カミサマにお願いして人類を裏切った勇者に事の次第を問いただしにいったらTSしてるし何も憶えてないどころか時間が巻き戻ってるんだが? (覇王ドゥーチェ)
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カミとの遭遇

初投稿です。


 俺は前を行く二人に気付かれないようそっと振り向き、口の中で呟いた。たった三人かよ、と。

 

「どうかしたか?」

 

 どうやら振り向いたまま、足を止めてしまっていたらしい。後ろからの足音が止まった事に、『勇者』──光属性剣士でただ一人、昇格(クラスアップ)に成功した男、勇上(ゆうがみ) (ひじり)は耳ざとく気が付いたのだろう。

 

「いや……誰か追いついて来てねぇか見ただけさ」

 

 胸中によぎった弱音をそのまま口に出すか悩んだのは一瞬だった。今更取り繕ったところで、何も変わりやしない。

 

「……そうか。彼らが時間を稼いでいるうちに、今は先へ進もう」

 

「分かってるさ……分かってる」

 

 ここに入った時、俺達は十人だった。それが今はたったの三人だ。俺達を先に進ませるために、足止めに残った七人は今頃……。

 

「急ぐ」

 

 感情を持たない傀儡(くぐつ)のような声だった。物言わぬ(むくろ)が喋ったかのような違和感。この女の声を聞いたのはいつぶりだ……? 巷では『聖女』と呼ばれている、光属性魔法使いで唯一の昇格(クラスアップ)に成功した女、椎堂(しどう) 真理亜(まりあ)は先程までのやりとりにまるで興味がないかのように端的に喋った。

 

「ああ……」

 

 冷や水を浴びせらた気分になった。前を行く二人に続いて足を動かしながら思い出す。思えば今までもこの女が喋るたびに背筋が凍る思いをしている。人間味を感じない程の美貌がそう感じさせるのか、俺が反対属性の魔法使いだからか。整った顔と金糸のごとき髪をヴェールとフードで隠し、女性らしい肢体はだぼついたローブに隠されシルエットすら分からない。ヴェール越しに見える椎堂の顔は能面のように凍り付いたままだ。その一方で、勇上は余裕があるかのようにいつも通りの笑顔を張り付けている。憎たらしいほどにいつも通り、とはいかず、緊張か疲労からかその額には汗が浮き出て、黒い前髪が張り付いている。無理もない。今の今まで最前線で剣を振り続けていたのだ。仲間達が一緒にいた、つい先程まで。

 この思考が現実逃避なのは俺が一番分かっている。しかし現実を直視できない。したくない。仲間の命を犠牲にしてまで成し遂げねばならないのか、とか、何か他に手立てがあったのでは、とか、後ろ向きの事しか出てこず、顔はうつむき足が自然と止まるからだ。

 

「……っと、わりぃ、なんかあった──か?」

 

 考え事をしたまま進んでいたので、前を行く勇上が止まった事に気付かずぶつかってしまった。そして、顔を上げて、勇上が足を止めた理由が目に入った。

 扉だ。とても大きな扉が石造りの通路の先にあった。高さから推測するに、身長十メートル以上の存在が利用するために作られた扉のように思える。扉は完全に閉まっておらず、人一人が入れるだけの隙間が空いていて、そこからは冷気のようなもやと青白い光がこちらに漏れ出ている。濃密な魔力の気配……これまでに感じた事がない程の魔力を扉の先から感じる。

 

「……魔神はこの先だ。椎堂、神之木(かみのき)、準備はいいか?」

 

 椎堂は首肯で返した。俺はありったけの支援魔法で返答とした。物理的な攻撃を一度だけ防ぐ魔法、魔法的な攻撃を跳ね返す魔法、致命的な攻撃を魔力で肩代わりする魔法、弱体魔法の効果を減衰する魔法、相手の魔法抵抗を貫通する魔法。物理的に与えるダメージが増える魔法等……魔神相手にどれだけ通用するかは分からないが、気休めにはなるだろう。闇属性魔法使いの本領発揮だ。後は戦闘中の弱体魔法と支援魔法を切らさないが俺の仕事だ。

 攻撃は勇上、回復は椎堂、支援は俺とバランスは取れている。なんとかなるはず……いや、なんとかするしかない。俺達に残された道は扉の先にしかないのだから。

 勇上が先陣を切り、扉の隙間から中に入った。椎堂と俺もそれに続く。

 

 扉の先は、一つの部屋だった。中央に巨大な球体が浮遊している。部屋に充満する魔力は、その球体から発せられているようだ。あの球体が、魔神なのか……? 俺達が部屋に入ってもなんの変化も見せない球体は、ただゆっくりと浮遊し回転しているように見える。

 

「……どうする、勇上。先制攻撃できそうだが……?」

 

「その必要はない」

 

 勇上は懐から短剣を取り出した。背に吊るした聖剣があるにも関わらず、そんなちゃちな短剣で何をするつもりだ? それに、必要がないとはどういう──

 

「これで終わりにする」

 

 勇上は短剣を頭上にかざした。すると、これまで変化を見せなかった球体にひびが入り、そのひびから青白い光が噴出した。勇上の攻撃動作に反応したのか? 俺は弱体魔法をいつでも発動できるよう身構えた。ここからは勇上の行動と魔神の動きに合わせて最適な支援魔法と弱体魔法を発動する必要がある。まずは勇上に視線を向けて、それから勇上の……勇上?

 

「──あ、ぇ?」

 

 勇上は魔神に背を向けて、こちらを向いていた。いや、こちらに短剣を振りかざしていたと言うべきか、振り下ろしていたと言うべきか。魔神に気を取られていた俺は、その短剣が俺の胸に突き立つ瞬間をなす術なく見ている事しかできなかった。

 俺の支援魔法を軽々と貫通したその短剣は、ただのちゃちな短剣ではなかったのだろう。聖剣と同じく、魔法抵抗を貫通──いや、それ以上か。俺の支援魔法をものともしなかったという事は、魔法的な防御を無効化する短剣だ。魔神相手にはなんと心強い武器だろうか。きっと、その短剣を敵に振るうには、仲間の命を吸わなければならなかったのだろう。そうだよな勇上? 信じていいんだよな? 言ってくれれば魔神を倒すために俺の命を捧げるくらいどうって事は──

 

「ゆう……がみ……?」

 

 なんだってそんな目で俺を見る? それが仲間に向ける目か? これから出荷される家畜だってそんな目で見ないだろ? なぁ勇上──

 

これで は   。   にして  、   

 

 ひびが入った球体に話しかける勇上。耳が遠い。何を言ってるのか頭に入ってこない。視界もぼやけてきた。きっと魔神を相手に勝利を確信し、言い残す事はないか、なんて慢心しているんだろう。お前らしくないぞ勇上。そんな口上はいいからさっさと魔神に攻撃を──

 球体のひびが大きくなり、そのすきまから出たしょくしゅがゆうがみとしどうをつらぬいた。ほら見たことか。おれがいなかったらどうするつもりだったんだ? ぶつりぼうぎょを上げるしえんまほうがゆうこうか。しどうのかいふくとおれののしえんがあればゆうがみはむてきだ。まずぶつりてきこうげきをふせぐしえんまほうをかけなおして──

 どうしたんだゆうがみ、なんでうごかない。しどうはなんでかいふくまほうをつかわない。おれはいつまでねころんでるんだ。ほら、うえからみたらまじんのうごきなんてまるわかりだぞ。そんなしょくしゅにまけるわけがわけがわけがわけがわけが──

 わけが、わからない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勇上ィィィイイイッッ!!!

 

 誰かの絶叫で目が覚めて飛び起きた。

 

「おや、開口一番それかい。元気だねぇ?」

 

「こ、こは……?」

 

 ダンジョンだ。直感的に理解した。ここはダンジョンだ。四方は闇に……いや、夜空のように見える。床も天井もない。だが浮いているわけではなく、透明な硬い板にでも寝ころんでいたようだ。目の前にいるのは巨大な人型モンスター。喋る、モンスター? 理解が追い付かない。状況を整理するべきだ。

 俺の名前、神之木(かみのき) 拓也(たくや)。属性、闇。戦闘スタイル、支援特化魔法使い。魔神を倒すべくダンジョンに挑んだ。そして、魔神ではなく『勇者』勇上に殺され──

 

「ココア、飲むかい?」

 

 巨大なモンスターが巨大なマグカップを差し出してきた。マグカップがこちらに近づくにつれて俺でも片手で持てそうな大きさに変化していく。いや、なんでココア……? そもそもどこから出した……? 大きさの変化は何故……? 疑問が尽きない。

 

「ありゃ、いらないのかい」

 

 マグカップが目の前で消えた。中に入っていたであろうココアごと。一瞬感じたココアの香りだけが先程までそこにココアがあったのだと証明していた。いや、ココアはもういい。今最優先で考えるべきなのはこのやたらと友好的な、喋る巨大モンスターだ。

 

「あ、ボクゥ? ボクはねぇ」

 

 どうやら自己紹介をしてくれるらしい。というか、こちらが考えている事が筒抜けみたいだな。

 

「ギシンと呼ばれているよ。よろしくねぇ。あ、読心はカミサマ的存在の基本技能だから諦めてねぇ?」

 

 ギシン……シンが神ならギは──

 

「本題に入ろうかぁ? 解釈は人次第だから、これからのボクを見て決めるといいよぉ?」

 

 本、題?

 

「そう、本題。君はぁ、マジンを倒す志半ばで斃れちゃいましたぁ。合ってる?」

 

 合っている。俺を入れた十人で、人類最精鋭とまで呼ばれた十傑の全員で魔神を倒すべくダンジョンへ挑み、魔神を倒すことなく死んだ。魔神に倒されたのではなく、『勇者』勇上の──裏切りによって。

 なんでだ勇上。なんで言ってくれなかったんだ……。俺達は、お前にとってのなんだったんだ……?

 

「そう、『ユウシャ』が人類を裏切らなければ、君が死ぬ事は無かったぁ」

 

 そうかも知れない。ただ、このギシンの言葉を信じるに足る根拠は無い。

 

「んふふ、『ユウシャ』にマジンを倒すつもりがあったなら、君達は十人でマジンに挑み、勝利していたぁ。信じなくてもいいよぉ? ──ただの事実だから」

 

 事実……? 事実と言ったか。まるで見てきたかのように語るこいつは……?

 

「まぁた本題からそれちゃったねぇ。さぁ、君の望みを叶えよう、と言ったら……君は何を望むぅ?」

 

 望み…望み……。人類の、解放。魔神が人類に与えた影響の、排除。

 

「君が望むのはマジンのいない世界かなぁ? そうじゃないよねぇ? マジンの恩恵にどっぷり浸かって、良い思いもしたでしょぉ?」

 

 魔神の、恩恵。……魔法。

 

「マジンが魔法を与え、魔物を生み出し、君達みたいに戦いしか能がない人間を救ったぁ」

 

 …………。

 

「さぁ、もう一度、君の望みを教えて?」

 

 俺の、望みは……。

 

「うんうん、そうだよねぇ? 今度こそマジンに勝って、英雄になるんだよねぇ? そのためには、お邪魔虫がいるねぇ? 人類の希望で、人類の裏切り者で、君を殺した──」

 

勇上と、話したい

 

「──今、なんて? もっかい言ってみて?」

 

「勇上と話して、納得できればそれでいい」

 

「…………」

 

「それだけで、よかったんだ……」

 

「……………………」

 

「頼むよギシン。お前がカミサマだって言うなら、これくらい叶えてくれよ……」

 

「うーん、どうしよっかなぁ。まぁ、いいよ。その望み、叶えてあげるよ。安心するといい。ボクは望みに対価を求めるような悪神じゃないからね?」

 

 ありがとう、と口に出す前に、足場となっていた板がなくなり、俺は夜空の中に落ちていった。死ぬ時とは逆の感覚だなぁ、とか、これから勇上と何を話そうかなぁ、とか、呑気に考えながら俺の意識は夜空の中を落ち続け、溶けていった。



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実際豊満だった

 ふと気が付けば、先程までのどこまでも落ちていく感覚はなく、今はまるで母の羊水の中にいるかのようだった。ま、そんな赤ん坊の時の記憶なんて残っちゃいねぇけど。……そう感じさせる程の安心感があった。生きている。魔臓が血液と魔力を体中に送り込んでいる感覚は、ギシンと相対している間には感じなかったものだ。あの時は混乱していて……錯乱していた。あの空間に妙な効果があったかギシンによって正常な判断が妨げられていたのかは判別できないが、今はただ本能のまま生を喜び叫ぼう!

 

がぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ(生きてるって素晴らしい!)──んごご(んんん?)?」

 

 塩素臭い水が口と鼻から入ってきた。この感覚は……プールで溺れた時にそっくりだ。いやぁ、懐かしいなぁ。四年ぶりぐらいか? 部隊実習の一か月前にようやく泳げるようになるまで、水泳の教務では毎回のように味わった感覚だ。

 というか……俺、マジで溺れてね?

 

が、がぼぼぼぼぼぼぼぼぼ!(だ、誰かたすけてくれぇ!)

