女神寮の敷地の隅っこで居候する男 (自由の魔弾)
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第1話 逮捕、そして略奪…。

この二次小説を読む時の注意事項でっす。
息抜きがてら投稿するつもりなので、完成度や文章の稚拙さ等は予めご了承くださいまし。
大切なのはフィーリングっす。足りない要素は貴方様の脳内でちゃ〜んと補完してくだせー。


「……今日は一段と日差しが厳しいな。あっ、そういえば知ってます?日本は世界で最も皮膚がんの少ない国なんですって。皮膚がんの最も多いオーストラリアやニュージランドと比べて罹患率はおよそ1/ 1 0 0 、死亡率でも1 /4 0 から1 /2 0なんです。だから太陽浴びて皮膚がんが〜ってやつは意外と迷信なんですってね」

 

俺はふと思い出した何かの本に書いてあった受け売りを偉そうに語っていた。いきなりこんなこと言われても訳わからんって思うかもしれないが、4月とはいえ狭い室内で面と向かって長時間オッさんと2人きり。暑さもそうだが気持ちが滅入らない方が不思議なくらいだ。が、そんなことにへこたれる俺じゃない。俺自身が経験を積むことで、例えどんな状況でも楽しいと思える人間になってしまったと思い返すといつもその結論に至る。

 

「…あのな、俺が聞きたいのは蘊蓄じゃねぇんだよ。俺だってさぁ、本当は今日非番だったわけよ。この仕事してっとさぁ、休みなんか申請したって殆ど取れないわけ。分かる?その偶の休みをね、君がぶち壊してくれたんだよ。でも俺怒んない、だってそれが俺の仕事だもん。だからね、お互い早く終わりにして帰りたいのは一緒なんだから………公園にテント張って野宿してた理由、教えてよ?」

 

「……スパシーバ ザ ザボートゥ。シルジェーチュナ ブラガーダリュ バス」

 

「……はっ?」

 

ありゃ?感謝の気持ちを込めてお礼を言ったつもりだったんだけど……ロシアではちゃんと通じたぞ?あっ、もしかしてジェスチャーが足りんかったか?もっとロシアっぽい動きとかすれば伝わるのか!

 

「わ…ワタシ、アナタ、アリガトウ。アナタ、ワタシ、カイホウセヨ!」

 

「テメェおちょくってんのかぁ!?いっぺん死に晒せやァアアア!!」

 

目の前のオッさんが腰に備え付けられたホルスターから拳銃を引き抜いて俺の額に銃口を押し付ける。おいおい、日本の警察血気盛んだなぁ、おい。

流石にこの狭い交番内でそれだけ騒げば、当然別の警官が向かってくるのは分かりきっていた。おっ、噂をすれば…。

 

「先輩〜、今度は何騒いでんですかぁ……って、先輩!?流石に銃はマズいっすよ!一般人に発砲なんかしたら懲戒免職っす〜!?」

 

「五月蝿ェ!!俺は警察人生掛けてもこのエセロシア人をぶっ潰さなきゃ気が済まねぇんだよ!!こんな奴の所為で俺の貴重な休日パァだぞ!こいつ殺して俺も死ぬーっ!!」

 

「だ、駄目っす駄目っす〜!?自分、先輩いなくなったら……生きていけないっす…」

 

「高田……お前……まさか…」

 

暴走するオッさん警官を止めに入ってくれたのは高田という女性警官だ。因みに身長も見た目も随分小柄でちんまりしてて、中学生みたいな可愛らしい人です。萌えって言葉が現実で当てはまる人ってああいうのを言うんだろうな、きっと。それにしても……あ〜あ、また始まったよ……茶番が。

 

「だって……先輩がいなくなったら、自分の仕事肩代わりしてくれる人がいなくなっちゃいますからっ!にゃわ!?」

 

「高田、テメェ……今日という今日はもう許さん!!その腐りきった性根を叩き直してやる!!こっち来い!」

 

怒りゲージがMAXになったのか、オッさん警官が高田さんにコブラツイストを決める。うわっ、それパワハラ&セクシャルバイオレット!若い子、知らないか。

 

「あぅ〜、先輩期待させてごめんなさい〜」

 

「するかそんなもん!おいお前、調書の書き方分かってんだろ?さっさとそれ書いて消えろ……ったく、今度警察に厄介になるような真似したら、ど頭に風穴空けてやっかんな!!覚悟しとけよ」

 

そう言って、俺1人を残してオッさんと高田さんは出て行ってしまった。なーんだ、ちゃんとロシア語って分かってたんじゃん。食えない人だなぁ……さてと、ちゃっちゃと書くもん書いてトンズラするか〜。

 

「……うしっ、これでオッケー。オッさんの机の上に置いとけばいっか〜。あっ、そうだそうだ没収された俺のテント……うわぁ!助かった〜、これ無いと生きていけねーもんなぁ!会いたかったぞ〜!」

 

オッさんに没収された愛用の折りたたみ式テントを回収し、俺はまたお天道様の下に姿を見せる。久方ぶりの太陽との対面、まさに生きてるって感じだ……大丈夫、あれが無くならない限り俺は死なない!

 

「それじゃ早速……また公園にテント設置しに行こうぜ〜!ヒャッホー♪」

 

俺は浮き足立つ気持ちを抑えきれずにひたすら駆け抜ける。生きてる心地がする、その事実だけが俺の生きがいだ。何者にも束縛されず風の向くまま気の向くまま……常軌を逸してるよな!

 

 

 

 

 

「……へぇ、また面白い子発見♪うふふ…っ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うは〜!良かったぁ!まだあの“宿無しの帝王(キング・オブ・ホームレス)”向かっちゃんに場所取られてなかった〜!これで今日は無事に寝れるわ……ふぁ、何か急に眠くなってきた……まだ、夕方なのに……飯、調達…しない、と……ぐぅ…」

 

俺は不意に襲って来た睡魔に意識を持ってかれる。あれ、おかしいな……いつもなら夕方に眠くなることなんかないんだけど……俺、もしかしてどうかしちゃったのか?

 

「…この薬品は煙だけでも人間を眠らせる効力がある。これ研究の成果ね……ところで君、運命の出会いって信じてたりする?」

 

……はぁ?何言ってんだこいつ。ってか、誰だ俺に話しかけてんの……あぁ、駄目だ……これ完全にお陀仏のパターンだ……来世で会おう…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………んっ、うぅ…うぁ、あ、あれ?俺、どうしたんだ…?確か、公園でテント張ってたら急に眠気が襲って来て……でも、何で外じゃないんだ?ってか、そもそもここ何処?どっかの家…?」

 

目を覚ました俺の目の前に広がって来たのは、俺史上最高クラスの景色だった。冷暖房完備、布団あり冷蔵庫あり四方に壁あり!な、なんて贅沢な……!

 

「……あれ?もう起きたんだ。意外と効き目短かったなぁ〜、今回の」

 

すぐ横から何となく聞き覚えのある声が聞こえてくる。あれ、これ何処で聞いたんだっけか……うおっ!?

 

「んっ、どうしたのボーッとしちゃって……あっ、もしかしてあたしの裸見て興奮しちゃた〜?ぐふふ…やらしぃ〜♪」

 

こ、これは……どう反応すればいい!?目が覚めたらすぐ側に半裸の女がいた!この状況を第三者視点から見た場合、まず俺が通報されるのは不可避!それに俺が捕まった場合、真っ先に俺の前に現れるのは……

 

(よぉ〜……何時間ぶりだったっけなぁ?んなこたぁどーでもいいんだわ。拳銃も使わねぇと錆びちまうからよぉ……悪いが射撃訓練の的になってもらうぜぇ!!間違って頭貫通させちまったらゴメンなぁ〜!!ひゃははははっ!?)

 

マズい、やる。あのオッさんなら間違いなく殺る!どんな手を使ってでも俺を練習台にしてぶっ放すに決まったらぁ。なら、男がやるべきことはただ一つ。全世界よ、俺の勇姿を見よ……これが俺の生き様じゃあああっ!!!

 

「すいませんでしたァアアアッ!!!」

 

俺は渾身の力を込めてジャパニーズベストごめんなさいを決める。早い話、土下座だ。いや、無理だって……起きてすぐにこの状況、分かるわけないやん?俺、指詰めるしかないやん?軽めに言って、切腹もんやん?

だがこの状況、側から見たらどうだろうか?少なくとも上下関係は保たれているはずだ。この女が何処の誰で何者なのかはこの際どうでもいい!俺は今を凌ぎ今日を生きて、そして明日へ繋げる!それがN.E.E.T.(なんか エッジの効いた エキストラっぽい 立ち振る舞い方)じゃあァアアア!!

 

「君……やっぱり面白いっ!」

 

「へっ…?おわっ!?」

 

何を血迷ったのか、突然俺に抱きついてくるこの女。うわっ、ちょ待てよ!そんなことされたら俺の中のキムタクが覚醒すりゅ〜!?

 

「最初に見た時から思ってたけど、君って結構変人だよね!それに“孝士くん”とは違う意味で面白いし……うふふっ♪」

 

「孝士くん……誰だそれ?ハムスターかなんか?」

 

「それ、多分こうしくんじゃない?グレーの奴の、とっとこ的な奴」

 

おやおやぁ?何か話が噛み合わねぇな……だがまぁ、それでいい!俺としては話題を逸らせれば何でもいいんだわ。適当に話を合わせておいて隙を見て抜け出せば何ら問題ナッシングなわけよ。生憎逃げ足だけは自信がある、この身体1つで何年もシャバを生き抜いてきたからな!今更俺に死角は……。

 

「って、おわぁああ!?な、何で俺も裸!?お、お前俺の服どうした…!?」

 

「うふふふ、君は顔に似合わず立派なものを持ってるんだねぇ〜。じゅるり」

 

ひぃ!?く、食われた。間違いなく俺、食われた。何も知らない内に訳もわかんねぇまま……童貞食われた。俺、汚されちゃったよぉ〜!!

 

「まぁ、ただ服剥ぎ取っただけなんだけどね。何か汚れてたし、あと単純に臭ったから」

 

「俺の涙を返せ!!」

 

がるるるっ!!駄目だ、この女には油断も隙も与えられん!気を抜けば最後、自分でも気付かないうちに地獄に叩き落とされる……それくらいは平気でするだろうさ!平常心だ、クールになれ。俺は強い、俺最強…。

 

「そんなに怒んなくてもいいじゃない。もしよければうちのお風呂使っていいよ〜」

 

「な、何だと…!?」

 

お風呂、世間一般ではそれ以上でもそれ以下でもない。だが俺にとってはその存在は神の如く崇めるべき至高の存在!!お前らは1日1回風呂に浸かれることがどれだけ幸せなことが理解しているか!?いいや、してないね!俺に言わせれば3日4日風呂に入らないことなんてザラだし、下手すら1週間……果ては公園の水飲み場の水を使って深夜の行水!夏はまだいいけど冬にアレやるとマジで死にそうになるだよなぁ…。ともかく、年中宿無しの俺にとっても風呂は死活問題であり、同時に可能な限り浸からせて頂きたいです!←媚びた

 

「前向きに検討させて頂きます♡」

 

あぅ……俺ってめっちゃ都合のいい奴。だが、それでいい!生きていくのにプライドなんて邪魔なだけ!今日を生きる為なら土下座して靴舐めるくらいは二つ返事でするのが俺さ……超カッコ悪いけど。

 

「ふふ〜!素直でよろしい♪風呂は部屋を出てすぐにあるよ。あと……前を隠すものは要らないよねぇ?ちょ〜っと手で隠せるかどうかは心配みたいだけど」

 

こ、こいつ……俺のわんぱくな愚息をバカにしやがって………ふっ、だがまぁいいさ。久しぶりに風呂に浸かれるんだ。多少の粗相は目を瞑ろうじゃないかふはははっ!

 

「おい、この際調子に乗ってるお前にも見せてやる。普段女どもからは全く想像のできない俺の流儀をとくと堪能しやがれ!まず第一にィ……恥を捨てよ!!」

 

俺はその場に立ち上がり、布団で覆っていた俺の裸体を目の前の女に向けて晒す。ふっ…眩しくて見えないだろう。こうなったら恥ずかしがった方が負けだ。先に手を出して来たのはそっちなんだからなぁ?やったら最後、完膚なきまでに……叩き潰すっ!!

 

「第二にィ……浴室まではランウェイであると思え!!脱衣所は舞台袖だ、浴場はステージ!そしてその主役に選ばれたのはこの俺ェ!」

 

「うわぁ、変なスイッチ入っちゃったよ。やっぱ良いわぁ…」

 

半裸の女が何か言っている気がするがそんなの関係ねぇ!それになぁ……まだ最後の儀式が終わってねぇんだよ!!

 

「そして第三ッ!!周りの奴らに舐められるな。他者を蹴落とす覚悟で準備し戦いに臨め!!自分のポテンシャルを全て発揮しろぉオラァ!!」

 

俺は自分の身に起こっている変化が手にとるように分かる!あぁ、そうだ……男が舐められないようにすることって言ったらアレしかねぇもんな!!みるみる硬くなって来たゼェ!!臨戦態勢、しゃオラァいくゾォー!!

 

「オラオラァ!!死神様のお通り、だ……っ」

 

「へっ…?あ、あぁ…!」

 

俺はふと目の前の光景を見た瞬間、時間が止まったのを初めて体感した。えー、まず状況を説明しようか。浴場の扉を開けたら、中にさっきの女とは違う女がいたのね。それも複数人、多分4人かな。んで、みんな俺の方見てるわけ。そりゃいきなり扉開いたらそっち見るよね?学校で遅刻して来た奴が扉開けたらみんな一斉にそいつの方見る奴、アレと一緒よ。んで、今度俺の状況ね。イキってたからさ、タオルなんか要らねえよって何も隠すもの無くて突入しちゃったのな。そんでもって俺、さっき舐められないように見栄張っちゃったから、もう下バッキバキなんだわ。めっちゃ反り返ってるんだわ。そりゃそうだよ、だって男の子だもん。だから、こういう状況ってこの後どういうことが起きるか何となく予想出来るじゃん?でもね、そこで言い訳するのは二流なの。本物は……何事も無かったかのように振る舞う、これが正解なわけ。邪な心を持ってるから争いになるのです。その証拠にほら、みんな憤怒の表情で俺に襲いかかってきてぎゃあああああっ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「紹介が遅れたね。ここは星間女子大学生寮の“女神寮”だよ。そしてあたしは大学四回生のみねる、宜しくね。んで、さっきの鬼女どもが…右からきりやちゃん、フレイちゃん、せれねちゃん……そして、奥で鼻血出して悶えてるのがあてなちゃん。どう、ちゃんと覚えた?」

 

あぁ、ちゃんと分かったさ。お前らがグルになって俺を嵌めたってことがなぁ!!全部予定調和だったんだろうがしょうもねぇ小芝居しやがって……結局、俺童貞食われてなかったじゃんかよ!良かったよ逆に!そこはドッキリで済ませてくれてどうもありがとう!だがそれとこれは話が別だ!断固として文句を言わせてもらうぜ!!

 

「あうえ〜!!えあういおあうううあおえいあっえうおおえんうあうえ〜!!」

 

「あはははっ!何言ってるか全然分かんないよ〜。じゃあ、特別に猿轡だけ外してあげる」

 

俺の口にジャストフィットされていた猿轡が外され、俺は漸く発言の自由を得たようだぜ。死刑囚がこれをされるのは側から見たら滑稽だからかもしれねぇな。

 

「ぷはっ…!お、俺は無実だ!そこの悪魔に唆されて洗脳されてただけだー!!だから今すぐ椅子の後ろで手縛ってんのと目隠し外せーっ!!」

 

俺の訴えを嘲笑うかの様に何処からともなく取り出したカメラでパシャパシャと俺の情けない写真を撮りまくる悪魔女。くっ、俺史上……最大の屈辱!!これなら野良犬のうんこ食えって言われてる方がまだマシだった。いやそっちも嫌だけどせめて尊厳は保てた気がする。俺、何もしてないじゃん…。

 

「さーて、ここからはお楽しみの尋問タイムと洒落込もうかなぁ。孝士くんが帰ってくる前に済ませとかないとねぇ……多分、刺激強めだからさ♪まず、自己紹介してくれるかな?因みにさっき書いた調書は確認済みだから嘘言ったら分かるからね。その時は……くふふ、ぐふふふ…」

 

くっ……このみねるとかいう女、抜かりない!ということは俺が所々空欄で出した調書の意味が分かってないようだな。いや、こいつらだけじゃない……この世界で俺のことを理解してくれる人間なんて1人もいないんだ。だから俺はあの日からずっと1人で生きていかなくちゃいけなくなったんだ。それを今更……この生き方を変えるなんて情けねぇこと、俺には選べねぇ!!

いいぜ、ここからお互い我慢比べだ。俺がお前らに話したくなるように仕向けてきな。もし俺が折れたその時は……全部包み隠さず話してやるよ!さぁ、かかってきな!!

 

「…俺は、俺だ。名前なんか無ぇよ。歳は20、住所職業ついでに明日の飯も全部無し。普段は世界中の色んな所を点々としてる。以上」

 

どうだ、面食らって何も言えねぇだろ。そうだろそうだろ……こんな特異な人生歩んでる奴なんてそうそういるわけがな

 

「ふーん、何か孝士くんと被ってんなぁ。最近流行ってんのかねぇ無一文になるのって。みんな、どー思う?」

 

えっ!?

 

「そうだねぇ……確かに孝士くんと似てる、のかな?でも流石に成人してるなら働いた方がいいと思うけど。まぁ行くあてが無いんだったらここに居ればいいんじゃないかな」

 

はぅ!?

 

「う〜ん、あっ!もしよければ私の作ったコスプレ衣装のモデルになればいいのでは〜!孝士くんより身長もあるしがっしりしてるみたいだし……うふふ、作業が捗りそうだわ〜っ」

 

い、いや…ちょ、ちょっと待って…。

 

「夜食……作れる?出来るなら、居てもいい…」

 

は、はぁ…?いやいやいや、何なんこの人たち!?何であんな怪しい自己紹介あっさり受け入れちゃってんの!?仮にも年頃の娘たちだろ!?そんな反応してくるなんて……

 

「ち、ちょっと待って下さい!!皆さん、なんか自然とこの人受け入れるみたいな流れになってますけど、おかしくないですか!?孝士くんだけでも今大変なのに、それより歳上のお、男の人までなんて……」

 

……そ、そうだよ。その反応が欲しかったんだよ。当たり前じゃないか、どうして俺なんかが受け入れられると思えるんだよ。普通、無理だぜ……一瞬でも、そんなことを夢見た俺がいけないんだ。始めから分かってたことじゃないか。この世界に俺を受け入れてくれる場所なんかない、だからこそ俺が生きたその場所を自分の場所にしなきゃ駄目なんだ。ねだるな、勝ち取れ…!俺なら出来るはずだ。

 

「……くっ、ふふっ、ふふふははっ……あはははははっ!いや、面白いものを見せてもらったよ。そこの“早乙女 あてな”の言う通りだよ。君たち、危機感無さすぎなんじゃないの?若い女が若い男をどうこう出来るなんて本気で思ってるわけ?全くお笑いだよ…」

 

「ち、ちょっとあなた!そんな言い方…!」

 

さっきの子が俺に僅かながら怒りの感情をぶつけてくる。そうだ、それでいい……そうすれば別れが辛くなくなる。一瞬でも彼女たちに心を許してしまった俺の落ち度だ、なら最後は派手に花火をあげようじゃないか!

 

「気に障ったかい?悪いね、こういう言い方しか出来なくて……残念だったな“和知 みねる”!どうやら俺はあんたのお眼鏡に叶いそうもないらしい。それに“戦咲 きりや”、“八月朔日 せれね”、そして“フレイ”……あぁ、それは偽名だったな。そして、今この場に居ない“南雲 孝士”くん……あんたらに俺の生き方は邪魔させないよ。いつだって俺を助けてくれるのは……俺自身だ。あばよ」

 

俺は話してる途中に布で結んであった手の拘束を外して見せて、徐に目隠しをとる。ふぅ……漸く視界がスッキリするわい……って、うおっ!?

 

「お、お前ら……何でまだ服着てねぇんだよ!?ってか、今まで黙って裸のまま聞いてたんか……み、みねる!?お前なんでさっきより服脱いでんだ!?それより俺のパンツ返せ!!アレ一個しか持ってねーんだぞ俺!?く、くっそぉおお!!こんな所、二度と来るかぁああ!!」

 

俺はなりふり構わず一目散にその場を立ち去った。途中、若い男の子とすれ違ったけど多分アレが孝士くんなのだろう。あんな破茶滅茶な女どもに振り回されるなんて可哀想な子だ。一体どんな弱みを握られているんだか………いや、違うな。彼女たちはそんな悪どい人間じゃない、それは嫌でも分かってたさ。だからこそ怖いんだ。そんな彼女たちでさえ、俺は打ち解けることが出来ないんじゃないかって……全部話せば、楽になるのか…?いや、駄目だ!これは俺の中でしか生きられない、そして墓場まで持っていかなきゃいけない秘密だ。危うく大事なことを忘れる所だったよ………俺のテント、あの悪魔どもの巣窟に置き忘れて来たことを。




男(名前はもう無い)
20歳 住所不定 無職
特記事項 無し


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第2話 焼失、そして再現。

前回と今回で実質邂逅前後編となります。やたらと長くなりそうだったので分けました。なので、繋げて読むと若干話繋がってるなぁって感じです。付け加えると、本編でやってること(孝士くんとヒロインズのやりとり)は基本的にオミットする方針です。ここでは居候男が織りなす物語を中心にお楽しみ下さいませ。気になった方は原作なりアニメなりご自由に見てくださいな。


前回までのあらすじ!白昼堂々公園にテント貼って警察に捕まった俺は、その後無事に解放されるも謎の奇病により意識を失ってしまう。そして再び目を覚ました時、そこはまるで別世界へと誘われていた……とか思ってた瞬間もあったわな。蓋を開ければ出て来たのはやれ悪魔の様な女どもだ。おまけに俺の人生の苦楽を共に過ごしてきたテンちゃん(愛用の折りたたみ式テント)まで人質にとりやがって……許すまじ!

