幼馴染のついでにマフィアにされたら、武器がフォークでした (クォールツ)
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プロローグ
人生とは……なんて、今まで生きてきた中で考えた事は無かった。
当たり前だ。俺は哲学者じゃないし、なによりまだ十三年とちょっとしか生きていない。たった十三年、自分の人生を達観するには短すぎる。
だけど、これからの自分がどう生きてくのか……それだけはなんとなく分かってしまっていた。
将来の夢なんてものも無ければ、熱血スポーツ漫画の主人公が建てる様な明確な目標も無く、ただ日々を漠然と過ごしていくのだと。
残りの中学の二年とちょっとの間を適当に過ごし、どこか適当な高校に入って、適当に就職して、適当に死ぬんだと思っていた。
そう、あの日幼馴染のところに現れた赤ん坊に、無理矢理マフィアにされるまでは。
これは、平々凡々などこにでもいる中学生だった俺、"
俺の人生が大きく変わり始めたあの日の事を、俺は一生忘れる事は無いだろう。
桜の花が散り、次第に青い葉が増えてつつあったあの日。俺は幼馴染と共に、誰もいない通学路を歩いていた。ただし学校にでは無く、自分の家に向かって。
俺達は並盛市立並盛中学に通う中学一年生だ。去年の今頃、初めて袖を通した時にはぶかぶかだったこのブレザーも最近になってようやく俺の身体に合ってきた。
そんな中学一年生の少年二人が何故こんな、人気のない通学路に居ると思う?
陽はまだ高く登っており、本来学生である俺達は教室で教科書と黒板相手に睨めっこしている筈である。なのに何故俺と幼馴染は学校へと続く道を、学校と反対側に向かって歩くその理由は?
そんなものは一つしかない。俺達は学校をフケたから、それだけだ。二時間目の英語の授業中に計画を立て、そのまま隣の席の幼馴染を誘い、授業が終わった瞬間学校を抜け出した。
そろそろ三時間目が始まる頃か。今頃学校の教師共は顔真っ赤にしてキレてるだろうな、笑える。
「かったりぃ……正直学校なんてかったるくてやってらんねぇよなぁ〜、なぁツナ?」
隣を歩く幼馴染にそう聞けば、すぐに答えは返ってきた。
「本っ当にナオの言う通り! 皆何が楽しくて通ってんのか分っかんないよな〜」
俺をナオと呼ぶこの茶髪のツンツン頭こそが俺の幼馴染、"
初めて俺達が出会ったのは一歳の時らしい。
「だよなぁ!? いやぁ〜俺は同志が居て、嬉しいぞ! ツナくん!」
そう言いながら俺は、俺の肩より僅かに下に並んだツナの肩をバンバンと叩くと、その衝撃でツナは少しよろける。
ツナの身体には脂肪はついてないが、筋肉も無い。つまりガリガリってヤツだ。まぁ俺もあまり他人のことを言える立場には居ないけど。
言わなくても分かるかもしれないが、俺とツナは運動が苦手……というより嫌いだ。徒競走なんかではいつも俺達がドベのワンツーフィニッシュを決めるし、球技をやれば顔面キャッチは当たり前。体育の成績ではワースト二位を常に競い合っている。
更に言えば、ワースト二位を競い合っているのは体育だけじゃない、国語、数学、英語に現代社会……ありとあらゆる教科の成績ドベワンツーが俺とツナだ。テストなんて10点越えれば良い方で、0点なんてザラにある。
だからといって必死になって勉強したり、身体鍛えたりなんて俺達はしない。
部活は帰宅部、家に帰れば宿題なんか放り出して部屋に籠ってゲーム三昧。それが俺達。
そんなだから、周りの奴らからは常に馬鹿にされる。
勉強もダメ、運動もダメでいつの間にやらついたあだ名は"ダメツナ"に"ダメツグ"、二人合わせてダメコンビだなんて言われている。
けどまぁ、俺達はそんなの気にしていない。気にしたって仕方ないからな。そうだろ? 出来ないモノは出来ない。出来ないって分かってる事を必死こいてやる奴は馬鹿なだけだ。
そんな無駄なことをやるよりも、日々を楽しく楽〜に生きる方法を考えるべきだ。例えば、学校をサボってつくった暇な時間をどう過ごすか……とか。
「それはそうと、この後どうする? どっか行く?」
「暑ちぃしパス。いつもみたいに俺ん家でゲームしようぜ。そういやツナ、お前新しいソフト買ったとか言ってなかったっけ? それ持ってこいよ」
「あーアレね。別に良いけど、あんま面白くなかったんだよな〜……パッケージに騙された」
「マジかよ、ゲーム選びすらダメだなツナは」
「ナオだって、この前買ったゲームクソだったじゃん! アレに比べたら全然遊べるから!」
「あぁん? それは俺が五千円という大金をはたいて買った、五八(仮)の事かぁ!? ……あれはクソゲーだったなぁ……」
俺が遠い目をして、クソゲーに消えた小遣いに想いを馳せる横で笑い転げるツナ。それを見てると俺も笑いが込み上げてきて、誰も居ない通学路に、俺とツナの笑い声だけが響く。
確かに俺達はダメかもしれないが、別に良い。代わり映えの無い毎日を楽に楽しく、それが一番。なんて今思えば甘い考えだが、あの時俺はそう考えていた。
一人の赤ん坊が、そんな毎日を破壊するなんて露にも思わずに。
回覧いただきありがとうございます。
ノリと勢いだけで投稿を始めてしまいました・・・
誤字脱字等ありましたら教えて頂ければと思います。
拙い文ですが、どうぞよろしくお願いします。
追記 時系列を間違えていた為に、主人公とツナの年齢を変更。十四歳→十三歳 中学二年生→中学一年生
ストーリーは特に変更してないので、お許しください!
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殺し屋、来る!
学校をサボって俺の家で正直あまり面白くないゲームを遊んだ次の日。
今日は待望の日曜で学校は休みだったので、俺はツナの家に遊びに来ていた。
俺の家から徒歩10分程度の所にあるツナの家は、ニ階建てで小さな庭付きの小綺麗な一軒家という中々のモノだ。
綺麗に整えられた庭を横目にしながら、手土産として用意したジュースとお菓子の入ったビニール袋を片手に玄関の前に立つ。
インターホンを押してしばらく待つ。するとドアがガチャリと開いて、ツナの母親の奈々さんが俺を出迎えてくれた。
シャツとジーンズ、その上にエプロンといういつもの姿の奈々さんは活発そうな雰囲気も相まって、かなり若く見えるし、なにより美人だ。
でも俺は奈々さんの事を叔母さんと呼んでいる。正直他の呼び方をしたいんだが、余り他人行儀な呼び方をするとかえって嫌がられるのだ。
奈々さん曰く、俺もツナと同じ自分の息子みたいな感覚らしい。まぁ一歳の頃から交流があるから今更他人とは思えないんだろうな。
「あら〜ナオくん! いらっしゃい!」
「こんちわっす叔母さん。ツナ居ます?」
「ツナなら二階に居るわ。ほらあがってあがって!」
そう言って、俺を迎え入れてくれる奈々さん。
一応、お邪魔しますと一言告げてから玄関をくぐる。正直ツナの家は何度も来てるから自分ちみたいな感覚だけど、礼儀は大切だからな。
ひとまずビニール袋を置いてから、脱いだ靴を揃えようとした時、ツナが履いているスニーカーの横に見慣れない靴がある事に気づいた。それは艶々とした黒い革靴で、靴なんて全然詳しくない俺でも高そうだな……なんて感じるくらい高級感のある靴だった。
不思議に思って奈々さんに尋ねてみる。
「お客さん来てるんすか?」
すると奈々さんは思い出したかのように言った。
「あらいけない! リボーンちゃんが来てるんだったわ!」
「リボーンちゃん?」
名前からして外国の人だろうか? でもツナに外国人の知り合いが居るだなんて聞いたことない。
「リボーンちゃんはツナの家庭教師でね、今日から来てくれてるのよ」
そう言えば確かに昨日ツナがそんな事を言っていた気がする。奈々さんに勝手に家庭教師なんて付けられてめんどくせーって言ってたな。
「でもこの革靴って子供用ですよね? リボーンさんのお子さんのですか?」
だが玄関にある革靴はどう見ても幼児用だった。1〜2歳用くらいの幼児に履かせるようなとても小さな物だ。普通の家庭教師が自分の子供まで連れて来るとは考えにくい。
それに、この革靴以外には見慣れない靴は並んでいない。家庭教師のリボーンさんとやらの靴は見当たらないのも謎だ。
「それはリボーンちゃんのよ?」
ますます分からない。頭の使いすぎで頭痛がしてきた。
とりあえず深く考えるのはやめよう。
「にしてもそのリボーンさん? が来てるなら、邪魔しても悪いっすね。出直します」
家庭教師が来ているのにその横でゲームなんて流石に出来ないし、終わるまで待たせてもらうのも迷惑だろう。
そう奈々さんに告げ、帰ろうとする俺を腕を奈々さんが掴んだ。嫌な予感がする。
「そうだ! 折角だし、ナオくんも一緒にお勉強して行ったらどうかしら?」
げっ、最悪だ。善意で言ってくれてるのは分かるが、しかしせっかくの休みなのに勉強だなんて嫌すぎる。
「いや〜ツナの勉強の邪魔する訳には……」
そう言ってやんわり断ろうとするが、優しい叔母さんモードから厳しい母モードに変わった奈々さんには通じなかった。
「ナオくん? 学校の成績、良くないらしいわね? ツナから聞いたわ」
「ゲッ……」
アイツめ余計なことを……ツナは締める、絶対締める。そう強く心に誓いながら、休みの日に勉強というこの世の地獄を享受すべく、俺はツナの部屋に向かうのであった。
階段を登り、ツナの部屋のドアの前に立ってドアノブに手を掛ける。
そのままドアノブを回してみれば鍵は掛かってないようだ、何の抵抗も無くドアが開く。
ノックぐらいしろよと思うかもしれないが、そこは幼馴染の気安さって奴だ。今更ノックなんて面倒くさいことをする気も無いし、ツナもノックがどうとかなんて俺には言ってこない。
「ツナ〜、入るぞ〜」
そう言いながらツナの部屋に入る。
部屋に足を踏み入れた俺の目に入ったのは、いつもの様に脱ぎ散らかされた服、テレビに繋ぎっぱなしのゲーム機とコントローラー。
そして……
「イテテテテテ! ギブ! ギブ〜!」
部屋の中央で、黒いスーツを着た謎の赤ん坊に手を捻られて悲鳴をあげる俺の幼馴染だった。
俺は自分の目を疑った。
確かにツナには体力の無いヘロヘロのもやし野郎だ。ツナの気弱な性格も相まって、殴り合いの喧嘩なんてした事もないしそんな話を聞いたこともない。
でも、だからといって赤ん坊にすら負ける程か? 赤子の手を捻るのでは無く、赤子に手を捻られるなんて……。
そんな事を考えながら、悲鳴をあげるツナとツナの腕を捻る赤ん坊の様子を眺めていると、赤ん坊は俺に気づいた様だ。ツナの腕を捻ったまま、顔だけを此方に向け、その小さな口を開いた。
「ちゃおっス」
「ちゃ、ちゃおっス……」
不思議な赤ん坊の不思議な挨拶を受け、俺はテンパりながらもその不思議な挨拶を返す。
するとその赤ん坊は小さな口をニヤリと歪めて、赤ん坊らしくない笑みを浮かべた。
「まあまあの挨拶だな。ノリが良いやつは嫌いじゃねーぞ」
「なに呑気に挨拶してんだよぉ〜! 助けて、ナオ〜!!」
「情けねー声出してんじゃねー」
そう言って赤ん坊は捻り上げていたツナの腕を離した。ツナはマジで痛かったみたいで、涙目になりながら自分の腕を気にしている。
にしても見れば見るほど変な赤ん坊だな
此方を見る大きな黒い目と垂れた眉はとても愛らしいし、赤ん坊特有の下膨れた頬はぷにぷにとしていて、一見するとただの赤ん坊にしか見えない。
だが赤ん坊は黒光りするスーツを着込み、頭には黒をベースに、鍔の少し上の辺りから天辺の下あたりまでがオレンジ色のイカした帽子を被っている。胸に付けている黄色いおしゃぶりだけが歳相応で、それ故に存在感を放っていた。そして何故か帽子の上には緑色のカメレオンを乗せている。コイツのペットか?
そんな不思議な恰好で、その小さな身体相応のジェラルミンケースを持つ姿は、ビジネスマンというよりマフィアか殺し屋みたいだ。
「お前が四阿直継か。話は聞いてるぞ」
「なんで俺の名前知ってんだよ? 話って誰からだ? というか、お前がツナの家庭教師のリボーンってやつ?」
「質問が多い」
「うおっ!?」
急に目の前に黒い物体が飛んできた。
あわや激突という所で、なんとか横に飛び退くことで黒い飛来物を避けることに成功した俺は、安全を確認したところで、何が飛んできたのかを確かめる。
どうやらさっきまで目の前にいた黒スーツの赤ん坊が飛び上がって、俺の顔に向けてドロップキックを仕掛けてきたらしい。一体どんな教育受けてるんだこのガキは!?
にしてもえらいスピードのドロップキックだったな……自分でも何故躱せたのか分からん。
「おまっ、危ねえだろ! 何すんだよ!」
「この俺の蹴りを躱すとはな。こっちのはまあまあ出来るみてーだな」
赤ん坊は自分の蹴りを避けられたことを何故か嬉しそうにしている。このガキ、バトルジャンキーかよぉ!?
