無限転生 ~INFINITI DEAD END~ (とんこつラーメン)
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どこもいっしょ

 IS学園屋上。

 一人の少女が空を眺めながら静かに何かを口にしていた。

 

「…………」

 

 少女は何も喋らない。

 一人ぼっちなのだから当然かもしれないが、それでも無口過ぎた。

 

 紫の長い髪を後頭部で纏め、極端なまでに肌を覆い隠している改造制服。

 両腕は勿論の事、足首付近まで伸びているロングスカートを着用し、その手には真っ黒な手袋が嵌められている。

 病的なまでに白い肌が、少女の美しさをより強く強調している。

 

(………まず)

 

 そんな彼女が口にしているのは、よくテレビコマーシャルなどに出ているゼリー状の栄養補助食品。

 その気になれば10秒で食べれる代物を、彼女はチビチビと時間を掛けて食べていた。

 

 少しして面倒くさくなったのか、彼女はゼリーの入っているパッケージを思い切り握り潰し、中身を一気に飲み干した。

 その後、足元に置いてあった水筒を手にして蓋を開ける。

 水筒の中身はどこにでもある普通の水道水だ。

 スカートのポケットからカプセル状の薬が入った小さい袋を取り出し、それを掌に出してからゴクリと一飲み。

 そしてから急いで水で流し込んで体の中に浸透させていく。

 

「ふぅ……」

 

 栄養補給というなの昼食が終了し、少女は右腕で目元を覆い、安全用の柵に背中を預けながら目を閉じる。

 太陽が眩しい。同時に、薬を飲んだが故の眠気も発生した。

 スマホで時間を確認すると、画面には12:15と表示されている。

 教室に戻るまでの時間を考慮しても、30分以上は仮眠ができる計算だ。

 

 念の為に12:50にアラームをセットしてから、少女は体の力を抜いてから本格的に眠る体勢に入る。

 かなり疲れていたのか、彼女はあっという間に寝息を立て始めた。

 運がいい事に今日は誰も屋上に入ってこなかったので、一切の邪魔が入る事無く気持ちよく仮眠が出来た。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 目が覚めて、私は自分のスマホに目をやると、まだアラームが鳴る前だった。

 なんだか少し損をしたような気分になるが、ほんの数分程度ならば誤差だろう。

 遅刻をする可能性が軽減されたと思えば問題は無い。

 

(とっとと行きますか……)

 

 早く起きたからと言って、ここでのんびりとしていたら結局は遅刻をしてしまう。

 やるならば迅速実行。これが一番だ。

 

「う……」

 

 フェンスに手を掛けながら立ち上がると、急に眩暈が襲い掛かる。

 普通ならば立ち眩みとか思うのかもしれないが、この世界の私に限ってはそんな凡庸な異常ではないと確信できる。

 そもそも、眩暈なんて『今の私』にとっては日常茶飯事だ。

 視界が揺らいだ程度では何とも思わない。

 

「……急ごう」

 

 呼吸を整えてから、私はゆっくりと足を踏み出して屋上を後にする。

 階段を下りていってから一年の教室が並んでいる廊下まで出て、そこから真っ直ぐに私が所属している一年一組まで進んでいく。

 

(まだ…来てないみたいだな)

 

 教室の後ろから入ると、もう既にクラスメイト達は勢揃いしていた。

 この一年一組というクラスは、IS学園におけるある種の特異点だ。

 世界初にして唯一無二の男性IS操縦者がいるだけでなく、ISの開発者にして稀代の天才科学者である『篠ノ之束』の妹もいる。

 それだけでも相当なのに、挙句の果てはイギリスとフランスとドイツの代表候補生までいる始末だ。

 彼女達は少し前までは問題を起こしていたが、今は完全に収束している。

 あれだけの事をやらかしておいて、どうして誰も文句の一つも言わないのか謎でならない。

 それとも、口には出さないだけで、心の奥底ではふつふつと憤怒の炎を溜めているのか。

 

(…私には関係ないか)

 

 このクラスがどうなろうとも、この学園がどうなろうとも、この生徒達がどうなろうとも、私には全く持って関係ない。

 どうせ、来年の今頃にはここにいる(・・・・・・・・・・・・)全員が私の事なんて忘れている(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 私の席は窓際の一番後ろという最も目立ちにくい場所にある。

 何とも言えない御都合主義を感じるが、これに関しては本当に偶然だろう。

 

「ふぅ……」

 

 肘をついて窓を眺めると、空の向こうに一羽の鳥が見える。

 こーゆー時、普通は『鳥は空が飛べていいよなー』って思うのかもだが、この世界にはISという限定的ではあるが人類でも自由の空を飛べる兵器が存在している。

 なので、そこまで強い憧れなどは余り抱かない。

 私の場合は、今までの転生にて嫌というほどに空を飛ぶ経験をしているから尚更だ。

 特機タイプの人型機動兵器が空を飛ぶなんて当たり前だったし、私自身も戦闘機の搭乗経験がある。

 それに……。

 

(『夢見る双魚(こいつ)』のお蔭で大抵の事では驚かなくなってるしな…)

 

 この世界に転生した時、私の中にあった筈のスフィアは無くなっていて、後に強制的に与えられた私の専用機のコアに変貌していた。

 首からぶら下がっている銀色の光る二匹の魚を象ったペンダント。

 これが、この世界にて私の事を呪い殺そうとしているシルバーデビルだ。

 この中にスフィアがあると思うと反射的に投げ捨てたくなるが、どこか遠くにやってもすぐに距離や次元を超えて私の手元に自動的に戻ってくる。

 なぜ知っているかって? 実際に試したからだよ。

 道端を走っているトラックが信号で停車している隙に荷台にこいつを放り込んだら、約5メートルぐらいの距離ですぐにスフィア特有の緑色の光と音を出しながら戻ってきた。

 それを見てから、すぐにこれをどうこうすることを諦めた。

 どうせダメ元だったし、そう簡単にスフィアから離れられれば誰も苦労はしない。

 そもそもの話、スフィアから離れられる唯一の手段である『絶対的な死』が私には通用しない時点で推して知るべしなのだ。

 これが普通の転生者ならば良かったのだろうが、生憎と私は『普通の転生者』ではない。

 永遠に無限の並行世界を彷徨い続ける亡霊。それが私だ。

 

「全員、席に着け。授業を始めるぞ」

 

 おっと。考え事をしている間に担任がやって来たようだ。

 唯一の男子君の実の姉であり、モンドグロッソというISの世界大会の初代王者。

 そして、このクラスの担任でもある織斑千冬先生だ。

 その隣には、元代表候補生の山田真耶先生もいる。彼女はこのクラスの副担任になる。

 

(ISの授業なんて、私にはあんまり意味は無いんだけどな……)

 

 意味は無くても無駄にはならない。

 いつも私は、復習のつもりで授業を受けるようにしている。

 そうでもしないとやってられないから。

 

 結局、五時間目の授業は全く目を付けられずに終える事が出来た。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

(すめらぎ)

「ん?」

 

 放課後になり、何もやる事が無いので早く寮に帰ろうとしていると、後ろからいきなり担任に声を掛けられた。

 自分の弟の事だけを気に掛けていればいいのに、こんな私に一体何の用があるんだろうか?

 

「情報によれば、お前も専用機を所持しているらしいな」

「一応」

「どうして今まで一度も使用してこなかった?」

「さぁ?」

 

 それを言う理由が私には無い。だから言わない。

 

「別に授業中などに無理をして使えとは言わんが、お前は学年別トーナメントの時も専用機で出場しようとしなかった」

「それが?」

「学園側としては、いかなる理由があろうとも専用機を所持している以上はそれをきちんと把握しておく必要がある。どういう訳か、お前の専用機に関するデータは一切開示されていない。分かっているのは、お前が専用機を持っているという事実だけだ」

 

 そりゃ…あれは公には絶対に出せないようなヤツだしな。

 ISに詳しい候補生連中ならばともかく、一般の生徒達には全く知られてないような機体だし?

 

「なので、近日中にお前の専用機のデータ収集を兼ねた模擬戦を行う予定になった。詳しい日程や対戦相手などはまだ決まっていないが、いつでも大丈夫なように準備をしておけ」

「…それは決定事項なのかな?」

「当然だ」

「……分かったよ」

 

 恐らく、織斑千冬も『アレ』については知っている事だろう。

 一部界隈ではとてつもなく有名なISだしな。

 

 だが、アレを見る事で周りがどんな反応をしようがどうでもいい。

 やれというならやるだけだ。どうせ、私には拒否権も選択権も最初から有りはしないのだから。

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 後ろを向いたままで手を振りながら去っていく少女を見ながら、千冬は腕を組みながら険しい顔になる。

 

 皇千影。

 自分が担任を務める一年一組の生徒の一人で、年齢以外の一切が公表されていない謎多き少女。

 通常ならば、そんな怪しい人間を入学させるなんて論外なのだが、どこからか学園側に強力な圧力が掛かったようで、それに逆らう事が出来ずに入学させられたという経緯がある。

 勿論、それを知っているのは千冬を含めた一部の教員や生徒会の役員たちだけで、その他には誰もその事実を知らない。

 彼女に関する情報が開示されていないのも明らかに何者かの意志が介入しているせいだろう。

 それなのに、どういう訳か専用機を所持しているという事だけはワザとらしく教えてきた。

 まるで、学園側に何かをさせたがっているかのように。

 

 千影自体は極々普通の少女で、特に目立つような行動をする訳でもなく、かといって決して何もしない訳でもない。

 話しかければちゃんと返事はするし、授業だって真面目に受けている。

 成績だって悪くはないし、態度だって真面目な方だ。

 唯一つ、実技の授業だけは余り出たがらないという問題があるが、それは先ほど言った専用機の情報開示を目的とした模擬戦にて解決する。

 仮にも専用機を与えられているのならば、それ相応の実力があるという事になる。

 それさえ確認できれば、学園側としても多少の便宜は図るつもりらしい。

 

(皇……お前は一体……)

 

 しっかりと背筋を伸ばして歩く姿はまるでお手本のようだが、千冬には何故かその後ろ姿が弱々しく見えてしまうのだ。

 今にもその場で倒れてしまいそうな、触れただけで壊れてしまいそうな。

 そんな儚さが、千影の姿から感じ取れた。

 ここまでが第三者視点から千影で、千冬個人にはまた別の感覚も彼女から感じていた。

 言葉に出来ない不思議な懐かしさと、守ってあげないといけないと思わせる表情。

 

(なんなんだ……この感覚は……まるで……)

 

 まるで、久し振りに会った家族のようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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あくまなさかなちゃん

 担任様からの接触があってから数日後の放課後。

 私が誰にも気付かれる事無く教室から出ようとすると、またもや背後から急に話しかけられた。

 

「皇」

「……なにかな」

「露骨に嫌そうな顔をするのはやめろ」

 

 二度も後ろから話しかけられれば、誰だって同じような顔をするとは思うが。

 

「この間お前に話した模擬戦の詳しい日程と対戦相手が決まった」

「はぁ……」

 

 模擬戦…ね。そう言えば、そんな話をしていたような気がするな。

 本気でどうでもいいから頭の中から消えかかっていたけど。

 

「まず、日時は明日の放課後。場所は第3アリーナだ」

「相手は?」

 

 そう尋ねると、担任は徐に教室の中の方に視線を移す。

 そこには、いつものように取り巻きの女達とキャッキャウフフしている男子がいた。

 

(…成る程。そういうことか(・・・・・・・))

 

 よく考えついたもんだ。まさに一石二鳥って訳だ。

 いや、もしかしたら一石三鳥になるのかな?

 別にどっちでもいいけど。

 

「もう伝えてあるのかい?」

「後で教えるつもりだ」

 

 いや、今すぐにでも教えろよ。

 公私の区別すら出来ない人間が教師をするな。

 この女の場合、教員免許を持っているかどうかも怪しいが。

 

「今、何か妙な事を考えなかったか?」

「さぁ?」

 

 それなのに、無駄に能力だけは高いときている。

 本当に羨ましい限りだね。皮肉抜きで。

 私とは大違いだ。色んな意味で。

 

「ところで、今日の午後からあった実習、どうして休んだ?」

「生理痛」

「その割には元気そうだが?」

「薬を飲んで安静にしていたら収まった」

「……そうか」

 

 適当に誤魔化したが、絶対に信じていないだろうな。

 だって、そんな目をしているから。

 そもそもの話、私の身体に生理痛なんて御大層な現象が起きる筈が無いんだよ。

 

「それと、教師にはちゃんと敬語で話せ」

「尊敬に値するような相手ならば私もちゃんと敬語で話すさ」

「私は尊敬に値しないと?」

「それを一番よく分かっているのは自分自身じゃないのかな?」

「……………」

 

 そこで黙ってしまうという事は認めたということだな。

 この人に改善を要求しようとは思わないが。

 私は無駄な事はしない主義なんだ。無駄無駄。

 

「それじゃ、失礼するよ。今日は疲れたからね」

「あぁ……」

 

 顔を見ることなく、私は適当に手だけを振ってからその場を後にした。

 にしても模擬戦ねぇ……。

 本当は絶対にしたくは無いけど、やらないといけないんだろうなぁ……。

 どうして私がここに送り込まれたのか、その目的は未だにハッキリとしていない。

 だが、自分なりに大体の予想はついている。

 

(『実験』と『収集』…か)

 

 どれだけ多くの世界に転生をしても、人間の本質だけは絶対に変わらない。

 だからこそ、私のモチベーションは常に最低値を保っているのだが。

 せめてもの救いがあるとすれば、割と早く終わりそうなことだけだ。

 少なくても今年中には終了するだろうな。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 次の日の放課後。

 本当は行きたくは無かったが、どうせ抵抗するだけ無駄だと判断した私は観念して大人しく約束の場所である第3アリーナへと向かった。

 

「おや?」

「来たか」

 

 更衣室にてISスーツに着替えてからピットまで向かうと、そこにいたのは織斑千冬ただ一人。

 他には誰の姿も無かった。

 

「いつもの取り巻き連中は向こうに行っているのかな?」

「あぁ」

「と言う事は、山田先生も向こうか。どうしてアナタはここにいるんだい?」

「お前を一人にする訳にはいかないだろう」

「そんな嘘にすらなっていない言葉を聞かされても微塵も嬉しくないよ」

「なに?」

「ハッキリ言った方が良いかな? 邪魔。こんな場所にいないで、とっとと大好きな弟君の元に行ったらどうだい?」

「…それほどまでに私が嫌いなのか」

「嫌い? 随分と自分を過大評価しているんだね」

「…どういう意味だ」

 

 それぐらい自分で考えろ…と言いたいが、今後の為にもハッキリと言っておいた方が良いだろう。

 じゃないと、また無駄が増える事になる。

 

「興味が無いって事さ。あなたにも、あなたの弟君にも。この学園自体にも。本当にどうでもいい」

「ならば、どうしてお前はここにいる?」

「さぁね。それはこっちが聞きたいよ。ねぇ、どうして私はここにいるのかな?」

「私が知る訳がないだろう……」

 

 そりゃそうだ。

 

「ところで…それがお前のISスーツなのか?」

「そうだけど、それが何か?」

「いや……」

 

 私のISスーツはかなり特殊で、他の生徒達が身に着けているようなスクール水着のような破廉恥なデザインではない。

 首から下の全身を隅から隅まで覆い尽くすような感じになっていて、肩や肘、膝などには簡易的な装甲が取り付けられている。

 更には顎の部分までちょっとした装甲で守られていて、下から殴られてもビクともしない。

 実際に殴られても平気だったんだから間違いない。

 因みに、基本色はシルバーだ。機体色とお揃いにしたんだろう。知らないけど。

 

「で、まだここにいるの?」

「どこまで私を追い出したいんだ……」

「明らかに嫌そうな顔をしながらここにいられても目障りなだけだよ」

 

 空気だって最悪だし。一人でいる時が一番気楽でリラックス出来るのに、この女は私から数少ない安息すらも奪おうというのか。

 

「どうしたら、お前は私を信用してくれる?」

「何をやっても絶対に信用なんてしないさ。知り合いの言葉を借りれば、あなたの存在そのものが鬱陶しいんだよ」

「…………」

「分かったら、とっとと消えてくれないか。大丈夫、ちゃんとそちらのご要望(・・・・・・・)には応えるさ」

「そうか……」

 

 やっと分かってくれたのか、担任は静かにこの場を後にした。

 ようやくこれでちゃんと『準備』が出来るってもんだ。

 

「まずは……」

 

 拡張領域から二本の注射器を出してから、スーツの二の腕の部分を捲りあげてから肌を露出させる。

 そしてから、まずは注射を一本だけ突き刺してから中身を注入する。

 

「くぅぅ……」

 

 無意識の内に歯を食いしばり、唇の端から涎が零れる。

 全身の感覚が無くなっていくと同時に、急激に『ハイ』な状態へとなっていく。

 けど、それをなんとか理性で押さえ込みつつ耐えていく。

 何度やっても、これだけは慣れそうにはない。

 

「もう…一本……」

 

 震える手で残り一本の注射を刺すと、今度は急激な眠気に襲われる。

 瞼に重りが付いたかのようになり、視界が霞んで意識が朦朧としてきた。

 普通ならば、こんな状態でISを操縦するなんて論外なのだろうが、生憎と私のISはコレをしないと搭乗することすら許されないのだ。

 

「来い……デビル…フィッシュ……」

 

 震える手でペンダントを握りしめると、スフィア特有の音と共に緑色の光が放たれ、白銀の装甲が私の全身を覆い尽くしていく。

 真紅の瞳を持ち、三つの角を持つその姿は、正しく『白銀の悪魔』と呼ぶに相応しい。

 

「ホランド…君は本当に凄い奴だよ…。こんな化け物を顔色変えずに乗りこなしたんだから…。自分の命を削ってまで、愛する者と家族と世界を守ろうとした君のような男こそ…私が本気で信用するに値する人間だ……」

 

 あの部隊には誰もが理想とするリーダーが沢山いたが、ホランドは特に目立っていたような気がする。

 何故ならば、彼自身も同じように成長をしていたから。

 

「問題は…無い…か」

 

 軽く手を動かしてから具合を確認し、投影型モニターを出してから各種部位のチェックを行う。

 

(腕部、肩部、腰部、脚部、いずれも問題無し。頭部センサーも大丈夫。バックパックのロングレンジレーザー砲も、ホーミングレーザーもOK…と。両腕部の大型ブレードにリフボードもグリーンだ。高出力バーナーもよし…と)

 

 この間、僅か10秒足らず。

 体が覚えているので、これぐらいなら今の状態で平気だ。

 

「…行きますか」

 

 腰部に分割した状態で装着してあるリフボードを展開して合体させる。

 僅かに宙に浮いているボードの上に足を乗せてから、バーナーに火を入れた。

 

(久し振りにやってみるか……ホランド直伝のカット・バック・ドロップターン)

 

 ブランクがあるから、どこまでやれるかは分からないけど。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 千影がいるピットとは逆側のピット。

 そこでは、一夏が自身の専用機である白式を身に着けた状態で、いつでも発進できる体勢にいた。

 

「皇さん…か。なんか急に千冬姉から模擬戦をするように言われたけど、どんな子だったっけ?」

 

 普段から影が薄く、更には幼馴染を始めとする面々がいつも周りにいた為、同じクラスにいながらも一夏は千影の顔は愚か名前すらも知らない状態だった。

 向こうにとってもそれは好都合なので、別に気にするような事ではないが。

 

「さぁな。だが、どんな奴でも問題は無い。一夏ならば必ず勝てる!」

「そうですわ。これまでの試合の中で一夏さんの実力は目まぐるしく上昇してますもの。今ならば、誰が来ても互角以上の試合が出来る筈ですわ」

「相手がどんな奴かは知らないけど、どうせ大したことないでしょ? とっとと終わらせてきなさいよ」

「一夏ならきっと大丈夫だよ。変に緊張しないで、いつものペースでやれば勝てるさ」

「ふん。私の嫁ならば、名も知らぬ雑魚なぞ一撃で蹴散らしてしまえ」

 

 幼馴染の篠ノ之箒に、イギリス代表候補生のセシリア・オルコット。

 中国代表候補生にして二人目の幼馴染でもある凰鈴音。

 少し前まで男装をしていたフランス代表候補生のシャルロット・デュノア。

 そして、現役の軍人でありドイツの代表候補生であるラウラ・ボーデヴィッヒ。

 いつも一夏の周りにいる少女達がそれぞれに彼の事を鼓舞していく。

 

「あれ? 織斑先生?」

 

 管制機器の前に座っている一組副担任である山田真耶が、こちらのピットに入ってきた千冬の姿に気が付く。

 

「どうしてこちらに? 皇さんの所にいたんじゃ……」

「追い出されてしまったよ」

「え?」

「どうやら、私はあいつに全く信用されていないらしい。それどころか鬱陶しいとまで言われてしまったよ……」

 

 流石の千冬も、正面から完全拒絶の言葉を言われれば精神的に堪えたようで、力のない薄笑いを浮かべていた。

 

「そんな……」

「あそこまで誰かに拒絶をされたのは生まれて初めてだ。なんというか…キツいな……」

「千冬姉…!?」

 

 いつも強気で凜としていた姉が弱気な顔を見せている。

 一夏の怒りのボルテージを上げるには十分すぎる材料だった。

 

「許せねぇ…! 絶対に倒してから千冬姉に謝らせてやる!!」

「その意気だ一夏。教官に逆らうような奴に遠慮はいらん。全力でやってしまえ」

「おう!」

 

 同じように千冬の事を尊敬しているラウラの言葉を受け、一夏は拳を振り上げる。

 やる気十分となっていると、モニターには向こうのピットから一台のISが飛び出してくる映像が映し出された。

 

「なんだ…あのISは……」

「あ…あれは…まさかっ!?」

「「「「「デビルフィッシュッ!?」」」」」

 

 ソレを見た瞬間、セシリア、鈴、シャルロット、ラウラ、千冬の五人が同時に叫んだ。

 真耶も声は上げていないが、驚きの表情は隠せていない。

 一方、何も分からない一夏と箒はどうして彼女達が驚いているのか理解出来ないでいた。

 

「ど…どうしたんだ? なんで急に驚いてるんだ?」

「あのISがどうかしたのか?」

 

 二人が揃って小首を傾げている中、全員が冷や汗を掻きながらモニターを眺めている。

 特に、シャルロットと千冬と真耶は大きく口を開けたまま固まっていた。

 

「な…なんでアレがここにあるんだよ……」

「馬鹿な…! まさか、デビルフィッシュが皇の専用機だというのかッ!? 冗談ではないぞ!! あれをあいつに与えた連中は何を考えている!!」

「そ…そんな……どうして……」

 

 シャルロットは信じられないような目でモニターを眺め、千冬は先程までとは一変して本気で激高し、真耶に至っては今にも泣きそうな顔になっている。

 

「急になんなんだよ? 皆、あのISがなんなのか知ってるのか?」

「IS関係では…物凄く有名な機体ですから……」

「有名な機体…?」

 

 震える唇で絞り出すように話すセシリアに、箒が疑問符を示す。

 だが、それに答えたのは当人ではなく隣にいたシャルロットだった。

 

「あの銀色のISは……呪われたモンスターマシンなんだよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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やおちょー

ゆめみるそうぎょはゆめをみる。 とおいとおいゆめをみる。

みらいのきえたこのせかいの、なにもないあしたのゆめをみる。

だれもがすくいをもとめない。だれもがおわりときづかない。

おわるせかいでだんすをおどり、くるいもだえるまでおおわらい。

ひとりぼっちのうさぎさんの、きまぐれとわがままでみんながおわる。

だいちがくされ、そらがよどみ、うみがかれて、いのちがきえる。

まっくろろぼっとやってきて、みんなでなかよくあのよいき。

いまをむししてばかさわぎ。 げんじつみないでにげていく。

ゆめみるそうぎょはゆめをみる。 しゅうえんとぜつぼうのゆめをみる。

なにをしたってもうておくれ。かうんとだうんははじまってる。

むだなあがきははやくやめて、みんなでかんおけつくりましょう。

ゆめみるそうぎょはゆめをみる。 すべてがきえたゆめをみる。


【民名書房刊『ゆめみるそうぎょはゆめをみる』】から一部抜粋。






「な…なんだよ…呪われたモンスターマシンって…」

「そのまんまの意味だよ…」

 

 シャルロットの口から発せられた非科学的な言葉に、思わず一夏は呆然となる。

 この科学の発展した今の世に『呪い』なんて言われても俄かには信じがたい。

 

「詳しく話したら長くなるけど、これだけは覚えておいて」

「なんだ?」

「もしも、あれが本当にボク達の知っている『デビルフィッシュ』で、皇さんがフルスペックを発揮できるのなら……」

「できるのなら…?」

「…勝ち目は非常に薄いと思う」

「「え…?」」

 

 先程までのムードから一変し、急に弱気になる専用機持ち達。

 あの白銀のISは、それ程の性能を秘めているのか。

 

「少なくとも、機体のスペックだけで言えば…この学園にある全てのISを完全に上回っていますわ……」

「んな馬鹿な…」

「冗談に聞こえるかもしれないけど…これはマジよ」

「鈴まで……」

 

 セシリアと鈴が真剣な顔で一夏に注意を促す。

 いつもならばここできちんと耳を傾けている所だが、今の一夏は今までの試合の経験により不必要な自信をつけ始めている。

 自分と白式ならば、例え相手が何であろうとも必ず勝てる筈だ。

 雪片弐式と零落白夜があれば負ける事は無い。

 そう思い込んでしまっているので、どれだけ注意を受けても右から左へと受け流していた。

 

「機体もそうだが、操縦者は大丈夫なのか? デビルフィッシュは……」

 

 そこまで言い掛けてからラウラは止めた。

 試合前に言うべき事ではないと判断したからだ。

 

「…皇に関しては、私と山田先生が後から見ておく。今は目の前に試合に集中しろ」

「わ…分かったよ……」

 

 相手のISが出てきてから、急に場の雰囲気が重苦しくなった。

 実際に参列したことは無いが、通夜などはこんな空気なのだろうと思った。

 

「あまり長引かせるな。…アイツの為にも」

「あ…あぁ……行ってくる!」

 

 何とも言えない空気の中、一夏はステージへと飛び出していった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

(やっと出てきたか)

 

 随分と待たせてくれる。

 それ程までに渋るような事じゃないだろうに。

 

 白いISを纏った織斑一夏が私の目の前までやって来た。

 その顔はなんだか混乱しているようにも見える。

 

「す…皇さん…でいいんだよな?」

「あぁ。けど、私の名前なんてどうでもいいだろう?」

「そんなことは……」

 

 ふむ…なんだか弱気に見えるのは私の気のせいか?

 緊張…とはまた違うように思えるけど。

 

(にしても、これが彼の専用機である『白式』…か)

 

 遠くから眺めた事はあるけど、こうして近くで見るのは初めてだ。

 その名の通り、なんともまぁ真っ白なISだこと。

 名は体を表すとはよく言ったもんだけど、そのまんまじゃないか。

 本当に…本当に……。

 

(なんて汚いISなんだ。真っ黒な我欲に塗れた汚物の塊のようなISだ。こうして見ているだけでも反吐が出る。彼は気が付いているのか? 君が身に着けているソレは紛れもない糞だ。糞の化身だ。私なら、そんな物を与えられそうになったら迷わず拳銃で自分の頭をぶち抜くよ)

 

 どうしよう。久し振りに本気で後悔してるかもしれない。

 こんなん近づけただけで『欲深な金牛』が発動するレベルじゃん。

 発動通り越して暴走までする勢いじゃん。

 下手すれば『偽りの黒羊』まで同時発動しちゃうよ?