 

「今回のミッションはあの悪魔どもの巣窟からテンちゃんを救出することか。1番の難所はテンちゃんが何処に捕まってるかが分からないってことくらいだな……昼間に忍び込めば心置きなく探せるだろ」

 

思い返すだけで身体に悪寒が走るのが分かる。だが大丈夫、俺は昨日の時点でちゃんと言い残していたからな。こんな場所二度と来るか〜!ってね、そりゃ普通は来ないと思うでしょ?人間の思い込みって怖いよね〜。それに話を聞いた限りじゃあの女どもは全員大学生の筈、なら少なくとも平日の昼間は誰も居ないだろうさ!ふっふっふ……我ながら策士だぜ、俺。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……って、何でお前ら居るんだァアアアッ!!!縄解けコラァアアアアッ!!!」

 

なんてなことを思ってた時期もありました。くっそ、こいつらまともに大学通ってんじゃねぇのかよ!?何で揃いも揃って寮に屯してんだよ……学校はちゃんと毎日通わなきゃ駄目なんだぞ!ちゃんと通えるうちが華なのに…。

 

「みねるちゃんの言ったとおりだったわね〜。ホシは必ず現場に戻ってくるって」

 

「はぁ…まさか昨日の今日で蜻蛉返りするなんて。しかもご丁寧に真っ昼間から施錠してた正面玄関の鍵をピッキングでこじ開けるなんて……君ってば予想以上にクレイジーだねぇ♪」

 

「誰がクレイジーゴナクレイジーだ!!ってか、玄関入って一歩踏み入れたら捕縛トラップが発動して俺逆さまで宙吊りなんだが!?昨日こんなの無かったろうが!?」

 

「ふっふ〜ん♪負け犬の遠吠え……最高ォ♡」

 

あ、悪魔だ…!この女、悪魔だ…!それにさっきから俺の顔とか身体とかを指でなぞってるフレイとかいう女……それって何の意図があるの!?

 

「うふふ、みねるちゃんったらそんなに虐めちゃ可哀想だよ〜。ねぇ、君……やっぱり私専属のモデル、やってみない?改めて近くで見てみると、すっごく男らしい身体してるの分かるわぁ♪」

 

「おっ、本当かね?どれどれ……ほほぅ、これは中々……んっ、この背中の傷は?随分と深いようだけど…」

 

「…っ!?な、何でもない!何でもないぞ、それっ!!」

 

みねる達が俺の背中にある古傷に触れようとしたことに気づき、慌てて取り繕うように隠す。あ、危ねぇ……油断せずに行こうって決めたばっかじゃんか、俺!早速ボロを出してどうすんだ全く!

兎に角、この隙に話題を変えないといけねぇな。

 

「そ、そうだ!俺がこんなことしたのにはちゃんと理由があるんだ!昨日、ここにテント置き忘れただろ?それを返して欲しかっただけなんだよ。な、頼むよこの通りっ」

 

俺は精一杯の思いを込めて頭を下げる。あっ、俺宙吊りだから下げるっていうか上げるのほうが説明的には正しいのか?あっ、やべ……ずっと宙吊り状態で流石に頭に血ィ上ってきた……。

 

「ただいま〜……って、何この状況!?何で宙吊り!?」

 

「おっ、きりやちゃんお帰り〜。丁度いいや、きりやちゃんも尋問手伝ってよ」

 

「へっ?……いやいやいや、この人昨日の人でしょ!?何で今日も……って、もう既に行き着く所まで行っちゃってるような気がするんだけど!?白目むいて口から泡が…と、兎に角下ろしてあげないとっ。ボクは頭を持つから2人は足を持って」

 

うっ、うぐぅ………はっ!や、やべぇ…今完全に意識飛んでた。俺、どこまで話したっけ……そもそも俺、何しに来たんだっけ……あ、あれ?何か頭の辺りに柔らかい感触が……これは枕?いや違うな。それにいい匂いもする……んっ?

 

「君、大丈夫?多分ずっと宙吊りの状態で頭に血が上ったんだろうから、楽な体勢を維持するために少しの間“膝枕”をさせてもらうよ?ボクのじゃあまり気持ちの良いものじゃないかもしれないけど、血行が良くなるまで我慢できるよね?」

 

虚ろな意識の中、優しくそう語りかける声が聞こえてきた気がする。これは、この包まれる様な感覚……なんだかすごく心地が良い。それに……どこか懐かしい気がしてならない。その証拠に俺の心は今、こんなにも幸せな気持ちで溢れているんだから。

 

「あっ、ねぇ君!しっかりして……って何だ、眠ってしまっただけか。ふふっ、よく見たら可愛い寝顔じゃないか…♪」

 

「うふふっ、きりやちゃんってばお姉さんみたい〜♪お姉ちゃ〜ん♡」

 

「いや、どちらかと言えばお母さんって感じでしょ。ほれほれママ〜、ミルク〜♡」

 

「うわぁ!?ふ、2人とも押さないで……きゃっ!?あまり騒ぐとこの人起きちゃうからっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本っ当〜にご迷惑をお掛けしました!!」

 

開口一番でそう口走ったのは俺だ。暫く“ぐーすやぴー”してしまったこともあり、だいぶ日が落ちてしまったようだ。あと、俺が意識を失っている間に、あの場に居なかった筈のきりや、せれね、あてな、あと噂の孝士くんが集結していた。まぁこの状況は完全に俺のアウェーなわけで、正直なところちゃんと話せる機会を設けることが出来て心底よかったと思ってる。この際、色々とはっきりさせておきたいことがあるようだし。

 

「むぅ……急に態度を軟化させるなんて、今度は何を企んでいるんですかっ」

 

あてなが否応無しに俺の言葉を全否定してくる……5mくらい先から。どうでもいいことだけど、そんなに離れられると普通に話しづらい。そんなことを考えていると、不意に近づいてきたみねるが俺にだけ聞こえるように耳打ちをしてきた。

 

「(あてなちゃん、極度の男嫌いだから触れるのはおろか視界に入れるのもやっとなの。だからそこは理解してあげて♪)」

 

そうだったのか……それはまた難儀な性格だこと。要するに近づかなきゃいいって話だな?だったら手っ取り早い、俺もそういう話をしようと思っていたところだ。

 

「別に何も企んでなんかないし、それに俺も同じことを言おうと思っていたところだ。確かに俺は昨日の一件で責められても文句は言えない立場であることは事実!だがこうも考えられないか?そもそも何故公園で倒れたはずの俺が目を覚ました時には既にここにいたのかと。君たちだって女子寮に男がいるのは不思議だったんじゃないか?」

 

俺の疑問提言にピクッと反応する一同。そうだ、考えてもみてくれ。意識を失っているはずの俺が一人でに勝手に動き回れる訳がない。だとすれば、俺を移動させた第三者……或いはその事実を知る者が必ずいるはずだ。特に俺の顔の横で妙な笑みを浮かべているこいつとかなぁ!!

 

「いだだだだだっ!?ぼ、暴力反対!暴力反対!?」

 

「おらっ、みねる。お前なんか知ってんだろ?この際こいつらにちゃんと洗いざらいゲロっちまえよ」

 

みねるの首根っこを掴み上げて糾弾の場に引き摺り出すことに成功する。どうやら唯一真相を知ってるのはこいつだけのようだぜぇ…。

 

「みねる先輩!どうなんですか?」

 

やけに圧が強いあてなに急かされて、もはや逃げ道を封じられたみねる。さぁ観念しやがれ。あと俺のテント返しやがれ。

そんな呪いの言葉を内心連ねていると、本当に観念したのかみねるが若干頰を染めながら答えを返した。

 

「だってぇ……実験用のモルモット、欲しかったんだもん〜♡」

 

このマッドサイエンティスト、漸く本性現しやがったな。どうだお前ら、これで誰が諸悪の根源かハッキリしただろうに。

 

「みねる先輩!?なんでそんな捨て犬拾ってきたみたいな軽いノリで誘拐してくるんですかぁ!!ま、まさか孝士くんで味を占めたんじゃ……だ、駄目ですよ!これ以上男の人が寮内に溢れるなんて…」

 

「そぉ?あてなちゃん以外は結構前向きみたいだけど?」

 

みねるの言葉を受けて残りのメンバーの方へバッと振り返るあてな。その反応は個人によってまちまちだったが、概ね同じような意見であった。

 

「私は別に構わないわぁ。ちょ〜っとだけ趣味のコスプレに付き合ってくれるなら♪」

 

「ボクも反対しないよ。初めは少し怖い人なのかなって思ったけど、今は全然感じてないし」

 

「……夜食と雑用、出来るなら誰でもいい」

 

「お、俺も全然オッケーっすよ!寧ろ男仲間が増えて心強いっす「ちっがーう!!」ひ、ひぃ!?」

 

あらら、折角孝士くん発言したのにあてなに封殺されちゃってら。可哀想可哀想なのだ。

 

「皆さん、忘れてませんか!?ここ女子寮なんですよ!孝士くんが寮母さんになるのもかなり無理矢理誤魔化したのに、この人なんてもっと置いておける理由無いじゃないですか!」

 

「…そうは言ってもねぇ、これってもう殆ど決定事項みたいなもんなんだよね〜」

 

「ど、どうしてですかっ!?この人にそこまでのことをしなきゃいけない理由なんか無いでしょう!?みねる先輩、もしかして何か弱みを握られているんじゃ…!」

 

あてなの飛躍した想像が雲行きを怪しくしていく。いや、俺だって早くテント返してくれれば速攻で退散するつもりだぞ?

 

「おい、みねる。あてなの言う通りだ……俺の都合だけで勝手に決めるのは良くない。それに男性嫌いなんて難儀な性格のあてなだけが被害受けるのは不公平じゃんか。俺はテントさえ返してもらえればすぐに消えてやるよ。あてなもそれで良いだろーっ?」

 

俺は5m先のあてなに向かって確認をとる。こう言うことは多数決で決めちゃ絶対に駄目だ。一人でも反対意見があるならその意見を優先するべきだ。特に目覚ましい答えは返ってこなかったが、心のうちは嫌でも理解させられる。さぁ、俺も旅立ちの時だ…。

 

「うしっ、じゃあこれで決まりだ。俺はここを出てくってことで……色々と世話になったな。短い間だったけど、久々に楽しかったぜ!」

 

俺はこの2日間で抱いた嘘偽りのない思いの丈をぶつける。これは本当なんだぜ?自分でも驚いてるけどな……なんかすっげ〜久しぶりに人の温かさって奴に触れた気がするぜ。でも、それも今日までの付き合いだ……明日からはまた1人、当てのない旅が始まるんだ!だからって全然心細くはないんだぜ?だって俺にはいつも苦楽を共にしてきた頼れる相棒がいるんだからな!

 

「…分かったよ、今回はあたしの負け。君のテントは玄関出てすぐの所に置いておいたから、持っていっていいよ……でも、もし気が変わったらいつでも戻ってきて良いからね♪」

 

みねるが柄にもなく口元を手で押さえながらそう口にする。ふっ…何だかんだ言っても、こいつも人の子じゃんか。いいや、俺は責めないぞ。最後の最後までカッコ良くキザに決めてやるんだ!

 

「…ふっ、そんな恥ずかしい真似出来るかよ。男に二言はねぇ……じゃあな」

 

ふっ、ふふふ……決まった。完全に今のはビシッと決まったな。おっと振り返ることなんかしねぇぞ?イカした男は後腐れなく去っていくのがヒップなんだぜ。

さぁ、役者は揃ったところで俺の新たな旅路へと急ごうじゃ…

 

「ぐぎゃぁああああああああっ!!!???お、俺のテンちゃんがァアアアアアっ!?」

 

俺は今自分の目に映っているものが信じられねぇ…!つい昨日まで俺を守り続けてくれたテンちゃんが今はもう骨組みだけの無残な姿に変貌を遂げてしまっていたのだから……だ、誰だ!?誰がこんな酷いことを…!?

俺の悲鳴を聞いてか、女神寮の連中がぞろぞろと外に出てきてテンちゃんの惨状を目の当たりにする。みんなテンちゃんの死を悼んでなのか特に言葉を発することもなく佇んでい……いや、約1名小刻みに震えてる奴がいた。そいつの名は…

 

「テメェの仕業かぁああああっ!!みねるのババァアアアアッ!!!」

 

「アッハッハハハッ!ごめんねぇ〜!実験してたら引火しちゃって、気づいた時にはもう灰の山だったよ!!」

 

俺の必死の剣幕にも怯むことなく、みねるは俺を嘲笑うような高笑いを続ける。やはりこの女とはソリが合わないようだぜぇ…!

 

「それで、これからどーすんのぉ?実質的に帰る家を失っちゃった訳だしぃ〜、当然泊まるところも決まってないよねー。あたし、見てみたいなぁ……成人男性の本気の土・下・座♡」

 

くっ、こいつ……最初からこうなることを予測してやがったな!?思い返せばさっき手で口元押さえてたのも必死に込み上げてくる笑いを堪えてたからじゃねぇかよ!!くっ、憎い……こいつの強かさを見抜けなかった自分が憎い!

 

「でもさぁ、男に二言はないって宣言しちゃったからさぁ〜。そんな中で地面に頭擦り付けて誠意を見せるのって、やっぱ恥よね〜?だからね、土下座なんてしなくて良いの。もう一言だけお願いしてくれれば良いのよ♡」

 

こ、こいつ……俺が土下座の1つも出来ないと踏んでやがるな?ふっ…だがそいつは見込み違いだぜ。俺は侍でも武士でもねぇ……現代に生きる住所不定無職20歳の成人男性だぜ?自分の言葉に重圧を感じることもなければ、責任を負う覚悟もねぇ!ただ1つ、譲れないものがあるとするならば……そいつはなぁ!!

 

「先程のみねる様の申し出、現時点でもまだ有効でしょうか!?しからばこの豚を貴方様の元で奴隷として扱って下さいましィ!!」

 

俺は地面に頭を打ち付け、額から血が出るほどに擦り合わせ地べたを這う。どうだ……これが本気の土下座である!言葉や見せかけの姿勢だけの薄っぺらい誠意とはわけが違う、自らの命を賭した一世一代の大博打……それが土下座だ!!土下座はなぁいわば切り札なんだよ。切ったら最後、通用しませんでしたじゃ話にならんのさ。だからこそ信憑性を帯びさせるために最後の最後までプライドをかけて鞘に納めておくんだ。そして、これ以上は不味いと悟ったその瞬間にグワァアアッと振り抜く……それが現代に生きる侍の流儀であるのさ。あとこんな長々と喋っててもう大体みんな見当ついてると思うけど、俺もうそろそろ貧血で限界………!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ってなことがあったわけですよ。んで、暫くそこの寮でお世話になることになったので、せめてオッさんと高田さんには知らせておこうと思いまして。ほら、俺が何かポカやらかした時に連絡先知っておけば、何かと便利でしょう?だから」

 

《だからこんなド深夜にわざわざ俺に鬼電仕掛けてきやがったわけか……おい、今度うちに顔出した時は遺書も持ってこいよ。手が滑って発砲しちまうかもしれねぇからなぁ?》

 

「…や、やだなぁ。日本の警察大好きよ、あたし?ジャパニーズポリス、ワッショイワッショイ!」

 

《……どうもおちょくってんな?やっぱお前死刑。俺の警察人生賭けてもお前を地獄に送り込んでやる》

 

ノーッ!?何でそうなるの!?俺、オッさんには結構感謝してんのになぁ……しゃーない、とっておきの情報あげちゃお。

 

「それより、明日2丁目の連続窃盗事件の容疑者宅のガサ入れですよね?そいつ、自分の名義を他人に売ってるだけの白なんで交友関係徹底的に洗って下さい。最近妙に小分けで現金振り込まれた形跡とかあれば、その取引相手がホンボシだと思います。これオフレコで頼みますよ?」

 

《……毎度毎度どこから仕入れてくるんだか。お前を生かしておいて得だと思ったのはこういう時くらいなもんだ。情報提供、感謝する》

 

「はいはい、ではでは〜……ふぅ、警察も楽じゃないねぇ」

 

俺はオッさんへの不定期連絡を終え、寮内に戻る。因みにこれは俺の本業とはな〜んも関係ない謂わばアルバイトみたいなものだ。簡単に言うなら元警視庁捜査一課の刑事だったオッさんとはエスの関係だ。エスの意味は自分で調べてくれよな?あんだけ無職無職言ってて心苦しいところもあるけど、別に嘘は言ってねぇし。確かに“日本では”無職だし……って、俺誰に向けて言い訳してんだ?

 

「…あれ、偶然だね。もしかして君もこれからお風呂?」

 

割り当てられた部屋に戻ろうとしたら、背後から声を掛けられる。やべっ、今話してた内容とか書かれてねぇだろうな?

 

「んぁ?あぁ、赤毛ちゃんか。いんや、これから部屋に戻って同室の孝士くんとでも親睦を深めよっかな〜って考えてただけだ……って、何顏真っ赤にして想像してんだよ。やらぴ〜♡」

 

「んなっ!?そ、そんなことないよぉ!君の考えすぎだっ」

 

本当かなぁ〜?当てにならんぞ、あの顔は。ともあれここで言ってこないってことはさっきのは聞かれずに済んだってことよな。えがったえがった。さっさと退散しよう。

 

「なっはっは!ほうかほうか、じゃあわてくしこれから純朴な少年といたいけなせめぎ合い(トランプのババ抜き)を繰り広げるので……五月蝿かったらごめんねぇ!」

 

そう言って踵を返す俺だったが、何故か俺の身体はそれ以上前に進まない。な、何故!?と勝手にパニクってたら知らず知らずのうちに、俺の手を掴んで離さない野郎がいることに気がついた。わざわざ言うまでもなく、赤毛ちゃんだ。

 

「お、男の子同士とはいえそういうことはしちゃ駄目だよ?なんか不純な君を孝士くんの近くに置いておいたら駄目な気がしてきた……今日はボクと清純さについて語り明かそう!ほら、行くよっ」

 

「へっ?おわぁあああっ!!!ふ、ふざけんな!俺は孝士くんとデュエルすんだよぉああ!?」

 

俺の必死の抵抗を無視して二階の赤毛ちゃんの部屋まで引き摺り回される。ぐぅ…こ、こいつ意味わかんない。俺になんか恨みでもあんの?

 

「ぐべっ!?痛っ……お、おい赤毛ちゃんよぉ!流石に奴隷に成り下がった俺でも今のは怒っても文句ねぇと思うんだが!?」

 

「シャラップ!君には人間として圧倒的に足りないものがある!それが何か分かるかい?」

 

赤毛ちゃんが妙にうずうずした様子で俺に問いかける。え、何これ答えないと駄目な感じ?ってか、今改めて思ったけど……赤毛ちゃんの部屋、めっちゃ乙女チックじゃん。特に本棚ね……恋愛という名のフィクションの嵐が半端ない漫画がズラーりと並んだらぁ。はぁ〜、人って分からんもんだねぇ。って、そんなこと考えてる場合じゃなかった。俺に足りないものだったか?うーん、そうだなぁ…。

 

「強いて言うなら……“愛”?うわぁ!恥ずかし〜!?20にもなって愛が足りないとか口走ってる自分が恥ずかし〜!!」

 

これもう軽く拷問だよね?何なの愛が足りないって……こちとら中学生じゃねぇんだよ!もう20歳のおじさんなの!いちいち辱めないでよ、ぷんぷん!

 

「そう、そうだよ!君に足りないのは愛だ!何だ、ちゃんと分かっているじゃないか♪」

 

「……はぁ?」

 

いや、これマジで正解が分からん。この赤毛ちゃんは何を言っているのだい?

 

「昨日今日と君の言動を見ていたが、何だいあの全く心にも思っていない言葉の羅列は!?死んだ魚の様な目で死んだ魚の様な口から死んだ魚の様な言葉を言い放っていたじゃないか!」

 

「それほぼ死んだ魚じゃねぇか。え、何俺死んだ魚みたいに認識されてるの?半魚人かよ」

 

この赤毛ちゃん、さっきの俺と孝士くんのいたいけ妄想から頭パンクしっぱなしなんだよ絶対。だって何言ってるか訳わかんねぇもん。俺絶対悪くないもん!