「何意味わかんねーこと「俺の蹴りを躱した褒美だ、さっきの質問に答えてやる」すげえマイペースゥ!!」
そう思わず叫んでしまうくらいに悠々自適というか唯我独尊というか……。まぁいい、このままじゃ埒があかないからな。とりあえずコイツの話を聞いてみるか。
「俺はリボーン。プロの殺し屋だ。沢田綱吉を立派なマフィアのボスにする為に、イタリアから来た」
……はぁ? と口に仕掛けたその言葉をなんとか飲み込み、冷静に考えてみる。
「えっと……プロの殺し屋って、お前が?」
「そうだぞ」
「今ツナをマフィアのボスにするって言ったか?」
「そう言ったぞ」
「で、その為にツナの家庭教師をやるの? お前が?」
「そうだぞ」
「悪りぃ、やっぱ理解し難いんだが……」
「やっぱ意味分かんないよなぁ!? コイツ意味分かんないことしか言わないんだよ! なんとかしてくれよナオ!」
ようやく腕の痛みから解放されたらしいツナが、俺に縋りついてきた。
「意味分かんねーのは、お前の頭が足りねーからじゃねーのか?」
リボーンというらしいこの赤ん坊は中々に口が汚く、えげつない悪口を平気で口にしやがった。マジでどんな教育受けてんだよコイツ。親の顔が見てみたいわ。
「なぁ、リボーンだっけ? マフィアとかボスとか……それ本当か?」
「本当な訳ないだろ!? 俺達を揶揄ってるんだよコイツ!」
ツナがそう反論する。確かに普通に考えれば、ただのガキの悪戯なんだろうが……俺にはそうは思えなかった。
「でもなぁツナ、コイツ嘘言ってる様には見えないぜ? それに赤ん坊の癖に流暢に喋りやがるし、恰好もヤケに本格的だ。ガキの悪戯にしては手が込みすぎじゃねーか?」
そうなのだ。見たところ1〜2歳の赤ん坊が一人でここまで手が込んだ悪戯をするなんて、普通では考えにくい。
とすると、コイツの言う事も本当なんじゃないかって気がしてきたんだ。
「いい推理だな。中々やるじゃねーか、ツナも見習え」
「ナオはコイツの話信じるのかよ!?」
「まだ信じた訳じゃねーよ。ただ嘘言ってる様には聞こえないってだけだ。なぁリボーン、詳しく説明してくんねーか?」
喚くツナを宥め、リボーンに説明を求める。
「しょうがねぇ……と言いたい所だが、まあ良い。とりあえず直継も座れ。一回しか言わねーから良く聞けよ」
そう前置きをして、リボーンの口から聞かされたのは、確かに悪戯だと一蹴されるのも仕方ないと思えるような、とんでもない話だった。
「俺はイタリアのマフィア、『ボンゴレファミリー』のボスであるボンゴレ
「やっぱ意味分かん、ングッ!?」
「なんか言ったか?」
「き、気の所為じゃねーの? それより、続きを聞かせてくれよ」
突っ込もうとするツナの口をすかさず手で塞いで、リボーンに続きを促す。
「(まぁまぁ、とりあえず最後まで聞こうぜ?)」
「話を続けるぞ。ボンゴレⅨ世は高齢でな、ボスの座を10代目に引き渡すつもりだったんだ。だが、最有力のエンリコが抗争の中で撃たれちまった」
そう言ってリボーンは懐から一枚の写真を出して俺達に見せた。
そこには、ストライプのスーツを着た男が血塗れで死んでいる姿が写っていた。
それを見てツナが小さく悲鳴をあげる。
俺は動じていない振りをしているが、正直ツナが声を上げなかったら俺が声を上げていただろう。死体見るのなんて初めてなんだよ! 急に物騒なもん見せんな!!
そんな俺達の様子を気にも止めずに、リボーンは更に写真を出す。
「若手NO.2のマッシーモは沈められ、秘蔵っ子のフェデリコは……いつの間にか骨になってた」
リボーンはそう言って二枚の写真を見せて、何故か俺の目を覗き込むように見た。
無惨な死体の写真をできる限り目に入らないように確認してから、俺もリボーンの目を見る。
「で、なんでそれがツナがマフィアのボスになるって話になるんだ?」
「この三人が死んじまったから、残った10代目候補がツナだけになっちまったんだ」
「はぁ〜〜〜〜!? なんでそうなるんだよ! 俺日本人だよ!? イタリアのマフィアなんて全っ然関係無いから!」
確かにそれは俺も思った。ツナの両親は二人とも日本人だし、イタリアに住んでたとか、イタリア人の知り合いがいるなんて話を聞いたこともない。
「関係あるぞ。ボンゴレファミリーの初代ボスは早々に引退して日本に渡ったんだ。それがツナのひいひいひい爺さんだ。つまりお前はボンゴレの血を受け継いだ立派なボス候補なんだぞ」
そこまで言うとリボーンは、話は終わりだと言わんばかりに後ろを向いた。
「おいリボーン? 何処行くんだ?」
そう俺が聞くと、リボーンは「腹減ったから話は終わりだ」と言い残し、ツナの部屋を出て行った。
時計を確認すると、ツナの家に来てから結構な時間が経っていたようで、昼飯を食べるのにちょうどいい時間になっていた。
「なぁツナ、お前そんな話聞いたことあるか?」
「ある訳ないじゃん。こんな突拍子もない話聞いたら覚えてるに決まってるよ……」
「だよなぁ……」
リボーンが去った部屋の中で、俺とツナは顔を見合わせる。
なんだかなぁ……嘘言ってる様には見えないんだが、いかんせん突拍子も無さすぎて信用し難いのも確かだ。どうしたもんかね……。
そう俺が考えていると、ツナは大きくため息をついて立ち上がった。
「ハァ〜、なんか馬鹿らしくなってきた。腹減ったし、どっかに飯食い行こうよ」
「確かに腹減ったな……でも良いのかよ? リボーンのこと」
「良いよ別に。どーせさっきの話も手の込んだ嘘だろうし、母さんも流石に気づくだろ。赤ん坊が家庭教師だなんておかしいって」
「確かになぁ……。ま、いっか。で、何処行くよ?」
そんな話をしながら、俺達も部屋を出て階段を降りる。
「ツナ、ナオくん。ごはんは?」
リビングの前を通る俺達に気づいて、奈々さんが声を掛けてくれた。お願いすれば俺達の分も昼飯を用意してくれるんだろうが、ツナがそれを断る。
「いらないよ、ナオとどっかで食ってくる」
「すんません奈々さん、そう言う話になったんで……」
奈々さんの料理はめちゃくちゃ美味いから俺としてはご馳走になりたかったが、まぁ仕方ない。あんまり迷惑掛けてもいけないしな。惜しいけど。
名残惜しさにリビングを横目でチラッと覗く。
するとそこにはさっきのリボーンが椅子に座って奈々さんの料理を美味そうに食っている姿があった。
目を丸くした俺を見て、奈々さんが嬉しそうに状況を説明してくれた。
「リボーンちゃん、ツナの成績が上がるまで住み込む契約なの!」
どたーっとツナがずっこける音がする。
アイツが住み込みで家庭教師かぁ……。
「なんつーか……頑張れよ、ツナ」
今の俺には、そう声を掛けてやる以外のことは出来ない。
我が親愛なる幼馴染よ、ご愁傷様です……。
タイトル回収まで長くなりそうで参っちまうぜ・・・
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復活、来る!
この小説は読者の皆様の善意の元になりたっております。
昼飯を食べるため、ツナの家を出て道を歩く。
休日だからだろうか、昨日と同じ時間帯と場所だが昨日と違い通行人もちらほらと見かける。
「全く、アイツと住み込みとか勘弁してくれよ……」
「まぁまぁ、落ち込むなよツナ。きっと良い事あるさ、きっとな」
落ち込むツナを宥めながら歩く俺。そしてその後ろには……
「直継の言う通りだぞ。安心しろ、俺が立派なマフィアにしてやる」
さっきまでツナの家で飯を食っていたはずのリボーンがいた。
「なんでついてくるんだよ!? っていうか、俺はマフィアのボスになんてならないから!!」
「良いじゃねーか。なりたくてもなれるもんじゃねーぞ」
「俺はなりたくないんだよ! ていうか、誰に考えてもらったかは知らないけど、いつまでその嘘引っ張るつもりだよ!」
ツナが歩きながらリボーンに文句を言うが、そんなものは気にしていなんだろうな。リボーンは毅然とした態度でそれを聞き流している。
これじゃどっちが赤ん坊か分かんねーな……そんな事を思いながら前を向くと、道の先に見知った顔を見つけた。
「おいツナ、早速良い事あったぜ。見ろよアレ」
そう言って俺が指を指す方から歩いてくる茶色の髪の美少女を見たツナは、顔を赤くしたかと思うと素早い動きで横道に身を隠した。
俺達の前から歩いて来る美少女は
持ち前の明るい笑顔と黄色に近いその髪色からまさに太陽といった印象を受けるこの美少女の事を知らない奴は学校にいないだろう。校内には既にファンクラブも出来ているらしく、十人に聞けば十人が美少女と答えるであろう美少女の中の美少女……それが笹川 京子だ。
ちなみにこの笹川に御執心のツナ曰く「無邪気な笑顔がサイコー!!」らしい。
そんな我が校のアイドル笹川にせっかく会えたというのに、隠れてしまうツナ。まぁ気持ちは分からんでも無いけどな。ダメダメコンビと学校のアイドルである笹川じゃあ生きるステージが違いすぎる。
別に俺は隠れる必要は無いんだが、ここはツナに付き合って一緒に隠れることにする。
「おいおい、隠れることないだろ? 愛しの京子ちゃんだぜ?」
そうツナを揶揄うと、ツナは赤くなっていた顔を更に赤くさせる。
青春ってヤツだねぇ〜、確かに笹川は可愛いが俺はそこまで意識したことはない。幼馴染と同じ女を取り合うなんてゴメンだ。
そんな事を考えつつ、俺とツナは横道に隠れて笹川をやり過ごそうとする。
だが俺達についてきていたリボーンは、俺には関係ねーと言うかのように、笹川京子の前に立っていた。
「何やってんだ! お前も隠れろよ!」
「待てよツナ。今出てけば笹川に見つかるぜ?」
勢いのままに飛び出そうとするツナを止めて、笹川とリボーンの様子を伺う。
どうやら笹川はリボーンの事を気に入った様で、目線を合わせて楽しげに会話してた。
「あ、アイツいきなり京子ちゃんに気に入られてる……!」
「こりゃあリボーンに一歩先を行かれたなぁツナ君よ」
しばらくすると笹川はリボーンと別れ、俺とツナの横を通り過ぎていった。どうやら俺達には気づかなかった様だが、にしても楽しげな顔だったな。
笹川が見えなくなるまで待ってから、リボーンの所へ行くと、リボーンはツナの顔を見てニヤリと口を歪める。
「どうだツナ。マフィアモテモテ」
「んなっ! だ、だからってマフィアにはならないから!」
「ツナ、あの女に惚れてるだろ。俺は読心術をマスターしてるから分かるぞ」
「頼むからほっといてくれよ!」
「もう告白したのか?」
リボーンのその言葉に、ツナは落ち着きを取り戻していつもの自虐的な口調で答える。
「まさか、するわけないだろ。京子ちゃんはどーせ俺なんか眼中に無いって。告白するだけムダだよ」
「すげーなその負け犬体質」
「そう言わないでやってくれよリボーン。笹川京子は我が校のアイドルだからな、俺にはツナの気持ちも分かる」
そう俺がツナに助け舟を出してやると、リボーンは嬉しそうにスーツの内側から何かを取り出した。
「やっと俺の出番だな」
そう言いながら取り出したそれは、およそ日本では見かけることのないであろうオートマチックの拳銃だった。
黒光りするその銃口をツナに向け、リボーンは引き金に指をかける。
「おい待てリボーン。それまさか……」
本物じゃないよな? と俺が言いきる前にリボーンは一切の躊躇もなく、当然だと言わんばかりに引き金を引いた。
「いっぺん死んでこい」
ズガンッ!と音がして、リボーンが手にした銃から煙が吹く。
それと同時にツナの頭から血が噴き出て、まるで糸が切れた人形のようにツナは倒れた。
「おい……嘘だろ?」
目の前で起きた光景を、俺はすぐに受け入れる事ができなかった。だってこの平和な日本の住宅街で幼馴染が赤ん坊に銃殺されるなんて誰が予想できる?
