ガンダムビルドデューラーズ 清掃員外伝 (地底辺人)
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第一部 皇道を征く[完](GPD編)
第一話「俺は清掃員」


 はじめまして。この度ぬぬっしし様著「ガンダムビルドデューラーズ」の三次創作として本作を執筆することになりました。三次創作製作の承諾を快く引き受けて下さり本当にありがとうございます。

 第一部はGBNができる少し前のGPDを主戦場とした物語です。拙い文章ではありますがよろしければこの物語にお付き合いください。


 ピピピッピピピッ……。

 

 携帯のアラームが響く。

 

「──もうこんな時間か。」

 

 朝五時。午前五時というのが、正しいのだろうか。多くの人はまだ眠っている時間だ。朝日が出てきてはいもののあたりはまだ薄暗い。季節は夏。日が登るにつれてどんどん気温が上昇する。考えただけでも嫌気がさす。生活リズムが崩壊した学生のようにいつまでも寝ていたいのだがそうもいかない。男はいつものようにゆっくりと目を開ける。そこにはいつもと変わらない薄汚れた白い天井が視界に入る。

 

 男は少し肌寒さを感じていた。夏だというのに、何故か肌寒かった。

 

 それにまだ寝ぼけているのか、頭がぼうっとしている。加えて何故もう聞こえないはずの懐かしい声が頭にぼんやりと鳴り響く。

 

『──ふうちゃん、ぜったいやくそくだよ!!これはきょうだいのやくそく!!』

 

 青い髪の少年が自分に向けてにっこりとそう言っている。これはいつくらいだろう。もう何年前のことだろう。なのに頭の奥からずっと離れられない記憶。

 

──夢を見ていた気がした。遠い過去の。春の夢を、ずっと見ていた気がした。

 

「……さて、今日もいくか。」

 

 眠い目をこすりながらゆっくりと体を起こす。男には今から労働という名の社会の歯車を回す立派な役目がある。男の朝は早い。毎日、毎日、この時間に起きては虚無感に襲われ働いての繰り返し。これが、現実。そして今日はいつもより気怠い。先ほどの夢のせいだろうか。それとも昨日もよく眠れなかったからだろうか。はたまたその両方だろうか。

 

 顔を洗い、歯を磨き、制服に着替え身支度をいつものようにさっと終わらせる。さて職場に向かおうかと部屋を出る前に、机の上にある金色のプラモデルが視界に入った。狭い四畳半の部屋のなかでその玩具は朝日を受けて煌めいている。

 

「お前も来るか?」

 

 そう言って腰のホルダーにその金色のプラモデルを入れる。それは昨晩細部にディテールを追加し、金色に塗装したばかりでまだ目新しい。よく寝られなかったのはこの玩具のせいでもあった。よく見ると丁寧に仕上げられた跡が見られる。質感もちょうど良く飾っておくだけでは少々勿体ない。

 

 時計を見るといつもの出発時間よりも後を針が指していた。そろそろ職場に行かないと遅れてしまう。いつものようにいぬこ号と名付けた原付バイクビーノに乗り彼は職場へと向かう。マシーンに名前をつけると愛着も湧いていいものだ。それに昔から色々なものに名前をつけていた。自分の製作した模型には特に、だ。少し痛々しいがいつまで経っても彼も男の子なのである。エンジンを吹かし男はまだ薄暗い道を走っていった。

 

 

 ***

 

 

「──おはようございます。」

 

「ああ、イヌハラくん、おはよう。今日もスーパーとトイレの清掃をお願いするね。」

 

「はい。任せてください。」

 

 男の名は「イヌハラ・フウト」職業「清掃員」

 

 人並みに高校を卒業し就職したものの色々あって安定した職にはつけず、いまはこうして清掃員として働いている。もうだいたい五年くらいになるだろうか。もちろん、清掃員だけでは生活していけないため掛け持ちでデリバリーのバイトやコンビニのバイトをしている。この清掃の仕事も正確に言えば非正規雇用であるが。それでも必死に毎日を生きている。

 

 ちなみにここは、地下鉄と一体化している総合デパートのようなところで一回に食料品売り場としてスーパーがある。学生も多く施設の中は多くの人に利用されている。自分はこの街に来てまだ五年ほどしか経っていないので学生時代お世話にはならなかったが、もし自分も学生であったならばよく利用していただろう。そんな風に思いながら清掃の道具を準備する。

 

 朝はこうして、毎日開店前のスーパーのタイルをモップで拭く。よくキャベツの葉っぱなどが落ちていて拾うのが少し面倒だ。だが五年目となれば慣れというものからか、面倒だと思う前に拾っている。慣れとは恐ろしいものだ。この生活にもずいぶんと慣れたものだ。変化のない日々。無機質でモノクロに見える世界。誰とも交わることのない日々。

 

 こんな風に景色が見え始めたのはいつからだろう。それすらも覚えていない。

 

「こんなもんか。」

 

 気がつけば薄暗かったあたりも陽が登り激しく照っており額からも汗が流れていた。今日も死んだ目をしてスーパーとトイレの掃除を終えタイムカードを切る。そして、社会の歯車は次の勤務地へと向かう。一体いつまでこんな生活をするつもりなのだろうと自分でも思う。人生の楽しみといえば、某牛丼チェーン店のネギ玉牛めしを食べることとネットサーフィン。

(──三〇も近くなってきてこんな楽しみしかないといえば笑われてしまうかもしれないが)

 

 ──そして

 

「やっと、完成させた百式を早く試したいもんだな。」

 

 勤務を終えふと思う。実はフウトにはもうささやかな楽しみがあるのだ。

 

 「ガンプラバトル」

 

 自分が自由に製作したガンプラを使用して闘うという至ってシンプルであるものの最高にアツく高まる世界でも人気ホビーのひとつだ。虚無感の多い生活の中ではあるが高校生の頃から細く長く続けている。以前はもう少し真面目に取り組んでいたが最近はなあなあで取り組んでいる部分が多い。大人になって、いつしかその趣味に本気になれない自分がいるのは事実だ。今の彼には何かに全てを注ぎ込むエネルギーと余裕は無かった。ただ、今日は少しだけ当てのない予感を感じる。あのもう聞こえる事のない笑い声が脳裏からずっと離れない。今日の太陽は男を激しく照らしていた。

 

 

***

 

 

 次の勤務地は駅から少し離れたところにある模型店である。現在地からなら大体二〇分くらいだろう。スピードは出さなくても勤務時間に間に合うが、フウトはなんとなくいぬこ号のアクセルを回した。腰のホルダーに入った金色の機体が夏の爽やかな風に煽られながら日光に反射して煌めく。

 

「──こんにちは。」

 

「やあ、イヌハラくん。今日もよろしくお願いするね。」

 

「任せてください。」

 

 次の勤務地である模型店に着いた。ガンプラを愛する身としては最適な勤務地である。店長といつものやりとりをすると店内をぐるぐると清掃しはじめる。スーパーのようにキャベツの葉は落ちていないが、物を積んでいるためホコリなどがよく溜まっている。

 

 ちなみに、ここの模型店は町の中でも広い方で、品揃えも豊富である。また、ガンプラバトルも行えるスペースがあり、最新システムである「GPデュエル」の筐体も導入されている。ガンプラバトル自体は自分が子供の頃からあったが、「GPデュエル」にアップグレードされ、進化を続けている。

 

 そしてなぜフウトのような社会の底辺が模型店の「清掃員」として非正規とはいえ雇われているかというともう一つ理由があって、これらガンプラバトル用の筐体整備や調整も任されているからだ。高校時代に資格を取得していた事がこの道に繋がった。学生時代は学業に励むことも大事だ。 

 

 もちろん遊びも同じくらい大事だが。

 

「兄ちゃん! この赤いのカッコいいね!」

 

「ジャスティスガンダムか! カッコいいよな! 兄ちゃんも好きだなあ。でも兄ちゃんはこっちのケルディムの方が……。」

 

「えー!? 絶対ジャスティスの方がカッコいいよお!」

 

 整備をしていると、学校帰りの小学生が楽しげにプラモを見ている。なぜだろう。懐かしささえ感じる。歳を取るとああいう姿を自分と重ねてしまいがちだ。

 

 

『──ふうちゃんのジャスティスかっこいいね!』

 

 

「──というか、ほぼ同じかもな。」

 

 また、懐かしい声が聞こえた。

 

 ボソッと声が漏れた。すると、自分の腰のホルダーに入った百式を見て、子供たちが物珍しげに寄ってきた。

 

「おじさんもガンプラバトルするの?」

 

 弟の方が目をキラキラさせながら聴いてきた。

 

「ああやるよ。」

 

「ほんと!? おじさん強いの?」

 

「おじさん、こう見えてめちゃくちゃ強いよ。」

 

「学生の頃は全国大会なんかにもよく出ていたもんだよ」

 

「……」

 

 子供は怪しい目つきでフウトを見る。フウトは何もおかしいこと言っていないだろという顔つき。

 

「おじさんみたいに髪がボサボサで髭もボーボーな人が強いわけないじゃないか!」

 

「おいおい、人は見た目じゃ……。」

 

 少年は、店内のポスターを指差し、得意気に言った。

 

「強いっていうのはね! アララギ・サワラみたいな人のことを言うんだよ!!」

 

 「アララギ・サワラ」、所謂彼は、日本のプロガンプラビルダー、いや最近ではデューラーというのか。黄色いアストレアをベースとした機体を駆使して高速で駆け抜けるその様は「黄色い閃光」とまで称されるほどの実力の持ち主だ。そして、フウトのような浮浪者手前のルックスとは比べるまでもないほどの美青年である。

 

「サワラねぇ……。あいつポスターにまで出てんのかよ。」

 

「あ、おじさん! 呼び捨てしちゃだめだぞ!!」

 

「あぁ、ごめん。ごめん。」

 

「すみません、弟が。さ、帰るぞ。帰ったら兄ちゃんのエクシア見せてやるから。」

 

「え!? ほんと!!」

 

 ナイスタイミングでお兄さんが現れる。申し訳なさそうな顔つきでフウトに謝り弟をなだめる。とはいえなんとかガンプラバトル用の筐体の整備も終わったのであとは残して置いたトイレの清掃をすることにした。

 

 

***

 

 

 ──当たりはもう夕暮れになっていた。

 

 小便器をせっせと磨いているときに、一五,六歳の少年がトイレに入ってきた。ウホッ、いい男! ……いやそうじゃない。この子から強い何かを感じる。俺は少年をガン見をしていた。この外見でガン見というのはやや犯罪じみているがそれでもそのまなざしは少年と少年の持つ何かに向いていた。

 

 ──俺は腰のホルダーに赤い機体が入っていることに気づいた。 おそらく、"強い何か"というのはこれだと直感的に理解した。俺は当然のようにホルダーから百式を取り出し、少年をガンプラバトルに誘う。

 

 ──デューラー同士、売られた喧嘩というのは買うというものだ。目と目が合えばガンプラバトルこの世界では当たり前のことだ。

 

 二人は無言で謎の雰囲気のまま筐体へ向かう。フウトは珍しくニヤリとした表情を見せていた。

 

「ちょうど百式の調子を確かめたかったんだよ。」

 

 

 Yu's Mobile Suit

 Apollon Gundam

 VS.

 Futo's Mobile Suit

 HYAKUーSHIKI

 

 

 カードキーを差し込むことで自分と相手の情報が表示される。あの、強い何かを発していた機体の名前は「アポロンガンダム」という機体。見たところケルディムやデスティニーをベースとして赤と白で塗装されたミキシング機体だ。細部まで作り込まれていることは一目瞭然。そして、その特徴は、どこからどうみても「超近距離戦闘機」だということ。

 

「おもしれえ、漢の機体じゃねえか……。」

 

 いつにもなく、ワクワクしていた。こんなのはいつぶりだろうか。

 

 ──「イヌハラ・フウト、百式出るぞ!!」

 

 [BATTLE START]

 

 合図があり、バトルがスタートする。ステージは宇宙。あちらの機体はあまり慣れていないのか動きが少しおぼつかない。

 

「とりあえず、距離を取って様子見だな。」

 

 その矢先、ハンドガンで射撃をしてきた。しかし、狙いが甘く、避けたというよりは当たらなかった。先制してくる当たりやはり機体同様に乗り手も攻撃的な性格なのだろう。その後も若干やけくそ気味に射撃攻撃をしてきたがこちらには擦りもしない。

 

「おいおい、そんなもんかよ!!」

 

 バックパックのバランサーを上手く稼働させ、射撃体制を取る。そして、ターゲットを見定め狙い撃つ。

 

「そこだ!」

 

 ビームライフルから、勢いよく黄色い粒子が二発、三発と発射される。」

 

「当たった!?」

 

 相手の肩を百式のビームライフルが掠めその後も連続で射撃を続ける。中距離で牽制を入れながら相手を寄せ付けないというのは近接タイプとの戦い方では基本である。

 

 しかし、状況は一変する。

 

「ええい、洒落臭い!!」

 

 こちらが、ビームライフルで牽制を入れているのにも関わらずアポロンガンダムは無謀にも突撃してきた。おそらく、左手に持っているGNソードⅡブラスターの銃身下部についている刃で近接戦に持ち込もうという魂胆だろう。

 

「いいぜ、かかってきな!! そういうの大好きだ!!」

 

 分かっていながらも、分かっているからこそ、射撃をやめ、高速で接近してくる赤い機体をビームサーベルを構え迎え撃つ。

 

 ──この勝負は一瞬で着く

 

 直感的にそう感じた。

 

「うおおおおおお!! !」

 

 アポロンは刃をトップスピードに乗った状態で振りかぶりこちらの脇腹を狙ってきた。がそれはあまりにも単調な攻撃。素直すぎるのだ。簡単にその太刀筋は読める。

 

「舐めるな!」

 

 こちらは、攻撃の際にできる隙、―つまり刃を振りかぶるその大きいアクションの隙に対しカウンターでケリをつけようという魂胆だ。あちらの技量はみたところまだまだ未熟だ。難しい話ではない。理論的には、難しい話では無いのだ。

"

 Battle End

 

 唐突にも終わりの合図。

 

「避けきれなかった……?」

 

 状況を説明すると、百式の脇腹は切り裂かれ、上半身と下半身は真っ二つになっていた。一方でアポロンは攻撃した左腕とは逆の右腕で百式のカウンター攻撃を防いでおり、ビームサーベルが刺さった右腕はステージ内を彷徨っていた。

 

「はぁ、はぁ」

 

 少年は無我夢中だったようだ。凄まじい集中力でアポロンガンダムを操作していたことを見れば分かる面白い子だな。自分の予測を上回る動き。あんなものを見せられて熱くならない奴は"デューラー"ではない。やはり、俺の"直感"は正しかった。

 

「君のガンプラかっこいいね。」

 

「あっ、ありがとうございます!!」

 

 俺と少年はバトルが終わり、お互いの感想を言い合った。おっさんと少年、年代が離れていても楽しめるガンプラバトルとは素晴らしいものだ。ただ和気藹々と話す姿には何のしがらみもない。少しだけフウトのモノクロだった世界に色が戻り始めていた。

 

「ユウくん、またバトルしよう!」

 

「はい!!」

 

 俺たちはそう言って別れた。きっといつか彼とまた会える。そんな気がしている。

 

 この時、俺、イヌハラ・フウトは自分の中に埋まっていた熱い気持ちを思い出し始めていた。

 

「ガンプラバトル、もう一回極め直すか。」

 

 

(つづく)

 

 




2021/11/18 21:41 加筆修正

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第二話「Re:build」

 

「ガンプラバトル」それは、イヌハラ・フウトにとって一度極めたものであった。全国高校生選手権で優勝し、その後とんとん拍子でプロにまで上り詰めた。挫折もあったが、彼はそこまでたどり着いた。夢の舞台にたどり着いていたのだ。

 

「でもまあ、結局は極めきれなかったのかもな。」

 

 プロになったところまでは良かったのだが、国内の大会で何年もタイトルを獲ることが出来なかった。ましてや戦績は落ちていくばかり。同年代が活躍していく様を見てただただ悔しかったし、自分よりも後の世代が台頭してくることにも焦りもあった。

 

 それでも粘り強くキャリアを続け3年目、大事故が起こった。

 

 ある日、近くのコンビニに行こうとバイクを運転していた途中、大型バスと接触。あちらのドライバーはよそ見運転で完全に不運だった。

 

 今でこそ言えるが、そんな大事故があっても生きてるのだから幸運だったのだろう。とにもかくにも、フウトは全治1年という大けがを負った。しかし、新卒3年目、勝負の年を棒に振った彼は、結果を出さない事でついに見限られ契約していた所属チームやスポンサーなどからも契約更新をされず、実質上のリストラを喰らった。

 

 現実を受け止められないまま、フウトは病院の天井を眺め続けた。

 

 何もできない自分を、何者にもなれない自分を誰か殺してくれとさえ思った。

 

 季節は過ぎ、過酷なリハビリを乗り越えフウトは退院した。しかし行く当てもなく入院費などで資金も無い彼は、せめてもの賠償金で買った原付ビーノ(現在のいぬこ号)で行く当てもなく途方に暮れた。北から南、西から東、今どこに自分がいるのかさえもわからない放浪の末、遂に彼はいわゆる、ニート、ホームレスとある意味最強の職を得た。目線は決して上がる事なくただ彷徨い続けた。

 

 もういつ風呂に入ったかも分からないし、冬場だというのに上着もなく、髪も髭も伸びっぱなしで襟足は肩先まであり、前髪も目が見えないほどある。ヨレヨレのシャツ、ボロボロのスニーカー、そして光の灯る事のない心。

 

 堕ちるところまで堕ちたそんな中、フウトに光をくれたのもまた「ガンプラバトル」だった。

 

 正直、あの事故のあと「ガンプラ」を見ることさえ嫌だった。全ての生活からガンプラをシャットアウトし生きていた。もう触ることすらないと思っていた。

 

 そんな彼の心情を逆手に、目の前でガンプラバトルによる恐喝が行われていた。はっきり言って、人を助けるほど当時の彼には余裕なんてなかった。当然、見て見ぬふりをし通り過ぎた。己のプライドも守れないやつに他人を守れるわけない。そう思った。

 

「──ケケケ、このまま俺様が勝てばガンプラもお嬢ちゃんも、好きにさせてもらうぜェ!!」

 

「こんなの、卑怯よ!1vs1の勝負では無かったの!?」

 

 高校生くらいのオリーブ色の髪をした小柄な少女が3人の大柄な男に押し寄られている。

 

「──お嬢ちゃん、"約束"とか"ルール"ってのはなァ、破るためにあるんだよ!!!!!」

 

 野外に置かれたガンプラバトルの筐体の真横を通り過ぎた時、世紀末伝説に出てきそうなヒャッハー野郎がこう言った。

 

 関与する気なんて微塵もなかった。あるはずもなかった。なかったのだ……。

 

 ヒシヒシと心の奥に眠っていた感情がうめき出す。

 

「──お嬢さん、この喧嘩、俺が引き受けた。」

 

「えっ!?」

 

 とっさに、恫喝されていた少女の操縦席を取って代わりガンプラの操作を引き受けた。

 

 自分でも何をやっているのか理解出来なかった。もう握る事のないと思っていたGPDのグリップ、もう動かすはずの無かったガンプラ。凍傷でボロボロの布を指に巻いた手で彼はもう一度だけだと心で呟き闘いに身を投じた。

 

 バトルステージは夜の荒野。

 

 少女の機体は素組のインフィニットジャスティスガンダム。対して相手はドム3機。3人で少女を襲うとは悪党らしい悪党だ。

 

 インフィニットジャスティスはダメージをかなり受けておりバトル用の表示では赤ゲージ、ピンチだ。あと一撃でも喰らえばあとがない。ドム3機はほぼ無傷。しかも動きを見ればかなりの手練れと見える。

 

「でも、動きが荒いな……。」

 

 久しぶりのガンプラの操作に手を震わせながらもターゲットを定めビームライフルで狙い打つ。タイミングもコースも的確だった。急所に連続で打ち込んだ。

 

「へっ、効かねえなあ!」

 

 相手のドムは平気な顔をしてジャイアントバズをこちらに打ち込んでくる。しかも3機ともタイミングをずらし発射し避ける方向を追い込んでくる。

 

「くっ……。」

 

「おいおい、よく見りゃあ、見ねえ顔じゃねえか。おっさん、カッコつけて人助けのつもりかもしれねえけど、やめとくなら今のうちだぜェ…。」

 

 他の2人もニタニタと笑う。

 

「あなたが、こんな事に巻き込まれる理由なんて無い!わたしみたいな無関係な人間ははやく見捨ててここから逃げて…!!」

 

少女は泣いていた。どうしてこんなことになっているのだろうかそんな悲しい顔で涙を流していた。

 

「……」

 

「おいおい、お兄ちゃん、そんなボロボロの機体で俺らとガチでやろうってのかよ?」

 

「なにやっても、勝ち目なんてねえぞ?」

 

「お前みたいな臭そうな浮浪者のカラダになんて興味ねえんだよォ!」

 

「………うっせえ、ガンプラバトルってのはな、泣きながらするもんじゃねえんだよ。」

 

『──そうだ……ガンプラバトルは…………。』

 

 インフィニットジャスティスのファトゥム01を分離させ本体は地上に降り走って突撃し始めた。

 

「へっ、正気かよ。おいテメェら、死の三連攻撃をかけるぞ。」

 

 ドムはそう言って直列に並びこちらに向かってくる。直列になることで、3機が1機に見え、背後からのドムが連続攻撃を仕掛けてくるのは厄介だ。

 

 そしておそらく奴らは自分たちが有利になるようにバトルのダメージ設定を低くしている。先程の急所を突いたビームライフルの攻撃を連続で受けても平気な顔をしていたのはそのためだろう。

 

「兄ちゃん、こいつで地獄送りだ!!」

 

 まず、先頭のドムがジャイアントバスを乱射、おそらく次の攻撃の逃げ道を防ぎ、こちらの行動を制限するためだろう。

 

「へへっ、もらったぁ!」

 

 続いて2機目、ビームサーベルでこちらが避けたコースの背後から切り掛かってくる。ここも予測済み、こちらもビームサーベルで切り払う。そして距離を取る。だが危機は続く。

 

「!?」

 

 やはりここからが鬼門、先程のジャイアントバスに煙幕を混ぜていたのかあたりが煙で見えない。これではどれが3機目なのかも分からないしまた振り出しに戻り予測できない。

 

「………………」

 

 精神を集中させる。3機全ての動きを見切りダメージレベルを越える一撃必殺で全て決める。これが勝利条件だ。しかもこちらは一撃でも喰らえばゲームオーバー。ギリギリの闘いに手に汗を握らせる。だがフウトの眼には光が少し灯っていた。口角も少し上がる。

 

「……………………………!!」

 

 ドムが3機が勢いよく同時に飛び込んできた。正面、右、左。

 

「──甘いッッッッ!!」

 

 左のドムにはまずビームサーベルで腹部にカウンターを入れ、その後正面の攻撃してくる敵の腕をシールドのアンカーで掴み、ビーム刃のついた脚部で一蹴、さらにそのドムを踏み台にし高くジャンプ。

 

「俺を踏み台にしたぁ?!」

 

「くそ、舐めやがって!!」

 

「こいつでしまいだぜ?ゲス野郎!」

 

 フウトは歯を鋭く出してニヤリと笑う。これでは面構え的にどちらが悪役かわからない。

 

 高くジャンプした、インフィニットジャスティスはその勢いを生かし飛び蹴りの体制を取る。

 

「そんな、単調な攻撃、効くわけねえだろ!」

 

 ドムはその直線的な攻撃をビームサーベルで迎え撃つ。

 

 その瞬間、インフィニットジャスティスは落下するスピードからはありえない動きで腰を回し、捻りの動きを加えその大きな反動で回し蹴りを入れた。

 

「なんとォ!!貴様一体!!?」

 

「わりぃ、プレーキャンセル力ってのが昔から得意でな。」

 

 スーパーキャンセリング。自身の並外れた反射神経と動体視力、状況把握能力を活かした無茶苦茶な事だがそれを成すのがこのイヌハラ・フウトという男なのである。

 

「うわぁぁぁぁ!!!」

 

 爆散、流石の大技に耐えられなかったようだ。

 

「………終わりだな。」

 

 そのまま着地し、一息ついた瞬間。はじめに倒したドムが立ち上がり奇襲を仕掛ける。

 

「お前みたいなのに、お前みたいなのにいい!!」

 

「しつこいな、もう勝負はついてんだよ。」

 

 インフィニットジャスティスは立ち止まったまま腕を天にあげそのまま振り下ろす。

 

 すると、分離していたファトゥムが超スピードで突っ込んでくる。

 

「なにぃ!?」

 

 その超突撃を正面からくらい、ドムは受け止めきれずヒートエンド。荒野の彼方へ吹っ飛んでいった。

 

  Battle End

 

 バトル終了の合図がされた。

 

「お、おぼえときやがれーーー!!」

 

 そう言って、3人は呆気なく立ち去った。

 

「また、お前が俺をこの世界に呼ぶのか。」

 

 インフィニットジャスティスガンダムを見つめ、ひとり、そう呟いた。

 

「そ、その……。あ、ありがとうございました!!」

 

 そういえば、バトルに夢中になり過ぎていてこの子のことを忘れていた。

 

「それじゃあな、陽も落ちてきているし気をつけて帰るんだぞ。」

 

「それから、ガンプラ大事にな。」

 

 そう言って、インフィニットジャスティスガンダムを少女に手渡し俺はその場を立ち去ろうとした。

 

「あ、あの!」

 

 少女が引き止める。

 

「お名前だけおしえてくれませんか?」

 

「…………。イヌハラ、イヌハラフウトだ。」

 

「イヌハラさん…。また会えますか?」

 

「それはガンプラの導き手が決める事だ。」

 

「なんですか、それ。」

 

「お互い、ガンプラをやっていれば会うこともあるって事だ。」

 

 少女はクスッと笑い丁寧にお辞儀をすると自分のガンプラを握りしめ立ち去った。立ち去った少女の後ろ姿からは雪のような白い香りがふわりと漂った。

 

「……。はぁ、柄にもなく人助けなんてするもんじゃねえな。疲れたわ。」

 

「まぁ、いいか。俺もそろそろ仕事でもするか。」

 

「あんなヒャッハー野郎になりたくないしな。」

 

 その時、少しずつではあるが、ガンプラバトルに助けられ、現実に向き合おうとしはじめていた。それからは5年間清掃員の仕事をコツコツと続けることとなった。あの勢いのままガンプラバトルで夢の続きを見る事も出来たのかもしれない。だが俺はこの道に進んだ。それでも今なおガンプラバトルをしているのは俺がどこかで"ガンプラの導き手"を求めているのかもしれない。

 

 そして今日、フウトはその導き手と出会ったような気がした。

 

『ウチヤマ・ユウ………。』

 

『アポロンガンダム………。』

 

 あのワクワクさせるような機体とデューラー。やはりフウトも生粋の勝負師。改めて、もう一度茨の道を行くことを心に決めた。

 

 少女と少年、この出会いに感謝すべきなのだろう。

 

***

 

「……ん。」

 

 目が覚めた。仕事から帰ってすっかり寝ていたようだ。

 

「こうしちゃいられねえ。」

 

 フウトはかつて長い間愛機として使用していた機体を棚の奥から取り出す。

 

「ジャスティスカイザー……。」

 

 「ジャスティスカイザーガンダム」それは、イヌハラ・フウトが初めて制作したガンプラバトル用の機体である。その外見はインフィニットジャスティスガンダムとレジェンドガンダムを組み合わせたものであり、ドラグーンを搭載し近中遠距離全てに対応したオールラウンダーな機体であった。この機体を操り、全国高校選手権といった学生時代の激戦を潜り抜けてきた。

 

「やっぱり、相棒はお前しかいねえよな。」

 

 数々のバトルで傷つき、その度に修復された痕が見られ今ではもう再起不能となっている。しかし作り変える事はできる。

 

 "Rebuild"

 

 生まれ変わっても戦い続ける。コイツも俺も。

 

 ──何事も初心に帰ることが大事なのだ。

 

 模型店でジャスティスカイザー用のキットを買い作業を進める。過去を超える更なる完成度を。過去よりも強く。インフィニットジャスティスという機体がガンプラを始めた頃の自分に可能性を与えてくれたように今度は自分がガンプラに無限の可能性を与える番なのである。

 

「──できた……。」

 

「こいつとまた一緒に俺は……!!」

 

 午前5時。今日も、その時間を当たり前のように迎えたが、いつもと違う。そんな午前5時だった。

 

(続く)

 




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第三話「夢見る頃を過ぎても。」

 午前5時

 

 いつもと同じようでいつもと違う、今日もまたこの時刻を迎えた。

 

 四畳半という狭い部屋の中央に置かれた机の上には、今日は赤いプラモデルが置かれている。

 

 『ジャスティスカイザーガンダム』イヌハラ・フウトがかつて愛機としていたものを新しく作り直したものだ。皇帝という名にはフウトがかつて誰にも負けたくないくらい強くなりたい。皇帝のように戦場を圧倒的に支配したいという願いからつけられた。

 

 深紅とも言える赤いカラーリングとその赤を際立てるダークグレー、そして随所にパールピンクやゴールドと言った差色も入っており全体的にまとまったカラーリングである。丁寧に塗装されたその機体はまだ薄暗い早朝には眩いほどである。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「おっと、こんな時間か。」

「今日も仕事行かなきゃな。」

 

 腰のホルダーにジャスティスカイザーを入れる。そしてフウトは引き出しから何やらガンプラのパーツのようなものもホルダーの中に入れた。

 

 作業台の隅には先の戦闘で破損した百式の無残な姿があった。

 

「お前もすぐに直してやるからな。」

 

 百式も共に闘ってきた仲間だ。無碍にはできない。それにこれは自分の実力不足が招いたことだ。これからまた頑張らねばと、そう思い部屋を出た。

 

 ブーン

 

 いつものようにいぬこ号でスーパーの清掃へ向かう。しかし今日のフウトの頭の中は仕事のことよりもガンプラバトルのことでいっぱいだった。はやく、ジャスティスカイザーを使いたい。もっと強いデューラーと闘いたい。それはかつて純粋にガンプラバトルを楽しんでいた「イヌハラ・フウト」が舞い戻ってきたようだった。

 

「おはようございます。」

 

「おはようイヌハラくん。それじゃあいつものとこ頼むね。」

 

「はい。」

 

 そう言って、いつものようにスーパーの清掃へと向かう。今日の床磨きはいつもよりしんどかった。やはり徹夜で作業をしたのは良くなかった。

 

 眠い目を擦りながら、今日も落ちている野菜の葉を拾う。

 

「……。」

 

 グーーッ。

 

 お腹が鳴る。そういえば、昨日から何も食べていないことに気づく。ホームレス経験のある身からすると何日も食べない事には慣れているが、やはり、残飯だとしても食べ物があると気になる。だいたいホームレスの頃は残飯を漁ることなど日常茶飯だったのだ。落ちているキャベツやレタスの葉を食べることなど、なんの造作もない。むしろ、犬の小便がかかっているかもしれない雑草を食べるよりもマシかもしれない。

 

 パクッ。

 

 そうこうしている内に食べてしまった。人間窮地に立つとなんでもできるというのは本当の事だったのだ。

 

「公園の雑草よりはマシだな。」

 

 フウトは、そう捨て台詞を吐いて清掃を続けた。

 

 そして時間を見ると定刻だ。今日もいつものように無事店内の清掃を終えた。たまらなく眠かった。

 

「お疲れ様です。お先失礼します。」

 

「今日もお疲れ、イヌハラくん。」

 

 管理人に挨拶をして、俺は一旦家に帰宅した。今日は模型店の清掃は休みなのだ。夜、ジャスティスカイザーのテストをするためにとにかく今は睡眠を取って回復することが先決である。

 

「眠っむ……。」

 

 俺は帰宅すると、その四畳半に敷かれた小さな布団に倒れ込み泥のように眠った。

 

 

***

 

「――おおっとー!イヌハラ選手、これでリーグ8連敗だァー!!」

「高卒ルーキーとして期待されていたが彼の実力はこれまでなのかーー!?」

 

「もう、デューラーなんてやめちまえー」

 

「このくそへぼがー!」

 

「勝てねえくせにファイトマネーなんてもらってんじゃねえぞー!」

 

「負けてて、プライドねえのかよ!このタマナシ!!」

 

「アニキの方はアメリカでも活躍してんのに弟はとんだ出来損ないだな!」

 

 数々の罵倒、暴言。はじめこそ心が痛んだが、そんなものにはすぐ慣れた。プロというのは学生とは違う。学生であればその将来性を期待され、応援される身になることも多い。実際自分もそうだった。若いというだけで見てもらえる、評価されるというのはこういう世界ではよくあることだ。

 

 だが、プロは違った。プロになれば結果が全てになる。勝ち続けるものにしか価値はなく、負け続けるものは淘汰されていく。そういう世界なのだ。兄を追って、プロになったものの俺は兄ほどの才覚も実力もなかった。プロになってそれを知ったというのはあまりにも不運だった。

 

 結局清掃員という職業が俺には似合っているのかもしれない。

 

***

 

 ピピッピピッ

 

 アラームが四畳半の部屋内で響く。

 

 時計は18:00を指している。

 

「………夢か。」

 

 過去。それは何にでもついて回ることだ。嬉しい記憶も、そうじゃない記憶も。

 

 こうして、新たな一歩を踏み出そうとした時にトラウマのようにメンタルをえぐる。駄目かもしれない。無理かもしれない。そんな風に思わされる。

 

 フウトは少し虚な目で身支度を始める。珍しく紺のジャケットを羽織り、"NEW ERA"と書かれたベージュのキャップを被る。瞳の色とよく似た茶色の髪色とベージュのキャップがよく似合っている。

 

「よし。」

 

 いわゆる、これがフウト流の本気モードなのだ。プロの選手というのは案外身だしなみといったものに変にこだわる傾向がある。試合前のルーティンのようなものだ。そしてこれはフウトが現役の時よく身につけていた格好なのだ。

 

 迷いはあれど、今日の彼は本気なのだろう。

 

 そんな彼が今日向かうのは、街はずれにある「ストリートフリーファイトスペース」と呼ばれる場所だ。

 

 ここには、年齢、性別、そういったものはすべて関係なく各地域から実力者が集まることで有名な場所である。また、人目から離れていることからプロデューラーが現れることがある。

 

 つまり、このプロデューラーと遭遇することが今回の目的なのである。

 

 ホルダーに入ったジャスティスカイザーを取り出しフウトは呟く。

 

「今日は俺とお前のリベンジマッチみたいなモンだ。」

 

「過去なんて面倒なモンは断ち切る。そうだろ?」

 

「へっ、言われなくてもわかってらぁって面だな。」

 

「──いくぜ、相棒!」

 

いぬこ号に乗り、郊外の目的地へと目指す。ワクワクとドキドキが入り乱れら感情。これはもう抑えられそうにない。

 

***

 

「……ここか。」

 

 寂れた街である。夏の夜というのは日が長く、これから日も落ちようかという暮れどきにデューラーたちは集まる。

 

 ここでは"あるルール"のようなものがあると聴いたことがある。

 

 それは至って簡単なもので闘いたい相手を目視で確認しお互い3秒以上目が合えば筐体の方へと向かうといったものだ。

 

 ガンプラバトルをする際に、あまり騒ぎ立てたない。それがここの流儀なのである。

 

 とはいえ、フウトはそんなものを無視して一番奥のGPDの筐体へ1人で入り仁王立ちをする。

 

 これはもう一つのルールで、「挑戦者求む」の合図である。しかしこれをしていいのは、この縄張りを占めているリーダー格かたまに出没するプロくらいである。

 

 待つこと5秒。思ったよりすぐに人がやってきた。少し小太りな同い年くらいの男が現れた。

 

「おいおい、お兄ちゃんよぉ、見ねえ顔だけどここのルール分かってやってんの?」

 

「ああ、分かってやってるよ。さっさとやろうぜ。ガンプラバトル。」

 

「………ッッ!!」

 

 小太りの男性は眉をひそめながらもこほんと一息つき冷静を保ち続ける。

 

「俺はここを占めてるハヤシ・コウタロウだ。」

「お兄ちゃんには悪いけどさっさとここから出て行ってもらうぜ」

 

「強い奴がやっていいルールなんだろ?じゃあ俺が今からテメーをぶっ倒す。それだけじゃねえか。」

 

「言わせておけば好き勝手言いやがって…………。俺が『不沈のハヤシ』って知ってて言ってんのか?」

 

「肩書きなんてどうでもいいだろ。強いやつが勝つ。単純だろ?」

 

 フウトはニヤリとそう言ってハヤシをいなすと筐体にまだ真新しいガンプラをセットする。

 

Futo'sMobile Suit

   Justice Kaiser

    VS.

kotaro'sMobile Suit

   Shinanju

 

 お互いのカードキーを差し込み情報が表示される。

 

 これを見たコウタロウは笑い出す。

 

「…………はっはっはっは!こいつは傑作だ!!」

「"元プロデューラー"のイヌハラ・フウトが相手とはなァ!」

「噂じゃホームレスにまで堕ちたって聞いてたけど鈍ってねえよなァ?!」

 

『なに?元プロ?』

 

『おい!あれ!出来損ないの弟のほうじゃね?』

 

『ハヤシさん!負け犬のゴミなんてささっとやっちまって下さいよー!』

 

「……………めんどくせえな。」

 

「………けどよ。そのくらいは分かってここに来た。そうだろ?相棒。」

 

 だがフウトもそういう覚悟で来ている。自分がガンプラバトルをやり直すというのはこういう足枷がついて回るものだ。

 

――Battle Start――

 

 バトルステージは昼の市街地

 

 市街地は建物が多くフウトが苦手としているステージだ。

 

 まずは、建物の影に隠れ相手の動向を探る。下手な動きを打てば自分の場所を晒すことになる。

 

 次に、相手の機体はシナンジュ。こういったステージではシナンジュのような一撃離脱型の機体は特性をあまり発揮できない。

 

 そして、あのデューラー、ハヤシ・コウタロウの性格を考えるとフウトが出る策は一つ。

 

「イライラさせることだ」

 

 勝負というのは冷静さを失った方が負け。見たところ元プロデューラーと対戦できる事をチャンスだと思っていそうな節が見えた。ここで勝てば大儲け。そんなところか。

 

 つまり、それを逆手に取る。フウトらしい頭を使った作戦だった。

 

「陽動からはじめるか。」

 

 2基のドラグーンを静かに射出する。このドラグーンにはセンサーも搭載しており探索用としても使える。

 

「ん?ドラグーン?誘ってるのかァ?」

 

 コウタロウは瞬時に気づいた。

 

 自分から800m離れた2時の方向にセンサーが捉え、位置を把握した。案外近いところに潜んでいた。

 

 フウトはドラグーンを撃墜されないように距離をとった位置に配置し、発射せず待つ。

 

 ドラグーンをあえてコウタロウの視野に入れて警戒させるもこちらからは動かない。

 

「……。」

 

「……。」

 

 無言の時間が長引く。心理戦による駆け引きなのだ。どちらかが動けばこの駆け引きは終わる。だがお互いにこの地形と機体の性質上、先に動いた方が不利となる。

 

「ええい!元プロのくせして堂々と闘いやがれ!!」

 

 予想通り、コウタロウは待ちきれず飛び出してきた。シナンジュの大きなバックパックの推進力で上空へ上がり市街地を乱射。次々と街を破壊していく。フウトは攻撃をうまく避けコウタロウの視野に入らない場所に隠れる。

 

「ちぃ、ちょこまかと!出てきやがれ!!」

 

 かなりの力技である。機体のパワーも相当だ。確かに機体スペックだけならここを占める者になれるかもしれない。

 

「ええい、どこに行きやがった、あのヘボ野郎。」

 

「そんなんだからクビになるんだよ!!」

 

 コウタロウは煙がまだ漂う場所に落下を始める。

 

「……よし来た。」

 

「3、2、1……。」

 

「入った。」

 

 シナンジュが落下した瞬間、ジャスティスカイザーのまばらに飛んでいたドラグーン全機が集まり一斉射撃を始める。

 

「なにぃっ!?」

 

 コウタロウは思わぬ不意打ちに驚く。

 

 全6基のドラグーンがシナンジュを撃ち抜く。

 

「こいつでとどめだ!!」

 

 物陰に隠れていたジャスティスカイザーはついに姿を現し、回し蹴りを決めた。

 

「やるじゃねえか……。」

 

 驚いた。これだけダメージを喰らってもダウンしないとは。不沈と呼ばれるだけの事はある。タフな奴だ。

 

「テメーの戦略にまんまと乗せられたわけだが俺が今立ってるのは予想外だろ?」

 

「この距離のタイマンなら負ける気がしねえんだよ」

 

 コウタロウは薄ら笑いを浮かべながら言う。

 

 両手にビームサーベルを装備する。

 

「行くぜっ!」

 

 そしてバーニアで加速し、高速でこちらに向かってくる。

 

「おらおら、おら、おらぁ!」

 

 鬼神の如く切りかかってくる。これにはフウトも受け止めるので精一杯だ。

 

「どうしたどうした!!」

 

 連続で攻撃してくる様に呆然一方のフウト。ドラグーンを使えば打開できるが、ここは漢の勝負。こちらも負けてはいられない。

 

「そろそろ反撃させてもらう!」

 

 フウトは一瞬の隙を見逃さなかった。右腕を振り下ろす大きなアクションに対しそれを的確に切り払い、一旦間を持つ。そして相手の足元を狙い小さく蹴る。ジャスティスカイザーとシナンジュにはサイズ差があるためこの攻撃にうまく対応出来ないシナンジュは体制を崩す。

 

「しまった…!!」

 

 そのままジャスティスカイザーはシナンジュの頭を掴み腹にパンチを入れる。

 

「うっ!」

 

 そして、めり込んだ腕を振り払いビームサーベルで一気に切りつけ倒れた機体にとどめとしてサーベルを垂直に差し込んだ。

 

「まだだ!こいつも持っていきな!!」

 

 展開していたドラグーンを呼び寄せ一斉射撃。

 

 オーバーキルである。

 

──battle end──

 

 必要以上に派手なトドメだった。そして時間のかかった試合だった。バトルが終わると、筐体の周りには多くの人で囲まれていた。

 

「コウタロウさんが負けた?」

 

「嘘だろ?」

 

「てかあいつ。元プロデューラーだろ。」

 

「リストラしたホームレスが何しに来やがった。」

 

「どうも、どうも。イヌハラフウトです。」

「って、あんまり歓迎されてないか。」

 

 やれやれとやっているフリをしていたが、これもフウトにとって全て計算のうちだった。

 

 ナワバリで一番強い奴を倒せば、それを倒した奴に来ているプロは興味を持つと。そしてこれだけ時間をかけ派手にやればより多くの人が集まる。

 

 フウトはこの人だかりをジロジロと見回す。

 

「──相変わらず派手にやるもんだなあ。」

 

 青い髪の緑色の瞳のスラっと背の高い美少年が現れた。

 

 いや、美青年というべきか。

 

「何者だよコイツ……バ、バケモノだ……!!」

 

 青い髪の青年は黒い小箱を手のひらの上で空中に上下へぽんぽんと投げながらこちらへと歩いてくる。

 

「それは!NRリアクター!ウチのフリーファイトスペースでは厳しく禁止していたはずだ!持ち込んだやつは誰だ!」

 

「………すんません……アニキ………誘いに乗っちまって………。」

 

「馬鹿野郎!!」

 

「ハヤシさんか。こんなゴロツキばかりの中でも筋は通ってるだね。」

 

「噂を聞いて来てみたけど予想より何倍も面白いものと出逢えた。」

 

 そして、青い髪の男性はフウトの前で立ち止まる。

 

「久しぶりだね。フウト。」

 

 当たりがざわつき始めた。

 

 それもそうだ。民間のファイトスペースに有名プロとリストラした元プロがいるのだ。そうなってもおかしくない。それだけではないNRリアクターと呼ばれる公式からは禁止されている物も押収されているのだ。そんな中、フウトはニヤリとしていた。

 

「テメーが最近この辺りをウロウロしてるって聞いてな。久しぶりに挨拶でもよと。」

 

「フウトが挨拶?そんな柄じゃないだろ?」

 

「へへっ、お見通しか。」

 

「じゃあ早速だが、こいつを受け取れ!!」

 

 フウトはサワラに向かってガンプラのパーツを勢いよく投げつけた。

 

 これは、早朝にフウトが引き出しから取り出していたものである。

 

「ん?これは。」

 

「持ってりゃいいこともあるもんだな。」

 

「──なるほど。こんな物を持ち歩いているとは……!奇遇だね!」

 

 なんとサワラも同じようにガンプラのパーツをフウトに投げつけた。

 

 それはよくみると、片方はサワラのアストレアtype Rの右腕とフウトのジャスティスカイザーの左腕をお互いが持っていたのだった。

 

「お互い、考える事は同じようだな。」

 

「どうやらそうみたいだね。」

 

 お互いに、過去に対戦した時に拾っていたパーツを持ち歩けばまたどこかで巡り合えると思っていたのだろうか。パーツをお守りのように使うとは、2人とも生粋のガンプラビルダーでありデューラーなのだろう。

 

「それでフウト。やるのかい?今ここで?」

 

「どうせやるなら、お前とやりたいと思っていたところだ。」

 

「9戦4勝4敗1分、その決着と因縁を着けに来た。」

 

 9戦4勝4敗1分。それはフウトとサワラの公式戦での成績である。実はこの2人、高校時代からのライバルで幾多となく死闘を繰り広げてきた。

 

 フウトにとってこれは超えるべきものだと判断したのだろう。この先、自分が進もうとしている道のためにも。偶然にもチャンスが絡んできた。このチャンスを絶対に掴みたい。その気迫はサワラもまた肌で感じ取っていた。

 

「フウト、お前……。」

 

 だが同時にあの挫折から好敵手と呼べる因縁の相手が再び立ち上がった事に喜びを感じているのだ。

 

「腕は鈍ってないんだろうね?」

 

「それは、テメーの目で確かめやがれ。」

 

 まだ当たりは日が落ちたばかりだと言うのに、ただならぬ雰囲気で満ちていた……。

 

(続く)




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第四話「好敵手」

 イヌハラ・フウトとアララギ・サワラの出会いは高校1年生。まだ2人が16歳の頃だった。

 

 きっかけはもちろん「ガンプラバトル」だった。2人は「ガンプラバトル全国高校生選手権」ではじめて互いを認知しぶつかりあった。当時互いに東西で1年生ながらに出場していた事もあり周囲から注目も浴びていた。

 

そんなはじめての対戦結果は、互角の戦いを繰り広げながらもフウトの勝利で終わった。

 

「君、本当に強いんだね。」

 

「君の方こそ強かった。こんなに強い相手と戦うのは兄さん以外だとなかなかいないよ。」

 

「兄さんか……。」

 

フウトとサワラには年齢以外にも共通点があった。それはお互いに兄がいること。そして兄に対して人一倍特別な感情を抱いている事。このような事もあり2人は対戦後すぐに打ち解けた。

 

「僕は将来はプロデューラーになりたいんだ。それで兄さんを超えて、世界に行くんだ!!」

 

「へぇ。フウトはすごいなあ。」

 

「サワラはプロにはならないのか?」

 

「僕の実力じゃ無理だよ。せいぜいアマチュア止まりだよ。」

 

「そんなのやってみなきゃわからないよ?」

 

***

 

そんな記憶がサワラの頭には鮮明に焼き付いている。彼の無邪気な、そんな顔が。

 

「フウト、昔は君の方が強かったよね。」

 

「急に昔話か?」

 

「高校生の頃、はじめて会ってから僕達は何度も何度も闘ってきた……。」

「君に勝てば本気で嬉しかったし、負ければ本気で悔しかった。」

 

「それは俺も同じ事だ。お前がいなきゃプロになんざ到底なれなかったさ。」

 

「……それはこっちのセリフだよ。勝手にリタイアしていっちゃってさ……。」

 

 サワラは聴こえるか、聴こえないかくらいの声でボソッと呟いた。

 

「それで、もしこのバトルに君が勝てばどうするつもりなんだい?」

 

「――もう一度プロとしてイチからやり直す。」

 

 フウトは強張った顔でそう言った。そしてサワラは少しニヤリと笑った。

 

「そっか……。」

 

「でも、今の君じゃ絶対に僕に勝てない。」

 

サワラは振り返り、筐体の方へ向かっていった。

 

「やってみなきゃわからねえぜ?」

 

 昔と変わらない、強気な顔と声。そして台詞。 5年間プライドを捨て続けたイヌハラ・フウトだったが、性根までは腐っていなかったようだ。

 

「フッ、6年ぶりか……。」

「君が見させた夢を俺は今も……。」

 

 サワラはこの刻を噛みしめるように自分のガンプラをセットする。

 

 

「サワラ相手にどこまでやれるか分からねえが、やるしかねえ。」

「勝とうぜ、相棒。」

 

 フウトもまた自身のガンプラをセットする。

 

Sawara'sMobile Suit

    Astraea:type R

    VS.

Futo'sMobile Suit

    Justice kaiser

 

 お互いの機体が表示される。それは偶然なのか、初めて彼らが対戦した時と同じ機体だったのだ。

 

「アララギ・サワラ、アストレアタイプR出るよ。」

 

「イヌハラ・フウト、ジャスティスカイザー出るぞ。」

 

 黄色と赤の飛翔体はかつてと同じように同じ戦場へと出撃した。

 

 ステージは宇宙。お互い適性の高いステージだ。

 

「アストレアR……。また懐かしいものを持ち出して来やがったな…!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 アストレアR―アララギ・サワラがガンプラバトル用に制作した機体である。アストレアをベースにハルート、アヴァランチエクシアの装甲を付け加えたハイスペックな機体だ。また、Cファンネルのような遠隔操作できる短剣も装備しておりテクニカルな戦術も可能だ。

 

「いつ仕掛けてくる…?」

 

 フウトは目の前に広がるステージを見渡す。アストレアRは高機動かつ近接系という特徴を持つ機体だ。近接系の機体というのは基本的に近づかなければ攻撃できない。しかしこの、アストレアRの厄介なところは遠隔操作が可能な武装が搭載されている事。そこを警戒しながら戦うのは非常に面倒だ。そしてそれを高い練度で扱うことが出来るのが目の前の相手なのだ。

 

 バトルが始まり数秒経った時、遠隔操作された短剣がジャスティスカイザーを突然襲う。

 

「!?来たか!!」

 

 フウトも負けじとドラグーンを射出し、短剣を撃ち落とす。

 

「そこだ!!」

 

 さらに目にも留まらないスピードでアストレアRは現れGNソードをジャスティスカイザーへと向ける。

 

「相変わらず速いな!……けど!!」

 

 フウトも同じ遠隔攻撃を行うものとして、先の攻撃は囮に過ぎないと分かっており、この攻撃を簡単に跳ね返す。

 

「流石に、これじゃ通用しないか。」

 

「それじゃ、これはどうかな!!」

 

「き、消えた……!?」

 

 アストレアRは先ほどよりもギアを上げると突如目の前から消え、その脅威的な速さでジャスティスカイザーの背後を取った。まさにその様は閃光。

 

「……ッッ!」

 

 アストレアRの斬撃がジャスティスカイザーを襲う。しかし、攻撃を受ける前になんとかアジャストしていたフウトはドラグーンを展開し反撃していた。サワラという好敵手を相手にする中で、フウトはこれまでのブランクを取り戻すように身体が反応していた。

 

「やるなっ…。」

 

 無数のビームをアストレアRは避けながら反撃のタイミングを狙うが、フウトの正確な射撃がそれを許さない。ドラグーンの操作精度もここにきて高まっていた。

 

「こいつも持ってけ!!」

 

「ブゥゥゥメランッ!!!」

 

 ジャスティスカイザーはシールドに装備されたブーメランを投擲し追撃を試みる。

 

「甘いッ!」

 

 しかしそれは裏目と出てしまう。ブーメランの狙いが甘くドラグーンを避ける事に気を囚われていたサワラはその隙を突いて遠隔攻撃で応戦する。まずはブーメランを短剣で落としオールレンジ攻撃による攻防が行われた。

 

「くっ…!!」

 

 アストレアRによってドラグーンが3基、既に落とされていた。そして気づけば黄色い機体の姿を目視できずにしていると目の前にアストレアRの鋭い眼光が現れる。

 

「皇帝も地に堕ちたね!」

 

「なんの!まだまだ!!」

 

 ジャスティスカイザーはアストレアの連続攻撃に押し込まれる。1つの攻撃が2つや3つの残像と共に繰り出される隼のような攻撃。いくら動体視力に優れているフウトでも捉える事が難しいが好機を伺い耐え続ける。

 

「もらった!!」

 

 アストレアRはハルートから流用した大剣を振りかざした。フウトの眼にはそこに若干のブレが生じていた。

 

「欲が出たな!」

 

 大剣を振りかざす大きなモーションが見せる隙をフウトは決して見逃さなかった。すると、ジャスティスカイザーが防御しようとした姿勢から一転、ビームサーベルを展開しアストレアRに叩き込んだ。斬撃が装甲を溶かす、気持ちのいい音だ。

 

「うわあっ!」

 

「へへっ、久しぶりのキャンセリングについて来れなかったかよ?」

 

「厄介なスキルだよ。本当…!!」

 

 お互いに笑みが溢れていた。

 

 この瞬間をお互いの本能がずっと待ち望んだように。

 

 カウンターを喰らったアストレアRであるが引き続き攻撃を仕掛けそれを必死に受け続けカウンターを狙うジャスティスカイザー。しかし、今度はアストレアRの大剣が振り切り強烈な一撃がジャスティスカイザーを襲う。

 

「くそっ、このままじゃ……!!」

 

「一気に畳みかけるッ!!!」

 

 トドメを狙うアストレアR。ジャスティスカイザーも負けじと向かっていくが、このまま単調に向かっていっても機体のパワースペックで劣るジャスティスカイザーが不利。

 

「なにか、打つ手はないのか……?」

 

 そんな時、フウトの目には宇宙に漂う残骸が目に映った。

 

「これだ!」

 

 ジャスティスカイザーは残りのドラグーンを全てアストレアRに向けて射出する。

 

「これはもう通じない!!」

 

 アストレアRは両手の大剣を持ち高速で回転する事でビームを全て跳ね返し、ドラグーンを撃墜した。流石、プロデューラーである。華やかで技量のある動きだ。

 

「またまだこっからだぜ!!」

 

 サワラの意識をドラグーンに向けているうちに、アストレアRの背後に漂う残骸に向けジャスティスカイザーはシールドのアンカーを使い、フックショットの要領で残骸に飛び移る。

 

「しまった!?」

 

「サワラ、こいつで終わりだぁぁっっ!!」

 

 残骸を使い背後をとったフウトはそのままビームサーベルを引き抜きバーニアを最大出力で対象物へと向かっていった。サワラもこれには反応できずモロに攻撃を受ける。ジャスティスカイザーは斬撃の後ビームサーベルを突き刺し慣性に従い浮遊していた。

 

「……。やったか??」

 

「……いい攻撃だったけど、まだまだこんなもんじゃ負けないよ……!!」

 

 鋭い斬撃を受けビームサーベルが胴体に突き刺さったままのアストレアRだったがすぐに体制を持ち直しジャスティスカイザーへと高速で詰め寄る。終盤戦になってもそのスピードは衰えていなかった。フウトはもう一度気持ちを引き締め対峙する。

 

「くっ!」

 

 アストレアRの攻撃がジャスティスカイザーの右腕を切り落とす。しかしこれと同時にジャスティスカイザーもアストレアRの左脚を蹴り落とした。

 

「そうこなくっちゃ。」

 

「俺の諦めの悪さは知ってるだろ?」

 

 既にお互いに各部位を失いボロボロである。おそらく次の攻撃で決まる。フウトは息を呑み集中力を高め操縦桿を握り本気で負けたくないという想いが彼の手を突き動かす。

 

「うおおぉぉぉぉ!!」

 

 赤と黄色の尾は再び衝突する。

 

「もらった!!」

 

 同じく攻撃を仕掛けるアストレアRだったが、先程のダメージから一瞬動きが止まる。フウトはこれを見逃さず最後の蹴りを入れる。

 

「くっ!こんな時にッ……!!」

 

 ここはサワラも意地で対応する。しかしフウトはこれを見て蹴りの選択肢を変え、ビームサーベルを持ち直し攻撃する。

 

 『スーパーキャンセリング』相手の動きを見て、自分の動きを変えるというのは反則じみた能力である。彼にしか見えない世界が確かにそこにはあった。

 

 だが、ゆっくりとその不確定な世界の景色は歪んだ。

 

「…でも今日は、君の反応を超える!超えてみせるんだぁぁぁ!!!」

 

 なんとこの理不尽な後出しジャンケンにサワラは反応した。ビームサーベルを持つ腕ごと大剣でジャスティスカイザーのボディを切り裂いたのだった。フウトの反応速度をサワラが上回ったのである。

 

――battle end――

 

winner Araragi Sawara

 

「負けた……?」

 

 熱戦の末、勝利したのはサワラであった。フウトは傷ついたジャスティスカイザーを見ることしかできなかった。

 

「フウト。」

 

「サワラ……。」

 

「……僕の、勝ちだ。」

 

「あぁ……。」

 

「あれだけガンプラバトルから離れていたのにここまでやるなんて正直驚いたよ。」

 

「でも僕はプロであって、今の君はアマチュアでしかない。」

 

「……。」

 

「それじゃ、フウト。」

 

 サワラはそう言って、その場から立ち去った。

 

 呆気なく、あっさりと、終わった。

 

「ケッ、やっぱり、イヌハラ・フウトじゃアララギ・サワラには勝てないんだよ。」

 

「あんだけデカい口叩いといてこれかよ。」

 

「ちょっと期待した俺が馬鹿だったぜ。」

 

「それよりNRリアクターの事どうすんだよ!アララギサワラにでもチクられたりしたらここももう……。」

 

 罵詈雑言がまた聞こえる。視界がうっすらとまたモノクロに見えた。フウトは帽子を深く被りその場を後にした。あまりその後の事は覚えていない。ただ今日は四畳半の部屋がいつも以上に狭く感じる。

 

 作業台には傷ついたジャスティスカイザーが、その後ろの壁に飾っていた写真が目に入る。

 

 そこには3枚の写真があった。1枚目は小さい頃の兄と写っているもの、2枚目は高校生の頃にチームのみんなで優勝旗を持って笑っているもの、そして3枚目は、プロになった直後にアララギ・サワラと腕を組み凛々しく写っているものだった。

 

「………負けちまったな。」

「やっぱりお前は強えよ……。」

 

 そのままフウトは布団に倒れ込む。今思えば、国内トップカテゴリーでも屈指の実力を持つサワラに気持ちだけで勝てるほど甘い世界ではなかった。冷静になれば馬鹿馬鹿しい話だ。

 

 野試合とはいえ、負けは負け。そこになんの言い訳もない。

 

 病み上がりにしては良くやった?

 

 勝てなければそこに意味がないことを知っている。それに一見互角のように見えた戦いだったが、ひとつひとつの精度、状況判断、そして単純な力負けであった事。一度はトップレベルに身を置いていたフウトにとっては理解しているからこそ考えれば考えるほど情けなくなる。

 

 そんなフウトの眼から一筋の光が流れ落ちる。

 

「まさか、こんな感情がまだ俺にあったなんてな。」

 

 フウトは泣いた。大の大人が人知れず泣きじゃくった。清掃員の仕事をしていてこんなに悔しくて泣いたことなどなかった。こんな風に感情が爆発することが本当に久しぶりでもうどうしたらよいのかわからなかった。故にただ叫び泣いた。狭い四畳半の空間に虚空な声が寂しく鳴り響き、しばらくすると止まった。

 

『強くなりたい。』

 

 無力で情けない、何者でもなければ何者にもならない彼はただ切にそう願った。目を背けていた現実と向き合うという事がここまで辛いとは思っていなかった。

 

「………兄さん。俺も兄さんみたいに強くなりたかったよ……。」

 

 叶わぬ夢を見て、夢を見続ける愚かな若者の姿。

 

 夢見る頃は過ぎ去ってしまったのだろうか。

 

***

 

「まさか、ここに来てあの出来損ないの弟が現れるなんて……。」

 

「アレにNRリアクターを使わせるのも一興だろう。どんな風に踊ってくれるんだい?イヌハラ・フウト………。」

 

 真っ暗山の中、ストリートファイトスペースの瓦礫の上でひとり不敵な笑みを溢す男。

 

「へぇ、君、おもしろいものもってるんだねぇ。ちょっと僕にも見せてよ。」

 

「……誰だ!お前!!」

 

 暗闇で良く顔が見えないがすらっと伸びた青い髪の男がニヤニヤとしながら男に近づいていた。男はかなり警戒していたが青髪の男が近づき街頭に照らされた瞬間ハッとするようにその正体に気づいた。

 

「そんなに怖い顔しなくてもいいじゃないか。ねえ、少しでいいからそれ見せてよ。」

 

「………まさかあなたの方が出てくるとは。せっかくの機会だからこれを試してみたいけど、やめとくよ、まだあなたとやるには早い。」

 

「それにあなたの闇も大きそうだ。」

 

「そうかい?まああまりソレを使って他人の人生めちゃくちゃにしないで欲しいな。」

 

 青髪の男は先程の柔らかな表情と一転し男にそう言うと黒いフードを被り男は立ち去った。

 

「……いつになったら僕らは夢見ることを辞められるんだろうね。」

 

「………ふうちゃん…………。」

 

***

 

「──ということなんだ。兄さん。そっちで面倒見てもらえないかな?」

 

「──なるほどねぇ。まぁ出来る限りのことはするさ。」

 

「本当!?ありがとう兄さん!」

 

「そりゃ、プロデューラー様の言いつけを断ることは出来ないからなあ」

 

「そういう言い方やめてよ…。」

 

「あはは、ごめんごめん。で、どうだった、彼?」

 

「腕は全盛期ほどじゃないけど。」

「心までは錆び付いてない。変わってなかったよ。」

 

「……そっか、それなら大丈夫だ!あとは兄ちゃんに任せとけ!!」

 

 ガチャ。電話主はアララギ・サワラだった。電話を切り終えたサワラは少し嬉しそうだった。

 

「……フウト這い上がってこい。」

「そして、またやろう……。」

 

***

 

 午前5時。

 

 いつも通りアラームが鳴る。

 

 フウトはいつもより気怠そうに目を覚ます。そして、携帯のメールをチェックすると珍しく受信記録があった。

 

「イヌハラフウト様

 

 北海道にて待つ。

 

 アララギ・ユウリ」

 

「アララギ・ユウリ……?」

 

「アララギ先生……!!?」

 

 それはフウトにとって突然のメールだった。

 

 アララギ・ユウリ。高校時代のガンプラバトル部の顧問でお世話になった先生だ。元プロデューラーで理由不明のまま若くして引退し、指導者の道へ進んむという異例の経歴を持つ人だ。長らく会っていなかったが、現在は北海道の大学でガンプラバトル部の監督を務めていると聞いていた。

 

 そして、「アララギ・ユウリ」は「アララギ・サワラ」と血の繋がった実の兄弟なのである。

 

「サワラの奴、先生に何か言ったのか?突然過ぎる……。」

 

 まるでプロデューラー様から施しを受けているようでフウトは気に食わなかった。しかし、このままではサワラとの差は埋められない。昨夜、身をもって感じたのだ。今は自分のプライドが大事なのではない。泥臭くても這い上がる。心からそう感じる。

 

 それなのにフウトの手には消えない無力感でいっぱいだった。

 

「ん?やばい!遅れる……!!」

 

 時計の針を見るといつも家を出る時間より針が10分ほど進んでおりフウトは急いで職場へ向かった。

 

「――おはよう。イヌハラくん。それじゃ、いつものところをお願いするね。」

 

「……おはようございます。」

 

 いつものようにフウトはタイムカードを切り勤務の準備をしようとしていた。

 

「イヌハラくん。」

 

「え、あ、はい。」

 

 突然、管理人がフウトに声をかける。目を合わせると真剣な顔をしている。

 

「悩んでいるんだろ?」

 

「ガンプラの事で。」

 

「え?」

 

フウトは驚いた。なぜ分かったのだと。

 

「黙っててすまなかったね。」

「君が無名とは言え元プロデューラーだと言うことを知っていたんだよ。実は私もガンプラが好きでね。」

 

無名のプロデューラーを、しかも実質2年で舞台を降りたデューラーを知っているとは筋金入りなのだろう。

 

「君がいつまでくすぶっているのかと心配していたが、最近の君の目を見るとやっと決心がついたんじゃないかっておもっていたけど今日ここにくるとまた以前と同じ目でね。」

 

「――行ってきなさい。イヌハラ・フウト。」

「君は誰よりも、悔しい思いをしてきたはずだ。だから負けるな。誰にも負けちゃならん。」

 

 その真っ直ぐな言葉がフウトの胸を突き抜けた。迷いを払拭するように。

 

「――そして、また大きくなって帰ってきなさい。」

「その時は私とガンプラバトルをしてくれないか?」

 

「――約束だ。」

 

 フウトは涙を流していた。父のような管理人の言葉に耐えられなかった。その一言一言が嬉しくて嬉しくてたまらなかった。清掃員のダメになった自分を陰でずっとみてくれていた人もいるのだと思うと余計に嬉しくなって感情がぐちゃぐちゃになり泣いていた。

 

「俺、泣いてばっかりだ。」

 

「今はそれで良いじゃないか。」

「自分を、ガンプラを信じなさい。」

 

「夢というのは形を変えてあり続ける?そうだろ?」

 

「はい……!!」

 

 フウトはその後、最後の勤務を終え、タイムカードを切った。いつも以上に丁寧に隈なく掃除をした。5年間白黒に見えたタイルや物が今は少し色づいて見えていた。

 

「管理人、俺行ってきます。」

 

「元気でやるんだよ。」

 

 管理人は笑顔で送り出してくれた。本当に感謝しなければならない。掛け持ちしていたアルバイト先にも電話を掛け辞職した。この街からはしばらく離れる事になる。部屋で旅の支度をしながらふと思った。

 

「ユウくん。」

 

 ウチヤマ・ユウ。彼にも挨拶をと思ったが、たかだか一度対戦したおっさんの事など向こうは覚えていないだろうと思った。

 

 そして、必ず大きな舞台で彼の巡り会えるとそんな予感もしていた。

 

「よし。」

 

 ヘルメットを被り、いぬこ号に乗る。

 

 思いを馳せ、フウトは北の大地へと向かうのであった。

 

続く

 




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第五話「ラプス」

ブーン。

 

イヌハラ・フウトは、かつての恩師アララギ・ユウリに北海道へ呼ばれその長い旅路を原付バイクで向かっていた。

 

フェリーを何度も乗り継ぎし、休憩を行いと繰り返し既に何日か経っていた。また、バイクの故障や夏の激しい日差しもあり移動だけでも滅入っていた。

 

「飛行機代、ケチるんじゃなかったな……。」

 

フェリーから見える果てしない海を見て、フウトはふと思う。

 

海風に煽られながらフウトはアララギ先生の事を思い出す。

 

フウトとアララギ・ユウリの出会いは高校時代の事で、兄が創設した「ガンプラバトル部」の顧問を務めていたことがきっかけだった。

 

フウトの中の印象はいつも優しい先生で、担当している現代文の授業も寝ていても何も言わない、そういった先生だった。

 

だが、ガンプラバトルの事となれば話は変わる。

 

いつもは優しい先生もバトルの指導となれば厳しくなり常に強度の高いトレーニングを用意していた。

 

その頃に叩き込まれた基礎は今も身体に染み付いている。

 

そして先生が自分達に最も大切だと教えてくれた事は「楽しむ事」

 

先生は「ガンプラバトルは楽しむものだ。楽しくないガンプラバトルはガンプラバトルじゃない。」とよく口にしていた。

 

その教えに共感した俺はいつも厳しい練習にもバトルの先にある楽しみを追い求め、がむしゃらにガンプラバトルに取り組んだ。

 

だがプロに上がってからは「勝利する事」だけを求め過ぎていた。いつの間にか「楽しむ事」は二の次だった。むしろ「勝利する事」に「楽しみ」を覚えていたのだろう。

 

それは「勝利」という結果に固執するように。

 

今になって考えてみると、元プロであったアララギ先生がその舞台を早くして降りた理由はプロの舞台で「楽しむ事」を見いだせなくなったからなのだろうか。

 

「――だとしたら。」

 

もし教え子が自分と同じ境遇に悩まされたというのなら先生にとってはあまり聞きたくない話だと思う。

 

「――まもなく小樽、小樽。」

 

物思いにふけっているとどうやら遂に北の大地についたようだ。

 

とはいえ、目的地は札幌のためもう少し時間はかかるが。

 

フウトは、来た方を振り返り無限に広がる青い海を見て随分と遠いところまで来たのだなと感じた。同時に簡単に後戻りは出来ないと思った。

 

「よし。札幌まであと少し、気合入れるか。」

 

「もう少しだけ頑張ってくれよ。いぬこ号。」

 

自分の愛機にそう呼びかけ、バイクを東の方へと走らせた。

 

道路にはあまり車が通っておらず道が広く感じ、当たりを見回せば自然豊かでフウトにとっては異国に来たような気分だった。

 

「こういう所で牧場やるのありかもな。」

 

北の大地独特の風に煽られながらフウトは勝手な妄想にふけりバイクを走らせていった。

 

「――着いた……。」

 

「着いたぞーーー!!!!」

 

着いた。着いたのだ、遂に。

 

おそらくこんな長旅を意識的に行なった事は初めてである。

 

昔、やけになってバイクであちこちに行ったこともあったがあれには時間という概念がそもそも欠如していたためノーカンである。

 

札幌という街を認識するのははじめてであったが何処か見たことあるような、来たことがあるようなそんな記憶がフウトの頭の中を掻き回す。しかしそれが何なのかは分からない。

 

「――まぁ、とりあえず先生がいる大学に向かうか。」

 

フウトはメールで送られて来た住所をたどり大学へと向かう。

 

道に迷う事なくすんなりと大学に着いた。研究棟がいくつも立っている大規模な大学であった。正門の前には紫色のラベンダーが綺麗に咲いている。

 

フウトはラベンダーの香りを味わいながらアララギ先生の研究室へと足を運んだ。

 

受付でアララギ先生の研究室を確認しフウトは「303」と書かれた部屋の前に立った。

 

フウトは約10年ぶりに会う恩師との再会に少し緊張していた。

 

「失礼します。」

 

――ガチャ

 

部屋に入ってフウトがまず思った事は「部屋が汚い事。」

 

そして、ソファーに倒れ込んでいる成人男性が一名。

 

「この後ろ姿は……」

 

「先生ぇぇぇぇぇ!!!?」

 

「ん…?この声はどこかで聞き覚えが。」

 

「イヌハラ・フウトです。ご無沙汰してます。」

 

「起こさないでくれ、昨日徹夜で……。」

 

男性はムニャムニャと言葉を発し目を擦りながらこちらを見る。

 

「――あ、ふうちゃんか!案外早かったね!」

 

「座る所は……。まぁ適当に腰掛けて。」

 

感動の再会とはいかなかった。少し緊張していた自分が馬鹿みたいだったがこの感じとても懐かしい。

 

懐かしくて、暖かい。先生の顔をみると凄く安心した。

 

先生はこちらの顔をジロジロとみる。

 

「ふうちゃん、老けたねぇ〜。人生に苦労してるって顔だよ〜」

 

「いや、まぁ色々あったもんで……。」

 

「なんでもホームレスも経験したんでしょ?」

 

「その時の事はあまり話したくはありませんが、一応……。」

 

「学校じゃ優等生だったふうちゃんがホームレスだなんて人生わからないもんだなぁ〜」

 

「それにこんなに髭も髪も伸ばしちゃってさー。」

 

「そういう先生は昔とお変わりないみたいで安心しましたよ。」

 

「いや、ふうちゃんが変わりすぎなだけだから!」

 

あははと楽しげに語り合う。この感じは昔と何も変わらない。歳を取って、大人になっても何も変わらなかった。

 

この歳になって自分の事を「ふうちゃん」と呼ばれるのも久しぶりで少し気恥ずかしさもあるがそれ以上に嬉しさの方が勝っていた。

 

年月は経ってもその関係性は生徒と先生。それ以上でもそれ以下でもなかった。

 

「で、ふうちゃんにわざわざ北海道に来てもらったのはなんとなく分かってると思うけど。」

 

「神デューラー様の所望でふうちゃんを鍛えて欲しいとの事です。」

 

「やっぱりサワラが……。」

 

「まぁ、ここに来るのは自由だったはずだし、来たって事はそれなりの覚悟はあると解釈しておくよ?」

 

「ええ。そのつもりです。自分をイチから鍛え直して下さい!」

 

「よーし!じゃあ、早速!!」

「と言いたい所だけど。」

 

「ふうちゃんって今まで清掃の仕事してたんだよね?」

 

「えっと、してましたけど……。」

 

その時、嫌な予感がした。

 

「それではまず、ふうちゃんにはこの部屋を掃除してもらいます!!!!」

 

嫌な予感が的中した。というよりもこの部屋に入った瞬間から何となくそんな気はしていた。

 

しかしこれから面倒を見てもらうのだ。NOとは言えない。

 

「分かりました。やってみます。」

 

「よーし!じゃあ俺は少し外の空気を吸ってくるからあとはヨロシク!!」

 

そう言ってアララギは気分良く部屋を出ていった。

 

「――さて、やるか……。」

 

部屋を見渡すと、山積みになった書類、いつのものか分からないカップラーメンなどのゴミ、床に散らばったもの、積まれたダンボール……などなど。よりどりみどりである。

 

ゴミ屋敷の清掃サービスをしていた時期もあったフウトだが、これまでの部屋と比べても1、2を争うものであった。

 

ちなみに、1番汚かった部屋は……。

 

いや、これはやめておこう。たまたまサービスしに行った部屋の家主が自分が好きな声優さんだったなんて口が裂けても言えない。

 

「あれは、噂通り汚かったな……。」

 

――少し昔の事を思い出しつつ研究室を掃除する。

 

昔の事と言うと部室を掃除するのも決まって自分だったため清掃員という仕事は案外天職だったのかもしれない。

 

そして今もこうして先生の部屋を掃除しているのは妙なものだ。

 

くだらない事を考えていると部屋をノックする音が聞こえる。

 

――トントン

 

「アララギ先生、以前注文していたガンプラのパーツ届いていたので持って来ましたよ〜。」

 

ドアの向こう側から女性の声が聞こえた。てっきりアララギ先生が散歩を終え帰って来たのかと思っていたが見当違いだ。

 

普通に出れれば良いのだが、こんな格好の人間が箒を片手に掃除している姿を見られると絶対に怪しまれる。

 

こんなときに「清掃中」という立て看板があればと切実に思う。

 

そうこうしていると、学生と思われる女性は部屋に入ってきた。

 

少し慌てていたフウトは目を逸らそうとしたが逸らそうとした先に女子学生の姿が映った。

 

肩まで伸びたオリーブ色の綺麗な髪と琥珀色の瞳の学生と目が合ってしまった。

 

「……。」

 

「……。」

 

数秒お互いを見つめ合う謎の時間が流れた。フウトにとっては時間が長く感じた。

 

そして、遂に学生が口を開いた。

 

「ふ、不審者ーーー!!」

 

大声でそう言ったのである。

 

確かに、この見た目で見知らぬ人が、しかも髪と髭は伸びきっているいかにもという人物が研究室を掃除していたら誰もがそう思うはずだ。

 

「い、いや。俺はアララギ先生の昔の教え子で……。」

 

「凄い言い訳ですね!どっからどう見ても不審者ですよ!!?」

 

だ、駄目だ。通じない。

 

このまま、先生が帰るのを待つか、それともこの娘に事情を説明するか……。

 

――いずれにせよ、面倒である。

 

「どうしたーー!?」

 

ナイスタイミング。慌てて先生が帰ってきた。

 

「アララギ先生!不審者です!不審者!!」

 

「ほんとだ。不審者が掃除してる。通報しないと。」

 

「いや、そこはフォローして下さいよ!!」

 

「ごめん、ごめん。」

 

「いいかい、シイナ?この人は俺のはじめての教え子であるイヌハラ・フウトくんだ。」

「見た目は犯罪者面だけど悪い人じゃないから安心して。」

 

シイナと呼ばれる学生はこちらを警戒するようにジィーッと上から下を見る。

 

「――分かりました。先程は失礼致しました。」

 

何か言われると思ったが案外物分かりが良いようで素直に謝って来たことに驚いた。

 

「こちらこそこんな顔でごめん。」

 

「いや、それはどうしようもないので謝らないで下さい!?」

 

学生は反射的にツッコミを入れる。どうやら物分かりだけでなくノリも良いようだ。

 

「あ、自己紹介遅れました。」

 

「私は、ヒナセ・シイナと申します。アララギ先生の元でガンプラバトルを学んでいます。」

 

「へぇ、君もガンプラバトルやるんだ。」

 

「シイナは部内でもトップクラスの実力を持っていて、女の子だからといって舐めてかかったら痛い目に遭うと思うよ。」

 

なんと、実力はアララギ先生のお墨付きのようだ。これは一度闘ってみたいな……。

 

しかし、フウトの頭の中にはこの娘の事で別に引っかかる事があるような気がした。

 

それは札幌の街を見た時と少し似た感覚だった。

 

「あ、すみません。私、掃除の邪魔をしてしまいましたね。」

 

学生は部屋を出て行こうとしたが一度立ち止まった。

 

「そういえば、あなたのお名前教えていただけませんか?」

 

「イヌハラ・フウトだ。よろしく。」

 

「イヌハラさん……ですか。どこかで聞き覚えがあるような…。」

「それはさておき、よろしくお願いしますね!」

 

学生はそう言って部屋を立ち去った。

 

フウトは妙な違和感を感じつつ研究室の掃除を続ける。

 

――約1時間半くらいで掃除を終える事が出来た。

 

「おつかれ!ふうちゃん!ありがとう!!」

 

「いえいえ、このくらい大した事ないですよ。」

 

「じゃあ、とりあえず部でも見学していくかい?」

 

「見学と言わず、ぜひやらせて下さい!!」

 

「せっかちだなぁ。まあ機があればやってもらうよ。」

 

「久々にふうちゃんがガンプラバトルしてる所、見たいしね。」

 

そう言って、二人は部の練習場へと向かった。流石大学というべきなのか、室内にいくつもの筐体が置かれており、別の部屋には制作や修理する専用の場所もありガンプラに打ち込むにはもってこいの場所であった。

 

「俺が通ってた大学より環境が整ってるなあ。」

 

「まあウチの大学は最近ガンプラバトルに力を入れているからね。」

 

「俺が呼ばれたのだって、学長から部を強くしてくれって言われたからなんだよ〜。」

 

確かに、元プロで引退後は創部一年目にして高校選手権を優勝に導いたアララギ先生のキャリアなら呼ばれてもなんの文句もつけれないだろう。

 

フウトはそう思いかながらバトルスペースを見渡す。

 

個人課題に黙々と取り組んでいる学生もいれば、集団でのトレーニングや1on1で互いに腕試しをしている学生も見られた。

 

どの学生も目の色を変えて必死に取り組んでいたが中でも際立った学生がいた。

 

「そこっ!」

 

白をベースにカラーリングされたインフィニットジャスティスガンダムが3vs1で闘っている。

 

インフィニットジャスティスの方が単騎側で数的不利なのだがなんなく一機撃墜した。

 

敵側二機のザクウォリアーは撃墜されても動揺する事なく二手に分かれてインフィニットジャスティスを追い込む。

 

「はさみ撃ち……!!?」

 

「もう逃げ場はないぞ!!」

 

右側から来たザクウォリアーはヒートホークを振りかざした。

 

「――左斜め上からの攻撃……。」

 

インフィニットジャスティスは相手の動きを完全に見た後に強烈な蹴りを叩き込もうとした。」

 

「まだまだぁ!!」

 

左側からもう片方のザクウォリアーが向かってくる。

 

どうやら数的有利を活かし、右側からの攻撃は囮だったようである。

 

インフィニットジャスティスは先に攻撃しようとして来たザクウォリアーへの攻撃を急スピードで止め、距離を詰め寄る左側のザクウォリアーの攻撃を避けビーム刃のついた蹴りを入れた。

 

「まじかよ!?」

 

「ついでにこっちもいくよ!」

 

残るザクウォリアーは先の囮としての攻撃のモーションによる反動から体勢を崩したままであり、インフィニットジャスティスは素早いフットワークでこちらのザクウォリアーにも蹴りをお見舞いし撃墜した。

 

「――あれって……!!」

 

フウトは思わず声が出た。

 

相手の攻撃を最後まで見る事ができる動体視力、冷静な判断によるカウンター。

 

――そして、圧倒的なキャンセリング能力。

 

自分とここまで似たバトルスタイルとスキルを持つデューラーがいるのかと驚きを隠せなかった。

 

「――一体、何者なんだ……。」

 

バトル終了後に、筐体から髪をなびかせながら出て来たのは先ほどの女学生であった。

 

「いやー、シイナには敵わないなあ。」

 

「さっきのはいけると思ったんだけどな。」

 

「うーん、私を倒すならもう少しスピードが必要かもね。」

 

ヒナセ・シイナは余裕げに対戦相手だった部員と話す。

 

「ふうちゃん、びっくりした?」

 

面食らっていたフウトにアララギが声をかけた。

 

「まさかねえ、ふうちゃんみたいな子がまた出てくるなんてこっちも驚きだよ。」

 

「しかも、今の見切り方は正直俺より上だと思いますよ……。」

 

「そうだねえ、シイナの才能は計り知れないよ。」

 

「どう?面白くなって来たでしょ?」

 

「――これで燃えない奴はキンタマ付いてないですよ……!!」

 

「――ふうちゃん、たまに変な表現するよね。」

 

ハートに火がついたフウトを横目にアララギはボソッと呟いた。

 

「あっ、先生!イヌハラさん!」

 

そうこうしているとシイナがこちらに気づき歩き寄ってくる。

 

「シイナお疲れ様。」

 

「ありがとうございます、先生方は見学ですか?」

 

「ああ。さっきのバトルを見てぜひ君とやってみたいと思ったよ。」

 

「え!?本当ですか!」

 

「あ、でもわたし、強いから闘った後にコテンパンにされて後悔しても知りませんよ?」

 

シイナは得意げな顔をして言った。

 

「それじゃあお手並み拝見といこうかな。」

 

フウトも負けじと挑発する。

 

二人は早速筐体の方へと向かいお互いのガンプラをセットする。

 

フウトはなんとなくこのバトルを通せば今までの「違和感」の正体に気づけるような気がしていた。

 

Futot'sMobile Suit

    Justice Kaiser

      VS.