 

「と、兎に角君には言葉で言っても分からないだろうから実践あるのみだ!この参考書のとおりにやってみれば、自然と心も付いてくるはずさ!さぁ、立って立って」

 

うわぁ…やっぱ出てきちゃったよ、あの恋愛少女漫画。めっちゃグイグイ勧めてくるやん……うわっ、何これ。俺こんな小っ恥ずかしいことせなあかんの?壁ドン?顎クイ?頭ポンポン?ギャハハハハハハッ!!に、似合わねぇ〜!?こんなん現実でやったら通報されて捕まりますから〜!おいおい、やべぇもん売ってんなぁ日本は。こんなん読んでたらそりゃ変な知識ばっかつくわけだぜ。

 

「ほら、まずは導入編の壁ドンからだよ!ボクをこの漫画の主人公の女の子だと思ってこの台詞の通りに……この壁に背を向けてやってみようっ」

 

何でそんなワクワクしてんのよ、赤毛ちゃん。ってか、これ終わらせないと返してもらえない系のやつかぁ?しゃーなしだなぁ、気は進まねぇがちゃっちゃと終わらせるか。

 

「え〜っと、何々?“おい、お前どこ行くつもりだよ?ふふっ、駄〜目。俺以外によそ見すんの、禁止♡”………ぷっ、ぷくくっ、くふっ……ぷはぁ!!も、もう駄目だ…は、腹痛い……ひぃひぃ…うははははっ!?」

 

「にゃ!?バ、バカにしないでよぉ!?これは主人公の女の子とツンデレの彼が初めて急接近する胸キュン必至の名シーンなんだからぁ!ほら、やるよ!」

 

ぷくく、あーやば。こんなに笑ったの久しぶり。まぁ台詞は何となく覚えたわ。問題は壁ドンとかいうやつか…要するにドーン!って感じだよな?よしっ、やってみよう。

 

「はぁ〜、なんかすっげ〜アホらしいけど、俺今女神寮の住人の奴隷だからなぁ。従いますよ、ご主人様……んんっ!オイオマエ、ドコイクツモリダヨ?壁……ドーン!!!」

 

俺は渾身の棒演技と壁に向かって指を差し、ドーン!と叫んだ。うん、ポカンとする赤毛ちゃん。思ってたんと違ったか?

 

「な、何それ?もぉ!ちゃんとやってよっ!」

 

ずいっと身を乗り出して抗議してくる赤毛ちゃん。おま、喪○福造知らんけ?そんなにぷりぷりしなくてもいーじゃんかよ、ったくよぉ。

 

「はいはい、んじゃ真面目にやりますよ〜………おいお前、どこ行くつもりだよ?」

 

「っ!?」

 

俺はさっきまでの気怠げな態度を改めて、赤毛ちゃんへ一気に肉迫する。赤毛ちゃんの顔の横に左手を突き出し、壁に押し当てることで退路を封じ距離を詰める。突然の豹変ぶりに驚いているのか口をパクパクさせて呆けている赤毛ちゃんに対して追撃を仕掛ける。

 

「…ふふっ、駄〜目♪」

 

「ひゃっ!?」

 

慌てて視線を逸らそうとする赤毛ちゃんの顎を空いている右手で持ち、強引に視線を交わす。第2ステップの顎クイが成功したようだぜ。さぁ、最後の追い込みだ……御所望通り、こいつで赤毛ちゃんを陥落させる!

 

「俺以外によそ見すんの……き・ん・し♡」

 

「〜〜〜っ!!?は、はぅ…///」

 

最終ステップの頭ポンポンからの予定になかった耳打ちのコンボを決める。すると、あれまあれまと顔を紅潮させる赤毛ちゃん。おっ、意外と初心…?そして、見るからに恍惚の表情をしていた。ほうかほうか、赤毛ちゃんはこういうのが好きなんかぁ。乙女だねぇ…。

 

「んじゃ、俺は孝士くんとデュエルしに行くから。赤毛ちゃんも早く寝るんだぞ〜」

 

未だにフリーズする赤毛ちゃんを放っておいて、俺は赤毛ちゃんの部屋を立ち去る。暫くして雄叫びの様な声と何かの衝撃音が聞こえてきたが、多分これとは関係ないだろうさ。それにしても変な趣味だなぁ……昨日今日知り合ったばかりの俺に少女漫画の再現させるの。孝士くんとか大変だろうな、見るからに流され体質だもんね彼って。

 

「ふあ〜……とりあえず孝士くんと遊んでから、お仕事するかぁ。何にしても時差ボケはどうにかせんとなぁ……眠っ」

 

そんな上辺だけの奮起を自分に言い聞かせると、俺は孝士くんの待つ一階の和室へと足を運ぶ。ってか、同室だから終わったらそのまま寝るし……そしたら時間見計らって活動するかぁ。

俺は密かに溜め息を吐いていた。居住用テントが焼失したのは誤算だったが図らずして住まいを手に入れたのは好都合なことに違いはない。ただこれからは周りの人の目に注意しながら生活する必要があるということくらいか……色々とやり辛いだろうさ。女神寮の住人のことを思い浮かべながら複雑な感情に襲われる俺。事情があるとはいえ、自分がやったことが本当に正しかったのか……とてもじゃないが判別なんかつかなかった。まぁ、その時に判断してもらえばいいことか。俺は気を紛らわすように伸びをする。信念だけは曲げちゃいけねぇ、俺は何者でもないただの20歳住所不定無職だ。そう自分に言い聞かせ、軽い足取りで孝士くんの待つ和室へと向かうのだった。

 

 

 

 

「……?」

 

とある一室から俺を見つめる怪しい視線に気づくことなく…。

 




和知 みねる
星間女子大学4回生。自他共に認める研究者(マッドな方)。日々怪しげな研究に没頭している為、自室が魔の巣窟と化している。居候男を拉致誘拐し半ば強制的に女神寮に住まわせた張本人。この状況をどこか楽しんでいる節がある。


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第3話 奴隷、そして奉公。

今回から所謂“日常回”です。なるべくぶっ飛んでいきたい所存です。ブオォン、ブオオオオン!!


ちゅんちゅん。ぴーちくぱーちく。小鳥の囀りが小気味の良い朝の目覚めを告げる。寝ぼけ眼で周りを見渡すと、以前までの環境とは全てが転換していることを思い出させる。バチバチとテンちゃん(折りたたみ式テント)を打ちつける雨音だったり、僅かな食料を奪い合い宇宙しているホームレスのオッちゃん達の罵詈雑言を聞くこともない。まさに快適過ぎる空間……楽園はここにあったんだね♡

 

「…お〜い孝士くん、どうやら俺たち寝過ごしたらしいぞ〜。昨日はお楽しみだったもんな〜」

 

俺は隣で寝ているであろう孝士くんを起こすため、布団の中から腕を伸ばしてこんもり山になっているところを揺する。だが、返ってきた反応は俺が想像していたものとは全く別物だった。

 

「んっ……う〜んっ、あれぇ…?あっ、おはよ〜♡」

 

「こ、ここっ……ここここ孝士くんが、女の子になってりゅぅうううっ!?」

 

な、何だこれ!?ど、どうなってやがる!?確かに昨日寝る時までは俺の知る孝士くんそのものだったはずだ!なのに何で朝チュンした結果、女の子になっちゃってるんだぁ!?あれか!ら○ま1/2的なことなのか!?いや、あれは確か水をかぶると女になって、お湯をかぶると男に戻るとかだったような……ってか、この色素の薄い金髪娘俺知ってるぞ!

 

「ちょいちょい、朝から何やってんのよ“ドールちゃん”?」

 

ドールちゃんと俺が呼んだ偽孝士くんの正体はこの女神寮の住人であり、星間女子大3回生のフレイだった。因みにこのフレイという名前は源氏名らしいので、本名は知らん。コスプレが趣味らしく見かけるたびに違う衣装を着ていることから人形(ドール)の愛称をとって、ドールちゃんと命名した。因みに因みに昨日変な嫌がらせをしてきたきりやは赤毛ちゃん、超弩級に男が駄目なあてなはピンクちゃん、掴み所の無いせれねは不思議ちゃん、そして俺の天敵であるみねるはマッド或いはババァアアッ!!と呼ぶことにしている。まともに名前で呼んでるの孝士くんぐらいだな。だってあの子ぐらいだぜ?俺に危害加えてこないの。

 

「ん〜?えっとねぇ……そうだっ。私、君のこと起こしに来てあげたんだよ〜?なのに全然起きてくれないしぃ、寝顔見てたらなんだか私も眠たくなっちゃってぇ……そしたら、一緒にぐ〜すやぴ〜しちゃったのぉ♪」

 

「えっ、何で?今日なんか早起きしなきゃいかんこと、あったっけ?」

 

俺が目をぱちくりさせていると、隣で寝ていたドールちゃんが布団の中から伸びた健康的な腕を俺の首にぐいっと回してきた。うわっ、何だこいつ。

 

「もぉ〜……今日は君が女神寮に来てから初めてみんな揃って食べる朝ごはんでしょ〜?だから、君が来ないとみんな朝ごはん食べられないのっ!分かったら、すぐに私を背負ってみんなのところに面白い感じで連れて行くっ」

 

「いやいや、ドールちゃん今の今まで人の布団で寝てたよね!?寧ろ遅くなって叱られるべきはドールちゃんの方だと」

 

俺がそう言いかけると、ドールちゃんが回していた腕に込める力が明らかに増した。ぐっ、苦しい…!?

 

「…あれぇ?君って私たちの“奴隷”じゃありませんでしたぁ?確か私たちの入っているお風呂に無理矢理侵入したり、裸で寮の中を駆け回ったり、扉をピッキングしてこじ開けたりもしましたよねぇ?これって凶悪犯罪って言っても良いわよね〜。お巡りさんに教えてあげた方が良いのかしら〜?」

 

「喜んで背負わせて頂きます、ご主人様♡」

 

俺は僅かながらの抵抗すら放棄し、勢いよく立ち上がる。プライドなんて安いもんですよ、こんなの必死で守っててもね人生何も良いこと無いですから!本当に理解ある主様達で俺は幸せ者ですわ!じゃなければ今頃オッさんの射撃訓練の的になってたところですものね!わっしょいわっしょい☆

 

「うふふ、やったぁ〜♪んしょ…じゃあ、みんなの所までお願いね♡」

 

「初乗り、540円になりま〜す。5秒で到着致しますが、念のためシートベルトをお付け下さいまし〜」

 

了承を得た(半ば強制的に)ドールちゃんは俺の背中によじよじと登ってくるので、誤って倒れないように若干身構える。しかし、想像していたよりも軽かったため、その心配は杞憂に終わりそうだ。懸念があるとすればドールちゃんが俺の肩に顔を乗せているので若干距離が近いことと、あと胸が背中にだいぶな感じで押し当てられてるので心臓に悪いことくらいだ。あとはもう発進するのみだ……さぁ、派手に決めてやろうか!

 

「キュカカカッ!ブオォンッ!!ブオォンッ!!!パシーッ!テュルルルルル…!ブオォ……ガチャッ!ブオオオオォン!!バゥン、ブオオオォンッ!!ブンボボボ、ブゥンブボボボッ!!キュルルルル!パシューッ、ブオオオォンッ!!」

 

俺のRB26DETT型エンジンが唸りをあげるぜ!このおよそ10m弱の距離の廊下をドールちゃんを背負いながら、光の速さで超ダッシュで駆け抜けていく。

 

「や〜ん、速すぎ〜♪」

 

背中で背負われているドールちゃんが振り落とされまいと必死に抱きついてくる。だがそんなこと気にする余裕は今の俺にはねぇ!今の俺は奴隷でありマシンであり兵器だ。任務を遂行することだけを考えるんだ!

その思いを胸に女神寮を全力で駆け抜けていた俺は自分でも気付かないうちに臨界点を突破していたのだ!その結果……

 

「ブオオオオンッ!!テュルルル…!ブオォン!ブオオオオォンッ!!「あぁああっ!!もう!何朝から暴走してるんですかっ!?」っ!キュルルルル……パシュー……ガチャン。お待たせ致しました、ご主人様♡目的地の談話室に到着しました♪」

 

朝から遠巻きにピンクちゃんから本気のお説教を受ける羽目に。なんてこった……この土地じゃ俺の衝動を受け止めるには足りなかったようだな。しゃーなしだ、チラっとドールちゃんの方を見てみると、そこには何故か俺に向けて満面の笑顔を見せる彼女の姿があった。どういう意図があったにせよ、そんな顔見せられたら例え諸悪の根源である彼女でも売るなんてこと出来ねぇよな。ピンクちゃんのガチ説教、甘んじて受けるぞ……一向に視線合わせないで、壁に向かって叫んでるけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あぁ〜、暇だっ!この時間ってマジで誰もいないのか?」

 

朝の騒動が収まったと思ったら女神寮の住人は大学へと向かい、孝士くんも通ってる中学とついでに買い出しに出かけてしまった。その為、現在女神寮にいるのは俺1人……人ん家とはいえ開放感が溢れてくるな。って、そんなこと言ってる場合じゃなかった。今のうちに仕事を済ましておこうか。

俺はズボンのポケットから小型の電子機器を取り出し、その中から新着メッセージを確認する。

 

「……おっ、来た来た。えぇ〜っと……ほぉ〜、この付近のコンビナートで麻薬の取引か。専門外だけど、これなら今出てっても夕方までには帰ってこれるな……うしっ、行くか!」

 

俺は手近にあったメモ用紙に走り書きをして書き置きを残すと、すぐに女神寮を飛び出した。そして、人通りの多い街まで出たところで不意に一台の車が俺の前で急停止した。どうやら応援が到着したらしいぜ。

 

「本部より応援の命令を受け参上した。取引現場までは連れて行ってやる、分かっていると思うが貴様の任務は取引の主犯及びそれに関係するメンバー全てを鎮圧することだ。そのための装備は揃っているから好きに選んでくれ」

 

「銃でドンパチするのは柄じゃないんだよね、ここ日本だし。とりあえずそうだなぁ……この黒のレザースーツと青のレザーパンツ貰ってくよ、趣味良いね」

 

車に乗り込むと車内の後部座席に並べられた装備一式の中から、衣装だけを選んで着替える。お生憎様、ライフルやらショットガンやらを真っ昼間からブッ放せるほど時は世紀末じゃないんでね。それに、俺は1番頼りになる武器を常に持ち歩いている。この身一つで今の今まで娑婆を歩いてきたんだ。今更、弾きなんか使えるかよ…!

 

「……見えてきたぞ。侵入ルートは予め端末に送信済みだ、後で確認しろ。尚、これにて我々は貴様の支援を終了するが、合図が送られ次第拘束部隊を送り込む……良い結果が聞けることを願う」

 

応援隊の隊長と思われる人が、ぶっきらぼうに俺に賛辞をくれる。まぁ毎度のことながら助けてもらえるのはここまでだからな……しゃっ!気合い入れるかっ。

 

「色々助けてくれて、サンキューね。ギャラはちゃんと払ってくれよ?遅れたら利子がつくからな。ばいちゃ〜☆」

 

俺は隊員達の熱い眼差しを背に受け、停車した車の外へ足を踏み出す。さぁ、タイムリミットは晩飯の時間までか……なら、速攻でケリをつける他ねぇな!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆さ〜ん!もうすぐ晩ごはん出来ますよ〜!そろそろ降りてきて下さ〜い」

 

俺は慣れた手つきで晩ごはんを用意すると、2階の自室で各々過ごしている女神寮の人たちに声を掛ける。家が焼失して父親が失踪するアクシデントを経てこの女神寮に寮母として住まわせてもらってからもうすぐ1ヶ月、漸く学校にも通えるようになったけどだからこそ寮母としての仕事を疎かにする訳にはいかないっすから!

 

「おりょ?う〜ん、美味しそうな匂い♪いや〜、孝士くんがいてくれてほんと助かったわ〜♡」

 

いの一番に降りてきたのはみねるさんだ。いつも何かの研究をしているらしいけど、その……いつも白衣の下が裸っていうが目の毒というか、非常に目のやり場に困るんだよなぁ……よかった、今日はちゃんと服着てくれてるっすね。

 

「あっ、ごめんね孝士くん。手伝ってあげられなくて」

 

「ほら、せれね。晩ごはんだから頑張って歩こうよ?」

 

「……無理〜」

 

「あら〜?私が最後かしらぁ……あれ、あの人は…?」

 

次いであてなさん達も続々と降りてきた。最後に降りてきたフレイさんが何かを気にするように辺りを見回しているけど……?

 

「フレイさん、どうかしました?」

 

「ん〜?あの人はどこかな〜って思って。孝士くん、知らな〜い?」

 

フレイさんが昨日から女神寮に住むことになった男の人のことを探しているみたいだ。そういえば、俺が帰ってきた時には誰もいなかったけど……あっ、そうだ書き置きみたいなのがテーブルの上に置いてあったんだ!

 

「忘れてました!俺が帰ってきたらもう書き置きがあったんですよっ。晩ごはんまでには帰りますって……何処に行ったかはわからないですけど」

 

「そぉ?う〜ん……そっかぁ〜」

 

何だろう?一応納得したみたいだけど、フレイさんはどこか物悲しそうな表情だ。何か用があったのかな…?

 

「何処に行ったのか分からないなんて……何か事件に巻き込まれたりしてなきゃいいんだけど…」

 

「…おんや〜?きりやちゃん、もしかして心配してるのぉ?あの子のこと、気になってるんだぁ〜?」

 

ふとあの男の人の身を案じる言葉を呟いたきりやさんに対して、すぐさま揶揄うような発言をするみねるさん。それを受けてなのか、妙に慌てた態度で弁明を始めるきりやさんだった。

 

「んなっ…!?そ、そんなんじゃないよぉ!?ボ、ボクは単純にあの子のだらしなさを憂いてるだけで、別に深い意味は…」

 

「ふ〜ん?そうなんだぁ〜。まぁ、今はそういうことにしといてあげるよ……ふっふっふ〜♪」

 

何か意味ありげな発言をするみねるさんと顔を真っ赤にしてそれを否定するきりやさん。俺には何のことやらさっぱりだ……そうだ、皆さんが揃ったこの機会にちゃんと聞いておこうかな?

 

「あの、皆さんに聞いておきたいんすけど……どうしてあの人のこと、ここに住まわせてあげようと思ったんですか?ほら俺は男だから全然構わないし、てっきり流れに任せて心強いっす〜とか言っちゃいましたけど、あの人のことよく知らないで承諾しちゃったところもあるので」

 

席についたところを見計らって唐突だけど質問してみた。俺が初めて会ったのは恐らく2回目の時だったけど、あの時には既にあの人を迎え入れようっていう空気が何となく出来上がってたように思えてならない。だからその前に何かあったのかと踏んでいるんだけど…。

最初に口を開いたのは当事者であるみねるさんだ。

 

「そうだなぁ〜。まぁ、1番の理由は“面白そうだったから”かな?なんかよくわかんないんだけど、こうビビビッと来たんだよねぇ。みんなはどうだったの?」

 

みねるさんが他の人たちにも話題を振る。どうやらそれぞれ思うところがあるみたいで少し黙っていたけど、1番早く考えがまとまったのかきりやさんが次いで発言をした。

 

「ボクは……初めて見た時からそこまで悪い印象は抱いてなかったよ。いや、勿論だけど裸で走り回ったりお風呂に乱入してきたり朝みたいに変なテンションで暴走してたり困ったところは沢山あるけど……それでも、なんかこう……“変にマジメなのかな”って…」

 

きりやさんが言い終わるのとほぼ同じタイミングで、フレイさんがゆっくり手を挙げる。その表情はどこか晴々としていたっす。

 

「私は“とても楽しい人”だと思いますよぉ。見ていて飽きないですし、孝士くんとは違う意味で揶揄い甲斐のある反応をしてくれますし〜。それにどんな無理難題を言ってもちゃんとこなしてくれそうですからぁ♪」

 

う、うむぅ……俺と違う揶揄い甲斐?俺相手でさえスキンシップが激しい人たちなのに、あの人はもっと違うことをさせられているのか?な、なんかどんどんあの人が可哀想に思えてきたっす…。

そんなことを考えていると、せれねさんがボソッと意見を述べた。

 

「……アレからは“月の力を感じる”、だから近くに置いて観察し謎を解明する必要がある。それだけ」

 

つ、月の力?そういえば、せれねさんってこういうこと言う人だったっけ……俺にはあの人は普通に見えたけどなぁ。最後はあてなさんか……この人は全く納得してなさそうだけどなぁ。俺ですらかなり我慢してくれてるだろうし。

 

「わ、私は……まだ全然納得してないよっ。当然だけど顔見て話なんかできないし、朝みたいに奇行が目立つし何考えてるかわかんないし……みねる先輩があの人のテント燃やしちゃったから仕方なく住んでもらってるけど、目処が立ったら出てってもらうつもりだもん!孝士くんとは、事情が違うんだから…」

 

あてなさんはそう言って、少し気まずそうにしていた。俺とは事情が違う、か……本当にそうなのかなぁ?上手く言えないけど、あの人の目って俺と同じ……いやそれ以上に深い闇みたいなものを抱えてる様な気がするんだよな。それを悟られないようにわざと戯けて見せたり素っ気ない態度をとったりしている……のかな?昨日の夜、話してみてそう感じた俺の感想だ。確かなことは何一つ分からないけど、それでもあの人が悪い人って思えないんだよな…。

 

「あはは……でも、本当はすっごく人のこと見てるんだよ。ほら最初にここに来た時、みんなの名前をフルネームで呼んでたでしょ?当然あたしは教えてないし、多分風呂場にいくまでの数秒で寮内を隅々まで見た結果なんだろうさ。誰よりも他人との接触を嫌っているはずなのに、誰よりも他人を観察している……不思議だけど、疑ったりしないであげて。時間は掛かると思うけど、いつかきっと話してくれると思うからさ♪」

 

みねるさんがどこか温かい視線を向けて、優しく語りかける。不思議とその意見には同意せざるを得ないような気がしてきた。だって俺もあの人を信じてみたいっすから!