さっきまでコロコロと表情を変えていたいたツナの顔も、今では目を見開いて口を開けた、どこか間抜けな顔をしたまま動かない。
「なんで……なんでツナを……」
呆然自失とする俺に、たった今ツナを撃ち殺した殺し屋は何事もなかったかのように淡々と言い放った。
「見てれば分かる」
その言葉に俺はカッとなってリボーンの胸ぐらを掴もうとしたが、赤ん坊とは思えない見のこなしで避けられる。
「どういうつもりだ説明しろ!」
「言った筈だ。俺は殺し屋だぞ」
「ふざけんな! マフィアのボスにするって話はどうなったんだよ! アレはツナを殺す為の嘘か!?」
「ツナは死んでねーぞ。見ろ」
そう言ってリボーンは俺の後ろを指さす。
どうやらこのクソガキはこの後に及んでまだ意味のわからない事を言って話をはぐらかす気らしい。いくら赤ん坊とはいえ、幼馴染を目の前で殺された俺は怒りがおさまらなかった。
「頭撃たれて死んでねーわけっ……!?」
俺は最後まで言う事ができなかった。何故なら、リボーンが指を差した方ではありえない事が起こっていたのだから。
「なっ……!?」
頭を撃たれて死んだ筈のツナの腹がどんどん膨れ上がっていく。そしてツナが着ていたシャツをぶち破って中から出てきたのは……
「
何故かパンイチで額にオレンジの炎を灯した、さっき撃たれて死んだ筈のツナだった。
「何が起きてるんだよ……!?」
絶句する俺を尻目に、パンイチのツナはその目に決意を宿らせながら、普段なら絶対言わないであろう言葉を叫んだ。
「オレは笹川京子に死ぬ気で告白する!!」
そう叫んだかと思うと、普段の運動音痴なツナではありえない猛スピードでどこかへ駆け出して行く。
「ッ……お、おいツナ! どこ行くんだよ!!」
呆気に取られながらも、俺はツナの後を追うべく駆け出したその瞬間、リボーンのどこか楽しげな声が響いた。
「イッツ死ぬ気タイム」
「クソっ……ツナの奴どこ行ったんだ?」
ツナの後を追って駆け出したは良いものの、ツナの普段では考えられない異様なスピードに追いつける筈もなく。
ものの二十秒でツナを見失った俺は、ツナを探して街を走り回っていた。
にしてもアイツどうなっちまんだ? 確かに頭撃たれて死んだよな? 血も出てたし。
まさかゾンビか……? なんて突拍子もない考えが頭に浮かぶが、それを振り払う。
その時だった。閑静な住宅街に聴き慣れた幼馴染の声が響いたのは。
「笹川京子ぉ! 俺と付き合ってください!!」
間違いない、ツナの声だ。俺は声のした方向へ向かった。
そして、二つほど路地を駆け抜けた俺の目に映ったのはパンイチで突っ立っているツナと、悲鳴をあげながら逃げ出す笹川の背中だった。
本来ならピンピンしてるツナの姿を見て喜ぶべきなんだろうが、俺の頭には別の思いが浮かんでいた。
あーあ、やっちまったなぁツナ。
そんな事を考えながら立ち尽くしている俺の後ろから、黒髪の男が走ってきたかと思うとソイツは棒立ちのツナを殴り飛ばした。
「テメェ、ふざけてんじゃねーぞ変態野郎!」
そう言い残し、笹川の後を追う黒髪の男。
どっかで見たことある気がするが……まあいい。それよりも今はツナだ。
「おいツナ! 大丈夫かよ!?」
俺がツナに駆け寄ると、意識を取り戻したみたいだ、ツナの目が俺を捉える。
気づけば額で燃えていたオレンジ色の炎も消えていて、雰囲気もいつものツナのものに戻っていた。
「なぁナオ……オレ、京子ちゃんにこんな恰好で告白しちゃったのか?」
意気消沈した様子でうわごとの様につぶやくツナ。そりゃショックだよなぁ……笹川にも悲鳴あげて逃げられるし、挙句の果てには変態野郎呼ばわりされたしな。まぁこの恰好じゃ仕方ないが。
「にしてもツナ、お前一体どうしちまったんだ?」
「オレにも分かんないよ! アイツに撃たれて死んだと思ったら、次の瞬間には京子ちゃんに告白することしか考えてなかったから……」
「それが死ぬ気弾の効果だ」
声が聞こえた方を見ると、そこにはあの赤ん坊が……リボーンが突っ立っていた。
「どういうことだよリボーン!」
ツナがヒステリックに叫ぶとリボーンはどこからか取り出した銃弾を指で摘み、俺達に見せつけた。
「この弾は死ぬ気弾。コイツに脳天を撃たれた奴は一度死んだ後、死ぬ気になって生き返る」
「「ハァ!?」」
俺とツナの声が合わさる。にわかには信じがたい話だが……
「ってことは、オレは一回死んでから生き返ったの?」
「そー言ってるだろーが」
ツナの質問にリボーンは飄々とした態度を崩さずそう返した。普通は死んだら生き返らないと思うんだが?
「ちょっと待て。百歩譲ってツナが生き返ったとして、なんで京子に告白しに行くことになるんだ? それもいつものツナじゃ考えられない速さで」
「それも死ぬ気弾の効果だ。一度死んだ時後悔したことを、生き返った後に死ぬ気でやり遂げるようになる。制限時間は五分。その間は身体中の安全機能を取っ払ってるからな、ギリギリまで命を削る代わりにスゲーパワーが出るんだぞ」
リボーンの説明は荒唐無稽ではあったが、実際にその光景を目のあたりにした俺達には信じるしか選択肢が無かった。
にしても死ぬ気弾ねぇ……ツナは死んだ時、笹川に告白しなかった事を後悔したのか……って待てよ?
「もしツナが死んだ時に後悔してなかったらどうなってたんだ?」
「俺は殺し屋だぞ?」
「オレ死んでたのかよ!!」
わざとらしく横を向いてしらばっくれるリボーンにツナが突っ込む。
にしても、マジモンの銃に死ぬ気弾か。ツナをマフィアのボスにするって話も現実味を帯びてきたな。
「死んでたらどうするつもりだったんだよ!」
「死んでねーから良いじゃねーか。笹川京子に感謝するんだな」
「偉そうにするなよ! 大体……」
ツナとリボーンが言い合う横で俺が色々と考えている最中、ふと周囲の白い目線に気がついた。
そーいや、今のツナはパンイチだったな……。
それに気づいてツナの方を見ると、ツナも周囲の白い目に気づいた様だった。
「とりあえず帰ろーぜ……?」
そうして俺達は周囲の白い目に耐えながら、ツナの家に戻っていったのだった。
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通信教育、来る!
今更ですが不定期更新でお送りしております。
なんとかツナの家にたどり着いた後、ヘコむツナをなんとかなだめてから、俺はツナと別れて自分の家に戻ってきた。
なんだかんだで昼飯にありつけなかったので腹が減っていた俺は、すぐに飯の用意をすることにした。
適当な皿にご飯を盛り付け、その上からレトルトカレーをぶっかける。
ラップをかけた後、電子レンジにぶち込んでカレーを温める。何分に設定すればいいかは分からないがまあなんとなくでも大丈夫だろうと、とりあえずタイマーを二分に設定してレンジの蓋を閉めた。
レンジの中で回転するカレーの皿を眺めていると、不意にチャイムの音が鳴り響いた。
「ったく、誰だ? 新聞ならいらねーっつの」
愚痴りながらも玄関に向かい、ドアを開ける。
するとそこには、昼間に出会った黒スーツのあの赤ん坊、リボーンがいた。
「ちゃおっス。さっき振りだな」
「急にどうしたんだよ? ツナのとこに住み込みじゃ無かったのか?」
「お前に言い忘れてた事があったからな。この俺が直々に出向いてやったんだ。感謝しろよ」
平間と変わらないそのデカい態度に少しイラッとするが、ここは年上ということで我慢する。昼間みたいに銃ぶっ放されるのもゴメンだしな。
「ハイハイサンキュー。まぁ立ち話もなんだし、良かったら上がれよ」
そう言ってリボーンをリビングに上げて、椅子に座らせる。
「茶は出ねーのか? 使えねーな」
「悪いがうちにはインスタントコーヒーぐらいしか無いんだ。それで良いなら用意するぜ?」
「仕方ねーからそれで我慢してやるぞ」
「分かったよ……ミルクと砂糖は?」
「いらねーぞ」
ハイハイ、と言いながら、俺はインスタントコーヒーをお湯で溶かしてリボーンの前に出してやった。赤ん坊がコーヒーをブラックで飲むかフツー。
リボーンがコーヒーに口をつけるのを見ながら、俺は話を切り出した。
「で、言い忘れてたことってなんだ?」
「お前とツナに関することだ」
「俺とツナに? それはツナをマフィアのボスにするって話と関係があるのか?」
そう俺がリボーンに聞くと、リボーンはニッと笑う。
「やっぱり直継はツナより全然マシだな。話が早くて助かるぞ」
「お褒めいただきサンキューサンキュー。で、詳しく話してくれるんだろうな?」
「そう急かすな。せっかちな男はモテねーぞ」
そう言いながらまたもコーヒーに口をつけるリボーン。
喉から出かけた、赤ん坊に言われたくねーよ! という言葉をなんとか飲み込み、話の続きを待つ。
ゆっくりとコーヒーを楽しんだ後、リボーンの口から出てきたのは俺にとって許容しがたい内容だった。
「直継。お前にはしばらくツナと距離を置いてもらいてーんだ」
「ハァ? なんでだよ?」
すかさず俺は聞き返す。
「色々と理由はあるが、一番はお前がツナの成長を妨げる要因になるからだ」
俺がツナの成長の妨げになる? 意味が分からない。確かに俺はダメな奴だと思うが、別にツナの勉強を妨害したりはしていないつもりだが。
俺が納得していないのをリボーンも分かっているのだろう。リボーンはすぐに口を開いて、細かい説明をしてくれた。
「お前には自覚はねーと思うが、ツナは無意識のうちにお前に頼っちまってるんだ。多分兄貴みてーな感覚なんだろうな」
「マフィアのボスは他人に頼るような奴には務まらねーってことか?」
「別にそういうわけじゃねーぞ。マフィアのボスだってファミリーに頼ることはある。むしろ良いボスほどファミリーを上手く頼るもんだぞ」
「じゃあ良いじゃねーか」
リボーンは首を振って、俺の意見を切り捨てる。
「今のツナはとりあえずお前に頼ればなんとかなるんじゃねーかって考えてやがるからな。ファミリーに頼りすぎじゃマフィアのボスは務まらねーんだ」
まぁ確かに仲間におんぶにだっこされてるマフィアのボスなんて想像つかねーな。
「それに、お前とツナは学校でダメダメコンビなんて呼ばれてるらしいな。それも理由の一つだぞ」
「そんなん言ったって、俺にはどうしようもないだろ。好きに呼ばれてるわけじゃねーぞ」
「お前というダメ仲間がいるせいで、ツナは自分がダメでも構わねえと思ってやがる。まあ、もしお前が居なくてもそう考えていたんだろうけどな」
あー……まあ確かにそういうところはあるかもな。俺も別にツナが居るから頑張って勉強しようとか思わねぇし。
「お前がいたおかげで、ツナは俺が考えていたよりも幾分かマシだったが、これからツナを鍛えていくにあたってお前の存在は百害あって一利無しだ」
そうリボーンは言い切って、再度コーヒーに口を付けた。
「俺がツナにとって不都合な存在っつーのは痛いほど分かったが、じゃあ具体的に俺はどうすりゃ良いんだ?」
ボロクソに言われて少し不機嫌になった俺は、その不機嫌を隠すことなく、投げやりな態度でリボーンに聞く。
「さっきも言った通り、しばらくの間ツナと距離を置いてもらう。具体的には、今日みてーにツナと遊んだりってのは避けてもらう。学校で話をするくらいは構わねーが、出来ればそれも最小限にしてくれ」
「そりゃまた極端だな。第一、ツナにどう説明するんだ?」
今までずっとツナとつるんできたんだ。急に付き合いが悪くなったらツナだって気づく筈だ。
「その点は心配いらねー。今日から俺はツナの家庭教師として、ビシバシしごいていく予定だからな、遊びに行く時間なんてねーぞ」
そう口元を歪めるリボーンを見て、ツナが可哀想になってくる。強く生きろよ……ツナ。俺は助けてやれそうに無いが。
「もしツナから誘われてたとしても適当な理由を付けて断ってくれればいい。それにツナもお前をマフィアのどうこうに付き合わせたくないと思うだろーからな。どうだ、簡単だろ?」
リボーンの大きな目が俺を捉える。
確かに内容は簡単だ。しかし簡単に頷ける様な話じゃ無い。
「なぁリボーン。これでも俺はツナのことを大切な幼馴染だと思ってる。アイツとは十年以上の付き合いだからな、それを今日初めて会ったやつからやめろと言われてはいそーですかって素直にやめるような関係じゃねーんだ」
そうだ、ツナは大切な幼馴染で、小さい頃から俺の後ろにいつもくっついてくる、弟みたいな奴なんだ。誰かに言われたぐらいで簡単に切れるような関係なら、俺達はここまで長い付き合いにならなかっただろう。
「それを踏まえた上で聞く。俺がツナと距離を置くことは本当にツナの為になるんだな?」
そう問いかけ、リボーンの大きな目を見つめる。
リボーンも今までの少しおちゃらけた雰囲気を変えて、俺の質問に答えた。
「そうだ。断言するぞ、ツナの家庭教師としてな」
そう言ってリボーンも俺の目を見返す。
相変わらずその表情からは何を考えてるのかは読み取れないが、今のこの目を見れば真剣であると言うことだけは分かる。
しばらくの間、俺達の間に沈黙が訪れたが先に根負けして、静寂を破ったのは俺だった。
「……ハァ、分かったよ。お前の言うことも分かるからな、協力するさ」
そう俺がリボーンに伝えると、リボーンはニッと笑ってから、またコーヒーを一口飲んだ。
「サンキューな直継」
「ツナのためだってんならしょうがねーからな。で、話はそれだけか?」
「いや、もう一つある」
「じゃあさっさと話してくれよ。死ぬほど腹減ってぶっ倒れそうなんだ」
俺は朝は食べない派だし、それに加えて今日は昼飯も抜いてるから腹が減りすぎてヤバい状態だった。
「もう一つの話ってのはな、お前のことだ」
「俺の?」
「そうだ。喜べ直継。ツナのついでに、この俺がお前を一流のマフィアにしてやるぞ」
「ハァ!?」
俺はその瞬間だけ空腹を忘れ、大声をあげて立ち上がった。
立ち上がって数秒もしたらすぐに空腹感が戻ってきて、少しフラついたがなんとか持ち堪えてリボーンを見る。
「どういうことだよ! お前はツナをマフィアのボスにするために来たんじゃねーのかよ!?」
「だからついでって言ってんだろ。昼間ツナのママンから言われたんだ。お前もツナと一緒に勉強見て欲しいってな」
確かにそんな話もあったな……だけどさぁ!