   Shina'sMobile Suit

    Justice Snow white

 

互いのガンプラをセットしカードキーを読み込む事で情報が表示される。

 

「イヌハラ・フウト、出るぞ。」

 

「ヒナセ・シイナ、出ます。」

 

二機のインフィニットジャスティスをベースとした機体が出撃した。

 

ステージは雪山。真夏の景色とは一変してフウトの頭は少し追いつかない。

 

先程の白いインフィニットジャスティスの正式名称は「インフィニットジャスティス スノーホワイト」という機体らしい。

 

白雪姫の名を冠している機体だがそこに可愛らしさはなくどちらかと言えば毒リンゴ要素の方が強いかもしれない。

 

ベースはインフィニットジャスティスガンダムだが、バックパックはファトゥムからフォースシルエットに代わっており、より空戦仕様に特化したように見える。

 

「さて、どうしたものか。」

 

フウトは先程のシイナの戦闘を見ているため自分と同じタイプ、いわゆるガンガンいこうぜと言うよりは相手の出方を伺う系のタイプである事は分かっている。

 

おそらくシイナからするとこちらはどんなスタイルか分からないため、いつも通り"待ち"から入り自分の距離に来たら刈り取る、そういう戦術だろう。

 

我慢対決といきたいところだが、フウトは一刻もはやくシイナの実力を自分の目で確かめたかった。

 

「ガラじゃねえけど、こちらから先行させてもらう。」

 

フウトはジャスティスカイザーを推進させ、シイナを探す。

 

しかし、この吹雪の中あの真っ白な機体を目視する事は難しかった。

 

フウトはしまったと思い、急いでドラグーンを射出し臨戦形態へと入る。

 

「かかった!」

 

ドラグーンが一基落とされた。

 

フウトは全く反応できなかった。

 

「何っ!?」

 

背後からスノーホワイトが突如現れ、ジャスティスカイザーに飛び蹴りを入れる。

 

「雪のステージでわたしに仕掛けようなんて100年早いよ!!」

 

さらにシイナは連続して攻撃してくる。

 

フウトはこれに対しシールドで防御しながらドラグーンによる射撃で体勢を立て直す。

 

お互いの機体に距離ができた。

 

この世界では、互いの機体の距離感において決定的な攻撃のチャンスを伺える距離を「バイタルエリア」と呼んでいるのだが、この二機にとってのバイタルエリアはカウンターやキャンセリングが可能な距離で案外狭い。

 

お互いに自分のバイタルエリアに侵入するか、あるいは呼び込むかが重要なのだが、フウトにはバイタルエリアを無視できるドラグーンという武装がある。

 

これを使えば有利に戦いを進めれるが、フウトはあえてそれを選ばなかった。

 

「いくぜ!シイナ!!」

 

ジャスティスカイザーはスノーホワイトに対して突撃する。

 

「真っ向からくる!?」

 

シイナはてっきりドラグーンで来るとばかり思っていたため少し反応が遅れた。

 

「てぇぇい!!」

 

フウトは得意の距離でビームサーベルで斬りかかる。

 

しかし、反応の遅れたシイナはこの攻撃にしっかりとアジャスト。切り払い一旦後ろへ距離を取る。

 

「まだまだぁ!!」

 

フウトは果敢に詰め寄る。

 

しかし、シイナは攻撃を一つ一つ避ける。

 

「もらった!!」

 

シイナはフウトの一瞬の隙を突きカウンターに出る。

 

しかしこれを見たフウトはすかさず攻撃をキャンセルしカウンターを避けさらなるカウンターを決め込んだ。

 

「嘘でしょ!!」

 

シイナは先程のカウンターで優位に進められると思っていたが逆に自分の得意な形を決められた事に驚きを隠せなかった。

 

「だったら!」

 

シイナはバックパックと本体を分離し、地上へと降りる。

 

「どう言うつもりだ?」

 

「だけど、ここはいくしかねぇ!」

 

誘いだと分かっていても、フウトはシイナについて行く。

 

地上に着いた2機はお互いを睨み合い、様子を伺う。

 

雪の景色と、雪の音だけがステージ内に響く。

 

「いくぞぉ!!」

 

先手をかけたのはフウトの方だった。両手にビームサーベルを持ち突撃する。

 

「負けないっ!」

 

シイナもフウトの怒涛の連続攻撃に対峙する。

 

お互いに隙を見てはすかさずカウンターを入れようとするがそれを阻止される。

 

――こんな闘いは二人にとってはじめてだった。

 

「そこだぁぁぁっ!!」

 

フウトが渾身の一撃を力押しで叩き込み首から肩にかけてビームサーベルで切り裂いた。

 

「胴がガラ空きだよ!!!」

 

これにはシイナも反応できなかったが負けじと応戦し、フウトとは逆側の腕で空いた胴へと切り掛かる。

 

「まだまだぁ!!」

 

フウトはビームサーベルを連結させ、薙刀のように回転しながら攻撃をする。

 

こうする事でビームサーベルの回転が相手の攻撃を弾き返すこともできるためカウンターにも対応できる。

 

「でもそれはこちらもできる事!」

 

シイナもビームサーベルを連結させ回転攻撃を繰り出す。

 

お互いが入れ替わる瞬間、この攻撃はそのタイミングで勝機を決する。

 

「――そこっ!!」

 

シイナはフウトの動きを見切り、フウトの回転とは逆回転に回り攻撃をヒットさせた。

 

「まじかよ!!」

 

「これで、終わりだよ!!」

 

シイナはバックステップを踏み、腕を上げそれを振り下ろした。

 

その瞬間分離していたフライトユニットがジャスティスカイザーに猛スピードで突撃していった。

 

「!?」

 

ドーーン

 

爆発音が聞こえ、シイナは勝利を確信した。

 

しかし、バトル終了の合図はない。

 

「甘かったな。」

 

白い吹雪の中から深紅の機体が顔を出す。

 

ジャスティスカイザーの眼光が鋭く光る。

 

「こいつで終わりだ!!」

 

「反応なんざいくらでも越えてやるよ!!!」

 

そういってフウトはシイナの機体に左腕を振りかざし、渾身のストレートを決めた。

 

「そんなっ……!!」

 

――battle end――

 

winner Inuhara Futo

 

勝者はフウトであった。

 

圧巻の勝利である。

 

「すげぇ、シイナを倒したよ。あのおじさん。」

 

「まじかよ、一体何者!?」

 

ざわざわと観戦者たちが静かに騒ぐ。

 

「シイナ、対戦ありがとう。楽しかったぜ。」

 

「こちらこそ、こんなバトルはじめてでした。」

 

「でも、最後の一撃をどうやって?」

 

「実は、ジャスティスカイザーの腰のリアスカートには隠しドラグーンを装備させているんだ。」

 

「少しギャンブルだったけど、今回は成功したみたいだ。」

 

「――なるほど、それはやられました。」

 

「あの攻撃は自信があったのになぁ。」

 

シイナは少し残念げな顔をする。

 

「――あの攻撃……?」

 

フウトの頭の中でピーンと来た。

 

確かあの攻撃は、昔ホームレスだった時に女の子を助けた時に自分が繰り出した攻撃だった。

 

バトル中はそれどころでなかったが、言われてみればあれは自分がやったものと同じである。

 

しかも、モーションまで同じであった。

 

「ま、まさか。」

 

「その……シイナ?」

 

「なんです?」

 

「君、昔世紀末伝説に出てきそうな輩に絡まれた事はなかったかい?」

 

フウトは単刀直入に聞いた。

 

――ゴクリ。

 

 

「――その、うまく言えないんですけどあったと思います。」

 

「え?」

 

予想外の返答にフウトは思わず目が点になった。

 

「――実はわたし、記憶が所々無くて。」

 

「その時誰かに助けて頂いた事があって、さっきの攻撃もその方がトドメとして使っていたような、無かったような……。」

 

シイナは自信なさげに首を傾げながら言う。

 

フウトは自らにガンプラへの情熱を再び与えてくれた出会いに思わぬ形で邂逅することとなったのであった。

 

「あの、イヌハラさんどうかしました?それにさっきの事を何故……?」

 

「いや、何でもないんだ。そう言うことも良くあるよなって話だ。」

 

「良くあるんですか!?」

 

フウトは本当の事を言わなかった。

 

自分にとっての出会いの意味を彼女に押し付けたくないと思ったのだ。

 

それは、よく晴れた、夏の日のことだった。

 

続く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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第六話「憧憬」

――ビピピ……ビピピ……。

 

「――今日もやるか。」

 

朝5時。アラームが定刻の時間に鳴り響く。

 

いつも通りの時間に起き、顔を洗い、少し眠い目を擦りながら朝のトレーニングの準備をする。

 

――フウトが北海道に来て一ヶ月がたった。

 

こちらに来てからというものフウトにはルーティン的なものが出来上がっていた。一日のスケジュールとしては早朝に体力作りのためのランニング、その後大学のガンプラバトル部の朝練に混ざりトレーニングを行う。トレーニングが終われば学内の食堂で朝食を取り、研究室の掃除や部で使用しているGPDの整備やシステムチェック。それを終えると夕方の部活までアララギとマンツーマンでトレーニングを行う。夕方の午後練に合流してからは部員たちと日が暮れるまで切磋琢磨し合う。

 

大学は郊外から少し離れたところに位置しておりフウトにとってこれほどまでにガンプラに集中できる環境はなかった。

 

フウトはこの一ヶ月間、生活の中でガンプラに使える時間は全て使い格闘、射撃、防御、回避と基本動作をアララギに付きっきりで指導してもらっていた。

 

またそれだけでなく、デューラー本人の体力づくりやメンタル強化のためのランニングや座禅といったトレーニングも行っておりフウトは以前よりも忍耐力や集中力が高まっていた。

 

フウトは準備を終え靴を履き、ランニングへと向かう。

 

一ヶ月前に購入したランニングシューズだがもうすでにフウトの足の形に馴染んでおり少し薄汚くなっている。

 

――今日も朝日に照らされながら山沿いを走る。

 

いつも走っているコースは「たぬき山」と呼ばれる山道で片道6kmを走る。6kmというとそこまで長距離ではないが当然の如く道は坂道であり、地面もアスファルトのため足に負担がかかる。

 

このトレーニングを課したアララギは特に時間制限を設けなかったが、フウトは勝手に「40分以内」で走り切るという目標を立てていた。

 

トレーニングを行う際に自分で課題にどう取り組むか、それを常に考えろと教えてくれたのは他でもないアララギであった。

 

時間というものは誰に取っても有限である。

 

そして意味のある時間を過ごすか、無意味な時間をダラダラ過ごすかで大きく変わってくる。

 

フウトにとって強くなるための時間は全て意味のある時間にしたかった。このランニングを「走らされている」と思っていてはいつまで経っても上には行けない、このトレーニングの意味を自分なりに考えて行動しなければそれこそ無意味な時間を過ごしてしまうのだ。

 

この狸山もダラダラと走れば簡単に1時間くらい完走するのに掛かる。

 

それをしっかり40分で走り切り朝練へと挑むことで一日のスイッチも入る。そしてこれを毎日継続できたというささやかな自信も付くのだ。

 

取り組み方によれば体力づくり以外にも本人が意識を変えることでプラスアルファの効果を生む。

 

やって当たり前の世界ではプラスアルファ、いわゆる付加価値をどれだけ積み上げれるかも重要である。

 

――そういうものが、案外少しの差で勝敗を分ける時もある。

 

栄光のために、少しの差を埋めるべく、日々努力する。それがプロフェッショナルというものだ。

 

フウトはそう思いながら狸山の中腹あたりまで来た。時計を見るとタイムは15分、ここから続く坂道を考えると少しハイペースかもしれない。

 

そんな計算違いのフウトの前を歩く人影が見えた。

 

「今日もやってんねえ」

 

フウトの前を走っているのはヒナセ・シイナであった。

 

シイナもまた、アララギにトレーニングを課せられ走っているのである。

 

フウトは気付かぬフリをしてシイナを追い越す。

 

シイナもまたフウトに気付かぬフリをして後を追う。

 

視線すら合わせない。

 

合わないのではなく、合わせないのだ。

 

二人とも真剣なのだ。挨拶くらい、ランニングが終わればいくらでもできる。

 

気がつけば頂上に続く最後の急な坂の手前まで来た。この坂を登り切れば、後は下りのため楽である。

 

しかし、後ろから追い上げてくる者が一名。

 

この坂を手前に勝負を仕掛けてきた。こいつは差し馬か?

 

フウトも負けじと坂道を駆け上がる。

 

追ってくる人影をチラッと横目で睨みながら前へ駆ける。

 

一歩一歩、強く、地面を蹴り出し踏み込む。

 

後ろから怒涛の追い上げもあったが最終的にフウトは抜かれることなく頂上へと辿り着いた。

 

「――はぁ、はぁ……。イヌハラさんにまた勝てなかった……。」

 

「まだまだ、負けるわけにはいかねえなあ。」

 

後ろから追いかけてきたのはもちろんシイナであった。

 

シイナはいつもこの最後の坂道でフウトにラストスパートを掛ける。結果はいつもシイナの負けであるが。

 

「じゃあ、俺は先に行くぞ?」

 

「どうぞお先に……。」

 

疲れ切ったシイナをよそ目にフウトは先へ急ぐ。

 

下りの道を走っていると気持ちの良い風が吹く。

 

北海道の風は本土より冷たくなるのが少し早いだろうか。

 

そんなことを思いながら今日もたぬき山を降る。

 

「――よし、37分14秒……!」

 

色々なハプニングもあったが今日もいつも通りのルーティンをこなす。

 

「――やっと終わったぁ……!」

 

続いてシイナもゴール。男性でもなかなかきついコースを走り切る体力と足腰、そして気合いには感心される。

 

「シイナ、お疲れ。」

 

フウトはそう言ってシイナに冷えた水を渡す。

 

「ありがとうございます、イヌハラさん。」

 

シイナはそう言って水を受け取るとゴクゴクと飲む。

 

「……んっ…んっ……。」

 

「……ぷはぁ!」

 

いい飲みっぷりだ。餌付けしているようで楽しい。

 

彼女の姿と朝日が重なり汗がキラりと光る。

 

オリーブ色の髪色が反射して眩しいくらいだ。

 

「しかし、イヌハラさんもこういうところあざといですよね?」

 

「いや、親切と言え。」

 

「じゃあ、今日も親切頂きますね!」

 

たわいもない話をしながら、二人は部室へと向かう。

 

部室につけば朝練の準備を行う。朝練は特に参加必須ではなく自主参加となっている。そのため、顧問であるアララギが課したものではなく、各々が課題だと思っている点を各自自主練として行う。

 

朝練開始時刻は6時半、終了時刻は7時半と短期集中型となっている。

 

フウトは決まってこの朝練では格闘を中心とした近接距離の攻撃や立ち回りなどを行なっている。

 

これはアララギから「ふうちゃんはあまりにも攻撃を待ちすぎている。仕掛けられない相手に怖さはないよ?」と指摘されたからである。

 

実際フウト自身もカウンターを狙いすぎているという場面もありそれ一本で闘っていくのには今後不安だと感じていたからだ。

 

また、積極的な攻撃が功を奏でカウンターが生きる時もある。フウトの"眼"ならそれも可能だ。

 

「――遅いっ!!」

 

今日もジャスティスカイザーはトレーニング用のターゲットに対し強く踏み込み、ビームサーベルで薙ぎ倒す。

 

トレーニング用相手でも実戦で使えるようにトレーニングレベルを最大にしターゲットが動く速度も最大にしてある。

 

しかし所詮は機械、もはやいまのフウトの相手にはならなかった。

 

とはいえ、一ヶ月前はこの速さについていくのに精一杯だったのだ。少しは成長したのだろう。

 

――朝練終了。

 

フウトは食堂へ向かい、朝食を取る。

 

ランニングと朝練後のご飯は最高に美味しい。朝から疲れた身体を回復させるため炭水化物とタンパク質は多く採る。

 

とは言っても、白米と、味噌汁、納豆、鮭、キャベツとトマトのサラダと言った定番のメニューである。

 

「イヌハラさん、いつも同じもの食べてて飽きないんですか?」

 

隣にいつの間にかシイナが座っていた。

 

「お前の方も毎朝飽きずに目玉焼きとソーセージじゃないか?」

 

「これは何度食べても飽きないんですー!」

 

「俺も何度食べても飽きないんだよー!」

 

謎の言い合いがはじまる。大体シイナからこういった流れは始まる。

 

「みんなあっちで食べてるけど行かなくていいのか?」

 

「ん?あ〜ええっと……」

 

「ん?」

 

「い、いやこんな時じゃないとイヌハラさんと話せないし……。」

「それにイヌハラさんってちょっとドライだからさ……。」

 

シイナは部内でもその実力から部員からの信頼は厚く慕われている。別に孤立しているというわけでもない。

 

「――ドライか……。」

 

要するに態度が冷たいと言われているのだ。狸山の時や先程のようにシイナが一方的に絡んできても、自分からシイナに絡みに行くようなことはしない。いい大人が年下の女の子相手に何やってんだという話だが、その原因がなんなのかはっきりと分かっている。

 

かつて自分がやさぐれていた時にたまたま出会った少女とシイナがあまりにも似ていた。

 

容姿、機体、自分が使う技どれも知っているものだ。

 

あまりにも気になったフウトは一度、微かな記憶を頼りに少女と出会った町外れのGPDの筐体を探した。

 

辺りをウロウロしていると、それらしきものを発見し、死んでいたシステムを復旧させバトルのログを確認した。

 

「――確かあれは、5年前の、12月頃だったか……?」

 

ログが表示された画面を下にスクロールしていく。

 

「――12月12日 ∞ジャスティスガンダム.ヒナセシイナ win.」

 

「……あった。これだ…間違いない……。」

 

フウトは頭のどこかでシイナがあの日の少女でなければ良いと、自分にとって都合の良い事を考えていた。

 

自分にガンプラという道をもう一度与えてくれた出会いとの再会はフウトにとってあまりにも皮肉でしかなかった。

 

フウトは彼女とどう関わって良いのか正直分からなかった。

 

自分にとって彼女の存在意味はあっても、彼女にとっての自分は何なのかそもそも分からない。分からなくて当然なのだ。

 

だが自分だけが全てを知っていて、何も知らない彼女と接するのはなにかズルいと思ったのだ。

 

「イヌハラさん……?どうかされました?」

 

「あ、いや…。考え事を……。」

 

「ジィーーっ……。」

 

シイナがこちらを凝視する。

 

まずい、何か言わなければ。

 

「――ええっと、シイナはなんでガンプラバトルを始めたんだ?」

 

「え?」

 

シイナは驚いていた。質問した自分も驚いていた。

 

「あー、そうですね、わたし、その辺の記憶がちょうど無くて……。」

 

「そ、そうか。すまん。」

 

一瞬沈黙が2人の間を漂う。

 

「あ、でもでも、親が言うにはプロのデューラーに憧れてはじめたって言ってましたよ!」

 

「へぇ、プロデューラーかあ、誰だろう。」

 

「ええっとうまく思い出せないんですけど、あまり有名な人じゃなくて現在でもあまり記録が残ってないみたいで……。」

 

「そうなのか……。」

 

「イヌハラさんは知りませんか?元プロデューラーなんですよね?」

 

「元プロといってもなあ……。」

 

「でも凄くかっこよく見えたんだと思います。」

「ほとんど記憶にはありませんが、凄く近くでバトルを見ていたような気もするし、インテリジェンスかつ豪快なバトルスタイル……」

 

「――それから、何よりも、楽しんでいる事。」

「それがとてもわたしの眼にキラキラ映ったんだと思います。」

 

「あれ、わたしなんで覚えてないのにこんなに話せてるんだろ……?」

 

「覚えてなくても、心と頭は無意識のうちに知ってるってこともあるんじゃないか?」

 

「イヌハラさんは他人事だからってまた難しい事を言いますねー!」

「でも、少しだけ影が見えてよかったかもです……。」

 

俺は勘違いをしていた。自分がシイナと関わることに恐れていたのは彼女の記憶がないこと。記憶が無くてコミュニケーションの際話が合わなかったりら答えられなくて悲しい思いをさせるのではないかと勝手に勘違いをしていたのだ。

 

それに合わせて自分の考えや価値観を彼女に押し付け過ぎないようにと過剰になっていた。

 

人と人は話さなければその間に何も生まれない。

 

避けていてもなんにもならない。

 

――ましてや彼女が憧れる、憧れたプロデューラーなら……。

 

「そういうイヌハラさんはどうしてガンプラはじめたんですか?」

 

フウトが考えている間にシイナが質問を投げ掛ける。

 

一方が話してそれに対してもう一方が反応して、その繰り返しが会話となる。

 

「――そうだな、俺は……。」

 

―――――――――――――――――――――――

 

「ふうちゃん、ガンプラ組んでみない?」

 

「がん…プラ?」

 

「そうそう、兄ちゃんもやってるんだ、一緒にやろう!」

 

「でもぼくにできるかな……?」

 

「だいじょうぶ!にいちゃんがおしえてあげるから!」

 

幼き頃のフウトは、兄「イヌハラ・ユウキ」に誘われガンプラをはじめた。

 

しかし「イヌハラ・フウト」と「イヌハラ・ユウキ」は血が繋がっていない、いわゆる義兄弟だ。

 

交通事故で両親を失ったフウトは、5歳という年齢で天涯孤独の身となった。

 

引取先もなかなか見つからず、孤児院で一人寂しくいたところ、子連れの夫婦がフウトを迎えにきた。

 

兄との出会いはその時であった。

 

――綺麗な青い髪をした、やや弱きそうだが兄らしく振る舞おうとする少年の姿が今でも脳裏に焼き付いてる。

 

引き取られたフウトであったが、なかなか周囲に心を開かなかった。

 

5歳とはいえ、一心の愛情を注いでくれた両親はこの世界から消え、別の両親が新しくできたからといって、「はいそうですか、よろしくお願いします」とはならない。

 

ましてやまだまだ甘えたざかりの時期だ。

 

幼いフウトの孤独は消えなかった。

 

取引先の夫妻は時間が解決するだろうと思い不用意にはフウトをあまり刺激しなかった。

 

しかし、二つ年上のユウキはフウトに対して話しかけ続けていた。

 

「すきなたべものは?」

 

「すきなどうぶつは?」

 

「そとにあそびにいこう!」

 

「ねぇ、今日から『ふうちゃん』ってよんでもいい?」

 

正直、最初は鬱陶しかったフウトも、だんだんとユウキに心を開きはじめた。

 

強引なコミュニケーションはウザがられる時もあるがプッシュし続ければ成功する時もある。

 

そしてある日のこと、ユウキはフウトにあるものを見せた。

 

「みてみて、ふうちゃん!これなんだかわかる?」

 

「なんだろ……?……ぷらもでる?」

 

「そうそう!ガンプラっていうんだよ!」

 

「――ガンプラ……。」

 

「これはね、ガンダムエクシアっていってね、このじーえぬそーどーでたたかうんだよ!」

 

「が、んだむ、えく、しあ……!」

 

「これをつかってね!ガンプラバトルもできるんだ!」

「あっ!ふうちゃんもとうさんとかあさんにかってもらおうよ!」

 

「え、でも、ぼくは……。」

 

「――とうさん、かあさんーふうちゃんもガンプラほしいってー!」

 

「おお!そうか、じゃあさっそくいこうか!ふうちゃーん!」

 

「あらあら、あなたったら……うふふ…。」

 

「――ふうちゃん、おとうさんたちがガンプラをかいにいくっていってるわよ?」

 

「でもぼく……。」

 

「あなたは、イヌハラ・フウトよ?たとえ血が繋がっていなくても、わたしのだいじなだいじなこども。」

「それはみんな思ってることよ?」

 

「ぼく……ぼく……!!」

 

フウトはうまく言えなかった。言葉を知らなかった。

 

父さんと母さんにここで幸せになって良いのかと幼いながらに疑問を感じた。

 

それでも繋がりという結びつきは自分を悲しみから救ってくれた。

 

ガンプラが繋がりを与えてくれたのだ。

 

――いや、この場合は兄の方か……。

 

「ふうちゃん、好きなの買って良いぞ!」

 

「え、ずるい!ぼくのときはそんなこといってなかった!」

 

「男の子は我慢する時も大事だぞ……!」

 

「いやよくわかんないよ!でもまあいっか!」

 

はじめて見る景色。自分の背丈よりも上に積まれた数々のキットたち。

 

生まれて初めてわくわくした。夢のような世界だった。

 

「――じゃすてぃすがんだむ……?」

 

ジャスティスガンダム。数あるキットの中からその赤く少し独特な機体がフウトの眼には眩く映った。

 

「ジャスティスガンダム!ふうちゃんはこれがいいの?」

 

「うー、うん!!」

 

子供心ながらにこれでいいと聴かれると他の物も欲しくなるがフウトは決めたのだった。はじめての相棒をこのジャスティスガンダムに。

 

「よーし、じゃあそれで決まりだねふうちゃん!」

「大事にするんだよ!!」

 

「うん!!」

 

「――そ、その、お父さん、ありがとう…!!」

 

「――!?」

「うんうん。こちらこそ、ありがとう。」

 

こうしてフウトのガンプラ人生は始まった。

 

兄と共に、兄を追いかけ、兄を越えるために駆け抜けた。駆け抜けてきた。

 

「――ふうちゃん、いつか世界のみんながみるようなおおきなところでトロフィーをかけてたたかおうね!」

 

「もちろん!そのときはまけないよ!!」

 

―――――――――――――――――――――――

 

「――そうだな、俺も憧れの人がいてその人の後を追ってはじめたよ。」

 

「へぇー、なんか意外ですね!」

 

「そんなにか?」

 

「だって、イヌハラさんって『我が道をゆく!』って感じじゃないですか!」

 

「否定は出来んな……。」

 

いずれは人は与えるものとなる。

 

下の世代に何を伝えられるのか、どんな夢を与えられるのかそういう歳になる時がくる。

 

兄はその年齢が極端に早かったような気もするが、いずれ自分の背を見て育つ世代もいるという事だ。

 

フウトは、シイナに対し彼女が憧れるプロデューラーの面汚しにならないよう最低限いなければいけないなと直感的に感じたのだ。

 

「――さて、そろそろ与太話もこの辺にしておかないと授業に遅れるんじゃないのか?」

 

「え!?あ!ほんとだ!!」

「それではお先に失礼します!!」

 

シイナは慌ててソーセージを口に放り込んで食事の席を後にした。

 

――フウトも朝食を済ませ食堂を後にしアララギの研究室へと足を運んだ。

 

「――失礼します。」

 

コンコンとノックを3回叩く。

 

「どうぞ。」

 

「おはようございます。」

 

「おはよう、ふうちゃん。」

 

アララギ先生はコーヒーを片手に優雅な朝を送っているようだ。

 

「あ、そうそう、ふうちゃん。例の大会、出る気になった?」

 

「来年夏に行われるGPDの全国大会ですか?」

 

正式名称、ガンプラデュエル全国選手権。過去に13度も開催されておりそ国内でも屈指の規模で行われる大会である。

 

この大会の優勝者は世界大会への出場権を手に入れることができ、その狭き門をプロ、アマ関係なく熾烈な戦いが繰り広げれる。

 

――世界まだ見ぬ強敵たち。想像するだけでも鳥肌が立つ。

 

そして国内にうじゃうじゃといる強敵たち。

 

――そんなの、出ない理由がない。

 

「出ます。予選にエントリーして下さい!」

 

「よしきたあ!」

「そう思ってもうすでにエントリーはしてるんだけどねえ!」

 

「返事を読まれてた!?」

 

「それに、この一か月でかなり基礎は叩き込んだしそれ以上の物もみにつけようとしてるみたいだし、先生から特別プレゼントでーす!」

 

「先生のコネクションで、プロを指導しているミハイルさんが今日からふうちゃんの指導に来てくれまーす!!」

 

「え!?あのミハイルさんが!!」

 

ミハイル・ペドロウィッチ。数々のプロデューラーの指導を行ってきた名将である。

 

得意とする指導は、超攻撃的バトルスタイル。ミハイルさんの超攻撃的バトルスタイルは一時期一成を風靡したほどだ。

 

現在は北海道を中心に活動していると聞いていたがまさかこんな巡り合わせがあるとは。

 

先生に感謝しなければならない。

 

「で、もちろん狙うは優勝だよね?」

 

「どんなやつがきても倒しますよ。」

 

「それでこそ、イヌハラ・フウトだ!」

「とりあえず来年の予選までにふうちゃんの実力を上げるために俺が刺客を送りつけるから覚悟しておくよーに。」

 

「はい!」

 

もう少しで秋風が吹きそうかという時期に、フウトには夏の扉が開いた。

(続く)




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第七話「infinite gate」

フウトはアララギと共に部内のバトルスペースへと移動していた。

 

名将「ミハイロ・ペトロヴィッチ」

年齢は既に70歳と高齢になるが、ガンプラへの愛情はまだまだ現役。現在も北海道を中心にプロデューラーへの指導を行なっている。彼の最も得意とする戦術は「超攻撃的ガンプラバトル」

どちらかと言えば守備的な戦術を用いるフウトとは一見相性が合わなさそうであるが、強くなるためにはこれまでとは違いを生み出せる「変化」が必要であるとフウトは思っていた。

 

二人が部内のバトルスペースに着くとそこには大柄の老人が既に待っていた。

そして、こちらを見てにこやかに歩き寄ってきた。

 

「アララギジュニア、久しぶりだね。」

 

「ミハイロさん、こちらこそご無沙汰しております。」

 

「君の指導者としての手腕は聞いているよ。私も負けていられないな。」

 

「いえいえ、まだまだミハイロさんには遠く及びませんよ。」

 

敬語を使って話すアララギを久しぶりに見たフウトはポカーンとしていた。

いまや、大学の監督をやっているような人で過去のキャリアも含めるとこの人以上はこの世界にはほとんどいないとフウトは思っていたのだ。

世界は広いものだ。

 

「そういえば、お父さんのクロスケは元気かい?」

 

「ええ、父もまだまだ現役です。たまにはお店の方に顔を出してやって下さい。きっと喜ぶはずです。」

 

「そうだね、若い頃はお互い意識し合っていたけど今となると積もる話もあるだろうしね。」

 

フウトは二人の話に聞き耳を立てていた。

「アララギ・クロスケ」

――確か元日本のプロファイターでアララギ先生のお父さんだったなと思い出す。

現在の年齢は大体ミハイロさんと同世代のため先程の話を聞くと現役時代のライバルだったのだろうか。

当たり前のことであるがいつになってもライバルというものは消えないものなのだなとフウトは思う。

 

「――あぁ、いかん、いかん。与太話をしてしまったね。」

 

「いえいえ、とんでもない。」

 

「今日はジュニアではなく君に用があるのだよ。」

 

ミハイロは大きな体をこちらに向けフウトの目を見て言った。

 

流石、外国人というべきであろうか。目が大きくて目が合うと少し緊張する。日本人とは目力が違う。しかもこの歳になると眼力に深みのようなものまで現れる。

 

――やはりこの人、只者じゃない。

 

数秒間沈黙の中、目があったままで時が過ぎる。

 

フウトにはその時間がいつもより遅く感じた。

 

何か試されているような、そんな気がしてならないのだ。

 

「――いい目をしている。合格だ。」

 

「ありがとうございます。」

 

そう言われて一気に緊張感から解放されたフウトは息を吐く。

 

「実はこの前、君の闘いを見せてもらった。」

 

「ふうちゃんがはじめてシイナと闘った時、ミハイロさんが見にきていたんだ。」

 

「君と闘っていた彼女の方もかなりのポテンシャルを秘めていると感じたが私は君に興味を持った。」

「理由は簡単。」

「君の気持ちの入ったバトルスタイルそれが見ていて気に入ったからだ。」

 

え、それだけですか。

 

フウトは言いかけたが流石に口には出さなかった。案外、何が誰に刺さるかなんて分からないものだなと改めて実感した。

 

「まあ、そういう話をして頂いて俺の方からふうちゃんに指導したらどうですかって提案したわけ。」

 

「あれはナイス提案だったよ、ジュニア!」

 

「なるほど、分かりました。それではご指導の方、よろしくお願い致します!」

 

「こちらこそ、よろしく頼むよ。」

「――ええっと……?」

 

「イヌハラ・フウトです。」

 

「――イヌハラくん、改めてよろしく。」

 

こうしてミハイロさんと挨拶を交わし、さっそく手解きを受けることになった。

 

今回ミハイロがフウトに教えることは一つ。

――ブレードの使い方。

つまり、近接戦闘用の武器の扱い方だ。

フウトは自分の戦闘スタイルとは違うこともあり、これまでブレードと呼ばれるような剣を扱ったことはほとんどなかった。

 

既にミハイロさんは、GPDにガンプラをセットし準備は完了していた。

 

「Are you ready?」

 

ミハイロさんが声を掛け、フウトは少し慌ててジャスティスカイザーをセットし出撃準備をする。

 

ジャスティスカイザーは軽やかにトレーニング用のフィールドに飛び出していった。

一方でミハイロさんが扱うのは何の変哲もないアストレイレッドフレーム。

おそらく素組であると思われるが、ミハイロさんは機体の完成度よりもデューラーの能力が勝負を決定づけると言いたいのだろうか。そんな事を思うフウト。

 

トレーニング用のステージは空間がそもそも狭く、障害物のないシンプルな構造となっている。

故に、二機が地上に降りる頃には既に面と向かっていた。

 

「イヌハラくん、使い方の基本は分かるな?」

 

「ええ、なんとなくですけど。」

 

「なら、まずは思ったようにやってみなさい。」

 

フウトは先程ミハイロから貸してもらったブレードを左手に握り、勢い良く飛び込んだ。

 

しかしミハイロはその攻撃を軽々しく避ける。

フウトは当たらなくてムキになりさらに接近してブレードを振るう。

 

――当たらない。

 

「なんで当たらない……!?」

 

フウトはブレードというのがこんなにも当たらないものなのかと思い知らせる。

 

若干焦るフウトをよそ目にミハイロはブレードを闇雲に振るう隙を見切っていた。

 

「そこだッ!」

 

「……ッ!?」

 

閃光の如くアストレイレッドフレームは神業的な居合斬りをみせた。

 

「見事だ。」

 

見事。ミハイロがそう評したのはその完璧なまでの居合い斬りを掠りはしたものの避けたフウトの事を指したのであった。

 

「やはり君は"いい眼"をしている。」

「それは君のスペシャルだ。そしてそれにはもっと使い方がある。」

 

ミハイロはここでもフウトを試したのだろうか。

闇雲にブレードを震わせ居合斬りを行う。そしてその攻撃にフウトが反応する事まで読んでいたのだ。

 

「しかしこれでは。」

 

「それではヒントだ。イヌハラくん。」

「――脱力。」

 

そう言って次はミハイロさんの方から攻撃を仕掛けてきた。容赦がない。

 

レッドフレームは次々に自らのバイタルエリアに侵入し斬撃を繰り返す。

右、左、斜め右、縦。

流石のフウトもこの高速攻撃についていく事がやっとだ。

 

しかしフウトは攻撃を受けながらミハイロの動きを観察していた。何事も意味を持って行動しなければ何も生まれない。

フウトはこの攻め込まれる時間さえも何か盗めるものは無いかと思っていたのだ。

 

アストレイは軽やかな動きをしながら斬りかかる攻撃の時には強く踏み込んで刀を振るう。

 

――軽やかな動きと強い踏み込み。

 

「――フウトくん、ブレードってのはな『柔』と『剛』なんだぜ。」

 

どこかで聞いた言葉が頭の片隅を巡る。

 

レッドフレームがバックステップを取り距離を置いたその瞬間、ジャスティスカイザーはここぞと言わんばかりにバーニアを推進させ距離を詰めた。

 

「何と!?」

 

「強く踏み込むッ……!!」

 

バーニアの推進力を生かし地面へとついた片足にそのパワー蓄えさせる。

 

――そして一気に解き放つ……!!

 

「うおぉぉぉぉ!!」

 

ジャスティスカイザーは見事な体重移動を行いアストレイレッドフレームの右腕を切り落とした。

 

ここで一旦、バトルフィールドは強制終了され二人は筐体から出ていく。

 

「ふぅ……。」

 

「これは驚いた……。」

「あの短時間で私の技を盗んでいったとは。」

 

「どうです、うちのふうちゃん?」

 

アララギは自慢げな顔をしていた。

 

「いい眼をしているとは思ったがここまでとはね。」

「はじめてにしては上出来、というより期待以上だよ。」

 

「いえ、ミハイロさんの踏み込みに比べたらまだまだです。」

「あの時ミハイロさんが油断していなければあの攻撃は浅い一撃になって後ろに抜けてました。」

 

「ハハハ。もうそこまで気づいているとは。」

「ますます君の事が気に入ったよ。」

 

「明日もまた来よう。」

 

そう言ってミハイロさんは上機嫌に立ち去っていった。

 

「どうだった?ミハイロさん?」

 

「なんというか、凄い人ですね…。」

 

「何その小学生みたいな感想は。」

 

「でもまあ、本当に凄い人には、言葉も出ない時もあるしね。」

 

アララギは遠くを見てそう言った。

アララギ先生にもそんな風に見える人もいるのだなとフウトは少し驚く。

 

「それじゃあ、一週間。」

 

「え?」

 

「一週間で今日教わった事をマスターする事。」

 

「また無茶な……。」

「でも、やりますよ。」

 

フウトは笑ってそう答えてみせた。

この男の真に強いところは底なしのメンタリティなのだろう。

 

「それでよし。」

「一週間後に試し相手としてとっておきのゲストに来てもらうから楽しみにしててね。」

 

「そのとっておきのゲストさんとやらは泣いて帰る事になりますよ?」

 

アララギは言ったなとニヤニヤしながらフウトの顔を見る。

フウトもまた今日の手応えを忘れないようにとすぐにGDPの筐体に向かう。

 

フウトがトレーニングを終えた頃には夕暮れ時となっていた。ステップの踏み方や間合いにはまだ慣れないものの今日だけでかなりのものを得たとフウトは実感していた。

 

明日のトレーニングも楽しみだなと思いながら休憩室の横を通るとそこにはヒナセ・シイナの黙々と作業している姿が見えた。

 

「作業か?」

 

「あ、イヌハラさん。お疲れ様です。」

「いまスノーホワイト用の新しいバックパックを作っていて。」

 

「へぇ、少し見せてもらってもいいか?」

 

「はい、まだ作りかけですけど…。」  

 

 

【挿絵表示】

 

 

そう言ってシイナが見せてくれたのは、ファトゥムをベースにAGE2やウイングガンダムの羽などを追加し全体的に機動力をかなり底上げしたものであった。これからどうなるのだと見ているだけでわくわくする。

 

「どうでしょうか…?」

 

「そうか?すごくいいアイデアだと思うしまたこの機体と戦いたいな。」

 

「本当ですか!?イヌハラさんに褒められた!」

 

自信なさげな顔が一変、エヘヘと笑うシイナ。

今日もとても可愛らしく笑う。

 

「そういえばイヌハラさん、ミハイロさんに指導してもらってましたよね?うらやましいな〜。」

 

「ああ。近接武器の使い方がとても勉強になってな。マスターしたらシイナにも教えてやるよ。」

 

「でもイヌハラさんから教わるとイヌハラさんに勝てない気がするのでミハイロさんに教わりたいです!」

 

「そうなると、どっちの理解度が高いか浮き彫りになるな。」

 

「うっ…。でもイヌハラさんにはぜーったい負けませんよ!」

 

「そりゃ、楽しみだな。」

 

2人は負けず嫌いなのである。生粋の勝負師といったところだろうか。ただの意地の張り合いと言われるとそこまでの話であるが。

シイナもここ最近かなり力をつけておりフウトもうかうかしていれないと思っていた。

 

「そういえば、イヌハラさんはこの夏予定とかあるんですか?」

 

「そりゃ、ガンプラ以外ないだろ。」

 

「……。」

 

「ん?なんか変なこと言ったか?」

 

「いえいえ、好きですよねー、ガンプラ。」

 

「シイナも好きだろ?」

 

「もちろん好きですよー。」

 

「――そういう話じゃないんだけどな……。」

 

シイナは眉を細めて小声で呟く。

 

「うーん、そうだな。この時期になるといつもなら墓参りに行くんだけどな。」

 

「お墓参りですか……?」

 

「死んだ両親の墓には毎年行くようにしてるんだけど今年は遠いしな。」

 

「あ、すみません…。そんなこと言わせちゃって…。」

 

「気にするな。両親が亡くなったのは何十年も前の事だ。」

「それにこんなザマになった俺の顔を親にみせるのも少し恥ずかしいしな。」

 

「そんな事ないですよ!イヌハラさんは立派ですよ!」

「行きましょうよ、お墓参り!私もついていきますから!イヌハラさんが頑張ってるって事お父さんとお母さんに言わなきゃです!」

 

「シイナ……。」

「そうだな、また時間が空いたら行こう。でも遠いぞ?なんたって四国の隅っこだからな?」

 

「以外と遠かった…。でも行きましょうね!」

 

お墓参りに行く約束をしてしまった。本来1人で行くところを若い女の子を連れて両親の墓に行く方がまずいのではないかと後になってフウトは思った。でもまあ両親に顔を出さないのもそれはそれで親不孝というものだ。

 

そうこうしていると、シイナは片付けをはじめて一緒に帰ろうと言う。時計を見るともう7時を回っていた。時が経つのは早いものだ。

シイナとたわいもない話をする。ガンプラのこと、学校のこと、清掃の仕事のこと。

 

――夕日に照らされた少し早い秋風が2人を照らす。

 

「イヌハラさん、またボーッとしてますよ。」

 

「ん、あぁ。そうだな。」

 

「そうだな。じゃないですよまったく。」

「じゃあわたしはこっちなので失礼しますね。」

 

「気をつけて帰れよ。」

 

「そう言うなら送ってくれてもいいんですよ。」

 

「俺みたいなのが大学生を連れて住宅地を歩いてたらお巡りさんに声かけられそうだしやめとくわ。」

 

「なんですか!その自虐!」

「まぁ、いいですよ。わたし1人で帰りますから…。」

 

シイナはチラッとこちらを見る。フウトは気づかないフリをする。

 

「おう。じゃあな。」

 

「……ほんとに送ってくれないんだ。」

 

 

一人で帰る途中フウトの頭の中にはジャスティスカイザー用の新たな武装のアイデアが閃いていた。

きっかけはシイナのスノーホワイトを見てからだった。大きなウイングパーツ、そしてブレードを収納できるバックパック。使い慣れたドラグーンを装備できるとさらに良い。そんなことを考える。

 

「いや。待てよ……。もしかすると。」

 

フウトはニヤリと笑い、寮に急いで戻った。

 

 

「――あ、もしもし?今週末暇だったりする?」

「――いやあ、ちょっと会って欲しい人がいてね。」

「――そうそう、驚いたでしょ?どう?合う気になった?うんうん、じゃあ今週末に大学に来てね〜。」

 

ガチャ。電話をしていたのはアララギだった。どうやら今週末に呼ぶスペシャルゲストのアポイントメントを取っていたらしい。

 

「さーて、面白くなってきたねえ。」

 

狭い研究室で1人アララギはニヤニヤしていた。

 

――一週間後

 

「よし。」

 

一週間みっちりと濃いトレーニングを行ったフウトの顔は自信に満ちていた。

やれることはやった。あとは試すだけ、そういった心持ちであった。

 

「――それに、新しい武装も何とか間に合った。これでさらに上を目指せる。」

 

フウトはアララギに指定された大学のバトルスペースへと向かう。

今日の対戦相手が誰であろうと関係ない。どんな奴でもかかってこい。そんな強い気持ちで臨んでいた。

しかし、そこにいたのはフウトの予想を遥かに超えるものであった。

 

「お、ふうちゃん久しぶり。」

「フウトくん、久しぶりだな。」

 

「え!?」

 

フウトは思わず声が出なかった。

そこにいたのは高校時代の先輩「フシカワ・テルキ」と「ユタ・タロウ」の2人であった。

「ふうちゃん」と呼ぶのがテルキの方で「フウトくん」と呼ぶのがタロウの方である。

この二人は高校時代、兄が創部したガンプラバトル部に所属しておりそこに自分を含めた4人でチームを結成し全国大会でも優勝を遂げた戦友である。卒業後は二人ともプロにはならなかったもののそういったものに限りなく近い実力を持っていることはフウト自身が1番よく知っている。

ちなみに二人とも部内ではライバル同士でなにからなにまでよく張り合っていた。

 

「お、びっくりしてる。」

 

「おじさんの顔になったけどそう言う反応は昔と変わらないね。」

 

「なるほど、2人が今日のスペシャルゲストってわけか……。」

 

アララギにしてやられたと、心からそう思った。

 

「そういうこと〜、2人とも遠くから可愛い後輩のために駆けつけてくれたってわけ。」

 

「アララギ先生はいつになっても人使いが荒いんだから。」

 

「ほんとそれだな。まあフウトくんと久しぶりに会えると思うと楽しみだったけどな。」

 

「俺もお二人と会えて凄く嬉しいです。」

 

「ふうちゃんが交通事故にあってからは表舞台からは姿を消したって聞いてたけど、いい顔つきを見れてよかったよ。」

 

テルキが言った言葉にタロウも無言で頷き続けていう。

 

「それじゃあ早速だけど、久しぶりにプロデューラーの実力を見せてもらおうかな。」

 

そう言って二人は筐体へと向かう。

 

「もしかして、これって2vs1で対戦するんですか……?」

 

「まあ、この試練を乗り越えてこそだよね。」

「スペシャルゲストには泣きべそかかせるんでしょ?」

 

相変わらず無茶な人だ。

でもやるしかない。やると言ったのは自分なのだ。

 

「誰が相手でもやってみせますよ。」

「こんなところで立ち止まれませんから。」

 

そう言ってフウトも筐体へと向かう。

向かう途中で観戦席をふと見ると観客も入っておりがそこにはシイナやミハイロの姿もあった。

こうした観客のいる状況はフウトにとって久しぶりであった。

人に見られて戦うという状況、自分以上の実力を持つデューラーとの対戦。全てが公式戦に近いものだった。

 

「フウトさん、がんばれーー!!」

 

「あれって全国大会優勝者のフシカワさんとユタさんじゃないか!」

 

「伝説の不死鳥、海賊コンビが見れるなんて!」

 

「先輩、後輩対決なんてアツすぎるでしょ!」

 

始まる前から大きな歓声が聞こえる。

本当に久しぶりだ。

――そして相手はテルキさんとタロウさん。

 

「こんなの燃えないわけがないだろ!」

 

「スイッチが入ったみたいだな。」

 

「イヌハラ・フウトの実力、見せてもらうよ!」

 

3人はカードキーを差し込み。自らのガンプラをセットする。

 

「相棒、俺たちの新しい姿を見せてやろうぜ…!!」

 

Futot'sMobile Suit

    Justice Kaiser Infinity

      VS.

Teruki'sMobile Suit

Bild Disteny gundam

and

Taro'sMobile Suit

    Hainlihi

 

 

三機は勢いよく発進した。

今回のステージは宇宙。

 

「ジャスティスカイザー……?」

 

「俺たちの知っているカイザーとはまた違うみたいだな。」

 

 

【挿絵表示】

 

 

――フウトが新たに完成させた「ジャスティスカイザーインフィニティ」

 

果てしないこの世界の頂点に立つ。それがこの「インフィニティ」に込められた想い。

 

オオワシユニットをベースに空戦、宇宙戦に高い適性を持ち、2本のブレードとシラヌイのドラグーンを装備した新たなジャスティスカイザー。

 

そして、三機とも高校時代から愛用している機体。

――これもまた運命なのだろうか。

 

「ふうちゃんも遊んでたわけじゃないみたいだね!」

 

テルキのビルドデスティニーが早速ジャスティスカイザーを発見しビームライフルを発射する。

しかしこれをなんなく回避。フウトは距離を保つ。

 

テルキのビルドデスティニーはデスティニーガンダムをベースにした機体でいわゆる万能機体。光の翼による高機動戦闘やパルマフィオキーナのような必殺技も持ち合わせており厄介である。さらにテルキは積極的に仕掛けてくるタイプで加えてかなり打たれ強い。

 

 

【挿絵表示】

 

 

一方のタロウのハインリヒはかなりカスタムされた機体で、その外見は「海賊」。髑髏マークが禍々しく金色の大剣を装備し近接戦を得意としている。そしてタロウ自身も攻撃的なバトルスタイルでガンガン押してくる。

 

 

【挿絵表示】

 

 

つまり、自明であるがこの二人を同時に相手するというのはかなり至難の技であるということである。学生時代もこの二人のコンビを止められるものはそうそういなかった。

 

「隙ありッ!」

 

ハインリヒが距離を詰めて黄金の大剣で斬りかかる。ジャスティスカイザーはなんとか切り払いバックステップをとる。

 

「……!?」

 

続いてビルドデスティニーが眼光を鋭く光らせ左手からパルマフィオキーナをジャスティスカイザーの頭めがけて放とうとする。

開幕から容赦がなさすぎる。

しかしその一瞬を見切ったフウトは左手とは逆に避ける。

 

「フェニックス!いまのは決めるところだろ!」

 

「うるせえな、海賊!相手はふうちゃんなんだよ!」

 

バトルになるとお互いを蔑称で呼びあう。二人が序盤から激しい攻撃を展開するのはフウトの反応速度の厄介さを知っているからだ。

 

「続けていくぞ、フェニックス、ちゃんと合わせろよ。」

 

「そっちこそ!」

 

二人はモニターに映る相方の顔を横目で確認し突撃する。

この動きを見てフウトも前へ向かう。

 

「イヌハラさんが前に出た!?」

 

試合を見るシイナは驚く。それもそのはず。今までのフウトであれば距離を保って必殺のカウンターという戦法であったが今回は距離を詰める。

 

「ほう、面白いッ!」

 

ハインリヒは真っ向から直線的に向かってくる。そしてその後ろからビルドデスティニーは腰に装備されたレールガンで援護射撃を行う。これでジャスティスカイザーの動きは制限される。

 

「くらえよッ!」

 

ハインリヒはそのまま大剣を豪快に振るう。

ジャスティスカイザーはその攻撃に対しバックパックの二本のブレードで受け止める。

 

「相変わらずのパワーだ……。」

 

一瞬押し切られそうになるパワー。剛剣とはこの事だろうか。しかし一つの攻撃を受け止めてもさらに攻撃は続く。

――援護に回っていたビルドデスティニーが突如ハインリヒの背後からアロンダイトを構えこちらに斬りかかる。

この連続攻撃の連携は昔から2人が得意としているものだ。

特に背後からスペースをうまく詰めるのがテルキのお箱芸である。

 

「それは予測済みだッ!!」

 

そんな攻撃をフウトはブレードを構えアロンダイトの動きを見て華麗に避ける。

 

「読まれていたッ!?」

 

この一週間、相手との距離を詰めてブレードによる豪快なカウンターを何度もやってきた。

回るように避けたジャスティスカイザーはその捻りを生かしてブレードをビルドデスティニーに叩き込む。

 

「させるかよッ……!!」

完全に決まったはずの攻撃をハインリヒが無理やり割って入りカウンターを阻止する。

これにはフウトも面食らう。

 

「借りを作っちまったな。」

「なぁに、次行くぞ。」

 

今の攻撃がヒットしなかったのはフウトにとってはかなり痛手である。いくらタフなテルキでも今のを貰えばタダでは済まなかったはずだ。

 

「面白くなってきたな…!!」

 

フウトはこの状況を楽しむようにニヤリと笑い、次はドラグーンを射出する。射出した四基のドラグーンは二機の距離を離させるように射撃を行う。

的確な射撃がそれまで機能していた二機のコンビネーションを破壊していく。こうすることで単騎突入をさせ一機ずつ仕留めるというのがフウトの作戦であった。

二機ともドラグーンに応戦するが苦戦を強いられている。そしてその間前衛に出ているハインリヒへとジャスティスカイザーは突撃する。

 

「まずい…来たッ!!」

 

「大事なのは……。」

 

「――脱力。」

 

フウトはブレードを片手に構え猛スピードでハインリヒへと近寄りターゲットとする。

ハインリヒは装備されたハンドガンを発射。しかし接近された距離であるが当たらない。

 

「当たらないだとッ!?」

 

射線を読まれているかもしれないという焦りがタロウのメンタルを一瞬襲う。しかしこの緊迫した状態で思考を冷静にリセットする。これまでの経験がタロウを落ち着かせた。

 

タロウは息を飲みもう一度ハンドガンの引き金を引く。

 

「…っと。」

 

二度目も当たらない。完全に射線を読まれているのか。

――なら三度目は。

 

「全部見えてるんだよッ!!」

 

フウトはハンドガンの弾を叩っ斬った。

 

フウトの読み、反応、動体視力が遺憾なく発揮された瞬間であった。

 

「何ッ!?」

 

「強く……」

「踏み込むッ……!!」

 

ジャスティスカイザーはその勢いのままバーニアを加速させブレードを振るう。

無重力地帯にも関わらずそこにはまるで地面があるような踏み込みが対象物に重い一撃を与える。

 

―Hainlihi down―

 

「たった一撃でやられるとはな……。」

「『柔』と『剛』俺が昔言ったこと出来るようになってるじゃないか…。」

 

一撃必殺。それが「斬」の極意。

力づくではないしなりのある一撃。

まさに「柔」と「剛」

これがフウトの新たな必殺技であったのだ。

 

「フェニックスすまない…あとは頼む。」

 

「任せろ海賊……。」

「――ふうちゃん、見ないうちに大きくなったもんだ。」

 

ビルドデスティニーはドラグーンの妨害を何とか振り切りジャスティスカイザーと距離を取る。

ジャスティスカイザーもドラグーンを引っ込め一旦距離を取る。

今の攻撃を見た後では不用意に距離を詰めることはできない。

 

しかし戦いとは常にセオリー通りに進むわけではない。

 

「いくぜ、ふうちゃん!もっと見せてくれよ!!」

 

そんな事は気にせずこちらへと向かってきた。

 

「――変わりませんね……!!」

 

テルキはどんな時にも立ち向かう性格であった。忘れていたわけではなかったがこうして対峙すると昔に戻ったような気になる。

 

「うぉぉぉぉぉおおおおお!!」

「こいつを持っていけぇぇぇぇええ!!!」

 

ビルドデスティニーは光の翼を天界し両手のパルマフィオキーナのエネルギーを球状に変換していた。そして、その巨大なエネルギーの塊をジャスティスカイザーに向けて投げつけてきた。

 

「――これは……。」

 

その強大すぎる塊を見て一瞬唖然となる。

思考停止。この世にはどうにもならない事もあるのだろうか。

どんどんその球体は迫ってくる。

 

――3…2…1……。

 

ドーン。

とてつもない衝撃音が響く。

 

「やったか……?」

 

笑みをこぼすテルキをよそにドラグーンによって形成されたバリアーがジャスティスカイザーを守っていた。

 

「はぁはぁ……。」

「まだ、戦える……?」

 

フウトの防衛本能がとっさにドラグーンによるバリアーを形成してしたのだ。フウト自身も何が起こったか完全に理解できていない。

とはいえ、完全に防御できたわけではなく、ほぼ無傷のビルドデスティニーとは反対に機体の損傷は激しく傷だらけだ。

 

この状況でやれる事はただ一つ。

戦術云々よりも執念で勝利を掴みに行く事。

 

フウトは笑っていた。このギリギリのバトルを心から楽しみ、強敵との戦いが限界の先を引き出していた。

 

「テルキさん、いきますよ!!」

 

ジャスティスカイザーはバックパックの装備を解除して身軽な状態で二本のブレードを持ち距離を詰め寄る。

 

「こい!ふうちゃん!」

 

ビルドデスティニーは無傷ではあったものの先程の攻撃でエネルギー切れを起こしており動きが鈍かった。

 

「もらった!」

 

ジャスティスカイザーの鋭い攻撃がビルドデスティニーを痛めつける。酸欠状態のビルドデスティニーは半ばタコ殴りにされるが全く沈まない。このタフさが「不死鳥」といわれる所以なのだろうか。

 

「いい加減に沈めよッ!!」

 

ジャスティスカイザーは踏み込み攻撃を入れる。しかし、パワーダウンもあり踏み込みが浅く決定打に欠ける。ビルドデスティニーもやられっぱなしというわけではなくその隙をついてビームサーベルで反撃する。

お互いに譲らない、泥臭い戦いであった。

 

「こいつでしまいだァッ!!」

 

一瞬よろけたジャスティスカイザーの動きを見逃さなかったビルドデスティニーは最後の力を振り絞りパルマフィオキーナを放つ。

 

「負けるかよッ!!」

「動いてくれ、カイザー!!」

 

そう呼びかけた時ジャスティスカイザーの眼光は光り攻撃を放つ左腕をビーム刃のついた脚蹴りで一蹴する。

 

「今だっ!!」

 

フウトは分離していたバックパックをここぞと言わんばかりにビルドデスティニーへと超スピードで突撃させた。

 

「勝つのはおれだぁぉぁぁ!!!」

 

――battle end――

 

winner Futo

 

「うおーーーー!!」

 

「すげぇ!!2体1で勝ったぞ!!!」

 

「テルキさんもタロウさんも凄かった!」

 

バトル終了の合図と共に歓声が聞こえる。

 

こんな歓声を聞いたのはいつぶりだろうか。

 

「ふうちゃん、ナイスバトルだったよ。」

 

「フウトくんがこんなにも成長しているとは思わなかったよ。」

 

2人がバトルを終えてこちらへと向かってくる。

 

「こちらこそ、本当に楽しかったです。」

 

フウトは満面の笑みで応えた。

 

「3人ともお疲れ様ー。教え子同士が戦うのはどっちを応援していいかわからないもので複雑だねぇ。」

 

「いや、先生が用意した場ですよね?」

 

「まあまあ、ユタくん、細かいことは置いておいて。」

「とにかく、ふうちゃん、一週間でよくここまでやったね。」

 

「一週間?なんのことです?」

 

テルキが不思議そうに聞く。

 

「あぁ、ブレードの扱い方ですね。」

 

「えぇっ!?」

「あの技を一週間でものにしたのか!フウトくん!」

 

「まぁ、なんとか。」

 

「末恐ろしい子だ…。」

「確かにふうちゃんは昔から飲み込みが早い方だったけど……。」

 

2人は少しショックを受けた表情だった。

 

「さて、ふうちゃんにはもっと強くなってもらわないと困るから頑張ってもらうよ!」

 

「はい!」

 

フウトにはささやかながらかつての自信が戻ってきたようだった。

――そして真にガンプラバトルを楽しむという感情も。

 

――一方アメリカでは

 

青い髪の青年が時差のあるメールを読んでいた。

 

「――なるほど。遂にふうちゃんが動きはじめたか。」

 

「――会える日が楽しみだな。」

 

(続く)




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Ex1.「edge of the universe」

今回は少し脱線して外伝のお話になります

外伝の外伝って何だ。


 それはイヌハラ・フウトが北海道に来てから3週間ほど経ったある日の事であった。フウトは午後のトレーニングを終えバイクでたぬき山へと向かっていた。

 

 たぬき山とはフウトが毎朝ランニングコースとして愛用しているところであるが、奇妙なことにこの山には"ある噂"があった。

 

「――たぬき山の奥にはねえ、お化けが出るっていうねえ〜。」

 

「そんな馬鹿な。」

 

「ほんと、ほんと。日が落ちそうな時にいつもは無い道があって、そっちに行くとこの世に戻れなくなるとかなんとか。」

 

 アララギは子供に怪談話を話すように語る。それを冷めた目で聴くフウト。

 

 しかし、日が暮れたたぬき山が少し不気味なのは納得できる。朝の爽快感とは裏腹に何か出そうな、それこそ幽霊なんてものが出そうな雰囲気を醸し出している。

 

 とはいえ、気になったら行動するのがフウト。嘘か本当かは自分の目で見極める。

 

 それが清掃員流だ。

 

 ブーン。

 

 いぬこ号をさらにたぬき山の奥へと走らせる。

 

「確かこの辺だったよな。」

 

 スーッ。

 

「……?」

 

 フウトは目が点になった。道が増えたのだ。

 

 いや、出来たというべきか?直線しかなかった道に急に分岐点が生まれたのだ。

 

「へぇ、こいつは面白くなって来たな。」

 

フウトはさらにいぬこ号のエンジンを蒸す。メーターは60キロを指していた。分岐点に入ると、あたりは急に暗くなり、先ほどまで聞こえていた鳥の囀りも静まり返った。

 

――暗い森、というよりは黒い森の中に入ったようだ。

 

ただ黒い森の直線の中を走り続ける。

 

ガタッ。

 

「あちゃー、バイク故障したか?」

 

 どうやら、バッテリーが弱っているようだ。替えのバッテリーがあれば修理はさほど難しく無いが、近くにバッテリーの替えを扱っているような業者はない。しかも、フウトはつい三日前にバッテリーを交換したばかりなのだ。この故障はあまりにも不気味であった。

 

「もしかして、これやばいやつか……?」

 

 柄にもなく怖がるフウト。恐る恐る足を一歩一歩踏み出していく。

 

「いいか?フウト?幽霊なんてのはいない。こうやって自律神経が乱れて、幻聴が聞こえだしたり視界が悪くなって来た時に自分を自分で陥れるのが"幽霊"だ……。」

 

「落ち着け、落ち着け……。」

 

「――おち、つ……。」

 

 バタッ。

 

 フウトはその場で視界をくらませ、倒れ込んでしまった。

 

「――ここは?」

 

 フウトが気がついた時、あたりには美しい草原が広がっていた。

 

 どこまでも続く草原。逆に不気味である。

 

「――もしかして、俺死んだ?」

 

 冗談では無い。まだまだこれからという時に死んでたまるものか。

 

 ――果たしていない約束も、夢の続きも、救ってあげたい人も。

 フウトは少し当たりを歩いてみた。歩いてみるが何もない。驚くほど何もなかった。

 

「ん?」

 

 しかし、前方斜め前に、人影が見えた。

 

「もしかして、天使か……??」

 

 恐る恐る、人影に近づく。

 

 誰もいない深夜の夜に急に人影が現れると怖くなるのと同じ感覚が今まさにフウトを襲う。

 

「あのォ…?」

 

 大の大人が小さな声で声を掛ける。

 

「どうかしましたか?」

 

 人影の正体は、天使でもあくまでも無さそうだった。顔立ちの整った、ウチヤマ・ユウくんくらいの年頃の少年だった。

 

「なんか迷い込んだみたいなんですけど、帰り道とか……知りません……?」

 

「帰り道ですか……。」

 

「それはこれに聴いてみると良いですよ。」

 

何やら重低音が響き、当たり一面が真っ暗になり、気づけばGPDの操縦スペースに立っていた。

 

「これは一体……?」

 

 フウトは生唾を飲み込んだが、半ばやけになり死後の世界でもガンプラバトルができるという事に楽しみを覚えていた。

 

「おもしれぇ、いっちょ、やってやるか……!!」

 

「いくぜ!相棒!!」

 

 フウトはジャスティスカイザーをセットする。ジャスティスカイザーの眼光が光る。

 

 

Futo'sMobile Suit

  Justice Kaiser

    VS.

  Toro's Mobile Suit

   Gundam Fete

 

「ジャスティスカイザー発進!」

 

「ガンダムフェーテ……行きます。」

 

 2期の機体がそのまま、緑生い茂る草原へと勢いよく発進した。

 

「ガンダムフェーテ……か。」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ――ガンダムフェーテ。青と白基調としたヒロイックな機体。ダブルオー系の機体の特徴をうまく落とし込んだミキシング機体のようだ。さらにかなりの完成度に加えデューラーにも実力がありそうだ。そして、ウチヤマ・ユウに少し似た雰囲気。もしかすると、ユウくんの生まれ変わりだろうか?フウトはそんなくだらないことを考える。

 

「死んでも、こんな奴と戦えるなんて面白え!」

 

 いつもはクールなフウトだが、バトルになれば一変、性格が熱苦しくなる。

 

 草原のフィールドではお互いの身を隠すことは不可であり、真っ向勝負を強いられる。直線上にいるフェーテに対し中距離でビームライフルの照準を合わせ、放つ。

 

「当たれよ!」

 

 粒子の塊が2発3発とフェーテに向かう。

 

「甘い……。」

 

 フェーテはなんなく避け、こちらを射線上に合わせ上手く反撃する。

 

「……やるなっ!」

 

 正確な射撃だ。避けたつもりだったが右肩を1発掠めた。

 

「こりゃ、おそらくマークスマンタイプだな……。」

 

 ――マークスマンとは、いわゆる歩兵の中でも射撃にスペシャリティを持つ駒のことを言う。遠距離を専門とするスナイパーとは違い、中距離射撃を得意とする。フウトはこれまでの経験上から、相手の攻撃のファーストチョイスで大体どんな特性を持つか分析が可能である。

 

「チンタラしてると、すぐ終わらせるよ。」

 

ガンダムフェーテは絶妙な中距離ポジションでこちらへとライフルを打つ。こちらの微動作まで読んでいるのか、かなり正確な射撃かつ相手の優位な距離で戦われている。

 

「それなら、コイツだッ!」

 

フウトはジャスティスカイザーのドラグーンを展開する。青空と草原の元に、青紫がかった光をともなったドラグーンが鮮やかに舞う。フウトはドラグーンを全フェーテの方位に展開し、射出していく。

 

「……ッ!!これはッ!!」

 

 トロもこのドラグーン攻撃を避けながら応戦するが、ドラグーンが交互に位置を変 えながら射撃を行うため狙いがつけづらい。

 

「……!!」

 

 ドラグーンの射撃に加え、フウトはビームライフルを打ち込む。フェーテの胴体を掠る。先程とは一気に形勢逆転である。

 

 今度はフウトの得意な距離に持ち込まれた。

 

「くっ…墜ちろ!」

 

 トロは必死にドラグーンに射撃を行うがフウトの巧みな操作に少し苛立つ。

 

「いや、落ち着け、何か規則があるはず

……。」

 

 トロはドラグーンとビームライフルの射撃に差を常にギリギリで避けながら考える。

 

「……見えたッ!!」

 

 トロはフェーテに装備された対艦刀を持ちドラグーンへと突っ込む。

 

「何ッ!?」

 

 蒼く輝く刀身が、桃色のドラグーンを一気に二基切り墜とした。

 

「まさか、クセを読まれたとでも言うのか!?」

 

 フウトはドラグーンを扱う際に3基をセットで動かす。その3基は常にバランスを重視したトライアングルの陣形を敷いているのだが、フウトはついつい互いの位置を変える時に右斜め後ろに位置するドラグーンを斜め前に出す傾向があった。

 

 これは、アララギにも指摘されて来たことだがなかなか治らない。フウトはこの短時間でそのクセを見切ったトロという少年の洞察力に驚いていた。

 

 フウトは一旦ドラグーンを引かせ距離をとる。しかし、トロはここぞと言わんばかりに対艦刀を構え距離を詰め寄った。

 

「……いける!!」

 

 トロはスラスターを上手く使い機体を微調整し、ジャスティスカイザーのコックピット目掛けて斬りかかる。

 

「おおっと!!」

 

 フウトもこれに負けじと応戦。さらにドラグーンで射撃を行い距離を取らせる。

 

「……厄介だな」

 

 しかしトロには珍しく笑みが溢れていた。久しぶりに骨のあるデューラーと戦えていると言う事実に。

 

 ここが、どんな場所であろうと関係ない。

 

 あの世だろうと、宇宙の果てだろうと関係ない。

 

 ――デューラーがそこに2人いるなら、戦うだけだ。

 

「次はこちらから行く!」

 

 ジャスティスカイザーがビームサーベルを両手に持ちフェーテへと突撃する。

 

「早いッ……!?」

 

 トロは予想よりも早いジャスティスカイザーの初撃を受け止めきれなかった。そして二撃目。

 

「そう何度もッ!」

 

 セカンドアタックはジャスティスカイザーの腕を強引に持ち見事にアジャスト。

 

「これなら……!!」

 

 フェーテは腕に装備された小型ガトリングガンをジャスティスカイザーに近距離で放つ。実弾がジャスティスカイザーの装甲をバリバリと痛めつける。

 

「こんなの屁でもねえよなあ?相棒!」

 

 ジャスティスカイザーのツインアイは青色に光り、攻撃をシールドで跳ね除ける。

 

「次はこっちの番だ!!」

 

「ブゥゥゥメランッッ!!」

 

 ジャスティスカイザーはシールドに取り付いたブーメランを勢いよく投げる。直線的な攻撃。避けるのは容易である。

 

「当たらないッ!」

 

 軽々しく避けるトロだが、この攻撃が囮である事くらいは読めている。しかし、避ける際には、ブーメランに視点がどうしても集まる。

 

「コイツを持ってけ!!」

 

 フウトはドラグーンをフェーテの背後に配置し一斉射撃を行う。

 

「……!!」

「でも……!!」

 

 トロは直感的にドラグーンを神業の如く回避し、さらにビームライフルで一基、一基墜とす。

 

「これであなたはガラ空きだ!!」

 

 トロは対艦刀をジャスティスカイザーのコックピットに対して垂直に振り下した。

 

「……。当たらねえよ。」

 

 フウトはその攻撃を最後まで見て、横に軽くジャンプ大きく取ったモーションの隙をビームサーベルで武装を装備していない左腕に反撃した。

 

「なにッ!?」

 

 これにはトロも驚いた。今のは確実だった。

 

「――今度こそ……!!」

 

 フェーテは受けたダメージをよそ目に右腕を振りかざした。この瞬間もフウトにはゆっくりと、スローモーションに見えるのだ。対艦刀の動き、フェーテの軸、体の向き。フウトは瞬時にステップを踏もうとした足を戻し、戻した足を軸足にフェーテへと蹴りのカウンターをすかさず入れる。

 

「そんな……!!」

 

 フェーテの左脚にヒット。モロに食らってしまった。

 

「皇帝の絶位領域は不可侵だ。」

「誰も入れねえよ。」

 

 フウトはそう言って次の攻撃に備える。皇帝の眼は如何なる物も見逃さない。

 

「絶対領域……。」

「面白い!破ってみせる。」

 

 トロはフウトに小手先のテクニックが通じるとは思わなかった。それでも少し荒業にはなるが、勝算はあった。手のひらの汗を感じながらグリップを強く握る。

 

「うぉぉぉぉ!!」

 

「見える……!」

 

 先程と同じように対艦刀の軌道を読まれ、フウトは足蹴りを行う。

 

「持ってくれよ!フェーテ!」

 

 フェーテに積まれた多くのスラスターを使い無理矢理機体を移動させ、フウトのカウンターから避け切った。

 

「避けた……!?」

 

「いくよ!」

 

 フウトは一瞬の動揺を抑えられず、トロの動かすフェーテの動きについていけず、対艦刀を今度はモロに受けてしまった。装甲を破る鈍い音がした。

 

「くっ!」

 

 これで、五分五分と言ったところだろうか。ジャスティスカイザーは先程の攻撃で、機体全体にかなりダメージが入っており、ドラグーンも使い切った。

 

 一方でフェーテの方もカウンターやドラグーンのダメージが蓄積したのと同時に先程の無理なスラスターの使い方をしたせいか各所オーバヒートを起こしている。対艦刀も刃こぼれを起こし使えそうにない。

 

 となるのと残った手段は。

 

「相棒、こんなところでくたばるんじゃねぇぞ。」

 

「フェーテ、やれるよね?」

 

 お互いのデュアルアイが鋭く光る。

 

「いくぜぇぇぇ!!」

 

「うぉぉぉぉ!!」

 

 まずは頭突きで額同士を合わせる。そして壮絶な殴り合い。草原で殴り合う2機はあまりにもシュールだ。しかし、互いに勝利というプライドを得るために、泥臭く、最後まで戦う。

 

「もらったァ!!」

 

フウトがカウンターのタイミングを見逃さず、蹴りを叩き込む。

 

「うっ!」

 

「おおっと、とっと!」

 

 なんとジャスティスカイザーはダメージのせいかのろけてしまい転けてしまう。

 

「チャンス!」

 

 次はフェーテが転けたジャスティスを踏みつけようとする。踏みつけようとした足からはビーム刃が出てきた。

 

「マジかよ!」

 

「これで、終わりだ!」

 

 踏まれる瞬間、フウトはとっさに目を閉じた。

 

「……?」

 

 なんと、フェーテも蓄積されたダメージからエネルギー切れを起こし、ビーム刃がポツンと消えた。

 

「しまった。」

 

 その間、ジャスティスカイザーは立ち上がり腕を振りかざしフェーテに強烈なストレートを決め込む。

 

「くっ、まだだ!」

 

 ジャスティスカイザーもタフだが、フェーテも負けじとよろけながらカイザーにラリアットを決める。

 

「……やるな!!」

 

 ここまで機体がよろけるとフウトもキャンセリングが上手くできない。お互いに何度も何度も殴り合った。腕の甲は相手の装甲を破るたびに傷つき、ボロボロだ。

 

「ハァハァ……。そろそろギブアップしたらどうだ?」

 

「ハァハァ……。そっちこそもう立ってるのがやっとじゃん。」

 

 もうすでに互いにガンダム特有の角は折れ、右腕と左腕を互いに無くしていた。

 

 果たして最後に立っているのはどちらなのか。

 

 意地を突き通すのはどちらなのか。

 

「相棒、コイツで最後だ。気ィ引き締めろ……。」

 

「フェーテ、勝つのは僕らだ……。」

 

 互いにボロボロの腕をグッと握る。

 

「いっけええええええええ!!」

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

「――届かなかった……?」

 

「――嘘…届かない……?」

 

 お互いの腕は届かなかった。

 

 届かず機体の限界が来て倒れ込んだ。

 

 battle end

 

 ―draw―

 

「引き分けか。」

 

「引き分け……。」

 

 二人とも少しバツが悪そうな顔をしていたが、すぐに満足げな顔になった。

 

「トロくん、対戦ありがとう。次は決着をつけたいね。」

 

「こちらこそ、ありがとうございます。あんな超反応があるとは思ってませんでした。」

 

 試合が終わりお互いを認め合い、高め合う。これがデューラーの骨頂である。

 

「……それじゃあ、僕そろそろ戻らないと。」

 

「戻るってどういうことだ?」

 

「フウトさん、また会いましょう。」

「――俺たちはこの宇宙の片隅でお互い生きている限り会えます。」

 

「――次は、勝つ。」

 

 そう言って少年は粒子となって消えていき、最後に前髪で隠れた目がほんの少しだけ見えた。

 

 鋭い目つきだったが、満足げだった。

 

「宇宙の片隅か……。」

 

「また、会おうぜ好敵手よ…。」

 

 フウトもそう言って、この無限に広がる草原の中、粒子となり消えた。

 

「――おーい。イヌハラさんー!」

 

「イヌハラさんって死んでも死なないような不屈人間だと思ってけど、こりゃダメかなぁ」

 

 誰かに呼ばれている。この声は聞き覚えがある。

 

「いてててて。」

 

「あ、気付きました?」

 

「よぉ、シイナおはよう。今日もランニングか?」

 

「何呑気なこと言ってるんです?」

「たぬき山をたまたま通ってたらバイクから転倒して意識を失ったイヌハラさんがいて……。」

 

「――心配しましたよ……!」

 

「あぁ、迷惑かけたな。」

「ありがとう、シイナ。」

 

「ほんと、そういうところがあざといんですよ!」

 

 少し、顔を赤らめて目を逸らすシイナ。

 

 へへと笑うフウト。

 

「――で、何されてたんです?」

 

「――まぁ、ちょっとな。」

「宇宙の片隅で、ガンプラバトルしてた。」

 

 トロくん。

 

 彼との出会いが意味するものは何だろう。

 

 戦うためにお互いに引きつけられた。

 

 たぬき山がフウトに魅せた夢は偶然ではないように感じた。

 

 まだ見ぬ強敵。

 

 ――世界なんかよりももっと遥かなるその先に。

 

 見上げた空はもう薄暗くなっていた。

 

 フウトは高鳴った鼓動を胸にこれからも戦い続ける。

 

「シイナ、ラーメンでも食べにいくか?」

 

「え?イヌハラさんから誘うなんて珍しい。」

 

「今日は気分が良いんだ、俺の奢りだ。」

 

「仕方ないですねぇ。」

 

 

 これが「皇帝」と「進化」の少し変わった邂逅であった。   

 




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第八話「晩秋」

フウトが北の大地に来て数ヶ月が経ち季節は既に秋から冬に移り変わろうとしていた。

暑苦しかった夏はひっそりと息を潜め、あたりの草木は枯れ乾いた風が吹いている。地理的にも既に雪が積もり紅葉と白い景色が合わさった少し不思議な景色にもなっていた。

 

「――ハァハァ…。」

 

「はい、32分5秒。随分と早くなったじゃないか。」

 

午前5時半。景色が変わってもこの男、イヌハラ・フウトは毎日のルーティンであるたぬき山のランニングを毎日続けている。

 

「――ついた…!」

 

「はい、シイナちゃんもお疲れさま。37分14秒だ。」

 

そしてまたシイナもまたフウトと共に己を磨いている。毎日のルーティンは来た時とほとんど変わらない。変わったことがあるとしたらフウトの先輩であるフシカワ・テルキとユタ・タロウの2人が大学に残り日々のトレーニングに付き合ってくれているということだ。そのためこうして早朝のランニングにはタイム係としてテルキが参加している。

 

「ふうちゃん、随分と速くなったんじゃないか?」

 

「来た時と比べれば大分走れるようになりましたね。」

 

「イヌハラさんはもう少し緩めて走ってもいいんですよ?」

 

負けず嫌いのシイナはバツが悪そうに言う。

 

「今日も相手してやるからせいぜい負けないようにな。」

 

「むっ!イヌハラさんこの前私に負けた癖によくそんなこと言えますね!」

 

シイナもこの数ヶ月でかなりの実力をつけている。同じ特性を持つフウトの戦い方を間近でみて勉強になることが多いのだろう。カウンターに関してはフウト以上に広範囲かつ柔軟に行えるようになっている。

 

「ん?今日は確かプロデューラーがウチに来てふうちゃんと試合するんじゃなかったか?」

 

「あぁ、そういえば。」

 

「随分と余裕だな。その自信折られるんじゃないぞ?」

 

「まあそう簡単にやられるつもりはありませんよ。」

 

「……。」

 

シイナが黙ってフウトの方を見る。

 

「わかった、わかった。バトルが終わればちゃんとシイナともやるから。」

 

「……。負けたらダメですよ……?」

 

「当たり前だ。俺を誰だと思ってる?」

 

「ただの清掃員、ですよね?」

 

シイナはにっこり笑ってそう答えた。

 

「ハハハ。これは一本取られたな。シイナ、アップに付き合ってくれ。」

 

「お任せを!」

 

「俺も付き合うぜ!ふうちゃん!」

 

「フシカワさんはユタさんといつもみたいにイチャイチャしてて下さい!」

 

「シイナちゃん!?」

 

そう言って3人は学内バトルスペースへと足を運びプロデューラーを迎える準備をする。

 

「――ということで今回来てくれる現役プロデューラーはテスタメント使いのゲッコウ・フミヤくんだ。」

 

「ゲッコウ・フミヤですか。」

 

――ゲッコウ・フミヤ。高卒3年目の現役ルーキーとして知られるデューラーである。愛機のテスタメントを操り昨年はリーグで新人王を受賞している。またリーグチャンピオンのアララギサワラとも激戦を繰り広げその実力は3年目ながら既にリーグトップレベルとも言えるだろう。

 

「ふうちゃん、どうした?ビビってちびりそうか?」

 

「まさか。いくら新人王獲ってもサワラよか弱いんだろ?」

 

強気な物言いをするフウト。その裏側には3年で結果を残せなかった自分自身に負い目を感じた強がりが隠れているのだろうか。

 

「相変わらず強情だなぁ。とりあえず今日勝てば俺から紹介できるデューラーはあと1人。まあ先生からのめんどくさい課題も今日を含めてあと残り2つってわけ。せいぜい頑張るんだよ。」

 

アララギの方も相変わらずの様子でゆるゆると話す。

ちなみにだがアララギはテルキとタロウを呼んだ後も次々とデューラーを大学に招きフウトと戦わせた。これまで2人を含め8名のデューラーが呼ばれたがフウトは全戦全勝。フミヤに勝利すれば9連勝となる。決して対戦したデューラーの質が低いわけでなく最低でもプロの下級ランクと戦ってきた。

 

フウトとフミヤ、お互いに勢いに乗っている状態で面白い試合になりそうだ。客観的にみればフミヤの方が実力は上だがこういう試合はどう転がるか分からない。

 

試合がはじまる時間まで刻一刻と過ぎていく。

 

「――お待たせしました。ゲッコウ・フミヤです。」

 

黒髪で服装はスーツといったいかにも誠実かつデキそうな青年が部内のバトルスペースへと姿を表した。右手にはガンプラを入れてあるアタッシュケースをもっている。

 

「ふみちゃん、よく来てくれたねぇ!ありがとう。」

 

もはや部の顔、渉外担当のアララギがにこやかに青年を迎え入れる。

 

「こちらこそ。招待ありがとうございます。」

 

「いやいや、もううちの狂犬はスタンバイしてるみたいだから行ってあげてね〜。」

 

フミヤはフウトにも挨拶しようとしたが、フウトはフミヤに目を合わせる事なくGPDの筐体へと向かう。

これから戦う相手なのだ。もし視線が合いこちらの考えている事を悟られるようなことがあってはならない。

 

「――とんだアマちゃんが来たもんだな。」

 

フウトはそう呟き自分のガンプラをセットする。

 

「まあいいや。めんどくせえやりとりは置いといてあとはコイツで語り合おうや新人王……!」

 

「――イヌハラ・フウト。あのイヌハラ・ユウキさんの弟でサワラさんのライバル。ある意味で伝説のデューラー……。」

 

「相手にとって不足なし!やるよテスタメント!」

 

 

Futot'sMobile Suit

Justice Kaiser Infinity

      VS.

