求、父親の自殺をやめさせる方法 (麻寿津士)
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求、父親の自殺をやめさせる方法

前世の記憶というものがあるとして、それを思い出す切っ掛けとはいったい何だろう。

生まれ落ちたその瞬間か、あるいは何かキーマンとなる人物との出会いか。

それとも、印象的な場面や劇的な事件だろうか。

 

あえて分類するのなら、私のきっかけは四つ目に当てはまる。

劇的な事件。そう、まさしく悲劇的かつ喜劇的な。

 

「何故だ……」

 

男が呻いている。己の運命を呪い、涙すら流している。

雄々しい体には無数の傷があり、その中には目をそむけたくなるほど惨いものもある。

にもかかわらず、男は生きている。だからこそ彼は嘆いてやまない。

 

「何故死なねぇ!」

 

死なぬほど頑強な己自身を呪ってやまない。

多分、思い返せば酒が入っていたのではないだろうか。

そうでもないと、普段、あれほど感情的になることはない。

あるいは、それが一回目だったからだろうか。

 

私が10歳になろうかというころ、父親が初めて自殺した。

海軍の船団に突っ込んでいって大立ち回りをした挙句、ものの見事に全艦沈めて帰還した。

挙句、疲れ切って倒れこみ、吐いたセリフが上記のものだ。

 

その時私は前世の記憶を思い出し、一度にたくさんの事に気が付いた。

 

今私がいるのは、漫画ワンピースの世界であるということ。

恐らく原作の20年程度は前の時期であろうということ。

そして、私の父が百獣海賊団船長、のちの四皇カイドウであるということ。

 

あともう一つ、私が彼の息子――いや娘、ヤマトに成り代わっているということ。

 

残念ながら、私は原作のヤマトとは似ても似つかない。

おでんには憧れていないので、坊ちゃんとは呼ばれず、お嬢と呼ばれている。

当然手錠もついていなければ、幽閉もされていない。

加えて、私はカイドウが、父上がわりあい好きだ。

 

そりゃあ、ぶっちゃけまともな父親ではない。そもそも海賊だし、乱暴者でならず者だ。

計算高くて冷酷で、必要ならいろんなものを人を簡単に切り捨てる。

けれど、酒の席では手招きし、膝の上に乗せてくれることだってある。

いつ泣き上戸に代わるともわからない笑い上戸でも、大きな手で頭を撫でられるのは好きだった。

 

だから、そんな父親の自殺を目の当たりにして、私は真っ当にショックを受けた。

表情を失い泣くことも出来ず、棒立ちで立ち尽くす私が周りにどう見えたかは知らない。

けれど、百獣海賊団の面々が案外、あっさりとその自殺を受け入れたことは覚えている。

 

どうせカイドウさんなら死なねぇだろ、強ぇから。by クイーン

 

そういうことか?いや違うだろう。

死ぬ死なないの問題では無くて、いやそれも立派に大問題なのだが。

自殺願望があるということそのものが、由々しき問題じゃないのか。

 

わかってる。私だって、前世ではジャンプを定期購読してた。

カイドウの思想は知っているつもりだ。曰く、死は人の完成であると。

言っている事は理解できる。かっこいい死に方は憧れるし、理想だ。

 

あのクソおでんのせいだ。あいつが立派に死んだりなんかしたから!

八つ当たりだって分かっている。だって彼が死んだのは、父上とオロチさんのせいなんだから。

気に病むのも父上の自分勝手だし、文字通り死ぬほどひどい目にあわされた被害者は向こうだ。

 

しかし感情と理性は時として相反するものである。

要するに私はおでんが嫌いだ。父上の自殺癖の直接の原因だから。

でも故人を罵ったって仕方ないし、卑怯なだまし討ちで勝ってしまった父上の過去は変えられない。

 

私がするべきことは、父上の意識を死よりも生、過去よりも今に向けさせることである。

その為には、そのためには……

 

「どうすればいいんでしょうか……」

 

オロチさんを前にして、私は座布団に正座したまま畳に突っ伏し、ぼろぼろと涙を流していた。

呆れと困惑の半々の気配がする。見なくてもわかる。

 

同盟相手の身内とは言え、十歳になったばかりの子供が人払いまで求めて相談にきて、話し出したと思ったら、本題に入る前に泣き出したんだから、そりゃあ困りもするだろう。

申し訳ないと思うのだが、なかなか涙は止まらない。

 

眼球が干からびるのではないかと思うほど、後から後から湧いてくる。

ついでにしゃくりあげてしまって、まともに言葉が出て来ない。

ジンジンと頭も熱を帯びだして、いよいよ何もまとまらない。

 

「ち、ちちうえがぁ」

「おい、話があるんだろう、とりあえず落ち着け」

「ちちうえがぁ……しに……しにたいってぇ……」

「ああうん、わかった、わかったから」

 

顔も上げられない私では話にならず、かといってカイドウの娘の私を無碍にも出来ず、さぞオロチさんは困り果てたことだろう。

泣き止むまで待てなかったのか、多少強引にだが一応は優しく肩を掴まれ、体を起こされる。

涙と鼻水でぐちょぐちょの顔を見る視線は、台詞にするなら「あ~あ」と言ったところか。

 

「つまり、カイドウのやつが自殺をし始めて、お前はそれを止めたいと」

「………」

 

着物の端で顔をこすって、どうにか頷く。

 

「つってもなぁ……あいつの自由だろ、どうせ強いから死なねぇし」

「……ッ」

「ああおい!わかったからもう泣くな!後で何言われるかわかったもんじゃねぇ!」

 

どうにか口元を抑えて泣き声を殺す。

わかってるのだ。死にたいと思うのもある種自由で権利だし、親子とはいえ、私と彼は一個人同士の別人である。

私に彼を止める権利は、本当のところない、のかもしれない。

 

「わかってる、けど、やだ……」

「カイドウが死ぬのがか?」

「ちがう……ちちうえが、し、しにたいって、おもうのが、いやで……」

 

そういう面倒な権利だのどうこうおいておいて、とにかく死にたいなんて思ってほしくないのだ。

毎日元気に楽しく生きていてほしいし、何なら私より長生きしてほしい。

死が人の完成だというなら、永久に未完成のままでいて欲しい。有終の美なんてクソ喰らえだ。

 

「わからんでもねぇけどなぁ」

「……むり、ですか」

「いや、無理とまでは」

「……ちちうえぇ……」

「………」

 

思わず呻いた私に、容赦のないため息が刺さる。

いや申し訳ないとは思っている。望んでついた地位とはいえ、将軍ともなれば色々忙しいのだろうし。

泣いた子供をあやしてる暇なんてないだろう。私だってこんなに感情が決壊するとは思ってなかった。

 

「大体、どういうわけで俺のところに相談に来たんだ。死にたいやつの気持ちなんてわかんねぇぞ」

 

言われてみればそうだった。

オロチさんは普通ならとっとと自殺していてもおかしくないような境遇で、生き延びて復讐する方向に舵を切るメンタリティの持主である。

この手の相談の相手としては、あまり適当でなかったかもしれない。

けれど一応、私にも根拠というか、オロチさんを選んだ理由はある。

 

「……百獣海賊団の、みんなは、あてにならなくて……」

「まあ話が話だからな……」

「それに、父上は……オロチさんとお酒飲んでるときは、いつも、たのしそうだから……」

「……」

 

何とも言えない顔である。

あれだろうか、表面上のお付き合いという奴だったのだろうか。

取引先とのキャバクラでとりあえず笑っとけ見たいな奴だったのだろうか。

 

でも、少なくとも父上の方はそういうノリではなかったと思う。

心底から楽しく飲める相手を、いざとなるとあっさり殺してしまえるのが、あの人のヤバいところでもあるのだが。

 

「まあ、とにかくあれだ」

「あれ?」

「娘のお前がひっついてれば、自殺はしにくいだろ」

「……でもそれは、こんぽんてきかいけつには、ならないのでは……」

「小難しい考え方しやがってめんどくせぇ!」

 

パンパン、とオロチさんが両手を叩くと何処からともなくお付きの人たちわらわら集まってくる。

あれよあれよと帰り支度を済まされ、押し込まれるように籠へ乗せられた。

別れのあいさつ代わりに、大きな顔が小さな声でいう。

 

「誰もいないよりはなんぼかマシだろう」

 

ぱさ、と籠の御簾が降りて送り出された。

城の外まで出れば、後は百獣団の人たちに担ぎ手が変わるだろう。

一応私は彼らのお嬢なので、結構厳重に警護されている。

 

籠の中で揺られながら、私はオロチさんのさっきの言葉について考えていた。

そして、決意した。

今日この日から、私の私による私のための、カイドウ自殺癖脱却作戦が始まるのだ。

とりあえず第一ステップは、四六時中引っ付いて回ることから開始するとしよう。

 

普通に邪魔だったらしく、無情にも引きはがされ作戦失敗となってしまうのは、また別の話。

 

 



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求、お嬢の謎行動の理由

続きました。


俺様はクイーン! 若くしてカイドウさんの右腕となった期待のルーキー!