「だからってなんでマフィアになんなきゃいけねーんだよ!」
「安心しろ、ボンゴレファミリーは経歴国籍カンケーねぇ。誰でも大歓迎だ」
「そういう話じゃねぇよ! 誰もマフィアの就職先の話してねーっつの!」
そこまで言うと急に疲労感が襲ってきたので、椅子に座り直して背もたれにもたれる。
コイツと話すとメチャクチャ疲れるし空腹と疲労で頭も回らなくなってきた。
「そういうわけだから、覚悟しろよ。俺の指導はヤワじゃねーぞ」
「分かったよ……。で、俺もツナみたいにつきっきりで指導されるワケ?」
めんどくさくなってきた俺は大した抵抗をすることなくリボーンの話を受け入れた。多分コイツに何言っても無駄だわ。
「いや、そうじゃねぇ。お前はツナと違って既にまあまあ出来るからな。俺が課題を出して、しばらくしてから様子を見にくる。その間にお前が一人でその課題をこなす……まぁ通信教育みてーなモンだな」
「おいおい、待ってくれよリボーン。俺はマフィアのことなんて全然分かんねーし、何よりツナと同じくらいのダメ野郎なんだぜ? 一人でやれなんてちょっと酷じゃねーのか?」
リボーンはまあまあ出来るだなんて俺を評価してくれるが、俺のダメさは俺が一番知っている。
ツナとドベを争う仲のこの俺が、一人で何かをやれなんて言われて出来るわけが無い。それに、ただの課題とかならまだしもマフィアになるための課題と来ればもうお手上げだ。
そうリボーンに伝えると、リボーンは無情にも俺の訴えを取り下げた。
「言っただろ、お前はツナのついでだ。それに、お前のその悪い癖を辞めればクリアできねーってことはねぇと思うぞ」
「悪い癖ってなんだよ?」
自分にそんな変な癖があるとは感じたことはないが……。
「それも見つけるのも課題だ。さて、もう話すこともねぇからこれで俺は帰るぞ。じゃあな」
そう言ってリボーンは椅子を立った。
さっさと帰ろうとするリボーンを慌てて呼び止める。
「ちょっと待ってくれよ! 課題って言うけど、まだ何にも言われてねぇぞ!」
課題とやらの具体的な内容を聞かないままやれと言われた所で出来るわけがない。せめて具体的な内容くらいはと思い、リボーンにそう伝えると、リボーンはこっちを振り向いて口を開いた。
「そうだったな。お前の一番最初の課題はファミリーを作ることだ。とりあえず六人くらい作れれば合格だ。じゃあな」
「ファミリーって……仲間ってことか?」
仲間を作れとは簡単に言うが、いくら真実であるとはいえ、マフィアの仲間になってくれと馬鹿正直に言ったところで果たしてどれだけの人間が信じてくれるだろうか。
最初から立ちはだかる難問に頭を抱えようとしたその時、リボーンが俺に向けて銀色の何かをぶん投げてきた。
「うぉっ、危ねえっ!?」
なんとかそれを掴もうと手を動かす。すると運の良いことに右手でそれをキャッチする事が出来た。
ほっと胸を撫で下ろして右手の中にあるものを見ると、それは銀色に光り輝く、やけに見覚えのある物だった。
「これって……フォーク?」
しかし急にフォークを投げられた意味が分からない。
リボーンに尋ねてみようとすると、まるで俺の考えを読んだかのようにリボーンは俺の疑問の答えを告げる。
「それは俺からの餞別だ。遠慮しなくていいぞ」
「餞別って言われてもなあ……」
餞別がフォークだなんて聞いたこと無い。マフィアの風習なのか?
そう思いながら手の平の上のフォークを観察する。
見た目は普通のフォークだ。ただ柄の一番下の部分に銃弾と貝殻をあしらった紋章みたいなものが彫られている。
銀で出来ているんだろうか、しっかりとした重さがこのフォークが高級であることを告げてくる。しかしそれ以外は至って普通のフォークだ。
しかし、どこかで見たような……あっ!
「リボーン。悪いけどこれ同じのうちにあるわ」
そうだ思い出した、昨日パスタ食った時に使ったフォークと同じだ。やけに高級感あるフォークだから結構お気に入りなんだよな。そのことをリボーンに伝えると、リボーンは「やっぱりな」と言って口を歪めた。
やっぱりってことは俺の家に同じもんがあることを知ってたのか?
「とりあえずそれはお前にやる。常に肌身離さず持っとけよ、それがお前の武器だからな。チャオ」
そう言って今度こそ振り返らずに去って行くリボーンの背中を見送る。
色々と聞きたいことはあるが……とりあえずは。
「これでどうやって戦えば良いんだよ……」
そんな俺の疑問は、リボーンの耳に届くこともなく消えていった……。
そしてレンジの中に入れたまま忘れられていたカレーはすっかり冷えていて、俺はとっくに限界を迎えている空腹を更に我慢し、もう二分ほどカレーを温めなおすハメになった。畜生。
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幼馴染観察日誌、来る!
ぶっちゃけ今回の話の半分は、オリ主人公の目線で見た時の原作の出来事なので、リボーンのアニメや漫画を観たことのある人は読まずとも伝わります。よって見たことあるよって方は飛ばして貰っても構いません。
そして、もしかしたら色々時系列がおかしい可能性があります。これは、筆者の手元に原作が無く、記憶とwikiの情報を頼りに書いているからです。許して。
もし時系列がおかしいなって思った方は、感想でこそっと教えてください。致命的な場合、書き直させて頂きます。つまり、致命的ではない場合は書き直しません!(屑) 脳内補完お願いします!
そして最後に、ここから先、原作キャラの性格が違うやんっ!ていう事態が多発する可能性があります!もしかしたら既に起きているかもしれませんが。
そんな時は、コイツ原作読み込んでねぇな!と馬鹿にして頂き、よろしければ感想の方にお書き下さい!
皆様の罵詈雑言、お待ちしております!
長々とした前置き、申し訳ありません!
どうかお付き合い頂ければ幸いです!
放課後、多くのクラスメイトが部活やら委員会やら寄り道やらで我先にと出ていった教室の中で、俺"四阿 直継"は一人机に向かったまま、暇を持て余していた。
「どうしたもんかなぁ……」
何度目になるか分からないため息を吐きながら、銀色のフォークを意味もなく弄ぶ。
ペン回しの要領でフォークをクルクルと回して遊んでいたが、指同士が引っかかりフォークが甲高い音を立てて床に落ちる。
それを見た俺はもう一度大きなため息をついて、フォークを拾うべく重い腰を上げた。
俺とツナがリボーンと出会ったあの日……そう、ツナがリボーンに撃たれて一度死んでその後蘇り、ツナがパンイチのまま笹川に告白したら笹川が悲鳴をあげて逃げ、その夜ツナと距離を置くことを約束し、そしてツナのついでにマフィアにさせられることが決定し、その課題としてファミリーを作れという難題を課せられた直後、餞別と言って徐ろにフォークを投げつけられ、何故かそれが俺の武器になることが決定し、その後空腹の限界が迫る中でカレーを更に二分温めなおしたあの日から二ヶ月が経った。
リボーンと交わした約束の通り、俺はあの日からツナとは距離を置くようにしている。
といっても急に突き放したりとか、そんなことはせず。最近目覚めがいいという理由で朝の登校時間を少し早めたり、放課後にツナに遊びに誘われたら少し用事があると言ってそれを断ったりとかそんな程度だ。
だが、そんな程度の変化は小さいながらも確実に俺とツナの関係を変えていった。
休み時間こそ普通に話すものの、毎朝の恒例だった学校の愚痴大会は終了し、二人揃って学校をフケることも無くなり、放課後ツナはリボーンに振り回される一方で俺は暇な時間を持て余すようになった。
そしてあの日から変わったのは俺達の関係だけじゃない。今までダメダメだったツナの学校生活は急激に変わり始めていった。
まず一番最初に変わったのはツナに対する周りの評価だ。
ツナが笹川に告白した次の日、学校に来たツナを待っていたのは剣道部主将の持田先輩による、リンチと言ってもいいような剣道の公開試合だった。
あの日、パンイチのツナを殴り飛ばして変態野郎という──ある種正論──を吐き捨てたあの黒髪の男こそが、持田先輩だった。
そして持田先輩は"笹川を泣かせた奴は許さん! "という謎の使命感に突き動かされ、ツナを皆の前でボコボコにしようと考えたらしい。
確かに、ツナがいくら死ぬ気弾のせいとはいえパンイチで笹川に告白する変態っぷりを晒したのは事実だし、持田先輩と笹川が出来ているという噂も確かにあった。
だが、それだけと言ってしまえばそれだけだ。ツナが笹川に告白した件はツナと笹川の問題で持田先輩が首を突っ込むことでは無いし、持田先輩と笹川が出来ていると言うのもただの噂に過ぎず、実際は同じ委員会というだけらしい。
だが持田先輩……いや持田は、笹川に良い恰好を見せたいが為にツナをボコボコにする事に決め、そのうえ笹川京子をその試合の賞品にするとまで言った。同じクラスの黒川が持田に下した"最低の男"という評価に俺も同意する。
いくら距離を置けと言われても、流石にこのままツナが嬲られるのは我慢ならなかった俺はツナの脱走を手引きし、トイレの窓からツナを逃すことに成功した。
勝負から逃げ出したことによりツナのダメ伝説が増えてしまうだろうが、大勢の生徒の前で嬲られて痛い想いをするよりはずっとマシだ。
ツナを逃した後、再び剣道場に戻った俺が見たのは、あの日と同じでパンイチで額にオレンジの炎を灯したツナ……死ぬ気弾を喰らったツナ、死ぬ気ツナが持田先輩の髪の毛を全部引きちぎる光景だった。
死ぬ気ツナの常識外れのタフさと意志の強さに自らの髪の毛を失った持田先輩は涙を流しながら倒れ、その異常とも言えるツナの姿を見た審判は、恐怖に駆られてツナ側の側を挙げた。
ダメツナによるまさかまさかの大番狂わせに、試合を観ていた生徒達は熱狂し、掌を返してツナを褒め称えた。
この事件でツナは笹川との関係も大きく進歩──とは言え、人間関係を十段階評価で表した場合、0から2になった程度だが──して、ツナは一躍時の人となった。
そしてその後も、助っ人として参戦したバレー大会で金的ブロックで活躍したり、転校生とともに校庭を破壊して退学を回避したりと次々と伝説を作っていった。
そんな今ではツナのことを"ダメツナ"なんて呼ぶ奴は減り、多くの生徒から"普段はダメだが怒らせると誰よりもヤバい奴"という、少し不名誉にも感じるような認識を持たれている。
そしてツナに対する周りの評価が変化して行くにつれ、ツナの人間関係も次第に変化していった。
まず第一に笹川 京子と話していることが増えた。今までは殆ど会話を交わすことが無かった二人だが、持田の件があってからは楽しげに話す光景をよく見かけるようになった。持田の件で笹川はツナに興味を持ったらしく、笹川の方からツナに積極的に話しかけているような気がする。
そして次に、ツナにファミリーが増えた。しかも三人、いや保留にしている奴を含めれば四人もだ。
同じくファミリーを作るという課題をリボーンから出されている俺からしたら、恥を忍んで「一人分けてくれ」と頼みたいくらいだ。
『マフィア』、という日本に住む普通の人間からすれば、ある種空想の中の世界とも思える組織──しかも反社会的勢力──の構成員を、この短期間に四人も勧誘したツナの手腕は異常と言っても良い。
そして、その四人の誰もが中学生を軽く超えたスペックを有する、まさに金の卵だった。
一人目の『
最初はツナを目の敵にしていて、ツナを亡き者にしようとしていた。しかし校舎裏で行われたツナとの戦いの中で、敵であるはずのツナに命を救われ、その器量に感服し今ではツナの右腕を自称するほどツナを尊敬している。
何故俺が事の経緯を細かく知っているかと言うと、その戦いの一部始終を俺が覗いていたからだ。
ある日俺は獄寺に何処かに連れてかれるツナを見て、カツアゲでもされるのかと不安になり後を着いていった。リボーンには距離を置けとは言われたが、大事な幼馴染を見捨てろとは言われてない。
そんな理屈を捏ねてこっそりついて行くと、校舎裏に来たところで獄寺は立ち止まり、服の中から(どう隠しているのかは分からないが)大量のダイナマイトを取り出して点火し、その全てをツナに投げつけた。
日本の学校でダイナマイト投げるかフツー!? と思ったが、死ぬ気になったツナはダイナマイトに着いた火を自らの手のみで消火、投げられたダイナマイトを一本足りとも爆発させることなく切り抜けた。
……離れて見ていた俺の方に何本かダイナマイトが飛んできたのは内緒だ。テンパった俺はツナの見様見真似で消火したが、消火するたびに掌に激痛が走り、痛みに涙目になりながらやっとのことで数本のダイナマイトの消火に成功した。
僅か数本ばかりを消火するだけでこれだから、何十本ものダイナマイトを消火したツナの凄さが分かる。しかも三日もすればツナの手には火傷の痕すら残っていなかった。ちなみに俺は完治まで一週間かかった。
そんなこともあり、今では獄寺はツナの舎弟といっても良いような物だ。三年の不良を余裕でシメる、典型的不良ともいえる獄寺がツナにだけはペコペコしている光景は、今では並森七不思議の一つに数えられている。
ツナのファミリー二人目は
獄寺とはうってかわってザ・好青年というような風貌の彼は、野球部所属の野球に命を賭けた天才野球少年だ。
命を賭ける……なんて言うと大袈裟な、と思うだろ? しかしこの表現は決して大袈裟じゃない。なぜなら山本は部活動中に利き腕を折ってしまい、自暴自棄になって後者の屋上から身投げしようとしたからだ。
治らないような怪我には見えなかったけどな……。
まぁとにかく山本はヤケになり身投げしようとしたが、それをツナが止めようとしたところ、足が滑って二人一緒に屋上から落ちた。
だが死ぬ気になったツナとバネのように伸びたツナの髪の毛の毛根パワーにより無傷で生還。この件を経て、ツナと山本はまさに親友と呼べるような関係になった。
ちなみにこの自殺未遂の件は同級生の間では、"山本の洒落にならないジョーク"という見解に落ち着いている。
確かに屋上から落ちて、二人とも無傷ってのは考えづらいからな……。
まぁそれはともかく、こうしてツナは二人目のファミリーを得た。
三人目のファミリーは一つ上の先輩で、ボクシング部の部長『
妹からは全く想像も出来ない金剛力士像のような肉体を持ち、『極限』が口癖というまさに熱血漢だ。
死ぬ気のツナに惚れ込んで、ツナをボクシング部に入部させようと自分とのスパーをツナに持ちかけた所、死ぬ気ツナのストレートの前にダウンした。
だがこの笹川先輩は、ツナという強者の登場を喜び、ツナへの執着を更に深めて今ではツナに会うたびにボクシング部への勧誘をしている。
ちなみに余談だが、この笹川先輩は頭に死ぬ気弾を受けても何も変化が起きなかったらしい。リボーンの話によると笹川先輩は、"常に死ぬ気状態である"とのこと。とんでもねぇ漢だぜ!