Fumiya'sMobile Suit

Testament Gundam

 

カードキーを差し込みお互いの情報が現れる。フミヤを映し出したディスプレイには新人王受賞のアイコンが刻み込まれている。

 

「ジャスティスカイザーインフィニティ、出るぞ。」

 

「テスタメントガンダム、行くよ!」

 

赤い2機が出撃する。ステージは渓流。現実世界とリンクしているのかあたりは色付いていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

――テスタメントガンダム。公式なガンプラバトルの規定では1/144が規格となっているのだがこのテスタメントはキット化していない。故にこれはフミヤの自作である。自作とはいえかなりの完成度であり左腕に装備された「トリケロス改」も完備されている。

 

フウトはいつも通り様子見をしても良かったが、もし相手が自分のバトルスタイルを少しでも予習しているならとたかを括り先手に出た。ある意味ではギャンブルである。

 

「見つけた…!」

 

ジャスティスカイザーは渓流から少し離れた草原にいるテスタメントを見つけビームライフルのトリガーを引く。

 

「向こうから来た!?」

 

少し想定外の行動に面食らうフミヤであったがここは冷静に左腕に装備された大型武器トリケロスで防御する。

フウトは防御している間に距離を詰め寄りビームサーベルでさらに連撃。

しかしテスタメントは攻撃を耐え凌ぎバックステップで距離を取る。

 

「あの左腕厄介だな…。」

 

機体のプロポーションからは歪とも言えるその装備。攻守にわたりあの機体の核となる部分だろう。

 

一方でフミヤは少し焦っていた。少なからず自分が知っている「イヌハラ・フウト」ではないということに。フミヤの中のフウトはもっと「待ち」のイメージがあったのだ。

さらに先手を打つのがこちらの動揺を誘う"ハッタリ"にしたら先程の速く鋭い攻撃はあまりにも出来過ぎである。

 

「これは思った以上に厄介かも…。」

 

お互いに距離をとった後に睨み合う。どちらが先に仕掛けるのか、バイタルエリアに潜り込むのか。

 

「今度はこっちから行くよ!」

 

次はテスタメントがビームサーベルでジャスティスカイザーへと攻撃する。

初撃は避けられ二撃目も切り払われた。攻撃を振り切ったジャスティスカイザーが自分の攻撃へと切り替えようとした瞬間、歪な左腕に取り付けられた剣が目の前に現れた。

 

「なんだと…!?」

 

「本命は取っておくものさ!」

 

そのまま左腕は呑み込むようにジャスティスカイザーの胴体を突き刺す。その大きさと不意打ちから流石のフウトもキャンセリングやカウンターを行えなかった。

 

「くっ…。」

 

「まだまだ!」

 

さらに突き刺した状態からトリケロスに装備されたビーム砲をゼロ距離で放つ。

 

「これは流石にやばいッ!!」

 

とっさにフウトはバックパックに装備されたドラグーンをトライアングルの陣形にしバリアーを形成する。しかしあまりにも急だったためバリアの出力は弱く全てを防ぎきれなかったがなんとか致命傷は避けた。

 

「ドラクーンバリアー……。こんなものまで…!!」

「でもこれで終わりだ!」

 

剣を引き抜きビームサーベルでテスタメントはジャスティスカイザーに斬りかかる。

 

「甘いんだよ!新人王!」

 

なんとか致命傷を避けたジャスティスカイザーはその右腕をビーム刃がついた脚で蹴り落とす。

 

「ここでカウンター!?」

 

フミヤは純粋にフウトのカウンターの技量に驚いていた。あれだけの攻撃を受けてなお正確なカウンターを決めれるデューラーはプロの世界でもそうそういない。

 

さらにジャスティスカイザーはバックパックからブレードを一本取り出し、本体と切り離す。

 

「ブレードを使う時は身軽な方が良くてな!」

 

フウトは狙いを左腕に定め斬りかかる。

 

「くっ、さっき右腕を落とされたのが痛いッ!」

 

しかし流石プロデューラーである。フウトの攻撃を上手くトリケロスの表面で防ぎながら距離を取る。

また先程のビーム砲をこの距離からもう一度受ければひとたまりもないはずだ。

そうフミヤは思っていた。

 

「一気に攻めるッ、攻め切るッ!!」

 

フウトはさらにギアを上げ攻撃を行う。対してフミヤは呆然一方である。

 

「――この人、こんなに近寄って怖くないのか…?」

 

そんな思考がフミヤの頭をよぎる。

 

「うっ!」

 

迷いは戦いに負の効果をもたらす。トリケロスではないが左肩をジャスティスカイザーの攻撃が掠める。フウトは少しずつフミヤの動きを捉えはじめていた。

少しでも気を抜けばフウトの鬼神の如く攻撃に押し負けそうだ。

 

「だけどッ!」

 

しかしフミヤも守ってばかりではなかった。守りながらビーム砲をどこで撃つかのタイミングを見計らっていた。

 

「ハァハァ…。まだ落とせやしねえ。こいつバケモンかよ…。」

 

フウトにも疲れが出ていた。

今がチャンスである。

 

「そこだぁぁぁぁっっっ!!!」

 

疲れて動きが一瞬止まったジャスティスカイザーに向けてフルパワーでトリケロスに装備されたビーム砲を放つ。

 

ビーム砲を放った先にジャスティスカイザーの姿はなかった。

 

「どこだ!?」

 

「――見切ってんだよ、お前の射線は。」

 

ビーム砲を避けたジャスティスカイザーは低い姿勢でテスタメントの懐に入りブレードを構えていた。

 

「そんなッ!?あんな体勢で!滅茶苦茶だ!」

 

「滅茶苦茶なのはてめーの左腕だよッ!!」

 

スパッ。

 

ジャスティスカイザーは鋭く速い一撃でトリケロスごと左腕を切断した。

 

「まだだぁぁっっ!!」

 

テスタメントは怯む事なくこちらへと突っ込んできた。

 

「何ッ!?」

 

勝利への執念。やはり彼もプロデューラーなのだ。譲れないものがある。

フウトは一瞬反応が遅れテスタメントに背後から取り憑かれた。テスタメントは両腕がないため両脚でがんじがらめにしている。

 

「最後まで諦めないッ!!」

 

なんとテスタメントはバックパックを隠し腕のように変形させた。

 

「おいおい、まじかよ…。」

 

その巨大な腕を見てフウトは思わず苦笑いをこぼす。

 

「言ったでしょ?"本命"は最後まで取っておくって!」

「次はさっきみたいには行かないよ!!」

 

禍々しく第3の腕として現れた武装はいわゆるスキュラと呼ばれるものだった。そしてこれは従来のテスタメントには装備されていないものでフミヤのオリジナルギミックである。

これはやばいと思ったフウトはなんとかテスタメントから離れようとするが離れられない。

 

「くそっ!無理か!」

 

「イヌハラさん、これで終わりです!」

 

チャージが完了したスキュラはジャスティスカイザー目掛けて放たれた。

 

この距離からとどめとして放つには十分な火力であった。ジャスティスカイザーの頭は吹き飛びダメージを受けた部分は焼け焦げている。

 

しかしどういうことだろう。

 

テスタメントのボディはが上と下で真っ二つにされ再起不能となっていた。そして第3の腕は渓流の浅い水場に転がっている。

 

「何が起きた…?」

「勝負を決めたのは俺はずじゃ…?」

 

「なんとか、間に合ったみたいだな…。」

 

ふぅと息をこぼすフウト。上空にはジャスティスカイザーが切り離したバックパックが弧を描き飛んでいる。

 

「なるほど…からくりはあれか…。」

 

「本命だか切り札だかは最後までとっておくんだろ?」

 

―battle end―

 

winner Futo

 

なんとあの絶望的な状況を自動操作できるバックパックの突撃で切り抜けたようだ。ギリギリの瞬間でバックパックに取り付けられたファトゥムのビーム刃がついたウイングでテスタメントを切り裂いたようである。

 

「対戦ありがとうございます。イヌハラさん。」

 

「こちらこそ。テスタメントを作るだけじゃなくここまで操るデューラーがいるとはな。流石プロって奴だな。」

 

「いえいえ、結果は勝てませんでしたから。それにイヌハラさんがこんな攻撃的な戦術を用いるとは思っても見ませんでした。」

 

「まぁ、人は変わるもんだよ。」

 

フウトは天を見上げながら言う。

 

「やったな!ふうちゃん!」

 

「フウトくんおつかれさま。」

 

「イヌハラさん!最後までハラハラさせないで下さい!」

 

みんながこちらに駆け寄る。自分の事のように喜んでくれているのが伝わってくる。そのみんなの顔を見て自分も嬉しくなった。

 

「ふうちゃん、これで俺から出せる課題は次で最後だ。」

「次の相手は俺が知る中で一番強いよ。」

 

「一番強い…ですか。」

 

「まあ最後の相手がこっちに来るまでは少し時間がかかるみたいだし準備するなり、息抜きで行きたいところがあるなら行ってきてもいいよ。」

 

アララギはそう言ってフミヤにバトルのフィードバックをし去っていた。

 

そうこうしているとフミヤと目があった。

 

「――君はその眼のまま突き進め。」

 

「え?」

 

フウトはそう言ってフミヤとすれ違った。

 

「――イヌハラさん、またやりましょう。」

「今度はプロリーグで。」

 

フミヤもまたテスタメントを利き腕の中に握りしめその場を去った。

 

 

――翌日。

 

フウトは早朝のランニングに姿を現さなかった。アララギの言いつけ通り行きたいところに行ったのだろうか。

 

「あれ?イヌハラさん今日いないんですか?」

 

「あぁ、なんでもふうちゃんはお墓参りに行くとかなんとか。」

 

「え!?お墓参り!?一人で!!?」

 

「そりゃ一人でいくだろ。」

 

「もー!イヌハラさんのバカ!!」

 

「どうしたんだシイナちゃん。落ち着け。」

 

どうやらフウトは両親のお墓参りに行ったようである。しかもフウトの実家は四国。北海道からはかなり距離がある。

 

「昨日もゲッコウさんとのバトルの後に私とバトルしてくれるって言ったのに早めに上がってたし、お墓参りだって私と行く約束してたのに、イヌハラさんなんてもう知らない!!」

 

「ふうちゃん…。罪な男よ…。」

 

「フシカワさんもぼーっとしてないで私の相手して下さいよ!あーイライラする!イヌハラさんのばーか、もうしらない、ばーか、ばーか。」

 

「……。」

 

――四国

 

「アスミ家之墓」

 

「――今年は来るのが遅くなってごめん、父さん、母さん。」

 

「まあ色々あってね。今は北海道にいるんだ。」

 

「また、ガンプラバトルをはじめたんだ。もう負けないよ。絶対、誰にも。」

 

「俺は自分の運命を変えて見せる。だから見ててくれると嬉しいな。」

 

フウトは両親の墓の前で自分の気持ちを吐露する。あまり人に弱みを見せないフウトだ、こんな時くらいは気を抜きたいのかもしれない。

 

――旧姓「アスミ・フウト」

5歳の頃に両親を亡くしイヌハラ家に引き取られた。

彼はまだ小さいこともあってあまり両親との思い出を覚えていない。しかし幼き日の手を大きな手が握ってくれていたぬくもりだけははっきりと覚えている。

 

今の自分を見て両親は自分の生き方を肯定してくれるだろうか。フウトはたまにそういったことが頭によぎる。人に胸を張って生きれるほど真っ当な人生は送っていない。ニートもホームレスも経験した。

 

それでも、それでもと。あと少しのところまできたとフウトは勝手に思っていた。最後の相手を倒せば自分はもう一度やり直せると思い込んでいた。

 

「――そろそろいくか。」

 

フウトは水を入れていたバケツを持ち帰ろうと顔を上げた。

 

「――え?」

 

墓地に入る狭い入り口の部分から背の高い青髪の青年がこちらへと歩いてきていた。

 

そんなはずはない。だって。

 

だってあなたは。

 

「やぁ、ふうちゃん。久しぶりだね。」

 

「兄さん……?。」

 

イヌハラ・ユウキ。フウトが引き取られたイヌハラ家の長男で戸籍上フウトの兄にあたる人物だ。

そして、このユウキこそがフウトにガンプラの世界へと誘った張本人である。

 

しかしなぜ兄がこんな辺鄙な地にいるのか、フウトには理解できなかった。兄は今アメリカのリーグに所属しシアトルに在住しているはずなのだ。

 

「兄さんなぜここに…?」

 

「久しぶりに帰国していてね。愛する弟を探してきてみたんだけどまさか本当にいるとはね。」

「実に5年ぶりかな……?」

 

「俺がプロを辞めて会ってないからそれくらいになると思う.。」

 

兄弟の仲が決して悪いわけではない。むしろ仲はいい方だ。しかしフウトは兄に今の自分を見られたくなかった。闘いに破れ地に堕ちた惨めな自分を。哀れみや同情という感情も持たれたくなかった。

 

「俺さ、もしかするとふうちゃんを不幸にしたんじゃないかなって思ってるんだ。」

「俺がふうちゃんにガンプラを教えなければ、いや俺がガンプラをしていなければふうちゃんはもっと違う人生を歩めたのかなってさ。」

 

「そんなのエゴだよ。俺には才能がなかった。それだけだよ。」

 

「……。アララギ先生に聞いたよ。プロに戻ろうとしているんだって?」

 

そんな事を兄にだけは知られたくなかった。フウトは無意識のうちに優れた兄に劣等感を感じていた。

その感情は昔からあったものだったがプロになってからはより顕著に表れた。

 

「……。」

 

フウトは黙り込む。今いいところなんだ、今さら兄貴面して俺に届かない夢をみるなってそう言いたいのか。説教ならよそでしてくれ。俺はもう子供じゃない。そんな事をフウトは思う。

 

「正直言うと俺はふうちゃんにプロになって欲しくないんだ。ガンプラが原因でふうちゃんにもうあんな思いをして欲しくないんだ。」

「ふうちゃんにはただただ楽しんでガンプラバトルをして欲しいんだ。」

 

「それは自分の責任になりたくないから?」

 

兄が言う気持ちもわかる。それを分かっていて兄を責めるような言葉を使う自分が嫌いだ。

 

兄はプロの第一線で活躍するような人だ。プロの世界で活躍するということは一見華やかに見えるがその分人知れず苦労も多い。

常に勝ち続けねばならないというプレッシャー、若くして成功すればその分他人から妬まれ嫉妬される。あいつさえいなければ、あいつは調子乗っている、あんな若造はすぐにいなくなる。そんな風に思われながら戦い続けなければならない。

成功するためには実力だけでなくメンタルの強さも求められる、あとは運という要素も重要だ。

 

フウトにはその全てが足りなかった。特に運に関してはからっきしだ。

 

「ははは。そうもしれないね。ズルい兄ちゃんでごめん。」

「――でも、ふうちゃんが本気だって言うのなら話は別だよ。」

 

鋭い目がフウトの目と合う。思わずに唾を飲み込む。

 

「なーんてね。じゃあ待ってるよふうちゃん。」

 

そういってユウキはワインを墓の前に置き去っていった。これがアメリカンお墓参りなのだろうか。

 

「――これ俺の好きな酒だ。」

 

フウトは昔兄に成人祝いで飲ましてもらったヴェネツィア産のワインが好物であった。その後は高価なもののためあまり飲んだことはなかったがあの一口が何年経っても忘れられない。

 

冬の始まりを告げる冷たく乾いた風が立ち尽くすフウトに吹き付けていた。

 

舞い落ちた花弁は粉雪に変わっていく。

 

フウトはひしひしと舞い上がる妙な気持ちを必死に抑えていた。

 

─それは晩秋と呼ばれる季節のことであった。

 

(続く)




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第九話「白昼夢」

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フウトが北海道に戻った頃には辺りはめっきりと白銀の世界と化していた。道路が凍結しており愛機のいぬこ号を走らせる事は困難であり渋々バイクは輸送してもらいフウトはタクシーで帰ることにした。

 

兄との偶然の再会。

 

あれは本当に偶然だったのだろうか。疑問を持つフウトの頭にはある言葉がよぎる。

 

「―次の相手は俺が知っている中で一番強い。」

 

アララギの最後の課題。

彼が知る最強のデューラー。言われてみればユウキはそれに値するに十分過ぎる人材だ。

 

「―だとしたら…。」

 

だとしたら。アララギ先生はあまりにも意地悪であるとフウトは思う。

これまで彼は兄ユウキに勝利した事は一度もない。まぐれでも勝った事すらなかった。

加えてフウトにとって、勝利経験だけでなくユウキ個人へ強い思いを持っている。兄に憧れてはじめたガンプラバトル。兄のように強く、たくましく、優しくなりたかった。ガンプラバトルを始めれば自分もいつしかそうなれると思っていた。いわば目標というやつで彼はいつも兄の背中をみてその後をずっと追っていた。

 

兄という存在を超えなければならない状況だが、フウトにとって「イヌハラ・ユウキ」という存在はあまりにもトクベツなのだ。

 

それは今も昔も変わらず。

 

だからこそ。

 

だからこそ……。

 

「―負けたくない…。」

 

フウトは両手に強く握り拳を作る。

 

「―お客さん、何か悩み事かい?」

 

「えっ、あっ、はい…。」

 

タクシーの運転手に急に話しかけられたフウトは驚き上手く答えられない。

 

「ははは。悩める事があるなんていいじゃないか。」

「私も若い頃はよく悩んだものだよ。例えば、そう。なんでこんな仕事してるんだろうって。なんで毎日人を乗せてお金を貰ってるんだろうって。誰に命令されたわけでもなく、自分で選んだ仕事なのにね。ついつい意味のない事を考えてしまうんだよ。」

 

「…。」

 

「でもね、その意味のない疑問もいずれ意味をなす時が来るんだよ。」

「うーん、そうだねぇ。これは実体験だけど雪でバスが止まって試験会場に行けない受験生を見かけて無賃で会場まで連れて行った時に『ありがとうございます。本当に助かりました!』って満面の笑みで言われた時なんかは『この仕事しててよかったなあ』と心から思うんだ。」

 

「人の心を動かすっていうのかな。やっぱり仕事にはそういったものが大事なんだよね。」

 

「おっと、話が脱線してしまったね。まあ人生の先輩から言えることは『若い時は悩め!』悩みながらも続けていけばどこかで君を救ってくれるものもあるってわけだ。」

 

だいたい50歳くらいのタクシーの運転手は語る。

 

「―続けることって何より難しいですよね。」

 

「そうそう。そういう事がサラッと言えるとは、案外お兄さん人生経験豊富だったりするのかな?」

 

「いえ、運転手さんほどではありませんよ。」

 

そうこうしていると目的地である大学の前まで着いた。

 

「お兄さん、頑張ってな。」

 

「ありがとうございます。ではこれで。」

 

そう言ってフウトは運転手にチップを渡し降車する。

 

運転が心を動かす。

その姿勢はまがいもない本物の"プロ"の仕事だとフウトは思う。

 

「俺にもいつか出来るかな、そんな仕事。」

 

そんな事を思いながらフウトは久しぶりのバトルスペースに顔を出しにいく。

 

その途中の通路でシイナの姿を見かける。

 

「……。」

 

一瞬目があった気がしたが無視された。いつもはシイナの方から話しかけてくるため不気味である。

 

「シイナどうした?元気でもないのか?」

 

「……。」

 

ガン無視。まるでこちらの存在を認知していないかのようだ。

 

「シイナ…?」

 

「……。」

 

ギロリ。睨まれた。いつもは可愛らしい表情のシイナだが本日はご機嫌斜めである。

 

「怒ってる…?俺なんかしたか…?」

 

「別におこってませーん。」

 

「いや、それは怒ってる奴が言う言葉だろ。」

 

「わたしが使うとおこってないんですー。別にイヌハラさんの事とかもう知りませんってだけですー。」

 

「おいおい。どういうことだよ。」

 

「質問ばかりじゃなくて少しは自分の頭で考えてみたらどうです?」

 

フウトは最近の自分の行動を振り返ってみるがシイナが怒りそうな事をした覚えはない。あるとしたら冷蔵庫に入ってたプリンを食べた事か?

 

これだ。これに違いない。

 

「もしかして冷蔵庫にとってあったプリン食べたから怒ってる?」

 

「えぇ!?無くなってたプリン食べたのイヌハラさんだったの!?」

 

「あ、言わなきゃよかった。」

 

どうやらハズレのようだ。とすると。

 

もしかして。

 

「……もしかして墓参りの事か?」

 

コクリと小さく頷くシイナ。どうやらこれは当たったらしい。

 

元々お墓参りに関してはシイナが提案してくれた事だった。そんな事はすっかり忘れて自分の都合で動いていた自分が情け無い。謝らなければならない。

 

「ごめん。シイナ。一人で行っちゃって。」

 

「別にいいですけど…。でも行く時は一言くらい声かけて欲しかったな…。」

 

シイナは目を逸らしながら言う。フウトにはこれが何を意味しているのかよく理解できない。

 

「そんなことより、人が待ってるみたいですよ?」

 

「やっぱりか…。」

 

やはりあの人がいると言うことなのだろう。これで確信を得た。

 

「……行ってらっしゃい。」

 

「……行ってきます。」

 

シイナは手を振りフウトを送り出す。

 

フウトはシイナと目を合わせ軽く頷きバトルスペースへと向かう。

 

「……ばか。イヌハラさんのばか…。」

 

──フウトはバトルスペースについた。3日来ていなかっただけで久しぶりのように感じる。そう感じるほどにここに毎日来ては帰る繰り返しをしていたのだろう。

壁は白く無機質な空間。今日は珍しく人もいない。

 

いや、いる。人の気配だ。入り口から一番離れた筐体の前に青い髪の男が一人立っている。

 

「ふうちゃん、待ってたよ。」

 

誰もいない空間に聞き慣れた声が響く。

 

「先生からだいたい話を聞いてると思うけど最後の相手は俺だ。」

 

「ふうちゃんの覚悟、見せてもらうよ。」

 

フウトは無言でユウキの方へと向かう。カタッ、カタッといつもは気にならない靴の音が今日はハッキリと耳に入る。聞こえてくるのは靴の音だけではない。ドクン、ドクンと心臓の鼓動の音までもが苦しいほどに聞こえる。

 

収まれ。収まれ。そう思いながら兄に近づいていく。兄はこちらをジッと見ている。まるで挑戦者を迎えるように。

 

憧れ、嫉み、感謝、フウトの頭の中に色々な感情が入り混じる。

それでもひとつだけ、ただひとつだけ頭と心で理解している事がある。

 

──勝ちたい。

 

その気持ちだけは確かだ。どんなに鼓動が高まってもこの気持ちさえあればどうにでもなる。あとは身体が勝手に動く。

 

気づけばフウトはユウキの目の前まで来ていた。

そして兄の目を見て息を吸う。

 

「……兄さん、俺は勝つよ。」

 

ユウキはその言葉を聞きくるっと振り返る。それ以上何も答える事はなくGPDの筐体へと向かっていった。

これ以上言葉で語る事はない。

あとはガンプラバトルで表現するだけ。

 

この数ヶ月間北海道に遊びに来たわけではない。血の滲むような努力を毎日重ねてきた。そして多くの出会いが自分を強くしてくれた。それを強く実感している。昔の自分とは違う。フウトは自分にそう言い聞かせる。

 

「──相棒、やれるな?」

 

フウトは少し震えた左手でジャスティスカイザーをセットする。

 

「……今日ここで、兄さんを超えるッ……!!」

 

Futot'sMobile Suit

    Justice Kaiser Infinity

      VS.

Yuki'sMobile Suit

Gundam Sophiel

 

「ジャスティスカイザーいくぞ!」

 

「ガンダムソフィエルいくよ!」

 

ステージは雪山。あたりには真っ白な銀世界が美しく広がる。

 

ジャスティスカイザーとガンダムソフィエル。

赤と青の兄弟機が今まさに交わろうとしている。

 

「やっぱりソフィエルで来たか…。」

 

フウトはユウキの機体データをディスプレイで確認するとその名を呟く。

 

 

【挿絵表示】

 

 

ガンダムソフィエル。

イヌハラ・ユウキが高校時代から愛用し続ける機体。ケルディムガンダムとガンダムエクシアをベースに作られたこの機体は長い年月と共に常にアップグレードされ洗練された王の機体。かなりシンプルな構造であるがその分精密なところまで作り上げられている。堅実な作りがユウキの性格を表している。

ジャスティスカイザーと対をなす青色はまるで2人の兄弟を表しているようである。

 

「ジャスティスカイザーか…。変わらないなふうちゃんは…。」

 

ユウキは先にフウトのジャスティスカイザーを目視する。この2機は2人がはじめてガンプラバトル用にオリジナルの機体として作り上げたものであった。

共に闘い競い合った2機が今またこうして同じ舞台に上がるのも運命なのだろうか。

 

「くっ…。」

 

先手を仕掛けたのはユウキのソフィエルであった。

右手に装備されたレールガンが正確に発射されジャスティスカイザーの左腰を掠める。

さらにもう1発、2発と容赦のない攻撃が続く。辺りは雪で見えづらく砲撃元も目視出来ず避けにくい。地形を存分に活かした闘い方だ。

 

「見えなきゃ、無理やり引きずり出すまでだ…!!」

 

フウトは砲撃を避けドラグーンを射出する。砲撃が放つ先に目星をつけ遠隔での射撃を行う。

白い世界の中に桜の花弁のようなドラグーンが幻想的に舞う。

 

「…!?ドラグーンか!」

 

ユウキはドラグーンの存在にいち早く察知し小回りが効くビームライフルに武装を持ち帰え対応する。

 

「そこかッ!」

 

フウトはビームライフルの位置からソフィエルの位置を推測しバーニアを加速させる。

しかしそこに青い機体の影は無い。

 

「…!?」

 

「―迂闊だったねふうちゃん」

 

どうやらフウトの推測は間違いだったようである。背後からソフィエルがビームサーベルで斬りかかるが持ち前の超反応で回避する。

 

「相変わらず無茶苦茶な動きだね!」

 

「このくらいやってのけなきゃ勝てねェよ!」

 

ユウキは一旦バイタルエリア内から離れ距離を取る。それに対してフウトはビームサーベルで追い込もうとするがビームライフルで牽制し簡単に近づかせない。

ポジショニング、射撃、タイミング、周囲の活かし方。どれをとっても今までの相手とは格が違う。一つ一つの動きが洗練されており無駄がない。これが一流の動きなのか。

 

「だからって引くわけにはいかないんだよッ!!」

 

ジャスティスカイザーは2本のブレードを構え距離を強引に詰めようとする。

 

「こっちも簡単に近づけるわけにはいかないよ!」

 

ユウキも負けじとビームライフルでの牽制を厳しく行う。フウトは多少のダメージを覚悟し距離を詰め寄る。1発、2発と期待のボディを掠めるがもろともしない。

 

「こいつでもう逃げられねェ!」

 

「ふうちゃんが…近接戦…!?」

 

ユウキの記憶ではフウトはあまり好んで近接戦を行うというイメージはない。故に少し動揺する。しかしすぐにこれがアララギに仕込まれたことなのだろうと思いニヤッとする。

 

「じゃあ見せてもらおうかな!得意なんだろ?ブレード!!」

 

「言われなくてもッ!!」

 

フウトは挑発に乗り少し力む。力が入ればその分ブレードにしなりは無くなりうまく当たらない。

力任せに振るっても当たらない事はフウトも頭では分かっているのだが気持ちばかりが先走る。

 

「こんなもんかい!?」

 

ソフィエルはビームサーベルでカイザーの右手のブレードを振り落とす。さらにもう片手に装備したビームライフルで追い討ちのように射撃。フウトもこれには後方に距離を取るしか無い。

 

落ち着け。落ち着けと心の底から叫ぶ。

自分の力をここで発揮できなければ一生後悔する。

 

フウトは一度大きく深呼吸をする。

 

「ふうちゃん!もう終わりかい!?」

 

ユウキは待たない。容赦のない射撃がフウトを襲う。

 

「………脱力………。」

 

「──見切ったッ……!!」

 

フウトはユウキの射線を完全に読み柔らかい動きで次々と交わしていく。

 

「射線を読んでいるのか…!!」

 

ユウキはニヤリと笑い接近してくる弟に対し次はビームサーベルを構える。

 

「さぁ、北海道仕込みの技を見せてみなよ!」

 

ジャスティスカイザーはスッとソフィエルに近づき抜刀の構えをする。そしてそのまま一気に踏み込む。

 

「強く…。強く…!!」

 

そうはさせまいとソフィエルはブレードの向きにビームサーベルを当てに行く。

 

「強く…踏み込むッ…!!」

 

「速いッ!!」

 

フウトには一瞬の光が見えた。

 

当てに来たビームサーベルを勢いで跳ね除けソフィエルのボディを目掛けて腕を伸ばす。

 

「捉えた!これなら届くッ…!」

 

この攻撃が入ればフウトが有利になる。あと少し、あと少しで対象物に到達する。フウトの視界はゆっくりと動く。

 

「…!!」

 

なんとソフィエルはその攻撃を身体をそることで神業的に回避した。ジャスティスカイザーの渾身の一撃は不発に終わる。

 

「残念だったね。ふうちゃん。」

 

「…。いいや、そうでもないさ。」

 

ん?とユウキが首を傾げた瞬間どこからともなく4基のドラグーンが現れソフィエルに対し一斉放火。

 

「兄さんなら避けるって信じてたよ。」

 

「──そしてこれが本命ッ…!!」

 

ソフィエルはあれほどの攻撃を受けてもひとたまりもない。そこにもう一度ジャスティスカイザーは居合の構えで向かっていく。

 

「くそっ!鬱陶しい!」

 

居合がもう一度来ると流石に危険と察知したユウキはとにかくドラグーンを墜とそうと意識をそちらに傾ける。

 

「へっ、残念こっちだッ!」

「うぉぉ!ブゥゥゥメランッ!!」

 

フウトは相手の逆手を取るようにシールドに取り付けられたビームブーメランを投げ飛ばす。

 

「しまった!?」

 

てっきりもう一度ブレードによる居合が繰り出されると思っていたユウキは不意をつかれる。

ドラグーンによる射撃と向かってくるブーメラン。

これらを同時に受け動きが止まる。

 

「こいつでしまいだぁぁぁぁ!!!」

 

バーニアを最大加速させソフィエルに目掛けて一直線。

ここで断ち切る。なにもかも。

緋色の剣先が雪雲から差し込む日で光る。

 

―─兄を超える。

 

ジャスティスカイザーの重く鋭い一撃がガンダムソフィエルを斬り裂く。ジャスティスカイザーの武装をありったけに使ったコンビネーション技でついに対象を捉えた。

 

「ハァハァ…。」

「やったか…?」

 

今のは一撃必殺と言っても過言でない威力であった。フウトもかなりの手応えを感じている。

 

「……今のは危なかったよ。ふうちゃん。」

 

ガンダムソフィエルは眼光を鋭く光らせゆっくりと立ち上がる。

 

「兄さん…。」

「……アンタはやっぱりすげえよ……!!」

 

フウトは若干引き笑いをしながら再度武器を構える。

 

「さてそろそろ俺の方からも行かせてもらうよ…。」

 

雰囲気が変わる。これまで様子見をして試しているようなユウキのギアが一気に上がる。

 

「……早いッ!!」

 

ガンダムソフィエルは姿を消し雪と共に現れ攻撃を行う。

しかしこれに負けじとジャスティスカイザーも応戦。

 

「じゃあこれにはついて来れるかな?」

 

さらにスピードが上がる。もはやフウトの眼でも目視できない。どこからともなく現れるビームライフルの射撃とビームサーベルの連続攻撃がジャスティスカイザーを襲う。

 

「くっ…。」

 

呆然一方。この攻撃を受け止め切る方法は一つ。

フウトが最も得意とする技。

 

「そこだぁっ!」

 

目の前に一瞬現れたソフィエルを見逃さない。ビームサーベルによる攻撃をギリギリでよけ得意の足蹴を繰り出した。

 

「効かないッ!!」

 

「嘘だッ!?」

 

フウトが最も得意とする技。それはカウンター。フウトの並外れた動体視力と反応があってはじめて成立する。これは天性的な能力であり、そう簡単に身につくものではない。

 

しかしたった今、その攻撃を完膚なきまでに無効化された。足蹴りはソフィエルの高速移動により避けられ逆に脚を掴まれている。

 

「ふうちゃん、俺はその能力がずっと羨ましかった。」

「俺にはないその眼と反応速度。どうして俺には無いんだろうって妬んだこともあった。」

 

ユウキは脚を掴んだまま言う。なんだよいまさらとそんな風に聞くフウト。

 

「でも今は…そうは思わないッ!!」

「特別な能力がなくても、何も持ってなくても俺は頂点に立ったッ…!!」

 

ユウキはジャスティスカイザーの脚を曲がらない方向に力を加える。負荷がかかりバキバキと出てはいけない音が出ている。

 

「兄さんに何も無い…?」

 

フウトは絶対絶命の危機の中、兄の言葉を不思議がる。

フウトにとってのユウキは少し天然で抜けているところや酒癖が悪いと言ったところもあるが誰よりも優しく、強く、カッコ良かった。親のいないフウトにとっては憧れの的であった。

その影を追い少しでも近づこうと努力した。

 

しかしフウトから見たユウキとユウキ本人は違う。生まれ持って飛び抜けた能力はなく全てが平均的。そんな自分が嫌で血の滲むような努力を小さい頃からしてきた。弟ができ自分が手本にならなければとさらに想いは強くなった。

 

世の中には「基本が出来ればあとは応用が効く」という言葉がある。これはあながち間違いでは無くしっかりとしたベースがあればあとはなんとでもなる。

ユウキは基本技術を極め続けた。当たり前のことを当たり前にこなせることに加えその精度を極限まで高め続けた。

 

「俺はあまりに凡庸なんだ。でも凡庸も極めればそれは最強になるッ!!」

 

ソフィエルはジャスティスカイザーの脚を引きちぎる。これでカイザーは立てないどころかブレードも上手く使えない。

 

「くっ、こんなところで…!!」

 

ソフィエルは畳みかけるようにこちらへと向かう。

確かにソフィエルは特別な装備があるわけでもシステムがあるわけでもない。

非常にシンプルでオーソドックスな機体。基本に忠実なバトルスタイルのユウキとの親和性は高い。突出する目立った物はなくとも一つ一つのパーツ、動きが完成されている。

 

イヌハラ・ユウキ。基本を極め最強となった男。

 

フウトはその事実に今になって気づいた。

 

「ふうちゃんこれで終わりだッ!!」

 

「……だからって引けるかよッ!」

 

いや負けられない。状況に呑まれて負かされてはならない。

ジャスティスカイザーはいつのまにか自動操縦式のバックパックを分離させ自立出来ないカイザーを回収させソフィエルの攻撃を回避する。

 

「流石にしぶといッ!」

 

ソフィエルはジャスティスカイザーを乗せた飛行体の翼ををビームライフルで狙う。

 

「……トライアングルバリアーッ!!」

 

バックパックに装備されたドラグーンが三角形の陣形を取りバリアーを形成する。ジャスティスこれで身を固める。

 

「そんな小手先のものが通用するとでも!」

 

ソフィエルはトライアングルを形作る頂点となるドラグーンに対し正確かつ早い連射を行う。

ジャスティスカイザーはビームライフルで牽制を行いながら必死にそれを避ける。

 

「そこだッ!」

 

ソフィエルはドラグーンを1基、2基と連続で撃ち落としバリアーを解除させる。

万策尽きたか。

 

「……こうなりゃ賭けだ!」

 

「さあ来なよ!ふうちゃん!」

 

フウトはバックパックを最大加速させウイング部にはビーム刃を展開させる。片脚のないジャスティスカイザーにはもう特攻するしか他に手が無かった。

バックパックの上で低い姿勢を取るジャスティスカイザー。それを真っ向から受け止めようとするガンダムソフィエル。

 

「いっけえええええええ!!!」

 

ジャスティスカイザーはソフィエルを目の前にバックパックから降りる。

猛スピードで向かってくる飛行体を避ける事は不可能でソフィエルは真っ向から立ち向かうしかない。

 

「うぉぉぉぉぉおおお!!!」

 

一刀両断。ビームサーベルで向かってくるバックパックを真っ二つにした。パワー勝負を制したのもまたソフィエルだった。

 

「だけどそいつは囮だぁぁっ!!」

 

バックパックから降りたジャスティスカイザーがソフィエルの目の前に現れ片脚のない状態でビームサーベルを振るう。

 

「くっ、やるな!」

 

しかしその不意打ちにもアジャスト。フウトの賭けは失敗に終わる。

地に落ちていくジャスティスカイザー。それを見下すガンダムソフィエル。

 

「いいや!まだだ!!」

 

ジャスティスカイザーは片脚でなんとか体勢を保ち立ち上がる。

 

「それでこそだ!」

「だけどこれでジ・エンドだッ!!」

 

勝てない事は分かっていた。もう勝機はないと。それでも片脚で立ち上がり武器を持たずソフィエルに向かっていく。

 

「もっていけええええええ!!!!」

 

フルパワーのレールガンが無防備のジャスティスカイザーを撃ち貫く。

 

battle end

 

winner Yuki

 

ようやく長き兄弟の戦いに終止符が付いた。

 

勝利したのはイヌハラ・ユウキ。兄の方だった。

 

アンテナは折れ各部の損傷はひどく文字通り再起不能となったジャスティスカイザー。そして勝利した兄の顔。

 

負けたのだ。

 

結局、今日も勝てなかった。持てる力の全てを使っても兄には通じなかった。

 

「ふうちゃん。俺の勝ちだ。」

 

昔と変わらないその声と顔で昔と変わらないセリフを言うユウキ。

 

「しかしよくもまあこの短時間でここまで来るとは正直驚いたよ。」

 

「でもまだまだ俺の足元には及ばない。それがどういうことか分かってるよね?」

 

プロは勝ち続けることを求められる世界。その世界に行けば兄がいる。兄がいる限りフウトは決して1番にはなれない。それが分かっていてその業界に入るのはあまりにも酷だ。

厳しい現実を突きつけられる。

 

「次はデカい面した兄貴をぶっ倒しに来るんだよ?」

 

「言われなくても分かってるよ……。」

 

じゃ。とその場を去るユウキ。青い髪の毛が綺麗に舞う。

ユウキは「強くなったね」と決して言わなかった。それはまた今度。自分を打ち負かした日に取っておこうと思ったのだ。

 

「……はぁ。」

 

一気に肩の力が抜ける。これが現実。兄にはまだ遠く及ばない。今まで通用していたことがここまで通じないと自信を無くす。

このまま行けばもう一度プロの舞台に戻れると勝手にそう思っていた。そう思っていた自分が惨めだ。

 

まるで今までの事は白昼夢のようだった。思い返せばウチヤマ・ユウと戦ったその日から全てが現実と夢の狭間のようだった。アララギ・サワラに負けたあの日の事も今となっては夢なのか現実なのか分からない。

たった今言える事は、兄に負けたという事実。それだけが残る後味の悪い夢。

 

最後の試練はもう一度地に脚をつけてやり直せというアララギからのメッセージなのだろうか。

 

白く広い空間に1人、フウトは立ち尽くす。

 

「相棒、またイチからだな…。」

 

兄の領域に達するまであとどれくらいかかるのだろうか。バトル中に見せられたあの完成された無駄のない動きと機体。

フウトには果てしなく遠い道のりのような気がして不安な気持ちが少し募る。

 

人生とはうまくいかないものだ。

 

誰もが自分の都合の良いように生きたい。

 

だがそんな風に生きられる人はいない。いたとしてもほんの一握りだけだ。

 

イヌハラ・フウトにとって今日までの事は全て都合の良い夢であって欲しかった。

 

外をふと見ると世界は白く染め上げられ雪雲から隠れ出る日光が地表を照らしていた。

 

──それは儚く美しい銀世界であった。

 

(続く)



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第十話「memory of snow」

―午前5時

 

ピピッ。アラームが鳴る。1日の始まりを告げる合図だ。

 

イヌハラ・フウトは顔を洗い、服を着替え、歯を磨くといった朝のルーティンをこなすとすぐに家を出た。

冬になると外は雪が積もり当たり前のように行っていたランニングが出来ない。そのため近頃は代わりに大学周りの除雪活動を行なっている。

 

今日も冷えるな。

そう思いながら雪をかき分ける。ただ無心で目の前の白い塊をひたすらにかき分ける。これは少し清掃の仕事と似ていた。特に頭を使うことのない単純作業。今日のトレーニングの目的はどうだとか、相手の特徴や戦略はなんなのかガンプラバトルのように頭を使うこともない。

 

兄イヌハラ・ユウキに敗北を機して一週間ほど経った。どうして負けたのだろうと思い返す事もないほどに完敗であった。圧倒的実力差。兄はおそらく最後まで本気を出していなかった。

 

あの後アララギには特に声もかけられる事なく何も無かったかのように日々が過ぎていく。フウトもいつも通りトレーニングをこなしては寝る日々を送っていたがまるで生きた心地がしない。

 

別に自分に過度な期待をしていたわけではない。だが先の出来事がフウトにとっては厳しい現実を突きつけたことには他ならならなかった。

 

確かに今のままもう一度プロとしてやり直せば中堅レベルまでは間違いないだろう。しかしそれ以上となると難しい。人によれば中堅レベルでやってるだけ凄いじゃないかとそう言う人もいる。

 

それじゃだめなんだ。フウトのプライドと意地がそれを邪魔する。まだまだこういう所は子供なのだなと実感する。

 

プロデューラーなら誰もが最強を目指す。どんどんと新しい世代も入ってくるためそうでなければ生き残れない。ではその最強は誰だ。現役においてはワールドシップ3連覇を成し遂げたイヌハラ・ユウキ。結果的にそこに行き着く。兄を倒したい。フウトが行き着く答えは結局そこにあった。

 

このまま続けるべきなのか、やはり夢を見ていたと思い清掃員に戻るのか。フウトはそんな事を永遠と考える。

 

―――――――――――――――――――――――

 

「――そして、また大きくなって帰ってきなさい。」

「その時は私とガンプラバトルをしてくれないか?」

 

「――約束だ。」

 

―――――――――――――――――――――――

 

管理人の言葉が頭をよぎる。

一体どうしたらいいのだろう。

何も見えない道に迷い込んだようだった。

 

「―イヌハラさーん。手、止まってますよ。」

 

「あ、すまん。」

 

シイナの声が耳に入りハッとする。

 

「……。」

 

「……。」

 

そしてお互いに黙り込む。フウトはシイナに気を使われていると思い気まずくなりシイナもまたそんなフウトを見て気まずくなる。

 

この無言の圧力の中シイナはやや目を逸らしながらコホンと息をつく。

 

「―イヌハラさん、明日お出かけしません?」

 

「え?」

 

「え?じゃないですよ。」

「たまにはリフレッシュして下さい。いつまでもそんな顔されてるとこっちの気がもちません。」

 

「リフレッシュならしてるつもりなんだけどな。それに出かけるなら1人でも…。」

 

「あー、もう!女の子が気を使ってデートしましょうって歳上の男性に勇気出して言ってるのにそれは無くないですか!?」

 

ぷくっとほっぺを膨らませて言うシイナ。

 

「…それに、お墓参り1人で行っちゃいましたよね?今回はその分も含めてです!」

 

「あ、あぁ。その節は悪かった。じゃあ明日だな。うん?いや明日でなくても今日でもいいぞ?」

 

こういったことに慣れていないフウトは間違った気遣いをする。何事も早く済ませる事が正しいがこの場合は違う。

 

「―女の子には色々と準備があるんです!」

 

「す、すまない。じゃあ明日駅前に10時に集合しよう。」

 

顔を赤らめたシイナは小さく首を縦に振る。

自分から遊びに誘った恥ずかしさからかやりとりを終えると逃げるように立ち去った。

 

「―デート…か…。」

 

フウトは天を見上げながら呟く。

 

――後日

 

「―うーん、こっちの服がいいかなあ。」

「いや、イヌハラさんってキレイめの格好が好きそうかも…?」

 

「―って、わたし何考えてるんだろ!」

 

「あぁもうこんな時間、早く支度しなきゃ!」

 

慌ただしく準備するシイナ。これが女の子の準備というやつなのだろうか。可愛らしいものである。

 

「―よし。」

 

鏡には毛先まで綺麗に整った髪。ほどよく施されたメイク。しかしいつもよりアイラインがくっきりと引かれまつ毛もピューラーで巻かれておりいつもより色っぽく見える。

 

シイナは少し緊張した足取りで待ち合わせ場所へと向かう。

 

駅前に着くとフウトが先に待っていた。

 

「―お待たせしました!」

 

「おう、シイナ。そんなに急ぐと転ぶぞ。」

 

地面が凍結しており滑りやすくなっている。

 

「きゃっ!」

 

「…ほらいわんこっちゃない。」

 

足を滑らせまんまと転けそうになるシイナ。それに手を貸すフウト。一気に2人の距離が近くなる。

 

「あっ…。」

 

つい恥ずかしくなりマフラーで顔を隠すシイナ。フウトもまたいつもとシイナの雰囲気が違うことに気づき少しドキッとする。

 

「ほら、いくぞ。」

 

「は、はい。」

 

辿々しい2人のデートがはじまる。

 

まずはじめに2人が行ったのは駅近くの大型模型店であった。

やはり2人はガンプラデューラーでありビルダー。足を運ぶのは当然なのだろう。

 

「うーん、やっぱりこのキット買おうかなあ。」

 

手に持つのはHGレジェンドガンダム。ドラグーンシステムを搭載するガンダムseed destinyに登場するMSだ。

 

「シイナもドラグーンを使うのか?」

 

「あったら便利かなあって思いまして。」

 

「それなら今度ジャスティスカイザーのドラグーンを使ってみるか?」

 

「え!?ほんとですか!」

 

フウトのドラグーンの使いっぷりに刺激を受けるシイナは前々から気になっていたようであった。

ちなみにこれは余談だがフウトがブレードを使い始めてからシイナもブレードを扱うようになった。

 

「まあ、シイナに使えたらの話だけどな。」

 

「わたしだってつかえますよー!」

 

2人はその後も模型店で修理に必要なマテリアルやキットを購入しその場を後にした。

 

「―ここのイタリアン美味しいですね!」

 

もぐもぐと美味しそうにパスタを頬張るシイナ。

 

 

模型店の次は昼食を取ることにした。

 

「テルキさんが前教えてくれたお店なんだ。喜んでもらえて良かった。」

 

「え、フシカワさんがこんなお店知ってるなんて意外…。」

 

「まあ、テルキさんは確かにこういうお店が似合う人ではないか…。」

 

店内は少し狭いが小さなシャンデリアや絵画などが飾られて良い雰囲気である。テルキがデートするなここがいいと自慢げに言っていた事を覚えていたフウトはそれを鵜呑みにしてシイナを連れてきた。

普段あまりこういったことに慣れていないフウトにとっては相手がどう思っているのかを聞くのは心臓に悪い。

 

「まあイヌハラさんが連れてきたっていうのも意外でしたけどね。」

 

「おいどういうことだ?」

 

「だってイヌハラさんといえば、ラーメンが牛丼か某餃子チェーン店にしか行かないじゃないですか。」

 

「それの何が悪い!ラーメンも牛丼も中華も完成された料理だろ!」

 

「体調管理もプロに必要な事なのでは…?」

 

「ぐぬぬ。」

 

言いまかしてふふっと笑うシイナ。フウトの方は何とか言い返そうと頭を回転させる。

 

「シイナだって似たようなもんじゃないのか?俺と練習後よくラーメン行ってるし。」

 

「あ、あれはちがうんですよー!わたしだって料理くらいはできますー!!」

「なんなら特別にイヌハラさんに食べさせてあげてもいいですよ?」

 

「ほう。そいつは楽しみだな。」

 

「た、楽しみにしててくださいね!」

 

強情なシイナの悪い癖が出来た。いつも食事は学校の食堂で取っているためあまり自炊をしない。しかし約束をしてしまった。なんとかやらなければ。

 

その後会計を済まし2人は次の目的地へと向かう。

 

お腹を満たした後は商店街のなかをぶらぶらと練り歩く。

 

「あっ、これ。」

 

 

シイナが雑貨屋で足を止め青色の雫型のイヤリングを手に持つ。

 

「これ、凄く綺麗…。」

 

「…ブルージルコン製か。」

 

シイナが手に取ったイヤリングは12月の誕生石であるブルージルコンで作られたものであった。

ダイヤモンドによく似た輝きを持ち光と角度を変えると虹色のように光る非常に美しい宝石である。

 

「シイナ、ちょっと耳を貸せ。」

 

「え?」

 

フウトはシイナの髪を耳にかけ器用にイヤリングをつける。

 

「…ち、近い…。」

 

シイナは急なフウトの行動に心拍数を上げさせられる。耐えられない。早くして。そんな気持ちでいっぱいだ。

 

「よし、出来た!」

 

「えっと、どうです……?」

 

「いいんじゃないか。よく似合ってる。」

 

耳にかけられた青く輝くイヤリングはシイナの白い肌とよく合っていた。そして耳にかかる髪の隙間から見える姿に趣を感じる。

 

「え!ほんとですか!やった!」

 

「―よし。今日色々と付き合ってくれたお礼だ。」

 

そう言ってフウトは雑貨屋の店員にイヤリングをつけたまま会計をしていいかと確認し一括で済ませた。

雑貨屋にしては質の良いものを置いていると思ったが表示された金額は想定よりも桁が一つ多かった。おそらく誕生石ということもありプレゼント用で仕入れていているのだろう。

 

「あの、もしかして…?」

 

「宝石言葉は『安らぎ』、『祈願』、『成功』、そして『夢想』だってよ。」

 

「え?」

 

「さ、行くぞ。」

 

やや強引にシイナを連れ出すフウト。シイナは急いでフウトを追う。髪に隠れたイヤリングがキラリと揺れ光る。

 

 

―その後も街を練り歩き気づけば日が暮れていた。冬になると日が落ちるのも早い。

いつの間にか2人は雪の中郊外を歩いていた。

 

「暗くなってきたな。」

 

「はい…。」

 

「今日はありがとな。」

 

「こちらこそです…。急に誘っちゃって。」

 

隣り合わせに歩く2人だが肩が当たると少し離れてはまた肩が当たる。この絶妙な距離感がじれったい。

 

「―その。お兄さんとのバトルこっそりみてたんです。ごめんなさい。」

 

「誰にも見られてないと思ったんだけどな。みっともないとこ見られたな。」

 

「みっともないだなんて!そんなことないです!」

「でもお兄さんとバトルしてる時のイヌハラさん、少し辛そうでした。」

「何かに囚われてるみたいで…。」

 

「―そっか…。」

 

囚われている。

確かにフウトはユウキに囚われているのかもしれない。それを分かっていてユウキは自分を不幸にしたと、そう言ったのかもしれない。

 

「……。」

 

「……。」

 

「―シイナ、ガンプラバトルしないか?」

 

「え?今ですか?」

 

「前に相手するって言った時すっぽかしたからな。その分だ。」

 

「急ですね…。わかりました。」

 

しかしシイナはその事を覚えていてくれたことが嬉しくニヤニヤするのをマフラーで上手く隠す。同時にこういったフウトの態度がズルいと思った。

 

2人はGPDの筐体を探し雪道を歩く。

 

「でもこんなところにガンプラバトルできるところなんてあるんですか…?」

 

「確かこの辺に。」

 

そう。この街外れにはあの筐体がある。

 

―フウトとシイナがはじめて出会ったあの場所が。

 

「あった。」

 

「ほんとにあった。」

 

この様子だと本当に何も覚えてないらしい。

 

なんの偶然かあれから5年経ちあの少女とこの道に入り込んだ。しかもあの時と同じ。フウトは迷っている。今ここでバトルすれば何かわかるかもしれない。

そんな直感が走る。

 

「旧式なのに電源生きてる…。」

 

「シイナ、やるぞ。」

 

「落ち込んでるからって手は抜きませんよ!」

 

「当たり前だ!」

 

2人は操縦席の方へと向かいお互いのガンプラをセットする。先の激闘で傷ついたジャスティスカイザーの修理はまだ完全ではなかった。

 

ここに来て、あの子とこうしてガンプラバトルをする日が来るとは思いもしなかった。

 

大人の顔つきになったあの日の少女の顔を見てフウトは時の流れを感じる。

 

  Futo'sMobile Suit

    Justice Kaiser infinity

      VS.

  Shina'sMobile Suit

    Justice Snow white

 

「ジャスティスカイザー出るぞ。」

 

「スノーホワイト、いきます!」

 

2機のジャスティス系統の機体が出撃する。

 

ステージはまたしても雪山。2人がはじめてバトルした時と同じである。

 

「こちらからいきますよ!」

 

シイナが先手を仕掛けてきた。バックパックであるファトゥムをベースとしたものは以前よりも拡張されており。ウイングパーツが増えウイングパーツと兼用のブレードまで装備されている。

かなりの加速力と最大スピードである。

雪の中を白い機体が姿を消すように近づいてくる。

 

「速い!」

 

スノーホワイトはジャスティスカイザーを通り過ぎるようにビームサーベルで切り裂く。このスピードにフウトも眼では追いつけずディスプレイに頼る。

 

「そこっ!」

 

さらにスノーホワイトは旋回しながらビームサーベルで攻撃する。

 

「そいつは通させねえ!」

 

フウトもなんとかビームサーベルを取り出し対応する。

 

「今度はこっちの番だ!」

 

ジャスティスカイザーはバックパックに装備されたブレードを手に持ちスノーホワイトへと接近する。

 

「それならこっちだって!」

 

スノーホワイトもまたウイング部に取り付けられた長いブレードを取り出し攻撃に備える。

 

「面白いッ…!!」

 

ジャスティスカイザーがスノーホワイトのブレードを弾きまずは鋭い一撃を与える。

 

「まだまだ!」

 

それに負けじとスノーホワイトもジャスティスカイザーに速い一撃を与える。

こうしてお互いのバイタルエリアに入りながら攻撃、防御、隙があればカウンターと言った具合の肉弾戦がはじまった。

そしてお互いに後方に距離を取り、勢いをつけて切り込む。

 

「うぉぉぉおおお!!!」

 

「いっけえぇぇぇぇ!!!」

 

お互いのブレードが激しく重なる。

互いに押し合いを譲らない。

空中で長い時間押し合う。

 

「見えたッ!」

 

「そこっ!」

 

ついに均衡が破れようかという時に一筋の光が指す。

 

「なんだ…これは…?」

 

「光…?」

 

衝撃が生み出した白い光が2人を飲み込んでいく。

 

―――――――――――――――――――――――

 

「おおっとー!華麗なカウンターから勝利をもぎ取りました!勝者はイヌハラ・フウトとジャスティスカイザー!」

 

「―すごい…。カッコいい…。」

 

まだ少し幼なげな顔の少女がテレビでプロリーグの中継を見ていた。そしてそこに映るのはまだプロデューラーであった若き日の自分の姿。

 

そしてそれを食いつくようにみているオリーブ色の髪をした少女。

 

「ここは…?」

 

フウトはあの衝撃の後、目が覚めると、この風景を俯瞰するような視点でみていた。

 

さらに場面が切り替わる。

 

次に現れたのはフウトと同じインフィニットジャスティスを組み上げはじめてガンプラバトルをする少女の姿。その次に現れたのはフウトの映像を何度も見返し研究している姿。

―そして、恫喝されている場面。

 

「これは、シイナの記憶…?」

 

順番は上下しているかもしれないが夢のように次々と場面が変わりフウトにその景色を見せる。場面が現れては消え、現れては消え記憶の世界を隠すように雪が吹雪く。

 

「―そんな。ウチの娘は大丈夫なんですか!?」

 

「ええ。命に別状はありませんが…。」

「記憶が断片的に破壊されていて…。」

 

「それってつまり…。」

 

「記憶喪失です。」

 

「そんな…。」

 

記憶の世界が次にフウトに見せたのはシイナが記憶を失った場面。どうやら交通事故に遭ってしまったらしくその際頭を強く打った事が原因であったようだ。

 

「―交通事故か…。」

 

フウトもまた交通事故が原因でプロを引退する事となった。こんな偶然もあるものなのだなと。

 

「―これなに?」

 

「シイナが好きなガンプラだ。」

「プロデューラーに憧れて始めたんだよ。」

 

「ガン、プラ…。」

「プロデューラー、イヌハラ…。頭が…痛い…。」

 

「シイナ大丈夫か?あまり無理してはいけない。」

 

彼女が口ずさんだ言葉にハッキリと自分の苗字が含まれていた。

やはり。彼女が憧れたデューラーとは自分だったのだ。

 

次の記憶に移ろうとしたその瞬間。

 

「―やっと、会えた。イヌハラ・フウトさん」

 

「きみは…?」

 

―――――――――――――――――――――――

 

「ん……ここは?」

 

シイナもまた衝撃の後気を失っていた。

 

「―ふうちゃん、一緒にガンプラバトルしようよ!」

 

「うん!」

 

まだ目新しい赤い機体と青い機体を手に持つ少年。

イヌハラ・フウトとイヌハラ・ユウキである。

 

「これって…。」

 

シイナもまた俯瞰してフウトの記憶世界をたどる。

 

「―チーム四天王結成だ!」

 

「俺たちは日本一のチームになる!」

 

ユウキ、フウトに加えそこにはテルキとタロウの生き生きとした姿がある。

 

「―サワラ、これで終わりだぁッ!!」

 

「まだまだぁっ!!」

 

「―俺はみんなみたいに強くないんだ!だからこうするしかなかった!俺だって、俺だって本当はふうちゃんみたいに…!」

 

「兄さんは俺が止めるッ!」

 

「―契約満了だ。」

 

「引退…ですか。」

 

「君にはがっかりだよ。」

 

「ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。

短い間でしたがお世話になりました。」

 

次々と現れるフウトの記憶。フウトが生きてきた景色。シイナはそのシーンに一瞬、一瞬触れていく。

 

「―ケケッ、そんな機体でマジで俺らとやろうってのかよ!」

 

「うっせえ、ガンプラバトルってのはな、泣きながらするもんじゃねえんだよ。」

 

「―これは…?」

 

シイナにとって見覚えのある風景だった。まるで体験したことがあるような。この後ろ姿を見ていたような気がした。しかしそれが何なのか思い出せない。

 

「―うっ…!!」

 

白く透明な光がシイナを襲う。視界が真っ白になった。

 

「わたしは一体…?」

「―イヌハラさん……?」

 

―――――――――――――――――――――――

 

「―きみは……?」

 

「わたしはシイナ。だけどあなたの知っているシイナとは少し違う。」

 

「どういうことだ。」

 

「ほんの少し、会いにきてくれて嬉しかった。」

 

「―いつか遠いわたしを連れ出してね。」

 

激しい雪が2人の間を果てしなく降りしきる。

 

まるで2人を離す壁のように。

 

「待ってくれ…!」

「俺は、きみを……!!」

 

「きみを必ず迎えに……!!」

 

オリーブ色の髪をした女性は切ない顔で優しく微笑んだ。

フウトは雪でよく見えなかったがかすかにその姿が見えた。

どんどんフウトの目の前が白い景色へと移り変わる。それを必死にかき分けるフウト。

 

「俺は…。」

 

「うっ…!」

 

淡い光がフウトを照らす。思わず目を閉じた。

 

―――――――――――――――――――――――

 

冬の匂いがした。白く透明で儚い。そんな匂いがした。

 

気づけば操縦席は真っ暗となりバトルは中断されていた。どうやら旧式の筐体は先程の激しい打ち合いの衝撃に耐えられなかったようである。

 

しかしそれでは先ほど見ていた世界がなんだったのか説明がつかない。

 

「―シイナッ!」

 

フウトは急いでシイナの方へと向かう。

 

「―痛たたた。」

 

「シイナ大丈夫か!?」

 

「イヌハラさん、わたしは平気です。」

 

頭を少し抱えながらも大丈夫そうなシイナ。

 

「頭が痛むのか?」

 

「少し痛みますけど大丈夫です。それよりなにか思い出せそうなんですけどうまく…。」

 

フウトは息を呑む。

 

「―さっききみの記憶に触れた。」

 

「え?」

 

シイナは驚いた顔をする。

 

「その、わたしもイヌハラさんの記憶を。」

 

「そうなのか?」

 

なんの現象なのかは分からないがお互いの世界に干渉していたようである。

シイナの耳にかけられたイヤリングが怪しく煌めく。

―宝石言葉『夢想』まさか、そんなことはあるまい。

 

「でも確かにイヌハラさんともっと別の所で話してたような。」

 

「―シイナ。」

 

フウトはシイナの目を見る。

綺麗な琥珀色をした眼だ。

 

「え…?」

 

シイナはその強い眼差しに目を背けたくなる。

しかしその強く優しい眼がシイナの心を暖める。

 

「きみの記憶を一緒に探そう。」

 

「……。」

 

シイナは何も言わなかった。何も言えなかったのかもしれない。

だがフウトの手をギュッと握りしめた。記憶とは別の本能が離さないでほしいと伝えているのだろうか。

 

「―フウトさん…。」

 

「シイナ…。」

 

2人は互いの名前をただ呼び合い降りしきる雪の中を立ち尽くした。

 

夜空には冬の星座が光っている。手を伸ばしても届きそうにない。遠すぎるその瞬きにいつか届く日は来るのだろうか。

 

12月12日。冬の冷たい風が吹くそんな日だった。

 

(続く)




Instagramにて作中の機体やキャラクターのイラストなどを掲載しております。

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EX2. 「on the seventeenth birthday」

8月31日。

 

ウチヤマ・ユウに17度目の夏が来た。

 

彼は太陽が燦々と照る灼熱の季節である夏生まれなのだ。自身のパーソナルカラーは赤、愛機には「太陽」の名を冠している。これは無意識なのかどうなのかはわからないが彼がれっきとした生粋の夏生まれという事実に間違いはない。

 

17歳の誕生日といえどそんな事を気にする様子もなくユウは昨夜も遅くまでガンプラを続ける。さらなる高みを目指すため日々、日進月歩の如くあーでもない、こーでもないと作業を続ける。しかも今は夏休み。学生にとっては夜更かしが出来る絶好の時間なのだ。

 

夏の眩しい日差しがユウの部屋に差し込む。

 

「―んー。ねっむ。」

 

眠い目を擦りながら重い身体を徐々に起こす。時計の針を見るともう昼前を指していた。

 

「もう昼前か。せっかくの誕生日だし買い物にでも行きたいけど…。」

 

「―暑い!!」

 

8月の末といってもまだまだ暑い。夏という季節は多くの人が海やバーベキューと楽しげな想像をするが現実はただ気怠い季節である。

 

しかし、夏にはとっておきのアイテムがある。

それは…。

 

「アイスだ!!」

「こんな暑い日にはアイスに限るよな!!」

 

ユウは早速気怠さを取っ払うためにアイスを買いにコンビニへ行こうとする。

 

その時作業机に置いてあったアポロンガンダムエンデの眼光が鋭く光ったような気がした。

 

「お前もいくか。」

 

ユウはアタッシュケースにアポロンガンダムエンデを収納しコンビニへと向かった。アタッシュケースには太陽マークのキーホルダーがつけられておりキラリと光っている。

 

「いやー、美味いなあ。」

 

ユウはコンビニのアイスを美味しそうに食べる。コンビニ限定の超濃厚バニラアイス。限定商品ということもありいつもは少しお高めなので買わないが今日は誕生日という特権でプチ贅沢をした。チョコと抹茶で迷ったがやはりここは王道。バニラアイスが正義である。

 

そして食べ終えたアイスの棒には「アタリ」の3文字が記されていた。

 

「うおお!やったぜ!!神様ありがとう!!アイラブユー!!」

 

ユウは嬉しさの感情が爆発しよく分からないことを言っていた。しかしアタリが出たという事実が存在すればそんな事はどうでもいいのだ。

 

「よし、じゃあ早速さっきのコンビニで引き換えてもらおうかな。」

 

ユウは後ろを振り返り先程のコンビニへと向かう。

歩く、歩く、歩く。

 

「あれ?」

 

ユウはコンビニから5分も歩いていない位置にいたのだがどれだけ歩いても先程のコンビニに辿り着かない。

辿り着かないどころかどんどん知らない道に入っていく。

 

スッと脇から汗が一滴垂れる。

これはいわゆる神隠しというものなのだろうか。しかしあまりにも突然すぎる。

 

不安なユウはさらに急ぎ足となる。

 

何故だろう。何故こんなにも不安なのだろうか。さっきまでアイスのあたりが出て大はしゃぎしていたのに。

 

そんなユウの前にある看板が現れる。

 

「勇気高校この先1km」

 

「勇気高校…?」

「勇気高校ってあのガンプラバトルが強豪の?」

「いやいや、でも県外の高校なんだけどな。」

 

看板の情報がさらにユウの脳内を混乱させる。

 

「あー、しゃらくさい!とりあえず行ってみるか!!」

 

ユウは考えるのを諦めた。この状況なら誰だってそうなる。ヤケクソで勇気高校へと向かう。

5分ほど歩くと本当に勇気高校についた。外見は案外普通の公立高校といった感じである。ユウはせっかくなので噂の強豪ガンプラバトル部を見てやろうと思い部室を探し始める。ここは強豪なのでアタッシュケースを持った外部のデューラーが校内を歩いていても特に不思議がられる様子はない、と思っていたのだが案外ジロジロと見られる。ユウは目を泳がせながらウロウロする。

 

「うーん。強豪だし結構大規模な感じでやってるのかと思ったけどそうでもないなあ。」

 

当てが外れたユウ。困った顔をしていると親切な女子生徒が声をかけてきた。

 

「どうかしましたか?」

 

「あ、えっと。ガンプラバトル部ってどこか分かりますか?」

 

「あー、ガンプラバトル部なら理科準備室でいつもいますよ。」

「あの校舎の2階の端っこにです!」

 

そう校舎を指差し生徒は愛想良く立ち去った。

 

理科準備室…。少し腑に落ちないユウは言われるがままに足を運ぶ。

校舎の隅にある理科準備室。強豪はこんな小さなところで本当に切磋琢磨しているのかと疑問に思う。

そうこうしていると同い年くらいの男子生徒が教室の鍵を持ってやってきた。おそらく部員だろう。

自然と目が合う。

 

「こんなところに人が来るなんて珍しいな。入部希望者かと思ったけどその格好じゃあそうでもないみたいだしお客さん?」

 

「あ、ええ。まあそんなところです。」

 

「そっか、でも悪いんだけど今日は兄さんとテルキさんは試験の追試で来れないからまた今度でもいいですか?」

 

「えっと…。」

 

ユウは帰れと言われても帰り方が分からないんですとは言えず言葉に詰まる。それにこの生徒どこかで見覚えがあるような気もする。

 

「せっかく来ていただきましたしとりあえずお掛けにでもなって下さい。」

 

「すみません。ありがとうございます。」

 

生徒はユウの事情を察したのかどうかは分からないが気を利かせて教室へ入れてくれた。

 

「どうぞ。」

 

「おぉ…。」

 

第一印象は何というか古くさい。10年ほど前のような感じがする。そして小さな教室の奥にはガンプラバトル用の筐体が置かれている。しかしそれすらも古いシステムに見えてしまう。

 

「狭くてすみません。お好きなところに掛けてください。」

 

「じゃあここに。」

 

ユウはそう言って入り口近くの椅子に座る。生徒もまたその隣に座る。

 

「あ、そういえば自己紹介がまだでしたね。」

「俺の名前はイヌハラ・フウトです。この高校の2年生です。君の名前は?」

 

思わず「え」と言いそうになった。確かに見覚えがあると思ったがユウの知っているイヌハラ・フウトは自分よりも一回りも二回りも年上なのである。それが何故。頭の中がまたも混乱する。

 

「どうかしましたか?」

 

「い、いや。俺の名前はウチヤマ・ユウ。よろしく。」

 

「よろしくお願いします。ウチヤマさんもガンプラバトルやるんですか?」

 

「あ、ああ。」

 

「やっぱり!そのアタッシュケースから強い何かを感じます…。」

「そういえば何故今日はここに?」

 

「ここのガンプラバトル部の人とバトルしてみたくて…。」

 

下手な言い訳をするユウ。とにかくまだ頭は混乱している。

 

「なるほど、でもなかなか珍しいですよ。兄と対戦しにこんなところまで来るなんて。」

 

「俺って少し変わり者かもなあ。そういえば君のお兄さんの名前って、ええと…。」

 

わざとらしくボケるユウ。勝手に兄と戦うことにされているのでそれを逆手に取った。これで「イヌハラ・ユウキ」の名前が出たら大体の事が理解できる。理解できるがそうあって欲しくないと願う自分もいる。

 

「兄の名前は『イヌハラ・ユウキ』ですよ!肝心なところ忘れないでくださいよ!」

 

冗談やめてくださいよというふうに話すフウト。どうやらユウはアイスのアタリを引いたと思ってコンビニに戻ろうとしたらいつのまにやら約10年前に迷い込んだらしい。どうしたらこうなるのか本当によくわからない。無茶苦茶である。

 

兎にも角にもおそらく同い年のフウトを前にして現在との変わりようにユウも驚きを隠せない。まず髪がボサボサでなく髭もない、眼が死んでいない、そしてめちゃくちゃいい子であるという事。社会というものはここまで人を変えるのかと思うとユウはこの先が思いやられる。

 

「あ、あの…。そんなにジロジロみないでもらえますか…?」

 

「ご、ごめん!つい!知ってる人に似てたもんだから!」

 

「そ、そうなんですか。でもユウくんってやっぱり変な人ですね。」

 

ふふふと笑うフウト。今のフウトにはこんな笑い方出来ないだろうなとユウは貴重な一瞬を網膜に焼き付ける。

 

「そうだ、俺で良かったらガンプラバトル出来るよ?兄さんほどじゃないけどまあまあ腕は立つ方なんだ。」

 

これは願っても叶わない事だ。かつてその才能を全国に知らしめた全国区レベルのフウトのその実力をぜひこの目で確かめたい。

 

「もちろん!負けないぜ!」

 

「こっちこそ!道場破りに負けたら兄さん達に会わす顔がないよ!」

 

ニヤリと笑い2人は筐体の方へと向かう。

 

ユウはアタッシュケースから収納されたアポロンガンダムエンデを取り出す。対してフウトはホルダーから赤い"あの機体"を取り出した。

 

Futo'sMobile Suit

  Justice Kaiser

    VS.

Yu's Mobile Suit

  Gundam Apollon Ende

 

「アポロンガンダムエンデ、行くぞ!」

 

「ジャスティスカイザー、行きます!」

 

二つの赤い飛翔体が同時に飛び出す。

 

ユウがはじめてフウトと対戦したバトルフィールドである宇宙で太陽神と皇帝はまた交わるのであった。

 

「やっぱりジャスティスカイザーか…。」

 

ユウのアポロンガンダムエンデはいわゆる超近接仕様の機体。遠距離からの攻撃には弱いがその距離を詰める神速とバイタルエリアに入れば一撃で仕留めれるだけのパワーも備えている。

 

 

【挿絵表示】

 

 

一方でジャスティスカイザーはというと…。説明不要だろう、もう既にイヌハラ・フウト劇場ははじまっている。

 

「いきなりドラグーン!容赦がなさすぎる!」

 

「近接機体相手に自由を与えるほどお人好しじゃないよ!」

 

既に6基のドラグーンがエンデの周りを舞い射撃をしてくる。しかも同時のタイミングでなく微妙に各基のずらした攻撃が厄介だ。

被弾するアポロンであるがこの程度では簡単には落ちない。そして左腕にマウントされた太刀を引き抜く。

 

「反撃だぁ!」

 

アポロンはドラグーンに対し太刀を鋭く振るう。避けられたもののこれで簡単には撃たせない。

 

「太刀…!!本体もそうだけどなんてクオリティなんだ!!」

 

「君のガンプラもすごくいい。これからますます強くなりそうだッ!」

 

2人は口角をニヤリと上げバトルへとのめり込む。

 

一旦射撃を辞めたフウトであったがもう一度一斉射撃を行う。しかしアポロンは太刀を構え高速で機体を回転する事で完全にドラグーンのビームを弾き返した。

 

「へへっ。」

 

「うぅ、やるな!」

 

「今度はこっちの番だ!」

 

アポロンは太刀を一旦納刀し神の如く速さで皇帝へと近寄る。

 

「速いっ!!」

 

フウトはその速さに一瞬面くらう。その隙にユウは精神を集中させ太刀を構え抜刀する。

 

――閃光のような居合切り。

 

しかしそこに手応えはない。ジャスティスカイザーは動きを見切っていたのか既に攻撃を避わしており足蹴りのカウンターの体制に入っていた。

 

「そんなッ!!」

 

「悪いけど"眼"はいい方なんだ!」

 

ジャスティスカイザーのカウンターが炸裂。エンデの左足を痛めつける。

 

「くっ、まだまだぁ!」

 

まだこの距離がアポロンのバイタルエリアであることに変わりはない。怯まず続けて格闘攻撃を行う。

しかし立て続けに避けられ隙を突いてカウンターを入れてくる。

この反応の速さとカウンターの鋭さは完全に現代のフウトを超えている。洗練させた現代フウトに比べもっと野生的で直感的なほとばしる若き才能がユウの肌を震えさせる。

だが、若き才能な満ち溢れているのはフウトだけではない。

 

「へへっ、面白い…。」

 

アポロンは高さを取り座標的にカイザーの上へと位置をとった。

 

「何をする気なんだ…?」

 

「いくぞォ!!」

 

アポロンは突如無茶苦茶な軌道で高速飛行をはじめた。たかだかMSにこれほどまでの動きが可能なのだろうかとフウトは目を疑う。

超高速での撹乱が狙いだろうか、それなら目の前に現れた瞬間に反撃すれば良いとフウトは待つ。

 

「―誰が真正面に来るって?」

 

「!?」

 

カイザーの目の前に現れたアポロンは一瞬で姿を消した。

 

「どこだ!?」

 

「その"眼"で捉えてみなよ!!」

 

アポロンはさらにカイザーの周囲をぐるぐると高速で回り出す。フウトはやけになりながらドラグーンで牽制を入れるが圧倒的な速さにその動作は意味をなさない。

 

「アポロンの恐ろしさを教えてやるよ…!!」

 

ぐるぐると回っていたアポロンはついに太刀を抜きその高速軌道でカイザーを高速で何度も斬りつける。あまりのその速さにアポロン自身が分身しているようにも見える。まさに神速である。

 

「なんて、速さだ…!!このままじゃやられる!!」

 

カイザーにどんどんとダメージが蓄積される。しかも一撃一撃がとてつもなく重い。打開する点は無いのかとフウトはやられながら攻撃パターンを分析するが速すぎて脳が追いつかない。それ故に今はただ耐えることしか出来ない。

 

「フウト!これで終わりだァッ!」

 

ユウは高速攻撃のフィニッシュに豪快な面を繰り出した。フウトはそれを見逃さず白刃取りで受け止めた。

 

「何ッ!?」

 

「やっとつかまえた…!!」

 

アポロンは白刃取りから抜け出せず身動きがうまく取れない。その間をつきドラグーンでアポロンのスタビライザーを攻撃する。

 

「しまった!」

 

「心臓はもらったよ!」

 

アポロンガンダムエンデの腰後ろに取り付けられたスタビライザーは排熱機構という重大な役割を担っておりこれほどのパワーを連続的に出せるのもこのスタビライザーあってこそなのである。

 

白刃取りをしていたジャスティスカイザーであったが先程の連続攻撃のダメージからよろつき太刀から手を離してしまう。その手の指も既にボロボロであった。

これで五分と言いたいが機体スペックとパワーで言えば圧倒的にアポロンが上回っている。力押しの攻撃でも勝負は決するだろう。

スタビライザーも十分な力を発揮できずこの距離なら一気に決めるべきだと判断したユウは右手にぐっと力を込める。

 

「ここで一気にケリをつける…!!」

 

右手は黄金に輝き出しとてつもないエネルギーを蓄えはじめた。これはやばいと感じたフウトは急いで迎え撃つ準備をする。

 

「灼熱ゥゥゥッ…」

 

彼がそう叫んだ途端当たりが噴火しそうなくらいに響めき右手が今にも燃え上がりそうになっている。

 

「来たッ!」

 

フウトもまたこの大技に対応するためカイザーのオプション兵器である「カイザーブースター」を呼び寄せていた。ファトゥムをベースとしたその飛行体はカイザーに装備され相手の攻撃を迎え撃とうとしている。

 

何が来たってもう無駄だ。そう思いながらユウは腹の底から声を張り上げる。

 

「サンシャインフィンガァァァァァァッッッ!!」

 

太陽神の奥義。全てを終焉へと帰す神の手が皇帝に裁きを下す。

 

「スタンバイオッケー。間に合った。カイザーブースター全出力で射出!!!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

対してフウトも秘蔵の武器を射出しサンシャインフィンガーに真っ向から向かい合う。

 

「つらぬけええええ!!!」

 

「いっけえええええ!!!」

 

お互いに押し合っているものの優勢なのはやはりサンシャインフィンガーの方だ。灼熱の指が全てを飲み込み掌握していく。

 

「流石にパワーが違いすぎるか!しかし時間は稼いだ!」

 

「これでヒートエンドだッッ!!」

 

カイザーブースターをドロドロに溶かしその先に見えるジャスティスカイザーの頭を掴もうとしたところ急にアポロンの動きが止まる。

 

「しまった!スタビライザーをやられたせいか!」

 

今一歩のところでとどめを刺しきれなかった。そして大技にはリスクも伴う。サンシャインフィンガーを繰り出した右手は再起不能となった。

とはいえ引き下がるわけにはいかない。腕が使えないなら脚がある。アポロンは脚部のスラスターを上手く使いジャスティスカイザーに対して蹴り込む。それに対してジャスティスカイザーもまた蹴りで応戦する。

 

「脚癖は昔から悪くてね!」

 

「奇遇だね!俺も同じだよ!」

 

蹴りの次は頭突き、その次はボディーブロー。体の使えるもの全てを使う。

しかしなかなか決着はつかない。奥の奥の手を使うかとユウの頭を一瞬よぎる。

そうこうしているうちにジャスティスカイザーはドラグーン全基を自らに向けて射出しはじめた。

通常のビームというよりはエネルギーを注入しているようだった。

ググクッと耐えるように機体のエネルギーを中和するカイザー。

 

「なにがおこるっていうんだ…。」

 

ユウは一瞬皇帝の眼光に震え上がってしまったがこちらも何か手を打たないと敗北すると感じた。

 

「核エネルギーチャージ完了!ジャスティスカイザー『神』モード!!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

なんとジャスティスカイザーはその全身を黄金色で纏った。ほとばしるエネルギーに満ちたカイザーはアポロンを鋭く睨みつける。神に対する逆襲。皇帝は最後の手段を用いた。

 

カイザーは武器を放り投げアポロンへと格闘攻撃を行う。スペックで言えば近接攻撃はアポロンに分があるにもかかわらずカイザーの攻撃についていけない。

 

「そんな!アポロンが近接負けするなんて!」

 

「今のカイザーは『神』だ!今までの分お返しさせてもらうよ!!」

 

重く、鋭く、速い一撃が何度もアポロンを襲う。流石のタフガイも耐えきれそうに無い。

 

「このままではやられる…。だったら…!!」

 

「な、なんだこの光は…!!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

アポロンガンダムエンデは胸部を青色から橙色に煌めかせ自身の背中に"太陽"を作り出した。

 

「太陽なのか…?」

 

太陽の白い光がアポロンを包みよく見えない。よく見えないがそこにいるのは紛れもない「神」である。

 

―神になろうとした皇帝は太陽神アポロンを見上げる。

 

「すごい、すごいよ…!!もっと見せてくれ!!君の可能性を!!」

 

フウトの目は子供のように輝いていた。この感情は現代のフウトも感じたユウの可能性への期待、ワクワクと同じものだった。

 

「いくよ、フウト。俺の最後の技だ。」

 

再起不能となった右腕は太陽の輝きとともに動き出した。もはやそこに理論など必要ない、理論を超越した神そのものなのだから。

右腕と左腕で球体のエネルギーを作るアポロン。

対して自らの体内エネルギーを最大限まで蓄えるカイザー。

 

―これで決まる。

 

「ストナァァァァッッ!!」

 

「カイザァァァァッッ!!」

 

「サァァァンシャインッッ!!!」

 

「ノヴァァァァァッッ!!!」

 

二人の魂の叫びが轟く。

 

そして二つの超エネルギーがぶつかりあう。

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

「おぉぉぉぉぉぉぉっっ!!」

 

威力は全くの互角。これ以上ない派手さ。当たりを飛んでいたドラグーンが一基飲み込まれる。

 

その衝撃に白い光が差し込む。

 

「これって…。そっか。」

 

ユウは呟く。

 

「17歳のフウトさん。本当に楽しかった。最高の誕生日プレゼントでした。」

 

「―また…やりましょう…!!」

 

この強過ぎる衝撃がユウを元の時代へと帰そうとしていた。

それを直感的に察知したフウトは一言ユウにこう言った。

 

「君のガンプラ、凄くカッコ良かった!」

 

「―ユウくんまたバトルしよう!」

 

にっこりとした笑顔ではじめてユウと対戦した後に言った言葉と同じ言葉を言った。

ユウは頷きそのまま目を閉じた。

 

本当はもっとこの空間を楽しんでいたかった。

でもどうやらタイムリミットみたいだ。

 

―目を覚ますとユウはコンビニの前に立ち尽くしていた。

 

夢だったのだろうか。それにしてはあまりにもリアルだった。

 

フウトとはもう長い間会っていない。でもきっと今のまま生きていたらどこかで会える。そんな気がする。その時はまたガンプラバトルをしたい。ただただ単純な想いだ。でもそれがいい。

 

「あーあ、遠く離れてる人とガンプラバトルできるようになったりしないかなー。」

 

ユウはそう思いながらポケットに入れておいたアイスのあたり棒を取り出す。

 

「ん?」

 

「そっか。ありがとう。」

 

今日はウチヤマ・ユウの17歳の誕生日。

 

本日の主役はまだまだこれから大忙しだ。

 

―その晩のユウの机には一通の手紙とドラグーンのパーツが一基置かれていた。

 

これは一夏の不思議な思い出。




お世話になっておりますスーパープリンさま、改めてお誕生日おめでとうございます!!!