 

 や、やばい。慌てて水面へ上がろうとするが、がむしゃらに手足を動かしても水面までが遠すぎる。指先が水面へ届いたが、それが限界だった。沈む。死の気配が近づく。体は間違いなく沈んでいるのに、それを上から眺めている俺がいる。おいおい、死んだわ、俺……。

 やっちまった。せっかく生き返ったのに、秒で死ぬとか……。いや、そもそも本当に生き返ってたのか? てっきり死後の世界的なところで勇上と話せると思っていたんだが……。ギシンに感謝すべきか恨むべきか迷いどころだなぁ。沈んでいく俺の体を眺めながら、益体もない事を考えつつ二度目の死を──

 迎える前に、俺の体は助け出された。俺の助けを求める声を聞きつけたわけではないだろう。いつもはポニーテールにしている燃えるような赤い髪を、今は水泳帽子の中に引き詰めて、競泳水着では到底隠し切れない豊満な体で俺の体を水面まで、いや、プールサイドまで引き上げた。もう会えないと思っていた人だった。

 現役時代に『紅蓮』の二つ名で呼ばれた彼女は、火属性剣士で初めて昇格(クラスアップ)した元十傑の一人だ。現役引退後、後続の育成のため教育隊で体育教官として勤め、人工島ノアに攻め込んだ魔獣から生徒達を守るために戦い、散った。

 

「回復持ちは集合! 走らず急げ! 各自、準備でき次第回復魔法を使え! 戻ってこい神之木ィ!」

 

 懐かしい顔ぶれが俺を囲む。どうやらここは死後の世界だったのか、どいつもこいつも死んだやつばかりだ。死んでも魔法って使えるんだなぁ。いや、魔臓が動いてりゃ魔力はあるんだし、当たり前か。死後の世界で魔臓が動いてるのはよく分からんが。

 回復魔法のおかげか、さっきまで俯瞰で見ていたはずの俺の視界に、(あかつき)教官の泣きそうな顔が入ってきた。

 

「気付いたか神之木! 自分の名前は言えるか!? まだ立ち上がらんでいいからな!」

 

 とっさに起き上がろうとした体を押しとどめられた。背中にプールサイドのざらつきを感じながら自分の名前を答える事にした。

 

「おろ、おろろろろろろ」

 

 やぁ、俺の名前はおろおろろろろろろ……すんません、ちょっと口から水が出ただけなんです。俺の名前は神之木 拓也なんです。せめて俺の名前だけは憶えて帰って下さい……。

 暁教官は俺の肩と腕を素早く引き、回復体位を取らせた。優しく俺の背中を撫でる暁教官の手に、俺はバブみを感じ……てる場合じゃないよな、流石に。

 

「……ありがとうございます、暁教官。神之木学生、異常ありません」

 

 つい学生時代の癖が出た。教育期間中はともかく、部隊配属後に自分の名前の後に学生を付けるなんて許されない。やばい、怒られる──

 

「……まだしばらく寝転がっておけ神之木学生。まったく、少しは泳力を身に付けたと思えばすぐにこれだ。溺れる前に溺れますと言っておけ……」

 

 どうやら暁教官は乗っかってくれたみたいで助かった。溺れる前に、とは無茶ぶりも無茶ぶりだが、暁教官のあんな顔を見た後では茶化す気にもなれない。

 

「すみませんでした……」

 

 俺は素直に謝った。状況はまだ理解できていないが、暁教官がいなければ二度目の死を経験していたのは間違いないだろう。

 

「次はないぞ、神之木学生。私の教務中に事故を起こされては、私の評価に関わるからな」

 

 評価なんて毛ほども気にしてないでしょうに……。暁教官は俺を医務室へ運ぶべく、剣士系から三人ほど選び、俺を担架に乗せさせた。むくつけき野郎どもに運ばれるのはいつもなら誠に遺憾だが、今は素直に感謝する。

 しかし、こんな時には勇上が率先して担架を用意していそうなものだが、あの野郎、人を裏切ったばかりか救助活動すらしないってか。そりゃ死後の世界でそんな事してどうなる、って話だが……。

 医務室へ担架で運ばれながら、なんとはなしに俺を遠巻きに見ているやつらの顔を見る。どいつもこいつも俺より先に戦場で散ったやつらばっかりだ。ただただ懐かしくて、なんだか叫びたいような、泣き出したいような感覚に陥る。そんな事を考えながら──

 水練館から運び出される間際、俺はとんでもないものを目にした。

 

「勇上……?」

 

 元からむかつくほどには顔が良かった。『勇者』と呼ばれるのも顔だけで納得できた。そりゃ勿論、強さもとんでもなかったが。ただ、顔はそこまで中性的ではなかったはずだし、何より──

 

「なんで女性用水着を着てんのさ……」

 

 ここ、死後の世界じゃねぇな、ってのは……勇上の胸部装甲と俺の魔臓が刻むビートでなんとなく理解した。

 

「なんでやねん……」



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新たな魔法

 せ、説明を……説明を要求する。医務室のベッドに身を預けながら俺はひたすら困惑していた。先ほど見た勇上の水着姿が原因だ。その胸部装甲は明らかに胸筋だけでは説明がつかない膨らみ方だったし、そもそも女性用水着を着用していた事から理解できていない。

 状況を整理すべきだ。まず現在地はおそらく……人工島ノアに作られた教育隊、その医務室だ。プールがあった水練館から医務室までの道のりは、かつて学生時代に教務を受けていた教育隊と一致している。まぁ、担架で運ばれたのは初めての経験だったが……。

 人工島ノアは太平洋に浮かぶ……メガフロート、とか言ったっけ? 人工的に作られた島、ってのは俺でも知ってるが、詳細は知ってるやつに聞いて欲しい。あれ、太平洋で合ってたか? それすらもあやふやだ……。この島で生まれて、育ってきたからか、ただ島としか認識していなかった……。今度改めて調べよう。

 教育隊は……教育隊だ。本土奪還を目指す戦士を育成している。この島で生まれた子供達は教育隊に入る事が決まっているが、時期はまちまちだ。理由は知らん。これも後で調べる。俺の場合は中等部卒業後、高等部へは進まず教育隊に入隊した。

 教育期間中は学生として扱われ、部隊実習終了後、正式に部隊へ配属される。教育期間は部隊実習も入れて大体一年。部隊実習が二か月だから、十か月ちょっとをこの教育隊で学生として過ごす事になる。

 俺は神之木 拓也、貴重な闇属性魔法使いとして支援魔法と弱体魔法を使いこなし、十傑の一人『自在』として名を馳せていた。……十傑の数合わせとは俺の事である。俺以外の十傑は昇格(クラスアップ)済みだったので、非常に肩身が狭い思いをした。仕方ないじゃん、闇属性魔法に攻撃魔法はなかったんだし……。強化魔法と回復魔法しかない光属性で昇格(クラスアップ)した『勇者』と『聖女』が例外中の例外なんだって。

 属性は魔臓が生み出す魔力がどんな性質を持っているか、という話だ。決して闇属性は陰キャ属性ではない。『聖女』の椎堂とか見てみろよ。あれは絶対陰キャだ。『勇者』の勇上も実は陰キャだったと俺は考えている。人を裏切るのは陰キャって相場は決まってるんだよなぁ。

 その点、闇属性はいいぞぉ。攻撃性能が無い代わりに支援と弱体に特化している。光属性の強化魔法も使い勝手いいけど、支援魔法の方が刺さる魔物は多い。弱体魔法? 知らない子ですね、と言いたいが……まぁ、うん。刺さる敵には刺さる。魔法抵抗を支援魔法で貫通させれば大体の魔物に弱体入るし。ただ、使い手が光属性よりよっぽど少なくて、昇格(クラスアップ)する事が絶望的ってところがちょっと……うーん、かなり、つらい。

 昇格(クラスアップ)は神から授けられた魔法で魔物を倒し、神に捧げるという儀式を経てようやく到達できる人類の限界点、である。教務でそう言ってた。ここで言う神は魔神ではなく人類を守護する神々ね。その神々に気に入られなければ昇格(クラスアップ)はありえない、らしい。まぁ、どかんと派手な攻撃魔法で魔物倒しまくれば強くなりますよ、って認識だ。光属性と闇属性に攻撃魔法は無いので、本来は昇格(クラスアップ)はできないんだが、『勇者』と『聖女』は神様の依怙贔屓で昇格(クラスアップ)した、らしい。らしいと言うのは、勇上がそう言ってた、ってだけなので、信憑性は今や地に落ちたと言っていいだろう。

 あ、自分の属性は胸に手を当てて魔臓に意識を集中させればなんとなく分かるぞ。うーん、言い方は悪いが、リードでも付けられている感覚で、そのリードを辿ればこっちを見ている神様に会えて、その属性がなんとなく分かる。例えば俺の場合は、それはもう地母神かと思わせるほど豊満で、ありとあらゆるところがでっかいお姉様的神様につながって──なんかリード二本あるな。

 魔臓は一人一個しかない臓器である。だから属性も一人一つ……と言いたいが、世の中には例外というものがあり、『賢者』とか四属性持ってる。魔臓は一個だが属性は四個。世の中不公平だ。

 まぁ、そこまでいかずとも属性二個持ちの二重属性(デュアル)はぼちぼちいる。光と闇のどちらかを含んだ複数属性持ちは聞いた事なかったが……。

 

「…………っ」

 

 固唾を呑んで属性を確認すべくリードの先に意識を向ける。火来い火来い火来い火来い。火属性が比較的昇格(クラスアップ)早くて最優秀な属性なので、火属性は剣士でも魔法使いでも引く手あまただ。まぁ、どうせギシンにつながってると見たがギシンって何属性──いやギシンちゃうんかい。

 リードの先に存在していたのはイケメンのあんちゃんだった。闇属性の神様ともギシンとも違って普通に人間サイズに見える。まぁ、縮尺が違い過ぎて遠近法的技法で小さく見えてる説は、ある。というか闇属性の神様と違ってめちゃくちゃフランクでこっちに手を振ってる。女神様は見下ろしてくるだけだったのに……。

 肝心要の属性は──時属性だ。時? 時ってなんだ? 時属性魔法? ……一度も聞いた事がない属性だ。当たりか外れかすら分からん。困惑していると時属性の神様はポケットから懐中時計を取り出し、こちらに差し出してきた。え、くれんの? 貰えるものは病気と仕事以外は貰うのが俺の主義なのでありがたく手を伸ばし──

 スカった。どうやら触れないようだ。そりゃ触れるもんならまず女神様から──あ、この思考、不敬だな? ぎりぎりのラインで踏みとどまった気がする。危うくよく分からん時属性魔法しか使えなくなるところだった……。

 時属性の神様は、こちらが懐中時計を触れなかった事がたいそう残念なのか、落ち込んでしまった。とりあえず属性さえ分かれば初歩的な魔法は使える。俺は医務室のベッドで寝ている俺を強くイメージした。神様につながるリードを辿り、属性を確認した後戻れなくなるやつが一定数いるらしく、無理矢理叩き起こされるところを見た事がある。まぁ、俺の事なんだけど……。そりゃあんな女神様、たっぷりねっとり眺めなきゃ損でしょ。

 しかし俺は反省した。いつでもどこでも女神様を観賞するためには自力で戻れなきゃまずい、と。俺は何度も失敗を繰り返しながら自力で復帰する事ができるようになった。無だ。心を無にして現実の自分の状況を強くイメージすれば戻れる。たまに煩悩で心があふれて失敗するが、時属性の神様は野郎だから問題ねぇや。

 

「……お、戻った」

 

 首尾よく戻れたようだ。では続いて時属性魔法の性能チェックだ。使えるのは……加速魔法と減速魔法? おい、闇属性と役割かぶってないか? 俺の気のせいならいいんだが。まずは加速魔法から試すか。

 

「加速魔法……クイック」

 

 魔法の発動は声に出す必要はない。必要はないが、声に出してはいけないという決まり事もない。まぁ、声に出さず発動できるようにしろ、と教育はされるが。さて、加速魔法クイックの効果は──

 

 

 

 

 

「拓也? 急にボーっとして、どうしたの?」

 

 目の前に勇上がいた。その胸部装甲は厚かった。というかここ魔神のダンジョンやん。感覚的にはついさっき見た巨大な扉の前だ。変わらず人が一人通れるだけの隙間が空いており、冷気のようなもやと青白い光が漏れ出ている。あれ、今こいつ俺の事を下の名前で呼んだ?

 

「拓也さんの事だから、緊張して自分の神様を視姦しに行ってたんでしょう。いつもの事です」

 

 いやいつも人が女神様を視線で犯してると思うなよ。緊張すると金玉触りたくなるとのは訳が違うぞ。ってかこの失礼な物言いの女は誰だ。椎堂に姉妹とかいたか?

 

「『自在』のは支援魔法を掛け終われば、やる事はほとんどなくなるからのう。わしらがよほどの無能でなければ、じゃが」

 

 このわざとらしい言葉遣いは『賢者』ぁ!? なんとおいたわしい。自慢の胸は激戦の最中にえぐられてしまったようだ……。あ、元からパッドか。……なんで睨むんだよ。

 

「ま、やる事やって、さっさと帰りましょーや」

 

 『破天』! 『破天』じゃないか! そのやる気のなさを戦闘中に出すなよ! 生きる事を諦めるな!