そして暫定ファミリーであるという四人目は、並森中の風紀委員長にして最強の不良、『
ヒバリは並森中の旧制服であるという学ランを着ており、その姿を見かけたという生徒は少ない。
それはヒバリが単純に外に出ないというわけでは無く、ヒバリに出くわした大半の生徒が記憶を無くすまでボコボコにされるから……らしい。
噂によると、ヒバリは群れるのが嫌いで"弱い"や"群れている"などの理由で気に入らない人間は仕込みトンファーで"咬み殺す"らしい。
こんなヤベー奴を教師や警察が放置しているのは一説によると、ひばりが並森町を裏から牛耳っているから……なんだそうだ。
そんなヒバリは死ぬ気のツナを捻り飛ばす程の実力者らしいが、自分より強い相手と闘いたいという典型的バトルジャンキーなため、ツナに執着というよりはツナと共に現れるリボーンに御執心らしい。
ここまで"らしい"だの"……のようだ"だのと曖昧な表現を多用しているのは、俺がヒバリを見たことが無く、ヒバリに関しての情報は全て噂レベルのものしかないからだ。
そんな存在するかしないか分からない人間なため、ツナ含めた大体の生徒は彼のことを恐れて『ヒバリさん』と呼ぶが、俺は心の中で『ヒバリ』と呼び捨てしている。
少し長くなってしまったが、以上がツナがここ二ヶ月の間に集めたファミリーだ。どいつもコイツも粒揃い……どころか既にヤクザの事務所くらい潰せそうなほどの戦力だ。
他にもツナの家に、牛柄の服を着たアフロのウザい男の子や弁髪にチャイナ服を着た女の子(らしい)、超絶美人のリボーンの愛人に星の王子様など、個性爆発している居候達が増えたらしいのだが長くなるので割愛させて貰う。
そしてこれは別にファミリーというわけでは無いらしいが……なんとあのツナに春が来やがった。
ある日、街のを歩いていた俺はCDショップの前でツナを見かけた。
最近ツナとあんまり話せてないから、少し声を掛けるくらいならいいかと思い近付いたのだが、ツナの横に黒髪の美少女がいる事に気づいた。
慌てて俺は近くの物陰に隠れて様子を伺ったのだが……その美少女のツナに対する反応はどう見ても"ベタ惚れ"という感じだった。
後からツナに聞くところによると、その美少女は"三浦 ハル"という翠川中に通う女子らしい。少しアホっぽいところもあるが、あの笹川京子に勝るとも劣らないほどの超絶美少女だった。
そんな美少女の三浦ハルが何故ツナにベタ惚れしたのかというと、どうやら鎧を着たまま川に落ちた所をツナに助けられて、そのまま惚れてしまったらしい。
……まぁツッコミどころ多数のその経緯はとりあえず置いておくとして……流石にあんな美少女に惚れられてるんだ。笹川は諦めて三浦ハルと付き合うんだろうなと思って、ツナにそれとなく聞いてみると、あろうことかツナの野郎は「ハルはやることが突拍子もなさすぎる、京子ちゃんが良い」みたいなことをほざきやがった。
それを聞いた時はぶっちゃけポケットに忍ばせてあった俺の
とまぁかなり長くなってしまったが、これらが俺の幼馴染である沢田綱吉に起きたここ数ヶ月の出来事だ。
ツナも最近学校が楽しいようで、以前よりもよく笑うようになったと思う。ダメツナと言われて蔑まされていたツナはもういない。それが俺にとってどんなに喜ばしいことなのか、それはきっと俺にしか分からないんだろう。
そうだ、嬉しい筈なんだ。なのに、なのになんで……。
「ちゃおっス」
俺の思考を遮るように放たれた、どこか気の抜けた挨拶が聞こえた方を見る。俺の一つ前の机の上にいつのまにか立っていたリボーンが、その大きな黒い目でこちらを見つめていた。
気づけば結構な時間、ここに居たようだ。窓から差し込む陽の光はすっかりオレンジ色に染まっていて、何故だかあまり目に入れたくなかった。
「っ……どうしたんだよリボーン? なんかあったのか?」
「なんかあったのはお前の方じゃねぇのか?」
リボーンの目は机の上に立つという行儀の悪いことをしている。だから座ったままの俺より幾分か目線が上にあって、必然的にこっちを見下ろすような形になっていた。
「別にぃ? 何もねぇよ」
俺は徐ろに立ち上がっていつものようにそう答える。
リボーンは普段はツナに付きっきりだが、月に一回くらいの頻度で一人きりでふらっと俺の前に現れて、色々と俺に質問してくる。
この二者面談は今までにも何回かあったが、その全てが「調子はどうだ?」とか「ファミリーは集まったか?」とかの当たり障りの無い質問ばかりだった。
変わったことなど何も無い。この数ヶ月間、俺は何も変わらない日々を過ごしていたんだから。むしろ……。
「何もねぇのが心配か?」
まるで俺の頭の中を見透かしているかのような言葉だった。
この赤ん坊が只者じゃないなんてことはあの日出会ってから常々感じているが、今ほどそう強く感じたことは無い。
読心術をマスターっていうのもあながち本当なのかもな。
「……んなことねぇよ。むしろツナみてぇに毎日事件が起こりまくる方が大変だろ」
「まぁ確かにな」
一瞬言葉に詰まりながらも、なんとか平常を装い言葉を紡ぐ。
俺が言葉に詰まったことに気づいているとは思うが、それでいてリボーンも無闇に詮索してくること無くいつものように返した。
「………………」
俺とリボーンの間にしばしの静寂が訪れる。いつもなら校庭で部活に打ち込む奴らの声が聞こえてくるのだが、今日に限ってはそれも聞こえない。
無音の空間に耐えかねた俺は、いつもの様にリボーンに言った。
「課題はもうちょい待ってくれよ……ってこの台詞も何回目だか分かんねーな」
「まるで借金取りに追われてるみてーだな」
「うるせーよ。まぁもう少し待っててくれ、すぐにツナを追い抜いてやるぜ」
そう言って俺は机の横に掛けた鞄を取って、家に帰るべく教室の出入り口へ向かう。完全下校時間までもう十分もないし、なによりだらだらここでフォークを弄っても何も起きないだろうしな。
そんな俺の背中にリボーンの声が投げかけられた。
「別に俺は時間は気にしてねーし、ツナと比べるつもりもねーぞ。ツナにはツナの、お前にはお前のファミリーを見つけることが一番重要だからな」
リボーンの言葉を聞いて、俺は足を止めた。
ツナにはツナの、俺には俺の……ねぇ。
「……なあリボーン?」
「なんだ?」
意識して息を吸うことで、呼吸を整える。
そして今、ずっとリボーンに聞こうと思いながらも今まで口に出すことがなかった、喉まで出かけてるその言葉を……
「……いや、何でもねぇ。じゃあなリボーン、ツナにもよろしく」
その言葉を俺は飲み込み、リボーンの前から去るべく、自分の脚を動かす。
リボーンの視線が俺の背中に突き刺さるのをひしひしと感じながらも、俺がその脚を止めることは無かった。
そのまま階段を降り、靴箱で上履きから愛用のスニーカーに履き替える。
昇降口を出た俺の目に飛び込んできたのはわ夕焼けによってオレンジ色に染まった大空だった。
目の前に広がる、雲ひとつない、まるで全てを包み込むかのような綺麗な色の大空を前にして、さっき飲み込んだ筈の言葉はいとも簡単にこぼれ落ちた。
「なぁリボーン、俺はツナのファミリーにはなれねーのかな?」
俺の口から溢れた弱音は、綺麗なオレンジ色の空に吸い込まれたまま、どこかへと消えていった。
急に曇るよオリ主くん。
二ヶ月経ってるから・・・(震え声)
一応理由らしきものはあるので、次回くらいから明確にしていく所存でございます。
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幕間 家庭教師とその雇い主
この前書きを書いていて気づいたことがあるのですが、今までずっと幕間を"ばくま"って呼んでました。
そんな間抜けですら小説が書けるので、皆も小説、書こう!
そしてサブタイトルを忘れて投稿し、早くも編集。RTAかな?
黒スーツの赤ん坊……リボーンは、自らの生徒の一人である四阿 直継の背中を見送った後、夕暮れが差し込む教室に一人残っていた。
ここに残る理由は特には無いのだが、ならば何故この場を去らずにここに留まっているのか。
それは彼の──彼の教える二人の生徒の両方から何を考えているのか分からないと称される──頭の中で思考が渦巻いていたからである。
リボーンは、確かに未来を見通しているかのような行動を起こすことがあるが、それは彼の類稀なる頭脳によって生み出される"推理"である。
それ故に、リボーンとて頭を悩ませることはある。今回はまさにそうだった。
リボーンが悩んでいるのは他でもない、手のかからない方の生徒の指導方法についてだった。
その生徒の悩みは分かっている。だがその悩みを解決するにはどう動くべきかを、彼は考えあぐねていた。
リボーンとて暇ではない。なるべくなら時間は、とても手のかかる方の生徒を教育するのに使いたいというのが本音だ。。一緒に教えられればそれが一番だということは分かっているが、それは二人の生徒のためにならないどころか悪影響を及ぼす可能性があるのでそれも出来ない。
彼が悩みに悩んだ末に出した答えは……
「ま、しょーがねーな。もう少し様子を見るか」
なんとも呑気な答えだった。
ただ、彼をフォローさせて貰うとすれば、リボーンがそう判断したということは、"もう少し様子を見ても特に問題はない"と判断したということでもある。
真に頭脳明晰であるこのリボーン。早計な判断を下す事も無ければ、熟慮するうちに機を逃し手遅れになる事も無い。
的確な判断に基づく的確な行動……それがプロの殺し屋の仕事である。
そのリボーンがもう少し様子を見るというならば、きっとそれは正解であるのだろう。
“一旦様子見"という判断を下したリボーンが手のかかる方の生徒の家に戻ろうとした時、彼の内ポケットの中にある携帯が震える。
慣れた手つきでそれを取り出し、番号を確認する。
それは彼の雇い主からの電話だった。リボーンは迷わず通話ボタンを押して携帯を耳に当てると、電話の向こうの雇い主に向けて彼の特徴とも言える気の抜けた挨拶をした。
「ちゃおっス。調子はどうだ?」
「おかげさまで。それで、彼等の様子はどうかな? 上手くやれているかい?」
電話の向こうから聞こえたのは、老いた男性の声だった。
穏やかなその声は威厳もあるが、どこか孫の様子を知りたがるお爺ちゃんのようにも聞こえる不思議な声色だ。
「俺を誰だと思ってるんだ? 心配されなくとも、アイツらは順調に育ってるぞ」
「それは良かった」
そう言って彼の雇い主は小さく微笑んだ後、申し訳なさげに口を開いた。
「すまないなリボーン。本来なら一人に集中して貰えるはずだったのに、此方の都合で急にもう一人の教育もお願いする事になってしまった」
「気にしてねーぞ。その分のギャラはキッチリ貰ってるし、何よりもう一人はあんま手が掛かりそーにもねーからな。まぁ少し予想外もあったが問題ねーぞ」
「そう言って貰えると助かるよ。ではそろそろ失礼させて貰う。彼等を頼んだよ、リボーン」
そうして彼とその雇い主との通話は切れた。リボーンは慣れた手つきで携帯を内ポケットに仕舞い込み、今度こそ手のかかる方の生徒の家に帰るべく歩み始める。
「何より、俺自身もアイツらの成長が楽しみなんだ」
そう一人呟いて、ニヤリと楽しげな笑みを浮かべるリボーンの姿を知る者はいない。
強いて挙げるのであれば、彼の相棒である形状記憶カメレオンのレオンだけがその姿を知っていた。
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剣道部主将、来る!
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この小説は、皆様の善意に支えられております・・・。
「どーすっかなぁマジで……」
この教室でリボーンとの二者面談をした次の日の放課後、俺は昨日と同じようにポケットから取り出した銀色のフォークを意味もなく弄んでいた。
フォークを人差し指と親指で挟んで左右に振って遊びながら、昨日のリボーンの言葉を思い出す。
「俺には俺のファミリーねぇ」
「ファミリー?」
「うおっ!?」び
急に俺の後ろから聞こえた声にビビりながら振り返ると、そこには怪訝な顔をしたツナが居た。
「どうした、ツナ? なんか用か?」
持っていたフォークをさりげなくポケットに戻しながらツナにそう聞くと、ツナは怪訝な顔を崩さないまま口を開いた。
「用ってほどじゃ無いけどさ、獄寺くんと山本と一緒に遊びに行くんだけど、良かったらナオもどうかなって」
「あぁ〜、悪りぃツナ。今日はちょっと用事がな」
いつもの台詞を使ってツナの誘いを断る。流石にこの二ヶ月の間に何回も使い込まれたこの台詞は、今のツナにはあまり効き目が無いようだ。
「またそれかよぉ? っていうかさっきファミリーとか聞こえたけれど、もしかしてリボーンに何かやらされてるんじゃ無いだろうな!?」
そう心配して詰め寄ってくるツナ。穏やかなツナがこうして詰め寄ってくるというのはなかなかないことだ。まぁツナがリボーンにやらされてることを聞けば、この反応は当然とも言えるが。
これは上手く丸め込まないとヤバいな……よし、ここはとっておきのを使おう。正直あまり使いたくは無かったが。
「まぁまぁ落ち着けよツナ。安心してくれ、用事っつーのはコレだよコレ」
そう言って左手の小指だけを立て、ツナの目の前で振って見せる。
俺の言いたいことは伝わったらしい、顔を赤くしながら興奮した様子で俺に色々聞いてきた。
「マジかよ!? 待ってナオ、いつの間に!?」
よし、食いついたな。後はそれらしい理由を並べるだけだ。
「お前がリボーンに色々扱かれてる間に、ちょっとな?」
「羨ましいぞこの〜! で、どんな子なの!?」
「教えるわけねーだろ、秘密だ秘密! 悔しかったらお前も彼女の一人作るんだな」
そう言って俺はわざとらしく高笑いしてやる。本当は恋人どころか暇を潰す相手すら居ないのだが。
あぁいくらツナの為の嘘とはいえ虚しい……どっかに俺の事好きになってくれる娘居ねーかな?