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EX3.「ドリーム・タッグマッチ」

コーン、コーン。

 

鈍い金の音が深雪の大地に響く。

 

「新しい年か…。」

 

新しい年、つまり今日は1月1日。暦が新しくなる節目の日だ。去年は色々あったなと思い返しながらこたつの上にあるみかんを手に取り皮を剥くフウト。

外はあまりに寒く初詣をしようと外に出る気にはならない。

 

ブーン。

 

メールの着信音だ。

 

「あけおめメールを送ってくるような奴とメル友になった記憶はないぞ。」

 

歳を取るとそういった事は10代の時と比べるとどうでも良くなってくる、のだが少しわくわくしながらメールを開く。

 

 

件名 あけおめ!

 

ふうちゃん!あけおめ!

 

アララギです。

 

新年早々だけど朝9時に大学のバトルスペースに集合ね!

 

それじゃあ、よろしく!!

 

 

「……。」

 

「ほんとこの人は人使いが荒いというかなんというか…。」

 

フウトはみかんの粒を一気に口の中に放り込み明日に備え目を閉じる。

 

ピピッ。

 

午前5時。いつも通りの起床時間だ。

顔を洗い、歯を磨く。髭は剃らない。

特別変わった事もなく毎朝のルーティンをこなす。

変わった事はないのだがなぜか気持ちがふわふわしている。これは正月のせいなのだろうか。

それにさっきまで夢を見ていた気がする。しかしどうにも思い出せない。初夢はお預けのようだ。

 

「さて、時間まで機体の調整でもしておくか。」

 

アララギ先生の事だ。新春ガンプラバトル的なことをするのだろう。

今年最初のバトルになるかもしれない。そう思いながらいつもより入念にジャスティスカイザーの調整を行う。

 

「うーん、関節がくたびれてるか?」

 

調整というのも難しいもので可視化されている基準値があるわけではなくビルダーの感覚や好みに一任されている。

フウトは関節のスペアを交換して感触を確かめる。

 

「よし!このくらいがちょうどだな!」

 

そうこうしている内に集合時間が近づく。調整の終わったフウトは早速会場へと向かう。

 

バトルスペースに着くとかなりの人が集められており既にザワザワしていた。

 

「お、ふうちゃん!ハッピーニューイヤー!!」

 

ニコニコクラッカーをバンバンとならすアララギ先生。この人の辞書にしきたりという言葉はない。相変わらず変わっている人だ。

 

「あけましておめでとうございます、先生。なんかもうお祭りみたいですね。」

 

「でしょ、でしょ、今日は各地から有力デューラーを集めてきたからね〜。」

 

当たりを見ると確かに見た事ある顔ぶれが多い。

 

「まあ開会式をそろそろやるから楽しみにしててよ〜。」

 

そう言ってアララギは開会式の準備へと取り掛かかる。

 

「フウトさんお久しぶりです!」

 

「お、フミヤくんも来てたのか!」

 

「はい、アララギさんに招待していただいて!」

 

テスタメント使いのゲッコウ・フミヤ。トリケロスには散々苦しめられた思い出が強い。

ほかにも周りをよく見ればテルキさんやシイナ、それに金髪の少年や黒いパーカーの少年まで幅広く参加しているようだ。

 

「あ、そろそろ開会式みたいですよ。」

 

バトルスペースの中央に一斉に人が集まる。

 

「えー、この度はみなさんお集まりいただきありがとうございます。」

「今回はみなさんお分かりの通りガンプラバトルをしていただくのですが…。」

 

「レギュレーションはタッグマッチで行います!しかもペアはこちらのコンピュータでランダムに決めさせていただきますーー!!」

 

なるほど、人が多いと思ったらタッグマッチ制。しかもランダムとはまた面白い。

 

「と、いうことで早速第一試合のペアを決めるよー!」

「ルーレットスタート!!」

 

アララギ先生の横のモニターに参加者がランダムについては消えている。

 

そして、画面に4名の名前が映し出された。

 

「第一試合はイヌハラ・フウト、オノサカペアとウチヤマ・ユウ、トロペアだあ!!」

 

ウチヤマ・ユウ。その名前を見て驚いた。まさかここに来ているなんて。しかもトロという名前にも見覚えがある。

 

「ふうちゃん、第一試合かあ。頑張ってね!」

 

「兄さんも来てたのかよ!驚いた。」

 

なんと、兄「イヌハラ・ユウキ」も来ていたようだ。なんという豪華なメンツなのだろうか。胸が高まる。

とにもかくにもペアと対戦相手に挨拶しに行く。

 

「えっと、オノサカくんはどこだ…?」

 

「イヌハラさん、僕がオノサカです。よろしくお願いします。」

 

背の高い黒いパーカーの少年が声をかけてきた。

 

「ああ、君がオノサカくんか!よろしく!」

 

しかしなんだろう。なんとなく兄ユウキと通ずるものを直感的に感じる。この歳でこんなところに呼ばれるのだ、かなりの実力者と見ていいだろう。

そうこうしているとワンポイントに太陽印の上着着た少年が近寄ってくる。

 

「あ、あの清掃員のイヌハラさんですよね!お久しぶりです!」

 

「ユウくん!久しぶりだね!」

 

本当に久しぶりである。この少年と出会ってからもう一度自分の人生の歯車が動き出したといっても過言ではない。

 

「あれからめっきり街で見なくなったので心配してたんですけど元気そうで良かったです。」

 

「まあ、色々あってな。今日は負けないぜ、ユウくん。」

 

お互いにっこり笑って握手をした。フウトにとって願ったり叶ったりのシチュエーションだ。

 

「挨拶は済んだか…?ユウ。」

 

「ああ。あの人は手強いよ。」

 

「『イヌハラ・フウト』か…。」

 

金髪の少年は前髪に隠れた目で一瞬フウトを威嚇する。やはり、夢でバトルした"あの子"に似ている。

 

色々と夢のようであるが4人とも筐体のシステムにガンプラを設置する。

 

 

Futo'sMobile Suit

  Justice Kaiser infinity

    &

Onosaka'sMobile Suit

  Gufu Vertect custom

    VS.

Yu's Mobile Suit

  Apollon Gundam

    &

Toro'sMobile Suit

  Gundam Fate

 

「ジャスティスカイザー出るぞ!」

「オノサカ、グフ出ます!」

 

「ウチヤマ・ユウ、アポロンいきます!」

「ガンダムフェーテ…出るよ…!!」

 

四機が同時に飛び出す。

 

ステージ設定は荒野。

 

タッグマッチのルールだが特別変わった事はなくチームの2体が両方再起不能になった時点で敗北となる。いたってシンプルかつ自由度が高い。

 

「ほぉ、スプリッター迷彩か。手の込んだ機体だ。」

「頼りにしてるぜ、オノサカくん!」

 

「はい!こちらこそ!早速ですが仕掛けます。」

 

オノサカの機体「グフ・ヴァーテクトカスタム」はグフの白兵能力を強化したものである。またスプリッター迷彩と呼ばれる特殊塗装が施され一部レーダーからは感知されない仕様となっている。

 

まさに切り込み隊長としてふさわしい、そんな機体である。

 

一方で荒野を移動するオノサカ。

 

「"無冠の皇帝"『イヌハラ・フウト』さんか…。」

 

「ほんとは対戦してみたかったけどこれはこれでラッキーかな。」

 

そう呟くオノサカ。どうやらフウトの事は知っているようだ。

 

―"無冠の帝王" なんともメディアやマスコミが好きそうな言葉である。

 

 

 

「ユウ、なぜあんな奴とバトルするのがそんなに楽しみなんだ?」

 

「あんな奴ってイヌハラさんの事?」

 

「まぁ、トロもやればわかるよ。」

 

「そうか、じゃああいつは俺にやらせてもらう。」

 

「油断してるとすぐにやられるかもね。」

 

「楽しみだ…。」

 

呑気に話しているユウとトロ。というより余裕といったところだろうか。

 

「僕らも舐められたものだな。」

「イヌハラさん、合図を出したら仕掛けます。」

 

「了解。あとイヌハラさんじゃなくてフウトでいいよ。コンビなんだし。」

 

「分かりました。フウトさん。」

 

グフはそう言ってヒートサーベルを構え突撃していった。

 

「ん?」

 

異変に気づくユウ。しかし若干遅かった。

 

グフのモノアイが光りじわじわと熱を帯びはじめるヒートサーベルでアポロンへと突撃する。

 

「もらった!」

 

「そんな?どこから!?」

 

スプリッター迷彩によるレーダ無視。そこからの奇襲。これにはユウも頭がついていかない。

頭はついていかないが手は勝手に動いておりヒートサーベルを腕を盾にしなんとか防御する。

 

「くっ…。」

 

「なにやってんだ!ユウ!」

 

トロも焦りながらフェーテをグフに近づける。

 

「おおっと、君の相手は俺だ!!」

 

「くっ…!!」

 

そこにカイザーが現れビームライフルでフェーテの動きを牽制する。

 

「ナイスタイミングです!フウトさん!」

 

「オノサカくんもナイス奇襲だ!陣形が崩れているうちに畳みかけるぞ!」

 

アポロンとフェーテをうまく引き剥がした2人はそのまま一対一に持ち込む。アポロンとフェーテはお互いに機体特性が異なっているため補完関係となっている。補完関係の2機で攻められると厄介な部分もあり早くから剥がせた事はラッキーである。

 

「ちょこまかと…!!」

 

カイザーのドラグーンに手こずるフェーテ。精密は動きを捉えられない。

 

「ガンダムフェーテ…。やっぱりあの時の。」

 

フウトはやはり一度戦ったことのある相手を前に優位に進める。

 

「動きが読まれてる…?そんなはずは?」

 

ドラグーンとビームライフルでさらに追い込まれるフェーテ。しかし引いてばかりでは勝てない。それなら。

 

「だったら…!!」

 

被弾覚悟で対艦刀を構えカイザーへと向かう。フェーテの機動力でドラグーンの網を突破していく。

 

「やるなッ!」

 

カイザーもバックパックに備えてあるブレードを装備しフェーテを迎え撃つ。

お互いに激しく刃を向け合う。そして一瞬、ジャスティスカイザーは静止する。トロはこれを見逃さなかった。

 

「もらった…!!」

 

フェーテの対艦刀がカイザーに直撃しようとした瞬間カイザーは狙っていたかのように左脚で蹴りのカウンターを入れる。

 

「そんな…!」

 

「こんなに簡単にかかってくれるとはな!」

 

どうやら一瞬の静止はフウトの"誘い"だったようだ。フウトらしい戦術である。不意を突かれ完全にガラ空きとなったフェーテに強烈な一撃を与えようというところに赤いソードビットが飛んできた。

 

「ビット!?アポロンか!」

 

「トロ、大丈夫!?」

 

「ああ、なんとかな…。」

 

「フウトさんすみません!アポロンを逃しました!」

 

どうやらオノサカはユウに振り切られたようだ。これで引き剥がしには失敗した。しかもオノサカのグフは飛行能力がなくこちらに追いつくまで少し時間がかかりそうだ。

 

「数的不利か…。とはいえこの2人を同時に相手するのは燃えるな。」

 

「ユウ、行くぞ。」

 

「おうよ!」

 

アポロンとフェーテが連携してカイザーを攻撃する。アポロンが前衛でカイザーに対し近接攻撃を仕掛け後ろからフェーテが援護射撃を行う。フウトが最も嫌がっていたフォーメーションだ。

カイザーはギリギリでアポロンの攻撃を避けながら反撃そして後衛のフェーテに対しても牽制を入れなければならずなかなか厳しいものである。

 

「ならば!」

 

カイザーはバックパックユニットを分離し地上へと落ちる。それをフェーテがすかさず射撃で追い込む。精密な射撃がカイザーの肩を掠めるがなんとか避ける。だがその先にアポロンが先に回り込んでいた。

 

「もらったァ!」

 

「まだまだぁ!」

 

アポロンの渾身の蹴りを跳ね返すカイザー。2人の重なる脚に衝撃が走る。

一種膠着したかと思えばさらにそこにフェーテが対艦刀を構えカイザーへと詰め寄る。

 

「これならいくらアンタでもッ!!」

 

フェーテの鋭い斬撃がカイザーの左腕を切り落とす。怒涛の連続攻撃にフウトも反応出来なかった。

 

「こいつももっていけぇ!」

 

すかさずアポロンはカイザーに対しビームサーベルで追撃を行う。ギリギリでアジャストしたカイザーはその攻撃をなんとかかすり傷で済ます。

 

「この2人、マジに強いな。オイ…。」

 

流石のフウトもこれには苦笑いである。操縦グリップには手汗で少し湿っている。

だがしかし耐る戦況は耐え抜いた。ここから反撃の狼煙を上げたいところである。

 

「そろそろ来るか…?」

 

するとアポロンとフェーテの背後から飛翔体が高速で近づいてくる。

 

「来たっ…!!」

 

「ん?トロ危ない!!」

 

なんと背後から接近していたのはジャスティスカイザーの分離したユニットであった。ドラグーンでアポロンの動きを牽制しながらフェーテ目掛けて飛んでくる。

 

「こんなもの!!」

 

しかしその奇襲にも動じずフェーテはその正確な射撃で飛翔体を一発で貫く。

 

「やった!」

 

「いいや!こいつが本命だ!いけオノサカ!!」

 

「はい!!」

 

「何ッ!!」

 

なんとオノサカのグフは機体を光学迷彩で纏いユニットの上で好機を待ち隠れていたのだった。

完全なる奇襲。グフの切れ味のあるヒートサーベルがフェーテの上半身と下半身は真っ二つにする。

それはまるで獲物を狩る隼のようであった。

 

「そんな…。」

 

「トロー!!!」

 

―Toro Gundam Fate Dawn―

 

ガンダムフェーテが再起不能となった。ドラグーンとカイザーの妨害で身動きの取れないアポロンは何も出来ずその様を見ていた。

 

「ユウ、すまない。あとは頼んだ。」

 

「……。任せて…。」

 

太陽神の前には「皇帝」と「余燼の隼」が大きく立ち塞がる。

 

「とにかく一機ずつ…!!」

 

ジャスティスカイザーのユニットは破壊されドラグーンは既に使い物にならない状態だ。故に先ほどのように妨害されることもない。

しかも相手の2機は共に近接系の機体。ここは変に距離を取るよりも自らのバイタルエリアで闘った方が良いと考えるユウ。

 

「いっくぞぉぉぉぉ!!!」

 

まずはオノサカのグフから狙うユウ。アポロンの右腕は赤く燃え上がりグフのボディを襲う。

 

「はやいッ!!」

 

「まだまだぁ!」

 

アポロンの高速ラッシュが止まらない。右、左、右、左と交互に赤い拳が繰り出される。

しかし数的優位の状態は変わらない。カイザーはグフをサポートしようとする。

 

「オノサカ!今助けるぞ!!」

 

「イヌハラさんにはこっちのお返しがあるッ!」

 

「またコイツか!!」

 

太陽神のしもべ、ソードビットが皇帝の行動を制限する。ブレードやドラグーン失ったカイザーは上手く切り抜けれない。

そしてタコ殴りにされているグフ。このままではやられてしまう。

 

「……くっ!!」

 

『久しぶりに面白い奴が出てきたじゃねえかよ。』

 

『代わらせて貰うぜ!』

 

「これで終わりだあ!!」

 

アポロンが最後の一撃を脇腹へとねじ込む。自身の一発であったが手答えがあまりない。

 

「へへっ、残念だったな…。」

 

「何ッ!?」

 

グフはボロボロのその手でアポロンの最後の一撃を受け止めそのままアポロンの腕ごと押し倒す。さらに不思議なことにオノサカ自身の雰囲気もガラリと豹変していた。

 

「さて、行くぞ!」

 

そのままグフはアポロンへと馬乗りをし今までのお返しのようにタコ殴りにする。

 

「あれじゃまるで…。」

 

「ふーん、彼、面白いね。俺と似てるかも。」

 

傍観するフウトとユウキが呟く。

 

「こんにゃろー!」

 

アポロンは意地で馬乗りになったグフを足で跳ね除ける。お互いに既にボロボロでありソードビットの制御も弱まりカイザーも同時に放たれる。

 

「オノサカくん、大丈夫か?」

 

「ん?あぁ、おっさんこそそんなんで俺について来れんのか?」

 

「あぁん?お前誰に口聞いてんのかわかってんのか?」

 

「― "清掃員"(皇帝)だろ?」

 

二人は横目で目を合わせ。ニヤリと笑う。

 

一方でアポロンガンダムは心臓とも呼べる胸部を青から赤へと色を変える。

 

「二人まとめてノックアウトにしてやるよ!」

 

「おっさん、タイミングは俺に合わせろ。」

 

「オノサカこそしくじるんじゃねえぞ。」

 

ややカイザーが遅れたものの3機共に動き出す。

アポロンは灼熱に帯びた手を前に出し、グフもまた左腕に装備されたヒートナックルを構え飛び出す。カイザーはというとちょうど足元に落ちていたフェーテの対艦刀を拾いグフの後を追う。

 

『来るよ!俺!』

「分かってる!」

 

「いっけええええええええ!!!」

 

2つの衝撃が真っ向から衝突する。アポロンの方が優位でグフの手を呑み込んでいく。だが何かを待つようにバーニアの出力を上げ懸命に耐える。

 

おっさん(フウトさん)、頼む!」

 

「任せろ…。」

 

アポロンが一瞬押し返されていくのを捉えたフウトは2機の力比べの間に刀を構え踏み込む。

 

「強く…踏み込むッ…!!!」

 

―――斬

 

アポロンのボディへと切れ込んだ。が思った以上に切れ味が鋭くなかった。フェーテが味方を護ったとでもいうのだろうか。アポロンはグフのヒートナックルを押し返している逆の手で刃を抜きそのまま手に取りグフへとぶつける。

 

「踏み込みは完璧だったのに!!」

 

「それはフェーテの刃だ…。だからッ!!」

 

「ここで負けるのか…。俺達は。」

 

「"俺達"は負けねェよ!!!」

 

カイザーはとっさにグフにマウントされたヒートサーベルを強引に取りアポロンの刃を受け止める。

 

「しぶといッ!!」

 

「いけよ!オノサカ…!!」

 

「そうだ!この試合は"俺達"3人で勝利を勝ち取るッ!!!」

 

カイザーはヒートサーベルで攻撃を受け止めながら体ごとグフの背中を押す。一機では無理でも二機でアポロンの馬力を上回る。

 

「呑み込まれる…!!」

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

グフとカイザーの眼が最後の炎を灯すように光る。

 

押し切った。

 

グフの左腕はアポロンの胸部を貫いていた。

 

―battle end―

winner Futo &Onosaka

 

「負け…か…。」

 

ユウは炎の消えたアポロンの中から地に刺さるフェーテの蒼い刀身を見てつぶやく。

トロもまた何も出来なかった自分を悔やみながらただ天を仰ぐ。

 

「やったな!オノサカ!」

 

「はい!やりました!」

 

「あれ戻った?」

 

「え、あぁ、そうですね。」

 

一方勝利したチームは喜びを分かち合う。非情にもこの世界には二つの結果しか残らない。だがその結果を次に生かすも殺すも人次第だ。

 

「何も出来なかった。何も。」

 

「次はリベンジしよう。絶対に。」

 

ユウとトロは再戦のリベンジを共に誓う。今回はチーム戦「個」で上回った部分もあれば「集団」で上回った部分もある。だが最終的に「集団」としての実力が上まわった方が勝利を勝ち取る。これがタッグバトルの奥深さであり難しさであるのだ。

 

「みんなお疲れ様!いやーいきなり熱いバトルをありがとう!!」

「次の試合まで休憩しててね〜!」

 

アララギが上機嫌に労いの言葉ををかけていく。

 

「フウトさん。」

 

「なんだ?」

 

「次はフウトさんとバトルしたいです。」

 

「返り討ちにしてやるよ。お前ら"ふたり"でかかってこい。」

 

「え?なんでそれを?」

 

「俺も似たような人を知ってるんだよ。」

 

チラッと兄ユウキの方を見る。

 

「まあ何にせよ君はいいデューラーになるよ。今後が楽しみだ。」

 

そう言ってフウトとオノサカは握り拳をお互いに合わせ再戦を誓う。そしてあえてフウトはユウとトロには声をかけなかった。

 

「さーて、次は誰とやれるか楽しみだな!」

 

夢の共演。誰もが見たい試合。フウトの不思議な元日はこうして幕を開けた。




今回のゲストは、スーパープリンさまの「ガンダムビルドデューラーズ」より「ウチヤマ・ユウ」くん、アポロンガンダム、トロさんの「ガンダムビルドダイバーズprogress」の「トロ」くん、ガンダムフェーテ、オノサカくんとグフです。

ご協力、有難う御座います!!



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第十一話「それでも。」

 コーン、コーン。

 

 鈍い金の音が深雪の大地に響く。

 

「新しい年か…。」

 

 時計の針は0時を指している。こたつでみかんの皮を剥いでいるといつの間にか新しい年を迎えていた。思えば一年あっという間であった。この半年間は特にだ。年が変わることを意識することは近年あまりなかったが今年はいつもより真新しく感じる。

 

 フウトはイヌハラ・ユウキに完敗を喫してから自分に何が足りないのか考え続けていた。答えはまだ見つからない。迷路に迷い込んだみたいだ。

 

 だが変わった事もある。それはヒナセ・シイナの事だ。不思議なことにフウトは彼女の「記憶の世界」に触れた。それからというもの彼女との距離感が前以上に分からなくなっているのも事実だ。

 

「生きるってのは酷なもんだよな。」

 

 そう言ってフウトは机の片隅に穿けられた大バツをつけた設計図を横目にみかんの一粒を口へ放り込む。

 

 ──ピンポーン。

 

 チャイムが鳴る。こんな夜更けに誰だろう。

 

「はーい。今出ます。」

 

「フウトさん、あけましておめでとうございます!!」

 

 扉の向こう側には寒さから顔を赤くしたシイナの姿があった。左耳には青いイヤリングをしている。

 

「ああ、あけましておめでとう。今年もよろしくな。」

「そんなことよりお前、新年の挨拶をするためにわざわざ来たのか?」

 

「ええっと、ダメ…でした…?」

 

 少し横目になるシイナ、やれやれと頭をかくフウト。

 

「とりあえず寒いから家の中に入れ。」

 

「……ありがとうございます!ではお邪魔します!」

 

 嬉しそうに家に上がるシイナ。そして物珍しげに部屋の中を見わたす。

 

「そういえば家に上がるのは初めてだったか。」

 

「はい!あー、これ高校生の時のフウトさんですか!?今と違って可愛げがありますね!」

 

「悪かったな。今は可愛げがなくて。」

 

 シイナが指差したのは高校生時代にユウキ、テルキ、タロウとアララギの部活の5人の写真である。みんな若者らしい笑顔だ。

 

「えっと、当時はチーム戦だったんですよね?」

 

「よく知っているな。その話したっけな。」

 

「あぁ、ええっと。その…。」

 

「……。そうかシイナも俺の記憶を見たんだったな。気にするな。」

 

「す、すみません。無神経で……。」

 

「謝る事はないさ。俺が話す手間も省けるしみんなの昔話も共有できるんだからさ。」

 

 シイナも同様にフウトの記憶を断片的に辿っていたのである。故にお互いが伝えていない自分の情報を知っている事もありそれが原因で二人はやや慎重になっていた。

 

 シイナは必死に話題を探そうとして辺りを見ると机の隅にある大バツが書かれた設計図を見つけた。よく見るとそれはイヌハラ・ユウキの扱う「ガンダムソフィエル」に酷似していた。バックパックには幻想的なカラーのウイングパーツを付ける案がバツ印の間から垣間見える。

 

「どうかしたか?シイナ?」

 

「い、いえ。その、そうだ!初詣いきません?」

 

「そうだな。せっかくだし行くか。」

 

「やった!」

 

 上手く話を逸らしたシイナはホッとする。しかし先程の設計図はなんなんだろう。兄に勝つためにはあの機体を作り上げる事も厭わないという事なのだろうか。

 

『フウトさんにはジャスティスカイザーが1番合うと思うんだけどな…』

 

 心の中でそう呟くが決して声には出さない。フウトにとってデリケートな話であるのは間違いないのだから。

 

「深夜に初詣なんて何年ぶりかな。」

 

「そんなに久しぶりなんです?」

 

「ああ、昔はそれこそ兄さんと二人でよく行ったもんだよ。」

「そしたら、必ず神社にテルキさんとタロウさんがいてさ、おみくじでどっちがいいのが出るかって張り合ってるんだよ。おかしいだろ?」

 

「ふふ、フウトにさんってほんとにみなさんのこと好きなんですね。」

 

「当たり前だろ。みんな俺にとってはトクベツな人ばかりさ。」

 

 ずっと、ずっとそのままの関係でいられたらいいのにとシイナはふと思う。兄と闘う事なく、兄への要らぬ感情など持つ事なくただ仲の良い兄弟であれば二人はもっと幸せだったんじゃないかと都合の良い事ばかり思う。

 

 そうこうしていると神社の境内にたどり着く。二人はお賽銭箱の方へと近づき5円玉を放り込む。

 

 二礼二拍一礼。

 

 二人は手を合わせて念じる。

 

『……。』

 

 フウトは目を開き隣にいるシイナを見る。

 

『……………………………………。』

 

 なにやら、強く念じているようだ。その姿を見てフウトは微笑む。

 

「……よし!」

 

「なにがよし!だよ。神様への御願いは終わったか?」

 

「バッチリです!」

 

「よし!それじゃあそろそろ行くか。」

 

 その後二人はおみくじを引く。

 

 フウトは「大凶」シイナは「吉」

 

「うおおおおおお!!まじかよ!!」

 

「うーん。私はまあまあかな。えっと……その……大変申し訳ないですが、大凶はドンマイです!」

 

 頑張ってなんとか励ますシイナ。フウトはこういった願掛けに案外弱くそれなりに落ち込んでいた。

 

 ピピッ。

 

 ヘコんでいるフウトに一通のメールが届く。

 

 

 

件名 あけおめ〜

 

あけましておめでとう!アララギです!

 

さっそくだけど、今日の朝9時にバトルスペースにきてね〜。

 

以上!

 

 

「……先生も新年早々だな。」

 

「にしてもなんでしょうね?バトルスペースに来いって誰か来るのかな。」

 

「そうだな。とりあえず今日は帰ろう。」

 

「はい!今日は流石に送ってくれますよね?」

 

「……さ、行くぞ。」

 

 フウトは頭をかきながらそっと送るという合図をしてそのままシイナを送っていった。新年早々人に振り回されるのは変わらないようだ。

 

***

 

 翌日

 

 フウトはアララギの言いつけ通りに学内のバトルスペースにいく。すると見覚えのある人影を見つける。

 

「フウト!あけましておめでとう!」

 

「サワラ!あけましておめでとう!久しぶりだな!」

 

「本当に久しぶり!頑張ってる事は兄さんから色々聞いてるよ!」

 

「まぁ、ユウキ兄さんには負けたけどな。それにサワラも国内リーグのタイトル獲得おめでとう!年末のバトルめちゃくちゃアツかったぜ!」

 

「おっと!ふうちゃんを負かしたお兄さんもいるよー!」

 

「え!?兄さんもいたのかよ!?というか酒臭いな…。」

 

 顔を赤くしたユウキも当然のように顔を出す。部屋の片隅には顔を真っ青にしたテルキの姿もあった。しかしあまり突っ込まない方がいいだろう。

 

「ユウキさん、飲み過ぎじゃないですか?」

 

「いいんだよ!サワラくん!今日はめでたい日なんだからさ!!ほらほら!!」

 

 これがアルハラってやつなのか。兄さんの酒癖の悪さは昔から本当に変わらない。

 

「そういや、アララギ先生はどこにいるんだ?」

 

「兄さんならお酒を買いに行くって。『今日は宴会だーーー!!』って。」

 

「全くいい歳した大人たちが。」

「でも、まあ、"いい歳した"大人だからこんな時くらいは騒ぎたいんだよな。」

 

「そうそう!ふうちゃんももう立派な大人なんだからさ楽しまなきゃ!!」

 

「そう言いながらさりげなく俺の股間触るのやめてくれよ、兄さん。」

 

「おっと、オトナになったのはココだけじゃなくて発言も大人になったね〜。お兄さん嬉しいな。」

 

 完全に酔っている。親戚のめんどくさいおじさんと化しているぞ我が兄よ。

 

「フウト。新年最初のガンプラバトル、しないか?」

 

「え?俺でいいのか?」

 

 国内トップのプロデューラーからのお誘い。こんなありがたい事は早々あるものではない。

 

 だけど、今の俺の力はサワラに通じるのだろうか。

 

 ユウキとの先の対戦で自信を失ったフウトはそう思う。

 

「なんだい?勝てる気がしなくて怖気づいたのかい?」

 

「悪いけど今は……。」

 

「それじゃあ叩き潰してあげるよ。」

 

「は?俺はやるなんて一言も。」

 

 サワラは聴く耳を持たずに筐体の方へと向かう。

 

「行って来なよ。ふうちゃん。何か掴めるかもよ?」

 

 ユウキに背中を押されフウトも半ば強制的に筐体の方へと向かう。

 

 サワラに負けたあの日から自分の運命はさらに加速した。

 

 何も知らないという事は意味のない自信へとつながる。馬鹿で無鉄砲と笑われても突き進んできた。あの頃と変わる事は出来たのだろうか。

 

『何か掴めるかもしれない。』

 

 兄の囁きが脳内で何度も再生される。

 

Futot'sMobile Suit

Justice Kaiser Infinity

      VS.

Sawara'sMobile Suit

Gundam Zeruel

 

「カイザー行くぞ!!」

 

「ガンダムゼルエル、行くよ!」

 

 ステージ設定は宇宙。

 

「ゼルエル…?」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ディスプレイに見知らぬ機体データが表示される。年末のリーグ戦までは今まで通りにアストレアを使っていたはずなのに。

 

「……へぇ、ソフィエルシリーズを作りあげたか。やるねサワラくん。」

 

 辺りの周辺索敵をして一旦身構えるカイザー、だが黒い閃光は突如、姿を表す。

 

「!?」

 

 四方からビームライフルが発射される。フウトは面食らいながらもシールドをうまく使いながら防御するがその高速攻撃を対処しきれずダメージを受ける。

 

「なんつー速さだよ。アストレアなんて非にならねえ!」

 

 呆然一方だ。ただひたすらに攻められる。反撃をしたいところだが早すぎて上手くターゲットが定まらない。ドラグーンを射出して対抗してみるがそれも上手く行かない。

 

「こんな一方的に…!!」

 

「フウト、強くなったのは君だけじゃない。君が強くなるなら俺はその何倍も強くなるのさ!」

 

 ドラグーンを射出したタイミングを見計らい、ゼルエルは超スピードでカイザーへと接近する。

 

「来たッ!」

 

「いくら君でもこの速さを捉える事は出来ない!」

 

「何ッ!?」

 

 カウンターの準備をしていたカイザーを無視して目にも止まらない蹴りが炸裂する。さらにカウンターに失敗した場合にドラグーンで追撃しようとしたフウトはその攻撃を自ら受けてしまう。力量の差は明らかだ。

 

「くそっ……。また負けるのか、俺は。」

 

 あの日。負けたあの日から血の滲むような努力をして来た。できる事も知った事も経験した事もあの日とは比にならない。

 

──だけどあの日から1番変わった事ってなんなんだ。

 

 カウンターのキレ?ブレードの扱い方?

 

 確かにどれも精度を増した。誰にも負けないくらい磨いて来たつもりだ。

 

『──ふうちゃん。俺の勝ちだ』

 

 いや負けた。何も通じなかった。

 

 奢りがあったわけでもない。また、単純に力負けをした。そして今も持てる力の何も通じなく終わってしまうのか。いつまでこれを繰り返せばいい?越えられない壁をあといくつ超えればいい?

 

 兄に負けた日、「負ける」という事の恐ろしさを再び体感した。ガンプラバトルがこんなにも怖いものだと思わなかった。プロになって負ける事を怖れていた時よりもだ。その感覚はサワラに負けた時とはあまりにも違っていた。その高すぎる壁に自分の無力さをただ突きつけられるあの感覚が、たまらなく苦しかった。

 

『──また、負けるのか。俺は。』

 

『そうさ、お前は負ける。何も恐れるな、今までもそうだったじゃないか?』

 

『負けて、負けて、負けて。その繰り返し。それがお前の人生なのさ。負け犬のようにホームレスになり定職にもつけず清掃員として暮らす日々。』

 

『それが、お前という人間なんだよ。イヌハラ・フウト。』

 

 フウトに眠る負の感情が湧き出てくる。実際その通りだ。俺は弱い。あまりにも弱い。一人で何も成すことの出来ない半人前だ。何者でもない。何者にもなれやしない、亡骸だ。

 

 なのに、譲れない想いが、捨てきれない感情がある。

 

 全てが矛盾している。なのに。

 

 壁を壊せなくて立ち上がれない弱い自分。

 

 弱い自分。それは誰しもが持つ向き合いたく無い存在。

 

 でもきっとそれが本当の自分。

 

 一瞬、フウトの眼に光が灯った。

 

『……そうか。こんなにも簡単な事だったのか。』

 

「どうした?フウト!?こっちに来て腑抜けたのかい?もう終わりにするよ!!!」

 

 ゼルエルの超高速コンボのフィニッシュがカイザー目掛けて繰り出される。

 

「──俺は、弱い。弱い。」

 

「おしまいだぁぁぁぁ!!!」

 

 渾身の右ストレートが飛んでくる。その瞬間カイザーの眼光が光る。

 

「だからこそ、弱いからこそ、わかる事もあるッ!!!」

 

 カイザーの左フックがゼルエルへとヒットする。強烈なクロスカウンターだ。

 

「そんな!捉えられた!?」

 

 カイザーはここまでのお返しだと言わんばかりに距離を詰め寄り格闘攻撃のコンボを決めていく。ゼルエルも負けじと反撃し一旦距離を取る。

 

「何か掴んだみたいだね?」

 

「へへっ。サワラ、こっからは好きにさせねえよ。」

 

お互いにニヤリと笑い、一瞬で姿を消す。

 

 黒い閃光と赤い皇帝は神速の如くバトルステージを駆け巡る。

 

「こいつをもってけ!ブゥゥゥメランッ!!」

 

「そんなもの!!」

 

 ゼルエルは渾身のブーメランを目一杯のパワーで跳ね除ける。しかしそのオーバーな動きは隙を生む。カイザーはすかさずブレードでの追い討ちをかける。

 

「くっ!」

 

「やっとスカした面に一発入れてやったぜ!」

 

 見事にブレードが縦向きにゼルエルのボディを切り裂いた。重い一撃である。しかしこのまま引き下がるほどサワラは甘くない。移動速度のギアをさらに上げる。

 

「さあ!天使の羽ばたきに皇帝はついてこれるかな!?」

 

「舐めんなよ!こちとら天使だろうが神だろうが喰らう" 皇帝"(カイザー)なんだよ!!」

 

 ジャスティスカイザーもさらに出力を上げゼルエルを追う。しかしオーバーヒートを起こしてしまう。それを見逃さないゼルエルはビームライフルでバックパックの翼を撃ち抜く。

 

「ヒトが翼を持って天使に抗おうなんて馬鹿げているのさ!」

 

「くそっ!動かねえ!それなら!」

 

 バックパックを切り離し本体だけで推進していく。しかしあまりにも推力が足りない。ゼルエルはビームライフルによる連射で仕留めようとする。右肩を掠めるがカイザーは気にせずぐんぐんと突き進む。

 

「それでこそフウトだ。君はそうでなきゃいけない。」

「でもこれで終わりだよ!!」

 

 ゼルエルはライフルを投げ捨てビームサーベルを構え神速でカイザーを迎え撃つ。

 

「くそっ!これで終わりなのかッ!?」

 

 ゼルエルは一気にカイザーの右腕と左脚を刈りとる。一方でカイザーの攻撃はゼルエルを捉える事は出来ず空を切る。

 

「流石のしぶとさだ!でも今度こそッ!!」

 

 

 

 ──負ける。また負ける。

 

 頭の中に「負」の言葉が無数によぎる。

 

 自分が弱者なら負けてもいい。いいのかもしれない。この先ずっと。

 

 いや。そうじゃない。今、負けようとしているのは自分自身の「弱さ」そのものだ。

 

 そうさ。俺はただひたすらに弱い。あまりにも貧弱だ。

 

 強くなんてこれっぽっちもなれない。なれなかった。

 

 昔から弱いままで泣き虫のまんまだ。

 

 そんな弱い自分が大っ嫌いだ。この世で一番嫌いだった。

 

 だけど、もう逃げない。自分自身の弱さから。

 

 特別な何者にもなれない自分だったけど。

 

 自分という存在になる事はできるはずだ。

 

 だから、だから。

 

 もう、絶対誰にも負けたくない。

 

「──本当の強さってのは、自分と向き合う力だッ!!」

 

「この攻撃にアジャストした!?」

 

 ──"God Advent"──

 

 フウトとカイザーの目にもう一度魂の光が灯った。

 

 同時にカイザーは徐々に黄金色へと色を変えてゆく。

 

「俺は兄さんじゃない!兄さんみたいに強くない!!兄さんにはなれない!!!だからこそ自分自身の弱さを認めるッ!」

 

「それでも、それでもまだ諦められない、捨てきれない大事なモノがある!!だから俺は抗い続けるッ!!もう自分自身に負けたくねェんだ!!」

 

 カイザーはゼルエルの超スピードを完全に捉え連続で殴り蹴る。ゼルエルはその攻撃に全くついていけない。

 

「そんなまさか!カイザーに眠っていた力が…!?」

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!やるぞカイザー!!」

 

 カイザーはさらに黄金色を強く纏い始める。呼応するようにフウトの胸は高まっていく。まるで神の如くまばゆい光。皇帝は翼を得るだけでなく神にすらなろうとでもいうのだろうか。

 

 ゼルエルは必死の抵抗でなんとか攻撃を振り切り大型ビームランチャーを即座に構え対象物へと発射する。しかし簡単に回避されブレードを構えたカイザーが接近してくる。

 

「くそっ!射線を読んでるとでもいうのか!!?」

 

 ゼルエルは持てるビームライフルなどを一斉砲火するがカイザーは器用に避ける。掠めた攻撃も黄金色のオーラが弾いていく。

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」 

 

「フウト、お前は……!!」

 

「自分自身の『弱さ』を受け入れるッ!それが俺の、俺だけの強さだぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 ゼロ距離まで詰め寄ったカイザーはブレードを腰の位置から鋭く振り切る。ゼルエルの上半身と下半身を真っ二つにした。

 

―battle end―

winner Futo

 

「ハァハァ…。やったのか…。」

 

「……。負け…か…。」

 

 バトルフィールドのバーチャルビジョンが消えていきお互いに対面する。フウトはあまりにも必死で自分でも何が起こっているのかわからなかった。ただ目の前にはボロボロになったカイザーと真っ二つに両断されたゼルエル。

 

「フウト、君の勝ちだ。」

 

「………俺が、サワラに勝つなんて嘘だろ…?」

 

「馬鹿言えよ、最後は完全に力負けさ。それに元々俺よりフウトの方が強かったじゃないか。」

 

 珍しくアララギの茶々が無いためか真面目な空気が辺りを漂い無言となる。サワラは先程のバトルでかつての好敵手であった『イヌハラ・フウト』と同じ、いやそれ以上を感じていた。

 

「……昔より、もっと鈍いはずの輝きなのにそれがとてつもなく眩しい………。」

 

「……やっと、帰って来たんだね。イヌハラ・フウトという男が。」

 

「え?」

 

「いや、でもこれが終わりじゃ無い。次は必ず、僕が勝つ!」

 

「ああ、もちろんだ!その時も負けない!」

 

 二人は熱い握手を交わす。あの日、フリーファイトスペースで交わせなかった握手を大人になってもう一度交わす。

 

「ふうちゃん、完全に断ち切ったみたいだね。」

 

「本当の強さ、それは人それぞれ違うカタチで持っているもの。気づいていようがいまいが誰しもが持っている。」

 

「俺の強さは…………。」

 

ユウキは二人を見ながらぼそぼそと独り言を呟く。

 

「こりゃデカい影がまた追ってくるな、ユウキ。」

 

「テルキ、もう具合はいいのかい?」

 

「そりゃあんなモン見せられたらな。」

 

「一瞬、昔のふうちゃんが見えたくらいだぜ。それにカイザーだって。あれってやっぱり?」

 

「まさか、この土壇場であのシステムが蘇るとはね。」

 

「でも昔から何も変わらないよウチの弟はさ。」

 

「お前も変わらないな。ユウキ。」

 

 2人はニッコリとした表情で白い天井を見上げる。

 

「──ふうちゃん、やっとシステムの扉を開いたか。」

 

 買い出しに行っていたアララギはだったが彼らの闘いが気になりこっそりと見えないところから観戦していた。するとシイナがアララギの方に気付き近寄ってきた。

 

「先生、いまの光って………?」

 

「あれは、ジャスティスカイザーに眠る真の力『神モード』」

 

「原理で言えば機体内の核エンジンを爆発させて莫大なエネルギーに換えて闘う独自システム。出力やパワーが桁違いになる代わりに装甲は剥がれ落ち自身へのダメージも大きい。でも、それだけじゃない。」

 

「そしてアレは元々ふうちゃんの亡きお父様が作られたプログラムでね。どうやらお父様もガンプラバトルを……。主にシステムの研究をしていた事が後になって分かったんだ。それをさらに現代のガンプラバトル用に、主に運営から使用許可が降りるように僕がテコ入れをしたんだ。」

 

「へぇ、そんな経緯が。でもなぜ今まで起動しなかったんですか?今の話じゃ学生の頃は扱えてたんですよね?」

 

「うまく言えないけどあのシステムには意思がある。生きてるんだ。初期段階の頃からふうちゃんの感情に呼応するとシステムの感度が上がるようになっていた。具体手にはプラネットコーティングで動くガンプラに還元させるためのシステムがふうちゃんの手の動きや声、表情にも反応するようになってるんだ。」

 

「それと、その意思のあるシステムがかなり厄介でね。ふうちゃんの何がどういうトリガーなのか、はっきりしないけど使い手として認めてくれないとうまくシステムが起動しないようになってるんだ。」

 

「そんな高度なシステムを何十年も前から組まれていたお父様は一体……。それを分析する先生も先生ですが。」

 

「若くして亡くなられた事が本当に悔やまれるよ。」

 

 システムを一度いじった事のあるアララギは淡々と続けながらもその貴重性を誰よりも理解し話していた。はじめにフウトが実家に帰省した際にシステムを発掘し組み込みを依頼された時は断ろうとすら思っていた。だが彼の目はただ真っ直ぐだった。

 

『──兄さんに勝ちたいんだ。兄さんだけじゃない、誰にも負けない、カイザーが皇帝と呼ばれるに相応しいくらい強くなりたいんだ。』

 

 あの頃のフウトと今の彼の眼は確かに同じだ。たが全く同じという訳ではない。挫折も敗北も知り今がある。だとしたら、今回システムが起動した要因は過去とは違う別のトリガーだったのではないかとアララギは改めて考える。

 

 強くありたいという願い

 

 自分自身の弱さを認め抗い続ける事

 

「………まだまだ、不確定要素が多すぎるなあ。よくあれで審査が通ったもんだ。」

 

「そうだ、シイナにもああいうシステム作ってあげようか?ほらそのイヤリングと反応するやつとか。」

 

「なんかそれ、これの事少しイジってませんか?大事な物なんですよー!」

 

 アララギは冗談、冗談と言いながらまだバトルシステムに残る気高い光の残光を見ていた。

 

***

 

 その後アララギが高い酒と寿司を買ってきてその場にいたみんなで宴会を行った。フウトも久しぶりに子供のようにはしゃいだ。今日は元日だ。たまにはハメを外してもいいだろう。

 

「サワラくん、あの機体まだ未完成なんだよね?」

 

「流石ユウキさん。見抜かれてましたか。」

 

「次はちゃんと完成させてから俺のところに来なよ、ジャパン・チャンピオン。」

 

「望むところです、アメリカン・チャンピオン。」

 

「―…ウトさん。…フウトさーん!」

 

「うーん。俺は強くなる。もう負けないよ…自分自身に…。」

 

「ふうちゃん、珍しいなあ。夢でも見てるのかい?」

 

 一月一日、イヌハラ・フウトはジャスティスカイザーを手に抱き抱え幸せそうに眠っていた。

 

(続く)




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第十二話「闘う理由」

 新たな年を迎えイヌハラ・フウトは己をさらに高め続け季節は既に夏となっていた。

 

「──遂に、遂に…。ここまでやってきたか…。」

 

 大きな会場を前にしてイヌハラ・フウトはそう呟く。

 

 第14回GPD全国大会。今まさにその本戦が始まろうとしていた。

 

 あれから約1年。これまで多くのことがあった。強敵との闘い、勝利を手にした喜び、何もかも投げ出したい時、逃げ出したい時、自分自身を信じられない時。でもなんとかやってきた。ここまでたどり着けた。

もちろんこれがゴールではない。遊びに来たわけではない。「結果」を出しにきたのだ。

 

 フウトは毎日の厳しいトレーニングで傷ついた手のひらを見て握り拳を作り軽く目を閉じる。皮膚の表面はボロボロで機体の改修で使った塗料が所々に付いている。変に強張っていた表情も以前と比べ少し柔らかくなった。

 

 学生時代、ただひたすらに楽しかったガンプラバトル。しかしプロに上がって自分の実力のなさと才能の無さ、結果が出なければ世あたりが冷たくなる現実を知った。その中に楽しむということは一切なく自分が夢見た世界とはかけ離れていた。引退して「ガンプラ」をやめればよかった。なのに中途半端にやめれなかった。心のどこかでまだずっと夢を見ていたのかもしれない。諦めきれなかったのかもしれない。

 

 腐っていた自分を救ってくれたのもまた「ガンプラ」だった。ガンプラに殺され、生かされた。そしてガンプラがくれた多くの繋がりや出会いがフウトを変えた。変えてくれた。そしてやっとスタート地点、いや戻ったというべきだろうか。諦めなかったからもう一度扉の前に立てた。あとは、その扉をあけるだけだ。

 

「……。」

 

「──おーい、フウトさーん?何浸ってるですかー?」

 

「ん、シイナか?もうエントリーは終わったのか?」

 

「はい。いま終わりました。何か考え事をしてたんですか?」

 

「まあな。シイナと当たった時にどうやってボコボコにするか考えてた。」

 

「え!?そんなことを?気が早くないですか!勝手にボコボコにされてるのなんか不服なんですけど。」

 

 ヒナセ・シイナもまたこの大会の出場者なのである。フウトと共に高めあったその実力は既に全国区でもトップクラスであろう。大会でも上位に食い込める可能性は大いにある。

 

「そういえばフウトさんってここの会場に何度か来たことあるんですよね?」

 

「ああ。そうだな。学生の頃に全国大会で何度か来た。」

 

「やっぱりここにくるとざわつくというか変な感じはあるな。」

 

「へぇ、フウトさんもそんな風に思うんですね。」

 

「シイナお前、俺のことなんだと思ってるんだよ。」

 

 そんな風に談笑しながら、そういえば毎年の夏にここへ来ていたなと懐かしくなる。

 

「懐かしいもんだねえ〜。もう何年も前だなんて嘘みたいだよ。」

 

「あ、先生。」

 

「先生、それにサワラも!」

 

 よっす。といつもの緩い感じでアララギ兄弟が共に現れる。その少し後方にはテルキとタロウの姿も見える。

 

「此処に忘れ物を取りに来たのかい?それとも探し物かい?」

 

 アララギが問いかける。

 

「……両方かもしれません。それに約束も。」

 

 あれから何度も季節を重ねてきた。変わりゆくものもあれば変わらないものもある。あの頃と変わらない仲間やライバルが今も変わらずいる。それにどれだけ刺激をもらったことか。

 

「フウト、前の借りはきっちり変えさせてもらうよ。」

 

「サワラこそ途中でへばるんじゃねえぞ。」

 

「──おーい!ふうちゃん、みてくれよ!」

 

「昨日、夜通しで作ったんだ!」

 

 テルキとタロウがニコニコした目で手作りの横断幕を見せる。

 

「これって…。」

 

 そこには『還ってきた皇帝、皇道を征け、俺達のイヌハラ・フウト』の文字が書いていた。皇道。彼のこの先進む道がその言葉にふさわしいのか。これはそれを決める大会でもある。

 

「ちょっと、恥ずかしいけど、2人ともありがとう…!!」

 

「出場できない分、全力で応援するぜー!!」

 

 鉢巻や法被、サイリウムも用意しているらしく準備は万端のようだ。本当に気恥ずかしいが嫌なわけではない。むしろ嬉しいくらいだ。プロの選手の熱心なファンもこのような横断幕を掲げている。現役時代にそのような事がなかったせいかやはり嬉しい。

 

「さーて、みんな、記念写真を撮ろう〜。」

 

「あ、いいですねそれ!ほらほら、フウトさんこっちこっち。」

 

「あ、いや、俺は後ろで…。」

 

「主役は真ん中でしょ。」

 

「はーい、撮るよー!10…9…8…7……。」

 

 カメラのシャッターを押しアララギも急いで映り込む。

 

パシャッ。

 

「いい…写真…だな。」

 

 フウトが真ん中に座りその隣にシイナとサワラ。後ろには横断幕を持つアララギ、テルキ、タロウの3人が写っている。みんなが良い表情で写っている。

 

 そこに兄の姿はいないが変わってゆく事もある。

 

「ふうちゃん、暴れてきなよ。」

 

「はい……!!」

 

「フウトさん、絶対勝ち進んで下さいね。」

 

「当たり前だ。負けるつもりなんて1ミリもねえよ。」

 

 フウトとシイナは強い眼差しでお互いを見てニヤリと笑う。そして違う方向へと歩いてゆく。次に会う時は全国大会で勝ち進んだ舞台でと言わんばかりに。

 

***

 

「さーて、みなさん今年も暑い夏がはじまりましたァッ!!第14回GPD全国大会ッ!今年の栄冠は誰に輝くのか!そしてどんなドラマが生まれるのか!」

 

「今回の参加者にはあのプロデューラーの『イヌハラ・ユウキ』選手や『アララギ・サワラ』選手も参加しております!いやーどんなバトルが見られるか楽しみですねェッ!そしてッ!誰が世界への切符を掴むのかッ!!!」

 

ウォォォォォォォーー!

 

 大会の開会式でMCやたらと会場を盛り上げる。こんな雰囲気も本当に久しい。それにユウキやサワラも参加している。あの2人を倒さない限りフウトは優勝は出来ない。だがそのつもりで彼も準備はしてきた。負ける気など毛頭ない。今度こそ掴めなかったものを掴む。そう意気込んでいた。

 

『──ふうちゃん、次の全国大会で待ってるよ。』

 

 年始に兄と別れる時にそう一言別れ際に言われた。

 

 通常プロがこのようなアマチュアに混じった大会に参加するということはあまりない。理由は簡単でプロとアマで実力の差が顕著に出てしまい試合にならない可能性がありそもそもプロリーグが参加を認めない事。もう一つはプロはプロで世界大会へと進める国内戦がありそちらの方が世界へ行ける枠が多いということもある。ましてや前シーズン全米チャンピオンと全日チャンピオンのユウキとサワラが参加するのはあまりにも異例である。2人ともリーグの許可を無理矢理取ったようだ。リーグ側も前年度チャンピオンが出場するなら観客数も増えるからいいと渋々承認した。さらに噂では2人ともこの大会のために世界大会への参加権を放棄したとも言われている。

 

 それほどまでにライバルたちは本気ということなのだろう。

 

「初戦前にトイレに行っておくか。」

 

 胃の弱いフウトは開会式の途中でトイレへと向かう。

 

「ん?」

 

 気のせいだろうか。人混みの中にあの少年「ウチヤマ・ユウ」を見かけた気がした。勝ち進めばいずれ彼とも闘うかもしれない。とても楽しみだ。

 

「よいしょと。」

 

 フウトは用を足し手を洗う。一年前はトイレの清掃員を真面目にやっていた事が嘘のようだ。随分と立場が変わったものだ。しかしトイレで運命が変わったのもまた事実。あの日、あの時に、あの少年と出会わなければ今ここには立っていなかったかもしれない。先ほど見た少年がもしあのウチヤマ・ユウなのであれば是非闘いたいと思う。

 

「──ふうちゃん、ちゃんと本戦に進んできたんだね。」

 

「に、兄さん。また急に。驚かせないでよ。」

 

 またしてもこの男、イヌハラ・ユウキは神出鬼没に姿を現す。

 

「ははは、ごめん、ごめん。」

「にしても聞いたよ?予選大会は圧巻だったそうじゃないか。メディアにも取り上げられたんでしょ?」

 

「あれは対戦相手が良かっただけさ。それにメディアは鬱陶しいよ。いつも笑顔で受け答えしてる兄さんは凄いよ。」

 

「まあ、あれも仕事だからねえ〜。」

 

「仕事か…。」

 

 プロとしての仕事。フウトにはメディアへの受け答えをする器量もなかったのかと思うと少しがっくりとくる。

 

「まあ、ここには仕事には来てないから安心してよ。」

 

「え?」

 

「果たしたい約束があるからね。ずっと前にした。」

 

「それって…。」

 

「なーんてね。ふうちゃん、この1年間の君の答えを俺に見せてくれ。そしてそれを俺に表現してみせなよ。」

 

「言われなくても。そのつもりさ。」

 

 ユウキはふふと笑い長い髪をなびかせその場を立ち去った。いつ見ても綺麗な青くて長い髪と後ろ姿。幼い頃からその背を追ってきた。

 

「……さてと。いっちょやるか。」

 

 フウトはコツコツと足音を静かに立てて初戦へと向かう。

 

 

「さーて、次の対戦カードはぁぁっ!!」

 

「ハヤシ・コウタロウ選手VSイヌハラ・フウト選手だぁッ!!!」

 

オォォーーッ‼︎

 

「イヌハラ・フウトってもしかして元プロの?」

 

「イヌハラ・ユウキの弟か!あの出来損ないの!」

 

「まじかよ!あいつまだこんなところでしがみついてんのかよw」

 

「公式戦に出場なんていつぶりだよw 惨めな負け方して兄貴の顔に泥塗るんじゃねえぞー!」

 

「俺さ、昔あいつの負け試合で生卵投げつけた事あるんだよねwww」

 

 歓声と共に様々なノイズが聞こえて来る。そういう立場だったなと。いつまでたっても"元プロの出来損ない"というレッテルは残るものだ。だが今のフウトにとっては過去。罵声とは反対に自信に溢れた顔つきだ。

 

「ふうちゃーん、負けるなー!2分で終わらせろー!」

 

「フウト…。負けるな、頑張れ…。」

 

「フウトさん…。負けないで…。」

 

 観戦しているサワラとシイナが小さな声で呟く。しかしそんな声はこの雰囲気に全てかき消されていく。

 

「ユウキくん、この試合どうなると思う?」

 

「どうなるって?」

 

「どっちが勝つかって事よ。」

 

「やだなー。そんなの決まってますよ。」

 

「──俺の弟はそんなにヤワじゃないので。」

 

「フフフ、あなたは昔からそうね。弟に肩入れし過ぎなんじゃないの?」

 

「当たり前ですよ。ウチの弟は強いですから。」

 

 ユウキは番記者の女性ににっこりとそう答える。

 

「久しぶりだな。イヌハラ。」

 

「ん?お前は?」

 

 かなりスタイルが良く顔立ちが整った清潔感溢れる青年が声をかけてきた。対戦相手の名前は「ハヤシ・コウタロウ」どこかで聞いたことのある名だ。

 

「……もしかして、お前あの時の!!」

 

「ああそうさ。フリーファイトスペースで闘った事をやっと思い出したようだな。」

 

 あの時は小太りでかなりの悪人面だったので別人のようなハヤシを見てフウトは分からなかった。

 

「強くなったのはお前だけじゃねえ。悪いが初戦はいただくぜ。」

 

「テメーの面を見ればわかるさ。強くなったって。でも俺にも譲れないものがあるんでな。」

 

 そう言って2人はGPDの筐体へと向かう。

 

 フウトの全てを賭けた夏が今はじまる。

 

Futo'sMobile Suit

Justice Kaiser

    VS.

kotaro'sMobile Suit

Shinanju

 

「ジャスティスカイザー、行くぞ!」

 

「シナンジュ出る!」

 

 二つの機体が荒野へと飛び出す。

 

『ジャスティスカイザーじゃねえか!まだあんなもんつかってんのかよ!』

 

『勝てないのに皇帝なんていつ見てもお笑いだな!』

 

 様々なノイズがまたしても聞こえる。

 

『フウトさん、なんでインフィニティを使わないんだろう。』

 

『フウトなりにも色々思うところがあるんだろうね。』

 

「いくぜ、相棒ッ!」

 

 フウトはシナンジュを発見するや否や急接近していく。

 

「速いッ!?」

 

 シナンジュもまたカイザーを迎え撃つべく臨戦態勢へと入る。カイザーはドラグーンを一気に解き放つ。鮮やかな尾が桜の花弁のように華麗に舞う。

 

「お得意芸かよッ!」

 

 コウタロウはこの1年射撃の腕を磨いて来た。たとえ高速で動く小型飛翔体であろうと撃ち落とせる自信があった。

 

「そこだァッ!!」

 

 しかしシナンジュの射撃はドラグーンにかすりもしない。ドラグーンはまるでコウタロウの努力を嘲笑うかのようにことごとく避ける。

 

「何故だ!たかだかオート操作に何故当たらん!」

 

「誰がいつオートだって言ったんだよ。」

 

 フウトは高速かつ精密に指を動かしドラグーンを操作してシナンジュへと集中放火する。

 

「テメェ、まさか…。」

 

「わりぃな。この勝負は一気に終わらせるぜ。」

 

 カイザーはドラグーンとビームライフルのコンビネーションだけでシナンジュを追い詰める。基礎的な攻撃パターンであるがその精度はかなりのものだ。

 

「ちぃ!こんなところで!」

 

 シナンジュは被弾を覚悟しながらも近接戦へ持ち込むために突撃する。カイザーはそれを真っ向から受け止めてゆく。シナンジュのサーベルによる攻撃、蹴り全てを受け流し的確なカウンターを入れてゆく。

 

「こいつでおわりだぁッ!!」

 

 カイザーは腰を小さくに捻りながらも最大の反動が出るように渾身の蹴りをシナンジュの胴体へと蹴り込んだ。

 

「………レベルが違いすぎる…。」

 

──battle end ──

winner Futo

 

「み、見事一回戦を勝利したのはイヌハラ選手です…!!その時間なんとわずか1分30秒…!!」

 

ウォォォォォォォーー!

 

「ふぅ………。」

 

 フウトは久しぶりの大歓声の中の試合は少し怖かったがなんとかなって一息つく。そして筐体のバトルシステムが強制終了するまでフィールドをわざとらしく円を描くように周った。

 

「ま、まぐれだろ。」

 

「そりゃ、伊達に元プロじゃねえよな…。」

 

「嘘だろ…。強すぎねえか。あれじゃまるで『皇帝』じゃねえか…。」

 

 先ほどまでフウトを罵倒していた観客達が静まり返る。それもそのはずだ。彼らの目に映るフウトはもはや別人、別次元の人間なのだから。

 

「ふうちゃんが勝ったーー!!ようやったぞ!!!」

 

「よしっ!フウトさん勝ちましたね!!馬鹿にしてた人達ざまぁみろです!」

 

「そうだね。皇帝の帰還凱旋は盛大でなきゃ。」

 

 弧を描くジャスティスカイザーの姿を見てサワラはそう言う。

 

「……負けた。こんなにもあっけなく。」

 

「コウタロウ。またやろうぜ。次も負けねえけどよ。」

 

 そう言ってフウトは手を出す。コウタロウはそのフウトのボロボロになった手を見て自分の手と見比べる。

 

「こんなにまで、ここまでやらなきゃいけねえのか…。完敗だよ。」

 

 そう言ってコウタロウはフウトと握手を交わす。フウトのザラザラとした厚みのある手の感覚を感じながらまた強くなろうとコウタロウは心に誓った。

 

 こうして大会は進んで行きフウト、シイナ、サワラ、ユウキの4人はベスト8まで勝ち進んだ。そしてフウトの次の対戦相手は「ウチヤマ・ユウ」であった。

 

 大会での闘いを見ているとユウとアポロンガンダムが成長している事は明白だ。しかしフウトには気がかりになる事があった。彼の動きが突然消極的になったこと。それまで消耗を恐れない近接戦を持ち味としていたのが途端に相手の機体をバラす戦法や場外勝ちをするようになっていた。側から見れば「余裕のある闘いだな」とさえ感じる。しかしアポロンにかかる負荷はその分とてつもない。

 

 彼にも色々と理由があるのだろう。フウトはあまりその事を考えるよりもユウと闘える事に燃えながら機体の整備をする。

 

 一方、別の控室でユウは必要以上に傷ついたアポロンを黙々と修復する。そしてそれを黙って見ていた兄のヒロは声をかける。

 

「なあ、ユウ。」

 

「なに?兄ちゃん。」

 

「いや、なんでもない。」

 

 声をかけたもののヒロはユウの姿を昔の自分と重ねてしまい何も言えずにいた。ガンプラバトルを諦めた自分とどうしても重なってしまう。

 

『――破壊を止める?何言ってんだァ?そもそもガンプラバトルってのは相手が大事に作ったモンを壊すモンだろォが!テメーの言ってる事は自分勝手なお子様のソレなんだよ!!』

 

 ユウの頭からこの言葉が染み付いて消えない。自分のしている事が正しいのかさえも分からない。闘う理由も分からない。心の中の太陽が沈んだみたいだ。次の対戦相手は今大会注目株のフウト。一度勝利した相手ではあるがあの時とは全くの別人だ。小手先のテクニックや今までのような誤魔化しが効く相手はではない。

 

 控え室のモニターに前の試合の勝者が表示される。──winner Sina

 

「ユウ、そろそろだ。行くぞ。」

 

「うん。」

 

 一方、フウトも闘いへの準備をしていた。

 

「お、シイナが勝ったか。てことは次勝てばシイナが対戦相手か…。」

 

「その前にまずは目の前の相手に集中だな。待ってろユウくん…。」

 

 フウトは珍しく嬉しそうな顔つきで戦場へと赴く。

 

 一方ユウは虚な目で闘いに臨む。

 

「さぁぁて!お次の対戦カードはウチヤマ・ユウ選手VSイヌハラ・フウト選手だぁぁッ!!」

 

「近接線においては右に出るものはいないユウ選手と鋭いカウンターと神がかった反応速度を持つイヌハラ選手どちらが勝利するのでしょうかぁッ!?」

 

ウォォォォォォォーー!

 

 相変わらずMCが煽り観客達は盛り上がる。

 

「ユウくん、久しぶりだね。」

 

「イヌハラさん、お久しぶりです。」

 

 ユウは少し目を背けて挨拶をする。

 

「俺はこの日を楽しみにしてた。君とまたやれる日を待ち望んでた。いいバトルにしよう。」

 

「はい…。」

 

 やはり様子がおかしいとは思いつつフウトは筐体へと向かう。

 

「ユウ、やれるか?」

 

「やるさ。やらなきゃならないんだ…。」

 

「アポロン…。」

 

 

Futot'sMobile Suit

Justice Kaiser Infinity

      VS.

Yu'sMobile Suit

Apollon Gundam

 

「カイザー、出るぞ!」

 

「ウチヤマ・ユウ、アポロンガンダム行きます…!」

 

 ステージは宇宙。2機の赤い飛翔体が出撃する。

 

「さて、ユウくん。どう来る?」

 

 フウトは今までのユウの戦闘パターンなら勢いよく突っ込んでくるはずだと踏んでいた。しかし全く先行してくるどころか姿すら現さない。

 

「ほぉ、あくまでもそうするか。それならッ!」

 

 カイザーは周辺索敵をしながらアポロンガンダムを探知し高速で向かう。

 

「来るッ…!!」

 

 アポロンは身構えるもカイザーは目の前に立つだけで何もしてこない。目の前にいるだけにもかかわらずこの威圧感。まさに皇帝と言ったところか。やはり1年前とは別物、というよりはこれが本来のジャスティスカイザーとフウトなのだろう。

 

「どうした?ここは君のバイタルだろ?来いよ。」

 

「くっ…!!」

 

 挑発されたアポロンはカイザーへと拳を振りかざす。しかし当たらない。もう一度大きく振りかぶるが当たらない。カイザーが避けた、というよりはアポロンの攻撃が当たらないのだ。

 

「馬鹿にしてるのか?」

 

「そんなんじゃ…!!」

 

「全力でやれないなら棄権しろ。でなきゃ君のガンプラがただ傷つくだけだ。」

 

「くっそぉ!!」

 

 ユウは腹の底から苦痛を上げながらカイザーへと攻撃する。

 

「パンチのキレが落ちたな!」

 

 カイザーはその鈍い鉄拳を避け足蹴りによるカウンターを行う。

 

「くっ!」

 

「パンチってのはこうやるもんだッ!」

 

 カイザーの右ストレートがアポロンの顔面を打つ。メインカメラにダメージが入ったことでアポロンのディスプレイが不安定となる。その間カイザーはアポロンの腹部を中心に格闘攻撃によるラッシュを行う。

 

「おらおら!どうした!?」

 

「ユウ!このままじゃやられるぞ!」

 

「分かってるよ!!」

 

 アポロンは馬鹿力でカイザーの鉄拳を受け止めそのまま強力な推進力で場外へと押し出そうとする。

 

「おいおい、そんなのが通用するとでもマジでおもってんのか?」

 

「こうする事が…こうする事が正しいんだッ!!」

 

「正しい…?」

 

 アポロンはさらに推力を上げて場外へと突き飛ばそうとする。カイザーもアポロンから離れようとするがパワーが今ひとつ足りない。

 

「あと少し…、あと少し…。」

 

 ディスプレイに戦闘区域外までの距離と警告音が出る。ユウは少し汗ばみながら力強く押していく。一方フウトは動じずドラグーンを展開させる。

 

「場外なんて舐めたマネしてんじゃねえぞ!」

 

 カイザーのドラグーンが背後からアポロンを襲う。

 

「うわっ!?」

 

「ユウ、来るぞ!!」

 

「もらったァッ!!」

 

 カイザーはバックパックのブレードを上手くしならせアポロンの右腕を切断する。アポロンは一旦バックステップを取るがドラグーンの追撃を受ける。さらにそこにカイザーのブレードによる連続攻撃がアポロンを痛めつける。

 

「どうした!やられっぱなしか?」

 

「うぉぉぉぉ!!!」

 

 煽られ続けフラストレーションの溜まったユウの闘争本能がとっさにむき出しとなる。アポロンはビームサーベルでカイザーの攻撃を切り払いそこで生まれた隙をついて右腕を切断しようとする。

 

『─そもそもガンプラバトルってのは相手が大事に作ったモンを壊すモンだろォが!』

 

 染み付いたあの言葉がユウの頭を再びよぎる。

 

「くそおお!!」

 

 ビームサーベルは虚しく空を切る。その瞬間を容赦なく詰めるフウト。

 

「馬鹿にするのも大概にしやがれええ!!」

 

 ビームサーベルを持つ手をブレードで叩き切り両腕のないアポロンの腹部を思いっきり蹴り飛ばす。

 

「ぐはっ!」

 

「動きに迷いがあるのは見ればわかる。けどよ、目の前の敵にくらいは集中しやがれ。できないのなら棄権しろ。それでもそこに立つってんなら本気で潰されろッ!!!」

 

「ユウ!無理だ!これ以上やっても勝ち目は無い!」

 

「ダメだ!!やらないといけないんだよ俺は……勝たなきゃ……ここで……ッ!!!!」

 

「でもどうやって……!?今の状況じゃどうやっても勝てないぞ!!お前から攻撃を──」

 

「今まで通りやればいいんだ!!相手の力を奪う、そしてバラしてやる!それだけだ……それしか道はないんだよ!!!」

 

 不意にヒロの口から出そうになった言葉は、ユウの言葉に書き消された。

 

 ──お前から攻撃を仕掛けるんだ。

 

 打開策は、それしかなかっただろう。ヒロはどこかそう思っていた。

 

「"やらなきゃいけない"…か……。」

 

「使命感″だけ″に駆られているようじゃ……俺には勝てないぞ」

 

 カイザーのツインアイが紅く光る。これまでとは別次元の速度で攻撃を叩き込む。右、左、上ブレードと格闘による完璧なコンビネーション技。フウトも本来なら万全のユウに使いたかった。両腕を失ったアポロンはガードする事もできずただただやられ続けた。

 

「戦いで示してみせろよ……君自身の思う、戦う理由(ワケ)を……ッ!!!」

 

 さらにカイザーは必要以上にアポロンを痛めつける。右脚を切断し備え付けられたソードビットを破壊しアポロンの戦闘能力をほぼ奪った。

 

「……闘う…… 理由(ワケ)……?」

 

「ユウ……」

 

 ユウは黙ってグリップを握り続ける。

 

「こいつで終わりだ…。」

 

 カイザーは距離を一旦取りスピードに乗った状態でブレードを構える。フウトが得意とするブレードの抜刀の距離だ。そして強く踏み込み対象物の上半身と下半身を完全に切断した。

 

「……………………。」

 

winner Futo

 

「準決勝へと駒を進めたのはイヌハラ選手だぁぁぁぁ!!!!」

 

ウォォォォォォォーー!

 

「負けた…。」

 

 何一つとして通じるものがなかった。というより闘う事を放棄していたと言っても過言ではない。ユウとアポロンガンダムはただタコ殴りにされて終わった。

 

 目の前にはボロ雑巾のようになった無残なアポロンの姿がある。

 

 ──この日、太陽は陥落した。

 

「…………」

 

 ユウはガンプラバトルがGPDがこんなにも怖いものだと思う日が来ると思っていなかった。

 

「ユウ…。」 

 

 ヒロは立ち尽くす弟に何も言えない。言えるはずもなかった。

 

「ユウくん…。」

 

「イヌハラさん…。その…すみません……。」

 

「いいさ…今は。」

 

「……。」

 

「苦しいか?GPD?」

 

「え?」

 

「動きを見ればわかるさ。迷いや苦しみを感じる。」

 

「今きみが何に悩んでいるのか何に苦しんでいるのか俺には分からない。俺だって今まで何度も何度も悩んで苦しんだ。」

 

「イヌハラさんも…?」

 

「ああ。俺だって人間だからな。」

 

「あ、あの、イヌハラさんの闘う理由ってなんなんですか?」

 

 ユウは食い気味にフウトへ問う。この人に聞けば答えが分かるかもしれない。楽になれるかもしれない。ずるいとはわかっていても知りたいと思った。

 

 もし人の答えで楽になれるのなら人生とは容易いものだ。

 

 フウトは少年の意図も理解しながら答えた。彼自身の答えを。

 

「そうだな…。色々あるけど『自分自身に負けない事』って事に最近やっと気づいたよ。」

「それに約束した事もあるんだ。だから負けられない。」

 

「『自分自身に負けない』ですか…。」

 

「ユウくんにはないのか?理由?」

 

「今の俺には…。」

 

「そっか、じゃあユウくんはまだまだ強くなれるな!」

 

「え?」

 

「君はまだ若い。色んな事に悩んで、考えて、時には挫折する事もある。逃げ出したくなる時もある。」

「だけど、足掻く事だけはやめるな。君の思い描いている夢は時に壊されるかもしれない。理想とかけ離れる現実に嫌気がさすかもしれない。もしかすると君が答えを出すのに何年も何十年も掛かるかもしれない。それでも絶対に足掻け。足掻いて、足掻いて、足掻き続けろ。」

 

「──それに夢や想いのカタチってのは姿を変えながらもずっと君のそばにいてくれるんだぜ。」

 

「足掻き続ければ…。」

 

「夢の形は変わり続ける…。」

 

 2人はフウトの言葉を聞きそれぞれの言葉をつぶやく。

 

「少々説教臭くなっちまったが生き遅れたおっさんの戯言だと思ってくれ。」

 

 そう言うとフウトはその場を立ち去る。先程の台詞はまるで自分にも言い聞かせているようであった。

 

「夢のカタチは姿を変えながらもいつもそばにいるか…。」

 

「らしくねえ事言っちまったかなあ…。」

 

「待ってるぜ、ユウくん。何年経とうが何十年経とうが俺は君の答えを待ってるぜ…。その時は最高のガンプラバトルをしような。」

 

 フウトは自分の答えに辿り着くのに何十年も掛かった。兄との確執をずっと感じ続けていた。それでも足掻く事をやめなかった。やめなかったからここに立っている。

 

 フウトは次の対戦相手、ヒナセ・シイナとの対戦に備え準備を進める。

 

(続く)




この度は本編作者のぬぬっししさまにご協力して頂きました。
お忙しい中ご指摘、ご指導をいただき本当にありがとうございました。おかげでかなり熱く本編のテーマも組み入れられたかなと思います。
今後ともどうぞよろしくお願い致します。

Instagramにて作中の機体やキャラクターのイラストなどを掲載しております。

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第十三話「白い季節の約束」

いよいよ大詰めとなってきました。

今回を含めてあと2話です。最後までよろしくお願い致します。


 第14回GPD全国大会もすでに4強が出揃った。

 

 現役最強と名高いイヌハラ・ユウキ、若きカリスマアララギ・サワラ、白銀姫ヒナセ・シイナ、そして元プロデューラーで清掃員のイヌハラ・フウト。そして準決勝はユウキとサワラ、シイナとフウトによって行なわれる。

 

「ちょっといいですか。イヌハラさん。」

 

 通路で黒いスーツとストッキングを履いたスタイルの良い黒髪の女性。手には筆記用具をもっている。

 

「また、あなたですか。しつこいですよ。」

 

「まあそう言わず、準決勝の意気込みは?」

 

 予選からフウトを付け狙う番記者である。インタビューの受け答えが苦手なフウトにとってはストレスでしか無い。

 

「……なるほど…………。」

 

「もういいですか…?」

 

「はい。でも最後に一つ、これは記事に関係ない事ですが。」

 

「まだあるのかよ。」

 

「ヒナセ・シイナとはどういったご関係で?」

 

 改めてそう聞かれると自分でもよく分からない。この一年確かに一緒に過ごしてきた。彼女も自分の事を慕ってくれている。だがそれ以上の関係になる事もなかった。俺にとって一番は常にこの大会で優勝することしか頭になかった。だが、彼女が自分にとって大切な存在である事は間違いない。故に言葉に詰まる。

 

「えっと…。」

 

「なるほど、恋仲、というわけでは無いのですね。」

 

「そんなこと聞いてどうするつもりです?」

 

「あわよくば、記事に。」

 

「記事とは関係ないっていいましたよね!!」

 

 またしてもこの番記者の罠にかかる。

 

「でも『想い』というのは伝えられる時に伝えた方がいいと思うよ?フウト?」

 

「その名前で呼ばないでくれ。俺と君、いやあなたはもうそういう関係じゃないはずだ。」

 

「そうね…。ごめんなさい。」

 

「でも、わたしは嬉しかったよ。またフウトがこの世界に戻ってくれて。」

 

「…………。」

 

フウトはその場を立ち去る。

 

「……え?……なに……?」

 

 シイナはそれを隠れて見ていた。

 

「あの女、前から怪しいと思ってたけどまさかフウトさんの彼女面までするなんて、しかもフウトさんもフウトさんで分かってるなら相手しなくていいのに!」

 

 ご機嫌斜めの姫である。

 

「──準決勝の相手はフウトさんか…。」

 

 シイナは次の対戦相手がフウトである事に複雑な感情を抱いていた。日々お互いに競い高め合ってきた存在、それと同時にそれ以上の別の感情さえフウトに対して持っている。

 

 加えてフウトがこの大会に全てを賭けている気迫がヒリヒリと感じる。あまり多くを語る方ではないが彼の様子を見ていればそれくらいは容易くわかる。

 

 かといって、シイナも手を抜くつもりはない。フウトに勝つ事を彼女自身も目標としてきた。記憶がなくなる前からずっと追いかけていたような存在にさえ感じる時がある。故にフウトと闘えば"あの時"のように何か分かるかもしれない。そんな期待感もある。それでもやはりフウトと本気でやり合うというのは少し気が引ける。

 

「──ええっと、確か君、ふうちゃんの彼女だっけ?」

 

「えぇ!!ち、ちがいますよ!そんなんじゃ!!」

 

 突然甘い声をした男性に声をかけられる。フウトの兄、ユウキだ。

 

「なーんだ、違うんだ。つまらないなあ。」

 

「からかわないでくださいよ!ユウキさん!」

 

「あ、俺のことは特別に『お義兄さん』って呼んでもいいんだよ〜。将来を見据えてね〜。」

 

 シイナはユウキのマイペースでおちょくった会話にペースを乱される。

 

「それで、君、ふうちゃんに勝ちたい?」

 

「え、そりゃそうですけど…。」

 

 改めて勝ちたいかと聞かれると確かに勝ちたいがフウトのことを思うとやはりそう思えない自分がいる。こんなことフウトは絶対に許さない事だと思う。

 

「ふーん、じゃあいい事教えてあげようか?」

 

「いい事…ですか?」

 

「そう。ふうちゃんの弱点、とでも言えばいいのかな…。」

 

「そ、そんなの!教えてもらわなくて結構です!」

 

「それにきみ、記憶が無いんだよね?」

 

「…!? なんでそれを…!!?それに今その事は関係ないですよね?」

 

 何故それを。この人が知っているんだ。シイナはそうは食い気味で聞き返す。

 

「すごい顔してるよ〜。可愛い顔が台無しだ。」

 

「まあ、俺の見立てなんだけどさ。君はふうちゃんと強く交われば交わるほど自分自身の記憶………。というより本来の自分に近づけると思うよ。」

 

「……。」

 

「心当たりのある顔だねえ。」

 

「もしもっとふうちゃんを傷つけ、痛めつけたらどうなるんだろうね。もしかすると君の中の点と点が線になるのかなあ。」

 

「……。」

 

 記憶。その言葉はシイナを何度も悩ましてきた。それが原因で突然頭痛が起きる事もあるしフウトと出会ってからよりシイナの心で変に引っかかる事が多かった。

 

 だが、それはあまりに歪んでいる。

 

 この男の誘いに乗ってはいけない。そうは分かっていても自分は本当の自分を知りたい。そう思うのは人間であれば必然的である。

 

 だが。

 

『──全力で来いよ、シイナ!』

 

 うん、やっぱり。あの人には真っ直ぐ向き合いたい。

 

「でも、やっぱりそんなフウトさんを裏切るような事出来ません。」

 

「ほぉ。これは茶化しにきた俺が悪かったかな。ごめんよ。」

 

「い、いえ。そんな頭を上げで下さい。」

 

「それじゃ、楽しんできてね。ふうちゃんとのバトル。」

 

「あ、そうだ。ふうちゃんと同じヤツ、詰んでるんだろ?」

 

「あの光が交わる時、2人だけの夢がきっと見られるんじゃないかな?楽しみだよ。」

 

 そう言ってユウキは長い髪を揺らしながらその場を去る。シイナは何故その事を知っているのか不思議がったがそれよりもフウトと最高のバトルをする事に意識を集中させていた。

 

「今日こそ……。勝つんだ……!!」

 

「──ユウキさん、また茶化しに行かれてたんですか?」

 

「まあね。」

 

「それ、本当悪いクセですよ。」

 

「君の方こそふうちゃんを茶化してたじゃないか。」

 

「私は取材です。」

 

「またまた〜。」

 

 ユウキが興味なさげに言う。

 

「──さて、あの2人どうなるかな……。」

 

 一方、フウトもまた対戦前にサワラと話していた。

 

「フウト、この一年で見違えるほど強くなったね。」

 

「よせよ、まだあの時俺に負けたのまだ根に持ってんのか?あれはまぐれだって。」

 

「まぐれなんかじゃ無いさ。君の強さをこの肌で実感したよ。」

 

 フウトとサワラ。2人は永遠のライバルであり永遠の友でもある。この2人もまたお互いを意識し高め合ってきた。

 

「フウト、俺はユウキさんに勝つよ。」

 

「珍しく自信ありげじゃねえか。」

 

「君が昔俺に見せてくれた夢を今度は俺が君に見せるよ。」

 

「なにカッコつけてやがる。日本のチャンピオンとして全米チャンピオンに全力で挑むだけだろ?」

 

「それに俺の夢はお前や兄さんが充分俺の分まで果たしてくれてるよ。」

 

 フウト…。サワラはそう呟きたかった。フウトのこれまでの経緯や想いを考えればその言葉の重みを感じる。自分のためだけじゃなく誰かの想いも背負って闘う。それもプロの責務なのだ。

 

「勝手に君の夢を俺たちに押し付けないでくれよ。自分の尻くらい自分で拭いてよ。」

 

「相変わらずサワラは厳しいなあ。」

 

 大人になってもお互いにジョークを言い合える仲。この時だけは身分や年齢そんな世間のしがらみのないあの頃の、少年の頃と何も変わらない。なんのしがらみもない飾らなくて良いあの頃のままだ。

 

「それじゃあ、決勝でな。」

 

「ああ、フウトも負けるなよ。」

 

 2人は腕をかざし握り拳を合わせそれぞれの闘いのロードへと向かう。

 

「──また会おう。友よ。」

 

「さぁぁぁて!!準決勝のお時間ですっっ!!」

「こちらのフィールドではイヌハラ・フウト選手VSヒナセ・シイナ選手の対戦です!!」

 

「お互いによく似たバトルスタイルの2人ですがどのようなバトルを繰り広げるのでしょうか!?」

 

「いけーイヌハラー!」

 

「シイナちゃん負けないでー!」

 

 相変わらず凄い歓声だ。回を重ねるごとに会場のボルテージが上がっているように感じる。フウトの目の前には覚悟を決めた少女の顔が映る。どうやらシイナは本気でやる気らしい。自分もそれに全力で応えたい。

 

「シイナ、全力でこいよ。」

 

「今日こそは勝たせていただきますよ!。」

 

 いつもより強張った顔をしたシイナ。だがやる気は十分だ。フウトも気を抜けば簡単にやられてしまうだろう。

 

 

Futot'sMobile Suit

    Justice Kaiser Infinity

      VS.