 私が『夢見る双魚』を持ってなければ、この場でゲロ吐いてたかもしれないレベルで気持ち悪い。

 

「ど…どうしたんだ?」

「別に。それよりも、早く試合を始めようか」

「そ…そうだな」

 

 彼が手元に一本の近接ブレードを展開する。

 成る程、あれが噂に聞く『雪片弐式』か。

 で、あれからエネルギー対消滅刃『零落白夜』が発動する訳か。

 あんな危険な代物を嬉々として扱うだなんて、彼は大量殺人鬼志望なのかな?

 もしそうだったら、良い知り合いを紹介するんだが。

 

「そっちは何も装備しないのか?」

「生憎と、この『ターミナス303』は基本的にバックパックにある固定武装しかないんだ。拡張領域はあるから追加で装備することは可能だけどね。こんな風に」

 

 証拠を見せる為に、拡張領域から二丁の片手用マシンガンを両手に展開する。

 こいつの性能的にも、コレ系の武装が一番効果的だ。

 

「…そろそろかな」

「何がだよ」

 

 彼の言葉を無視して首だけ後ろに振り向くと、アリーナの壁面から沢山のドローンが出現してきた。

 それはまるで羽虫のように空中にて散開し、あっという間に私達の周囲はドローンで一杯になった。

 

「こ…これなんだよっ!?」

「訓練用のドローンだよ。まだ使ったこと無いのかい?」

「は…始めて見た……」

 

 どうやら、あの取り巻き達と一緒にいる事で『一人で訓練をする』という習慣が無いようだ。

 類は友を呼ぶとはよく言ったものだ。

 

「け…けど、これじゃあ試合の邪魔になるだろ」

「おや。私は一言も『普通の試合をする』だなんて言った覚えはないが?」

「えぇっ!? じゃあ、今から何をする気なんだよッ!?」

「的当てゲームさ」

「的当てゲーム?」

「そ。今からあのドローンを私達で潰していく。一体に付き一点。制限時間5分の間にどれだけ倒せるかを競うんだ。簡単だろ?」

 

 これなら、普通に試合をするよりもずっと早くに終わらせられる。

 やりたくも無い事は、とっとと終わらせるに限る。

 ターミナス303の性能を見ることが第一目的なら、普通の試合をする必要性は皆無なのだから。

 

「ちょ…待ってくれよ! 俺にはこの雪片しかないんだぞっ!? どう考えたってコッチの方が不利じゃねぇか!」

「そうかな? 自慢の機動性と運動性を駆使すれば、そこまで問題視するような事ではないと思うけど? それでも納得が出来ないのであれば、私からハンデをあげようじゃないか。そうだな……私も近接武器しか使わない、もしくはこの場から一歩も動かないというのはどうだろうか? あぁ、その剣で私の腹をバッサリと斬り裂くってのもいいな。他には……」

「もういい! ハンデはいらねぇっ!」

「…本当にいいのかい?」

「当たり前だ! 男に二言はねぇ! そもそも、男が女にハンデを貰うとかカッコ悪くてできるかよ!」

「……そーか」

 

 姉が姉なら、弟も弟…か。

 道理で、吐き気を催す程に気持ち悪いISに乗っていても平気な訳だ。

 いや…違うな。そうじゃない。汚いのはISと操縦者の両方だ。

 相乗効果で最低最悪な事になってるんだ。

 

「では、私は本気を出してもいいという事でいいんだね?」

「おう!」

「了解だ。それじゃあ、遠慮なく行かせて貰おう」

 

 ちゃんと本人の証言も取れたし、誰も文句は無い筈だ。

 なら…久し振りに本気でやりますか。

 今日が私の命日になるかもしれないけど。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 しまったと思った。やっちまったと後悔した。

 だが、もう全てが遅かった。

 

「そこ」

 

 千影の駆るターミナス303の乗るボードが空中に緑色の軌跡を描きながらステージを彩り、その巨大なバックパックから放たれる二種類のレーザーが次々とドローンを破壊していく。

 

「冗談だろ…どうしてあんな動きが出来るんだよ……」

 

 一夏の五メートル前ぐらいで急上昇し、そこから逆さまになりながら二門のロングレンジレーザー砲を発射し、それが複数のドローンを一気に貫通し破壊する。

 かと思えば、そのまま急加速の後に生きているかのように曲がりくねった細いレーザーが8本同時に発射され、縦横無尽に動き回った末にそれぞれが一撃でドローンを撃墜していく。

 更には、通り過ぎる際に両腕部にある固定されている近接用ブレードを振るって切り裂いていく。

 一夏の真上で両手に持ったマシンガンのトリガーを引きっぱなしにした状態で回転し、複数の爆発音と共に数多くのドローンが粉々になっていく。

 

 圧倒的だった。全てにおいて相手の方が何枚も上手だった。

 候補生でもないのに、こんなにも凄い人物が同じクラスにいただなんて全く知らなかった。

 

「ほ…呆けてる場合じゃなかった! 俺もやらないと!」

 

 我に返った一夏が、偶然にも目の前にいたドローンに向かって斬り掛かる。

 だが、その直線的な動きは簡単に避けられ、小馬鹿にするようにして去っていく。

 

「くそっ! なんで当たらないんだよ!!」

 

 自棄になって雪片を振るうと、それが奇跡的に近くにいたドローンに当たって壊れた。

 

「や…やった! これで5体目…だよな?」

 

 これで5体目…ではない。まだたったの5体目だ。

 一方の千影は、もう何体破壊したかは分からない程にスコアを稼いでいる。

 もしも、これが通常形式の試合だったらどうなっていたか。

 流石の一夏も、容易に想像が出来てしまった。

 

「勝てない……実力が違い過ぎる……」

 

 これまでも格上の相手と試合をしてきて、辛うじてではあるが勝利を収めてきた。

 自分は強くなっていると、確実に実力が付いていると、そう思っていた。

 けど、それは間違いだった。そもそも、少し前までド素人だった人間が、たかが数ヶ月の経験だけでプロに追従しようという考え自体が間違っていたのだ。

 これまでの勝利は単なる偶然。相手が自分を侮っていた結果。

 頭ではそれを否定したくても、目の前の現実がそれを肯定する。

 

「そーれっと」

 

 ターミナスがステージ全体を周回するかのように大きく動き回り、残される緑色の軌跡が美しく場を染めていく。

 ステージの一番上にて激しく縦回転をし、テール側(後方)に力を込める。

 左手でボードのサイドエッジを掴み、右手と右腕で細かくバランス調整を行う。

 

「すげぇ…」

 

 テール側に重心を置き、またもや縦回転。

 ボードが千影の真上に来た瞬間、全ての重心をボードの中央に寄せた。

 そこから更なる回転を加え、ノーズ側(前方)に重心を移動させる。

 

「こ…こっちに来るっ!?」

 

 縦回転を終えてから、そのまま凄まじい速度で急降下しながらボードのエッジと二種類のレーザーで次々と残りのドローンを蹴散らしていく。

 最後にターンを決めてつつエッジで最後のドローンを破壊した直後、時間切れとなってアリーナ内にブザーが鳴った。

 

「うーん…5.5?」

「いやいやいや! どう考えても10点満点だろッ!?」

「そっか。まぁ、どうでもいいや。それよりもスコアを見てみようじゃないか」

「見るまでも無いだろ……」

 

 子供でも分かるレベルで勝敗は明らか。

 だけど、反射的に目はスコアボードになっている電光掲示板に向いてしまう。

 

「……え?」

 

 【皇千影95】【織斑一夏500】

 

「ど…どういうことだ?」

「おや。言ってなかったかな? 君は一機破壊するごとに100点入るようになっているんだよ。つまり、この勝負は君の勝ちだ。良かったね。おめでとう」

「ちょ…ちょい待ち! なんでそうなるんだよっ!? おかしいだろっ!?」

「どこが?」

「全部だよ! どうして俺だけがそんな……」

「そんな事はどうでもいいだろう? それよりも、とっとと戻ったらどうだい? 君の大好きなお姉さんや、取り巻きの女の子たちが君の勝利を祝福してくれている筈だよ」

 

 それだけを言って、千影は自分の出てきたピットへと戻って行った。

 残されたのは、訳も分からないままに勝者となった一夏のみだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ゆめみるそうぎょはゆめをみる。えいえんにおわらないゆめをみる。

ゆめみるそうぎょはゆめをみる。くつうとぜつぼうときょむのゆめをみる。

ゆめみるそうぎょはゆめをみる。ゆめみるそうぎょはゆめをみる。

ゆめみるそうぎょは……。


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ぼっちがーる

ゆめみるそうぎょはなにもしない。やってもむだだからなにもしない。

いつもはおわったらけしちゃうけど、こんかいはほんとうにいみがない。

なんにもなんにもしなくても、どうせすぐになにもなくなる。

ひとも、どうぶつも、いきとしいけるものはみんないなくなる。

ゆめみるそうぎょはなにもしない。しなくてもいいからなにもしない。

なんにもせずにおぼえていることが、やつらにとってのばつになる。

さいごのさいごにこうかいして、ぜつぼうのふちにしずんでいく。

はめつのかねはなりひびく。せかいじゅうでなりひびく。

それにきづかずひとはおどる。あくまのちからによろこびおどる。

ゆめみるそうぎょはなにもしない。ばかはしんでもなおらないから。


【民名書房刊『ゆめみるそうぎょはなにもしない』】から抜粋。






 いきなり始まった『的当てゲーム』という名の試合が始まり、そしてあっという間に終了した。

 時間にして僅か5分程度の出来事なのだが、実際に試合をやっている一夏や、それを見ている者達にとってはその何倍もの時間に感じられた。

 

「な…なんだあれは……」

 

 目の前で繰り広げられた圧倒的なまでの蹂躙劇に、箒は大きく目を見開きながら体を震わせる。

 自分と同い年の少女が、あんな異次元の動きをやってみせたのだ。

 彼女でなくても同じようなリアクションは取ってしまうだろう。

 だが、専用気持ち達は彼女とは別の意味で驚愕していた。

 

「的当てゲームって…なんなのよマジで……」

「間違いないよ…皇さんは、デビルフィッシュの性能を100%…いや、120%引き出せている…!」

「あれは…『偏光制御射撃(フレキシブル)』…!? どうして彼女がアレを…!?」

瞬時加速(イグニッション・ブースト)無しであの加速と運動性か…成る程な。『薬』無しでは乗る事も許されないのも納得がいく性能だ…」

 

 勝負の勝ち負けよりも、デビルフィッシュが見せつけた性能に戦々恐々する。

 通常のISは愚か、並の専用機でも追従は不可能な程の加速度。

 それを操る千影の能力と合わせて、間違いなく彼女こそが一年最強の専用機持ちだと誰もが嫌でも理解した。

 

「織斑先生……」

「分かっている。もしも本当に『投与』した状態で動いていたのならば、皇の身が危険だ。今すぐでも向かわなくては…」

 

 心配そうにこちらを見る真耶に力強く頷く千冬。

 どれだけ嫌われていようとも、もう関係ない。

 そんな悠長な事を言ってられる状況では無いからだ。

 

「山田先生。ここは頼みます。私は……」

 

 千冬が向かい側のピットへ行こうとした時、一夏が無言でピットへと戻ってきた。

 その表情は暗く、一言も発さない。

 

「…………」

「ど…どうした一夏…?」

「負けた…負けたよ……」

「え?」

「何が『一機倒すごとに100点入る』だよ…ふざけんなよ……」

「一夏……」

 

 確かにスコア上では一夏は勝利している。

 だが、それは間違いなく仕組まれた勝負。

 最初から自分が勝つことが決まっていた出来レース。

 こんな事で勝ったとしても、一夏は微塵も嬉しくは無かった。

 

「ドローンの数は100機。で、一夏は一機倒すごとに100点入る…ね。それってつまり…」

「この勝負、皇さんが勝つには一夏に何もさせない状態で全てのドローンを撃破する必要があった…」

「たった五分の間でしたけど…ハッキリと理解出来ましたわ。その気になれば、余裕でそれぐらいは出来たであろうと…」

「それを敢えてしなかったのは、一夏に勝たせる為…か」

「…………」

 

 すぐ傍で候補生達が冷静に今回の事を分析し話し合う。

 それを横で聞いていた一夏は、ISを解除しながら悔しさで拳を握りしめていた。

 

「…私は今から皇の所に行ってくる。織斑、お前は着替えたら帰って構わん」

「あぁ……」

 

 姉の言葉にも空返事。

 だが、今は落ち込んでいる弟に構っている暇はない。

 自分のクラスの生徒が本当に命の危機かもしれないのだ。

 

「わ…私達も行きますわ!」

「流石に、多少なりとも事情を知っている身としては、このまま放っては置けないでしょ!」

「そうだね。このままじゃ皇さんが危険だよ」

「軍人として、ここで棒立ちをしているわけにはいかん…か」

「…好きにしろ。何を言われても知らんがな」

「「「「はい!」」」」

 

 そうして、千冬を先頭にして、セシリア達も一緒に向かい側にピットに急ぐ事になった。

 残されたのは、真耶と箒と一夏だけ。

 だが、場には物凄く重苦しい空気が漂っていた。

 

「……着替えてくる」

「あ…あぁ……」

 

 今までにない落ち込みように、箒と真耶は互いに顔を合わせて困り果てるのだった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 試合という名のお遊びを終えて、私は急いでピットへと戻ってきた。

 もう正直、複数の意味で体が限界に来ていたからだ。

 

「解……除……」

 

 頭の中で思考するのもキツかったので、声に出してから機体を解除することに。

 本当は声を出す事さえも相当にキツかったけど、背に腹は代えられない。

 

「ぁ……」

 

 ターミナスを解除した途端、着地に失敗してその場に倒れ込んでしまった。

 どうしよう……めっちゃしんどくて眠たい…。

 いつもながら、薬の効果は絶大だな…。

 

「ぐ…ぅぅ……」

 

 全身の力を振り絞ってから辛うじて立ち上がろうとするが、それでも四つん這いになるのが精一杯。

 今の私は間違いなく『生まれたての小鹿』だな。

 

(あ……こんな時になんでか『夢見る双魚』のスフィア・アクトが少しだけ発動した…)

 

 …ヤバいな。よりにもよって、今一番来てほしくない連中がこっちにやって来ようとしてる。

 急いで立ち上がってから着替えて、早く部屋に戻らないと……。

 

「皇!! 大丈夫か!?」

 

 …来たよ。あー…もう…なんでこうなるんだよ……。

 

「おい! しっかりしろ!!」

「あれ…だけ言われて…どうして…戻ってきたんだよ……」

「私が一組の担任で、お前が一組の生徒だからだ」

「くだらない……」

 

 本当に嘘を付くことが好きな女だな…こいつは。

 心配そうな芝居までして…どれだけ媚を売りたいんだ。

 

 だが、担任の肩を掴む事でやっと両足で立ち上がる事が出来た。

 ここまで来れば、後はもう更衣室まで行くだけだ。

 

「ちょ…あんたねぇ!」

「いいんだ凰! いいんだ……」

「織斑先生……」

 

 なんだ…? このツインテールの小娘は…。

 どこかで見た事があるような気がするが…上手く思い出せない。

 

「足元がふらついているぞ。どら、肩を貸してやろう」

「触るな……」

「なに?」

 

 私の身体に触れてこようとしてきた銀髪眼帯女を手で払う。

 力が入らないから、物凄くゆっくりだったけど。

 

「わ…私達はあなたの事が心配で!」

「嘘を…つくなよ…」

「え?」

 

 イギリスのお嬢様が何か言ってるけど、お前達の魂胆は分かってるんだ。

 あぁ…見える見える。こいつらからもよく見えるよ。

 真っ黒でドロドロな欲望が。

 

「…惚れた男への点数稼ぎに…私の命を利用しようとするな……」

「ぼ…僕達は別にそんなつもりじゃ……」

「うるさいな……そこをどけよ…フランス人……」

 

 男装フランス女が『まるで自分達こそが被害者です』って顔をしながらこっちを見ているが、その態度こそがお前達の性根の表れだ。

 

 私は知っている。本当に誰かを心配している者は、余計な事なんて言わずに手を差し伸べてくれるんだ。

 言葉じゃなく、行動で示してくれるんだよ。

 それなのに、お前達は何だ? 少し何かを言われた程度で引きやがって。

 別に死ぬこと自体は全く怖くはないが、こいつらの道具にされるのだけはまっぴら御免だ。

 私の命の使い方は私が決める。いつだってそうしてきたんだ。

 どんな世界に転生しても、私は私自身が納得した死に方をしてきた。

 お前達なんかに利用されてたまるか。

 

「ハァ…ハァ…ハァ……」

 

 あと…少し……あと少しで…着く…。

 

「よし…!」

 

 更衣室の扉が自動で開き、私は流れ込むようにして中へと入る。

 扉が閉まってから、私は誰も見ていないのをいい事に這い蹲るようにしてから自分の着替えが入っているロッカーへと進んでいく。

 我ながら本当にみっともないとは思うが、薬の影響で四肢が思うように動いてくれないのだから仕方がない。

 

(最後の力を振り絞れ…私…!)

 

 ロッカーに手を付きながら立ち上がり、震える手で開けてから着替えを取り出す。

 別に制服自体はISスーツの上から着れば問題無いので、このまま着替える事に。

 それ以前に、もう私にはスーツを脱ぐほどの気力が残されていないんだけど。

 

(ボタン一つ閉めるのも一苦労…か)

 

 一つ一つ確実にボタンを閉めていき、10分以上掛けてようやく着替え終えた。

 本当に厄介だよ…ターミナスはさ…。

 薬の効果自体はそこまで長引かない。元より『搭乗時のみの効果』に限定してあるから。

 だからと言って、すぐに無くなるって訳でもないが。

 降りてからも暫くは効果が持続するので、それが本当の勝負だ。

 あぁ…一刻も早く自分の部屋に戻ってから、ベッドの上で寝たい…。

 

「あ…ぅ……」

 

 制服に着替えるので残る力を使い果たしてしまったのか、私はそのまま後ろにあった長椅子に倒れ込んでしまった。

 その勢いで横になってしまい、そこで凄まじい睡魔が襲ってくる。

 

(まだだ……まだ…私は……)

 

 ここで諦めたら、それこそ奴らの思う壺だ。それだけは絶対に許容できない。

 なに…一休みして薬が抜けさえすれば、後はどうにでもなる…。

 正真正銘、今の自分の最後の力を振り絞ってから立ち上がり、更衣室の出入り口まで向かう。

 前までならば、とっくの昔に意識が混濁してダウンしている所だが、ここまで体を動かせるのは恐らく私の身体が薬に慣れてきたんだろうな…。

 それでも苦しい事には変わりないんだけど。

 

(全身がピリピリする…。神経覚醒剤の影響か……)

 

 半ば転がるようにして出入り口のドアへとぶつかっていき、私の身体が触れる直前に自動で開いてくれた。

 そのお蔭で私は難なくアリーナの廊下へと出る事が出来たが、勢い余って壁へとぶつかった所で本気の限界がやってきてしまった。

 

(は…やく…へや…に…かえ…って……)

 

 そこで、私の意識は真っ暗になった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 副担任と一緒に残されてしまい、どうすればいいのか分からずにいた箒であったが、真耶の『篠ノ之さんも戻っていいですよ』の一言に救われ、皆を追いかける為に廊下へと出ていた。

 

「更衣室には一夏はいなかったな。もう寮へと戻ってしまったんだろうか…」

 

 一人寂しくトボトボと廊下を歩いていると、いきなり近くにあった扉が開いて、そこから一人の少女が倒れ込むようにして出てきた。

 基本的に一夏と取り巻きの少女達以外とはあまり交流が無い箒は、当然のようにその少女が今回の一夏の対戦相手である千影であるとは分からない。

 

「お…おい!? しっかりしろ! 大丈夫かっ!?」

 

 急いで駆け寄って体を揺らしながら話しかけるが、全く返事が無い。

 この様子からして無視をされている訳ではないと察した箒は、急いで彼女の体を抱き上げる。

 その際に千影の目が固く閉ざされているのに気が付き、彼女が気を失っていることが分かった。

 

「これは…本当に大変なのではないかッ!? まずは先生達に…って、そんな暇はない! こんな所で気を失うという事は、それだけの事があったという証拠…! 急いで保健室に連れて行かなくては!」

 

 千影の事をお姫様抱っこしてから、保健室まで走っていく。

 本当ならば廊下を走るなど論外だが、今は緊急時という事で許して貰おう。

 

(こいつ…軽い? いや…軽すぎる(・・・・)? ちゃんと食事をしているのか?)

 

 千影の異常なまでの体重の軽さに疑問を覚えながらも、何も知らない箒は彼女を保健室まで運んで行くのだった。

 

 

  



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ほけんしつのおねえさん

この世界で私はずっと一人だと思っていた。

一人の方がずっと気楽でいられるからだ。

けど…ダメだった。

どんなに割り切っても、どんなに覚悟を決めても。

一人ぼっちは嫌だ。孤独は嫌だ。

どんなに多くの世界に転生しても、私一人じゃ何もできない。

友達が欲しい。仲間が欲しい。誰かと一緒にいたい。

けど、同時に怖くもある。恐れがある。

勇気と無謀は紙一重。

君は、私に勇気をくれる存在になってくれるのかな?





 千影によって完全拒絶されてしまった千冬と候補生達。

 罵倒とはまた違う言葉を受け、呆然と立ち尽くしていた。

 

「惚れた男への点数稼ぎに私の命を利用しようとするな…か」

「傍から見たら、あたし達ってそんな風に見られてたのかしらね……」

 

 まるで、千影の台詞が他の生徒達の総意であるように聞こえ、四人共が黙り込んでしまう。

 そうではないと否定をするのは簡単だが、彼女達は分かっていた。

 心のどこかにそんな風な思いが僅かでもあった事を。

 

「皇さん…本当に苦しそうにしてましたわね……」

「それは当然だろう。デビルフィッシュに搭乗するには、一般的にも非合法とされている薬物を注射することが必須事項とされているのだからな」

 

 呪われし白銀の悪魔を乗りこなすには、搭乗者にもそれ相応の覚悟と代価が必要となる。

 それを聞けば、誰もが顔を顰める筈なのに、彼女は何の躊躇いも無くそれをこなす。

 通常ならば絶対に考えられない事だった。

 

「どうして、あんなにもあたし達を拒絶するのかしら……」

「確かにボクたちと彼女は殆どが初対面みたいなものだけど、だからと言って…」

 

 鈴たちは理解していなかった。第三者から見た自分達がどんな風に映っているかを。

 いつも学園唯一の男子にベッタリである光景を見て、他の女子達は好印象を抱く筈がない。

 それどころか、周囲からやっかみを受けても不思議ではない。

 だが、彼女達はそれに気が付かない。

 一夏と一緒にいる事が自分達にとっては当たり前であり、同時に自分達こそが一夏に最も相応しいと無意識下で強く思い込んでいるから。

 

「ある意味、皇の言葉は真理かもしれんな……」

「「「「え?」」」」

「いい機会だから、偶にはお前達も周りの声に耳を傾けてみろ。そうすれば、アイツがどうしてあんな事を言ったのかが理解出来る筈だ」

「「「「………」」」」

 

 千冬から指摘を受け、四人は遂に黙り込んでしまう。

 しかし千冬は気が付いていない。

 あの言葉は自分にも向けられていた事を。

 だからこそ、己は千影から微塵も信頼なんてされないという事を。

 千冬もまた信じ込んでいた。

 自分は教師だから。担任だから、いつかはきっと心を開いてくれると。

 その考え自体が根本的に間違っている事も知らずに。

 

「…行くぞ」

「行くって……」

「どこに?」

「決まっている。皇の元へだ。あんな状態で寮に無事にたどり着けるわけがないだろう。必ずどこかで倒れているに違いない。多少強引にでも、アイツの事を保護しなくては……」

 

 呆然とする候補生達を尻目に、千冬は一人で歩き出す。

 どうして彼女にそこまで拘るのかは本人にも分らない。

 だが、なんでか助けないといけないような気がするのだ。

 彼女がその理由を知るのは、全てが手遅れになってからであるが。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 アリーナの廊下のど真ん中に倒れていた千影を抱きかかえた状態で保健室までやって来た箒。

 以前にも何回か来たことがあるので、辿り着くこと自体は難なく出来た。

 だが、問題はここからだった。

 

「この状態では扉が開けられない…!」

 

 両手で千影の体を抱きかかえているので、どうしても両手が塞がってしまっているのだ。

 かといって、病人(?)である彼女を一時的とはいえ床に置くなど論外な訳で。

 

「くぅぅ…仕方があるまい。今はこいつを休ませることが先決。それに、誰も見ていないんだから問題はあるまい」

 

 足を使ってドアをこじ開けようと試みた…瞬間、いきなり中から扉が開いた。

 

「そんな所で何をやっているのかしら?」

「え?」

 

 現れたのは、白衣を着た銀髪の美女。

 格好からして保健の先生であることは間違いなさそうだが、ここで箒の頭にある疑問が過る。

 

(IS学園の保健の先生って…こんな人物だったか?)