そんな虚しい俺の胸中を知らないツナは、何故かホッと胸を撫で下ろした。
「クッソ〜、でも良かったよ。ナオがリボーンに巻き込まれて無くて。アイツメチャクチャだからさー、マフィアがどーとかこーとかマジ勘弁してほしいよなぁ……俺はマフィアになんかなりたく無いのに……」
「ま、まぁ確かになぁ?」
実際は、俺も現在進行形で一流のマフィアにさせられているんだがな。
ツナは俺がリボーンにマフィアの道を進まされてる事を知らない。
俺とリボーンが協力して徹底的に隠している。理由は俺がツナと距離を置いた理由と同じだ。まぁマフィア仲間がいたら頼っちまいそうにもなるよなぁ、正直俺もツナにファミリーの作り方を教えて欲しい。
「まぁそういうことだから、暫くの間は無理だ! 悪りぃな!」
そう切り上げてそそくさとその場を離れる。これでしばらくは大丈夫だろう。また新しい言い訳を考えておかないとな……。
にしても、どうして俺はこんな虚しい嘘を使わなきゃいけないんだろうか? 一瞬そんな考えが頭に浮かんだが、ツナの為だと気を取り直す。
にしても、この後はどうするか。勢いに任せて行き先も決めないで教室を飛び出て来てしまった。
まぁ時間だけはあるからな。とりあえず今日は適当に校舎でも回ってみよう。
アテもないまま、並森中の校舎を練り歩く。
今日は休みの部活が多いみたいで、昇降口に向かう生徒の数がいつもより多かった。そういやツナが山本と遊びに行くって言ってたな。ということは野球部も休みか。
そんな事を考えながら脚を動かしていると、いつのまにか剣道場の方に来ていた。ここからツナの伝説が始まったんだよなぁ……なんて考えつつ遠くから剣道場を眺めていると、剣道場の扉が開き、中から一人男子生徒が出てくる。
きっと剣道部員だろうな。右手に竹刀を持ったまま面を脇に構え、身につけたままの防具の前垂れには大きく『持田』と書いてある……って、持田!?
そこで気づいてそいつの顔をよく見てみる。間違いない、持田だ。ツナに髪の毛を全部抜かれてつるっ禿げになっていた時のイメージが強くてすぐに気付かなかった。
生えてくるかどうか心配にだった髪の毛も無事に生えてきたみたいだ。ツナに抜かれる前程では無いが、少し短めのショートヘアに落ち着いている。
しかしツナとの試合前と比べると、纏う雰囲気がなんか暗い気がする。ツナにこっ酷くやられたのをまだ引きずっているのか。俺には自業自得としか言えないが。
しばらく持田の様子を伺っていると、持田はそのまま剣道場を離れどこかへ歩いていく。
防具をつけたまま剣道場から出てきた持田が何故か気になったので、俺はバレないようこっそり持田の後をつけることにした。
持田は剣道場からどんどん離れて行き、ツナと獄寺が決闘していた人気のない校舎裏まで来るとようやく脚を止めた。
抱えていた面を地面に置くと、周囲に誰も居ない事を確かめてから竹刀を構え素振りを始める。
俺は物陰から隠れてその様子を覗きながら首を傾げた。
一見すれば、やってることは至って普通の剣道の練習だ。でも、なんで剣道場で練習しないんだ? わざわざ剣道場から離れてこんな所で一人で練習する理由が分からない。
俺が、持田の様子を不思議に思い観察を続けていると、急に背中に衝撃が走った。
《big》「うげえっ!!」
完全に無防備だった俺は、そのまま前のめりに倒れてしまう。
「痛ってーな、何が起き……」
そう愚痴りながら立ち上がろうとした時、俺に向けられる視線を感じた。
視線を感じる方に顔を向けると、そこには先程まで素振りをしていた持田がその手を止めて、明らかな敵意を込めて俺を睨みつけていた。
やべぇぇぇ! バレちまった!
とりあえずこの場を誤魔化さなければ……しかしどうする?
黙り込んだままの俺を見て、持田は俺に対する敵意を更に強めている。
まずい、まずいぞコレは……。ずっと黙っているわけにもいかないので、何か言わなければと思い口を開こうとしたとき、逆に持田の方から声をかけてきた。
「お前、確か沢田とよく一緒にいた四阿だよな……」
「はっ、はい。その、練習覗き見するつもりは無かっ……」
覗き見してた事を素直に謝ろうとした俺を遮るように持田の口から飛び出してきた言葉は、思いもよらないものだった。
「……お前もか?」
「えっ?」
「お前もアイツらのように、俺を馬鹿にしに来たのか!? 沢田に負けた俺を!!」
そう怒鳴る持田の両手は、怒りに打ち震えている。
一方で俺は、言われたことの意味が分からず固まることしかできなかった。
持田が馬鹿にされてるなんて話は聞いたことが無かったし、それにアイツらって誰のことを言っているんだ?
呆けたまま何も言わない俺に痺れを切らしたのか、持田は置いてあった面を持ってこの場を離れようとする。
スタスタと足早に去っていく持田の背中は、俺の目には何処か哀しげに映った。
次の日の放課後、俺は今日もツナの誘いを断ってから、持田に会う為に校舎裏に向かっていた。
結局覗き見をしていたことを謝れていないし、なにより持田の様子が気になった。
別に持田と俺は親しいわけでもない、むしろ昨日初めて喋ったくらいだ。
でも……何故かは分からないけど、昨日見た持田の哀しげな背中が頭の中から消えなかったんだ。
持田を探して、校舎裏へと続く道を歩く。
一応、剣道場も覗いてみたがそこに持田の姿は無かった。
恐らく今日も、昨日のように校舎裏で一人練習しているんだろう。
俺はそう予想していたのだが……辿り着いた校舎裏には持田の姿は無かった。
昨日はたまたまここに来ただけか?
そう思って辺りを見回す。すると、少し離れた水飲み場で、何かを必死に洗う持田の後ろ姿を見つけた。
遠くからでは持田の体で隠れていて何を洗っているのかは分からなかったが、声をかけようと近づいた時、俺には分かってしまった。何を洗っているのか、何故人気のない校舎裏で練習しているのか、何故持田の背中が哀しげに見えたのか……その全ての理由が。
持田が洗っていたもの……それは防具だった。持田が使っているものと思われるそれには、赤いマジックで書き込まれたと思われる罵詈雑言が一面に広がっていた。『馬鹿』『雑魚』『ゴミ』……そんな悪意に塗れた落書きを落とそうと持田はスポンジで必死に擦るが、油性マジックで書かれたと思われるそれは簡単には落ちそうにも無かった。
それだけじゃない、よく見てみれば落書き以外にもカッターで付けられたと思われる大量の切り傷によって持田の防具は見るも無惨な状態になっていて、俺は思わず息を呑んだ。
「ッ……!!」
俺の息を呑む音が聞こえたんだろう、持田は此方をチラッと確認したが、すぐに防具に目を戻して落書きを落とす作業に戻った。
持田の目は一瞬しか見えなかった。
だが、そこには何の感情も無かった。
本来ならある筈の、加害者に対する怒りや憎しみ……自分に対する悲しみや嘆きは一切存在していなかった。
ただただ虚無のみが広がるその目は、このような事が初めてではないということを物語っていた。
しばらくの間、俺は絶句していたが持田の防具から出たガコッという音に我に返る。
持田は左手で胴を抑えながら右手に持ったスポンジで落書きを擦っているが、置き場が良くないせいで酷く洗いにくそうだ。
それを見た俺は、どう声をかければいいかだなんて考えよりも先に行動に移していた。
「あの! 手伝います!」
そう一言だけ言って水飲み場の裏に周り、後ろから防具を押さえる。
……なんかヤケに重いような気がするぞこの防具。
「同情なら要らない。失せろ」
持田はそう吐き捨てるが、ここで止めれる様なら、そもそも最初から手なんか出していない。
「同情なんかじゃない、俺がやりたいからやってるんです」
そう俺が言うと、持田はフンッと鼻を鳴らした。その後は特に何も言っては来ず、しばらくの間、俺と持田の間には蛇口から出る水の音、スポンジが防具と擦れる音だけが響いていた。
しばらく持田は防具をスポンジで擦っていたが、一向に消える様子のない落書きを見て、徐ろに蛇口を閉めた。
俺の協力も虚しく、防具にはまだ半分以上落書きが残っていた。
「……これ以上は時間の無駄だ」
そう言って持田は、ポケットから取り出したタオルで防具を乱暴に拭きあげる。
あらかたを拭き終えるとタオルを肩にかけて防具を掴み、校舎の方に向かう。
「あっ、あの……!」
思わず呼び止めてしまったが、俺は何を言えばいいのか分からなかった。
"いつからなのか"とか、"誰がやったのか"とか、聞きたいことは山のようにあったけど、それを素直に声にするのは憚られた。それを持田に聞いたら、嫌なことを思い出させてしまうと思ったから。
「……助かった」
何も言えない俺に向けてそう一言だけ言って、持田は校舎に戻っていった。
「……なんだそれは?」
次の日、昨日と同じように防具を洗う持田の元に現れた俺を見て、持田は開口一番にそう言った。
「コレっすか? 消毒用アルコールっす。マジック落とすならコレが効くらしいっすよ?」
そう言って俺は手に持った消毒用アルコールを振ってみせる。
「というか、なんでお前が居るんだ。俺のことは放っておいてくれ!」
「まぁまぁ、とりあえず試してみましょうよ。その洗剤じゃ落ちねーみたいだし」
そう言って俺は、昨日よりもいくつか落書きが増えた持田の防具を指さす。持田が持ってきたと思われる洗剤は無いよりはマシといった所で、お世辞にも役に立っているとは言い難かった。
持田は「チッ」と舌打ちして、俺が防具に触れられる様に身体を少しずらす。
それによって生まれたスペースに入り、表面の水気を取ってから持参したティッシュに消毒用アルコールを少し吹き付け、防具の表面を撫でるように擦る。
すると、あんなに頑固だった落書きは面白いように取れ、ティッシュが通った場所には防具の元々の色だけが残った。
「「おおおおおお!」」
俺と持田の歓声が重なる。
思わず持田の方を見ると、持田は少し顔を赤くしてバツが悪そうにしていた。
「……なんだ?」
「いや〜、別にぃ? 持田先輩もこれ使ってくださいよ」
俺が使ったのとは別の、消毒用アルコールを含ませたティッシュを用意して持田に渡す。
「……さっさと終わらせるぞ」
持田はそう言ってティッシュを受け取り、落書きを落とし始める。
三十分もすれば防具を埋め尽くしていた落書きは全て消え、元の黒一色に戻った。
「いや〜落ちた落ちた! 消毒用アルコール様々っすねー!」
「……何にも聞かないのか?」
そう言って持田は俺の目を見た。
昨日は虚無しか映っていなかったその目には、今日は疑問の色が浮かんでいた。
「いや〜別に色々聞きたくて手伝ったわけじゃないんで。まぁ聞いて欲しいってんなら聞いてあげますよ?」
「チッ……お前、性格悪いな」
「お互い様でしょ? 持田先輩」
そう返すと、持田は更に舌打ちをして、置いてあった竹刀を手に取り素振りを始める。
手持ち無沙汰になった俺は、ポケットからフォークを取り出していつものように弄び始めた。
しばらくの間、俺達に訪れた静寂を破ったのは持田の方からだった。
「……俺が沢田に負けてからだ」
持田はそう語り始めるも、素振りを止めることはしなかった。
俺もフォークを弄びながら、何も言わず持田の声に耳を傾けることにした。
「今まで俺を持ち上げていた後輩や友人達は、掌を返すように態度を変えて俺を蔑んだ。当然だよな、あんな無様な負け方したら」
ブンッ、ブンッと竹刀を振る音が続いている。
「沢田をカスと侮り、その上小細工まで仕掛けた……剣道初心者の一年にそこまでして負ける、クズで弱い、なんとも小さい男なんだ俺は」
小細工までやってたのか、流石にそれは初耳だった。
「俺は沢田に……そして巻き込まれた挙句、賞品扱いされた笹川に一言謝って、ケジメをつけるべきなんだろう。
そしてキッパリ沢田との事を忘れ、前に進むべきなんだろう……」
「だが」と続けた持田は竹刀を大きく振り下ろし、そのまま腕を止めた。持田の目は竹刀の先端を真っ直ぐに見据えている。
「だが俺は、未だに沢田に執着している。
敗北を受け止められず、沢田を倒すことだけを……勝つことだけを考えて、今も練習を続けている。
そんな俺は……やはり小さい男なんだろうか?」
そう言って、持田は素振りを再開した。
なるほどねぇ、嫌がらせを受けてまで剣道の練習してたのはツナに勝つためだったのか。確かに小さいのかもしれない……けど。
「分かってるじゃねぇか! 小せぇ男だよお前は!!」
俺が持田の質問に答えるより先に、どこからか誰かの怒号が飛んでくる。
声がしてきた方を見ると、竹刀を持った男子生徒が五人ほど集まって此方に歩いてくるのが見える。
そいつらは俺と持田の前まで歩いてくると、先頭に立っていた茶髪のヤンキーみたいな奴は、その顔を悪辣に歪めて口を開いた。
「ダメツナなんかに無様に負けたハゲ野郎が! オメーなんかがうちの主将ってんだから情けねーよなァ!! 剣道部の名前も地に落ちたってもんだ!!」
どうやらコイツらは剣道部の奴らみたいだ。持田の防具にマジックで落書きしたのもコイツらだろう。……なんだかイライラしてきた。
茶髪野郎の口は閉じる事なく罵声を吐き出す。
「お前が辞めやすいように俺達が色々"親切"してやったのに、惨めに剣道部にしがみついてよぉ!