Shina'sMobile Suit

    Justice snow white

 

 

「カイザー行くぜ!」

 

「スノーホワイト、舞います!」

 

 ステージは雪原。

 

 赤と白のよく似た2機のジャスティスガンダムが出撃する。

 

「また雪原か…。」

 

 フウトは雪のステージが視界が悪く一面が真っ白なため敵を捉えにくく苦手としていた。しかもシイナの機体「ジャスティススノーホワイト」は真っ白な機体でそれも相まって捉え辛い。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ビピピッ

 

 モニターに敵の反応が表示される。

 

「どこだ!?」

 

「遅いッ!!」

 

 スノーホワイトはウイングに取り付けられたブレードをしならせカイザーへと奇襲する。

 

「ちぃッ!流石に早い!」

 

 スノーホワイトのスピードと突然の奇襲に流石のフウトも反応しきれずダメージを受ける。

 

「腕を上げたな、シイナ!」

 

「まだまだ、いきますよ!!」

 

 勢いに乗りさらにブレードによる追撃を行うスノーホワイト。それを受けるカイザー。

 

 ──お互いによく似た機体とよく似たバトルスタイル。

 

 似たタイプとの闘いの勝負を喫するのは一つ一つの動作の精度の高さ。足元の位置ひとつで変わることなど滅多にない話でも無い。お互いにブレードによる近接戦、そこに両者ともにカウンターを伺い、キャンセリングによる後出し見ているだけで目が疲れる勝負だ。

 

「甘いぞ!」

 

 斬撃を外したスノーホワイトの隙をついてカウンターを入れようとするカイザー。

 

「そっちは囮ッ!」

 

 外したはずの腕は平行方向へと動く。

 

「キャンセルかよ!」

 

 それを見たカイザーはカウンターで入れようとした攻撃の方向を移動する腕の方へと向ける。

 

「くっ!流石フウトさんッ!」

 

 お互いに同じスキルを持っているとはいえ、咄嗟の判断や眼の良さはフウトの方が上。わかっていてもそれが操縦できるかどうかはまた別の話だ。

 

「今度はこっちから行くぜ!」

 

 バックパックに取り付けられたブレードを2刀流で装備しスノーホワイトを襲う。スノーホワイトもまた2刀流となりしのぎを削る。

 

 激しい打ち合い。お互いにこの一年で同じトレーニングを行いお互いを意識し合ってきた。相手の癖は感覚的に分かっている。何度も切り返しては切り返す。だがその均衡が破れる。

 

「くそっ!手が!!」

 

 キャンセリングの連続で疲れが出たのか右にステップを踏もうとした時にカイザーの重心が揺らぐ。

 

「もらったぁぁ!!!!」

 

 シイナはここぞとばかりにカイザーのボディを激しく切り裂く。

 

「まだまだぁ!!」

 

 カイザーは怯まずもう一度仕掛ける。そしてまた先ほどのような打ち合いとなる。何度も切り返し、次はフウトが隙を突いた。

 

「そこだぁぁ!!!」

 

 ───ピキッ

 

 フウトの手首に電流が走る。

 

「…くっ、こんな時に。」

 

 一旦カイザーは後ろに距離を取り体制を整える。

 

「動きが止まった…!?」

 

 絶好機ではあるがシイナも一旦様子を見る。

 

 フウトを襲った突然の痛みはおそらくプロ引退の要因となった事故の後遺症だろう。回復は絶望視されていたが奇跡的に完治していた。だが先程の連続かつ速い動作がかなりの負荷をかけたようだ。確かにシイナレベルのキャンセラーとやり合えばこうなる事も考えられなくは無い。

 

「へっ、強くなったな。シイナ……。」

 

 フウトは手首の事など考えずニヤリと笑う。

 

「──いけるッ……!!」

 

 スノーホワイトは怯まず持ち前のスピードでカイザーへと突っ込む。大きく開いたウイングパーツはプリズムのような輝きを放ち幻想的で美しい。

 

「速いッ!!」

 

 スノーホワイトは一気にカイザーの懐へと入りブレードによる強打。またも打ち合いとなる。

 

 ──ピキッ。

 

「こんな時にくるんじゃねえよ!」

 

 気合いで痛みを抑えようとするが機体のバランスを崩す。

 

「強くッ……踏み込むッ……!!!」

 

 その間合いを一気にスノーホワイトが詰め寄りカイザー目掛けてブレードによる渾身の攻撃を行う。だがカイザーも無理矢理体制を整えブレードを振りかざす。

 

「うぉぉぉぉぉぉぉ…!!」

 

 透き通った冷気の中を二つの衝撃が重なり合う。かなり強い衝撃だ。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁ…!!!」

 

「きゃぁぁぁぁぁぁぁ…!!!」

 

 白い光が起こり2体とも物理法則に逆らえず逆方向へと飛ばされる。

 

「くっ、これはあの時の…!!」

 

 ──フウトは再びシイナの意識へと呑み込まれていく。

 

「──ここは、どこ……?」

 

 意識を取り戻したシイナが目を開けると自分と瓜二つの女性を見つける。しかし自分よりは少し髪が伸びて大人びてみえる。

 

「あら、あなたがここに来るなんて珍しい…。」

 

「あ、あなたは……?」

 

「わたしは、あなた。あなたが失ってしまったあなた。」

 

 シイナには彼女何を言っているのか理解出来なかった。本来出会うべきでない2人。どちらかが存在してはならない2人。

 

「ねえ、お願いがあるの。」

 

 真剣な眼差しでこちらを見る。シイナはコクリと頷く。

 

「少しだけあなたの時間をくれないかしら?」

 

「え?」

 

「ほんの少しだけでいいから、わたしもイヌハラさんとバトルがしたいの。」

 

 彼女がもし本当に自分自身なのであれば、それは私自身の本当の願い。望み。そう思った。

 

「うん、いいよ。」

 

「……ありがとう。シイナ………。」

 

 そう言ってシイナは目を閉じてそのまま座り込んだ。

 

 耳飾りが今度は透明な白色で輝き始める。

 

「──シイナー!」

 

 フウトは意識の世界の中で呼びかける。相変わらず白く儚く冬の匂いがする世界だ。

 

「イヌハラさん……。」

 

「シ、シイナか……?」

 

 大人びたシイナを見て驚くフウトだがとっさに以前会った、記憶の世界に閉じ込められた彼女を思い出した。

 

「今日はわたしがあなたに逢いに行くよ。」

 

「きみは……。」

 

「楽しませてね……。」

 

 ──白い光が再び発光する。

 

 

「うっ……。」

 

「……ここは…………?」

 

 

ウォォォォォォォーー!

 

 会場に響く歓声。どうやら記憶の世界から帰ってきたようだ。

 

 フウトはカイザーの機体のコンデションを確認しゆっくりと動かす。右手首には念のために取っておいた応急用のテーピングを巻き痛みを和らげる。そして手首の状態を確認し「よし。」と呟く。

 

「さあ、いくぜ……!!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

カイザーはスノーホワイトの方へと旋回しながら勢いよく突貫していく。

 

「ふふふ、久しぶりの感覚。少しの間だけど楽しませてね…!!」

 

 シイナはアームレーカーを何度か握り直すと機体を動かしはじめた。再び赤と白の機体は澄み渡る空気の中舞う。ブレードによる激しい打ち合い。切り返し。その先手を取ったのはフウトだった。

 

「お目覚めしたばかりで鈍ったか?」

 

「まさか!!?」

 

 フウトの決定打を持ち前の反応速度で見事受け止めた。

 

「やるなッ!」

 

 2人の間に笑みが溢れていた。お互いがお互いを求め合う。ユウキの言っていた強い交わりとはこの事だったのだろうか。

 

「やっと巡りあえた…。ずっとこの瞬間(とき)を…ずっと待ってた…!!」

 

 さらにそのギアを上げカイザーへと近接戦を仕掛ける。

 

「もうその速さには慣れたってんだよ!!」

 

 ブレードをうまく当てに行きスピードに乗った攻撃をうまく受け流す。そしてスノーホワイトの背後にドラグーンを早業でつけ射出する。

 

「そんなッ!!」

 

 スノーホワイトは浮遊バランスを崩し地表に落ちていく。

 

「……やっぱりすごい……。」

 

「それでもわたしは……。」

 

「なんだ?」

 

 全身を青白く光らせ立ち上がるスノーホワイト。シイナのイヤリングに呼応するかのようにウイング部分のプリズム偏光が幻想的に虹色に輝く。

 

「わたしはあなたにッ…!!!」

 

 耳飾りがさらに強く煌めく。

 

 ──prismatic effect──

 

 幻想的な光に包まれたスノーホワイトは2本のブレードを1つにし大剣へと変えカイザーへと突撃する。先程とはあまりに違うパワーがカイザーの全身へと負荷をかける。

 

「さっきとはパワーが桁違いだな、オイ…!!」

 

 スノーホワイトの猛攻を受け流すことしかできないカイザー。さらにダメージの蓄積から動きも鈍りピンチである。

 

「わたしはいつもあなたの背を見て追ってきた。あの時わたしを助けてくれた事も、今も私のそばで居てくれる事も全部、全部知ってる。」

 

「だけどあの子だけじゃなくてわたしのことも忘れてほしくなかった。あなたの記憶からも消えたくなかった。これは私のわがままだってわかってる……。」

 

 記憶の世界のシイナはフウトに強く訴える。フウトはそれを真剣な眼差しで聞く。

 

「ほんの少しでも、少しでいいからあなたと同じ時を刻みたい……!!」

 

「──シイナ、全力で行くぜ…!!」

 

 一言、フウトはそう答えた。短い時間でもなんでもいい。あの時たまたま出逢った少女が、もう一度自分にガンプラバトルをさせようと、自分を生かしてくれた存在と最高の舞台で闘える。フウトにとってこれ以上ない喜びである。 カイザーは徐々にスノーホワイトの猛攻を跳ね返しつつあり機体はやわらかな黄金色を纏い始めていた。

 

「この光……!!」

 

「いま、俺の持てる全力を解き放つ……!!」

 

 ジャスティスカイザーの核エネルギーが活性化し無限のエネルギーを生み出す。この眩い光は遠い世界のシイナを魅了する。シイナにはこの神々しさが神様のようにさえ見えた。黄金色を纏ったカイザーはスノーホワイトを完全に押し返し美しく優しい黄金の光を一面に放出する。

 

「雪が…私の記憶が……照らされていく……!!」

 

 この温かな光はいずれ凍りついた記憶さえも溶かしたくれるとそう思えるほどに強く優しい光だった。

 

「ガンプラバトルを楽しもうぜッ…………!!」

 

「……!!」

 

『ガンプラバトルは楽しむもんだろ?』

 

 楽しむ。かつてフウトがシイナと初めて会ったときに放った台詞。あれから時は過ぎ閉鎖された空間でずっと生きてきた。でも変わらないものもあった。

 

「変わらないね…あなたは……昔から、ずっと…………。」

 

幼いシイナをはじめて魅了したプロデューラー。それはフウト本人だった。彼に憧れ、彼と同じバトルスタイル、同じ機体。ガンプラを始めた頃の記憶のあるシイナにとって憧れでありヒーローだった。

 

「楽しいね…!今…!この瞬間が…!!」

 

 スノーホワイトも巻き返して大剣を振るう。カイザーもそれを2本のブレードで受け止め弾き返す。

 

「出力が上がってる……!!」

 

 ──God Advent──

 

「カイザー、やるぞ!神モードッッ!!!」

 

 ジャスティスカイザーのボディがさらに強く激しく黄金色のオーラを纏う。以前サワラと闘った時とは比べ物にならない。二つの光が溶け合うように互いの輝きを高め合っている。

 

「いくぜぇぇ!!」

 

 カイザーはこれまでと違う軌道でスノーホワイトへと襲いかかる。その驚異的なスピードが乗ったブレードの一撃は重い。スノーホワイトは到底それに耐えきれない。

 

「こいつでしまいだぁぁぁっ!!!」

 

 カイザーは弾き飛ばした腕にできた隙を狙い渾身の一振りでスノーホワイトを文字通りぶっ飛ばした。白い雪景色の中、カイザーの緑色のツインアイが煌く。

 

「これがイヌハラさんのガンプラバトル。ずっと見てたまんまだね……。」

 

 スノーホワイトは強烈な一撃を喰らい再起不能となった。

 

「ありがとう……。ほんの少しだけど楽しかった……。また、逢いに……きて下さい……。」

 

「ああ……。ガンプラを続ける限り君と俺はまた逢える。繋がりあうこの糸は絶対に溶けることなんてない。」

 

「……ありがとう……ずっと……待って…ま…す…ね…………。」

 

 吐息が当たりを白く染め上げ耳飾りの輝きは徐々に光を失い元の光に戻っていく。

 

―battle end─

winner Futo

 

ウォォォォォォォーー!

 

「なんと、なんとの最後に押し切ったのはジャスティスカイザー!!準決勝を制したのはイヌハラ・フウト選手ですッッ!!!」

 

「また、逢えるさ……。」

 

 フウトは消えていく彼女の意識を感じながら約束を心に刻む。

 

「ううっ……頭が…。」

 

「おい!大丈夫か!」

 

 フウトは筐体からふらふらと出てきたシイナへと駆け寄る。

 

「あれ、わたし、何を……?」

 

「目が覚めたか!」

 

「何か夢を見ていたような……。白くて眩い光が煌めく、そんな夢……。」

 

 どうやら元のシイナに戻ったようだ。先程の出来事はほとんど記憶にないらしい。記憶の世界のシイナと本当に入れ替わっていたようだ。

 

「でも、なんだろう。すごくすっきりしてます。負けたんですよね?わたし。」

 

「シイナ……。いい試合だったよ。強くなったな。」

 

「……!!ほんと急にそういうこと言うの間が悪いんですよ!」

 

「そうだな。いつも間が悪くてごめんな」

 

 はははと笑うフウトと笑い事じゃないですよとそんな顔をするシイナ。

 

 いつか凍りついたままのきみと今の無邪気なきみを真っ白な世界からすくい上げる。そして本当のきみと出逢える日が来るまであがき続ける。今度は自分のためじゃなくて誰かのためにあがき続ける。今の自分ならそれが出来る気がする。

 

 いつか、いつの日かその横顔が当たり前のように見続けれるように。

 

 フウトはこの日そう心に誓った。

 

 この想いは決して溶ける物ではないから。

 

 ***

 

 一方、第2準決勝。

 

 サワラとユウキのバトルは大詰めを迎えていた。

 

「──やるね、サワラくん。この短期間でここまでくるとはね。」

 

「まだまだ、余裕って感じですねッ!!」

 

 ユウキの駆るガンダムソフィエル・GNアサルトがサワラのガンダムソフィエル・エクリプスを見下ろす。

 

 ガンダムソフィエルエクリプスはサワラが以前扱っていたガンダムゼルエルの完成形。ユウキと同じソフィエルの名を冠する"王者"だけが名乗れる称号だ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ソフィエル、天使同士の闘いではあるが位はGNアサルトの方が格上のようだ。

 

「……けど…………これならッ……!!!」

 

「トランザム……!!!」

 

 エクリプスは機体を真紅に染め上げ機体性能を向上させる。トランザムは反動のリスクがあるものの奥の手、必殺技である。圧倒的なスピードで四方から精密な射撃を行う。これにはユウキも避けきれない。厄介なのはこの超スピード。ユウキが数多く見てきた中でもこの速さはダントツで1番だ。捉えることが難しく迂闊に動けない。

 

「これは参ったねえ……。」

 

「弾切れなんてどうでもいい!仕留め切るッ!!」

 

 赤い残像が無数に消えては現れる。エクリプスに装備された3つのライフルが存分に使われ弾切れとなったライフルを一つ使い捨てる。洗練された動きと射撃、これを避け続けるのは容易な事では無い。GNアサルトもこの包囲網から抜け出せず全身にダメージを負う。

 

「押し切れるか……!?」

 

 額に汗をかくサワラ。あと少し、あと少し…。心臓がら高鳴っていく……。

 

「久しぶりだよ、ここまで追い詰められたのは…。」

「強くなったね、サワラくん……!!」

 

 ユウキはそう笑ってみせた。そしてGNアサルトもまた紅潮していく。

 

「だけど俺は負けない…。誰にも負けない、誰も俺には勝てない……。」

 

「来るか……!!?」

 

「修羅ンザムッ……!!!」

 

 紅潮していたGNアサルトはさらに真紅に色を変え紅い衝撃波を起こす。

 

「うっ…!!これがユウキさんの本気……!!?」

 

「──いくよ…………。」

 

「!?」

 

 サワラが認知した時にはGNアサルトは既にエクリプスの背後を取っていた。声を発する間さえ与えられない。

 

「捕まえた…!」

 

「くっ…!!」

 

 エクリプスは2丁のライフルでGNアサルトを近づかせようとしない。しかしその射撃を全て華麗に避ける。もはや神業に近い。そしてビームサーベルを持ち神速でエクリプスの懐へと近寄る。

 

 いや、それは"神"というよりも"悪魔"だろうか。

 

「これじゃまるで悪魔だな……!!」

 

「悪魔なんかじゃ足りないくらいさ。」

 

 GNアサルトとエクリプスは激しく打ち合う。エクリプスは必死に反撃を起こすが全く通じない。

 

「俺は……"修羅"さ……!!」

「春の夜の夢から覚めない…修羅さ…!!!」

 

「くっ…。だからといって!俺も簡単に負けられやしないッ!!」

 

 サワラにも意地はある。エクリプスはなんとか攻撃をアジャストし受け流す。鬼を超えた修羅は神や天使をも喰らう。その姿は堕天使ともいえよう。

 

「へえ、今のを受け止めるのかあ。ならこれはどうだい…?」

 

 GNアサルトは規則を破った軌道でぐいぐいと移動する。全く目で追えない。そして突然赤い眼をした修羅がエクリプスを横切った。

 

「──何が起こった…?」

 

「覚めることのない春の夜の夢を見てるのさ。」

 

 エクリプスの四肢が断裂されている。紅く輝くGNアサルトは斜め上からライフルを構えている。

 

「あなたの強さは底なしだ……。」

 

「サワラくんまたおいで。おやすみ。」

 

ライフルの強力な一撃がエクリプスを撃ち貫いた。

 

―battle end―

winner Yuki

 

「我らが日本王者を破り決勝へとコマを進めたのは現役最強イヌハラ・ユウキだぁぁぁぁ!!!」

 

ウォォォォォォォーー!

 

「サワラくん、ありがとう。」

 

「やっぱりユウキさんには敵いません。」

 

「そんな事ないさ、ここまで追い詰められたのは久しぶりだよ。」

 

 そう言いながら2人は握手を交わす。

 

「さて…。やっとここまできたか……。」

 

「ユウキさん……?」

 

 ユウキは目を瞑り上を向く。

 

「俺の夢……。俺達の夢……か……。」

 

「ふうちゃん……。」

 

 

「なあ、おい。今のユウキさんみたか?」

 

「あれじゃまるで本物の修羅だな。」

 

「修羅道と皇道がついに交わるか……。」

 

「……なあ、ユウキ。もうとっくに覚めてるはずだろ…。その短い春の夢から……。」

 

 観客席で見ていたテルキとタロウがユウキを見てそんな事を話す。

 

 

「──ユウキさん、決勝に進んだのはイヌハラさんの方です。」

 

「ちゃんと勝ったんだね。」

 

「しかし、右手首を怪我したようです……。」

 

「ドクターを送り込んでおいてあげて。当日までには違和感を無くしてあげるようにって。」

 

「わかりました。それから例のシステムは完全に作動したようです。」

 

「"皇道のその先"か……。」

 

ユウキはニヤリと笑う。

 

「──さぁ、はじめよう。最後の戦いだ……。」

 

(続く)




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第十四話「皇道」

遂に、遂に物語が完結します!

最後までフウトとジャスティスカイザーの皇道をお楽しみ下さい!


 ──ピピッ…ピピッ…

 

 アラームが鳴っている。午前5時だ。

 

「ついに来たか……。」

 

 フウトは目をぱちぱちさせながらゆっくりと体を起こす。宿舎の作業机には決勝用に昨夜遅くまで調整と改修を施されたジャスティスカイザーが立っている。そして、その作業を手伝った、シイナとサワラが地べたで泥のように眠っている。

 

「2人ともありがとうな……。」

 

 フウトは右手の状態を確認しながら呟く。

 

「もういいのかい?そっちは?」

 

「起きてたのなら声かけろよ。」

 

 サワラが突然目を開けてフウトへと声をかける。

 

「あんまり眠れなくてね。少し散歩でもしないかい?」

 

 そう言って2人は宿舎の周りを歩き出した。日は既に上がり始めあたりは明るくなっている。

 

「で?どうなの?右手。」

 

「ああ、ドクターのおかげでほとんど違和感はない。ただ慢性化しないためにも次が終わったら少し安静にするようにって。」

 

「そっか。よかったよ。」

 

 サワラはホッと一息をつき話題を変える。

 

「ユウキさんの底は結局見えなかった。『強い』って言葉じゃ足りないくらい。」

 

「そっか……。でも俺はやるよ。今度こそ勝つんだ。」

 

「ああ。フウトなら必ずやれるさ。」

 

「──勝てよ。」

 

 サワラは握り拳を合わせようと手を翳す。フウトもまたそれにゆっくりと合わせる。眩い朝日が2人を照らしていく。2人の顔つきは昔と比べて大人っぽくなったがお互いを信頼する眼差しだけは何も変わっていない。

 

 ──フウト達が自室に戻るとシイナも目を覚ましていた。

 

「あ、お二人ともおはようございます。」

 

「お、起きたか、昨晩はありがとうな。」

 

「いえいえ!」

 

 少し目の下に隈のあるシイナは寝起きの顔でえへへと笑いながら答える。

 

「スノーホワイトの翼とブレードをカイザーに取り付けて機動性と攻撃力を高めた改修。これなら絶対…ユウキさんにも勝てます……!!」

 

 昨晩フウト達が行った作業というのはカイザーにスノーホワイトの各パーツを取り付けた事である。これは主にフウトとシイナが行いその傍らでビルダーとして高い能力を持つサワラがカイザーの関節などの細かい部分を補修していた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 白い翼を得た赤き皇帝。その姿は凛々しく神々しい。

 

「最後までよろしく頼むな。相棒。」

 

 そう言って腰のホルダーへと収納する。

 

「シイナ、絶対勝とうぜ!俺たちで!!」

 

「はい!!」

 

 2人はお互いの眼を見つめ合いにっこりと笑ってやり取りした。

 

 

***

 

 

「──ユウキ。とうとう来たな、この日が。」

 

「ああ。いざ前にするとなんだか嘘みたいだよ。」

 

 テルキとユウキもまた宿舎近くのベンチで話していた。

 

「ふうちゃんは自分の力でちゃんとここまで来た。そこに過去も俺の弟であるという事も関係なく、ね?」

 

「そうだな。今のふうちゃんはふうちゃん自身の強さを纏っている。油断できないな、お兄さん。」

 

「ほんと、油断の隙もありゃしない。突き放したと思ったらいつの間にかすぐ後ろを走ってきてるんだ。ほんとに参ったもんだよ。」

 

「今日、追い抜かれるかもな?」

 

 テルキはニヤリとした顔つきでユウキへと問うがユウキは冗談はやめてほしいなという顔つきで否定する。

 

「まだ見てるのか?お前のいう春の夜の夢を?」

 

「そうだね。多分今も。」

 

 春と修羅。世にはこんな言葉がある。ユウキは覚めない春の夢の中で常にもがき苦しんできた。それが彼に生きる悲しみや苦しみを背負わせ修羅とさせたのかもしれない。

 

 勝ち続ける天才の哀しき宿命。

 

 ユウキはフウトとは対照的に勝ち続け無ければならないいう過酷な状況下で常に結果を出し続けた。勝てば勝つほど負けられなくなる。負ければボロカスのように叩かれる。勝ちつづけたとしても様々な人からの妬み、悪意、様々な負の感情が彼を取りまく。

 

 だがそんなユウキにとって唯一の希望があった。後ろから追いかけ続ける弟と交わした幼き日の約束。

 

『──ふうちゃん、いつか世界のみんながみるようなおおきなところでトロフィーをかけてたたかおうね!』

 

『もちろん!ぜったい、まけないよ!!』

 

 こんな事をいつまでも本気にしている自分は馬鹿げているのかもしれない。いや寧ろ栄光の全てを手に入れたユウキだからこそそんな小さな幸せが欲しかったのかもしれない。

 

 それは修羅が望むトゥルーエンディング。

 

 だからこそ誰にも負けられなかった。彼と最高の舞台で闘うその時までは勝ち続けるしかなかった。そして最高の舞台と最強の相手として彼の前に"カッコいい兄"として立ち塞がりたかった。

 

 こんな馬鹿げた、子供の夢こそが、「儚い春の夜の夢」なのかもしれない。

 

「もうすぐ…か……。」

 

 ユウキは手の中にガンダムソフィエルを握りしめ目を瞑る。

 

 闘いの修羅に最後の残った望み。それが今、あと数時間で実現しようとしている。

 

 

***

 

 

「いい風だな……。」

 

 フウトもまた試合前に会場の外で風に煽られながら決戦を前に考え事をしていた。

 

 これまで本当に多くの事があった。今思えば常に負け続ける人生だった。勝ち続けた事など一度もなかった。故に勝ち続ける兄の凄さを常々感じている。

 

 兄のようになりたくてはじめたガンプラバトル。ジャスティスカイザーが冠する"皇帝"という言葉も兄ように強く、カッコよくなりたかったからそう付けた名前だ。でもやはり彼のように強くはなれなかった。そんなに甘くない。それが現実だ。

 

 そして兄と交わした幼き日の約束をフウトもまた覚えている。馬鹿馬鹿しい話かもしれないが子供が何気なく交わしたあの日の約束をフウトはいつか果たせる日が必ず来ると思っていた。幼い自分にくれた兄の眼差しを今でも忘れられない。それはある種約束というよりも夢。2人の子供が見た純粋な夢だ。

 

 だが根本的に大人が夢を追うというのは馬鹿馬鹿しいと言われてしまう。子供がいうソレとは話が違う。

大きな発言をするだけで周囲には笑われる。無理だ。やめろ。馬鹿げてる。こんな言葉を言われる。

 

 それでもフウトは追い続けた。一度諦めた道のレールを再び歩むというのは簡単なことではない。それでもここまで辿り着いた。世間のしがらみ、兄との確執、自分自身の弱さ、多くのものを乗り越えてやってきた。

 

 でもいまなら。今の気持ちならあの日の夢の続きが見れそうだ。そう思う。

 

「ふうちゃん、真剣な顔してお腹でもいたいの?」

 

「先生、いつの間に……。」

 

「さっき。」

 

 アララギはそう言ってフウトの隣に現れた。ジョークを言ってフウトの緊張をほぐそうとしているのだろうか。

 

「そうだ、決戦を前に俺から一言いい?」  

 

「はい。お願いします。」

 

「俺は多くは言わないし求めないからひとつだけ言わせてもらうね。」

 

「ウチに弱い子はいらない。何をしてでも勝ってこい。勝つまで帰ってくるな。負け犬に食わせてやる飯はない。ってね。」

 

「ははは……本当、相変わらずですね。」

 

 この言葉はアララギが全国大会決勝を前にした高校時代のフウト達に向けて言った言葉だった。「勝つまで帰ってくるな。」初めて聴いた時も無茶苦茶だと思ったけど今聴いても無茶苦茶だと思う。

 

「さあ、行って来なよ。史上最強の兄弟喧嘩にさ。」

 

「はい!俺、行ってきます!!!」

 

 フウトはアララギに背中を押されて試合会場へと向かう。その背中は以前と比べ随分とたくましくなっているような気がした。

 

「おれも歳とったなあ…。」

 

 

***

 

 

「さぁぁッ!!遂に第14回GPD全国大会も遂にファイナルッ!!!」

「決勝戦は現役最強、公式戦無敗記録を更新中ッ!イヌハラ・ユウキ選手ッ!!対するはその弟、還ってきた皇帝!イヌハラ・フウト選手ですッ!!!」

 

ウォォォォォォォォー!!

 

「マジかよあの天才兄貴と落ちこぼれの弟の決勝戦なんて考えたことあったか?」

 

「なんかよくわかねえけど2人とも頑張れーッ!!」

 

 会場は今までにないボルテージで盛り上がる。自分の声も聞こえないくらいだ。

 

 フウトの目の前には長い青い髪をした男がいる。

 

「とうとう、ここまでやってきたんだね。」

 

「ああ。ふうちゃんは覚えてる?昔約束した事を。」

 

「もちろんさ。『いつか大舞台で優勝を賭けて闘う』だったかな。」

 

「覚えててくれてたんだね。あの日からずっと今という瞬間を待ち望んでいた。」

 

「ふうちゃん、前みたいに手加減はしないよ?」

 

「当たり前だ。今日こそ兄さんを倒して見せるッ!」

 

 お互いに目が合ったあと振り返って筐体の方へと向かう。幼き日の兄弟が交わした約束と夢は今まさに交錯しようとしている。これまで二人には多くの試練があった。それを乗り越えて今この大舞台に最後の二人として立っている。今まで以上の大きな歓声と期待。気を抜けば雰囲気に飲み込まれそうだ。

 

 高鳴る鼓動と程よい緊張感、そして最高の相手。

 

「さあ、征こうぜ相棒。俺たちの皇道を!」

 

「ソフィエル、待ちに待った日が来たよ。俺達が何年も待った日が…。」

 

 

Futot'sMobile Suiit

Justice Saint Kaiser Infinity

      VS.

Yuki'sMobile Suit

Gundam Sophiel GN assault

 

「ジャスティスセイントカイザー、皇道を征く!」

 

「ガンダムソフィエル、天を舞う!」

 

 赤と青の飛翔体が青空の地上へと飛び出す。

 

 遂に史上最強の兄弟喧嘩がはじまる。

 

「兄さん相手に出し惜しみしてる場合じゃねえ…。はじめからフルアクセルだッ……!」

 

 聖帝、ジャスティスカイザーが闘いの末にたどり着いた新たな姿。

 

 スノーホワイトの翼を備えたカイザーはその超速でソフィエルの方へと一直線に向かう。

 

「いきなり来るか…。こっちも出し惜しみしてると足元すくわれちゃうな。」 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ソフィエルもまた新たに装備されたGNドライヴと大型バーニアの出力を上げ赤き皇帝を迎え撃つ。

 

「しいちゃんの翼をつけてきたのか…!これは厄介だッ!」

 

「あの子の分も背負ってるつもりだッ!!」

 

 あの子。それはシイナ自身を指し記憶の世界のシイナも指された言葉。この闘いは1人で戦ってるわけじゃない、そう思いながらフウトはカイザーにブレードを握らせ対象物を狙い振るう。

 

「ずいぶんと早くなったね!動きだけじゃなく判断も!!」

 

「いつまでも昔と同じだと思うなよッ!」

 

 ブレードを片手に持ちもう片方はビームライフルを装備しソフィエルを押し込んでいく。しかしソフィエルはその攻撃を絶妙な押し合いで受け流す。そして一瞬カイザーが大振りになったのを見逃さずコンパクトに回避し装備された重火力のビームランチャーを早業で放つ。

 

「そいつはお見通しなんだよ。」

 

 だがこの攻撃にとっさのギャンセリングで躱し片方のビームライフルでカウンターを行う。お互いに機体が正面に向き合い右肩を掠め合う。フウトとユウキはニヤリとする。

 

「ふうちゃんのやつユウキくんと互角じゃないか!」

 

「まあ、地獄のようにトレーニングして来たからね。」

 

「ほんと、ふうちゃんの居残りは長いからな〜。」

 

 観戦しているタロウとテルキ、アララギがフウトを見てそう言う。

 

「やるね、ふうちゃん!次は俺の番だよッ!!」

 

 今度はソフィエルがビームランチャーを乱射していく。強力な光の光線がカイザーを襲う。正確かつ精密な射撃。避けたコースも読んで放たれる砲撃は実にいやらしい。

 

「いいやッ……!!ここは突破する!!」

 

 カイザーはシールドで防御しながらビームライフルで反撃する。威力は違えどこちらもまた兄に劣らない正確かつ精密な射撃。徐々にソフィエルの砲撃を押さえつける。

 

「──凡人ってのは天才サマが一発決めるところを何度も何度も失敗して恥かいてやっと出来る様になるんだよッ!!」

 

「俺が押されているッ!?」

 

 カイザーはさらに射撃の手数をとにかく上げてソフィエルと撃ち合う。中距離戦は両者ともに得意としておりこのエリアでの撃ち合いは制したい。だがモニターにライフルのエネルギー切れを伝えリロード時間が表示される。

 

「こんな時に……!!」

 

「無茶な扱い方するからッ!」

 

 今度はソフィエルがビームランチャーを線を描くように放ち広範囲へと砲撃する。これではリロード時間にドラグーンも迂闊に前へ出せない。

 

「弾が無くなりゃ前へ出るだけだろッ!」

 

 カイザーはソフィエルの砲撃にダメージを受けながらも2本のブレードを構え突撃していく。

 

「無謀だけど……それでこそふうちゃん…………!!」

 

 しかしソフィエルは砲撃で近接戦に持ち込もうとするカイザーを全く寄せ付けない。完璧な射撃スキルである。いくら練度が高いとは言えフウトも負けてはいられない。

 

「ならこいつでッ……」

 

 カイザーは一旦ブレードをバックパックに収納しシールドに取り付けられたブーメランを投げつける。

 

「いくぜッ…ブゥゥゥメランッッ……!!」

 

「どこに投げている?」

 

 なんとカイザーが投擲したのソフィエルとは全く大外れ。ソフィエルはそれに一瞬気を取られる。

 

「アンドブレードスローーッ!!」

 

「!?」

 

 カイザーはその隙を突きブレードをソフィエルの足元目掛けて投げつける。ソフィエルはなんとか避けるが射撃の手元が狂う。

 

「そこだァァァッッ!!!」

 

「くっ!!!」

 

 カイザーは一気に懐へと潜り込みブレードをしならせ対象物へと叩きつける。これにもなんとか反応したソフィエルだがパワーで押されつつある。

 

「今日こそあなたを倒す…!倒すんだぁぁぁぁッ……!!!」

 

 カイザーのツインアイが光る。

 

「…………ようこそ、修羅の世界へ………!」

 

 同時にソフィエルのツインアイも不気味に光る。

 

「何が起こってる……?攻撃が呑みこまれていく……!!?」

 

 なんとソフィエルのバックパックが変形していき腕のようなものがカイザーのブレードを掴んでいる。

 

「マルティール…。修羅世界の殉教者さ……!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ゆっくりとねっとり気味の悪い動きで現れたマルティールと呼ばれるユニットはブレードを掴み切りカイザーを蹴り飛ばす。

 

「うおっ!!」

 

「さぁふうちゃん、まだまだこれからだよ?」

 

 ソフィエルは蹴り飛ばされていくカイザーに焦点を合わせ放火する。

 

「間に合わねえっ!!トライアングルバリアーーッ!!」

 

 フウトは指を繊細かつ高速に動かしドラグーンでのバリアーを形成しなんとか攻撃を凌ぐ。だが追撃を行いに2つの機体が向かってくる。右からはソフィエルの強力な砲撃、そしてマルティールは中距離からちょこまかと両腕に装備されたビームガトリングを放つ。一気に手数が倍になりカイザーはどうすることもなくダメージ受ける。しかも先程よりもソフィエルのパワーが段違いになっている。

 

「さぁ!ふうちゃん!なんとかしてみなよ!」

 

 ユウキの紺色の眼がだんだんと紅潮する。

 

 ──修羅。ユウキの中に眠るもう一つの能力。いや人格に近いと言えば良いのか。負けることを許されない彼に芽生えた皮肉とも言える力。春の夜の夢が見せ続けるユウキの哀しい宿命。

 

「くそっ!テメーはこっちで相手してやるよッ!」

 

 フウトはドラグーンでマルティールを牽制しながらソフィエル本体を狙う。だがマルティールもまたドラグーンをもろともせずその道を塞ぐ。

 

「なんつー反応速度だよ!こちとら手動だぜ…!?」

 

「残念。俺も手動だよ。」

 

 まじか。そんな言葉を発する暇なく2機は連携して襲いかかる。またしても呆然一方のカイザー。2体同時に動かすなど常人がやることではない。そう思いながらフウトは対峙する。同時操作を行っていればどこかほころびが出てもおかしくないが完璧な操作である。全く隙がない。

 

「どうすりゃいいんだよ…!」

 

「逃げてばっかじゃ勝てないよ?ふうちゃん…!!」

 

 マルティールが先行して接近してくる。そしてマルティールを囮にソフィエルがカイザーへとビームサーベルを持ち飛び込む。

 

「いや!これだッ!見えるッ!!」

 

 カイザーはソフィエルの完璧な飛び出しを先読みし脚蹴りによるカウンターを行う。いける。これなら。

 

「無駄だよ。」

 

 なんとそのカウンターをマルティールが囮となりとなり大きな腕で受け止める。そしてソフィエルは時間差でカイザーの脚を切断しようとする。

 

「…ッ!!」

 

 が持ち前のキャンセリングでなんとか脚を引き戻しソフィエルの時間差攻撃を振り払う。

 

「はぁはぁ……。」

 

「流石、やるねふうちゃん。」

 

 お互いにバックステップを踏み睨み合う。

 

 マルティールはあまりにも厄介過ぎる。本体の前に狙ってもいいがそれを行うとソフィエルの砲撃の餌食となる。兄の事だ、マルティールごと吹き飛ばされてもなんの不思議もない。

 

 だが先程の本体を護るような動きは手動にしては速過ぎる。"殉教者"を冠する機体ならもしかすると本体保護システムが搭載されているかもしれない。

 

 だとしたら無理矢理にでもマルティールを突破し本体に強烈な一撃を与える。それしかない。普通ならそこでバトルは終わるのだがどうやら修羅に落ちた天使は命というものが2つあるらしい。

 

「荒っぽいけどやるしかねえ……!!」

 

 カイザーはバックパックと分離しドラグーンを展開させソフィエルへと真っ向から向かう。

 

「へえ…。もしかして3機とも手動でやるってこと?俺も舐められたもんだなあ。」

 

 ソフィエルは広範囲に砲撃を全体行い一撃で3機のバランスを壊す。そしてカイザーの前にはマルティールがピッタリとマークをつく。

 

「お前に構ってる暇はねえんだよおおお!!!」

 

 フウトは両指をとにかく細かく動かしバックパックを猛スピードでマルティールへと突撃させる。

 

「まだまだぁぁ!!」

 

 そしてさらにドラグーンで差し込みマルティールを振り切る。

 

「……!!やるね…!!でもッ!」

 

 ソフィエルはビームサーベルを構え単騎突入してくるジャスティスを狩ろうとする。フウトも受け流してはいるがチンタラしていられない。

 

「…………来たっ!!」

 

 後ろから猛スピードで移動するバックパックと躊躇いなくドッキングをしスノーホワイト用のブレードを連結させ大剣にする。

 

「こいつで終わりだァッ!!!」

 

「まだまだ……!!」

 

 やはり振り切ったはずのマルティールが本体を庇う。だが虹色に輝く大剣を前にその責務を全うした。聖帝は殉教者を撃破し一旦の距離を取る。

 

「マルティールを墜とすなんてやるじゃないか、ふうちゃん。」

 

「それじゃあ君にも見せてあげるよ。春の夢を。」

 

 GNドライヴの粒子放出量が増えソフィエルがだんだんと赤黒くなっていく。黒と青の機体色はどんどんと赤く染め上げられる。

 

「いくよ…?修羅ンザムッ!!!」

 

 ソフィエルが咆哮を上げる。ヒロイックフェイスとは裏腹に哀しい叫び声が鳴り響く。もう一度天使は修羅と化した。

 

「くそっ、やるしかねえよな……!!」

 

「もう遅いッ!」

 

「!!?」

 

 全く見えない。見えなかった。皇帝の前には目を赤くした鬼の姿が一瞬映ったがもう既に左腕がシールドごと持っていかれた。さらに修羅の高速ラッシュがはじまる。ボディ、頭、肩、脚、全身に重い痛みが入るのが分かる。サワラの言っていた"底がない"という事はこういうことかとわかった。

 

「もうついてこれないのかい?おわりかい?」

 

「圧倒的過ぎるッ!けど!」

 

 無理矢理機体を起こして攻撃にアジャストする。そしてソフィエルの反則じみた高速攻撃を紙一重で交わし続ける。だが頭を掴まれ下に突き飛ばされ膝蹴りを喰らう。

 

「がはっ!」

 

 ソフィエルはそのまま地表の方へと蹴り落としゆらゆらと落ちる飛翔体をターゲットにロックする。

 

『──やべぇ、ぼーっとしてきた。手首と指先の感覚もねえ。』

 

 落ちていくフウトはボーッとそんなことを思う。

 

『──こりゃオチるな……。』

 

「グッナイ、ふうちゃん。また、俺の勝ちみたいだね。」

 

 ソフィエルはライフルから強力な砲撃を放つ。

 

「フウトさん……!!」

 

 観客席で見守るシイナがつい立ち上がりとっさに声を上げる。一瞬耳飾りが虹色に光った。結局、最後も手も足も出ずに終わった。前と同じような負け方。これで終わりなのか。本当に。

 

『───今度は私があなたを護るよ……。』

 

 スノーホワイトのウイングがプリズム偏光により虹色にキラッと光る。

 

『シイナ……!!?』

 

『わたしはもう1人じゃない。あなたと一緒……。』

 

『だから今度はわたしの想いがあなたを護る……。』

 

「何っ!?」

 

 ウイングパーツのプリズム偏光がカイザーの全身を優しく包み込みソフィエルの砲撃を吸収していく。

 

「しいちゃんの想いがふうちゃんを護ったとでも!?」

 

『──わたしはずっとそばにいるよ。フウトさん。』

 

『──シイナ……。』

 

『大丈夫……。楽しむ気持ちでしょ?』

 

「ああ……!!!」

 

 フウトは目を覚ましディスプレイのオプション画面を押す。

 

「いくぜ、カイザー!天使を引きずり下ろすぞ!『神』モードッ!!!」

 

 カイザーは虹色に輝きながら黄金色を強く優しく纏い始める。それは赤黒く変化したソフィエルとは対照的だ。

 

「それは天使を超えるためのシステムであって『鬼神』を堕とす事はできないッ!!!」

 

 ソフィエルはさらに強く紅くなり桜色の粒子を放出しながら光を纏うカイザーへと突貫してくる。

 

「これは願いだ!強くなりたいという純粋な気持ち。」

 

「そして、己の弱さから目を背けずに抗い続ける事!」

 

「……くっ…………システムが昔以上にスペックを引き出しているッ!?」

 

 ソフィエルの強力な近接攻撃をカイザーは受け止め背負い投げをする。しかし全く怯まないソフィエルはビームサーベルの出力を限界まで上げて切り込む。

 

「──見えたッ!!」

 

 カイザーの強烈な足蹴りによるカウンターが左腕をもぎ取る。

 

「まだだっ!!」

 

 そのままソフィエルはカイザーに体当たりを起こし怯ませる。その間上空に上がりライフルの出力を最大限まで引き上げる。

 

「大技には大技だろッ!!」

 

 カイザーはスノーホワイトのブレードを再び連結させ黄金食と虹色の光を爆発させパワーを蓄える。

 

「うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッ……!!」

 

「こいつで何もかも終わりにしよう!夢も約束も全てッ……!!!」

 

 2体の"神"は全ての力を今まさに解き放とうとしている。天地は雷鳴を起こし辺りは暴風に煽られる。それでも赤黒く光を灯し儚い桜色のような粒子を放つ修羅と黄金色と虹色が中和するように混じり合った皇帝神。

 

 ──いままさに新たな世界の扉が開かれようとする。

 

「───エビルフルエンドッッ!!デッドシュートッッッッ………!!!!!!」

 

「カイザーァァァァァァッッノヴァァァァァァァッッッッッ……!!!!!!!」

 

 一瞬時が止まったように無音が広がった。

 

 2つの天地を揺らす衝撃が放たれる。ここまでの大技をガンプラが繰り出せるとは到底思えない。だがその信じられないことが起こるから"ガンプラバトル"は面白いのだ。

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

「いっけぇぇぇぇぇぇっっ!!!!!」

 

 押しているのはソフィエルの攻撃。赤黒く馬鹿でかい砲撃の塊はカイザーの大剣から繰り出された黄金の衝撃を徐々に呑み込む。

 

「…俺は……神さえも喰らう……!!修羅だッ!!!」

 

 神殺しを名乗る修羅は怒号を立て全てを飲み込もうとする。

 

「………ッッ!!それでも俺は…この皇道(みち)を貫くッッッッ!!!!!」

 

 カイザーのツインアイが虹色に光る。全身を震わせさらにその光を発生させ大剣から出るオーラの出力を最大限にする。

 

「何ッ……!!」

 

「うぉぉぉぉおおおおおおおお……!!!」

 

 グリップを強く押すフウトの右手を虹色の光が一緒に押すように包み込む。

 

「綺麗な光だ……。これが夜明けなのかな……。」

 

 ユウキはグリップを握りながらその輝かしい奇跡に近い光に飲み込まれていく。そして一瞬、虹色の雪が自分の肩に降りかかった気がした。

 

「──ありがとう。シイナ…。」

 

 フィールドが白い光に包まれ2機はそれに呑み込まれる。

 

「おい、どうなったんだよ!!!」

 

「どっちが勝ったんだ……!?」

 

「見ろ!ボロボロだけど2人とも立ってる!」

 

 地表は削り取られ地面が剥き出しとなっている。

 

 そこには立っているのはボロボロの2つの機体だった。

 

「まだ……。」

 

「終わってねえ……。」

 

 赤と青の機体は背中のバーニアをカスカスで吹かせながら最後の戦いを始める。

 

「……100発撃たれたら1000発撃ち返せ。」

 

「……弾がないなら1000回蹴り飛ばせ。」

 

 2人は呼応するように台詞を発する。

 

「──何が何でも勝つまで帰ってくるな……!!」

 

 2人はニヤリと笑いお互いを消耗し切った機体で蹴り飛ばしては殴り飛ばす。

 

「アララギ先生の教えを守らなきゃね!」

 

「悪いけど今日は俺が勝つよ!!」

 

 ソフィエルの殴打に対しカウンターを起こすカイザー。だが重心がよろけて不発。すかさず倒れたカイザーに馬乗りをして連続で殴る。

 

「まだだぁっ!」

 

 馬乗りになったソフィエルを蹴り飛ばすカイザー。

 

ウォォォォォォォーー!

 

 観客席から大きな歓声が上がる。

 

「……俺は何度も負けて、負けて負けて、負けてきた。」

 

「負け続ける自分が嫌いでずっとそれが弱さだと思った。だから必死に強くなろうとした。もがいて苦しんだ。強くなろうとすればするほど苦しかった。先が見えなくて辛かった。もうやめたいって思った。でもみんなが俺の背中を押してくれた。みんながいなければ気づけなかった。」

 

「そんな俺が見つけた強さ。それは『自分自身に負けない』心の強さ。」

 

「それがふうちゃんの答えかい?」

 

「ああ。」

 

「負け続けた俺にしかわからない『本当の自分の強さ』だ。」

 

「そっか…。泣き虫も弱虫も直ったんだね。」

 

「──じゃあその意地を突き通して見せろッッ!!!」

 

「言われなくてもそうするさッ!!」

 

 カイザーは立て続けにソフィエルに攻撃を仕掛けるがその度何度も完璧な体術で跳ね返される。

 

「まだだッ!」

 

「無駄だよ!」

 

 ──何度も

 

「まだまだぁ!!」

 

「しつこい!」

 

 ──何度も

 

「まだ………だ……。」

 

「──いい加減諦めろォッ!!!」

 

 ソフィエルは強力な体術を繰り出すがカイザーはそれでも諦めない。

 

 傷だらけのその拳で。

 

 もうとっくに限界を超えているはずなのに。

 

「もう負けないって誓ったんだよ……!自分の心の弱さにッッ!!!」

 

「俺だって負けられない……!!負けたくないんだよッッ!!」

 

 両者ともに最後の力を振り絞り強烈なストレートを繰り出す。どちらのパンチが先に届くかでこの長い闘いが終わる。

 

「うおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……!!!」

 

「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……!!!」

 

 ソフィエルのパンチが一瞬ぶれた事を見逃さなかったカイザーはソフィエルの鉄拳を紙一重でかわし強烈なクロスカウンターを顔面に決め込んだ。

 

「……カウンター……か…………。」

 

 地表にはボロボロの機体が2体。しかし1体はそのカウンターを受け頭から崩れていった。

 

―battle end―

winner Futo

 

ウォォォォォォォォォォォォォォォッッ‼︎‼︎

 

「……勝った…………。勝ったのか……俺。」

 

「ふうちゃんが勝ったぞー!!!」

 

「うわーーん!!!」

 

 法被を着た応援隊長のテルキとタロウが涙を流しながら抱擁する。

 

「フウト……。やったね……ついに…ついに……。」

 

「フウトさん……。勝てて……良かった……。」

 

「ふうちゃん、ついにやったね。新しい時代の幕開けかな。そんな匂いがするよ。」

 

 観客席からそれぞれが思いの丈を呟く。

 

「……ふうちゃん。」

 

「兄さん…。」

 

「おめでとう。君の勝ちだ。流石俺の弟だよ。」

 

「──本当に、本当に強くなったね。」

 

「……!!」

 

 兄は優しい笑顔でフウトに向けてそう言った。勝ち続ける闘いの呪縛から解き放たれたユウキの顔はとても柔らかく優しい表情だった。

 

「兄さん、俺……。」

 

「勝者が泣いてどうする。ほら壇上に行きなよ。皇帝。」

 

 そう言われフウトはユウキに背中を押され観客の歓声を一心に受ける。こんな日が来るだなんて思いもしなかった。負けることしか知らなかった自分にこんな事が起こるなんて。

 

 

「第14回GPD全国大会を見事制したのはイヌハラ・フウト選手だぁぁぁぁっっ!!!」

 

ヒュヒュー

 

ウォォォォォォォォォォー!!

 

イヌハラー!

 

 

 全てを賭けて闘った

 

 そして勝った

 

 本当にここまで長かった

 

 本当に大切なものに気づけるまで

 

 結果を残すことも。

 

 最後まで自分を信じられたから

 

 自分の弱さも含めた自分自身を受け入れられたから

 

 ここまで来れた

 

 1人じゃこれなかった

 

 みんながいたから みんなの繋がりが

 

 強くしてくれた

 

 ──本当にありがとう。

 

 フウトは栄冠を手にしトロフィーを掲げる。そのそばには兄やシイナ、アララギ兄弟とテルキとタロウの仲間たちがフウトを囲んでいる。

フウトを含めみんながこれまでまでにない笑顔だった。

 

 

『──イヌハラくん、遂にやったんだね。』

 

『君ならやれると、やり切れると信じていたよ。』

 

 小さな事務室のモニターでフウトの様子を見る中年男性も遠くから祝福していた。

 

 

『イヌハラ・フウト......。次はフェーテと俺が...アンタを倒す...。』

 

 金髪の少年は会場で決勝戦をその目に焼き付けた後静かに立ち去った。いずれ無限に続く皇道と遙かなる彼らの旅路が交わる日が来る。少年はその予感に思わずニヤリとした。

 

 

『これが...GPD......ガンプラバトル......!!』

 

『俺にもやれるかな...なれるのかな......。』

  

 まだ小学生くらいの綺麗な白い髪の少年がテレビ中継される決勝戦の様子に両手に握り拳を作りながら釘付けとなっていた。新たな可能性、そこには間違いなく次の世代を担う光が灯りつつあった。その灯りはやがて彼だけの輝きを放ちトクベツな星になるだろう。

 

 

 イヌハラ・フウトが勝利したその瞬間を街のテレビで見ていた少年もいた。身軽そうな黒いマウンテンパーカーを着た少し背の高い少年。

 

『勝ちました、勝ちましたー!あの最強と謳われたイヌハラ・ユウキが敗れ挑戦者が14回大会を制覇し世界への切符を掴みましたー!』

 

『すごい……。僕たちもいつかあんな風になれるかな。』

 

 少年はホルダーに入った自身のガンプラを取り出し呼びかける。スプリッター迷彩の施された完成度の高いガンプラだ。

 

『あの人といつの日かガンプラバトルできる日が来るといいな。』

 

 そう言って少年はその場を勢いよく駆けていった。

 

***

 

 その後フウトは世界大会に出場し優勝トロフィーを見事国内に持って帰った。このことからマスメディアは彼の事をかつて「無冠の皇帝」呼んでいた蔑称を慌てて取り消した。しかし世界大会以降の彼の公式戦での記録はほとんど残っていおらずプロデューラーへと返り咲くことも無かったので「無冠の皇帝」にとって代わる二つ名も作られる事はなかった。

 

 また全国大会後にイヌハラ・ユウキはプロデューラーを電撃引退し世間を驚かせた。理由は「自分の時代は終わったから」とそう一言放ちそれから彼が表舞台へ姿を表す事はなかった。

 

 そしてにわかに信じがたい事だが世界中を清掃員として活動しながら各国のデューラーとバトルし続けた男がいるという噂が流れた。

 

「さーて、今日はどんな奴とバトル出来るかな。」

 

「この世界は広い。まだまだ顔も名前も知らない奴らとやれるなんてワクワクするな。」

 

「──ん、そうか、今日の相手は君か。」

 

「──闘う理由は見つかったかい?」

 

 そう言って彼らは互いの赤い機体を手に持ちセットする。

 

 夢というものはいくつになっても持っていいものだ。

 

 時に他人に笑われるかもしれない、無理だと止められるかもしれない。

 

 それでも。足掻くことをやめてはいけない。

 

 努力をすればどんな夢でも実現できるとは限らない。壁を壊せない日だって来る。

 

 それでも。自分の想いを真っ直ぐに見ていたい。自分自身が何者なのかわかる日が来るまでやめてはいけない。

 

 それが俺の生き方だ。

 

 それが清掃員イヌハラ・フウトの生き方だ。

 

 桜並木の下で赤い機体がぶつかり合う。フウトの操るドラグーンが桜の花弁のように青空へと尾を描き太陽と重なった。

 

「さーて、全力でいくぜ!相棒!!」

 

 俺の物語はまだまだはじまったばかりだ。

 

(完)




ガンダムビルドデューラーズ─清掃員外伝─いかがだったでしょうか。

まず最後まで読んでいただき本当にありがとうございます。

なんとか物語を完結させる事ができました。物語を描き始めるにあたって「このお話は絶対に書き上げたい」と思っていたのですごく達成感に満ち溢れています。

もちろんこの三次創作をやるにあたって多くの方のご協力があったからこそ制作できました。本編作者のぬぬっししさまをはじめとした皆様方心より感謝申し上げます。

元は本当にモブキャラだったフウトくんですが様々なバックグラウンドと人との出会いが彼を変え成長させました。そんな彼の物語を見て少しでも何か感じていただけたら幸いです。

それではまたどこかで会いましょう。

Instagramにて作中の機体やキャラクターのイラストなどを掲載しております。

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EX4.「皇道のその先へ」

お久しぶりです。

今回は本編終了後のお話を書かせていただきました。


 イヌハラ・フウトが第一四回GPD全国大会及び世界大会で優勝してから数ヶ月ほど経ちあたりは桜が咲き誇る春となっていた。フウトは世界大会後多くのプロリーグからオファーを貰っていたがその全てを断り元にいた北海道に残った。

 

「──ふう、今日もランニング終了っと。」

 

 大会前からこなしている朝のランニングを今日も終えるフウト。そして後ろからは桜舞うたぬき山の道をいつものようにオリーブ色の髪を揺らしながら走ってくる影が追ってくる。

 

「──今日もフウトさんに勝てなかった……。」

 

「この一年半で随分速くなったじゃないか。ま、俺は常にその先をいくけどな。」

 

「むっ、言ってくれますね…。でも本当のことなので言い返せないのがムカつきますね……。」

 

 シイナはぷくっとほっぺを膨らませる。フウトはそれを見てあははと笑う。いつものやりとりをしながら大学の方へと向かう。

 

「そういえば、今日ユウキさんが来られるんでしたっけ?」

 

「ああ、確かそのはずだったと思う。大会で会ったのが最後だから楽しみだな。元気でやってたのかな、兄さん。」

 

「あの人がニコニコしてないと逆に違和感があるような……。」

 

 シイナは目を逸らしながらユウキの顔を思い浮かべてボソッと呟く。

 

「そういえばシイナは兄さんの事苦手だったっけな?」

 

「い、いえ。苦手というわけではないのですが…。なんというかその……。あの笑顔の裏側が怖いというか、なんというか。」

 

「まあ分からなくもないけど兄さんはいつもそんな感じだしシイナの事も気に入ってるみたいだからそんなに怖がることないぞ!」

 

「そ、そうですね! 今日はユウキさんに色々と稽古をつけてもらいます!」

 

「お、その勢いだ!」

 

 フウトはニカっとシイナに笑ってみせそれを見てシイナは心強く感じる。シイナがユウキを苦手に思っているのはあの笑顔の裏をを知ってしまったような気がしたからだ。第一四回GPD全国大会準決勝、フウトとの決戦前にフウトの弱点を教えようかと誘って来たことがあった。あの行動の意図は未だに分からないがあの時のユウキはまさに天使の裏側、悪魔そのものだった。そして決勝で見せた修羅と呼ばれる衝撃的な力をシイナは見せつけられた。あの二面性に狂気すら感じた。だがそれは、自分にも言える事である。自分自身もまた自分のような誰かとなりフウトを助け共に闘ったような感触を感じた。同族嫌悪という言葉があるが本能的にユウキにはそう思っているのかもしれない。とはいえ人を嫌いになるような性質でないシイナはとってはほんの少し苦手である。というのが正しい感情だろう。

 そんな事を思いながらフウトと会話して桜並木を歩く。

 

***

 

 二人はその後バトルスペースへと顔を出した。するとそこには白衣を纏った男性と見覚えのある青髪の後ろ姿があった。

 

「兄さん! もう来てたのか!」

 

「お、ふうちゃん、久しぶりだね! それにしいちゃんも!」

 

「あ、えっと、お久しぶりです。」

 

 ニコニコと笑いながら挨拶をするユウキ。シイナは少し目を背ける。

 

「珍しいねえシイナが人見知りなんて。もしかしてふうちゃんよりユウキくんの方がタイプだったり!?」

 

「もうからかわないでください!」

 

 アララギがシイナをおちょくり肩の力を落とさせる。

 

「駄目だよ先生、恋する女の子をからかったら。しいちゃんはふうちゃん一筋なんだからさ。」

 

「先生は兄弟で取り合うドロドロなやつを傍観したいんだけどなあ。」

 

「先生、それ立場的にアウトな発言です。」

 

「もう。私のことなんだと思ってるんですか!」

 

 和気藹々とジョークを交えながら話す四人。そこにはなんのしがらみもないそんな関係だ。フウトは口にはしないもののこんな風にまた兄と笑い合える日が来た事を心の底から喜んでいた。

 

「そういえば、兄さんは今まで何をしてたんだよ? 急に姿を消すしさ。」

 

「そうだね。あえて言うなら『旅』かな。」

 

「旅!?」

 

「そう。軽く世界一周してた。」

 

 軽々しく笑いながら言うユウキ。流石スケールがデカい。自分には思いつきもしないことだ。

 

「で、ふうちゃんこそなんであっちの世界に戻らなかったの? そのために頑張ったんじゃないの。」

 

 ユウキは核心を突くようにフウトに質問を投げかける。それもそのはずだ。ユウキは自ら王の椅子をフウトに譲ったようなものなのだから。そしてフウトはゆっくりと口を開ける。

 

 「……世界大会で色んなデューラーと闘ってみて思ったんだ。『ガンプラバトルって本当に楽しいなって。』それにこんな大切な気持ちを思い出させてくれたGPDにもみんなにも恩返ししたいと思った。だからこそプロに戻って栄光を手にする事が最高の恩返しだと思ってたんだ……。」

 

「なるほど。じゃあ〝今〟は考えが変わったって事かな?」

 ユウキは優しい眼差しでフウトに聞き返す。そしてフウトは続ける。

 

「俺はいつもガンプラに助けられてきたんだ。幼い頃に両親を失って先が真っ暗になった時兄さんがガンプラの楽しさを教えてくれたし、アララギ先生やみんなとは共に高め合う素晴らしさを教えてもらった。他にも数え切れないほどの事を教えてもらった……。」

 

「……でも、迷ってるんだね。どうするべきか。」

 

「さすが兄さん、見透かされてるなあ。」

 

「春の市場でスペインからオファーが来てるんでしょ?」

 

「そこまで知ってるとは…。敵わないな。」

 

 ユウキはまあねと言う顔をして答える。

 

「ま、海外に行くとしいちゃんが寂しがるからねえ。どうしたもんだか。」

 

「べ、別にそんな事ないですよ!」

 

 黙って二人の話を聞いていたシイナが声を上げる。だが事実フウトが遠くに行ってしまうのは寂しい。そんな自分を気遣っているフウトを縛ってしまっているのではないかと思うと耐えられない。

 

「ほらほら、そんな難しい話はもうやめー!」

 

「先生?」

 

「こういう時はガンプラバトル! でしょ? ふうちゃん!」

 

 アララギが珍しく白衣を脱ぎホルダーから自身のガンプラを取り出す。

 

「お、その機体、久しぶりにやる気じゃないですか。先生。」

 

「何言ってんのユウキくん。君は俺とペアでふうしいコンビと闘うんだよ?」

 

「え、私もですか!?」

 

「さ、持ち場についたついた!」

 

 アララギは三人を強引に巻き込みタッグバトルをはじめようとする。

 

「………さーて、どれくらい強くなったかな……俺の教え子達は…………。」

 

 

Futo’sMobile Suit

 Justice Kaiser Infinity

 and

 Sina’sMobile Suit

 Justice Snow white

 VS.

 Araragi’s Mobile Suit

 Shiun

 and

 Yuki’Mobile Suit

 Gudam Sophielδ

 

「カイザー出るぞ!」

「スノーホワイト行きます!」

 

「紫雲……出るッ……!!」

「ソフィエルデルタ行くよ!」

 

 こうして四機は勢いよく飛び出した。バトルステージは障害物のない草原。小手先なしのお互いの実力が試されるステージだ。実力者揃いのこの面子にとっては好都合である。そしてモニターに映し出された相手の操る二機。「紫雲」と「ガンダムソフィエルデルタ」

 

「紫雲……。まさかあの伝説の機体とやれるなんてな……!!」

 

「──紫雲」アララギ・ユウリがプロ時代に扱っていた機体。アカツキをベースにデスティニーの翼やランスと大楯を装備し紫とシルバーを基調とした非常に完成度の高い機体。この機体とアララギはプロリーグ戦前人未到の無敗という伝説を作ったという経歴がある。この紫のカラーリングと絶対的な強さから「魔王」と呼ばれた程である。ちなみにこの記録は現役時のユウキと並ぶものだ。

 

「さーて、久しぶりに本気でやらせてもらおうかな!」

 

「フウトさん、斜め後ろです!」

 

「ッ!?」

 

 早速アララギの紫雲がその巨大な槍を使って超スピードで突進してきた。フウトはその直線的な動きからギリギリのところで避けたが当たっていたらひとたまりもなかっただろうと冷や汗をかく。そして同時にその強さに興奮を覚える。

 

「やるね、ふうちゃん! でも今日の俺は『先生』じゃなくて一人の『デューラー』だからね!」

 

 避けたカイザーにリーチの長いランスで追撃を行う。カイザーは体制を整え切れずシールドで防御するがその力強い突きを受け止め切れない。

 

「フウトさんッ! いま助けに……ッ!!」

 

 スノーホワイトがとっさにフウトを助けようと装備しているビームライフルで牽制を入れようとする。だがその瞬間白き天使が白銀姫の前を通り過ぎる。

 

「君の相手は俺だよ。しいちゃん。」

 

「ッ!? なんて速さなの! それにそうやってまたからかうんですか!?」

 

「さあ、どうだろうね。」

 

 ソフィエルデルタは中距離を保ちビームライフルで射撃しながらスノーホワイトを徐々にカイザーとの距離を離れさせていく。シイナは必死にそのスピードについていこうとするため味方機との距離を離されている事に気づかない。

 

「シイナ……!! あまり離れすぎるなッ!」

 

「おっと、ふうちゃんはこっちだよッ!」

 

「くっ……!!」

 

 ユウキに釣り出されるシイナを気遣うがアララギ相手では自由にはやらせてくれない。それどころかこちらも呆然一方で味方の心配ばかりしている余裕は無いようだ。圧倒的な個の力が戦場を制圧していく。

 

「ふうちゃんはさ、これからどうしたい?」

 

 攻撃ををしながらフウトへ問う。

 

「スペインのトップリーグでやる事はそれこそ業界に対する恩義にもなる、でもそれ以外の道もある。だから迷ってるんだろ?」

 

 アララギは攻撃を続けながら問いかける。

 

「君の道はこれからどう続いていくんだい?」

 

「……俺の道は…………。」

 

***

 

「──しまった! いつの前にか釣り出されてる!」

 

「腕は随分と上がったみたいだけどまだまだ状況判断があまいよ!」

 

 ソフィエルはバックパックに取り付けられた百式シリーズのバランサーをうまく稼働させながらビームサーベルでスノーホワイトへと近接攻撃を仕掛ける。スノーホワイトもそれに対しビームサーベルで対応。激しくぶつかり合う。

 

「──あの時、わたしを誘い出そうとしたのはどういう意味だったんですッ!?」

 

「ふうちゃんの弱点のことかい。それはッ!!」

 

 ソフィエルが押し合いを制しスノーホワイトを跳ね除ける。

 

「我ながら性質が悪いとは思っていたけど試したかったのさ君たちの覚悟を!」

 

「…………ッ!?」

 

「人を好きになるというのは尊い事さ。でもね綺麗事だけじゃすまないこともある。時に互いを傷つけ合い嫌になることもある。優しさが仇になる時もある。傷つける事を怖がりぶつかる事を恐れてはいけない。」

 

「それでも君たちが選ぶ道を見たかった。ただそれだけさ。」

 

「まあ、俺はふうちゃんの親代わりみたいなところもあるからね! お節介なお義父さんでごめんよッ!!」

 

 正直言ってあのやりとりがあるまでシイナはフウトと闘うことに多少の迷いがあった。だがユウキの言葉が自分をフウトとまっすぐに向き合わせた。確かにあの時自分がフウトを傷つけるのを怖がっていたら「弱点」とやらを突きぶつかり合うことも避けられたかもしれない。それにぶつかり合わなければ多分、あの時の自分と出逢えてなかった。それを全て見越しての行動。これがイヌハラ・ユウキの不器用な優しさなのだなとシイナは気づく。

 

「……やっぱり似てるんですね! フウトさんと……!!」

 

 シイナは押し返されたが怯まずバックパックのブレードを取り出しソフィエルと激しく打ち合う。

 

「やるね! いい太刀筋だ!」

 

「わたし、ユウキさんとやれてる……!!」

 

 ソフィエルの斬撃モーションを捉えたシイナはその隙をブレードで跳ね除けソフィエルに蹴りを入れ込む。

 

「おおっと! こりゃふうちゃん以上の才覚かもね。」

 

「やった! 一発入った!」

 

「いいね……! 強い子は好きだよ。でもあんまり俺に構ってるとふうちゃんがやばいんじゃない?」

 

「……しまった! フウトさんは…………?」

 

 

***

 

 

「はぁ…はぁ…。」

 

 魔王は皇帝を見下ろす。既にカイザーは各部位を槍で突かれ穴も空きボロボロである。これが伝説のデューラーと機体。本気のユウキと同じくらいか、いやそれ以上か。

 

「先生はなんでプロをやめたんです……? あそこまで強ければやめることなんてなかったんじゃ。」

 

「そうだね。まあ一言で言えば虚しくなったのさ。」

 

 アララギには自分を負かすような存在が周囲におらず淡々と勝利を積み重ねプロ同士の派閥やスポンサーの競合企業との争いに巻き込まれ純粋にガンプラバトルを楽しめなくなった。

 それでもアララギは闘い続けた。傷つきながらも闘い続け勝って、勝って、勝ち続けた。いつか自分の姿が誰かの目に映り勇気や夢を持たせると信じて。現にその姿を幼き日のユウキとフウトの記憶には焼き付いている。

 

「でも今の俺は幸せ者だよ。」

「え?」

 

「だって、君たちみたいな素晴らしい教え子が沢山できた。虚しい心を君たちの成長や努力、苦悩を乗り越える姿が埋めてくれたのさ。」

 

「ふうちゃんだって、気づいてるはずさ。純粋な強さだけを求めた先にある虚しさやなんとも言えない哀しみをさ。」

 

 フウトにはこの言葉の意味がよく理解できた。兄のこともそうだが自分もつい最近までは誰にも負けない強さを求め続けていた。だがそんな強さは所詮偽り。白昼夢のようにいずれは目を覚まさせられる。誰と闘っているのかすらわからなくなる時もある。

 

「さーて、俺からの助言は終わり! いつも言ってるよね?『勝つまで帰ってくるな。』ってさ。」

 

「勝つまで帰ってくるな。」この言葉はアララギのバックグラウンドを深く踏み入れれば矛盾しているように感じるかもしれない。だがアララギは誰よりも勝ちつづることすなわち負けることのできない世界の厳しさを誰よりも知っている。どんなに虚しくても、どんなに哀しくても勝ち続けなければ価値を見出されない世界もある。それは綺麗事ではすまない。現にフウトも負け続けた結果ホームレスにまで堕ちた。それが現実なのだ。

 

 言葉とは裏腹だ。確かにこれは単にガンプラバトルの教えなのかもしれない。言ってしまえばそれまでだろう。でも、それでもやっぱり。

 

「──やっぱり先生はカッコいい人だよ。」

 

 カイザーはブレードにもたれながらゆっくりと体を起こしはじめる。

 

「先生みたいに誰よりも優しくて強い、そんな人に俺もなれるかな?」

 

「なれるさ。だってふうちゃんは誰よりも色んな痛みを知ってるだろ?」

 

 アララギはにっこりと答えた。自分の強さを自分だけにとどめずその強さを人に繋げ託していく存在。

 

 フウトの少しモヤがかかった頭の中に少し光が見えた。

 

「へへ。じゃあ先生、行きますよ!」

 

「来いッ!」

 

 カイザーはバックパックからブレードを二本取り出し紫雲へと立ち向かう。右、左、縦と鋭い斬撃が紫雲を徐々に押し込んでいく。この攻撃には流石のアララギも苦戦する。

 

「ふうちゃん、強くなったな…! でもまだまだ……!!」

 

 紫雲は斬撃を上手く盾でアジャストさせ攻撃を防ぐ。その隙を鋭い突きでカイザーを襲う。

 

「そうくると思ってましたよ!」

 

 カイザーは突きを読んでおりバーニアで後方へと下がり距離を作る。

「しまった…! この距離は……!!」

 

「強く…踏み込むッ……!!」

 

 カイザーインフィニティはリアスカートに新しく取り付けられた日本刀を腰の位置に構え対象物に最高の力が伝わるようにステップを踏み込む刀を抜きしならせる。

 

「……そこだっ……!!」

 

「速いっ……!!」

 

 カイザーの抜刀はシールドを見事に真っ二つにした。これには流石のアララギも苦笑いをこぼす。

 

「さて、まだまだここからだッ!!」

 

「こっちもギアを上げさせてもらうね……!!」

 

 紫雲は背中に取り付けられたデスティニーの翼を大きく広げて光の翼を展開する。まさに魔王の翼。先ほどよりも何倍も大きく見える。紫雲はそのまま目視で捉えられないスピードで移動を始めランスでの高速攻撃をはじめた。カイザーもなんとか攻撃の寸前で上手く合わせて致命傷は避けているがまたも呆然一方になる。

 

「……くっ、このままじゃ……。」

 

「………フウトさんッ…………!!」

 

 シイナの脳内にフウトに危機が迫っていると察知する。しかし目の前にはユウキが立ち塞がりなかなか前へ進めない。

 

「さあ、このままじゃふうちゃんはアララギ先生に負けちゃうよ?」

「そんな事はさせない……ッ!!」

 

 スノーホワイトはバックパックのウイング部を全て展開させてそのカイザーの方へと向かわせる。

 

「流石に速いねッ! でもこのデルタのスピードを超えられるかな!?」

 

 白き天使は白銀姫を逃さない。元々ソフィエルのスピードは尋常ではなかったがその速さはさらに洗練されている。

 

「このままじゃ……。」

 

 その圧倒的な速さに絶望さえ感じ目を閉じるシイナ。だがこんなときイヌハラ・フウトならどうするだろう。そんな事をふと思った。

 

「──フウトさんなら……絶対諦めない…。わたしも……一緒に足掻くッ……足掻きたいッ!!」

 

 スノーホワイトの全身のプリズムが虹色に反射する。同時にイヤリングが虹色に煌めく。

 

「prismatic effect発動ッ……!!」

 

「これの光はあの時の……!!」

 

 スノーホワイトに眠るシステムが起動し虹色の機体はぐんぐんと推進していく。ユウキはその優しい光を徐々に後ろから見つめる。

 

「俺には無い君だけの強さと優しさ。その輝きを大事にするんだよ。」

「──とはいえ、まだ勝負はついてないからね!」

 

 ユウキはそう呟き紫雲の方へと最短距離で急ぐ。

 

「ふうちゃん、こいつで終わりだッ!」

 

「…………ッッ…………!!」

 

「──フウトさん! これを!!」

 

 颯爽と現れたシイナはそう言ってブレードを連結させた虹色に輝く大剣をカイザーの方へと投げる。

 

「……シイナか! 助かる……!!」

 

 それを受け取ったカイザーは虹色のオーラでフィールドを作り紫雲の高速攻撃を防ぎ大剣で振り払う。

 

「ユウキくんが取り逃すなんて珍しいなあ。まあ、それほどシイナも成長したって事なのかな。」

 

「──また助けられたな。シイナ、ありがとう。」

 

「私もフウトさんと一緒に足掻きたいですから。」

 

 ニコッとシイナはそう答えてみせた。

 

「そうだな…!! よしじゃあ力を貸してくれ! アレをやるッ……!!」

 

 ──Godーmode Advent

 

 カイザーの機体が黄金色で身を纏いはじめる。奥の手、神モードだ。そこにスノーホワイトがカイザーのボロボロの右腕を共に持ち黄金の輝きを虹色の光で包み込みその光を増幅させる。

 

 

「──これはあの時と同じ……!! ならばッ……!!」

 

 紫雲もまた光の翼をさらに強く煌めかせ槍の先端部分にエネルギーを一点集中させる。

 

「やるぞ、シイナッ!」

「はいッ……!!」

 

 カイザーは虹色と黄金色が鮮やかに混じり合うオーラをグッと溜め込む。そしてそれを一気に解き放つ。

 

「カイザァァァァァァァァァァ!! ノヴァァァァァァァッッッッッ!!」

 

 それとほぼ同時に槍の先端に紫のオーラを一点に纏わせたランスを手に紫雲が突貫する。

 

「こいつをもっていけぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 カイザーの莫大なエネルギーを爆発させた衝撃波を破る事は簡単では無い。だが紫雲は槍の先端にエネルギーを集中させることでそのパワーを無駄なく伝え徐々に衝撃波を破っていく。だがそのパワーは二機分。押し返したと思えばそのエネルギーはどんどんと大きくなり逆に押し返される。

 

「このままでは……呑まれる…………!!」

 

「──修羅ンザムッ……!!」

 

 押し返される紫雲の元へ赤く機体を紅潮させた天使であり修羅が手助けに来る。

 

「お待たせしました。先生。」

 

「遅いよ~、ユウキくん。」

 

「じゃあ、見せようか。『最強』ってやつを。」

 

 紫雲とソフィエルのツインアイが鋭く光る。ソフィエルの加勢もあってか赤と紫に纏われた機体達がどんどんとカイザーとスノーホワイトの衝撃波を突き破っていく。

 

「──まだまだまだぁっ!!」

 

 カイザーとスノーホワイトのツインアイも光り出力を最大限にまで上げる。本来カイザー一機ならこの莫大なエネルギーに耐えきれず機体ごと溶けてしまうがスノーホワイトの虹色のフィールドがそれを中和しなんとかその負荷に耐えている。とはいえ機体の損傷箇所も多く徐々に装甲が剥がれていく。そしてそれに負けじと紫雲とソフィエルも出力を最大限まで引き上げる。

 

「俺たちなら……勝てる……ッ……!!」

 

「まだまだぁ!! 俺たちの力はこんなもんじゃ無い……!!」

 

 押し合いになるが、最後カイザーが出力に耐えきれず膝をついてしまう。そこに紫雲は容赦なくランスを突き出しスノーホワイトもろとも貫いた。

 

「──本当に強くなったね。」

「俺の自慢の教え子達だ。」

 

 battle end

 winner Araragi and Yuki

 

「──やっぱり、二人とも最強で最高だよ……。」

 

 フウトの目にはアララギとユウキ二人の姿が目に映った。

 

「いや~ひさびさに本気でやらせてもらったよ~!! 二人とも本当に強くなったねえ!」

 

 アララギが機嫌よく言う。だがその顔は幸福に満ちた顔であった。それは見ればすぐに分かった。

 

「それで、ふうちゃん、何かつかめた?」

 

「──そうですね。俺は………………。」

 

***

 

「──ふうちゃん、元気でやるんだよ。」

 

「はい。」

 

 バトルから数日後フウトは新たに新調したバイクと共に新たな門出に出ようとしていた。それを見送りにアララギとユウキ、シイナ、テルキとタロウが来ていた。

 

「ふうちゃんの道はまたこれからはじまるんだね。」

 

「──勝つまで帰って来ちゃだめだよ?」

 

「分かってますよ。」

 

 アララギとフウトはニッコリとそう言いあう。それを見ているシイナが何か言いたげにしているが中々何も言わない。そんなシイナを見たフウトは一声かける。

 

「シイナ、本当にいいんだな?」

 

「はい。私はフウトさんが帰ってくるのを待ってます。」

 

 シイナはフウトに付いて行きたかった。大学等の事情があって現実的に無理だったとしても彼が進む道をそばで支えたかった。ユウキに言われたようにぶつかり合う事や傷つけ傷つくことを恐れるな。でも今はその時じゃないと思った。いやそれが出来ないのは本当はまだ怖いのかもしれない。ここで泣いて縋れないのもまた可愛げのない女なのかもしれないなどと卑屈に思うシイナ。

 

「………。……シイナ、一緒に来てくれ。」

 

「…………え?」

 

「嫌かもしれないけど来て欲しい。けど君にそばにいて欲しいんだ。」

 

 フウトは真剣な顔でそう言った。この急展開に一同は腰を抜かされる。アララギはニコニコしユウキは苦笑い、テルキとタロウはギャグ漫画のように目が飛び出している。

 

「え、それって……。」

 

「君の事が……、君の事が好きだから。それだけだ。」

 

 少し照れ臭そうに言うフウト。そしてそれを聞いて顔と耳を真っ赤にしボロボロと泣き出すシイナ。

 

「い、嫌だったか……?」

 

「嫌なわけ無いですよ……! もう本当に間の悪い人です……!! フウトさんは……!!」

 