とは言ってもカイドウさん自身、所謂レジェンドたちに比べりゃ若い方だが、間違いなくあいつらなんてかき消しちまうイカした伝説(レジェンド)になる人だ。

 

そんな我らが船長には一人娘がいる。名前はヤマト。

父親に似ず顔は可愛いが、まだ10歳なのに随分と肝が据わってる。

 

ついこの間、何を思ったかカイドウさんは海軍の船団相手に単身つっこんでいった。

それだけでもやべぇのに、暴れまくって全員海の藻屑に変えちまったんだから、しびれるぜ。

俺達でもビビっちまうぐらい憧れる、そんな活躍を目の当たりにして、ヤマトお嬢は眉一つ動かさず動かさず出迎えたっていうんだから。

この父親にしてこの子ありとはよく言ったもんだ。

 

さて、そんないつも詰まんなそうな仏頂面でおなじみのヤマトお嬢だが、今日はどうにも様子が違った。

可愛げはないが聞き分けのいいあいつは、いつもカイドウさんに呼ばれるか用があるかしないと、側へ近寄ったりしない。

ガキにとって何か面白いことがあるわけでもないしな。

 

というのも、絶賛戦力拡大中の我らが百獣海賊団を、しっかり者のカイドウさんはきっちり書類で管理してる。

俺も勿論そのお手伝いをしてる。頭たいまつのどっかの誰かと違って、こういうデータ管理は慣れてた。昔取った杵柄ってやつだ。

そういうわけで、俺達は結構机仕事が多い。じっとしてるだけなんで子供には退屈極まりないはず、だが。

 

「ヤマト、何か用か」

「……別に」

 

今日何度目かのカイドウさんの質問にも、ぶっきらぼうにそういうだけ。

別に何かするわけでもない、カイドウさんのズボンの端をちょこんと握って見つめている。

これが一時の事なららしくない、不器用な可愛い甘え方ですむのかもしれないが、かれこれ2時間はこの状態だ。

 

なんなら朝一で目を覚ましてから、今日のヤマトお嬢はずっとカイドウさんにべったりだった。

飯や見回りぐらいならまだしも、便所もすぐ近くまでついて行こうとする。

そして座り仕事がはじまってからもこの調子だ。

 

別に、な奴はそんなことしない。にらみつけるような、厳しい眼差しからも何かしら目的があるのは確かだが。

あのカイドウさんの娘に、無理に口を割らそうなんてできるわけないし、仮にやったとしても喋るとは思えなかった。

しかし、四六時中子の調子じゃあカイドウさんも落ち着かないだろうということで、ここはクイーン様が一肌脱ぐことにする。

 

「そういや、お嬢にはまだ見せたことがなかったな」

「なにが?」

 

意識がカイドウさんからこっちへ向いた。

いいぞいいぞ、この調子だ。

子供という生き物は『ロマン』に弱い。

そんなのは男の子だけだって? 甘いな、誰の胸にも少年はいるもんだ。

 

「見てな!」

 

柱のように太く逞しい足!

ビル何階建て分にも相当する長く特徴的な首!

FUNKな胴体!

そしてそれらが作り出す、圧倒的で巨大な全身!

 

リュウリュウの実、古代種モデル:ブラキオサウルス!

 

さあ存分にエキサイトしなヤマトお嬢!

 

「でっけ」

 

可愛げがねぇ。

文字に起こしても三文字、つうか実質二文字。

表情一つ変えず俺を見上げると、お嬢はそれだけ言ってまた父親を見つめる作業に戻る。

どういうことだよ。カイドウさんが物凄くいたたまれねぇ顔してんじゃねぇか。

 

「待ちなお嬢、クイーン様はこれで終わりじゃねぇんだぜ!」

 

鉄の脛骨を得てさらに伸びる首!

光る口!

様々な工具武器に変化する手!

全身に仕込まれたギミック!

 

そうさ俺はサイボーグ!

 

恐竜×ロボ!

ロマン×ロマン!

エキサイト×エキサイト!

 

この姿にはさすがのヤマトお嬢も形無し間違いなし!

 

「痛そう」

 

クソほど可愛げがねぇ。

またもや三文字。全部ひらがなにしたって四文字っぽっち。

どうなってんだ、マジで人類(ひと)の子か? それでも赤い血流れてんのか?

親の顔が見てみたいぜ。いやいつも見てんだが。

 

俺もヤマトお嬢そっくりの仏頂面で人の姿に戻る。

仕事しよ。

 

「……」

「………あ、カイドウさんこれなんすけど」

「……」

「どれのことだ……ああ、それか、どうした」

「……」

「いやここの数とここの数がね……」

「……」

 

いや気まず。ってか居心地わっる。

 

おかしい、一切の可愛げを失っているとはいえ、お嬢はたった10歳のガキ。

それがどうして、無言で突っ立っているだけでこんなにも威圧感を与えるのか。

時計を見るとアレからさらに1時間たっている。

三時間も何もせず突っ立ってるなんて、下手な筋トレよりよっぽどきついだろうに。マジで何考えてんだこいつ。

 

「そういやカイドウさん、そろそろ次の予定が」

「ああ、そうだな」

 

椅子から立ち上ると、流石に手を離した。

それでも決して離れず足元にまとわりついているのは変わらない。

 

しかし、改めてみると身長差がえぐい。

ヤマトお嬢だって、同じ年齢の子供に比べれば2倍ぐらい身長があるんだが、カイドウさんはさらにそれの4倍ぐらいはある。

俺からしたって、近づかれすぎると腹の影に隠れちまう。ちょっと間違ったら踏んづけそうだ。

 

今から行くのはワノ国の工場見学。

オロチのやつが抑えてるとはいえ、何があるかわからない。

万一の事があった場合、守るどころか蹴り飛ばしかねないのはちょっと、いや大分困る。

そう思っていると。

 

「ヤマト」

「……何?」

「邪魔だ」

 

ひょいと掴んでぺいっと放られる。

丁度近くにいた女どもが見事にキャッチする。

なにあれうらやましい。

 

お嬢が追いかけてくる様子はない。

投げられた衝撃で目を回したのか、数人がかりで押さえつけられて、振り切れないのかもしれない。

それとも、流石にカイドウさんにビビったか。

 

「それにしても、ヤマトお嬢はなんであんな真似を?」

 

カイドウさんは知るか、という代わりに眉間にしわを寄せた。




短編日刊ランキング9位、ありがとうございます。
不定期ですが連載として続けようと思います。
お付き合いよろしくおねがいします。


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求、10歳児のトレーニング方法

今回の作戦の結果は散々だった。

 

つままれ、持ち上げられ、放り投げられ……軽い脳しんとうでふらふらのところを、数人がかりで押さえつけられたものだからたまらない。

あと、多分、あれ以上くっついていたら、多少本気で父上に怒られていただろう。そうなると私にはどうしようもない。

対象のさじ加減でどうとでもなる作戦など、失策確定である。

 

しかし、発想自体は決して間違っていないはずだ、と思う。

オロチさんは作中でも屈指の策略家なのだから、あてにしていい。

こういう方向性で発揮されるタイプではないって? そうかも。

 

ただ、これから先この方針にのっとるにせよ、変えるにせよ、早急に改善すべき点がある。

それは、私自身の強さだ。

邪魔にならないぐらいに強くないと、自殺を止めるどころか、一緒にいることすらままならない。

 

と、ここまで考えてとある恐ろしい事実に気付いてしまった。

そもそも、最低限役に立つぐらいは強くないと、捨てられる可能性がある。

父上本人は流石にそんなことをしないと思いたいが、問題は他の船員たちだ。

 

基本、百獣海賊団はカイドウの圧倒的な強さとそのカリスマによって統率されている。

私が彼らから下にも置かない扱いを受けているのも、カイドウの娘だからというだけだ。

 

今はまだ幼いからいい。けれど、もしも大きくなっても、弱いままだったら?

言い換えるなら、彼らの期待に応えられないほど私が強くなかったら?

