

 普通にやってもこの男を止めることは出来ない。本能でそう感じとったジェネシスのDF達は惜しみなく必殺技を発動する。重力空間を作り出し、本来オフェンスで使用する必殺技で柊弥の視界を奪い、その上2人が巨大な惑星をまるで鈍器のように振り下ろす。

 

 

「こんなモンで……()()()止まるかァ!!」

 

「バケモンが……ッ!!」

 

「クソッ、止まらねえ!!」

 

 

 しかし、何と柊弥はその全てを打ち砕く。光から守るため眼を閉じたまま過重力に囚われながらも迫る2つの惑星を蹴り砕き、その直後凄まじい量のエネルギーを放出し重力空間を打ち破る。全ての必殺技を打倒した柊弥はそのままゴールへと走る。

 

 

(福岡でアイツのシュートを受けた時はグランが来てくれなかったら危なかったけど、今は問題ない!俺一人で止められるくらいにトレーニングも重ねた!!)

 

 

 自分が守るゴールへと迫る柊弥を見ながらネロは福岡での柊弥を思い出していた。あの時の柊弥のシュート、雷帝一閃は確かに凄まじかった。自身の最高の必殺技である時空の壁ですら打ち破るほどだ。しかしあれからネロは全力でトレーニングに打ち込んだ。エイリア学園最強のチームのキーパーという責任がネロに妥協を許さなかったのだ。

 

 

(修也や染岡のように力強く、アフロディや吹雪のように軽やかに)

 

 

 直後、柊弥は空中に跳び上がる。そして目にも止まらぬスピードでボールに何度も蹴り込む。その一撃一撃が空気が震えるほどに力強い。しかも、ボールに注ぎ込まれるエネルギー量が理不尽なレベルで膨大である。まるで柊弥一人だけではなく、何人もがそのシュートに関わっているかのように。

 

 

(そして……皆の想いをこの一撃に乗せるッ!!)

 

 

 柊弥は十分すぎるほどに力を溜めたボールを下に叩き落とす。そのボールが描く軌道はまるで何本にも束ねられたイナズマのようだった。

 

 

雷霆一閃(G3)ッ!!!

 

 

 そして放たれた雷霆の一撃。仲間の存在を再確認した柊弥が生み出した、柊弥だけの究極奥義はこの瞬間更に進化した……いや、究極奥義が進化したのではない。柊弥自身がこの瞬間に進化してみせたのだ。

 

 

(速ッ───)

 

 

 その雷霆一閃はあまりに強く、あまりに速かった。仮に必殺技を展開しようと手で触れようと、一瞬で打ち破られていたであろうという事実がネロの脳裏に一瞬で刻まれる。

 

 

「これが……俺達全員の力だッ!!」

 

 

 柊弥はそう叫ぶと同時に吉良がいる方向を見上げていた。吉良がどう感じたかは定かでは無いが、2点差だった点数は2-3まで縮まり、その瞬間にホイッスルが鳴った。そこにあるのは柊弥が一人でジェネシス全員を抜き去り、ゴールまで奪い去ったという事実。仲間が自分の力であるという柊弥の主張を裏付けるのには、あまりに十分すぎた。




離脱したメンバーを侮辱する吉良、それを否定するためにゴールを奪う柊弥。ずっと描きたかったシーンの1つです。
それにしても3話かけてやっと前半終了か…後半はどうなることやら。

更新についてなんですが、前書きの通りしばらく隔週更新が続くと思います。執筆状況をツイートしてますのでよろしければTwitter( )のフォローをお願い致します。リプで作品に関する質問なども大歓迎です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第93話 ここからが本番

長らく更新できませんでしたが生きてます。年末忙しすぎワロタでした。


「カハッ──!?」

 

 

 ホイッスルがなった瞬間、急に肺が悲鳴を上げて視界が眩み出す。本能に駆られて急いで酸素を取り込むと、段々と肺と視界が落ち着きを取り戻し始める。

 

 

「加賀美君、大丈夫かい?」

 

「ああ……ありがとう」

 

 

 落ち着いて呼吸を整えていると吹雪がこちらまでやってきて手を差し伸べてくれる。その手を取って立ち上がると、ちょうどそのタイミングで修也もやってくる。

 

 

「よくやったな柊弥、お前一人で盤面をひっくり返した」

 

「うん、凄かったよ。よくあのジェネシスを単騎で突破したね」

 

「自分でも驚いてる……でも、俺だけの力じゃない」

 

 

 チームから外れてしまった皆含め、コイツらがいてくれるからこそ今のワンゴールを作り出せた。そのことを……あんなヤツに否定させたくなかった。

 

 

「ああ、分かってるさ。そして今お前自身がそれを証明した」

 

「そうだね。 さあ、とりあえずベンチに戻ろう?」

 

「そうだな」

 

 

 俺は二人に連れられるようにベンチに戻る。皆がさっきのゴールについて声を掛けてくれるが、俺の視界にベンチに俯いて座り込む守の姿が映りこんだ。握り締めて震える拳をずっと見つめ、その表情からは静かな怒りが感じ取れる。

 

 

 ……全く、仕方ねえヤツめ。幼なじみのよしみだ。

 

 

「守、何浮かない顔してんだよ」

 

「柊弥、俺……」

 

「お前の言いたいことは分かってる。キャプテンであるお前自身が吉良の言葉を行動で否定しなきゃいけなかった。そんなとこだろ」

 

「……ああ」

 

「じゃあ、ここからだな」

 

「え?」

 

 

 そう言うと、守は顔を上げる。

 

 

「ここからが本番ってことだ。さっきの俺は先駆けで、次はお前」

 

「……柊弥」

 

「さあ行こうぜ親友。俺達の戦いはまだ終わっちゃいねえぞ」

 

 

 俺は先に立ち上がる。今のやり取りがどのくらいアイツに響いたか分からないが……俺に出来るのは道を開くことだけ。それに着いてくるかどうかはアイツ次第。

 

 

「……加賀美、さっきプレーの話だが」

 

「どうした?」

 

「お前が度々発揮するあの人並外れた力、気になってカオス戦の後に少し調べてみたんだ」

 

「あれか……俺もよく分かってないんだが、何か分かったか?」

 

 

 守との話を終えて後半に向けて準備していると鬼道が話しかけてくる。プレーが終わった今だから分かるが、さっきの力はカオス戦や世宇子戦の時と同じだろう。最も、化身までは引き出せていないが。

 

 

「恐らくだが、あれは"ゾーン"だ」

 

「ゾーン?」

 

「ああ。これは俺達に当て嵌めた話だが、試合中や練習中に明確な目標を持って集中している時に入れる集中状態があるんだ」

 

「それがゾーンってことか」

 

「いや、これはゾーンの前段階である"フロー"だ。お前は更にその先、その集中状態で更に極限まで没頭している時に訪れる極限の集中状態。それがゾーンだ」

 

「極限の集中状態、ゾーン……」

 

 

 なるほど、合点がいく。確かに今まで爆発的な力を発揮してきた場面はいつも極限状態だった。そしてその試合ではただ勝ちたいだけじゃなくて、負けたくない、負ける訳にはいかないっていう"明確な目標"が存在していた。鬼道の話の通りなら、その目標を持っている状態がフロー。それが極まったのがゾーンってことか?

 今のワンプレーに当て嵌めるなら、吉良の言葉を否定するために何が何でも点を奪い取る。その目標がフローへの足掛かりとなってゾーンまで突入できた……ってことか?でもそう考えると一つ違和感がある。これまでのその状態がゾーンだとすると、今回はまだ余力がある。世宇子中との試合の時は前半でボロボロにされて、カオスの時は後半終了間際で体力が微塵も残っちゃいなかった。その時と比べると今は……どうなんだろうか。

 

 

「そしてもう一つ。このゾーンという状態に踏み入れる人間はごく僅かだ」

 

「横からごめんなさいね二人共。更にゾーンに没入出来るのは人生で二度もあるかどうか。加賀美君は既に何度も入っているわよね?」

 

「俺が自覚出来ているのは今回を含め三回。世宇子中戦、カオス戦、そして今回」

 

「お前が覚えているかは分からないが、福岡でのジェネシスとの試合。加えて小学生大会で俺のチームと当たった時、そして雷門と帝国の初めての練習試合、ジェミニストームの初戦も含まれるだろう」

 

「そんなにか……」

 

「ここから推察するに……加賀美。お前は人よりゾーンに入れる敷居が低いんじゃないか?そうでなければ説明がつかん」

 

「……分からない」

 

「世宇子中との試合で見せたあの異質な力もある。ゾーンへの突入はきっとお前の潜在能力の片鱗に過ぎない……と、俺は思っている」

 

 

 鬼道の言う通り、未だ俺は化身を自由自在に扱えたことがない。あれも俺の力の一部だと考えるなら、まだまだ俺には俺が知らない何かが存在してるのかもしれない。

 だがそんなことは慢心でしかない。等身大の自分を受け入れ、今目の前の試合に全力で打ち込む。そうじゃなきゃこの試合に勝つことも出来ないだろうさ。

 

 

「……俺にどんな力が眠ってるかは今は置いておこう。もし本当にそんな力があるなら飼い慣らして武器にしてやるさ」

 

「ふっ、確かにそうだな」

 

「加賀美さんが凄いのなんて、今に始まった話じゃないっスからね」

 

「おい壁山、それは褒めてるのか……?」

 

 

 壁山のコメントには触れないでおこう。どこか人外扱いされてそうで気が気じゃないけどな。

 

 

「さて皆……点差は俺が縮めたけど、まだあっちが1点有利だ。それにヤツらはまだ底を見せちゃいない」

 

「そうだな。次は俺がゴールを奪う」

 

「僕だって、今度はあのキーパーには負けないよ」

 

「後ろは任せろ!俺達がバッチリ守るからよ!な、立向居!」

 

「はい!!スーパーノヴァ……凄いシュートでしたが、次は絶対に止めます!」

 

「……おう!頼んだぞ」

 

 

 さて、そろそろお目覚めだろ?

 

 

「守!締め!」

 

「……ああ!皆ごめん、俺、一人で勝手に怒ってた……」

 

「全くだ。お前はすぐこうなる」

 

「うっ……」

 

「まあまあ加賀美、円堂が言ってたことは間違ってないし、事実加賀美もちょっと怒ってたろ?」

 

「バレたか」

 

「はは、やっぱりキャプテンと加賀美さんって似た者同士だよね」

 

「間違いあらへん」

 

「そうか?……まあ確かにそうかもな」

 

「へへっ、じゃあ皆……後半も一緒に戦うぞ!!」

 

 

 守が一人一人の顔を見渡す。それに対する俺達の返事は当然……

 

 

『おう!!』

 

 

 そして俺達はヒロト達が待ち構えるピッチに足を踏み入れる。さて、一度状況を冷静に見直してみよう。現在の状況は2-3で俺達が劣勢だ。こっちのシュートの内訳は吹雪のウルフレジェンドと、俺の雷霆一閃。けどウルフレジェンドは時空の壁に止められ、それをぶち抜けた雷霆一閃もゾーンに入れていたからこそかもしれない。

 相手はまずヒロトが流星ブレード。そしてウルビダが超スピードの必殺技、アストロブラストでぶち抜き、最後に三人で撃つ連携シュート、スーパーノヴァで立向居の進化したムゲン・ザ・ハンドすら破った。

 

 

 それぞれの対策は……考えるだけ無駄か。俺達は試合の中で常に進化し続ける。俺の仲間達は皆、俺の想定の範囲なんかに収まらない。その時その時のベストを尽くせば絶対に勝てる。

 

 

「柊弥!」

 

「任せろ!」

 

 

 試合再開直後、修也からのキックオフパスが俺に渡る。吹雪と修也は軽く横に散るようにしてそこまでラインを押し上げることはしない。

 ……成程、そういうことか。まだあっちに見せてない手札で勝負しにいく、ってことだな。

 

 

「ならまずは……俺が道を開くッ!」

 

 

 二人の意図を理解した俺はボールと共に加速。当然正面にはヒロトとウルビダが待ち構える。

 

 

「行かせないよ加賀美君」

 

「お前は危険だ。好きにはさせんぞ」

 

「止められるもんなら止めてみろ」

 

 

 

 二人同時に仕掛けてくる。当然と言うべきか、さっきゾーンに入れていた時のような突破は出来る気がしないな。けど対応出来る、あの時の感覚が微かに残っていて、それの模倣にアドリブを加えることてこの二人相手ともやり合える。

 

 

「どうしたんだい、さっきまでの圧倒的な力は!」

 

「はッ、身の丈は理解してるつもりなんでな……守ッ!!」

 

「いつの間に……!?」

 

 

 二人を捌きながらも攻めあぐねていた俺だったが、これが目的だ。この二人相手に普通じゃ突破は叶わない。けど、コイツが上がってくるまでの時間稼ぎくらいは問題ない!

 

 

「鬼道!土門!」

 

「ああ!」

 

「おうよ!」

 

 

 俺が声を上げると後ろから鬼道と土門も前線へ上がってくる。それと同時に修也、吹雪が少し後ろへ下がり、欠けた部分を補強する。俺とこの三人で、ゴールを奪い取る!

 

 

「守、一旦戻せ!」

 

「任せた!」

 

「よし……」

 

 

 視野を広げろ、このフィールド上の全てを捕捉しろ。今の俺の役目はコイツら3人とボールをゴール前まで送り届けること。

 

 

「コーマ!クィール!」

 

「塞ぐぞ!」

 

「ディフェンス陣!ゴール付近に寄るぞ!」

 

 

 俺の前方。ジェネシスの連中は守備を固めている。さっきの得点から明らかに俺に警戒が向いている。だから敢えて俺が追加点を狙う体で攻め上がる。多分、アイツらはデスゾーン2について知らない。雷霆一閃をブラフにすることでデスゾーン2を叩き込む、これがこの状況の最適解だ。

 

 

「いくぞ!!」

 

「了解!!」

 

「潰すっポー」

 

 

 その時、俺は包囲されていることに気が付いた。この陣形は……さっき土門からボールを奪った必殺技だ。あれは三人で対象を包囲し、不規則なペースかつ同じ動きで感覚を乱す。動き出しを一切感じさせない同時突撃で一気にボールを掠め取る必殺技だ。千羽山のディフェンスも似た必殺技を使ってきたな。この手の必殺技の破り方は……こうだな。

 

 

「上ガラ空きだ!!」

 

「なにッ」

 

 

 相手と同じく、ノーモーションから包囲のない上に跳ぶ。反応されればそれまでだが、されるようなやわなスピードじゃない。

 

 

「加賀美!こっちだ!」

 

「ナイスポジショニング、土門!」

 

 

 高く跳べばパスコースは幾らでも作り出せる。俺の考える理想の位置取りをしてくれていた土門にパスを送って着地。下で待ち構えてるヤツらの寄せが来る前に最高初速でブチ抜く。

 

 

「加賀美、そのまま出せ!」

 

「そのまま……はッ、随分なアドリブじゃねえか」

 

 

 土門からボールを戻され、守、鬼道、土門の三人の後ろに追従する形でそのまま上がる。ジェネシスのDF陣は俺だけじゃなく、この三人もある程度の警戒を向けている。だからこそのこの鬼道の指示だろう。もしこの場で自分達がボールを持てば間違いなく全力で阻止される。

 

 

 なら、俺が起点になればいい。そういうことだな?

 

 

「しくじっても恨むなよ……いけェ!!」

 

 

 俺はそのまま遥か高くにボールを蹴り上げる。

 

 

「ミスキックだ!!」

 

「それはどうかな……!」

 

「いくぞ!!」

 

『おう!!』

 

 

 ジェネシスの誰かがそう言ったその直後、鬼道の号令で守、土門は同時に回転と共に飛び上がる。俺が撃ち上げたボールを中心、続いて飛んだ三人を点として紫色の三角形が作り出される。

 三人が回転を続けるにつれて中心のボールに注がれるエネルギーは莫大なものになっていく。

 

 

「俺には仲間がいる。一緒に戦ってきた仲間、新しい仲間、いつも見守ってくれてた仲間がいる!!俺たちの強さは……そんな仲間達と共にあるッ!!」

 

 

 守がそう叫んだと同時、ボールに込められたエネルギーは最高潮に達する。

 

 

デスゾーン2!!

 

 

 三人同時に蹴り込むと、死のエネルギーに満ちたボールがゴールへと落ちていく。その並々ならぬ力にゴール前のネロも余裕が無さそうだ。

 

 

時空の壁ッ!!

 

 

 雷霆一閃の時とは違い、必殺技の展開は間に合う。けど、それは大した問題ではなかった。俺と同じく仲間の力、その全てを込めた必殺技が止められるはずはなかった。捻じ曲げられた時空の中で紫色の雷が迸り、荒れ狂う。時間と空間を掌握する技すらもその前では通用しない。

 

 

「ぐッ、こんな……馬鹿なことがッ……!!」

 

 

 その言葉を最後にネロの領域は崩壊、デスゾーン2がネロを巻き込みながらゴールに突き刺さりホイッスルが鳴る。これで3-3、やっと同点だ。

 

 

「ナイスシュート」

 

「おう!それにしても柊弥、練習なしでよくあんな合わせ方出来たな?」

 

「そこの司令塔様に無茶ぶりされてな」

 

「信頼として受け取ってくれ」

 

「どう思う?土門」

 

「うーん。要求する鬼道も鬼道だし、応えられた加賀美も加賀美ってことで」

 

「引き分けか」

 

 

 まあ終わったことは良いか。何はともあれこれでようやくイーブンだ。これ以上の失点を防ぎつつ、最低でもあと一点を奪い取る。今のワンプレーを俺達四人で完結させられたおかげで皆の消耗も抑えられている。それに比べてジェネシス側はある程度の消耗、そして同点に並ばれたことへのプレッシャー。流れは完全に俺達だ。

 大事になってくるのは試合再開後の初動。あっちのキックオフからな以上ゲームメイクもされやすい。そしてこの状況でヤツらが一番狙いたいのはもちろん追加点での突き放し、つまり速攻。アイツらの手札の中でそれを可能にするピースは……十中八九アレだろうな。そしてそれに誰よりも早く対応出来るのも俺。それの阻止が俺の至上命題ってことだな。

 

 

「鬼道、再開後だが」

 

「分かってる。お前のスピードを信じるぞ」

 

 

 流石、分かってたか。ならその期待に応えるしかないな。

 

 

(……さて)

 

 

 俺はポジションに戻って試合再開のホイッスルを待つ。全神経をホイッスルの鳴り始めに注ぎ込み、すぐにでも動き出す。

 

 

「俺には父さんがいる……仲間なんて、必要ないッ!!」

 

(来た、ここだ!!)

 

 

 ホイッスルが鳴り、それと同時にヒロトが動き出す。それと全くの同タイミングで俺も動く。

 

 

「くッ、邪魔だ!!」

 

「いかせねえよ!!」

 

 

 俺がマークに着いたのは()()()()だ。ボールをキープしているヒロトではなく、そのサイドに追従するように走り出したウルビダにすぐさま寄ってヒロトとのラインを潰す。ジェネシスにおける最速を誇るコイツを抑えつつ、ヒロトの動きも潰す。これでスーパーノヴァは撃てないだろ!

 

 

「ウルビダ!引き剥がせ!!」

 

「分かっている!」

 

「だから、させねえよッ!!」

 

 

 最悪ヒロトが単騎でシュートを撃つなら、立向居が確実に止められる。なら俺はスーパーノヴァの阻止だけに意識を割いて、隙あらばボールを奪い取って攻撃に転じれば良い。

 しかしウルビダは待ちではなく勝負に出た。一気にトップスピードまでギアを上げ、俺を振り払おうとしてくる。流石に速いが……追い付ける。2点目を奪われた時は完全な不意打ち、完全に警戒している今なら隙を突かれることもない!

 

 

「……ッ、邪魔だァァァァァァァ!!」

 

「なッ……!?」

 

 

 その時だった。併走していたウルビダがスピードはそのままに思いっきりタックルを仕掛けてきた。パワープレイでの振り払いは想定していた、けどこのトップスピードの状態での衝突は想定出来ていなかった……!

 フィジカルを考えて普通にぶつかり合えばまず俺が負けることは無い。けど、スピードに全振りしたこの状況じゃ話は違う。些細なブレが一気に崩壊に繋がる。それは当然ぶつかられた俺だけじゃなく、ぶつかってきたウルビダも同じはずだった。

 しかしコイツは一切躊躇うことなくぶつかってきた。一切備えることが出来なかった俺はそのまま重心を崩し、地面を何度も転がされる。

 

 

「チッ、マズイな……!」

 

 

 ヒロト、そしてその後ろにいたウィーズを止めることは出来ていなかった。そして俺が突破されて、ウルビダがそこに合流してしまう。

 

 

「追加点は俺達が貰うッ!」

 

「我々が……ジェネシスこそが最強なのだ!」

 

 

 ヒロト達はボールに凶悪な程のエネルギーを注ぎ込み、そのまま3人で飛び上がる。クソ、阻止できなかった……!

 

 

スーパーノヴァッ!!

 

 

 再び放たれる凶星。俺のシュートブロックは距離的に間に合わない、けど走るしかない!!

 

 

ムゲン・ザ・ハンド(G2)!!

 

 

 俺の視線の先では立向居が進化したムゲン・ザ・ハンドでスーパーノヴァに喰らいつく。しかし、先程の繰り返しのようにすぐさまムゲン・ザ・ハンドはヒビだらけになってしまう。

 

 

「ぐッ……うわッ……!!」

 

「まだだ!」

 

「守ッ!!」

 

 

 打ち砕かれたムゲン・ザ・ハンド。しかし間一髪で守が間に合った。守の額から形成されたのは、黄金の拳。

 

 

メガトンヘッドッ!!いっけェェェェ!!

 

 

 滑り込むようにして発動したメガトンヘッドがスーパーノヴァと真っ向からぶつかり合う。立向居の奮闘もあってその威力はだいぶ削れている。ここで破られたらもう誰も間に合わない、頼むぞ守……!

 

 

「負け、るかァァァァァァァ!!」

 

「なッ、馬鹿な……!?」

 

 

 次の瞬間だった。守の気合いに呼応するかのようにメガトンヘッドが一際強く光り、完全にスーパーノヴァを打ち砕いてみせた。アイツ、最高だ──

 

 

「──ッ!?マジか……!!」

 

 

 クソがッ、こんなことってありかよ!!

 

 

「……もう一度だッ!!」

 

 

 弾かれたボールを追いかける俺の視線の先にいたのは、撃ち終わりで着地したばかりのヒロト達。ボールが飛んできたヤツらは、当然もう一度ゴールを狙う。

 

 

スーパーノヴァッッ!!!

 

「チィッ!!」

 

 

 さっきのシュートブロックに間に合わなかったからこそ、今回は間に合った……が、状況は最悪だ。さっきみたいに雷霆万鈞を発動する余裕すらなかった。言ってしまえば、ただシュートの前に躍り出ただけ。

 

 

「ぐ……がはァッ!?」

 

「加賀美さん!!」

 

 

 せめても抵抗で身体でぶつかりにいった。が、何の意味もなかった。威力を一切削ることも無く、ただ弾き飛ばされただけ。

 

 

「立向居ッ!!俺のことはいい……止めてくれッ!!」

 

「……はいッ!!」

 

 

 俺は何も出来なかった。さっきはブロックに間に合った守もその時のダメージでまともにブロック出来るか分からない。他の皆も間に合わない。頼れるのは立向居、お前だけだ。

 

 

「立向居!!頼む!!雷門のゴールを守れるのは、お前しかいないんだ!!」

 

『立向居!!』

 

「皆のゴールを……俺が、守るんだァァァァァァ!!」

 

 

 その時、立向居の纏うオーラが突然大きくなった。アイツ、まさかこの瞬間にまた進化しやがったのか……!?

 

 

ムゲン・ザ・ハンド(G3)ォォォ!!

 

 

 現れた無限の腕達は明らかに先程よりも強靭だった。幾本の腕が同時にスーパーノヴァを抑え込む。二度の敗北を経て更に強くなったムゲン・ザ・ハンドは、その威厳を崩さない。

 

 

「な……馬鹿な……!?」

 

「やった……止めました!!加賀美さん!!円堂さん!!」

 

「立向居!!お前最高だ!!」

 

「ああ!スッゲーキャッチだった!!シビれたぜ!!」

 

 

 立向居のヤツ、マジで最高すぎるぜ……!この土壇場で進化して、シュートブロック込みでもギリギリだったスーパーノヴァを一人で止め切りやがった!!

 

 

「こんな……こんなことが……」

 

『グラン、リミッター解除しなさい』

 

「ッ!?リミッター解除……!?そんなことをしたら、皆が!!」

 

 

 俺達が立向居を囲っていると、何やら穏やかでは無いやり取りが聞こえてきた。リミッター解除……?何だ、何をしようとしている?

 

 

『怖気付いたのですか、グラン。お前には失望しました……ウルビダ、お前が指揮を執りなさい』

 

「父さんッ」

 

「はい、お父様」

 

 

 よく分からないが、どうやらここからジェネシスの指揮権はウルビダに移るらしい。あのヒロトの狼狽の仕方とリミッター解除という単語……何か嫌な予感がする。何がハッキリとマズイのかは分からない。

 ……次は立向居のゴールキックからだ。念には念を、だな。

 

 

「立向居!こっちだ!」

 

「はい!」

 

 

 俺はすぐさま立向居にボールを要求し、そのまま加速する。ジェネシスのメンバーは一切動かない。

 

 

「……リミッター、解除」

 

 

 その時、視線の先でウルビダがユニフォームのボタンらしきところを押す。それを見てか他のメンバーも同じように動く。表情が曇ったままだがヒロトもだ。間違いなく何か仕掛けてくる……油断はしない、一瞬でゴールまで駆け抜け──

 

 

「──は?」

 

 

 一瞬でゴールまで駆け抜ける。そう自分に言い聞かせようとした時だった。俺の足元から一瞬でボールが消えた。文字通り本当に一瞬だ。

 

 

「……お前ら、一体何をした?」

 

「……答える義理はない」

 

 

 俺は直感的に視線をズラすと、斜め前にボールを確保して佇むウルビダの姿を捕捉した。あまりに急なことに動転し、試合中にも関わらず問いを投げかけたが……当然と言うべきか、それに対して反応はない。まあ良い……どんな手を使ったかは関係ない。そのボールは返してもら──

 

 

「さっきまでの我々と思うなよ」

 

「……ッ!?何だよあのバカげたスピード!?」

 

 

 速い。いや、速いなんてもんじゃない。スピードに長けてる俺でも目で追うのがギリギリだ。これがリミッター解除……!?

 

 

『人間は身体を守るために限界を超える力を出さないように無意識に力をセーブしている。では、その全てを出し切れるとしたら?』

 

「……そういうことかよ、クソ野郎ッ!」

 

 

 身体を守るためにリミッターがあるのに、それを人為的に無理やり外す。そんなことしたら当然、すぐに身体がボロボロになる!吉良のヤツ、それを躊躇いなくヒロト達にやらせやがった……!

 

 

「お父様の望みは我々の望み……これが、ジェネシス最強の必殺技!!」

 

 

 俺が反応出来ないスピード。それが意味するのは、単純なスピード勝負じゃ誰もアイツらに追い付けないということ。凄まじいスピードで上がるウルビダ達を止められるヤツは、誰もいない。

 あっという間にゴール前まで辿り着いたウルビダ、ヒロト、ウィーズ。メンバーはスーパーノヴァと変わっていないが、明らかにシュートの入りが違う。スーパーノヴァ以上の必殺技を隠し持っていて、今のリミッターを外した状態で撃つ……クソッ!最悪のパターンじゃねえか!!

 

 

スペースペンギン!!

 

 

 ウルビダが地上で気を解放すると、禍々しいエネルギーと共に地中から宇宙服を纏った5匹のペンギンが姿を現す。そのペンギン達はボールと共に上空まで一瞬で到達する。そして、そこに待ち構えていたのはヒロト、ウィーズ。2人が同時に蹴り込むと、明らかにスーパーノヴァ以上の威力を秘めたシュートが放たれる。

 

 

ムゲン・ザ・ハンド(G3)!!

 

 

 立向居の更に進化したムゲン・ザ・ハンドが襲い来るシュートに喰らいつく……が、みるみるうちに腕にはヒビが入る。それに追い討ちをかけるように、5匹のペンギンが腕に突き刺さる。

 

 

「……ッ!!!何だ、このシュート───」

 

 

 直後、あのスーパーノヴァすら止めてみせたムゲン・ザ・ハンドがいとも簡単に打ち砕かれた。立向居はそのままゴールに押し込まれ、ホイッスルが鳴る。3-4……再びこちらが劣勢に追い込まれたな。

 

 

「ぐッ!?」

 

「がァァ……!!」

 

「……リミッター解除の代償か」

 

「これくらい、父さんのためなら……!!」

 

 

 吉良、お前はここまで自分を慕ってくれるジェネシスのヤツらすら道具程度にしか思ってないのか?しかもコイツらはまだ俺達と変わらない、子どもだろ?それなのに、ハイソルジャー計画だ、エイリア石だと……挙句の果てに、身体に莫大な負担をかけるリミッター解除を強いる。

 

 

「……許さねえ」

 

 

 許す訳にも、負ける訳にもいかない。絶対にこの試合に勝つ。そして吉良の……いや、エイリア学園が間違っていることを絶対に証明する。




次回、試合決着です。皆様良いお年をお過ごしください。
ちなみに明日更新です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第94話 激闘終幕

皆様、あけましておめでとうございます。新年一発目の更新は、まさかのジェネシス戦完結です。是非見届けてやってください。

20万UA突破ありがとうございます。最高のお年玉です。


「ヒロト達ですら道具なのかよ……!」

 

「しかしあのスピード……どうする、鬼道?」

 

「あんな力だ、長くは持たん。消耗させれば或いは……だが」

 

「いいや鬼道、お前も分かってるはずだ。そんな時間は無い」

 

 

 もう後半も半分を切った。相手の消耗を待っていたら間違いなく時間なんてない。だからこそ、だ。

 

 

「俺達も仕掛けるぞ」

 

「……とは言うがな加賀美。あのスピードをどう捌く?」

 

「任せろ、俺が何とかする」

 

「何とかするってお前、さっきのアイツらの動きを間近で見ただろ?」

 

「ああ、だからこそだ」

 

「へ?」

 

「あのスピードを至近距離で体感できたからこそ、一番目が慣れてるのは俺だ。だから俺が攻めの中心になる。フィニッシャーとしての中心じゃなく、文字通りの中心としてな」

 

「……なるほど?」

 

「いつもの鬼道みたいな役ってことか?」

 

「そういうこと」

 

 

 アイツらのスピードはハッキリ言って化け物レベルだ。まず真っ向からやったら勝ち目は無い。だからここは徹底的に策を弄する。俺が攻めの中心になって、その都度指示とパスを送る。鬼道程の機転は利かないだろうが、単純なスピードに対抗するやり方なら俺でも出来る。俺が前の司令塔になれば万が一の時は鬼道に後ろを任せられるしな。

 

 

「という訳だ鬼道、良いか?」

 

「ああ、構わん」

 

 

 よし、決まったな。俺を中心とした攻めでアイツらを攻め崩す。間違いなく簡単にはいかないだろうが……やるしかない。俺は試合が再開する前に次の作戦で必要になるヤツらに声を掛けておく。

 

 

「……ヒロト」

 

 

 声を掛け終わってポジションに戻ると、ヒロトと目が合った。明らかに苦しそうな表情を浮かべながらも、その目には不退転の決意が宿っている。

 

 

『これくらい、父さんのためなら……!!』

 

 

 さっきのヒロトの言葉と表情が頭の中で繰り返される。今のコイツを見てると前までの俺を思い出す。絶対に引けない理由はあるものの、自分で自分を追い詰める選択をし続けている……そんな感じだ。

 しかもコイツ、リミッター解除の直前にジェネシスの仲間達を気にするようなことも言っていた。吉良がいるから仲間なんて必要ないって言ってたのにだ。

 

 

 ……同じような間違いをしてた俺だからこそ、コイツの間違いを正してやれるのかもしれないな。

 

 

「修也、吹雪!!」

 

「ああ!」

 

「うん!」

 

 

 ホイッスルが鳴ってすぐ、俺達3人は同時に攻め上がる。後ろに構える俺にボールを預けた2人は左右前方に展開、そのまま駆け上がっていく。ボールを預かった俺は当然ジェネシス最前線の2人とマッチアップする。

 

 

「そのボールを貰うよ、加賀美君!」

 

「加賀美 柊弥……貴様を潰し、ジェネシスの価値を最上の物にする!」

 

「かかってこい……雷霆万鈞ッ!!

 

 

 全身に雷を纏ってヒロト、ウルビダと衝突する……が、まず普通にやったら勝てない。さっきまではゾーン状態の模倣とフィジカル頼りのアドリブで何とかやり過ごしたが……時間が経ったせいかあの感覚がもう抜け落ちてる。

 

 

 けどコイツらはもう忘れてるらしい。俺がさっきどういう風にこの状況を突破したのか。

 

 

「ここだ!」

 

「ナイスパス柊弥!」

 

「なッ!?」

 

 

 雷霆万鈞で強化した聴覚は後ろから上がってきている守の足音を聞き逃さなかった。フェイントを織り交ぜまくっての時間稼ぎに徹すればさっきしておいた指示通りに守がカバーに来る。そのタイミングでバックパスからの入れ替わりでコイツら2人を突破できる。

 正直これはコイツらがリミッター解除なんていう手段に出たからこそ通った一手だ。焦りからの無理な能力強化、それに伴う苦痛による視野狭窄で冷静な判断をする力が鈍ってる。

 

 

「守、ツーテンポ上げてくぞ。いけるな?」

 

「おう!任せとけ!」

 

「止めろォ!」

 

 

 ウルビダの怒声混じりの指示を受け、ジェネシスの連中は俺達2人に飛びかかってくる。そのスピードは当然のようにとんでもねえが、本来のパスワークより2つ速いテンポで回すことで正面衝突を回避する。これをアドリブでやるのはそんな簡単な話じゃねえが、俺と守ならいける。コイツの無茶ぶりに何回も付き合ってきた俺と、俺の後ろ姿をずっと見てきてくれたコイツだからこそ出来る超連携。

 

 

「止められるもんなら止めてみろッ!」

 

「くッ、もっと人数掛けるぞ!!」

 

 

 どれだけ人数を増やそうと関係ない。急上昇した身体能力を自分で制御しきれていない部分もある上、そのせいで連携、統率がガタガタだ。こっちにとっては好都合でしかねえが、そんな雑な包囲網で俺達が止められるはずねえだろ。正直、チームとして完成された連携で止めてくるさっきまでの方が余程脅威だ。

 

 

(さて……)

 

 

 そろそろゴール前だ。この場面で一番点を奪える可能性が高いのは……お前だろッ!!

 

 

「ッ!9番(吹雪)警戒だ!」

 

「ナイス節穴ッ!!」

 

「いや、カーブパス……!?」

 

 

 吹雪に向けたパスと思わせ、アウトサイドで鬼回転を掛けたカーブをその真反対の位置に。そこで待ち構えるのは、俺がこの世で最も信頼する男。

 

 

「ぶちかませ、修也ァ!!」

 

「任せろ、柊弥ッ!!」

 

 

 パスを受け取った修也はそのまま全身に炎を滾らせ、炎の魔神を顕現させる。その魔神に導かれるがままに遥か上空に飛び上がり、全身全霊のシュートを叩き込む。

 

 

爆熱……ストォォォォムッ!!

 

「ふん……時空の壁!!

 

 

 それを待ち構えるネロにはどこか余裕がある。既にプロキオンネットで爆熱ストームを止めている上、今はリミッター解除で能力の底上げまでしているからだろうな。

 

 

 けど甘えよ。今お前が相対しているのはこのチームのエースストライカーだぞ?

 

 

「な、何だこの力……ぐッ!?」

 

 

 アイツが時空間を掌握しようと、この男の炎を消せるはずがない。ゴールは死守したものの威力を完全には殺しきれず、ボールは遥か高くへ打ち上がる。

 

 

「いくぜ守!!」

 

「ああ!ぶっ跳べ柊弥!!」

 

 

 俺と守はそれに反応していち早く駆け出していた。全くの同タイミングで跳躍し、守はそのまま地面に背を向ける形で両脚を俺に向ける。その両脚を足場にして俺は更に跳躍、そのセカンドボールの高さまで一瞬で辿り着く。

 

 

「豪炎寺君!!」

 

「吹雪?……ああ、いくぞ!」

 

「そういうことか……よし、受け取れェ!!」

 

 

 俺はもう一度修也にパスを出そうとしたが、吹雪が修也に何やら声を掛けていた。その意図を一瞬で汲み取った俺は、距離の空いている2人の丁度真ん中辺りにパスを送る。それを合図にしたかのように2人は同時に走り出す。

 

 

ォォォオオオオオオッッ!!

 

 

 修也と吹雪は加速するにつれそれぞれ炎と氷をその身に纏う。バウンドしたボールの位置で2人は交差、極めてシンプルなツインシュートを叩き込む。炎と氷という相反する2つのエネルギーは互いに相乗効果を産み、凄まじい勢いでゴールへと襲い掛かる。

 

 

「何だこのシュート──ぎゃッ!?」

 

 

 ここに来ての新必殺技。それに動揺したネロは必殺技の展開が遅れてしまった。そうなってしまえば当然待っているのはヤツにとって悲惨な結末。その小さな身体ごとゴールにぶち込まれ、シュートの勢いが消えるまでゴールネットに押し付けられることになる。

 

 

「〜〜ッ、最高だぜ豪炎寺!!吹雪!!」

 

「ふっ、期待に応えたまでだ」

 

「その通り。キャプテンと加賀美くんこそ、最高のパスだったよ」

 

「それこそ期待に応えただけだっての。ナイスシュート」

 

 

 これで4-4……また同点だ。試合は残り5分に差し掛かるところ。間違いない、断言出来る。次の1点を奪い取ったチームがこの試合の勝者に──

 

 

「──ッ!」

 

「柊弥!?」

 

「悪い、少しグラついた……」

 

「怪我……ではないね」

 

「ああ。単純に限界が近いのかもな」

 

「そうだな。そしてそれはこの場にいる全員同じだろうな」

 

 

 修也の言う通り、もう皆限界が近い。リミッター解除で負担が爆増してるジェネシスは勿論、そのジェネシス達の動きを制限するために鬼道の指示で動いてくれていた皆も肩で息をしている。そんな冷静な分析をしている修也、一緒にあのシュートを撃った吹雪、俺と一緒に攻めの起点になってくれた守は当然消耗が激しい。前半から動き回ってる俺も……言わずもがなだな。

 

 

 だからこそ、だ。ここで踏ん張れた方が勝つ。分かりやすくて良いじゃねえか。

 

 

「お前ら」

 

「ん?」

 

「絶対勝つぞ」

 

「……あぁ、当然」

 

「勿論さ。この試合に勝つのは僕達だよ」

 

「おう!!最後の勝負だ……気合い入れていこうぜ!!」

 

 

 俺達は互いに拳をぶつけ合ってポジションに戻る。次のラストプレー、キックオフはジェネシス側だ。同点のこの状況でアイツらは何がなんでも速攻で1点を奪い取りたいはず。それなら当然、リミッター解除を活かしたスピードにものを言わせたプレーを仕掛けてくるだろうな。それなら俺は少し後ろ気味に構えておくか。

 

 

「……最強なのは、ジェネシスの!!」

 

「父さんのサッカーなんだ!!」

 

「くッ」

 

「しまったッ!?」

 

 

 ホイッスルが鳴ってすぐ、ヒロトとウルビダは目にも止まらぬ加速で攻め上がる。そのスピードは、修也と吹雪ですら一切反応ができないほど。

 

 

「けどそれは読めてんだよ……ッ!!」

 

「そこを退けッ!!加賀美君ッ!!」

 

 

 離れたところで2人の初速から目を慣らしておいた俺がノータイムで雷霆万鈞を発動させてすぐさま迎え撃つ。俺とヒロトが同時にボールに蹴り込み、凄まじい衝撃波が周囲を叩く。それと同時にボール越しに伝わってくるヒロトの人並外れたパワー。きっとこれはリミッター解除によるものだけじゃない。何がなんでも勝つっていうコイツの執念が乗ってる。一瞬でも気を抜いたら身体ごと持っていかれそうだ。

 

 

 ……いや、それがどうしたってんだよッ!!

 

 

「負けらんねえのはお前らだけじゃねえ……俺達だって一緒なんだよォォォ!!」

 

「なッ、またこの力かッ……!!」

 

 

 直後、一瞬視界が真っ白になった。そして間もなくして視界が色を取り戻し、先程よりも広い視野が、多くの音が俺の脳に刻み込まれる。それだけじゃねえ。限界スレスレの身体の中から凄まじい力が湧いてきやがる。

 今なら分かる。これがゾーンだ。極限状態で入り込める全能状態。言い換えれば火事場の馬鹿力ってヤツだな。

 

 

「勝つのは俺達、雷門だァァァァ!!」

 

「ぐッ、がァァァァッ!!」

 

 

 けどそんな力とは裏腹に、言い表し難い何かが俺の背筋に走る。一度競り負けたらもう二度と立ち上がれないような、何の確証もないそんな直感だ。このヒロトとの奪い合いに負けたらもう終わりだろうな。多分もう走ることすら出来ねえと思う。

 

 

 いや、それでいい。ここで負けたらもうダメたっていうその危機感が俺の後退のネジを取っ払う。ここで全部出し切れって気持ちになれる。

 

 

「う、ァァァァアアアアアッ!!」

 

(……!力が緩んだ!!)

 

もらったァァァァァッッッ!!

 

 

 その一瞬の隙を俺は逃がさねえ。全部の力を右足に集中させ、ヒロトを押し退ける。

 

 

「させるかァァァァ!!」

 

「チィッ!!負けるかァッ!!」

 

 

 ヒロトを突破したその瞬間。今度は先にゴール前まで上がっていたはずのウルビダが俺の前に立ち塞がる。俺の動き出しを潰すかのようにボールに蹴り込むウルビダ。一瞬体勢を崩したが、すぐさま立て直す。

 確かにウルビダも強敵だ。とはいえ単純なパワーは俺の方が上、このまま拮抗に持ち込むより早く俺が一気にぶち抜くッ!!

 

 

「──ッ!今だ、やれッ!!」

 

「何をッ……がッ!?」

 

「悪く思うなよ……!」

 

「テメェ……ウィーズッ……!!」

 

 

 俺とウルビダがぶつかり合う中、突如右後方から衝撃が襲う。まるでダンプカーに轢かれたかのようなその重さに俺は為す術なく弾き飛ばされた。その正体はもう1人のFW、ウィーズ。この瀬戸際でファール覚悟のパワープレイを仕掛けてきやがっ……

 

 

「……ッ」

 

「柊弥ッ!?」

 

「いつまで寝ているグラン!!仕掛けるぞ!!」

 

「……ああ!!」

 

「待……てェ……!!」

 

 

 まずい、急に身体が重い。意識が遠のく。さっき感じてた嫌な予感は合ってたってことかよ……

 

 

「……ッ、止めるぞ!!」

 

「遅い!!」

 

「は、速すぎるッス!!」

 

 

 皆がまだ戦ってるのに、俺はもう立つことすらままならない。ここで終わりなのか?俺は、こんなところで終わっちまうのか──

 

 

 

 ーーー

 

 

 

(柊弥はもう限界だ……俺達が動くしかない!!)

 

「吹雪!!」

 

「うん、分かってる!!」

 

 

 柊弥が膝を着いて動かなくなって間もなく、攻め上がるウルビダ達を追い掛けて全員が走る。しかし一切躊躇いのない全速力に追いつけるものは誰もいない。あらかじめ後ろで備えていた鬼道を中心としたディフェンスラインですら反応出来ない超速攻。雷門ゴール前まで彼らが辿り着くのは時間の問題だった。

 

 

(来る……あの必殺シュートが!!)

 

 

 立向居は冷や汗と共に身構える。二度進化したムゲン・ザ・ハンドですらジェネシス最強の必殺技、スペースペンギンの前では一瞬で打ち砕かれたのだから無理もない。

 

 

(けど、俺が守らなきゃ誰が守るんだ!?加賀美さんを見ろ、動けなくなるまで戦ったんだ!!いつもあの人はそうだ、誰よりも無理をして、誰よりも傷付いている!!)

 

 

 立向居の視線の先には膝を着いたまま動かない柊弥がいた。そんな柊弥を見た立向居の脳裏に、これまで柊弥から掛けられた言葉が去来した。

 

 

『だからお前は自分を信じろ。自分を否定することは可能性を縛ることと同じだ⋯少なくとも、俺はお前を信じてる』

 

『バカ言うな立向居。一人で何とかする必要なんてねえだろ……俺達は仲間なんだ』

 

(そんな人に俺は信じられてるんだ!!その期待に応えてみせるッ!!)

 

 

 そんな立向居の正面では、容赦なくジェネシスの3人が必殺技の体勢に入っていた。

 

 

「これで終わりだ!!勝つのは我々、ジェネシスだァァァァ!!」

 

 

 ウルビダがペンギンを呼び出し、それと同時にヒロト、ウィーズが跳躍。その最高点にて全てが交わる。

 

 

スペースペンギンッ!!

 

 

 そしてとうとうスペースペンギンが放たれる。その内に秘める超エネルギーがフィールド全体の空気を揺らす。それを直に感じるのは当然ゴールキーパーである立向居。

 

 

「このシュートだけは、何が何でも止めてみせるッ!!ムゲン・ザ・ハンド(G3)ォォォ!!

 

 

 黄金の輝きを放つ八本の腕が迫り来るシュートへと立ち向かう。その全てが真正面からシュートに喰らいついて離さない。しかし、その上から殺意すら感じさせるペンギン達が襲い掛かる。

 

 

 やがて、その手にヒビが入り始める。

 

 

「負けるか……もう、1点もやるもんかァァァァッ!」

 

 

 その時、立向居が更に殻を破る。

 

 

ムゲン・ザ・ハンド(G4)ォォォォッッッ!!

 

 

 三度、ムゲン・ザ・ハンド……いや、立向居は進化する。新たに現れた4本の腕。その全てが上からペンギン達を抑え込む。黄金の輝きに包み込まれたペンギン達は、まるで浄化されたかのようにその姿を消す。

 

 

「なッ、そんな……馬鹿な!?」

 

「何故……何故決まらない!!」

 

 

 シュートを放った張本人であるウルビダ達だけでなく、ジェネシスの誰もが……モニタールームから高みの見物をしていた吉良ですら驚愕した。最強の戦士達でジェネシスがその能力の限界すら取り払ってもなお破れない、雷門の絶対的守護神。

 

 

「綱海さん!!」

 

 

 そしてそのボールは立向居から綱海へ。綱海から壁山へ。その壁山から更に他のメンバーへと繋がれる。まるで想いのバトンを繋ぐかのように。

 

 

「キャプテン!」

 

「おう!」

 

 

 そして最後に受け取ったのは円堂。その視線の先に立っていたのは……一度は沈んだはずのあの男。

 

 

「行こうぜ……柊弥!!」

 

 

 円堂がパスを出す。すると、まるで示し合わせたかのように柊弥は立ち上がる。

 

 

(何が極限、何が立ち上がれねえだ)

 

 

 無限に引き伸ばされているかのように感じられたボールが届くまでの時間、柊弥はまるで風に吹かれているかのような感覚に包まれていた。オーバーヒートした身体が冷まされていく……訳ではなく、むしろその逆だった。その闘志、その肉体は今もなお燃え続けている。

 

 

(さあ行くぞ加賀美 柊弥、アイツらが待ってる)

 

 

 円堂からのパスを受け取った柊弥はすぐさま反転、加速。その姿は雷鳴の如く。

 

 

「いくぞォォォ!!」

 

 

 そのスピードは柊弥の全力と比べればお粗末なものだった。未だリミッター解除したままのジェネシスの面々からすれば、恐れる必要のない程度のもの。

 

 

「柊弥!!」

 

「守!!」

 

「くそッ、止まらないぞ!!」

 

「止めろ、止めろォ!!」

 

 

 その言葉を火蓋にジェネシスの全勢力が柊弥と守に注ぎ込まれる。多勢に無勢という言葉があるように、そのままだったら2人共呑み込まれて終わりだった。しかし、そんな2人の両サイドから新たな影が飛び出してきた。

 

 

「柊弥!円堂!」

 

「僕達もいるよ!」

 

「お前ら……ああ、行こうぜ!!」

 

 

 豪炎寺、吹雪だ。新たに増えた2つのパスコース、幾らジェネシス全員が束になろうともその全てを止め切ることは困難だ。その上、一切の意思疎通を交わすことなく繰り広げられるパスワークはもはや反則級。スピードでは大きく上回っているはずのジェネシスは、追いつくことすらままならない。

 

 

 そしてジェネシスのディフェンスラインを突破した4人。その中から1人がボールと共に前へ飛び出した。

 

 

「決めるッ!!」

 

 

 そう、柊弥だ。ゴールと柊弥の間にもはや邪魔する者はいない。仲間達の想いを背に、雷鳴を鳴らしながら飛び上がる。

 

 

「らァァァァァァッ!!」

 

 

 託された想いの数だけ柊弥はボールへ蹴り込む。その脚が、全身が裂けそうになってもボールへエネルギーを注ぎ込む。やがて、フィールドの頂点で一際強い雷光が煌めく。

 

 

(来るッ!!)

 

 

 その直下で備えるネロは最後の力を振り絞る。ゴールから動かないゴールキーパーと言えど、何度も撃ち込まれれば当然消耗は激しい。しかもリミッター解除による代償も当然付きまとう。

 しかしそれでもネロは退かない。それがエイリア学園最強のチーム、ジェネシスのキーパーとしての矜恃。

 

 

「──ッ、受け取れェェ!!」

 

「なにッ!?」

 

 

 この試合でネロは雷霆一閃に苦渋を舐めさせられている。だからこそ、次に柊弥はエネルギーを溜め終えたボールを真下に叩き落とし、それをゴールへ放つという動きに備え、残された力を全て集中させていた。

 しかし、柊弥が起こしたアクションはその予想を裏切るものだった。柊弥は確かにボールを下に叩き落とした。ただし、本来より()()()()()。しかもそのボールは踵を打ち込んだ瞬間に爆発し、落ちる過程で込められたエネルギーを放電し続けている。そのボールが向かう先は……

 

 

「ナイスパス、柊弥……!!」

 

(決めろよ……お前ら!)

 

 

 円堂、豪炎寺、吹雪の元だった。自分が意図的に巻き起こした爆発に巻き込まれ落ちていく中、柊弥の脳裏ではかつての円堂とのやり取りがフラッシュバックしていた。

 

 

『ジ・アース?』

 

『ああ!正義の鉄拳、ムゲン・ザ・ハンドと同じようにじいちゃんのノートに載ってた"チーム全員で撃つシュート"なんだ!』

 

『チーム全員?……ああ、全員でエネルギーを注ぎ込む的な、そんな感じか』

 

『そういうことだ!皆の想いが一つになった時に撃てる、最強のシュートだ!』

 

(皆の想いが一つに……ここだろ、今この瞬間しかねえだろ!!)

 

 

 柊弥の視線の先では、落ちてきたボールを中心として円堂、豪炎寺、吹雪の三名が向かい合うように立っていた。するとその三人の他にもフィールドに立つ全員の身体が煌き、その光がボールへと注ぎ込まれる。その全てを受け取ったボールは光と共に遥か高くまで登っていく。そして、それを追いかけるように三人も飛ぶ。

 

 

 

 

ジ・アース!!

 

 

 

 

 三人が同時にその光へ蹴り込むと、光は11本の矢へと分裂しゴールへと降り注ぐ。そしてその道中で矢は束ねられ、1本の巨大な矢へ。

 

 

「ぐァァァァァァッ!?」

 

 

 ネロだけでなく、ジェネシス全員が対抗してシュートへ立ち向かった。だが、雷門イレブンの根源である仲間の力を象徴するそのシュートの前に抵抗すら許されず弾き飛ばされる。

 

 

「グラン!!」

 

「止める!!」

 

 

 ジェネシス最後の砦となったのはヒロトとウルビダ。2人は同時に迫り来る光の矢にツインシュートを叩き込む。しかしその直後、2人の顔は動揺に歪む。

 

 

(馬鹿な、何故まだ動けるッ!?)

 

「君は……君達は一体何なんだ!!加賀美君ッ!!」

 

「仲間と一緒にどんな困難にも立ち向かう……ただの、人間だァァァァァァ!!」

 

 

 墜落したはずの柊弥がそこにいた。負ける訳にはいかない、そんな想いに突き動かされた2人が止めようとするシュートに反対側から更に蹴り込む柊弥。そのボールからは、己の仲間全員の想いが伝わってきた。

 

 

 想いの力が、柊弥に最後の力を与えた。

 

 

 

 

勝つのは、俺達だァァァァァァ!!

 

 

 

 

 雷鳴が吠えた瞬間、均衡は崩れた。光の矢は全てを押し退け、ゴールを貫いた。

 

 

「そうか、これが──」

 

 

 光に呑まれながら、自分ではなく押し込んだボールに強い眼光を向ける柊弥を横目にヒロトは思い知らされる。

 

 

 これが、仲間の力なんだと。

 

 

「うオオオオオオオオオオオオァァァァァァァァ!!!」

 

 

 その試合の結果を告げたのは、ホイッスルでも実況でもない。極限を越えてもなお最後まで戦い抜いた一人の少年の、飾ることのない、本心からの雄叫びである。




というわけで、ジェネシス戦完結です。いやー長かった、これでエイリア学園との戦いも終わりですね!!めでたしめでたし!!
ちなみに明日も更新します。エイリア学園編のアフターストーリーですかね(すっとぼけ)

改めまして皆様、今年も本作をよろしくお願い致します!

1/1 16時追記
地震に襲われました。棚は倒れるわ津波警報は出るわでヤバいので更新休みます。申し訳ありません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第95話 終幕、そしてこれから

例の地震のせいで少し投稿が遅れました、申し訳ない…
一応無事ですが親戚周りが大変なことになってまして。多分来週からは大丈夫かな…多分。


「やった、勝ったぞぉぉぉぉ!!」

 

「これで、これで本当に終わりッスよね!?」

 

「おい壁山、何泣いてんだよ!!」

 

 

 俺の目の前にはゴールに押し込んだボール。鳴り響いたホイッスルに触発されたように、皆の歓声が後ろから押し寄せる。それと同時に俺はジェネシスのゴールの中に仰向けに倒れ込んだ。もう身体が動かない、何なら気を失いそうだ。

 

 

 けど、そんなことより──

 

 

(勝った、勝った……!これでエイリア学園との戦いも終わりだ……!!)