 空気を読んだアララギはユウキ達を連れて一旦その場を離れる。

 

「……本当に仕方のない人です……。でも嬉しいです。私も……フウトさんの事……好きですから…………!!」

 

 シイナは恥ずかしそうに目を見てはっきりとそう言った。

「ありがとう……。」

 

「でも、大学のこともありますしやっぱり付いては行けません。」

 

「……だけど、待ってますからね……! 帰ってくるのを……!! それから連絡もちゃんとしてくださいね……!!」

 

「……ああ。絶対迎えに来る。」

 

「私、フウトさんが帰ってきた時にはすっごくイイ女になってますから!!」

 

 そう言ったシイナの顔はくしゃっとした笑顔だった。そしてフウトはただそんなシイナをゆっくりと抱きしめた。その時間は紛れもない二人の時間だった。雪の記憶と共に春の暖かい空気が彼らを包む。二人で今まで過ごしてきたことを噛み締めるように強く抱きしめ合い互いを確認し合う。

 

雪が舞ったあの日とは違い季節を重ねた今は桜の花弁がゆらゆらと舞う。

 

***

 

「──それじゃ行ってきます。」

 

「ふうちゃん、達者でな。」

 

「女の子を待たせてるんだ! 泣かしちゃダメだぞ!」

 

「怪我とかには気をつけるんだぞ。あとラーメンばっか食べたらダメだよ。」

 

「フウトさん、頑張って……!!」

 

 各々から見送りの言葉をかけられたフウトは頷きバイクのグリップを握りそのまま出発する。

 

「世界中を旅しながらガンプラの楽しさを伝える……か。」

 

「それと同時に強さも求める。なんともふうちゃんらしいね。」

 

「──ほんとたくましくなったもんだ。それは君だけの道となりこれからも続く…。そしてその先に多くの道と交わる。」

 

 イヌハラ・フウトの出した答えは結局プロになることではなかった。

自分を助けてくれたガンプラに恩を返すためその楽しさを伝えるために世界中を旅する。自分自身のために強さを求めるのも彼の皇道(みち)である。だが同時に誰かのために自分の力を使いたい。そう思えるようになった。これもひとえにガンプラを通して出会った繋がりがそう思わせたのだろう。

 これがイヌハラ・フウトの答え。兄と同じでもアララギと同じでもない自分自身の進む道の答え。まだ未ぬ道の先を自分の足で歩いていく。

 

 ──出会い、繋がり、託す。

 

 魔王は虚無感を抱えながらもその強さを他者に与え託した。

 

 修羅は覚めない夢を見ながらその強さを唯一の望みと愛する者のために奮った。

 

 そして皇帝もまた己の弱さと向き合いもがきながらもその強さをこの世界に還元しようとしている。

 

「さーて、どこにいこうかな。」

 

「──『人生は夢だらけ』だからさ。」

 

 皇道(みち)のその先。無限に続くその道もいずれ必ず交わる時が来る。いつの日か様々な道が交わる場所へ行く夢を見た。どんな道でも繋がっている。だから道は必ず繋がり一つになる。その時に強く感じた。そんな気がしている。

 

「よーし。まずはあの場所からだ……!!」

 

 イヌハラ・フウトは桜舞うラベンダー畑の脇道をバイクで爽快に過ぎ去っていった。




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「White season promise─after─」

お久しぶりです。

今回はクリスマス直前までということで、短編のショートストーリーを書かせていただきました。

それでは、どうぞ。


 白い季節。

 

 それは2人が約束を交わした季節。

 

 2人にとってトクベツな季節。

 

***

 

 

 ピピッ……ピピッ……

 

 朝のタイマーが冷えた部屋の中に響く。時計の針は5時を指している。そしてデジタル時計には「12月25日」の表示もされていた。そう、今日はクリスマスなのである。

 

 そんな朝の目覚ましをバツが悪そうに止め眠そうな目を擦りながら少しボサついた髪の少女が身体を起こす。

 

 「…………うーんっ……。眠い…………。」

 

 カーテンを開けると今日もいつものように雪がこんもりと積もっている。北の大地では当たり前とはいえこの見慣れた景色には飽き飽きする。たまには、というか別の景色も見たいものである。

 

 「………やっぱりついていくべきだったかな。」

 

 少女の名は「ヒナセ・シイナ」

彼女は永遠に止むことのない雪空を見上げながら1人の男性を想う。

 

 「……元気かな。フウトさん…………。」

 

 今日はクリスマス。だが少女は少し虚な目と寂しげな表情を浮かべながら外の景色を見ながら物思いにふける。

 

 彼──イヌハラ・フウトは旅人である。さらなる高みを求めて、誰かのためになるために、彼の道は今日も続く。本当はシイナ自身もその道に寄り添いたかった。その道の続きを共に見たかった。だがそれを彼女は自分自身で否定した。その決断に彼女は半分納得し半分後悔している。

好きな男に何も考えずついて行くことが出来たらどれほど楽だっただろうか。彼の優しさにただ何も考えず甘えられたならどれほどよかっただろうか。自分勝手な女に成れればよかったのだろう。だが優しすぎる彼女には慣れない。実際、彼女は「逢いたい」とその一言さえも言えないのだ。

 

 凍てついた空気が今日も彼女を包む。もういっそこの中に溶け込みたい。彼女の道は桜が咲いていたあの日から凍りついたままだ。冬に桜が咲けばいいのに。そうすればまた逢えるかもしれないのに。そんなことばかりシイナは澄んだ空気の中想う。

 

***

 

 シイナはいつも以上に気怠るさを感じていたが日課であるルーティンワークを終え自宅へと帰っていた。そして外はクリスマス気分ということもありシイナはなんだか落ち着かない。こんな時はガンプラバトルでもして嫌な事を忘れたいがあいにく今日の部活は休み。ため息を吐きながら机の上の愛機スノーホワイトを眺める。真っ白なボディにプリズム偏向で輝くウイング部。そして蘇るのはフウトと過ごした日々。思い出したいのに思い出したくない。こんな面倒な感情気にしたくないのに気にしてしまう。

 

 「このままじゃ……。駄目だよね。」

 

 シイナは手で自分の赤らめたほっぺたを叩きコートを羽織り机の上のスノーホワイトをホルダーに入れる。

 

 「…………これも、付けなきゃ。」

 

 そう言って手に取ったのは蒼いイヤリング。彼がプレゼントしてくれたブルージリコン製の装飾品。これを身につけているとなんとなく離れていても少しだけ近くにいれる気がしたのだ。シイナはイヤリングを片耳につけて街の方へと向かう。

 

***

 

 街はまだ昼前だというのにキラキラとした雰囲気でいかにもクリスマスといったところだ。当たりを見回しても周りは男女のカップルばかり。やはり変に街へ来るのはやめておいた方が良かったのだろうか。シイナは蒼いイヤリングを揺らしながら当てもなくふらふらとする。

 

 気がつけば、足が赴く方は自然とフウトと来た場所ばかり。小さな模型屋もイタリアンのレストランも雑貨屋も。ここでシイナは自分の行動の意味に気づいた。

 

 「わたしってほんと馬鹿だな。」

 

 会える気がしたのだ。ここに来ればフウトに。

そんなことがある訳ないのに、分かっていてもシイナはそんな淡い期待をしながら馴染んだ場所へと足を運んでいたのだ。

 

 シイナはとぼとぼと歩いていた。何を勘違いしていたのだろう。愚かな自分を蔑みながらさらにとぼとぼと歩く。うつむいて何も考えず歩いているとどれくらい歩いたかわからなくなる。かなり歩いた頃だろうか、シイナはついに懐かしい感触とすれ違った気がした。それと同時にイヤリングも鈍く光った。

 

 「……フウトさん………………!!?」

 

 瞳孔を開きそのすれ違った感触を確認する為に目で追う。だがその目で追った人影はフウトより少し小さな背中であり人違いだった。また期待してしまったシイナは落胆する。まあでも、そんなことある訳ないかと目を逸らそうとした瞬間、その少し背の低い男性というよりも少年が振り向いた。

 

 「えっと、さっき俺の名前を呼びましたか?」

 

 ただの偶然なのだろうか。振り向いた少年はどうやら彼と同じ名前だったようだ。しかしシイナにはこの感触が別人とは思えなかった。そして少女はもう一度だけ期待してみた。

 

 「……イヌハラ・フウト"くん"ですよね……………?」

 

 シイナはもうどうにでもなって欲しかった。クリスマスの魔法でもなんでもよかったのだ。彼と逢えればなんでもよかったのだ。

 

 「──はい。イヌハラ・フウトですけど……何かご用でしょうか?」

 

 少年はきょとんとした目でこちらを見る。どうやら本当に魔法がかかったようだ。だがシイナはこの展開に若干慌てながら何か会話が続けられそうなものを探す。そして、もし彼がフウトなのであればと目を止めたのは腰。そう、ガンプラを収納する腰のホルダーだ。やはりなのかもうそれは分からないが腰にはガンプラを収納されているであろうホルダーが巻き付けられている。

 

 「……その、君はガンプラバトルをしているんですか……?じゃなくてしてるの?」

 

 「はい、やってますよ。ガンプラバトル。見たところそのホルダー、お姉さんもされているんですか?」

 

 「うん。してるよ。良かったら君のガンプラ見せてくれないかな?」

 

 若干慣れていない口調で話すシイナだったがどうやら少年はかなり礼儀正しく自分のガンプラを見せてくれた。

 

 「これって…………。」

 

 「『ジャスティスカイザー』だよ。俺の相棒。」

 

 シイナは夢でも見ているようだった。そうだといいな、でも現実は違う。いや、いつもならそうだったのだろう。だが今日はクリスマス。今日だけは特別だったようだ。トクベツであって欲しかった。

 

 「これは……驚いたなぁ……。」

 

 「驚きました?そう、なんたってこの前の近畿大会で優勝した機体ですからね!」

 

 心の声が漏れて少し慌てたがどうやら少年はその意味を取り間違えてくれたらしく安心する。とはいえ先程までは北海道にいたのだ。なのに彼は今「近畿」と言った。フウトが関西の高校に通っていた事を知っていたシイナはこの少年の正体になんとなく勘づいたがその辺りの詳しいことは聞かなかった。

 

 聞いてしまうとこの都合の良い夢が、魔法が解けてしまう気がしたから。今だけは自分に都合の良いオンナになってもバチは当たらない。そう思った。

 

 「そういえば、お姉さんもガンプラしてるんですよね?良かったら見せてくれませんか?」

 

 少年は目を輝かせながら問う。この眼は昔から変わらないのだなと少し微笑ましくなりながら愛機を見せる。

 

 「はい、私のは君のと少し似てるかもね。」

 

 「本当だ!ジャスティスがベースでこの白いカラー、とても美しいです!」

 

 「そうかな。でも君のジャスティスカイザーもとってもカッコいいと思うよ。それに見たらわかる。とても強いって。」

 

 少年の持つその機体はGPDの激しい衝撃に何度も耐え、組み替えられた後や塗装が剥げた部分が多々見られる。それによく見れば現代の皇帝とは塗装の濃さやディテールの量などまだ拙いところも多い。だがやはりただの展示しておくための綺麗な作品とは違う、闘える、闘ってきた機体なのだ。

 

 「コイツにはいつも無理させちゃってて、だからもっと上手くなりたいんです…………!!」

 

 「……ほんと昔からそういうところ変わらないんですね。そういうところ。」

 

 ボソッと呟いた。そのことに関して何も追求されなかったためおそらく彼には聞こえなかったのだろう。その鈍さにもシイナは少し嫌気がさしていた。目の前にいるのは同じ人物であり別人だというのに。シイナにはもう嬉しいのかそうでないのかすらよくわかっていなかった。ただひとつ言えるのはこの不思議な感覚がなぜだか苦でないということだ。

 

 シイナと少年は凍結した道を共に歩いていた。たわいもない話をしていた。少年は兄や仲間、友人のの事を楽しげに話していた。シイナはうんうんとうなづいていた。そんな話をする少年がだんだんとフウト本人にさえ見えてきた。やはり、本音を言うと逢いたい。そう想いながらふと寒空を少し見上げる。

 

 「お姉さん、なんだか寂しい顔をしてますね。何かあったんですか?」

 

 「え。」

 

 この何気ない気遣いと優しさに不意をつかれる。こういうところも変わらないのだなと思うと少し憎たらしくなる。

 話そうかどうか迷った末やんわりと言ってみることにした。

 

 「その……付き合ってる人がいるんだけど、中々会えなくて。今日もほら……。」

 

 「なるほど、お姉さんみたいな美人な人を放っておくなんてその人なかなか罪な人ですね。」

 

 いや、君のことなんだけどな。とは流石に言えない。この子は悪くないし、逢いたいと言えない自分が1番悪いのだ。それくらいは分かっている。

 

 「でもね、わたしが『逢いたい』って言えないんだ。素直になれないというかなんでだろ少し臆病になったというか……。」

 

 小さな恋人に悩みを打ち明けるシイナ。不思議な気持ちだがなぜだかこの少年の前ではスッと誰にも言えない気持ちが言えた。本当に不思議なものだ。きっと、全て突然降りかかった魔法のせいなのだろう。

 

 「なるほど……。でもそういう時はちゃんと言わなきゃ駄目ですよ!その人多分かなり鈍いですから!!!」

 

 真剣な顔をしてそう言う少年を見てシイナは自分が秘めていた気持ちが馬鹿らしくなってきた。

 そうだ、"この人"はこういう人だったと。誰よりも真っ直ぐでその分鈍くて。そりゃ、たまに呆れることもあるけど。でも、だからこそ、この人のことが…………。

 

 「…………ふふっ。」

 

 「何かおかしい事言っちゃいました?」

 

 「ううん。そうだね、わたし今度その人に逢ったら言ってみるね。ありがとう。フウト君。」

 

 「いえいえ、その人とうまくいくといいですね!俺、応援してますよ!」

 

 にっこりと笑ったその少し幼い笑顔があの親しんだ笑顔と重なりシイナの心を暖める。

 

 「……あ、兄さんからだ……。」

 

 「もしもし、うん。え、そうなの!?わかった!」

 

 「お姉さん、ごめんない、今から兄さんと外に出る事になっちゃって。」

 

 「ううん、いいよ。お兄さんとお出かけ楽しんできてね。」

 

 「それじゃ、お姉さん!色々話せて楽しかったです!今度はガンプラバトルしましょうね!」

 

 「あ、待って。」

 

 「どうかしましたか?」

 

 「……また逢えるかな?ううん、また逢おうね。約束だよ。」

 

 「…………はい!会いましょう!また!白い季節にまた!!」

 

 少年は顔を少し赤らめながらもそう言ってその場を立ち去った。その背を見ながらシイナは手を振った。蒼い耳飾りが揺れながら美しく儚く輝く。きっと逢える、そう思った。今日じゃなくてもまた。その季節に願いを込めればきっと。

 

 「……ふふっ。昔のフウトさんは結構可愛げがあったんだな…………。」

 

 「またね。小さなフウトさん…………。」

 

 そして少年が立ち去って気づく、あたりの冬の気配や雪のにおいに、そして恋の余韻に。

 

 彼は元気だろうか、そう思いながら空をあおぐ。同じ空を見ているだろうか。北風に髪をあおられながら冬の記憶をなぞる。たくさんの思い出。彼がいたからこの世界が好きだった。大好きだった。数々の余韻が、あの日の余韻が胸の奥から消える事はない。いつだって。

 

 白い季節の約束。

 

 もし魔法がまだ続くならその約束を…………。

 

 

 

 「──おーい、シイナ!探したぞー!!」

 

 「え……。」

 

 雪が降る向こう側に彼が手を振っている姿が見えた。届いたのだろうか、それとも本当に約束を果たしに来てくれたのだろうか。あれは紛れもないイヌハラ・フウトだ。

 

 「アララギ先生に聞いてもどこにいるか分からないって言うし探したぞー。」

 

 「そんな事言われても、急に帰ってこられたら困りますよ。前の日にくらい連絡して下さい!」

 

 「ごめん、ごめん。」

 

 「……もう、ほんとそういうところがほんとに昔からよくないんですよ!」

 

 会えて嬉しいが、嬉しいがわざとプイッとしてみる。

 

 「シイナ悪かったよ、だからあんまりへそ曲げないでくれ。それに渡したいものもあるしさ。」

 

 そう言ってフウトは少し青みがかった水晶を出した。

 

 「綺麗…………。」

 

 「だろ?この前ヒマラヤ山脈に行ってな採ってきたんだ。」

 

 「え、ヒマラヤ山脈に!本当に世界中を旅してるんですね!」

 

 「当たり前だろ、とにかくこれはシイナが持っとけ。お守りだ。」

 

 「なんのですか?」

 

 「それはシイナが決めてくれ。」

 

 「もう、適当ですね。じゃあ決めました。」

 

 「早いな。なんにしたんだ。」

 

 「……フウトさんとまた逢えるお守りです。」

 

 「…………。そんなのまじないかけなくてもいつでも逢いに来るに決まってるだろ?」

 

 フウトはそう言って水晶を握る手を握ってシイナを抱きしめる。二人の距離が一気に縮まる。白い吐息が冷たい空気の中交差する。

 

 「………寂しい思いさせてすまない。シイナ。」

 

 「ううん。いいんです。わたしが待つって決めましたから。」

 「それにちゃんと約束を守ってくれました。遠い日に交わした約束を。」

 

 「だからまた約束してもいいですか?また逢いましょうね。ううん。貴方と逢いたい……。」

 

 「…………当たり前だ。」

 

 フウトはさらにシイナを自分の方に抱き寄せる。そしてシイナは目を閉じる。フウトも目を閉じて彼女にそっと口づけする。何度か口づけをした後、彼らはお互いにを求め合うようにより深く大人の口づけをした。お互いを深く刻み込むように。

 

 あの日のように、白い雪が2人を包む。

 

 冷たい空気の中彼らは暖め合い星あかりが彼らを包む。

 

 彼女の凍てついた道は彼の道ともう一度交わる。

 

 心の奥底まで温めてくれるあなたとの未来が

 

 凍りついたわたしを溶かしてくれる気がした。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 白い季節。

 

 それは2人が交わした約束。

 

 2人にとってトクベツな季節。

 

 あの日交わした白い季節の約束をずっと覚えている。

 

 だから、また逢おう。

 

 どんなに離れていても。

 

 同じ時を感じ合って、共に過ごしていきたいから。

 

 これは小さな冬の物語。

 

 聖夜に起こった冬の魔法。

 

 2人だけの物語。




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過去編 アララギ外伝 (過去編)
SP1「魔王─ King of empty─」


本編は終了しましたが今回からアララギ先生の視点で過去編をやっていこうと思います。よろしければお付き合いお願いいたします。


「──勝ったァァァァァァァァァッッ!!!」

 

 眩い会場で一際大きな歓声が上がる。会場のMCと思われるサングラスをかけた男性が観客を煽りさらに歓声は強まる。

 

「本日もこの男の勝利だぁッ!!そして、本日で38連勝ッ!つまりリーグ戦全節を全勝で終わらせた偉業だァァァッ!!」

 

「ウォォォォォォォーー!‼︎」

 

「すげーぞ!!!」

 

「流石魔王サマだぜ!!!」

 

 その歴史的な記録がさらに会場を盛り上げる。リーグ全節全勝で終わらせたプロデューラーはこれまで1人もいなかった。つまり前人未踏の記録。これまで強いと称されたデューラーはいくらでもいたが「彼」は1人次元が違っていた。高精度のガンプラ、卓越したタクティクスと操縦技術、そして王者のメンタリティ。勝者たる者に相応しい全てを兼ね備えていた。いつしかその圧倒的な実力を備えた彼は「魔王」と呼ばれるようになった。

 

 ……魔王と呼ばれた……彼の名は…………。

 

「勝者、『アララギ・ユウリ』ッッ!!」

 

 少し伸びた薄紫髪の青年は歓声の中立ち尽くしただ天井をただ見上げていた。

 

「………………………………………。」

 

*****

 

 ──人の道はどこまでも続く。そして繋がり、広がる。これはある男の道を辿った記録。そして男が見た景色の話。また男が立てたみちしるべの話でもある。

 

「兄さん、お帰り!!今日も圧巻だったね!!!」

 

「ただいま。まぁいつものことさ。」

 

 男、アララギ・ユウリが自宅へ帰ると弟のアララギ・サワラが出迎える。小柄で兄とは違った藍色の髪をした少年だ。アララギは帰るとサワラと談笑をする。だがこの時、彼は自分から「ガンプラ」の話をする事はほとんどなかった。ましてや今日の対戦相手がどうだったかとかいった話は全くと言っていいほどしなかった。サワラは兄のそういった態度に勘づきながらも子供ながらに気を遣い触れないようにしていた。本当はもちろん兄やプロの世界の話に興味はあるがグッとこらえた。

 

「ところで、サワラ。お前高校はどこへ行くんだ?」

 

アララギ話題をさりげなく変える。いつものやり口だ。

 

「うーん。俺は桐國(とうこく)学園へ行くよ。」

 

「桐國っていうと父さんと同じ高校かぁ。だが家からは少し遠いんじゃないか?それに近場には俺の母校の……。」

 

 アララギはサワラの顔を見ると話し続けるのをやめた。弟の進路に対して兄が色々と口出すのは少し無粋だと思ったのもあるがサワラの顔を見ると強い決意を感じた。関東の中でも桐國学園というとガンプラバトル部の名門であり多くのプロを輩出している学校である。父『アララギ・クロスケ』もこの高校を卒業しプロ黎明期に活躍し日本選抜にまで選ばれた。

 

 弟のサワラもまたガンプラバトルを好む、いわゆる「デューラー」の1人なのだがその実力はパッとしない。確かにビルダーとしての能力は光るものがありそのアイデアや造形にはアララギも驚かされる事もあるが実戦となるとイマイチであった。よく練習に付き合っているがお世辞にも強いとは言えない。が、まだ中学生、環境の変化や人格形成、成長期といったことを考えるとまだまだ成長の余地はある。兄であるのならば弟の道を応援するものだ。

 

「そうか、桐國は厳しいぞ〜。頑張れよ。サワラ。」

 

「うん!俺、絶対兄さんに追いついてみせるよ!」

 

「ハハ………、プロの世界はもーっと厳しいよ?サワラ。」

 

 アララギは冗談ぽく言う。だがはじめて、冗談だとしても弟にプロの話をした瞬間でもあった。

 

 弟と雑談をしていると1階から父、クロスケに突然声をかけられる。1階は模型店となっており人手が足りない時にはアララギはよく呼ばれる。

「おーい、ユウリ!ちょっと降りてきてくれー!」

 

「一階からだ。ちょっと行ってくる。」

 

「俺も行こうか?」

 

「うーん、そうだな。もしかすると人手が必要かもしれないしサワラも頼む。」

 

 2人は1階の売り場へと向かう。するとそこには青髪と少し赤毛の茶髪の少年たちが困った顔をしながら棚に並んだガンプラの箱を見つめていた。

 

「お、きたきた。ユウリ、あの子達さっきからえらく悩んでてな。ちょっと相手してあげてくれんか?」

 

「それ、俺じゃなくてもいいんじゃ…。」

 

「俺よりお前が相手してあげた方が喜ぶだろうよ。"チャンピオン"」

 

「………ッッ。あんたもそうだろ……。」

 

 小言を吐きながらアララギは少年たちのもとへ向かう。その後ろをサワラがヒョヒョコとついてゆく。

 

「……君たち、何かお困り事かい?」

 

「ええっと……新しいガンプラを作りたいんですけど中々良い案が思い浮かばなくて……。」

 

「ほぅ、いま手元にガンプラはあるかい?」

 

 アララギは優しく少年たちに声をかけ少年たちは腰のホルダーから自分の機体を取りだす。それにどうやら少年たちはアララギの正体に気づいて無いようだ。

 

「これなんですけど……。」

 

青髪の少年はガンダムエクシアをガンナータイプに改良した機体を見せる。とはいえほとんどエクシアの部分で変わったのは武装が自前のレールガンになったことぐらいだろうか。

 

「なるほど。つまり今のままじゃエクシアの近接特性が高すぎて上手くガンナー仕様にコンバート出来ないってわけだな。」

 

「はい……。色々と持ってるパーツで組み合わせてみたんですけどうまくフィットしなくて。」

 

「フィットしないというのはどう言うことだい?」

 

「ガンナータイプにしたいのもあるんですがエクシアのスピードとかは消したく無くて。それで……。」

 

 アララギは上手く青髪の少年のアイデアを引き出し問答を行う。それはまるで先生のようだ。

 

「ふむふむ、なるほどね。じゃあ視点を変えてみよう!例えば後方支援メインの中距離型にするとか!それならマークスマンの役割もこなせて扱いやすいんじゃないかな?」

 

「…………!!なるほどその手があったか!!」

 

 どうやら青髪の少年は何かを掴み閃いたらしい。先程まで曇っていた顔が一気に晴れた。

 

「ふうちゃん、俺は決まったよ!」

 

「え、兄さん早いよ!」

 

「そっちの子も少し見せてくれないかい?」

 

「え、は、はい……。」

 

 赤茶髪の少年は少し恥ずかしそうに自分の機体を見せる。見せたのは素組のインフィニットジャスティスガンダム。どうやらインフィニットジャスティスを自分用にカスタマイズしたいようだが難航しているらしい。そして妙に脚部が少し焦げ付いたように黒い。アララギは一眼見てそこが気になった。

 

「うーん、そうだねぇ。基本的には自分のバトルスタイルにあったカスタムをするのが良いんだけど得意な戦術とかある?」

 

「えっと、蹴り……ですかね……。」

 

「ふうちゃんはとんでもない体制から相手の攻撃を避けて反撃するんですよ!」

 

「──カウンターの使い手か……。なるほど。」

 

 アララギは少しニヤリとした後に赤茶髪の少年のアイデアをもう少し引き出しアドバイスを送った。少年のコンセプトは先程の兄とは違いオールラウンダーで戦場の支配力のある機体。少し頼りなさげな少年ながらに中々大きな事を言うじゃないかと率直に思ったがそこには強い信念を感じた。サワラに少し似たそんな雰囲気だ。

 

「店員さん、ありがとうございました!」

「ありがとうございました!」

 

 2人は満足気にキットやマテリアルを買って帰った。どうやら最後まで自分自身が「アララギ・ユウリ」だとは気づかなかった。それほどまでにガンプラに夢中だったのだろう。いやそれとも自分が思っているほど認知されていないのだろうか。いずれにしてもあれくらい夢中になれてる彼らが少し羨ましい。

 

「……いいな……………。」

 

 アララギはそう呟き店内の手伝いを続けた。

 

*****

 

 辺りはもう暗くなり店も閉めの準備をはじめた。閉めの作業をしているとクロスケから一声かけられる。

 

「ユウリ、どうすんだ?」

 

「どうするってなにを?」

 

「どうするもなにも、いつまでそんなお遊びみたいな事やってんだって聞いてんだよ。」

 

 父は少し強い口調で言う。こんな風に言われたのは大人になってからは久しぶりだ。それに「お遊び」と称された事にも少し腹が立った。

 

「今のお前はプロでもなんでもねえ。何がリーグ戦全勝だ。結果は立派だけどな、今のお前には魂もプライドもありゃしねえ、対戦相手に不満があるなら海外にでも行きゃいいじゃねえか。」

 

「父さん、言ってくれるじゃないか。俺だって、好きでやってるわけじゃ……。」

 

「好きじゃないならやめちまえよ。」

 

「今のお前は、ただ空っぽなだけだ。空っぽのまま突っ立ってる、でくのぼうなんだよ!」

 

 クロスケはいつにもなく怒りをあらわにした。ユウリはここまで怒る父の気持ちも分からなくもなかった。父は不慮の事故で手を怪我してしまい心半ばのままプロの世界から身を引いた。自分がプロ入りした時には自分の事のように喜んでくれたし応援もしてくれた。自らのやり切れなかった想いを馳せているのかもしれない。それに父はプロ黎明期をけん引してきた人だ。今以上にもっと過酷な環境であったのだろう。

 

 だとしても。それは父の勝手というものだ。俺には関係のない都合だ。なのに、今のこの空っぽの身体を突き刺すような言葉がアララギを襲う。

 

 アララギの実力は国内リーグにおいて一線を画していた。リーグ戦無敗、圧倒的な勝利、時にはオーディエンスを盛り上げるためにわざと負けそうにする素振りも見せた。だがそこに彼の本質はなかった。誰1人としても彼の底を見たものはいない。日本選抜で世界のデューラーとも何度か交えたがそこでも彼を突き動かすものはなかった。かくして、強すぎるその実力は彼を1人にし虚無感の中もはや誰と闘っているのかも分からないそんな状況に陥っていた。

 

 「……ミハエロがな、お前は指導者向きだとよ…………。」

 

「え…………。」

 

「……さっきの様子も見てりゃなんとなくだが言ってる意味も分かったよ……。」

 

「……………。」

 

「…………そういう道もあるってモンだ。」

 

 クロスケはそう言って2階へと上がっていった。いつの間にか父の背中が曲がっていた事に気がついた。

 

 一方アララギは店内に残り周りを見渡す。店内に香る独特の匂い。メーカーごとに並べられた塗料やスプレー缶、キットの数々。アララギは小さい頃からこの空間でずっと育ってきた。当たり前のようにこの空間で生き抱き続けた夢を追い求めた。そしていつしか彼が見た夢はホンモノになった。だがその先は全てが虚だったように彼を無にさせた。ゲームの続きがないように彼の道にも続きはなかった。

 

 それでも、それでも、闘い続けた。闘う理由(わけ)などそんなものはとうになかったが闘い続けた。闘い続ければ何かあるはずだと思い。だがその果てには何も残らず、残ったのはただの虚無感。いつもと同じ何もない空っぽの自分。

 

 今日店に来たあの少年達を見て思った。自分もああなりたいと、戻れるならあの頃に戻りたいと。夢を見れる、夢を語れるあの頃に。

 

 父は自分に指導者の道を進めた。確かにそれもアリだろう。だが、今の空っぽな自分が人に何かを教えるなどと許される事なのだろうか。答えはノーだ。人に夢を与えながらもその先の絶望よりも哀しいものを彼らに与えてしまう。

 

 アララギはそう思いながら棚に置いた紫雲を眺める。これまで共に闘い続けた相棒。綺麗に吹き付けられたメタリック塗装が真夜中の部屋に映える。

 

ピピッピピッ

 

「着信?こんな夜中に誰だ。」

 

 アララギは携帯電話の画面を確認するとそこに表示されていたのは『ミハエロ・ペドロウィッチ』の名前だった。ミハエロはクロスケと同じく時をしたロシア人のプロデューラーであり現在は日本でプロ向けの指導者をしている。

 アララギは少し戸惑いながらも電話に出る。

 

「ジュニア、久しぶりだね。」

 

「ミハエロさん、お久しぶりです。」

 

「まずは優勝おめでとう!、流石クロスケの子だ。」

 

 久しぶりの挨拶を交わす2人。だがこんな夜更けにミハエロが電話をかけてきたのはそんなことが目的なのではない。

 

「ジュニア、指導者にならないかい?」

 

「え?」

 

「今の君はあまりに退屈そうだ。このままでは君は君自身で殺す事になる。そう思ってね。」

 

「で、でも…いまの俺は……。」

 

「まずはやってみてから言いなさい。それとも君はまだそこで空っぽのダンスを続けるのかい?」

 

「…………………………。」

 

「うーん、そうだな。まずはハイスクールの先生なんてのはどうだい。」

 

「──待ってるよ……、アララギ・ユウリ。」

 

 そう言うとミハエロは一方的に電話をプツンと切った。アララギはため息をつきベットへと横たわる。

 

「はぁ…。どうすりゃいいんだ……俺は。」

 

「なあ、紫雲。俺が先生なんて笑い話かな……?」

 

 アララギは棚から愛機を持ち語りかける。決心がまだつかない。このままでは何も変わらないと、分かっていても。薄暗い部屋の中焦点が定まらずぼうっとしていると隣の部屋からなにやら作業の音が聞こえてきた。

 

「さっきの子、僕と同じくらいの歳だった。友達になれたらいいなあ。」

 

「うーん、でもあの子の機体の脚は酷く焦げ付いてた。とてつもない蹴りの達人なのかな。友達になりたいけど負けたくもないなあ。」

 

「よし、こうなったら作業だ!アストレアの装甲を限界まで削ってもっとスピードが出るようにするぞ!」

 

 サワラが隣でぶつぶつ言っているのが聞こえる。元々少し引っ込み思案な性格で友達になれたらと思う事はとても彼らしいと思ったが、一方で同年代に負けたくないというある種闘争心が芽生えていた事をはじめて知ったアララギは感服した。弟はいまから強くなる。絶対に。そう確信した。同時に自分はこの止まった世界の中でまだ機械的に生きようとしているのかとハッとした。

 

「そうだな。進まなきゃ、なにも始まらない。」

 

「何もない俺だけど、生徒と一緒に何かを掴む事ができるのならきっとそれを幸せって呼ぶのかもな。」

 

 アララギはその日いつもより良く眠る事ができた。

*****

 

 その週の最後にアララギ・ユウリの現役引退が発表された。そのニュースはあまりにも衝撃的であった。彼ならまだやってくれるだろうという人々の期待をよそに28歳という若さで華々しい引退を飾ったユウリは姿を一時的に消し教員試験のために勉強漬けの毎日を送った。そして見事試験に合格し母校であった「勇気高校」への赴任が決まった。

 

「──さて、いくか……。」

 

 これは夢のはじまりと夢のつづき。




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SP2「天使の羽ばたき─The beginning─」

 桜が舞う校庭。それはアララギにとって随分と懐かしいものだった。目を瞑ると、この場所で過ごした日々が頭の中に蘇える。もう戻れないと思っていた場所に戻ってくるというのは少し不思議な気分でもある。

 

 そして春の匂いのせいだろうか。自然とわくわくしている自分がいる。今年から高校教諭に一転した新人教師は心を少し躍らせながら校門をくぐる。

 

 朝はまだ早く、校内にはあまり生徒は見られない。アララギが着任した「勇気高校」は彼の母校でもあり創立70年とそれなりに歴史のある高校で地元からも愛されている。当たりを見渡せば少し古びた校舎と大きな欅の木と桜の木が並びその歴史を感じさせる。

 

 アララギは校舎の中へ入り職員室で新任教師である事を回って挨拶をした。中には自分が元プロデューラーであった事を知っている先生もいたが特別気を遣われることもなかった。それは、アララギにとってはとても幸せな事であった。そしてここは教育の現場なのだと再認識させられた。

 

「さっそくだけどアララギくんの配属は……2年1組の副担任だね。まあ肩の力を抜いて生徒とありのままで接して上げてね。」

 

「……はい…………!!」

 

「なんかもう力入ってない?大丈夫?」

 

「そ、そうでしょうか?」

 

 記念すべきはじめての教え子となる生徒たちが決まった瞬間である。大袈裟かもしれないが感動すべき瞬間であった。

 

 ──それがすべてのはじまりであった。

 

*****

 

 いわゆる、着任式を終えたアララギは少し緊張した足取りで2年1組へと担任教師とともに向かう。やっぱり初対面が大事だよなとか最初舐められたら終わりだなど雑念が頭の中を入り混じる。そんな中、担任教師がアララギに声をかける。

 

「いやー流石プロデューラーだねえ。子供たちからはエラく人気者だったね。」

 

 着任式では当然、新任教師の挨拶があるのだが「アララギ・ユウリ」と紹介された瞬間一部からとてつもない拍手や歓声が起こった。もちろんそんな風に取り上げられるのは嫌なわけではないが、やはりここにはプロデューラーとしては来ていないのだ。

 

「いえいえ、自分はもうプロではありませんから……。少しずつでも早く一人前の指導者になれるようになります。」

 

「うん、その心意気だ。」

 

 もう自分はプロではない。あの世界からはもう遠ざかったのだ。

 

 だが、遠ざかったからといって何か変われたのだろうか。父とミハイロさんの勧めでなった教員という道に、俺は何が出来るのだろう。

 

『──らん坊、お前がセンコーなんて似合わねえよ。』

 

 いつか聴いた懐かしい声。何故こんな時に思い出すのだろう。過ぎたいつかの空気がアララギの側を通り抜ける。

 

『……笑うなよ……アカネ…………。』

 

 少し昔を思い出しながら空っぽの教師はついに自分が受け持つ教室へと足を踏み入れた。

 

 教室には年の離れた男女がうじゃうじゃといる。そうだ、学校とはこういうものだった。そして自分はこの子達の先生になるのだと、真に自覚した。

 

「今日からみんなの副担任になるアララギ・ユウリだ。担当は現代文。よろしく!」

 

 パチパチパチ

 

 決まった。生徒への最初の挨拶、緊張していたがなんとか決まった。アララギはホッと安堵する。

 

「──おい、ユウキ、見ろよ、俺らのクラスに来たぜ。あの「魔王」がよ。」

 

「うん。まさか、まさかだね。」

 

「どうする?やるのか?」

 

「……もちろん…………!!」

 

 アララギの挨拶が終えると、教室の窓際付近に座る明るい茶髪の少年と青髪の少年が何やらヒソヒソと話している。アララギはその気配を察知し少年たちを目視しあることに気付いた。

 

「──あの子は確か…………。」

 

 見覚えのある顔だった。模型店に来てアドバイスを与えた兄弟のお兄さんの方。まさかこんなところで出会うとは思いもしなかった。

 

 そしてこの運命的とも言える『縁』がこの物語のはじまりであり全てを加速させていった。

 

*****

 

 今日は着任式という事もあり生徒の時間割自体は昼過ぎに終了した。アララギは一旦職員室に戻ろうとするが先程の青い髪の少年からの視線を感じる。目と目が合えばもちろん起こりうる事は一つしかないのだが分かっているからこそその真っ直ぐな視線を受け止めきれない。

 

 自分はもうプロではないのだ。彼が期待する「アララギ・ユウリ」は存在しない。いや、そんなものは始めからいなかったかもしれない。期待された結果、空っぽである自分を見られるのが少し嫌だと思うのが素直なところである。アララギはそのまま教室を出て当てもなく歩いていった。

 

「ありゃりゃ、先生行っちまったな。」

 

「うーん、ちょっとガン見し過ぎたかな。」

 

「どうする?俺は今日も『あそこ』へ行くけど。」

 

「そうだね。ふうちゃんも行ってるだろうし俺も行くよ。」

 

 少年達はそう言うと彼らの言う『あそこ』へ向かう。

 

「──はぁ……。」

 

 一方アララギは気付けば旧校舎の方まで歩いていた。現在勇気高校で使用されている校舎の多くは数年前に建設された新校舎でありアララギにとってはこの旧校舎の方が馴染み深い。そしてその馴染み深さに惹かれたのか彼はいつの間にか理科準備室の前に立っていた。

 

『──おらおら、らん坊、何やってんだ!そんなんじゃ一生クロスケさんに勝てねえぞ!』

 

『──アタシは弱い奴には興味がねェ。もうちょいマシなってから来な。』

 

 今日はやけに昔のことを思い出す。ここ数年こんなこと思い出す事も無かったのに。理科準備室。ここはかつてアララギにとって秘密の特訓場であった。戸を開けるそこにはいつも制服を着崩し赤い髪を結った、田舎のヤンキーのような女が1人いた。

 

 アララギはそんな事はもうないと、起こるはずもないと分かっていながらも少し期待しながら戸を開ける。

 

「あれ?アララギ先生じゃないですか。」

 

「えっ、ウソなんでここがバレた?」

 

「兄さん、この人って……。」

 

 そこには先ほどの青髪の少年たちと、これまた見覚えのある赤茶髪の少年がいた。そしてそばには模型──ガンプラがある。

 

「……えっと、お前ら何してるんだ?」

 

「もちろん、ガンプラバトルですよ!」

 

 青髪の少年が元気よくそう言う。よく見れば教室の奥にはGPD用の筐体が置かれている。だがその外観はもう何年も前の世代のモデルだと一目でわかる。それだけではない、よく見ればアララギがかつてここに通っていた時のものとほとんど同じものである。

 

「……けど、それはもううん十年も前の筐体で動かないんじゃ……。」

 

「ところがどっこい、ウチの天才弟ふうちゃんがシステムを組み直して最新版のGPDとして機能してるんですよ〜!」

 

「大袈裟だよ兄さん……、俺はただそういうのが得意なだけで……。それに見つけたのは兄さんの方じゃないか。」

 

自慢げにえへんとする兄と少し自信の無さそうな弟。間違いないあの時の兄弟だ。あのオンボロ筐体のシステムを組み直すとはそうとうな機械オタクなのだろう。いや、この場合は『ガンプラバカ』と言った方がいいか。

 

「そうだ!先生ももちろんやっていきますよね!ガンプラバトル!」

 

「……俺は…………。」

 

 もう辞めたんだ。ガンプラバトル。その言葉が言えなかった。この未来ある少年たちを前にその言葉が言えずにいた。教員になったとしても過去のキャリアからこう言われる事はもちろん覚悟していた。だがその日が来ても、この手でガンプラを動かすことはないとそう決めていた。

 

 決めていたはずなのに、何故だかこの高鳴るこの鼓動。不思議とプロの時には感じなかったわくわくをこの少年たちから感じる。

 

『──いつまでぐずってやがる、行けよセンコー。』

 

 赤い髪の女が教室の隅でそう言った気がした。アララギはそのまま筐体の方へ向かう。その手には何故か持ってくる意味もない愛機「紫雲」を片手にまっすぐ向かっていた。

 

「さあ、どいつからかかってくるんだ?」

 

「はい!俺です!」

 

「おいずるいぞ!ユウキ!」

 

「兄さん、抜けがけはよくないよ!」

 

 他の2人をよそに青髪の少年が筐体の方へと向かう。

 

「そういえば、まだ名前を聞いていなかったね。」

 

「俺は……『イヌハラ・ユウキ』です。目標は世界一のデューラーです!」

 

「ほう、大きく出たな。ならもちろん俺のことも超えなきゃな。」

 

「もちろん…………!!」

 

 少年、ユウキの顔はくしゃっと笑いそう答えてみせた。なぜだかその顔つきがアララギが背負っていた荷を少しだけ軽くさせる。こんなにも簡単なことでいいのだと。そう気付かされた。 

 

please set your gumpula

 

Araragi'sMobile Suit

    Shiun

      VS.

Yuki'sMobile Suit

Gundam Sophiel

 

 2人は愛機をセットさせユーザ情報が入ったカードキーをスキャンする。カードキーには対戦相手の戦歴や記録が表示される。ユウキの画面にはアララギのアマチュアではなくプロリーグでの華々しい戦歴の数々が表示される。

 

「これが本物……!!すごい、すごすぎる……!!」

 

ユウキは目を輝かせアララギの方を見る。そしてアララギは初めての教え子となるその少年を昔の自分を見つめるようにただ見ていた。

 

「紫雲行くぞ!」

 

「ガンダムソフィエル、空を駆ける……!!」

 

 煌めく紫色のボディの騎士と青と白を基調とした天使がバトルフィールドへと放たれた。ステージ設定は障害物の少ない地上。

 

 出撃するとお互いが真正面に現れバトル開始の合図とほぼ同時に攻撃を繰り出していた。

 

「先手は…もらったッ!!」

 

 ユウキはそう言うと勢いよく右手に装備されたレールガンで砲撃を行う。かなり精密な射撃でアララギはこれをかわすでいっぱいだ。ミドルレンジよりも少し後方から実にいやらしい攻撃を行ってくる。これで足の遅い砲台タイプならまだしもどうやらそうではない。それはあのカスタムのヒントを与えたアララギが最もよく理解している。

 

「なるほど!俺が言ったことをちゃんとこなしているんだね!」

 

 アララギがそう言ったもののユウキは何を指して言われているのかあまりピンと来ていない。どうやら本気であの模型店でアドバイスを与えた人間が『アララギ・ユウリ』だと気づいていないようだ。

 

「あ、兄さん!もしかしてアララギ先生ってあの時の!アドバイスをくれた人なんじゃ……!!」

 

「…………!!!確かに言われてみれば……!!」

 

「はぁ、この兄弟ってなんでこんなにも天然なのだろうか……。」

 

 弟の方が気付き兄は驚愕をする。そして呆れる友人。アララギはその構図を見てクスッと笑った。とはいえ今は勝負の最中、気を抜くと一発でやられる。

 

「ユウキくん!俺を前にして気を抜くとはいい度胸だね!」

 

「……!?」

 

 砲撃の一瞬の静止を見逃さなかったアララギはそのまま紫雲を持ち前の超スピードで接近させランスを構える。ソフィエルは一瞬防御の対応が遅れる。

先ほどまでの距離を一気に詰め攻守を一転させたのは流石としか言いようがない。紫雲は自らのアタッキングゾーンでランスを勢いよく真っ直ぐに突く。防御態勢の遅れたソフィエルであったがなんとか致命傷は避けた。だが状況は急所を避けたもののぼぼ串刺しの状態と変わらない。この一瞬で戦況を優位に持っていく手腕は流石というものである。

 

「もうおわりかい?」

 

「……まさか…………!!」

 

 それでもユウキは諦めない。串刺しにされたまま右腕を上げレールガンを放とうとする。

 

「突き刺したままの方が狙いやすいってものさ……!!」

 

「まずい、この距離でマトモに食らったら無事ではいられない!!」

 

 ユウキはこの実力差を埋めるためにあえて自らのアタッキングゾーン、いやさらに深いバイタルエリアとも言える距離に荒技で引きずり込んだ。一瞬の静止もどうやら誘いだったようだ。慌てて紫雲のランスを抜こうとするがソフィエルは片手と両脚を使い無理矢理にしがみつき離さない。そしてソフィエルは装備されたレールガンに出力を溜め込む。

 

「へへ、これで逃げられませんよ……。」

 

「やるなッ!でも……!!」

 

 レールガンが放たれようとされる瞬間、紫雲は翼を広げ光の翼を展開する。光の翼を大きく広げた紫雲はそのままランスを引き抜きソフィエルの零距離射撃を回避した。

 

「逃したか、でもまだまだ奥の手があるッ!」

 

「こいッ、ユウキくん!」

 

 闘いを終盤にして2人はニヤリと笑う。アララギは気づくと知らぬ間に勝敗を気にすることなくただ目の前の可能性との対峙を楽しんでいた。

 

「…………トランザムッ!!」

 

 ユウキの掛け声と共にソフィエルは機体を紅潮させていく。瞬間機体スペックは一気に跳ね上がりビームサーベルを構え紫雲へと突貫する。一方で紫雲も光の翼を継続し紅く染め上がった天使を迎え撃つ。

 

 ソフィエルは自らのアタッキングゾーンに入ると果敢に仕掛ける。砲撃戦を駆使していた先程までとは一転一気に接近戦で詰め寄るが紫雲は左手に装備された大楯で防御し跳ね除け目にも止まらない早業でランスを突く。

 

「……まだまだぁ!」

 

 少年の横顔は笑っていた。その圧倒的な実力差に絶望に近いものを感じながらも彼には笑みが溢れていた。強者へと挑むその姿がアララギの眼には強く焼きついた。

 

 どこまでもまっすぐな少年の眼差し。その眼差しを見て自分が失った純粋な気持ちを守りたいと素直にそう思った。いつか彼も自分と同じように絶望や虚無を抱える時が来たとしても、その眼差しをずっと大事にして欲しいと心から願った。これは綺麗事である。ただのエゴだ。それでも大人なら子供の次世代の可能性を守らなければならない。自分はいまそういう立場にあるのだ。

 

 もう自分には、空っぽの器にはそんな気持ちがなくともせめて、この子の、この子たちの可能性だけは潰したくない。アララギはユウキの必死の連続攻撃を受けながらそんなことを思い始める。

 

 ソフィエルは全身をランスで貫かれ穴だらけになっても立ち向かう。ビームサーベルもレールガンも破壊されても立ち向かう。蒼き天使は魔王に正面から対峙し続ける。

 

「…………ユウキくん、残念だけど君の翼はまだ俺には届かない……。」

 

「…………ッッ!」

 

「だからこそ、足掻け……!!その可能性の中だけでとどまるな!君だけの世界を俺に表現してみろッ!!」

 

 ユウキにはアララギと紫雲がどこまでも、果てしなく大きく見えた。これが世界で一番強い者のスケールなのだと。額に汗をかきながらも彼はアララギに立ち向かっていく。その果てしない道を、いや空を翔ぶための翼をいつしか手に入れるため。

 

「うおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

 ユウキは腹の底から叫びながらアララギと紫雲へと向かう。ソフィエルのトランザムは既に切れかかっているがツインアイは最後の灯火を燃やすように光る。紅い閃光は限界を超えたスピードで直線を突き進み勢いよく強烈な右ストレートを紫雲の頭へと叩き込む。

 

「…………!!」

 

「一発……入れてやったぞ……!!!」

 

 そういうとソフィエルは目の灯火を消し紅潮したボディも通常の色に戻りながら崩れ落ちていった。

 

──battle end──

winner Araragi

 

バトル終了の合図が出た。ソフィエルは再起不能。機体の稼働に限界が来たのだ。

 

「全く、無茶な闘い方をするな。」

 

「くそぅ、最後のはいけると思ったんだけどなぁ。」

 

 ユウキは悔しそうに一言そう言った。そして無残な形になってしまったソフィエルを見つめる。地に堕ちた天使。ソフィエルを使いはじめてここまでこっ酷くやられたのははじめてだった。

 

「悔しいかい?」

 

「もちろんです。」

 

「そうか。じゃあまた来よう。」

 

「え?」

 

「また来るよ。次はもっとマシなバトルが出来ることを期待してるよ。」

 

 アララギはそう言ってその場を立ち去った。そして最後の一撃を決して誉めなかった。彼ならもっとより高みを目指せるから。こんなところで満足してもらっては困る。

 

「アララギ・ユウリ……。いつか、あなたを超えてみせます……!!!」

 

 青い髪の少年は握り拳をグッと作り立ち尽くす。これは後に修羅と呼ばれるほどの強さを纏う男の道のはじまり。空っぽの、なんの目印(ランドマーク)もない道が生んだ可能性。そしてそのいくつもの分岐点をもつ可能性の道は空っぽの道を中心に複雑に入り混じり合う事となる。

 

 

*****

 

 アララギは業務を終え帰宅すると机の上に飾った写真を見て一言言う。

 

「──アカネ……。俺は君がダイキライだったセンコーになったよ。それに君に負けず劣らずのガンプラバカと出会ってね……。」

 

 届くはずのないその声。アララギは椅子に座るとユウキ達の顔を思い浮かべながら紙にトレーニングメニューを書き出していた。

 

 こうしてアララギ・ユウリは自分にとってはじめてとなる教え子と出会ったのであった。

 




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SP3「赤い死神─Encounter with a master ─」

 ガンプラバトル部(仮)が指導して約ひと月が経った。満開だった桜も散りはじめ季節は夏へと向かっていた。

 

 アララギはいつものように授業を終えると理科準備室に足を運ぶ。今日の業務よりも明日の授業の準備よりも彼には大事なことがあった。

 

 「──おーい、みんなきてるかーー?」

 

 ガラッとドアを開ける。

 

 そこにはGPDの筐体で既にバトルしている学生の姿があった。彼らは無我夢中でアララギの存在に気づかない。そしてまたバトルに参加していない学生は必死に見学している。

 

 「──そこだぁッ……!!」

 

 テルキが駆る赤と黒の大きな羽を持つビルドデスティニーが青と白の機体、ガンダムソフィエルに対して近接戦で攻め寄る。

 

 「くそっ!このままじゃ不利だ!」

 

 ソフィエルはガンナー型であるため近接戦はあまり得意としていない。一方でビルドデスティニーは対艦刀を装備しガンガン距離を詰める。

 

 「ユウキ!今日は俺の勝ちだな!」

 

 「まだまだ…………!!」

 

 ソフィエルはビームサーベルを手に持ち近接戦闘を行う。だがビルドデスティニーとのパワーとは歴然の差。このまま押し切られて必殺のパルマフィオキーナでトドメを刺されるのがオチだろう。

 

 「さぁ、どうする。ユウキくん。」

 

 アララギは遠くから学生を見守る。ここから抜け出す手段はおそらく一つ。さあどうする。

 

 「兄さん……笑ってるの…………?」

 

 ユウキは額に汗を書きながらも笑っていた。

 

 「同じ土俵に付き合ってやったんだ。次はこっちに付き合ってもらうよ?」

 

 「……トランザムッ…………!!」

 

 蒼い天使は機体を紅潮させ超スピードで背後をとる。トランザムシステム。一時的に機体スペックを向上させる代わりに一定時間を超えると放出した分のGN粒子を再チャージするために機体性能が大幅にダウンするというデメリットを持つ。短期決戦型のシステムだ。

 

 「今日こそはそのスピードについていくんだよッ!」

 

 デスティニーもまた羽根から大きな光の翼を広げソフィエルの攻撃に対応する。互いに残像が見えるほどのスピードだが機体を紅くするソフィエルの方が優勢だ。

 

 「テルキ、残念だけど今日も俺の勝ちだ!」

 

 「ちょこまかと!!」

 

 ソフィエルは高速移動しながら精密な射撃をビルドデスティニーに放ち続ける。まさに無数のビームの雨。ビルドデスティニーはガードするも耐え続けるしかない。

 

 「こいつで終わりだ……!!」

 

 ソフィエルはライフルを捨てツインアイを光らせながらビルドデスティニーへと飛び込む。しかし近距離であればテルキにとっても好都合。

 

 「しくじったな!ここで狩り取るッ!!」

 

 手のひらには既にパルマフィオキーナのエネルギーを爆発させソフィエル目掛けて打ち込む。

 

 「遅いッ…………!!」

 

 ソフィエルはその渾身の一撃をひらりとかわした。ビルドデスティニーが捕らえたのは虚しくも赤い残像だった。そして交わしたと同時にボディに鋭いパンチを叩き込む。

 

 「ウッ…………!!」

 

 「勝負あり、だね。」

 

 怯んだビルドデスティニーの目の前には必殺のレールガンを零距離で構えたソフィエルの姿があった。スピード対決を制したのは蒼き天使だった。

 

 ──battle end──

 

 バトル終了の合図がされるとバーチャル空間は消え先程闘っていたガンプラもただの玩具に戻る。GPDはゲーム中に実際受けたダメージが現実のプラモにも還元される。そのためユウキ達は練習時はむやみに傷つけないためにトドメはささないようにしていた。

 

 「2人とも、腕を上げたね。」

 

 「あ、先生。」

 

 バトルが終わった2人にアララギが声をかける。ユウキもテルキもバトルに夢中だったため少し驚いている。

 

 「ユウキくんはトランザムの使うタイミングが上手くなったね。それとテルキくんも技の出し方が上手くなった。でもまだ距離感が掴めてないかも。」

 

 「やった!先生に褒められた!」

 

 「ちぇ、俺はどうせまだまだですよ。」

 

 「テルキさんも途中までさずっと押してたじゃないか。」

 

 「そうそう、あれだけ詰め寄られると俺も嫌だったよ?」

 

 「でもま、最後のツメが甘いけどね!」

 

 「ぐぬぬ………………。ユウキ次は勝つ!」

 

 「ああ!いつでも!」

 

 学生の姿を見て思う。彼らは本当に楽しそうにガンプラバトルをやると。確かに勝負ごとだから勝ち負けは当然つく。それでも彼らはそれが1番ではない。何よりも大切な「楽しむ」ということを持っている。それは自分自身が失ってしまった気持ちだった。もっと高いレベルを彼らが目指すことになっても「本当に大切な気持ち」だけは忘れてほしくない。

 

 失ってしまった物だからこそ余計に眩しい。

 

 その光を、輝きをずっと持っておきたかったというのが本音だ。

 

 大人の失敗は繰り返してはならない。それがきっと俺がここにいる意味。責務なのだ。

 

 「なんだよ、先生。ボーッとみちゃってさ。」

 

 「テルキがあんまりにもブザマだったから唖然としてたんだよ。」

 

 「兄さんそれは言い過ぎじゃ……?」

 

 「……いいや。みんなもっと強くなるなって、ただそう思ってただけさ。」

 

 3人はその言葉にきょとんとした。だが彼らは顔つきを変えて、当たり前だ。もっと強くなる。そう言った表情になった。根拠のない自信かもしれないが彼らはまだそれを持っていていい年代だ。いくら失敗してもいい。それは大人の自分が支えればいいのだ。だからもっと挑戦して強くなれ。アララギは言葉にはしなかったが目で訴えた。

 

 「そういえば先生には師匠みたいな人っていたの?」

 

 「え、突然どうした?」

 

 「その、先生って滅茶苦茶強いからさ、その原点ってどこにあるのかと思って。」

 

 テルキがふと思いついたようにアララギに問いかける。

 

 「師匠……か……………。」

 

 確かに小さい頃は父によく相手をしてもらっていたが師匠といえるまでの存在では無かった。

 

 自分にとっての師匠はやはり。

 

 『らん坊、テメーをアタシが最強のデューラーにしてやるよ。』

 

 そう。あの人だ。あの赤い髪を後ろで結っていつも滅茶苦茶で破天荒なあの人。

 

 「──アカイ・アカネ」

 

 ***

 

 あの人との出会いは小学6年生の頃だった。夏休みの始まりの日でとても日差しの強い日だったのを今でも覚えてる。

 

 父がプロデューラーというのもあって我が家にはたびたび腕利きのデューラーが集まっていた。そしてアカネもその中の1人だった。当時高校2年生の彼女は突然嵐のように店に現れ腕利きのデューラー達を鬼神の如くバタバタと倒した。赤い髪と鋭い眼光、機体の色も真っ赤で付いた通り名は「赤い死神」

 

 アララギは子供ながらにその強さに憧れた。

 

 「さてと、倒す奴はあとはクロスケさんだけか。」

 

 「あ、あの!」

 

 「あ?ガキがこんなとこうろちょろしてんじゃねぇよ。」

 

 アララギは怖くて何も言えなかった。なぜ話しかけたのかすら分からないくらいに言葉が出なかった。その眼光が驚くほどに怖かったことを今でも覚えている。だけど勇気を出してアララギは声を出した。

 

 「……どうしたら……そんなに強くなれますか?」

 

 かすかすの声だった。声帯は震え足も今にも崩れ落ちそうだった。

 

 それでも少年は強くなりたかった。父のように。父よりも強く。ただ純粋に。

 

 「…………………………。」

 

 アカネは何も言わなかったが少し間を置いてこう言い放った。

 

 「勝つから強えんだよ。当たり前のことを聞くな。」

 

 この言葉に衝撃を覚えたのは今でも覚えている。ここまで当たり前のことを言われた事はない。だがこの言葉の意味をアカネと過ごすようになりアララギは理解できるようになる。

 

 その後、赤い髪の女はタバコに火をつけくわえたまま父と戦わず店を立ち去った。てっきり父とバトルするのかと思っていたアララギにとってその行動の意味が分からなかった。

 

 「ついて来い、ガキ。」

 

 赤髪の女はアララギを真夏の空の下に連れ出した。

 

 女は制服を見るに近隣の勇気高校の生徒のようだ。だが制服は着くずしておりいわゆるヤンキーというよりレディースというべきだろう。しかも昼間から小学生男児を連れて歩いている。周囲からすればこれは異常だ。アララギはビクビクしながら女について行く。

 

 「お前、名前は?」

 

 「えっと……。アララギ・ユウリです。」

 

 「なるほどね。お前クロスケさんのせがれか。」

 

 アカネはアララギという姓に反応しニヤリと笑う。

 

 「普通ならガキでいいんだがクロスケさんの子なら仕方ねえ。オメーは『坊や』だ。『坊や。』『らん坊』だよ。」

 

 「はぁ……。」

 

 健全なアララギ少年にはこのヤンキーのノリが全く理解出来なかった。

 

 「なにが『はぁ』だ!返事は『はい!』だろ!!」

 

 アカネが突如怒鳴る。そして続けてこう言う。

 

 「決めたよ。オメーは今日からアタシの舎弟だ。」

 

 「え?」

 

 「まぁせいぜいありがたく思えや。赤い死神に教えを請えるんだからよ。」

 

 これがアカネとの出会いだった。今思い返しても滅茶苦茶だ。話の展開なんてない。色々のものがぶっ飛んでる。だけどそれがこの女、「アカイ・アカネ」なのだ。

 

 ***

 

 「え、アララギ先生の師匠ってヤンキーだったんですか?」

 

 「そうそう。ほんと言ってることは滅茶苦茶で支離滅裂だったけどガンプラバトルにおいては無類の強さだったんだ。」

 

 「で、なんか秘密の特訓場みたいなのってあったんですか?」

 

 「ここだよ。」

 

 「え?」

 

 「まさにここなんだ。だから俺がはじめにここへ来た時君たちがいて本当に驚いたよ。」

 

 理解準備室。ここにアカネとアララギは毎日のようにガンプラバトルに明け暮れた。アカネ曰くどこかの店の要らなくなった筐体を譲ってもらい教員には内緒で無理矢理持ち込んだらしい。なぜ理科準備室だったかというとここが学校の物置であったこともそうだが一番はアカネのサボり場だったと言うこと。授業もろくに出なかったアカネはだいたいはここにいた。

 

 アララギは毎日アカネとの特訓に明け暮れた。今思えばなぜ自分のような格下の面倒なんて診てくれていたのかは不明だが多分きまぐれなんだろう。あの女はそれくらいの直感で生きている。深いところまで考えるだけ無駄だ。

 

 とはいえ、アカネの方もアララギがここまで熱心に取り組み続くとは思わなかった。叩きがいがあると毎日のようにボコボコにしていた。

 

 「どした?らん坊?もう終わりか?そんなんじゃ女ひとり満足させれねえぞ〜。」

 

 「そんなの今は関係ないだろ!」

 

 人を煽るときのアカネの顔は1番生き生きとしていた。あの悪魔のような顔は今でも忘れられない。

 

 人間性はさておきそれでも反射神経、ゲームプラン、駆け引き、どれもデューラーとしてかなり高いレベルであったのは間違いない。本人は近接戦闘を好むが射撃もかなりの精度であり闘いにおいては穴がなかった。

 

 もちろん、ビルダーとしての能力も高く、彼女が扱う近接用の機体「レッドストライク」の完成度はかなり高かった。ヤンキーというのはだいたい手先が器用なのだがアカネも例に漏れずその1人だった。

 

 また、彼女が愛用する武器の一つとして日本刀があった。「不知火」と名付けられた刀で敵を次々と仕留めていく様をアララギは何度見たことか。余談ではあるがこの刀の使い方を教えたのはフウトと同じミハエロであった。

 

 アララギは毎日学校が終わると裏口から高校に入りアカネに稽古を付けてもらった。毎日強くなれているような気がして楽しかった。実際、基本の動きはアカネの動きを見て学んだ。彼女は決して口では何も教えてくれなかった。だから見て真似て失敗してその繰り返しで自分のモノにしていった。

 

 無論、不要な事もたくさん教わった。タバコ、酒、無免許運転、ナンパ、とにかくたくさんだ。

 

 そしてある日俺はアカネから一本取った。

 

 「ちょっとはマシな動きになってきたな!」

 

 「おかげさまで!!」

 

 アララギの機体とアカネの機体が強く交わる。お互いに距離を縮め格闘戦に持ち込む。高度な読み合い。常に勝負は一撃必殺で決まる。

 

 「フェイントッ…………!!」

 

 「らん坊、もう終わりか?」

 

 「…………ッッ!!」

 

 アララギはなんとかアカネのフェイントからのワンツーを受け止めた。いつもならここで倒れるところだがなんとか踏ん張った。

 

 「へへっ、そうだよ。無駄にタマがついてるわけじゃないみたいだな!」

 

 アカネが高速で攻め寄る。

 

 「おらおら、どした?」

 

 怒涛のラッシュだ。レッドストライクの強烈な一撃が何度もアララギの機体を襲う。

 

 「勝負に勝つには、常に相手より速く、強く攻撃するしかない…………!!」

 

 これはアカネの言葉だ。彼女は馬鹿だが強い。何故強いか。当たり前のことが出来るからだ。勝つためには常に相手を上回ればいい。ただそれだけ。そう簡単に言い放つ彼女の文言は何も間違っていない。

 

 じゃあどうするか。どの姿勢から繰り出す攻撃に最もエネルギーがあるのか、どの距離感でいれば攻撃をかわせて反撃できるか。常にそれを考え続けるそれが師匠の、アカネの教えだ。

 

 要するに勝てばいいのだ。そして勝つための当たり前を彼女は教えてくれた。

 

 「へっ、ちったぁわかって来たかよ。」

 

 アカネの攻撃が珍しくブレた。こんな勝機は滅多にない。アララギはすかさず攻撃を避け強烈なカウンターを食らわした。

 

 「…………入った…………!!?」

 

 「自分で驚いてんじゃねえよ。」

 

 完全に入ったと思った攻撃だったがアカネはギリギリで致命傷を避け油断したアララギに蹴りを入れた。

 

 「うっ!相変わらず大人気ないや。」

 

 「馬鹿言え、これでも加減してやってんだよ。」

 

 「なぁ、らん坊。いい事思いついた。」

 

 「なに、アカネ?」

 

 「お前今度の大会に出てみろ。勝つまでここに帰ってこなくていいぞ。」

 

 アカネはそう言って大笑いした。本当に意味が分からなかった。それでも楽しかった。本当に楽しかった。

 

 

 ***

 

 「とまあ、他にも色々あるけどこんな感じだな。」

 

 「ほんと滅茶苦茶な人ですね……。」

 

 「あぁ、ふうちゃんなんてアカネから言わせてみれば『なに小賢しくまとまってボクはアタマがいいですみたいな面してんじゃねえよ。そんなんじゃ何も成し遂げれねえぜ?』っていわれちゃうかもね。」

 

 「俺ってそんな風に見えます!?」

 

 少しがっかりした顔を見せるフウト。アララギはいつにもなく笑っていた。

 

 「で、アカネさんはその後?」

 

 「アカネはウチの父親の推薦で高3で学校やめてプロになったよ。いまも一応プロだけどその辺を彷徨いてるんじゃないかな。」

 

───────────────────────

 『おい、らん坊。アタシは先に上で待ってる。』

 

 『アタシを負かすくらい強くなって上がって来な。』

 

 『アカネ、勝つまで帰ってくるなよ。』

 

 『へっ。誰にモノ言ってやがる。こっちの台詞だ。』

───────────────────────

 

 師と出会い。彼女が自分を強くしてくれた事は感謝している。そして強さを求めた自分に楽しさも同時に教えてくれた。本当に滅茶苦茶だったけど。

 

 そして「勝つまで帰ってくるな。」この言葉は彼らにとって約束の言葉なのだろう。勝負師の相言葉なのだ。

 

 あの伝説の女子高生を決して忘れる事は出来ない。

 

 『なあ、アカネ。今なら少しだけわかるよなんで俺みたいな子供(ガキ)の面倒を見たか。』

 

 アララギは3人の学生を前にそう思う。楽しみなのだ。今は自分が強くなることよりもこの子達が育つことが。いつか自分を超えてくれる日が来ることを、その可能性を誰よりも信じているから。もっとも何度も言うようにアカネの場合はほとんど気まぐれだったと思うが。

 

 死神に育ててられた魔王は新たなる可能性を紡ぐ。

 

 「アカネ、どこかで見てるか。クソ生意気な教え子(ガキ)を俺も見つけたよ。」

 

 放課後の空はきまって夕暮れだ。茜色の真っ赤な空。

 

 あの頃とよく似た空とよく似た匂い。

 

 教室の隅っこで煙草を吸う彼女の姿が一瞬、アララギには見えた。




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第二部「無限の旅」(GBN編)
第一話「新世界」


 ウチヤマ・ユウとトロが互いの鎬を削り合い激闘に激闘を重ねた第15回全日本GPD大会から既に数年の時が経とうとしていた。

 

 現代の時代変化は激しく世界的ホビーの一つであるガンプラバトルの形式も「GPD」から「GBN」と呼ばれる電脳仮想空間を舞台に、スキャンしたガンプラを使ってプレイするVRオンラインゲームへと移り変わっていた。

 

 国境や物理的な距離を関係なく、様々なGBNのプレイヤー、「ダイバー」達は新世界で各々楽しむ。

 

 そしてまた、ここにもGBNでガンプラバトルを楽しむ少年が。

 

「──ッッ!!」

 

「手強い相手だったがそろそろ終わりにするぜ……!!」

 

 しかしいきなりのピンチ。少年が操るスプリッター迷彩が施されたグフは対戦相手である太刀を持つ白と赤黒の機体に追い込まれる。

 

「あなた、強いですね……!!」

 

「そっちこそ、はじめてだよ、こんなヤツ。」

 

 2人はニヤリとする。まるで好敵手と出逢えた事を喜ぶかのように。2人とも生粋の勝負師なのだ。

 

「だからこそッッ………………!!」

 

「負けたくないッッ……………!!」

 

 グフは腰からビームサーベルを2本構え敵機へと突撃する。白と赤黒の機体は太刀を構えその攻撃を受け流す。

 

「速いッッ…………!!」

 

「そこだァッッ……!!」

 

 グフはモノアイを紅く光らせサーベルで敵機を徐々に押していく。さらに強烈な蹴りを放ち、ついに転倒させる。

 

 ──赤い瞳と蹴りで獲物を狩るその様はまさに隼。

 

「これでおわりですよッッ!!」

 

「くそっ!!間に合えッッ!!」

 

 グフは勢いのままビームサーベルでとどめを刺そうとする。瞬間、2基の飛翔体が飛んでくる。

 

「ファンネルッ…………!?」

 

 赤黒の飛翔体、ファンネルと呼ばれる遠隔武器がグフを襲う。白と赤黒の機体のダイバーは安堵した顔で一旦距離を取りそのまま太刀を構える。

 

「なるほど、あなたの武装でしたか。」

 

「間に合って良かったよ。」

 

 二機はお互いを見合わせてもう一度対面する。この斬り合い。おそらく速い方が勝つ。両者は直感的に勝敗のビジョンを理解した。

 

 バトルフィールドである草原に風が吹き抜ける。そして、この風が止んだ瞬間、この二機は再び動き始めた。

 

「…………そこだ!いけぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 先制したのはグフ。一気に距離を詰め敵機のコックピットを目掛けてビームサーベルを素早く横切りで繰り出す。

 

「…………ッッ!!」

 

 赤黒の機体は、力強く、軽やかにサーベルの流れる方へとターンステップを踏みその反動のまま太刀でグフを切り裂いた。

 

 そして一瞬、赤黒の機体の中身から熱く迸るようなまるで太陽のような得体の知れない力強さを少年は感じ取った。

 

 だが、それはまだ鈍い。純正の輝きとは程と遠いが宝石の原石のような可能性の塊であった。

 

「………そんな、今のは完璧だったのに。それに今のは一体…………?」

 

「──俺は負けられねえんだ。あの人に勝つまで、絶対。」

 

──battle end──

 

「でもまあ、楽しかったぜ。グフ使い。」

 

 赤黒の機体を操る男はそう言うとその場から姿を消した。少年は操縦桿でグリップを握ったまま立ち尽くす。

 

「……行っちゃった…………。強い人だったな……。でも、いつか僕も──」

 

 ダイバーネーム オノサカ

 

 彼もまた、新世界を舞台に闘う、デューラー、否ダイバーの1人だ。

 

***

 

 季節は春。桜が咲き、清々しい風が当たりを吹き抜け春の匂いが漂い新しい季節の予感をさせる。

 

「ここが……勇気高校…………。」

 

「──どこかで、あの人も見ててくれるかな……。」

 

 そしてここ、勇気高校でも新たな物語が始まろうとしていた。

 

 肩甲骨くらいまで美しく伸びたオリーブ色の髪と綺麗な琥珀色の目で白いジャケットを羽織った女性が桜舞い散る校門を潜る。

 

 雪のように肌の白い彼女の姿と桜漂うその情景はまるで矛盾しているがその様が、ありえないような景色がとても美しく見えた。そして彼女の周りをひらひらと落ちてくる桜の花弁は彼女を新たな世界にそっと、優しく送り出すようにひらひらと舞っていた。

 

「今日からお世話になります!『ヒナセ・シイナ』と申します。まだまだ未熟ではありますが一生懸命、生徒の皆さんの力になれるように頑張ります!!」

 

 少し緊張し強張った表情の中、新任の教員が全校生徒と顔合わせを行う着任式で「ヒナセ・シイナ」と名乗った女性は挨拶をした。

 

 この女性こそ、数年前、日本王者となったイヌハラ・フウトと共にアララギ・ユウリの下でガンプラバトルに励んだ、シイナなのである。

 

 彼女はフウトの旅立ちの後、自分の進路を真剣に考えた。アララギやフウトに彼女が導かれたように、彼女自身も今度は誰かを導きたい、誰かの道しるべになりたいと思い教員を志した。

 

 そして今日がはじめての勤務先となる高校の着任式であった。関西圏のやや北部に位置する「勇気高校」で彼女の道は再び始まることとなった。

 

 式も一通り終わりホッと一息をついていると、白衣を纏った男性が話しかけてきた。

 

「すっかり髪も伸びて立派になったねえ、シイナ。」

 

「ア、アララギ先生。い、いえ。失礼しました。校長先生。」

 

「いいよ。いつも通りアララギで。」

 

 校長と呼ばれる白衣の男性はアララギ・ユウリであった。長年大学でガンプラバトルを指導していたが1年前に母校であり、かつて教鞭を取った勇気高校の校長に38歳という異例の若さで就任した。校長でありながら高校教員時代から白衣を纏いつづける風貌は少し歪ではあるがシイナにとっては見慣れた、安心さえするシルエットだ。

 

「ここはね、俺やふうちゃん達の思い出が詰まった場所なんだ。シイナが北海道を出るとは聞いていたけどまさか勇気高校にくるとはね……。」

 

「きっと何かの縁です。先生やフウトさんが私をここに繋いでくれたんだと思います。だから私もここでそういう繋がりを、今度は創れる人になります。」

 

「頼もしくなったねえ。これで学校もしばらくは安泰かな!」

 

 アララギはそう言ってシイナの肩をポンと叩きニコッと笑ってその場を後にした。恩師に褒められてシイナは嬉しくなった。同時にこの人はやはり人を乗せるのが上手いなと、同じ職に着きさらに強く感じた。お手本になる人がすぐ側にいる事は心強い。自分もいつの日か生徒からそう思われるようにならなければ、そう思った。

 

そしてシイナもまた自分が受け持つ予定のクラス2-1へと足を運ぶ。

 

「なぁ、サイト、昨日なんかすげえのとやり合ったんだろ?」

 

「うん、そうだね。とても強かった。太刀を持った白と赤黒の機体。フレームなんかは凄く独特な感じだったな。中になんかいるっていうか。」

 

「へぇ、それもしかして最近GBNで噂になってる『ガンダムリパルド』ってヤツなんじゃないの?」

 

「ガンダムリパルド…………?」

 

「ああ、なにやら太刀を持って豪快に闘う様が『アポロンガンダムエンデ』と『ウチヤマ・ユウ』に似てるって噂になってるんだ。」

 

「へぇ、そんなすごいヤツなのか。彼……。」

 

 落ち着いた声で話すのは2-1の生徒「サイト」、本名「オノ・サイト」もう一つの名は『オノサカ』薄紅色の瞳と黒髪の少年。昨晩スプリッター迷彩のグフを操りガンダムリパルドと呼ばれる機体と戦ったダイバー。リパルドの鋭く速い動きは目を瞑れば脳内に激しく蘇ってくる。また、彼と逢えるだろうか。サイトは再戦を待ち望む。

 

 サイトと話している彼はGBN仲間である「アキタケ」彼もまた2-1の生徒で少しお調子モノだが悪いヤツではない。

 

 GBNは今や高校生の間でもかなりの人気で、GPD時代よりもゲーム性の向上や実際の機体への損傷がないため新規ユーザも近年増加傾向にある。

 

 サイトはGPD時代からのプレイヤーでGBNの新規ユーザーと比べるとガンプラの製作技術も操縦も格段に高い。GPD時代から何人か憧れているデューラー、今はダイバーに近づくため日々奮闘している。

 

「そういやさ、あの白い雪女みたいな美人の先生、うちの副担任らしいぜ。」

 

「雪女は失礼だろ…。えっと、ヒナセ先生だったかな。確かに美人だったなあ。」

 

「だよなぁ、やっぱりサイト、お前分かってるなぁ!」

 

 2人も年頃の男の子だ。年上の美人な女性を見るとそれはもうテンションも上がって当然だ。

 

 そうこうしているとシイナがドアをガラガラと開け教室に入ってきた。

 

「ヒナセ・シイナです。今日からみなさんの副担任なります。教科は国語科です。分からないことがあったら何でも聴いてください!」

 

 シイナはそう言って生徒達に笑顔で挨拶をした。アキタケは笑顔に魅了されたのかぽかーんとしている。

 

「おいおい。………。こりゃダメだ…………。」

 

***

 

 ホームルームが終わるとサイトは学校のある場所へと足を運ぶ。

 

 彼の学校内での隠れ家とも言える場所だろうか。GBNにインしない日は大抵そこにいる。

 

───理科準備室───

 

 旧校舎2階の隅にある教室の中は狭く薄暗い。教室の中には黒く大きな筐体のような物と、机にはサイトのガンプラや家から持ち込んだカッターマット、ニッパーなどの工具が置かれている。

 

 サイトがこの教室を見つけたのは高校一年生の夏休み。彼が苦手とする水泳の授業の補修帰りに当てもなく歩いているとたまたま見つけた。

 

 表の戸口は固く閉ざされているのだが、横の方に誰が何の目的のために付けたか分からない隠し扉がありサイトはそこから出入りしている。この場所はアキタケにも伝えておらず自分だけの空間として、秘密基地としてサイトは使っている。

 

 「…………よし、ここをこうやってと………。」

 

 サイトは何やら部屋の面積の半分を占める黒い筐体の内部を弄っている。彼は機械をいじる事にも長けており時間を見つけてはこの筐体のシステムの復旧に努めている。

 

 彼はこの筐体が何なのか完全ではないがある程度理解している。かつて彼をガンプラにのめり込ませた旧式のバトルシステム。GPデュエル。通称GPD。GBNの普及により各地にあったGPDの筐体は撤去、回収され、実物があるのは今時珍しい。しかもこの教室の物はかなり最初期の型番である。

 

 かつてこの勇気高校にはガンプラバトル部なるものがあったらしく全国制覇を2度成し遂げていた。おそらくその時に使用されていた物なのだがあまりにも古い。ちなみに今でも立派なトロフィーが教室の隅っこの透明なガラスケースの中に保管されている。

 

 サイトはそういった事はあまり知らず自宅から近い勇気高校に進学したため初めて知った時に驚きを隠せなかった。そして今、興味本位で旧式のシステムを立ち上げようとしているが、なかなかうまくいかない。配線を変えたり、家電量販店などで新しい部品に取り替えたりなどしているがもう一工夫必要なようだ。

 

 しかし、今日こそは。今日こそ。そんな事を思いながら集中して内部を弄る。

 

「うーん、このあたりだったかな。」

 

「嘘!?誰か来た?」

 

 サイトは珍しく人の声が近くから聞こえ慌てる。声の持ち主は男性のものではなく、さらに聞こえ方からして隠し扉の近くにいる。

 

「アララギ先生がこの辺りに面白いものがあるって言ってたけど……。なんのことなんだろ。」

 

「………もしかして、ヒナセ先生の声かな…………?いきなり副担任の先生がここに来るなんて不幸だ………。」

 

声の持ち主は、今日サイトの副担任となったシイナだった。どうやら校長のアララギからこの場所を知らされて近くへ来たようだ。

 

「あ、これかな!」

 

 シイナは少し嬉しそうに隠し扉の存在に気づきガチャと扉を開ける。その音を聞いた瞬間、サイトは筐体の裏にスッと隠れ込む。

 

「………ここは………………?」

 

 時刻は夕方ということもあるせいか何故か懐かしく感じる情景と匂い。教室の隅からは煙草の匂いが混じった空気がする。何故だかこの独特な匂いがとても懐かしく感じる。

 

 「これって………………。」

 

 そしてシイナは真っ先に目の前にある馴染み深い筐体を目にする。彼女が幾度となく戦ってきた場所。GPD。その存在を見るだけでも懐かしさが込み上げてくる。

 

 他には何かないのかと、この異質な部屋を見渡す。右斜め前にガンプラが、灰色のグフが立っている事が彼女の目に止まった。

 

「これは…………。一体誰の…………?」

 

「しまった………。僕のガンプラ、置きっ放しだ。」

 

 シイナはゆっくりとグフに近づきまじまじと観察する。

 

「この機体、よく作られてる。スプリッター迷彩が目に止まるけど細かいところまで作り込まれている。」

 

「あーーー、わたしも久しぶりにガンプラしたいなあ!!帰りにどこか寄ろうかな!」

 

 シイナは嬉しそうに周りを見渡す。

 

「──ここがはじまりの場所………か…………。」

 

 シイナは届かない声をボソッと呟く。夕陽に照らされ儚げに見える彼女の姿はより一層美しく見えた。

 

「じゃあね。灰色のグフ。君ともまた逢えますように。」

 

 そう言ってシイナはゆっくりと教室を後にした。

 

「…………………………………………。」

 

「…………ふぅ。先生行ったかな。」

 

 サイトは安堵した表情で左右を見渡した後、筐体の裏からひょこっと身体を出し机の方へと向かう。

 

「先生、意外とガンプラの事知ってるんだな。それにこの教室の事やっぱり何か知ってるのかな。」

 

「…………どんな機体使うんだろう、先生。」

 

 GBNは今や空前のブーム。教員である大人がガンプラをしていてもおかしくはない。だがサイトは嬉しかった。多種多様な人がガンプラを好きであるという事。それだけで何故か心が暖かくなった。