 

強さだけがヒエラルキーのこの組織、私の地位は一気に暴落するだろう。

そうすると父上としても、組織の運営のため私だけを特別扱いするわけにもいかない。

たった一つ絶対のルールが意味を失えば、あとは崩壊するしかないのだから。

 

どっと一気に冷や汗があふれてきた。

心なしかめまいまで感じる。

 

いや、落ち着け。いくら中身が別人とはいえ、今の私はヤマト。

あのカイドウの血を引いている、何もしなくても並以上には強くなるはずだ。

原作の彼(彼女)だって、20年間幽閉されてたくせにあんなに強かったんだし。

 

でもじゃあ、あの自称おでんが檻の中で大人しくしていただろうか?

答えは断然NO。

絶対何かしら謎の自主トレーニングを積んでいたはずだ。多分、おでんの真似をして。

 

当然私にその選択肢はない。

やろうと思えばできる。原作通り、おでんの手記はどういうわけか、私の手元にあるのだから。

しかし、父上の自殺を止めようとしているのに、その自殺の原因の真似をするのは、何か見過ごせない矛盾を感じる。

下手に面影を感じさせて『かっこいい死』への憧れを加速されても困る。

 

あとは単純に私がおでんの真似をしたくない。

そして多分彼の真似は、必要に駆られて、などという生半可な気持ちで出来るものでもないだろう。

 

ではどうするのか?

 

何も案が無いんだなこれが。

 

しかめっつらでうんうん唸っていると、部屋の扉がノックされた。

如何にも神経質そうな規則正しい、小刻みなリズムの主は一発でわかる。

丁度いい、彼に相談するとしよう。

 

「入っていいよ、キング」

「失礼する」

「なにか用?」

「今日は様子がおかしかったからな、気になった」

 

声のトーンが幼女を気にかけるそれではない。

内通者なんかをあぶりだす拷問官のものに近いと思う。

名探偵に詰められた犯人というのは、こんな気分なのだろうか?

 

「別に、なにも」

「便所の近くまで張り付いて行こうとするのが、何も、なのか?」

 

いいだろうが別に!こちとら10歳の可愛い可愛い女の子だぞ!

愛らしくていいじゃないか!パパ大好きって感じで!

と、言い返すことはできない。

なんてったって、10歳の女の子は絶対にそんなこと言わないからね!

 

「……」

「観念したようだな。一体、どういう目的だ?」

「……言わない。絶対」

「ほう。絶対、か」

 

興味深げかつサディスティックな笑みを浮かべないでほしい。

もれてるんだ、マスクから。

カイドウの娘の私に、彼が何かすることはないだろうが。

少なくとも、現時点では。

 

百獣海賊団には私の目的を言えない。

彼らがカイドウの自殺を黙認していた(という表現が正しいかわからないが)のもある。

しかし一番の問題は、彼らから父上の耳に入ることだ。

 

自殺をしないでほしいという私の願いは、恐らく父上に受け入れられないだろう。

なぜなら、あくまでも彼の人生哲学にのっとった、前向きな行動なのだから。

したいこと、するのが正しいと思っている人の考えを変えるのは、とても難しい。

説得するつもりで逆に逆鱗に触れてしまい、余計に意固地にさせることも多い。

 

それに、これは私のエゴだから、私が望んでいること自体知られるのが躊躇われた。

なまじ言っている事が理解はできる分、説得しずらい。

口に出すことが、彼の人生をまるごと否定することになるのではないか、と考えると怖い。

止めようとはしているのだから、口に出さなくても手は出そうとしているのに、我ながら勝手なものだ。

 

「……キング、目的は言えないけど、ヒントはあげる」

「ほう、お優しいことだな」

「私は強くなりたい。できるなら父上より」

「………」

 

彼が目を見開いたのが分かった。

楽しそうだ、とても。

思わぬプレゼントをもらったみたいに。

 

「なるほど、蛙の子は蛙……龍の子は龍、と言ったところだな、お嬢」

 

……ん?

何か返答がおかしい気がする。

一体何の話をしているんだ。

あれか?私も父上みたいな酒癖の悪いメンヘラになるって言いたいのか?

ならないよ、多分。

 

「そういうことなら俺はお嬢の敵になる」

「どうして?」

「俺がついて行くと決めたのはカイドウさんだからな」

 

どういうことだ。

自分がついて行くと決めたカイドウより、強い存在なんて許さないってことか。

いや、キングはそういう面倒くさい拗らせノリでもないだろう。

本当に何の話?

 

「とはいっても、カイドウさんの娘の頼みは断れない。

 いいだろう、トレーニング内容を考えておいてやる」

「ありがとう」

「せいぜい強くなるといい」

 

どうしよう、キングがおでんみたいなこと言いだした。

そういう父上の傷をえぐるような真似をしないでほしい。

今の私は父上以上にその点敏感だぞ。

 

「ではな、メニューを用意次第またくる」

「わかった」

 

見聞色の覇気、なんてものを身に着けていない私は知らない。

扉の外でキングが何と言っていたかなんて、想像すらできなかった。

 

「まさか、ヤマトお嬢がカイドウさんを倒し、百獣海賊団の船長の座を奪おうとしているなんてな……」




現状

主人公(ヤマト)「父上死なないで」
クイーン「ヤマトお嬢の可愛げがなさすぎる件」
キング「さすがはカイドウさんの娘、と言ったところか」
オロチ「あのガキ、カイドウの娘だから無碍にもできねぇしめんどくせぇ」

カイドウ「かっこよく死にてぇ!」


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求、命の危機から身を守る方法

全体的にかなり書き直しました。


さて、前世の記憶を取り戻した私だったが、その表現は実のところ的確ではない。

実際には前世というものがあったという記憶と、漫画ワンピースに関する知識を取り戻した、というのが正しい。

なぜなら、私には前世の私というものに関する記憶が一切ないからだ。

 

具体的な思い出などは勿論の事、どういうところで育ったのか、両親についてや兄弟の有無。

好きな食べ物や苦手な食べ物、お気に入りの場所や音楽、趣味や特技。

それどころか、自分自身の名前すら憶えていないのだから。

 

学校の成績や無駄なトリビアなど断片的に覚えている個所もあるけれど、余りにもばらばらでとりとめがなく、私がどういう人間だったかを確認するのは不可能だ。

ワンピースに関する知識は覚えてる限りしっかりあるので、かなりお気に入りの作品だったとは思うけれど、それだって推測に過ぎない。

 

今の私は私ではあるが、この性格や自我だって前の私と地続きとは限らない。極論、全くの別人かもしれない。

前世の私は、間違いなく終わってしまって、消えてしまっている。

多分、死ぬとはそういうことなのだ。

なんのかんのといったって、結局はそこでおしまいで、その人自身は、何一つ残りはしない。

 

思い出せないことの多さに気づくたび、私は前の私の事を考えて、地面が消えうせるような、底冷えのする恐ろしさに冷や汗をかく。

 

だから私は、父上に死なないでほしいのだ。

終わり方にこだわってそこから先を捨てるなんて、滑稽にもほどがあるじゃないか。

死なないならそれに越したことはない。死が遠ざかればその分、一緒にいられる。

あんな何もないところへ行こうなんて、考えることすらしないでほしい。

 

とは言ったものの、今の私に父上を止められるようなものは何もない。

 

しいて言えばおでんの日誌ぐらいのものだが、あんな超危険情報は封印だ封印。

一応一通り目は通しておいたものの、文字通り世界が一変する様な情報のオンパレードで脳みそが裏返りそうだった。

あんな怖いものは扱えない。しかし、原作で必要なタイミングで出せなければ、それはそれで世界の在り方に関わってくるので捨てることも出来ない。

 

なので私はなるべく楽な方に逃げた。

すなわち結論を出すのは先延ばしにして、今すぐできることをすること。

具体的にはキングの組んだメニューにのっとり訓練を重ねて、強くなることである。

 

のだが。

 

「おばぼぼ……」

「キング様!お嬢が!」

「助けてやれ」

「はいっ!」

 

その逃げた先のトレーニングで絶賛死にかけています。

本当にどうしてこうなったんですか。誰か助けてください。

 

祈りが通じたというよりキングの指示が早急だったため、私はあっさりと海から引き揚げられた。

必死に自分の胸を叩いて海水を吐き出す。せき込むと塩辛く生暖かい液体が、口からびちゃびちゃと砂浜にこぼれた。

 

キングが知っているかは知らないが、水は大変に危険な物体で、足首がつかるぐらいの水深でも人は死ぬ。

心臓発作を起こしてペットの水飲みの皿に丁度顔を突っ込んでしまい、溺れ死んでしまった例があるぐらいだ。

本当にどうでもいいことばかりはっきり覚えているな。

 