 

「……茶番は終わった? とりあえず『自在』の謝罪を聞いてから進みましょう」

 

 このクソアマお前に謝るのは癪だが一個だけ謝ってやんよお前の特攻のおかげで進めたのに魔神を倒せず無駄死にさせて悪かったな『霹靂』!

 

「こんなとこまで来て喧嘩ふっかけんのやめましょうよマジで。空気悪いっすよ『自在』さん」

 

 さらっと俺に責任押し付けんのやめーや『波濤』。そういうとこやぞ。死ぬ理由を他人に求めるな。

 

「…………」

 

 いやなんか喋れよ『光速』。あ、いたんだ、って言われる事を持ちネタにするんじゃねぇよ。だからしれっと殿から消えてもしばらく気付かれねぇんだよ。

 

「突撃! 突撃だな!? もう突撃していいんだな!?」

 

 お前はちょっとは他の人の話に耳を傾けなさい『百獣』。お兄ちゃん付き合いきれませんよ。お前のが年上だけど。でもお前のおかげで先に進めたのも事実だ。

 

「あらあら……」

 

 お姉さんぶって余裕っぽく見せてるが、十傑で一番若い『金剛』は、ここで死んでいいようなやつじゃなかった。

 いや、俺以外のみんながみんなそうだった。十傑として名前負けなんてしていなかった。十人そろえば、いや、俺以外の九人がそろえば魔神なんて瞬殺だっただろう。『勇者』さえ、裏切らなければ。なんで、なんでだ勇上……。

 

「勇上……」

 

「ここまで来てなんで苗字で呼ぶのさ。いつもみたいに、ひじりって呼びなよ。ちょーし狂うなぁ」

 

 ──こいつは、俺の知ってる勇上じゃない。俺も、こいつの知ってる俺じゃない。これは、夢だ。俺に都合の良いように進む夢。十傑が全員そろって魔神と戦い、勝利するだけの夢なんだ。

 なんて、なんて都合の良い夢なんだ。現実も、こうなっていれば……。

 

「改めて言うけど、魔神はこの先だよ。準備はいい?」

 

 俺達は無言でうなづき、魔神へと挑んだ。十傑全員そろっての戦いだ。ギシンの言葉が脳裏をよぎる。十人で魔神に挑み、勝つ。それはただの事実だと。ギシンの言う通りになるのはどこか引っかかるが、このメンツならただ戦って勝つだろう。

 

 

 

 

 

 そして俺達は、何もできず魔神に敗北した。



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二度目の死

 扉の先で待ち構えていたのは、巨大な球体だった。浮遊している。回転している。魔力が発せられている。だが、明らかに俺が前に見た魔神とは違っている点が一つ。……まぶたのように見える意匠が施されている。たった一つの違いだが、心理的圧迫は大違いだ。ただ浮遊し、回転しているだけなのに、睥睨されているように感じる。本当にあれがまぶたで、そして開いたら……目が合ってしまったら──

 

「喝ッ! 先手必勝じゃ! わしの魔法で滅びよ、魔神ッ!」

 

 『賢者』の一喝で、やっと今すべき事を理解した。魔神を相手に怖気づいていた事を遅ればせながら反省し、相手の魔法抵抗を下げる弱体魔法を発動させるべく心器に魔力を流し──何の反応も帰ってこない事に愕然とした。

 

「な、何故じゃ!? 神器がわしの声に答えん! 皆はどうじゃ!?」

 

 魔臓から生み出される魔力を、人の意志で武器とするための、心器。昇格(クラスアップ)の際に神から与えられる、神器。共通するのは魔法の発動に必須という点。だが、神器を以てしても魔法が発動できないという状況はこれまでなかった。神器は宿主の魔力を必要としない。昇格(クラスアップ)をした者は、魔力切れという限界すら超越する。

 

「ボクが部屋に入る前にかけておいた強化魔法も、効果がなくなっているみたいだね……」

 

 勇上が魔神を見据えながら言った。その手には『勇者』を『勇者』たらしめる神器、聖剣が──ない。背中にも、聖剣を吊るしていた形跡すらない。聖剣なしでどうやって戦うつもりだ? 心器は意志の武器、形を持たないんだぞ。武器も神器も持たずに戦えるのは……魔法使いだけだ。

 もしかして、この、勇上は……『勇者』じゃ、ない?

 

「『金剛』! 『破天』! 私と共に前へ! 『百獣』と『光速』はかく乱! 魔法組は一旦距離を取って!」

 

 ガワだけ椎堂に似た女は武器を手に叫ぶ。言われるがままに下がってしまったが、勇上も俺と同じく魔法組のラインまで下がってきた。俺の勇上に対する疑問をそのまま口にした。

 

「勇上、神器は……?」

 

 俺の知らない勇上は、魔法使いと見るべきだろう。だが、何故昇格(クラスアップ)の証たる神器を持ってないんだ……?

 

「……拓也、流石にこの土壇場で昇格(クラスアップ)するなんて奇跡、起こらないよ。今は『聖女』として、なんとしてでも回復魔法を使えるようにしないと」

 

 勇上が、『聖女』? じゃあ、あの椎堂によく似た……いや、俺が知らない椎堂は──

 

「くっ、かってぇ……っ! 神器でも傷一つ入りやしねぇって、こいつぁなにでできてるんですかい!?」

 

「私の神器ちゃん、貫通力には自信があったんだけど……っ! 『勇者』ちゃんの武器はどうかしら!?」

 

 『破天』と『金剛』の猛攻が魔神を襲う。だが、魔神のゆっくりとした回転にすら影響は与えてない。『百獣』と『光速』も魔神を攻撃するが、魔神はただまぶたを閉じたまま回り続けている。

 ただ一人、人の手によって鍛えられた武器を持った椎堂……『勇者』は、神器の攻撃になんら痛痒すら感じさせない魔神を相手に、鞘を捨てた。その手にある武器は刀。刃渡りは小柄な『勇者』の身の丈を軽く超えるそれを、『勇者』は大上段に構え──

 

「──チェストォォォッ!!」

 

 力の限り振り下ろした。身の守りなど考慮しない全力の攻撃。人類が継承してきた叡智を形にした大太刀による攻撃は、『勇者』の技量により神器による攻撃と比しても見劣りしなかった。しかし、

 

「……これもダメ、と。神器や魔法だけが封じられた、というわけではなさそうですね」

 

 無情にも、勇者の大太刀は魔神に触れた瞬間に砕けた。神器での攻撃と同じく、魔神には傷一つない。ただ純粋に、硬い。弱体魔法さえ刺されば、あの球体を豆腐のようにできるというのに。俺はただ、その魔法の発動すらできない現状に歯噛みし、いつ魔法が使えるようになってもいいように魔神を睨み付け──異変に気が付いた。

 武器を失った『勇者』は魔法組と同じところまで下がってきている。剣士組は神器での攻撃を続けている。俺以外の魔法使い組と『勇者』は、魔法を発動させるべく、神器と心器に意識を集中させている。

 魔神のまぶたはただの飾りや模様ではなかった。うっすらと開き、青色の魔力光を噴出させている。剣士組もそれに気が付き、開きつつあるまぶたの辺りを目掛けて攻撃を集中させるが、魔神の回転すら止めることはなかった。

 魔神のまぶたが開ききった時、その場に立つ者は誰もいなかった。俺も例外ではなく、まぶたを開ききった魔神の眼球と目があった瞬間、体から力が……魔力が抜け、魔臓が止まった。

 俺以外の十傑も、多少の差はあれど同じように死んだ事を上から見届けた俺は、二度目の死を迎え──ギシンと再会したのだった。



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ギシンとの再会

「ダメダメだねぇ」

 

 ギシンと再会したら、開口一番にダメだしされた件について。

 

「そりゃねぇ、未来を知ってるってアドバンテージ、活かしたいのは分かるよぉ? でもさぁ、『ユウシャ』が女になってるのを見ても前回と全く一緒の行動取るぅ? ありえなくなぁい?」

 

 なんか口調がうざいギャルみてぇだな、と思ったらギシンがでかいギャルに見えてきた。こいつギガントとか呼ばれてそう、というのがこいつへの第一印象だった事を考えると──ん? 今度は雌型巨人に見えてきたな……。というか、前回と全く一緒と言われても、魔法を封じられた魔法使いが、魔神相手にどう動けって言うんだ。

 

「そこじゃなくてさぁ……クラスアップを目指さないのはボクが教えなかったが故の無知なんだろうけど、せめて『ユウシャ』がなんでクラスアップできたのか、とか少しは考えて行動して欲しかったなぁ」

 

 そりゃ昇格(クラスアップ)できりゃそれに越した事はねぇけど、『勇者』と『聖女』が光属性の神様に特別好かれてただけの話じゃなかったか? ……いや、その話も男の勇上がそう言ってただけだったか。そりゃどうにか昇格(クラスアップ)できないか確かめるべきだな。

 

「ああ、もう……少し頭を回せば分かる事を、君は四年間もぉ……」

 

 四年間? 俺とギシンの間になんか齟齬があるな、と思ったが……ひょっとしてひょっとすると、俺が時魔法を使った事をご存じでない? 加速魔法クイックの効果って、年単位の時間を加速させるのかよ。こわ。闇魔法と役割かぶってなかったわ。すまんな、時属性の神様。

 

「時魔法? それって……あ、そういう、事かぁ」

 

 何か知っているのか雷電。知っている事はキリキリ話して貰おうか。前回お前に良いように喋らされた恨みを忘れるほどの時間は経っちゃいないぞ。

 俺が今聞きたい事は……俺の知っている勇上はどこへ行ったのか、俺の知らない勇上がいたあの状況はどういう事なのか、俺の属性が増えていたのは何故か、加速魔法クイック使用後の状況をギシンからはどう見えていたのか、魔神に攻撃が通用しなかったのは何故か、魔神を相手に魔法が発動できなかったのは何故か、っていうかさっきからギシンの姿が七変化していて気が散るんだがこれ何? それから──

 

「ああ、もう、多いよぉ……別に答えてあげてもいいけどさぁ?」

 

 なんだよ。やっぱり対価を要求する類の悪神かお前。なら対価には勇上の魂を差し出すぜ。もちろん俺を裏切った方な。

 

「ここ、あんまり長居できないんだよねぇ」

 

 それを先に言えや! と俺は食い気味に叫んだ。ギシンの言葉が終わる前に足場にしていた感触がなくなり、俺の体が落下を始めたからだ。意識を強く保つ。一瞬でも気を抜けば、俺の意識は海水に垂らした一滴の真水のようにこの夜空の中に溶けていくだろう。それは宇宙に身一つで投げ出されるようなもの。ギシンがいた方向を見やれば、なんとギシンもこちらと一緒に落下していた。前回はどうだったかあやふやだが、一人で落ちてたような気もする。

 

「うーん、このまま話すのはちょっと難儀だよねぇ……まぁ、とりあえず自分の体と意識に集中してるうちは溶けないから安心していいよぉ?」

 

「その言いぶりだとここ気を抜いたら体まで溶けんのかよ!?」

 

 叫んでから気付いたが、明らかに違う。体がある。まるで意識していなかったが、どうやら先程までは意識だけ存在していたようだ。恐ろしい事に、全く違和感がなかった。今も体の隅々まで意識しないと、夜空と体の境界線がぶれる。

 

「まぁ、そういう空間だからねぇ。君の疑問に答えたいのはやまやまだけど、諸般の事情により巻きでいかせて貰うねぇ?」

 

 落ち続けてもうどれだけ経ったか分からない。ギシンの言葉に耳を傾ける余裕すら失われつつある。なんでもいいからさっさとしてくれ!

 

「じゃあ、せっかくだから、ボクが作ったパワーポイントから、見ていこうねぇ?」

 

 もうなんと言っているか半分ぐらい分からんが、俺をおちょくっていることだけは理解した。マジで許さんぞギシン。お前は間違いなく悪神、いや邪神の類だ。

 

「じょーだん、じょーだんだよぉ。……うーん、一言でまとめよう。これだけは集中して聞いてくれ」

 

 先程までしていた煽りとしか見えないにやけづらを急にギシンが引っ込め、真面目な顔になった。途切れそうな意識を振り絞り、ギシンの言葉に集中する。

 

「僕も行くよ」

 

 え、今なん──

 

 

 

 

 

がぼぼぼ?(て言った?)

 

 あまりの衝撃に、まるで口と鼻から水が入ってきたように感じた。やたらと塩素臭いこれはプールの水だろう。つまり、プールで溺れるくらいの衝撃だった。……いや、もっと驚いた気がする。え、あいつさっきなんて言った?