 

 今にして思えば、今までに一度も保健室にて先生らしき人物と遭遇していない。

 単純にタイミングが悪かったのか、それとも自分が忘れているだけなのかは不明だが、少なくともこのような人物は今までに一度もIS学園内で見かけたことが無い。

 

「…もしかして怪我人…じゃなさそうね。病人?」

「そ…そうなんです! アリーナの廊下で倒れていて、それで……」

「はいはい。詳しい事情なら後で聞くから、まずはその子をベットに寝かせなきゃ。こっちに来て頂戴」

「わ…分かりました」

 

 怪しい人物ではあるが、今はそんな事を言っている場合ではない。

 言われるがまま、箒は千影をベットまで運んで、そのまま静かに寝かせた。

 

「これでよし…と。ご苦労様」

「いえ……」

「それじゃ、この子が寝ている間にまずは軽く検査してみないとね。悪いけど、少しだけ廊下に出てて貰えるかしら?」

「ここにいてはダメなのですか?」

「あら。堅物そうに見えて意外と大胆なのね。同い年の女の子の裸をみたいだなんて。それとも、ソッチ系の趣味でもあるかしら?」

「ち…違います!」

 

 顔を真っ赤にしながら必死に否定をし、箒は素直に廊下に出て行った。

 それを見ながら彼女はクスクスと口を押さえて笑っていた。

 

「可愛い女の子をからかうのは面白いわね。それにしても……」

 

 眼下で静かに寝ている千影を見て、そっとその額に触れる。

 その顔は先程までとは違い、優しさに満ちていた。

 

「どの世界に転生しても、やってる事は何も変わらないのですね…マスター」

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 誰かが自分に触れる感触で、私の意識が浮上する。

 未だに重たい瞼を僅かに持ち上げてから周囲を確認すると、視線の先に物凄く見た事がある銀髪の美女がいた事で一気に覚醒した。

 

「あら。お目覚めですかマスター?」

「…なんで君がここにいるのかな? カレン・C・オルテンシア」

「さぁ? どうしてでしょうね?」

 

 彼女の名は『カレン・C・オルテンシア』

 嘗て私がカルデアのある世界に転生をした際に契約をしたルーラーの疑似サーヴァントだ。

 見た目はその名の通り可憐な女の子だが、その中身は冗談抜きの鬼畜。

 真面目と不真面目を光の速さで往復しているので、常にカルデアにいる全てのサーヴァントが振り回されている。

 その主な犠牲者は子ギルくんとクー・フーリンの兄貴だが。

 特に、キャスニキにはめっちゃマウントを取ってくる。

 ケルトの大英雄も彼女の前では形無しだ。

 

「…深く聞かない方が良さそうだね」

「流石は私の愛するマスター。賢明な判断ですわ」

「まだ意識が朦朧としている時に初耳な台詞を言わないでくれるかな」

 

 薬の影響で碌に体が動かない状態だというのに、本気で背筋がぞっとした。

 これはきっと本能的な物だろう。きっとそうだ。

 

「…ところでここは?」

「IS学園の保健室です。マスターは黒い髪のポニーテールの女の子に抱えられてきたのです」

 

 黒髪でポニーテール……あぁ…彼女か。

 少なくとも、私の記憶の中でその条件に該当する人物は一人しかいない。

 

「随分と心配していたみたいですよ? もしかして……」

「カレンが考えているような事は無いよ。彼女は間違いなく赤の他人さ」

「ふーん…」

 

 絶対に信じてないな。それどころか、何か面白いものを見つけた目をしている。

 こんな時の彼女には絶対に関わらないのが吉なのだが……。

 

「にしても、なんで保健室の先生?」

「似合いませんか?」

「私の中じゃ、こんな場所に相応しいのはナイチンゲールやアスクレピオスとかだから、ぶっちゃけ違和感しかない…と言いたいけど、どうして普通に馴染んでるんだ?」

「白衣です」

「は?」

「白衣パワーです。眼鏡もあれば完璧ですね」

 

 彼女と普通の会話をしようと思った自分が間違いだった。

 

「にしても、よく私の事が分かったね。あの頃とは性別以外は何もかもが変わっている筈だが……」

「姿形がどれだけ変わっても、魂の色だけは変えようがありませんから。普通の人間達ならばいざ知らず、私達には通用しませんよ」

「…それもそうか」

 

 サーヴァントには下手な誤魔化しは通用しない…か。

 伊達に人類史に刻まれてはいないって事だな。

 

「それはそうとマスター」

「なんだい?」

「どうして、そんなこと(・・・・・)になってるんですか?」

 

 私の身体を指差して、カレンが怪訝そうな顔をして呟く。

 彼女の疑問は御尤もだ。他の奴等はともかく、彼女にならば話してもいいだろう。

 この世界における私の『真実』を。

 どうせ、嘘なんかついてもすぐにバレるに決まってるし。

 

「話せば長くなるんだけど……」

「では省略してください」

「…容赦ないな。これでも、本当にヤバい状態なんだが」

「自業自得です」

「それを言われたら何も言い返せない……」

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「…という訳さ」

「成る程」

 

 文字通り、この世界の私について何もかもを話した。

 この体の『誕生』から今現在に至るまで。

 そして、専用機と『薬』についても。

 

「マスター」

「なんだい」

「その超不幸体質、いい加減にどうにかなりませんか?」

「私に言われても」

 

 どうにか出来れば誰も苦労しない。

 私だって、普通に生きて普通に死ねればどれだけ満足か。

 

「あんまりこんな事は言いたく無ないですけど、このままだとマスター…確実に死にますよ? 外的要因ではなくて、完全完璧に自分のせいで」

「分かっているよ。自分の寿命があと僅かだってことぐらいは。けど、私にとっては些細な問題に過ぎない」

「無限の転生を繰り返している貴女にとってはそうかもしれませんが、周囲の者達にとってはそうではないでしょう?」

「その為に『夢見る双魚』があるんだよ」

「至高神ソルの欠片にして、マスターの魂と融合しているスフィアとかいう物体の事ですか」

「今はターミナスのコアとなっているけどね」

 

 この世界で死んだら、機体から離れてまた私の中へと戻ってくるのだろう。

 これだけしつこいと、逆に愛着も湧いてきてしまうのはなんでだろう。

 

「私が死んだら、夢見る双魚の第二の反作用で全てがリセットされる。だから気にする必要は皆無だよ」

「私達の記憶は変わっていませんが?」

「それは単純に、私がスフィアを手に入れたのが『あの世界』から消えた後だからだよ」

 

 私が人理焼却の世界に転生したのは…いつ頃だったかな?

 ハッキリと覚えている部分もあれば、曖昧な部分もあるからな。

 

「それはそうとカレン。話は変わるんだが…」

「どうしました?」

「君はちゃんと免許とかは持っているのか?」

「……怪我なんて、適当に薬でも塗って包帯を巻いとけばなんとかなりますよ」

「アスクレピオスとナイチンゲールに土下座して謝れ」

 

 医療行為を完全に舐めきっている…。

 もしも重症患者とかが来たらどうする気だ?

 

「もうそろそろ、廊下にいる彼女を呼ばないといけませんね」

「話を逸らすな。こっちを見ろ」

 

 私の言葉を無視して扉へと向かっていきやがった。

 本当ならば肩でも掴んで止めたいが、今の衰弱しきった私では立ち上がる事は愚か指一本動かす事すら困難だ。

 

「ちゃんとお礼を言わないとダメですよ?」

「それは彼女次第かな」

「相変わらず捻くれてますね」

「ブーメランだと言っておこう」

 

 そうこう言っている内に扉は開かれ、私を運んできた少女…篠ノ之箒が入ってきた。

 さぁて、どんな理由で私を保健室まで連れてきたのか。

 ちゃんと話して貰おうか。内容次第じゃ…すぐに出て行って貰う事になるが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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はじめてのありがとう

 カレンが私を此処まで運んできたという少女…篠ノ之箒を保健室の中へと入れてきた。

 

 篠ノ之箒……ISを世に放った張本人である自称天才科学者である篠ノ之束の実の妹だ。

 確かに優れた頭脳を持ってはいるのだろうが、残念ながら私は彼女以上の頭脳を持っている者達なんて星の数ほど知っている。

 寧ろ、私から言わせれば同じ天才科学者でも彼女は下から数えた方が良いレベルに存在している。

 特に、彼女の狂った性格がその存在価値の低さを助長していた。

 

(さて…自称天才の狂人の妹君はどんな人物なんだろうね?)

 

 同じクラスに所属はしていても、常に遠目からチラッと見るだけで会話は愚か近づいたことすらない。

 『触らぬ神に祟りなし』精神でこちらから接近を避けていたのもあるが。

 

「目が…覚めたんだな」

「お蔭様でね。と言っても、まだ完全回復という訳ではないが」

「そ…そうなのか?」

「首から下が全く動かない。ついでに言うと、まだ目が霞んで眠気も酷い」

「全然大丈夫じゃないじゃないか」

「そうなるね」

 

 正直な話、今にも意識が持っていかれそうになっているが、今後の為にも彼女からは私と接触した時の事を聞いておかないといけない。

 これぐらいの苦痛、これまでにも幾度となく経験してきた。

 我慢しようと思えばなんとでもなる。

 

「話は聞いたよ。どうやら、君が保健室まで私を運んでくれたらしいね」

「あぁ…。アリーナの廊下で気を失って倒れているお前を見た時は、本気で血の気が引いたぞ。あの時のお前は息も絶え絶えな状態だったんだぞ?」

「そうか……」

 

 あの時は頭が上手く働かなくて感情的になってしまったが、こうしてベッドに寝ている今ならば冷静に考える事が出来る。

 たった五分の稼働であそこまで疲弊するとは…乗り始めた頃に比べて、今の私は相当に衰弱してしまっているようだ。

 どうせ後が無い人生なのならば、いっそのこと思い切った事をするのもいいのかもしれない。

 確実に大幅に余命を削る事にはなるが。

 

「廊下で待っている間ずっと考えていたんだが…お前が皇千影なのか?」

「そうだけど…分かってなかったのかい?」

「同じクラスとはいえ、交流が全く無かったからな」

「交流したくても、させてくれない雰囲気を醸し出していたからね」

「うぐ…!」

 

 言葉に詰まるな。多少は自覚があったって事でいいのか?

 

「私もお前と一夏の試合…というか、ゲームをピットで見ていたが…」

「ふーん。彼の雄姿に惚れ直したのかな?」

「茶化すな。私が気になっているのは、お前の専用機の事だ」

「私の専用機?」

 

 なんでまたそんな物を気にする?

 あれか? 姉と自分は関係ないと言いつつも、やっぱり他人のISは気になるという事か?

 

「セシリア達が言っていた。お前の専用機は呪われたモンスターマシンだと」

「モンスターマシン…ね」

 

 言い得て妙だが、ターミナス303を一言で言い表すには最も適切な言葉だな。

 仮にも代表候補生ならば、訓練課程で303の事を教えられていても不思議ではないか。

 実際、アレは普通にISの教本などにも普通に記載されている程に有名な機体だしな。

 

「最初は意味が分からなかった。コイツは何を言っているんだと」

「だろうね」

「だが、お前のステージでの動きを見て少しだけ考えが変わった。空中をまるで踊るかのように縦横無尽に駆け抜ける姿は、どう考えてもお前の実力と機体の性能が飛びぬけている事を理解させたからだ」

 

 …過大な評価だな。私自身はどこまで行っても凡人の粋は抜けられない。

 ドーピングをしてから、自分の身体を対価にして無理矢理に力を引き出しているに過ぎない。

 

「私は絶対にあんな動きは出来ない。正直…羨ましかった」

「こんな私のそんな事を言って貰えるだなんて光栄の極みだね」

「茶化すなと言った」

「茶化してないよ。嘘偽りのない私の本心さ」

 

 そう言えば、さっきからカレンはずっと黙ってる…って、なんか椅子に座りながらこっちを見てるし。

 口を手で押さえて…もしかして笑いを堪えてる?

 

「だが、今はもうそんな気持ちは完全に失せている。廊下で倒れていたお前を見てからな」

「あらら」

 

 それは残念。私の評価なんて所詮、たった数秒で覆る程度の物に過ぎないのさ。

 

「どうして、お前があんな場所で倒れていたのかは私には分からない。だが、予想は出来る。あの機体が原因なのだろう?」

「どうして、そう思うんだい?」

「…セシリア達は代表候補生だ。そんな奴らが本気で顔を顰めて呪われているISなんて事を言い出すなんて普通じゃ考えられん。となると、お前のあの『デビルフィッシュ』とかいうのは、それ程までに危険なISという事になる。違うか?」

 

 …成る程。中々に鋭い推理だ。結構やるじゃないか。

 もうちょっと体育会系だと思っていたが、意外と頭は回るようだ。

 

「それを聞いてどうする?」

「…分からない。だが、どうしても聞いておかないといけないような気がするんだ」

 

 直感…って訳か。流石は剣道少女…ってか。

 

「…私の口から聞くよりも、我等が担任様やお友達の候補生達に聞いた方が良いよ。当事者の口から聞くよりも分かり易い筈だ。それに…」

「それに?」

「自分の不幸自慢をして同情を誘うような趣味は無いんでね」

 

 本当は、自分の口から説明するのが単純に面倒くさいから。

 仮に知った所で何も変わりはしないんだけどな。

 

「今度はこちらから質問をしてもいいかな?」

「あぁ」

「…どうして、私の事を助けたのかな? 他の女達と同様に、惚れた男への点数稼ぎ?」

「ほ…惚れ…! どうしてそこで一夏の名前が出てくるっ!?」

「私は一言も『織斑一夏』だなんて言ってはいないけど?」

「うっ……」

 

 私は全く嵌めるつもりはないのに、どうして自ら落とし穴に全力疾走するの?

 

「…私は別に邪な考えでお前を助けたつもりはない」

「ではなんで?」

「自分でも分からん。ただ、倒れているお前を見た時、咄嗟に体が動いたんだ」

 

 ……嘘はついてない…みたいだな。

 彼女からも多少の欲望のようなものは感じるが、それとは別の何かもあるようだ。

 

「あの時、とっくに一夏は着替えて帰っていた。いない相手への得点稼ぎなんて意味が無いだろう?」

「御尤も。だが、他の連中は違ったみたいだけど?」

「なんだと?」

「私がISから降りた直後、担任や専用気持ち達が駆け付けたんだが、アイツ等からは邪な考えが丸分りだった。恐らく、私を自分達の手で助けた後、それを彼に報告してから褒めて貰おうって算段じゃなかったのかな?」

「どうして、そんな事が分かる?」

「あの時…意識が朦朧としている私に奴らは近づこうとしてきた。本当に助ける気持ちがあるのならば、こっちの意志なんて無視して抱え上げることぐらいすれば良かったんだ。だが、アイツ等はそれをしなかった。呑気に声を掛けてきて、私が何かを言うとすぐに引っ込む。それで理解してしまったんだよ。あぁ…こいつらの本当の目的は私を助ける事じゃないなって」

「…………」

 

 あの時の状況を私の視点で話すと、篠ノ之さんは悲痛な顔で額を押さえた。

 

「…すまない。あいつらにも悪気は無かったと思うんだが……」

「悪気があった方がまだマシだね。彼女達の場合は、それすらも無かった。どこまでも私を利用する事しか考えてなかった」

 

 教師が教師なら生徒も生徒だ。

 今更ながら、クラスで壁を作っていて大正解だったな。

 下手に関わり合いになると絶対に碌な事にはなってない。

 

「私を見つけた時、君はどうした?」

「まずはお前の元に駆け寄り、すぐに体を抱きかかえてから意識の確認をした。お前の安否が最優先だったからな」

「それが普通なんだよ。怪我人や病人の事を本当に気遣うのならば、こちらの意志よりも、相手の体の状態を最も優先するべきなんだ。後でどれだけ文句を言われる事になったとしても、それで相手が助かるのならば迷わずにそうするべきなんだ。図らずも、君がしたことは最も正しかった」

「…他の事を考える余裕が無かっただけだ」

 

 あぁ…今、分かった。

 彼女は『不器用』なんだ。

 人間なのだから、人並みに欲望なども持ち合わせているが、それと自分の善意を結びつけることが出来ないんだ。

 欲望に走る時も、己の善意を発揮する時も真っ直ぐで、そこに他の余計な考えを介入させる事が出来ない。

 篠ノ之箒は不器用だ。良い意味で不器用だ。

 もしも彼女が悪しき道に走れば、それこそ取り返しのつかない事になっていたかもしれないが、この分だとそれは無さそうだ。

 

「今に至るまでの過程はどうあれ、君が私の恩人であることには違いない。お礼を言わせてくれ。本当にありがとう」

「と…当然の事をしたまでだ」

 

 おやおや。もしかして照れているのかな?

 無愛想な少女だと思っていたが、意外と可愛い一面もあるじゃないか。

 

(あれ? もしかして私…IS学園に入学してから初めて誰かに『ありがとう』って言った?)

 

 だとしたら、なんと記念すべき日か。

 よもや、この世界で死ぬ前に誰かに礼を言える日が来るとは思わなかった。

 

「どうやら、君は私が想像していたような人物じゃないようだ」

「私はどんな風に見られていたんだ?」

「口よりも手が先に出るタイプ。少なくとも、周囲の女子達はそんな風に想っているみたいだよ?」

「…否定したいが、できない…」

 

 余り良い事とは言えないが、そんな性格だからこそ裏表がないとも言える。

 だからこそ信頼に値するのかもしれない。

 

「気にすることは無いよ。それもまた君の魅力なんだから」

「み…みりょ…!?」

「少なくとも、私はそんな篠ノ之さんに助けられた。出来れば、これからも真っ直ぐな心の君でいて欲しいな」

「…どうして、お前はそんな歯が浮くようなセリフが言えるんだ」

「篠ノ之さんを信頼しているから…かな」

「信頼……」

 

 言葉ではなく行動で自分の心を示す。

 簡単なようで最も難しいそれを普通に出来る彼女は本当に凄いと思う。

 

「…君がこんな人物だと分っていたら、もっと早くに自分から声を掛けるべきだったな。そうすれば『友達』になれたかもしれないのに……」

「別に今からでもいいだろう?」

「え?」

 

 今からでも…いい?

 

「友になるのに今も昔も関係ないと思うが? なりたいと思った時になればいいんじゃないのか?」

「はは…君の言う通りだ。まさか、今になってまた新しく学ぶことがあるとはね……」

 

 本当に…彼女の言葉は真理を突くな。

 真っ直ぐ過ぎて羨ましく思ってしまうほどに。

 

「隠し事だらけで何もかもが壊れている、こんな私だけど…友達になってくれるかい?」

「勿論だ。経緯はどうあれ、こうして関わってしまった以上、私ももうお前の事を他人とは思えない。こんな私であれば喜んで」

「ありがとう…」

 

 震える腕を必死に動かし、手をシーツの外に出して握手を求める。

 彼女もそれをすぐに察してくれて、私の弱々しい手を優しく握ってくれた。

 

「箒って…呼んでもいいかな?」

「ならば、お前の事も千影と呼ばせて貰おう」

「ふふ…誰かに名前で呼ばれるのなんて初めてかもしれないね……」

 

 どれだけ転生を繰り返しても、やっぱり私は孤独には勝てないようだ。

 覚悟は決めた。決意も固めた。だが、それでも人は一人では生きてはいけない。

 これは理屈じゃない。言葉で言っても分からない事だ。

 それでも、また転生したら私はまず一人でいようとするんだろうな…。

 一番のバカなのは私なのかもしれない…。

 

「私はそろそろ行く。今は兎に角、休む事だけを考えてくれ」

「お言葉に甘えてそうさせて貰うよ。また明日」

「あぁ。また明日」

 

 手を離し、篠ノ之さん…じゃなくて、箒が保健室から去っていく。

 部屋を出る前にもちゃんと手を振ってくれた。

 …誰かがいなくなって寂しいと思うのも、この世界じゃ初めてかもな……。

 

「どうやら、心配するような事は無かったみたいですねマスター?」

「私の目もまだまだ節穴だったって事さ」

 

 今までずっと傍観していたカレンがこっちにやって来て、明らかなニヤニヤ顔で私の事を見てくる。

 マジでもう寝てやろうか。今ならば、目を瞑っただけで寝れる自信がある。

 

(あ……)

 

 ここでまた夢見る双魚のスフィア・アクトが地味に発動しやがった。

 誰かが保健室にやって来ようとしてる。これは……。

 

「はぁ……」

「どうしました? 何か厄介な物でも見えたんですか?」

「うん…見えたよ。それも、とびっきり厄介な物がね」

「それは大変」

 

 顔を言葉が全く合ってないぞ。口を押さえてるが、その下じゃ普通に笑ってるだろ。

 それを無視して私がジーっと扉の方を見ていると、そこからある人物が入ってきた。

 

「こんな所にいたのか…皇」

 

 我等が担任様のご登場だ。

 さっきまでのいい気分が一発で台無しだよ。

 

 

 



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だいきらい

 この世界に転生してから初めての友達が出来た次の瞬間、一番会いたくない人物がやって来てしまった。

 上げてから下げるとか、どれだけこの世界の運命は私の事を苦しめたいのだろうか。

 

「マスター。この女性は?」

「我等が担任様だよ」

「あぁ…彼女が」

 

 カレンが一体いつからIS学園にいたのかは知らないが、それでも彼女の事は知っているらしい。

 いや…色んな意味で有名人だから、例え知らなくてもネットとかを見ればすぐに分かってしまうか。

 

「…お前は誰だ?」

「あら。人に名前を聞く時には、まずは自分から名乗るものだと親から習わなかったのかしら? それとも、ブリュンヒルデ様ともなれば自分が法律でそんなのは関係ないって事? マスター、この人最高ですね」

「…………」

 

 カレンの奴…絶対に分かってて言ってるだろ。

 この姉弟には親なんて存在していない事を。

 ここで重要なのは『消えた』ではなく『いない』ということだ。

 この違いは非常に大きい。

 

「…織斑千冬だ。一年一組の担任をしている」

「知ってまーす」

「ぐっ…!」

 

 出逢って数秒でもう立場を確定させた。

 この女の煽り耐性が低いってもあるが。

 

「私はカレン・C・オルテンシア。この保健室を任されている者よ」

「なに?」

 

 ここで疑問を持つのも当然の事。

 絶対にこいつ、なんらかの方法で強引に介入してきてるし。

 

(こいつが保健教員だと? そもそも、こんな奴はIS学園に存在していたか? 少なくとも私は一度も見た事は無いが……)

 

 深く気にしたら負けだ。

 ここは『あっそ』程度に構えていた方が楽なのだ。

 

「ところで、その織斑先生がこんな所に何の御用かしら? 今はこの通り、病人がいるんですけど?」

「その病人に会いに来たんだ」

「どうして?」

「私がそいつの担任だからだ」

「……だ、そうですけど?」

 

 私に振るな。私に。

 折角、このままカレンがこいつを追い払ってくれると期待をしたんだけど…。

 冷静に考えて、こいつがそんな事をする筈ないか。

 

「横暴だね」

「なんだと?」

「担任なら、生徒のプライベートを犯してもいいと? なんて素晴らしい先生様なんだろう。聞いたかカレン? この女は『担任だから』という下らない理由で私の休息を荒らそうとしているぞ?」

「まぁ…やっぱり彼女は最高ですね。年端もいかない子供達が苦しむのを見て愉悦に浸るだなんて…私、この人とお友達になれそうです」

「ち…違う!! 私はそんなつもりじゃ……」

「「保健室で大声出さない」」

「す…すまない……」

 

 遂には常識すら守らなくなったか。素敵過ぎだな。

 

「私がお前の最も嫌いな部分がそれだよ。大人だから、担任だからなんて理由を振りかざせば、自分の言い分は絶対に通ると確信している。そこにブリュンヒルデという要素を加えればもう完璧だ。一瞬でお前の周囲はブリュンヒルデの信望者で包まれる」

「そんな…ことは……」

「無いとは言わせない。事実、今までずっとお前はそうしてきたじゃないか」

「さっき『担任だから』とかって言ってましたけど、それって逆に考えれば担任じゃなかったら心配すらしなかったって事よね?」

「…………」

 

 だんまりか。それは私の言っている事を肯定したって事と同義だ。

 

「そもそもの話、お前は仕事に私情を出し過ぎてる。まず、そこにどんな事情があったとしても、姉が担任をしているクラスに弟が生徒として入るなんて普通じゃ有り得ない。その有り得ない事をご自慢の『ブリュンヒルデパワー』でごり押したわけだ。アンタならば上層部にも顔が効くだろうしね」

「あらあら。私も人並みに教師という職業の事は存じているつもりですけど、ここまで堂々と職権乱用する人は初めてだわ」

「あれは…学園側が勝手に……」

「お前も立派な学園側でしょうが。それも、かなり深い所にいる」

 

 他人事みたいに言うんじゃないよ。本気でふざけてるな。

 

「私がアンタを信用できない要素はそれだけじゃない。弟君のISがすぐに用意されたこともおかしい要素ばかりだ」

「どういう意味だ…」

「言わないと分らないのなら言ってあげるよ。ISの専用機ってのはそう簡単に準備が出来るもんじゃない。それこそ、入念に整備や調整を重ねて初めて稼働できる状態になる。最低でも半年ぐらいは時間が掛かっても不思議じゃないにも拘らず、どうして彼がISを動かしてから僅かな間に専用機が用意されたんだい?」

「せ…政府が……」

「ふーん。政府の連中はずっと前から彼がISを動かせるって知ってたというのかい?」

「そ…そうじゃない! 白式はあいつらが……」

 

 またもや大声を出した。

 私達が揃って睨み付けると、いつもの強気がどこかに消えて萎縮してしまった。

 

「大方、親友の『兎さん』にでもお願いしたんじゃないかな? 彼女なら、アンタの頼みごとなら何でも聞いてくれるだろうし」

「束は…関係ない……」

「嘘ばっかり。今までで一番下手な嘘だな」

 

 あ~…なんか話している内に目が冴えてきてしまった。

 まだ体の方は辛いし、眠気の方もこの後にはすぐに襲ってくるだろうけど、今はなんでか大丈夫っぽい。

 

「というか、最初からおかしいんだよ」

「最初からとはどういう意味ですか、マスター?」

「本来ならば女しか動かせないものを、どうしてか動かせてしまった男子……三流ラノベの導入部みたいだって思わないかい?」

「あぁ~…つまり、マスターはこう仰りたいのですね? 最初から全てが仕組まれていたと」

「その通り。状況がおかしすぎるんだよ。彼が言うには、受験会場で道に迷って、その結果としてISに触って動かしてしまったらしいけど…それって絶対におかしいでしょ。私も当時、あの受験会場にはいたんだけど、お世辞にもあそこは迷うような建物じゃなかった。誰だって簡単に道を覚えられるような構造になっていたよ。にも拘らず、彼は道に迷ってしまった。それは何故か?」

「誰かさんが意図的に彼を迷わせたとしか考えられませんね。誰とは言いませんけど」

「…………」

 

 担任様は俯いたまま私とカレンの考察を聞いていた。

 ああして『自分は被害者です。何も悪くありません』って顔をしていればこの場を乗り切れると本気で思っているのなら、もう同情の余地すら生まれなくなる。

 

「更に、機密の塊であるISが無造作に放置されていた挙句、誰でも簡単に触れるような形になっていた。普通ならば警備員の一人や二人ぐらい配置しているぐらいが普通なのに」

「まるで『遠慮なく触ってください』と言っているようですね」

「実際にそう言ってたんだよ。だって、そのISはいつでも動かせる状態にあったらしいからね。最悪の場合、誰かに盗まれる可能性だってあるにも拘らず…だ」

「それって確実に、ターゲットを一人に絞ってますね」

「間違いなくね。そして、実際に会場でそんな芸当が出来て、尚且つ理由があるのはたった一人しかいない」

 

 二人でその『下手人』を見ると、彼女は俯きながら静かに呟いた。

 

「私が…やったと言いたいのか……」

「言いたい、じゃなくてそう言ってるんだよ。当時から学園の教師をしていて、尚且つ学年主任までやっていたんだ。当然のように合同受験会場にも足を運んでいただろうな」

「確かに、私もあの時は会場にいた…だが、私はやっていない。やる理由も無い」

「理由ならあるだろう。他人にとってはどうでもよく、お前にとっては重要な事が」

「なんだそれは?」

「まだしらばっくれる気? ここまで行くともう呆れを通り越して苦笑いすら出なくなる。そんなに私の口から言わせたいのならば言ってあげるよ」

 

 少しだけ動くようになった体の体勢を変えて、彼女の方に全身を向かせた。

 こうすれば少しは首が楽になる。

 

「今までずっと離れ離れになっていた大事な弟君とずっと一緒にいる為さ。違うかい?」

「た…確かに一夏は大切だが…その為にそんな事は…」

「『そんな事はしない』…とは言わせない。今更そんな事を言っても説得力が皆無だからだ。クラス配置に専用機、彼が自由にアリーナを使えるようにしているのもアンタの仕業なんだろう? もうここまで身内贔屓をしていると立派だとさえ思えてくる」

 

 そのせいで他の生徒達は大変な目に遭っているというのに、本当に呑気なもんだ。

 木を見て森を見ずとはまさしくこの事か。

 弟ばかりに目が行って、他の生徒達の事は視界にすら入れようとしない。

 適当に名前だけを憶えていればいいと思っているんだろ。

 