挙句の果てには沢田にリベンジだぁ!? 迷惑なのが分かんねーのかよ!?
さっさと消えろよクソハゲ!!」
罵声を浴びせられている間も、持田は何も言わずに茶髪野郎を睨むだけだった。
何も言えない持田を見て気をよくしたのか、茶髪野郎とその取り巻き達はギャハギャハと下賤な笑い声をあげている。
するとわ取り巻きの内の一人が俺の存在に気付いて、更に顔を醜く歪めながら俺を指さして笑った。
「
その言葉で他の奴らも気づいたらしい、俺の方を見て更に大声で笑い始める。
「コイツは何の関係もない!」
持田はそう言うが、コイツらはそんなのお構いなしのようだ。
霜川と呼ばれていた奴が笑いながら俺の目の前に来る。
「だ〜いじょうぶだよ持田、お前が小っちゃいってのはよ〜く分かってるからよォ! 俺は優しいからさァ、今度はお前でも勝てるようにしてやるよォッ!!」
そう言って霜田は持っていた竹刀を俺の脳天目掛けて振り下ろしてきたが、俺は別に驚かなかった。
どーせこんな事だろうと思ったんだ。
別に避けても良いが、持田に対するコイツらの態度にイライラしていたからむしろ丁度いい。
俺は手に持っていた銀のフォークの腹で竹刀を受け止める。リーチの短いフォークだが、
俺が痛みに悶える姿を想像していたんだろう。霜川は、竹刀をフォークで受け止められた事に気づくまで少しかかったが、それに気づいた後はさっきまで笑ってやがったその顔には怒りが浮かんでいた。
「ダメナオの癖に、抵抗すんじゃねぇよ!」
そう言って今度は竹刀を横に振り払うが、再度フォークを使って受け止める。
副将とか呼ばれていたが、明らかに剣が遅い。素人の俺でも見切れるレベルだ。
その瞬間、俺の頭にある計画が浮かんだ。
これならコイツらを黙らせられるし、持田のことも何とかできるかも知れない。
その計画を実行すべく、俺は霜川を煽り始めた。
「すみませ〜ん、二回も受けちゃって。これって、俺みたいなダメナオにも見えるレベルで打ちこんでくれてるんですよねぇ?」
「テメェっ!」
「アレ? ひょっとしてマジでやってコレすか? 霜川先輩もダサいっすねぇ!」
「ふざけてんじゃねぇぞ!」
そう言って乱暴に竹刀を振り下ろしてくるが、それもフォークで受ける。
俺に煽られたことと自分の竹刀を、しかもフォークで受け止められたことですっかり冷静さを失っていた。仕掛けるなら今だ。
「霜川センパ〜イ、どうせならもっとギャラリー集めてから一対一でやりません? 俺、なんか勝てるような気がするんすよねー、なんて」
「お前が俺に勝つなんて十年早ぇんだよ!」
「負けるのが怖いんすか? じゃあこうしましょう。霜川先輩は防具と竹刀で、俺は防具無しで武器はコレしか使わない、どうです?」
そう言って霜川に持っているフォークを見せつけてやる。
「ここじゃ誰に見られるか分かんないっすよ? 教師に見つかったらマズくないです?」
流石にコイツも教師に見られたくはないんだろう。さっきまでの勢いは鳴りを潜め、こちらを睨むだけになった。
「もし俺が負けたら、土下座でもなんでもやってやります。靴舐めたって良いっすよ?」
ここまで押せば乗ってくるだろう。というか乗ってこい、頼む!
「チッ……明日の放課後、剣道場に来い。言っとくが逃げたら承知しねぇぞ!!」
よしよし、乗ってきやがった。すかさず追撃を仕掛けに行く。
「分かりました〜。あっ、そうだ。あり得ないと思いますけどぉ、万が一俺が勝ったらどうします?」
「絶対そんなことは起きねーから安心しな! もしそうなったら俺も土下座でもなんでもしてやるよ!」
そう吐き捨てて霜川とその取り巻きは帰って行った。
上手く乗って来てくれて助かったぜ。
計画の成功にほくそ笑む俺に、持田が心配そうに声をかけてくる。
「オイ……大丈夫なのか?」
「 大丈夫っす。靴舐めるくらい余裕っす」
「ダメじゃねーか!」
「冗談っすよ、大丈夫ですって。安心してください!」
実際は大丈夫なんかじゃないが。
なんかイラついていた勢いのまま吹っ掛けてしまったが、よくよく考えたら無理ゲーじゃね? 竹刀だけならまだしも防具もあるんだぞ? こっちには無いけど。
考えれば考えるほど、頭を抱えたくなってくるが言ってしまったものは仕方ない。
「持田、先輩も見に来てもらって良いっすか? 負けないんで」
そう言って俺は、人生で初めて不敵な笑みってヤツを作ってみせた。
「ハァ……分かったよ。だが助けは期待するなよ? お前が言い出したんだからな?」
そう言って、持田は左手を額に当てた。
「そんなの期待して無いっすよ」
嘘だよ、ちょっと期待してたよ。まぁ仕方ないな……。
リボーンに死ぬ気弾撃って貰えるようお願いするか……。
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一人目、来る!
そしてここまで書いてきて気づいた事があります。
僕は戦闘シーンが苦手です。これだけは真実を伝えたかった。
そして次の日の放課後、俺は剣道場の前に立っていた。
ドアの前で深呼吸してから、俺の武器である銀のフォークを取り出す。
取り出したフォークを見つめながら、大丈夫、大丈夫……と自分に自己暗示をかけてみるものの、何一つ大丈夫な気がしない。
今更になって、昨日の自分の発言を撤回したいという想いがムクムクと湧いてくる。あー嫌だ、逃げてぇ。
というかさぁ! リボーンの野郎、何処にも居ねーんだが!?
昨日、あの後ツナん家行ってみたけど居ねーし! 結構待ったけど帰って来ねーし! 待ってる間、ビアンキって美人に何処かで見たような虫入りのケーキ食わされそうになるし! ウザい牛柄とチャイナ女児の喧嘩に巻き込まれるし!
帰って来た奈々さんの話だと、"ツナとリボーンは山本の家に泊まることになった"らしい。俺の時間返せ!
結局、朝学校に来たツナに聞いてみても知らないとか言われるし!ツナに言われて学校中の消火栓の扉開いてみたけどどこにも居ねーよ!つーか居たら怖ーよ!
ついぞリボーンに会うことは出来ず、約束の時間を迎えてしまった……。
逃げてーけど逃げても意味ねーんだよなぁ……腹を括るしかない。覚悟を決めて中に入る。
中には、面以外の防具をつけた霜川とその取り巻き、そして剣道部員達が俺のことを待ち構えていた。よく見てみればそこには持田の顔もあった。見に来てくれたのか。
その中の一人が俺に気づき、大きく声をあげる。
「ダメナオが来たぞ!」「マジで勝てると思ってんのかよ?」「ぜってー逃げると思ってたわ」「つーかなんでフォーク?」
酷い言われようだ……まぁさっきまで逃げてーなんて言ってたから別にいいけどさ。あとなんでフォークかは俺が聞きたい。
そのまま進んでいき、霜川の少し前で止まる。すると剣道部員達が俺の退路を閉じるように俺の後ろを塞いで、俺と霜川の周りをリングのように取り囲んだ。
あぁ……もう逃げらんねーわ、コレ。
「よぉ! 逃げずに来るとは思わなかったわ、意外と根性あるんだなお前」
そう言って霜川は下卑た笑いを浮かべた。
「お褒めいただきサンキューっす。さっさとやりましょうよ」
「待てよ、ボディーチェックが先だ。シャツの下に鉄板でも仕込まれちゃかなわねーからな」
剣道部員が二人来て、フォーク以外何も持ってないかチェックする。
別に何にも無いから良いけどさ。そんな事気にする辺り、お前も大概小さいからな。持田のこと言えねーよ?
ボディーチェックが終わり、剣道部員達が元の位置に戻っていく。
「ルールは簡単。先に相手に"参った"って言わせるだけだ。それ以外はなんでもあり。バカなお前でも分かりやすいだろ?」
「それだけっすか?」
持田とツナの時みたいに、ギリギリ剣道の形を残すものと思っていたが。
「フォークで剣道出来るわけねぇからな。お前に会わせてやったんだ、感謝しろ」
ごもっともでございます! ありがとうございます!!
「どうする? 今ここで土下座するなら許してやらんことも無いが?」
そう霜川は俺に聞いて来たが、そんなつもりは毛頭ない。
やる前から土下座するより、やってから靴舐める方が百倍マシだ。それにこーゆー奴は絶対許してくれないと思うし。
「わざわざギャラリー集めて、見せ物が俺の土下座じゃあ肩透かしじゃないっすか? 霜川先輩が負けそうで怖いからそう言ってるってんなら別ですけど」
この後に及んでやっぱやめた、なんて通らない。だったら煽りに煽った方が得だ。俺の精神衛生的にも。
「そうかよ……! 精々デカイ声で"参った"って言うんだな! 俺が聞き逃さねぇようによォ!!」
霜川は青筋を浮かべたまま、竹刀を構える。
それを見て俺もフォークを握った手に力を込め、先端を霜川に向けた。
そして一応この試合の審判らしい霜川の取り巻きの一人が、両手に持った旗を同時に振り下ろした。
「試合開始ィィィッ!!」
先に動いたのは霜川だった。
審判役が試合開始と言い切るかどうかぐらいで一目散に突っ込んで来て、そのまま俺の頭目掛けて面を打つ。
俺は横に動くことでそれを躱すが、霜川もそれは予想してたようで、すぐに竹刀を引き戻し袈裟斬りを仕掛けてくる。
後ろに飛びのくことでなんとか躱したが、霜川との距離は離れてしまった。
始める前から分かっていたことだが……流石にリーチが違いすぎる。
俺のフォークは割と大きめではあるが、精々20センチ程度。柄を掴まなければいけない関係で、実際の間合いはこれより更に狭いだろう。
対して霜田の使う竹刀は1メートル以上の長さがある。単純計算でも五倍以上のリーチの差を俺は埋めなければならない。
「オラオラオラァ!」
「チッ……!」
霜川が繰り出す竹刀の太刀筋をなんとか見切って躱していく。隙が無いわけではないが、それでも前に進むのは難しく防戦一方だった。
「どうしたどうしたァ! さっきまでの威勢は何処に行ったんだァ!?」
霜川は自分の圧倒的有利を信じているのだろう、下卑た笑いを浮かべて俺を煽る。
振り下ろされる竹刀を何とかフォークで受け流すが、形勢は何も変わらない。
「守ってばっかじゃ勝てねぇよ!!」
霜川の言う通りだ。このままではいずれ竹刀を避け切れなくなる。そうすれば俺に待つのはリーチの差を盾にした一方的な暴力だけだ。
ここで勝負を決めなければ……負ける。
俺は覚悟を決めると霜川に向かって、全速力で踏み込んだ。
「バカが、脇がガラ空きだぜ! オラァ!」
スパァンッ!と言う音と共に、右の脇腹に痛烈な痛みが走る。そのまま吹っ飛ばされそうになる身体と意識を何とか堪え、右の脇腹に撃ち込まれた竹刀を右腕で抱え込んだ。
どうせ逃げ続けた所でいつかは当たるんだ、なら一発貰うのを覚悟の上で突っ込んで一撃決めるしかない。
「うおおおおおおおおお!!」
「なっ……グァ!!」
竹刀を抱え込んだままで思い切り踏み込み、突っ立っている霜川の胸を気合いを入れて蹴りつける。
霜川は俺の蹴りを喰らって吹っ飛んだがすぐさま起き上がった。
やはり防具の上からじゃ効果が薄い。霜川に大したダメージは無さそうだった。
一方俺は、霜川に打ち込まれた脇腹の痛みを左手で上から押さえる事で何とか紛らそうとするので精一杯だ。こんなんじゃ割に合わねー。
「テメェ……! 調子乗んのも良い加減にしろやぁぁぁぁ!!!」
さっきの一撃で完全にキレた霜川は、俺の顔目掛けて竹刀を薙ぐ。
それを左腕で受け止め、そのまま俺は、霜川が唯一防具をつけていない顔面に向かってフォークを握ったままの拳を振り抜いた。
まともに俺のパンチを喰らって、霜川が少しよろける。鼻血が出たようだ、足下にポツポツと赤い雫が垂れる。
ざまあみやがれと言いたい所だったが、俺は俺で打たれた左腕に走る痛みと痺れに悶絶していた。
痛えぇぇぇぇ! マジか、さっきも思ったけど竹刀ってこんな痛えもんなのかよ!?
左腕を見ると、打たれた所が青くなっていた。流石にこれ以上左腕で受け止めるのは無理かもな。
「このッ……クソがぁぁぁ! オラァ!」
「痛っっっってぇぇぇぇ……なぁぁぁぁ!!」
その後も霜川が振り下ろす竹刀を自分の身体で受け止めながら、霜川の顔に拳を打ち込んで行く。
右腕、左脇腹、右肩、左肩……上半身に何回も竹刀を打ち込まれ、俺の身体中に激痛が走る。俺の上半身に青くなっていない所は無いんじゃないか?