 僕も行く、って言ってなかったか? なるほど、それなら驚くのも納得だ。ギシンって自称神様なのに、意外とフットワーク軽いのな。神様ってもっと、なんかこう、ありがたみが強くて、こちらが崇め奉っても意に介さないイメージだったわ。まぁ、うちの女神様の話なんだが。

 現実逃避はここまでにしよう。現状、溺れてる。プールで。多分教育隊の水練館で。このまま溺れても救出される可能性は高いが、万が一はいつだって起こりえる。水を吸ってしまって苦しいが、今すべきなのは落ち着いて水をかき、足を蹴る事だ。焦ってもがいても、沈みはしても浮きはしない。

 胸の前で手を合わせながら足のかかとを尻に引き付け、水面目掛けて腕と足を一気に伸ばす! たった一度で水面に顔を出す事に成功し、咳き込みながらも息を吸った。シャバの空気はうめぇなぁ!

 

「神之木! 大丈夫かっ!?」

 

 暁教官が救命浮環を持ってこちらに近付いてくる。なんとか無事を伝えたかったが、俺の泳力では立ち泳ぎしながらの会話はできない。俺は素直にプールサイドへ平泳ぎで向かった。

 

 

 

 

 

「す、すみません暁教官! 足がつってしまいました!」

 

 プールサイドに掴まりながら、まず暁教官に謝った。足がつっている、というのは噓ではない。プールサイドに向かうまでの間に、つってしまった。ただそれだけの事。……俺の体、貧弱すぎんか? 四年前の俺ってこんなにもやしボーイだったっけ?

 

「……そうか。ならいい。神之木学生、プールから上がったら見学の位置」

 

「はい!」

 

 暁教官の手を借りながらプールサイドへ上がり、まずつった足を伸ばした。暁教官の手は戦士の手だった。端的に言うと、バブみではなくゴリラみを感じてしまった。魔法使いでも、肉体練成から逃げてはいけない……。その事を強く痛感した。

 俺は、弱い。辛うじて魔法だけは人並み以上だが、それ以外は軒並み目も当てられない。十傑に選ばれたのは、ただ闇属性魔法が得意だったというだけ。自覚しろ。俺は、弱い。このままでは魔神に勝つどころか、ダンジョンでも足を引っ張るだろう。強くならなければならない。心技体、全てを揃えてもまだ足りない。神を相手取るには、人間の限界など超越して当たり前なのだ。

 俺は見学者用の椅子に座りながらふと思った。

 ギシンどこ?



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ギシン問答

 ……ギシンの野郎、僕も行くよ、なんて格好つけて言ったくせにどこにもいねぇじゃねぇか。いや、あの巨体が教育隊に出た日には大騒ぎどころか即座に第一種戦闘配置が令されるだろう。今も教務が中断されていないという事は、あの巨体は教育隊の誰にも確認されていない、と言い換えてもいい。……学生は戦闘配置がかかったらどこへ行けばいいんだろう。分隊事務室前か、別に令されるまで大講堂か。まぁ、元十傑が教官にゴロゴロいるし、学生の出番はないな。

 あれやこれやと考えつつも教務は進む。どうやら今回の教務は飛び込みからのダッシュを主眼に置いているようだ。測定が近いのだろう。少しでもタイムを縮めようと同期達は頑張っている。一方の俺は、教育隊での成績になんの興味もなくなっていた。むしろ下手に好成績を残そうものなら、部隊配属後に期待され過ぎて動きづらくなるだろう。今俺がすべきなのは、女性陣の水着鑑賞……ではなく、ギシンがどこにいるのか考える事だろう。

 ギシンは自称神様だ。俺が他に見た事がある神様と言えば、俺とつながっている闇属性の女神様と、時属性の神様。そして……思い出すだけで身の毛がよだつ魔神。この中で実際に触れられたのは魔神の一柱だけ。後は謎空間で出会ったギシンと、俺の魔臓につながる先で出会える二柱……。

 俺は今一度胸に手を当て、魔臓に意識を集中する。俺の魔臓につながるリードを探す。俺の魔臓につながるリードは、一本。いやいや、そんなはずないじゃん。もう一本ある。あるはずだ。多分、こう、なんか見えにくいところとかにあるって。だってそうじゃなきゃこれ、俺の属性が闇と時からギに変わったって事だぞ。時属性は将来性に期待できるがぽっと出の属性だ。だが闇属性を持たない俺ってもう十傑の末席に食い込める気がしないんだが……。俺が十傑に入れたのは、闇属性魔法使いというぼちぼち希少な存在で、『勇者』の同期だった、という二点が大きかったはずだ。

 あぁ、属性確認するのやだなぁ、と思いつつ何度見ても一本しかないリードの先に意識を向ける。どうせこの先にいるのはギシンだ。俺の守護神でも気取るつもりなのだろうか。魔力の属性は神様の属性になる、というのがこれまでの通説で、俺もそれを支持していたが、これからは否定派に回りたいと思う。リードを辿った先にいたのは──いやギシンちゃうんかい。

 

 

 

 

 

 それは女神だった。美しくも恐ろしく、地母神を思わせる肉体と傲慢さを隠し切れない表情が共存している。というか闇属性の女神様だった。いつもの、やつだった。ギシン……どこ? 全部夢とかそういうオチか? やめてくれよ……俺、めちゃくちゃ痛いやつじゃん。

 女神様はいつも通り、腕を組みながら流し目でこちらを見下している。眼福です。ありがとうございます!

 女神様も鑑賞したし、そろそろ戻るか、と思ったところで気が付いた。女神様が組んだ腕。見えづらいがその指先が、こちらに向いている。ほわっつ? 何事だろう。こちらの身だしなみに粗相があったのだろうか。

 思わず確認するが、そもそも意識しかないのだから体なんてない。──意識しかないのだから体なんて、ない? 本当にそうだろうか。……ギシンと出会ったあの空間で経験した事を思い出せ。体の隅々まで意識を張り巡らせろ。俺の体は、ここにある。

 

「う、おっ……」

 

 急に感じた重力にたたらを踏んだ。だが、足裏から感じる床の硬い感触がある。声が出せる。息もできる。魔臓が魔力を生み出す。すると、急に視界が開けた。

 ダンジョンだ。壁も、床も、天井も、どこを見ても直感的にここがダンジョンだと理解できる。この感覚は、ダンジョンの中でしかありえない。ここは、女神様のダンジョン、なのか?

 せっかく声が出せるようになったので、女神様に聞いてみようと思い女神様を見やると──

 

「やっと会えたねぇ」

 

 ギシンがいた。貴様ぁ! 女神様をどこへやった!? 女神様を返せ! 返答次第では戦争だぞ!

 

「君の疑問に答えてあげようと思ってたけどぉ、そんな態度を取るならボクにも考えがあるよぉ?」

 

「すみませんでしたぁ!」

 

 食い気味で謝った。神様仏様ギシン様! どうかこの哀れな人間めに慈悲をお与えください!

 

「そこまでへりくだるのかい……先に断っておくとぉ、君の疑問の全てに答えを示せるわけではない、って事は理解して欲しいなぁ」

 

 なんだよ使えねぇなぁ。ちっ、女神様もいなくなるしツいてねぇぜ。

 

「君ぃ、情緒不安定すぎるねぇ。これも人間のもろさ、かぁ」

 

「今俺の事を面白いって嘲笑った?」

 

「してない。さてぇ、君の疑問を早速一つ解消しようかぁ」

 

 くっそ、ギシンと会えて躁鬱の躁になっている。浮かれているんだ。これまでの四年間が嘘じゃなかったと心底安心している。更に自称とはいえ神様が味方っぽい雰囲気だしているし。後はもうチート能力貰って魔神ぶっ倒して俺の物語は終わりだろう。で、何から教えてくれるんだ?

 

「君が崇めていたあの女神ぃ、実はボクなんだぁ」

 

「ダウト」

 

 嘘乙。これは流石に嘘。嘘松もいい加減にしろよ。

 

「君が崇めていた女神は僕の別側面だよ」

 

 マジトーンで言い直すのやめろや。認めたくねぇんだよこっちは。余りの衝撃に体を維持できてないの見れば分かるだろ。はいはい、この話はここで終了ね。そうでないと俺の自我が崩壊するぞ。これまで何度も鑑賞してお世話になってきた女神様が、一人称オデとか言ってそうな見た目のギシンと同一存在とか俺は信じない。

 

「ボクの見た目はぁ、見る者によって違うみたいなんだぁ。それも、固定されたものではなくて、イメージによって移り変わるぅ……水面みたいなものかなぁ」

 

 その話まだ続く? 俺は体を維持するのに集中してて聞こえてなかったわ。他の話をしてくれよ。

 

「それじゃあ……君の時魔法だけどぉ、この後でまた、使えるようになるから安心していいよぉ」

 

「後で、ってのはなんでだ? 神様とのつながりが切れた、なんて話聞いた事ないんだが」

 

「それはねぇ、そもそもこの時間軸ではまだつながってない、としか言えないねぇ」

 

 ……? 俺が時魔法を最初に使ったのは勇者に殺されて、溺れて、医務室に運ばれて、そこで初めて時属性の神様を見て、だったか。まだ時属性の神様は、俺とつながっていないという事は……時が巻き戻ったと判断すべき。だが、それなら勇上はどうなる? 時が巻き戻ったのなら、勇上が女になっているのはおかしい。

 

「君の知る『ユウシャ』が、女で『セイジョ』になっていたのはぁ……」

 

 やはり知っているのか雷電。

 

「僕にも分かんないや」

 

 FUCK YOU、ぶち殺すぞギシン。



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神殺しの器

 ギシンの言葉に俺は殺意を抑えきれなかった。というか、抑えるつもりもさらさらなかった。殺意だけで相手を殺せるなら殺せなければおかしい、というほど俺の殺意が高まった時、俺の殺意は発露した。空中に突如剣が現れたかと思うと、ギシンに向かってまっすぐ飛んで行ったのだ。ギシンの憎たらしいにやけづらにその剣が突き刺さり──

 

「これも教えようと思ってた事の一つだよ」

 

 何事もなかったかのようにギシンは喋りだした。剣もいつの間にか消えている。いや、剣が刺さったはずの顔にはひびが入っていた。まるで仮面にひびが入ったようだった。そのひびの下に見えるのは……俺もよく知る、何度も見た顔だ。認めたくはなかったが、ギシンと女神様が同一存在だとストンと腑に落ちた。

 ギシンの言葉は続く。

 

「意志の具現化。激情の刃。形を持った心器。……神を唯一傷つける、人だけに許されたモノ」

 

 歌い上げるように朗々と喋るギシン。にやけづらが剥がれ落ちながらも意に介さない。これはそれほど重要な事なのだ、と言わんばかりに。

 

「神を唯一、傷付ける……?」

 

 その言葉が本当なら、魔神を相手に武器や神器が通じなかったのも当然だ。たとえ魔法が使えていたとしても、まるで通用しなかっただろう。

 

「神はそれを真器と呼ぶ。神を真に滅ぼせる神殺しの器が故の、真器。──まぁ、使い勝手は心器とそう変わらないから、安心していいよぉ」

 

 急に砕けた口調に戻るな。温度差で風邪ひくわ。しかし、

 

「ちょ、ちょっと待ってくれよ。そんな大層なシロモン、なんで俺が使えるんだ? 形のある心器なんて今まで見た事も聞いた事もねぇし、俺が人類初の真器の使い手なんてありえねぇ!」

 

 俺の素質は言っちゃ悪いが並みよりちょっと上程度だ。闇属性魔法以外にパッとするところがない、十傑で唯一の未昇格者。歴代の十傑で、俺より優れた闇属性魔法使いなんていくらでもいたことだろう。そんな俺が神器通り越して真器が使えます、だなんていくらなんでも都合がよすぎる。

 

「真器を使うにはいくつか条件があってねぇ。全部をクリアする必要はないけど……君はすでに二つクリアしている。想像力がものをいうダンジョンの中でなら、君にだって使えるさぁ」

 

「条件を二つ……?」

 

 魔神との遭遇、か? それならこれまでの人類が真器の存在にすら気が付かなかった、という事は理解できる。魔神と直接相対したのは、人類史上俺達が初めてだったからな。後の一つは……人の手で殺され、神の手で蘇った、ってところか。

 

「うーん、惜しいとこ突くねぇ。一応答え合わせをしておくと、神と直接対峙した事、そして真器をその目で見た事、この二つだねぇ」

 

 真器を、見た? 一体どこで──ふと脳裏によぎったのは、俺の命を奪ったちゃちな短剣。俺の支援魔法をたやすく貫通した刃。『勇者』勇上は、あの男の本質は、神器である聖剣の使い手ではなく、真器である短剣の使い手だった?