 

 

 ここまで本当に長かった。フットボールフロンティアで優勝したあの日からジェミニストームとの戦いが始まって、イプシロン、ダイヤモンドダスト、カオス。そしてジェネシス。

 

 

「……加賀美君」

 

「……なんだ?ヒロト」

 

 

 騒ぎ立てている皆を他所に横たわっていると、最後のゴールで押し退けたヒロトから話しかけられる。心做しか、その表情は穏やかだ。

 

 

「これが、仲間の力なんだね」

 

「……ああ、分かってくれたんだな」

 

 

 すると、ヒロトが俺に腕を差しのべてくる。俺はその手を取って立ち上がる。体重が乗った瞬間脚がガクッとなったが、握る手に力を込めてヒロトが支えてくれる。そしてそのまま肩に手を回し、皆のところまで連れて行ってくれた。

 

 

「柊弥!大丈夫か?」

 

「ああ。ちょっと疲れただけだ」

 

 

 皆のところまで辿り着いて、俺はヒロトの支えから離れて一人で立つ。また転びそうになったが何とか耐える。

 

 

「……ヒロト」

 

「父さん!」

 

「お前達を苦しめてすまなかった……私は、あのエイリア石に取り憑かれていた」

 

「お父さん……」

 

「瞳子、お前とお前のチームが気付かせてくれた。ジェネシス計画そのものが間違っていたんだ……」

 

 

 ちょうどそのタイミングで吉良が俺達の前に姿を現した。その顔には後悔の念が宿っている。どういうことか、俺達とジェネシスの試合を見て完全に心変わりしたらしい。元々コイツの中にも葛藤や何やらがあったのか……俺には分からないけどな。

 

 

「……ふざけるなッ」

 

 

 何か寒気に似た感覚が俺に突き刺さった。第六感にも似たそれに従って視線を移すと、そこではウルビダが怒りに満ちた目で吉良を睨み付けていた。

 

 

「これ程愛し、尽くしてきた私達を……よりにもよって貴方が否定するなァ!!」

 

「ッ!よせェ!!」

 

 

 そしてその足元にはサッカーボール。アイツが何をしようとしたのか、嫌でも分かってしまう。触発されるように声を上げたがアイツは冷静さを完全に欠いている。俺達ならまだしも、吉良はそれなりの歳だ。そんなヤツにウルビダレベルのシュートを撃ち込めば間違いなく怪我する。

 ボールがあればそれでシュートを止めることも出来たかもしれない。けどまずボールがない。身体で止めようにも、消耗しきった今の身体じゃそれすらも怪しい。

 

 

「ぐッ……!!」

 

 

 その時だった。ボールと吉良の間に素早く割り込んだヤツがいた。そいつは……さっきまで俺の隣にいた。

 

 

「大丈夫か!ヒロト!!」

 

「うぐ……」

 

「なぜだ、なぜ止めたんだ……"ヒロト"!!そいつは私達の存在を否定したんだぞ!?信じて戦ってきた、私達の存在を!!私達は全てを賭けて戦ってきた……ただ強くなるために!!なのにそれが間違っていた!?そんなことが許されるのか!!」

 

「"玲名"……確かに、お前の言う通りかもしれない。お前の気持ちも分かる。でも……それでも!!」

 

 

 その場に蹲るヒロトに守が駆け寄る。一方ウルビダはというと、吉良への怒りをブチ撒けている。敬称を使わず、ソイツと呼び捨てるほどの強すぎる怒り。コイツらの計画が正しかったなんて言うつもりは無いが、ジェネシスの面々がその計画のために努力したのは変わらない事実なんだろう。エイリア石の力で強くなったならともかく、コイツらは自分自身の力を伸ばしたわけだからな。

 その怒りに対してヒロトは肯定に近い言葉を返す。そして守に支えられながら立ち上がり、ウルビダの方に向き直った。

 

 

「この人は……俺の大事な父さんなんだッ!!」

 

「……!」

 

「勿論、本当の父さんじゃないことは分かってる……ヒロトって名前が、ずっと前に死んだ父さんの本当の息子だってことも」

 

「本当の息子って……」

 

「……本当のことよ」

 

「でも、それでも構わなかった……父さんが、俺に本当のヒロトの姿を重ね合わせるだけでも!!」

 

 

 ヒロトの言葉に段々と熱が篭もり始める。ウルビダに掛けた言葉も本心だろう。けど、今のこの言葉は本心であり本音。

 

 

「例え存在を否定されようと、父さんが俺達のことを必要しなくなったとしても……父さんは、たった一人の父さんなんだ」

 

「ヒロト、お前はそれほどまでに私のことを……」

 

「お父さん……」

 

「私は間違っていた。私にはもう、お前に父さん呼んでもらえる資格なんてない……」

 

 

 そう言うと吉良はボールを拾い上げ、ある方向へ転がす。その方向というのは……ウルビダがいる方向だ。

 

 

「さあ撃て、ウルビダ!!」

 

「〜〜〜ッ!!」

 

 

 これは吉良なりのケジメのつもりなんだろう。ウルビダが激情を露わにするほど、ヒロトがその己の身を盾にするほどに慕われていたにも関わらず、それを我欲の為に利用していたことに対する責任だ。

 それに対するウルビダは……葛藤している。さっきの怒りは本物だ。けど、その根源となっている別の感情も存在してるんだろう。

 

 

「うわァァァァァァァァァァァッ!!」

 

 

 その時、ウルビダが脚を振り上げた。それを見てヒロトや瞳子監督、守が制止の声を上げる。

 

 

 

 

 

 

「……出来ないッ」

 

 

 しかし、その脚が振り抜かれることはなかった。ウルビダはそのままその場に膝を着く。

 

 

「出来るわけが無い……だって、貴方は……私にとっても大切な父さんなんだッ……!!」

 

 

 そのまま感情が限界を迎えたウルビダは泣き崩れた。ウルビダに感化されるように、周囲のジェネシスのメンバーも泣き始めた。そしてそれを見た吉良も静かに涙を流した。肩を震わせながら……後悔を噛み締めるように。

 

 

「吉良さん、話してくれませんか。貴方が何故こんなことをしてしまったのか……この子ども達の為にも」

 

「……ええ、勿論です」

 

 

 知らぬ間にスタジアム内にやってきていた鬼瓦さんが吉良の隣に立ち、そう語り掛ける。それに対して吉良は涙を拭い、全てを語り始めた。

 

 

 十数年前、吉良にはヒロトという息子がいた。その子はサッカーが大好きで、いつもボールを追い掛けていたという。

 やがてヒロトは海外にサッカー留学へ行ったのだが、それが悲劇の始まりだった。その留学先でヒロトは事件に巻き込まれて……亡くなった。しかも、その事件に政府重役の一人息子が関わっており、その事件は表沙汰にされることなく揉み消された。

 愛する息子の急逝。そんなことがあって折れずにいられる親なんているはずがない。失意のどん底に落ちた吉良は、抜け殻のような日々を送っていた。

 

 

 そんな時、それを見兼ねた瞳子監督が吉良にある提案をしたという。それが孤児園である"お日さま園"の設立だ。最初は残された一人娘である瞳子監督の頼みと思い始めたお日さま園の運営だったが、そこで自分を父と慕ってくれる子ども達に囲まれて次第に立ち直れたという。そしてそこで出会った、自分の息子と瓜二つの子。それがヒロトだという。

 

 

 前向きになり始め、財閥の業績も回復し始めた。その時期に運命の歯車は回り出す。この富士山麓に落ちてきた隕石。紫色に怪しく光るその石には、人間の能力を引き上げる効力が吉良財閥の研究者によって明らかになった。その報告を受けた吉良の中に生まれたのは、とうの昔に捨てたはずの復讐の炎。この隕石……エイリア石を使えば息子を虐げた犯人、ひいては外国諸国に対する復讐ができる。

 

 

 それからの吉良は俺達が知るとおりだ。エイリア石の力を基盤としたジェネシス計画。その計画のために目を付けたのが、お日さま園の子ども達だった。

 

 

「すまない……本当に私が愚かだった……すまないッ……!!」

 

 

 吉良がその場に座り込み、悔恨の言葉を繰り返し口にする。そんな吉良にヒロトが歩み寄ろうとしたその時、地面が小刻みに揺れているのを感じた。地震か?いや、これは……さっき鬼瓦さん達がエイリア石を爆破した時みたいな──

 

 

「うわあッ!?」

 

「なんだ!?」

 

 

 そんな縁起でもないことを考えた瞬間、天井が崩壊を始める。これは地震じゃない、誰かが爆弾を仕掛けやがった!!

 

 

「まずい!!脱出だ!!」

 

「……!出口が!!」

 

 

 響木監督がこの場からの脱出を指示するが、そのタイミングで出口が瓦礫で塞がれる。しかしその時、俺達が知らなかっまた別の出口からイナズマキャラバンが飛んできた。

 

 

「皆、乗るんだ!!」

 

「古株さん!!」

 

「急げ!!」

 

 

 キャラバンのあちこちが傷だらけになっているのを見るに、相当な勢いで飛ばしてきてくれたらしい。皆は続々とキャラバンへ走っていく。俺も──

 

 

「……ッ!!」

 

 

 キャラバンに乗り込むべく走ろうとしたその時、脚に力が入らずにそのまま前のめりに倒れてしまった。クソが……身体がろくに動かねえ。立ち上がるために腕で身体を起こして足に力を込める……が、再び膝が折れる。

 皆はもうキャラバンの近くまで辿り着いている。このままじゃ皆の脱出が遅れて危険が及ぶ……そう思った、その時だった。誰かが俺の肩に腕を回して引っ張り上げてくれる。

 

 

「……ヒロト!」

 

「大丈夫。さあ行こう!」

 

 

 俺はさっきのようにヒロトに支えられながらキャラバンの近くまで歩いて行った。キャラバンの入口では春奈が待っていた。

 

 

「柊弥先輩!!ヒロトさんも!!」

 

「悪い春奈、ありがとう……」

 

「よし、これで全員──!?」

 

 

 春奈が俺の腕を掴んでキャラバンの中まで引き込み、最後にヒロトが全員乗り込んだことを確認した。しかし、乗り込んだのは全員ではなかった。ヒロトが周囲を見渡した時、その目は捉えてしまった。

 

 

「父さん!!」

 

「……」

 

 

 吉良が立ち上がることすらせず、その場に座り込んでいるのを。

 

 

「父さん、逃げるんだ!!早くッ!!」

 

「……私はここでいい。ここでエイリア石の最後を見届ける。それがお前達に対するせめてもの償いだ」

 

「何馬鹿なこと言ってんだ!!そんなことしてヒロト達が喜ぶわけないだろ!?皆にはあんたが必要なんだッ!!」

 

 

 その場に座り込む吉良を見たヒロトは走り出し、守もヒロトに着いていく。しかし一貫してその場から動かない吉良。それに対し、守が掴みかかる勢いで吉良を否定する。アイツの言う通りだ。吉良が死んだところで何の償いにもならない。むしろ、今以上にヒロト達を苦しめることになる。

 そんな守の言葉が刺さったのか、吉良は立ち上がる。そしてヒロトに手を引かれながらキャラバンへと乗り込んだ。

 

 

「よし、これで全員だな!!」

 

「古株さん!!」

 

「おう!!」

 

 

 とうとうキャラバンが走り出した。いつもの2倍くらいの人が乗っている以上、当然スピードは落ちる。けどそんな状態でも相当な勢いで古株さんはキャラバンを飛ばす。すぐ真後ろの方まで崩壊が迫るも、ようやく外の光が見えた。そして、遂に外に辿り着く。まさにそのタイミングでゲートも崩壊し、中に入ることは完全に出来なくなった。

 俺達はキャラバンから降りて、エイリア学園の終わりを見届ける。爆炎を上げながら建物は崩壊する。

 

 

「……終わったんだな」

 

「ああ。これで全部、な」

 

 

 それから俺達はその場で少し待機していた。鬼瓦さんが呼んだ応援が到着するまで特に話すことも無く、ただただ時間が流れるだけ。やがて警察が到着し、事後処理が始まった。

 

 

「鬼瓦刑事、ジェミニストームやイプシロンの子ども達の保護が完了しました」

 

「ああ、ご苦労」

 

 

 吉良が言うには、ここと別の施設に他のチームのヤツらはいたらしい。レーゼやデザーム、バーンにガゼル。エイリア学園としての役目を終えた子ども達は下手に動けないよう半軟禁状態にあったとかなんとか。

 

 

「……さあ、行こうか」

 

「……はい」

 

 

 事後処理も終了。となれば次は……吉良の連行だ。鬼瓦さんが声をかけると、頷いて吉良はパトカーまで大人しく連れていかれる。吉良のやろうとしたことは、平たく言えば国家転覆と戦争教唆。殺人よりも重い罪になるとか聞いたことがある。情状酌量の余地はあるのだろうか。世間的にはないのだろうが……さっきの話を聞いたらただ非難するだけは出来ない。とはいえやったことはやったこと。自死じゃなく、しっかりと罪を償って欲しい。

 

 

「お父さん!」

 

「……ありがとう、瞳子。お前のおかげで目が覚めた」

 

「父さん!!俺達、待ってるから!!父さんが帰ってくるのを、ずっと!!」

 

「ヒロト……」

 

 

 最後に瞳子監督とジェネシスのヤツらを見渡し、パトカーに乗り込む。その後、鬼瓦さんはヒロト達にも声をかける。エイリア学園の子ども達は一度医療機関で身体検査を受けるらしい。エイリア石による悪影響などを懸念しての処置だそうだ。

 

 

「響木監督。皆のこと、お願いしてもいいですか?ヒロト達のそばにいたいんです」

 

「ああ。いってやれ」

 

 

 移動用の車両に乗り込むジェネシスの面々。それを見た瞳子監督は、ヒロト達に着いていくことを決めた。

 

 

「……ありがとう、皆。ここまで来れたのも皆がいたからこそ。本当に……本当にありがとう」

 

 

 その時、瞳子監督が俺達に頭を下げた。

 

 

「顔を上げてください、監督」

 

「こちらこそ、ありがとうございました。俺達がエイリア学園と戦えたのは監督が率いてくれたからこそです。なあ?皆」

 

「円堂君、加賀美君……」

 

 

 これは嘘でもなんでもない、俺達全員の本心だ。時には瞳子監督の指示に疑問を持つことも、危険にさらされることも、自分を見失うこともあった。

 けど、それでも。この戦いに勝つことが出来たのは瞳子監督のおかげだ。誰がなんと言おうとこの事実は変わらない。

 

 

「……ありがとう」

 

 

 それだけ言うと、瞳子監督は振り向いて歩き出す。向かう先は、一人呆然として動けないヒロトの元。

 

 

「ヒロト、行くわよ」

 

「……姉さん」

 

 

 ヒロトの隣に立った瞳子監督はヒロトの手を握る。そうして2人は歩き出す。車両に乗り込む直前、ヒロトがこちらに振り返る。

 

 

「加賀美君!!」

 

「どうした?」

 

「また、会えるかな?」

 

「……ああ。今度あったら、またサッカーやろうぜ」

 

「……うん!」

 

 

 そしてヒロトと瞳子監督も乗り、車両は走り出した。警察も撤退を始め、その場にはとうとう俺達だけになった。

 

 

「……ん?」

 

 

 段々と小さくなっていくヒロト達を見届けていると、不意に塔子の携帯が鳴った。

 

 

「どうしたんだ?」

 

「うん、パパが皆に感謝状を贈りたいんだって」

 

「総理大臣から感謝状なんて、凄いッス」

 

「いいや。お前達の活躍は十分に感謝状に値する。皆、よく頑張ったな!」

 

「響木監督……!」

 

「よーし!俺達も雷門中に帰ろう!!」

 

 

 どうやら電話の相手は財前総理だったらしい。何と俺達に感謝状を贈るとのことらしい。総理大臣からの感謝状、事実上の国からの感謝状みたいなものだ。それだけのことをやり遂げた、ってことか。

 そして俺達も俺達の帰るべき場所へ向かう。この戦いが終わったことを皆に報告しないとな。

 

 

「柊弥先輩、眠いんですか?」

 

「ああ、少しな……」

 

「着いたら起こすので寝てて大丈夫ですよ!」

 

 

 キャラバンに乗り込み座席に座った瞬間、一気に眠気が襲ってきた。走ることが出来ないくらいの疲労困憊、正直今すぐにでも寝たい。そう思っていると、春奈が起こすから寝ても良いと言ってくれる。その言葉を聞いて瞼を閉じると、急速に意識が混濁し始める。俺は意識を手放し、そのまま闇に落ちた。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「ありゃ、流石に無理させすぎたか……」

 

 

 富士山麓を出発して数十分。付近の河川敷にてイナズマキャラバンのエンジンに異変が起こる。エイリア学園の崩壊から逃れるために普段絶対にやらないほどに無理をさせた以上、こうなるのは必然だった。

 古株がエンジンメンテナンスをするまでの間、各々が思い思いに過ごす。土手でサッカーをする者、キャラバンの中で休む者、古株を手伝う者などそれぞれだ。

 

 

 そんな中、柊弥は一人だけ深い眠りについていた。自力で動けなくなるほどの消耗、無理をさせたエンジンが悲鳴を上げるようにこれも必然だったのかもしれない。

 隣に座っていた音無はしばらく柊弥のことをじーっと眺めていた。特に何をするわけでもなく、その横顔をただ見ているだけ。

 

 

「あー疲れた!」

 

「キャプテン!しーっ」

 

「あ、ごめんごめん……柊弥はまだ起きないか?」

 

「はい、このとおりグッスリです」

 

「ははっ。そりゃあれだけ頑張ったもんなあ」

 

 

 そうしていると、円堂がキャラバンの中へ戻ってきた。外でサッカーを終え、中にタオルを取りに来たようだ。柊弥が寝ていることを失念していた円堂は声を発しながら入ってくるが、その隣の番人がそれを許さない。

 幸いにして目覚めなかった柊弥を一瞥すると、円堂は反対側の座席に腰を下ろしてドリンクを流し込む。

 

 

「そういえばキャプテンって、柊弥先輩とは小学生の頃からの付き合いなんですよね?」

 

「ん?ああ、そうだぞ」

 

「先輩の小さい時の話、良かったら聞かせてくれませんか?」

 

「そうだなー……今はあんな大人っぽくなったけど、昔は相当わんぱくだったんだぜ?」

 

「先輩が?想像出来ないですね……」

 

「ほんとほんと!2人で遊ぶ時に誘いに来るのも柊弥だったし……あ、とっておきの話があるんだけど……話したら怒るかな?」

 

「話してください」

 

「お、おう……豪炎寺と鬼道には話したことあるんだけどさ。昔俺が一人でサッカーやってた時、近所の悪ガキ3人組にからかわれたんだ。サッカーやる友達もいないのかーって」

 

 

 思い出したように音無が円堂と柊弥の関係について言及すると、そこから昔の柊弥の話へと発展する。そうして話し出したのは、かつて木戸川清修の武方三兄弟と一悶着あった際の帰り道に円堂が暴露した柊弥の少年時代。

 

 

「あの時は俺も小さかったからさ、泣きながら喧嘩してたんだ。そしたらそこに通りかかった柊弥が凄くて」

 

「ど、どんな風にですか?」

 

「まず通りがかりでその中の一人の顔にサッカーボール撃ち込んで、掴みかかってきたもう一人はそのまま突き飛ばした。そして最後の一人には胸倉掴んで、多分国語の授業でしか出てこないような罵倒の言葉で延々と攻撃してたんだ」

 

「そ、それはもはやわんぱくってレベルの話ではないんじゃないですかね?」

 

「かもな!今じゃ絶対にやらな……いや、やるかも」

 

「確かに……」

 

「仲間とか友達とかのこと考えると止まらないからなあ、柊弥」

 

「何か面白そうな話をしているな」

 

 

 かつての柊弥について2人が話していると、その中にもう一人来客があった。

 

 

「お兄ちゃん!」

 

「昔の加賀美についての話か?それなら俺もとっておきのがあるぞ」

 

「え?鬼道って昔の柊弥のこと知ってたのか?」

 

「ああ。ジュニアサッカーの関係でな」

 

「あ、そういえば帝国との練習試合の前そんなこと言ってた気がするな」

 

 

 そう、鬼道は数少ない昔の柊弥を知る一人である。円堂のような友人関係ではなく、違うチームのライバルとしての仲ではあったが。

 

 

「あれはクラブチームの大会で初めて加賀美と出会った時のことだった。時期的には春奈と離れ離れになってすぐくらいか……」

 

「ってことは、3か4年生くらい?」

 

「そうだな。あの時から既に有望株として名を馳せていた加賀美に興味があってな、試合前に会いに行ったんだ。そしたらコイツ、なんて言ったと思う?」

 

 

 眠りこける柊弥を指差し、鬼道は珍しく含み無し純度100%の笑みを浮かべる。

 

 

「なんて言ったの?」

 

「外国の人ですか、だそうだ」

 

「ぶッ」

 

「おそらくこの髪型を見て言ったんだろうな」

 

 

 本人達が知るよしは無いが、実際鬼道の見立て通りだった。人生初のドレッドヘアーとの邂逅。当時純粋だった柊弥にとってはあまりに衝撃的だった。揶揄いや冗談などではなく、本心から出た疑問だったのだ。

 

 

「あの柊弥先輩がそんなボケにしか聞こえないことを言ってたなんて……ふふっ」

 

「でも、アイツたまに素でボケるよな?」

 

「そうなのか?少なくとも俺が雷門に来てからは見たことはないな」

 

「いやほら、この前の泊まり込みの時銭湯でさ」

 

「銭湯……ああ、俺のゴーグルのことか」

 

「え?どういう話?」

 

「俺達皆で風呂に入ってた時、柊弥が鬼道にお前ってゴーグル外すんだなって言ってたんだよ」

 

「……何か、全部お兄ちゃんに集中してない?」

 

「確かに」

 

「……何故だろうな」

 

 

 ここで明かされた柊弥の2つのボケエピソードは、どちらも鬼道に対するものだった。それが本人の意図なのか違うのか、それは柊弥のみぞ知ること。

 

 

「何の話をしてるんだ?」

 

「昔の柊弥についての話だよ」

 

 

 その時、豪炎寺もその場にやってきた。柊弥について語るこの場において、互いに相棒と認識しているこの男の存在は欠かせないだろう。

 

 

「そういえば、豪炎寺先輩はキャプテンやお兄ちゃんよりも出会ったのは遅いのに1番信頼されてますよね?」

 

「確かにな。幼なじみである円堂を差し置いて相棒とまで呼ばれている」

 

「昔柊弥言ってたな、一緒に走ってくれる相棒が欲しいって」

 

「一緒に走ってくれる相棒……それはキャプテンじゃダメだったんですかね?」

 

「ほら、今はリベロだけど俺はじいちゃんに憧れてキーパーだったからさ。試合中に同じストライカーとして並んでくれるヤツが欲しかったんじゃないかな」

 

「確かに。小学生の頃のチームも確か加賀美のワントップだったからな」

 

「そんな柊弥先輩が出会ったのが豪炎寺先輩、ってことですね!」

 

「そういうことだな」

 

 

 音無の言葉を肯定すると、豪炎寺も席に着いて柊弥について話し出す。

 

 

「柊弥と初めて話したのは鉄塔広場でだったな。俺が雷門に転校してきてすぐ、ちょうど帝国との練習試合でメンバー探しをしてた時か」

 

「懐かしいなー、あの時は何回豪炎寺を勧誘しにいったことか」

 

「断っても断ってもな。そして練習試合の終盤、ボロボロになった柊弥の代わりに俺が出た」

 

「あの時はお前を引きずり出すことが目的だったからな……影山の下にいた時期とはいえ、申し訳ないことをした」

 

「終わったことだ」

 

「そして紆余曲折を経て、帝国との決勝戦……2人のファイアトルネードDDは痺れましたね」

 

「実はあの時初めて成功したんだ。練習ではイマイチ波長が合わなくてな」

 

「何回も練習してたもんな。あのシュートがあったから今のお前達があるようなもんだよな」

 

「ああ。あれは俺達の絆の象徴のようなものだな」

 

「豪炎寺先輩が戻ってきたイプシロン改との試合も、最後はファイアトルネードDDでしたね」

 

「そうだな。エイリア学園の脅迫でチームから抜けた時も、またあの技を撃つために頑張れた。俺のことをずっと信じてくれたコイツに報いるために」

 

 

 豪炎寺は柊弥との歴史を語る。時間にすれば1年にも満たないほどだが、それでもその歴史は濃いものだ。

 

 

「だから俺もコイツを信じてる。どんなことがあっても俺達は相棒なんだって」

 

「俺も、柊弥がいるから頑張れるんだ。柊弥がいたから俺はサッカーをもっと好きになれた!」

 

「普段ならこんな小っ恥ずかしいことは言わんが……俺もだ。世宇子に負けた時、コイツが雷門に誘ってくれたから今の俺がある」

 

「わ、私もですよ!?ずっと先輩の背中追いかけてるんですから!!」

 

「……春奈。少し加賀美に近いんじゃないか」

 

「鬼道、もう諦めたらどうだ」

 

「お前も兄なら分かるだろう、豪炎寺」

 

「音無、2人は何の話をしてるんだ?」

 

「ふふっ、キャプテンには早い話かもしれませんね」

 

 

 4人は寝ている柊弥を他所に話に花を咲かせる。しかし、盛り上がるあまり誰も気付いていなかった。

 

 

(……起きてんだけどな。恥ずかしさと気まずさでタイミング逃しちまった)

 

 

 話の中心である張本人が起きていることに。柊弥は終わることなく繰り広げられる自分の話に心の中で赤面しつつ、再び眠りに落ちた。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「柊弥先輩、起きてください」

 

「ん……着いたか」

 

 

 春奈達が話している横で頑張って狸寝入りしていたらまた寝てたみたいだ。窓の外を見るとやたらと霧が立ち込めているが、雷門中だよな?今日の朝も霧が凄かったが、昼過ぎの今でもまだ霧なのか。

 

 

「……何か嫌な予感がする」

 

「嫌な予感、ですか?」

 

「ああ。何の根拠もないけどな」

 

 

 本当に何の理由も根拠もない。寝起きで感覚がおかしくなってるだけなのか分からないが、背筋がヒヤリとするような、そんな感覚だ。

 

 

「とりあえず降りようぜ!」

 

「だな」

 

 

 守がそう言うと、皆も次々キャラバンから降りていく。降りて気付いたが……暗いな。おどろおどろしいというかなんというか、ただならない何かを感じる。

 

 

「……誰かいる」

 

「え?」

 

 

 キャラバンを降りてグラウンドに足を踏み入れたところで俺は気付いた。霧の向こうから誰かが歩いてくる。顔は見えないが段々と近付いてくる。

 

 

「お前は……」

 

「研崎!」

 

「お待ちしておりましたよ、雷門イレブンの皆様」

 

「何でお前がここにいる」

 

「まだ皆様には最後の戦いが残っています。その相手を連れてきたのですよ」

 

「最後の戦い?エイリア学園のチームはもう残ってないはずだが?」

 

「ええ、その通り。最後のチームであるザ・ジェネシスは皆様に敗れてしまいましたからね」

 

 

 霧の向こうから姿を現したのは研崎。吉良の側近だったか。エイリア学園の本拠地に乗り込んだ時、俺達を吉良の元まで案内した男だ。

 それにしても……最後の戦い、その相手?ヒロト達を倒して吉良が捕まって、エイリア学園との戦いはもう終わったと思ってたんだけどな……コイツが何を企んでるのか分からないが、その気ならやるしかない。

 

 

「さあ、挨拶してきなさい」

 

「……」

 

 

 研崎がそういうと、その後ろから複数の影が前に出てくる。黒のローブに身を包んでいて、その顔は覗けない。そしてその中の一人が俺と守のところまで歩いてくると、さっき感じてた嫌な予感がより大きくなって背筋に走る。何だ、俺は一体何をこんなに怖がっているんだ?

 

 

 

 

 そしてその男が俺達の目の前がフードを外して俺達の前に顔を晒す。俺と守はその顔を見て言葉を失う。だってそこにいたのは……そっち側に立つはずがないヤツだったんだから。

 

 

「……久しぶりだな円堂、加賀美」

 

「なッ……!?」

 

「何でお前がここにいるんだ……風丸!!」




エイリア学園との戦いが終わったぞ!これからはまた楽しいサッカーだ!!→か、風丸…なんで…
最悪の再会。やはりエイリア編の脚本人の心がなさすぎる。そこが良いんですけどね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第96話 悲しき再会

私事ですが先日は誕生日でした。祝われることに専念するつもりでしたが祝われすぎて良い気持ちになってしまったので急ピッチで書き上げて更新します。



「何でお前がここにいるんだ……風丸!!」

 

 

 フードの中から見えた顔は俺達がよく知る顔だった。ずっと会いたかった、けどこんなところで会いたくなかった。だって、この男……研崎と一緒に出てきたってことは、そういうことなんだろ?クソッ、この野郎どんな手を使いやがった?まさか人の心を操る技術まで持ち合わせてやがったのか。

 

 

「……俺だけじゃないぞ」

 

「……よう」

 

「……!!染岡っ」

 

 

 それだけじゃない。風丸に続いてもう一人がフードを外すと……その正体は染岡だった。更に他のメンバーもフードを外す。半田にマックス、影野に宍戸。少林、栗松。チームから少しの間抜けていた皆が全員そこにはいた。しかも、後ろには木戸川の西垣。イナズマキャラバンのバックアップチームとして活動していた杉森、シャドウまでいる。

 

 

「……研崎。お前、皆に何しやがったッ」

 

「ようやく私の野望を実現する時が来たのですよ」

 

「野望……?」

 

「ふっ……これは再会の挨拶代わりだ」

 

「あれは!!」

 

 

 その時、風丸が懐からあるものを取り出す。それはエイリア学園の黒のサッカーボール。それを風丸は躊躇なく撃ち出す。そのパワー、スピードは……以前の風丸ではありえないレベル。

 

 

「うぐ……ぐあッ!?」

 

「守ッ!!」

 

「いてて……風丸、なんでこんなことを!?」

 

「……俺達と勝負しろ!!雷門イレブン!!」

 

 

 風丸がそう俺達に突き付けると、その胸元には黒い光が煌めいている。何だ……あの光?

 

 

「あれはまさか……エイリア石!?」

 

「馬鹿な、エイリア石は研究施設と共に破壊されたはずだ!」

 

「ククク……まずは皆様にお礼を申し上げましょう。皆様のおかげで無駄極まりないジェネシス計画に固執していた旦那様、吉良星二郎を片付けることが出来たのですからね」

 

「……まさか、あの爆発は!!」

 

「その通り、私がやったのです。エイリア石を私だけのものにするために!!」

 

「テメェ……あの爆発のせいで何人の命が危険に晒されたとおもってやがる」

 

「そんなことはどうでも良いのです。それより加賀美柊弥くん、キミにはより特別にお礼を言わなければなりませんね」

 

「……どういうことだ」

 

「貴方達も見ていたでしょう?吉良のあのプレゼンテーションを。その中に映っていたエイリア石は……何色でしたか?」

 

「……確か、紫色」

 

「そこのお嬢さんの言う通り。では、今皆様が目にした光は?」

 

「黒色……」

 

「そう!!従来の紫色のエイリア石が100%の出力だとしたら、この黒のエイリア石……真・エイリア石の出力は200%!!この石のおかげで私は究極のハイソルジャーを生み出すことに成功したのです!!」

 

「それが俺と何の関係があるんだよ」

 

「まだ分かりませんか?この真・エイリア石は……貴方のおかげで完成したのですよ!」

 

「……は?」

 

 

 俺の……おかげ?どういうことだ、意味が分からない。コイツに協力した憶えなんて全くない。

 

 

「分からないのも無理はありません。福岡で貴方達雷門イレブンとジェネシスが初めて戦った時、何かおかしいとは思いませんでしたか?」

 

「……何がだ」

 

「エイリア学園最強のチームだというのに、まだジェミニストームしか倒していない貴方達の前に現れたのですよ?イプシロンとは引き分け、同じマスターランクとはいえダイヤモンドダスト、プロミネンスとは戦ってすらいない。そんなチームに対し、最強のチームをぶつけるはずがないとは思いませんか?」

 

「言われてみれば、確かに……」

 

「あの時、執拗に痛めつけたのは加賀美君、貴方の潜在能力を100%引き出すためだったのですよ。イプシロンとの試合の中で確認された石の変化。それを貴方の影響と判断した私は、ジェネシスを差し向けるように吉良を誘導したのです」

 

「なんと外道な……!」

 

「結果はどうでしょう!!予想以上の大成功でしたよ!!200%までの出力の向上!!あの戦いを通しての雷門イレブンのパワーアップによるジェネシスの撃破!!吉良の失脚!!そして全てを手に入れた私が作ったのがこのチーム……ダークエンペラーズなのです!!」

 

「く、狂ってる……」

 

「本当に感謝しますよォ加賀美君!!キミのおかげで私はこの世界の神になれるんですからねェェ!!」

 

「……柊弥」

 

「大丈夫だ、修也」

 

 

 狂ったように語る研崎。その矛先である俺を心配してか修也が俺の肩に手を添えてくれるけど、大丈夫だ。爆破で皆の命を危険に晒したこと、風丸達を貶めたこと。この2つだけで確かに相当キレてる。けどここで我を失うほどにキレてしまったら、今ここでコイツの目論見を止めることは出来ない。

 

 

「今日は我がハイソルジャーの本当の力を証明しに来たのです。彼らが……君達雷門イレブンを完膚なきまでに叩き潰し!!私の計画の価値を最大化にするのですッ!!!」

 

「……ッ、こんなの嘘だ!!」

 

「守!!」

 

「お前達は騙されてるんだろ!?なあ!!風丸ッ!!」

 

「……ふッ」

 

 

 研崎がそのまま自分の目的を語る。すると、守が飛び出して風丸の肩を揺らしながら問いただす。揺さぶられる風丸は何も語らず、握手を求めるようにただ手を差し出すだけ。応えるようにその手を掴もうとした守に返ってきたのは……無情な平手打ちだった。

 

 

「……ッ」

 

「……俺達は、自分の意思でここにいる!!」

 

「嘘だろ……風丸」

 

「この真・エイリア石に触れた時、力が漲るのを感じた。俺は強くなりたかったんだ……加賀美、お前みたいにな」

 

「……」

 

「そんな俺に真・エイリア石は信じられない程の力を与えてくれたんだ……俺のスピードとパワーは、桁違いにアップした!!この力を、思う存分に使ってみたいのさ!!」

 

「おい風丸……俺がエイリア石に頼ったことがあったか?そんな力に意味なんてないだろ!?」

 

「それは違うでヤンス!強さにこそ意味があるでヤンスよ!」

 

「俺はこの力が気にいったぜ……もう豪炎寺にも吹雪にも、お前にも負けねえぞ、加賀美!!」

 

「お前ら……」

 

「俺達は誰にも負けない強さを手に入れたんです」

 

「エイリア石の力がこんなに素晴らしいなんて思わなかったよ」

 

「いつまでも走り続けられる、どんなボールだって捌くことが出来る!」

 

「全身に漲るこの力を見せてあげますよ!!」

 

「俺はもう影じゃない……ついに存在感を示すときが来たのさ」

 

 

 皆が次々に真・エイリア石で得た力を語る。皆どうしちまったんだ……フットボールフロンティアで優勝した時、俺達はそんな偽物の力に頼ってなかっただろ?

 

 

「雷門イレブンはダークエンペラーズの記念すべき最初の相手に選ばれた。さあ、サッカーやろうぜ……円堂」

 

「……ッ!!」

 

「守……」

 

 

 風丸が再び手を差し出す。それに対して守は……さっきやられたようにその手を弾いた。

 

 

「……嫌だ。こんな状態のお前達と試合なんて!!」

 

「そうっス、嫌っス!!」

 

「ああ。お互いに得るものは何も無い!!」

 

「……ふっ、試合を断ればどうなるのか教えてあげましょう。染岡」

 

「おう」

 

「まずは、雷門中を破壊します」

 

「ダメだ染岡!!やめろ!!」

 

「お分かりでしょう?貴方達に試合をしないという選択肢はないのですよ」

 

「……いいぜ、受けてやる」

 

「……ッ、柊弥!?」

 

 

 守に壁山、鬼道までもが試合を拒否する意志を示す。しかしそれに対して研崎は脅しを掛けてくる。指示された染岡は黒いサッカーボールを校舎に向け、俺達に見せつける…俺達に選ぶ権利は無いってことだ。

 俺も皆と同じ意見だ、こんな状態で風丸達と試合なんてしたくない。けど、ここでやらなきゃ研崎の計画を放置することになる。風丸達の間違いを正すことが出来なくなる。それだけはダメだ、仲間として……友達として、俺達が止めなきゃいけない。

 

 

「やるぞ守。俺達が止めてやるんだ」

 

「……分かった!勝負だ!!」

 

「やっとその気になりましたね」

 

「円堂、加賀美。人間の努力には限界があることを教えてやる」

 

 

 そうして俺達とダークエンペラーズの試合が決定する。皆の空気は……当然重い。そりゃそうだ、俺だって皆と戦いたくない。けどやるしかないだろ。まさか、こんな形で風丸達とサッカーすることになるなんて思わなかったけどな。

 

 

「……加賀美」

 

「はい?どうしました、響木監督」

 

「……」

 

 

 試合の準備をしていると、響木監督が俺に話し掛けてくる。その表情はどこか曇っていて、何か後ろめたさを感じる。一向に言葉を切り出さない……いや、言葉を選んでいる?

 

 

「お前は聞きたくないかもしれないが、これは監督としての判断だ……聞いてくれるか?」

 

「……?はい」

 

 

 そう返すと、響木監督は両手を俺の肩に置く。

 

 

「加賀美。お前をこの試合に出すことは出来ん」

 

「……えっ」

 

「ジェネシスとの試合でお前はもうボロボロだ。時間が経っているならまだしも……今日の午前中にあったばかりのことだ。事実、研究施設を脱出する時も一人では動けないほどだった。そんなお前を……試合には出せない」

 

「ま、待ってください響木監督!移動中ずっと寝ててもう体力も回復しました!怪我だってしてません!!ですから、俺を使ってください!!」

 

「……ダメだ。無理をしてお前が壊れてしまったら、俺は瞳子監督に合わせる顔が無い」

 

「で、でも……真・エイリア石は俺のせいで生まれたようなものです!!その責任は俺が取らなきゃ」

 

「加賀美!!」

 

 

 響木監督の手に、力が篭もる。

 

 

「理解してくれ……もしお前に何かあれば、悲しむヤツが多いことは分かるだろう」

 

「……ッ!!」

 

「柊弥、俺達に任せておけ」

 

「修也……」

 

「そうだ加賀美。お前は休んでろ」

 

「僕達が染岡君達の目を覚ましてくるよ」

 

「鬼道、吹雪」

 

「柊弥!!」

 

「……守」

 

「任せとけ!!」

 

 

 ……俺は、まだまだ弱いな。もっと強かったら、皆と一緒に戦えたかもしれない。アイツらの間違いを正せたかもしれない。だから、これは戒めだ。大人しく響木監督の指示に従う。

 

 

「……分かりました、響木監督。すみませんでした」

 

「いいんだ、お前の気持ちは十二分に分かる」

 

「よし皆……柊弥の分も頑張るぞ!!」

 

『おう!!』

 

 

 俺がベンチに座ったタイミングで皆はフィールドに足を踏み入れる。俺の代わりに入るのはリカで、ベンチは俺と一之瀬、目金だ。一之瀬もジェネシスとの試合で怪我をしたばかりで当然まだ癒えていないからな。

 

 

「柊弥先輩……大丈夫ですか?」

 

「大丈夫だ、ありがとな」

 

 

 春奈が俺の隣に座って声を掛けてくれるが、問題ない。最初は取り乱したが……響木監督の言う通りだからな。

 

 

「皆大丈夫でしょうか……柊弥先輩ほどの危なさはないとはいえ、ジェネシスと戦ったばかりですし」

 

「正直、万全では無いと思う。状況は違うとはいえ世宇子中と戦った後にジェミニストームと戦った時みたいなものだからな」

 

「ですよね……何より、あの黒いエイリア石」

 

「普通のエイリア石と比べて200%……ハッタリじゃないなら相当な脅威だ」

 

 

 ジェネシスはエイリア石を使っていなかったらしい。それをそのまま受け取れば他のチームは使っていたということになる。仮にカオスのヤツらを基準に考えると……もはや脅威なんてレベルじゃ推し量れない。それに相手が風丸達となるともう一つ懸念点がある。そのことに皆は気付いているかどうか。

 

 

「風丸君が……FW!?」

 

「風丸だけじゃない……他の皆も少しポジションが動いてるね」

 

 

 秋に釣られてダークエンペラーズ側を見ると、FWの位置に風丸、染岡がいた。従来なら風丸はDFの中枢……まさか、ストライカーとして出てくるとはな。確かにアイツの瞬足ならキーパー以外ならどこのポジションにも適性がある。

 

 

「始まった!」

 

 

 ダークエンペラーズ側を分析していると、開始のホイッスルが鳴る。それと同時に鬼道が中心となって攻め上がっていく。その後ろに着いていた守に鬼道はバックパスを送り、そのまま修也、吹雪と共に展開する。

 

 

「来い円堂!!俺の力を見せてやる!!」

 

「風丸……!」

 

 

 その正面から走り込んできたのは風丸で、その周りには誰もいない。完全な一対一だ。2人は一切減速せず正面衝突……と思われたが、直前に風丸が凄まじい勢いで加速する。辛うじて視認できるほどの凄まじい加速。ボールの主導権は一瞬にして切り替わる。守が持っていたボールは風丸が一瞬にして奪い取り、その凄まじいスピードのまま一陣の風となって吹き抜ける。

 

 

「ははっ、その程度か?キーパーじゃなければ大したことないな!」

 

「なッ……!?」

 

 

 何だ今の加速は?速いとか、そういう次元じゃない。万全の状態の俺が雷霆万鈞、ゾーンを併用して何とか追いつけるか追いつけないかってレベルだ。まだ意識的にゾーンに入れない以上、今の風丸のスピードは俺より圧倒的に上と言っても過言じゃない。

 

 

「行かせるかよ!」

 

「止める!」

 

 

 土門、鬼道が同時に減速した風丸の進路を塞ぐ。

 

 

「無駄だ!!"真"疾風ダッシュ!!

 

「はッ!?」

 

「何だ……今のスピードは!?」

 

 

 ヤバい、もう視認すら出来ないレベルだ。実態を伴っているのかすら怪しいレベルのスピード……胸元が黒く光ったことから真・エイリア石が齎した別次元の進化なんだろう。200%の出力……これほどまでか。

 

 

「か、風丸さん!」

 

「ふッ……」

 

 

 次に風丸と対峙したのは壁山。その佇まいからはまだ動揺が伺える。無理もない、壁山は優しいヤツだ。かつての仲間達が敵になって目の前にいるなんて簡単に飲み込めることじゃない。

 だが風丸は一切の容赦をしない。不敵に微笑んだ後思い切りボールに蹴り込んだ……んだろう。インパクトの瞬間が見えないほどの馬鹿げた振りの速さだった。そんな凄まじいキックから生み出されるシュートも当然凄まじい。ボールの輪郭がブレるほどのスピードとまるで破裂したかのような爆音。元のポジションがDFだった風丸でこの威力だ。

 

 

「……!ザ・ウォ───」

 

 

 そのスピードがどれだけ凄まじいか。あの壁山がザ・ウォールの展開すら間に合わないレベルだ。多分……いや間違いなく。俺の轟一閃よりも遥かに速い。威力も……多分並ぶくらいだ。

 

 

ムゲン・ザ・ハンド(G4)!!

 

 

 そんなスピードでも、ペナルティエリアより遥かに遠くからのシュートなら立向居は余裕で反応出来る。幾度の進化を遂げたムゲン・ザ・ハンドで迎え撃つが……その表情は芳しくない。だが心配は杞憂だったようで、立向居はしっかり止めきって見せた。

 

 

「何て威力だ……!!」

 

 

 しかし、立向居のグローブからは黒煙が上がっている。ジェネシスのスペースペンギンを止めるほどに成長した立向居でもあそこまで……

 

 

「……まだほんの小手調べさ」

 

 

 風丸はシュートを止めた立向居に安堵の視線を向ける壁山にそう告げると、振り向いて自陣へと戻っていく。そしてその途中で俺達が試合を見守るベンチの近くを通り、一瞬だけ立ち止まる。その視線が着いているのは…俺だった。

 

 

「…風丸」

「加賀美。啖呵を切ったくせにこんなところで引きこもりとは…落ちぶれたな」

 

「──ッ!!」

 

「…柊弥先輩」

 

落ち着け。俺が怒ったところで別に何も変わらないし、風丸が言ってることは事実だ。こんなところで燻ってる俺が悪い。そんなことよりも試合だ。

立向居が送り出したボールは綱海が受け取り、そのまま流すように鬼道へと渡る。風丸達は……雷門側から撤退し自陣側に引きこもっている。守りを固める姿勢か?いや、さっき見せた風丸のあの攻撃力。あれほどじゃないにしろ皆も近いものを持っているなら守備に徹する利点なんてあるか?俺達から見てアイツらはまだまだ未知数。そんな状況ならひたすらに攻めて勢いで押し潰す方が得策のはず。

 

 

「豪炎寺!」

 

「もらった!!」

 

 

 ある程度進み、センターラインを割って鬼道はダークエンペラーズ側の陣地へ踏み入る。そこで見つけたのは修也へのパスコース。完全フリーな修也へと鬼道はボールを送り出す。

 ある程度距離があるため選んだのは高い位置を経由するループパス。しかし、その選択はミスだった……いや、鬼道の想定を相手が越えてきた。何と先程まで修也から遠い位置にいた半田が一瞬で距離を詰め、そのスピードを維持したまま高く跳び上がる。

 

 

「動きが鈍くなったな、豪炎寺!!」

 

「くッ……」

 

 

 いや違う、修也が遅くなったんじゃない。半田が速くなりすぎているだけだ。修也もジェネシス戦での消耗がある、全く遅くなっていない訳じゃないが……それにしたってアイツらが速すぎる。

 

 

 そこから同じような展開が続く。鬼道の先読みを活かした指示とポジショニングで何とかパスコースに割り込みボールを奪うも、その度にすぐ奪い返される。まるで力を見せつけるかのように。攻撃も守備も圧倒的……それに加えてやっぱり俺の懸念が現実になっている。というのが……俺達の癖への理解だ。同じチームでずっとサッカーしてきたからこそ、アイツらは俺達がどう動くかを理解している。そしてそれを圧倒的な能力で叩き潰す。逆に俺達は真・エイリア石で変化した皆のプレースタイルを理解しきれていない。身体能力でも読み合いでも不利を強いられているんだ。鬼道クラスの眼がなければ読み切ることは出来ない。

 

 

「うっ……」

 

「こっちだ!!」

 

「鬼道!!頼んだ!!」

 

 

 しかし、段々とスピードには慣れてくる。ボールキープする塔子に超スピードで宍戸が迫るも、それより早く鬼道が塔子が通しやすいパスコースへ先回りする。それに反応して塔子も宍戸に奪われるより速く鬼道へパスを送る。余裕のないパスだったが鬼道は身体を浮かせながらそれをトラップ。そしてそのままダイレクトでシュートを……いや、シュートのような弾丸パスを送り出す。

 

 

「あっ!」

 

「いけ……豪炎寺!!」

 

 

 その鋭いパスを受け取ったのは修也。その場の全員を出し抜いて塔子からのボールを繋いだ鬼道、そしてそれを信じてゴール前で待っていた修也が作り出した千載一遇のチャンス。

 

 

爆熱……ストームッ!!

 

 

 修也が放った爆熱ストームはさっきの試合から一切衰えていない。それどころかその炎は明らかに勢いを増している。この威力ならジェネシスのネロからも点を奪えるだろうな。

 迎え撃つのは杉森。全てを焼き尽くす炎に包まれたシュートが迫る中、杉森はなんと前に出る。そしてその横に併走するのは影野。二人は視線を交わすと瞬時に左右に展開する。

 

 

デュアルスマッシュ!!

 

 

 そして二人は凄まじい加速と共にゴールを突き破らんとする爆熱ストームに同時に蹴り込む。その瞬間爆炎は消え去り、シュートの威力も完全に殺される。

 影野が協力しての必殺技とはいえ……あの爆熱ストームを止めるか。やっぱり、真・エイリア石の力があるとはいえ皆の地力が強くなってるんだろう。リハビリを通して強くなったヤツ、もしもに備えて強くなったヤツ。そんな皆に共通してるのは……執念。俺が漫遊寺の監督から学んだ心の強さだ。

 

 

「ククク……ハハハッ!!ダークエンペラーズの強さは圧倒的!!勝敗は火を見るより明らかだァ!!」

 

 

 隣のベンチで研崎が吠える。悔しいが……確かに圧倒的な強さだ。正直、単純なスペックじゃ勝ち目が見えない。

 

 

「杉森!寄越せ!!」

 

「染岡!」

 

 

 視線をフィールドに戻す。そこでは染岡がゴールの杉森にボールを要求して走っていた。杉森の規格外のスローは寸分の狂いなく杉森の足元に吸い込まれる。受け取った染岡は当たり前のように凄まじいスピードで走り出す。風丸程のスピードではないが、染岡の本領はそのパワー。正面衝突で勝てるヤツはそういない。フィジカル特化の綱海ですら押し負けるほどだ。

 

 

「円堂、壁山ァ!」

 

「ここは通さないッス!!」

 

「ハハハッ……今の俺はどんなディフェンスでも突破できる!!」

 

「そんなの本当の力じゃないだろ、染岡!!」

 

「だったら俺を止めてみろ!!エイリア石の力を否定するのなら……それ以上の力を俺に見せてみろ!!」

 

 

 染岡の言葉に熱が篭もると、胸元のエイリア石が黒く煌めく。それに触発されるかのように染岡はスタートを切る。至近距離からの加速、そしてまるで重戦車のような突破力。守と壁山が束になってかかっても止められない。

 

 

「染岡くん!!」

 

「あ?」

 

アイスグランド!!

 

 

 しかし2人が稼いだ時間で更なる刺客が間に合った。全速力で全然から戻ってきていた吹雪が染岡の正面を捉えた。染岡が回避しようとするが、それよりも早くアイスグランドの氷結が染岡を掴んで離さない。だが染岡の動きを止めることに集中しすぎたせいか、ボールはフィールドの外に出てしまった。

 

 

「チッ……」

 

「染岡くん!!僕は忘れてないよ……君がどんな悔しい思いでチームを離れたか、どんな思いで僕に後を託したか!!」

 

「フン、そんな事覚えてねえな」

 

「……何を言っても無駄なようだな」

 

 

 舌打ちと共に振り返る染岡に言葉を投げかける吹雪。対する染岡は素っ気ない言葉を返して戻っていく。その背中を呆然と見届けることしか出来ない。そんな吹雪を現実に引き戻すように鬼道が声を掛ける。

 

 

「どうすれば、分かってもらえるんだ……」

 

「勝つしかない!!俺達のサッカーで!!」

 

「キャプテン」

 

「そうだな。アイツらに勝つんだ!!」

 

「全力でいくッス!!」

 

 

 守の言う通りだ。アイツらの目を覚ますには、勝つしかない。それが何よりの説得だし、勘違いしたままのアイツらの為にもなる。守の言葉に頷く吹雪に続き、壁山や他の皆も表情が引き締まる。前半はまだ半分経過したかというところ。どちらのチームもまだ得点はない。先に試合を動かすのはまだ底が見えないアイツらか、気持ちを切り替えた皆か。

 ……俺も、あのフィールドに立ちたい。皆と一緒に戦いたい。気持ちに踏ん切りはつけたつもりて戒めだのなんだのって言った。それでもやっぱり悔しいものは悔しい。風丸に煽られて少しでも取り乱したのが何よりの証拠だ。けど今の俺に出来るのは皆の勝利を願うことだけ。

 

 

 だから頼んだぞ、皆。




一番最初に試合を受けると言い切ったのに試合に出れない柊弥。勿論、彼がここで終わるはずもなく…

第97話 立ち上がる者達…日曜日に更新予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第97話 立ち上がる者達

誤字修正、多くの感想ありがとうございます!
誤字に関しては何回も見返してるんですが、何故か見落としてしまう…いつも助かっております。


 吹雪と染岡のマッチアップによってボールがラインを割り、スローインから試合再開。風丸達はさっきみたいに自陣側で皆を待ち構える。木暮がボールを投げ入れると、それを綱海が受け取って前線まで運んでいく。

 

 

「よし、豪炎寺!!」

 

「おう!!」

 

 

 ある程度まで進んだところでボールは修也に渡った。ダークエンペラーズ側に到達すれば当然修也へと牙が向くが、修也はそう簡単に止まる男じゃない。圧倒的スピードで圧殺されかけるも、相手の動きを見切ってギリギリのところで吹雪にパスを通す。吹雪も同様にボールを奪われる一歩手前のところでその危険をやり過ごした。そんな限界値で繋がれる連携でダークエンペラーズの陣地を突き進む。

 

 

「行かせるか!!スピニングカットォ!!

 

「なッ!?」

 

「何てパワーだ……!!」

 

 

 しかしそれは許されない。右脚に青いエネルギーを纏わせながら飛び出したのは西垣。その右脚を振るうと斬撃のようにエネルギー波が修也と吹雪の手前に着弾し地面を割く。そしてその裂け目からまるで爆発したかのようにそのエネルギーが噴き出す。2人は凄まじい勢いで弾き飛ばされ、ボールは西垣の支配下に。

 

 

「雷門のエースも、俺の敵じゃない!!」

 

「西垣……!」

 

 

 隣の一之瀬がそんな西垣に向かって何とも言えない表情を向ける。それもそうだ、一之瀬と西垣。それに土門と秋は旧知の仲。久々に会った親友がこんな変貌してるんだ、辛くないはずがない。

 

 

「西垣!こっちだ!」

 

「おう!!」

 

「させるか……!」

 

「ふッ……この程度で俺を止められると思ったか、鬼道?」

 

 

 雷門のダブルエースからボールを奪取した西垣にパスを要求したのは風丸。緩やかなループパスが風丸に向かって放たれるも、鬼道が風丸の自由を奪う。しかし、今の風丸の動きを止めるには相当のマークじゃないと難しい。スピードで鬼道を振りほどき跳躍、空高くで西垣からのパスを受け取った風丸は不敵な笑みを浮かべながら鬼道を見下ろす。

 

 

「シャドウ!!」

 

 

 空中で体勢を変えた風丸はまるでシュートのようなパスを地面と平行に送る。それが向かう先は立向居が待ち構えるゴール。そしてそのパス以上のスピードで地上を駆けるのはシャドウ。シャドウは闇の炎を纏いながら上空へと飛び上がる。そのシュートフォームは俺が何度も見た、修也のファイアトルネードと酷似していた。けどその炎の勢いは……修也の爆熱ストームに匹敵。いや、それ以上。

 

 

ダークトルネード!!闇に飲まれてしまえ!!」

 

「闇なんてここにはねえ!!」

 

「決めさせるもんか!!」

 

 

 風丸のパスからダイレクトでのダークトルネード。あまりの速さに立向居はムゲン・ザ・ハンドの構えに入る余裕が無い。それを理解していた綱海、木暮は立向居を助けるべくその間に割り込んだ。

 だが、爆熱ストームと同等以上のシュートに対して無策で突っ込むのは悪手。2人で肉壁となってもその威力を削りきることは出来ない。そのまま押し込まれる2人を立向居は全力で受け止めに行く。ダークトルネードの勢いはある程度衰えているものの、必殺技無しでは受け止めきれない。そこに2人分の重さが加われば単純な膂力では抵抗など不可能。

 

 

「ぐ……あッ!!」

 

 

 立向居は意地で耐えようとした。だがやはり難しかった。木暮、綱海、立向居は纏めてダークトルネードに押し込まれる。

 

 

「まさか、3人纏めて吹っ飛ばすなんて……」

 

「あのシュート、前は完成すらしていなかったのに凄い威力……」

 

「加賀美、あのシュートは」

 

「……ああ。俺や修也、吹雪に匹敵する」

 

 

 ベンチから第三者として見てるからこそ分かる、あのシュートの脅威。夏未が言うように少し前までは完成していなかったようなシュートがここまでの威力を得ているのなら、アイツの……染岡のシュートがどれだけ強くなっているのか想像に難くない。

 それにまだFWにコンバートした風丸にも隠し球がある気がする。風丸自身が撃つシュートか、協力して撃つシュートかは分からない。けど間違いなく手札は残っているだろうな。

 

 

 まだ1点、試合時間も残っている……と言いたいけど、流れを握られたのは厳しい。点を取られたからこちら側のキックオフから試合再開。だが早々にボールは奪われる。皆はダークエンペラーズ側のスピードに追いつくので精一杯、それとは真逆に風丸達のパフォーマンスは一切下がらない。

 そんな厳しい状況でも皆は食らいつく。間一髪のところで相手のパスに割り込む形で何とか攻め切られることは阻止している。しかしそれでも徐々に、徐々に劣勢へと追い込まれていく。

 

 

「風丸!!」

 

「何度やっても同じだ!!疾風ダッシュ!!

 

 

 ボールは風丸に渡り、再び守とのマッチアップ。しかしさっきと同じように超スピードで風丸は守を抜き去る。少しずつだけど風丸の動きが見えてきた。さっきは輪郭を捉えるのでギリギリだった。今なら動き出しから終わりまで何とか目で追える。実際目の当たりにしたらまた違うとは思うけど、目が慣れてきたってことか。

 風丸は守を一瞬で突破すると、すぐさま盤面の把握。ほんの一瞬でフィールドの状況をキャッチして動き出す。あればDFの中枢として動いていた頃の風丸の立ち回り方だ。前線に立つ者としてその眼の使い方を応用してきたのか。

 

 

「いけ、染岡!!」

 

「させない……!」

 

「吹雪!」

 

 

 そんな風丸が次の攻め手として選んだのは染岡。針に糸を通すような正確なパスが塔子と土門の間を抜けると、その先で染岡は待ち構えている。完全フリーの状態でパスを受け取った染岡は一気に加速する。そのままシュートかと思われたがそうは問屋が卸さない。染岡の動きを警戒していた吹雪が全速力で前線から下がって来ている。

 

 

「止められるもんなら止めてみろッ!!ワイバーンクラッシュ!!

 

 

 しかしそれを意に介さない染岡はボールを蹴り上げる。すると地面を砕いて蒼の翼竜が姿を現す。翼竜は咆哮を上げるとボールと共に急降下、エネルギーに満ちたボールが染岡の足元へ着地する。

 

 

「染岡くんッ!!」

 

「てめェ、また俺の邪魔を……!」

 

 

 後は撃ち出すだけというところでそれは阻まれる。染岡が蹴り込んだその瞬間、吹雪が逆から蹴り込んでシュートを阻止する。間に合ったとはいえ素の染岡のパワーは吹雪よりも上、無理やりに押し込まれる可能性が高い……と思っていたが、吹雪は染岡に拮抗してみせる。

 邪魔をされた染岡は怒りの籠った目で吹雪を睨みつける。だが吹雪は真っ直ぐに染岡の目を見ていた。

 

 

「染岡くん!!僕と一緒に風になろうって言ってたじゃないか!!忘れちゃったの!?」

 

「だから……覚えてねえって言ってんだろォッ!!」

 

「うッ──!?」

 

 

 吹雪の脚には言葉に釣られるように力が入る。しかし、そんなものは関係ない、どうでもいいと言いきるかのように染岡の胸元からは黒い光が溢れ出し、爆裂する。

 染岡に力負けしないことに集中していた吹雪は当然回避が出来ず吹き飛ばされ、ワイバーンクラッシュは放たれる。本来蒼いエネルギーを纏っているはずのそれには、まるで不純物のような黒いオーラが混じっている。しかしその力は本物なんだろう、ベンチの俺のところにまで圧が伝わってくる。

 

 

「今度こそ止める!!ムゲン・ザ・ハンド(G4)ッ!!