 

***

 

 サイトはシイナが去った後、筐体の復旧を試みたが今日もだめだった。

 

「また、明日かな。」

 

 額にかいた汗を手で拭う。外を見ればもう夕暮れ時だ。サイトはそれを見て急いで下校する。のんびりとした性格のサイトにしてはかなり急いでいる様子であり一歩も止まる事なく、ある目的地へ駆ける。

 

「ハァッ……ハァッ…………!!」

 

「ギリギリ間に合うかッ……!?」

 

 息を切らしながら懸命に走る。道の横側に3階建ての木造の建物が見えた。そこがサイトの目的地だ。

 

───アララギ模型店───

 

 サイトがよく行く街の模型店だ。古くから営業しており街の模型好きがよく集まる。先代の店主はかなりご高齢で最近、息子である若い店主に代わった。世代を超えて街の人に愛される店にサイトもまたお世話になっていた。

 

「よし!着いたぞ!!」

 

 サイトは勢いよく模型店の扉を開いた。この扉を開くときのわくわく感はいつになっても変わらない。

 

「いらっしゃーい!!ん?その顔サイトくんか、閉店ギリギリで駆け込みかい?」

 

「店長、こんにちは!ギリギリ間に合いました。」

 

 アララギ模型店は午後6時30分には店を閉じる。時刻は午後6時。店内での用事を済ますなら十分すぎる時間だ。サイトは目当ての塗料を探そうと奥に塗料瓶が並んでいる棚の方を見る。

 

「あれ?」

 

「今日は珍しいお客さんがいるんだ。」

 

 オリーブ色の長い髪、白いジャケットと透き通るような肌。間違いない。この人は。

 

「あ、これだ!」

 

「シイナ、目当てのものはあったかい?」

 

「はい!流石『アララギ模型店』ですね!」

 

「毎度、ありがとう!」

 

 2人が顔見知りのように話すのを見て戸惑うサイト。それもそのはず、先生はつい最近北海道から来て店長は関東の方から来たと聞いていたのだ。ぽつんとサイトは立ち止まっていた。

 

「ん?君その制服…………?」

 

 シイナがサイトの制服を見て話しかける。サイトは先程の理科準備室の事もありドキッとする。

 

「うちの生徒さんなのね、なんかこんなところ見られると恥ずかしいな……。」

 

「い、いえ。僕『オノ・サイト』と言います。クラスは2-1で、先生が今日来たクラスの生徒です。」

 

「え、そうなの!?ごめんね、まだクラスのみんなの顔覚えれてなくて。名乗ってくれてありがとう。」

 

 シイナはそう言って優しく微笑みかける。

 

「シイナ、もうすっかり先生って感じだね。ウチの兄さんよりよっぽど先生らしいよ!」

 

「やめて下さいよ、アララギ先生には何年経っても敵いません。」

 

「えっと、お二人はお知り合いなんですか?」

 

 サイトは不思議そうに問う。そうすると店長が答える。

 

「うん。シイナはウチの兄さんの教え子でね。それでまあちょっとした顔見知りってとこかな。」

 

「へぇー。そうなんですね。2人とも出身地とか全然違うのに親しげだったので驚きました。」

 

「まぁ、そういう事があるのが、ガンプラの世界の面白さの一つなんじゃないかな。」

 

「確かに。そうですね。」

 

 店長はシイナと顔を見合わせてニコッとする。

 

「そうだ、これも何かのよしみだ。2人ともGBN使っていきなよ。」

 

「あっ、いいですね!」

 

「サイトくん、いこうっ!」

 

「ええっ、マジですか!?」

 

「マジだよ。マジ。ほらダイバーギアとガンプラ、セットして!」

 

 サイトは店長とシイナに連れられて奥にある別室のGBNルームに半ば強引に連れて行かれゴーグルを掛けダイバーギアと自分の機体をセットする。その時とっさに愛機であるグフを出したが、よく考えるとさっきの理科準備室の事がバレてしまうのではないかと思ったがもうどうにでもなれという気持ちで機体をセットした。その横で先生は何やらかなりテンションが上がっている。

 

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 無機質なアナウンス音。この合図と共に2人の体は電脳空間の海にダイブする。いつ見ても異様な景色。後になれば覚えているのか忘れているのかすらわからない情景。

 

 シイナはこの新世界の入り口に心躍らせていた。なにか自分の中の、ずっと無くしたままの忘れものが見つかる気がして。

 

「ふぅ………………。」

 

 シイナは眼を開くと辺りには見たことのない情景。ガンダムのキャラクターの格好をした人もいれば外見がハロになっている人もいる。

 

「ここが…………GBN………………。」

 

「もしかして、先生、今日がはじめてなんですか?」

 

「ん?君は?」

 

 黒髪に薄紅色のメッシュの入った少年が声をかける。

 

「サイトです。この世界では『オノサカ』と名乗っています。」

 

 少年はサイト、否オノサカだった。この電脳世界ではみなアバターと呼ばれる自分の分身を持つ。シイナはあまり現実世界と変わらない格好であった。右耳に青いイヤリングをしている事も含めて。

 

「おお!サイトくんか!ん?でもどっちの名前で呼べばいいんだろ。」

 

「どっちでも構いませんよ。」

 

「じゃあ、いつも通りサイトくんって呼ぶね!」

 

「そうだ、早速きみのガンプラみせてよ!」

 

「は、はい。分かりました。」

 

 オノサカは少しためらいながらも、シイナに格納庫への行き方を説明しながら愛機の下へ向かう。シイナは見慣れない世界をキョロキョロしながらオノサカの後をついて行く。そうこうしていると、光の先に彼女が見慣れた白い機体が立っていた。

 

「………スノー………ホワイト…………!!」

 

 彼女がGPD時代から乗る愛機。ジャスティススノーホワイト。インフィニットジャスティスガンダムをベースにした白銀に輝く雪の機体。背にある2本の鋭いブレードが長く伸びている。実物大で見るとかなり大きい。

 

「これが、先生の機体。とても……綺麗だ…………。」

 

 オノサカはその機体をまじまじと下から覗く。気を抜けば本当に白い世界に引き込まれそうだった。

 

「そういう、君の機体もすごいね。」

 

「えっと、これは…………。」

 

「細かい話はあとでいいよ。君があのグフの持ち主だったんだ。ガンプラ、好きなんだね。それを見た時すぐに分かったよ。」

 

「ありがとうございます…………。」

 

 オノサカは担任の先生に自分の趣味を見られたようですごく恥ずかしかったが同時に面と合わせて褒められたのも恥ずかしかったがやはりそう言われると嬉しい。

 

「それじゃ、ひとつやりますか。」

 

「え?何をですか?」

 

「決まってるでしょ。ガンプラバトル。」

 

「あ、いま『先生、マジで言ってるんですか?』って顔したね?もう、わたしこう見えて強いんだよ?」

 

 シイナはそういうと不慣れながらメニュー画面を開きフリーファイトモードに変更しオノサカに対戦を申し込んだ。

 

「どうする、オノサカくん?」

 

「先生だからって手は抜きませんよ?」

 

「そうこなくっちゃ!」

 

 オノサカは対戦を了承しグフのコックピットへと入る。シイナもまたスノーホワイトに乗り込む。

 

「オノサカ、グフ・ヴァーテクトカスタム行きますッ!!」

 

「シイナ、スノーホワイト!出ますッ!!」

 

 ステージは草原。灰色の機体と雪のような白い機体が力強く格納庫から射出された。

 

 

「ここがGBNの世界…………。新世界…………。」

 

 GPD時代よりさらにリアルな彩色と空間。リアルとの差はさほど無いようにさえ感じる。シイナはグリップを強く握りグフを探す。

 

「基本的操作はGPDと変わらないみたい。これならいけるッ…………!!」

 

 スノーホワイトはツインアイを光らせ上空から急降下し低高度を保ちながら高速で移動しながら索敵する。

 

「速いっ!いくらこっちの反応がレーダーで感知されないからってこれじゃあ……!!」

 

「見つけたよ…………!!」

 

「………………!!?」

 

突如目の前に現れた白銀の機体は手馴れた動作で腰のビームサーベルでグフを攻撃する。オノサカは咄嗟に取り回しの良いビームサーベルを腰からだしギリギリで攻撃を受ける。開幕からかなり速い展開だ。スピードと接近戦には自信があるようだ。

 

「くっ…………!!」

 

「わたしも師匠からは教え子には絶対手を抜くなって言われててね!」

 

 スノーホワイトはさらに素早く切り返す。昨日対戦した白と赤黒い機体、ガンダムリパルドも早かったがそれを上回るスピードだ。

 

「なんのォッ!!」

 

 グフもモノアイを鈍く光らせスノーホワイトの攻撃にアジャスト。昨夜からリパルドの攻撃を脳内でずっとイメージしていたおかげだからだろうか、身体が勝手に反応していた。

 

「次はこっちの番ですよッ……!!」

 

 オノサカは先の攻撃をうまく跳ね返すと次は自ら仕掛ける。シイナは攻撃に備え再びビームサーベルを構える。

 

 ビームサーベルを2本構えたグフは勢いよく突進してくる。対してスノーホワイトはその短調な攻撃を簡単に跳ね返す。

 

「どうしたの?君の実力はそんなもの?」

 

「いいえ、まだまだ…………!!」

 

 押し返される空中の中でグフは脚部に取り付けられたバーニアを上手く吹かし衝撃を和らげると共にヒートロッドを敵の持つビームサーベル目掛けて投げつける。

 

「きゃっ!」

 

 ヒートロッドによる電流によりスノーホワイト一瞬力が抜けは片手のビーサーベルを落としてしまった。それだけではない。グフは怒涛の連続攻撃。この距離は自分の物だと言わんばかりに踏み込んでくる。

 

───斬。

 

 グフは一瞬の隙を突き踏み込んだ勢いと共にサーベルをしならせスノーホワイトのビームサーベルを構えた逆の腕を斬り落とした。

 

「よしっ、うまくいった!」

 

「今のって、もしかして…………。」

 

 シイナは今の動きに見覚えがあった。力強い踏み込みによる一刀両断。知っている。技の使い手と機体が頭によぎった。

 

「面白いね…………。でも、まだまだ踏み込みが浅いんじゃないかしらッ?」

 

 スノーホワイトはバックパックのブレードを片腕で取り出すとバーニアを一気に吹かせて距離を詰め寄る。

 

「そんな真っ正面から突撃しても!!」

 

 グフはヒートロッドで敵の直線的な動きを捉えようとする。

 

「……………………ッッ!!」

 

 シイナの琥珀色の瞳の瞳孔が開きイヤリングも蒼く光る。ヒートロッドの出先を一瞬で捉えて躱す。神業である。

 

「嘘だッ!読まれているッ!?」

 

 スノーホワイトはさらにブレードを構え接近する。

 

「こんなに近づいて怖くないのか……?」

 

「怖くないよ。だってここは私の領域だから!!」

 

 グフは咄嗟にビームサーベルを振り下ろしたがスノーホワイトにひらりと華麗に避けられブレードをその遠心力と共に叩き込まれた。この速さの前にアタマで考える時間などなかった。

 

──battle end──

Winner.Sina

 

「うーん、ちょっとやり過ぎちゃったかな…………。大丈夫?サイトくん?」

 

「は、はい、大丈夫です。先生、お強いんですね!今の動き、普通じゃなかったです!!」

 

 オノサカは眼を輝かせながらそう言った。

 

「ありがとう。私でよかったらいつでも相手してあげるよ。」

 

「それでは、僕そろそろ下校しないといけないので…………。」

 

「あ、そっか!気をつけて帰るんだよ〜!」

 

 オノサカはそう言ってシイナに別れを告げ一足先にログアウトする。

 

「先生、強いんだな。それにあの動き僕の知っている動きだった。」

 

 数年前、街の家電屋さんのテレビの前で見たガンプラバトル。赤い機体の反応と鋭い一撃、今でもあの衝撃は忘れられない。その後、その機体とデューラーの事を調べたがなんの手がかりもなかった。サイトが見た試合は録画も残っておらず頭の中にある記憶だけ。しかし今日、思わぬ形で手がかりを得た気がする。サイトは珍しく明日学校へ行くのが楽しみになった。

 

 一方シイナは、スノーホワイトの手のひらの上で独り、空を見上げる。

 

「──フウトさん、笑わないで下さいね。わたし先生になったんです。」

 

「………あなたはいまどこにいますか?…………あなたもここにいるんですか…………?」

 

***

 

 夕暮れ時、田舎の道の脇に墓地がある。入り口の前には使い込まれた赤と黒のバイクが止まっている。

 

 そして、そんな田舎の墓地の前に金髪の男性とスキンヘッドの男性。

 

「もしかして、あれ、彼なんじゃない?」

 

「いつ見ても憎たらしい面構えだぜ。」

 

 男性2人は墓地の奥にいる、少々老顔の男をみる。

 

「探したぜェ……ったくよォ…………。」

 

「なぁ、フウト…………?」

 

 (続く)

 



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第二話「継承」

 イヌハラ・フウト。その男は元プロデューラーであった。だがほとんど世に名を残す事もなく人知れず引退し街の清掃員として数年前まで過ごしていた。

 

 しかし、1人の少年との出逢いが彼の道を変えた。

 

 彼もまた、太陽に導かれた1人なのだ。

 

 雪の記憶。

 

 義兄との確執。

 

 己の弱さ。

 

 幾度と彼の道に壁が聳え立った。その度に苦悩し、転んではそれでもと立ち上がり。ひたすらに続けた末に自分にしかない能力を磨き上げた。

 

 そして、彼は第14回GPD全国選手権で見事に優勝し、念願であった世界大会にも出場した。

 

 その後、彼はまたふらりと姿を消した。噂では世界中を旅していると言われていたが、果てしなく続く彼の道の先を知るものはほとんどいない。いまどこで、彼が、何をしているのか。いつの日か、彼の存在そのものを世間は忘れていった。

 

「──というのがここまでの話。」

 

「やっと見つけたぜ……。ここが旅の果てか?フウト………?」

 

「…………じゃあ、行こうか…………。」

 

 そう言って、スキンヘッドの大柄な男と銀のケースをもった金髪のすらりとした男が夕暮れの墓地に独り佇む人影にゆっくりと近寄る。

 

「…………………………。」

 

 男は背後に目を閉じていた。まるで祈るように、念じるように。しかし2人は彼に近づく事を決してやめない。男は背後に迫る影を察知し口を開いた。

 

「…………ハヤシにエクか……………。こんなところまで来るなんて随分な物好きだな。」

 

「まあ、物好きはお互い様だろう?」

 

「世界の果てまで君を追いかけてきたってことさ。」

 

 大柄な男と金髪の男はニヤリとしてそう言う。

 

「テメーには色々と聞きたい事もあるけど今は一つだけ。」

 

「フウト、GBNに来い。」

 

「そこに君の、やるべき事がある。」

 

***

 

 イヌハラ・フウトは14回GPD全国選手権と世界大会の後、スペインからのプロオファーを断った。再びプロデューラーになる事はなく、世界中を旅しながらガンプラバトルの楽しさを教えを説いていた。

 

 旅の中で様々な出会い、別れ、再会、様々な巡り逢いを経験した。そして「繋がり」の尊さを改めて知った。

 

 フウトに会いに来た2人もまた彼と繋がりを持つ人物だ。

 

 大柄でスキンヘッドの男の名は「ハヤシ・コウタロウ」かつて、14回全国選手権などでフウトと幾度となく闘ってきた好敵手の1人だ。彼もまたここ何年か武者修行の旅に出ており、旅の途中のフウトと再会しガンプラバトルでぶつかり合った。

 

 金髪ですらっとした男の方の名は「エク・レイア」フランス人の元プロデューラーで世界大会に出場する実力を持っている。フウトとは世界大会の準決勝でぶつかり合い互いをリスペクトし会う仲となった。また、数年前に武者修行中のハヤシと偶然出逢い意気投合しよく一緒に行動している。

 

 そんな繋がり合う旅の果ては────

 

「悪いな、2人とも。せっかくなんだけどよ、今の俺はGBNにはいけねえよ。」

 

 フウトは右腰のホルダーからボロボロになったガンプラを取り出す。

 

「………逝っちまったんだ。…………相棒が………………。」

 

 彼の道、皇道を共に歩んできた愛機「ジャスティスカイザー」あの凛々しく、ひたすらに強さを求め続けた赤黒の皇帝の姿は見るに耐えないほどに無惨であった。GPDは機体の受けたダメージが実際のガンプラにも影響されるシステムだ。ジャスティスカイザーは何年ものの激しいGPDのダメージの蓄積の末、遂に戦闘不能と化した。文字通り動くこともない。修復不可能。

 

 クタクタの関節、折れたアンテナ、禿げた塗装、刃こぼれしたブレード、割れたプラ板、もう灯ることのない眼。

 

 学生時代から姿を変えながらも彼といつも一緒たった。苦楽を共に乗り越え掴み取った勝利。どんな強敵が相手でも薙ぎ倒してきた。彼らの共有する無数の記憶。

 

 新しく、同じようなカスタムの機体を作る事はできるかもしれないが、それは同じようで全く同じものではない。特に自分の作った機体というものには愛着が沸くものだ。似たものではなくコイツでなければならない。デューラーなら、ガンプラを愛するものならそう思うのも必然だ。

 

 共に闘い、傷つき、再起し本当の強さを求め続けた日々。奇跡も運命も全て、一緒に。これからもずっと共に歩んでいけるはずだと思っていた。

 

 終わりのないものはない。それでも別れを告げる事はフウトに取って悲しいという感情だけでは表しきれない。しかし、彼なりの覚悟を決めるために旅の終着点として幼き日に亡くした両親の墓地を選び今に至る。

 

「……フウト、テメーの道はもう終わりか?」

 

 コウタロウがタバコに火を付け白い煙をフーッと吐きながら言う。フウトは人様の墓地の前でタバコを吹かすとは罰当たりな奴だと思ったが、かつて墓にワインをかけた男がいた事を思い出した。

 

「まさか、相棒をここに埋めようってのかい?」

 

 エクは髪を巻きながらそう言い放つとフウトは満更でもない反応をする。

 

「おいおい。マジかよ、お前も大概な罰当たりだな。」

 

「うるせえな、これでも足りねえアタマ使って考えたんだよ!ここに埋めればコイツもきっと安らかに…………。」

 

「馬鹿か、君は。」

 

「阿保だな、阿保。」

 

「そうか、アホか。」

 

「笑うんじゃねえ!こっちは真剣なんだよ!!」

 

 コウタロウとエクはケラケラ笑いながら揶揄う。フウトはそんな2人をよそに土に埋める穴を掘ろうとする。

 

「おい、フウト。まあ早まるな。相棒はまた蘇るかもしれねえぜ?」

 

「え?」

 

 フウトの手が一瞬で止まる。エクは右手に持っていた銀のアタッシュケースを差し出す。

 

「言うのを忘れていたね。私達も今日はお使いで来ているんだ。」

 

「依頼主はお前の今の状況なんとなく察してたみたいだよ。まったく。まずはコイツを受け取れ。俺たちが言葉で話すよりお前なら見れば分かる。」

 

「……1週間後、待ってる。」

 

「お、おい待てよ。急にそんなこと言われても……。」

 

 2人の男はフウトを置いてその場を後にする。フウトはまんまと2人に、そしてその『依頼主』とやらにもまんまとハメられたとバツを悪そうにする。乗せられているのは分かっているが一旦埋めるのをやめてアタッシュケースの中身を開く。

 

「こ、これは………………!!」

 

「ガンダムソフィエルッ…………!!?」

 

 フウトは思いもよらないモノがケースから現れ唖然とする。

 

 『──蘇るかもしれない。』

 

 この一言があったがために箱の中には修理出来るパーツや、それに付随する工具だとばかり思っていたがその予想の遥か先だった。そこにあったのは、兄 イヌハラ・ユウキが操る『ガンダムソフィエル』の頭部とボディだった。かつて無敗伝説を作ったユウキとガンダムソフィエル。フウトの中でこの機体は紛れもなく最強を意味する。

 

 サーフェイサーが吹かれ綺麗に処理されている状態。同時にこの丁寧で綺麗に処理された機体を見て確信した。依頼主は兄のユウキであると。兄と最後に会った時はGBNのテスターをしていると言っていたがそれ以来もう何年も会っていない。それなのになぜこれが今の自分に、しかも人を使ってまで渡したのか。そう思いながらケースの中をさらに探る。

 

 隈なく探した結果、出てきた物は全部で『ソフィエルのボディ』『ダイバーギア』『メッセージ付きの紙きれ』の全部で3つだった。

 

 『俺の魂と新世界をふうちゃんに託す。』

 

 間違いなく兄の字で紙切れにはそう書いてあったがそれ以上は何も無かった。これだけでは何のことか全くわからない。それでも、ここまでして兄が自分にこの機体を託すという事は何かワケがあるのだろう。

 

「だからって、今の俺には関係ねえよ………。」

 

「なぁ、カイザー。俺はどうすりゃいい?」

 

 フウトはボロボロの相棒を握りしめ強く目を閉じることしか出来なかった。

 

***

 

 茜色の景色もすっかりと暗くなった。フウトは墓に背を向けたまま銀のケースを見つめる。

 

 確かにガンプラバトルは好きだ。出来るならずっとずっと続けて行きたい。しかし、フウトの中でジャスティスカイザーという相棒がいないガンプラバトルの世界はありえないのだ。両親を早くに失った彼にとって、その存在は相棒以上の家族と同等の存在なのだ。だからこそ、肉親と同じ墓に埋めようと思った。そして、彼の旅は終わる。ガンプラに関わる事もなく、以前の生活に戻るだけだ。

 

「カイザー、お前となら何だって出来るって思ってるんだぜ。だからさ、余計にお前が逝っちまったなんてよ、信じられなくてよ…………。」

 

「思えば、色んな事があったよな。」

 

「兄さん達と全国大会を目指して日々鍛錬した事。」

 

「三年生の時はサワラとギリギリの闘いをして。」

 

「プロになってからは負ける事ばっかで挫けそうになったけどだったけどお前と一緒なら闘える気がした。まだやれるって。」

 

「その後、俺もお前ももうダメだってなったけど、またあの子達と闘うために俺たちは再出発した。」

 

「アララギ先生やシイナと一緒にもう一度鍛え直して、どんなヤツにも諦めず立ち向かっていった。」

 

「なぁ、俺たちはいつもそうだったじゃねえか。何度転けても立ち上がる。そうやって這い上がって。」

 

「奇跡も運命も全部、超えてきただろ?」

 

「俺はやっぱり、お前がいないと……。お前がいたから楽しかったんだぜ…………?」

 

 フウトとカイザーの絆は紛れもないものだった。その繋がりは何よりも固く強い。ただ祈るようにカイザーに自分の額を当てる。

 

 そんな彼を遠くから見つめ声をかける男がいた。

 

 長く綺麗に伸びた青い髪とスラッと伸びた背。

 

「──おいおい、こんなところで野宿かい?風邪引くよ。」

 

「……………兄さん…………………………?」

 

「やぁ、ふうちゃん。久しぶり。泣き虫は治ったんじゃないのかい?」

 

 青い髪を夜風に靡かせながら現れた男。イヌハラ・ユウキ。フウトの兄でハヤシとエクに依頼した本人だ。

 

「なんでここに………………?」

 

「まあ、俺は兄さんだからね。」

 

 ユウキは笑ってそう言って見せた。やはりこの人には一生敵わない。敵うはずもない。

 

「ふうちゃん。俺とガンプラバトルしよう。」

 

「え、でも、ここには筐体もないし機体も。」

 

「まあまあ。ちょっと付いてきて。」

 

 ユウキはそう言って墓地の前に止めていたバイクにフウトを後ろに乗せただ走り出す。

 

 ここは元々、フウトの出生地でありユウキは無縁の地であるがかなり走り慣れている。おそらくフウトの知らぬところで彼の両親の墓参りに来ていたのだろう。

 

 あの時、あの晩秋の日に再会したことも、今日再会した事も偶然のようで偶然ではない。強いて言うなら『計画された偶然』というべきだろうか。

 

 そんな事を考えているとユウキは古いゲームセンターの前にバイクを止めた。

 

 「ささ、入って、入って。」

 

 ユウキに勧められて店の中に入る。そこには店員はおろか誰一人としていない。店内は薄暗く気味が悪い。しかしユウキは動ずる事なく奥の方へと歩いていく。フウトはその後ろをただついていく。

 

 そして、奥の部屋に着いた時。彼らにとって馴染み深い。黒い筐体が置かれていた。

 

「..........これって.............GPD………………?」

 

「田舎の方だとまだ回収されてないものとかもあってね。システムもちゃんと生きてる。」

 

「さぁ、ふうちゃん。ここが俺たちの墓場だ。」

 

「カイザーを出すんだ。」

 

 ユウキはそう言ってボロボロのガンダムソフィエルを取り出し筐体の上に出した。

 

 青と白の初代ガンダムソフィエルだ。かつて栄華を極めた機体も今や見る影もない。武器はなく、アンテナは折れ、太陽炉は焦付き、全身は穴だらけ。今のカイザーの状態とほとんど変わらない。

 

 まったく、そんな状態の機体で負荷の大きいガンプラバトルであるGPDを行えば本当に死んでしまう。無茶苦茶だ。無茶苦茶ではあるが墓穴に埋めるよりはマシだ。

 

 互いに高め合った兄弟機が新世界の切符を掴む事なく旧世界で気高く死ぬ。終わりと始まりは全て同じところにある。それならば。

 

 相棒とともにここで死ぬ。

 

 それがデューラーとして生きた漢の旅の終着点。

 

 後先なんてどうでも良いのだ。受け取ったソフィエルの事やGBNのことなんてどうでも良い。

 

 今はただ、この瞬間だけを。

 

 コイツ(相棒)と最後まで光り輝きたい。

 

「兄さん、最期に付き合ってくれる事、感謝するよ。」

 

「それは俺の方もさ。ありがとう。」

 

 2人は筐体に機体をセットしカードキーを差す。カードキーの読み込んだ互いの情報には、GPD時代の輝かしい成績ばかり。だがそれは、全て、今この瞬間、終焉を迎える。

 

「ジャスティスカイザー、イヌハラ・フウト、行くぞッ!!」

 

「ガンダムソフィエル、イヌハラ・ユウキ、行くよッ!!」

 

 はじまりの2機がボロボロになりながら出撃する。ステージは地上。青空の下、限界など遠に越えた2機が降り立つ。

 

「くっ…………。」

 

「おっと…………。」

 

 しかし、うまく着地すら出来ない。2機は膝からそのまま転げ落ちる。

 

「大丈夫かい、ふうちゃん?」

 

「ああ、兄さん、ありがとう。」

 

 赤と青の機体はお互いの体にもたれながら何とか立ち上がる。関節の鈍い駆動音が寂しく鳴り響く。

 

 互いに武器もなく、ビームサーベルを展開しようとしてもエネルギー不足ですぐに切れる。操縦桿では常に警告のマークと赤色に彩られたディスプレイ。

 

 それでも。2人の兄弟は。闘う。

 

 彼らはダイバーではない。デューラーなのだ。

 

 そして、今日、デューラーとして死ぬ。

 

 相棒と共に最後の闘技場で

 

 2人を繋げ続けた

 

 この場所で

 

 共に死ぬ。

 

「カイザー…………。お前………………。」

 

 ジャスティスカイザーの機体が黄金色に輝き出す。優しく力強い輝き。最後の最期まで気高く輝き続ける様はまさに皇帝。命の灯火を最期まで燃やしツインアイを煌めかせる。

 

「分かった。俺たちの道(皇道)を駆け抜けるぞッッ……!!」

 

「相変わらず無茶な事するね。ならこっちもやるしかないよね?ソフィエル。」

 

「修羅ンザムッッ……………………!!!」

 

 焼き焦げた太陽炉から桜色の粒子が大量に放出される。彼が夢を見続けた春の夜の夢の果て。彼は力を得る事で闘いの修羅となりこの旧世界で醒めることのない栄華を相棒と共に見続けた。その儚く哀しい力は生命の最後を振り絞る様と相まってさらに哀愁漂う。それでも、2人と2体は闘う。彼らの生きた証を最後に残すために。

 

「いくぜ!カイザーッ!!」

 

「ソフィエルッ!!これがラグナロクだよッ!!」

 

 黄金色を見に纏う皇帝と桜舞い散る修羅

 

 互いに、そのシステムを機体が制御しきれずボロボロの装甲は剥がれ衝撃に耐えきれない。

 

 それでも、前に、前へ。

 

 共に過ごしてきたこの道が、遥か未来に残るように。

 

 いつか振り返ったその道が、この今が輝くように。

 

 この場所で、未来に向けて闘い続ける。

 

「……うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッッ………………!!」

 

「……いっけえぇぇぇぇぇぇぇッッッ………………!!」

 

 拳を懸命に振りかぶる2機。互いの空間が重なり幻想的な青緑や紫といった色があたりを包む。2人はその景色に意識を呑まれそうになりながらも拳を貫く。

 

 お互いの命を尽くした渾身の拳は、互いの頭を吹き飛ばし空を切った。2つの拳は綺麗に交差した。

 

 赤と青の機体は拳で空を切りそのまま微動だにする事もなくただそこに立ち尽くしていた。跳ねた泥があちこちにつき機体からは蒸気が止まらずそれでも役目を終え、ただそこに立ち尽くしていた。

 

──battle end──

 

 彼らの脳裏に焼きついた忘れる事ない深く刻まれた無数の闘いの記憶。そして最期は立派に役目を果たした。彼らの存在した証明を誰よりも強く深く刻みつけた。

 

「ありがとう。カイザー。」

 

「ソフィエル、ありがとう。」

 

 かつて最強と謳われた2人は互いの機体に別れを告げた。しかし後悔はない。フウトとカイザーの別れは重く哀しいものだがそれは新たな世界への旅立ちとなる。ユウキとソフィエルの別れもまたユウキの新たな旅立ちとなるために必要な事なのだ。

 

 かろうじて形に残っているボロボロの吹き飛んだカイザーの頭をフウトが拾う。同様にユウキもソフィエルの頭を拾いそれをフウトの右手のひらに置いた。

 

「ふうちゃん、カイザーの頭を。」

 

「え?」

 

「交換だ。カイザーは俺がなんとか治すよ。」

 

「だから、ふうちゃんはソフィエルで向こうの世界で暴れて欲しい。」

 

「相変わらず、無茶苦茶な人だよ。兄さんは。」

 

「でも、カイザーのためにも俺はやるよ。」

 

「あいつと俺の道はこれからも続いていくから。」

 

 そう言って、フウトは左手でカイザーとソフィエルの頭部を一緒に軽く握った後、ユウキの右手にそっと置いた。

 

「…………ふうちゃん、ありがとう。カイザーは確かに受け取ったよ。」

 

 ユウキは右手のひらをギュッと握り、自分の理由を深く聴かずにソフィエルを受け取ってくれた事に深く感謝した。

 

「俺の愛した世界をふうちゃんに託したよ。」

 

「俺が愛した機体を兄さんに託した。」

 

 2人はそう言って固く握手をしてニコッと笑い合った。

 

「俺たちはきっと生まれ変われる。」

 

「そうだね。きっと僕たちはまた逢える。」

 

「繋がり続けるその先で、必ず…………。」

 

***

 

「…………よお。フウト、約束通り来たみたいだな。」

 

「どれどれ、機体の完成度を見せてもらおうかな?」

 

 ハヤシとエクが待つ場所。それはリアルの空間ではなくGBNの空間の事であった。フウトがログインした時、自動的に彼らのところへ連れてこられた。おそらくユウキがそうなるように設定しておいたのだろう。彼らに基本操作を教えられながら格納庫へと向かう。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「おぉ……………………………………。」

 

「コイツは想像以上の出来じゃねえかよ…………。」

 

 そこには真新しい蒼と白のボディをもったガンダムソフィエルがいた。バックパックには天使にふさわしいとも言える青緑と紫のグラデーションがかかった羽根も付いていた。

 

「──コイツは皇帝の意思を継ぐ機体。」

 

「蒼き皇帝、ソフィエルカイザーだ──」

 

「吹っ切れたみたいだね。フウト。」

 

「何はともあれよかったぜこれからは一緒に行動するチームだからな。俺たち。」

 

「え?お前らと?」

 

「ああ、言ってなかったっけな。まあ、仕事の内容は後で言うとして俺らはチームで動く事になるんだ。」

 

「そういうこと、私達もユウキさんに声をかけられていてね。」

 

 ハヤシとエクは顔を見合わせながら話す。だがフウトはこの世界に来て1つだけ不可解なことがあった。

 

「なあ、エク。お前なんで女なんだ?」

 

「えっ、なんかダメだったかしら?」

 

 真顔でそう答えた。真顔だった。本気である。確かにGBNという世界では自身の分身であるアバターを自由に作れると聞いていたが、まさか身近な人間が性別に囚われず自由にしているとは思いもしなかった。

 

『あそこはとても自由な世界なんだ。だからこそ、好きなんだよ。俺は。」

 

 兄がそう言っていた事を思い出す。

 

 目の前には超絶スタイルのいい金髪美人とサングラスと帽子を被った黒づくめの大柄な男がいてもうこれだけで多様性の塊だ。

 

「…………兄さん、俺やるよ…………。」

 

「だから、見ててくれ。お前もさ…………。」

 

 目の前の仲間とソフィエルカイザーを見上げながらフウトはボソッとそう言った。

 

「さてと、フウト、そろそろソイツを動かしたくねえか?」

 

「相手になるわよ?」

 

「いきなりお前ら2人が相手かよ。全く、最高だな。」

 

 3人は顔を見合わせニヤリと笑うと各々の機体に乗り込む。フウトはソフィエルに乗り込むと兄が見ていた景色と同じものを見れているようで嬉しくなった。この機体を継承する意味それは誰よりも分かっているつもりだ。ソフィエルはフウトにとって最強を意味する記号なのだから。そして彼はそれに恥じない闘いをしなければならない。

 

───この新世界で。

 

「……ソフィエルとカイザーの魂2つを持つ機体。これが門出だ…………!!」

 

「ソフィエルカイザー、フウト出るぞッッ……!!」

 

「シナンジュ弐式、コッティー発進ッ!!」

 

「エク、ゲニエルゼータ、出るわよッ!!」

 

 3機の機体がGBNの空に現れる。フウトにとってはじめてのGBN。新世界の扉をついに開いたのだ。圧倒的リアリティに本当に飛んでいるようにさえ感じて少しおぼつかない。

 

「フウト、操作はGPDと同じだ!」

 

「模擬戦だからって、手は抜かないからねッ!」

 

「2人とも容赦ねえな、オイ…………。」

 

 コッティーとエクの機体がソフィエルに連携して向かってくる。コッティーのシナンジュ弐式はシナンジュをベースに二丁のビームライフル、ファンネル、そして刀を装備しており攻撃のバリエーションが豊富なオールラウンダータイプである。また全体的に体格が他の機体よりも大きくパワーとスピードはかなり高い。彼が旅の中で改修を重ねてきた相棒だ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 対してエクのゲニエルゼータは頭部にZZのハイメガキャノンが取り付けられており、中長距離用のライフルを二丁ずつ装備しているガンナータイプだ。また脚部はガンダムハルートのものが使われており機動力も高められている。胴体部分にはゴッドガンダムのものが使われておりいざという時には爆発的な火力も持ち合わせる厄介な機体だ。ちなみに「ゲニエル」とは「天才的」という意味があり彼、否彼女の「華麗なる闘い」というモットーからつけられた名前である。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「そこッ…………!!」

 

「当たるかよッッ!!」

 

 ゲニエルゼータが中距離用のライフルでソフィエルを狙い撃つ。しかしそんな単調な攻撃にはびくともしない。だがその間、シナンジュが刀を構え攻撃のタイミングを伺っている。

 

「数的不利はやっぱキツイな…………。」

 

「気ィ抜いてんじゃねえぞ……!!」

 

───斬

 

 コッティーはフウトが一瞬エクの射撃に気を取られた隙を見逃さなかった。だがその瞬間にフウトの眼が光る。

 

「……………………!!?」

 

「腕も眼も錆びついちゃいねえみてえじゃねえかよ?フウトよォ!!」

 

「テメーの行儀の悪さも相変わらずだよ!」

 

 2人は好敵手に再び巡り会えたことを嬉しそうに掛け合う。

 

 フウトの持つ超反応。彼の並外れた動体視力が反応しシナンジュの攻撃をなんとか受け止めた。そのままコッティーは切り返しながら2本の刀で素早く攻撃を行い反撃の隙を与えない。フウトはビームサーベルで何とか応戦するのがやっとだ。

 

「はーい、アナタの相手は1人じゃないわよ〜!」

 

 2機よりも高い座標に位置するゲニエルゼータは頭部にエネルギーを溜め今にも放出しようとしている。シナンジュは素早く後ろに下がりファンネルを展開してソフィエルの動きを制限する。どうやらコッティーがエネルギーを蓄える時間を稼いでいたようだ。さらに時間稼ぎが終われば的確なファンネルによる追撃。かなり手練れのコンビネーションだ。全く隙がない。

 

「今だ!打て!エク!!」

 

「言われなくてもやるっつーの!」

 

「華麗に行くわよ!!ハイメガ!キャノォォォォンッッ!!!!」

 

「やべえ!避けきれねえッッ………!!」

 

 バックパックを展開させ日輪を背に打ったハイメガキャノンと呼ばれる大きな粒子の塊はソフィエル目掛けて放たれ爆発音が鳴り響く。

 

「やった………………!?」

 

「気をつけろ。相手はフウトだ。こんな簡単には………。」

 

「………よくわかってんじゃねえか。」

 

「──ここは俺の、皇帝の領域だぜ?」

 

 シナンジュとゲニエルゼータの目の前には桜色の粒子を焦げ付いた太陽炉から放ち幻想的な羽根を開き佇むソフィエルの姿があった。

 

 美しいと一瞬気を取られた時点で勝負はついていた。目にも止まらない速さでソフィエルはビームサーベルを構えたまま2体の間を通過した。

 

「へっ…………それが蒼き皇帝かよ。」

 

「…………お兄さんそっくりの速さと弟持ち前の力強さが上手く融合しているわ。」

 

「──俺達、皇帝の領域は絶対不可侵だ。」

 

 ソフィエルは天高く舞い上がり、太陽と重なるようにその美しい羽根を開いた。天使と皇帝の想いを繋ぐ翼でどこまでも無限に羽ばたいた。

 

***

 

 フウトは彼らとの模擬戦を終えるとGBNからログアウトする。なんとか初陣を終えてホッとする中、1通のメールが届く。

 

 『勇気高校にて待つ。

 

  アララギ・ユウリ』

 

「……………先生…………………………?」

 

 彼は新たな道の一歩を踏み出した。

 

 季節は桜が散り深緑の季節。校庭の葉が風に揺られ肌の白い女性の下をひらひらと落ちた。

 

(続く)



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第三話「巡り逢い」

 

 季節は初夏。桜の花びらはすっかりと散り緑生い茂る季節。勇気高校の校庭でも美しい緑が生い茂っている。

 

「やっぱりこっちは暑いなあ……。」

 

 白い肌の女性、ヒナセ・シイナは額の汗を拭いながら校庭を歩く。北の大地で長年過ごした彼女にとって本土の気温はまだ慣れない。

 

「先生、顔色悪いですけど大丈夫ですか?」

 

「……あら、サイトくん、おはよう…………。」

 

「大丈夫じゃ、無さそうですね………………。」

 

「平気だよ…………。ただまだちょっとこっちの気温に慣れなくて…………。」

 

「今日は悪い日になりそう……………………。」

 

「あ、先生………………!」

 

「聞きたい事、あったんだけど。また今度にするか。」

 

 シイナはそう言うと、とぼとぼと歩いて行った。サイトはその姿を見て聞きそびれた事があったが野暮と思いそのまま教室へと向かった。

 

 サイトは寄り道する事なく自分の教室である「2-1」へと足を運ぶ。いつもなら少し早めに学校へ来て理科準備室に寄ってから教室へ向かうが今日は自宅を出るのが少し遅かった事もあり直接来ることにした。

 

「よう、サイト。今日も眠そうだな。どうせまた遅くまでガンプラいじってたんだろ?」

 

「おはよう、アキタケ。まあ、そんなとこかな。」

 

「全く、マジに好きなんだな。ガンプラ。」

 

「うん。僕にとってトクベツだからね。」

 

「はは、じゃあそんなサイトにいい情報教えてやるよ。」

 

「本当か!?」

 

「ああ、例の『ガンダムリパルド』の噂だけどさ………………。」

 

***

 

「……………………何年ぶりかな…………。」

 

 イヌハラ・フウトは勇気高校の近くの公園に赤と黒のバイクを止め、懐かしい思いを馳せる。

 

 彼の、彼らの旅のはじまりの場所。そして何の運命のいたずらなのか今まさに彼の再出発のスタート地点となろうとしていた。

 

 なぜこの場所なのか、理由や理屈よりも運命や縁がここにまた彼らを呼び寄せたのだろう。

 

「…………さて、ぐずってねえで行くか。」

 

 大きく深呼吸をして、校門の方へと向かう。新入生でもあるまいのに少しドキドキする。いつになっても校門を潜る事には慣れないものだ。

 

『…………ん…………………………………?』

 

『…………へへっ、あいつァ、あン時のクソガキじゃねぇか。生きてりゃこんな事もあるもんだねえ……。』

 

 煙草の煙がもわもわと爽やかな初夏の空に漂っていた。

 

「…………ええっと、確か、『ふうちゃんが、よく知っている場所』に行けばいいんだよな。」

 

 フウトは慣れた様子で旧校舎の方へと向かう。その間学校の景色を眺めながら昔の情景を思い浮かべる。

 

 校庭や校舎には所々変わったところがあるが概ね変化はない。あえて変わったことを挙げるなら自分たちの頃に建てられた所謂「新校舎」はもう新校舎らしくは無くなったという事だろうか。

 

 校庭の風も木々の匂いもまだ若い可能性を感じられる事も昔のままだ。

 

 フウトは「彼が最も知っている場所」へゆっくりとした足取りで向かう。

 

「えっと、確かここに隠し扉があるんだよな。懐かしいな。」

 

 フウトは手慣れた手付きで隠し扉のドアノブを握りガチャッと扉を開ける。子供の頃を思い出すと少しニヤっとしてしまう。

 

「………………………………………………。」

 

 何年ぶりだろうか。

 

 それは彼の青春そのものだった。

 

 小さな作業机

 

 皆で勝ち取った全国大会優勝のトロフィー

 

 旧式のGPDの筐体

 

 照明もなく狭い物置のような部屋であるが昔のままだった。仲間と共に切磋琢磨しあったあの日々が次々と思い出されていく。フウトにとってこの空間はあまりにもトクベツ過ぎた。ただ立ち尽くした。立ち尽くす事しか出来なかった。

 

「………………ちくしょう…………。別れはしたはずなんだけどな………………………。」

 

「………………帰ってきたよ、俺。」

 

 フウトは涙を必死に堪えて小声で力強くそう呟いた。彼の道のはじまり。だが、彼はまだ道の途中。

 

 そしてここは彼にとって間違いなく道を繋げるランドマークなのだ。

 

 フウトが感傷に浸っていると何やら扉に近づく足音が聴こえる。コンコンとヒールの音だ。しかし今のフウトには関係無かった。それにここを知っている教員など限られているとも鷹を括っていた。

 

 コンコン

 

 ドアを叩く音だ。

 

「まじかよ。今いいところだぜ?」

 

 フウトは慌てて涙を拭う。

 

「校長先生、もう来てますか?」

 

「………………………!!?」

 

 フウトはこの女性の声をよく知っていた。

 

「まだなのかな?うーん、とりあえず先に入っておこうか。」

 

「…………シイ…………ナ……………………?」

 

 女性が扉を開いた瞬間とほぼ同時にフウトは振り返った。

 

 新緑の爽やかな風が2人の間を吹き抜ける。

 

「……え……フウトさん…………………………?」

 

 白い肌に美しい琥珀色の瞳。髪は肩まで綺麗に伸びサラサラと風に揺られる。右耳には蒼白く煌めくイヤリング。

 

 彼と彼女は無言の時でお互いを見つめあった。もう何年も会っていないのだ。その空間は彼ら2人だけのものだ。永遠にさえ感じた。

 

「………………本当にフウトさん……なんですか…………?」

 

「…………………あぁ…………俺だ、シイナ……。」

 

 そう一言だけやり取りをするとシイナはフウトに抱きつき胸を叩き出す。

 

「もう、ばかばかばか。フウトさんのばか。帰ってきたんだったら言ってくださいよ……。」

 

「しかもどうしてここなんですか…………。もう………本当にあなたって人は…………。」

 

 泣きじゃくるシイナの髪をそっと撫でフウトは強く抱きしめる。

 

「──ごめんな。」

 

「ただいま。」

 

「帰ってきたよ。シイナ。───」

 

「──おかえりなさい。」

 

「あなたは本当に間の悪い人です。───」

 

 初夏の季節にも関わらず雪の匂いが少しだけあたりを包んでいた。

 

「そういえばシイナ、今日は俺の事『不審者』って言わなかったな。」

 

「あ、あれは初めて会った時の話じゃないですか。それに、あの時のフウトさん、本当に不審者だったんですよ!!」

 

「改めてそう言われると結構傷つくな…………。」

 

「こればっかりはフウトさんが悪いんですからね!」

 

「──やれやれ、相変わらず仲がいいねえ、2人とも。」

 

 白衣を纏った男性がいつの間にか扉の前に立っていた。

 

「先生…………!!アララギ先生!!」

 

「やあ、ふうちゃん。長旅ご苦労様。」

 

「おかえり。」

 

「ただいま。」

 

 白衣の男性、アララギ・ユウリは相変わらず暖かく優しい人であった。かつての恩師とかつて彼の元で教えを請うた場所でこうして再開する事になるとは思ってもみなかった。

 

「校長先生、今日いらっしゃるのはてっきりユウキさんかと思っていましたよ。」

 

「驚いた?まあ俺がふうちゃんを呼んだんだよ。シイナにはサプライズで会わせてあげようと思ってね。」

 

「さて、積もる話も色々あるだろうがそろそろ本題に移りたいんだけどいいかな?」

 

「もちろんです。そのためにここに来ましたから。」

 

「えっと、わたしはここにいても良いんですか?」

 

何やら真剣な話がはじまりそうな雰囲気を察したシイナはそう問う。

 

「うーん、そうだねえ。シイナは一旦保留!授業に行って来なさい。」

 

「………承知しました。では失礼します。」

 

 シイナは物分かりよくそう言って部屋を退出した。まだ状況を把握出来ていないフウトの頭には所々クエスチョンマークが浮かんでいたがアララギは後で追い追い説明するといった素振りを見せた。

 

「さて、ユウキくんからはどのくらい話を聞いてるんだい?」

 

「えっと……………………。」

 

「そういや、ほとんど何にも聞いてなかったな…………。」

 

 フウトは頭をかきながらよそ見をする。アララギはそれを見てやれやれといった表情を顔に浮かべる。それを見たフウトは咄嗟に兄の発言を思い出し口にする。

 

「『俺の愛した世界を守ってくれ』って、兄からはそう言われました。」

 

「なるほど。『俺の愛した世界』か…………。」

 

「ユウキくんがGBNのテスターとして開発に関わっていた事は知っているね?」

 

「はい、詳しくは聞いてませんがなんとなく。」

 

「彼はその中で『光』を見たと言っていたよ。」

 

「『光』ですか?」

 

 アララギは部屋にあるトロフィーや写真などを細い目で見ながら話を続ける。

 

「だが同時に『闇』もあるといっていたよ。彼はどうやらその2つを守りたかったみたいだ。」

 

「『闇』もですか?」

 

「それらは彼曰く、表裏一体だそうだよ。」

 

「まぁ、少し曖昧な話になったね。本来彼自身がこれらに関わるべきなんだけど調査の途中で突如暗闇に呑まれたらしくてね。GBNのデータそのものが破損、今じゃダイブする事自体も危険みたいなんだ。」

 

「そこでだ。アテにされたのが私だったわけ。」

 

「でも私も今や母校の校長なんぞになってしまってね。そこで私がよく知る腕利きのデューラーを集めてるというわけだ。」

 

 フウトはここで先ほどから気になっていた「校長」という言葉に食いつきたかったが空気を読み本題の話に沿って会話を重ねる。

 

「じゃあ、ハヤシやエクも!?」

 

「彼らもかなりの腕利きだからねえ。まあ、ふうちゃんはユウキくんの推薦だったけどね。」

 

「ユウキくんはその『闇』と『光』がいずれGBNになんらかをもたらすと感じ取っていてね。代わりに調査をしてもらいたい。というのが彼の用件みたいだね。」

 

「なるほど。かなり曖昧で実感はありませんが兄の意思は俺達が継ぎます!」

 

「その覚悟はもうとっくに出来てます。」

 

 フウトの脳内にに過るのは最後にGPDで相棒と闘った事。

 

 フウトのホルダーから蒼いボディが一瞬煌めく。アララギもそれを見逃さずフッと微笑む。

 

「───兄弟の想いがカタチになり翼となったか…………。」

 

「ふうちゃん!私も出来る限りのサポート、情報提供は行う!この部屋も寝泊まりでもなんでも使いたまえ!!」

 

「本当ですか!先生!ありがとうございます!!」

 

 普通に考えれば卒業生といっても部外者が子供たちの学び舎に混じっているというのはおかしな話であり認められる事でもないがアララギに常識は通じない。彼は常識以上に大切な事を理解している。そんなアララギだからこそ教え子達に慕われるのだろう。

 

「さらに!隠れ大本営にはこんなものもッ…………!!」

 

 アララギは嬉しそうに笑みを浮かべながら屋根裏に繋がる天井を開け梯子をかけ足取りよく登り出した。

 

「ささ、ふうちゃんも来なさい。」

 

「マジかよ、これじゃマジの秘密基地じゃねえか…………!!」

 

 男ならみんなが好きなシチュエーション。フウトも目を輝かせながら屋根裏へと向かう。

 

「どうだい!ここからGBNへダイブ出来るようにシステムを組んである!!」

 

 ドヤ顔である。普通、教え子のためにここまでするか?いやここまで行くと絶対先生も学校で合法的にGBNにダイブしたいのではと思ってしまう。

 

 家庭用GBNの筐体が並べられ複雑な回線で繋げられている。インターネットもこの屋根裏に繋げられて照明も付いてあり完備である。見たところ最大4台接続できそうだ。しかしよくもまあこんなにも丁度いい場所があったものだ。

 

「昔、馬鹿な生徒が勝手に屋根裏を開拓したなんて言えないなあ…………言えない。」

 

「先生、何か言いましたか?」

 

「いやいや、たまたまだよ。こんなに丁度いい場所があるのは。うん。」

 

 横目で汗を拭いながら言うアララギ。これでも校長になったらしい。

 

「そうそう、ユウキくんが言っていたよ。」

 

「『GBNは様々な人が集まり、繋がり、大きくなる場所だ』ってそんな世界を彼は誰よりも愛していたよ。」

 

「ふうちゃん、君も新世界で無限の旅に行ってきなさい。」

 

「──その翼で君達どこまでも翔べるさ。」

 

 アララギはそう言うと梯子を降りて部屋から出て行った。翼、いつの間にその事をと思うとやはり彼の凄さを感じられる。何年経っても彼の持つ凄みは変わらないものだ。

 

「無限の旅か………。どこまでも翔んでやるよ。」

 

「なぁ、ソフィエルカイザー…………!!」

 

***

 

 キーンコーンカーンコーン。

 

 校内では6限終了の鐘が鳴り響く。

 

「っしゃー、やっと終わったなー!!」

 

「うん。でもアキタケ、ほとんど寝てたじゃないか。」

 

「うっ……。やめろよサイト、俺は放課後のために体力を残してたんだぜ?」

 

 本日の授業を終え放課後の時間にウキウキする生徒、サイトとアキタケ。下校の準備をしながら話を続ける。

 

「で、行くだろサイト?リパルドに会いにさ!」

 

「もちろん!今度こそ僕が勝つよ…………!!」

 

 2人はにっこりと顔を合わせて元気よく教室を飛び出した。

 

──GBN 高地エリア内

 

「ここに、リパルドが現れるのか?」

 

「噂だと、最近この近接戦を得意とするダイバーが集まる高地エリアでフレーム構造が独特で太刀を振るう赤黒の機体が決闘を申し込んでるらしい。」

 

「へぇ、それってまさにリパルドじゃないか!アキタケすごいな!」

 

「まぁね。」

 

 スプリッター迷彩を施したグフのコックピットの中でオノサカとアキタケは会話する。レーダーで索敵しながら狙いの獲物を探す。

 

「──やべぇ、翔び過ぎたなあ。迷っちまったよ。」

 

 一方、この高地エリアに何も知らずして幻想的な翼を広げた蒼の機体が上空を漂っていた。

 

「……………!!?なんかいるぞ!オノサカ!」

 

「ほんとだ!追ってみよう……!!」

 

 2人はレーダーを見ながら反応する対象物を追う。そしてオノサカは1人あの日出会った鈍い輝きと似たものを感じ取っており1人ワクワクしていた。

 

「会いたい…………彼に…………もう一度ッ…………!!」

 

 グフは武器を構えホバーで移動し対象物へとどんどん近づく。もうすぐ、もうすぐ。2人は疑いもなく近づいていった。

 

 レーダーの対象物と自分の現在地を示す点が重なる。

 

「なんだ、あの機体…………?」

 

「…………リパルド…………じゃない…………?」

 

 そこには赤黒とは真逆の蒼と白のボディ、幻想的な青紫のグラデーションがかった翼を大きく開き、背中に付けられた太陽炉から緑のGN粒子が散らす、まるで天の皇帝が、そこに佇んでいた。

 

「ん?そのグフどっかで………………。」

 

「やばい、気づかれた。オノサカどうすんだ。見るからに強そうだぞ!」

 

 オノサカは額に汗を滲ませながらニヤリとしグリップを強く握った。この感覚、相手は間違いなく強者。だからといって引く理由もない。

 

 ボイスチャットの回線を相手に繋ぎオノサカは宣言する。

 

「僕と闘ってください!!」

 

「ほぅ、面白ェ。かかってきな!!」

 

「丁度散歩すんのには飽きてきたところなんだッ…………!!」

 

 もちろん機体の正体は蒼の皇帝、ソフィエルカイザーとフウト。彼にとってGBNで2度目の闘いが始まる。

 

 互いに臨戦体形に入ると暗黙の了解で交戦する。

 

 先手を取ったのはフウト。

 

「そらよ!!」

 

「くっ…………。巧い…………。」

 

 ソフィエルは中距離戦闘用にカスタムされたGNスナイパーライフルIIを用い上空からグフを的確に襲う。

 

「おい、この射撃の精度まじかよ!」

 

「アキタケ、しっかり捕まっててよ!」

 

「やっぱり簡単に倒せそうな人じゃないみたいだ………!!」

 

 グフはモノアイを光らせ移動速度を上げながらソフィエルに近づく。しかし蒼い機体から繰り出される精密な射撃が全く彼を寄せ付けない。

 

「ほれほれ!どうしたよ!」

 

「くっ、これなら…………!!」

 

「どうだッッ………………!!」

 

 グフは右腰にあるグレネードを対象物目掛けて投擲。そして目の前で爆発。ソフィエルの動きが止まる。

 

「グレネードか!くそっ、機体が動かねえ!」

 

「いまだぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 グフはそのまま勢いよく懐に飛び込み蹴りを1発入れる。力強い蹴りはソフィエルを吹き飛ばし転倒させた。

 

「まだ、終わらないよッッ…………!!」

 

「いけえええええ!オノサカァァッ!!」

 

 グフは攻撃の手をやめない、ビームサーベル2本を展開しパワーあるバックパックを吹かせ距離を詰め追撃を行う。

 

「やるじゃねぇか、でも少し行儀が悪りィぜ?」

 

「何っ………………!?」

 

 ソフィエルは追撃の一撃目、グフのヒートサーベルの一振り目を転倒した状態からバーニアを素早く吹かし避けると同時にビームサーベルで反撃を行う。

 

「なんて対応力だ。ほんの一瞬、なんなんだこの人…………?」

 

 ソフィエルとグフはビームサーベルで激しく打ち合う。お互い譲らない中オノサカは一気に攻め立てる。

 

「そろそろ、下がれよッ…………!!」

 

 グフはソフィエルの斬撃を弾き胴を空をにした瞬間、2本のビームサーベルを胴目掛けて横から振る。

 

「──ここは皇帝の領域だぜ…………?」

 

 瞬間、ソフィエルの緑のツインアイが鋭く光る。紙一重でしゃがみ込み横から来る斬撃を避けそのまま蹴りを入れ体制を崩した。

 

「……オノサカやべえ、来るぞ…………!!」

 

「……え…今の動き……?」

 

「さっきのお返しだッ!!!」

 

 ソフィエルは肩の翼の部分を巨大なブレードとして2本を取り出し対象物にそれを強くぶつける。体制を崩したグフはまともにその斬撃を喰らい吹っ飛ばされる。

 

「よく斬れんじゃねえか。やっぱりブレードがねえとしっくりこねえよ。」

 

「──おい、オノサカ大丈夫か?」

 

 モニターは一気に赤くなり操縦桿では警告音が鳴り響く。今までに受けたことのない斬撃。どうやらとんでもないダイバーと機体に出くわしたみたいだ。だがそんなことよりもオノサカはある事が気がかりだった。

 

「……今の動き、ヒナセ先生と似ていた……いや同じ…………?」

 

 以前GBN内でシイナと対戦したオノサカが衝撃を受けた動き。常時離れした反応。そこから繰り出される強烈なカウンター。

 

 彼は知っていた。

 

 この動きをもっと前から知っている。

 

 この洗練された動きをもっと前に彼は。

 

『立てよ、俺。』

 

『この人に勝つんだろ?』

 

 脳内に自分とよく似た声が響く。それがなんなのかはよく分からない。理解する必要もない。オノサカはグリップを握り直し再び立ちあがる。

 

 目の前には蒼い皇帝。このシルエットにも見覚えがある。

 

「いくぞぉぉぉぉぉぉぉッッ!!」

 

 今度はヒートサーベルを構え突撃する。

 

「パワー勝負か?だが動きが直線的過ぎるぜ!」

 

 ソフィエルもまたブレードを構え攻撃に備えるがその瞬間グフは姿を消す。

 

「しまった、今の動きはフェイク!?スプリッターで消えやがった!」

 

 オノサカのグフにはスプリッター迷彩が施されており姿を一時的に消すことができる。直線的な動きで相手を油断させ突然消える。トリッキーな動きだが対戦相手からするとこの上なく厄介だ。

 

 フウトはモニター周りとレーダーを冷静に見てかく乱に動じる事なく構える。

 

「消えったってどうせバイタルには入るんだ。」

 

「来いよ、グフ使いッ!!」

 

 右前方にヒートサーベルの熱が灯った。本体が実体化していても武装自体は消えない。フウトはこの一瞬を見逃さなかった。

 

「来たか…………!!」

 

 ソフィエルはそのサーベルの方へと体の矢印を向ける。

 

「かかった!目が良過ぎるからッ!!」

 

「!!?」

 

 フウトが反応したヒートサーベル何も起きる事なくそのまま地面に落ちた。どうやら熱を灯した瞬間に手放し囮として使い本体は回り込んでいたのだ。

 

「それは囮!今度こそォォッッ!!」

 

 グフは握り拳を作り虎の子ヒートナックルでソフィエル目掛けて渾身の一撃を振るう。

 

「……………………!!!」

 

「……………………ッ!?」

 

 フウトの眼が光り背後からの攻撃に反応し咄嗟の宙返りで渾身の一撃をまたしても避けた。

 

「…………また避けられた…………?」

 

「こんな修羅場何回通ったかわかんねえよ。」

 

「言ったろ?ここは俺の領域。」

 

「俺がこの空間を支配してるんだよ。」

 

 宙返りするソフィエルのツインアイと振り返るグフのモノアイに映る。

 

「この人は一体………………?」

 

「俺は、ただの清掃員だよ。」

 

 宙返りのままバイシクルキックを頭部に受けたグフのモノアイの光は静かに消えた。

 

 ──battle end──

 

「楽しかったぜ!グフ使い!!」

 

「こちらこそ、えっと…………。」

 

 オノサカが男の名前を知ろうとデータを見ようとした瞬間レーダーに高速で近づいてくる飛翔体の反応があった。

 

「やばい!オノサカ!なんか来るぞ!」

 

「このスピードもしかして…………!?」

 

「──また会ったな。グフ使い。」

 

「ガンダム…リパルド…………?」

 

 太刀を腰にぶら下げた赤黒の機体。肩の特徴的なマーキング。まさしくその姿はガンダムリパルド。

 

「なんだ?お友達か?」

 

「ガンダムソフィエル。俺と戦え。」

 

「中にいるのはイヌハラ・ユウキなんだろ?」

 

「アンタも、俺が倒す………………!!」

 

 高地に突如現れたガンダムリパルド。

 

 ガンダムソフィエルとイヌハラ・ユウキの名を知っている彼は一体何者なのか。

 

 決闘を申し込まれたフウト。この戦いはいかに。

 

 (続く)



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第四話「mirage」

 

「……あんた、イヌハラ・ユウキなんだろ?」

 

 赤黒の機体、『ガンダムリパルド』に乗る少年は目の前のガンダムソフィエルに対してそう言い放った。そしてフウトはこれにニヤリとする。

 

「……だとしても、自己紹介からするのが礼儀ってものなんじゃないかい?少年。」

 

 フウトは得意げに兄の真似をして答える。この答え方には自分でも自信がありひとりでクスクスと聞こえないように笑っていた。

 

『……ホントにあの人、イヌハラ・ユウキさんなのか…………?』

 

 先ほどまでガンダムソフィエルと交戦をしていたダイバーオノサカは半信半疑でもう一度目の前の男のプロフィール画面を確認する。

 

「ダイバーネーム『Y』ランクはまだ5…………?」

 

「オイ!オノサカこの名前!!それにこのランク……!!まじであの『イヌハラ・ユウキ』がGBNに来たって事なんじゃ…………!!」

 

「うん……確かにそうとも言えるけど…………。」

 

「なんだ?お前、なんか腑に落ちなさそうだな?」

 

 実際に交戦したオノサカだからこそ分かる事もあった。目の前の男は確かにかつて最強と謳われたデューラーに似ている。似ているのだが少し違う。彼がその真実に辿り着くまでもう少しかかりそうだ。

 

「フン……アンタ、意外と大した事ないんだな。Yさん。」

 

「人は見た目で判断するもんじゃないよ。えっと…………。」

 

「………ヨネ…………。俺の名前はヨネだ。」

 

 オノサカたちが問答している間にこちら側の会話も進んでいた。ガンダムリパルドを操るダイバーの名は「ヨネ」モニター越しからもよく分かる白い髪と勝気な表情。

 

「アンタがイヌハラユウキ本人かどうかは闘えばわかる。それだけの話だ。かつて最強と謳われたアンタの力を見せてくれよ。」

 

「──俺が叩き潰すからさ。」

 

「……ッたく……。なんでこう最近の若者はこう血の気が多いのか。」

 

「でもまあ、君じゃ勝てない。"俺たち"には。」

 

 2人は互いを煽り合い武器を構えバーニアを吹かし後方へと下がると動きを止めた。

 

 広大な大地、高地地帯に一瞬の静寂が訪れた後、2機はツインアイを光らせ目にも止まらぬスピードで動きはじめた。

 

「まずは挨拶代わりさ!」

 

 ガンダムリパルドは右腕に装備されたライフルを乱射しながら突撃してきた。避けられない攻撃ではないが勢いのある突撃ほど怖いものはない。何を起こしてくるか全く検討がつかないからだ。いわゆる本能型と呼ばれるものだ。瞬間的な判断の速さ、的確さ、そして意外性、生まれ持ったセンスも起因するところが大きい。

 

「………やるな………………。」

 

 リパルドは低空飛行のままライフルを乱射し続ける。対してソフィエルは逃げ回るように避けるしか出来ない。

 

「逃げ回るしか出来ないのかよッッ!!」

 

「修羅の天使さんッッ!!」

 

 リパルドはさらに加速しバックパックに取り付けられたビームサーベルを引き抜きソフィエルに対して振り抜いた。

 

「…………ッッ!!」

 

 ソフィエルもまたビームサーベルを素早く引き抜き応戦するが、驚異的な加速力の加わった一撃は予想以上に重かった。

 

「まだまだァッ!!」

 

 リパルドは両手にビームサーベルを装備し連続で攻撃する。ソフィエルはしぶとく攻撃を受け流し続ける。

 

「すごい…………。あのガンダムソフィエルを押してるなんて…………。やっぱり彼は強い……。」

 

 戦闘不能となったグフのコックピットから彼らの戦闘を眺めるオノサカが小声で呟いた。しかし、同時に歯痒さも感じていた。なぜこの場所で自分は見ている事しか出来ないのか。両手に握り拳を作りながら彼らの闘いを見る。

 

「………………………………………。」

 

『なんだよ。この感覚…………。』

 

『相手はガンダムソフィエルだぜ?あまりにも手応えがない。本当にパチモンだったって事なのか?』

 

 操縦桿を握りながらヨネは異様な感覚に囚われる。まるで攻撃させられているようで、何かを図られているようで気味が悪かった。そして手応えを求めようと攻撃の手を止める事が出来なかった。

 

「……………………!!?」

 

 瞬間、鋭い光が見え機体からコーンと鈍い音が響いた。ガンダムリパルドからだ。

 

「言ったろ。勝てねえよ。俺たちには。」

 

 リパルドのメインスクリーンにはまるで皇帝のように佇む蒼く澄んだ機体がいた。その威圧感、先程何をされたのか全く理解できなかったヨネにとってそれは気味が悪いというより恐怖に近い混乱を感じさせた。

 

「なんだよ…………!!なんなんだよッッ!!」

 

「今度は見えるようにしてやるさ。」

 

「くそがぁぁぁぁ!!!舐めやがってッッ!!」

 

 リパルドは先ほどよりもさらに加速してステップを踏みながらビームサーベルを構え突撃する。しかし平静を失ったせいか攻撃が単調になり過ぎていた。

 

「………少年!狙いが甘すぎるぜッ!!」

 

 リパルドの渾身の一振りは空を切った。そしてその現象を理解した瞬間、速すぎる光がまた彼らを襲う。

 

 コーン。また鈍い音が響く。リパルドは腹の部分にダメージを受けた。

 

 空間を支配する皇帝の一撃は一瞬の時間さえも支配した。

 

「……カ…ウンター…………?」

 

「生まれつき、目が良いもんでな。」

 

 ヨネにとってここまで綺麗なカウンターを喰らったのははじめてだった。まるでそれは芸術とさえ感じた。そして一方で今よりももっと前に、脳裏に焼きついたある映像が彼の頭をよぎらせた。同時にそれを見たオノサカもまた先ほどまで腑に落ちなかった事が揺れ動く。

 

「…………ジャスティス………………」

 

「…………………カイザー……………?」

 

 彼らの脳裏に焼きついた映像。遠い少年の日の記憶であるが手に汗をかきながら見ていた事を鮮明に覚えている。

 

 赤と青の機体の天地が割れそうな激しい闘い。青の機体の方が格上の存在であった事は誰が見ても分かるものであった。しかし、もう一方の赤い機体は、何度倒れても、吹き飛ばされても、しぶとく立ち上がり最後には勝利をもぎ取った。その闘いの中で何度も見せた超反応とカウンター。間違い無くその動きと目の前の蒼い機体の動きは重なった。

 

 しかしなぜその赤い機体の動きと同じ動きを蒼い機体が起こしているのか。それはおそらく。

 

「………まさか………そんな事があるのかよ…………。」

 

「……いや、まぐれだ。そんな事は…………絶対ないッッ!!」

 

 リパルドは腰部のCファンネルを展開しメインウェポンである太刀を構える。

 

 ここで、フウトもまたある事に気づいた。

 

勢いのある近接攻撃、遠隔武装、加えて太刀を扱う事。まるであの少年のようだ。何度も交えた事のあるあの少年に似ていた。対峙する機体、そのもっと内側から太陽のように迸るようなエネルギーさえ感じる。

 

「…………まるで幻像だな。」

 

「だが、ここは俺の……領域だッッ!!」

 

 ソフィエルはバックパックの翼を展開しツインアイを光らせる。ただの眼光。だがそれはとてつもない威圧感を帯びていた。

 

 もはや神々しいとも言える目の前の機体はヨネにとってあまりにも眩し過ぎた。だがここで引き下がるわけにはいかない。負けられないのだ。絶対に。

 

「喰らえよッッ!!!」

 

 赤と黒に塗装されたCファンネルを次々にソフィエルに向ける。ソフィエルはビームサーベルで切り払いながら上手く避ける。Cファンネルは攻守共に優れた武装である。攻撃面でも敵機のボディを切り裂く程度は容易いものでありその危険性を熟知しているフウトにとっては絶対に受けたくない攻撃である。

 

 裏を返せば、これはヨネにとって格好の囮。Cファンネルを展開し距離を図り一撃必殺の太刀による斬撃は彼が最も得意とするコンバットパターン。実際にオノサカもこの攻撃を前に敗れてしまった。

 

 ヨネはニヤリとして太刀の鞘を少し上げ居合の体制に入る。

 

「── 流星一閃(グローイングストレート)ッッッッ!!」

 

 リパルドのコア部分から青白く煌めきその必殺技とも言える閃光の一撃が駆け抜けた。

 

「…………………………ッッ!!?」

 

 フウトの眼に白い光が映った。GPD時代には感じた事のないような力強さと速さ。そして一瞬、炎の一撃と姿が重なった。

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」

 

 渾身の居合い。その閃光の一撃は対象物を通過していた。手応えはこれまでの闘いの中で最もあった。アームレイカーをゆっくりと定位置に戻し対象物を確認する。

 

 そこには、膝をついた蒼い皇帝の姿があった。

 

「やったか………………?」

 

 リパルドは臨戦態勢を解かずにもう少し様子を見る。

 

「今のは…………効いたぜ………………。」

 

 ソフィエルは破損した箇所をバチバチとさせながらゆっくりと立ち上がる。一撃必殺の居合いからどうにか急所は免れたようだ。

 

「嘘だろ…………?今の攻撃を…………。」

 

「だけどもう、アンタは虫の息だ。」

 

「……ああ。そうだな。」

 

「だから、そろそろ終わりにしよう。」

 

 ガンダムソフィエルはウイング部を大剣へと変形させ装備し一本、大きく投げる態勢をとる。

 

「いくぜッッ!!!!」

 

「ブゥゥゥゥゥメランッッ!!!!」

 

 大剣の持ち手を可動させそれを対象物目掛けて大きく投げつける。

 

「そんな単調な攻撃!躱せないわけないだろッ!」

 

 リパルドは直線的に来るものを軽く横っ飛びで躱し反撃の態勢を取る。

 

「まだまだッッ!!」

 

 ソフィエルはビームライフルで追撃を行う。しかしそれはあまりにも対象物とはかけ離れた方への射撃だった。

 

「馬鹿にしてるのか!?」

 

「いいや。」

 

「俺は、いつでも大真面目だぜ。」

 

 リパルドの操縦桿から注意音のアラームが突然鳴り響く。

 

「まさか、さっきの…………!!」

 

「でもこれなら避けられない攻撃じゃないッッ!!」

 

 リパルドはとっさにしゃがみこみビームライフルによって軌道の変わった背後から戻ってくるブーメランをなんとか避ける。

 

 安堵したヨネだったが、顔を上げた瞬間、そこには急加速し眼の前まで近づくガンダムソフィエルの姿がそこにあった。

 

「……………………え?」

 

「一撃必殺ってのはこういうモンだぁぁぁぁッッ」

 

 加速したガンダムソフィエルは戻ってきたブーメランをバシッと掴みその勢いに身を任せ渾身の斬撃をガンダムリパルドの頭部から下まで喰らわせた。

 

「………………そん……な…………。うそ…………だ…………ろ………………?」

 

「君の輝きはまだ、あまりにも鈍すぎる。ただそれだけだ。」

 

 蒼の皇帝が切り裂いた大剣は幻想的な輝きを煌めかせ目の前の星の騎士を一撃で葬った。

 

 ──battle end──

 

「負けた………………?この俺が………………。」

 

「嘘だろ…………。こんな低ランクに…………?じゃあ本当にこの人はあの時の…………。」

 

「…………ソイツをもっと使いこなせるようになったらまた闘おう。楽しかったぜ。少年。」

 

「ちょっと待て、アンタは結局………………。」

 

「君の想像通りさ。」

 

 そう言うと翼を大きく広げ上空へと飛びガンダムリパルドとグフの目の前から姿を消した。その姿は知っているはずのものとは対局で彼らもまた幻を見ているようだった。

 

 その後ヨネは天を見上げたまま暫く動かなかった。そこでグフを駆るオノサカがボイスチャットを繋げる。

 

「なんだ?まだ居たのか。」

 

「……オイ…………オノサカ何やってんだ!」

 

「少しだけだからさ。彼と話をしたいんだ。」

 

「無様だろ。負ければ最高にカッコ悪いんだぜ。」

 

「そうだね。だから、今度は僕が勝つ。それだけ言いたかった。」

 

「は?このタイミングで何言ってんだ、お前みたいなヘボに負けるかよ。」

 

「じゃあな。」

 

 ヨネはそう言うとその場を去った。負けたことがあまりのショックだったのだろうか、かなりバツを悪そうにしていた。

 

「アキタケ。」

 

「どうした?オノサカ。」

 

「僕、もっと強くなるよ。」

 

「へへ。そうだな。世界は広いみたいだな。」

 

 2人はそう言って拳を合わせニヤリとした。

 

 荒野を照らしていた日はすっかり沈み星空へと変わっていた。彼らはそれを眺めGBNからログアウトした。

 

***

 

 翌日、サイトは午前5時に起床し朝食を軽く済ませると理科準備室へと足を運んだ。昨日の激闘を忘れる事ができず夜もあまり眠れずにきた場所がここであった。そして、黒い旧式の筐体を今日こそ復旧させるために作業をはじめる。前々からなんとなく、直感的にこのシステムを立ち上げた時に得られるものが多くあると思っていた。それは昨日の戦闘を経てさらにその勘を確かめたくなった。

 

 かれこれ、1時間半作業を続け、遂にそのシステムを復旧させる事に成功した。1年生の夏から挑戦し続け遂にディスプレイが灯った。

 

「やった……………………。」

 

「やったぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 これまでにない達成感。つい大声で叫んでしまった。まぁ、誰もいないしいいだろうとテンションが高くなる。天井からガタガタと音が聞こえるが高揚したサイトにそのような音は聞こえなかった。

 

 しばらくすると黒い筐体は起動音と共にディスプレイに過去のバトルビデオを流し始めた。

 

 もう何年も昔のデータのようだ。1番はじめに流れたものはだいぶ映像が荒いが赤い近接機体の戦闘が流れその次に紫の機体が次々と敵を薙ぎ倒していく映像が流れた。バトルスピード、展開、機体の完成度、どれをとっても今まで見てきたものの群を抜いている。サイトは見ているだけで胸が熱くなった。

 

 そして、3番目にあの蒼い機体が現れた。

 

「ガンダム…………ソフィエル…………。」

 

 それは紛れもないガンダムソフィエルであった。昨日見たタイプとは異なっており、かなりシンプルな形状でおそらく最初期の型だろう。圧倒的なスピード、精密な射撃、トランザムによる必殺の一撃。どれをとっても全て一級品。かつてサイトが街のテレビで見たソフィエルとその動きが重なる。

 

 しかし、昨日見た動きとはあまりリンクしない。似ているようで似ていない。やはりあの赤い機体ジャスティスカイザーの方と重なる。

 

 その後映像を見続けたが蒼い機体の映像がメインでそれ以外は他の機体の戦闘がたまに映るぐらいだった。しかしここに来てこの偶然。あまりにもタイムリー過ぎる。それになぜ、この筐体にそんな映像が残っているのか謎が残る。

 

 サイトが項垂れていると登校完了のチャイムの音が聴こえた。

 

「うわ!やばい!!行かなきゃ!!」

 

 そのまま急いで教室へ向かいなんとかホームルームには間に合う事が出来た。

 

「今日はお前の方がギリギリだな。」

 

「……うん………まあね。」

 

 息を切らしながら答えるサイトとそれをニヤニヤしながら見るアキタケ。

 

「どうせ、寝られずに寝坊でもしたんだろ?ホームルーム中に寝るなよ〜。」

 

「うん。」

 

「こらーそこ、ホームルーム中は私語を謹んで〜!」

 

 アキタケの話を聞く前にクラスの副担任であるシイナが注意した。真面目な性格もあってかこういった私語にはわりと厳しい。

 

 サイトは先ほどの映像と昨日実際に見たものをを頭の中でぐるぐるとさせる。一体何が何だかさっぱりわからない。少しの間頭をぼーっとさせる。視界が歪みながらゆっくりと再び焦点が合う。その点と点を結んだ先に目に映ったものはシイナだった。

 

「そうか!」

 

「そうか!じゃないよ!サイトくん。提出物きちんと出してね。」

 

 考え事に夢中になりすぎてつい声が出てしまった。クラスメイト達にくすくすと笑われている。普通に恥ずかしい。

 

 だが、同時に閃いた。ガンプラの改造が上手くいった時に自分の事を本当は天才なんじゃないかと思う事があるくらい突如閃いたのだ。

 

 リンクしなかった動きが今、サイトの頭の中で重なった。

 

***

 

 ホームルームを終え、サイトは教室を出たシイナの下へ真っ先に行った。

 

「先生、聞きたい事があります。」

 

「どうしたの、そんな真剣な顔して。」

 

「先生、ジャスティスカイザーって知ってますか?」

 

 単刀直入に聞いた。シイナと対戦した時の動き、あれはまさにジャスティスカイザーと同じ動きであった。しかもシイナのジャスティススノーホワイトは同じジャスティスベースの機体。サイトはこの推測が限りなく正解に近いとそう思った。

 

「うん。知ってるよ。」

 

 シイナはニッコリとした表情でそう答える。

 

「ほんとですか!!じゃあその機体を使っている人は…………。」

 

「イヌハラ・フウトさんだね。」

 

 イヌハラ・フウト。それがジャスティスカイザーの使い手の名前。実はサイトは今まで彼の名前を知らなかったのだ。かつてテレビで見た後、彼のことが気になり様々なメディアを漁りに漁ったがどう言う訳か一切の経歴が残っていなかった。

 

 サイトはさらに続けて質問をする。

 

「もしかして先生、その人と知り合いだったりします?」

 

「うーん、そうだね。よく知ってる、かな。」

 

「えっと、じゃあ今どこにいるかとか知ってたりしますか!!?」

 

 その瞬間、サイトとシイナの隣を薄緑の作業着を着た男性が横切った。

 

「ふふ、」

 

「え、何が面白いんですか?」

 

「案外、近くにいるかもよ。」

 

 そう言ってシイナは授業があるからと言ってサイトの前を去っていった。サイトは重要な事をはぐらかされた気がしてバツを悪そうにするが今朝と比べると随分と晴れやかな表情となっていた。

 

「でもまあ結局、真相は分からないか。」

 

「よしっ、またあの人に会えるように僕も頑張ろう。」

 

 サイトは教室に戻り着席するとスケッチ用のノートを開いた。

 

***

 

「フウトさん、あれわざと通ったんですか?」

 

「何のことだ?」

 

「もう、とぼけないてくださいよ。」

 

「たまたまだよ。全部。」

 

「それに俺は、ただの清掃員だからよ。」

 

「あと、職場じゃフウトさん、じゃなくて清掃員さん。だろ。ヒナセ先生。」

 

「うっ……。なんかその呼ばれ方やっぱり慣れません。それにちょっと馬鹿にしてません?」

 

「そんなわけねぇだろ。立派だよ。本当に。」

 

「そう……ですかね…………?」

 

「ああ、立派だ。」

 

 青い木々にすーっと気持ちの良い風が吹き抜ける。風からはまだ春の風も混じっていた。

 

***

 

「…………この映像は…………。」

 

 蒼の機体の戦闘映像を真剣な眼差しで見る男性。

 

「…………王と皇帝、どっちが強いか興味深いね。」

 

 (続く)



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EX5.「Who Am I」

 季節は嫌になる程に日が照りつける夏。世界中を旅していたイヌハラ・フウトは珍しく帰国し思い出の場所へと人知れず足を運んでいた。

 

「………また…………帰ってきちまったな。」

 

 かつて友とはしゃいだこの場所も知らない声が楽しく笑い響く。

 

 フウトの目の前にそびえ立つ大きな会場。彼が兄、イヌハラ・ユウキを打ち破り優勝した第14回GPD全国大会の会場にもなった彼にとって思い出深い場所。

 

 しかし、彼はもっと前に、この場所で激闘を重ねていた。

 

 彼は腰のホルダーに入った愛機『ジャスティスカイザー』を取り出しながら想いを馳せる。

 

───────────────────────

 

「いくよッ……!!フウト…………!!」

 

「こいッ……!!サワラッ………………!!」

 

『僕達は絶対に…………負けないッ!!』

 

 宇宙空間でぶつかり合う赤と黄の機体。

 

 フウトの頭に刻まれる青い記憶。好敵手、アララギ・サワラとの優勝を賭けた闘い。

 

 ただ、がむしゃらに。勝利という純粋なものを求めて両者は闘う。どちらかが果てるまで、闘い続ける。

 

「そこだッ…………!!」

 

「………甘いよ!サワラッ!!」

 