 

「その通りだよぉ。あの時点の『ユウシャ』には、マジンを倒す手札が揃っていたぁ」

 

「……そして『聖女』勇上が真器使いでなかったから俺達は何もできず敗北した、ってか。ギシン、たしかお前、初めて会った時に……俺達十人なら魔神に勝てるって言ってたよな」

 

「そうだよぉ。真器使いがいれば、カミサマだってイチコロさぁ」

 

 少しづつ、分かってきた。あの時の俺達は、本当に惜しいところまで行ったんだ、って。だからこそ、余計に分からない。何故勇上は俺達を裏切ったのか……。

 

「それを確かめる方法が、一つだけあるよぉ、って言ったら──乗るかい?」

 

 いつの間にかギシンの顔は、ひび割れた仮面ではなく元のにやけづらに戻っている。だが、感じる雰囲気にふざけた様子が感じられなかった。ギシンはギシンなりに、本音で喋っているのだろう。

 

「乗るさ。……お前の思惑に乗ってやるさ」

 

 ギシンが俺に、何かをさせたがっていたのは事実だろう。そしてそれは、勇上や魔神に関係がある。俺に何をさせたいのかは、重要ではない。重要なのは、俺の望みが叶うのかどうか、だ。

 考えはまとまった。俺は意を決してギシンを睨み付けた。

 

「ギシン、お前が何を企んでるのかは知らねぇ。興味もねぇ。俺の望みを叶えてくれるってんなら、いくらでも崇めてやるよ」

 

 これは嘘偽りない本心だ。だからこそ、俺の心に誓う。

 

「俺の望みが叶わねぇなら、俺の真器は魔神の前にお前を滅ぼす」

 

 すでに一度、いや、二度も死んでいる身なんだ。こんな安い命でよければ、いくらだって賭けてやる。だがなぁ、

 

「俺はお前に全部賭けるんだから、お前も俺に全部賭けやがれ!」

 

 賭け金が釣り合わねぇのは百も承知だ。だが、お前も俺に賭けざるを得ないんだろう? 隠しちゃいるが、切羽詰まってるんだろう? こっちだってお前に賭けざるを得ないし、お前以上に切羽詰まってんだよ!

 

「……どうやら時間切れみたいだねぇ。次は時間がある時においでよぉ。ここで待ってるから、さぁ」

 

 ギシンの言葉を皮切りに、自分の意思とは関係なく周囲がぼやけ、あやふやになっていく。ここではないどこかで、誰かが俺の体を揺さぶっている。現実で、起こされている。

 

「最後にこれだけは言っておくねぇ。──もう全部賭けてるよ」

 

 最後の最後、ギシンは苦虫を噛み潰したような顔をしていた、気がする……。そんな顔もできるのかよ……。俺の意識は、現実へ戻った。



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初めての神器

「おい神之木、そろそろ整列だぞ」

 

 俺を揺り起こしていたのは西村だった。たしか……教育課程の後半で肺気胸が見つかったとかで、体を動かす教務は見学していた気がする。そして配属先は教育隊となり、暁教官らと共に学生を守るために戦い、散った男だ。

 

「ありがとな、西村」

 

 西村の顔を直視できず、俺は顔をそむけた。戦死者・行方不明リストで名前を見た時の事をどうしても思い出してしまい、普通の顔を向けられる自信がなかったからだった。

 

「……? まだ足つってんのか? 一人で立てるか?」

 

「……いや、もう大丈夫だ」

 

 軽く深呼吸して西村を見た。優しい奴だ。俺は西村に、上手く笑って返せただろうか。

 

「勇上学生基準! 三列横隊、集まれ!」

 

 声を張り上げたのは林田だ。どうやら今日の当直学生だったらしい。最初から見学していた体育服装の西村は列外に並び、俺は三列横隊の最後に収まった。

 ふと三列横隊の基準となった勇上を見たが、着用していた水着は女性用のそれだった。

 

 

 

 

 

 今日の教務と別科が終わった。配食を受け取り、風呂に入り、掃除をして、自習も終わり、今は就寝までの自由時間だ。この時間まで本当に長かった。配食の受け取り方も、風呂の入り方も、掃除の場所も、自習時間にすべき事もすっかりと抜け落ちていた。日付を確認したが、この生活が後一か月は続く。部隊実習中も、扱いは学生と変わらないから実質三か月か。つ、つらすぎる! クイック使って飛ばせねぇかな、と考えたところで思い出した。

 時属性の神様とのつながりは戻ったのかどうかまだ確認していない。そしてギシンに確認すべき事がまだ残っている。

 ギシンとの問答で、得られた答えはそう多くない。俺が崇めていた女神が、実はギシンだった事。時属性の神とのつながりは、再びできるという事。こっちの勇上の事は、ギシンにもよくわからないという事。そして魔神討伐に必要不可欠な要素、真器。

 長丁場になる事を覚悟して、俺はベッドに横になった。消灯まで三十分以上あるが、早く寝る分には問題ない。俺は胸に手を当て、魔臓を意識した。

 おそらくギシンと時属性の神様、二本のリードが俺の魔臓につながっているだろう。リードの見た目からは、どちらにつながっているかは分からないため、先に時属性の神様に会ってしまうと少し気まずいな……。この辺り、二重属性(デュアル)のやつらとかどうしてるんだろう。『賢者』とか四属性だし、苦労してるんだろうなぁ。ははは、まぁ、俺のリード七本に比べたらどんなやつだってよゆーでしょ。いやぁ、あははははは……はぁ。

 

「どうしてこうなった……」

 

 俺の魔臓につながるリードが、七本に増えていた。実は貫通している四本なのかとか、伸びる先で実はつながってるとか、そんなトリックじみた仕掛けはない。おかしいな、うん、おかしい。一足す一って二じゃなかったか? ギシンと時属性の神様以外のリードはどこから生えた?

 これがチートってやつか。おい知っているかギシン。『賢者』が四属性持ちなのは有名な話だが、初任戦士の頃は魔法の制御と消費魔力で苦労してたって裏話知ってるか? ラーメンにトッピング全部乗せしたら、見た目は最強だが料金もカロリーも跳ね上がるのだ。……いや、流石に話がずれたな。

 改めて胸に手を当て、魔臓からつながるリードを確認する。うん、何度見ても七本ある。俺は覚悟を決める。このリードの先にどんな神様がいても現実を受け止める、と。俺は恐る恐るだがなんとなく目についたリードから辿っていく事にした。

 

 

 

 

 

 ギシン、どこ行った?

 

 

 

 

 

 気が付けば朝だった。首だけ動かし壁に据え付けられた時計を見ると、まだ朝の六時前だった。まだもう少し寝られたな、と一瞬思ったが、違うそうじゃないと正気に戻った。

 ギシンだギシン。ギシンがいなかったのだ。正確には、俺の魔臓からつながるリードを辿ってみても、ギシンそのものがいなかった。少なくともガワはギシンではなかったし、意志疎通も図れなかった。時属性の神様以外は以前までの闇属性の女神様と同じく、こちらをじっと見てくるだけだったのだ。

 そして時属性の神様は、初めて会った時と同じく、ポケットから懐中時計を取り出し、こちらに差し出してきた。前回は触れる事すらできなかったが、今回は──

 突如ラッパの音が鳴り響く。それと同時に、先程まで静かだった隊舎が、騒然となった。マルロクマルマル、総員起こしだ。同室の同期達は、寝巻から作業服に着替え我先にと部屋を飛び出していく。俺も一瞬出遅れたが、すぐに着替えて部屋を出た。普段使いには向かないだろう懐中時計を、下衣のポケットへしまいながら。

 

 

 

 

 

 総員起こしの後は、朝の体操と配食だ。その後は午前の教務に備え、服装の整備や準備物を用意する。だが俺は、どうにもやる気が出ず懐中時計を手に取って眺めていた。実用品というより鑑賞品と思わせるような精密な彫刻が蓋と竜頭に彫られている。竜頭に付いているボタンを押し込み、蓋を開けた。盤面にはギリシア数字と短針のみの非常にシンプルな時計だった。ギリシア数字という時点でかなり使いづらいのに、長針が付いていないというのは致命的だ。高そうな見た目も相まって、俺の手にはまるで馴染まないと思われた。

 だが不思議と、馴染む。真鍮製のような見た目のため重さもそれなりと思ったが、手の中に収めると気にならない重さだ。俺は懐中時計を手の中でいじくりまわした。

 そして、自然と笑みが出てくる。ついに俺は人類の限界点を突破したのだ、と。

 

 

 

 

 

 まるで加速魔法クイックを使ったかのように時が流れるのは一瞬だった。今は教務と別科が終わり、配食も終え、風呂に向かうところだ。教務はすでに特技別教育に移行し、同属性の先達を教官としてより実践的な知識を供給されている。部隊実習まで約一か月ほど。教育課程の総仕上げと言ってもいい時期だった。浴場の扉を抜けると、他の学生たちはどこかそわついた様子だ。無理もない。特技別教育に入ると、実戦が近いと実感できる。もう間もなく、俺達は命を懸けて戦場に出るのだ。

 俺は手早く頭と体を洗い、湯船に浸かった。今も頭の内のほとんどはあの懐中時計の事を考えている。時属性の神様が持っていた懐中時計と、うり二つの懐中時計。あれはまぎれもなく、神器。昇格(クラスアップ)した際に神から与えられる奇跡の象徴。だが、どこかしっくり来ていない部分もある。

 昇格(クラスアップ)とは魔物を魔法で倒さなければならない、とされている。だが、それでは攻撃魔法を持たない光属性と闇属性、そして時属性では昇格(クラスアップ)は不可能だ。俺が知る例外は『勇者』勇上と『聖女』椎堂の二人だけ。あいつらもこうやって昇格(クラスアップ)昇をしたのだろうか。対価も無しに。

 そう、対価。ギシンは対価を求めない、と言っていた気がするが、何かを俺に期待していた。何か目的があって俺を助けた。だが、時属性の神様が俺に何を求めているかが分からない。あのイケメンのあんちゃんを疑いたかないが、あれもギシンの別側面とか言われると納得してしまいそうになる。

 そして、時属性の神様以外の俺とつながる神様達。属性は、闇、光、火、風、水、土の六柱。いずれも女神であり、俺好みの恵体であった。だが、多分ギシンの別側面なのだろう。うーん、美女ぞろいなんだが……残念だと言わざるを得ない。

 今後の方針として、まず長期的目標としては勿論『勇者』勇上の真意の確認だ。次点で魔神の討伐。短期的目標としては約一年後にある、魔獣の侵攻から人類安全圏を防衛する事。これらに共通する必要事項として、人類の戦力を向上させる必要がある。

 果たして俺一人に何ができるのか。手探りでも、探さなければならない。

 

 

 

 



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決意の夜

「勇上、ちょっといいか」

 

 俺は教務の合間を縫って、勇上に話しかけた。俺に今できる事、そして目標を考えた時、勇上と話す事が最優先事項だと結論付けたのだ。図らずしも時属性という攻撃魔法を持たない属性で神器を得る事ができた事から、勇上が神器を得るための手助けも可能だろう。人類最強戦力だった『勇者』勇上を再現できれば魔神戦でも心強いし、俺を裏切った『勇者』勇上の目的が理解できるかも知れない。打算ありありだが、人類のためという大義がある限り躊躇うつもりはなかった。

 

「神之木? どしたのさ。珍しーじゃん、ボクに声かけるなんてさ」

 

 そりゃ俺が女子に話しかけるのは珍しかろう。自慢ではないが、俺の対人対話能力は平均程度。更には戦地ならともかく、平時において年頃の女性と話す時にはデバフがかかるのが常だった。つまり、端的に言うと……気後れしていた。前髪を綺麗に切りそろえた黒髪ロングのストレートに、自然と行われる綺麗な所作。それだけならただの清楚な美少女だが、喋り方とのギャップで親しみやすさがある。ただその親しみやすさは、俺のような闇属性にはちょっと眩しすぎた。

 

「あー、その、なんつーか……いくつか確認したい事があってな」

 

「午後の試験の範囲とか? ボクもあんまり自信ないけど……」

 

「いや、そうじゃねぇんだ。勇上って特技別教務は光属性のやつ受けてたよな? 剣士か魔法使いか、もう決めたか?」

 

「あ、神之木って闇属性なんだっけ。お互い、攻撃魔法がない属性はつらいよね。ボクは剣に自信がないから魔法使いにしたけど、神之木はどうすんの?」

 

 剣に自信がない、か。できれば勇上には『勇者』を目指して貰いたい。だが、無理強いしても意味はないだろう。なんとか翻意させたいところだ。

 

「俺も魔法使いにした。けど、勇上って運動神経良くなかったか? 格技の授業でも剣道を──」

 

「ちょ、ちょっと、変な冗談やめてよ! ボクなんて下から数えた方がよっぽど早いって」

 

 食い気味に否定された。はて、『勇者』勇上は歴代最高記録を叩き出して教育隊を修業したはずだったが。

 

「……お兄ちゃんじゃあるまいし」

 

 ……今、お兄ちゃんって言ったか? 勇上がうつむきながら呟いたその言葉を、俺は聞き逃さなかった。

 

「その、お兄さんの話、聞いてもいいか?」

 

 すげぇ地雷な予感はするが、今は踏み抜かなければならない。たとえ勇上との仲がこじれるとしても。

 

「あ、ごめん、聞こえちゃったか。……ボクのお兄ちゃん、運動神経がすっごく良くてね、戦士として期待されてたんだ。ボクは出がらしなんて呼ばれたりしたけど──病気で死んじゃった」

 

 そう、だったか。そうだったのか……。

 

「……変な事聞いて、悪かったな」

 

 俺の知る『勇者』勇上は、すでに死んでいる。この世界は、俺の知っている世界ではない。ギシンは、ただ時を巻き戻したのではない。そもそも、ギシンは一言でも時を巻き戻した、なんて言っただろうか。

 