 

「そうですか……すいませんっした!こんな暗い空気にしちゃって。さぁ、気を取り直して食べましょう!あの人の分はちゃんと取り置きしてあるので、もうバンバン食べちゃって下さいっす!」

 

場の空気を変えるために俺が仕切り直しの合図を出す。変な空気にしちゃった責任っす。せめて皆さんには寮母としてこれくらいのことはさせて下さい!それに信じてますから。皆さんならいつかきっと、あの人ともやっていけるって。だって、俺を受け入れてくれた優しい皆さんですから!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たっだいま〜……あぁ〜、ちかれたちかれた」

 

俺はお仕事を終えて、女神寮に無事帰還した。だが、時刻は既に23時を回っており、とてもじゃないが夕飯の時間には間に合わなかったようだ。くっそ〜、あいつら帰りの車くらい用意しとけよ。何で行きは車で帰りは徒歩なんだよ。おかげでめっちゃ時間かかったじゃねぇか。

流石にこの時間だと誰も起きてないだろうとたかを括っていた俺だったが、不意に明かりがつき誰かに声をかけられた。

 

「あっ……お、お帰りっ。遅かったね」

 

俺に声をかけたのは赤毛ちゃんだった。どういうわけか玄関入ってすぐのところにいたようだ。俺に用……な訳ないか。

 

「おっす、赤毛ちゃん。どうしたこんな遅くまで起きてて……小便か?」

 

「ち、違うよっ!喉が渇いたから何か飲もうと思って降りてきただけだよ!もぉ、女の子に向かってそういうデリカシーの無いこと言わないでよっ!全く…」

 

あらら、随分むくれちゃって……まぁ、そういうことなら早く寝るに越したことはないだろうさ。俺のせいで目覚めが悪いなんて言われた日にゃ、ピンクちゃん辺りにマジで追い出されちまいそうだからな。

 

「あぁ、そうかい。なら早く部屋戻って寝ちまいな。夜更かしは早死の元だぞー?なっはっは〜」

 

俺はすれ違い際に赤毛ちゃんのでこを小突くように指で軽く押す。すると、また後ろの方で声にならない声を上げながら俺の横をダッシュで通り過ぎて階段を駆け上がって部屋に戻る赤毛ちゃんの姿が……早死ってそこまで即効性ねぇって。自分の将来心配し過ぎだろ…。

 

「単純だねぇ……あっ、いけね。孝士くんに夕飯作らせてそのままだった……痛まねぇうちに頂かねぇとだな」

 

俺はすぐさま談話室に向かい、テーブルの上にラップしてあった晩ごはんをレンジでチンする。温めている間に白米をよそうことも忘れずに。こうして1人寂しく支度を終えた俺は、遅めの晩ごはんへと漸くありつけたのだった。

 

「………」

 

「頂きま〜す。はふっ、はぐっ……んぐっ、んんっ!うわぁ……孝士くんの料理、美味ァ…♡」

 

あまりの美味さに涙すら出てきそうになる。ってか、これ本当に孝士くんが作ったんか!?今時の中学生、レベル高すぎだろ……って、んん?背後に人の気配……この感じは、確か…。

 

「……あれ、不思議ちゃん?どーしたこんな遅い時間に……不思議ちゃんもメシかぁ?」

 

視線すら合わせないまま、俺は背後に佇んでいる不思議ちゃんに声をかける。すると、何するわけでもなく階段を駆け上がってしまった。俺、なんか嫌われるようなことしたっけ?ともかく気にせず食事を済ませると、それからすれ違うようにみねるが降りてきた。

 

「あれぇ?帰ってたんだ。今せれねとすれ違ったけど、なんか随分と焦ってたよ……もしかして、君何かしたんじゃなかろうねぇ?」

 

「ば、馬鹿言うなって……メシでも食いに来たんか〜って聞いただけだよ。そしたら何にも言わずに階段駆け上がってっちゃったんだろ。まぁ、最初が最初なだけに好かれてないんだろうなぁ……そういうあんたはこんな夜中にどうしたんだ?」

 

在らぬ疑いをかけてくるみねるに対して、すぐに弁解を試みる。全く、少し油断するとすぐこれだ……おかげでどんどん俺の立場が悪くなる一方だぜ。

 

「ん〜?いやぁ、いつまで経っても帰ってこない誰かさんを待ってたんだよぉ。これでも一応当事者だからね」

 

「それは……悪かった。連絡のひとつくらい寄越すべきだったな」

 

そうか、俺のせいでこんな時間まで起きて待ってたのか……今まで1人行動が基本だったとはいえ、そこも視野に入れておくべきだった。かなり不本意ではあるが、みねるが手を回してくれたから俺は野垂れ死ぬことは回避できた節もある。今回は、俺の負けかな…。

 

「んふふ、別に気にしてないよ〜♪それに研究も手詰まり気味でどうしようか考えてたところだし……ねぇ君、一杯付き合ってよ」

 

「はぁ?酒か?おい、明日も大学あるんだろ?なのに飲んだくれてて良いのかよ?」

 

「大丈夫大丈夫〜。小っちゃいやつ一本だけだから……ほいっ」

 

そう言って、みねるは冷蔵庫から缶チューハイ(350mℓ)を2本取り出し、そのうちの一本を俺に投げ渡してきた。どうやら俺に晩酌の拒否権はないらしい……まぁ、今回のことは完全に俺の方に非があるので黙って従うけど。

 

「ほ〜ら、早くこっちに来なさいな。乾杯するよ〜」

 

みねるは談話室のソファにどっかりと座り込み、空いている隣のスペースを手でバンバン叩いている。なるほど、席の指定もするのね……しゃーなしだからとことん付き合いますよっと。

俺はもはや抵抗することもなく、みねるの指示に従い隣に座る。するとみねるは急に無防備なくらいに俺との距離を詰め始め、それこそ肩が触れ合うくらいの距離まで迫ってきた。な、何のつもりだ…?

 

「んふふ、緊張しないのっ。あたしだって、いっつもこうじゃないんだよ?偶には飲んで全部忘れたい〜ってこともあるんだから。ほら、缶開けて乾杯しよっ?せ〜の、乾杯〜♡」

 

「…か、乾杯」

 

お互いの缶を突き合わせ乾杯の音頭をとると、みねるはプルタブを開けその中身を一気に飲み干すように煽る。喉が鳴る様子は豪快ながらどこか儚げな心証を抱かせる。いつものみねるとは違う、どこか別の一面を垣間見ているような気がして謎の背徳感に似た何かに襲われた。

 

「んくっ、んくっ……ぷはぁ〜!やっぱこれだよね〜♪疲れた脳に沁み渡る極上の癒し……それに今日は付き合ってくれる君もいるし♪」

 

「……普段は、1人なのか?」

 

「ん〜?まぁね……あてなちゃんときりやちゃんはまだ未成年だし、せれねちゃんは普段お酒飲まないし、大体付き合ってくれるのはフレイちゃんかな。それでも気が乗った時だけだけどね……だから今、すっごい嬉しいんだぁ♡」

 

そう言って俺に笑いかけるみねる。その顔は普段の常に何か画策してる悪人顔とは違って、年相応の少女の笑顔そのものだった。俺はそんなみねるの笑顔に一抹のときめきを覚えさせられるような気がして、慌てて近くの窓を開けて誤魔化す。お、落ち着け……相手はみねるだぞ!?俺をここに縛りつけた奴に浮いた感情なんか持ってどうする!?冷静なれ、自分を強く持つんだ…!

すると、そんな俺の行動に不満を抱いたのか突然背後から俺の身体に腕を回すみねる。顔には出さないが内心慌てふためく俺に対して追い討ちを仕掛けてきた

 

「んふふ〜、逃がさないよぉ?いつも飲めない分は〜、今日で精算しちゃうんだからぁ……ほらほら、早く続き飲もうよぉ〜♡」

 

「ぐっ、みねる待て……!?そんなに身体押し当てるなって!?危ねぇから!」

 

どうやら酔ったみねるは俺をソファまで連れ戻そうとしているらしく、おぼつかない足取りで必死に引っ張ろうとしてくる。だが、またさっきのようなことになりかねないため俺もそれを了承する訳にはいかず、互いに攻防を続けていた矢先……。

 

「きゃっ!?」

 

「ぐっ…!かはっ…!?痛〜ッ……頭打った……お、おいみねる?大丈夫か…?」

 

一瞬みねるが引っ張ることを止めたことで俺の力が勝り、身体ごと床に叩きつけられてしまった。幸いにも俺が下敷きになることでみねるに怪我は無さそうだったが、俺に覆い被さる形で受け身をとったみねるの表情が次第に普通じゃないことに気づいた。

 

「………」

 

「み、みねる…?お前、どうした…?」

 

俺の呼びかけに対して反応を見せないみねるだったが、次第にその顔を紅潮させていく。赤みを帯びた頬や潤んだ瞳、倒れた際に着崩れた服、月光に照らされた艶やかな唇、そして荒くなる吐息……だ、大丈夫か?

 

「……あたし、君のこと……」

 

「えっ……それって、どういう……おい?おい、みねる?」

 

俺の胸に項垂れるように倒れるみねる。まさか卒倒してしまったのかと焦ったが、どうやら酔いが回って眠ってしまっただけらしい。たくっ、人騒がせな奴だぜ……このままにする訳にもいかねぇし、孝士くんには悪いけど俺の布団でみねるを寝かせる他ないか。当然、俺は……ソファだよなぁ。

 

「おら、身体動かすぞ?1日で2人も背負う羽目になるとは思わなかったぞ…!」

 

俺は身体の上に覆い被さっているみねるを退かして、そのまま背負い込んで孝士くんとの共用の和室へ移動する。和室に入ると流石に孝士くんも寝てしまっているのが確認できたので、起こさないように俺の布団にみねるを寝かしつける。

その際に着崩した衣服もちゃんと戻してやった。別に他意はないし、起きた時にせめて孝士くんがパニックにならないようにしてやらんとな。

 

「…あっ、一応寝てる時は眼鏡も外してやらなきゃ駄目か。間違って壊したりしたらヤバいもんな」

 

布団に寝かしつける際、みねるが寝返りをうっても大丈夫なように寝ているみねるから眼鏡を外してやる。よしっ、棚の上に置いておけば大丈夫だな………なっ!?

 

「Zzz…むにゃ…」

 

……はっ!お、落ち着け俺!?こいつはあのみねるだぞ!?たかだか眼鏡外したくらいで、何勝手にドギマギしてるんだよ!?そ、そうだ!不意を突かれただけでみねるのことなんて何とも………くっそ、黙ってりゃ結構可愛いじゃねぇか。あーもう、こんなの損な役回りだ!俺も酒が回って考えがバグってやがるんだ。そうだ、そうに違いねぇ!こんな時はさっさと寝て忘れちまうに越したことねぇ!

 

「…頼むから、明日にゃ綺麗さっぱり忘れといてくれよ?俺の脳」

 

俺は足早に和室を立ち去り、談話室のソファに雪崩れ込む。こんなぐちゃぐちゃな気持ちのままじゃ、まともに顔も見れなくなっちまう。心を落ち着かせて、邪心を捨てるんだ。そうだ、そうすればきっと……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁああああああっ!!!み、みねるさん!?な、何で俺の布団に潜り込んでるんですかぁ!!やっ、ちょそこ……触らないでぇええっ!?」

 

翌朝、和室から孝士くんの悲鳴がこの談話室にまで響き渡ってくる。くっ、やはり惨劇は回避出来なかったか…!

その悲痛な叫びを聞きつけてなのか2階からピンクちゃん・赤毛ちゃん・ドールちゃん・不思議ちゃんが、和室からは半分身ぐるみ剥がされた孝士くんとみねるが談話室に逃げ込んできた。図らずして女神寮の住人が揃ってしまったらしい。だが、普段と違う光景に誰もが目を見張るようだぜ。何故なら俺が、誰よりも早く起きて朝食の準備をしていたからだ。

 

「皆さん、おはようございます。もうすぐ朝メシの準備が出来るので、それまで座って待っててちょ」

 

「これ、全部あなたが…?」

 

女神寮の住人が揃って驚いている中、ピンクちゃんがおずおずと俺に質問してくる。あっ、これってやっぱ勝手にやっちゃマズかったか?

 

「あー、一応そうなんだけど……やっぱ俺が作ったメシなんか気持ち悪くて食えない、よな…?」

 

ピンクちゃんの言わんとすることは理解出来るつもりだ。男が苦手で視認することすら辛い彼女に男の俺が作った料理を食べさせることは拷問に等しいはずだからだ。しかし、返ってきた言葉は俺が予想していたものとは全く別のものだった。

 

「あっ……いえ、そんなことありませんっ。寧ろ、ちょっと見直したっていうか……みんなが言うように悪いところばかりじゃないのかなって」

 

「ピンクちゃん……ありがとっ。何かよくわかんないけど、すっごい嬉しい♡」

 

正直言って、意外だった。まさかピンクちゃんが俺のことを見直してくれたなんて……俺とピンクちゃんの間になんとも言えない空気が流れる。が、それもすぐに横から乱入してきた赤毛ちゃんとドールちゃんによって打ち砕かれた。

 

「あ、あぁ〜!ボク、お腹空いちゃったなぁ!?ほらっ、早く準備しようよっ。ボクも手伝うからさ!」

 

「あらぁ〜♪なら逆にここはきりやちゃんに甘えて、君は私と一緒にソファでまったりしましょ〜♡」

 

「ぐはっ…!!ちょ、2人とも〜!?孝士くんの前でみだりに抱きついたりしないで下さいよぉ!!教育に悪いじゃないですかぁ!!こっちに来て下さいっ!お説教します!あなたもボケボケしてないで、すぐに料理の続きに取り掛かる!」

 

ピンクちゃんがえらい勢いで鼻血を噴射させながら鬼のような剣幕で赤毛ちゃんとドールちゃんを叱責して、談話室の隅っこに正座させる。立場は完全に逆転してるな……って、あれぇ!?さっき焼いたはずのウインナーが消えてる!?ど、どこいった……あっ!

 

「………っ」←つまみ食いしている犯行現場を俺に目撃されて、ちょっとびっくりしてる不思議ちゃん。

 

ひょいぱく、ひょいぱくと焼き上がったウインナーを皿から一つずつ摘んで口に運ぶ不思議ちゃんとガッツリ目が合ってしまった。そして、最後のひとつを口に運ぼうとした不思議ちゃんとそれを阻止しようとする俺の必死に攻防が始まった。

 

「ちょちょちょ!?見られた上で食べようとするなんて、鋼のメンタル持ちか不思議ちゃん!?これ以上は駄目だって!」

 

「……その申し出、断る。どうしても止めたいなら、秘密を暴露せよ」

 

ひ、秘密?まさか……俺のことバレてるとかないだろうな!?だとしたらマズい…マズいぞ!

 

「どうして……“月の力”、感じる?理解不能、詳しい説明を求める」

 

「……へっ?月の力?一体何のこと?」

 

本気で理解できないのだけれども、そんな俺の姿が誤魔化しているように思えたのか突然俺の背中にぴょんっと飛び乗ってそのままチョークスリーパーを決めてくる。うぐぐっ……け、頸動脈がプッチンすりゅううううっ!?あっ、もう駄目……。

 

「ど、どうしたんすか……って、白目むいて気絶してるっす〜!?せ、せれねさん何やったんすかぁ!?」

 

「安心して、峰打ちで済ませた」

 

「いやいやいや!?ガッツリ泡吹いて倒れてますけど!呼吸も……だんだんなくなってるっす!!うわぁああんっ!帰ってきて下さ〜い!!!」

 

今日も今日とて変人だらけの女神寮の住人たち。そこに加わった新たな住人と共にこれまでより一層騒がしく、そしてより濃密な毎日を送ることになるとは当然誰一人として思いもよらない。




戦咲 きりや
星間女子大学2回生。“キャンパスの王子”の異名を持つほど性格容姿共に高い女生徒人気を誇る。実家が武道教室で彼女自身も門下生で、その実力も非常に高い。ずっと男兄弟に囲まれて育った反動か大学生になってから初めて買った少女漫画にどハマりし、照れた瞬間に咄嗟に手当たり次第手が出るという生粋の武道系女子。前回、居候を開始した男にいの一番に話しかけて話の流れから清純さを教え込むという名目で部屋に連れ込み少女漫画の再現をさせたが、その際にあまりの再現度と本気度に圧倒され何となく気になり始めた模様。(孝士を弟のように思っているため、居候男に対しても同様或いは年の近い友達のようなものだと自覚している)


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第4話 改名、そして自制。

すてあちゃん、堂々登場でっす。でも、時系列的には女神寮のメンバーは既に何回か会っている状態です。だから、初対面なのは居候男だけ………あっ、今回の話で仮の名前が決まります。


女神寮の居候生活を始めてから数日が経ったある日。それまで割とのほほんとした生活を送って来た俺を含めた住人たちに対して、それはそれは一筋の雷鳴の一撃のような緊張感が走っていた。その原因はいつものように孝士くんが中学から帰ってきた際まで遡る必要がある。とはいえ詳しい説明は省くが、それもこれも目の前の少女が深く関連している……らしい。いや、だって俺初対面だし。だからちゃ〜んと空気読んで、部屋の隅っこで大人しくしてますよーだ。

 

「えっと、すてあ……今日は何の用で来たんだ?俺、なんか頼んでたっけ?」

 

「何か用が無きゃ来ちゃ駄目なのかよ……はっ!まさか、おれにまだ隠してることとかあるんじゃないだろうな…?」

 

「あ、ある訳ないだろっ!?もう全部話したって!」

 

そう言って、孝士くんの胸ぐらを掴み上げて詰め寄る少女。ついさっきチラッと紹介されたけど、名前は香炉野 すてあというらしい。孝士くんとは保育所からの付き合いで現在も同中(同じ中学校)らしく、所謂“幼馴染み”の間柄だとか。にしても随分とツンツンしてる子だよな〜…よしっ、ツン子ちゃんと名付けよう。そんなことを考えていると、ツン子ちゃんの怒りの矛先がこちらに向き始めた。

 

「てか、あいつ誰だよ?この前来た時にはいなかっただろっ!」

 

「え、えっとあの人はすてあが女神寮に来た後に色々あって住むことになった、確か名前は………」

 

「おい、何でそこで黙るんだよ?まさか、名前知らないとかじゃないだろうな…」

 

あっ、これマズい流れだ。孝士くん、めっちゃ困ってるし……あっ!お、お前ら見て見ぬふりするつもりだな!?くっ、しゃーなしだな……元はと言えば俺が撒いた種だ。だったらきっちりケジメつけてやるぜ!

 

「まぁまぁ、その辺にしておきなさんなツン子ちゃん。孝士くんが悪いんじゃなくて、俺には本当に名前が無いんだ。だからあまり責めないであげて」

 

俺はツン子ちゃんの肩にポンと手を乗せて、説得を試みる。が、次の瞬間には俺の鳩尾目掛けて寸分の狂いもなくツン子ちゃんのコークスクリュー・ブローが決まっていた。がはっ…!?

 

「勝手に触るな、変態」

 

「す、すてあ!?あぁ!ごめんなさい!こいつ、すぐに手が出ちゃう性格で…ぐはっ!?」

 

「お前も触るなっ」

 

必死に弁解しようとする孝士くんだったが、志半ばでツン子ちゃんの追撃をまともに食らい1発KO。男が2人揃って中学生の女子に負けた……なんて情けない。とまぁそんなことがあってツン子ちゃんに若干の苦手意識を持ち始めた今日この頃、女神寮では“俺の呼び名”について住人会議が開催させれている……俺抜きで。いや、絶対本人同席した方がいいんじゃないのこういう話題って?そう訴えた所で談話室から追い出された事実は変わらない訳で、誰にも相手してもらえず完全に暇を持て余した俺は、女神寮の敷地内の庭にあたる場所で日課のトレーニングをこなすことにした。

 

「よしっ……ここをスタート地点として逆立ちのままぐるっと一周、これを合計で10回。その後は股関節の柔軟と逆立ち状態で腕立て100回だな」

 

その辺に落ちてあった木の枝を拾い、地面に横一線を引く。そして、軽々と逆立ちの体勢になり倒れないようバランスを保つ。体幹が重要なんだよな逆立ちって……それに視点の位置や腹筋も大事になってくる。要するに腕の力に頼るんじゃなくて、全身が連動した動きを意識するのが大切ってこと。特定のニーズに応じて全身を機能させる……それがポテンシャルを引き出すコツであり、いつでも全力を出せるように備える準備が求められるのだ。

 

「ゆっくりでいい……少しずつでいい……大きな目標を成し遂げるのに必要なのは、日々積み重ねていく小さな努力!行くぞゴラァアアッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、あの子も追い出したところで……我々は大事なことを忘れてたことをみんなにも確認してもらいたいの。それは………“あの子の呼び名”を決めてなかったことよ」

 

あたしが談話室を緊急会議の場に設定し、みんなを招集してすてあちゃんに指摘されるまで有耶無耶にし続けてきた議題を提起する。あの子曰く自分の名前は無いの一点張りだし、一向にそれ以上のことは教えてくれそうにないんだよねぇ。最初の調書の件で空欄で提出してたことも未だに説明は無いし、かと言って無理に聞き出すのもなんだか気が引けるし……ってなわけで、この機会にみんなの意見と知恵を貸してもらおうっ。

 

「みねるちゃん……でもあの人が話してくれないと、私たちじゃどうしようもないんじゃないのぉ?」

 

フレイちゃんがあくまであの子が自発的に言う気になるまで待つべきという考えを示す。うーむ、確かにそれは真っ先に考えた。でもそれは客観的に分析した結果に基づく意見の1つでしかないのよねぇ。何よりもあたしがそうしたいって思いが強いのが原因かな?