いや、それは良くて、とにかくだ。

10歳の子供のトレーニング方法として、力尽きて溺れるまでとにかく泳がせるというのは絶対、絶対に間違っている。

他にも倒れるまで走り込みとか、倒れるまで正拳突きの練習とか、倒れるまで腕立て伏せとか。

 

今日日育成ゲームでももうちょっと体力考える。トレーニング失敗でバッドステータスつくぞ。

死んだらどうしてくれると思ったのも今回が初めてではないが、喜ばしいことに何とか息はある。

父上、ありがとう。あなたのおかげで娘の体は頑丈です。

 

しかし、だ。

 

「今日はかなり持ったな。記録が大分伸びたぞ」

「……そう」

 

しっかり力はついてるのでこん畜生。

この前走っていてうっかり他の船員とぶつかって、私じゃなく向こうがしりもちをついた時にはびっくりした。

まあ、向こうは私の倍はびっくりしただろう。大丈夫か声をかけて、手を差し出したら逃げられたのには普通にショックだった。

 

「まだまだこんなものでへばっていては、カイドウさんの足元にも及ばないぞ」

「わかってる」

 

後の四皇だぞ四皇、しかもあの白ひげやビック・マムをも押しのけて、『一対一(サシ)でやるならカイドウだろう』といわれてるんだぞ。

陸海空、生きとし生けるものたちの中で、『最強の生物』とまで言われてる。

原作でどれだけルフィたちがボコボコにされたと思ってるんだ。勝てるかあんなもん。

いや、勝てないと止められないんだが、主に特攻(自殺)を。

 

「……強く、ならないと。父上より」

 

もしそうなったら、多少喜ぶか面白がるかしてくれるかなぁ。

世の中に退屈してる部分もあったみたいだし、こう、後続の追い上げでやる気が……。

無理かなぁ、無理かも。多分、どれだけ強くなったとしても、流石に世界政府との全面戦争より面白れぇ女にはなれない。

 

「くっくっく……」

「……なんで笑ってるの、キング」

「いや、べつに」

 

まあそりゃ面白かろうよ、カイドウより強くなるとか世迷言もいいとこだもんね。

実際可能性としては天文学的確率なので、そのうちまた別の策を考えないといけない。

 

「どうしよ……」

「悩んでる所悪いが、そろそろトレーニングを始めて半年。

 正直予想以上だ。なかなか仕上がってきている。

 次の遠征には連れていくよう、俺からカイドウさんに相談しておいてやった」

 

は?ぱーどぅん?

いや、嬉しいよ。正直キングはあまり人を褒めるタイプではないから、そんな彼から予想以上なんて言ってもらったのは、本当にうれしい。

なんならガッツポーズを決めてしまったぐらいだ。

でもその後の言葉が頂けない。

何とおっしゃいましたか?遠征に連れていくと?

模擬戦どころかろくに武器も握らせてもらったことがないんだが?

 

「次の目的地はトーカイ海域……不満か?

 無理もない、なにせ、イーストブルー並と言われてるからな」

 

そうじゃない、そうじゃないんだキング。

ってか、新世界のイーストブルー並って絶対にイーストブルー並ではないでしょう。

前半の海をパラダイスなんて呼ぶセンスと感覚の連中だぞ。

絶対普通に死ぬと思う。今度こそ死ぬ。

 

「とはいえ、今のお嬢にはそれぐらいが適当だ」

「……本当に?」

「そう怒るな。安全も最低限、確保しねぇといけないからな」

「……分かった」

 

その言葉は最低限安全は確保してくれると受け取っていいんだよな?

約束だからね?キング?

破ったら針千本飲ませるぞ。怨霊にでもなんにでもなってやるからな。

いや、とはいっても律儀なキングがそういうなら、信じていいだろう。

死ぬ心配はほぼなくなった。多少大怪我はするかもだけど。

 

「……そういえば、父上はなんて言ってた?」

「楽しみだ、と」

 

よーし、その言葉でやる気百倍、元気出てきた。

頑張るぞ!



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求、初遠征に必要なもの

さて、何のかんのと迎えた初遠征の日。

準備する物やことは殆どない。それなりの船団を組んで出向するので、準備も当然それなりの規模になる。

全体でまとめて決めてやってしまうので、一人一人がする旅支度と言えば、着替えと個人の嗜好品ぐらいのものだ。

そして私といえば、下にも置かれぬ扱いのお嬢なので、着替えだのなんだのも準備される側なのだ。

 

一応、事前にチェックしたらやたらとフリフリの服が数枚あったので取っ払っておいた。

奥さん、自分戦場に行くんですよ。こんな動きづらい服着てて万一転んだら一発でお陀仏ですよ。

突き返されたお姉さん方は、かわいいのに~と唇を尖らせながら去っていった。

しかし、可愛いだけじゃ生き残れないのだ。この世は無情である。

 

さて、服はいつもの着物と袴でいいとして、個人の嗜好品の方も正直私は余り準備が要らない。

単純に持ち物が少ないのだ。ぬいぐるみの一つでも持っていったら子供らしいのかもしれないが、そのうち本物に近い人たちであふれかえるのを知っていると、いまいち意欲がわかない。

では変わり種ではどうかと思ったが、恐竜だなんだに関しては、つい先日鉄製のマジもんを見たばかりである。

 

今度龍のぬいぐるみとかねだってみるか……いや、ファザコンすぎて引かれるかもしれないからやめておこう。

そんな風にうだうだ考えていると、コココン、と小刻みに規則正しいノックが扉をたたいた。

 

「開いてるよ、キング」

「支度は済んだか」

「うん。持っていくものも無いしね」

 

私の言葉にキングは部屋をぐるりと見まわし、本当に何もないなと呟いた。

つられてわたしもじぶんのへやを確認する。

ベッド、衣装ケース、本棚には数冊の絵本と海の戦士ソラのスクラップブック、子供サイズの机といすに、お勉強のための教材。

以上だ! ……以上だ。

我ながらびっくりするぐらい何もない部屋だった。ちょっと殺風景すぎる。

 

「必要なものはそろってるよ」

 

言い返して首をすくめてみせると、キングは少し呆れた様子だった。

自分でもこれはちょっとあんまりな気がするので、そのうち増やしていくことにしよう。

 

さて、やたらと足の長い彼の後ろをちょこちょこついていけば、いよいよ船の上。

しばらくはここで生活することになる。しかも当然、私と父上は同じ船に割り振られた。なんなら部屋も向かい側だ。

いくら巨大とはいえ、閉ざされ限られた空間である。これなら張り付き放題というわけ。

しかし、無暗について回っては前回の二の舞だ。あと思い返すと普通に迷惑だったと思う。ごめん父上。

 

反省を踏まえ、今回は邪魔にならないよう一定の距離を保つこととする。具体的には同じ部屋にはいるけど、相手の視界には入るか入らないぐらいの感じだ。

ずっと見られているのも気が散るだろうし、見ている事もなるべく隠したい。幸い、キングから暇つぶし用の本を貸してもらえたので、これを読みながらチラ見することとする。

……何か方向性が間違っている気がするが、こういうのは気にしたら負けだ。

 

ちなみにキングの本は、一応娯楽小説ではあったけれど子供向けでも何でもなく、普通に一般小説だった。

少なくとも子供が理解して楽しめる語彙と内容ではない。彼は私の年齢を知らないのだろうか。

いや、中身は10歳を過ぎてるんだけどね、多分。

 

さあ、いざ会議室。本来なら限られたメンバーしか入れない部屋だが、無論私は顔パスである。私の歩みを止められるのは、今のところ父上とクイーンとキングぐらいだ。

なるべく静かにドアを開けると、丁度何か話し込んでいる最中だった。勿論、邪魔はしませんとも。

部屋の隅にあった椅子に飛び乗り、本を開く。

 

――ちらり。

 

飛び交うのはいくつかの島の名前と、目的地であるトーカイ海域の周辺情報。

内容から察するに、航路について話し合っているのだろうか。

グランドラインの天気や気候は気まぐれという言葉では片付かないので、さぞかし大変なことだろう。

 

――ちらり。

 

父上は何やら棚から資料らしきものを引っ張り出してきて、数冊並べている。

ちゃんとしてますね、そういうところが本当に尊敬できる。そう、私の父上とても真面目なんです。

迷わずページをめくっているところを見るに、相当読み込んでいてどこに何が書いてあるか、大体把握しているんだろう。

憧れちゃうなー!