「しかも、自分の言う事を聞かない生徒がいれば名前と権力で黙らせる。それでも黙らなければ最後は暴力だ。なんてご立派。生徒の目線に全く合わせようとせず、常に上から見下す。自分の意見こそが最も正しいと信じ、それを強引に通らせる。あぁ…なんて素晴らしく我等が先生…か?」

「…………」

「ついでに言えば、私は弟君に激しく同情している。彼こそ正しく自分勝手な大人たちによって人生をメチャクチャにされた最大の犠牲者だ」

 

 確かに私は彼に対して嫌悪感を抱いてはいるが、それとこれとは話が別。

 可哀想だと思っているのはまぎれもない事実だ。

 

「それは私にも分ります。男の身でISを動かしてしまった以上、彼はここを卒業してからも決して気が置けない事になる」

「ど…どういうことだ? お前は何を言っている…?」

「あら、もしかして御理解していない? マスター、この人ご自分が仕出かしてしまった事を欠片も分かっていないようですけど?」

「はぁ……本当に愚かなんだな。まぁ、教員免許なんて持っていない癖に『世界最強だから』って理由で教師になった女に期待なんてするだけ無駄か。カレン」

「フフフ……」

 

 因みに、さっきの教員免許云々の話は私の予想に過ぎない。

 けど、こんな女に教員免許なんて取得できる訳がない。

 それならまだカレンが一組の担任になった方が数倍はマシだ。

 別の意味で壊滅的な事になりそうだけど。

 

「もし仮に何事も無く彼が学園を卒業できたとしても、何も状況は変わらない。いえ、それどころか寧ろ状況は大きく悪化する可能性がある」

「そんな馬鹿な…! 学園でそれ相応の成績を残し、どこかの企業の所属や候補生などになれれば或いは……」

「なんて甘々な考えなんでしょう。いいかしら? どんな成績を残しても、彼が『唯一無二の男性IS操縦者』という事実に変わりは無い。学園に在籍している間は学園側が守ってくれるけど、卒業してしまえばその守りは無い。貴女の後ろ盾だって所詮はハリボテ。時間が経てば経つほど効果は薄くなっていく」

 

 世界最強なんて称号、いつか必ず別の誰かに取って代わられる。

 その前にこの世界が存続しているかどうかも怪しいけどね。

 

「国家や企業が、そんな絶好の実験材料を見逃すと思う? 表向きは友好的に接してきて、実際に所属した瞬間に彼はすぐに解剖実験されるでしょうね。だって、しない理由が無いもの。どこぞの天災の逆鱗が怖くて科学の発展なんて試みないでしょうし、1を後生大事にするぐらいなら、その1を犠牲にして何倍にも増やしていく方がずっと有意義で今後の為にもなる。少なくとも、この『女尊男卑』の世界をどうにかするには彼は必ずどこかで犠牲にならなくてはいけない」

 

 カレンの話を聞き、担任は顔面蒼白になって後ずさりをする。

 ようやく、自分がどれ程の事をしてしまったのかと理解したか。

 

「もしもこのまま彼が誰かに守られたまま今後も生き延び続けたら、男がISを動かしたメカニズムは永久に解明されなくなり、女尊男卑のまま世界は滅びの一途を辿っていくでしょうね」

「そんな風に聞くと、なんだか切嗣を思い出すね」

「衛宮士郎の養父…ですか。確かマスターは第四次聖杯戦争にも参加してたんですよね?」

「まぁね。彼はいつも『100』を守る為に『1』を切り捨てる男だった。今回の場合で言うなら、アイツは微塵も躊躇することなく弟君を差し出すだろうね。それが世界の平和に繋がるのだから」

 

 情に熱く、情に冷たい。

 矛盾の塊みたいな男ではあったけど、私はそんな彼が嫌いじゃなかった。

 あの聖杯戦争に参加したマスターの中で、最も人間らしいと思ったから。

 それとは別にウェイバーも気に入ってはいたけどね。

 未熟な少年の成長物語は見ていて目頭が熱くなった。

 

「織斑一夏は、ISに関わってしまった瞬間にその運命が決まってしまっていた。ISの発展と世の不遇な男達の為に死ぬか、もしくは自分の命を守る為に世界中の人間を見殺しにするか。そこに至るまでの過程は色々とあるだろうが、結末はその二つの内のどちらかだろうね。学園にいるたった三年間じゃ何も変わらない。普通に彼の寿命が三年間延びただけさ。それも、彼が学園内で優秀な成績を残し続けることが大前提になるけど」

「そうですね。もしも在学中に『無能』の烙印を押されてしまったら、幾ら世界最強の弟と言えども世間は容赦しないでしょう。すぐに退学処分になって実験動物まっしぐら」

「常日頃から『誰かを守る』事に異常なまでに固執している彼なら、もしかしたら喜んで我が身を捧げるかもしれないね。だって、自分の命一つで大勢の男達が救われるんだから」

 

 おや? さっきからずっと黙っていると思ったら、頭を抱えて身体を震わせているじゃないか。

 一体どうしてしまったんだろうね? 全て自分の自業自得なのに。

 

「もしかして、先の事なんて全く考えてなかったんじゃないんですか?」

「みたいだね。学園にさえ入ればもう大丈夫、なんて楽観的な考えでいたんだろう。冷静に考えれば、そんなのは単なる先延ばしに過ぎないって分かりそうなもんだけど」

 

 まだまだ言いたい事は色々とあるけど、流石にマジで疲れてきたのでこれで最後にしておくか。

 

「今回の試合、私なりにあなたの意図を汲んだつもりなんだけどね」

「なん…だと…?」

「彼がこれから先も学園に居続けるには、さっきも言った通り優秀な成績を保ち続けないといけない。その為に最も有効な手段は勝ち星を稼ぐ事だ。彼はこれまでにも偶然とはいえ候補生達に勝ってきた。だけど、それだけではまだまだダメだと考えた貴女は、専用機を所持しつつ、まだ碌に試合をしたことが無い私にターゲットを絞った。私をわざと負けさせて彼の踏み台にする為に」

「私は…私はそんな事…考えてなんて……」

「何度同じことを言わせる気? 説得力ないんだよ。弟の為なら他人を平気で犠牲にする女の言葉なんて誰が信じると?」

「違う…そうじゃない…誰も犠牲になんて…!」

 

 …もういい加減、この顔を見るのも嫌になってきたな。

 

「そろそろ本気で出て行ってくれないかな? どうやってここを嗅ぎつけたかは知らないけど、普通に邪魔なんだよ。私のターミナスの事を知っているなら分かってるよね? 今の私がどんな状態なのかを。あ…そっか。私の専用機の事も最初から知って、こうして合法的に殺すつもりだったのか。そっかそっか。それならば納得だ。私はブリュンヒルデの弟君の為の犠牲になるのかー。なんて光栄なんだー」

「殺すつもりなんてあるわけないだろう!! お前の機体がデビルフィッシュだと知ったのもついさっきの事なんだ!!」

「信じられないなー」

「…どうすれば…私はお前から信じて貰えるんだ……」

「どんな事をしても信じないよ。全てが手遅れな上に、アンタは私の最高の時間を汚した。それは決して許される事じゃない」

「最高の時間…だと…?」

「ついさっき、私に初めての友達が出来た。お前達とは違って物事を打算的に考えない女の子だ。そのいい気分のまま眠ろうと思っていた矢先にお前がやって来た。ふざけるなよ。世界最強の肩書を持つ担任ならば、生徒のささやかな幸せすら踏みにじる権利があるって言うのか?」

「そ…そんな事は……」

「どんなつもりであっても、そっちが私の気分を害したのには違いない」

「本当に……済まなかった……」

 

 肩を震わせながら、俯いたままの状態でようやくここから去ってくれた。

 思い切り溜息を吐いてから少しでも気分を落ち着かせようとする。

 

「本当に面白い人でしたね。これからが楽しみになってきました」

「カレン……」

「はい?」

「今から本気で寝る。だからさ……頭…撫でて」

「…いいですよ。今日は本当にお疲れ様でした。ゆっくり眠ってください」

「ん…ありがと」

 

 カレンの手の温かさを感じながら、私は今度こそ瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

 



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ばかばっか

人間関係は何故にこれほど難しいのか。
それは、人間にはもともと社会性が無いからです。



            アルボムッレ・スマナサーラ(スリランカの僧侶)













 千影が保健室に担ぎ込まれた日の夕方。

 時間は6時を回り、寮の食堂では夕食を楽しむ生徒達で賑わっていた。

 

 その一角、いつもならば一夏を中心として一年の専用機持ちが集まっている場所は、今日は何故か誰一人として喋ろうとしない。

 集まってはいるが、普段とは明らかに様子がおかしい。

 まず、一夏がこの場にいない。

 部屋にいるのか、それとも別の場所にいるのかは定かではないが、とにかく彼は食堂には来ていなかった。

 

「「「「…………」」」」

 

 もう一つは、専用気持ち全員の表情が暗すぎる事だ。

 セシリア。鈴。シャルロット。ラウラ。

 四人共が無言で食事を口に運び続けている。

 そこに、そんな彼女達の事情なんて全く知らない少女がいつものように近寄ってきた。

 

「待たせて済まない…って、お前達どうした? 様子が変だぞ?」

「箒さん……」

 

 まるで幽鬼のような動きで箒の事を見るセシリアだったが、すぐに視線を戻して食事を続ける。

 小首を傾げつつも、自分の食事が載ったトレーを置いてから空いた席に座る。

 手を合わせて『いただきます』と言ってから少し遅れた夕食を開始した。

 

「そういえば一夏の奴がいないな。どこに行ったんだ?」

「一夏なら部屋にいるわ。今日は余り食欲が無いんですって」

「食欲が無い? 珍しい事もあるもんだ」

 

 箒から見ても、明らかに試合後の一夏の様子はおかしかったが、だからといってそれと夕食を抜くことが彼女の中では繋がらず、すぐに気にしなくなってから食事を再開する。

 

「それよりも千影から聞いたぞ。お前達、どうしてアイツを本気で助けてやろうとしなかったんだ?」

「…ちょい待ち。なんで箒があの子の事を普通に名前で呼んでるのよ?」

「ん? 友達を名前で呼ぶのに理由が必要か?」

「「「「友達ッ!?」」」」

 

 箒の口から放たれたまさかの発言に、ようやく四人は大きな声を出した。

 そのお蔭で食堂にいる全ての生徒達から一気に注目を浴びる事となったが。

 

「ど…どういう事だっ!? どうしてそんな事になっているッ!? 何か特別な事でもしたのかッ!?」

「別にこれと言った事はしていない。アリーナの廊下で倒れていた千影を抱えて保健室まで連れて行った。それだけだ」

「保健室に……」

「連れて行っただけ……」

「そうだ。で、色々と話をしているうちに向こうから『友達になれたらよかったのに』と言ってきたので、私は『今からでも友達になればいい』と答えたんだ」

 

 実直な性格をしている箒は、お世辞にも友達作りがあまり上手とは言えない。

 だが、そんな彼女だからこそ千影は心を開いたとも言える。

 そんな事も分からない四人は只々、呆然とするだけだった。

 

「それよりも、さっきの事を聞かせろ。お前達はあの時、真っ先に織斑先生と一緒に千影の元に向かった筈だ。そこで何があった?」

「それは……」

 

 全員が話しにくそうにしている中、意を決してシャルロットが代表して話し出す。

 あの時、自分達と千影との間にあった会話の内容を。

 それを聞き、箒は呆れたように溜息を零した。

 

「はぁ~…。私も余り良くは分からないが、千影は他人の感情の機微などに異常に敏感なようだ。だからこそ、お前達の中にあった『打算的な考え』にもすぐに気が付いたんだろうさ」

「かも…しれないね。言われてみれば確かに、あの時の僕達には少なからず邪な考えがあったのかもしれない……」

「そう…ですわね。人命が掛かっている状況にも拘らず、私達は心のどこかで『彼女を助ければ一夏さんに』…なんてことを無意識の内に思っていたのかもしれません……」

 

 セシリアに至ってはそれだけではない。

 ゲーム中、千影が見せた高等技術『偏光制御射撃(フレキシブル)』。

 どれだけ鍛錬を積んでも一向に習得の兆しさえ見えない技を、彼女は目の前で易々と使ってみせた。

 それで思ってしまったのだ。

 『ここで彼女を助ければ、その恩に乗じて色々と教えて貰えるかもしれない』と。

 流石に今ではそれは間違いであったと気が付いている。

 例えそこにどんな理由があろうとも、人の命と天秤に掛けるだなんて論外だ。

 

「…軍人として、いや…人として我々は最低の事をしてしまったのだな。自分が情けない……」

「そうね…こればっかりは完全にあたし達が悪いわ。専用機がデビルフィッシュだって分かってた時点で、一番辛いのはあいつ自身だって知ってた筈なのに…」

「「「「…………」」」」

 

 『恋は盲目』とはよく言うが、盲目になり過ぎて彼女達は一夏以外には何も見ようとしていなかった。

 実は、ここに来るまでの間に彼女達は千冬に言われた通りに周りの声に密かに耳を傾けながら歩いてきた。

 そこで初めて知ったのだ。自分達が周囲からどんな風に思われていたのかを。

 

『うわ…またあの四人で一緒にいるよ』

『代表候補生だから自分達には織斑君と一緒にいる権利があります~…ってか?』

『確かに候補生だから実力があるのは認めるけどさ~…』

『だからと言って、男子を独占するとか有り得なくね?』

『つーか、普通に織斑君が可哀相。だって、いつもいつもあんな風に引っ付かれてたら、他に友達とか作れないじゃん』

『あれならさ、まだ篠ノ之さんの方がマシだよね』

『かもねー。あの子も相当に特別だけど、専用機が無いから私達目線で物を見てくれるし。話してみると意外といい子だしね』

『ちょっと強気で乱暴な部分もあるけど、専用機連中みたいに私達を見下してないだけずっとマシだと思う』

『ホントそれ。特別なISを持ってるってだけで、それを除けばあたし達と同じじゃん。それなのに、どうしてあんなにも偉そうな訳? 意味不明なんですけど』

『数人は実際にお金持ちでお嬢様だけどね。それでもさ、ここにいる間は同級生なんだし、私達とも普通に話してくれてもいいと思う』

『あいつらさ、絶対に私達の事なんて眼中にないでしょ。マジで超自己中』

『しかも聞いた? あいつら、普通に校則を破って校舎内で普通にISを展開してるらしいよ?』

『はぁ? ふざけんなし! エリート様は何をやっても許されるっての?』

『織斑先生もイメージとは全然違ったしね~。明らかに身内贔屓してるじゃん』

『うん…なんか普通に幻滅した。もうさ、あの人を見てキャーキャー言ってる子なんて一人もいないよね』

『言う価値も無いしね。少しでもおかしなことをしたら睨み付けたり、出席簿で殴ってくるし。体罰教師とかいつの時代だッつーの。前時代的過ぎ』

『でも、そんな事を言えばタダじゃ済まないし…』

『はぁ…どうして、学校で暴力教師やエリート同級生のご機嫌伺いをしなくちゃいけないのよ……』

『私…IS学園辞めようかな……』

 

 

 これでもまだ少ない方だ。

 実際には、もっと過激な声も多々聞こえてきた。

 本人達は小さな声で話しているのだが、よーく耳を澄ませば簡単に分かる。

 今まではずっと一夏の方ばかり見てきたので分からなかった。

 いや、分かろうとしなかった。

 確かに自分達は候補生になる為に物凄く努力はした。

 だがしかし、それは決して他者を蔑にしていい理由にはなり得ない。

 彼女達は自分達の初恋を大事にする余り、それ以外の事を無下にし過ぎた。

 千影はそれを知っていた。常に背景に溶け込んでいた彼女は、周囲の声を誰よりもよく聞いていた。

 だからこそ、必要以上に彼女達を嫌っている。

 自分の主観と周囲の評価、その両方が全てを物語っていたからだ。

 

「私も他人の事は余り言えないが、それでももう少しは周囲に気を配るべきだったと思う。お前達、ここにいる者達以外に友と呼べる人間は一人でもいるのか?」

 

 箒から指摘されて全員が黙ってしまう。

 特に同じ部屋に住んでいるシャルロットとラウラはとても気まずそうな顔をしていた。

 

「い…一応…ルームメイトのティナとはよく話すけど……」

「その内容は?」

「……一夏の事」

「それ…絶対によく思われてないぞ。寧ろ、呆れられている可能性すらある」

「やっぱ…そうよね…。最近じゃ、殆ど聞き流されてるし…会話の数も減ってきたし……」

 

 手に持った箸でラーメンの麺をかき混ぜながら話す鈴。

 転入したての頃はよく色んな事を話したものだが、クラス対抗戦以降に一夏と仲直りをしてから、ずっと彼の事ばかりを話題にあげてしまい、結果としてルームメイトとは疎遠になってしまっていた。

 特に最近では、そのティナはよく別のクラスの友達の部屋に寝泊まりに行く始末。

 最初は別に何とも思っていなかったが、今にして思えば自分の事を相当にウザがっていたのかもしれない。

 

「セシリアは?」

「ルームメイトの方はいますけど……」

「けど?」

「初日から殆ど会話らしい会話をしてませんわ……」

「だろうな」

 

 セシリアは実家から相当数の私物を持ち込んでいる。

 ベットまで自分用に特別製の物を用意したぐらいだ。

 そのせいで部屋はかなり圧迫され、入学当初のセシリアの態度も相まって、全くもって話をしない。

 今では完全に相手は別の部屋で寝泊まりをするようになり、半ば一人部屋のような状態になっていた。

 

「そ…そういう箒はどうなのよ? 確か、今は別の部屋にいるんでしょ?」

「普通に良好だと思うが? 同じ部屋にいる静寐とは色々と話すしな。お互いに意見を言い合って、時には勉強を教えて貰ったりもしている」

 

 以前は一夏と同じ部屋にいた箒だったが、シャルロットが転入してきたことをきっかけにして別に部屋へと移り、同じクラスの鷹月静寐がルームメイトとなった。

 最初こそは不平不満を言っていた箒であったが、徐々に静寐とも打ち解けあっていき、今では普通に友達とも言えるような間柄になっていた。

 つまり、箒にとって千影は候補生達以外では二人目の同性の友達になる。

 

「別にコミュニケーション能力が低いわけでもあるまいし、その気になれば普通に友達ぐらいできるだろうに。お前達はもっと物事を簡単に考えるようにしたらどうだ?」

「「「「…………」」」」

 

 文字通り、グゥの音も出ない。

 まさか、箒から論破されるとは思っていなかった彼女達は、先程まで以上に顔を伏せてしまった。

 

「箒さんは…皇さんを助けようとした時、何も思わなかったんですの?」

「これは千影にも言ったのだが、あの時は余計な事を考えているような心の余裕が無かった。目の前で息も絶え絶えな状態で倒れている同級生がいるんだぞ? まずは相手の体を第一に考えるべきじゃないのか?」

「完全完璧にその通りよ……」

「何もかも箒が正しいよ……」

 

 落ち込みに落ち込みを重ね、遂には彼女達の食事をする手が止まってしまう。

 鈴の注文したラーメンは半ば伸びかけていた。

 

「そうだ。実はお前達に聞きたい事があるんだった」

「聞きたい事…?」

「あぁ」

 

 手に持っていた茶碗を置き、別の器を持って味噌汁を流し込む。

 

「デビルフィッシュ…だったか? 千影の専用機について教えて欲しい。あいつがあんなにも苦しそうにしていた理由をどうしても知っておきたいんだ」

 

 それは好奇心から出た言葉ではない。

 純粋に千影の事を心から心配しているが故に聞きたいのだ。

 少しでも、彼女の助けになりたいから。

 

 

 

 

 

 




バカだからこそ語れる真実って、いっぱいあるんだ。


                   漫画家 赤塚不二夫




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ぎんいろのあくま

世界は苦しい事でいっぱいだけれども、それに打ち克つ事にも溢れている。



                             ヘレン・ケラー


 箒の突然の一言に、その場にいた全員が渋い顔になる。

 それもその筈。彼女が知りたいと言った『デビルフィッシュ』は、本人が想像しているよりもずっと恐ろしく、悍ましいISだからだ。

 それを知っているからこそ、同時にISの危険性も知る事になるのだが。

 

「ど…どうした? 急に黙り込んで…」

「ううん…なんでもないわ。そうよね…あの子の友達だってんなら…箒だけは知っておくべきよね……」

「そうだね…もしかしたら、いざって時に皇さんを止められるかもしれないし」

 

 なんだか想像していた状況とは全く違うことに、箒は初めて戸惑う顔を見せた。

 流石に気楽に話せる内容ではないとは思っていたが、まさかここまでの表情をさせるほどの事だとは思わなかった。

 

「皇千影の専用機…正式名称を『ターミナスtype B303』というのだが、これはISに関わる者ならば誰もが知っているレベルで非常に危険なISだとされている」

「そ…そうなのか…?」

「えぇ…凄腕の操縦者たちでも手におえない程の代物で、イタリアにある『トレゾア技研』と呼ばれる施設で厳重に保管、封印をされていた筈なのですが……」

「それが何故か千影の専用機になっている…か」

 

 どうしてそんな事になっているのか。

 それだけは全く分らなかった。

 確実に『裏』で何かがあったとしか思えないが、そうなると千影の素性自体が怪しくなってくるので、ここでは敢えて口にしなかった。

 

「お前達が呼んでいる『デビルフィッシュ』とはなんなんだ?」

「あれは、あの機体の開発コードなのよ。恐らく、余りにも危険すぎたが故にそんな名前を付けられたんでしょうね」

 

 白銀の装甲を持つ真紅の目をした悪魔。

 デビルフィッシュの特徴を一発で言い表す言葉だった。

 

「そもそも、あの機体はIS開発史の黎明期における『負の遺産』とされているのよ」

「負の遺産…か」

「あれが生み出されたのは、ISの時代が第二世代から第三世代に移り変わり始める頃だったとされている」

「つまり、デビルフィッシュはこの世界で一番最初に産み出された第三世代型ISなんだよ」

 

 それは、人類がIS開発の袋小路に立たされた時。

 生半可な事では壁を越えられないと知った人類は、自らの意志で『禁忌の扉』を開いてしまった。 

 

「まず、大前提としてデビルフィッシュには私達の専用機や他のISのような『リミッター』が備えられていないのですわ」

「リミッターが無い…だと? そんな馬鹿な。殆どのISには競技用のリミッターがあると授業で言っていたではないか」

「その通りだ。その情報自体は何も間違ってはいない。だが、逆に考えてみてくれ。競技用のリミッターが無いという事は……」

「千影のISは…競技用として開発されていない……?」

 

 箒の呟きに、四人全員が揃って頷いた。

 

「リミッターが無いのに加え、あれには本格的にISが普及し始めた頃に産み出された初期型の非常に危険性が高いPICが標準装備されてるのよ」

「当時はまだISに関する技術のノウハウが未熟過ぎたからね。これまでには無かった未知なる機械を簡単な情報だけで生み出そうとしてたんだから無理も無いけど……」

 

 ある意味、この中では最もISと関わりが深いシャルロットが言うと、他の者達以上の説得力があった。

 

「そのお蔭で現代のISでは考えられない程の超絶的な機動性と運動性を獲得できたのですけど……」

「その代償もまた大きい…か?」

 

 箒は思い出す。

 自分と『友達になりたい』と言ってくれた少女が、目の前で倒れていた光景を。

 震える手で己の手を握り、心から嬉しそうにしていた彼女の事を。

 

「…箒さん。これから言う事は他言無用でお願いしますわ。皇さんの為にも」

「わ…分かった」

 

 セシリアから念押しされ、箒は恐る恐る頷いた。

 それを確認してから彼女はゆっくりと口を開く。

 

「デビルフィッシュに搭乗するには…過度の神経系の薬物…俗に言う『覚醒剤』と『強制睡眠促進剤』の投与が絶対とされていますの」

「なん…だと…!?」

 

 口を開けたまま絶句する箒。

 覚醒剤を打つという事が何を意味しているのか、それが分らないような子供ではない。

 同時に、どうして彼女達がデビルフィッシュの事をあれ程までに危険視していたのかもようやく理解した。

 

「圧倒的な力と引き替えに、あの銀の悪魔は操縦者の心身を確実に蝕んでいくんだ……」

「そんな……」

 

 どうして千影が友達を欲しがったのか、その理由がやっと分かった。

 彼女は知っていたのだ。自分の身体がどんな状態なのかを。

 だからこそ他の者達とは一線を引いて生活をしていたが、それでも『友達が欲しい』という気持ちだけは変えられなかった。

 

「あの機体はISのという存在の『負の側面』を象徴する存在として、候補生達は必ず教えられることなの」

「恐らく、まだ他の者達も知らないだけで、二年にもなれば嫌でも教科書に記載されているであろう、あの機体の事を知るだろうな」

「…………」

 

 今度は箒が黙る番だった。

 どうして千影が、あんなにも苦しそうにしていたのか深く考えていなかった。

 心のどこかで楽観視をしていたのかもしれない。

 自分と話している間も、彼女はずっと全身を走る苦痛と闘っていたのだ。

 それを知らないで呑気に話をしていた自分が嫌になる。

 

「噂では、開発中に何人もテストパイロットが死亡したらしいよ……」

「その死因も様々だと聞いている。その操縦ミスによる事故死に、過度な薬物投与による精神崩壊なってから廃人になり、そのまま衰弱死。そして……」

「それ以上は…聞きたくない…」

「あ……済まなかった」

 

 これからの千影の未来を示唆しているかのようは発言をしてしまい、ラウラはハッとなってから遅れて謝罪した。

 

「千影は…どうなんだ……」

「それについては何も分かりませんわ。ただ……」

「ただ…なんだ?」

「あの方はデビルフィッシュの能力を完全に引き出していた。それは即ち、相当なまでの訓練と実戦を行ってきたというなによりの証拠。そこから導き出されるのは……」

「最低でも年単位で乗り続けた…ということか……」

 

 それは同時に、そんなにも長い間に渡って自分の身体に薬を打ち続けたという事になる。

 あの銀色のISは、まるで悪魔との契約のように、その強大な力と引き換えに操縦者である千影の命の灯を消そうとしている。

 

「もしかして、千影が実技の授業やイベントに一切参加しなかったのも……」

「皇さんの専用機がデビルフィッシュだったことで納得できるね。授業やイベントで毎回毎回デビルフィッシュに乗り続けてたら、それこそ命が幾つあっても足りないよ…」

「操縦者殺しのIS…だから『呪われたモンスターマシン』…か」

 

 『呪われた』…なんて仰々しい事を言い出した時は大袈裟だと思っていたが、決してそんな事は無かった。

 確かにターミナスは呪われている。ISを生み出した、この世界によって呪われている。

 

(姉さん…あなたは、こんな事態になる事すらも想定していたというのか…!)

 

 だとしたら、到底許せることではない。

 実は、千影と出会う前までは自分が専用機を持っていない事を歯がゆく思い、姉に連絡をして自分専用の機体を作って貰ってから一夏や皆と並び立とうと考えていた。

 だが、今は全く考えが変わっていた。

 千景と出会って、箒の考えは劇的に変わっていた。

 まだ出会って間もない少女ではあるが、だからこそ強く刻まれた。

 自分の身を削り、命を削り、それでも空を飛ぼうとしている。

 そんな彼女だからこそ助けたい。守りたい。救いたい。

 力を持つ者としてではなく、千影の『友達』として。

 

(もう専用機なんて欲しくは無い…そんな物では千影は守れない…!)