 

 

 怒り狂う翼竜を止めるべく、立向居が究極奥義で迎え撃つ。しかし、強大な力を秘めたワイバーンにとってそんなものは些細な障害でしかなかった。黄金の手を全て食い破ると、次に敵意が向くのは当然目の前の守護神。その鋭い牙で立向居を捉えると、そのままゴールへと押し込む。

 

 

「よっしゃァ!!これが俺の力だァ!!」

 

「立向居!!」

 

 

 ……今のシュート、とんでもないパワーだった。シャドウのシュートを修也と同等以上って評価したが、染岡のワイバーンクラッシュはそれをも越えてきた。あのムゲン・ザ・ハンドを正攻法で突破しているという時点でジェネシスの最強シュート、スペースペンギンよりも強力というのが確定。リミッター解除したヒロト達の連携シュートすら超える威力を一人で引き出す……ここまでか、真・エイリア石。

 そしてこんなシュートを何回も撃ち込まれたら立向居が持たない。何とかしてシュートを撃たせないように立ち回ることが出来れば何とか……と言いたいがそれが難しい。

 

 

「まだまだ!!」

 

 

 しかもアイツらのパフォーマンスは衰えるどころか、むしろ鋭くなる一方だ。それを裏付けるかのように真・エイリア石は黒い光を漏らす。心做しかさっきよりも光が強くなっている気がする。一体どういう原理だ?時間が経つにつれてそうなっているようにも思える。

 もしそう仮定すると……まさか、単純に能力を引き上げるだけじゃなくて時間経過で更に強くなるってことか?それが本当ならかなりマズイ。現時点ですら追い付くのが精一杯なレベルなのにも関わらずここからまだ強く、速くなるなら……正直、分が悪いどころの話じゃない。

 

 

「ククク……何か気付いたようですねえ?加賀美くん」

 

「……話しかけんな」

 

「そう邪険にしなくても良いじゃないですか。折角ですし貴方の疑問にお答えしますよ?」

 

「……」

 

「お察しの通り、真・エイリア石は時間が経てば経つほどその出力が引き上がるのです。しかし、無条件にという訳ではありません。その鍵となるのは……使用者の強い闘争心」

 

 

 そう考え込んでいると、こっちの様子を伺ってやがったのか研崎が汚い笑みを張りつけながら話しかけてくる。不愉快すぎて言葉も交わしたくないから適当にあしらうつもりだったが、余程上機嫌なのか勝手にベラベラと話し出す。

 

 

「それだけではありません。闘争心を注がれた真・エイリア石は互いに共鳴し、高め合うのですよ。その進化に……終わりなどないのですッ!!」

 

「そ、そんな……それなら、戦い続ける限り無限に強くなるっていうの!?」

 

「今よりも、まだ強く……?」

 

「その通ォり!!私が作り出したこのハイソルジャー達に限界は存在しなァい!!あの時加賀美 柊弥が見せた凄まじい力にもいずれ匹敵するッ!!」

 

「そんなの……どうすれば」

 

「まだ分からないのですかァ!?勝負を受けた時点で貴方達に勝ち目などないのですよ!!エイリア学園最後のチームを倒した雷門イレブンを倒し、ダークエンペラーズの価値は最上のものとなるッ!!全て、私の思惑通りだァァァ!!」

 

 

 研崎は自分で自分を抱きしめ、奇声を上げながら狂ったように笑う。

 

 

「さァ見ろ!!ダークエンペラーズが雷門イレブンをまた一歩追い詰める姿をォォ!!」

 

 

 研崎の汚い声に煽られるように視線をフィールドに戻すと、そこにはその場に倒れ込む守と風丸の姿があった。恐らく、風丸が守からボールを奪い去ったんだろう。守は倒れてこそいるものの怪我は無さそうだ。

 そんなことを考えていると風丸はその姿を黒い閃光に変える。研崎の言う通り試合の中でさらに進化しているんだろう、さっきよりもまた速くなっている。そこまでのスピードとなればもはや誰も止められない。雷門のディフェンスラインを一瞬で通過してゴール前へと辿り着く。

 

 

「加賀美!!俺はもうお前より遥かに強いってことを見せてやるッ!!」

 

「ッ!?あの構えはッ!!」

 

 

 風丸は声高らかに俺に宣言したと同時、フィールドの皆だけじゃなくベンチも驚愕に支配される。風丸がゴール前で取った構えは……俺が1番よく知る、あのシュートの構えだった。

 地面が割れるほどの勢いでボールを踏み抜くと、凄まじい回転と共にボールは夥しいほどの黒い雷と風を纏う。突如現れた暴風雷はフィールドを超え、俺達がいるベンチまで激しく殴りつける。その深淵の闇の中で何かが煌めいたその瞬間、風丸は音を置き去りにするほどの蹴りをその中心に叩き込んだ。

 

 

「貫け、"絶"轟一閃ッ!!

 

 

 蹴り込んで数秒後、遅れてやってきた轟音と共にシュートは放たれる。まるで全てを無に帰す天災のようなシュートだ。離れたベンチから見ている俺ですら一瞬で立向居の元まで到達したように見えた。ペナルティエリア分の距離しかない当の本人から見れば、空間を切り取って急に目の前に現れたように見えてもおかしくない。そして……そんな馬鹿げたシュートに反応出来るはずもない。

 立向居の真横をまるでミサイルのように通過したシュートは、激しくゴールネットにその身を擦り付ける。着弾点からは黒煙が上がり、ネットも真っ黒に焦げる。

 

 

「───え」

 

「な、何だよ今の……シュート、なのか?」

 

 

 得点を告げるホイッスルが鳴ってようやく皆は何が起こったかを理解する。風丸が轟一閃を使ったことはもちろん、何よりその圧倒的破壊力。反応すら出来ず見逃してしまったから良かったものの、仮に立向居が正面から受けていれば無事でいられた保証はない。

 もしあのシュートを止めるならどうすればいい?何重ものシュートブロックで威力を削った上で立向居のムゲン・ザ・ハンド?いや、それでも止められる確証はない。多分皆も同じことを考えている。

 それならそもそもシュートを撃たせない?それも現実的じゃない。高まり続ける風丸のスピードを誰が抑え込めるんだ?仲間を信じていないような考え方で嫌になるが、多分皆じゃ追い付けない。ジェネシスのリミッター解除にも張り合うことが出来た皆でも、だ。

 

 

「ホイッスル……!」

 

「3点ビハインドで前半終了……厳しいわね」

 

 

 皆が唖然とする中、得点に続いてもう一度ホイッスルがなる。前半終了だ。

 

 

「どうする?どう攻めても止められるぞ」

 

「俺達の癖やスタイルが完全にバレている。その上あの身体能力だ……正攻法で勝つのはかなり難しい」

 

 

 ベンチに戻ってきた皆は後半に向けて前半を振り返るが、あまり良い空気ではない。完全に風丸達に圧倒されてしまっている。俺の懸念と同じものを鬼道も感じていたようで、その分析が更に皆を追い詰めてしまう。

 点差は3点。こっちはまだ得点出来ていない。世宇子との試合の時も同じ点差で後半を迎えたが、今回は完全劣勢のままだ。その上状況を打破する手がかりも見えてこない。正直、かなり追い込まれてる。

 

 

「一体どうすれば……」

 

 

 皆はそのまま黙りこくってしまう。そんな状況で俺に出来るのはただ黙って見てるだけなのか?消耗を理由にベンチに退いて、大人しくしている……それが今の俺。それが俺の目指す選手像か?それがこのチームの副キャプテンの在るべき姿か?

 ジェネシスとの試合の後で疲れてるのは皆だって同じなんだ。皆ギリギリの瀬戸際で戦ってる。そして風丸達はこのままじゃ何が正しいのかを勘違いしたままだ。それを止める義務が俺には、俺達にはある。仲間として……友達として。

 

 

 もう一度聞くぞ、加賀美 柊弥。お前は……こんなところで止まってていいのか?

 

 

 

 

 いいや違う。そんなはずがない、それで良いはずがない──

 

 

 

 

「響木監督」

 

「何だ、加賀美」

 

「お願いします……俺を試合に出してくださいッ!!」

 

「柊弥!?」

 

 

 恥も外聞もない。俺は響木監督に土下座で頼み込む。そんな俺を見下ろす響木監督の視線は厳しいものだが、関係ない。

 

 

「試合が始まる前に響木監督が言っていたことは十分承知の上です!!けど、俺はここで黙って見てるだけなんて出来ませんッ!!俺はこのチームの副キャプテンで、皆の……アイツらの仲間でありたいッ!!」

 

「お前が一番分かっているはずだぞ、加賀美。もし無理をすれば……お前は一生サッカーが出来なくなるかもしれない」

 

「それでも構わないッ!!ここで戦うことが出来なかったら、俺は自分を一生許せない!!」

 

「柊弥先輩……」

 

「どんな状況だろうと、全力を尽くして戦う……その信念を貫くためなら、俺は命だって惜しくねェッ!!」

 

 

 それが、俺の選んだ道だ。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

(……こんな時、貴方ならどうしますか、大介さん)

 

 

 響木が初めて柊弥と出会ったのは、まだ雷門中サッカー部が部として成立していないような時だった。円堂に連れられた柊弥が、響木の経営する雷々軒にやってきた、それが初対面。当時サッカーから離れていた響木にとって、サッカーの話をする2人はどこか眩しいものがあった。

 それから紆余曲折を経て雷門中サッカー部の監督となった響木。監督として見る柊弥は"サッカーに誠実"の一言だった。帝国戦では一悶着あったものの、常に全力でサッカーと向き合う。円堂がかつての師である円堂 大介を思い出させるなら、柊弥はその大介の元でサッカーをしていた若き頃の自分達を思い出させる存在だった。

 

 

 何より響木の印象に残っていたのは、フットボールフロンティア全国大会の決勝、世宇子中との試合での柊弥だ。神のアクアで強化された世宇子中に容赦なく痛めつけられ、0-4という絶望的状況。選手を守るために審判に試合放棄の旨を伝えようとした、その時だった。

 

 

『楽しくなってきた』

 

 

 柊弥が満身創痍で立ち上がり、一人で世宇子中と対峙する。響木はベンチから止めるつもりだった。もう止めろ、よく頑張ったと。しかしその言葉はすぐさまかき消されることになる。柊弥が見せた異能の力によって。直後、柊弥は一人で状況をひっくり返した。アフロディ達の妨害をものともせず、圧倒的な力でワンゴールをもぎ取って前半を終えた。先のジェネシスとの試合でもそうだった。

 

 

 努力を惜しまず、どんな絶望的な状況でも先陣切って突破口を切り開く。誰よりもサッカーを愛し、サッカーと向き合う男。それが響木から見た加賀美 柊弥という男だった。

 そんな男は今、自分に頭を下げて試合に出してくれと懇願している。本人の意思を汲むべきなのか、監督して選手を守る責任を果たすべきなのか。響木にはどちらが正しい選択なのか分からなくなっていた。

 

 

『響木、サッカープレイヤーにとって何が一番大事か分かるか?』

 

『一番大事なこと……何ですか?』

 

『諦めないことだ。どんなに強い相手でも諦めず、立ち向かう。努力し続けた者だけが、わずか一握りの本物のプレイヤーになれるんだ』

 

 

 その時響木の胸に去来したのは在りし日の師の言葉。そして、その言葉を誰よりも体現しているのが柊弥である。それを理解した響木は地面に膝を着き、頭を下げる柊弥を起こす。

 

 

「それがお前の意思なら……行ってこい、加賀美!!」

 

「響木監督……!」

 

「ただし!!もし危険だと思ったら直ぐに下げる!それが条件だ」

 

「……はい!!ありがとうございます!!」

 

(全く、何て嬉しそうな顔をする)

 

 

 響木は柊弥に賭けることを選んだ。この状況を変え、大切なものを見失った風丸達を連れ戻す灯火となってくれると信じて。

 響木の言葉を受けた柊弥はすぐさま試合の準備に移る。ジャージを脱いで現れたのは15番を背負ったその背中。まだ若い中学生にして、誰よりも大きく、分厚い背中。

 

 

「加賀美、ベンチから見たお前の見解を教えてくれ」

 

「皆も分かってる通り、風丸達は俺達の動きを全て読んできている。だからこそ、それを利用しよう」

 

「というと?」

 

「鍵は綱海だ。綱海のことは誰も分からないだろ?攻守どちらもこなせるそのフィジカルを活かして攻めるんだ。そのために必要なのは波のようなリズム。鬼道、頼むぞ」

 

「波のようなリズム……難しい要求をしてくれる」

 

「波が引いた時がチャンスってワケだな。よっしゃ、任せとけ!!」

 

 

 柊弥が作戦を伝え終えると、雷門イレブンは次々フィールドへと戻っていく。いつものように最前線に構える柊弥に対し、同じくポジションに着いた風丸が声を掛けてくる。

 

 

「ようやくお出ましか。そう来なくちゃ面白くない」

 

「風丸。お前達は絶対に俺達が止めてやる」

 

「ふッ、やれるものならやってみろ」

 

 

 そうして時計の針は再び動き出す。この悲しき戦いに勝つのは雷門イレブンか、ダークエンペラーズか。その答えを知る者は……誰もいない。




柊弥参戦。この試合はここからもっと苛烈になっていきます。ダークエンペラーズもまだまだ切り札が残っている様子、さてどうなることやら…

第98話 ピッチの轟き。詳しい日時はお出し出来ませんが近日公開予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第98話 ピッチの轟き

誤字報告ありがとうございます!
明日も更新します!


 響木監督の許可を得て俺はフィールドに立つ。目の前に立ち塞がるのは邪悪な笑みを浮かべた風丸、染岡。力の差は正直言って大きすぎる。とは言えそんなものは諦める理由にならない。俺の全存在をかけてアイツらを止める、目を覚まさせる。

 

 

「柊弥、本当に大丈夫か」

 

「誰に言ってんだよ修也。余裕に決まってんだろ」

 

「…そうか、無粋だったな」

 

 

 多分修也だけじゃなくて皆俺の事を心配してくれてると思う。だけど大丈夫だ。今までだってずっとそうしてきた。どんなに追い込まれても諦めない、雷門魂で戦ってきたんだ。この試合だってそうだ。アイツらにあの時を思い出させるためにも絶対に折れない。それこそが俺の役目。

 

 

「さあ始めようか…全力で叩き潰してやる、雷門イレブン!!」

 

 

 風丸がそう宣言した直後、後半開始のホイッスルが鳴り響く。染岡からボールを受け取って風丸が走り出す。その動き出しは読めていた。雷霆万鈞を発動して風丸の初動を迎え撃つ。ここでまずボールの支配権を奪わねえと速攻で潰される可能性が高い。

 このチームで一番スピードプレイが出来るのは俺。それに対してダークエンペラーズ側の最速は風丸。最速を最速で抑え込む単純な対策だ。けど俺のスピードは今の風丸の足元にも及ばない。

 

 

「お前に俺が抑えられるかな、加賀美!!」

 

「出来るかどうかじゃねェ!!やってやるよッ!!」

 

 

 雷霆万鈞で強化されるのは身体能力だけじゃない。眼や脳、神経系まで底上げされる。その比重を偏らせ、風丸の動きをキャッチして最適解をすぐ導き出す。単純なスピードで対抗出来ないなら、思考で風丸を上回るしかねえ。

 

 

「ははッ、凄いじゃないか加賀美!他のヤツらじゃ俺を抑えられなかったぞ!!」

 

(クソッ、こんなこと言ってるくせに弄びやがって!!)

 

 

 けどな風丸。自分の方が圧倒的、絶対に自分の方が強いっていうその考えがお前に付け入る隙になるんだよ。慢心からくる油断、フィールドで一番やっちゃいけねえことだ。

 筋肉の動き、目線、重心、気配。全てを読み取れ。風丸の行動に対する最適解をコンマ1秒で導き出せ。自分の武器全部使って、泥臭く喰らいつく…それが俺達の、雷門のサッカーだ!!

 

 

「ッ!!ここだァァァ!!」

 

「何ッ!?」

 

 

 俺が左への隙を見せた瞬間、風丸は加速でそっちに抜けるための溜めを作った。甘ぇよ風丸、それは俺が仕掛けた罠だ。スピードが武器の俺にお前もスピードをぶつけたかったよな。だからただ抜けるんじゃなくて、初速から全力を出してくると思った。そしてそれは一切の溜め無しで出来るもんじゃねえ。だから俺はそこを狙った。

 俺は左をガラ空きにしつつも重心を落としていつでも飛び出せるように待機していた。そして風丸が隙を見せたその瞬間、地面を抉る勢いの加速ですれ違いざまにボールを奪い取った。

 スピードが死ぬより早く、無理やり身体を反転して俺はボールを後ろに戻す。視線の先で鬼道がそれを受け取ったのを見て、そのまま地面に思いっきり接触する。その時の鈍い痛みで雷霆万鈞が解除される。

 

 

(ッ!?)

 

 

 その直後、激しい頭痛が襲い掛かる。成程な…お世辞にも万全とは言えない状態で目やら何やらを酷使した代償ってところか。考え無しに回しまくったら…多分、後戻り出来なくなるな。それは響木監督との約束とは違う、少し立ち回り方を改める必要があるな。

 嫌に痛む頭にムチを打って俺が送り出したパスの行く末を見守る。受け取った鬼道はすぐさまパスを回し、ダークエンペラーズの前衛を雷門側に引き寄せる。奪われるより早くパスを回し、ひたすらに相手を焦らしながらその時を待つ。

 

 

「塔子!」

 

「ふっ、読めるぞ?そのパス」

 

「しまった!!」

 

 

 土門から塔子へのパス。それは風丸に読まれていた。どこからともなく現れた風丸は完璧なパスカットを見せる。

 

 

「どうした、攻めることも出来ないのか?」

 

「いかせるもんか!!」

 

 

 自陣に寄っている皆を一瞥すると同時、風丸はすぐさま加速…すると思ったが、それより早く守が正面を抑える。しかし風丸のスピードは別次元。守は完全に置き去りにされる。

 

 

「負けるかァ!!」

 

「なにッ?」

 

 

 が、守が意地を見せる。風丸の初動に対応したバックステップでその抜き去りを許さない。超至近距離での密着プレス。幾ら風丸が速くても動くこと自体を封じられればどうしようもない。

 

 

「絶対に通さない!!この試合、絶対に勝ってみせるッ…!!」

 

「ッ…邪魔だァァァァ!!」

 

 

 守が諦めず風丸の行く手を阻み続ける。それに段々と苛立ちを覚えたのか、風丸は守にシュートを打ち込むという凶行に打って出る。

 

 

「守!!」

 

「ぐッ…大丈夫だ」

 

「てめェ!!何すんだッ!!お前ら仲間だったんじゃねえのかよ!?ボールで吹っ飛ばして、何とも思わねぇのか!!」

 

「…」

 

「そんなにエイリア石が大事か!!」

 

「お前に何が分かるッ!!」

 

 

 綱海が風丸に掴みかかる勢いで迫る。ボールはまだ死んでいない、風丸はボールを奪われないように警戒しつつ綱海を睨み付ける。守は…大丈夫そうだ。鳩尾に入ったように見えたが、ギリギリのところで避けたみたいだ。

 綱海はボールを狙いながらも風丸に問い掛ける。捲し立てるように言葉を投げる綱海。それに対する風丸が見せたのは、守に向けたものと同じ激情。ファールの可能性も厭わずに肘打ちで綱海を弾き飛ばした。

 

 

「いや、僕達だからこそ分かる」

 

「なに?」

 

「俺、このチームが大好きだ!」

 

「そして、心からサッカーを愛する円堂が大好きだ!アンタ達と同じなんだ!!」

 

「キャプテン達と出会えたから、今の僕らがあるんだ!!」

 

 

 チームから去り、エイリア石の魅力に取り憑かれてしまった風丸。それに対し、色々な問題や葛藤があってもこのチームで戦い続けた吹雪達。その差を突きつけられた風丸は気圧されたように後ずさる。

 

 

「今だ!!」

 

パーフェクトタワー!!

 

「くッ…」

 

 

 風丸の動揺を綱海達は見逃さなかった。パーフェクトタワーの脅威を間近で感じ取った風丸はすぐさまバックステップで回避。ボールは綱海の支配下に。

 

 

「こっちだ!!」

 

 

 それを見た鬼道、修也はペナルティエリア付近で左右に展開。2人へのパスを封殺するために影野、少林がそれぞれ着く。

 

 

(来た、大チャンス。頼むぞ綱海、波のようなリズムの意味…お前なら分かるだろ。このチャンスを俺達の希望の一手に変えてみせろ!)

 

 

 それを見て走り出す。修也と鬼道だけじゃなくて吹雪、守も相手の動きを牽制している。そして雷門側にいるヤツらは綱海を警戒して誰も俺に注目していない。

 

 

「波が引いた…そういうことか!」

 

「綱海!!」

 

「おう!、ツナミブーストォ!!

 

 

 雷門側のど真ん中から放つ超ロングシュート。そうだ綱海、波のようなリズム…それは押して引いてを繰り返す動きの例え。波が引いた時、それが千載一遇のチャンスになる。そして綱海の手札、ツナミブーストはダークエンペラーズの誰にも割れていない。そこまで持ち込めれば間違いなく杉森までシュートが届く。

 影野は修也のマークに着いている。つまりさっきのやり取りで見せた連携技、デュアルスマッシュは使えない。となると杉森単体でのセービング。エイリア石の力で進化はしているだろうが、それはきっと元の杉森のスタイルをベースにした派生的な進化。それなら、きっと使う技はアレだ。

 

 

ダブルロケットォ!!

 

「クソッ、ダメか!!」

 

(いや、完璧だ綱海…!)

 

「なッ、いつの間に!?」

 

 

 杉森はダブルロケット…ロケットこぶしの派生技で綱海のシュートを防ぐ。綱海には悪いが、最初から止められるところまで想定して動いていた。そしてそれを止めるのに、杉森がパンチング技を使うこともだ。弾かれたボールは弧を描きながら俺の元へ。

 

 

「いかせないぞ加賀美!!」

 

「俺達のスピードはお前を越えた!!」

 

「スピードは、な!!」

 

 

 半田、マックス。多分お前らが追いついてくることも分かってたよ。このまま雷霆一閃に持ち込もうとしても初動を潰されるし、今の轟一閃じゃパワーが足りない。だからこそ、このシュートを選ぶ。

 

 

「はァァァァァァァァァッッッ!!」

 

「ぐッ!?」

 

「近寄れない…!」

 

 

 ボールを踏み抜き、咆哮と共に雷を注ぎ込む。際限なくエネルギーが高まり続けるボールは一つの雷塊と化す。半田とマックスはその激しい放電に耐えきれず触れられない。こんな状態でこれを選ぶのは少し…いや、だいぶリスキーだ。けど妥協はしない。持ってけ五割、このチャンスは何が何でも掴み取るッ!!

 さあ受け取れ杉森!!お前にあの時の熱が残ってるなら、このシュートで戻って来やがれ!!

 

 

「ぶち抜け、ライトニングブラスター"V2"ッ!!

 

 

 両脚を叩き込むと、抑圧されまくった鬱憤を晴らすように雷が咆哮を上げる。全てを焼き尽くす轟雷が杉森の構えるゴールへと襲い掛かる。デュアルスマッシュを狙って影野がゴールに走るが、鬼道がその行く手を阻む。ツナミブーストを弾いて終わりだと思っていたんだろう、杉森は反応が遅れている。その状態からダブルロケットは無理だろ。どうする、杉森?

 

 

「ぐッ…シュートポケットォ!!

 

 

 杉森はシュートの勢いを削ぎ落とす領域を展開する。その領域とライトニングブラスターが触れた瞬間、激しい火花が散ると同時に周囲を衝撃波が襲う。凄まじい音と共に削られていく杉森の領域。

 前までのお前ならロケットこぶしを強化してダブルロケットに進化させるだけじゃなくて、シュートポケットもちゃんと磨いてただろうな。けどお前はそれをしなかった。一つの武器だけで満足してしまった、それがお前の敗因だ。

 

 

「ぐ、ォォォォォォオオオオオ!?」

 

「よしッ…」

 

 

 領域は完全に崩壊。全てをぶち抜いて俺のシュートがゴールに突き刺さる。分かってはいたが一気に持ってかれるな。とはいえ…取ったぞ1点。

 

 

「加賀美ぃ!ナイスゴールだ!!」

 

「悪いな綱海、お前を利用するような動きをして」

 

「んなこと気にすんな!!作戦を考えたのはお前、点を出したのもお前!そんなヤツが謝る必要ねぇって!」

 

「ありがとな」

 

 

 綱海が背中をバシバシ叩いてきた衝撃で一瞬意識が揺らぎかけたが何とか耐える。こうは言ってくれてるが、この作戦は綱海の完璧なタイミングでのシュートがなければ成立しなかった。

 さて、勝つためには最低でもあと3点。ここからどうやって差を縮めるか。

 

 

「…こんなこと、認めてたまるかッ」

 

「風丸…」

 

 

 ポジションに戻る中、怨嗟の籠った呟きが耳にはいる。視線を移すと、その先では風丸が鬼の形相で立っていた。その胸元では真・エイリア石が妖しく煌めいている。風丸だけじゃない、他の皆もだ。

 まさかこれは、研崎の言っていた真・エイリア石の共鳴?そういうことか…俺達に出し抜かれた屈辱、怒りが力を引き出して更にそれが共鳴し、互いに高め合う。さっきよりも強く、速くなるのか。厳しい戦いどころの話じゃないな。

 

 

 いや、そんなことはどうでもいい。アイツらがもっと強くなるって言うなら、俺達もこの試合の中でもっと強くなってやる。限界を極めて極限まで、いつも俺達がやってることだろ。

 

 

「染岡!!」

 

「おう、速攻で潰す…!」

 

 

 試合再開、殺意すら感じさせる風丸と染岡はすぐさまスタートを切る。

 

 

「速すぎる!!」

 

「嘘だろ、まだ余力が!?」

 

 

 そのスピードに誰も反応出来ない。

 

 

「行かせねえよ」

 

 

 俺以外は。

 

 

「テメェ、加賀美!!」

 

「何故だ、何故俺達に追い付けるッ!?」

 

「何でだろうな、あの頃のお前らなら分かったんじゃねえのか?」

 

 

 サッカーの女神様が俺に力を貸してくれてるのか、不思議と力が湧いてきやがる。真・エイリア石が何だ、共鳴がなんだ。俺達は信念でその上をいってやる。そして──

 

 

「お前らの目、覚まさせてやるよォォ!!」

 

「チィッ、風丸ッ!!」

 

「甘ェッ!!もらったァァァ!!」

 

「はッ!?」

 

 

 焦った染岡は風丸にパスを出す。だがそれは読めてる。風丸に届くより早く、そのパスを奪い取る。

 

 

「修也!吹雪!前に出ろッ!!」

 

「おう!!」

 

「うん!!」

 

「あなたはここで止めますよ、加賀美さん!!」

 

「今回は止めてやるよ!!」

 

「お前にも闇を教えてやる!!」

 

 

 俺はそのまま前に出る。すると宍戸、半田、シャドウが一気に俺に襲いかかる。それがどうした、こんなところで止まってやるか。集中力を引き上げろ。動きも、思考も、何もかも全部加速させろ。出し惜しみはしねえ。

 

 

「詰め方が甘い…そんなんじゃ俺は止まれねぇぞ!!」

 

「なッ、速すぎる…」

 

 

 宍戸と半田が同時にサイドから突っ込んで来たのを跳んで躱す。空中では無防備、そう思ったんだろう。シャドウが勢いを付けて俺と同じ高さまでやってくる。けど空中にいるってだけでボールを奪われるような鍛え方はしてねえ。跳んだまま両脚でボールを挟み、体幹をフル活用して無理やり身を捻る。その勢いで生まれた推進力でシャドウの空中タックルを回避。着地してすぐさま加速。3人を置き去りにする。

 

 

「いかせるか、スピニングカット!!

 

 

 その目と鼻の先に青い衝撃波の壁があった。回り込む時間はない、最短距離でぶち抜いてやる。

 

 

「はッ!?お前、真正面から!!」

 

 

 全身を焼かれながら俺はそのド真ん中に突っ込む。越えた先では驚愕していた西垣がすぐさま気を取り直してボールを奪いに来る。だが動き出しが遅すぎる。最速のマルセイユルーレットで西垣を置き去りにする。

 

 

「来い加賀美!!次は止めてやる…!!」

 

「決めるのは俺じゃねぇよ」

 

 

 ゴール前まで辿り着いた。そのまま撃って来ると思ったんだろう、杉森は俺の動きを警戒している。それを逆手にとるようにバックパスを出すとその顔は驚愕で歪む。

 

 

「柊弥が作ったこのチャンス!!」

 

「絶対に無駄にはしない!!」

 

 

 後ろから修也と吹雪の声が聞こえる。俺の意図、完璧に汲み取ってくれたらしい。

 

 

「杉森、今のお前に俺は止められねえよ」

 

「何…!?」

 

「お前は確かに強くなった。けど、最後の最後で真・エイリア石なんかに頼っちまった。それが正しいと思い込んでるうちは俺は…俺達は止められねえ」

 

「いくよ豪炎寺くん!!」

 

「ああ!!吹雪!!」

 

クロスファイアッ!!

 

 

 背中に凄まじいエネルギーを感じる。ジェネシスとの試合で見せたあのシュートが迫ってきてるんだろう。このままここに突っ立ってたら当然ぶつかる。

 

 

「知った口を…貴様には分からんだろう!!先を走る者に追い付けない悔しさが!!後ろを走る者の苦しみが!!」

 

「だから、逃げるのか?」

 

「逃げてなどいない!!この力で、我々は強くなったのだ!!」

 

「それが逃げだって言ってんだよ…この馬鹿野郎がッ!!」

 

 

 杉森との押し問答の最中に力を爆発させる。全身を包み込み、逆雷のように天に立ち上る雷のオーラ。全てを右脚に集約し、サイドに跳ぶ。ドンピシャのタイミングで横にシュートがやってくる。

 この分からず屋が、さっきのシュートでも目が覚めねえってなら…これでどうだよッ!!

 

 

"真"轟一閃ッ!!

 

 

 修也と吹雪が全力で放ったシュートにダメ押しと言わんばかりに俺の雷を加える。炎、氷、雷という性質の違うエネルギーが混ざり合い、殺し合うことなく互いに高め合う。お前らが真・エイリア石で共鳴するように、俺達も維持と信念で共鳴する!エイリア学園との戦いも、それより前の戦いも…そうやって俺達は勝ちを掴み取って来たんだ!!

 

 

ダブルロケットォ!!

 

「ぶち抜けェェェッ!!」

 

「馬鹿な、こんなことが…有り得るはずがァァァァァ!!」

 

 

 直後、2つの拳は完全に打ち砕かれる。悲鳴に近い雄叫びを上げながら杉森は両腕を突き出すが抵抗は無意味。一瞬でゴールに押し込まれる。

 

 

「何をしているお前達ィ!!私が与えてやった力はそんなものではなァい!!この私に、世界の神になるこの私に恥をかかせるきかァァァ!!」

 

「黙れ…自分では戦えないクズがッ!!」

 

「ク、クズ!?」

 

 

 狂ったように吠える研崎。そんな研崎に真っ先に苛立ちをぶつけたのは…何と風丸だった。

 

 

「お前に言われなくとも、俺達が勝ってみせる…こうまでしてコイツらと戦うことを選んだんだ、他の誰でもない…俺達自身が負けることなど認められないッ!!」

 

「な、何だこの反応は…!?」

 

 

 その時、風丸の全身を赤黒い雷が包み込む。血走ったその目はまるで悪魔。見れば分かる…あれはヤバい。共鳴して高め合うとかって話じゃない。真・エイリア石が風丸の負の感情をそのままパワーに変え、他でもない風丸自身がそれを増幅させている。それに影響されるように他のヤツらの圧も段違いだ。

 試合再開後の作戦は決まった。風丸にボールを持たせ続ける訳にはいかない。キックオフの後すぐに奪い取って俺がボールキープしつつ更に点を狙う。もし今の風丸にシュートを撃たせたら…ろくな事にならないのは間違いない。

 

 

「修也、吹雪。試合が始まったらすぐに風丸を抑え込む。危険な役回りになるが…付き合ってくれるか」

 

「当然。お前を独りにはさせない」

 

「その通りだよ。僕達3人で止めよう」

 

 

 俺はそう2人に伝える。本当はコイツらを危険に晒さないために俺が何とかしたいが…多分無理だ。数の力で押し込まないと、ただ隙を晒すだけになる。

 

 

「着いてこい!!染岡、マックス!!」

 

「行かせねえよッ!!」

 

 

 予想通り、ホイッスルがなってすぐ風丸は突っ込んでくる。まずは俺が身体を張って時間を稼ぐ。そうすればすぐに修也と吹雪がカバーに来てくれる。修也が俺の逆から風丸にタックルを仕掛け、その正面を吹雪が抑えながらボールを狙う。

 

 

「邪魔だァァァァァァァァァァァ!!」

 

「な────」

 

 

 その時、さっき見せた雷が風丸の全身から溢れ出して大爆発を起こす。ほぼ密着していた俺達は避ける余裕もなく巻き込まれる。まるで炎に包まれているかのような熱と痛みが絶えずに襲い掛かってくる。何だこれッ…一瞬でも気を抜いたら意識が飛ぶッ…!!

 

 

「ッ、風丸を止めろォ!!」

 

「遅い!!"真"疾風ダッシュッ!!

 

 

 鬼道がそう叫び、一気に風丸を囲む。だが今の風丸は止まらない。雷の軌跡を残しながら包囲網をぶち抜く。風丸にしか警戒が向いていないことを逆手に取り、染岡とマックスは既にゴール前。当の風丸も全てを突破してゴール前に辿り着く。キックオフからそこに至るまで、ほんの数十秒。規格外すぎる。これが、風丸がこの試合に掛ける想いか…!

 

 

「いくぞォ!!」

 

 

 ゴール前で風丸達はボールを蹴り上げる。打ち上げられたボールを心臓として顕現したのは、黒と赤の炎に彩られた禍々しい不死鳥。一目見れば分かる、強力なシュートなんて言葉じゃ表現しきれないレベルの、圧倒的暴力。

 

 

ダークフェニックス!!

 

「立向居ッ!!」

 

 

 逃げろ。そう言いたかった。本来ならキーパーである立向居がシュートから逃げることなんて許されない。俺の頭に一瞬過った最悪の光景がその言葉を連想させたんだ。けど、最終的にその言葉を絞り出すことは出来なかった。全身の痛みと、そんな葛藤が言葉を塞き止めた。

 

 

「絶対負けるかッ、ムゲン・ザ・ハンドォォ!!(G4)

 

 

 視線の先で立向居は数多の神の手を従え、血に染まった不死鳥と対峙する。しかし、その手のどれもが触れた瞬間に燃やし尽くされる。それでも最後に立向居は自分自身の手でシュートを抑えにかかる。

 

 

「ガハァァァァッ!!」

 

「ッ、立向居ィィィィィィィィ!!」

 

 

 得点を告げるホイッスルがなったと同時、俺は悲鳴を上げる身体を無理やり起こしてゴールに走る。

 

 

「大丈夫か!!」

 

「は、はい…」

 

「ッおい!!手を見せてみろ!!」

 

 

 何か嫌な予感がした。直感に従って立向居のグローブを剥がすと、そこには明らかに限界を迎えた掌があった。こんな状態じゃもうシュートは受けられねえ…もしこれ以上無理をさせれば、サッカーが出来なくなるどころじゃない。日常生活で手が使えなくなる可能性すらある!

 

 

「立向居…!その手!」

 

「…守。交代だ」

 

「…ああ!!ポジションチェンジだ!!」

 

 

 これしか無かった。もう立向居は守れない。そうなれば、守に出張ってもらうしかない。守はベンチに戻ると、キーパーのユニフォームに着替えグローブを身に付ける。立向居も手の応急処置を受け、フィールドプレイヤーとしてのユニフォームに着替えた。

 

 

「加賀美、お前は大丈夫なのか」

 

「ああ。まだ終われねえ」

 

「そうか…しかし、あの風丸の規格外の力。どう止めるかの策が俺には思い付かん」

 

「お前でもか…」

 

 

 それを見守っていると、鬼道が話し掛けてくる。俺の無事、風丸の対処と話が移るが、鬼道が手立てを思いつかないほどの状況なんて初めてだ。それだけ今の風丸は別格。正直、単に束になってかかったところで抑え込める気がしない。

 

 

「打つ手無し…か」

 

 

 まさに絶望的状況ってヤツだな。その上アイツらはまだ強くなるって言うんだから、小言の一つも言いたくなる。けどそれで状況が変わるなら誰も苦労はしねえよな。

 諦めんな、気合い入れろ。下向いてる暇があったら前向け。試合時間はまだ残ってんだろ。

 

 

「絶対に連れ戻してやる…」

 

 

 再び試合再開。修也が後ろにボールを戻し、俺が受け取る。前に出ればすぐに風丸とぶつかることになる。その前に最低限体勢を整えるってことか。

 

 

「甘い!!備える時間なんて与えないぞッ!!」

 

「ッ!!雷霆万鈞ッ!!

 

 

 が、次の瞬間には既に風丸か目の前に迫ってきていた。俺はすぐさま雷霆万鈞を発動して迎え撃つ…と言っても、正面衝突は絶対に勝てない。強化した身体で思いっきりサイドに跳ぶ。けど風丸は一切の遅れもなくそれに合わせてくる。それならと後ろに跳んでも間合いは直ぐに詰められる。こうしている間にも他のヤツらがパスコースを潰すように動いている。こうなったら、俺が風丸を突破するしかない。

 

 

「良いぜ、正面からやってやるよッ!!」

 

 

 風丸のサイドに抜けるように動くと、当然それを潰すためにぶつかってくる。まるでトラックと接触したみたいな衝撃に襲われるが折れる訳にはいかねぇ、意地でも耐える!

 

 

「その程度のパワーで押し勝てるほど俺は弱くないぞ、加賀美!!」

 

「負け、るかァァァァァァ!!」

 

 

 何度も何度も風丸とぶつかり合う。当然のように終始俺が劣勢だ。

 

 

「気合いじゃどうにもならないんだよ、加賀美ィィ!!」

 

「クソ、がァッ!!」

 

 

 とうとう耐えきれなくなって風丸に弾き飛ばされる。そうなれば当然、ダークエンペラーズ側の猛攻が始まる。

 

 

トリプルブーストッ!!

 

「土門!!」

 

「ああ!!」

 

 

 栗松、宍戸、風丸が一列の状態からそれぞれ撃ち込むシュート。後ろまで下がっていた鬼道と土門は左右から同時に蹴り込んでシュートの威力を削ろうと試みるが、一瞬で弾かれる。

 

 

「まだだ!!行くぞ立向居!!」

 

「はい!!」

 

 

 続いたのは綱海と立向居。その身を呈してボールにぶつかった綱海の背中を立向居は支える。少しの間耐えたが鬼道達と同じように吹き飛ばされる。

 

 

「後は任せろ!!正義の鉄拳(G2)!!

 

 

 威力はだいぶ削られた。最後に守が正義の鉄拳で迎え撃てばシュートの威力は削り切れる。けどそれだけじゃアイツらの猛攻は終わらない。弾いた先でボールを確保した塔子からボールを奪い取り、再び攻めてくる。

 

 

ワイバーンクラッシュ!!

 

レボリューションV!!

 

トリプルブーストォ!!

 

 

 何度も、何度もシュートを放つ。

 

 

パーフェクトタワー!!

 

ボルケイノカット!!

 

サンダーストーム"V2"ッ!!

 

クロスファイアッ!!

 

 

 それを俺達は何度も、何度も止める。本来前に出ている俺や修也、吹雪を含めて全員で守る。完全なる劣勢だ、少しでも守りを甘くすれば間違いなく一気に押し込まれる。だからこそ全員で守らなきゃならねえ。

 そうなれば当然、俺達の消耗は跳ね上がる。良くない流れだ。どうにかしてこの流れを絶って攻めに転じねえと…

 

 

「遊びは終わりだ…!」

 

「風丸ッ!」

 

 

 風丸にボールが渡った。染岡とマックスはいない…ということは、またアレが来る!!

 

 

「この一発で終わらせてやるッッッ!!」

 

「ッ、全員で守るぞ!!」

 

 

 そう咆哮を上げると、再び全身から赤黒の雷を迸らせる。マズイ、さっき一度見た時とは比較にならない威力で飛んでくる。それを感じとったのは俺だけじゃない、皆だ。

 

 

「止められるものなら、止めてみろォォォオオオオ!!」

 

 

 凄まじい勢いで雷が炸裂する。馬鹿げた圧だ、一人で撃つはずなのにダークフェニックスよりも超える威力を秘めていることがひと目で分かる。だからこそ全員で威力を削らねえと、さっきの立向居みたいに守が負傷しちまう。

 

 

「喰らえェ!!"絶"轟一閃ッ!!

 

 

 一瞬遅れて轟音が俺達の耳を劈く。それと同時、とんでもない密度で圧縮されたエネルギーを秘めたシュートが解き放たれる。

 

 

パーフェクトタワーッ!!

 

ボルケイノカットォッ!!

 

ザ・ウォール"改"ィ!!

 

「壁山を支えるんだ!!」

 

「はい!!」

 

 

 ありとあらゆる手段を持ってシュートを削る。しかしそのどれもが一瞬で打ち砕かれ、皆は吹き飛ばされる。残っているのは…俺と修也、吹雪。そして最後の砦、守だ。

 

 

「絶対止める…いくぞォ!!」

 

クロスファイアァァァ!!

 

"真"轟一閃ッッッ!!

 

 

 修也と吹雪のクロスファイア。その上から俺が轟一閃を重ねる。何て威力だッ…受けて初めて実感した。触れた瞬間に全身が軋む。皆が削ってくれた後だってのに、俺の轟一閃の何倍、何十倍も強え!しかもこっちは修也と吹雪のクロスファイアと同時に撃ち込んでるんだ、それでもなお届かねえ、デカすぎる力の差。

 

 

「うォォォオオオオ!!」

 

「なッ」

 

「これで…終わりだァァァァァ!!」

 

 

 何とか俺達三人が耐えているところに、何と風丸が飛び出してくる。容赦なく俺達の反対側から更に蹴り込むと一瞬で崩壊。凄まじい痛みとともに全員纏めて吹き飛ばされる。

 

 

「ガハッ…!?」

 

「皆が頑張ったんだ、俺が必ず止める!!正義の鉄拳(G2)ッ!!

 

 

 何度も転がってズタボロにされながら、俺は事の顛末を見届ける。黄金の拳で迫る狂雷の一撃を迎え撃つ守。その表情は芳しいものじゃない。顔を苦痛に歪ませ、徐々に押し込まれていく。

 

 

「負け、るか──」

 

「守ッ!!」

 

 

 無情にも黄金の拳は打ち砕かれる…が。

 

 

「まだ、まだァァァァァ!!メガトンヘッドォォォッ!!

 

 

 守は諦めない。リベロとして特訓する中で身につけた正義の鉄拳の応用技で再び風丸と轟一閃とぶつかり合う。凄まじい衝撃波が砂塵を巻き上げて俺のところまで届いてくる。

 

 

「だアアアアァァァッ!!」

 

「守…!!」

 

 

 それは守の意地だった。いつ押し負けてもおかしくない、そんな状況で守は押し負けずに耐えきってみせた。弾かれたボールは俺の目の前に転がってくる。

 

 

「よし、皆!!反撃──」

 

 

 その時、俺は気付いてしまった。

 

 

「ぐッ…」

 

「うぅ…」

 

 

 皆が、もう立てないだろうということに。

 

 

「どうする加賀美、他のヤツらはもう限界だぞ。円堂も…な」

 

「はァッ、はァッ…!」

 

 

 守も膝を着いていて、もう立ち上がることすら厳しいことは明らかだった。修也や吹雪、鬼道達も限界だ。やっぱり、皆ジェネシスとの試合した時の疲労やダメージが抜けきってなかったんだ。その上、あれだけ身体を張って相手のシュートを止めてたんだ。皆立てなくなるまで追い込まれていてもおかしくない。

 皮肉なことに、前半はベンチに下がっていたおかげで今俺は立てている。俺が最初から戦えていれば、状況はまた違ったかもしれない。そして、真・エイリア石が産まれたのも俺の影響。つまるところ、この状況になっているのは全部俺の責任ってことだ。

 

 

 じゃあ、その責任は果たさなきゃならねえよな。

 

 

「馬鹿言うんじゃねえよ風丸。俺が今まで一回でも諦めたことがあったかよ」

 

「…そうだったな。世宇子中との試合でもそうだった。お前が一人で立ち上がって、そこから俺達は逆転出来た。だからこそ──」

 

 

 風丸は言葉を途中で切ると、今すぐにでも俺に飛びかかれるように構える。

 

 

「──全力でお前を叩き潰す。それが何より、俺が強くなったことの証明になる」

 

「やってみろよ風丸…何があっても俺は絶対に折れねえ。諦めないことの強さを思い出させてやる」

 

 

 俺一人でコイツら全員を相手する。世宇子中の時みたいに俺の中の力や化身が目覚めてくれる気配も無い。この状況を一言で表すなら間違いなく絶望的、だろうな。

 けど諦めるかよ。ここで諦めたら、今まで積み上げてきた大事なものが全部無くなっちまう。

 

 

「いくぞ、風丸ゥゥゥ!!」

 

「こい、加賀美ィィィ!!」

 

 

 だから諦めない。俺一人でも、この状況をひっくり返す。




風丸くん盛りすぎ問題。後悔はしていない。ここまで馬鹿みたいに強化されてる理由付けもしてあるので許してください…
次回でダークエンペラーズ戦は完結、その次の話で脅威の侵略者編完結予定です。長かった!!
第99話 サッカーやろうぜ 明日更新です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第99話 サッカーやろうぜ

2日連続投稿でございます。今日でダークエンペラーズ戦は終了です。
誤字報告ありがとうございました。多分今回もあります←ゴミ


「ォォォォオオオオオオッ!!」

 

 

 震える身体に鞭打って前進。出迎えるように風丸がスタートを切る。馬鹿げたスピードで風丸は俺の前に現れ、足元のボールを狙う。俺自身を削りに来るか、素直にボールを奪いに来るかの二択。そう想定しておけば対処にはある程度の余裕が出来る。今回は後者、それなら──

 

 

(右か……いやフェイントだ、左!)

 

(と思わせてこっちだッ!!)

 

 

 右脚の外側でボールを弾いて重心も右に寄せる。あからさまに右に抜けようとしていることを匂わせるが、これは分かりやすい撒き餌。そこまで風丸なら読んでくるはず。だからこそ素直に右に抜けることを選択する!

 

 

「と、そこまで考えさせてそうするよな。お前なら!」

 

(バレてるか……!)

 

 

 読まれ切っていたのは俺の方だった。後ろ気味にサイドに素早く跳んで風丸は再び俺の真正面を抑えてくる。次はどうする、単純なスプリントじゃまず勝ち目はない。出し抜いた上で動く、それしかない。

 とはいえ出し抜くのも楽じゃない。さっきのフェイントを読み切ってくる以上、何重にもフェイントを掛けて読み合いを仕掛けるしかない。

 

 

「シザースか」

 

 

 左右に揺さぶりを掛けながらひたすらに焦らす。まだだ。こっちからは絶対に仕掛けない。風丸が仕掛けてくるまで一生待ってやる。

 

 

「いつまでそうしているつもりだ?」

 

(掛かった!!)

 

 

 痺れを切らして風丸が突っ込んでくる。そのタイミングにドンピシャで合わせて右脚でダブルタッチ。右斜め前方にボールを送り出す。当然そのボールを受け取れるヤツはいないし、仮に俺がそのボールを確保してもまた風丸とマッチアップするのがオチだ。

 

 

「ふッ、さっき追い付かれたことを忘れたか!」

 

 

 風丸がそのボールの方に走り出す。これが俺の狙いだ。風丸と入れ違うように左から俺は抜けていく。風丸が何かに気付いた素振りを見せたがもう遅い。

 そのボールは地面に触れた瞬間、有り得ない角度に跳ねる。そう、送り出すときにボールに回転を掛けておいたんだ。そしてその跳ねた先は、俺が抜け出した先。

 

 

「シザースからのダブルタッチ、そして回転を利用したワンツー。やるじゃないか。けど追い付けるぞ!」

 

「クソッ……!」

 

 

 この野郎、これでも追い付いてきやがる!ふざけやがって、やっとの思いで出し抜いても結局スピードで封殺されちまう。

 

 

「そろそろ付き合ってやるのはやめだ」

 

「ぐッ!!」

 

 

 また俺の前をとった風丸。今度はボールを狙うんじゃなくて容赦なくタックルを仕掛けてくる。スピードが乗ってるのもあって馬鹿げた威力だ。来ると分かっていても体勢が崩れる。

 

 

「このまま点も貰うぞ!!」

 

「……ッ、いかせるかァッ!!」

 

 

 ボールを奪ってゴールに向かう風丸。させるかよ。今俺が負けちまったらただでさえギリギリな守がもっと追い込まれちまう。踏ん張って体勢を直して、去りゆく背中を追い掛ける。

 

 

「なッ、何故追い付ける!?」

 

「倒れねえ……!」

 

「柊弥……うぐッ」

 

 

 風丸の正面を捉える。俺が追いついてきたことに風丸は狼狽えてやがるがどうでもいい。

 

 

「加賀美!!風丸だけじゃないことを忘れてるんじゃねえか!?」

 

「うッ……がァァァァァァッ!!」

 

「ははッ、やるじゃねぇか……!」

 

 

 風丸からボールを奪おうとすると、横から染岡が仕掛けてくる。パワーだけで言えば風丸より染岡の方が上だ。意識が遠のくレベルのえげつないタックル、ここでもし倒れようものなら、二度と立ち上がれない。獣みたいな声を上げてでも、耐える。

 

 

「しッ!」

 

「うおッ!?」

 

 

 染岡は全体重を掛けてきている。それなら俺が姿勢を低くしてやれば逆に染岡が体勢を崩せばいい。フルパワーでの突進が逆に命取りになる。

 

 

「染岡に気ぃ取られすぎだろ、風丸……!」

 

「……ははッ、どこがだ!?」

 

 

 染岡を崩せばまた風丸との対面。凄まじい勢いで転倒した染岡に視線がいっていたその隙を狙ってボールを奪う。だがすぐそれに反応して俺に並走してくる。もう何度目か分からない風丸との衝突。さっきと何が変わっているのか、不思議と力負けせずにやりあえている。

 

 

(ッ!!なんだ、右後方から何か来る!!)

 

「もらうよ、加賀美」

 

 

 突如俺の背筋に冷たいものが走る。本能で危険を感じとった俺は走りながらボールと共に跳躍。そんな俺の下をスライディングで通過したのは影野だった。

 あぶねえ、コイツ気配を完全に消してやがった。直感に従ってなけりゃ間違いなくボールロストだった。

 

 

「俺達もいるぞ、加賀美!」

 

「さっきから器用な真似してるけど、俺に勝てるかな!!」

 

 

 着地と同時に襲い掛かるのは半田とマックス。2人同時に向かってくるがマックスはサイドに飛んで俺の後ろに回り込んでくる。正面からボールを狙ってくる半田、それをルーレットで躱そうとした時、背中に圧迫感を感じてそれは叶わなかった。

 そう、マックスが俺の背面ギリギリに張り付いてやがった。半田に背を向けてそのまま突破しようとしたのに、これじゃ突破どころか隙を晒しただけになる。

 

 

「もらったァ!!」

 

「まだ……だァッ!」

 

「おっと!宍戸!!」

 

「おう!!」

 

 

 半田にボールを奪われた。その瞬間多少無理をしてでも奪い返そうと半田にショルダーチャージを仕掛けた。けど半田はヒラリと回避して、そのまま宍戸にパスを出す。

 

 

「シャドウさん!!」

 

「もう一度闇に染め上げてやる!」

 

「だから、やらせねえって言ってんだろッ!!」

 

 

 宍戸からのそのパスに反射してシャドウとのラインを一瞬で詰める。追加点を狙ってゴールに向かって走り出したところをすぐさま潰す。シャドウは左右に揺さぶりを掛けて突破を狙ってくるが、一切譲らねえ。

 けど動いているのが俺一人な今、アイツらにとってパスコースは無限。どれだけ抑え込んでも直ぐにパスを通される。

 

 

 けどまだだ、まだ諦めねえ。

 

 

「だァァァァァァァッッ!!」

 

「何だ!?」

 

 

 シャドウがマックスに、マックスが半田にパスを送る。けどそれは許さねえ。一息で繋がれるパスワークに割り込んで潰す。

 

 

「……全員で囲め!!」

 

『おう!!』

 

 

 ボールを奪ってすぐ、風丸が指示を出してあっという間にほぼ全員に包囲される。その直後、圧倒的な物量で押し潰される。数の暴力も良いところだ。辛うじてボールキープはしてるとはいえ、いつ奪われてもおかしくねえ。タックル、スライディング、ハンドワーク何でもありだ。俺一人が潰れれば終わりだもんな。

 けどな、だからこそ倒れられねえ。俺が負けたら全部終わる。皆がもっと傷付くかもしれない。そして何より、風丸達の目を覚まさせてやれない。

 

 

 もっとだ。もっと強く、もっと速く。

 

 

「勝負は⋯ここからだッ」

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「柊弥⋯!」

 

 

 ゴール前で膝を着く円堂。その視線の先では柊弥がダークエンペラーズの総攻撃を受けていた。自分達がここまで打ちのめされている相手全員を一人で相手している、それがどれだけ過酷なことか嫌でも伝わってくる。

 視界が眩む中、目の前の光景と重なったのは福岡でのジェネシスとの試合。肉体、精神共に追い詰められた際の柊弥の暴走。肉体は当然ボロボロ。精神はもしかしたら風丸達との戦いで同じように追い詰められているかもしれない。そう思うと、またあんなことになるんじゃないかと嫌な考えが過ぎる。

 

 

(俺も⋯俺も行かなきゃ!!もう柊弥を一人にさせないって、あの時決めたじゃないか!!)

 

 

 円堂は震える脚に力を込める。親友と共に戦うために。

 

 

「勝負は⋯ここからだッ」

 

「何だ、あの光⋯?」

 

 

 しかし、立ち上がろうとしたその時だった。円堂の視線の先で黄金に何かが煌めく。その光の主が誰なのかは明らかだった。そう、柊弥だ。

 

 

「⋯加賀美ィ!!」

 

 

 そんな柊弥に対し、風丸は狂気的な笑みを浮かべて襲い掛かる。ボール越しに二人が同時に蹴り込むと凄まじい衝撃波が巻き起こる。その周囲を囲っていたダークエンペラーズの面々は耐え切れずに後ろに下がる。

 そうして初めて明らかになった二人の衝突。柊弥は黄金の雷を、風丸は赤黒の雷を纏って互いに撃ち合っている。

 

 

「待っていたぞ!全力のお前を、全力で叩き潰すッ!そうして俺は本当の意味で強くなれるッ!!」

 

「やってみろ!お前達に勝って、間違いを正すッ!俺は絶対にお前達を連れ戻してみせるッ!!」

 

 

 柊弥と風丸は何度もぶつかり合う。その度に風丸の胸元で真・エイリア石はより強い光を放つ。それに影響されるように他のメンバーの真・エイリア石が放つ光もより強くなる。

 その光景を見ていれば、段々と風丸が優勢になってきていることは明らかだった。だが柊弥は一向に諦めない。どれだけ強大な力で風丸がぶつかってこようと決して折れない。

 

 

「勝つのは、俺だァァァ!!」

 

「なッ、馬鹿な──」

 

 

 もう何度目になるかも分からない衝突。突如柊弥の纏う雷の勢いが跳ね上がった。直前とは比較にならない膂力で風丸は弾き飛ばされる。

 

 

「おいお前ら!いくぞ!!」

 

 

 風丸と入れ替わるように染岡が先陣を切る。それに触発されて他のメンバーも柊弥へと襲い掛かる。

 

 

「来いよ、俺は絶対に負けねえェェェ!!」

 

 

 波状攻撃を仕掛けられても柊弥は完璧にやり過ごしてみせる。圧倒的パワーの染岡を最小限のパワーで受け流す。

 続いたのは半田とマックス。試合開始からコンビネーションで立ち回る二人は今回も柊弥に連携を仕掛ける。それに対して柊弥が選んだのは各個撃破。先に狙ったのはマックス。半田が接近しマックスが動きを縛るという流れを潰すために最初にマックスに寄る。すると二人の連携パターンは瓦解。狼狽えるその瞬間を狙って柊弥は前に出た。

 その抜けた瞬間を狙って影野が気配を消してのスライディングを仕掛けるが、完全に読み切っていた柊弥はサイドステップで回避。その後続くシャドウ、宍戸、少林、栗松の同時アタックも全て躱し切る。

 

 

「ここで止めるぞ、スピニングカット!!

 

「止まらねぇよ!!」

 

 

 風丸を含め9人を突破した柊弥を迎え撃つのは西垣。スピニングカットの衝撃波を柊弥の手前に放とうとするが、それより早く柊弥は雷を込めたボールをぶつけ、その衝撃波を霧散させる。

 

 

「何故だ、何故強くなり続けるダークエンペラーズと互角以上に戦えるッ!?真・エイリア石は福岡での貴様をも越える私の最高傑作なんだぞッ!!」

 

「うるせえよ⋯福岡での俺がどうとか関係ねえ!ガムシャラに特訓して強くなり続ける、それが俺達雷門イレブンだ!!そんな与えられた力に負けるほどヤワなモンじゃねえ!!」

 

 

 研崎は意味不明と言わんばかりに喚き散らす。が、その裏には真・エイリア石を生み出した研崎ですら想定していなかった現象が起こっていた。その正体は、真・エイリア石の共鳴。何故それが柊弥にも起こったのか、理由は単純なものだった。

 真・エイリア石は、元のエイリア石が福岡での柊弥の力に反応して出来たイレギュラー。言ってしまえば、柊弥の力の断片と言っても過言ではなかった。

 だからこそ、その力の断片はその主を刺激してしまった。底知れぬ努力によって磨かれつつも、未だ本人ですら引き出せないその圧倒的な潜在能力を。

 

 

「ならッ、俺を倒してみろ加賀美ィィ!!」

 

 

 研崎の言葉を一蹴した柊弥の前に再び現れた風丸。その風丸の纏うエネルギーは更に膨れ上がり蠢いている。

 

 

「おォォォォォオオオオッ!!」

 

「らァァァァァアアアアッ!!」

 

 

 二人は互いにショルダーチャージを仕掛ける。禍々しい雷と神々しい雷が炸裂し、咆哮に呼応するように更に激しくなる。

 

 

「俺はお前や円堂のようになりたかった!!お前達のように強くなりたかったッ!!」

 

「じゃあ何でエイリア石に手を出した!?フットボールフロンティアを思い出せ!神のアクアでドーピングしていた世宇子中に俺達は何で立ち向かった!?諦めない心だろうがッ!!そんなモンが、本当の強さだと思ってんのかッ!!!」

 

「結果こそが全てだッ!!折れてしまう程度の強さなんて要らないッ!!強さの過程に意味があるんじゃない、強さそのものにこそ意味があるんだよッ!!」

 

「何で分からねえ!?それは偽物の強さだろ!与えられるんじゃなくて、諦めずに努力し続けて身に付ける!お前だって本当は分かってんじゃねえのか!?」

 

「黙れェェェッ!」

 

 

 柊弥と風丸は感情を剥き出しにしながら衝突する。ボールを介しての戦いにも関わらず、その姿はまるで互いの信念をかけて殴り合っているようだった。風丸が怒りを爆発させると、それに呼応して雷が大爆発を起こす。それを回避するために柊弥が後ろに跳ぶと二人の距離は開き、ちょうどその真ん中でボールがバウンドしていた。

 それを見た途端、二人は同時に走り出していた。互いの右脚に、互いの力を纏わせて。

 

 

"真"轟一閃ッ!!