 

――ちら、

 

ぱち、と父上と目が合った。

……まあそうなりますよね、盗み見るとはいえ滅茶苦茶見ちゃってたもんね、そもそも、わざわざ部屋にはいって来てたしね。私の馬鹿。

 

「ヤマト、何か用か?」

「別に」

「……来い」

 

手招きされるままに近寄ると、軽々抱き上げられる。片手で。

そのまま膝の上にちょこんと収まった。

何事かと頭上の顔を見上げると、テーブルの上を見るよう促される。

そこには海図と、何冊かの資料、いくつかの永久指針。

 

「ワノ国はここ、今俺達がいるのはこのあたり、そして目的地はここだ」

 

太く逞しい指先が、繊細な動きでするすると紙の上をすべる。

とにかくなにも見逃すまいと、目を見開き、瞬きすら惜しんだ。

一瞬の間で酷く緊張して、喉が渇く。

なにせ、こんな風に何かを教えてもらうなんて、初めての事だから。

 

「どういう航路を行こうとしてるかわかるか?」

「えっと……」

 

まずいまずいまずい、盗み聞きはしてたけど、言ってたことは正直1割も理解できてない!

パニックで体が固まり、脳みそが空回りにフル回転する。

馬鹿の考え休むににたりとはよく言うが、休んでいたら体が回復する分まだマシじゃないだろうか。

どうにか極端な一般論に縋りつき、導き出した結論は考える必要もなかったぐらい、単純そのものだ。

 

「こう、かな」

 

いくつかの島を経由するように、指で線を引く。

 

「何故そう思った?」

「補給とかいるし……永久指針の磁気も拾いやすいかなって」

 

聞いてきた声が思っていたよりもずっと優しかったので、どうにかつっかえずに理由を話す。

海上で自分の居場所が分からなくなる=死だ。それは前の世界でもこの世界でも違いはない。

なるべく陸地を経由していけば、その不安は限りなく減る。

実際、結構最近まで向こうの世界は、海岸線沿いに航海するのが鉄則だったというし。 

 

ところで、素晴らしいことに数学を使えば、いくつか点から方向を割り出し、線を引き、その交点を求めればどこにいるのか一発でわかるらしい。

残念ながら私は数学が苦手だったのか、三角関数を使うらしいということしか覚えていない。

多分クイーンあたりは出来るんじゃないだろうか。

 

「発想は悪くないが、間違いだ」

 

父上が指で線を引き直す。さっきまで散々みんなと話し合っていたとは思えない。

いや、だからこそだろうか、迷いなく滑らかに指先は滑っていく。

私がひいたものよりもずっとシンプルで、立ち寄りも少ない。

 

「なんでかわかるか?」

「……そんなに補給は頻繁じゃなくていい?」

「そうだ。商船や遊覧船じゃねぇんだ、そんなにゆっくりはしてられねぇ」

 

そういうとぐりぐりと頭を撫でられた。体格に差がありすぎるので、撫でる、というより覆うのに近い。

ほんのりとした、温かい体温に頭全体が包まれる。本当に、安心する温かさだ。

 

「俺がやってることが気になるなら、そう言え。

 いくらかは教えてやる」

「……ありがとう」

 

照れくさくて顔を伏せたので、父上や周りの表情は分からない。

が、ほほえまし気な感じなのではなかろうか?

そんな風に考えていた私は全くあずかり知らない事だが、この日の出来事は次のように周囲には伝わっていたらしい。

 

曰く、カイドウさんはヤマトお嬢の()()を大歓迎で、窘めるどころか、いずれ自分を倒すにふさわしい船長に育てるため、直々に手ほどきをするつもりらしい、と。




日間二次創作ランキング4位ありがとうございます。
驚きすぎてスマホぶん投げてしまいました。


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求、憧れの武器に相応しい心構え

子供の睡眠時間は長い。単純に体力がないというのもあるが、基本的に未成年の体は作りかけだ。

特に成長ホルモンは午後10時から午前2時の間にもっともよく分泌されるといわれている。

これに関しては前世の知識ではなく、クイーンから借りた本に書かれていたことだ。

 

思えば、暇つぶしをねだって、本と試作武器の二つを差し出され、本だけ手に取ったのは悪かったかもしれない。

しょうがないじゃないか。うっかり触ったら指全部なくなりそうな見た目してたんだから。

 

とにかく、父上を止める上で体が大きいに越したことはないので、私は当然10時までには寝ることにしている。

遠征でもそれは変わらない。早めに夕食をとる面々に混ざって、きっちり皿を空にし、なぜか船内に備え付けられている大浴場の女湯でお姉さん方にもまれ、部屋に戻ると丁度いい時間だ。

 

今日はキングのトレーニングがなかったため、体力に多少余裕がある。

いや、むしろ余っているぐらいだと、感じてしまう自分が怖い。

多少ねつきに不安はあるけれど、ベッドに入って目をつぶってしまえばどうとでもなるだろう。

 

風呂上りに髪を乾かし、自室へ向かって歩いていると、ちょうど部屋から出てきた父上とばったり出くわした。

そういえば、父上は今から食事の時間だったなとスケジュールを思い出す。

別にストーカーとかそういうわけでは決してなくて、航海の最中の食事時間はシフト制に組み込まれているので、何となくではあるが、全員お互いに誰が何時ぐらいからごはん、というのは把握している。

 

「なんだ、ヤマトもう寝るのか」

「子供だからね」

 

何がおかしいのか笑い出した父上の横で、最近すっかり聞きなれたキングの笑い声が聞こえる。

父上の体の影になって見えなかったらしい。大きいから仕方ないね。

ひとしきり笑った後、丁度良かったと父上は一瞬部屋に戻って、また出てきた。

 

「お前に用があってな、寝る前に間に合ってよかった」

「よう?」

「これだ」

 

ぽん、と何でもないように差し出されたそれは、そんな風に簡単に渡してよいものではなかった。

少なくとも、私にとってはそうだ。

吸い込まれるように手を伸ばし、触れる。金属製のそれはひんやりとして、冷酷な鈍い輝きを放っていた。

父上のものよりも細く、金属バットのような形状で、とげも丸くこぶのようなそれは、しかし間違いなく金棒だ。

ヤマトの、金棒だ。

 

持ち上げてみるとずっしりと重い。軽く振ってみたが、少し重量に腕が引っ張られてしまった。

使いこなすにはそれなりに練習を要するだろう。

しかし、それでも、なんにせよ、だ。

私の、武器だ。それも、父上とお揃いの。

 

「随分気に入ったようだな」

 

茶化すようなキングの言葉にはっとする。父上の方を見てみると、嬉しそうな、興味深げな、悪戯が成功した子供のような、にやりとした笑みを浮かべていた。

これは普通に恥ずかしいしいたたまれない。照れ隠しと顔を見られたくない一心で、礼儀正しく頭を下げる。

 

「ありがとうございます……」

「ああ、いい、気にするな。部下の武器の面倒を見るのも、俺の仕事だ」

「部下……」

 

確かに言われてみればなるほど、遠征に参加し、百獣海賊団の一員として戦うのだから、確かに私も父上の部下の一人になる。

心躍るような、気が引き締まるような、背筋が伸びるような、浮足立つような。

不思議な感覚とプレゼントの喜びに、なんだかふわふわと興奮が体を熱くする。

 

「しかし、まあよく振れたもんだ、50kgはあるって話だったが」

 

ん?ごじゅっきろ……50kg!?

それ私の体重より重くないか!? なんで普通に持って振れてるの!? おかしいだろ!?

寝てる間にクイーンに人体改造とか受けてたのか!?