 

 必要なのは害悪を排除する『力』ではなく、どんなに辛い事があっても常に寄り添い続けて支えとなる『心』。

 不器用で、無愛想な、剣道をするしか能が無い。

 そんな自分と『友達になりたい』と言ってくれた彼女を守りたい。

 ずっと傍に居続けてあげたい。

 

(そうだ! 私が千影を守るんだ! 例え、何があろうとも!!)

 

 力強く拳を握りしめ、先程までの落ち込んだ表情から一変。

 決意に満ちた顔になった箒を見て、四人は呆気にとられる。

 

「あ…あれ? なんか箒…やる気に満ちてない?」

「自分で言うのもアレですけど…あんな話を聞かされれば、普通は激しく落ち込むのでは…?」

「だよね…? あ…あれ?」

「伊達に武道をしていない…ということか。中々の精神力だな」

 

 なんだか色々と言っているが、そんな小難しい事ではない。

 精神構造が単純な箒は、気持ちの切り替えも恐ろしく早かった!

 

(ここで落ち込んでいても過去は変えられない! ならば、これからの事に目を向けるべきだ!)

 

 大きく頷くと、箒は徐にトレーを持ったまま立ち上がり、その場を後にしようとする。

 

「色々と話してくれて感謝する。お蔭で、これから自分がするべき事が見つかった。では、失礼する」

 

 それだけを言い残し、彼女はスタスタと去って行った。

 因みに、話を聞いている最中も律儀に箸だけは動かしていて、ちゃんと全部食べ終えていたのだ。

 残されたのは、ポカーンとした顔をする候補生達だけであった。

 

(箒さんの前向きな所…私も見習わないといけませんわね。こちらも覚悟を決めて、皇さんに謝りましょう。そして……)

 

 密かにセシリアもある事を決意する。

 それがまた、彼女達の関係を動かす事になるとも知らずに。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 一方その頃。保健室。

 

「なんだろう…背筋がいきなりゾクってしたような気が……」

「風邪ですか? それとも虫の知らせかしら? ウフフ……」

 

 本気で眠りに付こうとした瞬間、千影は言い知れないナニカを確かに感じた。

 それが吉兆なのか凶兆なのかは、まだ誰にも分からない。

 どちらにしろ、カレンは全力で楽しむ気満々だが。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 同時刻。学生寮の一夏の部屋。

 

「皇さん…か。マジで凄かったな……」

 

 ベッドの上に寝転がりながら、一夏は先程の『ゲーム』の事を思い出す。

 代表候補生じゃないのに専用機を持ち、更には他を圧倒するかのような動きをしてみせた少女。

 その姿は余りにも鮮烈で眩しく見えた。

 

「俺にも出来るのかな…あんな動きが……」

 

 あの時は、違い過ぎる実力に落ち込みもしたが、こうして時間が経って心が落ち着くと、逆に千影に対する憧れのような物が芽生え始める。

 

「強く……なりたいな……」

 

 その呟きは誰にも聞かれる事無く、静かに部屋の中へと消えていった。

 

 

 

 

 




何かを始めるには、喋るのを止めて行動し始めなければならない。


                       ウォルト・ディズニー


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あおはるかよ

      目標を達成するには、全力で取り組む以外に方法は無い。
      そこに近道は無い。



                        マイケル・ジョーダン





 次の日になり、私はいつものように一組の教室へと向かった。

 朝早くに起きてから寮まで行き、急いで自室にて登校の準備を整えてきたのだ。

 かなりバタバタとしていたが、私の朝食は歩きながらでも普通に食べられるので問題は無い。

 そんな私の朝食は飲む栄養ゼリー(ブルーベリー味』だ。

 適当に選んだのでこれにはなったが、個人的に私が好きな味はリンゴ味やオレンジ味だ。

 

「ち…千影! 大丈夫かっ!?」

 

 教室に入った途端、いきなり箒が心配そうにしながら私の方へと駆け寄ってきた。

 どうやら、中々に私が来なかったから無用の心配させてしまったようだ。

 

「おはよう箒。私なら問題無いよ」

「本当か?」

 

 うーん…そんな風に睨まれると嘘が言えなくなる。

 仕方がない。余り大きな声では言いたくはないが……。

 

「…実を言うと、お世辞に万全とは言い難い。流石に全身の痛みやら視界が霞んだりはしないが、まだ眩暈が起きたりするんだ」

「やっぱりか……一目見て、お前が無理をしている事が丸分りたっだぞ」

「…私ってそんなにも分かり易いかな?」

「あぁ。千影は感情の起伏がそう激しくは無いが、だからこそ少しの変化も捉え易い」

「…流石は私の友達だ。箒には敵わないな」

 

 どうやら、これから先は箒の前で嘘を付いたり強がったりは出来なさそうだ。

 自分を偽る必要が無いのは気楽でいいんだけど。

 

「頼むから…無理だけはしないでくれ。もう二度と…千影の苦しそうな顔は見たくない」

「…善処するよ」

 

 箒には本当に申し訳ないけど、こればっかりは確約できない。

 今朝になってまた『夢見る双魚』のスフィア・アクトが発動して私に少し先の未来を見せてくれた。

 

(暴走する機械天使。それと戦っている白と紅のIS…か)

 

 白い方は間違いなく弟君だろう。

 あの紅色の方は……。

 

(後姿のビジョンしか映らなかったけど、あれは間違いなく箒だ。近い内、確実に彼女は大きな戦いに巻き込まれる。それだけはさせない。絶対にさせない)

 

 生憎と、私は折角できたたった一人の友達が危険に晒されると分っていながらジッとしていられるような物わかりのいい性格はしていない。

 どうにかなるのならば、全力でどうにかする。

 それが私のポリシーだ。

 

「千影? いきなりボーっとしてどうした?」

「いや…なんでもないよ」

「病み上がりでまだキツいのだろう? ほら、お前の席まで一緒に行ってやる」

「ありがとう…」

 

 なんというか…友達というよりは保護者みたいになってきたな。

 それはそれで嬉しいから文句は無いけど。

 

「…お前の専用機についての話をセシリア達から教えて貰った」

「…そっか」

「どうして千影があんなにも危険な機体に乗っているのか…とか疑問はあるが、私はそれについて一切聞かない事にする」

「なんで? 気にはならないのかい?」

「確かに気にはなる。だが、それはきっと千影にとっても触れられたくないような話題だと思ったから…だから我慢する。少なくとも、千影から話してくれるまでは私は何も聞かない」

「全く…君って人は……」

 

 本当に…本当にありがとう…箒。

 君が友達になってくれて心から良かったと思うよ。

 

「だが…もうアレに乗るのだけはやめてくれ。どれだけ強大な力だとしても、その対価が余りにも大き過ぎる。お前だってそれを知っているから、実技の授業やイベントにも参加しなかったんだろう?」

「まぁね。私だって自ら進んで苦しみたいとは思わないさ。何もせずに済めば、それに越したことは無い」

「その言葉を聞いて安心したぞ。ところで朝食はどうした? 今朝は食堂で見かけなかったが……」

「あぁ…それか」

 

 ここは素直に白状した方がいいと私の勘が告げている。

 なので、またもや小声で言う事にしよう。

 

「ターミナスについて聞かされたという事は、その搭乗条件も既に知っているとは思うが……」

「知っている。普通ならば考えられない事だが、お前がアレに乗るにはどうしてもしなければならない…のだろう?」

「その通り。その影響でね…私の身体の中…特にお腹の当たりはもう滅茶苦茶になっていて、それはもう見るも無残な事になっているようなんだ」

「なんだと…!? では、まさか……」

「その『まさか』さ。私はもう皆と同じような普通の食事は出来ない。精々、流動食の類しか体が受け付けなくなっているんだよ」

「それでは栄養が偏るのではないのか…?」

「そこはあれさ。栄養剤なんかでカバーする感じかな。私だってそんな形で栄養を取るのは良くないと重々に承知しているけど、こればかりはどうしようもなくてね……」

 

 許されるのなら、私だって食堂に行って温かい食事を口にしたいけど、したくても出来ない体だからね。

 これだけは本当に残念だと思っているよ。

 お蔭で、入学して未だに私は一度も食堂に行ったことが無い。

 

「…流動食ならば大丈夫なんだな?」

「そうだけど…それがどうかしたのかな?」

「心配はいらない。必ず私がどうにかしてみせる」

「はぁ……」

 

 なんだろうか…この箒の目に宿る炎のようなものは…。

 なんか…燃えてる? けど何に?

 それと、さっきから幾つかの視線を感じるんだが…あいつ等か?

 あれだけ言ってもまだ懲りずに私の事を利用しようと企んでいるのか?

 いつの世も、虚弱な人間ほど強者に利用されていくもの…か。

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 人知れず教室へと入ってきた千影に箒がすぐに気が付き、席に向かいながら色々と話をしている二人に視線を向けている複数の人物がいた。

 

(あれが皇さんの素顔なのか…。あの子のISって全身装甲型だったから試合中は顔が分からなかったんだよな……というか、なんでいつの間にか箒と仲良くなってるの?)

 

 あの試合以降、密かに千影に対して興味を抱き始めた一夏は、降らしの後姿をじっと眺めていた。

 無論、その事に千影はすぐに気が付いたが、別にその視線に反応する義理も無いので普通に無視し続けた。

 

(皇千影さん……我々よりも遥かに上の実力を持つ謎多き専用気持ち…そして、この世で最も危険なISと呼ばれている『デビルフィッシュ』の所有者…)

 

 もう一つの視線の正体はセシリア。

 他の者達以上に彼女は千影の事が気になって仕方が無かった。

 その理由もまた単純明快。

 

(私がどれだけ必死に修練を重ねても会得できなかった『偏光制御射撃(フレキシブル)』をいとも容易く使いこなしてみせた……彼女に師事すれば、もしかしたら……)

 

 それは、実に甘い考え。

 あれだけ全力で拒絶されていたにも拘らず、セシリアは千影と接触することを諦めていない。

 その姿勢だけは立派だが、そもそもの前提条件として相手に嫌われているという事を彼女は完全に失念している。

 千影の好感度が上がらなければ教わるも何も無い。

 

(あの時は色々と言われてしまいましたが、誠心誠意謝罪すればきっと……)

 

 どうして謝りさえすれば全て解決するという短絡的思考になるのか。

 もっと発想を飛躍させない限り、彼女は前には進めない。

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 昼休みになり、私は箒と一緒に屋上に来ていた。

 

「他の子達と一緒じゃなくていいのかい?」

「偶にはこういうのもいいさ。それに、今は少しでも千影の傍にいたいからな」

「そ…そっか」

 

 箒…その台詞、まるで告白みたいに聞こえるよ…?

 その自覚はある…わけないか。

 もしもあるのならば、すぐに顔を真っ赤にしてるだろうし。

 うーん…無自覚なのも考え物だな。

 

 因みに、私の昼食は飲む栄養ゼリー(メロン味)で、箒は購買部で売っていた幕の内弁当だった。

 IS学園は食堂の食事だけでなく、こういった部分にも力を入れているようで、凄くいい匂いがこっちにまで漂ってくる。

 

「なぁ…千影。朝言っていた流動食って、どれぐらいまでなら大丈夫なんだ?」

「そうだな…私が今食べているゼリーやヨーグルトとかならギリギリ大丈夫かな」

「お粥や雑炊などはどうだ?」

「その時の私の調子とご飯のドロドロ具合にもよるな。余りにも固すぎたら多分無理だと思う」

「では、じっくりと煮込めばなんとかなる可能性があるのか……」

 

 なんでそんな事を聞くのか…なんて尋ねたいけど、なんとなく理由は察したのでここは無粋な真似は止めておく。

 箒は箒なりに私の事を気遣ってくれているのがよく分かるから。

 その真っ直ぐな善意を今は味わっておくとしよう。

 

「千影。近いうち必ず、お前に温かい食事を食べさせてやるからな。楽しみに待っていてくれ」

「それは普通に嬉しいけど、箒は料理が出来るのか?」

「一通りはな。千影はどうなんだ?」

「簡素な物ならばなんとか。凝った物は無理かもしれないな」

「なんだか、千影はなんでも卒なく出来そうなイメージがあったから意外だな」

「私にだって得手不得手ぐらいはあるさ。人間だもの」

「その通りだ」

 

 話しながらチューチューやっていると、あっという間に無くなってしまった。

 一人で食べていた頃は長く感じていたけれど…誰かと一緒にいるだけで時間の感覚が一気に変わるもんだ。

 この世界に来て初めて誰かと一緒の食事なんてしたものだから、そんな事すらも忘れかけていた。

 

「では、後は薬を飲んで……」

 

 ポケットから錠剤の入った小物入れを取り出し、さっき買ったミネラルウォーターで一気に流し込んで……ん?

 誰かがこの屋上に上がって来る気配がある?

 

「や…やっと見つけましたわ……」

「お前は……」

「セシリア? なんでここに?」

 

 イギリス代表候補生のセシリア・オルコット。

 入学早々に問題を起こした奴であり、私の中では余り良い印象を持っていない。

 あれだけの事をしたにも関わらず、なぁなぁで全てが終わっている。

 少なくとも、私は彼女からの正式な謝罪を聞いた記憶は無い。

 

「ハァ…ハァ…やっぱり、箒さんも一緒にいましたのね…」

「まぁな。それよりも、鈴たちはどうした? 一緒じゃないのか?」

「今日はそちらの方……皇さんに用事があるのですわ」

「私に?」

「千影に?」

 

 またぞろ碌な事ではなさそうなのは目に見えているが、話ぐらいは聞いてやる。

 私の事を名指ししている以上、それぐらいの事はしてやらねば。

 内容次第じゃ即座に帰って貰うが。

 

「先日の事は本当に申し訳ありませんでした! あの後、箒さんや他の皆さんとも色々と話をして、どうして皇さんが私達をあそこまで拒絶したのかを思い知りました…」

「…そうか。その謝罪は受け取るよ。けど、本題はそれじゃないんだろう?」

「は…はい……」

 

 物凄く気まずそうに眼を逸らしながら、何度か言うか言うまいか迷っている様子。

 けど、覚悟を決めたのか意を決して彼女は口を開いた。

 

「皇千影さん! どうかこのセシリア・オルコットに…偏光制御射撃(フレキシブル)を教えてくださいまし!!」

 

 

 

 

 




          弱い者ほど相手を許す事が出来ない。
          『許す』という事は、強さの証だ。


                           野原ひろし


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だめ。いいよ。

       普通の努力ではチャンスをチャンスと見極められない。
       熱心の上に熱心であることが見極める眼を開く。


                            松下幸之助







 屋上にて箒と一緒に昼食を食べていたら、いきなりそこにセシリア・オルコットがやって来て、なにやら意味不明な事を言い出した。

 思わず、私達は揃って目が点になった。

 

「先日の一夏さんとの試合にて皇さんがお見せした『偏光制御射撃(フレキシブル)』…本当に見事でした」

「…それで?」

「皇さんがご存じかどうかは分かりませんが、私の専用機『ブルー・ティアーズ』もまた、理論上は偏光制御射撃(フレキシブル)を使用可能と言われているのです」

「それはアレかな? ビットから放たれるレーザーを曲げる事が出来る…という事か?」

「その通りですわ。ですが、どれだけ訓練を重ねても、習得の兆候すら見えない始末…。そんな時、貴女が目の前で完璧な偏光制御射撃(フレキシブル)を披露してくれた……」

「だから、私の所に教えを請いに来た…という訳か」

「はい。あんな無礼極まりない事をした上に、いきなりこんな事を言い出す…。好きなだけ恥知らずと罵って頂いて構いません。皇さんにはその資格があります」

 

 …随分と自分を下げてくるじゃないか。

 それだけの謝罪の気持ちと覚悟があるという事なのだろうが……。

 でも、まだ一番肝心な事を聞いていない。

 彼女をどうするかはそれからだ。

 

「…千影。そのフレなんとかがなんなのかは分からないが、これだけ言っているんだから教えてやってもいいんじゃないのか?」

「箒、君には申し訳ないが、まだそれは決められない。彼女にどうしても聞かなければいけない事があるからね」

「「聞かなければいけない事?」」

 

 これは最も重要な事。

 答え次第では、教えてあげる事もやぶさかでもない。

 

「セシリア・オルコット」

「は…はい!」

「私に技術を教えて欲しいという事は、それは即ち強くなりたいと思っている…そうだね?」

「えぇ!」

「では問おう。君はどうして強くなりたいんだ?」

「そんなの…答えは一つしかありませんわ」

 

 ほぅ…聞かせて貰おうじゃないか。

 そんなにも自信満々な君の『答え』とやらを。

 

「代表候補生として国の名誉を守る為。オルコット家の当主としての誇りを守る為ですわ」

「…………そうか」

 

 …少しでも期待をした私がバカだった。

 所詮は彼女も国家の犬…ということか。

 

「悪いが、君に教える事は何も無い。今すぐ消えてくれ」

「ち…千影っ!?」

「そんなっ!?」

 

 箒はともかく、君はそこまで驚くような事か?

 そもそも、どうして最初から自分の願いが通る事を前提にしている?

 私の事を本気で舐めているとしか思えない。

 

「最初は、君の必死さが伝わって『少しぐらいなら』と思っていた」

「ではどうしてっ!?」

「…シャルルマーニュ十二勇士の筆頭騎士ローランがこのような言葉を残している」

 

 さっき飲みそこなった薬をゴクリと飲んでから、彼女の目を真っ直ぐに見た。

 

「『強くなる為に理由など必要ない。何故という言葉は強さを求める為には不純物である』」

「不純…物…」

「そうだ。別に国を守りたい、家を守りたいという意思を否定する気は無い。それはとても立派な事だ。だが……」

 

 目を細くし、睨むように見つめるとセシリア・オルコットは気圧されるかのように後ずさりをした。

 

「それは強くなった後で成すべき事だ。少なくとも、まだ欠片も強くなっていない時に掲げる言葉ではない」

「うっ……!」

「変に目標を設定してしまえば、人はそれをゴールと思ってしまう。他の事ならば別にそれでも構わないが、こと『強さ』を求める時にそれは最大にして最低の枷となる。そのゴールに辿り着いた途端、努力を止めてしまうからだ」

「で…でも! 私は!!」

「代表候補生だから…なんてのは単なる言い訳だよ」

「………」

 

 やっと黙ったか。やれやれ…。

 

「まだ始まってもいないのに色々と言いだしたら、何もかもが中途半端で終わってしまう。それでは強くなるだなんて夢のまた夢だよ。君がまだ見ぬ目標を夢見ながら10歩進んでいる間に、純粋に高みを目指す者達は同じ時間で100歩進んでいる。そして、本当の意味で限界が来るその瞬間まで、歩みを止める事は無いだろう」

 

 強さを求める者達が『目標』に達すれば、その時点で『満足』する。

 その『満足』はやがて『慢心』に変化して、最後には『堕落』していく。

 

「では私は…なんと答えればよかったのですか……」

「それは……」

 

 おっと。ここでまた夢見る双魚のスフィア・アクトがちょっぴり発動。

 また誰かお客さんが来るようだ。

 

「『彼』が教えてくれるよ」

「彼とは…まさか……」

 

 私が屋上に出入り口に目を向けると、箒達もつられるようにして同じ所を見る。

 すると、そこから噂の彼がやって来た。

 

「ここにいたのか……って、なんでセシリアもいるんだ?」

 

 そう。この学園内にて『彼』と呼称される存在は基本的に一人だけ。

 一年一組の象徴的存在である世界最強の暴力教師の弟君だ。

 

「い…一夏さん? それはこちらの台詞ですわ。どうして屋上に…」

「いや…実はさ、皇さんの事を探してたんだよ」

「千影を探していただと?」

 

 おっと。急に箒が鋭い目をし始めたぞ。

 その気持ちは嬉しいけど、流石にまだ早いと思うな。

 

「私に何か御用かな? 弟君」

「弟君って…せめて名字で呼んでくれよ」

「君とはまだそこまで親しいわけじゃないからね。そもそも、会話自体がまだ二回目なのに加え、こうして素顔で話すのなんてこれが初めてじゃないか。私と君はまだ知り合いの域にすら達していない。そんな相手を気軽に名字で呼ぶだなんて無粋な真似は出来ないよ」

「確かに……」

 

 ふむ…矢張り、彼は良くも悪くも素直な性格のようだ。

 まるで、何も書いていない真っ白なキャンパスみたいだな。

 

(近くで見ると…皇さんって綺麗な顔をしてるんだな…。それに、どことなく千冬姉に似てるような気が……)

 

 おや? なんだか弟君にジロジロと見られているね。

 私みたいな貧相な女の何がいいのやら。

 

「おい一夏…幾らお前といえども、千影を変な目で見たら承知せんぞ…!」

「ち…違うって! 別に変な目で見てないから!」

「それじゃあ、どんな目で私を見ていたのかな?」

「いやその…綺麗だな~…とか、意外と小さい体してるんだな~…とか。あ」

「い~ち~か~…!」

「ほ…箒…いや…その…」

 

 おやおや。私が余計な事を言ったせいで箒がプッツンしてしまったみたいだ。

 これに関しては素直に謝ろう。悪かったね弟君。

 

「箒。私の為に怒ってくれるのは嬉しいが、今だけは堪えてくれないか? まずは彼の話を聞かなければ」

「あぁ…そうだな。だが一夏…後で覚えておけよ……」

「ハ…ハイ……」

 

 なんだか、スフィアを使わなくても彼の将来が簡単に想像出来てしまうな。

 もう少し気を付けないと、簡単に詐欺とかに騙されそうだ。

 

「それで弟君…いや、ここは君の不遇さに免じて織斑君と呼ぶとしようか」

「不遇さ……」

 

 別に間違った事は言ってないだろう?

 

「なんだかさっきも同じことを言ったような気がするが、別にいいか。こんな所まで私を探しに来て、一体何の用かな?」

「そうだった! えっと……」

 

 後頭部をポリポリと掻きながら言い淀んでいるが、すぐに覚悟を決めたのか私の顔を見ながらこう言ってきた。

 

「皇さん! 頼む! 俺を鍛えてくれ!!」

「君もか」

「君も…って、まさかセシリアも?」

「そうですわ……」

 

 私と何も接点が無い彼女がいる時点で察する事が出来そうだが…。

 これは取り巻きの子達が苦労するのも頷ける。

 

「では、君にも彼女と同じことを尋ねようか」

「なんだ?」

「織斑一夏くん。君はどうして強くなりたいんだ?」

「俺は……」

 

 彼の普段の言動から考えられる答えは『皆を守る為』とかだろうな。

 もし本当にそうだったら、即座に断るとしよう。

 

「俺にもよく分からないんだ」

「よく分からない?」

「あぁ……皇さんの動きを間近で見てさ…凄いって思った。ISってこんな風に飛ぶことが出来るだって、後で思い返して感動した。終わった直後は普通に実力差が開きすぎてショックだったけど」

 

 私の場合は殆どがズルだしな。憧れられても普通に困る。

 

「なんて言えばいいのかな……上手く言葉に出来ない」

「下手に着飾ろうとせず、君の素直な言葉を言ってくれ。その方が分かり易い」

「そう…だな」

 

 私の一言で気が楽になったのか、彼は急に楽な体勢になった。

 

「多分、俺は皇さんに憧れたんだと思う。憧れて…あんな風になりたいと思った」

「誰かを守る為じゃなくて?」

「いや…うん。確かに俺は誰かを守れるようにはなりたいと思ってる。けど…今回はなんか違う気がするんだよ。なんつーかさ…今はただただ普通に『強くなりたい』と思った」

 

 わぉ…もしかしたらとは思っていたが、まさか本当に言ってくれるとは想像してなかった…。

 これには私も純粋に驚いてるよ……。

 

「強くなりたいと思う…」

「あ~…やっぱダメだな。他にいい言葉が思いつかないや。バカみたいな事しか言えない」

「いや…それでいいんだよ」

 

 呆然とするセシリア・オルコットを放置し、私は立ち上がってから織斑君の手を握った。

 

「ちょ…え?」

「よく言ってくれた。織斑一夏くん…100点の答えだ」

「ってことは……」

「こんな私で良ければ、色々と教えてあげよう」

「マジか! 本当にありがとう!!」

 

 いたた…嬉しいのは分かるが、そんなに強く握りしめないでくれ。

 流石に手が痛いよ…。

 

「セシリア・オルコット。私が言いたかったこと…分かったかな?」

「……………」

「沈黙は肯定だと受け取るよ」

 

 あの表情から察するに、彼女もやっと理解してくれたようだ。

 とはいっても、一度出した言葉を引っ込ませることは出来ないのだけど。

 

「そもそも『順番』が逆なんだよ。『何か』を守る為に『強く』なるんじゃない。『強く』なったからこそ『何か』を守ろうとするんだ。その事を彼はよく分かっているようだ」

「そこまで深く考えてたわけじゃないんだけどな……」

「だからこそいいんだよ」

 

 無意識の内に理解をしていたって事がいいんじゃないか。

 ふむ…彼に対する印象が少しだけ変わってきたな。

 

「さっきも似たような事を言ったが、君の愛国心や責任感まで否定する気は無い。だが、それを理由にして強さを求めるのだけはやめろ。途中で色々な手助けがあっても、最後に自分を強くするにはいつだって自分自身だ。他人や国や家じゃない」

「私に…代表候補生を止めろと…仰るんですの…?」

「誰もそうは言っていない。それを言い訳に使うなと言っている」

 

 そして、それこそが彼女がフレキシブルを会得できない最大の理由でもあると私は踏んでいる。

 今の彼女には焦りがある。焦燥が見え隠れしている。

 だから私のような人間に縋ってしまう。なりふり構っていられないから。

 

「候補生自体は好きなだけ続ければいい。私は何も言わないし、言うつもりも無い。けどね、それと強くなることを繋げて考えてはいけない。もっと純粋に物事を考えないとダメだ。人間が強くなるのに余計な理屈なんて不必要なんだよ。彼の言った通り『強くなりたい』という思い一つあれば十分なんだ」

「私は……」

「強さを求めるよりも先に君は少し自分自身を見つめ直すといい。己が本当に求めているのは何か。どうして先へと進めないのかを…ね」

 

 これで少しは目が覚めてくれるといいんだけど……。

 そんな事を話している間に昼休みが終わりそうだ。

 早く教室へと戻らなければ。

 

「二人とも、そろそろ行こう」

「え? でもセシリアがまだ……」

「彼女ならば今は放っておけばいい。大丈夫。時間になれば勝手に戻ってくるよ」

「千影がそう言うのなら……」

 

 そうして、私達は項垂れるセシリア・オルコットを置いて屋上を後にするのだった。

 

 因みに、彼女は普通に遅刻をして担任に叱られていた。

 

 

 

 




        一旦、選んだ道に関して頑張る人は多い。
        目標に関してそうする人は少ない。


                        ニーチェ


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そりゃそうだ

      成功する為に大切なのは、どこから始めるのかではなく、
      どれだけ高く目標を定めるかである。


                         ネルソン・マンデラ
                      


 放課後になり、私と箒は織斑君と一緒に第2アリーナへと来ていた。

 これまでは第1アリーナや第3アリーナを使っていたが、いつもその二ヵ所が空いているとは限らない。

 時にはこういった事も十分に有り得るのだ。

 

「今日はそんなに人がいないみたいだな」

「いつもいつも、生徒達で賑わっている訳じゃないさ。彼女達にだってほかにやるべき事は沢山あるし、訓練機を常に借りれるとは限らない」

「それもそっか」

「それに、IS学園にはこういったアリーナが6つもあるんだ。それだけあれば、一つぐらいは人が疎らな場所だってあるよ」

「ここって6つもアリーナがあったのか……」

「それは私も知らなかったな」

 

 いや…織斑君はともかくとして、箒は流石に知っていたと思ってたんだが?