 

「……いや、やっぱりしてあげたいなって思ってさ。みんなも知ってると思うけど、あの子ってみんなに渾名をつけて呼んでるでしょ?あの子はあたし達のことをよく知ってるのに、あたし達はそうじゃない。あの子とかあの人とかまるで他人みたいで。それってなんか……悲しいじゃん」

 

あたしが考えを述べると、みんなは少し黙ってしまった。やっぱり唐突過ぎたかな…?

暫く沈黙が続いた後、不意にせれねちゃんが切り出した。

 

「せれねは……その意見に賛成する。何故月の力を感じるのか、知りたい…!」

 

お、おぉ…?1番最初にせれねちゃんが賛成してくるなんて意外だったなぁ。それを皮切りに残りの子たちも口々に賛同の意を表明し始めた。

 

「そ、そうだねっ!それにボクたちばかり変な渾名つけて呼ばれるのもなんか癪だもん。ボクたちも何か良い呼び名がないか考えてみようよっ」

 

「あらぁ〜!それでしたら今ハマってるアニメの主人公の名前なんていかがかしら〜?素性の一切が不明だけど腕利きのスナイパー!確か名前は……デューク・東g」

 

「フ、フレイさん!?それ以上はマズいっす!何かよく分からないけど兎に角マズいっすから!!すてあ、お前も何か考えてくれよっ」

 

「な、何でおれがそんなこと……あんなの変態以外無いだろっ。100歩譲って変態紳士とかか?」

 

「あ、あのっ!だったらもっと親しみやすい方が良いと思います!ほら、ゆるキャラの“く○モン”とか“せん○くん”みたいな感じで!」

 

いつの間にかあたし以外のメンバーが率先して各々の意見を述べていた……な〜んだ、あたしが心配しなくてもみんな受け入れてくれてるんだ。何でかわからないけど、嬉しい反面ちょっと妬いちゃうなぁ〜。

負けてられない……無性にそんな気持ちがあたしの心の中に溢れてきた。気づけばあたしはその話題の中に飛び込んでいた。

 

「んふふ〜、だったらあたしにも良いアイディアがあるんだよねぇ♪まずこの白い紙に“はい”と“いいえ”とその間に鳥居を書いて、その下に数字と五十音を書くの。みんなで人差し指を十円玉の上に置いて……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あの、もう一度言ってもらっていいか?今、何て言った…?」

 

「だから〜、君には2つの選択肢が残されてるの。1つは今日から君は“タ○リ”を名乗るか、もうひとつは“山田”を名乗るか。さぁ、男らしくビシッと決めてちょーだいっ♡」

 

みねるが妙にいやらしい笑みを浮かべて、俺に1枚の紙を手渡してくる。その内容に目を通してみるも、何か凄く納得いかない気がした。パッと見る限り名前の候補と思われるものが100個近く羅列してあるが、その殆どに斜線が引いてある。恐らく構想の段階で却下されたのだろうが、どれもこれも漫画やテレビドラマの登場人物みたいな珍妙な名前ばかりでほとほと呆れてしまいそうになる。これがみねる1人だけの犯行なら巫山戯るなの一言で一蹴するつもりだったのだが、どうやらさっきから一言も俺に言葉を投げかけようとしない女神寮の住人たち+ツン子ちゃんの静かな焦りようを見ると1枚噛んでいるらしいので、だからこそ対応に困っているわけで。中には完全に巫山戯ているのかオネェのようなミドルネーム付きのものまであっていよいよ対処が必要かと思ったくらいだ。

大体俺が庭先で逆立ち歩き10周と柔軟体操含め逆立ち腕立て伏せ100回こなすのだって相当時間かかってたはずだぞ?それだけの時間を要しても最有力候補はタ○リと山田なのか!?何で!?よりによって何で今そこォ!?というか今回はブレーキ役の孝士くんも同席してたはずなのにこの結果。俺は少しガッカリだぞ……いや、寧ろ孝士くんがいたからこの程度で済んだとも考えられるな?だったらきっちり感謝せんといかんな。

 

「と言うか、こんなの俺に聞くまでも無く答えは決まってるようなもんだろ?」

 

「そぉ?一応こっちでは満場一致でタ○リ派だったけど」

 

危ねぇ!あっぶねぇ!!気づかず素通りしてたら俺はいつの間にかタ○リの愛称を欲するがままにしていたのか!!

 

「ボ、ボクは反対したんだよっ!?でも、その……ひ、1人の時はす、好きに呼んでいいって、決まったから…」

 

赤毛ちゃんが何やら意味深なことを口走る。んっ?1人の時はって……今、そういう話じゃないの?面倒っちゃ〜ね、この感じ……当然ながら前者は却下だ、却下!偉大過ぎて俺にはその名前は重すぎるよ。というわけで、俺の名前は今日から山田改めてダーヤマだ。日本で動き回る分には申し分ねぇだろう、多分……。

 

「あっそ……んじゃ山田で頼むわ。もう片方のやつはサングラスかけてマイク持たされて“髪切った?”とかイグアナのモノマネとかやらされそうだし」

 

「オッケー♪じゃあ改めまして……新生“山田くん”に拍手〜」

 

みねるがツン子ちゃんを含む女神寮の住人たちに拍手を煽る。あぁ、その生暖かい視線がほぼほぼ乗り気じゃないことをビシビシと伝えてくる……お前らやっぱ適当なんじゃねぇかよっ!

 

「よしっ、じゃあ山田くんの問題も一応解決したことだし、今度の旅行について決めよっか〜」

 

「んな適当な………はぁ!?り、旅行ォ!?い、いつの間にそんなこと…!」

 

みねるが突拍子もないことを口走るのを、俺は聞き逃さなかったぞ!何だそれ!?俺はドタバタと足音を立てながら、テーブルの上で旅行のパンフレットを広げている女神寮のメンバー+ツン子ちゃんの元へ急いだ。

 

「ちょちょちょ!何がどうしてどうなってそういう話になってんのよ!?」

 

「あっ…ご、ごめんなさいっ!みんなで旅行したいって言い出したの私なんですっ!元々は孝士くんとすてあちゃんが女神寮に来るようになって、もっと仲良くできないかなって考えてて……イレギュラー的とはいえ、その……や、山田さんも女神寮に住むことになったので……勿論まだ苦手意識はありますけど、それでも今みたいななんとなくギスギスした感じは……やっぱりお互いにしんどいと思ったんです。相談しないで勝手に色々と決めちゃって、すみませんっ!」

 

俺が事の経緯を尋ねると、ピンクちゃんが発起人であることを告白する。しかし、それは女神寮の住人として新たに加わった孝士くんやその友達のツン子ちゃん、そしてついでであるはずの俺を含めた上で親睦を深めたいと企画を練ってくれていたのだという。大の苦手であるはずの男の俺や孝士くんの為に、自分のことを二の次にして必死に我慢してくれているのが伝わってくる。そこまでしてピンクちゃんを突き動かすものは一体何なんだろう?でも、その真摯さというか優しさだけはダイレクトに伝わってきて、どうしようもなく………嬉しかったんだ。今まで、そこまで誰かの優しさに触れたことなんか無かったからな…。

気づけば俺は嬉しさのあまり、申し訳なさそうにしているピンクちゃんの手を握っていた………超弩級の男性恐怖症であることを忘れて。

 

「ピンクちゃん、全然謝る必要ないって!そっかぁ……いきなりだったからちょっと驚いたけど、そういうことだったら俺も大歓迎だよっ!いや〜、旅行かぁ……そういうの初めてだから楽しみだなぁ!………ピンクちゃん?そんなに固まってどしたん…?」

 

「あっ……あああっ!?あああのあのっ、わわわ私……ふぎゅ!?」

 

『っ!?』

 

な、なんか俺以外に緊張が走った様子が……あっ!やべっ、そういうことか!?

なんて考えが頭によぎったが時既に遅し。ピンクちゃんは極度の興奮により鼻から鮮血を撒き散らし、それは当然ながら目の前に立っている俺の顔や服やその他諸々に隈なく浴びる羽目になってしまった。俺が手を握っていたおかげ(所為)でそのまま床に倒れることはなかったが、若干痙攣して力なくふらふら〜っと、ソファにぐったりしてしまった。

 

「あわわ、あわわわっ!?ど、どうしよう!?どうしよう…!?」

 

「いやいや、君も結構な事件に巻き込まれてるじょ?」

 

「へっ?うわぁ……」

 

ピンクちゃんの対応に困惑していると、みねるが俺の凄惨な現状をレポートしてくれる。運動の直後だったため白シャツ1枚のみで汚れが最小限で幸いだったのだが、露出していた腕やら首やら顔やらに満遍なく降り注いだピンクちゃんの鼻血が物悲しい事件だったことを物語っていた。

 

「あてなちゃんは孝士くんたちに任せて、君は先にお風呂入っちゃいなよ。どうせ服も洗濯しなきゃだしついでに身体も洗わないとねぇ…♪」

 

「んっ、いいのか?」

 

「あっ、俺なら全然大丈夫っす!あてなさん復活するまで暫く時間かかると思うんで、すてあと一緒に看病してるっすから「何勝手に決めてんだこの野郎っ」ぐはっ!?う、後ろから蹴りは無しだろ……がくっ」

 

「ほらほら〜、孝士くんもこう言ってることだしぃ♪さっさと行く行くっ」

 

今、完全にツン子ちゃんに打ちのめされてた気がするけど……まぁ、本人が大丈夫って言ってたなら、大丈夫なのか…?

そんな思いに後ろ髪引かれつつも、流れ的に風呂に入ることに。まぁ汗かいてたから手早くシャワー浴びて済ませようかと思ってたところだったから丁度いいっちゃ丁度いいんだけどさ。

 

『………ふふふ♪』

 

背後に聳え立つ怪しげな視線たちと思惑に気づかないまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ………旅行か。どうしたもんかなぁ…」

 

俺は血で汚れた服を脱ぎ、洗濯用の籠に投げ入れる。けれども、その表情が晴れることはなかった。俺は衣服の一切を脱いでシャワーを浴び始めると、その理由について深く思考を始めた。

 

「何処に行くつもりなのかは知らないけど、その間は請け負えなくなるか。まだ手持ちがいくらかあるから大丈夫とはいえ、その期間の収益が見込めないわけだな…」

 

壁に手を付き頭からシャワーヘッドから出る湯をかぶる。滴る温水が俺の中の余計な考えや不安を流し尽くしてくれるような気がする。雑念を振り払えば自ずとどうすればいいのか見えてくる……遠い昔にそう教えられたことを思い出す。それは鏡越しに見える俺の背中に深く刻まれた一筋の傷跡と非常に深い関係があるのだけれど、今はその話はよしておこう。俺もあんまり思い出したくないことだ。

俺はシャワーを止めて、そのまま浴槽に浸かる。この瞬間だけはあらゆる束縛から解放されて、沈んだ気持ちも穏やかになる。

 

「はぁ……すっげぇ気持ちいいや…」

 

「あらぁ〜、たしかにとってもいい湯加減ですわぁ♡」

 

「だよなぁ………んんっ!?ド、ドドドドールちゃん!?何でここに…っ!?」

 

湯に浸かって全身が弛緩するほど浴びてやろうと意気込んでいたら、いつの間にか背後に迫っていたドールちゃんが俺に同調してきた。恥ずかしいとか関係なく今のはマジでビビったぞ…!

 

「えっとぉ、一応さっき声は掛けたんですけど〜…返事が無かったので入っちゃいましたっ♡」

 

「さ、さいですか……でも、俺入ってるの知ってたよねぇ?ドールちゃんって意外と大胆なのね……駄目よ、そういうことしちゃ」

 

「むぅ〜……山田くん!さっきからどうしてこっち見て話してくれないの?ほらっ、こっち向いてよっ」

 

「えぇ!?や、それマズいって……あぁ〜っ!駄目だって〜!?」

 

後ろから腕を回され強引にドールちゃんの方に向き直される俺。あぁ、これで俺も立派な罪人だぜ………って、あれ?

 

「んふふ、そんなに慌てなくても大丈夫ですよぉ。ちゃ〜んと水着つけてますから〜♪それよりこの水着、どうですかぁ?」

 

ドールちゃんは黒のビキニタイプの水着をつけていて、どうやら知らずに焦っていたのは俺だけだったらしい。というか、薄々気づいてはいたけど……改めて見るとドールちゃんってスタイル良いよな。出るべきところはちゃんと出て締まるところはきっちり締まってる。趣味のコスプレの為なのか無駄な肉がある部分を除いてほとんど無いこともある意味努力の賜物なのかもしれない……って、いかんいかん!そんなことを聞かれてるんじゃなかったよな。

 

「えっと……凄く、似合ってる……と思う?いや、似合ってるよ!」

 

「……褒めてくれるのは嬉しいですけど、おっぱい見つめながら言われても素直に喜べないですっ。顔に似合わずエッチなんですねっ。そんなに気になるなら……触ってみます〜?」

 

俺の返答に初めは不満気或いは複雑な反応を示していたドールちゃんだったが、何か閃いたのか急に意地の悪い笑みを浮かべて俺を誘惑してきた。だ、駄目だぞ!?そんなことをしたら俺は一生を刑務所で過ごす羽目になる!だが……1人の男として考えればドールちゃんはとても魅力的な女性であることは間違いない。その当人が触りますかと尋ねているんだぞ?逆に言えば、触らない方が失礼という意見も一理ある。俺は……どうすればいいんだぁああああ!!!

 

「あの〜、それで結局どうしますぅ?」

 

「…ちょっと待って、今考え中っ」

 

「むぅ……別にいいですけどぉ。ほらほら〜、こんなにぷるんぷるんですよぉ〜♪飛び込んで来てもいいんですよぉ〜♪」

 

「はうっ!?そ、その両手を添えて揺らすやつ止めて……すっごい悪魔的な誘惑だから、それ。あぁ〜、触るか触らないか!?」

 

気を抜けば今すぐにでもかぶりついてしまいそうになるほど魅力的なドールちゃん。だが、良いのか俺の理性!確かに目の前には理想郷が存在するだろう。しかしそれは本来、無償で到達してはいけない領域であることに変わりはない。人はそこに至るべく出来るだけの努力を積み重ね最善を尽くした結果、その高みへ到達出来るのだ。しかし、人間の悲しい性なのかその努力無くして結果を得たいと思う悪しき考えが混在することも事実。気づけば俺はゆっくりと、だが確実に両手をドールちゃん目掛けて突き出し始めていた。やはり欲には勝てないのか…!

 

「んふふ♪やっとその気になったんですね……いいよ、山田くんなら…」

 

何処か妖艶な笑みを浮かべているドールちゃん。その目には既に受け入れる意思が表れているように見えた。ごめん、ドールちゃん……俺は、俺は…!

 

「俺は………何間違ってんだよ馬鹿野郎ォオオオオッ!!!」

 

俺はドールちゃんに迫っていた手を直前で止め、そのまま自分の顔面にグーパンチを右手左手合わせて2発分炸裂させる。突然の俺の狂行に驚くドールちゃんだったけど、おかげで最悪の一歩手前のところで踏み留まることができたようだぜぇ…!

 

「や、山田くん!?いきなり自分の顔……えぇ!?」

 

「ぐぼっ…!?あぅ…口ん中切った……でも、これでやっと目ェ覚めたぜ。ドールちゃん、大人の男を舐めたらあかんぜ……一時の快楽に身を委ねて破滅するほど柔じゃねぇ……くっ、くくぅ〜…!」

 

「山田くん……偉いっ!欲望に打ち勝つなんて中々出来ることじゃないよっ……頑張って我慢出来たから、ご褒美ね♡」

 

触りたい欲を死ぬほど我慢した俺に、ドールちゃんから不意打ちのキスが……!

 

「……そこは、ほっぺなのね」

 

「んふふ、とーぜんだよっ。そこは本当に好きな人のために大事にとっておくのですっ♡」

 

ドールちゃんに完全に翻弄されてしまった。くっそぉ……そんなんされたら惚れるしかねぇじゃんかよぉ〜!!こちとらバッキバキの童貞野郎なんだからよぉおおおっ!?あぁああああっ!?くそくそくっそ!俺の脆弱な精神よ、今すぐ消え去れぇえええっ!!心を燃やせェエエッ!!

 

「シャオラァアアアッ!!行くぞゴラァアアアアッ!!!」

 

「へっ…?わっ!?」

 

俺は自分への鼓舞と自責の念に駆られ勢い良く立ち上がると、その勢いのまま風呂場を飛び出していった。このままじゃ駄目だ!つい先日不覚にもみねるにときめいてしまうし、今日だって嬉しさのあまり男性恐怖症のピンクちゃんの手を握ってしまうし、今度はドールちゃんに惚れそうになってしまうし。俺自身、脆弱な自分から生まれ変わる必要があるんだ……旅行決行までに。

 

「行っちゃった……んふふ、意外と男らしかったなぁ♪中身も“それ以外”も♡」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ヤベェ、完全に眠れなくなっちまった。いよいよ明日だぞ、旅行……夜風にでもあたるか」

 

そうこうしている間にとうとう旅行が明日に迫ってしまい、俺の心の中のざわざわが治まらないでいた。結局、旅行先や内容については一切触れないでいたので、内心不安で仕方がない。その間俺は何をしてたかというと………筋トレ?不安や焦りを活力に日夜筋トレに励んでいたな。その成果なのかひもじい思いでホームレス生活してた頃に比べれば、その体躯の屈強さは歴然だろう。悲しいかな……んっ?どうやら先約がいるらしいぞ。

 

「こんな夜中まで起きてちゃ駄目じゃないか、不思議ちゃん」

 

「山田……お前に言われたくない」

 

談話室に入ると窓を開けて床に座りながら何かを眺めている不思議ちゃんの姿があった。名前を呼んでくれるようになったのはいいけど、未だにドライな対応をされるのは俺の努力不足かな。だから、この機会に色々話して不思議ちゃんと打ち解けられるよう頑張ってみようと思う。

 

「ははっ、そりゃそうか。まぁそれはそれとして……何眺めてたん?」

 

俺が質問すると、不思議ちゃんは眺めているものから視線を外さずにゆっくりと指さして教えてくれた。

 

「あれは……月?本当に不思議ちゃんは月が好きなんだねぇ」

 

「…月はせれねの力の源。その加護があればせれねはいつでも安心……でも、明日の旅行の前に煩わせてしまった」

 

そう言って、少し悲しそうな表情を見せる不思議ちゃん。その騒動のことはさっき寝る前の孝士くんから聞いたばかりだ。大学と女神寮の往復しかしてこなかった為に遠出するのが不安だった不思議ちゃんの為に、女神寮の住人たちが各々月に関連する物をプレゼントしたらしい。結局、ピンクちゃんが買ってきた内側に月のプリントが施されてる傘と孝士くんが補修した普段着の体操服が決め手になったらしいが……あれ、何もしてないの俺だけか?そりゃ対応がドライになる訳だ。しゃーなしだな……とっておきを出すか。

俺は不思議ちゃんの隣に座り込むと、今まで秘めていたとっておきの話を披露することにした。

 

「よっと……でも、みんなは不思議ちゃんのこと好きだからそこまでしてくれるんじゃない?勿論、その中には俺も含めてだけど」

 

「山田のは信じられない」

 

俺の言葉を即座に否定する不思議ちゃん。ぷいって首を横に振る仕草が小動物みたいで何か可愛らしくすら思える。おっと、脱線しそうになった。

 

「本当にぃ?じゃあひとつだけ面白い話してあげる。そしたら俺の言うことも少しは信じてくれる?」

 

「……内容によりけり」

 

淡白に答えながらも、どこかウズウズしてる様子の不思議ちゃん。ふふふっ、これは相当びっくりするぞ〜?