 黄色の機体、ガンダムアストレアType.Rの持つ大剣の鋭い斬撃がジャスティスカイザーを襲う。しかしこれを紙一重で躱し得意の蹴りでのカウンターの動作に入るフウト。

 

「…………くっ…………やっぱりきみは凄いな…………。どんどん強くなる…………。」

 

「だけど…………。今日も僕が……!!」

 

「…………僕が勝つ………………!!」

 

「ただ、それだけだ………………!!」

 

「勝つのは…………僕だ!!やるぞ!カイザー!!」

 

 互いの機体は秘められた力を解き放つ。黄色の機体は太陽炉を稼働させ紅潮する。赤の機体は核エネルギーを爆発させ黄金の輝きを纏う。

 

「フウトォォォォォォォォォッッ!!!」

 

「サワラァァァァァァァァァッッ!!!」

 

 限界を超えた二機はぶつかり合う。衝撃で生まれる輝きはまさに青春の輝き。今しかない、今しか出せない輝き。彼らの未来が今後どうなるなんて誰も知らない。上手くいくか、失敗するか、そんな事はどうでもよく、大事なのは、今という、この瞬間。それ以上に必要なものなんてなかった。

 

「………………………………………………。」

 

「………………………………………………。」

 

「俺の勝ちだ。」

 

「サワラ。」

 

 拳を高く掲げる赤い機体の姿。フウトの記憶に刻まれた懐かしく輝かしい記憶。何年経っても忘れられない闘いの詩。優しく強い黄金の輝きが色褪せた記憶を包みこんでいた。

 

───────────────────────

 

「……………………。」

 

「また、戻ってきちまったな。」

 

「黄金の季節に。」

 

 フウトは昔を思い出しながら閉じた目をそっと開ける。開けたばかりの景色は少しぼやけ何故かセピアがかったように見える。

 

 あの日と同じような太陽の光が自分に降り注ぐ。

 

 フウトは目を擦り視界を無理矢理元に戻すと辺りを歩き始めた。

 

 ***

 

「ふうちゃん、やったね!!」

 

 激闘を終えたイヌハラ・フウトは既に卒業した兄ユウキ達に祝福される。

 

「これで勇気高校は2連覇!!」

 

「フウトくんならやってくれると信じてたぜ。」

 

 テルキとタロウもそう言ってフウトをに言葉をかける。皆、満面の笑みで本日の主役の髪をくしゃくしゃに撫で掴みながら喜びを分かち合う。

 

「ははは!やめてよみんな!!痛いって!!」

 

「このこの!立派に強くなりやがってよ!!」

 

「倒したのは世代No.1桐國のアララギ・サワラだぜ!」

 

「しかもあのアララギ先生の………………。」

 

「…………アララギ先生の………………。」

 

「弟…………なんだよな………………。」

 

 アララギ先生、アララギ・ユウリ。元プロデューラーでリーグ戦無敗の伝説を作ったカリスマ。現在はフウト達、勇気高校の教員兼GPD部の顧問をしている。

 

「そういや、アララギ先生の姿見みないな。」

 

「なんだろう、このモヤモヤ感。くそっ、じれったいな!オイ!海賊!俺とガンプラバトルやるぞ!」

 

「お?やんのかフェニックス?」

 

 テルキとタロウは相変わらず戯れあいはじめる。卒業しても関係は良好のようだ。

 

 一方で、薄暗い通路で白衣を身に纏った男性はくしゃくしゃに泣きじゃくる少年と共にいた。

 

「──サワラ、悔しいか?」

 

「…………………………。」

 

「ふうちゃんは、この一年で驚くほど強くなった。」

 

「兄、ユウキくんの意思を継いで…………。いやそれだけじゃない。才能が一気に開花した。ユウキくんを凌ぐほどの。」

 

「………………………。」

 

「サワラ、この世界は平等じゃない。残念だけど勝者にしか得られない物がある。」

 

「今は泣いたっていい、叫んだっていい。悔しくて暴れたっていい。」

 

「だけど、もっと強くなれ。サワラ。」

 

「…………………………うん…………。」

 

「…………俺…………強くなるよ………誰にも負けないくらい…………!!」

 

 アララギは弟を叱咤激励するとその場をさっと立ち去った。サワラがこれまで感じたことない挫折と悔しさの経験はのちに彼を日本チャンプまで上り詰める原動力となる。

 

「──きっと、俺を超える強い男になれる。」

 

「負けを知らない男なんて本当は簡単に壊れてしまうくらい脆くて驚くほどに弱いものなんだよ。」

 

 アララギは立ち去りながら静かにそう呟いた。

 

***

 

「──ふうちゃんはプロになるの?」

 

 ユウキは突然フウトに問いかける。

 

「プロか…………。あんまり考えた事、無かったな。」

 

「ま、お兄さんとしてはまだまだ成長し続ける弟の脅威を少しでも遠ざけるためにあまり勧めないけどね。」

 

「なんだよ、それ。」

 

 ユウキは笑いながらそう言ったものの、弟の持っているモノを誰よりも評価していた。きっといつか、縛られた自分の生き方を変えてくれる、心のどこかでそう感じていた。それはただ、何かに縋りたいだけの願いなのかもしれないが。

 

「ふうちゃんもお兄さんに続いてプロになるのかい?」

 

「アララギ先生!!」

 

「いや〜ごめんね。遅くなって。道に迷った少年の手助けをしていて。」

 

「先生、ソレいつもの言い訳と同じです。」

 

「………………バレた?」

 

 あははと笑いながら頭をかくアララギ。生徒の前ではいつもこうやって戯けているが生徒からの信頼はかなり厚い。

 

「ま、私からはプロの世界は厳しいとだけ言っておくよ。」

 

「生半端な気持ちで進むと、食い殺されて終わるよ。」

 

「………………………………………………。」

 

「ま、よーーーく悩んでみたまえ!若き者よ!」

 

「さぁ!今日はめでたい日だよーーー!卒業生もいるしパァーッといこう!!!」

 

「いぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇい!!!!」

 

 この時、フウトは自分の人生、道の先を少しずつ意識し始めていた。

 

 ***

 

「おーい!ふうちゃん!一緒にいこうよー!」

 

「あ、はい!今いきます!!」

 

 会場の外にいるテルキに呼ばれて駆け出そうとするフウト。しかしその瞬間に彼は突然違和感を感じた。その正体は分からない。だがこの違和感は異質だ。まるでそれは自分自身の残像のような気配。

 

 フウトは行くか、行かぬか、頭の中で数秒迷った。迷った末、彼はその違和感を確かめることにした。

 

「ごめん!テルキさん!忘れ物!!」

 

「しっかり確認しとけよーー!!俺たちこっちで待ってるからなーー!」

 

「うん!!」

 

 そう言ってフウトは先ほどまで激戦が行われていたGPD筐体の方へと走った。

 

「──懐かしいもんだな。」

 

 先ほどの少年よりも背が伸び少し老けた男性がGPデュエルを行うメインアリーナの中をコツコツと靴の音を経てながら見回しながら歩く。

 

 満員のギャラリーが一杯の印象がある会場内だが、今は静まり帰っている。ここにいるのはフウトただ1人。ただ、1人のはず、なのだ。

 

「ん?」

 

 誰もいないはずの来るはずのない会場内にもう1人、迷い込んでいた。はぁはぁと息を切らしながら何かを探すように周りを見渡す少年。フウトはその少年を見た瞬間、驚きを隠せなかった。それは紛れもない自分自身なのだ、一目見ればわかってしまう。

 

「マジかよ…………。」

 

「ったく、最近ヘンな夢が多いもんだぜ。異次元の交差点の次は俺自身かよ…………。」

 

 やれやれと頭をかきながら、まだ幼い自分がこちらの存在に気づくのを待つ。

 

「勘違いだったかな…………。ここに来ればいると思ったんだけどな。」

 

 少年フウトが諦めかけた瞬間に、斜め前方から視線を感じた。そしてそれが彼が感じた残像の正体だと直感で理解した。

 

「あ、あなたは………………。」

 

「よぉ、元気してるか。坊主。」

 

 薄暗い中で目と目が合った。これまた奇妙な出逢い。彼らの黄金の夏はもう少しだけ続く。

 

***

 

「えっと、あなたは………………。」

 

「言わなくても分かってんだろ?」

 

 2人の間に緊迫した空気が走る。少年は目の前の男性が言った言葉の意味を痛いほど理解していた。この人は、紛れもない自分なのだと。確証はなくとも自分自身のことはよく分かる。それにこの人の顔を見ていると自分がこの先経験するはずの未来をぼんやりとだが脳内にイメージとして共有される。

 

 だからこそ、少年は確かめたかった。

 

「僕とガンプラバトルして下さい。」

 

「…………いいぜ。上がれよ、リングに。」

 

 男性はニヤリとしホルダーから自分の機体を取り出す。少年もまた自らの愛機を取り出した。その同じ赤と黒の機体は持ち主と共に闘ってきた今も昔も変わらない相棒だ。

 

 そして互いのカードキーを筐体に読み込ませ自身のガンプラをセットする。

 

 Futo'sMobile Suit

Justice Kaiser Infinity

    VS

 Futo'sMobile Suit

  Justice Kaiser

 

「ジャスティスカイザー、出るぞ!」

 

「ジャスティスカイザー、行きます!」

 

 フィールドは輝く太陽煌めく地上。二機の皇帝が闘いの地へと勢いよく発信した。

 

「さて、成り行きでガンプラバトルする事になったが…………。」

 

「アイツは油断できる相手なんかじゃないんだよな。」

 

 フウトは用心しながら対峙する相手を敵策する。ガンプラバトルに子供だとか大人だとかそういったことは関係ないのだ。闘いのリングに立てば平等。あとは勝つか負けるかただそれだけのシンプルなものだ。

 

 故に、フウトはかつての自分が持っていた溢れんばかりの才気を警戒していた。今の自分が失い、かつての自分が持っていたモノ。

 

「……どうせお前からは仕掛けてこないんだろ……!!」

 

「………来たっ…………!!」

 

 大人フウトは待ちの姿勢を崩さない少年に対して先手を取りビームライフルで射撃を行う。少年のジャスティスカイザーはそれをビームシールドで簡単に防ぎドラグーンを射出する。

 

 ドラグーンによる遠隔攻撃とビームライフルで中距離から攻撃するカイザー、一方のカイザーインフィニティはそれをなんとか避けながら反撃の糸口を探る。

 

「あのカイザー、今とは少し違うみたいだ。」

 

「………その翼で、あなたは、何を掴んだんですか……?」

 

「まったく、ガキの俺は陰湿な奴だぜ!」

 

 ドラグーンの包囲網に手を焼くフウト。しかし彼もまたインフィニティに装備されたドラグーンを射出し三角形の頂点を作り出しバリアーを発生させ攻撃を無効化した。

 

「そんな!バリアー!?」

 

「まだまだァッッ!!」

 

 カイザーインフィニティはシールドに取り付けられたシャイニングエッジ・ビームブーメランを構え、勢いよく投げ飛ばす。

 

「ブゥゥゥゥゥゥゥメランッッッッ!!」

 

 前方から飛んでくる飛び道具を察知した子供フウトもまたカイザーのシールドに取り付けられた同じ武装を構え勢いよく投げ飛ばす。

 

「ブゥゥゥゥゥゥゥメランッッッッ!!」

 

 互いのビームブーメランは真正面からぶつかり合う。パワーはほぼ同等。衝撃の反動でそのまま互いの手の中にパシッと戻る。

 

「それならッッ!!」

 

「コイツでッッ!!」

 

 次は互いに接近し、ビームサーベルを構え突撃する。姿形のよく似た皇帝は写鏡のように鋭い斬撃を繰り出しては切り払い、一撃必殺のカウンターを狙う。皇帝の領域が重なる時、何が起こるかなど予測不能。

 

『この人、さっきからわざとガードを高く上げてる。』

 

『脇を開けてんのになかなか足蹴りしてこねえな。案外冷静だな。』

 

「それなら…………。」

 

 カイザーインフィニティは脇を上げたままさらにビームサーベルを構え迂闊に接近する。

 

「馬鹿にするなッッ!!」

 

 カイザーは対処物に対して高く蹴り上げる。その間、カイザーインフィニティは蹴りを予測したように避けビームサーベルでカウンターを打ち込む。

 

 並の相手なら、このカウンターは決まる。

 

 だが、目の前の相手はそれを許さなかった。

 

「……………………………………!!」

 

「……………………!?」

 

 少年のカイザーは蹴り上げた脚をそのまま地面に落とし軸足に変えビームサーベルでのカウンターを避け逆足でのカウンターを叩き込んだ。

 

「そんなんじゃ僕の眼は欺けない!!」

 

 そのままジャスティスカイザーは怯んだカイザーインフィニティに対し早業で展開したドラグーンとビームサーベルで畳み掛ける。

 

「……悔しいけどお前は俺よりも眼がいいんだよな……!!」

 

 カイザーインフィニティは敵機の凄まじい追撃を紙一重で受け流す。だが、どんどんと追い詰められついにエリアの隅へと追い寄せられ、目の前に皇帝が佇む。

 

「こんなもんなんですか?」

 

「ああ、こんなもんだよ。あんまり期待すんな。」

 

「なんですか、それじゃまるで自分は弱いって事みたいじゃないですか。」

 

「……いいや、お前は強いよ。紛れもなく俺の中で一番強かった頃だ。その溢れることを知らない才気、がむしゃらにガンプラバトルを楽しむ気持ち、根拠のない自信。」

 

「全部、俺が失ったもんだ。」

 

「それが何者にもなれなかった、アナタの戯言ですか。」

 

「さぁどうだろうな。」

 

「僕は認めない。」

 

 ジャスティスカイザーはビームライフルとドラグーン全基を円状に並べ敵機へと向ける。

 

「もう、終わりにしましょう。」

 

 少年フウトは全弾射出しとどめを刺そうとする。瞬間、目の前の機体はバックパックからブレードを取り出し構えると、分離し身軽になった状態でビームの包囲網を掻い潜りながら接近してきた。

 

「…………嘘だ………………!!」

 

「悪ィけど、俺は諦めだけは悪いんだ。」

 

「どんな時も抗う。決まったレールなんてこの世にはどこにもねェんだよ。」

 

 ジャスティスカイザーはドラグーンで厳しくカイザーインフィニティを追うが分離したバックパックから射出されたドラグーンが牽制し上手く追撃出来ない。

 

「くそっ!このままじゃ…………。」

 

「…………いくぜッッ………………!!」

 

 カイザーインフィニティは腰を落とすと力強いステップを踏み込み対象の懐に入るとブレードを最大限にしならせ振り切った。

 

「…………くっ………………!!」

 

 力強く放った斬撃は対象物の胴体を鋭く切り裂いた。フウトが新たに得意とした攻撃。この攻撃で幾度となくダウンを取ってきた。

 

「接近戦は苦手だもんな。」

 

「今の僕は底が知れてるとでも言いたいんですか!!」

 

「何言ってんだ、お前にもあるだろ?刀。」

 

 フウトはジャスティスカイザーのリアアーマーに取り付けられた太刀を指してそう言う。

 

「でもこれは…………。」

 

「なんだ?ただの御守りか?」

 

 フウトは少年を挑発し見覚えのある刀を取り出させる。

 

「…………うまく扱えるかはわからないけど…………。借りるよ。」

 

「この人だけには、負けたくないんだ。」

 

「さぁ、みせてくれよ。お前の可能性。」

 

 ジャスティスカイザーは使い慣れない太刀を構えると先程受けた攻撃の瞬間的記憶を脳内でイメージし同じ動作を試みる。

 

 アームレーカーを勢いよく押し込み、力強い一歩でカイザーインフィニティの方へと立ち向かう。先程の動きと機体が完全に重なる。

 

「……おそらく………大事なのは『踏み込み』」

 

 斬撃を強く放つためには下半身で蓄えたパワーで刀をしならせること。少年フウトはこれを先程の攻撃を受けて直感的に理解していた。

 

「…………やるな……。」

 

 フウトはニヤリとしもう一度素早く強いステップを踏みブレードを引き抜く。

 

 キーン。

 

 互いの刃が重なる音。

 

 威力は同等。互いの攻撃を重ねながら同じ顔をした敵機を睨み合い一歩も下がらない。

 

「捉えたと思ったのにッッ!!」

 

「まだまだ!甘いッッ!!」

 

 さらに激しく撃ち合う。斬撃を重ね、隙を見ては蹴りによるカウンター。2人は互いの空間で一歩も引かない。意地と意地がぶつかり合いながら同じ機体を傷つけ合う。腹に入れば腹を、腕をやられれば腕を、やられたらやり返す。さらに二機の撃ち合いは激しくなる。

 

「……もっと早く…………!!」

 

「……もっと鋭く…………!!」

 

コイツ(アンタ)だけには負けらんねえ!!」

 

 ジャスティスカイザーは一旦バックステップで距離を取るとドラグーンとビームライフルで再び包囲網を作りカイザーインフィニティの自由を奪う。そして太刀を片手で構え今日一番の踏み込みで対象物目掛けて飛び込む。

 

「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

「やばい!!完全に押し負けるッッ!!」

 

 カイザーインフィニティは咄嗟にシールドで防御するがその力強く鋭い斬撃を止めることはできずシールドごと吹き飛ばされた。

 

「終わりだ!!」

 

「くそ!間に合え!!」

 

 ジャスティスカイザーはもう一度太刀を構え勢いに乗って斬撃を放つ。しかしその渾身の一撃は空を切った。

 

「どこだ……!?」

 

「…………上か!!」

 

 ジャスティスカイザーが空を見上げると分離していたはずのバックパックと再びドッキングし攻撃を回避し既に反撃の姿勢をとったカイザーインフィニティの姿があった。

 

「行くぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 そしてもう一度バックパックと本体を離すと上空からの高い位置エネルギーを利用してジャスティスカイザーの頭上からバイシクルキックの体勢で蹴り込んだ。

 

「くっ…………重い……。だけど…………!!」

 

「まだまだァァッッ!!」

 

 ジャスティスカイザーは頭上からの強い衝撃を太刀でなんとか振り払う。だがさらにもう一撃ビーム刃を展開したバックパックが凄まじい勢いで突撃してきた。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 一撃目を振り払う事がやっとだったジャスティスカイザーに二撃目をなんとかする余力はなくボディを切り裂かれる。そして膝をついたカイザーインフィニティはガッツポーズをとりながら再びバックパックとドッキングする。

 

「……コイツは、俺を世界に羽ばたかせるための無限の翼だ。限界なんていくらでも超えてきたんだよ。」

 

「…………今の僕にはそんな翼はないけど、一緒に歩んでくれるコイツがいるッッ…………!!」

 

 大ダメージを負ったジャスティスカイザーはよろよろと立ち上がりながら核エネルギーを爆発させ機体を力強い黄金色で纏い始める。

 

 ──"God Advent"──

 

「やるぞ!カイザー!!」

 

「神モードッッッッ!!」

 

 ジャスティスカイザーのツインアイが鋭く光るとその機体に組み込まれた切り札を発動させる。立ちはだかる強敵と兄を倒したいと願った少年が授かった能力。このシステムを使いこなすには組み込まれた機体と通じ合う事、そして認められる事。少年のフウトはそれを既に完全に扱いこなしていた。

 

「来たか…………。でも俺とお前だってやれるよな。」

 

「父さんの創ったこのシステムは今も昔も変わらないッ…………!!」

 

 同じくカイザーインフィニティもまた力強く優しい黄金色の光を纏い出力を限界まで高める。そして両機は共鳴するように天高くその気高い光を漂わせた。

 

───────────────────────

 

「──フウト、強い男になるんだぞ。」

 

「この世界に神様なんて万能で都合のいいものなんて存在しないかも知れない。だけど、願う事と抗う事を辞めてはいけない。願いは人を強くする。その願いがいつかきっと誰かを護れるくらい、優しくて強い、そんな光になるんだ。」

 

「そして、抗うんだ。抗い続けるんだ。そうする事できっと…………。」

 

───────────────────────

 

「強くなりたいという願いが!!」

 

「自分の弱さを認め抗い続けることが!!」

 

 黄金色を纏った二機はまた再び激しく交わる。ビームサーベルを持ち斬撃を重ね合い、切り払られると次の手と一歩も引かない。

 

「はぁはぁ………………。」

 

「やるな…………坊主…………。」

 

 神モードの消耗は激しい。ボロボロとなった機体はその反動に耐えれず装甲が徐々に剥がれていく。もう長くはない。両者は次の一撃で決まることを予感し生唾を飲み込む。

 

「……一つ聞いてもいいですか?」

 

「なんだよ。」

 

「あなたは何者なんです。」

 

「俺は……………………。」

 

「俺は俺だ。何者にもなれなかったかも知れないが俺は俺として生きている。そんだけだ。」

 

「その道を知りてえんなら」

 

「自分のそのよく見えすぎる眼で確かめて自分の足で歩きやがれクソガキ…………!!」

 

 フウトはかさぶただらけの指でアームレーカーを力強く引く。

 

「…………言われなくたってそうさせてもらうよ…………!!」

 

 二機は拳を握り締め目の前にいる最高に気に食わない自分自身に対して振りかぶる。単純な攻撃。だからこそ、どちらかが速いかで決まる。

 

「……………………………………!!」

 

「……………………………………!!」

 

 拳が頭の装甲をクシャクシャにする音が両者から鳴り響く。

 

 ──battle end──

 

「……………………俺の勝ちだ。」

 

 コンマ数秒、カイザーインフィニティの拳が先にジャスティスカイザーにヒットしていた。ほんの少し、ほんの少しの差が勝敗を分けた。しかしこの差が勝負の世界なのだとそれを教えるかのようにカイザーインフィニティは黄金に輝くその拳を天高く掲げた。

 

「強くなれ。俺。」

 

「願いと抗いはきっと自分を本当の自分自身にする。」

 

「みんな、そうやって何者かになっていくんだよ。」

 

「望むのは他の誰でもない。望むのは俺自身だ。」

 

 フウトはそう呟き元の世界に戻る。自分自身を信じているからこそ、この言葉が少年に届かない事を祈った。そして自分自身もまだ道の途中である事、何者にもなれない自分がやっと誰かみたいではなく何者かになり始めた事を強く胸に刻みながら彼は目を瞑りその場を立ち去った。

 

***

 

 フウトは気づくともう辺りは真っ暗になっており会場近くの芝生で目を覚ました。またこのパターンかと先程の朧げな記憶を思い出しながら起き上がる。鏡を見ていると亡くした父の事を強く思い出した。幼き日に聴いたあの言葉の意味を完全に理解したわけではないけど、自分に正直に生きていれば『神が宿る』とでも言いたかったのだろうか。その答えは誰も知り得ないが答えを知る事が重要ではない。フウトはそう思い立ち上がる。

 

「久しぶりに墓参り、行くか。」

 

「アレ?もしかしてフウトかい?」

 

「ん?その声は…………!!?」

 

 芝生の背後から聞き馴染みのある声が聴こえた。青髪で爽やかな青年、アララギ・サワラだ。

 

「久しぶりだなーー!元気かよ!」

 

「久しぶり!てか帰ってくるなら連絡しなよ。シイナちゃんだって待ってるんだろ?」

 

「あぁ、ごめん。なんかふらっと来たくなってよ。ここに。」

 

「まぁ、気持ちもは分かるよ。俺も実際そうだし。」

 

 2人は夏の星空を眺めながらあの夏を思い出す。青葉を揺らしその瞬間にしか訪れないものを求めて、喉を枯らすほどに駆け抜けた季節に。ただ空っぽになるまで焦がれた、焦がれることの出来た黄金の夏。

 

「そうだ!久しぶりにガンプラバトルやろうよ!」

 

「お!いいねえ!悪いけど勝つのは俺だぜ?」

 

「何言ってんの、勝つのは僕だよ。」

 

 蒼い月の下で照らされた彼らはあの頃と変わらない顔つきで歩み出した。長い月日を経て出逢えた自分自身と共に。



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第五話「強きもの」

 

 青い空。初夏に相応しい綺麗な青空。まだ乾いた風が吹き抜け気持ちのいい季節だ。

 

「いい天気だなぁ。」

 

 薄緑の作業着を着た男性、イヌハラ・フウトは勇気高校の屋上で青空をただ眺める。彼は高校の清掃の職務についており朝の清掃を終え一息ついていた。

 

 ぼんやりと空を眺めながら、彼はGBN、電子で構築された仮想空間の中で新しい愛機「ソフィエルカイザー」と共に空を駆ける事をふと思う。現実世界とまるで遜色のない空を自由自在に飛び回る。あの空とこの空に何の違いがあるのだろうか、今なら空に手を翳せば届くような気さえした。

 

 かつて兄が操った機体に乗り、継承の翼を背に今度は自分が、兄の代わりとしてあの世界で生きる。まだはっきりとした意味は分からない。大した意味なんて別に必要でもないのかもしれない。理屈なんかよりもアツいものが確かにあるとつい最近感じたからだ。

 

「……へへ………スプリッターの黒いグフに、あの子の機体フレームが仕込まれた機体か。」

 

「まだまだすげえ奴はたくさんいるんだろ……?」

 

 フウトは腰のホルダーに入れてあるソフィエルカイザーを空に掲げ太陽の光に反射させる。

 

「なあ?カイザー、お前も一緒に翔んでくれるよな。」

 

「──屋上でサボって独り言かい?」

 

 フレグランスのいい匂いが漂った。フウトが横眼で目視すると見慣れた背の高い人影がいた。

 

「サボりじゃねーよ。あとお前どっから入った?部外者だろうが。」

 

「アララギさんにはちゃんと許可は取ってある。」

 

 少し癖毛が混じった金髪を指でクルクルしながらそう話しかけてきたのは同じGBN探索班のエク・レイア。

 

「はいはい。アララギ先生には『香水臭くて校内をもう一度清掃し直すことになりました。』って伝えとくよ。」

 

「相変わらず酷い男だな君は。」

 

「そういうお前もだろ?パチンコ屋に行かねえでこんな朝から直接会いに来るって事はなんか用事があるんだろ?」

 

「そういうところだけは勘が良くて助かる。それと整理券はコウタロウの連れに並んでもらっているから無論、大丈夫だ。」

 

 エクはキリッとした表情で自分の端末でいくつかの動画を再生し始める。ギャンブルに魂を惹かれた男を前に少々呆れながらフウトは動画を見る。

 

『── 流星一閃ッッッッ!!』

 

『──ッッッッ!!?』

 

 端末にはつい先日フウトが遭遇したダイバー ヨネとその愛機ガンダムリパルドとの戦闘映像が再生されていた。

 

「最近噂になっているガンダムリパルドを倒したんだって?しかもソフィエルカイザーをこんなに表沙汰にしちゃって。全く目を離した隙に派手にやってくれたね。」

 

「おいおい、待てよ。何だこの動画。どこのどいつが撮りやがった。盗撮だぜ!モラルはどうなってんた!!」

 

「派手にやり合ってたから通りすがりのダイバーが興味半分で撮ったんだろう。こういったGBNでの出来事を映像に残して専用の動画アップロードサイトに投稿して知名度を上げようとするヤツもいる。今後は気をつけるように…………」

 

「分かった、分かった。気をつけ…………。」

 

 フウトは面倒くさそうに空返事で済まそうとしていたがエクは突然ニヤリと口角を上げた。

 

「気をつけろと言おうと思ったがお前ほどの強者にそんな事言うだけ無駄か。」

 

「自由に翔べよ。フウト・イヌハラ」

 

「へっ、言われなくても。お前の方こそ酒と賭博ばっかやってねえでたまには俺に付き合え。」

 

「ニホンのギャンブルは楽しくてね。まあまた今度にでも。」

 

 フウトとエクレア。かつてGPD世界大会で一戦を交え現在は戦友としてGBNで活動している。奇妙な縁だが繋がりあうこの世界においてそれは必然だったのかもしれない。

 

 ***

 

「──おい!サイト!みろよ!!俺のG-TUBE!前に隠れて撮っておいた動画がバズってさ!!」

 

「………ほんとだ。この前の…………!!」

 

 時を同じくして教室ではサイトとアキタケが楽しげに会話をしていた。

 

「へへ……それでさ、今度はこのイベントに潜り込んでみようと思うんだ!」

 

「え!?これって…………!!?」

 

『【Sランク以上限定イベント】混戦!バトルロイヤルイベント!!』

 

 アキタケが見せたのは所謂上位ランカー向けの高難易度イベントミッション。何回かのタームに分けて行われるバトルロイヤル制のイベントで時間制限アリで最も時間内で撃墜数が多いかつ生存しているダイバーが勝利するというイベントだ。

 

「でも、僕のランクはまだBランク…………。残念だけど参加条件には到底及ばないよ…………。」

 

「ところがだぜ!サイト!!チャンプが参加するタームは抽選チケットに当選すれば試合を観戦させてくれるんだよ!!」

 

「そうなの!!?よし!申し込もう!!申し込むぞォッ!!」

 

 サイトとアキタケはウキウキで申し込み用の専用ページにアクセスし手続きを済ませた。

 

「──チャンプの試合、見れるといいなあ…………。」

 

 チャンプ。それはGBN内で最強と謳われるものに授けられる称号。GBNをするものなら誰もが認知しており彼に憧れゲームをプレイする者も多い。新世界の王、それがチャンプなのだ。サイトもまたチャンプを敬愛し尊敬するダイバーの一人。もし彼の闘いぶりを生で見られるとしたらと考えるとそれだけで胸が躍る。

 

 また、今のサイトには闘う理由も出来た。

 

『──だから、今度は僕が勝つ。それだけ言いたかった。』

 

『は?このタイミングで何言ってんだ、お前みたいなヘボに負けるかよ。』

 

 先日のリパルドとの交戦が、そしてあのガンダムソフィエルと瓜二つの謎の蒼い機体が、目を瞑れば鮮明に思い出す。強きものとの出逢いがサイトに強くなりたいと願わせ、そして、いつの日か彼のまだ気づかぬ彼を呼び覚ますかもしれない。

 

***

 

『──ここは俺の領域だッッ!!』

 

 蒼い機体が放つ強力なカウンター。並大抵の技量では出来ない極めて精度の高い"技" アキタケが世に放った動画を繰り返し見る人物がいた。

 

「…………かつて最強と呼ばれた機体。」

 

「その裏で無冠の皇帝あり………か…………。」

 

『──俺の弟は、強いよ。』

 

「君達も来たのかい……?ここへ。」

 

 動画を再生していた男性はそう言うとゆっくりと立ち上がり歩き出した。

 

「どちらへいかれるんですか?」

 

「なに、少し散歩へ。」

 

 男性はGBN上のシステムを駆使し白い仮面を付けると黒い装甲を被せたAGE2に乗り込んだ。

 

「最近、あの格好とあの機体を使われる事多いよな。ヒロト、お前どういう意図か分かるか?」

 

「……さあ。でもチャンプの事だ。何か理由があるんだろう。」

 

 GBN内 某所

 

「確か、ここだったかな…………。」

 

 仮面を被った男性は何やらラボのような場所に赴いていた。

 

「これはこれは、珍しいお客さんだね。」

 

「先生、ご無沙汰しております。今回は少しお願いがありまして。」

 

 そう言うと、仮面の男はバトルロイヤルの概要画面を見せた。

 

「私に出ろとでもいうのかい?」

 

「もちろん、先生に出ていただければこちらとしても盛り上がりますが………。」

 

 仮面の男は少し間を開けて口を再び開いた。

 

「イヌハラ・ユウキさんを代わりに出して頂けませんか?」

 

「………なるほどねえ。」

 

 察しのいい白衣の男性はため息混じりにそう答えた。

 

「だけど、こちらとしてはソフィエルの存在そのものがシークレット扱い。本人はあまり気にしてないみたいで困るんだけどね。」

 

「そちらはそちらで事情がある事は承知しております。有観客ではありますが100人程度、ロビーでのライブ中継のアングルには一切ソフィエルは映さず、今回の映像データの転載の一切を禁じる。」

 

「…………これで、どうでしょうか…………?」

 

「………すごい徹底ぶりだねえ。そこまでして闘いたいのかい?」

 

「わがままである事は分かっていますが、あの映像を見てしまうと抑えきれなくて…………。」

 

「……君も相変わらず……だね。」

 

「…………強いよ彼らは。」

 

 そういうと仮面の男にイヌハラ・ユウキのダイバーデータを送信した。

 

「…………ありがとうございます…………!!」

 

「…………いい席を、頼むよ。」

 

 やりとりを終えると二人は言葉をそれ以上交わさず別れた。白衣の男性、アララギ・ユウリはポケットに手を突っ込み小さなラボの天井を眺める。

 

「…………楽しみだな…………………いつぶりかな君達の闘う姿を見るのは…………」

 

「…………にしてもあんな格好までしなきゃうろつけないし対戦相手も自由に選べないなんてやっぱりああいうのは窮屈なものだねえ。」

 

「…………でもまあ、彼が本当にガンプラとこの世界を愛している男で良かったよ。本当に。」

 

***

 

 バトルロイヤルイベント当日

 

 サイトとアキタケはGBNへログインするためにいつもの模型店に集合していた。

 

「まさか抽選100名に選ばれるなんて!!やったね!アキタケ!!」

 

「……ああ…………。そうだな。サイト…………。」

 

 満面の笑みを浮かべるサイトとは反面当初乗り気だったアキタケは項垂れる。

 

「…………なんで…………動画データの転載は禁止なんだ…………。」

 

「なんだ!2人ともそのチケットを入手出来たなんてとんでもないラッキーボーイじゃないか!」

 

「店長!!」

 

 奥の事務室の方から青い髪をした「店長」と言われるにはまだ若々しいいつもどおりの店長が現れた。だがひとつだけいつもとちがう点があった。

 

「あれ?店長、ダイバーギアとガンプラなんかもって今日は珍しくインするんですか?」

 

「はは、まあね。僕もそのイベントが気になってね。」

 

 よく見るとどこかで見たことのある機体の形。普段いつも店長と接する機会は多いが、サイトは彼自身のガンプラを見たことは今日がはじめてだった。

 

「よし!今日はなんだかすごい事になりそうな気がする!!行こうアキタケ!!」

 

「お、おう……………………。」

 

『うおおおおおお!!!すげえ!!!!』

 

『みたかよ!いまの赤い機体!!なんつー軌道と太刀筋だ!!』

 

『おい!!あの赤い機体と互角にやり合ってる青いのもすげえぞ!!まるで全身が武器みたいだ!!』

 

 既にチャンプ達の前のタームが開始されており盛り上がっていた。

 

「…………すごい、盛り上がりだ…………。」

 

「くぅ!こうなりゃ!とことん楽しむぜ!!しっかりとこの目に焼き付けてやる!!」

 

「その意気だ!アキタケ!こんなに凄いことはそうそうないよ!」

 

「……そういえば店長は…………?」

 

 ***

 

「なんだここーーーーー!?」

 

 いつものようにガンダムソフィエルカイザーに乗りGBNへダイブしたフウトだったが、ダイバーした途端に格納庫に閉じ込められ『お時間になるまで暫くお待ち下さい』とメッセージが表示されて身動きがとれない。とはいえフウトにとってあまりに突然すぎる出来事のため頭がパニックになり様々なボタンや機能を開いては閉じる。そんな中、開かれた画面に異変を感じた。

 

ダイバーネーム :ユウキ

ランク:SSS

 

「ランク………………」

 

「SSSッッッッ!!?何でだ?俺のランクはまだDランク帯。まさか!ウイルス!!ウイルスなのか!!俺は今から粛清でもされんのかーー!!」

 

 さらにあたふたするフウト。いつもは冷静な彼だが今回ばかりは本気だ。そんな彼の脳に今朝の些細な出来事が過ぎる。

 

『あ、ふうちゃん。今日はこっちのダイバーギア使って。こっちのデータで緊急強制ミッションを受けてもらいたいんだ。』

 

「…………………………………………。」

 

「分かりました。やりますよ。地獄の果てまでやりますよ。」

 

「どうせ勝つまで帰ってくるな系のやつだろ。先生はいつもそうさ。」

 

 フウトが愚痴を云々と溢しているとちょうどよく格納庫のゲートに光が差し込み出撃出来る様になった。

 

「ガンダムソフィエルカイザー、行くぞ!!」

 

 蒼帝は6枚の羽を力強く羽ばたかせ未知の戦場へと赴く。そこは無数に広がる宇宙空間。そしてどこからか聴こえる歓声。

 

「……一体ここは………………?」

 

 フウトが当たりを見渡していると突然ビームライフルの鋭い粒子が降り掛かる。

 

「突然なんだ!?それにまた新しいのがくる!」

 

 今度は別の方向から鋭い射撃。中距離から絶妙に放たれる一撃。撃った後にどこにいるのか分からなくするように徹底されたヒットアンドウェイ。どれもかなりの手練れだ。今までと相手のレベルが上がったことくらいは容易く分かる。

 

「こんな時にドラグーンでもあれば楽なんだけどな!」

 

 フウトはそう呟きながらライフルを構え次の射撃に備え集中する。

 

「………………!!」

 

 もう一度ビームライフルの粒子がソフィエルへと襲いかかる。しかしソフィエルはそれを紙一重で避け今度はかなりの早業で射線から相手の動きを予測し精密な射撃を行う。

 

「なんだと!!この距離から当ててくるのかコイツ!!」

 

「当たった!!コイツで終わりだ!!」

 

 手応えを感じるとビームサーベルを構え一気にブースト。また相手もそれに呼応してビームサーベルを構えるが時は既に遅かった。

 

「何なんだ…………今の……通り過ぎただけじゃ…………。」

 

「正体はガンダムMk-IIか。かなりの精度だけど今度はもう少し足の速い機体でこいよ。じゃあな。」

 

 フウトのモニターの右端に「1」とカウントされる。この数字の意味を考えてる間に次の敵が現れる。

 

「………なるほど…………。そう言うことかよ。」

 

「要は最後まで生き残ればいいんだろう!!」

 

 ガンダムソフィエルはツインアイを光らせ次々とSランク級を相手取る。

 

『──やるねえ。ふうちゃん。』

 

 バトルロイヤルを宇宙空間外から観戦するのはアララギ。カメラロールに映らないガンダムソフィエルがよく見える位置に場所をとってもらっていたのだ。

 

『射撃がかなり上手くなったね。ドラグーンシステムを使わなくなった分そっちにも気を取られなくてもいいし。』

 

『あれじゃ、まるでユウキくんの使うソフィエルじゃないか。』

 

 アララギの目にはかつてイヌハラ・ユウキが操っていた青いガンダムソフィエルの姿とフウトの操るソフィエルカイザーの姿が重なって見えた。広角を上げ嬉しそうな表情をし彼の闘いをじっと観戦する。

 

『見ろ!オノサカ!あれ!!凄い勢いで敵を倒してる機体がいるぞ。』

 

『本当だ!それにとても速い…………!!』

 

「──そんなんじゃ、俺にはついてこれないよ!!」

 

 ガンダムソフィエルによく似た形状でバイザーをつけ黒い装甲を纏う機体がクネクネと見たこともないようなスピードで戦場を駆け巡る。機体の差し色である橙色が美しい残像として残り機体が通った軌道には次々と爆発が起こっていく。しかしその背後からまた、とてつもない速さで接近する蒼い星がひとつ。

 

「…………アラート?面白い速さ比べか!!」

 

「着いて来れるものなら着いてきなよ!!この『ガンダムソフィエルエクリプス』に!!!」

 

 黒い機体、ソフィエルエクリプスはさらに加速し背後から迫る機体を煽る。まるでそれを分かりきっていたように蒼い星はぐんぐんと加速していく。

 

「…………あの機体………………!!まさか!!」

 

「…………やっと追いついたぜ…………!!」

 

「──サワラァァァァ!!!」

 

「ユウキさん……!?いやこの荒々しい感じは………!!」

 

 互いにとてつもない慣性と共に蒼帝と蝕の天使はビームサーベルで激しくぶつかり合った。よく似た形状のソフィエルシリーズの機体が偶然にも再び交わった。

 

「ははは。変わらないな君は。それにまさかその機体に乗って現れるなんて!」

 

「お前こそ、相変わらずのスピードだよ。こんなに速いやつは俺の知っている中じゃお前しかいないからまさかと思ってさ!」

 

 2人は驚いた様子で、なのにどこか来ることが分かっていたように、そんな不思議な表情だった。挨拶がわりの一撃も2人にとってとても心地の良いものだった。

 

 しかしそこに新たな刺客。複数機現れ立ち止まった機体をカモにしようと襲いかかる。

 

「…………おいおい、こっちは感動の再会中だぜ?」

 

「…………全く常識くらいは持ち合わせてほしいな。」

 

 2機のソフィエルの目が鋭く光り阿吽の呼吸でライフルを構え2人はニヤッと広角を上げる。

 

『邪魔するな!!!!』

 

 襲い掛かる複数のMSに対しエクリプスが持ち前のスピードを活かした高速射撃で追い込む。残像さえ残るあまりの速さ。一体しかいないのにも関わらずビームの包囲網が生まれる。

 

「な、なんだこいつ!!まるで見えねえ!!」

 

「サワラ、腕は鈍っちゃいないようだな。」

 

「当たり前だ。フウトこそ鈍っちゃないよな?」

 

 ソフィエルカイザーはそのビームの雨の中を駆け抜け取り付けられたブレードで次々と薙ぎ倒していく。

 

「──当たり前だ!!ここは俺たちの領域だろ?」

 

 エクリプスの残像とカイザーの緑のGN粒子が美しく宇宙空間に煌めき消えていった。

 

 一方、観戦席でその2機を見て驚きを隠せないオノサカもアキタケの姿があった。

 

「なあ、オノサカ。あれって…………。」

 

「…………店長…………だよね。」

 

 珍しくダイバーギアと自分の機体を持ち出していたと思っていたらまさかこのイベントに参加していたとは到底検討にもつかない事だった。そしてもう一つ、驚くべき事があった。

 

「しかもなんで、この前のガンダムソフィエルがいるんだよ。やっぱりめちゃくちゃ強いじゃないか。お前本当にあんなのとやり合ったのかよ。」

 

「…………………………………………。」

 

 オノサカは何も答えず手に軽く拳を作り戦いの様子を見る。

 

 2機のソフィエルは阿吽の呼吸でのコンビネーションを見せつけ一息付いていた。

 

「ふっ、何年ぶりだろうね。」

 

「さあな。お互い元気なら何でもいいだろ。」

 

「確かに。」

 

 しかしその2機を引き離すようにその間を緑の物体が突き刺すように飛んでくる。

 

「!?」

 

 2人は直感でヤバいと感じた。これまでの敵も強者ではあるものの今のはホンモノだと。背筋が凍る様なプレッシャーを感じた。

 

「サワラくん悪いね。そっちの蒼い方に用があるんだ。」

 

「キョウヤさん………!!?」

 

 突如として現れたAGE2を改造した機体が強力な射撃で一気に2機を引き離す。通常のAGE2の出力を軽く上回る一撃。そんなハイスペック機と紛れもない強者に対してフウトは全く臆する事なく挑んでいく。むしろ彼の胸の奥は踊っていた。

 

「フウト!気をつけろその人は……!!」

 

「──クソガキの前にアンタはアタシの相手でもしてもらうよッ!」

 

「くっ!まさか貴方までいるとは!!」

 

 引き離されたソフィエルエクリプスはどこからともなく現れた緋色の刀を持つ深紅の機体にその道を阻まれていた。一方でフウトは目の前の王に真正面から立ち向かう。

 

「おもしれぇ!」

 

 ビームライフルを片手にもう片方にはビームサーベルを装備しさっきのお返しと言わんばかりにビームライフルを放つ。しかし先程の緑色の刃がいくつか結束し螺旋状に回転し攻撃を弾く。

 

「……Cファンネルか…………?いやそれにしては形状が独特だ。」

 

 フウトにとって初めてみる武装。もう少し動きや特徴を捉えたかったがそんな隙を目の前の敵は見せてくれない。今度は刃を向けてこちらへ鋭く向かってきた。

 

「今度は攻撃に!!」

 

 ソフィエルカイザーはビームサーベルで弾きながら持ち前の機動性を活かしてその遠隔攻撃を剥がそうとするがなかなか離してくれない。そうこうしているとAGE2は変形しソフィエルの背後を一瞬で取った。

 

「これで終わりかい?」

 

「こいつ!まじのバケモンかよ!!」

 

 変形状態から強力な螺旋状のビーム粒子が放たれる。

 

「…………………!!!」

 

「やはりその反応速度!避けるか!!」

 

 フウトの目が光る。ファンネルを早業で振り払うと背後から迫る攻撃をソフィエルは宙返りで避けライフルを両手で構えすかさず反撃。ここまで両者、常軌を逸する速度で機体を操作し制御している。

 

『…………あのチャンプと真正面からやり合ってる。あれに乗っている人は、イヌハラ・フウトって人は一体何者なんだ………………。』

 

 前回のリパルド遭遇戦でソフィエルを操縦している人物がフウトだと感づいたオノサカは食い入るようにその闘う様を見た。

 

「ちょこまかとやってたら拉致があかねえ!一気に距離を詰めるッッ!!」

 

「面白い!!」

 

 ソフィエルは方から大剣を装備すると直線的にブースト。チャンプのAGE2マグナムは再びFファンネルを展開しビームサーベルを抜き構える。迫り来るFファンネルをブレードで切り払うと旋回しながら振り切り一気に距離を縮める。この巧みな動きにはチャンプ、キョウヤも驚く。

 

「これがかつて皇帝と呼ばれた男の闘いなのか……!!」

 

「コイツをもってけ!!」

 

 ソフィエルカイザーは大剣を大きく振り翳すがAGE2マグナムの回避スピードを捉えられない。その後何度も連続で斬りかかるがまるで当たりそうにない。

 

「当てさせてもくれないのかよッ!!」

 

「それならッッッ!!」

 

「…………ブゥゥメランッッッッ!!」

 

 ソフィエルカイザーは一本の大剣の先端部を変形させ低い姿勢から力強く投げつけた。しかし攻撃は簡単に避けられ不発。囮として視界に一瞬入れその背後から渾身の一撃を決め込むがFファンネルにまたも防御され回転しながら帰ってくるブーメランも変形を駆使して回避されるとまたも距離を取られる。

 

「楽しいものだね。ガンプラバトルというものは。」

 

「ああ。こんなのは久しぶりだ。」

 

「アンタが相手なら俺もコイツも1つや2つ限界なんて超えられそうだ。」

 

「──ここから先は俺達の領域だッッ!!」

 

──God Advent──

 

 ガンダムソフィエルの緑色のコア部分が光り次第に黄金の輝きを纏う。ジャスティスカイザーと同じ強く優しい光が蒼の皇帝を包む。

 

「…………これは………………?」

 

「この機体が継承したのは兄さんの想いだけじゃない。」

 

「ジャスティスカイザーの魂も引き継いでるんだ。」

 

「なるほど、あの人が彼に託した意味が少し分かった気がするよ。」

 

「さぁ、決着をつけようフウト!!君の全力と僕の全力!どちらが上回るか勝負だ!!」

 

 向かい合う王と皇帝。

 

 ソフィエルカイザーは緑混じった黄金色を纏うと突撃した。AGE2マグナムはハイパードッズライフルマグナムを放つがその黄金色がライフルを弾く。

 

「ビームを弾いた!!?」

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 想いを継承する翼でただ真っ直ぐに推進するソフィエルカイザー。大剣を一本装備し、黄金の輝きと共に渾身の一撃を放った。その様は一瞬赤い皇帝の姿と重なる。

 

「くっ…………。」

 

 想いを重ねた一撃はAGE2マグナムの右腕を切り裂いた。

 

「これが皇帝の一撃………………。」

 

「だが、私も負けるわけにはいかないッッ!!」

 

 AGE2マグナムもまたツインアイを光らせ真正面からソフィエルカイザーへと向かう。かつて最強と謳われた機体と今現在最強と謳われる機体。彼らが交わる事は必然だったのかもしれない。それはずっと前から決まっていた事であるように。

 

『うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』

 

 2機が重なるその瞬間、タイムアウトのアナウンスがされる。

 

「……タイム…………」

 

「……アウト…………」

 

 目の前の敵を倒す事だけに集中していた2人はまるで時間の事など頭になくアナウンスを聴くと緊張の糸が切れた様な表情をした。そして両者共に武器を納め向かい合う。

 

「君と闘えてよかった。心からそう思うよ。」

 

「アンタが言うとイヤミっぽく聞こえるけどありがたく受け取っておくよ。」

 

「ユウキさんが話してくれていた通りだったよ。君は。」

 

「期待外れじゃなくて何よりだよ。じゃあまた。この決着はいつか。」

 

 そう言うとフウトは早々と撤退していった。自分が本来この場にいてはいけないと言う事は彼なりに理解していたのだろう。キョウヤもそれを見届けると何も言わずその場を立ち去った。

 

 強者ひしめくバトルロイヤルはこれにて幕を閉じた。

 

「こんだけやって腕一本………か………。」

 

「やっぱりここは面白いところだな、兄さん。」

 

 フウトにとって思いがけぬ再会と最強への挑戦。あのままもしバトルが続いていたら。

 

 彼のGBNでの記録はまだまだ続く。

 

***

 

「──久しぶりだな。サワラ。」

 

「久しぶりだね。フウト。」

 

「帰っていたなら言ってくれればよかったのに、兄さんも何も言ってくれやしないし。」

 

「悪い、悪い。まさかサワラがここの店主になってるなんて思いもしなかったからよ。」

 

 そういうとフウトは店内を見渡す。

 

「相変わらず、いい店だな。」

 

「そうかい?ありがとう。少し懐かしくなったかい?」

 

「少しじゃねえよ。最近歳とったせいかこう言うのに弱くなっちまってよ。」

 

 アララギ模型店。アララギとサワラの父クロスケの代から続く模型店。フウトが学生だった頃、兄や仲間と共によく通った思い出の場所である。木造の匂いとシンナーの香りがほんのりと漂う。

 

「そうだ、フウト。」

 

「ん?」

 

「今日、あの場所でアカネさんと会ったよ。」

 

「アカネさんと!!?」

 

「『次はクソガキ、テメェの番だ。』ってさ。」

 

 サワラはアカネの口調を真似て伝えると勘弁してくれと苦笑いになるフウト。

 

「ま、その前に今から俺と一戦付き合ってもらうけどね。」

 

「チャンプ相手に引けを取らなかった、その実力、変わらないみたいだね。」

 

「サワラこそスピードだけじゃなくて全てに磨きが掛かってた。楽しみだ。」

 

 2人はポケットからジャスティスカイザーとアストレアType.Rのパーツを見せると店内のGBNブースへと向かっていった。久しぶり会えばやる事はひとつ。決まり事だ。

 

 

『今日も俺が勝つ……!!』

 

(続く)



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第六話「AGE」

お久しぶりです。

またぼちぼち執筆していきます。

今回から分岐ルートに入ります。
「シイナルート」と「フウトルート」ご用意しておりますが、
まずは前者をお楽しみください。

初めての試みですので色々とグダるところもあるかと思いますが
頑張って執筆しますのでどうぞよろしくお願いします。


「…………きたッ………………!!」

 

 静寂の砂漠地帯に突如爆発音が鳴り響く。

 

「グレネードか!あのグフ飛び道具を隠し持ってやがったのか!!ええい!厄介な!」

 

 爆風が細かい粒子の砂をかきあげ相手の視界を奪う。マシーンは繊細で正直だ。バイザー型のメインカメラにノイズが走る。

 

「我慢した甲斐があった…………!!こいつで終わりだッ……!!」

 

 砂の煙の中から灰色のグフがバーニアを目一杯吹かせて上昇してくる。右手には必殺のヒートサーベルの刃が灼熱の温度を宿し対象へと接近する。

 

 しかし、砂漠地帯の砂風は厳しい。グフの垂直への推進は思ったより伸びない。飛び出すタイミングを間違えたのだろうか、それとも仕掛けるタイミングを間違えたのだろうか。このままでは慣性に押し戻される。

 

「フッ!ツキがこちらへ回ったようだな!!グフ使い!!」

 

「今度はこっちの番だッ……!!」

 

 メインカメラの砂嵐が止むと緑色のバイザーは奥の眼を青く光らせる。バイザー型のモビルスーツは陸戦型ジム。陸戦型ガンダムのオリジナルカラーをベースに頭だけをジムに変えた、いわゆる「ジム頭」タイプ。チェストバルカンを小気味よく放ちながら向かってくる。

 

「まずい!このままじゃ相手の勢いに負ける!」

 

 グフを駆る少年は手元の操縦グリップを握りながら起死回生のウェポンを探す。グレネードが残り1つ。状況を打破するにはこれに賭けるしかない。グフは手元を腰に手を回す。

 

「遅いッ…………!!」

 

「何だ!?」

 

 突如飛翔体がグフのモノアイを襲う。首が思いっきり後ろへと衝撃を受ける。あまりにも突然だったのでパイロットは混乱を隠せない。地上の砂にはジムのシールドが突き刺さる。しかしそんな事気づくわけもなかった。

 

「くそ!なんだよ!なんなんだ!いまの!」

 

 少年は何が何だか理解できず頭をかきむしゃる。

 

「同じ手が通じると思ったのか。まだまだ、腕は未熟だな!グフ使いよォ!」

 

「噂の『ガンダムリパルド」とエンカしたって少し小耳に挟んだが……この程度とはな!!」

 

「がっかりだ!こいつで終わりにしよう!!!」

 

「くそ!またか!また負けるのかぼくは!!」

 

───────────────────────

 

『今度は僕が勝つ。それだけ言いたかった。』

 

『は?このタイミングで何言ってんだ、お前みたいなヘボに負けるかよ。』

 

───────────────────────

 

 頭の中に浮かび上がる。

 

 ぼくは勝ちたい。

 

 アイツに。

 

 それだけじゃない。

 

 あの人にも。

 

『──俺、右だ。』

 

『右へ避けろ。』

 

 迫る陸戦型ジム。ビームサーベルを構えコックピット目掛けて突進してくる。

 

「…………右………………!!?」

 

「なんだと!!?」

 

 少年オノサカの前髪に隠れた目が一瞬薄紅に光る。

 

 突進を避けられたジムはそのまま砂に足を取られ前面から転ける。

 

「コイツ…………一体………………!!?」

 

「…………………………………………。」

 

 グフはどすどすとジムの方へと歩いて行き倒れた対象物を足で踏みつけると紅いモノアイを低音でボワンと響かせ灯らせる。そしてその鋭い眼は対象物を見下し熱を灯したビームサーベルで突き刺した。

 

 ***

 

『──右だ…………。』

 

「あの声は一体…………。」

 

 サイトは昨日GBNでガンプラバトルをしていた時の「声」が脳から離れない。自分とよく似ている声で、何故か他人のような気がしなくて。普通ならそんな現象に対して恐怖心を感じるが、なぜかイヤな感じもしない。不思議でたまらなかった。

 

「…………お…………い。」

 

「…………おーい…………。」

 

「……おーい……………!!」

 

「……おーい!!!起きてんのかサイト!!」

 

「あ、ごめん。アキタケ。GBNのこと考えてた。」

 

「ったく、お前は相変わらずだな。で、調子はどうよ。」

 

「うーん、まあまあかな。でも…………。」

 

「でも…………?」

 

 サイトは目線を上に上げて昨日のバトルを振り返る。それだけではない、これまでのバトルの記憶も断片的に過ぎらせる。そして何故かぽつぽつと彼が求めるビジョンがぼんやり浮かぶ。

 

 これまでのスタイルとは全く別で、

 

 浮かぶのは鬼の顔と無限の刃。

 

 そこには自分であって自分で無い誰かがいる。

 

 この妙な感覚が、体験したことも見たこともない感覚が、何故かイヤじゃなかった。むしろ心の中の誰かが待ち望んでいるようなおかしな感覚。サイトはこの第六感に賭けてみることにした。

 

「………でも、僕はまだまだ強くなる。」

 

「だから、超近接型の機体を作ろうと思う。」

 

「は!?まじかよ!!サイト!!そりゃ無茶だぜ?だってお前、近接戦闘はそこまで得意じゃないだろ!!」

 

「それに近接戦闘機は確かにロマンこそあるが実際相手に近寄る分反撃のリスクも高い。そりゃ使いこなせさえすればタイマンじゃ無類の強さを発揮するけど集団戦闘やミッションじゃ汎用性に欠ける。らしくないぜサイト!」

 

「うん、分かってる。でも出来る気がするんだ。なんとなく。それに、その機体を使いこなせる日が来た時、僕はつまり相当強いってことでしょ?」

 

「はぁ、お前頭いいのか馬鹿なのかたまに分かんなくなるぜ。まあそういところが好きなんだけどよ。」

 

 アキタケは頭をかきながらやれやれといった仕草を見せる。だが彼はガンプラという好きなものへの熱意と探究心を持つサイトの"バカ"なところが好きだ。彼にはまだそこまで夢中になれるものがない。だから羨ましいと思う事もある。羨ましいと思うこともたまにはあるが、それでもオノ・サイトという男を憎む事はなくバカのたどり着く先を見てみたいと思っている。それに彼といると、自分も何かバカになってみたいとさえ思うのだ。

 

「そんなバカにこれ。いいもん見つけてきたぜ。」

 

「バカは失礼だろ。お前もバカな癖に。」

 

 サイトは口を尖らせながらアキタケがスマホに映し出した文字列を読む。

 

「……U18 GBN……全国選手権大会…………?」

 

「どうやら、毎年夏にやってるみたいだぜ。トーナメント形式で全国の18歳以下のダイバーと闘う。シンプルな大会形式は旧式のGPD時代が由来なのかもな。」

 

「GPD時代の………なごり、か。」

 

 サイトの脳裏には街のテレビで見た蒼と赤の機体が繰り広げた天地が割れるほどの激しい闘いの記憶が過ぎる。いつか自分も。心のどこかでそう思ったあの日。

 

「いいね、やろう。」

 

「流石、大将!そういうと思ってたぜ!!」

 

「逢えるかな、彼と。」

 

「ん?リパルドか?さあ、それはわからねえけどこの大会でお前の名前が売れればあの戦闘狂の方から出向いて来るかもな。」

 

 アキタケはニヤリとしてサイトにアイコンタクトを送る。サイトはそれを見てニヤリと返す。

 

「よーし、そうと決まれば早速新しい機体の製作に取り掛かるぞ!!」

 

 ***

 

 一方、職員室

 

「てことでね。シイナ。そろそろ部活持ってみないかい?」

 

「え?わたしが部活ですか!?」

 

 勇気高校の校長アララギ・ユウリと新人教員のヒナセ・シイナがデスクの前に座りながら話をしている。突然の話にシイナは少し動揺しているがアララギはその表情を見てニヤニヤしながら続ける。

 

「まあ、強制とは言わないけど。ウチの部活色々あるからさ。まあゆっくり決めてくれたらと思うよ。」

 

 アララギはポケットから勇気高校の部活パンフレットを差し出す。中学生向けの学校紹介などで使われるものだろうか派手なポップとどの写真にもイキイキとした学生の表情が印象的に映る。まさに青春といったところか。しかし、シイナが望むものはなかなか見当たらない。

 

「……えーっと、アララギ校長…………?」

 

「はい、じゃあ考えといてねー。先生言うこと言ったからねー。先生これから接待で忙しいからねーー。」

 

「えっ!!ちょっと!!アララギ校長!!わざとですよね!!ちょっと待ってくださいよ!!」

 

 アララギはシイナが何か言いかけるとそれを察知し素早くくるっと方向転換しいつもの白衣をふわっとさせ校長室へとそそくさと戻っていった。シイナはいつも通りほっぺをぷくっとふくらし不満を顔にだす。

 

「もう、また先生のいつもの手口。」

 

「部活かぁ…………。」

 

 シイナはパンフレットに載った学生達の表情をぼーっと眺める。

 

「いいなぁ。わたしも学生の時はこんな感じだったのかな……。」

 

 今のシイナには少しそのキラキラした表情が少し眩しい。手が届きそうではあるけど手が届かない、届くこともいつか辞めてしまったようなそんな表情。はたまたそんなつもりは本人になくともいつの間にか忘れてしまったのか無くしてしまったのか。やはりこの年代でしか味わえない事は我々大人の想像以上にある。

 

 そんな過程を支えたい、見届けたい、と言う気持ちがシイナを今の職に就かせた。自分がそうしてもらったように、すこしおこがましいが今度は自分が。自分が誰かに繋いでいきたいと彼女は思った。それは「次は自分の番」という使命感は多少あれどあくまで自主的な感情で彼女は動いている。

 

 シイナは天井を見上げて少し考え込んでいた。

 

 

 

 ──昼休み 理科準備室──

 

「ヒナセ先生、えらく顔が浮かないけど大丈夫ですか?」

 

「……はい。実は校長先生がそろそろ部活の顧問持ったらどうだって…………。」

 

「ふむふむ。」

 

「でも、その、顧問を持ちたいって部活がピンとこなくて、校長先生はゆっくり決めればいいとは言ってたんですけどこのままじゃ永遠に決まりそうになくて。」

 

「なるほど。それは大変ですね。」

 

「そうなんです。大変なんですよ。」

 

 2人の男女が他人行儀に話を進めていた。

 

「むっ、というかさっきから他人事みたいに!なんですか!よそよそしく喋って!!」

 

「だって、俺、学校の雇われ用務員だし。シイナは先生だし、ここ職場だし。あ、訂正です。職場ですし。」

 

「こんな時だけ常識人ぶるなんてずるいです!アララギ先生もフウトさんもずるいです!!ふんだ!」

 

 勇気高校の特別職員として雇われた用務員のイヌハラ・フウトは元同僚で恋人のヒナセ・シイナのご機嫌をやれやれと言いながら嗜める。彼がしばらく旅に出ていた間にすっかり大人の女性になったかと思っていたがこういうところはまだまだ変わっていない。とはいえ、こういった素の姿を見せてくれるのは自分に心を許しているからでと思うと内心少し嬉しかったりする。

 

「そういえば、フウトさん昔ここのガンプラバトル部だったんですよね。」

 

「なんだよ。急に。もうずいぶんと昔のことだけどな。あの頃は俺にとって兄さんとテルキさんとタロウさんとガンプラバトルする事が全てだった。4人で本気で日本一になるって夢みたいな事を本気で叶うって、やってやるんだって思ってたもんだよ。」

 

「そんな馬鹿みたいな事をアララギ先生はいつでも見守ってくれてたし、そのために必要なことを説いてくれていつも俺たちを成長させてくれたよ。」

 

「って…………なにぺらぺらと喋ってるんだ俺は…………。」

 

 理科準備室はフウトにとって青春そのもの。目を瞑って独特の埃が混じったこの匂いがかつての記憶を思い出させる。何年も前のセピアがかった記憶がフラッシュバックする。

 

 もちろん綺麗なことばかりではない。むしろ悩み苦しみ何度も辞めたくなったこともあった。今思えば兄に異変が起こり始めたのもこの頃だったのかもしれない。それでも、点は繋がる。道は出来る。どんなにでこぼこでもいくつもの道と繋がりその人だけの道ができる。そして振り返った時、過去の点など今を生きる事と比べれば美化されて見えるのかもしれない。

 

「ふふ………。」

 

「何笑ってるんだよ。」

 

「いいえ、別にー。」

 

 そんな彼を見つめ微笑む彼女。フウトは照れ隠ししながら口を尖らせて話題を戻す。

 

「まあ、先生もゆっくりでいいっていったんだ。好きようにしろよ。」

 

「それに俺の昔話なんかより、今いるここの生徒に答えがあると思うぜ。」

 

 フウトはそういうと用務員の帽子を髪が覆われるまで深く被りそそくさと教室を出て行った。

 

「あっ、フウトさん!ちょっとどこ行くんですか!」

 

 シイナは慌てて手を伸ばすがフウトは既に姿を消していた。またあの人はといった表情をしながらも彼の不器用な助言を胸の内に飲み込ませる。目の前の生徒たちともっと真剣に向き合ってみようと思った。

 

 ***

 

 放課後

 

「おい、サイト、このパーツは?」

 

「うーん、これは形状加工が厄介だなあ。」

 

「こっちは?」

 

「あ、これはつかえるかも。」

 

 理科実験室の古びた卓上の上をガチャガチャと音を立てながら2人は手を動かしている。今朝サイトが新しく作るといった機体の制作の真っ只中だ。サイトが手を動かして作業をし、アキタケがパーツをマテリアル類を漁って2人がかりで作業をする。

 

「なあ、サイト。」

 

「ん?」

 

「意外と俺たち、こうやって共同作業するのはじめてだよな。オマエ、いっつも一人でなんでもやっちまうし。」

 

「確かに。」

 

 サイトは手を動かすのに夢中できょとんとした顔で空返事をする。

 

「なーにが、確かにだよ。」

 

「昔もここの部屋で俺たちみたいなバカが居たんじゃないかって時々思わないか?」

 

 古びた理科実験室、実は今日アキタケは初めてここにオノサカに連れてこられてやってきた。色んな匂いが入り混じったこの部屋の中心には初期型のGPDの筐体がある。その隣に作業机、棚には2つのトロフィーとガンプラに関する専門書とライトノベルのようなタイトルの小説や少し前に流行ったCDや漫画となぜか古典を記した新書などが保管されている。

 

 彼らが改めて部屋の中を眺めていると風が一瞬、窓から二人の間を吹き抜けた。

 

「なんだこれ?」

 

 風吹き抜けた後、棚の本の隙間から古い紙切れがひらひらと床に落ちる。

 

『明日は、絶対優勝!』

 

 黄ばんだ紙にはこう書かれていた。それをそっとアキタケが拾う。そしてニヤッと口角を上げて少し黙り込む。

 

「なんだよ?アキタケ!それ、見せてくれよ。」

 

「…………………………………………。」

 

「おい!なんとかいえよ!!」

 

「…………はは!…………はは!!!」

 

 突然笑い出すアキタケ。何もわからないサイトは困惑しながら彼の肩を強くゆする。

 

「すまん、すまん。ついおかしくなってよ。」

 

「なあ、サイト。」

 

「なんだよ。あらたまって。」

 

「俺とオマエで、バカやってみないか?」

 

「え?」

 

「──二人でガンプラ部をつくるんだよ!!」

 

 アキタケは黄ばんだ紙をサイトに見せつけてドヤ顔でそう言い放った。サイトはその紙を見てかつてこの部屋を使っていた生徒が書いたものであると瞬時に理解をした。そして自分では到底思い付かなかったようなことを堂々と言い放つアキタケに驚きを隠せなかった。

 

「ほ、本気なのか!アキタケ!」

 

「当たり前だろ。これを見てピンときたぜ。やっぱりバカがいたんだよ。ここに!それに俺たちもこれから大会に出るんだ。そういうのがあった方が締まりが出るだろ。」

 

 それを聞いたサイトは口角を上げてニヤリとする。

 

「本当に、お前といたら飽きないよ。やろう、部活。」

 

「へへ、そう来なくっちゃな!そうと決まれば俺は部活を作るのに必要な情報を集めてくるよ!お前はここで新しいの作っててくれ!」

 

 そういうと彼は嵐のように立ち去っていった。サイトは苦笑いしながら頭をかく。

 

「いっちゃった。アキタケらしいな。」

 

「…………部活か…………。」

 

「なんか、青春っぽいな。」

 

 サイトはそういって古い天井の上を見る。

 

「…………いかん、いかん、僕はアンチ青春派なんだ!何が青春だ!ガンプラバトルの大会に出るくらいで浮かれすぎだ。はやく作らなきゃ。」

 

 彼の目の前にはAGE1をベースとして組まれている鬼の顔をした機体が置かれていた。

 

 ***

 

──某模型店

 

「よう、サイト。どうだ調子の方は?」

 

「お前、いっつもそれだな。まあまあだよ、新作も後少し。完成前だけど一度GBN上で遊飛行くらいさせたくてね。」

 

「お、じゃあ早速いくか。大将!」

 

 二人はGBNにダイブするための筐体をレンタルするために店長へ一声かけにいく。

 

「だからよお!あの赤いクソガキはどこにいんだって聞いてるんだよ!青ひょこ!」

 

「いや、ですから。彼は今ここにはいませんし、俺もどこにいるのかは…………。」

 

 店に入った時から何やら騒がしいと思っていたが、店長が赤い髪のいかにも気の強そうな女性に詰められている。2人はその威圧感に遠くからでもビビっており店長の方を申し訳なさそうな顔をして覗き込む。

 

 一方、目の合わせどころのない店長も遠くを見ていると2人と目が合った。困り顔をしながら「使っていいよ」のアイコンタクトをすると2人はそれを察知し筐体のある奥の方へと向かう。それとほぼ同時に赤髪のポニーテールの女はサイトの方に一瞬振り向き目を合わせた。

 

「…………あの人、まじでその道の人かな……………。」

 

「この店って……かなり赤字なのかな………………。」

 

「てか、僕、あの人と一瞬目があった気がするんだけど。本気で怖かったよ…………。」

 

 ヒソヒソと話しながら2人はGBNへとダイブする。

 

『──気が変わった。』

 

『青ひょこ、アタシも借りるぞ。』

 

『面白そうなモンを今みた。』

 

 ダイブして早速機体のあるコンテナの方へと向かう2人。目の前にはまだサーフェイサーの状態の大きな巨人。頭部には2本鬼のような角が生えて少し背中を反って立っている。

 

「へぇ、AGEベースか。いいじゃねえか。」

 

「でしょ?僕もかなり気に入っているんだ。」

 

「じゃあ早速いくとするか。」

 

「そうだね。」

 

 いつものようにサイトが機体に乗り、アキタケは小型のホバーに乗ってエリアへと飛び立つ。まだ未完成品ではあるが以前までのグフよりも数段馬力があるように感じる。

 

 草原のエリアを試運転で旋回などを織り交ぜながら遊飛行する。グフとは全く違う操作感だが気持ちいいくらいによく動く。オノサカはこれまでガンダムタイプの機体をあまり使った事なかったため新鮮に感じる。まだ全身が灰色の機体は少しおぼつかないところもあるが調子は良好である。

 

「結構サマになってるじゃねえか、オノサカ。」

 

「よーし、もうちょっと飛ばすよーー!!」

 

 オノサカが思いっきりアームレーカーを押そうとした瞬間、モニターに「Caution」の文字が浮かぶ。

 

「…………嘘だろ?こんなところで…………?」

 

「しまった!すまんオノサカ!そこは戦闘区域内だ!」

 

 戦闘区域外で遊飛行をしていたつもりが、2人とも快く飛行しすぎていたせいかそれを忘れてうっかりと通常のエリアへと入り込んでしまっていた。

 

 そして彼らの目の前に現れたのは、紅のストライク。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ダイバーランクS、アカネ…………?」

 

「おい、そこのガキ。あたしとバトルしろ。」

 

 あまりの格上からバトルを申し込まれたことと目の前に立つだけで滲み出る威圧感にオノサカは雰囲気に呑まれつつあった。しかしそんな彼をよそに、紅の機体は緋色の刀を構え突撃してくる。

 

「ちなみに、拒否権はねェぞ!!」

 

「うわっ!!」

 

 鋭い刃がAGEを襲う。オノサカのAGEは脚部が地面で擦れる音をたてながらなんとか後退する。

 

「なんなんだ!あなたは!」

 

「無茶苦茶だぞ!この人!」

 

「聞きたいことがあるならあたしに1発喰らわしてみな!!」

 

「くそっ!」

 

 再び彼女の操る紅いストライク「レッドストライク」は緋色の刀を鋭く振るわす。オノサカはなんとか防御するが簡単に弾かれる。

 

「面白くねえことすんなよ!ガキ!」

 

 ガードがあいた腹部に斬撃を入れる。灰色のボディが割れる。強力な一撃と素早い斬撃。ただの力押しでできる業ではない。ダイバーランクの表示は本物であると、オノサカは瞬時に判断する。

 

「どした?やられっぱなしか?」

 

「見せてくれよ。テメーの中にあるモン全部。」

 

「なんなんですか……あなたは一体…………!!」

 

 うすら笑いを浮かべるアカネ。対して必死に攻撃を仕掛けるオノサカ。ビームサーベルを連続で振るうがアカネには赤子をあしらうように刀一本であしらわれる。

 

「はは!いいね!いいね!」

 

「だけどそんなんじゃアタシには通じないなァ!」

 

「いいかい?クソガキ、剣ってのは"こう"振るんだ」

 

 レッドストライクは緋色の刀を大きく振るわせ、AGEのビームサーベルを一気に跳ね除けるともう片手で背中のビームサーベルを引き抜き直線的に突進してくる。

 

 赤い死神が、灰色の機体を通り抜ける。

 

「!?」

 

「ちゃんと見えたかい?」

 

 直後、灰色の機体はバラバラになっていた。

 

「…………………………………………………………。」

 

「おい、オノサカ!!おい!!大丈夫か!!」

 

「…………嘘だ…………。」

 

 敗北。

 

 ほんの一瞬の出来事だった。正直ここまでの力量差だとは思っていなかった。あまりにも一方的。

 

 頭がぼうっとして目の前は真っ白。

 

 オノサカの頭の中に走馬灯のように様々な条件が映る。目の前で起こった事実が理解できず頭が混乱している。本当によくわからなかった。ここまでの力量の差を見せつけられたのは本当にはじめてだ。

 

 何が大会だ。

 

 何が部活だ。

 

 やっぱり、僕は浮かれていたのだろうか。

 

 力が。

 

 力があれば。

 

 もっと僕に、

 

 力が。

 

 俺に力が。

 

 目の前の現実を変えるだけの

 

 力が。

 

 欲しい。

 

『──代われ。』

 

『俺が、やる。』

 

 突如灰色のAGEの眼に光が灯る。いつもの緑色のツインアイの色ではない。片方にだけ赤色の光が鈍く灯る。

 

「………………………………。」

 

「…………やっぱり…………"素質"アリ……か。」

 

 アカネは歯を出して笑みをこぼしだすとその狂気じみた笑いが止まらない。頭の中にはかつて見た光景が重なる。

 

「…………………………!!」

 

「こいよ、クソガキ。」

 

 全身に重度のダメージを受け片足もロクに動かないAGEは無理やりバーニアを吹かせレッドストライクの方へと立ち向かうとサーベルを構え直線的に突進する。

 

 AGEの斬撃の間合いに入った瞬間、レッドストライクは刀でその攻撃を阻止しようと斬撃の方向へと振るう。が、AGEは先ほどからは先ほどの動きからは考えられない反応速度で刀を躱しビームサーベルを振り切った。

 

「…………剣はこう振るんだろ?」 

 

「ちったァ、やる気になったかよ。」

 

「でもよ、調子に乗るなよクソガキッ!!」

 

 レッドストライクは攻撃に怯む事なく、刀を振り向きざまに大きく振るう。その凄まじい斬撃からは衝撃波が生まれAGEを襲う。

 

「くっ…………!!」

 

 AGEは斬撃を避けるがそのコースの目の前には赤い死神が回り込んでいる。その間ぽろっと手に持ったビームサーベルを落とす。今度は刀を斜めに振るわせAGEを怯ませるとビーム刃のついた脚部で蹴りを入れてくる。動きが止まり武器を持たないAGEにとどめとなる一撃。

 

「このまま負ける気は…………ないッ……!!」

 

 うずくまったAGEだったが、身体中に備え付けらていたビーム刃を発生させる基部から無数の刃を身体中に展開させハリネズミのように防御壁を展開させる。

 

「ほう!面白い!!でもよ、それじゃアタシには勝てねえよ。」

 

 危険を察知したレッドストライクは蹴りの勢いを無理やり止め延伸力を生かして一回転したのちさらにその回転を生かし緋色の刀から超特大の衝撃波を繰り出した。

 

「…………そんなッ………………!!」

 

 灰色の機体の目の前に緋色の光が灯り真っ白となる。

 

『──何してるんですかッ!!』

 

「…………………………え?」

 

「おお、これは、これは。」

 

 特大の衝撃波を銀色の斬撃が打ち消した。

 

 灰色の機体の前には白銀の機体が舞い降りた。

 

「大丈夫?サイトくん?」

 

「………………先生……?」

 

 ヒナセ・シイナとスノーホワイトが絶対絶命のピンチに現れた。

 

「俺は……………………。」

 

「サイトくん!!しっかりして!!まずい、意識が!アキタケくん!彼を回収して早くここから離れるのよ!」

 

「は、はい!」

 

「させねえよ!アタシはそのガキに用があるんだ!赤ちんンとこの白雪姫ちゃんはお呼びじゃねえんだ!!」

 

 レッドストライクはそうはさせまいとAGEを追う。そこにスノーホワイトが入り込む。

 

「邪魔だ!どけよ!おヒメさま!!!」

 

「いいえ!どきません!!」

 

 赤の斬撃と白の斬撃が激しく重なる。お互いに距離を取った後も互いに一歩も引かない打ち合い。

 

「先生……強ぇ…………。」

 

「アキタケくんはやく!」

 

「よそ見してんなよ!!」

 

 レッドストライクは落ちていたAGEのビームサーベルをスノーホワイトに対して投擲、簡単に弾き返すがその動作を隙にレッドストライクは一気に懐へ潜り込む。刀を構え斜め下から一気に振り切る。

 

「なんのぉッ!!」

 

「いい反応するじゃねえか……!!」

 

 レッドストライク必殺の一撃を白銀のブレードで受け止めるスノーホワイト。そして鍔迫り合いもなんとか押し切り一気に形成逆転。

 

「これで………………!!」

 

「甘めェよ!!」

 

 白銀の斬撃に対して緋色の刀を合わせにいくレッドストライク。

 

「………そこ…………!!!」

 

 シイナの耳飾りが青白く光る。スノーホワイトは斬撃の方向のまま力を流し攻撃をキャンセルさせ刀を滑らせたままのレッドストライクに蹴りを叩き込んだ。

 

「くっ…………お前も赤ちんと同じか…………!!」

 

「おもしれェッ……………!!」

 

 レッドストライクの眼に光が灯る。もはやその様は悪魔なのか鬼なのか死神なのか判別できない。あまりに狂気じみたオーラ。アカネの本能がオノサカからシイナへと対象を移す。シイナはそれを見逃さなかった。

 

「アキタケくん!いま!!」

 

「いくぞ、オノサカ!!脱出だ!!!」

 

 その高次元の闘いに圧倒されながらもアキタケはオノサカと共に区域を脱出する。オノサカもまどろみの中でシイナとアカネの闘いを見ていた。

 

「…………ちっ。」

 

「やめだ。」

 

 そう言うとレッドストライクは刀を腰の鞘に納刀する。先ほどまでの狂気は一気に引いた。スノーホワイトも臨戦状態を解除する。

 

「はぁ、なんの真似だ?白雪姫ちゃん。別にアタシの邪魔をするこたァねえだろうが。」

 

「私は彼の教師です。教師が生徒を守って何が悪いんですか。」

 

『──僕は彼の教師なんだ。センコーが可愛い教え子を守って何が悪い?』

 

 アカネの脳裏に同じ情景が思い浮かぶ。

 

「………………諸行無常の響きあり……か……。」

 

 ぼそっと呟く。

 

「けどアタシはただアタシが楽しめればいい、満足できりゃいい。その相手を探してる。」

 

「お姫様があのガキの子守りすることに文句はねェ。けどよ、いずれテメーの手に負えなくなる時が来るぜ?」

 

「あのガキはいずれあのクソガキと同じ道を辿る。」

 

「さっきから何言ってるか全然分かりませんけど」

 

「私は彼らの成長を見守ります。それが私の役目です。」

 

 シイナはアカネにはっきりとそう言った。

 

「好きにしな。興醒めだ。帰る。」

 

 アカネはそれを聞いてそっけなくその場を去った。

 

「…………サワラさんにもしかすると、って言われて来たけど。正解だったな。」

 

「あの人はいったい……………………。」

 

 その瞬間、シイナの脳に電流のようにピリッとしたものが流れた。スノーホワイトは膝をつく。

 

「…………ッッ!!」

 

「…………ちょっと無理しちゃったかな…………。早く戻ってオノサカくんの様子を見に行かなきゃ。」

 

 青空の下の草原だったエリアはいつの間にか焼け野原となりすっかり日が落ちかけていた。その場に残ったものは誰1人としていない空虚な場所と化していた。

 

 ***

 

 GBNからログアウトし急いでサイトのところへと向かったシイナ。模型店へ向かうがサワラから近くの公園で休んでいると聞かされすぐに向かう。

 

「あ!いた!」

 

「先生!」

 

「大丈夫だった?」

 

「はい、仮想空間の出来事ですし。でも少し記憶が飛んでいるような……。」

 

「サイト、マジで大丈夫かよ?」

 

「うーん。」

 

 顔色は特別悪くもなく、調子も悪くなさそうなサイト。しかし目の前で若干の異変を感じたアキタケはどうも腑が落ちない。

 

「まあ、大丈夫ならそれでいいか。先生もありがとうございました。マジに助かりました!」

 

「ううん、大丈夫。大丈夫。2人とも無事で良かった!」

 

 心配していたシイナの顔が一気に緩み笑顔となる。2人ともこの笑顔を前にして少し鼻を伸ばす。しかしサイトはその感情を無理やり掻き消し、先程うつろうつろ見たシイナのガンプラバトルの実力を思い返し立ち上がって言う。

 

「先生!僕にガンプラバトルを教えて下さい!!!」

 

「僕は……………………。」

 

「強く、なりたいんです…………!!」

 

 ***

 

「アカネさん、どうしてあんなちょっかいを。」

 

「言ってんだろ。アタシが楽しめればそれでいい。って。」

 

「あなたはまたそうやって好き勝手言って…………。」

 

「別にいいだろ。類は友を呼ぶ。アレは逸材だぞ。青色のガキも相当だったがアレもかなりいい。」

 

「楽しみが増えた。」

 

 夕焼けに煙草の香りが漂う。

 

 物語は再び動き出す。

 

 (続く)



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