 彼と一緒に箒にも色々と教えた方が良いのかもしれない。

 

「これならば思う存分に動いても問題は無いだろう。準備は出来ているね?」

「おう! いつでも行けるぜ!」

 

 もう既にISスーツに着替えているので、後はISさえ展開すれば問題無い。

 専用機は専用機なりの不便な部分もありはするが、こういった時に速やかに展開可能なのがいい。

 

「にしても……」

「どうかしたかい?」

 

 さっきからずっと二人して目を逸らしている。

 別におかしな所は無いと思うんだけど……。

 

「す…皇さん。それが君のISスーツなのか…?」

「そうだけど? ほら、私の専用機は全身装甲だから、ISスーツも同じように首元から下を追い隠すようなデザインの方がいいんだよ」

「そ…そうか……」

 

 なんか顔が赤くないか?

 矢張り、通常のISスーツとは根本的にデザインが違うのがいけないのだろうか?

 

(なんつーか…普通のISスーツよりも肌面積は小さいけど……)

(その分、体にフィットし過ぎているからか、ボディラインが丸分りになっているぞ…千影…。もしかしたら、通常デザインのISスーツよりも扇情的なのではないのか…?)

 

 少しお尻の部分がずれてる気がする。

 ちょっと直しておきたいな。

 

「んしょ…っと」

「ぶっ!?」

「み…見るな馬鹿者! 千影をエロい目で見たら去勢するからな!」

「見てないから! それと去勢だけはマジで勘弁してくれ!」

 

 …何を騒いでるんだ? なんだかんだ言って、この二人って仲がいいんだな。

 これが幼馴染というやつなのか。少しだけ羨ましいな。

 

「ほらほら。早く訓練を始めるとしよう。アリーナを使える時間には限りがある事を忘れてはいけないよ」

「う…うむ。そうだったな…済まない」

「ご…ごめん」

 

 よろしい。自分の非を認めて、ちゃんと謝罪が出来るのはいい事だ。

 

「そういや、皇さんはどんな風に教えてくれるんだ? セシリア達は一緒にISに乗って教えてくれたけど、皇さんもISに乗って教えてくれるのか?」

「ちょ…バカ一夏! 貴様は何を考えているっ!」

「え? ええ?」

 

 そっか。彼はまだ私のISの仕様を知らなかったんだっけ。

 どんな反応をするかは分からないけど、まずは教えておかないといけないな。

 じゃないと、これからが大変な事になりかねない。

 流石の私も、放課後の訓練で自分の残りの寿命をマッハで失う訳にはいかない。

 

「俺、なんか変な事でも言ったか?」

「そ…それは……千影ぇ~…」

 

 あらら。箒が私にすがるような視線を送ってきなさった。

 ここは友達として、ちゃんと助け舟を出さなければ。

 

「私は別に構わないよ。君も知っているだろう? 仮にここで黙っていても、二年生になれば嫌でも教科書でお目にかかるんだ。この場で教えても何にも支障はないさ」

「だが、それではお前が……」

「気にしてないよ。今更だしね」

「…二人とも、何の話をしてるんだ?」

 

 今度は織斑君が蚊帳の外に。

 これは悪い事をしてしまったな。

 

「…仕方があるまい。いいか一夏。心して聞けよ。千影の専用機はだな……」

 

 箒が織斑君にも分かり易いように、自分が知っている情報を事細かに教えていく。

 最初は呆然としていた彼だったが、全部を聞き終えると途端に顔が真っ青になった。

 というか、意外と箒って物覚えが良い?

 

「じょ…冗談だろ? 専用機に乗る度に危険な薬物投与をしなくちゃいけないって……」

「言っておくが、これは決してドーピングの類ではないからな。千影の専用機であるターミナス303は、乗る度に薬を打たなければ過剰すぎる性能に心と体の両方が持たないんだ。それだけ、千影の機体は強大かつ危険だという証拠だ」

「それじゃあ…実技やイベントで皇さんの姿を見かけたことが無いのは……」

「自分の命を削る危険性があるからだ。特にトーナメントなんて以ての外だ。もしも出場なんてすればどうなるか…お前にだって分かるだろう?」

 

 箒の力強い言葉に織斑くんは完全に言葉を失ってしまった。

 まだ一般人の感性を持つ彼には辛かったかな。

 

「ご…ごめん!! 何も知らなかったとはいえ…俺…皇さんに酷い事を……」

「謝る必要はないよ。さっきも言っただろう? 今更だって」

「でも……」

 

 うーむ…しつこいな。

 こっちが良いと言っているんだから、それで終わりでいいんじゃないのか?

 

「あれ? ってことは、あの試合の後、皇さんって……」

「廊下で倒れていた。すぐに私が駆けつけて保健室まで運んだがな」

「そうだったのか……」

 

 あの時の箒は私の取っての白馬の王子様だったな。

 本当に感謝しかなかったよ。

 保健室と言えば、カレンはちゃんと仕事をしているのだろうか?

 カルデア愉悦部員部長である彼女が大人しくしているとは思えないんだが…。

 

「俺って本当に何にも知らないんだな…。訓練だけじゃなくて、勉強ももっとしなきゃな……」

「いい心掛けだ。現状に満足しないで上を見るのは素晴らしい事だよ」

 

 人間だけじゃなく、全ての生き物に最も必要な事こそが『飽くなき向上心』だと思っている。

 満足するな。足を止めるな。前を向け。

 休むのは良い。時には逃げるのも悪くは無い。

 けど、それは更に前へと進むための助走でなくてはならない。

 少なくとも、私はそうしなければ自我を保つ事すら出来なかった。

 今となっては、『進む』という行為を無意識に行っている。

 

「だが…どうする? 千影がISに乗れないとあっては、一夏に指導をするのは難しいのではないか?」

「そうでもないよ。ISに乗らなくても口頭で教える事は出来るしね。機体を展開しなくてもプライベート・チャンネルは普通に使えるしね」

 

 というか、私は最初からそのつもりだったし。

 

「そんな訳だから、安心してくれ」

「わ…分かった」

「では、ISを展開しようか。目標タイムは一秒未満だ」

「そこからかよっ!? つーか、目標が厳しすぎるっ!」

 

 言っておくが、教えると決めた以上は生半可な事はしないからな。

 やるからには徹底的に…だ。

 彼の成長率ならば、私が生きている間にはかなり強くなるんじゃないかと思う。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 一方その頃。

 食堂にてセシリアが紅茶片手に溜息を吐いていた。

 

「はぁ……」

 

 昼休みに千影から完全拒絶されたことが相当に堪えているようで、訓練に対するモチベーションが全く上がらない状態になっていた。

 こんな時にISを動かしても碌な事にならないのはセシリアも重々承知しているで、仕方なくこうして一人ぼっちのティータイムと洒落込んでいるのだ。

 

「姿が見えないと思ったら、こんな所にいたのね」

「鈴さん…それに、シャルロットさんとラウラさんまで……」

 

 腰に手を当てながら食堂にやって来た鈴を先頭に、シャルロットとラウラも一緒にやって来た。

 毎度御馴染みの面々の勢揃いである。

 

「一体どうしたのよ? 今日は訓練しないの?」

「申し訳ありませんが…そんな気分になれませんの……」

「どういうこと?」

 

 明らかに様子がおかしいセシリアの事が気になったのか、三人も彼女と同じテーブルに座る事に。

 

「何かあったのか? 昼辺りから様子がおかしかったように感じるが…」

「そう言えば、五時間目の授業にも遅刻してきたよね。織斑先生に怒られても上の空みたいだったけど」

「それは……」

 

 普段のセシリアならば、あの時の事を己の恥と思い決して話そうとはしないが、今の彼女は精神的に非常に弱っているので、思わず無意識の内に口が動いて昼休みの時の事を淡々と話していた。

 

「…という事がありましたの」

「そっか……」

 

 頬杖を付きながら数瞬だけ思案した後、鈴はキッパリと言ってのけた。

 

「それは完全にアンタが悪いわ」

「え?」

「だってそうでしょ。自分から『教えてくれ』って頼んでるのに、次の瞬間に自分が代表候補生であることを堂々とアピールしてどうすんのよ。それ、傍から見たら普通に嫌味にしか見えないからね?」

「うぐっ…! で…ですが、私は……」

「そもそもさ、『強くなりたい』って思ってるのに、そこに自分の事情を持ちこんじゃダメでしょ。それじゃ、千影って子が言ってる通りに何もかもが中途半端に終わるわよ?」

「…………」

 

 まるで千影の思考をトレースしているかのように、あの時と同じような事を言い放つ鈴。

 またもやセシリアはグゥの音も出ないまま黙り込んでしまう。

 

「私も鈴の意見に同意する。確かに候補生である以上は国に貢献するのは当然だが、訓練課程の段階でそれを考えるのは論外だ。訓練は訓練、候補生は候補生として割り切らなければ何も成すことは出来んぞ? 実際、私も織斑教官の元で訓練をしていた時には余計な事は一切考えずに、只管に強くなる事だけを思っていた。そうすることが強くなる為に最も必要な事だと教えられていたからな」

 

 現役軍人であるラウラの言葉はかなり重く心に響いた。

 言いたい事は理解出来るのだが、それでも心のどこかでそれを拒絶していた。

 

「多分だけど、皇さんはセシリアにアスリートとして一番大切な事を思い出してほしかったんじゃないのかな」

「一番大切な事…?」

「うん。日本の諺に『初心、忘れるべからず』って言葉もあるぐらいだし。ISに触れたばかりの頃…まだ候補生じゃなかった時の事って覚えてる?」

「それは勿論ですわ。あの頃は……」

 

 あの頃は、あらゆる事に一喜一憂をしていた。

 ISを動かしたことに感動し、初めて宙に浮いたことに驚いた。

 一歩一歩ずつ強くなる度に嬉しくて、その事を良く家のメイド達に報告していた。

 辛い事も沢山あったが、それ以上に訓練の日々が楽しくてしょうがなかった。

 自分が強くなったという実感こそが、あの時は何よりの褒美だった。

 訓練している時は嫌な事は全て忘れられた。

 ISを動かす事、実力が磨かれていくことに無我夢中になっていた。

 そんな日々を忘れてしまったのはいつからだろうか。

 候補生になり、専用機を手に入れてからか。

 自分だけのISを手に入れ、己が選ばれた人間だと思い込むようになり、そして……。

 

「どうやら、思い出したようね」

「えぇ……どうして、私はあの日々を忘れてしまっていたのかしら……」

「『力』を手にしてしまったから…だろうな。専用機という名の『力』を…」

「かもしれないね。自覚はしてなくても、心のどこかで傲慢な部分が出来てしまっていたのかもしれない」

「私もセシリアの事は言えん。部隊長になり、候補生の地位と専用機を手に入れてからの私はお世辞にも褒められたものではなかったからな……」

 

 力に固執し、強さこそが全てと思い込んでいた。

 その愚かな妄執を打ち砕いてくれたのは想い人ではあるが、今となってはその時の出来事が完全に裏目に出ていた。

 

「あの子が一夏にだけ教えようと思ったのもそれが理由でしょうね」

「一夏は今年になって初めてISに触れて動かした。ボク達みたいな変な先入観も無ければ使命感も持っていない。どこまでも真っ直ぐに『上』を目指したいという心に共感したからこそ、皇さんも教えようって気になったんだろうね」

 

 候補生になり、昔には無かった色々なしがらみが生まれ、それによっていつしか『結果』だけを求めるようになっていった。

 ゴールを求める、ゴールしか見ようとしなかったからこそ、千影はセシリアを拒絶したのだと、ようやく思い至る事が出来た。

 強さを欲する以上、そこに『目標』を作ってはいけない。

 目標を作ってしまったが最後、人はそこにしか進めなくなる。

 それはやがて『焦燥』を生み出し、それが邪魔をして自分の目を鈍らせる。

 他の事ならばいざ知らず、『強さ』を欲することに焦っても何一つとして良い事は無いのだ。

 

「皇千影の言った通りセシリアは一度、じっくりと考えるべきなのかもしれんな」

「時には立ち止まる事も必要よ。もっと前に進むためにはね」

「そう…ですわね。そうしますわ……」

 

 友人達の言葉で嘗ての気持ちを思い出したセシリア。

 彼女は一体、どんな答えを出すのだろうか。

 

 

 

 




    最も高い目標を達成するには、一歩一歩進むしかないという事実を、
    頭に入れておかなければならない。


                      アンドリュー・カーネギー


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そのてがあったか

           天才? そんな物は決してない。
           ただ勉強です。方法です。
           不断に計画しているという事です。

                            ロダン







 アリーナの使用時間が終わり、私達は着替えてから校舎内の廊下を歩いていた。

 時間は夕方6時に差し掛かった辺りで、人によっては食堂に夕飯を食べに行く時間帯になっている。

 

「今日は本当にありがとな、皇さん。マジで分かり易かったよ」

「それはなにより。ISの事を他人に教えるの初めてだったから少しだけ不安があったが、好評なようでよかったよ」

 

 専用機に乗れない。訓練機もそう簡単には借りれないとなると、必然的に口頭で教える事になるのだが、それでもここまで言ってくれると私としても教え甲斐がある。

 本当は傍で実戦をしてみせた方が一番なのかもしれないがそれが出来れば誰も苦労はしないんだよな。

 

「私から見ても、千影の指導は見事だったぞ。言葉だけで、あそこまで分かり易く説明できるのは凄かった。少なくとも私には無理だろうな」

「箒の場合は擬音ばっかりだしな……」

「何か言ったか?」

「ナニモイッテナイデス……」

 

 やっぱり、この二人は仲がいいな。

 今までに色んな『幼馴染』というのを見てきたが、まるでお手本のような関係性だ。

 

瞬時加速(イグニッション・ブースト)の効率的なやり方まで教えてくれるなんて思わなかった。あれはマジで助かったよ。千冬姉から大まかなやり方自体は教わってるんだけど、自分じゃ思うように出せなかったんだよ」

「私のターミナスは機動力こそが最大の武器だからね。そっち系の技術に関してはちょっと自信があるんだ」

 

 にしても、教えるだけ教えて後は放置とか…普通は有り得ないぞ。

 ちゃんと、その後の指導もしないとダメだろ。

 今回、私が教えたのは別に特別な事じゃない。

 ちょっとしたコツとエネルギー効率のいい動き方を言っただけだ。

 口頭だけだったにも関わらず、僅か数時間で水を吸ったスポンジのように学んでいくのは見事としか言いようがない。

 どうやら、才能だけは姉からちゃんと引き継いでいるようだ。

 他の余計な物を継承していないのは拍手ものだと思う。

 

「今日はまだ最初だったからあれぐらいだったけど、次回以降はもっと厳しく行かせて貰うよ?」

「え? また教えてくれるのか?」

「当たり前じゃないか。中途半端な状態で投げ出すのは私の主義に反するし、こっちとしてももどかしいしね。やるなら、ちゃんと最後まで教えるさ」

「俺…皇さんには一生、頭上がらないわ……」

 

 ちょっと表現が大げさすぎ。

 そこまで凄い事なんて何もしてないのに。

 

「何かお礼とかしたいけど、今の俺が出来るのって言ったら料理ぐらいだしな……」

「その気持ちだけで十分だよ。それに、私の身体は普通の食事を受け付けなくてね……」

「え? それってどういう意味だ?」

 

 ここで彼が疑問に思うのは当然の事なので、私と箒でこの体の現状を教えてあげる事に。

 またもや顔が青ざめるかと思いきや、彼は真剣な顔をして何かを考えている様子だった。

 

「成る程な…胃とかが薬の影響でボロボロになってて、流動食系しか体が受け付けない…か」

「その通り。だから、普段は栄養ゼリーやヨーグルトばかりを食べてるんだ」

「だから、近いうちに私が雑炊などを作ってみようと思っているんだ」

「雑炊ね。それもいいかもだけど、皇さん用に作るなら、ちゃんと米粒一つ一つに至るまでちゃんと煮込まないとダメだろうな……」

 

 ほぅ…? 噂で彼が料理上手なのは聞いていたが、もしかしたら織斑君の家事スキルは私の想像以上なのかもしれない。

 

「皇さん。スープはダメなのか?」

「「スープ?」」

「あぁ。品にもよるけど、スープなら胃にも優しいし、暖かい上に栄養価も高い。更に言えば『食べる』じゃなくて『飲む』だから、具材が少ないスープなら皇さんでも大丈夫だと思うんだ。どうかな?」

 

 スープ…スープか。それは思いつかなかったな。

 こんな体になって以降、ずっと『連中』に渡されていた代物ばかりを食べてきたから、自然と他の選択肢を消していた節がある。

 これは完全な盲点だった。

 

「それに、スープなら食堂にもあると思うし。試しに行ってみないか?」

「いいかもしれないな。どうせダメ元だ」

「千影がいいのならば、私には異論はない」

「んじゃ、試しに行ってみようぜ」

 

 ということで、三人で食堂に行ってみる事にした。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

「あるな……」

「あるね……」

「あったな…」

 

 食券の販売機の前まで行ってメニューを見てみると、そこには想像以上に沢山のスープの名前が記載されていた。

 

「今まで特に注視して見ていなかったから普通に気が付かなかった……」

「私もだ…。殆ど和食しか食べてなかったからな…」

 

 こんなにもあるのならば、もっと早くに食堂に足を運ぶべきだったな。

 先入観だけで物事を決めるのは良くないな。うん。

 

「この中で皇さんでも大丈夫そうなのは……」

「コーンポタージュにコンソメスープ辺りか?」

「ヴィシソワーズなんかもいいかもな」

「なんだそれは?」

「簡単に言うと、ジャガイモのスープだよ。ジャガイモ自体はクリーム状になるまで加工するから問題はないし、冷やしても温めても美味しいスープだから、季節関係無しに食べれるんだ」

 

 く…詳しいな…織斑君。

 君、絶対にIS操縦者よりも料理人を目指した方が大成するだろ…。

 

「こっちには卵スープもある。溶き卵だからつるっと飲める」

「おい…フカヒレスープなんかもあるぞ」

「流石はIS学園…高級品のフカヒレも普通に出すんだな」

「こちらにはカボチャスープもあるな。甘くて美味しそうだ」

「春雨スープもある。同じ麺類でも、これなら皇さんも平気なんじゃないのか?」

「どうだ千影?」

「そうだな…春雨はまだ試したことは無いが、いいかもしれない」

 

 こうして改めて確認すると、スープにも色々な種類があることが分かった。

 これだけバリエーションがあるなら、少なくとも飽きる事だけは無さそうだ。

 

「可能であれば油が少ないスープが一番好ましいんだが……」

「だったら、コンソメスープやポタージュ系だろうな。どれにする?」

「ふむ……」

 

 一種類か二種類ぐらいならば迷う事も無いのだろうが、ここまで種類が豊富だと普通に目移りする。

 だがしかし、私は知っている。料理のメニューなどで迷った時にどうすればいいのかを。

 これまでの多くの転生経験によって、自然と体に染み付いているのだ。

 

「では、このコーンポタージュにしようか。迷った時はスタンダードな物にするのが一番だ。ハズレが無いしな」

「「確かに」」

 

 最初は無難な物にして、それを切っ掛けしてから他のメニューにも挑戦していけばいいのだ。

 これならば、少なくとも出鼻をくじかれる事は無い。

 

「こうして見ていると、なんだか急に私もスープを飲みたくなってきたな…」

「あれだよな。いつも自分が食ってる物でも、誰かが横で食べてるのを見た途端にめっちゃ美味しそうに見える…的なやつ」

 

 だな。それ私も凄い分かる。

 下手をすると、一個100円のカップ麺すらも物凄く美味しそうに見えるから不思議だ。

 んで、それにつられて急にカップ麺が食べたくなってコンビニまでダッシュするまでがワンセットだ。

 これはきっと、誰もが一度は経験したことがあるんじゃないんだろうか?

 因みに、私はこれまでの転生にて何度も経験して、一時間後ぐらいに地味に後悔するのがお約束だ。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 というわけで、本当に注文してみました。

 今、私の目の前にはほんのりを湯気を上げているコーンポタージュが入っているお皿が置いてある。

 三人で窓際の席を取って座っていて、図らずもこれが私の食堂デビューとなる。

 

「では…いただきます」

 

 そっとスプーンを手に取ってから、スープを掬い、そして口へを運んでいく。

 口の中で少しだけ咀嚼をしてからゴクリと飲み込んだ。

 

「ど…どうだ?」

「美味しい…。気持ち悪さも無ければ吐き気も無い。普通に飲めている……」

「「よかった…」」

 

 この世界に転生をしてきて初めての温かい食事かもしれない。

 あぁ…五臓六腑に染み渡るとはこのことか…。

 

「あれ?」

 

 な…なんだ? 急に涙が出てきて…あれ?

 

「ど…どうした?」

「そっか…これが『嬉し涙』というやつか……」

 

 嬉しくて泣くなんてのは本気で初めてかも知れない。

 それ程までに十数年振りに食べる温かい食事が衝撃的だったという事か。

 

「これからは皇さんも一緒に食堂で食べられるな」

「そうなるね。ふふ…正直、この学園に来た時はどうなるかと心配していたが、意外な発見があるのならば悪くは無いのかもしれないな」

 

 そう思った途端、急にスプーンが止まらなくなる。

 今までの反動だろうか。どんどんと弱った胃の中に流れ込んでいく。

 焦る必要はないと頭では理解しているのに。

 

「どうやら、相当に気に入ったみたいだな。んじゃ、俺等も頂くとするか」

「そうだな」

 

 因みに、織斑君はグラムチャウダーを、箒はフカヒレスープを注文していた。

 織斑君はともかく、箒もやっぱり美容には気を使っているという事なのだろうか?

 フカヒレスープにはコラーゲンたっぷりらしいからな。

 

「ん? 初めて飲むけど、意外と美味い? ちょっとスープの作り方について勉強したくなるな……」

「いい機会だと思って試しにフカヒレスープを注文してみたが……普段の私の食生活とは程遠い代物にドキドキするな……」

 

 成る程な。箒は純粋な好奇心からフカヒレを注文したのか。

 確かに、ファミレスなどに行くと思わずいつもは食べられないような品を注文したくなる。

 けど、迷いに迷って結局はいつも頼んでいる物を注文してしまうんだよな。

 

「さっきの販売機、よく見たら箒が作ろうとしてた雑炊とかもあったな。つっても、まずは現物を見ないことには何とも言えないけど」

「私も織斑君に賛成だ。スープが大丈夫と分かった以上、もっと色々とチャレンジをしてはみたいが、それでもちゃんと調べるに越したことはないからね」

「うむ。確かめもせずに食べた結果、千影の体調が悪くなったら本末転倒だ。これに関しては慎重に行くしかあるまい」

「そうだね。けど今は……」

 

 少なくなりつつあるスープを掬ってから一口。

 これは本当に美味しいな。癖になりそうな味だ。

 

「今は、この食事を楽しみたいな」

「「賛成」」

 

 こうして、私の初めての食堂での食事は非常に有意義かつ楽しい時間となったのであった。

 明日の朝は何を注文しようかな?

 

 

 

 

 

 




     力や知性ではなく、地道な努力こそが能力を解き放つ鍵である。

                        ウィンストン・チャーチル







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ぶかつどう

        呑気と見える人々も、心の底を叩いてみると
        どこか悲しい音がする。


                         夏目漱石







 それは、唐突に起きた事だった。

 

「すまない!」

「ごめん!」

「…いきなりどうしたんだい?」

 

 放課後になった途端、いきなり箒と織斑君が私に向かって謝ってきたのだ。

 何がなんだかさっぱり状況が理解出来ない私は、思わずその場に呆然と立ち尽くしてしまった。

 

「実はな…今日はどうしても部活の方に顔を出さなくては行けなくてな…アリーナでの訓練には参加できそうにないんだ」

「確か、箒は剣道部に所属しているんだったっけ」

「そうだ。矢張り、私には剣道が一番だからな」

 

 実家が剣道場を営んでいた上に、箒自身も中学時代には剣道部に所属し、全国大会で優勝まで掻っ攫っている程の実力者だ。

 彼女が剣道部に入ろうと思うのは自然の事だろう。

 

「それは分かったけど、どうして織斑君も一緒に謝っているのかな?」

「俺もさ…剣道部に入ろうと思ってて、少し前に千冬姉に入部届を出しに行ったんだ。それで……」

「箒と一緒に行くという訳か。成る程ね」

 

 確か、彼もまた小学生の頃に箒の父親が師範をしていたという剣道場に通っていたんだっけ。

 箒が引っ越してからは剣道とも遠縁になってしまったらしいが、この機に再び剣道を始める気なのかな?

 それはそれでいい事だと思う。彼の今後の事を考えると特にね。

 

「部活があるのならば仕方がないさ。今日はそっちの方を優先させるといいよ」

「「ありがとう!」」

 

 …そこまで礼を言われるような事かな?

 

 因みに、このIS学園は基本的に全校生徒に部活の入部義務というものが課せられている珍しい学校だ。

 いや…IS学園自体が非常にイレギュラーな学校なのだから、他の高校での常識と比べるのは間違いか。

 兎に角、急ぐ必要自体はどこにも無いのだが、最終的には必ずどこかの部活に入って行けなくてはいけない。少なくとも、一年生の間には。

 

「そう言えば、千影はどこの部活に入っているんだ?」

「皇さんから部活に関する話って聞いたことないよな」

「話す機会も無かったし、聞かれもしなかったしね」

 

 もっと言えば、話す必要性も無いと思ってたし。

 そんな事を知ったって、何の得も無いだろう?

 

「よければ教えてくれないか? 純粋に興味がある」

「俺も知りたいかも」

「ふむ……」

 

 なんとも真っ直ぐに私の事を見るじゃないか。

 ほんと…裏表がないというか、なんというか……。

 

「私は『生徒会』に所属しているよ」

「「生徒会っ!?」」

 

 …そんなに驚くような事か?