 

"絶"轟一閃ッッッ!!

 

 

 そしてその一点で二人の全力がぶつかり合う。赤黒と黄金が激しく迸り、フィールドを越えてベンチ、ベンチを越えて雷門中全体まで衝撃波が絶え間なく広がる。

 

 

「どうした加賀美ッ!!俺は偽物の強さだったんじゃないのかッ!?」

 

「ぐッ、ぉおおおおおおッ⋯!!」

 

「今この瞬間にお前を叩き潰しッ!!俺は新たな一歩を踏み出すッ!!」

 

「加賀美!!」

 

 

 どちらが強力か、それは火を見るより明らかだった。先程雷門イレブンが全員でようやく守った時よりも更に強くなっている風丸の"絶"轟一閃。柊弥の"真"轟一閃は柊弥の意地で威力が引き上げられているものの遠く及ばない。

 

 

「お前と円堂という憧れを越えたその時、俺はやっと自分が強くなったことを認められるんだッ!!」

 

「がァァァアアアアッ!!」

 

 

 風丸の力は更に膨れ上がる。もはや柊弥が打ち倒されるのは時間の問題、そう感じさせてしまうほどの凄まじい力だ。

 

 

「憧れがどうとか、強くなったことを認められるだとか⋯!やっぱり自分でも薄々分かってんじゃねえのか、風丸⋯!」

 

「何がだ!?お前達を倒せば俺の強さを証明出来る、そんなことは十分理解しているさッ!!」

 

「違ぇよ馬鹿野郎ッ!!俺や守の強さに憧れて、自分の強さを未だ認められてない!!偽物の強さだってことを自分が一番理解しているじゃねえか!!」

 

「⋯ッ!?」

 

 

 柊弥が段々と風丸を押し返し始める。黄金の雷は息を吹き返し、火事場の馬鹿力と言わんばかりに暴れ始めた。

 

 

「加賀美!!」

 

「加賀美くん!!」

 

「柊弥ッ!!」

 

「柊弥ァ!!」

 

「柊弥先輩ッ!!」

 

「俺は負けねえ⋯俺に声を送ってくれるアイツらと!!そしてお前らとこれからもずっと一緒にいたいから!!絶対、絶対に負けねえェェェェッ!!」

 

 

 直後、柊弥の纏う雷が天まで届く。その数秒後、何倍もの力を秘めた雷が柊弥へと降り注ぐ、

 

 

"極"⋯轟一閃ッ!!

 

「なッ⋯この瞬間に、進化しただと!?」

 

 

 明らかにさっきまでの柊弥とは違う。現在進行形で力をぶつけ合っている風丸自身がその事実を一番理解していた。

 

 

「目を覚ませお前らッ!!そんな力捨てて、戻って来ォい!!」

 

「馬鹿な⋯こんなはずが────」

 

 

 柊弥に更に力が籠った、その時。ボールに込められた柊弥と風丸のエネルギーが行き場を無くして大爆発を起こす。その爆発と共に、黄金の光がその場にいた全員を包み込んだ。

 

 

「ぐッ⋯今の俺が押し負けるなんて⋯!?」

 

 

 爆発を真正面から受けて数度地面を転がった風丸は、光が止んで立ち上がった時に何かに気付いた。

 

 

(何だ⋯さっきよりも身体が重い!?)

 

 

 明らかに弱体化しているのだ。先程まで身体に満ちていた、何だって出来ると思えるほどの圧倒的な力。正確には完全に無くなったわけではないが、明らかにそれが小さくなっている。それは風丸だけではなくダークエンペラーズのメンバーもそうだった。

 

 

「なッ、真・エイリア石が!?」

 

 

 少しして風丸は異変に気付いた。首元の真・エイリア石の色が変わっていたのだ。自分が魅入られた漆黒の光ではなく、紫色の光に。

 

 

「馬鹿な!?⋯まさか!!」

 

 

 その異変を目の当たりにした研崎は自身の持つアタッシュケースの中身を改めた。そこに広がっていたのは、研崎にとって最悪の光景。そう、風丸達が身に付けているものと同様に、真・エイリア石はその輝きを失い元の姿に戻ってしまっていたのだ。吉良 星二郎を狂わせ、悲しき計画を実行させてしまったあのエイリア石に。

 

 

「風丸ゥゥゥゥ!!そのガキを二度と立ち上がれないように潰せェ!!私の崇高なる計画を台無しにしやがってェェ!!」

 

「⋯」

 

 

 自身の計画が瓦解したことを察してしまった研崎はその原因に怒りをぶつける。半狂乱になりながら怒鳴り散らかす研崎には目もくれず、風丸はボールを回収して柊弥の前までやってくる。

 

 

「まだ⋯まだ⋯これからだッ⋯!!」

 

「⋯もう限界だろう」

 

 

 が、風丸は柊弥を一瞥するだけでそれ以上何もしなかった。

 

 

「お前は今膝を着いていて、俺は立っている。この勝負はもう終わりでいい」

 

「何、言ってやがる⋯まだ立て──」

 

 

 立ち上がろうとする柊弥。しかしもう足が震えて立つことすらままならない。そんな柊弥の横を通り過ぎる風丸の目には一人、柊弥と入れ替わるように立ち上がった男がいた。

 

 

「俺が勝ちたいのはお前だけじゃない。アイツ⋯円堂もだ」

 

「⋯!守」

 

「うッ⋯風丸⋯!」

 

 

 柊弥の視線の先では円堂が立っていた。風丸はゆっくりと歩いていき、ゴール前まで辿り着く。

 

 

「来い風丸!柊弥の意思は無駄にしない!!」

 

「ふっ⋯勝負してみたかったんだ。キーパーのお前と!」

 

 

 円堂が構えたのを見届けると、風丸はその脚を振り上げる。真・エイリア石の力が弱まった影響か、轟一閃ではなく普通のシュートだった。しかしそれでも威力は本物。円堂は両手でキャッチしようとしたが、その凄まじい回転に耐え切れず弾かれる。

 

 

「まだだァッ!!」

 

 

 しかし円堂は諦めない。弾かれながらも腕を伸ばし、自分の頭上を通過するボールをがっしりとキャッチする。受け身は取れずとも、ボールに絶対ゴールラインは割らせなかった。

 

 

「風丸⋯何でエイリア石なんかに手を出したんだ!!」

 

「何度も言わせるな!!俺は強くなりたかった⋯ジェネシスと戦った後、どれだけ頑張っても越えられない壁があることを知った!!悔しくて悔しくて仕方なかった!!だから俺は強くなったんだ!!もう二度と、あんな悔しさを味わないように!!」

 

「⋯」

 

 

 風丸のその叫びは、先程柊弥に吐き出した時のように怒りに満ちたものではなかった。どこか悲痛な感情に満ちた、慟哭のような叫び。

 今ここで知ることが出来た風丸の本音。それをもっと早く聞き出せなかったことを心から悔やむ。他のメンバーにしてもそうだ。エイリア石に何故魂を売ってしまったのか、その心の内を理解していればこんな戦いは起こらなかったのかもしれない。

 

 

 だからこそ、円堂は選択する。キャプテンとして、友人として。自分がやるべきことを。

 

 

「⋯何のつもりだ」

 

「来い!!お前達の気持ち⋯全部俺が受け止めてやる!!」

 

「⋯ッ、受け止められるものなら受け止めてみろッ!!」

 

 

 円堂は風丸に向かってボールを放った。相手にボールを渡すという、本来の試合なら意味不明な行動。しかし、この戦いはもうただの試合ではない。意地と意地とのぶつかり合いだ。

 風丸は先程よりも力を込めてシュートを放つ。それに対して円堂か選んだのは⋯風丸達とフットボールフロンティアを戦う中で何度もゴールを守ってきた、あの必殺技だった。

 

 

ゴッドハンド!!

 

 

 仲間を取り戻す、そんな円堂の信念が神の手を更に輝かせる。風丸のシュートをど真ん中で捉え、確実に威力を抑え込む。そして完全に勢いを殺したボールを円堂は再び風丸に投げ渡す。

 

 

「風丸ッ、思い出してくれ!!」

 

「⋯ッ、黙れェ!!」

 

 

 風丸は受け取ったボールを後ろに送る。それを受け取った栗松、宍戸は走り出す。スピードが乗ってきたところで栗松はシュートを放ち、その前の宍戸が更にシュート。一番前でそれを受け取った風丸が最後に撃ち込む。

 

 

トリプルブーストッ!!

 

ゴッドハンドォ!!

 

 

 さっきの風丸のシュートとは違い、れっきとした必殺技。しかも連携シュートだ。しかしそれでも円堂は引かない。その威力に歯を食いしばりながらも、真っ直ぐに風丸達を見据える。

 

 

「思い出してくれッ、皆!!俺達の⋯サッカーを!!思い出せぇぇええええええ!!」

 

 

 段々と円堂は押し込まれていく。しかしゴールラインを割る直前、円堂は両手を重ねる。結果としてシュートを止めることは出来た⋯が、その代償は重いものだった。

 

 

「⋯守ッッッ!!」

 

「円堂くん!!」

 

「⋯勝負は、着いたな」

 

 

 そのシュートを受け止めたが最後、円堂はその場に倒れてしまった。もう雷門イレブンで立っている者はいない。それに対してダークエンペラーズは全員健在。風丸がそう呟くのも当然の現状だった。

 

 

「皆立ちなさい!!立ち上がって!!」

 

 

 ベンチから夏未が叫ぶ。しかしその声は届かない。正確には届いているが、もう立つ力が残っていない。それほどまでに激しい戦いだった。誰から見てももう雷門は限界。審判が試合終了を告げようとした⋯その時だった。

 

 

「雷門!雷門!」

 

「木野先輩⋯!」

 

 

 木野が声を上げた。それだけに留まらず、音無やリカ、夏未もそれに加わる。更にその声は雷門中までその試合を見に来ていた雷門OB、中継で見ていた全国の人間も声を上げる。

 

 

雷門!!雷門!!雷門!!

 

「何だこれは⋯黙れ、黙れェ!!」

 

 

 その時、誰かが立ち上がる。

 

 

「ぐッ⋯まだ、試合は終わってねえ⋯!」

 

「柊弥先輩っ!」

 

 

 柊弥が立ち上がったのを契機に、他のメンバーも立つ。吹雪、壁山、土門、綱海⋯円堂を除いた全員が立ち上がった。

 

 

「守ッ、立てェ!!」

 

「円堂ォ!!」

 

「キャプテン!!」

 

「円堂さん!!」

 

「うッ⋯まだ、まだ⋯終わってねえぞッ!!」

 

「ッ、うわァァァァァァァァァッ!!」

 

 

 仲間全員からの発破を受けて、円堂も再び立ち上がった。見るからに満身創痍、何かの拍子にまた倒れてもおかしくないような状態だった。しかし、何度も立ち上がってくる雷門イレブンに気が狂いそうになった風丸は叫ぶ。それに共鳴するように染岡、マックスが風丸の元に寄る。

 三人が同時にボールを蹴り上げると、紫色の不死鳥が現れる。三人は飛び上がると、全力をもってその不死鳥を送り出す。

 

 

ダークフェニックスッ!!

 

 

 不死鳥は咆哮と共に円堂が待ち構えるゴールへと羽ばたく。それに対して円堂は再びゴッドハンドの構え。しかし、その光は先程までとは比較にならない。黄金の中に虹色の光が混じり、その神々しさを誇示している。

 

 

"真"ゴッドハンドォォォッ!!

 

 

 その輝きの前に闇など無力。神の手に闇の不死鳥が触れると、その紫色の炎は一瞬にして消え失せる。

 

 

「思い出せッ、皆ァァァァ!!」

 

 

 受け止めたボールを円堂は高く掲げる。すると、そのボールから緑色の光が溢れ出す。先程の柊弥の黄金の光のようにそれはフィールド中に広がり、全員を包み込む。その光に包まれた風丸達の中には、円堂のある言葉が去来する。

 

 

『サッカーやろうぜ!!』

 

 

 直後、脳裏に溢れ出したのは確かに存在した、あの時の記憶。フットボールフロンティア優勝を目指し泥臭く努力していた、蓋をしたはずのかけがえのない日々の記憶。先程まで負の感情に満ちていた風丸は、何故か自分の身体が軽くなっていることに気付いた。先程まで柊弥や円堂、雷門イレブンに向けていた怒りはもう何処にもなかった。

 

 

「⋯円堂」

 

 

 その時、胸元のエイリア石は音を立てて砕け散る。風丸達が身に付けていたものはもちろん、研崎が持っていた石もただの石に変わっていた。

 

 

「なッ、馬鹿な!!エイリア石が!!これではサブプランすらも──」

 

「お前の企みもここまでだ、観念するんだな」

 

「うっ⋯クソぉぉおおおお!!!」

 

 

 嘆く研崎の元に鬼瓦がやってきて手錠をかける。こうして、エイリア石を利用した計画は完全にこの世から消滅した。

 

 

「⋯」

 

「守!!」

 

 

 掲げていたボールが落ちると、円堂はそのまま糸が切れたように倒れた。柊弥は誰よりも早く走り出し、円堂の身体を起こす。

 

 

「⋯ははっ、満足そうな顔しやがって」

 

 

 円堂の意識はない。しかし柊弥は何の問題も無いことを察した。何故なら、円堂が満足そうな、安堵したような笑みを浮かべていたから。そしてこちらを見ている仲間達の目を見て、とうとう戦いが終わったことも理解した。

 

 

「⋯一件落着、かな」

 

 

 この戦いが始まって、初めて柊弥は満足そうに笑った。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「おい守、いつまで寝てんだよ」

 

「ん⋯柊弥?」

 

「起きたか?」

 

 

 いつまでも目覚めない守を揺すると、案外簡単に起きた。そのまま起き上がらせてやると何かに気付いたらしく、さっきまで気を失ってたやつとは思えない勢いで立った。

 

 

「⋯円堂!」

 

「風丸!それに染岡、宍戸!栗松、少林!マックス、半田、影野!!」

 

「効いたよ、お前のゴッドハンド」

 

「ん?俺の轟一閃は効かなかったってのか?」

 

「うっ⋯お前の想いも届いたよ。円堂が目を覚まさせてくれたあとだけど」

 

「コイツめ」

 

「皆、思い出してくれたんだな!?⋯⋯やったぁぁぁぁぁあああ!!」

 

「うわああああああ!良かったッスううううう!!」

 

 

 風丸を軽く揶揄ってやると、守が喜び全開で飛び上がった。壁山に至っては号泣している。全く、そんな喜んだり泣いたりするのは良いけどな⋯

 

 

「お前ら!まだ試合時間は残ってるぞ⋯どうする?」

 

「続けるに決まってるだろ!なあ皆!?」

 

「ああ!もちろんだ!!」

 

 

 そうして俺達はボールを蹴る。さっきみたいに暗い空気じゃなくて、純粋にボールを追い掛けるあの時みたいな、ただひたすらに楽しい最高のサッカー。やっとこんなサッカーが出来た。本当にここまで長かった。苦しいことも辛いことも沢山あったけど、乗り越えたんだ。

 

 

 さあ、皆──

 

 

「──サッカーやろうぜ!!」




というわけで、ダークエンペラーズ戦終了。脅威の侵略者編完結⋯では無いんですね。実は次の話でようやく完結です。柊弥君には実はまだ最後の戦いが残ってますので⋯

という訳で記念すべき第100話で脅威の侵略者編は完結します。近日公開予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第100話 これからの話

記念すべき第100話で第2章完結、何か感慨深いものを感じますね。
番外編を含めればもう少し長いのですが、これも日頃からご愛読いただいている皆様のおかげです。これからも当作品を何卒よろしくお願い致します。

あと今回割と時系列が適当です。本編では北海道で雪が降ってたり沖縄でサーフィンしてる男がいたりで季節もクソもないので許してください⋯


 あの最後の戦いから1週間が経った。本来ならもう夏休みは終わっているけれど、世界を救う戦いを終えたということで俺達サッカー部のメンバーは本来より長く休みをもらっている。当然課題は出ているから休みっぱなしって訳にもいかないんだけどな。ちなみに俺達の夏休みはエイリア学園との戦いで終わってしまった。最初のジェミニストームの事件が夏休みに入る1週間前とかだったからな。今までで一番過酷な夏休みだったと言っても過言じゃないと思う。

 

 

 この一週間で色々あった。まず、吉良や研崎について。どちらも国家転覆を試みた上に様々な余罪があるから重い刑罰は免れないだろうという話だった。適用されるのは内乱罪?だったかな。ただ吉良に関しては情状酌量の余地があるらしく、一生外に出て来れないとかでは無いらしい。研崎は⋯知らん。

 そしてヒロト達。ジェネシスはリミッター解除、それ以外のチームのヤツらはエイリア石の影響で何か身体に異常が起こっていないかの検査をしたらしいが、特に何ともなかったらしい。まだ警察の保護観察下にあるが、そのうち瞳子監督が全員を引き取り、吉良財閥の莫大な資産で小さい時のように皆で暮らすらしい。吉良財閥の総裁に関しては代理として瞳子監督が就くとかなんとか。その辺の詳しい話はこの前メールで連絡が来ただけだからよく分からない。

 そうそう、そのメールの最後にはヒロトからのメッセージも添えられていた。エイリア学園としてやってしまったことへの謝罪がメインだったけど、最後にとある誘いがあった。瞳子監督とも話しながら今度細かいことを決めたいな。

 

 

 次に風丸達。真・エイリア石というエイリア石よりも遥かに強力な力に晒されていたことを懸念してヒロト達と同じように色んな検査を受けたらしいがこっちも特に何ともなかった。今ではそれぞれの家に戻って、俺達と同じように少し長めの夏休みを満喫しているらしい。学校が始まる前にまた皆で集まってサッカーをやる予定だ。

 そんな嬉しい報せとは逆に、寂しい別れもあった。そう、イナズマキャラバンで出会った皆との別れだ。塔子や吹雪、木暮、リカ。立向居に綱海。皆それぞれの場所に帰ってしまった。塔子はいつでもこっちに来れるくらいの距離だが、他の皆はそう簡単には会えない。そう思うと寂しいなんてレベルの話じゃない。

 

 

『じゃあね加賀美!円堂に会いに来るついでにまた会おう!』

 

『色々ありがとうね、加賀美くん。次会う時はキミや豪炎寺くん、染岡くんに負けないくらい強くなるよ』

 

『加賀美さん、またね!加賀美さんを止めれるくらいもっともっと強くなるから、楽しみにしててよね!』

 

『ほなな加賀美!また暴走してダーリンに迷惑掛けたらアカンで?』

 

『加賀美さん!ありがとうございました!俺、円堂さんや加賀美さんに負けないくらい凄い選手になってみせます!!』

 

『あばよ加賀美!お前みたいなデッカイ男に会えて楽しかったぜ!今度一緒に波に乗ろうぜ!』

 

 

 皆本当に良いヤツらだった。別れる前に最後に一人一人と話したけど、やっぱり胸に来るものがあった。けど何でだろうな、そう遠くないうちにまた皆と会える気がする。何の根拠もないけどな。

 

 

 後は⋯そうだ、アフロディだ。アイツは風丸達と同じ病院に入院していながら何も気付けなかったことを気に病んでいた。別にアフロディが何が悪いって訳じゃないんだけどな、律儀というか何と言うか。

 脚に関しては順調に回復しているらしい。あと何週間もすれば退院してまたサッカーが出来ると言っていた。

 それに興味深いことも言っていた。アフロディは実は韓国人と日本人のハーフらしい。その縁で今度韓国にサッカー留学しに行くとか何とか。他国の中学サッカーについてはよく分からないけど、アフロディが言うには凄いヤツがいるらしい。鬼道並の戦略眼を備えた司令塔がどうとか。俺もそのうちサッカー留学とかしてみたいな。

 

 

 皆、それぞれの道を歩き始めている。雷門の皆もそうだ。守はまたキーパーに戻って、前みたいにがむしゃらな特訓を続けている。修也もエースストライカーの名に恥じないようにとか言って、守も顔負けするくらいに打ち込んでいる。鬼道は最近世界の試合を見て研究しているとか何とか。壁山も木暮や塔子、綱海に負けない守りの要になりたいと言って俺に特訓を頼むようになった。

 そうそう、一之瀬と土門が最近何やらコソコソしている。2人で話しているところにこっそり近付いたらあからさまに動揺していた。何を隠しているんだろうな?この前は西垣とも周りを気にしながら話していたし。

 

 

 ⋯さて、そろそろ俺自身の話をしよう。最近俺は色んなヤツと色んな話をすることを重視している。風丸達との確執を気にして⋯って訳じゃないけど、日頃から皆と色んな話をしておいて損はしないからな。ヒロトやアフロディと連絡を取るようになったのもそれの影響だ。

 もちろん、特訓も欠かしてない。最後の戦いで前半戦出れなかった悔しさを忘れないように、ひたすらスタミナを磨くようになった。その過程でカオスとの試合前にやっていた重りをつけたトレーニングをしているから、結果としてシュートやドリブル、ディフェンスなど色んな面で強くなってきてる気がする。

 

 

 そんな俺だが、今はある悩みを抱えている。それは、俺にとって本当の最後の戦いと言っても過言では無い話だ。しかも、今まで経験したことがない、全国大会の決勝戦とかとはまた違う戦いだ。

 色んなヤツらにこの相談をした。守に鬼道、秋や夏未。塔子やリカ、吹雪にもメールで話を聞いてみた。

 守には相談したことを後悔した。あの鈍感からこの手の話題で良い話を聞けるはずがなかったな。鬼道には何とも言えない気まずい空気を漂わせながら肩に手を置かれただけだった。この二人に相談したのは完全に間違えだったかもしれない。

 女性陣からはまるで打ち合わせたように「ビビるな、戦え」との言葉を頂いた。⋯女の子って、皆ああいう感じなのか?

 一番親身になって聞いてくれたのは吹雪だった。アイツはこの手の経験が多かったのかな。正確には一方的なものばかりらしいが、それ故に色んなことを考えさせられたらしい。今度吹雪にあったら飯を奢ろうと思う。

 

 

「お待たせ致しました、フレンチトーストでございます」

 

「ありがとうございます」

 

 

 今俺は喫茶店に来ている。というのも、その話について最後に最も信頼のおけるヤツに相談したかったからだ。ちょうどこのタイミングで来たらしい。

 

 

「悪いな修也、呼び出して」

 

「気にするな。俺とお前の仲だろう」

 

 

 修也だ。やっぱり最後に頼るのは相棒だろう。コイツにならどんな事でも気兼ねなく相談出来る。

 修也は水とおしぼりを出してくれた店員さんに注文を伝えると、呼び出した俺よりも早く話を切り出す。

 

 

「それで相談というのは⋯音無の件だろう?」

 

「⋯やっぱバレてたか」

 

 

 そう、皆に相談していたのは春奈のことだ。春奈が俺に特別な感情を向けてくれていることはもう明らかだ。大阪でそれを打ち明けてくれた時、俺はエイリア学園との戦いが終わったら改めて気持ちを伝える、と約束した。そのエイリア学園との戦いは既に終わっている。ケジメをつける時が来たってことだ。

 

 

「一応聞く。お前は⋯音無のことをどう思ってる?」

 

「どうって⋯滅茶苦茶良い子だよ。サッカー部が本格的に動き始める前から色々協力してくれてたし、その後も個人的にずっと俺のことを気にかけてくれてた」

 

「そうじゃない。俺が聞きたいのは音無のことを異性として好きなのか、好きじゃないのかということだ」

 

 

 修也はストレートに問いを投げかけてくる。

 

 

「こう考えてみろ。もし俺が音無と親しい関係だったらどう思う?お前の目の前で恋人として仲良くしていたら。どうだ?」

 

「絶対嫌だ。多分お前の横腹に轟一閃を撃ち込む」

 

「⋯それは勘弁して欲しいが、それが答えだろう。お前は音無のことが好きなんだ。一人の女性としてな」

 

 

 ⋯だよな、そうだよな。俺だって本当は自分で分かってるさ。もうずっと前から春奈が好きなんだって。けど初めての経験で恥ずかしくなって、その事実を自分で飲み込めずにいたんだ。

 

 

「⋯はあ、我ながら情けなくなるな」

 

「エイリア学園から世界を救った男がその有様じゃ世話ないな」

 

「ご最も」

 

 

 気を紛らわせるためにフレンチトーストを口に運ぶ。そういえば初めて春奈と二人で出掛けた時もここの喫茶店に来たっけ。しかも春奈が食べてたのがこのフレンチトーストだったな。あの時、また行きたいななんて考えてた。

 

 

 ⋯そうか、そういうことだよな。周りから見ればデートとしか思われないことをまたやりたいって思える時点で、つまりそういうことなんだ。

 

 

「⋯よし、決めた。全部伝える」

 

「⋯それはいいが、何をしているんだ?」

 

「春奈にメール。これから空いてるかって」

 

「⋯お前、即実行が過ぎないか?そういう経験は無いが、もっとプランとかを練ってから勝負すると思うんだが」

 

「それが俺達雷門イレブンだ」

 

「恋愛の話まで雷門魂を発揮するなバカ」

 

 

 春奈に数時間後に鉄塔広場に来てくれと連絡したら、数分で返ってきた。そこに書かれていたのは⋯了承の旨。

 

 

「⋯まあなんだ、頑張れよ。相棒」

 

「おう」

 

 

 さて⋯もう後に引けなくなったな。腹を括ろう、男として。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「お呼びでしょうか?マスター」

 

「よく来てくれたな⋯ガンマ」

 

 

 ここは、柊弥達の時代から数百年後の世界。ガンマと呼ばれた男が立っている周囲には、年老いた男達が厳しい表情で席に着いていた。

 

 

「現在、ベータ率いるプロトコル・オメガ2.0が動いている」

 

「承知してますとも。ベータ如きに務まるのかは疑問ですがね」

 

「まあその話は良い。お前には別にミッションを与える」

 

「⋯と、言いますと?」

 

 

 ガンマがマスターと呼んだ男、この意思決定機関エルドラドの議長であるトウドウは、パネルを操作する。するとそこに映し出されたのは⋯柊弥の姿。

 

 

「お前にはこの男、加賀美 柊弥を消してもらう」

 

「⋯()()()()()

 

「そうだ。この男の存在こそがこの世界を驚異に陥れる元凶。雷門イレブンは恐らくベータへの対応で手一杯だろう。よってアルファが干渉した時のような邪魔は有り得ん。そしてまだ"覚醒"も起こっていない。今ならまだ未覚醒のヤツに接触出来る⋯分かるな?」

 

「この男さえ消えれば、ヤツらの力は大幅に削られる。そういうことですね?」

 

「その通りだ」

 

 

 少し考え込むような動作を見せると、ガンマはフッと笑った。

 

 

「そのミッション、謹んでお受けしましょう。この僕がスマートにクリアしてみせますよ」

 

 

「うむ。頼んだぞ」

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「⋯もう追ってきてない、かな?」

 

 

 トウドウがガンマを呼び出したと同時刻、薄暗い路地裏で一人の少女が息を切らしていた。どうやら追跡されていたようで、その追手を撒いたことを確認するとそこに放置されていたコンテナに腰掛ける。

 

 

「⋯急にあんなこと言ったら、そりゃSARUもアイツも怒るよね」

 

 

 その少女が思い浮かべたのは、()()()()()者達の顔。いや、少女にとっては今もまだ仲間であることに変わりはない。

 

 

「けど、止めなきゃ。今までは決めきれなくてのらりくらりだったけど、絶対に私が止めるんだ⋯その為には」

 

 

 少女が唯一持っていた本を開くと、そこにはある男の写真があった。黄金に煌めくトロフィーを持って多くの者達に囲まれているその男の顔は、奇しくも先程トウドウ達の話に上がった顔と同じだった。

 

 

「⋯加賀美 柊弥さん。貴方の力をどうか私に貸して」

 

 

 少女はその本に縋るように抱き締める。柊弥の知らぬところで様々な思惑が交差していることを、当の本人はまだ知らない。

 

 

 ーーー

 

 

「⋯ここの景色は変わらねえな」

 

 

 段々と日が沈み始めている。ついさっきまで青色だったはずの空はオレンジ色に染まり、カラスが群れをなして羽ばたいている。

 

 

「まったく、柄にもなくセンチメンタルになってんな」

 

 

 緊張するなって言う方が無理な話だろ。生まれてから今まで色んな経験をしてきたけど、異性に想いを伝える⋯こればっかりは初めてだ。ぶっ通しで一時間特訓した時よりも心臓が暴れてる。

 修也と別れてから話すことはずっと考えてた。後はそれを言葉にするだけ⋯だからといって、緊張しなくて済む訳じゃ断じてないけどな。

 

 

「柊弥先輩」

 

「⋯春奈。悪いな、急に呼び出して」

 

「いえ、大丈夫ですよ」

 

「まあ座ってくれ」

 

 

 頭の中で同じ言葉の羅列を反復していると、横から声が掛かる。春奈だ。変な声が出そうになるのを堪えて、何とか平静を装う。とりあえず、隣に座るように促す。

 

 

「⋯」

 

「⋯」

 

 

 ⋯マズイ。さっきまでずっと頭の中にあったはずの言葉が飛んだ。何を話そうとしていたんだ俺は。本人が隣に来たらそんな準備意味が無くなるんじゃないかって修也が言ってたけど、本当だった。

 呼び出したのが俺なのにこのザマじゃダメだろ。何とか、どうにかして話を切り出さなきゃ──

 

 

「この数ヶ月、色んなことがありましたよね」

 

「あ、ああ。本当に色んなことがあったな」

 

 

 ⋯先に話を切り出されてしまった。

 

 

「まさかフットボールフロンティアで優勝した直後に学校が破壊されてるなんて、思いもしなかったですよね」

 

「本当にな。宇宙人と戦いながら全国を旅することになるなんて、誰も思ってなかった」

 

「でも、そんな色々なことがあって皆の絆が深まりましたよね。吹雪さん達は帰っちゃいましたけど、きっとまた会えるって信じてます!」

 

「⋯そうだな、俺もそう思ってる」

 

 

 ⋯気を遣わせてしまったな、俺が情けないばかりに。一旦落ち着こう。大丈夫。俺の思いの丈をそのままぶつければ、それで良い。

 

 

「今日は来てもらったのはな⋯あの時の約束に応えるためだ」

 

「⋯はい」

 

「だから聞いて欲しい。全部、伝えるから」

 

「⋯はい!」

 

 

 ここからは、ただ言葉を紡ぐ。

 

 

「春奈と初めて会ったのは商店街でだったよな。その後帝国との試合を見に来てくれて、そこからサッカー部のマネージャーになってくれた。その時はただの明るい後輩くらいにしか思ってなかった。けど、地区大会の決勝でまた帝国と戦うとき辺りかな。鬼道と一悶着あった時の春奈を見てほっとけないって思った」

 

 

 最初は不良に絡まれてる春奈を助けたのが始まりだった。マネージャーになってからはライトニングブラスターの開発を手伝ってくれたり、一緒に帰ることがあったり、段々と距離が縮まっていったな。そしたあの決勝戦の前、いつも明るい春奈が暗くなってるのを見て声を掛けずにはいられなかった。

 

 

「そこから全国大会に向けて練習する中でもずっと支えてくれて、本当に嬉しかった。世宇子との試合ではボロボロになった俺を止めてくれたよな。そこまで俺のことを考えてくれる人がいるんだって思うと、もっと頑張れた」

 

 

 試合前も試合中も、ずっと俺のことを気にかけてくれた。試合後は、誰よりも先に俺のところに来て喜んでくれた。流石に全国放送されてる中抱きつかれたのは恥ずかしかったけどな。

 

 

「そしてエイリア学園との戦いが始まったら⋯ずっと心配させっぱなしだったよな。最初の戦いで大怪我するし、福岡では我を失って大暴れするし。⋯そんな中で、春奈が想いを伝えてくれたんだよな」

 

 

 そう、あれは大阪でのことだ。エイリア学園のアジトを探すって名目で二人でナニワランドを回ったな。そしてイプシロンとの二戦目前夜⋯春奈が想いを全部俺にぶつけてくれた。

 俺はそれに応えることが出来なかった。あの時の俺は向けられた好意に向き合う余裕がなかった。どうしたら強くなれるのか、どうしたらエイリア学園に勝てるのか、どうしたら皆を守れるのか。それだけを考えて逃げたんだ。

 

 

「⋯けど、もう逃げない」

 

 

 俺はずっと逃げていた。その言葉を口にする度胸がなかったから。余裕がなかったっていうのは、自分の弱さを認めないためのただの言い訳だ。

 

 

「春奈」

 

 

 立ち上がる。声が震えてきた、多分身体も震えてる。けどそれでも、伝えなきゃいけない。

 

 

 

 

 

 

「俺は、春奈のことが好きだ」

 

 

 

 

 

 

 その時、春奈が立ち上がって抱きついて来た。度々春奈が抱きついてきてくれた時、俺はそれに対して何も返すことが出来なかった。

 けど、今は違う。両手を春奈の背中に回し、そっと抱き締める。絶対に離さない。その意志を言葉ではなく、行動で伝えるために。

 

 

「私も、柊弥先輩が大好きですっ!ずっと、ずっと好きでしたっ!!」

 

「⋯うん」

 

「怖かったんですからね!?勇気を振り絞って告白したのに返事を濁されるし、どんどん先輩は皆の元から離れて行っちゃうし!!」

 

「⋯ごめん」

 

「だから、もう絶対に離さないでくださいっ!!ずっと、ずっと一緒にいてくださいッ!!!」

 

 

 春奈を抱き締めるその腕に、力を込める。

 

 

「絶対に離さない、約束だ」

 

 

 やっと、伝えることが出来た。




節目であり脅威の侵略者編ラストである第100話、いかがでしたか?
このタイミングで柊弥と音無が結ばれることは全く想定していませんでしたが、脅威の侵略者編を書き進めるにつれて「これ、行けるんじゃね?」と思ってこうなりました。ラストに結ばれるシーンは絶対に入れると決めてたんですがね。

さて、今後の話をさせていただきます。
第2章 脅威の侵略者編が完結し、次は第3章 世界への挑戦編となるのですが、その間に"第2.5章 世界の呼び声編"を挟ませていただきます。幾つか理由はありますが、単純に書きたい話があっただけなんです、申し訳ない。
その中で第3章以降の話に関する内容を出していく予定です。これまであまり書くことが出来なかった日常回。そして彼らとの再会、加賀美 柊弥暗殺計画、ヨーロッパへ渡る柊弥。これらの話を3月いっぱいまで不定期で更新していく予定です。第3章のプロットはあらかた出来上がっているんですが、この期間でもう一度見直せればと思います。

長くなりましたが、第2章 脅威の侵略者編の完結までお付き合いいただきありがとうございました!今後ともこの作品をよろしくお願い致します!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2.5章 世界の呼び声
第101話 戻ってきた日常


第2章完結に伴い滅茶苦茶感想をいただいてホクホクしておりました。今日からしばらく閑話として更新していきますので、本編はよしろや!!という方々は申し訳ないです。本編に絡んでくる話ではあるので許してください!


「おはよう」

 

「お、加賀美!!皆ー!ヒーローのご帰還だぞー!!」

 

「!?」

 

 

 理事長先生から与えられた臨時休暇も終わり、久々に登校することが出来た……と思ったら、教室にやってきてすぐ囲まれて身動きが取れない。何だ、モテ期はもうお断りだぞ。

 

 

「宇宙人と戦ってどうだった!?」

 

「バッカお前、エイリア学園の正体は宇宙人じゃないってあの……誰だっけ、首謀者っぽい人が言ってたろ?」

 

 

 囲まれるや否や、凄まじい勢いでの質面攻めに遭う。その質問の大半がエイリア学園との戦いについて。そりゃ気になるよな、宇宙人を名乗って全国の学校を破壊してた組織のこと。その組織と戦ったうちの一人が目の前に現れたら当然注目もされるか……

 

 

「あの宇宙人って名乗ってた人達、あの悪い人に脅されてたんだよね?可哀想……」

 

「隣のクラスの風丸とか染岡もあの細いヤツに脅されてたらしいな。それで加賀美や円堂と戦わせるなんて、クソみたいなことしやがる……!」

 

 

 俺を囲む輪の中で誰かがそう呟く。そうだった、表向きではそういうことになってるんだったな。ジェネシスとの戦いの前に吉良による首脳陣へ向けた放送で、エイリア学園のその正体が大衆に明かされた。そのせいでヒロト達が世間から悪感情を向けられないようにと警察がそういうことにしたんだ。俺の推測でしかないけど、多分裏には吉良の意思がある。最後に見せた吉良からヒロト達への感情は本物だ。自分の子ども達がそんな目に遭うくらいなら自分が全ての汚名を背負う。そんな考えがあったんだと思う。研崎に関してもそういうことになっているが、アイツはそんな自白しないだろうな。

 

 

「……まあ、本当に色々あったよ」

 

「なんだよー!勿体ぶらず話してくれよー!!」

 

「その辺にしとけよーお前ら」

 

「そうそう、加賀美くんが困ってるって」

 

 

 困り果てていると、東と大谷さんが助け舟を出してくれる。2人はこのクラスの学級委員だ。よく周囲が見えており、事ある毎にアクションを起こしてくれる。例えば今みたいに。

 そんな皆からの信頼も厚い2人のおかげで質問地獄は解散、ようやく席に着くことが出来た。

 

 

「2人共、ありがとな」

 

「気にしないで!でも私も気になるから気が向いたら話して欲しいな」

 

「俺も。労いの意を込めて今度ラーメン奢るからさ」

 

「それは熱いな」

 

「皆おはよう!!」

 

「お、円堂だ」

 

 

 2人と話していたら守がやってきた。流石に守も囲まれるようなことはなく、俺のすぐ近くの自分の席までやってくる。

 

 

「守、勉強は大丈夫か?」

 

「おう!課題はバッチリだ!」

 

「いや、そうじゃなくてテスト」

 

「……テスト?」

 

 

 夏休み明けということもあり、今日は課題テストがある。それの復習するために囲まれた時のらりくらりと躱したんだが、もしかしてコイツ……

 

 

「……お前、忘れてたろ」

 

「……うわあああああああ!!どうしよう柊弥ぁぁ!!」

 

「そんな日もある」

 

 

 守の悲鳴をBGMに教科書を開く。俺は知らん。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 テストが終わった。出来栄えは良いとは思う。とりあえず疲れたから購買に何か甘いものでも買いに行こう。

 

 

「おう加賀美」

 

「お前も糖分補給か?」

 

「染岡、風丸。お前らもか」

 

 

 購買に向かって歩いていると正面から風丸と染岡がやってきた。2人は勿論、半田や影野達も皆戻ってきている。こうして学校に来て皆と会うと、本当の意味で日常が戻ってきたことを実感させられる。

 

 

「なんかよ、皆がやたらと優しいんだ……」

 

「あんなピチピチの服着せられてとか、酷い演技させられてとか……心に来たよな」

 

「ああ……ドンマイ」

 

 

 染岡と風丸は分かりやすく項垂れる。エイリア石に手を出すことを選んだのはあくまで自分達。それに対して生暖かい視線を向けられたら……気まずいというかなんというか、な。まあ何だ……贖罪として頑張ってくれ。

 

 

「柊弥せーんぱい!」

 

「春奈、テストお疲れ様」

 

「先輩もお疲れ様です!」

 

「……慣れねえなあ、お前らが付き合い始めたってのは承知なんだけどよ」

 

「まあ、エイリア学園との戦いが始まる前から時間の問題って感じだったけどな」

 

 

 購買で何を買うか吟味していると、後ろから声が掛かった。振り向くと俺の胸元にすぐ飛び付いてくる。腕の中からこっちを見上げているのは、俺の大切な人。春奈と付き合い始めた、というのは別に公言していないけど、まあ分かるよな。昨日サッカー部皆で焼肉に行った時もずっとベッタリだったからな。

 

 

「先輩、今日一緒に帰りましょうね!」

 

「もちろん。久々の部活もあるからな」

 

「やった!」

 

「お熱いねえ」

 

「じゃあまた後で!」

 

「……音無、何も買わずに帰ってったぞ」

 

「そんなところも良いだろ?」

 

「俺の中の加賀美像が……」

 

 

 元気があって可愛いだろ。それでもし春奈のことを狙い始めたらちょっと容赦出来なくなるけどな。

 

 

「部活中にイチャつくのはやめてくれよ?」

 

「そこはちゃんと弁えるっての。副キャプテンだぞ」

 

「それはそれで面白いけどな」

 

「うっせ……じゃ、また後でな」

 

 

 ……絶対にやらない自信はないけどな。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「加賀美さん加賀美さん」

 

「どうした少林」

 

「何かキャプテン元気なくないですか?何か知ってます?」

 

「あー……ヒントはさっきのテスト」

 

「あっ……」

 

 

 待望の放課後がやってきた。早めに来たから皆が来るのを待っていると、段々と人が増えていく。本当に久しぶりだな、こういうの。

 ちなみに守は俺と修也、秋と同じタイミングで一番最初に来たけどずっとモノクロ化してる。絶望を体現したような佇まいだ。このままじゃキャプテンとして機能しないな。

 

 

「おいキャプテン、そろそろ始めんぞ」

 

「……おー」

 

「重傷だな。修也、ファイアトルネード」

 

「屋根突き破っても良いのか?」

 

「やっぱナシで」

 

 

 そんな理由で部室を壊したら多分夏未辺りに怒られる。ファイアトルネードで屋根をぶち破る修也はちょっと見てみたいけど。

 

 

「終わったら響木監督のとこで拉麺食おうぜ、な?奢ってやるから」

 

「よし!練習始めるぞ!!」

 

「コイツ殴っていいか」

 

「加賀美、ステイ」

 

 

 何はともあれ練習が始まる。準備運動、アップのランニング、課題練……本当に久しぶりだ。いつも通りの部活が出来てるのはもちろん、皆が揃ってるって言うのが何より嬉しい。皆も楽しいんだろう、終始笑いが絶えない良い練習だ。

 

 

「加賀美、今いいか」

 

「おうシャドウ、どうした?」

 

 

 それに、新しい仲間も増えた。シャドウだ。俺達が全国を巡っている時に雷門に転校してきてて、晴れてサッカー部の仲間入りを果たした。俺と修也、染岡の中に混ざっても全く劣らない凄いストライカーだ。チームの攻撃力がまた高まったな。

 

 

「ダークトルネードのスイングスピードをもっと早くしたいんだ」

 

「そうだな……」

 

 

 シャドウの代名詞、ダークトルネード。修也のファイアトルネードを自己流に落とし込んで得られた必殺シュートらしい。修也じゃなくて俺に聞いて来たのはスピードに関する話だからだろう。俺もファイアトルネードを撃てるけど、スピードだけで言ったら修也より俺の方が上だ。威力は比べ物にならないけどな。

 

 

「多分回転の勢いを活かしきれてないな。一瞬溜めを作ってるせいでトップスピードのまま打ち込めてないんだ」

 

「なるほど……でもそれだと威力が落ちないか?」

 

「足に込めるエネルギー量を増やしてみろ。あるいはもっと身体を鍛えるかの2択だ。後者は長い目で見ないとだけどな」

 

「やってみよう。消耗に関しては……それこそ鍛えるしかないな」

 

「今度俺がやってる特訓を教えてやるよ。意外と瞑想って良いんだ」

 

 

 シャドウにアドバイスをし終わったくらいのタイミングで紅白戦が始まる。キーパーは守しかいないから少しイレギュラーにはなるんだけどな。

 

 

「行かせないぞ、加賀美!!」

 

「止めてみろよ、風丸!!」

 

 

 目の前に立ちはだかるのは風丸。もうエイリア石の力は残っていないが、それでもかなりのスピードだ。本人達曰く、あの時の感覚が残っていてそれに身体が引っ張られている感じがするらしい。だからやけに消耗が大きいが、それなら身体を鍛え続ければいつか自力であれに近いレベルに到達するのも夢じゃないってことになる。当然自分の能力を今の200%以上まで鍛え上げるのは途方もない話。あくまで近付けるかもってだけだ。

 

 

 その話は置いといて集中しよう。風丸め、相当鍛えたな?一切手を抜いてないってのに俺の動きに完璧に着いてきやがる。この前リハビリと称して一緒にサッカーしてた時よりも明らかに速い。スピードでは互角だって言うなら、テクニックで上回るしかないな。

 

 

「くっ、流石だな加賀美!」

 

「お前こそ!!」

 

 

 これでもかとフェイントを混じえ、風丸の重心がブレた瞬間を狙って最高加速。風丸を置き去りにしてそのままゴールへ向かう。

 

 

「よし、来い柊弥!!」

 

「おう!!」

 

 

 目の前に構えてるのは守。いくら練習の中の紅白戦と言えど手は抜かない。全力でボールを踏み抜き、力を注ぎ込む。

 

 

"極"轟一閃ッ!!

 

正義の──

 

 

 あの戦いの中で進化した轟一閃をぶち込む。元々スピード重視だったこのシュートは、神速の域に達したという自負がある。もちろんそれに比例してパワーも一級品。仕上がったばかりの雷霆一閃以上のパワー、それに加え俺の必殺技の中でも随一のスピード。まだまだ強く、速くなれるだろうけどな。

 そんな轟一閃は守の反応速度を大きく凌駕し、ゴールネットに突き刺さる。

 

 

「くーッ、速すぎるぜ柊弥!!どうやったら止められるかな?」

 

「そうだな……シュートモーションで予め予測して正義の鉄拳の発動までを短縮するとか?まあ、同じ初動から雷霆一閃やライトニングブラスターに派生出来るし、撃ち出すタイミングをズラして対策の対策も出来るけどな」

 

「難しいな……けど、絶対止めてみせるからな!!」

 

「はっ、俺もその分成長してやるよ……ん?」

 

 

 守とそんなやり取りをしていると、視線の先に見慣れない人物が入り込んだ。生徒でも先生でもない、外部の人だな。しかもこっちを見ている。エイリア学園との戦いがあったから興味で見に来たここら辺の人?いや、それにしてはスーツだ。

 

 

「まあいいか」

 

 

 練習に集中しよう。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「ふう」

 

 

 部活が終わり、春奈を家まで送って俺も帰宅した。夕飯、風呂と済ませて特にやることも無くなった。当然課題は終わってるし、授業も別に復習するような内容はない。予習は……まあ良いだろ。

 

 

「ん?」

 

 

 とりあえずベッドで伸びている。すると、携帯が鳴った。これはメールが届いた通知音だな。

 

 

「……お」

 

 

 差出人は瞳子監督だ。前々から話してたことが正式に決定した、その連絡だな。日にちは……今週末か。善は急げって言うからな。瞳子監督が最初連絡をくれた時から結構、というか滅茶苦茶楽しみにしてた。

 

 

 さて、とりあえず明日の部活でやることを考えておこうかな。明日は最初のアップだけ全体でやった後に自由練習だからな。正確には考えるって言っても皆から鍛えて欲しいって声を掛けられまくったからそのメニューの考案だけど。

 

 

 まずはシャドウ、染岡。アイツらは今以上にシュートを磨きたいって言ってた。とりあえず身体を鍛えるのは当然必要事項として、シャドウに提案した瞑想トレーニングを取り入れるのも良いな。必殺技は鍛えた自分の身体とエネルギーを効率良く扱うのが大切だからな。少ない消耗でフルパワーを出せるようにしておけば、結果としてスタミナの向上にも繋がる。

 

 

 次に風丸。風丸は単純なスプリントを伸ばすのも良いけど、風丸自身にフェイント技術を仕込むのも良い。自分でテクニックを伸ばせれば、相手の技術面の強みにも抵抗出来るようになる。風丸ほどの瞬足ならそのスピードとテクニックを掛け合わせてDF以外の活躍も増やせるだろう。それに個人的な欲でもあるけど……アレを磨かせるのも良いかもしれない。そうすれば前衛、特に俺との連携手段も増やせる気がする。俺とアイツには2人のドリブル技もあるからな。

 

 

 そして壁山や栗松、少林に宍戸、一年生達だな。アイツらはとにかく身体を鍛えたいって言ってた。それなら俺がカオス戦前にやったあのトレーニングをやらせてみても良いかもな。いや、それより先にイナビカリ修練場フルコースを耐えれるようにした方が良いか?ナニワ修練場の自分が伸ばしたいコースのレベルMAXをクリア出来るくらいが俺の指標だったんだけど、大阪までは流石に……なあ?

 まあ良いか。明日俺も一緒にやってみよう。フルコースを試したことは無いからな。

 

 

 こんな感じで皆のことを考えてるけど、俺も自分の成長を考えないとな。轟一閃の進化でスピード面が伸びたから今度はパワーを付けるか?それも良いし、集中力を鍛えるのもアリだな。ジェネシス戦で鬼道が教えてくれたことが本当なら、それを続けていれば意図的にゾーンに入れるかもしれない。そこからもっと力を伸ばせる可能性だってある。例えば化身の感覚を掴めたりとかな。化身は俺自身もよく分かってないことが多すぎるし、頭の片隅くらいに置いておくくらいでちょうど良さそうだけどな。

 

 

 さて、こんなもんか。こういう風に皆が強くなれる方法を考えるのも久しぶり……いや、なんなら初めてか?フットボールフロンティアの時も、エイリア学園との戦いの時も自分以外の特訓をじっくり考えたことはない気がするな。頼まれて付き合うとかなら全然あったけど。

 それが出来るのも、あの戦いを乗り越えたから。このまま皆で頑張って来年のフットボールフロンティアも優勝したいな。後はもしかしたら、世界大会とか……はないか。プロの世界ならまだしもな。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「少し久しぶりね、加賀美くん」

 

「少しご無沙汰しております、瞳子監督」

 

 

 そして迎えた週末。家の外で待っていると一台の車がやってくる。運転席から顔を見せたのは瞳子監督。ジェネシスとの戦いが終わった時ぶりだから、1ヶ月は経っていないか?久しぶり、ご無沙汰というのにも微妙な期間だからお互いに変な挨拶になったな。

 

 

「さ、乗ってちょうだい」

 

「はい、お世話になります」

 

 

 俺は荷物を後部座席に置いて助手席に座る。

 

 

「あれからどうかしら?」

 

「もう絶好調ですよ。色々ありましたけど風丸達も戻ってきましたし、皆でまたサッカー出来ることのありがたさを噛み締めてます」

 

「あれは大変だったわね……研崎のことを忘れていた私の責任でもあるわ。ごめんなさい」

 

「そんな訳ないじゃないですか。瞳子監督が謝ることじゃありません」

 

「ありがとう。それで、他に何か変わったことはある?」

 

「そうですね……あ、春奈と付き合い始めました」

 

「……やっとくっついたのね貴方達」

 

「もしかして、バレてました?色々と」

 

「ええ勿論。だってことある度に距離感が近いんだもの。まだそういう関係じゃなくても、両想いなんだろうなってバレバレよ」

 

「お恥ずかしい限りで」

 

 

 そんな他愛もない話をしながら車は進んでいく。瞳子監督の近況を聞きながらたまに俺も周りのことを話して、あの戦いの日々を懐かしんだりもした。

 

 

「着いたわよ」

 

「……ここが」

 

「ええ。私やお父さん、あの子達にとってかけがえのない場所……」

 

 

 話をしていると案外すぐに目的地に着いた。時間的には結構掛かったんだけどな。

車から降りて、その目的地を一望する。そう、この場所が……

 

 

「……お日さま園」

 

「加賀美くん!!」

 

 

 その時、建物の扉が勢い良く開かれ、中から人が飛び出してくる。赤い髪を揺らしながらこっちに走ってくるのは──

 

 

「久しぶりだな、ヒロト。約束果たしに来たぜ」

 

 

 ──基山ヒロト。俺達と戦ったあのジェネシスのキャプテンであり、俺の友達だ。




日常回って難しいですね。前まで散々試合描写ばっかだったのでやたらと詰まりました。
そして柊弥がやってきたのはお日さま園。今回再会を果たしたのは瞳子さんとヒロトだけでしたが、次の話では多くの人物が出てくることでしょう。

本編では無いのでいつもより文字数が少ないですが、多分閑話のうちはこんな感じになると思います。今回は導入の話だったからというのはありますが、前話や前々話のように1万字を超えることは無いと思います…多分。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第102話 因縁の清算

閑話2話目です。お日さま園で元エイリア学園の民の洗礼を受ける柊弥くんを見届けてやってください。


「まさかこんなすぐに会えるなんて、思ってなかったよ」

 

「俺もだ。瞳子監督に感謝しないとな」

 

「気にしないでちょうだい。むしろ加賀美くんこそ本当に大丈夫だったのかしら?」

 

「勿論です。あの戦いがあったから新しい出会いもあったし、もっと皆と仲良くなれたし、何より……もっとサッカーが好きになりましたから」

 

「……そう」

 

 

 ヒロトと瞳子監督に連れられて廊下を行く。大人数を抱えていた施設だったからか、やっぱ広いな。ただの廊下なのにめちゃくちゃ長いし、部屋がやたらと多い。さっきチラッと見えたが、風呂はもはや大浴場くらいの大きさだ。

 

 

「加賀美くん」

 

「どうした?」

 

「加賀美くんが来るって聞いて、人によってテンションの差が凄いことになってるんだ。だからその……引かないであげてほしい」

 

「……俺が引くほどなのか?」

 

 

 テンションの差が凄い……なんだ、物凄い湿度が高いヤツだったりパリピしてるヤツがいたりするのか?

 

 

「じゃあ、開けるよ」

 

「……ゴクリ」

 

 

 ヒロトは神妙な顔付きで扉に手をかける。この先に、一体どんな脅威が待ち受けているというんだ──

 

 

「待っていたぞ、加賀美 柊弥ァァァァ!!」

 

「おらァ!あの時のリベンジだァッ!!」

 

「抜けがけするなお前達!!最初に加賀美 柊弥を倒すのはこの私だ!!」

 

「うわ……」

 

 

 ヒロトが扉を開けると、中から一気に3人が飛び出してくる。その誰もが殺意に近い闘志を漲らせながら俺を囲む。初手から凄まじい歓迎だ。視線の先ではヒロトがあちゃーと呟きながら目を伏せている。いや、助けてくれよ。

 

 

「こら貴方達、一応加賀美くんは客人なのよ」

 

「そうそう、まずは長旅の疲れを癒してからで良いだろう?」

 

「アンタ……お前は指図すんなよ、グラ……ヒロト!!」

 

「そうだよグラ……ヒロト」

 

「も、申し……すまん、グラン様……ヒロト」

 

「ぐちゃぐちゃじゃねえか」

 

 

 コイツら、まだエイリア学園の時の癖が抜けてないだろ。多分未だに皆宇宙人としての名前で呼ぶ時とかあるんだろうな。何も知らないヤツが聞けばギリギリあだ名に聞こえなくもないか?

 

 

 とりあえず、瞳子監督とヒロトが場を収めてくれたので部屋に入る。中には他にも何人かいる。全員にある程度見覚えがあるし、飛び出してきたヤツらに関しては見覚えしかない。1人見てくれ、主に目つきがだいぶ変わってるが、間違いなくアイツだろう。言っちゃえば声で判別できるしな。

 

 

「さて、それじゃあ改めてここにいる皆で自己紹介でもしようか」

 

「それでは私が先陣を切ろう!!」

 

 

 と言って手を挙げたのは長い黒髪を後ろで束ねた男。随分あの頃から様変わりしたけど、まあアイツだろう。

 

 

「私は砂木沼 治!沖縄での貴様との血湧き肉躍る戦い、今も鮮明に覚えているぞ!」

 

 

 そう、イプシロンとして何度も俺達の前に立ちはだかってきたあの男、デザームだ。京都、大阪、沖縄で激闘を繰り広げ、その末にようやく勝利した。統制されて隙のないチームであるイプシロンを倒すために生み出したのが雷霆一閃だ。それを実行出来る身体を作るためにってナニワ修練場でちょっと無茶をしたりもした。

 

 

「俺もよく覚えてるよ。何回煮え湯を飲まされたか」

 

「常に私の想定を超えてきて良く言う。だが、私はお前のおかげで大切なことを思い出せたのだ。感謝しているぞ」

 

「……そうか」

 

「おい、しんみりしてねえで俺にも興味を示せよ!!」

 

「私のことも忘れるな!!」

 

「あ、すまん」

 

 

 試合が終わって、砂木沼は俺にサッカーを楽しいものだと思い出せた、って言ってくれた。あれがあったからもしかしたらエイリア学園とも分かり合えるんじゃないか、って思えた。結局その後も戦うしか無かったけど、今こうして話が出来ていることが何よりの証明かもしれない。

 珍しく感傷に浸っていると、赤いのと白いのが自己主張してくる。コイツらとは……特別なエピソードがあった訳じゃないんだよな。あの試合で語るならアフロディのことだし。

 

 

「ったく……俺は南雲 晴矢!プロミネンスとカオスのキャプテン様だった男だ!!」

 

「涼野 風介。カオスのキャプテンはジャンケンで負けただけで本来は私だ」

 

「ンだとテメェ!?」

 

「試合の最初に戦意喪失していた男が良く吠える」

 

「でもお前ダイヤモンドダストとして戦った時も実質負けだったじゃねぇか!!」

 

「あれは引き分けだ!!」

 

「結局カオスの時俺達に負けたけどな」

 

「「う゛ッ……」」

 

 

 どうやら勝った負けた論争において結局負けたじゃんアタックは即死攻撃だったらしい。南雲と涼野のさっきまでの勢いが消え失せた。

 プロミネンスと試合はしていないが、涼野より先にコイツと会ったんだよな。修也を探している時に炎のストライカーを名乗って俺達の前に現れた。実際炎のストライカーではあったが、修也目的だった当時の俺は凄まじく荒れてた気がする。

 そしてカオス戦。あの試合もヒロトや風丸達との試合に引けを取らないほどに苛烈な戦いだった。点を奪って奪われて、また奪っての繰り返し。試合が終わったあとにはアフロディと揃って気絶するくらいだ。

 

 

 ……というかコイツら全然見た目変わってないな。砂木沼はだいぶ変わってるし、ヒロトも髪型を変えるくらいはしてたのにほぼ素じゃねえか。

 

 

「けど今回は勝つぜ!あの時より俺は強くなったんだからな!!」

 

「同意だね。君のスピードを上回ってみせよう」

 

「大きく出たな……あの時の俺と思ったら大間違いだぞ?」

 

「邪魔するぞ」

 

「ちょッ、離してよ玲名ぁ!!」

 

 

 南雲と涼野の挑戦状を叩きつけ返すと、奥の扉が開く。そこから入ってきたのは、青髪に白のメッシュが入った女と……それに首根っこを掴まれている緑髪。あの青髪は見覚えがあるな、ジェネシスの10番だ。ヒロトを警戒していたら超スピードの奇襲で度肝を抜かれた覚えがある。

 そしてあの緑髪……あ、アイツはもしかして?