「ううん、気にしないで。そろそろ次の教務が始まるし、席に着いた方がいいよ」

 

 勇上との距離が少し……いや、かなり開いた気がする。無理もない。話したくなかったであろう兄の話を、無理矢理聞き出したのだから。

 俺は大人しく自分の席に戻った。部隊実習が、近い。

 

 

 

 

 

 毎夜ごとに神様達とのつながりを辿るが、リードの数も行先も変わらない。女神達はただ俺を見下ろすのみ。時属性の神様は、俺に懐中時計を触らせた日から、まるで時が止まったかのように動かない。ギシンの姿はあれ以来見えない。

 ギシンの言葉をどこまで信じるのか。ギシンは何故姿を見せないのか。ギシンは味方なのか、敵なのか──

 結論を出せないまま、俺は教育隊最後の夜を迎えていた。

 

「ねぇ……まだ起きてる……?」

 

 消灯後の部屋に、同期の林田の声が小さく響く。寝台の上で身じろぐ衣擦れの音があちこちから聞こえた。

 

「むしろ寝てるやつおるん?」

 

 関西訛りのこの声は、同期の佐藤だろう。こいつの方言はやたらと耳に残り、時々使ってしまう癖が付いてしまった。

 

「ちょ、佐藤君……声大きいって……」

 

 林田が佐藤を注意する声が聞こえる。だが、

 

「問題ねぇよ。ちっとは多めに見てくれるさ」

 

 俺は佐藤と同程度の声の大きさで喋った。耳を澄ませば、他の部屋から忍び笑いをする声が聞こえてくる。窓の外に目をやれば、白いものがちらついている。どうりで寒いわけだ。

 

「そ、そうかなぁ……そうかも」

 

 林田の声量が少し上がった。その事に気が付いた西村は、笑いをこらえながら身を起こした。

 

「お、お前ら、あんまり笑わせるなよ」

 

「なんや、西村はんも起きとったんやったら話入ってきたらええのに」

 

「寝ようと思ってうとうとしてたのを、お前らに起こされたんだよ」

 

「ダウト。お前、寝付けなくてずっと寝返り打ってたじゃねぇか」

 

「やっぱりみんな寝れないよなぁ。明日には部隊へ移動だし……」

 

「この部屋は見事にばらけたよな。俺はここ、林田は北部、佐藤は中部、神之木は東部。合ってるよな?」

 

「ま、生きとったらまた会う事かてありますやろ。なんかの間違いで十傑に選ばれる可能性もゼロやあらへんのやし」

 

「そ、そうだよね。どっかで同じ部隊に配属されたら、仲良くしようね」

 

「俺達から十傑に選ばれる可能性があるのは、やっぱり神之木じゃないか? なぁ……、神之木?」

 

 生きてれば、どこかの部隊で、十傑に。俺が動かなければ、こいつらは死ぬ。何一つ叶うことなく、戦いの中で散る。同期で四年後まで生き残るのは、俺と勇上の二人だけ。いや、その勇上も『勇者』でないなら生き残れるかは分からない。俺も何かボタンを一つ掛け間違えるだけで、死ぬかも知れない。そういう世界に、明日から踏み込む。

 

「……あー、わりぃ、ちょっとうとうとしてたわ」

 

 俺の手は、懐中時計を握りしめていた。教育課程の終盤に行われる特技別教育は、教育隊入隊時に行われる属性検査によって判明した属性ごとに割り振られる。割り振られた先で先達に教えを請い、剣士か魔法使い──前衛か後衛のどちらかを選ぶ。俺は時属性の事は明かさず、闇属性魔法使いの道を選んだ。そして部隊実習先は東部方面隊墨田駐屯地。魔神のダンジョンから最も近い駐屯地であり、激戦区でもある。墨田駐屯地に部隊実習で行くのは、これで二度目だった。

 

「神之木はんは、あの墨田駐屯地やもんなぁ。ひょっとしたら、安眠できんのも今日が最後かも……」

 

「……そうだな。付き合わせて悪かったな、神之木」

 

「ご、ごめんね神之木君。僕が声を掛けちゃったから……」

 

「気にすんなよ。寝付けなかったのは俺も一緒だからさ」

 

 本当に、人がいい奴らだ。……こいつらを死なせたくない。誰一人死なせない事は、俺にはできない。俺の手はそこまで広げられない。

 一年後、多くの人々が死ぬ。魔物を喰らい進化する魔物、魔獣。ダンジョンを封鎖する事しかできなかった人類は、その行為が魔獣を育てているとも知らず、今はつかの間の平和を謳歌している。

 俺は、四年後まで待てない。一年以内にダンジョンへ挑み、魔獣を殲滅し、魔神を討伐する。俺一人の力でできる事は限られている。だから、この一年で力を示し、仲間を集め、鍛え、挑んでやる。

 

「……覚悟完了、ってか」

 

「お? 神之木はん、気合はいっとりまんなぁ。その調子で、神之木はんの名前を中部でも聞けるように頑張ってぇな」

 

「次に入ってくる学生達に自慢させてくれよ。俺の同期に十傑がいるってな」

 

「そ、それは気が早いって。いくら神之木君でもそんなすぐに十傑にはなれないよ」

 

「それはどうかな、とだけ言っておく」

 

「神之木はんが言うと、変な説得力あるなぁ」

 

「ま、神之木は大口叩いてるぐらいで丁度いいさ。謙虚な神之木なんて想像できるか?」

 

「謙虚な神之木君かぁ。雪じゃなくて神器が降ってきそう……」

 

「西村、林田、お前ら憶えとけよマジで」



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二度目の部隊実習

「二等戦士 神之木 拓也! 春鏡十五年二月一日付け、東部方面隊墨田駐屯地にて部隊実習を命ぜられ、高天原教育隊より本日着隊しました! よろしくお願いします!」

 

「二等戦士 勇上 ひじり! 春鏡十五年二月一日付け、東部方面隊墨田駐屯地にて部隊実習を命ぜられ、高天原教育隊より本日着隊しました! よろしくお願いします!」

 

 俺と共に墨田駐屯地で部隊実習を行うのは勇上だ。本来ならこの墨田駐屯地、初任戦士は受け入れていないのだが、俺と勇上は特例とされた。まぁ、特例と言っても俺にては二度目だが。俺達は既に十傑候補として期待されている、というよりは貴重な光属性と闇属性を育成するために最前線を経験させよう、という思惑だろう。今の十傑も、魔獣さえ現れなければ後数年は入れ替わらなかっただろうし、代替わりには早い。

 駐屯地司令への着隊挨拶を済ませた俺達は、教育分隊長に連れられ会議室へ向かった。そこで対番との面通しや駐屯地でのしつけ事項が達せられるらしい。すぐ横を歩く勇上とは、微妙な距離を取りながら歩いている。俺は勇上としっかり向き合うべきかどうか迷っていた。この勇上は、『勇者』勇上にはなりえない。なら、関わるだけ無駄ではないのか、と。しかし、『聖女』として十傑に名を連ねるだけの素質は感じる。ダンジョンへ挑むなら確保したい人材だ。

 実に、悩ましい。勇上の横顔を眺めた。切れ長の瞳にはまっすぐ前を歩く分隊長の背中が映っている。迷いなき戦士の瞳だった。というか普通に美人なんだよなぁ。礼装の上からでも分かる胸部装甲は圧巻の一言だ。それゆえに惜しい。これで勇上でなければ何も気にせず鑑賞できたのに、と。

 俺は二度目の魔神戦を思い返した。勇上の『聖女』としての活躍はあまり見れなかったが、ダンジョンの奥まで十傑全員を無事に運んだ実績は評価すべきだ。『勇者』椎堂が『勇者』勇上よりも有能だったという可能性はあるが、神器持ってなかったしな……。『聖女』椎堂が無能、というよりは『勇者』勇上と同じく人類を裏切っていた可能性もあるし、こっちの椎堂が『勇者』だろうが『聖女』だろうが教育隊を修業するのは来年の話だ。今は『聖女』勇上に期待する以外にないな。

 

 

 

 

 

「ではまず、恒例の自己紹介からさせて貰うよ」

 

 会議室にて分隊長お手製のパワーポイントで分隊長の自己紹介と経歴、今回の部隊実習における到達目標が知らされた。このパワーポイントを前回見た時は緊張でよく中身が入ってこなかったが、流石に二度目ともなると余裕を持って見る事ができた。一等陸尉、橋口(はしぐち) (とおる)、年齢は今年で四十二歳。家族構成は妻一人子一人の三人家族。子供は今年十二歳で妻ともども人工島の一つで暮らしており、現在単身赴任中で趣味はランニング。入隊理由は、魔物の脅威に怯える人々を少しでも減らすため、だそうだ。一見しただけでは柔和な笑顔がよく似合う人格者に見えるだろうが、その本性はサイコ腹黒へいわしゅぎしゃだ。普通に接する分には問題ないのだが、一度問題児や問題点を見つけた日には……。うーん、分隊長が俺が知らない人になっている可能性に期待してたところもあるし、ちょっと計画延長しようかねぇ……。

 今回は実習生が二人とも魔法使い候補なので、魔法使いとしての心得と運用、実戦における立ち位置や魔法を使う適切なタイミングなどを座学で学び、最後に実戦を経験する。これが今回の部隊実習の流れだ。この部隊実習で頭角を現せば墨田駐屯地にそのまま配属、前線向きではないとされれば東部方面隊の比較的前線から遠い駐屯地に配属されるだろう。

 

「君達に求められている事はそう多くない。教育隊で学んだ事を活かしながら生活して欲しい。では淡路(あわじ)士長、初任戦士達を隊舎まで案内してくれ」

 

「はい!」

 

 橋口分隊長はパワーポイントを閉じ、後ろに控えていた戦士長に声をかけた。彼女の名前は──

 

「戦士長 淡路(あわじ) (ひな)! お前達の一期先輩として、お前達を直接指導する対番です! 駐屯地内で分からない事があればまず私に聞きなひゃい!」

 

 まだキャラが固まっていない頃の『賢者』だった。というか気合が入りすぎて声は裏返り舌を嚙んでいた。そしてその胸は、どこまでも平坦だった。

 

 

 

 

 

「……ここが私達が生活する隊舎です。四階から上は女性専用区画となっているので、神之木二士は立ち入らないように」

 

 会議室での失敗を引きずりつつも、『賢者』……今はまだか。『賢者』改め淡路士長は俺達を隊舎まで案内してくれた。橋口分隊長が笑いをこらえながら何も言わず会議室から退室したのがメンタルに刺さったのでろう淡路士長は、橋口分隊長退出後にしばらくしゃがみ込みんでいたが、一分ほどで立ち上がり、何事もなかったかのよう振舞った。俺と勇上は何も触れず、ただ淡路士長に案内されるまま歩いた。

 

「勇上二士はこのまま私に付いてきてください。女性区画の案内をします。神之木二士は、ここで少し待っていてください。兵長……海老名(えびな)士長という人が男性区画の案内に来ますので」

 

 淡路士長と勇上は隊舎に備え付けられたエレベーターで女性区画へ向かった。俺はそれを見送ると、海老名士長を探しに隊舎の居住区画へ向かった。俺の記憶が正しければ、海老名士長は隊舎の自室で寝ているはずだ。なんせ前回の対番はその海老名士長で、橋口分隊長からの指示を忘れ、寝坊してのけるという衝撃の初対面だったから忘れようにも忘れられない。

 

「確か……二階の二一二号室だったような……」

 

 部屋の横にある名札入れには、海老名士長の名前があった。やはり俺の記憶の通りだ。勇上が関係しない範囲なら俺の記憶もまだあてにできる。まぁ、『賢者』が対番ってのは想定外だったが、世話焼きだったので違和感はない。というか、『破天』の性格でよく対番を任されたよな。対番という役割を通じて、成長する事でも期待されたのだろうか。あ、海老名士長は未来の『破天』である。言ってなかったっけ?