 

「ま…また意外なチョイスだな……」

「てっきり、皇さんは茶道部とかだと思ってた……」

「私も」

「何で茶道部?」

「「物静かなイメージがあるから」」

「さよか」

 

 まぁ…別にやろうと思えば出来なくはないけどね、茶道。

 抹茶自体は普通に飲めるし、あの独特の苦みは癖になる味だ。

 分かる人には分かると信じたい。

 抹茶味系のデザートは普通に好き。アイスはギリギリ食べれるから。

 あまり食べ過ぎると、ほぼ確実に数時間後に腹痛で苦しむ羽目になるけど。

 

「別に自分から生徒会に入ったわけじゃないよ。生徒会長から直々に誘われたのさ」

「まさかのスカウトかよ」

「しかも会長直々とは…普通に凄いな」

 

 私も最初は驚いたよ。

 本当は断ろうと思っていたんだけど、断ったら断ったで別の部活に入らないといけなくなる。

 いずれは必ずどこかに入らないといけないのならば、いっそのことそのまま誘いに乗ってしまえば楽なのではと考えた結果、私はIS学園生徒会役員となったのだ。

 余談だが、IS学園では生徒会もまた部活動の一環となっているので問題は無い。

 

「因みに役職は?」

「なんでか副会長をやらされてる。何故か今まで空席だったらしい」

「…どこからツッコめばいいんだ?」

「箒の気持ちは分かる」

 

 私も最初は思わずツッコみたくなった。だが我慢した。凄く我慢した。

 あの時の私は本当に偉いと思った。

 

「実の所、私も今日は生徒会室に来るように言われていたんだ。なので、こっちの事は気にする必要はないよ。遠慮なく部活に行ってきてくれ」

「そうか…分かった」

「皇さんも生徒会、頑張ってくれよな! んじゃ!」

 

 そう言うと、二人は揃って教室から出て行った。

 では、私もそろそろ行くとしますか…と思った矢先、私の方に近づいてくる人影が。

 

「ちっぴー!」

「…本音か」

 

 IS学園広しと言えども、私の事を『ちっぴー』なんて変な渾名で呼ぶのは一人しかいない。

 同じ一年一組の生徒であり、生徒会に所属し、何故か書記を任されている布仏本音である。

 今までは色々とあったのでスルーしてきたが、こと生徒会が絡むと無視できなくなる。

 なんでか妙に私に懐いているのも非常に謎だ。

 

「かいちょーから聞いたよ? 今日はちっぴーも生徒会室に来るんでしょ?」

「一応な。このまま幽霊副会長で通そうかと思ったが、そうもいかないらしい」

「にひひ~」

「何を笑っている?」

「ちっぴーと一緒に行けるのが嬉しくて~」

「…そっか」

 

 本当に何を考えているのか分らない少女だ。

 箒とは別の意味で裏表がないと言える。

 え? 彼女は友達ではないのかだって?

 いや…箒は単なるクラスメイトであり生徒会メンバーなだけだが?

 それ以上でもなければ、それ以下でもない。

 …別に嫌いという訳ではないけどね。

 

「では、行くとするか」

「はーい!」

 

 どうも彼女と一緒にいると調子が狂う気がする。

 なんというか…ペースが乱されるんだよな。

 気を付けないと、余計なことまで言ってしまいそうだ。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「あ……」

 

 本音と一緒に教室を出ていく千影を見て、思わず手を伸ばすセシリア。

 千影から拒絶され、鈴たちと話をした後に彼女なりに色々と考えた。

 

 過去を振り返り、自分がISを動かした切っ掛けを、その時の原動力を思い出す。

 過酷な訓練の日々と、確実に強くなっていく感覚に喜びを覚えた時の事を。

 ISを動かしていた時は嫌なことを全て忘れられた。

 純粋にISで飛べることが楽しくて、特訓の末に様々な技術を身に付けられた時は心から嬉しかった。

 いつからだろう。ISに乗っている時も他の事を考えるようになったのは。

 国の為。家の為に負けられない。だって自分は代表候補生だから。

 

 自分と一夏を隔てている物は『それ』だと思った。

 一夏には『(しがらみ)』が存在していない。

 それが『差』。一夏と自分の間にある『差』だ。

 

 考えるのは後でいい。まずは前だけを向き続けろ。

 それなのに、自分は何も成していいないのに『横』を向いてしまった。

 だから千影は怒ったのだ。余計な事を考えていた自分に怒った。

 

「今日こそ…私の本当の想いを告げられると思いましたのに……」

 

 あれからずっと、セシリアは機会を見つけては千影に話しかけようと試みているが、ずっと失敗に終わっている。

 というのも、最近の千影の傍には常に箒か一夏のどちらかが、もしくは両方が一緒にいる事が多いからだ。

 別に一夏も箒もセシリアにとっては見知っている仲なので普通に話しかけても何の問題も無いのだが。そこに千影という存在が加わると途端にセシリアはコミュ症になってしまう。

 

「いえ…ここで妥協してしまったら、それこそいつまでもお話が出来ませんわ! 今日こそ皇さんとお話ししなくては…!」

 

 そう決めると、セシリアは千影と本音の後を付けることに決めた。

 後ろから様子を伺い、隙を見つけて自然と話しかけるのだ。

 本音が一緒にいることがネックだが、彼女に聞かれても問題は無いだろう。

 

 だが、セシリアは後にこの行動を心の底から後悔する事になる。

 本来ならば背負わなくてもいい物を、誰にも話せない秘密を抱えてしまう事になるのだから。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 私と本音が向かおうとしている生徒会室は、校舎内の一番奥ばった場所にある。

 なので、向かおうと思うと必然的に上級生の教室の前とかを通過しないといけなくなるわけで。

 

「待ってたわよ、二人とも」

「かいちょー!」

「……ども」

 

 二年生の教室の前を通りかかると、まるでタイミングを見計らったかのようにして教室から出てきた水色の髪を持つ二年生がいた。

 彼女こそがIS学園の生徒会長にして、自由国籍とかいう意味不明な制度によって日本人であるにも拘らずロシア国籍を得て『ロシア国家代表』というとんでもない称号を持つ少女『更識楯無』その人だ。

 ついでに言えば、彼女は日本の暗部である『更識家』の若き当主だったりする。

 それを知っているのは本当にごく僅かだが。

 なんでか私にだけは普通に教えてくれた。解せん。

 

 因みに、この呑気そうにしている本音も暗部に人間らしく、更識家に昔から仕えている分家の人間らしい。人は見かけによらなさすぎだろ。

 

「んもー…千影ちゃん。もうちょっと愛想よくしないと男の子にモテないわよ?」

「別にモテたいとか思ってないし。というか、実に今更だが、どうして私なんかを生徒会に入れようと思ったんだ?」

「…千影ちゃんの事は『こっち』でも知っていたからね。それに、あのまま放っておいたら、いつまで経っても部活に入らなかったでしょ?」

「入りたいと思わせる部活が無かったしね」

 

 暗部というわけあって、この生徒会長サマは私の『出生』のことも、デビルフィッシュの事もよく知っている。

 IS学園で数少ない、私の『真実』を知る人間という訳だ。

 因みに、本音は何も知らない。

 

「それじゃ行きましょ。虚ちゃんが先に行ってお茶の用意をしている筈だから」

「おぉ~! それは急がなきゃね~!」

「あ……」

 

 お茶の準備をしていると聞いただけで本音の目が急に輝き始め、私達を置いて先に行ってしまった。

 虚というのは本音の実姉であり三年生の『布仏虚』先輩の事だ。

 生徒会の裏ボス的な存在と言っていい。

 

「廊下は走るなよー」

「はーい!」

 

 一応、生徒会副会長として言っておく。

 意味無いとは思うけど。

 

「私達も行きましょうか。本音ちゃんにケーキを全部食べられちゃうわ」

「それ、私がケーキを食べられない体だって知ってて言ってるだろ」

「……ごめんなさい」

「謝るぐらいなら最初から言わないでくれ」

 

 この様子から察するに、今回は普通に失言をしてしまった感じか。

 変に言い訳をせずに謝ってくれるだけ、まだマシかもしれないが。

 そんな私でも紅茶ぐらいは飲めるからな。

 今日の放課後は虚先輩の紅茶を味わうとするか。

 どうせ、副会長なんて名ばかりで、実際には殆ど何もしてないしな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




            私達は泣きながら生まれ
            不平を言いながら生き
            落胆のうちに死ぬ。

                     トーマス・フラー






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ひみつ

       悲しみが来る時は、単騎ではやってこない。
       必ず軍団で押し寄せる。

                     ウィリアム・シェイクスピア








 千影と楯無が二人並んで生徒会室へと向かおうとしていると、そこから少し離れた物陰に一つの人影があった。

 

「あれは…生徒会長? どうして千影さんと会長が一緒にいるんですの…?」

 

 千影に話しかける機会を伺いながら後を付けていた結果、いつの間にか尾行のような事になってしまっていた。

 本人もその事には全く気が付いてはおらず、ほぼ無意識のうちに姿を隠している。

 

「私の記憶が正しければ、こちらは確か生徒会室がある方角…。ということは、千影さんは生徒会に所属しているんですの?」

 

 そもそも、千影に関しては誰も彼もが知らない事が多すぎる。

 現在、判明している事と言えば、彼女の専用機が非常に危険な『デビルフィッシュ』である事と、文字通り身を削りながら乗っている事。

 そして、彼女との交友関係を築くのは非常に難しいという事。

 千影は人の本心を見抜く力に長けている。

 なので、少しでも何かを誤魔化そうとしてもすぐに見破られるのが関の山だ。

 実際、セシリアもそうやって千影に拒絶されたのだから。

 

「あ…行ってしまいますわ。追い駆けなくては……」

 

 二人の移動に合わせて、セシリアもまた移動を開始する。

 こそこそと物陰に隠れつつ、千影たちの背中だけを追い続けていた。

 

 進むにつれて段々と人の姿が少なくなっていく。

 何の用も無いのに生徒会に行こうなんて輩はいる訳が無いので、当然と言えば当然だが。

 遂には廊下を歩いているのは隠れているセシリアを除けば千影と楯無だけとなってしまった。

 

「そう言えば聞いたわよ? 千影ちゃん、最近になって例の男の子にISの操縦法を教えているらしいじゃない」

「おや。どこからそれを?」

「薫子ちゃんから。あの子、割とどこにでもセンサーを張り巡らせてるから」

「それは怖い」

 

 薫子とは、二年生にて新聞部の副部長をしている『黛薫子』の事である。

 以前は一夏とセシリアとの試合の後に行われた『クラス代表就任パーティー』にて新聞部としてインタビューにも来ていた事がある。

 その時のキャラが印象的だったので、割とセシリアも彼女の事は覚えていた。

 

「けど、正直助かったわ。本当は私が教えようと思っていたのよ。ほら、彼って今の世での『特異点』みたいなものじゃない? 必ず無粋な連中が彼の事か、彼の専用機を狙って仕掛けてくる筈だから。どこかで必ず自衛の手段として色々と教えておかないといけないからね」

「確かにその通りだ。正直な話、私はそこまで深く考えて彼にISの事を教えていたわけじゃないんだが」

「あら、そうなの?」

「私は彼の『強くなりたい』と願う純粋な気持ちに応えたいと思った。それだけさ」

「ふぅ~ん…」

 

 なんとも意味深な返事をする楯無。

 その顔はニヤニヤしていて、彼女が誰かをからかう時の前兆だ。

 

「千影ちゃんなら適任ね。貴女の実力は国家代表にすら匹敵しているから」

「過分な褒め言葉どうも」

「全く過分じゃないんだけどね……」

 

 実の所、千影の実力は楯無すらも上回っていた。

 このIS学園は完全実力主義で、生徒会長の座も単純に『IS学園で最強の生徒が就任する』という制度になっている。

 実際、楯無も前生徒会長を試合で打ち負かして今の座についていた。

 

「と言う訳で、これは生徒会長として副会長である千影ちゃんへの仕事のお願いね。私の代わりに貴女が織斑君の訓練を担当して頂戴」

「了解だ。といっても、どこまでやれるかは分からないけどね」

 

 どこまでやれるか分らない?

 それは一体どういう意味なのだろうか?

 千影の体が今、どんな状態なのか詳しく知らないセシリアは、二人を追いかけながら小首を傾げた。

 

「まぁ…最低でも、来年までには候補生の連中と互角に渡り合えるぐらいには育てあげたいね」

「そう…ね……」

 

 なんで来年なのか?

 別に進級しても、ずっと教えてもいいのではないか?

 そんな当たり前の事を疑問に思うセシリアは、先程までに笑顔が消えて俯く楯無の様子に気が付かなかった。

 

「そんな顔をしないでくれ。最初に会った時に言っただろう? とっくの昔から覚悟は出来ていると」

「そんなのは『覚悟』…なんて言わないわよ…」

 

 セシリアがいる場所からは見えないが、楯無は涙を流していた。

 ほんの一滴だけだが、確かにそれは彼女の頬を伝っていた。

 

「そうだね。これは『覚悟』というよりは『諦め』に近い。けど、こればっかりは仕方がない事なのさ。それは会長だって分かっているだろう?」

「…『仕方がない』で済ませていい事じゃないでしょ…」

「いいや。これは『仕方がない』事だよ。私が『あんな形』で生を受け、そしてターミナスを専用機としてしまった時からね」

 

 嫌な予感がした。何故かは分からないが、猛烈に嫌な予感がしてならなかった。

 頭が『ここで引き返せ』と訴える。『今すぐに耳を塞げ』と言ってくる。

 だがしかし、彼女は耳を澄ませることを止めなかった。

 

「私は皆と一緒に進級は出来ない。それどころか、新年を迎える事すら出来ないだろう。だって……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「薬の副作用で私の身体の中はぐちゃぐちゃになっていて…このまま行けば今年中には確実に死んでしまうからね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……え?)

 

 一瞬、何が起こったのか本気で分からなかった。

 死ぬ? 誰が? どうして?

 

(千影さんが…死ぬ? しかも…今年中に…確実に…?)

 

 到底、信じられることではなかった。

 今の彼女は凄く元気そうにしているから。

 どう見ても、死に掛けの体とは思えない。

 だが、ここでセシリアはふと思い出す。

 一夏との試合の直後、千影はどんな状態になっていた?

 箒からなんて聞かされていた?

 

(兆候は…既に出ていたのですね……)

 

 目の前で息も絶え絶えになりながら、ふらつきながらも必死に歩き去った千影。

 その後、彼女は廊下の真ん中で倒れて気を失った。

 自分達と会う前から千影の体はとっくに限界を超えていたのだ。

 ずっと辛くて苦しいのを、彼女はずっと誤魔化している。

 誰にも心配を掛けないように。誰も悲しませないように。

 

「…会長は優しいね。こんな私の為に涙を流してくれるだなんて」

「千影ちゃんが泣こうとしないから…代わりに泣いてるのよ……」

「そっか…ありがとう」

 

 静かに微笑みながら、千影は楯無の肩を掴んで自分の方へと引き寄せて、そっと彼女の頭を撫でた。

 これでは、どっちが上級生か分からなくなってしまう。

 

「だけど、そこまで気にする必要はないよ。もし仮に私がターミナスに乗らなかったとしても、結果は大して変わらないから」

「どういう事よ…?」

「『この体』は最初から長く生きるように作られていない。何事も無く普通に生きたとしても、私の寿命はあと二年ぐらいだったよ」

「それって…まさか……」

 

 聞きたくない。聞きたくは無い。

 けど、同時に聞かなくてはいけないと思った。

 だからこそ、必死に自分の口を押さえて声を出すのを我慢して、涙を流し続けた。

 

「生まれつきの障害ってやつでね。私の中にあるテロメアは普通の人間と比べて極端に短いんだ。辛うじて薬で誤魔化せはするけど、それも所詮は気休めでしかない。焼け石に水。別の言い方をすれば、単なるその場しのぎだ」

「そんなの…酷過ぎるわよ……」

 

 デビルフィッシュがあろうとなかろうと、千影は皆と一緒に卒業が出来ない。

 ただ、定められた寿命が少し伸びるだけの違い。

 それなのに、千影は全く悲観などしていない。

 それどころか、自分の死を受け入れている節すらある。

 

(こんなの……あんまりですわ…!)

 

 一体、千影が何をした? どうして、彼女ばかりが辛い目に遭う?

 セシリアも過去に辛い目を経験してはいるが、それでも彼女の周りには頼れる人々がいた。

 だが、今の千影はどうだ? 周りには友と呼べるような者達は大勢いるが、全てが遅すぎた。

 出逢った時にはもう、千影の運命は決していたのだ。

 もしも、もっと早く皆と知り合っていれば、この運命も変わっていたかもしれないが、それはもう過ぎてしまった話だ。

 時は戻せない。戻る事は出来ない。

 どんなに足掻いても、人間の身では運命は覆せない。

 

「どうして…千影ちゃんは平気そうな顔を出来るのよ……」

「慣れてしまったから…かな」

 

 それはつまり、慣れてしまう程に今までずっと酷い目に遭ってきたという事になる。

 悲劇に慣れるだなんて、こんなに残酷な事は無い。

 

「さ…行こうか。このままだと、本当に本音が虚先輩の淹れてくれた紅茶を全部飲み干してしまうかもしれない」

「うん……」

 

 涙を拭おうとしている楯無の歩幅に合わせるようにして、千影はゆっくりと歩き出す。

 その、ほんの些細な気遣いが千影の優しさを表していて、それを見るだけで更に涙がこみ上げてくる。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 二人が去ってからも、セシリアはその場に座り込んでいた。

 両手で顔を覆い、目を赤く腫れ上がらせながら涙を流し付着けていた。

 

「こんなの…誰にも言えませんわ…。言えるわけがないじゃありませんの…」

 

 特に、最近になって仲のいい箒や一夏が知れば絶対に悲しむ。

 そしてそれは、千影が望む事ではない事をセシリアは理解していた。

 

 最初は千影と話したい一心でここまで後を付けてきた。

 だが、実際には話しかけるどころか千影の秘密を知ってしまう事になった。

 

 たった一人で自分の死と向き合い、それを受け入れながらも最後まで生きようとする。

 だからこそ千影は強い。

 彼女は『生』を背負いながら、同時に『死』を見つめ続けている。

 ずっと、自分達とは違うものを見ていたのだ。

 

「私は知ってしまった……私だけが知ってしまった……」

 

 何かをしなくてはと考えてはいるが、何をすればいいのか分からない。

 変に慰めれば、却って千影を怒らせるだけだ。

 彼女の『覚悟』を侮辱するような真似だけは絶対に出来なかった。

 

「どうすれば…どうすればいいんですの……教えてくださいまし…お母様…お父様……」

 

 今は亡き両親の顔を思い出しながら、セシリアは暫くの間、ずっとその場で泣き続けていた。

 千影の周りで唯一、彼女の秘密を知ってしまった者として、己の無力さを恨みながら…泣き続けた…。

 

 

 

 

 

 




    更に良くしようとして、良いものを駄目にしてしまう事が多い。

                      ウィリアム・シェイクスピア









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ついてく ついてく

         出来るかどうかは知らんさ。
         それよりも、お前がそうしたいかどうかだろう?

                          ヨハン・ゲーテ







「はぁ……」

 

 千影の衝撃的は告白を聞いてしまった次の日。

 セシリアは明らかに意気消沈していて、朝食であるトースト&サラダセットを前にして溜息ばかりを吐いていた。

 

「なんか今日のセシリア、ちょっと元気がないね」

「何かあったのだろうか?」

「さぁ? また『あの子』に何かして怒られたんじゃないの?」

 

 ここで鈴が言っている『あの子』とは、言うまでも無く千影の事を指している。

 あれ以来、鈴とシャルロットとラウラの三人は千影とは話す事は愚か近づく事すらも出来ていない。

 自分達が惚れている一夏と千影が一緒にいる時間が多くなっているにも拘らず、なんでか焦ったり嫉妬したりするような感情が湧き上がらない。

 本人達もその理由は分かっていないが、箒が常に傍にいたり、あの二人が恋愛関係に発展する光景が想像出来ないからだろう。

 

「朝っぱらから溜息ばっかり吐いて、一体どうしたのよ?」

「……え? な…なんですの?」

「聞いてないし……」

 

 鈴の言葉でようやく我に返るが、全く話は聞いていなかった。

 それだけ何かを気にしているという事だが、その理由が全く分からない。

 普通ならば、ここで気を利かせて回りくどい言い方で尋ねるか、もしくは黙って見守るかをするところだが、鈴はそういったまどろっこしい真似は余り好きじゃないので、ここは敢えてストレートに聞いてみることにした。

 

「セシリア…昨日、あの子…皇千影って子となんかあったの?」

「わ…私は別に……。というか、なんでそう思うんですの?」

「明らかに様子がおかしいからに決まってるでしょうが。さっきからずっと溜息ばっかり吐いてるし。そういや、昨夜辺りから既に様子がおかしくなかった?」

「そ…そんな事……ありませんわ……」

(((怪しい……)))

 

 冷や汗を掻きながら目を逸らすセシリア。

 どう考えても何かを隠しているのは明確だ。

 

「それって、あたし達にも言えない事?」

「それは……」

 

 顔を伏せながら口ごもる。

 その反応だけで、相当な秘密を抱えてしまっている事が伺えた。

 

「あ…一夏と箒。それに……」

「皇千影も一緒だな。あいつが朝の食堂に来るとは珍しい」

「えっ!?」

 

 千影の名前が出た途端、セシリアが激しく反応して彼女の方を振り向いた。

 これまでならば一夏の名前で反応していたのに、今回に限っては千影で反応した。

 セシリアの落ち込みに千影が深く関係しているのが確実となった瞬間だ。

 

 そんな風に推理をしている彼女達を尻目に、千影と箒と一夏の三人は仲良く販売機の前に立って朝食を何にするか話し合っていた。

 

「千影は何にするんだ?」

「私は…そうだな。このコーンポタージュにでもするか」

「いいんじゃないか? 朝と言えばコレなイメージってあるしな。んじゃ、俺はこの日替わり定食にでもするか。箒はどうする?」

「こっちの焼鯖定食にでもするか」

 

 スープ系が大丈夫と分かった日から、千影は積極的に食堂に赴くようになって食事を楽しんでいた。

 これまではずっと自分の先入観から諦めかけていた事が、まさかの提案を受けてから状況が一変し、まだ限定はされてはいるが食事出来る物が増えて僅かながら千影の学園生活が充実していた。

 

「ふーん…あの子、あんな顔も出来たんだ」

「とても、あの悪魔に乗っているとは思えないような表情だな」

「うん。どこにでもいる普通の女の子って感じだね」

 

 始めて見る千影の『少女』としての顔。

 鈴とシャルロットとラウラの三人の中での千影のイメージは、初対面の時の印象が強く残っているので、とても意外に見えていた。

 

「千影さん……」

 

 だが、千影の『秘密』を知っているセシリアだけは違った。

 彼女の元気そうな顔を見れば見るほど、胸が締め付けられるような思いになる。

 あの笑顔の下で、今日も千影は命の危機と全身を駆け巡る苦痛と戦っているのだと考えるだけで、また涙が出そうになってしまう。

 

「ちょ…アンタ、マジで大丈夫? なんか泣きそうになってるわよ?」

「私は平気ですわ…。千影さんの苦しみに比べれば、こんなの……」

 

 千影の苦しみ。

 セシリアが迂闊にも言ってしまった、その一言で三人は察してしまった。

 彼女は今の千影の体の事を知ってしまったのではないかと。

 流石に詳しい事は分からないが、それでもセシリアが知ってしまった事は相当な事なのだろう。

 普段はしっかりとしているセシリアが取り乱しかけるほどに。

 

 その時だった。

 食券を購入して並ぼうとした千影が突然ふらついて、よろけてしまったのだ。

 勿論、咄嗟に傍にいた一夏や箒が彼女を支えようとするが、それよりも先に動いた者がいた。

 

「千影さん!!」

 

 いきなり叫びだしたかと思ったら、セシリアが席から立ち上がって全力疾走で千影の元まで行き、倒れそうになった彼女の体を抱きとめたのだ。

 

「セ…セシリア?」

「びっくりした……」

 

 予想外の人物の登場に驚いて固まってしまった二人の傍で、セシリアは必死に千影に呼びかけた。

 

「大丈夫ですかッ!? どこか具合でも悪いんですのッ!?」

「い…いや、私なら心配ないよ。単なる軽い立ち眩みさ。というか……」

 

 キョトンとした表情で、かなりの至近距離でセシリアの顔を見つめる千影。

 本人は自覚していないが、かなりの美人である千影の顔を近くで見る事となったセシリアは、思わず胸をドキッとさせながら頬を赤くしていた。

 

「なんで君が? いや、私を助けようとしてくれた事に関しては感謝の意を述べるよ。ありがとう。だが、私は前に君に対して相当な事を言った筈だ。それなのに、どうしてこんな事を?」

「…千影さんの事が心配だったから…ではいけませんか?」

「いけなくはないが……」

 

 まさか、セシリアの口からそんな台詞が出るとは思っていなかった千影は、次の言葉が出ずに固まってしまう。

 

「千影さんが倒れそうになるのを見た瞬間、体が勝手に動いたんです……」

「咄嗟に…ってことかい?」

「そうなりますわね……」

 

 信じられなかった。

 少し前まで、一夏のご機嫌取りをする事ばかりを考えていた少女が、無意識に自分を助ける為に動いただなんて。

 初めて会った時とはまるで別人のように感じた。

 

「と…とにかく、もう大丈夫だ。心配を掛けて済まなかったね」

「いえ…千影さんがご無事ならば、それで……」

「では、失礼するよ」

 

 軽く手を上げてから、千影は箒と一夏にも謝罪をしつつ列に改めて並ぶことに。

 一時は食堂が騒然となったが、もう終わったと判断したのか、いつの間にか集まっていた生徒達は解散していった。

 

 だが、その様子を離れた場所から見ていた三人はそんな訳にはいかなかった。

 

「凄い勢いだったわね…セシリア」

「あんなセシリア、始めて見たかも……」

「皇千影が原因なのか…?」

 

 戻ってくるセシリアを眺めながら、鈴たちはずっと手が止まったままだった。

 だが、彼女達は知らなかった。

 ここからセシリアの謎の心配性が更にエスカレートしていくことを。

 

 不幸中の幸いなのは、食堂に千冬がいなかった事か。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 休み時間になり、千影はトイレをする為に席を立つ。

 勿論、それ自体は何もおかしなことではない。

 人間であれば誰しも存在している生理現象だ。

 

「…………」

「…………」

 

 廊下を一人歩く千影の背後にて、こそこそと物陰に隠れながら後を付ける一人の少女が。

 かなりの自意識過剰でもなければ、自分が付けられているなんて思わないだろうが、今回だけは違った。

 明らかに視線は自分に向けられているし、その視線には敵意などは含まれていない。

 

(まさかとは思うが……)

 

 『だるまさんが転んだ』の要領でバッと後ろを振り向くと、そこには慌てて隠れようとしているセシリアの姿があった。

 正確には靡いている金色の髪が見えただけなのだが、少なくとも千影はあんな風にロールしている金髪を持つ生徒はセシリア以外には知らない。

 

「なんだというんだ一体……」

 

 彼女の行動の真意が全く読めないまま、千影は女子トイレまで行くことになった。

 結局、教室に戻るまでセシリアのストーキングは続いたのだった。

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 それからもセシリアはずっと千影の後ろを歩き続け、昼休みに昼食に行く時や授業中もずっと千影の事ばかりを見ていた。

 それによって千冬に怒られたのは当然の事だった。

 

 そのまま放課後になったのだが、まだセシリアの尾行は継続している。

 

「まさか、アリーナの予約が全部埋まってしまっているとは……」

「こればかりはどうにもならないさ。そもそも、今までずっと継続して使えたこと自体が奇跡に近かったんだ」

「そういや、前に山田先生が言ってたっけ。基本的にアリーナの使用権限は上級生になればなる程に高くなるって」

「一年生…特にまだ一学期のこの時期は使えない事の方が当たり前なんだよ」

「訓練機も全て使われていたしな……」

 

 つまり、千影たちの放課後の予定が丸々潰れてしまった事になる。

 これから何をするべきなのかを考える為に、今はこうして食堂にて茶を飲みながら話し合っているのだ。

 

「…で、千影。あれはどうするんだ?」

「あれか……」

 

 三人から少し離れた場所にある席には、セシリアが一人座って紅茶を飲みながらこちらの様子を伺っていた。

 これまでならば一夏の事を見ていると思われたが、彼女の視線は明らかに千影一人に注がれている。

 

「朝のあれからずっと、皇さんの後ろを付いて行ってるよなセシリア……」

「あれではまるでストーカーだよ」

「千影の事を心配している…というのは理解出来るが……」

「ちょっと度が過ぎてるよな……」

 

 度が過ぎた心配。

 今朝の過剰なまでの反応。

 それらを考えた時、ある答えが千影の中に浮かんだ。

 

(まさか……)

 

 それを確かめようと席を立とうとした時、彼女のスマホにメールが届いた。

 差出人は虚からだった。

 

「どうした?」

「生徒会室から呼び出しだよ。溜まった書類を片付けるのを手伝ってほしいとさ」

「なんつーか…生徒会っていうよりは、まるで会社だな……」

「ある意味、どっちにも似たようなものさ。特に、このIS学園ではね。それじゃ、少し行ってくるよ」

「分かった。気を付けてな」

「あぁ。ありがとう箒」

 

 そうして千影が残った茶を全部飲み干し、その湯飲みを返却口に戻してから食堂を出ようとすると案の定、セシリアもそれに続くようにして食堂を後にした。

 

「セシリアの奴…あのまま指導とかされるんじゃないのか?」

「千冬姉辺りだと普通に有り得そうだよな……」

 

 千影とセシリア、両方の心配をしながら一夏と箒は茶を飲み続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




          人は、海のようなものである。
          ある時は穏やかで友好的。
          ある時は時化て、悪意に満ちている。
          ここで知っておかなければいけないのは、
          人間も殆どが水で構成されているという事です。


                            アインシュタイン


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きいてたな?