 

 

「扉の前でずっとぶつくさ言ってたから連れてきた。あとこれ、お菓子」

 

「ありがとう。えっと……」

 

「八神だ。八神 玲名」

 

「八神ね、覚えた。それでそっちは……」

 

「ひッ」

 

 

 八神が持ってきてくれたお菓子を受け取って、問題のその男に話題を移すと身体がビクンと跳ねた。なるほど、ヒロトが言っていたテンションの差ってこういうことか。

 

 

「〜〜〜ッ、その節は、大変申し訳ございませんでしたァッ!!」

 

「……へ?」

 

 

 そしてその緑髪が見せたのはなんと、凄まじい勢いの土下座。美しい本気の土下座だ。俺があの域に達するのは20代後半か……

 

 

「えっと……とりあえず顔上げろよ?」

 

「その節はッ!!黒いボールを全力で撃ち込んで大怪我をさせるだけでは飽き足らずッ!!奈良でも気絶するまでに追い込んでしまいッ!!挙げ句の果てに大口を叩いた上で大敗するという醜態をさらしてしまいッ!!本当の本当に申し訳ございませんでしたァァァ!!」

 

「ええ……」

 

 

 いや、うん。話してる内容的にも間違いなくアイツなんだけど、こんなキャラだったのか?

 

 

「とりあえず、名前……」

 

「はいッ!緑川 リュウジと申します!!負け犬とでもなんとでも呼んでくださいッ!!」

 

「お前は俺をどんな鬼畜だと思ってんのッ!?」

 

 

 とりあえずレーゼこと緑川を普通に座らせる。その顔は面白いくらいに真っ青だ。

 

 

「まあなんだ……別にもう気にしてないから、な?最初のアレは流石に死ぬかと思ったけど」

 

「アレは本当にやりすぎたんだ……エイリア石の影響で気性がどうこうはあったにしても、本当は校舎の破壊しかしないつもりだったのに……」

 

「だからもう良いって!というかお前、キャラが違いすぎるだろ。この3人を見てみろよ、会うなりリベンジだのなんだのだぞ?」

 

『ふんッ』

 

「ここだけの話、あの時は滅茶苦茶宇宙人キャラ作ってたんだ……その挙句が殺人未遂……うぅ……」

 

「……ヒロト、八神。ヘルプ」

 

「緑川。加賀美くんが来る前にも言っただろう?お前がいることを承知で来てくれてるんだから、そんなに怒ってないはずだよって」

 

「その通りだ。もし気にしているなら私やヒロト、南雲達との気まずさも考えて来ないだろうに」

 

「……本当に?本当に怒ってない?」

 

「怒ってない怒ってない」

 

 

 あの飄々とした態度で俺達を見下していたレーゼの姿と緑川がどうやっても重ならない。別人ってレベルじゃねえだろオイ。

 

 

「……じゃあ良かった!いやーここだけの話すっごい不安でさあ、到着前に雲隠れしようと思ってたんだよね!」

 

「切り替え早」

 

「喉元過ぎれば熱さを忘れる、ってね!」

 

「まあ、そういうことにしておいてくれ。そっちの方が俺としても助かる」

 

 

 やっとこれでまともに話が出来る。全力謝罪されたままじゃ会話なんて出来ないからな。

 

 

「それにしてもさ、何であの後平然と奈良に来てたの?普通に長期入院だと思うんだけど」

 

「それがな、俺もよく分からないんだけど病院に運び込まれた翌日には全回復してた」

 

「加賀美ってもしかして宇宙人?」

 

「有り得るね。普通ならガス欠になるような場面ばかりだろうし」

 

「正直バケモンかと思ったぜ」

 

「私も。あの試合の中で何度肝を冷やしたか」

 

「……もしかして、満場一致で人外扱いか?」

 

「大丈夫、俺がいるよ」

 

「私もいるぞ」

 

「ヒロト、砂木沼……!」

 

 

 人の温かさを実感しながら話に花を咲かせる。互いの近況、今だからこそできるあの時の話などなど、最初の一悶着はあれど和やかな空気で時間が流れる。

 このまま話してても良いけど、せっかく来たんだ。敢えてその空気を破るとしよう。

 

 

「さて、そろそろ……やるか?」

 

「待ちくたびれたぜ……リベンジマッチ!!」

 

「あの時の雪辱、晴らさせてもらう!」

 

「ふはは!!あれからまた強くなった貴様を見せてもらうぞ、加賀美!!」

 

「全くコイツらは……だが、私もリベンジさせてもらうぞ」

 

「ジェミニストームが負けてから俺も特訓したからね。その成果を示してやる!」

 

「決まりだね、加賀美くん」

 

「ああ……サッカー、やろうぜ!!」

 

 

 そう、本来の目的はコイツらとサッカーすることだ。ヒロトとの別れ際、サッカーしてたらまた会えるなんて言ったからな。まあそれはそれとして、普通に俺がやりたかっただけだな。あの時は互いにバチバチの状態でやり合ってたけど、今ならただ楽しいサッカーが出来るはずだ。

 

 

 そうと決まってから行動は早かった。南雲達が建物中を走り回って人を集め、2チームを作る。明らか2チームでは足りない人数だから何回か回すんだろうな。ちなみに俺は客人だからといって常に参加させられるらしい。嬉しいけど、多分途中からはヘトヘトだろうな。

 ちなみに集まったメンバーはほぼ全員どこか見覚えがあった。エイリア学園の時は明らかに変装重視してるヤツとかいたけど、意外と分かるもんだな。全く見覚えがないのは、多分南雲のチームだったヤツらだと思う。

 

 

 さて、やるか。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

X月X日 議事録

 

 加賀美 柊弥について

 

 ・加賀美 柊弥の封印が正式に決定。このミッションにはエージェントとしてガンマを派遣する。

 

 ・過去にこちら側から過去に接触した影響によってイレギュラーが予測される。その最たる例が、加賀美 柊弥の完全覚醒である。もしそうなった場合、タイムパラドックスによるセカンドステージ・チルドレンの更なる進化が考えられる。

 

 ・現時点で加賀美 柊弥の時間軸において覚醒は起こっていない。そのため、覚醒するよりも早く可及的速やかに封印を行うことを目標とする。仮に覚醒が発生すると仮定する場合、フットボールフロンティア・インターナショナルの時期と予想される。万全を期し、フットボールフロンティア・インターナショナルの予選開始前に封印完了を目標とする。

 

 

 雷門イレブンについて

 

 ・ベータにより円堂 大介のクロノストーン化が完了。しかし、クロノストーン化した状態で動けることが監視により判明。それにより雷門イレブンが覇者の聖典の内容を理解、チーム強化のために何やら動き始めると予想。

 

 ・試合の中で松風 天馬に続き、剣城 京介が化身アームドを習得。

 

 ・今後も継続してベータに一任することとする。

 

 

 フェーダについて

 

 ・先日、ナンバー2である???がセカンドステージ・チルドレンと交戦している場面が観測された。

 

 ・原因は不明だが、???が何らかの理由でフェーダより離反したと予想。それにより???によるタイムジャンプへの干渉が無くなると思われる。

 

 ・それによりフェーダ組織力が低下。特に???が強く関与していた技術面と謀略面において大幅な弱体化が見込まれる。

 

 ・???は現在行方不明。おそらく身を隠すために潜伏していると思われる。

 

 

 

 

「……ふう」

 

「随分とお疲れのようだな、トウドウ」

 

「サカマキか」

 

 

 先程まで会議をしていた部屋に一人残り、議事録を見返しながら思案するトウドウ。そこにサカマキと呼ばれるエルドラドの科学者がやってくる。

 

 

「疲れもする。ただでさえセカンドステージ・チルドレン……フェーダ共の攻撃が激しくなっているのだ。その上雷門イレブンが面倒な動きをしている」

 

「だからこそ、加賀美 柊弥を封印することで力を削ごうということか」

 

「そういうことだ。前まではヤツのせいで加賀美 柊弥の時代への干渉は常に読み合いを強いられていたが、恐らく今ならそれがない」

 

「ようやく我々にツキが回ってきたな。ガンマを派遣するとのことだが、確実性を重視してパーフェクト・カスケイドも派遣するか?」

 

「いや、パーフェクト・カスケイドはこちらの時代に残しておきたい。せめてアルファの再教育が済むまではな」

 

「了解した。本来ならば最初に加賀美 柊弥と円堂 守を潰すことでサッカーを衰退させられれば良かったんだがな」

 

「結果は時空の共鳴現象により加賀美 柊弥の進化を促進、本来目覚めることのなく受け継がれるはずだったその原初の力が目覚めかけている始末だ」

 

「ふむ……やはり覚醒しないにしろ、加賀美 柊弥の封印は必要だな。危険すぎる」

 

「ああ」

 

 

 自身の存在そのものを脅かす魔の手が迫っている。そのことを柊弥はまだ知らなかった。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「おらァ!!」

 

「くッ、負けるかよッ!!」

 

 

 ボールと共に独走していると、どこからとも無く現れた南雲かショルダーチャージを仕掛けてくる。相変わらず馬鹿げたパワーだ。負けてから馬鹿みたいに鍛えたな。あの時とは比較にならないレベルだ。というか、全員レベルが上がっている。エイリア学園の序列的には一番下だったはずのジェミニストームのメンバーも食い下がっている。

 幾らフルタイムじゃないとはいえ、もう何回試合したかな。だいぶ疲れてることもあって気を抜いたらすぐ負けそうだ。

 

 

「加賀美!こっちこっち!!」

 

「ナイス、緑川……!」

 

 

 南雲を引き剥がす余裕が無い中、サイドから緑川が走り込んでいる。体勢を崩しながらも出したパスはしっかりと緑川に届く。南雲がそれに気を取られた瞬間を狙って突破する。

 

 

「クララ!!」

 

「はいはい……アイスフォートレス

 

 

 緑川からボールが戻されたその瞬間、涼野と二人で氷の城壁に囲まれる。この必殺技はクララだな、カオスとの試合でどれだけ苦労させられたか。しかもこの状態で涼野とデュエルか。この壁を越えるためにも体力が持ってかれるだろうし、どうするか……

 

 

(なんてな、選択肢は最初から一つだろッ!?)

 

 

 雷霆万鈞をフル稼働させ、最大加速でぶち抜く。真正面から涼野が迫るが、シザースで左右の揺さぶりを掛けてからの一点突破で置き去りにする。そこまで来れば目の前にあるのは分厚い氷の壁。

 この前はライトニングブラスターの力技で突破したけど、今それをやったら多分ガス欠でぶっ倒れる。雷帝一閃の応用で飛び越えたりもしたが、それを想定してか壁がやたらと高い。一か八かの賭けになるが……試してみるか、三つ目の選択肢をな!

 

 

サンダーストーム"V2"!!

 

 

 身体から溢れ出る雷で十数本の剣を作り出し、氷の壁に差し向ける。剣の雨が壁を削り、その先の光が段々と漏れ始める。

 あともう少しで突破、というところで横から涼野がぶつかってくる。パワーも前より上がってる、南雲に負けじと満遍なく鍛えてやがる。倉掛が作り出したアイスフォートレスもあってカオスとの試合を思い出す。

 

 

 だからこそ、負けらんねえな。

 

 

「らァァァァァァッ!!」

 

「まだ、こんな余力が……!!」

 

 

 エネルギーを高密度で練り上げ、爆発させる。全身から迸る雷の勢いが桁違いに跳ね上がり涼野を遠ざける。狙い通り、妨害が無くなった今なら壁の突破に集中出来る!

 

 

「ぶち抜けッ!!」

 

「えっ?」

 

 

 サンダーストームで削り、最後は自分の身体で壁を叩き割る。この手の壁を突破するならやっぱり力技が一番手っ取り早い。

 氷の壁が砕け散って目の前の視界が開けると、こちらを唖然とした表情で見ている倉掛が視界に入った。何か言いたいことがありそうだが構ってる暇はない。この勢いのまま点を奪い取ってやる。

 

 

「させんぞ、加賀美!」

 

「ッ、マジで速いなッ……!」

 

 

 ゴールまで走ろうとしたその時、音もなく一瞬で八神が現れた。俺が閉じ込められてる間に後ろまで戻ってきてたのか?それにしたって速すぎるだろ。涼野と比べても全く遜色ない。

 

 

「加賀美くん!こっちだ!」

 

「最高のポジショニングだ……ヒロトォ!!」

 

 

 俺がパス先を探し始めたと同時、声を上げるヒロトが視界に入った。もう跳ぶ体勢が出来てる。それなら……上だな。

 

 

流星ブレードッ!!

 

 

 八神をハンドワークで抑えながらセンタリングを上げる。それより早く跳んでいたヒロトは、脚に力を集中させながらそれを待っている。送り出したボールはヒロトが最後の回転を終えたタイミングでちょうど足元に到達し、全エネルギーを叩き込まれる。放たれたそのシュートはまさに流星の如く。それを迎え撃つのは砂木沼。

 多分、このシュートが試合最後になる。なら、俺もちょっと無茶ぶりしてみるか。

 

 

「ッ!!貴様も来るか、加賀美ッ!!」

 

「恨むなよッ!"極"轟一閃ッ!!

 

 

 本来の踏み抜く工程を省略した上で跳び、ゴールへ向かって降っていく流星に俺の一刀を上乗せする。雷を纏った流星は更に唸りを上げながら砂木沼へと向かっていく。

 

 

「恨むはずがなかろうッ!!貴様らの全力、迎え撃ってくれる!!ドリルスマッシャー"V3"ィィィ!!

 

 

 流星ブレードと轟一閃の併せ技を強靭なドリルが迎え撃つ。凄まじい勢いで火花を散らしながら互いに削り合う。オーバーヒートしたドリルは赤熱を帯び始め、暴走したかのように勢いを増す。

 

 

「ぐォ……ぉぉおおおおッ!?」

 

 

 だが、俺とヒロトの全力が注ぎ込まれたシュートはあまりに強すぎた。ドリルは悲鳴のような音を上げた瞬間砕け散り、砂木沼の横を通り過ぎてゴールネットに突き刺さる。

 

 

「よしッ!!」

 

「ナイスシュート加賀美、ヒロト!!」

 

「おう、お前もアシストありがとな。緑川」

 

 

 俺達のシュートが決まった、その瞬間試合終了のホイッスルが鳴り響く。この試合が最後のローテーション、完全終了だな。

 

 

「あー……疲れた」

 

「15分間隔くらいで10試合くらいやったもんね」

 

「普通の試合を二回とちょっとこなしたくらい?相当やったなあ……」

 

「ああ。もう動けねえよ」

 

 

 ここまで疲れたのは久々だ。あの戦いが終わってから気を抜いてダラダラしてたら間違いなく半分くらいで潰れてただろうな。

 

 

「おい加賀美、風呂湧いてんぜ」

 

「その後は夕飯だ、行くぞ」

 

「おーう……」

 

 

 南雲と涼野に引っ張り上げられて立ち上がる。どうやらもう風呂の準備が出来ているらしい。タオルと着替えを回収して皆に着いていく。

 

 

「……おお」

 

 

 ここに着いたときに風呂場はチラッと見たけど、やっぱ凄いな。マジで大浴場だ。探したらサウナも併設されてるんじゃないか?ってなりそうなくらいには大きい。離れたところに女子風呂も同じ大きさであるって言うんだから凄まじい。

 

 

「なあ加賀美」

 

「どうした南雲」

 

「お前ってさ、好きな人とかいねえの」

 

「何だよ急に」

 

「そりゃお前、男子中学生といったら恋バナだろうが」

 

「それって修学旅行で寝る時にするやつじゃないか?」

 

「お前が寝るの空きがあるヒロトと緑川の部屋だし、今のうちに消化しとこうぜ」

 

「成程」

 

 

 そういうノリか。それならまあ、付き合ってやるか。

 

 

「好きな人というか、付き合ってる人がいる」

 

「なッ」

 

「詳しく聞かせてもらおうか」

 

 

 言葉を失う南雲とは逆に涼野が食い付いてくる。コイツこういうキャラなのか。

 

 

「付き合ってるのは雷門イレブンのマネージャーさんかい?」

 

「ああ」

 

「告白したのはどっちなの?」

 

「あっちからしてもらった。お前達との戦いがあったから返事は少し待ってもらって、この前したばっかりだ」

 

「おお……」

 

「デートは?」

 

「何回かした」

 

 

 色んなヤツからの質問責めに合う。休み終わり前の焼肉でもこんな感じだったな。春奈と一緒にいたら凄まじい勢いで囲まれてた。正確にはやっと付き合ったのかみたいな感じだったけど。

 

 

「お前らは何かないのか」

 

「俺達は……なあ?」

 

「ああ」

 

「小さい頃から一緒にいたから、異性より家族としての意識がどうしてもね」

 

「あー……」

 

 

 そういうパターンもあるのか。聞いた話だと、小学校低学年くらいからずっと一緒に同じ屋根の下で過ごしているメンバーが大半らしい。俺と守が出会った時くらいから家族として過ごしてたと考えれば確かに納得だ。

 

 

 そこからも色々な話をする。さっきヒロト達と話してる場所にはいなかったヤツらも混じえてあの時の話をしたり、サッカーについて話したり。アドバイス的なのを求めてくるやつもいる。

 気付いたら30分くらい経っており、段々とのぼせそうになってきたから上がることにする。

 

 

「うお……」

 

 

 髪を乾かし終わって広間に戻ると、壮観な光景が広がっていた。多くのテーブルの上に並べられた寿司、オードブル、その他もろもろ豪華絢爛な食事。風呂入る前といい驚きっぱなしだ。

 

 

「今日は奮発させてもらったわ。吉良財閥の力よ」

 

「……財閥すげー」

 

 

 50,60人分くらいいるから……相当だ。そんな光景に言葉を失っていると、続々と人が集まってくる。サッカーする時全員そこにいたけど、やっぱり多いな。

 

 

「さて加賀美くん、乾杯の音頭をお願いね?」

 

「え?」

 

「今日の主役だもの。皆期待してるわよ」

 

 

 皆が集まったのを確認したのか、瞳子監督に無茶振りを振られる。乾杯の音頭って、何を言えば良いんだ?俺ってこの場において部外者みたいなもんだし、だいぶ難しいぞこれ。仕方ない……この前の守を参考にするか。

 

 

「ええ……本日はお招きいただきありがとうございます。色々ありましたが……」

 

「加賀美長いぞー」

 

「固いぞー」

 

「早くー」

 

 

 南雲、涼野、緑川に連続で煽られる。コイツら……まあ、堅苦しくて長い口上なんていらないか。じゃあシンプルに……

 

 

「……乾杯!」

 

『かんぱーい!』

 

 

 グラスを掲げるとあちこちから音が鳴る。さて、さっき話せなかったヤツらとも話に行くか。




中学生らしい話をもっとさせたかったけど難しかったです。もっと精進せねば。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第103話 不穏な蠢き

最近イナイレ原作の新規連載増えてて嬉しいですね。もっと増えて欲しい…


「それじゃあまたね、加賀美くん」

 

「おう、そのうちまた遊びに行く。瞳子監督もありがとうございました」

 

「こちらこそ、ありがとうね」

 

 

 翌日、瞳子監督の車で家まで送ってもらった。行きとは違う点はヒロトも着いてきたことだ。これで俺の家が分かっただろうし、今度はこっちに来てもらうのも良いな。ヒロトと緑川くらいなら全然俺の部屋で寝泊まり出来るだろうしな。何故砂木沼達がそこに入っていないのかというと……まあ、察して欲しい。だってアイツら、寝るってなった時に部屋まで押し掛けてきてずっと話してたんだよ。ヒロトと緑川が追い出してくれなかったら寝不足確定だった。

 

 

『加賀美!次会う時まで鍛錬をサボるなよ!』

 

『次は絶対ぶっ潰す!!首洗って待っとけ!!』

 

『今回は結局勝てなかったが……次はない!!絶対に私が勝つ!!』

 

 

 ……最後の最後まで暑苦しいヤツらだった。守に負けず劣らずだったな。

 

 

「次は絶対俺が勝ってみせるよ」

 

「上等」

 

 

 訂正。目の前のヤツもそうだった。

 

 

「さて、いくか」

 

 

 段々と車の姿が遠ざかっていく。帰ってきた矢先に忙しいが今日はまた予定が入っている。集合時間まではまだある……けど特にやることもないしもう向かうか。場所はいつもの河川敷だ。

 

 

「あれ、修也?」

 

「柊弥、奇遇だな」

 

 

 河川敷に向かう道中、見慣れた顔が前から歩いてくることに気付く。

 

 

「もしかして……お兄ちゃんがいつも話してる柊弥さん?」

 

「……あ」

 

 

 そして、その隣に小さな女の子がいた。そう、修也の妹である夕香ちゃんだ。直接話すのは初めてだな。

 というのも、夕香ちゃんはついこの頃まで意識不明の状態だった。去年のフットボールフロンティアの時期からだから一年以上だ。帝国を優勝させるための影山の謀略に巻き込まれ事故に遭ってしまったが、何の因果かその影山が率いる世宇子中に勝って間もない時に目を覚ましたらしい。その後すぐ俺達は全国を巡る旅に出た上に修也はチームを離れたから、ようやく兄妹の時間が戻ってきたってことだよな。

 

 

「初めまして夕香ちゃん、修也の相棒の加賀美 柊弥です。よろしくね」

 

「お兄ちゃんも同じこと言ってた!!」

 

「夕香、自己紹介しなさい」

 

「あっ、ごめんなさい。お兄ちゃんの妹の豪炎寺 夕香です!」

 

「うん、よろしく」

 

 

 修也がお兄ちゃんしてるの新鮮だな。鬼道と春奈も兄妹だが歳の差もあってこの2人ほどの兄妹感がないからな。

 

 

「これから音無とデートか?」

 

「いや、春奈じゃないがこれから人と会う約束をしててな。そっちは?」

 

「ただの散歩だ。夕香が身体を動かしたいって言っててな」

 

「なるほどな。外に出れるようになって本当に良かったな」

 

「ああ、本当に……」

 

「じゃ、そろそろ行くわ。またね、夕香ちゃん」

 

「うん!バイバイ!」

 

 

 兄妹、か。俺は一人っ子だから少し憧れるな。一人だったからサッカーとかで我儘を言えたのかもしれないけどな。

 

 

「まだ来てないか」

 

 

 そんなことを考えながら歩いていると目的の河川敷に着いた。集合よりだいぶ早く来たから当然アイツはまだ来てない。休日の昼間ってこともあってか結構人がいるな。片側のゴールの確保だけして軽く動いておくか。

 

 

 そういえば明日からの部活はどうしような。この前から皆に頼まれてメニューの考案とかやるようになったけど、意外とこれが楽しい。どうやったら皆が伸びるのか、どういう特訓が効果的なのか。これをやることで俺自身も成長への活路が見えてくる。案外俺って選手よりも指導者とかに向いてるのかもな。

 それにしても将来か。今まで漠然としか考えたことなかったな。プロの選手はもちろん、学校の先生なんかにも興味がある。何か大きな事業をやってみたいとも思うし、今考えたみたいにサッカーの指導者も面白そうだ。確定路線は……このまま春奈と添い遂げることだな。それだけは譲らない。

 

 

 ……話が逸れたな。まずは目の前のことを考えよう。これからチームとしてのレベルアップを目的するのは勿論だけど俺自身ももっと強くなりたい。それこそ、プロになれば世界を相手することになる。その中で一番浮き彫りになる課題は多分海外選手とのフィジカル差かな。幸いにして中学の折り返しで170cmはある。筋肉量は鍛えれば何とかなるかな。当たり負けしないフィジカル、なおかつ何もかも突破できるくらいのスピード、それを最大限活かすテクニック、ストライカーとしてゴールをぶち抜くシュート。課題は山積みだな。

 どこかで一度世界を体験出来る機会があれば良いんだけどな……それこそアイツみたいにサッカー留学に行くとか。ただ皆とは離れたくないな……海外に行くとなると親にとんでもない金銭的迷惑も掛かる。それは流石に申し訳ない。

 

 

「やあ、もう来てたんだね」

 

「お、来たか……アフロディ」

 

 

 色々考えながら半コートをジョギングしているとアフロディがやってきた。今日約束していたのはコイツだ。明日には韓国に行くから最後に会っておきたいと声を掛けられ、せっかくならサッカーしながらどうだと提案して今に至る。

 

 

「どのくらい韓国にいるんだ?」

 

「そうだねえ、来年のフットボールフロンティアの時期までには帰ってくる予定だよ。多分進級したタイミングかな」

 

「じゃあまた大会で会えるな」

 

「そうだね、次は最初から真っ向勝負だよ」

 

 

 練習着に着替えたアフロディとパス回しをしながら例の韓国留学の話をする。ちなみにその練習着は世宇子のユニフォームみたいにヒラヒラはしていない。

 

 

「俺も少しサッカー留学に興味が湧いてきたんだが、如何せん出費がな……」

 

「なるほど。僕はあっちに親戚がいるからそのあたりは大丈夫なんだけど……韓国に一緒に来るかい?」

 

「その手があったか……いや、でも雷門の皆と一緒にいたいから遠慮しておく」

 

「ふふ、それが良いよ」

 

 

 アフロディに着いていくって発想はなかったな。そうだな……雷門中を卒業して高校に上がるまでの期間でまだ心変わりしてなかったら相談してみるか。少なくとも、今はこのままで良い。

 

 

「そういえば加賀美くん、雷門の練習に変な大人は来なかったかい?」

 

「変な大人?」

 

「うん。スーツを着て髭を生やした、肩くらいまで髪を伸ばしてる4、50代くらいの」

 

「……あ、そういえばいたな」

 

 

 ヒロト達のところにいく数日前の練習でまさにその特徴と一致する人が見に来てたな。世宇子中にも来てたのか?

 

 

「俺は見覚えないんだが、アフロディはどうだ?」

 

「僕もないね……新しい監督にも聞いてみたんだけど詳しいことは分からないって。もしかしたら何かユースチームへのスカウトじゃないかとか、そんな話を皆としてたよ」

 

「ユース……プロを目指しての育成チームか」

 

 

 なるほど、それなら合点が行く。優勝校と準優勝校である雷門と世宇子に視察に来てたってところか。それなら他の出場校にも同じ人が来てるかもな。例えば帝国とか、木戸川とか。

 

 

「仮にユースからの誘いが来たら、どうする?」

 

「迷うな……高校の部活でサッカーをしたい気もするし、プロを本格的に目指してサッカーをしたい気もする。そのドリブル甘いぞ」

 

「手厳しい。なるほどね、ユースにいくなら必然的にプロを目指すことになるし、将来の選択肢も狭まることになりそうだしね」

 

「そういうこと」

 

 

 デュエルをしながらもしもの話をする。実際ユースを目指すと部活に参加したり普通の高校生大会に出られたりはしないって聞くけど、その辺どうなんだろうな。皆が皆ユースに入れるわけじゃないし、その道を選ぶと今サッカーしてるヤツらと高校で戦えないことになるかもしれない。それは嫌だ。将来守や修也、鬼道と別のチームで戦ってみたりしたいからな。

 

 

「その話で思い出したけど、加賀美くんどこの高校に行くとか考えてるのかい?」

 

「迷ってるな。勉強で選ぶかサッカーで選ぶか。もしどっちも取るなら慶真とか帝国高等部かな?ただ帝国高等部の外部入学はだいぶ難しいらしいんだよな」

 

「悩ましいね。僕も同じ路線で考えてるんだけど、やっぱりその二校かサッカーの名門、陽閃かな」

 

「陽閃か、優勝常連校なんだっけか」

 

 

 高校の話なんてあんま考えたことなかった。家から通えるか、寮生活するかも考えないとだからな。勉強はそれなりに出来る方だから選択肢は広く持てるのが救いだ。

 

 

「色々考えることは多いな」

 

「そうだね」

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「轟さん。例のプロジェクトの選考は終わったんですか?」

 

「ああ、ついさっきな」

 

 

 都内某所、日本少年サッカー協会。そのとある一室。

 

 

「まさかスペインからこんな誘いが来るとは、思ってませんでしたね」

 

「うむ。しかも我々日本だけでなく、イタリアも招待されてますからね」

 

「カタルーニャの巨神、イタリアの白い流星、伝説のヒーロー……凄いネームバリューです。ここに並べる選手がこの国にいますかね?」

 

「案ずるな、しっかりと見つけてきたぞ……世界の頂点にも立ちえる逸材をな」

 

 

 そういうと轟と呼ばれた男はとある資料を差し出す。

 

 

「彼は……確か雷門中の」

 

「ああ。加賀美 柊弥、先のエイリア学園事件でも雷門イレブンの第一線で活躍し続けた男だ」

 

「確かに彼なら世界とも戦えるかもしれませんね……」

 

 

 轟はその男を尻目に、用意されている自分のデスクに腰掛ける。そのデスクに置かれている卓上プレートに刻まれた彼の役職は……日本少年サッカー協会統括チェアマン。

 

 

「三国親睦会……これを機に日本のサッカーが世界に羽ばたくやもしれんな」

 

 

 そんな彼が目を落とした書状に記されているのは、とある催しについて。その内容は……日本、スペイン、イタリアによるサッカー少年の強化合宿。世界との接点を望む柊弥にとってこの上ない話が秘密裏に進んでいるのであった。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「いやあ、日本を発つ前に良いサッカーが出来たよ。ありがとう」

 

「こっちこそ。最後にお前とやれて良かった。全然最後ではないんだけどな」

 

「また帰ってきたらよろしく頼むよ」

 

 

 あれから1時間くらいサッカーして、他にコートを使いたそうな人が集まってきたので切り上げることにした。こうして2人とかでボールを蹴るのは久しぶりだったな。

 

 

「じゃあ、あっちで頑張ってこいよ?次会う時まで俺ももっと強くなっとく」

 

「勿論さ。また全力でぶつかるために、全力で磨いてくるよ」

 

「全力のために全力、か。良いなそれ」

 

「君が教えてくれたことさ……それじゃ、またね」

 

「ああ、またな」

 

 

 片付けが終わり、帰路に着く。逆方向のアフロディと別れを済ませて歩き出す。またアイツと会うのが楽しみだな。一体どれだけレベルアップしてることか。俺も負けないように頑張らないとな。

 

 

「あれ、柊弥じゃん」

 

「守。こんなとこで何してたんだ?」

 

「俺は鉄塔特訓の帰りだよ、お前は?」

 

「さっきまでアフロディとサッカーしてた」

 

「ええ!?俺も誘ってくれよ!」

 

「悪い悪い。2人で積もる話があったんだよ」

 

 

 歩いていると偶然守と出くわした。泥まみれになってるのを見るに、また一人で相当やってたみたいだな。コイツのタイヤ特訓だけは真似れる気がしないな。いや、でもタイヤに当たり負けしないほどのキック力って相当凄いんじゃないか?そう考えるとちょっとやってみたくなってきたな。

 

 

「それにしてもさ、いざいつもの日常が戻ってくると何だか変な感じするよな」

 

「確かにな。長い間ある意味使命を背負って戦ってきたようなもんだったし」

 

「そうそう。急に肩の荷が降りたって言うのかな?」

 

「ま、ずっとそれを目指して俺達は頑張ってきたんだけどな」

 

「だな!」

 

 

 守が言いたいことは分かる。エイリア学園との戦いが始まってからはずっと緊迫感のあるサッカーばっかだったからな。楽しいことが全くなかった訳じゃないけど、最初は地球の命運を守るため。最後は野望を止めるために戦ってたからな。それから解放されて前みたいな楽しいサッカーが出来てるっていうそのギャップってヤツだな。

 

 

「そういえば柊弥、明日俺の特訓に付き合ってくれよ!」

 

「お前もか……まあ良いけど」

 

「あ、最近お前皆の特訓に付き合ってるもんな。響木監督がいない時もお前と鬼道で何とかなるな!」

 

「職務放棄か?キャプテン」

 

「いやー、皆のメニュー考えるのとかはあんまり得意じゃないからさ」

 

「まあ確かにそうだよな。お前に任せると皆でタイヤ特訓とか始まりそうだ」

 

「タイヤ引きながらのランニングとか良いぞ?体力つくし」

 

「重りつけてのランニングは俺もしてるし、慣れてきたらありだな」

 

 

 守と部活の話をしながら歩いてると、気付いたら家の前まで辿り着いていた。夢中になりながら話してると本当にすぐだな。

 

 

「じゃあ柊弥、また明日な!」

 

「おう、お疲れさん」

 

 

 

 ーーー

 

 

「トウドウ議長!!」

 

「何だ騒がしい」

 

 

 静かな会議室の扉が突如として蹴破られ、慌ただしい様子で眼鏡をかけた男が入ってくる。セカンドステージ・チルドレンへの対策を会議していたその場にやってきた男を睨むトウドウだったが、男の様子からただ事ではないと察する。トウドウの記憶ではその男は観測員。会議している最中にまたフェーダ関連の騒動かと頭が痛んだが、男の発言はその予想を大きく越えてきた。

 

 

「エージェント・ガンマより報告……加賀美 柊弥の時代にタイムジャンプが出来ないとのことです!!」

 

「何だと?まさかヤツか?」

 

「いえ、ヤツはフェーダに見つかり現在交戦しつつ逃走中、そんな余裕は無いはずです!!」

 

「どういうことだ!何故そんなことになる!」

 

 

 トウドウでは無い別の男が騒々しく席から立ち上がり、男を問い詰める。しかし男もその原因など知るはずがなく、上の立場からの怒声に萎縮してしまう。

 

 

「何故だ……まさか、覚醒か?」

 

「いや。覚醒したとしてもタイムジャンプに影響はないだろう」

 

「では何故……」

 

 

 考え込むトウドウ、それに指摘するサカマキ。他の要人達も様々な憶測を繰り広げるが、一向に結論には辿り着けない。

 

 

「失礼します!!」

 

「何か分かったか!?」

 

「い、いえ!直結する事実は何も……」

 

「直結する、ということはそうではない何かは分かったのか?」

 

「は、はい!これを……」

 

 

 その場の空気を切り裂くように新たにもう一人の男がやってきた。その男が何やら端末を操作すると、会議室のディスプレイに資料が表示される。

 

 

「これは……時空干渉の数値?」

 

「……まさか、我々以外に加賀美 柊弥の時代に接触している人物がいるのか!?」

 

「人物、ではなく組織の可能性もある。どちらにせよ……我々には不都合極まりない。現状フェーダ共の力を削ぐのに一番有効と考えていた加賀美 柊弥の封印を敢行できなくなったのだからな」

 

「ヤツでも我々でもない……一体何者なのだ」

 

 

 自分達以外に過去に干渉している存在の誕生。200年後の未来は更なる混沌に包まれていく。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「よし、じゃあ今日の練習はここまで!」

 

「全員クールダウン忘れんなよ」

 

 

 その翌日、いつものように部活が始まり終わる。柊弥や鬼道が考案したメニューや、響木からのメニューもこなす。エイリア学園の騒動の前よりも充実した部活生活を送っていた。

 

 

「春奈、手伝うぞ」

 

「良いんですか?ありがとうございます!」

 

 

 練習終わりのクールダウンに勤しむ他のメンバーをよそに柊弥はマネージャー達、主に音無の元へ向かう。部員たちが使ったタオルの洗濯やドリンクボトルの洗浄。部内でぶっちぎりの運動量を誇るにも関わらず、平然とマネージャー業務である後片付けを終わらせる。

 

 

「アイツ、良くやるなあ」

 

「音無と早く帰宅デートするためだろ」

 

「ほんと仲良いッスよねえ、あの2人」

 

「加賀美のやつ、付き合い始めてから明らかに吹っ切れたよな……」

 

 

 そんな柊弥を見て苦笑いを浮かべる一同。しかしそこに悪感情はない。ただただ暖かく見守っているようなもの。

 

 

 ただし、一人を除いて。

 

 

「……」

 

「鬼道」

 

「……止めてくれるな、豪炎寺」

 

「いや、そのうちお前が柊弥を刺すんじゃないかって不安なんだが……」

 

「安心しろ、法には触れん」

 

「そういう問題じゃないんだが」

 

 

 静かに黒い炎を燃やす男、鬼道 有人。この男が仁義なき戦いを繰り広げることになるとは誰も思っていなかった。




仁義なき戦い(一方的なもの)
どうやら柊弥を狙っていた人達に何かアクシデントが起こっているようです。一体何が起こっているんだ…
次回第104話 加賀美 柊弥暗殺計画、果てさてどうなることやら。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第104話 加賀美柊弥抹殺計画

過去一物騒なタイトル。鬼いちゃんが色々悩むようです。


「柊弥先輩!お昼食べましょ!」

 

「ああ、今行く」

 

 

 とある昼休み。柊弥の教室までやってきた音無。その誘いに対して間髪入れずに頷きを返し、弁当を持って教室を出る柊弥。

 

 

「加賀美ってあの子と付き合ってんの?」

 

「らしいよ。確か1年生でサッカー部のマネージャーだって」

 

「聞いた話だと別のクラスの鬼道の妹なんだろ?」

 

「鬼道くん、どんな気持ちなんだろ……」

 

 

 そんな柊弥達を見ながらクラスメイト達はヒソヒソと噂話に勤しむ。その全貌を知っている豪炎寺や木野は静かに昼食を取り、詳しいことは何も知らない円堂は弁当の中身を忙しなく掻き込む。

 

 

「あ、加賀美くんと彼女さんだ」

 

「なあなあ鬼道、妹が同じ部活の友達と付き合ってるってどんな気持ちなんだ?」

 

「気になる気になる。気まずくない?」

 

「……」

 

 

 隣のクラスを2人が通り過ぎると、その中でも噂が走る。そしてその矛先は音無の兄である鬼道に向く。雷門に来てからサッカー部以外でも出来た友人、クラスメイトに囲まれて一斉に質問を投げ掛けられる鬼道。

 そんな鬼道は沈黙を保つ。ただただ口を噤む。しかしその胸中は決して穏やかなものではなかった。

 

 

(加賀美……春奈と付き合うのは千歩譲って構わん。しかし周囲の目というものを考えないのかヤツは!歳上である貴様の役目だろう……!)

 

 

 大事な妹と付き合っているということだけでなく、それで自分が周囲から様々な視線に晒される現実に鬼道は耐えかねていた。毎日のように囲まれ、毎日のように問われ、毎日のように胃痛に襲われる。そんな鬼道の我慢は既に限界を迎えていた。

 

 

(加賀美、貴様は必ずこの手で葬ってやろう)

 

 

 鬼道 有人は決意する。かの邪智暴虐の柊弥を除かねばならぬと。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「……それで、俺に相談したと」

 

「ああ。俺に力を貸してくれ、豪炎寺」

 

 

 部活終了後、鬼道は豪炎寺を雷々軒に誘っていた。響木が注文されたラーメンを作っている中、鬼道は神妙な顔で豪炎寺に胸の内を明かしていた。

 

 

「つまりだ。柊弥と音無のことで自分に何か言われるのに嫌気が差したと」

 

「春奈は良い。加賀美のことで言われることだ」

 

「いや、それって間接的に音無のことでもあるんじゃ……」

 

「春奈は良い」

 

「……そうか」

 

 

 鬼道の静かな圧に豪炎寺は折れた。

 

 

「それでだ。俺は加賀美を抹殺しようと思うんだが」

 

「すまん、よく聞こえなかった」

 

「加賀美を抹殺する」

 

「……俺は段々とお前が分からなくなってきたよ」

 

 

 急に自身の相棒であり鬼道にとってもチームメイト、友人である柊弥を抹殺するなどと言われても理解出来るはずがなかった。異常なのは間違いなく豪炎寺ではなく鬼道だ。

 

 

「この前法には触れないとか言ってたがなんだ、社会的に抹殺でもするのか?」

 

「そういう訳じゃない。こんなことにならんよう理論で追い詰める」

 

「お前に理詰めされたら確かに怖いが、それで折れる男じゃないだろう」

 

「出来るか出来ないかじゃない。やってみせる」

 

「……俺が何を言っても変わらんことは分かった」

 

「醤油と味噌、お待ち」

 

 

 豪炎寺が溜息をつくとちょうどラーメンが着丼する。黙々とラーメンを啜る二人が視界に入る位置に腰掛けた響木は新聞を取りだし、その会話に耳を傾け始めた。

 

 

「俺の考えを話して良いか、鬼道」

 

「ああ。むしろ聞かせてくれ」

 

「……俺は、柊弥の幸せを崩したくない。エイリア学園との戦いを耐え抜いて、ようやく掴んだ音無との幸せだ。上手く言葉に出来ないが……アイツにはそれを享受する資格があると思う」

 

「……なるほど」

 

「当然お前の苦労もあるだろう。しかし音無も幸せそうなんだ、ここは一つ我慢して見守ってやらないか?兄としてな」

 

「ふむ……」

 

「横からすまんな、俺も豪炎寺に賛成だ」

 

「響木監督」

 

 

 豪炎寺はあくまで中立の立場で話しながらも、どちらかといえば柊弥の肩を持つ。自身の離脱などで散々苦労してきた相棒の幸せを願うのは、本人にとっては当然のことなのかもしれない。

 しかしそれで簡単に頷けるのなら鬼道はまずこんな相談をしないだろう。飲み込みかねていた鬼道を見てか、その会話を見守っていた響木が口を挟む。

 

 

「加賀美の音無に対する気持ちは本物だろう。老体の俺でも分かる。だからこそ見守ってやったらどうだ?もしそっちに現を抜かして副キャプテンとして疎かになるようならガツンと言ってやれ。音無の兄でありチームの司令塔のお前にはその資格くらいあるだろうさ」

 

「アイツが本気である以上、見守るのが吉。ということですか」

 

「ああ」

 

「俺もそう思う。無いとは思うが、アイツがそんなことをするようならお前が言わずとも俺が言うさ」

 

「……」

 

 

 響木と豪炎寺による説得。しかし鬼道はまだ頷きかねていた。そこにあるのは本当に自分に迷惑が掛かっているからという理由なのか、はたまた別の理由があるのか。本人ですら理解していなかった。

 

 

(もう少し、色んなヤツから話を聞いてみよう)

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「成程ね。加賀美くんと音無さんが交際してから自分に被害が出始めた、と」

 

「それでどうするべきか迷ってて私達に相談した、ってことで良いのかな?」

 

「ああ。女性陣としての意見を聞かせてほしい」

 

 

 翌日、鬼道はプライベートで夏未と木野を呼び出していた。理由は鬼道が自分で言ったように、女性としての意見を参考にするため。

 

 

「……何故俺まで?」

 

「乗り掛かった船だろう」

 

「……まあ、いいが」

 

 

 豪炎寺も続投されているようだ。

 

 

「確かに、この頃人目も憚らず二人でいることが増えたわね」

 

「お昼休みなんてほぼ毎日二人だものね」

 

「それで二人のことについて色々質問責めにあったりして鬼道が限界を迎え、柊弥の抹殺を企てているというのが事の顛末だ」

 

「そういうことだ」

 

「そんな物騒な……鬼道くんらしくないわね」

 

「まあ、気持ちは分かるかも……自分の妹と友達が付き合い始めて、それに巻き込まれる形になったらちょっとね」

 

 

 夏未と木野は考え込む。どうすれば双方の顔を立てられるのか、ちょうど良い落とし所は無いものかと。

 

 

「まず聞きたいのだけれど、鬼道くんは二人を別れさせたいの?」

 

「それは違う。春奈が悲しむ」

 

「即答ね……じゃあ要するに、自分に被害が来ないように出来れば良い、と」

 

「ああ」

 

「……まず断言するわ。それは無理よ」

 

 

 先に口火を切ったのは夏未だった。曖昧な回答をせず、バッサリと相手の要望を切り捨てる。理事長の娘である夏未だからこそやってのける、容赦のない取捨選択だ。

 

 

「まず、先の事件もあって加賀美くんは全校から注目されている状態よ。その上、表立って交際し始めたとなれば……思春期の観衆がどう感じるかは明らかでしょう?」

 

「……ああ」

 

「だからその魔の手から逃れたいのなら、二人を遠ざける以外にないわよ」

 

「夏未さん、そんな殺生な……」

 

「安心してちょうだい。当然そんなこと私は推奨しないし、認めもしないわ。音無さんがどれだけ加賀美くんを思ってきたのか良く知っているのだから」

 

「……そうだね、安心した」

 

 

 夏未は鬼道に容赦なく現実を突きつけるも、やはり豪炎寺や響木と同じく柊弥と音無の仲を肯定する立場だった。隣で慌てふためいていた木野はそれを聞いて胸を撫で下ろし、自身も口を開く。

 

 

「多分ね、二人は今舞い上がっている状態なんだと思う。エイリア学園の事件の前からずっと加賀美くんのことを思っていた音無さん、そして色々乗り越えてようやく音無さんに向き合えた加賀美くん。加賀美くんが音無さんのことを好きなんだろうなってのも分かりきってたしね」

 

「木野さんの言う通りね。さっき二人を別れさせるしかないって言ったけど、あくまでそれは今どうにかしたいならという前提よ。しばらくすれば二人も落ち着く……かは分からないけど、少なくとも周囲が鬼道くんを囲むことは無くなる、あるいは少なくなるんじゃないかしら」

 

「……今は耐えろ、そういうことか」

 

「そうね。それが音無さんの兄である貴方の役目なんじゃなくて?」

 

「自分に迷惑がかかっている以上難しいとは思うけど、ようやく結ばれた二人を引き裂くようなことはしたくないよね」

 

 

 木野の言葉に夏未も同調し、鬼道はさらに考え込む。隣にいる豪炎寺もついでに頷いており、これで今まで鬼道が意見を聞いてきた人間は全員柊弥達側の意見だということになる。

 ここまで話を聞いてきて、鬼道は自分の考えに疑問を持ち始めた。自分がしようとしていることは本当に正しいのか。そして本当に自分が迷惑だからという理由でそれをやろうとしていたのか。様々な葛藤に板挟みにされていた。

 

 

「……難しいものだな」

 

「貴方の立場なら尚更、ね」

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 三人と別れ、鬼道は一人河川敷に来ていた。夕日に照らされる川を一人眺め、自分の中の気持ちと戦っている。

 

 

(俺はどうしたいんだろうな。勿論、春奈が幸せなことが一番だ。加賀美も良いヤツだ、幸せになる資格がある。そんな二人の仲を俺の我儘ともいえる理由で停滞させるようなことがあって良いのだろうか……いや、良いはずがないな。それが分かっているなら何故俺は迷っている?)

 

 

 何度も何度も自分に問い掛けるが、その答えは浮かんでこない。

 

 

「あれ、鬼道?」

 

「……加賀美」

 

「珍しいな、お前がここにいるの」

 

 

 そんな時、鬼道が一番聞きたくもあり聞きたくもない声が聞こえてきた。声の方向に顔を上げると、渦中の人である柊弥がそこにいた。

 

 

「隣、座るぞ」

 

「ああ」

 

 

 柊弥は鬼道の隣に腰を下ろす。

 

 

「……俺、ずっとお前と話したかったんだ」

 

「俺と?」

 

「ああ。春奈のことでな」

 

 

 鬼道は少し驚きを見せる。理由は二つ。柊弥がなぜか自分と話をしたがっていたということ。もう一つは、原因の一つである音無のことで話があるということ。

 

 

「影野から聞いたんだ。お前が俺と春奈のことでクラスメイトから色々聞かれてて大変そうだった。同じクラスだもんな」

 

「影野が……」

 

「多分、凄い迷惑になってると思う。俺と春奈が一緒にいるとそういう声は絶対に聞こえてくるし、春奈の兄であることが知られているお前にその矛先が向いているんじゃないかって、薄々察してもいた」

 

「……まあな」

 

「だから……ごめん。俺のせいで迷惑かけて」

 

 

 柊弥から唐突に飛び出したのは謝罪の言葉だった。座りながら話しているものの、しっかりと頭も下げたうえでの謝罪。そこに誠意の気持ちしかないことは鬼道でなくても分かるだろう。

 

 

「けど……俺は今の春奈との過ごし方を変えるつもりはない。いや、変えたくない」

 

「……というと?」

 

「俺は春奈のことが好き……いや、大好きだ。どうしようもないくらいに。俺のことを考えてくれてるとこ、明るいとこ、可愛いとこ、全部好きで仕方ない。だからこそ自分の気持ちに嘘はつきたくないんだ」

 

「……!」

 

 

 その時、鬼道は理解した。何故自分がここまで柊弥と音無のことで考えていたのか。

 

 

(そうか、俺は加賀美が本気で春奈のことを愛しているかを知りたかったんだ)

 

 

 音無が鬼道にとって大事な妹であることは言うまでもなく当然。そんな妹に対して柊弥がどんな感情を向けているのか、鬼道は今までそれを聞いたことがなかったのだ。自分の妹に対し、本当に真正面から向き合っているかの確証がない。だからこそ、自分に掛かる迷惑……ひいては、二人の関係に思うところがあった。

 

 

「顔を上げろ、加賀美」

 

 

 柊弥に謝罪を止めるように促す鬼道。その顔にもう暗い影はなかった。

 

 

「これからも春奈のことをよろしく頼むぞ」

 

「……ああ、当然だ。義兄さん」

 

「義兄さんは止めろ」

 

「ダメか?」

 

「ダメだ」

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「ただいま」

 

 

 河川敷で鬼道と話し、そのまま帰ってきた。あそこで鬼道と会えたのは僥倖だったな。ずっと話す機会を設けたかったのに話しかけるタイミングが掴めなかったからな。練習終わったあとは春奈と一緒に帰るのを優先してたし、昼休みも春奈と一緒にいた。練習中は皆から引っ張りだこでそんな余裕はなかった。休日はお日さま園に行ったりアフロディと会ったりで空いていなかった。

 何はともあれ、これでスッキリした。この頃はそれを考えることが多かったから肩の荷がおりた気分だ。

 

 

「柊弥、何か手紙が届いてたわよ」

 

「手紙?」

 

「部屋の机に置いといた」

 

「分かった、見とく」

 

 

 台所の前を通ると母さんから声を掛けられた。何やら俺に届いてるらしい。手紙?送られる心当たりはないんだが……何はともあれ確認してみる他ない。

 

 

「これか」

 

 

 部屋に入ると机の上のわかりやすい位置に封筒が置いてあった。躊躇う理由もないのでさっさと封を切って中身を改める。

 

 

「……三国親睦会」

 

 

 そこに書いてある内容は、俺にとってあまりに魅力的すぎた。スペインの少年サッカー協会主催で行われる、日本、スペイン、イタリアによるサッカー合宿の誘いだった。中学サッカーはよく分からないけど、プロリーグじゃスペインもイタリアも有名なんてレベルじゃない。そんな国から、交流を兼ねた強化合宿の誘いなんて、最高すぎるだろ。

 

 

 今回この合宿を主導するのはスペインの少年リーグ優勝チーム、バルセロナオーブ。そこに日本とイタリアから2名ずつ中学生の選手を招集し、仲を深めつつ互いの技術向上のために練習に取り組む、だそうだ。

 この手紙を寄越したのは……日本少年サッカー協会か。もし興味があったら連絡しろとのことだ。

 

 

 それにしても、こんな国を超えた場に指名してもらえるなんてな。アフロディの件で色々考えてたから尚更魅力的だ。

 さて、それはそれとしてこの話を受けるなら一つやることがある。日本とイタリアからは2名ずつの参加。この手紙によると……俺以外のあともう1人は俺が指名して良いとのことだ。費用は全部持ってくれるから、金銭的な心配をする必要も無い。

 真っ先に思いついたのはやっぱり修也だな。世界のステージに俺達2人で殴り込むってのも悪くない。守も良い。誘ったら喜ぶだろうな。鬼道でも良いな、世界のサッカーを直に体験すればアイツの戦略はさらに磨かれる。ヒロトを誘うのもありか?でも今は何かと忙しいか……聞いてみないことには分からないけどな。

 

 

「さて、どうしたもんか……」

 

 

 これは少し考える必要があるな。サッカーが心から大好きで、尚且つ世界を体験して俺と互い高め合ってくれる。そんなヤツが良い。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「……ヒビキ提督、全員集まりました」

 

「うむ。よく集まってくれたな」

 

 

 ここは、柊弥が過ごす時代から80年後の世界。集まった11名の少年達を高い位置から見下ろすヒビキと呼ばれた男は、席を立ち上がる。

 

 

「お前達も知っての通り、我が国は弱体化している!戦いから逃げた軟弱者達が作り上げた享楽主義!このままでは世界有数の大国である我が国が他国に負けるのも時間の問題である!」

 

 

 ヒビキは力説する。自分達の国が今どんな状況に置かれているのか。それがどれだけ危険なことなのか。

 

 

「だからこそ、原因を取り除かねばならない!その原因とは……サッカー!」

 

 

 享楽主義の中で流行しているのがサッカーだ。この世界の子ども達は軒並みサッカーに夢中になっている。しかしそれをヒビキは良しとしない。サッカーのせいで本当の戦いを知らないまま子ども達が軟弱な大人になることを拒絶する。

 

 

「そのために……我々はある男からサッカーを消さねばならん!その男こそ全ての元凶……加賀美 柊弥である!!」

 

「……加賀美 柊弥ッ」

 

「お前達に命ずる……加賀美 柊弥にサッカーを捨てさせるのだ!!それが何より世界のためとなる!!場合によっては……その存在ごと消しても構わん!!」

 

 

 ヒビキは目の前の机が割れんばかりに拳を叩きつけ、声を荒らげる。

 

 

加賀美柊弥抹殺計画(オペレーション・サンダーブレイク)をここに発令するッ!!さあ行け、オーガよッ!!」

 

 

 世界に羽ばたこうとする柊弥。そんな柊弥に200年後と80年後から魔の手が忍び寄る。幾つもの時代、幾つもの思惑が交差し、どのような結末が訪れるのか……柊弥だけでなく、誰にも分からない。




導入からこのタイトルは鬼道の計画か、と思った方がいたかもしれませんがなんとガチの抹殺計画でした。
話が前後しているから分かりにくいですが、前の話でエルドラドが話していた自分達以外の時空の干渉というのはオーガによるものでした。感想欄で結構考察されてる方がいましたね。何で違う時代から同時に干渉出来ないのか、は次回で補完する予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第105話 世界へ羽ばたけ

あともう少しで世界への挑戦編も開幕ですね。


「緊張してる?加賀美くん」

 

「ちょっとな……」

 

 

 ある日の昼休み。呼び出された俺は理事長室にやってきていた。普段入ることない部屋で暫しの待機。その要件も相まって結構ガチガチに緊張している。夏未や理事長が同伴してくれているからまだ楽だけどな。

 要件というのが、例の三国親睦会についてだ。その手紙の送り主であるサッカー協会の要人と俺、そして学校がある期間に超短期留学という形で日本を離れるため学校を交えて話す。そういう場だ。

 

 

「失礼する」

 

「ようこそお越しくださいました、轟さん」

 

 

 ガチャリ、と音を立てて扉が開く。どうやら来たようだ。その奥から姿を現したのは、大柄で髭を生やし、スーツを身にまとった男性。この人には見覚えがある。この前俺達の練習を見に来てた人だ。ということはやっぱりあれは例の代表を選ぶための視察だったのか。

 

 

「さて……初めましてだな、加賀美 柊弥くん。私は日本少年サッカー協会統括チェアマンの轟だ。よろしく頼む」

 

「はい。本日はよろしくお願いします」

 

「そう畏まらなくても良い」

 

「ありがとうございます」

 

「早速本題に入ろうか。例の話……受けてくれるということで良いな?」

 

「むしろ本当に俺で良かったんですか?」

 

「確かに候補となる者は何人もいた。それこそ君と同じ雷門の中にもな」

 

 

 それはそうだ。守に修也、鬼道をはじめ他の皆だって資格は十分だ。その中で何で俺が最終的に選ばれたのか。参考までに聞いておきたい。

 

 

「それで……何故俺が選ばれたんでしょうか?」

 

「私の直感だ」

 

「直感……?」

 

「うむ。今の日本サッカーは世界から注目されるレベルからは程遠い。私は長年この国のサッカーを世界のステージまで押し上げたいと考えていたのだよ。そこで見つけたのが君だ!」

 

「はあ」

 

「数多の強豪校を倒してフットボールフロンティアで優勝し、エイリア学園すらも押し退けた雷門イレブン。そしてその中心にはいつもキミがいた。そういうことだ!」

 

「中心……とは言いますけど、それなら俺より守なんじゃないですか?キャプテンはアイツですよ」

 

「その通りだ。しかし、フィールドの最前線で道を切り開いてきたのは他でもないキミだ!そんなキミならば、日本を背負って世界一まで突き進めるかもしれない!!」

 

 

 俺はこんな評価してもらえるレベルまで成長できた、ってことで良いのかな。俺としては自分にやれること、やるべきことを愚直にこなしてきただけのつもりだ。その結果がこうして評価してもらえてるなら……光栄だ。

 

 

「今一度聞こう、加賀美くん。キミは……この日本を背負ってくれるか?」

 

 

 そんな答え、もう決まってる。

 

 

「……はい!」

 