 

「実は俺、月に行ったことがあ〜る」

 

「………」

 

「……いや、無言はやめてよ。えっ、興味ない感じ?月だよ、月!ムーン!」

 

折角今まで内緒にしてきた秘密の1つを暴露したのに、疑いの眼差しを向ける不思議ちゃん。何なら真っ先に飛びつくと思ったんだけどなぁ…。

 

「嘘はよくない。仮に事実なら大ニュースになる」

 

「んっ…まぁ、そりゃそうなんだけど。でも本当のことだし……あっ、じゃあさっき月を見てたって言ったろ?だったら分かると思うんだけど、あのクレーターの横あたりに施設があるの見えるだろ?」

 

「………見えない」

 

必死に目を凝らして見ようとする不思議ちゃん。はははっ!そりゃそうだ。だってそれ専用の超長距離監視用の双眼鏡でなきゃ視認できる訳ないもの。俺は服のポケットからその小型双眼鏡を取り出して、不思議ちゃんに手渡して月を覗いてみるように促す。

 

「倍率は合ってると思うから、まずそのまま覗き込んでみて。多分デッカいクレーターが見えるでしょ?それは見えた?」

 

「……見えた。その施設は右側?左側?」

 

「えぇ〜っとね、確か……右側!白っぽいやつがあると思うんだ」

 

「……あった。何か文字みたいなのが見える」

 

「多分こう書いてあるはずだ……ス○ルムーンって」

 

「……合ってる。何で…?」

 

不思議ちゃんが驚愕の表情で俺に向き直す。漸く信じてくれたみたいね……長かった〜。

 

「だからさっきから言ってるでしょ。俺は月に行ったことあんの……非公式にだけど。だから今後は俺のことを信用して……って、どうしたん?急に目ぇキラキラさせて」

 

「月の話、もっと教えて」

 

さっきまでのドライさとは打って変わって、ずいっと俺に近づいてくる不思議ちゃん。そこまで月の話のストックないんだけど……まぁ、気が済むまで語り明かすか!

 

「よ、よ〜し分かった!じゃあお耳汚しに、さっきのス○ルムーン基地の裏側に螺○城っていうデッカい城があってな……その周りを人間が将来的に宇宙空間でも住めるように作られた大規模な大型宇宙ステーション“ス○ースコ○ニー”ってのがゴロゴロ設置されててだな……」

 

その結果……翌日の朝。

 

「よ〜し、それじゃあ出発するよ〜……って、山田くん何でそんなに顔白いの!?生気抜けてない!?」

 

「山田、平気。気にせず行こうっ」

 

「えっ、何でせれねちゃんが返事してるの?ってか、何で隣の席確保してるの!?な、何があったって言うのよ〜!?」

 

とりあえず不思議ちゃんには一応気に入ってもらえたみたいだ。そのかわり暫く不思議ちゃんの前で月の話はやめようと思った。だって、際限無く聞いてくるんだもん…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




フレイ
星間女子大学3回生。名前のフレイは所謂源氏名で本名ではない。普段はコスプレイヤーとして活動しており、自室が衣装部屋と化している。因みにコスプレはするのもさせるのも好きらしく、自作の衣装に合った人物を見つけ次第男女問わず脱がせにかかる癖がある。よくみねるとつるんで孝士にセクシーなちょっかいを出しているが、今回山田(居候男)がオリハルコンの意思で誘惑をギリギリ耐えたことで認識を改めた節がある。


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第5話 旅行、そして遭遇。

旅行編です。山9割&海1割って感じです。関係ないけど漫画の扉絵のフレイさんの黒ビキニ……良きかな♡


「ほぉ〜、こりゃまた随分と雰囲気のあるお宿だこと………2、3人は出るかな、きっと」

 

「あぅ〜!?ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい〜っ!?私が似た名前の所と間違って予約しちゃったみたいですぅ……」

 

宿に着いて早々、ピンクちゃんがひたすら平謝りしている。移動中は昨夜の不思議ちゃんとの必死の攻防の所為で半分魂抜けてた俺だったが、漸く復活した所でこの騒ぎだ。まぁ、俺としては屋根さえ有れば何処でも寝れるからあまり大差ないんだけどな。

 

「まぁまぁ♪落ち込まないで、あてなちゃん!実質貸切みたいなものだし、それに周りも静かで涼しいし避暑にはもってこいじゃない♪」

 

「うぅ……フレイ先輩〜!!」

 

あらら、ドールちゃんとピンクちゃんが抱き合ってらぁ。このくっそ暑い中よくやるわ〜………んっ?このタイミングで連絡…?誰からだ…。

 

「あ、あはは……とりあえず荷物も先に預けたことだしどうしようか?さっき話してた通りチェックインまで周辺散策する?」

 

「う〜ん、そうだねぇ……確かにあの旅館も“出そう”な雰囲気だったし、この辺を調べとくのもいいかもしれないね〜?どうせ後で肝試しやる予定だし」

 

「えぇ!?そ、そんな話、聞いてないよ……?」

 

「あれ〜、言ってなかったっけ?あっ、フレイちゃんと車の中で盛り上がってただけか!特に苦手じゃなければみんなでやろっかな〜って。孝士くんとかはどぉ?」

 

「俺すか?まぁ、普通にって感じっすかね……すてあの方がそういうの得意かもしれないっす」

 

「あぁ、むしろ好きだ」

 

「そ、そうなんだ……じ、じゃあやっぱり、やるんだね……そっか…」

 

「きりやちゃん、もしかして……怖い?」

 

「そ、そそそそんにゃことにゃいよぉおお!?……うわっ!?」バシャーン!!

 

「き、きりやさんっ!!おわぁああ!?」」バシャーン!!

 

「こ、孝士!!」バシャーン!!

 

「あちゃ〜、やっちゃったねぇ。ずぶ濡れのままだと風邪引いちゃうから、早めにお風呂もらおっか!………あれ、山田くんは?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…はぁ……こ、ここまで来れば大丈夫か?それよりさっきのメッセージ、これって冗談だろ?」

 

俺は女神寮の住人たちに悟られないようにその場を離れ、ついさっき届いたメッセージを確認する。そこには俺にとって切っても切れない深い関係にある報告があがっていた。

 

「復活、したのか……しかも日本まで追ってきてると。厄介なことになりそうだな………っ、誰だ!?」

 

不意にどこからか俺を監視するような鋭い視線を感じ、辺りを見渡す。しかし、返答は無く……代わりに別の方向から赤毛ちゃんが姿を現した。何故か全身ずぶ濡れの状態で……何で?

 

「あっ、こんなところにいたんだ!急にいなくなっちゃったから、探してたんだよ。何かあったの?」

 

「……あ〜、いや最近トイレが近くて。旅館まで間に合わなさそうだったから、茂みの陰で小便してた」

 

「なっ……!?も、もぉ〜!だからそういうこと言うのやめてってばっ!?本当にデリカシー無いんだからぁ…」

 

赤毛ちゃん、ごめん……でも、こればかりは本当のこと言うわけにはいかんのよ。幻滅されようが、こういう振る舞い方しか出来ないのは俺の実力不足だね……プロはもっと上手にやるって聞くもんな。

 

「とにかく見つかってよかったよ。みんなも探してるだろうから連絡しておかなきゃだ「おい赤毛ちゃん。そのままじゃ風邪引くから、これ着てろ」へっ…?うわっ!」

 

発見の連絡をしようとスマホを取り出した赤毛ちゃんに、俺は着ていた上着のシャツを頭に掛けてあげる。

 

「何でずぶ濡れなのかは知らんけど、ちゃんと服は着といた方がいいぞ?水に濡れたからなのか、下着が透けたり浮き出たりしてるからさ」

 

「っ!?え、えっち…!」

 

おいおい、そりゃ無理があるでしょ〜よ。そんな薄〜い格好しといて……なるべく直視しないようにはしてたけど、本人的にはもう俺に指摘された時点でアウトなんでしょ?

 

「えっち……って言われてもなぁ。まぁ赤毛ちゃんが俺に視姦されたって訴えたら、まず間違いなく俺勝てないだろうし」

 

「そ、そんなことしないよぉ!……それに上着貸してくれたの、嬉しかったし…」

 

そう呟いて、俺の上着を胸の前でギュッと抱き締める赤毛ちゃん。いや、持ってないで早く着てほしいんだけど…。

 

「あー、はいはい。もう分かったから、さっさと連絡なり何なりしてちょ。旅行中は借りっぱでも全然いいからさ」

 

「む、むぅ……何か釈然としないなぁ。分かったよ……ほら、早く旅館に戻ろっ」

 

「えぇ?おぉ…!?」

 

俺の上着を羽織った赤毛ちゃんは急に俺の手を引いて駆け出した。その表情は一見不満気ながらもどこか嬉しそうで、俺まで釣られて自然と笑みが溢れてしまう。さっき感じたアレはきっと俺の勘違い……なんだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぃ〜、いい湯だったなぁ。温泉最高ォ♡……って、お前ら人の布団で何してやがる?」

 

宿の飯を食べて温泉に浸かって部屋に戻ってきたら、既に俺の布団はみねるやドールちゃんたちに占領されていた。布団の隣に孝士くんを盾として常駐させておいたのだけど、その守りは容易く突破されてしまったようだぜ。

 

「ん〜?いやぁ、さっきお風呂入ってる時に孝士くんが“寂しいから夜はみんなと一緒に寝たいですぅ〜”って柵の向こうからか細い声でお願いするからぁ……ねっ?」

 

「ねっ?じゃないですよぉ!俺、ちゃんと断ったじゃないっすかぁ!?それなのに強引に押し掛けてきて…」

 

「……なるほど、孝士くんが必死に何とかしようとしてくれたのは伝わったよ。正直みねるやドールちゃん辺りは予想してたから驚かないけど、まさか赤毛ちゃんやら不思議ちゃんまでそっち側に乗るとは思わなかったよ」

 

俺はそう言って、普段はどちらかと言えばブレーキ役の2人に視線を移す。俺に睨まれて見るからに動揺する赤毛ちゃんと、逆に無を貫いている不思議ちゃん。おかしいなぁ、普段はそういう悪ふざけに参加しない子だと思ってたんだけど……。

そんな俺の考えが伝わったのか、俺の布団の中で芋虫状態だったみねるが俺を手招きして近くに呼び寄せた。一体どんな言い訳をするのやら…?

 

「(本当はね、肝試ししようって話だったんだけど……きりやちゃん、本気で怖がっちゃってさ。だから部屋も一緒にした方が、少しは安心出来るかなって……勝手に決めちゃってごめんねっ)」

 

そう言って、少しバツが悪そうにウインクするみねる。そういうことだったのか……あくまで悪ふざけという形でみんなを巻き込んだのは、誰にも後腐れなくするため。自分が発起人として矢面に立つことで、呵責が発生しないようにしたのか……悪いやつだぜ。

俺はみねるの額を指で小突くと、微笑みながら答えてやる。

 

「バ〜カ、だからってみねるだけが我慢することないだろ?そういうことなら全然構わないよ……だから、自分だけで背負い過ぎるなよ?」

 

「っ!う、うん……ごめん。なはは、ちょっと熱くなってきちゃったかな!よしっ、あたしもう一回お風呂入ってくるよ!その……ありがとね、気に掛けてくれて…」

 

そう言って、そそくさと部屋を出て行くみねる。ほのかに頬が紅潮していたように見えたのは、俺の気のせいだろうか……うおっ!?

 

「山田くんも、中々隅に置けませんわね〜。みねるちゃん相手にあそこまで有利に立ち回るなんて♪」

 

「むぅ……それ、ボクにもやったのにっ。山田くんってば本当に節操ないんだからぁ」

 

「山田……月の話、続き聞かせて」

 

いつの間にかドールちゃん、赤毛ちゃん、そして不思議ちゃんが眼前に迫ってきていた。な、何だお前ら!?孝士くん目当てで部屋占領してたくせによぉ!俺が認めた瞬間に手のひら返しやがって、調子の良い奴らだぜ。

 

「ちょ、お前ら一遍に来るなぁ!?3対1なんて卑怯だぞこの野郎!1人ずつ相手しやがれぇえ!!あっ!こ、孝士くんたち?何で急に俺から距離を取る!?いや、ちょ……離れるなって!」

 

明らかに俺(の周辺)を危険地帯と認識したのか、ピンクちゃんが率先して孝士くんとツン子ちゃんを俺から引き離そうとしていた。いや、このタイミングでそれは困るって!?俺だけじゃ手に負えんのだからせめて見守ってて!あっ!逃げたなこの野郎っ!?

 

 

 

 

 

①ドールちゃんの場合

 

「山田くぅん……折角同じ部屋になったんだから、この際同じ布団で寝ようよぉ?ねっ、お願〜い♡」

 

「お願〜い♡じゃなくて、その前に浴衣を着崩してるの直してくれよ……胸元開け過ぎだから」

 

「や〜ん、えっち〜♡」

 

も、もうやだ……ドールちゃんとじゃ話が一向に進む気配が無い。あと、すっごい赤毛ちゃんが悔しそうな表情でこっちを見てるのってどういう心境なの?あっ、部屋の外に連れて行かれた。グッジョブだぜ、不思議ちゃん。

 

「もう……この前のもそうだけど、ドールちゃんって俺のことどう思ってるのよ?」

 

「え〜?勿論、好きですよぉ♡」

 

何の躊躇いもなくそう口にするドールちゃん。そういうことじゃないんだけどなぁ……分からせなきゃ駄目か。例え嫌われる羽目になっても!

 

「そうじゃなくて……俺のこと、異性として見れるかってこと。その辺どうなの?」

 

「……へっ!?あ、あのそれどういう…」

 

俺が追及すると、ここにきて急に慌て始めるドールちゃん。ようやっと事の重大さを理解し始めたか……だがこのまま終わらせる訳にはいかなねぇな。責任は在るべきところにきっちり還す!

俺は両手で正面からドールちゃんの肩を掴み、真面目なトーンで真摯にドールちゃんだけに聞こえるよう耳打ちして告げた。

 

「(だから、同じ布団で寝るとか俺のこと好きって言ってみるのとかって本気なの?それとも俺のこと揶揄ってるだけ?もし冗談でやってるなら……今すぐ止めてほしい)」

 

「……っ!あ、あの…わ、私は…」

 

今までにないくらい動揺しているドールちゃん。厳しいこと言ってるかもしれないけど、本気で命に関わることだから有耶無耶にする訳にはいかないんだ。ただ、今のでドールちゃんも考え方を改めてくれるきっかけになったはずだと思うことにしたい。理由は言えないけど、俺と関わる以上“普通”の基準は通用しないんだ……。

俺はドールちゃんの動揺ぶりを見かねて、助け舟を出すことにした。せめて教訓と思ってくれれば、俺のことをどれだけ嫌おうと構わないからな。

 

「……ふふふ、な〜んてね。びっくりした?いっつもドールちゃんが俺のこと揶揄うから、仕返ししちゃった♪純粋な孝士くん相手ならまだしも、童貞無職の俺にそのイジりはしちゃ駄目だよ。本気かどうか判断できないんだから……分かった?」

 

俺はついさっきまでの冷淡な表情から一転、戯けた態度でドールちゃんに語りかける。むっ、反応がない……マジ責めし過ぎたか?リカバーせんといかんな。

 

「お〜い、ドールちゃん?ごめん、ごめんって!?そんな本気でビビっちゃうとは思わなかったから……ほら、よ〜しよし怖くないぞー」

 

俺は少し乱暴にドールちゃんの頭を撫で回す。わしゃわしゃわしゃ〜っ!すると俺の猛攻に耐え切れなくなったのか、遂に我慢の限界を超えたかのように噴き出したドールちゃん。

 

「……っ、ふふ、くっ……ぷっ、あはははっ!も、もうわかりましたからやめて下さい〜!?くすぐったいですから〜!」

 

堪えきれず俺に降参の意を示すドールちゃん。その表情はさっきまでの深刻な動揺ぶりは消え、どこか晴れやかな笑顔だった。だが止めんよ?この際ドールちゃんにはその行き過ぎた悪戯精神をしっかり矯正してやるんだっ。

 

「い〜や、駄目だ。こんなのまだまだ序の口だからね………足腰立たなくしてやる」

 

「はふぅ……へっ?いや、ちょっと待って山田くん?その手はどうするつもりなのぉ…?あの…だ、駄目だよ?私、くすぐり弱いんだから……っ!きゃーっ!」

 

ふっふっふ〜、お仕置きの時間だぜぇ。俺特製のくすぐり拷問地獄をお見舞いしてやる……何分で正気を失うか我慢比べといこうかぁ!!

 

 

 

 

 

②不思議ちゃんの場合

 

「フレイ、撃沈してた。山田、お前何をした?」

 

「えぇーっとですね………い、言えませんっ」

 

あっぶねぇ!もう少しで事案になるところだった〜!?俺のくすぐり拷問地獄フルコースを受けものの5分で完堕ちしたドールちゃんの悲鳴を聞きつけ、不思議ちゃんと赤毛ちゃんが駆けつけてきた。孝士くんたちはそもそもこっちに来る気は無いらしい。災難に巻き込まれたくないという強い意志が感じられる……懸命だよ、出来れば俺もそっち側にいたかったさ。とりあえず撃沈したドールちゃんを赤毛ちゃんが背負って元の部屋に運び、不思議ちゃんが俺に尋問してるってのが現在の状況だ。

 

「むっ、何故言えない?やましいことがあるのか?」

 

「いやぁ……本人の尊厳と名誉の為としか」

 

「……そうか、なら後でフレイに直接確認するからいい。それより山田、お前に協力を要請したいことがある」

 

「……協力?それってどんな?」

 

いつにも増して真面目な顔で俺にそう言ってくる不思議ちゃん。不思議ちゃんが俺に何か手伝わせるなんて珍しいねぇ…?

 

「この旅館を中心に時空の歪みを探知した。せれねが到着した際はごく小さなものだったが、刻を追うごとにその歪みが広がっている。今夜、その調査をする予定……だから山田、お前も同行してほしい。月の真実を知る人間の1人として」

 

「…ふ〜ん、そうなんだ。でもそれ俺じゃないと駄目け?どうせ明日海行くんしょ?だったらそれまでに日頃消費し続けた英気を養うのに時間を使いたいんだけど…」

 

「……もし断ったら、山田がフレイに残虐非道の限りを尽くして凌辱したと言いふらす」

 

「ちょ!?それは無いだろ不思議ちゃん!?事実無根だ!話題の摺り替えにも程があるぞっ!!」

 

「勿論、それは分かっている。フレイ、何故かすごく幸せそうな顔をしていたから。でも他の者はせれねの言葉を信じる、それ故山田に選択権は無い」

 

ぐっ……不思議ちゃん、汚ねぇ真似しやがってぇ!実質これ脅迫じゃねぇか!だがしかし、不思議ちゃんの言葉には信憑性があるからなぁ……こういう場合、加害者よりも被害者の証言が信用される傾向があるし……黙って従う他ねぇか…?

 

「……はぁ〜、分かったよ。有る事無い事言いふらされても困るのは俺だけだしな……喜んで協力させて頂きますよ、ご主人様♡」

 

「……そう。なら他の者が寝静まったのを見計らって起こしに行く。それまで待機せよ………ふふっ♪」

 

そう言って、そそくさと部屋を出て行く不思議ちゃん。去り際にちょっとだけ笑っているように見えたのは俺の気のせい、なのか…?分からん、余計に分からんくなったぞ不思議ちゃんという人間が。何はともあれ、俺の今夜の安眠の予定は不思議ちゃんという突然の来訪者によって、無残にも崩壊したという……目的の為ならどんな手段も厭わない。恐るべし、不思議ちゃん…!

 

 

 

 

 

③赤毛ちゃんの場合

 

「ちょっと山田くん!君、一体何をしたのさっ!?2人とも何ていうか……そう、どこかフワフワした感じになっちゃってるじゃないか!詳しい説明を求めるよっ、ボクは!」

 

不思議ちゃんが帰るなり、恐らくすれ違いで俺の所まで走って駆け込んできた赤毛ちゃん。そんなにドタドタ迫って来なくても…。

 

「いやだから不思議ちゃんにも一応説明したけど、本当に何もないんだって。信じてくれんかもしれないけどさ…」

 

「…っ、別に信じてない……訳じゃないけど…で、でも君と話してから2人の様子が変わったのは事実だもん!絶対そこで何かあったと思うんだけど……どうしても、話せないことなの…?」

 

赤毛ちゃんが不安げに確認してくる。そこにはいつもの凛々しい姿はなく、ただ1人の女の子がいるだけだった。そこで俺は自分の中に何か別の思いがあることに気づく。それはいつの日か心の奥底に仕舞い込んでいた根本にある光……本来の優しさとも言えるのかもしれない。その思いが今目の前で不安がっている赤毛ちゃんをこのままにするなと強く警告を出していた。

気づけば俺は自然と口が開いて、2人にしたことの説明を始めていた。

 

「……分かったよ。じゃあ正直に話すけど、本当に大したことじゃないんだ。まずドールちゃんは俺とか孝士くんに対して少し過激な悪戯をしてくるから、本当に好きな人だけにそういうことをするべきだってちょっとキツくお説教じみたことしちゃったの。その時お仕置きとしてくすぐり攻撃しちゃったから、流石に堪えるまでやったのはやり過ぎたかなって反省してるし後でちゃんと謝りに行こうかなって思ってるよ」

 

「…っ!ふ、ふ〜ん……せれねには、どんなことしたの?」

 

「えっと、不思議ちゃんには深夜のデートに誘われ……痛っ!痛い痛い!?ちょ、赤毛ちゃん叩かないで!もう巫山戯ないからっ!」

 

あぅ……ちょっと脚色したくらいでいきなり叩いてきやがって〜。まぁ何の脈絡もなくボケた俺も悪いけど……ちょっとくらい夢見てもいいじゃんかよ!