 

まじまじと金棒を確認し、軽く叩いてみる。

驚いたことに、返ってきた音は空洞のそれではなく、みっちりと中にものが詰まっている感触がした。

こんなもので殴ったら人が死ぬのではなかろうか。いや、殺すための武器なので当然といえば当然なんだけど。

 

ちらりとキングを見れば、心なしかマスクの奥の視線は得意げだった。

そうですね、貴方のおかしなトレーニングのおかげですね、ありがとうございます先生。

今後はもう少し手心というものを覚えて頂ければ、幸いです。

 

「振れているといっても、まだ重さに腕がつられてます。

 ヤマトお嬢、明日からはその金棒で素振りをしてもらうぞ」

 

倒れるまで、という注釈が言われなくても聞こえてくる。

いいや、聞こえない、聞こえないですよ。

折角の父上からのプレゼントでテンションが上がっているのに、そんな寒気がするような現実を叩きつけないでほしい。私はもう寝ますので。

 

「いいな?」

「……わかってる」

 

わかってるからそんな風に確認をとらないでほしい。何のかんのといっても使い慣れない武器で参戦するほど、私も馬鹿じゃないのだ。

生き死にに直結してくる話なので、ここは大人しくキング先生の言う通りにすることとする。

 

「それじゃ、おやすみ、父上。キングも、明日からまたよろしく」

「おう、おやすみ」

「しっかり休んでおけよ」

 

その日、ベッドの中まで金棒を持ち込んだのは秘密だ。ひんやりしていたのがよかったのか、案外熟睡できた。

冷静になってから考えると、よくもまあベッドが壊れなかったものだ。

 

さて、次の日からのキングとの訓練は限られた船の上、これまでは鬼ヶ島のすみっこのほうでつつましくやっていたが、ここにきて普段手伝いをしてもらってる人達以外の船員の目にもとまることとなる。

最初はやんやと応援してくれていた彼らだったが、素振りの回数が400を超えたあたりから言葉少なになり、900を数えたあたりで完全に沈黙した。

すっかりドン引きである。しかし驚くなかれ、キングの訓練は倒れるまで続くのだ。

 

倒れるまでといったら、本当に倒れるまでだ。

汗だくになってある程度疲れたらとか、腕が上がらなくなったらとか、そういうことではない。

汗が干からびるまで振り絞り、上がらなくなった腕を無理やりにでも振って、体が一切動かなくなり、立っていられなくなって倒れるまで続く。

 

なので回数は成長の指標以外の意味を持たない。

終わる様子の無いトレーニングに、ギャラリーは死刑の執行か殉教者を見守るような何とも言い難い視線を向ける。

いいぞ、そういう目でもっと見てくれ。そしてキングにアピールしてくれ、こんなトレーニングは間違っていると。

しかし残念ながら、生粋のサディストであるところの彼には民衆の憐れみなど、一ミリも、一ミクロも、響かないらしい。

無情に淡々と回数を数えるのみだ。

 

いよいよ限界が来て、本当に倒れると救護班が呼ばれた。これもいつもの事。

取り囲んでいた船員たちは、号泣しながらある者は拍手し、ある者は両手を組んで祈りを捧げている。

ノリがいいね、君達。でもこれ今日限りじゃなくて、遠征が続く限り毎日だからね。

 

正真正銘指の一本も動かない体でそんなことを考えていると、ぐいっとやや乱暴な、けれど優しい手つきで抱き上げられた。

キングではない、彼はこんなことしないし、救護班はいつもタンカだ。

誰かと思って唯一動かせる眼球で何とかみると、あろうことか父上だった。

思わず慌てて立ち上がろうとするが、電池の切れた体ではどうしようもない。

 

「いつもこうなのか?」

 

問いかける声には呆れの色も、怒りの色も、関心の色も感じ取れなかった。

ただ、おしはかるようにこちらを見ている。

どうにか顎を動かして、こくりと頷く。

 

「なぜここまでやる?」

 

あなたの自殺を止めるため、とは口が裂けても言えない。

 

「……ひみつ。特に、父上には」

 

息も絶え絶えにそう言って、私の意識は途切れた。

心の中でどれだけ文句を言ったって、本当のところはちゃんとわかってる。

まだまだこんなものじゃ、全く追いつけやしないのだ。



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求、初陣への覚悟

異常も日々続くと正常になる。といったのは誰だったか。

その言葉の通り、三日もたてばキングによる私のトレーニングも、日常として百獣海賊団の面々に受け入れられ始めていた。

以前と変わったことと言えば、クイーンによるキングへの罵倒の語彙に『鬼教官』が追加されたことぐらいだ。

……いや、鬼教官が罵倒になるかどうかは、ちょっと諸説あるところだと思うけれど。

 

トレーニングの成果も出始めて、父上からもらった金棒は数日前に手に入れたとは思えないほど、私の手にしっくりと馴染んでいた。

重さに振り回されるということもなく、自由自在にピタリと止めることができる。

これには鬼教官も満足げだった。普段が厳しい分、彼に認められるのは特別嬉しい。

 

「これなら、並の相手に殺されることはないだろう」

 

本当? 自信もっていい?

どうする? 後の四皇カイドウの娘、百獣海賊団の未来の幹部として華々しいデビューを決めちゃう?

 

などと、考えていた自分を心から後悔する。

ああ神様仏様、言い訳が許されるのならばあれは一種の冗談であって、本当に心からそうだと信じていたわけではないのです。

なので目的の海域に入る前に、他の海賊団から襲撃を受けるなどというイベントはやめてほしい。

 

しかもお相手さん、こちらより数は少ないなりに一応船団を組んでいる。それはつまり、一定の勢力を持てる船長とその部下が相手ということだ。

幸いまだ交戦は始まってもいないが、もうそろそろお互いの船が攻撃範囲に入るだろう。

キング先生、早急に教えてほしいことがある。

彼らは並の相手に入りますか?

 

そんなビビり散らかしている私とは裏腹に、

 

「いくぜゴミクズ共ォ――!!」

「ウオ~~~~!!」

「キャ――!」

 

フロアは熱狂していた。

 

熱源であるクイーンは後ろに控え、楽しげに笑っている父上、その隣で腕組みをし船員たちを見守るキング、その反対隣の私をさりげなく確認する。

無表情にローテンションな私を彼が見逃さなかったのを、私も見逃さなかった。

 

彼のなかで私は相当可愛くないに違いない。でも今回ばかりは許して欲しい、人生初めての殺し合いなんだ。しかめっ面にもなる。

流石に気を悪くさせることが続いていた為、笑ってみせたがどうしても笑顔はぎこちなくなった。

それを見たクイーンはわざとらしく口笛を吹く。及第点ということでいいんだろうか。

 

「さて、今回の切り込み隊長はカイドウさん直々の御指名だ~!

 そんなうらやましい野郎第一位は~~?」

 

父上の指名というところは本当にうらやましいけれど、切り込み隊長というところは一切うらやましくなかった。

普通に死ぬ可能性が一番高いじゃないか。まあクイーン本人やキングあたりなら、危なげなく敵を切り崩して突破口を切り開けるだろう。

今の時点で彼ら以外に、相応しい人物はいないように思う。あるいは、私が知らないだけですでに飛び六胞の誰かが加入していたりするんだろうか。

 

「ダラララララ~~~~ダン! ヤマトお嬢!!」

「うおおおお~~~~~!!」

 

今、何って言った?

声援はさらに狂熱を増して、頭が割れそうな歓声にただでさえぎこちない笑顔が更に歪む。

知らない間に何か、父上の怒りを買うような事をしてしまったのだろうか。

もうすぐ11歳も近づいているとはいえ、まだ10歳の子供、それも初陣。

切り込み隊長とはこれ、死ねという意味では。原作の彼とは違って、おでんになりたいとか一言も言ってないのに。

 

「さて、気合十分なヤマトお嬢から開戦の一言をどうぞ!」

 

素人にいきなりマイクパフォーマンスを振らないでくれ。

混乱してまだ受け入れられない、こんがらがった頭のまま、ろくに言葉なんて浮かぶはずもなく。

むしろ口を開けば泣き言が出てしまいそうで、周りにとっては数秒だろうが、私にとっては永遠にも思える沈黙が続く。

 

と、敵の艦隊が一発目を撃ってきた。のんびりしている間に攻撃範囲に入ってしまったようだ。

大砲の球は綺麗に弧を描き、こちらに向かって真っすぐに落ちてくる。

このままでは甲板に命中するのに、クイーンも、キングも、父上すら動こうとしない。

船員たちの間ではパニックが起き始め、いくつかの金切り声が上がる。

 

まずい、このままでは本当に、ちょうど船員たちの集団にあたってしまう。

情けない話、走り出したのは多分、あのまま演説を考えるより、体を動かした方がずっと楽だったからだ。

甲板を蹴ると、思ったよりもはるかに素早く、はるかに高く自分の体が宙に浮く。

目の前には砲弾。大きさは私の体よりも大きいぐらいで、撃った船の大きさから考えるとスケールがおかしい気がするが、細かいことは気にしていられない。

 

金棒を振りかぶり、思いっきり殴りつける。

カァンと金属同士のぶつかる小気味いい音がして、上手いことそのまま敵船に向かって落ちていった。

着地すると同時に、再び頭が割れんばかりの歓声。

 