「良く言った!!それでは正式に手続きの方を進めさせてもらおう!!」

 

「是非、よろしくお願いします!」

 

「うむ!……そうだ、もう一人誰かを連れて行けることは把握しているかね?」

 

「はい、ギリギリまで考えてたのでまだ本人からの了承は得られていませんが……一人、一緒に世界を見に行きたいヤツがいます」

 

「そうか。誰か聞いても良いかね?」

 

「俺が連れて行きたいのは──」

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 途中から日本サッカーの貧弱さについて力説されていたが、轟さんとの会合は無事に終わった。そうして迎えた放課後、俺は一人の男を呼び出していた。その男っていうのは、轟さんに話した一緒に世界に行きたいヤツだ。

 悩んで悩んだけど、決め手になったのは世界を通じてどれだけ成長できそうかだ。スペイン、イタリアの同世代と研鑽出来る場なんて、誰でも何かしら得られるとは思う。けど折角なんだ、一番成長出来そうなヤツを連れて行ってやりたい。

 

 

「加賀美、待たせたな」

 

「よく来てくれたな──」

 

 

 背後から声が掛かる。この後部活もあるしバックレられることはまず無いとは思っていたけど、来てくれて良かったぜ。

 

 

「──風丸」

 

「それで、話っていうのは?」

 

 

 そう、風丸だ。俺の主観だが、エイリア学園の騒動が終わってから一番練習に打ち込んでいたのが風丸。真・エイリア石を使っていた時ほどじゃないけど、全体的な能力が上がっている。積極的に俺に教えを乞うようにもなって、その熱意は本物だ。

 そして何より、俺は風丸にデカい可能性を感じている。真・エイリア石によって風丸の潜在能力が引き出されてからというものの、明らかに前の風丸じゃ出来なかった動きが増えている。DFの中心として機能していた風丸だったが、そのスピードを活かした前線での立ち回りが磨かれているんだ。元々俺との連携や修也との炎の風見鶏で前に出れる素質はあった。今はそれに拍車がかかっている状態。もし化ければ……攻撃、守備のどちらの面でも活躍出来て、尚且つ戦局を見て指示も出せる超万能型の選手になれる。

 

 

「単刀直入に言う。俺と一緒に世界に行かないか?」

 

「……は?」

 

「だから、世界に行かないか?」

 

「待て待て、話が急すぎて追いつけないぞ?」

 

 

 俺の言葉に首を傾げる風丸。そういえば詳しい話を何もせずに誘ってしまったな。まずは一から説明しよう。

 

 

「なるほど。海外であるその合宿に着いてきて欲しい、と」

 

「そういうこと」

 

「ちなみに聞くが、何で俺なんだ?」

 

「直近の練習の中で一番ポテンシャルを感じたのがお前だからだ。こことは全く違う環境の中でそれが開花すれば、お前はもっと強くなれる」

 

「……本当に俺で良いのか?」

 

「お前が良いんだよ」

 

「……よし分かった!俺を連れてってくれ、加賀美!」

 

「そう言うと思ったぜ」

 

 

 決まったな。俺と風丸のスピードで世界をぶち抜いてやろう。

 

 

「さて、そうと決まったら皆に説明しておかないとな」

 

「ああ。あっちに行くのはもう少し後だけどな」

 

 

 話が終わった俺達は先に練習を始めているだろう皆の元へ向かう。このことはまだ誰にも話してないからな。

 

 

「皆待たせたな。ちょっといいか?」

 

「やっと来たか二人共。何かあったのか?」

 

「ちょっと話しておきたいことがあってな」

 

「なんだ?まあいいや、集合!」

 

 

 グラウンドにやって来ると、まだ練習に入る前の準備段階だった。ちょうど良かったので守に言って皆を集めてもらう。

 

 

「えー、単刀直入に言うとだいたい一ヶ月後に俺と風丸がいなくなります」

 

「ええ!?お前ら、部活辞めるのか……?」

 

「加賀美、言葉足らず過ぎるぞ」

 

「ちょっと揶揄っただけだ。別に部活辞めるわけじゃない」

 

「じゃあ、どういうことでやんスか?」

 

「日本少年サッカー協会からある誘いをもらってな。スペインとイタリア、日本が参加する親睦会という名の合宿に行くことになった」

 

「ほう、スペインとイタリアか」

 

 

 そう皆に伝えると三者三様な反応を見せてくれる。俺達が辞めるわけじゃないと分かって安堵するヤツ、シンプルに驚くヤツ、興味を示すヤツ。

 

 

「とうとう世界に行くのか、柊弥」

 

「ああ。人数制限さえなければお前や他の皆も連れていきたかったんだけどな」

 

「いいさ。お前達二人がいない間に俺達も強くなってみせる」

 

「流石」

 

 

 全資金を教会側が肩代わりしてくれるから二人っていう制限があるのかな。贅沢は言えないな、仕方ない。

 

 

「さて風丸、あっちに行く前にひたすら鍛えるぞ」

 

「え?」

 

「世界のステージで無様晒せないだろ?だから、な?」

 

「え?」

 

「とりあえず10kg着けてトレーニングからだな。慣れてきたら15、20って上げてくぞ」

 

「……え?」

 

「春奈、この前頼んでたヤツだけど」

 

「準備出来てますよ!」

 

「ありがとう。じゃあ風丸、いくぞ」

 

 

 世界に行く前にやることは山積みだな。楽しくなってきた。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「……遂にオーガが動き出しましたね」

 

 

 80年後の未来。柊弥の抹殺のために動き出したオーガを観測している者がいた。その男の名前はエルゼス・キラード。未来の世界において不穏な動きをしていたオーガを警戒していた者のうち一人だ。

 

 

「我々も早く動き出さなければ……なのに、彼らはいつになったら来るんでしょうか」

 

「キラード博士!お邪魔します!」

 

「やっと来ましたね……遅いですよ、二人共!」

 

「すみません……ヒカリが準備遅いから!!」

 

「カノン、そうカッカするなってー」

 

 

 何処か見覚えのあるようなバンダナを巻いた少年が、肩まで紺色の髪を伸ばした少年を引きずりながらキラード研究所の扉を開ける。カノン、ヒカリと呼ばれた二人の少年はキラードが腰掛けるデスクの近くまでやって来る。

 

 

「さて、もうお伝えした通りオーガが動き出しました」

 

「目的は……加賀美 柊弥さんですね」

 

「その通り。加賀美くんを消すことでサッカーの影響力を消すつもりなのでしょう」

 

「きっとその後は、曾祖父ちゃんも……」

 

「でしょうね。円堂 守に加賀美 柊弥。この二人がサッカーの人気を磐石にしたも同然。加賀美くんを消してなおサッカーが栄えていれば、次は間違いなく円堂くんです」

 

「んー、何かめんどくせー話だなー」

 

「ちゃんと聞けってヒカリ!もし加賀美さんが消えたら大好きなゲームもクソも無くなるんだぞ?」

 

「だりー……」

 

「……こんな状況でもヒカリは揺るぎませんね」

 

 

 真剣な顔で話をする二人をよそに、液体と錯覚するくらいに溶けてだらけているヒカリ。大好きらしいゲームを引き合いに出されてもその姿勢は正されない。

 

 

「やるべきことは……分かりますね?」

 

「はい!オーガの計画を阻止、或いはオーガの襲撃から加賀美さんを守ることですね!」

 

「その通り。ヤツらはもう加賀美くんの時代に飛びましたが、すぐには動き出さないでしょう。現在加賀美くんの時間軸はFFIの直前。恐らく加賀美くんに接触するなら、その力が高まり始める大会中でしょう」

 

「加賀美さんの完全覚醒前かつ限りなくそれに近い時期、って事ですかね?」

 

「恐らく」

 

「俺のと同じもんでしょ?」

 

「性質的には。加賀美くんの逝去までそれが花開くことはありませんでしたが、もし現実となっていたらヒカリ以上の凄まじい力になり、この未来にも計り知れない影響が出ていたでしょう」

 

 

 当然本人達の知るところではないが、キラード達より更に未来の世界でも同じような結論に至っていた。

 

 

「そして懸念事項が一つ。オーガの動きを監視する上で別の存在による時空干渉を感知しました」

 

「別の……?」

 

「ええ。既に私達の時代からオーガが過去に飛んでいる以上、時空の修正力が働いてその謎の存在はもう干渉出来ないはずですが……」

 

「あれ、それじゃあ俺達もタイムジャンプ出来ないんじゃ?」

 

「いえ、干渉元は同じ時代として処理されるのでそこは問題ありません」

 

 

 その別の存在というのがエルドラドである。柊弥を消そうとしているもう一つの存在であるエルドラドは、オーガによってその計画が停滞していることに酷く辟易としているが、そんな都合はオーガ、そしてキラード達には関係の無いことだった。

 

 

「……はあ、めんどくせーけどやるかあ」

 

「面倒くさがるなって!だって加賀美さんは……」

 

 

 ヒカリが前髪をかきあげる。その髪の向こうから顕になったのは……柊弥と同じ、切れ長の目。

 

 

「お前の曾祖父ちゃんだろ!」

 

「顔知らねーけどなー」

 

 

 

 ーーー

 

 

「よう、相変わらず真面目なことで」

 

「……ルーサーか」

 

 

 スペインのユースチーム、バルセロナオーブ。その宿舎内のグラウンドにて青年と見間違われるほど逞しい少年が一人グラウンドに立っていた。そんな彼に話しかけたのはルーサーと呼ばれたチームメイト。

 

 

「そんなに例の合宿が楽しみかよ」

 

「ああ。何せ世界との邂逅だ」

 

「イタリアはともかく、日本が俺達のレベルに追いつけるとは思えねえんだけどな」

 

「……直感だ」

 

「は?」

 

「確かに日本サッカーはあまり有名ではない。しかし……ここにやってくる日本の戦士達は、きっと私達を驚かせてくれる。そんな直感がある」

 

 

 彼はルーサーに対して自分の考えを話す。直感。それは何の根拠もない、希望的観測のようなもの。

 

 

「お前にしては随分論理から外れた考えじゃん……クラリオよ」

 

「ふッ、偶にはな」

 

 

 ルーサー、そしてクラリオがそんな話をしていると同時刻。更に離れた地からスペインに向かっている者達がいた。

 

 

「キャプテン、日本といったらキャプテンの故郷ですけど……どう思います?」

 

「そうだな……久しく日本には帰っていないからあまり分からないが、一つ注目しているチームがあるんだ」

 

「注目しているチーム、ですか?」

 

 

 スペインへと向かうその飛行機の中、二人の少年が話をしている。彼らを乗せた飛行機がつい先程発ったのはイタリア。

 

 

「雷門イレブンと言ってな。日本の中学サッカーの頂点を決めるフットボールフロンティアで優勝し、以前世間を騒がせたエイリア学園を撃破したのが彼らだ」

 

「雷門イレブン……合宿にやって来るのはそのチームの選手ですかね?」

 

「どうだろうな。彼らが来ても、彼らを差し置いて来る誰かでも面白いことになるんじゃないのか?」

 

「俺には分からないです……でも、楽しみですね」

 

「ああ。俺に何かを学ばせてくれるヤツ。そんなヤツと出会いたいな」

 

 

 クラリオ・オーヴァン、フィディオ・アルデナ、そしてヒデ・ナカタ。3人の実力者が同時に日本へと思いを馳せる。日本を代表する二人が彼らと交差する時、一体何が起こるのか。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「さて、とうとうこの日が来たな」

 

 

 俺と風丸は今空港にいる。遂に待ち侘びていた出発の日だ。嬉しいことに皆激励も兼ねて見送りに来てくれた。

 

 

「柊弥、風丸!頑張ってこいよ!」

 

「おう、日本の底力見せてくる」

 

「お前の鬼特訓のせいで随分底上げされたしな」

 

「重りを着けた状態でイナビカリ修練場の全制覇、更に増量した上でまたやったと言うのだから恐ろしい」

 

「ああ。円堂のタイヤ特訓も真っ青だな」

 

「俺がいない間にメニューに取り入れてもいいぞ?」

 

「検討はしよう」

 

 

 世界の同世代がどれくらいのものなのか、俺は全く分からなかった。映像なりなんなりで調べるって手段もあったけど、楽しみにしておきたい気持ちもあって抑えた。

 だからせめて、どれだけ強くてもその喉元に喰らいついてやる。そんな気概でこの一ヶ月間ひたすらに鍛えまくった。風丸はほぼ巻き添えみたいなもんだった。後悔はしていない、現に風丸もとんでもない勢いで化けたからな。

 

 

「そうだ、それで思い出した。俺がいない間に一部にやっておいて欲しいメニューをまとめたんだけど……いるか?」

 

「お前の設定するメニューは的確だ。俺と鬼道で改めた上で取り入れよう」

 

「分かりました、じゃあまずは1年生達」

 

 

 響木監督のお墨付きまで得られるようになったのは嬉しいな。それなら遠慮なく残していける。

 

 

「皆が課題だって捉えていたフィジカルについてだ。ここまで筋トレを中心にして身体の強度を中心に鍛えてきたけど、次のステップに移る」

 

「次のステップ?」

 

「ここからは体力を中心に伸ばしてくれ。イナビカリ修練場でも外周でも何でも良い。ただし、そのメニューだけじゃなくて全体メニューをこなし終わったら体力を使い切るくらいの強度だ」

 

「うーん、設定が難しいッス……」

 

「そこは監督や鬼道と相談して決めてみてくれ。次に修也、染岡、シャドウ。ストライカー陣」

 

「おう」

 

「お前達はシュート以上に相手との駆け引き、デュエルを鍛えてくれ。連携で突破するだけじゃなくて、単騎でボールを持ち込める。そのレベルを目指してくれ。理想は俺と対面して勝率5割を維持できるくらいかな」

 

「分かった」

 

「他の皆には特に言うことは無い。強みを伸ばすも良し、新しい分野を伸ばすも良しだ。監督、鬼道の指示に従って頑張ってくれ」

 

「分かった!」

 

 

 さて、メニューは伝え終わった。後は……

 

 

「春奈」

 

「はい!」

 

「時差もあるけど、毎日連絡するから」

 

「されなくてもするつもりでした!」

 

「よし」

 

「ブレないなお前ら」

 

 

 どれだけ忙しくてもそれだけは譲らない。距離が離れる分寂しい思いをさせるからな。俺だって実のところ寂しいし、離れたくない。

 

 

「そろそろ時間だな」

 

「加賀美、風丸!海外にも雷門魂を見せつけてこい!」

 

『はい!』

 

「良い土産話を期待しているぞ」

 

「土産話も良いッスけど、スペイン土産も楽しみにしてるッス!」

 

「俺達も強くなって待っててやるよ!」

 

「二人共、頑張って!」

 

 

 響木監督、鬼道、壁山、染岡、秋。皆が思い思いの言葉を投げかけてくれる。こういう時ってどういう返しをするのが正解なんだろうな。

 

 

「二人共!」

 

「守」

 

「いってらっしゃい!!」

 

 

 ……はッ、難しく考えすぎてたな。送り出される立場が言うべき言葉なんて、一つで十分だったな。

 

 

「いってきます!!」

 

 

 さあ待ってろよ、世界。




直感で期待されがちな国、日本。
無印では出てこなかったクラリオ、そしておなじみフィディオにヒデナカタ。このネームバリューに柊弥と風丸は喰らいつけるのか?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第106話 世界に轟く雷鳴

超次元な世界だから野暮ですが、当たり前のように日本語で会話するの本当に謎ですよね。
中学や高校で学ぶ英語は一体どういう立ち位置なんだ、オラわっかんねえぞ。


「ここがスペインか」

 

「当たり前だけど、日本とは雰囲気がまるで違うな」

 

 

 移動に掛かった時間、実に14時間越えだ。日本からスペインまでの直通便がないから乗り継ぎが必要だったし大変だったな。飛行機の中で睡眠をとって、空港からスペインまで交通機関を乗り継いでようやく到着。このご時世簡単に色々調べられたりするとはいえ、中々に疲れた。

 

 

「さて、ここまで来れば現地のガイドさんが迎えに来てくれてるはずだが…どの人だ?」

 

「おーい、おーい!!」

 

「ん、あの人じゃないか?」

 

 

 風丸が指さした方向に視線をやると、息を切らしながらこちらへ走ってくる女性が見えた。明らかに俺達に声を上げてるし、多分そうなんだろう。

 

 

「ふーッ、ふーッ…」

 

「あの…大丈夫ですか?」

 

「大丈夫…ごめんなさひぃ…」

 

「大丈夫じゃなさそうなんですけど…とりあえず水をどうぞ」

 

 

 遅刻なのか何なのか分からないが、多分俺達のために急いでくれたと考えて良いだろ。後で飲もうと思って買っておいた未開封の水をとりあえず渡す。

 

 

「ふー、やっと落ち着いた…いやごめんなさいね、思いっきり駅を間違えちゃって」

 

「大丈夫ですよ、丸一日放置されたとかじゃないので」

 

「とりあえず自己紹介しましょうか。私はバルセロナオーブのサポーター、ヴァレリアよ。よろしくね」

 

「雷門中副キャプテン、加賀美 柊弥です。よろしくお願いします」

 

「同じく雷門中の風丸 一郎太です」

 

「カガミにカゼマルね。それじゃあ早速バルセロナオーブの宿舎に…と言いたいところだけど、貴方達お腹減ってない?こっちではそろそろ昼ご飯の時間なんだけど」

 

「俺はそれなりに」

 

「俺もです」

 

「オッケー!この近くにスペインならではの露店が並ぶ通りがあるから、そこに行きましょうか!」

 

 

 そうして俺達はヴァレリアさんに連れられて駅を出発した。見慣れた日本とは全く違う街並みに思わず息を呑む。俺達の当たり前とは全く違う風景がここにはあるんだ。

 少し歩くと件の通りに到着した。食べ物の露店も多く並んでるが、フリーマーケットなども盛んみたいだ。日本ではそういうイベントじゃない限り見ることは無いから、これまた新鮮に感じる。

 

 

「さて、私は二人が戻ってくるまで待ってるから先に買ってきて良いわよ。お金はある?」

 

「はい、日本のサッカー協会に支給してもらったので大丈夫です」

 

 

 そうそう、必要経費とは別に何かと使うだろうからって現地での小遣いまでもらったんだよな。それプラス母さんがお土産代も兼ねて追加で持たせてくれたから、懐にはだいぶ余裕がある。多分こことお土産以外でそんなに使わないだろうしな。

 とりあえず俺と風丸は二人で色んな店を見て回る。とりあえず炭水化物が食いたいから…お、パエリアとか良いな。それにアヒージョなんかもある。軽く小腹を満たすだけのつもりだったけど、折角だし色々食べてみるか。

 

 

「加賀美、俺はあっちの店で買ってくる」

 

「分かった。さっきの席で集合だな」

 

 

 どうやら風丸も唆られるものを見つけたようで、互いに別の店に並んだ。と言っても、俺のところは先客がいないからすぐ注文出来たけどな。

 

 

「兄ちゃん、どっから来たんだい?」

 

「日本です。バルセロナオーブってチームに合同合宿に招待してもらって」

 

「へえ、バルセロナオーブとかい!あのチームは強いぞ、何せあのカタルーニャの巨神、クラリオがいるからな!」

 

「カタルーニャの巨神…」

 

「おうよ!スペイン最強の選手とも名高いヤツでな、もし少年サッカーの世界大会があったら真っ先に代表に選ばれるだろうって話だ!」

 

 

 カタルーニャの巨神…凄い仰々しい異名だな。この屋台のおじさんの熱意を見るにその実力も本物なんだろうな。

 

 

「あいよ、パエリアとアヒージョね!合宿頑張れよ!」

 

「ありがとうございます」

 

 

 気さくな人だったな。欧州ではアジア人差別がどうこうって話を聞いたことがあるから少しだけ警戒してたがそんなことはなかった。話をするにサッカーが好きみたいだし、どっかの誰かさんが言ってたサッカー好きに悪いヤツはいないってことなのかもな。

 

 

「ヴァレリアさん、お待たせしました」

 

「あら、案外早かったわね?」

 

「屋台の人と話をしてたんですが、並ばずにいけたので」

 

「そう!じゃあ私も何か買ってきて良いかしら?さっき走ったから実はお腹ペコペコなのよ…」

 

「大丈夫ですよ、待ってます」

 

 

 先に買ってきたものを食べていることにする。…うん、美味い。本場で食べるとやっぱり日本で食べるものより美味く感じる。5分くらいすると風丸、ヴァレリアさんも戻って来た。さっきの話でふとバルセロナオーブのことが気になったので訊ねてみる。

 

 

「ヴァレリアさんはバルセロナオーブのサポーターなんですよね?」

 

「ええ!もう長いことね」

 

「何の前情報もなしに来たのでよく分からないんですけど、どんなチームなんですか?」

 

「バルセロナオーブの強みはやっぱり圧倒的なフィジカルね。けどそのプレイングは決して力押しじゃなくて、芸術じみた戦術と技術を誇っているの」

 

「芸術…」

 

「個人技を重視しているのだけれど、連携もしっかりしているわ。キャプテンのクラリオのカリスマ性が個性派揃いのチームを纏めてる感じね」

 

「個性派を纏める、ある意味円堂みたいなものだな」

 

「確かに」

 

「貴方達のチームのことも聞いてみたいわ。確か、ユースチームじゃなくて学校の部活なのよね?」

 

 

 食事をしながらヴァレリアさんから色々教えてもらう。やはりフィジカルか…日本、ひいてはアジア人と比較するとこっちの人達の方が筋肉が付きやすいって話を鬼道から聞いたことがある。そのフィジカルから繰り出される個人技、それが組み合わさる連携。全てにおいて隙が無いってことか。

 …と、考えていたらヴァレリアさんからこっちの話も聞きたいと頼まれた。別に隠す理由もないし、勿論話すことにする。

 

 

「今言ったんですけど、個性派が纏まっているっていう点では同じですね」

 

「お前も大概個性派だからな」

 

「あらそうなの?カガミは随分と大人びて見えるけど」

 

「サッカーに関わってくると個性派も個性派なんですよ。サッカーバカも良いところです」

 

「褒めんなよ」

 

「褒め…てるうちに入るかもしれないな」

 

「バルセロナオーブと比べたらフィジカルは確かに弱いと思います。けど俺達の武器はフィジカルでも個人技でもない…諦めない心です」

 

「諦めない心?」

 

「はい。どれだけ力の差がある相手でも、試合が終わるまで絶対に諦めず戦う。俺達いつもその心で勝ってきたんです」

 

「へえ…何かカッコイイわ。ジャパニーズブシドーってやつかしら?」

 

「それに近いもの、かもしれませんね」

 

 

 そんな話をしながら食事は進む。集合時間には余裕を持ってるし、何よりバルセロナオーブの合宿場はここから近いらしいので結構ゆったりと過ごしていた。

 

 

「さて、そろそろ行きましょうか」

 

「そうですね。バルセロナオーブ…楽しみです」

 

「イタリアから来る2人もどんな凄いヤツらなのか…」

 

 

 俺達は席を立って合宿場へと向かう。バルセロナオーブ、クラリオ。一体どんな凄いヤツらなんだ。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「あの人は…今はスペインに行ってるのね」

 

 

 暗い路地裏。少女が独り呟く。

 

 

「…なるほど、オーガも動き始めたか。それなら時空の修正力に弾かれてエルドラドは干渉出来ない。心配ではあるけど…あの人達も正史通り動くから大丈夫」

 

 

 彼女はただ目を瞑ってそこに座っているだけ。それなのにも関わらず、何かが見えているように独り言を話しているのは…彼女の持つ特殊な力が理由。

 

 

「エルドラドの干渉を受けたあの人の歴史は、既に大きく動き始めている。それこそ…私が覗くことも予想も出来ないくらい」

 

 

 彼女は"観測者"。その力で"過去"を覗き見る。しかし、彼女の一番知りたいモノは見えてこない。彼女の力も超えた、大きな何かに阻まれて。

 

 

「見つけたわよ」

 

「…メイア」

 

 

 突如として背後から掛かった声。それに驚いて僅かに身体が跳ねた少女はすぐさま声の方向に振り返る。そこに居たのは彼女にとっての大親友。

 

 

「貴女がフェーダを裏切ったって聞いて驚いたわよ。何かの間違いでしょって」

 

「…残念ながら本当よ。私はもうついていけない」

 

「どうして?今まで上手くやってきたじゃない…一緒に色々考えて、やっと大人達を追い詰めて。あともう少しで私達が目指した世界がやってくるのよ?」

 

「それじゃダメ。力で抑え込むのにはいつか限界が来るわ。それに…そんなの間違ってる」

 

「間違ってるのは貴女よ!フェーダの中心だったのに、急に皆を裏切って!!そんなの誰も納得するはずないじゃないっ!!」

 

 

 路地裏での押し問答。先に冷静さを失ったのはメイアと呼ばれた少女だった。

 

 

「貴女がいなくなったら計画はどうなるの!?理想を信じて結束してきた組織はどうなるの!?」

 

「計画も組織も、全部私が終わらせる…それが、私の責任だから」

 

「何で、分かってくれないのよっ…」

 

 

 依然として意見を曲げない彼女に対し、メイアは肩を震わせる。互いに譲れないものがあるからこその衝突。

 

 

「お願いだから、戻ってきてよ…」

 

 

 やがて、メイアの双眸から涙が溢れ落ちる。その涙に宿るのは…大親友と分かり合えないこと。大親友が離れていくこと。様々なことへの悲しみ。

 

 

「…それでも、それでも私はッ」

 

 

 しかし悲しきかな。その涙が更に彼女の決意をさらに押し固める。

 

 

「──待ってッ!!行かないで、ステラッ!!」

 

(ごめん、ごめんねメイア…!)

 

 

 彼女は走る。決意が揺らがぬように、振り返らないように。

 

 

(私の計画が上手くいけば、何の後ろめたさもなく皆でいられるはずだから…!)

 

 

 彼女は走る。暗い藍色の髪を揺らしながら、その場から逃げるように。

 

 

「ステラぁ…なんで、なんで行っちゃうのよ…」

 

「メイア!ここにいたのかい」

 

 

 一人路地裏に取り残されたメイア。そこにやってきたのは、彼女の想い人であるギリスだった。

 

 

「ギリス、私…ステラを止められなかった」

 

「…諦めちゃダメだ。また話せば、ステラも考えを改めてくれる」

 

「あのバカは1回言ったら聞かねえ。お前らもよく分かってんだろ」

 

 

 悲しみにくれるメイアとそれを慰めるギリス。その二人しかいなかった空間にまた新たな顔ぶれがやってくる。

 

 

「ジーク…貴方は辛くないの?だってステラは貴方の…」

 

「別に。バカに構ってる暇なんざねえんだよ…俺らには時間がねえ、そうだろ」

 

「…確かにジークの言うことも一理あるよ、メイア」

 

「そうだけど…そうだけど…!」

 

 

 突如その場に現れたジークと呼ばれる少年は半ば辛辣でも彼らにとって全うな言葉を残し、路地裏の向こうをじっと見つめていた。その場からいなくなった誰かを視線で追いかけるように。

 

 

「…バカ姉貴が」

 

 

 苛立ちを誤魔化すようにグシャグシャにしたその髪は…ステラと同じ暗い藍色だった。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「ここが、バルセロナオーブの宿舎」

 

「ええ。立派でしょう?」

 

 

 …凄いな。ユースとはいえ、中学生のチームでここまでの規模の施設。相当大規模なのか?

 

 

「じゃあ早速中に入るわよ」

 

 

 見た目通り中も凄い。お日さま園に行った時みたいな感じだ。部屋が多すぎるし何より廊下がめちゃくちゃ長い。こっちの方が断然規模はデカいんだけどな。

 

 

「食堂、浴場、トレーニング室。色々並んでる廊下を抜けて…お待ちかね、ここがバルセロナオーブのグラウンドよ」

 

「室内にグラウンド…凄いな」

 

「帝国みたいな感じか」

 

「さ、中でバルセロナオーブのメンバーが待ってるわ。行きましょうか」

 

 

 ヴァレリアさんが扉を開ける。すると眼前に広がっているのは至って普通のグラウンド。そして、その中央で俺達を待ち構えているのが…

 

 

(…バルセロナオーブ)

 

「よく来たな、日本からの客人よ」

 

 

 一人の男が前に出て口を開く。コイツだけオーラが違う⋯そうか、コイツがカタルーニャの巨神、クラリオか。

 

 

「私はクラリオ・オーヴァン。貴方達の名前を聞かせてくれ」

 

「加賀美 柊弥だ。今回はよろしく頼む」

 

「風丸 一郎太。よろしく」

 

「じゃ、私はこの辺で」

 

「ここまでありがとうございました、ヴァレリアさん」

 

 

 クラリオと自己紹介を済ませると、そのタイミングでヴァレリアさんが踵を返す。ほんの数時間とはいえ物凄く助かった。上から頼まれただけに過ぎないんだろうけど、それでもだ。

 

 

「さて、イタリアのヤツらが来るまで暇だし…日本人の実力を確かめてやるか」

 

「…ベルガモ、勝手な行動は慎め」

 

「良いじゃねえかクラリオ。俺もコイツらの実力が気になるしな」

 

「お前もか、ルーサー」

 

 

 ここから何をするのか、と考えてたらクラリオではない別のヤツらが話し出す。その視線はどことなく不愉快なものを感じさせる。

 

 

(…成程、舐められてるな)

 

 

 さっきアジア人差別は思ってたよりも無いのかとか考えてたが、サッカーの話になれば別らしい。まあ良いさ、ある程度想定はしてたことだ。

 

 

「…加賀美、俺にやらせてくれないか?」

 

「風丸」

 

「現時点で俺がどれだけ世界に通用するのかを確かめてみたいんだ」

 

 

 お望み通り受けてたってやる。そんな言葉を返そうとした時、風丸に遮られた。驚いて風丸の顔を見ると、その眼は闘争心でギラついている。随分とやる気みたいだ。

 

 

「いいぜ、俺が相手してやる。お前はもう一人の方な、ルーサー」

 

「おう」

 

「はあ…まあ良い。すまないがカガミにカゼマル、そういうことで構わないだろうか」

 

「ああ、こっちとしても望むところだ」

 

 

 どうやらコイツらと違ってクラリオは常識人らしい。この二人の行動を見て頭を抱えている。

 

 

「センターサークルの真ん中にボールを置いて、合図と共にゴールを狙い始める。それで良いだろ?」

 

「構わない」

 

「同じく」

 

 

 対決形式はシンプルな1on1。ボールを奪い合いながら相手のゴールに先に決めた方が勝ちだ。単純明快で分かりやすくて良い。

 

 

「よし風丸、見せてやれ」

 

「ああ、任せろ!」

 

 

 風丸はユニフォームに着替えて勝負の場へ向かう。俺はそれをバルセロナオーブのメンバーに混じってコートの外から観戦する。

 

 

「それでは…はじめ!!」

 

 

 誰か分からないが、バルセロナオーブのヤツが開始の宣言を出す。それと同時、風丸と…確かベルガモ。二人はセンターサークル内のボールに向かって走り出す。

 

 

「ハッハァ!お先に!」

 

「くッ、速い…!」

 

 

 先にボールを手中に収めたのはベルガモ。確保するやいなや、風丸をルーレットで一瞬で抜き去る。風丸が出し抜かれる程のスピード、それに身体捌きに一切の無駄がない。態度こそ最悪だけど、プレーの質はやっぱり本物だ。

 

 

「負けるかァ!」

 

「へぇ、スピードは大したモンじゃねえか」

 

 

 しかし風丸も負けてない。すぐさま加速し、先を走るベルガモに追い付いてみせる。そのまま二人はぶつかり合いながら進む。

 凄いな、あれ程のスピードで衝突しても一切ヤツの体幹はブレてない。体格的にはそこまで俺達と変わらないように見えるけど、目では見えない部分まで相当鍛えられてる。

 

 

「ほらほらどうした!?もうゴールの近くまで来ちまったぞ!?」

 

「ぐッ!?」

 

 

 対する風丸は押され気味だ。自分からぶつかりにいってるが、相手の方が身体が強いせいで当たり負けしている。スピードこそこの数ヶ月で見違えるほどに伸びた。けどフィジカルまでは仕上げきれなかったのが裏目に出たか。重りを着けながら動き回ったおかげである程度は鍛えられてるけど、それでもヤツには届かない。

 

 

「まだだ…まだだァ!」

 

「なっ、マジかよ」

 

 

 しかし、そこで風丸が意地を見せた。フィジカル勝負じゃ勝てないと踏んだのか仕掛けるのを止め、凄まじい加速でベルガモの正面に躍り出た。風丸の強みはスピードだ。とは言えスピードと言っても幾つかに分類される。初速、トップスピード、加速度。その中で風丸が最も秀でているのが加速度だ。分かりやすく言えば、スプリント中からトップスピードに至るまで普通のヤツが踏む段階を二、三個飛ばしているような感じか。それまでが風丸のトップスピードだと錯覚しているヤツにはそのギアチェンジがぶっ刺さる。

 

 

「もらったァ!!」

 

「バカなッ…!?」

 

 

 急に正面を取られたことに焦ったベルガモは一瞬萎縮する。その隙を風丸は見逃さない。すぐさま切り返して足元のボールを刈り取り、そのまま加速。

 

 

「…ほう」

 

「どうだ、ウチの韋駄天は」

 

「消えたと錯覚するほどの凄まじい加速だった。その一点に限れば恐らく既に世界級だろう」

 

「そうだろうそうだろう」

 

 

 隣で声を漏らしたクラリオに訊ねると、高評価が返ってくる。やったな風丸、お前のスピードなら世界に通じる。それが今証明──

 

 

「まだその一点、だがな」

 

「…何?」

 

「見てみろ」

 

 

 クラリオが静かに指差す。その方向に視線をやると…何と、大きく突き放されたはずのベルガモが既に風丸の横に並んでいた。

 

 

「スピードの最大値、トップスピードはベルガモにも及んでいない。彼のトップスピードに至るまでは評価に値するが、反対側のゴールへ向かうようなロングランではまだまだと言ったところだ」

 

「オラ、どうしたよ日本人…自分のスピードなら負けないとでも思ったか?」

 

「なッ…」

 

「これが現実だ!!さっさとそのボール寄越せェ!」

 

「がッ!?」

 

 

 ベルガモはそのスピードのままショルダーチャージを仕掛ける。さっき受け身の状態ですら風丸に押し勝てていたんだ、自分から仕掛ければどうなるか…アイツには分かってたんだろう。それを受けた風丸は堪らず転倒。

 

 

「これで終わりだ!」

 

 

 そのままベルガモはシュートを放つ。位置はセンターサークル付近。かなりのロングシュートだが、必殺技でもないのにそのシュートは凄まじいスピードで真っ直ぐにゴールへと突き刺さる。アイツの本職はFWか?至近距離での必殺シュートなら相当な威力になりそうだ。

 

 

「…クソォォ!!」

 

「へっ、所詮この程度か」

 

 

 それを目の当たりにした風丸は拳をグラウンドに叩き付ける。そんな風丸にベルガモは侮蔑を込めて見下している。

 …気に食わねえな。俺がバカにされんのは全然構わねえが、仲間を…風丸をバカにされんのは心底腹が立つ。

 

 

「お前、まだ遊び足りねえだろ。俺とやれよ」

 

「あ?」

 

「おい待て。お前の相手は俺だ日本人」

 

「ああ、忘れてた。じゃあ二人纏めて掛かってこいよ」

 

「テメェ、俺達をナメてんのか!?」

 

 

 こういうのは柄じゃねえが、思いっきり相手を下に見た煽りを入れてやる。俺達を完全に見下してるような二人だ、ここまで焚き付けられたら逃げらんねえだろ。

 

 

「それとも何だ?散々下に見てる日本人ごときに、二人がかりで負けるのが怖えのか?それなら仕方ねえから一人ずつで相手してやる。ほら、さっさと準備しろよ」

 

「…上等だ!!吐いた唾飲むんじゃねえぞ!!」

 

「サッカー後進国が…スペインの恐ろしさ思い知らせてやるよ!!」

 

 

 作戦成功。扱いやすくて助かるな。

 

 

「構わねえな、クラリオ」

 

「…ああ、先に勝負を仕掛けたのはこちら側だ。何も言うまい」

 

「ありがとよ」

 

 

 この場で一番偉いのは、強いて言うならバルセロナオーブのキャプテンであるクラリオだろう。そいつから了承を得られてるなら何も後ろめたいものはねえ。思う存分、コイツらをぶっ潰せる。

 

 

「加賀美、お前…」

 

「見てろ風丸、お前の仇絶対取ってやる」

 

「…すまん、任せた」

 

「謝んな、お前は精一杯やった。足りない部分はまた鍛えれば良い」

 

 

 ジャージを脱いでフィールドに立つ。俺の目の前には怒り心頭のベルガモとルーサーの両名が立ちはだかる。

 

 

「おいお前、もし負けたら分かってんだろうな?」

 

「散々イキったんだ、これで負けたら素手でトイレ掃除でも何でもしてやる。ただお前ら…自分にもその言葉が返ってくること、忘れんなよ」

 

「はッ、泣かせてやるよ日本人」

 

「それでは…開始!」

 

 

 クラリオが開始の合図を出す。直後、ヤツらは凄まじい勢いで飛び出してくる。それに対して俺は…動かない。

 

 

「おいおいどうした!ビビっちまったか!?」

 

「ボーッとしてんなら轢いちまうぞ!!」

 

 

 そうすれば当然ボールを確保するのはアイツらだ。二人もいるんだ、別に俺をワンツーで躱すなりしてさっさとゴールを狙えば良いだけだ。片方はさっきここからシュートを決めてみせた訳だしな。

 それなのにアイツらはそうしない。分かる、俺を真正面から潰したいよな?あれだけ煽られたんだ、ただボールを奪って先に点を入れるだけで気が済むはずがねえ。

 

 

 それで良い。それが俺の狙いなんだからな。

 

 

「なにボーッとしてんだ?」

 

「は、消え──」

 

 

 接触の瞬間、少しだけ左脚を前に出してサイドステップを踏む。勝手に引っかかったボールが俺と一緒に右に弾かれ、ヤツらの支配下から抜け出す。

 

 

「おいおいどうした?ビビっちまったか?」

 

「野郎ォ、本気で潰すッ!!」

 

「日本に帰れなくても知らねえからなッ!!」

 

 

 呆気にとられていたヤツらだったが、その顔を憤怒に歪めて俺に襲い掛かってくる。確かに凄えスピードだ、風丸が負けるのも無理はねえな。

 

 

(けど、そうだって分かってんなら対処法なんざ幾らでもあんだよ)

 

 

 俺はさっき風丸がやられたよりも高速のルーレットでベルガモをぶち抜く。すぐさま振り向こうとするベルガモだがそうはさせねえ。ハンドワークでヤツの背中を抑えて阻止。

 そうしてる間にルーサーがチャージを仕掛けてくるがそれは読んでる。それより早くボールに回転を掛けて送り出し、完全フリーの状態で敢えて前に出る。

 

 

「うッ!?」

 

「どうしたよ、接触がそんなに怖かったか?」

 

 

 体格が良いコイツからすれば、俺に力負けするはずがない。俺は衝突を避けてくる…くらいの想定だったろ。それなのに平然と前に出られたら確かにビビるよな、俺が演技すればファールになる可能性だってあるんだから。そのまま当たりにいっても良かった。けど一瞬萎縮したのを見てその必要はないと切り替え、煽りだけ置いてヌルりとすれ違う。

 

 

「どうした?その程度か?それでよくも潰すだのなんだのと言えたもんだ」

 

「この野郎ォ…!!」

 

「退けベルガモ…俺が潰すッ!!」

 

 

 さっきのやり取りが相当効いたのか、ルーサーが闘気を全開にする。何か仕掛けてくるな。

 

 

(肩に力が集中)

 

(重心が低い、溜めがある)

 

(コイツの武器は十中八九パワー)

 

 

 最近、視る力が鍛えられてんのか相手の些細な動きから行動を読めるようになってきてる。そのおかげで今コイツがやろうとしてる事が手に取るように分かる。

 

 

雷霆万鈞…来い、遊んでやるよ」

 

バッファローチャージッ!!吹き飛んどけクソがァ!!」

 

 

 溜めまくって生まれる超スピードを活かしたショルダーチャージ。避けなきゃ正面衝突は必至。けどそれがなんだ?むしろ望むところだ。

 

 

「オラァァッ!!」

 

 

 闘牛のようなオーラを纏いながらルーサーは俺に突進してくる。それに対して迎え撃つように俺も肩でそれを受け止めてやる。

 

 

「なッ…嘘だろ、ビクともしねぇ…!?」

 

「そんなモンか?パワー自慢」

 

「クソ…クソォォォ!!」

 

「暑苦しいんだよ…離れとけ牛野郎ッ!!」

 

「がッはァァッ!?」

 

 

 自分のパワーなら簡単にねじ伏せられるとでも思ってたんだろ。真正面から受け止めてやるとその顔が一気に歪む。自分のステージで押し勝ててないんだ、焦るよな、苦しいよな。

 

 

 だから容赦しねえ。全力でぶっ潰す。

 

 

「おい、次はテメェだスピード自慢。追い付いてみろ」

 

「ク、ソがァァァァァァ!!」

 

 

 そう焚き付けてゴールに向かって走り出すと、雄叫びを上げながらベルガモは後ろから迫ってくる…どころか、案外早く俺に並走してきた。

 

 

「どうした?仕掛けてこいよ。それともさっきの衝突見てビビったか?」

 

「ほざけ、クソ野郎がァァッ!!」

 

「お前らの語彙はクソしかねえのか?」

 

 

 最後の一言で完全にブチギレたベルガモはトップスピードを維持したまま思いっきりぶつかってくる…が、俺は一切体勢を崩さない。幾らスピードが乗って走ってる状態でもさっきのルーサーのタックルよりまだ軽い。そんなんで俺に勝てると思ったら大間違いだ。

 

 

「弱えし遅せえ。先行ってんぞ」

 

「な、待てえええええッ!!」

 

 

 もう良いだろ。どれだけコイツが全力で当たってきてもビクともしないって分かったから置き去りにしてやる。叫びながら必死に着いてきてるみたいだが、声の距離はどんどん遠くなっていく。お前は散々風丸を侮辱したんだ、徹底的に折ってやるよ。

 

 

「パワーもスピードも俺が上…お前は何なら俺に勝てるんだ?」

 

「ほざけッ、ぶっ潰すッ!!」

 

「だから、潰せてねえだろって」

 

 

 その場で止まって振り返ると、ベルガモは一心不乱に俺へと襲い掛かる。俺しか見えていないように思えるが、ちゃんとボールは狙ってきてる。まあ、触れさせてすらやらねえけどな。ダブルタッチ、ルーレット、エラシコ、ヒールリフト。ありとあらゆる技術で弄ぶ。

 

 

「…どうやら、テクニックも俺の方が上みたいだ」

 

「が、ァァァアアアアアッ!!」

 

「冷静さも俺の方が上だな」

 

「俺を忘れてんじゃねえ…潰れとけェ!」

 

「視野もだったな」

 

 

 狂ったように突っ込んでくるベルガモに軽く肩で触れてやると、バランスを崩して顔面から倒れ込む。そのタイミングを見計らって俺の死角から追いついてきたルーサーがタックルを仕掛けてくる。見えてる上に気配でバレバレだ。

 

 

「もうそろそろへばってきたか?じゃあ…終わらせてやるよ」

 

 

 明らかにコイツらの動きからキレが無くなり始めてる。散々見せつけてやったし、そろそろ潮時らしい。ボールを踏み抜いて回転を掛けると、そのボールは空気を巻き込むほど回転しながら徐々に、徐々に浮き上がる。

 

 

「させるかァァ!!」

 

「撃たせねえよ、馬鹿野郎がッ!!」

 

「遅せぇよ」

 

 

 二人が立ち上がってそのボールを両サイドから奪いに来る。が、そのタイミングでボールは激しく放電。荒れ狂う雷に身を焼かれて立ち止まった二人は、その直後に訪れるエネルギーの大放出に耐えきれずまたも吹き飛ばされる。

 

 

「終わりだ。ライトニングブラスター"V3ッ!!"

 

 

 両脚を巨大な雷の塊に突き刺す。直後その内側に秘められた圧倒的なパワーが解き放たれる。空気、地面、雰囲気。あらゆるものを焼き焦がしながらその暴力は標的を喰い破るためだけに突き進む。それを邪魔するヤツ…いや、邪魔出来るヤツはいない。

 

 

「…そこまで!!」

 

「俺の勝ちだ」

 

 

 ゴールから上がる黒煙、そしてクラリオの声が全ての終わりを物語る。これがイナズマ魂…日本の力だ。その眼に焼き付けやがれ、サッカー先進国が。




【本日の被害者】ベルガモ ルーサー
【敗因】怒らせちゃダメなヤツを怒らせた

オリオンはリアルタイムで一周しかしてないので記憶が曖昧ですね…後から何かでオリオン見返してなんか違うな…ってなったらちょっと修正入れるかもしれもせん。
そしてどんどん増えていく未来の新キャラ達。風呂敷を広げすぎ感はありますがちゃんと完結させたいですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第107話 進化の兆し

3月も既に折り返し…あともう少しで世界編開幕ですね。それまでもう少しだけこの番外編にお付き合い下さい。


「畜生ッ⋯!」

 

「なんなんだコイツ⋯俺達が、こんな簡単に⋯!?」

 

 

 未だゴールから黒煙が立ち上る中、背後から地面を叩く音と血を吐くような声が聞こえてくる。振り返ると、地面に這いつくばりながら俺の方を睨み付けているベルガモとルーサーの姿が視界に入った。勝負は着いたが⋯まだ自分達の方が上だって思い込んでるらしい。

 

 

「この結果で分かっただろ、これがお前らが見下してた日本の力だ」

 

「こんなモン⋯認めるかァッ!!」

 

「認めろ。これがカガミとお前達の差だ」

 

 

 淡々と言葉だけ投げると、否定の意思全開で声を荒らげてきた。しかし、それを一蹴するようにクラリオが割って入ってきた。

 

 

「これ以上恥を晒すな。お前達二人がやったことはバルセロナオーブ、ひいてはスペインの品格を貶めたも同然。これ以上はキャプテンとして私が認めん」

 

「ぐゥッ⋯」

 

「⋯すまない、カガミにカゼマル。こうなることを考えて止められなかった私の責任だ」

 

「だとよ風丸、どうする?」

 

「俺は構わないさ。仇はお前が取ってくれたし、何よりまだまだ力不足だって知れた。鍛えがいがあるってな」

 

「そういうことだクラリオ。お前が気に病むことはない」

 

「⋯感謝する」

 

「さて⋯先にやられたこととはいえ、散々お前達を煽るようなこと言って悪かったな」

 

 

 そう謝罪の意を言葉にすると、二人は虚をつかれたように目を丸くする。⋯まあ、そうなるよな。さっきまで散々自分達に罵声を浴びせてきたヤツが急にそれを謝りだしたら、脳が追い付かないだろうな。

 

 

「は?」

 

「昔からこうでな。友達や仲間をバカにされるとどうにも熱くなっちまうんだ。その勢いに任せてスポーツマンシップに有るまじきことをしたんだ、それは謝らなきゃならないだろ」

 

「⋯日本人ってのは、こんなお人好しばっかなのか?」

 

「別に俺はお人好しでもなんでもないさ。怒りに身を任せて相手選手をぶん殴って退場したこともあるくらいだ」

 

「⋯へッ、確かにお前ならやりかねねえな」

 

 

 俺にとっての黒歴史とも言うべきあの出来事を自嘲混じりに話すと、二人は憑き物が取れたかのような表情に戻った。

 

 

「俺らも悪かった。自分達の実績にあぐらをかいて天狗になってたことを自覚させられたぜ」

 

「だな。お前⋯カゼマルも、すまねえ」

 

「良いさ。ただこの合宿中にリベンジさせてもらうぞ」

 

「おう、負けねえよ」

 

 

 一応この合宿は三つの国の親睦会なんだ、初日の出来事で最後まで空気悪かったら親睦もクソもないだろうからな。ここでの出来事はここでケジメをつけておくべきだ。

 

 

「一件落着、ってところかな?」

 

「ん?」

 

 

 因縁の精算を兼ねて握手を交わしていると、グラウンドの入口から新しい声が聞こえて来る。その方向を見ると、明らかにスペインの人間じゃないヤツが二人いた。

 

 

「もしかして⋯イタリアの?」

 

「ああ。イタリアから来たヒデ・ナカタだ」

 

「俺はフィディオ・アルデナ。よろしく!」

 

「バルセロナオーブのキャプテン、クラリオ・オーヴァンだ。遠路はるばるよく来てくれた」

 

「日本の雷門中の副キャプテン、加賀美 柊弥だ、よろしく頼む」

 

「同じく雷門中の風丸 一郎太。よろしく」

 

 

 ヒデにフィディオ。イタリア代表の二人が来たことでようやく役者が揃ったと言ったところか。

 

 

「なあヒデ、お前日本人だよな?」

 

「ああ、君達と同じ日本生まれさ。国籍はイタリアに移したんだ」

 

 

 そうか、そういうパターンもあるのか。アフロディみたいにハーフとか、そういう理由か?まあそこに深い意味はないし聞かなくても良いだろう。世界でサッカーをやっている日本人がいるってだけで新鮮だしな。

 

 

「さて……さっきの勝負を見て少し血が騒いでね。誰か相手してくれないかな?」

 

「なら俺が」 「では私が」

 

 

 互いに自己紹介を終えると、ヒデがジャージを脱ぎながらそんなことを言い出した。さっき動いたばっかだけどまだ体力も残ってるしやる気もある。だがその申し出に対して手を挙げると、同時にクラリオも前に出た。

 

 

「むっ……」

 

「……どうする?」

 

「それなら、こういうのはどうかな?」

 

 

 準備を終えたヒデはボールを蹴り上げ、それを指先で回転させながら思いもよらぬ提案を投げかけてくる。

 

 

「1vs1vs1……3つの国によるバトルロワイヤルだ」

 

「へえ……ぶっ飛んだ提案だな」

 

「だが、悪くない」

 

「同意」

 

「決まったな」

 

 

 中々凄いことになってきた。ルールはこれまた単純明快、一つだけにしたゴールに最初にシュートを決めたヤツが勝ちだ。ただ、ペナルティエリア内からのシュートはノーマルシュートのみ。外からなら必殺技を使っても構わない。

 

 

 さて……この2人はどんなプレイスタイルなんだ?俺のスピード特化のスタイルはさっきのでもう割れてる。クラリオはパワーを筆頭に間違いなくフィジカル面は俺より上。ヒデは……前情報が何も無い。体格は俺と同じくらい、そこまでフィジカルに差はないだろうが……あのイタリアで活躍してる選手だ、絶対何かある。そんな2人に対抗出来うる俺の武器は……まずスピード。それと、試合への集中力……ゾーンか?

 

 

 ……分からない。あくまで俺の中で秀でてる能力であって、世界基準で見て秀でてるものなのか。それを確かめるためにもこの勝負……全力でぶつかる。

 

 

「俺はさっき動いたからもう準備出来てる。2人も軽く動いておかなくて大丈夫か?」

 

「私は問題ない」

 

「俺も大丈夫さ。早く始めよう」

 

「要らない心配だったか。それなら良い」

 

 

 それだけ確かめて俺達3人はフィールドに足を踏み入れる。反対側のゴールがスタート地点。最初は均等な距離からその中心に置かれたボールを奪い合う。

 

 

「風丸、合図頼む」

 

「分かった」

 

 

 闘志が先走って火花を散らす中、今か今かと合図を待ち侘びる。誰しもが一瞬を見逃すまいと全神経を研ぎ澄ます。

 

 

「……はじめ!!」

 

 

 そして降されたスタートの合図。俺達は同時に駆け出してボールの確保を狙う。当然のように速い……が、スピードに関しては俺が一枚上手か。コンマ1秒先にボールを手中に収める。

 

 

「いかせん」

 

「止めてみろ」

 

 

 この試合最初のマッチアップは俺とクラリオ。ボールの奪取から切り返してゴールを目指そうとした時には既に俺の前に立ち塞がっている。相手のあらゆる動きに対応可能な重心に偏りのない構え、その巨体から発せられる圧倒的威圧感。成程……これがカタルーニャの巨神か。

 この手の選手にはひたすら揺さぶりを掛けて無理やり穴を作りだす。左右、前後、そして上下。あらゆる角度に動く素振りを見せて幾つものパターンをクラリオに刷り込む。

 

 

(これらは全てフェイント。恐らく狙うのは……フェイントからのスピード任せの一点突破)

 

 

 ……って結論に辿り着くよな、お前レベルなら。

 

 

「……ほう」

 

 

 ここまで散々揺さぶりを掛けてる以上、それを活かして突破してくるって考えるだろ。確かに、この手の読み合いは最後に大きな揺さぶりを掛けて逆サイドなりなんなりを突くのが定石。

 だからこそ生まれる、その虚を突く。大きな揺さぶりを省略した、ワンテンポ先を行く超スピード。それでも反応してるのは流石だが、このレベルのスピードじゃ一瞬の遅れが負けに直結する。

 

 

「良い動きだ」

 

「!?」

 

 

 マジかヒデ……後ろに控えてるコイツの動きも想定して散々揺さぶってから突破したってのに、普通に抑えに来やがった。対応力のバケモノか?或いは……いや、そんなことより──

 

 

「そんな簡単には止められねえよッ!!」

 

「ここから立て直すか……凄いな」

 

 

 けどそんな簡単にやられてたまるかよ。一か八か、トップスピードを維持したままのルーレットだ。複雑な脚さばきをこのスピードでやれば縺れて転ぶ可能性大。けど、出来なければボールを奪われて終わりだ。やるしかねえだろ。

 バランスを崩しながらも何とか成功、ヒデをギリギリのところで突破出来た。これで正真正銘フリー、後はゴールまで──

 

 

「残念だが、そのボールは私が貰う」

 

「──は?」

 

 

 俺の目の前を何かが高速で通り過ぎる。その正体はクラリオ、俺の足元にあったはずのボールを従えている。嘘だろ、何であんな択を読み切れた!?

 

 

「そして更にそのボールを俺が貰うよ」

 

「……面白い!」

 

 

 奪われたボールをまた奪い返すために動き出す……それより早く、ヒデが既にクラリオの正面を抑えていた。何だコイツら、読み合いの深さが半端じゃない!俺が到底及ばないところまで読み切って動いてやがる!

 

 

「……待てよ、俺の及ばないところ?」

 

 

 もしかしてそこに何かヒントがあるんじゃないか?最初のクラリオとの読み合いは俺に軍配が上がった。何がアイツを脅威たらしめたって、その後のヒデを躱すための動きを読んでボールを奪いに来たことだ。

 そしてヒデは、俺とクラリオの読み合いの後に俺を完璧に抑えにきた挙句、自分が突破された後に俺がクラリオに奪われることを読んで今あの対面を創り出している。

 つまりクラリオは俺の動きを、ヒデは俺とクラリオ双方の動きを読んで来た。もっと分かりやすく言語化すると……クラリオは対面したヤツの二手先を、ヒデは盤面全体をそれぞれ読み切ったってことだ。俺がこの2人に及ばなかったのは、目の前の相手の一手先を越えるための読み合いしか出来なかったからか?

 

 

 全員読みのスタイルはバラバラ。けど、性質的には俺が一番下だ。多分クラリオは二手先どころか三手先、その先まで読める。そしてヒデは目の前の相手だけじゃなくてフィールド全体の動きを把握することだって出来るはずだ。クソッ、クラリオには思考力、ヒデには視野で大きく劣ってることになる……!

 

 

(いいや違う、諦めるな)

 

 

 現状で一手先しか読めないって言うなら、その一手先の読み合いを極限まで仕上げるんだ。仮にそれを第三者に読まれても、追いつけない程のスピードで置き去りにする。

 今のアイツらの動きはどうだ?クラリオがフィジカル任せの突破を試みるが、当たり負けしない低めの姿勢でヒデは喰らいついている。それに高精度のハンドワーク、フットワークで常にクラリオに自由を与えてない。テクニックの鬼だ。

 

 

(今、一瞬ヒデの重心がブレた)

 

(逆にクラリオは安定してる)

 

(ヒデがブレたことに気付いてる)

 

(クラリオの脚が力んだ)

 

(突破してくる)

 

 

 視界から入る情報を余すことなく思考回路にブチ込んで、オーバーヒートするくらいに思考のサイクルをブン回す。

 

 

「もらった!!」

 

「くッ……やるな!」

 

「ここだァァァァッ!!」

 

『ッ!?』

 

 

 クラリオがヒデを押し退けて突破、それと全くの同タイミングでクラリオに脚を差し込む。確か感触を得ると同時に引き戻すと、俺の脚元にはボールが。

 

 

「いかせんッ!!」

 

「チィッ!!」

 

 

 だがクラリオの反応速度が化け物だ。まるで俺の動きに反射するようにすぐさまタックルを仕掛けてくる。ボールを奪うことに神経を注いでいた分、力勝負への備えが遅れた。

 それで体勢が崩れたが、むしろ好都合!コイツらを出し抜いてゴールを決めるためには合理性もクソもない、何もかもを破壊する予想外の一手に賭ける!!

 

 

「勝つのは……俺だッ!!」

 

 

 体勢が崩れたその勢いに身を任せ、ボールを浮かすと同時に倒れ込みながら回転。目の前に俺を妨げるものはいない、それだけを確認して俺は脚を振り抜く。必殺技でも何でもない、無理な体勢から無理に放つただのシュート。

 

 

「何という執念……!」

 

 

 頭上のクラリオの呟きを置き去りにするように放たれたシュートは真っ直ぐゴールへと向かっていく。

 

 

(……あれ、そういえばアイツは)

 

「流石だ加賀美、キミならそれを選ぶと思ったよ」

 

 

 その時、俺の視界に映ったのは最悪の光景だった。読み切られるはずがないと思った。理論もグチャグチャ、現実味もない馬鹿げたシュート。幾ら盤面把握に長けたアイツでも追い付いてこない。そんな思い込みがこの可能性を俺の中から消していた。

 

 

(何でこんなのも読めんだよ、ヒデ!!)