 

 



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二度目の初対面

「おや……いませんね……」

 

 橋口教育分隊長に案内されるまま、俺と勇上は会議室へ到着した。ここが俺達実習生の仮設分隊事務室、だそうだ。右も左もよく分からないが、勇上と一緒ならどうとでもなるだろう。自他ともに認める品行方正有能野郎だからな。しかし、会議室へ着いた途端、分隊長は不穏な言葉を呟いた。俺はなんとなく不安になり、勇上を見やる。

 

「…………」

 

 うーん、無。虚無。いつも通りの人に好感を与える笑顔のままだ。こういう時のこいつは何も感じてないし考えてもない。つまり、俺も焦る必要はないだろう。動く必要があれば、勇上が先に動くだろうし。

 分隊長は会議室に据え付けられた電話で、どこかへ電話をかけ始めた。

 

「……お疲れ様です。会議室から橋口一尉です。海老名士長はそちらに……そうですよね。いえ、分かりました。はい、はい。ありがとうございました。はい、失礼します」

 

 分隊長は受話器を置いた後、少し考えて、再度受話器を手に取りどこかへ電話をかけた。

 

「……お疲れ様です。会議室から橋口一尉です。マイクを入れていただきたいのですが、ええ、『海老名士長、面会人あり、会議室』でお願いします。はい、お願いします。はい、はい、失礼します」

 

 分隊長が受話器を置いた後、すぐにぴんぽんぱんぽーんとチャイムが鳴った。続けて、『海老名士長、面会人あり、会議室』とマイクが入る。このマイクを入れて貰うためにどこかへ電話をしたらしい。海老名士長とやらは、この会議室にいるはずがおらず、行方不明……という事か。

 うーん、急な腹痛などであればまだいいが、どこかで事故にあっている可能性も──

 

「すみまっせんでしたーっ! うちの海老名が申し訳ありません! 今すぐ叩き起こしてまいりますのでもう少々お待ちくださーい……!」

 

 突如会議室に小柄な女性が叫びながら入ってきた……と思ったら出ていった。ドップラー効果を実感したのは生まれて初めてかもしれない。消防車や救急車は島になかったし、なんだか感動するなぁ。

 いやいや、感動してる場合じゃない。あの女性、一体なんの用だったんだ? 海老名士長の居場所を知っているのだろうか。それにしても、その……平たかったなぁ。しかし、それ以外は非常にレベルが高い。亜麻色の髪もアメジストみたいな紫の瞳も、少女と見まがうような体型もその童顔と相まって人形じみた美しさを感じさせる。まぁ、将来に期待かな……でも俺より推定年上であれかぁ。将来……? どこ、ここ……?

 なんて無駄な思考を巡らせていると再びドップラー効果の気配を感じた。男のものと思わしき悲鳴が、徐々に高くなりながら近づいている。

 

「……ぁぁぁあああアアアッ!」

 

 会議室の扉が乱暴に開き、一人の男が投げ入れられた。坊主頭をそのまま伸ばしたようなぼさぼさ頭と、人のやる気すら奪いそうな無気力な雰囲気の男だった。こ、これが海老名士長、か? というか今、凄い勢いで投げ入れられたが、誰が投げた……? 大の男一人を投げるなんて、相当な筋力が要求されるはずだが。

 

「おや、やっと来ましたね、海老名士長」

 

 分隊長は海老名士長が投げ入れられた事実は全く気にならないのか、普通に海老名士長に話しかけた。

 

「遅刻はいけませんよ、海老名士長。『お願い』した事、忘れたわけではないでしょう? さぁ、初任戦士の前です。早く立ち上がって自己紹介をしてください」

 

「あっ……アアッ!」

 

 今のは返事じゃなくて、痛みに呻いただけだな。投げ入れられた衝撃で腰でもやったのか、立ち上がる気配を見せない海老名士長だったが、先程一瞬だけ会議室に入ってきた女性が無理矢理起き上がらせた。海老名士長と一緒に入ってきたのだろうか。いや、海老名士長を投げ入れたのはひょっとして……。

 

「……あー、戦士長 海老名(えびな) (やすし)だ。痛みと眠気でどうにかなりそうだが、よろしく頼む」

 

 女性に支えられながら、海老名士長は簡単に自己紹介を終えた。いや、よく見ると支えられているのではなく、逃がすまいと確保されているように見える。

 

「私は戦士長 淡路 雛。この男が貴方達の対番になるから、どんな無茶でも言っていいわよ。こいつがなんとかするわ」

 

「待てよ淡路。俺は今日、明け直だぞ。あんまり無茶言うなよ」

 

「私だって当直明けよ! あんたと一緒の直だったでしょうが!」

 

「そう、明け直なんだから、正当な理由のない出勤をしなければいけない理由が分からない!」

 

 何を言っているのかよく分からないが、海老名士長が開き直った事だけはよく分かった。

 

「そうですね、今回は私の配慮が足りていませんでした。しかし、命令権者は私ではないので今回は『お願い』という形を取らせていただきましたが、それではやる気がでなかった、と。よろしいでしょう。正式に教育分隊に配属されるよう(からやり直すよう)、司令には私から『お願い』しておきますね?」

 

「まいりました」

 

 俺は震えだした海老名士長を見て理解した。ああ、この分隊長に逆らうとやばいんだな、って。

 

 

 

 

 

 初対面の時の海老名士長の事を思い返しながら、俺は音を立てないようにドアノブをゆっくりと回し、体ごと扉を押し込んだ。部屋の寝台には、海老名士長が横になっている。仮眠しているようだ。作業服を着たままである事から、当直明けかサボりかのどっちかだろう。どっちでもありえる。前回通りなら明け直で、飯の時間まで仮眠中、なのだろう。淡路士長から『お願い』された事を忘れて……。

 さて、ここで選択肢は二つある。平和的に起こすか、乱暴に起こすか。どちらも大したメリットはないので、確実性が高い方法でやりたいが……あ、良い事を思いついた。加速魔法の実験体になって貰おう。

 時属性加速魔法、バースト。対象の意識、感覚を加速させる魔法だ。体感では時の流れがゆっくりになるので、自分に使った場合は減速魔法みたいになる。この魔法を使うと通常の会話が著しく困難になったり、痛みなどもゆっくりと引き延ばされるので中々の苦痛だ。

 これを海老名士長に三回重ねがけする。おそらく一秒が千秒ぐらいに引き延ばされているはずだ。そして指をゆっくりと海老名士長の額に近付け、全力ではないがしっかりとデコピンした。

 

「どぉうわぁ!?」

 

 飛び起きたところで魔法を解除。一拍置いてから、

 

「おはようございます、海老名士長」

 

 しっかりと挨拶した。挨拶は大事だ。

 

「……え、えぇ? 誰?」

 

 海老名士長はまだ寝ぼけているようだ。

 

「二等戦士 神之木 拓也! 春鏡十五年二月一日付け、東部方面隊墨田駐屯地にて部隊実習を命ぜられ、高天原教育隊より本日着隊しました! よろしくお願いします!」

 

 なので眠気が消し飛ぶようにしっかりと挨拶した。

 

「……あー、分かった。お前、苦手なタイプだ……」

 

 

 

 

 

 海老名士長に隊舎内を案内して貰った。隊舎でのルール、空いている靴箱、掃除道具の場所、やり方、部屋の間取りやサボりスポットまで、ほとんどは前回と同じかどうかの確認だったが、サボりスポットは新発見だった。海老名士長が消えたらあそこを探せばいいんだな。

 意外と真面目に案内してくれる海老名士長の背中を見ながら考える。うーん、ちょっと揺さぶってみようかな。

 

「海老名士長、そういえば」

 

「……なにさ」

 

「四月から十傑入りされるって、本当ですか?」

 

「……淡路から聞いたのか?」

 

 否定はしない、って事は内示がもう来てんのかな。こっちの表情を見て、違うと判断したのか、海老名士長はごまかすように言った

 

「まだ決まった話じゃない。今はまだ俺も淡路も、候補のリストに載っただけだ」

 

 なるほど、余裕のある時期はあらかじめ教えられるのか。二年後には人類も切羽詰まって、年度末に「君来年度から十傑ね。『自在』って名乗ってね」とか一方的に言われるだけだったなぁ。

 

「ははぁ、流石っすねぇ。パネェっす」

 

「……お前、心にも思ってねーな?」

 

「そんなまさか。あ、俺と賭けしませんか? 俺と海老名士長、どっちが先に十傑入りするか。負けた方は、勝った方の『お願い』を無理のない範囲で一つ聞く、なんてどうでしょう?」

 

「……やっぱりお前、苦手なタイプだ」

 

 

 

 

 

「あ、海老名! 貴方、ちゃんと案内してくれたんですね! 流石に戦士長たる自覚が──」

 

「淡路、飯いこーや」

 

 隊舎の入り口で淡路士長、勇上と合流した。海老名士長は淡路士長の言葉を遮って配食を受け取る事を提案。まぁ、あんまり詳しく突っ込まれると都合が悪かろう。

 

「そうですね、もうそんな時間ですか……。勇上二士と神之木二士は、配食を受け取ったらしばらく部屋で休んでいていいですよ。午後になったらベッドメイクをして、持ってきた荷物の整理。礼装は明日も着るから必要なら手入れしておいてください」

 

「明日も礼装を着るんですか?」

 

 勇上の疑問に淡路士長が答える。なんだよ、結構仲良くなってるじゃねぇか。俺も勇上と仲良くしたいが、距離の詰め方がもう行方不明だ……。

 

「ええ、明日の課業整列で駐屯地内の隊員を集めて、初任戦士の紹介を行います。二人には一言、何かしら喋っていただきますので、何か考えておいてくださいね」

 

「はい! 分かりました!」

 

「了解しました!」

 

「良い返事です! では配食を受け取りに行きましょう。案内しますね」

 

 俺達は淡路士長と海老名士長に連れられ、食堂へ向かった。部隊で食う初めて(二度目)の飯は、やっぱり美味かった。




明日から古戦場が始まりますので、投稿ペースが落ちる可能性があります。
あらかじめご了承ください。
感想、評価などを頂ければモチベーションが上がって筆も早くなり、次話投稿までのペースが大幅に短縮されることが予想されます。


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また俺なんかやっちゃいました?

 寝台のベッドメイクを終え、俺はそこに寝転がった。荷物の整理は既に終わり、残すは寝るのみだ。だが、寝る前に考えておく事がいくつかある。

 この部隊実習期間でどう動くのか。

 まず、後の『破天』である海老名士長とは賭けの約束を取り付けた。賭けの内容は、どちらが先に十傑入りするか。海老名士長は何事もなければ次の四月で十傑入りするだろうから、それまでの二か月で動く。今いる十傑と十傑候補達とは隔絶した何かを見せなければ、賭けに勝つ事は難しいだろう。一か月以内に何かしら結果を出さなければ四月の十傑入りには間に合わない。

 海老名士長との賭けの報酬である『お願い』は、ダンジョンへの同行を頼むつもりだ。ダンジョンでの実習が不安なんですぅ、みたいな感じで言えば面倒くさがりつつも渋々着いてきてくれるだろう。まぁ、その同行に期限や回数を提示するつもりはないので、こちらが望む限りいつまでも何回でも着いてきて貰うとしよう。魔神を倒す、その日まで。

 淡路士長も四月で十傑入りする可能性が非常に高い。後の『賢者』であり、人類唯一の四重属性魔法使いなのだから当然と言える。淡路士長にも四月までに何かしら手を打って、協力関係を築きたい。うーん、人が良くて扱いやすくはあるが、同期やライバルに対する敵愾心も強く持っているのが淡路士長だ。なんとかなると思う。アイデンティティを確立するとのじゃ口調になるのはよく分からんが。

 十傑入りの一番の近道は、神器だろう。現十傑も、全員が神器を持っているわけではない。神器の取得が見込めるというだけで、十傑に入る資格はある。その判断基準は魔物の討伐数であったり、魔法の使用回数、熟練度などを総合的に加味する、らしい。十傑に選ばれた事はあっても選ぶ側になった事がないので詳細はわかりかねる。だが、神器を持っているのに十傑ではない、というのは引退した戦士以外にありえない。現十傑も引退が近い神器持ちが三人、神器を使いこなせるようになってきたのが二人、神器取得までもう少しというところの五人、といった構成だったはずだ。

 『勇者』勇上を筆頭とした十傑は、俺以外が神器持ちという歴代最高戦力だった。『勇者』勇上の裏切りさえなければ、とは今でも思うが、真器持ちが一人いるだけで本当に魔神に勝てたのか、という疑いは未だに晴れていない。ギシンもあれから姿を見せないのだから、どこまでギシンの言葉を信じていいものか。

 まぁ、俺が神器持ちとして名乗りを上げるのは必須事項として、時属性の存在は伏せた方がいいはずだ。もしも停止魔法が使えるのでは、などとあられもない疑いをかけられると、その時点で人類の裏切り者扱いされてもおかしくはない。時計型の神器は闇属性の神器とするのが無難だろう。

 後は……『賢者』の対抗心を煽るため、四重属性……いや五重属性の魔法使いとして活動しよう。複数属性を持つと魔法を発動するために必要な魔力は跳ね上がる。二重なら通常の二倍、三重なら更に二倍、四重ならそのまた二倍と、一属性増えるたびにおおよそ二倍になる、らしい。その代わりに威力も倍に増える。魔力の制御に長じれば魔力を節約して使う事も可能だが、『賢者』は四重属性だったために他の多重属性持ちより文字通り倍以上の努力をしたらしい。

 まぁ、俺はもう神器持ってるから何も考えずぶっ放して問題ない。神器を通して魔法を使うと、消費される魔力はゼロだ。つまり、本来なら七重属性持ちの俺は一般的な単一属性魔法使いの六十四倍燃費が悪く、まともに魔法の発動なんてできるわけがないレベルだが、神器を通すと全力の魔法を何度使っても疲れない。まぁ、今もしも加速魔法クイックをつい全力で使ってしまったら、という恐怖にかられてこの一か月は魔法制御力の訓練に専念したが、それも神器があったおかげで通常の何十倍、いや何百倍ものスピードで進んだ。今なら最低出力まで絞れば普通の倍ぐらいの魔力消費で済む。

 そういえば、多重属性持ちが光属性、闇属性も使えるというのは恐らく人類で俺が初だろう。これまで『賢者』も含め、多重属性とは火、水、風、土からの複合であり、光と闇は多重属性に混じらず昇格(クラスアップ)もない特殊な属性、とされてきていたはずだ。いやぁ、また俺なんかやっちゃいました?