これは私、凄かったんじゃないだろうか。

及第点どころか、上出来というやつでは。

思わず船員たちを、その奥に座る父上を振り返る。

彼は、笑っていた。満足げに、あるいは得意げに。

 

ざわざわと心臓が逆立つような興奮と、喜びが全身を駆け巡って、体が芯から熱くなる。

死ねなんてとんでもない、私は初陣ながら期待されているのだ。他でもない、百獣のカイドウその人に、お前ならやれる、と。

 

興奮で真っ白い頭のまま、何も考えず近寄ってきた敵の船へ乗り移る。

後ろから大勢の船員たちがついてくるのを、気配で感じた。

思いっきり腕を振るえば、金棒に巻き込まれ2、3人の敵兵がまとめて海へと落ちていく。

私の力とトレーニングは十分どころか十二分に通用している。

 

努力は裏切らないという言葉が、ちらりと脳裏をかすめたが、なかったことにした。

結局開戦のスピーチで一言もしゃべらなかったのに気が付いたのは、それからまたもう少ししてからの事。

 

 

 ~・~・~・~

 

 

「ヤマトお嬢、ちっと渋すぎるんじゃねぇか」

 

カチカチと葉巻に火を点け、クイーンは煙を吐いた。

子供らしくない子供だとは思っていたが、まさかあそこまでとは彼も思っても見なかったのだ。

 

「あの歳でもう、腕と背中で語るのかよ、しびれるぜ」

 

しかし、本当に可愛げがねぇなと付け加える。

 

敵船の砲弾を凄まじい跳躍と父親から授かった金棒で打ち返し、船員たちを振り返って、それをもって開戦の一言とする。

子供どころか並みの大人にすらできたことではない。

凄まじい訓練でただでさえ人気があったヤマトだったが、あのパフォーマンスで百獣の海賊団側の戦意はオーバーフローした。

その証拠に、取るに足らない十把一絡げの末端船員たちですら、実力以上の力量を発揮している。

 

ちなみにカイドウ達が砲弾に手を出さなかったのは、まだ十分に対処が間に合うスピードと位置だったからであって、つまりヤマトは先走ったのだということを、本人を含めて誰も知る由がない。

 

「お前の狙いどおりだな、キング」

 

縦横無尽に暴れまわる小さな姿を眺め、満足げにカイドウはそういった。

 

「ガキがあれほど熱心に鍛えてて、心を打たれねぇやつはいねぇ。おかげでうちのやる気は振り切れちまってる」

「ヤマトお嬢の力量ですよ」

「ウォロロロ、そうだな、流石は俺の娘だ。初陣であんな風に笑う奴だとは思わなかった!」

 

その日の彼女の活躍は、以下のように語られる。

 

生涯初の戦場を前にして、心の底から狂気的に笑い、その顔はまさしく般若の面。

自らの腕を持って開戦の掛け声とし、船員一人一人の顔を眺め敵へ向き直り、背中で語るその姿は既に一船の船長の風格であったと。

 

本人は大勝利を父親から手放しでほめられ、一週間は浮き立ってうきうきだったのだが、そんなことは誰も知らないのだった。



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求、頭痛を和らげる方法

「オロチ様、今回のカイドウ様の遠征についてご報告です」

「おお!どうだった!?」

 

ここはワノ国花の都、将軍オロチの住まう場所。

屈強な侍たちが首をそろえて列をなし、主のために命を捨てんと刀を振るったのも今は昔。

毎日のように宴が開かれ賑やかそのもの、御伽草子に聞く竜宮城に勝るとも劣らない、極楽の城である。

少なくとも、表向きは。

 

この権勢もカイドウ率いる百獣海賊団の協力によって成り立っており、目下の大敵であるおでんが死んだ後もその重要性は変わらない。

未だ赤鞘の侍たちと光月家の跡取り、モモの助の死体は見つかっておらず、毎日のように彼らの支持者が刑場へ運ばれていた。

百獣海賊団の成功はオロチの成功、その失敗はオロチの失敗であるといっても過言ではない。

 

故に、遠征ともなればその動向は特別注視され、彼は福ロクジュの報告を心待ちにしていた。

 

「見事お味方の大勝利、今はワノ国への帰路につかれている最中だとか」

「おお! そうか、そうか! ムハハハハ!苦しゅうない!」

 

膝を打って機嫌よく呵々大笑し、酒を煽る。

恐らくは戦勝祝いと称し、今日も今日とて大宴会が開かれることだろう。

その準備を言いつけようと女中を呼びかけたオロチを制し、福ロクジュは声を潜める。

 

「興味深い話を聞きまして、隠されている情報でもありませんが、念のため御人払いを」

 

顔を歪める将軍に対し、ご心配為されるようなことはありませんと、彼は殊更に気を使った声を出した。

彼が二度手を叩けば、あっという間に使用人たちは姿を消し、あとは二人だけが残される。

 

「で、どうした」

「カイドウ様のご息女、ヤマトお嬢様についてです」

「あいつか」

「この度、初陣ながら切り込み隊長のお役目を、それはご立派に果たされ、武勲華々しいことこの上なし、と」

「あいつが!?」

 

思わずぎょっとしたオロチの頭に浮かぶのは、つい半年ほど前の事である。

突然城に現れ、相談と称しては今のように人払いを行い、二人きりになったとたん取り乱した幼い少女。

それはもう、酷く泣いていた。顔が涙と鼻水で溶けおちるのではないかと思ったほど。

彼女が『武勲華々しいことこの上なし』とは、男子三日会わざればならぬ、女子三日会わざればとしても、えらい変わりようだ。

 

「カイドウのやつの親バカじゃねぇだろうな」

「いえ、それが、そういうわけではないようで」

 

一度咳ばらいをし、福ロクジュは報告を読み上げる。

 

百獣海賊団船長、その娘、ヤマトについて。

弱冠10歳ながら、生涯初の戦場を前にして、心の底から狂気的に笑い、その顔はまさしく般若の面。

自らの腕を以って開戦の掛け声とし、船員一人一人の顔を眺め敵へ向き直り、背中で語るその姿は既に一船の船長の風格であった、と。

 

加えて、勢いそのままに敵船へ単身特攻。

父譲りの金棒を一薙ぎすれば、大の大人が3人まとめて海へ落とされ、5人まとめて吹き飛ばされる。

しかし流石に多勢に無勢、敵に囲まれた彼女を死なせるものかと、船員たちも後を追い、攻め込む姿はさながら雪崩か稲妻か。

 

幼い彼女の雄姿に煽られ、実力以上の力を発揮した味方も多く、死者どころか怪我人すら軽微。

余りの気迫に敵も恐れ戦き、逃げるのも諦めて、船長直々に彼女の前にひれ伏し、命を乞うたとか。

切り込み隊長として先陣を切るのみでなく、味方を鼓舞し疾風迅雷でもって勝敗を決してしまったのだ。

 

「その活躍、極上の更に上を行く、見事な隊長、いや大将っぷりであったと」

「いや……いや……」

 

おもわずオロチは頭を抱え、首を左右に振った。いくらなんでもあり得ない。

確かに彼女はあのカイドウの娘である。体躯も同じ年頃の男児と比べても2倍近くはあるし、それは膂力にも恵まれているだろう。

幼い少女が旗印となれば、士気も高まろう、特にそれが自分達の慕う船長の娘ともなれば、格別である。

 

しかし、しかしだ。

大人を3人まとめて海に落としただの、味方を鼓舞して戦の勝敗を決しただのは、いくらなんでも絵物語的に過ぎる。

 

「お疑いになるのも無理はありません、ですが少なくともヤマト様が腕が立ち、それによって士気があがったのも間違いがないようです」

「それで大人を5人まとめて吹っ飛ばしたってのか? 前に会った時はただのガキだった、半年でそんなに変わるとは思えねェぞ」

 

人間、短期間で変わることは勿論あるが、それは余程のことがあった場合の話。

そして、百獣海賊団のお嬢様として扱われる彼女が、余程の目に遭うことなどあえない。

何より、カイドウがそうはさせないだろう。とそこまで考えて、オロチの頭に何かが引っかかった。

 

「それが、この半年で相当なトレーニングを積まれたと。しかも、それが尋常ならざる、過酷なものだったようで。

泣き言一つ言わず一心不乱に打ち込まれるそのお姿に、胸を打たれた船員も多く……」

「あ」

「どうかされましたか? 何かご存知で?」

「いや、ああ、うん、なるほどな……」

 

ぴたり、とピースが嵌りオロチは思わず声を上げた。

そう、ちょうど半年前、ヤマトには余程のことがあった。父親の自殺未遂である。

元はと言えば、相談と言うのもその事だったはずだ。

 