 

 

 空間を切り取ったように俺のシュートコースに現れたのはヒデ。全て分かっていたと言わんばかりの笑みを浮かべてそこに立っていた。躊躇なく俺のシュートに真正面から蹴り込むと、そのボールは上へと跳ね上がる。そしてヒラりとその場で回転、直後何かが爆裂したような音がフィールド全体に響く。数秒後、視線の先にあったのは……ゴールネットを揺らすボール。

 

 

「……ふ、ははははッ!!」

 

「クラリオ?」

 

「素晴らしい勝負だった……時間こそ短かったものの、三者三様に自分の強みをぶつけ合っていた」

 

「そうだな。最終的に勝ったのは俺だったが……誰が勝ってもおかしくなかったな」

 

 

 終了の合図が響いたと同時、クラリオが突如高笑いを上げる。満足そうな笑みを浮かべながら語るクラリオにヒデも同調するように頷く。

 

 

「ああ、良い勝負だった……これが世界か」

 

 

 この三国親睦会、間違いなく俺にとって超有意義なものになる。この勝負は負けたが……最終日までに絶対コイツらを超えてみせる。

 

 

「さて、歓迎会の前に汗を洗い流そう」

 

「賛成だ。裸の付き合いってのも悪くない」

 

「日本文化だな」

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「うお……凄いな」

 

「せっかくの親睦会だ。食の文化でも交流をするべくそれぞれの国の料理を用意してもらった」

 

「寿司に天ぷら……随分と久しぶりだ」

 

 

 風呂を済ませた後、俺達は歓迎会の会場である大広間に通される。扉を開けてそこに広がっていたのはまさに圧巻の光景。昼に食べたスペイン料理や、イタリアの名物で有名なピザやパスタ、果てには寿司、天ぷら、すき焼きなど日本料理まである。

 

 

「む、久しいな加賀美くん」

 

「轟さん、来てたんですね」

 

 

 そしてその大広間には俺達以外にも結構な人がいた。その中には今回この話を持ってきてくれた轟さんも混じっていた。

 

 

「どうしてここに?」

 

「今回はサッカー界の要人の会合を兼ねていてな。日本、スペイン、イタリア以外の国からも人が来ているのだよ」

 

「全員お偉いさんってことですね」

 

「うむ。もしかしたらはなしかけられるかもしれないが、緊張せずにいつも通り振舞ってくれ」

 

「分かりました……ん?」

 

 

 轟さんと話していると、ふと気になる後ろ姿が目に入った。金髪で長身という今まであったこと無いはずの人だが……何か引っかかる。こちら側に背を向けているから顔は見れないが。

 

 

「おーい加賀美、乾杯するらしいからとりあえず飲み物注ぎに行こうぜ」

 

「ああ悪い。それじゃ轟さん、また」

 

「ああ。楽しんでくれ」

 

 

 どうにも引っかかるが……まあ良いか。そのまま風丸に連れられて飲み物を取りに行くと、見たことない飲み物から酒まで豊富に揃っていた。酒は大人用だろうな。聞いた話だとどこかの国では18とか16からでも飲めるらしいが、あいにく俺は日本人だ。

 

 

「さて、私が代表して音頭をとらせてもらおう」

 

 

 全員が飲み物を手にしたのを見計らってクラリオが前に出る。

 

 

「これから1週間、私達は共に実力を高め合う同志となる。願わくば、この交流がその後まで続きますよう……乾杯!」

 

『乾杯!!』

 

「おいカゼマル、どの寿司が美味いんだ?」

 

「そうだな……安牌なところだとマグロとか?」

 

「貝類もオススメだぞ」

 

 

 クラリオによる乾杯の後、各々が料理に群がる。ベルガモ、風丸、ヒデが一目散に寿司へ向かい、お偉いさん方は酒を酌み交わし始める。俺は……どうしようかな、とりあえず腹は減った。

 

 

「カガミ、隣良いか?」

 

「おう、構わないぞ。フィディオ」

 

 

 とりあえず気になった料理を片っ端から取っていると、不意にフィディオから声が掛けられた。スペイン勢やヒデとは話をしたが、フィディオとは全然だったからちょうど良い。

 

 

「キャプテンとクラリオとの試合の前から見てたけど、キミは凄いな」

 

「結局ヒデに読み負けたけどな……アイツの視野どうなってんだよ?」

 

「キャプテンは凄いからね……俺も驚かされることばっかりだよ」

 

「ヒデだけじゃない、クラリオも凄かった。2人共俺より遥か上にいる選手だ」

 

「……そうかい?確かに最後のあの一瞬は少なくともクラリオの思考は上回ったし、その前のベルガモとルーサーを相手してたのと同じことをやれって言われたらキャプテンでも厳しいと思うけどな」

 

「そうか……けど、思考面じゃやっぱり及ばない。クラリオは一か八かの賭けを仕掛けないと出し抜けなかった。その賭けすらヒデには通じなかった……まだまだ発展途上だな」

 

「うーん……そうだな、多分カガミと2人とでは重きを置いてる点が違うんじゃないかな」

 

 

 "重きを置いてる点"……もしかしてコイツ、あの戦いの中で俺が感じたものと同じものが?

 

 

「カガミは目の前の"状況"の一つ先を読む力が凄い。事実あの2人による拮抗状態を撃ち破ったんだからね」

 

「……続けてくれ」

 

「それに対してまずクラリオは、目の前の個人の数手先まで読み切る力がある。そしてキャプテンは目の前だけじゃない、盤面全てを観測して予測する力……って言ったところかな?」

 

 

 ……凄いな。俺より深いところまで理解してる。クラリオの力は俺の延長線上、ヒデは読む力が凄いとしか認識してなかったが、フィディオの言葉を借りるなら俺は状況、クラリオは個人、ヒデは盤面とそれぞれ観るもの、予測するものが違うんだ。そして多分、それ自体に優劣はない。三者三様の強みと弱みがあるはずだ。

 けど、その三つ全てを我がものに出来れば……理論上はフィールド上全ての事象を把握することが出来るはず。

 

 

 あれ、これってもしかして司令塔である鬼道がいつもやってることなんじゃないか?じゃなきゃあんな正確な指示は出せない。俺の本職はストライカーだけど、鬼道みたいなその力を身に付けることが出来れば……個人での立ち回りは勿論磨かれるし、司令塔としても動かしやすい優秀な駒が増えることになる。

 

 

「ありがとよフィディオ。お前のおかげで俺が次に目指すところが見えてきた……!」

 

「俺は感じたことを伝えただけなんだけどな……でも、役に立てたなら良かった。見返りじゃないけど、明日からの練習で俺も色々聞いて良いかな?」

 

「勿論だ、俺が力になれることなら喜んで」

 

 

 この一週間で絶対身に付けてみせる。俺の進化っていう土産を持って日本に帰ってやるぜ。




柊弥、久しぶりの敗北。しかし何かを掴んだ模様…
おまけとして柊弥、クラリオ、ヒデの能力の比較を下に書いときます。興味あったら見てみてください。こんな感じかなーってだけなので特に深い意味はないです。

・パワー
クラリオ>柊弥>=ヒデ

・スピード
柊弥>ヒデ>=クラリオ

・テクニック
ヒデ>=柊弥>=クラリオ

・オフェンス
柊弥>クラリオ>=ヒデ

・ディフェンス
クラリオ>ヒデ>=柊弥

・読み
ヒデ>=クラリオ>柊弥

・視野
ヒデ>柊弥>=クラリオ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第108話 掴んだ核心

ベータテスト配信ありがとう!!!良かったナ!!!
ただ改善して欲しいとこも色々見えてきましたね…特にオンライン対戦周り。

さて、そろそろ2.5章完結です。次はとうとう世界への挑戦か始まります。


「ようこそバルセロナ・オーブへ、監督のルーカスだ!」

 

「よろしくお願いします」

 

「お前がカガミだな?昨日の映像は見せてもらったぞ!ウチのベルガモとルーサーを相手取って、クラリオまで出し抜くなんざ大したヤツだ!」

 

 

 合宿初日。昨日の歓迎会には予定が合わず来てなかったクラリオ達の監督と顔合わせから始まる。クラリオのイメージに引っ張られて厳格な人なのかと思ってたがそんなことはなかった。何と言うかこう、豪快?

 

 

「監督、その辺りで」

 

「おっとスマン」

 

 

 成程、この監督あってこそのこのクラリオってことか。

 

 

「さあて、今日から一週間4人にはバルセロナ・オーブに加わって練習してもらうワケだが……ウチの練習に加えてお前達が国でやってる練習も是非見せて欲しい」

 

「分かりました」

 

「じゃあ早速だがカガミ、カゼマル。お前達がやってる体力トレーニングをやってくれ!」

 

 

 そんなこんなで最初に白羽の矢が立ったのは俺達だった。体力トレーニングか……いろいろやってる事はあるがどれにしようか。イナビカリ修練場みたいな設備がそのままあれば良かったんだけど、一般的なトレーニングマシンくらいしか無さそうだったからな。

 

 

 ……あ、そうだ。アレなら行けるんじゃないか?

 

 

「ルーカス監督、ここに装着可能な重りはありますか?出来ればベスト型で」

 

「あるぞ。最大15kgくらいだが良いか?」

 

「よし」

 

「……加賀美?お前まさかアレをやる気か?」

 

「おう。お前ならもう最後までいけるだろ?」

 

「……」

 

「お、おいカゼマル?カガミは何をさせようとしてるんだ?」

 

「俺が知る限り最大の地獄……鬼のシャトルランだ」

 

 

 説明しよう。鬼のシャトルランとは重りを着けた状態で行うシャトルランだ。ただそれだけじゃない。シャトルランは最初超ゆっくりなペースから始まるが、俺が考案したこの鬼のシャトルランは最初からそれなりのハイペースだ。回数で言えば……だいたい60回目くらいのペースか。ただ走るだけじゃなくて切り返すための減速、そこからの加速が何回もあるから結構鍛えられる。その代わり100回目くらいのスピードが上限だし、0から始めて100までいけば終わりだ。

 これをこっちに来る前に風丸とやってたんだが良いトレーニングになる。ただ風丸は最初思いっきり死んでた。俺はカオスとの試合の前にもう取り入れてたから大丈夫だったけどな。

 

 

「……正気か?」

 

「なあカガミ。人には限界ってものがあると思うんだ」

 

「俺もそう思うよカガミ。考え直さないか?」

 

「ルーカス監督、どうします?」

 

「……もう少しマイルドにしてやってくれないか」

 

「ふむ……じゃあ10kgで。その後動けなくなってもダメなので極限が来たらリタイアしてもらって良いですよ。限界じゃなくて、極限まで来たら、ね」

 

 

 詳細を話すと、全員から命乞いをされた。クラリオにすら正気を疑われてしまった。まあ実際相当キツいからな……俺も最初は思いっきり吐いた。2回目からはもう慣れ始めて、3回目で完走出来た。

 

 

「重りはトレーニングルームに置いてある。全員で回収しに行ってそのまま始めようか」

 

「はい、そうしましょう」

 

「なあカゼマル。カガミっていつもこんな感じなのかい?」

 

「ああ。サッカーに関してはバカなんだコイツ」

 

 

 なんか後ろで言われてるが気にしないでおこう。風丸はとことん追い込んでやる。

 

 

 

 ーーー

 

 

「ここが、80年前……」

 

「オートタクシーねーの?歩きたくねえー……」

 

 

 柊弥達が特訓を始めた頃、その近くに降り立った2つの影があった。80年後の未来からやってきたカノン、そしてヒカリだ。

 

 

「あるわけないだろ!」

 

「じゃあ作るかあー」

 

「やめろよ!?この時代でそんな悪目立ちしたら色々マズイからな!?」

 

 

 カノンはヒカリを引きずりながら目的地へと進む。その目的地というのは……バルセロナ・オーブの宿舎。

 

 

「ヒカリ、頼んだ」

 

「しゃあねーなあ……ほい」

 

 

 その前まで辿り着くと、カノンは何かを要求する。気だるそうにヒカリが指を鳴らすと、その直後2人の姿はこの世界に視認されなくなる。比喩でも何でもなく、そのままの意味で。

 

 

「本当に使いようによっては便利だなその能力」

 

「いる?」

 

「渡せないだろ!……まったく、ほら行くぞ」

 

 

 2人はそのまま宿舎に入っていく。警備員がそこに控えていたが、彼は2人の侵入にまったく気付けない。姿は勿論、声や音すらも消えてたのだから。

 

 

「……多分、こっちかな?」

 

「カノンー、これ意味あるかあ?早く休みてえんだけど……」

 

「実物を確認しておくようにってキラード博士も言ってただろ!大人しく着いてきなさい!」

 

「へーい」

 

 

 依然として気だるげなヒカリを引っ張ってカノンは進んでいく。階段を昇って進んで辿り着いたのは、バルセロナ・オーブのサポーターのために設置されたグラウンドを取り囲む観客席。

 

 

「まだまだァ!!半分も走ってないぞお前ら!!」

 

「も、もう無理……」

 

「マジ死ぬ……!」

 

「な、なんだアレ……重りをつけてシャトルランしてる?」

 

「うわあ……ぜってーやりたくねえ」

 

 

 カノン達の眼下に映るのは、着るタイプの重りを身につけ絶賛シャトルラン中の柊弥達だった。本人は活き活きとしているが、周囲は既にグロッキー。どれだけ過酷なのかは一目で分かった。

 

 

「こういうことを積み重ねて、あの人は伝説になったんだな……」

 

「あんなのが先祖とか信じらんねー」

 

「お前もあの人の勤勉さを少しは受け継いでおけよ……」

 

「しゃあねえだろこうなっちまったんだからよー」

 

「……まあいいや」

 

 

 それから暫く2人は柊弥達の特訓を眺めていた。片方は途中で眠りこけていたが。

 

 

「……加賀美さん、貴方は絶対俺達が守ってみせます!」

 

「すやあ……」

 

 

 柊弥と彼らが邂逅するのは……そう遠くない未来の話。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「風丸ッ!!最後だ気合い入れろォ!!」

 

「ッ、ォオオオオオ!!」

 

 

 俺と風丸は同時に最後の力を振り絞って加速、100回目を走り切って20m地点を知らせるラインを割る。

 

 

「コイツら……マジかよ……」

 

「日本が誇るヨウカイってヤツじゃねえのコイツら……おえッ」

 

「……カガミ、カゼマル。これが日本の普通なのか?」

 

「いやクラリオ、日本から移った俺でも分かる。これは絶対普通じゃない。だいぶ異常だ」

 

 

 結局走り切れたのは俺と風丸だけ。皆大体60回くらいからダウンし始めた。フィディオが74、ヒデが85、クラリオが90でリタイアだったな。ベルガモやルーサー、他のヤツはフィディオより早かった。

 

 

「お前の底力の理由が分かった気がするよ、カガミ……」

 

「スタミナは少なくとも世界トップクラスだ……」

 

「そりゃどうも」

 

「……カガミ。明日からはシャトルランじゃなくてランニングに切り替えられないか?」

 

「別に構いませんよ。今日これを通ったからランニングも余裕持てると思います」

 

「だろうな。現役じゃなくて良かったって初めて思ったよ」

 

 

 俺のお気に入りだったんだけどな……まあ仕方ない。文化の違いってヤツだ。

 

 

「この後はどうするんですか?」

 

「ポジションごとに分けて練習だ。まずDFとMFでそれぞれオフェンス、ディフェンス。その間FWとGKでシュート、キャッチングをする。シュートを撃てるMFは任意だ」

 

「分かりました」

 

 

 その前にまず休憩を挟むらしいけどな。ほぼ全員グロッキーだし仕方ないか。

 

 

「さて……」

 

 

 俺はその休憩時間で瞑想でもしておこう。脈打つ心臓、流れる血液、そして身体に満ちるエネルギーを知覚することでその扱い方を更に磨く算段だ。雷霆一閃やライトニングブラスター、サンダーストーム、雷霆万鈞なんかは緻密なエネルギー操作があって成り立つ必殺技だ。こういう地道な努力がその精度向上に繋がるワケだ。もしかしたらこれがゾーンの任意発動、化身の覚醒なんかにも繋がるかもしれないからな。

 

 

 ただひたすらに無心、意識を向けるのは自分の内側にだけ。そんな集中状態に没頭する。次に目を開けるのは、声が掛けられた時だけ。

 

 

「よし、休憩終了!全員準備しろ!」

 

「……ふう」

 

 

 10分後、ルーカス監督の声で意識を引き戻す。身体の調子は……最高だな。走り込んだ後の興奮状態から瞑想でリラックス、そこからまた身体のギアを上げるその切り替えがちゃんと上手く機能している。

 最後にドリンクを流し込んでシュート練習をするゴール付近へと向かう。そこに居たのはベルガモにルーサー、クラリオ。フィディオにヒデだ。風丸はあっちに行ったみたいだな。

 

 

「順番にシュートを撃っていく訳だが……ちょっと俺の我儘を言っても良いか?」

 

「何でしょう?」

 

「カガミ、ヒデ、フィディオ。お前達のシュートを見せてくれ。カガミは昨日撃ってたあれ、全力じゃないだろ」

 

 

 あれ……ライトニングブラスターか。確かに俺の全力はアレじゃない。とはいえ、本当の意味の全力だったら10割全部ぶち込むライトニングブラスターだけど、そんなことしたら間違いなく動けない。それならやっぱりあのシュートだな。

 

 

「最初は誰が行く?」

 

「無難にじゃんけんで決めないか?」

 

 

 俺がそう訊ねると、ヒデからシンプルイズベストな提案が飛んできた。話し合いで時間を食うのも面倒だからそれでサッと決めた。順番はヒデ、フィディオ、俺だ。ちなみにキーパーは入らないで見てるらしい。

 

 

「じゃあ、早速やろうか」

 

 

 そう言うとヒデはボールを踏み抜く。俺の轟一閃と似た挙動で浮き上がっていくボールは、蒼いエネルギーを纏い始める。直後ヒデはオーバーヘッドキックをボールに叩き込む。あまりの出力にエネルギーが溢れ出し、撃ち出される瞬間にボールと同じ模様が空間に浮かび上がる。

 

 

ブレイブ……ショットォォッ!!

 

 

 原理は轟一閃とかなり近い。けど高さをつけたところから撃ち出すことで位置エネルギーが上乗せされてるし、何より込められてるエネルギー量が半端じゃない。

 

 

「キャプテンの本職はMFなんだ」

 

「……あのシュートでか」

 

「うん。全方面で高いあの能力はFWでもDFでも遺憾無く発揮される。だからこそその両方を活かせるMFになったんだ」

 

 

 オールラウンダーだからこそ、ってことか。多分だけど、俺も近いことが出来ると思う。今までストライカーとしてやってきたから前線は勿論、ディフェンスラインまで下がることだって少なくない。それこそ風丸みたいに動けるはずだ。

 けど……やっぱり俺にはFWが向いてるかな。俺達雷門が目指すのは全員サッカー、当然守備だってする。だけどこの脚で道を切り開くのが好きだ。

 

 

「次はお前のシュートを見せてくれよ、フィディオ」

 

「勿論!これでもチームのエースなんだ、見ててくれ!」

 

 

 ヒデと入れ替わって今度はフィディオがフィールドに立つ。アイツのプレーを見るのはこれが初めて、楽しみだ。

 

 

「お疲れヒデ」

 

「ありがとう。さて……フィディオは凄いぞ」

 

「お前から見てもか」

 

「ああ。シュート、スピードおいては間違いなく俺より上。そこから着いた異名が……イタリアの白い流星さ」

 

「白い流星……」

 

 

 馬鹿げた視野とテクニックを持つ上、あんなシュートを撃つヒデがここまで言うんだ。フィディオも相当なやり手なんだろう。

 

 

「……よし、いくぞ!」

 

 

 呼吸を整えてフィディオは走り出す。

 

 

「……速い」

 

 

 初速から相当なスピードだ、そこからの加速も凄まじい。多分スピードは完全に俺の同格以上。そしてある一転でヒラリと回転、それと同時に脚元には魔法陣が展開される。その中心に据えられたボールには凄まじい勢いでエネルギーが集中していき、黄金に光り輝く。

 ……成程、ヒデがあそこまで絶賛する理由が分かった。ヒデのブレイブショットですら相当デタラメな力が込められてたけど、フィディオはそれをゆうに超えてる。ボール、フィディオ自身から発せられる圧が全身を叩いてきやがる。

 

 

オーディンソードッ!!

 

 

 振り上げられた脚がボールに叩き込まれる。直後、ボールは黄金の剣となって空間を斬り裂く。一瞬でゴールまで辿り着いたそのシュートはゴールネットを激しく揺らす。

 

 

「どうだった?」

 

「凄い、の一言しか出てこない。一撃の破壊力が規格外すぎるな」

 

 

 修也や染岡もオーディンソードのように一撃に全てを込めるシュートだが、フィディオのあれは文字通りの異次元。同じことやれと言われて出来る同世代がいるとは到底思えない。

 

 

「さあ、次はキミだ」

 

「重いバトンだ」

 

 

 フィディオと入れ替わって最後に立つ。ヒデのブレイブショット、フィディオのオーディンソード。間違いなくどっちも最高峰のシュートだ。これが世界、凄えよな。本当に来てよかった。

 

 

 だからこそ、俺のありったけをぶつける。加賀美 柊弥という存在をこの場に刻み込んでやる。

 

 

「ふーッ……」

 

 

 集中しろ。身体の中を廻るエネルギーを掌握して、俺の最高を引き出せ。

 

 

「はッ!」

 

 

 ボールを蹴り上げ跳躍、高度を上げていくボールよりも速く空を裂く。追い越す瞬間に一撃を叩き込み、その動きを支配する。無限に感じる時間の中、全力で斬って、斬って、斬りまくる。高まり続ける力が空を黄金に染める。

 そんな力の権化をそれ以上の力を持ってして叩き落とす。解き放たれた雷霆が轟音と共に堕ちる中、一瞬で地面に降り立つ。

 

 

 最大の力を最速で、最適なタイミングで撃ち出す。あらゆる最高が交差して俺の最強になる。

 

 

雷霆……一閃ッ!!(G3)

 

 

 振り抜き一閃、直後空間が歪むほどの力を放出しながら雷霆は進む。標的を焼き尽くすために。邪魔をする者がいない以上、そのシュートは容赦なくゴールに突き刺さり、そのネットを黒く焦がす。

 

 

「……素晴らしいな」

 

「一撃の火力なら俺やキャプテンの方が上だけど、その一撃を一瞬で何度も重ねるなんてね……神業、としか言いようがないよ」

 

「そんなに言われると流石に照れるぞ」

 

 

 2人の猛烈な賞賛が出迎えてくれる。ここまで高評価をもらえると嬉しいが、俺としてはまだまだ先があるって感じてる。まだ突かれたことはないが、雷霆一閃にはとある大きな弱点が存在してる。それをどうにかして克服出来れば……多分、いや間違いなくストライカーとして高みに到達できる。

 

 

「bravo!俺の見立て通り、最高にイカしてるなお前ら!」

 

「ええ。どのシュートも素晴らしいものでした」

 

 

 これから俺が辿るべき進化に思いを馳せていると、拍手をしながらルーカス監督がこちらにやってきた。相当お気に召したようで、ショーを見た直後の観客のように興奮している。その隣のクラリオも同意を示している。

 

 

「やっぱりこの話を進めて正解だった!スペインも、日本も、イタリアも!ひいては世界のサッカーがもっと熱くなるぜ!こうしちゃいられねえ、どんどん練習してこうぜ!!」

 

 

 この人、本当にサッカーが大好きなんだな。自分の国だけじゃなくて世界全体のことまで見据えてる。ここまでの熱意は……どっかの誰かさんを思い出すな。

 

 

 さて、そんな誰かさんに良い報告が出来るように俺も全力で打ち込むか。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「荒れてるね、ジーク」

 

「……SARUか」

 

 

 200年後の未来。火の海となっているとある施設を見下ろすジークに話しかける男がいた。SARUと呼ばれたその男の本名はサリュー・エヴァン。ジーク達が所属するフェーダのリーダーだ。

 

 

「ステラの件かい?」

 

「あたりめえだ。あともう少しで全てが俺達の思い通りになるってところで馬鹿なことしやがって……おかげで計画が台無しだろ」

 

「まあね。僕もまさか彼女がフェーダを裏切るなんて思ってなかったよ」

 

「アイツが欠けたせいで総攻撃でケリがつけらんなくなった。こんなことになるくらいなら力を奪っとくべきだった」

 

「どうだろうね。確かにキミの方が力は大きいけど、彼女が本気で抵抗したらキミも無事じゃすまないだろう?」

 

「だから信頼した。それがこのザマだ、笑えねえ」

 

 

 おもむろにジークは立ち上がる。そして手元に紫色のエネルギーを集中させ握り潰す。その光の粒子を眼下にバラ撒くと……火に包まれた施設は大爆発、凄まじい熱が周囲を支配する。

 

 

「プランを練り直さなきゃね。それと並行してステラの捜索だ」

 

「アイツが本気出して隠れたら俺以外見つけらんねえ。そしてその俺まで前線から離れたら余計計画が崩れる……アイツは暫く放置で良いだろ」

 

「そうかい?」

 

「仲良しこよしだったメイアの説得すら通じなかったんだ、他のヤツが何を言っても無駄。力で抑え込むなんてもってのほかだろ」

 

「……それもそうか。じゃあ暫くは大人達の主要な施設の破壊に注力しようか」

 

「おう」

 

 

 ジークはその場を後にする。そんな彼の背中をSARUも追い掛け、その場は程なくして炎に侵食された。

 

 

 

 ---

 

 

 

「カガミ!!右の動きを警戒しろ!!」

 

「ああ!」

 

 

 目の前にはボールを持ったフィディオからのパスコースを作るべく動くベルガモ。今俺はディフェンスの練習に参加している。クラリオによる指示に従うことでバルセロナ・オーブのパーツとなり、このチームの真髄である芸術的な連携を体感するためだ。

 

 

(フィディオは多分この守備を突破してくる……が、本当にベルガモにパスを出すか?)

 

 

 ひたすらに思考をぶん回す。今やろうとしてるのは、フィディオ個人に対する読み。次の状況に派生させるために、コイツは今何をしたい?そこからどんな状況を作り出したい?

 

 

(視線が一瞬右に行った……狙いはベルガモを囮にした左!!)

 

 

 そう来れば右を守る意味は無い。すぐに左を抑えに──

 

 

「甘いな加賀美、ここは通行止めだ」

 

「ッ、ヒデ……!」

 

 

 動こうとしたその瞬間、どこからともなく現れたヒデがそれを阻止してくる。クソ、やっぱりコイツの盤面を読む能力はずば抜けてる。この全体の動きの中で俺がどう動くかを完璧に抑えて止めに来やがった。

 

 

「ベルガモ!」

 

「おう!」

 

「なッ……」

 

 

 しかも狙われてたのは左ですらなかった。俺が右から左に意識を変えたから……じゃないな。俺の他にクラリオも見てたからな。つまり俺は盤面の読みだけじゃなくて、個人の読みすらも間違ってた。それに気を取られて得意なはずの状況の読みも雑だ。

 

 

「いけ、カゼマルッ!!」

 

「任せろ!!」

 

 

 そんな俺とは裏腹に風丸の動きは最高潮だ。バルセロナ・オーブの哲学を叩き込まれた風丸は、それと自分の個性を共存させて新しい武器を手に入れた。連携の裏に隠れ、その瞬足をフルに活かした影としてのプレイ。ただでさえ連携に意識が向いてる上、風丸のスピードで立ち回られたら動きを捉え切るのは相当難しい。

 

 

(進化する風丸、本領発揮のバルセロナ・オーブ、あらゆる要素が掻き乱すこの戦場をヒデ、クラリオ、フィディオは読み切って動いてきやがる)

 

 

 そんな戦場で読み負けてる上に新しい進化も出来てない。一番遅れてるのは間違いなく俺だ。ヒデ達から認められたシュートも、そこまで持ち込めなきゃ意味が無い。少人数の勝負とはまるで違う、これが世界のフィールド……

 

 

「……負けてらんねえ!!」

 

 

 ヒデとクラリオとのあの勝負を思い出せ。あの時みたいに、盤面をひっくり返すような予想外を創るんだ。今フィールドで起こってるあらゆる事象を脳内にインプットして、思考回路をぶん回せ。その先に得られる答えが、俺の存在を証明する鍵になる!

 

 

(……あれ、なんだこれ?)

 

 

 その時、急に頭の中に凄まじい量の情報が溢れ出す。これは……今この瞬間に起こってることじゃない。これから起こりうる出来事の、無限の分岐?何でこんなのが急に……いや違う、急でもなんでもない。俺が望んだものだ。とはいえこんな情報量、どう処理する……?

 

 

「取捨選択をしてみろ」

 

「……え?」

 

「戦場の動きをリアルタイムで観測して、今一番取るべき行動を選ぶんだ」

 

 

 取捨選択……リアルタイムで取るべき行動を選ぶ……

 

 

(それなら、ここだろッ!!)

 

 

 走る。一瞬脳内にチラりと見えた、可能性が高くてなおかつ俺が一番阻止したい盤面を阻止するために。

 

 

「フィディオ!!」

 

「ナイスパス、カゼマ──」

 

「──おらァァァァッ!!」

 

『!?』

 

 

 ただ一つだけを目指して走り続け、見えたその一点に向かって頭から滑り込む。直後、繰り出された鋭いパスが俺の顔面を捉える。鼻の奥から滴ってくるその液体の代償に得たのは、ラインを割ったボールの姿。

 

 

「加賀美、お前今……見えてたのか?」

 

「カゼマルがトップスピードでゴールを目指して、俺がカガミ、クラリオと真逆のアウトラインギリギリからパスコースを作るこの作戦……初見でバレるなんてね」

 

 

 2人からそう声を掛けられた瞬間、膝がガクりと崩れて頭が軋む。さっきのは何だったんだ?まるでダムが決壊したようにフィールド全体の情報が頭に流れ込んでくるような、あの感覚は……そうだ、カオス戦の最終局面に似てる。何でも見えて、何でも聞こえる。あの全能感だ。

 

 

「見えたみたいだな」

 

「ヒデ、さっき俺に声を掛けたのはお前か?」

 

「ああ。その様子だと、集中しすぎて区別が着いていなかったみたいだな」

 

 

 ヒデの言う通り、思考に没頭しすぎて誰から声を掛けられたのか咄嗟に判別が付かなかった。こんなのは流石に初めてだ。集中しすぎ……ってことは、ゾーンに入ってたってことか?確かに集中が切れた後に押し寄せる急な疲労には覚えがある。

 

 

「その感覚を忘れなければ……更なる高みに辿り着けるだろうさ」

 

「更なる、高み……」

 

 

 もしかして、あれがヒデの見ている景色なのか?あの瞬間俺は目の前の状況だけじゃなくて、フィールドのあらゆる動きを予測出来ていた。それは多分、俺がヒデに感じてたあの超人的な視野だ。つまりあれを使いこなせれば、ヒデ、クラリオ、フィディオと真っ向から互角にやり合うことも出来る……?

 

 

(面白え……!何が何でもモノにしてやる!!)

 

 

 掴んだぞ、トップレベルへの足がかり。




明日も更新します。ベータテストでサボってたので…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第109話 三国親睦会、終幕

次の話で2.5章完結です!


「ふん、ふふーん♪」

 

「上機嫌ね、音無さん」

 

 

 雷門中グラウンド。柊弥と風丸がスペインに赴いて不在の中でも雷門イレブンは変わらず活動していた。それどころか、更なる進化を遂げて帰ってくるであろう2人に負けまいとさらに熱が籠ってる。

 その傍らでマネージャー陣は忙しく動いていた。タオルやドリンクの準備、練習の補助などやることは山積みだ。そんな中、音無は普段よりも人一倍テンションが高かった。

 

 

「当然です!だって、あと数時間後には柊弥先輩が帰ってくるんですよ!」

 

「風丸くんのことも忘れないであげて?」

 

「勿論忘れてませんよ?ただそれ以上に、柊弥先輩が帰ってくるんです!」

 

「……あはは」

 

 

 夏未はツッコミを放棄した。

 

 

爆熱……ストォォォォォムッ!!

 

「負けるか!!正義の……鉄拳ッ!!

 

「キャプテンも豪炎寺さんも、凄い気合いだ……」

 

「そりゃそうだ。アイツらがもうそろそろ帰ってくるんだからな、負けてられないんだろ」

 

 

 歓喜に舞う音無とは違う形で柊弥達の帰りを待ちわびる者達もいた。それが特に顕著なのが、円堂と豪炎寺だ。

 

 

「ぐぐぐ……うわッ!」

 

「よしッ」

 

「凄まじい威力だな豪炎寺、そんなに加賀美達の成長が楽しみか?」

 

「勿論さ。2人共見違えて帰ってくるに違いない、俺も負けてられないからな」

 

「俺だって同じだぜ!2人に置いてかれないようにもっと強くなるんだ!」

 

 

 その勝負を制したのは豪炎寺だった。柊弥が世界で見たシュートと比較しても遜色ないほどに短期間での成長を遂げた豪炎寺は不敵に笑う。その笑みは仲間であり、ライバルでもある相棒の成長に期待してのもの。

 

 

「よーし、俺達も頑張るッスよ!加賀美さんと風丸さんを止めれるくらい強くなるッス!!」

 

『おー!!』

 

 

 そんな先輩達に触発されてか、壁山達1年生の気合いも十分。誰しもが2人の帰りを待ち侘びていた。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「よし、以上でこの合宿での練習を終わる!!皆、有意義なものに出来たか?」

 

「はい。様々な学びがありました」

 

「俺達もです。今回はご招待、ご指導ありがとうございました」

 

 

 ルーカス監督の声が響き、練習終了を知らせる。今日で6日目、明日には飛行機に乗って日本に帰ることになってる。この合宿では様々な学びを得ることが出来た。連携の真髄、より洗練された個人技、そしてトップのステージで戦うための思考力。

 

 

 だからこそ、俺は最後に試したい。

 

 

「すみません、少しだけ時間をくれませんか?」

 

「おう、どうしたカガミ?」

 

 

 俺は手を挙げながら前に出る。最後に一つ、これだけはやっておきたい。

 

 

「ヒデ、最後に戦ろうぜ」

 

「……ほう?」

 

 

 出し抜いただけだが、あの一瞬俺は確実にクラリオを上回った。けど、ヒデには最後の最後まで勝てなかった。それだけじゃない、新しい進化のきっかけを掴めたのもコイツのおかげだ。だからこそ、最後に勝ちたい。そして胸を張って日本に帰りたい。

 

 

「カガミ、俺も良いかな?最後にキミと思いっきり戦ってみたい!」

 

「フィディオ……ああいいぜ、やろう」

 

 

 ヒデの返事を待ってたらフィディオが割り込んできた。俺とヒデ、クラリオの違いに気付けたのはフィディオのおかげだ。そして、これまでの練習でお互いガチでやり合うことは無かった。確かに、俺もフィディオと全力でぶつかりたい。

 

 

「じゃあクラリオ、お前がカガミと組んだらどうだ?良い経験になるだろ」

 

「間違いないですね。ですが、私はこの試合見守ることにします。外からこそ得られる学びもありますので」

 

「そうか」

 

 

 監督がクラリオに提案するが、クラリオはそれをやんわりと拒否する。正直否定してくれて助かった。勿論クラリオと組むのも面白そうだけど、それ以上に俺はアイツと組みたい。最後の最後、お互いの成長をぶつけ合いたいんだ。

 

 

「風丸!来い!」

 

「そう言ってくれると思ってたぜ、任せろ!」

 

 

 そう、風丸だ。俺が誘って一緒にここに来たんだ、その成果を確かめたいし、俺も進化した自分を風丸に見せてやりたい。何より、日本の尖兵として2人でコイツらに勝ちたい。

 

 

「じゃあ決まりだな。早速準備を」

 

「その試合、少し待った!」

 

 

 俺と風丸vsヒデ、フィディオ。日本とイタリアの真剣勝負が始まる……と思ったその瞬間、それは遮られる。

 

 

「……轟さん?」

 

「何やら面白いことになっているじゃないか」

 

 

 声の方向に目を向けると、そこにいたのは轟さんと……なんだ?記者?

 

 

「こんにちは。WSOの広報部です」

 

「WSO……世界サッカー協会?」

 

 

 フィディオがボソッと呟く。世界サッカー協会の広報部……とやらが何でここに?マイクにカメラに、まるでこれから取材でもしようかという並びだ。

 

 

「合宿の最後にそれぞれインタビューをと思ったが、日本とイタリアの選手による勝負とは……これは世界のサッカーファンに届けねばなるまい!」

 

「世界に?」

 

「実はこの合宿で特集を組む話が進んでおりまして……少年達へのサプライズにするから黙っておけと轟さんが」

 

 

 サプライズ……には確かになったな、実際驚いた。最初にそんな特集がどうのこうのなんて話は聞いていなかったからな。

 

 

「君達の勝負、特集の中に組み込もう!この合宿がどれだけ価値のある時間だったかを何より証明するものになる!」

 

「何か、凄い話になってきたな……」

 

 

 ヒデ達との勝負は俺が望んだことだから良いが、それを急に世界へ放送する!と言われると少し尻込みしてしまう。いや、前もって言われてるとかならまだしも、全くの初耳だからな。

 

 

 ……いや、違うか。世界と戦えるプレイヤーになる、ってことはつまり遅かれ早かれ世界の注目を浴びる選手にならなきゃいけないんだ。そんなヤツが試合の様子が全世界に放送されるくらいでビビってどうする?

 

 

「俺は構わない。お前らは?」

 

「俺も。望むところさ」

 

「俺達も同じ意見だ。なあフィディオ?」

 

「はい!何の問題もありません!」

 

「決まったな。ではこちらの準備が整うまで少し時間をくれ」

 

 

 全員満場一致でその話を受け入れることになった。撮影側の準備に少し時間が掛かるようで、その間それぞれ準備時間になる。今のうちに風丸と打ち合わせをしておくか。

 

 

「風丸。アイツらの最大の武器が何か分かるか?」

 

「圧倒的な視野の広さと、正確無比な読みだな?この一週間で痛いほど味わったよ」

 

「その通り。その分野において、現時点で俺達は劣ってると言わざるをえない。影響されて磨き始めたが、まだ俺も完璧じゃないからな」

 

 

 残念ながら事実だ。徐々に意識しながら盤面を広く捉えつつ色んなパターンを予測出来るようになってきた。けどまだアイツら2人には勝ててない。勿論この試合の中でアイツらにあって今の俺にまだ足りてないものを探すが、それは二の次で良い。ゾーンを引き出せればまた話が変わってくるかもしれないからな。

 

 

「だから……俺達の最大の武器、スピードを活かして対抗するぞ」

 

「スピードを活かす……なるほど、読んでも追い付けないほどのスピードでぶち抜くってことか」

 

「そうだ。とはいえそれでもアイツらは読んでくる可能性がある。そこで……秘策だ」

 

 

 風丸にさっき思いついた秘策、もとい最終手段を耳打ちする。

 

 

「なるほどな……確かに、それならアイツらを出し抜けるかもしれないな」

 

「ああ。ただこれは一発限りの大博打だ。だから使うのはここぞの大一番だ」

 

「分かった。何にせよ俺達の強みを最大限に活かさないとだな」

 

「そういうこと」

 

「準備完了だ!いつでもいいぞ!」

 

 

 最終手段について共有し終わると、ちょうどそのタイミングで轟さんからGOサインが出る。それを聞いて俺達は立ち上がり、戦場へと脚を踏み入れる。

 

 

「なあ加賀美、せっかくだ。3点先取でどうだ?」

 

「いいぜ。すぐ終わったら勿体ない」

 

 

 センターサークルにやってくると、ヒデから思わぬ提案が飛んでくる。初日のあの勝負は1点先取ですぐ終わったが、今回は3点先取でやろうとのことだ。こちらとしても願ったり叶ったりだな、その方が長く戦り合える。

 

 

「コートの準備も完了した。半コートで構わないんだな?」

 

「ああ、それで良い」

 

「では……」

 

 

 キックオフの先攻後攻は決めない。前みたいに真ん中にボールを置いて、合図で同時に取りに行く。

 

 

「それでは……はじめ!!」

 

 

 そしてとうとうクラリオから開始の合図が出される。その瞬間俺は加速、誰よりも早くボールを奪いに行く。対してあっちは……

 

 

「なるほど、そう来たか」

 

 

 ヒデ、フィディオどちらもラインを下げた。最初の奪い合いには参加せず、カウンターを狙う作戦で来たか。アイツらとしても俺達のスピードは脅威なんだろう、そこでの勝負を避ける狙いだな。それならそれでいい、受け身に回ったならこっちから攻めるのみ。

 

 

「風丸!着いてこい!」

 

「おう!!」

 

「来るぞフィディオ!!」

 

「はい!!」

 

 

 俺は風丸と同時に走る。中央突破……は少し面倒くさそうだ。敢えて外側に大きく回って、ギリギリを攻める!

 

 

「いかせないよ、カガミ!」

 

「止めてみろよ、フィディオ!!」

 

 

 しかしそこでフィディオに追い付かれる。外から攻めることを読んでたか……いや、単純にフィディオも速いんだ。俺達の方がスピードプレイに慣れているだけであって、単純なスピードなら俺達に匹敵してくるくらいはあるってことか。多分それはヒデも一緒……まだコイツらは底を見せてないからな。

 

 

(けどそれは、俺も一緒だッ!!)

 

「鋭角ドリブルか!!」

 

 

 今までコイツらに見せたのは、ハイスピードやテクニックを活かしやすい直線のドリブル。そしてここに来るまでの緩やかな曲線をなぞるようなドリブル。だからこの場で新しい手札を切る。角度を付けての鋭角ドリブルだ。切り返しの度にフェイントを織り交ぜることで対応の難易度を跳ね上げる。

 

 

(穴が出来た、ここだ!!)

 

 

 フィディオの体勢がほんの一瞬崩れた。けどこの差し合いにおいて、その一瞬は命取りだ。瞬時に加速してフィディオを抜き去る。すぐにヒデがカバーのためにこっちに走ってくるがもう遅い。

 

 

雷霆翔破

 

 

 すぐさま雷霆万鈞と雷光翔破を同時発動。身体の内側から燃やされてるような熱を感じつつも地面を踏み抜いて超加速を得る。正真正銘、俺のトップスピードだ。ここまで一度も見てこなかったこの加速はキツいだろ!

 

 

「なんて速さだ……!」

 

 

 ヒデのそんな呟きを置き去りに俺は更に加速する。ヒデとも距離が空けば当然俺の邪魔をするヤツはいない。そのまま躊躇なく脚を振り抜いて、ゴールネットを揺らす。

 

 

「まずは1点」

 

「ナイス加賀美!!」

 

 

 これも初見殺しみたいなモンだ。多分同じ雷霆翔破を使っても次はポジショニングとかで対応される。というか、これの燃費の悪さがバレててもおかしくない。散々鍛えてきたけど、これの燃費の悪さだけはまだ解消できてない。カオス、ジェネシスとの試合でも1回しか使えてないし、練習中でも無理だった。使いたくてもその後のリスクを考えたら使えない、ってところだ。

 でもこれで良い。ヒデとフィディオの良いところを潰して勝つには、俺達の良いところを活かした初見殺しの連続が一番確実だ。

 

 

「次は……どうする?」

 

「そうだな……俺とお前のアレで一気にぶち抜こう。まずはボールを確保しないことには始まらないけどな」

 

 

 得点された側がキックオフするのは本来の試合準拠だ。だからまずはアイツらからボールを奪わなきゃならない。それがどれだけ大変なことは……語るまでもないだろ。

 

 

「通行止めだ、ヒデ」

 

「おっと」

 

 

 俺はヒデ、風丸はフィディオにそれぞれ着く。さて、さっきはオフェンス側だったが……ディフェンス側でどうコイツを止める?コイツがテクニックで俺達より明らかに格上なのは分かってる。単純なフィジカルだったら俺が勝てるが、テクニックと圧倒的な読みでそれを覆してくるはず。じゃあどうやってそれを越える?その答えは一つ、この盤面をヒデよりも高精度で読み切るしかない。

 

 

「とりあえずそのボールくれよ」

 

「お断りだな」

 

 

 ボールを奪うために脚を伸ばすと、すぐさま後ろに転がして遠ざけられる。それならとすぐさま右に飛んで回り込むようにしてボールを奪おうとするが、ボールに届く直前で腕をねじ込まれて動きを止められる。やっぱりボールタッチとかハンドワークとか、細かいテクニックがずば抜けてるな……

 

 

「……なッ」

 

「少し気付くのが遅かったな」

 

「任せてください、キャプテン!!」

 

「ぐッ、止まらない……!」

 

 

 その時やっと気が付いた。ヒデの脚元には既にボールがなかった。そのボールが進む先にフィディオがいる。当然風丸がマークに着いてたが、フィディオのパワーが予想を超えていた。風丸にマークされながらも押し進み、ボールを確保した瞬間に急加速。堪らず風丸は弾かれ、自由になったフィディオがそのままゴールへ向かう。ボールがネットを揺らしたのは時間の問題だった。

 

 

「悪い風丸、完全にヒデに弄ばれた……」

 

「いや、俺もフィディオのパワーを侮ってた。けど次は大丈夫だ、あれだけのパワーがある前提で動けば対応出来る」

 

 

 頼もしい限り。だが、俺がヒデに読み勝てないことには多分何も始まらない。さっきの読み合いは完全に負けてた。フィディオが風丸を押し退けることを想定した上で、ボールがあるとしか思えない動きで俺をその場に縛り付けてた。あの時の重心はどこも違和感を感じなかった……フェイントが上手いとか、そういうレベルの話じゃない。

 

 

「次は俺達からだ。一気にスピードで押し潰すぞ」

 

「分かった」

 

 

 再度キックオフ。風丸からボールを受け取って俺達は同時に加速する。アイツらに対応されるよりも早く、ゴール前まで辿り着く。

 

 

「流石に速いが」

 

「そう来ることは読めてる!!」

 

「はッ!?」

 

 

 連携パターンを途中から読んでくるとかじゃなくて最初からこの連携で来ることを読み切ってやがった!?初動からドンピシャで俺達の嫌なところを抑えられた……!

 

 

「流石だな、フィディオッ!!」

 

「悪く思わないでくれよ!!」

 

 

 フィジカルは高く見積っても互角。それなら正面衝突からの……

 

 

雷霆万鈞!!

 

 

 力の上乗せでぶち破る、これしかねえ!!

 

 

「パワーが上がった……けど、負けないッ!!」

 

「チィッ……!」

 

 

 俺は一切手を抜いてない。むしろ文字通り全力だ。それなのにコイツ、意地で張り合ってきやがる……

 

 

「よくやったフィディオ」

 

「はいッ!」

 

「なッ、ヒデ!?」

 

 

 思わず目の前の光景を疑った。フィディオを何とか突破するために四苦八苦しているところにヒデまで来やがった。風丸は──

 

 

「余所見厳禁だ」

 

「しまッ──」

 

 

 完全にやらかした。風丸がどうなってるのか気になって、この人数不利の状況でコンマ1秒といえど隙を見せちまった。それにヒデが気付かないはずがない。すぐさまボールを奪われ、置き去りにされる。

 

 

「クソッ……雷光翔破ッ!!

 

「フィディオ!」

 

「させるか!!」

 

「そう来ると思ったよ、風丸」

 

「はッ……!?」

 

 

 このままじゃまた点を取られる。最悪のシナリオを回避するために雷を従えながらただ走る。スピードはやはり俺の方が上、ヒデを間近まで捉えたが、そのタイミングでヒデがパスを出す。そのパスに途中で風丸が割って入る。けど、急にボールが有り得ない角度で上昇、跳んだ風丸を越えて更に高くまで跳ね上がる。

 

 

「ここだ!!」

 

 

 そしてそのボールが上昇しきった位置にフィディオも跳んでいた。曲がりながら空中に急上昇するパス、それを把握して完璧に合わせるダイレクトシュート。

 

 

「……コイツら、マジかよ」

 

 

 こんな馬鹿げた連携を見せられたら乾いた笑いも出てくる。互いが互いのベストを理解してないと、こんなの──

 

 

「……ベスト?」

 

 

 ベストな連携を読み切れず、得点された。それが今の俺達だ。そしてそのベストな連携っていうのは、お互いのベストが交差してようやく産まれる超高精度な連携。それぞれにベスト……最高が存在してるんだ。それは俺と風丸にも存在するもので、その場面ごとに自分にとっての最高は変わる。相手と対峙してる時には、最高のオフェンスとディフェンスがそれぞれ存在して、さらに数的有利不利や場所、その時の個人の能力によって無限個の最高に分岐する。

 無限の分岐、多分それがこの前一瞬だけ訪れた情報の渋滞。そこからどの最高が最も最高か……言葉として意味はおかしいが、それを選ぶことがあの時ヒデが言ってたことの真髄なんじゃないか?

 

 

 あの時俺はこれを"自分が一番阻止したいこと"として定義した。けど違う、それを"相手にとって最高の行動"って再定義すれば……多分、読める。そこから逆算して、相手の妥協案とかそこら辺まで読める。

 

 

「……来た」

 

 

 理論は完成した。後はこのプログラムを俺というコンピュータに実行させれば良い……けど、スペックが足りない。ならどうする?スペックの上乗せ、強化……ゾーンだ。

 

 

 思考の海に沈め、あらゆる最高を予測しろ。その先に……俺達の勝ちがある。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「加賀美、どうする?」

 

「……俺がヒデを出し抜く。その一瞬を見逃さず、合流してきてくれ」

 

「ヒデを?出来るのか?」

 

「出来る」

 

 

 点数は1-2。次失点したら負けかつ、相手は連続得点という絶体絶命の状況。そんな中で風丸は焦りを感じていた。最初の一点、あれはほぼ柊弥によるものだと考えている。実際には風丸がヒデに着かれていたからこそ出来たプレイなのだが、本人はそれを知る由はない。

 そして次の2点、柊弥と風丸は完全に手玉に取られていた。それらの焦りからか、柊弥の言葉に疑問を返してしまう風丸だったが、そこで柊弥の様子が何やら違うことに気が付いた。纏う雰囲気、目付きが明らかに鋭くなっている。まるで、敵として柊弥と対峙した時のような……

 

 

「……分かった。お前を信じるぜ、加賀美!」

 

「ああ。勝つのは俺達だ」

 

 

 そんな柊弥を風丸は信じた。柊弥の強さを誰よりも間近で見たのだから。

 

 

「……行くぞッ!!」

 

(加賀美の何かが変わった……やはり油断出来ないな)

 

 

 風丸からボールを受け取った柊弥は一気に加速、一直線にゴールへと向かう。だがそれが簡単に許されるはずもない。ヒデがすぐさま柊弥の正面を抑える。

 

 

(ヒデのテクニックは飛び抜けてる。けどそれを含めても、オフェンスでは俺に分がある……だからこそ敢えて攻めない)

 

 

 ジリジリと向き合う2人。先程までだったら柊弥が先手を打っていたが、今回は一切自分から動こうとしない。ヒデの一挙手一投足を注意深く観察している。

 

 

(成程……焦らしか)

 

(これで自分のペースを崩されるお前じゃないだろうけどな)

 

 

 それでも柊弥は待つ。状況が動くその瞬間をひたすらに待つ。

 

 

(……来る)

 

 

 柊弥には確信があった。柊弥とヒデのこの領域に必ず異分子が飛び込んで来ると。

 

 

「キャプテン!!挟みます!!」

 

「──待てフィディオ!!今はマズイ!!」

 

「待ってたぜフィディオ……この状況を打破するために、人数有利の状況を作りに来るよな」

 

 

 ヒデは無限のパターンの中から柊弥の狙いを予想出来ている。しかし、フィディオはそうでは無かった。直後柊弥はサイドステップでフィディオに接近。

 

 

「なッ」

 

「悪いな」

 

 

 フィディオと重なった瞬間、柊弥はハンドワークでフィディオを抑えながら入れ違うように回転。そしてその次の動きは……フィディオを盾にしてヒデからの視線を切っていた。

 

 

(見てるぜ、加賀美!!ここだろ!!)

 

「来い!!風丸ッ!!」

 

「おおッ!!」

 

 

 直後、風丸が柊弥に寄る。フィディオは体勢の立て直しが間に合ってない。そんなフィディオに遮られている柊弥の動きを視認するためにヒデは反応がほんの一瞬だけ遅れた。

 

 

迅雷風烈ッ!!

 

「くッ、やられた──」

 

 

 柊弥は雷を、風丸は風を纏いながらそれぞれ超加速。そんな2人の正面にヒデは躍り出るが、超スピードでパスワークを繰り広げながら駆けるこの双翼を止めることはほぼ不可能。

 際限なくそのスピードを上げていく2人。その過程で互いの雷と風は混じり合い、更なる加速を産む。それを止められる者はもはや誰もいない。そしてその進撃がどのような形で締めくくられるのか、2人は本能で理解し合っていた。

 

 

『はァァァァッッッ!!』

 

 

 ゴール前、2人は全く同じタイミングでボールに脚を叩き付ける。ここまで彼らを導いた風雷は余すことなくボールに注ぎ込まれ。そのシュートはまるでテンペスト。地面を抉りながらゴールに襲い掛かる。

 

 

「しゃァッ!!」

 

「やったな……加賀美ッ!!」

 

「良く完璧に合わせてくれたな……最高だぜ、風丸!!」

 

 

 これで点数は2-2、次のワンプレーが泣いても笑っても最後となった。

 

 

「すみませんキャプテン、俺が焦ったばっかりに……」

 

「いいや、それを予見して対応出来なかった俺の責任でもある……いや、違うか。選択肢として予見してたけど、それを選択してくるとは思ってなかった」

 

 

 ヒデは気付いていた。明らかに柊弥が変わっていることに。先程までの柊弥だったら、間違いなくフィジカルで勝負に出ていた。しかし、今の一連のプレーはそれとは真逆。確実にヒデを出し抜けるタイミングが訪れるまで待ち、そのうえで見事点数を並べてみせた。フィディオが飛び出さなければまた話は違ったが、そんなものは後から幾らでも言えるのが現実だ。

 

 

(アイツは俺との拮抗状態におけるフィディオの行動を完全に読んでた。さっきまでだったら絶対に気付けていなかったはず……そして風丸も、そんな加賀美を信じて完璧なタイミングで合わせてきた)

 

「キャプテン?どうしたんです?」

 

「ん?何がだ?」

 

「いえ、1人で笑ってるので気になって」

 

「笑ってた……?」

 

 

 フィディオに声を掛けられ、初めてヒデは自覚する。無意識に口角が上がっていたことを。

 

 

「……そうだな。こんな面白い展開だ、ニヤつきたくもなるさ」

 

「確かに、俺も今までで一番楽しいです!」

 

「さあフィディオ、あと1点だ。イタリアの底力を見せてやろう」

 

「はい!キャプテン!」

 

 

 四人の戦士達は決着をつけるべく構える。どんな展開になろうと、このワンプレーが最後。双方の集中力は最高潮に達する。

 

 

「フィディオ、切り込め!!」

 

「はい!」

 

「いかせるかッ!」

 

 

 ヒデからのキックオフ。ボールを受け取ったフィディオはその声を合図に一気にギアを上げる。それを抑えにいったのは風丸。

 

 

(俺とカゼマルのパワー、スピードはほぼ互角!!テクニックで置き去りにするしかない!!)

 

 

 フィディオは重心を落としつつ風丸に突進。その間合いがゼロになったタイミングでボールを外に弾く。それにつられたように風丸は外側に視線を向けるが……

 

 

(掛かった!!)

 

 

 それはフィディオの狙い通り。すぐさまインサイドで内側に戻し逆側からの突破を目指す……が。

 

 

(来た!!)

 

「ここだァッ!!」

 

「なにッ!?」

 

 

 そのフェイントを風丸は読んでいた。フィディオが揺さぶりをかけた方とは逆方向に加速した瞬間、風丸も地面が爆発したかのような加速でボールを奪い去る。最近になってフェイントを多用するようになり始めた柊弥と対面し続けた努力の賜物だ。

 

 

「そう来るよな」

 

「ヒデ!?」

 

 

 直後、風丸の目の前を何かが通過する。その正体は、フェイントを仕掛けるフィディオを突破する風丸を読んでいたヒデだった。

 

 

「お前もそう動くよな!」

 

「来るか、加賀美!!」

 

 

 そしてそのヒデを柊弥が抑える。フィディオと風丸の元へ向かったヒデを見て、やや遠回りになりつつもボールが最後に到達する地点へと寸分の狂いもなくやってきた。

 

 

「最終決戦だ……いくぞッ!!」

 

「望むところだッ!!」

 

 

 先手を切ったのは柊弥。凄まじい速さでヒデが確保しているボールに向かって脚を伸ばす。それに対してヒデが選んだのは逆サイドへのステップ。それに合わせて柊弥も地に着いてる方の片脚で跳ぶ。

 ヒデはそのままボールを後ろ気味に下げ、ヒールリフトで柊弥を越えるようにボールを弾く。しかし脚の動きとスペースの無さからそう来ると踏んでいた柊弥は、凄まじいスピードでバックステップ。ヒデとの間に空間を創り出しつつボールを視認する。

 

 

「奪う……」

 

「跳ばせないぞ……」

 

 

 柊弥は落ちてくるボールを空中で確保しようと重心を下げる。何をしてくるか読んでいたヒデはすぐさま柊弥に密着するようにブロックし、その目論見を止める。

 

 

「想定が甘えぞ、ヒデ」

 

(無理やり跳ぶかッ!!)

 

 

 しかし、鍛え抜かれた柊弥のフィジカルは並大抵のブロックでは止まらない。何と抑えられたまま跳躍、そのまま空中でヘディングを落とす。その先に風丸、フィディオが同時に走り込む。

 

 

(戻せ、風丸!)

 

(お前なら……ここで欲しがるだろ!!)