 時属性を除いた六重属性魔法使いと名乗る事も一瞬考えたが、やめた。万が一の可能性だが、俺が光属性も使えると知った勇上が、役割をなくして去っていく姿を想像してしまったからだ。勇上ぃ……『聖女』としてのお前に対する期待はウナギ登りの滝登りで天元突破だぞぉ……。

 色々と考えたが、重要なのはタイミングだ。必要な場面で都度小出しにするか、適切な場面でどかんとぶちまけるか。慎重に慎重を重ねて公表するタイミングを計ろう。

 今日はもう遅いし、寝よう。

 

 

 

 

 

「二等戦士 神之木 拓也! 春鏡十五年二月一日付け、東部方面隊墨田駐屯地にて部隊実習を命ぜられ、高天原教育隊より過日着隊しました! よろしくお願いします!」

 

 課業整列で駐屯地内のほとんどの隊員が整列する中、俺達の紹介が行われた。ここまではよかった。

 

「では神之木二士、簡単な自己紹介と部隊実習の抱負をお願いしますね」

 

 壇上で橋口分隊長にマイクを手渡され、ふと整列している隊員達を見た。皆こちらを見ている。こちらの一挙手一投足を見ている。足元がゆがむ感覚。緊張、している。何を言おうとしていたのか頭から飛ぶ。

 

「…………」

 

 あ、これはまずい。何かを言わなければならない。橋口分隊長も勇上もこちらを見ている。課業整列の音響を担当している隊員が、スピーカーかマイクの不具合かと気にしている。何か、何か言わねば。

 

「あー……」

 

 と、とりあえず自己紹介からだ。

 

「二等戦士 神之木 拓也」

 

 名前は言えた。後は年齢、出身地、属性、趣味か。

 

「歳は今年で十七で、出身地は人工島ノア。属性は七重属性で、趣味は──」

 

 あれ、俺今なんて言った?

 

「神之木君、今なんて?」

 

 橋口分隊長から横やりが入った。まだごまかせる。年齢の十七に引っ張られて噛んでしまった、で行こう。

 

「すみません、噛みました。属性は五重属性で趣味は神器の時計磨きです。よろしくお願いします!」

 

 うむ、これなら問題ない。完璧な自己紹介だ。うん、ここで言うべき事だったか怪しい発言があった事以外は完璧だろう。もういいや。

 

「私は!」

 

 あ、声を張りすぎてマイクがハウリングしてしまった。一度、大きく深呼吸してから続ける。

 

「……魔神討伐のため、一年以内にダンジョンへ挑みます!」

 

 なんでこうなったか分からんが、言いたい事は言えたから、ヨシッ!



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完璧な計画

 俺は壇上で達成感に包まれていた。本来の計画ならここで無難に挨拶をこなし、機をうかがうつもりだったが少し、ほんの少し前倒しになった。言い換えれば、目標達成が近くなった。うん、何も問題ないな!

 墨田駐屯地での課業整列は、陸、海、空、魔の四自がそれぞれ整然と並ぶが、今は俺の自己紹介で一部列が乱れ、ざわめいている。壇上に立つ俺と橋口分隊長に対して、今の発言は何事か、という視線を向けている者も多い。まぁ、何事かと言われてもただの事実としか言いようがない。一部過少に言ったが、過大に言うよりかは可愛いものだろう。

 

「……えー、以上で初任戦士の紹介を終わる」

 

 橋口分隊長は場を収めるため、紹介を無理矢理終わらせた。俺は橋口分隊長に向き直り、敬礼をして、壇上を降り、すでに紹介を終えて壇上の横で待機していた勇上の横に並ぶ。後は勇上の号令通りに動き、司令に敬礼をして魔自の隊列の後ろに戻れば今日の課業整列は終了だ。……? 司令に敬礼する時、何か司令が呟いたような気がする。気のせいか……?

 

 

 

 

 

「では神之木二士、面談を、しよう」

 

 課業整列を終え、仮設分隊事務室の会議室に戻った俺と勇上は、休む間もなく橋口分隊長に捕まった。……いや、捕まったのは俺だけか。橋口分隊長の圧が、強い。

 

「勇上二士ともこの後面談を行う。神之木二士との面談が終わるまで、ここで待っていてくれ。では神之木二士、ついてきてくれ」

 

 訂正、一応勇上も捕まっていたらしい。勇上は不安そうにこちらを見やるが、俺にはどうすることもできない。許してくれ勇上……いや別に許さなくてもいいけど。

 橋口分隊長に連れられ会議室の外へ。少し歩き、司令公室の前で止まった。司令公室は俺と勇上が司令に着隊の挨拶を行った場所だ。客人用の良い椅子が置いてあったはずだが、まさかここで行うのだろうか。

 橋口分隊長は躊躇なく司令公室に入り、こちらに手招きをしている。司令公室を面談に使うなんて、まぎれもなくVIP待遇だ。俺が知っている限り、幹部に対する面談でも司令公室が使われる事は少なかったはずだ。ましてや二等戦士なんて、密室という条件さえクリアすれば良いというスタンスだった。うーん、これは怒られるわけではなさそうだな。

 橋口分隊長は先に座り、卓を挟んで向かいにある椅子に座るよう言った。さぁ、ここから口八丁手八丁で、うまいことあれやこれやしないといけない。人はそれを、ノープランと呼ぶ。

 橋口分隊長が聞き取り用紙を出し、面談が始まった。

 

「では神之木二士、まずは……先程の自己紹介はどういう事かな?」

 

「えーっと……自分なりに客観的事実を述べただけです。属性のところは、年齢を言った後だったので釣られて噛みました」

 

 橋口分隊長は、俺が喋った内容を素早く手元の用紙に記入していく。おそらくは司令、副長への報告に用いられるのだろう。

 

「なるほど。……では君は、五つの魔法属性を持ち、なおかつ神器も持っていると言うんだね?」

 

「そうです。闇、火、水、風、土の五属性が使えます。神器はこの……懐中時計型の神器で、闇属性のものです」

 

 指折り使える属性を数えた後、指を広げ、手のひらに何もない事を見せてから、神器を手のひらの上に出現させた。神器の特徴の一つとして、慣れれば持ち運ぶ必要がない、というのがある。神様とのつながりを意識すると、自然とその手に収まるようになるのだ。一部の剣士は戦闘中にもこれを行い、神器を投擲武器として扱う馬鹿もいる。元同僚の『百獣』っていう十傑なんですけどね……。

 

「──ッ!? そ、の……神器は、打撃武器として使えるのかな?」

 

 おお、流石の橋口分隊長も非武器型の神器には動揺が隠せないか。まぁ、無理もない。俺も時属性の神様に手渡された時、神器とは思ってなかった。神器とは神が人に与える奇跡。敵を打ち払う力の象徴。『勇者』勇上が持っていた剣型が圧倒的に多く、次点で『聖女』椎堂や『賢者』淡路が持っていた杖型が多い。まぁ、神器の形が剣士、魔法使いを区別するわけではのでややこしくもある。剣型と言っても実用性のない形をしたものや、杖型と言っても打撃武器にしか見えないもの。これまで確認された神器の共通点は、武器の形を取っている事ぐらいだ。

 

「これで殴れば痛いとは思いますが、魔物相手に使うには心許ないですね……」

 

 手のひらに伝わってくる、金属のひんやりとした感触。力を込めて握ってもきしんだりしないことから耐久力はありそうだが、攻撃力は腕力次第……というかただのパンチだ。

 橋口分隊長は俺の言葉を聞いて空を仰いでいる。初の闇属性神器が非武器型の、これまでの常識が通用しない神器で、神器かどうかすら怪しいがその特性は神器のそれ。どう報告すべきか悩んでいるようだ。

 

「そう、か。……すまない。今、私は冷静さを欠こうとしている。面談はここで中断とさせてくれないか。君という貴重な戦力を、今後どう扱うか。こちらである程度目途を立ててから再開したいと思う」

 

「……分かりました」

 

「会議室に、分隊事務室に戻ってくれていい。……ああ、勇上二士に、この司令公室まで来るよう伝えて貰っていいかな?」

 

「了解しました。戻り次第勇上に伝えます」

 

「お願いするよ」

 

 

 

 

 

 仮設分隊事務室に戻った俺は、勇上に司令公室で橋口分隊長が待っていることを伝え、軽く道順を教えて送り出した。少し恨みがましく見られた気がするが気のせいだろう。分隊長との面談なんていつかするもんだし、多少早まっただけだからな。

 さて、これで勇上の面談が終わるまでは手すきになった。橋口分隊長の言う目途とやらも、今日中にどうこうなることはなかろう。俺は部屋に一人きりなのを確認してから、大きくため息を吐いた。

 やっちゃった。やっちゃったよ。大いにやらかしたよ。課業整列でもそうだけど面談でもやってるよ。なーにが自分なりに客観的事実を述べただけです、だってよ。ごまかそうとしてより痛い方向に向かってるじゃねぇか。

 

「うぐ……腹が痛くなってきた気がする……」

 

 トイレ行こうかな……いや、行っても無駄か。少しは自分をほめてストレスを軽減しよう。えーと、なんかほめるところあったかな……。あ、あれだ。属性を光以外の五属性だと言ったのは結構良かったはずだ。光属性も使えるという事にしてしまうと、光と闇が合わさり最強に見えるが勇上のアイデンティティである光属性の役割を俺が奪ってしまい、『聖女』勇上を仲間にするどころか勇上が『聖女』を目指すかどうかすら怪しくなるところだった。

 闇属性の神器持ち、というだけで人類史上初の快挙であり十傑入りも狙えたが、複数属性持ち、という事にしたのは『賢者』に対する煽りだ。『賢者』なら、淡路士長ならこれを挑戦と捉えて勝手に動いて勝手に自爆してくれることだろう。そうなれば仲間に引き込むのは簡単だ。落ち込んだところをなだめすかして神器を獲得する手助けを行えば、後は親カルガモの後ろをついていく子カルガモのように何も言わずともついてきてくれるようになるだろう。雛だけに。

 我ながら完璧な計画(パーフェクトプラン)だ……ほれぼれする。教育隊で考えた計画は忘れて、この完璧な計画(パーフェクトプラン)で行こう。ちなみに、教育隊で考えた計画とは、はじめ強く当たって後は流れで、高度な柔軟性を維持したまま臨機応変に対応するという非常に画期的で有能な計画だ。俺の頭脳が火を噴いたぜ。

 

「神之木二士いますか!?」

 

 今後の計画を練り終わったところで淡路士長の声が仮設分隊事務室に響いた。部屋の入口には対番である淡路士長と、兵長の海老名士長の姿があった。淡路士長が来るのは予想通りだが、海老名士長が来るのは意外だ。面倒ごとを嫌う海老名士長は、他人に興味を持たないよう努めている印象だったのだが。

 

「どうされましたか、淡路士長」

 

「どうされましたか、じゃないわよ! あの自己紹介、どういう事!? ど、どこまで本当なの!?」

 

 怒りと焦りと不安と期待が入り混じった良い顔ですなぁ、淡路士長。早速完璧な計画(パーフェクトプラン)をの締めに入るべきか考えたが、まだ焦らした方が効果も高まろう。

 今は煙に巻かせていただこうか。

 

「どこまで、というと……五属性使える事も、神器を磨くのが趣味なのも本当ですよ」

 

 ほら、と言って手のひらに懐中時計型の神器を出す。淡路士長は先程まで何もなかった手のひらに懐中時計が現れたのを見て、神器だと認識して腰が抜けたようにへたり込んだ。

 

「そ、そんなぁ……人類史上唯一の四重属性として、十傑入りする私の完璧な計画(パーフェクトプラン)がぁ……」

 

 ……ひょっとして、俺の思考回路って──これ以上いけない。

 

「神之木、その神器って……打撃武器じゃねーだろ」

 

「はい。これは武器としては使えない神器になります。珍しいみたいですね、こういう神器」

 

「珍しい、って……そりゃ珍しいけどよ」

 

 海老名士長は、違うそうじゃない、という表情だ。神器を武器として使えないのは大きなデメリットだが、手のひらサイズの神器というのは大きなメリットだ。まぁ、どっちもどっちだな。俺が剣士なら自分の神器が武器型じゃなかったらショックだろうなぁ。剣道が得意なのに打撃武器が出たりしてもショックだろう。

 うーん、なんとか煙に巻けたかな──と思った瞬間、突如後ろから肩を組まれた。何事、というか何やつ!?

 

「ツれねェなァ、神之木二士ィ。おじさんにィ、もちっと話聞かせてくれやァ」

 

 この顔、声、喋り方の癖……全てが一致する人物は俺が知る限り一人だけ。墨田駐屯地司令 一等戦佐 鷲尾(わしお) (そら)。魔臓を持たぬ身でありながら、魔物との戦いに身を投じた現代の英雄。

 いつからいたんだこのおっさん……。




非AT0ポチ編成のせいで古戦場が忙しすぎて更に投稿遅れます……申し訳ありません……。


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