一度それに気づいてしまえば、あとは雪崩のように辻褄が合う。

要するに、彼女は父親を力づくで止められるだけの強さを欲したのだろう。

親の命がかかっているのだから、それはもう訓練には熱心に打ち込んだに違いない。多少、狂気の域に至ってもおかしくはない事情だ。

 

そして、あとの事は単純だった。

もともと血筋には恵まれているのだから、相応の努力さえあれば大人以上の力を手に入れるのも不思議ではない。

ただでさえ強さを至上とする百獣海賊団のこと、一心不乱に強さを求める彼女の姿に、心奪われた船員も多かろう。

人は、好いたものの為なら命を捨てることが出来る。その覚悟で力を振るえば、普段の自分など軽く超えられる。その恐ろしさを、オロチはよく知っている。

 

開戦の演説云々は、正直受け取り方次第である。

極論、言葉に詰まっているところにたまたま砲弾が飛んできて、たまたま打ち返しただけかもしれない。

 

問題は、この種明かしを誰にも、それこそ福ロクジュにもできない所だ。

ヤマトの行動について話そうとすれば、カイドウの自殺未遂についても触れざるを得ない。

万一、今後も続くようなことがあればいずれは知れ渡るだろうが、未だ反抗勢力が根強いこの現状で、その情報が洩れれば情勢が一変する恐れがある。

 

加えて、あまりネタばらしする意味が、オロチにはなかった。

同盟相手の一人娘が、優秀であると思われている。完全に間違いではない、少なくとも強さそのものは真実であろうから。

ならば、それを否定する利益がどこにあるというのか。

 

「こっちの話だ、気にするな……報告はそれだけか?」

「いえ、ここからが本題でして」

「何?」

「曰く、ヤマトお嬢様はいずれはカイドウ様を倒し、自身が百獣海賊団の頭となるおつもりだとか……」

 

思いっきりずっこけた後、オロチは頭を抱え、しかしその理由を話すことも出来ず、一人唸るしかなかった。



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求、初心者におすすめのレシピ

初陣での働きを父上に褒められ、浮かれ騒いで1週間。そこからさらにもう少ししてからのこと。

膝の上という至近距離で久々に泣き上戸を見せつけられ、大粒の涙に服を濡らされ、文字通り私は冷や水を浴びたような気持ちになった。

父上の死にたがりは一向に変化を見せないのであるから、未だ私は何も成し遂げられていないのだ。

 

というわけで、今回の作戦はリサーチから開始することとする。

調査対象は百獣海賊団の船員から無作為選出、といえば聞こえがいいけれど要するにすれ違った人会った人、一人一人に片っ端から聞いていくスタイルだ。

サンプル数はいい感じの案が固まってくるまでとする。専門家が聞いたら鼻で笑って吹き飛ばしそうだなこれ。

テーマは簡単、自分がされて嬉しいこと、喜ぶこと。

 

日々の生活に喜びがあれば、死のうなどとはなかなか思わなくなるだろう。

いやまあ、父上の自殺願望はもっと人生哲学的な、理想的な、根幹の部分に関わってくることなので、そう単純にはいかないだろうけれど。少なくとも遠ざけることはできるはずだ。

 

というか、この北斗の拳並みに人の命が軽い末法の大海賊時代に、自殺願望とか改めて考えると、舐めてんのかって感じだな。普通死にたいとか思う前に死んでる。やっぱり私の父上桁違いに強い、強すぎる。

 

さて、不思議なことに最近は、ぶっ倒れてもなかなか意識が保てるようになっている。

そのうち立ち上がれるようにもなるんだろうか、そうしたらまたぶっ倒れるまでトレーニングなのだろうか。

なんだろう、そういう地獄を聞いたことがあるような、ないような気がするぞ。

そういうわけで最初の調査対象はキング先生だ。

 

「キングは……」

「なんだ?」

「何があったら喜ぶ?」

 

質問が何だかアンパンマンの歌みたいになっちゃったな。

なんだっけ、確か、なにがきみのしあわせ、なにをしてよろこぶ、だったか。

少し怪訝そうな顔をして、キング鬼教官先生はしばらく考えてからこういった。

 

「カイドウさんに認められることだな」

 

父上大好きか貴様。

 

「それ以外で」

「なんだ、我儘だな。質問の意図がわからねぇ」

「父上が関係していないことで、嬉しいことや喜ぶことが知りたい」

「拷問だな」

 

早速参考にならないイレギュラーにぶち当たってしまった。

もういいです、次!

 

「クイーンにとって嬉しいことって何?」

「うおっ、なんだよヤマトお嬢、突然だな」

「何?」

「詰め寄り方が厳しい!質問内容とかみ合わねぇ!

 しかし、嬉しいことねぇ……まあ、そりゃあカイド」

「父上が関係していないことで」

「なら、期待以上の研究成果が出た時だな」

 

続きまして参考にならない。

これ私の聞き方が悪いのかな。

次!

 

「嬉しいこと? なら何といってもカイ」

「父上が関係していないことで」

「じゃあ、いい武器が手に入ったときですかいね」

「ありがと、じゃあね」

 

はい次!

 

「嬉しいことと言ったら、勿論カ」

「父上が関係していないことで」

「う~ん、それじゃあ、美味しいものを食べたときですね」

 

百獣海賊団の船員って父上大好きな人しかいないのか?

……多分いないね、考えなくてもわかることだった。

次!

 

「嬉しいこととか、喜ぶことって何? 父上に関すること以外で」

「そうね、私はお宝が手に入ったら嬉しいわ。ものすごいやつ」

 

次!

 

「俺的には……」

 

次!

 

「某は……」

 

ほぼ半日聞きまくって聞き漁って、かなりいろんな意見を聞けた。

これはなかなか参考になるかもしれない。今後も活用していくとしよう。

色々な案が出たが、初めの方にも出た三つがやはり全体としても出た割合が多かった。

 

まず、いい武器に関して。これは嬉しい、かなり嬉しいがあまり現実的ではない。

ワンピースの武器は、使い手と共に成長していくという側面があるものもある。特に、覇気の使い手が扱う刀がそうだ。

父上の金棒もかなり使い込まれているようだし、手に馴染んでいるということまで考慮すると、現在でも将来でも、あれ以上のものを用意するのは現実的ではない。

 

次に、お宝に関して。これもなかなかいいとは思うけれど、父上が喜ぶとなるとポーネグリフ、それも赤いロードポーネグリフ並みのものでないと駄目だ。こちらもやはり現実的ではない。

人材的なお宝と言えばパッと思いつくのはシーザー・クラウンだけど、彼に関しては私が今から情報を集めるより、クイーンが探した方が早いだろう。顔見知りっぽいし。

 

最後に、美味しいもの。今の段階ではこれが一番実現可能だ。

とはいってもやはり私では、準備できるものには限界がある。そこで、カイドウの娘であることを全力で活用させていただくことにする。

 

題して娘の手作りお菓子作戦。これなら求められるクオリティは一定以上、そこまで高くない。

さっそく逃げに入っている気がするが、まだ小さいの女の子なので何事も限界はある。仕方がないのだ。

 

ではなぜ料理ではなくお菓子に限定したかと言えば、大きく分けて理由は2つある。

 

1つ目は、一品で完結すること。料理だとどうしてもメイン、主食、副菜と色々準備するものが多くなってくる。

一品だけでもいいと思うかもしれないが、そうなると今度はプロの料理人のものと並ぶことになるわけだ。

これはちょっと分が悪いどころではない。

 

2つ目は、作りやすさとクオリティ。お菓子は分量をきちんと量って手順を全うしなければ、絶対に失敗する。これは、逆に言えば分量と手順さえしっかりできていれば、必ずおいしいものができるということだ。

無論、私個人の意見ではあるけれど、少なくとも私はそう思う。そういう確信がある。多分、前世の経験上。

 

そういうわけで、次は初心者におすすめなお菓子レシピを探すこととする。

幸い、ワンピース特有の謎技術で、オーブンは前世並みに温度調整も時間調整もボタン一つで完璧なものがあるし、冷蔵庫だって冷凍庫だってある。ハンドミキサーすらもある。

大抵のものは作り放題だ。プロの材料だって厨房には揃っている。

 

ああそうだ、大前提としてコックさんたちに許可をもらわなければ。

まあ私から直々のお願いだと少し断りづらいかもしれないので、卑怯だけども仕方がない。

目的のためには手段を選んではいられないのである。




次回、チョコブラウニー作り。デュエルスタンバイ!


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