 

 

 互いに言葉は発していない。それでも風丸は理解していた、柊弥がどのタイミングで、どこにパスを欲しがるのか。事実、風丸が送り出した弾丸パスは柊弥の脚元にしっかりと収まった。

 

 

「止める……!」

 

「返してもらうぞ、そのボール!!」

 

 

 それと同時、ヒデとフィディオが柊弥の前に躍り出る。今の柊弥を止めるには数的有利を作り出さなければ不可能だと悟った2人の行動はあまりに早かった。

 機先を制したのはフィディオ。すぐさま風丸へのパスコースを潰しながらプレスを掛ける。それに対して柊弥が選択したのは受け流し。ルーレットの応用で受ける力を流し、フィディオと位置を入れ替える。

 次に動いたのはヒデ。2人による読み合いの連続は熾烈を極め、ボールを奪い奪われのループに陥る。

 

 

(クソッ、そろそろシンドいな……)

 

 

 柊弥はこの短時間の勝負を、限界突破した120%の力で戦い続けている。更に意図的か無意識か、ヒデとフィディオに読み勝つためにゾーンへの突入に成功していた。ゾーンの恩恵は凄まじい。しかし、それに見合った代償があるのも事実。常に無限に存在する盤面の分岐を予想するために思考回路は既にオーバーヒート、それを無理やり維持するために体力の多くが削られている。脳と身体、その2つを酷使するための燃料は既に尽きかけていた。

 

 

 しかし柊弥は折れない。とうに極限を迎えているというのに、執念が身体を支えていた。エイリア学園との戦いの時のように国の命運が賭かってるわけでも、フットボールフロンティアの時のように優勝という夢が賭かってるわけでもない。

 

 

(負けられねえ……俺の全存在を賭けてッ!!)

 

 

 それは勝ちへの執着。元々の柊弥の負けず嫌いという性格が妥協を許さない。

 

 

「うおおおおおおおおッ!!」

 

「まだまだッ!!」

 

(カガミもキャプテンも、凄まじい執念だ……今の俺じゃ、付け入る隙がどこにも見つからない!!)

 

 

 柊弥とヒデによる超高次元の読み合い。加えて先程の割り込みが柊弥に利用されたことがフィディオに介入を躊躇わせる。

 

 

(俺に出来るのはカゼマルを止めておくこと……あれ?)

 

 

 その時、フィディオは気付いてしまう。

 

 

(何で、2人の元へ!?)

 

 

 風丸が一心不乱に柊弥とヒデの領域へ走り込んでいることに。

 

 

「お前は凄えよヒデ、最後の最後まで思考面で勝つことは出来なかった……」

 

「最後?まだ勝負は続いているぞ!」

 

「いいや、もう打ち止めだ……もう勝負を決めさせてもらうッ!!」

 

 

 突如、柊弥は跳ぶ……()()()()()()()()()()()。そんな行動の意図、当然読めるはずがない。だからこそこの行動が礎となる──

 

 

「持ってけ、風丸」

 

 

 ──揺るぎない勝ちへの。

 

 

「うおおォォォォ!!」

 

(加賀美の跳躍に合わせての風丸のスライディングイン……!?こっちに寄ってきていることは分かってたが、そんな繋ぎ方をしてくるとは!!)

 

 

 地面を削りながら風丸はボールに滑り込む。その後立ち上がるために無理な体勢で仕掛けたせいか、その脚には焼けるような痛みが走る。それでも風丸は走る。自分を信じた友人へ報いるために。

 

 

「通さない……絶対に止める!!」

 

「止まるかァァァァァ!!」

 

 

 風丸の全身に力が漲る。それはかつて、真・エイリア石によって引き出された風丸の奥底に眠っていた潜在能力。かつて柊弥がそうだったように、強い感情がそれを引き出す。

 

 

"真"疾風ダッシュ!!

 

「速ッ!?」

 

 

 フィディオの視界から風丸が消える。そのスピードはまるで、ダークエンペラーズのキャプテンとして雷門イレブンを戦慄させたあの神速。フィディオは抜き去り、ヒデも走ってはいるが距離がある。そこからトップギアに達した風丸に追い付くことは柊弥ですら不可能。

 

 

「はぁッ!!」

 

 

 風丸はボールを踏み抜く。直後ボールの内側から溢れるのは、紅黒ではなく蒼黒の雷。

 

 

"超"轟一閃ッ!!

 

 

 かつての"絶"望を"超"えて放つその一閃は全てを斬り開き、栄光へと手を掛ける。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「見送りありがとうな、お前ら」

 

「気にするな」

 

 

 俺達は今空港にいる。とうとう日本に帰る時間になったんだ。バルセロナ・オーブの面々に加え、ヒデとフィディオまで見送りに来てくれた。

 

 

「じゃあな加賀美、風丸。次会うときはリベンジさせてもらうよ」

 

「また戦える日を楽しみにしてるよ!」

 

 

 ヒデ、フィディオから声が掛かる。あの勝負は俺と風丸の勝利で幕を閉じた。ヒデ達の予想外を突くためのあの作戦がぶっ刺さったな。けど、風丸のあの覚醒は流石に俺も想定外だった。真・エイリア石を使ってた時の動きと比べても一切見劣りしなかったぞ?

 そして俺の視野と読み。あの瞬間に確実に掴めた。相手の最高からあらゆる分岐を予測する、新しい思考スタイル。これと俺のフィジカルが組み合わされば、まだまだもっと強くなれる。

 

 

「じゃあなお前ら。次はお前らのチームと試合してみてえな」

 

「そん時は絶対俺らが勝つ。首洗って待っとけよ」

 

 

 次にベルガモとルーサー。最初のあの態度からは考えられないくらいに親しくなったな。この一週間で色々教えたりもした。コイツらの連携も凄かったな……今度会う時は単騎で打ち破りたい。

 

 

「さらばだカガミにカゼマル……我が友よ」

 

 

 そしてクラリオ。コイツの真摯さには色々考えさせられた。勿論プレーも凄かった……最後の最後までフィジカルではコイツに一切勝てなかった。最後の戦いで仕上がった新しい武器でまたコイツと戦ってみたいな。

 

 

「じゃあ、そろそろ行くか」

 

「ああ」

 

 

 俺と風丸は歩き出す。この1週間は本当にかけがえのないものになった。けど、もう帰らなきゃ行けない。大切な仲間の元へ。

 

 

「じゃあな!」

 

 

 だからサヨナラだ。次会う時を楽しみにして。




書きたいもの全部詰め込んだ…これでようやく世界編にいける。
まああと1話あるんですけど…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第110話 新たな予感

2.5章、最終話です。最近の話の中と比べると相当に短くなってますが、まあ所詮閑話ですので…


「加賀美さんと風丸さん、ちゃんと飛行機に乗れたでやんスかね?」

 

「ちゃんと連絡は来てるから大丈夫だって」

 

 

 柊弥達がスペインへ旅立ってから一週間。ついに帰国の日がやってきた。先程まで雷門中で練習に励んでいた一同は、全員揃って空港へやってきていた。時刻的にはちょうど柊弥達が乗る便が到着する頃だ。

 

 

「あ、あれじゃないか?」

 

 

 全員が柊弥と風丸の姿を追う中、土門が声を上げて指を指す。その方向から歩いてきたのは……彼らにとって待ち侘びた姿だった。

 

 

「よう皆、ちょっと久しぶりだな」

 

「ちゃんと練習してたか?」

 

「加賀美!風丸!」

 

 

 手を振りながら歩いてくる柊弥と風丸。その姿は、どこか旅立つ前よりも逞しくなっているように見える。

 

 

「柊弥先輩!!」

 

「ただいま、春奈」

 

 

 真っ先に飛び出したのは音無だった。人目も憚らず飛び付いてくる音無を柊弥は真正面から受け止める。

 

 

「おかえりなさい!」

 

「寂しくなかったか?」

 

「ちょっぴりです!ただ皆いてくれましたし、連絡もくれてましたから」

 

「なら良かった」

 

「さて柊弥、風丸!親睦会はどうだったか道すがら教えてくれよ」

 

「勿論」

 

 

 一同は歩き出す。久々の再会に心を躍らせながら。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「鬼道、その指示甘いぞ」

 

「ふッ、言うじゃないか!」

 

 

 鬼道の指示で形成された包囲網を最小限の動きで突破する。鬼道が考える最高を予測して、それで動く皆の位置取りからこの状況における最適解を導き出せる……まだ脳にこの考え方が染み付いていないから疲れるが、やっぱり強い。鬼道の作戦も読み切って動ける。

 けど流石鬼道だ。対応したらすぐにまた新しい策を展開してくる。読めるとはいえその都度対応するのは楽じゃない。ここはひとつ……

 

 

「風丸!」

 

 

 俺の動きそのものを封じるために展開された新たな包囲網の唯一の穴を突く。俺自身がではなく、パスがだけどな。

 

 

「風丸さん、速すぎるッス!!」

 

「この短期間でまた速くなったな、風丸!!」

 

 

 スピードも勿論磨かれてはいるが、バルセロナ・オーブの連携を体感したことであらゆる連携の穴を突くための動きが格段に磨かれている。そこに風丸のスピードがかけ合わさればもはや反則だ。

 

 

「いくぞ円堂!!」

 

「来い、風丸!!」

 

 

 風丸は俺がよく知る構えをとる。周囲に凄まじい勢いで迸るのは、蒼と黒が入り交じる雷。

 

 

"超"轟一閃ッ!!

 

「なッ……」

 

 

 風丸が放った轟一閃は守の反応速度を大きく凌駕し、ゴールネットを揺らす。あの勝負の最後にまさかの轟一閃を撃ち始めて流石に驚いたな。そのうち練習させてみるのも良いとは思ってたが、まさか教えるまでもなく自分のモノにするとはな。しかも、俺の轟一閃とはまた違う形で進化してみせた。

 しかし守のヤツ、油断してたな?風丸が轟一閃を撃ってくると思ってなかったんだろうが、しっかり警戒してれば反応出来たはずだ。轟一閃は元々威力重視のシュートじゃない、多分守の正義の鉄拳なら止められるだろうな。

 

 

「凄いな風丸!!轟一閃を完璧に使いこなすなんて!!」

 

「加賀美、お前の視野の成長も凄まじいな。力押しではなく思考で一対多を戦えている」

 

「凄えヤツがいてな」

 

 

 多分ヒデならもっと完璧に出し抜いてみせたんだろうな。俺もまだまだだ、これから更に磨いていけば良いだけだがな。

 

 

「皆!休憩よー!」

 

「先輩!タオルとドリンクです!」

 

「レモンの蜂蜜漬けもあるわよ!」

 

「おお……」

 

 

 休憩に入った途端、春奈からタオルとドリンクを手渡され、夏未が持ってきてくれたレモンの蜂蜜漬けが出迎えてくれる。なんかこう、日本……いや、雷門に帰ってきたんだなって実感出来る。

 

 

「なあ柊弥、あっちのストライカーはどうだったんだ?」

 

「全員凄かった、その言葉に尽きるな」

 

 

 まずはクラリオ。アイツのプレーで特筆すべきはやっぱりフィジカルだったな。恵まれた体格を惜しみなく鍛え上げ、その上で技術、視野まで超一級。ぶつかり合ったらまず勝てなかっただろうな。スピード、そしてテクニックを最大限発揮して尚且つ読み勝って、ようやく出し抜ける。そういえば、アイツのシュートを見る機会なかったな……もし今度会えたら見せてもらおう。

 

 

 次にフィディオ。アイツはとにかく速かった。スピードなら俺と風丸と同じレベル、素のパワーは俺達よりも上かな。雷霆万鈞を使ってなお押し勝てない程だったからな。そしてシュートは、類を見ないほどに強力だった。俺が何度も蹴り込んでようやくあの威力を引き出せる雷霆一閃に近い威力を一撃で叩き出してくるからな。

 

 

 そしてヒデ。最後の最後まで俺一人でアイツに勝てたとは思ってない。ラストプレーで出し抜けたのも風丸のおかげだ。どの能力を取っても超高水準、特筆すべきはやっぱりあの馬鹿げた視野と読み。アイツにその分野で勝つのは相当難しい。最後に出し抜けたのはアイツに読み勝てたからじゃなくて、全ての常識を壊すあの連携が刺さったからだ。次会った時は絶対にあの読み合いを制してみせる。

 

 

「なるほどな、そしてそんなストライカーに囲まれてお前も進化した、と」

 

「ああ……いや、まだまだ発展途上だな。俺はまだまだ強くなれる」

 

「そうこなくちゃな。俺も負けていられない」

 

「一緒に強くなろうぜ、相棒」

 

「さて、そろそろ練習再開するぞ!!」

 

 

 やっぱりサッカーって……楽しいな。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「轟さん!WSOから連絡です!!」

 

「ふむ」

 

 

 柊弥達が日本に帰ってきてから数週間後、日本サッカー協会の轟の元にある一本の電話が入った。

 

 

「WSOは、何と?」

 

「……ついに、ついにこの時が来たぞ!」

 

 

 轟は歓喜に震える。彼が長年待ち侘びたその瞬間が、ついに訪れたのだ。

 

 

「い、一体何が……」

 

「始まるのだ。若者達による、熱き戦いがな!」

 

 

 轟が視線を目の前のモニターに落とす。そこに映っていたのは、先日の三国親睦会の際に制作された特集番組。

 

 

『スペイン、イタリア、日本によって行われたこの三国親睦会。各国の少年達が1週間の間、己の成長の為にしのぎを削り合いました!』

 

『名門クラブ、バルセロナ・オーブにイタリアのユースチームであるオルフェウス。そして日本の雷門中から招待された4人の少年達による合宿……マードックさん、誰か気になる選手はいましたか?』

 

『そうですね……全員素晴らしい選手であることには変わりありませんが、その中でも特に私が注目しているのは彼です』

 

 

 轟が眺めるその番組に映っている、マードックと呼ばれたその男が何やら端末を操作する。するとスタジオのモニターに映し出されたのは……

 

 

『日本の"雷神"……加賀美 柊弥くんです』

 

「フットボールフロンティアインターナショナル……期待しているぞ、加賀美くん」

 

 

 時を同じくして、轟が受けた報せと同じものが世界を駆け巡る。フットボールフロンティアインターナショナル……かつて雷門イレブンが頂点に立ったあの大会が、世界を舞台に開催される。

 

 

「案外、彼らと早く再会出来そうだな」

 

「そうですね!また会えるのが楽しみです!」

 

「……ところでフィディオ。1つ言わなきゃいけないことがある」

 

 

 イタリア。ヒデとフィディオは自分達の監督から次のステージについて伝えられ心を躍らせる。しかし、あの合宿を通して自分のうちに芽生えた想いをヒデは告げる。それはフィディオ、彼とチームに対する試練。それらを乗り越えた先に何があるのか、それは神のみぞ知る。

 

 

「ふふっ。今度会う時はまたライバルかな……」

 

 

 また別の場所、とある美しい少年が微笑む。その笑みに含まれるのは……期待か、はたまた別の感情か。その脳裏に浮かぶのは彼にとっての恩人であり、憧れであり、ライバル。そんな2人が再び交わった末に待ち受けるのは……果たしてどんな結末か。

 

 

「あの空の向こうに……私の敵がいるのだな」

 

「へっ、雷神ね……大層な二つ名だが、俺が全部止めてやんよ」

 

「アイツらが帰ってくるらしいぞ」

 

「いよいよ世界に羽ばたくんだな、最強のアメリカが!」

 

 

 世界各国で少年達が新たな戦いの場へと想いを馳せる。そしてそれは……この国でも例外ではない。

 

 

「点はやらない、僕がここにいる限り……なんてね!」

 

 

 ここはアフリカにある小さな国、コトアール。

 

 

「ねえ師匠!!いつになったら彼と戦えるの?」

 

「焦るな、もうじき世界への扉は開く。そのフィールドにきっとアイツは現れる……」

 

 

 とある少年ははしゃぎながら老人の元へと走る。その老人はサングラスを掛け、オレンジ色の帽子を深々と被っている。

 

 

「……守」

 

 

 彼が脳裏に思い浮かべたのは、はるか遠くでボールを追いかけているであろう少年。しかし彼はその少年に会ったことは無い。かといって、その情景は彼の妄想という訳でもない。思い浮かべた少年は確かにサッカーに没頭している。今こうしている間も、かけがえのない仲間と共に。

 

 

 何故そのことを彼が知っているのか。答えは単純明快……その事を教えた者がいる。

 

 

「ふッ、日本の雷神か。デカくなったなあ……柊弥」

 

 

 少し離れたところにいる男がその正体。その名を……加賀美 柊真。世界の注目を浴び始めているあの男の父だ。

 

 

「おるァッ!!」

 

「おーいボルト!そろそろ切り上げるぞ」

 

「んあ……もうそんな時間か?やっぱ集中すっとあっという間だな」

 

 

 ボルトと呼ばれた少年は楽しそうに笑いながら柊真の元へと歩いてくる。その顔は……どこか柊弥に似ている。

 

 

「そろそろアイツに会えるかもな」

 

「マジ!?いつ会えんだよ!!」

 

「さあな?俺の直感でしかねえ。けど断言するぜ、もうすぐだ」

 

 

 先程大々的に取り上げられていた息子の顔を思い浮かべる。彼が最後にその顔を見たのはもう数年も前のこと。

 

 

「そっか……俺、凄え楽しみだ」

 

 

 ボルトはまだ見ぬその顔に想いを馳せる。一体どんな顔をしているのか、どんな声をしているのか、どんなプレーをするのか。

 

 

「早くお前に会ってみてえよ……兄弟!」

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「ん?響木監督からメール?」

 

 

 今日も今日とて一日が終わろうとしている。皆でサッカーして、春奈と帰って、母さんのご飯を食べて風呂に入って、布団に寝転がる。何の変哲もない、それでいて大切な日常だ。

 後は寝るだけ……そんな時、メールが届いていることに気がついた。差出人は響木監督。件名は……無しか。

 

 

「明後日、雷門中に集合?練習日では……ないよな」

 

 

 一応明後日は休日となっているんだけど……何だ?日程やら場所がやたら形式的に掛かれているところを見るに、多分何人かに一斉送信してるな。何かの手伝いのお願いとかか?

 まあなんでも良いか。もしかしたら終わったあとに響木監督にラーメン食べさせてもらえるかもしれないしな。

 

 

 何はともあれ、明日からも楽しみだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


新章予告

 

 

三国親睦会を終え、日本に戻ってきた柊弥の元に届いた一通のメール。そのメールこそ、柊弥達にとっての新たな戦場への招待状。次なるステージは…世界。

 

 

「加賀美くん、久しぶり!」

「加賀美さん!元気だった?」

 

「ご無沙汰してます、加賀美さん!」

 

「よぉ!久しぶりじゃねえか加賀美!」

 

 

かつて共に戦った仲間達との再開。

 

 

「こんな凄い人達とサッカー出来るなんて…よろしくお願いします!!」

 

「久しぶりだねぇ、加賀美クン?」

 

「…ッス」

 

「よう!あの時ぶりだな!」

 

「終わりよければすべてよし…ってね!」

 

「キミと一緒にサッカー出来るなんて、最高だよ」

 

 

まだ見ぬ新たな仲間達との出会い。

 

 

「ワクワクするな、柊弥!」

 

「ふッ、萎縮してるのか?」

 

「次は世界だな…相棒」

 

 

かけがえのない仲間達との再出発。

 

 

「楽しみですね、柊弥先輩!」

 

 

しかしその裏で、様々な悪意が跋扈する。

 

 

「久しぶりだな…鬼道よ」

 

「サッカーなど道具に過ぎん。世界は私のモノになるのだ」

 

 

そして…未来から柊弥に迫る魔の手。

 

 

「加賀美 柊弥…貴様の存在だけは許容してはならんのだッ!!」

 

夢、野望、殺意。あらゆるモノが交差するその先に待つ結末とは。

 

 

「まだまだぶっトべるよなァァァ!!柊ォ弥ァァ!!」

 

「ははッ!!当たり前だ、勝負はこっからだろうがァッ!!」

 

 

第3章 世界への挑戦編 4/14更新開始。

 

 

「世界一になるのは…俺だッ!!」




これにて2.5章完結。柊弥達の戦いの場はとうとう世界へ…
ここまでマジで長かった!!エイリア編に入ったのが2022年の5月なのでほぼ2年掛かったんですかね?FF編が2021年7月からなので相当掛かりましたね…
リメイク前は大阪前くらいで終わったエイリア編をしっかりと書ききれて自分的にはかなーり満足してます。自分が思い描く加賀美 柊弥という主人公をしっかりと皆様にお届けできたことがやはり何より嬉しいですね。
継続は力なりと言うことなのか、1回の更新で見てくださる方やお気に入りが徐々に増え始め、時には日間に乗ることもありました。確か最高で日間総合25位とかだったかな?マジで感謝。

さて、そんな当小説ですが…ようやく新たな章が始まります。本来の原作(無印)であれば、最終章となるこの世界への挑戦編。原作の良さを最大限に活かしつつ、柊弥というイレギュラーを輝かせる。そんな小説を目指してこれからも頑張らせていただきます。

では後書きもこれほどに。次の更新でお会いしましょう…今後ともよろしくお願い致します!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3章 世界への挑戦編
第111話 幕開け


3章開始です。
余談ですが、この前更新した際になんと日間ランキング入りの最高順位を更新することが出来ました。これからもよろしくお願いします。


 今日は学校も部活も休み。誰か誘って遊びに行ったり、河川敷でサッカーしたり……そんな有り触れた日曜日になるはずだった。けど今俺は雷門中に来ている。その理由は一つ、先日届いた響木監督からのメールだ。10時頃に雷門中に集合というシンプルな呼び出しのメール。その様式から複数人に送信しているのは間違いないはずだけど、もう誰か来てるかな?

 

 

 

 グラウンドではラグビー部が練習に励んでいる。ラグビー場が別途あることもあり、大体俺らがグラウンドを使っているんだが今日は休み。ラグビー部に必要だったら使って良いと昨日言っておいたが、役に立てたみたいだな。

 

 

「おう加賀美!グラウンドありがとよ!」

 

「気にするな、練習頑張れよ」

 

 

 汗を流す顔見知りに手を振り、俺は目的地に向かう。集合場所に指定された体育館だ。やたらと重い扉を開けて中に入ると、そこには……

 

 

「……おいおい、どうなってんだこれ?」

 

「お、噂をすれば来たぜ!」

 

「加賀美くん、久しぶり!」

 

 

 目の前の光景を疑った。だって、ここにいるはずがないヤツらがいたんだから。

 

 

「加賀美さん!元気だった?」

 

「ご無沙汰してます、加賀美さん!」

 

「よお!久しぶりじゃねえか加賀美!」

 

「吹雪に木暮、立向居、綱海!久しぶりだな!!」

 

 

 そう、エイリア学園と戦った、あの地上最強イレブンの仲間達だ。塔子とリカは……いないのか。

 

 

「何でここに?」

 

「響木監督からメールがきてね。僕達も用件は聞かされてないんだ」

 

「ただ間違いなくまたお前らに会えると思ってよ!」

 

 

 正直、まだ何が起こってるのか理解出来てない。複数人呼ばれてるとは思ってたが、まさかの北海道、京都、福岡、沖縄にいるはずのコイツらまで呼ばれてるなんて。いよいよどういう集まりなのか分からなくなってきたな。

 

 

「来たか、柊弥」

 

「遅かったな」

 

「よう加賀美、久しぶりだな」

 

「修也、鬼道。それに佐久間まで?」

 

 

 急な再会に驚いていると、さらに横から声が掛かる。修也に鬼道、さらに佐久間だ。最後に会った時はまだ松葉杖がないと歩けてなかったが、もう完全に回復したみたいだ。

 しかもコイツらだけじゃない。シャドウ、マックスに栗松、壁山、染岡と風丸もいる。後何人かいるが……知らないヤツらだな。

 

 

「や、加賀美くん」

 

「久しぶり、かな?」

 

「ヒロト!!緑川!!お前らもか!!」

 

 

 更にそこに現れたのはヒロトと緑川、いよいよ混沌としてきたな。ただここにいる知ってるヤツらの共通点は……サッカーだよな。

 

 

「土方も来てるんだ」

 

「よう!あの時ぶりだな!」

 

「土方!お前、弟達は?」

 

「隣のおばちゃんに預けてきた!安心しな」

 

「着いたー!」

 

「こ、ここが雷門中……」

 

 

 土方は下の弟達がいるからとイナズマキャラバンの参加も断っていた。お隣さんに預けられたとはいえ、そんなヤツまでここに来てるなんてな……響木監督はどういう意図でこのメンバーを集めたんだ?

 一体何が起こるのか考えてると、入り口からよく聞いた声が響いてくる。やってきたのは守、 後ろには見たことないヤツもいる。

 

 

「今回は俺の方が早かったな、円堂?」

 

「あはは……そうだ、紹介するよ。宇都宮 虎丸!道中であったんだ」

 

「宇都宮 虎丸です!!」

 

「加賀美 柊弥だ、よろしく」

 

「うわあ……本物の加賀美さんだ。握手してください!!」

 

「いいぞ」

 

 

 虎丸、と名乗った少年は目を輝かせながら握手を求めてくる。俺だけじゃなくて色んなヤツにも。背丈こそ俺達とそう差はないけどどこか幼い……歳下だな、壁山達とタメか。

 

 

「なあお前ら、一人どうにもノリの悪いヤツがいるんだけどよ……知らねえか?」

 

 

 そう言って綱海が指さした方向にいたのは、どこか近寄り難い雰囲気を纏った男。どことなく治安が悪い、って言うのか?顔の怖さで言うなら染岡には勝てないけどな。

 

 

「俺、円堂 守。キミも響木監督に呼ばれたのか?」

 

「だったら?」

 

「マトモに挨拶も出来ねえのか!」

 

「よせよ染岡」

 

「……飛鷹 征矢」

 

「俺は加賀美 柊弥だ、よろしくな」

 

「……ッス」

 

 

 飛鷹と名乗ったソイツの態度は素っ気ない。極力会話をしたくないタイプのヤツか?諸々込みでこの場では異質だ。

 

 

「ふふふ……中々のメンツが揃っているようですね」

 

「目金?」

 

 

 一通り来てるやつに挨拶を終えるといつの間にか目金がそこにいた。けどなんだ、この違和感?上手く言語化できないけど、何かおかしいな。

 

 

「やあやあ皆さん、お集まりで」

 

「目金が二人!?」

 

「お前もしかして双子だったのか?」

 

「ええそうです!目金 一斗、コイツの実力は本物ですよ!」

 

「僕を兄と同じと思わないことですね」

 

「それを目の前で言われて良いのか目金よ」

 

 

 今明かされる衝撃の事実。もしかして、今まで学校で見てた目金は一斗の方も混ざってたのか?マジで見た目だけなら瓜二つだから気付かないだろこんな……

 

 

「揃ってるようだな」

 

「響木監──」

 

 

 目金兄弟に驚愕していたら響木監督がやってきた。その後ろには秋と春奈、夏未もいる。俺達を集めた理由についても話されるはず、とにかく皆集合する……その時、突如ボールを蹴る音が耳に入った。そのボールが向かう先は鬼道だ。鬼道も気付いたみたいだが反応が遅れてる、多分問題ないだろうが一応その間に割って入る。

 

 

「あら、鬼道クンへのプレゼントだったのに」

 

「お前……不動」

 

「久しぶりだねェ、加賀美クン?」

 

 

 何とそこにいたのは、真・帝国の不動。色々と……いや、因縁しかないな。源田と佐久間を唆して鬼道を煽り、染岡を負傷させ、俺がぶん殴った。

 

 

「何しに来た、お前」

 

「決まってんじゃん、俺も呼ばれたから来たんだって」

 

「どういうことですか、響木さん!」

 

「ふっ、全員揃ったようだな」

 

 

 どうやら本当に響木監督が呼んだらしい。コイツが何をしたかは知ってるはず、その上でここに呼んだんだ……それ相応の理由があるんだろう。

 

 

「よく聞け……今からお前達を、日本代表候補の強化選手に任命する!!」

 

「……日本、代表」

 

 

 意識を響木監督に切り替えて間もなく、その口から発せられたのは……とんでもないビックサプライズだった。日本代表ってことは、正式に世界と戦う機会が来たってことだ。クラリオやヒデ、フィディオ達は勿論、まだ見ぬ世界の凄いヤツらと戦える。

 

 

(何だよそれ……最高じゃねえか!!)

 

「フットボールフロンティアの世界大会、フットボールフロンティアインターナショナル、通称"FFI"が開催される。少年サッカー世界一を決める大会、その代表候補に選ばれたのがお前達だ!!」

 

 

 そういうことならこのメンバーも納得だ。全国から集められた強者達だ、世界に挑むには申し分ない。

 けど、それならアイツらがいないのが引っ掛かるな。あまり候補が多すぎてもって話ではあるけど、特にアイツ……アフロディがいないのが残念だ。いや、もしかしたら……そういうことか?それならそれで楽しみだ。

 

 

「ここに集まった22人はあくまで候補。ここから17人に絞り込む」

 

「11人ずつ2つのチームに分けて、2日後にそのチームで日本代表の選考試合を行います!!」

 

 

 成程、だから"日本代表"ではなく"候補の強化選手"って言い回しだったのか。ということは少なくとも5人は落とされる。全員粒揃いの選手とはいえ、こればかりは仕方ない。何が何でも俺は選ばれて見せるけどな。

 そしてチーム分けだが……まず俺がいるAチームが守、ヒロト、染岡、吹雪、綱海、土方、壁山、マックス、佐久間、飛鷹。対するBチームは修也、鬼道、風丸、シャドウ、緑川、栗松、木暮、立向居、目金、不動、虎丸だ。

 

 

「キャプテンは円堂、鬼道。お前達に任せるぞ」

 

「はい!!」

 

「分かりました」

 

 

 確かに、このチーム分けならキャプテンはコイツらだろうな。守は言わずもがな、鬼道は元帝国のキャプテンであり司令塔。納得の人選だ。

 

 

「よろしく、鬼道クン?」

 

「……」

 

 

 ……鬼道と不動が同じチームなのは懸念だな。

 

 

「個人の実力を測るために試合では連携技は禁止、己の持てる力を全て出し切れ!!」

 

『はい!!』

 

 

 そう締めくくられその場は解散となった。とりあえずそれぞれのチームに別れて改めて顔合わせを行う。

 

 

「さて、キーパーは守としてポジションを少し考えないとな」

 

「そうだな……FWだけでも俺、加賀美、吹雪、ヒロト、佐久間。だいぶ飽和してるな」

 

 

 そんなこんなで決まったポジションはこうだ。まずGKに守。FWに染岡、吹雪、ヒロト。MFに俺、佐久間、マックス。そしてDFに壁山、土方、綱海、飛鷹だ。

 FWからコンバートしたのは俺と佐久間。佐久間は帝国の方針で様々なポジションをこなせるようにしてあったらしいので採用。俺はシュート、ドリブル、ディフェンスそれぞれで必殺技を持っていて、攻めも守りも出来るから立候補した。

 

 

「あっちは……いや、探るのは野暮だな」

 

「そうだね、当日のお楽しみにしよう」

 

 

 とりあえずこの後は1回各自解散してまた集合、そして練習だな。鬼道達のチームは帝国で練習するらしい。鬼道と不動、大丈夫だろうか。修也や風丸がストッパーにはなるだろうけど心配だ。

 

 

「じゃあ一旦解散!また後でな!」

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 昼飯など諸々込みの準備を済ませること数時間、ラグビー部と入れ替わるように雷門中のグラウンドに入る。他の皆ももう揃っており、やる気も十分だ。

 

 

「まさかこんな形でキミとサッカー出来ると思ってなかったよ、加賀美くん」

 

「俺もだ。楽しもうぜ」

 

 

 身体を温めていると隣のヒロトから話し掛けられる。この前お日さま園に行った時またサッカーしようと約束したけど、日本代表を選ぶ場で一緒に戦うことになるとはな。しかし同じチームとはいえ、日本代表の枠を争うライバルであることにも変わりない。それはそうとして楽しみたいけどな。

 

 

「よーし!練習始めるぞ!!」

 

『おう!!』

 

 

 守の掛け声で練習が始まる。しかし、修也や鬼道達がいない練習ってのも新鮮だ。どれだけいつもの環境が日常になっていたのかを思い知らされる。

 

 

「あ、そういえばこっちのチームには司令塔がいないのか……」

 

「前衛は俺がやるぞ。後衛はお前に任せる」

 

「そっか、じゃあそれで!」

 

 

 今まではいて当たり前だった鬼道がいないということは、頼れる司令塔が不在ということ。他に普段から司令塔をしてるようなヤツもいないし、俺と守で分担してやることにした。流石に鬼道みたく守備の指示までは出せないからな。

 まずは、とにかく全員がこのチームでどんな動きをするか分析する。いつも雷門で一緒にサッカーしてても、違う環境じゃまた動きも変わる。

 

 

「いくぜッ!!」

 

 

 染岡はやはりパワーがある。並大抵の相手なら正面から突破できるだろう。少ない工程で最大威力を発揮できるシュートも魅力的だ。この頃は連携に対する意識も洗練され始めているおかげで、攻めの選択肢も広がっている。

 

 

「ふふッ、懐かしいね染岡くん!!」

 

 

 吹雪、またスピードを上げたな。元々秀でていたスピードがかなりのレベルまで磨かれている。俺、風丸と比べても遜色ないくらいだ。しかも吹雪にはあのウルフレジェンドがある上、DFとしての経験もある。攻守どちらでも活躍出来るな。

 

 

「悪いね吹雪くん、ここは通さないよ」

 

 

 ヒロト。エイリア学園最強チームのキャプテンは流石伊達じゃないな。全部のステータスが高い上、視野も広い。前衛の司令塔は俺とヒロトで分担しても良いかもしれないな。何よりヒロトには流星ブレードという最強クラスのシュートがある。今やってるみたいに仲間のカバーをしつつ、自分でも得点を狙える力は魅力的だ。

 

 

「行かせないッスよ、染岡さん!」

 

 

 壁山はここ最近随分と成長した。俺が教えたメニューを堅実にこなしているんだろう、特にスタミナ面の成長が凄いな。あの凄まじいディフェンスを常にトップパフォーマンスで繰り出されれば、相手からしたらたまったものじゃない。序盤から終盤まで守備の要だ。

 

 

「染岡!!こっちこっち!!」

 

 

 マックスはまた一段とテクニックを磨いた。パワーとスピードが尖っている訳じゃないけど、その器用さをフルに活かせばどんな相手でも捌き切れるだろうな。

 

 

「もらった!!」

 

 

 佐久間。味方としてプレーを見るのは初だが、とんでもなくバランスが良い。帝国にいたということもあってか、連携の精度が他より一段上だ。長らく鬼道を近くで見ていた経験のおかげで、司令塔がどんな指示を出したいか予想してポジショニングもしてくれている。

 

 

「更にそれをもらうぜ!!綱海!!」

 

 

 土方は壁山に近いタイプかと思いきや、予想を裏切る形で俊敏に動く。あの巨体があのスピードで迫ってきたら凄まじい圧力になるな。しかもこれまた味方の動きに合わせるのが上手い。何というか、プレーまで兄貴肌だ。

 

 

「おうよ!!」

 

 

 綱海は相変わらずフィジカルモンスターだ。必殺技こそロングシュートのツナミブーストしかないものの、その高い身体能力がオフェンスもディフェンスもハイレベルなものへと引き上げる。

 

 

「……」

 

 

 飛鷹は……分からないな。動かなすぎる。試合まで爪を隠しておきたいのか?いや、味方にまで隠す理由はないだろ。いくら個人の能力が重視される先行試合とはいえな。

 

 

「いいぞー!攻めろ綱海!!」

 

 

 守は相変わらずだ。チームの士気を常に高め、シュートはしっかりと止める。理想的なキャプテンであり、キーパーだ。

 

 

「ここは通行止めだ、綱海」

 

「加賀美!面白ぇ!!」

 

 

 そして、俺。パワーとテクニックはそこそこ、スピード特化型だ。突破力には長けてるけど綱海みたいな相手だと当たり負けることも少なくない。けどその壁を越える鍵になるのが、視野と読み。自分の苦手じゃなくて得意で戦う、この武器で世界と戦うんだ。

 

 

「もらった──」

 

「うおッ!?お前そんな動き出来るのかよ!?」

 

 

 綱海からボールを奪い取って走る、読みとスピードで全てぶっちぎって守が待ち構えるゴールまで。

 

 

「いくぞ、守ッ!!」

 

「こい、柊弥ッ!!」

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 そして遂に、この日がやってくる。

 

 

「うわあ……とんでもない数の観客ッス」

 

「フットボールフロンティアの決勝より少ないだろ」

 

 

 招集から2日後、日本代表の先行試合だ。

 

 

「調子はどうだ?修也」

 

「最高潮さ。お前には負けないぞ、柊弥」

 

「上等」

 

 

 修也だけじゃない、俺も、他の皆も絶好調だ。世界の舞台という最高の舞台のために全力で仕上げてきた、手抜きはない。

 

 

「加賀美」

 

「ん──!?お前なんでここにいんだよヒデ!?」

 

 

 木陰から僅かに聞こえてきた呼び声に釣られて視線を向けると、そこにいたのは俺の度肝を抜く珍客だった。隣にいるのは……フィディオじゃないな。誰だ?

 

 

「少し日本でやることがあってね」

 

「お前、イタリア代表じゃないのか?」

 

「代表さ。俺達のチーム、オルフェウスはユースチームでありイタリア代表でもあるからね」

 

「じゃあ何で?」

 

「さっきも言ったがやることがあるんだ。それと……チームの成長のため、かな」

 

 

 ヒデはそう言うと静かに笑った。やること、ねえ……深くは詮索しないでおくか。多分聞いても答えてくれないしな。チームの成長のためってのはよく分からないな……ヒデほどの選手が近くにいる方が学べることも多いだろうに。

 

 

「キミが"雷神"?僕はルカ、よろしくね」

 

「加賀美だ。……雷神って?」

 

「あれ、この前の特集見てないの?あのレビン・マードックがキミのことをそう呼んだんだよ」

 

「マードックが?マジか……」

 

 

 レビン・マードック。今は現役を退いて解説やコメンテーターをやっているが、昔世界中を燃え上がらせた元プロ選手だ。というか例の特集、いつの間に放送されてたんだ?しかもあのマードックがそんな評価を……

 

 

「安心してくれ加賀美、いつか日本とイタリアが戦うその日までには必ず戻るさ」

 

「俺達とフィディオ達が勝ち上がることを信じてる、ってことで受け取っとく」

 

「負けるつもり、あまつさえ代表に選ばれないつもりなんてさらさらないだろう?」

 

「当然」

 

 

 最初から気持ちで負けてたら何も勝てやしないからな。ここで代表に選ばれて、世界で戦う。目指すのは勿論優勝だ。

 

 

「じゃあ行ってくる。あれからまた成長した俺を見せてやるよ」

 

「ああ、楽しみだ」

 

「頑張ってね」

 

 

 ヒデとルカとの会話を切り上げて皆が待つベンチに戻る。

 

 

「そろそろ時間だ、ポジションに着くぞ!」

 

「おう!絶対勝とうぜ!」

 

 

 間もなくして、試合開始の時間が訪れる。普通なら緊張の一つでもするのかもしれないが、不思議とない。むしろ楽しみで仕方ない。この凄えメンバーと戦えて、世界に羽ばたけるチャンスが目の前にあるんだからな……さしずめ、新章幕開けと言ったところか。

 

 

「……さあ、いくぞ!!」

 

 

 待ってろ、世界。




次回、早速試合開始。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第112話 選考試合

最近伸びがエグすぎてウッキウキです
新章開幕パワーってやつですかね?


「上がれ上がれ!!」

 

「来るぞ!ディフェンス警戒!!」

 

 

 熱気が最高潮に高まった会場の中心、そこは戦場だった。日本代表という栄光を掴むために誰しもが全力を振るう。仲間、友人、宿敵。どんな関係だろうと、目の前に立ちはだかる者は全員ライバル。

 

 

「よし・・・!」

 

 

 攻守が何度も目まぐるしく切り替わりつつも、未だに得点は無し。そんな状況を打破すべく一人の男が動き出す。その名も豪炎寺 修也、雷門が誇るエースストライカーだ。送り出された鋭いパスを受け止め、燃えたぎる炎を纏いながら突き進む。

 

 

「うおっ、止まらねえ!?」

 

「へへっ、来い!豪炎――」

 

 

 円堂がそれを迎え撃つ・・・かと思われた。豪炎寺の進路を遮ったのは雷の男。

 

 

「来るか、柊弥ッ!!」

 

「お前とやり合うのはこれで二回目だなッ!!」

 

 

 自分の相棒ならどう動くか、それを止めるためには自分はどう動くか。その結果フィールドはどう変化するのか・・・あらゆる要素から全てを逆算し、その中心に柊弥は現れる。

 突き進む豪炎寺の行く手を阻むように現れた柊弥に対し、豪炎寺は左右に揺さぶりをかけて突破を狙うが一切その兆しは見えてこない。

 

 

「モタモタしてたら置いてくぞ」

 

「くッ、流石だな……!」

 

 

 攻めあぐねていた豪炎寺が一瞬身体を引いたその瞬間、柊弥が爆発的なスタートを切る。姿が消えたと錯覚するほどの加速でボールを奪った柊弥は、不敵な笑みを残してその場から去る。

 

 

(さて、どう攻める?)

 

 

 試合が始まって10分、ゴール近くまでボールが肉薄したのはさっきの豪炎寺のプレーのみ。無自覚のうちにそれぞれ緊張していることはあるが、真の要因はそのフィールドのレベルの高さ。一人一人のハイレベルなパフォーマンスが戦況を拮抗させていた。

 そして誰しもが理解していた。そんな試合を最初に動かしたゲームチェンジャーこそが一気に日本代表の座に近付けると。

 

 

「止めるぞ!」

 

「おう!」

 

 

 柊弥を止めるべく真っ先に動き出したのはシャドウ、緑川。柊弥の正面は2人に抑えられ、あらゆるパスコースは潰されている。

 

 

(パスコースは潰れてる!!左右どちらに抜けようとしても2人ならすぐ対応出来る!!)

 

(ここで加賀美を止める、そして点を決める!!)

 

 

 しかし、柊弥は2人の予想を越える。選んだのは左右どちらでもなく正面突破。狭いスペースしかない二人の間へと突っ込んでいく。最初に狙いを着けたのはシャドウ。接触の瞬間腕を差し込んでシャドウの動きを制限、そのまま視線を緑川へと突き刺す。"見られている"、その感覚が動きを鈍らせる。

 

 

(そこッ!!)

 

 

 その隙を見逃す柊弥ではない。すぐさま繰り出したキラーパス、しかしそれが向かう先には誰もいない。

 

 

(パスミスか!?)

 

(いいや違う、彼は信じたんだ!!僕が追い付けるとッ!!)

 

「そうだ、行け……吹雪!!」

 

 

 その時動いたのは吹雪だった。虎丸のマークを振り払って飛び出し超加速、まるで吹き抜ける風のようにパスの元へと辿り着く。それを止めるために動き出した栗松、木暮だったが吹雪の圧倒的なスピードの前には歯が立たない。

 

 

「キミが創ったチャンスだ、返すよ!このボール!」

 

「ナイスパス、吹雪」

 

「行かせるかッ!!」

 

 

 同タイミングで柊弥もBチームのゴール付近へと抜け出す。そして吹雪から返ってきたボール、目の前にはもう立向居のみ。巡ってきた絶好のチャンス……しかし、その道筋は急に阻まれる。柊弥の前に現れたのは風丸。このフィールドにおいて唯一柊弥のスピードに追い付ける、雷門が誇る"風神"。

 

 

「お前なら来るよな、風丸」

 

「ここでお前を止める、そして俺が点まで繋げてやる!!」

 

「そうはさせない……ここで、俺"達"が点を貰う!!」

 

 

 風丸と正面からやり合えば相当なタイムロスになるのは間違いなかった。そうなれば、参謀であるあの男が何もしてこないはずがない。だからこそ柊弥は選択する、自分が点を決めるのではなく、ここまで繋いだチャンスを生かすことを。

 

 

「ヒールパス!?後ろには誰も──」

 

「いや、いるよ!!」

 

「ッ!ヒロト!?」

 

 

 繰り出したのは踵でのバックパス。さっきまでそこには誰もいないはずだった。しかしそこに飛び込んできたのはかつて柊弥のライバルだった男、基山 ヒロトだ。

 受け取ったボールを天へと蹴り上げ、ヒロトは飛び上がる。その脚に集うのはまるで流星のような膨大なパワー。

 

 

「決めろ、ヒロト」

 

流星ブレードッ!!

 

 

 天を裂く流星の一撃がゴールへと襲い掛かる。パワー、スピードのどちらをとっても超一級。そんなシュートを前にした立向居は完全に虚を突かれていた。必殺技の溜めを作る間もなく既に眼前に迫るシュート。せめてもの抵抗で飛び掛かろうとするも届かない。

 

 

『ゴォォル!!先制したのはAチーム!!基山、加賀美、吹雪が拮抗状態のこのフィールドを斬り裂いたァァァ!!』

 

 

 

 ---

 

 

 

「流石だね、2人共」

 

「お前こそ、あのパスに反応してくれて助かったぜ。ヒロトもナイスシュートだ」

 

「2人のおかげだよ、ありがとう」

 

 

 試合開始10分ちょい、やっと1点目だ。もっと早く試合を動かしたかったけど流石代表候補に選ばれるメンバーだ、1つアクションを起こすのにも一苦労だ。初めてちゃんとした試合の中で盤面の読みを試してみたが、少人数の模擬戦とじゃ情報量が違いすぎる。

 

 

 さて……とりあえず活躍は出来た。けどまだ足りないな。結局俺の本職はFW、アシストじゃなくてゴールが必要だ。それだけがアピールの手段じゃないが、やっぱりこの結論に辿り着く。

 次は相手からのキックオフ、さっきの得点であっちも本領発揮してくるだろう。攻めを遮ってまた流れをこっちに戻してからじゃないと何も始まらないな。

 

 

『さあ再びキックオフ!!Bチームはこの先制点を覆せるのか!?』

 

 

 ホイッスルがなると同時、ボールは後ろに下げられる。それを受け取ったのは鬼道。鬼道が緑川、シャドウと同時に上がり、更にその前を修也、虎丸が先行している。すぐさまヒロトや染岡がマークに着こうとするがそれを振り払ってヤツらは進む。

 鬼道の狙いは自分を含む後ろの3人で正面衝突を避けるためパスを回しつつ上がり、フィニッシュでFW2人に回すことだろうな。鬼道の先読みと指示でパスワークを展開されたら止めるのは相当に難しい。

 

 

「なんつー連携……!」

 

「マズイな、突破されるぞ!!」

 

 

 あっという間に中盤まで侵入される。やっぱりあっちに鬼道がいるのはデカイな……初めてプレーするやつもいるのに指示があまりに的確すぎる。大してこっちの守りの連携は正直甘い。攻めは俺、吹雪、染岡の間は理解が深い上にヒロトの適応力が高いから何とかなってるんだけどな。

 

 

「いかせないッスよ!!ザ・ウォール"改"!!

 

「壁山……よし、緑川!!」

 

「させるか!!」

 

 

 鬼道、緑川、シャドウのラインの前に壁山が立ち塞がる。ボール保持者のシャドウの行く手を阻み、パスを強制させる。そしてそれを読んで動いていたのは佐久間だ。緑川へとパスが通るより早くそれに割り込み、ボールを奪い取る。

 

 

「来ると思っていたぞ、佐久間!」

 

「鬼道……流石だなッ」

 

 

 しかしそれを読んで動いていたのが鬼道。すぐ近くでプレーを見てきたからか、佐久間が飛び込む癖を読んでさらにその上から妨害する。すぐさま攻めに切り替え直す鬼道を追従する緑川、シャドウ。そしてその前を行く修也と虎丸。

 正直、この連携を途中で止めるのはほぼ無理ゲーだ。さっき言った通り連携の仕上がりの差、そこから生まれる状況ごとの人数差、何より鬼道と俺の読みの質の違いが大きい。俺は読みを元に自分一人で動くのがメイン、それに対して鬼道は自分だけじゃなくて味方全体を動かしてくる。同じような思考が出来てもそれを味方にアウトプットする技量が俺、こっちには足りてない。

 

 

 だからこそ、諦める。

 

 

「豪炎寺!!」

 

「おう!!」

 

 

 線じゃなくて、点で止める。

 

 

「いかせねェよ……!」

 

「柊弥!?」

 

 

 連携そのものを止めるのが無理なら、最後に繋がれるただ一つの点を抑えれば良い。鬼道、お前がこの状況で最後に選ぶのは修也だ。なら俺はそこでトドメを刺す!

 

 

「やっぱりお前は最高だ、柊弥」

 

 

 半身引きながら修也はフッと笑う。さあどう来る、右か?左か?それとも後ろか?

 

 

「だからこそ、俺も最高を目指すッ!!世界の舞台でお前と並んで戦うためになッ!!」

 

「なッ、そう来たか……!!」

 

 

 直後、修也の全身から炎が溢れ出す。あまりの勢いに反射的に身を守ってしまう。飛び出せばすぐにボールに触れられる距離、普通なら選ぶのはパスか俺を抜くかの二択。けど俺の相棒は普通の物差しで測れる男じゃないってことを忘れてた。修也はこの至近距離からの必殺技の発動を選びやがった。俺の目の前で炎の魔神が姿を現し、修也を空へと導く。

 

 

「やらせるかよッ!!」

 

 

 脚にエネルギーを集中させて跳び上がり、空中で俺達は再び対峙する。一発の出力じゃ修也に天秤が傾くが、そんなことは関係ねえ……やるか、やらないかだろ!

 

 

爆熱ストームッ!!

 

雷霆一閃ッ!!

 

 

 高く見積っても初期段階の雷霆一閃に届かないくらいの威力しか出てない。修也が放つ爆炎のシュートに正面からその脚を叩き付ける。

 

 

『な、なんとォ!!爆熱と雷霆が空中でぶつかり合っていますッ!!凄まじい衝撃波が地上の我々にまで伝わって──おわァッ!?』

 

「楽しいな、修也ァ!!」

 

「ああ、最高だ柊弥ッ!!」

 

 

 互いに込める力が更に強くなる。それに呼応するかのように炎と雷はその勢いを増す。

 

 

『うおおおォォォォォォォッ!!』

 

(やべえッ、脚が……!)

 

 

 段々と押され始める。やっぱ修也にパワー勝負は分が悪い……!

 

 

まだまだァァァァァッ!!(爆熱ストーム"G2")

 

「──ッ!?」

 

 

 その時、修也の闘気が一気に爆発する。俺の雷は一気に燃やし尽くされ、身体も炎に包まれる。ボール越しに伝わってくる凄まじいパワーに抗えずにそのまま叩き落とされる。

 

 

正義の鉄拳ッ!!(G2)

 

 

 すかさず守が正義の鉄拳で迎え撃つ。けど、この修也のシュートはあまりに強すぎた。黄金の拳すらも燃やし尽くしてゴールへと突き刺さり、程なくしてゴールネットが揺らされる。

 

 

「がはッ……エグすぎんだろ……!」

 

 

 何て威力だよ。あの野郎、この一瞬で進化しやがったってのか?流石ってレベルじゃねえぞ……!

 

 

「大丈夫か?柊弥」

 

「ああ。俺も負けてらんねえ」

 

「ふッ、モタモタしてたら置いてくぞ」

 

 

 意趣返しか、面白え……ここまで焚き付けられたら黙ってらんねえ。次、絶対ゴール決めてやる。

 

 

「燃えてるね、加賀美くん」

 

「おう、楽しくなってきた」

 

 

 自陣に戻っていく修也の背中を目で追っていたら横からヒロトに声を掛けられる。あんな凄いシュート見せられて、しかも煽られたらアツくもなる、とは言え鬼道の戦術から点を奪うのは楽じゃない。確実に警戒されてるだろうし尚更な。

 

 

 じゃあ、どうする?

 

 

「少し策を弄してみるか」

 

 

 試合再開前に何人かに声を掛けておく。共有したのは対鬼道の作戦。その場のアドリブ連携よりも、こうして考えを伝えておいた方が幾分かやりやすいだろ。

 

 

「さあ……逆襲だぜ」

 

 

 ホイッスルが鳴る。早々に送られてきたバックパスを受け取り、相手陣内へと切り込む。

 

 

「いかせません!」

 

「通行止めだ、柊弥」

 

(寄せが早い、警戒されてたな)

 

 

 虎丸、修也が一瞬で俺の前に飛び出してくる。最初から俺をマークする想定じゃないと出来ない動きだ。けどそれがどうした、止まる理由になんかならねえだろ。

 

 

雷霆万鈞

 

「うッ……!?」

 

「怯むな虎丸!!抑えるぞ!!」

 

 

 身体能力を底上げして突っ込む。すると修也は全身でぶつかるパワーディフェンスを仕掛けてくる。スピード上げてのフェイントで楽に抜こうと思ってたが、完全に読まれてたか。俺と修也のフィジカルはほぼ互角、雷霆万鈞のバフで少し優位を取れるくらいだな。

 修也に少しでも止められれば、持ち直した虎丸がこちらへ向かってくる。これは……単独で突破は無理だな。当たり負けしないようにするので精一杯な以上、ボールキープはキツい。

 

 

「染岡!」

 

「おう!」

 

「くッ……!」

 

 

 ただ虎丸が一瞬出遅れたおかげでパスコースはあった。少し無理な体勢から染岡にパスを出し、ボールロストだけは回避する。そのボールに気を取られ修也の力みが緩んだその瞬間に突破、染岡からボールが戻ってくる。

 

 

「吹雪、ヒロト、染岡へのパスコースを潰せ!!」

 

 

 最前線を突破すれば次に立ちはだかるのは鬼道中心の中盤だ。パスは完全に封じられた、その上目の前には鬼道と風丸……数的不利。

 

 

「読み通り」

 

「待たせたな、加賀美!!」

 

「頼むぜ、佐久間」

 

 

 けど問題ない、そのための作戦だからな。後ろから上がってきたのは佐久間、そのまま鬼道を徹底マークする。鬼道の指示はその大半が自分も動く前提のもの。だから鬼道の動きを理解している佐久間に張り付いてもらう。ピースの一部である自分の動きが封じられ、作戦を練り直すために生まれるコンマ1秒が俺の突破口になる。

 

 

雷霆翔破ッ!!

 

「やられたッ……!」

 

 

 そしてその次は風丸だ。俺と風丸のスピードは総合的には五分だが、強みが違う。風丸は加速度、そして俺は初速だ。消耗はキツいが雷霆翔破で初手からぶっちぎる、時間をかけずに風丸を突破するにはこれしかない。

 

 

(抜けた、ラスト2枚……!)

 

「いくでやんス、木暮!!」

 

「おう!!」

 

 

 栗松、木暮。2人共小回りを効かせたディフェンスが厄介だ。しかも木暮には旋風陣がある。さてどうする──

 

 

「加賀美!助太刀に来たぜ!!」

 

「綱海!?」

 

 

 その時、右後ろから1人飛び出してきた。後ろにいたはずの綱海だ。コイツが上がってくるのは完全に予想外だったのか完全にフリー、しかも最高の位置取りだ。間髪入れず綱海にスルーパスを送り、そのまま跳び上がる。

 

 

「ほらよ!」

 

「最高だぜお前……!」

 

 

 下から迫ってくるのは綱海からのセンタリング。交差する瞬間に全力で叩き斬る。下には栗松達が待機してる、下手すると落としたタイミングで奪われる可能性がある。それだったら、このまま撃っちまえばいい!!

 

 

「ブチ抜く……雷霆一閃(G3)ッ!!」

 

 

 下に落とさず空中で撃ち切る応用版だ。工程を省略している分パワーが落ちるからエネルギー量を増やしてカバー、多分そのままだったら立向居なら止めてくるだろうからな。

 

 

ムゲン・ザ・ハンド(G4)ォ!!

 

 

 省略しても全体動作は長い、手練なら十分に構える余裕があるのは今の雷霆一閃の唯一にして最大の弱点だ。こうなったら完全に互いの力比べになる。

 

 

「いけェェェェェッ!!」

 

「な、何て重さ……ぐあッ!?」

 

 

 だからこそ、威力に妥協はしない。全力を持って、全部叩き斬る……それが俺の雷霆一閃だ。

 

 

「ゴォォォル!!決めました!!雷神、加賀美 柊弥ここにあり!!綱海のアシストをフルに活かして立向居のムゲン・ザ・ハンドを打ち破った!!Aチームが再びリードォ!!」

 

「しゃあッ!!!」

 

「ナイスシュート加賀美!!流石だぜ!!」

 

「最高のアシストありがとよ綱海!!お前のおかげだ!!」

 

 

 綱海には感謝してもしきれないな。一人じゃあのゴールを生み出すことは出来なかった。綱海だけじゃなくて、パスコースを作ってくれた染岡、鬼道を封じてくれた佐久間もありがたい。これから世界と戦うなら、こういう風に仲間との連携も磨かなきゃだな。

 

 

『ここで前半終了ォ!!試合の流れはAチームが掴んだまま!!後半はどのような試合展開になるのでしょうか!?』

 

 

 ちょうど良いタイミングで前半が終わる。2-1でリード、点も決めた。後はこのまま自分を貫き通すだけだ。

 

 

「さて、軽く作戦会議でもするか?」

 

「だな。‎後半も鬼道の動きには警戒したい」

 

「後……豪炎寺くんかな?加賀美くんが間に入ってなおキャプテンを破るあのシュートは流石だよ」

 

「風丸もじゃねえか?こっちの危ないところに毎回いるぜアイツ」

 

 

 総意としては鬼道、修也、風丸が脅威だな。鬼道は言わずもがな、修也はシュートの破壊力、風丸は今回後衛寄りだけど攻守どっちもハイレベルにこなせるのは強い。キックオフはあっちからだ、最初に流れを止められなきゃまたすぐ並ばれるな。

 

 

「よし行くぞ!このまま勝つ!」

 

「おう、当然だ」

 

 

 さて、後半も気張って行くか。




1話で試合自体終わらせようとしたのに盛りすぎた…
次の話で試合終了、代表発表くらいまで行く予定です


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。