俺の上半身が段々とアバターと化すにつれ、それに比例して霜川の顔面も腫れ上がっていった。
最初は片側しか出ていなかった鼻血は両側から垂れており、口を切ったようだ、唇の端からも血が垂れている。
頬は大きく腫れ、国民的ヒーローのようになった霜川は既に半泣きだった。ならさっさと参ったって言ってくれよ頼むから。
そんな俺の願いも虚しく、霜川は竹刀を構え直すと一歩退き、俺と距離を取ってから腕と竹刀を思いっきり引き込む。
「良い加減に……!!」
そして次の瞬間、大きく踏み込みながら思いっ切り腕を突き出して、俺の顔面に向けて突きを放つ。
竹刀と腕を伸ばして最大のリーチを作り、遠距離から俺の急所を狙うことで、俺を確実に仕留めにかかってきた。
「くたばれぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
霜川が繰り出す渾身の突きが俺の顔に向かってくる。
全身の力を使って乱暴に、しかし凄まじい威力を乗せて、それでいて確実に俺の顔面に向かってくる、まさに必殺とも言える突き…………それを俺は
「お前がなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
俺も大きく踏み込みながら、向かってくる竹刀の先端目掛けて思いっ切り横からフォークを叩き込む。
大きく横に弾かれた竹刀を見て、霜川の顔が驚愕に染まるが、もう遅い。
「喰らいやがれえええぇぇぇぇ!!」
俺の力だけじゃない、霜川の踏み込む力も拳に乗せて、カウンターのストレートを霜川にお見舞いしてやる。
綺麗に決まったそのカウンターによって、霜川は竹刀を手放して後ろに吹き飛んだ。
「どうだオラァ!!」
打ち込んだ右腕を高く振り上げ、フォークを握り締めながら俺は吠えた。
かなり綺麗に入ったようだ、霜川は仰向けのままで、顔を両手で押さえて痛みに悶えている。
それを確認した俺は、すぐに追撃の準備にはいった。
すぐに霜川の下まで移動し、仰向けの霜川の胴を跨いでマウントポジションを取り拳を握る。その姿が指の間から見えたであろう霜川は、この後に及んでギャーギャー喚き始めた。
「タ、タンマ! 待て、待ってくれ! 頼むからぁぁ!!」
「待たねぇよ、お前が言ったんだろ? なんでもありだって。嫌なら早く負けを認めろよ、なぁ!」
本来なら敬語を使ってめちゃくちゃに煽りたい所だが、俺の体力も既に限界だった。ミジンコほどにしか残っていない力を振り絞り、振り上げた拳を霜川の顔面目掛けて振り下ろす。
「分かったって! 参った参った参ったよぉ!!」
静かすぎる程の剣道場に、霜川の情けない声が響き渡る。
その声を聞いた俺は、霜川の顔まであと数ミリという所で何とか拳を止めた。立ち上がって霜川をマウントから解放してやる。
なんとか……なんとか俺は勝利を掴むことが出来た。分泌されていたアドレナリンの効果が切れ、俺の上半身に走る激痛は更に強くなっていった。
あー痛え! 身体中が痛ってーよ!! クソが、防具無しはヤベェよ! 少しは手加減しろや!
激痛に顔を顰めながら、それでも俺は……笑っていた。メチャクチャ痛いし、メチャクチャ疲れてたけど、確かに俺の口は笑っていた。
そうだ! 俺は、俺は勝ったんだ! 竹刀相手にフォーク、更に防具無しという自分から言い出したことを考慮しても頭おかしいとしか言いようのないハンディキャップマッチに俺は勝利した! しかも死ぬ気弾無しで!!
激痛に耐えながら、勝利の余韻に浸る。
だから……戦いが終わり、気を抜いてしまった俺には気づけなかった。
「タダで……返すわけねぇだろ! お前ら、やれ!!」
霜川の目には、敗北の色になんて全く染まっていなかったということも。
俺が後ろを向いた瞬間、霜川が取り巻きに指示を出したということも。
そして……霜川の言葉と共に、取り巻きの振るう竹刀が、俺の後頭部に向けて振り下ろされたことも。
そして次の瞬間、
スパァンッ!!
剣道場に竹刀の音が響き渡った。
霜川の想像では、今頃俺は頭を押さえて蹲っていたんだろう。
だが実際には、俺が頭を押さえて蹲る事は無かった。
何故なら……俺の後頭部に命中するはずの竹刀は、俺の頭まであと数センチという所で持田の竹刀が受け止めていたからだ。
「これはどういう事だ霜川! 勝負は終わったはずだ!」
持田が声を荒げて、霜川を問い詰める
「な……なにしてくれてんだよ! 雑魚の癖に! やっちまえ!!」
霜川の命令を受けて取り巻き達は、竹刀を持って一斉に飛び掛かってきた。
四本の竹刀が持田に襲いかかってくる。
だが、持田は至って冷静にそれを捌いた。
一本目の竹刀は、大きく振り下ろされる前に小手を叩いて吹き飛ばす。
二本目の竹刀は後ろから持田を袈裟斬りにしようと狙うが、持田は振り返りながら、そのガラ空きの胴に一閃。その一閃を防具のない状態で受け止められるはずもなく、痛みに蹲る持ち主の手から竹刀が離れた。
そして三本目と四本目は同時に持田に襲いかかったが、それを持田は二本纏めて受け止め、逆に弾き返してから有無を言わさず、神速とも言える小手を一発ずつ打ち込む。
持田に襲いかかったはずの四本の竹刀はその全てが床に転がり、残ったのは痛みに悶える取り巻き達と、それとは対照的に眉一つ動かさずに霜川を睨みつける持田だけだった。
「スッゲー……」
持田の流れるような太刀筋を見て、俺はそんな陳腐な表現しか出来なかった。ただ、それは俺達を取り囲む剣道部員達も同じだったようだ。誰もが息を呑んで持田の剣技に見惚れている。
「まだやる気か?」
持田はそう言って、竹刀を霜川の顔に突き付ける。
霜川は恐怖で口が回らないようで、ただ首を横に振ることだけで精一杯のようだった。
それを見た持田は突きつけた竹刀を戻し、淡々と言い放った。
「お前らのお望み通り、俺は剣道部を辞めてやる。ただ忘れるな。お前は今日、四阿に負けた。その事実を捻じ曲げる事だけは、この俺、"
そして持田は踵を返して、霜川から離れた。
そして俺の近くまで来ると、俺に肩を貸してくれた。
「大丈夫か? よくやったな、四阿」
「持田先輩……」
そうして持田の肩を借りながら俺は、剣道場を後にした。その間、霜川達や剣道部員達は一声もあげずに、その場から去る俺達を唯々と見送るだけだった。
持田は剣道場から離れ、二人で防具を洗ったあの水飲み場までたどり着いた所で、俺を下ろした。
「とりあえず水で冷やせ。それで幾らかは良くなるだろ」
俺は持田の言う通りに、青く腫れた腕を水で冷やす。
水の冷たさがあざが出来た肌に染み込んで、思わず声が漏れた。
「まったく、なんていう無茶をするんだ。まさか本当にフォーク一本だけで勝つとは……」
「言ったでしょ? 大丈夫だって。
それよりすみませんでした。 "助けは期待してない"なんて言いながら、結局助けて貰っちゃいましたね」
「別に構わん。俺がやりたかったからそうしただけだ、お前と同じようにな」
そう言って持田は笑った。それを見たらなんだか俺も笑いが込み上げてきて、そのまましばらくの間二人で笑った。笑うたびに上半身が動いてすげぇ痛かったけど、不思議と不快感は無かった。
ひとしきり笑い終えた後、急に持田が真面目な顔をして問いかけてきた。
「なぁ。なんで霜川にあんな勝負を仕掛けたんだ? こう言ってはなんだが、あんなハンデを負ってまでお前があの勝負を受ける理由は無かったはずだ」
「あ〜、まあ確かにそうっちゃそうなんですけどね……」
昨日ここで霜川に勝負を吹っかけた時、自分でも何故こんな事をしてるのか分からなかった。イライラしてたってのもあるけど、だからといって俺は誰彼構わず喧嘩を売るようなバカではない。
でも今ならなんとなく分かる。
「まあ色々ありますけど……一番は自分のため、ですかね……?」
「自分の……?」
「あの時、持田先輩が小っちぇだのなんだのアイツらに言われてるのを見て、なんつーか、俺が馬鹿にされてるみたいに聞こえて。俺なんか馬鹿にされ慣れてるはずなのに、その時だけはなんだか我慢できなくなっちゃって」
少し笑って、俺は言葉を続けた。
「アイツらが絡んで来る前に、持田先輩は俺に聞いたじゃないっすか。ツナにこだわる俺は小さい男かって」
「確かにそんな事も聞いたが……」
「あの時言えなかった俺の答え、言いますね。正直、スゲー小っちぇ男だと思います」
「……そうか」
持田もこの答えは予想していたんだろうが、少し俯いた。
だが俺の答えに嘘はなかった。持田は小さい。だが。
「でもね、俺も持田先輩と同じですよ。俺も小っちぇ男なんです」
「っ……!?」
「俺は持田先輩と同じであの時……持田先輩にツナが勝ったあの時から、ツナが皆に認められていくのを見て、どこか嫉妬してたんです。ツナは本当は凄い奴なんだって認めるフリをして、実際はどこか見下してたんですよ。俺と同じでダメな奴だろお前は、って」
そうだ。今なら分かる。皆に認められるツナを見て、ファミリーを容易に集めていくツナを見て。そして何よりも俺は、俺といた時には見せなかった、ツナの楽しそうな顔を見るたびに嫉妬していた。
「ツナはこの二ヶ月で皆が一目置くスゲー奴になったのに、俺は何も変わらない……ダメナオのままでした。だからなんでしょうね。俺もツナに対抗心みたいなの燃やして、勝手に比べて勝手に落ち込んで……」
ツナと俺が同じでなきゃいけないなんて、そんな馬鹿げた道理がある筈も無いのに。
「……俺は、俺はツナに勝ちたい。何か一つでもツナに勝ってる所があるんだって言いたいんですよ。
小っちぇなぁって自分でも思いますよ? でも、それでもやっぱり勝ちたいんです」
自分の中にある醜い感情に気づいて。
本当なら今すぐツナと自分を比べる事を止めるべきなんだろうな、とも思う。でも。
それでも俺は比べてしまう、ツナに勝ちたいって思ってしまう。
「持田先輩。俺達はどうしようもないくらいに、小っちぇ奴なんですよ。
でも、それでも良いんじゃないかって俺は思うんです。
持田先輩は凄いっすよ。屈辱的な敗北を忘れたりしないで受け止めて。自分の足りないとこ埋めるために練習して、次は勝つぞって……。そんなの誰にでもできる事じゃ無いっすよ?」
俺には出来なかった。この二ヶ月、俺はツナを羨むばかりで何も行動しなかったんだから。
「そんな人を馬鹿にされて……じゃあそれすら出来ない俺はなんなんだって思って……。ハハ、よくよく考えれば私怨しか
そう自虐して笑う。だけど持田は笑わずに、俺の目を真っ直ぐ見つめていた。
「持田先輩。小っちゃくても良いんじゃ無いですかね。例えどんなに小っちゃいことに拘っていたって、そのために努力して、生まれ変わろうって思えるんなら、それは間違いなんかじゃ無いですよ」
そうだ、持田の在り方は、そして俺がそう在りたいと思ったこの在り方は、間違いなんかじゃない。
「持田先輩は、きっと今のままでいいんです。頑張って強くなって、そしていつかツナに堂々とリベンジを果たして。そして堂々と喜べば良いんですよ。俺はもう、あの時の俺じゃ無いんだぞって。
そのために頑張りましょう。似たもの同士、俺も頑張りますから」
そこまで話してから、喉の渇きを潤すために蛇口から出る水を飲む。
冷たい水が渇いた身体に染み込んで、まるで
俺が水から口を離すのと、今まで一言も喋ることなく俺の話を聞いていた持田の口が開いたのはほぼ同時だった。
「……お前の言う通りかもな。どんなに小さくても、俺は俺だ。そして俺は沢田に勝つ、そう決めたんだ」
そして持田は空を見上げて、堰を切ったように笑い始めた。二ヶ月前と同じように。
「ブゥワハハハハハハハ!! そうと決まれば善は急げだ! おい四阿! お前、俺の練習を手伝え!」
「持田、先輩! 勘弁してくださいよ! 身体中痛いんですから、無理っす!!」
そう抗議する俺の目を、持田の真っ直ぐな目が覗き込む。
一昨日と同じ虚無しか残らない目でも無く、かといって二ヶ月前のような傲慢に満ちた目でも無い。
ただそこには、真っ直ぐな決意だけが映っていた。
「四阿。俺を先輩と呼びにくいのであれば呼び捨てで構わん。下手くそな敬語も外して良い」
「……良いのかよ? そーいうの気にする方だ思ったんだけど?」
「今までの持田ならばな。だが今日からの俺は違う! そう、今日から俺はネオ・持田だ!! ブゥワハハハハハハハ!!」
そう言って馬鹿笑いをする持田。なんだよネオ・持田って。だっせー。
持田はしばらく笑った後、その口から続けて飛び出してきた言葉に俺は少し驚いてしまった。まさか"ダメナオ"の俺にこんなことを言う奴がいるなんて思わなかったから。
「それになにより……俺とお前は同じ打倒沢田綱吉を目的に持つ同志だからな。お前は俺の、俺はお前のために動けば敵はない! そう、今日のようにな!!」
そう言って、持田は笑みを浮かべた。さっきまでのような馬鹿笑いじゃない。自信に溢れ、何も恐れることはないかのような笑み……そう、不敵な笑みってヤツだ。
俺も似たような笑みを浮かべて持田に右手を差し出す。すると俺の意図を理解したんだろう、持田も右手を伸ばして俺の手をしっかりと握った。
「ま、よろしく頼むわ」
「ああ!この持田剣介に任せておけ!」
そうして、俺達はまた笑いあった。
人気のない水飲み場で馬鹿みたいに笑い合う小さな俺達を、赤く染まった大きな太陽だけが、それを優しく見守っていた。
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