 

「もぉ!ちゃんと答えてよぉ!山田くんのことを疑ってる訳じゃないんだから、そこで変なボケとかやめてよっ」

 

「わ、悪かったよ。まさかそこまで突っ込まれるとは……本当は何かの調査に同行してくれって頼まれたんだよ。多分だけど霊的なやつだろ」

 

「っ!?ま、まさかじゃないけど……い、いるの?ここに?」

 

俺の言葉を聞いて明らかに顔が青ざめる赤毛ちゃん。もしかして、苦手なのか……霊的なやつ。ちょっとカマかけてみるか。

 

「……あぁ、だってほら……“今も赤毛ちゃんの後ろにいるじゃないかぁ…!”「きゃああああっ!?」うごっ!?」

 

俺が必死に稲川○二ばりの恐怖の顔と声色を作って凄んで見せると、何をとち狂ったのか俺に向かってタックルしてきた赤毛ちゃん。その躊躇いのなさ、良しだぞ…っ!

 

「はぁ、はぁ……あっ!?ご、ごめんっ!だっていきなり怖いこと言うからぁ……君がいけないんだよっ!?」

 

「うぐぅ……へっへっへ〜。そうかそうか、赤毛ちゃんはオバケが怖いのかぁ〜。知らなかったなぁ〜♪」

 

俺がいやらしい笑みを浮かべながらそう言うと、ビクッと肩を震わせながら冷や汗をかく赤毛ちゃん。良いことを聞いちゃったぞ〜。

 

「そ、そそそそんなこと、あるわけないで「あっ、赤毛ちゃんの両肩に血塗れた霊の手が…」うわぁあああっ!?も、もう勘弁してよぉ…」

 

すっかり涙目になってそのまま俺の身体にしがみつく赤毛ちゃん。はっはっは〜!大勝利なり〜!さぁ、お巫山戯もこれくらいにしておこうか。

 

「ほらほら赤毛ちゃん、大丈夫だから顔上げてよ。もう揶揄ったりしないからさ」

 

「本当ぉ…?もう虐めない…?」

 

「…っ!あ、あぁ…勿論だぜ!」

 

「みんなにボクが怖がりなの言いふらしたりしない…?」

 

「そ、そんなことしないっ。や、約束する…」

 

「ボクが幽霊に襲われたら……守ってくれる?」

 

「あ、あぁ……なるべく守ってや「…なるべく?」いや、絶対!どんな状況でも駆けつけて守ってやる!絶対の絶対だっ!」

 

すっかりしおらしくなった赤毛ちゃんが上目遣いで俺に力なく聞いてくる。な、何だこれ……可愛すぎるだろォ!?普段どんな時でもキリッとしてる赤毛ちゃんからは考えられないくらい乙女な表情で、しかも俺の浴衣を放さないようにギュッと握りしめて……これがジャパニーズカルチャー“ギャップ萌え”ってやつか!?

 

「……そっかぁ!じゃあ許してあげるっ!もぉ…女の子を揶揄うなんて、山田くんは本当に子どもだなぁ〜。ふふっ♪」

 

「お、おぉ……そうだな。じゃあ、とりあえずみんなのいる部屋に戻るか?」

 

「そ、そうだね……あっ、ちょっと待って」

 

何となく気まずい雰囲気を感じみんなの所に戻ることを提案すると、それを了承した赤毛ちゃん。そして、そのまま立ち上がると不意に俺の右腕に抱きついてきた。な、何のつもりだ…!?

 

「あ、赤毛ちゃん!?あの、これはどういう…」

 

「…だって、こうしてないとすっごく怖いんだもんっ。みんなのいる部屋までで良いから、それまでこうさせてよっ……山田くんは嫌…なの?」

 

「俺は別に……赤毛ちゃんの気が紛れるなら、そうしてても構わないけど」

 

「……ふふふ、ありがとっ。山田くんって、意外と優しいんだね……じゃあ、行こっか♪」

 

そう言って、部屋から出て廊下を歩き始める俺たち。言えない……右腕に赤毛ちゃんの慎ましいながらも自己主張を忘れてない胸の感触が確かにあるなんてこと、間違っても口にする訳にはいかない!それを口にすれば最後、今まで積み上げてきた信頼関係が一気に崩壊してしまうことに!大丈夫、落ち着け……今思考が定まってないのは赤毛ちゃんの胸の所為なんかじゃないし、妙に近い距離で香ってくる赤毛ちゃんの髪のいい匂いで鼻先が刺激されて動悸がおさまらないわけでもない!俺は普通だ、これで平常運転なんだっ!よ〜し、そう考えれば視界がクリアになってきたな……んっ、赤毛ちゃんの奴。怖くて左腕にも抱きついてきたのか?こりゃ本物の怖がりさんだな……ちょっくら安心させてやるか。

 

「赤毛ちゃん、そんなに怖がらなくても何処にも行かないよ。だから左腕まで掴むのやめてよ」

 

「……えっ?ボク、右腕にしか捕まってないよ?両腕でこうして抱きついてるんだから左腕なんか無理………っ!?」

 

「えっ!?じ、じゃあ……“今、俺の左腕掴んでる”のって……誰?」

 

一瞬の沈黙が俺と赤毛ちゃんを襲う。いや、厳密には頭では理解しているけど、現実を認めたくないだけだった。だってつい今だぞ?俺と赤毛ちゃんが廊下に出たのは。その前後で誰ともすれ違っていないし、俺の左腕を掴んでいるのが赤毛ちゃんではないとすれば……。

俺は赤毛ちゃんにアイコンタクトを送り、そしてゆっくりと決して見てはいけない左側へ視線を移した。すると、そこには……。

 

「………」

 

凡そこの世のものとは思えない、何とも形容し難い“何か”がいた。こういう時、人間ってどういう行動をとるか分かるか?

 

「うわぁああああああっ!!!逃げるぞゴラァアアアアッ!?」

 

赤毛ちゃんを横抱きにした俺は脱兎の如く廊下を光の速度で駆け抜けた。所詮は俺も人の子よ……お化け超怖い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『今日こそ………海だぁ〜っ!!』

 

昨日のゴタゴタなんか微塵も感じられないくらい、俺以外の高らかな声が浜辺に響き渡る。あぁ、昨日のことなんか忘れて楽しもうじゃないか……って、やっぱ無理っ!お化け超怖いんだよ〜っ!?俺、あの後結局不思議ちゃんに付き合わされて明け方まで旅館の中徘徊させられたんだぞ!?いつあの化け物と遭遇するかずっとヒヤヒヤしながら、不思議ちゃんの訳わかんない話も聞かされ続けたんだぞ!?お陰で心も身体もヘトヘトだ。今日はとてもじゃないけど、遊ぶ気分にはなれ……うおっ!?

 

「ごみんごみ〜ん!ボールとって〜」

 

「みねる、てめぇ…!」

 

明らかに俺の顔面を狙ったボールの軌道、俺は見逃さなかったぞ?どうやったら波打ち際でバレーボールしてんのに、砂浜のテントの下にいる俺に飛んでくる?

 

「何よぅ、ちょっと手が滑っちゃっただけじゃん〜。それよりさぁ……どうよ?みねるちゃんの水着姿の感想は?」

 

普段白衣ばかり着てるのを見ているだけあって、年相応の健康的な身体が主張している……ぐっ、結構スタイル良いじゃねぇか。素直に認めたくはねぇけど…。

 

「あー、はいはい。良きですねっ」

 

「ちょちょちょ!?何そのテキトーな返事!?あ〜ん!お世辞でもいいからあたしにも可愛いって言ってよぉ〜!?他の子には言ってるんでしょ〜!山田くんの甲斐性無し〜!」

 

「なっ!?人聞きの悪いこと言うなっ!!てか、他の子には言ってるって誰のこと………あっ」

 

俺の脳裏にふと先日のドールちゃん風呂場乱入事件が思い浮かぶ。確かあの時黒ビキニを着てたんだよな……あっ、今日も着てるわ。じゃあ、ドールちゃんがみねるに………あっ!目線逸らしやがった。

 

「ほ〜ら、観念してあたしを褒めなさいよ〜♪」

 

ずいっと俺に顔を近づけるみねる。前屈みになった所為か普段白衣に隠された豊満な胸がより強調されて凄いことに…!ま、負けねぇぞ……俺は欲望に打ち勝つんだ!

 

「……か」

 

「か?」

 

「か……可愛い、と思うぞ……これで文句ねぇだろ!?ほら、さっさとボール持ってけよっ!」

 

あぁ〜、もう!何でこんなにテンパってるんだよ俺は!?みねる相手にたかだか可愛いって言うだけだろうが……って、みねるだけじゃねぇな。この感じじゃ多分ドールちゃんも赤毛ちゃんも不思議ちゃんもピンクちゃんも、果てはツン子ちゃんにですら可愛いなんて言えそうにねぇな……頑張って女慣れしよう。

そんなことを考えていると、俺からボールを受け取ったみねるが他のメンツのところまで走って戻ろうとしたが、不意に立ち止まって俺の方へ振り返った。な、何だ…?

 

「…山田くん、ありがとねっ。君に褒めてもらえたのが、旅行中で1番嬉しいよっ♡」

 

屈託のないみねるの笑顔が俺に向けられる。相変わらずズルい奴だぜ……そんなん言われたら変な意地張ってんのがバカみてぇじゃんか。あ〜辞めだ辞め!悩むのお終い!折角の旅行だ……楽しむ以外選択肢ねぇよな!

 

「ふっふっふ……ノーコンみねる!そんなダメダメアタックじゃ世界は狙えねぇぜ!ドールちゃん、赤毛ちゃん!チーム戦でみねるをボコボコにしてやろうぜ!」

 

「んなっ!勝手にチーム決めた上にルールまで……その挑戦、受けて立〜つ!あてなちゃん、せれねちゃん!山田くんを徹底的に攻撃じゃ〜っ!」

 

今、虎と龍による頂上決戦が始まろうとしていた。あっ、年少組の孝士くんとツン子ちゃんは今回は外れてもらうよ。だって……これは命の危険が伴う戦争だからなぁ?

 

「みねる、分かってんだろうなぁ?お互い大将立てたってことの意味をよぉ?」

 

「えぇ、勿論。負けた方が……今日のお昼全奢りよ!!」

 

ふっ、どうやら考えていることは同じのようだぜぇ……この勝負、お互い同意と見た!!童貞無職の火事場の馬鹿力、見せてやるぜゴラァアアアアッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっそ〜!みねるに負けるなんて屈辱以外何ものでもねぇわ!!オマケにドールちゃんと赤毛ちゃんに借金する羽目になるなんて……2人とも、本当にすんませんっ!!」

 

「あ、あはは……まぁ勝負は時の運って言うし、今回はたまたまだよ。きっと次は勝てるさ。だからそんなに落ち込まないでよ。ねっ?」

 

「あらぁ、きりやちゃんったら随分山田くんに優しいわねぇ。私はちゃ〜んとツケにしておくわよ?ところで山田くん……私、誠意って身体で示すべきだと思うのよねぇ。帰ったら山田くんの身体、貸してもらっても良いわよね〜?」

 

ドールちゃんが妖艶な笑みを浮かべながら、俺の身体にピトッと擦り寄ってくる。いやいや、昨日そういう冗談やめてって言ったじゃん……んっ、どしたんドールちゃん?

 

「(私、本気にしちゃいますからね…?だから、これからは誠心誠意誘惑しちゃいますから、覚悟して下さいね♡)」

 

「……はっ!?ち、ちょっとドールちゃん…?」

 

突然の宣戦布告に困惑する俺に対して、可愛らしくウインクするドールちゃん。耳打ちしてきたので赤毛ちゃんには聞こえなかったみたいだけど、それが俄然興味を惹いてしまったようだ。

 

「フレイ!?今山田くんに何言ったの!?何かすっごい顔赤くなってるけど!?」

 

「んふふ。ひ・み・つ♪ほらほら〜、早く買いに行きましょ〜」

 

「ちょっと待ってってば〜!?山田くん、後でちゃんと教えてよ?絶対だからねっ!」

 

ルンルンでスキップしていくドールちゃんと困惑しながらそれを追いかける赤毛ちゃん。うぅむ………これは、非常に非っ常〜に困ったことになったかもしれない。でも今は、極々ありふれたこの幸せを噛み締めていたいと思うのは贅沢な考えなのかな。偶にはこういうのも有りじゃなんじゃありませんかねぇ?

 

「……見つけた。今度こそ仕留める…!!」

 

何処からか俺を見つめる怪しげな気配に最後まで気づかないまま、女神寮初めての旅行は無事終了したのだった。

そして、それはこれから始まる事件の前触れでしかなかったことを俺はまだ知らない…。

 




八月朔日 せれね
女神寮の中でも最古参の住人で星間女子大学?回生。常々月の力を使った月面テクノロジーなるものの存在を示唆しているが、その実態は誰も把握していない。当初は山田のことは雑用係程度にしか認識していなかったが、夏休み中の旅行の前夜に山田から“月の真実”について少し教えてもらったのをきっかけに事あるごとに山田をつけ狙う或いは調査に連れ出そうと画策している。


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第6話 袋小路、そして強襲。

星間祭編でっす。安定の別行動で物語は進んだり戻ったりします。


「……“星間祭”?何だそれ?」

 

「あたしたちの大学の学祭だよ。この日は一般のお客さんも大学に入れるんだ。みんなに聞いたら孝士くんたちにもぜひ来てもらいたいって。2人ともどうかな?」

 

夏休み中の旅行から戻ってきて暫く経ったある日、みねるから1枚のチラシが俺と孝士くんに手渡される。学祭ねぇ……そういえば忘れてたけどここって大学の寮だったんだよな。

 

「うわぁ〜!俺、行きたいっす!そうだ、すてあも誘ってもいいですか?」

 

「おぉ〜、ウェルカムウェルカムだよっ。それはいいんだけど………もう傷は癒えたのかい、孝士くん?」

 

んっ…?みねるが何やら意味深な発言をしているな……えぇ!?こ、孝士くん……何だその滝のような汗は!?まさか、こいつらに何かされたんじゃなかろうか?

 

「傷?孝士くん、なんかされたんか?」

 

「えっ!?い、いやそのぉ……少し前にあてなさんたちがお弁当を忘れたことがありまして……それでその、大学に届けに行くにあたってフレイさんに女装させられて……で、でも俺やっぱ皆さんの色んな姿見たいっすから!」

 

そ、それは……難儀なことで。心中お察しします案件だな、男にとっては。俺ももう少し若ければ……いや、若くても絶対しないしさせないだろうよ!

 

「わかった、それで山田くんはどうする?特に予定とか無ければ孝士くんたちに付いていてもらいたいんだけど。保護者的な意味で」

 

「そうだな……何もなけりゃ行けるとは思うんだが、もしかしたら当日は少し遅れるかもしれん。少し寄るところが出来るかもしれないんでな」

 

「寄るところ?コンビニとか?」

 

「……まぁ、そんなとこだ。なるべく行けるようにするけど、時間になっても居なかったら先に見て回ってていいぞ?」

 

俺は一応間に合わなかった場合の予防線を張っておく。俺に合わせて孝士くんたちが見て回れなくなるのは良くないからな……それに、俺にはあの“復活の報告”が不穏な気配を醸し出しているように思えてならない。無駄足かもしれないが、調査の必要があると判断するぞ俺は。

 

「わかりましたっ。じゃあ明日、すてあにも伝えおきます!楽しみっすね〜♪」

 

孝士くんはすっかり乗り気みたいだな。多分この調子ならツン子ちゃんもきっと同行してくれるだろうさ。なら、俺も気兼ねなく調査に専念できるな。俺の感が間違っていなければ、この学祭までに必ず何かが起こる……ような気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「孝士く〜ん、あてなちゃ〜ん!いらっしゃ〜い♪……って、あれぇ?山田くんは〜?」

 

星間祭当日、私は服飾サークルで衣装提供をしてる傍ら学祭実行委員ボランティアとしても活動しています。こう見えても何処に何があるかバッチリ頭に入ってるの、えっへん!でも、孝士くんとすてあちゃんの姿は見えたけど山田くんは……折角頑張ってオシャレしたんだから、見てもらいたかったなぁ…。

 

「山田さんなら少し遅れるかもって言ってました。何かすごい急いで出て行きましたけど、どこに行ったかまではちょっと……」

 

「いや、あれは多分……“女”だなっ」

 

「そうなんだぁ………はいっ!?すてあちゃん!い、今なんて言ったぁ!?」

 

い、今すてあちゃんが聞き捨てならないことを言った気がする〜!?何なのよ、女の子って〜!!そんなの聞いてないんだけどぉ!?

私はすてあちゃんの肩を掴んで、ブンブン揺らします。

 

「うわぁ!?さ、触るなっ!おれは暑いんだっ!!」

 

「ねぇ、知ってるんでしょ!?そんなこと言って本当は山田くんがどこに行ったのか知ってて誤魔化してるんでしょ!?隠してないで教えてよぉ!」

 

「フ、フレイさん!?お、落ち着いて下さいよ!ハイライト消えかかってますからっ!?」

 

うぅ〜!?絶対誤魔化してるよねぇ!だって山田くんは童貞無職なんだよ?それなのに女の子と知り合える訳ないじゃんっ。そりゃまぁコスプレの趣味に理解あるし、意外と身体も筋肉質でガッシリしてるし……顔もどちらかといえば、かっこいい方だけれども……でもでも、そんな社会的地位が底辺の山田くんを誘惑してあげようなんて思う超絶優しい女の子なんて、私くらいだもんっ!絶対絶対そうだもんっ!………はっ!あ、あれ?私……今何してたんだっけ?何か急に意識が遠のいて、すっごい変な夢を見てたような気が……あれっ!?す、すてあちゃんが気絶寸前に〜!?どうして〜っ!?

 

「お、おれ……もう駄目……がくっ」

 

「す、すてあちゃ〜ん!!ご、ごめんねぇ〜!?わ、私ったら本当どうしちゃったのかしらぁ…?」

 

「だ、大丈夫っすよ!!体質的な奴なんで、冷やしてやれば多分回復するっす!ほら、対策用に持ってきたこの保冷剤で!」

 

咄嗟に孝士くんがバッグから保冷剤を2つ取り出して、すてあちゃんのほっぺたに当ててあげる。すると、みるみる元気を取り戻していくすてあちゃん。良かったぁ……!

 

「……はぁ、はぁ……も、もう少しで溶けるかと思ったぞ…!」

 

「あぅ〜!本当にごめんねぇ!?私も何であんなことしたのか、自分でも分からなくて〜っ!?」

 

「だぁああーっ!!そう言いながらまたくっつこうとするなっ!!」

 

違うのよ?本当に申し訳なく思ってるだけで、あわよくばすてあちゃんから山田くんの情報を聞き出そうだなんて1つも考えてないのよぉ?

 

「……あれっ?フレイさん、ポケットから何か落ちましたよ……この小瓶は?」

 

「あっ、それはさっきみねるちゃんから預かったの。甘い匂いがしてリラックス効果があるとか」

 

「……おい、この瓶のラベルに“みねる印のマル秘薬”って書いてあるぞ。これ何かヤバい液体じゃないのか…?」

 

あら〜?そういえばさっきちょっとだけ匂いを嗅いでみて、なんかふわふわした気分になったけどぉ……あれ、何だったのかしらぁ?その後急に山田くんのことが頭から離れなくなってぇ……最近ずっと寝ずに衣装作ってたから疲れてるのかなぁ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そうですか。じゃあ目撃証言は無いと?」

 

孝士くんたちが学祭で女神寮の住人たちと会っているのとほぼ同時刻、俺はオッさんに旅行後から頼んでいたとある人物の照会結果を確認していた。その調査結果をオッさんは気怠げに教えてくれる……でも、その表情はどこか怪訝なものだった。

 

「あぁ、そもそも入国の記録すらねぇってよ。そいつ本当に生きてんのか?」

 

「……そのはずなんですけどね、確証は無いですけど」

 

「大体どういう関係なんだぁ?こんなヒゲゴリラと……見るからに悪人面だろ」

 

俺が事前に手渡していた写真を眺めながら、依頼者である俺に写真の人物との関係性を尋ねるオッさん。本当はあまり詳しいことは言いたくないんだけど、警察のつてで調べられたらすぐに分かることだし……素性だけでも言っておくか。

 

「その写真の男、実は海外マフィアのボスなんです。と言っても、もう何年も前に組織ごと壊滅しちゃってるんですけどね」

 

「……全くよぉ、毎度毎度どっからそういう情報仕入れてくるんだか。俺はもう一々驚かねぇぞ」

 

半分呆れながら俺に写真を押し付けてくるオッさん。順応性高いですね、出世しますよ。

というどうでもいい話は置いといて、まぁこれで分かったことがある。まずこの写真の老人は確かに死亡しているということ。そしてその情報を秘匿したままであえて“組織の復活”という状況を作り出した人物がいるということ。それが誰かは不明だけど…。

 

「とにかくこれ以上は調べてもらうのも時間と労力の無駄になりそうなので、後は自分でやります。休日なのにわざわざありがとうございました」

 

「……おい、お前何隠してやがるんだ?」

 

写真を受け取った俺は根掘り葉掘り聞かれる前に立ち去ろうとするも、すぐに呼び止められてしまう。う〜、やっぱそれ突っ込まれるよなぁ……あまり触れてほしくない話題なんだよねぇ。ちょっと誤魔化すか?