          生きる上で最も偉大な栄光は
          決して転ばない事にあるのではない。
          転ぶ度に起き上がり続けることにある。

                         ネルソン・マンデラ







 メールで呼び出しをくらい、生徒会室への道を一人歩いていく千影。

 基本的に生徒会室に寄りつく人間は少ないので、近づけば近づくほどに人影は少なっていくものだ。

 そうだというのに、まだ後ろの方に誰かがいる気配がある。

 試しに左右を確かめてみるが、自分以外には誰もいない。

 思い切って振り返ってみようかとも思ったが、すぐに隠れられそうな予感がした。

 実際、自分の背後にいる相手はコソコソと物陰に隠れながらストーキングをしている。

 

「…………」

 

 ここでの最善の行動は不意を突く事。

 そう判断した千影は、廊下の真ん中で急に立ち止まり、前を向いたまま声を上げた。

 

「…いつまでそうして私を追いかけてくる気だい? セシリア・オルコット」

「っ!?」

 

 チラッと視線だけを後ろに向けると、物陰からはみ出している肩が明らかにビクッと反応した。

 どうやら、彼女にはスパイとしての才能は無いようだ。

 

「ぐ…偶然ですわね千影さん」

「はぁ…その下手な芝居は止めておいた方がいい。滑稽にしか映らない」

「うぐっ…!」

 

 どうして、その言い訳で通用すると思ったのか。

 冷たい視線を送りながら千影は疑問に感じらずにはいられない。

 

「というか、朝からずっと私の後を着いて来てるだろう?」

「な…何の事かしら? 私にはさっぱり…」

「そもそも、こっちには生徒会室しかないのだが?」

「わ…私も生徒会室に用事がありまして……」

「何の用だ? これでも私は生徒会副会長だ。ここで用件を聞こうじゃないか」

「そ…それは……」

 

 自分の髪を人差し指でクルクルとしながら明後日の方を向く。

 まるでギャグ漫画のキャラのようなリアクションに、千影は大きな溜息を吐いた。

 

「…実は、君に聞きたい事があるんだが」

「な…なんですの?」

「セシリア、まさかとは思うが君……」

 

 一体何を言われてしまうのか。

 なんとなくだがセシリアには想像がついていた。

 

「あの時…楯無会長と私の会話を聞いていたね?」

「はぅっ!?」

 

 なんて分かり易いリアクション。

 答えなんて聞くまでも無かった。

 

「参考までに聞きたいのだが、どこから聞いてた?」

「さ…最初から…ですわ……」

「そうか……」

 

 ここまで来た以上、変に隠しても意味が無い。

 そもそも、千影に嘘などの類が通用しないのは既に分かっていた。

 なのにどうして変な言い訳なんてしてしまったのか。

 今更ながら、セシリアは数秒前の自分を猛烈に殴りたくなった。

 

「千影さんともう一度だけでいいからお話をしたいと思っていたのですが…どうしても上手くタイミングが掴めずにいて、それで……」

「私の後を着けていたら、偶然にも話を聞いてしまったと」

「はい……」

 

 今度は嘘はついていない。

 セシリアは本当に偶然に聞いただけであり、その事をちゃんと反省しているようであった。

 

「ふぅ…聞いてしまったものは仕方がない。もしかして、朝の事も、今日一日に掛けてずっと私の事を後ろから見ていたのも、それが原因なのか?」

「えぇ……あの話を聞いてからずっと、千影さんの事が心配で……」

「…その気遣いだけは受け取っておくよ。悪意は無いようだしね」

 

 どこまでも純粋に自分の事を心配して、あんな過剰な反応をしてしまっている。

 そう考えると怒るに怒れない。

 

「ここまで来た以上、追い返すわけにもいかない…か。どのみち、会長に相談とかはしないといけないだろうしね。というわけだから、一緒に生徒会室まで来て貰えるかな」

「い…いいんですの?」

「いいもなにもない。君が来てくれた方が色々と手間が省けるからね」

「分かりましたわ。喜んでご一緒させて頂きます」

 

 そう言うと、セシリアは千影の横に並んでから、いきなり腕に抱き着いてきた。

 

「…なんで抱き着く?」

「こうしていないと、今にも消えてしまいそうなんですもの」

「…強ち否定も出来ないのが辛い」

 

 こうして、箒が見たら目を血走らせそうな格好のまま生徒会室へと一緒に行くことになった。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「…成る程。それでセシリアちゃんが千影ちゃんと一緒に来た訳ね」

「そうなる。ところで、書類はまだあるのかい?」

「こちらに」

「どれどれ……」

 

 眼鏡を掛けた三つ編みの少女…虚から書類を受け取り、それと目の前にあるパソコンとを交互に見ながら凄まじい速度で入力していく。

 余りのタイピングの早さに指の残像が見えていた。

 

「え…えっと…もしや、タイミングが悪かった…ですかしら?」

「別に大丈夫よ。これぐらいは割と普通にあるから。あ、私が生徒会長で二年の更識楯無ね。よろしく~」

「そして、私は三年で整備課の布仏虚と申します。よろしくお願いしますね、セシリア・オルコットさん」

「よろしくお願いしますわ。ところで、布仏というと、もしや本音さんの…」

「はい。本音は私の妹です」

「やっぱり……」

 

 しっかり者の姉と怠け者の妹。

 完全に対極に位置する姉妹ではあるが、だからこそ仲がいいのかもしれない。

 

「会長。そっちの調子はどうだ?」

「ボチボチって感じ~。そっちはどう?」

「こっちも似たようなもんだ。あ、誤字発見」

「マジ? 修正できる?」

「この程度なら」

「ならやっといて。あら…こっちは計算間違いがあるわ」

「…任せた」

「はいは~い。他ならぬ千影ちゃんの頼みならね~」

 

 流石は会長と副会長。

 抜群のコンビネーションで次々と書類の山を片付けていく。

 

「最初、一年生の千影さんが生徒会副会長だと聞かされた時は耳を伺いましたけど、今は納得できましたわ……」

「でしょ? 次期生徒会長は間違いなく千影ちゃんよね~」

「悪いが、出来るかどうかも分からない事を約束する気はないよ」

「もしかしてって事もあるかもしれないでしょ? 未来は可能性で満ち溢れてるのよ?」

「可能性…ね」

 

 そう聞いて最初の頭に浮かぶのは、全身から心の光を放つ三体の可能性の獣達。

 覚醒の果てには神へと至る可能性すら秘めていた。

 

「オルコットさんは気になさらずに、紅茶でも飲んでいてください」

「あ…ありがとうございますわ。布仏先輩」

 

 虚に気を使われつつ、彼女の淹れてくれた紅茶を一口。

 その美味しさに、思わずセシリアは目を見開いた。

 

「お…美味しい…!」

「それは良かったです」

 

 こんなにも美味しい紅茶なんてイギリスでも飲めるかどうか。

 まさか、日本でこんな絶品の紅茶を飲めるとは想像もしていなかった。

 

「お嬢様。千影さん。もうそろそろ御休憩をなさってはいかがですか?」

「そうね…丁度キリがいいところだし」

「私も賛成だ。これは、小休止を挟みながら頑張らないと、先にこっちが潰れてしまうよ」

 

 大きく背中を伸ばしながら千影も頷く。

 そうして、生徒会室は一気にリラックスした空気に包まれる。

 

「…それで? やって来て早々に仕事をして貰って話しそびれてたけど…セシリアちゃんがあの時の話を聞いてたってホント?」

「そうらしい。そのせいで、半ば私のストーカーになりかけてたし」

「うぅ…それは言わないでくださいまし……」

 

 幾ら心配だったとはいえ、流石にやり過ぎたと今では猛省している様子のセシリア。

 本人が悪いと思っているのならば、これ以上は何も言わない。

 

「にしても…そっか…聞いちゃったか……」

「はい……」

 

 身近なクラスメイトの寿命があと僅か。

 そんな事、普通の学園生活ならばまず考えもしない事だ。

 だが、それが確固たる現実として今そこにある。

 本人は全てを受け入れているが故に涼しい顔をしているが。

 

「大丈夫だとは思うけど、千影ちゃんの事…誰にも話してはいないわよね?」

「も…勿論ですわ! というか…これだけは絶対に誰にも話すべきではないと思ったというか……」

「賢明な判断だわ。学校という場所は一種の閉鎖社会なの。少しでも変な噂が立てば、それはあっという間に端まで広がっていく。その途中で余計な尾鰭や背鰭をくっつけてね」

「変に注目されるのだけは絶対に御免だからね。だからこそ、私だってこの事は誰にも話さないようにしている訳だし」

 

 なんてことを言ってはいるが、千影本人は全く気が付いていない。

 今や、学園で一番の有名人となっている一夏と行動を共にする機会が増えた事で、必然的に千影にも注目が集まってきている事を。

 

「ところで…更識先輩と布仏先輩は、一体どこで千影さんの体の事を知ったのですか?」

「あぁ~…それね」

 

 眉を顰めながら虚と顔を見合わせる楯無。

 どうやら、彼女達も余り良くない状況で彼女の余命について知ったようだ。

 

「…あれは確か…まだ新学期が始まってから少ししか経ってない頃…アナタと織斑君が決闘騒動をしていた頃かしら」

「うぐ…!」

 

 己にとっての黒歴史を、まさかこんな形で掘り返されるとは。

 思わぬ不意打ちにセシリアは胸を押さえ込んだ。

 

「あの事に関しては今更どうこう言うつもりはないわ。問題はそこじゃないし」

「当時、私達はお嬢様の専用機の整備をする為に整備室に足を運んでいました。するとそこに……」

「苦しそうに顔を歪めながら倒れ込んでいる千影ちゃんを発見したって訳」

「息も絶え絶えになっていて顔も真っ青になっているのを見てただ事じゃないと判断した私達は、すぐに保健室に彼女を運びました」

「幸いなことに、保健室には誰もいなかったから無断でベットを借りて千影ちゃんを休ませたのよね。で、その後に意識を取り戻した彼女から事情を聞いたって訳」

 

 同意を求めるように千影に視線を向けると、いつの間にか淹れてくれていた虚の紅茶を静かに味わっていた。

 

「あの時、私はターミナスの整備と点検、それから軽い慣らしをやっていたんだ。でも、慣らしとはいえアレに乗る以上は必然的に……」

「薬を打つ必要がある。その副反応で倒れてしまった…と」

「あぁ。目が覚めた時に二人から何度も問い詰められてね。大人しく観念して白状したってわけさ」

「その際、千影ちゃんは誰にも言わないように私達に頼み込んだの。騒ぎにだけはしたくない…ってね。それには私達も同意出来たし異論は無かった。けど、情報ってのはどこから漏れるか分からないのが常。だから…」

「千影さんには生徒会に入って貰う事にした…というわけです」

「入部をする部活に困っていた私からすれば大助かりだったけどね。その後、いつの間にか副会長になっていた時には普通に驚いたけどね」

 

 ある日突然に学園のナンバー2に就任させられていたのだから、例え千影でなくても驚きは隠せないだろう。

 実際、千影は副会長になった事を知らされた時、真顔で固まっていた。

 

「後は、私達がボロを出さなければ大丈夫…の筈だったんだけどね…油断してたわ」

「生徒会室の近くだからと言って、廊下で話したのは拙かったな。今後はもっと気を付けなければ」

「そうね。不幸中の幸いは、聞いたのがセシリアちゃんだった事ね。これがもし薫子ちゃんとかだったりしたら……」

「次の日は愚か、10分後には学園中に広まっていただろうな……」

 

 因みに、ここで名前の挙がった『薫子』とは『新聞部』の副部長で整備課でもある二年生の『黛薫子』の事を指している。

 セシリアは以前に一度、一夏のクラス代表就任パーティーの際に知り合っている。

 

「そ…そんなに凄いんですの?」

「まぁね。三度の飯よりも噂話が好きな子だし」

「新聞を読んで貰う為なら平気で捏造とかしますしね」

「そういえば、あの時もそんな事を言ってたような気が……」

 

 決して性根が悪い少女ではないのだが、どうも自分に正直すぎるきらいがある。

 なので、生徒会としても目の上のたんこぶなのだ。

 

「それはそれとして。千影ちゃんの事は今後も黙っておいて頂戴」

「承知しておりますわ。特に…一夏さんや箒さんには絶対に言えませんわ…」

 

 あの二人が千影の余命について知ってしまったら、どんな反応をするか。

 今のセシリアには手に取るように分かってしまう。

 

「それと、織斑千冬にもな」

「織斑先生にも?」

「あぁ。理由は分からないが、あの女は私にしつこく迫ってくることがある。その度に教師風を吹かせられる方は溜まったもんじゃない」

「あの織斑先生が…ねぇ……」

 

 傍から見ていると、贔屓とかはしないような感じがしているが、楯無と虚は千影から指摘を受けてから改めて彼女の事をよく観察する事で、その考えが間違っていた事を知る。

 それ故に彼女についてもそれなりに注視はしていた。

 まさか、千影に近づいていたのは知らなかったが。

 

「了解よ。織斑先生にも黙っておきましょう。当然、副担任の山田先生にもね」

「それが宜しいかと。あの先生は信用は出来ますが、ふとした拍子に口を滑らせる可能性がありますから。用心を重ねるに越したことはありません」

 

 虚の言った事に全員が強く頷く。

 こうして、図らずもセシリアも彼女達と同じ秘密を共有することになったのだった。

 

「そういえば、本音さんもこの事は知っているんですの?」

「いいえ…千影さんに懐いているあの子には、余りにも酷な現実ですから…」

「そうですわね……」

 

 あの明るい少女が千影の近い未来の事を知ってしまったら、絶対に悲しみに暮れてしまうの違いない。

 最悪、立ち直れないぐらいの心の傷を負ってしまうかもしれない。

 

「その本音は今日は呼んでないのか?」

「…あの子が、この手の仕事で戦力になると思う?」

「あぁ……」

 

 一応、生徒会書記であるにも関わらず、書記らしいことを一切していないとはこれいかに。

 自分がいない所で密かにディスられている本音であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




            辛い想いは全てプラスになる。
            苦しかった事、悲しかったことが、
            いつか必ず花開く時が来る。
            辛いこと、悲しい事は
            幸せになる為に必要事項。
            花開き、実を結ぶ時に
            辞めてしまってはいけない。

                         三輪明宏


 


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ゆめであるように

             人生はどちらかです。
             勇気を持って挑むか。
             棒に振るか。

                     ヘレン・ケラー








                      


「臨海学校?」

 

 それは、私が生徒会室にていつものように書類整理をしている時だった。

 徐に楯無会長がそんな事を言ってきたのだ。

 

「そうよ。この時期になると毎年、一年生はここからバスで二時間ぐらい行った所にある海沿いの旅館『花月荘』に二泊三日の間、宿泊しているの」

「二泊三日…か。しかし、林間学校なら聞いたことはあるが、臨海学校とは初耳だな」

「まぁ…私も割と今時では珍しいとは思うわよ。夏休み直前の時期に行くんだから」

 

 言われてみれば確かにそうだ。

 徐々に気温が上がってきているとはいえ、まだまだ夏本番とは言い難い。

 いや…だからなのか?

 

「この時期ならば、まだ海にも観光客などが少ないからでしょうね」

 

 私達に紅茶を淹れながら、虚さんがこちらの思った事をそのまま言ってくれた。

 前々から思っていたが、この人はどうも鋭すぎやしないか?

 

「一年が行っていた…ということは、去年は会長達が行ったのか」

「そうなるわね。スケジュールは全く変わってないと思うから、今のうちに教えてあげましょうか?」

「ふむ…そうだな。別に、先に知っておいても問題は無いか」

 

 そこまで何かを期待している訳ではないからな。

 私は他の皆とは違い、海や夏に対してそこまでの思い入れは無い。

 

「まず、一日目は基本的に自由時間で、何をしていてもいいわ。と言っても、殆どの子達は海に行って遊ぶんだけど」

「だろうな。では二日目は?」

「ISの実地研修。流石に、その内容は毎年変わっているわ。別に、そこまで小難しい事はさせないとは思うけど」

「遊びまくった次の日に面倒くさい事をさせられたら、誰だってモチベーションが下がるだろうしな」

 

 因みに、私の場合はそんな事は無い。

 何故かって? 最初からモチベーションなんて無いからだよ。

 

「本音は臨海学校の事は知ってたのか?」

「うん。お姉ちゃんから教えて貰った~」

 

 そう言えば、こいつは虚さんの妹だったな。

 性格が真逆すぎるから、どうも忘れがちになってしまう。

 

「ところで、千影ちゃんはもう水着は買ってあるの?」

「水着?」

「そうよ。一日目の自由時間は、皆が各々に好きな水着を着て過ごしていいの」

「水着…ねぇ……」

 

 学校指定の水着ならばともかく、プライベート用の水着なんて一着も持ってない。

 特に拘りも無ければ、見せたい相手もいないし、無理をして買う必要はないのでは?

 

「千影ちゃん…今『別に無理して買わなくてもいいんじゃない?』って思ったでしょ」

「何故バレたし」

「そんな顔をしてたからよ。千影ちゃんも女の子なんだから、偶にはファッションを気にした方がいいわよ? そんなに美人なんだから、着飾らないと勿体無いわ」

「そう言われてもな……」

 

 何が自分に似合うとか全然分からないし。

 一人で水着を買いに行くのは流石に抵抗がある。

 

「今度の休みの日にでも、箒ちゃんやセシリアちゃん達と一緒に行って来たら?」

「あの二人とか……」

 

 なんだろうか…着せ替え人形になる未来しか見えない。

 夢見る双魚を使わなくても分かるぞ。

 

「私も一緒に行く~」

「本音もか?」

「うん! チカチカに可愛い水着を選んであげる~!」

「嫌な予感しかしない……」

 

 本音の感性は私達とはかなりズレているからな…。

 好きにさせていたら、それこそ何を着せようとしてくるか分からない。

 彼女の事だから、勝手についてきそうだしな…。

 って、なんかもう行くことを考えてる?

 

 …私も段々とこの学園に染まってきているのか……。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 その日の夜。

 部屋割りの都合上、一人部屋となっている千影は中々に寝つけずに静かな夜を暗闇とベットの中で過ごしていた。

 

(あの時…私が夢見る双魚のスフィア・アクトで見たビジョン…。銀色の機械天使が紅と白のISと戦っている光景…あの背景は確か澄み切った青空だった。まさかとは思うが、今度行くと言う臨海学校でなにかあるんじゃないだろうな…)

 

 楯無から臨海学校の話を聞いた時から、ずっとその事が頭の中で引っかかっていた。

 基本的に、夢見る双魚は遠い未来のビジョンは見せない。

 見せるのは近い未来のビジョン。

 一番近いのでは数分後から数時間後の未来。

 一番遠いのでは数日後や数週間後。

 一ヶ月以上や一年以上の未来は見通す事は出来ない。

 

(正直、最初は臨海学校なんて行くつもりは無かったが…あのビジョンが臨海学校で起きる何かを示しているのならば…行かない訳にはいかないか)

 

 友達は守る。例え、何を犠牲にしても。

 その結果、彼女達を悲しませることになったとしても。

 友達の命は何にも代えがたいのだから。

 

(もしかしたら…今度の臨海学校が、この世界における私の命日になるかもしれないな……)

 

 体の具合から、自分が戦える…ターミナスに乗れる回数はあと僅かであると認識している。

 これ以上、薬を使っての戦闘は機体よりも先に体の方が限界を迎えるだろう。

 だとしても、やるしかない。やる以外の選択肢は無い。

 

(ん…なんだ?)

 

 いきなり、枕元に置いているスマホが揺れた。

 夜なのでマナーモードにしてあるのだ。

 

(メール…? 一体誰から……)

 

 メールボックスを開いて確認してみると、その相手と内容に千影は目を見開いた。

 

「これは……」

 

 目を動かして一文字一文字読んでいく。

 全て読み終わった後、すぐにメールを削除した。

 

(まさか『アレ』を用意するとはな…。いよいよ本格的に私の事を切りに来たか。まぁ…無理もないか。壊れかけの玩具をいつまでも使い続けるほど、奴等も暇じゃないだろうしな…)

 

 スマホを閉じてから再び枕元に置き、モゾモゾとベッドの中に潜り込んでから体を丸くする。

 それから程なくて、千影は静かな眠りに付いた。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 次の日の朝。

 教室に担任がやって来てHRが始まる。

 始まる寸前に織斑君がシャルロット・デュノアに抱えられてやってきたが、何かあったのだろうか?

 校舎内で堂々とISを展開していた事で、二人は揃って放課後に教室の罰掃除を命じられていた。

 こればかりは仕方がない。幾ら遅刻するかもしれないとはいえ、校則を破ってはいけない。

 というか、どっちにしろ罰を受けるのであれば、大人しく遅刻をしておいた方がまだマシだったんじゃなかろうか?

 

「来週から始まることになる『校外特別実習期間』だが、決して忘れものなんてするなよ? たった三日間だけとはいえ、この学園から離れることになるのだからな。自由時間に羽目を外し過ぎて迷惑など掛けないように」

 

 校外特別実習期間って…臨海学校と普通に言えないのか?

 どうして小難しい言葉を無理に使おうとする?

 背伸びをしているのが見え見えだ。

 

 因みに、今日は副担任である山田先生は来ていない。

 なんでも、臨海学校に向けての視察に行っているのだとか。

 視察って…去年も同じ場所に行ったのだろう?

 それなのに、どうして視察が必要になる?

 

(いや…違うな。実際には視察という名の休暇だ。山田先生はあんな女の元で副担任なんかさせられているんだ。私達が想像している以上にストレスも溜まっている事だろう。こんな時ぐらい、ゆっくりと休ませてあげないと)

 

 山田先生には色々と同情する部分があるからな。

 偶には一人でのんびりと羽を伸ばしてきてほしい。

 

「では、これで朝のHRを終了する。号令」

 

 終わりか。

 織斑君達のせいで、朝から妙に濃い時間だったな。

 本当に、この一年一組に平穏は無いのだろうか?

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 昼休みになり、皆で一緒に昼食を取っていると、隣に座っていた箒が意外な一言を言ってきた。

 

「千影は今度の臨海学校用の水着は持っているのか?」

「いや…持ってないな。そもそも、プライベート用の水着は一着も持っていない」

「それはいけませんわ! 千影さん!」

 

 私の身体の事がバレてから、普通に私達と行動を一緒にするようになったセシリア(本人がそう呼んでほしいと言ってきた)が急に叫んだ。

 一体、何がいけないのだろうか。

 

「今年の夏は今年しかないんですのよ? それを学園指定の水着で過ごすだなんて勿体無いですわ」

「君も会長と同じような事を言うんだな、セシリア……」

 

 私の周りの人間の思考回路は意外と似ているのかもしれない。

 こちらの事を考えてくれるのは嬉しいが、それとこれとは話が別な訳で。

 

「セシリアの言う通りだ。折角だし、今度の休みにでも一緒に買いに行かないか? 私も新しい水着を買おうと思っていたんだ」

「しかしだな…そもそもの話、私のような貧相な女に似合う水着なんてあるのだろうか?」

「いや…言うほど貧相ではないと思うぞ?」

 

 なんでか顔を赤らめながら言ってのける箒。

 そんなに恥ずかしい事か?

 

「なんでしたら、私が千影さんの水着をコーディネイトさせて頂きますわ」

「セシリアが?」

「えぇ! 必ずや千影さんにお似合いな水着を見つけてみせますわ!」

「そこまで言うのなら……」

 

 彼女の善意は無下に出来ないし、どんな水着を選んでくるのかも興味がある。

 まぁ…過度な期待はしないでおくが。

 

「私も一緒に行く~」

「本音…いつの間に」

 

 話をしている間に本音もやって来ていたようで、普通に話に入ってきた。

 そういえば、この前から一緒に行く的な事は言っていたな。

 

「つーか、皇さんってスタイルいいから、どんな水着でも似合いそうだけどな」

「ちょっと待ってくださいまし。どうして一夏さんが千影さんのスタイルの事を知っていますの?」

「いや、それはアレだよ。皇さんにISの事で教えて貰う時にISスーツ姿を見てるから……」

 

 私のISスーツは他の皆とは違って、首から下の全身に渡って素肌にぴったりとフィットするタイプのもので、見ようによってはモロに体のラインが出ていることになる。

 前に会長から『そっちの方が逆にエロい』と言われてしまった。

 あれ…動き易くて割と気に入ってるんだがな。

 

「そういえば、千影さんのISスーツはかなり特殊でしたわね…」

「機体が機体だからな。スーツの方も特殊になりがちなのさ」

「確かに、全身装甲タイプのISに乗る際には、専用のスーツに着替える必要があると教わった事がありますわ」

 

 流石は代表候補生。授業では習わないような事も知っているか。

 話が早いのは普通に助かる。

 

「一夏…あれほど、千影の事を変な目で見るなと言っているのに…!」

「あっ!? いや、違うんだぞっ!? 自然と目に入ってしまうと言うか、不思議な魅力があるって言うか……」

「どっちも一緒だ! ったく…一夏。今度の水着の買い出し、お前も一緒に来い。罰として荷物持ちをしろ」

「えっ!? いや…別にいいか。普段から皇さんには世話になってるし、少しは恩返しをしないといけないしな」

「そうですわよ。唯でさえ、千影さんはお身体が余り丈夫な方とは言い難いのです。紳士として、一緒に来るのは当然ですわよ? 一夏さん」

 

 なんか、自然な流れで皆で一緒に水着を買いに行く流れになってるんだが…。

 正直、今から不安しかないんだが…本当に大丈夫だろうか?

 織斑君はブレーキ役としては少々、頼りないしな…。

 本音に至っては、一種の暴走特急みたいなもんだし。

 この際、誰でもいいからこのメンバーを御せる人間が一緒に来てくれ…。

 

 

 

 

 

 

 




           疑わずに最初の一段を上りなさい。
           階段の全てが見えてなくてもいい。
           兎に角、最初の一歩を踏み出すのです。


                          キング牧師



 
             


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