 

「……別に何も。俺が世話になってる大学の学祭があるんですよ。俺、そこの住人たちに誘われてて……もう始まってる時間なんで急がなきゃいかんのですよっ」

 

「ほ〜ん………“女”か?」

 

「はぁ……まぁ、確かに女性に誘われましたけど。でもそれが何か…?」

 

「………いや、別にいいんだけどな。引き止めて悪かったな、さっさと行けよ……二度と俺の貴重な休日を邪魔すんじゃねぇぞ」

 

何かすっごい小馬鹿にした顔してるんだけど……まぁ、あんまり突っ込んでこなかったから良かったか。とりあえずこっちの用事は済んだし、少し遅れたけど今から向かうか。

あと、何でかわからないけどすっげぇ嫌な予感がする。さっきから寒気が治らんのよ。多分だけど、ドールちゃんかみねる辺りに超嫌味言われそうなんだよなぁ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………むっ」

 

「ん〜?どうかしたのせれねちゃん?」

 

「……今、山田の気配を感じた。恐らく、近くまで来ている」

 

えっ!?そ、それ本当かしらぁ!じゃあすぐに迎えに行ってあげなくちゃ………迷ってないかを確認するためであって心配してる訳じゃないんですからねっ?

 

「でもぉ、私は孝士くんとすてあちゃんを案内しないといけないし……山田くんも迷ってるかもしれないのよねぇ。どうしようかしらぁ?」

 

ふっふっふ、敢えてここは困っているふりをしておくわぁ。優しい孝士くんなら“それなら俺たちのことは気にしないで迎えに行ってあげて下さいっす!”って、言ってくれるはずだもん。そしたら仕方なく仕方な〜く私が迎えに行く口実が出来るものねぇ〜。そして、あわよくば2人っきりで学祭を回れるし……ぐふふ♪

そんなことを考えていると、私の肩にポンっと手が置かれたわ。んっ?どうしたのせれねちゃん?

 

「その任務、任された。フレイは他の者の案内、よろ」

 

その言葉を最後にぴゅ〜っと走って行っちゃったわ。あぅ……私が迎えに行くはずだったのに〜!真っ先に迎えに行ってこの服も見てもらいたかったにぃ……んふふ♪胸元が強調されてるこの服を見て焦っちゃう童貞の山田くん……可愛いんだろうなぁ♡しょうがないから寮に帰った後、みんなが寝静まった頃に山田くんの布団の中に潜り込んじゃおうかな?

 

「じゃあ山田くんはせれねちゃんに任せて、私たちはあてなちゃんがいるカフェに行きましょっか♪」

 

「えっ、それってもしかしてさっき見た…」

 

「あぁ、あのやけに本格的なメイドカフェだな」

 

あら〜?もう見ちゃったのぉ……ネタバレ厳禁なのにぃ。でも、あてなちゃんのメイドさん姿はきっとうっとりしちゃうんじゃないかしらぁ……きゃっ!

 

「あっ、ごめんなさい!私、うっかりしてて…」

 

少し考え事をしていたら、すれ違い様に女の子と肩が当たってしまったわぁ。私ったら駄目駄目よね!ちゃんと謝らないとっ!

 

「………あっ、もしかして今ぶつかった?いいよ、こっちも気づかなかったから」

 

あ、あれ?何かすっごいクールな女の子なのねぇ。折角可愛い顔してるのにムスッとしてるのもったいないなぁ………あっ、行っちゃった。

でも、何かあの女の子から知ってる香りがしたような気がするんだけど……私の気のせいなのかなぁ?

えっ、それって誰かですって?それは、その……えっとぉ………や、山……い、言わせないでよぉ〜っ!

 

「フレイさん……どうしたんだろう?」

 

「あんま気にするなよ。いつもの百面相だろ」

 

もぉ〜!?それもこれもみんな山田くんが悪いんですっ!帰ったら絶対責任とってもらうからねっ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぃ〜、ようやっと着いたかぁ。意外と時間掛かっちまったな……ってかこの大学、ちょいと広すぎやしねぇか?これ普通なんかねぇ…」

 

オッさんとの会合を終えた俺はそのまま女神寮の住人たちが通っている大学に足を運んだ。学祭ということもあって辺り一面に広がるのは華やかな女子大生、煌びやかな女子大生、愛愛しい女子大生……そして偶に一般客。言葉では言い表せないけど、何かこうグッと込み上げてくるものがあるなぁ……スッゲーいい匂いしそう♡

 

「山田、ニヤニヤするな。気持ち悪い」

 

「えぇ?んなこと言っても、こんだけキャピキャピされちゃあよぉ。パッと見だけど顔良し性格良しスタイル良しと来た!これぞまさしく選り取り見取りってやつだぜ………って!?ふ、不思議ちゃん!?いつからそこに!?」

 

俺は何の気無しに聞こえてきた声に答えてしまった。だが、数秒後にその相手を視認してしまい、俺は事の重大さを痛感させられてしまう。

 

「“この大学、ちょいと広すぎやしねぇか?”辺りから。バッチリ全部聞いた」

 

「いやぁ……たはは、それは気がつかなかったなぁ〜。不思議ちゃんってば忍者にでもなるつもり?」

 

「……さっき言ってたこと、他の者にも共有する」

 

「ちょちょちょい待ち!?タンマ、タンマ!!」

 

無表情のまますぐに報告しに行こうとする不思議ちゃんを俺は必死で止める。あ、危ねえ……在らぬ噂を立てられる所だったぜ。というか、不思議ちゃんってこんな悪戯っぽいことするような子だったか?そういうのってみねるとかドールちゃん辺りがするもんだとばかり思っていたが……?

 

「山田、注文が多い。でも、もし山田さえ良ければ……」

 

「えっ!?それってどういう…」

 

初め俺に文句を言っていた不思議ちゃんだったが、急にしおらしくなり身体をくねらせて頬を赤く染め始める。えっ、何これ……もしかして誘ってる?いやいや何きっかけで!?今までの話のどの辺りでそのスイッチ入ったのぉ!?わ、分からない……分からないこと尽くめだっ!?

 

「月の話、まだ話してないこと教えてくれたら許す」

 

……あっ、そういう感じ?もしかして急にしおらしくなったのもほっぺた赤く染め始めたのも知的好奇心からくる興奮ってこと?うわぁ……俺がっつり勘違いしてたんかぁ。いやそうだよなぁ。確かに不思議ちゃんって無表情だし偶に何言ってんのか分かんねぇ時もあるけど、小柄な割にはスタイル良いしいつも着てる体操服も年季入ってるのか胸元ユルッユルだしブルマもパッツパツだし……あれ、何か無性に不思議ちゃんがエロく見えてきた。これヤバくね?末期か?

 

「……ぜ、是非お話しさせて頂きますわ♡」

 

「ふふふ、ならば即実行しよう。他の者に聞かれるとまずい、せれねが普段隠れ家に使っている"秘密の場所”に案内する」

 

ごめん、俺耐えられなかった。理性とかって頑張っても結構一瞬で崩壊するもんなんだねぇ……無理無理、1回意識し出したらずっと可愛く見えるのが童貞の掟だろ?現に今、不思議ちゃんが可愛くて可愛くて仕方がないもん……多分一過性のものだけど、思い込みって怖いよねぇ。

 

「見つけたわよ〜っ!八月朔日せれね!今日こそ解剖させなさ〜いっ!!」

 

「…何だあれ?」

 

不思議ちゃんに手を引っ張られて連行される直前、遥か遠くから白衣を着た女子大生が不思議ちゃんを目掛けて何か叫んでいた……おっ、可愛こちゃんだフゴォ!?

 

「山田、下心丸見え。反省すべし」

 

うぐぅ……不思議ちゃんに脇腹つねられた。痛ぇ……ちょっと本気でやってない?そんなムスッとした顔しないでよ……折角可愛い顔してるんだからさ。

 

「それにしてもあの子って誰?不思議ちゃんの知り合い?」

 

「むぅ……しつこい奴。山田、予定変更だ。せれねはこのまま逃走を図る。山田はきりやが居る講堂に退避するのが1番近くて最善策。じゃ、よろ」

 

不思議ちゃんはそれだけ言い残して風のように去って行った。心なしか逃げ慣れてるように見えたのは気のせいなのか…?もしかしなくても普段から追いかけ回されてたりするのか。まぁいいか、とりあえずこれで俺も自由に動き回れるな。よしっ、じゃあ不思議ちゃんの要望通り講堂に行ってみるーーー

 

「そうやって事なかれ主義だから、こういう目に遭うんだよ」

 

背中からサクッという小気味の良い音と共にブチブチと肉を引き裂く感触と焼けつくような激痛が走った……いや、地に倒れ伏すまでそのことすら認識出来なかった。それほどまでに鮮やかな手口だったのか……まだだ、せめて自分を刺した犯人の顔だけでも……何か情報を落とさないと……凶器は恐らく、小型ナイフで……くっそ……駄目だ………意識が、遠のいてきやがった……だ、誰なんだよ……この野郎ぉ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま〜。いやぁ、今年の星間祭も色々あったねぇ…」

 

学祭が終わってボクはみんなと少し遅れて寮に帰ってきた。結局山田くんは来なかったみたいだけど……もしかして何かあったのかな?そんなことを考えながら談話室に入ると、その話題の人物がボクに話しかけてきた。

 

「……おう、おかえりんさい。随分盛況だったらしいじゃんか?」

 

「や、山田くん!もう!どうして来てくれなかったのさ!?何の連絡も無かったから何かあったんじゃないかって、心配したんだよ?」

 

「…はははっ、赤毛ちゃんは心配性だな。確かに学祭に行けなかったのは悪かったし、その件でついさっきまで他の住人たちから糾弾された所だよ。だからこれ以上責めないでくれよ…」

 

そう言って、申し訳無さそうにする山田くん。うぅ……いつもみたいに軽口で返してくれないと調子狂うなぁ!?それに何でかわからないけど、弱々しい山田くん……守ってあげたくなるな〜!

 

「べ、別に責めてるわけじゃ……見に来てくれるって言ってたから、ちょっとだけ楽しみにしてたっていうか……」

 

「……あぁ、何だっけ。確か“男装コンテスト”だったか?そりゃまぁ見なくても結果は分かりきってるもんなぁ……赤毛ちゃん以上にかっこいい女子なんて居ないってさ」

 

「……へぇ〜、そうなんだぁ。ボクは“かっこいい”んだ?ふ〜ん…」

 

「……えっ?あ、あぁ……そう、だけど…あれ、俺何かまずいこと言ったか?」

 

何の気無しにボクをかっこいいと褒める山田くん。くぅ……そりゃそう言うだろうとは思ったけどさ。でも、ボクだって一応女の子なんだから……そこは気を利かせて可愛いって言ってくれても良いじゃんか…。そう感じた時、気づけばボクは少し怒って部屋に戻り始めていた。

 

「あっそ。じゃあそう思ってれば良いんじゃないかなっ!おやすみっ!」

 

「あっ、ちょ…赤毛ちゃん!?待っ……!?」

 

ボクは山田くんの制止も振り切って彼を突き飛ばすと階段を駆け上がって部屋に戻る。山田くんの馬鹿!鈍感!甲斐性無し!女の子に対してかっこいいって何だよっ!?それってあまり褒めてないんだからねっ!?ボクが少女漫画好きなの知ってるくせに気の利いた言葉の1つくらい言ってくれてもいいのに……悔しいなぁ。一度でいいから“かっこいい”じゃなくて“可愛い”って言われてみたいのに……山田くんの馬鹿っ!

 

「……きりや、何故怒ってる?」

 

「せ、せれね……別に、ボクはいつも通りだよっ。うん、いつも通りさ」

 

2階に上がった時に丁度部屋から出てきたせれねと鉢合わせになった。ボクの顔を見るなり突然そう言ってくるせれねに驚いて、慌てて取り繕ったけど……ご飯以外で自分から話しかけてくるなんて珍しいなぁ。

 

「そうは思えない。明らかに怒ってる……山田が何かやらかした?」

 

「なっ……!どうして、山田くんが出てくるのかな?」

 

まさかせれね……気づいてるのかな!?いやいや、ボクは何も言ってないしきっと当てずっぽうだよねっ!?

 

「山田はトラブルメーカー。山田の行く所、常に一悶着あり」

 

「……それは、よく分かる気がする。おまけにデリカシーも無いし、偶に挙動不審になるし……それにこっちの都合なんか全然お構いなしな所も…」

 

「OK、それ以上はやめよう。多分、止まらなくなる」

 

ボクが山田くんへの愚痴をこぼし始めたところで、せれねに止められてしまった。あぅ……もっと話したいこといっぱいあるのにぃ!こんなの生殺しだよぉ!

 

「だが、山田も罪作りな男だ。結局のところ、学祭中は何処にも顔を出さなかったみたい……午後には既に到着してたというのに」

 

「そうなんだ………へっ!?せれね、それ本当!?」

 

ボクはあまりの動揺ぶりを抑えきれず、せれねの肩を掴んでその言葉の真意を問いただす。ブンブン、ブンブン……あっ、せれねが気絶寸前に!?

 

「ぐふっ……脳波に異常発生……行動に支障をきたす恐れあり……がくっ」

 

「うわぁーっ!?せれね、ごめんよ〜っ!!頼むから起きてくれ〜!?」

 

あわわ、あわわわ……!?どうしよ、どうしよぉ!?とりあえずせれねを部屋に運ばないと!山田くんを問い詰めるのはそのあとだよね!

でも、どうして山田くんは学祭に来れなかったって嘘ついたんだろう…?それに、何処にも顔を出さなかったってどういうことなんだろ……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふっふっふ〜♪そろそろみんな寝静まった頃かしら?時間は深夜1時、寝込みを襲うには丁度いいわよね〜。それじゃあ、早速山田くんの布団に潜り込も〜っと♡」

 

学祭の最中からずっと計画を練ってたんだもんね〜。来てくれるって約束したのに破った山田くんがいけないんだよ?お仕置きとして“明日の朝まで一緒の布団で寝ちゃうの刑”を執行しなくちゃ!ふふふ、明日の朝起きてびっくりしちゃう山田くんの顔が目に浮かぶなぁ♪

私は他のみんなに気づかれないようにこそこそ部屋を抜け出して、そのまま静かに階段を降りる。孝士くんに悪戯した前科があるから、あてなちゃんに警戒されてるのよね〜。まぁ、山田くん相手ならそれも大丈夫みたいだし……そういえば最近きりやちゃんとせれねちゃんが山田くんのことをよく話してるみたいだけど……もしかして、2人とも山田くんのこと好きなのかしらぁ?

 

「…なんて言ってたら、いつの間にか山田くんの部屋の前に着いちゃった。今更だけど今日の下着……ちょっと派手だったかしら?孝士くんは勿論だけど、童貞の山田くんにも刺激が強すぎるかなぁ?一応ネグリジェなんだけど、これ露出度高めだから透けそうなのよねぇ……よしっ、それじゃあお邪魔しま〜す」

 

意を決して恐る恐る扉を開ける。室内は電気が消えてるから暗くて殆ど見えないけど、前にも入ってるし配置も変わってないはず。確か右側に孝士くんで、左側に山田くんだったわよね?音を立てないように四つん這いで移動するわよ〜。あっ、孝士くんすっかり寝込んじゃってるわね……寝顔も可愛い♡それじゃあ隣の山田くんのだらしない寝顔でも拝見しようかしら……んっ、あれ?

 

「……山田くんの布団、濡れてる?何かしらこれ……汗じゃないわよね?まさかおねしょ!?……なわけないか。でも、ちょっとあったかいわね」

 

結論から言うと、布団の中に山田くんはいなかったわ。でもシーツや布団に染み込むほどの“何か”が残されていたの。私は暗闇の中、指先でそれを拭って匂いを嗅いでみる……すると、すぐにそれの正体が判明したわ。

 

「これって……もしかして“血”!?えっ、どういうことなの…?それより山田くんはどこに!?」

 

頭の中に最悪のケースが過った。血塗れの布団、もぬけの殻、行方不明の山田くん……何か事件に巻き込まれてるの?その時、部屋の外で何かが倒れるような物音がほんの一瞬だけ聞こえた。

 

「今のって……もしかして山田くん?」

 

私は焦る気持ちを抑えて廊下に出る。すると、さっきは閉まっていたはずの玄関の扉が少しだけ開いているのを確認したわ。そして、そこに至るまでの床に点々と血痕が残されているのも……玄関に近づくにつれて血痕の量がどんどん増えていくことも。

 

「あ、あぁ……そんな、山田くん……お巫山戯が過ぎるよぉ……もう悪戯しないから、だから全部嘘だよって言ってよぉ…!」

 

私は自分に言い聞かせるように希望的な言葉を呟く。でも現実は非情で玄関を開けて外にある景色を見た瞬間、私の中の全ての希望は絶望へと姿を変えたわ…。

 

「…っ!?や、山田……くん?こんな所で寝てちゃ、ダメだよ…?ほら、私が布団まで運んであげる、から……ねぇ、起きてよぉ…!」

 

私の目に飛び込んできたのは、玄関を出てすぐのところで地面に倒れ伏している山田くんの姿……声を掛けてもぴくりとも動かない、身体の下にはさっき見た液体が溢れ出ていて……大きな血溜まりが出来上がっていた。呼吸がどんどん浅くなっていく山田くん……このままだと本当に死んじゃう…!

 

「山田くん………ごめんねっ!んんっ…!」

 

私は山田くんを玄関の明かりの下まで引き摺って移動させると、そのまま服を脱がせて出血してる箇所を探すわ。本当はすぐに呼吸を安定させないといけないんだけど、先に出血を止めないと危険だもんね。

 

「えっと……胸とお腹、には傷が無いかしら?じゃあ背中に……山田くん、ちょっと苦しいかもしれないけど身体動かすよ?」

 

私は山田くんの身体をうつ伏せにして背中が見えるように上半身だけ完全に服を脱がせる。すると、前に見た背中の古傷とは別に新しく刺された傷があるのを発見したわ。包帯が巻いてあるから一度手当てしたみたいだけど、血が滲んでるってことは傷口がまた開いちゃったのね……早く止血しないと!

 

「落ち着け、私……そうだ、部屋にタオルがあったはず!あと替えの包帯も……ちょっとだけ待っててねっ!」

 

私は部屋に戻ってタオル、談話室に置いてある救急箱の中から包帯を取り出すと急いで山田くんのもとへ戻るわ。あぁ、今にも消えてしまいそうなくらい虚ろな目をしてる……絶対、助けるからっ!

 

「止血のやり方って……傷口に布を当てて、上から強く押して圧迫するのね。山田くん、痛いけど我慢してねっ」

 

私は素人ながらも必死に傷口を押さえつけて止血を試みる。でも…全然上手くいかない………えっ、これ…手?

 

「……ド、ドールちゃん……そのまま、押さえて……」

 

「や、山田くん…!?大丈夫なの!?」

 

「……い、今のところはね。でも、ちゃんと止血、しなかったから……ぐぅ!?」

 

よ、良かった……ちゃんと、生きててくれたんだ……!うぅ……死んじゃうかと思ったよぉ〜!?

 

「ぐすっ……そうなんだぁ、でも心配かけたから許さないっ」

 

「……いや、今それどころじゃ」

 

力無く抵抗してくる山田くん。でもそれじゃ私の気が収まらないもの……だから、こうしちゃうもんねっ!

 

「ダ〜メ♪みんなが起きてくるまでずっと一緒だからっ。絶対離さないからね♡」

 

「……せめて完全に止血してからにしてくれよ、そのテンション」

 

んふふ、軽口で返せるってことはだいぶ元気になったみたいね♪いいよ……山田くんとならいつまでも一緒にいられる気がするよ♡

動けるようになったら廊下の血痕と血塗れの布団、綺麗にしないとね?

 

「なぁ、ドールちゃん。詳しくは言えないんだけど……気づいてくれてありがとな。多分、あのままだと誰にも気づかれないで、息絶えてたと思うからさ…」

 

「……良いですよ、山田くんの秘密主義は今に始まったことじゃないですから。話す気になるまで気長に待つわ」

 

「……そうか。悪いな…」

 

そう言って、再び意識を失ってしまった山田くん………あっ、今度は普通に寝ちゃったんだね。さっきまであんなに緊迫した状況だったのに、呑気だなぁ……それは私も一緒かな。

私は寝ている山田くんの髪を撫でる。男の子なのに意外とサラサラしてるんだね。でも、ちょっと伸び過ぎだよ。前髪とか目に掛かってるし、襟足も外にはねてるもん。後で切ってあげようかな?あぁ、何か色々なことしてあげたくなっちゃうの……これってどういうことなのかしら?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




早乙女 あてな
星間女子大学1回生。家政学部児童科に専攻している。女神寮に入寮したのは住人の中でも割と直近で、唯一の良心とも言えるほどの良識人。しかし、これまでの人生の中で男性と関わることが殆ど無かった為か男性に対して極度の苦手意識を持っており、触れることはおろか視界に入れることすら困難だった(孝士との触れ合いによって何となく改善されてきているが、山田の存在も相まってそれすら時々疑いたくなるレベル)。興奮が極度に達すると鼻血を噴射する癖があるが、本人はこれを酷く悩んでいる。


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